兎は星乙女と共に (二ベル)
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序章
Prologue 


タイトルどうしよう


 「お義母さん!!お義母さんっ!!」

 

 お義母さんがいなくなった。いつも手をつないで、寝るときは抱きしめてくれた灰色髪に黒いドレスを纏った大好きなお義母さんが眼が覚めるといなくなっていた。

目が覚めれば頭を撫でてくれていたその人が、いなくなっていた。

 

 

「アルフィアお義母さん!!どこ!?ザルド叔父さん!!どこにいるの!?」

 

 

家中を探し回ってもいなかった。

朝食を準備しているわけでも、洗濯をしているわけでもなく。

まるで[そもそもいなかった]かのように綺麗さっぱりいなくなっていた。

ある女神のエンブレムの入ったローブと手紙1通を残して、忽然と姿を消していた。

 

 

 

 

『―――お前との生活は、悪くは無かった。楽しかった。お前の声が心地よかった。

私たちは新たな英雄を生み出す生贄として悪に染まる。

だから―――さようならだ。ベル。お前が剣なんぞを握らずにすむ世界を願う』

 

「なんで・・・なんで!!」

 

 

『―――お前はきっとあの晩に現れたエレボスを、神を憎むし、黙っていなくなる俺たちのことを恨むだろう。許してくれとは言わん。

悪いが俺はアルフィアのようにローブだとかお前に与えられるようなものはない。だから、ありがとうとだけ残しておくことにする。

―――じゃあな、ベル。いつまでも泣いてないで前を向いて進んでくれることを願う』

 

 

 

 

 

「わからないよ!!悪って!?悪って何!?置いて行かないで!!お義母さん!!叔父さんっっ!!僕を1人にしないで!!!」

 

「ベル!落ち着け!もう2人はおらん!!おらんのだ!!」

 

少年の最後の家族となった老人は少年を抱きしめ2人がいないことを何度も伝える。その顔は少年の心を大きく傷つけてしまったと、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと苦しくしわを寄せていた。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「アストレア様、例の子供がいるのはもうすぐつく村であってますか?」

 

ゴトゴトと揺れる馬車の中で赤髪・緑の瞳の少女は目の前で座っている胡桃色の長い髪の女神に問う。

馬車の中には、金髪に空色の瞳のエルフ、極東の着物を着たヒューマンが乗っており[暗黒期]における最後の戦いの際、アルフィアの残した「心残り」に出会うためある村に向かっていた。

 

 

「ええ、間違いないはずよ。ヘルメスにも確認は取ったし。・・・3人ともごめんなさいね、1年とはいえまだゴタゴタしてて忙しいはずなのに。勝手に決めたことにつき合わせてしまって」

 

 

「―――いえ、謝らないでくださいアストレア様。アルフィアの最期の言葉・・・気にならなかったわけではありませんでしたし・・・。ですが、その・・・」

 

 

「どうしたのリュー?」

 

 

 

「―――私たちは少なからず、少年にとっては親の仇のはずです。どのような顔で会えばいいのか、接してやればいいのか・・・同行すると言ったはいいもののそれがわからないのです」

 

 

 

「どう接すればいいかも何もあるか、やらなければもっと酷い事になっていた。それだけだ。答えのないことを考えてもしかたなかろう?」

 

 

「―――それは、そうだが・・・・・」

 

 

 

少年にとっては親の仇。それでも、それでもあの大抗争の中で戦わなければそれ以上にもっと酷い惨劇が起きていたはずだ。もっと多くの死者が出ていたはずだ。それはわかる。わかるが・・・とリューも輝夜も何度も同じようなことを言い合っていた。

まあ、ほとんど罵り合いに近かったし、最初は話に混じっていたアリーゼも途中からは「その子って女の子好きなのかしら?」とか「可愛い子だと嬉しいわ!でもアルフィアって美人だったし血筋ならきっと容姿は良い筈よね!!」などとお気楽なことを言い始める始末で―――アストレアは村に着いたら眠らせて欲しいと少し思ったのだった。

 

 

そんなこんなで村に到着し、村人に少年のいる家があるという手書きの地図を見せ場所を聞いていると、村人が少し気まずそうに口を開いた。

 

 

「―――冒険者さん、あの子になにかするつもりかい?」

 

 

周囲にも畑仕事からの帰りだろうか、数人の村人がアリーゼたちを見ては「冒険者がこんなとこに来るなんていつぶりだ?」「だいぶ前にアルテミス様が来たくらいじゃないか」「・・・1,2年前くらいか?」などと話してはやはり気まずそうにしていた。少なくとも、『よそ者は出ていけ』などと言われる雰囲気ではなかったのは良かったというべきだろうか。

 

 

「いきなりの訪問、ごめんなさい。驚かせるつもりだとか、子供を泣かせるつもりだとか、そういうつもりは一切ないの。・・・・ただ、あの子の義母親に頼まれて会いに来たの。」

 

 

アリーゼたちが村人にその言葉の意味を聞く前にアストレアは前に踏み出しそう答えて村人の警戒心を解く。

 

 

 

「ああ、アルフィアさんに言われて・・・か。アルフィアさんとは親交は無かったが、あの子が行商人が来たときに少ないお金を持ってきては薬を強請ってたりしてたから体が良くないことは知っていたよ。もう・・・・いないんだろ?」

 

 

「ザルドさんには大雨の後とかにモンスターが出たときとかに村の周囲の見回りを手伝ってもらってたよ。まあ、体はどこか悪そうだったから申し訳なったけど。」

 

 

でもやはり、その顔は気まずそうだった。

輝夜はもう聞いてみることにした。面倒だと思ったから。その顔をやめろと。その顔の意味を教えろと。そう言いたかったから。

 

 

「―――なぜ先ほどからそのような顔をされるのです?私たちが子供を訪ねに来ただけで何か問題があるのですか?是非、聞かせていただきたいのですが」

 

 

 

「――――そりゃあ、するだろうさ。この村じゃ子供なんてあの子ぐらいだ。あの子が笑ってるだけで毎日がんばろうって思えたくらいにはみんな大切にしてる。でもな、2人がいなくなってから、あの子は笑わなくなったし・・・その・・」

 

 

「―――その?」

 

 

「泣いてるんだよ、毎日。泣きながら2人の名前を呼んでは、決まった場所を毎日毎日歩いて、蹲って、そして自分の家の扉の前で座り込んですすり泣いてるんだ。帰ってこない2人を、ずっと待ってるんだよ。」

 

 

「―――ずっと?ずっとですか!?いなくなってからずっと!?」

 

 

3人と1柱は驚いたし、リューは一番動揺してしまって思わず声を上げてしまった。

おそらくは1年もの間、少年は親の帰りを待っているのだと、そう村人は言うのだから。

 

 

「―――確か、お爺さんと一緒に暮らしてると聞いたのだけれど、そのお爺さんは何も言わなかったの?」

 

 

「言っていたさ!!泣いてるあの子を抱きとめて『2人はもういない、現実を見ろ。前を向けでないと何も変わらないぞ』ってな!!でもそんな言葉を受け入れられないくらいあの子にとって2人の存在は大きすぎたんだよ!!」

 

 

つい大声を上げてしまい、はっとなって謝る村人に気にしないでと首を振り改めて村人に少年の家の場所を聞き、「せっかくだから持って行ってやってくれ」と食べ物を受け取り歩を進めていく。

3人と1柱はそれぞれ似たり寄ったりの顔をしつつもその歩を緩めることは無かった。

輝夜は表情こそ変えないが何か考えているし、リューは顔を暗くしているしアリーゼは少年のことを心配しつつも暗い表情だけはしないようにしていた。

アストレアももちろん、暗い顔はしてはいなかった。ただ、ただ少し、少年の「祖父」に思うところがあっただけで。

 

 

麦畑を進み、ちょっとした丘の上に例の少年の家があった。

大きくは無かったが小さくもなく4人で暮らすにはちょうど良さそうな家だった。

そこに、少年はいた。

泣き疲れたのか扉の横に横たわるようにして眠っていた。目元には涙が流れた後が残っていたし髪はボサボサで前髪を上げてあげなければ表情さえ見えないほど伸びきっていた。おそらく碌に手入れすらしていないのだろう。体も痩せ細って人目で見て「壊れてしまっている」と思ってしまうほどだった。

 

 

アリーゼが少年を抱き上げアストレアは扉をノックする。

扉が開き現れたのは一人の老神。

 

 

「お久しぶり・・・というべきかしら。ゼウス」

 

 

「――――そうじゃな。よく来たな。遠かったろう?とりあえずあがっとくれ」

 

 

 

家に入り、少年をカウチに寝かせ3人と2柱は座り、話を始めることにした。

 

 

 

 

「――――お爺様、あの子、連れて行くわね!!!フフン!!!」

 

 

 

 

――――女神はお茶を噴出した




いろんなのを読んでたら唐突に書いてみたいなと思ったので書いてみました。
ハーメルン自体初めてなのでちゃんとできてたらいいなと思います。


この話でのアルフィアとザルドは自爆攻撃をすることは知っていたけど、その中に子供がいたことを知ってエレボスにキレて子供を巻き込むことはやめさせています。(被害者の中に子供はいたかもしれませんが)
そしてそこで未練とか後悔が浮き上がってしまったためにアルフィアはそれをアストレアに見抜かれて頼み込んでいたためアストレアはそれを承諾して会いに行くことを決めました。

ザルドに関してはそれを言う相手がいなかったのでとある廃協会に自分の財産だとかを隠し置いてます。


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その名はベル

 

 

「ゴホッゴホッ!!」

 

 

「アストレア様、大丈夫ですか!?」

 

「おい団長よ、貴様は話の順序というのがわからんのか!?」

 

「あ、アレー??」

 

 

女神が茶を噴出し咳き込み、リューが背中をさすり、輝夜がアリーゼに文句を言い、アリーゼは「あれ、私なにかおかしかったかしら?」と言いたげな顔で汗をヒタリと垂らし口をぴくぴくとさせていた。

なお、アストレアの正面に座っていた老神ゼウスはアストレアが噴出したお茶が顔面にかかっているのに穏やかな顔をしていた。

 

 

「ご、ごめんなさいゼウス。開口一番であんなことを言い出すとは思わなくって」

 

 

「いや、いいんじゃよ・・・わしらの業界じゃご褒美じゃし」

 

 

「「「は?」」」

 

 

「相変わらずみたいですね。さっさと顔を拭いたらどうですか?」

 

 

「拭いてくれてもええんじゃよ?」

 

 

「輝夜、その辺に雑巾ないかしら?牛乳で絞ったのが好ましいわ」

 

 

「すまん!すまんかった!!冗談じゃ冗談!!勘弁しとくれぇ!!」

 

 

「噴き出した私が言うのも良くないかもしれないけれど、あんまりセクハラ紛いの事しているとその手のプロに報告しますよ。ヘルメスなら動いてくれるでしょうし」

 

 

「ヘラだけはぁ・・・ヘラだけは勘弁しとくれぇ・・・!!わしまだ下界をエンジョイしたいんじゃぁ・・・!!!」

 

 

とりあえず次に何かしたら埋めたほうが良いかもしれないですねなどとリューが言い出したが、女神も他の眷属2人もそれを反対することは無かったし割とマジでチクられそうだと冷や汗をゼウスは流しお互いに咳払いをして話を戻すことにした。

 

 

「――――ベルをオラリオに連れて行く。ということで良いのか?あの子はまだ7歳、早いのではないか?」

 

 

「―――本人の意思次第としか言えないわ。でも、面倒を見ると言った以上はちゃんと面倒を見るつもりでいるわ。ただここにくるまでに村の人たちの話を聞いた限りではすぐに回答は得られないでしょうけれど。だから、しばらくはここに滞在させて欲しいの。」

 

 

恩恵についても、本人が冒険者になると、恩恵が欲しいといわない限り無理には与えない。あくまでも一家族として迎え入れる。とだけ言ってアストレアはカウチで眠っているベルを眺める。

その表情は見えないが、きっと2人がいなくなってからずっとあの子の時は止まってしまったままなのだろうと思いながら。

 

 

「―――まあワシとしては構わんと思っとる。ヘルメスからもある程度は聞いておるしな。アルフィアがお前たちにベルを頼むと言っておったんじゃろう?じゃが、お前たちは良いのか?あの子はアルフィア・・・敵だった者の血縁じゃ。血縁だけでよく思わん者もおるはずじゃ。」

 

 

「アストレア様が『引き取る』と・・・アルフィアの遺言を引き受けた以上私たちが反対する気はありませんし、あの場にいた全員はあのアルフィアの顔がただの敵の顔ではなく子を思う母の顔をしていたのを知っています。だから・・・もしあの子に石を投げる者がいるのなら私たちが投げ返します。そのつもりです。」

 

 

リューはあの最後の場での出来事を思い出し、ゼウスに話した。

そして、眷属全員と話し合い受け入れることも。だから何の問題もないと。

しかし、ベルからすればどうなのだろう・・・と不安もあった。

 

 

「――――ベルのことなら問題はない。」

 

 

「―――というと?どういうことでございますか?問題ないとは」

 

 

リューの顔を見て何を思ってるのかわかったのか、『問題はない』などと言ったゼウスに輝夜は眉根を寄せ聞く

 

 

「あの子にはザルドの恩恵の繋がりが無くなった時点で死んだことは伝えておる。何より2人が何をしに行ったのかはわしが伝えたし、そもそもあの子が一番ショックを受けているのは置いて行かれた事に対してじゃ。嫌っているとしたらそれは神にたいしてじゃ。」

 

まあアストレアなら問題ないじゃろ『膝枕してもらいたい女神No1』じゃし。と言って髭を摩りながら笑う。

 

 

と、そこで「んぅぅ・・」と呻き声が聞こえてきた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

良い匂いがした。

頭を撫でる心地良い感触がした。

お義母さんとは違うけど、いやな感じはしなかった。

僕の頭を撫でているのはお爺ちゃんじゃないことだけは確かだった。

だってお爺ちゃんはグシグシと大雑把に撫でるから。

 

 

声が聞こえた。

優しくて綺麗な声。

時々、口の悪い、お義母さんみたいな言い方をする声が聞こえたけど、でもやっぱりお義母さんじゃないことは確かだった。

きっとまたお爺ちゃんが僕を元気付けようとして女の人を連れてきたんだろうなぁ。またいつもみたいに顔に紅葉を作るのかな。

お義母さんがいたときは吹き飛んでは次の日は畑から出てきてたからお爺ちゃんはきっと神様じゃなくてそういう種族なのかもしれない。

御伽噺じゃマンドラゴラとか土から引き抜くと奇声を上げる植物がいたりするみたいだし。モンスターや・・・あの綺麗な翼のお姉さんみたいな種族なのかもしれない。

いつだったかそんなことを言ったら叔父さんとお義母さんは笑っていたけど、否定はしてくれなかったし。

 

――――お義母さん―――おじさん・・・・

 

 

瞼からまた水が流れる感触がして、胸が震えた。

心細くて、寂しくて、悲しくて。

目を開ければきっとまた辛い現実を突きつけられる。それが、とても嫌で仕方がなかった。

また、たらりと水が流れる。

「んぅぅ・・・」と体が意思とは関係なく眠りから覚醒しようとする。覚醒に抵抗しようとしても呻き声しかでなかった。

でも今度は、水源を、瞼を優しく拭ってくれる感触がした。

 

 

「――――寂しいの?」

 

 

優しい声がした。

きっとすぐ近くに、目を開ければいるのだろう。

お爺ちゃんがつれてきたのかな・・・また拒絶したら、きっと声の人は悲しい顔をしてお爺ちゃんも悲しい顔をするんだろうなぁ・・・・。

 

 

「――――頼まれたの。君のお義母さんに」

 

お義母さん・・・・

 

 

 

「―――あなたがきっと迷子みたいに泣いているかもしれないから、手を握って一緒にいてやってほしいって」

 

 

   お義母さん・・・

 

「―――――だから、起きて、話をしましょ?」

 

 

起きて・・・話を・・・

 

 

「――――だ・・・れ・・?」

 

 

重たい瞼を開けて、目元を擦りながらゆっくりと体を起こし声のする方を向く。

寝起きと涙で目がぼやけているけど、目の前には真っ赤な髪と緑色の瞳の女性が優しく頭を撫でながら僕を見ている。

 

 

「――――こんにちわ。まずは、名前を聞かせて?そこから始めましょう?あなたの、名前は?」

 

 

「―――ベル。ただの、ベル」

 

 

叔父さんが言っていた。出会っていたのなら名乗るのが礼儀だと。そこから縁が結ばれて物語は始まるのだと。

お義母さんが言っていた。名を聞かれて無視をしたなら拳骨をくれてやると。

目の前の女性は僕の名前を聞いてにっこりと笑いながら僕の手を握る。

力強く。でも、優しく。壊れないように。

 

 

 

「――――いい名前ねベル。・・・・ねぇベル。私たちと・・・家族にならない?」

 



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そして兎は決断する

「アリーゼさんっ!!早く早くっ!!」

 

 

「待って待って、あんまり走ると危ないわよ!」

 

 

白髪紅目の少年と赤髪緑目の少女の声が響く。

ここは少年の家から少し歩いた場所にある湖の近く。

少年に手を引かれながら少女は歩く。いや、走らされる。

そんな光景を少し後ろからついて行くエルフの少女リュー・リオンは微笑を浮かべながらも「あの子が笑うようになって良かった」などと考えていた。

 

 

アストレア達との出会いから数日したのち、ようやく懐く様になった。

初めて会った時は「嫌な感じはしない」けども警戒心があった。いや警戒心丸出しだった。

それでも少年とゼウスから聞く限りでは、アルフィアとザルドが現れた時にゼウスが神であることは伝えてあるし、ゼウスの元にヘルメスがやってきたこともあるし村の近くにモンスターが大量に現れた時期にはアルテミスファミリアが村に滞在していたらしく、少し話した後にはアストレアに風呂に入れられいろいろな話をしていた。

 

ゼウスがいないことに気がついた輝夜たちが風呂場に急行し風呂に入り込もうとするゼウスを捕縛、「そこに!浪漫があるんじゃ!!ええい邪魔をするな!!女子がそこにいる!なら一緒に入る!自然の摂理じゃ!!」などと言う変態爺にリューはルミノス・ウィンドしようとしたし、したところをアリーゼに「待って!さすがに魔法は駄目よ!!アストレア様とベルが巻き込まれる!!」と止められるというバタバタがあった。

 

最終的にゼウスは土に植えられた。

ベル曰く、朝日が昇るころには出てくるらしい。

「―――あれが本当に神なのか?」とは輝夜の言。

 

 

なお、割と本気で天に返されるんじゃないかと思ったアストレアは湯船に浸かりながらベルに抱きついていたし、ベルも憧れのエルフに対して「―――これがバンシー・・」などと呟き恐怖のあまりアストレアに抱きついて体を震わせていた。

 

そんなハプニングの後、3人と2柱がその件で揉めている光景を見て

アルフィアたちとの生活の光景とかぶって見えて懐かしくなってベルは泣いていた。

でも、悲しみからくるものではなかったのか、ベルは久しぶりに笑いながら泣いていた。

 

一緒に寝ているときには、すすり泣く音がして抱きしめて眠っていたし目が覚めるまで傍にいるようにして漸くベルは心を開いたのだ。

 

そんな日々を過ごしている内にベルがお気に入りの場所に行きたいと言うのでアリーゼとリューが一緒に向かっていたのだった。

 

 

「アストレア様が帰るときには『良い子にします。だから行かないで』と懇願していたものだから説得が大変でしたが・・・・笑顔を見せてくれている以上、問題なさそうでよかった。」

 

オラリオにいる冒険者やその神は都市外に出ることは、難しい上に手続きも面倒で有力ファミリアであれば余計に難しいのだ。

今回は「アストレア・輝夜・アリーゼ・リュー」以外の眷属はオラリオに残っているため2週間という条件を何とか押し通してやってきていた。

 

 

ベルはアリーゼからの「家族にならない?」という言葉にすぐには頷かず、懐いてきた頃に「家族にしてください」とお願いした。

だから、オラリオに残っているゴタゴタが片付いたら迎え入れるとアストレアと約束していた。

まさか、6年待たされるとは思っていなかったが。

 

「――――リュー!!!ぼーっとしてるとまた畑に落ちるわよ!!」

 

今はベルと久しぶりに何度目かに会うアリーゼとリューと一緒にいる。他の眷属も交代でやってきていてお互いにいろんな話をしていたし、狼人のネーゼなどは珍しかったのか尻尾や耳をモフられていた。

 

 

「あれは事故です!!人とぶつかって足を滑らせてしまっただけです!!もう落ちません!!!」

 

■ ■ ■

 

「―――ベル、ここは?」

 

「とても静かな場所ですね・・・・風が心地良い」

 

 

アリーゼたちは湖の端に作られていた墓石の前にいた。

 

 

「―――えっと、妖精さんのお墓」

 

「妖精?リューみたいなエルフ?」

 

「違くて―――えっと、うーん・・・・」

 

 

「「???」」

 

 

「昔、嵐の後に助けた『喋るモンスター』がいて、お義母さんたちがいなくなった後に僕がモンスターに襲われて殺されそうになった所を助けてくれて、僕を庇って死んじゃって・・・。普通のモンスターとは違っていたしまるで御伽噺の精霊とか妖精みたいだから、勝手に妖精さんって呼んでる」

 

曰く、嵐の後にアルテミスファミリアの冒険者たちと見回りをしているときに車輪が折れて横転している荷馬車があったのだという。

その中から助けを求める声があり、中を覗くと空のように青く綺麗な翼を持ったモンスターが、誰もが知っているモンスターとは何かが違うモンスターがいたのだそうだ。

「どうする?」「モンスターが喋る・・・?嘘でしょ?」等と住民たちと冒険者たちが悩んでいるところを何の躊躇もなくベルはすぐ近くにいた冒険者からポーションを奪い、荷馬車の中に入ってモンスターに飲ませた。

 

「―――お姉さん、もう大丈夫だよ」と「―――助けを求めてる。悩むぐらいなら助けてあげたい」そう言ったのだという。

 

その光景に固まっている人間たちを見てアルテミスは

「そのモンスターに手を差し伸べたのはベルだ。だから、どうするかはベルが決めろ」

と伝え結果、この湖でのみ生活させるということで助けたという。

そのモンスターはセイレーンだろうとアルフィアたちを連れてきたときに言ってはいたが、醜悪なはずのモンスターとは違っていてよくわからなかったらしい。

ただセイレーンが言うにはダンジョンで冒険者に捕まって運ばれていたというのでオラリオからの密輸だろうという結論は出ていた。

 

ベルは涙を浮かべながら墓の前で座り込んでそんな話をした。

喋るモンスターとか綺麗な顔のモンスターだとかそんなことは聞いたこともなければ密輸などどうやって?とリューもアリーゼも同じことを思った。

 

「――――お別れを伝えたくて」

 

 

「―――そっか、もうじきだものね」

 

もうオラリオに来ても問題なさそうだから、いつでもいらっしゃい。そうアストレアから伝言を頼まれていた。

伝えた後、ベルから行きたい場所があるとここに2人を連れて来ていた。

 

「―――うん。だからお姉さんにお別れを」

 

 

2人もベルを習って目を瞑る。

祈るわけでもないが、ここに連れて来たのは何か知ってほしかったからなのだろうと思って。

 

 

 

 

 

 

「―――お姉さん、僕、オラリオに行ってくる。冒険者になるよ」

 

 

ベル・クラネル 

13歳

 

 

恩恵は、まだ無い。




正史より1年早くオラリオに入る感じで。
闇派閥との大抗争から1年で無理を言ってベルの所に来ていたのでアストレア達が帰って(眷族は入れ替えで来てた)から後始末とか復興とかでなんだかんだ時間が掛かってしまって気づけば6年たってたってことにします。


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幕間―星屑の庭にて―

アストレアファミリアとベルが出会ってからオラリオに来るまでのちょっとした間の話です。


アストレア様と輝夜がオラリオに帰り、その後に別の眷属がベルの元に来るのと入れ替わりでアリーゼが帰ったあとの話


 

 

 

その日、アストレアファミリアにギルドからある依頼書が届けられていた。

[ダンジョン内25、26、27階層にて不穏な動きをする複数の冒険者の目撃アリ。要調査されたし]

 

何でも大量の火炎石のやり取りが行われているという情報がギルドに流れてきたらしい。

その話し合いをベルの元に行ってからアリーゼか帰還したのと合わせるようにその知らせが来たためリューと狼人のネーゼを除いたメンバーで話し合いをしていた。

 

 

とは言っても、届けられた羊皮紙の内容が薄すぎて全員が怪しんでいた。

 

「―――で、どうするのだ?団長様よ。行くのでございますか?」

 

 

「怪しい動きってのは、アレだろやっぱ。闇派閥しかねえよなぁ・・・。あいつらもう大人しくしててくんねぇかなぁ・・・」

 

輝夜もライラも面倒ごとに振り回されて疲れましたという顔でアリーゼを見る。

アリーゼは腕を組み、目を瞑り、少し考えるフリをしてから答える。

 

 

「―――え?行かないけど。面倒だし」

 

 

「は?」「ん?」「え?」「はい?」

 

眷属たちは皆一様に似たり寄ったりな反応をした。

怪しくはある。でも、放っておいていいものなのか?と。

アリーゼのことだ、あの能天気そうにしていてもきっとちゃんと考えているのだろうと信頼して答えを待っていたら、まさかの「行かない」「面倒」と即答されてしまったのだ。驚くというよりは困惑した。

「え?いいの?」と。

 

 

「―――まぁ、私も罠だとは思っておりますが、理由を聞かせていただけませんか?団長様?」

 

 

「そうね、まず内容が薄すぎる。何これ、なんでたった1行で終わらせてるの?もう少し情報あるでしょう?それに、」

 

 

「それに?」

 

 

「"強制任務(ミッション)"じゃないものこれ。だったら行かないわ」

 

 

ほう、一応は考えているのか。ただ単に面倒くさいだけだと言ったら蹴り飛ばしてやろうかと思っていたぞ。と輝夜は返す。

ただ少し、何か、別の理由があるような気がしたので念のため、念のため聞いてみることにする。

もしかしたらこれは[建前]かもしれないから。

 

 

「――――本音は?」

 

 

「ベルがいるのよ!!変な怪我でもしたらあの子、泣くわ!!間違いなく!!だったら怪しい匂いのする場所にわざわざ足を踏み入れる必要は無いでしょう??」

 

 

私が帰るとき、抱きついて『行かないでお姉ちゃん!!』って言ってくれたのよ、もう、結婚しようかと思ったわ!!

などと熱く語りだして全員が頭を抱えた。

「もうこいつ駄目かもしれない・・・」と。

 

 

「―――まぁ、否定はしない。私たちもベルに出会ってから、なんと言うか・・・危機に敏感になってきた節があるしな。では、どうするのだ?野放しにすると?」

 

 

「うーん・・・そうねぇ・・・ライラ、念のためだけど、『勇者』にこの羊皮紙見せてみてくれないかしら。」

 

 

「はぁ??まさか、お前、ロキファミリアに丸投げするつもりか?死人が出たらそれこそこっちが潰されるぞ」

 

「違う違う、『勇者』ならどう思うのかの確認をして欲しいだけよ。死ぬかもしれないってわかっててわざわざ仲間を送り出す人じゃないでしょ?」

 

 

「あー・・・なるほど。わかった。見せてくるわ。ギルドにはどう言い訳するんだ?」

 

 

「ローズさん辺りにでも伝えるわ。あの人なら・・・というか付き合いの長い人ならまだ信用できるし。それに」

 

「それに?」

 

「ギルドの中にも少なからずいるんじゃないかしら?関係者が。この羊皮紙にギルドの誰が書いたのかの署名ないみたいだし。」

 

 

とりあえず羊皮紙の内容の任務は行わないことを決定し、『勇者』にも確認をしてみるということで話は終わった。

その後、ロキファミリアから帰ってきたライラから

「『うん、まぁ、罠だね。僕なら行かないかな』だってよ」と報告があったためそのままガネーシャファミリアにアリーゼと輝夜は向かうことにした。

 

 

「団長様、なぜガネーシャファミリアに?」

 

「んー・・・とりあえずアーディとシャクティさんに報告とベルのことも伝えておこうかなと思って。あとはギルドの中を調べたほうがいいんじゃないかと思って」

 

 

「では神ガネーシャにも動いてもらうと?」

 

「私たちじゃウラノス様に会うことはまず無理でしょ?かと言ってギルド長は・・・まあ大丈夫だろうけど、ギルドは今信用しないほうがいい気がするのよね」

 

 

そんなやり取りをしながら、ガネーシャファミリアに行き、羊皮紙の件、ギルドが怪しいので調査したほうがいいということを伝えに行く。

―――後に、神ガネーシャがウラノスの元に行きその話をした後、"別働隊"による25~27階層の調査が行われ、大量の火炎石が発見された。

もっとも、その別働隊と出くわした闇派閥が動揺し点火してしまったため、別働隊は即座に離脱。

25~27階層を崩壊させてあるモンスターが産まれその場にいた闇派閥の人間たちは瞬殺されることになる。

 

 

 

「―――はぁ~早く後始末を終わらせてあの子を迎えに行きたいわ」

 

 

今日も空は青い。

地下深くで地獄が繰り広げられているなど露知らず、アリーゼはそんなことを空を見上げて呟くのだった。




別働隊・・・いったい何者なんだ・・・((震え声))


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ようこそ兎さん

書くの楽しい


迷宮都市オラリオ、世界の中心と称され、数多の種族、数多の神々がいると言う。

だから輝夜さんには『神々が多くいるからその分ファミリア・・・派閥とも言うがそれも多くある。故に、その神によってはくそったれなことをする者たちもいる。決して安心安全な都市とは言えん。用心はしろ、お前のような女子に間違われやすい容姿のガキなどパクっと食べられて終わりだ』と僕がオラリオに行くことを知った時にそう注意された。

 

何でも都市の中に『入ってしまえば迷子になってしまう区画』だとか『酒を飲むためならどんな汚いことでもする者達』だとか、『カエルみたいなモンスターみたいな・・・いやモンスターだアレは』もいるのだとか。

一気に不安にさせる言葉に怯える僕にアリーゼさんもリューさんも「基本的にそういう所に行かなければ問題ないわ」「生活に慣れるまでは決して1人で行動するのは避けてください。」と付け加えてくれていた。

 

うん、僕は1人で行動しない。心に誓う・・・。

 

 

お爺ちゃんは一緒に来ないのかと聞くも

「いやワシ昔ちょっとヤンチャしちゃってな。あそこ入れないんじゃよ。ちゅーかあれよ、ワシちょっと旅に出るわ。なういやんぐなチャンネーを求めて浪漫を求めて旅に出るからワシのことは気にするな」

とか言っていた。

お爺ちゃんの言葉は時々よくわからない・・・。

 

 

そんなこんなで村を旅立って数日、僕は慣れない馬車に揺れに揺られて気分を悪くしアリーゼさんの膝を枕に眠らされていた。

仰向けに寝かされているのでアリーゼさんのその立派な双丘は馬車の振動で微かに揺れているしアリーゼさんも眠っているのか顔がちょうど真下にいる僕を見るように下を向いていた。

リューさんの方を見てみれば目を瞑ってはいるけど、僕の視線を感じては「どうしました?」「大丈夫ですか?」と気を使ってくれている。

そしてまた眠気が訪れては意識を落とすのを繰り返していた。

 

((アストレア様もすごかったけど・・・アリーゼさんも輝夜さんも綺麗だったなぁ・・・アレがお爺ちゃんの言う『男の浪漫』なのかな。))

 

 

 

空は青い。

馬車はゴトゴトと揺れる。

お胸も、揺れる。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「やっほーアリーゼ、リオーン!!おっかえりーー!!!」

 

すごく明るい少女みたいな声でアリーゼさんとリューさんに手を振る鈍色の髪の女性が門にいた。うん、やっぱりオラリオは美人な人が多いみたいだ。

 

「アーディ?今日はこっちで検問をしていたのですか?」

 

「あ~なんか毎回思うけど、帰ってくると"久しぶり"って感じがするわね~。」

 

「うん、今日は私検問なんだー。っていってももうすぐ交代だからアリーゼ達と一緒に行こうと思ってさ、待ってた」

 

 

女性同士賑やかに会話に花を咲かせる。

こ、これが女子会・・・・?いや、伝説の子供達を苦しめるという『井戸端会議』なるものなのかな・・・?

僕は会話を切り替えたほうがいいような、そうしないといつまでも続きそうな気がしてアリーゼさんの袖をクイクイっと引っ張る。

そこで漸く「あっ、ごめんベル。つい」と頬をかきながら僕に気づいてくれた。

僕、影薄かったりするのかな。いや、まあお義母さんから貰ったローブを着てるし仕方ないと思うけど、そんな不思議な効果はないと思うけど。

 

「んっんっ、ごめんねー。やっぱ都市を離れてた友達に会うと嬉しくてね。君が、ベル・クラネル君・・?ちゃん?でいいのかな?」

 

ベル・クラネルちゃん・・・?

どうしたんだろうこの人は。どうして僕を『ちゃん』付けするんだろう。

 

「あ、あの」

 

僕は人見知りをしつつアリーゼさんの後ろからアーディさんを見て声を出す。

「僕、男ですけど・・・」と。

するとアーディさんはキョトンとしてアリーゼさんに向かってやり取りをはじめた。

「男の子?ホント?」

 

「ほんとよ?」

 

「髪が長いから女の子にしか見えなかった・・・」

 

「だって会った時はすごい痛んでたしそれが直って切るのがもったいないなって思ったのよ」

 

「――――つまり?」

 

「私の趣味!!!」

 

とアリーゼさんが胸を張って『どう?すごいでしょ!?』と言いたげな顔をしていた。

僕は意味がわからずリューさんを見つめるも「ベルは髪を切りたいですか?」と聞いてきたので「えっと、長いのは大変だし・・・」とアリーゼさんに聞こえないようにやり取りをしていた。

だがその後のアリーゼさんの言葉にアーディさんは眉をピクつかせた。

 

「安心してアーディ!!ちゃんと付いてるから!!」

 

ついてる?ああ、僕が1人にならないようにってことかな。

 

「付いてるって何が?」

 

「ナニが」

 

ん?アリーゼさんとアーディさんは何の話をしているんだろう。

何故かリューさんは若干頬を赤くして俯いて僕の耳を塞いで「ベルは聞いてはいけません」なんて言い出すし

 

 

「どこに?」

 

「何処にって決まってるじゃない。」

 

そしてアリーゼさんは自分の下半身。足と足の間・・・そこに指を這わせて

「ここよ?」と言った。

 

 

空気が凍った。

すごい、寒い。魔法って詠唱しなくても発動するんだ。だれが魔法を使ったんだろう。アーディさんかな?すごい顔が固まってるし。

あっ、待っ、リューさん!?痛い痛い痛い痛い!!耳を塞いだまま力を入れないで!!つ、つぶれる!?

 

「りゅ、りゅーさ・・・」

 

「はっ!?わ、私は何を!?す、すみませんベル、つい力が!!?」

 

「アリーゼ・・・」

 

「な、何かしら・・・・」

 

さすがにやばいことを言ってしまったと感づいたのだろうか、アリーゼさんは若干後ろに仰け反りながらアーディさんから逃げようとしている。

 

「有罪(ギルティ)♡」

 

「嫌アアアアアアアアアアアアアア!!!!?」

 

 

「ごめんね!ちょっと待っててね!!この悪いお姉さんとオ・ハ・ナ・シ!!してくるから!!」と言ってアリーゼさんを引きずって門の横の部屋に連れて行った。

あ、アリーゼさぁん・・・・。

 

 

「ベ、ベル、大丈夫です。仮にも私達の団長・・・・最近頭がおかしくなって来てますけど大丈夫です。きっと帰ってきます。だから先に手続きをしておきましょう」

 

 

「最近頭がおかしくなってるぅ!!?」

 

僕はリューさんの言葉に驚愕を隠せない。

だ、だってアリーゼさんは泣いてた僕を抱きしめて手を握って頭を撫でてくれて一緒に過ごしてるときはとにかく一緒にいたし・・・モンスターが村の近くに出たときはかっこよく倒してたし・・・そ、そんなぁ・・・。

 

 

「あっ、あー・・・・えっと、坊主?でいいんだよな?」

 

「はぇ?」

 

「俺はハシャーナ。ハシャーナ・ドルリアだ。ガネーシャ・ファミリアの冒険者だ。さっきいたアーディの仲間って言えばわかるか?」

 

 

別の憲兵さん・・・ハシャーナさんが僕だけ列から外れて手続きをしているのに一行に中に入らないどころかアリーゼさんが連行されたのを見て様子を見に来てくれたらしい。リューさんがまだ手続きをしていないので済ませて欲しいと頼んでハシャーナさんは承諾した。

 

「じゃあ坊主、とりあえず背中をこっちに向けてくれ」

 

「えっ?」

 

「あぁ脱がなくていいからな。一応ルールでな。恩恵があるかどうかの確認をしなきゃならないんだ」

 

そして背中を向けた僕に証明のような道具を押し付けると『神の血』に反応して『神の恩恵』があるかどうかをチェックしている。

曰く、他国・・・オラリオの外からの密偵だとかを防止するためにやっているのだとか。

僕はそれがよくわからなくておどおどしているとリューさんが「大丈夫ですよ」と頭を撫でてくれた。

それを見たハシャーナさんが若干驚いていたけど・・・なんでだろう?

 

「よし、いいぞ。ところで坊主、なんでオラリオに来たんだ?金とか名声とか、それこそ女・・・いや、女には困ってなさそうだな。すまん。むしろ俺が困ってるわ」

 

「えっ、えっと・・・・家族を求めて?」

 

「ほーぅ??"疾風"と"紅の正花"と一緒にいるってことは・・・入るとこは決まってるわけだ。よかったな坊主」

 

「え?」

 

「そこのファミリア、男子禁制じゃないが女しかいないからな。がんばれよ」

 

「何をですか?」

 

「そりゃぁ・・・・夜n・・・」

 

「それ以上余計なことをこの子に喋らないでもらえますか?でないと・・・私はいつもやりすぎてしまう・・・」

 

リューさん!?ナンデ!?ナンデ怒ってるの!?

目が怖い!!

 

「わ、わりぃわりぃ。もう行っていいぞ。あっちも出てきたしな。じゃあなー坊主」

 

そういってハシャーナさんはまた検問の方に戻っていった。

それと入れ替わるように笑顔を纏ったアーディさんとどんよりとしたアリーゼさんが帰ってきた。

どうしたんだろうアリーゼさん。「そ、そんな・・・私はただ可愛い弟を可愛がっていただけで・・・い、いや、将来的には同じ派閥内なら問題もないはずだし・・・うぅぅ」なんて言って暗くなってるけど・・・。

僕は心配になって声をかけた。

 

「アリーゼさん?大丈夫?」

 

「えっ、ええ大丈夫よ!!大丈夫!!あなたのお姉ちゃんは一緒にお風呂に入って不埒なことを考えてなんていないわ!!!」

 

駄目かもしれなかった・・・・。

アーディさんもリューさんに「気をつけなよーホント。純粋な子だからって変なことしないようにさー」と忠告して僕に向き直って

 

「ごめんねベル君!!えっと、派閥は違うけど会うことはあるだろうかこれからよろしく!!」

 

「あっ、はい。よろしくおねがいしますアーディさん」

 

アーディさんと握手をしてリューさんと手をつないで門をくぐり見たこともないオラリオの光景に驚かされながら歩いていく。

途中何処かのファミリアが遠征から帰還したとかで人だかりができて少しだけ眺めたけど。

少ししてからアリーゼさんも切り替えたのか僕の手を握って歩く。

向かうのは今日から僕が暮らす家。アストレア様も待っている家。

『星屑の庭』というらしい。

ファミリアのホームの前についてアリーゼさんは立止まり僕に笑いながらこう言った。

 

 

 

「ベル、ようこそ。オラリオへ」




ベル君はアリーゼ、輝夜、アストレアとは入ってます。特にその辺はベル自身が落ち込んでいたのもあって気にしていなかったのが理由。お爺ちゃんとアストレア様大好き眷属たちは血の涙を流しました。


アーディは正史で15歳で死亡なので15歳から+6年(暗黒期時ベル7歳+6年=13歳)で21歳として考えています。

他のキャラもそんな感じで計算してはいますが苦手なので若干おかしいこともあるかもしれないです。
(まぁ一々誰が何歳かなんて書かないケドネ!!)
レベルに関しては1か2上がってる感じで。6年なら2つくらい上がるんだろうか・・・うーん


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〜怪物祭
ダンジョンに行くのに色仕掛けは必要だろうか


お気に入り100越えありがとうございます。
がんばります。


ダンジョンに行くのに色仕掛けは必要だろうか?

ダンジョン、それは数多の階層に分かれる無限の迷宮。凶悪なモンスターの坩堝。

富と名声、あらゆるモノを求め神の恩恵を授かれば命知らずな冒険者達の仲間入り。

響き渡るは悲鳴、怪物共の咆哮、ぶつかる鉄と魔法の音。

 

そんな危険地帯に今、私はいる。

胸元を緩め、上目遣いで『パーティに入れてほしい』などと色仕掛けをして懇願して入れてもらう。

・・・・ダンジョンに潜入調査、いや、色仕掛けは間違っていないだろうか?

 

結論。

何もかもあの男神が悪い!!!!!

 

 

『ローリエ、この羊皮紙に書いてある"ファミリア"にソロを装ってパーティに潜り込んで内部の情報を探ってほしい。お前の器量なら問題なくポロっと吐いてくれるさ。え?やり方?それは色仕掛けさ。エルフの自分にはできない?おいおい、オレはヘルメスだぜ?可愛い眷族のできるできないは把握している。お前は優秀なエルフだ。こんな任務は朝飯前サ!!』

なんて胡散臭い優男の笑みとともに命じられて嘆く暇もなく送り出された!!

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオッ!!」

「嫌アアアアアアアアアアア!!!!」

 

エルフらしからぬ不誠実な真似、我等が奉ずる大聖樹が許す筈もなかったのだ。恨む、タコ殴りにしてやります。ヘルメス様・・・。

 

結果、私は武器を失いダメージを負い、パーティを組んでいた者たちにも置き去りにされて雄牛に追いかけられている!!

 

「そんなに女が良いのかぁっ!!」

 

今までコレだ!!と思える所謂『真実の愛』などというものに出会うこともない生娘(おぼこ)状態だった。

だったというのにまさか男達に置き去りにされた挙句、雄牛に追いかけられ胸が高鳴るなどあっていいはずがない!!

 

「これは愛などではなく、生命の危機だアアアア!!!」

 

私は走る。走る。とにかく走る。走る以外にない!!だって!!武器が!!無いんだから!!

「ヘエエエエルメス様アアアアアアアアアア!!!!」

 

――――そんな時だろうか。

何か誰かが呼んだような気がしたのは。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「『こっちに来い』ッ!!!」

 

「ヴォッ!?」

 

「よし、このまま・・・えっと、まっすぐ向かったルームにっ輝夜さんが待ってっるからそっちに誘導っ!!」

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「―――やっぱ怖いぃっ!?」

 

僕は恩恵を貰ったときに発現したスキルの効果を検証するために今、ダンジョン5階層にいる。

そんなときに、雄牛・・・ミノタウロスの咆哮と女の人の悲鳴が聞こえ輝夜さんに

「ここで待っててやるから誘導してみろ」と言われて僕がいる通路の横を金髪のエルフさんが通り過ぎてミノタウロスが通過しかけたところを、僕が距離を保てるであろうギリギリの所で『誘引』した。

 

 

でも、初めて敵意を向けてきたモンスターがミノタウロスだなんてハードルが高すぎるっ!!

なんでいるの!?アリーゼさんたちやアドバイザーのエイナさんに聞いた限りじゃ15階層にいるはずなのにっ!?

 

 

「か~ぐ~や~さぁ~~~んっ!!」

 

 

「戯け!!一々大声を上げなくてもわかるわっ!!そのまま姿勢を低くして走れ。細切れにしてやる!!」

 

僕は素直に輝夜さんの指示に従う。

そのまま輝夜さんの後ろにすれ違うように滑り込んだところで転んで壁に背をぶつける。

 

「ぐえっ」

 

ズバッ!!

ビチャッ!!バシャッ!!

 

「ひぇっ!?ナンデ!?」

 

指示に従ったのに輝夜さんはミノタウロスとすれ違って即座に僕に血がかかる様に細切れにした。

待ってよ、話が違う。血まみれになったんじゃ何のために輝夜さんの背後に回ったのかわからないよ!?

 

「兎のトマトソース添え・・・ふふっ」

 

「輝夜さぁん!!」

 

 

僕はすっかり真っ赤にそまって、所謂『トマト野郎』にされてしまった。

輝夜さんは悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑っている。

僕が所属しているアストレアファミリアの中で意地悪なお姉さんだ。

ギリギリで走って少しばかりのダメージを負って涙目になりながら僕は意地悪なお姉さんこと輝夜さんを睨む

 

「悪かった悪かった。そんな顔をするな。ほら、涙を拭け。立って歩けるか?」

 

「・・・ちょっと背中が痛いです」

 

「さっき滑り込んで器用に背中をぶつけていたみたいだからそれだろう。ほら、ポーションを飲んだら帰るぞ。」

 

輝夜さんは僕にポーションを渡しに近づき、そのまま僕をおぶった。

えっ、着物に血が・・・

 

「輝夜さん?着物に血が」

 

「気にするな。汚れてはいけない格好でそもそもダンジョンなんぞに入るか」

 

「あっそっか。じゃあ、一回バベルでシャワーを浴びて帰るの?」

 

「いや?」

 

「え?」

 

バベルでシャワー浴びずに僕このまま帰らされるの?嘘でしょ?

そんなことを思っていると輝夜さんはまたクスクスと笑う。

 

「たまには私も殿方と混浴したくなりましたので。しっぽりと洗いっこなどいかがでございますか?」

 

「はぇっ!?ちょっ!?輝夜さん!?」

 

輝夜さんのこういうときは僕のギリギリを精神的に弄ってくる。

嫌な予感しかしない!!

どうしよう!!どうやって逃げよう!?

アリーゼさんたちと入るのは昔からだし少しは恥ずかしいけど慣れっていうのもあるけど輝夜さんのは言葉遣いといい、こう、いけないことをしている気持ちになって羞恥心が湧き上がってくる!!

そんなことを考えているのがわかったのか、輝夜さんは真顔になって

「―――拒否権はないからな」と圧をかけた。

 

「・・・・ぁぃ」

 

ダンジョンに虚しい兎の声がひび・・・響かなかった。

 

(15階層にいるはずのミノタウロスが上層に・・・。異常事態か?たしか期間的にはロキファミリアの遠征隊が帰ってくる頃合か?さっきの小娘は巻き込まれた?まぁギルドには伝えておくことに変わりはない・・・か)

 

輝夜はミノタウロスがなぜ上層に現れたのか思考しながら血塗れの兎を背負って地上へと向かう。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「おい!!アイズ!!クソ牛はどうした!!?・・・ってなんだありゃぁ。ぷっ、トマト野郎が正義の眷属様に背負われてお帰りかよっ!!」

 

灰色髪の狼人、ベート・ローガは自分より早く走っていったアイズ・・・金髪、金眼の少女に聞くもアイズの目線の先にいる2人を見て笑い出す。

アイズはムッとしながらも

 

「・・・えっと、ミノタウロスはあの着物の人・・・輝夜さん?が倒してました」

 

「けっ、んじゃあ逃げたのはこれで終わりだな?」

 

「はい。」

 

「じゃあ帰るぞ」

 

「はい」

 

 

ベートはそういって遠征隊へと合流しに行く。

遅れてアイズも向かうが、考えていることは違った。

 

(あの子・・・魔法?なんだろう、モンスターを挑発した?でも何か違うような・・・)

 

 

少女・・・ベルがミノタウロスに声をかけたところは見かけた。

何を追いかけていたかは見えなかったが、誰かが追われていてそれをあの子が引き付けたのだろうと結論付けた。おそらくは、輝夜の指示で。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

ベル・クラネル

所属派閥:アストレア・ファミリア

Lv.1

力:I 77→82

耐久:I 13→20

器用:I 93→96

敏捷:H148→172

魔力:I 0

 

<<魔法>>

【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音(ゴスペル)

不可視の音による攻撃魔法。

スペルキー【鳴響け(エコー)

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

 

<<スキル>>

◻️人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

 パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

 アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

 反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物との距離・大きさを特定。

 対象によって音色変質。

 

◻️追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

女神アストレアは「ふぅー」っと息を吐きステイタスの更新を終える。

血濡れのベルが輝夜に背負われて帰ってきたので何事かと思えば、そのまま風呂場へ直行、艶かしいベルの悲鳴が聞こえた。

上がってきたころにはベルはヘトヘトになって女神の元に訪れステイタス更新をしてもらうために横になって眠っている。

 

『上半身裸でやってくるのは、どうなのだろうか』と思わなくもないが、恐らくは輝夜が「どうせ脱ぐんだ。だったら最初から脱いでいろ』と言って丸め込んだのだろう。

 

―――嫌ではないのよ?でも羞恥心は大事だと思うわ。

とは女神の言だ。

 

―――まぁ、出会った日から一緒に入ったりしてたわけだから、慣れちゃったのかもしれないけど・・・・でもまったく羞恥心がないわけではないのよね・・・。その証拠に輝夜たちが下着姿とか普段よりラフな格好で寛いでいるとオドオドしている時があるし。ギャップに弱いのかしら?

 

 

初めて恩恵を刻んでから数日。

初日は長旅の疲れもあり寝ている間に恩恵を刻み目覚めたときにステイタスを見せた。

たぶん、今までで一番喜んだ顔をしていただろう。と思いだす。

『私の家族になった証』を貰ったという喜びと『憧れの魔法』『義母と同じ魔法』が発現してそれはもう涙を流してはしゃいだ。

 

―――もしかしたら、私の眷属で初めてあそこまで喜んだのはベルくらいじゃないかしら。

 

今、アストレアのベッドでは少年がうつ伏せになってそのまま眠りに落ちている。

出会った当初より少しずつ・・・いや強引にだが明るくなってきていて喜ばしく思いつつもう一度ステイタスを見る。

 

「1つ目のスキルは、輝夜が言うにはおそらく通常時は『同等の強さ以下』は素通りしてしまうしベルの近くにいる人にも適応される。それも同行していた輝夜にさえ気づかずにゴブリン達が素通りしていたと。そしてアクティブ・・・これは何かトリガーを決めて呼びかけることでモンスターを誘引する・・・。でもおそらく1対1にできるわけじゃない。」

 

うーん、うーんと唸る。

この子が強くなれば怪物進呈されてもおそらく無事なはず。

でも、この子が強くなるためにはモンスターと戦うことが必須。けど1体だけを引き付けることはおそらく不可能。

 

―――戦い方に関しては、輝夜たち専門家に任せるしかないけれど。

3つ目の効果の反響帝位・・・この子は鳥だったの?兎じゃなくて?おそらく幼少期にアルフィアの"音"と例の"喋るモンスター"とが影響しているんでしょうけど。

 

またうーんと唸る。

 

―――2つ目のスキル・・・2つもスキルがいきなり発現するとは思わなかったけど、これは『成長促進』させるスキルってことでいいわね。恐らくこれは『アルフィアたちとの思い出』と『私達に出会った思い出』・・・過去への依存ではないでしょうけど、思い出が何よりの宝物ということかしら?

 

―――ミノタウロスに追われたらしいから元々高かった敏捷は高くなってるし、どう化けるのか楽しみではあるわ。

 

でも、でも、やはり2つともレアスキル。

そして、アルフィアと同じ魔法。

 

―――アリーゼが『魔法にばかり頼った戦い方はさせたくないので暫くは禁止にします!』と言っていたけれどちゃんと守っているみたいね。でも、この子の情報は自分の身を守れるようになるまで隠し通さないと危ないわ。

 

 

ベルが狙われる。そんなことになれば恐らく眷属たちはブチキレて何をしでかすかわかったものではない。それに碌でもないことをする神もいる。ガネーシャのように趣味、娯楽への優先度が低ければ安心もできるのだけど・・・。

と考えて、疲れて、女神は羊皮紙を仕舞い、ベルの横に入り布団をかぶる。

 

 

 

「・・・・ところで、どうして上層にミノタウロスがいたのかしら」




長くなってしまった・・・

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)
の饗宴は「宴」をギリシャ語で何かないか探しているときに見つけたもので発音が良くてつけました。
対象によて音波変質とは、強いモンスターであれば帰ってくる反応は大きいし、人であれば聞き取りやすい音になります。
慣れない内はすごく疲れます。
アリーゼたち親しい人物達においてはベルがよく抱きつかれたときに心音を聞いてるのでそれによって区別しどこにいるのかがわかるためミノタウロスとの追いかけっこのときに指示されていたとは言え、迷うことなく輝夜の元に行けました。
アリーゼ、リュー、輝夜、アストレア様はベルが安心できる音波に感じるので確実に場所を特定(信頼度の高さ)できます。
※ベルにしか聞こえないので、他の人物には聞こえません
強化種や変異種は普通に気づきます。

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)は、アリーゼ達と一緒に前に進みたいけどベルの『思い出を捨てたくない』『思い出を大切にしたい』という想いが形になって発現しています。


ステイタスの数値は、他の作者様方がどう考えてるのかわからないので、原作1巻P41を参考にしてます。


アストレア様はベル君に恩恵を見せるためにロックをせず、ベルが満足してからロックをしました。


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豊穣の女主人1

僕がオラリオに来てから・・・冒険者になってから半月ほどが経った。

つい昨日は輝夜さんと僕のスキルの効果を検証がてら『戦闘せずに何階層まで行けるか』をしてミノタウロスに遭遇し、血濡れのままホームへと帰宅し輝夜さんと強制的にお風呂に入り、

アストレア様の部屋でステイタス更新をしてもらっている間に寝落ちしてしまっていた。

何やらアストレア様は僕の背中に跨りながら『無茶はさせられてないかしら?』とか

『男の子の眷属は初めてだから、困ってることがあったらちゃんと教えてね?』とか

気を使ってくれている言葉が聞こえたけれど、僕はアストレア様の温もりと感触に包まれて夢心地だったから、そこから先何か会話をしたのかは覚えていない。

 

目が覚めたらアストレア様が僕の頭に手をやりながら眠っていたのできっと眠ってしまった僕を起こさないように一緒に寝てくれてたんだと思う。

お義母さん達がいなくなってから・・・正確に言えばあの夜、寝ぼけていたとは言えお義母さん達と話をしていた"黒い神様(エレボスさま)"を見てからだと思う。暗い場所が苦手になったのは。

 

『大切な何かを奪われてしまうんじゃないか』そんなことを考えるようになっていたんだと思う。

お爺ちゃんはそれに薄々気づいてはいたけど、解決することはできなかった。

 

だってお爺ちゃんは結局のところお爺ちゃんで、お義母さんの温もりを与えられるわけじゃなかったから。

 

アストレア様達と出会って一緒に暮らしたりするようになってからは、アストレア様とアリーゼさんが僕のそんな状態に気づいてか寝るときは必ず同じベッドで僕の胸に手を置いて『ぽん、ぽん』とリズムよく叩いてたり頭に手をやって髪を梳くように撫でてくれていたのを覚えている。

オラリオに来てから、マシになったとは言えそんな生活に変わりはないというか、習慣付いてしまってか僕個人の部屋はあれど、自分の部屋で寝ることはなかった。

 

そうしてあっという間に半月。

早いのかどうかはわからないけれど、今の生活はすごく楽しい。

団員数11名+1で一緒にいることが多いのは、やっぱりアリーゼさん輝夜さん、リューさんにアストレア様でからかわれたり弄られる事もあるけど、僕は楽しいよお義母さん。

だけど、お義母さん達が命を賭してまで望んだ『英雄』の姿はどこにもなかった。

僕にとってはお義母さんも叔父さんも英雄だし、僕を迎え入れてくれたアリーゼさんたちも英雄だ。

でもきっと、お義母さん達が望んでいるのはそれじゃないんだと思う。

 

 

■ ■ ■

 

「歓迎会をするわ!!」

 

その日の朝、みんなで朝食を食べているときにアリーゼさんがそんなことを言う。

アストレア様は知っていたような顔をしているけど、他の人たちは『何言ってんだこいつ』

と言いたげな顔で口をあんぐりと開けていた。

 

「歓迎会?」

「そうよ!」

「誰の?」

「ベルの!!」

「してませんでしたっけ?」

「してないわ!!色々忙しかったし気が付いたら半月経ってるのよ!!」

「何故、今日なのか教えていただけませんか?団長様。あ、ベル、そこの醤油取ってくれ」

「あ、はい、どうぞ輝夜さん」

「だって、もうじき怪物祭(モンスターフィリア)よ!?忙しくなるじゃない!!」

「そうは言っても忙しいのは全員ではないでしょう?ベルはオラリオが初めてだから見回りをさせるつもりはないってこの間言っていたし」

「アリーゼも一緒に見て回りたいとその分、自分の仕事の量を増やしていたじゃないですか」

 

 アリーゼさんと団員の人たちとで話し合いが進んでいく。

怪物祭(モンスターフィリア)?なんだろうそれは。

 

怪物祭(モンスターフィリア)というのはね、ベル。ガネーシャ・ファミリアが催すオラリオのお祭りの1つよ。」

僕が疑問に思った顔をしていると横に座るアストレア様が教えてくれた。

何でも、モンスターを調教して手なずけるのを見世物にしたお祭りらしい。

 

「というわけで、今日の夜は外食ね!!たまにはいいでしょ!!」

 

「あーまぁ、わかった。行って来い。どっちにせよ全員は無理だしな。ホームを無人にするわけにもいかないし、巡回もあるし」

 

話は纏まってライラさんがいつものメンバーで行って来いということで話は片付いたらしい。

曰く、『たまには外食がしたいから丁度いい理由にしたかった』ということらしい。

 

「じゃー、ベル、今日はダンジョンで"魔法"も使いながら戦ってみましょっか!!」

 

「――――えっ!?魔法使っていいんですか!?」

 

「5階層より上で『誘引』を使って複数を相手に戦ったりしてたんだし、そろそろいいかなって。」

 

「待ってくださいアリーゼ。ベルはまだ魔法を使っていない、つまり精神疲弊(マインドダウン)を起こす可能性がある。『魔法を使っての戦闘』なら魔力を伸ばしてからでないと無理だ」

 

アリーゼさんの提案にリューさんは異議を唱える。

なんでも、精神疲弊(マインドダウン)を起こせば気絶してしまうとかで、ステイタスを更新すれば魔力は伸びるけどそうでもない状態でマジックポーションを使っては倒れてを繰り返しても時間が掛かりすぎるのでは?

ということらいし。

 

「うーん・・・そうねぇ・・・確かに使うたび倒れるんじゃベル自身が魔法を確認できないわね。うん、じゃあ今日はお昼まで6階層までを回って終わりにしましょっか。

その後に試し撃ちってことで」

 

「――――はいっ!!」

 

 

その日、1度だけ、ダンジョンの一角で鐘楼の音が鳴り響いた

 

■ ■ ■

 

その日の夕方、メインストリートを歩みリューさんの友人がいるという酒場に向かっている。

暗くなり始めていて徐々に酒場を中心に盛り上がりを見せる大通りは熱気が漂い、足を進める亜人(デミヒューマン)達も釣られるように表情を明るくしている。

暗くなり始めているのと、田舎者くささが残っているのかキョロキョロする僕を見かねて輝夜さんは手を引いて歩く。

『誰もお前から奪ったりなどせんから落ち着け』と言いながら。

 

そうして到着した2階立てで奥行きのある石造りの・・・もしかしたら周りにある酒場の中でも一番大きいかもしれないお店に到着した。

名を豊穣の女主人というらしい。

 

豊穣・・・豊穣・・・

 

「――――ベル、言っておきますが『えっちな接待をしてくれる』お店ではありませんので勘違いされませんよう。クスクス」

 

「なっなっ、そんなことっ、考えてないよ!?」

 

「ほほーう?まぁ?普段からお金を払わねば体験できない思いをしておりますものね?クスクス」

 

「うぅぅぅぅ」

 

「輝夜、あまりベルを困らせないで上げてね?」

 

真っ赤になる僕に助け舟を出してくれるアストレア様に感謝しつつ僕達はお店の中に入る。

お店のカウンターでは恰幅(かっぷく)の良いドワーフの女将さんがいて、

ネコ耳を生やした獣人・・・キャットピープルのお姉さんがてんてこ舞いに動き回っていたり客から注文をとるウェイトレスさんがいて全員が女性だった。

 

「あっ!!ご予約のアストレア・ファミリア様ご案内でーす!!」

 

僕たちに気づいた薄鈍色の髪をしたお姉さんが予約していた席に案内してくれた。

途中、僕に目が止まったのか

 

「君・・・・女の子・・・?んんん??」

なんて言うものだから

 

「―――あの、僕やっぱり髪切ります」

 

と言ってしまった。

 

 

長い夜はまだまだ続く。美味しい物をいっぱい食べよう。うん、そうしよう。

 

■ ■ ■

 

「―――それでアリーゼ。ベルの魔法はどうだったの?」

 

「えぇ、確かにすごかったですよ。ただ・・そのー・・」

 

「「??」」

 

「ベル、魔法を撃つ時にナイフの切っ先をルームの壁に向けて撃ったんですけど、魔法が発生した後にナイフが砕けちゃったんですよね」

 

「―――はい?」

 

「まあ、サイズ的にライラのお古のナイフを使ってたってのもあるんですけど、この子の成長速度に見合う武器ってそもそもあるんでしょうか?」

 

食べながら、アストレア様は今日の成果をアリーゼさんに聞く。

アリーゼさん曰く、魔法を撃つたびに武器が破損するんじゃ意味がない。最終的にステゴロになってしまう。と。

撲殺兎なんて誕生させたくない。と。

 

「うーん・・・そうねぇ。明後日ガネーシャのところでパーティがあるからヘファイストスに相談してみるわ」

「はい、お願いします。アストレア様」

 

「いいんですか?その、、」

 

「―――いいのよ、お金の心配は。むしろちゃんと見合ったものを使わないと余計に高くつくわ」

「その分、がんばって強くなってくださいね、ベル」

 

アストレア様に気にしなくていいと言われ、リューさんにその分成果を出してくれれば問題ないと言われて僕は少し、楽しみになった。

 

「あの、ところで・・」

「どうしたのベル?」

 

僕はさっきから気になっていたことを聞いてみようとした

 

「あそこの団体席、どうしてあいてるんでs「ご予約のお客様、ご案内ニャーー!!」・・・やっぱりなんでもないです」

 

 




長くなったので続きます


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豊穣の女主人2

■ ■ ■

「よっしゃぁ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

赤髪で糸目で変わった訛りをした女神様が音頭を取って、そこから【ロキ・ファミリア】の人達は騒ぎ出した。

『ガチン!』とジョッキをぶつけ合い、料理と酒を豪快に口の中へ運んでいく。

 

 

「――――おい、団長様よ」

輝夜さんは少し、不機嫌気味にアリーゼさんに声をかけた。

【ロキ・ファミリア】と予約が被っているなど聞いていないぞ。と。

でも、アリーゼさんも本当に知らなかったのか

「―――私も今知ったわ」と返すだけだった。

 

「何かあったのですか、輝夜」

「――あったも何も・・・昨日ダンジョンd「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!!」・・・はぁ言う前に始まった」

「どういうこと?」

 

輝夜さんは昨日、上層でミノタウロスと遭遇したこと。それが恐らく【ロキ・ファミリア】の遠征中に起こった異常事態(イレギュラー)によるものだろうということ。

そして僕とアリーゼさんがダンジョンに潜っている間にギルドに改めて確認に行ったことを教えてくれた。

アリーゼさんは「あらま」という顔。リューさんは「まさかそれを、自分達の不手際を酒の肴にすると!?」と表情を険しくしていた。

僕は別に殺されかけたわけでもなく輝夜さんの指示にしたがったまでのことで「あの金髪エルフさんを笑いものに?」と思っていた。

 

 

―――どうもそれは違ったらしい。

 

 

■ ■ ■

「・・・あの話?」

「ほら、あれだって、遠征から帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で見つけたときにいただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 

―――トマト野郎?モンスターのことかしら?

―――だとしたら新種でしょうか?

―――阿呆。なわけあるか

 

「そんでよ、いたんだよ、情けなくミノに追っかけられたんだろうな、頭から真っ赤に染まったやつがよ!」

 

―――あの金髪のエルフさんでしょうか?

―――私は見ていないから知らんぞ。金髪エルフなんぞ。というか、髪の色を言うな。どうでもいいわ。金髪エルフはリオンでお腹いっぱいだ。

―――輝夜、それはどういう意味だ

―――生娘(おぼこ)妖精はうちに1人いるから事足りる。そう言っておりますのがわかりませんか?

―――輝夜!!

―――リューさん!輝夜さん、喧嘩しないでぇ!!

 

「抱腹もんだったぜ、頭から血を浴びてよ、正義の眷属様に背負われてお帰りだなんてよ!」

「ふーん。それで、その子どうしたん?生きとるん?」

「ったりめーだろ、女に背負われて何か喋ってたんだからな」

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を浴びて…真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、きっと無様な駆け出しに狙ってやったんだろうよ!」

 

―――輝夜、ベルのことよね?笑いものにされてるわ。

―――あの時見ていたのか。ベル、気づいてたか?

―――さすがにそこまでは・・・

―――なら、悪いことをしたな。

―――ううん、気にしてないから大丈夫。

―――どうするの?これ、身内が笑いものにされるのは気分が良いものじゃないわ。結局のところあっちのミスを尻拭いしてあげたようなものでしょ?

―――私が行ってくる。ベルをトマト野郎にしたのは私の責任だ。

―――そう、じゃあやりすぎないでね?

―――戦うわけじゃあるまいし、大丈夫だろう。

 

「・・・・ベル?」

「―――どうしました?アストレア様?」

「その"金髪のエルフさん"は、どこの派閥の子なの?お礼とか・・・なにか言ってた?」

「えっと、金髪のエルフさんが通り過ぎたところを横からミノタウロスを誘引したので・・・・直接顔を見たわけじゃないですよ。ただ」

「ただ?」

「確か・・・・『そんなに女がいいのかああああ!!』とか『ヘエエエルメエエエス様アァァァァ』って言ってました。」

 

僕が金髪エルフさんの言っていたことを真似したらブフッとリューさんは噴きだしてアストレア様はむせていた。

「人を笑いものにするのは良くないと言っていたそばからこれは良くないわね。ごめんなさい。・・・あぁ、ありがとうベル、背中を摩ってくれて。」

 

そんなやり取りをしていると輝夜さんが狼人(ウェアウルフ)さんの背後に立ち

ロキ様はいることを知っていたのか、ニヤニヤとして

「なぁ、ベート、その正義の眷属様って後ろにおる子のことなん?」

と言った。

 

最初から僕たちがいることに気づいていた人達は「あぁ、やってしまった」なんて顔をしているし気づかずに笑っていた人たちは顔を青くしているし、

アリーゼさんに手を振っている人達がいて新顔がいることに驚いていた。

 

「ほーぅ?抱腹ものだったとはそれはそれは。かの名高きオラリオの双璧をなす道化の眷属様の腹筋を割ることに役立っていただけるとは光栄でございますなぁ?」

 

輝夜さんはベートと呼ばれている狼人(ウェアウルフ)さんの左肩に右腕を乗せもたれる様な姿勢になり耳の近くで、いつもの『悪戯をする時の顔』をしていた。

「あぁ?てめぇ・・・いつから!?」

 

「クスクス....仮にも五感に秀でた獣人の狼人(ウェアウルフ)様は(わたくし)達に気づきもしないとは、やはり(わたくし)達はちっぽけな存在ということでございましょうか?クスクス」

 

「ですが、ですが、このような場に来てまで新人を笑いものにするとはさすが都市最大派閥でございますなぁ?やはり、そちらでは『恩恵を与えてすぐにミノタウロスと戦う』というのは朝飯前なのでございましょうなぁ?クスクス」

 

人をおちょくる様な話し方にベートさんはイラつき出して輝夜さんを睨みつけていた。

でも、輝夜さんの腕を払うどころかまるで、押さえつけられているように見えた。

「まぁ、輝夜もあの人と同じLv5だし・・・酔いが回ってるなら押さえつけるくらいはできるんじゃないかしら?」

とアリーゼさんが言い、「まぁ輝夜ですし」とリューさんが付け加えた。

そういえば僕も輝夜さんと寝るときとか動こうとしてもまったく動けなかったけど、あれはただ単にレベル差があるだけじゃなかったのかな?

 

「そんな怖い顔しないでくださいませ。どうしました?発情期でしょうか?犬の交尾は長いとお聞きしましたし・・・・最大派閥で貴方様ほどの実力者であれば女子(おなご)に飢えることなどないと思いますが、そんなにムラついていらっしゃいますなら、今宵の夜伽のお相手くらいは・・・してさしあげましょうか??」

 

「はぁ!?何言ってやがるテメェ!!!」

 

「えっ!?輝夜さっムグッムームー!?」

 

「ベル、しっ!あなたは黙ってなさい!!大丈夫よ、取られたりしないから安心なさい!」

「ムゥ・・・。はい・・・あっえっといや、僕はなにも言ってないですよ!?」

「ベル、動揺しすぎですよ?」

「はぅっ」

 

胸板に指を這わせながら続く輝夜さんの発言にベートさんは驚愕の顔、僕は動揺してしまった。

何故だろう、なぜか、すごく嫌だった。

 あれ、輝夜さん?どうして僕のほうをチラ見して笑ってるんですか?

 

「あー・・・ですがさすがに(わたくし)、長時間も交わり続けるなど、とてもとても・・・ましてやレベル5の腰使いなど翌日は足腰が立たないかもしれませんのでお手柔らかにしてくださいますと助かります。

あぁ、それともあれでございますか?吼えるだけの声は大きいのにナニの方は子犬ちゃんほどのものなのでございますか?(わたくし)共の子兎様はなかなかいいものをお持ちでしたのに。クスクス」

 

さらに続けられた言葉にエルフ組は顔を俯かせ、若手の男性団員の人たちは内股になってキュッとしていたし、ベートさんは怒る気も起きなくなったのか口をあんぐりとあけて「こいつやべぇ」という顔をしている。

何でだろう、聞いてるだけですっごく恥ずかしい。

どうして僕を巻き込むんですか、輝夜さん!?誤解を生むことを言うのをやめてくださぁい!!

僕は恥ずかしさのあまりアリーゼさんに抱きついてローブのフードを深く被って顔を隠した。

 

 

「輝夜」

「ベート」

「「その辺にしておきなさい(しとき)」」

 

そこでアストレア様とロキ様による止めが入り輝夜さんは戻ってきた。

「今夜が楽しみでございますね?クスクス」

「輝夜さぁん!!」

「―――輝夜、やりすぎです。ベルに何かしたのですか?」

「なぁんにも???」

「―――ベルの顔が真っ赤じゃないですか。昨日の風呂場から聞こえた声と何か関係が?」

「いんや?関係ないが??ただ単にわき腹を弄っていただけだ」

 

はぁ。。とリューさんは溜息をついて話を終わらせ、輝夜さんは僕をニヤニヤしながら髪を梳くように頭を撫でていた。

 

■ ■ ■

「悪いなぁ、アストレア。おるんは知っとったけど、まさかベートの言う駆け出しの子が自分とこの子やとは思わんかったわ。いつ新人いれたんや?」

 

「半月前かしら」

 

「その前から自分とこの子供らちょいちょいオラリオの外に行っとったみたいやけど、それと関係あるんか?」

 

アストレア様たちと出会ったのはオラリオにくる6年前からだから・・・

そっか別の人とは言え眷族が何度も都市を出たり入ったりしていることになるから、怪しまれているのかな。

 

「―――まぁ、無関係ではないわ」

 

「ふぅん。まっ、悪いことしたな。お嬢ちゃんもごめんナー!!うちのアホが笑いもんにして!!あとでみっちりしばいとくから勘弁してなー!!」

 

「僕、お嬢ちゃんじゃないんですけど!?」

 

アリーゼさん、髪、切らせてくださいお願いします!!

特に気にしてなかったけど、女の子扱いされるのは何か、いけない気がする!!

 

■ ■ ■

 

「・・・・ねぇ、君」

 

「は、はぃ。ナンデショウカ・・・・アイズ・ヴァレンシュタインさん・・・」

 

そして今、僕は、金髪金眼の少女、アイズ・ヴァレンシュタインの目の前に座らせられていた。

 

「えっと、君のことが気になってて。話がしたいなって、だめ、かな?」

その言い方のせいで周囲からすごい殺気が飛んできてるんですが・・・。

あと顔が近いです!鼻と鼻がくっつきそう!・・・すっごい良い匂い!!?

 

「え、えっと??」

 

「ミノタウロスに追われてた時・・・その・・・私には君は駆け出しにしか見えないのに何の迷いもなくミノタウロスを誘導しているように見えたから」

 

やっぱりあの時見られてたんだ。

でも言い方的にベートさんより少し前からかな?

『誘導していた』というアイズさんの言葉に金髪のパルゥムさんと緑髪のエルフさんが「ん?」と反応を示した。

 

「何をしたのか、気になって・・・・その・・・」

 

「えっと・・・・」

 

どうしたらいいんだろう。

スキルや魔法は他人、とくに多派閥に言っちゃ駄目だって言ってたし・・・

悩んでいると、ぽん。と頭に手を置くアリーゼさんが背後にいて一言だけ喋った。

 

「何をしたも何も、『挑発』しただけよ?さっ、そろそろ帰りましょっか。ベル」

 

言うだけ言って、僕を脇から抱き上げて店を後にしたのだった。



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星乙女は留守にする

時系列:怪物祭前のガネーシャ・ファミリアでのパーティーらへん。
正史でのベル君、夜通し大暴走がないので普通にダンジョンに連れて行かれてる。


「ベルぅ、何拗ねてるのよ?」

「……拗ねてないです」

「いや、滅茶苦茶、拗ねてるじゃない。そんなにアストレア様が留守にするのが不満なの?」

「……だって3,4日は留守にするって」

「私達がいるじゃない」

「それは……そうだけど……」

「ふふふ、ベル、別にもう会えないわけじゃないのだから、そんなに落ち込まないで?」

 

 豊穣の女主人を後にして帰宅してすぐ僕達はまとめてお風呂に直行した。

「もう遅い時間だしちゃちゃっと入っちゃいましょ。その後ベルはステイタスを更新しておきましょ」ということで、すぐにお風呂を済ませて、輝夜さんたちは自室に戻りアリーゼさんと一緒に今、僕はアストレア様の部屋のベッドの上でうつ伏せになっている。

そこで、アストレア様に言われた言葉で僕は悶々としてしまっている。

 

「明日、ガネーシャのところのパーティーに行ってくるわ。それで、ヘファイストスに相談事をしてくるから、場合によっては3,4日は留守にすることになるわ」

 

そう、3,4日もいない……

気が付けば顔を枕に埋もれさせて「うぅぅぅ」と声を出してしまっていたのだろう。

アリーゼさんは僕をさっきから宥めてくれている。

 

「ベル、言っておくけど、怪物祭(モンスターフィリア)までの4日間はダンジョンにだって行くのよ?アストレア様とのんびりしている時間なんてそんなにないわ」

「……ぁぃ」

「よろしい!明日からは魔法もポンポン使って自分の力を把握していきましょ!大丈夫、私やリオンだって同行するわけだし!!」

「……ふわぁ。。」

「あれ、聞いてる?」

「―――はい、ベル、アリーゼ。ステイタスの更新、終わったわよ」

 

そうしてアリーゼさんは、アストレア様から羊皮紙を受け取る。

 

「えっとーどれどれーふむふむ。やっぱり、バグってません?ベル」

「情報が漏れないように気をつけてね?変な神に手をつけられたら困るわ」

「わかってます!ベルをあげる気はありませんよ!」

「……でしょうね」

 

 

 

ベル・クラネル

所属派閥:アストレア・ファミリア

Lv.1

力:I 82→H 120

耐久:I 20→I 50

器用:I 96→H 150

敏捷:H 172→G 230

魔力:I 0→H 60

 

<<魔法>>

 

【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式 【 福音(ゴスペル)

不可視の音による攻撃魔法。

スペルキー【鳴響け(エコー)

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

 

<<スキル>>

 

◻️人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

 パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

 アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

 反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物との距離・大きさを特定。

 対象によって音色変質。

 

◻️追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

 

 

「すぅすぅ……」

「あれ、寝ちゃいました?」

「みたいね。アリーゼも今日はこっちで寝たら?」

「えっ、いいんですか!?枕持ってきます!!」

 

翌朝、目が覚めると僕はアリーゼさんとアストレア様に挟まれていた。

アリーゼさんのレベル差もあって身動きができないし、

アストレア様もアリーゼさんもネグリジェを着ていたけど2人とも少し素材のせいなのか中身が少し透けて見えて、裸を見るよりなんだかいけない気分になったのでもう一度眠りに落ちることにした。

お爺ちゃん、女の人ってすごいです。

 

■ ■ ■

 

「―――はぁっ!!」

「ベル!足を止めちゃ駄目よ!!あなたのスキルを考えたら単体との戦いより乱戦を視野に入れなさい!一撃入れたら離脱、もしくはすれ違い様にでも複数体に攻撃して距離をとること!」

「―――はいっ!!」

「敵が固まってるなら容赦なく魔法をぶち込んじゃいなさい!!」

「――――福音(ゴスペル)ッ!!!」

「ひぇーやっぱすごいなー新人とは思えないよ。」

 

朝食を取ってダンジョンへと向かう途中に休暇中のアーディさんに出会い

「え、ダンジョン行くの?一緒に行っていい?」とアーディさんがパーティに加わりやってきたのは6階層。

道中僕のスキルの効果でモンスターが無反応だったのを倒しながら進んできたので、アーディさんは「モンスターに無視されるって不思議な感覚だね」とか「……暗殺兎(アサシンラビット)」なんて言っていたけど、今日は初めての6階層で魔法を使っての戦闘を行っている。

 それで、6階層から出現する全身が影でできているウォーシャドウをスキルを使って『誘引』して複数を相手に戦っては処理しきれない数が集まっては魔法を使って処理している。

アリーゼさんは

「6階層で漸く10体いたら3体は反応するって感じかしら?となると7階層で……でもまたステイタスを更新したらわからないわねきっと。遠征に連れて行けるようになれば無駄な戦闘を省ける……フフフ」なんて僕の戦闘を見ながら言っているけど……

一通り倒しきり僕はアリーゼさんとアーディさんのいるルームに戻る。

 

「ふへぇ―――ベル君、強いね。っていうかおかしくない?」

「でっしょーすごいでしょー私のベル!」

「……なんで"私の"なのかな?また変なことしてたりしないよね?」

「し、してないわ!ほんとに!!」

「……まぁいいけど。おつかれ、ベル君。はいタオル」

「あっふ、ありがとうございます。アーディさん。アリーゼさん、今日はどれくらいするの?」

「うーん、そうねぇ……持ってきた武器が5本あってそのうち2本がお釈迦になっちゃったから残り1本になったら帰りましょっか」

「はいっ」

「あぁ、でも次沸いたら一度"スペルキー"使ってみましょ。たぶん今もさっきの魔法の余波?が残ってるんだろうし」

 

今後の方針を確認して、また沸いてきたウォーシャドウを複数『誘引』して僕は

鳴響け(エコー)!!」と唱えた。

すると、壁から音が反響してまるで見えない衝撃波にでも襲われたかのようにウォーシャドウが潰れて灰へと変わり僕が持っているショートソードが砕けた。…あれ、ちょっと振動してる?

「キャッ!!」「えぇっ!?」

とアーディさんとアリーゼさんの声が聞こえて振り向くと、持ってきていた僕用の予備の武器が全て砕けていた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。びっくりしただけだから。あははは」

「私達には何も起きてないから安心してベル。……って武器が駄目になっちゃったし今日は切り上げましょっか。」

「うん……」

「どうしたの?もっと戦いたかった?」

「そうじゃなくって、毎回武器が壊れてたらお金が勿体無いなぁって」

「まあ安いのを使わせてるのもあるけど、確かに毎回お金がかかっちゃうわね。」

 

僕、【破産兎(ブロークラビット)】なんて呼ばれたら嫌だなぁ……

ダンジョン探索を切り上げて地上へ上がって換金を済ませてお昼をどうするか話していると昨日の酒場にいたロキ・ファミリアの緑髪のエルフさんとばったり出くわし声をかけられた。

横にはクリーム色の髪のエルフさんがいる。

 

「ベル、ちょっとエルフだったら誰でもいいの?まさかエルフ好きだったの?」

むにゅり。とアリーゼさんにほっぺを引っ張られムニムニされる。

「い、痛っ、くすぐったい、や、やめぇ・・・」

「アリーゼぇ・・・」

 

「……昨日はうちの者がすまなかった。」と謝罪され、困惑している僕にアーディさんが紹介を入れる。

「あぁ、そっか。ベル君はオラリオに来たばかりだから知らないんだっけ。この人はロキ・ファミリアの副団長。リヴェリア・リヨス・アールブさん。二つ名は【九魔姫(ナインヘル)】レベルは…たしか6でしたっけ」

「あぁ。それであっている。そして私の後ろにいるのが……」

「アリシア・フォレストライト、Lv4です。よろしくお願いします」

 

その後、お互いに自己紹介をして一緒にお昼を食べることになりリヴェリアさんはアリーゼさんに「あの子がアルフィアの子ということか?」と聞いては「……まさか奴に子供がいたとは」と少しショックを受けていた。

そしてアリーゼさんがリヴェリアさんなら僕の魔法を分析してくれるんじゃないかと話していて、リヴェリアさんが言うには

「実際にこの子の魔法を見ていないからわからないが……詠唱が同じでも完全にアルフィアと同じということではないのだろう。まして奴が魔法を使って武器が破損したなど聞いた覚えがない。

ベル…君が武器が砕ける前に振動していたということだが…もしかしたら、擬似的な【付与魔法(エンチャント)】としての効果もあるのではないか?刃が振動していれば切れ味も上がるはずだ」

ということらしかった。

 

■ ■ ■

『神の宴』、つまるところ下界にそれぞれ降り立った神達が顔を合わせるために設けられた会合だ。

どの神が主催するのか日程はいつなのか、そのような決まりごとは全くもってない。ただ宴をしたい神が行って、ただ宴に行きたい神が足を運ぶ。

神達の気まぐれと奔放さの一面がここに示されていた。

 

「本日はよく集まってくれたみなの者!俺が!ガネーシャである!!今回の宴も・・・・・」

 

と今回の宴の主催者ことガネーシャが挨拶をしている。

場所はガネーシャ・ファミリアの本拠、【アイアム・ガネーシャ】だ。

構成員達の間でも不評らしく、彼等彼女等は泣く泣くこの建物を出入りしているらしい。まぁ、入り口が胡坐をかいた股間の中心なのだから無理もないのだけれど。

宴の目的は【怪物祭(モンスターフィリア)】の開催にたいしての協力を求めてのもの。

 

『おお、アストレアだ』『膝枕してもらいたい女神No1のアストレア様だ』『アストレアたまー!膝枕してくれー!!』

『最近、ショタ?少女?を迎え入れたって聞いたぞ』『まじか』『一緒に寝てるとか』『よし、男だったらぶっころ☆』

『やめろやめろ、眷属たちに殺されるぞ』

 

……聞こえない。何も聞こえない。なぜ同衾しているのが噂になっているのか、私は知らない。

私は今、この宴で探し人ならぬ探し神を探しているのだけれど、見たくないものを見てしまっている。

―――う、うわぁ

私の視界に入ったのは【ツインテール】で【胸の大きい】【幼女】のような女神ことヘスティアがタッパに料理を詰めている姿だった。

―――ベルがこの間『アストレア様!じゃがまる君の神様っていたんですね!!』『じゃがまる君を食べると眷族にされるって本当ですか!?』なんて言ってたけど、まさかそれがヘスティアだったなんて。

というか、ヘファイストスの所で居候?してるんじゃなかったかしら。

 

「あら、アストレアじゃない」

「ヘファイストス、久しぶりね」

「久しぶりってほどでもないでしょうけど……そうね、久しぶり。どうしたの?何か浮かない顔してるけど」

「い、いえ、アレを見ちゃったものだから」

私はヘスティアのことを指差しヘファイストスに答える。

ヘファイストスは頭痛が痛いとでも言いたげに頭を抑えて「あの子は・・・」とつぶやいた。

 

「ねぇ、ヘファイストス?」

「……どうしたのよ」

「ちょっと相談事があるのだけれど……時間あるかしら?」

「それは最近入った子のこと?」

「えぇ。ちょっと武器を見繕ってほしくって」

「……まぁ、あんたの頼みを断れるわけでもないし聞くだけ聞いてみるわ。それで?」

 

私はヘファイストスに事情を話す。

魔法を使用すると武器が壊れてしまうこと。

成長が早すぎるのでそれに見合う武器を作れないか。と。

ヘファイストスは少し訝しげに私を見つめて、溜息を吐いて

「………私が作ってあげるかわりにその間、仕事を手伝ってくれるならいいわよ」と答えてくれた。

 

「ありがとう。助かるわ」

「貸し1つだからちゃんと覚えておいてよね」

と一通りの話が終わり私達はヘファイストス・ファミリアの工房へと向かう。

 

「だぁーヘファイストス!!まだ料理がッ!!」

「みっともない!!やめなさい!!意地汚いのよ!!」

「な、なにをぉぉ!?」

 

 

―――ず、頭痛が痛いわ。早く癒し(ベル)に再会したいわ




書いてるとつい長くなっちゃう


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アストラル・ナイフ

アストレア様→ヘファイストスの部屋で書類仕事をお手伝い
ヘファイストス様→ベル専用の武器作成
ヘスティア様→ジャガまる君のバイト
某女神様→ちょっかいだしちゃお


僕は、暗い場所が嫌いだ。

お義母さんと叔父さんがいなくなる前の晩に現れたあの暗闇を纏ったようで冷たい瞳をした真っ黒な神様(エレボス様)を思い出してしまうからだ。

2人がいなくなってから、悪夢のようにあの晩、扉が開いたところに立っていたあの瞬間が僕の脳裏をチラつく。

別に何か怖いことを言われたとか、話したことがあるわけでもないのに、ただただ『大好きな二人』を連れて行かれたという現実を叩きつけられたあの絶望の朝が、影が、暗闇が、僕を苛んだ。

まともに眠れるようになったのは――――アストレア様達に出会ってからだろうか。

だからどうか―――ーどうか、僕から大好きな人を取らないでください。

 

■ ■ ■

「よぉー、待たせたか?」

「いいえ、少し前に来たばかり」

 

手を上げ気軽に声をかけてきた神物(じんぶつ)に、美神――フレイヤはフードの下で浅く笑った。

対面するは淡色の朱髪、黄昏時を連想させる髪を後ろで結わえる彼女はくたびれたシャツとパンツという、どこかだらしない男のような印象を周囲に与えさせる。

欠伸(あくび)を噛み殺しつつ、涙目になりながら、ロキはにへっと笑みを作った。

どうやら、まだ朝食を食べていないらしく店員を呼んでは注文をしていく。

 

「あなたの後ろに立っている子は?」

「とぼけんなや、知っとるクセに。アイズや。これ以上に何も紹介なんかいらんやろ。アイズ、こんなんでも一応神やから、挨拶だけはしときぃ」

「……こんにちは」

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。神達の間でも殊更話題に上がる【ロキ・ファミリア】の代表ともいえる女剣士。その名と武勇はオラリオを超えて世界に轟き渡らせる彼女の説明は、確かに今更不要なものだ。

少しばかりの世間話をして、ロキは本題を切り出すように糸目にしている目を開いて睨みつけるようにして言葉を発する。

 

「率直に聞く。今度は、何をやらかす気や」

「何を言っているのかしらロキ?」

「とぼけんな、あほぅ」

 

神の威圧に偶々料理を運んできた従業員は圧倒され固まってしまっている。フレイヤはそんな彼に優しげに微笑むと、彼は目をはっと開いてその場を退散する。

誰もいなくなったのを確認して視線を戻すと、ロキは猛禽類のように変わらず鋭く構えていた。

 

「最近、こそこそ動いとるみたいやん、自分。興味ないとかほざいておった【宴】に急に顔を出すわ、出したと思ったらすぐ帰るわ、さっきの口振りからして情報収集に余念がないわ……今度は何を企んどるんや」

「企むだなんて人聞きが悪いわよ?」

「じゃかあしいわ。……お前が妙な真似をするとロクなことが起きひん。こっちに面倒が及ぶようなら……潰すぞ」

 

蛇をも射殺すかのような視線の応酬が続き、いつしか店内はフレイヤ達の貸切状態になっていた。永劫に続くかと思われた無言のやり取りであったが、おもむろにロキは脱力し、確信した口調で声を打つ。

「……どこぞのある女神が、これまたどこぞの【ファミリア】の子供、それも"男"を気に入ったっちゅう、そういうことか」

フレイヤの男癖の悪さ(・・・・・・)は、神々の間では周知の事実だ。

気に入った異性、もっぱら下界の子供達を見つけてはすぐにでもアプローチを行い、その類ない『美』を用いて自分のモノ(・・)とする。魔性ともいえる彼女の『美』にとりつかれ虜となった者は数しれない。

 

「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構いなしか」

「あら心外ね。分別くらいあるわ」

「抜かせ、男神どもも誑かしとるくせに」

「彼等との繋がりは色々と便利よ?何かと融通も利くし」

 

言うだけ言って、もう問いただすこともなくなったのか、ロキは椅子をギシっと音を立てて背もたれに体重をかける。

「んで?どんなヤツや。今度の自分の目に止まった子供ってのは?いつ見つけた?」

さっさと教えろ。とロキは口端を吊り上げ、それくらい言えと要求し言わなければ帰さない。と興味津々さが目から伝わっていた。

 

「……すぐに泣いてしまうような純粋な子よ。淀んでいて、だけどそれが浄化されつつあって、とても美しかった。今まで見たことがない色をしていたわ。淀みが完全になくなった時、どんな色が顔を見せるのか楽しみで仕方がない。そんな色。」

見つけたのは偶然、偶々、視界に入っただけだと言葉を続け……外をふと見て、フレイヤの動きが止まった。

その視界に映っていたのは『白い髪の少年』だが、ロキも剣姫も気づいてはおらず、いや、アイズだけはどこかで見たような…くらいの反応をしてはいたが。

「ごめんなさい、急用ができたわ。また今度会いましょう?」

「はぁ?」

ぽかんとするロキを置いてフレイヤはローブでしっかりと全身を隠し、店を出て行った。

 

「………仮に、仮にもし、【正義の眷属】の新入りの子やったとしたら」

まじで消されるぞ。とロキは零すもその言葉が美神に伝わることもなく風音で虚しく消えていった―――。

アイズは何のことやらわからないといった顔をしているが・・・・

 

アストレアの子供達にしてもそうや。あの戦いから1年経って、やたらオラリオの外に出入りするようになって、んでもってそっから新入りが入るまでの"6年"その期間で力をつけてきおった。11人で。ランクアップこそ全員が全員しているわけではないけども。それになにより…白髪に腰まで伸ばした髪。んでもって【ヘラ】のエンブレムの入ったローブを堂々と着とる。……リヴェリアは危険な子じゃないとは言うし、うちもあの子らを敵に回す気は更々ない。けどもや、もし仮にあの子に手を出すようなもんなら、眷属たちどころかそれこそ大神の妻(ヘラ)が潰しにくるぞ。うちならそうする。うん。いや、マジで。

 

■ ■ ■

「どうしよう………さっそくはぐれた。」

 

今日はフィリア祭、アストレア様とどこかで合流できることを願ってアリーゼさんが「せっかくだしお姉ちゃんとデートしましょ!!え?いつも一緒に出歩いてるから変わらない?何言ってるのよ、こういうのは気分なのよ気分!!」

と言ってアリーゼさんに手を引かれて連れ出された。

服装は、リューさんのお古だけど僕にはちょうどいいサイズで、なんなら「どうして同じ服をリューさんは複数もっているんだろう」と思うようなもので、真顔でブルマを渡してきたので「さすがにちょっと…」と断ったら、「ハッ!?すいません!!ベル!!いつも自分が着るときの癖で!!」と言われてアリーゼさんと3人で笑っていた。

髪型はアリーゼさんが『せっかくだからお揃いにしましょ!!』というのでポニーテイルにしている。

酒場の件で女性に間違われるのが何だかちょっと嫌で、アリーゼさんに切らせてほしいと相談したら、『ううーん』と悩ませてしまった。

 

そんなこんなで手を繋いで出かけたはずなのに、気が付けば人ごみで流されてどこにいるのかもわからなくなってしまった。

どうやら僕のスキルは人の多いところだと波長がぶつかり合ってしまって、アリーゼさん1人を探すのは困難だと即座にわかった。久しぶりに1人になってしまって、僕はひどく心が揺れてしまっている。

いつ振りだろう、1人ボッチになるのは。

心細い。寂しい……いつも手を握ってくれる人がいないとこうも不安定になってしまう。

 

「やだなぁ……アリーゼさん見つからないし。アストレア様は帰ってこなかったし」

そう零しながら空を見上げて、アリーゼさんに言われたことを思い返す。

『ベル、もし逸れたらコロシアムを目指しなさい。人の波についていけば嫌でもたどり着くわ。そこで合流しましょ!』

はぁー。と溜息をついて人ごみに身を任せて心細さを誤魔化しながら進んでいく。

そうこうして東のメインストリートを進んでいくと途中、出店があるのをみつけて人ごみに疲れてしまった僕は抜け出して広場に脱出し何か食べようかを考えて、でも、やっぱり食欲なんてなくて少し休もうと思って座りこんでしまった。

 

お義母さんだったら、『祭りごときで煩わしい連中だ。モンスターなんぞ勝手に調教していろ。』なんて言って、周囲の空気を葬列に変えちゃうんだろうなぁ。

「―――!」

座り込んで、俯いて、ちょっぴり涙が出そうになって、こらえるように空を見上げて……

             「――ル!」

あの時も、出会ったときも確か、こんな風に天気が良かったんだっけ。よく覚えてないけど。

                                     「―――ベル!!」

 

そこで、聞きたかった声が聞こえたような気がした。

 

■ ■ ■

だいぶ遅くなってしまった。あの子達はもうホームを出てるだろうし、コロシアムかどこかの出店にでも2人で一緒にいるのかしら。

 

逸れてベルが1人になっていなければいいけれど。

出会ったばかりのあの子は、1人でいることを極端に恐れていた。出会った私達が朝目が覚めるといなくなるのではないかと思って、暗い場所を、影の濃い場所を恐れ、怯え、夜は眠るというのに明りを消すことさえ拒んでいた。

そこで私とアリーゼ……たぶん、リューと輝夜もなんとなく気づいているのでしょうけれど。あの子は『2人に捨てられた』と思って毎日泣いていたのではなく、あの子がよく言う『黒い神様(エレボス)』がそういう暗い場所で自分を見つめているのではないか。

そしてまた自分から取り上げるのではないかと。2人がいなくなった朝から思い込むようになってしまったのだろう。

落ち着くまで、毎晩、毎晩、縋る様に泣きついていたのを私は覚えている。

大抗争でそれこそオラリオの人々は多くの仲間や家族を失った。それでも、まさか、まさか、オラリオの外にまでその爪が、誰にも気づかれることもなく最初の一振りが振り下ろされ、たった一人の小さな少年から家族を取り上げることであの戦いが、悲劇が成り立っていたなどと誰が想像できただろうか。

 

私の眷属たちは、私が話しをした後、それぞれが思い悩んだ。『正義とは結局何なのですか?子供1人置き去りにしてまで糧となることが正義とでも?』と思い悩む妖精がいた。

『やらなければやられていた。その事実は、現実は変わらない。だがしかし……』と己の唇を噛み締め憤る黒髪の娘がいた。

ただ1人何も言わず、子供の義母親の墓前で立ち尽し何かを思考する紅髪の娘がいた。

みんな、それぞれが色々と思い悩んで、そして、あの子に会うことを決めたのだ。

懐いてくれたときは、それはもう涙を流して喜んだほどだ。

 

私がオラリオに帰るあの日に言われた言葉。あれはきっと、『今日までの出来事がなかったことにされる』と思ってのことなのでしょうね。

『良い子にします。だから、置いていかないで、1人にしないで!!』

 

私は探す。何度も何度も周りを見て、それらしい特徴の子を探す。

逸れていたならきっと心細くなって人ごみから逃げ、俯いて、座り込んで、迷子のように涙を流すまいと堪えているはずだからと。

留守にしたのはまずかっただろうかと考えたり、それでも、常に一緒にいてはあの子のためにもならないと思ったり。

 

あの子を見つけて、抱きしめて、そして、美味しい物を食べて、歩き回って、そして、そして、"あの子だけの武器"を渡しましょう。

初めて恩恵を与えたときのように涙を流しながら、はしゃぎまわるのかしら。と思ってふふっと笑みを零し、私は空を見上げた。

 

「そういえば、あの子に出会いに行った時も、こんなに良い天気だったかしら。」

私はよく覚えているわ。

 

そして、私は漸く見つけた。

やっぱりあの子は、兎のように震えて、涙を溜めて必死になって堪えていた。

なら、あの時のように……手を差し伸べましょう。

 

「ベル」

あの子はまだ、気づかない。

           「ベル!」

あの子は少し、ぴくり。と肩を揺らす。

                            「ベルッ!!」

あの子は、目を見開いて、迷子の子供が親に会えたときのように涙をぽろぽろと流しながら、私を見つめた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって。……お腹、すいたでしょう?」

そう言って私はこの子に目線を合わせるように屈んで手を伸ばす。

ベルは、涙を何度も何度も拭いながら嗚咽でうまく喋れなくても精一杯何かを言おうとして、

「……おっ、か、り、さい。アストレア様ぁ!!」

そう言って私に抱きついて胸に顔を擦り付けて涙を流す。

声は出ず、ただただ肩を揺らす。それを私はただただ、背中を摩り頭を撫でる。

「アリーゼはどうしたの?あの子がベルを置いていくなんて考えられないのだけれど?」と聞けばはぐれたと、そう答える。

 

ああ、泣くわけだ。無理もないけれど、『逸れたら合流!!!』は少し、この子には無理があるんじゃないかしら。

 

■ ■ ■

 ベルが泣き止むと私は顔を拭かせて、売店で食べ物を買って一緒に食べる。

クレープは……甘いものが駄目だったのね。微妙な顔をしていたけれど、でも、デートの醍醐味とも言える【食べさせあい】はやってくれた。

「アリーゼがやきもちを妬くかもしれないわね」なんて言うと、少し顔を赤くしてちょっぴり笑顔を見せる。

じゃが丸君の店にはヘスティアがいて、ベルのことを痛く心配していた。炉の神だからかしら。やはり、そういうのがわかるのかもしれない。

今度は手放さないように、しっかりと手を握って、食べ歩きをする。

私が留守の間の話や、今日の服装の話、とにかくいろんな話をする。

そんなときだろうか。

 

ベルが急に怯え始めて目を見開いて立止まったのは

 

「ベル?どうしたの?」

「……ひ、悲鳴が」

「悲鳴?」

「い、いっぱい。小さい反応と……僕たちに向かってくる大きい反応が」

「・・・え?」

 

今、ベルはなんて言った?

僕たちに向かってくる?

小さい反応が人なら、大きい反応……モンスター?モンスターが私達のところに向かってる?そういうこと?

 

「ベル?狙われているのは?」

「……なんで」「なんで」「なんで!!」

「ベル?どうしたの!?」

「何で神様を見てるんだよ!!」

 

そのベルの叫び声の次には、モンスターの咆哮が聞こえた。

振り返れば、猛る息を吐き、全身の筋肉を躍動させ、長く伸びる頭髪が風によってたなびく中、何かに取りつかれたように私達の方へ前進する【シルバーバック】がいた。

『ガアアアアアアアアアアア!!!!』

まるでそれは、『求愛』する雄のようだった。

 

ただの脱走?いえ、違う。これは・・・

 

「アストレア様、ごめんなさい!」

「へっ!?」

 

ベルは私に謝ったかと思うと、私を抱き上げて体の向きを変えて、走り出した。

私のほうが背が少し高いせいか少し不恰好だけど、図らずも

お姫様抱っこ!?

胸が躍ってしまった。

不謹慎だ、不謹慎すぎるわ、私!!

 

『こっちに来い!!!』

「べ、ベル!?どうするの!?」

「ここじゃ、ここじゃ他の人まで巻き込みます!!だから、だから……!!」

 

他者を巻き込まないように、人気のない場所に行きたい。でも、分からない。

この子は巡回にはまだ参加させていないから。なら、なら……

そこで、私は胸に手を当ててそしてその感触を思い出す。

 

嗚呼、何で渡していないのかしら。

 

「ベル、ひとまず何処でもいいわ。物影に入ってくれないかしら?」

「……え?」

「アレは、私を狙っているなら、どこまで行っても追ってくるわ。なら、あなたが倒すの」

「で、でも」

「あなたは強いわ」

「強く……なんか……!」

「あなたは私の眷属。そして、あの才禍の怪物と言われたアルフィアの血を引いているのよ?やってやれないわけないわ」

「……ッ!!」

ごめんなさい。辛いことをさせるようで。でも、私はあなたの背中を押さないと。

 

ベルは縦横無尽にお構いなしに入り組んだ道を進んでは、シルバーバックとの距離を取る。

人が少なくなっているせいか、スキルで距離をつかめるようになってきている。

これなら……

心強い姉がいなくて心細いでしょうけど、ここでまず一歩、前に進ませる。【冒険】をこの子に。

 

「ここ……なら……」

ベルは私を降ろし、私はすぐに背中を露出させてステイタスを更新する。

そのままベルに【武器】を渡す。神聖文字(ヒエログリフ)の入った、少し変わった【武器】を。

 

「アストレア様……これは?」

「それは、ヘファイストスが直々に鍛えてくれたの。あなたが魔法を使っても壊れない、あなたの成長と共に一緒に成長する。そうね、相棒と言っていいわね」

「相棒……」

 

ベルは見つめる、刀身が2つというまるで"かぎ爪"のようなナイフを。

刀身は分厚く、上から見ると切っ先が少し歪んだ形をして内側を向いている。

 

「アリーゼがヘファイストスの所にベルの魔法のことを伝えに来ていたの。魔法を使うと振動すること、そして魔法が【ベルを中心としてしか発生していない】ということを」

「……え?」

「ベルは手を砲身のようにして魔法を撃ってたみたいだけれど、それで手を向けたところに魔法が発生していたわけではないの。そして、振動の理由は、【音が1つではない】ということ。教会なんかで鐘楼が複数ついていることがあるわよね。それが【ほぼ1つの音】に聞こえるようになっているの。ヘファイストスが言うには『調整できていない楽器』だそうよ。だから、あなたの武器は調律のための【音叉】をモデルに刀身が2つになっているナイフになっているの。振動はもちろんする。でも、擬似的な付与魔法としての効果で威力が増すはずよ。」

「ナイフ……刀身ちょっと長くないですか?僕の肘に届くかどうかぐらいですけど」

「ナ、ナイフ、ナイフでいいのよ。えっと、そうロングナイフって言うらしいわ!」

「え、えぇー」

 

緊張も解れてきた。いい兆候ね。

そして、ステイタスも更新が終わった。

 

■ ■ ■

ベル・クラネル

Lv.1

力:H 120→G 260

耐久:I 50→G 200

器用:H 150→ F 370

敏捷:G 230→D 530

魔力:H 60→G 120

 

■ ■ ■

「ベル、戦い方はあの子達から教わっているだろうからあなたの思うようにやりなさい。今のあなたとその武器があれば、周囲を巻き込むことはまずないわ。私があえて言うなら、胸を狙いなさい。そこが弱点。」

ベルの目に涙と意思の炎がともり始める。背中も熱を放つ。

「いーい、ベル?そのナイフの銘は、【星の刃(アストラルナイフ)】貴方と何処までだって困難を切り開く相棒の名よ」

「……はぃ!」

 

私は精一杯息を吸って、背中を押す。

「・・・行ってらっしゃい、ベル!!」

「行ってきます!!」




シルさんのお財布を返すクエストは、アリーゼさんが歩く道を変えているので発生してません



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兎×大猿×花二輪

プレビューやらで自分が書いたものを見返しているというのに、誤字を起こしてしまっていて、心の中でオッタルさんが『何たる脆弱、何たる惰弱・・・』と嘆いてます。

お気に入り300ありがとうございます!
こんなにお気に入りされるとは思ってませんでした。


「状況は!?」

「捕らえていたモンスターが脱走!!地下室にいた見張りは何者かによって再起不能にされてる!!外部犯がこの騒動を招いたんじゃないかって言われてる!!」

「脱走した数は!?」

「9匹!!その中に腕利きの冒険者でも手に負えないのもいるって【ガネーシャ・ファミリア】の人たちが!!」

「わかっているモンスターの種類は!?」

「ソードスタッグ、トロール、えっと後はシルバーバック!!少なくとも20階層より下層のモンスターがいるって考えたほうがいい!!」

 

異常事態に気づき、アリーゼは近くにいた同じファミリアのメンバーと近くにいたアーディに声をかけて状況を整理する。

――少なくとも、5階層で死にかけるような冒険者では、太刀打ちできない・・・お願いだから、無事でいてよぉ・・・!!

 

「ていうかなんでアリーゼは1人でいるの!?ベルは!?」

「は、逸れたぁ・・・!!」

「「「はぁ!?」」」

「い、いや、人が多くて……いつのまにか……」

「それまずいでしょ!?あの子1人にしたら、それこそまずいって!!」

「は、逸れたらコロシアムを目指しなさいって……でもいなくて探していたらこんな状況に……」

 

――――お前が戦犯だぁ!!!

とでも言われそうな仲間達からの非難に背中に影を落として小さくなるアリーゼ

そう、ファミリアの皆は知っている、ベルを1人にするとまずいということを。きっとどこかで泣いてる。絶対泣いてる。戦える精神状態じゃないことくらいは当たり前のようにわかる!!

 

「あー・・・とりあえず落ち着けお前ら。アリーゼ、ベルはどの当たりで逸れたんだ?」

「え、えっと、東のメインストリートを歩いていたから、たぶんその当たりじゃないかしら・・・」

「ちなみに、今上がってるモンスター・・・まぁ【剣姫】がものすごい速さで動いてるから数は勝手に減るとして、ベルで対処できるか?」

ライラに一度冷静になれと話を止められ、アリーゼは目を瞑り、思考する。

あの子なら・・・あの子なら・・・・と。

そして

 

「ええ、問題ないわ。幸いにも人は減ってる。なら・・・・」

「おい聞いたか!?白い髪の女が女神抱えてシルバーバックに追いかけられてるってよ!?」「はぁぁ!?」

 

話が途切れ、恐らく、恐らく、自分達の知っているであろう人物と神物の情報が避難していた一般人が言い合っていた。

泣きそうな顔をしながら、自分より少し背の高い女神を抱えて、大猿に追いかけられていた。と。

 

――何処に行ったんだよそいつはよ

――わからねぇ!足がめちゃくちゃ速くてよ、あっちこっち走り回ってったから・・・

――しかもなんか、気色悪い花みたいな蛇みたいなモンスターもシルバーバックの後を追っていってたぞ!?

 

「あの子がアストレア様と・・・??それに聞いてないモンスター?」

「どうする、東のメインストリートだろ?大型なら3体対処できるか?少なくともアタシは、あいつに大型モンスターのいる階層にはつれていってねぇぞ」

「・・・・・・・すぅ、はぁー。いえ、アストレア様がいるならきっと大丈夫!!私達はやることをやるわ!!Lv2,3は避難誘導!!それ以上は、モンスターを発見次第、討伐して!!ただ報告のないモンスターがいるから油断しないで!!」

「「「了解!!」」」

 

正義の眷属たちは各々動き出す。

大丈夫、きっとあの子なら大丈夫。

どんなモンスターにも急所がある場所はだいたい同じだと伝えてある。

アストレア様がいるなら大丈夫なはずだ。と祈りながら。

そんな時だろうか、よく知る鐘の音が鳴ったのは。

 

■ ■ ■

 

「すぅー・・・・・・はぁ・・・・」

深呼吸をし、頭の中をクリアにしていく。

―――大丈夫、やれる。女神様がついてる。見てくれてる。怖くない、怖くない。怖くない。

 

少年は束ねられた白髪をたなびかせながら、物陰から、シルバーバックの正面へと歩み出る。

「一応、確認をしておいたほうがいいよね・・・・。"お姉さん"の話だと同胞のヒトたちは武装しているってことらしいけど・・・」

様子を見ても、絶対違う。あれは人の手で付けられた物のはずだ。

「・・・・・・僕の言葉、わかる?」

 

「ガルァアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「意思の疎通は・・・できてない。なら、やろう。すぅー・・・はぁー・・・・」

大好きな姉の言葉を思い出そう・・・あの人ならこんな時・・・

『良い?ベル、怖いときとか力を湧かせたい!!ってときはね、これでもかってくらい格好いい言葉を言えばいいのよ!!バーニング!!!みたいな!!』

 

―――確か、【燃え盛れ(アルガ)】って言ってたっけ。

 

燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)!燃え盛れ(アルガ)!!燃え盛れ(アルガ)ァァ!!!

 

さあ、祭壇()に火は灯された。やってやろう。やってやる!!

 

少年は眦を決し、大猿へと走り出す。

大猿の咆哮をかき消すように、少年も咆哮を上げ走る。

「―――ぁあああああああああああああああああ!!!!」

シルバーバックは腕についている鎖を鞭のように振り回す、でも、あたらない

「―――福音(ゴスペル)!!」

 

ゴォーン!!!と鐘の音が鳴り、鎖の鞭を弾き返す。

今まで少年を中心として発生していた音の攻撃は、星の刃(アストラル・ナイフ)を手にして初めて少年の思うように発動した。

その衝撃で自身をさらに加速させる。

 

「大型との戦いはまだやったことがないから、迂闊に近づけない。だから、まずは身動きを封じる・・・っ!!」

 

―――ライラさんが、『お前は探知ができるスキルを持ってる。でもそれは視覚の情報は一切入ってねぇ。もっと周りを良く見ろ。ゴミだろうが何だろうが、投げつけてやりゃぁ一瞬でも時間が稼げる。せこい?何言ってんだ。こういうのを"生き汚い(賢い)"って言うんだぜ』って言ってたっけ。

周囲に何がある、何が・・・と視覚の情報を取り入れながら大猿に対処する、魔法を使ったことで付与魔法(エンチャント)を纏ったように振動する2つの刃を持ったロングナイフで足を、腕を切りつけていく。

そうして周囲にあるもの・・・自分がどこにいるのかを理解。

女神と再会して食べ歩きをした売店のある広場の近く。

瓦礫の中から屋台の骨組みだったであろう鉄棒を取り、シルバーバックの身動きを封じ込めるように囲うように地面に差し込んでいく。

 

「狭いところと、響きやすいところだと魔法の影響が大きくなるってリューさんが言ってた。金属ならなおさら響く、はず!!」

シルバーバックが【鉄の檻】を破壊して逃れようと暴れるなら即座に

 

福音(ゴスペル)!!」

 

さらに音の暴風で襲う。

ナイフもさらに振動していく。

シルバーバックは咆哮し近づいてきた少年を投げ飛ばそうと腕を上空に振るい、巻き込む。

少年は上空に浮き上がり、とっさに建物と建物の間を繋げるようにつけられていたロープをつかみ、さらに唱える。

福音(ゴスペル)!!」

 

これで3回、鐘がなった。

ナイフは3度放たれた魔法により振動が増し、熱を放つ。

大猿を囲う鉄の檻もビリビリと振動する。

ロープから勢いよく弾丸のようにシルバーバックへ上空から一閃すれば、顔に取り付けられていた防具は熱をもって焼き切れた。

距離を取り、これならば、と突貫する。

 

「―――ぁあああああああああああああ!!!!福音(ゴスペル)ッ!!!!」

 

ナイフで檻を叩きつけ鐘を響かせる。

鉄棒が魔法の影響をうけ、まるでオルガンのように巨大な音を生み、シルバーバックの動きを完全に停止させ、断末魔さえかき消して灰へと変えた。

 

「―――はっはっはっはっ。」

まだだ、まだ終わってない。

僕が女神様から大猿(あいつ)の意識を向けさせるために『誘引』をしたけど、その後に"2つ"反応があった。

だから、スペルキーは使ってない。

「―――反応は・・・真正面からっ!!」

 

地面を割り、2体の【花のような蛇のような怪物】が花開き、襲いかかろうとしてくる。

 

―――大丈夫、大丈夫。

そこで、怪物たちと少年の間を横切るように白銀の光が走る。

 

「―――――ウィン・フィンブルヴェトル!!!」

 

「――――反応が少し離れたところに1、3、4人・・・かな。」

なら、これで終わりだ。

 

そう言って少年は凍りついた怪物へと近づき、熱を放つナイフを逆手持ちのまま、「コツン」と軽く当てて、最後に唱える。

 

「――――鳴響け(エコー)。」

 

4回分の音の魔法の残響(余波)が増幅され、キィィィィン。と耳鳴り音を鳴らし、怪物を砕き、すぐ近くにあった建物はヒビが入り、ガラスは砕け散った。

その粉々になった、怪物だったモノと破片が光に当たり、雪のように降り注ぐ。

少年はすぐに踵を返し女神の元に足を進める。

 

【挿絵表示】

 

■ ■ ■

 

素直に、すごい。と思った。

あの子がここまで戦えるとは思ってなかった。

大型とは戦ったことがないから、弱点はわかっていてもどうやってそこに届かせればいいのかわからなかったのだろう。

まさか、檻を作り、叩きつけ、魔法の威力を増加させる。だなんて考えもしなかった。

 

「―――あんな顔をするのね。あの子は」

トクン。と胸が跳ねた気がした。今まではあどけない幼い顔だったし、少なくとも格好いい男の子の顔は私は見たことがない。

一緒にダンジョンに行ける眷属たちが羨ましいと思うほどに。

瞼には怖いのか涙が溜まっていたけれど、それでも、それでもだ。

格好いいと思わないわけがなかった。

「ギャップというのかしら。これは。」

再会したときには胸に飛びつき、泣いていたというのに、

「こ、これが、タケミカヅチが言っていた『男子3日会わざれば刮目して見よ』ということ・・・!?」

 

確かに、3日ほど会っていなかったけど・・・!!?

ここまで変わるものなの!?

タケミカヅチ!!3日の間に何が起こったの!!?

女神の胸は高鳴り続ける。

少年は少しずつ歩み寄ってくる。刃は魔法の効果が切れ、少しずつ冷まされていく。

 

「・・・アストレア様?」

「・・・な、なあに?ベル」

「顔、赤いです」

「そ、そうかしら。ベルも目が真っ赤よ?涙を流しすぎたのね」

「・・・アストレア様」

「なあに?」

「僕、勝てました」

「ええ、見ていたわ。かっこよかっ・・・・た・・・・わ・・・」

              「アストレア様!」

あ、あれ、ベルが私を見上げて・・・泣いてる?どうして?

                                     「アストレア様!」

―――嗚呼、やってしまった。これでは駄目ね。ヘファイストスの注意を聞いとくんだった。働きすぎたわ

「アストレア様ァ!!」

■ ■ ■

 

「アストレア様の様子は?」

「過労だそうです。眠っています」

「・・・そう、よかったわ。それで、ベルは?」

「アストレア様から離れようとせず、泣き疲れて眠ってしまったから同じベッドに入れてやった。その方がいいだろう?」

「そうね・・・・ありがとう、リオン、輝夜。とりあえずアストレア様もベルも無事だったことを喜びましょ。ベルも活躍してくれたみたいだし、アストレア様が起きたら褒めてあげないと」

 

あの後、私達は大きな音がした場所へと急行した。

そこには、大型モンスターだったものの灰と魔石、そして焼き切れたような魔物の防具が。

少し離れたところには、【ロキ・ファミリア】の4人の女の子と、見たことのない極彩色の魔石が2つ、灰の中に落ちていた。

ベルが泣き叫ぶ声が聞こえて、その場所に向かうと、気を失ったアストレア様を抱きしめながら何度も何度も、痛々しく名前を泣き叫びながら体を揺すってる姿があった。

あの子が戦っている姿を見ていたであろう人たちも、歓声を送れる状況じゃないと察したのだろう。その、あまりにも痛々しいベルの姿を見て。

 

「はぁー・・・・やっちゃったなぁ」

「大丈夫ですか、アリーゼ」

「うーん・・・あの子を1人にしちゃったのはさすがに私の責任だわ」

「・・・・あれだけの人がいたんです、逸れるなという方が無理がありますよ」

 

輝夜は疲れたと言って浴場に向かい、今リビングに残っているのは私とリオンだけだ。

他の皆は【ガネーシャ・ファミリア】と情報整理や被害の確認をするため現場に残っている。

 

「アストレア様も少しすれば目を覚ますでしょう。先にお風呂に入ってサッパリしてきたほうがいいのでは?」

「リオン一緒に入ってくれる?」

「・・・・嫌です」

「じゃあベルとアストレア様が起きたら一緒に入るわ」

「はぁ・・・。何か食べますか?買ってきますよ」

「うーん・・・じゃあ、じゃが丸くん。小豆クリーム味で」

「ベルの分はいりますか?」

「あの子は甘いのが苦手みたいだから、プレーンでお願い」

「わかりました」

 

リオンの気を使ってくれてかそんな会話をして、リビングに1人になる。

1人になって、両足を抱え膝に顎を置いてあの子を1人にしてしまったこと、泣かせてしまったこと、そして戦っていたということを思い返す。

 

「住民に被害はない・・・あえていうならベルくらい。他に被害があるとしたら・・・ベルが戦っていた場所。所々焼き切ったような後、これは恐らくナイフによるもの。近くにあった建物はガラスが砕け散っていたんだっけ。まあ弁償をこちらがすることはないでしょうけど。」

今回の1件は恐らく【ガネーシャ・ファミリア】の不祥事ということで負担はあっちになるだろう。

でも、気がかりがあるとすれば・・・

「あの極彩色の魔石・・・2つのうち1つは持ち帰らせてもらったけど、何なのかしら、これ。」

「それに、ベルはシルバーバックと戦う前に会話をしていたみたいなことを言ってたっけ。たぶん、これは確認しただけでしょうね。初めてダンジョンに連れて行ったときにゴブリンに挨拶をしていたくらいだし。・・・・本当にいるのかしら。喋るモンスターなんて」

 

あの子が嘘を言うとは思えない。むしろ下手だ。だから2つ目のスキルはあの子には教えていない。

でも、もし本当にいるのだとしたら・・・・

「今までの常識が覆る・・・そうなれば戦えなくなる人たちが増えて不慮の死が増える。いや、それ以前に・・・」

私は思考する。ベルが言っていたことを思い返す。

 

『叔父さんたちが言うには、オラリオから来た以外ありえない。どういう方法かはわからないが密売だろう。って』

 

「――――まさか、ダンジョンにオラリオの外につながるルートが存在する?」

海は確か、リヴァイアサンを倒した際にそれを加工して塞いだって話だからまずないでしょうし・・・・。

なら、どこ?

「―――ベルなら、ベルなら見つけられる?そんな気がする」

でも、絡んでるのは恐らく、闇派閥。そんなのにあの子を巻き込みたくはない。あの子が対人戦を行うことだとまず無理だ、だって訓練のときでさえ私達に攻撃するのを嫌がるのだから。

いざという時は動くかもしれない。でも、あの子に・・・そんなことはさせたくない・・・。

 

「あぁぁーーやだぁー・・・」

とそんなことを1人でやっていると、ベルのすすり泣く声が聞こえて

「起きた・・・かな?」と私も様子を見に行くことにする。

「ちゃんと謝らなきゃ」

謝って、うんと褒めてあげよう。

 

■ ■ ■

「アストレア様・・・アストレア様ぁ・・・!!ひっく」

 

目が覚めて私の横にベルが目を腫らして眠っているのがわかって、私はそっとベルに向き頭を撫でる。するとピクリっと揺れて薄っすらと目が開いて私と目が合って涙がこぼれ出して私の胸に飛びついてきた。

胸の谷間に顔を埋めるようにして何度も私の名を呼ぶベルを、私は咎める事はしない。きっと私が倒れてしまって不安だったのだろう。

『神が死ぬとどうなるか』を知らないこの子のことだから、動揺もするはず。

私はベルを抱き寄せ、私の膝の上に跨らせるように座らせる。それでもベルは胸に顔を埋めて肩を揺らしている。

 

「ベルー?私の胸はそんなにいいのかしら?」

「ひっく、ひっぅっ」

「大丈夫、大丈夫よ。働きすぎちゃっただけだから」

「・・・置いていかないで」

「ええ、置いていかないわ。だから顔を上げて?貴方の綺麗な瞳を見せて頂戴?」

「・・・うん」

 

ベルは胸に顔をつけたまま私を見上げるように上目遣いになりながら目と目を合わせる。

瞳は潤んで輝いていて、またしても私はドキッとしてしまった。

「アストレア様?」

「な、なあに。ベル」

「・・・ドキドキしてます」

「え、えぇ。ベル格好良かったもの」

ベルは私の胸に手を当てて、耳を当てて鼓動を聞いている。ドキドキしている。と。

胸を触っているのに、いやらしさなどなくて、何か感想を言ってほしいと思ってしまった。

 

「べ、ベル?」

「?」

「む、胸を触っているみたいだけれど・・・いえ、いいのよ。あなたがそうしたいなら。私はあなたに求められるのなら嫌ではないのよ?ただ、その、感想くらいは聞かせて欲しいのだけれど?」

「感想?」

「そ、そう。」

「良い匂いがします・・・」

「え、ええ。ありがとう」

「柔らかいです。アリーゼさんと輝夜さんより」

「あ、あの子達はまだこれから成長するはずよ」

―――というかあの2人のを触ったことがあるの!?

「・・・安心します」

「・・・そう。それは良かった」

もう一度ベルの頭を撫でて、涙を拭いてあげて、そして、そして・・・・

 

「そうだ、ベル。ご褒美を上げましょう」

貞潔だとかこの際、目を瞑って、いえ、いいの、いいのよ。

だってここ下界だもの。

処女神が処女じゃなくなったら送還されるとかさすがにないでしょ?うん、きっとないわ。

『おい!僕のことを言ってるんじゃないだろうな!!』なんて聞こえた気がするけど、無視無視。

 

 

「アストレア様?どうかしたんですか?」

「な、なんでもないわ」

私はベルの頬に両手をやり、口付けをした。

「むぅ!?」

 

何が起きているのかわからないベルと、そしてやってしまった。アリーゼに見られたら何を言われるか・・・と一瞬考えるも

『好感度は私が上っ!!』と謎の自信が私を後押しした。

そして

 

ガシャアアアアン!!

と何かが割れる音がして、2人そろってビクっと肩を揺らして、壊れた人形のようにギギギギ・・・とゆっくりと音が鳴った方へと向くと

「わ、わわわ、わわわわわ!?し、心配、してた・・のにぃ!?」

開いた扉から、アリーゼが尻餅をついて目じりに涙を溜めて私達を指差して震えていた。

その音が周りにも伝わっていたのだろう、帰還していた眷属たちが「何々!?」「どうしたの!?」「アリーゼ、何事だ!?」とバタバタと駆けつける。

待って、待ちなさい輝夜、何でバスタオル姿なの。ちゃんと服を着なさい。よくないわ、そういうの。

そして、眷属たちは指を刺してぷるぷるしているアリーゼを見て、指のほうを見る。

そこには、ベルの頬に両手をやって固まっている私と、私の膝の上に対面する形で座って胸に手を当てているベルがいた。

 

「何事でございますかぁ!?これはぁあ!?」

「ち、違うの、違うのよこれは!?」

「へ・・・ぅぁ・・・」

「わ、わわわ、私だってまだなのにぃ・・・・」

「ベ、ベル、あ、あとで感想聞かせてね・・・」バタリ

「ネーゼ!!しっかり!!致命傷よ!!」

「・・・きゅぅ」

「べ、ベル!?しっかり!!起きて!?」

 




今回のベルの服装:リューのお下がり。よくリューが着ているシャツとホットパンツにアリーゼが「似合うと思うの」と言って用意したタイツとブーツ、肩ほどまであるグローブ


戦闘描写は初めてなので、おかしいって思うかもしれないですがお許しください・・・


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暴走眷属

ずぇんかいまでのあらすじぃ!!
つい勢いに乗って星乙女は兎に接吻をしてしまっているところを眷属たちに目撃されてしまったのだった


個人的に「こういうのが見たいんだよ」って話なので苦手な方はごめんなさい。
R18だって見たい。



休日は2話くらい上げれたらいいなって思ってます


「・・・・大丈夫?ベル」

「・・・うぅぅぅぅ」

私のベッドに潜り込み丸くなり悶絶するベルの頭を少しでも冷やしてあげるため、窓を開け、部屋に少し冷えた空気を入れる。

「あ、あれが・・・あれが女の人・・・!?女神様を狙って追いかけてきた大猿(シルバーバック)と同じ目だった・・・!?」

 

―――アリーゼ、輝夜。貴方達、大猿(シルバーバック)と同列で見られているわよ?

女神は頬から汗をたらり。と流した。

 

というか、何故この子は一緒にお風呂に入れられていて裸を見たり、見られたり、触ったりするのは割りとまだ平気・・・いえ、たまに恥ずかしそうにしているけれど。

だというのになぜ接吻でこうも羞恥で顔を赤くしているのか。なんなら髪が逆立ってさえ見えた。

 

―――まさか、粘膜接触に弱い?いえ、違う、違うわ。落ち着くのよアストレア。これは、きっとそう『未知』にたいして弱いのね!?

 

■ ■ ■

あの後、それはもう混沌が混沌を呼んだ。

眷属たち(姉たち)に見られていたということと、大好きな女神が自分に接吻をしたという事実に気づいたことと、自分が女神の胸に手を置いているということ。それらがそれはもうかき混ぜられ不思議な化学変化をもたらして、少年の心のダムを粉砕して行った。

さながら、【嘆きの大壁】で産まれるという巨人・・・ゴライアスが壁を突き破り産まれてくるかのような衝撃が少年を襲い、キャパシティーを超え、少年は気絶するという防御反応を見せた。いや、これはもう強制停止(リストレイト)されたと言っても過言ではない。

 

長女(アリーゼ)は、気絶したベルを抱えリビングへ直行。他の眷属たちも「きゃーきゃー」言いながらリビングに向かい、『まずい、ベルに矛先がいかないようにしなくては・・・!』と私も遅れてリビングへと急行した。

少年・・・ベルは、アリーゼの膝枕で強制睡眠しておりアリーゼは悶々としつつも頭をこれでもかと撫で回す。

 

「わ、わわわ、わた、私だってまだしてないのに・・・!?してもらってないのに!?だ、駄目よ、アリーゼ落ち着いて。できる女は冷静さを兼ね備えているの。ベルが望んだことならそれでいいじゃない!き、きき、きっと私の番だってくるわ!」

などと言ってなんとか冷静になろうとするも、冷静になれておらず、他の子たちは、

「今この子にキスすればそれって間接的にアストレア様とキスをしたってことにならないかしら!?」「なにそれ天才!?」「い、いや、でも、さすがに気絶中は駄目でしょ!?」「気絶してなかったらいいってこと!?」「いやいや、」「いやいやいやいや」などと言い合っている。

何なのこの空間、今まで見たことがないわ。

 

―――【はじめにカオスありき】とは言うけれど、それがこれなの???

いや違う。絶対違う。

こんなことで原初の神の一柱を呼び出しては駄目よ。

 

「ア、アリーゼ?貴方達、落ち着いて・・・ね?落ち着きましょう??」

「あ、ああ、そ、そそ、そうですね!?落ち着きましょう!!」

「ほ、ほら、キスは挨拶でするところだってあるみたいだし、ね??」

「「何が、『ね??』なんですか!?」」

「あ、アストレア様!!」

「な、何かしらアリーゼ???」

 

私はただただ冷や汗を流す、汗が頬を、首を伝い、ツーっと胸の谷間に流れていくその光景はそれはもう扇情的だった。

誰かの「ゴクリ。」なんて音が聞こえた気がしたけれど、そんなこと今は気にしている場合ではなかった。

アリーゼは胸をドキドキさせ、顔を赤くし、熱がこもっているせいか少し胸元を緩めて、私に向かって言う。

 

「キ、キキ、キスは百歩譲っていいですよ!?ベルはアストレア様が大好きですし!?会えなかった期間の方が長いですし!?今回は私が逸れてこの子に心細い思いをさせて泣かせてしまいましたし??ファ、ファーストキスって言うんですか?ま、まあベルは嫌がってないし良いと思います!!」

「そ、そう。それは良かったわ」

「で、でで、でも!!そ、そそ、そこから先はまだ待ってくださいお願いします!?」

「はぇ!?」

「さすがにそれ以上先をとられたら、アストレア様に太刀打ちできません!!」

「な、何を言っているのあなたは!?」

「だ、だってぇ!!どう見ても、交わろうとしていたじゃないですか!?」

「あの子まだ13よ!?早すぎるわ!!?」

 

そうしてまた混沌が生まれる。

両手で頬を押さえ「きゃー」という子たちに「あれはそういう状況だったの!?」「い、いつのまにそこまで・・・最近の若い子って早いのね」「いや、あなたその言い方年寄りくさいわよ!?」なんて言い出す子たち。

まさしく混沌(カオス)だ。

あ、リューが帰ってきた。良い匂いね、じゃが丸くん。あら、どうして固まっているのかしら?状況が読み込めていない??わかるわ、私もよ!!

 

そこでずっと横で立って腕を組んでいた、バスタオルを巻いているだけの輝夜が口を開いた。

「・・・・団長様?何が問題で、団長様は何に対してそんなに憤っているのでございますか?」

「・・・ベル、ベルがぁ・・・」

「ならすればいいではありませんか」

 

「「「「はい???」」」」

この子は急に何を言い出すのかしら。

ならすればいい?何を?どういうこと??

「・・・ベルが7歳の頃から混浴までしておいて、何を今更。と言っているのですが」

「・・・そ、それはえっと」

「裸はOK、添い寝もOK。なんなら抱き枕にして胸に顔を埋めて寝かせていることさえあるというのに・・・・接吻ができてないだけでそこまで慌てるものなのでございますか?」

こ、この子・・・どうして1人だけここまで冷静なのかしら?

あれ、まさか、経験者だったりするのかしら?酒場では狼人(ウェアウルフ)を挑発していたし。

 

「率直に言わせていただきますが・・・さっさとヤッちゃっていただけませんか?団長様?後がつかえているので」

「ぐはぁっ!!!」

「「「アリーゼェ!!?」」」

 

お、驚いたわ。まさか、輝夜がここまで・・・これがあれね、『肉食系女子』なのね。きっとそうだわ。

この子がベルとお風呂に入っていると決まってベルが艶かしい悲鳴を上げているものね。肉食獣の檻の中に兎を放り込んでいるようなものよね。

とそこで、キャパシティーオーバーで気絶していた哀れな子兎が目を覚ます。

 

「んぅぅぅ・・・」

「ベ、べべ、ベルゥ???」

「・・・アリーゼ・・・さん??」

 

目を細めて声がする方・・・自分の頭上に顔を向けると顔を覗き込むアリーゼが見えた。

―――良かった。ちゃんと心配していたのね。

だがこのとき、女神は気づかなかった。

兎が見ていた姉の顔は普段の姉の顔ではなく【何かやらかす顔】だったということに。

 

「ちょ、ちょっとベル・・・起き上がってくれる?」

「へ?う、うん」

 

―――きっと、今回のことを褒めてあげるのね。良かったわ。

 

アリーゼはベルの頬に両手を添えた。

―――アレ?この光景、どこかで見たような?

 

「あ、あひーれ(アリーゼ)さん???か、顔が赤いれすよ・・・?」

「・・・・・・ふぅ。」

 

アリーゼは目を閉じ、兎へと顔を接近させる。兎はレベル差という絶対的な力に抵抗などできず。

「「むちゅぅ」」とまた未知の刺激に襲われた。

 

「ム、ムムムゥ・・・!!?」

「・・・・・・」

「ムームー!!!」

「・・・・・」

「お、おい、団長様?」

「ア、アリーゼ・・・?どうして固まっているんです??」

「むー・・・・・」

 

あ、ベルが抵抗する気力を失って目をトロンとさせているわ。ああなるのね、あの子は。いえそうではないわ。

長すぎないかしら??

場を静寂が覆い、そして

 

「っぷはぁーー!!や、やったわ!!そ、そうよベルからしてくれないなら私からすればいいのよ!!さすが私だわ!!」

 

―――この子、もう駄目かもしれないわ。

 

女神は頭を抱えた。

 

「ありがとうベルぅぅ、満足よ私!!!」

「では、次は私でございますねぇクスクス」

「あ、輝夜??」

「・・・ふへ?ムグッ!?」

 

女神は戦慄した。

このままでは確実に!!確実にベルが捕食される・・・・!?なんなら輝夜は舌まで入れている!!何あの子あんなことできるの!?

 

「ごちそうさまでございます、とてもおいしゅうございました。クスクス」

「・・・ぅ・・・ぁ・・・」

「さてそこで耳まで真っ赤にしている生娘(おぼこ)妖精様は、唯一触れられる異性がこうなっておりますが、貴方にはやはり難しいでしょうかね?クスクス」

「な、私まで巻き込むのか!?」

「・・・ああ、混浴すらできず、まさか・・・【誰もいない夜の森で二人の永遠の愛を月に誓い合うべきだ】などとロマンチストなことを言ったりはしないでしょうね??」

 

な、何故煽るの輝夜・・・だ、駄目よリュー。それに乗っては・・・

 

「黙りなさい。私はそもそもアストレア様がオラリオに帰還された後、アリーゼを含め3人で入浴している!!何より、湯船で寝ぼけていたとはいえ乳房まで吸われている!!」

 

なんて爆弾発言をしているのこの子は・・・皆口をあけて固まっているわ。

アリーゼなんて「そういえばそんなこともあったわね」なんて言っているし

 

「団長様、本当か?」

「本当よ?アストレア様が帰っちゃって泣き疲れてるベルと3人で入って、リューに向き合うようにリューの膝の上に座らせてたのよ。ほら、ベルって基本無抵抗でしょ?それでお湯で温まって眠くなったのかリオンにもたれちゃって口が当たっちゃったんでしょうね。それでそのまま」

「「「きゃーー!!」」」

「はっ!!?わ、私はなんてことを・・・ベ、ベル、すいません。あなたは覚えていないはずなのに・・・!!」

「あ・・・・あぁ・・・」

「ベ、ベル?大丈夫??」

 

ベルはプルプルと震えながら、少しずつ後退し、そして

「・・・・お姉ちゃん怖い!!!」とたまにしかしない『お姉ちゃん』呼びをして自室同然の主神室へとダダダダッ!!と逃げていってしまった。

 

皆そこで漸く、やりすぎたことに気づいて

「わ、私、夕飯の準備するね・・・」

「て、手伝うよ」

「じゃ、じゃが丸君を買ってきました。ベルはプレーンしか食べないでしょうから避けてあげてください」

「・・・・そういえばバスタオルのままだった。もう一度湯に浸かって来る」

「わ、私はベルの武器を整備しといてあげましょ・・・。アストレア様、ベルが落ち着いたら連れてきてください、夕飯にしたいので」

「わ、わかったわ」

などと言って、何事もなかったかのように行動を開始した。

そして偶然、ギルド、ガネーシャ・ファミリア、ロキ・ファミリアと今回の騒動についての情報交換を終えたライラが帰宅し何があったのか察し

 

「性技の眷属とか言われないようにだけはしてくれよ・・・」と冷めた目で言われアリーゼと共にベルの部屋にナイフを取りに行った。

 

■ ■ ■

「・・・・落ち着いた?」

「はぃ・・・・」

 

少し冷えた風に当たり、ベルの隣に座り背中を摩る。

落ち着いたのかベルも自然と私に体重を預ける。

「どうしてアリーゼさんと輝夜さんはあんなことを??」

「・・・さぁ、どうしてかしらね?」

「・・・・・」

「嫌だった?」

「・・・そういうわけじゃ・・・もにょもにょ」

「でも、ベルがしたかったらしてあげればいいわ。きっと喜ぶと思うわ」

「・・・はぃ」

「・・・・皆、待っているから、夕食にしましょ??」

「・・・・はぃ」

 

ベッドから立ち上がり、私の後ろに隠れるようにして歩くベル。

そしてみんなベルが来たことに気が付いて

「さっきはごめんね」「つい、はしゃぎすぎちゃって」「またしましょ、ベル!!」

なんて言われて少し顔を赤くして席に着いて皆で夕飯を囲い、今日のベルの武勇伝を私は語るのだ。

 

■ ■ ■

「アストレア様、明日の予定は?」

 

食事が終わり、各々が入浴や装備の手入れをしに部屋へ戻ったりしている中、入浴を済ませてコックリコックリと舟を漕いでいるベルの髪を梳いている私にアリーゼは聞いてきた。

「私はちょっとまた【ガネーシャ・ファミリア】のところにいくつもりなので、ベルをお願いしたいんですけど。」

「特に予定はないし・・・・この子の防具を買いにバベルに行って、お墓参りにでもつれていきましょうか」

「・・・・大丈夫ですかね?」

「うーん、それは行ってみないとわからないけれど・・・あの教会には色々残してあるって言ってあったし・・・行かないわけにもいかないでしょう??」

「じゃあ、お願いします。あ、この子の装備代、5万ヴァリスほど渡しておきます。バベルでなら駆け出しで自分が『これだ!』てのを見つけるでしょうし」

「わかったわ。ベルの稼ぎまで管理しているなんてさすが団長ね」

「いや~それほどでも~」

「・・・・でも、あまり今日みたいな強引なのはやめてあげてね」

「肝に銘じます・・・」

 

そうして予定を決めて、明日のために就寝する。

 

「あ、そうだアストレア様」

「どうしたの??」

「もしかしたら今度の遠征、【ロキ・ファミリア】と合同になるかもしれないです」

「・・・・今回のことと関係あるからかしら??」

「おそらくは」

「わかったわ。気をつけてね??」

「はい!!」

 

アリーゼも残っている雑務を終わらせるために団長室へ戻る。

私もベルと部屋に戻る。

 

「さて・・・・あの【廃教会】には何があるのかしら??」

 

明日の予定に思いをよせ、いつものようにベルの胸に手を置いて瞼を閉じる。

 

■ ■ ■

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力: G 260→E 400

 

耐久:G 200→G 230

 

器用:F 370→E 420

 

敏捷:D 530→D 550

 

魔力:G 120→F 300

 

<<スキル>>

 

◻️人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

 

 パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

 

 アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

 

 反響帝位エコロケーション:自身を中心に音波を聞き取り人・魔物との距離・大きさを特定。

 

 対象によって音色変質。

 

 

 

◻️追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

 

・早熟する

 

・懸想が続く限り効果持続

 

・懸想の丈により効果向上

 

<<魔法>>

 

【サタナス・ヴェーリオン】

 

詠唱式【福音(ゴスペル)

 

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

※星の刃を持っている事で調整されアルフィアと同じように自由に魔法を制御できる。

 

擬似的な付与魔法(エンチャント)の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

 

スペルキー【鳴響け(エコー)

 

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

<<装備>>

主武器

◻️【星の刃(アストラル・ナイフ)

音叉の役割を兼ね備えた刃が二つあるロングナイフ。

魔法の影響で振動し、威力を増加させていく。

ベルが成長すればするほど武器も成長する。

同じ眷属でも使用可能。

 

ヘファイストスにより念のためにと防音機能付きの鞘をおまけしてもらっている。




アビリティの数値に関しては、ほんとによくわからなくてテキトーなので
「ああ、上がってるな」くらいに思っていただければ幸いです。

・実績解除
女神の接吻、以下略

解除済み
リューさんの乳


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幕間―とある廃教会―

・前回の終盤、明日の予定をする前のシーン前の話
・バベルで防具購入
・廃教会へ



【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭にて

 

 

湯気が上がる。上がる。シャワーの音が広い浴室で響き、頭に心地よいお湯が伝い体を温めていく。

団員数11名+1名が入る、浴室。

そこに、2人と1柱がいた。

1人は腰ほどまである白髪に(ルベライト)の瞳を閉じて、姉の脚の間に座るようにして、おとなしく頭を洗われている少年、ベル・クラネル。

少年の後ろに座り、少年の頭を、自分の趣味で切らせず長くなっている髪を洗ってやる姉のような存在である紅の髪に緑色の瞳の美女、アリーゼ・ローヴェル。

そんな二人を微笑ましく眺め、隣で自分の体を洗う長い胡桃色(くるみいろ)の髪の1柱の女神、アストレア。

3人はあの騒動(どんちゃんさわぎ)の後、一緒に入浴していた。

 

「アストレア様?ベルのシャンプーまた変えました?」

「ええ。デメテルがおすすめしてくれたの」

「どうりで。また触り心地よくなりましたもんね」

「・・・その、なんていうか最初は痛んでいたのを直したかったのだけれど、楽しくなってきちゃって」

「なるほど」

 

そんな話をして少し咳払いをして、アリーゼさんは口を開く。

「今日はごめんねーベル」

「・・・??」

 

僕は目を瞑ったまま首をかしげた。

何に対しての謝罪なのか、わからない。さっきの【正義の眷属接吻大会】についての謝罪なのか。

その騒動の際に『ベルは精通はしてるの!?』『もしかして、もうアストレア様としちゃった!?』『リオンのおっぱいは美味しかった!?私のいる!?』と鬼気迫る表情で聞いてきたことについてなのか。

割と本気でドン引きし、恐怖すら感じた。

『ア、アリーゼさんは実は"性欲に飢えた"アマゾネスだったんじゃ・・・』と思ったほどだ。

思い当たる節が多すぎて、わからないのだ。

 

この人はよくたまに、燃え盛る炎の如く・・・いや、燃え盛りすぎて、隣の家まで焼いてしまう勢いで暴走してしまうことがある。

輝夜さんとライラさん曰く

「「兎に会ってからあきらかに変わった。でなきゃ、Lv4から6になるわけがない(ねぇ)」」と言うほどだ。

何をしたのかと聞いてみれば、単身で「最短時間でどこまで行って帰ってこれるかやってくるわ!!」と言って24階層に行って【木竜】から宝石をかっぱらってきたり、

「え!?剣姫ちゃんがゴライアスを通りすがりに倒した!?じゃあ私は消し炭にしてくるわ!!」と噂まがいのことを聞いて実行してきたという。

そして、ついでとばかりに27階層がなにやら騒がしくなっており、行ってみれば大量のモンスター達と冒険者の死体を見つけ、モンスターを全滅させてきたという。

 

さすがにファミリア総出で説教をしたらしい。

「いや、ランクアップはすげぇけど、さすがに祝えねえよ」「ベルを守るため力をつけるとは言ったが、誰も無謀なことをしろとは言ってないわ!!この大戯けが!!!」

「お願い、アリーゼ。私の胃を痛ませるのをやめてちょうだい??」「アリーゼ・・・さすがに擁護できませんこれは。何かあっては遅い。金輪際やめてください」

と中庭で正座をくらい雷を落とされたそうだ。

 

 

「いや、そのー・・・さっきの事もだけど。怪物祭(モンスターフィリア)でベルと逸れちゃったでしょ?『コロシアムを目指しなさい!!』なんて言ったわいいけど、さすがに無理があったなーって。しかもモンスターに追いかけられたみたいじゃない。」

「・・・・・・」

ピクっと僕はそのときのことを思い出して肩を揺らす。

 

アリーゼさんは僕の頭をわしわしと洗っている。でもどこか、申し訳なさが漂っていた。

「怖かったでしょ?ベルは1人だと十全に力を発揮できないみたいだからねー・・・・。それに、私達がベルの所に付いた頃にはすごい泣いてたし、ロキ・ファミリアの子たちが心配するくらいだったし。」

「・・・・うん。で、でも」

「ん?」

「アストレア様が・・・・見つけてくれたよ。だから、大丈夫」

「そっか。よかったよかった」

 

―――ベルが私達に懐く様になってからではあるが、本当にこの2人は仲が良い。

そうアストレアは思い、あの時のベルはすごく格好良い冒険者の顔をしていたとアリーゼに伝えた。

 

「へー、私の真似してたんだ」

「ええ。『燃え盛れ(アルガ)』『燃え盛れ(アルガ)!!』って言って走り出していたわ」

「何々、ベル、そんなに私の魔法が好きなの?」

「・・・だって格好いいから。力を湧かせたいときはそういう言葉を使えってアリーゼさんが言ってたの思い出して」

「あーもう、かわいいなーほんと!!」

わしゃわしゃと頭を撫で、シャワーで頭を流していく。

心地よさのあまり、僕はアリーゼさんにもたれかかる。

「ベールー、私にもたれられたらちゃんと洗えないわ?あと交代、次は私を洗って頂戴?」

「・・・ぁぃ」

そして、今度は体を。そして交代して洗いあう。

 

「・・・アリーゼさん胸また大きくなった?」

「おやおや~わかりますか、ベル君」

「・・・なんとなく?」

「ベルと毎日のように一緒にお風呂に入って触ってもらってるからかしらね~どう?ベル的には」

「えっ、えっと??良いと思います??」

「・・・どうして疑問系なのよ」

「貴方達は何をしているの・・・?」

 

こんなやり取りが、あの時からの日常の1つ。

洗い終われば3人で並んで湯船に浸かり、「「「はぁー」」」と息を吐いて

 

「次のお祭りはちゃんと楽しめるといいわね」

「うん」

「今度は逸れないようにしないとねー」

「うん」

「ベルにもっともっとオラリオのことを知ってもらわないとねー」

「うん」

「あ、でも南は駄目よ?」

「そうね、南は駄目ね」

「へ?」

「あそこにベルが迷い込んだら一生でてこれないわ。あそこはね、女の皮を被ったモンスターがいるのよ。だからいっちゃ駄目」

「そうね、さすがにあんなところに行っては私でも見つけることはできないわ」

「女の子とそういうことがしたいなら私に言って頂戴?オッケー??」

「う、うん・・・?」

 

そんなこんなで、今日は私のところとアストレア様の部屋、どっちで寝る?なんて話をして、リビングのカウチに座り、うとうとしながら女神に髪を梳いてもらってアリーゼさんが寝る前に悪戯とばかりにまた接吻をして「おやすみ、ベル、アストレア様!」と頬を少し染めながら言われて

「おやすみなさい、アリーゼさん」「ええ、おやすみアリーゼ」といって女神の部屋に行って就寝した。

 

■ ■ ■

 

「良い天気ねー」

「はい、良い天気ですね!」

 

空は快晴、絶好の洗濯日和。

朝食を食べて、掃除やら洗濯やらのお手伝いをして僕はアストレア様と今、都市の中心地にあるバベルへと向かっている。

時間帯もあって大通りは賑やかで、人通りが激しい。

僕はまた怪物祭(モンスター・フィリア)で逸れてしまったことを思い出して表情を暗くしていると女神様が柔らかいその手でぎゅっと手を握ってくれた。

手を握って、歩いて、時には呼び込みをする店員さんに声をかけられて。

出かける前に「アストレア様とデートなんて羨ましい!!」なんて言われてからかわれたけれど、女神様とでかけるのはとても楽しい。

 

「・・・・それにしても、『持ち主が現れませんし、処分するので、どうせならベルさん貰ってくれませんか?』なんて言ってシルさん、真っ白な本を渡してきましたけど、貰ってよかったんでしょうか?」

「うーん・・・断れる感じじゃなかったし・・・受け取ってしまったものは仕方ないわ」

メインストリートを歩いていると、豊穣の女主人のシルさんに声をかけられて「たまにはリューと食べにきてくださいね?」と言われて、そのあと【誰でも簡単!!ハーレムの作り方創刊号】というタイトルの真っ白な本を渡された。

創刊号なんだ・・・えっ、シリーズがあるの!?

 

 

 

 

「あの、バベルで何をするんですか?」

「んー知っていると思うけれど、ベルの装備をちゃんと買っておかないと。と思ってね。アリーゼにも言われたのよ。『そろそろお古じゃなくて自分の装備を持たせたほうがいい』って。それで、バベルには【ヘファイストス・ファミリア】のテナントがあるのよ。」

「【ヘファイストス・ファミリア】ってすっごく高いですよ?大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫よ。アリーゼからベルのお金は貰っているから。・・・それに、【ヘファイストス・ファミリア】は末端・・・いわば駆け出しの子にも作品を作らせてお店に並べているフロアがあるの。そこで駆け出しの冒険者は『これだっ!』ていう装備と出会って、まぁ、その後も気に入ってランクアップなんてすれば"専属契約"を結ぶ。なんてこともあるわ」

 

アストレア様に説明をしてもらって、なるほど。とつぶやきながらバベルを上がっていく。

途中、【じゃが丸くんの神様】が【ヘファイストス・ファミリアでバイトをする神様】にジョブチェンジ?していることに目を丸くして、さらに移動していく。

 

「もしベルが今日手に入れた装備を気に入って、ランクアップをしたときも『この人がつくったのじゃないと嫌だ!!』というなら専属契約を考えてみればいいわ」

「・・・ランクアップ?」

「うーん、簡単に言えば【自分より強い相手を倒す】とかかしら?」

「たとえば僕がアリーゼさんやリューさんから一本取る。とかですか?」

「模擬戦でランクアップは・・・どうなのかしら。フレイヤのところみたいなことはしたくないし・・・」

「???」

「ああ、ごめんなさい。イメージとしてはそんなところね。」

 

そして到着したのは、倉庫にも見える場所。

防具の各パーツを山積みにしたボックスがあったりしていて、悪く言えばガラクタの山のような空間だった。

「少し暗いけど大丈夫?」

「うっ、は、はい。これくらいなら」

「そう?こういうのはベル自身が自分の目で見て決めなきゃいけないから・・・」

「だ、大丈夫です!良いの見つけたら声をかけますね」

「ええ、待ってるからいってらっしゃい」

「あ、予算は?」

「5万ヴァリスよ」

「はーい」

 

そういって僕は少し薄暗い店内を歩く。

どのボックスもそれぞれ値札が付いていて、記された数字がまちまちだけど、どれも安価ではあるらしい。

色々あるなぁとキョロキョロしながら歩いていると、不意に僕の目に止まるボックスがあった。

純粋な白い金属光沢で彩色が何も施されていない素材のままの姿だけど、僕はそれを屈んでジッと見つめていた。

 

ライトアーマー。膝当て、体にフィットするような小柄のブレストプレート。肘、小手、腰部と最低限の箇所のみを保護する構造。

プレートを持ち上げてみれば軽くて、とても強く惹かれた。

 

「アストレア様ぁー!!」

女神様に声をかけるとすぐ近くで装備を眺めていたのか僕のところに来てくれた。

「どうしたの?いいのあったの?」

「はいっ、これが良いです!」

「ふふ、ベルみたいに真っ白ね。どうしてこれなの?」

「暗くても見えました!あと軽いです!」

「あらあら。サイズは・・・・ぴったりそうね。誰が作ったのかしら。えっと・・・・【ヴェルフ・クロッゾ】??」

アストレア様は、クロッゾ、クロッゾ・・・どこかで聞いたような?とブツブツ呟きだして、店内は薄暗くて僕はちょっと不気味に思ってアストレア様の服の裾を握って揺らした。

 

「あ、ごめんなさい、ベル。そうよね、暗いところ、駄目だものね。」

「い、いえ・・・」

「じゃあこれでいいのね?」

「はいっ」

そうして、女神様と一緒にカウンターに向かって支払いをする。

『女神様が直々に!?』『その白髪、例の祭りの時の・・・!?』なんて反応されたけれど、すぐに対応してくれた。

お値段は9900ヴァリス。

 

買い物も終わり、アストレア様と一緒に一度ホームへと戻る。

「たまには違う道を歩いてみるのも楽しいものよ」なんて言って路地裏に入って歩いていくので僕もついていく。

 

「だ、大丈夫ですか?変なのでませんか?」

「大丈夫よ。ベルもいつかはアリーゼ達と都市を巡回することもあるでしょうから、怖くてもこういった道も覚えておかないとね??」

「うぅぅぅ・・・」

「ふふふ、1人で行動することはそうそうないから、安心しなさい」

「ぁぃ」

 

と、そこで何か反応を感じて僕はアストレア様に止まるように促す。

「どうしたの?」

「い、いえ、その、小さいのと大きいの・・・・どっちも人なんですけど何か様子が・・・」

そんな僕の反応に疑問を抱いて、曲がり角を凝視する。

と、そこで小さい影が飛び出してきて、僕はとっさに女神様の手を引いて僕は前に出た。

息が上がっていて、足を縺れさせて倒れる。

ライラさんと同じくらいの身長で・・・・

 

―――パルゥム?

 

「あなた・・・大丈夫?」

「ぅ・・・・っ」

「女神様、まだ来ます。前にでちゃだめです」

女神様の変わりに手を貸そうとしたときに、もう1つの反応の人物が現れた。

 

「追いついたぞ、この糞パルゥムがっ!!」

 

目をギラつかせて僕よりもガタイがよくて、比較的大きな剣を背中にさしていて、冒険者だとすぐにわかった。

悪鬼のような表情で抜剣した冒険者は僕たちに気づかないのかパルゥムの少女を切りつけようと近づいてくる。

 

「・・・ベル、相手が気づかないってことは貴方よりポテンシャルは下なんじゃないかしら。良い?振り下ろすギリギリで止めて頂戴。それでも逆上して攻撃してくるようなら魔法を使って構わないわ。でも加減はしてね?」

「・・・・わかりました」

 

男は目の前の少女に向けて剣を振り下ろす。少女は顔を背け、目を閉じ、体を小さくする。

そこで、ナイフを抜刀して受け止めた。

 

「・・・・はぁ!?んだお前はぁ!?いつ出てきやがった!!?」

「・・・・街中でこんなこと、やめたほうがいいですよ」

「うるせえぞガキッ!!今すぐどかねえと、後ろのそいつごと叩っ斬るぞ!」

 

そういって、男はもう一度剣を振り下ろす。

「――――福音(ゴスペル)

 

ゴーン!と小さ目の鐘が鳴って、男は吹き飛ばされ気絶する。

そこでさらに近づいてくる反応が

 

「まだ何かいるの・・・?」

「どうしたの?あの人の仲間?」

「うーん・・・・」

「すごい叫び声がしたけど、何事!?・・・・ってあれ?」

「「あっ」」

「ベル君にアストレア様?なんでこんなところに?」

 

現れたのは巡回で近くを回っていたアーディさんだった。

何でも、やけに鬼気迫るような男の叫び声が聞こえたと近くを通りかかった一般人の話を聞いて路地裏に入り込んだらしい。

 

「ベル、アーディちゃんは特定できないの?」

「・・・そこまではちょっと。」

「で、どうして2人はこんなところに?今、魔法も使ったよね?」

「「使ってないですヨ??」」

「何で2人して顔をそらしてるの!?下手な嘘つかないでよ!?」

「・・・・・すいません」

「ごめんなさい、アーディちゃん。私が許可したの。そこで倒れている彼が制止を無視したら無力化しなさいって」

 

アーディさんは溜息をついて「それならそう言ってくださいよ・・・あなたたちが犯罪行為をするなんて思ってませんから」と言葉を零す。

そして、ここで起こったことを説明してアーディさんは念のため事情聴取ということで気絶している男を連れて行くために仲間を呼んだ。

その間に少し話をする。

 

「・・・・それで、追われていたっていうパルゥムちゃんは???」

「・・・・え?」「あら?」

といなくなっていることに気が付いた。

「ベル・・・?」

「ご、ごめんなさい。そこまで万能じゃないっていうか!?」

「はぁ・・・まあ逃げちゃったなら仕方ないかぁ。・・・あぁ、そうだ。最近、盗みを働くサポーターがいるらしいからベル君がファミリアの人以外とパーティーを組むときは気をつけてね?」

 

そう言って解散した。

 

■ ■ ■

その後、アストレア様が連れて行きたい場所があると行って、北西と西のメインストリートの間の区画に存在する古ぼけた廃教会へと連れてこられた。

 

「アストレア様、ここは?」

「ここは・・・あなたのお義母さん、アルフィアがいつかあなたがオラリオに来ることがあれば連れて来てやってほしいって言っていた場所よ」

あなたの産みのお義母さん・・・ごめんなさい、時間がなくて名前は聞けなかったの。と言って僕に紹介した。

なんでも、アストレア様がファミリアの皆に相談して、土地ごと買い取ったらしい。

 

「大切な場所ってことですか?」

「ええ、そうね。大切な場所だったそうよ。それで、ちょっとこっちに」

そういって僕の手を引いて、教会の中に入っていく。

中は少しホコリっぽくて、でも、隙間から入る夕日でどこか神聖さを感じさせていた。

教会の入り口から左側は無理やり床板を破ったのか、土が見えていて複数の花が咲いていた。

アストレア様の方を見ると、少し、躊躇うようにして、言葉を発する。

 

「あの戦いの後、この場所を教えてもらって、アルフィアの遺体を誰にも見つからないように運び出して、そこのお花が咲いている場所にお墓を作ったの。」

その言葉で、僕の胸はぎゅっと握られたように痛み、心が寒くなった。

輝夜さんたちから暗黒期については、僕の精神状態もあって少しずつだけど聞かされていた。

とても悲しいことだったと・・・そう聞いている。やらなきゃやられていた。と。僕も、その話を聞いてそう思った。

だから、仕方ないことなんだと。そうやって受け入れた。

僕が、堂々と2人の名を呼べる日は・・・きっと来ないだろうとさえ思うほどに。

 

ぽろぽろと涙を流し始めた僕の背に手を当ててお墓の前に一緒に座る。

「・・・・実のところ、あの2人が貴方を置いてまでエレボスの企てに乗った理由はよくわからないの。アルフィアの体も限界で長話をする時間はなかったから」

アストレア様は、僕の頭に自分の頭を乗せるように首を傾けて言葉を続ける

 

「それでも、あの最後のとき、私は気づいてしまった。アルフィアが後悔に満ちた顔をしていたことに。―――きっとあの大抗争の中で貴方のことを思い出す"何か"があったのでしょうね。そこからは、振り返りたくても後戻りできない場所にいて、ザルドは気が狂ったように、この教会の隠し部屋に何かと物を入れ込むようになったらしいの。ベル、貴方がここに来たときにそれが残っていれば、売るなり使うなり好きにしろ。って。」

 

「――――ッ!」

「アルフィアに『何か言い残すことは?伝えたいことは?』って聞いても、『あの子を頼みたい』としか言わなかった。たぶん、言ってしまえばそれこそ、自分達がしてきたことを否定することになってしまうから。止まらなくなってしまうから。」

「・・・・どんな理由であれ、多くの命が失われたことに変わりはない。だから、あの2人の行いは決して許されることはないわ」

 

その言葉に僕は、震えて嗚咽を漏らして、さらに泣く。

アストレア様は僕の背中を摩りながら、「それでも」と続けた。

 

「それでも・・・それでも、あの最後の瞬間、私にはあのアルフィアが『たった1人の子供を思う母の顔』に見えた。だから、だから・・・・私はあの2人の"行い"は許さなくとも、その"想い"だけは赦そうと、そう、決めたの」

「・・・・・え?」

「ベル・・・たとえ人々に許されなかったとしても、世界中のどこかで誰かが、その罪を負ってしまった人のことを赦したいと思うなら、その罪は贖えるのよ。きっとね」

「・・・・・・でも、オラリオに英雄はいません。アリーゼさんたちは僕にとっては英雄です。でも、きっとこれは違う」

「そうね、きっとそれは違うわ」

「僕・・・僕は・・・僕は・・・っ!!」

 

言葉が出せず、何を言えばいいのかもわからず、ただただ「僕は」「僕は」と繰り返す。

アストレア様はただただ「いいのよ」「大丈夫大丈夫」と僕を抱きしめて、いつものように背中をぽんぽんと叩く。

そして落ち着いた頃、僕はお墓に向いて

 

「僕、がんばるから・・・!!がんばるからっ!!」とだけ涙を流しながら、精一杯の言葉をお義母さんに贈った。

 

■ ■ ■

 

「やぁやぁ!ベル君!!久しぶりだね!!」

少し時間がたったころに、橙黄色で旅行帽を被った男神様と金髪エルフさん、そして水色の髪に眼鏡をかけた女性が現れた。

 

「・・・・っ!!」

「ま、待ってくれベル君!!オレだ!!ヘルメスだ!!石を投げようとするのをやめてくれ!!さすがに冒険者の投石はやばい!!」

「ヘルメス・・・あなた、何したのよ・・・」

「ち、違うんだアストレア!!ほ、ほら、エレボスのやつ、オレの真似をしていた時があっただろう!?だから似ているって思われて、出会ったときに石を投げられたんだよ!!」

 

そう、ヘルメス様。アストレア様と入れ違いで僕の住む家にやってきた男神様だ。

丁度影で見えづらくなって、黒い神様(エレボス様)とダブって見えたため、僕はアリーゼさんたちを連れて行かれると思って石を投げつけたことがあった。

 

「・・・・ごめんなさい」

「い、いや、いいんだ。君が悪いわけじゃないさ。ハ、ハハハ!!」

「笑えてませんよ。ヘルメス様。・・・・あなたがベル・クラネルですね。リオンから話は聞いています。この神があなたに失礼なことをしたら遠慮なく石を投げてやってください。死なない程度に」

「ア、アスフィ!?」

「・・・・もう、早く用件をすませたほうがいいんじゃないかしら?」

「あ、ああ、そうだね」

 

そういって、ヘルメス様は後ろにいる金髪のエルフさんに手招きする。

この人・・・どこかで・・・

 

「ベル、あなたが以前、ミノタウロスの件で助けた子よ。特徴とヘルメスの名を言っていたからすぐ見つけ出せたわ」

「この子もあの時は逃げるのに精一杯でね。誰かに助けられたということに気づけなかったんだ。だから、礼をと思ってね」

「・・・・あぁ。あの時の」

 

「す、すまない!助けてくれたのに!!」

そういって、金髪エルフさん・・・名をローリエさんというらしい。

何でも助けられたことに気づかず、ヘルメス様からその話を聞かされて、お礼を言う機会がほしい。と頼んでいたらしい。

 

「あ、いえ、あの時はローリエさんが通り過ぎた後にミノタウロスを惹き付けたってだけだし気にしないでください。怪我とかしてませんか?」

「あ、ああ。おかげさまで!本当にありがとう!!」

 

それから少しだけ話をして、今度はアスフィさんが僕の元にやってきて、

「リオンから相談を受けていまして・・・・何でも暗い場所が駄目で十全に力を発揮できないとか。それで、ローリエの件とヘルメス様が迷惑をかけたということで貴方ように装備を。」

「・・・・えっと、ゴーグル?」

「ええ。まだ試作品ではありますが。暗い場所でも・・・真昼ほどというわけではありませんが、明るく見えるようになっています」

「ベル君、アスフィが作ったのは魔法道具だ。名前は【アカルクミエール】だ」

「・・・・・・」

「ま、待ってくれ!!無言で石を投げようとしないでくれ!!」

「えっと、アスフィさん。ありがとうございます。大事にします」

「ええ、そうしてください」

 

一通りやり取りを終えて、ヘルメス様達は帰った。

「も、もし都合がよければ、私をパーティーに加えてもらえれば・・・」とローリエさんが頬を染めていたけど、夕日のせいかな?

「ベル、泣きすぎて目が疲れてるんじゃないかしら?」とアストレア様に言われてしまった。

 

「じゃあベル、こっちに来て」

「?」

「このあたりに・・・・あったわ!隠し部屋!!」

そう言ってアストレア様は隠し部屋に入っていく。

入ってすぐにアストレア様は「べ、ベル!!はやく来て頂戴!!すごいわこれ!!!」と大声を上げたので僕も入っていく。

 

そこにあったのは、

ユニコーンの角、カドモスの皮膜、木竜の宝石、マーメイドの生き血、ブルークラブの鋼殻etc...etc...

たくさんのモンスターのドロップアイテムに、クリスタル、ダンジョンで取れる宝石や鉱石だった。

 

「・・・・これ叔父さんが??」

僕は目を丸くした。

価値はよくわからないけれど、すごい。ということくらいはわかった。

「これ・・・・お金にしたらいくらになるのかしら・・・ほんと、すごいわ・・・・それだけベルのことを思っていたのね・・・」

「すごい・・・すごいしか出てこないです。」

「ええ、すごいわ。これ・・・・」

 

2人してその光景に固まっていた。

 

「ん?あら?これは?」

「どうしたんですか?」

 

部屋の中央に小さなテーブルがあって、そこには大きめの箱が置いてあった。

「鍵は・・・かかってないわ。これもザルドが?」

「何が入ってるんでしょう?あけていいですか??」

「ええ、いいわよ。あっ、待って、虫とか出てこないかしら・・・」

「だ、大丈夫ですよきっと」

 

そして、箱を開けると、そこに入っていたのは・・・・・

 

「真っ黒な包装のされた本」「眼球のような形の玉」だった。

 

その後、ホームに戻り、夕飯前にカウチで2つの本を読んでは意識を失ってを繰り返し、何かおかしいことに気づいたリューさんが僕が読んでいた2つの本を見て顔を白くさせ、アストレア様を呼び出し、皆の前で服を脱がされステイタスを更新された。

 

「こ、これ・・・嘘!?」

「グリモア!?」「なんで!?」「何処で!?」「しかも何、2つ!?」

「へ!?・・・・ど、どうしたんですか!?」

「べ、ベル、この本は何処で!?」

「シ、シルさんが処分するからどうせならって。黒いのは教会の隠し部屋に・・・!!」

 

「・・・・・まぁ大丈夫だと思うわ。それより終わったわ。はい、たしかにちゃんと発現しているわね」

そういって僕の上から退いて皆に羊皮紙を見せる。

あ、あの、僕にも・・・!!

 

「「「ベル・・・あなた・・・」」」

「へ?」

「「「アストレア様のこと好きすぎでしょ」」」

 

■ ■ ■

ベル・クラネル

Lv1

 

アビリティ、スキル、既存魔法覧、省略

 

<<魔法>>

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)

効果時間:5分

【天秤よ傾け――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×2

 

短文詠唱

【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

 

【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

  一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

 

 追加詠唱【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 絶対安全領域の展開

 

 

 

刃は通らず、矢は飛ばず。魔法は霧散しあらゆる痛みは浄化し治癒され、範囲内にいる敵対者以外の者は温もりを与えられる。

 

長文詠唱

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

【我はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】

【されど】【されど】【されど】

【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】

【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】

 

効果時間

15分

月下条件化において月光が途切れない限り効果範囲拡大

月下条件時、詠唱式変異

回復効果

雷属性付与




めっちゃ長くなりました。

最初に読んだのは黒のグリモア(いったいどこの絶対悪が置いていったんだ)
次に読んだのは白のグリモア(シルから貰ったもの)

という順番で魔法が発現しています。

【乙女ノ天秤】の
バルゴは、乙女。
リブラは天秤というそうで、そこから付けてます。

追加詠唱はエレボス様からの嫌な贈り物だとベル君は思ってます。
3つ目の魔法はだいぶ先まで使うつもりはないですが、2つ読んで発現してしまったので、載せています。


ベル君の装備にヴェルフの例の防具「ぴょん吉」さん。
アスフィが作った、ゴーグル(試作)が追加されました。


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灰被りの栗鼠
兎と鼠と姫


幕間―とある廃教会―で発現した【乙女ノ揺籠】のイメージは、FGOの【我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)】です。


【乙女ノ天秤】
の魔法登録が2つなのは天秤の左右に1つずつある器が合計で2つだから。という理由です。
登録後は自分で詠唱までしないといけなくなるのと、1回使えば登録が消えてしまいます。

アストレア様は【乙女ノ天秤】に【ディア・エレボス】が追加詠唱にあったのを見て
「これ、別の魔法が食い込んだようなものじゃないの?」と引いてます。あとベル君がこの追加詠唱を見て、嫌がってアストレア様に抱きついて泣いてしまってます。


 

―――いい天気・・・・。起きたらびっくりしたなぁ。

僕は今、バベル前の広場でクエストを受注しに行っている輝夜さんを待っている。

輝夜さんの音は特定できる中での1つなので、多少離れていても『そこにいる』とわかるので大丈夫なのだ。

なのでベンチに腰掛け、ぼぉーっと空を眺めていた。

 

昨夜、僕はステイタスを更新して、魔法が2つ発現してその後、アストレア様と一緒に就寝したはずなのだが、夜中、ふと喉が渇いて、水を飲みに行こうとランタンを取ってリビングに寝ぼけ眼を擦りながら下りていったら、どういうわけかライラさん以外のお姉さん達が灯りを絞った中で何やら話し合いをしていたのだ。

僕は思わず「・・・・ひぃっ!!」と小さい悲鳴を上げてしまい、それに気づいたアリーゼさんが僕の元に慌ててやってきて「大丈夫、ごめんね、たしかにこんなに暗い中で集まってたら怖いわよね。どうしたの?喉でも渇いた?」と言って、キッチンまで連れて行ってくれた。

水を飲んだ後、アストレア様の部屋に連れて行ってもらったと思って抱きついて胸に顔を埋めるように体を小さくして眠っていたはずなのに、目が覚めると裸のアリーゼさんがそこにいた。

 

「・・・・・ぇ?」

僕は困惑した。

―――どうして裸で寝てるの?いつもはちゃんと着ているのに。

周りを見てみれば寝巻きが投げ捨てられていて、ようやく僕が【どういうわけかアリーゼさんの部屋で寝ていた】ことに気が付いた。

最近またその立派なお胸がランクアップなされたそうで、僕の顔にむにむにと形を変えてはアリーゼさんの呼吸と共に押し付けられる。

 

「・・・・良い匂いだけど・・・う、動けない・・・」

レベル差という圧倒的な力の暴力の前に僕は身動き1つ取れず、ただただその柔らかい肢体に包まれていた。

「・・・・アリーゼさぁん」

「・・・ぅ~ん」

「ア、アリーゼさぁん」

「・・・べるぅ。結婚してぇ・・・・」

「ふぇっ!?」

声をかけて起こそうとしても、返ってくるのは寝言というか夢うつつな返事ばかり。というか、体をスリスリと擦り付けてさえ来る。

―――ア、アストレア様も裸で寝ることあるのかな??

愚か兎、大好きな姉が裸で抱きついて寝ている現実に対して、さらに大好きな女神様は裸で寝ることはあるのかという疑問を生んでしまう。

―――あ、後で聞いてみよう。

その質問が女神を困らせるであろうことに全くといって気が付かない。

 

「アリーーーゼさぁん。」

「・・・輝夜は2番目でぇ・・・リオンは・・・心の準備ができないなんて言うからぁ・・・・」

「・・・ありぃぜさぁん?」

「・・・・私とぉ・・・輝夜でぇ・・・抑えておくからぁ・・・ベルゥ・・・ヤッちゃいなさぁい・・・・」

「何を!?」

 

僕は思わず声を上げてしまった。一瞬、口に何やら柔らかくグミのような何かが当たった気がするけれど、それどころではない。この人はいったい僕に何をさせようというのか。

とても恐ろしいことを考えているに違いない、そう思って僕は、今度は違う呼び方で起こそうと試みる

 

「・・・おねえちゃん」

「・・・すぅ」

「おねぇちゃーん」

「・・・うぅんベルぅ・・・駄目よ、最初は私にしてぇ・・・」

「アリーゼお姉ちゃん!!!」

「・・・・・ベル???」

 

謎の羞恥に顔を真っ赤に染めて、必殺の【お姉ちゃん呼び】をすることで何とかアリーゼさんは起きてくれた。抱きしめて寝ていた僕のことを見て、回らない頭で自分が裸だということに気づいて、もう一度僕のことを見て少しからかうように言葉を発する。

 

「お姉ちゃんのこと脱がしたの?」

「・・・・怒るよ」

「ご、ごめん。わ、わかってる、わかってるから。自分で脱いだのよね。うん。い、嫌だった?」

「嫌じゃないけど・・・・」

 

グウゥ。とお腹の鳴る音がして、クスリと2人して起きて欠伸をして

「ベル、そこのブラ取ってくれる?」

「えっと・・・この赤いの?」

「違うわ、黒いのよ」

「・・・・はい」

「赤いのはサイズがちょっとキツくなっちゃったから、ベルに上げるわ」

「・・・・閉まっておくね」

「おはようのキスはしないの?」

「・・・・し、しない!」

「じゃあ、代わりにホックを止めてくれないかしら?」

「・・・もうからかわない?」

「うん、終わりにする」

「・・・・わかった」

 

そう言ってアリーゼさんのお願いを聞いて、アリーゼさんは近くにあったセーターをダボっと着て僕の手を握って部屋を出る。

どうしてセーターだけなの?ズボンとかはいいの?と聞くと『上だけ着るのがいいのよ。ほら、生足がよく見えるでしょ?』なんて言う。うん、綺麗だけど。

 

「あ・・・」

「どうしたの?」

「昨日、アストレア様の部屋にいたのにどうしてアリーゼさんの部屋に?」

「あー・・・・夜中ベルがリビングに下りて来て、私がベルと寝たくなったから連れて行っちゃったのよ。アストレア様には謝っておかないと」

 

とそんなやり取りをして、目が覚めると僕がいないことに驚いたアストレア様が慌てて出てきて「ど、どこに行ったのかと思ったわ」と言われてアリーゼさんが謝って、皆で朝食を食べて僕は新しい装備を身に着けてローブを羽織り、輝夜さんを待ちながら鏡で自分の姿を眺めていた。

 

「似合ってるわよ、ベル」「ローブさすがに置いておいたほうがいいんじゃない?大丈夫?まぁ、ベル君がいいならいっかー。かっこいいよ」

「うん、かっこいい」「ゴーグル、いいねそれ」「万能者(ペルセウス)が作ったんでしょ?いいなぁ~」

と褒められて思わず「えへへへ」と漏らして、そうして準備を終えた輝夜さんと一緒にダンジョンへと向かう。

道中「せっかくだ。今日は、小遣い稼ぎにでも簡単なクエストを取って10階層に行こうと思う。お前のポテンシャルならもう少し行ってもいいが、モンスターとの戦闘経験がなさ過ぎるのも困るからな。そのあたりは【階層1周する】くらいの気持ちでいろ」と言われて今現在、僕はベンチに座って輝夜さんを待っていた。

 

と、そこで僕は声をかけられた。

 

■ ■ ■

「お姉さん、お姉さん。白い髪のお姉さん」

 

私は、ベンチに座っている、警戒心があるんだか無いんだか、どこかチグハグで、でもとても良い武器を持った昨日路地裏で出くわした冒険者に声をかけることにした。

その少女は時々どこか決まった場所を見つめては、ほっとしたり、オドオドしたりとどこか不安定ささえ感じさせた。

 

―――こんなのが冒険者?簡単に死にそうで、いかにも金品を巻き取ってくれと言ってるようなものではないですか。

 

私に気づいていないのか、目を閉じて、私を中々見ようとしない。

ならば、ともう一度声をかける。今度は裾をくいくいと引っ張って。

 

「お姉さん、お姉さん。白い髪のお姉さん」

「・・・・・『黙っていろ。ならば愛でてやる』ふふっ」

「・・・・はい?」

 

この人は今なんと言った?『黙っていろ?』『愛でてやる?』・・・・は??

どうして声のトーンを少し下げてまでそんなことを言った?・・・・は??

 

「あ・・・あの?」

「ん?・・・・・ああ、ごめんね、少し昔のことを思い出していただけだよ。どうかしたの?」

「い、いえ、なんでも。・・・あ、あの、突然なんですけど、【サポーター】なんて探していたりしませんか?」

「さぽーた・・・??」

 

聞きなれない言葉なのか、目の前の人物はその言葉を反芻する。

サポーターがどういうものか説明して、再度、たずねる。

 

「・・・・・」

「冒険者さんのおこぼれに預かりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんですよ?」

 

黙りこくる彼女に、私はにっこりと笑顔を見せて首を傾げる。

「・・・・アリーゼさん当たりにやったら喜ぶかな?」

「何か言いました?」

「ううん、何でもないよ?」

「それでお姉さん、どうですか?サポーター、いりませんか?」

「僕は構わないよ」

「本当ですかっ!なら、リリを連れて行ってくれませんか、お姉さん!」

無邪気さを出してはしゃぎ、そして、再度、昨日見た【変わりものの武器】を確認する。

そして、自己紹介をしようとして、彼女が言葉を続けた。

 

「・・・ただ、僕1人じゃなくて、もう1人来るけど、それでもいいなら」

「・・・・・はぃ??」

「いや・・・・待ち合わせをしていて。だから、3人でのパーティーってことになるけど、それでいいなら」

 

『基本的に戦うのは僕だけだけどね』と彼女は言葉を続けた。

ソ、ソロじゃない・・・・だと???

い、いや、大丈夫。大丈夫。今までどおりでやれば問題ない!!!

冷静さを失うな!!こいつも憎き冒険者だ!!!

 

「ま、まあ私からお願いしているんです。文句なんてありませんよ?」

「・・・・そう?なら、相談してみるね。ああ、こういうときは自己紹介するんだっけ。君は?」

「リリの名前はリリルカ・アーデです。お姉さんのお名前は何と言うんですか??」

「・・・リリルカさん・・・・【ファミリア】は??」

「【ソーマ・ファミリア】ですよ、お姉さん。割と有名な派閥だとリリは思ってます!」

「アリーゼさん達が何か言っていたような・・・・」

「何か言いました?」

「ん?ごめん、なんでもないよ。んー・・・・ベル。ただの、ベル。アストレア・ファミリア所属。よろしくね、リリルカさん」

 

あっ、終わった。詰みました。

 

■ ■ ■

 

「で、『【サポーター】を雇ってもいいか。』と?」

「うん。貧乏なんだって」

「公に他人の懐事情を言うな。お前だって自分がいくらもってるかしらないだろうに」

「・・・・そうだった」

「はぁ・・・。気をつけること。わかったな?」

「うん、わかった。輝夜さんっ」

 

僕は1~10階層の間で、お手ごろに稼げる・・・いわば小遣い稼ぎ程度のクエストを受注してきた輝夜さんがやってきたので、事情を説明して、『・・・・ベル、お前が雇ってもいいというなら雇えばいい。私は何も言わん。何事も勉強だ』と言われたので、リリルカさんに了承を伝えた。

 

何か、すごく顔色が悪いというか、白くなってるけど・・・大丈夫かな?

輝夜さんも何か、目つきが変わったというか・・・・まぁ、この子は何かある。そんな気がして、そのまま対応することにした。

 

 

「そういえば・・・・どうして違うファミリアの僕に?別々の派閥同士の繋がり?ってイザコザの原因になったりとかって聞いたような・・・?」

「えへへ、リリはこんなに小さいですし、腕っ節もなく冒険者としての才能がないのでファミリアの方々は愛想をつかして邪魔者扱いにしてるんです。頼んでも仲間に入れてなんてくれません。」

仲間外れを受けている、とリリルカさん・・・えっと、リリと呼んで欲しいんだっけ。リリはそう言った。

 

僕たちの後ろを一定の距離感で歩く輝夜さんが時折「ほぅ・・・」「なるほど・・・」と呟いている。

なんでも、リリは役立たずの烙印を押され、ファミリアのホームでは肩身が狭く、今も割安の宿屋を巡って寝泊りをしているんだとか。

僕にとってはファミリアは家族で、大好きな人たちがいる場所だ。だから、ファミリアの中で身内をのけ者にするなんて考えが僕には理解できなかった。

思わず輝夜さんの方に振り返ってみれば

 

「・・・ファミリアなんぞ、千差万別だ。仲が良いところもあればそうでもないところもある。【ファミリア】なんて言ってはいるが、一枚岩というわけではないのだからな。」

「そっか・・・・」

「派閥によっても、生産系、探索系とそれぞれ行動目的も違う。故に、全部が全部、同じというわけではないぞ。」

 

と説明してくれた。

必ずしも【苦楽を共にする生涯の関係】というわけではないらしい。

 

「ファミリアの関係の話でしたら、大丈夫です。リリの主神であるソーマ様は、他の神様達のことに未来永劫無関係というか、敵になる以前の問題というか。【お酒を造る】こと以外に興味を持ちませんので、そうそう争いが勃発することはまずないと思います」

 

そうして、ダンジョンを進んでは道中クエストの目的のドロップアイテムのためにモンスターを倒して『キラーアント』を倒したり『パープルモス』が飛んでくればナイフで羽を断ちバランスを失ったところでさらに止めを刺す。

輝夜さんは『異常事態(イレギュラー)』が起きない限り、私は何もしないから好きに暴れろ。魔法は3,4体ほどであれば使うな。頼りすぎるのは関心しないからな」と言っているので、僕は10階層までひたすらモンスターを倒していく。

スキルのせいでモンスターは僕たちに気づいていないから、リリは首を傾げながら『どうしてモンスターが私達を無視しているんです・・・?』なんて言っている。

そして10階層に到着。

 

10階層からは、ダンジョンにギミックが発生しはじめるらしく、ここでは視界を妨げる霧が発生して、視界が悪くなる。

ライラさんから聞いた話では、この霧のせいで、方向感覚がわからなくなったり、敵の察知に遅れるらしい。

 

「いいか、ベル。10階層からはギミックの1つとしてモンスターの同時多発発生・・・つまり【怪物の宴(モンスターパーティ)】が発生するようになる。休憩(レスト)できるのは霧の発生しない階層の入り口付近ということになる。でてくるのは、オーク・バッドバットにインプだ。悪知恵を働かせてきたり、怪音波・・・・集中力を乱してくる攻撃をしてくるから、お前の場合はどうなるかわからんから用心しろ」

「・・・はいっ!!」

怪物の宴(モンスターパーティ)が起きることを前提に戦え。故に、魔法はここから好きに使え。だが、立止まって魔法だけ撃つのは許さんからな」

「わかった!」

「なら行って来い」

「はいっ!」

「えっ!?」

 

僕は輝夜さんから一通りのおさらいとしての説明を受け、ゴーグルをはめて駆け出す。

僕に気づかないオークの群れに飛び込み、切り刻み、さらに低く走ってインプを倒し、輝夜さんが注意しろと言っていた怪音波がきたら、足で石を蹴り飛ばして魔石ごと粉砕する。

うん、どうやら怪音波もわかるみたい。

なんていうか、ノイズのような感じがする。

そして、輝夜さんが言っていた怪物の宴(モンスターパーティ)が発生したら『誘引』して魔法を唱える。

 

「―――福音(ゴスペル)

 

そして、群がろうとしていたモンスターたちは灰へと変わっていった。

 

■ ■ ■

「なっ・・・・!?」

早すぎる・・・!?ありえない!!コレは!!どんなカラクリなんですか!?

これがフィリア祭から噂になっている『泣き兎』!?

 

おかしい!!色々おかしい!!どうして、どうして、ここに来るまでの道中でモンスターを素通りできるんですか!?

ありえません!!まるで、まるでコレじゃあモンスターがリリたちに気づいていないみたいじゃないですか!?

さっきから、草原を駆け回る野うさぎの如く、縦横無尽に駆け回ってはモンスターを蹂躙していますし・・・なんなんですか!?

それに、確かあの派閥に入った新人はまだ最近入ったばかりのはず・・・!!

い、いえ、あの派閥は大抗争の1年後からやけに活発に動いて力をつけてきた勢力・・・・ですが、それで・・・ありえるんですか?こんなことが。

 

あっ、また魔法を使った!?見えない!?

 

「・・・・パルゥムさん、パルゥムさん。少し、よろしいですか?」

ビクっと肩を揺らして、私は後ろでずっと見ているだけの着物の女性・・・・大和竜胆(やまとりんどう)ことゴジョウノ・輝夜に振り返る。

 

「な、ナンでしょうか?ゴジョウノ様・・・・」

「輝夜で構いませんよ?いや何、少し・・・お話がしたくなりまして。」

「は、はぁ・・・」

「ああ、あの子のことは放っておいて構いません。見失うこともないでしょうし。・・・・では、貴女様の所属する派閥について少しお聞きしたいことが」

「・・・・なんですか?」

「あなたの主神が造り出している神酒(ソーマ)についてですが、あれは麻薬ではないのでしょうか?」

「・・・・どうでしょう。似ているとも、違うとも言えます。お飲みになりたいので?」

「"失敗作"なら、少々、嗜んだ事はございますよ?ただまぁ、最近何かと活発に動いておられる・・・・いえ、騒ぎになっている派閥でもありますので」

「はぁ・・・・」

「・・・・・申し訳ございません、どうやら有力な情報はなさそうでございますので。ああ、お仕事のお邪魔をしてすいません。手伝いましょうか?」

「いえ・・・リリ1人で問題ありません。お気遣いどうも」

 

そう言ってリリは蹂躙撃が行われていた現場に魔石を回収しに向かう。

少し振り返ってみれば、ニタァと怪しい笑みを浮かべた着物を着た黒髪の女がいた。

 

―――こ、怖すぎる!?

 

■ ■ ■

「・・・ベル!私は少し近くのルームでクエストの物を取ってくるから、お前は階層を上がりながらモンスターを倒していけ。」

「えっ、輝夜さんは?」

「そんな捨てられる兎みたいな顔をするな・・・すぐに合流するし、帰りまで急いでいく必要はないだろう?」

「う、うん」

「序盤が飛ばしぎみだからな。体のことも考えて急がずに上がってくれ。そうすれば私も合流しやすい。」

「わ、わかった」

「お前なら私の位置もわかる。そう不安がるな。」

「・・・・うん」

 

僕は輝夜さんに帰りの方針を聞く。

受けたクエストの目標物はある程度手に入ったらしく、いい時間だからそろそろ切り上げようということだ。ただ、輝夜さんは一旦僕たちから離れて行動するらしく、僕は不安になってしまった。

見かねた輝夜さんは僕の頭に手をやって優しく撫でながら安心させてくれて、別行動になった。

 

「ベル様?」

「・・・ベル・・・サマ?」

「ああ、リリの仕事としてのなんと言いますか、上と下の立場をはっきりさせておきたいというリリの拘りみたいなものなので。慣れないかもしれませんが、受け入れていただけると」

「・・・・うん、わかったよ。それで?」

「あっ、えっとですね・・・・?ベル様は本当にLv1であってますか?どこぞのファミリアのように詐称してたりしていませんか?」

「どこぞの・・・・・そういえばローリエさんってLvいくつなんだろ」

「???」

「あっ、ごめん。うん、Lv1だよ」

「なんていうか・・・・規格外すぎません?」

「さぁ・・・・比べる相手がいないから・・・」

 

僕達はそんな話をして、モンスターを倒しながら上層へと向かっていく。

途中、「ベル様の武器って変わってますね?どこで鍛えられたものなんです?」とか「いったいいくらなんでしょう・・・」とかそんな話をして。

そして気が付けば地上への階段が見えて「輝夜さぁん・・・」なんて零して、地上に上がってとりあずリリが換金をしてくれて今回は【お試し】ということで換金分のほとんどが僕の手元に来た。

途中言葉が聞き取れなかったけれど。

そしてクエストの報告があるので、そこで僕はリリと解散することになった。

 

「輝夜さん・・・どうしたんだろ」

少し心細くなって、ギルドの受付に向かうと

「ベル君?どうしたの?」

と僕のアドバイザーのエイナさんが声をかけてくれた。

「それが、輝夜さん、地上に上がるまでには合流するからって別行動してたのに・・・結局出てこなくて・・・それで、とりあえずクエストの報告をしておこうと思って」

「うーん、そうなんだ。あっ、こっちにはまだ来てないよ?というか、今君の後ろに・・・いるよ?」

「ふぇ???」

 

ガバッ。ギュッ

「っ!!!?」

「ぶぁ~かめぇ~。まったく気づかんとはまだまだだなぁ、ベルぅ??」

「か、輝夜さん!?なんで!?反応無かったのに!?」

「私はLv5で副団長だぞ?気配くらい消せるわ」

 

後ろから輝夜さんに抱きしめられて頭に顎を置かれて、そんなことを言われた。

えっなに、輝夜さんって音を消して歩けるの!?ま、まさか、極東にいるっていうニンジャ!?

そんなことで動揺する僕に代わって輝夜さんがクエストの報告をしてエイナさんが処理をして、報酬を受け取る。

 

「さて、帰るぞ。ベル」

「う、うん」

輝夜さんの手を握って踵を返してギルドを出ようとすると、エイナさんが声をかけてくる。

 

「あれ?ベル君?」

「はい?」

「君の・・・あの変わったナイフはどうしたの??」

 

そういわれて僕は体をチェックする。

「え・・・えぇ・・・えぇぇ!?」

「・・・・・・クスクス

「ど、どどど、どうしようお姉ちゃん!?」

「ええい、こういうときだけ"お姉ちゃん"と呼ぶな!!」

「だ、だって、だってぇ・・・・っ!!」

 

僕は輝夜さんに縋るようにしがみ付き、動揺に動揺を重ねる。

い、いつ、いつなくした!?

そんな輝夜さんは、またいつものようにぽん。と頭に手を置いて

 

「私は少し寄り道をしてくるから、お前は先に帰っていろ。」

「で、でも・・・!!ナ、ナイフ・・・!!」

「・・・ちゃんと持って帰ってやるから安心しろ」

「ほんと!?」

「ああ、本当だ。1人で帰れるか?」

「う、うん。走って帰るから大丈夫・・・」

「なら、先に帰っていろ。ああ、風呂は待て。」

「え?」

「今日は一緒に入りたい気分だ」

「わ、わかった」

 

そうやり取りをして、僕達は別行動。

僕は暗くなり始めたオラリオの中、いかに早く、ホームに帰るかという精神的な戦いを。

輝夜さんは、どこかへ寄り道をして僕のナイフを探しに。

 

メインストリートを人を避け、まるで白い閃光のように走り去る1匹の兎が、そこにはいたのだった。

 

■ ■ ■

「さぁ~てぇ~。最近何かと臭いことをしている【噂のパルゥム】はお前か~ちぃびぃすけぇ~~」

 

そうして、黒髪に着物を着た極東美人はオラリオ北西の路地裏を歩く。

足音もなく歩く。

 

―――ベルのスキルは常に発動しているわけではないことはわかっている。あれはあれで、疲れるらしいからな。パッシブとは言え休息期間(インターバル)が存在するというのが私とライラ、団長の考察だ。

 

「ベル自身も、あのチビ助に"何かある"ことはスキルで気づいていたようだが・・・まだまだだな。さすがに細かい動作までは拾えないらしい」

 

輝夜は、ベル達に合流しなかったわけではない。

リリルカがサポーターとして自分を売りに来て、ベルが相談しに来た時点で勘付いてはいた。

「ああ、こいつ、なんかあるな」と。

ベルに小声でどこのファミリアか聞いてみれば、何かとギルドで騒ぎ立てる【ソーマ・ファミリア】という。

ここいらで、あの派閥に釘を・・・・いや、槍でも刺すか。そう思った輝夜は利用してやろうと思ったのだ。

 

「ベルには悪いことをしたな・・・・。まぁ、あとでたっぷり奉仕してやるからそれでチャラにしてもらうといたしますか。クスクス」

 

スタスタと何の迷いもなく歩く。

まるで行き先を知っているかのように。

 

「この当たりには盗品倉があるくらいだからなぁ・・・・それをわざわざヴァリス金貨になぞ変えるわけがない。ほとぼりが冷めるまで別のものに形を変えて保管している。まぁ、宝石やアクセサリーだろうが」

 

リリルカがベルのナイフをチラチラみていることはわかっていたし、声をかけてファミリアの情報を聞き出そうとしたが、『その程度、ギルドでも聞ける』レベルのものでしかなかった。

 

「あえて喋らないのなら・・・・喋りたくなるようにしてやるだけだ・・・・。こういうのを確か・・・・司法取引?というのだったか?」

まあ、あのチビが何を望むのかなぞ知らんが。と無責任に言い放ちながら、ノームの万屋という骨董品店の前へと近づいたところで、1人の小柄な少女が俯きながら、されどどこか怒っているように出てきた。

 

―――みぃつけた。

 

ドンッ。

 

「・・・あぁ、申し訳ございません。このあたりの道に慣れていませんでして。お怪我はありませんか?」

「えっ、ええ、大丈夫です。こちらも余所見をしていたので、気にしないでください。それじゃ」

「・・・・・・クスクス

 

ぶつかった拍子にベルのナイフを回収。

自分の着物の袖に仕舞い込み。ホームへと向かう。

 

「利用させてもらうぞぉ、チビスケェ―――」

 

そんな小さな声が路地裏に微かに、響き、少し後になって先ほどの少女による「やられたあああああああああ!!!!」という悲鳴が響くのだった。

 

 

■ ■ ■

アストレア・ファミリア本拠

星屑の庭

 

そのリビングにて、カウチに座る女神の膝に顔を埋めるようにして泣く一匹の兎がいた。

皆、「朝あんなにニコニコして出て行ったのに、何があったの・・・??」「まさか、輝夜に怒られたとか??」「いやいや、この子に限ってそれはないでしょ?」「じゃあ、何があったの?」「10階層に行くって言ってたし、視界が悪くてトラウマが蘇っちゃったとか?」などと心配する始末。

 

「ひっく、ひっ、うっ!!」

「ベル、大丈夫よ?泣かないで??」

「だ、だって、だってぇ・・・!!」

「あなたが無事に帰ってこれたのだから、それだけで私は嬉しいわ?ほら、泣いてないで、涙を拭いてその綺麗な瞳を見せて??」

「ひっく・・・ひっく・・・」

 

ベルが帰ってきて、カウチで座って読書をしていた女神の姿を見て大粒の涙を流して、膝に飛びつき泣きついた。

意図的ではないが、股に顔を埋めているような絵面なため、女神は少しビックリしたが、ベルの様子からしてそれどころではなかった。

事情を聞き、今日一日の行動を整理させ、輝夜と別行動で帰ってきたと聞いてだいたいの推測はついて、ベルを宥める。

 

「べ、ベル??いつまでもそうされると、私、恥ずかしいわ。それに、息がかかってくすぐったいの」

「うぅぅぅ・・・」

「ほら、夕飯まで膝枕してあげるから、せめて向きを変えて頂戴??」

「・・・・・ごめんなさぁぃ

「いいのよ、大丈夫。大丈夫だから」

 

とそこで、玄関が開き、輝夜が帰宅し、泣いているが無事1人で帰宅できたベルの姿を見てテーブルの上にゴトリと【星の刃(アストラル・ナイフ)】を置く。

その音にベルが、ピクっと反応し、起き上がり、ナイフを見て、輝夜を見て、ナイフを見て、女神を見て、輝夜を見て、ぷるぷると震え涙を零し

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!輝夜お姉ちゃん大好きいいいいいいいいいいいいい!!!!」

と抱きついた。

 

女神や他の眷属(姉たち)は、びっくりし、輝夜にいたっては『嬉しいんだが、喜べない』という複雑な心境だった。

 

―――アリーゼが先に帰宅していたら、間違いなく私が怒られていた。

 

「すまなかった、ベル」

 

そういって、女神の変わりに夕飯までベルを膝枕し、頭を撫でるのだった。




兎の好感度
1アストレア様:大好き、よく一緒にお風呂に入ってる。寝るのも一緒。
2アリーゼ:アストレア様と同じくらい好き。よく一緒にお風呂に入るけど最近なにやら胸を揉ませてくる。起きるとなぜかアリーゼさんが裸で寝ている時があるのでビックリする。
3輝夜:意地悪だけど大好き。たまに一緒にお風呂に入ってたまに一緒に寝てる。寝てるときにやたら服の中に手を入れてきたり、耳を甘噛みしてきたり誘惑まがいのことをしてくるのでドキドキ。
4リュー:静かに微笑んでる顔が綺麗。昔はアリーゼさんと3人でお風呂に入ってたのに一緒に入ってくれないのと一緒に寝てくれなくてちょっと寂しい。

他:みんな優しいお姉さん。よく「アストレア様の胸の感触」とか「唇の感触」とかとにかく感想を聞いてくる。お風呂に入ってると一緒になることもあるけど普通に髪を洗ってくれたり自分が行けないダンジョンの話を聞かせてくれる


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極東美人はただ動く

際どいのを書いたりすると、『もういっそ書けよ』と自分でも思ってしまいます。R18を書ける方はすごいです。
こちらでは、「あれ、こいつら・・・やった??」と思わせる書き方をしたいです。いや、それが目的の物語ではないですよ??


 「「――――はぁ~~」」

湯船に浸かり、息を吐く。

ダンジョンから帰宅し、女神様から貰ったナイフを無くしてしまって大号泣で女神様の膝に飛びついて鳴いていると、極東美人の姉が何処からか回収してきてくれて、僕はもう、頭が大混乱を起こして「輝夜お姉ちゃんだいすきぃ!!」と抱きついてしまっていた。

 

女神様は何があったのか察していて、輝夜さんに何か言いたげだけど僕がいる手前それが言えずなんとも言えない顔で微笑みを浮かべていた。

 

「・・・・すまない、ベル」

「・・・ううん。いいよ」

 

僕達はダンジョンに出る前に約束していた通り、2人でお風呂に入っている。

なんと言うか、輝夜さんは落ち込んでいて、僕も離れるのが嫌だったのだ。

輝夜さんの股の間に収まるように座り、お互いに足を伸ばし、胸元にちょうど頭がくるように体を預けて息を吐いて天井を見上げて寛いでいた。言わば、寝転んでいるわけじゃないけど、それに近い体勢とでも言えばいいのか。そんな感じで寛いでいる。

輝夜さんは罪悪感からか、両手を僕の胸辺りに伸ばして交差させ、抱きしめるようにしている。

黒い髪と白い髪が湯船に浮かんでは交差する。

最近、輝夜さんと一緒に街を歩いていると「あの白い子にも着物を着せれば・・・」「極東の雪女みたいにならないかしら?」「いや、いける!オレにはわかる!」とかそんな会話が聞こえることがある。いや、他の人のときもそうだけど。

 

「僕はもう気にしてないから・・・・元気出して?」

「あぁ・・・そうだな。」

「そ、それに、その、さっき凄いのしてもらったし・・・・」

「あぁ・・・・良かったか?痛くは無かったか?私も初めてだったからな・・・所詮は書物の知識程度だ」

「えっ」

「何だ、その『えっ』は。経験者だと思ったか?」

「だ、だっていつも僕の耳元でそういうこと言うから・・・。てっきり・・・」

「・・・・未経験だ」

「そ、そっか・・・」

「なんだ、嬉しいのか?」

「べ、別に」

「嬉しいならそう言え。」

「・・・・嬉しいです。

「付き合いのある男なぞいない。安心しろ。それに、団長とお前がした後だからな、私は。それ以外なら別に構わないと言われている。・・・ああ、後でお前が"達した"と報告しないとなぁ」

「ナンデ!?恥ずかしいからヤメテクダサイ!!!」

 

 

いつの間にやら、僕の知らないところでそんなやり取りがされていたらしい。

もしかして、最近夜な夜な僕とアストレア様が寝静まってから開催されている会議でそういう話をしているのかな?知らなかった。アリーゼさん達がやたら僕に抱きついたりしてくるけど、キス以上に凄いものがあるなんて・・・お爺ちゃん、これが『冒険をする』ってことなの?

朝、アストレア様とリビングに下りるとリューさんが顔を赤くしてもじもじしている時があるし・・・。オラリオの女の人は、そういうのに興味あるってことなのかな?

 

「言っておくが・・・オラリオの女は男に飢えているとか、アマゾネスのように強い雄を求めている。というわけではないからな。」

「か、輝夜さんって心読めるの?」

「お前がわかりやすいだけだ・・・・。だがそうだな、お前が私の名前を連呼し、ビクビクしているのは良かった。」

・・・・ブクブクブク

「お前はそのあたりの知識というか・・・・無知すぎる。そして、嬉しくはあるが、無警戒、無防備なところを見せられて皆そういう気分になってしまっている。それだけだ。それに・・・」

「それに?」

「お前はどこか、【失うこと】もそうだが・・・【関係が終わってしまうこと】に怯えている節がある。どうだ、私とお前の関係は壊れてしまったか?」

「・・・・ううん。輝夜さんは、意地悪だけど優しいお姉さんだよ。」

「だろう?だからもっと甘えてくれ。遠慮されるとかえって疲れるんだ」

「・・・・うん」

 

僕は輝夜さんとお風呂に入っていつものように、洗いっこをしていると、輝夜さんが僕の股にある物を刺激してきて、思わず目を瞑ってしまうと今度は生暖かい何かに包まれていて目を開けると輝夜さんの顔が股にあって・・・というわけだ。

 

―――凄かった・・・あんな・・・あんな・・・っ!?大人の女の人って・・・凄い!?これがダンジョン都市オラリオ!?

 

最終的に僕は、思わずして輝夜さんの頭に手をやって足をガクガクとさせてしまい、立てなくなってしまって輝夜さんに介抱されるように湯船に浸かっていた。

僕は芽生え始めた羞恥心を何とかしようと顔を輝夜さんのほうに向こうと頭を上に向けて、話題を変えようとする。

「そ・・・・それにしても・・・・」

「・・・ん?」

「ア、アリーゼさんがあんなに怒ってるのはじめて見た・・・怖かった・・・・」

 

そう、僕が輝夜さんに抱きついて泣いていると、丁度アリーゼさんが帰宅して、

『なに、なにがあったの?』『なんでベルは泣いているの?そしてなんで輝夜はそんなに申し訳なさそうにしているの?』と輝夜さんの後ろから話しかけてきたのだ。

アストレア様もさすがに、これはまずい。絶対よくないことになる!と思って「ア、アリーゼ?お風呂に入ってきたら?」と話題を変えようとするが、「あ、いえ、先に目の前のことを聞かせてください」と全く聞く耳を持たなかったのだ。

そして輝夜さんは、僕にアストレア様の所に行くように促し、正座して事情を説明した。

 

曰く

【ソーマ・ファミリアが何かと起こす騒動が大きくなり始めて来ている。】

【どう調査しようか考えていると、サポーターの売り込みをしてきたパルゥムがいて、ベルの判断で今日1日取り合えず雇ったので後ろから様子を見ていた。】

【やたらとベルのナイフを見ていたので、言い逃れができないようにして強制的にでも協力させようと思った】

【帰り道、私が距離を置いて様子を見ていると緩めておいたホルスターからナイフを抜き取っていた。】

【それを盗品倉・・・ノームの万屋という骨董品店で売ろうとしたができずに出てきたところでナイフを回収した】

 

一通りの事情を説明したあと、まるで下の階層から火炎で攻撃してくるヴァルガングドラゴンよろしく、烈火のごとく怒りを爆発させた。背後には見えないはずの真っ赤な炎が、青・・・いや、黒く見えるほどだった。

「はぁ~~~~!?何してるの!?」

「さすがにこれはないわよ!!確かにあの派閥のことは依頼というか、ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】からも相談があって私も調べていたのに!?」

「・・・ベルが自分で雇ったっていうなら別にいいわよ?でも、ベルがアストレア様から貰った大切なナイフを餌にするのは駄目よ!!さすがに!!!」

「ベルはまだ13歳で、恩恵はあっても子供なのよ!?」

「「「歳の差無視して求婚しておいて子ども扱いとは・・・」」」

「何!?何か言った!?」

「「「な、なにも!?」」」

「ベルにはさすがに申し訳ないと思っている。反省もしている・・・。」

一通り怒鳴ったアリーゼさんは少し頭を冷やすために「ふぅーーーー」と長く息を吐いて

「今回のソーマの件は、輝夜!!あなたが始末をつけなさい!!そのパルゥムを協力させるっていうならそうして!ちゃんと解決できたなら放免にするわ!!あとベルにはちゃんと謝罪すること!!ベルに何されても文句言わないように!!!」

と言って部屋に行ってしまったのだ。

僕ははじめて見る怒ったアリーゼさんにビックリして、後を追おうとするも皆に「今はそっとしておいてあげて・・・多分ベルに見られたくなかっただろうから」と言われてしまった。

 

 

「・・・・私もあそこまで怒っているのは・・・はじめて見た・・・お前が絡むと本当に・・・」

「ご、ごめんなさい?」

「いや、責めている訳じゃない。私達のファミリアはお前に出会ってからだいぶ変わった。1個人の戦力としてもそうだが・・・。心情的なものもな。とくに団長はスキルまで発現するほどだ」

「・・・・スキル?」

「あ~・・・・何だったかは忘れたが、効果としては、お前と似たようなものだ。」

「か、輝夜さんもランクアップしたって聞いたよ?」

「ん?私は・・・そういうのは発現していない。ランクアップは人それぞれで早いものもいれば遅いものもいるからな。一概には言えん。」

 

そして会話が途切れ再び「「はぁ~~~」」と息を吐く。

「お前は・・・嫌じゃなかったか?いや、つい夢中になってしまった後に言うのもおかしな話だが」

「び、ビックリしたけど・・・あんなの知らなかったけど・・・輝夜さん達なら・・・」

「そうか・・・。そろそろ出るか。もう立てるか?」

「う、うん。大丈夫」

「なら出るか・・・・はぁ。」

「・・・・大丈夫?」

 

アリーゼさんに怒られてか、罪悪感にかられてか、輝夜さんもすごく落ち込んでいて、僕は心配してしまう。いつも見る顔じゃなくて本当に心配になって僕は輝夜さんに向き直って抱きしめた。

そしたら輝夜さんは僕を抱きしめ返して、

「・・・・・ベル」

「・・・ん?」

「悪いが今日は一緒に寝てくれ」

「うん、アストレア様に伝えとく」

「ああ。ありがとう」

 

と言ってお風呂を上がって、アストレア様に事情を説明して輝夜さんの部屋で寝ることにしたのだった。

その後、お風呂上りでネグリジェ姿のアリーゼさんに出くわして、ガバッと抱きしめられて「さ、さっきはごめんね・・・?私のこと、怖がってない?今夜は輝夜と一緒にいてあげてね?その、輝夜のこと協力してあげてね?」と言われてアリーゼさんに了解を伝えて、その日は別れた。

 

■ ■ ■

「・・・・・ぐぬぬ」

僕たちの目の前に一匹の栗鼠・・・いや、パルゥムの少女がいた。

今日も今日とて僕は、ギルドで情報収集をしている輝夜さんを待っている間、ベンチに腰掛けてゴーグルを磨いていた。

すると、なにやら不機嫌なパルゥムのサポーターさんがやってきたのだ。

 

「えっと・・・・」

僕は言葉に詰まって、昨日、リリがやったように微笑を浮かべ首を傾げてどこかで聞いた台詞を言ってみることにした。

「・・・良い天気ですね?」

「やかましいわ!!」

「ビクッ!?」

「キー!!本当に本当に!!なんでわかったんですか!?」

「ナ、ナニガデスカ!?」

「しらばっくれないでください!!!もーなんなんですか、あのナイフゥ!!!」

 

すごい、口から煙が出てるように見える・・・。こんなことあるんだ。僕もやればできるかな?あれ、心の中のアストレア様が『ベル、ベルは普段通りがいいと思うの・・・』と呟いている?

「うー・・・・これが【アストレア・ファミリア】・・・6年の間に急成長した"化け物の派閥"・・・ただの【兎に絆された色ボケ派閥】ではなかったんですね・・・」

「えっ、ちょっと待って何ですかそれ!?」

ぼ、僕の知らないところで何、そんなことになっているの!?

紅の正花(スカーレットハーネル)が恋する乙女の如く、バカみたいなスピードでダンジョン間を走り回ったり1人で小遠征したり、『私にも春がきたわ!!』って5年ほど前に街中で叫んでいましたよ」

「アリーゼさぁん!!!」

 

多分、僕と出会った2,3年後の話なのだろうけれど・・・・これは、これは恥ずかしい!!

えっ、なに、じゃあ僕とアリーゼさんが街中を歩いていると僕に対して向けられていた視線の意味ってそういうこと!?

そういえばアストレア様も『無理して冒険者にならなくても、ここにいていいし、アリーゼも一生養うなんて言っていたからいいのよ?』なんて言っていたけどそういう意味だったの!?

僕は今、とんでもないことを知ってしまった気がする。

いや、6歳のときから一緒にいるから僕もアリーゼさんは好きだけど・・・。

 

目の前のリリにジト目でそんな説明をされて絶叫していると、輝夜さんが帰ってきた。どうやらめぼしい情報があったらしい。

「おはようございます、パルゥムさん?」

「・・・・・・おはようございます」

「ナイフのお値段・・・いくらでございましたか?クスクス」

「なっ!?」

「さて、それでは最近盗みを働いておられますパルゥムさん。取引といきましょうか?ああ、拒否できるのならしていただいて結構。【ガネーシャ・ファミリア】も呼んであなたが贔屓にしている店を徹底的に調べ上げても構いませんので」

「なっなっ・・・・!?」

 

――――輝夜さんには逆らわないようにしよう。

ベル・クラネルは1つ、お利口になった瞬間である。

この人に逆らおうものなら、逃げ道を徹底的に潰しに来る。そうに違いない!!

 

「単刀直入に言いますと・・・・『ファミリアからの脱退を手伝ってやる』から『そちらの全ての情報をよこせ』ということです。お分かりいただけますか?」

「・・・・・情報。といいましても」

「構成員から、組織としての活動方針。そして、【酒を造る以外に興味をしめさない神】だというのにこうも不正行為に動き回る理由。その全て。ありとあらゆる。全てでございます」

「・・・・・」

「もちろん、この仕事が終わるまでの間の貴女の身の安全は保証してあげましょう。もっとも場合によっては身の危険は覚悟していただきます。」

「それは身の保証ではないのでは?」

「地上での安全。という意味では保証されます。ダンジョン内では別。【貯め込んだ金を奪うために同派閥の者が襲ってくる】可能性もあるのでその際は囮役になっていただこうかなと」

「・・・・はぁ!?」

「輝夜さん・・・それってまずいんじゃ」

「まさか本当に大金を出せば脱退させてもらえるとでも思っていると・・・?あの陰険眼鏡の酒守(ガンダルヴァ)が?」

 

それはない。賭けてもいい。と輝夜さんは冷たく笑いながらリリに詰め寄る。僕はその笑みが怖くて震えてしまって、思わず輝夜さんの背後に回って顔を見ないようにした。

「輝夜さんは優しいお姉さん輝夜さんは優しいお姉さん輝夜さんは決して黒い神様(エレボス様)と同じじゃない・・・っ!!」

「・・・・落ち着け、大丈夫だ」

 

「・・・こほん。第一、あの男は闇派閥・・・かそれに近しい組織とつながっている節がある。都合のいい金づるなど捨てるわけがない」

「・・・・・・」

黙りこくってしまったリリに輝夜さんはさらに一言。

「ファミリアの脱退に協力する。これは同じ神であるアストレア様からも協力してもらう許可を得ている。神ソーマに直接、【組織の運営方針を変えなければギルドからペナルティを受けることになる】とな」

「っ!?」

「その後に貴様が、一般人になろうがどこぞの派閥に入ろうが知ったことではない。無論、犯罪を犯せばその限りではないが」

「・・・・・わ、わわ、わかり・・・ました。きょ、協力・・・します・・・」

「違う」

「「へ??」」

 

輝夜さんはリリの『協力します』を確かに聞いたのに『違う』と言う。

いったい何が違うんだろう?あれ、リリの顔が怯えている・・・??

僕は輝夜さんの背後にいるから顔は見えないし・・・・

 

「『協力させてください。囮でも何でもします。どうかよろしくお願いします』だ。クスクス」

 

場を静寂が支配した。

僕も、リリも恐らくは同じことを思っただろう。

 

<<この人は鬼だ!!>>

 

と。

 

■ ■ ■

 

その後、僕達は昨日と同じく10階層に来ている。

僕は輝夜さんに言われたとおりいつも通り戦闘をしていて、それを見守りながら輝夜さんはリリから情報を集めていた。

ちなみに、協力期間は僕との正式雇用ということで報酬も出すと言っていた。

 

輝夜さんが言うには、

酒守(ガンダルヴァ)は、なにやら怪しい取引をしているという情報が流れていてな。同じく【ソーマ・ファミリア】のチャンドラという男から聞いてみれば、どうやら『上納金の上位者だけが神酒の完成品が飲める』というシステムを作ったのはやつらしい。」

そして、主神自らが作った酒さえも私物のように扱っている。と輝夜さんは続けていた。

 

「・・・・あの、そんな情報どうやって集めたんですか?リリ、いりますか?」

「・・・正直なところ、貴様に声をかけたのは偶然だ。ベルのやつが気にかかっているようだったからな」

「ベル様が?」

「まぁ・・・あいつにも色々ある。だから、通ずるものでもあるのだろう。情報とは言うが、全てが正しいとは限らん。そのチャンドラという男は『いい酒が飲めると聞いてきたのに』と愚痴っていたぞ?よほど劣悪な環境なのだろうな」

 

そもそも良く組織として成り立っていられるな。一枚岩どころの話ではない。とリリと話していた。

距離もあるから、時々聞こえない会話もあるけど・・・・。

でも、休憩(レスト)を取るときに見たリリの顔はどこか、無駄な力というか、緊張状態がほどけたような顔をしていた。何か、あったのかな?

 

「・・・あの、ベル様?」

「・・・ん?何、リリ??」

「ベル様は、サポーターを何だと思っています?」

「・・・さぁ。」

「へ?」

「僕はまだオラリオに来たばかりで、知識もろくにないし・・・輝夜さん達に教えてもらってばかりだから【サポーターはただの荷物持ち】と言われても僕には理解できないよ」

「・・・そうですか」

「でも」

「でも?」

 

僕は、わからない事の方が多い。

夕飯の後とか、空いてる時間でファミリアの人たちに教えてもらったりしているし、知識面ではライラさんが一番だと僕は思っている。

だから、わからないなりに、思ったことを言おうと思った。

 

「少なくとも・・・・僕が自由に戦いだけに専念できるのは、代わりに魔石を回収してくれるリリがいるからだと・・・そう思うよ。」

「・・・・!」

「えっと・・・たしかアストレア様が『縁の下の力持ち』とか言ってたかな。まあそういうことなんだと思う」

「で、では・・・その・・・私が、私がもし、囮をして命が危なくなったとき・・・ちゃんと見捨てずに助けてくれますか?」

「・・・・助けない方がおかしいと思うよ。僕は『救われた』側だから、そんな僕が誰かを見捨てるのは違うと思う。それは、きっと正しくない

「・・・・・。それを聞けて、決心できました」

 

と言って、リリは輝夜さんに顔を向けて、囮をやることを宣言した。

 

■ ■ ■

「ベル、お前・・・」

「・・・ん?何、輝夜さん?」

「男みたいなことを言うようになったな・・・アリーゼが聞いたら感動して泣いているぞ」

「僕、男だよ!?」

「クスクス・・・・。そうですねぇ、そんな格好いいことを言ってしまう殿方は悪くありませんので、私のこともいずれは、守ってくださいね??」

「もー!!」

「クスクス」

 

とまた輝夜さんにからかわれながら、僕たちはホームへと帰還して、アリーゼさん達に報告を済ませた。

アリーゼさんは、輝夜さんに昨日は勢いに任せて言い過ぎてごめんなさい。と謝っていて、輝夜さんも謝って仲直りをしていた。大好きな姉が仲直りができてよかったとアストレア様の横に座って眺めていると、輝夜さんはアリーゼさんに詰め寄って耳元で何かを伝えていた。

するとアリーゼさんは目を見開いて顔を赤くして、輝夜さんと小声で話し合いを始めた。

 

「ベルのやつ・・・・・ぞ・・・」

「えっ・・・ほんと・・・!?」

「少しやりすぎた・・・だが嫌がっ・・・・は・・・たぞ」

「さ、最・・で・・・し・・・た・・・?」

「最初は・・・団長という・・・だろう?安・・ろ・・」

 

2人とも顔を赤くして何を話しているんだろうか・・・。

「アストレアさまぁ、あの2人は何を話しているんでしょうか?」

「さ、さぁ・・・何かしらね・・・?ベルは・・・女の子の体に興味あるのかしら・・・?」

「・・・・??」

「ほ、ほら・・・お胸を触りたいとか、唇が気になるとか・・・」

「えっと・・・その・・・ないわけじゃないです・・・最近その・・・えっと」

「そ、そうよね。ベルも男の子だものね。」

「は、はぃ・・・?」

 

アストレア様と話をしていると、2人も話が終わったのか僕に向き直ってアリーゼさんが笑顔で言った。

「ベルも大人の階段を上っていて安心したわ!!お姉ちゃん、今日はベルと寝るわ!!」

「・・・・えっと、今日はアストレア様と寝たいです」

「ガーーーン!!!」




この作品のベル君は、エレボスに対するトラウマで『1人だと十全に戦えない』というデメリットを持っているのでそのうちそのあたりの幕間も考えてます。

ランクアップしたあたりでいいかな??

ベルに対する女性人の認識
アストレア:甘えてくれるようになって嬉しい。良い子だしかわいい。求められるなら拒むつもりはない。

アリーゼ:結婚したい。毎日一緒に寝たい。冒険者になる道を選ばなくても養うつもりでさえいた。

輝夜:弄るのが楽しい。かわいい弟分。アリーゼの次を狙ってる。無防備なところが良い。

リュー:唯一触れられる異性。かわいい。トラウマは大丈夫かと心配。覚えていないとは言え、胸を吸われたのは驚いたが満更でもない。

その他姉達:据え膳


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酒瓶を砕き眼鏡を割る

Lv2のイベントは、正史通りというか決まってるんですけど、Lv3のイベントをどうするかを迷っています。

案は
【廃教会をアポロンFが爆破。ベル君怒りの戦争遊戯】
【ソードオラトリアでアイズ+ヘルメスFが調査したパントリーでのオリヴァス戦】

ただオリヴァス戦をするとミノ戦との時間がおかしくね?ってなるので悩んでます。
ミノ戦時は確かロキFが遠征に向かっている所でしたからね


「問おう、正義とは」

「・・・無償に基づく善行。・・・悪を斬り、悪を討つ。それが・・・」

「『巨正』をもって世を正す・・・・なるほど。善意の押し売りとはずいぶん強引な正義だ。では、『悪』が同じ論法をとった場合・・・果たしてどうなるのかな?」

 

・・・また夢を見る。僕は、違う夢を見る。

好きで見ているわけでもなく、あの頃から、ずっと何かを問いかけてくるような、でも、答えられないと『お前の元から2人がいなくなったのは、お前に原因があるのではないか?ほら、また答えられない。」と言われているようで、それがとても嫌だった。

 

あの子を・・・・自分の意思とは言え、囮をさせるのは果たして正しい行いなのだろうか。僕には・・・・・きっとわからない。

英雄の姿は・・・・どこにもいない。英雄なら・・・・いったい、どうするのだろう。

誰が誰にたいして問うているのかは、僕にはわからない。でも、その声の主は僕に聞いて来ているようで、でも、答えたところで正解があるようには思えなくて、答えれば答えるほど泥沼に嵌ってしまうようなそんな嫌な感じがして、そしてまた、僕はあの暗く冷たい笑みを持った瞳に睨まれて、吐き気と共に目を覚ますのだ。

 

■ ■ ■

「・・・・・ォェッ」

背中を摩られながら、僕は呼吸を整える。

女神様と一緒に寝ていても、たまに発作のように現れる。体は震え、嫌な汗が流れて、そして、えずく。この間の黒い魔導書(グリモア)で発現した魔法の一文。

それを見て僕は、考えないように誤魔化していたものを無理やり突きつけられたようで、女神様に縋って泣いたのを思い出す。

 

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 

それは、とても僕のための力には思えなかった。

僕を追い詰めるようにずっと、暗闇(そば)で見つめているようで・・・・その問いの答えはいったい、いったいどこにあるんですか・・・??

 

「ベル・・・大丈夫??無理せずに吐きなさい」

「・・・ごめんなさい」

「いいのよ・・・いいの・・・あなたは何も悪いことなんてしていないわ。」

「もう少し・・・もう少しだけ、抱きしめててください。ごめんなさい・・・」

「ええ、落ち着いたら一緒にお風呂にでも入りましょう?朝に入るのもまた新鮮でいいわよ?気分もよくなるわ」

「・・・・えへへ、はい。そうですね」

 

出会った頃は、それこそ悲鳴を上げて女神様達をビックリさせて落ち着くまで抱きしめられていたけれど、今でもそれはあまり変わらないらしい。

アストレア様は、僕が落ち着くまでずっと抱きしめて頭を撫でてくれて、それでようやく落ち着いた頃に中々朝食を食べに来ないことを気にしたアリーゼさんが部屋にやってきて、僕の様子を見て顔色を変えてブランケットを持って来てくれた。

そして落ち着いた頃に、何だか寂しくてアリーゼさんにお願いして3人でお風呂に入って湯船に浸かって、そこで漸く頭を切り替えられた。

アリーゼさんは何も言わずただ、アストレア様に体を預ける僕の傍にいて手を握ってくれていた。

 

「アストレア様の胸・・・ふわふわしてて何だか落ち着きますね・・・」

「ふふ、ベルが元気になってくれるなら、悪い気はしないわ」

「今日でたぶん、【ソーマ・ファミリア】の件はなんとかなるって輝夜さんが言ってたので・・・」

「・・・大丈夫?無理しなくてもいいのよ?」

「大丈夫です、無理はしてないですよ。嫌な夢を・・・見ただけですから」

「そう?ならいいのだけれど・・・・。無事に帰って来てね?そしたらまた抱きしめてあげましょう」

「・・・えへへ、はい、がんばります」

 

お風呂から出て、朝食を食べて、女神様に髪を梳いてもらって、装備を整えて、輝夜さんと手を繋いでホームを出る。

「行ってきます、女神様!」

「・・・ええ、いってらっしゃい」

 

ホームの外で待つ輝夜さんと手をつないで、バベルへと足を向けて歩く。

今日は・・・・雨が降りそうだなぁ。

 

■ ■ ■

「・・・・アストレア様」

「なあに?アリーゼ」

「ベルのあれ、直らないんですね・・・」

「みたいね・・・【ディアンケヒト・ファミリア】にでも薬を頼んでみるべきかしら・・・」

「うーん・・・・それで直るなら苦労はしないと思いますけど・・・。というか、ベルがあそこまで追い詰められてるなら、"スキル"になってたりしてもおかしくないんじゃないですか?」

「私も・・・最近、怪しんでるのよね、それ」

「というと・・・?」

 

アリーゼからの質問に私は、1枚の羊皮紙を手にとって眺める。

2つ目のスキルの項目を。

 

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

 

「追憶・・・過去とか思い出とかですよね?私はてっきり、『アルフィアとザルドとの生活』とか『私達との今日までの思い出』とかだと思ってるんですけど」

「まあ・・・間違ってはいないわ。ただ、その『アルフィアとザルドとの生活』。そこに黒い神様(エレボス)が現れた出来事への強すぎるトラウマが食い込んでいるのだとしたら・・・?」

「・・・・あの子はずっと苦しみ続けることになるってことですか?」

「なんともいえないわね・・・曖昧なものだから。」

「私みたいに『恋をして』発現してくれたらよかったんですけどね~」

「あなたは・・・・あの子に対する思いが強すぎじゃないかしら?」

「そりゃまぁ、一目惚れというやつですし」

 

アリーゼはドヤ顔で無理やり話を切り替えるようにして重たい空気を飛ばす。

考えてもわからないものは、仕方ないものね・・・・。

私も、そろそろ出かける用意をしないといけないわ。

 

「じゃあアリーゼ、私はギルドの方へ行くから。そっちはお願いね」

「はい、【ガネーシャ・ファミリア】とは今日中に、取り押さえに行くことになってますので。」

「・・・輝夜たちの方は、本命ではないのでしょう?」

「ええまあ・・・・あっちは偶々ベルが雇ったサポーターの子が【ソーマ・ファミリア】だったってだけですので、ベルは口にしません・・・できないみたいですけど、何とかしようと思ってるみたいでそれに輝夜が情報収集も兼ねて動いてくれているってだけで、こっちには支障はありませんよ」

「そう・・・・。無茶はしないようにね。」

 

そう話を終えて、お互いに出かけていく。

女神アストレアはギルドで【ソーマ・ファミリア】の数々の迷惑行為に対するペナルティとして活動停止処分を決定しに。

【ガネーシャ・ファミリア】との取り押さえによって、場合によってはさらに重い処分を。

・・・もっとも、ファミリアを私物化し、闇派閥との繋がりが濃いとされる酒守(ガンダルヴァ)ことザニス・ルストラは処分が確実視されているが。

 

■ ■ ■

「ベル・・・・反応はあるか?」

「・・・・3・・・4・・・かな。たぶん、今朝、リリに絡んでいた人たちだと思う」

「特定できるようになったのか?」

「ううん、輝夜さん達みたいに付き合いが長くて心音をよく聞いていたら別だけど・・・それ以外はだいたい同じだよ」

「・・・便利なのか便利じゃないのか」

「・・・・・・疲れるんだよ?これ。」

「わかってるわかってる。だからそんな目をして見つめてくるな。私が悪かった」

 

今僕達は、遠回りをして10階層に向かっている。

10階層についたら輝夜さんは僕が特定できるギリギリの距離で隠れて、僕とリリのパーティーで『リリが裏切って装備を持ち逃げする』という状況を作るという作戦で動いている。

装備を持ち逃げしたリリは、地上に早くいけるルートを通って逃げるらしく、そこで待ち伏せをしてくるはずだ。というのが輝夜さんの考えらしい。

 

「リリ、本当に大丈夫?」

「・・・まぁ、覚悟の上です。ここまできたら付き合いますよ。まさか、宿に帰ったらアストレア様がいて事情徴収というか・・・まぁ、いろいろ聞かれるとは思いませんでしたし」

「輝夜さん、アストレア様って・・・その・・・」

「ん?あぁ、昔からああいう方だ。護衛もつけずにな」

「えぇー・・・・」

「ふふふ、それでもベル様?ベル様こそいいんですか?リリにナイフを取らせるなんて」

「まぁ・・・・ほんとは嫌だけど・・・仕方ないよ。」

 

リリは僕にモンスターを誘き寄せるためのアイテムをけしかけて、ナイフを奪って逃走。

僕はモンスターをなんとか倒して、リリを追いかける。

その頃には待ち伏せ犯が現れているはずだから、それを取り押さえるらしい。

 

「では、はじめるか」

「「はい!!」」

 

■ ■ ■

 

ゴーグルを嵌めて、目を閉じて、集中する。

腰にあるのは予備で持ってきた短剣。

リリはもうすでに行ってしまった。

聞こえてくるのは、近づいてくる無数の足音。

 

―――仮に、仮に僕がソロで、リリが本当にここで裏切ってしまっていたとしたら、僕はきっとここで折れて発狂しているよね。

 

よかった。輝夜さん達がいて。

ドスン、ドスンと近づいてくる足音。

リリの作ったモンスターを誘き寄せるためのアイテム・・・『匂い』に誘き寄せられたモンスターに、僕の『誘引』に誘き寄せられたモンスター。

その光景は、他者から見れば「自殺するつもりか?」と思われても仕方ないものだと思う。

 

「・・・・・やっぱり、ちょっと怖いなぁ」

後でいっぱい、抱きしめてもらおう。

 

ギリギリまで引き寄せる。

5・・・・4・・・・

まだまだ、体に触れるギリギリまで・・・・

2・・・・1・・・・

 

――――じゃあ、行くよ。

 

福音(ゴスペル)ッ!!!」

 

ゴーン!!と10階層、霧の中にて鐘の音が響き渡った。

音の中心地に残るのは、モンスターの灰のみだ。

 

■ ■ ■

薄暗いダンジョン内で響く、男の狂喜に満ちた叫び声。

その中で横たわるのは1匹の少女。

腹部を蹴られ、ボールのように吹き飛んでは、地面をバウンドし勢いがようやく止まった頃、少女は襲いかかってくる痛みの渦にもがき苦しんだ。

「あっ・・・ぐぁ・・・・うあぁっ・・・っ!!?」

「はっははははははっ!!いいザマだなぁコソ泥がぁ!ここを通ると思って張っておいてよかったぜ・・なぁおい!!」

俺の武器をよくも盗んでくれたな、今度はお前の番だ。ぶっ殺す前に身ぐるみ全部剥いでやる。そう嗜虐的な目をしながら男は言葉を発する。

少女の髪をつかみ、持ち上げ、ローブを剥ぎ取って装備品を取り上げていく。

 

「魔石に、金時計にぃ・・・・おいおい、お前、魔剣まで持ってやがったのかよ!?ひゃっはははははっ!!これも盗んだのかよ!!ありがとうよ、ありがたく使ってやる!!」

愉悦に満ちた顔をして、男は少女の頭を踏みつける。ぐりぐりと。ぐりぐりと。嬲る様に痛めつけていく。

高価なアイテムを手にして目に見えて上機嫌になっていく。

 

「あ・・・ぐぁ・・・」

あの少年は、女はまだ来ない。

本当に信頼できるのかすら、わからないが。

 

―――そういえば、1人だけじゃないとか言ってましたっけ。

 

「派手にやってんなぁ、旦那ぁ」

第三者の声が投じられる。

後ろには2人・・・・これで、4人。少年が言っていた人数だ。

 

―――ずっと疑問でした。なぜ、あの人には『何処に誰がいる』のがわかるのかが。

 

少女は、疑問を頭の中で繰り返す。

男達の声すら聞こえないほど思考する。

 

―――そういえば、モンスターにも気づかれていませんでしたね。挨拶までしてましたし。いったい何なんでしょう。

 

そこでようやく、周りの音が聞こえ出す。

 

「な、キ、キラーアント・・・・!?」

持ち運ぶためにか、下半身を断たれ、生殺し状態のキラーアントをカヌゥと呼ばれる男が持っていた。

 

「1つ、提案なんですがね・・・・全部、置いていってくれませんかね?」

そういって、少女の頭を踏みつけている男に向かってキラーアントを投げつける。

 

「・・・・正気か、てめえらぁあああああああああああ!?それが何を意味してんのかわかってやってんのか!?あぁ!?」

 

キラーアントは瀕死の状態に陥ると特別なフェロモンを発散する。仲間を呼び寄せる特別な救難信号を。

カヌゥの後ろにいた2人も同じくそれぞれが1匹ずつ生殺し状態のキラーアントを持っており、ボトボトと地面に落として転がす。

これで、この場所には3匹分のフェロモンが延々と垂れ流される。

 

―――やっぱり、リリのいる派閥は狂っている・・・・。

 

「さっさと逃げたほうがいいんじゃないですかい?旦那ァ?」

「・・・・ちぃ!!」

 

ルームの出入り口の1つから数匹のキラーアントが顔を出す。

怒りと恐怖に染まった男はギリギリと歯を食いしばった後、リリから奪った荷物を全て放り投げる。

「くそったれがぁぁ!!!」

 

男はカヌゥの横を駆け抜け、一目散にルームから逃げ出した。

やがて、複数の断末魔と男の野獣のような悲鳴が響き渡り、静かになった。

 

「・・・・よぉ、大丈夫かぁ、アーデ?」

「・・・・」

「・・・誰だお前は?」

 

―――悲鳴が聞こえたと思ったらリリの後ろから?じゃあ、あの男の走っていったところには・・・

 

「はぁ・・・僕こういうのなんか嫌だな」

「ベル・・・様?」

「ん?ごめんね、リリ。まさか本当にギリギリまで助けに行かないとは思わなかった。さっきの人は生きてるよ。まぁ、お縄らしいけど」

 

そういって、リリに渡していたナイフを拾い上げて、リリを抱き上げて男達に向き直る。

「ちょっと怖いと思うけど・・・・耳を塞いでて?」

「へ?あ、はい」

「おい、どこから出てきた!?」

「カヌゥそれどころじゃねえ、近いのだけでも拾って逃げるぞ!!」

 

男2人はカヌゥに言葉を投げ、逃げる準備を始める。

ベルにはそれが、どうしても、不思議に見えた。

それと、少し、ムッとしたので、

「・・・・どこに逃げ場があるの?」と言ってみた。

 

男達3人は、「は?」という顔をしているし、リリは段々わかってきたのか、冷や汗を流し始めて強く耳を塞ぐ。

ベルは息を大きく吸って、ルーム中・・・・もっと外まで響くように叫ぶ。

「・・・・『来いッ!!!』

その一言、たった一言で、モンスターの足音・・・正確には大量のキラーアントたちがルームに飛び込んできた。

リリを含めた4人は顔を青くさせ、悲鳴をあげ、どうにか逃げようとするも、逃げ場など既になかった。

次第にルームを埋め尽くすようにキラーアントたちが蠢きだし、男達は血まみれになりながら必死に剣を振り回す。

 

「それだけ戦えるなら、自分で稼げばいいのに・・・・」

大好きな家族が悪に堕ちてまでやったことの後に、こんなくだらない事をしている人間がいることに失望して、そして静かに唱えた。

 

「――――『福音(ゴスペル)』」

 

その一言。たった一言で、ルーム中に押し寄せていたモンスターを灰に変えて、男達を再起不能にした。

一気に訪れた静寂に、リリは息を呑み少年の顔を見れば、少年はどこか見たくないものから目を背けるように目を閉じて、リリを降ろしてポーションを渡した。

 

「ごめんね・・・・。怪我させて」

「いえ、覚悟の上ですし・・・それに、ちゃんと助けてくれましたから」

「ごめん・・・ごめん・・・。痛みが引いたら、帰ろう。その間にこの人たちを縛り上げておくから。といっても、もう【ガネーシャ・ファミリア】の人たちが来たみたいだけど」

「え・・・?」

 

とても辛そうな顔をするベルにリリは『何故そんな顔をするのか』を聞こうにも聞けず、すぐに鈍色の髪の女性と数名の団員、そして着物姿の美女が現れた。

ベルはそれに気づくと、ゆっくりと近づいて着物姿の美女に縋るように抱きついた。

 

「・・・大丈夫か?すごい声だったぞ」

「輝夜さん・・・ちょっと・・・・喉が痛い」

「ベル君に・・・彼女が例のサポーターちゃんだね。じゃあ、皆はそこで倒れてる男たちを運んで!!サポーターちゃんは一度うちで預かるから!!」

「リリ、たぶん、アストレア様が話を通してくれてる。『あとはあなた次第。』だって」

 

そう言うとベルは、力尽きるように輝夜に体を預けて意識を失った。

「ベル様?ベル様!?大丈夫ですか!?」

「・・・大丈夫だ。問題ない。慣れない事をして疲れているだけだ。アーディ、悪いが私達はこれで帰るぞ。後は頼む」

「はいよー!たぶん、上でリオンが待ってるだろうし。ベル君にお礼言っておいてねー」

 

そうしてベルを背負った輝夜は地上へと帰還していく。

「・・・あ、あの、アーディさんでしたっけ?」

「・・・何かな?」

「その・・・えっと、この魔剣・・・・」

「いいよ、言ってみて。君は協力者だから多少の融通は聞くように言われてるから」

「じゃぁ、これを、ベル様に渡してください。威力はベル様の魔法ほどじゃないですし、回数もあとどれくらいかわかりませんけど」

「ん・・・わかった。じゃ、行こっか」

「・・・・はい」

 

■ ■ ■

 

【アストレア・ファミリア】本拠

星屑の庭 主神室

そこで、疲れきった顔で眠っているベルをベッドに寝かせてアリーゼと輝夜は話をしていた。

「で、ベルは消耗しちゃって寝込んでる。と」

「・・・・あぁ。いつもより大きい声だったからな。喉が痛いと言っていた。恐らく、声量で『誘引』の範囲を広げられるんだろうな」

後は、連続した『誘引』によって体力を消耗していた。と続ける。

「なるほどねー。ベルにとっては今回は嫌な仕事だったかな。やっぱり」

「まぁ、そうだろうな。あのパルゥムを囮にするのを最後まで嫌がっていたしな」

「・・・ベルはどうしてあの子を気にしていたの?まさか、恋!?」

 

真面目な話をしているのにふざけだす団長のノリを無視して輝夜は言葉を続ける。

「いや、ない。それはない。断じて」

「じゃあ何よ」

「・・・・『寂しそうな子だな』」

「へ?」

「コロコロと音を変えて安定しないし、確信もないが、ベルはあの娘を『寂しそうな子』だと言っていた。状況までとは言わんが・・・何か思うところがあったのではないかと私は思うぞ」

「なるほど?」

「というか・・・・」

と輝夜は零し、アリーゼにジト目を向ける。

「えっ何!?」という反応をする彼女に対して

「まさか、私達の団長様が【ソーマ・ファミリア】のペナルティとして酒蔵の酒瓶を割って、証拠隠滅を図ろうとした酒守(ガンダルヴァ)の顔面を眼鏡ごと叩き伏せるとは思わなかったのですが!?」

そう、アリーゼは【ガネーシャ・ファミリア】と共に取り押さえに行ったところ、なにやら証拠隠滅を図ろうと動いていたザニスを見つけ、即座に押さえ込みを行おうと接近し、顔面に飛び膝蹴りを食らわせたのだ。

ペナルティで、『ファミリアの運営の見直しが完了するまで、無期限での活動禁止。中毒性が疑われている神酒の処分』を言い渡されたのだ。

主神ソーマは膝を抱え、どこぞの朱髪の女神は「ウチの神酒がああああああああああああ!!?」と悲鳴を上げてひっくり返ったという二次被害というか珍事があったが・・・

 

最後に「疲れた、風呂に入って寝る。」と残して輝夜は部屋を出て行った。

残されたのはアリーゼのみ。

そっとベッドに潜り込んで、右腕を自分の枕代わりにして左腕でベルの頭を撫でる。

申し訳ない仕事をさせてしまったなぁ・・・。とそう思って。

 

「お疲れ様、ベル。ありがとうね、手伝うって言ってくれて。」

 

今日はもうゆっくり休もう。そう言って、ベルはともかく主神の部屋だということも忘れて、アリーゼはベルと添い寝をするのだった。

 

■ ■ ■

翌日、僕はアリーゼさんとダンジョンに向かう途中、あのパルゥムの女の子を見かけた。

バックパックを背負っている。

てっきり恩恵を捨てて一般人として生活をしているとばかり思っていたから・・・思わず声をかけた。

 

「・・・リリ?」

「おはようございます、ベル様。」

「えっと・・・・何してるの?」

「それがその・・・・ハハハ。乳しかない貧乏神に捕まりまして」

「はぁ・・・」

 

曰く、安めのアパートでも探している道中、『低身長』『巨乳』『ツインテール』『謎の紐』『ロリっ子』『僕っ子』の女神に強引な勧誘をされたらしい。逃げても逃げても追いかけてくるため、根負けしてしまったのだとか。

 

「私が!サポーターが!!最初の眷属って何なんですか!?どうしろと!?あのじゃが丸君を売ることしか脳のない女神めえええええええ!!!」

「あ・・・・あはははは」

「というわけでして・・・せっかく手を貸してくださったのに、すいませんベル様。」

「ううん、いいよ。少なくとも前よりはマシなんでしょ?」

「ええ、まぁ。そうですね」

 

リリの顔は、どこかスッキリしたような憑き物が落ちたような顔をしていて明るく見えた。

その瞳に淀みはなくて、どこか・・・・羨ましく思えた。

 

「どうしました?」

「ううん、なんか、顔つきが変わったなって」

「そうでしょうか?」

「うん。良いと思うよ」

「ふふふ。そうですか。・・・・ああ、そうだベル様?」

「ん?」

「私、サポーターなので、誰か『戦いに専念してくれる人』を探しているのですが・・・心当たりはありませんか?」

「・・・・・ないかな」

「ちょっと!?」

「ははは、冗談だよ。いいよ、契約しよ。リリ」

「はい、ありがとうございます。では、改めて『お姉さん、お姉さん、白い髪のお姉さん』」

 

そう言って、初めての台詞を繰り返して、今度は友人として契約をする。

アリーゼさんが合流してきて3人でダンジョンに向かう。

ああ、そうだ。伝えてなかった。

 

「ねえ、リリ?」

「はい??」

「僕ね・・・・・女じゃないよ」

「・・・・・は?」

 

天気は快晴。昨日の雨雲は何処にもなく、固まってしまったバックパックを背負った少女を置き去りにしてダンジョンへと向かう。

 

「え・・・・えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

僕とアリーゼさんは目を合わせてそろって笑う。

「「あっははははははは!!!」」




リリ編、そこまで長引くことないな。と思いました。

あれ、えっちなシーンがないぞ!!?どこに落としてきたんだ!?


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幕間―月下美人―

 

【ソーマ・ファミリア】の一件で寝込んでホームまで運ばれた僕は、時間帯にしては早めの就寝をしてしまっていた。そのお陰か、変な時間帯に目が覚めてしまって、でも、女神様に抱きしめられてて、その柔らかい感触と温もりで何度も瞼を上げたり落としたりを繰り返す。

 

―――アストレア様・・・柔らかくて・・・暖かくて・・・寝てしまいそうだけど・・・眠れない・・・ううん・・・・。それに喉も痛い・・・。それにしても・・・。

 

それにしても、いつもいい匂いがするし、お互い向き合うような形で抱きしめてもらいながら寝ていたはずなのに、いつからか気が付くと僕は女神様の上で胸の谷間に顔を埋めるような形になっているけど・・・僕が寝相が悪いのかな?女神様がやってるのかな?

どことなく、その艶のある唇が気になってしまって、でも、枕のようにしてしまっている柔らかい双丘の感触も捨てきれなくて・・・つい指を伸ばして唇を触ろうとしてみたり、やっぱりやめたりと悶々とする。この間の【正義の眷属接吻大会】が原因な気がするけど、妙に気になってしまう。

 

―――こんな時間に灯りなんて付けちゃだめだよね・・・。

 

どうしたものかと思っていると、部屋の外から、小さくノックする音が聞こえた。

 

―――誰だろう?アリーゼさんかな?でも、アリーゼさんなら勝手に入ってくるだろうし・・・・。

 

「――――ベル、起きているか?」

 

「輝夜・・・さん・・・?ケホッ」

 

「―――早い時間に寝ていたからな・・・・もしかしたらと思ってな。今、出れそうか?」

 

アストレア様から抜け出せ・・・る・・・うん、大丈夫そう。起こさないように、そっと、そっと・・・。僕はベッドから音を立てないように扉に近づいていく。

 

「―――んぅぅぅ。・・・・べるぅ・・・?」

「――――ひぅッ!?」

 

お、起きてない・・・起きてないよね!?あ、あんな声を出すんだ、アストレア様・・・・し、知らなかった。そろり、そろりと僕は謎の隠密行動を行って扉を開ける。すると其処には、寝巻き用の浴衣を着た輝夜さんが立っていた。

 

「何故・・・そんな低姿勢なんだ?」

「ケホッ・・・アストレア様が起きちゃうと思って」

「・・・・まぁ、いい。ちょっと付き合え。」

「へ?でも、真っ暗・・・」

「1人になるわけじゃあるまいし、大丈夫だ。ほら、手を握ってやるから」

 

そう言って輝夜さんは僕の手を取って、輝夜さんの部屋に連れて行く。

「輝夜さんの部屋・・・・明るい?どうして?」

「月明かりだ。今日は雲がなくてな、絶好の月見酒日和なんだ。どうせ眠れないんだろう?ならこっちにいろ」

「お酒・・・?」

「無理に飲ませるつもりはない。1人で飲んでてもつまらんと思っただけだ。ほら、こっちに来い。」

 

輝夜さんは扉を閉めると、部屋の奥の窓際に座椅子と小さな机に酒瓶と御猪口という小さなコップを用意する。座椅子に座った輝夜さんは浴衣を少し緩める。浴衣は肌蹴て胸元は見えているし、下着も見えて、何だかいやらしい。足を開いて、立ち尽くしている僕に股の間に座れと手招きをする。

僕は輝夜さんに言われたとおりに、股の間に横向きに座って、輝夜さんの左足に自分の足を乗せて体を輝夜さんに預けるようにもたれる。自然に僕の頭は輝夜さんの胸の位置にくるわけで、でも、輝夜さんはそれを拒むでもなく当たり前のように迎え入れて、僕はその胸から聞こえてくる心音に耳を傾ける。

 

「それで・・・いい。ほら、外を見てみろ・・・・ベル」

「・・・??」

 

輝夜さんに言われて、窓の外を見る。そこには、雲ひとつない夜空に、オラリオ全体を照らす月光があった。僕は思わず目を見開いて、その光に見惚れる。こんなに綺麗なものを見たのはいつ振りだろうか・・・と。

すると、トクトクとお酒を注ぐ音が聞こえて、何をするのかと思えば輝夜さんは、ぐいっとお酒を一口呷った。少しだけ零れたのか、雫は唇から、喉を伝って、胸の谷間に流れてその胸はどこか湿っているようにすら見えた。そしてなにより、御猪口に触れていた唇は魅惑的なほど艶を持っていて、僕は思わず見惚れてしまっていた。

 

「・・・・月が綺麗だな」

「うん・・・・。えっと・・・・輝夜さんも綺麗だよ」

「クスクス・・・誰に習ったんだ??それは」

「うーん・・・誰だろう・・・ケホッ」

「何だ、痛むのか?」

「えへへ・・・・ちょっとだけ」

 

2人して寝静まっている皆を起こさないように、小さな声で会話をする。時折、咳をする僕に別のコップに水を入れてそれを飲ませてくる。いつも意地悪で弄ってくるけど、今日はなんだかいつもより優しい・・・。

「輝夜さん、今日は優しいね・・・」

「私が、いつも貴方様に意地悪をしているみたいな言い方でございますね??ん??」

「か、輝夜お姉さんは、いつも、優しいデスッ!!」

「よろしい」

 

特に多くを話すわけでもなく、月を見て、お酒(水)を飲んで、また話をする。

「そういえば・・・・昔は女神アルテミスと過ごしていた期間があるんだったか?」

「うん。あるよ。えっと、確か・・・村の近くにモンスターが一杯湧いちゃって、それを退治しに来てて、安全が確認できるまでの間、僕がいた村に滞在しててアルテミス様とはよく一緒に遊んだよ」

「ほう?あの女神が?」

「うん。いつもオリオンって僕のことを」

「大の恋愛アンチが・・・・??」

「輝夜さん?」

「いや、なんでもない。どんな話をしたんだ?」

「えっと・・・アルテミス様達が村を出るときに、『月明かりが消えない限り、お前の歩む道を私は照らし続ける。寂しくなったら月を見上げてくれ。私もまた見上げてお前のことを想っている』って。」

「小さい子供に言う言葉ではないな」

「うん、難しかった」

 

他愛ない、他愛ない話。

月明かりに照らされるは、黒い髪に黒い浴衣姿の極東美人と、その極東美人から与えられた白い浴衣を着た処女雪のように白い髪の少年。

心地よい、姉の胸の鼓動と懐かしい女神様のことを思い出して、ほんの少し、過去へと想いを馳せる。

 

月を見て、水を飲んで、また月を見て、そしてふと輝夜さんの方を見る。

体を預けているから、胸は潰れて形を変えていて、でも、谷間が見えていて、浴衣の隙間から・・・あれ?

「輝夜さん・・・?」

「・・・・ん?」

「下着、つけてないの?」

「寝るときにつけるわけがないだろう。邪魔なだけだ。アストレア様だって着けていないはずだぞ」

「言われてみれば・・・?」

「そんなことより・・・・ほら、こっちを見ろ」

 

今度は輝夜さんが顔を向けろと言ってくるので、僕は輝夜さんの顔を見ると、輝夜さんはまたグイっと呷って僕に口付けをしてきた。

「~~~~っ!?」

ついこの間のように、唇が触れて、舌が入り込んで、僕の舌に絡んで、そしてトロトロと僕の知らない水とは違う何かが流れ込んできた。

「・・・・ふぅ。今回は貴方様に無理をさせましたし、ナイフの件でも申し訳ないことをいたしましたので・・・これでお許しいただければ。口より先をすれば、団長様に殺されてしまいますので」

「・・・はふぅ。な、なんらか・・・えっと・・・ぽかぽかします・・・」

「恩恵があれば年齢に関係なく飲酒は認められている・・・。だが、いきなり強いのを飲ますわけにもいかない。甘いだろう?今のは」

「・・・輝夜さんの味?」

「ばぁ~かめ。果実汁入りの酒だ。おこちゃまめ。こんなのでもう顔が赤いではないか」

「だってぇ・・・く、口ぃ・・」

「あれだけされておいて何を今更・・・」

 

そう言われて思い出す。僕が怖くなって逃げる前に姉たちが「私もしてみたい!」と迫ってきて未知の嵐に襲われたあの時のことを。『何を今更・・・』と言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい!!

 

「はぁ・・・お前の羞恥心の基準が私にはわからん。」

「・・・・・」

「なんだ、眠たくなったなら、寝ていいぞ。アストレア様の所に運んでやる」

「ううん・・・・もうちょっとだけ。」

「そうか?ならいいが・・・」

「えっと・・・その・・・」

「ん??」

「もう一回してほしい・・・」

 

その一言に、輝夜さんはポカン。としてクスクス笑って「恥ずかしいのに、嫌じゃなくて、もっとして欲しいなんて欲張りな兎さんですねぇ?」とからかってもう一度、お酒を呷って僕に口移しをする。僕は抵抗する気力もなくそれを受け入れて、お酒を飲むというより輝夜さんの唇と舌の感触に酔いしれて、どんどんトロン。としていく。

 

「求められるのは嫌ではないが、酒になれないうちは程ほどにしておけ。」

「・・・・あと一回」

「駄目だ。体に悪い」

「・・・えっと、『最後まで責任とって』。」

「おい、それを教えたのは団長だな?本当に、碌な教育をしないな。本当にこれが最後だからな?終わって口を濯いだらアストレア様の所に運ぶからな?」

「うん・・・。輝夜さんも一緒に・・・」

「いや・・・私がアストレア様のベッドには・・・」

「一緒がいい・・・」

「はぁ・・・朝になったら驚かれるぞ」

 

そう言って、僕のおねだりに最後の1回をして、水を飲んで、トイレに行って、フラフラしている僕を抱き上げてアストレア様の部屋に2人で入って、僕はアストレア様に抱かれるように、でも輝夜さんの方を向いて抱きついて胸に顔を擦り寄るようにして。輝夜さんも肌蹴た浴衣のまま、僕を抱きしめるように瞼を閉じた。

 

■ ■ ■

「・・・・・えっ」

起きたら、ベッドの上に人が1人増えていた。

いったい何事かと再確認。

そこには私と輝夜にサンドイッチされるように眠る1匹の子兎が。2人とも浴衣が少し乱れていて、輝夜に限ってははしたない格好とさえいえる。もう、それ丸出しじゃない・・・・。風邪引くわよ・・・。

 

「黒髪に白髪・・・・浴衣も髪の色に合わせて買ってきたのかしら・・・?」

きっと早い時間に就寝して、目が覚めて、2人で何か話しでもしていたのだろう。だって、ほんのりお酒の匂いがするし。まさかと思ってベルの口に鼻を近づけてみれば、ベルの口からも微かに果実酒の匂い。

「いくら恩恵を得たからって・・・大丈夫なのかしら??酒に溺れる様にはなって欲しくはないのだけれど・・・」

 

まぁ、この子は言う事をちゃんと聞いてくれるし・・・大丈夫でしょうけれど・・・。

ベルが起きたときに私がいないときっと不安になるだろうことは、もうわかっている。だから、この子が起きるまで、いつものように頭を撫でてやったり、胸をぽんぽんとしてやったりと、いつもの習慣を行う。

ふと、ベルの顔を覗き見る。最近でこそ減っているが、それでも時々、苦しそうにしていたり、顔色を悪くさせていたり、うなされていることがあるが・・・今回はそのどれでもない。と安心して、またベルを愛でる。その少年の瞼は確かに涙が流れた後があったが、その顔はとても嬉しそうなものであったから。

 

その後、ベルが『ぼけぇー』と浴衣から肩を出して涎を垂らして起き上がり、女神がいることを確認して、黒髪の姉がいることを確認して、

「アストレア様?」

「どうしたの、ベル?」

「おはようござい・・・ますぅ・・・」

と、まだ回らない頭で挨拶をして、私の胸に軟着陸してきたベルに、頭を撫でてやりながら、二度寝をしないように、飲酒に関する注意をしておいた。




輝夜さんは普通に足を開くらしいし、男の前でも暑いからという理由で下着姿になるというのを見たので、開いた足の位置に座るのっていいよねって感じでベル君の定位置に。

「これでも足を閉じろと?生娘妖精め」
「輝夜ぁ!!」


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少年は恐怖に立ち向かう

ミノタウロス調教師の朝は早い・・・


「「はぁ~~~」」

その日、【アストレア・ファミリア】のホームにて、2人分の溜息が零れていた。

もっともその光景は、もう見慣れたものというか、なんならライラとリオン以外は体験済みですらある、白兎を対面させた形で自らの膝の上に座らせているという【座った状態で抱きしめあっている】ようなものだが。

お互いがお互いに、同じ羊皮紙を眺めている。とても遠い目で。

 

【アイズ・ヴァレンシュタイン、単独で迷宮の孤王(モンスターレックス)、ウダイオスを討伐。Lv6にランクアップ】

 

「「はぁ~~~」」

「・・・朝から溜息なんて、縁起が悪いですよ?幸せが逃げていくと聞きました」

「ならリオンが吸って、私たちにもう一度吹きかけて頂戴」

「何を言ってるんですか・・・。それで、どうしてそんなに落ち込んでいるんです?」

「いやー・・・・追いつかれちゃったなぁって。」

「ランク・・・・アップ・・・1人で・・・・?ついこの間、一緒にダンジョン行ったと思ったら・・・?」

「『男子三日会わざれば』ってやつね」

「アイズさんは女の子だよ・・・」

 

1人は、【追いつかれた】ということに対して。

1匹は、【1人で討伐した】ということに対して。

 

「リューさぁん」

「・・・な、なんですか?」

「ランクアップって・・・1人じゃないとできないんですか?」

「いえ、そういうわけではありませんよ。というより、階層主に1人で特攻など、普通させません。あえて言うなら、そうですね・・・・」

「「偉業を成し遂げる。人も、神々さえもが讃える功績の達成。」」

 

僕の疑問に、赤髪の姉と金髪の姉が答える。

さらに2人は続けていく。

「己よりも巨大な相手の打破、より上位の経験値を手に入れること。」

「それが、ランクアップの条件よ、ベル。だから、Lv1の冒険者が10年間1階層でゴブリンを狩っていたとしてもランクアップはしないでしょうね。」

 

それはそれである意味、偉業よね。とアリーゼさんは言葉を零した。

「Lvの上昇は、心身の強化・・・器の進化と同義です。そして神々の『恩恵』は、試練を乗り越えた者にしか高位の資格を与えません。ですが、自分よりも強い相手と戦うというのは簡単なことではない。」

「だからこそ、技だとか駆け引きがあるんだけど・・・一般的にはパーティを組んで補完して、敵を打ち倒す。これに限るわね。」

「ベルもいずれは、私たち以外の冒険者とパーティを組むこともあるでしょう。だから、覚えておいて損ではありません」

「・・・・・・ぅん」

 

アリーゼさん達以外の人とパーティかぁ・・・・僕はちゃんと戦えるのかなぁ・・・・。

不安になり、僕の傷を知っているアリーゼさんはそれでも、言葉を続けた。

「いい?ベル。人の数だけ、それぞれの冒険には意味があるの。」

「・・・・?」

「ベルが直面する冒険がいったいどういったものになるかはわからないわ。でも、その冒険から、冒険の意味から、目を逸らしちゃだめ。だって、そうでしょ?」

「「貴方は冒険者(だ)なんだから」」

 

冒険者・・・・その言葉が僕の心に染み渡り、心の中の祭壇へとくべられていく様に燻っていく。

「ベルが望むものは、きっと、その冒険を乗り越えた先にしかないわ。私はそう思う。怖くても、乗り越えて、そして手に入れるの」

「泣いても構いません。貴方の心の傷はそれほどまでに深い。だから、私たちが言えることは、無茶はしても無謀はしないでください。ということです」

僕はその言葉を聞いて、そっとアリーゼさんの首元に顔を埋めて、ちょっとだけ目を閉じる。

アリーゼさんは僕が満足するまで、それを受け入れてくれる。震える体を摩りながら。

「・・・・・」

「ベルは強いわ。あとは、乗り越える力さえあれば、きっとなんとかなるわ!そうね!ランクアップしたら私の純潔を上げちゃうわ!!」

「はぇ!?」

「な!?アリーゼ!?」

「あっ、あとリオンのもあげるわ。」

「「はい!!?」」

 

真面目な話をしていたはずが、茶化されて流されてしまった・・・・。でも、「考えすぎちゃだめよ」。そういうことなんだろうなあ。

「あーでも、もうすぐ遠征かぁ」

「・・・・・(ぎゅぅぅ」

「なになにベルそんなに締め付けて。お姉ちゃんがいなくなるから寂しいの?」

「・・・・・」

「ちゃんと帰ってくるから。ベルはベルで頑張りなさい。ね?」

「・・・・うん」

「さ、そうと決まれば、特訓よ特訓。いつものメニューで行きましょ!!あ、魔法は禁止ね。あれ痛いのよ結構」

「アリーゼ、それを言うなら貴方もだ。いつもベルがボロボロになっている。加減はしてあげてください。Lv1とLv6では圧倒的な力量さだ」

「うぐっ、き、気をつけます」

 

そうして僕達は中庭で日課の特訓をする。

力任せの戦い方ではなくて、【技と駆け引き】を姉から吸収していく。僕がアリーゼさん達に攻撃できない問題を、ライラさんが『じゃあ、腰とかに鈴付けてそれを狙うようにすりゃいいんじゃねえか?まぁ、狙うなんて意識してたらモロバレだけどな』という案で特訓は行われていく。

 

訓練用の木剣どうしがぶつかり合い、時には鈴の音が鳴って、武器を弾かれたり、止まっている足は容赦なく払われ、絶対に動きを止めないように教え込まれていく。

最初の頃は、大好きな姉に剣を向けることが怖くて震えて・・・・それでも今は戦えるようになってきている。勿論、僕の攻撃なんてアリーゼさんには当然のように丸見えだけど、アリーゼさん的には「うん!いい感じよ!!さすが私の弟ね!!」なんて言ってくれる。

そんな日々を、アリーゼさんたちと【ロキ・ファミリア】との合同の遠征前日まで行った。

本当は、合同での遠征はする予定すらなかったらしいけど・・・・。あのフィリア祭に出てきた謎のモンスターのこともだけど、何かあるはずだというのがアリーゼさん達の考えで、同行することになったんだとか。

 

試練かぁ・・・・。僕も、英雄(アリーゼさん達)の様になれるかなぁ・・・・?

あの黒い神様(エレボス様)を乗り越えられるかなぁ・・・?

■ ■ ■

 

「いやぁ~~~ベルも連れて行く~~~~!!」

「アホか!!ベルはもうあのサポーターが来てダンジョンに出かけたわ!!」

「まさかベルが朝早くに出て行くなんてぇぇぇぇ!!!ベルニウムを補給するはずだったのにいいいい!!!」

「この・・・ブラコンめぇ!!」

「せ、せめてあの子の衣類を!!」

「「変態か!?お前は!?おい、憲兵!!憲兵を呼べぇ!!」」

「せ、せめてキスさせてぇ!!」

「もういないし!!」「昼寝の特訓とか言って、やってたじゃねえか!!」

「あれは良かったわ!!ベルからしてくれるなんて!!寝たふり作戦成功ね!!」

「「ほんっとこいつはぁぁぁ!!!」」

「い、いってらっしゃい。みんな。気をつけてね?」

 

まさか、昨日あれだけ格好いい姉の振る舞いをしておいた張本人(アリーゼ)が、こうもベルから離れるのを嫌がるなんて思いもしなかった。いや、割とみんな朝早くにベルが出て行ったことにショックを受けていたけれど。

「というか・・・アストレア様、ベルったらアストレア様に黙って出て行ったってことですか?」

「違うわよ?前もってサポーターの子に相談して、来てもらったのよ。それで、私のことを起こしてくれてステイタスを更新して出て行ったわ」

「そ、そうですか・・・。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫・・・であってほしいわね」

「・・・・や、やっぱり私「「ええい!!往生際が悪い!!さっさと行くぞ!!」」いやああああああベルうううううううう!!!」

 

アリーゼ・・・・あなたが一番取り乱してどうするの。

私はみんなの背中が見えなくなるまで見送り続ける。そして、ホームに戻り、カウチに座り、紅茶を飲みながら1枚の羊皮紙を見る。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:S 985

耐久: SS 1000

器用: S 988

敏捷: SS 1100

魔力: SS 1050

 

「ううん・・・・・アリーゼもだけど、あの子の場合はトラウマの件もだけど余計に心配してしまうわ。大丈夫かしら」

頭を抱えるように、私は額を右手で覆う。

アリーゼ達も、未開の到達階層更新をする。それも大幅に。そこに何かあるというのが勇者(フィン・ディムナ)からの情報。アリーゼ達もベルのことも心配だ。

今日からしばらくは、同行できる姉がいない。つまり、発作が起きやすいということ・・・・。

あのサポーターの子には、ベルの事情は掻い摘んで説明はしている。それでも、心配は心配だ。

 

「装備に不備はなし、体調も問題ない。お守り代わりだけれど、サポーターの子から渡された魔剣も持たせている。無事に帰ってきてほしいわね・・・・」

まさか、私の心配事を的中させるように、ダンジョン内であの子が追い詰められていることなど、今の私は、知る由もなかった。

 

■ ■ ■

「・・・・今頃、地上では遠征隊が準備しているのかな」

「ベル様、ベル様、どうして今日は早く出ようと思われたのですか?いえ、私は構わないんですけど・・・」

 

僕の状態をある程度聞かされたリリは、僕に聞いてくる。

「えっと・・・みんなが起きて、出て行った後だときっと僕、寂しくなっちゃうからさ。それなら、挨拶する前にって思って」

「ほほう、なるほどなるほど。」

「あ、でも、早めに出るってリリには我侭を聞いてもらったから、その分、早めに切り上げるつもりだよ。あんまり長時間は僕も危ないし」

「そうですね、それがいいでしょう。ゴーグルは問題ないですか?」

「・・・うん、大丈夫。ちゃんと見えてる。」

「何よりです。」

 

僕達は今、木色をした壁面の低い草花が繁茂する広いフロア、9階層の『ルーム』にいる。

お互いに装備の確認をしつつ、今日の予定を整理する。そこで、僕は違和感を覚えた。

何だろう・・・・視界が、いつもより暗くて重く感じる。

「ベル様?」

「ねぇ、リリ・・・・。この時間帯って、冒険者は少ないものなの?」

「いえ、そんなことはありませんよ?そういえばやけに見かけませんね」

「反応・・・・もない。いや、なさすぎる。モンスターが・・・いない」

「え?」

肌が少しずつ、ピリピリとする。体は重く、嫌な汗が伝い始める。

モンスターが・・・・いない?そんなことあるの??まさか、異常事態(イレギュラー)??

僕は目を閉じ、集中する。ライラさんから聞いた限りだと下位のモンスターが姿を消す場合、それは自分達よりも上位の存在がいる可能性がある・・・だっけ。

 

「・・・・・・いる」

「・・・」

「でかい・・・・なんだろうこれ・・・・この感じ前に・・・・まさか・・・ミノタウロス?」

「・・・はい?」

「あの時とは違う・・・。リリ、すぐに地上・・・いや、人が一番とおるルートで上に目指して」

「ベ、ベル様は?」

「・・・・あれを放置したら、まずい。だから、もし、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の遠征隊がいるなら呼んできて欲しい。時間くらいなら・・・なんとか」

 

そこで、明確に音として、リリにも聞こえてきたのか表情を変え始めた。

 

「―――ヴ―――ォ―――」

 

やっぱり・・・何か違う。これは、もしかして・・・強化種!?

「う、嘘・・・べ、ベル様、さすがに、さすがにアレを時間稼ぎなんて・・・!!」

「いいから・・・いって・・・お願い・・・・」

視界が狭まっていく・・・暗く、暗く、暗く。重たく。

 

「・・・・ヴゥゥ」

 

「早く・・・早く・・・」

「ふ、2人で逃げれば!?ベル様でも危険です!!今だって顔色が悪いじゃないですか!!そんな状態で戦わせられません!!」

「アレを放置することの方が、もっとできない!!さっさと行け!!」

 

ああ、何で、何で、いつもいつも・・・・暗い場所からやってくるんだ・・・!!

重たい体を、眦に涙を浮かべて、それでも無理やり動かして、星ノ刃(アストラル・ナイフ)を構える。

放置もできない。逃げても追いつかれる。なら、時間稼ぎだけでも・・・・!!

 

『『貴方は冒険者だ』』

 

ドクン。と胸が跳ねて、その言葉を思い出した。

冒険・・・冒険・・・そうだ、冒険・・・・。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「いけええええええええええええ!!!」

1匹の咆哮と1人の絶叫と共に、少女は踵を返し、走り出す。

「必ず!!必ず、人を連れてきますから!!死なないでくださいよ!!」と残して。

 

僕は走り出して、ミノタウロスと対峙する。以前見たミノタウロスとは明らかに違う。強化種であることはわかりきってる!!だって、だって、最初から僕を見ていたんだから!!

ミノタウロスの持つ大剣とナイフがぶつかり合う。その衝撃はとても重たくて、受けきれるものではなかった。

 

福音(ゴスペル)』!!

「ブゥオッ!?」

 

ゴーン!と音の暴風でミノタウロスは頭を揺さぶられ、僕は振動するナイフで大剣を弾く。

腕はビリビリと痺れて、それでも攻撃をやめるつもりは・・・・ないっ!!

何度も何度も斬りつける。振動で切れ味を増したナイフで何度も何度も。時には大剣を逸らし、回避する。それでも、ミノタウロスの肉は硬く、断ち難かった。

 

「――『福音(ゴスペル)』!」

「――『福音(ゴスペル)』!」

 

連続して二度唱える。でも、どうしてか、ミノタウロスは、そいつは・・・お構いなしに突っ込んできて・・・・

 

「――――がっ!?」

そいつが持つ大剣が右目をゴーグルごと破壊し、動きが強制的に止まってしまった僕をその巨腕の一撃で吹き飛ばし壁面へと叩き付けた。その衝撃で体中の空気が引きずり出され、地面に倒れ付し痙攣を起こす。

 

「フゥゥゥゥゥッ・・・・!」

倒れ伏した僕に、ゆっくりと近づいてくるそいつは、徐々に、僕には違うものに見えてきた。

僕にとっては絶望の象徴。消えることのない呪い。ああ・・・・やってくる。暗く、冷たい瞳を持ったそいつが・・・・。

 

 

「~~~~~~ッ!!?」

声にならない悲鳴で右目を押さえ、空気を得ようともがく。でも、それもすぐに動きが止まっていく。今度は体が震え、吐き気でえずき、歯はカチカチと音を鳴らす。

まともに戦ったことはまだない・・・でも、輝夜さんの見解では、『お前でも倒せるレベル』と言われていたはずなのに・・・!!

1人だと・・・こうも弱くなるなんて・・・!!

 

「ア・・・ストレア様・・・・アリーゼさ・・・・ん・・・!」

視界は狭まり、暗闇が徐々に世界を支配する。

僕の目には、視界にいたミノタウロスは別の、僕にとっての絶望の象徴へと姿を映した。

 

そしてこう言うのだ。

 

「諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。」

「あ・・・あぁ・・・」

「―――我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!」

 

「うるさい・・・うるさいっ・・・!!」

僕は何度も頭を地面に叩きつけてその声から逃げようとする。それでも、僕の手足を絡め取るように、逃がしてはくれない。

冒険者(少年)は蹂躙された!より巨大な力によって!」

 

「黙れ・・・・黙れ・・・!」

「告げてやろう。今の貴様に相応しき言葉を。」

 

「いやだ・・・・いやだ・・・・っ!」

体は少しずつ冷たくなっていく。ただただ生ぬるい液体が顔から流れる感触だけが残り、動けなくなっていく。

 

「――――脆き者よ、汝の名は『弱者』なり。」

 

「―――堕ちろ、少年。我こそが、汝を苛む、絶望の象徴だ」

 

いやだ・・・・いやだ・・・!!

 

「―――あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

―――あの人なら、英雄なら・・・きっと立ち上がるはずだ。一緒に・・・横に立って・・・冒険を・・・っ!!

動かない体を無理やりにでも動かすように必死にもがく。

もう一度、もう一度、あの時のように・・・っ!!

 

「――――燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)燃え盛れ(アルガ)ァ!!」

 

大好きなあの人の炎の様に力強く、僕の心に熱を灯す。

誰も見ていない。でも、見せ付けてやる。僕自身の呪いに・・・・黒い神様(あなた)にっ!!

 

大きく息を吸って、ナイフを手に取り、震えながら立ち上がって、一言。お義母さんの、僕の大好きな魔法を唱える。

「――――『福音(ゴスペル)』ッ!!」

 

――――9階層に、鐘楼の音が響き渡る。

 

■ ■ ■

「・・・・ミノタウロスぅ!?」

【ロキ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】の遠征隊の第1部隊、その中にいたアリーゼが走って助けを求めてきたパルゥムの少女の話を聞いて驚愕する。

「じゅ、10階層に向かう途中でっ!!モンスターがまったくいなくて、それで、それで!!」

「ねぇ、もしかして・・・あたし達が逃がしたミノタウロスじゃないよね?」

「ありえねぇだろ、確かに全部仕留めた。1匹に関しては正義の眷属様が倒しやがったのを俺もアイズも見てる」

「それに、もし討ち漏らしだったとしたらおかしいわ。あれからもう1ヶ月たってるのよ?ミノタウロスなんかが上層にとどまっていたら、第三級以下の冒険者達の被害がどれくらいになると思ってるのよ」

 

そのパルゥムの少女が言うには、9階層でミノタウロスの強化種が出たという。そして、『迷宮の武器庫』ではなく冒険者の大剣を装備していた、と。

「ね、ねえ・・・貴女、ベルと契約している子・・・よね?ベルは、あの子はどうしたの・・?」

声が震える。まずい、まずい。嫌な予感しかしない。嫌な汗が流れる。

パルゥムの少女は唇を噛み、そして、言う。

 

「時間を稼いでる間に、アリーゼ様達を、助けを呼んできてほしいって!!それで!!それで!!」

その言葉を聞いて、血の気が引いて、有無を言わせず少女を担ぎ上げて、走り出す。

同じ部隊にいたリオンも走り出し、パルゥムの少女は自分が走ってきた道を指し示す。

後ろからも数名の【ロキ・ファミリア】の団員が追いかけてくる。

 

「リオン、どうしよう・・・どうしよう・・・・!」

「・・・落ち着いてください。アリーゼ。まだ、まだ間に合うはずです。」

「けど・・・!あの子、1人だと・・・!」

「急ぐしかありません・・・!」

 

 

そこでようやく、アリーゼ達の耳によく知っている鐘楼の音が聞こえてきた。

「え・・・?まさかあの子、戦ってる?」

「状況から考えて、難しいはずでは・・・?私が聞いた限りでは、たしかトラウマのせいでまともに動けなくなると・・・」

「そ、そのはずだけど・・・」

 

音が段々大きくなっていき、ようやく、ようやくその光景が見えた。

ルーム内で、涙を流しながら、無様に、必死に戦う少年の姿を。

【ロキ・ファミリア】の数名も追いつき、同様にその光景を見る。

雄牛共々血塗れになりながら戦う少年の姿を。

 

その手に持つは、刃が二つあって放熱し赤くなっている変わったナイフ。その手に持つは、真っ赤な小さな魔剣

 

「ベル・・・右目、見えてない・・・?」

「ミノタウロスも、フラフラしてる・・・?それに、お腹ばっか傷が入ってて穴開いてない?あれ」

「何だあのナイフ、燃えてんのか?」

【英雄アルゴノゥトは恐れる敵を前に目を瞑り、へっぴり腰で夢中に剣を振るった】

「なにそれティオナ」

「えっ、アルゴノゥトだけど?知らないの?アーディさんいたら喜ぶかなーこの光景見たら」

 

 

それぞれがそれぞれにその光景を目に焼き付けながら、言葉を漏らす。

とても格好のいい戦い方とは言えない。それでも、手出ししようとは思えないのだ。

 

「・・・・ベル」

「アリーゼ・・・どうしますか?止めますか?」

「・・・・だ、駄目、それは駄目。それをしたら、あの子は立ち上がれなくなっちゃうわ!」

 

まただ、また鐘がなった。

「あの子は今、必死に恐怖と戦って、冒険をしてる。それを・・・邪魔しちゃいけないわ。」

アリーゼの言葉を聞いて、リオンもベルの冒険を見る。見届ける。

2人そろって言葉を漏らす。

 

「「行け(行きなさい)、ベルッ!!!」」

 

その言葉が聞こえたのか、少年が少し、笑った気がした。

 

■ ■ ■

 

大好きな姉達の声が・・・聞こえた。

真っ暗な場所に、光が差し込んだ気がした。

背中も徐々に熱を放ち始めた。

 

そういえば・・・・お爺ちゃんに、アストレア様にせがんで何度も読んでもらった喜劇の英雄の話を思い出す。

 

『美女美少女を侍らすのは浪漫だよなー』『駄目よベルそんなの』

『可愛い女の子を助けて仲良くなりたいよなー』『・・・・』

『あっ、でもヤンデレだけは勘弁な?』『ヘラに手紙出せないかしら・・・』『マジ許してぇ!!』

 

―――彼等はすごいわ。

―――恩恵のない時代に、自分より強い相手に1人で立ち向かっちゃうんだから。

―――私には絶対無理だわ。

 

そんなことを2人とも言っては、嬉しそうに英雄達を称えていた気がする。

『良い?ベル。危ないときは逃げなさい』

『怖かったら逃げなさい』

『死にそうだったら助けを求めなさい』

『女の子を怒らせたらすぐに謝りなさい。あなたのお爺さんみたいになりたくないでしょう?』

『馬鹿にされたって指を指されたって、それは恥ずかしいことなんかじゃないわ。』

『一番恥ずかしいのは、何も決められず動けないでいることよ』

2人共、似たようなことを言っていた気がする。

 

徐々に視界がクリアになり、僕はようやく雄牛を目にすることができた。

そこにもはや、黒い神様(エレボス様)の姿はなくて、お互いにフラフラだってことだけはわかった。

本来なら勝てる相手。でも、僕のトラウマのせいで碌に戦えない相手。

きっと、いなくなったわけじゃないんだってことも、わかる。

 

僕は雄牛に熱を放ち振動するナイフの切っ先を向けて宣言する。あの、喜劇の英雄の様に。

臆病な僕を、偽って力を湧かせるように。

 

「そこにいるのか、我が敵よ!」

「―――ブゥオォォ!」

「私と決着を望むか、強き敵よ!」

「―――オオオッ!」

「ならば私とお前はこれより『好敵手』!ともに戦い合う宿命の相手だ!」

「さぁ、冒険をしよう。僕が前に進むために。あの人たちの横に立つ為に!!」

 

僕は今日・・・・初めて、冒険をする。

雄牛は叫び、僕も叫ぶ。

 

さぁ・・・

 

勝負だ!!

 

僕は走る。あの雄牛を、黒い神様を置き去りにする様に、早く、早くっ!!

何度放ったかわからない魔法の影響か、ルームでは音が大反響していて、ナイフは赤を超えて白くなってさらに煙を放つ。

目をやられる前からずっとやっていて、狙っていたことを行おう。

 

■ ■ ■

「リヴェリア・・・結界を張ってくれ」

「――――何?」

「・・・親指が疼く」

「お願いリヴェリアさん、結界を張ってください。たぶん、やばい」

「はぁ・・・・【――――我が名はアールヴ!】これでいいか?」

「あの子、何するつもりなの?アイズ、あの子とダンジョン行ったことあるって言ってたけどわかる?」

「・・・・ごめん、わからない・・・かな」

 

少年と雄牛は雄たけびを上げながら、突貫するように向かい合って走り出す。

そして少年は雄牛の腹の穴に魔剣を差し込んで、ナイフを叩きつけて、何度唱えたかも分からないほどの音の残響を、そのスペルキーを唱える。

 

「―――『鳴響け(エコー)』ッ!!」

 

大爆発。

耳が痛くなるほどの音が鳴り響き、ミノタウロスの腹の魔剣が振動し、魔力に当てられて威力を無理やり増幅し、爆発、ミノタウロスを粉みじんに吹き飛ばす。ベルもその爆風を受けて吹き飛び、ルームの壁面に激突して倒れ瓦礫に埋もれるて動かない。

 

「「・・・・ベルッ!!」」

2人の姉はすぐにベルの元に駆け寄り、瓦礫を除けて背負って走り出す。

 

「ごめん、フィンさん!すぐ戻るわ!!リオンは地上に戻り次第アストレア様を呼んで!!」

フィンに謝罪をして、リオンに指示を出して走り出す。倒したとはいえ、大怪我であることに変わりはないのだから。アストレア様がひっくり返るんじゃないか、そう思えて仕方なかった。

 

「・・・お姉ちゃん?」

「・・・・もうっ!無茶してっ!!死んだらどうするのよ!」

「ごめん・・・なさい・・・」

「・・・・でも、格好よかったよ。頑張ったね・・・」

「・・・・えへへ」

 

そこでベルは気を失い、アリーゼにバベルの治療施設に運び込まれる。

ミノタウロスとの戦いの後、丸1日眠り続けて、目が覚めた頃にはベルの手を握って突っ伏して眠る女神の姿。

いつも撫でてもらっているから・・・なんて考えて今日は撫でてみようと、頭に触れるとピクリと動いて、目を丸くしてベルを見る女神と咄嗟に手を退けるベル。

数秒の沈黙の後に、女神は涙を浮かべてベルを抱きしめる。【初めての男の子の眷属】でとても大切で可愛い子を、これでもかと抱きしめる。

それにつられて、ベルも抱きしめ返して、涙を流す。

 

「・・・ひっ・・ぁっ・・・!怖かった・・・怖かったです・・・っ!!」

「ええ、ええ。よく頑張ったわ!!1歩前進ね。よかった、よかったぁ!」

「ミノタウロスが出て・・・!黒い神様が出て・・・!!体、動かなくなって!苦しかった!!」

「ええ、ええ。でも、あなたは乗り越えたわ。すごいことよ、アリーゼ達がいなかったのにたった1人でやり遂げたんだもの」

 

額と額をくっつけて、涙を流しながら笑みを浮かべてこれでもかと女神はベルを褒め称える。

「帰ったら・・・2人きりだけれど、お祝いをしましょう!きっとランクアップもしているに違いないわ!」

「えへへ・・・・お祝い・・・楽しみです・・・っ」

「そうね・・・何にしましょうか、ふふふ。2人きりですもの。たまには我侭を言ってみてもいいのよ?」

 

そんなやり取りをして、少し痛む体を支えてもらいながら、治療施設を出て帰路に着く。

「ああ、そうだ・・・ベル?」

「・・・?」

「アリーゼとリューから伝言」

「伝言?」

「『おめでとう』ですって」

 

ベルと女神は手を握って歩く。

ベルの心は、どこかとてもスッキリとしていて、女神様に何をしてもらえるのかと思い馳せながら、姉に再会する日を楽しみにするのだ。




端折ったみたいになってないかな。大丈夫かな


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ランクアップ

お気に入り500ありがとうございます。


「―――はぁ~」

「―――ふぅ。2人だけだとこのお風呂も広いわねぇ」

「ですねぇ・・・・。いつもは他に誰かしらいるんですけど・・・」

「目は平気?痛くはないかしら?」

「・・・・はい。すごいですね治療師(ヒーラー)の方は。ちょっと傷が残ってますけど、その内消えるみたいですし。」

 

丸1日寝続けて、女神様と一緒に帰ってきた僕はとにかく湯船に入りたくてお風呂に直行していた。なんていうかこう、綺麗にしたかったのだ。

大剣で斬られた右目は、しっかりと見えており、うっすらと傷がある程度。あとは体が所々痛みがあるくらいで、特に支障はない。オラリオの治療師(ヒーラー)はすごいや。

「そういえば・・・どうしてベルは、2つ目の魔法を使わなかったの?」

「えっと・・・『詠唱に失敗したら、爆発して汚い花火になる』ってアリーゼさんが・・・」

ちょっとだけ怯えたように、魔法を使わなかった理由を答えるベルに女神アストレアは微笑をピクピクさせた。そして心の中で、少年に変な不安を与えていたであろう姉に叫ぶ。

 

―――言い方ぁ!!!

 

湯船の中で女神に体を預けて甘えてくる兎に女神は微笑を浮かべ、のんびりとした時間を楽しみ、いつも通りいろいろな話をする。

「ベルはお風呂が好きなの?」

「うーん・・・何と言うか、アストレア様達と一緒に暮らすようになってから好きになった気がします。」

「ゆったりできるものねぇ・・・あとくすぐったいわ、ベル?」

「・・・えへへ」

「・・・ふふ、まぁベルが楽しいならいいのだけれど・・・昔を思い出すわねぇ・・・」

 

アストレア様と2人きり。

いつ振りだろう・・・・初めて一緒に入ったとき以来?うん、多分そうだ。

抱きしめられながら、その立派で綺麗な双丘に頬ずりをしてみたり、手で触ってみたり、思わず吸ってみたりして怒ってないかその度に顔を見て確認してみたり、綺麗な唇を指でなぞってみたり、キスをせがんでみたり、とにかく甘えてしまっている。アストレア様は怒るでもなく慈愛に満ちた顔で微笑んで、僕と目が合えばニッコリと微笑んでくれる。アリーゼさんがいればきっとからかってくるけど、今は2人しかいないのだ!

 

「・・・・発展アビリティ、どうするか決まったかしら?」

「うーん・・・・【狩人】に【魔防】とそれと、【幸運】ですよね?どうしよう・・・。アストレア様はどう思います?」

「そうねぇ・・・前者の2つは聞いたことがあるけれど・・・【幸運】は、知らないわねぇ。たぶんベルしかいないんじゃないかしら?でも効果がわからないとイマイチなんとも言えないわねぇ。ベルが自分の魔法の影響でダメージを受けるのを防ぎたいなら【魔防】でしょうし。でも・・・うーん」

「「むむむむ・・・・」」

 

2人で発展アビリティについて悩む。

どれも捨てがたい。でも・・・・でも・・・といった感じ。そして、あっそうだ。と言わんばかりにアストレア様が僕を見て

「貴方はトラウマの件もあるんだし、【幸運】で回避というか・・・いい道にいけるなら、縁起物としてはいいんじゃないかしら?」

「な、なるほど?」

「ま、まぁ・・・決めるのは貴方よ?私が勝手に決めて、あとから『アストレア様大嫌い!』なんて言われたら、私はショックで送還されてしまうわ」

「ソ、ソコマデ!?大丈夫です!!大好きですぅ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

■ ■ ■

ベル・クラネル

Lv.2

力: I 0

耐久: I 0

器用: I 0

敏捷: I 0

魔力: I 0

幸運: I

 

<<魔法>>

【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音(ゴスペル)

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

星ノ刃(アストラルナイフ)を持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法(エンチャント)の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

 

スペルキー【鳴響け(エコー)

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)

□詠唱式【天秤よ傾け――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×2

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

 ■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

※効果時間5分。

 

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

絶対安全領域の展開。

回復効果

微弱な雷の付与効果。

月下条件化において月光が途切れない限り効果範囲拡大。

長文詠唱

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

【我はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】

【されど】【されど】【されど】

【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め許し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】

【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】

※効果時間 15分。

 

<<スキル>>

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

 パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

 アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

 反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物との距離・大きさを特定。

 対象によって音色変質。

 声量によって範囲拡大。

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

英雄羨望(アルゴナウタイ)

能動的行動に対するチャージ実行権。

発動権の譲渡。

※譲渡する相手に一度触れておく必要がある。

 

ステイタスを更新し、上裸のまま女神に寄りかかって羊皮紙を一緒に見つめる。

「・・・・増えてる」

「増えてるわね・・・。よく英雄譚を読んでいるところは見かけているし、昔は読んで欲しいってせがんで来てたからよほど好きなのはわかるのだけれど・・・」

女神様は僕を見て、じーっと微笑みかける。それはもう、可愛いものをみるように、悪戯に微笑む。その微笑に僕は徐々に赤面していって・・・。

 

「よほど、英雄達(アリーゼたち)の隣に立ちたいって気持ちが大きいのね?べーるぅ??」

と言われた。

もう僕は耳まで真っ赤にして、女神様を見ては口をパクパクとさせる。でも、言いたい言葉もなにも思い浮かばない。だって、その通りなのだから。あの人たちと何処までも一緒に行きたい。その気持ちは本当だ。でも、でも・・・

 

「・・・・可愛いわよ、べーるぅ??」

「―――にゃああああああああああああああ!?」

何も言い返す言葉が出ずにせめてもの抵抗と言わんばかりに、耳まで真っ赤にした僕は女神様の胸に飛び込んでそのまま押し倒してしまいジタバタとしてしまう。

その間、女神様はずっと「ふふふふ」とお腹を押さえるように笑ったり「く、くすぐったいわベル。も、もう笑ったりしないから、ね?素敵だと思うわよ?ほら、機嫌を直して?」なんて励まされた。

 

「ぜぇーーったい、アリーゼさん達にもからかわれますよ・・・・。」

「そ、それはそう・・・かもしれないわね。でも、効果はすごく良いと思うわ?ほ、ほら、明日もやることがあるのだし、もう寝ましょう?ほら、ぎゅーってしてあげるわよ?」

「なんか誤魔化したぁ!?」

 

女神様は僕を迎え入れるように、手を伸ばし『おいでー』のポーズを微笑みながらする。僕はその誘惑に勝てるわけもなくて、「むむむ・・・」としながら横になる。女神様は僕の顔を胸元に抱きしめては頭を優しく撫でて明日の予定を話す。

 

「―――ベル、明日は私、『神会(デナトゥス)』があるから、半日は留守にすると思うから、一緒にギルドに行って報告をした後は、防具を見ていらっしゃい?」

「―――へ?女神様・・・いないんですか?」

「そ、そんな捨てられた兎みたいな顔をしないで・・・胸が痛くなるわ・・・」

「だ、だだ、だって・・・」

「ほ、ほら!新しい防具も買っておかないとアリーゼからの課題が間に合わないわよ??それに、明日はベルの"二つ名"が決まるんですもの、行かないわけにはいかないわ」

「どうしてそんな鬼気迫る顔を・・・」

「変な名前が付きません様に・・・神様仏様・・・」

「えっ、アストレア様、神様ですよね??」

「・・・・・すぅ」

「あっ!寝たふり!?もーっ!!」

 

そう、課題。治療施設から帰宅した僕にアストレア様がアリーゼさんから預かっていた手紙を渡されて、その内容が

 

パーティを組んで、18階層まで来ること!!

という内容だ。

最低でも3人の構成で、二つ名が決まる頃もあわせて1週間ほど時間を見て僕が18階層に来れば帰還途中の遠征組と合流できるはずだから。ということらしい。

 

「リリと・・・・・。えっとローリエさんは・・・いないんだっけ・・・・うーん」

 

■ ■ ■

 

「今回【ランクアップ】した子供は多いらしいぞ」

「ああ、豊作なんだろ?楽しみだな」

 

摩天楼(バベル)30階。そのフロアで行われる神の会合、神会(デナトゥス)

一定間隔を空け円形の卓につく神の数は、ざっと数えただけでも30は超える。つまりその数だけ、上級冒険者――Lv.2以上の冒険者――に匹敵する構成員を保有し、実力を認められた【ファミリア】がオラリオに存在するということだ。

 

「こんにちわ、アストレア。隣、いい?」

「あらヘファイストス、いいわよ。」

私の隣に紅髪紅眼の神、ヘファイストスが座る。

煌びやかな紅髪を流す彼女の格好は薄手な上衣と黒のスラックスで男装に近い姿はその美貌もあいまって、異性同姓問わず視線を引き寄せる魅力を持っていた。

 

「あなたのところの・・・えっと、真っ白な子。今日見かけたわ、白い浴衣を着て歩いてるものだから、死装束かと思ったわよ?」

「し、死装束・・・・。やっぱり別のを着せるべきだったかしら・・・・。体がまだ少し痛いって言うものだから、楽なのを着せたのだけれど」

「・・・・ずいぶん可愛がっているのね?」

「それは・・・まぁ、初めての男の子の眷属というのもあるけれど・・・つい先日大怪我して運ばれてきたから・・・」

「あの子、今日は私のテナントのところに向かっていったけど・・・・新しい防具でも買いに?」

「ええ、そうよ?前に買ったのは壊れちゃったから・・・えっと確か『ヴェルフ・クロッゾさんの作品を見つけに行って来ます!!』って言っていたわ」

「・・・はい?ヴェルフの?」

「え、ええ」

 

どうして彼女は自分の眷属の防具を気に入る子供が現れたのに、鳩が豆鉄砲をくらったようにポカーンとしているのだろう。まさか、何か問題が?

「びっくりしたわ。その子、魔剣が欲しいとか?」

「???いえ、普通に防具が気に入っているだけだけれど?」

「・・・・なら良かったわ。」

「????」

「ま、まぁ、そうね。変な二つ名が付かないことを願いましょう!!」

「え、ええ。そうね?」

 

どうしたのかしら、ヘファイストスは。まぁ、そうね。今はベルの二つ名の方が重要よね。あの子はあの子であれでも人を見る目はあるみたいだし、大丈夫でしょう・・・大丈夫よね?

なんて考えていると、円卓が静まり返り、開催の挨拶が行われた。

「んじゃま、第ン千回神会(デナトゥス)開かせてもらいます、今回の司会進行役はうちことロキや!よろしくなー!」

 

『イェー!』とやいやいと喝采と拍手が巻き起こる。朱色の髪を後ろに結わえたロキは、糸目がちの瞳を笑みの形に緩ませながら手を上げた。

何でも今回は、『遠征』でファミリアの団員がほとんど留守にしていて、手持ち無沙汰だったために立候補したのだとか。

 

「そういえば、以前ロキの子供達に例の白兎君が誘拐されたって聞いたけど?」

「言わないで・・・言わないで・・・。ロキにとっては黒歴史だから・・・。」

「な、何があったのよ・・・」

「・・・・ベルのスキルのことをフィリア祭のときに知ったロキの子供たちが『アイズさんが帰ってこないから、探すの手伝ってください!』って言って有無を言わさず担いでいったのよ。」

「よく問題にならなかったわね」

「・・・帰ってきた後にロキが土下座しに来たのよ。あのロキが。『ヘラだけは・・・あいつだけは勘弁してくれぇ・・・』って言ってね」

「うわぁ・・・・」

 

そう、リューとサポーターちゃんと待ち合わせをしていたベルが、突如目の前に現れた狼人と山吹色妖精と黒髪赤眼妖精に連れて行かれたことがあったのだ。その様子は、狼に首根っこを咥えられた小動物よろしく抵抗する暇もなかったのだそう。

リューとサポーターちゃんは大混乱!!「「ベルウウウウウウウ!?(ベル様あああああああああ!?)」」なんて騒ぎになるし、連行されたベルは一気にキャパオーバーで涙目で『許してください・・・許してください・・・!』と連呼する始末!!仕舞いにはまだLv1だというのに一気に到達階層を強制的に更新!!24階層で生じたモンスターの大量発生の原因の場所に件のアイズ・ヴァレンシュタインが謎の女と戦っており、そこには【ヘルメス・ファミリア】と同じく調査を行っていた輝夜がおり、輝夜も大混乱!!

 

『・・・ベルぅ!?何故、私どもの新人がここにいるのですかぁ!?貴様らは駆け出しを殺すつもりかぁ!?』

『し、しまった!?【アストレア・ファミリア】の人がいたなんて!?で、でもこの子のお陰でアイズさんを見つけられました!!』

『ひっく・・・うっ・・・輝夜ざぁん・・・・ひっく・・・!!』

『だぁぁぁ!!男が泣いてんじゃねぇ!!敵がいるんだから戦いやがれ!!』

『『無茶言うなぁ!!!(言わないでくだざいぃぃ)』』

 

何でもそこに、以前アリーゼが対処した27階層で起きていた異常事態で死亡したとされる白髪鬼(ヴェンデッタ)ことオリヴァス・アクトがいたとかで、触手のようなモンスターに自爆攻撃をしてくる白法衣の闇派閥構成員。そして回りは火の海に怪我人も多数。ベルはもうパニック状態で泣きながら3つ目の魔法を詠唱して気を失ったのだ。

 

「輝夜がベルを保護して帰ってきたけれど・・・頭がいたかったわ。あれは。アリーゼは闇派閥関連には関わらせたくなかったから余計怒ってしまうし」

「あぁ・・・それはロキも土下座するわけね」

「まぁ・・・その後、アイズちゃんとたまに一緒にダンジョンに行ってるみたいだし仲が悪いとかではないらしいのだけれど・・・連行した犯人たちには怯えていたわね」

「可哀想に・・・」

「死者がでなかったからよかったものの・・・・・。はぁ・・・あの時のロキの引きつった笑み、忘れられないわ」

 

そんな話をしていると、ラキアの件や、ソーマの件など話が進んでいってロキは情報をまとめていた。そして、少し間を置いて、ニッと口を吊り上げた。・・・・あれ、なんかピクピクしているわ、もしかして聞こえていたのかしら??

 

「な、なら次に進もうか、め、命名式や!!」

あ、聞こえていたのね。すごい動揺しているわ。

周りは気づいていないみたいだけれど・・・。

各々が資料を開いて、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「んじゃぁ、トップバッターはセトのところのセティっちゅう冒険者から」

「た、頼む、どうかお手柔らかにっ・・・!?」

「「「「「「断る」」」」」」

「ノォォォォォォォォ!」

ああ、始まった。

子供達はどうかしらないが、神々が悶えてしまう『痛恨の名』が決められていく・・・。

「――決定ナー。冒険者セティ・セルティ、称号は『暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)

「イテェェェェェェェェッ!?」

こんな二つ名が大量生産されていく。

性根の悪い特定の神たちが、酸欠に陥りかねない笑いの衝動を得たいがために、子供達には畏敬さえ抱える二つ名を連発するのだ。称号を授かり、誇らしげにする子供と、発狂する神々、彼等はその両名に指を刺し今日も床を転げ回るのである。

十中八九、後世で語られるであろう『神話』の1つに違いない。

 

「相変わらずね・・・」

「ええ・・・まったく」

 

次々と膝を折り、ダメージを与えられていく神達。

【タケミカヅチ・ファミリア】に【ヘファイストス・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】etc...etc....

何か途中、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの二つ名で【神々の嫁】などと言ってロキに「殺すぞ」と言われているのが聞こえたけれど・・・

 

「んで・・・次で・・・最後やな」

チラッとロキが私を見た。すごい気まずそうな顔で。いや、もう、その・・・・気にしないで?ね?貴女は良くやっていると思うわよ?

 

「「1ヵ月半でランクアップ・・・・」」

「ありえるのか?」「いやでも、アストレア様がズルするわけないし・・・」

「保護者がLv6だろ?常に経験値はいってるんじゃね?」

「「あぁ~~~『私にも春が来たわ!!!』」」

 

「――――げほっげほっ!!?」

「アストレア!?」

 

あの子・・・あの子は本当に何をしているの!?大暴走どころじゃないわ!?もう、そこらじゅうが火の海よ!?まさか、今もどこかで何かやらかしていないわよね!?本当にお願いよ!?

 

そうこうして、あれやこれやとベルの二つ名の意見が飛び交って、ようやく「「「「「決まったぁー!」」」」」と円卓が爆発する。

 

 

ベル・クラネル

二つ名

涙兎(ダクリ・ラビット)




ロキファミリアとは数名とは顔見知りになっているベル君。
狼人と山吹エルフには怯え、黒髪赤眼エルフに対して(この人・・・・ヒト?ヒト??ううん??)と困惑

3つ目のスキル……うーん、まあいっか


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白兎誘拐事件

ギャグ回だと思います。
キャラ崩壊とか違和感とかあったらごめんなさい。
どうしてこうなったのか?
ランクアップイベントはミノタウロスが良い。+でもオリヴァス戦も欲しい。
じゃあ、オリヴァス→ミノタウロスでいいじゃん。アイズさんとの特訓ないし。

てな感じです。


拝啓、アストレア様、いかがお過ごしでしょうか。

季節は春へと近づきつつも、まだ肌寒く、僕もつい数時間前までの女神様の人肌・・・神肌の温もりが恋しくてなりません。

どうせならお昼頃まで2人で仲良くゴロゴロしているのも悪くない。そんな風に感じる今日この頃なのですが、その願いも叶うことはないでしょう。

さて、本題に移りますが・・・・・僕は今・・・・

 

 

 

 

誘拐されています。

 

 

女神様・・・・・・どうか、哀れな子兎を助けてください・・・・。

 

 

 

「ひっく・・・うっ・・・アズドレアザマァァァ!!」

 

 

■ ■ ■

事の発端・・・発端?ねぇ、発端?あったかなぁ・・・いや、ないよ?

女神様のベッドで目が覚めて、一緒に着替えをして、みんなと朝食をとって今日の予定を確認して、久しぶりのリューさんとのダンジョンで手を繋いで、僕はつ1時間ほど前にホームを出たんです。

 

「では、ベル。サポーターのアーデが来るまでの間に私は手頃なクエストでもないか見てきますので少し待っていてください。」

「はいっ!リューさんっ!」

「・・・っ!な、なぜそんなに嬉しそうなんですか?」

「だってリューさんとダンジョンに行くことあんまりないから・・・」

「うっ・・・す、すいません。決してわざとでは・・・」

 

手を繋いでいるときのリューさんは落ち着いていて凛とした顔をしていたけれど、繋いでいる手はにぎにぎ。にぎにぎ。と時々感触を確かめているようで、その度に顔を見ればちょっとだけ頬を染めていた気がした。あといつもより良い匂いがした。

僕はリューさんの指示に従って、おとなしくベンチに腰掛けてリリが来るのを待ちながら、空を見上げていた。影とか暗いところは駄目だけど、空とか綺麗なものはとても好きだ。気がまぎれるし。

 

「アイズさんを連れ戻せって、いったい何処にいるっていうんですか!?」

「『冒険者依頼を受けて24階層に・・・・』とか何考えてやがる、遠征前だぞ・・・ったくよお」

「・・・・・・」

 

空を見上げて、ぽけーっとまさしく朝日を浴びる野うさぎの様にしては、少し太陽の温もりと心地よい風でうとうとしていると、どこからか声が聞こえてきた。

んーなんだろう、聞いたことがあるような・・・ないような・・・?いや、最近はないはず・・・だよね・・・うん。

 

「あっ!!あの子は!!」

「あ?何だ、あの白いのが何かあんのかクソエルフ」

「えっと、フィリア祭の時の・・・・」

「っ!?例の噂の『オルガン・ラビット』か!?」

「えっ!?何ですかそれ!?」

「オルガンのような音を奏でて、周囲一帯を灰燼に変えたという・・・・」

「いや、私その倒したちょと後にあの子のところに到着しましたけど、周囲一帯が灰燼は盛られてますよ・・・」

「・・・んなことどうでもいいんだよ!!アイズを探すんだろうが!」

 

朝から元気だなぁ・・・僕なんてまだアストレア様と一緒に寝ていたいくらいなのに・・・。『オルガン・ラビット』?そんな変わった名前のモンスターがいるなんて・・・オラリオはやっぱりすごいなぁ。やけに慌てているというか急いでいる割には会話をする余裕があるというか・・・なんか少しずつ、足音が近づいてきてるし・・・。

 

「えっ、えっと、あの子のスキルだと思うんですけど、探知とかできるっぽくて・・・私たちが来たことにも、姿も見ずに察知していたんですよ!」

「・・・・で?何が言いたい」

!

「あの子にアイズさんを探してもらうんですよ!ベートさん!!」

!!

「・・・・・はぁ。テメェで交渉しろ」

!!!

「分かりました!」

 

「あ、あの君!!!」

「うひゃぁっ!?」

 

ものすごいスピードで近づいてきたと思ったら、いや、待って、何で僕の前で急停止するの!?何何々!?レベルが上がるとそんなこともできるの!?輝夜さんが言ってた『縮地』ってやつじゃないよね!?

僕は、いきなり目の前で急停止して両肩をつかんできた山吹色のエルフさんに絡まれた。いや、目が怖い。血走ってるし。あっ、どうしよう、急すぎてというかビックリして目が覚めるどころか涙が出てきた。

 

「お、おい、ウィリディス、怖がっているぞ!?」

「す、すいません。あ、あの!!ちょっとアイズさんを探すのを手伝ってくれませんか!?お礼はちゃんとしますのでっ!」

「・・・・・へ??はいっ!?」

「あ、ありがとうございます!!その、ちょっと急ぐので運びますね?」

 

そう言うと、山吹色・・・・えと、山吹さんは僕の有無を聞く前に僕の横腹を両手で掴み、それを後からやってきた気だるそうにしている狼人さんに投げ渡し、それを驚きながらもキャッチして腰に抱えられた。わずか3秒である。何この早業。

 

「じゃあよろしくお願いします!アイズさんの居場所!見つけてください!!」

「え・・・えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

そう言うと、今度は一気に景色が変わっていくほどの速度で運ばれていった。あっ、リリが来てリューさんが戻ってきた!助かった!!あ、あれ、2人がぽかーんとしている!?お願い!お願いします!助けてっ!!

 

「「ベ、ベルぅぅぅぅぅ(ベル様ぁぁぁぁぁ)!?」」

 

2人の声があっという間に遠くなって聞こえなくなって、どんどんダンジョンに近づきつつあって、途中ピンク色の髪の・・・えと、エイナさんのお友達のお姉さんが見えた気がして、そのお姉さんも「えっ!?えぇぇ!?弟君!?」なんてビックリしていたけど、その姿はあっという間に見えなくなった。

とうとうダンジョンの入り口にやってきて、僕を担いでいる狼人さんはそのまま、あろうことか、僕がいるのに、飛び降りた。

 

「・・・ぐぇっ!?」

「ちょっ!?ベートさん!もう少し優しくしてあげてください!」

「あ!?るせーぞ!?急いでるって言ってるじゃねーか!!おいクソ兎!とりあえず手紙には24階層って書いてあったんだ!!18階層まで行くぞ!!」

「ひっ、ひぃ・・・・ひぃ・・・・」

 

アイズって・・・アイズさんって・・・・誰ぇぇぇぇぇ!?

僕の心の訴えなど、露知らずどんどんどんどん降りていく。Lv1の僕が耐えられる速度ではなくて、もっとこう早かった。時には縦穴を飛び降り、時には襲ってくるモンスターを一掃するのに僕が邪魔なのか、一度空中に投げては倒し終わってからキャッチしてまた爆走!!僕の目はとうに回っており、何なら吐き気すら催していた!!

 

―――ど、どうしてこんなことに・・・・アリーゼさんが『その下着もうサイズ合わないからあげるわ!え、いらない?ラッキーアイテムよ?そういわずに取っておきなさい!寂しいときに枕元に置いておくといいんじゃないかしら!私もベルの貰うわ!交換よ!!』なんて言ってたけど、アリーゼさんの言うとおり、ラッキーアイテムを受け取らなかったからこうなったのかな・・・。帰ったら貰っておこう・・・。

 

兎は混乱する頭の中で、訳の分からない結論へと至っていた!!

下着を貰うことで運気があがるなら皆そうしている!!もしここに輝夜がいたならば、こう言うはずだ

 

『女神と同衾している時点で運気なんぞ勝手に貯まるわ!!』と。

 

「あっ!そうだ!お、お腹すいていませんか!?【じゃが丸くん小豆クリーム味】ですよ!手伝ってもらうんです!朝ごはんくらい上げます!」

そういって山吹さんは僕の口に、じゃが丸君を突っ込んで・・・あ、甘っ!?

 

「おrrrrrr!!!」

「ああああああああっ!?アイズさんの小豆クリーム味がああああ!?あ、あなた!!アイズさんに恨みでもあるんですか!?」

「ま、待てウィリディス!!こんな状態で!揺れている状態で!食べ物なんて口に突っ込まれれば、吐いても仕方ないだろう!?」

「いいえ!アイズさんを思う気持ちがあれば、美味しく食べれるはずです!!」

 

ダンジョンで身動きの取れないドナドナ中の小動物の口に食べ物を突っ込むのは間違っているだろうか。

             結論。

――――拷問だぁ。。。

 

「ひっく・・・うっく・・・おねえちゃぁん・・・・」

限界もとうに超えていた僕にさらなる追い討ち!!体にさらにかかる負担!!気が付けばもう10階層すら過ぎてしまっている!!そして何より、どうしてこうなっているのかも分からず、精神的にも追い詰められていく!!・・・・そ、そうか!!わかった!こ、この人たちは、アレだ!!闇派閥(イヴィルス)に違いない!!

僕は決死の覚悟で、魔法を唱えようとする。僕もアリーゼさんと同じ正義の眷属!おとなしくやられるわけには!!

 

「・・・ご、(ゴスペ)・・・ぐへぁっ!?」

い、痛い!また飛び降りたせいで衝撃が!?

「お、おい・・・さすがにまずいだろう!?やっぱり!?顔色も悪いぞ!?」

「い、いえ、安心してください!さ、ささ、最終的にこの子の記憶を消せばいいんです!!?」

「ひ、ひいぃぃぃ!?」

 

怖い怖い怖い怖い怖いっ!!この人、記憶を消すとか言ってる!?怖い!!オラリオはやっぱり魔窟だったんだ!?エルフの人はみんな綺麗で、不正をゆるせないような潔癖性を持っていて、人攫いなんてしないって思ってたのに!?妖精どころかこれじゃあ死妖精(バンシー)だぁぁ!?

狼人のこの人もきっと僕を巣穴に連れて行って、子狼の餌にするんだっ!?獣人怖い!!

 

 

ベル・クラネルの妖精に対する評価が50下がった。

ベル・クラネルの獣人に対する評価が70下がった。

 

そして、とうの昔にキャパシティーを超えた僕はもう涙とさっき無理やり口の中に入れられた、じゃが丸君を吐いたときの胃液でそれはもうぐちゃぐちゃになっていて、身動きが取れないから拭うこともできなくて、僕とちょうど目があった黒髪エルフ?さんに拭ってもらえないかと目で訴えるも『すまない・・・触りたくない・・・』なんて言われて、さらに大ダメージ!!

 

―――僕が何をしたのっ!?

 

「さぁ、君!ここが18階層です!きれいでしょう!!ここには朝と夜の概念もあって町もあるんですよ!?その、私とベートさんは少し情報が無いか聞いてきますので、ちょっとだけ待っていてくださいね?」

「はぁ・・・はぁ・・・・はふ・・・」

 

そう言って17階層の嘆きの大壁を突破!初めての18階層に!!でも、今の僕にそこまでの余裕はない!!どんどん景色変わってるんだもん!!僕はもう本当に限界も限界で、なんなら僕の【トラウマ】でもある黒い神様は、『俺でもそれはしない』と同情の目を向けてくる!!

そしてなにより、何か、こう、川が見えてきて、叔父さんとお義母さんとお爺ちゃんが僕に手を振っている!!

 

―――あ、アレ!?お爺ちゃんなんで川の向こうにいるの!?

 

『ベル、いいか。喰うときはナマはやめておけ。いろいろとまずいからな』

「そうだね!それで叔父さん、体壊したんだもんね!でも今そういう状況じゃないよ!?」

『本当に、気をつけろ・・・お前の父親ときたr・・・「―――『福音(ゴスペル)』」

「お、おじさああああああん!?」

 

叔父さんが川の流れにのって消えてしまった。

『いいか、ベルよ。他人に意志を委ねるな。精霊だろうが神々だろうが同じだ。ましてや儂は何も言わん。あえてワシが言えることは、お前は美女たちと同衾に混浴をしとるんだ。イケるところまでイ・・・・「『福音(ゴスペル)』」

「お爺ちゃあぁぁぁぁぁんっ!?」

お爺ちゃんまで消えてしまった・・・というか何でお爺ちゃんがそっちにいるの!?いちゃだめでしょ!?それに何で2人ともこの状況を覆すアドバイスをくれないの!?はっ!?もしかしてお義母さん!?お義母さん助けて!!

 

『・・・・・私を、お前を置いていく私を許してくれ。ベル。』

とお義母さんに悲しい顔で言われてしまった。溢れ出るはもうすでに溢れていた大粒の涙!!黒い神様!!あなたはどこまで僕を追い詰めれば気が済むんですか!?こういうの、虐めって言うんですよ!?知ってました!?

 

『脆き者よ・・・汝の名は、弱者なり』

・・・・意味が分からないよ!?そんな同情の目で言われてもわからないよ!?

 

そんな思考の海に溺れていると、「お、おい・・・大丈夫か?」と黒髪のエルフ(?)さんが声をかけてくれた。

「そ、その・・・これ、水だ。飲んでくれ。多少は気分も良くなると思う。ああ、毒は入っていないからな!?本当だ!ほら、この通り。ごくん。な?」

「ひっく・・・あ、ありがとう・・・・・ございまずぅ。」

「わ、私はフィルヴィス・シャリアという。よろしく頼む。それで・・・・その・・・」

「???」

水をくれた黒髪のエルフ(?)さんこと、フィルヴィスさんは、恐る恐る僕に聞こうとする。さっきから心配そうにチラチラ見てはいたけれど・・・。

「き、君は・・・彼女・・・レフィーヤ・ウィリディスの話を理解、しているか?」

「してるわけないじゃないですかぁ!?」

という僕の精一杯の返答に、肩を揺らす。そして、ダラダラと汗を流しながらさらに聞いてくる。

「名前は?」

「ベル」

「レベルは?」

「1」

「所属は?」

「アストレア・ファミリア」

「あぁぁぁぁぁ!」

地面に両手両膝を付いて、「何をやっているんだぁ!?交渉も何もあの時の『はい!?』はイエスではなかったではないかぁ!?」と叫んでいた。そして、落ち着いてきた僕に申し訳なさそうに事情を説明してくれた。

曰く、アイズ何某さんが中々帰ってこないと思ったら、冒険者依頼を受けて24階層に行くと手紙を寄越してきたこと。それを主神の命令で見つけ出して連れ戻すようにと言われているということ。

僕にもわかるようにゆっくりと、丁寧に教えてくれたこのエルフ(?)さんのことを僕はきっと忘れない。

 

エルフ(?)に対する評価が30回復した。

 

「・・・・というわけなんだ」

「えっと・・・その、わかりましたけど・・・。僕、必要なんですか?」

「私にはよくわからん・・・。その、『探知』?ができるとウィリディスが言っていたんだ。」

「確かに・・・できなくはないですけど・・・」

「本当なのか!?」

「で、でも・・・・個人は無理ですよ?そ、その、それこそ複数人で一緒にいるとかなら可能性はあると思いますけど・・・」

 

スキルや魔法のことを他派閥の人たちに安易に教えちゃだめだと教わっていた僕は大雑把に説明をした。するとフィルヴィスさんは顎に手を置いて悩ましく考えて、僕をもう一度見て口を開く。

 

「24階層で、モンスターが大量発生しているらしいんだが、その場所を特定することは可能か?」

「・・・た、たぶん?」

「・・・・そ、その、今更なんだが・・・少し手伝ってもらえないだろうか?身の安全は私が必ず!」

「う、うーん・・・・で、でも、地上で騒ぎになってるんじゃ・・・」

「それは・・・否定できない。だが何かしら処罰されるとすればそれは私たち3人だ。君は気にしなくていい。地上に連れ戻してやりたいが・・・こちらも少し急いでいるんだ。」

僕は、少しだけ考えて了承することにした。そして、情報収集から戻ってきた2人をフィルヴィスさんが怒鳴り狼人さんは「おい、どういうことだクソエルフ」と言いウィリディスさんは「す、すいませぇぇん」と力なく土下座した。帰るに帰れないし協力することを伝えて僕はまた狼人さんに背負われ、またものすごいスピードで階層を降りていく。

 

「おい兎!!もう24階層だぞ!?どこにいるのかさっさと教えやがれ!!」

僕は思わず、反応がたくさんあるところを指差した。

 

「ほ、本当にわかるのか!?」

「ね、ね!?この子、すごいですよね!!」

「い、いや、本当ならすごいことだが・・・」

「ひっく・・・・・ひっく・・・は、はや、むり・・・ごめんなさぃ・・・許してください・・・・」

 

そのまま僕が指を指す方へと、猛スピードで進んでいく3人。この人たち、自分より格下に対する配慮が全くといっていいほど無い!!やがて、進んだ方向に壁があって

「おい!行き止まりじゃねぇか!!」

「ちょっ!?君!?まさか間違えたんですか!?」

「ひっく・・・ひっ・・・うっ・・・この壁・・・ホンモノ・・・チガウ・・・・」

「おい、言葉遣いまでおかしくなってきたぞ・・・」

 

僕が、この壁が普通じゃないと言ったのを信じたのか、山吹さんは光のビームを放ち、壁を破壊した。するとさらに進める通路が現れて、その先から戦闘音と悲鳴が。

 

―――もうやだぁ・・・。おねぇちゃぁん・・・。女神さまぁ・・・。

 

3人+1匹が進んだ先には、お目当てのアイズさんがいたらしく、そして、輝夜お姉さんにアスフィさんら【ヘルメス・ファミリア】の人。相対するは、謎の女(?)に、骨の仮面を被った男(?)に白法衣に植物のような怪物がそこにはいた。

 

「アイズさあああああん!?」

「ひっく・・・えぐ・・・っ!!」

「えっ!?レフィーヤ!?」

「うっ・・・ひうっ・・・」

感動の再会でもするかのように、山吹さんは叫ぶ。そしてすぐに戦闘に加わろうとする。あ、僕はもう忘れられているみたい。酷い・・・。そして、僕の姿を目にした、輝夜お姉さんはギョッとして叫び声を上げた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?貴様らぁ!!私のファミリアの新人を連れてくるなどどういう了見だぁ!?」

 

女神様・・・救いがありました・・・・。

 

「うっ・・・ひっく・・・輝夜ざぁん・・・っ!!」

「え・・・ベ、ベル・クラネル・・・!?どうしてLv1の子がこんなところに!?」

「おいアスフィ、知り合いか?」

「ほら、アルフィアの子の・・・以前リオンが相談に来ていたでしょう?それにローリエを助けてくれた子です」

「・・・・・Lv1って聞いたぞ。」

「ええ、Lv1です。」

「レベルってなんだ」

「ふふふ、嫌ですねファルガー。レベルはレベルですよ。お惚けさんですねっ」

「「・・・・ハハハハハ!!・・・・馬鹿じゃないのか!?」」

 

ヘルメス・ファミリアの人達も僕のことを知っている人は知っているらしく、状況を理解し、驚愕。事情も知らないので、山吹さん達を見て「えっ、こいつら他派閥の子を連行してきたの!?」という反応を見せた。

僕は狼人さんからようやく開放されて、輝夜さんの元に猛ダッシュ。途中、白法衣の人たちが襲ってきたけど、なりふり構わず『福音(ゴスペル)』した。

 

「ひっく・・・か、輝夜ざぁん・・・うっく・・・」

「ベ、ベル!?な、何がどうなっている!?リオンはどうした!?」

「あ、あの闇派閥(イヴィルス)の人たちに・・・ひっく・・・捕まって・・・あっという間に・・・こんなところに・・・うっく・・・【アイズサンアズキクリーム】さんを探すの手伝って欲しいって・・・ひっく」

「ま、待って!違う!!私たちは闇派閥(イヴィルス)じゃありませんよ!?」

 

僕の言葉を聞いて輝夜さんは、頭を抑えてくらっと仰け反った。

当然だ。本来こんなところ・・・いや、24階層にいるLv1なんて聞いたことが無い!!自殺行為も大概にしろ!?

 

「・・・き、貴様らは駆け出しを殺すつもりかぁ!?【ロキ・ファミリア】ぁ!?」

「ふぇ!?【アストレア・ファミリア】の人がいたなんて!?で、でもこの子のお陰でアイズさんを見つけられました!」

「ひっく・・・うっ・・・輝夜ざぁん・・・・ひっく・・・!!」

「だぁぁぁ!!男が泣いてんじゃねぇ!!敵がいるんだから戦いやがれ!!」

「「無茶言うなぁ!!!(言わないでくだざいぃぃ)!!?」」

 

そこからはもう、ヤケクソでほとんどサポートに回らされていた。

「ベ、ベル!2つ目の魔法!!2つ目の効果を歌え!!その後に3つ目の効果を歌え!!」

「は、はいぅ!!【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ――乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)オーラ】ッ!!」

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え―――乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)ダウン】ッ!!」

 

魔法で味方・・・輝夜さんとヘルメス・ファミリアと金髪の剣士さんにオーラを。あとは赤い髪の女の人(?)と骨の仮面の人(?)と白法衣と植物の怪物にダウンをかけて、輝夜さんの邪魔にならないように下がる。するとすぐにまた指示が来た。

 

「ベル!!悪いが死傷者がいる!3つ目の魔法を使ってくれ!!倒れてもちゃんと回収するから安心しろ!!」

「は、はぃぃぃぃ!!【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。――――乙女ノ揺籠(アストライアークレイドル)ッ!!」

 

ルーム中に僕の魔法の効果が展開されて、『傷がふさがらない!』『呪いを受けてる!』と言っていた声が『う、うそ!?直ってく!?』『自爆攻撃が不発してる!?』という状況になっていき・・・・そのあたりで僕は意識を失った。

 

■ ■ ■

「・・・・んぅぅぅ」

 

少しして、僕の意識が回復する。でも、とてもひんやりしていて、でも、いやな感じじゃなくて気持ちいい冷たさで、そして僕を包むように背中から温もりを感じた。その温もりの方をぼんやりとした目で見ると、そこには裸で僕を抱きしめている輝夜さんがいた。

 

「か・・・ぐやさん?」

「・・・・起きたか。」

「どうして・・・裸?」

「お前の体が、やけに汚れていてな。それに・・・さすがにアレは可哀想だと思って帰る前に綺麗にしてやろうと18階層でよく水浴びに使っている場所に来たんだ。寒くないか?」

「うん・・・・。気持ちいいよ・・・。」

「そうか・・・よかった。とにかく無事で・・・怖かったろう?」

「うん・・・いきなり捕まった・・・後からフィルヴィスさんが説明してくれたけど・・・怖かった・・・」

「恐らく、リオンあたりがアストレア様に報告しているはずだ。もう少しだけ、こうしていよう。」

「・・・触っててもいい?」

「ん?・・・ああ、好きにしろ。爪を立てたり噛んだりするなよ?」

「うんっ・・・」

 

僕が落ち着くまで、動けるようになるまで、輝夜さんに甘えてもいい許可が貰えてただただ甘えて、その間輝夜さんは、僕の目から零れる涙を拭ったり、水を体にかけたり、頭を撫でたりしてくれていた。

 

「・・・さて、着替えもすんだし帰るとするか。」

「・・・うん」

「ああ、万能者(ペルセウス)が、『貴方のお陰で仲間が助かりました。このお礼は必ず』と言っていたぞ。」

「???」

「お前の3つ目の魔法だ。呪いまで消すとはな。ディアンケヒトに見つかったら面倒くさそうだ」

「地上、騒ぎになってないかな?大丈夫かな?」

「さぁ・・・どうだろうな」

そうして話が終わったら、輝夜さんはまだフラフラしている僕を地上まで背負ってくれた。僕のスキルのおかげで、モンスターと戦闘することもなかった。たぶん、精神状態で狼人さん達と一緒にいた時みたいに戦闘するハメになったりするのかもしれない。

 

■ ■ ■

【ロキ・ファミリア】本拠

黄昏の館

 

朝、【3人組が他派閥の白い髪の少女のような少年を攫ってダンジョンに潜っていった】というギルド職員の話をギルドに来ていた猫人のアナキティ・オータムより報告を聞いた、王族妖精ことリヴェリア・リヨス・アールヴは激怒した。

 

「貴様ら、他派閥の駆け出しを連れ去って死地に追い込むとは何事だ!?恥をしれ!!!」

「フィン・・・うちら、もうアカンかもしれん・・・・遠征なんて・・・無理やろ・・・」

「ハ、ハハハ・・・僕はその子にあったことがないからよくわからないんだけど・・・とにかく、謝罪はしに行こう、ロキ。僕も同行する」

 

怒れる王族妖精+す巻きにされている狼人に『私は他派閥の13歳の男の子を誘拐しました』と書かれた板を首から下げて正座させられる山吹エルフ、そして『どうして自分が怒られているのかわからない』という顔をして同じく正座しているアイズ+乾いた笑みをする団長(フィン)に『今までいろんなことあったなぁ・・・』と黄昏る主神ロキ。

もはやカオスどころではなかった。

 

「あ、あの子は【アストレア・ファミリア】以前に、13歳の子供だぞ!?それにLv1だ!!いくら恩恵を受けていたとはいえ、抵抗もできず、有無も聞かずに連れ去って、あまつさえ闇派閥(イヴィルス)との戦闘だと!?紅の正花(スカーレット・ハーネル)が殴りこんでくる訳だ!!貴様たちは抗争でも起こすつもりなのか!?協力を得るにしても……お前たちは碌に交渉すら出来ないのか!?まともに事情説明ができたのは18階層でだそうじゃないか!」

 

と雷を落とし、そして、ふいに首をグリン!!とアイズへと向ける。

 

「貴様も貴様だアイズ!!遠征前だと言うのに『冒険者依頼を受けたのでちょっと24階層に行ってきます。』だと??ピクニック感覚で依頼を受けるな!!またじゃが丸くんにでも目がくらんだのか!?阿呆めが!!」

「っ!?」

わ、私、本当に依頼を受けただけなのに!?と謎の罵倒を受けたアイズは思ったし、なんなら心の中の小さなアイズも『私わるくないもん!』と主張している。だが、怒れるママにそんなものはおかまいなしだった。

 

「あの子はすっかり我々を【闇派閥(イヴィルス)】だと勘違いしてしまっていたぞ!?どうしてくれる!?仕舞いには、街中で【いい子にしていないと、ロキ・ファミリアに連れて行かれる】だの【早く寝なさい!じゃないとロキ・ファミリアが来るわよ!!】なんてどこぞの民間伝承のようなものが流れる始末だ!!貴様ら本当によくやってくれたな!!みっちり調教(教育)してくれる!!」

 

そう、朝の一部始終を見ていた、見てしまったものたちはそれなりにいた。そして、噂は一気に流れていった。その結果が謎の民間伝承が流行る。というものだったのだ。

これには子供好きのロキは大ショックを受けて、酒を飲む気にもなれずに、ずっと窓から遠いところをみて黄昏るほどだった。心なしか、その髪が白く見えた。

 

ちなみに、後日、「私のせい・・・みたいだから、私も謝罪に行きたい」とアイズも同行し自己紹介をして、警戒こそされたが、保護者同伴で何度かダンジョンに行った末に多少は仲良くなったが【じゃが丸君】を薦めたら「ひいいいいいい」と怯えられてショックを受けていた。

ガチの殴りこみをしたアリーゼは『あのロキ様が土下座までしたんだもの・・・さすがにこれ以上怒れないわ・・・』と女神アストレアと話し合った際にそう結論付けて、ベルが「これ以上騒ぎが大きくなるのはちょっと・・・」と言うので、あれやこれやと要求することにした。

 

 

帰宅して疲弊していたベルはフラフラしながらアリーゼの元に行き、「ラッキーアイテム、下着、ください」と言い仕舞いには女神アストレアの元に行き「女神様のも、もらって、おけば、きっと、安全……」と皆のいる前で言ってしまった為に余計心配されていた。

アリーゼはちゃっかり下着をあげた。

それでも、あの普通は経験しないようなことをしたためなのか、ステイタスは伸びに伸びていたため、ほくほく顔で羊皮紙をアリーゼに見せに来た兎に対し、誰もが「えっ、まさかチョロイ!?」と驚いていた。

 

なお、まったくもって関係ない、二次被害として帰宅したベルを心配していたリューは、「エ、エルフ!?リューさんはエルフ!?ど、どこに連れて行くんですか!?僕食べても美味しくないです!!」と怯えられ、偶々お風呂に入っていたベルと出くわして「大丈夫?」と心配して声をかけた狼人のネーゼは姿を見ただけで、泣きながら、バスタオルも巻かずに女神を置き去りにしてアリーゼの元に脱兎の如く逃げたベルに対して、かなり深いショックを受けていた。

2人して「「あのクソ共がぁぁぁぁ!!」」と言わんばかりにキレた。

 

何度か抱きしめたり話をして宥めたりしてようやく警戒心を解いてくれたが、この労力のケジメをどう取ってやろうかと、それはもう2人は怒っていたそうな。

 

 

アリーゼ・アストレアからの要求

・遠征への同行

・遠征の際のアイテム等の消耗品などの費用負担

・極彩色の魔石に関する情報の開示

・闇派閥に関する情報の開示

・XXXXXXXXXXヴァリス等

 

 




前回、新しく出たスキル
『英雄羨望(アルゴナウタイ)』の補足ですが、これは
原作ベル君が「僕は英雄になりたい」というのにたいして、この話のベル君は「自分にとっての英雄である姉達に並び立ちたい」という気持ちの方が強く現れていて、でも、『自分だけがそこに至るのでなく一緒に進みたい』という気持ちがあります。なので原作でヘスティア様が言っていた『英雄になるための切符』を渡す。という効果が付属しています。


今回の話でベル君は3つ目の魔法を使っていて、そのお陰でヘルメス・ファミリアの死者は出ていません。


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18階層進出
鍛冶師


前回書いたものを少しだけ書き直しました。あんまり変わってないですが。「こんなことさすがにないわ」って方はすいません


「何でいつもいつもっ・・・・あんな端っこに・・・!俺に恨みでも・・・!」

 

僕は、女神様が神会(デナトゥス)に行っている間、以前来た【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに来ていた。でも、探せど探せど、使っていた防具の製作者【ヴェルフ・クロッゾ】さんの作品が見つからず、カウンターの店員さんに聞いてみようと思っていたら、何やら怒鳴り声というか、言い合いというか、揉めていた。

 

その人は、炎を連想させる真っ赤な髪で身長も僕より高くて黒い着流しを着ていて、明らかに年上だ。

カウンターの上には軽装のパーツが詰め込まれていたボックスがあり

「こちとら命懸けでやってんだぞ!もうちょっとマシな扱いをだなぁ!」

「ですが上の決定ですし・・・せめて売れるようになっていただかないと・・・」

「おまっ、それを引き合いに出すのか!?」

 

とそこで、店員さんが僕の存在に気づいたのか、僕の特徴を覚えていたのか少し驚いたような顔をして「いらっしゃいませ」と言ってくれた。僕は、目の前の店員さんに探している鍛冶師の装備はないのかと質問をする。

 

「あ、あの」

「はい、何か御用ですか?」

「えっと、前も買ったんですけどアレと同じのを探していて・・・・【ヴェルフ・クロッゾ】さんの作品ってもう売ってないんですか・・・?」

そう不安そうに答えると、ぴたり。と声が止んだ。

どうしたのかと思って店員を見ると唖然とした顔をしていて、その隣にいた着流しの人も呆然としていて僕の方を向く。すると、そんな沈黙を破るように着流しの男の人が笑い声をあげた。

 

「ふ・・・うっははははははは!?ざまぁーみやがれ!俺にだって顧客の1人くらい付いてんだよ!!」

と店員さんの方に向き直ってカウンターをばんっ!と叩いた。店員さんは何も言い返せず居心地が悪そうにしていた。

戸惑っている僕にもう一度向き直ると、その人は笑いながら言った。

 

「あるぞ、冒険者。ヴェルフ・クロッゾの防具ならな」

「えっ!?」

「これだ」

ずいっと鎧の詰まったボックスが目の前のカウンターにまで寄せられる。その中には、白い光沢に溢れた鉄色のアーマー・・・すこしだけ形状が変わっているけど、僕が使っていたのと同じやつだった。

「こ、これだぁぁぁぁぁぁ!?」

「そうか、そうか、そんなに欲しかったのか!!俺が打った作品が!」

「・・・ふぇ?」

「せっかくだ、名乗らせてくれ。得意客(ファン)1号。俺は【ヘファイストス・ファミリア】のヴェルフ・クロッゾ、今はまだ下っ端だが・・・まぁ、鍛冶師だ。おっ、せっかくだ、サインいるか?」

「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

兄がいたらこんな感じなのかな?と思うくらい面倒見のいい人が、僕の防具を作った人であると呆気に取られた。

 

■ ■ ■

「じゃぁ、改めて。ヴェルフ・クロッゾだ。よろしくな。ああ、悪いが家名は嫌いでな、ヴェルフって呼んでくれ。」

「は、はいっ。僕はベル・クラネルです。【アストレア・ファミリア】です!」

「アストレア・ファミリアで白髪・・・確か、男だったか?ということは、お前が最近ランクアップしたってルーキーか!」

 

八階に設けられた小さな休憩所、そこで僕とヴェルフさんは話を交わしている。

聞けばヴェルフさんの作品は過去2回しか売れたことがなくてその内の1つを買って、さらにまた買おうという僕に興味を持ったらしく、少し話さないか?となってこの場所に誘われた。

よほど自分に客が現れたというのが嬉しかったらしく、柄にもなく興奮してしまい、苦労話なんかを聞かせてくれたりして、それでも大人びていて笑いかけてくれるヴェルフさんに対して、出会ってまもないのに僕には好印象で好感度は一気に上がっていった。何より、黒い着流しをしたヴェルフさんに白い浴衣を着た僕、何だかとても来るものがあった。

 

「歳は俺より下か・・・・まぁ、冒険者に年齢は関係ないか。ああ、俺は17だ。それでだ、いきなりなんだがな、お前は俺の打った作品の価値を認めて、2回も買ってくれた。つまり、俺の顧客だ。」

「ふ、ふむ?」

どうしてだろう・・・兎鎧(ぴょんきち)、いいと思うけど。アリーゼさんたちも笑っていたし。

「下っ端の鍛冶師の俺達は日々、顧客の奪い合いだ。有名なら勝手に人が寄ってくる。だが、無名ならそうはいかない。だから俺達下っ端の作品を認めてくれた冒険者は貴重なんだ。だからこそ、その客を他の鍛冶師のところに行かせるわけにはいかない。逃がすわけにはいかない・・・」

ごくり。と唾を飲む僕に気持ちのいい笑みを浮かべるヴェルフさん。

 

あっ、この人・・・すっごい良い鍛冶師(ひと)だ!。

「それで・・・だ。」

「は、はい!」

「俺と、直接契約しないか?ベル・クラネル?」

「・・・・・・ア、アストレア様が言っていた!?あの直接契約!?」

 

た、たしか、冒険者は鍛冶師のためにダンジョンから『ドロップアイテム』を持ち帰り、鍛冶師は冒険者のために強力な武器や防具を作製し、格安で譲る。いわゆるギブアンドテイクの関係!!

 

「い、いいんですか!?」

「『いいんですか?』ってのはこっちの台詞だぞ。なんせお前はLv2で俺は『鍛冶』のアビリティを持っていない無名の鍛冶師。バランスはつりあっていないはずだぞ?」

「で、でも、ヴェルフさんの作品を使えるなら・・・・!」

「そうかそうか!そんなに俺の作品が気に入ったか!?」

「はいっ!白くて使いやすくて、『これだっ!』て思いました!!」

 

その言葉に大笑いするヴェルフさん、そして手で「あっちに行け」サインを僕の後ろにいる人たちにすると舌打ちをして散っていった。聞けば、あの人たちも直接契約を持ちかけようと目をつけていた人たちらしい。

ヴェルフさんは「これからよろしくな、ベル」と手を差し出して、僕はワクワクしながら握手をした。僕よりも大きいその手は、ガッシリとしていてどこか熱かった。

 

「あー・・・それで早速で悪いんだが・・・」

「・・・はい?」

申し訳なさそうに首を掻きながら口を開くヴェルフさんに僕は首を傾げながら、きょとんとしていると、

「お前の装備をタダで全部新調してやるかわりに、俺をお前のパーティに入れてくれないか?」

「・・・・・やったぁぁぁ!!」

「いいのか!?」

「パーティ組んでくれる人を探してたんですうううう!これで3人だあぁぁぁぁ!」

 

アリーゼさんの課題である【パーティの最低人数は3人】という項目をクリアできたことに僕は、直接契約のこともあって大いにはしゃいだ。

 

■ ■ ■

ダンジョン50階層。

モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)にて、複数の派閥による合同の遠征隊は野営地を形成し休憩をとっていた。2つに分かれていた部隊は18階層で合流し、そのまま『深層』深部に位置するこの50階層まで進行した。

まるで噴火した火山灰に覆われたかのように階層中に広がる森林は灰色に染まっていて、背の高い樹木には葉脈状に青い清流が走っていた。地面から何十Mもかけ離れた頭上の天井には巨大な鍾乳石にも似た幾本もの岩柱がうっすらとした燐光を放つ。

灰の大樹林を見晴らせる巨大な1枚岩の上に【ロキ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】は根拠地(ベースキャンプ)を敷いている。光源が乏しく宵闇に近い階層の中にあって、天幕やカーゴにくくりつけられた魔石灯の光が揺れる中、団員達の間では作業とはまた違った会話が行われていた。

 

「・・・・でね、ベルがね?ベルがね?」

「早く言え、団長様よ」

「なんとミノタウロスを倒したのよ!?私たちがいないときに!1人で!!」

「「「マジか!?」」」

「あー・・・それでさっきから凶狼たちが殺気だってやがるのか」

「いやー・・・冒険してたわよ?なんだっけ、【友人の知恵を借り。精霊から武器を授かって。】ってやつ。魔剣をミノタウロスのお腹の中に埋め込んで、スペルキーで大爆発させるとは思わなかったけど!」

「・・・アルゴノゥトでいいのか?それ?」

「いいのいいの、格好良かったんだから。ね、フィンさん?」

 

わいのわいのと食事を取りながら、アストレア・ファミリアの団員、そしてその団長であるアリーゼはロキ・ファミリアの団長であるフィンに話を振った。彼は苦笑しながらも「そうだね」と肯定した。

ベルの戦いの後、治療施設へと運び込んだアリーゼはまた猛スピードで遠征隊へと合流し今へと至る。危なっかしくて、無様と言われても仕方ない戦いではあったが、それでもあの怖がりで暗闇に怯える子が吼えて戦ったのだ。付き合いも長くなってきた姉達としては嬉しい思いが強い。

 

「たぶん、ベルはランクアップすると思うわ。以前の24階層でのこともあってステイタスも上がっているみたいだし」

「あぁ・・・できれば思い出させないでくれると助かるよ」

「本人はステイタスが伸びていて、ほくほく顔してましたし、『何でもしてくれるのよ!?いいの!?』って言っても『べ、別にないから・・・・次からはちゃんと説明してほしい・・・』って言うんですもん。私としてはまぁ、今回の遠征も含めて要求を飲んでくれたのでまぁそれでいいかなーって」

「本当にあれは・・・何事かと思いましたよ?」

「うん、謝ってすむ話ではないんだけど、本当にすまない。こちらとしても、戦力が増えるのは助かるし断れる立場ではないからね。それに、君達が極彩色のモンスターのことを調べているとはね」

 

例の一件も含めて話をする。

アリーゼは以前、ロキ・ファミリアへと殴りこみに行ったが、アナキティから報告を受けて慌てて出てきたリヴェリアと鉢合わせ、お互いに状況が理解できていないことに気づき、とにかく『騒動が大きくなったら、ベルも困るからギルドに行って来るわ!』とアリーゼはすぐに行動を開始。リヴェリアはロキとフィンにも報告を入れて手の空いている団員に2人が帰還しだい団長室へと連れて行けと指示を出して女神アストレアの元に急行。

噂好きなギルド職員のおかげというか、変な噂が一時期流れるだけですんだが・・・いや、ロキはショックを受けていたが、お互いに思い出したくない事件となった。そして、女神アストレアからのペナルティというか、賠償なども受け入れ、ベルからも要求があるかと思ったが彼は彼でもう終わったことだから、次から説明をちゃんとしてくれたらいいから。と言うだけで、代わりに団長であるアリーゼが要求をしたのだった。

その1つが遠征への同行。アリーゼの考えとしては『以前のロキ・ファミリアでの遠征で新種のモンスターが出たって聞いたし、24階層では死んでいるはずの白髪鬼(ヴェンデッタ)が生きているし、きっと59階層にも何かあるかもしれないわ!』というものだった。

 

「それでだけど、アリーゼ。君は、どこまで知っているんだい?」

「というと?」

「僕達は前回の遠征で初めて極彩色の魔石を手に入れてその存在を知った。だが、その時点では何もわからなかった。あくまで新種としか」

「私たちはフィリア祭よ?えっと、ベルがメインストリートで倒したシルバーバックの後ろにいた2体のうち1体の魔石を回収したわ。その後、そのモンスターが地面から出てきたっていう話を聞いて地下水路とかを調べたけど、私の方が遅かったのか戦闘痕があるだけだった」

「・・・・たぶんそれはベートとロキが調べた場所だろうね」

「それで、もう1体の魔石をティオネちゃんでしたっけ。お胸の大きい子。あの子が回収していったので、『あっ、何か知っているな』って思ったんですよ。いやーさすが私!近くに同じものを調べている人がいるなんて!」

「遠征が終わり次第、情報を一度纏めたいですねぇ」

 

私も胸の谷間に物を入れてみようかしら・・・などとふざけながらも会話を続けていく。

もちろん、ベルに課題を課したことも含めて。「私たちが帰る頃にはあの子は18階層にいるかもしれない!?」などとどういうわけか士気があがるアストレア・ファミリア。

 

「ベル・クラネルは・・・・今回のことには?」

「巻き込みたくは無いわ。でも、本人が協力するつもりなら、手を貸してもらおうかなと。気になることを言ってましたし」

「・・・・ああ、そう言えば言っておりましたね?何でも『赤い髪の女と骨の仮面の男は変で、僕とウィリディスさんと一緒にいた黒髪のエルフさんも変で音が割れてる。それで、道中後ろに誰かいたような気がした』と。後ろにいた云々はあの子もパニックを起こしていたので、イマイチ確信めいたものはございませんけども」

「・・・・・変?」

「ごめんなさい、あの子のスキルのことだから・・・私たちもあの子が実際どう感じ取っているかはわからないのよ。『人の反応でもあるし、そうでもない。モンスターではないけど、でも、別の何かがある』って言うし・・・その黒髪の子の主神とこの間すれ違ったんですけど、『音が反転してる』なんて言うのよ?もう少し私たちでも理解できれば助かるんだけど・・・・」

 

その会話に、妙な疼きを感じたが、確かに本人も曖昧にしか感じ取れていないらしい。

以前、謝罪にいった際に聞いてみた限りでは『水面に石を投げたときにできる波紋』が綺麗な円であれば人で感情によってトゲがあったりするらしい。

 

(ベートのことを『嘘つきじゃないけど、トゲトゲしていてその中に優しさがある』と言って、妙に警戒心が薄かったのはそういうことなのか?)

 

「まっお互いに情報が少ないわけだし、今後も情報を開示してくれると助かるわ!」

「ふぅ・・・わかったよ。」

そうして会話を切り上げ、最後の打ち合わせを行う。

 

「みんな、聞いてくれ。事前に伝えてある通り、51階層からは選抜した一隊で進行を仕掛ける。残りの者は【ヘファイストス・ファミリア】とともにキャンプの防衛だ。パーティには僕とリヴェリア、ガレス・・・・」と支援役も含めて選抜していく。

アストレア・ファミリアとしてはもうすでに初めて進出する階層。そのためレベルが高くても防衛に残る者の方が多い。パーティに加わっていくのは、団長のアリーゼ、副団長の輝夜そして、リュー。ライラは拠点にのこって指揮役を行う。

 

「キャンプに残る者達は、例の新種のモンスターが出現した場合、【魔剣】および【魔法】で遠距離から対処するんだ。接近を許さないよう見張りは気を抜くな。指揮はアキとライラ、君達に任せる。」

「はい」「あいよ」

 

今後の予定を話し合い、各々解散。武器の整備に就寝する者、情報をまとめる者、慣れない武器を少しでも慣らしておこうとする者がいた。

アリーゼは天井を見上げて、「そろそろ二つ名が付いた頃かしら?ゆっくりいらっしゃい、ベル」と思いを馳せる。【アストレア・ファミリア】にとっては未知の階層。聞けば52階層からは地獄らしい。緊張もする。でも、慢心もせずに帰還する気持ちの方が強い。彼女達の目標は未知への挑戦と可愛い弟との再会だ。

 

■ ■ ■

至る所に灰色の岩石が転がっており、周囲一帯が岩盤で形成されていてどこか湿った空気が漂った天然の洞窟。その言葉を信じさせるような場所・・・・ダンジョン13階層【最初の死線(ファーストライン)】とも呼ばれる中層に、3人のパーティがいた。

 

「おいおい!モンスターどもが俺達を無視してやがるぞ!?」

「ベル様のスキルです!!言っておきますが、絶対襲われないわけではありませんからね!?10体いたら2体くらいは反応しますし、ベル様の強さに応じて変わってきますから、どこまでが感知されないかは不明です!!」

「おもしろいスキルだなぁ!ベル!」

「あはははは」

「聞いているんですかぁ!?」

 

黒い着流しに真っ赤のサラマンダー・ウールを着たヴェルフに同じくサラマンダー・ウールを着たリリルカ。そして、【ヘラのローブ】を着たベルの3人パーティは自分達に気づいていないモンスターであれ、無視して進むのではなく適度に戦闘を行いながら進んでいく。リリルカ曰く「かなりハイペースで進んでいるので怖い」とのこと。

 

「ベルはそのローブで良いのか?」

「うん、アストレア様が『サラマンダー・ウールがなくてもそれがあれば大丈夫』って言ってたから。かなり良い物らしいよ」

「確かに、少し古くて解れている部分もありますが、かなり頑丈ですよね。素材はなんなのでしょうか・・・」

「さ、さぁ・・・?」

 

ヘルハウンドをヴェルフと連携しながら切り伏せ、時には魔法を使う。パーティを組んでから何度か中層にはチャレンジをしているし、連携にも慣れてきた。リリの指示に攻撃役は即座に動き、18階層を目指していく。と、そこで真っ白な兎が現れた。

 

「ベル様!?」

「ベルが相手か・・・きついな」

「ちょっと!?」

「しかも見てくださいヴェルフ様!私たちに気づいていないから、こんなにも愛くるしい!」

「無警戒なベル・・・『よく朝ベンチに座って日向ぼっこしている兎』の光景があるって聞いたがこういうことか」

「待って!?なにそれ!?・・・・あぁ、もう!『福音(ゴスペル)』!」

 

哀れアルミラージ。敵に気づくこともなく灰にされていく。心なしか、ヴェルフとリリまで悲しそうな顔をしている。いや、待って、なんで手を合わせて拝んで灰を指でつまんでるの!?

 

「ベルさまぁ・・・」

「いいやつだったのに・・・」

「ちょっとぉー!」

 

そんなやり取りをしながら、どんどん、どんどんと進んでいく。

そんな時だろうか、人の声が聞こえたのは。

 



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再会

17巻が楽しみだけどすごく怖い


 

「―――千草ァ!」

仲間の名を呼ぶ男の悲鳴が聞こえた。それと同じように、モンスター達の甲高い叫び声が、獲物を屠った興奮とともに響き渡っていた。

 

 

 

 

「・・・・ベル様?」

「ベル、どうした。目を閉じて」

「・・・・3、5・・・いや、6人?1人、反応が弱まってる・・・?」

 

ベルはその声に、目を閉じて集中して、パーティの人数を、モンスターの数を大雑把に感じ取れるだけ把握しようとする。そのベルの行動がよくわからないヴェルフにリリルカが耳打ちで説明をする。

 

「リリ、ポーションはどれくらいある?」

「ほぼ使っていないので問題ありませんよ。以前手伝っていただいたクエストの報酬の【二属性回復薬(デュアル・ポーション)】もあります!」

「・・・怪我人を背負った状態で複数体のモンスターを相手に逃げている冒険者がいた場合、ありえる可能性って?」

「・・・・【怪物進呈(パス・パレード)】です!まさか・・・・こっちに!?」

「うん、向かってきてる」

 

そのベルの反応に2人は表情を険しくするが、すぐに「大丈夫だと思う」とベルは言葉を続けた。追ってきているのが先ほどまで自分達が相手していたモンスターと同じ反応だから、たぶん、その怪物進呈(パス・パレード)に意味は無いと。

 

「念のために聞かせてください。ミノタウロスという可能性は?」

「それだと反応が小さすぎる。あの時のミノタウロスで何となく反応は掴んだというか、特徴は覚えたから・・・・。それでリリ、怪我人がいる場合、13階層から地上に行くのと18階層に行くのはどっちがいいの?アリーゼさんからは『18階層は安全階層』って聞いてるんだけど」

「・・・・上に行けば確かに中層進出しているパーティであれば安全でしょう。ですが、リリたちが護衛までする理由はありませんので、それなら、いっそ18階層に行くのが良いと思います。もっと言うなら、18階層でベル様のファミリアもしくはロキ・ファミリアに保護してもらって地上まで一緒に帰還するのが一番かと。」

「だよね」

「どうするんだ?怪物進呈(パス・パレード)されても問題ないっていうなら信じるが」

「・・・助けよう。助けて、一緒に18階層に行こう。僕がモンスターを引き受けるから、ヴェルフはリリを護衛して欲しい。リリは怪我人にポーションを。」

そう言うとベルはヴェルフに支援魔法をかけて走り出す。

 

「・・・・なっ!?こっちに来た!?」

「・・・・ッ!」

 

顔つきからして、輝夜さんの同郷の人かな?着ている戦闘衣装も極東っぽいし。あの女の人、泣きそうな顔してつらそう。怪我人は・・・息が浅い。

僕は、目の前にいるモンスターに追われているパーティを目視で確認すると一気に距離を詰めて声をかける。

 

「モンスターは僕が引き受けます!そのまま進んだところに僕のパーティがいるから合流してください!細かいことはサポーターの子が説明してくれます!」

「あっおい!?」

「えぇ!?」

 

パーティを飛び越えて、モンスターの群れに突っ込む。そして、『誘引』をしてモンスターを僕だけに集中させてさらに距離を取った。

「あんまり離れすぎてもよくないよね・・・・。なら、この当たりかな。」

僕は足を止めて、モンスターが追いついてきたのを確認すると一言唱えた。

 

「――――『福音(ゴスペル)』」

 

そのたった一言で、1つのパーティを殺しかけたモンスターの群れは灰へと変えた。

 

■ ■ ■

 

「――――ほんっとうに、申し訳ございませんでした!!」

僕が戻ると、申し訳なさそうにする数人と土下座をする女の人と、なんとも言えない顔のリリとヴェルフがいた。何この状況。

 

「えっと・・・・どうしたの?」

「・・・・っ!?その白い髪に白い浴衣・・・・まさか『白雪姫』殿!?」

「だからなんで僕にそんな変な名前がつくの!?ベルです!ベル・クラネル!!『涙兎(ダクリ・ラビット)』です!」

 

一体誰なの!?そんな名前をつけて歩いているのは!?浴衣楽だから着ているのに!!あれかな?輝夜さんと並んで歩いているとそう言われるのかな!?・・・・リリとヴェルフは口を押さえて肩を揺らしているし!

 

「あー・・・悪いベル。いや、こいつがさっきからドゲザ?っていうのをして謝ってくるからよ。」

「別に私たちは何もないですし?問題ありませんでしたし?気にしなくて良いって言ってるんですけどね。むしろそこのパーティリーダーの判断が正しいと思いますよ?恨まれるのは承知の上みたいですし」

「で、ですが!?」

「土下座?あの極東における最終奥義の?」

「お、おい、判断を下した俺が言うのもあれだが、何でそんなにほのぼのとしているんだ?」

「「だってベル(様)が引き受けるって言うから」」

 

とりあえず怪我人・・・千草さんと言うらしいんだけど、その人の治療が終わって自己紹介をした。このパーティの人たちは【タケミカヅチ・ファミリア】の人たちらしい。増えていくモンスターに対処しきれなくなり、怪我人が出て・・・・という流れなんだとか。土下座を続けている命さんに僕はロキ様を重ねてしまって、背中を摩ってあげながら思わず口を開いてしまった。

 

「あ、あの・・・命さん?」

「は、はい!?」

「えっと・・・その・・・どんまい?」

 

迷宮内でそれはもう、なんともいえない静寂が訪れた瞬間であった。

そこからは、リリが方針を話しタケミカヅチ・ファミリアの人たちも一緒に18階層に行くことになった。

 

「おらベル、行くぞ」

「行きますよベル様」

「ああ、行こう」

「そ、その・・・行きましょう!よろしくおねがいします!」

 

何事もなかったかのように・・・・僕はスルーされた。

えっ、何で!?こういうときはそう言えってアリーゼさんが!!あれ!?僕の心の中のアリーゼさんが笑ってる!?なんで!?

「ちょ、ちょっと待ってよぉ!」

 

アリーゼさん・・・まさか、騙した!?

 

■ ■ ■

 

「・・・・っくしゅん!」

「アリーゼ、はしたないですよ。せめて口を塞いでください。」

「いや~もしかしたら愛しのベルが噂でもしているんじゃないかしら?」

「「「ないない」」」

 

場所は18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)、その南端部の森の野営地にて【ロキ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】の遠征隊は59階層からの帰りの休憩として現在、18階層に留まっていた。

そこから少し離れた湖で、【アストレア・ファミリア】の美女達は1名を除いて水浴びを楽しんでいた。

 

「リオンもそんなところにいないで、水浴びしましょう?気持ちいいわよ?」

「い、いえ、私は結構です!」

「・・・・体臭がきつくなりますよ。生娘妖精さん?」

「か、輝夜!?」

「いや~それにしてもあの変な精霊・・・だっけ?すごかったわ!」

「剣姫と一緒に突っ込んでいく団長も大概でございますけど?」

「あの魔法ってベルの魔法で登録できないかしら?」

「・・・・聞いております?」

 

水浴びをして、今までの戦いの汚れと疲れを流しながら、赤髪の美女アリーゼと黒髪の極東美人、輝夜はそんな話をしていて金髪エルフのリュー・リオンは見張り役をしていた。

団長であるアリーゼは、団員達の胸のサイズをチェックしながら59階層での戦闘で討伐した【穢れた精霊】の魔法をベルの魔法で登録できないか?と考えていた。

 

「それで?ベルはここに来るのでございますか?」

「うーん、来て欲しいわね」

「確か【パーティの最低人数は3人】でしたか。2人目はアーデだとして、3人目を見つけられるでしょうか?」

「あら、ベルのファンのローリエちゃんがいるじゃない」

「あの娘は【ヘルメス・ファミリア】だ。そんな自由に迷宮探索に参加できるわけではないぞ」

「まぁ・・・・大丈夫でしょ!」

 

呑気にそんなことを言う団長に、誰もが「おい、大丈夫なのか?」などと思いはするが、ベルがアリーゼからの指示を受けているなら「まぁ・・・来るんだろうなぁ」とは思っていた。まさか、怪物進呈(パスパレード)を自ら引き受けて処理をし、怪我人のいたパーティと一緒に向かっていることなど露知らず。

 

そんな時だろうか、聞き覚えのある鐘の音が聞こえた後に数人の叫び声が聞こえたのは。

 

■ ■ ■

 

「・・・・・気持ち悪い」

「・・・・不気味ですね」

「だろ?」「でしょう?」

「ひ、酷い!?」

 

18階層へと向かう【タケミカヅチ・ファミリア】と僕達のパーティ一行は、適度に戦闘を行いつつものんびりとした時間の中、迷宮を進んでいた。あまりにもモンスターにスルーされるので、言ってはいけないとわかってはいるんだけど・・・と、ついつい言葉に出されてしまった。

まぁ、モンスターが目の前にいるのに『ピクニック感覚』で進んでいるのだからそんなことを言われても仕方ないんだけど、やっぱり普通はモンスターが襲ってくるのが当たり前らしい。僕、基本的に『複数体と戦う』ことしかないから感覚がおかしくなっちゃったのかなぁ。

時にモンスターを魔法で灰に変え、時にミノタウロスを振動したままのナイフで惨殺し、時に命さんの魔法で圧殺していた。

 

「それにしても・・・まさか、ベル殿が男子(おのこ)だったとは」

「うぅぅぅ・・・アリーゼさんの趣味なんですぅ!もうその話はしないでくださーい!あっ『福音(ゴスペル)』!」

「いえいえ!良いではありませんか!聞けば、『バベル前のベンチで日向ぼっこしている姿を拝むことができれば、良い事がある』なんて話もあるのですから!」

「またそれぇ!?」

 

本当に誰だろう!?僕の変な噂を流しているのは!?そういえば最近やけに女性冒険者に手を振られたり、男性冒険者にも手を振られたりするなーって思ってたけど、そういうことだったの!?なんてことをしてくれたの!?僕はただベンチに座ってぼけぇーっとしていただけなのに!

 

「えっと・・・あっ、見えてきましたよ。17階層、【嘆きの大壁】です!」

「階層主は・・・・いなさそうだね」

「再出現まではまだ余裕ありますよ!」

「よし!んじゃぁ、もう走っちまおうぜ!!よし、ベル、合図を鳴らしてくれ!」

「な、なんか僕の魔法がアイテム代わりになってない!?」

「いいから!ほれ!」

「もー、よーい『福音(ゴスペル)』っ!」

 

そういって鐘の音が鳴ると、みんながいっせいに走り出して、その後を千草さんと彼女を背負っている桜花さんがヤレヤレといった顔で微笑んで眺めながら歩いていた。

「え、えっと、桜花さんたちはいいんですか?走らなくて」

「治療したとは言え無茶させるわけにはいかないだろう。階層主がまだ出ないなら、俺達はこのまま行かせてもらう。だから気にしないで行っていいぞ」

「じゃ、じゃぁ!」

「ああ。それとベル・クラネル!」

「・・・・?」

「この借りは必ず返す。ありがとう」

「・・・はいっ!」

 

そう行って僕もみんなの後を追うように走り出して、光が大きくなってついに18階層へと進出した。

「「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」」

目の前に広がる、草原、クリスタル、そして中央に大きくそびえる中央樹。見上げれば天井は全て水晶になっていて、まるで真昼のように明るかった。その光景に僕達は感嘆の声を上げた。

「よし、アレ、やるか!」

「アレ、ですか?」

「やりましょう!」

「えっと・・・アレって?」

僕の疑問をよそに、全員がすぅーっと息を吸って大声を上げた。

「「「「やってきました!18階層ぅぅぅぅ!!」」」」と。

い、いいなぁ、それ、僕もやりたい!

 

「ほら、ベル。お前もやっとけやっとけ」

「う、うん!すぅー・・・・・やってきました!18階層ぅぅ!」

「「「いえぇぇぇぇい!!」」」

全員でわいわいしていると後ろから桜花さんたちも到着して、今後の予定を話していた。

すると・・・・

 

「あれ・・・・ベル?」

と僕のことを呼ぶ声がして、振り返ると、そこには最近たまにダンジョンに行くようになった3つ上のお姉さん、アイズさんがいた。

 

「もう、ここまで来たの・・・?」

「ア、アイズさん!?なんでここに?」

「えっと・・・大きい音が聞こえたから。ゴライアスでも出たのかと思って。」

「た、たぶん僕の魔法です」

「そっか・・・・。えっと・・・一緒に来る?みんないるよ」

「・・・はいっ!」

 

アイズさんは少し嬉しそうにして僕の手を取って、歩き出した。それに呆気に取られて小さい声で「剣姫殿とも顔見知り!?」「いったい何者なんです?」「ベルはあれか、モテるのか?リリ助?」「・・・聞かないでください」なんてやり取りをしながら、後に続いた。

 

「あ、あの、アイズさん!」

「ん?何・・・ベル?」

「あ、アリーゼさん達は?」

「えっと・・・・確か、水浴びに行くって言ってたから、今は離れてるかも?でも、この階層にはいるよ?」

「そ、そっか・・・もうちょっとで会える・・・・!あっ、アイズさん、後ろに【タケミカヅチ・ファミリア】の人たちもいて怪我人がいたんですけど、その人たちも同行させてあげられませんか?」

「えっと・・・・多分、大丈夫じゃないかな?フィンたちに聞いてみるね」

「はいっ!」

 

アイズさんは嬉しそうに「もうランクアップしたの?」「君は強くなるのが早いね」「普通はランクアップしてもすぐここまで来ないよ?」「モンスター無視してきたの?」「目の傷、残っちゃったんだね・・・」「体は大丈夫?」と声をかけてくれて、何と言うか、僕の印象は親戚のお姉さんだ。僕もアイズさんに「59階層ってどうでした?」「皆さん何してるんですか?」「街があるって聞いたんですけど、どんなところなんですか?」と質問攻めしては嫌な顔をせずアイズさんは答えてくれた。やがて、拠点を設けている野営地へと到着した。

 

「えっと・・・【タケミカヅチ・ファミリア】の人たちはフィンに事情を説明したいから、一応、ついてきて?じゃあ、ベル、【アストレア・ファミリア】の人たちはあっちのテントだから、またね」

「ベル殿!ありがとうございました!この借りは必ず!」

「はいっ、また!」

そう言ってアイズさんたちは行ってしまい、ヴェルフは「同じファミリアの奴らもいるみたいだし顔だしてくるわ」と言って鍛冶師達のところに向かいリリも「リリは少し疲れたので、あっちで休んできますね」と言って各々解散した。僕は胸を弾ませながらアリーゼさん達がいるであろうテントに向かう。反応もあるし、絶対いる!

 

テントの前に到着し、声を上げる

「アリーゼさぁん!輝夜さぁん!リューさぁん!!」

すると、中でバタバタと走り回る音と

「えっ!?本当に来た!?」

「嘘でしょ!?早っ!」

「ま、待ってぇ!!まだ着替えてるところだからぁ!」

「今更見られても平気でしょ!?」

「他の人もいるかもでしょ!?」

なんて騒いでいた。僕はおとなしく中から入っていい許可が出るまで待機する。でも、周りから見たらきっと今の僕は、千切れんばかりに尻尾を振る兎にしか見えないだろう。心なしか後ろを通り過ぎていった【ロキ・ファミリア】の猫人のお姉さんと人間のお兄さんが「あの子って兎人だっけ?」「いやいや違うっすよ。確かに兎に見えるっすけど」なんて言っていた。

 

やがてテントの中が静かになって、入っていい許可が下りて僕はテントに入ると、アリーゼさん達が

「「「ランクアップおめでとう!」」」と出迎えてくれてアリーゼさんが抱きしめてくれた。

 

「課題クリアね!さすがベルだわ!」

「えへへへ!やりました!アリーゼさんっ!」

「あぁ~~なんかすっごい久しぶり。ごめんベル、ちょっと吸わせて?」

「な、何を!?」

「おい!団長を引き剥がせ!!」

「アストレア様とは何してたの?」

「えっえっと、一緒にお風呂入ったり、寝たり、買い物行ったり・・・そ、その・・・お、お胸を触らせてもらったりキスしてもらったり・・・もにょもにょ」

「「「「きゃ~~~」」」」

「ビクッ!?」

 

なんて久しぶりなやりとりをぎゃーぎゃーわーわーとする。僕は嬉しくて瞼に涙を浮かばせながら笑ってしまって、お姉さん達は僕が笑ってるのが嬉しいのか何度も「おめでとう」と笑っては頭を撫でてくれる。あ、そうだ。女神様に言われていたんだった。そう思い出して僕は1枚の羊皮紙をアリーゼさんに渡した。

 

■ ■ ■

ベル・クラネル

Lv2

力: G260

耐久: H150

器用: G299

敏捷: F380

魔力: F399

幸運: I

 

僕を股の間に座らせて後ろから抱きしめながらニコニコと中層に入る前の僕のステイタスが記された羊皮紙をアリーゼさんが見ていて、それを後ろから全員が覗き見をしていた。ただ、発展アビリティと新しいスキルを見て固まっていた。

 

「「「「【幸運】って何!?」」」」

「「「「英雄羨望(アルゴナウタイ)って何!?チャージ!?譲渡!?魔法も使えばもうランクアップさせるようなものじゃない!?」」」」

 

僕はその驚愕の声にビクっと肩を揺らして、キョロキョロと皆を見るもみんな笑うことも忘れてスキルと発展アビリティについてブツブツと考えだしていた。輝夜さんとリューさんは「幸運とは?ドロップ率でも上がるとかか?」「魔石の純度が上がるとかでは?」と考察まで始めている。

僕はどうしたらいいのかわからず、僕を抱きしめているアリーゼさんにもたれかかって、顔を上げて見つめているとアリーゼさんはやっと思考の海から帰ってきて僕の目を見てまたニッコリと笑顔を見せて皆にわかるように手を叩いた。

 

「はいっ!この話はまた後!!とりあえず、そろそろ夕食だろうから、各々、【ロキ・ファミリア】の人たちを手伝ってあげて!ベルは一緒にフィンさん達のところに行きましょうか!」

「あっ、うん!」

「夕飯食べたら、水浴びして、それで寝ましょ!一緒の寝袋に入れてあげるわ!フフン!お姉ちゃんと密着して寝れるのよ!幸せでしょ!」

「ベル、襲われたらすぐに言え。団長はそうとうベルに飢えているからな。」

「えっ、う、うん。わかった。輝夜さんも水浴びする?」

「・・・・考えておく」

 

ファミリアのお姉さんたちはそれぞれアリーゼさんの指示通り、夕飯のお手伝いに向かい僕とアリーゼさん、リューさんは【ロキ・ファミリア】の本営のテントに向かう。道中にあったことをお互いに話をしたり、怪我人を背負ったパーティが怪物進呈をしてきたのを引き受けて一緒に連れてきたから、帰り道に混ぜてあげて欲しいとお願いをしながら。

「人助けしちゃうなんて、さすがだわ!」とアリーゼさんはそれはもう僕を褒める。何事かとリューさんに目で訴えると

「その・・・・・遠征の当日、ベルに会えなかったものですから、そうとうストレスになっているといいますか・・・・」と言われてしまった。

 

「あっ、そうだベル」

「?」

「たぶん、ちょっと仕事を・・・というか、魔法を使ってもらわないといけないかもしれないからお願いね?」

 

いったい、僕は何をさせられるんだろうか・・・・




黒いゴライアスは出ません。神様がくる理由がないので。


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揺り籠と妖精

 

「えっと・・・・この状況は?」

「いやぁ・・・はははは」

「ハハハハ」

「ふぇ!?ベル殿!?」

 

アリーゼさんに手を引かれて連れて行かれたのは、森の中に設けられた野営地の奥、周囲の天幕よりもう一回り大きな幕屋。【ロキ・ファミリア】のエンブレム入りの旗が横に立つ小屋だった。

中には王族妖精のリヴェリアさんに屈強な体のドワーフであるガレスさん、そして黄金色の頭髪に碧眼の小人族のフィンさんと、何故か、どういうわけか、どうしてそうなったのか、土下座をする命さんと「えぇ・・・」と困惑している桜花さんとアイズさんがそこにはいた。

桜花さんが言うには、僕がアイズさんに相談したとおり、アイズさんはフィンさん達が地上へと帰還する際に一緒に同行させてほしいと頼んですぐに了承も得て礼も述べてそれで話は終わりだったのに命さんが土下座をして「じ、自分達も帰還の際、同行させてください!」と言ってしまったらしい。つまりは、いっぱいいっぱいで人の話を聞いてなかったのだ。

 

「命さん・・・・あんまりやるとその、価値が下がるって聞きましたよ」

「な!?そうなんですか!?」

「えっと・・・確か以前、ロキ様が『こういうのはな、どっかのドチビみたいに毎日の様にやってると土下座っちゅう奥義そのものの価値が著しく下がってまうねん。たまーにやるからこそ、意味があるねんで。おぼえときや?』って言ってましたよ」

「「「「ブフッ!」」」」

「ロキは一体何をしているんだ・・・」

「この間その神と飲みに行っていたじゃないか・・・」

「な、なるほど・・・。いえ、その、申し訳ございませんでした!あ、あの、よろしくおねがいします!」

 

命さんは納得したのか土下座をやめて立ち上がり、頭を下げて桜花さんと一緒にパーティのみんなの元に戻って行った。何か「お前は何をやっているんだ・・・」とかいうやり取りが聞こえたけど。とりあえずの区切りがついたのかフィンさん達は咳払いをして改めて自己紹介をした。と言っても例の事件のときに自己紹介はすんでいるから簡潔に終わらせたんだけど。

 

「まずは・・・ランクアップおめでとう、ベル。所要期間1ヵ月半とは・・・アイズの記録を大幅に更新したね」

「ありがとうございます?」

「そして、紅の正花(スカーレット・ハーネル)が課題を出しているとは聞いていたけど・・・・まさか、ランクアップしてまだ数日だというのに18階層まで来させるとは・・・」

「私のベルですから!できますよ!フフン!」

「なぜ貴様が誇らしげなんだ・・・」

 

アリーゼさんは僕を背後から抱きしめたまま腰を降ろして、フィンさん達と談笑を始める。僕は状況がよくわからず、フィンさん達を見たり、アイズさんを見たり・・・キョロキョロしてしまっていた。

 

「アリーゼさん、アリーゼさん」

「ん?何、ベル?」

「その・・・・前に殴りこみをしたって聞いてたから・・・仲が悪いと思ってたんだけど・・・」

「あ~それはもういいのよ。ベルも気にしてないんでしょ?」

「うん」

「じゃぁ、いいのよ。いつまでも引きずっていても仕方ないしね」

「そっか」

「そ」

 

にへら。と2人見詰め合って笑ってしまって、他の面子も「話に聞いてはいたが本当に仲がいいな・・・」なんて言っている。

 

「それで、どうして僕はここに呼ばれたの?」

「あぁ、私が説明しよう。ベル、私たちのファミリアは現在【毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)】の劇毒を被ってしまった者がいて行動を停止せざるを得ない状況なのだ」

「そこで、ベルの3つ目の魔法を使ってほしいの」

「・・・・どうしてバレてるの?アリーゼさん!そういうのは秘密だって!」

「もう遅いわ!24階層のときに使っちゃって、【ヘルメス・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】に知られちゃってるんだから!」

「えぇぇぇぇぇ!?」

「こほん。それで、だ。今はベートが一度地上に戻り解毒薬を取りに行っているんだが・・・・君が来るとは思っていなかったからな。治療を頼みたいんだ。24階層での出来事を聞いた限りでは、【戦場の聖女(デア・セイント)】に匹敵する効果があるとふんでいる」

 

輝夜さんの指示だったし、使ったのはあの時が初めてだったけど・・・・そんなにすごい魔法だったの!?輝夜さん、まさかそれを分かっていて使わせたの!?す、すごい!?輝夜さんはやっぱり【意地悪でえっちでたまに優しいお姉さん】じゃなかったんだ!?

 

「で、でも・・・その、使ったのは24階層が初めてだし・・・範囲とか分からないし・・・」

「大丈夫・・・ベルの魔法は、範囲が広かったから・・・少なくともこのキャンプ地全体は入ると思うよ」

「・・・・アリーゼさん?」

「ん?」

「使っても大丈夫?すごい魔法とかスキルがあると、奪い合いが起きるって・・・」

 

聞いた限りでは強引な引き抜きをする派閥とかがあると聞いていたから、だからこそ情報は秘匿しないといけないと聞いていたから、僕は不安になってしまった。そんな僕が何に不安がっているのか分かったのか、アリーゼさんもフィンさんも心配要らないと安心させる言葉をかけてくる。

 

「君を僕たちの派閥に無理やり引き入れるということはまず無いから安心してくれ。」

「そんなことをすれば、そこにいる君の姉が都市を火の海に変えかねないからな」

「さすがに無関係な民間人を巻き込むようなことはしないわ!安心してベル。私たちはあなたの手を決して離さないわ。どれくらい付き合いが長いと思ってるのよ」

「う、うん・・・わかった」

「じゃぁ、お願いできる?」

「・・・・うん。やる」

 

僕から承諾が得られてホッとしたのか、リヴェリアさんは吐息を吐き、アリーゼさんは僕の頭を撫でる。

 

「えっと・・・もうやっていい?」

「負傷者のところに行かなくてもいいのか?」

「えっと、確か・・・『絶対安全領域』を展開する魔法だから、回復効果はあくまでおまけなんじゃないかってアストレア様が」

 

その僕の発言にフィンさん達は目を丸くし小さな声で「戦場の聖女(デア・セイント)と組んだら無敵なんじゃ・・・・」なんて言っている。そして、魔法を使ってもいいと許可が下りて、僕は呼吸を整える。

 

「すぅ・・・はぁ・・・ちょ、ちょっと恥ずかしいからあんまり見つめないで・・・」

「今更何言ってるのよ」

「うぅぅぅ」

 

目を瞑り、手を胸の前で祈るように組んで、そして唄を詠い始める。

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう――】」

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう――】」

「【我はもう何も失いたくない――】」

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる――】」

「【されど】」「【されど】」「【されど】」

「【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め許し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ――】」

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう――】」

「【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると――】」

「【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう――】」

「【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ。】乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)・・・っ!!」

 

唱え終わると、僕を中心に暖かい温もりを持った光が広がっていき外がちょっとした騒ぎになっている。「怪我が治ってるぅぅ!?」「バカティオナ、うるさいっ!」「毒がなおってく!?」「何コレ何コレ!?すっごい安心する!?」「千草が生き返ったぞ!!」「「そもそも死んでません!!」」と各々の反応が外から聞こえてきて、僕は力尽きるようにアリーゼさんにもたれかかった。

 

「はふ・・・・」

「はい、お疲れ様。ありがとうね、ベル。はい、マジック・ポーション」

「んぐ・・・んぐ・・・ありがとう・・・んぐっ」

 

リヴェリアさんは口元に指を当てながら「詠唱文がどこかアルフィアに似ているような・・・いや、だが全て似ているというわけでもない。おそらく一節だけだ・・・しかし、マインドダウンじゃないにせよ負担がでかいのか?」なんて言って何やら考え込んでいた。僕に膝枕しているアリーゼさんは何かを堪えるようにぷるぷるとしているし、フィンさんはアリーゼさんが何を考えているのかわかったのか「ヤレヤレ」と言っている。

 

「ねぇ・・・ベル?」

「・・・アイズさん?」

「君のその魔法・・・負担が大きいの?」

「さ、さぁ・・・で、でも、その・・・」

「・・・?」

「詠唱文には、『神様達に僕がすることを見ていてほしい』みたいな一節があるから・・・・地上でやればまた違うんじゃないかって・・・。あとは、えっと女神様が魔法には本人の強い願いとかが反映されることがあるって言ってて、でも、僕はこの詠唱文がイマイチぱっとしなくて・・・だから、『自分自身の気持ちに無自覚なまま発現した』から、だから負担がかかってしまうのかもしれないって。」

「・・・・?」

「それより、アリーゼさん?何でさっきから笑ってるんですか?」

「ふふふ、だって!あの凶狼(ヴァナルガンド)に無駄足を踏ませられるんですもの!!今頃、あっちこっちでかき集めているのを想像すると・・・ふふふふふ!」

「ひぇっ・・・・」

 

僕の大好きな姉は・・・時に怖いことを考えていた。

 

■ ■ ■

 

「みんな、聞いてくれ。もう話は回っていると思うけれど、今夜は客人を迎えている。彼らは仲間のために身命をなげうち、この18階層まで辿り着いた勇気ある冒険者たちだ。仲良くしろとまで言うつもりはない。けれど、同じ冒険者として、欠片でもいい、敬意を持って接してくれ。それと、さっき野営地を包んだ光は、【アストレア・ファミリア】の彼が唱えた魔法だ。予告もせずに驚かせてしまったのを謝っておく。・・・・それじゃぁ、乾杯!」

「「「乾杯!」」」

「「「あと以前はバカがご迷惑をおかけしました!!」」」

「ビクッ!?」

 

フィンさんが【タケミカヅチ・ファミリア】の人たちを紹介して、僕のパーティも紹介してキャンプファイア代わりの魔石灯を囲うように沢山の人達が大きな輪になって座り、食事や談笑を始めた。ヴェルフとリリは僕に気を使ってか、それぞれ【タケミカヅチ・ファミリア】の方に行ったり【ヘファイストス・ファミリア】の方に行ってしまって、僕は【アストレア・ファミリア】のお姉さん達の元に行き、でも、はじめてみる18階層の景色・・・いや、前に来たことはあるけど、それどころじゃなかったし・・・景色に目を光らせていた。沢山の葉に遮られた路上の奥で、陽光に似た白い光が・・・天井の水晶の光が薄れていき、ダンジョンの『昼』が終わり『夜』へと変わっていて、夕焼けも残照も介在しない空の移り変わりに何か不思議なものを感じていた。

 

――本当に暗くなった。

 

「べるぅー、何ぼぉーっとしてるのよ?」

「ア、アリーゼさん、酔ってる!?顔赤いよ!?」

「酔ってないわ!ほろ酔いよ!ほらベル、これ食べてごらんなさい!」

「これは?」

 

アリーゼさんに手渡されたのは、瓢箪の形をした赤い漿果、琥珀色で甘そうな蜜をたっぷり滴らせるふわふわの綿花に似た果実で・・・地上では見たことの無いものだった。

それを補足するように輝夜さんはその果実が何なのか教えてくれる。

 

「ベル、それはこの18階層で採った果実で、綿みたいなものは雲菓子(ハニークラウド)という果物だ。甘いから、無理に全部食べなくていいぞ」

「・・・・・っ!?」

 

あ、甘い!?甘過ぎる!?予想以上の甘さに僕は涙を浮かべ、渡してきたアリーゼさんに悶絶しながら訴えかける。何て物を渡してくれたんだ。と。するとしてやったりとアリーゼさんは笑みを浮かべ、僕に顔を近づけて

 

「お姉ちゃんが食べてあげるわ!だから・・・あーんってしてくれないかしら?」

「へっ!?」

「おい団長・・・さすがにここでそれはマズいだろ・・・・」

「ベルが困っていますよ?はい、ベル。これなら食べられるでしょう?」

「あ、うん。リューさんありがt・・・「あむっ」・・・・っ!?」

 

リューさんが代わりの食べ物を渡してくれてそれを受け取って食べようとしたら、アリーゼさんが僕に口付けをしてきて僕は思わず食べ物を落としてしまった。み、見られてる・・・すっごい見られてる!一瞬、静かになり、そして爆発するように女性陣は「きゃー!あの噂は本当だったのねー!?」とか「く、口移し!?なんて破廉恥な!!」とか言ってるし男性陣からは羨望と嫉妬の混じった殺気が飛んできた。それもすぐファミリアのお姉さんたちが殺気を飛ばして視線を切ってくれたけど。僕はその、あまりの羞恥に涙が浮かんできていた。

 

「団長!さすがに場を考えろ!!飲みすぎだ!」

「アリーゼ!人前でそれはやりすぎです!ベルが泣いています!」

「えぇーそんなぁ・・・。ベ、ベル?ご、ごめんね?」

「うぅぅぅぅぅ・・・」

 

さすがにまずかったと、酔った勢いでやってしまったと反省してアリーゼさんは僕に謝ってそこからはお酒はやめてお水を飲んでは遠征の話を聞かせてくれた。曰く、あのフィリア祭の時の植物のモンスターに似たのが沢山いたこと。そして、それの上位種ともいえる怪物が魔法を使ったこと。それを僕の魔法の効果で登録できないか?と考えていることなどなど。そして、ふいにアリーゼさんは僕がずっと肩から提げている筒状の布に目がいって聞いてきた。

 

「ねぇ、ベル?」

「・・・ナンデスカ」

「お、怒らないでよぉ・・・・・悪かったからぁ・・・」

「もう・・・・・しない?」

「し、しない!誓うわ!」

「じゃぁ・・・・許します」

「ハハァーありがたき幸せ」

「何をしているのだお前達は・・・」

「それで、ベル。その筒?は何?」

「えっと・・・・武器(?)だよ」

「「「「ん?武器?疑問系?」」」」

 

そう言われて僕は肩に吊るして布で巻いていた物を取り出す。本当は道中で試してみるつもりだったけど、それができなかった物。ヴェルフがヘファイストス様から『あの子の魔法は武器を簡単に壊しちゃうから、それに耐えられる物を作りなさい。』って注意されて、色々悩んで思い浮かんだのがモンスターフィリアで僕はシルバーバックを倒すときに作った『オルガン・ラビット』と言われる理由ともなった檻だったそうだ。それを持ち運べるサイズで試行錯誤して作り出したものが筒状に細長い檻の武器とも防具ともいえない物。

ヴェルフが言うには、

『こいつは魔法の影響を受けて初めて意味を持つ。影響を受けている間一定間隔で、その魔法の余波を打ち出せる・・・・簡単に言えば『魔法を吸収して吐き出す魔剣』みたいな物だな。ミノタウロスの角も少し混ぜ込んでるから、微量だが炎属性も混じってる。これを使えばお前の魔法でサンドイッチみたいに挟んで潰せる・・・はずだ。正直なところ、広範囲殲滅が可能で、既にいい武器を持ってるから必要かはわからないが・・・作ってみたくなった。・・・・・悪いが、これが今俺のできる限界だ。実際どうなるかは試してみないとわからないが・・・』

ということらしい。

 

「・・・へぇ~すごいわね。影響を受けている間ってことは、これを持って叩きつけることも?」

「うん、効果あるって。というより引っ掛けて叩きつけるのが一番いいみたい。音・・・というか振動が増幅されて常に圧力で叩きつけられるみたいになるらしいよ?」

「銘は?」

「えっと・・・鳥篭みたいに見えるから、偶々ヴェルフが通りを歩いてるときに見た鳥の鳴き声が綺麗だったとかで・・・"カナリア"って名づけたみたい」

「じゃぁ、もし、ハトだったら"ハト"って名づけていたかもしれないってこと?」

「・・・・・・リューさん、今日リューさんと寝たいです」

「ご、ごめんベルぅ!!謝る!謝るからぁ!!」

「仕方ありません。ベル、悪戯は駄目ですよ?」

「悪戯って?」

「な、何でもありません・・・!」

「ベル、この生娘妖精が寝付いたら乳を揉んでやれ。私が許す」

「なっ!?輝夜、貴様ぁ!!」

 

顔を真っ赤にするリューさんをからかうほんのり酔っていて頬を赤らめる輝夜さん、そして僕に抱きついて謝り倒すアリーゼさん。【アストレア・ファミリア】は今日も賑やかだ。そんなやりとりを【ロキ・ファミリア】の人たちは声を上げて笑っていた。

そんなとき、ふと、以前どこかで聞いたような声に声をかけられて振り返ると、そこには・・・・

 

 

山吹色の妖精さんがいた。

アリーゼさん達は普通に談笑しているけど、僕は思わず!咄嗟に!!反射的に!!!走り出してしまった!!

 

「許してくださぁぁぁぁぁい!!」

「えっ!?ちょっ!?ち、ちが!!逃げないでくださぁぁぁい!!しゃ、謝罪を!謝罪をさせてくださぁぁぁぁぁい!!!」

 

僕はわき目も振らず逃げ出し、妖精さんはそれを追う。しかし、僕には妖精さんの言葉が最後まで聞こえておらず、自分の速さに身を任せて森の中へと・・・大嫌いな暗い場所へと突っ込んでしまうのだった。もしここに妖精さんが追いかけていくその真実を知っていたならば、『どこの"森のくまさん"だ』と言っていたに違いない。そして、その2人の追走撃の開始を目撃していた全員が「なんだなんだ?」「あの子叫びながら走っていったけど大丈夫?」「レフィーヤ、また何かしたの?」とざわざわとしていた。

 

「・・・・団長様よ」

「な、なにかしら」

「ベルが暗い森の中に突っ込んで行ったぞ」

「そ、そうね・・・・」

「ランタン・・・持っていなかったぞ」

「み、みたいね・・・・」

「大丈夫なのか?」

「・・・・・大丈夫なわけないわ!?お、追いかけないと!!」

 

バタバタと、灯りを持って森の中に飛び出していくアリーゼ、輝夜、リュー。そして、溜息をついたリヴェリアがアイズに彼女達について行くように指示を出してアイズも森の中に飛び込んでいった。

 

■ ■ ■

18階層に存在する大森林は広大で階層南部から東部にかけて背の高い木々が生い茂り、その面積は優に『迷宮の楽園』の五分の一を占める。中央地帯に広がる大草原と隣接している他、階層の壁際まで森の勢いが及んでいる。

日中は幻想的な光を宿す青水晶が夜になると顔を変えたように幽玄とした薄明かりとなり、蒼然とした森の中はおどろおどろしいものへと様変わりする。無論、安全階層とはいえどモンスターがいない訳ではなく、夜目の利くモンスターがいれば脅威になるのは当然のことで・・・つまりは、夜の森はとても危険で、たとえ大森林に慣れていようが行き先などあっさり見失ってしまうだろう。

そして、そんな暗い森の中で、1人いろんな意味で泣き腫らす白兎と、「謝る事がどんどん増えてしまう・・・」とやっと追いついたはいいものの互いに脚をつまずき、押し倒す形になってしまった少女が、そこにはいた。

 

「ひっぐ・・・・えっぐ・・・ゆ、許して・・・許してくださぁい・・・!」

「ゆ、許すも何も・・・・わ、私が悪いんですよ!?」

「ひっく・・・・黒い神様がいるぅ・・・!」

「わ、私はエルフです!?」

「おねえちゃぁあん・・・・・!」

「くぅ・・・・っ!?」

 

片や例の事件のことと暗闇に対するいわばトラウマのダブルパンチを受けて。

片や謝罪をしたいのにそれどころじゃない少年にたじろぎ、さらに謝罪する事が増えてしまっている上に勘違いではあるが『黒い神様』と言われたり、『お姉ちゃん』と呼ばれてしまったことに対して何かクルものを感じて。

 

「ひ、1人で森の中に走り出しちゃ・・・あ、危ないんですよ?ほ、ほら・・・お、落ち着いてください・・・ね?」

「ひっく・・・・記憶消さないですか・・・?」

「け、消しませんよ!?」

「うっく・・・ひっく・・・・」

「ほ、ほら・・・・と、とりあえずお水を飲んで、落ち着いてください・・・」

「く、暗い・・・」

「ら、ランタンならここにありますよ!ほら!持ってていいですから!」

 

灯りを少年に持たせ、水を飲ませて背中を摩ってやりハンカチで顔を拭わせて、ようやく落ち着いてきたところで少女はほっと胸をなでおろした。そして、どうしてか逃げられ・・・いや、原因はそもそも自分にあるわけだが。とにかく、したくても中々できなかった謝罪をしようと決意する。

 

「あ、あの・・・・」

「・・・?」

「そ、その・・・以前、急いでいたとはいえ、まともに事情説明もなしにあなたを危険な場所にまで連れて行ってしまってすいませんでした。」

「・・・・」

「そ、その、団長とロキと一緒にあなたのホームへと謝罪に行ったんですけど、そのときはその・・・泣き疲れて眠っていたみたいで・・・・中々謝る機会がなくて・・・あなたの団長、アリーゼさんに相談して今回18階層にくるだろうから、そのときに・・・と」

「アリーゼさんが・・・・?」

「は、はい。ベートさんとはもう和解?しているようでしたが、私はまだ謝罪すらできていなかったので・・・」

 

本当に申し訳ありませんでした!!と深く頭を下げる山吹色の少女に、少年は少しだけ警戒度を下げて

「もうしないですか?」

「し、しません!に、二度と!!な、なんなら貴方の攻撃魔法を打っても構いません!あれだけ怖い思いをさせてしまったんですから!」

「・・・・」

「・・・・」

「も、もうちょっとだけ・・・その、山吹さん・・・・背中・・・摩っててください・・・」

「え、えぇ・・・もちろん!あ、あと、私は山吹さんではなくて、レフィーヤ・ウィリディスです!」

 

■ ■ ■

 

「・・・・落ち着きましたか?」

「・・・うん。」

「で、では・・・その・・・・拠点に戻りましょう?皆さん心配しているでしょうし」

「・・・・・・」

「も、もしかして探知不可能だったりしますか?」

「えっと・・・それは大丈夫・・・ですけど」

 

落ち着いて、改めて自己紹介をして、握手をする。そして、帰りましょう、申し訳ないですが探知で拠点の位置がわかったりしますか?と聞くと少年は、どことも知れぬ暗闇・・・ずっと先の何かを見つめている。少女・・・レフィーヤはそれに不気味さを感じながらも、少年がスキルで何かを感じ取ったのだろうと察していた。

 

「な、何かあるんですか?」

「・・・・人」

「・・・え?」

「人の反応が急に出てきました・・・・どこから出てきたんだろう・・・・」

 

まさか・・・とレフィーヤは息を呑み、ベルに少しだけ木の上から確認するので灯りを消して待つように指示を出す。ベルは一瞬怯えながらも頷き、灯りを消し小さく蹲った。レフィーヤは申し訳なさそうな顔をしながらも、木を跳躍をもって上り目視で確認をする。

 

「・・・あの子では探知できても、目視で分かるわけじゃない。だから、確認のために木を上ったけど・・・あれって・・・・」

 

上半身を覆う大型のローブに、口元まで覆う頭巾、額当て。闇に溶け込むような暗色で彩られた衣装は顔と素顔を隠していて、色こそ違うが、その姿は24階層の食料庫で交戦したローブ姿の一団―――闇派閥(イヴィルス)の残党と同じものだった。

 

「・・・2人?どこに向かってる?」

方角だけを確認し、あまりあの子を1人にするのは危険だと判断し樹枝から飛び降りベルに声をかける。

 

「戻りました。もう体を起こして大丈夫ですよ?ただその・・・灯りは付けないでください」

「えっ・・・なんで?」

「その、24階層にいた白いローブの人達を覚えてますか?」

「う、うん・・・・」

「アレと同じ組織の者がいました。見つかると厄介かもしれません。だから、灯りは付けては危険なんです」

 

理由を説明し、ベルを納得させ振るえている体を手を握ってやることで安心させる。24階層から輝夜がベルを回収していくとき、一瞬ではあったが震えていた体を撫でていたのを見ていたから、咄嗟にそれに習って行動していた。

そして、闇派閥(イヴィルス)が何をしているのかを確認するべきか、野営地へ戻ってフィン達に報告するべきか考える。

 

―――尾行をすれば、怪物祭(モンスターフィリア)から続く一連の事件の手がかりか、何か掴めるかも知れない・・・でも、でも・・・さすがにこの子を連れまわすのは不味い・・・!拠点に戻るのが一番なのはわかる・・・でも・・・。

 

「――――フィーヤさん」

「どうすれば・・・せめて誰か来てくれたら・・・」

「レフィーヤさん!」

「は、はひゃぃ!?」

「・・・・追うんですか?」

「えっ・・・?」

「いいですよ。ここで置いてきぼりにされるくらいなら・・・」

「で、でも・・・」

「・・・・僕もあの人たちが急に出てきたのが気になるから・・・」

 

確認がしたい。とベルが怯えながら、手を強く握り返しながら伝えてくる。そこで、レフィーヤも決断する。ギリギリまで行くことを。

 

「念のため確認させてください。武器はありますか?」

「はい」

精神力(マインド)に余裕は?」

「大丈夫です」

「ちなみに・・・・味方が来ているかは?」

「・・・・・まだ、距離があります」

「ふぅ・・・・ギリギリまで、行って見ましょう。でも、何かあればすぐ逃げることを優先してくださいね?」

「はい」

「では・・・行きましょう」

 

立ち上がり、ベルのスキルに頼り、暗い森を進んでいく2人の姿がそこにはあった。




アリーゼ「やーい!無駄足狼ぃ~!!」
ベート「クッソガァァァァ!!」


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水晶林を突っ切り、なおも岩壁の方向へと向かっていく男達を追跡する2人。

茂みかの陰から飛び出し、水晶の林に突入する。物音1つ立てず、水晶の柱に体を隠す・・・を何度も繰り返し男達の背中を追いかけていく。そこで、手を繋いでいるベルがレフィーヤを引っ張る。

 

「どうしました?」

「えと・・・・そこ、足元にモンスターがいます。」

「へっ?・・・何もありませんよ?」

 

レフィーヤの目には確かに、周りの地面と変わりない土色の地面しか存在しない。それでも、ベルは首を横にフリ、指を刺す。そこと、そこと、あそこは駄目だと。

 

怪物祭(モンスターフィリア)のときにいたのと・・・たぶん、同じやつだと思います。土の中に埋まってるか、隠れてる?」

「むむむ・・・・つまりは、極彩色のモンスターがいると?」

「それは分からないですけど、普通のモンスターとは違う感じが・・・・」

 

多分・・・多分、この子は"極彩色のモンスター"についてのことを知らないのだろうと思い、もう引き返すべきか悩んでいるといつの間にか男達が姿を消していた。すると、今度はベルがモンスターがいるという場所にナイフの切っ先を向けて小声で魔法を唱える。

「―――『福音(ゴスペル)

すると、地面から

『~~~~~~~~~ァッ!?』

と悲鳴ともいえない甲高い断末魔を上げて、地面に大きな穴が開いた。穴からは反応が消えたとベルが言うので、ゆっくりと恐る恐る覗き込んでみれば、10Mほどの深さで穴全体は薄紅色の肉壁でできており、落ちれば上ってこれるような凹凸すらなく、まるで生物の体内や胃袋を連想させた。中には人の遺骸や武器などが所々に浮き上がっており、恐らくあのまま何も知らずに落ちていれば溶解液で溶かされて殺されていたのだろうとレフィーヤは察する。魔石の確認はできないが、恐らくはあの食人花や芋虫型と同じタイプ・・・根源を同じくする『極彩色のモンスター』なのだろうと結論つけた。

 

「闇派閥の残党が・・・・何か重大な秘密を、隠している何かを守るために、情報漏洩を防ぐために設置した・・・地中の門番(トラップ・モンスター)・・・!?」

レフィーヤがそう結論付けている間に、ベルはナイフを地面に刺してもう一度魔法を唱えると、同じように断末魔が上がり、穴が開いた。

 

「そ、その・・・・私が言うのもなんですけど、どうしてあの時、抵抗しなかったんですか?」

「したらベートさんが走ったり跳んだりするときの衝撃で魔法を唱えるどころじゃなかったんですぅ!」

「す、すいませ~~~ん!」

「そ、それより、ほら!どうするんですか?」

「えっ、えっと・・・進みましょう!?反応はありますか?」

「・・・・無いです」

「・・・・」

 

お互いに何ともいえない顔で見つめあい、ベルが急に男達が出てきたあたりを指差すのでとりあえず行くだけ行ってみるということになった。そして少しして辿り着いたのはダンジョン18階層の東端の絶壁。これ以上は何も無い、目視でもあるようには感じない・・・そう思いレフィーヤは念のためにとベルに確認を取ろうとする。

 

「・・・何か分かります?」

「・・・・レフィーヤさん、えっと・・・ダンジョンって"隠し通路"みたいなのがあったりするんですか?」

「隠し通路?・・・・ううん、未開拓エリアってことならありますけど?」

「うーん・・・・」

「どうしたんですか?」

 

ベルは壁をペタペタと触り、時にはコツンと小突いてみる。どうも違和感があるらしい。レフィーヤには分からないがベルが触っている場所に、どうも『道があるでも、壁がある』というのだ。と、そこでベルがピクっと反応してレフィーヤの手を引っ張って茂みに隠れるように連れて行く。すると、今度はベルが触っていた壁からローブを着た・・・さきほどの男達と同じ格好の者たちが現れ、地面に、モンスターがいた場所に穴が開いているのを見ると慌てて周囲を索敵し始めた。

 

「・・・・どうします?」

「たぶん、気づかれますよね?」

「うーん・・・たぶん、気づかれると思います」

「私は貴方の様に近接戦ができるわけじゃありません。なので、あなたに直接敵を引き付けてもらう必要があるんですけど・・・」

 

巨靭蔓 (ヴェネンテス)がやられてる!』

『それほど時間は経っていないはずだ!探せ!』

食人花(ヴィオラス)を出せ!』

 

そう言うと、今度は茂みの奥から黄緑色の長躯がずるずると這い出てきて、それが怪物祭(モンスターフィリア)の時のモンスターだとベルは始めて理解する。それと同時に「察知されました。こっち見てます」とレフィーヤに伝え隠れても意味が無いため、2人とも茂みから飛び出す。

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】・・・・【ロキ・ファミリア】!?」

「それに、白髪に赤眼・・・・まさか、【アストレア・ファミリア】!?」

 

ずるずると這いよる食人花のモンスターは、ベルとレフィーヤをあっという間に包囲した。闇派閥の残党は巻き込まれないように離脱を始めるとモンスターの群れは閉じていた蕾は一斉に開花させて毒々しい極彩色の花弁に醜悪な大顎があらわになり、牙からは大量の粘液が草地に転がる水晶の上にぼたぼたと落ちていく。

 

「ここで死ね、冒険者ども!」

 

その声と共に包囲網を狭めながら、食人花の群れは一斉に飛び掛ってきた。レフィーヤは杖を強く握り締め、ベルはナイフを抜き駆け出す。

『―――オオオオオオオオオオオオオ!!』

「――――『福音(ゴスペル)』!」

『―――ッッ!?』

 

レフィーヤ達に飛び掛ろうとしていた食人花の群れを、ベルはたった一言唱えるだけで、鐘楼の音を森の中で響かせ、灰へと変えて見せた。驚愕に染まるレフィーヤに、何が起きたのか理解できていないのか固まっている闇派閥の男達。さらにそのままベルは男達に向かってもう一度唱える。

 

「『福音(ゴスペル)』」

「「がっっ!?」」

 

鐘楼の音が鳴り響き、悲鳴さえ音の暴風の中でかき消されて男達は倒れ付した。気絶していることを確認すると、モンスターの魔石を拾い、男たちの手元から転がり落ちたのか、丸い玉を拾いレフィーヤの元に戻ってきた。

 

「・・・・・」

「レフィーヤさん・・・?顔が怖いです」

「私・・・いらない・・・くぅ・・・。そ、そんなに強いなら、私から逃げる必要ないじゃないですかぁ・・・!あ、あなた本当にLv2ですか!?」

「ひぃ・・・っ!?だ、だってレフィーヤさんは近接戦は駄目だって・・・!」

「うぅぅぅ・・・ずるいです!もう!」

「え、えぇぇ・・・・」

 

■ ■ ■

 

「それで、あなたが言っていた壁の先からさっきの男達がでてきたんですよね?私も見ましたよ?」

「どうやって出てきたんだろう・・・・」

「あの・・・その丸いの、発光してませんか?」

「・・・・?」

 

先ほど拾った、周りの暗さと、その光でよく見えないが、どこかで見た事があるような・・・・とベルは見つめていると、違和感があった壁が開いた。2人は見つめ合い、『ちょっとだけ、行ってみましょう』とほんの少しの好奇心に駆られて足を踏み入れる。

すると、途端にベルが怯えだした。

 

「暗いから震えているんですか?」

「ち、違います・・・!に、にに、逃げましょう!?」

「へ!?まだ入ったばかりですよ!?」

「い、いい、いっぱい!いっぱいいるんですぅ!!」

『~~~~~~~~ッッ!!』

「「ひぃっ!?」」

 

続く真っ暗闇な通路から、まるで風が通り抜けるかのように、人なのかモンスターなのかもわからない呻き声とも言える音を聞いた2人は即座に!反射的に!行動へと移す!

振り返り、お互いに強く手を握り、大声を出してこの謎の通路の先にいる何かに気づかれないようにお互いの片手で口を塞ぎ、二人三脚の様に来た道へと最大加速で走り出した。

 

(やばいやばいやばいやばいやばい!)

(何か鳴ってた!?鳴いてた!?怖い怖い怖い怖い!反応もあるぅ!!)

 

2人を追ってくる姿はなく、すぐに入ってきた場所から外に飛び出し自分達が戦っていた場所にいた4人へと飛びついた。

 

「アリーゼさぁぁぁぁん!!」

「アイズさぁぁぁん!!」

「「「ベル!?どこから!?」」」

「レフィーヤ?・・・どこに行ってたの?」

 

2人はすぐにこれまでの・・・恥ずかしい勘違いを起こした、ある種、レフィーヤの自業自得ではあるが経緯を話し、食人花と闇派閥の残党、そしてベルが見つけた壁の違和感のことを報告した。

4人はとりあえず2人に『勝手に夜の森に飛び出さない!』と軽くお説教をし、これ以上暗い中調べるのは危険だと判断し、拠点へと帰還することを決めた。

 

拠点に戻り、ベルがまだ水浴びができておらず体を洗わせに行こうと輝夜たちが行っている間にアリーゼとレフィーヤ、アイズは【ロキ・ファミリア】のフィン達がいる小屋に行き、何があったのかを伝え情報を共有した。もっとも、ほとんどがレフィーヤに対するお説教に近かったが。

 

「それでレフィーヤ・・・・謝罪はできたのか」

「は、はい・・・その、謝罪をしようとして逃げられたのは驚きましたけど、ちゃんと聞いてもらえました。」

「ふぅ・・・なら良い。もうあのような事はするなよ?」

「は、はい!」

「わかったなら、今日はもう休め」

 

そうしてレフィーヤとアイズは自分達が休むテントに戻り、残るのはアリーゼ、リヴェリア、フィン、ガレスの4人。小屋の中心に設置された小さな机の上にはベルが回収した魔石と丸い玉があり、アリーゼは以前、アストレア様がベルをとある廃教会・・・アルフィアたちがいた場所に置いてあった物と同じだろうと伝えた。

 

「・・・闇派閥にとって何か特別な道具?魔道具か?」

「ベルが言うには、壁の先に道があって最初は入れなかったのに、それがあると入れたみたいよ」

「となると・・・・これは『鍵』だろうね」

「アルフィア達がこの『鍵』と同種の物を残していったのか・・・?」

「入り口より先には?」

「さすがに行ってないみたいです。ベル、すごい怯えてましたし。『たくさんやばいのがいる』って言ってましたよ」

 

結局、それ以上話は進むことはなく、ベルの言う『やばいもの』も分からず話は後日改めてということになり解散する。情報不足な今、下手に飛び込むのは危険ということも付け加えて。

 

■ ■ ■

【アストレア・ファミリア】のテント内にて、アリーゼと一緒に寝袋に入り眠りに付いたベルの頭を撫でながら、アリーゼ達は報告会を行っていた。

 

「それで?どうなったのだ、団長」

「んーとりあえず、情報不足で保留。ただ、今回ので『芋虫型』『食人花』『トラップ型』・・・そして、59階層にいた『穢れた精霊』の4種・・・あぁえっと、オリヴァスと赤髪の女?を入れたら5種だっけ。その確認ができたってくらいかしら」

「潜入する予定は?」

「ベルが最初に壁を触っても中には入れなかったらしいわ。あくまでも『鍵』がないと駄目みたい。それとその通路の先に何があるのかも不明。ベルの怯えようからだとモンスターは確実にいるでしょうね。もし、閉じ込められた場合、鍵を持った人間が1人となると逸れた場合も含めて危険だから・・・まだ潜入するのは危険だからそれも保留ね。でも、おそらくいるわあの奥に闇派閥が」

 

情報不足、どんなモンスターがいるのかも不明、鍵は2つしかない。通路の構造がどうなっているのかも不明。どこまで続いているのかも・・・・不明。そのため、そこに手を出したくても手を出せない状態となってしまっていた。

 

「では、しばらくは放置・・・と?」

「いいえ?もちろん、調べることはあるわ。例えば・・・『出入り口が18階層以外にもあるのか』とかね。あとは、ベルが昔言ってた『喋るモンスター』についても調べたいわ」

「大丈夫なのか?」

「うーん・・・でも、密売云々では関係はあると思うわ。今はそれしか言えない。」

 

「はぁ~」と他の団員たちも溜息を吐き、話を切り上げ、伸びをして各々寝袋へと入って就寝していく。ただアリーゼだけはどこか嬉しそうにしながら。

 

「団長様?嬉しそうでございますね?」

「・・・わかる?」

「顔がデレデレだ。気持ち悪いぞ」

「ガーン!ひどい!」

「いえ・・・食事の時からそんな顔でしたよ。そんなにベルに会いたかったのですか?」

「そうよ!そしてこの可愛い寝顔!最高よ!癒されるわ!」

 

そのアリーゼのデレデレとした顔を見て、言葉を聞いてまた溜息をついてジト目で見つめ、輝夜とリューも寝袋に入り就寝する。「駄目だこいつ」そう思いながら。

 

「あ、あれ・・・どうしてそんな目をするのよ。輝夜とリオンだって一緒に寝たかったはずでしょ?」

「否定はしないが、そこまでではない」

「私は・・・・結構です」

「ムッツリ妖精め」

「んなっ!?」

 

灯りを消して、明日はリヴィラに連れて行こう。と軽く予定を話し、全員が眠りにつくのだった。




補足
ベル君のスキル『人魔の饗宴』にある効果の1つ、反響帝位:自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質。
ですが、『大きさ』とはレベルの差も入っています。今のベル君が深層種と戦えるわけではないため、そこまでの差があれば「反応が大きく」感じてしまいます。

そのため、通路に入った時点で音波が滅茶苦茶跳ね返ってきていて即座に逃げることを選択しました。



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リヴィラ

穢れた精霊と戦わせるか・・・?戦争遊戯をするための理由が思いつかないんだよなぁ・・・


僕達は、目が覚め仕度を整えると18階層の西部に存在する湖に浮かぶ『島』を目指して歩いていた。湖面の上には遠くからでも分かるような大木が島とを繋ぐ橋になっていて踏みならされた跡はあるけど、手すりなんてものは無くて所々でこぼこしていて足場も悪い。

 

「アイズさん、どうしてさっきから上を向いて歩いているんですか?」

「・・・・・空、綺麗だね」

「・・・・?」

 

確かに『朝』というだけあって、『昼』より明るさは控えめで、空からクリスタルが照らす光は暖かかった。光に当てられ、水面には僕たちの姿が映りこむ。一緒に移動しているのは【ロキ・ファミリア】のアイズさん、ティオネさん、ティオナさん。【タケミカヅチ・ファミリア】のパーティに僕たちのパーティと【アストレア・ファミリア】のアリーゼさんとリューさん。輝夜さん達は、撤退の準備もあって留守番をしている。

 

「・・・・・『街』があるなら、どうしてそこに宿泊しないんですか?」

「「「ぼったくられるから」」」

「えっ」「ん?」「はい?」

 

僕の疑問に、何度も来ている面子は即答し、初めて来た【タケミカヅチ・ファミリア】の人達と僕とヴェルフ、そしてリリは余計に疑問が浮かんだ顔をしていた。

 

「18階層は安全階層とは言われているけれど、怪物達も果物や清水を求めてここに来るわ。だから、どちらかといえばモンスターにとっての楽地ってのが適切ね!だから、決してモンスターがいないわけじゃないから・・・勝手に!1人で!出歩かないこと!」

「・・・・ぁぃ」

 

アリーゼさんは18階層についてさらに補足し、昨日の夜に森の中に飛び込んでしまった僕に釘を刺す。こうして話しているときは格好いいお姉さんなんだけど・・・・どうして起きたら服が寝袋の中で脱げているのか、僕は不思議で仕方ないよ。

そして、高所を越え僅かも無い道を登り続け、目の前に現れたのは木の柱と旗で造られたアーチ門だった。

 

「・・・『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』??」

「あー・・・・その旗というか、見た目に騙されないほうがいいよ皆。気を良くして懐を暖めようって考えだから。素直にお金払ってると痛い目みるよー」

「そんなにか・・・」

「おい大男、金は?」

「・・・・ない」

「俺もだ」

「「・・・・ふっ」」

「何故お金が無いのに良い顔をしているのですか・・・」

 

アーチを潜れば、白水晶と青水晶に彩られた一種の集落にも見える『街』だった。住居や看板を飾るそれぞれの店は、木や天幕で造られた即席なものや岩に空いた天然の横穴や空洞を利用して造られたもの。とにかく、山肌だろうが利用しているのか急な斜面が散見され、丸太の階段が至る所に設置されていた。ちなみに、何度もモンスターに襲われて壊滅しかけることもあるため、そのたびに「造って、破壊されて、また造って・・・・」を繰り返していてついに334代目なのが今僕たちがいる『リヴィラの街』らしい。

 

「ここを経営しているのは、冒険者でギルドが関わっていないから細かい規則も存在しないから・・・・みんな好き勝手に商売を営んでるわ。それはつまり・・・」

そう言ってアリーゼさんは立止まった商店の商品・・・・研石を指差して言う。

「鍛冶師君ならわかるだろうけど・・・・これくらいの、小石程度の物でも通常の何倍もの値段で売られているわ」

 

「おいおい・・・・嘘だろ!?桁が違ぇ!!・・・こんなのありか!?」

「バ、バックパックが2万ヴァリスだなんて・・・法外すぎます!じゃが丸君がいくつ買えると思ってるんですか!?」

「じゃが丸君は・・・それだけの価値がある・・・よ?」

「いいえ!毎日食べさせられる身にもなってください!!」

「ッ!?」

「どうして羨ましがっているんですか剣姫様!?」

 

値段がとんでもないことになっていて、だから『遠征』するほどの大人数が宿なんてとればそれこそとんでもない金額を請求されるらしく、森の中でキャンプを作っていたらしい。

そうして、僕達はそれぞれ保護者付きで別行動をとることになって、僕はアリーゼさんとティオナさん、ヴェルフにリリと行動することになった。

 

「ねぇねぇアルゴノゥトくん」

「・・・・アルゴノゥト?」

「あれ、知らない?」

「いや・・・知ってますけど・・・」

「ミノタウロスと戦ってる姿がさぁ・・・状況というか、被っててさぁ・・・よかったなぁ、アレ」

「恥ずかしい・・・」

「【そこにいるのか、我が敵よ!】【私と決着を望むか、強き敵よ!】」

「「【ならば私とお前はこれより『好敵手』!ともに戦い合う宿命の相手だ!・・・さぁ、冒険をしよう。僕が前に進むために。あの人たちの横に立つ為に!!】」」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ティオナさんとアリーゼさんは、褒めているのと弄ってくるのとで僕は思わず悶絶してしまった。だっだって仕方ないじゃないか!そうでもして自分を奮い立たせないと戦える気がしなかったんだから!!

 

■ ■ ■

「ぼったくりもいいところだ・・・・」

「お、桜花殿・・・・正論ではありますが自重を・・・」

 

ふっ、新顔か。

ぼったくり?よく言うぜ、『安く仕入れて高く売る』。それこそがここリヴィラで買取所を営む、俺達のモットーだ。お前たちのような右も左もわからねぇようなヤツはきっと地上の価値観なんざ捨てきれずに痛い目を見るのがオチってもんだろうよ。

買い取り額が安くて気に入らない?大いに結構。それなら、他所に行ってくれ。別に店は俺のところだけじゃないんだしな。・・・・なんだ結局売るのかよ、ほれ、魔石だ、地上で換金するがいいさ。

 

「お金がない場合はどうするのですか?わざわざ多めに持ち込むのですか?」

「いいえ、違うわ。そういうときは証文を作るのよ。冒険者の名前と【ファミリア】のエンブレムを契約書に記入して、後で請求・・・っていうのがまぁ、普通かしら。基本的に買取は物々交換か証文で行われているわ」

 

そういや今日はやけに賑やかだな・・・ああ、そういや【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の遠征隊が引き返してきたって聞いたな。・・・ん?ありゃぁ・・・怒蛇(ヨルムガンド)、ティオネ・ヒリュテだとぉ!?い、いや、他にもいやがる・・・!?一緒にいるのはこの階層に初めて来たって顔だな・・・?そんな奴らとどうして一緒にいやがるんだ!?それによく見りゃぁ・・・あそこにいるのは紅の正花(スカーレットハーネル)!?剣姫もいやがるし・・・それにあの白いのは、まさか、涙兎(ダクリラビット)か!?あれが!?つい最近、Lv2になったばかりだろう!?なんでいやがるんだ!?

おっ、モルドどうした?何?『調子こいてるルーキーに冒険者としての掟を叩き込んでやる』だって?おいおいそりゃぁ、確かにランクアップして大して経ってねぇ間に中層中間区に来たのは手品でも使ったんじゃねえかって思っても仕方ないかもしれねぇが・・・相手は【アストレア・ファミリア】だぞ?それに【ロキ・ファミリア】まで・・・あ、おい!・・・って行っちまいやがった。まさか、気づいてねぇのか・・・あいつ?いや、なんか酒臭かったな。

 

「よぉ、ルーキー!ずいぶん景気がよさそうだな!」

「へ?」

「しかもえれぇ、上玉まで連れて・・・保護者同伴で遠足か?えぇ?」

「えっと?」

「いったいいくら払ったんだ?この女どもに。俺にも分けてくれよ!同業者(仲間)だろ?」

 

おいおいモルドのやつ、完全に酔ってやがるな。どんだけ飲んだんだあいつ・・・・?その周りの女共もすげぇ殺気だぞ、死んだな。あいつ。あの白いのもちょっとだけ目つき変えやがったぞ。ま、まぁ・・・骨は拾ってやるよ。

 

「『福音(ゴスペル)』『福音(ゴスペル)』『福音(ゴスペル)』『福音(ゴスペル)』」

「ベ、ベル!?そ、それ以上は駄目!!ほんとに!加減してても駄目よ!?ステイ!ベルステイ!」

「だ、だって・・・!」

「綺麗な音・・・」

「なんでアイズちょっとうっとりしてるの?」

 

ゴンゴンゴンゴーン!とリズム良く気持ちのいい小さい音が聞こえたと思ったら・・・・なんだ?モルドとその他2人、頭抑えてフラフラして・・・・おいおいおいおいおい!!何そんなところで吐いてやがる!!あ!?グレートフォールが見える!?馬鹿野郎!!そりゃぁテメェらの口から出てんだよ!!アンフィスバエナまで見えてきただって?それもテメェがさっき食った物が逆流してるだけだろうがよ!!あぁ、くせぇ!!ふざけんじゃねぇぞ!!

 

・・・・ったく、あいつら吐くだけ吐いて地べたを這い回って、やっと回復したと思ったら「ナマ言ってすんませんしたぁぁぁぁ!」ってなんだそりゃぁ。しまらねぇな。あん?あの白いのはやばいって?一瞬背後に灰色髪で目を瞑った女が見えただと?おい・・・モルド、悪いことはいわねぇ、もう今日は寝ろ。良い、良いんだ。金のことは。そんな幻覚を見ているような状態で地上に返すほうが寝覚めが悪ぃ・・・・。ちょっとくらいはサービスしてやるよ(嘔吐物処理の件で上増ししてやるからな)・・・いいってことよ。俺様ことボールス・エルダーとお前の仲じゃねぇか!!な!!

 

お?おお、お前が涙兎(ダクリラビット)か・・・・『眼帯がかっこいい』だと?ふっ、わかってるじゃねぇか・・・・。そのなんだ、可愛らしい顔じゃねぇか。何?男だと?何で髪切らねぇんだ?いや、そういうやつもいるけどよ・・・。『団長(アリーゼさん)が悲しそうな顔するから切れない』だと?おいおいおい!男ともあろうものが女の尻にしかれてるんじゃねぇ!!そんなのはな!ガツン!と言ってやりゃぁいいんだよ!そうすりゃぁ、紅の正花(スカーレットハーネル)だって目にハートを浮かべて首を縦に・・・・ひぃ!?い、いえ!な、何も言っておりませんよ!?な、なぁ坊主!?

そ、そんなことよりお前ぇ・・・ランクアップしてすぐにこんな所まで来やがったのか?どうやって?何?パーティを組んで来た?課題?意味がわからねぇ、普通そんなことしたら死んでるぞ生きてるのが不思議だぞ・・・・・。あれか、【モンスターも人も泣かせる】から『涙兎(ダクリラビット)』なのか?・・・・違う?じゃぁ、【ベッドの上では女を一晩中鳴かせまくるから】とかか?それも違う?・・・何顔赤くしてんだよ。ほほーん・・・・じゃああれだな?『オラリオのストリートで女神を抱いて泣き叫んでた』ってやつか!?ハッハハハハハハ!!!顔真っ赤にしやがって!!図星か!!冒険者つってもやっぱガキだな!!いいか!神が死んだらな、光の柱が立つんだぜ。知らないのか?あん?『おじいちゃんは吹っ飛ばされても次の日には土から出てきてた』だぁ?・・・・それお前、そのお爺ちゃんとやらはモンスターとかだったんじゃねぇのか・・・・?

 

■ ■ ■

「面白い人でしたね、ボールスさん」

「私はヒヤヒヤしたわ・・・・ベル、あなた、魔法の連打はいけないわ。あなたのは超短文に加えて威力もそれなりなんだから。それに見えないから避けようがないし」

「・・・・だって、アリーゼさんたちを寄越せって」

「大丈夫よ!私たちがあんなのにやられるわけないじゃない!」

 

僕達はリヴィラの街の探索に一通り満足して、帰還する準備をするために野営地へと向かっていた。桜花さん達も一通り見て満足したみたいだけどティオネさんが『ここはなるべく利用しないほうがいいわ。損するもの』という言葉に納得していた以上に『俺達だけでここまでこれるようにならないとな』と目標のようなものができていたらしい。

 

「アリーゼさん、グレートフォールって?」

「25階層から27階層まで一直線になっている巨大な滝のことよ。あ、落ちたら助からないと思ったほうがいいわよ?」

「ひぇ・・・・ってアイズさん?なんで水の話になると空を見上げているんですか?」

「空・・・ほら、あの雲、じゃが丸君みたいだよ、ベル。おいしそう・・・」

「雲なんてないですよアイズさん・・・・」

 

アイズさんはどうしてか、水の話になるとそれから目を背けるというかもう逃げていた。よくそれで橋から落ちないなあ・・・・第1級になるとそんな器用なこともできるのかな?

 

「あれ、でもアリーゼさん」

「ん?」

「その・・・水しかないんだったら、アリーゼさんの魔法って使えないんじゃ?湿気たマッチみたいになったりしないんですか?」

「なっ!?し、失礼な!ちゃ、ちゃんと燃えるわよ!?アンフィスバエナの炎と同じくらいすごいんだから!」

「やけにならないでくださいアリーゼ・・・・」

 

『今度私も一緒にダンジョンに行きたい!』なんてティオナさんが言ってきたり『じゃが丸君は克服できた?』なんて談笑をしながら来た道を戻り、武装を整えて帰還の準備をする。アリーゼさんが言うには階層主(ゴライアス)が出る頃だろうから、先に行って倒しに行きましょ!ということで【アストレア・ファミリア】が最初に出発。その後に【ロキ・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】で隊を分けて地上に向けて出発するらしい。

あ、ベートさんが僕を見て目を丸くしてる。『解毒薬を取りに行った俺の苦労はなんだったんだ・・・?』『ハハハ、でも伝言もあったんだ。決して無駄ではなかったはずだろう?』『なんで兎がここにいやがる!?』なんて話をしている。すると、アリーゼさんは悪戯な顔をして、息を吸って・・・

 

「やーい!無駄足狼ぃぃ!!」

「ガァァァァァ!!うるせぇぇぇぇ!!!」

 

・・・・意外と仲がいいのかな?




真ん中はボールスさんの視点で書いてみましたが、口調が違っていたらすいません。
モルドさんは良い人(悪友)だと思います


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帰還

ふと、ダンまち原作での階層主戦ってあんまりないなぁ・・・と思いました。(アイズvsウダイオスさんくらい?)


 

 

バキリ、と大壁の上から下にかけて巨大な亀裂が音を立てながら、雷の様に走っていく。壁がひび割れていく音はなお続き、バキッバキッと響きを大きくし次第に喘ぎや苦しみ、嘆くような重々しい声音へと姿を変え大広間全体を震わせていく。

 

場所は17階層、罅割れていくは嘆きの大壁。そこに、僕達はいて、あるモンスターの誕生を待っていた。

「さぁ、そろそろ来るわよ!ベル、初挑戦組は焦らず無理に突っ込まないこと!」

 

雪崩れ込むかのような音の津波に、耳を、体を震わせているとアリーゼさんは僕の肩に手を置いて全員に鼓舞し指示を出す。徐々に徐々に大きく、深くなっていく何条もの亀裂。やがて臨界が近づき1層強い衝撃が内側から壁を殴りつけ・・・・巨大な破砕音が、爆発した。

 

「・・・・ッ!」

「大丈夫、今回はベル1人で戦うわけじゃないわ。思いっきり、その新しいのを試してみなさい。魔法もガンガン使っちゃっていいわ」

「・・・うん」

 

岩の塊が弾け跳んで崩れ落ち、横転していく轟音。背後で敗れた巨大壁の破片が散乱していく。そして、とうとう僕たちが待っていた存在がズンッと降り立つ一際大きな着地音が響き、煙が上がる。その立ちこもる土煙の中に、そいつはいた。

 

「・・・すげぇな、ベル。なんだぁ?ビビッてんのか?」

「ビ、ビビッてない・・・ッ!」

「せっかくだ、思いっきり試してみようぜ」

「うん!・・・・・【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)オーラ!」

 

大き過ぎる輪郭。太い首、太い肩、太い腕・・・・人の体格に酷似しその体皮は灰褐色で後頭部に位置する場所からは脂を塗ったように照り輝く黒い髪が、首元を過ぎる位置まで大量に伸びていた。

僕は、完全に姿が見える前に支援魔法を近くにいるメンバーをかけていつでも戦えるようにする。

 

「・・・・これが」

「そう、これが・・・」

「「階層主」」

迷宮の孤王(モンスターレックス)、ゴライアスだ。推定Lvは4。全員、気を引き締めろ!」

 

次第に煙は晴れていき、人の頭ほどもある赤い眼球が僕たちを捉え、ゆっくりと地響きのような足音を鳴らして体を向ける。

輝夜さんもアリーゼさん達も普段とはまた違った空気を纏っていた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

「・・・・行くわよ!」

「・・・はい!」

 

全力で駆け出す。

けたたましい咆哮を上げてゴライアスは迫ってくる。踏み潰されないように巨人の足が振り下ろされる前に前へ前へと進み、僕はゴライアスの背後に回り、腰に繋いでいる紐をクルクルと回しゴライアスの頭上めがけて【カナリア】を投げつけた。そして、他の冒険者に拳を振り下ろそうとするゴライアスに向けて唱える。

 

「―――『福音(ゴスペル)』ッ!」

 

鐘の音が鳴り、その拳を一瞬弾き上げた。その隙に拳の下にいた冒険者は退避し、斬りこむ。

 

「ベル!うまくいってるぞ!そのまま振り回してぶち込め!!」

「・・・うん!」

 

ゴライアスの頭上で浮遊する【カナリア】はコーンコーン!と僕が放った魔法とは少し軽い音を鳴らしながらも確かに魔法の影響を受けているのがよくわかった。素材となったミノタウロスの角の影響なのか微かに赤く輝いている。それを右足を軸に回転させることで鞭の様に操りゴライアスのコメカミへと叩き付けた。

 

『オオオオオガァッ!?』

「効いてる!?」

「まだまだぁ!・・・・『福音(ゴスペル)』ッ!」

 

さらに2度、3度と魔法を放っていく。そこで【カナリア】は微かな輝きから火の粉を散らし叩きつけるたびに轟音を鳴らし始めてゴライアスの動きを鈍くしていく。頭、肘、膝・・・と間接を狙っていく。打ち付けられた部位は3度使用された魔法でその分威力を増す。

・・・たまに、ミノタウロスのような咆哮音が聞こえるのは気のせいだろうか。

 

「・・・ヴェルフゥ!」

「なんだぁ!楽しいかぁ!」

「すごいけど・・・すごいけど、これ、呪われてない!?ミノタウロスの咆哮音が聞こえるんだけど!?」

「ふざけろっ!」

 

激しい戦いの中、魔法、打撃、斬撃、と様々な攻撃がゴライアスを襲っていきゴライアスは次第に弱っていく。

 

「ベル!チャージ!1分!」

「・・・はい!」

 

アリーゼさんから指示が飛び、ヴェルフに紐を渡し【カナリア】の制御を任せ、僕は英雄羨望(アルゴナウタイ)のチャージを開始する。腕に光の粒が集まっては離れる・・・を繰り返しリンリンと音を鳴らす。1分が経過する頃に、炎を纏ったアリーゼさんがやってきて手と手でタッチするように触れるとチャージした分の光がアリーゼさんへと移った。譲渡が終わると、少しだけどガクっと力が抜けてフラつく僕をヴェルフが支える。

ブーツへと収束させた炎でさらに加速するアリーゼさんは地面を爆砕しながらゴライアスへと接近していき、光と炎を纏った剣を横に薙いだ。

 

炎華(アルヴェリア)ッ!!」

 

■ ■ ■

 

「・・・・すごかった」

「ああ、すごかったな」

「ええ・・・・すごかったですね」

「剣・・・・私の剣がぁ・・・」

「大壁が焼き切れるとはどういう威力だ。やりすぎだ団長」

「・・・『私はいつもやりすぎてしまう』ふっ」

「アリーゼェ!?」

 

あの後、アリーゼさんの一撃をもってゴライアスは下半身を残して蒸発した。ただし、アリーゼさんの剣も、溶けた。予備の剣を装備してはいるけれど、ショックなのはショックらしい。僕も星ノ刃(アストラルナイフ)が壊れたら立ち直れる自信がないから・・・というか、【ソーマ・ファミリア】の一件の時に一回泣いてしまったことがあるから気持ちはわかる気がする。

 

「ア、アリーゼさん・・・元気だして・・・その、格好良かったよ」

「・・・ベルゥ、あなた優しいのね。さすが私が育てたベルだわ」

「団長様、『育てた』と言うのをやめろ。」

「別に間違ってはないんじゃないかしら?」

「・・・・・・まぁ、否定し辛いが」

「清く正しく美しい私の愛でベルはこうも優しい子に育ってくれたのよ!ふふん!」

「育てたというなら、アリーゼだけではないと思いますが・・・ベル、体はもう大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

 

チャージを譲渡した後に体から力が抜け、戦闘後にそのことを報告すると『体力と精神力を消耗する』という結論へといたった。なので回復するまで少しの間、輝夜さんに背負われていたのだ。

 

「ベルのあの武器・・・武器でいいのよね?鍛冶師君」

「あ、あぁ・・・いいと思うぞ・・・」

「歯切れが悪くございませんか?」

「いや、俺も武器を作るはずがどうしてかアレになっちまって・・・・ヘファイストス様には『確かに壊れないのを造れとは言ったけど・・・』って微妙な顔されるし椿には腹抱えて笑われるしで・・・何か、魔剣のことで悩んでたのが馬鹿らしくなっちまったわ

「ん?何か?」

「いや、何でもない」

 

そうこうして戦闘も少なく地上へと帰還し、アリーゼさん達は残りの遠征隊を待って解散、ギルドに報告と換金する作業があるらしくヴェルフは先に帰っていった。僕はいつもの様にベンチで座り皆が戻ってくるのを待つ。なんというか、あっという間だったなぁ・・・。18階層・・・あの隠し通路はなんだったんだろうか?すごく、こう・・・ざわざわするというか、少なくとも今のLv2の僕が迷い込んで生還できる自信はない。きっと確実に死んでしまうだろう。

あの変なモンスターもレフィーヤさんが知ってるってことは・・・・【ロキ・ファミリア】も知ってるわけで、少なくともアリーゼさん達も知っているはず・・・だよね・・・・。

 

「・・・・ふわぁ」

「ンヌフフフフ・・・・ベェルきゅうううん、待っていてくれよぉぉぉぉ」

「ッ!?」

なんだろう、今、すっごく!すっごく悪寒が走った!!僕は当たりを見回すも、その悪寒の正体がわからずいやな汗をかく。

「ベルー?」

「・・・アリーゼさん?」

「・・・・こんなところで寝てたら風邪引くわよ?」

「えっ・・・あっ、えっと・・・なんだかあっという間で、でも色々あって・・・ちょっと疲れた。」

「そうね!水浴びも気持ちよかったでしょ?」

「うん・・・とっても。それより、もういいの?」

「ええ、もう終わったから。帰りましょ!」

 

アリーゼさんの他にもファミリアの人達が戻ってきて、アイズさん達ともお別れを済ませて僕達はアストレア様の待つ【星屑の庭】へと帰還する。ちょっとしか日付は変わっていないはずなのに・・・・なんだかとても久しぶりな気分だ。

それに、何か嫌な視線を感じたので早くアストレア様に会いたい。

 

■ ■ ■

【アストレア・ファミリア】本拠【星屑の庭】

扉を開けると、穏やかな微笑で迎えてくれる胡桃色の長髪を持った美しい女神様・・・アストレア様が僕たちを迎えてくれた。

 

「おかえりなさい、みんな」

「アストレア様!」

「ただいま帰りました、アストレア様」

「子供みてぇにズラズラ並んで帰還しましたよっと」

「主神様自らお出迎えさせるなんて、わたくし達も随分偉くなったこと。」

 

アリーゼさんも輝夜さんも皆、再会を喜ぶように会話に花が咲く。なんだか、オラリオに来る前に久しぶりに会いに来てくれたときみたいだけど、少し違うというか・・・なんだか、新鮮なものを見ているようで不思議と僕も口元が笑っていた。

 

「そんなことないわ、輝夜。帰ってきてくれた者の無事を喜ぶ、それに神も子も関係ない。ましてや今まで行った事もない階層。眷属(あなた)達が誰1人欠けずに戻ったなら、私だって新妻みたいなことをしてしまうわ。」

 

新妻・・・えっと、たしか結婚したばかりの・・・女の人のことを言うんだっけ・・・・・新妻?誰が?・・・・アストレア様が!?

 

「に、新妻・・・アストレア様が・・・!やっべ、そこはかとない背徳感が・・・!!」

「え・・・・そ、そんな!?」

「なぜ貴方は興奮しているのですか、ネーゼ。そしてなぜ貴方はショックを受けているのですか、ベル」

「だ・・・だって!?」

 

だ、だだだ、誰と!?い、嫌だ!?

 

「ふふっ、大丈夫よベル、どこにも行かないから。・・・それより、疲れたでしょう?お風呂にする?それとも食事かしら?」

「あるいは・・・新妻(アストレア)様でございますかぁ?」

「なっ!?かっ、輝夜っ、貴方はっ!?」

「あらあら~?今、何のご想像を?潔癖で高潔で下ネタなど無縁だと澄まし顔をしているエルフ様ともあろう者がぁ?」

「き、貴様ぁ・・・!」

 

そういえばさっきからどうしてアリーゼさんは黙っているんだろう・・・すごい笑顔なのに何も喋らないし。でも僕のほっぺを触る手は止めないし。すごく、あの、くすぐったい。

 

「じゃあ、私はまずはお風呂を頂こうかしら!そうだ、アストレア様も一緒に入りましょう!お風呂もアストレア様も・・・そしてベルも私が堪能するわ!!」

「へっ?」

「「「!!?」」」

みんな驚いているし・・・いつの間にやら僕は小脇に抱えられている?あれ、本当にいつのまに?アストレア様を見てもニコニコしているし・・・・。

 

「あらあら・・・やっぱり誰もアリーゼには敵わないわね。」

「さぁ、アストレア様・・・ベルも一緒に!」

「えっ?・・・・えっ!?」

「何よベル、今更恥ずかしいの?嘘でしょ?さぁ・・・お風呂が私たちを待っているのよ!!」

 

あっ、お風呂とご飯済ませたら反省会して、情報の整理するから!そう言うとアリーゼさんはものすごいスピードでお風呂へと直行するのだった。他のお姉さん達はその勢いに口を開けたまま固まってしまっていた。

 

 



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其は太陽を打ち砕く者
兎の逆鱗


ちょっと無理がある展開だったら本当にすいません。


 

 

「♪♪♪」

日が昇り、カーテンの隙間から朝を告げるように日の光が差し込んで暗い部屋が微かに明るくなり外からは鳥の囀る鳴き声で僕は目を覚ます。胸をポンポンと軽く叩き楽しげな鼻歌が聞こえて、顔を横に向けると、そこには燃え盛る赤い髪に緑色の瞳の姉・・・アリーゼさんがいた。それも、裸で。

 

「おはよう、ベル!」

「・・・・オハヨウゴザイマス。アリーゼサン」

「・・・どうしてそんなカタコトなのよ」

「だ、だって・・・」

「忘れていたのはベルじゃない。『ランクアップしたら純潔をあげるわ!』って確かに言ったわよ?」

「じょ、冗談だと思ってたのに!?」

「・・・・ご馳走様でした」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

昨日、ホームへと帰還して、お風呂に入って、みんなで夕食を取って、アリーゼさん達が報告会をしている間、僕は1人蚊帳の外だったので読書をしていたのだけど、気が付いたらアリーゼさんに抱き上げられて部屋に運ばれて、服を脱がされて・・・・哀れ兎、真っ白な皿の上に乗っけられたディナーよろしく美味しく頂かれてしまったのだ。僕は、すっかり忘れていた。あのミノタウロスとの戦いの前にアリーゼさんが言っていた言葉を。というか、割と本気で冗談だと思っていた。

 

「なに、嫌だったの?私じゃ嫌?」

「い、嫌じゃないですぅ!!」

「ならいいじゃない。これで私もベルも大人よ!ふふん!」

「どうしてドヤ顔を!?」

 

(嫌じゃなかった、嫌じゃなかったけど・・・・!)

輝夜さんにされたことといい、僕はその未知の刺激に抗える訳もなく、やがてアリーゼさんに縋るようになってお互いによがり狂ってしまっていた。お、女の人ってすごい・・・やっぱり、ダンジョン都市オラリオはすごい・・・!?あ、あんな!?あんな冒険までするの!?

 

拝啓お爺ちゃん、お元気ですか?ヘラお婆ちゃんに殺されていませんか?僕は、昨日・・・冒険をしました。たぶん、ランクアップしてます。いや、した。うん。

 

「ベル君」

「はい」

「感想をどうぞ」

「・・・・すごくよかったです。またしてほしいです」

「素直でよろしい」

 

そう言ってニコニコとしながら、アリーゼさんは僕の頭を撫でる。心なしか、ツヤツヤしているのは気のせいだろうか。いや、絶対気のせいじゃない。何か吸ってる!絶対そうだ!

 

「さぁ、ベル!お風呂に入って朝ごはんよ!」

「ま、待って!裸で出歩くのはさすがにまずいよ!?」

「気にしない気にしなーい!」

「気にする、気にするからぁぁぁ!!」

 

■ ■ ■

南のメインストリートに位置する繁華街、そこは酒場や広場から流れてくる陽気な歌声と弾奏。待ちのあちこちでは魔石街灯があり、迷宮帰りの冒険者を加えた通りは人ごみで溢れかえる。色とりどりの灯りが大通りを照らし出し、星々に負けないほどの光を放っている。暗い場所が苦手な僕でも少しばかり胸が躍るというか好奇心を駆り立てられるような、そんな見たこともない景色が広がっていて、鳥や獅子など様々な動物を象った看板が立ち並んでいる酒場の1つに、僕とリリ、ヴェルフ、そして一緒にダンジョンに行っていたリューさんの4人がジョッキとグラスを掲げて重ねあった。

 

『乾杯!』

 

笑みと一緒に飲み物がジョッキから弾け、零れ落ちる。僕たちの声に随伴するように、周囲で騒ぐ冒険者達のテーブルからも、ガチン!とグラスを叩き合う音が鳴った。ヴェルフの行きつけで連れてきてもらった店は真っ赤な蜂の看板を飾る酒場【焔蜂亭】といい、一部の冒険者や鍛冶師にはとても人気があるらしい。なんでも、紅玉を煮詰めたかのような真っ赤な蜂蜜酒の虜になって連日通ってしまう人たちも多いんだとか。シルさんの働いている【豊穣の女主人】より店内は狭いけれど、なんというか・・・・これぞ冒険者の酒場!という感じがした。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ!」

「これで晴れて上級鍛冶師ですね、おめでとうございます」

「ああ・・・ありがとう。疾風、あんたも何度もダンジョンに付き合ってもらって悪かったな」

「いえ、気にしないでください。アリーゼの剣を見繕ってもらった礼もありますし、こうしてベルに同性の友人ができたのはとても喜ばしい」

 

普段とは違った、はにかんだ仕草のヴェルフは口元から笑みを零し、目標が叶ったことが抑えられないようだ。先日の中層での戦闘の後、何度かリューさん達を誘ってダンジョンへと繰り出し乱戦という乱戦を繰り返しているうちにヴェルフは【ランクアップ】が可能になっていたらしい。そのお陰で『鍛冶』の発展アビリティを習得して、僕たちの元に駆けつけ、こうして祝賀会を開いていた。

 

「確か・・・これでヴェルフ様は【ファミリア】の文字列(ロゴタイプ)を入れられるようになる。んでしたっけ?」

「いや、必ずしも全て、というわけじゃない。ヘファイストス様や幹部連中が認めた武具だけだな。下手な作品を世に出したらそれこそ、女神の名を汚すことになる」

「「なるほど」」

「それでも・・・・少なくとも、これからあなたの作品は飛ぶように売れることでしょう。それだけ、【ヘファイストス・ファミリア】のブランド名は大きい。上級鍛冶師の作品というだけでも十分な価値がある。」

「でも・・・その、ヴェルフは目標を達成したから、パーティは解消?」

 

僕は少し寂しくなってそんなことを言うと、ヴェルフは後頭部を掻きながら苦笑しながら口を開いた。

「お前は俺の作品を気に入ってくれた恩人で友人だ。ランクアップしたからって『じゃあサヨナラ』なんて言う訳無いだろ?呼んでくれればいつでも飛んでいくさ。だからそんな捨てられそうな顔をするな」

僕はその言葉に目を丸くして、やがて破顔し、もう一度笑い合って4つの杯を打ち付けた。

 

「あぁ・・・そういえば、ベルには俺の家名のことは話した・・・というより、ベルが主神、アストレア様から聞いたらしいしあんたも知っていると思うから聞いておきたいんだが・・・」

「?なんでしょうか」

「あんたはその・・・エルフだ。エルフにとって俺の家名、『クロッゾの魔剣』には因縁があるはずだ。俺がベルとパーティを組んだ、そして直接契約を交わしていることになんとも思っていないのか?と思ってな」

「ああ、そのことですか。そうですね・・・・何も思っていないと思えば嘘になります。多くの同胞の住む森を焼き払ったその魔剣の力は忌まわしき存在と言われても仕方が無い」

 

少しばかり、重苦しい雰囲気に。でも、2人とももう自分達が言う言葉、言われる言葉を知っているかのように態度は変えずに言葉を交わしていく。僕はアストレア様に言われるまで、『クロッゾの魔剣』についてのことなんて知りもしなかったし僕がミノタウロスを倒すときに魔剣を使ったことをヴェルフに言ったときは『別にそれは仕方がないことだろう?どうして謝るんだ?』と言われてしまった。

 

「ですが・・・その同胞の森を焼いたのは、『ヴェルフ・クロッゾが鍛えた魔剣』ではありません。私たちがあなたを、先祖達がしたことを責めるようなことをすれば、それはベルのことを責めるに等しいことだ」

 

後世の者までが責められ、その責を負うのは違う。そういって再びリューさんはグラスに入った水を飲んでは食べ物を口に運ぶ。そのリューさんの言葉が引っかかったのか、ヴェルフもリリも僕のことを見た。

 

「ベルのことを責める?どういう意味だ?」

「ええ、ベル様は魔剣なんて打てませんよね?」

「・・・・・」

「そうですね・・・どう言いましょうか。あまり詳しいことをここで言うわけにはいきませんので・・・あえて言うなら『暗黒期の時代において神に家族を奪われた』とでも言っておきましょうか。ベル自身の問題ですので、私たちが勝手に口を開くわけにもいかない。なのでベル、彼等に話しても良いと思うなら、そうしなさい。少なくとも知ったからと罵られ弾き者にされることはないでしょう」

「・・・・うん、わかった」

 

そうして2人に語られるは、ある種、暗黒期の裏側であり、オラリオで多くの死が生まれるほんの数日の前日譚。

そこにいたのは4人の家族。白い髪の少年に、灰色髪に黒いドレスを着た女性、顔に大きな傷を持った男に、1人の老神。女性は本当の母親の双子の姉で、少年の血縁。2人は病に苛まれ、少なくとも少年が大人になるまで持つかどうかもわからないことぐらいは少年も理解していた。受け入れたくはなかったが。それでも、少しでも長く長くこの楽しい4人での生活が続くものだと少年は願っていたし、信じていた。義母と風呂に入っていると祖父が覗き、もしくは混浴しようとして家ごと吹き飛ばされ、一緒に寝ていると潜り込もうとしてきて、また吹き飛ばされて満天の星空の元、気絶するという形で眠りに付き、翌朝、瓦礫の中から叔父と祖父が目を覚ますのだ。そんな日々は、唐突に終わりを告げた。あっさりと。前触れなく。ある夜、少年を抱きしめて眠る義母がおらず、瞼を擦りながら話し声のするところに行けば、少年以外の3人とはじめてみる人物が会話をしていた。暗かったこともあり、少年にはよく見えなかったが・・・暗闇の中でさえ存在感をつよく発するように、その瞳は暗く、冷たく輝いていて少年は竦んでしまった。少年の存在に気づいた義母は少年を抱き上げてベッドへ連れて行き少年は一緒に眠りに付く。きっと、祖父の知り合いなのだろう、少し怖いけれど、見た目だけでいうなら叔父だって怖い部類だ。大丈夫、明日もいつも通り叔父もいて義母もいるのだと、そう温もりに包まれて夢へと落ちる。

 

目が覚めれば、本当に今までの事が夢だったかのように、2人の痕跡を消すようにいなくなっていた。それが、少年の絶望の始まり。ベル・クラネルの始まり。

どこを探そうが、泣き叫ぼうが、翼を持った姉に探して欲しいと懇願しようが、もう、二度と再会を果たすことは叶わず、暗闇が少年を苛み続けた。2人が何故いなくなったのかと理由を知れば、オラリオで多くの命を奪い、破壊をもたらしたと聞いた。そして、オラリオに来てようやく会えたと思えば義母の墓だった。

これは、『ごく普通に暮らしていた少年が真っ黒な神の手で家族を取り上げられた』というだけの、それだけの話だ。

少年が、2人の家族で義母の血縁だと知れば責め立て石を投げようとする者は少なからずいるはずだ。とそう締めくくる。

 

「・・・・というだけの話だよ」

「ベル様の家族・・・」

「俺は、暗黒期はオラリオにいたわけじゃねえが・・・・なるほど、疾風、あんたが言っていたことがわかった気がする。」

「まぁ・・・・アストレア様は引き取ると言っていましたし、私たちも初めて会った時からベルを放っておけませんでしたから。今こうして笑っている姿を見れてとても喜ばしい」

「リューさん、今日はいつもと違う?」

「そうですか?」

「だって、いつも逃げるから」

「に、逃げてはいない・・・!からかわれるからそうなってしまうだけで!」

「そっか」

「ええ。そうです」

 

『まぁ、お前はお前だよ。これからもよろしくな』とそう2人とも同じことを言って、笑いあう。僕がオラリオに来て初めての友人で・・・どういえばいいのか分からないけど、とても胸が熱く、嬉しい気持ちだった。そんな様子を見て、リューさんも表情を柔らかくして僕の背を摩ってくれる。普段はあまりしてくれないから、とても特別さを感じてしまうけれど、嫌ではなかった。やがて、少しばかり暗くなってしまった空気を変えるようにリリが声を上げる。

 

「そ、それよりも!先日のゴライアスとの戦いですが、リヴィラにいた方たちもあの時参加・・・参加でいいのかわかりませんが、参加していたらしく、ベル様にイチャモンを付けていた方たちもベル様のことを認めていて随分株が上がった様子でしたよ?」

「そ、そっか・・・・」

 

話題を逸らし、先日のゴライアス戦の話をするリリ。なんでも、あの場にリヴィラの冒険者が何人か参加していたらしく・・・言わば、僕が【カナリア】を振り回してゴライアスを攻撃していたり、魔法を使ったり、挙句の果てにはアリーゼさんが嘆きの大壁に巨大な斬撃の後を見舞ったことで『あいつらやべぇよ・・・』『すげぇ・・・』『見えない魔法とかアリかよ』等々、そんな話があったらしい。口に食事を運びながら、当時の戦いの話をしていると、それに割り込むように声が響いた。

 

「―――何だ何だ、どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」とワザとらしく僕たちの真横に陣取っていた冒険者からの声だった。

 

6人掛けのテーブルに座っている内の小人族の冒険者が杯を片手に叫ぶ。

「新人は怖いものなしでいいご身分だなぁ!レコードホルダーといい、嘘もインチキもやりたい放題だ、オイラは恥ずかしくて真似できねえよ!」

周りの客達の視線が集まる中、僕たちの目も隣にいる冒険者の・・・幼い少年のような声音へと向かう。

 

さらに小人族の男性は、唖然としてしまっているリリ達と、興味をなくして食事を再開する僕とリューさんを見てせせら笑っていた顔をひく付かせて続けた。

 

「おい、お前ら2人なんで平常で飯を食ってんだよ・・・」

「相手をするだけ無駄です」

「あれがお義母さんが言っていた『小賢しい小人族』か・・・・って思って」

「・・・ベル、それは恐らく【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナのことでしょう。ああ、本人の前でそのようなことを言ってはいけませんよ?」

「・・・・当たり前じゃないですか」

 

「サポーターしかいないファミリアのガキに、売れない鍛冶師と腰巾着のように吊るんで、寄せ集めのパーティを組んでるんだってな!そんでもって逃げ足だけは立派でモンスターを他人に押し付けては良いとこ取りをしてランクアップ!流石『兎』だ、立派な才能だぜ!」

 

冷やかしと侮辱か、聞こえてくるんはそんな声で、でも、リリはリリで『まぁ、サポーターですし。』と涼しい顔をしているし『まぁ、売れてなかったのは事実だな』と同じくヴェルフも何食わぬ顔を。そして僕は『まぁ、できなくはないと思うけど』というそれぞれがそれぞれの反応をしめす。リューさんも相手にすることはない、何より派閥同士の揉め事は避けた方がいいと教えてくれている。

それが気に入らなかったのだろう、小人族の男は舌打ちをしたのち、僕に矛先を向けて言葉を発する。

 

「6年の間に【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】が二段もランクアップして!さらに今度は兎が短期間でランクアップ!あの正義の女神様は、どうやらズルをしてまで正義を騙りたいらしい!!なんでもそこの『兎』はオラリオを滅茶苦茶にした【静寂】の子供らしいじゃねーか!!突然廃墟を買い取ったと思ったら、人殺しの子供を引き取った?ハッ!次は何をしてくれるんだろうな?あの偽善の女神様は!」

 

それは、その言葉は僕の逆鱗に触れるものだった。無視を貫くよりも、眉間にしわを寄せ女神様を侮辱したことに怒りを露にしつつも僕に抑えるようにとリューさんは手を取り訴えかける。でも、僕にはその言葉がどうしても耳に入ってこない。

 

「い、今頃、その廃墟とやらもどうなっているんだろうなぁ!」

「『福音(ゴスペル)』っ!!」

 

その一言とともに、小人族は店の外に吹き飛び、店には静寂が訪れる。体が、頭が、とても熱い。自分でもこんなに頭に血が上るなんて今まで知りもしなかった。リリは肩を揺らし言葉を失っているし、リューさんは『あぁ・・・すみません、アリーゼ、アストレア様』と僕のローブの裾を握りながら俯き言葉を零す。やがて、ガヤガヤと音が、雑音が大きくなり小人族の男と同じファミリアの冒険者達が僕を取り囲んだ。

 

「なんだなんだ、図星を突かれてお怒りってか!?よくもやってくれたな!?」

「先に手を出したのはそっちだぞ!!」

「手は出てねぇよ、バーカ。口が滑っただけだ」

「んだと、この鍛冶師風情が!」

 

そこからは、よく覚えていない。怒りに任せて魔法を放ったのか、ただただ殴り合いへと移ったのか。最終的に茶髪の美青年が現れ僕の腹に膝を打ち込み、顔面へと拳が叩き込まれ、真後ろに殴り飛ばされた。そして、これ以上僕を暴れさせないようにとリューさんが取り押さえ何かを相手に話し、同じ店内に偶々いた狼人の・・・・ベートさんが何かを投げ、破壊し、酒場に静けさを強引に取り戻させて何かを話したかと思えばその集団は消えていき、ベートさんは僕の前で立止まりポーションを叩き込んで「・・・これで借りはナシだからな」と言って出て行った。

 

「大丈夫ですか、ベル様!?」

「なんだったんだ、あいつは・・・」

「ベル・・・動けますか?」

「・・・お墓」

「・・・はい?」

「お墓、教会にいかないと・・・!」

「・・・・わかりました。行ってみましょう。ですが、彼等があそこに、『神の所有物』に易々と触れられるとは思えませんが」

「・・・・・ごめん、なさい」

「いえ・・・・仕方ありません。輝夜でも殴り飛ばしていたでしょうから。アストレア様を侮辱したのです、ベルは間違っていませんよ。」

「ごめんなさい・・・」

 

■ ■ ■

 

「っへぇ~、ベルが喧嘩・・・・ねぇ。ベルもやっぱ男の子ね、やんちゃして帰って来るなんて!」

「でも、喧嘩はよくないわ?ポーションを貰ったとはいっても怪我しているじゃない・・・・」

「・・・・・アストレア様のことを、ズルをしてるって。偽善の神だって。・・・お義母さんのお墓のことも」

「教会は無事だったではないですか。ベル」

「・・・・でも」

 

結論から言えば、廃教会は誰の手も加えられえおらず、綺麗なままだった。お墓を荒らした後も、隠し部屋を荒らされた後も、まったくなかった。それでも、許せなかった。僕は悔しくて、唇を噛んで涙を流してしまう。

 

「どこの派閥か分かる?リュー」

「はい・・・あのエンブレムは【アポロン・ファミリア】だったかと。アストレア様のことを侮辱した挙句、ベルのことを・・・・人殺しの子と嘲笑しました。」

「その小人族の子は?」

「生きています。問題ありません」

「・・・・そう。近いうち、何かしてくるでしょうね。」

「恐らくは。・・・・最初からベルを狙ってやっているようにも見えました」

「ベル、私のことは気にしなくていいから・・・だから、体を綺麗にしていらっしゃい」

「・・・・ぐずっ。はぃ・・・・」

「ベル、行きましょう。体、痛いでしょう?」

「リューさんが?」

「た、たまには・・・というやつです」

「・・・・ぁぃ」

 

リューさんに背中を押され、お風呂場へと向かう僕は少しだけ振り向いてアリーゼさんとアストレア様に謝る。『迷惑かけてごめんなさい』と。2人は気にしないでと微笑んで手を振ってくれていたけど、僕の胸の中はモヤモヤしていた。

 

「アストレア様、もしかしてですけどベル、狙われてます?」

「まぁ・・・・2人も短期間でランクアップしていたら・・・・いえ、ベルは特にそうだけれど。アポロンのことでしょうし・・・」

「レベル2だから手を出しちゃえ!とかですか?」

「う、うーん・・・・たぶん?」

「どうするんです?」

「とりあえず・・・明日以降、どうしてくるか次第じゃないかしら。」

「それにしても、ベルがアルフィアの子ってどこで知ったんでしょう。あの子はその名前を口にしていないはずですよね?2人のことを話していても、名前は出さないですし」

「知っているのはガネーシャ、ヘルメス、ロキ・・・あとはフレイヤかしら?」

「・・・・フレイヤ様が関わってるとか?」

 

さすがに、ナイナイ。いや、怪しいけど、さすがに・・・組むメリットないし。と2人は頭を振り明日以降教会に誰か来ないように見張りでも立てようかなんて話し込む。

 

「・・・『迷惑かけてごめんなさい』かー」

「どうしたのアリーゼ」

「いやー・・・普段から甘えてくれてますけど、『良い子にします』って昔言ってたことあったなーって。『良い子』でいないと家族じゃなくなるって思ってるんでしょうか?」

「思っていたとしても、それは仕方ないことでしょう?」

「それはそうですけど・・・あの子のことを考えれば。でも、ああいう考えはよくないと思います」

「そうね・・・・。あとで寝るときにでも、ちょっとだけ話してみるわ」

「はい、お願いします」

 

その夜、久しぶりにというか、1匹の子兎のすすり泣く声が、静かに響いた。

■ ■ ■

 

夜空に浮かぶ月の光を浴びて、金属で作られた太陽のエンブレムはきらめいていた。

そのエンブレム掲げるファミリアの名は【アポロン・ファミリア】。

主神はチェス盤に笑みを向け駒を動かし、別の部屋では黒髪長髪の女が『お告げが・・・お告げがぁ・・・太陽が黒く染められて砕かれるぅ・・・』と吐き気を催し、その横にいた友人の女は『何いっているのよ・・・』と呆れ返っていた。主神アポロンの前でひざまずき、報告をするのはアポロン・ファミリア団長、ヒュアキントス・クリオ。二つ名は【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)

 

「・・・・報告は以上です。ご指示通り目的は達しました」

「んふふふふ、よくやったぞヒュアキントスぅぅぅ!これであとはベルきゅんを迎え入れるだけだぁぁぁ」

「・・・・」

 

ベル・クラネルがアルフィアの子というのは確かにごく一部の者しか知らない。知っていたからと言ってどうということでもないのも確かだが。

 

「・・・・アポロン様、どこであの者が【静寂のアルフィア】の子であると?」

「ん?ああ、なに、本当に・・・偶々、風の噂で聞いただけだよ。フィリア祭のことといい、『姿が被って見える』とかリヴィラにいた冒険者が彼が魔法を使ったときに『どこかで見た様な・・・』なんてことを言っていた。それだけさ」

「ひっかけた。と?」

「そんなところさ。まあ、本当に当たっていたとは驚きではあるけどね。」

「我々は、暗黒期のことを知っているわけではありません。あの派閥に手を出すのは危険では?」

「・・・・『当事者のみで』『私の子供達は全員あの場にいた』とすればいいのさ」

 

不適に笑みを浮かべるアポロンに、ヒュアキントスは嫉妬心を持って唇を噛み、部屋を後にする。残るのはアポロンと木霊するアポロンの笑い声のみだ。

 

「んふふふふ、【疾風】があの場にいたのは予想外だが、ベルきゅんは頂いていくよ。アストレア~」

 



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炉の女神

カサンドラのお告げを書くのが難しい。

「アポロンあほすぎん?」な感じになってますが、許してください。いや、ほんと。

暗黒期にアポロンファミリアは存在しなかった前提です


生ぬるい雨が降り注ぐ。その雫を飲んだ者達はたちどころに酔い潰され地に這い蹲るだろう。

尾のように振り回されるは銀の檻。やがて火を帯び近づく者達を悉く暴風とともに焼き尽くすだろう。

白き獣が進む後に残るは砕け散った鉄の道。

宣言とともに訪れる夜を覆すことなど叶わず、絶望が産声をあげる。

『太陽』は黒く染め上げられ、砕かれる。

あらゆる戦士達は地に平伏し、立ち上がる力を奪われるだろう。

抗うな、絶望しろ。我は汝らを陥れる恐怖の化身なり。

 

 

夢を見る。恐ろしい、夢を見る。明るい空は、突如として夜へと変わり、仲間たちは地に這いつくばっていた。抗おうとする者たちは鉄の檻で意識を刈り取られ、私たちの象徴たる『太陽』は砕かれる。その悪夢を回避する手段を考える時間すら与えないように、私は空を、『太陽』をまるでそうするのが当然だとでも言うように直視してしまう。そこにあるのは、太陽などではなく、真っ黒な太陽だった。温かみなどなく、ただただ私たちを『冷たい瞳で見つめている』。眼が合ってしまったが最後、私たちは自分達ですら共有できない絶望に苛まれ、全てが終わるのだ。逃げようとする私の目の前に現れるのは、恋人がするように指を絡めて手をつなぎ、鼻と鼻がくっつくのではないかという距離まで顔を近づけた『真っ黒な何か』でその何かは私にこう、語りかけるのだ。

 

「―――告げてやろう。今の貴様に相応しき言葉を。」

「―――脆き者よ、汝の名は■■■なり。」

 

そこで私は悲鳴を上げて、夢より覚める。

 

「――――――――――――ッッ!?」

 

声にならない悲鳴を上げ、カサンドラは飛び起きる。喉を裂けんばかりに震わせ、眼球を剥き、大粒の涙を目じりに溜めながら。

 

「はっ・・・はっ・・・は・・・!?」

吐息の破片が耳朶を震わす。

寝汗で服はぐっしょりと濡れて肌に張り付き、女性らしい体の線が浮き出ていた。もしここに、彼女の寝室に男がいたならば、征服欲にそそられていたことだろう。もっと、彼女の顔色を見てもその欲を抱けるのであればの話だが。やがて込み上げてくるのは吐き気で、部屋の中にあった桶へと吐瀉物をぶちまける。

吐き気がおさまっても、震えが止まることはなく、彼女の悲鳴を聞きつけて『何事!?』と彼女の友人が部屋へと飛び込んでくる。友人は彼女の様子があまりにもおかしいことには気づいてはいたが、夢の話は信じてはくれず、『その汗を流して、体を温めれば気分も良くなるわよ』とそう言うだけだった。体は汗でベトベトで、口の中は酸の味が残っている・・・気分をリセットさせようと何とか彼女は部屋を出て、浴場へと向かうのだ。

そんなとき、ふと、『あの黒いのは何だったんだろう・・・』と思いいたり、薄暗い部屋へと視線をめぐらせる。

 

「だ、誰もいない・・・よね・・・?」

 

もっとも、誰もいないのだが。それでも、『怖い話をした後は、誰かに見られている気がする』などという話のように、いやな気配だけが、カサンドラの思考を乱していた。

それが、これから起こる戦争遊戯のできごとだということにも、今はまだ、気づかない。

 

■ ■ ■

 

「えー・・・・みなさん、おそろいのようですが、言わせていただきます。アポロンがやらかしたでー!!」

 

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館の食堂でロキが酒の肴にするように眷属達に知らせる声が響いていた。

 

「ンー・・・ロキ、『やらかした』とは何のことだい?」

「我々に報告するほどの事なのか?」

「やけに楽しそうじゃの」

 

小人族の団長、王族妖精の副団長に酒好きドワーフに続くように似たり寄ったりな反応を示す眷属達。主神ロキはニヤニヤとした顔をしながら、「ふふふふふ、ホンマ笑えてくるで!」と前置きしながら、すぅーっと息を吸い大きな声で宣言する。

 

「アポロンファミリアが!アストレアファミリアに!戦争遊戯を申し込みおったでぇ~~~!!」

 

その言葉のあと、訪れるのはほんの僅かな静寂。

「戦争遊戯ってなんだっけ」

「えっと・・・なんだっけ」

「戦争遊戯は戦争遊戯よ」

「へぇー・・・で、どこが?」

「神アポロンが」「神アストレアに」「喧嘩を売った」

「「「「へぇ~・・・・」」」」「「「「は?」」」」

 

そこから飲み物を含んでいた団員の何名かが「ブフーッ!?」と吹き出し、主神は腹を抱えて大笑いし、副団長のリヴェリアに殴り飛ばされる。眷属達は騒ぎ出していた。

 

「えっ!?アストレア・ファミリアって、ガネーシャファミリアと同じくらい、その、オラリオを守ってる人達でしょ!?」

「アポロンファミリアの団長はLv3で、アストレアファミリアの団長はLv6!!数では劣っていても、そもそも勝ち目ないでしょ!?」

「「「馬鹿じゃないの!?」」」

「ていうか、何でそんなことになってんの!?」

 

数は確かにアポロン・ファミリアの方が多い。それでも、団長でもLv3。それに対してアストレア・ファミリアの団員数は12。団長はLv6、副団長はLv5にベル以外を除けば最低でもLv3だ。それ以前に、正義の派閥に喧嘩を売るというのは・・・オラリオの住民さえ敵に回すも同義なのでは?と誰もが疑問をいだいた。ただ2人の眷属と主神を除いて。だから、アマゾネスの少女、ティオナが聞いた。

 

「アイズー、昨日、ロキとアポロン・ファミリアの神の宴に行ってたんでしょ?何があったのー?」

「ベートも何か知ってるわよね?何があったのよ」

 

アイズはどう説明しようかと少し考え、ベートは面倒くさそうに舌打ちをして言葉を放つ。

「・・・・兎がキレた」

「ベル、全然見かけないから、ロキに宴に連れて行ってもらったんだけど・・・いなくて、えっと・・・」

 

そうしてアイズの口から放たれる一部始終。

女神アストレアと共に神の宴に現れたのは、ドレスに身を包んだアリーゼだった。アイズが全然姿を見せないことをアリーゼに聞くもアリーゼはニコニコと微笑むだけ。あえて口を開いたかと思えば「ねぇねぇ、私のドレス姿どう?ベル、褒めてくれなかったのよ。私ショックで・・・」と言うだけ。やがて、時間は過ぎて神アポロンは女神アストレアに

『やぁ、アストレア、先日は私の眷属が世話になったね』

『ええ、こちらこそ』

『私の子は君の子に重症を負わされた。その代償を払ってもらいたい』

『・・・重症?』

そうして、現れるのは全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラ状態の小人族のルアンに同じく、腕や頭等に包帯を巻きつけた数人の団員だった。アポロン共々演劇のように騒ぎ立てワザとらしく泣く素振りを見せる。それに対して、アリーゼは待ってましたとばかりに指をさして笑いものにしたのだ。

 

『あっははははは!アポロン様!これは何の冗談ですか!?あなたのところは団員数が多いのに、碌に治療をしてあげられないほど資金に困っているんですか!?ポーションを使うのすら躊躇うほど困窮しているんですか!?それでパーティを開いたんですか!?第一、全員ベルが手を上げるまでもなく吹き飛ばされたらしいじゃないですか!!ふふふ・・・・あっははははは!!』

『笑いすぎよアリーゼ』

『いやぁーだってぇ』

 

アリーゼの発言と共に、そのほかの神々も眷属達も笑い声を上げていき、アポロンは赤っ恥をかかされていた。

『それで、アポロン?・・・代償というのは?』

『・・・・ベ、ベル・クラネルを貰い受ける!』

『断るに決まってるでしょう?』

『ならば・・・戦争遊戯を申し込ませてもらおう!』

『・・・・いいわよ。ただし、あなたが宣言した今、この場にいる神々を証人として『戦争遊戯の取りやめ』は一切、認めないわ。』

 

ロキはそのアストレアの言葉を聞いて、『うわ、めっちゃキレとる。絶対逃がさへんって言っとるわアレ』とアイズにだけ聞こえるように言葉を零した。

『それで、どういう形式でするのかしら?当事者同士でする?それとも、全団員で?』

『・・・・当事者同士で行おう。君のところはベル・クラネルとリュー・リオン。それで間違いないね?』

『ええ、もちろん。ああ、ヘスティアの子とヘファイストスの子を入れる。というのもあるわよ』

『えっ、ヴェルフも!?』

『おい!巻き込むんじゃないやい!サポーターが戦えるわけないだろう!こっちはタッパに詰めるのに忙しいんだ!おい、リリルカ君!もっと入れるんだ!』

『これ以上恥をかかせないでください!』

 

そうして、早々に話は流れるように進んでしまったらしい。『アポロンに宣言させた』『撤回は認めない』というアストレアに『私の団員は全員、あの場にいた』『こちらが勝った場合はベル・クラネルを頂く』『私が負けた場合は好きに要求すればいい』と言ってのけたらしい。どの神々も『えっ、あいつなんであんな自信満々なの?』『あいつ、えっ、もしかして、知らないとか?』『いやいやいやいや』という反応だったとか。

 

「・・・・という感じ、です」

「あー・・・えっと・・・」

「アストレア様が怒ってるってのはわかったわ」

 

一通りの説明が終わり、ほんの少し沈黙が訪れ、また言葉がポツリポツリと出てくる。

「ンー・・・・ロキ、確認なんだけど・・・神アポロンはひょっとして」

「ん?おお、気づいてへんで?まぁ、あの子、アリーゼたんの趣味で髪切らせてもらえんくてアイズたんと同じくらいあるしなぁ・・・・エンブレムが隠れて見えなくてしゃあないっちゃぁ、しゃあないわなぁ。まあそれでも間抜けすぎるけど」

「それで、事の発端であるベル・クラネルには何があったのだ?」

「簡単な話、『家族を侮辱された』ことと『アルフィアの墓を荒そうとした』ことやな!」

「・・・待て、私は直接訪れてはいないが、確か女神アストレアが土地ごと購入した廃教会があると聞いたが?そこのことか?」

「せやで」

「・・・・馬鹿なのか?」

「馬鹿やろな」

 

満場一致であの子がキレるわけだ・・・と納得する。そして、【静寂のアルフィア】を知らないのをいいことに付け上がったな。とアポロン・ファミリアがどうなるかについて全員が似通った結末を想像していた。まぁ、彼がどう戦うのかは確かに気になるが。実際戦っているところを知っているのは、アイズ、レフィーヤにリヴェリア、偶々出くわしたベートくらいだ。

 

「それで、ロキ、どういう形式なんだい?」

「確かー・・・『攻城戦』やで。アストレアんとこが『攻め』アポロンとこが『防衛』やな。大将が討たれたら確実にどっちかが敗北や」

「「「終わったな」」」

「え?どういうことですか?リヴェリア様」

「なんだ、知らないのかレフィーヤ。あの子の魔法を」

「えっと、見えないってことくらいしか」

「あの子の魔法は、『魔法の余波』がその場に残り続けて付与魔法の性質をその場に残す。それは唱えた数だけ威力が上がる。ということはだ、スペルキーを唱えるまでに拠点中に魔力がとどまると・・・」

 

ボンッ!!だ。とリヴェリアは説明する。つまり、攻めようが守ろうが変わらない。むしろ、防衛側に回った場合、敵が来るまでに魔法を放ち続けて起爆してしまえばいい。数の暴力など知ったことではないのだ。

 

■ ■ ■

 

「・・・・あの」

「なんだい?ベル君」

 

僕はどうして今、じゃが丸君の神様とじゃが丸君を売っているんですか?と思わず質問してしまう。あの後、ホームに戻ってアストレア様と眠っていたと思ったら目が覚めるとそこにいたのは輝夜さんで、アリーゼさんとアストレア様は出かけてしまって神の宴もあって数日留守になると伝えられた。少しショックだったけど今の、怒りに身を任せて問題を起こした僕を見られるよりは良いのかな・・・なんて考えて蹲っていると、溜息をついた輝夜さんに小脇に抱えられ、朝風呂に入れられ、朝食をとらされた。皆僕を怒ると思っていたのに、放たれたのは

 

「「「おはよう」」」

「「「体は大丈夫?」」」

という、いつもの言葉だった。僕は何度も『ごめんなさい』を繰り返して朝食をとって、今度は輝夜さんに手を引かれて外に連れ出されて、じゃが丸君の神様の前に何故かいた。

 

「少し、この神と一緒にいろ。あれだ、カウンセリングというやつだ」

「輝夜さんは?」

「近くにいる」

「・・・置いて帰らない?」

「ああ」

 

そうしてじゃが丸君の神様にじゃが丸君作りを教わっては手伝わされていた。じゃが丸君1つが30ヴァリスに・・・小豆クリーム味が40ヴァリス・・・。これが・・・・これが・・・

「これが、じゃが丸君の神様が司っている『眷属を増やす種』・・・」

「おい!僕はじゃが丸君の神様じゃないぞぉ!?僕がじゃが丸君の神様なら、タケだってそうだ!!僕の名前はヘスティアだぁ!!・・・というか、その、『じゃが丸君を食べると眷族になる』ってのは冗談だからいい加減忘れてくれぇ!!おばちゃんに怒られる!!」

「じゃあ・・・土下座を司る神様?それに、タケ?」

「タケは、タケミカヅチさ!君が助けた冒険者のファミリアの主神だよ。・・・おいちょっと待て。土下座を司る神様ってなんだ!?聞き捨てならないぞ!?」

「えっ、だって・・・『雨だろうが関係なくヘファイストスファミリアのテナント前で叫びながら土下座をしていた』って。ロキ様が」

「あんのロキィィィィイ!!落ち込んでいる君を自棄酒に誘ってやった僕の恩を仇で返したなぁ!?よし、ベル君!覚えておくんだ!!ロキはね、『台所を司る神』なんだよ!」

「・・・台所?」

「ああ!だから、ロキに何か言われたらこう言ってやりな『ふっ、あなたは早く台所に帰るんだ。食材たちが貴方の上で捌かれるのを待っているぜ』ってね!」

 

ヘスティア様は親指を立てていい顔をして、僕にそう言った。すると『くっちゃべってないで、働いて頂戴!ヘスティアちゃん!!』とおばちゃんから雷が落ちて、ヘスティア様は謝りながらいそいそと仕事を再開する。そして今度は真面目な口調で僕にお悩み相談というか、お喋りを促してきた。

 

「アポロンのところにちょっかいを出されたらしいね。リリルカ君から聞いたよ、君が今まで見たことないくらい怒ってたって」

「・・・リリ、怖がってなかったですか?」

「いや、あの子は強いぜ?元いた環境が環境なだけにね。むしろ君の事を心配していたよ、顔も見せないからって」

「・・・・会いづらくて」

「何があったか、聞いていいかい?」

 

僕はヘスティア様に、リリ達に話したことを同じように説明した上であの酒場で『会いに来てくれて迎え入れてくれたアストレア様を侮辱された』ことと『お義母さんのお墓がある大切な場所を汚されそうになった』こと、それで自分でもわからないくらい頭に血が上って他に人がいようがお構いなしに魔法を使ってしまったことを話した。ヘスティア様は僕が話を終えるまで、作業を止めることなく黙って聞いてくれて僕が口を閉じると今度はヘスティア様が口を開いた。

 

「まったく、アポロンも馬鹿なことするね!無理な引き抜きをするために、子供を追い詰めるなんてね!いいかいベル君、君は何も間違ったことなんてしちゃいないぜ!怒って当然さ!!むしろよくやった!僕が褒めてやるぜ!」

「でも、アストレア様達に迷惑をかけました。」

「それの何がいけないんだい?」

「・・・・え?」

「家族を馬鹿にされて怒らない子はいないぜ。何より、『子供が親に迷惑をかける』なんて普通のことさ。最初から『良い子』な人間なんていないよ。君達は成長する、だから、今はそれでいいんだよ」

「・・・・でも、お義母さんは僕を置いていなくなりました。それは、僕が良い子じゃなかったからじゃ?」

「さぁ、それは僕にはわからない。だって、僕は暗黒期が終わってから降臨した神だからね。『大変だった』くらいにしか聞いてないんだ。もし仮に僕が暗黒期にいたら、子供達に泣きついて一緒に引きこもっていたか後ろ指を指されるのを覚悟でオラリオから逃げ出して田舎暮らしをしていたかもしれない」

 

黙りこくる僕に、さらにヘスティア様は「でも」と言葉を続けていく。

「でも、少なくとも君のお義母さんは君を置いていってしまったことを後悔していたから、アストレアに託したんじゃないか。君が羽織っているその『ヘラのローブ』だってそうだ、このオラリオでそんなのを持ってるのは君だけだし、何より君が堂々とそれを着ることができるのはアストレアの眷族たちのおかげだろう?君がオラリオに来るまでの間に、動き回ってたって聞いたぜ?『人殺しの子供』?はっ!知らないね!!僕の目の前にいるのは、『倒れた女神に抱き縋って泣き喚く寂しがりやな優しい子供のベル・クラネル』だぜ!?アポロンの言った言葉なんて、オラリオの誰が気にするんだい?むしろアポロンを指差して笑うだろうぜ。『だからなんなんだ?あの苦しい時代を知らないお前が語るな』てね!!だから、君は堂々と笑っていればいいのさ!」

 

不思議なことにあの時代で子供の犠牲者は少なかったらしいぜ。とヘスティア様は言葉を発するのを終えた。僕は思わず目を丸くして、おばちゃんの方を見るとおばちゃんも「どうでもいいね、そんなこと」と肩を竦めて笑っていた。

「僕は・・・・怒っていいんですか?」

「それが当然の権利だ。君は間違っていない。アストレアだって顔には出さないけど、怒ってるんだぜ?」

「僕は、あの人たちと一緒にいていいんですか?」

「当たり前だろう?君の家族なんだから。いつもみたいに、泣いて笑っていいんだぜ。仮に君がオラリオにいられなくなったとしても、アストレアは君と一緒に出て行くだろう。絶対手放さないさ、ベル君!『家庭に温もりを与える竈の女神』が保証してやる!」

 

その言葉にポロポロと涙を流して、僕はヘスティア様に「はい!」と言って精一杯の笑みを向けた。ヘスティア様も僕に笑みを向けてくれる。

「ひょっとしたら、アストレアと出会ってなかったら、僕の眷属になっていたかもしれないね。君は」

「・・・でも、僕はアストレア様が大好きです」

「かー――っ!!甘っ!!僕もリリルカ君に言ってもらいたいね!!あの子ったら僕に『眷族の1人や2人勧誘して来い!!』『サポーターの稼ぎ舐めんな!!』『毎日じゃが丸君とか地獄か!?』って言うんだぜ!?」

「ははっ・・・でも、仲良さそうですよ?リリ、いつも楽しそうですし」

「まぁ・・・否定はしないよ。ハハハ!!」

 

笑いあって、マスコットキャラでもあるヘスティア様に巻き込まれて僕まで女性冒険者に頭を撫でられたりしてヘスティア様のバイトの時間が終わって僕も輝夜さんが迎えに来てくれて帰ろうとする。そのときに、最後だけヘスティア様が僕に向き直って親指を立てて伝えてくる。

 

「君の怒りは当然の権利だ。だから・・・・あのアポロンに痛い目みせてやってくれ!ブチかましてしまえ!」

「・・・・はい!僕、頑張ります!」

「その意気だ!僕は全財産を君に賭けるからね!!」

 

賭けのことはよくわからないけれど、輝夜さんと手をつないで夕日を浴びながら帰路に着く。重たかった足は軽くなって、気持ちも少し軽くなった。そんな僕を見て安心したのか輝夜さんも少し微笑んで僕の手を強く握る。決して手放さないように。

「輝夜さん・・・」

「ん?」

「僕、頑張ります」

「ああ、頑張れ」

「・・・はい」

 

ひとまずの目的は、アポロン様に僕の怒りをぶつけてやろう。

そう思って僕は、ドン引きするヘルメス様に頼んでアルテミス様とヘラお婆ちゃんにはじめて手紙を送った。お義母さんの言い付けどおりに。

 

 

『いいかベル、変な神にちょっかいを出されたら、ヘラにチクれ。アルテミスでも構わん』



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孤軍奮闘

戦闘描写は難しいので、わかりにくいと思います。


ゴトゴトと馬車が揺れている。

朝日が昇り始めまだ朝露が光って見える頃、白髪の少年と、金髪エルフが戦争遊戯の舞台である『古城跡地』へと向かっていた。白髪の少年はまだ少し冷えて寒いのかローブに包まり金髪のエルフに抱きかかえられるようにして眠っていた。

 

「・・・ベル」

「・・・んぅ」

「ベ、ベル・・・起きなさい」

「あとちょっと・・・」

「駄目です。もう到着します。」

「んぅ・・・・」

「あっ、ベルっ、ぐりぐりしないでください・・・む、胸がっ・・・くすぐったい・・・っ」

「・・・んむぅ?あぇ?」

「な、何ですか?」

 

どうして僕は、座っているリューさんと抱き合うみたいにして眠っていたんですか?そうベルが聞くと、耳を赤くして目を逸らす。どうしたのだろうか、とても良い匂いで柔らかいのに。アリーゼさんが以前、言っていたことをふと思い出した『良いベル?リオンのお胸とお尻はとっっても!柔らかいのよ!アレを枕にしたらきっと幸せな夢を見れるわ!』と。・・・・・やっぱり嫌だったんだろうか。

 

「・・・僕に触られるの、やっぱり嫌?」

「っ!そ、そんなことはない!むしろ触ってください・・・あぁ、違う!そうではなく!?」

「?」

「・・・・はぁ。いえ、慣れない、恥ずかしい。それだけです、気にしないでくださいベル。まだ冷えて寒い・・・・だからもう少しだけこのままでも構いません。ただし、眠っては駄目です。」

「う、うん」

 

そう言われて、僕はリューさんと抱きしめあいながら毛布に暖をとってこれから起こる戦争遊戯についての再確認ということで話をすることになった。

戦争遊戯の戦場として選ばれたのは【シュリーム古城跡地】。森も丘も存在しない平原の真ん中に堂々と建つ城砦は、古代に築き上げられた防衛拠点のひとつだ。まだ巨塔(バベル)と巨大都市が完成する以前、ダンジョンの大穴から出現するモンスターの進撃を背後の都市や町から遠ざけるため、あるいは食い止めるため、こういった砦は迷宮都市の比較的近隣の地域に数多く造られていて今ではほとんど廃墟化しているが、このシュリーム古城跡地に限っては、王国(ラキア)が一世紀以上前まで要衝として長く使用されていたこともあって寂れてはいるものの城壁を始めとした機能がまだ生きている。

城壁には崩れた跡のある塔がいくつもあるが、その石造りの壁の高さが優に10Mを超える。幅も十二分にある外壁を突破するのは、少なくとも魔法を用いない限りは上級冒険者をもってしても一筋縄ではいかない。

 

「まずはベル、この戦争遊戯での有利不利は?」

「えっと、有利なのは【防衛】に専念する必要性がないこと。不利なのは数で劣っていること。」

「正解です。では、勝利条件は?」

「敵の大将首、ヒュアキントスさんを討つこと。もしくは、相手方の数を半数戦闘不能にして時間が終わるまで隠れるなりすること」

「敗北条件は?」

「僕かリューさんのどちらか、もしくは2人とも戦闘不能になること」

「よろしい」

 

目的地に到着して、翌日のために体を休めるためのテントを立てて体を動かすなりして時間を潰していく。もちろん、確認は怠らない。

 

「ではベル、武器や体に不調は?」

「うん、ないよ」

「・・・・やけに余計なものがあるようですが」

「アリーゼさんの下着……なんで入ってるの?」

「わ、私は知らない!断じて!そしてその事ではなくその壺です!」

「えっと・・・これのこと?」

 

僕はリューさんに指摘された余計なものが入っている、ちょっと大き目のバックパックを開けてリューさんに見せる。するとリューさんは「この子は何をするつもりだ・・・」と言わんばかりの表情をする。

 

「えっと・・・相手は数が多いから、突っ込むときにブチ撒けようと思って。冒険者でも酔わないわけではないでしょう?」

「まぁ、そうですが・・・普通はしませんよ、こんなこと。はぁ、ではこれをつけるようにしなさい。私が戦闘の際に使っているマスクです。貴方まで酔ってしまっては意味が無いでしょう?」

「・・・・間接キス?」

「~~~っ!!そ、そんなことは言わなくていい!」

「えっと、ありがとうリューさん」

「はぁ・・・ええ。どういたしまして。・・・・そのカナリアは?」

「えっと、取り外し可能でヴェルフが自由に動かせるようにって改良してくれた。アスフィさんと合作。尻尾みたいに動かせるよ」

「・・・・あの微妙な顔が忘れられません」

「う、うん・・・・」

「ではベル、最後に聞かせてください」

 

最後に、火を囲って夕食をとりながら話しているとリューさんは最終確認と口を開く。僕が戦争遊戯をするにあたって、アストレア様にお願いした我侭のことだろうというのはすぐに分かった。僕はアストレア様にしたお願い・・・それは【僕1人でアポロン・ファミリアと戦う】ということ。アストレア様は僕の目をじっと見てから、了承してくれて「ただし、リューは同行させるわ。あなたがやりすぎないようにするためのストッパー。この条件だけは飲んでちょうだい?」と言っていた。

 

「あの酒場での一件の時の様に、怒りに飲まれての判断ではないことくらい、目を見ればわかります。ですが・・・大丈夫なのですか?」

「酒場の時みたいなことはしない・・・・それでも、僕が怒ってることをアポロン様に見せ付けたいって思って。あとは、あの魔法でリューさんを巻き込みたくないから。それに・・・」

「それに?」

「ヘスティア様が・・・・『君の怒りは当然の権利だ。間違ってない。』ってアストレア様達と、みんなと一緒にいていいんだって、アルフィアお義母さんの子供だって胸を張っていいんだって言ってくれたから。だから、僕は大丈夫だよ」

「・・・・そうですか。では、私はあなたがやり過ぎないように見守ることにします。」

「・・・・うん、お願いします」

「ちなみに、使うのは【追加詠唱】で間違いないですね?」

「うん。だから、僕が城に入り込んだら、サングラスをつけておいて。巻き込まれるかもしれないから」

「わかりました。」

「では、もう明日に備えて寝るとしましょう」

「くっついていい?」

「・・・今日だけですよ」

「今日だけ?」

「うっ・・・・た、たまになら」

 

 

■ ■ ■

「物資を運べ。補修できるところは可能な限り進めろ」

月が高く浮かぶ深夜の時間帯。戦争遊戯を明日に控えた【アポロン・ファミリア】は古城の中で最後の前準備を行っていた。現地入りを果たしている彼等の総人数はおよそ110名。派閥に所属するほぼ全構成員だ。部隊長の指示のもと、それぞれの団員が城壁の修繕作業や予備の武器や道具、食糧の保管と配置に謹んでいる。

 

「ふん、くだらん・・・・そうまでしてあの小僧を手に入れる価値があるのか?」

 

城砦の中でも一際高い塔、玉座の間で団長である美青年のヒューマン、ヒュアキントスは鼻を鳴らしていた。戦争遊戯の形式が攻城戦ということもあり、交戦期間は3日と定められている。勝敗条件は大将であるヒュアキントスが期間内まで生き延びるか、あるいは敵大将・・・ベル・クラネルを戦闘不能にすれば、【アポロン・ファミリア】の勝利だ。たとえ疾風が現れたとしても、Lv2の団員を守りながらでは数の暴力の前に苦戦は必須だろうと考えていた。あの白髪の少年に執心する主神に対して、ヒュアキントスは不満を溜め込み周囲で動き回っている団員を無視し、奥にある玉座をどかっと腰を下ろす。玉座の背後の壁には弓矢と太陽を刻んだ【ファミリア】の旗。潔癖な彼が団員達に、部屋を掃除して相応に美しく飾れと命じたのだ。

 

「無意味な遊戯だ・・・」

 

 

 

「――なーんて、ヒュアキントスは言ってるんでしょうね」

堅牢な城壁の上で玉座の塔を見上げながら、短髪の女性幹部、ダフネはぼやく。

王国の手で改築と補強を加えられたこの砦の作りは少しおかしく、見栄と贅を好む主神が命じたのか、玉座のある極太の塔が砦の中にこれみよがしに建っているのだ。質実剛健の城砦に王城のような華やかさが持ち込まれていて、その塔の上でたなびいている自派閥の旗を見つけると、失笑したくなってしまっていた。溜息をつきながらも、団員達に外壁の補修を急ぐように指示を飛ばし、自分の仕事をこなす。

そこに、両手で自分の体をかき抱きながら長髪の少女・・・カサンドラが震える声でダフネを呼んだ。

 

「ダ、ダフネちゃん・・・」

「なに、どうしたのよ。相変わらず顔色が悪いわね」

「・・・ここから、逃げよう?」

「はぁ?」

「城は・・・補強しても、意味が無いの・・・。」

 

またいつもの夢の話か。とダフネはうんざりとした表情を作った。

「今更そんなことできるわけないでしょ?いい加減諦めなさいよ。相手は2人なのよ?」

「お願い、お願いだからっ信じて・・・じゃないと、じゃないと・・・っ!白い兎さんに蹂躙される・・・」

全くあてにならない【予知夢】の出来事を、ダフネに取り縋るように訴えるも結局、ダフネは聞く耳を持つことはなかった。ただ、今日はいつも以上にしつこい、碌に寝てないの?くらいにしか思っていなかった。

 

 

やがて、長い夜が明ける。

 

■ ■ ■

その日、都市は様々な賑わいを見せていた。

待ちに望んだ戦争遊戯当日。朝早くから全ての酒場が店を開き、街のいたるところで出店が路上に展開されていて尋常ではない熱気と興奮が溜め込まれていた。今日ばかりはほとんどの冒険者達が休業し、酒場に詰め寄せ観戦準備を整えており、なんなら商人と結託した冒険者主導で賭博まで行われているほどだ。それでも、一部では『少年のことを心配する声』や『もうバベル前のベンチで日向ぼっこをしている姿を見れなくなったらどうしようと嘆く声』や『某太陽神のお葬式ごっこ』をする神や『怒ったアストレア様もイケるぅ!!』などと言っている神をゴミを見る目で眺める冒険者・・・と様々な空気があちこちに漂っていた。

 

『あー、あー!えーみなさん、おはようございますこんにちわ。今回の戦争遊戯実況を務めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アーチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後お見知りおきを』

 

ギルド本部の前庭では舞台が設置され、実況を名乗る褐色の肌の青年が魔石製品の拡声器を片手に声を響かせていた。

『解説は我らが主神、ガネーシャ様です!ガネーシャ様、それでは一言!』

『――俺が、ガネーシャだ!!』

『はい、ありがとうございましたー!』

その声と共に、観衆は一斉に喝采を送り、盛り上がりを見せていく。

 

 

 

「おー、盛り上がっとるなぁ。神々(うちら)の求める至上の娯楽の1つとは言え、この盛り上がりもおもろいもんやで」

 

白亜の巨塔『バベル』30階。戦争遊戯を誰よりも楽しみにしていた神々の多くが『バベル』に赴いていた。代理戦争を行う両主神アストレアとアポロンもこの場で待機しており、それ以外の神々の中には酒場で冒険者達と混じって楽しむ者、ホームで眷属達と見守る者と様々だ。【ロキ・ファミリア】主神、ロキはこれから起こる娯楽を涎を垂らして待ちわびる・・・いや、それもだが、この娯楽のオチも楽しみで仕方が無いのだ。故に、窓に張り付いて地上での盛り上がりを見て気分を高揚させていた。

 

「・・・・ロキ、はしたないわよ?」

「なんやフレイヤ、おったんか。珍しいな自分がこっちで見るなんて。」

「まぁ・・・・あの子が気になって」

「なんや、ちょっかい出す気か?」

「・・・・・ノーコメント」

「なんやその顔、何かあったんか?」

「聞かないで・・・」

「えぇー・・・」

 

微妙な顔で席に着くフレイヤに続きロキも席に着く。そして、少し遅れてパタパタとツインテールを揺らしながらやってくるのは、炉の女神であるヘスティアだ。『おお、ロリ巨乳が今日も揺れているぞ!』『あの紐が本体らしいぞ!』『じゃああの乳には何が詰まっているんだ?』『浪漫じゃよ』『『『おお~~』』』などと少し賑わっていたがすぐに殺気を立てたヘスティアを見て顔を逸らした。

 

「あーっと、ごめんよ。急に呼ばれて遅れてしまったよ。まだ遅刻じゃないよね!?」

「なんやドチビ、呼び出されたってなんやねん。ヘルメスはどないしたん」

「そのヘルメスに呼ばれたんだよ。『悪いヘスティア、俺ちょっと腹が痛いから俺の代理をやってくれ』ってね。戦争遊戯中には間に合うはずだって言っていたよ」

「ほぉー・・・まぁええわ。はよ、はじめーや」

「もちろんさ!一度、やってみたかったんだよね~これ。っていうか、フレイヤ、その顔はどうしたんだい?」

「いいから」「ええから」

「え、えぇ~」

 

そうして、ヘスティアは咳払いをして顎を上げ宙に向かって声を上げる。

「よし!ヘイ、ウラノスぅ!『力』の行使の許可を!」

その言葉から数秒の間を置いて、老神の声が返ってきた。

【―――許可する】

その言葉を聞き届けると、オラリオ中にいる神々が一斉に指を弾き鳴らした。瞬間、酒場や街角、虚空に浮かぶ『鏡』が出現し、都市の至る所で無数に現れたその鏡に人々は色めき立ち戦争遊戯がいよいよ始まる。とさらなる興奮で心を震わせていた。

 

『では鏡が置かれましたので、改めて説明をさせていただきます!今回の戦争遊戯は【アストレア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、形式は攻城戦!!両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘がなるのを待ちわびております!』

酒場や大通りなど場所に合わせて大きさが異なる円形の窓には、太陽の旗を揚げた古城、そして平原が映し出されており、一気に盛り上がりを見せる都市全体に対し、実況が拡声器を通して戦争遊戯の概要を説明する。

 

 

「やぁ、アストレア。ベル・クラネルとの別れはすませたかい?」

「・・・あらアポロン。あなたの方は覚悟はできているの?」

髪をかき上げ薄ら笑いを浮かべるアポロンに対し、椅子に座っているアストレアは微笑を持って言葉を返した。もっとも、アストレアの醸し出す雰囲気というか、言葉を聞いていた周りの神々は

「アストレア様がめっちゃ怒ってる・・・でもそれはそれで」

「私もオシオキされたいですぅ!」

「ゴミを見る目をこっちにください!アストレアさまぁ!!」

などと別の意味で盛り上がっていた。これから起こる出来事のオチを大体予想しているロキ、フレイヤ、ヘスティアは心底腹の中でアポロンに対してそれこそ同情を持つレベルで笑みを浮かべていた。

 

『それでは、間もなく正午となります!』

実況者の声がはね上がり、ギルド本部の前庭にざわめきが波のように広がった。

そして、すぅーっと息を吸った実況者が号令を下す。

『それでは、戦争遊戯・・・・開幕です!』

その号令のもと、大鐘の音と歓声とともに、戦いの幕は開けた。

 

■ ■ ■

同時刻、最終準備を整えストレッチを終わらせて開始の合図を待つ、ベルとリューは最後の会話を交わす。ベルは目を閉じ、リューはベルの背中・・・恩恵のある場所に手を当てて。

 

「いいですか、ベル。私はあくまでも貴方がやりすぎてしまった場合のストッパーです。私の役目が必要とならないことを願います」

「はい」

「アストレア様とアリーゼからの伝言です。『普段出せない全力を出しなさい』『だけど殺さないように』『鬱憤を残さないようにあなたの思うようにしなさい』以上です。まぁ・・・怒っている分、スッキリするだけ暴れてきなさい。そういうことでしょう」

「・・・・はい」

「大丈夫、あなたがアルフィアの子であろうと関係ありません。そのためにアリーゼは、私たちは6年の時間を費やしたのだから。」

「・・・はい」

 

やがて開始を告げる銅鑼の音が、遠方から響き渡ってきた。それを聞いてベルは目を開けてリューに背を押されて、少しずつ戦場へと走り出した。

 

「行ってきなさい」

「行って来ます!」

 

 

 

広い城砦では、それぞれに城壁で見張りが目を張り敵が現れるのを警戒していた。あくまで警戒しているのは、Lv4の【疾風】でありLv2の【涙兎】など既に思考から外れている者すらいた。平野にはほとんど物陰はなく、時折思い出したように岩の塊が存在するが、隠れられるほどでもない。北から東にかけて僅かな緑と荒野が続き、南の彼方には川、西の方角には林が見える。警戒すべきは【疾風】の高威力の長文詠唱魔法だ。近づいてくれば、矢の雨を降らせ、遠方で姿を見せれば狙撃してやると見張りの者たちは口にする。

その時だった。鐘楼の音と共に、城壁の正面に轟音と破壊の衝撃が走り、城内は一瞬で混乱に見舞われた。今も続く鐘楼の音と何かを叩きつける轟音に騒然となる周囲。やがて、静かになり、正面の入り口から外に飛び出した者達は、その光景を確認するまでもなく、後続の仲間達の目の前で体が横へと吹き飛ばされ言葉を失った。一瞬見えたそれはまるで、怪物の尾のようにしなる檻のような塊であり、城壁をいともたやすく破壊していた。

 

「な、何が起きた!?」

「信じられねぇっ!?敵がいねぇぞ!?」

「どこだ!?数は!?【疾風】はどこだ!?」

「い、いない!どこにも!!先に出たやつは瓦礫の横で気絶してる!!」

 

混乱し、騒ぎ出し、周囲を武器を構えて互いの背中を預けるように警戒する彼等は頭上から飛来した物体によって影に覆われ、投擲された礫によって雨が降りそそいだ。

 

「ぶへぇあっ!?」

「くっくせぇっ!?」

「さ・・・酒ぇ!?これ、酒だぞ!?」

「うっぷ・・・しかもこれ、きつ・・・まさか、【ドワーフの火酒】!?」

「いや、市販されている【神酒】の味もするぞ!?うっ・・・頭がまわらねぇ・・!」

 

頭上から降り注いだ、酒気を帯びた【生暖かい雨が降り注ぎ、その雫を飲んだ者達はたちどころに酔い潰され地に這い蹲った】。そんな彼等に止めを刺すように尾のように振り回される銀の檻が叩きつけられた。仲間がやられてようやく、やっと姿を確認できた者達は慌てて攻撃をしようと矢を、魔法を、剣を持ってして襲い掛かる。

「『福音(ゴスペル)』」

しかし、それも、たった一言で沈められる。

もう既に数発も放った魔法によって檻からは火の粉が散って彼に近づこうとする者達を破壊していく。

 

■ ■ ■

「じょ、状況を報告しろぉ!?何がどうなっている!?今の音はなんだ!?魔法か!?」

突如訪れた破壊音によって城内では怒号と悲鳴が飛び交っていた。確認できない、認識できない、認識した頃には目の前にいる敵によって報告すらままならない。

 

「ひ、1人だ!相手はたった1人で攻めてきた!!」

「はぁ!?1人ぃ!?【疾風】か!?」

「ち、違う!!ベ・・・ベル・クラネルだ!!正面から堂々と来やがった!!」

「くそぉ!!お前達、俺に続け!!城内にいれるなぁ!!」

 

情報すら集まらない状況で、城内に攻め込ませるわけにはいかないとエルフの小隊長(リッソス)に率いられた部隊はすぐさま敵がいるであろう場所へ「決して固まるな!」というリッソスの指示に従い急行する。やがて見えたその姿にリッソスは、驚愕し、一部の者はいまだ認識ができていなかった。リッソスが見たその姿は、当たり前のように、自分達を待っているかのように立っている白髪で腰に届くほどの長髪で目を閉じていた姿だった。そして、自分達が現れたことを確認すると、目を開いて言葉を唱えた。それは彼のスキルを知らなければ魔法と誤認しても仕方がないことだろう。

 

「・・・『こっちを見ろ』!!」

 

その言葉の後、ようやく彼のことを認識できていなかった者達が彼のことを認識した。そして自分達の命が終わるかのように時間の流れがゆっくりとしていき、何とか運よく避けたリッソスを除いた団員達は彼の回りで【尾のように暴れる火を帯びた鉄の檻によって暴風の如く悉く意識を刈り取られ吹き飛ばされた。】リッソスは固まってはいけないと走り出して、短剣によって鋭く斬りこんだ。斬りこんだ、はずだった。

 

「【天秤よ傾け――】。」

 

いつの間にか、自分は切り伏せられており、自分が持っていたはずの短剣は目の前の少年が持っていた。そして、自分の手には、さっき倒された仲間の折れた武器が握られていて、そこでリッソスは意識を手放した。リッソスを倒した後も、少年は襲い掛かってくる団員達の武器を魔法によって入れ替え切り伏せ、音の魔法の効果によってガラスのように砕け散っていき・・・・少年が進む後ろには【砕け散った鉄の道】が出来上がっていった。

 

 

 

『な、何が起きているのでしょうかー!?戦場に現れたのは【涙兎(ダクリ・ラビット)】ただ1人!、まさかまさかの大蹂躙だー!!私にはまったくもって何が起きているのかわかりません!実況なのに!実況できません!!』

オラリオで早くもその蹂躙劇を見せ付けられ、驚愕と興奮、様々な感情が人々に伝播していった。宙に浮かぶ『鏡』の中では煙を上げる城壁に補修など無意味と言わんばかりに破壊し大勢の上級冒険者を相手に、武器を砕きながら倒していく少年の姿が映っている。大通りに出ている観衆はその姿がもういっそ美しく見えて色めきだち、時には青い顔をしていた。

 

 

『ガ、ガネーシャ様、あれは一体何が起きているのでしょうか!?』

『うむ・・・わからん!きっとガネーシャだ!!』

『解説してくれませんかねぇガネーシャ様ぁ!!』

ギルド前の実況と解説はもう既に意味を成さず、もういっそ一緒に興奮してしまえっ。もぅどうにでもなーれっ。と投げ出していた。アーディは初めて見るベルの本気に興奮しながらじゃが丸君を食べていた。中央広場に建つ巨塔では、神々の多くが叫び声を上げていた。

 

「ぎゃあああああウチの(癒し)があああああ!!」

「戦場に酒ブチ撒けて酔い潰すヤツなんて知らねえぞぉ!?しかも追い討ちとか鬼か!?」

「しかも何だあの戦い方!!武器が入れ替わっては魔剣みたいに砕けていくぞぉ!?」

「酒飲みを泣かして、鍛冶師まで泣かせにきてるぞあの兎君んんん!!」

「【アポロン・ファミリア】の対応は早いといえば早いけど、襲撃が突然すぎるなぁ」

 

道化の神と酒好きの神が咽び泣き、鍛冶の神は笑みをヒクつかせ(いやでもあの子の魔法だし仕方ないわよね)、どこかの酒神のホームでは偶々見ていた神ソーマが「・・・・メンゴ」と何故か謝り、何が起きているか理解が追いつかず円卓ではアポロンが目を見開いて固まっていた。アストレアを見ても、彼女は子供の晴れ舞台を見るように微笑んでいる。

「お、今度は走り出したぞ」

戦場を映す『鏡』の中では、少年が少しずつ加速しながら、敵を『誘い出す』ようにしながら、城砦の中庭を目指している姿があった。

 

■ ■ ■

 

「ンー・・・彼って普段あんな戦い方をするのかい?アイズ」

「えっと、普段はダンジョンに行ってもモンスターがあの子を認識しないから・・・必然的に『多数対1』の戦い方をするけど、本気で戦ってるところはみたことない、かな」

「ていうか、時々ベートの足技をしてるように見えるんだけどー、何教えたのさー」

「っるせぇ!俺は兎とダンジョンになんざ行ってねぇ!!」

「戦い方は、【紅の正花】や【大和竜胆】が叩き込んでいると聞いたが?」

「道具を使うのは、ライラあたりかな?」

「ふふっ・・・相手の剣を奪って使う・・・か。昔アイズの剣を奪っていたのを思い出したぞ。」

 

 

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館では少年が普段見せない戦い方を見て、驚愕を表せ、暗黒期のあの戦いを、あの人物を知るものは懐かしいものを見るような目をしていた。戦い方は見よう見まねなのか、粗のほうが多い。それでも、その粗が気にならないほどの勢いはあった。『音』の魔法の使用回数は既に10を越えており、鏡を通しても音がやけに響いて聞こえていた。少年に近づけさせないように炎上する檻は暴れ周り、魔法で武器を入れ替え切り伏せていく。壁や物陰に隠れる者もいるが、それをお構い無しに破壊し土煙から腕が伸び引きずり出されゼロ距離で魔法を囁かれ再起不能にされる。このサイクルでどこかを目指して進んでいくのが『鏡』に映っているが、炎を帯びた檻も相まって悪魔にも見えていた。

 

「・・・ガレス、落ち込まないでくれ」

「いや・・・いいんじゃ。ああいう戦いも確かにあるのだろうよ。」

「ほら、そういえば彼がロキ宛に贈り物を寄越していただろう?たしか、酒壺だったはずだよ。『ごめんなさい、これ、ザルド叔父さんの置き土産みたいだけど、口に合わないので半分あげます』って書いてあったよ。あとでロキと飲むといいさ。」

「何ぃ!?ザルドの酒じゃとぉ!?よし、許す!!許すぞぉ!!」

「はぁ・・・まったくこいつは」

 

愛しい子供を抱くように酒壺を撫でるガレスに頭を押さえながら溜息を零すリヴェリアに、少年の戦いを見る最近一緒にダンジョンに行くようになった面子は目を輝かせる。やがて、少年は大勢の敵を引き連れて城内に入り込み、中心地、中庭へと到達し足を止めた。

「あっ、アルゴノゥト君、何かするみたいだよ!」

「えっと・・・アレはステイタスダウンの魔法、かな?」

「分かるんですか?」

「レフィーヤは見てないんだっけ・・・うん、そうだよ」

 

あの子、いくつ魔法持ってるんですか?そんなことを言うレフィーヤだが、まさか追加詠唱まであるなど知る由も無くこの後「あの子とは仲良くしよう。うん、絶対」と誓うことになる。

 

■ ■ ■

 

「囲めぇ!魔導師隊、弓隊、一斉にうてぇ!!」

「駄目だ、あの尻尾みたいなのが邪魔で詠唱なんてとてもできねぇ!!」

「ていうか、何で俺達『誘い込まれてる』んだよ!?」

 

いつの間にか、大半の団員が少年を、ベルの後を追い、囲んでいた。気が付けば城砦の中庭、突然足を止めたことに疑問を抱くも早く倒さなくては不味い。という気持ちが彼等を焦らせた。そして、ベルは唱え始めた。その歌を聞いて、彼等は顔を蒼白させていく。

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)ダウン!」

ベルの元に集まってきた団員達のステイタスが一気に下がり、彼等は膝を着いた。でも、まだ終わらない。よく見れば少年は目を閉じ、眉間にしわを寄せゆっくりと頭上の太陽に向けて指を刺してさらに唱えた。彼等はようやくそこで、『怒らせてはいけない相手を怒らせた』と気づき、まさかの追加詠唱の存在に、団員は愚か、神々も、人々も悲鳴を上げた。唯一、予知夢を見た少女だけが「太陽を見ちゃだめ!」と叫んでいたが、誰の耳にも入らなかった。なぜならば、その追加詠唱は・・・

 

(リューさんちゃんとサングラスつけてるよね。大丈夫だよね。使うのは初めてだけど・・・)

「・・・・【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」

 

 

その追加詠唱は、かつてオラリオに絶望を叩き付けた絶対悪たる神の名を冠していたのだから。

 

 

 

 

そして、戦場は夜闇に包まれた。



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ディア・エレボス

気に入っていた作品が消えたときのダメージはでかい


 

 

「―――【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」

 

 

その詠唱を後、戦争遊戯の舞台の中心である城砦は突如として夜闇へと変化した。太陽神たるその眷属達は揃って大地へと平伏し立ち上がろうにも力すら出ず、呻き声を上げ、次第に見えない何かを見るように目を震わせ、怯え始めた。

その詠唱を聞いた神々は、一瞬の静寂の後に驚愕の声を上げ、太陽神たる神アポロンは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり言葉を失った。

 

 

「おいおいおいおい!なんなんだあれは!?」

「エレボス!?エレボスって言ったか!?あの子は!?」

「ていうか・・・・嘘だろ、まさかあの場所だけ昼から夜に変わったのか!?」

「ていうか、誰も動かなくなったぞ!?」

「どどどど、どういうことだ!?」

「ア、アストレア!?これは一体どういうことだ!?アレは何だ!?」

 

動揺する神々の最後、ようやくアポロンは言葉を、疑問を女神アストレアに投げつけた。

「私も、アレは初めて見るから・・・説明のしようがないわ。」

「アストレア、あの子はエレボスとどういう関係なんや?」

「何の関係も何も・・・姿を見てしまっただけよ?あの子にとってのトラウマであり絶望の象徴」

「?」

「ある晩、アルフィア達と暮らしていたあの子の家にエレボスが現れてベルはエレボスの姿を見てしまった。そして、朝目が覚めるとアルフィアとザルドはいなくなっていたのよ。それ以来あの子は暗い場所を嫌うようになった。そこにエレボスがいて自分を見つめているんじゃないかって。」

「つまりあれか?あの魔法はトラウマが形になったっちゅーことか?」

「・・・・・アルフィアの墓に『黒い魔導書』があったのよ。恐らく、エレボスが置いていったもの。それに細工がされていたのかはわからないけれど、結果としてエレボスの名を冠する魔法が追加詠唱という形で現れてしまった。あの子はそれを見て泣き出してしまったけれど、今使ったということは、怒りの丈のほうが勝っていたんじゃないかしら?」

「ふぅん・・・・まず1つ目の詠唱で『ステイタス』を大幅に低下させて、追加詠唱で全員が行動不能・・・いえ、それどころか恐怖に染め上げられているわね。エレボスは暗黒地下世界の神、だからこそ昼が夜になり、あの子の恐怖の、絶望の象徴であるが故に子供達はああして動けなくなっている・・・・いわばあの魔法は『恐怖の植え付け』。アレに抗える子はいるのかしらね?」

「フレイヤ?わかるのかい?」

「大抗争の際、『神の一斉送還』が行われ、恩恵を失った子が多く命を落としたわ。すこし、似ていると思っただけよ。ヘスティア」

 

アポロンは女神達の会話を聞いて震え上がる。一瞬だった。一瞬で終わった。ただでさえ暴力的なまでに自分の眷属達は蹂躙されていたというのに、それを魔法でさらに戦意さえ奪って見せたのだから。眷属達のことは信頼している。信頼しているが、これではどうしようもない!ベルを追って集まった眷属達は全員が全員、地に伏せ体を震わせ、もういっそ意識を奪ってくれたほうが楽だとさえ思うほどに、どうしようもなかった。

 

■ ■ ■

【アストレア・ファミリア】本拠【星屑の庭】

団員達もまた、ベルの追加詠唱を見て言葉を失っていた。

発現していたことも、それを嫌がって女神に縋って泣いていたのも知っていた。だから使うことはないだろうと思っていた。

 

「おい団長様、ベルが追加詠唱を使ったぞ」

「え、えぇ・・・よほどお怒りのようで」

「それに顔色も悪くなっているぞ」

「そ、そりゃぁ・・・自分から暗闇の中に飛び込んでるようなものだから当然でしょう?」

「どういう効果なのかは?」

「知らないわ!だって一度も使おうとしないんですもの!」

「それで・・・アレはどういう効果だと思う?」

「うーん・・・たぶん、それぞれが恐れる存在を見せてるんじゃないかしら?ベルが暗い場所を嫌うみたいに。」

「幻覚を見せていると?」

「た、たぶん」

 

魔法の効果がまったくわからず、「ベルを怒らせないようにしよう」という結論へと姉達は強く決意した。もっともそうポンポン使えるような魔法ではないこともベルの様子を見れば分かるが。

 

「帰ってきたら甘えさせてあげよう・・・うん、そうしよう」

「駄目だ」

「えっ!?どうしてよ輝夜!?」

「私の番だからだ」

「へっ!?」

「私の番だ」

「あっあー・・・うん!オッケーわかったわ!」

 

戦争遊戯が終わった後のことを話していたのだろうが、その内容の意味がわかったのか全員が顔を赤く染めた。

そんな話をしていると、顔色を悪くしていたベルがようやく歩き出した。大将であるヒュアキントスがいるであろう場所を目指して砦の3階から伸びる空中廊下へと足を進めていく。

 

■ ■ ■

 

怖い・・・怖い・・・お告げが・・・お告げがそのまま、回避することもできず起きてしまった。太陽を直接見てはいけないとわかっていたのに、太陽を見ないといけないという欲求に後押しされるように私は見てしまった。私が見た太陽は、お告げの通り真っ黒だった。温かみなどなく、とても冷たかった。それ以上にそれは目のように感じた。

 

(怖い怖い怖い・・・み、見られてる・・・気がする・・・)

 

怯え震える私の元に、コツン、コツンと足音が近づいてくる。私が見たお告げの最後の一節・・・【抗うな、絶望しろ。我は汝らを陥れる恐怖の化身なり】。怖くて顔を上げられない、動くこともできない・・・!やがて足音は私の前で止まり気配が近くなった。指を絡めるように手を握られて初めて私はその顔を見た。その顔はさっきまで戦っていた少年ではなく、別の誰かに重なって見えた。

 

「た・・・・助け・・・てくだ・・・さい」

 

無理だ、もう詰んでいる。助けを請うても無駄だ。そう思っても怖くて怖くてついそんな言葉を漏らしてしまった。夢から覚めるときの最後の言葉、アレを聞いたらきっと折れてしまう。それは何より不味い気がしたから。私の手を握る存在は、一瞬握る力が強くなったかと思うと脱力して耳元で囁いた。子供をあやすように、優しく。その言葉を聞いて、私は意識を手放した。

 

「・・・・抗わないで、大人しく眠っていてください。それで全てが終わるから」

 

最後に見た姿は、どこか苦しそうな顔をした白髪の少年だった。

 

■ ■ ■

空中廊下から塔内に侵入したベルは、スキルの反応に頼って道を進んでいた。

玉座の塔は広く、古びた絨毯が石の床にどこまでも敷かれ、通路の壁には埃を被った絵画までかけられている。まるで主を失った貴族の城に迷い込んだかのようだ。

「――フッ!」

「!?」

物陰にひそみ、飛び出してきた団員の攻撃をベルは冷静に対処した。振り回される白刃に回避を重ね、反撃から【星の刃(アストラル・ナイフ)】で武器を弾き、上段蹴り。頬にめり込むベルの左足に「ガッ!?」と相手は飛ばされ床に転がる。

 

(【ディア・エレボス】は必ずしも全員にかかるわけじゃない?屋内にいたから?対処できないわけじゃないけど・・・魔法はもうそんなに撃てそうに無い・・・『入れ替え』だけなら2回。『福音』はもう必要ない。【カナリア】は塔に入るときに入り口に置いて来たから、あとは起爆させるだけ。)

 

ベルは自分の状態を確認しつつ、襲ってくる団員達を倒して進んでいく。中庭で魔法を使用したお陰か、玉座の塔にいる団員はもうかなり少人数にまでなっていて対処もしやすい。屋内にいたお陰なのか、動揺こそすれ戦闘する意思を持っている団員に対して魔法の効果を確認したが、やはり、周りにいる人たちが自分と同じように恐怖で震えているくらいしかわからなかった。

 

「て、敵襲!【涙兎】が来る!!」

伝令の団員が駆け込み、玉座の間に緊張が走る。

本丸であるこの塔にベルが進入したという報せもそうだが、急に空気が重くなったと思ったら、中庭で響いていたはずの戦闘音は一斉に音を消し不気味さを醸し出していて何とか情報を持ってきた団員に聞けば『全員が倒れ伏している』と言う。

玉座に腰掛けるヒュアキントスは、立ち上がり身に着けているマントを揺らし怒りに燃えながら周囲にいる団員に当たり散らす。

 

「ええい、何をやっている!?このような醜態を晒すなど・・・恥の極み!アポロン様にどのような顔を合わせろと言うのだ・・・!」

その美貌は眉間には屈辱がしわとなって現れており、良いように蹂躙されここまでの侵入を許した団員達と、そして己自信にもヒュアキントスは苛立ちを隠せない。

 

(それに何ださっきから聞こえているこの不気味な鐘の音は!?)

 

 

 

 

 

 

やがて人の気配が途切れ、通路にはベルの足音だけが響いていて残る反応は塔の最上階、玉座の間。大将であるヒュアキントスと、彼を守る近衛兵だろうと判断し、【星の刃】を強く握り締め、頭上を見つめる。そして深く深呼吸をし、スペルキーを唱えた。

 

「――【砕け散れ(エコー)】!」

 

玉座の塔を、城壁を、城砦を、戦場に溜まりにたまった音の魔力をもってして【カナリア】は大きく震え、大爆発を起こした。

 

■ ■ ■

 

「何だ今のおおおおおおお――――ッ!?」

バベルではさらなる絶叫に包まれた。

「あの『檻』は爆弾なのか!?」

「滅茶苦茶な威力だぞ!?城砦が粉微塵だ!」

「お、俺、あの兎さんとは仲良くしよう!!」

広間の中で沸きに沸く全ての神々。ベルが玉座の塔に入る際に置いていった魔力の影響を受け続ける【カナリア】は終末の音(アポカリプティックサウンド)とでも言うように一定間隔で音を鳴らしており、ベルのスペルキーを持ってして起こる大爆発に、驚愕の声と歓声が入り乱れていた。

そして、煙が徐々に晴れるとそこには瓦礫の上に立つベルがおり、風によって髪が乱れるのを押さえ、そして、背中のローブのエンブレムが漸く確認される。

 

「・・・、・・・っ!?ヘ、ヘラァ!?」

「アポロンざまぁwww」「その顔が見たかった!」「待ってましたぁ!!」

見えてしまった見えてはいけないものを見て、立ち尽くし開いた口が塞がらないアポロンに対して、ロキ共々はしゃぎ回る。

ヘスティアは「おぉーおっかねぇ・・・」と目を見開き、フレイヤは何故かウットリしており、ボソリと口を開いた。

 

「もうそろそろ、決着がつくわね」

「どんだけ魔法つかったんやろうなぁ、アレ。ちゅーかアポロン、鼻水たれとるぞww」

「ん?『どんだけ魔法をつかったんや』ってどういうことだいロキ」

「リヴェリアママが言っとったんやけど、あの子の音の魔法ってな、魔力がそのままその場に残るらしくてな。スペルキーで起爆させる威力は溜まった魔力に応じて変わるらしいんよ」

「つまり?」

「魔法を撃てば撃つほど威力が上がる。っちゅーことは、あそこは既に、いつ引火してもおかしくない火薬庫みたいな状態やったってことや。」

「あぁー・・・・なるほど」

 

髪を指でくるくるといじるフレイヤにニヤニヤと笑みを浮かべて解説するロキ。そして、「ああ、アポロン御愁傷様」と心の中で呟くヘスティアにすっかり憔悴して座り込むアポロン。その空間はそれはもう異様な空気を醸し出していた。

そこで、黙って鏡を見ていたアストレアがアポロンを見ることもなく言葉を継げた。

 

「―――ねぇ、アポロン?あなた、眷族を使ってあの子の・・・ベルの逆鱗に触れるようなことをさせたみたいだけれど・・・そんな方法で眷属として迎え入れられると本気で思っていたの?」

「ひっ・・・ま、待てアストレア!?な、何故、ヘラの眷属が君のところに!?」

「アホぬかせ、あの子はヘラの眷属ちゃうわ。」

「ヘラの眷属から産まれた子であり、ゼウスの系譜よ?アポロン。もっともそれはどうでもいい情報だけれど」

「あれ、フレイヤはベル君を知っているのかい?」

「・・・・」

「おい、フレイヤ。一々その微妙な顔するのやめーや、めっちゃ気になるやんけ」

「はぁ・・・あの子と仲良くなろうとする。それ自体は何も問題はないわ。でも、下手にちょっかいを出せば痛い目を見るわよ、アポロン」

「・・・ひっ」

 

ロキにいい加減喋れといわれてフレイヤは溜息をついて目を細めアポロンに遅すぎる警告を告げる。

「・・・あの子にちょっとチョッカイを出したら、私の神室に5体・・・いえ正確には8体のモンスターの死体が置かれていたわ」

「「は?」」

「フレイヤ、あなた、私のベルに何をしたの?」

「怪物祭と・・・ミノタウロス・・」

 

人差し指と人差し指をちょんちょんとぶつけてアストレア達だけに聞こえるように小さく呟くフレイヤ。心なしかその姿はお説教をくらう子供のようですらあった。むろん、アストレアは眉をヒク付かせた。なんならフレイヤの目の前でベルとイチャついて自慢してやろうかと思ったくらいには。

「何の死体が置いてあったんや?」

「ミノタウロスの首、四肢をもがれたライガーファング、耳を削がれたゴブリンが2体に4つのパーツを組み合わせることで完成するインプ。計8体よ?流石に腰を抜かしたわ」

「漏らしたん?」

「・・・漏らしてないわ」

 

フレイヤの部屋にそんなものをブチ込んだ犯人は誰だと言う前にロキが『漏らしたん?』などと言うものだから、男神たちは一斉に反応してしまう。

『フレイヤ様の清水だと!?言い値で買うぞ!』

『おい誰か、ドリンクバーをここに!』

『いや、もういっそここでフレイヤ様に湯に浸かっていただいてそれを頂こう!』

『『『それだ!』』』

あまりにも下品すぎる男神たちの発言に女神達はゴミを見る目をし、フレイヤとロキに「黙って」「黙れ」といわれ一斉に土下座をした。

 

「置いとっただけなん?」

「・・・・【余計なことをするな、次やったら殺す】ってメッセージがあったわ。ねぇ、アストレア?私あなたの兎さんと仲良くなりたいのだけれど・・・一日私のところにお泊りさせられないかしら?」

「駄目よ?」

「なら私がお泊りにいくわ」

「それも駄目よ?」

「・・・・残念」

「うーん・・・なぁ、アストレア、そもそもベル君はヘラと面識はあるのかい?」

「ないわよ?ただ、あの子の義母、アルフィアに『チョッカイを出されたら・・』って連絡先を教えられていたってだけで。ヘラ自身は知っているとヘルメスは言っていたけれど・・・」

 

ベルをヘラの元に置いておかなかったのは産みの母の判断であり、ゼウスとヘラによる【ラグナロク】にベルを巻き込みたくなかったのだろうと付け加えると、「巻き込まれてたらどうなってたことやら」とヘスティアは冷や汗を流した。

話が脱線しているとアポロンが震えながら、顔を白くしながら声を上げてくる。そして、女神達による口撃が始まる

 

「じゃ、じゃぁあのローブはどう説明する!?なぜそんなものを!?ヘラの眷属は昔オラリオを・・・」

「「「「それは重要な問題ではない」」」」

「はっ?」

「アポロンあなた、『お前の親は人を殺したのだから、子供であるお前も罪人だ』と何も知らない子供に言える?」

「関係のない話ね」「ああまったくだ」「どーでもええわ」

「アポロン、下界の子供たちは死後、天界で魂が浄化され、そして転生するけれど・・・その中から『かつてオラリオを破壊して回った人間』の魂を見つけ出して処分できる?」

「面倒くさいわ」「面倒くさいね」「タナトスでもやらんやろ」

「・・・、・・・っ!」

「むしろあの子の場合、神を恨んで神殺しをしたって仕方ないとさえ思うわよ?だって親を奪われたんだから」

「そういや聞いたで、アストレアの所有しとる土地にある『墓』を荒そうとか眷族に言わせたらしいな」

「あら、そんなことを言ったの?」

「へぇーあの泣き虫だけど優しいベル君が怒るわけだ。」

「「「そっちの方が罪重くなるんじゃない?」」」

 

反論の余地など与える暇もない女神の応酬に、周りの神々・・・とくに男神は冷や汗を流しアポロンに向かって『お前のことは忘れない』『まぁ、1万年後に会おうぜ』などと拝む始末。そして、そこで1人のやけに疲れた顔をした男神がやってくる。

 

「やぁ、アストレア。お待たせ。ヘスティア、悪い代理をさせて」

「ヘルメス、遅すぎないかい?まぁ、一度やってみたかったからいいけどさー」

「あらヘルメス・・・顔色が悪いわよ?」

「いやぁ~・・・ベル君に石を投げられそうになるわ、手紙を送って欲しいって言われて2柱の女神のところに行かされるわ、その2柱が暴走しかけてそれを説得するのに時間かかるわで大変だったよ」

 

いや、うん、割とマジで死ぬかと思った。とお腹を摩るヘルメスにさすがに悪いことをさせたと思ったのか謝るアストレア。

曰くある月女神は『私のオリオンを泣かせただと?子供達よ続け!オラリオを沈めるぞ!』などと言い放ち、ある大神の妻は手紙の内容を読んで無言でヘルメスを殴り飛ばした。「えっ、俺!?」とヘルメスは思った。何とか2柱の女神がオラリオに攻めて来ないようにするのにいっぱいいっぱいでヘルメスはそれはもう疲れきっていたのだ!なんなら正義の女神様に膝枕してもらいたいくらいには!!

そしてそこで、『鏡』に映る光景に変化が訪れ、戦争遊戯も終盤も終盤がやってきたことを表していた。

 

■ ■ ■

「はぁーっ、はぁー・・・・ッ!?な、何が起きた・・・!?爆発!?」

石材の破片を払いのけたヒュアキントスは全身を発熱させ、周囲を見渡し確認した。玉座の塔どころか、城砦そのものが崩壊していた。真下からの爆発により玉座の間ごと爆砕され、耳は未だに耳鳴り音がしていた。

玉座の間は少なくとも地上よりも高い位置にあったにも関わらず、今自分がいる場所は先ほどまでいた玉座の高さよりも低くもう地面に落ちたといっても過言ではなかった。

団員を呼ぶも、帰って来る声はなく。次第に晴れてくる煙の奥に、瓦礫に埋もれた片腕や上半身を、そして瓦礫の中からは団員達の呻き声が聞こえてきてヒュアキントスは凍りつく。

 

(・・・・全滅?)

 

周囲で残っている自分しかおらず、その事実がヒュアキントスの精神の均衡を崩す。彼は乱心したかのように勢い良く抜剣し波状剣(フランベルジュ)を装備し、いまだやまない土煙に向かって叫んだ。

「どこだ!?どこにいる!?」

 

心臓が荒れ狂い、発汗が止まらない。この立ち込める煙のどこかに身を潜め、ヒュアキントスの首を狙っているのかと何度も己の体を回転させ崩壊した瓦礫の中で視線を四方へ振り回す。いつの間にか、暗かった空が明るくなっており太陽の光が、砂煙を切り裂き、徐々に散らしていく・・・その時だった。

 

背後から気配を感じ振り返れば、煙を突き破り襲い掛かる紅の瞳を輝かせるベルが現れ、ヒュアキントスは振り向きざま剣を薙ぐ。

ナイフと長剣が、火花を放ち、激突する。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

オラリオが、冒険者が、実況が、神々が、震えた。

あの大爆発の中から立ち上がったヒュアキントスに対しても、始まった一騎打ちに対しても、誰もが拳を作り、手に汗を握ってのめりこんだ。

 

「・・・っ!?」

「・・・」

 

放たれる斬撃。一振りの鏡の様に輝く変わった形の銀のナイフに誰かから奪ったであろう短刀。早く鋭い攻撃が眼前を通過し、一度防げば三度の斬閃が、蹴りが迫ってくる。正面で向き合った瞬間、白髪が疾走し、懐へ、側面へ、死角へ、視界外へ回り込み怒涛の乱打をたたみかけ、無理に距離を取ろうとすれば、瓦礫を蹴り飛ばしてくる。防戦を強いられ、反撃が許されず、武器の上から確かな衝撃が手を打ち抜き、痺れさせた。

その紅の瞳を見れば、確かな怒りの炎を宿しどこまでもヒュアキントスを追い詰める意思を感じさせた。

 

―――だ。

激しく打ち合う長剣とナイフ、すでに反応は遅れ始めており、圧倒的な暴力に確実に追い詰められていく。

―――誰だ。

酒場での一件の、力任せの戦い方などではなく、そこには確かに意思が篭っていた。

 

「何なんだお前はっ!?私はLv3だぞ!?・・・・このぉっ!!」

 

低姿勢からの突進を行ってきたベルを何とか回避し、蹴りを見舞い、距離を取り、右腕を高々と上げて賭けに出た。

 

「――【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

起死回生の切り札たる『魔法』の詠唱を開始する。

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

「【放つ火輪の一投―――】!」

大量に舞う砂塵の奥で紡がれる呪文をベルは邪魔することもなく、冷静に、そして、ヒュアキントスを瞠目させる行為を行う。

ベルもまた、ヒュアキントスと同じように右腕を高々と上げ重心を低くした。

その姿に、「まさか・・・」と思いつつも、もう今更詠唱を止めることもできない。

 

「【―――来れ、西方の風】!!」

ヒュアキントスは覚悟を決め、魔法を発動させる。

「【アロ・ゼフュロス】!!」

「――【天秤よ傾け】!」

太陽のごとく輝く、大円盤。

振りぬかれたヒュアキントスの右腕から日輪が・・・・放たれなかった。

高速回転しながら驀進してくるのは、ベルの右腕から放たれた日輪だった。

 

武器を入れ替えるのはこの戦争遊戯の際に伝令からは聞いていた。それでも、まさかまさか、魔法まで入れ替えるなど・・・ましてや詠唱を他人に行わせてトリガーだけを奪い取るなど考えもしなかった!

(・・・武器だけでなく魔法まで!?だが、入れ替えただけならばスペルキーまでは行使できないはずだ!)

ヒュアキントスは波状剣(フランベルジュ)を構えベルへと向かいながら、

 

「【赤華(ルベレ)】!!」と唱えた。

魔法の行使者であるヒュアキントスの呪文に呼応し、円盤は眩い輝きを放ち、大爆発した。

それでも、ベルは足を止めることなくそのまま爆煙の中に飛び込んみヒュアキントスに突っ込んだ。

その行動に『鏡』を通してみている者達は呼吸を止め、動きを止めた。一体どこまで驚かせれば気が済むのだと。そして、煙を突き破り、下段からナイフで切り上げる動作を行った。

 

「な、なに!?・・・こ、このっ!」

「―――【天秤よ傾け】」

「・・・っ!?これは、小人族(ルアン)の!?拾って使っていたのか!?」

 

ヒュアキントスから波状剣(フランベルジュ)の重みが消え、変わりにその手には小人族(ルアン)の短刀が納められており、ベルの右手にはヒュアキントスの波状剣(フランベルジュ)があり、ヒュアキントスは、アポロンは時を止め、そのまま斬撃を

「うああああああああああああッ!!」

「らあああああああああっ!!」

叩き込まれた。

 

下段からの切り上げにがヒュアキントスの体に斜めに刃が走り、宙を浮き、やがて地面へと一度大きく跳ねてヒュアキントスは大の字になり太陽を仰ぎ、そこから立ち上がることはなかった。

 

■ ■ ■

『せ、戦闘終了~~~~~~~っ!?勝者は何度も我々を驚愕の渦に巻き込んでくれた【アストレア・ファミリア】だぁ~~~っ!!』

 

オラリオの上空に、大歓声が打ち上がり、古城跡地で打ち鳴らされる激しい銅鑼の音とともに、決着を告げる大鐘の音が都市全体に響き渡った。舞台上ではガネーシャが雄々しい姿勢を決める横で、実況者のイブリが身を乗り出し真っ赤になって拡声器を使って叫び散らす。その彼の言葉は波が轟くように、観衆と建物の群れを呑み込んだ。

酒場では賭けで儲けたリリが「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!美味しい物が食べられますうううう」と叫び、「ちくしょおおおおおおお」と賭けに負けた冒険者達の声、様々な声が至る所で聞こえている。

 

その騒ぎは神々が集うバベルでも同じで、子供達を褒め称え、批評し、好き勝手に戦争遊戯の総括を始めている。アポロンは白くなっていた顔がさらに白く、青くなっており頭に被っていた月桂樹の王冠は力なく零れ落ち、『鏡』から見える光景が彼に現実から逃避することを許すことはなかい。

 

そして、審判のときが来るかのように女神達は声をかける。

「さて・・・アポロン」

「よぉ、アポロン」

「ア~ポ~ロ~ンッ」

ベルとパーティを組んでいた眷属を侮辱したな?と炉の女神は怒り、面白い結末に期待する道化の神は口を三日月の形に変え、正義の女神は微笑んだ。

 

「ひ、ひぃいいっ!?ア、アストレア!?じ、慈悲をっ!?で、出来心だったんだっ、ベベベ、ベルきゅんが可愛かったからつい悪戯を・・・・た、頼むっ、ど、どうか慈悲をっ!?」

ガタガタと震え上がり目から涙を零していくアポロンに、それはもう、死刑を告げるようにアストレアは口を開いた。

「ええ・・・・慈悲は必要だと私も思うの。だって、ベルが既に刃を振り下ろしてしまったから。だから、ヘスティアたちと話し合ったの」

「お、おお・・・!?」

「確か、あなたは言ったわね?私が勝てば何でも要求しろと」

慈悲が与えられると思ったアポロンは笑みを浮かべたが、すぐにそれは消える。

 

「全財産の没収」

「【ファミリア】は解散」

「オラリオからは永久追放を言い渡すわ。またチョッカイだされても困るもの。ああ、もちろん、貴方に真に忠誠を誓う子供達をつれて出て行くことは構わないわ。でも、今回と同じように強引な引き抜きによって眷族にした子供達は駄目よ」

「あー・・・・それから、アポロン。君に手紙だ。2通ある。読んでくれて構わないよ」

 

これ以上ない罰則に追い討ちをかけるように、ヘルメスはアポロンに手紙を渡す。その内容は

 

「私のオリオンが世話になったな。日中は慈悲をくれてやるが月夜には気をつけろ」

「お前がオラリオから出た時点から、鬼ごっこを始めることにする。1年間逃げ切れたなら見逃してやる」

 

「ひぎゃあああああああああああああああああああああっ!?」

アポロンは気絶しその声は都市を震わせるほどの絶叫だった。




戦闘描写はむずかしい


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淫都壊滅
淫都迷子兎


「ベル、ランクアップおめでとう」

「・・・エヘヘ」

「こっちがLv2の最終と、こっちがLv3ね」

 

ベル・クラネル

Lv.2

 

力:SS1088 

耐久:SS1029 

器用:SS1094 

敏捷:SS1099 

魔力:SS1090 

幸運:I

ベル・クラネル

Lv.3

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

幸運:H

魔防:H

<<魔法>>

【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音(ゴスペル)

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

 

※星ノ刃アストラルナイフを持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

 

 

スペルキー【鳴響け(エコー)

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)

□詠唱式【天秤よ傾け――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×残り1

 登録済み魔法:アガリス・アルヴェシンス

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

※効果時間5分。

 

「『魔防』・・・・まぁ、自分から魔法の中に飛び込んだりしてたら、必要よね」

「アリーゼさん、怒ってる?」

「怒ってないわ!怒ってないけど、お願いだから自殺行為みたいなことはやめてよね?」

「ぁぃ・・・・ほ、ほっぺ痛い・・・」

 

戦争遊戯から2ヶ月ほどたったこの日、僕はランクアップを果たした。どうやら、戦争遊戯でのLv3のヒュアキントスさんとの戦いは【偉業】としてカウントされなかったらしい。アリーゼさんと輝夜さんからしたら『まぁ、お前のポテンシャルとか考えれば当然だろ』ということらしく、さらに分かったことは、【ディア・エレボス】を使用してからの5分間、僕には一切の経験値(エクセリア)は入っておらず、5分間分の空白が生まれていたらしい。アストレア様曰く

 

『アポロンの眷属達・・・正確には魔法の影響を受けた子たちも経験値(エクセリア)は入っていないはず。考えられる理由としては、恐怖の植え付けによる『冒険する意思の停止』が影響しているんじゃないかしら?もし仮にこの魔法の影響を意思だけで打ち破れば経験値(エクセリア)は得られるはず・・・』

 

ということらしい。よくわからなかったけれど、とにかく経験値(エクセリア)は戦争遊戯で1人で戦ったにしては少なすぎる・・・ということらしかった。その後、オラリオに訪れたアルテミス様が僕のところにやって来て、古代の時代に封印していた魔物が復活しようとしているので冒険者依頼として討伐の協力を依頼されて力ある派閥は全員というわけではないけれど、駆りだされていた。その際に巨大な蠍のモンスター・・・アンタレスを討伐したことで僕はランクアップが可能になったのだ。

 

「ほぉーこれがオリオンのスキルにアビリティか・・・・すごいな、これは」

「魔法を登録するって入れ替えてから使用しないことが条件だったなんてねぇ・・・しかもその後使用するには詠唱しなきゃいけないって、面倒くさいわね」

「あ、あの・・・」

「まぁ、基本的に入れ替えて使ってるみたいだし問題ないんじゃないかしら?」

「えっと・・」

「オリオン、背が伸びたな。そして相変わらず白いな」

「うぅぅ・・」

「何よベル、顔真っ赤よ?」

「だ、だって・・・僕まだ服着てないのにアリーゼさんもアルテミス様もアストレア様もさっきから背中ペタペタしたりしてくすぐったいんですぅ!!」

 

そう、ステイタス更新のために僕は今、上半身裸でうつ伏せになっているのに、僕に跨って座っているアストレア様にその左右に座るアルテミス様とアリーゼさんに横腹をつつかれ、背中をペタペタとされたりつーっとなぞられたりして、それはもう悶絶していたのだ。だって、戦争遊戯以降に輝夜さんに貪られてから耳を甘噛みされたり悪戯が増してきて敏感になっているのだから!

 

「ふふふ、ベルの反応が可愛くてつい・・・」

「何だオリオン、嫌だったのか?」

「うぅぅぅ・・・アルテミス様は、いつまでオラリオに?」

「今は眷属達がダンジョンに行っているからな・・・明後日には出て行くつもりだぞ?」

「ずっとオラリオにいればいいのに・・・」

「そう言うなオリオン、オラリオの外にもモンスターはいるんだ。誰かがやらなくては」

「・・・・はぁい」

「それにアポロンのこともある」

「「あぁ~」」

 

アルテミス様が言うには、あの日以降、オラリオの外では怒号、悲鳴、雷鳴、爆撃音とそれはもう、五月蝿いらしく、「ヘラが『ヘラ・ファミリア式、チキチキランクアップするかもブートキャンプ』とか言っていたぞ」などというイベントに発展してしまっているらしい。お義母さんにチョッカイだされたらチクれ。って言われたとは言え、僕の産みのお母さんの延命のために動いてくれたと聞いていたから、そこまで怖いことはしないだろうと思っていたけれど、僕の予想ははるか斜めへと向かっていたらしい。拝啓お義母さん『ヘラ式、チキチキランクアップするかもブートキャンプ』って何ですか?モンスターに陵辱されろとかそういうことですか?

 

「ま、まぁ・・・王国(ラキア)が攻撃を仕掛けて来なくなって良かったんじゃない?すごく静かになってるみたいだし」

「に、二次被害起きてないよね!?大丈夫だよね!?」

「・・・・大丈夫よ、きっと。アレスは強いもの」

「あいつはアホだぞ?」

「アルテミス・・・そういうことを言ってはいけないわ」

「ふむ、そういうものなのか?」

「あれでも子供達には慕われてるみたいだし」

 

その後、一頻り僕の頭を撫で回すのに満足したアルテミス様は「ヘスティアの所に行って来る」と言って出て行ってしまった。

「・・・ところで」

「どうしたの?ベル」

「お義母さんのお墓・・・教会が賑やかになっている気がするんですけど」

「・・・アルフィアのことを知る人がお墓参りに来ているだけだから、安心してちょうだいベル。」

「この間行ったらアーディさんが寛ぎながらティオナさんと【アルゴノゥト】読んでたのはビックリした・・・」

「け、警備がてら掃除を頼んでいたんだけどね。でもいいじゃない、綺麗になって」

「う、うん。」

 

戦争遊戯以降、【静寂のアルフィア】の墓があるとお義母さんのことを知る数少ない人達はお墓に立ち寄るようになったらしく、掃除をしに行ったらリヴェリアさんがいたり、ロキ様が『酒おちてへんかな~って思って』と言ってやってきたり、リリが『日ごろお世話になっているので挨拶に』とやってきたり・・・と、まぁ、少しばかり賑やかになっていた。

 

■ ■ ■

夕方、僕はある男神様と一緒に南のメインストリート、繁華街に来ていた。

曰く、たまには男だけで飲みに行こうぜ!ということで声がかかって、アストレア様に了承を得て連れ出された。大劇場や賭博場といった巨大かつ派手な建物が並ぶ大通りは、身なりのいい商人や冒険者、更には神々でごった返していた。

 

「知ってるか【涙兎】、グラン・カジノっつー賭博場のオーナーは女をはべらせてVIPルームで見せびらかせてくるらしいぜ」

「グラン・カジノ?モルドさんよく行くんですか?」

「ふっ、俺達もゴールドカードを手に入れるのに金をつぎ込んだもんよ・・・!この間の戦争遊戯では稼がせてもらったからな!行きたくなったら連れて行ってやるぜ!大人の世界によぉ!」

「お、大人の世界・・・!」

 

いつぞや18階層で酔った勢いで絡んできたモルドさんはいつの間にやら僕の知らないオラリオを教えてくるようになった。どうやら気に入られてしまったらしい。たまにファミリアのお姉さんたちに殺気を飛ばされているけど。女の人を侍らせてるってことは・・・ハーレムなのかな?オラリオではハーレムが許されるんだろうか。

 

「ベル君はもう女の子には困ってないと僕は思うなぁ・・・ハハハ」

「ヘルメス様、何でそんな疲れてるんですか?」

「いやぁ、ファミリアの仕事が多すぎてね。アスフィから逃げるのに苦労したよ」

「大丈夫なんですかそれ・・・」

「ハハハハハハ」

「本当に大丈夫なんですか!?」

 

繁華街で飲み屋でいつもとは違う時間を過ごし、そろそろ帰ろうかという頃合になったときに、ふと視界に見覚えのある女性の影が映った。

「どうかしたのかい、ベル君」

「えっと」

「スキルに反応でも?」

「ここまで人が多いとスキルで探知なんて無理ですよ。なんていうか、今あそこの角を知り合いが曲がっていくのが見えたんです」

「うーん・・・・悪い、モルド君!俺達はこれで失礼するよ。また機会があれば飲みに行こうぜ!」

 

そう言って僕とヘルメス様はモルドさん達と別れて、僕が見た場所へと向かった。するとそこにいたのは【タケミカヅチ・ファミリア】の命さんと千草さんの姿が。なにやら神妙な顔で頷き合いその場から離れていき、やがて薄暗い小径の先へと進んでいく。

「あれは・・・タケミカヅチの子だね」

「何をしているんでしょうか?」

「この先は・・・まさか・・・!タケミカヅチ、そんなに金に困っているのか?

「ヘルメス様?」

「ん?あ、ああすまないベル君!なんでもないんだ。だが・・・この先は・・・」

「?」

「ベル君には早い・・・いや、もういいのか?だが下手なことがあっては俺の身が・・・」

「ヘルメス様?」

「ベル君、君は女の味を知っているかい?」

「はい!?」

「そ、その反応・・・まさか!?よし!俺は君を応援するぞベル君!!さぁ行こう!!大人の世界へ!!」

「えぇぇぇぇ!?」

 

何やら変な勘違いをしたのか、ヘルメス様は僕の背中を押し前へ前へと足を進めていった。そして、道が開けたところで現れた目の前の光景に、僕は固まった。現在地は都市の第四区画、その南東メインストリート寄り。地理的に隣接する繁華街とは打って変わって、場は雰囲気がまるで違っていた。建物の壁や柱に設置される桃色の魔石灯。数少なにぼんやりと輝く街灯に照らされるのは、艶かしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板、そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾る蠱惑的な女性達。

 

「ヘ、ヘルメス様・・・ここって?」

 

アマゾネス、ヒューマン、獣人、小人族まであっちこっちで彼女達は道行く男性を呼び止めては魅惑的に、あるいは挑発的に微笑んでいる。あれ、なんだろう、この『行っちゃいけませんよ』と僕の心の中でアストレア様が指を立てて警告を出しているしあの女性達を見るといつも僕に悪戯をしてくる輝夜さんやアリーゼさんが被って見える・・・!?あっ!今度は手を取って、腰を抱き寄せて店の中に入っていった!?

 

「な、なんだか甘い匂いが・・・」

「ここが大人の世界なんだぜ・・・ベル君」

「大人の世界・・・あ、あの女の人たちは?冒険者ですか?」

「さぁ・・・一概に言えないね。でも、あの色気たっぷりの彼女達は『娼婦』っていうやつだぜ?」

「しょ、娼婦!?」

 

輝夜さんが言ってた!!『お前が私たちとしていることは、普通は娼婦にでも金を出さないとできないことだ』って!!そういうことなの!?あっ、心の中のアストレア様が『早く帰ってきなさい!!』ってご立腹だ!!ち、違うんですアストレア様、これは事故なんです!!

 

「み、命さん達はなんでこんなところに・・・?【タケミカヅチ・ファミリア】は借金でもあったんでしょうか?」

「俺は聞いた覚えがないなぁ~。でも、あんなに可愛い女の子がこんなところに足を運ぶ理由なんて、お金のために・・・ってことなのかな?」

「み、命さんはそんな人じゃないですよ!?ってアレ!?ヘルメス様!?ヘルメス様がいない!?」

 

気が付いたらヘルメス様がいなくなっていた。僕が1人で行動できないことを知っていて、だから『ちゃんと送り届けるから』って約束してくれたから付いていったのに!?どどどど、どうしよう!?

 

「さ、幸い暗くないから・・・と、とにかく、み、命さんと合流してみようかな・・・1人じゃ心細いし・・・」

 

仕方なく命さんと千草さんと合流しようと後を追っていると、時折2人に手を伸ばそうとするニヤけた大男が現れ、2人は半泣きで逃げだしてしまう。何とか後を追いかけるも人が多すぎて中々追いつかず、今までいた第四区画から大通りを横断して、第三区画入り口に来たあたりで僕は完全に2人を見失ってしまった。そしてそれに追い討ちをかけるように

『今からサービスタイムでーす!』と宣伝する娼婦の人達と男性客の波に呑み込まれ、僕は完全に道もわからなくなり迷子になってしまった。

僕は顔を右に、左に、何度も振るけれど、やっぱりヘルメス様も命さんも千草さんの姿はなくて、自分が通ってきた道もわからない。立ち並ぶ石造の娼館、抑えられた魔石灯の光、そして四方から聞こえてくる女の人の黄色い声に甘い嬌声。恩恵によって強化された聴覚が、耳を澄まさなくても建物や路上の隅から漏れる艶かしい声を拾ってしまう。

 

「ど・・・どうしよう・・・」

僕の脳内は、走馬灯の如く2人との会話が蘇った。

『あそこにベルが迷い込んだら一生でてこれないわ。あそこはね、女の皮を被ったモンスターがいるのよ。だからいっちゃ駄目』

『そうね、さすがにあんなところに行っては私でも見つけることはできないわ』

そ、そういえば2人がそんなことを言っていたっけ・・・こ、ここのことだったのかぁぁ!?そう気が付いても時既に遅し。もはや僕にとれる手段などなかった。人の多いところでは僕の探知スキルなんて役に立たない!というか、こんなところじゃ出口がわかるわけじゃないしネ!!

 

「ぼーく、迷子なの?」

「ひぃっ!?」

突然声をかけられ、思わず変な声が出て体を跳ねさせてしまう。

振り向くと、そこには美しい肌白の女性・・・色欲の虜になったようなエルフの娼婦が、微笑んでいた。深い切目の入った白の衣装に大きな胸、エルフに似つかない妖艶な雰囲気に・・・というか、エルフの娼婦がいるということに驚き声を失い思わず逃げ出してしまう。お姉さんの「あっ」という声が聞こえた気がしたけれど、今の僕にそこまでの精神的余裕はない!真っ暗じゃなくてよかったのがせめてもの救いだ!

 

―――うううう、ヘルメスさまぁぁぁ!!

 

右に左に何も考えず走り回っていると、さらにまた景色が変わり今度はお祭りを思わせる賑やかな極東風の建造物が両端を埋め尽くしていた。

「えっと・・・ゆ、遊郭って言うんだっけ・・・?」

お爺ちゃんが昔、極東にはそういう場所があるとか話していた記憶が掘り起こされたけれど・・・その話に出てくる特徴に合致していて僕はその独特な造りの建物群に僕は当たりをつけた。

 

「歓楽街は、沢山の国の建物が入り混じってできている・・・?」

そこで歩いている娼婦達は、輝夜さんが着ている極東の民族衣装の『着物』だということはすぐにわかった。広い路上の真ん中や脇には迷宮でとられたであろう蒼桜が植えられており、季節に関係なく美しい花を咲かせていて花びらは石畳の上に散らしていた。月光を浴びる蒼い桜の存在がこの遊郭は極東の模倣に過ぎないということを教えてくれる。その幻想的な桜に感嘆していると、不意にある光景が目に付いた。朱塗りの娼館の一階。通りに面した梯子状の大部屋に沢山の娼婦が並んでおり、その中にいた1人の女性と目が合った。

 

「・・・」

「・・・狐人?」

 

光沢を帯びる金の髪と、翠の瞳。髪の色と同じ獣の耳と太く長い尻尾、オラリオで初めて見る獣人の種別だとすぐにわかった。

鮮やかな紅の着物を纏っていて、他の娼婦達に場を譲るように部屋の隅で座している。細い首には、装飾品なのか黒い首輪がはめられていて、目が合った彼女は僕に向かって唇を淡く綻ばせ儚く微笑んでいて、僕にはそれがとても泣いているように見えてしまった。



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娼婦と兎

ベル君と逸れてしまったヘルメス様、現在ガチ焦り中(人の波にお互い流された)。
イシュタル様、現在、怪しげな連中のところにお出かけ。
フリュネ、割とガチで戦争遊戯見てなくて兎のことを知らない。
アストレア様、暗いのが駄目なベルが帰ってこなくて心配。


「―――もっ、申し訳ありません!?」

僕の正面にいる赤面した狐人の女性が、頭を下げる。

「て、てっきりお客様だとばかり・・・」

「い、いえ・・・迷い込んでしまった僕が悪かったのでそんなに謝らないでください・・・」

「そ、その・・・私、サンジョウノ・春姫と申します。あ、貴方様は・・・?」

「ベ、ベル、ベル・クラネルです」

「では、その、クラネル様?お客様ではないのなら、どうしてこんなところに?」

「うっ、じ、実は・・・」

 

 

 

 

そう、僕はあのあと、歓楽街を延々と彷徨い続け、道の角で臀部まで伸びている漆黒の長髪の踊り子のような衣装を纏った長身のアマゾネスの女性とぶつかりそうになったのだ。もっとも相手は素早い身のこなしで回避し、僕も咄嗟に避けようとしたので肩を掠める程度で済んだんだけど。

「ご、ごめんなさい!急に飛び出したりしてっ!えっと、そ、それじゃあ!」

謝罪もそこそこに僕はその場を離れようとすると、そのアマゾネスの女性に腕をつかまれ、ぐいっと引き寄せられ腰に両手を回され下半身と下半身が密着する状態で見つめあう形になってしまった。

「見ない顔・・・いや、どこかで見たような?あんた私に会ったことあるかい?」

「な、ないです!?」

「あぁ!?」

「レナ?どうかしたのかい?」

「アイシャ!この子!ほら、戦争遊戯の!!たった一人で【アポロン・ファミリア】を潰した!この間、男神様達が『歩くバスターコール』って言ってたよ!!」

「また変なあだ名がぁ!?」

また変なあだ名がつけられてる!?しかも何か物騒だ!!僕が変なあだ名に引きつっていると、アイシャと言われるアマゾネスの女性は一瞬目を見開いて、やがてぺロリと自分の唇を舐めて僕に耳打ちをしてきた。

「そんなあんたがこんなところに来たってことは、女を求めに来たのかい?」

「ち、違いますぅ!」

「じゃぁ・・・・私達の派閥を潰しにきてくれたのかい?」

「へっ!?」

そのアイシャさんの声と目はどこか、期待しているような雰囲気を纏っていて、僕は思わず固まってしまう。けれど、周りのアマゾネスたちはそんなことには気づかずに、むしろ『いい獲物が見つかった』くらいに空気を豹変させていく。

僕は、アマゾネス達のギラギラした視線とアイシャさんの言っている意味が分からずに滝の様な汗を流す。するとアイシャさんは空気を変えるように顔つきを変えて僕のことを担ぎ上げる。

「んじゃ、連れて行くとするかね」

「えっちょっ!?」

「強い男は大歓迎!」

「ねぇねぇ、あたしを指名しなよ!イイ思いさせてあげるよ?」

「そんなペチャパイより私にしな!!」

歓声を上げるアマゾネスの娼婦に、何も言葉を発さないアイシャさん。Lv3になったばかりの僕の力ではその腕からは逃れられず抵抗むなしく運ばれてしまう。

「―――こいつは私が最初に目をつけたんだ。誰にも渡さないよ」

「「ブーブー!!」」

そうしてやがて辿り着いたのは、周辺一帯で間違いなく最も巨大な娼館・・・いや、宮殿のような建物。広大な砂漠にそびえる王宮を彷彿させるほどの威容。金に輝く外装はとにかく豪華だ。円形の前庭を通って宮殿に辿り着くと、正面の大扉の上に見えるのは他派閥のエンブレム。ヴェールを被り顔の上半分を隠す裸体の女性・・・娼婦が刻まれた徽章だ。

「ファ、ファミリアの・・・本拠?」

驚愕する僕など知ったことではないのか、お構いなしに中へ連れて行かれる。

「はぁ、本当に何も知らないのかい?ここらへん一帯は私達の・・・いや、イシュタル様の所有物さ」

「イシュタル・・・様?」

「そう、ここは【イシュタル・ファミリア】本拠、女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)さ」

やがてアイシャさんに奥の部屋の長椅子に僕を下ろして説明する。そして他の娼婦が邪魔に思ったのか僕と2人だけにしろと指示を出して娼婦達を追い出した。

 

「・・・で、潰しに来たのが違うなら、何しに来たんだい?」

「し、知り合いが歓楽街に入っていくのが見えて、後をつけてて・・・そしたらヘルメス様とはぐれちゃって」

「迷子になっていた・・・かい?」

「・・・・はい」

僕の言葉を聞いて、アイシャさんは大きく溜息を吐いた。「どうせなら女の1人や2人抱いていきなよ・・・」と言わんばかりに。そして、外に誰もいないかカーテンから首を出して確認して、また僕に顔を近づけてくる。

「あんたの主神、アストレア様に『女神イシュタルが変な連中とつるんでる』って話を聞かされたりしてないかい?」と言い出した。

「へっ?い、いや、初耳ですけど」

「・・・ってことはあんただけが知らないのかい?はぁ・・・ったく。あーどうしたもんかねぇ」

「・・・・・何か、困ってるんですか?」

「あのまま放っておいたら抗争が起きちまうだろうね」

「っ!」

「私も詳しく知っているわけじゃないが・・・最近、妙な連中と取引をしているって噂が私達の中で上がってる。今もイシュタル様はその妙な連中のところに行っているのか留守だ。といっても、内容までは分からない。副団長のタンムズは口を割らないしね。だからいっそ、『歩くバスターコール』・・・ぶふっ、に私達の派閥を潰してもらえたらラッキーだと思ったんだけどね」

「その、そのあだ名をやめてください本当に。恥ずかしいです・・・・。あ、あと、アポロン様がああなっているのは流石に僕も予想外だったんです!」

「ああ、悪かった悪かった。じゃあ、坊や『殺生石』って聞いたことは?」

「・・・・ないです。魔道具か何かですか?」

「・・・・・いいかい、このホームの『宝物庫』を物色してみな。そこに面白いもんがある。女神アストレアに見せれば、顔つきが変わるくらいにはね」

「アストレア様が・・・?アイシャさんは何を知ってるんですか?」

「・・・それは言えない。ここから出してやってもいいが、『何かある』くらいは覚えておきな。」

そういって一度話をきり終えると、もう一度外を確認するアイシャさん。なんというか、どこか切羽詰っているというか・・・余裕がなさそうだった。

 

「アイシャさん、何が起きるんですか?」

「イシュタル様は『美』を司る女神だ。そして、このオラリオにはもう1柱いる。誰かわかるかい?」

「・・・確か、フレイヤ様?」

「そうだ。イシュタル様はそのフレイヤ様を潰そうとしているのさ。」

「・・・まさか、【フレイヤ・ファミリア】と抗争を?」

「その通り。私たちが勝てると思うかい?私達の派閥でLv5は1人、Lv4は1人。あとは私を含めてLv3や2といったところ」

「【フレイヤ・ファミリア】はLv7だっていますよ!?無理ですよ!」

「じゃあどうやって抗争をしようと思う?あんた、確か変わった魔法を持っているらしいじゃないか。それも『他者の力を上げる』魔法をね」

「・・・・」

「あんただけじゃないってことだよ。さ、そろそろお帰りの時間だ」

 

もう話すことはないのか、カーテンを開けて僕の腕を掴み、別口から外へ連れ出そうと動き出すアイシャさんに、それについていく僕。アイシャさんの腕は最初に出会ったときとは違ってどこか震えていた。と、そこで異変が起きる。

 

「やばい、アイシャ!?フリュネがここに来る!!兎君を隠して!!」

僕とアイシャさんの前に焦燥に彩られた顔のアマゾネスが飛び込んできた。

『フリュネ』・・・・?

僕の疑問を口にする前に、激しい足音と共に轟音を伴って、扉が吹っ飛んだ。それに巻き込まれてアマゾネスが吹き飛び、僕はその光景に目を見張った。

 

「――若い男の匂いがするよぉ~」

大きい鼻穴をひくひくと動かしながら、ソレは現れた。2Mを超える巨漢ならぬ巨女。赤黒の衣装から覗く褐色の短い腕と短い脚は比喩抜きで筋肉の塊だった。身の丈もさることながら横幅も太いずんぐり体型で、手足と胴体の釣り合いがおかしい。極めつけはその顔。でかい、とにかくでかい!!黒髪のおかっぱ頭で、ギョロギョロと蠢く目玉と横に裂けた唇は・・・その、ヒキガエルと言ってもおかしくなかった。いや、待て、待て待て待て!!まさか、まさか!アリーゼさんが言っていた『女の皮を被ったモンスター』ってアレのことなの!?

 

「ゲゲゲゲッ!ガキを捕まえて来たんだって、アイシャァ~?」

「チッ、何のようだ、フリュネ」

「興味が湧いたのさぁ~。誰だぁいそのガキはぁ!押し倒して跨ってその可愛い顔を滅茶苦茶にして・・・そそるじゃないかぁ~」

「ひぃっ・・・!」

 

ぼ、僕のことを知らない!?というか、怖い!目がやばい!涎まで垂れてる!!あ、あれが女の人!?う、嘘だ!!翼を持ったお姉さんでもあんな顔はしてなかった!!あれはもしや、強化種なのでは!?え、違う!?じゃあ何さ!!震え上がる僕に構うことなくアイシャさんは僕を自分の影に隠すように立ち構え、周りのアマゾネスたちもフリュネ・・・さんを囲う。

 

「アタイに相応しい雄が最近めっきり減って、退屈してるんだよぉ。少しくらいイイだろう?」

「いいわけないだろ!大人しく館の奥にひっこんでろ!どれだけの男を使い物にしたら気が済むんだ?」

「美しいっていうのも罪だねぇ・・・・。アタイ以上の女じゃあ満足できなくなっちまって・・・主神様もいいところ行っているが、アタイの美貌には敵わない」

 

本気だぁ・・・!?イ、イシュタル様もあんなだったりしないよね!?だ、だとしたらアストレア様の方が美の女神様だ!うん、きっとそうだ!そうに違いない!!

現実逃避する僕を他所に言い争いをするアマゾネスたち。そして、やがて、「アタイ等流で白黒つけようじゃないか・・・」などという声と共に始まるは、僕の貞操・・・いや、命をかけた逃走劇。狩人たちから必死に逃げるその姿はまさに、獲物そのもの。僕を何とか保護しようとするアマゾネスに、あわよくば食ってしまおうというアマゾネス。そして本気の本気で貪りつくそうとしてくるモンスター。この三竦みがぶつかってくれればよかったのに、どちらも僕を追ってくる!

時には本能の悲鳴に従い躊躇なく高所から飛び降り、どことも知れず逃げ惑う。そうして辿り着いたのが大騒ぎになっている館とは違って静まり返っている館で、安定しない精神のせいでスキルなんてろくに機能せず襖を開くとそこにいたのは、座してこちらに挨拶をする春姫さんだったのだ。

 

春姫さんは僕が娼館が初めてのお客さんだと勘違いして、リードしようと押し倒し襟元をはだけさせられ、僕の上に倒れこむように春姫さんは気絶してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「・・・というわけです」

「それは・・・大変でございましたね」

事情を聞いてくれた春姫さんは、僕に同情的な表情を向け、「おつかれさまでした」と言葉を追加した。うん、僕もう疲れた、お家帰りたい。春姫さんが言うには、アイシャさんは春姫さんの面倒を見てくれている姉のような人らしい。

 

「それでは、時間になりましたら、私が抜け道までご案内いたします。ただ・・・娼館の営業時間寸前までここに隠れているということになりますので、今晩中は諦めたほうがいいかと」

「うぐ・・・はぁ。お説教かなぁ」

「門限がおありなのですか?」

「いえ・・・そういうわけじゃないんですけど、こんなに遅い時間までいることなんてなかったのできっと心配させているなぁ・・・と」

「ふふ・・・愛されておられるのですね。そうです、せっかくでございますし、約束のお時間まで・・・私とお話しませんか?」

「お話?」

「ええ、時間はたっぷりございますので。」

 

そうして、僕と春姫さんは2人、窓辺の障子を小さく開け、蒼然とした夜空、そして月の光に見下ろされながら、2人でささやかな会話を始める。

「クラネル様のご出身はどちらなのですか?」

「僕はオラリオの北の方にある遠い山奥で・・・地図に名前も載っていないような小さな村です」

「地図に載っていない村でございますか?」

「はい・・・子供も僕くらいしかいなかったんじゃないかなぁ・・・。あ、でも、いいところでしたよ?」

質問に答えるたびに彼女の表情はコロコロと変わり、北はヒューマンが多いのか、どんな景色が広がっているのか・・・なんてことを尋ねてきては話を聞いては喜ぶそんな彼女に、なんというか『箱入り娘』という言葉が浮かんでくる。それと同時に、どうしてそんな人が、歓楽街に身を置いているのか不思議で仕方がなかった。なんというか・・・僕が言えることじゃないけど世間知らずな春姫さんはこの歓楽街では異質のように感じて仕方がなかったのだ。

 

「では、このオラリオには冒険者になるために?」

「うーん、どちらかと言えば新しい家族と一緒にいたかったから。でしょうか・・・もう1人になりたくなくて」

「・・・・」

「・・・・あっ、春姫さんはどこの出身なんですか?」

聞いてはいけないことを聞いてしまったような顔をしてしまう春姫さんにほんの少しうろたえて話題を切り替えようと今度は僕から質問をする。尋ねられた春姫さんは照れ隠しのように姿勢を正して答える。

 

「私の生まれは、極東でございます。海に囲まれた島国で、このオラリオより四季がはっきりとありました。春には満開の桜が咲き、夏にはセミが鳴いて、秋には鮮やかな紅葉が、冬には白い雪が積もります。」

懐かしそうに、哀愁を感じさせながら、時折思い出を掘り返すように目を瞑っては春姫さんは語ってくれる。月の光に濡れたその横顔はどこか浮世離れしていて、僕は思ったことを尋ねた。

 

「春姫さんは貴族の出身だったりするんですか?」

「・・・っ!?わ、わかるのでございますか!?」

「そ、その・・・僕の姉、正確にはファミリアの人に似たような人がいて」

「極東のお方なのですか?」

「はい、いつも着物を着ていて、怪我をしている僕に楽だからって浴衣をくれました」

「そうでございますか・・・・。私の家は何代も続く高貴な家柄で、母はおらず、父は国のお役人で幼い私は沢山のお手伝いの方々にお世話になっていました。」

 

住まいである広い屋敷以外の世界など知らず、貴族としての立ち振る舞いを身に着ける日々で、寂しさはあったが少ない友達もおり何不自由ない暮らしであったと語る彼女は、そこで顔を曇らせる。聞けば、11歳の時に極東に君臨する大神様に捧げるお供え物を寝ぼけて食べてしまったがために勘当されてしまったのだそうだ。

 

「ほ、本当に、春姫さんが食べたんですか?」

「・・・私は覚えていません。ですが、目を覚ました私の口の周りは食べかすがありましたので・・・おそらくは」

話についていけずにいると、春姫さんは顔を両手で覆い泣き出してしまう。僕は思わず、いつもしてもらっているように春姫さんの背中を摩ってやり、そこからオラリオにいたるまでの話を聞いた。聞いた中ででてきた、その客人の小人族はすごく怪しくて仕方がなかった。そうして客人に引き取られ、帰路のの道中にモンスターに襲われ、春姫さんを置いて逃げ出し、殺されかけたところを盗賊に助けられ生娘であることを確認された後、売り払われこの歓楽街で買い取られイシュタル様の目に止まり【イシュタル・ファミリア】の一員になったのだそうだ。思わず絶句し茫然自失する僕を見て春姫さんは少し咳払いをして『オラリオに興味はありませいたので、来れてよかったと思っておりますよ?』などと取り繕う。

 

置いていかれた僕と、追い出された春姫さん。

冒険者になった僕と、娼婦として買い取られた春姫さん。

僕は、なんとも言えない気持ちで胸が痛くて仕方がなかった。僕はお義母さんも叔父さんももうこの世にはいないから会えないけど・・・春姫さんはきっと、生きていても会えないのだから。

暗い顔をする僕に気が付いたのか、春姫さんは手を叩いて話題を変える。

 

「・・・・」

「そ、それに!極東にも沢山の物語が伝わっているこのオラリオに憧れていました」

「・・・『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』ですか?」

「はいっ」

 

故郷でお爺ちゃんからもらってはお義母さん達に読んでもらっていた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』。このオラリオで紡がれた英雄達の物語は、原典は少ないらしいけれど、それをもとにした童話や御伽噺は世界中に広まっている。僕の口から出た本の名前に、春姫さんは嬉しそうな顔をする。

 

迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)も好きですが・・・私は異国の騎士様が、聖杯を求めて迷宮を探検するお話もよく覚えています」

「えっと、『ガラードの冒険』?不治の王女様を癒すために、聖杯を探しに行くっていう・・・」

「ご存知なのですか!?で、ではランプに封じられた精霊・・・」

と一気に話が盛り上がっていく、暗い話は他所に僕も春姫さんも笑顔になって語り合う。娼婦の中には物語りを知る人は少ないらしく、今まで取り合ってもらえなかったのだろう。すごく、嬉しそう。

 

やがて瞼を閉じて微笑して悟ったように言葉を零す。

「私も本の世界のように、英雄様に手を引かれ、憧れた世界に連れ出されてみたい・・・そう思っていた時もありました。ですが、それはただの夢物語で、連れ出してもらう資格は私にはございません」

「そんなことないっ!英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てたりなんてしない!資格なんて・・・関係ない!」

「クラネル様?英雄にとって、娼婦とは破滅の象徴なのです。・・・・殿方に体を委ね、床を共にしている私を・・・・」

僕は、それ以上言ってほしくなくて、僕の手を取ってくれた英雄だったら娼婦だろうとお構いなしに手を取るだろうと思って、僕は春姫さんの言葉を遮るように口にする。普通に考えればきっとありえないような話を。

 

「僕の故郷の村には、喋るモンスターがいました」

「・・・え?」

「空のように青い色で綺麗な翼を持っていて、エルフの人たちが聞いたら怒るかもしれないけど、すごく綺麗な顔をしたセイレーンだったんです。ある日、嵐の後に横転している荷馬車の中にそのヒトはいたんです」

「・・・どうされたのですか?」

「誰も動けないでいる中で、僕だけが・・・そのヒトを助けました。」

「・・・っ」

「村の人たちは最初は避けていたけど、次第に交流していって宴の時にはセイレーンのお姉さんの歌声を聞きながら踊ったりする人も出るようになったんです。モンスターの手を取れて娼婦の手が取れないわけないじゃないですか。それに」

「それに?」

「僕の家族は、かつてオラリオで沢山の人の命を奪った。なら、その家族である僕は知らないとはいえ石を投げられる可能性だってある。それでも、僕の今の家族は手を取って迎え入れてくれた。そんな僕が・・・娼婦だどうので、春姫さんの手を取れなかったらそれこそ怒られちゃいますよ」

 

そうして約束の時間が来て、僕は春姫さんに連れられ裏口から館の外に出て、遊郭を抜け、人の記憶から忘れ去られたような路地裏に入る。

春姫さんが持つ行灯型の魔石灯が、暗い細道で揺らめく。

「この先は、『ダイダロス通り』に繋がっています。大通りに戻らずこの道を利用すれば、アイシャさん達に見つからないはずです。道標を辿れば迷うこともなく抜けられるでしょう」

そう言って、春姫さんは僕に魔石灯を渡してきて、僕はそれを受け取る。少しだけ見詰め合って、僕は迷宮街の入り口をくぐった。黙って歩き続けて、おもむろに立止まり振り返ると、そこにはまだ春姫さんがいて微笑を浮かべていた。

 

「・・・・春姫さん」

「はい」

「助けてって言ってくれれば、僕は助けます。だから、えっと・・・」

「・・・はい」

「・・・手を握ってくれるのを待ってます」

「・・・はい」

 

それだけを言って、僕は道標にしたがって足を進める。少しだけ振り返ると、まだ僕を見つめている春姫さんと後からやってきたのか、アイシャさんがそこにはいた。

 

「アストレア様は・・・何か知ってるのかな・・・」

 

きっと心配してるだろうなぁ・・・と明るくなっていく街の中を僕は駆けていった。

 

 

■ ■ ■

 

「ベル、正座」

 

そう、姉に怒られるだなんて、思いもせずに。



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姉、おこ

イシュタル、精霊、クノッソス、ロキF、アストレアF


 

「いやぁ・・・すまない、ベル君。」

「いえ・・・あんなに人が多かったら仕方ないですよ。」

「まさか2人とも人の波に押し流されてしまうとはね・・・・やはり『サービスタイム』の魔力は恐ろしい

「何か言いました?」

「い、いいや?なにも!?」

「はぁ・・・・」

「そ、そう落ち込まないでくれよ、ベル君!」

 

僕は春姫さんに見送られ、道標(アリアドネ)を辿り、『ダイダロス通り』を抜けたところで、僕をずっと探していたというヘルメス様と再会しこうしてホームまで足を共にしている。ヘルメス様が言うには「俺も急に人に押し流されてね・・・気が付いたら君がいなくなっているし中々見つからなかったんだ。もしかしてと思って一度君のホームにも行ったが帰ってないとアストレアに言われてね、こうして探していたってわけさ。」ということらいし。信用はイマイチしにくい神様だけど、目に隈ができている当り本当なんだろう。

 

「・・・・」

「何か、あったのかい?」

「えっと・・・その色々あったというか・・・全部を諦めたような、悲しそうな顔をする女性(ヒト)に会って、『助けてほしいなら助けてって言え』なんて偉そうなこと言っちゃったなぁ・・・と」

「ははは、君も男だねぇ~。やっぱアレかい?英雄に憧れちゃったり?」

「・・・そうですね、でも、僕は英雄になりたいというよりかは『英雄と並び立ちたい』って気持ちが強いのかな。でも結局それって『僕も英雄になりたい』って感じもして・・・うまく言えないです」

「君にとってアストレアやアリーゼちゃんたちはそれほど大きな存在ということかい?」

「・・・はい」

「いいじゃないか、それで。」

「え?」

「英雄が孤独である必要は無いだろう?物語では語られない人物たちもいるが、きっと舞台裏の彼らだって英雄を支えた英雄なんだ。だから、君の思う英雄になればいいのさ!応援するぜ?」

「・・・・ヘルメス様って真面目な神様だったんですね」

「おや!?君はいったい俺の事をなんだと思ってたんだい?」

「アスフィさんにいつも怒られてる・・・」

「ぐっ・・・い、言わないでくれ、頼む。この後帰った後も何言われるかを想像するとヒヤヒヤする」

「ぼ、僕も・・・・アリーゼさん達に怒られちゃうのかなぁ・・・やだなぁ」

 

子供みたいに落ち込んで足元を見てトボトボと歩く僕に、苦笑しながらヘルメス様は僕の頭を乱暴に撫でて「怒られたらまた飲みに行こうぜ。なに、男同士の付き合いってやつさ」なんて言ってくる。不思議と嫌な気はしなかった。

 

「あ、そういえば」

「ん?どうかしたのかい?」

「えっと、アイシャさん・・・だったかな」

「おや、彼女に会ったのかい?」

「はい。妙なことを言ってたのと、その、手が震えてました。どうかしたんでしょうか?普通の震えじゃないっていうか」

「・・・彼女はね、以前イシュタルに逆らって『魅了』を受けてしまっているんだよ。震えはきっとそれだろうねぇ」

「『魅了』?」

「君が言うところの『黒い神様』・・・とは違うんだけど、まぁ、毒みたいなものだよ。逆らえなくなってしまうんだ。」

「『私達の派閥を潰しに来てくれたのかい?』って言われました」

「君はどうしたいんだい?」

「・・・・勝手なこと、できませんよ。」

「そうさ、勝手なことはできない」

「でも、調べないといけないとは思って、だから、アストレア様に相談しようと思います」

 

僕のちょっとした決意の篭った声を聞いてヘルメス様は一瞬立止まり、また歩き出す。

調べようと思っていることといえば、もちろん、『イシュタル様が最近つるんでいる怪しい連中』のこと『殺生石』のこと、そして僕と同じなのかはわからないけれど『他者の力を上げる魔法』のことについて。アイシャさんが言うにはアストレア様なら何かしら情報を拾っているだろうってことみたいだけど。それでも、『宝物庫に行ってみろ』というのが気になる。その話を、僕はヘルメス様に話すとヘルメス様はダラダラと汗を流し始める。

 

「・・・ヘルメス様?」

「ベ、ベル君?せ、せせ殺生石について調べたのかい?」

「・・・まだですけど」

「そ、そそそ、そうか、よ、よかった。あ、いや、なんでもない!」

 

確かヘルメス様って運び屋とかもやってるんだっけ?

 

「ヘルメス様」

「な、なんだいベル君!?」

「『殺生石』を最近取引したりしました?」

「ギクッ」

 

あっ、この(ヒト)やっぱり黒でも白でもないグレーな神様(ヒト)だ。うん!気をつけよう。僕の中で上がっていたヘルメス様の評価値が一気に下がっていった。この神様(ヒト)、何かやらかしたな?という目を向けるもヘルメス様は誤魔化しきれてないのに誤魔化そうとして視線をずらし「ハハハハ」と空笑いをする。心の中でアスフィさんが「今です!石を投げなさい!私が許します!」と頭から煙を出して発言している。そうこうしていると、僕の、【アストレア・ファミリア】の本拠が見えてきた。

 

「はぁ・・・もういいですよヘルメス様。僕もうそれどころじゃないですし。はぁ」

「ア、アハハハ・・・はぁ。そ、そうだベル君!君にこれをやろう!」

 

そういってヘルメス様は懐から『ピンク色の液体』が入った小瓶を手渡してくる。それを僕はわけもわからず受け取ってしまう。

 

「何ですか、これ?」

「それを怒っているアリーゼちゃんたちに渡せばきっと笑顔になって許してくれるはずだぜ?じゃ、俺はここで帰るから、また何かあったら言ってくれ!」

 

良いことしたみたいな顔をして、親指を立ててヘルメス様はそそくさと帰っていってしまった。ああ、このあとヘルメス様もお説教なのかーなんて考えて、上着のポケットに仕舞い込んで、まだ寝静まっているであろう皆を起こさないようにそっと扉を開ける。

 

「起こさないようにそっと・・・アストレア様達のところに言って謝らなきゃ」

 

キィ・・・と小さく音を鳴らして扉が開き、抜き足、差し足とまるで盗人のように入り込む僕。そしてそっと扉を音が鳴らないように閉めて、目的地へと向かおうと体を回転しようとドアノブから手を離そうとしたところで僕の頭が警鐘が鳴り響く。

やばい、明らかに後ろに何かいる!こ、怖い!怖くて振り返れない!!それでも、ギギギ・・・っと壊れた人形のように振り替えると、いたのだ。黒い炎でも纏っているかのように腕を組んで笑顔を見せる紅髪の姉に、背後に般若が浮かんでいるかのように笑みを浮かべる極東美人の姉。そして、全てを凍らせるかのような冷たい瞳をした金髪エルフの姉が。

 

「ご・・・ごめ・・・ぎゃふっ!」

 

謝罪の言葉を出す前に襟首を捕まれてリビングのカウチに投げ込まれ、3人に囲まれる。距離は近く、僕はもう既に震え上がってすらいて、涙が浮かんでいた。そんな震える兎に紅髪の姉のアリーゼさんが言う。

 

 

 

 

「ベル、正座」

「・・・ひゃぃ」

 

そうして始まるのはお説教。ヘルメス様と食事に行くという話しはアストレア様から聞いていて、「まぁ、男同士の付き合いもたまには・・」と思っていた矢先に朝帰り。何より僕から甘ったるい香りがプンプンとしていたらしく歓楽街に行ったのだろうとすぐに察したのだろう。その目つきはとても鋭い。

 

「歓楽街に行って朝帰りだなんて、ベルってば歯止めが利かなくなっちゃったのかしら?私たちじゃ満足できない?ねぇ?」

「甘い匂いを漂わせて帰ってくるとは、昨夜はお楽しみだったようでございますねぇ?」

「ち、ちがっ・・・」

「もうしてあげないわよ?」

「い、いやぁ・・・」

「うぐ・・・その目はずるいわ・・・ずるいわベル・・・」

「・・・節操なしのおちんちんには教育が必要でございますかねぇ?」

「ひっ・・・ぐりぐり・・・やめぇ・・・」

「ベル、南に行ってはいけないと言われているはずです。なのに何故・・・」

「ご、ごめ、ごめんなさああああいっ!」

「「「うるさい」」」

「ひぐっ!?」

「まだみんな寝てるの。だから大声出さないの」

「ご、ごめんなさい・・・」

 

つい大声を出してしまいそうになる僕の口を塞ぎほっぺを引っ張るアリーゼさん。変わらず膝で僕の股間をぐりぐりとする輝夜さん。そして大きく溜息をつくリューさん。僕は3人の剣幕に完全に気おされて事情を話すこともままならず涙を浮かべて震えるばかり。

「ひっく・・・」

「というか、歓楽街に行ったことが許せないわ!私やアストレア様がいながら!この、このぉー!」

「ぐすっ・・・ひっく・・・うっく・・・ちが・・・のに・・・っ」

「ア、アリーゼ、ベルの話を聞かずに一方的というのは流石にまずいのでは・・・!?」

「どれだけ心配したと・・・思っているのよ!」

「お、おい団長様・・・・一度離してやれ様子が・・・」

「アストレア様だって、夜遅くまでずっと待ってたのよ・・!?」

「ひっく・・ひっぅ・・ごめ、ごめんなさっ・・・ひっく・・・」

 

普段見ない姉達の怒気に完全にやられて泣き出してしまう僕に、それでも怒りをぶつけるアリーゼさん。僕の様子がおかしいことに気づいて止めようとする輝夜さんとリューさん。そして、アリーゼさんの瞳には心なしか涙が浮かんでいた。僕の頬をひっぱる指に力は入っておらず震えていた。

 

「ひっ・・・ひぅっ・・・ごめ、ごめんなさっ、ごめんなさい・・・!」

「馬鹿ベル!『1人にしないで』って言ったのはあなだでしょう!?あなたがいなくなってどうするのよ!」

 

僕はもう『ごめんなさい』しか言えなくて、アリーゼさんに抱きついてアリーゼさんは痛いくらい抱きしめては小言を漏らす。そしてようやくアリーゼさんが静かになって、僕に事情を話すように促してくる。僕は涙を拭って、なんとか事の経緯を説明する。

 

「ヘルメス様たちと繁華街でご飯を食べて・・・その後、命さんが路地裏に入ってくのが見えて、様子がおかしかったからヘルメス様と後をつけてて・・・。そしたら、命さんが歓楽街に入っていって、命さんがどこかに逃げていって、気が付いたらヘルメス様ともはぐれちゃって」

「気が付いたら迷子になってた?」

「はぃ・・・。それで、えっと髪の長いアマゾネスのアイシャさんとぶつかりそうになって、【イシュタル・ファミリア】のホームに連れて行かれて」

「抱かれたのか?」

「ち、違います!」

「・・・抱いたのですか?」

「抱いてないし抱かれてないですぅ!」

「それで?」

 

それで、イシュタル様が妙な連中とつるんでいることとか、モンスターに追いかけられたこと、狐人の春姫さんに匿ってもらってたけど朝方になるまでは危険だと言われて動けなかったこと。すべてを話した。そこで漸く僕の拘束が解けて、デコピンをされた。

 

「ひぎっ!?」

「はぁ・・・・『サンジョウノ・春姫』ねぇ・・・輝夜の名前?家名?に似てるわね」

「狐人と言ったか・・・・そういえば以前【ロキ・ファミリア】がメレンに行った時に『妙な術師がいた』という話を聞いたな」

「それに女神イシュタルですか・・・・ふむ」

「な、何か知ってるの?」

「「「うーん」」」

 

3人とも顎に指を当てて、僕に話していいのかとでもいうように悩みだしていた。何か、やっぱり僕に隠しているような・・・関わってほしくないかのような、そんな気がした。結局、答えは出せなかったのかアリーゼさんが手を叩いて

 

「うん!ベル、臭いわ!」

「へっ」

「顔も涙でぐちゃぐちゃよ?」

「そ、それは・・・3人共怖かったから・・・・あんな顔見たことない・・・」

「でも悪いのはベルよ」

「うぐっ・・・ごめんなさい」

「そのままアストレア様の所になんて行かせられないわ。だから、綺麗にしてあげる」

「う、うん・・・ごめんなさい」

「もういい、謝るな。」

 

そうして手を引かれてお風呂へ向かおうとするときに、ふと、帰って来る前にヘルメス様に渡されていたものを思い出して声をかける。

「ア、アリーゼさん」

「ん?」

「こ、これっ」

僕はポケットからヘルメス様に渡された中身が何かは知らないけれど、アリーゼさんが喜ぶという小瓶を取り出した。

 

「何これ?」

「ヘ、ヘルメス様が・・・『アリーゼちゃんたちに渡せばきっと笑顔になって許してくれる』って」

「なんでしょうかこれは」

「・・・・『媚薬』だな」

「「は??」」「え??媚薬??」

 

目を丸くして固まるアリーゼさんとリューさん。そして、意味が分からずにぽかんとする僕。輝夜さんは小瓶を手に取り、見つめて言う。

「・・・・確か以前、女を襲おうとしていた暴漢から押収した物の中にあったのに似ている。『最高級』のやつだ。男が飲んでも女が飲んでも四六時中盛りっぱなし・・・・というやつだったはずだ。」

「「・・・ごくり」」

「ア、アリーゼさん?リューさん?」

「リ、リオン、どうして貴女まで反応しているのかしら?」

「き、気のせいですアリーゼ」

 

どうしよう・・・という顔というか、もうお説教してましたムードなど吹き飛び僕たち4人は小瓶を囲んで妙な空気が漂い始める。僕は意味などわかっておらず、3人は目だけで何かを語っているようですらあった。

「ア、アリーゼさん・・・もしかして嫌な物だった?」

「ち、違うわ!嫌じゃないわ!ベ、ベル、これ、何かわかってて受け取ったわけじゃないの?」

「違うけど・・・ヘルメス様も何も言わなかったし・・・」

「あとでアンドロメダに報告しておきましょうか・・・」

「いや、やめろ。リオン。黙っていろ。それより団長・・・どうする?」

「さすがに今、皆寝ているのにするのは・・・」

「だがしかし、今、ベルには他の女の匂いもついているんだぞ?上書きするチャンスでは?」

「なっ!?か、輝夜!?」

 

まるで悪魔の囁きのようなことをいう輝夜さんに耳まで真っ赤にするリューさん。どうやら、天使・・・否、妖精さんは悪魔には叶わないらいし。口でもう言いくるめられかけている。目を閉じ、少し考えて咳払いをしてアリーゼさんはリューさんをチラっと見て、答えを出した。

 

「・・・4人でお風呂に行きましょ」

「「え?」」「わかった」

 

ぽかん・・とする僕とリューさん。了承する輝夜さん。「あっ、でもあんまり大声出さないようにネ!」と注意するアリーゼさん。どうやら、悪魔が2人いて妖精さんは完全に負けてしまったみたいだ。リューさんは固まってしまっているし。

 

「それともリオン、ベルじゃいや?」

「そ、そういうわけでは・・・」

「大丈夫よ、コレを使えば痛みなんてきっとないわ!」

「な、なっ・・・!?」

 

そうして強制連行され、みんなが起きる頃にリビングのカウチで座っていたのはやけにツヤツヤしていて、でも、どこかまだ火照ってるようなアリーゼさんと輝夜さん。そして、燃え尽きたように真っ白になる僕に同じように真っ白になっているのに火照っている・・・時々寄り添って座っている僕に触れるとビクンっと体を跳ねさせるリューさんがいた。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

「ア、アストレア様・・・・」

「んぅ・・・ベルゥ?帰ってきたの?」

 

朝食の後もアストレア様は降りてこず、アリーゼさんが夜遅くまで待っていたと言っていたのを思い出して、自室同然とも言えるアストレア様の部屋に入るとやっぱりまだ眠っているアストレア様がいて、僕は傍に椅子を持ってきて手を握ってアストレア様が起きるのを待っていた。すると、手の温もりに気が付いたのか、薄っすらと瞼を明けて僕のことを見つめているのに気が付いて、思わず声をかけた。

 

「そ、その、えと・・・心配かけて、ごめんなさい・・・」

「何もなくてよかったわ・・・心配したのよ?」

「ごめんなさい・・・・」

「ちゃんと、寝たの?」

「・・・ううん」

「なら、こっちにいらっしゃい。今日はダンジョンはお休みよ主神命令」

「・・・はい」

 

アストレア様が掛け布団を上げて僕に入ってくるように言い、大人しくアストレア様に向き合うようにベッドに潜り込んで横になる。アストレア様は僕の顔を見て安心したのか、頭を撫でながらどうして遅くなったのかと説明を求めてきて、アリーゼさん達にしたように全てを話した。アストレア様は僕を怒るでもなく、「無事に帰ってきてくれてよかった」と微笑んでくれている。それに対して僕は罪悪感で胸が痛くなった。

 

「怒らないんですか?」

「怒らないわ。だって、もうアリーゼ達が怒ったでしょうから・・・私までベルを怒鳴りつけてしまったら貴方は拠り所を失ってしまうもの。・・・まぁ、歓楽街に行ったというのは少し、気に入らないけれど・・・。それで、ベルはその狐人さんをどうしたいの?」

「・・・助けたいです。」

「そう・・・」

「アストレア様、イシュタル様が怪しいことをしているって聞きました。何か、知っているんですか?」

「・・・・」

「アストレア様?」

「・・・・そうね、怪しいことをしているのは確かよ。」

「『殺生石』って知ってますか?」

「・・・いえ、それは知らないわ。名称からするに、輝夜の方が知っているんじゃないかしら?」

「アイシャさんが・・・えっと、そこのアマゾネスの人が『派閥を潰してくれる』ことに期待してたんです」

「ベルは戦争がしたいわけではないのでしょう?」

「はい・・・。だから、その、どうしたらいいのかと思って」

 

アストレア様は僕の頭を撫でる手を止めて、目を瞑って考え込む。考え込んで、僕に指令を出す。

「ベル・・・イシュタルが怪しいことをしているのは確か。でも、証拠がないの。」

「証拠?」

「ええ。だから、そのアマゾネスの子が言う『宝物庫』にあるっていう証拠になりえるものを探してきてくれないかしら?もしくは、主神室・・・これは危険すぎるわね・・・資料室があればそこもお願いできる?ベルのスキルなら、人が近づいてきたらわかるでしょう?」

「は、はい・・・。でも、いいんですか?その、僕が動いて」

「『ヘラ』に頼ったりするのはナシよ。じゃないと貴方自身のためにもならないし・・・それに、貴方が正しいと思ったことをしなさい」

「・・・・はい。やってみます。」

「それと・・・」

「それと?」

「フリュネ・ジャミールには気をつけなさい。彼女は輝夜と同じLv5よ。Lv3になったばかりのベルでは厳しいと思うわ。最悪、【ディア・エレボス】を使うつもりでいなさい。」

「・・・・・」

「あら、どうして震えているの?」

「し、しし、死ぬかと思いました」

「ま、まさか・・・」

「追いかけられたんですぅぅ!!」

 

あの地獄の逃走劇を思い出し震え上がり、引っ込んだはずの涙が出てきて、思わず僕はアストレア様の胸に顔を埋めるように抱きついてしまう。アストレア様は当然の様に受け止め背中を摩ってくる。

「あ、あれって本当に人間なんですか!?ダンジョンで産まれたとかじゃなく!?」

「ひ、人よ・・・人なのよあれでも!」

「イシュタル様より美しいとか言ってましたよ!?イシュタル様ってあの人?よりも・・・」

「や、やめなさいベル!その考えは駄目よ!」

「ア、アストレア様の方が美の女神様ですぅ」

「う、嬉しいけどぉー・・・・。というかその、ベ、ベル?なんだか、硬いのが当たっているのだけれど?どうしたの、これ」

「ひぅっ・・・ご、ごめんなさい・・・。え、えと・・・アリーゼさんが飲ませた薬のせいでまだ・・・で、でも大丈夫です」

「薬?体は平気なの?」

「は、はい、平気です。もう僕も眠たいので・・・」

「そ、そう・・・顔が赤いわよ?」

「・・・・・ぐぅ」

「こ、こら、寝たふり!?も、もぅ!」

 

未だ少し火照る体を誤魔化すようにアストレア様に抱きついて少しばかりの仮眠、夢の中に落ちる僕と、寝たふりに頬を膨らませてやがて寝不足なのか欠伸をかいて僕を抱き枕のようにして、アストレア様は眠りに落ちた。



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兎は狐を助けたい

展開が速くないかと自分でも思う。


 

「アストレア様、アリーゼさん達は僕に・・・何を隠しているんですか?」

「・・・・どうしてそう思うの?」

「なんていうかその、イシュタル様のことを話したときもですけど、何か誤魔化そうとしているというか、僕には言いたくないみたいな感じがするというか・・・」

 

目を覚ますと、隣で眠っていたアストレア様も目覚めていたから、僕は疑問に思っていたことを聞いてしまっていた。何と言うか、あの『極彩色のモンスター』も含めて僕を遠ざけているようなそんな気がしてならないのだ。時々夜遅くに僕とアストレア様以外で話し合いをしているときだってあるし・・・・何と言うか、隠し事をされているような気がして嫌だった。そんな僕のことを頭を撫でながら、言葉を選ぶように答えるアストレア様と悶々とする僕。

 

「そうねぇ・・・・。でも、ベルを大事に思っているから隠していることだってあると思うわ」

「・・・・置いていかれるのは嫌です」

「そうよね、いやよね・・・・。でも、少しだけ待っていてくれないかしら?」

「・・・え?」

「アリーゼ達が決めたことだから、ちゃんと話し合わないといけないの。私が勝手に話してしまっては、アリーゼ達はきっと怒るでしょうから」

「・・・・はい」

「さ、そろそろ起きましょうか。ベルもやることがあるでしょう?準備しないと」

「はい。でも、アストレア様は体大丈夫なんですか?ちゃんと休まないと・・・」

「ベルほどではないわ」

「へ?」

 

そう言ってアストレア様は頬を少し赤く染めて僕の下半身を指差して言う。

 

「何の『薬』かは知らないけれど・・・大丈夫なのかしら?」

「うぐぁっ!?み、見ないでくださーい!」

「ふっふふふ」

「うぅぅぅぅアリーゼさぁぁん」

 

恥ずかしさのあまり掛け布団に潜り込む僕を微笑ましく笑っては摩るアストレア様。それを少し恨めしく顔を出して見つめると「ごめんなさい」なんて言うけれど、その顔はやっぱり笑っていた。

 

「本当に大丈夫なの?」

「べ、別に問題ないです・・・静まりかけです」

「そ、そう・・・」

「あとで・・・歓楽街に行ってきます」

「調査に行くのよね!?そうよね!?」

「当たり前じゃないですかぁ!」

「お、お願いだから他所の女の子に手を出したりしないでね?お願いよ?」

「わかってますってばぁ!うぅぅぅ、もう一回お風呂入ってきていいですか?」

「え、えぇ・・・私も入るわ・・・」

 

2度目のお風呂に入ってちゃんと目を覚まして、僕は今日行う潜入調査の準備を始める。やっぱりアストレア様に「本当に大丈夫?」と言われたけれど、うん、大丈夫。ちゃんと静まりました。だからあんまり見ないでアストレア様ぁ!!

 

■ ■ ■

 

「えっと、『殺生石について』と『女神イシュタルがつるんでいる連中について』と・・・・。」

 

リビングのテーブルに必要なものを整理していく僕とアストレア様。アリーゼさん達はもう既に出かけていて、書置きには「ダイダロス通りに行ってきます」とだけ書かれていてアストレア様はそれだけで何をしに行ったかを理解したのか少しだけ目を瞑って無事を祈っているようだった。

 

「念のために、エリクサーも持っていきなさい」

「はい」

「でも見つかると思ったり危険だと判断したらすぐに逃げること。フリュネ・ジャミールに捕まったら壊されるから気をつけてね?・・・気をつけてね?」

「は、はい・・・!」

「彼女は主神の命令だろうとお構いなしと言うか・・・とにかく襲ってくる可能性があるから、その場合の戦闘行為は目を瞑るわ。ただし」

「こちらからは仕掛けちゃだめ・・・ですよね?」

「正解。私たちは抗争がしたいわけではないから・・・面倒だけれど、お願いね?」

「はい・・・えっと、春姫さん達はどうすれば?」

「うーん・・・本人達が望むなら、連れて来て構わないわ。あとでアーディちゃん当りに頼んでみるわ」

「わかりました」

 

準備が一通り終わって、装備を整えて外に出る。太陽は傾き、もう暗くなり始めていた。振り返ってアストレア様の顔を見ると少し心配そうにしていたから、つい抱きついて言葉を漏らす。

 

「・・・・ちゃんと帰ってきます」

「ええ、無事に帰ってきてね。・・・・いってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

それだけ行って僕は駆け出した。

アストレア様の話では、以前から『実力を偽っている』と言う話があって、それを糾弾した当時敵対していた複数の派閥がいたそうなんだけれど、ギルドの調査が入ったのちに戦闘娼婦のステイタスを開示し不正していないという結果で終わったらしい。そしてイシュタル様は訴えた派閥とギルドに『言いがかりを押し付けられた』と訴え返して罰則と罰金を要求・・・そして弱体化した派閥を、全て壊滅させて女神達も天界に送還されるということがあったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちわ、ベル・クラネル」

「こ、こんにちわ、アスフィさん・・・大丈夫ですか?」

「ふふふ、これが大丈夫に見えるなら大したもんですよ」

「で、ですよね・・・」

「・・・ヘルメス様が帰ってこないと思ったら、歓楽街に行っていたなどと・・・ふふふふ。すり身にしてやりましょうか」

「ひ、ひぇ・・・」

「・・・コホン、失礼。私が貴方に会いに来たのは、これを渡せとヘルメス様に頼まれたためです。」

「・・・・兜?」

魔道具(マジックアイテム)『ハデス・ヘッド』です。それを被ることで透明になることができます。潜入するにはうってつけでしょう?」

「だ、誰から聞いたんですか?」

穀潰し(ヘルメス様)からです。ああ、ゴーグルは後ほど貴方のファミリアの方に持っていきますので。持っていても邪魔でしょう?」

「あ、ありがとうございます!」

 

ヘルメス様、あの後無事・・・無事?に帰れたんだよかった。それに魔道具まで貸してもらえるなんて、すごいなぁ・・・アスフィさんは。僕はアスフィさんにお礼を言って、歓楽街へと足を動かす。

 

 

■ ■ ■

繁華街に入り、昨日通った道を進みながらやがてたどり着くのは歓楽街。

都市の第四区画、その南東メインストリート寄り。地理的に隣接する繁華街とは打って変わって、場は雰囲気がまるで違う。建物の壁や柱に設置される桃色の魔石灯。数少なにぼんやりと輝く街灯に照らされるのは、艶かしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板、そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾る蠱惑的な女性達。アマゾネス、ヒューマン、獣人、小人族etc...etc...多くの娼婦達が男性を呼び込んでは店の中に引っ込んでいく。

 

「2回目だけど、目に毒というか・・・うぅぅ・・・早く進もう」

 

心の中で輝夜さんが『ぶぁ~かめ、私達の裸を散々見ておいて今更何が目に毒なのだ?』って言っている気がするけれど、この空気は駄目だと思う。うん、何か違う。お姉さん達はいつも通りの格好の方がいい、僕はそう思うよ、輝夜さんっ!

 

そんなことを考えていると、昨日と同じように声をかけてくるアマゾネスさんがいた。

 

「あんた・・・昨日の今日でまた来たのかい?今度こそ私を抱くかい?」

「抱きませんよぉ!」

「じゃあ何しに来たんだい?」

「えっと・・・宝探し?」

「はぁ?・・・あぁーそういうことかい。考えはあるのかい?」

「はい、とりあえずアストレア様にも伝えて頼まれてここにきました」

 

「ならついてきな」と昨日と同じように僕を本拠である女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)へと連れて行き、昨日と同じ部屋へと入れられた。カーテンから顔を出して誰も来てないか確認して、話を始める。

 

「で、どうするつもりだい?」

「アストレア様の考えでは確かに、イシュタル様が怪しいというのは確かで『実力を偽っている』ということでも昔ひと悶着あったと聞きました」

「『殺生石』については?」

「わからないと言ってました。」

「はぁ・・・そうかい」

「それで、資料室にも行ってみようかと思って」

「まぁ、好きにしな。ただし私は協力できないよ。せいぜい部屋の前にいるくらいが限界だ」

「ですよね・・・」

 

アイシャさんが言うには、『実力を偽っている』というのが、僕と同じような『他者を強化する魔法』というもののことらしい。フリュネさん・・・・はいつ現れるかわからないから、気をつけろととにかく釘を刺された。僕は『ハデス・ヘッド』を装着して、姿を消して行動を開始する。宝物庫の場所だけは着いてきてくれて、見張り役までしてくれる。その間に僕は、宝物庫に目ぼしい物が無いかと物色する。側から見れば盗人同然だなーなんて考えてしまう。

 

「特にこれといって・・・閃光弾と煙玉は貰っておこうかな。」

「坊や、聞いていいかい?」

「はい?」

「あんた、春姫を助けると言ったそうじゃないか」

「春姫さん、何て言ってました?」

「あの子が初めて、泣いて『死にたくない、体を売りたくない』と言ったよ」

「じゃあ、助けます」

「言わなかったら助けなかったってことかい?」

「結果的には助けてたと思いますけど・・・・会うことはなかったんじゃないかなって」

「何で助けようなんて思ったんだい?」

「えっと・・・別に娼婦だからとか、僕にとってはどうでもよくて、助けたいって思っただけですよ」

「『喋るモンスター』を助けたってのも関係あるのかい?」

「聞いたんですか?」

「聞いたねぇ。聞いたし、数年前だったか、このオラリオにはある御伽噺の本が書店やらに並ぶようになってね。作者も不明だし、包装もバラバラ。でも、どういうわけか人気なのさ。『白い子供と翼を持った女』の御伽噺がね。だから、つい私も春姫もそれを思い出しちまったよ」

 

僕の知らない御伽噺?でも、どこか僕のことを言っているような・・・気のせいじゃない、よねきっと。会話をしながら物色する僕は、そこで、おかしな剣を見つける。柄頭には何かを嵌め込むためなのか窪みができていてどことなく、戦闘用の武具ではない感じがした。その剣を僕は腰に納めてこれ以上は無いと判断して宝物庫を出た。アイシャさんもそれがわかったのか、見えないのに自然と次の目的地へと付いてくる。

 

「アイシャさん、見えてるんですか?」

「いや・・・・匂いで追ってるだけさ」

「僕、臭いですか?」

「あんた、ここに来る前に風呂にはいったろ」

「うぐぅっ!?」

「雄の匂いがしていたら、あのヒキガエルに見つかってただろうね」

「そ、そのときは戦うしかないですね・・・ハハハ」

「ったく・・・。ほら、ここが資料室だ。ああ、主神室はやめておいたほうがいい」

「どうしてか聞いても?」

「イシュタル様が不在とはいえ無人と言うわけじゃない。なにより、男共が複数いるからね、探し物なんてしてたらいくら透明でもバレるだろうさ」

「なるほど」

 

さっきと同じようにアイシャさんは自然とするように資料室の前に立ち、僕は中を調べ始める。資料室というだけあって、納められている蔵書はとても多く薄暗い部屋には紙と木の香りが漂っている。なるべく音を立てないように慎重に本棚の迷路を進む中、机の上に無造作に投げ出された羊皮紙と巻物の束が目に入った。多くの者が読み込んだ形跡があり、僕は羊皮紙の一枚を手に取り、中身を見る。

 

「・・・殺生石の儀式について?えっと・・・『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材にして生成する禁忌の魔道具で・・・」

 

『玉藻の石』の原料は、狐人の遺骨と記されていて僕は絶句する。墓から掘り出して・・・・作り出した!?『鳥羽の石』は別名、『月嘆石(ルナティック・ライト)』と呼ばれていて月の光を浴びることで色を変え、光を放ち魔力を帯びる特殊な鉱石で鍛冶師の間では武器の素材として利用されると記されているけれど・・・・恐らくこの『玉藻の石』だけは、非合法も非合法なのだろう。

 

「狐人の魂を封じ込めることで・・・狐人の魔法、妖術の力を第三者に与える・・・・。代償として生贄にされた狐人は、魂の抜け殻になる・・・?」

 

『殺生石』は砕け、その破片一つ一つが『妖術』を行使できる魔法の発動装置になり、かつ、オリジナルと変わらず詠唱さえ必要としない。【イシュタル・ファミリア】にいる狐人は、僕の知る限り1人しかいない。つまり、春姫さんが、アイシャさんの言う『他者の力を上げる』魔法を持っていて、それを魔道具にして全員に持たせることで強力な軍団にして、【フレイヤ・ファミリア】に?

 

「砕けた破片を集めても・・・・その狐人は、廃人も同然の人形に・・・。」

 

「・・・大丈夫かい?」

「ご、ごめんなさい。聞こえてました?」

「いや、少しね」

「春姫さんは・・・・生贄にされるんですね?」

「・・・・・」

「それをアイシャさんが一度、失敗に終わらせたから、『魅了』を受けたってことですか?」

「・・・はぁ、そうさ。だから私はもう逆らえない」

 

つい動揺してしまって、それが外に聞こえていたのかアイシャさんは僕に声をかける。深呼吸をして何とか鎮めて、バックパックに仕舞い込み、さらに資料を漁る。

 

「えっと・・・これは・・・・ん?アイシャさん、聞いていいですか?」

「・・・・どうしたんだい?」

「・・・『精霊の分身』って何ですか?」

「・・・・は?」

 

僕が次に手にした資料には、『宝玉』『天の雄牛』『精霊の分身(デミ・スピリット)』『タナトス』とキーワードだけでも何か怪しさがプンプンするものが記されていた。春姫さんのこともそうだけど、それ以上に、嫌な予感というか・・・そう、18階層のあの隠し通路のような場所が頭に浮かんで仕方ない。

 

「ア、アイシャさん・・・タナトスって・・・・」

「・・・っ!」

「アイシャさん?」

「悪いが坊や、宝探しはここまでだ!

 

アイシャさんの声音に動揺が走っていた。何事かと思えばすぐさま殺気立って声を荒げた。「ヒキガエルが来た」と。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「アイシャさん!どうなってるんですか、これは!?」

「知るかぁ!走れぇ!!あんのヒキガエル、いつきやがった!!」

「アイシャアイシャ、まずいって、何がどうなってるの!?それにその子、いつから!?」

「ああもう!レナ、あんたは黙ってな!ややこしい!うちらの派閥はもうすぐ終わる!『タナトス』だって!?そりゃぁ闇派閥(イビルス)側の神だよ!」

「「えぇぇぇぇ!?」」

 

僕は今、アイシャさん、そして少し小柄なレナさんと例の如く逃げている。追ってくるのは、固体名『フリュネ・ジャミール』という怪物だ。どういうわけか、僕の匂いを嗅ぎつけたのか「昨日の雄の匂いがするよぉ~」と襲い掛かってきた。身の危険を感じて、というか、こんな狭いところであんな巨体と戦うわけには行かないと、せめて女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)のメイン玄関に向かって全力疾走しているのだ。でも、そのフリュネさんの腕には、血を流す春姫さんがいて・・・アイシャさんも僕も動揺を隠せない。

 

「アイシャさん!春姫さんが!!」

「わかってる!儀式のために殺しちゃいないはずだ!」

「ゲゲゲゲ!どこまで逃げる気だぁい?さっさと諦めちまいなよぉ!いい夢見させてあげるよぉ!」

「ひぃぃぃぃぃ!!もっとアリーゼさん達の匂い付けておけばよかったかなぁぁぁ!?」

「坊やあんた、そういう関係だったのかい!?その歳でやることやってるんだねぇ」

「意外と余裕ありますよね、アイシャさん!?」

「戦闘娼婦舐めんじゃないよ!」

「どうするの!?早く春姫助けないと流石にまずいよ!?」

「飛び降りな!そこであのヒキガエルを潰すよ!坊や、もうこの際、魔法を使いな!主神にも命令されてるんだろう!?レナ、あんたはさっさと逃げな!巻き込まれるよ!」

「っ!」

 

3人そろって、高所から飛び降り、目的地のメイン玄関へと着地し、戦闘の構えをとる。少し遅れてドスン!!と音を立てて・・・どころか、床を破壊してフリュネさんは着地する。血を流し気を失っている春姫さんは、どこか、もういっそ、バッグにつけたりするようなアクセサリーに見えて仕方がない。

 

「・・・・春姫さんはどうして怪我をしているんですか?」

「ウゲゲッ、そりゃぁ、当然さ。イシュタル様の命令を無視したんだから」

「・・・命令?」

「満月の夜、『殺生石の儀式』をやるって言っているのに、今更『死にたくない』『いやだ』『体を売りたくない』なんて勝手なことを言うから、このブサイクはこういう目にあうのさぁ~!」

「・・・ガフッ」

「春姫さんっ!」

 

まだ意識が微かに残っているのか、揺さぶられるたびに苦しそうに呻く春姫さん。でも、その姿は痛々しく頭や体の至る所から血を流していて、綺麗な金髪が血に染まっていて僕は頭に血が上っていく。

 

「・・・・その人を、離せ!」

「何言ってるんだい?これはアタイ達の道具だ!?フレイヤの連中を潰すためのねぇ!他所の派閥のもんが口を挟むんじゃあないっ!!」

 

闘争に飢え、迷宮都市の玉座を手に入れんとする女戦士達は春姫の『力』を離さない。苦痛に、激痛に顔を歪めもがく春姫を見てベルが叫ぶも巨女は聞かなかった。それどころか、ブンブンと振り回して言葉を投げつける。

 

「そもそも娼婦としても役立たずの不細工を、穀潰しを養ってやったのは誰だと思っているんだァ・・・・こいつには、アタイ達に体を張って尽くす義務があるのさァ」

「・・・っ!」

「そうだろォ、春姫ぇ・・・・見せてやりなァ・・・あんたの『力』をねェ!」

「う・・・ぁぁ・・・」

 

首根っこを掴まれ、妖術を使うことを強要するフリュネ。歯を噛み締め睨みつけて殺気をこれでもかと立てるアイシャ、そしてベル。かくして、狐人の少女は震えながら、詠いだす。

 

「クラネル・・・様・・ごめ、なさい・・・」

「早くおしぃ、春姫ェ!」

「【―――大きくなれ】」

「ゲゲゲゲゲゲッ!?それでいいんだよぉ!絶望させてあげるよぉ!兎ぃ!」

「・・・・【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】・・・乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)オーラッ!」

「・・・・へぇ、これが坊やの・・・」

 

咄嗟に僕は、全能力上昇魔法を自分とアイシャさんにかけて春姫さんの妖術に備えた。

「【其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を。】」

 

朦朧とする意識の中で、何かを差し出すように両手を震わせながら胸の前に突き出して声音を奏でていく。

 

「何をするつもりか知らないが、無駄だったねぇ~!?ゲゲゲッ、今からたっぷり可愛がってあげるよォ!」

春姫の歌声が響く中、フリュネは大戦斧を頭上に掲げる。

 

「坊や、戦争遊戯のときに使っていた、『魔法を入れ替える』のはできないかい?」

「・・・無理です。春姫さんの妖術がどういうのかわかってないので・・・戦争遊戯のときは、失敗してもローブで守られるからできたってだけで」

「なら、あの『黒い魔法』は個人だけに使えないのかい?」

「使えますけど・・・」

「なら、あのヒキガエルが春姫を離したら、やっとくれ。隙なら私が作る。」

「わかり・・・ました」

 

「【――大きくなれ】」

 

アイシャさんに指示を受け、2人とも武器を構える。

 

「【神撰を食らいしこの体。神に賜いしこの光金。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を。】」

 

紡がれる呪文はフリュネさんへと送られ、詠唱が完成に近づき、伴って薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。フリュネさんは降り注ぐ光を浴びて、高らかに笑い声を上げる。

 

僕は右腕を伸ばし、フリュネさんに向けて人差し指を立てて、唱える。

 

「【ウチデノコヅチ】・・・・・ゲホッ!」

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】・・・乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)ダウンッ!」

 

魔法の発動は、春姫さんの方が少し早く燦然と輝く光槌が落ち、フリュネさんの全身を包み込んだ。光の奔流が巨女にもたらすものは、体と心を奮い立たせる活力、そして純粋な『力』。閃光が走りぬけ、フリュネさんに夥しい光粒が付与されていた。

 

「ウゲゲゲゲゲゲェッ!!」

 

奇声を、大声を上げながら春姫さんを投げ捨て僕とアイシャさんへと突っ込んでくるフリュネさんを左右に避ける。

なんだろうこの感じ・・・僕の魔法とは少し違う?

 

「いいか坊や、春姫の魔法は一定時間内にLvを一段上げる、『ランクアップ』させる魔法なのさ!」

「はいぃ!?」

 

何とか攻撃を逸らし、避け、時には『福音』で反撃する僕に、同じく戦っているアイシャさんが説明する。

春姫さんの魔法【ウチデノコヅチ】。

その効果は対象人物の【ランクアップ】。

制限時間内に限り、Lvを一段上昇させる。イシュタル様が【フレイヤ・ファミリア】打倒の切り札として秘匿していたもの・・・。これを殺生石で全員に持たせようとしている?僕が言っていいのかわからないけれど、反則級の超越魔法だ。

 

「・・・あん?待て坊や、遅すぎる」

「へ?」

「坊やの今の魔法は、何だったんだい?」

「えと・・・相手の全能力を下げる魔法ですけど・・・」

「・・・天秤・・・なるほどねぇ」

「え?」

「あんた、自分の魔法を理解しきってないだろ。あいつは確かにランクアップしているが・・・それにしちゃ、遅すぎる。」

 

その証拠に、こうも簡単に対処できすぎてしまっている。とアイシャさんは大朴刀を撃ちつけながら答える。言われてみれば、僕もフリュネさんの斧をナイフで逸らしたりできてる・・・。まさか・・・『バランスを取ってる』ってこと?

 

「相手からすりゃ、天秤は不利なほうへと傾いてるんだろうさ!けど、その恩恵を受ける私たちにとっては、バランスが取れてる。相手のステイタスが高ければこっちもそれだけの恩恵があるってことなんじゃないのかい!?」

「な、なるほど!?」

「平行詠唱はできるのかい!?」

「無理です!」

「はっきり答えるんじゃないよ!・・・私が相手するからとっととやりな!」

 

 

「どうなってるってんだい!?アタイはLV6だよォ!?それが何でLv.3の不細工がやりあえてるってんだいぃ!?」

「知るかバーカ!!春姫だけじゃないってことだよ!」

 

アイシャさんが大朴刀でフリュネさんへと猛攻をけしかけ僕は一度離れ、さらに追加詠唱を詠い始める。さっきと同じように、右腕を伸ばし、人差し指をフリュネさんに向けて―――

「【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、――】アイシャさんっ離れて!」

 

僕の声が聞こえたのかアイシャさんはフリュネさんから飛びのいて、僕は魔法を放つ。

「―――【ディア・エレボス】ッ!!」

 

光粒を纏うフリュネさんの体を足元から黒い影とも形容しがたいものが這い上がって包み込む。個人を対象にするのは初めてだけど・・・・範囲が狭いとこうなるんだ・・・・。

フリュネさんはビクンッ!と体を跳ねさせてから、ピクリとも動かなくなった。



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地下へ行け

飲食店閉まるの早くなったお陰で帰りが遅いとものすごく困る。


「オ―――オッタル!? なっ、何でお前がここにぃ!?」

目の前に現れるは、巌の武人。

その精悍な顔立ちから一切の表情を落としているその猪人は、静かにこちらへつま先を向ける。

 

「う、兎・・・兎はどこにいったぁ!?」

さっきまで戦っていたはずの、兎もアマゾネスも、そして自らが投げ捨てた狐人もそこにはいない。目の前にいるのは、感情さえ感じ取れない絶対的な強さを感じさせる武人。

 

指先は震え、悲鳴のような声を上げ、気圧され、怯える。

その武人は―――オッタルは一言も言葉を放つことはなくただ感情を持たずに顔をこちらに向けているだけだというのに。

その巨顔から冷や汗を滴らせ喉を鳴らす。

 

「そ、そもそも、なんでお前がここにいるってんだいぃ!?」

『殺生石』を使ってフリュネ等を強化し、異常魔法(アンチステイタス)や呪詛を重ねがけして限界まで弱体化させるオッタル対策まで取っているのに、計画以前に既に目の前にいるというのが理解できない。それだけのことをしなければ、この男を攻略するなど不可能だというのに。

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインを目の敵にすることができても、目の前の男にだけは反抗の意志は貫けない。防具も武器も何も装備していないというのに、重圧を撒き散らすあの武人には。【フレイヤ・ファミリア】団長、都市最強、オラリオ唯一のLv.7。・・・・勝てる気がしない。

 

 

「ぐ、ひっ・・・ぐぎぎ・・・!?」

徐々に接近してくるその存在に竦み、大戦斧の柄をぎしぎしと握り締める。その感覚はきっと、深層の階層主を前にした時と、同じだ。ウダイオスを1人で倒したアイズ・ヴァレンシュタイン?冗談じゃない。バロールを半殺しにして帰ってきたオッタルさん?おい、バロールに謝れ中途半端に残すな。やってられるか!最後まで責任持てこの猪!

 

魔法の効果でLv.6となっているフリュネには、前進するしか選択肢がなかった。魔法が切れれば、それこそ終わるから。怯え、臆し、背を見せればその瞬間に、惨殺されるから。

「ぐっっ、おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

全身を咆哮させ、フリュネは自らを疾駆する。

右手に持つ大戦斧を高々と振り上げ、袈裟斬りを繰り出した。

 

「―――」

二つ名【男殺し(アンドロクノトス)】の通り、数々の冒険者を葬ってきたフリュネの渾身のその一撃に対し、オッタルはやはり無言のまま、無感情のまま、左手を伸ばし、斧の柄を握るフリュネの右手を、左手が受け止める。銀の大刃は肌に届きすらせず、その岩のような掌で拳を掴み取られた。

物凄まじい衝撃に体が僅かに沈んだオッタルの反応は、決まった動作を、作業をこなすようにするだけ。それで終わりだった。そして、そのまま、フリュネの右拳を柄ごと、握り潰す。

 

「ぎっっ・・・ギャァァァァァァァァァァァッッ!?」

 

骨ごと斧の柄を圧砕する音が、オッタルの手の中から放たれ、空間を震わせる。

右拳を砕かれたフリュネはしゃがれた絶叫を上げ、仰け反る。柄の折れた大戦斧が足元に落ちる中、オッタルはフリュネの巨体を半回転して後方に投擲する。腕一本。たった腕一本で投げつけ、石畳を滑空してごろごろと音を立てて転がる彼女の体は次の舞台に飛び込んだことでようやく停止する。

 

転がった先、目の前に立っているのは【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。Lv5になった頃の、かつて自身をボコボコにした13歳の姿だった。あり得ない、あり得ない!景色から先ほどあったはずの色素が薄れていき、目の前のアイズは自分のことを人として見てなどいなかった。

 

「なっ・・・何がどうなっているって言うんだいぃ!?」

 

そして降り注ぐは、デスペレードによる怒涛の乱打。乱打。乱打。乱打。乱打。かつて喧嘩を売り返り討ちにされた時のように、乱打。さらなる悲鳴と共に吹き飛ばされ、今度は風を纏って突っ込んでくる。その姿は16歳、Lv.6になった現在の姿。暴風と共に突き上げられ、上空に吹き飛ばされる。視界からアイズが消えれば次は、空中から衝撃が与えられた。

 

その足にはメタルブーツがあった。その顔には牙があった。灰髪をなびかせる狼人が、そこにはいた。その目は確実に獲物を殺すという意志が、怒りがあった。背後には・・・・満月があった。かつてメレンで、アイズとの戦いに割って入り、ロログ湖まで吹き飛ばした記憶が蘇る。

 

「ヴァ・・・【凶狼(ヴァナル・ガンド)】ォっっ!?」

 

色素が薄れた世界から、音が聞こえなくなった。

ベートからの踵落としによって、上空から地上へと叩きつけられる。巨体の重量に蹴りによる威力が加算され一気に地面へと落ち、石畳は陥没した。

 

「ぐ・・げ・・げぇ・・・!?アッ、アタイの美しい顔が、体があぁ~~~~ッ!?」

 

砕けた右手を振り上げながら自分を叩き落したベート・ローガを掴みかかろうとする。踏みつける石畳を爆砕しながら突進してくる女戦士は、今度は目の前に猪人の拳が現れ顔面中央にめり込み、また吹き飛ばされた。

 

「げへえっ!?」

 

何が起きているのか理解できない。猪人が現れたと思えば、剣姫。剣姫が現れたと思えば、姿が変わり、姿が変わったと思えば狼人が。3人相手どるという考えすらわかず、目の前の相手に敵意を向けようと攻撃を与えようとすれば、また景色が変わる。変わる。変わる。どこかの物陰で、黒髪の男がほくそ笑んでいる。そんな気さえしていた。

 

「だ、誰だ!?誰なんだい!?」

 

「【さぁ――知らんな】」

 

絶えず襲い掛かる暴風と暴力と脅威と重圧と激痛によってフリュネは涙を、涎を垂れ流し、手で顔面を腹を押さえた。でも、もう遅い。吹き飛ばされた先で、さらに舞台が変わっていた。

尻餅をつきながら必死に後退しようとするが、何か、振り返ってはいけないと思える何かがそこには、背後にはいた。

 

色素は薄れ、音は消え、気配は当たりに散りばめられ、常に何かに見られている錯覚が追加された。

 

震える体で振り返れば、そこには7人の人影があった。

猫人、白妖精、黒妖精、4名の小人族。そして・・・・猪人。いつのまにか剣姫も狼人も消えていた。

 

「【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】に、Lv.6ヘグニとヘディン、【炎金の四戦士(ブリンガル)】ガリバー兄弟だとォ・・・!?」

己を取り囲む存在を、都市最大派閥(フレイヤ・ファミリア)の最強戦力に囲まれ、フリュネは血の気が引いていき、戦意は跡形もなく喪失し、彼女の心の均衡はへし折れた。

 

「ヒッ、ヒイイイイイイイイイッ!?ゆっ、許しておくれよォ!?」

顔を、体を抑えながら、なりふり構わず命乞いを始めた。

「そもそもアタイが何をしたっていうんだァ!?こんなことされる謂れはないよォ!?だ、大体いつ現れたってんだいィ!?」

その言葉なぞ、聞こえもしないのか、彼らは表情も、感情もなかった。ただその辺の道に落ちている石ころにふと目がいった程度の視線でしかない。フリュネそのものを見てなどいない。

 

「な、何でもするっ、何でもするから助けてくれェ!?そ、そうだっ、体、体で払うよっ、アタイと寝させてやるから見逃してくれなよォ!?」

 

「【オイオイ、冗談だろう?・・・本気で言っているのか?】」

 

フリュネを囲む8つの影から殺意が募る。消えていた音が世界に戻る。色素も徐々に戻る。

 

「アタイ以外に素晴らしい女なんていないよォ!?この体にこの美貌、女神も裸足で逃げ出すってモンさぁ!こんなアタイを好き勝手にできるんだ、ほぅら、そそるだろォ!?」

媚を売るのに必死なフリュネは、その8つの殺気に気づかない。そして、最後の言葉が、舞台の幕を下ろす言葉が彼女から放たれる。

 

「あんた達の主神(フレイヤ)なんて目じゃないさァ!!」

瞬間。暗転し、世界から色が、自分を除いて消えうせ、己の口から言葉が消えた。もう、何も喋れなかった。

 

「貴様は我等の崇高なる女神を汚したァ!!」

比喩抜きで両目から真っ赤な眼光を放ちながら、怒りの大咆哮を上げる。周囲の7人も同じく憤激を爆散させる。

 

「貴様の辿る末路はただ1つ!!」

「死刑、死刑、死刑!!」

 

オッタルの大音声の後に死の斉唱が続く。顔面蒼白するフリュネは、体が縫い付けられたように動かない。断頭台で固定されたかのように動けない。徐々に狭まる凶戦士達の輪。

制止しようにも、彼女の口から言葉なぞ出るはずもなく、パクパクとさせるだけで、8つの影は巨女の体を覆い、刃を振り下ろした。

 

「う、うぎゃああああああああああああ!?」

 

「【――断罪の刃は、振り下ろされた】」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

「・・・・・・」

 

フラフラとする体を、片膝をついて耐える。倦怠感と吐き気と寒気、悪寒が少年を襲う。

 

「大丈夫かい?」

「アイシャさん・・・はい、なんとか。それより、春姫さんは?」

「レナがエリクサーを飲ませた。もう大丈夫さ。それより・・・」

 

それより・・・と言ってアイシャは全身から汗という汗を噴き出し、泡を拭いて白目を剥いて倒れているフリュネを指差して言う。あれは、何を見せられているのか?と。

それに対して、ベルは首を横に振る。

 

「知りません」

「はぁ?知らないって、あんたの魔法だろう?」

「・・・相手が一番恐怖するもの。トラウマとかもありますけど・・・だから、対象によって見るものが違うから、分かりようが無いんです。」

「今のヒキガエルを殺した場合、経験値は入るかい?」

「・・・この魔法の効果が切れるまで、僕も、対象者も、一切の経験値は入りません。それは、対象者を倒しても同じです」

「春姫よりも厄介じゃないか。経験値が入らないだなんて」

 

ベルは体をふら付かせながら、意識が回復し始めた春姫の元にいき、もう一度片膝を付いて、左手を差し出す。顔色は悪いかもしれないけれど、それでも、安心してほしくて、笑みを浮かべて、手を差し出した。なんていえばいいのかわからず、少し迷って、そういえば、アリーゼさんが『こんなこと言われたら~』なんて言ってたっけ。と思い出して、口を開く。

 

「春姫さん・・・貴方を、助けに来ました」

 

春姫は目を見開き、瞳から涙を零し、笑みを浮かべる。そして、その言葉にはこう返すんですよと教えるように

 

「ありがとう・・・英雄様」

 

そう言って、二人で子供の様に屈託の無い笑みを浮かべ笑いあった。邪魔する神も、敵もいない。今だけは2人の時間とでも言うように、アマゾネス2人も黙って見届けていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、3人・・・・でいいんですよね?」

「どこに連れて行くってんだい?」

「ベート・ローガのところ!?」

「アホ、黙ってな」

「えっと、ダイダロス通りを抜けたところで、【ガネーシャ・ファミリア】のアーディさん達が待機しているらいしので、そこで3人を保護してもうことになってます。2人だと思ってたけど・・・ベートさんが買ってる人なのかな?まぁ、いいよね1人くらい

「何か言ったかい?」

「いえ、別に。それより、僕が春姫さんを背負うんですか?」

「不満かい?そのへっぽこ狐の体が」

「「はい!?」」

 

別に背丈は大して違わないじゃないか。黙って背負いな。役得だよ役得。などと言ってアイシャとレナは先を歩き出す。ベルも春姫を背負って、フリュネが起き上がったりしないかと振り返り、2人の後を追う。背中の感触になんともいえない・・・いや、姉に見られたらそれこそ怒られるなんて思いながら、でも、いい匂いだなぁ・・・とか、尻尾をモフモフさせてもらえないかなぁ。なんて思いながら歩く。

 

「あ、あのクラネル様?」

「・・・ベルでいいですよ?」

「で、ではベル様?そ、その・・・これから私はどうなるのでしょうか?故郷には恐らく帰れませんし・・・」

「うーん・・・。知り合いはいないんですか?」

「うーん・・・そういえば、故郷の幼馴染が私がオラリオに来る前に旅立ったような・・・?」

「名前はなんて言うんですか?」

「えっと、ヤマト・命ちゃんです!」

「・・・・・」

「?・・・ベル様?」

 

「それであの時、命さんは歓楽街に入っていったのかぁぁぁぁ!?」と漸くそこで、ベルは理解した。故郷の友人が、娼婦をしているという噂でも聞いたのか、探し回っていたのだろう。てっきり、借金塗れになって体を売るしかなくなったのかと、もし本当だったら廃教会のおじさんの遺品でも・・・なんて少しでも考えていた自分が恥ずかしい!!なんて頭の中で叫び散らした。

 

――叔父さん、ごめんなさい!もう少しで叔父さんの遺品が、女の子の借金返済に使われるところだったよ!!

 

叔父さんはどことなく、「気にするな」と手を振っているようだった。背中が小さい・・・。

 

「そ、それなら、命さん・・・えっと【タケミカヅチ・ファミリア】に入るっていうのは?」

「ベル様は、どちらのファミリアなのですか?」

「僕ですか?僕は・・・【アストレア・ファミリア】ですけど」

「【アストレア・ファミリア】ですか・・・」

 

そう言って今度は、むむむ・・・と悩ましげに春姫はベルに背負われながら呻き始め、それを後ろ目で見ていたアイシャは「あのへっぽこ・・・」とどうしようもないものを見る目をしていた。やがてダイダロス通りを抜けたところで、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達とアーディの姿が見え、ベルは手を振る。

 

 

「アーディさーん!」

「っ!ベルくーん!!ぎゅってしていい!?」

「な、何で!?アリーゼさん達に怒られる!」

「大丈夫だって!はいぎゅーっ!!」

「うぁぁぁ!?」

「ふっ――。ご馳走様でした。」

「何が!?」

「それでは、ベル君。2人・・・あれ、増えてる。まあいっか、3人を保護させてもらうね。君はアストレア様が呼んでいるから本拠に戻ってあげて」

「じゃぁ・・・春姫さん、アイシャさん。また」

 

■ ■ ■

 

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭に戻ったベルは女神アストレアに『殺生石』について『イシュタルが関わっている何か』についてと、フリュネジャミールと交戦することになったことを報告した。資料に目を通したアストレアは『イシュタルが関わっている何か』の中にある文面を見て目を細めて、主神室の引き出しの中にある、かつて廃教会に『黒い魔道書』が入っていた箱を取り出して、中から『眼球のような形の玉』を取り出し、ベルに右腕を出すように言い手甲に填められている紅玉を取り外し装着する。

 

「えっ・・・アストレア様!?」

「に、似合っているわ」

「いやですよ!趣味悪いって言われますよ!?」

「い、いいのよ!と、とにかく、次の指示を出すわ!」

「えぇ~!?」

 

アストレアは目を瞑り、深呼吸をしてベルの両手を握ってゆっくりと目を開き、見つめて指示を出す。次の行き先を。『ダイダロス通り』が存在する南東、『旧式の地下水路』を進んだ先に向かいなさいと。

何があるのかと聞けば、首を横に振り、直接見ているわけではないからわからないけれど、アリーゼ達が出て行ってからまだ帰ってきていない。つまり、その先で何かが起こっている。だから、力になってあげてほしい。と。そして、女神イシュタルがそこにいるはずだから、捕まえるようにと。

 

「・・・・アリーゼさんは何を隠しているんですか?」

「行けば・・・わかるわ。ベルにとっては怖い場所かもしれない。でも、ベルにしかアリーゼ達を見つけられない。だから、お願い」

「わかり・・・ました・・・」

「皆で帰ってきたら、ちゃんと話をしましょう。だから・・・無事に帰ってきてね?」

「・・・はい」

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.3

 

力:E 433

耐久:E 440

器用:E 467

敏捷:C 656

魔力:C 670

幸運:H

魔防:H

 

<<魔法>>

 

【サタナス・ヴェーリオン】

 

詠唱式【福音(ゴスペル)

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

 

※星ノ刃アストラルナイフを持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

 

スペルキー【鳴響け(エコー)

 

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)

 

□詠唱式【天秤よ傾け――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×残り1

 登録済み魔法:アガリス・アルヴェシンス

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

 

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

 

■追加詠唱

 

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 効果時間中、一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

 

 

ステイタスを更新し、ベルを力強く抱きしめ、多めにエリクサーを持たせ、アスフィが持ってきたゴーグルを装着させ見送る。すこし振り返ったベルはどこか不安そうではあったが、それでも、姉達が危ない状況なのだろうと、駆け出して行った。

 

 

「アリーゼは・・・やっぱり怒るかしら?でも・・・・少なからずあの子も踏み込み始めている。スキルのことも考えれば、あの子は絶対に有効打になる。巻き込みたくはないけれど・・・でも」

 

このままにしているほうが、何かまずい。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

ベルがたどり着いた地下水路の先には、扉があった。そこに、1匹の白兎が踏み込んでいく。

 

 

■ ■ ■

 

 

「逃げろぉおおおおおおおおおおおおお!?」

ガレスはあらん限りに叫ぶ。全てを放り出して撤退しろと。ガレスの怒号を皮切りに冒険者達は一斉に出口の1つへ飛び込んだ。初動が遅れた下位団員達をアイズ、ティオナ、ティオネ、ベート、ラウル達第二級冒険者が服を掴んで強引に引き連れる。

 

「何アレ・・・・牛?」

「おいおいおい!?」

 

突如、超硬金属の破片を爆散させながら現れたその巨塊に、アイズ達、そして、アリーゼ達は息を呑んだ。衝撃波に背を殴られ吹き飛ばされ、床を転がり、何とか体勢を立て直し、直ちに後方へ振り向くと、巨大な輪郭が現れた。

太過ぎる強靭な四脚、雄々しくも捻じ曲がった巨大な双角、頭部から不気味な緑色に蝕まれる鋼色の体皮。見上げるほどの巨躯は肩高六Mを優に超え、生えている尾は途中から二股に別れており、先端は剣の様に硬く尖っていた。

紛れもなく『牛』の体型を象っておきながら、額にあたる位置には『女』の体があり、不気味な微笑みを浮かべていた。

 

「・・・59階層以外にもいたというのですか?」

「超硬金属の壁をブチ壊してきたんすか・・・・?」

 

リューとラウルの呟きがこぼれ落ちる中、第一級冒険者達は【ロキ・ファミリア】は【アストレア・ファミリア】はその既視感を、悪夢を思い出すように共通の答えを、その名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「「『精霊の分身(デミ・スピリット)』」」



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地下迷宮

バルカ様ご乱心


精霊の分身(デミ・スピリット)』との遭遇の少し前から話は始まる。

 

 

 

 

コツコツと硬い石畳を踏みしめる存在が1人。

ゴーグル、白い軽鎧、黒いローブを深く被り、ブーツを鳴らして進んで行く。

涙兎(ダクリ・ラビット)】ベル・クラネル。女神の命により、地下の迷宮を探索していた。

 

 

「石畳というより・・・何だろう、金属?これが、入り口にいたリヴェリアさんが言っていた『最硬金属(オリハルコン)』?それとも『超硬金属(アダマンタイト)』?」

 

ダンジョンとは何かが違う。これが人工物とは俄かには信じられなかった。あまりにもでかく、そして広いがために。

違和感を感じながら、ゆっくり、ゆっくりと進んで行く。

目を閉じ、探知範囲を可能な限り広げる。すぐ近くにはモンスターも人の反応もない。どちらかと言えばもう少し先。

 

「・・・・24階層の時の怪物に似ている?・・・誰かが戦ってる。アリーゼさんもリューさんも別々の場所。たぶん、他は【ロキ・ファミリア】。他にも・・・あちこちに?リヴェリアさんとロキ様が言っていた可能性の1つ『罠』による分断?」

 

ベルが進む道は何の問題もなく、不気味なほど静まりかえっていて何の問題もなく進めている。

ベルの元にやってくる気配も無い。不気味な静寂と、仄暗い重圧。そしてどこか薄ら寒い。ゴーグルがなければ進んでいる途中で動けなくなっているとすぐに悟る。

 

「とりあえず・・・とりあえず、目的を作ろう・・・・。ふぅー・・・アリーゼさんたちは何人か離れてる。そこには【ロキ・ファミリア】の人たちも一緒にいる。だから、とりあえずは反応が弱っているところに行くべき・・・なはず。迷路みたいで迷子になりそうだけど・・・最悪、ナイフで溶断しよう。」

 

未知の場所に、複数の反応。

きっと、最初は二手、もしくは三手に別れていた・・・入り口から少し進んだ当りで戦闘の後。たぶん、ここで敵と遭遇し、戦闘が始まった。

ダンジョンとは違うからモンスターが湧き出すことも無い。無限ではなく、有限。

さらに進めば落とし穴があった。幅5Mはある通路の随所には正方形の縦穴が開いていて、暗澹たる闇は遥か下方に続いていることを示している。

 

「・・・血?少し乾きかけてる・・・・?入って敵と遭遇して、怪物とも乱戦状態になった?それとも新手が出て、誰かがやられた?血が途切れ途切れで・・・たぶん、誰かが抱えて逃げた。あの穴の先には、血が無い。なら・・・」

 

その血を追うべき?でも・・・・他にも弱っている反応がある。

もう考えても仕方がない。仕方がないから・・・・ベルは、1つの手段を取ることとして、モンスターの反応がある場所へと突き進むべく、走り出した。すぐ近くにいた倒し損ねたのか弱っている水黽に似たモンスターと食人花を魔法で倒す。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

連続使用5連射。

ナイフはすぐさま熱を放ち、鏡のような刀身が赤くなっていく。そして、そのまま少し進んだ先の足元・・・床の先に空間があるのを感知して、溶断する。

 

 

「――――ハァッ!!」

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

「団長、しっかりしてください!」

悲痛な声が迷宮の一角に反響していた。

場所は『上層』の六階層ほどの所。赤髪の怪人達のもとから何とか離脱したラウル、アキ、他三名の団員と【アストレア・ファミリア】の数名は斬り伏せられたフィンの治療に当たっていた。

 

「駄目だラウル、傷が塞がらない!」

「どうしてっすか!?あんなに回復薬を使ったのに、なんで・・・・!」

 

道具を使用する団員の隣で、ラウルが取り乱しながら叫び散らす。いくら回復薬を使っても、床に寝かしつけられているフィンの傷は塞がることはなかった。赤い命の滴が今も小人族の体から零れ落ちていく。かろうじて生きてはいるが、それでもその小さな胸は浅く上下していて、碧眼は掠れ、まともに視点を結べない危険な状態だというのが誰が見ても理解できた。

 

「まさか・・・『呪詛』・・・?おい!誰か【勇者(ブレイバー)】傷口を魔法で凍らせて塞いで!それで応急処置するしかない!!」

「『呪詛』って・・・まさか、あの女が使っていた黒い剣が・・・?」

「たぶん、『特殊武装』だったんだと思う。それも『呪詛』が込められた、『呪道具(カース・ウェポン)』。」

 

狼人のネーゼがそれが『呪詛』であると判断し、魔法で傷口を凍結させるように指示を出し、ラウル、アキが先ほどの女が使っていた武器のことを思い出す。

赤髪の女――レヴィスが装備していた禍々しい漆黒の長剣。あれそのものが『呪いの武具』であると。

 

「解呪しない限り、その傷はきっと塞がらない・・・・。【超凡夫(ハイノービス)】、今ここで指揮を取れるのはあなただけ。あなたが、指揮をとって!」

「そ、そんな・・・!?」

 

一刻も早く、この迷宮から脱出しないといけない・・・それは分かってる。分かっているが、ラウルの膝は折れかけていた。フィンの事実上の再起不可能。どころか、早く解呪しなければ、命を落とすことは明白だった。

恐ろしい敵とモンスターがひそむこの場所から、可及的速やかに脱出?フィン抜きで?ここは地図作成もできていない未踏の迷宮。現在地もわからなければ、出口の存在も知れない。『鍵』があっても、場所が分からなければ意味が無い。アイズもガレスも、ベートも頼れる仲間もいない。活路など、どこにも存在しない。それを自分達でどうやって?怖い、動くのが怖い。怖くて仕方がない。回らない頭をひっしに回しても出てくる答えなんてない。

 

「しっかりして!」

「っ!」

 

アキに肩を掴まれ、ラウルは顔を上げた。アキの手は、震えていた。自分達が慌てるばかりの中、何とか冷静に振舞ってはいても動揺を必死に堪えていたのだろう。その彼女の弱さに触れ、ラウルは何とか気を確かに持つ。

 

「【超凡夫(ハイノービス)】、私たちは派閥は違っても今は一緒に行動している。だから、存分に使って。行き止まりに当たっても次は違う道を探せばいいだけよ」

「ネーゼさん・・・そ、そうっすね・・・。よし!―――みみみみみみみんなっ、しっかりするっす!?」

 

ネーゼに、【アストレア・ファミリア】のメンバーに背を押され立ち上がり、それでも、と。状況が最悪であるこの今、どうすればいいのかと微かな呼吸を繰り返すフィンに視線を落として、決意し、全員に聞こえるように声を上げた。盛大に上擦っていたが。場違いなまでに滑稽な声音に全員がぽかーんとしていた。

 

「こっ、こーいう時こそ落ち着いてっ、じょじょっ、状況をよく観察して・・・・そ、そうっす!【紅の正花】は『バーニング!』て言って場を盛り上げてたっすね、あれ、やるっすか!?」

舌をもつれさせながら、肩をがちがちに緊張させ、両の拳までプルプルと震わせているラウルに全員が哀れなものをみる眼差しをそそいで、溜息をついた。

 

「えっ・・・なんすか、この空気・・・?」

「・・・貴方のそんな姿を見て、逆に冷静になっちゃっただけよ。」

「私達の団長の真似をあなたがしても、滑るだけよ・・・。いや、団長もすべってたけどさ」

アキとネーゼの声にある者は噴き出し、ある者は苦笑する。

 

「でも、空気は変わった。貴方の美徳ね、きっと。」

 

笑顔が戻った団員達に、挙動不審であったラウルも安堵を得た。

ラウルは、目を閉じ、思考する。フィンの状態、自分達の状況。敵から逃げるための策を。そこで、アキも同じ疑問に行き着いたのか、口を開ける。

 

「「ヴァレッタ達は・・・新種に襲われない『何か』を持っている・・・?きっと、それは臭いなのか、道具なのか・・・」」

その『何か』とは?と考えていると・・・ラウル達の思考は音を立てて空転する。

 

 

『フィ~~~~ンッ!!どこにいやがるぅっ!』

「「「!」」」

 

遠方より響いてきた大声がラウルの思考を中断させ、仲間達も肩を跳ね、咄嗟に声がした方へ振り向く。きっと・・・フィンに止めを刺すために、追手がやって来たのだと。ラウル達は縦穴から飛び降りた落下地点からすぐさま移動し、迷宮を出鱈目に移動する危険性を承知の上で、撤退を優先していた。追手であろう声の主であるヴァレッタとはまだ距離があるようだが・・・伝わってくる足音の数からして、敵は相当の数を率いてやって来ている。

 

『私が行くまでくたばるんじゃねえぞ!てめえは最後だ、目の前で子分どもをブッ殺して、たっぷり絶望させてやる!はははははは!』

 

嗜虐的な叫喚が恐怖を喚起し、その恐怖が行動を強制する。

「全員、移動するっす!」

「待って!」

「ネ、ネーゼさん!?どうしたんですか!?に、逃げないと!」

「嘘でしょ・・・」

 

何かに気づいたのか、ネーゼは目を見開いて固まる。「なんでこんなところにあの子が?」と動揺を隠せない。悪化するばかりの状況に、逃走しなければいけないというのに、場に静寂が訪れる。

アキも、他の獣人も耳を澄ませていると、確かに、何か聞こえる。自分達が落ちてきた場所に、誰かが飛び降りて来ている音が。着地音が。そして・・・・

 

 

『―――【福音(ゴスペル)】』

 

と小さく聞こえ、伝わってきていた足音が一斉に止んだ。

 

 

■ ■ ■

 

「テ、テメェ・・・・・【静寂】のアルフィア!?」

「そ、そんな馬鹿な!?奴はあの大抗争で死んだはずでは!?」

 

動揺するのは、ローブを羽織った暗殺者とヴァレッタ、総勢十名。【勇者】を失ったラウル達を抹殺しようと進んでいたというのに、突如現れたのは、深く黒いローブを被った存在だった。そのローブの存在に、魔法を放たれ、防ぐ暇もなくダメージを負う。

 

黒いローブに、時折見える白い髪。そして、あの魔法を、ヴァレッタ・・・いや、大抗争で戦った者は知っていた。

『音』を放つ魔法。ただ、それだけ。余波だけで平衡感覚をズタズタにする絶望的な破壊力、破壊力に釣り合わぬ超短文詠唱による隙の無さ、長射程、そもそも音なので攻撃が視えないというチートもチートな魔法。

 

 

「落ち着け馬鹿共、そいつがアルフィアな訳ねぇだろ。背丈も違うしよぉ。あの『裏切り者』はとっくの昔にくたばってんだ、誰だテメェは!?」

 

ヴァレッタ達の目の前にいる存在は、何も言わない。むしろ、ヴァレッタの言う『裏切り者』という言葉にすこしピクリとし、ゴーグルから微かに開いた赤眼で周囲を確認して、そして、ヴァレッタ達を確認して、右腕を伸ばし、指を開いて唱え始めた。

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)ダウン!」

「なっ!?ち、力が抜ける!?」

「ま、まさか、『呪詛』か!?」

「テメェ・・・何のつもりだ!?」

 

総勢十名の全能力を低下させて、さらに、大きく息を吸って、駆け出し、ヴァレッタへと接近し【星ノ刃】を振りぬいた。

 

「なっ―――!?舐めんじゃねぇぞ!!クソガキが!!」

「・・・多分、貴方を倒すのは僕では無理。でも、『装備』だけなら、破壊できる」

「は・・・・?」

 

ナイフとヴァレッタの剣と接触し、金属同士が擦りあい耳をつんざく音が響くと、暗殺者とヴァレッタの武器・・・ベルの魔法の影響を受けて振動していた武器が、防具が破壊された。目を見開くヴァレッタと暗殺者たち。そして、ベルはそのまま次の行動を起こす。

すぅーっと息を吸い、叫んだ。それは、金属でできた迷宮にその存在を教えるように、響いた。

 

 

「『こっちに来い!!』」

 

「は・・・はぁぁぁぁ!?」

「ぶ、武器が!?」

「結晶が、結晶が砕けたぁ!?」

 

 

 

アキたちが推測していた新種のモンスターに襲われないための術である道具。その結晶が砕けた。

専用の苗花から採取できる結晶を持つことで、同じモンスターであると誤認させることができる。これによって、闇派閥の残党はモンスターに襲われることなく、迷宮内を自由に行き来する事ができていた。そして、その結晶が今、ベルの魔法の影響を受けていたがために、砕け散った。

そして、ベルの叫びによって、押し寄せる新種のモンスター達。ベルはそれを確認すると、すぐさま撤退を選んだ。

 

「なっ、なっ!?」

――このガキ、意図的に怪物進呈(パスパレード)を起こしただと!?いや、それどころじゃねえ、誘い込みやがった!?

 

「ヴァ、ヴァレッタ様ぁ!?」

眼黽(ヴァルグ)がぁぁ!?」

「しょ、処理しきれない数です!!」

 

「ふっ――――ふざけんなァあああああああああああああ!?」

 

ヴァレッタの絶叫を皮切りに、夥しい怪物が雪崩れ込んでいき、地獄の宴が始まった。

目標を誤認させる結晶など、砕けてしまえば何の意味もない。目の色を変えて飛び掛るモンスターの物量に暗殺者達は押し倒され、貫かれ、噛み付かれ、悲鳴が連鎖する。抵抗するヴァレッタ達は死に物狂いで破壊された武器を振り回し、怪物の怒涛に抗わんとしていた。

ベルのスキルによって怪物を『誘引』し、その本人はそそくさと姿を消す。それによって、ヴァレッタ達は、フィンを追うことも突如現れた存在を追うこともできずに地獄へと叩き落されていた。

 

「くそがぁぁ!?」

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

第一級冒険者級の力を持つヴァレッタでさえ危機を覚えるほどのダンジョンのモンスターの数。あの叫び声がどこまで届いているのかはわからないが、際限なく怪物たちはやってくる。

襲われる心配はないと高をくくっていたヴァレッタ達は忘れていた。ここは怪物がひしめく『ダンジョン』であることを。

 

「に、逃げねえと・・・!?か、『鍵』さえあれば・・・!?」

 

そういえば・・・とでも言うように鍵を握っている手を開いてみれば、『鍵』はヴァレッタの手の中で粉々になっていてそれがさらなる絶望を与える『鍵』に変わっていた。

 

 

 

 

「くそがあああああああああ!!」

 

突然の奇襲、絶望に叩き落すはずが逆に叩き落された女の怒号が、ベルが消えた通路に轟いた。

 

 

■ ■ ■

 

トコトコと足音を鳴らして、複数の反応と弱っている反応へと近づいていく。

しゃがみ込み、エリクサーをラウルに手渡す。

 

「えっと・・・エリクサーです。お兄さん」

「き、君は・・・」

「嘘でしょ・・・【涙兎(ダクリ・ラビット)】ベル・クラネル!?」

「ど、どうしてここにいるのベル!?あなた、【イシュタル・ファミリア】に潜入調査に行くって聞いてたんだけど!?」

「えと・・・終わってアストレア様の所に行ったら、ここに行ってほしいって言われて」

 

「ああ・・・・団長がキレる・・・やばい、お腹痛い」とネーゼはお腹を押さえて仰け反り、それをベルが抱きとめてお腹を摩る。なんなら尻尾をモフモフしてすらいた。緊張状態だった集団に、「なんだこれ」を思わせる空気が漂っていた。そして、何をしたのかと聞いてみれば魔法で敵の装備を破壊してモンスターを『誘引』して逃げてきたという。

 

「ど・・・どうやってここまで来たの?」

「えと・・・・?」

「待ってラウル、この子の手甲・・・『鍵』が填められてる」

「まじっすか!?でかしたっす!」

 

ラウルの大声にピクっと肩を跳ねさせるベルに、アキが手甲に填められている球のことを説明し、フィンの呪詛を解除できないかと状況を簡潔に説明する。

 

「これが『鍵』・・・お義母さん達はこんなところにいたの・・・?」

「ベル・・・?」

「あ、ううん。なんでもない、えと、魔法、使えばいいんだよね?」

「うん。お願い」

 

魔法の使用を頼まれ、【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を唱える。

その魔法の効果でフィンの呪詛は解呪され、緊張状態だった団員達も冷静さが、安心感が与えられて心に余裕が生まれた。フィンは血を失いすぎたがために、意識は朦朧としているが。

指揮を執るしかないラウルが、ベルに頭を下げて頼み込む。『鍵』を持っているのは君しかいない、だから、一緒に行動してもらえないか・・・と。するとベルは少し考え込んで、あたりを見渡して手甲を外してラウルに渡した。

 

「僕、ここにイシュタル様がいるはずだから、探して捕まえなきゃいけないんです。だから、一緒に行動はできません」

「なっ!?き、君1人で行動するってこと!?」

「それに・・・他にも弱ってる反応があるから。たぶん【ロキ・ファミリア】の人だと思います。」

「け、けど、『鍵』なしでどうやって行動を!?」

「僕にはこのナイフがありますから」

 

そう言ってベルは【星ノ刃】を壁に突き刺して横に一薙ぎする。それだけで、この子がどうやってここまで来たのかをすぐにラウルもアキもそしてネーゼも理解した。

 

超硬金属(アダマンタイト)を、溶断してきたんすか・・・?」

「私、この子とは仲良くしよう。」

 

『滅茶苦茶だ!?』と頬をヒク付かせるラウルに、もういっそ清々しくなったのかベルの頭を撫でるアキ。

そこにまた、見計らったように前方の扉が開き、食人花の群れが通路に出現する。ベルは立ち上がって、次の行動へと映るべく数本のエリクサーをアキに渡して動き出した。食人花の群れに突っ込み、魔法で灰へと変え、壁を溶断していく音が響いていった。

ラウルはベルから受け取った『鍵』の付いた手甲を装備し、声を上げて自分達も動くっす!と行動を開始した。

 

 

 

ネーゼは振り返り、そういえば・・・と言葉を零す。

「やけにあの子の魔法が・・・音が響くなぁ・・・」

 

ほどなくして、ラウル達はアイズの『風』を感じ取り、合流することになる。

■ ■ ■

 

マジックポーションを飲んで、さらに深く、深く進んで行く。扉らしき場所があればナイフで溶断していき、扉がなく、壁の向こうに空間があれば、それも容赦なく溶断して、正規ルートを無視して突き進む。時折モンスターを見つけては魔法の連射で確実に仕留め、仕留め損なったなら威力が上がりに上がったナイフで焼き切っていく。

 

「音が響く・・・・魔法の威力が上がってる・・・?」

 

 

弱っている反応が複数・・・あった。

今にも尽きてしまいそうな命の反応が複数あった。

 

 

 

 

 

「ちくしょう・・・・ふざけやがって、くそったれがぁ!死にかけたぁ・・・・『偽者』がぁぁ!!」

女、ヴァレッタは1人迷宮内を徘徊していた。

モンスターを引き寄せ、押し付けたアルフィアのような人物に殺されかけ、遮二無二に得物を振り回し、何とか縦穴に飛び込んで逃げおおせたその全身は、噛み付かれたのか、仲間の獲物があたったのか、重傷で全身が真っ赤に汚れていた。フラつきながら自分をこんな目に合わせた存在を、かつて【勇者】にされたことを思い出した女の怒りは、とどまることを知らなかった。

 

 

「―――早く、急ぎましょう!この音、皆さんが近くで戦っています!」

「・・・あぁ?」

 

そんなヴァレッタの視界を過ぎったのは、死にかけのパーティだった。

片腕を失った者、自爆に巻き込まれ火傷を負った者、癒えない傷に涙を流しながら苦しむ者。いつ死んでもおかしくない連中が生き繋いでいるのは、眼鏡をかけたあの治療師の少女のお陰だろう。怪我人に肩を貸しながら、血に濡れた顔で激励の言葉を重ねる姿は、ヴァレッタにはさぞ美しく映っただろう。健気で、献身的で、輝いて見えた。そして、この鬱憤を晴らすのには丁度いいとさえ思えていた。

 

だから、自分達を置いていけという仲間の言葉を首を振り、励ます少女へと歩み寄っていく。暗い喜びに浸りながら、破損した武器をギラつかせながら。

今からすることは、きっとあの仇敵の顔を、【勇者】の顔を歪ませてくれるだろう、そして、自分を襲ったあの忌々しい存在を苦しめるきっかけになるだろう。こんなにも美しい命の輝きを踏みにじるということは、こんなにも楽しくて仕方がない・・・。

 

 

「ひひっ・・・てめぇが悪いんだぜぇ・・・【偽者(レプリカ)】ァ・・・テメェがこなけりゃ、死ななかったかもしれない命だっていうのによぉ・・・!」

 

舌で唇を舐めて、幽鬼のように音もなく忍び寄る。

 

「ひひひっ・・・!」

 

全身から血を流し破損した獲物を握り締める。破損したとしても『呪い』の効力まで消えたわけじゃない、呪詛の刃。

 

「おい、お前等、【ロキ・ファミリア】だな?」

 

 

女は唇を吊り上げ、喜びに満ちた狂喜の顔で少女達の前に現れた。

 

 

「あなたは―――」

少女の瞳に、禍々しい凶笑と、振り被られた刃が映りこむ。

 

 

道化師のエンブレムが、血飛沫に彩られ、少し遅れてから鐘楼の音が響いた。




正史
ヴァレッタに怪物進呈→鍵を奪い取る

今話
ベルが魔法を放ち、武器と接触させたことで装備品を破損、鍵も巻き込まれる。→ヴァレッタ鍵のない状態で彷徨う→ベルの手甲をラウルに渡す。


ベルがローブで頭まで隠していたので、アルフィアと間違えられる。


次くらいで精霊とぶつけよう。ついでにイシュタル様も。


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眼鏡を救い女神を攫う

アルフィアとザルドの印象
闇派閥側→『裏切りのアルフィア』『腑抜けのザルド』

オラリオ側(主要派閥)→『後悔のアルフィア』『拒食のザルド』


走る、走る―――走る。

壁を破壊し、床を破壊して、弱っていく反応へといち早く足を進めるために、進む。

1つ、反応が消えうせる。焦る、焦る。

また1つ、消えうせた。

 

 

「はぁ・・・はぁ、はぁ・・・っ!」

 

 

何が起きているのかはわからない。

それでも、きっと先ほどの敵と同様にこの迷宮の中にきっといるのだろう。

仲間から逸れてしまって手負いの仲間と行動しているなら、きっとそれは危険な状態だ。その証拠に、1つ、また1つと消えていく。

正直なことを言えば、ゴーグルを付けていても1人なことに変わりはなく恐怖心と不安感が消えているわけじゃない。所詮は誤魔化しだ。だからこそ、失わないように必死に走る。

 

 

「・・・っ!お義母さん・・・叔父さん・・・!」

 

 

大好きな2人は、僕を置いて、何を思ってオラリオに行き、何を想ってオラリオを破壊していったのだろう。さっきの女の人の『裏切り者』という言葉が頭をチラつかせる。悪を裏切りオラリオの側についた訳では・・・きっとないのだろう。それなら、あの時、教会でアストレア様が言っていた言葉がおかしいことになる。最終的に、お義母さんはアリーゼさん達と戦って、命の終わりを迎えたと聞いている。だから、お墓がある・・・。なら、それなら、あの『裏切り者』という言葉には一体どんな意味があるのだろうか。

 

 

「――【一掃―よ、――の―杖(―――ち)】――オ・テュ――ス!」

「――っ!?」

 

突如目の前から現れた視界を暗ませるほどの雷の魔法が襲い掛かる。

それを咄嗟に、熱を放ち振動し続けるナイフをぶつけて反らす。そして、足を止める。目の前に現れたのは、紫紺のローブを纏った仮面を被った人物。

僕は咄嗟に【乙女ノ天秤・オーラ】をかけて構える。

 

 

「―――立ち去れ。貴様は邪魔だ」

「―――退いてください。貴方は邪魔です」

 

 

同時に放たれる言葉。そして、同時に駆け出す。

片や短剣。片や女神から授かったロングナイフ。

 

「―――フッ!!」

「―――ちぃっ!武器を焼き斬るか・・・っ!」

「貴方の相手をしている暇なんて、ない!」

「気にするな、ただの時間稼ぎだ。お前が誰かを助けに行かせる時間など・・・」

「【福音(ゴスペル)】ッ!!」

「ぐぅぅぅ!!」

 

音の暴風とナイフで絶えず攻撃を繰り出し、よろめいたところに回し蹴りで進路上から退かせる。

 

「くっ・・・行かせるものかっ!」

「行かせて・・・もらうっ!【福音(ゴスペル)】っ!―――【アガリス・アルヴェシンス】ッ!!」

 

 

音の暴風で襲い掛かってくる仮面の人物をさらに押しのけて、乙女ノ天秤で登録していた、アリーゼさんの付与魔法を発動させて、教えてもらった通りに全身に纏わせ、ブーツに収束させて加速し、仮面の人物から一気に距離を突き放して目的地へ向かった。

 

 

「――――ええい、厄介な!」

 

誰に聞こえるでもなく、仮面の人物は拳を握り締め、罅割れた仮面を押さえ、撤退していった。

 

 

■ ■ ■

 

炎を纏い、地面を爆砕しながら、加速していく。進路上のモンスターさえ焼き尽くす勢いで走りぬく。そうして、目を見開き足を止めた。

僕が纏っている炎のお陰で、灯りには申し分なく、そこには、目の前には血だまりに沈む複数の冒険者がいた。石壁、石畳のいたるところには飛び散った鮮血の跡が走っていて、迷宮の石室はもはや赤い部屋と呼ぶに相応しく、ここで行われた蹂躙のほどを物語っていた。体を斬られた者、貫かれた者、全ての者が負っている共通の刀傷。それは、モンスターによって起こされた惨劇ではないことを告げていて視線を上げた先――壁の一角には、血の筆跡で『ざまぁみろ、勇者!偽者!』と共通語が走り書きされていた。

 

そのあまりな光景に、僕は膝を、手を地面につけ吐いてしまう。

 

「うっ・・・おえぇぇっ!み、みんな・・・死んでる・・・?そんな・・・誰か・・・誰かぁ・・・!」

 

口から涎を、胃液を垂らし、目から涙を流し、ゴーグルを汚していく。誰かに救いを求めるように、僕は、生きている人を探す。体を揺すっても、頬を叩いても、ぴくりともせず物言わぬ屍となっていて胸に痛みが走っていく。

 

「は・・・反応・・・反応を・・・っ!落ち着け、落ち着けぇっ!」

必死に、頭を落ち着かせようとして、目を閉じて、微かでもいいと願うように反応を探す。探す、探して・・・

 

 

「いた・・・。1人。たった・・・1人・・・!?」

 

ガチガチと歯を鳴らし、石室の最奥に弱弱しい反応の場所へと歩み寄る。

そこには、他の冒険者と同じように体にいくつもの血の斜線を刻まれていて、腹には半分もない破損した剣が墓標のように突き立てられていた。

唇を噛み締め、剣を引き抜き、エリクサーを飲ませる。

 

 

「・・・き・・み・・・は・・・?」

「喋らないでくださいっ!お願いですから、死なないで・・・!いかないで・・・!」

 

エリクサーを飲ませても、かけても、傷は塞がらず、血は流れる。失うのが怖くて、名前も知らない相手なのに、奪われていく瞬間を見せ付けられるようで怖くて怖くて仕方がなくて、声を震わせながら、歌を詠う。

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】―――」

 

■ ■ ■

 

痛みさえ感じない体、朦朧とする意識の中に現れたローブを纏った背丈は私と同じほどの子が声を震わせて私に回復薬を飲ませ、体に降りかけていた。助けを求めるのは普通に考えれば、私のはずなのに、ゴーグルの中で涙を溜めているその子はまるで、自分が助けを求めているようで、不思議だった。

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

声を震わせながら、誰かに祈るように手を握って目の前にいる子は歌を詠い始める。

 

 

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】」

 

不思議な歌だと思った。まるで、『一緒にいてほしい』と願っている迷子のようで

 

「【我はもう何も失いたくない。】」

 

きっとこの子も、何か大切なものを、魔法に現れるほどの何かを失ってしまったのだろう。

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】」

 

大切な何かを、誰かに奪われて、そこでこの子の時は止まってしまったのだろう。

私は死にかけているというのに、笑えるほどに、冷静でその子から目が離せずそんなことを考えてしまう。

 

「【されど】【されど】【されど】」

 

付与魔法だろうか、炎が暖かくなびいて、私の体を温める。冷たくなっていく体に力が戻っていく、そんな気がした。やがて、どこかから風でも吹いたのか、目の前の子のローブが揺れ、隠れていた顔が露になった。

 

「【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め許し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】」

 

それは白髪だった。ゴーグルのせいでよくわからないけれど、可愛らしい顔だと思う。

涙のせいで赤い瞳が輝いて見えた。

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】」

 

震えていた声に、力強さが加わり、白髪の子は口元に笑みを浮かべ始める。

 

「【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】」

 

きっとこの子は、ただ『平穏』を願っていた子なのだろう。

何があったのかを知るなど、私にはとてもできないことだろう。でも、それでも、その歌はこの子の優しさを物語っているようだった。きっとこの子は『与えられた優しさを誰かに同じように与えら得る子』なのだろう。

まったくもって、冒険者らしくないなぁ・・・と思ってしまう。

 

「【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】」

 

魔法が完成に近づいたのか、光が私の体を・・・微かに見える死んでしまった仲間たちの体を包み込む。

 

「【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】」

 

とても・・・暖かい。気持ちのいい、日の光を浴びているような心地よさだと思う。

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】っ!」

 

その心地よさに、死を迎え入れるはずの私は、そんなことさえ忘れて瞼を閉じ、眠りに付いた―――。

 

 

■ ■ ■

 

「ぐすっ・・・・お義母さん・・・叔父さん・・・2人は、僕を置いてまで、こんなことをしていたの・・・?」

 

そんなはずない。厳しかったけど、優しかった2人が、そんなことするはずないと、必死に否定する。アリーゼさん達が僕に何かを隠していたのも、もしかしたらこのことで僕の心が揺れるかもしれないと思ったからなのかもしれない。

魔法のおかげなのか、今にも死にそうな女の人の体から傷は消えて、安心したように眠っている。ゴーグルを外して、綺麗にして、涙を拭って周囲を確認する。

 

 

「近くに敵はいない・・・。反応は・・・・この人だけ・・・」

 

きっと、あの仮面の人物さえ現れなければ、間に合ったかもしれないのに・・・。

僕自身の力不足を皮肉るように、死んだ冒険者たちの体は、失った体の部位こそ戻らないまでも、綺麗になっていた。

 

「―――この人が起きるまで待っていても、仕方ないよね。他の人たちには悪いけど、回収は諦めよう。僕1人じゃ・・・無理だ」

 

マジックポーションを飲んで、自分の状態を確認する。

 

「ナイフ・・・問題なし。カナリアは、整備中だからナシ。エリクサーはロキ様が入り口で渡してくれたのも入れて10本中5本をラウルさんに、2本をこの人に使ったから残りは3本。かなり高いって聞いたけど・・・。反応は・・・」

 

何かとても大きな反応が1つに、そこに複数の反応が向かっていってる・・・・。たぶん、1つの場所に合流してるんだ。大きいのはたぶん、24階層とさっきの仮面の人物と似てるからその仲間?かな・・・。他にもモンスターやらがいるけど、無視しよう。

イシュタル様・・・いや、神様の反応は・・・・2つ?2人も神様がいる・・・?

 

「移動しはじめた・・・付き添い?が1人いる・・・。一か八か、移動を開始した方に近づいて、神様だけを捕らえよう。」

 

ゴーグルを再び装備して、僕は眠っている女の人を背負う。付与魔法を纏ったまま背負ったら燃えたりしないかと心配したけど、大丈夫そうだ。よかった。

 

「ふぅー・・・・・じゃぁ、急ごう。アリーゼさんも『切り替えが大事』って言ってたし。」

 

助走をつけるように駆け出して、再びブーツに炎を収束させ、移動する神の反応へと爆走していく。破壊の音を轟かせながら。

 

 

「捕まえて、ロキ様達の前に転がしてやろう・・・!」

 

 

怒り、炎を纏い、轟音を鳴らし、迷宮を破壊して進む兎が、徐々に徐々に、神の元へ近づいていく。

 

 

■ ■ ■

 

 

「私が五年前から、一体いくらの投資を落としたと思っている?」

 

壁画が填められている回廊で、女神と男神がいた。

胸や肢体を大きく露出させた褐色の肌。誰もが目を奪われてしまう絶世の美貌。煙管を片手に持つ『美神』、イシュタルだ。

そして、女性のように長い髪、闇を凝縮したような風貌、醸し出す雰囲気は退廃的で、陰鬱な空気を纏い、『死』を象徴するようなローブを着込んだ神、タナトス。

 

「だから、私が貰い受ける予定の『天の雄牛』。アレの力を見せろ。都合よくも今、ロキの連中がここにいるのだろう?」

 

背に青年従者を控えさせるイシュタルは、勝手知ったる風にタナトスに命令する。さらにその後ろには、罅割れた仮面をつけた案内人であろう仮面の人物がいた。

 

 

「あー・・・・仮面ちゃん、何、怪我したの?」

「・・・・うるさい」

「ふーん。凶狼にでも当たっちゃったとか?」

「・・・・・」

「どうでもいい、話を変えるな」

 

 

『女神イシュタルがつるんでいる怪しい連中』

それが、闇派閥の残党であった。イシュタルとごく一部の者が繋がっており、この人工迷宮完成のための莫大の資材、資金を必要とする製作者の取引相手になり出資していたというわけだ。

娼館ひしめく『歓楽街』を領域とするイシュタル派はオラリオのファミリア随一と言っていいほどの財源を持ち、そしてそれは、都市最大派閥と呼ばれるロキ、フレイヤの二大派閥さえ超えるほどだ。

 

 

「いやーあのさ、イシュタル?『鍵』を持たないロキの子供達は、ぶっちゃけほとんど詰んでいるようなものでさ?あんなラスボス引っ張って来なくても間に合っているっていうか、逆に現場を混乱させちゃうっていうか・・・それに、なにやら『異常事態』が起きててバルカちゃんご乱心みたいだしー・・・・」

 

「知ったことか」

 

説得しようとするタナトスに、イシュタルはにべもない笑みを返し、咥えていた煙管を唇から話、紫煙をふきかける。

 

「はぁ~わかった。わかった、やるよ、やるさ。出資者様のお願いを叶えよう」

タナトスは降参するように、両手を挙げてイシュタルの要求を飲む。

 

「それでいい。」

 

イシュタルは満足そうに目を細め、「物見できる場所に案内しろ」と従者とともに回廊をあとにし、仮面の人物もまた、すっと姿を消す。

 

「はぁ~・・・・レヴィスちゃんには『まだ使うな』って言われているけど、イシュタルには散々世話になったし、ここでヘソを曲げられると後が面倒だし・・・・。」

 

美神の気まぐれと暴走を危惧しながらも、タナトスは唇を吊り上げて、近くにいた眷族に向けて言い放つ。

 

「俺も見てみたいんだよねぇ・・・都市の破壊者(エニュオ)の切り札がどれほどのものなのか。」

 

仄暗う主神に、ローブ姿の眷属たちは息を震わせ、タナトスに命じられて慌しく行動に移り、そして、合流を果たした【ロキ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】の元に『怪物』が放たれる。ふとそこで、タナトスはイシュタルが歩いていった先を見て思い出したように口を開く。

 

 

「そういえば・・・・バルカちゃんがご乱心していた原因、『異常事態』の原因って映ってなかったらしいけど、『鍵』でも持ってたのかなぁ。やばいなぁ、怒られちゃうかなぁ。まぁ、黙っとこう」

 

 

そのあと、目を見開くほどの轟音がイシュタルが進んでいった先で鳴り響く。

 

 

■ ■ ■

 

「イシュタル様、『天の雄牛』とは?」

 

―――ドド

 

「単純に言えば、巨大な牛だ。天界時代に父であるアヌを脅して造らせた・・・な。それを、やつらの造りだした怪物で新たに造らせた・・・というわけだ。たしか『精霊の分身(デミ・スピリット)』とか言っていたな。」

 

―――ドドド

 

 

「『精霊の分身(デミ・スピリット)』・・・・」

 

――ドドドドッ!

 

「くくく、アレさえあれば、フレイヤなんぞ塵屑も同然だ。ついでに、あの優等生ぶるアストレアも潰しておくか?」

 

―ドドドドドッ!

 

 

先ほどから何の音だ?そう思い、イシュタルの従者である青年、タンムズとイシュタルが振り返ったところで、赤い炎がすれ違っていき、視線を戻せばイシュタルが一瞬にして消えていた。

 

「―――なっ!?」

 

すれ違うように轟音を鳴らしながら、地面を爆砕しながら、自らの主神が攫われたことを理解させられる。

 

 

「イ、イシュタル様!?」

 

後を追おうにも、さらに轟音が鳴り響き、通路が破壊され後が追えないようにされてしまいタンムズは頭に血を上らせて叫びあがった。

 

「な、何者だあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

しかし、そんな彼の叫びなど轟音の中にかき消され、かすかに耳に入るのは少女の悲鳴のみで、タンムズはただ、闇の中で立ち尽くすだけだった。

 

 

■ ■ ■

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「リーネさん!あんまり暴れないで!本体(眼鏡)が落ちますよ!?」

「本体じゃありません!こんな猛スピードで進んでたら誰だって悲鳴をあげますよ!?それにさっきから壁を・・・これ、超硬金属(アダマンタイト)なんですよ!?」

 

しかも、なんで女神イシュタルがこんなところに!?と少女――リーネ・アルシェは大混乱!!

当然だ、目が覚めたら炎が体を包んでいて、超硬金属(アダマンタイト)の壁を、床を破壊して突き進んでいるのだから、『異常事態』も『異常事態』、驚くな、悲鳴を上げるなというのが無理がある!

ガレスやティオナあたりならやりかねないが、こんな連続して壊せるほどではないはずだ!仲間の死に悲しむ暇なんて、目覚めた少女にはなかったのだ!

 

「そ、それにさっき、女神イシュタルを・・・・まるで馬車で跳ね飛ばされた人みたいに・・・・さ、攫うなんて!?」

「『容疑者』ですし、アストレア様に言われているから問題ないです!」

「問題大有りでしょう!?というか、どこに向かっているんですかぁぁぁ!?」

 

ベートさん助けてぇぇぇぇぇ!?なんて悲鳴をあげる彼女を他所に『ベートさんて実はハーレムを持っていたりするのかな。あのアマゾネスさんといい・・・・』なんてことを考え、1人じゃなくなったことで心に余裕ができて、ぐんぐんとスピードをさらに上げていく。

背中に少女を背負い、小脇に女神を抱えて、右腕のナイフと音の魔法と付与魔法の炎で突き進んでいく。

 

 

「ひ、ひいいいい!?またスピード上がったぁぁぁ!?というか、モンスターが轢き殺されてるぅぅぅぅ!?」

「その、みんな集まってるみたいで・・・何かと戦っているんで、急いでるんです!!もうすぐ付きますから!ちょっと黙っててくださいよぉ!?」

「命の恩人なのはわかってるんですけど!その、もうちょっと女の子に優しくしたほうがいいですよ!?」

「む・・・・背負い方がまずかったですか?えっと、『お姫様抱っこ』がいいですか!?」

「そうですねぇ・・・あ、でも、どうせならベートさんにしてもらいた・・・・あっ!?いや、今のは違いますよ!?というか、そういうことじゃないんですぅ!!」

「アストレア様にしたら喜んでくれるかなぁ・・・」

「知りませんよぉ!?」

 

 

ドゴォン!バゴォン!?とナイフで壁を破壊し突き進み、己が纏っている炎と音の暴風でモンスター達はすれ違いザマに灰へと変わっていく。リーネは思った。恐怖の中で理解した。この子は、『この迷宮との相性がよすぎる』と。

というか、この子を一度、誘拐・・・誘拐?うん、誘拐でいいよね。誘拐して泣かせたベートさんとレフィーヤにある意味、賞賛と尊敬の念を抱くほどだった。いや、絶対この子敵に回しちゃ駄目でしょう・・・と。どうやってこんな子を泣かせたのか、むしろ教えてほしいとさえ思ったほどに。

 

 

 

 

『アハッ、アハハハハハハ!』

 

 

 

「リーネさん、今笑いました?」

「へ!?い、いえ、私じゃないですよ。それより、まだなんですかぁぁぁ!?」

「えと・・・あっ、あの壁の向こうです!!」

 

なにやら壁の向こうから、地震のような音が響き、女の笑い声と牛の咆哮が聞こえてくる。

2人とも誰かが壁の向こうで戦っているのを理解して、見つめ合い、リーネは覚悟しぎゅっと力強く抱きつき、ベルは小脇で気絶する女神をしっかりと落とさないように掴みスピードを上げる。

 

「無理無理無理ぃ!!?覚悟したけど、やっぱり早すぎますぅぅぅ!?」

「あぁぁもう!もう諦めてください!ロキ様が言ってましたよ!!『当たって砕けろ!』って!!」

「それ絶対ここで使う言葉じゃないですよぉぉぉ!?」

 

そうして、ドッゴォン!!と爆音、轟音を鳴らして、広いルームに入る。

そこにいたのは、アマゾネス2人、ドワーフ1人、エルフが1人。そして撤退を行おうとしている冒険者達。全員が時間が止まったように目を見開き、固まった。牛なのか何なのかベルには判断できない怪物さえも。

 

 

「え―――リーネぇぇぇ!?」

「ベルぅゥゥゥゥ!?」

 

ベルは仲間を確認して、ベートが目に入って、体をひねって投擲する。少女と女神を。

ぐんっと体がひっぱられる感覚がして、「まさか・・・まさか・・・!?」とリーネは顔を青くするも、もう遅い。

 

 

「ベートさん、お届け者ですぅぅぅぅ!!」

「いやぁぁぁぁあぁぁ!?」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 

ベートは咄嗟にリーネをキャッチ。

隣にいたラウルは女神をキャッチして倒れる。

ベルはキャッチしたのを確認してそのまま爆走して怪物に突っ込んでいく。

 

「ベル、駄目です!戻りなさい!」

「ベル、駄目ぇ!」

エルフの、リューと、アリーゼの制止が聞こえていないのかお構いなしに突き進む。

 

『―――【突き進め雷鳴ノ槍代行者タル我が名ハ雷精霊(トニトルス)雷ノ化身雷ノ女王――】』

 

アマゾネスのティオネの魔法で動きが鈍っている中、ベルを視認し笑みを消した女体が詠唱を奏で、人智を超えた高速詠唱により、瞬く間に砲台が完成する。

ベルは炎を纏ったまま右腕を女体へと向けて、唱える。

 

『【サンダー・レイ】!』

「【天秤よ傾け】!」

 

宙空に巨大な魔法円を展開し、自身側面、周囲を回るように爆走して近づいてくるベルに片手を突き出し狙い撃つ。狙い撃った―――はずだった。

 

 

『―――イヤァァァァァァッ!?』

 

 

 

誰もが目を見張った。

『精霊の分身』が放った豪雷が、『精霊の分身』を貫いたのだから。

戦争遊戯で見せた『武器の入れ替え』ではなく、最後の最後にやってみせた『魔法の置換』。それを初見の『精霊の分身』の魔法でやってみせたのだから。

 

「ア、アリーゼが以前言っていたことができてしまった・・・?」

 

リューは59階層から帰還する際にアリーゼが興味本位で言っていた『アレの魔法ってベルでも登録できるのかしら?』という言葉を思い出した。入れ替えができるのであれば、登録も可能なはず。

残留する雷が炎に混じり、ベルは女体へと飛び掛り、蹴りを放つ。炎雷の弾丸となって。

 

 

 

 

「【炎華(アルヴェリア)】ッ!!」




アリーゼさんベル君登場に複雑


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天秤よ傾け

ベル君

暗い場所での活動時、精神ともに不安定化。
     ↓
ゴーグルで視界の明るさを確保。(緩和)
     ↓
信頼度の高いアリーゼの炎の付与魔法が灯り代わりになる。(緩和)
     ↓
背負っているリーネが意識を取り戻すことで、孤独ではなくなる(緩和)
     ↓
合流することで、デメリット効果が完全相殺。
     ↓
人工迷宮、作者的に『ここって結構音響くんじゃね?』と思ったので、ベル君的に相性が良すぎる。


【星ノ刃】
通常時(鏡みたいな刀身)→赤→白→青


 

 

「くそったれがぁぁぁぁッ!!」

 

人工の迷宮で響く、女の怒りに満ちた叫び声。

その女の姿は、満身創痍もいいところ、重傷も重傷で血まみれであった。回復薬を渡そうとするローブの者たちのことなど、知ったことではないとばかりに殴り飛ばす。

 

「ヴァレッタちゃーん、荒れてるねぇ。【勇者(ブレイバー)】にでもやられちゃった?」

 

【タナトス・ファミリア】、闇派閥の幹部。二つ名は【殺帝(アラクニア)】。名をヴァレッタ・グレーデ。ステイタスはLv.5。15年前のオラリオ暗黒期から闇派閥として活動し混乱をもたらした主要幹部の一人。邪神のもとで血に酔い、快楽に身を委ね、最も多くの冒険者を殺害し人の命を奪うこそが己の至上だとする生粋のシリアルキラーである。そんな彼女が、血塗れで帰ってきたのだ。あんなに意気揚々と【勇者】ことフィン・ディムナを殺しに向かったというのに。

 

 

「違ぇよ!!アルフィアだ!」

「うーん?」

「【裏切り者】のアルフィア・・・いや、正確に言えば違ぇが、よく似たようなやつが現れやがった!装備はぶっ壊されるわ、怪物共を呼び寄せるわ、散々だ!ああ、くそぉ!忌々しい!フィンの野郎に殺されかけた時のことを思い出しちまった!!」

 

 

「くそがああぁぁぁぁ!!」と叫び散らしながら、辺りお構いなしに八つ当たりをする。

 

「へぇ・・・【裏切り者】のアルフィアねぇ。で、その子のレベルは?」

「知るか!少なくとも私よりも下だ!装備を破壊してすぐ逃げたんだからなぁ!」

「あー・・・じゃぁ、あれかな。さっきからバルカちゃんが怒ってる謎の存在ってのがその子なのかな?」

「はぁ?どういうことだよ」

「この『クノッソス』の仕掛け・・・いや、根本的に通路とかをさ、破壊しながら合流しちゃったみたいなんだよねぇ。」

 

『イシュタル巻き込まれてないかなぁ』なんて他人事のようにそんなことを言ってのける主神タナトス。そして、その報告を聞いて目を見開くヴァレッタ。八つ当たりで頭が漸く冷えたのか、回復薬を頭から被って治療していく。それでも、怪物たちに襲われた結果なのか、左腕は完全に治りきらなかったようだが。

 

「左腕・・・駄目そう?」

「・・・・義手(アガートラム)を寄越せ」

「高いよぉ?それに、『呪詛』付きとか言うんでしょ?」

「うるせぇ」

「はいはい、頼んでおくって。それにしても・・・」

 

『それにしても【裏切り者】のアルフィアねぇ・・・』とどこか懐かしいものに触れるように目を細めて口を開く。

 

「あの時の大抗争の時にエレボスが連れて来た【ヘラ】と【ゼウス】の眷属・・・アルフィアとザルド。途中から随分と雰囲気っていうかさぁ、変わったよねぇ」

 

「ちっ・・・。自爆攻撃にガキを使おうとしたら、そのガキを私らの知らない間に作戦ごと変えてやがった。ガキはいつの間にかいなくなってるわ。おかげさまで【アストレア・ファミリア】の小娘共を殺しそこなった!そこからだ!全部全部、計画が中途半端に狂ったのは!」

 

自爆兵の子供を逃がしたと思えば、丁度よくオラリオ陣営が勝てるようにパワーバランスを取りやがるわ。エレボスは何も言わねぇどころか、面白そうにしてやがるわ、最後の最後にザルドの野郎はダンジョンに篭りきっていたものだからスキルで強化しているのかと思えば、『一切食ってない』状態でオッタルと戦って敗北。

 

「【裏切り者】、【腑抜け】って言われても仕方がねぇよなぁ!!」

「あぁ~あったねぇ。そんなこと。エレボスも何やら、黒い魔導書を手に入れてたみたいだけど・・・あれって本当にただの魔導書なのかなぁ」

「それこそ私が知るかよ」

「エレボス的には『難易度がハードモードからノーマルモードの間に変わった程度だ。大して違いあるまい?』って言ってたしねぇ。」

「あぁ~思い出しただけで、腹が立つぜ。なぁ、いっそ『精霊の分身』共を合流した冒険者共にぶつけて圧殺しちゃだめか?」

 

「ん~それは無理かなぁ」とタナトスは笑いながら返答し、ヴァレッタの状態を見つつも、過去の大抗争を思い返す。『せめてあの時代に、精霊の分身があればなぁ』なんて思いながら。

 

大抗争の際、助っ人とも言うべき、Lv7の2人を連れて来たというのに、確かに、急に変わったのだ。人が。

 

『自爆による特攻か・・・ふむ。別にそれについてはどうでもいい。だが・・・子供を使うのは気に入らん。だから逃がした。運が悪ければ死ぬ。別にこの時代ではそんなに変わるまい?』

 

『ダンジョンで何をしていたかだと?それをお前達が知る必要がどこにある?都市最強などとのたまうオッタルのガキなんぞ、スキルに頼るまでもない』

 

結果、2人はまるで格下の、可能性のある冒険者に手ほどきするように力を使っては打ちのめし、立ち上がらせ、最終的に死に絶えた。無論、死者が一切いなかったわけではない。むしろ最も死者が出た『良い時代』だった。だというのに、どこかスっきりしない不完全燃焼な終わり方をしたのだ。確かにオッタルを1度打ち負かし、2度目も何度も何度も追い詰めて・・・そして、時間切れで敗北。アルフィアに至っても似たようなものだったと聞く。アルフィアと戦ったというアストレアの眷属達は、その後、急速に力をつけ始めてLvこそ上がっていない者もいるが、その技量は確かな成長を見せているほどだ。

 

 

「はぁ~あの時代はいっぱい死んで、良い時代だったなぁ」

「浸ってんじゃねぇよ」

「あはは、ごめんごめん」

「死者を復活、もしくは『記憶』を持った状態で転生することはあるのかよ」

「それ、『死』を司る俺に聞くの?ヴァレッタちゃん。有り得ないから。魂は浄化される、それも全部同じようにね。」

 

仮にこの下界に2人の魂が降りて転生していたとしても、それはまったくの別物でしかないよ。

それだけ言って、ヴァレッタの質問に回答しヴァレッタもまた、舌打ちをして口を閉ざす。

 

「まぁ・・・仮の話をするなら、そうだねぇ。」

 

アルフィアに子供がいたりしたんじゃないかな?あぁ~迎え入れられたらいいのになぁ。とふざけた事を言うタナトスに、『それこそありえねぇよ』と否定する。

 

「ま、あの体型で経産婦だったらそれこそビックリだ。美の女神も裸足で逃げ出すよきっと」

「ハッ、相手はあのザルドってか?」

「おもしろいかもよ?」

「ねーよ、ばーか」

 

 

■ ■ ■

 

「【炎華(アルヴェリア)】ッ!!」

 

 

 

『――――――ッ!?』

 

雷炎を纏った渾身の蹴りが、『精霊の分身』に炸裂し、その上半身が、ままならず悲鳴を上げる。付与魔法のスペルキーの使用によって炎の鎧は解除され、少年は石畳に着地する。

雷の音と炎が、怪物が焼ける音が響く空間で、ローブを揺らすその存在に誰もが声を失う。

 

「ど・・・どうして・・・?」

 

アリーゼ以外は。

 

「どうしてここにいるの!?ベルッ!!」

 

こんな危険なところに来てほしくなかった。巻き込みたくなかった。なのに、来てしまった。ネーゼからの報告で耳を疑ったが、この音が響きやすい空間はベルにとって、相性が良すぎる。でも、それは精神的な条件を満たせばの話。

ゴーグルが壊れれば。人の死を、仲間の死を見たならば。それこそ一気に瓦解する、平常心なんて保てなくなる。そして何より、アルフィア達がこの空間にいたのではという疑念がベルを苦しめるきっかけになりかねない。だからこそ、情報を伏せたというのに。

 

「なんで・・・なんでぇ!?」

「『1人にしない』って言った!!」

 

ローブを揺らし、ゴーグルを外して、赤い瞳から涙を零して、ベルは叫ぶ。

約束したのに、『1人にしない』『置いていかない』そういったのに、1人だけ除者にされるのは耐えられない。僕を腫れ物みたいにしないで!!と。

 

「僕は・・・僕は可哀想なんかじゃない!!」

「―――ッ!」

「行って・・・!怪我人を連れて脱出して!!」

 

もう話す時間はないと強引に切り上げて、脱出しろと促す。

良く見れば、アリーゼもリューもみんな怪我をしていた。全員ボロボロだった。だから、自分が残って、ドワーフとアマゾネスの姉妹を手伝うべきだと判断した。

 

「無事に・・・帰ってきなさい」

「・・・・うん」

 

「ガレス叔父様、おねがいします!」

「任せとれぇ!!小僧、まだ魔法は使えるのか!?」

「マジックポーションがあと1本あります!」

 

精霊の魔法を跳ね返して、マジックポーションを2本のうち1本消費し、オーラを自分を含めた4人にかけてさらにダウンを『精霊の分身』にかける。

 

 

 

 

 

「いいかぁ、小僧。あいつは力型じゃ!突進と尻尾には気をつけろぉ!」

「アルゴノゥト君!魔法って何でも返せるの!?」

「はい!――いえ、何でもってわけじゃないです!魔法の完成がわからないとできないです!さっきのはレフィーヤさんが前にそんなことを言っていたのを思い出したからってだけで」

 

「「「レフィーヤ、ナイスぅ!!」」」とこの場にはいない少女に向けて全力の賞賛を送る。18階層から帰還後に何度か保護者同伴でダンジョンに言った際に、レフィーヤは軽く『こんなことがあったんですよ~』程度に話していて『精霊の魔法って言うんですかね、詠唱が完成するあたりで○○の化身、○○の王とか言うんですよ。あれはやばかったです。死に掛けましたし』なんてことを言っていてベルはそれをしっかり覚えていた。

 

 

「じゃあ、あんた!戦争遊戯の時の黒いのは!?」

「あれ出したらきっと、もっと暴れますよ!?」

「「「じゃあ、却下!!」」」

「18階層の時の回復?魔法は?」

「リーネさん助けるのに使ったし、平行詠唱できないので余裕ないですよ!」

「無理して使わなくていい!『音』の魔法は!?」

「・・・いけます!」

「なら、それで牽制をお願い!でも、無理はしないで!」

「小僧は魔法がきたら、跳ね返せ!それ以外はあまり突っ込むな!LV3にそこまでさせられん!」

「はいっ!」

 

そしてゴウゴウと炎をあげて動きを止めていた『精霊の分身』が再び動き出す。それに気づいたベルが3人に伝えティオネは【蛇の鞭】に確かに力が加わるのを感じ取り、気を引き締めなおす。さらにガレスが攻撃パターンがそこまでないことを伝える。圧倒的な破壊力と素の防御力は恐ろしいものがあるものの、攻撃の種類は限られていて単調であると。

 

ベルの魔法で力を増幅し、その圧倒的な潜在能力を無視するようにガレス達は攻める手を止めない。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!」

 

殿を任せられた冒険者達の気迫が、執念が、仲間を思う心が一進一退の攻防を生み出す。『精霊の分身』は魔法の影響で能力が下がっているのか、動きは鈍く、逆にこちらは能力が上がり鋭く、そして力強く、打ち込んでいく。スタンプで攻撃を繰り出そうとしてきても、ベルの音の暴風によって妨害され、3人で戦っているよりも確かに、遥かに圧倒して行く。残っている尻尾と砲撃で必死に上半身『魔石』への攻撃を防ぐ『精霊』の顔に、確かな焦燥が走っていく。

 

『・・・!?』

 

尻尾を切り裂かれ、巨牛の下半身に強烈な攻撃が炸裂し、轟然と地に沈んだ。

 

「もらいぃー!」

「くたばれっ!!」

 

ティオナ、ティオネ、ガレス、三方向から同時に『精霊』の上半身に飛び掛る。

『魔法』を放って1人を撃ったとしても、残る2人が『魔石』を貫く。そもそも短文詠唱を奏でる猶予など、ベルが邪魔をしてくる時点でないも同然だ。

大双刃と湾短刀、大戦斧が精霊の体躯に叩き込まれようとした。

 

『――アハッ』

 

しかし、そこで、正面から飛び掛ったガレスは、『精霊』のおぞましい無垢な笑みを目にした。

 

『【荒べ天ノ怒リヨ】』

 

一節。たった一節。それだけで、魔法は発動した。

ベルの妨害もお構いなしに。

 

「・・・知らない魔法?なら・・・ッ!!」

 

ベルは必死に、焦りながら、早口で唱える。

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

『【カエルム・ヴェール】』

 

まさかの超短文詠唱。これは聞いてない、知らないと必死に唱えていく。

発生するのは夥しい雷の膜。その巨体を覆い尽くす雷の鎧。

ガレス達は時を凍結させるも、ベルが魔法を詠唱していることに気づいて、守りに入る。

 

「小僧を守れぇ!!」

 

「【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め許し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】!」

 

「「わかってる!」」

 

ベルの魔法で全能力が低下しているというのに、それを打ち返してしまいそうなほどの巨大な雷の恩恵を得た怪物。切り札を隠し持っていた『精霊』は、無垢な笑みを狡猾なものへと変えた。

 

「【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】!」

 

ガレスがベルの盾になるように構え、ティオネ、ティオナはさらに魔法による追撃をさせないように猛攻をしかける。

『精霊』はその2人の攻撃に確実にダメージを負い、次の行動が遅れていく。

そして、放たれた魔法が2つ。

 

『【放電(ディステル)】』

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】ッ!!」

 

次の瞬間、凄まじい雷撃と白雪のような光が展開した。

付与された雷鎧が360度、全方位にわたって電流を放射させ、そして、白雪のような光が戦闘を行っているルームそのものを包み込む。

 

『―――オオオォ!?』

『―――アレ?』

 

放たれた雷、それによって死に絶えるはずの冒険者が『精霊』の目の前に立っていた。

光の鞭が前脚に絡まっており、その鞭の先を追えば、真横の位置からティオネが『魔法』を行使していた。

 

白雪の光に当てられて、瞬く間に傷が治療されていく。

ドワーフが、アマゾネスが、無傷の状態で襲い掛かる。

 

「残念じゃったなぁ」

「へへへ、暖かいなぁこの魔法・・・」

 

地響きを伴う運動で体の向きを何度も変え、床に、壁面に、瓦礫の中に叩きつけようとするも、壊れない。おかしい。おかしい。

無垢な笑みを微笑みを浮かべていた『精霊』は、再び焦り、魔法を唱え始める。ならば、圧倒的な火力で焼き払ってやるとばかりに。

 

『【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ナ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ) 】』

 

「それは・・・知ってる・・・!」

 

レフィーヤがうろ覚えだけど真似て、こんな詠唱だったんです。って言っていたのを思い出して最後のマジックポーションを消費して右腕を『精霊』に向けて準備する。

 

 

「何より・・・詠唱が似てるのは、むしろ、僕にとっては、やりやすい・・・!ガレスさん!たぶん、僕この後、倒れますから!」

「任せて寝ておれ!片付けて運んでやるわい!」

 

ベルが右手を開き、何かを掴み取るように『精霊』を見つめ、そして、精霊もまた魔法を完成させ発動させる。

『【ライト・バースト 】』

「【天秤よ傾け】ッ!」

 

放たれるはずの閃光の砲撃は放たれず、不発する。置換され、襲い掛かってくることもない。

 

『―――エ?』

「・・・」

 

ベルは、掴み取るようにしていた右手を、握り締めた。

『魔法』の登録。

置換さえしなければ、登録はできる。それでも、イメージがしずらかったがために、ライラによって掴み取る動作を組み込んだことで登録する際のイメージを明確にさせた。

閃光の砲撃は冒険者を襲わず、『精霊』に返ってくることもない。そもそも

 

「そもそも・・・威力が高すぎる魔法をこんなところで使ったら、地上まで巻き込まれる・・・」

 

ベルは倒れこみながら、さらに、最後に『精霊』に指を刺して唱える。

空間に溜まりに溜まった魔力を、爆弾を起爆させるために。

 

「あと・・・は、お願いします・・・【鳴響け(エコー)】」

 

夥しい量の魔力(爆弾)が『精霊』に襲い掛かり、足を、腕を、体を、そして――魔法を唱えるために必要な喉を潰した。

ガレスたちも巻き込まれながら、治療されながら、突貫していく。

 

「それでは歌えんのぅ?歌えんだろう?――歌えるわけがないわァ!!」

獰猛な笑みを弾けさせて、ガレスは大唾を飛ばし、それにアマゾネスが続く。もはや、鞭など必要ないと魔法を解除して。

 

「私たちより下の子にここまでさせたんだから、ちゃんと倒せなかったら!団長に笑われてしまうっつーのぉ!!」

「いっくよおぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

ティオナ、ティオネ、ガレスによって足が切断されていく、解体されていく。

 

「そもそも!デカすぎんだよ!邪魔だクソが!!」

「その図体では、この部屋は狭かろうて!!」

「アハ、アハハハハハハ!!あの子の魔法のお陰で、すっごい斬れるよ!?ウルガの切れ味が上がってる!!」

「ワシの斧もじゃ!」

「言っとくけど、あの子の魔法の影響受けてたら、もうすぐ砕けるわよ!?」

「まだローン終わってなぁぁぁい!?」

 

怒涛の勢いで全ての足が滅多斬りされ地に伏し、女体部分が潰された喉でもがきくるしむも、3人が飛びかかり、ウルガ、大戦斧、湾短刀によって止めを刺される。

 

「塵となれぇええええええええええいっ!!」

「死ねぇえええええええええっ!!」

「ぶっつぶれろぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

爆散。

上半身の『魔石』が3人の攻撃により砕かれ、『精霊の分身』の巨体が膨大な灰粉へと果てた。

3人が着地と共に武器が砕け、灰が舞い上がり大きな霧を生む。

残響していた音の魔法は完全に消え去り、霧の奥から3人の影がベルのもとに歩み出てくる。魔力枯渇で眠っているベルをドワーフの大戦士が背負い、『精霊』の死骸が舞う大広間を後にするのだった。

 

■ ■ ■

 

 

少し肌寒い夕方の風が体を撫で、少年はゆっくりと目を覚ます。

そこは、どうやら冷たい迷宮ではなく、光ある地上であった。

 

 

「―――んぁ?」

「あっ、起きた!?」

「―――ティオナさん?」

「大丈夫そう?」

「はい、なんとか。」

「もしかして、あの入れ替える魔法?って結構マインド消費する?」

「えっと、入れ替えるだけなら、多少は。『登録』なら結構・・・あの魔法、すごいですね」

 

 

登録?今この子、登録って言った?と地上に脱出し寝かせられる場所にベルを寝かせ様子を見ていたティオナは思った。もしやこの子・・・と質問する。

 

「ね、ねぇ・・・もしかして、レフィーヤみたいにいろいろ使えるの?」

「レフィーヤさんみたいに?」

「う、うん!えっと、レフィーヤはエルフ限定だけどさ。」

「あー・・・えっと、違うんです。僕のは、入れ替えじゃなければ『登録』は2つのみで、使ったら消えちゃいます」

「つ、つまり?」

 

今、僕の中に、さっきの『精霊』の魔法が1つだけ納まってますよ?と疲れた顔で微笑むベル。

固まるティオナ。

ひゅーと風が吹いて、ティオナは脱力し、『ここにレフィーヤがいなくてよかった』と言いだして、さらに

 

「君、メレンに来てなくてよかったね。来てたらバーチェ達に狙われてたかも」

「え?バーチェ?」

「うん。テルスキュラのアマゾネス。すっごい強いよ」

「・・・・勘弁してくださぁい」

「あ、そういえば、リーネを助けてくれてありがとうね。フィン、治療院に運ばれたから代わりに言っておいてくれって。」

「でも、他の人は・・・・」

 

『君のお陰でリーネを含めて3名助かった』と報告してティオナは立ち上がって、【アストレア・ファミリア】の団員を呼びに立ち去った。一瞬、リーネさんしか助かってないはずだと言おうとしたが、自分のスキルが絶対じゃないことを、特に精神状態が不安定になれば、安定しないことを思い出して、

 

 

 

「―――何人いたのか確認できてなかったけど、生きてたんだ。よかったぁ」

 

と空を見上げて、微笑を浮かべた。

やがてやってくるのは、複雑な顔をした赤い髪の姉で、目線を合わせるようにしゃがみ込んで、頭を撫でてベルのことを背負う。

 

 

「アリーゼさん・・・その、強く言い過ぎて、ごめんなさい」

「どうしてベルが謝るのよ」

「だって・・・」

「・・・ごめん、ベル。ちょっと危ないことからベルを遠ざけようと意固地になりすぎちゃってたみたい。帰ったら、ちゃんと話すから」

「うん」

「ああ、それから、アストレア様の無茶振りを聞いてくれてありがとうね。」

「イシュタル様のこと?」

「それもだけど」

 

 

『1人であんなところに潜り込むなんて怖かったんじゃない?』と少し笑みを浮かべた横顔が見えて、僕は『アリーゼさん達がいるのがわかったから、頑張れた』と破顔して答えた。

とりあえず、とりあえず・・・色々問題はあるけど、ボロボロだし疲れたから、帰ったらお湯に使って美味しい物が食べたいわねー。なんて言いながら、僕達はアストレア様の元に帰るのだった。




お気に入り1000も行くとは思ってませんでしたありがとうございます


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眷属会議

ステイタスの数値上げすぎじゃないかと思ったりもするけど、どうなんだろうか。いまいちよくわからんです


 

 

ベル・クラネル

 

Lv.3

力:C 666

耐久:A 830

器用:A 800

敏捷:C 656

魔力:S 910

幸運:H

魔防:H

 

<<魔法>>

 

□【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音ゴスペル】

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

 

※星ノ刃アストラルナイフを持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

 

■スペルキー【鳴響けエコー】

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

【乙女ノ天秤バルゴ・リブラ】 

 

□詠唱式【天秤よ傾け――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×残り1

 ■登録済み魔法:ライトバースト

  詠唱式【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ)

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

 

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

 

■追加詠唱

 

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 効果時間中、一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

 

私は、ベルの上に跨っていた状態から仰け反りそうになった。

当然だ。背負われて帰ってきて疲労というか、魔力枯渇までしていたとかで、碌に動けないというし・・・いえ、全く動けないわけではないのだけれど。というか、人形みたいにいいように弄られている、遊ばれているこの子はこれはこれで・・・こほん。何でもないわ。なんでもないったら!

 

咳払いをして、この子の髪の毛を触りながら、背中をなぞりながら羊皮紙を見る。また無茶をしたのだろうと言う、ちょっとばかりのお仕置きを込めて、動けないのをいいことに背中をなぞる。『くすぐったいですアストレア様ぁ』と涙目で訴えてくるが、知ったことではない。その顔を見たかったのだ。いえ、何でもないわ。そんな目をしないで頂戴。ほら、可愛い子にはつい意地悪をしたくなっちゃうでしょう?――――それよ。

 

「『ライトバースト』って・・・何かしら?ベル?体はなんともないの?いえ、動けないみたいだけど。」

 

その質問に、ベルはカチコチ固まって、『えっと、できるかな?って思って怪物が詠唱した魔法に試してみたら、できちゃいました』なんて言い出す。知ってるベル?その今の貴方の顔を神々の間では『テヘペロ☆』って言うのよ。またひとつ賢くなったわね。街中でやっちゃだめよ。それに、『魔法によって負担が変わるみたいです』という。当然だ、そんな大魔法、普通は使えない。

 

それにしても、この子は私が『イシュタルを捕縛、アリーゼ達をサポートしてきてほしい』と頼んだのに、どうしてロキの眷属3名と殿になって『精霊の分身』なんて怪物と戦っているのかしら?というか、この【乙女ノ天秤】の魔法登録って、怪物の魔法でもいけるのね。すごいわ。いえ、そうではなくて、つまりなに、この子は今、『僕の中に、爆弾はいってまーす!てへ☆』と言っているのかしら?可愛い顔して怖いわ。

 

「ベル、街中で使ってはだめよ?」

「当たり前じゃないですかぁ!」

「本当にお願いね?街中で使ったら大変なことになりかねないし、私送還されかねないわ。されなかったとしても、オラリオを追い出されちゃうわ」

「そ、そしたら僕が責任もって、アストレア様をやしないますぅ!」

「そういうことではないのよ!?」

 

どうして顔を真っ赤にして、プロポーズみたいなことを言っているのかしらこの子は。いやだわ、まだまだ貴方はおこちゃまよ。あら?私も顔がなんだか暑いわ。窓、締め切っていたのね。今、開けるわね。

 

「アストレア様?まだ服着ちゃだめですか?」

「駄目よ。もう少し触らせて頂戴」

「くすぐったいです・・・」

「お仕置きよ。無茶なことしたんだから。あなたLv3だけど、相手はそれどころじゃないでしょう?」

「うっ・・・・」

 

どんなことをしてきたのかと聞けば、モンスターがでるたびに【福音】を連呼しているうちに、ナイフが赤から白、そして、初めて青色に変化して超硬金属(アダマンタイト)の壁や床を溶断して、人の反応にいち早く近づくためにショートカットして走り回ったという。この時点で理解が追いつかなかった。どうしてその武器は耐え切れるの?ねぇ、ヘファイストス?知ってた?こうなるの知ってた?

そして、恐らく【殺帝(アラクニア)】と闇派閥の者たちそ遭遇し、モンスター達を『誘引』して押し付けて、死に掛けの【勇者】フィン・ディムナとその仲間達に出くわし、魔法で呪詛を解除。他にもロキの眷属達を助けて、ようやく合流したら、下半身が牛で上半身が女体の怪物・・・に出会って、アリーゼ達が怪我を負っていたので、自分が残ったという。それもすこしきつい言い方をしてしまったと。―――ベルを大切にしているアリーゼが、やけに落ち込んでいたわけだ。

 

「アリーゼと・・・喧嘩、しちゃったの?」

「そういうわけじゃ・・・ないですけど。ただ、その、僕だけ除者に・・・というか、なんていうか、つい、『腫れ物みたいにしないで』って言っちゃいました」

「・・・そう。珍しいわね、2人が喧嘩するのなんて見たことがなかったわ」

「で、でも、ちゃんと謝りましたよ!?仲直り、しました!」

「そう、なら、大丈夫ね。」

 

喧嘩をして、仲直りができたのなら、それでいいと私は何度もベルの頭を撫でる。ベルは、それを気持ち良さそうに目を細めて受け入れる。2人が喧嘩なんて、少なくとも私は見たことがない。多少、揉めることはあれど、じゃれあう程度だ。すぐにいつも通り仲良くくっ付いているのを私は知っている。

 

「あの、アストレア様」

「どうしたの?」

「―――女の人が、お義母さんのことを『裏切り者』って言ってたんです。何か、知りませんか?」

「・・・『裏切り者』?」

 

突然どうしたのだろうと、思わず固まってしまった。

何せ、本当に知らないのだから。あの大抗争の中で、2人の様子――正確にはアルフィアの様子がおかしいと思ったのは、気づいたのは本当に最後の最期だったのだから。ザルドのこともロキから聞いたくらいで、気づいたのはやはり【勇者】だ。直接戦ったフレイヤの眷族である【猛者】もきっと気づいていただろうけれど・・・・『自分達の知るザルドとは違っていた』と言っていた程度。説明のしようがない・・・。

 

「アストレア様?」

 

悲しそうな顔で、見つめてくるこの子になんと返せばいいのか、言葉が浮かばない。

うーんうーんと悩んで結局見つからないものだから、「えいっ」とうつ伏せになっているこの子に覆いかぶさるように倒れこんだ。

 

「ふわぁっ!?ア、アストレア様!?」

「ふふ、ベル、ちょっと臭いわ」

「ひどい!?」

「・・・だから、もう少しだけ、こうしてましょう」

「・・・はい」

「調べてほしいというなら、可能な限り調べるわ。でも・・・本当にわからないのよ」

「・・・はい」

 

抱き枕のようにして抱きついて、横向きになったり、仰向けになったり、ゴロゴロとしてじゃれあう。そう、これだ。これがいいのだ。たまらなく、良い。

 

「アストレア様・・・柔らかいです」

「嫌かしら?」

「嫌じゃないです・・・・」

「なら、よかったわ」

 

一頻り満足して、やっぱり何だか匂うので、この子を背負ってお風呂にいれて、皆と話し合いをすることにした。今後の方針について。

 

「やっぱり、帰ってきたらまずお風呂ね」

「うぐ・・・」

 

 

■ ■ ■

 

「まずは、皆、改めておかえりなさい。無事に帰ってきてくれて、嬉しいわ」

「新妻ごっこはしてくれないんですか?アストレア様!」

「ベルにはしたわ」

「ベルぅ?」

「ひぃっ」

 

リビングにて、私と眷属達で卓を囲むように報告会をする。とはいえ、ベルを入れるのは初めてだろうか。私としてはベルを手放す気にならなかったので、私とベルで1つの椅子にくっ付くように座っている。小柄でよかったわ。ベルは睨まれて居心地が悪そうだけれど。

アリーゼはベルとちゃんと話し合ったのか、今後、無理のない範囲で『同行させる』ということで手を打ち、報告会にもちゃんと出席させることになった。やはり、心配なのは心配なのだろう。

 

「じゃあ、アリーゼ。報告をお願い」

「あ、はい。えっと、まずはあの人工迷宮・・・ごめんなさい、正確な名前まではわかりません。フィンさんが【殺帝(アラクニア)】と接触したらしいので、もしかしたら聞いてるかもしれませんが。迷宮そのものはかなり広大で、以前18階層でベルが見つけた『未開拓領域』が繋がっているとすれば、ダンジョンそのものと・・・他の階層にも複数出入り口があると思います。」

「材質はやっかいなことに、超硬金属(アダマンタイト)やら最硬金属(オリハルコン)やらで、私どもではそうそう破壊できるものではございませんでした。」

「そして、やはり、あの『眼球型』のアイテムこそが、鍵であるということがはっきりしましたが【ロキ・ファミリア】で1つ私たち【アストレア・ファミリア】で所持していたのが1つであったため、分断された際には混乱を生みました」

 

アリーゼに続いて輝夜、リューがそれぞれ報告していく。超硬金属(アダマンタイト)の壁は【重傑】が壊したという話は聞いたが、それでも己の肉体を犠牲にしてのもので、そう易々と壊せるわけではなかったらしい。それを容易に破壊して、走り回っていたのが、誰もいるとは思っていなかった私が送り出したベルだ。

 

「『探知』で私たちの居場所、そして、怪我人のいる場所を把握して迷宮そのものを破壊してのショートカットでフィンさんたちも助けられたと聞きましたけど、やっぱり、あの迷宮を簡単に破壊してのけるのがおかしいというのが【ロキ・ファミリア】陣営としての回答です。」

「そう・・・どんなところだったの?」

「えと・・・音がよく響きましたね。たぶん、ある程度の条件を満たせば、ベルとは相性がいいんだと思います。」

「逆に言えば、その条件が満たされてなきゃ、動けなくなってたろうぜ」

 

1番最初に出会ったネーゼが魔法のことも含め『相性がいい』と回答し、それに続いてライラが『トラウマを考えれば相性が悪い』と答えた。

確かに、暗い場所であり、あちこちにモンスターがいる状態であれば探知ができなくなり、この子とは相性が悪かったかもしれない。恐らく、後続で入ったことが吉となったのだろう。

 

「私の付与魔法を使って、さらに加速して、イシュタル様にタックルしてそのまま攫ってくるとは思ってませんでしたけど・・・服・・・服でいいのかしら、あれ、もう丸出しでしたし。それに背負ってた女の子なんて悲鳴あげてましたよ?」

「・・・・ベルぅ?」

「ひゃ、ひゃい!?」

「女の子を運ぶときは?」

「お、お姫様抱っこ!?」

 

『誰がそんなことを教えたの?』と私は無言で眷属達を見るも、全員が首を横に振る。『やってもらいたいけど・・・ベル、私より背低いし・・・』と呟くのはアリーゼだ。やめてあげて、ベルがショックを受けているわ。

 

「誰が『お姫様抱っこ』と言ったの?」

「ロ、ロキ・ファミリアのリーネ・アルシェさんが、『女の子を運ぶときは優しくしないと駄目なんですよ!?』って言ってたから、じゃあお姫様抱っこがいいのかって聞いたら・・・『そうですね、あ、でもどうせなら・・・』って」

 

『ベートさんってハーレム作ってたんですね!【イシュタル・ファミリア】にも女の人がいたなんて!』なんてことを言うこの子に私たちは開いた口が塞がらない。ベル、少なくともあなたが言えることではないわ。

 

「でも、ベル、イシュタル様と、リーネちゃんを投げていたわ」

「投げてましたね」

「思い切り、投げていましたね」

「うぐっ・・・」

 

 

『女の子には優しく』という話をしていた傍から、『女の子投げてましたよ!』という報告。これはお仕置きが必要かしら。あれ、まって、でもこの子もこの子でアリーゼ達にベッドとかカウチに投げられてなかったかしら。

 

「し、仕方なかったんです!あの時は!そ、それに、リーネさん!ベートさんにキャッチしてもらったとき、僕に向かって親指立ててましたよ!?イシュタル様をキャッチしたラウルさんも!!」

「何をやっているんだあの緊急時に!!【超凡夫】はぁ!!」

 

『丸出しの女神をキャッチして喜ぶなぁ!!』と輝夜は言うが、でも、仮にも美の女神なのだし、男の子なら嬉しいのではないかしら?うーん、ベルとしては嬉しいのかしら?あら、微妙な顔をしているわ。イシュタルは好きじゃないのかしら。

 

「ベルは、イシュタルを抱えていたのでしょう?どうだったの?『美の女神』なのだし、嬉しかったんじゃないかしら?」

「うーん・・・フリュネさんみたいな見た目の神様じゃなくてよかったって気持ちが大きかったです」

 

『あ、あと、アストレア様の方が美の女神様だと思いますよ!』と返答してくる。うーん、ありがとう。と頭を撫でてやるけれど、なんとも言えない。あの『美の女神』がフリュネ・ジャミールみたいな見た目の神だと思われていたことに同情を禁じえないわ。フレイヤまでそんな風に思われていたらどうしましょう。フレイヤはフレイヤでベルに会いたがっていたし・・・・。

 

「あ、でも、アストレア様にああいう格好は似合わないと思います!普段どおりがいいです!」

「そ、そう?」

「ちゃんと服を着てくださいね!」

「着ているわよ!?」

 

 

 

脱線してしまった。話を戻しましょう。

ベルと合流後、アリーゼ達は怪我人を抱えて脱出。ベルはリーネという少女を救出する前に謎の仮面をつけた人物と交戦したと報告。

曰く、『どこかで会ったことがあるような、気配というか・・・人だけど人じゃなくて、モンスターだけどモンスターじゃないっていうか・・・』とはっきりしないことを言う。どちらかと言えば、『食人花』などの極彩色のモンスターの反応だったという。

 

 

「人の体に魔石なんて・・・ありえるのかしら?」

「僕の体に埋まってたりしないでしょうか?」

「大丈夫よ。安心して」

「ダンジョンで人型のモンスターが産まれないわけではありません。ですが、アレはどう考えても違います」

「何より、27階層の悪夢で死んだはずの【白髪鬼(ヴァンデッタ)】が魔石を持って生きていたというのがおかしいんです。だって、私、昔、に27階層が騒がしくて見に行ったとき、闇派閥も含めて人がいっぱい死んでたんですよ?」

「【白髪鬼(ヴァンデッタ)】の死体は確認したのか?」

「あの状況でどう確認しろっていうのかしら!?無理よ!?」

 

話は聞いていたけれど、確かにその状況で死体の確認など不可能だ。

まぁ、もう既にそのオリヴァス・アクトは赤髪の女に魔石を奪われて灰となって死亡してしまったらしいけれど。うん?あれ?待って・・・・赤髪に、オリヴァス・アクトに・・・あれ?

 

 

「ね、ねえベル?」

「―――はい?」

「あなた・・・『魔石』が埋まっている人を特定できるの?」

「うーん?」

「だって、24階層に行った時も、『赤髪の女と骨の仮面を被った男が・・・』って」

「―――」

 

ベルは腕を組んで、うーんうーんと唸りだす。何この子、一々可愛いことするのね。見て、アリーゼがきゅんきゅんしてるわ。どれだけベルのことが好きなのかしら。ああいうのを神々で言う『おねショタ』って言うのよ。

 

「確かに・・・何かおかしかったような?どういえばいいんだろう・・・人の中に別の何かがいるっていうか・・・モンスターとは違うんです。」

「特定・・・できるの?」

「た、たぶん」

 

その自信なさげな『たぶん』に眷属達は皆、おぉ~と拍手を上げる。それにまたベルは『えへへ』と照れる。あぁ・・・そういうところよベル。

 

「でも、特定できるって兎が狙われることにならねえか?」

「確かに・・・」

「アタシが敵なら、兎をまっさきに狙うぜ?」

「確かに」

「何より、あの迷宮を破壊して回ってたんだろ?やばくないか?」

 

 

沈黙が生まれてしまった。確かに、危険だ。すくなくともあと2つはランクアップして欲しいくらいには。下手に特定してしまって、孤立させられたらそれこそアウトだ。

 

「あ、そのときに『精霊の魔法』を使うっていうのは?」

「「「「駄目に決まっているだろう!?」」」」

「ごめんなさあぁぁぁぁい!?」

 

一網打尽にでもしようと思ったのだろうか。並行詠唱ができるわけでも、高速詠唱ができるわけでもないのに、無茶が過ぎる。怒られて当然だ。ほら、そんなに落ち込まないで。

 

 

■ ■ ■

 

「あ、そう言えばアストレア様。【イシュタル・ファミリア】の処遇はどうなるんです?」

「とりあえず、表向きでは【ロキ・ファミリア】にダンジョン内で大規模な抗争を起こして歓楽街でも同様に【ロキ・ファミリア】の団員が襲われたってことになっているわ。」

「女神イシュタルは?」

「じきに送還される予定よ。ロキともそういう話で合意してもらってる。」

 

もっとも、あの『天の雄牛』はベルが見つけ出した資料にしっかりと記載されていたし、迷宮内にイシュタルがいたことで黒であると確定。ロキの眷属にも被害が出ているのでロキはお冠。

『そのくっそ腹立つ乳、しわしわの葡萄みたいにして使い物にならんようにしたるわぁ!!』なんて言っていたし、まぁ、表向きに【ロキ・ファミリア】の名前を使うのはそこまで大したことではないということだった。事実、メレンでも眷属が世話になったと聞くし。歓楽街でのベルの戦闘もロキの眷属が襲われたということにしてもらった。タンムズというイシュタルの従者はベルが壁を破壊して閉じ込めていたらしく、再び精鋭と共に捕まえに行って拘束。3つ目の『鍵』を確保した。

 

 

「【イシュタル・ファミリア】の団員は全員が闇派閥と繋がりがあるのですか?」

「全員ではないわ。一部のみらしいわ。【麗傑(アンティアネイラ)】にも確認を取ったし嘘はついてなかったわ。」

「メレンでテルスキュラの・・・【カーリー・ファミリア】でしたっけ。それと繋がっていたらしいですが?」

「あれはイシュタルがフレイヤに抗争を起こすときに呼び込むつもりだったらしいわ。今はその・・・」

「どうしたんですか、アストレア様」

「アマゾネスたちが、こ、恋に目覚めちゃったらしくて・・・」

「「「は?」」」

 

 

『とりあえず、カーリー・ファミリアが闇派閥ということはない』としか言いようがなかった。私でもよくわかってないのだから。ずるいわ、ロキ。メレンに行くなんて。私も外に遊びに行きたいわ。

 

「では、解散予定の【イシュタル・ファミリア】の団員は今後、どうするのですか?」

「それは、子供達が決めることね。【麗傑(アンティアネイラ)】は、『殺生石』の件もあって、ヘルメスの所に行くと言っていたけれど・・・」

「『殺生石』でございますか・・・・」

「あ、そうだ。忘れていたわ、皆に紹介したい子がいるのよ」

 

 

そう言って、私は立ち上がり、リビングを後にし、呼び出しに行った。せっかく同郷の子がいるのだから、そっちに行くべきだと思ったのだけれど、ほかならぬ【麗傑(アンティアネイラ)】に頼まれてしまって断れなかったのだ。

空き部屋・・・正確には使っていないベルの部屋で待機させていた子を呼び出して、またリビングに戻る。全員が、固まっていた。ベルも固まっていた。それはそうだろう。

 

 

「は、はじめまして・・・サンジョウノ・春姫と申します」

「え、春姫・・・さん?」

「ア、アストレア様?こ、この子は一体?」

「ネーゼ、被ってます!キャラが被ってますよ!?モフモフですよ!?」

「リオン五月蝿い!かぶってないから!!種族違うから!」

「紹介とはどういうことでございますか?」

 

混乱する眷属達に向けて、深呼吸をして、私はさらに混乱するであろう一言を言う。でも、仕方がない。仕方がないのだ。

 

 

「この子を、迎え入れることにしたわ。」

「春姫さんを?」

「そう」

「迎え入れる?眷属に?」

「そうよ、アリーゼ」

「金髪・・・金髪・・・」

「狐人よ、リュー」

 

シーン・・・と全員が静かになる。『や、やはり私はタケミカヅチ様の所に行くべきでしょうか?』という彼女に『嫌なら仕方がないけれど、無理する必要はないわ』と言う。

やがて、静まり返っていた全員が声を上げた。当然だろう。でも、この子の『妖術』のことを知れば、納得するしかないはず。

 

 

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

驚く彼女達に、ステイタスを映した羊皮紙を渡す。

 

 

サンジョウノ・春姫

Lv.1

力 :I 8

耐久:I 32

器用:I 15

敏捷:I 23

魔力:E 403

 

<<魔法>>

【ウチデノコヅチ】

階位昇華(レベル・ブースト)

・発動対象は1人限定。

・発動後、一定時間の要間隔(インターバル)

・術者本人には使用不可。

 

<<スキル>>

【なし】

 

 

「ど、どどど、どういうことですか!?」

「は、はぁぁぁ!?階位昇華(レベル・ブースト)ォ!?」

「え!?えぇ!?」

「これ、兎と合わせたら、やべえんじゃねえか!?」

「【イシュタル・ファミリア】が虚偽報告してるとか言われてたのはコレかぁ!!」

 

『確かに殺生石で魔道具にすれば、そりゃあ強力な軍団ができますね』と動揺する眷属の中、輝夜だけが納得した。確かに【タケミカヅチ・ファミリア】では守りきれない。と。はっきりと言った。そして、それと同時に私は彼女の魔法についての情報を秘匿するように眷属達に言い渡した。でないと、それこそ彼女の命が脅かされかねないからだ。

 

「ですが、何故私たちの派閥なのでございますか?別に、【ロキ・ファミリア】でも問題ないはずでは?」

「それその・・・【麗傑(アンティアネイラ)】が・・・・」

 

とチラっと私も春姫もベルのことを見ると、姉達がベルにものすごい勢いで詰め寄った。

 

「え、何々、ベルったらやっぱり歓楽街で・・・?」

「女子を引っ掛けてきた・・・と」

「やはり、あの薬もそういう・・・」

「ぬ、濡れ衣ですぅ!!僕はただ助けただけなんですぅ!」

「こんな・・・こんな美人さんを!?」

「い、いだだだだだ、ほ、ほっぺ引っ張らないでぇ!?」

 

とりあえず、貴方達落ち着きなさい。彼女が何も言えなくて困っているでしょう?そう言って一旦、席に着かせる。いえ、アリーゼは納得いってないのかベルを抱きかかえて座り込んでしまったけれど。

 

「え、ええっと、ではその、春姫?何か一言・・・」

「は、はい!えっと・・・・その・・・」

 

この子は何を言うのだろうかと、皆が視線を集中させる。3人ほど圧がかかっているけれど。やめてあげなさい、彼女Lv1よ?春姫はオドオドしながら、意を決して叫び上げる。一体どんなことを言ってくれるのかと、すこし胸を躍らせる。

 

 

 

「ベ、ベル様の、よ、夜伽のお相手は精一杯させていただきますぅ!」

 

 

―――はぇ!?な、何を言っているのこの子は!?思わず転んでしまうところだったわ。あ、あれ、変な汗が・・・おかしいわね。

あ、皆固まってしまったわ。ベルなんてアリーゼに頬を抓られて涙を流しているわ。お願いアリーゼ、ベルは悪くないのよ!?だからやめてあげて、頬が伸びちゃうからぁ!!

 

「やっぱり、同郷の子がいるところがいいんじゃないかしら?ね、ベル?」

「ひぐ・・・ひっく・・・」

「去ね」

「悪いことは言いません。疾く失せなさい狐人。」

「コ、コン!?」

 

 

これから大変そうね・・・ベルが。




ヘスティア・ファミリアにベルはいないので、これがいいかなって。


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異端の同胞
大樹の迷宮


その日、女神イシュタルは送還された。

無論、これによって【イシュタル・ファミリア】は解散と言う事になった。

【ロキ・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】における抗争の結果、という形としてだが。

都市からは未だ衝撃が抜け切れておらず、歓楽街を支配していた大派閥の文字通りの完全消滅はあらゆる者に多大な影響を及ぼしていた。

冒険者、【ファミリア】、商人、神々と例を挙げれば枚挙に暇がない。

 

『『『『俺達はこれから一体、誰の乳にお世話になって生きていけばいいんだぁ!?』』』』

中でも歓楽街にいつもお世話になっている男神達の魂の痛哭は痛々しかった。

別に歓楽街が火の海になったとか、そういうわけではないのだが、すっかり主のいなくなった歓楽街はどこか雰囲気が変わっていて、四つん這いになって地面に拳を叩きつける彼等の姿は市民達の記憶に残ることになる。

 

なお、どういうわけか、【イシュタル・ファミリア】本拠、女神の宮殿(ベーレト・バビリ)のメイン玄関にて、立ったまま魔石を抜かれたモンスターのように灰になったかの如く廃人になっているフリュネ・ジャミールを撤去するのに苦労したとは、【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマの言である。

 

『二度とあの変な魔法を街中で使うな。でないと、フロッグ・シューターの大群の中に放り込んで粘液塗れにするぞ』と少しばかり八つ当たりをされた白兎がいたとか。

 

なお、歓楽街、娼館そのものがなくなったわけではないため、血の涙を流していた男神たちは割りとすぐに『まぁ、そういうことなら・・・うへへ』などと言って、羞恥と怒りで顔を真っ赤にした眷属達に連れて行かれるのだった。

 

紆余曲折あり、【イシュタル・ファミリア】解散後に、アイシャ・ベルカは【ヘルメス・ファミリア】にサンジョウノ・春姫が、そのアイシャ・ベルカから女神アストレアに直談判し【アストレア・ファミリア】にて保護というていではあるものの、迎え入れることになった。もっとも、そのアイシャ・ベルカは何かと【アストレア・ファミリア】の本拠に入り浸っていることが多いのだが。

 

 

「あ、あの・・・命さん、頭を上げてくださいお願いします」

「命ちゃん、やめて、お願いだから・・・」

「し、しかし・・・!?まさか、あの日、後ろにベル殿がいたことに気づかないどころか・・・どうするべきか思い悩んでいる内に【イシュタル・ファミリア】がベル殿によって消されていただなんて!?」

「命さん、言い方ァ!」

 

現在、【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭に、【タケミカヅチ・ファミリア】がやってきており、同郷の友人との再会を涙ながらに喜んでいたのもつかの間、春姫から事情を聞いた命が再び土下座をしてしまったのだ。それはもう、勢いよく。

 

「と、とにかく、土下座はやめてください!ことあるごとにされてたら、困るんですぅ!」

「そ、そうでございます!」

「こ、これからは好きなときに会えるんですから、気にしないでください!!表としては【ロキ・ファミリア】がしたことってなってるんですから!」

 

やれやれという顔で、そんな眷属達のやり取りを眺めるタケミカヅチも、春姫には念のためにと質問をする。

 

「春姫、お前は本当にいいのか?お前が望むなら、極東に帰してやることもできるぞ。まぁ、屋敷には戻れんだろうが・・・・俺達の社に行けば、女神(ツクヨミ)達が泣いて喜んで迎えてくれるはずだ」

「ありがとうございます、タケミカヅチ様。ですが、私は大丈夫です。」

胸に両手を添え花のように微笑むと、タケミカヅチはぽりぽりと頭をかいた後、うむと笑みと共に頷いた。

「わかった。これからはいつでも遊びに来い」

「はいっ」

 

『春姫ー尻尾がベルに絡まってるわ!』とペシン!と叩かれては『コンッ!?』と飛びのく春姫を皆が笑っていた。

 

女神アストレアからの『この子を眷属として、迎え入れることになったから、みんな仲良くしてあげてね』発言から数日。女神イシュタルが送還されたことで、改宗をおこない新たに女神アストレアの恩恵を刻んだ春姫は、全員の前に呼び出され今後の話をすることになったのだ。

 

 

■ ■ ■

 

「それで、まぁ、アストレア様が決めたのだし今更追い出すなんてするつもりはないけれど・・・前の派閥ではどうしてたの?」

「ええっと、通常の探索や『遠征』にも参加していました。・・・けれど、カーゴに押し込まれて運ばれるか、何もせずに守られるかのどちらかでしたので・・・」

「まぁ、このステイタスを見る限り、魔力以外はヘナチョコですからねぇ・・・」

「輝夜、足を開いて座るのはよくないと思うわ」

「ベル、こっちに」

「え、えぇ・・・」

 

話し合いの結果『強力な妖術があるのに、何もしないのはもったいない。』となり、サポーター兼妖術師として、時折ダンジョンにつれていき、基本的にはホーム内での雑事などを手伝わせるということになった。

 

「あ、あの、本当に私はベル様のお部屋を頂いてよろしいのですか?」

「まぁ、ベルあの部屋使ってないし・・・ほとんど何もないでしょう?」

「は、はい、ですが、それではベル様はいったいどちらで眠られているのですか?」

「「アストレア様の部屋」」

「ほぇ?」

 

目が点になる春姫さんに、団長であるアリーゼが耳打ちで事情を説明する。

曰く『ベルの取り扱いについて』ということだ。さらに、『あなた、よくない教育をされてないかしら?あの発言は目を瞑るけれど、気をつけて頂戴』と釘を刺す。

フッ、新参者の小娘め、そう簡単に私のベルはあげないわ!という魂胆が見え見えである。

 

「それで、あなたの教育係・・・は、輝夜にしてもらうことにしたわ。ダンジョンに関してはライラがいいかしら」

「はぁ!?おい団長、それはどういうことだ!?」

「だって、同郷の方がやりやすいかと思って。」

 

大丈夫大丈夫、すぐ仲良くなれるわ、フフン!とドヤ顔で言ってのける団長に眉にしわを寄せる副団長、オロオロする狐の図。

 

「というより、春姫、あなた、よくない教育を受けすぎではないかしら?」

「えぇ、そうでございますか?アイシャさんは、『こう言っておけば丸く収まるよ』と仰っていたのですが・・・」

「はぁ~・・・・」

 

 

初対面での『夜伽』発言。それによって、【アストレア・ファミリア】の眷属達はそれはもう、混乱した。ガチの娼婦が入ってきたと思ったのだ。ベルは姉達全員に詰め寄られた『何外で女ひっかけてきてんだ』と。割とガチで。だがしかし、初対面から、改宗するまでの数日の間に起きた出来事――『湯船に浸かっていたベルに気づかずに、当たり前の様に話していたら、それは実はベルだった。』と風呂場で目を回して倒れ、主神室に挨拶をしに行ってみれば『浴衣姿でだらけて寛いでいるベルがいて、鎖骨どころかお腹まで見えてしまい』目を回して倒れ『着替えているところに出くわしてしまったり』『ステイタスを更新している最中だったり』・・・というハプニングがあり、つまり、ベル以外の眷属達は怪しんだのだ。

『あれ、これ、おかしくね?これで娼婦ができるの?おかしくね?』と。アリーゼは、生唾を飲み込み、春姫を抱きかかえ、ベッドの上に転がし、気絶しているのをいいことに脱がし、確認した・・・そして、リューに『麗傑にも聞いてきて!』と言って指示を出して、そして、『うん、この子、生娘ね!』と言ってしまったのだ。アストレア、ドン引きである。

 

 

「―――エロ狐の世話だと?勘弁してくれ、頭が痛くなるぞ」

「どうかしたかしら、輝夜?」

「いや、なんでもない。とりあえず、あれだ。わかった、面倒を見てやればいいのでございますね?」

「ええ、お願いするわ。【麗傑】からの話では、戦闘はからっきしらしいから・・・まぁ、とりあえず身の守る程度のことはできるようになって欲しいわ」

「は、はい!頑張ります!」

 

 

■ ■ ■

 

数日振りの本物のダンジョン探索。

先日のような、人工のダンジョンではない、天然もののダンジョン探索だ。ん?そもそもダンジョンってどうやってできたんだろうか。あれは天然の物でいいのだろうか・・・・。そんなことを女神様に聞きでもしたら、『ダンジョンに何を求めているの?ダンジョンはダンジョンよ。ダンジョンに何を求めているのダンジョン』などとバグり出すに決まっている。というか、そんなアストレア様なんて僕は見たくない!

相変わらず僕は、待ち合わせしている間、バベル前のベンチに座って日向ぼっこをする。時折手を振ってくる冒険者達や売り子さん達に手を振り返しては、目を瞑って過去の思い出に浸る。天気のいい日はよく2人で手を繋いで歩いたなーとか、そんな他愛もないことを瞼の裏に映して時間を潰す。

 

暗い場所を見ると【黒い神様】がいるような気がする――というのも、気にならないように、気にしないようになってきたけれど、それでも時々、アリーゼさん達に『誰もいないところを見つめるのをやめなさい』と注意されるあたり、無自覚で反応してしまっているのだろう。戦争遊戯から2回も【ディア・エレボス】を使ったけれど、何と言うか、負担が大きくなっているような気がして仕方がない。なんというか、使った後はよくうなされているらしい。起きたときには寝汗はすごいけれど、何を見ていたかなどスッパリ忘れてしまっていて、だけど、誰かの言動を真似してしまっていたりということが多々起きている。僕自身、その言葉をいつ、誰に教わったのかわからないことがあるほどだ。アストレア様は黒い魔道書のことを調べているけれど、分からずじまいで『使えば綺麗さっぱりまっさら』になってしまうはずの魔導書は、逆にビッシリと黒くインクのようなもので染まっていたらしい。魔導書に詳しい人やリヴェリアさん達魔導師に聞いて回ったりしているらしいけれど、それでも分からずじまい。一体、誰が作ったんだろうか。

 

 

「いたいた!おーい、ベルくーん!」

 

そんなことを考えていたら、約束の時間が来てしまったらしい。アーディさんとティオナさん、ヴェルフ、そしてリリがやってきた。今日は僕と保護者のリューさんをいれてこの6人で探索をする。目的は、僕の到達階層の更新を含めたちょっとした小遠征。24階層?ナンノコトデスカ?ティオナさんは『精霊の分身』でウルガが壊れてしまったとかでとにかくお金がいるらしく、『ベルと一緒にいたら、なんでかわからねえが魔石の純度とか高いの落ちるぜ』と何の気なしに言ったヴェルフの言葉を信じて同行することになった。カナリアとは違う、僕の魔法を使っても砕けない武器について聞いてみるも『色々と試したが結局のところヘファイストス様が作ったナイフと同じ形に落ち着くことになってしまう』ということらしく本人としては真似事をしているようですっきりしないらしい。

 

「じゃあ、アルゴノゥト君、よろしくね!」

「はい、ティオナさん。でも、ファミリアの人たちはいいんですか?それにその、【テルスキュラ】の人たちが来てるんじゃ?」

「あーみんなやることあるみたいなんだけど私はローンが優先かなー。だから、大丈夫!それに、バーチェたちは、丁度ラキアが攻めてきたから遊びに行ってる!」

「な、なるほど」

 

『とりあえず、18階層まで行って休憩を取った後に20階層を目指しましょう。』ということでダンジョンへと潜っていく。気がかりなことと共に、僕達は穴の中へと潜っていく。

 

「そういえばベル、お前さっき【悲観者】と何話してたんだ?」

「ん?カサンドラさん?えっと・・・なんか、『大樹の中にて、異形の同胞との再会が果たされる。覚悟せよ、緑肉は降り注ぎ少女の歌が響き渡る、それなるは汝に降りかかる試練なり』って言ってたよ」

 

そう、戦争遊戯の後、カサンドラさんは友人のダフネさんと【ミアハ・ファミリア】に入ったらしい。

そして何度か交流はあったんだけど、今日はベンチに座っていると何か焦った顔でカサンドラさんがやって来て、そんな夢のお告げがあったから気をつけて欲しいと忠告してきたのだ。ダフネさんは気にするなとは言っているけれど、なんていうか、『異形の同胞』なんて言われたら昔のことをつい思い出してしまった。今の今まで、オラリオにいてそんな話が出た事がなかったから、すっかり考えることを忘れていた。

 

「『異形の同胞』ですか?うーん・・・【ガネーシャ・ファミリア】のアーディさんなら何か知っているのでは?」

「さ、さぁ?」

「怪しい」「怪しすぎるだろ・・・」

 

そんなカサンドラさんの夢のお告げを、みんなで考察しながら、僕たちを無視するモンスターを適度に倒しては18階層を目指していく。ティオナさんに関しては何やらずっとブツブツと独り言を・・・

 

「あぁ!!思い出した!!」

 

迷宮内で、ティオナさんの大声が轟いた。

その音に気づいたモンスター達が『なんじゃワレ、いつからおったんじゃ!?おおん!?』と言わんばかりに襲い掛かってくる。

 

「ちょ、ちょっとティオナさん!?」

「大声ださないでくださーい!!」

「リリルカ、あなたは私達の輪の中に!」

「ああ、くそ、ふざけろ!」

「ご、ごめーん!!」

 

あ、焦った・・・僕以外の大声でも反応はするんだ。いや、今まで黙ったまま進んでたから気が付かなかったけど、そっか、気づくんだ。アルミラージにライガーファングにミノタウロスやら周囲にいたのが来たものだから流石に驚いた。

 

「ベル・・・ごめんなさい。」

「ど、どうして謝るのリューさん?」

「あ、あなたの同胞を・・・アルミラージを・・・」

「同胞じゃないからぁ!?」

 

え、何!?『異形の同胞』ってアルミラージだったの!?違うよね!?再会する以前に気が付いたら倒されてたけど!?ていうか、リューさん、首が折れてぐでんとしたアルミラージを持ち上げて見せてこないで!?

 

「そ、それで・・・ティオナさんどうしたんですか?」

「あ、うん。ちょっと『異形の同胞』っていうので、御伽噺のことを思い出してさー」

 

『いやほんと、大声出してごめんね。まさか、モンスターが寄ってくるとは思ってなかった』と言って頭をかきながら謝るティオナさんにジト目をしながら、魔石を回収していくリリが『どのような御伽噺なのですか?』と質問する。

 

「えっとー確かー、いつから置かれるようになったのかは分からないんだけどさ、筆者不明、内容は同じだけど装丁はバラバラ、だけど変に人気があるんだよねぇ」

「僕の知らない御伽噺?アーディさんは知ってます?」

「知ってるよー。確か、4年前くらいかな?出始めたのは。確か内容は―――」

 

 

【小さな村に、小さな少年と翼を持った女がいた。彼女は少年に命を救われ、村人にその存在を許され、共に火を囲み、歌い、踊った。少年は聞いた『お姉さんの願いは?』と翼を持った女は同じく聞いた『少年、あなたの願いは?』と。】

【女は答える『このどこまでも澄んだ青空を自由に、泳ぐように飛び回りたい。世界を知りたい』と。少年は答える『ずっと今日のような楽しい日々が続いて欲しい』と。2人は笑い、握れぬ翼を少年が握り踊るのだ。】

【火はいつまでも暖かく燃える。村人は歌う。女もその美しい声を持って歌う。いつまでもいつまでも】

 

「それで、結末は?」

「確か――最終的にどこかに旅立って行っちゃったんじゃなかったかな。複数結末があって、原典がわからないんだよね。でも、悪い話じゃないって私は思うよ。ガネーシャ様も『これはガネーシャだぁぁぁぁぁ!!』って言ってたし」

「なるほどわからん」

「翼を持った女・・・かぁ。」

「で、それが『異形の同胞』とどう関係があるんだよ」

「いや、挿絵の少年の見た目がね、似てるんだよね。アルゴノゥト君に」

「うーん・・・・確かに、村にいたけど・・・」

 

 

「「「いたのかよ」」」と突っ込まれて、いつのまにか18階層に僕達は辿りついてしまう。

『喋るモンスター』について知っているというか、僕から聞いてるのはファミリアの人たちくらいだけど・・・・オラリオの人が知ったらどう思うんだろうか。やっぱり、おかしいって思うんだろうか。それにしても、今日の18階層――リヴィラは騒がしい。

 

「どうかしたんでしょうか?」

「また殺しとか勘弁してよねー」

「縁起でもないこと言わないでくださいティオナ様!!」

「アーディ、少し話を聞いてきます。ベルといてあげてください」

 

リューさんがリヴィラのボールスさんの元に行き5分ほどで帰ってきた。

というより、面倒ごとに巻き込まれたような顔をして帰ってきた。

 

「リューさん?どうしたんですか?」

「はぁ・・・【冒険者依頼】です。」

 

曰く、『炎鳥が19階層で大量発生している。【疾風】、他にもいるなら手を貸せ」ということらしい。

ダンジョンでは特定のモンスターの大量発生が不定期ながら往々にして起こり、異常事態の1つとして観測される。今回確認された『ファイアーバード』は19階層から出現する希少種の一種で、名の通り火炎攻撃を行う鳥型のモンスターだ。19階層以下の層域『大樹の迷宮』を度々火の海に変える厄介なモンスターらしく、安全階層である18階層に進出すると空を飛び湖畔に存在する街にも被害を出すらしい。迷宮の宿場町を経営する上級冒険者達は燃やされたら堪ったものではないと駆除に乗り出すところだった。故に、討伐に協力して欲しいと、18階層を通りかかった上級冒険者に軒並み声をかけていたという。

 

「ベルやリリルカ、そしてヴェルフはまだ行ったことのない階層だ。だから、強制するわけにはいかない。最悪、私と【大切断】で行こうかと」

 

無論、サラマンダーウールのローブをリヴィラが前報酬として準備しているし、報酬も良いですが。と付け加えられると、リリは目の色を変えて『参加するべきです!』と言い出す。いや、その、目が怖いよ。

 

「リューさん、僕も行く。」

「―――いいでしょう。貴方は初見の階層だ。罠や毒を使ってくるモンスターも出てくるので十分注意するように」

「はい!」

「よろしい。では、行きましょう。アーディ、ベルのサポートをお願いします」

「うん、わかった」

 

 

 

 

僕達は、さらに進んで行く。

18階層から19階層―――【大樹の迷宮】へと。

 



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ハッピーバースデイ

 

 

「前方から5、右3、左2来ます!ベル様、アーディ様は前に!ティオナ様は右、リュー様は左をお願いします!ベル様は『誘引』はなしでお願いします!危険なので!」

 

『間違っても魔剣で『大樹の迷宮』を火の海に変えないでくださいねヴェルフ様!』とリリが指揮の最後に忠告を入れる。

 

「俺をなんだと思ってんだリリ助!?」

「クロッゾですが何か?あ、ベル様、エイナ様から聞いてるとは思いますが、『毒系統の魔物や罠』、ダークファンガスなども出現するので気をつけてください。ベル様対異常持ってないんですから!」

「わかった!」

「ああ、そうだったな!だが一緒にするんじゃねぇよ!おい、【疾風】、その目をやめろ!哀れむんじゃねえ!」

「い、いえ、決してそのつもりは。ただ、『先祖達のやったことでここまで言われるのか』と思っただけで・・・」

「それが哀れんでるって言ってんだ!」「それが哀れんでいると言うんです!」

「な、何故リリルカまで怒っている!?」

 

キーキーキャーキャーと騒ぐ3人を他所に、僕はアーディさんと前方の炎鳥(ファイアーバード)を両断していく。

ティオナさんはウルガをブンブン振り回して、刺身よろしく3体の炎鳥(ファイアーバード)を捌き、リューさんもまた木刀で倒していく。

 

「アーディさん」

「ん?どうしたのベル君」

「リューさんのあれって木刀ですよね、何でモンスターを両断できるんですか?」

「えっと、【アルヴス・ルミナ】ってやつだったかな。リオンの故郷の大聖樹の枝を素材にして造ったらしいよ」

「木刀ですよね?」

「木刀だねぇ」

 

木刀で両断できるものなんだ、すごいなぁリューさんは。今度平行詠唱教えてもらおうかな。

 

「ベル様!可能な限り、探知もお願いします!」

「えっと・・・リリの後ろに何体かいるみたい!」

「えっ・・・ちょっとぉぉぉぉ!?ヴェルフ様!お願いします!」

「任せろ!―――オラァ!」

 

リリの後方からやってくる複数の炎鳥(ファイアーバード)をヴェルフが大剣でなぎ払い、『氷の魔剣』で一掃する。なるほど、これなら『大樹の迷宮』も火の海にならずにすむとリューさんが言葉を漏らす。

 

「魔剣ってすごいなぁ・・・」

「ベル君、集中ぅ!」

「むぐぅ・・・ほっぺをつままないでくださぁい」

「ベル君って集中が途切れると『探知』が駄目駄目だよね。ほら、前からいっぱい来てるよ。あれ10はあるんじゃない?」

「じゃ、じゃあ、えと、魔法使います!」

「うん、よろしい!」

 

『行っておいで!』と背中を叩かれて僕は大木の枝を足場に炎鳥(ファイアーバード)の頭上に飛び上がって真上から魔法を浴びせる。

 

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

 

 

■ ■ ■

 

あらかた討伐し、ルームを見つけた僕達は、休憩を取る事にした。

リリはドロップ品や魔石の確認。ティオナさんはルームに傷を作りヴェルフは武器の整備を。

 

「ベル、念のために、炎鳥(ファイアーバード)の探知は可能ですか?」

「個別では無理だよ。でも、えっと・・・・うん、もういないと思う。どれもほとんど動きが遅いモンスターというかほとんど同じ位置にいるし」

「では、依頼は終わりですね。」

「どうする?グレートフォール覗きにいけるとこまで行く?」

「うーん、今19階層でしょ?もうすぐ20階層だから、そこは行くとして・・・」

 

さすがに25階層まで行くのはまずくない?とティオナさんの提案にアーディさんがやめておこうと促す。『じゃあ、24階層に行って『木竜』見に行ってみるとか?宝石とか取れたら儲かるんだけど・・・』という言葉にリリがものすごい速さで反応したけど、理性が危険だと判断したのか、『ぐぬぬ』と言いながら拒否した。

 

「リリ、お金に困ってるの?」

「ベル様、直球すぎです」

「ベル、お前言い方・・」

「ベル、貴方はそもそもお金の管理すらしていないではないですか」

「え、何、ベル君って財布の紐握られてるの!?」

「アルゴノゥト君って普段買い物してるとこ見ないねそういえば」

 

総攻撃である。何コレ、ホームでお姉さん達に弄られる以外でここまで言われるなんて僕知らない。で、でもいいのだ。アストレア様曰く『ベルの貯金はもう既に働かなくても普通に暮らしていけるわ。だってザルドの遺品もあるし』ということなのだ。だけど僕は冒険者を続けている。私腹に肥えた『ギルドの豚』とエイナさんが言っていたギルド長とは違うのだ!

 

「ベル君今、『ギルドの豚とは違う』って思ったでしょ」

「バレてる!?」

「おこちゃまの考えなんてお姉さん達には見え見えだよ~ほれほれ~」

「ひゃひぃ!?ア、アーデッィさん、横腹つつかないでぇッ!リュ、リューさん助けてぇ!?」

「ベル・・・女性に『お金に困ってるの?』という言い方はいけない。お仕置きです」

「何で混ざるの!?」

 

ダンジョンの中で撫でくり回される一匹の白兎。哀れ『口は災いの元』というとある極東の神に教えられたというのにすっかり忘れていた。今度お詫びにジャガ丸君買いに行ってあげよう。そう思う僕だった。

 

 

「それでリリルカ、実際どうなのですか?【ヘスティア・ファミリア】はそんなに困窮していると?今回の依頼も別に無理して受ける必要はなかったはずです」

「いえ、生活そのものは問題ないんですけど・・・ええっとですね、ベル様の戦争遊戯のあと、旧アポロン・ファミリアのホームをヘスティア様が貰い受けてダイダロス通りで孤児院を営んでいたマリア様と話し合って一緒にやらないかってことになったみたいでして」

「ええっとつまり、旧アポロン・ファミリアのホームは、現在ヘスティア・ファミリアのホーム兼孤児院ってこと?」

「その通りです、アーディ様。デメテル様や心優しい神様達が食材などを分けてくださるのですが・・・・『神会に行ってくるから、君達楽しみにしているんだヨ!』とか言ってバックパックにタッパをコレでもかと詰めていく醜態を・・・」

「あーなんかこの間ロキが言ってたなぁ。それ。『あいつどんだけ余裕ないねん。それでウチの自棄酒に付き合うとかなんやねん。善神なのか貧乏神なのかどっちかにせえや』って」

「なので、好意に甘えてばかりではまずい・・・いえ、醜態を晒されてはまずいと思いまして、とにかくお金を稼いで『金に余裕がある』と周囲に示さなくては。と」

「苦労してるんだな、リリ助も」

「ええ、ついこの間ラキアが攻めてきた時なんてまんまと誘拐されてましたし。ベル様、その節はありがとうございました。」

 

ひたすら横腹をつつかれ、撫で回されて疲れ果てた僕はチラチラこっちを見るリューさんを他所にすっかりアーディさんの膝を枕に横にさせられ、【ヘスティア・ファミリア】の現状を聞かされる。

戦争遊戯で女神様達が「全財産没収」「ファミリアは解散」「オラリオから永久追放」「鬼ごっこしようぜ、私が鬼な!」「月夜に気をつけろ」とフルボッコ、確かにファミリアは解散し、それでも付いていくと忠誠を誓う眷属達はアポロン様についていき、旧アポロンファミリアのホームはどうするかとアストレア様が僕に聞いてきて僕はつい言ってしまったのだ。『ヘスティア様が相談に乗ってくれたのと、ダイダロス通りの孤児院がちょっとボロボロになっていて安い所がないかあったら紹介してくれ。って言ってたので、あげてください』と。ヘスティア様、大喜び。しかし眷属は未だ1人。リリは嘆いた「維持費ぃぃぃぃ!!!」と。

さらに、ヘスティア様はじゃが丸くんの材料を取りにオラリオの市壁の外に出た際にアレス様に拐われ、それをアイズさんと一緒に探しに行ってなんやかんやあったのだ。

 

「ベル様もよくそんな簡単にあれほど広いホームをあげようと思えましたね。【アストレア・ファミリア】のホームをあそこに移すという手もあったでしょうに。」

「うーん・・・今の方が僕は好き」

「ご自分の部屋も持てますし、【ゴブニュ・ファミリア】に頼めば改築してもらうことだって可能でしょうに。それこそ、輝夜様の故郷である極東のお風呂を再現するのだって・・・」

「・・・・・」

「ベル、今少し悩みましたか?」

「極東のお風呂、ちょっといいなぁ・・・って。檜風呂?って言うんだっけ?木でできてる。前に輝夜さんが言ってた」

「もう返しませんよ?」

「―――別にいいデス。今が丁度いいのは本当だから。」

 

そう、今ので丁度いいのだ。第一、僕は自室があっても使ってないし。今は春姫さんが使ってるしネ!極東のお風呂に少し憧れるけれど、慣れているものの方がやっぱり良かったりするし・・・・うん、今のままでも問題ないはずだ。ヘスティア様には『君は神か!?』と言われたけれど、神は貴女ですヘスティア様。だからリリのためにも『じゃが丸君の神様』から『バイトの神様』さらには『タッパの神様』と実績を解除していかないでください。

 

「まぁ、そんなわけで少しでも懐を暖めておきたいわけですよ。」

「団員の方はどうなんだ?勧誘とか」

「うーん、難しいですね。リリはサポーターですし、あえて言うなら孤児院の子たちが将来的に入ってくれたら・・・とは思いますけど」

「まぁ、先は長そうだな」

「ええ、長いです。学区に行きたいという子もいますし。【ロキ・ファミリア】に入りたいって言っている子までいますし。孤児院の子たちの口から【ヘスティア・ファミリア】の名前が出ないものですから眠っている子供達の耳元でヘスティア様がファミリアの名前を連呼する始末ですし」

 

全員でうわぁ・・・という顔になる発言である。それはある意味洗脳なのでは。

 

「それより、ベル様はいつまでアーディ様に膝枕されているんですか?」

「僕のスキル、意外と疲れるんだよ?」

「常に反応を感じてるの?」

「常にっていうわけじゃないですけど・・・・一定間隔で波が出てるみたいな感じと言いますか・・・」

「ベ、ベル、私の膝、開いてますよ」

「リオンちょっと大胆になったよね」

「き、気のせいです」

「ぎゅってしていい?」

「だ、駄目です、あ、やめなさい!?ベル、何故あなたまで混ざる!?い、いけない!いけないことだ!」

「おい、乳くりあうんじゃねぇ!!」

 

 

話題は変わって今度はティオナさんに矛先が向かう。

【ロキ・ファミリア】の現状はどうなのだ?と。

 

「ティオナさん、アイズさんにお酒飲ませたらダメですからね」

「えっ、なんで?」

「殺されますよ」

「えぇ!?」

 

あの竜信仰の村に滞在した時に、間違えてお酒を飲んだアイズさんが暴れて、それを止めようとした僕は周りを巻き込みかねなくてろくに反撃も出来ず、結果、酔ったアイズさんに泣かされたのだ。

 

 

 

「リーネさん、元気ですか?」

「うん、すっかり元気だよ。まぁ・・・この間の一件で、助からなかった子もいるからリーネ達が助かったのは奇跡みたいなもんだよ。ありがとね、アルゴノゥト君」

「・・・えへへ」

「フィンも無事に退院したし、次は『呪詛』対策と『鍵』がいるって言ってたかなぁ。アルゴノゥト君がラウルに渡したのが1つ、18階層で回収したのが1つ。【イシュタル・ファミリア】の人が持っていたのが1つで合計3つ。」

「足りないだろうねぇ」

「うん、フィンもせめて複製できたらって言ってた」

「・・・ベルに扉をすべて破壊してもらうというのはどうですか?まぁ、誰かがついてあげなくてはいけませんが。」

「ティオネもその案を出したけど、『少なくとも中層までの深さがあるのに、それを1人でやらせるのは無理がある』って却下されてたよ」

 

アストレア様が手甲に填め込んだ鍵をそのまま、ラウルさんに渡したんだけど、鍵だけを外そうとしたら『ぬ、抜けなくなってるっす。どんだけ押しこんだんすか?』と逆に問いただされて、アストレア様に無言で尋ねると『てへっ』をされてしまった。許せた。

 

「ラウルさんって・・・・」

「ん?どうしたのアルゴノゥト君」

「たまに格好いいですよね。【――これが『冒険』。気合を入れろ。剣を握れ。声を奮わせろ。ここで本当の冒険者の真価が問われる。】って」

「えっ!?そんなこと言ってたの!?いついつ!?」

「あの迷宮を出たあとに、アキさんが教えてくれましたよ?」

 

聞いた話ではスキルも魔法もないのにLv4。それでいて、本人曰く『全部二流止まりだったっすけど、人並みなら武器を何でも使えるっすよ』と言っていたのだ。何それ凄い。むしろ何でそれでスキルが発現しないの!?

 

「ベル、一度組み手をしてみては?」

「フィンさんが駄目だって言ってたよ」

「【勇者】が?理由は?」

「アイズさんが僕に組み手をしようって言ってきたときに、僕がアイズさんの戦い方を真似したから。」

「・・・・そうだった。たしか蹴りは【凶狼】の足技を真似しているんでしたね。」

 

『アルフィア・・・さすが貴女の血縁です』と天井を見上げてリューさんは言った。

でも、そんな僕を見ていたフィンさん達が言うには『所詮は子供の真似事レベルでしかない。アルフィアと比べてはいけないけれど、あれは『完成』させてくるのに対して、君は『真似』しているだけ』ということらしい。それでも敵に回したら厄介だと苦笑された。

お義母さんはやっぱり、すごく強かったんだなぁ・・・僕の前では、魔法しか使っているところしか見たことがないけれど。

 

「ベル君、遠いところを見る目をしてるよ?」

「・・・ごめんなさい、ちょっと」

「すいません、ベル。思い出させてしまいましたか?」

「平気」

 

少し、お義母さんのことが恋しくなってきてしまって、でも、そんな顔を見られたくなくて膝枕をしてくれているアーディさんのお腹のほうに顔を向けて隠す。アーディさんはそんな僕に何も言わず、ただ頭を撫でてくれる。頭を撫でられるの、好きだなぁ・・・。

 

「アルゴノゥト君のお義母さんってどんな人だったの?」

「とりあえず、ベルと同じ魔法を使っていましたね。正確にはベルより強力でした」

「まじか」

「一緒にお風呂はいってたらお爺ちゃんが覗いてきたり、一緒に入ろうとしてきたりして、そのたびに家が吹き飛んでた。あと、一緒に寝てるときもお爺ちゃんがベッドに入ろうとしてきてまた吹き飛ばされてたよ」

「よく死ななかったなお前の爺さん」

「厳しいし五月蝿くしたらデコピンで気絶させてくるけど・・・・優しかったよ。何でいなくなっちゃったんだろう

「ベル・・・・寂しいですか?」

「ちょっとだけ」

「地上に上がれば、今はアストレア様も私たちもいる。だから、大丈夫ですベル。」

「・・・・・うん」

 

少しというか、僕が泣きそうな声をしてしまったせいで空気を暗くしてしまった。

こういうときの対処法を僕は知らない。知らないから、おろおろしてしまって、アーディさんの顔を見上げたり、リューさんを見上げたりしていると、武器の整備が終わったヴェルフが手を叩いた。空気を入れ替えるように。

 

 

「うっし。ベル、次の武器、やっぱりお前の【星ノ刃】と同型にするぞ!」

「・・・・へ?」

「真似するような感じがするが・・・まぁ、カナリアはこういう入り組んだ場所じゃ使いにくいからな!なら双剣スタイルを視野にいれるべきだと俺は思うぞ」

「ふむ。では、素材に【オブシディアン・ソルジャー】の体石を使うというのはどうでしょう?この子は魔法の中に飛び込んだりとたまに危ないことをしますから、『魔法』の効果を減殺させる黒曜石を混ぜれば・・・と思うのですが」

「なるほど・・・じゃぁ、それプラス、ミノの角だな。まだ残ってるし。楽しみにしてろよ、ベル」

「う、うん!」

 

『ベル、チョロイな~あんな泣きそうな顔してたのに』

そう真上から聞こえた気がしたけど、ナンノコトデスカ?アーディさん?僕は泣いてませんよ?泣いてないったら!

 

 

 

「そういえば、最近、オラリオにアマゾネス増えてますよね。どうしてですか?」

「カーリーがロキを怒らせたから。」

「へ?」

 

ティオナさんが言うには【闘国(テルスキュラ)】のアマゾネスたちがメレンに来ていて、それもイシュタル様が呼んだらしく、まぁ、メレンで色々あったらしい。アーディさんは真実を知っているのか微妙な顔をしていたけど、被害がそれはもうたくさん出てしまって『損害賠償、全額払い終わるまで帰れると思うな!』とギルドから沙汰が下されたらしい。

 

「逃げないようにちゃっかり船沈めてたしね」

「何それ怖い!」

「そういえば、この間【重傑】がアマゾネスに群がられていましたね。【勇者】に関しては、セーラー服なるものを着たアマゾネスがその、こ、子作りを迫っていました」

「ハーレムってすごいね、リューさん」

「ベルが言えたことではありませんよ」

「リオン、顔真っ赤だよ?」

「き、気のせいです!」

 

 

そんないろんな話をしていると、僕のスキルに唐突に、今までとは違う反応が流れてきた。

 

 

 

「――――っ!?」

 

「ベル君、急にどうしたの?」

 

僕はそんなアーディさんの声など露知らず、走り出す。引っ張られるように、導かれるように。

 

「待ちなさい、ベル!」

「ベル様!?」

「どうしたってんだ!?」

 

 

■ ■ ■

 

ビキッ、と迷宮の一角で壁面に亀裂が走る。

 

「――――」

 

それを見つめるのは、僕。

 

「ベル君、急に走っていっちゃ駄目だよ」

「一体どうしたというのです?」

 

その亀裂は普通に考えれば、新たなモンスターが産まれ落ちようとしているのだと理解するはずだろう。

 

「おい、モンスターが産まれるんだろ、離れろベル」

「大丈夫・・・」

 

ビキリ、ビキリ、と音を立てて壁面を破り、最初に現れたのは、青白い肌の腕だった。

 

「ベル、離れなさい」

「なになに、どうなってるの?」

 

腕の次に肩、首、頭部、さらには一気に上半身と下半身が出て、地面に落ちた。

 

「人・・・?いや、人型のモンスター?リオン、知ってる?」

「い、いえ・・・・知りません」

 

それは四肢を持ち、女性を彷彿させる滑らかな曲線を描く人型の体躯。肩や腰を始めとした部分的に生えわたるのは無数の鱗。

 

「鱗・・・竜種とか?」

「リザードマンの亜種か?」

「亜種にしては、違いすぎませんか?鱗がなければ『人間』と間違われますよ」

「だよな」

 

頭部から伸びる青銀の長髪を揺らし、倒れ伏した体勢から、ゆっくりと顔を上げた。

 

「額に・・・紅石・・・・【竜女(ヴィーヴル)】?」

「待ってくださいアーディ。竜女(ヴィーヴル)にしては、見た目が違いすぎる。下半身は確か、蛇のような・・・ラミアのような姿だったはずだ」

 

そのモンスターは、虚ろな瞳で辺りを見回し、樹木で塞がれた天井を見上げる。

細い喉が、震えた。

ベルが、震えた。

 

 

「・・・ここ、どこ?」

「・・・『ヒト』だ」



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竜の娘

現在のヘスティア・ファミリア:旧アポロンファミリアホームをベルから貰って孤児院を運営。

カーリー・ファミリア:メレンでの損害賠償を支払い終わるまでギルド、ロキの監視下。




 

 

「まさか、『喋るモンスター』が本当にいるとは・・・・」

「普通のモンスターの嫌な感じ、しないね」

「というよりもう、別モノって感じだろ」

「ベル様?ベル様にはその方がどう見えているんですか?」

 

 

「・・・・ヒトだよ。僕たちと同じ反応」

 

目の前で生まれた、どこか僕たちとは姿が違うモンスターを前に、全員が固まっていた。そのモンスターは醜悪な人型のモンスターとも一線を画していて、僕たちからかけはなれた外見も、ここまでくるといっそ神秘的にすら感じられる。全員が、人にもモンスターにも似つかわしくない存在に、簿僕は生まれた瞬間を目撃したことに対する驚愕と、僕とアーディさん以外は喉をかすかに引きつらせていた。

 

竜女(ヴィーヴル)・・・でいいのでしょうか?」

「亜種ってことは?【大切断】、あんたら【ロキ・ファミリア】は59階層までいったんだろ?」

「いや、それでもこんな見た目のはいなかったよ?人型って言っても、セイレーンとかハーピィとか・・・リザードマンもいれたら限りがないけど・・・でも、どれも違うと思うよ?」

「アーディ?何故、黙っているのですか?」

 

難しそうな顔をするアーディさんが視界に入ったのか、リューさんは声をかけた。『何か知っているのでは』と。

 

「うーん・・・私も生まれるところは初めて見るなぁ」

「アーディさん?」

「・・・あー、でぃー?」

「やっぱり、喋れるんですね。言っておきますがベル様?彼女を地上に連れて行くなんて言わないでくださいよ」

「え?」

「当然です、危険すぎます。そんなことをすれば、地上が混乱を起こしますしベル様のファミリアにまで被害が及びますよ」

「うっ・・・」

 

 

『こんな言い方はいけないとは思いますが・・・』とリリは説明してくる。

綺麗な見た目だからと、喋るモンスターだからと地上に連れて行けば、それこそ地上は大混乱。『モンスターはモンスター』であることに変わらず、その存在は人類の敵であることになんら変わらない。ましてや最悪、僕が人型のモンスターに欲情してしまう異常性癖、人物を指す言葉である『怪物趣味』だと疑われ、【アストレア・ファミリア】にまでその矛先が向かいかねない、と。

 

 

「【ロキ・ファミリア】としてはどうなんだ?」

「うーん・・・私も難しいことはわからないけど、干渉するべきじゃないって言うと思う」

 

『私個人としては、嫌な感じがしないし攻撃したくないなー』とティオナさんは続けて、僕は座り込んでいる竜女(ヴィーヴル)とみんなへと視線を行ったりきたりしてしまって、オロオロしてしまう。

 

「アリーゼも、喋るモンスターに関しては、調べてはいましたが成果はなしでした。アーディ、何か、知っているのでは?」

「うっ・・・はぁ、もう黙ってても仕方ないかぁ。この子、いや、正確に言えば『理知を備えるモンスター』のことを、私たちは【異端児(ゼノス)】と呼称してる。」

 

観念したように、竜女の頭を撫でながら説明をするアーディさん。

【ゼノス】――神々の間で『異端』を意味する言葉だ。

正しき系統からはじき出された、異分子。

 

「この子たちには共通した特徴があって、通常のモンスターより高い知能、知性を有していて、何より心を持っている。それも私たちと何ら遜色ない心を。」

 

それは、破壊や殺戮の衝動に支配されない、常軌を逸した『怪物』。

アーディさんの説明に、全員が息を飲む。

 

「【異端児(ゼノス)】の存在がいつから発生したのかはわかってない。でも、この子たちの存在を観測し、接触した私たち・・・一部の者はそれ以後、『保護』という名目で支援を行ってる」

 

「支援・・・ですか?それは、【ガネーシャ・ファミリア】が?それに、一部の者とは?」

 

リューさんの疑問にアリーゼさんは首を横に振り、さらに僕たちを驚愕させる名前を出した。それは

 

 

「【ギルド】、正確に言えば【ウラノス様】と、そして私たち【ガネーシャ・ファミリア】の一部。これは、幹部でも全員が知っているわけじゃない」

 

ギルドの名が、そしてウラノス様の名前が出たこと。それは全員を驚かせるには十分だった。

 

「『人類と怪物の共存』、それがウラノス様の神意だよ。」

 

そんなことは不可能だ。と誰かが言った様な気がした。アーディさんも『うん、実際全然進展してない』と頷く。

モンスターは人類の敵。人類はモンスターを殺し、モンスターは人類を殺す。互いに圧倒的な嫌悪と忌避感を抱き合う人と『怪物』は決して相容れない。下界の住人とモンスターが殺しあうのは運命だ。『古代』、モンスター達が『大穴』より溢れ出てきた時より決定付けられた、宿命だ。彼等には果て無き闘争が定められている。

僕も、冒険者になる前に輝夜さん達に教えられたことだ。『だから、モンスターに安易に話しかけるようなことはするな。でないとお前は死ぬ』とまで言われた。

 

「【異端児(ゼノス)】は本能のままに襲い掛かるのではなく、人との対話を望んでる。爪と牙ではなく、言葉と理性をもって訴えてる。地上に出たい、人間を知りたいって。理性の宿したこの子たちは通常のモンスターにも襲われる。だから、この子たちの居場所は地上にも迷宮にも存在しない」

 

「・・・そのための、【怪物祭】というわけですか」

「そ、モンスターにたいする大衆の抵抗を少しでも緩和させようと、五年前からね。」

 

怪物祭(モンスターフィリア)】ではなく、【怪物との友愛(モンスターフィリア)】。

あくまで布石でしかない。事実、効果が上げられているかと言われればなんともいえない。今年のフィリア祭に関しては、何者かがちょっかいを出してくれたしね。

一通りの説明が終わって、今度はみんなが僕のことを見る。お前はどうしたい?と。

 

「ぼ、僕・・・は・・・・」

 

アストレア様たちに迷惑がかかるようなことは、できない。

でも、見捨てるのは違う・・・。

どうすればいいのか、わからない。そんな僕にリューさんは目線を合わせてくる。

 

「ベル。貴方は既に『モンスターと人の共存』を可能にしていたではないですか。それに、私たちのことは気にしなくて良い。あなたが正しいと思うことをしなさい」

「リュー・・・さん?」

「貴方なりの、『正義』を見つけなさい。私たちは貴方の背を押し、応援します。間違っていたなら、叱ってあげます。」

 

 

『あなたは・・・・どうしたいですか?』とそういってリューさんはそれから先は口を開かず、僕が答えを出すまでじっと見つめてくる。

僕はリューさんの手を握って、見つめて、そして答えた。

 

 

「僕は・・・・この子を、ここで見捨てたくない。『同胞のヒト』のところに、送り届けたい。」

「―――ふぅ。わかりました、では、そうしましょう。リリルカ、【大切断】、そして【不冷(イグニス)】貴方達はどうしますか?ここで引き上げても私たちは構わない。依頼の報告もあるでしょう?」

「リリは、Lv1です。守ってもらわなければこれ以上は進むのは危険かと。それに、バックパックもパンパンになってきましたし」

「ごめん、私も行きたいけど・・・たぶん、これ以上は勝手に判断しちゃいけないと思うからやめておくよ」

「俺は行くぞ。」

「ヴェルフ?いいの?」

「そんな泣きそうな顔してる奴置いて帰れるか。とことん付き合ってやる。」

 

『では【大切断】、リリルカと一緒に地上へ。そして、闇派閥に密輸に関する動きで何か知らないか【勇者】に確認を取ってもらえませんか?リリルカは念のため、アストレア様に帰りが遅くなると伝えておいてください』とリューさんがティオナさんとリリに依頼し、ティオナさんはそれを承諾。リリと一緒に、18階層を経由して地上へと戻っていった。残ったのは僕、アーディさん、リューさん、ヴェルフの4人。

 

「それで、どこに向かうんですか、アーディさん?」

 

 

その質問に、少し間を置いて、アーディさんは指で下を指して答える。

 

 

「20階層」

 

そこに、異端児達の隠れ里があるから。と。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「らあああああああああッ!!」

哮り声とともに繰り出されたヴェルフの大刀が、『マッドピープル』を両断する。流血とともに大甲虫が倒れると、すかさず新たなモンスターが屍を踏み潰し突進してくる。

 

「――はぁッ!」

『ガッッ!?』

 

マッドピープルを始め、ガン・リベルラ、バグベアーなど、前方より押し寄せてくる様々なモンスターをヴェルフとリューさんが軒並み大刀と木刀の餌食にしていく。

 

「ベル君、竜女(ヴィーヴル)が狙われてる、魔法で一掃して!?」

「――はい!」

 

竜女(ヴィーヴル)を守るアーディさんが指示を飛ばし、僕はリューさんとヴェルフより前に飛び出し、回し蹴りでバグベアーを吹き飛ばし、大木を蹴って飛び上がり、空中を飛び回るガン・リベルラの群れの1体を足場にさらに上に飛び、背中からバク転をするように増したにいるモンスターに向かって魔法で一掃していく。

 

 

「――【福音(ゴスペル)】!」

 

ゴーン!ゴーン!と鐘楼の音が鳴り響き、音の暴風で近づいてくるモンスター達を灰へと変えていく。さらに、着地と共に周囲を走り回って熱を持って刀身が白くなった【星ノ刃】でモンスター達を魔石ごと溶断していく。

降り注ぐのは、上空で倒されたモンスター達の灰だ。

 

 

 

「ベル、敵の数は?」

「―――大丈夫そう」

「にしても、ベルのスキルでもここからは狙われやすくなってるな」

「ううん、たぶん、竜女(この子)が狙われてるんだと思う。」

 

 

今の僕ならきっと、戦闘せずに18階層までは余裕で来れるんだと思う。けど、その先・・・19階層より下はまだ初見でモンスター達は僕のことを補足している固体が増えてきていた。そしてなにより、アーディさんが言っていた通り、異端児の竜女(ヴィーヴル)を優先的に狙っていた。

 

「・・・『誘引』したほうがいい?」

「いえ、慣れない場所でするべきではないでしょう」

「ベルっ、すごく、つよいね?」

「・・・そうかな?」

「うんっ、音、綺麗だった」

「うん・・・僕もこの音、好きだよ」

 

まだ数時間もたっていないのに、目の前の異形の女の子はものすごい速さで言葉を覚えていく。アーディさんが言うには、必ずしも異端児全員が喋れるわけではないらしいけど・・・本当に、不思議だ。

 

「もうすぐ20階層に入ります。ベルは魔石ごと破壊していますが、【不冷】、魔石は破壊を優先してください。リリルカがいない以上、邪魔にしかならない」

「ああ、わかってる。」

「魔剣はあとどれくらい残ってるの?」

「ベルが一掃してくれるからな、まだ大丈夫だ。だが、もう少しで1本砕ける・・・はずだ」

「ベル君、念のため、『探知』を広めにできる?」

「・・・・数、多いね。これが普通?」

 

今までの階層より明らかに数が多い気がする。

その疑問はすぐにリューさんとアーディさんが答えてくれた。

曰く、『他の冒険者がいないからでしょう。恐らく、私たちにその矛先が集中している』と。理由は様々だが、あえて挙げるのなら凶悪な冒険者が出現しやすいなど、真夜中から朝にかけて迷宮探索に臨むパーティは総じて少ない。リヴィラをベースキャンプにしている冒険者達もこの時間帯は避けている。地図を確認し別れ道を進む傍ら、少ない獲物にモンスターが寄ってたかるのは道理だと、リューさんは付け加えた。

 

「たぶん、竜女(この子)を一番に狙っているから・・・ベル君のスキルでも襲われる様になっているってのもあるんだと思う。」

 

『今、誘引したらすごいことになるかもね』とジト目で言うアーディさんに『ベルをあまり怖がらせないでくださいアーディ』とリューさんが小突く。それを見て笑う僕たち。パーティの中あいにいる少女を一瞥しつつ、僕は周囲に警戒を払う。意図的に『探知』範囲を広げている間は動きが鈍るけれど、その間はヴェルフ達が僕を守ってくれる。

 

巨大な樹木の内部を彷彿させる階層は押しなべて天井が高い。小さな樹洞がいくつもあり、モンスターがひそむ場所がいくらでもある。通路の横幅も広く、辺りに群生する層域特有の植物はさまよう冒険者を幻惑するかのようだった。赤と青の色をした斑模様の茸、金色の綿毛を四散させる多年草、樹皮の壁から大量に垂れ落ちる蜂蜜のごとき樹液。行き止りの広間には床一面に銀色の花畑が広がっており、自分に絵心があれば絵画の中に閉じ込めておきたいと、そう思うほど美しい光景だった。

 

「この花持って帰ったらアストレア様喜ぶかな」

「ベル君はほんとアストレア様が好きだねぇ」

「ヴェルフはヘファイストス様とはどうなの?」

「・・・ノーコメントだ」

「えぇー」

 

モンスターの襲撃が落ち着き、次の遭遇に警戒しながらも足を進めていると、一本道を塞ぐ、巨大茸の集合体に遭遇してしまった。赤と青の斑模様の茸が群生し、物言わぬ壁を形成していた。

 

「アーディ?」

「うーん、ベル君、わかる?」

「・・・・大丈夫かなこれ。攻撃して」

「これ・・・おかしいね?」

「つまり、あれか。擬態か?」

 

うん。と僕と竜女(ヴィーヴル)は頷いて、ヴェルフが僕に下がるように指示し、僕は『女神のローブ』に竜女(ヴィーヴル)を守るように覆う。僕の『探知』には確かに、反応している。つまり、これが恐らくエイナさんが言っていた【ダーク・ファンガス】なのだろう。僕の魔法で倒せても、毒霧が放射されるような気がして、その考えがわかったヴェルフは炎の魔剣を振るった。

 

昆虫系モンスターと並んで『大樹の迷宮』の代表格である茸のモンスターが繰り出すのは、絶大な効果範囲を誇る毒殺である。

 

『―――!!?』

 

擬態していることがバレて炎に飲まれていくダーク・ファンガス。それでも、タダでやられてたまるかと、死に際に毒の胞子を放出してくる。その毒は『上層』の毒蛾とは比べ物にならない威力で、猛毒の異常攻撃は直撃すれば大型級のモンスターであろうと一瞬で行動不能に追い込む。

 

「っぶねぇ!?」

『~~~~!?』

 

弱点である火炎に包まれ、茸のモンスター達がもがき苦しみながら焼死していく。『クロッゾ』の魔剣のその威力は確かに強力で、モンスターではない巨大茸にも燃え移り勢いを増す炎。あれ、これ、大丈夫かな?

 

「ヴェ、ヴェルフ?」

「し、しらねぇ!?俺はしらねぇ!?」

「ヴェルフぅ!?」

「ベル、リリ助には言うな!!面倒くせえからな!」

「ベル、とりあえず貴方の魔法で燃え上がっている茸を吹き飛ばしてしまいなさい!」

「前からバトルボア来てるよ!」

 

ヴェルフの魔剣で危うく大惨事になりかけるところだった炎上している茸を僕が魔法で吹き飛ばし、リューさんは炎の海から飛び出して体毛を逆立てながら追撃してくるバトルボアを両断。しかしさらにその後ろにはバグベアーを始めとするモンスターの群れが。

 

「リューさん!」

「ベル、任せます!」

 

炎上している茸を吹き飛ばし、引き返す僕はリューさんに声をかけ、リューさんは僕が何をするのか理解し、後ろに飛びのく。僕はリューさんと入れ替わり、モンスターの群れの中に突っ込んだ。

 

 

「―――『来い』!!」

『オオオオオオオッ!!』

 

僕はナイフを鞘に納めてモンスターを真上に蹴り上げ、さらにその前方にいるバトルボアの頭を足場に飛び上がり、真上に飛ばされたバグベアーに掴みかかり落下と共に魔法を唱える。ナイフを持っていないときだけの本来の僕の魔法を。

 

「―――【福音(ゴスペル)】!!」

 

音の暴風は僕を守るように僕を中心に発生。

モンスターの大群を絶命させ、しとめ切れずに行動不能に陥っているモンスターをヴェルフとリューさんが止めを刺した。

 

 

■ ■ ■

 

「へぇ・・・足技に関しては【凶狼】みたいだね。」

「私はたまにベルがベルじゃないように感じて心配になります。」

 

やはりあの黒い魔道書のせいでしょうか・・・・とリューさんは僕を心配そうに見つめる。

僕はマジックポーションを、ヴェルフはポーションで消耗した体力を、魔力をそれぞれ回復しつつ足を進める。

 

「ヴェルフ、毒とかは大丈夫?」

「おう、何とか焼き払えたから問題ないぞ。にしても、お前がいるとやっぱ楽だな。前に18階層に行った時といい・・・便利だ。しかもドロップアイテムで希少な物まで手に入るし」

「『気持ち悪い』って言われたけどね」

「あれは仕方ねえだろ?普通はモンスターに無視されるとかねぇぞ?」

「それは・・・そうだけど」

 

僕は基本的に『1体1』での戦闘をすることがない。上層では『誘引』をしないともう既に戦闘すらできなくなってるほどに。かと言って戦闘なしでいるとステイタスは上がらないしで・・・・乱戦ばかりしていることになる僕のことをアストレア様はそれはもう心配していた。魔法はあっても、それはそれ、これはこれなのだと。普通に考えて13歳の子供がモンスターに囲まれるという構図が耐えられないらしい。

 

「1体1での戦い方とか教わってるの?」

「えっと・・・ホームの庭でリューさんとか、手が空いてる人が相手してくれるけど・・・」

「けど?」

「技を真似してくるのは非常に厄介ではありますが、魔法を使ってはいけないと縛りをつけて組み手をしてやっているので基本的にベルは各上の私たちに負かされています。」

「【アストレア・ファミリア】やべぇ」

「うぅぅぅ」

 

同じレベルの人を相手にしても、もう少しで勝てるというところまで来て、負かされてしまう。技術的な意味合いでとてもお姉さん達は強かった。そして、お姉さん達はすごくいい顔で『負けた人は勝った人の言うことを何でも聞く』というルールをいつの間にか設けてきて僕はそれはもう必死なのだ。何させられるかわからないから。

 

「・・・・・?」

「どうしたの?」

「何か、羽の音が・・・」

「む、ベル、何か感じますか?」

「・・・・あ、あははは」

 

『お、おいまさか・・・』とヴェルフは固まって僕を見る。僕はダラダラと汗を流す。だから言ったんだ『探知』は絶対じゃないって!!

 

「は、走って!!何かいっぱい、早いのが飛んでくる!!」

「ふざけろっ!!ベル、お前、お前なぁ!!」

「違う!絶対じゃないんだってばぁ!!」

「言い争いはやめなさい!というより、走りなさい!アレを相手にするのは面倒だ!!」

巨大蜂(デッドリー・ホーネット)ぉ!?多くない!?気持ち悪い!ご、ごめん、抱えるね!?」

 

竜女(ヴィーヴル)をアーディさんが抱えて僕達は既に捕捉されているけど、まだ距離があるうちから一斉に走り出した。

 

「リューさん、【ルミノス・ウィンド】は!?」

「入り組んでいるんです、漏れがでますよ!?それをするくらいならまだベルの魔法のほうが!!」

「ベルっ、アーディ、こわいっ!」

「私も怖い!」

 

わちゃわちゃ言い合いながら僕達は駆ける。巨悪な大顎に、重装さえ貫通するその『毒針』はLv.2の冒険者を一発で死に追いやる一撃必殺として知られている。故にそのあだ名はキラーアントの【新米殺し】を引き継いだ【上級殺し】。その殺人蜂が、20を超える大群をなして飛来してくる。

 

「ヴェルフ!生きてる!?」

「殺すな!実は余裕あるだろ!?」

「この先、一本道だよ!もうすぐ!!頑張って!!」

 

進路上からやってくる大甲虫などの行く手を阻もうとする複数のモンスターを僕とリューさんがメインで瞬殺してパーティの障害を排除していく。すると、目の前にアーディさんの言葉通りの最奥部にぽっかりと口を開けた樹穴が現れた。

 

 

「次階層への連絡路です、3人とも頑張ってください!」

 

ビキリ、と音が鳴る。

 

「―――まだ来る!」

 

ビキリ、ビキリ、と前方方向、左右両端の壁面。樹穴まで約50Mあろうかという通路内に不吉な亀裂音が響き渡り、無数の皹が走り抜ける。

 

「おいおい、『怪物の宴(モンスター・パーティ)』かよ!?」

「ベル、数は!?」

「いっぱい!!」

「「「数を言えぇ!?」」」

 

一斉にモンスターの群れが生れ落ちる。悪辣なダンジョン・ギミックの1つ。

大甲虫、バグベアー、ガン・リベルラ、ダーク・ファンガス、バトルボア。パレードの如く連なる大群が僕たちの前に立ちふさがる。前後挟撃。

 

「魔法を使います!そのまま突っ込みなさい!【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤(ちりば)む無限の星々。――】」

「リ、リオン!?鍛冶師君、魔剣、いける!?」

「飛び込むときに後ろに使うがいいか!?」

「オッケー!」

 

走りながら、近づいてくるモンスターを弾き飛ばしながら詠唱を始めるリューさんに僕も続いてモンスターを弾いていく。僕1人だけなら、きっと何とかできるかもしれないけど、味方がいるときに巻き込んでしまいかねないのをリューさんは分かった上で、魔法の詠唱に入った。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を。――】」

 

リューさんが魔力を纏い、詠唱が半分にいったところで手を上げてヴェルフに合図を出す。ヴェルフはそれを見てすぐに大刀を背中の鞘に戻し、跳躍。パーティの頭上に踊り出て、左手で長剣型の魔剣の柄を握り締めた。

 

「行くぞぉ!!」

 

抜剣と同時に、前方に向かって紅の剣を振り下ろした。

 

「来れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。――】」

 

列進(れっしん)ッッ!!」

 

轟炎が生み出され、親の意志に呼応するように最大出力で紅蓮の咆哮が上がる。凄まじき爆流が通路を塞いでいたモンスター達を喰らいつくし、焼滅させる。

炎によってできた道を、喉を焼かれないように息を止め、駆け抜ける。

 

「空を渡り荒野を駆け、何物よりも()く走れ——星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

バキッと魔剣が割れる音が鳴る。

最大出力の砲撃によって寿命が燃え尽きたかのように剣身に亀裂が刻まれていく。

 

「頼む、あと少しもってくれ・・・!」

 

顔を歪めながらヴェルフはリューさんと目を合わせ、リューさんも合わせて頷き、パーティ後方へと向かって魔法と魔剣を発射する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」

「そのまま飛び込んで、ベル君!!」

 

 

全てを焼き尽くす、緑風を纏った無数の大光玉と魔剣の炎が、処理し切れていない追撃してくるモンスターごと焼き払っていき、跡形もなく爆砕する。そして、樹洞内で炸裂したこう火力の爆発に後押しされるようにヴェルフ達ともども下方へと吹き飛ばされた。

 

 

 

■ ■ ■

 

「し、死ぬかと思った・・・」

「さすがにやりすぎじゃないかな・・・?」

「――――」

「私はいつもやりすぎてしまう・・・」

「そういう問題じゃねぇよ・・・」

「そ、それより、アーディさん、降りてぇ・・・」

 

爆風で吹き飛ばされた僕達は、鈍い音を立てて山の様に折り重なっていた。

 

「アーディ、あそこで竜女(あの子)がひっくり返っています・・・」

「あ、本当だ。」

「大丈夫なのか?」

「ア、アーディざぁん・・・ぐるじぃ・・・」

「・・・・えいっ」

「ほわぁ!?な、なんで抱きつくんですかぁ!?」

「それはベル君が可愛いからです!」

 

 

折り重なった状態から、開放されて全員でポーションを飲み、竜女(少女)を回収、それをアーディさんが背負って行動を再開。

 

「20階層へようこそ、ベル君。感想は?」

「・・・・アーディさんは柔かかった」

「ベル、そういうことではありません」

「ベル、お前、そういうとこだぞ。」

「そ、それで・・・もうつきますか?」

「ええっと・・・確か・・・あっ、そこのルームだよ」

 

 

幅10Mと同じくらいの高さの長方形のルームが目の前に足を踏み入れる。そこは草の緑と小輪の白からなる美しい花畑が、随所に広がっていて、その中でも石英に目を引かれる。

 

「食料庫周辺は石英に侵食された地形が多いってエイナさんが言ってたけど・・・すごい」

 

緑色石を連想させる濃緑の石英がルームの至るところから生えており、樹皮の天井や壁面、床を破って生える大小様々な石英を見て、僕も竜女(女の子)もヴェルフも感嘆の息を漏らす。視界正面、ルームの奥の壁際には多くのクラスターがまるで小さな氷山のように形成されていた。

 

「それで?何もないぞ?」

 

見たところ人はおろか、モンスターもいない。生え渡る石英は確かに幻想的ではあるが、特別、何かがあるようには見えない。

 

「―――」

 

そこで、アーディさんに手を握られている竜女(女の子)の尖った耳が、揺れた。

 

「何か、聞こえる・・・」

「え?」

 

アーディさんはその反応に少し微笑んで、足を進めて行く。

僕は竜女(女の子)が見つめる階層の奥に意識を集中させるように耳を済ませると、

 

『――――』

 

「・・・歌?」

 

徐々に大きくなっていく音が、耳に透き通るような旋律が、今まで一度も・・・いや、どこか懐かしいような歌が、聞こえた。

 

「・・・・『迷宮に響く歌声』ですか」

「何か、前に噂というか、クエストであったな。そんなの『迷宮に響く歌声の正体を探せ!』みたいなの」

 

アーディさんは壁を覆う群晶の一角、生え渡る濃緑水晶の柱ので足を止めて、口を開く。

 

「これから、皆が見たことがない・・・・というより多分、驚くことが起きるから、主神様に伝えるのはいいけど、周りに言いふらすのは危険だから注意してね」

 

と忠告する。

その忠告に全員が頷くのを確認すると、アーディさんは自分の武器で発光の弱い石英を打ち壊した。

 

ガラスの塊が砕けるような甲高い音を撒き散らし、石英はばらばらに砕け、そして塞がれていた穴が露出した。

 

 

「―――隠れ里。なるほどな」

「ええ、アリーゼがいくら探しても見つかる筈がないわけです。」

 

隠れていた樹穴にヴェルフとリューさんが呟く。

自己修復しようとする濃緑水晶を跨いで、僕達は素早く身を滑り込ませ、奥へ奥へと足を進めて行く。

途中で泉が現れ、その中を潜水して進み浮上すると、そこに飛び込んでくるのは樹洞から様変わりした鍾乳洞に似た洞窟。黒い岩盤で構成されており、天井や壁から生える石英の光だけは変わらない。僕と竜女(女の子)はぶんぶんと顔を振って水を切る。

 

 

「『未開拓領域』ですか・・・ベル、反応は?」

「・・・・いっぱい、いる。」

「やっぱベル君にはわかっちゃうか。」

「数え切れないくらい、いっぱい、いる。」

 

その僕の声が聞こえたかのように、ザザザザッ!!といくつもの足音が周囲から接近してくる。同時にばさっという複数の羽の打つ音も宙を舞う。

表情を変えることなく魔石灯を持つアーディさんが左腕を動かすと最も早く近づいてくる影に光が向けられ、赤緋の鱗が照らし出される。

 

『―――ウォオオオオオオオオオオッ!!』

 

「リザードマン!?」

「おい、武装してるぞ!?」

 

双眼を血走らせるリザードマンは、僕の懐に潜り込み、襲い掛かってこようとする。

 

「なっ――!?」

 

曲剣が豪速の勢いで薙がれ、掻き消えた太刀筋に僕は呼吸を止めて、胴体に刃が触れるギリギリで咄嗟に、口を、魔法を、唱えてしまった。

 

「――福音(ゴスペル)!?」

 

リザードマンの他にも複数接近して襲い掛かってきたモンスター達の影がそこで一斉に止まり、そして、倒れ伏した。

 

「あ・・・」

 

とアーディさんは、『やっちゃった?』と声を漏らす。

 

ドサドサドサッ!!と、ゴブリンが、ハーピィが、地面に落ちて転がる。リザードマンも頭を抑えて丸くなる。

 

「あ・・・え、えと・・その・・・」

「ベルお前・・・」

「ベル・・・」

「え、えっと【私はいつもやりすぎてしまう】・・・・」

「私の真似をするのをやめなさい」

 

なんともいえない空気。両者共に、沈黙。

どうしよう・・・どうしたらいい!?と僕はアーディさんに目で訴えるが、アーディさんも『何でこうなったんだろう』と頬をかく。すると、リザードマンが後ろに座り込んで、声を上げた。

 

 

 

 

「滅茶苦茶、いってぇぇぇぇえぇぇ!?」

 

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!?」



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異端児

「―――ァははははははははははっ!!」

 

アーディの持つ魔石灯が唯一の灯りとなっているその空間で、冒険者のものとは思えない笑い声が響きわたる。その笑い声の主は、襲い掛かってきたリザードマン。最初は怪物の鳴き声で、次第にそれが人語の響きへと変わっていき、冒険者は唖然とする。

 

 

「悪かった悪かった!いきなり襲い掛かって悪かった!」

 

「そうだよ、いくらアポなしとは言え、いきなり襲ってくるのはどうかと思うなー!」

 

「いやいや、近頃また同胞が攫われたり殺されたりしてるんだぜ?警戒するに決まってるだろ?」

 

「でも何か納得いかないなー!」

 

笑いこけるリザードマンと、友人と接するように会話するアーディのその光景に、置いてけぼりの竜女とエルフと鍛冶師、そしていきなり魔法をぶつけてしまって、酷く動揺してエルフの影に隠れる少年がそこにはいた。エルフは溜息をつき、アーディに説明を要求する。

 

「アーディ、まずは説明を。何故私たちは今、モンスター達と共に火を囲い、宴をしている?」

 

魔石灯と石英による光源を得たその場所は、特大のルーム。

灯りを得たことで、ベルは落ち着きを取り戻すもそれでも、『出会いがしらに咄嗟に福音してしまった』ことに負い目を感じているのか、エルフの姉の袖を掴むのをやめない。同じようになんとも言えない顔をして渡された酒を飲む鍛冶師のヴェルフ。

 

「あー、ごめんねリオン。このヒト達も、いきなり私たちが入ってきたものだから、つい警戒しちゃって攻撃しちゃったんだよ」

「ついで殺されちゃたまったもんじゃねぇよ・・」

「いやー、悪い悪い。」

 

ベル達が出会った竜女と同じように流暢に喋るリザードマンに、『ごめんねベル君、びっくりさせちゃって』と謝罪するアーディと同じように『ぺこり』と頭を下げるゴブリンとハーピィ。

 

「ベル君が加減してなかったら、今頃、リドたち灰になってたよ?」

「怖ぇよ!いやまて、あれか?最近、やたら不思議な音がすると思ったらそれか!?」

 

『いやー、危なかった危なかった。あんな見えない魔法があるなんてなー』とケラケラ笑うリザードマンは、まったくもって気にしておらず、ベルに向かって手を振ってくる。そして、立ち上がり、焚き火代わりの魔石灯の前に立って代表して喋りだす。

 

「んっんっ、よし、じゃぁ、自己紹介ってやつだ。オレっちは、リド。見ての通りリザードマンだ。初めまして、冒険者。」

「はぁ・・・やれやれ。私は、リュー・リオン。地上では【アストレア・ファミリア】という派閥に入っています。種族はエルフ。」

「俺はヴェルフ・クロッゾ。まぁ、鍛冶師ってやつだ」

 

2人が自己紹介をし、リューは袖を掴んで気まずそうにしているベルの背中を押して、『ほら、あなたの番ですよ』と促す。ベルは、何とか立ち上がり、リドの目の前までやって来る。

 

 

「べ、ベル。ベル・クラネル。【アストレア・ファミリア】です。えと・・・よろしくお願いします。それと、さっきはごめんなさい。暗くてビックリして・・・」

 

ベルは自己紹介と共に、何のためらいもなく、手を差し出した。

その行為に、リザードマンも、周囲のモンスター達も目を見開いて固まる。アーディだけがニコニコとしていて、リューとヴェルフは成り行きをただ見守る。

勿論、その差し出された手が何を意味するのかなど、知っている。

握手。友好の証。しかし、人間から手を差し出してくることなど、今まであったか?と驚いてしまっている。

 

「えと?『握手』って・・・知らない・・・ですか?」

「い、いや、知ってるけどよ・・・・お、お前、いや、ベルっち、俺っち達が怖くないのか?」

「・・・・・どうして?」

 

 

『どうして?』その疑問の言葉が、彼らの心をさらに揺さぶる。

ベルはむしろ、『どうして握手してくれないのか?』と見つめてくる。モンスター達は、冒険者とアーディをチラチラ視線を送るも、3人とも肩を揺らすのみ。竜女も生まれたときに出会ったせいなのか、それがおかしい行為だということに気づきもしない。

 

「ベルっちは・・・牙が怖くないのか?」

「怖くないですよ」

「爪は怖くないのか?」

「僕にはナイフがあります」

「鱗はどうだ、この両目は!?全身くまなく怪物なんだぞ、怖くないのか?」

「・・・・怖くないですよ?」

 

揺れる。揺れる。揺れる。心が、瞳が揺れる。アーディとも、違う、目の前の少年は明らかに違うと本能が告げてくる。ベルはただ、手を、握手をしてくれるのを、待っている。リドは揺れる心が、『これは喜びなのだ』と結論付けて、やがて不細工に笑って

 

「・・・よろしくな、ベルっち」

 

と瞳を細めて、牙を剥いて、破顔して、握り返した。

火に照らされ、怪物と人間が握手を交わす。

 

「それと、さっきはオレっち達がいきなり襲い掛かったんだ。気にしないでくれ」

 

と、ベルの謝罪を受け入れて『こっちも悪かった』と返す。

 

次の瞬間―――わっっ!!と、静まり返っていた宴が、冒険者達が飛び上がるほどの大音声がルームを満たした。『有り得ないものを見る目』で固唾を呑んでいたモンスター達が、歓声を上げている。

 

拍手する赤帽子(レッドキャップ)のゴブリン。

地面に降り立ちはしゃぐ少女の半人半鳥(ハーピィ)

緩慢な動きで諸手を上げるフォモール。

ぴょんぴょんと跳ね回り、やがてベルに飛びついたアルミラージ。

 

喝采が、止まらない。

まるで人との親交を、今まで見たことがなかった『未知』に喜ぶように沸き立った。

 

「お前等、酒をもっと持って来い!!食い物もだ!!」

 

モンスター達が歓喜する中、リドが大きな声で号令を放つ。

 

「地上のお方、挨拶させてください!」

『ウゥ・・・・』

「ワタシモ!」

 

喋れる者、喋れない者、発音がたどたどしい者、多くのモンスターがベルの前に集まってくる。

 

「貴方の様な方にお会いできて光栄です、ミス・ベル」

「み、ミス?ち、違う、男!僕は男です!」

「で、では、ミスター・ベル!アナタと握手できて、トテモ嬉しいです」

「う、うん」

「ワタシ、ラウラ、ヨロシクネ」

「わぁ・・・ラミアだ」

 

ベルは自分を囲むモンスター達に何のためらいもなく、握手をしていく。自分よりも大きい体格であるフォモールの手も、おかまいなしに握り返す。ヴェルフ達は躊躇いがあるというのに、ベルだけが、まるで『かつての家族と再会した』かのように嬉しそうにしている。

 

「嬉しそうだな、あいつ」

「ええ・・・。喋るモンスターと暮らしていたことがある。というのは、やはり本当だったようです」

「疑ってたのか?」

「私たちが聞いたときには、既に他界していたので。それに今までその存在を確認する手段もありませんでした」

「あぁ・・・なるほど。確かに、それじゃあ仕方ないな」

 

ベルは、モンスター達に『ここはどうなってるの?』『この服は自作?』『リューさんはエルフだから、迂闊に触ると吹っ飛ばされますよ』なんて会話をしていて、もはやそこに、先ほどまでの緊張感などなかった。

そこで、また新たな気配が加わった。2つの影。1つは黒いローブを身にまとった人型の存在。さらにもう1つは、人型ではあるがどこか違った姿。

 

 

「コレは一体・・・?」

「リドから連絡があったから急いで来てみれば・・・・【象神の詩(ヴィヤーサ)】に、【疾風】に【涙兎(ダクリ・ラビット)】?」

 

灯りが届く場所までやってきた2人に気づいたのか、全員がその2人に顔を向ける。

 

「レイ、フェルズ!悪かった!敵襲じゃなかった!!」

「エエ、とても面白い方デスヨ!」

 

『こいつ・・・ベルっちって言うんだけどよ!初めてだぜ、『人間』から握手を求めてきたのは!!』と歓喜に満ちた顔で言うリドに、驚愕を浮かべる歌人鳥(セイレーン)のレイと、黒いローブの存在(フェルズ)。そして、そのベルと呼ばれるモンスターに囲まれている少年に顔を向けると、少年も気が付いたのか、レイのことを見て、目を見開いて、そして、駆け出した。嬉しそうに。

 

 

「お姉さぁぁぁぁぁあん!!」

 

飛びついて、抱きついて、押し倒した。

 

「エ!?エェ!?」

 

「お姉さん、お姉さん!」

 

嬉しそうに涙を流す、ベル。

固まるフェルズ。

開いた口が塞がらないモンスター達。

顔を赤くして困惑するレイ。

そして、驚きのあまり声を失い飲み物を噴き出す、アーディ、リュー、ヴェルフ。

 

「ベ、ベベベベ、ベル!!離れなさい!!」

「そ、そうだよベル君!離れて!!」

「おいおいおい!?」

「レ、レイ、良かったな、願いが叶ったぞ!?」

「エ、エェェ!?」

 

リューとアーディによって引き剥がされ、座らせられるベル。

未だフリーズするレイにモンスター達は冷やかしを入れる。

場は混沌と化していた。

 

 

「―――コレは一体なんなのだ」

 

とフェルズは呟いたが、誰も答えなかった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「なるほど・・・つまりベル・クラネルは幼少期に彼等の同胞と生活していた期間があったというわけか。それも、歌人鳥(セイレーン)か・・・」

「えぇ・・・まさか、目の前にいる彼等の同胞だとは思いもしませんでしたが」

「リューさん、アーディさん、離してぇ」

「駄目です」

「だめー」

 

リューさんがフェルズさん達に、ことの経緯を説明し、漸く場の混乱は収まった。それでも、一部まだ興奮状態が消えていないが。

僕はリューさんの足の間に座らせられガッシリ抱きしめられホールドされ、アーディさんにも腕を組まれて、また同じ事ができないように拘束されてしまっている。リューさんに関しては耳元で『年上の女性なら誰でも良いのですか、ベル?』と言われ『アーディお姉さんにもしてくれないの?』とアーディさんに言われて顔を真っ赤にする。

 

「ふむ・・・となると、ベル・クラネルが異端児達に対してなんら躊躇いなく接することができるのも納得がいく」

「おい、レイ、いい加減、落ち着けよ」

「べ、べべべべ、ベェルしゃぁぁん」

「駄目そうですネ、リド」

「ああ、駄目だな」

 

ニヤニヤ。ニヤニヤ。ニヤニヤニヤ。

冷やかし、面白い玩具が見つかったような笑みを浮かべる異端児達に、しかし、古参の1人としてしっかりしなくては、微かに同胞の匂いがするが、それはそれ!と咳払いをして、新たに生まれた同胞を連れてきてくれてありがとうと礼を入れる。

 

「そ、それで、その・・・アナタの名前ヲ聞かせてもらっても、いいですカ?」

「・・・名前・・・ベル?」

「違いますよ、貴女の名前です。」

「・・・・?」

「ベル、お前が見つけたんだ。お前がつけてやれよ」

「えっ」

 

僕は唸る。

ヴィーヴル、竜、女の子、宝石、ガーネット、青と銀、琥珀の瞳・・・・。

ぱっと見た外見の特徴を片っ端から列挙するも、思いつかない。発汗を催しながら目をぐるぐるし悩みまくり、みんなに催促されるほど時間をかけた後震えた口を開く。

 

「ウィ・・・『ウィリュジーネ』・・とか?」

 

僕では考え付かないような、そんな大層な名前に、人間側は「ん?」とそろって首を傾げ、異端児側は「どういう意味デショウ?」と同じく首を傾げた。

 

「あー・・・ベル君、その名前ってまさか、英雄譚に登場する精霊の・・・?」

「うっ・・・」

 

名前が英雄譚の引用であることを、同じく英雄譚好きお姉さんのアーディさんに見抜かれ、カァーっと顔を赤くする。

 

光の翼を持つ精霊が登場する『異類婚姻譚(メリュジーネ)』。物語と同じ名前の光精霊(ルクス)が己を助けた英雄に恋をして、人間に成りすまして想いを遂げようとする物語だ。自分の沐浴を『見てはいけない』と告げるのだけど、約束を破った英雄に光翼を広げた精霊本来の姿を見られてしまい・・・その後は一度離れ離れになったり、町で暴れる竜を協力して退治したりする。

昔、アルテミス様に『覗きをすると酷い目にあうから、約束を破るんじゃないぞ』と読み聞かせられていた物語で・・・竜女で・・・ウィリュジーネ。

安直なのは、いけないだろうか?

 

「長いな、あと気取ってるしな」

「ベル、顔が真っ赤ですよ。そして気取ってます」

「気取ってるねぇベル君」

「ぐぅぅぅ・・・」

「イ、意味はわかりまセンが、気取っているカト・・・!」

「では、縮めてウィーネというのはどうだろうか?」

「おお、それいいなフェルズ!それなら気取ってないな!」

 

ヴェルフ、リューさん、アーディさん、そしてまさかのレイさんに好き放題言われた挙句に駄目だしされ項垂れる僕。お姉さんたちの目は、とても優しいものを見る目でした・・・。でも、『ウィーネ』の方がいいと・・・僕も思う。

 

 

「ウィーネ・・・?わたしの、名前?」

「う、うん・・・駄目かな?」

「ウィーネ・・・わたし、ウィーネ」

 

ウィーネは嬉しそうに顔を綻ばせて、何度も何度もその名を呼ぶ。その美しい相貌からこぼれ落ちた、何にも染まっていない無垢な笑みに、僕達は目を奪われ、見惚れていた。

 

「ウィーネ・・・とても良い名ですね」

 

レイさんはウィーネの目の前に手・・・ではなく、羽を差し出して『握ってください』と握手を求める。ウィーネは少しだけ躊躇って、ベルがしていたように、だけどそっと腕を伸ばして、静かに握る。レイさんはその青色の双眸を細めた。

 

「初めましテ、新たな『同胞』。貴方の誕生に祝福ヲ。私達ハ貴方ヲ歓迎します」

 

ベルたちとは、人とは違う、けれど、それを同じく異端である者たちが『同胞』として自分を迎え入れ受け止めてくれる。その優しさに触れ、その存在を認められ、ウィーネは笑みを浮かべて涙を静かに流した。周囲のモンスター達は祝福するように、頭上を仰ぎながら大きな啼き声を上げた。

 

 

 

■ ■ ■

 

明るい洞窟内で響き当たる美しい歌声。

その高く流麗な歌声に、ウィーネたちはたちまち喜色をあらわにし、人と怪物の輪の中心で、瞑目しながら歌を紡ぐ歌人鳥(セイレーン)

魔石灯と石英の光を浴びるその姿は、この世のものとは思えないほど優雅で、美しかった。

それは地底に広がる怪物達の魔窟にはありえない光景――いや、あるいはダンジョンが垣間見せる神秘と幻想の瞬間であるのかもしれない。

 

「ベル君、楽しそうだねぇ・・・」

「ええ、恐らく、今まで私たちが見たことがないような顔です」

 

半人半鳥(ハーピィ)の少女によって連れ出され、よくわからないまま振り回される少年を眺めながら、呟くリューとアーディ。ベルは嬉しそうに、時折、ラミアと手を取り合ったり、レッドキャップと手を取り合ったりし、ヘルハウンドに跨ったアルミラージは周囲を走り回り、フォモールとトロールが大きな拳で軽快に地面を叩き出す。一部のモンスターに耳打ちされ唆されたウィーネも、嬉しそうにベルのもとに駆け寄って、手を取り合う。

 

「君達【アストレア・ファミリア】が、大抗争が終わってすぐに動きが活発になったのは、彼の影響か?」

 

「否定はしません。私達はアルフィアの最期にあの子のことを託され、出会うために後始末を早める必要があった。」

 

「たった1年ですごい動いてたよね。みんな。闇派閥のアジトを探し回ったり、復興のために資材やら何やら手配したり・・・【ガネーシャ・ファミリア】の出る幕がないくらいだったよ。それを11人でやっちゃうんだもん」

 

「ですが、全てに手を出せたわけではない。その分、1年後には全員というわけではありませんが・・・都市外に出る許可をアストレア様が取ってくれました」

 

「彼が、アルフィアの子・・・か。ヘラのローブを着ても問題ないよう君たちが動いたのか?」

 

「それはアストレア様が動いてくれたみたいです。詳しくは教えてくれませんが」

 

『それと正確に言えば、甥だそうですよ』というリューの言葉に、確かに経産婦には見えないスタイルだよねとアーディは零す。ヴェルフは戦争遊戯前の酒場での話を思い出して静かに話に耳を傾ける。

 

「何故、彼女達は彼を置いていったのだ?」

 

「―――わかりません。しかし、2人が後悔していた、後悔してしまうきっかけが、あの戦いの中であったのでしょう。でなければ、アストレア様にベルを託すようなことは言わなかったはずです。」

 

 

それなりに幸せに暮らしていたある日、エレボスがやってきて、朝目が覚めると2人はいなくなっていた。

ベルに出会ったときには、すでにボロボロの状態だった。オラリオにつれてくるまで、懐いてくれるまで、大変だった。本人が覚えていないだろうが心無いことを言われもした。それでも、今笑えているのが嬉しいのだと、リューは言う。

 

 

「あの子は、たまに、自分でもよくわかっていないみたいですが他人の言動を真似する時があります」

「ただの物まねとかじゃなくて?」

「最初はそう思っていましたが・・・どうも違う。それに、よく誰もいない暗い場所を見て固まっているときもある。酷く怯えているときが・・・ある。」

「確かに、たまにだけど、雰囲気が違うって感じることがあるな。てっきり、虚勢を張っているのかと思ってたが」

 

『黒い魔道書を読んで以降は、うなされていることもあると、アストレア様が仰っていた。正直に言えば、心配なのです。』と、いつかベルがベルでなくなってしまうようなそんな気がするとリューは笑って異端児達と戯れているベルを見つめながら、時折遠いところを見てはそんなことを言う。

そこに、フェルズが、もし・・・と声を上げる。

 

「もし仮に、神エレボスが多少なりとも、子供にしか気づかないほどのか細い神威を放ってしまい、それが彼に影響を及ぼしているのだとしたら・・・それが彼の『トラウマ』というのに直結しているのではないだろうか?」

 

それにその黒い魔道書とやら・・・とさらに続ける。

魔導書は一度読んでしまうとその効力を失って白紙になる。それが普通だ、と。

 

「なのに、君の言うその『黒い魔道書』はページが黒く塗りつぶされていると・・・そして、彼の魔法に追加詠唱という形で神の名が食い込んでいる。・・・女神アストレアは何と?」

 

「アストレア様は、ベルがいない間に『黒い魔道書』を調べてはいるのですが、何もわからず仕舞い。ただ、光にかざすと複数のエンブレムが重なって浮かび上がって見えるそうです」

 

「複数?」

「黒すぎて分かりにくいのですが、恐らく3つ。」

「魔導書そのものを作り出すには【魔導】と【神秘】の発展アビリティが必須だ。その黒い魔道書がどのようになっているかはわからないが・・・あの戦いには【ヘラ】【ゼウス】【エレボス】の恩恵があったはずだ。神から直接とは言わなくとも、恩恵を得た血をインクとして使うことは可能なのではないだろうか。実際、自分の血をインクにする魔道具も存在する」

 

 

試しに女神アストレアにステイタスを更新する時のように神の血を垂らしてみるというのはどうだろうか?と提案するフェルズに、黙り込む3人。

 

「彼の見ているものが分からないが・・・仮に、仮に、魔導書を造り出す際に【呪詛】を組み込むことができるのであれば・・・・」

 

ありがた迷惑な話ではあるが、本人に代償を払わせ、他者の記憶を焼付け、技術の模倣や本人の知らないことを覚えさせることもできるのでは?と、そこで話を終わらせた。所詮は可能性の、仮定の話でしかないからと。

 

「・・・・はぁ」

「大丈夫、リオン?」

「えぇ・・・大丈夫です、アーディ。何かあれば、私たちがあの子を助ければ良い。『英雄となれ』そう言われましたから、あの子の義母に。」

 

であれば、あの子が立ち向かうときに精一杯支えてやるのが私たちの務めだ。それだけ言って、リューも話を区切り食事に手をつける。アーディも果実を食べていると、疲れたのかベルが戻ってきた。

 

「お帰り、ベル君。」

「・・・はい。何の話をしていたんですか?よく聞こえなかったんですけど」

「うーん・・・ベル君は可愛いなあって話。ね、リオン?」

「え、えぇ・・・そうですね。」

「うーん?」

 

 

 

本人が不安がるような、そんなことを言うわけにはいかない。

だから、今はまだ、自分達の胸に秘めておこうと3人は決めて宴を楽しむ。

恩恵も持たぬ子供が『人と怪物の共存』を成し遂げたのだ。問題は山積みだが、きっといつか、彼等異端児達の願いが叶う日がきっと来るはずだと、そう願って。

 

 

 

 



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帰り道

必ずしも時系列順にイベントが発生するとは限らない


 

 

 

 

「では、そろそろ帰るとしましょうか」

「えっ!?」

「ベル、お前、ずっとここにいるとか言わねぇよな?」

「うっ・・・も、もうちょっとだけ・・・」

「駄目だよベル君。ただでさえ、何も言わずに長時間ダンジョンにいるんだから。ファミリアの人たちだって心配してるよ?」

「うぅ・・・・」

「それに、全員が全員、私たちを受け入れているという訳ではない。それを無視して居座り続けるのは、いけないことだ。」

「・・・・・」

 

 

宴も終わりにさしかかり、そろそろ切り上げて帰ろうとリューさん達が言い、僕は少し名残惜しくて、でも、アストレア様たちに心配をかけたくなくて肩を落としてしょぼくれる。そんな僕にレイさんが近づいてきて言葉をかけてくれる。

 

「ベルさん、もう二度ト会えなイ訳でハありませんヨ。キット、また会えマス」

「・・・・うん」

「まぁ、オレっち達は常にここにいるってわけじゃねぇからな。そう簡単に会うことは難しいかもしれないけどよ」

「え・・・」

「リ、リド!?ベルさんヲ落ち込ませるようなコトハ!?」

 

雷に打たれたように項垂れる僕を励まそうとするレイさんに、リドさんがまぁまぁと手を振ってから、天井を見て、言葉を続ける。

 

「もうベルっち達も気づいてるかもしれねぇけどよ、この空間はモンスターが産まれねぇ。」

「―――安全階層」

「リオンっちの言うとおり、冒険者たちがそう呼んでいる場所が他にもいくつかあるんだ。勿論、『冒険者』には見つかってねぇ。それをオレっち達は【隠れ里】って呼んでる。」

 

自分達しか知りえない『未開拓領域』・・・『異端児の隠れ里』を駆使し、拠点として中層域から深層域まで移動して同胞探しをしている。つまりは、旅団だと説明してくれる。

 

「今いる『異端児』が40体ほど・・・・まぁ、増減を繰り返してるけどよ、その中でも、オレっち、レイ、グロスは古株のメンバーなんだ。」

「増減・・・?」

「あぁ。オレっち達と出会う前に、モンスターに殺されちまうか、冒険者に殺されちまう。もしくは・・・ベルっちが出会った『同胞』みたいに捕まって、売られたり、いいようにされるやつもいる。だから同胞で身を寄せ合ってる。」

 

だから、移動を続けるオレっち達に会うのは、難しいことなんだ。でも、二度と会えないわけじゃねぇ。とリドさんは僕に言ってくれた。僕は、頷いて、もう一度リドさんとレイさんの手・・・羽を握って、リューさん達の元に戻る。

 

「―――あれ?」

「ん?どうした、ベル?」

「古株ってことは、リドさん達が一番強いんですか?」

「ん?あぁ、勿論、一番はオレっちだ!!・・・・って言いてえところなんだけどよ」

 

盛大にリドさんは肩を落とした。

 

「新しく仲間になったばかりの新入りに、あっという間に追い抜かれちまった・・・・」

「どんなヒトなんですか?」

「今は1人で『深層』で武者修行してる。何ていうかよ、『今度こそ、ちゃんと戦いたい相手がいる』って言ってんだよ。そいつ」

「ちゃんと?」

「あぁ。あいつの前世って言えばいいのか・・・まぁ、記憶の中によ、怯えながら、泣きながら戦う奴がいたんだってよ。そいつは自分のことなんざ、ちっとも見てなくてよ。最後の最後にやっと目を合わせただけなんだと」

 

だから今度こそ、ちゃんと向き合って、戦いたいんだとよ。

叶うといいよな、あいつの夢。とリドさんはケラケラと笑っていて、僕も異端児達が言っていた夢が叶うといいですね・・・と口にして、ウィーネに別れを告げて、今度こそ、隠れ里を後にした。

 

 

■ ■ ■

 

 

異端児達の隠れ里より離れ、現在、ダンジョン18階層。

もうここまで来れば、僕のスキルのせいで、戦闘は無視できるため、割とのんびり歩いていた。

 

 

「あー・・・結構時間経ってたんだねぇ」

「えぇ・・・あっという間でした。」

「にしても、前世の記憶・・・そんなことあるのか?」

「謎です」「謎だねぇ」「謎だな」

 

――オレっちは、あの夕日が見える世界でもう一度生きたい。

――私ハ、光ノ世界デ羽ばたいて、誰モ抱きしめられないこの翼ノ代わりに・・・愛する人間ニ抱きしめられたい」

――抱きしめてもらえたじゃねぇか。

――だ、黙りなさい!!

 

 

「うーん・・・それにしても、どうやって密輸したんだろう。リオンはどう思う?」

「恐らく・・・あの人工迷宮が関係しているのでは?」

「やっぱり?」

「あそこの地図がないためはっきりとしませんが・・・ただ第二のダンジョンという訳ではなく、オラリオの外とも繋がっていると考えるべきかと」

「あいつらも、最近妙なことが起きてて気をつけろって言ってたな」

 

 

『彼等、『異端児』を無差別に捕獲している狩猟者がいる。そして最近、冒険者の行方不明の捜索依頼が増えて来ている。因果関係があるのかは不明だが、気をつけてくれ』

 

人語を扱うモンスター、そして人型は見目麗しい。故に、そそるのだろう。彼等を虐げた上で都市外に密輸し、好事家どもに売り払っているらしい。とそう、言っていた。でも、最近はさらに冒険者まで行方不明になることが増えているとも言っていた。リューさんもアーディさんもギルドの掲示板で捜索依頼が増えていると言っていた。

 

 

「―――ベル?」

「―――ん?」

「大丈夫ですか?」

「ちょっと・・・疲れた。眠たい」

「仕方ないですね・・・ほら、ベル」

 

 

手を握っていたリューさんが背中を向けてしゃがみ込んで、どうぞと言ってくる。

僕は特段疑問に思うこともなく、大人しくリューさんに体を預ける。

 

「よいしょ・・・。ベル、相変わらず軽いですね。ちゃんと食べていますか?」

「・・・うん、食べてるよ。」

「リオンリオン、私にも背負わせてよ!」

「アーディ、一体いつから貴方はベルとそこまで仲良く?」

「うん?ベル君、可愛いじゃん。」

「ベルお前、背中には気をつけろよ」

「えぇ・・・!?」

 

 

リューさんの背中でウトウトとしている僕に、途中で交代して欲しいと交渉するアーディさん。そして、忠告してくるヴェルフ。怖いよ、ヴェルフ。

 

「ったく、女に囲まれやがって」

「ベートさんだって、ハーレム作ってるんじゃ?」

「え、【凶狼】が!?」

「いやいや、彼が?それこそ、有り得ない。あの性格で・・・」

 

趣味が悪すぎますよ。と酷いことを言うリューさん。

ベートさん、格好いいと思うんだけどなぁ・・・。

 

「ベートさんは・・・口が悪いけど、優しい人ですよ?」

「どうしてそう思うの?」

「スキルでわかっちゃうので・・・」

「え?」

「うまく言えないですけど・・・うん、『トゲトゲしていて、でも、その内側は優しい波』なんです」

「なるほど、わからん」

「リーネさんに・・・アマゾネスの人に・・・他にもいるのかな?」

「・・・・ごめん、ベル君。想像したくないや」

「えぇ。この話はやめましょう」

 

 

『人の恋愛事情にあれこれ言うのは良くありませんよ』なんて注意をしてきて、無理やり話題を切り替えられてしまった。徘徊するミノタウロスやモンスターたちを『お勤めご苦労様です』と言わんばかりにすれ違っていく僕たちは、雑談を繰り広げながらさらに足を進めて行く。

 

 

「【不冷】、女神ヘファイストスとは上手くやっているのですか?」

「おい【疾風】!そういう話題はやめようって今言ったじゃねぇか!何で振ってきやがる!!」

「ヴェルフはヘファイストス様とお付き合いしてるんだ」

「いや、してね・・・いや、まだだ!まだそこまでは言ってねえよ!!」

「えー・・・でも、神様達の間で話題になってたらしいじゃん。それで二つ名になったんでしょ?」

「「【貴方に鍛えられた(おれ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない】」」

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

『私もそういうこと言われてみたいなー!』『ベル、ちょっと言ってみてくれませんか?』『アストレア様に言ってみてごらんよ、ベル君!!』なんてヴェルフを弄りながら話に熱を上げる女性2人に、顔を赤くして大刀を振り回してモンスターに八つ当たりしにいくヴェルフ。な、なんだこれ・・・?

 

 

「だいたい!ヘファイストス様は、口が軽すぎるんだ!!椿のやつを呼び出しては同じことを言いやがってぇ・・・ふ、ふざけろぉ!!」

「お、おめでとう・・・?」

「めでたくねぇよ!?・・・ベル!お前こそどうなんだ!?」

「どうって?」

 

もう俺の話はやめろ!!と言わんばかりに、今度は僕に矛先を向けてくるヴェルフ。僕を背負っているリューさんは『余計なことを言うな』と言わんばかりに僕に目線を送ってくる。こ、怖い・・・

 

 

「いや、どうって?じゃなくてよ・・・アストレア様とか、【紅の正花】とかよ・・・」

「うーん?」

「何々、ベル君、誰が一番好きなの?」

「アストレア様?うーん・・・でも、アリーゼさん?うーん・・・?」

「リオンは?」

「好きですよ?」

「だってさ、良かったねリオン?」

「わ、私を巻き込むなぁ・・・っ!!」

「あーうん、あれだ、一発殴らせろ」

「ナ、ナンデ!?」

 

 

僕は何かヴェルフの地雷を踏んでしまったんだろうか・・・。『くそ、羨ましい生活しやがって・・・』なんて言いながらモンスターに八つ当たりをしている。

 

 

「そ、それで、リューさん!」

「何ですか?ベル」

「そ、その、行方不明者の捜索ってするんですか!?」

「強引に話題を変えやがったコイツ」

「あはははは。あ、リオン、交代。ベル君頂戴?」

「いえ、あげませんよ」

「いいじゃん、ちょっとくらい」

「む・・・ベル、ちゃんと帰ってきてくださいね」

「ちゃんと【星屑の庭】に帰るよ・・・」

 

渋々、僕を背負うのを交代したリューさんが、僕の質問に答えてくれた。

捜索願に共通しているのは、ほとんどが『上級冒険者』だということらしい。

 

「ダンジョンで死者や行方不明者が出るのは、日常茶飯事です。しかし、あのローブの者は『全員生きている』と言っていた。それが気になります」

「どこかで怪我をしてるとか?動けなくなってるとか」

「なんとも言えません。一度、アストレア様達と話してみる必要があります。」

 

探すにせよ、探さないにせよ、我々では全てのことに手を回せない。必然的に他派閥に協力を依頼する必要性がでてきます。とリューさんが説明して、アーディさんも同じような答えを出した。

 

「うーん・・・僕はどうしたらいい?」

「あなたはどうしたいのですか?」

「・・・どっちも助けたい。」

「なら、そうするといい。」

「いいの?」

「ええ。貴方の『正義』を貫きなさい」

 

 

さぁ、もう地上だ。帰ったらアストレア様に報告をしなくてはいけません。そう言って話は終わって、バベル前の広場で僕達は解散した。

 

 

■ ■ ■

 

 

「【ガレイル・アラン 『大樹の迷宮』探索中、モンスターの大量発生に遭遇。からくもパーティは離脱するも、ガレイルは行方不明に。捜索求む――】」

「【マリッサ・スゥ 単独で探索をこなすLv.3の第二級冒険者。『20階層へ行く』と主神に伝言を残し、その日の内に消息を断つ。行方を知りたい――】」

「【ヤサカ・左近 主にリヴィラで活動する上級冒険者。相場が高騰したドロップアイテムを探す中、失踪。目撃情報を求む――】」

 

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭にて、日付が変わるであろう時間帯に、卓を囲んで話し合いが行われていた。

 

 

「へぇ・・・『上級冒険者連続失踪事件』ねぇ。」

「えぇ、帰ってくる前にアーディと一緒にギルドに行って資料を貰ってきました。」

「うん、まぁ、その、『喋るモンスター』に遭遇して帰りが遅くなったっていうのはわかったから、そのことについては目を瞑るわ。」

「う・・・申し訳ありません」

 

帰りの遅い2人を待っていたのか、全員が風呂上りもしくは寝巻きでリビングで待ち構えていて、ベルを背負ってホームに帰還したリューはそれはもう固まった。全員が自分のことをニッコリとしながら見つめているのだから。

 

 

「てっきり、2人でしっぽりしているのかと思ったわ」

「さ、さすがに無断外泊のようなことはしない!!」

「この妖精様は油断なりませんからねぇ・・・」

「まぁまぁ、アリーゼに輝夜。2人とも無事に帰ってきたのだしいいじゃない。リリルカちゃんが事情を説明しに来てくれていたし、ある程度遅くなるのはわかっていたでしょう?」

「「まぁ、それは・・・」」

 

リリルカに事情を説明するように伝えておいて良かった・・・もし、そうしていなかったら、自分にどんな飛び火がくるかわかったものではないとリューは冷や汗を流して、席につく。すっかり眠ってしまったベルは、主神の膝を枕にして眠る光景を全員にニヤニヤと見られていることに気づくこともなく、ぐっすりとしている。

 

 

「それで・・・その『異端児』っていうのかしら?その子たちの協力者が、この一件と『異端児』も巻き込まれている可能性がある、と?」

「はい、アストレア様。あくまで可能性ですが・・・と」

「にしても、隠れ里かぁ・・・私がダンジョンを走り回っても見つからないわけよねぇ」

「いや団長様、付与魔法で走り回っていたら、見つかるわけがないだろう」

「・・・・早いにこしたことはないわ!」

「早すぎるんだよ。どこに『ダンジョンを爆砕しながら宝探しをする』やつがいるんだよ」

「私がいるわ!ふふん!」

 

『どうして胸を張るんだ・・・!?』と突っ込みを入れたかったが、眠っている少年を起こすわけにはいかないため、声を絞って何とか会話を再開させる。ベルが異端児が巻き込まれているいないにせよ、助け出したいと言ったこと。そして、さすがに【アストレア・ファミリア】だけでは手が回りきらないという事実も含めて、報告していく。

 

 

 

「そうね、さすがに私達だけでは手が回らないわ。かと言ってベル1人にさせることもできない・・・・」

「アストレア様、【ロキ・ファミリア】はどうですか?」

「―――『異端児』についてはどう説明するの?仮に関連があったとしたら、難しいと思うわよ?」

「うーん・・・でも、冒険者の捜索だけなら、なんとか協力してくれないでしょうか?あの迷宮とも無関係と一括りにはできないはずでしょう?」

「・・・そうね。ではアリーゼは明日、【ロキ・ファミリア】にいってみて頂戴?輝夜は、そのときはベルと行動してあげて?」

「わかりました。なるべくベルに方針を決めさせる。ということでよろしいですか?」

「ええ、それがいいと思うわ。でも、まだベルでは判断できないこともあるでしょうから、ある程度は引っ張ってあげてね?」

 

 

あらかた、明日以降の方針が決まり、異端児についての報告も終わり、何名かは部屋へと就寝ないし入浴へと向かっていると、女神の膝で寝ていたベルが目を覚ます。

 

「あら、起こしてしまったかしら?」

「―――あす・・・とれあ・・・様?」

「ええ、おかえりなさい」

「ふへぇ・・・ただいまですぅ・・・」

 

ぽふん。と頭を揺らしながら、肩に頭をやるベルに、残っている姉たちは飲み物を口に含みながら眺めていると、まだ寝ぼけていて頭が回っていないのか、ふわふわとしながら、女神を見つめながら、何かを言おうとしているのがわかった。

その中で、リューだけが、ベルが帰りにアーディに『アストレア様に言ってみてごらんよ!』と言われていたことを思い出してしまう。

 

「ベル?」

「アストレア・・・さまぁ・・・」

「な、何かしら?」

 

ぽやぽや。ぽやぽや。寝ぼけながら、腕を回して抱きついて、女神もつられて抱きしめて、無言で見つめあう。

 

「ねぇ、何で私達、あの光景を見せ付けられているのかしら?」

「知らん」

「ベ、ベル・・・い、いけない、それはいけない・・・!?」

「リオン?どうしたの?」

 

すぅーはぁー・・・と少し顔を赤くしながら、決して大声ではないけれど、ベルが口を開く。きっと、女神は喜んでくれるだろうと思って。

 

「【貴方に鍛えられた(おれ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない】・・・ってヴェルフがヘファイストス様に・・・言ったらしくて・・・」

「え、えぇ、そうらしいわね。素敵ね?」

「アストレア様は・・・言われたら嬉しいですか?」

「ん?え、えぇ。そうね、嬉しいわね?」

 

その辺りで、何かとんでもない爆弾が投下されるような気がした姉たちは、リューの首根っこを掴んで円陣を組んで、緊急会議が行われる。

 

「おい、リオン!何があった!?」

「い、いえ、ですから、アーディが、【不冷】が女神ヘファイストスに言ったようなことを、アストレア様に言ってみたらどうか、と・・・」

「え・・・えぇぇ!?」

 

 

「アストレア様・・・大好きー!!」

「――――。」

 

『違う、そうじゃない!!もっとあるでしょう!?』と姉達は抗議したかったが、もう遅かった。女神は固まってしまっていたから。

無言の思考停止からの復活後、女神はベルを背負って、主神室へとそのまま向かい、『パタン』と扉がしまった後、何やらベッドで足をバタバタさせる音が聞こえたとか聞こえなかったとか。

 



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据膳女神

ロキ・ファミリアサイドの話を書くのは難しいので、おかしかったらごめんなさい。


 

「ねぇーフィン~」

「なんだい、ティオナ。珍しく難しい顔をしているね」

 

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館、団長執務室にて、ダンジョンから帰還したティオナが報告をしに来ていた。その表情は、どこか言いにくそうな、どう言えばいいのかという歯切れの悪いものだった。

 

 

「どうしたのだティオナ?今日はあの子・・・ベル・クラネル達とダンジョンに行っていただけではなかったのか?」

「稼ぎが悪くて落ち込んでおるのか?」

 

そのティオナの態度に違和感を感じて、話してみろと促すみんなのリヴェリアママと、稼ぎが悪いから報告がしにくいのかと髭を摩りながら言ってくるガレス。それに対して、ティオナは『そういうんじゃなくてさー』と言って、一度、ロキの顔を見て、リヴェリアの横に立っているアイズを見て、深呼吸をして、改めて言葉にしようとする。

部屋にいるのは、フィン、ガレス、リヴェリア、ティオナ、ティオネにそして偶々リヴェリアに用があって来ていたレフィーヤの6人。

 

 

「その・・・信じてくれないかもしれないんだけどさー」

「ンー、とりあえず、言ってみてくれないかい?」

「嘘かどうかなんて、ウチやったらすぐわかるで?言うてみいや」

「うん、えっと・・・」

 

 

意を決して、書庫から引っ張り出してきた御伽噺を自分の胸の前に出して、声を上げた。

 

「喋るモンスターに会った。って言ったら信じる?」と。

 

 

生まれるのは長い、長い沈黙。

この子、今何て言った?と彼女の姉がこぼしたような気がした。

何か、とんでもない爆弾を投下したような?という空気が纏いだす。

 

「・・・・ティオナ、聞かせてくれ。それは、例えば一部の鳥のように『人の言葉を真似する』類のモンスターかい?」

「・・・違うよ、真似して喋ってるわけじゃない。」

「惑わすためにそういう習性をとっているというのは?」

「そういうのでもないと思う。私たちと同じ、えっと・・・知性でいいのかな。それがあるんだと思う。」

「・・・とりあえず、何があったのか、教えてくれないかい?」

 

 

重苦しくなった空気の中、ティオナは語る。

20階層まで行って帰ってくるという形での探索。その際に19階層でベルが何かを感じ取って走り出し、目の前の壁に亀裂が入り、やがて生まれてきたのは所々にある鱗に青白い肌に琥珀色の瞳、額に宝石があるもその姿は手足のある人型の存在。額の宝石から、『竜女(ヴィーヴル)』と仮定したが、59階層まで行っている【ロキ・ファミリア】である自分でも見たことがないものだったということ。そして、それが言葉を話したこと。覚えている限りを、説明した。

 

 

「あの子は、『ヒト』って言ってた。それに、私たちが普段戦ってるモンスターみたいな嫌な感じがしなかった」

「黙っていようとは、思わなかったのかい?」

「隠そうと思っても、私じゃ無理だよ・・・」

 

『・・・ヒトだよ、僕と同じ反応がする』

目の前で生まれたモンスターを見つめながら、ベルははっきりとそう言った。

 

「・・・人とモンスターが共存する、この御伽噺みたいなことって可能だと思う?」

「ありえないね。」

 

即答。ティオナ自身もそう言うだろうという事は分かっていた。でも、どうしてか聞きたかったのだ。

 

「御伽噺は御伽噺だよ、ティオナ。例え彼に『借りを今、返せ』って言われても、無理だ。あの迷宮を攻略するために、闇派閥を倒すために、結託するとして、その後は?」

 

団員達の士気は下がらないか?

離反する者は?

派閥の中には家族や恋人、仲間を奪われた者が数多くいる。

彼等を納得させることは本当にできるのか?

 

「だから、ありえないんだよ。少なくとも・・・いや、確実に、内輪揉めも起きる。それほどまでに人類と怪物の軋轢は深い。だから、共存なんて、そもそもありえないんだよ」

 

フィンは腕を組んでティオナをじっと見つめて、淡々と語る。

 

「例え・・・いや、本当だとしても、僕はそれを信じたくはないよ。」

 

『障害』にしかならないからね。と言って、フィンは長く息を吐いて、天井を見上げた。

もし仮にフィンがモンスターと繋がっていたとして、それが明るみになればその瞬間で、今まで積み上げてきたものは崩れ去り、【勇者】は自己崩壊を起こし、フィンの野望はそこで潰えるだろう。ティオナは別に『手を取り合いたい!』という意味で言った訳ではなく、あくまでも『どう思う?』程度で聞いただけだ。それもわかっている。だから、もう一度ティオナに『重たい空気にしてすまなかったね』と微笑んで、ティオナも『気にしなくていいよ、なんとなく、聞いてみたかったから』とだけ言ってそこで切り上げた。

 

 

「あ・・・でも」

「ん?まだ何かあるのかい?」

「えっと・・・その『喋るモンスター』が昔、都市の外っていうか、密輸?されたとかで、フィンは何か知らないか聞いてみて欲しいって言われたんだけど・・・」

 

ま、知らないよねー。とティオナは腕を頭の上で組んで、部屋を出ようとした。

 

「密輸・・・・よくわからないけど、可能性なら【クノッソス】しかないと思うよ」

「ん。だよね」

 

それなら、アルゴノゥト君が一緒に暮らしてた『喋るモンスター』はあそこを通ってきたのかーと小声で呟いて、そして、完全に執務室を出て行った。いつも通りの彼女の雰囲気で。

 

「リヴェリア、今の聞こえたかい?」

「聞こえないほうがよかったと思うが?」

「・・・それで、あの御伽噺か。ロキ、著者ってわからないのかい?」

「知らんなぁ。広めたっちゅうか、バラ撒いたんはヘルメスやろうけど。まぁ、その御伽噺が事実やとして、可能性としてはゼウスか、それこそアストレアなんちゃう?それより、アイズたん、前のドチビがアレスのアホに攫われて、それを追いかけて・・・」

 

世話になったっちゅう『エダスの村』で、あの子と何があったん?

帰ってきてから、なんや考えごとしとる時間増えてるで?

なんて、唐突にロキが黙り込んでいたアイズに聞いてくる。ありえない話をティオナが話したときも、何ら雰囲気を変えることもなく黙っていたアイズにロキが、からかうわけでもなく笑みを浮かべて聞いてくる。少し黙り込んでいたアイズが、気が付けば口を開いて、その村での出来事を話した。

 

 

「あの子が、小さい頃に『喋るモンスター』に出会って、生活してて、あの子にとってはそれが普通で、オラリオにもいると思ってたらしいんだけど、全然違ってて、私はつい、『怪物のせいで誰かが泣くのなら――私は怪物を、殺す』・・・って言ったんだと思う。そしたら、あの子が『じゃあ、魔石が埋まった人は倒さないんですか?』とか『なら、神様に家族を奪われた僕は、どうしたらいいんですか?』って言われた。『僕には、違いがわかりません』って言われて、何も言い返せなくて・・・それで・・・えっと」

 

 

24階層での一件以来、アイズはベルともよくダンジョンには行っていた。それはレフィーヤも知っている。というか、一緒について行ってた。そして、『あの魔法やっぱずるいです!』と思っていたし、2人は仲が良さそうに見えたから、揉めたというのを聞いて驚いた。いや、内容が内容だけど。

 

「それで?その続きはどないしたん?アイズたん?」

「えっと、村長さんの家で、一緒にご飯を食べてたんだけど、私が間違えてお酒を飲んじゃったみたいで・・・」

 

あの子を、ベルを、泣かせてた・・・みたい・・・です・・・。と少しずつ、自分がやらかしたことを思い出して、どんどん暗くなり、最後には膝を抱えて座り込んでしまった。

 

「あちゃー・・・アイズたんお酒飲んでしもうたんか」

「その、水と一緒に置いてたから・・・分からなかった・・・」

「あの子、反撃せえへんかったん?」

「聞いたら、『反撃して家が吹き飛んだらどうするんですか!?僕のお義母さん、お爺ちゃんがセクハラするたびに家を吹き飛ばしてたから、叔父さんがいつも巻き添えくらってたんですよ!?』って言われた」

 

話を聞いていたレフィーヤの脳内では、『僕のお義母さん、福音って言うだけで明日には新居を叔父さんに作らせてるんですよ。3日もったら凄いほうです!』と熱弁するベルの姿が映っていた。

 

 

「ま、まぁ・・・アイズ、その件はその件で彼に謝罪すればいいさ。彼には彼で思うところがあるみたいだし。」

「彼がモンスターとの共存を望んでいたとして、女神アストレアは動くのか?」

「ンー、彼女は彼に対しては基本的に自分の意思で動くようにさせているみたいだからね。それこそ、『都市』を巻き込む形にならない限りは、見守るんじゃないのかな?」

 

流石に、『何もするな』なんて形で借りを返せとか言われても困るけどね。と乾いた笑い声を上げるフィンは、しかし、微かに、親指に疼きを感じ取っていた。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

ベルとリューが、異端児の隠れ里から帰還したその翌日。

女神は顔を赤くして悶絶していた。

 

『アストレア様・・・大好きー!!』

 

寝ぼけ眼に、抱きついてきて、少女のような笑みで、そんな言葉を零距離で喰らったのだ、彼女が、女神が耐えられるはずがなかったのだ。

『わ、わたし処女神よね?そうよね?う、うん!だから、寝ているこの子を襲うようなことはしないわ!神に誓って!!』などと自分が神であるはずなのに、一体どこの神に誓うのかとツッコミが入りそうではあるが、必死に理性で自分を律した。

 

「うぅぅ・・・・ベルはずるいわ」

 

零距離爆撃を喰らってフリーズした瞬間、ほんの一瞬、なにやら幽冥の神、『我こそは、絶対悪!!』なんて言っていたエレボスが見えた気がしたけれど、『こっちこいよー』なんて手を振っていた気がしたけれど、冗談ではない。あなたのところに行くくらいなら、私はこの子と一緒にいるわ。当たり前よ!!と必死にエレボスと目線を合わせないようにした。いや、ほんとマジで、送還したはずよね?と疑うレベルで。

ベルを背負って、部屋に行き、『お風呂はもう明日でいいわよね?』と軽く拭いてやり、浴衣に着せ替えてやり、ベッドに寝かせ、自分は『起きないかしら?』とちょっと期待しながら、自分も明日一緒に入ろうと思い、ネグリジェへと生着替えをしたというのに、起きる事がなく終わってしまい、がっくりと頭を垂れた。

 

「起きてくれないのかしら・・・私だけ据え膳じゃないかしら?」

 

結局は、いつもの様にベルを抱き枕に、胸元にその顔をやるように抱きしめて寝るつもりが、ベルのお腹を枕にするようにベッドの中に潜り込み、抱きしめ、うつ伏せ状態となって呼吸の動きで、温もりで、さらに悶々。眷属(アリーゼ)達だけずるい!!と足をジタバタ。顔をお腹にぐりぐり。ぐりぐり。として、これでは生殺しだ!!と抗議したいが、それもできずに、そのまま眠っていたわけだが、とうとう朝になってしまっていた。

 

「アリーゼ達はよくて、私では駄目なのかしら・・・・?」

 

いや、きっとそんなことはないはず。だって、もっとなにかこう・・・言おうとして?迷って?『大好きー!!』しか言わなかったのだから、きっともっと何か別のことを言おうとしたのだろう。それこそ、【不冷】がヘファイストスに言ったようなこと・・・を・・・。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 

バンバン!!ジタバタ!!

 

ベルを抱きしめたまま、ベッドの中で悶える、女神アストレア。

彼女は内心、『この可愛さの化身を、アルフィア、あなた、置いていったの!?嘘でしょう!?』と勝手に八つ当たり。もぞもぞとベルの上を這い寄るように掛け布団から顔を出して、ベルの顔を覗くも、まだ起きる気配はなし。もう一度潜り込んで、お腹に顔を押し付けたりしながら、悶々とする。今、この顔を見せるわけにはいかない。けど、寝ているなら、好きにさせて欲しいという理性ギリギリ・・・いや、もう危ないところまできているけれど。好きにさせて欲しかった。下着に手を出していないだけ許して欲しい。と女神は思った。

 

「アルテミス・・・あなたもこれを喰らったことあるのかしら?」

 

いや、ナイナイ。ナイナイナイ。私だけよね?そうよね、そうだと言って?

もし私がフレイヤだったらそれこそ、伴侶にしたいとか言っていたかもしれない・・・などと考えてまた顔が暑くなって『うわぁぁぁぁ!?』とジタバタ。お腹に顔を押し付けてグリグリ。

 

 

「ベルもベルよ?どうして、あの子たちには凄いことされておいて、私にはしてくれないのかしら?」

 

いや、キスより先をしているといえばしているが、以前、ランクアップした時の短い2人だけのひと時だけだ。それ以降は、そういうことはない。勿論、別々で寝るということはほとんどないし、お風呂も一緒に入る。というか、ダンジョン以外で一緒にいない日などないレベルだとさえ思う。

 

「これはあれかしら、あの子達だけ先に行っているから・・・そう思うのかしら?」

 

いっそ襲ってしまおうかしら?

いや、駄目よ。そんなことはしては駄目。だって、私は何の神か思い出して、声を大にして言って御覧なさい?と心の中で自分に問うてみる。

 

「私は・・・女神アストレア。『正義』の女神・・・」

 

だから、襲うなんてことは、駄目。それは、駄目よ。アストレア。

『正義の女神様が悪に落ちるとか見てみたいわー』とかエレボスが言いそうな気がしたけれど、そういうことではないわ。

 

「・・・・そう言えば、この子がオラリオに来てから、2人きりになることってあったからしら?」

 

ダンジョン以外で言えば、ホームやちょっとした買い物に行くくらいだ。この子は必ず私が出かけるときは付いていこうとする。しかし、それでも、一緒に寝ている時は、夜中に抜け出しては、輝夜に誘われてお酒を飲んでいたり、いつの間にかリューがベッドからベルを取り上げて連れて行ったり、アリーゼがベルと私が寝ているときに潜り込んできたりなんてこともある。どういうことだ?

 

「2人っきりになれるとき・・・なくないかしら・・・・!?」

 

 

それに気が付いて、ガバッと掛け布団をめくり上げるように膝立ちになる。頬に手を当てて、『あっれー?おっかしーぞー?』なんて考えて、これはやはり、主神としてガツン!と眷属(アリーゼ)達に言うべきだろうか?いやしかし、それで変に彼女とベルの間に距離が開いてしまうのも良くない・・・

 

「でも、でもぉ・・・」

「うぅー・・・ん・・」

「―――ッ!?」

 

起こしてしまったかしら?と、膝立ちの状態から体を前に傾けていって、ベルの顔に自分の顔を近づけて、確認をする。よっぽど疲れていたのか、それとも異端児達に会えたことが嬉しかったのか、幸せそうな顔で眠っていた。

 

「すぅー・・・」

「ほっ・・・良かった・・・」

 

何が良かったのだろうか。自分でもよくわからなかった。

もしここにアルテミスがいたら、『おい、離れろ!不潔だ!!不純だ!!聞いているのか!?』なんて怒っているかもしれない。しかし、そんなこと知ったことではないのだ。だって、私の眷属だもん!!と心の中でその豊かな胸を張って宣言する。

 

「私の眷属・・・私の・・・ベル・・・私もベルに『お姉ちゃん』と言われてみたい・・・・ふふふ・・・はっ!?い、いけないいけない。」

 

ニヤけている自分の頬をつねって、顔を引き締める。これではフレイヤみたいになってしまう。それは駄目だ。

この子なら『アストレア様になら、魅了されてもいいです!』なんて言いかねないけれど、それは駄目だ。絶対に。そういうことではないのだと、己に律する。そもそも、魅了なんてできないが。

 

「フレイヤが・・・この子を欲してはいるのよね・・・」

 

『魂が純粋で綺麗で、何か黒い靄がかかっているけれど、それが晴れたら、伴侶にしたいくらい欲しい。でも・・・』仮に無理やり奪ったり、それこそ都市そのものを魅了して、我が物としようとした時点で、ベルの魂の輝きは完全に崩壊する。だから、攻略難易度は『ルナティック』だとかのフレイヤはこの間行った女神のお茶会で言ってのけたのをふと、思い出した。

 

「そもそもあげないけど・・・。」

 

そのルナティックな難易度のキャラを私は、すでに攻略済みなの、どう?フレイヤ?悔しいでしょう?と女神は心の中でドヤ顔をしつつ、それでも『頂戴?』なんて言おうものなら、次のお茶会のときにでもベルを連れて行って目の前で接吻しているところを見せ付けてやろうかなんて考えてしまう。

 

「ベルは私の・・・ベルは私の・・・私達の、家族・・・だから、あげないわ・・・」

 

少しずつ頭が冷えてきて、もう一度掛け布団を被って、今度は自分の腕をベルの浴衣の中に通して素肌に直に触れるようにして、抱きついてお腹に耳を当てる。

 

「そういえば、異端児・・・ベルにとっては、かつての家族の同胞に会ったのよね。私としては、どうするべきなのかしら。」

 

リューは『ベルは、ベルなりの正義を貫けばいい。見つけていけばいい』そう言っていた。私もそれでいいと思っている。それは間違いない。ただ、密輸があったことを考えればあの人工迷宮が関わっていること、そして闇派閥が関与していることは明白だ。それが、もしも、都市を巻き込むようなことになった場合、自分達はどうする?

 

「都市の秩序を守るのは私たちの役目ではある・・・だから、その場合、この子とは対立してしまうことになるのかしら・・・」

 

そうなれば、ベルはきっと涙を流しながら迷いに迷って、自分達に刃を向けるのかもしれない。だけど、傷つけるなんてできなくて、刃を捨てて、全てを一身に引き受けてボロボロになってしまうのかもしれない。どっちにせよ、ベルにとっては辛い決断を強いられてしまうだろう。それでも・・・

 

「私が書いたあの御伽噺が、些細な、小さなものでしかないけれど、何らかのきっかけになってくれたら・・・」

 

そうなってくれたら、どれだけいいだろうか。

難しいことを考えて、少し悲しくなってきてしまって、つい強く抱きしめてしまう。

 

「ただでさえ、黒い魔道書が気がかりで仕方ないというのに・・・フレイヤの言っていた『魂を覆っている靄』それはきっと、エレボスから放たれていたであろう微かな、神意なのかもしれない。ステイタスには未だ変なことは起きてない。でも、嫌な感じはする・・・」

 

不安なことも多い。眷属(アリーゼ)達が動いてはくれてるけれど、それでも、限界は来る。

はぁ・・・と溜息を付いて、ベルのお腹に顔を埋めるようにモゾモゾとして、ベルが起きるまで、もう一度眠ってしまおうかなんて考えていると、抱きしめていたベルが動き出す。

 

「うぅぅ・・・ん・・・?アストレア・・・様・・・い、ない?」

 

あ、不味い。

起きたときにいないというのは、ベルにとっては嫌な事を、トラウマのスイッチになりかねない。それを思い出して、慌てて、モゾモゾ!と体を浮かせ、四つん這いになってベルの方へと這い出る。

 

「――――?」

 

自分の体の上に違和感を感じたのだろう。

捲り上げようとして、掛け布団に手をかけたところで、私が顔を出す。

 

「―――わっ!」

「わぁ!?な、何してるんですかぁ!?」

 

思っていた通り、驚いてくれた。そして、安心したような顔をしていた。

その顔を見て、私は顔が熱くなるのを覚えながら、ベルに飛びついて胸に顔を押し付けるようにして、これでもかと撫で回す。

 

「ア、アストレア様、どうしたんです、か!?」

「ふふふふ、ベル、昨日あなた、私に何言ったか覚えてないの?」

「えぇ・・・っと?何か、アストレア様に喜んでもらいたくて、何かを言ったような?」

 

どうやら、本当に寝ぼけていたらしい。碌に覚えていない。それはそれで、少し、ムッとした。

少し、そう、少しだけ、悪戯をしてやろう・・・なんて考えてしまった。

 

「教えてあげましょうか?」

「え、えと・・・?あ、その、アストレア様、その、柔らかいのが当たって・・」

「当ててるのよ」

「ありがとうございますぅ・・・」

 

見慣れているでしょう?触りなれているでしょう?何を今更?と思いつつも、いや、真顔でいられてもそれはそれで悲しいと思ってしまった私がいた。

 

「えと・・・?僕、アストレア様を怒らせるようなことを?」

「いいえ?嬉しかったわ?でも、ベルったら寝ぼけて、私には何もしてくれないんですもの」

 

そうだ。ベルからは、してくれていない。これはどういうことだと抗議する。

 

「ごめん、なさい?」

「ベル、私に『大好きー!!』って言ったのよ?別に何か言おうとしていたみたいだけれど・・・何を言おうとしたのかしら」

「うーん・・・・」

 

『そりゃぁ、アストレア様は大好きですけど・・・』と目線をずらして、当たり前の様にこの子は言う。

こ、この子はぁぁぁ!?と声を上げたいが、必死に堪える。

 

「顔、赤いですよ、大丈夫ですか?」

 

バレてしまっていたわ。残念。

 

「ねぇ、ベル?」

「は、はい?」

 

そうだ、悪戯心に、フレイヤに習って、耳元で囁いてみよう。

 

「あなた・・・伴侶(オーズ)になりたいって考えたことって・・・ある?」

「あ、あ、あぁぁ・・・!?」

 

見る見るうちに赤くなっていくベル。そして、また顔が熱くなる私。

なるほど、これがいいのね、フレイヤ。え、違う?でも、私は好きかもしれないわ、こういうの。

 

「今度・・・2人でどこか遊びに行きましょうか」

「うぅぅぅぅ・・・・・へ?」

 

眷属(アリーゼ)達に取られてばかりだから、せっかくだ。この子が休めるときに、2人だけになれるように何か考えよう。そう思って、提案する。この子はオラリオのことも、外のことも碌に知らないだろうから、引っ張って行ってやればきっと喜んでくれるだろうから。

 

「で、でも、オラリオの外に出るのは難しいんじゃ?」

「大丈夫よ、全員で行くわけじゃないんだし。」

「アストレア様と2人きり?」

「そう、2人きり。デートよデート。いやかしら?」

 

『嫌じゃないです・・・』と顔を赤くしたベルは、私の背中に腕を回して、顔を埋めるようにして、二度寝をしようとした。

 

「駄目よ、二度寝は。」

「え、えぇ!?」

「寝たら悪戯しちゃうわよ?」

「うぐ・・・」

「あら、ちょっと期待した?」

「し、してません!!お、起きました!!オハヨウゴザイマス!!今日もアストレア様はスケスケで綺麗です!!」

 

ネグリジェのことを言っているのだろうか・・・半目になってベルを見て、自分のことを見るも、たしかに透けてはいる。しかし気にしない。だって、女神だもの。

 

「えいっ」

「わっ!?」

 

ベルを押し倒して、また抱き枕のようにして、横になる。

 

「あ、あの・・・二度寝は駄目だって・・・」

「ゴロゴロはいいの。ゴロゴロは」

「え、えぇぇー・・・」

「約束ね?今度、時間ができれば、2人で出かけましょう。」

 

 

『はぁい』と観念したように、だけど、期待するように、抱きしめ返して、私達は眷属達が起きだす音がするまで、ゴロゴロとする。



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メイド狐

 

 

 

「どうして春姫さんは、メイドさんの格好をしているんですか?」

 

それは、アストレア様が顔を赤くして悶絶した朝の、その後の朝食の出来事。

皆が起きてくる音がして、僕とアストレア様も部屋を出てリビングに向かうと、どういうわけかメイド服を着た春姫さんがいた。

いや、ファミリアに入ったときに『基本的にはホームにいてもらう』とかなんとか、そんな話をしていたのはなんとなく覚えていたし、春姫さんも『何かお仕事をやらせてください!』と言っていたから『星屑の庭』――つまりは、僕たちのファミリアのホームの掃除だとか給仕だとかの仕事をお姉さん達に教えてもらっていたのは知っていたけど、どうして着物ではなくその格好なのか、ふと、疑問に思ってしまった。

黒の仕事着(ワンピース)と白い前掛(エプロン)、太い尻尾とともに揺れる長いスカート、尻尾がふわふわしていて、ネーゼさんが若干悔しそうに自分の尻尾を撫でているけれど。

 

「い、いえ、その・・・アリーゼ様が『給仕なら、メイド服よね!』と仰っておりましたので・・・変でございますか?」

 

ゆらゆらと尻尾を揺らして、食器や料理を食卓に並べ終えた春姫さんが、お盆で口元を隠しながら聞いてくる春姫さんに、何人かが『これがあざといって言うやつ?』『アストレア様のメイド服姿、見てみたいなぁ』・・・僕も見てみたいかもしれない。

 

「似合ってると思いますよ?えっと、素敵です」

 

うん、とってもいいと思います。

その一言に春姫さんは尻尾をピン!と立てて、そして、大きくゆらゆらと揺らして

 

「あ、ありがとうございます・・・その、精一杯ご奉仕させていただきますので・・・」

「待って。春姫が言うと、何だかいやらしいわ」

「厭らしいですね」

「ベル、メイドだから何してもいいとか思ってたら、きついお仕置きが待ってるからな?」

「何もしない!!」

 

一体僕をなんだと思っているんだ、このお姉さん達は!!いつも先に手を出してくるのは、アリーゼさん達の方なのに!!

 

「メイドさんだから、さっきも起こしに来てくれたんですか?」

「い、いえ、その・・・ベル様とアストレア様だけが、いらっしゃらなかったので。その、勝手に扉を開けてしまって・・・」

「わぁぁぁ!?春姫!言わなくていいのよ!?」

「ノ、ノックもしたのですが、返事もありませんでしたので・・・」

「何々、朝っぱらから何してたんですか?」

「何もないわ!ほ、ほら、ご飯が冷めてしまうわ!」

 

赤面するアストレア様は必死に話題を変えようとするも、お姉さん達はニヤニヤとしていて、僕のことまで見てくる。春姫さんは僕の横に来て、『な、何かまずかったでしょうか?』と耳元で聞いてくるも、僕も思い当たるものがわからずに『さぁ?』と返してしまう。

 

「―――ベル」

「は、はい。何ですか、アストレア様」

「どうして私だけが動揺していて、貴方はへっちゃらなのかしら?」

「え・・・?だ、だって、春姫さんが来たとき、ただゴロゴロしていただけじゃないですか」

「・・・・それもそうね。」

 

別に恥ずかしいことではなかったわ。と急にしゅんっとしたアストレア様は黙々と朝食を食べだした。怒らせてしまっただろうか?春姫さんは申し訳なさそうにしているし。

 

「ベル、ベールー」

 

向かいに座るアリーゼさんが小声で僕を呼び出してきて、僕は立ち上がってアリーゼさんのところにいく。

 

「どうしたの、アリーゼさん?」

「こういうときは、『あーん』ってしてあげたら、アストレア様、機嫌良くしてくれるわよ!」

「・・・本当?」

「もちろん!お姉ちゃんは嘘つかないわ!」

「う、うーん・・・やってみる」

 

 

僕は再び、アストレア様の隣の席に戻る。なにやら背後で『よし!これでまたアストレア様の可愛いところが見れる!』とか手を叩き合う音が聞こえた気がしたけど・・・僕、玩具にされてないよね?大丈夫だよね?

 

「ベル、食事中に立ち上がるのはあまりよくないわ」

「はぃ・・・あ、あの、アストレア様、怒ってますか?」

「・・・怒ってないわ」

「じゃ、じゃぁ、こっち向いて欲しいです」

「・・・どうしたの?」

 

少し不満そうにしているアストレア様は、渋々僕の方へ体を向けてくれる。だから、僕は朝食のパンをちぎって、口に近づけた。

 

「え・・・と、【あーん】。」

「・・・・あーん

 

一瞬、固まって、目を点にしたアストレア様は、目でアリーゼさん達を見て、もう一度僕をみて、食べてくれた。手で口元を隠すようにして、モグモグと。

 

「お、美味しいですか?」

「え、えぇ・・・ベーコンエッグも美味しいわ。ほら、ベル。あーん」

「あ、あーん」

 

さっきまでの膨れっ面はどこへやら、アストレア様もお返しとばかりに、僕に食べ物を近づけてきて、僕はそれを食べる。目が合って、自然と笑い声が上がってしまって、僕の横に座る春姫さんは微笑ましいものを見る目をしていて、だけど、言いだしっぺのアリーゼさんは『く、尊い・・でも、何かしら、私は一体なにを見せられているのかしら!?』と若干後悔していた。

アストレア様は、コーヒーを口に入れて、カップから口を離して、アリーゼさんに目を向けて話し出す。

 

「アリーゼ?」

「ベル様ベル様」

「は、はい、何ですか、アストレア様?」

「どうしたんですか、春姫さん?」

「貴方達、最近、私とベルを玩具にしすぎよ。どうかと思うわよ?」

「その・・・もしよろしければ、私にも『あーん』をしていただけないでしょうか?」

「うっ・・・で、でも、2人ともとっても可愛いですし・・・あの・・・ええっとぉ・・・すいませぇん」

「?別にいいですよ。はい、あーん」

「あと、今度時間が取れたら、ベルと2人で遊びにいかせてもらうわ。構わないわよね?」

「――ッ!!あ、あーん!でございますぅ!!」

「えぇ!?ま、まぁ、それは構わないですけど・・・護衛は!?」

「ベ、ベル様、こ、こちらもどうぞ!あーんっでございます!」

「ベルがいれば問題ないと思うけれど・・・?というより、まだそこまで決めてないわよ?」

「あーん。美味しいですね?」

 

「「そこ、イチャイチャしない!」」

 

「コ、コン!?」

「ひゃぃ!?」

 

 

 

 

「ふぅ・・・ベル様は今日は、ダンジョンに行かれるのですか?」

「そのつもり・・・ですけど?」

 

朝食が終わり、各々が出かけていった頃、特に巡回に参加するように言われていない僕は春姫さんと一緒に後片付けをしていた。アストレア様はアリーゼさんと一緒に、用事があるとかでギルドに行ってしまった。アリーゼさんが言うには

 

『ベルは実際に現場で動いたほうがいいと思うんだけど、情報収集って苦手そうなのよね。だから、ダンジョンで異変を感じ取ったら教えて頂戴!』

ということらしく、例のフェルズさんが言っていた『上級冒険者連続失踪事件』の情報が何かないか、調べてくるということらしい。

 

「どうかしたんですか、春姫さん?」

「い、いえ!で、ではその・・・バベルまでご一緒しても?」

「別に構わないですよ?」

「で、では、お見送りさせて頂きますね」

「そ、そこまでしなくても・・・」

「その・・・今はまだ、生活に慣れるので精一杯なのでございまして、そのうち、一緒にダンジョンに行かせていただきますので。」

 

だから、それまではそうさせて欲しい。とお願いされてしまった。

輝夜さん達にも『強力な魔法を放っておくわけにはいかん。戦える云々は置いておくとして、サポーターとしての知識を身につけるのは悪いことではない。少なくとも同行するのは、私達やベルだ。』と言われているらしい。確かに、僕と一緒なら、18階層までは襲われることなくダンジョンを進めるから問題はないけど。

 

「その、春姫さんはいいんですか?ダンジョンに行くのがいやなら、無理しなくても・・・」

 

そうだ。無理をしてダンジョンに行く必要なんてない。アリーゼさんも僕が冒険者になるって言ったときに何度も聞いてきていた。別に冒険者じゃなくたって家族として迎え入れるから、無理はしないで欲しいと。そんな僕に、春姫さんは微笑を浮かべて、回答する。

 

「いいえ、ベル様。無理はしておりません。何より、私も眷属の1人にならせて頂いたのです。皆様のお力になりとうございます・・・それに、わ、私達は家族(ファミリア)ですから」

 

と最後は俯きながら、赤面しながらもじもじと狐の耳と尾を揺らして、か細い声で告げてきた。

もちろん、魔法は使用場面や頻度、隠蔽方法などを考える必要がありますが・・・アイシャさんも力になってくれると仰ってくれましたので、ですから、大丈夫です。とつけたして、洗い物を終わらせて、出かける仕度をして、僕と春姫さんはホームを後にした。

 

 

■ ■ ■

 

バベル前のベンチで、またいつもの様に座って人を待つ。

2人で座って、右隣にいる春姫さんの膝の上で開かれた御伽噺を読みあって時間を潰し、時に子供達や冒険者の人たちに手を振られては、振り替えす。そんな時間。

 

 

「つ、つまり、この『翼を持ったお姉さん』は、村にやってきたのではなく」

「はい、どこかから、攫われてきたんです。それで、嵐で荷馬車が壊れて、その中に、ボロボロの状態で見つかったのが『翼を持ったお姉さん』との出会いなんです」

 

僕は最近知った御伽噺を春姫さんが買ってきてくれて、それを僕の記憶と照らし合わせていると、『あ、これ、僕の話だ』とすぐにわかってしまった。

 

「最後のページには、『どこかへ旅立っていった』と書かれているのですが・・・どこへ行かれたのです?」

「死はある意味、『旅立ち』って言われることがありますよね?」

「あっ・・そ、その、すいません!」

「謝らないでくださいよ!?」

 

 

 

 

「その、怖くはなかったのですか?」

「全然?村の人たちは最初は警戒してたけど、子供の僕が世話をしているのを見て『大人がビビッてどうする!』ってなったらしいですよ?」

「その、何故、助けようと思ったのでございますか?」

「うーん・・・助けを求めていたから?」

 

どうして?と言われても、きっとたぶん、体が先に動いてしまっていたんだと思う。でも、後悔はしていない。

 

「ベル様は・・・その、またその方の家族?という言い方が正しいのでしょうか、会いたいと思っておられるのですか?」

「・・・はい。もし、そのヒト達が困っていたら、きっと僕は助けると思います」

 

きっと、オラリオの人たちには理解されないことだ。でも、僕は、見捨てられない。『お姉さんに命を救われてる』から。でも、アリーゼさん達やアストレア様は、どう思うんだろう・・・。

思わず俯いてしまう僕に、春姫さんはオロオロとして、意を決して手を握ってくる。

 

「は、春姫はベル様に助けて頂きました。ですから、その・・・困っていることがあれば、春姫はお手伝いしますので!」

 

派閥に入ったばかりの私です、追い出されたって痛くありません!と冗談交じりに春姫さんはそんなことを言うものだから、僕は思わず、笑ってしまった。

 

「ベ、ベル様?何か、おかしかったでしょうか?」

「ご、ごめんなさい。そういうわけじゃなくて・・・ははは」

 

 

「お待たせ、ベル君。・・・と、あれ?メイドさん?」

「あ、アーディさん、こんにちわ。この人は新しくファミリアに入った春姫さんです」

「あぁーリオンが言ってた子か。」

「は、はじめまして。よろしくお願いいたします!?」

 

待ち合わせの場所に、アーディさんと、どういうわけか、レフィーヤさんが来ていた。

 

「アーディさん、どうしてレフィーヤさんが?」

「うーん、何か、着いてきちゃった」

 

てへっと舌をペロッと出すアーディお姉さん。

レフィーヤさんの方を見てみたら、何だかなんとも言えない微妙な顔をしていた。

 

 

「こ、こんにちわ。レフィーヤさん?」

「・・・こんにちわ、ベル・クラネル。先日、ダンジョンで何かあったみたいですね」

「うっ・・・」

「アイズさんとも、前に揉めたとか」

「ぐふっ・・・!?」

「ベ、ベル様!?」

 

怒ってるような、怒ってないようなそんな顔で、聞いてくる。

アーディさんは自然と僕の左隣に座って、『あ、これ読んでたんだー。見せて見せてー』なんて言って僕の膝に御伽噺を移動させている。レフィーヤさんは、切り替えようと咳払いをして

 

「きょ、今日は、私も同行させてもらいます!」

 

と言ってきた。

 

「えっ?」

「何があったかはその・・・さすがにこんなところでは聞きにくいし話しづらいでしょうから。いきなり襲うようなことはありませんから、安心してください!」

「ベル様、他派閥の方にも襲われたのでございますか!?」

「春姫さん、違います!!それ、たぶん、意味が違いますから!?」

「襲うって何を言っているんですか、あなたは!?というか、やめてください!気にしてるんですから!!」

「もうその話は忘れようって約束したじゃないですか、レフィーヤさん!!」

「そ、そうですよね・・・コ、コホン!はい、忘れました!!」

 

で、では、ダ、ダダダ、ダンジョンに行きましょう!!なんて未だ動揺を隠せないレフィーヤさんは僕の手を取って立ち上がらせて引っ張っていく。その後ろをアーディさんがニコニコしながら、付いてきて、僕は振り返って春姫さんに『行ってきます』を伝えた。

 

 

「は、春姫さん!行ってきます!!」

「はい、行ってらっしゃいませ!」

 



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質疑

サブタイトルに特に意味はないです


 

 

 

「それで、聞きたいこと・・・なんですけど」

 

おずおずと僕とアーディさんが並んで歩く一歩後ろを歩いているレフィーヤさんが質問をしてくる。内容は、先日ティオナさんとダンジョンに行ったときの出来事についてだ。

 

「本当にいた・・・いえ、いるんですか?『喋るモンスター』なんて」

 

僕達はルームに入って、周囲に誰もいないことを確認して、アーディさんに目線を送る。

 

―――どうしたらいいですか?

―――君が決めていいよ?

 

うーん、と唸って僕はレフィーヤさんの顔をチラっと見てみると、真剣な顔で見つめていた。僕が答えてくれるのを待っていた。

 

「レフィーヤさん」

「何ですか?」

「――その質問は、フィンさんに探るように言われたんですか?」

「そんなわけないじゃないですか。ティオナさんに本当なのか気になって聞いてみたら『本人に聞きなよ』って言われたんですよ」

 

誰かに言われたんじゃなくて、気になって仕方がなかったんです。そう言葉が返ってきて、僕はレフィーヤさんの目を見て、質問に答えることにした。

 

 

「いますよ、『喋るモンスター』は」

「・・・そうですか」

「と言っても、全員が全員、言葉を話せるわけじゃないですけど。」

「はい?」

「カタコトだったり、流暢だったり、まったく言葉を話せなかったり、いろいろです」

「じゃ、じゃあ、その・・・どうして、モンスターを助けたんですか?」

 

その質問に、少しピクっとして、すぐに僕は言い返す。何がいけないの?と思ったから。

 

「どうして、助けちゃいけないんですか?」

「だ、だって、モンスターですよ?」

「あのヒト達は、僕たちと同じように笑ったり、怒ったり、泣いたりできる。それでも?」

「・・・・・」

「モンスターにも襲われる、冒険者にも襲われる。それどころか、捕まって、売り物にされたりもする。それで苦しんでるのに、見捨てるなんて、僕にはできない・・・」

 

『喋るモンスター』に命を助けられた僕は、一緒に暮らしていた僕は、そんなこと、できない。

ダンジョンのルーム、その天井を見上げて、僕は何も間違ったことはしていないと正直に伝える。レフィーヤさんはただただ、真剣に聞いてくれている。たぶん、潔癖なエルフであるレフィーヤさんが話しを受け入れるのは難しいと思う。それに、たとえ受け入れたとしても、【ロキ・ファミリア】が、フィンさんがどうするのかなんて、僕だって知っている。

 

 

「僕にとって『喋るモンスター』は、一種族と何ら変わりませんよ?」

「う・・・・」

「聞く耳を持たず、目を背け、力でねじ伏せることは、簡単です。でも、それをしたら、僕達は怪物以下の蛮族に成り下がる」

「うぐっ・・・」

 

 

『ぐぬぬぬぬ』と揺れているレフィーヤさんに、くすっと笑みを浮かべて、僕は最後に言った。

 

「『助けてもらった僕』が、助けなかったら、見捨てたら、怒られちゃいますよ」

 

お義母さんに。叔父さんに。アルテミス様に。村の大人達に。

 

 

話を終えて、レフィーヤさんはがっくりと力を抜いて

『わ、わかりましたぁ・・・実際見ていないものを私がどうこう言えるものでもないですし。聞きたかったから聞いただけですし。すいません、ありがとうございます』

と言って、最後に聞かせてくださいと、アイズさんと何があったのかを聞いてきたので、その話もした。

 

「えと・・・」

 

怪物(モンスター)のせいで誰かが泣くのなら――私は怪物(モンスター)を、殺す(・・)

『それなら、僕は神様のせいでまた失うのなら――僕は神様を、殺す』

 

あの村で祭られていた『鱗』の前でした言い合い。

結局、お互いに何があったかなんて話してはいないけど。

 

それを聞いたレフィーヤさんは絶句。アーディさんはアリーゼさんかリューさんあたりから聞いていたのか『うわー』なんて言ってる。

 

「ベル・クラネル・・・『神殺し』は大罪ですよ?」

「知ってますよ。それに、もうこの下界にはいないから、僕は何もできませんよ」

「エェ?」

「神様が僕の家族を奪った。連れて行かれた。僕だけが、置いていかれた。復讐したいと思ったって、下界にいないし、そもそもできないんですよ」

「何があったんですか?」

「内緒」

 

もう話すことはないですよ、と言うようにアーディさんの手を取って、ズンズンとダンジョンを歩き出した。とりあえず18階層に行こうと思って。固まっていたレフィーヤさんは、ハッとして『ま、待ちなさーーーーい!』と叫び声を上げて、追いかけてきた。

 

 

「ベル君、ベル君」

「アーディさん?どうしたんですか?」

「君、歳のわりには、難しいこと言うんだねぇ」

 

ニヤニヤと顔を寄せて、そんなことを言ってくる。

 

「か、からかってます?」

「いーやー?ギャップっていうのかな?私は好きだよ。そういうの。」

 

へぇ、可愛いだけじゃないんだぁ。なんて繋いでる手をにぎにぎしながら、呟いているアーディさんに、やっぱりからかわれてるって思ってしまった。僕の周りにいるお姉さんは、意地悪さんばかりだ。

 

 

「ま、待って、待ってください、ベル・クラネル!」

「『ベル』でいいですよ、レフィーヤさん?」

「う、で、では、ベル。その、さっきから、普通に怪物(モンスター)を倒してますけど・・・躊躇いとかないんですか?わ、私その・・・」

「いや、だって・・・僕はスキルのせいで、区別ができますから・・・。リドさん・・・えっと、その『喋るモンスター』のリザードマンのヒトが『躊躇わないでくれ、迷わないでくれ。死なないでくれ』って言ってたので。だから、レフィーヤさんもちゃんと戦わないと、死にますよ?」

「うぐ・・・」

「やっぱり、聞かないほうがよかったんじゃ・・・?」

「い、いいえ!モヤモヤするよりマシです!【我が生涯に一片の悔いなし】ってやつです!」

 

フンス!と鼻を鳴らすレフィーヤさんに、僕はむしろ『聞いたことでモヤモヤしてしまうんじゃ・・・』と思ったし、最後のその台詞は、すっごく何か違う感じがしたけれど、もう、何も言わないことにした。

 

「と、ところで、どうして2人は手を繋いでいるんですか?」

「私がベル君のこと好きだからだけど?」

「僕はこの方が安心するから・・・」

「じゃ、じゃぁ、バベルのベンチに一緒に座っていたメイドさんは?」

「ベル君が雇ったの?」

「アーディさん面識ありますよね!?違いますよ!?新しく派閥に入ったんです!!それで、ホームの給仕とかをして欲しいってアリーゼさんが言ってたから、あの格好ってだけなんですぅ!」

「アリーゼの趣味?」

「はい!」

「【アストレア・ファミリア】っておかしな派閥ですよね」

「【ロキ・ファミリア】に言われたくないですよ!?」

「な、何をぉぉぉお!?」

 

 

 

■ ■ ■

 

18階層【リヴィラの街】

 

「おう、涙兎(ダクリ・ラビット)。珍しいな、お前が街に来るなんて。今日は保護者はいねえのか?」

「今日は私が保護者代理だから!」

「げ、【ガネーシャ・ファミリア】!?な、何もいかがわしいものなんてねぇぞ!?」

「私何も言ってないんだけど・・・」

「アーディさん、何かしたんですか?」

「うーん?お姉さん別に何もしてないけど?」

「ひっ、こ、怖いです、顔が怖いですアーディさん!?」

 

今日はオフだから、そういうのナシだから、一々そういう反応しないで。とアーディさんはボールスさんに言っているけど、ボールスさん、顔が引きつってるよ・・・。

 

「・・・ベル、【ガネーシャ・ファミリア】がどういう派閥かしらない訳じゃないですよね?」

「えと、確か、都市の憲兵ですよね?」

「では、このリヴィラには何があるか知ってます?」

「うーん?」

「・・・以前来た時、何て教えられてたんですか?」

「ぼったくりタウン」

 

僕の発言にアーディさんは固まり、レフィーヤさんは吹き出した。そして、ボールスさんは【ガネーシャ・ファミリア】のアーディさんがいるから余計なこと言われたくないのか、ものすごい速さで僕の首根っこを掴んで、店の奥に連れ込んで、小声で話してきた。

 

「よ、よよよよ、余計なこと、言うんじゃねぇよ馬鹿野郎!」

「だ、だって!?」

「ほ、ほら、これやるから、黙ってろ!な!?」

「何ですかこれ?水晶?」

 

小瓶の中に入った小さな水晶に思わず目を奪われてしまう。

 

「何だ、見たことねぇのか。水晶飴(クリスタル・ドロップ)つってな、地上じゃ瓶詰め価格で3万ヴァリスはくだらねぇ代物だ」

「そ、そんなに!?で、でも、どうしたこれを!?お高いのに!?」

「・・・口止め料金だ。あとは、前にモルドの野郎がちょっかい出してたろ。それの侘びってことにしといてくれ。いいか、お前は何も聞いちゃいない。『ぼったくりタウン』なんて教えられてない。いいな?」

「本当に貰っていいんですか?後から金払えとか・・・」

「言わねぇよ!!・・・女神アストレアが喜ぶぞ」

「リヴィラは最高の街です!」

「よし、交渉成立だ。持って行け!」

 

 

秘密の会談が終わり、店の奥から2人で表に出る。

ルンルン気分で水晶飴(クリスタル・ドロップ)を大事そうに持って帰ってくる僕を見た年上の女性2人は『うわぁ・・・』という表情を隠せていない。

 

「ベ、ベル君・・・?それは?」

「落ちてました!」

「奥で何を話していたの?」

「リヴィラは最高の街です!!」

「そうだろう、そうだろう。いつでも、利用してくれよな!ガッハッハ!」

 

 

「「買収されてるぅ!?」」

 

 

 

 

 

「それで、ボールスさん?最近、冒険者がいなくなったとか何か聞いてない?」

「あん?んなもん、冒険者なんだから、どっかでくたばったとかあるだろ」

「いや、そうじゃなくてさ。」

「あー・・・いや、待てよ。なぁ、【涙兎】、おめえ、この間、神ヘルメスとモルドの野郎と繁華街で飯を食ったんだよな?」

 

モルドの野郎から聞いたぞ?とボールスさんが顎に手を置きながら聞いてくるので、素直に肯定する。

 

「・・・・【涙兎】この間の炎鳥の依頼は参加してたよな?」

「はい、参加してましたよ?」

「その時、モルドの野郎も参加してたんだけどよ、見かけたか?」

「いいえ?見てませんけど」

 

ボールスさんは黙り込んで、頭をかきながら、『いや、まさかな』とか言い始めた。

 

「どうしたの?そのモルドって人がどうかしたの?」

「いや、それがよ、その依頼の後から、街に戻ってねぇんだよ。報酬も渡せてねぇって報告があってよ」

「はぁ?」

 

他にも参加した奴、してない奴も含めてみなくなった奴が多い気がするな。なんて言い出すボールスさん。アーディさんは目を細めてボールスさんに質問していく。

 

「他に見た冒険者は?」

「多すぎてわからねぇ」

「見かけた派閥は?」

「わっかんねぇ。それこそ、ダンジョンじゃ今日会った奴が明日には死んでるなんて普通にありえるわけだしよ」

「・・・・」

「おい!『こいつ使えねぇ』みたいな顔すんじゃねぇ!!【涙兎】、おめぇもだ!!」

「リヴィラは最高の街です!!」

「それはもういいんだよ!!」

 

溜息をついたアーディさんは、『ここにいてもしょうがないし、撤収しよっか』と言って、僕の手を引いてリヴィラを出る。

 

「ベル君?買収されちゃ駄目だよ?君だって、アリーゼ達から『自由に』していいって言われていても、正義の眷属なんだからさ」

「うっ・・・」

「買収された物渡しても、アストレア様は喜びませんよ?」

「うぐっ・・・」

「ベル君がアストレア様のこと大好きなのは普段から見ててわかるけどさぁ・・・・だから、気をつけようね?って、ほら、あれ見てごらんベル君」

「うわっ、こんなところにあるなんて」

 

 

2人にちょっとしたお説教をされて、しょぼくれる僕を『しょうがない子だなぁ』なんて笑いながら歩いていたアーディさんがふと足を止めて僕はぶつかりそうになる。何があったのかと思って見てみたら、そこには小さな水晶があった。

 

「・・・それは?」

「「水晶飴(クリスタル・ドロップ)」」

「・・・へ?」

「すっごい、貴重なやつなんだよ、これ。うわー、本当にベル君と一緒にいると良いことあるなぁ」

「ティオナさんも『ドロップしやすい』って言ってましたけど・・・すごいですね」

 

アーディさんは水晶飴(クリスタル・ドロップ)を根元からプチっと取って、僕に差し出してくる。

 

「・・・?」

「そうだねぇ・・・うん、地上に上がるまでに稼いだ魔石を換金した額で交換してあげよう!」

 

君と一緒にいたら、そこまで戦闘しないし、まぁ、それくらいならいいかな。なんて提案してきて、僕はレフィーヤさんの顔を見るも『まぁ、いいんじゃないですか?』と言ってくる。

 

「じゃ、じゃぁ、これは?」

「うーん・・・ちょうど三粒あるみたいだし・・・3人で食べちゃおうか」

「「えっ!?」」

「受け取っちゃったものを今更返しに行ったら、それこそ何言われるかわからないよ?」

 

だから、内緒ね。と言って、僕から小瓶を取って、中身を取り出し、アーディさんが採取した水晶飴(クリスタル・ドロップ)を小瓶に入れる。1人1粒ずつ手渡してくるアーディさんに2人して『本当にいいのかな?』なんて顔をする。

 

「私達は、たまたま、水浴びをしようとしたら、たまたま、小瓶が転がっていて、それを拾ったら、たまたま、本当にたまたま、中に水晶飴(クリスタル・ドロップ)が入っていたの。じゃ、いただきまーす」

 

やたら、『たまたま』を強調するアーディさんが先に水晶飴(クリスタル・ドロップ)を口の中に放り込んだ。

 

「そ、そうです!これは、ベルが!たまたま!転んで、そのときに転がっていた小瓶で!たまたま!中に、入っていたんです!つまり、ドロップアイテムです!」

 

と続くレフィーヤさん。

2人して、頬に手を当てて『う~ん』と言いながら、僕に早くしなさいと促してくる。

 

「そ、そうです・・・よね。お、落ちてた、転がってた。持ち主いなかった。だから、セーフ・・・セーフ?うん、いただきますぅ!」

 

今度、ボールスさんの所でドロップアイテムを多めに持っていこうと心の隅に置いて、僕も口に放り込む。その青白い果実は、すごく、不思議な味がした。

 

 

■ ■ ■

 

「それで・・・結局、行方不明者なんてどう探せばいいんでしょうか?」

「うーん・・・情報がなさすぎるねぇ。でも、中層域で何かが起こってると思うんだよねぇ」

「19階層以降・・・【大樹の迷宮】ですよね?」

 

3人でうーん・・・と腕を組んで唸り声を上げる。

場所は相変わらず18階層のちょっとした湖・・・水浴びができそうなそんな場所。

 

「ベル君、君のスキルで他の冒険者を探すことは?」

「アリーゼさん達なら、特定できますけど、他は無理ですよ。それこそ【大樹の迷宮】を全部回る羽目になりますよ?」

「・・・どうして派閥の方だったら特定できるんですか?」

「えと・・・付き合いが長いってのもありますけど。その・・・よく抱きつかれてたから、『胸の鼓動』を聞くのが好きになっちゃって・・・それで」

 

それで特定できるようになっちゃったんです。とモジモジしながら言う僕に、レフィーヤさんはポカーンと口をあけて固まる。6歳の頃からの付き合いだし・・・よく抱きつかれてたし・・・気が付いたら胸の鼓動を聞くと安心してしまうようになっていて、スキルが発現するとどこにいるのかがわかるようになってしまうほどだ。

 

「ベル君、私は?よく、抱きしめてあげてるけど?」

「うっ・・・」

「好感度が足りてないかぁ・・・」

 

がっくりと頭を垂れるアーディさんに、ワナワナと顔を赤くさせて指を僕に向けてレフィーヤさんは爆発した。

 

「だ、だだだ、抱きつかれて?な、何を!?こ、この、は、破廉恥な!?」

「へ!?」

「どうしたの?」

「む、むむむ、胸に顔を・・・!?そ、それで、う、兎みたいに発情してたんですか!?」

「何言ってるんですか、レフィーヤさん!?」

「6歳の頃からの付き合いだってアリーゼが言ってたよ?それくらいからだったら、別に普通じゃない?家族なんだし」

「・・・・・普通、なる、ほど・・・?なるほど?うーん」

 

 

よくわからない関係ですね、ベル。ごめんなさい、取り乱しました。

そう言うと、レフィーヤさんは水辺に顔を突っ込んで頭を冷やしだした。レフィーヤさんというか、エルフさんは時々暴走してしまうスイッチでもあるんだろうか・・・。リューさんもそうだし。

 

「とりあえず、今日はもう帰ろうか。また遅くなると、心配させちゃうしね」

「はーい」

「そ、そうですね。すいません、ベル、タオル取ってもらえますか?」

「あ、はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「ベル君、おんぶしてあげようか?」

「大丈夫です、歩けます!」

 

帰り支度をして、レフィーヤさんも多少稼ぎが欲しかったのか、戦闘をしながら地上を目指していく。

地上が目前になった頃、僕はふと、フィルヴィスさんのことを思い出してしまった。どうしてなのかはわからないけれど、すごく、不思議な人だったから。24階層の一件以降、僕は彼女に会った覚えがないから。

 

 

「あの、レフィーヤさん」

「どうしました?」

「フィルヴィスさんってお元気ですか?」

「へ?えぇ、元気ですよ?私の平行詠唱の特訓にも付き合ってくれました!」

「そっか・・・・。あ、あの、フィルヴィスさんってどこの派閥なんですか?」

 

レフィーヤさんは、どうしてそんなことを?というような顔をして、そして口を開く。

 

「【ディオニュソス・ファミリア】ですけど?」

 

 

 



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捜索

サブタイトルは割りと適当です。


「じゃぁ、報告会と行きましょうか」

 

 

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭にて、今日一日あったことの報告会を行っていた。

 

「都市の巡回については問題ねーぜ?というか、あの頃と比べれば、平和もいいとこだな」

「平和なのはいいことよ!」

「ベルがいつの間にかアーディと仲良くなってましたね」

「な、仲がいいのはいいことよ・・・」

「一々落ち込むな、面倒くさいぞ団長」

「春姫がベルに『お帰りなさいませ、ご主人様』とかやってたぞ。何だアレ」

「はわわわわ、アリーゼ様!?め、目が怖いです!?」

 

お姉さん達は、巡回に回ったり、闇派閥について探りを入れていたり、僕の知らない・・・というか、把握しきれないところで色々動いてて忙しいらしい。アストレア様でさえ、護衛もつけずに1人で出かけているし。

 

「ベル?ベルは今日は何してたの?」

「えっと・・・アーディさんとレフィーヤさんと一緒に18階層まで行って、行方不明事件の聞き込みをしにリヴィラに」

「収穫は何かあった?」

「えっと、ボールスさんが『いなくなる奴なんて多すぎてむしろわからねぇ』って」

「あー・・・うん、そうよね」

「でも、確かに帰ってきてない人がいるって言ってたよ?」

「例えば?」

「モルドさん」

 

誰、モルドって?という顔をするから、初めてリヴィラに行ったときに酔って絡んできた人だと教えたら『あー、あの人ね!』と納得された。いいのかな、それで。

 

「それで、前みたいに遅くなったらいけないからって切り上げて帰ってきたよ」

「うん!よろしい!」

「異端児のヒトには会えなかったよ・・・」

「お、おおう・・・そ、そんなに落ち込まないで・・・」

 

僕の右隣に座りアリーゼさんは、頭を撫でて、そして落ち込んだ僕をさらに撫で回してくる。

リヴィラから帰る前に、『異端児に会いたい!』とアーディさんにおねだりをしたら『いるかどうかわからないよ?』と渋々、隠れ里の周辺まで連れて行ってもらったけど、結局、会えなかったのだ。僕は少し寂しい気持ちと共に、仕方ないと割り切って、何度も振り返りながら帰還した。

 

「ねぇ、リオン?その・・・異端児だっけ?本当に普通のモンスターとは違うの?」

「えぇ。セイレーンや、ハーピィという人型の異端児についてはとても美しい容姿をしていました。」

 

ベルがセイレーンに抱きついたときは、驚いて心臓が止まるかと思いましたよ。なんて言われて、アリーゼさんは僕のお腹に手を回して、自分の膝の上に座るように抱き上げた。くっ、Lv6の力・・・すごい・・・!?

 

「はわわ、ベル様が・・・まるでぬいぐるみの様に・・・!?」

「スンスン・・・」

「な、何!?」

「いや、匂いついてたりするのかと思って」

「け、今朝、アストレア様と入ったからもう匂いなんてついてないよ!?」

「・・・それもそうね。うん、ごめんね?」

「く、くすぐったい・・・」

 

 

『話が脱線したわ!戻しましょう!』とアリーゼさんは仕切るけれど、どうやら僕を手放す気はないらしい。お姉さん達の視線が痛い。

 

「【ロキ・ファミリア】にもその事件のことを聞きに行ったら、ギルドから連絡があったらしくてね。・・・明日、一緒にダンジョンに行こうってことになったから輝夜、お願いね」

「誰が来るのですか?」

「フィンさん、リヴェリアさん、アイズちゃんよ?」

「それはまた・・・」

「あー・・・それで、ベル?あなた、アイズちゃんを避けてたりする?」

「え?そんなことないけど・・・」

「そう?なら、いいんだけど。何ていうか、前に揉めて?謝りたいけど、中々会えてないって言ってたから」

「気にしてないし、お互い様だから、大丈夫だよ?」

 

 

どうやら、アリーゼさんが【ロキ・ファミリア】に行った時に、アイズさんから、エダスの村でのことを聞かされたらしい。言い合いになったことと、お酒を飲んでしまって泣かせてしまったことを含めて謝りたい。でも、中々会えずじまいで・・・と言われたと。

 

 

「・・・ところで、アストレア様?随分、お顔がにこやかでございますねぇ?」

「何かいいことでもあったのですか?」

 

報告会も終わり、皆雑談をしていると、終始にこにこしているアストレア様が気になったのか、輝夜さんとリューさんは声をかける。

 

「ベル、また何かアストレア様に言ったの?」

「言ってない、言ってないよ!」

「本当にぃ?」

「ち、近い!顔が近い!」

「嫌?」

「・・・嫌じゃないデス」

 

ぬいぐるみのように抱きしめられ、唇が頬につきそうなくらいに顔を近づけてくるアリーゼさんに、僕は見られているということに対して、顔を赤くする。アリーゼさんは、外じゃなければ人がいようがお構いなし。それが少し、いや、本当に恥ずかしい!

そして、僕の左隣に座るアストレア様は頬に手を当てながら、ニコニコとしていて、僕の頭を撫でてくる。

 

「ベルがね・・・お土産をくれたのよ」

「お土産?」

水晶飴(クリスタルドロップ)よ?一粒食べたのだけれど、とても、美味しかったわ。」

「ベル、買ったのですか!?」

「あれは中々の値段のはずでは?」

「ち、違う!18階層で見つけた!!」

「「「幸せの白兎めぇ!!」」」

「ひぃ!?」

 

『ベルだけドロップ率高すぎる!』『魔石の純度も高い!』『ずるい!』などなど、お姉さん方は言ってくるけど、仕方ないじゃないか!!

 

「ベルには後でお礼をしないといけないわね」

「ア、アストレア様、い、今言わないでくださーい!ア、アリーゼさん!絞まってる、絞まってるからぁ!?」

「うーん、聞こえなーいっ」

 

アストレア様のお礼はとても魅力的だけど、せめて今、言わないで欲しかった!!

僕の腰に腕を回しているアリーゼさんの腕がキリキリと絞まっていく!

 

「ゆ・・・ゆるじでぇ・・・」

「うーん、どうしようかなぁー」

「な、なんでもする・・・からぁ・・・」

「へぇー・・・何でもねぇ」

「・・・・きゅう」

「ベ、ベル様ぁ!?アリーゼ様、ベル様が気を失っておりますぅ!?」

「あれ!?そ、そんなに強くしてないわよ!?」

 

 

拝啓お爺ちゃん・・・女の人の嫉妬?嫉妬でいいのかな。怖いです。お爺ちゃんもヘラお婆ちゃんに絞められていたんでしょうか?

 

 

僕は今日、アリーゼさんの膝の上で、意識を失った。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「・・・こんにちわ、フィンさん、リヴェリアさん、アイズさん」

「やぁ、こんにちわ、ベル。ティオナ達の探索に付き合ってくれてるみたいでありがとう」

「何かまた迷惑をこうむったら、すぐに言ってくれ」

「だ、大丈夫ですよ?僕の知らないこととかも教えてくれますし」

「それにしても、君がいつもここのベンチに座っているというのは本当だったんだな。遠目からアルフィアに見えたぞ?」

「うっ・・・そ、その、寂しくなるので、言わないでください」

 

知ってる人にはやっぱり、そういう風に見えてるのかな。髪の色、違うけど。

 

「ベル、お前、座ってるとき目を閉じてるからではないか?」

「うーん・・・そうかな?」

「ダンジョン内でも目を瞑って歩いている時もあるし」

「だって、集中しないと『探知』の範囲広げられないし」

「それより、少し不機嫌じゃないか?何があった?」

「昨日、アリーゼさんに気絶させられたから」

「そういえばそうだったな・・・」

 

僕が目を覚ますと、右にはアストレア様。左にはアリーゼさんがいた。

絞めつけられた痛みはもはやなく、気が付いたら朝でした。僕は寝ているアリーゼさんをコレでもかと見つめ続けて目を開けたアリーゼさんと目が合うと、アリーゼさんは飛び起きて全力の土下座をしてきたけど、痛かったものは痛かったのだ。

『そ、その・・・ベルがしてほしいこと、してあげるから、ね?』

『・・・・わかった』

と必死の土下座と謝罪を僕は受け入れて、今度は2人でアストレア様が目を覚ますのを見つめていた。

 

 

「まぁ、解決したなら良い・・・ほら、立て、アーディも来た事だしな」

「・・・ん」

 

立ち上がって、輝夜さんと手を握りあう僕たちを微笑ましく見ているフィンさんとリヴェリアさん。

そして、俯きがちに僕の方に寄ってくるのはアイズさん。

 

「ベ、ベル」

「―――?」

「その、この間は、ごめん・・・ね?」

「えと・・・」

「お酒を飲んじゃいけないこと、忘れてて・・・それで・・・」

「そ、そのことはもう大丈夫・・・ですから、ホント」

 

アイズさんがお酒を飲んだらあんなことになるなんて、危険にも程があると、痛いほど思い知らされたあの思い出を、僕は未来永劫忘れない。後世に語り継ぐ勢いで『アイズ・ヴァレンシュタインに酒を飲ませるな』と心に刻んでおく。

 

 

「ええと・・・それで・・・えっと・・・」

「どうしたんですか、アイズさん?」

「君はやっぱり、『喋るモンスター』のこと、その・・・」

「アイズ、悪いけど、その話は地上ではしないでくれ。下手に混乱を生みたくない」

「フィン・・・ごめん。ベル、その、本当に、ごめんね?」

「もういいですよ、そんなに謝らないでください。それに、僕こそ、ごめんなさい。」

 

気まずい・・・片や『モンスターを憎む』アイズさん。片や『神様を嫌う』僕。

 

『怪物は、人を殺す、沢山の人を殺せる。・・・沢山の人が泣く』

『神様は、娯楽とか言って、沢山の人を苦しめる。・・・玩具みたいに扱う!家族を奪う!』

『神様は、みんなそんな(ひと)達ばかりじゃない!』

『それは怪物だってそうでしょう!?』

『ベルのわからずや!』『アイズさんのわからずや!』

 

必死に怒りを静めようと、だけど拳に力がはいって震えるアイズと、今にも泣きそうにアイズを睨むベル。子供の喧嘩のように、言い合う2人が、あの時、黒竜の鱗の前にいた。

幼いもう1人の少女(アイズ)が、幼いもう1人の兎が、切なそうに見つめあう。結局、見かねた病み上がりのヘスティア様に止められたんだっけ。

 

 

 

・・・でも、言い過ぎたとは思うから、謝らないといけないと思う。

 

「ベルは、全部の神様が嫌いってわけじゃないの?」

「初めて会う神様相手なら・・・たぶん、警戒すると思いますけど。少なくとも、アストレア様に会ってからはいきなり石を投げようとはしないですよ?」

「そもそも物を投げるのはやめようね?ベル君?」

「だ、だってぇ・・・」

「まぁ、会った時よりかは、遥かにマシですねぇ」

「・・・コホン。そろそろ行きましょうか?こんなところで駄弁っていても仕方ありませんし」

「ああ、そうだね。行くとしようか」

 

今から目指すのは19階層。

地図でマークをしながら、しらみつぶしに探していくらしい。

 

 

■ ■ ■

 

18階層のリヴィラに立ち寄って、もう一度聞き込みをしたけれど、結局は収穫なし。なので、19階層、大樹の迷宮に下りて、地図に従って僕は探知を使って異変や違和感を感じたらすぐに知らせる様に言われて捜索をしていた。

 

 

「調査した地帯はもう十箇所め・・・目立った痕跡はなく、全て空振りに終わっている。わかってはいたが、迷宮で人探しは骨が折れるな。」

「ん、調べた場所、地図には×印をつけてるけど・・・偏りとか、共通点は、なさそう」

「ベル、君は何か感じるかい?」

「うーん・・・あれ?」

「ねぇねぇ、これって何かわかる?」

 

何ともいえない反応をしめす僕に、その近くの草の中に手がかりがないか探していたアーディさんが、花弁を持ってやってくる。

僕は同じく、アーディさんがいた近くの壁を見つめてリヴェリアさんの手を引いて近づいていく。

 

「お、おい、どうしたんだ?急に」

「ベル、言っておくが、【九魔姫(ナインヘル)】はエルフはエルフでも、『王族』だぞ?リオンの奴がいたら怒られているぞ。何より、エルフは認めた相手以外との接触を嫌う種族だ」

「えと?」

「はぁ・・・気にするな。それで?どうしたんだ?」

 

リューさんもローリエさんもレフィーヤさんも普通に手を握ってくれるけど、僕がおかしいんだろうか・・・。リヴェリアさんが気にするなって言ってるし、いいよね。

 

「ここの壁の向こう、空間があって・・・でも、その、フィリア祭の時のと、24階層とこの間のダイダロス通りの地下の迷宮にいたモンスターと同じ反応がいっぱいあって・・・」

 

その僕の言葉に、リヴェリアさんとフィンさんは目を見開いて『ほぅ・・・』と零した。

 

「遠征の時に欲しいな・・・」

「【勇者】様?私の兎様に何か言いましたか?」

「いいや、何も?」

「ベル、モンスターの反応はいくつあるかわかるか?」

「えっと、10は越えると思いますよ、リヴェリアさん」

「フィン、どうする?」

「恐らく、当りだろうね。・・・リヴェリア、詠唱を頼む。」

「威力は?」

「最大」

「わかった。ベル、少し離れていろ」

 

僕はリヴェリアさんから少し後ろに下がって、目を瞑って念のためさらに探知をしておく。

でもやっぱり、目の前の壁しか、なさそうだ。

 

 

「恐らく、魔力に反応して、モンスターが飛び出してくる可能性が高い。全員、すぐに殲滅できるようにしておいてくれ」

 

そうして、リヴェリアさんの魔法に反応して、現れたのはやはり、食人花だった。

 



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進入

 

 

 

「侵入者ぁ?」

 

気だるそうな男の声が響く

 

「えぇ、なんでぇ?今までうまーくやってたよねぇ?どうしてココが見つかっちゃったの?」

 

 

批難する白衣を着た男の声の後に、黒いローブを纏った報告員と思わしき男が隠せない動揺と共に報告を上げる。

 

「も、申し訳ありません、理由は定かではなく・・・」

 

「究明はしなくても解明くらいはしてほしいなぁ・・・はぁ~。まぁいいや。どうせ迷い込んできた冒険者でしょ、始末しちゃって。」

 

隠せない苛立ちを声に乗せ、指示を出す白衣の男に対して、報告員の男はさらに続ける。

 

「それが・・・侵入者は2組。しかもほぼ同時刻に別の場所からもここへ姿を現しており・・・」

「―――明確な目的をもった『誰か』がやって来た・・・あ~。なんで~。どうしてバレたの~。はぁぁ~~~。」

 

髪を掻き毟り、言葉にもその苛立ちがなおいっそう募って行く。

 

「2組全て、解き放った食人花を撃破しながら進んできます・・・ど、どうなさいますか?」

「排除しかないじゃん。」

 

大きく溜息を吐く

 

「失敗作の『アレ』、出しちゃってよ。」

 

 

男は指示をだして撤収作業を開始する。

 

「て、撤収されるのですか!?」

「当然でしょ、だって食人花を倒して向かってきてるんでしょ?ほら、研究資料、全部まとめてー。持ってけないものは処理しちゃって、完全撤収。急いでー。」

 

あっさりと拠点を捨てる判断を下した白衣の男に報告員は固まり、驚き声を上げる。

 

「お、お待ちください!我々にはこの領域を与えられた責務が・・・!?」

「侵入者を許してる時点で責務なんて笑わせないでよ。それに僕の頭が残ってれば研究は続けられるし。」

「っ!?」

「だからさ、必要なものを外に逃がす時間、稼いでよ。例の『研究成果』、全部使っちゃっていいからさぁ。」

 

白衣の男は笑顔を報告員に向け、さらに

「未完成だけど、ついてに情報もとっちゃおうよ。」

と言って締めくくる。

慌しく動き出すローブの男達と、同じく撤収作業を始める白衣の男。そして、その奥には『青い翼を持った怪物』がいた。

 

 

「うぅ・・・助け・・・助けてくれぇ・・・」

 

触手に絡まり、苦しむ冒険者と怪物達の呻き声が、木霊した。

さらにその奥には、4対の蒼い翼を持ち、蒼い長髪を持つ、背後から抱きしめあうような形で1つとなっている異形の怪物が静かに眠っていた。

 

 

「『怪人』を元にしてみたけど・・・あれかなぁ。知能を持った怪物と同じく人間を混ぜる異種混成を人為的に作ろうとしてみたけど、まぁ、別モノだけど結果的にはいいのかなぁ。」

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

「―――はぁっ!」

 

音の暴風と、金髪少女の剣によって、食人花はあっけなく塵と化し、冒険者一行は難なく道を進んでいた。

 

「ベル、目を瞑って歩いているが平気か?顔色が悪いぞ」

「―――ここ、何ていうか、24階層の時のこと思い出しちゃって」

食料庫(パントリー)・・・いや、確か【白髪鬼(ヴァンデッタ)】が苗花(プラント)と言っていたか。似ているのか?」

「―――少しだけ。怖かったからあんまり覚えてないけど・・・この壁そのものが生きてるっていうか・・・」

「『探知』し辛い・・・と?」

「うん」

「無理はするな。お前は私かアーディの手を握って歩け。【剣姫】がいれば大体片付く」

「―――うん」

 

ベルは、未開拓領域に入ってから先に進むにつれ気分を悪くしていた。食人花が現れればそれこそ魔法で対処していたが、探知がしにくいとそのペースは徐々に落ちていた。

 

「―――アイズさん、次、右から来ます」

「わかった」

「次・・・少し、大きいのが」

「えっと、変異種・・・かな?」

「フィン、どう思う?ここには確か、食料庫(パントリー)などなかったはずだ。」

「確か、アイズ、ベート、レフィーヤの報告によれば食料庫(パントリー)にある石英(クオーツ)から養分を取って特殊なルームを作り上げて食人花を創り上げていたんだったね?」

「うん、ちょっと種類の違う食人花が寄生してた」

「でも、この辺りにそれはない・・・」

 

じゃぁ、一体何から養分を取ってこの空間を造っているんだ?という疑問が浮かび上がる冒険者達。そこで、またベルが足を止めて周囲を見渡すように首を回す。

 

「どうした、ベル?」

「―――いる。」

「いる?食人花かい?」

「えと・・・・その・・・」

 

フィン達に言いたくなさそうに口ごもるベル。その様子にアーディだけが、『もしかして』と気づき、輝夜に耳打ちをし、輝夜もその内容に納得した。言いづらいわけだ、と。

 

「ベル、『喋るモンスター』でもいるのかい?」

「―――ッ!」

「そう警戒しないでくれ。今すぐ事を起こすつもりはないよ。ここは【ダンジョン】だしね?」

「でも・・・」

「僕たちの目的は『行方不明となっている冒険者の捜索』だ。だから、今だけは、もし仮にモンスターが喋ったとしても君の様に目を瞑ることにする」

 

そのフィンの言葉に、思わずベルは目を見開いて見つめた。

分かっていた上で殲滅すると思っていたから。アイズが見逃すはずがないとわかっていたから。

アイズは変わらず、黙っているのだから。

 

「信用できないことくらい、わかっているさ。でも、そういう状況ではないだろう?」

 

だから、さっさと終わらせて帰ろう。僕たちとしては、関わらないにこしたことはないんだ。悪いけどね。そう言ったフィンは前えと進んでいった。

 

「輝夜さん・・・」

「何だ?」

「僕は、どうしたらいいの・・・?」

「―――お前はどうしたいんだ?」

「―――わからない。怖い」

 

ぎゅっと繋いでいる手に力を入れる。

道を示して欲しい。どうしたらいいのか、教えて欲しい。そう懇願するように。

 

「はぁ・・・お前がどうしたいのかわからないなら、私たちがわかるわけないだろうに。私達は【都市の秩序】を守る側だ。仮に異端児共が地上に現れて騒ぎを起こせば、対処しなくてはならなくなる。」

 

第一、これは、お前の問題だろう。私達はお前の決めたことを見守って、支えてやることしかできん。

そう言われてベルは、歯をギリっと噛み締めて、

 

「そんなの・・・わかってるよ!!」

 

繋いでいた手を乱暴に振り払って走り出していってしまった。

八つ当たりをするように鐘の音を鳴らして。

 

 

「はぁ・・・また、泣かせてしまったか」

「難しい問題だもんねぇ。どうして異端児達がここにいるのかはわからないけどさ。」

「あぁ。なぁ、アーディ、お前たち【ガネーシャ・ファミリア】はどうするんだ?地上で騒ぎになった場合は」

「多分、ガネーシャ様は市民の安全を優先すると思うよ?」

「・・・だろうな。」

「『人類と怪物の共存』・・・可能、なのかなぁ」

「それも難しいだろうな。ベルの場合は、ただ運が良かっただけだ。」

 

『運よく異端児が生きていた』『運よくベルがそれを誰よりも早く行動した』『運よく女神がその行いを認めた』運よく・・・それが重なっただけ。小さな村だったというだけ。

それが巨大な都市となれば、そういうわけにはいかない。確実に大きな爆弾として騒動になる。それだけはわかる。

【アストレア・ファミリア】だろうと【ガネーシャ・ファミリア】だろうと、きっと対処しなくてはいけなくなる。

 

 

「・・・・・ベルを冒険者にしたのは、やはり、無理があったんじゃないか?団長?

 

 

何かと動き回っている、赤髪の団長のことを思い浮かべながら遠い目をして、輝夜は呟いた。

 

「大丈夫?」

「あぁ・・・こればっかりは、仕方ない。たとえ、あの子がオラリオに来るまでの期間があったとしても、無理だ。」

「うん、そうだね」

「ベルの場合が、特殊だったんだ」

「うん、そうだね」

「怪物は絶対悪。それが常識だ。」

「ベル君の場合は、『一種族』。」

「怪物を憎む人類と、神を憎んでもどうすることもできないベル。表にこそ出さないが、そうとう溜まっているんだろうな」

「今のベル君に『正義は巡る』なんて言って通じると思う?」

「さぁ、どうだろうな」

 

 

本当に地上で騒ぎになったとき、あの子はどうなってしまうんだろうかと考えを巡らせながらも、やはり答えなんて出ず、2人もまた、先を歩くフィン達の後を追っていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「おいおい、何だよこりゃぁ・・・・!?」

 

「ぐ・・・うぅ・・・」

 

「冒険者が、植物ノ根に取り込まれてイル・・・!?」

 

それは異様な光景だった。

行方不明となった同胞の匂いを見つけたヘルハウンドのヘルガに導かれ、ベル達とは別の場所から謎の未開拓領域に踏み込んだ異端児達は、その光景を見て息を飲んだ。

 

「ウィーネが声がすると言うから来てみりゃぁ・・・」

 

 

「た・・・・助け・・・」

 

 

「助けないと!」

「待テ。冒険者ヲ助ケテ、ドウスル?助ケタトコロデ、我々ニ剣ヲ向ケテクルヤモシレンノダゾ」

「で、でも!」

 

ベルは私を、生まれたばかりの私を、みんなの元に送り届けてくれたよ?

だから、助けないと。そんなことを言うウィーネの言葉にガーゴイルのグロスは無言となり、リドとレイの判断に任せることにした。

 

「――このまま、放っテおく訳にはいきまセン。」

「あぁ、助けよう。レット!回復薬(ポーション)はどれくらいある!?」

「ええっと、5本ほど!あとは、マリィの血が・・・!」

「血は取ってオイテくださイ。ベルさんガ、いるような気がシマス」

「何か感じたのか?」

「エエ・・・ほんの少しデスガ鐘の音ガ」

 

判断を下した異端児たちは手当たり次第に植物の根を切り裂き、噛み契り、冒険者達を助け出した。

 

「怪我してるって訳じゃねぇみたいだ。俺っち達じゃ人間の状態なんてわからねぇからなぁ・・・」

「とりあえず、この空間の外ニ出すべきでショウ?フォー、お願いします。外デ待機していル同胞達にも協力してもらって『18階層』ニ、運んであげてくだサイ」

『ウォ・・・!』

 

獣蛮族(フォモール)のフォーは、数人の冒険者を担ぎ、来た道を引き返す。

異端児達は、冒険者とは、人間とは違う容姿―――怪物としての体を持つが故、巨体のものや細い通路を通れないものと行動が制限されることがあるため、外で待機している者たちが少なからずいた。彼等に冒険者を安全階層である18階層に運べば、とりあえずは大丈夫だろうと判断したのだ。さすがに冒険者たちのいる場所にまで行くことはできないが。

 

「しっかり、こりゃぁ、何なんだ?気色悪いぜ」

「フェルズの話でハ、24階層では『食料庫』の石英に寄生して食人花を生産してイタと聞いてイマスが」

「ドウ考エテモ、違ウダロウ、コレハ」

「おい、フェルズ、聞こえるか!?」

 

リザードマンのリドは、手に持っている眼晶(オクルス)に向かって話しかけると、すぐに返事が返ってきた。

 

『何かあったのか、リド』

 

「くっそ気持ち悪ぃ植物に冒険者たちが取り付かれてやがった!」

『植物?』

「あぁ、それで冒険者達に怪我はねぇ。ただ、開放しても動けないみたいだ。お前ならわかるか?」

『顔色はわかるか?』

「何色が正常なんだ?」

『レイと同じ肌の色だ』

「あー・・・いや、異常はなさそうだ」

『ふむ・・・』

 

フェルズは黙り込み、会話に間ができる。

その間にも、ウィーネと戦影(ウォーシャドウ)が爪で、ヘルガが牙で、開放しフォーや馬鷲(ヒポグリフ)が忙しなく冒険者達を外に運んでいた。時折、つっかえていたが。

 

「おい、フェルズ。さっさと言えよ」

『あぁ・・・すまない。恐らく、精神疲弊(マインドダウン)だろう。魔法を限界を超えて使いすぎたりするとそのような状態になる』

「ってことは?」

『その植物は、冒険者の魔力を吸っている・・・ということだろう』

 

 

■ ■ ■

 

「冒険者達が・・・迷宮に取り込まれてる!」

「ガレイル・アラン、マリッサ・スゥ・・・『失踪事件』の被害者達!この領域、まさか・・・!」

「ああ。この迷宮の『供給源』――それは冒険者の『魔力』だ。」

 

ベル達冒険者一行もまた、ベルの探知に引っかかった別の場所で同じように取り込まれていた冒険者―――行方不明者を発見していた。

 

「・・・!ダンジョンの養分の代わりに、冒険者の『魔力』を?」

「間違いないでしょうねぇ。ここに囚われている冒険者達、残らず精神疲弊(マインドダウン)寸前のようでございますし。」

「彼等は生かさず殺さず、まさしく『餌』にされていた。冒険者が誘拐されていた理由は、このためだ。」

「人が・・・こんなことをするの?」

「人を人と思わないやり方を彼らは平気でやってくる。・・・・やはり実行犯は闇派閥の残党か」

「・・・・・」

 

 

謎の迷宮に入ってから、顔色を悪くしていたベルが目の前に広がる光景を見て、さらに顔色を悪くし自分が口にした言葉にフィンが出した言葉に、閉じていた瞼をさらに強く閉じて黙り込む。思わず何かを言ってしまいそうになっていたのを輝夜とリヴェリアは見ていたが、必死に堪えているベルを見て、首を横に振り、ベルの背中を摩るアーディに任せるしかなかった。

 

 

「食料庫に頼らず苗花を運用することで、迷宮内での異常事態を限りなく起きにくくしている。計画は隠匿しやすい。」

「それに、冒険者の中で行方不明者が出るのは日常茶飯事ですし、いくら失踪者が出ても疑問を覚える者は少ないでしょうしねぇ。」

「それを逆手にとっての、犯行・・・?私たちが苗花を潰したから、慎重になった?」

「おそらくそうでしょうねぇ。しかし、上手くいきすぎて、阿呆共は少々調子に乗り、手がかりを残し、無様にも私たちが付け入る隙を見せた。」

 

輝夜は悪態をつきながら、刀を抜き、冒険者達を解放していく。

それに続いてベルとアーディも植物を切り裂いていく。

 

「リヴェリア」

「分かっている。結界を張って保護しよう。お前たちは先へ進め」

「ベル、お前は無理に行かなくてもいいんだぞ?」

「・・・え?」

「顔色も悪い。魔法の威力も落ちている。お前が見たくないものまで見ることになるかもしれない。そう言っているのだ」

 

それなら、【九魔姫】と一緒にここに残っていた方がいいんじゃないか?と輝夜に言われたベルは一度リヴェリアを見て、俯く。

 

 

「―――行く」

「いいのか?」

「うん。異端児達が・・・レイさん達がいる気がするから。何かあるなら、助けたい」

「そうか・・・。わかった。なら、なるべくアーディの近くにいろ」

「うん。」

 

 

 

冒険者は、ベルは先へ進む。

 



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黒兎

「―――誘われているね」

「うん。モンスターの攻勢が止んでる。」

「ええ、明らかに相手様が手を緩めていらっしゃいますねぇ。」

 

迷宮を進みながら、襲ってくる食人花を殲滅していく冒険者達。しかし、先ほどまでの怪物の勢いがパタリと止んでいた。

 

「ここにきてモンスターを出し惜しみする理由・・・罠が待っているか、あるいは別の『算段』がついたのか。」

「どっちもでしょうかねぇ。」

「ンー、まぁ、どちらにせよ、罠だろうと行くしかないだろうね。」

 

怪物の攻勢が止み、誘いに乗るように迷宮を進んでいくと、広い空間に出た。

いくつものパイプがいたるところに走り、液体の入った巨大なガラス張りの筒が柱の様にあちこちに立てられていて、それはさながら研究室のような光景であった。

 

「ここが最奥・・・でいいのかな?ベル君、何か感じる?」

「うん・・・人の反応と怪物の反応が、同じ場所にいるよ。あと・・・すぐ近くに誰かいる」

 

ベルの返答に周囲を警戒する冒険者達。そして、近づいてくる人物は、苛立ちながら声を上げた。

 

「来るのが早いよぉ~。まだ準備が終わってないんだけど?」

「――誰っ!?」

「誰、と聞かれても、名前はミュラーとしか答えられないなぁ。ついでに言うなら、所属は闇派閥の残党。」

 

コツコツと足音を鳴らせて見える位置までやって来た白衣の男――ミュラーは侵入者である冒険者達を見渡す。

 

「2組の侵入者のうち、1番乗りは君たちかぁ。【勇者】に【剣姫】、【大和竜胆】【象神の詩】・・・そしてぇ・・・あぁ、君か。君が【涙兎】かぁ。『裏切り者のアルフィア』とか聞いたけど、僕知らなくてさぁ。」

 

有名どころが多くて困るよ、もう詰んでるじゃんこれ、止められないわけだ。とミュラーは言いながらベルを見て笑みを浮かべる。

 

「・・・お義母さん?」

「あぁ、母親のことなんだ。じゃぁ、何でその子供が、そっち側にいるわけ?こっち側じゃないの?」

 

『裏切り者』って言われてるんだけど、君、知らない?母親なんでしょ?と、わざと刺激するようにミュラーはベラベラと口を動かす。アーディは目を見開いて固まっているベルの手を引っ張り、自分の背後に隠す。

 

「悪いけど、この子から何か聞こうとしても無駄だよ。」

「第一、貴様等の所に行かせるわけがないだろう、戯けが」

「いやさぁ、そこの子、『クノッソス』で暴れまわったとかでかなり有名でさぁ。それに・・・」

 

まだ懲りずにベラベラと口を動かそうとするミュラーを遮るように今度はフィンが口を開く。

 

「・・・ミュラーと言ったね。この領域は、何なのかな?苗花ではないようだけど?」

「あー・・・苗花を知ってるんだ。なら、話は早い。ここは、そうだなぁ・・・『実験所(ラボラトリィ)』といったところかな。」

「『実験所(ラボラトリィ)』・・・・?」

「そ。苗花が生産工場だとすれば、『実験所(ここ)』は、その名が示す通り実験を行う場所。苗花が潰されたからさぁ。工夫を凝らして、冒険者に見つかりにくいものを用意したんだ。」

 

腰に手を当てて、自信ありげに素晴らしいものを見せるようにミュラーは実験所の説明をする。目はチラチラと相変わらずベルを見ているが。

 

 

 

「それでは貴方が、異端児にも見つからない領域を築いた張本人・・・?」

 

 

そこで、冒険者達とは違う通路からやってくる一団が現れる。

それは、武装したモンスターだった。

それは、人語を解するモンスターだった。

それは、ベルの言う『喋るモンスター』だった。

冒険者達は目を見開き、その一団をしっかりと目撃してしまう。

 

 

「『喋るモンスター』・・・あれが、か。ティオナの言っていたものは。」

「―――レイさん?どうして・・・?」

「――ベルさん!?ど、どうして貴方こそこんな所ニ!?」

「ベルだ!おーい!ベールーベルーベルー!」

「冒険者の・・・行方不明者を探してて」

「エエイ!落チ着ケ、ウィーネ!状況ヲ考エロ!!」

「わ、私達モ・・・同じく・・・同胞を探していまシタ。」

『キュキュー!』

「ここに来る途中に、植物に取り付かれてる冒険者がいて、さっきまでフォー達に18階層まで運ぶように指示してたんだ。ベルっち」

「アルル!貴様モカ!」

 

リザードマンのその言葉に、アーディはリドに向かって親指を立て、初めて異端児を見た輝夜、フィン、アイズは驚愕を浮かべる。

 

「・・・ベルから聞いてはいたが、本当にいたとはな。確かに、これは今までの常識が覆りかねん」

「怪物が・・・人を助けた?嘘・・・」

「アイズ、今はあの男が優先だ。間違っても勝手に動き出すな」

 

異端児達が見つけた冒険者達は既に開放済み。あとは18階層に運び終われば、後はその辺の冒険者が見つけてくれるだろうぜ。とリドは堂々と言ってのけ、フィン達から視線を外してミュラーを睨んだ。他の異端児達も同じく。

 

「リ、リドさん・・・」

「ベルっち。悪いけどよ、後だ。同胞がここにいるはずなんだ。俺っち達は、それを助けてぇ・・・」

 

「ふっ、うふふ・・・はははははははっ!まさか、まさかさまかこんなところで会えるなんて!実験台の方から来てくれるなんて!」

 

ミュラーは歓喜する。喜びのあまり実験所に響き渡るほどの大声で笑い上げる。

 

「【イケロス・ファミリア】に融通してもらったけど、一々高くついちゃってさぁ!ずっと欲しかったんだよ、最高の『実験台』」

「実験台・・・?」

「やっぱり、君達、喋るモンスターってのは違うのかな?色々と、遊ばせて貰ったよ」

「あそ・・・ぶ・・・?」

「・・・気色の悪い奴だ。大方、外道な行いでもしていたか?怪物趣味め」

「・・・ああ、失敬失敬。興奮したりすると、いつも周りが見えなくなるんだ。お客さんの前ではしたないなぁ。あと、僕は実験するのが好きなだけだよ」

 

怪物趣味だなんて・・・ひどいこと言わないで欲しいなぁ。と言うと今度は真面目な顔付きに変えて

「まぁとにかく、君たち招かれざる客が来てヤバイ状況になっていてね。僕は慌てて逃げ出す準備をしている最中なんだ。」

などと言う。

 

「逃がすと思っているのかい?できれば、闇派閥の情報も置いていってくれると助かるんだけどね」

「いやいや、それは無理だって僕だって命は惜しいしね。まぁ君達・・・特に美しい『異端』の君と別れるのはとても残念なんだけど・・・見逃してくれないかなぁ?」

「わかりきっている答えを聞かないで欲しいかな。君は拘束して【ガネーシャ・ファミリア】に連行させてもらうよ。」

「寸秒も待たず交渉決裂ー。嗚呼、悲しいー。」

「・・・君は無意味にペラペラ事情を話しすぎだ。口では危機って言うけど、余裕は崩れないまま。」

「この手の輩は愉快犯か、狂ってるか――あるいは『薄汚い策』を仕込んでる!!」

 

フィンに続いて出た輝夜の言葉を聞いて、ミュラーは両手を上げて笑顔を浮かべたまま、『バレた?まぁ、時間稼ぎだよ。駒を用意するためのね』と言う。すると、複数の獣の唸り声が鳴り響いた。

 

「・・・コボルトに食人花が混ざってる?」

「これが僕の『研究成果』・・・作って、産み出したんだよ。怪人の情報提供も受けてね。で、さ?手頃な冒険者がなかなか捕まらなくって、困ってたんだ。戦闘記録が足りないって。」

 

せっかくだから、戦闘記録、取らせてよ。思う存分、殺し合いをしてさ。

ミュラーが手を下げるとほぼ同時に、獣達が襲いかかろうと向かってくる。それに合わせるように、白い影が獣達へと走り出す。

 

「ベ、ベル君!?」

「あんの・・・馬鹿が!」

 

この迷宮に踏み込んだ時から調子の悪かったベルが、ミュラーの言葉を聞いてから徐々に怒りを露にして体を震わせていた。そして、とうとう走り出してしまった。

 

 

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

 

迷宮にはじめての高威力のベルの魔法が襲い掛かってきた獣達を一斉に灰へと変えていく。それでも絶えずやってくる獣を【星ノ刃】で焼き切っていく。

 

「ちょっとちょっと、それ、異種混成(ハイブリット)なんだけどぉ!?記録も何もないじゃん!」

「――ぁあああああっ!!」

「アイズ!彼に続け!」

「――うん!」

 

怒りの砲声を上げながら、何度も魔法で獣を殺し、ナイフで焼き切り、自分の下へと『誘引』する。

 

「魔力に引き寄せられてるのか、よくわからないなぁ・・・!だーめだ、うん、撤収させてもらおう。ああ、もうあるだけ一気に投入しちゃおう」

「な、待て!同胞を帰せ!」

「逃がしません!」

「へぇ、さすがモンスター。大した脚力に加え、随分と身軽だ。しまってある翼も使わずにここまで飛び越えてくるなんて。」

 

異端児達はレイに続くように、ミュラーの下へと駆け出すもミュラーの不適な笑みは消えなかった。

 

「いいのぉ?僕は我が身大事なヤツだけど――もらえるものはもらっておく主義だよ?僕よりも、同胞を探したほうがいいんじゃないかなぁ?」

 

ミュラーの言葉に合わせるように、さらに現れたコボルトの一体が触手を放ち、レイを捕らえる。

 

「うあぁ・・!?」

「レ、レイ!?って―――何か、絵面がえっちだよ!?レイ!?」

「おいアーディっち、状況考えてくれ!こっちは真面目にやってんだよ!」

「わ、わかってるけどさぁ!!ベ、ベルくーん!?」

「ははははっ!なんて幸運!実験場はもう駄目だけど、こんなお土産が手に入るなんて!いい『被検体』が手に入った!色々しよう!沢山実験しよう!皮を剥いで、爪と牙を埋め込んでみて、壊れたら直して!」

「っ・・・!」

「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」

 

 

「その人を―――放せ」

 

 

■ ■ ■

 

迷宮に入ってから、周囲から蠢く気持ちの悪い反応に、僕は怯え、その心は冷え付いていた。

怖くて、姉の手に縋りついて、怖いものから目を瞑って。

だけど、それでも逃げてはいけないと思ったから、足を進めたのに、その光景を見て、男達を見て、冷えついていた心は耐え難い激情があふれ出した。

 

 

お義母さんが悪く言われるのが許せなかった。

人なのに、人間なのに、同族の命を玩具のように扱っている目の前の怪物(ニンゲン)が許せなかった。

レイさん達を、異端児達を遊び道具としてみていることが、許せなった。

 

「―――奪われてたまるか」

 

僕は、優しい鈍色髪の姉の影から飛び出して、怒りのままに力を振るった。

憎くて、許せなくて、腹立たしくて、仕方がなかったから。

お義母さんも叔父さんも、こんなことをさせるために僕を置いてオラリオに行った訳じゃないことくらいはわかる。

 

 

一体――

『【一体、貴様等『雑音』は、どこまで()を『失望』させれば気が済むのだ!】』

 

 

 

英雄なんてオラリオにはいなかった!

泣いていた僕の手を取ってくれた僕の英雄(アリーゼさん)達がいた!

だけど、お爺ちゃんが!ヘルメス様が、よく言っていた『最後の英雄』じゃないことくらい僕にだってわかる!!

 

酒のために他者を陥れ苦しめる者がいた!!

己の欲のために家族から引き離そうと死んだ家族の墓を荒そう等と眷属に指示する神がいた!!

一体どうしてそんな奴らを英雄と呼べばいいんだ!!

 

 

「――【福音(ゴスペル)】」

 

行き場のない怒りが、僕の知らないはずのお義母さんの『言葉』が、僕の心をざわつかせ、冷えついていた心を沸騰させる。

英雄(お義母さん)達は、こんなことのために残りの命を燃やしたんじゃない!!悪に堕ちたわけじゃない!!

アリーゼさん達とお義母さん達の戦いを・・・僕の知らない物語を、汚すのは許せない!!

アストレア様が赦してくれた、お義母さんの想いを踏みにじられるのだけは、許せない!!

 

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

 

作られた怪物の悲鳴も、ローブの男たちの悲鳴も、知ったことじゃない!!

僕を止めようとする人間の言葉なんて、何も聞こえない!!

憎い憎い憎い!!

怪物(ニンゲン)も!神も!!奪おうとするモノたちが何より憎い!!

 

 

「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」

「うぁっ・・・!」

 

 

僕の大切な思い出(お姉さん)を傷つけるなんて許せない!

 

「その人を―――放せ(・・)!」

 

「人?何を言ってるのぉ?これは『怪物』で――『道具(モルモット)』だよ!心置きなく辱めて利用できる、最高の実験台だぁ!!」

 

五月蝿い五月蝿い!五月蝿い!!

僕は怪物を引き寄せて全て灰に変えていく。ローブを着た男達の手足を切って捨てていく。

 

「ぎゃっ!?」

「う、腕がぁ!?足がぁ!?」

「やめろ・・・やめてくれ、ベル!」

 

腕も足もなければ、何もできない――何もさせない!!

作られた怪物達も全て灰に変えてやる!

 

 

「次はその舌を切り落とせば、耳障りな『雑音』が消えるのか!?」

「ひ、ひぃぃ!?」

「ベル君、駄目、やめて!止まって!!」

「な、何なんだこいつはぁ!?」

 

鐘の音が鳴り響く。

悲鳴をかき消すほどの鐘の音が鳴り響いては、灰が雪の様に降りそそいでいく。

 

「待って待って待ってぇ!?なにソレェェェェェ!?」

 

 

「【福音(ゴスペル)】!!」

 

「ベルさん・・・!?」

「あんなのがLv.3?冗談やめてよ!!Lv.4・・・!いやそれ以上の――!!」

 

動揺している。だけど、だけど!!そんなこともどうでもいい!!

自分が自分じゃなくなるようなそんな感覚さえあるけれど、それもどうだっていい!!

 

「僕は英雄(アルフィア)の子・・・・貴方達『雑音』を葬ることなぞわけないぞ!!」

「馬鹿者・・・母親の名を騙るな、阿呆めが・・・!お前が苦しくなるだけだろうに・・・!」

 

レイさんを捕まえているコボルトを灰に変え、抱きかかえて救出する。

 

「ベ、ベルさん・・・っ!?」

「この人を、異端児達を傷つけるなんて、させない。誰にも奪わせない!貴方達【闇派閥】にも!【冒険者】にも!!――レイさん(お姉さん)は僕が守る!」

「ベル・・・さん・・・?」

 

 

やがて怪物は全滅し、白衣の男を残して、ローブの男達もまた、身動きが取れなくなっていた。

 

■ ■ ■

 

私がいた。

昔、ラウルさん達が怖がっていた『血まみれになりながら、ボロボロになりながら怪物を殺戮していく』私がいた。

 

 

「―――奪われてたまるか」

 

 

だけど、あの子は私とは少し、いや、きっと、似ているけど、違うんだと思った。

目の前の男の子は、大切なモノを奪われないようにしようと必死になっているだけの子だった。

あの子の後に続いていたはずの私は、気がつけば足を止めていた。

 

 

「――【福音(ゴスペル)】」

 

一緒にダンジョンに行くようになった時は、少し、原因は知っていたけど、怯えていて、だけど、手を繋いでくれるようになったときの笑顔に、その真っ白な心に、洗われた私がいた。

でも、目の前の男の子は、私とは相容れないと思ってしまった。

だって、あの子は『怪物』と共存できるような世界が欲しいというのだから。

喧嘩をした。エダスの村で、黒竜の鱗の前で、小さい子供みたいに喧嘩をした。ベルを・・・年下の子を泣かせてしまった。

 

 

『怪物は、人を殺す、沢山の人を殺せる。・・・沢山の人が泣く』

『神様は、娯楽とか言って、沢山の人を苦しめる。・・・玩具みたいに扱う!家族を奪う!』

『神様は、みんなそんな神様(ひと)達ばかりじゃない!』

『それは怪物だってそうでしょう!?』

『ベルのわからずや!』『アイズさんのわからずや!』

 

どうして、ベルがあそこまで怪物を味方するのか、わからなかった。

だって、あの子はダンジョンに行けば普通に怪物を倒していたから。だから、矛盾にしか感じなかった。

あの日以降、ベルは私といると、目を開けなくなった。

 

 

『なら、神様に家族を奪われた僕は、どうしたらいいんですか?』

 

 

目を閉じて、俯いて、そんなことを言われた私は、何も言えなかった。

そこからだろうか、私の中でがらがらと音を立てて何かが崩れていくような感覚を覚えたのは。

 

一緒だけど・・・一緒じゃないんだ。

 

 

「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」

「うぁっ・・・!」

 

 

好きだった居場所は壊れた!

好きだった日々は砕け散った!

愛していたあの人たちは、奪われた!

母(義母)が!

父(叔父)が!

 

全部、全部、全部!!

全部、『怪物(神)(おまえたち)』のせいだ!!

 

 

「アイズ」

「―――フィン?」

「――何を思っているのか、わからないけれど・・・今、泣くのはやめろ。やめてくれ」

 

気が付けば、私は泣いていたらしい。

目の前で暴れる男の子(ベル)も・・・その目からは涙が溢れていた。

 

 

「ねぇ、フィン」

「なんだい、アイズ」

「復讐相手がいるのと、いないの・・・どっちが辛い?」

「―――比べるものではないよ、アイズ」

「不幸比べなど、話にもならんぞ、小娘」

「輝夜・・・さん?」

 

 

「その人を―――放せ(・・)!」

「人?何を言ってるのぉ?これは『怪物』で――『道具(モルモット)』だよ!心置きなく辱めて利用できる、最高の実験台だぁ!!」

 

 

「不幸自慢をするなと言っているのだ、戯けが」

「―――っ!ごめん、なさい」

 

ベルのお姉さんは、私に怒りをぶつけていたけど、その顔はとても悲しそうだった。

 

「やめろ・・・やめてくれ、ベル!」

 

癇癪を起こした子供のように、暴れて暴れて、人間(家族)の言葉も、怪物の言葉も無視して、そして、捕まっていたセイレーンをベルは、助け出した。

 

 

『怪物』は殺さなくちゃいけない、私は間違っていない。

なのに、なのに、どうしてこんなにも、目を背けたくなるような『怪物を助ける少年』の姿を見て、こんなにも胸が痛むのだろう。

 

 

幼いもう1人の少女(アイズ)が、切なそうに見つめていて、それに気づかない振りをしたいのに、できない。

 

 

「ベル・・・・黒くなっちゃ・・・駄目だよ・・・」

 

 

私はぽつり。とそんなことしか、言えなかった。



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怪物

フィンさんの扱い?が難しい。



 

激情に任せて、何かに引っ張られるように、体が動く。視界は狭まり、周りのことなど見えなかった。

 

「【おやおや、逃げるのですか?亡骸を置いて?本当に?それでよろしいので?】」

 

苦しい。胸が痛い。頭がどうにかなりそうで、自分が誰なのかもわからなくなるようで、怖い。

 

「【そこは戦うべきでしょう!『英雄』とまでは言わなくとも!せめて『冒険者』の名に恥じぬように!】」

 

違う、目の前の人間(怪物)達は、冒険者ですらない。

こんな、こんな言葉を―――僕は知らない。

いつからだっけ・・・僕が知らない言葉を口にするようになったのは。――よく、わからない。

ただただ、許せなくて、許せなくて仕方なくて、そして――すごく、悲しかった。

 

怪物(モンスター)のせいで誰かが泣くのなら――私は怪物(モンスター)を、殺す・・・!』

 

アイズさん―――それなら、目の前のアレは、どうするんですか?

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

止まらない、止まれない。

優しく手を引いてくれるアストレア様の温もりとは違っていて、すごく怖い何かに引っ張られていく。

瞼からは涙がこぼれて、どうして僕はこんなに自棄になっているんだろう。どうしてこんなに、苦しいんだろう。

 

 

「嗚呼、まいったなぁ・・・欲をかかないで、さっさと逃げ出しておくんだった。」

 

 

コボルトを灰に変え、ローブの男達の手足を焼き切り、暴力の限りを尽くす。

苦しい苦しい苦しい。

 

 

「【福■(ゴス■■)】」

どうしようもないほどの違和感がより強くなっていく。

 

「捕まっちゃうのはちょっとなぁ・・・まだ、やりたいことが沢山あるんだ・・・。あぁ、『コア』、ここに出して」

「・・・!あ、あれはこの実験場と繋がっています!接続を解除すれば・・・!」

「今ここで一網打尽にされるよりマシでしょぉ?もとからこの施設は破棄するつもりだったんだし。だからさ、やってよ。早く」

 

 

「【■■(■■■■)】――ぁ。」

 

うねり、歪み、捻じ曲がり、ギチギチと、ゲラゲラと、縛るように、嗤うように、その漆黒の眼差しで僕の身を貫く。

いるはずのない存在が、待っていたと言わんばかりに、僕のことを見つめているように感じた。

気が付けば、息もままならず、魔法は―――唱えることもできなくなっていた。

怒りの激情の果てに生まれたのは深い深い、恐怖。

ミノタウロスの時とはまた違う、恐怖。

街が燃えていた。光の柱が何本も上っていた。

僕が知るはずのない光景が、瞳に、脳裏に焼きついて離れない。

 

怖くて怖くて、怖くて僕は、不意に縋りつく。

――お義母さんに会いたい。

――叔父さんに会いたい。

――寂しい。

――悲しい。

――どこにいるの?

――置いていかないで。

 

 

「―――助けて」

 

やっとの思いで自分の言葉が出た頃には、僕の体は、動かなくなっていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ねぇ、冒険者諸君!僕を捕まえる前に、残りの行方不明者の居場所、知りたくなーい?」

「――アーディ、ベルを頼む」

「だ、大丈夫なの!?」

「――峰打ちだ。ナイフも取り上げておけ。」

「そうじゃなくって!ベル君!!どうなってるの!?」

「知らん!!私が聞きたいくらいだ!!」

 

ああ、腹が立つ。

「お義・・・母・・・さん?」

時々、誰もいない場所を見ているかと思えば、教えてもいない誰かの言葉を話したりするし、てっきりそれは子供のする『真似っこ遊び』だとばかり思っていた!

「――ぶぁーかめ、誰がお前の母親だ。私を誰と勘違いしておるのだ。後で説教だ。覚悟していろ」

だというのに・・・・

 

『【おやおや、逃げるのですか?亡骸を置いて?本当に?それでよろしいので?】』

 

何故、あの時代にいなかったはずの人間(ベル)が、ヤツの言葉で話すのだ!?

一体、どこまであの邪神は子供を追い詰めれば気がすむのだ!!

 

「君を捕まえた後でも、いくらでも吐かせることはできる。だから聞くに値しない。時間稼ぎもさせない。」

「さっすが【勇者】、暗黒期を終わらせた光の象徴の1人・・・小細工もきかないかぁ。でもさ、本当にちょっとだけ聞いてよ。もう大体わかってると思うけど、この実験場は冒険者の『魔力』で成り立ってるわけ」

 

アーディにベルを任せて刀を抜き、【勇者】に並ぶ。

少し振り向いてみれば、異端児・・・あれは、アルミラージか?何やら『赤い液体』の入った小瓶をアーディに渡しているが・・・薬か?

 

「生かさず殺さずで捕らえてある上級冒険者の『檻』・・・そして魔力を吸い上げる、この領域の『発生機関』・・・そんな大掛かりで場所を取る『装置』、一体何処に据えてあると思う?」

「―――まさか」

「アハッ!そう、施設の最奥部、つまりココ!――君たちの足元だ!!」

 

ミュラーの声と共に、足元から爆発させるように、新手が現れる。

 

「――超大型級か。」

 

コボルトと同じように巨大なモンスターに、『触手の鎧』が絡み付いて―――いや、あれは・・・

 

「――ベル君、動いちゃ駄目だよ!」

「駄目・・・駄目、駄目・・・!」

 

「ははははははっ!食人花じゃなく巨大花を配合した特殊異形だ!今の僕の傑作の1つ(・・)かなぁ!戦闘能力は勿論、冒険者の『魔力』も吸い取る!何とか量産にこぎつけたかったよ!」

 

周囲からは食人花まで現れ始めた。

「あの中・・・に・・・人が・・・!」

しかし、嗚呼、まったく・・・

 

 

「何処まで外道なのだ貴様等は・・・!」

「アイズ、君は超大型級を足止めしろ!先に食人花を片付ける!」

 

駄目だ、それでは駄目なのだ【勇者】様よ。異端児で揺らいだか?らしくないぞ。

しかし、確かに、先に食人花を片付けるしかないのも事実。

 

 

「グロス!オレっち達もあの花を倒すぞ!」

「・・・仕方アルマイ!」

「アルル、ヘルガ!貴方達はベルさんとアーディさんをお願いしマス!ウィーネは離れないでください!」

 

この状況だ。異端児達も戦うしかない・・・というより、奴らの同胞とやらは一体どこにいるのだ?

図らずも異端児達との共闘。連携とまではいかないが、本当にやつらの動きを見ていると『冒険者』のようだ。

お陰で加速度的に屠られていく。

 

 

「――援護、いらない。倒せる!」

「――なっ!?」

「言い忘れてたけどさぁ」

「駄目だ【剣姫】、止まれ!」

 

 

ここに来るまでの道中に何があったかを私達は見てきただろうに、何故気が付かないのだ!?

 

「そのモンスターの中には、『魔力』の『供給源』がわんさか取り込まれてるよぉ?」

 

聞こえてくるのは、複数の冒険者達の呻き声。

無理やり魔力を吸い取られ、常に精神枯渇状態なのだろう。

 

「っ!?」

「よく見ろ、【剣姫】、触手の鎧の下に冒険者が繋がれているだろう?・・・さながら、『肉の盾』だな」

 

「た、助けてくれぇぇぇ・・・!」

 

「うふふふふふふっ!!捕らえた冒険者の大部分は直接この『コア』と接続されてる!」

 

ミュラーとやらは、糞ガキのように笑いこけて悦に浸っていて、こればかりはベルが暴走するのも仕方ないとしか言えなかった。

 

「あれを相手に【剣姫】、貴様の攻撃なんぞ当ててみろ、冒険者共々死ぬぞ」

「・・・っ!!」

 

そして、【剣姫】が足を止め動揺したところで、ミュラーは声を荒げて怪物に命令した。

 

「今だ、やっちまえ!!」

 

 

「―――!!」

「――【剣姫】、避けろ!」

 

超大型級の怪物は、雄たけびを上げて私よりも前に出ていた【剣姫】へと襲い掛かる。

動けずにいる【剣姫】に向かうように、怪物と、そしてまた別の影が、接近していた。

 

 

 

「だめぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

飛びつき・・・というより、どちらかと言えば、タックルのような形で攻撃から【剣姫】を救ったのは、竜女(ヴィーヴル)の異端児だった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「だい・・・じょうぶ・・・・?」

 

恐る恐る聞いてくる、幼い女の子の声がした。

 

「・・・・・・え?」

 

私は、思わず固まってしまった。

私を助けてくれた女の子は、人間ではなく、倒すべき『怪物』だったのだから。

 

 

「―――ウィーネ!?」

「た、助けたのか!?」

 

どこか少し離れた場所から、私を助けた『怪物』を呼ぶ声がした。

見ないようにしていた、それらが、名を呼んでいた。

それが酷く、私の心を、揺さぶってくる。

 

 

「・・・・どうして、私を、助けるの?」

 

止まったような時間の中で、何故かそんな言葉が出ていた。

目の前の怪物は、『怪物』ではなく、人のような瞳で、『守る者』の眼差しで・・・だから、私の仮面が崩れ動揺に震えてしまう。

 

その爪は誰かを傷つける。

その翼は多くの人を恐れさせる。

何より、貴方の額にある紅石は、沢山の人を殺してしまう。

 

糾弾を、嫌悪を、拒絶を、この世界の自明を、『怪物』に叩き付けたい。なのに、その言葉が口から出てこない。

『背中』から噴き上がるは黒い炎に促されたままに言葉を連ねたかったのに、言葉が出ない。

 

崩壊する大地。

溢れ出し無数の『怪物』。

降り積もる、紅く染まった雪。

蹂躙が、雄叫びが、破壊が。

絶叫が、痛哭が、喪失が。

そして、あの禍々しい『漆黒の終焉』が――。

 

 

「だって・・・・」

 

 

好きだった居場所は壊れた!

好きだった日々は砕け散った!

愛していたあの人たちは、奪われた!

母(義母)が!

父(叔父)が!

 

全部、全部、全部!!

全部、『怪物(神)(おまえたち)』のせいだ!!

 

 

目の前の存在を見逃すことなんてできないはずなのに。

 

 

「ベ、ベルは・・・きっとこうすると思ったから。」

「――っ」

 

 

またあの子だ。

 

ベルは・・・私と一緒だ。

『怪物に奪われた私』と『神に奪われたベル』

視点が違うだけなんだ・・・。

 

 

違う点を上げるなら、ベルには『女神』が現れて。

私には誰も現れてくれなくて。

ベルには、女神の手が差し伸べられて。

私の手は、誰も取ってくれなくて。

そんなベルが女神のことを『好き』だと言うのは、きっと私の知らない何かがあって、だから全部を憎みきれなくて。

 

『あなたも素敵な相手に出会えるといいね』

『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

母と父の言葉が蘇る。

 

私には――『英雄』は現れてくれなかった!

そうだ、だから私は、自分で剣を取ったんだ。

目の前の『怪物』を見て、もう一度、ベルを見て・・・。

あの子は失いたくない一身で必死で・・・ああ、駄目だ。駄目だ。

決別した筈の『弱い少女()』の嗚咽が、反響する。

 

ああ、駄目だ・・・私がこの『怪物』を斬れば、ベルはきっと・・・。

復讐できないあの子がいるのに、私がそれをねじ伏せるような事、でき・・・ない・・。

 

 

「私が・・・怖くないの・・・?」

「・・・・怖い・・・よ。でも、でも・・・ベルが泣いてる・・・貴方がいなくなっても、きっと泣くって思って、だから、助けないとって思って」

 

「また援軍?侵入者の最後の組か。でもさぁ、この『コア』を傷つけられないのは一緒だよねぇ!」

 

男の人の叫び声と、怪物の雄叫びと、冒険者達の呻き声が聞こえてきて、私は目の前の『怪物』――竜女(ヴィーヴル)の子に手を引かれる様に立ち上がる。

ふと、フィンの方を見れば、フィンは目を閉じていた。

 

フィンも・・・迷ってる?

 

 

「ねぇ・・・」

「・・・え?」

 

ベルのスキルは、怪物や動物の能力と似てるって前にフィンが言ってたのを思い出して、聞いてみる。

 

「取り込まれた人達の、正確な居場所がわかれば・・・なんとかなる気がするんだけど・・・わかる?」

「え、えっと・・・」

「地上の方、私ならわかります!私の能力なら・・・!」

 

歌人鳥が背後から近づいてきて、私に『可能』だと言った。

まだ、揺れている・・・だけど、だけど今だけは・・・。

 

 

「やるぞ、【剣姫】」

「輝夜さん?」

「時には『怪物』だろうがなんだろうが、手を借りなくてはならん時もあるということだ。『猫の手も借りたい』ならぬ『怪物の爪も借りたい』というやつだな。いいなぁ、【勇者】!!」

 

輝夜さんは、あの怪物達に、何ら動揺していない・・・?

ベルが教えていたから?でも、なんで受け入れられるの?

 

 

「はぁ・・・やれやれ、仕方ない。人命優先だからね」

「ということだ、やれ、鳥!」

「ト、トトトト、鳥ぃ!?」

「ベルに抱きつかれて顔を紅くしたらしいな。鳥」

「な、ななななな!?レ、レイです!レイとお呼びください!!」

 

 

輝夜さんと歌人鳥のやり取りで・・・なんだか、思わず、笑ってしまった。

 

「・・・ふふっ」

 

「い、いきます!」

 



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瓦解

原作にはいないモンスターです


 

 

「―――Arrrrr」

「この音は・・・?」

「なるほど。歌人鳥(セイレーン)の怪音波の反射か。これなら、ダンジョンの構造も人の位置も探れる(・・・・・・・)

「ベルにもできないか、今度やらせてみるか」

「ふふ、彼は歌えるのかい?」

「さぁ、だがしかし、存外可愛らしい悲鳴をあげるぞ?」

「――み、見つけた!右腕に1人!上腕部を落とせば、傷つきません!」

 

輝夜とフィンの会話に何故か顔を赤くするレイの情報を聞き入れ、フィンはアイズに指示を飛ばしてアイズもまた、その通りに上腕部を切り落とし冒険者を救出する。

 

「・・・あぁぁぁ」

「もう、大丈夫、ですよ?」

「左肩部に1人!右大腿部に3人!」

「では、私が右大腿部を。【勇者】様は左肩部でよろしいですか?」

「――わかった。譲ろう。」

「背後!腰部に1人!」

「オレっち達もやるぞ、グロス!」

 

結果的に言えば、順調どころか、楽な作業でしかなかった。

異端児達の中で、それこそ非戦闘員らしい者達は助け出した冒険者達を運び出していたし歌人鳥(セイレーン)のレイの指示も正確だったのだから。

 

「た、助かったぁぁぁ・・・恩に着るぜぇぇぇ・・・!」

「エ、エイナちゃぁぁぁん・・・!」

「ぐ、いい加減・・・諦めろ・・・このドワーフめ・・・!」

「おい、輝夜っち、こいつら元気すぎじゃねーか?」

「輝夜っちと呼ぶな、トカゲ。腐っても冒険者、ゴキブリ並みのしぶとい生命力くらいある」

「こ、こえぇぇ・・・」

 

しかし、妙な違和感を輝夜、そして、恐らくはフィンも感じていただろう。

 

「レイ、すごぉぉい!」

「・・・モンスターが、人を助けて・・・」

「リヴェリアは君たちのことを知らない。だから、僕たちが通ってきた通路には行くな。最悪殺されるぞ」

 

冒険者達を救出する傍ら、フィンは異端児達に使う通路を限定するように指示を出し、非戦闘員であるだろう者たちはそれに従っていく。

 

 

「モンスターと冒険者が、連携して・・・人命救助?・・・嘘でしょう?ありえないって!こんなの!」

「冒険者は全員回収したが・・・まだ遮二無二暴れまわるか!」

「【剣姫】、距離を取れ、私が止めを刺す」

 

『オォォォォォ―――ッ!!』

 

肉の盾(冒険者)』を失った怪物が、咆哮を上げ、異端児の数匹を吹き飛ばし暴れまわる。

アイズは近くにいた竜女を回収して下がり、輝夜は刀を鞘に戻し、姿勢を低く、構えをとる。

 

「その固体はモンスターだ!僕達、人類の敵だよぉ!見れば分かるよねぇ?青い肌に、腕の代わりに生えた翼!醜悪なモンスターの烙印以外のなんにでもない!いいのかい?冒険者が、ひいては天下の【ロキ・ファミリア】と都市の秩序を守る【アストレア・ファミリア】がモンスターなんか助けちゃってさ~?」

 

明らかな挑発だということくらい、全員が理解していた。

異端児達もまた、仲間割れをおこそうとしていることくらいはわかっていたし、そもそも警戒を解いたわけではないのも事実。その挑発は挑発たりえない。

 

「こんなことが知れたら、民衆はどう思うだろう?その名声まで地に落ちちゃうよ!?ねぇ、【勇者】!ねぇ、【大和竜胆】!」

 

その言葉に少し間を置いて、ふぅ・・・と息を吐いて、フィンは口を開いた。

 

「――――どこにモンスターがいるんだい?」

「・・・はっ?」

「・・・フィン?」

「生憎、僕の目には彼女達が少し変わった(・・・・・・)人にしか見えないな。」

「そもそもだ、仮に怪物と協力していたとして、私たちの敵が貴様等外道であることに変わりはない」

「なっ・・・!」

 

低い姿勢から体を前に傾け、怪物へと急接近し、輝夜は刀を抜く。

 

「――【居合の太刀・五光】」

 

真っ直ぐに刃は怪物を切り裂き、両断し、鮮血が花のように散る。

魔石は砕け、やがて爆散し、灰へと変わっていく。

 

「―――輝夜・・・さん?」

「―――どうだ、ベル。お前の姉は強いだろう?」

「―――うん、かっこ・・・いい」

「もっと惚れてくれてよいぞ?ほれほれ」

 

 

「だって、そうだろう?身を挺してアイズを庇った。力を尽くし、冒険者の救出に努めた。今もなお、危険を顧みず動けない彼等を18階層に移送さえしている。怪物にはできない芸当だと思うけど?」

 

フィンの言葉に、輝夜はすぐに切り替えて続く

「理性を持ち、」

「他者を想い、行動する。」

「「それは『怪物』ではなく、『人間(我々)』と同じ在り方だ。」」

「彼女達の献身に敬意を表さずして、どうして勇者を名乗ることができる?」

 

その2人の言葉は、異端児達の心を揺さぶった。

今まで言われたことのない言葉だったから。

少年(ベル)も変わっているが、こいつらはそれとは別で自分達の存在を認めたのだと、歓喜する。

『もっとも、地上で何か騒ぎが起きた場合は、対処しなくてはならないけどね』と釘を刺されて、がっくりとするのだが。

 

「っっ・・・!冒険者ってさぁ、本当にさぁ・・・!!」

「言うておきますが外道。『人の心を持った怪物』より『怪物の心を持った人間』のほうが、よほどおぞましい物はございません?」

「『人の心を持った怪物』・・・・」

「【剣姫】、貴様が何を考えているかなぞ、私にはわかりませんが・・・少なくとも、"私の"ベルは、頭のおかしい阿呆ではございません」

「えっと・・・?"私の"??」

 

揺れるアイズにさらに声をかける輝夜。

そして、ミュラーは怒り、最後の手に出る。

そこで、ふと、フィンは親指のうずきに気づき、輝夜もまた、違和感を思い出していた。

 

そう言えば・・・・やつはこの怪物を解き放つ前になんと言っていた?と、思考する。

 

『ははははははっ!食人花じゃなく巨大花を配合した特殊異形だ!今の僕の傑作の1つ・・かなぁ!』

 

ミュラーは何かボタンを操作し、叫びあがる。

 

「やれ、僕の作品!あの頭のイカれた冒険者どもを潰しちゃえぇぇ!!」

 

何かが開く音が鳴り――――歌声が聞こえた。

 

 

『Arrr―――ッ!!』

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

【小さな村に、小さな少年と翼を持った女がいた。彼女は少年に命を救われ、村人にその存在を許され、共に火を囲み、歌い、踊った。】

【その女は、青い翼に、青い髪を持った、空のように綺麗な女だった。その歌声は誰をも魅了するほど美しかった。】

【その女は少年に少年の知らない世界の話を聞かせた。自分と同じような存在が、少なからずいるのだと。自分の様に存在が認められるのは1つの奇跡なのだと。】

【少年は聞いた『お姉さんの願いは?』と翼を持った女は同じく聞いた『少年、あなたの願いは?』と。】

【女は答える『このどこまでも澄んだ青空を自由に、泳ぐように飛び回りたい。世界を知りたい』と。少年は答える『ずっと今日のような楽しい日々が続いて欲しい』と。2人は笑い、握れぬ翼を少年が握り踊るのだ。】

【火はいつまでも暖かく燃える。村人は歌う。女もその美しい声を持って歌う。いつまでもいつまでも】

【少年はその姉のような存在を、きっと忘れることはないだろう。】

【何故ならば、それが少年だけの物語だからだ。】

 

 

 

歌声が、響いていた。

とても美しい、歌声だった。

透き通り、魅了するように美しかった。

そして、ソレが近づいてくるにつれて、異形であると本能が知らせて来る。

その体には、4対の青い翼があった。

元は2つの体だったのか、背後から抱きしめるように腕が組まれていた。

 

「嘘・・・」

「おいおい・・・まさか、全然見つからねぇと思ったら、まさか!」

「人間メ・・・!」

 

1つはエルフの女だった。

1つは歌人鳥(セイレーン)だった。

目は閉じられ、既に理性と呼ばれるものは喪失していた。

首には赤い魔道具(マジックアイテム)らしきものがつけられていた。

 

「僕の傑作の1つ!!僕はこれは便宜上【合成獣(ミックス)】って名づけてる!どこからか変な御伽噺の本を寄越されてさぁ、アイデアを貰ったんだ!ねぇ、【勇者】ぁ、助けてあげなよぉ!!」

「――、――ッ!」

「ベル君、落ち着いて、駄目だよ!」

 

それは少年をさらに追い詰めるものだった。

大切な思い出を汚された瞬間だった。

歌人鳥(セイレーン)に翼など4つもない。だから明らかに違うことくらいはわかっているが、理性で理解できても本能がそれを許さなかった。

 

 

「【イケロス・ファミリア】から融通してもらってさ、完成したら"ジュラ"に渡す手はずだったんだけど・・・まぁ、また作ればいいよね。目の前に歌人鳥(サンプル)がいるんだし」

「―――なっ!?」

 

落ち着きを取り戻していた心が、沸騰する。

ガラガラと、思い出が罅割れていく。心が、割れていく。

 

「【胎児】の宝玉だっけ・・・?あれの失敗作、未熟児みたいなのが渡されてさぁ、試しに作ってみたんだ。そこの『喋るモンスター』と!冒険者の掛け合わせ!!魔法は撃てないけど、すごいでしょ?これを君たちは『怪物』と呼ぶ?それとも『人間』?」

「―――悪趣味な」

「ドコマデ、我々ヲ、同胞ヲ辱メレバ気ガスムノダ、人間!!」

「君達怪物に何をしようが問題ないでしょ、だって、『怪物は殺すべき存在』なんだから!」

「――、――ッ!!」

「ベル君、ベル君!」

 

鈍色髪の姉が必死に、暴れだそうとする少年を取り押さえるも、もう遅い。

落ち着きを取り戻して消えかけていた黒い炎は再び燃え上がり、動けない体を無理やり動かそうともがく。

歯はギリギリと、爪はガリガリと地面を引っ搔く。

 

「やれ、合成獣(ミックス)ッッ!!」

 

 

「Arrrrr―――ッッ!!」

 

 

その妖艶とも言える異形の化け物が歌声を上げる。

その歌声に呼応するように、緑肉の雨が、天井の管から降り注いだ。

ボタボタ、ビチャビチャと。肉を叩きつけるように、汚らしく。

地面に、怪物の死体に触れるやいなや、じゅぅぅぅっと音を立てて煙を吐き出す。

 

「―――ッ!溶解液か!?総員、あの肉に触れるな、焼かれるぞ!!」

「ウィーネ、アルル、ヘルガ、逃げろ!」

「【勇者】、あれはどうする!?」

「・・・・歌人鳥(セイレーン)、念のために聞くけど・・・アレはさっきと同じかい?」

 

 

歌人鳥(セイレーン)のレイは、目を瞑り、そして、悲しそうな顔をして顔を横に振る。

 

「あれは・・・既に手遅れです。分離なんて、できないでしょう」

 

襲い来る化け物を、アイズが、輝夜が攻防し時間を稼ぐも、分離は不可能、救助も不可能。

そもそも、絡めとられている『肉の盾』とは違いもうすでにアレは1つの怪物なのだと言う。

 

「レイ、避けろ、飛んでるお前が一番あぶねぇ!」

「――っ!」

 

雨が降り注ぎ、女の歌声が響き渡る異様な空間。

雨を防ぐ場などなく、碌に戦闘衣装を着ている訳でもない異端児達は攻めあぐね始める。

 

 

「―――ア。アハ、アハハハハ!」

 

化け物は歌い、嗤う。爪で2人の剣と刀を弾き、羽の弾丸をばら撒く。

視界に入ったのは、金色の歌人鳥(セイレーン)

同族に、同胞に出会ったように、歓喜するように、笑い声を上げて接近する。

その体はすでに溶解液を浴び、全身が毒の体と言ってもいいほどだった。

避け場もなく、硬直してしまうレイに、白い影が覆いかぶさり、横に飛ばされる。

 

「―――うぐ、ぅあぁぁぁぁ!?」

「え・・・?ベ、ベルさん!?」

 

無理やり走り出し、レイを化け物から庇ったベルは、溶解液を浴びていた。

頭からたっぷりと浴びた溶解液によって、全身が焼かれる。

 

「ど、どうして!?何故、ローブを私にかぶせたのですか!?」

「―――そう、しなきゃ、レイさんが死ぬと思ったから」

「ベル君!君って子は・・・・どこまで無茶なの!?」

「アーディ・・・・さん!」

「レイさん、とりあえずこの子と一緒にローブで身を守って!今、ふき取るからね、ベル君!」

 

 

歌声は笑い声へと変わり、化け物は飛び回る。

 

「アソビマショ、アソビマショ、ドコマデモ、ドコマデモ、アハハハハハ!大聖樹ハウツクシイ、ウツクシイ!!」

 

『どうしようもない。』『これは人ではなく、怪物ですらない』

それが全員の見解だった。

それが胎児の意思なのか、異端児の意思なのか、エルフの意思なのかも既にわからない。

気が付けば、暴れまわる化け物に翻弄されたせいで、ミュラーの姿は消えていた。

 

「―――がぁっ!」

 

輝夜の刀が、その爪によって折られ、羽の弾丸を喰らい、倒れ伏す。

 

「リド、輝夜をお願い!」

「ああ、くそ!やりづれぇ!!おい、生きてるか!?」

「勝手に・・・殺すな・・・!」

 

「あ・・・あぁぁ・・・」

 

また、皹が入っていく。

 

 

「フィン・・・!」

「―――アイズ」

 

アイズはフィンに、『これ以上、時間をかけられない』と判断を仰ぐ。

フィンもまた、アイズに命令を下す。

 

「いやだ・・・いやだいやだ・・・!」

 

それが愚考だとも知らずに。

 

 

 

「―――アイズ、やれ。」

 

フィンも、アイズも気づかない。約2名を除いて、誰も気づけない。

レイは目を瞑り、ベルが飛び出さないように抱きとめる。自分と同じだと気づいたから。

ベルは焼ける体の痛みを他所に、涙を流しながら手を伸ばす。

だって、聞こえていたのだから。

 

 

「「助けて」」

 

と。

 

「―――ごめんね」

 

 

 

いっそ、焼ける痛みで気を失っていた方が、幸せだったかもしれないというのに、それに気づけずに犯してしまう。

ベルにとって異端児が『家族同然』の存在であることも忘れて、犯してしまう。

そして、それを『仕方ない』で受け入れられるほどの心の余裕が今のベルにはない。

 

その剣で、ベルとレイにしか聞こえない声ごと、ベルの目の前で、斬って殺してしまうという、過ちを犯す。

 

 

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)、リル・ラファーガ】」

「Arrrrr―――!」

 

 

「―――ぁ・・あぁぁ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



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悲観

少女(アイズ)の風の魔法によって、灰が雪の様に、花吹雪のように、降り注ぐ。

天井から降り注いだ緑肉の雨は、いつの間にか止んでいて、溶解液の水溜りが所々にできていた。きっとリザードマンが焼いて管を塞いだのだろう。微かに残った液体が、ぴちゃり、ぴちゃりと落下していく音がする。

 

 

「―――ひ、ぅぁ・・・っ!」

 

 

少女(アイズ)に魔石ごと穿たれた、その化け物は断末魔を上げることもなく、地面に倒れ、怪物だった部分は灰へと、エルフの女だった部分は、ボロボロと肉が崩れていく。

救われることなく、たった2つの存在にしか助けを求める声を聞いてもらうこともできず、虚しく、消えていく。崩れていく。

 

 

「――ぁぁぁぁぁっ」

 

 

少女(アイズ)は、「ごめんね」と小さく呟いて、愛剣(デスペレード)を鞘に納めて黙祷する。

どこの誰とも知らない、もう身元を証明する背中もない、その誰かに向けて。

仕方がなかった。アレはもう、どうしようもなく化け物で救う手段なんて私も、ましてや【勇者(フィン)】も知らない。それでも、それでも、あの異端児(人達)と失うことを怖がる少年(ベル)のことは守れたのだ。今度はちゃんと少年(ベル)と怪物のこと、異端児のことを話し合おう、そうすれば仲直りできて、また手を繋いでくれるはず。だから、それでいい・・・と自分に納得させる。納得させようとして、振り向いて、それがそもそもの間違いであると、すぐに理解してしまった。

 

 

「―――ベ、ル?」

 

少女(アイズ)は首を傾げて、少年(ベル)の様子がおかしいことに、漸く気づく。

泣いていた。少年(ベル)は、泣いていた。溶解液で体を焼かれて泣いているのではなく、絶望して泣いていた。

何故?何故?何故?私は・・・少年(ベル)を、異端児を守ったはずだ。

少女(アイズ)には分からなかった。

何故ならば、少女(アイズ)は英雄ではなく、英雄が現れないから剣を取った少女でしかないのだから。

誰かにとっては英雄視されるかもしれないが、少なくとも、少年(ベル)にとっては近所の優しいお姉さん程度でしかない。

だから―――理解、できない。

 

 

「どうして・・・・泣いて、るの?」

 

少女(アイズ)の心がガラガラと音を立てて揺れている。異端児という自分の常識と、『怪物は殺す』という、自分自身との、大切な約束を壊したというのに、今はそれ以上に揺れていた。異端児のことを受け入れきれたわけではない、だけど、分けて考えることくらいはできるはずだと思ったのに、どうしてこうも揺れるのか。それがわからない。

 

 

「ベルさん・・・」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」

 

歌人鳥(セイレーン)が悲しそうな顔をして、抱きしめられない腕の変わりに翼で少年(ベル)を抱きとめ包み込んでいた。

少年(ベル)は、歌人鳥(セイレーン)の体に身を寄せるように、縋るように泣きわめき、何度も何度も謝っては、言葉にならない言葉をばら撒く。

 

――どうして、ベルが、謝っているの?

 

少年(ベル)は、何も悪いことなんてしていないのに、どうして謝るのか。どうして、小さい少女(アイズ)が、歌人鳥(セイレーン)と共に少年(ベル)を抱きしめて悲しそうにしているのか。

わからない、わからない。

そんなときに、ふと、頭に先ほどまでの言葉が流れてくる。

 

 

『僕の傑作の1つ!!僕はこれは便宜上【

合成獣(ミックス)】って名づけてる!どこからか変な御伽噺の本を寄越されてさぁ、アイデアを貰ったんだ!ねぇ、【勇者】ぁ、助けてあげなよぉ!!』

 

・・・『どこからか変な御伽噺の本を寄越されてさぁ』

 

「―――あ」

 

それは、アマゾネスの少女が語っていた少年(ベル)だけの物語(思い出)

 

 

『【イケロス・ファミリア】から融通してもらってさ、完成したら"ジュラ"に渡す手はずだったんだけど・・・まぁ、また作ればいいよね。目の前に歌人鳥(セイレーン)がいるんだし』

 

「―――あぁ」

 

登場人物は、少年と歌人鳥(セイレーン)

 

 

『【胎児】の宝玉だっけ・・・?あれの失敗作、未熟児みたいなのが渡されてさぁ、試しに作ってみたんだ。そこの『喋るモンスター』と!冒険者の掛け合わせ!!魔法は撃てないけど、すごいでしょ?これを君たちは『怪物』と呼ぶ?それとも『人間』?』

 

・・・・『そこの『喋るモンスター』と!冒険者の掛け合わせ!!』

 

あの男の、ミュラーの声が何度も頭の中で反響する。

『喋るモンスター』それは、異端児のこと。

なら、少年が出会った歌人鳥(セイレーン)の同胞である彼等、異端児もまた少年にとっての家族と言っても違いない存在だ。

 

 

「―――ああぁぁぁ!」

「アイズ!落ち着け!」

 

ガラン、ガラン、と鞘に納めた愛剣(デスペレード)が、悲しく音を立てて地面に落ちて転がる。

アイズは力を無くした様に座り込む。

そこで、漸く、理解した。自分が何をしたのか、してしまったのかを。

 

―――私は、私達は、ベルの目の前で、家族を・・・殺した・・・?

 

 

「ひっぐ・・・うぁぁ・・・『助けて』って言ってたのにぃ・・・」

 

「――――え?」

 

『助けて』って言っていた?

聞こえない、聞こえなかった。私には、聞こえなかった。

呼吸が定まらず荒れていく。

 

「――、――――、―――!」

 

声にならない、言葉にならない嗚咽で歌人鳥(セイレーン)の翼の中で泣き腫らす。

思い出を汚され、家族を壊され、目の前で殺された。

『助ける』ことを諦めて、処分された。

 

 

【英雄】として都市で憧れの眼差しを向けられる派閥の【勇者】が諦め、【剣姫】が剣を振るった。

いつものように、淡々と、振るった。

少年の中で【英雄】が救うことを諦めたという目の前の現実が、音を立てて少年を傷つけた。

 

英雄(家族)】は少年の前からいなくなった。

英雄(輝夜)】は、傷を負って倒れた。

英雄(ロキ・ファミリア)】は、救うことを諦めた。

 

『仕方がなかった』『倒さなければ、自分達の身が危なかった』

そんな言葉を聞かせて理解させ、納得させられるほど、目の前にいる少年は、大人ではなかったし、現実を受け止められるほどの心の余裕がなかった。

フィンがリザードマンと何かやり取りをしているが、内容など聞こえないほどに、アイズは何度も口をパクパクと、言葉を漏らそうとして、何も言えなくて俯く。

 

「――どういう状況だこれは。アイズ、何があった?何故、お前は泣いている?」

「――リ、リヴェ、リア・・・?」

 

自分の役目を終えたのか合流をしにやって来たリヴェリアは、目の前の光景に唖然としつつも、泣いているアイズの頭を撫でて目線を合わせてくる。けれど、アイズは何も言えなかった。

 

「ごめん・・・・今は、何も言えない・・・私が、あの子を、ベルを傷つけた・・・」

「――――帰ろう。もう、我々にできることはない。」

「で、でも・・・!」

「ここでずっとこうしていても、仕方がないだろう。捕らえられていた者たちを地上に連れて行く必要もある。人手がいる。それに、今のお前に、彼に何が言えるというんだ?」

 

かえって傷口を広げるだけだ。

そう言われて、リヴェリアに腕をつかまれ、無理やりに立たせられる。ふとリヴェリアの顔を見ようとしてみれば、前髪で隠れていたのか、よくわからなかったが、とても悲しそうな、そんな感じがした。

 

 

「レイ、オレっちとグロスは逃げた男を追う。レイはもう少しだけ、ベルっちといてやってくれ」

「・・・・よろしいのですか?」

「ああ、オレっち達だけで大丈夫だ。」

「わかりました。お願いします」

 

 

「アイズ、リヴェリア。僕達は18階層に行く。そこでリヴィラの冒険者達に協力してもらって行方不明者たちを地上に連れて行く。」

「わかった。あのリザードマンは何だ?」

「おいおい説明する。とりあえず、襲ってくることはないから安心してくれ。彼等には、逃げたミュラーを捕縛してもらい18階層に連れて来てもらう。彼等なら、匂いで追えるそうだしね」

「はぁ・・・わかった。アイズ、行くぞ」

「アイズ、悪いけれど・・・」

「うん、わかってる。『仕方がなかった』んだよね」

 

 

アーディに治療されている輝夜のもとにフィンが行き、この後の説明を簡単にする。あとは任せてくれていいと。

 

「――わかった。後は頼みます【勇者】。」

「あぁ。彼は・・・」

「あの子は私の家族(ファミリア)、ちゃんと連れて行きますのでご心配なく。今は、泣かせるだけ泣かせてやりたい」

「―――わかった。では、事後処理はこちらで。報告はまた後日そちらに行かせてもらうよ」

「えぇ。そうしてもらえると助かります」

「彼に、失望されてしまったかな?」

「たかだか1人の子供に失望されたからなんだと言うのです?何より、あの子にだってアレはどうにもできません。それを他人に責め立てようものならそれこそ傲慢もいいところだ。しかし、それもできないから、あの子はずっと苦しんでいる。」

 

【英雄】だから何でも救えると思ったら大間違いだ。

そう言って輝夜は立ち上がり、アーディと一緒にベルの元に向かっていく。

フィン達も去り際、ベルを一瞥して、立ち去っていく。

 

「・・・ベ、ベル」

「アイズ」

「フィン?何?」

「リヴェリアにも言われたかもしれないけれど、今、君が彼にかけられる言葉はないはずだ。今は、そっとしておくんだ」

「・・・・ごめん」

「いや、君に命じたのは僕だ。君が謝ることではないよ」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――すまない、面倒をかけたな。」

「―――無事、だったのですカ?」

「勝手に殺すな。ベルを置いて死ねるわけがないだろう?」

「ベル君、寝ちゃった?」

 

 

泣き喚き、目元を腫らして、歌人鳥(セイレーン)に包まれて眠っている少年(ベル)の頭を輝夜は撫でて、歌人鳥(セイレーン)に礼を言う。自分が傷ついて倒れたせいで、余計に心の余裕を失わせてしまったことに酷く負い目を感じながら。

 

「私達はこれから18階層で休息を取って、地上に戻る。貴様は?」

「それでは私モ、同胞の元に戻ります」

「どうしてベルは、ああも取り乱していた?」

「それは・・・・私とベルさんだけが、『助けて』という2人の声を聞いていたからデス」

 

歌人鳥(セイレーン)のレイからベルを受け取り、それをアーディがおぶる。

そして、レイが自分の羽をベルの装備の隙間に差し込んで、立ち去って行く。

 

 

「はぁ・・・後味、悪いね。」

「まったくだ。化け物にされたエルフの女の体は、見るも無残なボロクズになって崩れて、もはや原型もない。」

「ベル君とレイだけが聞こえてたらしいけど・・・救えたのかな?」

「さぁな。少なくとも、私達では、無理だろう」

「だよね。・・・それより、ベル君、私が背負ってるけど、いいの?」

「ああ。まだ体が痛むから、頼む。とりあえずは18階層で体を洗いたい。溶解液のせいでベタつく」

「だね。私も洗いたい。ベル君もベタベタだし」

 

実験場(ラボラトリィ)を、自分達が通ってきたルートで出口を目指しながら、今回の顛末を話し合う。

ベルはアーディに背負われ眠っているが、それでも、まだ鼻を啜る音や瞼から涙が伝っていた。

 

「捕らえた『冒険者』は『魔力源』として使われていた。」

「闇派閥もばっちり関与。どころか、闇派閥だったね」

「【イケロス・ファミリア】が異端児共に何らかの手を出している。そして、"ジュラ"・・・【ルドラ・ファミリア】の奴が生きていたとはな。」

「えっとー・・・確か、5年くらい前かな?ダンジョンの異常事態で沢山冒険者が死んだんだよね?正確には闇派閥だっけ。大爆発が起きて」

「ああ。おそらくは生き残りだろうな。」

 

ミュラーといい、【イケロス・ファミリア】といい・・・輝夜もアーディも薄々、何となく、狙いが何なのか、今回のことで気が付いた。

 

「ベル君・・・狙われてるよね。あの歌人鳥(化け物)のことといい・・・」

「よほどクノッソスを破壊されたことを根に持っているらしい。どうしたものか」

「オラリオの外に逃がしたほうがいいんじゃ?」

「・・・ベルは、1人にはなれない。私達全員が一緒でないと嫌がるのが目に見えている。」

「じゃ、じゃあ、アストレア様と2人だけで・・・とかは?」

「それも無理だ。私達が死亡して恩恵がないとアストレア様が気づいてしまえば、ベルもそれに感づく。」

 

そうなれば、あいつは自殺しかねんぞ。

逃がすにせよ、逃げないにせよ、1人にはできないと重々しく輝夜は呟く。

 

「前から聞きたかったんだけどさ、ベル君に何があったの?」

「アルフィアの血縁という話はしたな?」

「うん、聞いてる。アリーゼ達がオラリオを離れる理由を聞いたときに。」

 

大まかな事情を、【ガネーシャ・ファミリア】の主神と団長、そしてアーディは知っている。

他に知っているのは、【ロキ・ファミリア】と、【ヘルメス・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】と女神デメテルくらいだ。

もっとも、女神デメテルに関しては、出会った当時のベルの髪が荒れていて、痩せていたために無理を言って色々と融通してもらったが故なのだが。

 

「まあ、悪神エレボスが、ベルの元に現れて、朝目が覚めるとアルフィアもザルドも痕跡ごと消えていたのがきっかけだな。」

「そういえば、ザルド・・・だっけ?様子が変だったってお姉ちゃんが言ってたような」

「アルフィアの墓に行ったことはあるか?」

「警備とかでたまに」

「今度、ベルと一緒に行ってみろ。そこの隠し部屋に、ザルドがおかしくなった理由がある。」

「え?」

「私もはじめて見たときは目を疑った。何せ、大量のモンスターの素材があるんだからな」

「それは、ベル君のため?」

「ああ。アルフィアはローブを残していったが、ザルドは何もなかった。あの抗争の中で2人に影響を与えた何かがあったのだろう・・・それこそ、ベルが何もしなくても暮らしていける程度にはある。」

 

時折モゾモゾとするベルの髪にくすぐったそうにするアーディに笑みを向けながら、輝夜は話を続ける。思い出すように目を細めながら。

 

「2人がいないことに気づいたベルは、家を飛び出して、村中を探し回った。が、見つからず、歌人鳥(お姉さん)に探して欲しいと頼み込んだ。」

 

それでも見つからず、果てには、2人を探している時にベルが怪物に出くわして、襲われ、それを歌人鳥(お姉さん)が庇い、ベルのいないところで、息を引き取った。

 

 

「そこでベルの最後の拠り所がなくなった。」

「待って。お爺ちゃん・・・えっと、ゼウス様?はどうしたの?」

「ベルが何度も殺そうとした」

「は!?」

 

ベルの祖父というゼウスは、2人がオラリオに行き、悪に堕ちるのを止めなかった。

2人がベルの元から去るのを止めはしなかった。

そして、仕舞いにはザルドの恩恵が消えたと感じた時点で『2人は死んだ』と伝えた。

ベルが恨むのは当然のこと。

だから、ベルは何度も殺そうとした。寝ている時に、包丁で刺し殺そうとした、一緒に歩いているときに崖下に突き落とそうかと考えた。

 

「でも、できなかった。」

「・・・どうして?」

「『お爺ちゃんが好きだから』」

 

家族として、お爺ちゃんが好きだったから、だから、憎くても殺せなった。

だから、精神が荒れた。

 

「あいつは英雄譚や冒険譚、御伽噺が好きだが、それも、私たちが行った時には本棚にはほとんどなかった。」

「どうしたの?」

「自分の前から、大好きな英雄がいなくなったんだ。神の手によってな。だから・・・・こんなもの要らないと言って、湖に捨てたらしい。実際、団長とリオンが湖に沈んでいる本を何冊も見ている」

 

怒りの矛先がなくて、荒れて、碌に食べず、大好きだった本を見れば、2人のことを思い出してまた苦しくなるから、捨てた。それほどまでに、追い詰められていた。英雄が好きだったのに、英雄がいなくなり、自分もそれになりたいと思わなくなってしまった。今でこそ、羨望するが所詮はあくまで『アリーゼ達に並び立ちたい』だけ。

 

「私たちがベルと出会った時、団長様が最初にベルの手を取ったが、私たちが事情を話した途端、激情した。当然だ。」

 

なにせ、目の前にいるのは親の仇。

本人は当時のことを覚えていないが、小さい子供ながらの罵詈雑言の嵐。泣き喚き、物を投げつけ、家から飛び出す。連れ戻しても、決して近づこうともしない。

 

 

「・・・・寝ているアストレア様の元に包丁を持って近づいた時はさすがに焦った。下手に怪我をさせるわけにいかないが、神殺しなどさせられないからな。」

「でも、結局、できなかったんだよね?」

「あぁ。私たちがいたからな。」

「・・・?」

「『家族を奪われた』苦しみを知っているから、『家族を奪う』ことができなかった。アストレア様がいなくなれば、アストレア様の眷属である私達がどうなるのか・・・そんなことを考えたのかもしれない。」

 

だから、結局何もできなくて、包丁の刃を握り締めて、血を流して泣き喚いた。

異変を感じて目を覚ました女神アストレアは、目の前で手から血を流して泣いているベルを見て、それはもう動転した。包丁を取り上げ、自分の衣服を破いて、傷口に当てて、リオンを呼び出して治癒魔法をかけさせた。

 

 

「さすがに、アストレア様も神ゼウスに大激怒だ。『小さい子供がいて、親がいなくなるのは止めないとはどういうことだ!こうなるのは当然のことだ!!』とな。村人に頼み込んで、ゼウスとは別で家を建ててもらうほどだ。」

 

その一件からは、ベルは物を投げるようなことはなくなり、大人しくなって、よく女神アストレアと一緒にいることが多くなった。

 

「それでも、ふと、ふらりといなくなることがあってな。2人の影を追って彷徨う事があった。それである日、アストレア様と一緒に昼寝をしていたはずが、いなくなっていて、焦ったアストレア様とともに探し回っていたら、ベルが怪物に襲われて血塗れで倒れていた。死んでもおかしくなかったほどに。それで、団長が念のためにと持ってきていたエリクサーやポーションを全部使って、3日3晩生死を彷徨った。目を覚ましたときには、泣き腫らしたアストレア様から説教を喰らって、あいつは初めて泣きながら『ごめんなさいごめんなさい』と言ったんだ。そこからだな。懐くようになったのは」

 

そこでようやく、神に対する忌避感ではなく、女神アストレアを警戒するのをやめて向き合うようになった。

それでも、後になって本人に聞いてみれば、あの時は誰も彼も同じようにしか感じ取れず神様の目はあの時の夜の『黒い神様』に見えて仕方がなかったのだという。

 

「アストレア様に、お義母さんの面影を感じたの?」

「いいや?それはどちらかと言えば、私だな。『乱暴なところが似てる』と言われて、思わずデコピンをしてしまった」

「うわぁ・・・・」

「もちろん、アストレア様に母性を感じたのかもしれないが、あれはどちらかと言えば・・・そうだな、恋だな。どこに惚れたのかはわからんが、優しさに惚れたのかもしれんし、姉のような柔らかさが良かったのかもしれん」

「アリーゼは?」

「同列だな」

 

アリーゼは、ベルにとっては、嫌な事を考える暇がなくなるほどに、あちこちに引っ張りまわして遊びまわった。だから、気が付けば懐いてしまっていた。

 

「まぁ、懐く前から一緒に風呂には入っていたんだが、懐き始めた頃には、自分から口にしないが1人で行動ができないから、自然と手を握ってきたりしていたな。」

「ベル君って、手を繋ぐときに、こう・・・にぎにぎしてくるよね」

「ああ。離れないようにあいつなりに必死なんだろうな」

「今でも一緒に入ってるんだよね?寝るときも一緒なの?」

「今でも一緒だな。1人になると駄目らしい。暗い場所に目があるように見えて体が震えるんだと。寝るときは基本的にはアストレア様と一緒で、たまに私や団長、リオン。他にも誘われたらそっちに行ってるみたいだ」

「モテモテだね?」

「ああ、いつの間にかほぼ全員が絆されていた。アーディ、貴様もだろう?」

「気づいてた?」

「ああ、やたら密着してくるとベルが言っていたからな」

「ええっとぉ・・・それで、アルテミス様はどうしたの?」

「ん?あぁ、女神アルテミスは、本当はベルを眷属に迎えるつもりだったらしい。」

 

けれど、ベルが一番居て欲しい時にいてやることができなかった。

再会ができたときには、女神アストレアと出会っていたから、無理に引き剥がすことも、誘うこともできず、見守ることを女神アルテミスは決めた。

 

「オラリオに来たときは、必ずベルに会いに来ている。・・・・それで、アストレア様がオラリオに帰るときに『行かないで』と言って、アストレア様の私物を隠したことがあってな」

「ベル君、やんちゃさんだったんだ?」

「結局、ベルがオラリオに来ても大丈夫なようにするから待っていてほしいと説得して、帰っていったんだが・・・6年もかかってしまって、それもあってベルは余計にアストレア様から離れるのを嫌がるようになってしまった。仕舞いには『アストレア様が天に帰ったら僕も天に帰る!』なんて言うんだぞ。困りものだ」

 

「ヘルメス様は?石を投げられたとか何とか聞いたけど?」

「アストレア様がオラリオに帰還した後、すれ違いで神ゼウスを訪ねにやってきた事があってな。夕方で暗かったのも原因なんだが・・・悪神エレボスと見間違えたみたいで、私たちが連れていかれると思ったらしい。何とか止めたが・・・あれは疲れたな。投石だけで、すんでよかった」

「あ、あははは」

 

つまるところ、こいつは私達に対する依存度が高い。それにトラウマのせいで、余計に1人なれない。

寂しくて仕方がないのと、愛に飢えているのだ。と輝夜が言ったところで、アーディに背負われているベルがまたモゾモゾと動く。

 

 

「――んぅ・・・」

「―――起こしたか?」

「――――お義母さん」

「違う、私は「会いたい」・・・そうか。そうだな。」

 

義母の死を聞かされてなお、どこかその影を探しているときがある。

果たされることのない再会を願い続ける。

それが、ベル・クラネル。

 

 

「おはよう、ベル君。」

「アー・・・ディ・・・さん?」

「うん、君のことが好きなアーディお姉さんだよ?ちょっとは落ち着いた?」

「・・・・うん。輝夜さん、体・・・」

「大丈夫だ。お前よりマシだ。ただ、戦闘衣装が少し溶けてしまったからお前のローブを借りているぞ?」

「うん・・・いいよ。・・・体、ベタベタする」

「18階層で水浴びして、綺麗にしてやる。」

「アーディさんも入るの?」

「うん、入るよ?」

「・・・・場所は?」

「いつものところだ」

「あそこ、嫌い」

「どうしてだ?」

「だって・・・・『死んだらここにお墓を作って欲しい』って言うから」

 

 

アーディは『この子の前で何変な冗談言ってるの!?』と思わず輝夜に抗議の大声を上げてしまった。

 

 

 

 



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同衾

これは記録。

都市に刻み込まれた、『悪』が極めし隆盛の時代。

これは記憶。

俺だけは忘れてはならない、2人が駆け抜けた『英雄(必要悪)』の軌跡。

 

我等の血によって記された魔道書によって、汝は蝕まれ、優しいお前は苦しむことだろう。

否応なく、何の脈絡もなく流れ込み、お前の記憶に入り込むシオリのように、お前の知らぬ記憶が芽生えることだろう。それはお前を苦しめ、破壊し、現実と対面してさらに『失望』へと転じるだろう。

 

お前は2人を連れて行き、漏れ出た神威によって魂までも犯して行った俺のことを、神を心底恨み、殺しに来ることだろう。それこそ、あの『神獣の触手(デルピュネ)』のように。

 

お前の生きる我等のいない時代において、『英雄』はいるか?

お前の愛する家族のいない世界において、『お前だけの英雄』は現れたか?

 

2人はお前を置いていき、命を投げ打った。だが、お前はそれをきっと、『無意味』と片付けることだろう。事実、お前が失望し、絶望しているのであれば、その通りなのだろう。

だがしかし・・・無意味であったとしても、お前の目に広がる世界は決して、『無価値』ではないことを知れ。

 

「・・・見事だ、オラリオ。俺は俺の全てをもって『悪』を執行したが、最後はお前達のしぶとさと、『正義』の輝きにせりまけた。素直に負けを認めよう。じゃないと、カッコ悪いからな。」

 

だから、これは()がお前に贈れる唯一の手向けだ。

呪いにもなるだろう。

あるいは、お前の力になる奇跡にもなるだろう。

とある【古の賢者】が作り、破棄したものを拾い上げたものを使っているからな・・・どこまで有用かは、保証できん。

 

上書きされた記憶によって、お前はお前でなくなるやもしれんし、お前の中で答えを見つけて俺の悪意に打ち勝つかもしれん。楽しみにしているよ。

入り込んだ3人・・・いや、正確には俺の恩恵を介した"あいつ"の記憶も混じる可能性もあるから、4人か。まぁいい、その入り込んだ記憶によってお前が知らぬ言葉、お前の知らぬ光景、そして、お前が習得していない技術を得ることもあるだろう。それがこの魔道書の効果だ。まぁ、断片的なものでしかないが。

 

ああ、無論、謝るつもりはないぞ?俺は『絶対悪』だからな。媚びず、泣かず、喚かず、赦しを求めない。憎まれることこそが『悪』の本懐。俺は最後まで嗤い、邪悪を貫き続ける。

 

「下界の住人であるお前たちには、()は裁けない。悔しいだろう?そうだろう?いいぞ、その顔が見たかった!・・・と、これではお前の義母に怒られ・・・消されてしまうな。」

 

『悪』を葬るならば、それは『正義』の女神でなければならない。そして、お前を壊し、お前の義母の後悔を晴らすために、たった1つのおせっかいを焼いてやるとしよう。

 

「あぁ、アルフィア。お前の子を、『■■の■■』に託すというのはどうだ?【膝枕されながらヨシヨシされたいランキング堂々の一位。】だ、最高だろう?まぁ、決めるのはお前だが。」

 

お前が、この魔道書を手に取らないのであれば、ただの『塵屑』であり、手に取ったのであれば、『呪いの書』とも言えるだろうが・・・限られた旅路の果て、お前がより良い解を得られることを願っているよ。

 

あえて名をつけるなら・・・そうだな、後継者という意味を持って・・・【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】とでも名づけようか。余計なお節介?ふっ、知らんな。壊れたら壊れたで女神にでも慰めてもらえ。

 

 

「・・・あぁ、そうそう。これ、全部読めるようになったら消えるようになってるからな。じゃぁ・・・・そうだな、頑張れ。少年」

 

 

 

 

 

 

 

「―――えぇ?」

 

ベルと輝夜が、【ロキ・ファミリア】の眷属達と共に行方不明者の捜索に出て少しした後、掃除をしていた春姫が、うっかり例の魔道書を落としてしまい拾い上げた際、文字が見えてしまったらしく私の元に持ってきたのだ。

今まで見えていなかったはずの魔道書の最初のページが、どういうわけか、文字が浮かび上がり読めるようになっていた。

 

「どうして?今まで、読めなかったのに?衝撃が与えられたから?」

 

そう思って、私は、天界で今頃ピースをしているだろう悪神(エレボス)に対する当て付けのように魔道書を床に叩き付けた。

 

「えいっ!!」

 

ビタンッ!!

 

「コ、コン!?ア、アストレア様!?」

 

書物になんて事を!?という反応―――まぁ、事情を知らないのであれば当然ね。

 

「こ、こほん。ごめんなさい、なんでもないの。」

「そ、そのご本は・・・?その、手記のように見えますが?」

「―――【呪いの書】よ。読むと、もう一生『白い兎』が傍にいないと眠れなくなっちゃうの」

「ほぇっ!?」

 

ふふ、春姫ったら、『ナニソノ呪い!?』みたいな顔をして尻尾をピン!と立たせているわ。

 

「で、ではその・・・ベ、ベル様を今夜お借りしても?」

「駄目よ。私と寝るのだから」

「そ、そんなぁ・・・!」

「なんなら、私の部屋で3人で寝る?それなら、手を打つわ。」

「――っ!!」

「ああ、でもやっぱり駄目よ。輝夜から聞いたけれど、あなた寝言がその・・・アレらしいじゃない。ベルが眠れなくなったら困るから、お預けね」

「ガーンっ!?」

 

新入りの女の子をからかいつつ、魔道書をパラパラと開くも、とくに変化はなし。

まさか、今現在、ダンジョンでベルが魔道書のせいで苦しんでいることなぞ、露知らず。

 

「帰って来たら、また抱きついてくるのかしら・・・・ふふっ」

「うぅぅ・・・アストレア様が羨ましいでございますぅ」

「色々あったが故よ、春姫?貴方だって、ベルに懐かれていないわけじゃないじゃない?キスだってしたのでしょう?」

「お、お酒の力で。でございますが・・・・」

「それでも、いいじゃない」

「お、怒らないのでございますか?『浮気モノー!!』とか『不純だー!!』とか」

「うーん・・・確かに、あれこれ手を出すのはよくないとは思うけれど・・・そもそも皆あの子のことを好きになっちゃったみたいだし、人のこと言えないのよねぇ」

 

 

妙な胸騒ぎがするけれど・・・うん、その分、帰って来たあの子を抱きしめてあげよう。

あの子はきっと目を細めて、嬉しそうに身を預けてくるはず。

異端児についてもそうだ。私が書いた『御伽噺』がフィリア祭と同じように効果が小さいながらも、あの子の役に立ってくれるなら・・・きっと、無駄ではないはずだ。

 

そんな思いが、まさか、あの子を苦しめる原因になるだなんて、私は、知りもせずに、紅茶を啜った。

 

 

 

帰って来たあの子が、机の上に置いてあった御伽噺を見て、激昂し、初めて家出をするだなんて、今の私は知るはずもなかったのだ。

 

■ ■ ■

 

 

ベル・クラネル

Lv.3

力:S 910

耐久:S 900

器用:S 990

敏捷:SS 1190

魔力:SS 1100

幸運:H

魔防:H

 

<<スキル>>

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質

 

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響発生時、効果向上。

    

■讐者(シ■ト■・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型に対し攻撃力、高域強化。

・人型に対し敏捷、超域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン式(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

<<魔法>>

 

□【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【■■】

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

 

※星ノ刃アストラルナイフを持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

■スペルキー【■■■】

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】 

□詠唱式【天秤よ――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×残り1

 ■登録済み魔法:ライトバースト

  詠唱式【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊ルクス光ノ化身光ノ女王オウ】

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 威力は本物よりも劣化する。

 

【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 効果時間中、一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 絶対安全領域の展開

・回復効果

長文詠唱

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

【我はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】

【されど】【されど】【されど】

【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め許し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】

【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】

 

効果時間

15分

※月下条件化

・詠唱式変異

 ・月光が途切れない限り効果範囲拡大

 ・回復効果

 ・微弱な雷の付与

 

 

「――――えぇぇ?」

 

私は、廃教会の隠し部屋に設置してあるベッドの上で、裸でベルの上に跨っているというただでさえはしたない格好だというのに、ひっくり返りそうになった。たしか最後にステイタスを更新したのは・・・クノッソスに帰って来てからだったはずよね?そこから、異端児に出会ったり、色々あったみたいだけれど・・・うーん・・・。

 

「どうかしたんですか?」

「え、な、なんでもないわ!ベルの体、綺麗だなぁって思ったのよ?」

「・・・?アストレア様のが綺麗ですよ?」

「あ、ありがとう・・・」

 

 

―――■讐者(シ■ト■・ディフ)って、何かしら?【英雄羨望】が消えてしまっている・・・何か、この子の心に強い影響になる出来事が起きた?

 

心当たりがあるとすれば、家出をする直前に手にした、あの御伽噺だ。

 

 

『こんな、こんなものいらない!!こんなもののせいで、僕の思い出が汚された!!エルフの人も、異端児(家族)も、目の前で殺された!!いらない!いらない!!』

『【同情?憐憫?貴方が()を!?何も知らないくせに!】』

 

涙を流し、髪をかき乱し、錯乱したように、自分でも何を言っているのかわかってないような顔で、そんな言葉を私の目の前で投げつけて、私は何度も落ち着くように言い聞かせても、その言葉は入っていかずに、

 

『【()は大っ嫌い()!人も神も、こんな世界も、()自身も!みんなみんな!!】』

 

その言葉を聞いて、気が付けば、私はベルに平手打ちをしていた。

恩恵を持った子が、ただの一般人と変わらない私の平手打ちで倒れるわけもないのに、ベルは倒れ、机の角に頭を強くぶつけて、ポタポタと血を流し始めて、私は自分がベルに手を上げてしまったことに驚いて謝ろうと手を伸ばすも、一瞬、キョトンとした顔をして、やがてプルプルと大粒の涙を浮かべて、震えて、主神室を飛び出し皆の制止を無視して裸足で飛び出してしまったのだ。

 

―――ベルに手を上げたことなんて、初めてじゃないかしら。こんなに、痛いのね。

 

ベルが初めて家出をして、けれど、行き先なんて分かりきっていて、だから慌てて私の元にやってくる眷属達を落ち着かせて、春姫に頼んだのだ。

 

『春姫、今日はベルと一緒に一晩過ごしてくるから・・・着替えと、食事・・・詰められるだけで構わないわ。お願いできる?』

 

そう言って、着替えやら食事やらを入れたバッグと共に、唯一の心当たりである廃教会にやって来たのだ。

案の定、アルフィアの墓の前で、えんえんとすすり泣くベルの姿があり、私は背後から抱きしめて、離れようともがくベルに『ごめんなさい、痛かったでしょう?もっと気を使ってあげるべきだったわ』と言って抱きしめ続けた。

 

出かける前に、輝夜から聞いた話では帰還する1日前・・・どうやら溶解液で戦闘衣装がベタベタになって一晩、18階層で過ごしてから帰って来たらしいが、『冒険者』と『異端児』を『未熟児の宝玉』によって無理やり別種の化物を生み出すという所業を闇派閥はやってのけたらしい。

それも、私が書いた御伽噺に出てくる『歌人鳥(お姉さん)』をモデルに。

そして、ベルと歌人鳥(セイレーン)の異端児だけが助けを求める声が聞こえていたのに、それを目の前で殺されてしまうという光景を見てしまったのだという。

ベルのささやかな力にと思っていたものが、悪用されてしまったショックが大きい。

 

―――アルフィア達が命を投げ打ってまで、『英雄』を求めたのに、『英雄』はおらず、それに対して失望して暴れだしたって、アルフィアの言葉が聞こえたと言っていたわね。

 

 

『【一体、貴様等『雑音』は、どこまで()を『失望』させれば気が済むのだ!】』

 

 

これは恐らく、あの魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響だろう。断片的な記憶がベルに焼きついた・・・たぶん、最後のあの戦いの記憶がおぼろげにあったのだろう。

スキルが消えたり、使用不能になっていたり、魔法が使えなくなっていたり・・・おかしなことになっているのも、これの影響に違いない。

 

―――そもそも、スキルや魔法が変異することなんて、あるのかしら?

 

なんにせよ、■讐者(シ■ト■・ディフ)なるスキルは危険だ。使わせたくはない。だから、ベルには隠すことにする。

 

 

「それにしても・・・・」

「―――アストレア様」

「ん?どうしたの?」

「ちょっと、寒い・・・です」

「あ、ごめんなさいね。ほら、おいで、くっつきましょう?」

 

春姫・・・恨むわよ?

『着替えを用意して』と頼んだのに、何故、ベルの着替えしかないのかしら?私はどうしたらいいの?泣き止んだベルに『手入れしているから、今日はここに泊まっていこう』と言い、隠し部屋に入って一緒に狭いお風呂に入って久しぶりの2人だけの時間を楽しんでいたというのにお風呂を出たベルがタオルを取ろうとバッグを開けたところ、驚きの言葉を吐いたのだ。

 

『―――アストレア様』

『どうしたの?』

『えと・・・』

『ベルも濡れているから、早くして頂戴?風邪、引いちゃうわよ?』

『タオルが1枚に、アストレア様の着替えが入ってないんですけど』

『――――えぇぇぇぇ!?』

 

結果、ベルが私の体を先に拭き、その次に私がベルを拭いてやって、どうするか悩んでいて・・・

 

『僕の着替えをアストレア様が着るっていうのは?』

『うーん・・・着れないことはないでしょうけど、胸がね・・・伝説の彼シャツというのもやってみたいけれど。

『・・・・・胸?』

『こほん、なんでもないわ。窮屈で苦しくなっちゃうでしょう?』

『うーん・・・着ていたものは、さっき洗濯に回しちゃったんですよね?』

『えぇ。だから私、着る物がないわ・・・はぁ。』

 

2人して裸でバッグの前でしゃがみ込んで、どうするか悩んだ末、何を血迷ったのか

 

『もう、ベルも裸でいなさい。私、裸でいるしかないみたいだし私だけ裸なんて、ずるいわ。・・・・くっついていればいいのよ。』

『えぇっ』

『ほら、人肌の温もりっていうじゃない』

『う、うーん?』

『アリーゼ達とは、そういうことしているのに、私にはしてくれないの?・・・・食べちゃうぞー!』

『きゃーっ!?』

 

美味しく頂かれた兎さんが・・・いました。

まぁ、そんなこともあり、2人くっついて食事をして、ベルのステイタスを更新していると、ワケワカメなことになっていて、私は、ぷるんと胸を揺らして仰け反ってしまったのだ。

しかし、やはり暖かい季節とは言え、裸では冷える。

 

「くっついてると暖かいわねぇ・・・」

「―――」

「あら?ベル?」

「アストレア様・・・柔らかい・・・」

「ふふっ、やっぱり、アリーゼ達とは違うかしら?」

「うん・・・全然、違う。お義母さん、僕、女神様に食べられちゃいました。叔父さん、僕、すごい?

「何を言っているの?」

「アストレア様が、処女神なのに・・・その、天界に送還されなくてよかったなって」

「処女じゃなくなると送還されるなんて、ハードコアモードすぎるわ!?」

 

それどこのスペランカーなのよ!?

私だって、可愛い男の子とそういうことくらい・・・きょ、興味あるわ!?あるったら、あるのよ!!

 

「ぎゅぅぅぅぅ」

「あうぅぅぅ」

「失礼なことを言った罰よ」

「うぐぅぅぅ、柔らかいぃぃ・・・。」

「ふふふ、久しぶりの2人きりなのだから、楽しまなくちゃ」

「お、怒ってないんですか?」

「家出なんて、昔リオンだってしているし、あなたの様子がおかしいことくらい気づいていたから、怒ってないわ。それに、あんなに泣いていたらねぇ」

「はぅっ」

 

もうすることもなく、2人くっついて、裸のままベッドに潜り込んで私はベルの頬を撫でて何があったのかを聞いていく。

 

「―――それで、あとは【ロキ・ファミリア】が片付けるってことになったらしくて、アーディさんが僕を背負ってくれて、3人ともベタベタだから18階層で休んでから帰ろうって」

「大変・・・だったのねぇ。【ロキ・ファミリア】のこと、嫌いになっちゃった?」

「――しばらく、会いたくないです。その・・・」

「気持ちの整理、できてないものね」

「ごめんなさい、大人じゃなくて。」

「あなたはまだ13歳よ?いいじゃない、別に。でも、この街にいるかぎり【ロキ・ファミリア】の名は聞くし、見もするわ。だから、そのたびに目くじらを立てては駄目よ?疲れちゃうから」

 

どうやら、ラキアによるヘスティア誘拐事件でベルとアイズちゃんがお世話になったエダスの村で、2人は喧嘩して、それ以降、ベルは距離をとるようになってしまったらしい。今回の一件の前にも、何か話をしようとしたらしいけれど、地上ということもあって叶わず、そして悲しい出来事が起きて、ベルの心に傷ができてしまった・・・と。まぁ、会いたくないと言うのは無理もない話だ。

 

「よしよし・・・それで?18階層に行って、1晩宿を取ったの?」

「ええっと、戦闘衣装もベタベタで水浴びがしたいって輝夜さん達が言ってて、宿も高いからって、もうキャンプにしようってなって湖の近くでテントを」

「3人分買ったの?」

「ううん、2人用を買って、3人でくっ付いて寝たんです」

「うーん?戦闘衣装もベタベタで、洗ったのよね?」

「うん」

「水浴び・・・アーディちゃんも入れた3人でしたの?」

「?・・・うん」

 

つまりこの子、他派閥のお姉さんと一緒に水浴びをしたと?

いやまぁ、アーディちゃんもベルが好きだって言って可愛がっていたけれども。

 

「アーディちゃんに・・・美味しく頂かれちゃったの?」

「うっ・・・」

「頂かれちゃったのね・・・」

「ふ、2人に」

「すごいわね」

「アーディさんと輝夜さんが、『いやなことがあったときは、イイことして忘れさせてあげる!』って言って、それで。」

「嫌じゃなかったの?」

「嫌じゃ・・・うん、なかったです」

 

それで焚き火をして、戦闘衣装を干して、体が乾いたあと、火を消して3人くっ付いて寝たのだそう。

そして、嫌なこともとりあえず頭の片隅に追いやって帰って来たときに『御伽噺』を目にしてしまったがために、燻っていたものが、勢いよく燃え上がるように爆発してしまった・・・と。

 

「ごめんなさいね・・・気持ちを台無しにして」

「アストレア様は・・・何も、悪く、ない、です」

 

ベルは泣いているのを見られたくないのか、私に密着して胸に顔を埋めてくる。けれど、その声は震えていた。

 

「明日は夕方になったら帰りましょう?それまでは、そうね、ゆっくりしてるのもいいし・・・出かけたいところとか、あるかしら?」

「ううん、こうしてたいです」

「じゃあ、そうしましょう。ふふ、ここも狭いけれど、2人きりなら、いいわね」

「そう・・・です・・・ね・・・」

「あら、寝てしまいそう?」

「う・・・ん」

「じゃぁ、もう寝ましょう。灯り、消すわね」

「いやぁ・・・」

「私がちゃんと、抱きしめているから、安心して寝なさい。」

「う・・・ん・・・」

 

灯りを消して、抱き合って時々すすり泣くベルを撫でて、落ち着いて眠りに付くまで、私は天上を見上げる。

 

 

――エレボス、あなたはどうして、ベルにこんなことをしたの?私にはわからないわ。全くもって。




ダンまちの季節的な時系列がよくわからないんですよね


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女神休憩

ただのイチャイチャ回


 

「ん・・・・・っふわぁ。」

 

目を覚まし、欠伸と共に、体を起こして伸びをする。

ぼんやりとする寝起きの頭で、私は私のお腹に腕を回して眠っている温もりを確認して、くすりと笑みを浮かべて頭を撫でてやる。

 

「地下だから、朝日なんて入ってこないけれど・・・朝よね。」

 

耳を済ませれば、微かに聞こえるのは鳥の囀り。

私は自分の格好を見て裸であるのを確認して、少年を起こさないようにそっとベッドから起き上がり、干してあったバスタオルで体を包み、再びベッドに腰掛ける。

 

「もしアリーゼがここにいたら、『昨晩はお楽しみでしたネ!』なんて言われていたかもしれないわね・・・」

 

まぁ、お楽しみでしたけど。

主に少年の悲鳴というか、嬌声というか。

眷属達は縋りついてくるあの目がイイ!と言っていたが、なるほど理解できた気がする。

 

「さて・・・今日は夕方までのんびりすると約束したし、改めてステイタスの確認をしましょうか。」

 

眠っている少年から、掛け布団を腰の辺りまでずらして『神血(イコル)』を垂らして、ステイタス更新の作業をする。別に、経験値が~とかではなく、恐らくこの子の精神状態が悪いがために、解読ができなかったのでは?と思ったからだ。

 

 

「うー・・・んぅ・・・」

「ごめんなさい、ちょっと寒いけれど我慢してね。すぐ、終わるから」

 

もしここに、別の男神がいたならば、裸の2人を見て、そして裸で少年に跨って背中をなぞる光景を見て血の涙を流すことだろう。無論、現在の光景など、絶対に見せないし見たとしても記憶を消す所存であるが。

 

「フレイヤだって、きっとやっているはずよ」

 

そうだ、フレイヤや今はなきイシュタルだって、これくらいのことはする。なら、別に私がしたっていいじゃない。というか、エレボスがこの子に呪いの様な重荷を背負わせているのだ、ならば私はこの子のために天秤を傾けてあげなくてはならない。バランスを取ってあげなくてはならない。記憶の上書き―――いや、混入という言い方が正しいのか、例の魔道書の概要が少しだけ読み取れたが、それによって少年が少年でなくなる可能性も少なからずあるわけだ。ならば、今という思い出や光景をしっかりと焼き付けてやる必要性が大いにある。

 

「あなたが助けた人たちが・・・きっとあなたを助けてくれると、私は信じているわ」

 

どこかの少女が、『正義は巡る!』と言っていたのだし、是非、巡り巡ってこの子の助けになってやってほしい。

この子はきっと自分から助けを求められない。目の前で見てしまった絶望のせいで、助けを求めても意味がないと結論を出している可能性もあるのだから。

 

「さて・・・うん、やっぱり精神状態は昨日より落ち着いているみたいね。」

 

 

ベル・クラネル

Lv.3

力:S 910

耐久:S 900

器用:S 990

敏捷:SS 1190

魔力:SS 1100

幸運:H

魔防:H

 

<<スキル>>

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質

 

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響発生時、効果向上。

    

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型の敵に対し攻撃力、高域強化。

・人型の敵に対し敏捷、超域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

<<魔法>>

 

□【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【■■】

自身を中心に不可視の音による攻撃魔法を発生。

 

※星ノ刃アストラルナイフを持っている事で調整され自由に魔法を制御できる。

擬似的な付与魔法の効果を与える空間を作成。

魔法の影響を受けた物質は振動する。

■スペルキー【■■■】

周囲に残っている残響を増幅させて起爆。

唱えた分だけ威力が増加する。

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】 

□詠唱式【天秤よ――】

 対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

 魔法のみ登録可能。

 登録可能数×残り1

 ■登録済み魔法:ライトバースト

  詠唱式【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ)

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 威力は本物よりも劣化する。

 

【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 効果時間中、一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

 

羊皮紙に写し取り、寒がって震えている少年に掛け布団をかけてやり、頭を撫でて私は少年のステイタスを確認する。

 

「昨日は解読が完全じゃなかった復讐者(シャトー・ディフ)なるスキルが、しっかりと読み取れるようになっている・・・『人型の敵』というのはまた大雑把ね。」

 

モンスターでも、人間でも、それこそ神でもいいわけじゃないか。

もっとも、眷属達から聞く限りでは、少年は『対人戦が苦手』らしく訓練ですら、防戦の方が多いらしい。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の時は、怒りの丈が勝っていたから、できたのかしら。いえ、全くできないわけではないのでしょうけど」

 

もし仮に、戦争遊戯(ウォーゲーム)の時にこのスキルが発現していたら、戦場には多くのダルマが転がっていたことだろう。

 

アリーゼやリューから訓練をすると言って庭に出たときは、反撃は少なく、嫌になったら攻撃をそらして主神室に逃げてくるということをしていたわけで、それなりに動けるわけだから、全く対人戦ができないわけではないのだろう。むしろ各上相手に『適当なところで逃げる』ができるほうがおかしい。

 

「でも、このスキルは危険よねぇ・・・」

 

輝夜が言うには、件の事件の際に、暴走して闇派閥の人間たちの手足を焼き切って身動きを封じていったらしく、大切にしてきた眷族からしてみれば、その行為は胸を痛めたほどだ。

 

『私達はこの子の綺麗な手を血で汚したいわけじゃありません。だから対人戦に関して言うなら、むしろ身を守れさえすれば、できなくていいと思っております』

 

大抗争の時のような、血で血を洗うようなことはさせたくはない。それが眷属達の言い分だ。

だというのに、現れてしまったスキル。

 

「追撃時とはどういうことかしら・・・敵を徹底的に殺すまで『追い回す』ということかしら?というか、そういうことよね。」

 

仕留めるまで、力を増し、スピードを上げて追い回してくる殺人兎(キラー・ラビット)・・・いや、想像したくない!!それこそ、笑顔で追い回している光景を見ようものなら、私は気絶する自信がある!!

どちらかと言えば、少年が眷属達に女装させようと追い掛け回されているあの光景のほうがいいに決まっている。

 

『待ちなさーい、ベルぅ!!』

『いーやーでーすーぅ!!』

『お姉ちゃんたちのお下がりくらい、着慣れているでしょう!?』

『それはシャツとズボンの話で、スカートなんて論外ですぅ!!』

 

・・・最終的に捕まって、しくしくと涙ながらに私の元に来たときは、何とも言えなかった。似合っていたし、何より思わず抱きしめながら眷族立ちに親指を立てて『よくやったわ!』などとサインを出してしまったのだから。

 

「ええっと・・・・カウントダウンというのは何かしら?このスキルを発動ことでカウントが開始するのか、自分で意識的に起こせるのかしら?」

 

・カウントダウン(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

 

ただでさえ、補正が入っていくのに、カウントごとに上昇していく。そして、代償として精神力と体力を消費する。

つまりは、Lv3の現在は、3分間のカウントがはいり、1分ごとに飛躍していくということになる。3分経過すれば、精神枯渇のように倒れるのかしら?

 

「たぶん、消えてしまった【英雄羨望】のチャージみたいなものよね?チャージが勝手にされる・・・そんな気がする。」

 

そして、このスキルの最後の項目だ。

「―――・精神疲弊」

 

恐らく、きっと、このスキルを使っている際は、視野が狭まり暴走状態になりかねないということだろう。

そして、その際にはまた、【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響で誰かしらの記憶や光景が浮かび上がっては少年の心にノイズが走り、疲弊していくのだろう。

 

「輝夜が止めたとは言え、その後も疲れ果てて上手く動けなかったって言っていたし・・・デメリットよねぇ」

 

いやまぁ、スキルそのものがデメリットな気がするけれど。

 

「うぅ・・・ん・・・」

「あら?起きたのかしら?」

「アストレア様は・・・マシュマロおっ・・・ぱい・・・アリーゼさんの言うとおり・・・」

「いったい、どんな夢を見ているのかしら」

 

そしてアリーゼ、貴方はこの子に何を教えているの?変な教育をしていないでしょうね?

眷属()達は、たまに間違った知識というか・・・いや、アルフィア達もだけれど、少年に教えてしまっているし少年もそれを素直に吸収してしまっている。困ったものだ。

 

『アストレア様、知ってますか?元気がない子には【大丈夫?おっぱいいる?】っていうのが有効らしいですよ!!』

 

たわわな胸を張ってそんなことをドヤ顔で言うアリーゼに対して、私は溜息しか返せなかった。男の子は大概好きなのではないかしら。いやまぁ、いいんだけれど。

 

「魔法に関しては・・・あれね、ベルが喜んだアルフィアの魔法が使用不能になっている。完全に消えていないのだから、恐らく何かきっかけがあれば復活するとは思うけれど。」

 

聞けば暴走した時に魔法が使えなくなってしまって、その後何度唱えても、何も起こらなかったらしい。

 

『僕が良い子じゃないから・・・お義母さんに見放されちゃったのかなぁ』

 

とは言っていたが、恐らくは違うだろう。

私はこの魔法を『アルフィアからの借り物』という捉え方をしている。ならば、『ベルのもの』として改めて形になるはずなのだ。第一アルフィアが、怒って魔法を乱発したからと言って見放すはずがない。だって、アルフィアだもの。

 

「どこの家庭に、『お風呂を覗かれた』から家を魔法で吹き飛ばす母親がいるのかしらね、アルフィア?」

 

すでにこの世にはいない、少年の義母に疑問をぶつけてしまう。

実際問題、少年――ベルの音の魔法は、ナイフがなければ、ベルを守るようにしか発生しない。

その理由はアルフィア自身が魔法を使っている際、ベルを外敵(ゼウス)から守る時だけだったらしいし・・・だからこそ、ベルを守るようにベルを中心に発生していたのだろう。

ならば、もう母親の守りは必要ないと別の形になる可能性はあるはずだ。

 

「そもそも、発現したものが変わるのがおかしいのよね。だいたいエレボスのせいでしょうけど・・・」

 

まったくもって、余計なことをしてくれたものだ!

 

「ええっと、それから【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】は・・・詠唱式が少しだけ、省略されてるのと、2つ使用不可状態。なのに、何故か追加詠唱は使用可能状態」

 

どういうことだこれは。

登録された魔法は使える。ならば、魔法の登録そのものは今まで通り可能なはずだ。

使用不可能となっている項目も、元に戻るか形を変えるだけですむはず。

けれど、追加詠唱であるはずの【ディア・エレボス】が使えるのは何故なのかしら。

 

「自己主張のつもりかしら、エレボス?」

 

まるであのエレボスが『クソイケメンお兄さんの凄さを見せてやろう!』などと言っているようで、腹が立ってくる。だいたいその魔法使うとベルにも負担がかかるのよ?

 

「一度、ロキに相談してみようかしら?眷族多いし、何かわかるかもしれないし」

 

何がわかるわけでもないだろうが、私1人で考察したところで限界がある。眷属の多いあの神であれば、別の見解もあるかもしれないと思ったのだ。

私は羊皮紙を破いて塵箱へと捨てて、バスタオルを脱ぎ去り、ベッドに横になってベルの寝顔を堪能する。

 

「うぅぅん・・・?」

「起こしちゃったかしら?」

 

自分を包み込むような温もりを感じ取ったのか、ベルはぼんやりとしながら、声のする方に顔を向ける。少し寒かったのか、密着するように抱きついてきて、顔を埋めてくる。

 

「寒かった?」

「少し・・・だけぇ・・・」

「もう朝だと思うのだけれど・・・まだ、寝る?」

「うー・・・ん・・・」

「ふふふ、もう少しだけ、横になってましょうか。」

「いいんですか?」

「ええ、いいのよ。今日は夕方には帰るけれど、ゆっくりしましょう?」

「じゃぁ・・・もう少しだけ・・・その後、お風呂、入りたいです」

「ええ、そうしましょう」

 

少しくらい、足を止める時間も必要だろう。なら、今日くらいは一歩も外に出ずにゴロゴロとしていたって誰も文句は言うまい。ベルはぼんやりとしたまま私を見つめながら、やがて再び眠りに落ちた。

私はいつものように背中をポンポンとしてやりながら、胸に顔を埋めるベルに微笑を浮かべて聞こえていないだろうが、言葉を贈った。

 

 

「悩みなさい。今はそれでいい。」

「後悔も悲しみも、全て手放さず、旅を続けなさい。そしていつか、貴方の答えを聞かせてほしい。」

 

それが言葉にできなくても良い。

そのときにはきっと、顔付きが変わっていることだろうから。

 

眠っている少年にはきっと聞こえていないけれど、でも、薄ぼんやりと、口が動くのを感じ取って

 

『うん』

 

と言ったような、そんな気がした。

 

 

■ ■ ■

 

「ほらベル、髪を梳いてあげるから座って頂戴」

「はーい」

「寝癖、凄かったわね」

「そ、そんなにですか?」

「えぇ。爆発していたわ」

「うぅぅぅ」

「お風呂で直したのだし、もう大丈夫よ?」

「それでも、恥ずかしいんです!」

 

 

ベルの二度寝から一時間ほどして、私達は漸くベッドから離れた。

寝起きでぼけぇっとしているベルの頭はそれはもう、大変なことになっており、手を取って朝風呂に誘ったのだ。その後、バスタオルでお互いの体と髪を拭いて、乾かし、私は今、ベルの髪を梳いている。

 

「着替えてからのがよかったんじゃ?」

「別に裸を見るのも、着替えを見るのも今更でしょう?いいのよ、別に」

「・・・そういうもの?」

「ええ、そういうものよ。だから、気にしなくてもよろしい」

「はぁい」

 

頭を触られて気持ちいいのか、体をもたれさせて目を細めてくるベルを、たまらず抱きしめて時間を浪費してしまう。

 

「良い・・・匂い・・・」

「ベルも良い匂いよ?それより・・・」

「??」

「仮にも処女神を抱いたのだから、感想を聞かせてもらえるかしら?」

「抱いてないです、抱かれたんです」

「同じよ」

 

そうだ、私はあれでも勇気を出して兎を美味しく戴いたのだ。感想くらいは聞かせて欲しい。

 

「ええっと・・・」

「ま、まさか、アリーゼ達よりもよくなかった?」

「ち、違います!?」

「ジー・・・・」

 

ベルは焦り、耳まで赤くなり、私から逃げようとするが、私は後ろから抱き着いて逃がさない。

 

「ふっ」

「うひゃぁっ!?」

「ベル、貴方、生娘みたいな声を出すのね?」

「うぅぅぅ!み、みみ、耳ぃ!?」

 

ふふふ、たまらないわね。

女神と2人で小さいながらも暮らす。そんな生活も、あったかもしれない可能性としては考えられるけれども・・・たまには、いいわね。

 

「ほら、ベル?」

「うぐぅ・・・僕の周りのお姉さん達は皆意地悪だ・・・【抱いてやろうか?ベッドの上で泣かすぞ?】。」

「えいっ!」

 

ペシッ

 

「あぅっ!?」

「えいっ、えいっ、えいっ!」

 

ペシッ、ペシッ、ペシッ!

 

「あぅっ、あぅっ、あぅっ!?」

 

私は必殺の【正義の剣(チョップ)】をベルの頭に4連撃お見舞いした。

何故ですって?お姉さん扱いしてくれるのは嬉しいけれど、悪神(エレボス)みたいなことを言ったからよ。

 

「引っ込みなさい引っ込みなさぁい!」

「い、痛くない・・・けど、や、やめてくださぁい!?」

「ベル、そういう誰の言葉かもわからないことを言ってはいけないわ?・・・・えいっ!」

 

ペシッ。

 

止めの貫通攻撃(ぺネトレイション)、ベルはベッドに横になるように倒れた。

 

「はぅっ!」

「参った?」

「―――参りましたぁ。」

「よろしい。」

 

頭を抑えて、涙目になって再び私の横に座りなおすベルに、悪戯とばかりに抱きついて密着してやる。

悪神(エレボス)が出てきた時には、物理的に引っ込めてやろう。それしかない、そして都合のいい理由としてベルに抱きついてやろう。

 

「あ、当たってます・・・よ?」

「当ててるのよ?」

「あ、ありがとう・・・ございます?」

「ど、どう・・・いたしまして・・・」

「顔、真っ赤ですよ?」

「き、気のせいよ。ほ、ほら、着替えるのだから、手伝って頂戴」

「はぁい」

 

きっと眷属達がこの光景を見れば、

『ヘイ、マスター!!コーヒー砂糖抜きで頂戴!!なんなら、豆ごとでも構わないわ!!』などと言うことだろう。・・・知ったことではないけれど。

どうアリーゼ?これが、神と子の絶対的な格差というものよ。

私はここにはいない眷属に対して、何故かドヤ顔になっていた。

 

「アストレア様、どうして胸を張ってドヤ顔してるんですか?」

「き、気のせいよ」

「あ、あの・・・足上げてください」

「下着くらい自分ではけるわよ!?」

「えと、じゃぁ、どうぞ」

「あ、ありがとう・・・」

「それとその・・・」

「ん?」

また・・・してほしい・・・です

「え・・・え、えぇ、そ、そうね?」

 

2人とも着替えを終わらせ、昼食にする。

春姫に詰めてもらったもののあまり物でしかないが、暖めて、2人でくっ付いて食べる。どこか恥ずかしさが生まれてきて会話は少ないが、とても・・・そう、とても楽しいのだ。

 

「ア、アストレア・・・様」

「ん?どうしたの?」

「あ、あーん」

「ふぇ?」

 

この子はどうしたのだろう・・・と思わず思ってしまったが、あれだ。今は2人しかいない。この子もきっと、2人きりになりたかったのだろう。なら、その娯楽に受けて立とう。

 

「―――あーん」

 

髪がつかないように手で押さえて、ベルが差し出してくる食べ物を頬張る。

そしてそのまま上目遣いで、ベルの顔を見つめて、ニッコリとしてやる。

・・・とても恥ずかしい。死にそうだ。

 

「――――アストレア様は・・・ずるい

「や、やっぱり、無理してたんじゃない?」

「し、してない、です」

「私は神だけど、その・・・いいの?」

「アストレア様は・・・その、特別だから・・・」

「なら、良かったわ。ほら、ベル、お返し」

「え?」

 

神を嫌うこの子が、私を特別と言うのだから、甘えてくれるのだから、それに応えてあげよう。

私はベルがしてくれたように、食べ物にフォークを刺して、同じようにしてやる。

 

「あーん。よ?」

「――――あ、あーん

「ふふっ・・・また、たまにでいいから、ここに泊まりに来ましょうね」

「う、うん。でも、アリーゼさんたちに怒られるんじゃ?」

「やきもちはやかれるかもだけれど・・・大丈夫よ、私はダンジョンに行けないから必然的に2人きりになれる時って少ないわけだし。」

「じゃぁ、またここに・・・」

「ええ、そうね。アルフィアのお墓の掃除もできるし」

 

 

そんなことを言うとふと、ベルが固まって私のことを、ギギギギ・・・と見てくる。どうしたのかしら?

 

「どうしたの?」

「あ、あんなこと・・・し、したから・・・お義母さん、怒って、僕の魔法使えなくしたんじゃ・・・!?」

「――――い、いやいやいや!?さすがに、さすがにないわ!?だ、だって、その、ベルには悪いけれど、魂なんて天に還ってるんだから・・・!?」

「で、でもでも!?」

「こ、心当たりがあるの!?」

「む、昔、僕のお嫁さんはどういう人だったらお義母さんは嬉しい?って聞いたら、『とりあえず、私の元につれて来い。そうだな・・・【嫁の作法】を教えてやろう』とか言ってたんですよ!?」

 

そ、そんな!?

つまり、死してなお見ているの!?怖すぎるわ!?【才禍の怪物】ってそんなこともできるの!?

 

 

 

 

廃教会の地下の隠し部屋。

そこには、慌てふためく1匹の白兎と1柱の女神が・・・・いた。



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王族妖精

リヴェリアさんの口調ってたまにわからなくなる。


 

「さて、掃除をして帰りましょうか」

「はぁい・・・アリーゼさん怒らないかな?」

「大丈夫よ、きっといつも通り接してくれるわ」

 

 

ベル・クラネルの1泊2日の女神との同居生活―――もとい、家出は、2日目の夕方に幕を閉じた。

使用した地下の隠し部屋を一通り掃除し、さらにアルフィアの墓を掃除しようと地下からヒョコっと顔を出すと、【ロキ・ファミリア】副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴと目が合ってしまい、ベルは再び隠し部屋に逃走。慌てて『ここには誰もいません』という共通語を書いた板を隠し部屋からぽいっと投げ置いて無意味な居留守を敢行しようとした。

 

「ベル、そんなに慌てて何をしているの?」

「な、なな、何もありました!?」

「あったの!?なかったの!?」

「や、やっぱりもう1日ここにいましょう!?外は危険なんです!」

「だ、駄目よ!引きこもり生活なんて、認めないわ!そんなことをするのは『竈の女神』くらいよ!?」

 

どこかで、今日もせっせと孤児院の子供達のために【じゃが丸君】を売りまくっている、じゃがまる君の女神様は『な、なにをー!?僕だってなぁ、働けるんだぞぉ!?』と抗議している気がするが、女神アストレアは知っている。彼女が雨の中だろうと【ヘファイストス・ファミリア】の前で嫌がらせのように土下座して『ヘヴァイズドズゥゥゥゥ!!』などと言っていたあの珍事のことを。その原因も。だから、アストレアとしては全力で眷属が同じようなことにならないように反面教師にする。

 

 

『おい!なんだその目は!?じゃが丸君を買え、買うんだ!!』

『ヘスティアちゃん!うるさいよ!!』

『うひゃぁい!?すんませーん!!』

 

 

・・・反面教師にするのだ。

 

 

「いーい、ベル?人は日の光を浴びなくてはいけないの。じゃないと、不気味なほど白い肌になって不健康になっちゃうわよ?」

「い、いいい、一生幸せにします!?」

「きゃー!?・・・・って違うわ!?何を言っているの!?」

 

 

ベルは何故か混乱。女神は『一度は言われてみたいなー』などと考えていたかもしれないことを言われ歓喜。しかし、この子は何を言っているんだ!?と同じく混乱。もしここにデメテルがいたなら、それこそはしゃぎ回っている可能性が高い。

 

「お、落ち着きなさい。何かいたの?」

「え、えぇぇっと、何もいませんでしたよ!?」

「嘘ね!!」

「う、嘘じゃないですぅ!」

「神に嘘はつうじませーん!嘘をついた貴方にはデコピンですー!」

 

ペシン。

 

「うきゃぁ!?」

 

『神に嘘は通じない。』だというのに、何故か混乱している兎は嘘をついて女神に見抜かれ、お仕置きの正義の剣(デコピン)を喰らった。そしてそのまま羽交い絞めにされて耳に息を吹きかけられ逃げ場を完全に失った。

 

『哀れだな、少年。お前が女神に敵うはずがないだろうに』

 

などと心のどこかで、【黒い神様】がほくそ笑んだ気がして悔しかったが、確かに自分には勝ち目がないことはわかりきっているのだ!ベルは頭を垂れて両膝を付いて女神の腰に抱きついて懺悔した。

 

 

「リ、リリリ」

「リリ?リリルカ・アーデ?」

「リヴェリア・リヨス・アールヴさんが、いたんですぅ!!」

「―――――はぁ。」

 

拍子抜けである。

何故それで混乱しているの?と、当然の様に女神は真顔でベルの頭に手を置いて溜息をついた。

 

女神は地下から地上へと行くため、扉を開け、外に出た。

 

「―――――えっとぉ」

 

そこには変わらず、リヴェリアがおり、投げ置かれた板の方をジト目で見つめていたが女神が現れたことで余計に何とも言えない顔になっていた。

 

「何故、地下から女神アストレアが出てくる・・・?」

 

その当然の疑問に、女神はどう返答すればいいのかわからなかった。

 

『男の子が家出しちゃったから、追いかけて新婚気分を味わってました!テヘッ☆』

なんて言えるわけがないのだ。言ったら恥ずかしさのあまりベッドの上で少年を巻き込んで悶絶してしまう気がする。

 

ツーっと汗が流れ、谷間へと吸い込まれていった。

 

 

「―――そ、それより、そのぉ、どうしてここに?」

「―――はぁ、まあいい。いや、ただ単に墓参りに来ただけだ。」

 

強引に話題を変えたアストレアに、何も文句を言うことなく話題に付き合ってくれる。さすが、王族だとアストレアは心の中で感謝したし、何でリヴェリアがいるだけで混乱するのかとベルに抗議したくなった。

 

「お墓参りね。珍しいこともあるのね?」

「そうでもない。まぁ・・・墓があることを知ったのは、戦争遊戯があったころ辺りからだが・・・たまにだが、ここに来ている」

「なるほど。」

「それより、貴方の眷属が地下に引きこもってしまったが大丈夫か?」

「―――ちょっと待っていて」

 

アストレアは再び地下に続く扉を開けて、ベルの腕を掴んで強引に地上に出した。

 

「ほら!ベル!!いつまでも隠れてないの!!」

「ゆ、許してくださいいい!【ロキ・ファミリア】は危ないんですぅ!」

「危なくないわよ!?」

「だ、だって、だって、異端児がぁ!!」

「ここにはいないでしょう!?」

 

よほど目の前で起きた出来事がつっかえてしまっているらしいが・・・だからと言って、いつまでも隠れていていいはずがないのだ。オラリオにいれば嫌でも嫌いな派閥の名を聞くし見もするのだから。地上に引きずり出したベルを座らせ、逃げられないように後ろから抱きしめて座り、とりあえず謝罪をさせる。

 

「ほら、ベル。いきなり逃げたりしたら失礼でしょう?謝罪しなさい」

「うぅ・・・ご、ごめんなさい。『みんなのママ』さん」

「おい、それはロキか?ロキから聞いたのか?」

「ベルぅ・・・お願いだから変なこと覚えてこないで頂戴・・・」

 

というか、何故この子はロキから余計なことを教えられているのだ?疑問でしかないのだが。

 

「ロ、ロキ様が、リヴェリアさんは『みんなのママなんやで!』って」

「――――あいつめ、帰ったら縛り上げてくれる。」

「あぁ・・・ロキ・・・」

「―――まぁいい。それより、何故、ここにいる?君の家は、【星屑の庭】だろう?」

「うっ・・・それはその・・・」

 

答えにくいのだろう。ベルは女神に抱きつかれながら、モジモジとして時折、チラチラと女神の顔を見てくる。

全力の『助けてください!』なのだろうと察しているが、正直説明しずらいのも確かだ。

だって、癇癪起こして、行き先がバレバレな家出をして、女神と1泊2日のイチャイチャ生活を送っていたなんて恥ずかしすぎて言えなかったのだ。

 

「リ、リヴェリア?その、あれよ、アイズちゃんと喧嘩してから例の行方不明者の一件で・・・」

「あぁ・・・私は直接は見ていないが、アイズがやけに落ち込んで塞ぎこんでしまっていたな。」

 

アストレアはベルから離れてススス・・・とリヴェリアに耳打ちをして事情を説明した。

地下で何をしていたのかなど詳しい話は決してしないが。

 

「それで、『冒険者』と『異端児』っていう喋るモンスターが、宝玉の胎児で、その、御伽噺に出てくる歌人鳥(セイレーン)に似せた化物に変えられたらしくて・・・」

「アイズとフィンが言っていたな。なんでも、もう助ける手段もなく危険だったために討伐せざるを得なかったとか。」

「そうなの。だけど、ベルには助けを求めてる声が聞こえてたみたいで・・・しかも、その御伽噺はベルの話で・・・」

「あぁ・・・わかった。もういい、なんとなくわかった。なるほど、アイズが『ベルの家族を殺しちゃった・・・』と言っていた意味が分かった。」

 

家出の大まかな理由を話し終えてアストレアは再び、ベルの横に座りなおしリヴェリアとお話を再開する。

 

 

「―――こほん。ベル、アイズはお前とちゃんと話ができなかったことを後悔していた。また会ってはもらえないだろうか?」

「・・・・」

「その場にいなかった私が言うのもなんだが・・・君だって、あれは助けられないことくらい理解しているんじゃないのか?」

「でも、『助けて』って言ってました。」

「しかし、助ける手段がなかったろう?私なら、自分が化物に変えられたなら下手に生かされるよりいっそ殺してもらうほうが良いと思うが?」

「・・・・」

「無論、そんな手段をとった闇派閥を許せるはずもないが、下手に動きを止めれば、命を落とすのは我々なんだぞ?」

「それは・・・でも・・・・じゃぁ・・・いつかあの■■■■■■さんも殺すの?

 

リヴェリアもアストレアも、ベルの表情から、『理解』はできても、『納得』できなくて、受け入れたくないのだろうということは分かっていたが、ボソッと小さく呟いた声で2人は顔を見合わせて固まった。

今、この子はなんと言った?と。

 

「待てベル。今、君はなんと言ったんだ?」

「―――魔石が埋まっている人を、どうしてアイズさんは手こずるんですか?怪物を倒すのには躊躇なんてしないのに」

「ち、違う。そうじゃない!君は何の話をしているんだ!?」

「―――アイズさんは『怪物』に復讐できるのに、僕は何もできなくて、話を聞いてくれると思ったのに、あの時、いつもみたいにエルフさんと歌人鳥(セイレーン)を殺したんですよ?僕は・・・『怪物』よりも『人』や『神様』の方がずっと怖いです。」

 

『魔石』が埋まっていること=『怪物』なら、魔石が埋まった人間はどうして倒さないの?

そんな疑問を、ベルはリヴェリアに投げつけた。

 

「魔石が埋まった人間?・・・赤髪の調教師、いや、『怪人(クリーチャー)』のことか?」

「赤髪?・・・えっと、赤髪の人と白髪の人、仮面の人に・・・」

「ま、待って、待って、ベル。あなた、わかるの!?」

「―――?」

 

リヴェリアは頭の中で数える。アストレアも同じように。

赤髪の女――レヴィス。

白髪の男――オリヴァス・アクト。レヴィスによって殺されている。

仮面の人物――59階層に行くとき、そして前回のクノッソスでも遭遇している。

そして、もう1人・・・いる。

そんな風なことを、ベルはぽろっと喋ったのだ。

その上で、『どうしてそのヒト達は倒せないのに、姿が違うだけで、倒せるの?』と訴えてきた。

 

「すまないベル・・・頭が痛い」

「大丈夫ですか?」

「仮眠していく?」

「いや・・・結構。つまり、君には3,4人いることがわかっているのか?」

「わかってると思ってたんですけど・・・違和感というか・・・」

 

 

『わかるわけないだろう!!』と2人は叫びたかった。叫びたかったが、叫んだところでどうにもならないのだから、大きく溜息をつくしかなかった。

 

「あー・・・その、なんだ。とりあえず、また機会があれば、アイズと話してやってくれないか?君の事を心配している」

「でも・・・」

「ベル?話し合わないと、わかりあえないこともあるわよ?」

「うーん・・・わかりあえるのかなぁ。

「それから、女神アストレア。ロキから伝言なのだが・・・」

「あら、ロキが?丁度、ベルのスキルのことで相談があったから会いにいこうかと思っていたのだけれど?」

「神ヘルメス、神ディオニュソスを含めた3柱で敵のことについて話し合いをしているのだから、参加しろ・・・と。」

「うーん・・・」

 

『でも、ベルが駄目だって言うのよねぇ』と濁して、アストレアは誘いを断った。

実際に動いているのは、その3つの派閥のうち【ロキ・ファミリア】のみだ。なら、わざわざ他の2派閥も含めた会合に行く必要はないのでは?ともアリーゼは言っていたし・・・と考えて、ベルを見つめてみれば、ブンブンと首を横に振るものだから、結局断ることにした。

 

「ごめんなさい、協力はするけれど、その会合には参加できないわ」

「―――わかった。では、そう伝えておこう」

「ごめんなさいね」

「いや、強制ではないのだから、気にしないで欲しい。では、私はこれで」

「ああ、ちょっと待って。丁度いいから、貴方に聞こうかしら」

 

■ ■ ■

 

「それで、聞きたいことというのは?」

「これなのだけれど・・・どう思う?私ではちょっと分かりきらなくって。ロキなら眷属も多いし、もしかしたら・・・と思って」

 

ベルを一度、地下室で待機させてベルのステイタスに現れた復讐者(シャトー・ディフ)というスキルだけをリヴェリアに見せた。

 

 

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型の敵に対し攻撃力、高域強化。

・人型の敵に対し敏捷、超域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

 

「ふむ・・・まず、女神アストレア、他派閥である私に彼の個人情報とも言えるスキルを教えていいのか?」

「あの子は気にしないわ。それに、奪わせもしない。むしろ、このスキルであの子が壊れるかどうかの方が問題よ?」

「全く・・・。はぁ、わかった。ならば、私も分かる範囲で答えよう」

「ええ、お願いね?みんなのママ?」

「ママじゃない」

「ふふふ」

 

 

復讐姫(アヴェンジャー)

任意発動(アクティブトリガー)

・怪物種に対し攻撃力高域強化。

・竜種に対し攻撃力超域強化。

・憎悪の丈により効果向上。

 

リヴェリアはアストレアから受け取ったベルのスキルを移してある羊皮紙に、心当たりのあるスキルを書いた。

 

「これは?」

「アイズがロキから恩恵を受けた時点で発現していたスキルだ。そして、彼とは逆で『怪物』限定だ。」

「人間相手には発動しないの?」

「ああ、しない。」

「じゃあ・・・『憎悪の丈により効果向上』というのは?」

「そのままの意味だ。制御し切れなければ怒りに飲まれて我を失う・・・と考えている。」

「そこは、ベルと同じかしら?」

「恐らくは」

 

2人で2人のスキルについて、話し合う。

似通っている。けれど、相反した相手に対する特攻である。けれど、デメリットがわかっているのなら、対処法も同じなのではないかとアストレアは考えている。

 

復讐者(シャトー・ディフ)・・・効果が多すぎる気もするが・・・追撃時か。逃がすつもりがないのだな。」

「でしょう?あの子に人殺しなんてさせたくはないのよ」

「しかし、『人間』限定でもない。あくまでも『人型』というならば、ゴブリンでもオークでもいいわけだ。大雑把だな。」

「【剣姫】ちゃんの『怪物種』限定ってのも、幅は広いと思うけれど?」

「カウントダウンとは何だ?」

「わからないのよ。」

「わからない?使ったことがないのか?」

「昨日・・・正確にはついさっき、発現したようなものだから。」

「なぜ、発現したばかりのスキルを見せたのだ・・・」

「仕方ないじゃない。できちゃったんだから。」

「デキ婚みたいに言うな!!」

 

使ってみないことには、スキルの詳細ははっきりしてこないぞ?とリヴェリアに言われ、隠すのは難しいか・・・と、アストレアはがっくりとした。

 

「それにデメリット効果とでも言うのか・・・精神力、体力を大幅消費。そして、精神疲弊とくるか。」

「何かわかる?」

「わからないが・・・このカウントが終わるまでに戦闘を終えなければ、彼は戦闘行為そのものができなくなるのではないか?」

「というと?」

「簡単に言えば、精神枯渇(マインドダウン)のような状態といえばいいか?それどころか、体にも負荷が残ると考えるべきだ。」

「【剣姫】ちゃんの場合は?」

「基本的には使わせてはいない。昔、怪物が爆散したこともある。」

「隠れた効果とかは?」

 

『本当に何でも聞いてくるな』とジトーと見つめて、アストレアに上目使いをされ、また溜息をこぼして『彼までできるとは限らないぞ。』とだけ言って

 

「アイズの魔法と複合して起動することができる、通常とは違う詠唱がある。だが、危険すぎる」

「理由は?」

「力を暴走させるに等しい状態になるからだ。使用すれば使用するほど、破滅に向かうことになる。だから危険なんだ。」

「暴走・・・」

「彼にも同じ事ができるとは思わないが、できたとしてもやらないほうがいいに決まっている。」

 

あの子はまだLv.3だろう?まだまだこれからがあるのに、潰すようなことをしては駄目だろう。そういってこれ以上は話すことはないというのか、リヴェリアは目を閉じて深呼吸をして立ち上がり、地下室の扉を開けてベルを呼び出した。

 

「ねぇ、リヴェリア?」

「何だ?」

「どうして、教えてくれたの?」

「―――アルフィアの子だから、気にはかけている。それに、何度もこの子には助けられているし、アイズの件もある。それだけだ」

「やっぱりあなた、ママね。」

「ママと言うな」

 

■ ■ ■

 

 

「リヴェリアさんと何の話をしていたんですか?」

「んー・・・ベルは良い子ねーって話。ママ友トークよ」

「??」

 

あの後、3人で教会の掃除をして別れ、ベルとアストレアは【星屑の庭】に向けて歩いていた。

 

「僕の魔法、また使えるようになりますか?」

「そうねぇ・・・無くなった訳じゃないみたいだし、きっと、使えるようになるわよ」

「お義母さん、見ててくれるかな」

「そうねぇ・・・」

「僕・・・異端児達に何かあった時、みんなの敵になっちゃうのかな」

「―――貴方が正しいと思ったことをしなさい。私は貴方がどんな答えを出すのか、見届けてあげることしかできないの。」

 

こればっかりは、難しいことだから。

何とか力になってあげたいが、小さいことしか自分にはできないのだ。

だから、この子が道に迷ったなら、手を取って一緒に歩いてあげるとアストレアはベルに何度も告げる。

だからこそ、いっぱい考えていっぱい悩んで、答えを聞かせて、と。

 

 

「ほら・・・ホームが見えてきたわ。」

「――――。」

「私の後ろに隠れても仕方ないわよ?大丈夫、いつも通り接してくれるわ。さすがに家出を弄るようなことはないから」

「本当?」

「ええ、誓うわ」

 

昔、あのリューだって家出をしたことがあるのよ?と笑みを浮かべるアストレアに、ベルは少し目を丸くして家出少女なリューを想像するが、やっぱり想像できなかった。だって自分が知っているリュー・リオンは、凛々しく格好良く、スタイルが良くて、綺麗で、金髪で、時々ポンコツなお姉さんなのだから。家出ができるとはとても思えなかった。

 

ガチャリ。とアストレアが扉を開けて、中に入る。

中は変わらず、帰宅した眷属達が思い思いに寛いでいたり、春姫が夕食の準備をしていたり、それを手伝っていたりと過ごしていた。

 

「ただいま。今、帰ったわ」

「・・・・ただいま」

 

 

「お帰りなさい!ベル、アストレア様!昨晩はお楽しみでしたね!?」

 

「アリーゼェェエ!!」

「アストレアさまぁ!!やっぱり弄ってきましたよぉ!?」

 

台無しである。

アリーゼに小言を漏らしながら、ベルに荷物を片付けるように指示を出し、ベルが寝た後に深夜の眷属会議でベルのステイタスの話し合いをすることを、アストレアはアリーゼに伝えたのだった。



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雄牛、兎耳

Pixivにも上がっていますが、私が上げているので間違いありません。
ミノタウロス戦だけ、書き直すかもしれませんが、気分次第です。


乱れた呼吸の音が響いていた。

天井や壁面、地面が木皮で形作られた階層域。

通路中に繁茂する苔が青や緑に発光し、見る者に秘境を彷彿させる光景を生み出している。

轟いてくるモンスターの雄叫びに身を揺らすのは様々な形をした葉や、銀の滴を垂らす神秘的な花々だった。

上層域とは様変わりした大樹の迷宮の中で、1つの影がひた走っている。

影はしなやかで、華奢な、少女と見紛う四肢を持っていた。苔の光を浴びてきらめくのは青銀の髪だ。そして美しく滑らかな長髪だけでなく、その肌も青白い。肩や腰に生えた無数の鱗、妖精よりも歪で尖った耳、そして、額に埋まる輝かしい紅の宝石。それは紛れもなく、『怪物』の証である。枝の様に細い両腕を抱きしめるモンスターは、ただただ迷宮を走っていた。

 

――どうして?

 

モンスターは血を流し、涙を流していた。

爪や牙、剣で切り裂かれたかのような裂傷をいくつも負い、血を地面に落とし汚していく。

 

――どうしてっ?なんでっ?

 

瞳の中には恐怖があった。悲しみがあった。混乱があった。

いつもの様に移動していたはずだったのに、いつの間にか自分だけがはぐれてしまっていた。今までそんなことはなかったというのに、仲間の声も聞こえない。その孤独感がよりモンスターに恐怖を与え、いくつもの水滴と赤い血が地面へと落下していた。

 

「どうしてっ・・・?みんな、みんな・・・どこっ?リド?レイ、グロス?ラーニェ、レット、フィア、フォー・・・ベルっ」

 

仲間達の名を連呼し、最後に生まれたばかりの自分を拾って仲間の下に送り届けてくれた少年の名を・・・・呼んだ。

幼子の様に嗚咽交じりの声。その言葉の羅列を忌むかのように、錯綜する迷路から複数の怪物の吠声が押し寄せ、青銀の長髪と薄い肩が怯えるように震えた。

 

モンスターは、『彼女』は――ウィーネは、泣いていた。

 

――みんな、どこに行ったの・・・っ?

 

隠れ里を移動しながらの仲間探し。

移動できないものもいるが、それでも、彼女は寂しくはなった。手を取って歩いてくれる家族がいたから。

けれど、その家族との時間が、唐突に掻き消えた。

 

『あぁ、良い!良い!!実に良い、美しい色だ!!もっと、もっと見せてください!!』

 

どこからか聞こえてくる、彼女が家族といつの間にか逸れた・・・孤立させられた時から聞こえてくるその声が、迷宮に木霊する。(ベル)と同じように目を瞑っていたかと思うと、面白いものを見つけたかのように彼女を切りつけ追いまわしてきた。欲を満たすように、ある種の娯楽のように。だからこそ、彼女は逃げた。逃げて逃げて逃げて逃げて―――そして、自分がどこにいるのか、わからなくなった。

 

『あぁ―――貴方、『悪』とは何だと思います?』

 

狂気だ。狂気だけがそこにはあった。

人間であるはずなのに、彼女からすれば人間(冒険者)よりも恐ろしいとさえ思うほどの狂気だった。

 

『非道を尽くすこと?はたまた、残虐であること?いいえ、いいえ!!―――少し違う。それは手段であり、本質ではありません!』

 

時折開かれるその目は、とてもギラついていて、余計に彼女の体を震えさせる。

 

――知らない。あんなの、知らない!怖い、怖い、怖い!

 

『【悪】とは―――恨まれることです!!』

 

誰に語りかけているのかもわからないその声音に、彼女に襲い掛かっていたモンスター達もまた、静まり返る。

 

『そして、【絶対の悪】とは――あらゆる存在を終わらせるもの!!生命も、社会も、文明も、時間さえも。それまで積み上げてきた万物を全て無に帰すモノ。断絶と根絶。あるいは、存亡の天秤を嗤いながら傾ける邪悪。それこそが【絶対悪】!』

 

何かに酔いしれるように、けれど、何かに対する憎悪をつのらせて、叫び上げる。

 

『と、まぁ、これはかつての主神が言っていた言葉なのですが・・・まぁ、いいでしょう。やるなら、とことん。ならば、私もまた、とことん、血を求めるまで。今や私もあなた方と似通ったモノをこの身に宿す。時折"彼女"の声が聞こえはしますが・・・まぁ、それもどうでもいいでしょう』

 

 

途端に理性的になり、自分は貴方と同じ――などと言っているあの人間・・・ニンゲン?は何を言っているのだろうか。

 

「リドぉ・・・助けてぇ・・・」

 

『あぁ・・・神エレボス、いや、神々よ、私はここにいますよ・・・!世界の樫たるこの私が!!』

 

「よぉ、化物(ニンゲン)、オレっち達の家族が世話になったみたいだな」

「気味の悪い・・・ベルさんとは全く違いますネ。本当に人間なのですか、貴方」

『おお・・・こんなにもいたとは・・・!貴方達はどのような色を私に見せてくれるのでしょうか・・・ふふふ、楽しみで仕方ありません!』

「お前の相手なんてするわけないだろ・・・おお、怖っ、おい、頼むぞ!ウィーネ、帰るぞ!!」

 

リザードマン、歌人鳥、ガーゴイルが漸く現れ、そして、その後に続くように黒い巨躯、2本の角、1本の両刃斧、1本の斧型魔剣を持って、現れた。

 

「リドォォォ、レイィィィ!!」

 

ウィーネは涙ながらに飛びつき、やっと助けが来たことに安堵する。

何より、その黒き存在は、異端児の中でも最も強いとさえ言われる新参。

仲間の窮地を聞きつけて、緊急で呼び出されたのだ。

 

 

 

『おやおやおや・・・これはこれは・・・ブラックライノスでしょうか?』

「オォォォォォォォォォォッ!!」

「いいか!適当に相手したら戻って来い!一々真面目に戦うなよ!!」

「オォォォォォォッ!!」

「聞いてんのかよ!?」

 

 

 

雄牛の叫び声と共に雷が迷宮を轟いた。

 

雄牛は求める、再戦を、再戦を!再戦を!!

かつて戦ったその弱くも輝かしい光との再戦を!!

そして、宿命たるその存在に、名を与えてもらうのだ!!宿命として相応しい、その名を!!

 

 

 

■ ■ ■

 

「ムッスゥー」

「ベル様ぁ・・・機嫌を直してくださいましぃ・・・」

「ベルぅ、仕方ないじゃない。あなただって悪いんだから」

「リューさんの時も、おしおきあったの?」

「・・・・・」

「顔反らしたぁ!?」

 

 

 

 

 

 

【アストレア・ファミリア】

朝食を囲む彼女達は、微妙な空気に包まれていた。

昨晩、主神アストレアは少年(ベル)に主神室に後から行くからと、少女(春姫)と一緒に眠るように説得し眷属会議にて少年(ベル)のステイタスが『ワケワカメ』なことになっていることを含めた話し合いに参加していた。されど、少年(ベル)が起きてみれば、横を見てもいつもいる(ひと)がおらず、不安になるも、金縛りにでもあったのか体が動かず泣きたい気持ちになっていたところ、モゾモゾと自分の体の上で何かが動いたのだ。

 

それはとても暖かく、柔らかく、そして、一部、モフモフとしていたのだ。

 

『あれ・・・そういえば、昨日、アストレア様が【ベルは1人は駄目だから、春姫と一緒に寝ていてね?後から私も一緒に寝るから】って言っていたような・・・でも、春姫さん、いないし・・・』

とぼんやりする頭で思い出す。

 

そうだ、昨日の夜、アストレア様がくるのを待っていて、でも、寝つけなくて春姫さんの尻尾をモフモフしたり耳をモフモフしたりしていて、気が付いたら眠っていて・・・

 

「春姫さんも、アストレア様もいない・・・なんでぇ・・・」

 

まだ昼にすらなっていないはず。ましてや、仮に先に女神が起きていても少年(ベル)が起きるまで、待っていてくれるというのに、何故今日に限っていないのかと不安になっていく。

そんな不安などお構いなしに、少年(ベル)の体の上で、モゾモゾ、モゾモゾ、モフッモフッ、もにゅん、もにゅん、と何かが動いて、やがてその布団のふくらみが少年(ベル)の首元まで来て、ぶはぁっと生まれたのだ。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

――ドウシテ、春姫お姉さんは僕の上に乗っかって眠っていたのだろう

 

目と目が合い、無言で見つめあう。

どちらも今だ頭が回っておらず、ぼんやりとしている。

 

片や『なんで春姫さんは僕の上に?お姉さん達に抱き枕にされるのはよくあることだけど』

片や『何故、私はベル様のお腹を枕に?いえ、やけに幸せな夢を見ましたが。』

などと考えて、さらに少女(春姫)少年(ベル)は掛け布団の中に視線を移せば、掛け布団の中は、脱げた少女(春姫)の浴衣が薄っすらと見え、少年(ベル)の上にいる当の本人は、パンツを履いているだけの姿で、今もなお、そのたわわな双丘が少年(ベル)の胸板に乗っかって形を変えており、少年(ベル)も何故だか、浴衣がはだけていた。いつもはそんなことないのに。

 

「・・・ア、アノ」

「・・・ハ、ハイ、何デ、ゴザイマショウ?」

「・・・僕のこと、食べたんですか?」

「イ、イエ!?ソ、ソンナコトハ!?」

「春姫さん!?」

「ほ、本当にございます!!春姫は夜這いなどしておりません!!」

 

2人は見詰め合ったまま、そして、自分達の格好を確認して大混乱!

見目麗しい年上の、いや、アリーゼ達よりも年がまだ近い金髪で、モフモフなお姉さんがほぼ裸の格好で自分の体の上で眠っているし女神はいないしでこれはまさか、彼女に襲われていたから女神はこなかったのでは!?と思ったのである。

 

「うぅぅぅ・・・!」

「ち、違うのでございます!本当です!ア、アストレア様は私も見ておりません!」

「布団の中に潜ってたら、来たかどうかなんてわかるわけないじゃないですかぁ!」

「ひゃう!?そ、そうでございますが!?あ、あの、その、そ、そんなに、春姫が一緒なのが嫌だったのでございますか!?」

「・・・嫌だったら一緒に寝てませんよぉ!!」

「ありがとうございますぅ!!」

 

とりあえず、体が動かせないから、退くか体勢を変えるかしてくださいよぉ!と抗議して、春姫は体を起こし少年(ベル)の下半身に座る形に。

漸く腕が開放されて、少年(ベル)は自分の浴衣を軽く直す。

掛け布団は春姫が起き上がったせいで、バサリ・・・と捲れ落ち、目の前には、美しい肢体が。

 

「あ、あの・・・そんなにマジマジと見られますと、さすがに恥ずかしいといいますか・・・い、いえ、もうお風呂でお背中を流している間柄ですから、構わないのですが。」

「見えちゃうんですから・・・仕方ないじゃないですか」

「そ、その・・・春姫では駄目でしょうか?」

「へ?」

「い、いえその・・・は、春姫の体ではベル様はご満足いただけないのでしょうか!?」

「んんんんん??」

 

このお姉さんは胸を寄せて顔を近づけてきて、何を言っているんだろう?

少年(ベル)は理解に苦しんだ。

【アストレア・ファミリア】は綺麗なお姉さんしかいない。そうだ、皆綺麗なのだ。頭の先から足の先まで、綺麗なのだ。満足も何もないと思うのだ。美の女神?何を言ってるんだ?この派閥には美の女神みたいなお姉さんが11はいるんだぜ?と心の中で思いかけて義母(アルフィア)に極寒の目で見つめられた気がして、やめた。

 

「そのぉ・・・ええっと・・・」

「いいものをお持ちだと思いますけど・・・」

「ほ、本当でございますか!?・・・ホッ。」

「どうしたんですか、本当に。それより、早く浴衣、着てくださいよ。僕その、とりあえずトイレに行きたいんです」

「はっ!?そ、そうでございました。い、今、降りますね」

 

春姫がようやくベッドから降り、脱げている浴衣を回収し、目の前で着なおすのをボケェーとしながらベルは、ベッドの上で猫のように体を伸ばし、ようやく立ち上がり、ドアを開けようとした。

ドアノブを握り、開けると目の前には、捜し求めていた女神アストレアが。

 

「―――アストレア様っ!どこ行ってたんですか!?」

 

少年(ベル)は飼い主を見つけたペットよろしく、ぴょんぴょんと飛び跳ねて女神がいなかったことに抗議するも女神はそれはもう気まずそうな顔をして、けれど『どうして朝からこんなに可愛いの?』と少年(ベル)を抱きしめて女神の部屋を見渡した。

 

「ア、アストレア様?」

「―――ふぅ。」

「あ、あの?」

 

少年(ベル)にはわからない。何故、女神がこなかったのか。

だって、少年(ベル)はガチで眠っていたし、少女(春姫)に関しても、普通に隣で添い寝・・・別に抱き枕にするくらいは構わないが、それくらいだと思っていたのだから。だから、女神がどうして頭が痛そうにしているのかがわからなかった。

女神の視点からしてみれば、少年(ベル)は浴衣がまだはだけていて、右肩が露出しているし、ベッドは乱れて少女(春姫)は下着姿に浴衣を着なおしているし・・・つまり、勘違いしちゃったのだ。眷属会議が終わって部屋に来たら、ベッドが妙に膨らんでいたから、余計に。

 

「ベル・・・春姫・・・その、そういうことは・・・私の部屋ではしないでね?」

「「違うんですぅ!!?」」

 

少年(ベル)はちょっぴり泣きたくなって、ベッドまで女神の手を引いて座り込んだ。

女神は何の抵抗もなく、手を引かれベッドに腰掛け、抱きついて涙目になる少年(ベル)の頭を撫でてやり、『いいのよ、いいの。男の子だもの。』などと要らない励ましをしてしまう。

 

「ひっく・・・ぼ、僕、アストレア様が来るの、ま、待ってたのに・・・お、起きたら、は、春姫さんが上にいただけで・・・」

「そ、そうでございます!ベル様は何も悪くありません!ベル様を責めないであげてくださいませ!」

「じゃ、じゃあ、どうして2人はそんなに浴衣が乱れているの?春姫にいたっては、殆ど裸じゃない・・・」

「は、春姫が悪いんですぅ!!」

「うぅぅぅぅ」

 

少年(ベル)はもう、やけくそになって、女神をそのままベッドに押し倒して掛け布団を被り、女神に抱きついて再び眠りに付こうとした。

強引に、なかったことにしようとしたのだ。

 

「ふふ、ベル、どうしたの?私は怒ってないのよ?」

「ひっく、アストレア様っ、僕、嘘ついてないのにっ」

「そうね。嘘、ついてないわね。いい子ね、ベルは。」

「だから、もう一回寝るんです。アストレア様と寝ます」

「駄目よ。もう朝食の時間なんだから。ほら、起きて起きて」

「むきゃぁっ!?」

 

哀れ兎、少年(ベル)の強引な『お・や・す・み』は、女神に抱きかかえられることで幕を閉じた。

 

「はぁー、本当にベルは軽いわねぇ。ほら、春姫も着替えが終わったのなら、早く行きましょう。みんな待っているわ」

「は、はい!そ、その、本当に申し訳ございません・・・」

「いいのよ、私があなたにベルと寝るように言ったんだから・・・そういう意味ではないけれど」

「わ、分かっております・・・うう、春姫はいつから寝相がわるくなってしまったのでしょう・・・」

「脱ぎ癖でもあるのかしら」

「うーん・・・」

「どんな夢を見ていたの?」

「・・・・とても幸せな夢でございました」

「はぁ・・・・」

 

 

女神の中ではもうすでに、できる子なのにすごく残念な子になっていた。いや、似たようなのが割りと多いが。

 

「ア、アストレア様ぁ・・・」

「どうしたの、ベル?」

「お、降ろしてくださぁい。アリーゼさんたちにまたからかわれますよぉ」

「うーん・・・仕方ないわね」

「ただでさえ、昨日、『お楽しみでしたネ!』ってからかわれたのに・・・」

「安心して、ベル。たっぷり、怒っておいたから」

「ホント?」

「ええ、本当よ。だから、手を握って欲しいわ」

「わ、わかりました・・・!」

 

 

しくしくしていたのが嘘のように、パァァ!と明るくなって女神の手を握る少年(ベル)が、そこにはいた。

そんなこんなで、食卓に行くと、3人以外がすでに着席済み。なんなら、食べ始めてすらいた。

春姫は輝夜の隣に座り、ベルとアストレアはアリーゼとリューの間に2つ席が空いておりそこに座る。

 

「ベル、なんかさっき騒いでたけど、大丈夫?」

「ムッ。ノーコメントっ!」

「な、何で不機嫌なのよ・・・」

「アストレア様、コーヒーをどうぞ」

「ありがとう、リュー。ベルはいる?」

「の、飲みます!」

「あれ、ベル、いつから飲めるようになったの?」

「ぼ、僕だって大人なんですっ!コーヒーくらい・・・ぐびっ・・・うげぇ」

「駄目じゃない」

 

無理して大人ぶろうとしてるの、バレバレよん☆と朝一にアリーゼに鼻をピンっとされて、ベルは顔を赤くする。周りの姉達も、朝から癒されるわーなどと眺めている。

 

「・・・アリーゼさんの意地悪

「どうしたのよ、ベル。どうしてそんなに機嫌悪いの?私がアストレア様と一緒に寝たのがいけなかったの?でも、貴方、春姫としっぽりしてたんでしょ?」

「し、してない!」

「し、しておりません!アリーゼ様!勘違いでございます!」

「そうよ、アリーゼ。勘違いはやめてあげて」

「はぁ・・・まぁ、わかりました。」

 

ごめんね?とアリーゼはベルの頭を撫でて再び食事に戻り、早々に食べ終わると、立ち上がり、どこかへ行ってしまう。

 

「あれ、アリーゼさん今日忙しいのかな」

「団長はいつもあんなだぞ?」

「輝夜さん?そうなんだ?」

「ああ、お前が知らないだけで、忙しいんだ。あれでもな」

「やっぱりアリーゼさんは凄いんだ・・・」

 

いつも甘やかしてくるアリーゼに、自分が知らないところで色々動いていると聞かされて尊敬の念を抱いていると、ふと、ポフ。と頭に何かがはめ込まれる感触がした。感触がして振り向くと、ニコニコとしているアリーゼ。そして、周りを見ると、目を丸くして、けれど嬉しそうにしている姉達の姿が。

 

「え?」

「ベル、一応、貴方、家出・・・無断外泊したから、お仕置きね」

「え!?」

 

慌てて頭に乗っかっているモノを触って確認しようとするも、抱きしめられて腕が封じられてしまう。

 

「私、春姫といい、こういう何が似合うのか見抜くセンスがあるのねきっと。ふふん!」

「え!?えぇ!?ア、アリーゼさん、離して!?」

「お姉ちゃんに抱きしめられるの、いや?」

「い、いやじゃない・・・けど・・・!?」

「じゃぁ、今日はアストレア様と3人で寝ましょ。さっきのお詫びよ!」

「ほ、ほんと?」

「えぇ、本当よ。約束する。だから、今日1日、貴方は頭についている物を取っては駄目よ?」

「はい!・・・あっ。」

「はい、言質~!」

「あぁぁぁぁぁ!?」

 

 

『この兎、チョロイわー』と眷属と女神は全力で思ったし、助けに入るべきか数名迷っていたが、本人が『はい!』と言ってしまったので、諦めた。まぁ、似合っているし?見てて癒されるし?いいんじゃないかな?と思って。

そうして輝夜が春姫に手鏡を貸してやれと言い、春姫はベルに手鏡でベルの頭にあるものを見せてやった。

 

「う・・・兎・・・み、耳ぃ!?」

「ヒュームバニーのベルちゃんよ!どう!似合ってるでしょう!?」

「「「さすが団長!!」」」

「ひ、酷い・・・あんまりだ・・・ア、アストレア様ぁ!?」

「ベル?すぐに何でもかんでもアストレア様に頼るのは、良くないと思うの。格好いい男になれないわよ?」

「うぐ・・・」

 

どんどん言いくるめられていく。

そもそも、癇癪を起こして飛び出したのはベル。

女神を傷つけるような言葉を投げつけてしまったのも、ベル。

そんなこんな理由があったとは言え、無断で外泊して心配をかけたのも、ベル。

自業自得というやつなのだ。

 

 

「そ、それなら!アストレア様には何もないの!?」

「うーん・・・そうねぇ、ベルはどんな格好してほしいの?」

「えっ」

「ベルは、アストレア様にどんな格好してほしいの?」

「う・・・そ、それはその・・・メイドさんとか・・・浴衣姿とか・・・もにょもにょ

「「「きゃー!」」」

 

アストレア様に、いろんな格好してもらいたい。それは確かなのだ。でも、こう、姉達の前で聞かれるなんて思ってなくて、どうして僕はこうも墓穴を掘ってしまうんだろうとベルは思って顔をますます赤くする。

 

「み、耳は!?アストレア様にも、耳!」

「うーん・・・似合うとは思うけど・・・色合い的に、ベルよね」

「ベル?私が貴方を追いかけてなかったら、あなた今頃、リヴェリアに回収されていたはずよ?そうなれば、貴方、余計気まずくなるわよ?」

 

事実、地下室から出たらいたでしょう?と言われて、さらに言葉に詰まるベル。もはや、逃げ場はなく、がっくりと首を落とした。

 

 

 

 

「ムッスゥー」

「ベル様ぁ・・・機嫌を直してくださいましぃ・・・」

「ベルぅ、仕方ないじゃない。あなただって悪いんだから」

「リューさんも家出したことがあるって聞いたけど、リューさんの時も、おしおきあったの?」

「・・・・・」

「顔反らしたぁ!?」

 

わ、私には・・・関係ない!とばかりに顔をそらされて、さらにベルはがっくりとして、もう諦めて隣にいるアストレアにもたれかかった。

 

「も、もう・・・どうにでもなーれ・・・あ、あははは・・・・」

「ベ、ベルが壊れたわ・・・」

「ベル、今日1日の辛抱だ。耐えろ」

「で、でもぉ・・・輝夜さぁん」

「男ならそれくらいの試練、乗り越えて見せろ」

「ザルド叔父さんもこんな試練乗り越えたの?」

「・・・・想像させるなぁ!!」

「うひゃぁ!?」

 

 

ザルドのウサ耳姿だと!?ふざけるな!!と輝夜を含めた姉達は、ものすっごい微妙な顔をした。そんなもの、周りに対する嫌がらせでしかないぞ!!と。思わず輝夜はベルにデコピンをしてしまった。

 

「は、春姫さんはお仕置きないの?」

「春姫?なんで?」

「僕が起きたら、裸だったよ?」

「私も裸で寝るときあるし、別にいいわ。」

「・・・・チィッ」

「こ、この子、今、舌打ちしたわ!?」

 

悪あがきも悪あがき、何の意味もなくあしらわれ、ベルは心の中で決意した。

【あの尻尾を、これでもかとモフってやろう】と。

春姫からすれば、そんなものご褒美でしかないのに、そんなことを決意していた。

 

「まぁ、とりあえず今日1日はそれつけてなさい。いいわね?」

「はぁい、わかりましたぁ」

「うん、良い子良い子」

「うぐぅぅぅぅ」



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不穏

ダンメモ4周年も楽しみだけど、イヴが熱い。嬉しい。


 

金属を打ち鳴らす、ぶつけ合う音が、迷宮内で響き渡る。

魔法が轟き、大樹を焼いて、魔剣が炎を吐き出す光景が支配する。

 

「ぐぅぅぅっ!?」

「またっ、貴方ですか・・・!?」

 

ガラスが割れたように、直剣型の魔剣は砕け散る。

焼ける大樹の迷宮、視線の先には、人工迷宮で襲ってきた仮面の人物。

 

「貴様ハ、邪魔ナノダ・・・ッ!!始末セネバナラナイッ!!」

 

仮面の人物は、少年を見つけては執拗に攻撃をけしかけてきていた。

人工迷宮を破壊して回った脅威として、闇派閥は確かに認識し、狙いをつけていた。

故に、仮面の人物もまた、指示に従って動かざるを得なかった。

少年を孤立させ、襲い掛かる。前回もいいように逃げられたというのに。

 

「貴様ノ存在ガ・・・我々ノ、障害ニナル・・・!命令ヲ果タサナケレバ、ナラナイッ!!」

「何の話ですか!?」

 

突き出されるメタルグローブ。

突きつけるは【星ノ刃(アストラル・ナイフ)】。

2人は空けていた距離をつめるように飛び掛りぶつかり合う。

 

甲高い金属音がまた、迷宮にて轟いていた。

 

「ダイタイ・・・ソノ、フザケタ格好ハ、ナンダ」

「こ、ここ、これは、僕、実は、兎人(ヒューム・バニー)だったんですよ!」

「見エ見エノ嘘ヲ、付クナ!」

 

少年は触れて欲しくないところに、触れられ、顔を赤くする。

だって仕方がないのだ。これは、姉からのお仕置きで、着けたくて着けているわけじゃないのだから。

仮面の人物は声音を変えるわけでもなく、淡々とくぐもった声で喋り、攻撃を止めない。

 

「―――フッ!!」

「エエイ!!マタ、魔剣カ!?」

 

砕けた炎属性の魔剣から、さらに氷属性の小太刀型の魔剣を使用。

身動きが封じられた所で、少年は仮面の人物の頭を横から掴みかかり、そのまま走り出した。

 

「ナッ・・・!?―――ガッ、ギィッ!?」

 

大樹に、壁に擦りつけて、そのまま走り出す。

決してその足を止めるつもりもないのか、少年はスイッチが入ったように冷たい目になって仮面の人物に徹底的に容赦なくダメージを与えていく。

 

「―――ぁぁあああああああ!!」

 

ゴーン、ゴーン

 

「――グッガアアアアア!?」

 

ドガ、ドガガガッ!!と大樹は抉れ、壁は砕け、進路上にいた怪物達もまた、巻き込まれて爆散した。

 

「貴方達、闇派閥には絶対、容赦しない!」

 

ゴーン、ゴーン

 

「グゥゥゥウゥッ!?」

 

急停止。

少年は右足を軸にそのまま仮面の人物を自分が進んできた方向へと投げる。

そしてまた、スピードを上げて、襲い掛かる。

 

――ナンダ!?急ニ、速度ガ・・・イヤ、攻撃ソノモノガ、威力ヲ増シテイル!?コレガ、Lv.3!?アリエナイ!!

 

空中で体勢を整え、緊急回避しようにも、投げられた力が早かったのか、上手く行かない。

気が付けば、真正面に少年がいて、仮面ごと顔面をつかまれ、真下へと投げられ地面へと叩きつけられた。

 

「―――グフッゴパッ!?」

 

――何ガ、起キテイル!?ソレニ、コノ音ハ、魔法デハナイノカ!?

 

仮面の人物は知らない。

目の前の少年に起こった変化など。

仮面の人物はむしろ警戒していた。

音の魔法を。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!!」

 

少年は、頭を掴まれた仮面の人物がもがいている際に掴んでいたであろう腕から血を流しながら、なお、迫ってくる。瞳は冷たく、確実に、容赦なく、慈悲もなく、徹底的に倒さんとすべく、迫ってくる。

 

 

復讐者(シャトー・ディフ)

 

そのスキルの存在を、少年は、件の悲しいお仕置き(ウサ耳つけて1日生活)の後、説明された。

自分の意思で発動させるスキル。

人型の敵に対する特攻性。

追撃する際に、さらに飛躍。

カウントダウン。

 

逃げ場など与えないと、行く先々を塞ぐように蹴りを入れられ、背後から殴られ、仰け反るように前にいけば腹に膝。仮面の人物が知っている前回の戦闘とは明らかに違う。対応しきれない。

 

「グウゥゥゥッ!!【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】ィ!!」

 

ゴーン!ゴーン!

 

だから、ミスを犯した。

 

「【ディオ・テュルソス】ッ!!」

「【天秤よ――】。」

 

突き出したメタルグローブから魔法が発動せず、むしろ。

ぐしゃり。と握りつぶされた。

 

「グッ!?ガァァァァ!?」

 

ガッと再び頭をつかまれ、今度は仮面ごと地面に引きずるように走り出す。

 

「―――カウント、停止。終わり。」

「―――ッ!?」

 

カウントが終わりを報せるように、ナイフからキィィィィンと音が鳴り、仮面の人物は投げ出され、斬撃を胸に叩き込まれ吹き飛んだ。

 

 

■ ■ ■

 

 

「はぁ、はぁ―――はぁ。」

 

肩肘、両膝を付いて、右手で胸を押さえて呼吸を必死に整えようともがく。

それにあわせるように、頭の兎耳はゆさゆさと揺れる。

そこに、背中を摩る暖かな存在が現れる。

 

 

「大丈夫ですか、ベル?急にいなくなるものだから、心配しましたよ。」

「リュ、リューさん・・・その、この間の迷宮にいた仮面の人に襲われて・・・復讐者(スキル)を使っちゃった」

「危険だから、安易に使うなと言ったでしょうに・・・」

「だ、だって・・・魔法、使えないから、決め手がなくって。それで」

「はぁ、まあいい。それで、体は?」

「ちょっと苦しい。今日はもう、帰りたい・・・」

「あまり、長く潜っていたわけではありませんが・・・仕方ありません。一度、18階層で休息してから戻りましょう。あなたの体の負荷を調べておきたい」

「う、ん。あ、待って」

 

ベルはリューに支えられて立ち上がり、仮面の人物が吹き飛んだ場所まで足を進める。

確認をしておきたかったのだ。その中身を。

 

「倒したのですか?」

「うーん・・・変な感じだった」

「・・・というと?」

「最後の一撃、懐に入ったはずなんだけど、こう、なんていうか・・・」

「手ごたえがなかったと?」

「うん、それ」

 

2人の目の前には、ボロボロになった血塗れのローブが。そして、砕けた仮面だったものが、落ちていた。

 

「――遠征の時にも、襲ってきましたね」

「59階層に行く時の?」

「ええ。ベルは、何か感じましたか?」

「うーん・・・『割れてた』かな」

「割れている?仮面が?」

「ううん、波長が」

 

この子の例えというか、表現はどうも、わかりにくい。

溜息をついたリューは、ベルを背負い敵だったものを回収して大樹の迷宮を立ち去った。

 

「んふふふ、リューさん良い匂い」

「こ、こら、首元に顔を埋めないでください!くすぐったい!落ちますよ!?」

「お、落とさないで!?」

「な、なら、大人しくしていなさい!」

「で、でも、良い匂いなのは、本当っ!」

「そ、それは、ど、どうも、貴方も良い匂いですよ。アストレア様が選んでいるんでしたね」

「うん、デメテル様の所に行って買ってるんだって。この間、すごい真面目な顔で交渉してた」

「あの方は何をしているんですか・・・」

 

ベルと出会ってから、あの方も変な趣味に目覚めてしまった。と嘆くリューに顔を傾ける少年(ベル)

女神アストレアの趣味、それは、少年(ベル)の髪質に対する追及。

よりモフモフに。よりさらさらに。そのさわり心地を求めて、彼女もまた、冒険していた。

 

「そんなに変?」

「なんといいましょうか・・・元々は、ボサボサに痛んでいた貴方の髪を治すためにしていたのですが、いつのまにか、嵌ってしまったようで・・・」

「でも僕、アストレア様に頭触ってもらうの、好きだよ」

「でしょうね。とてもウットリしているのをよく見ます」

 

ところで。と再び話を戻す。

復讐者(スキル)の使用は、アリーゼからも注意されていた。

少なくとも、自分より各上で止めてくれる者がいない場合はなるべく使わないようにと。

 

「それを、破りましたね?」

「や、破ってない!?"なるべく"だから!さっきのは、仕方なかった!セーフなんです!」

「ジー・・・・」

「うっ・・・な、内緒にしてください

「はぁ・・・まったく貴方は。使って早々、体が疲労でろくに動けなくなっているではないですか。私がいなければ、怪物に食べられてますよ?」

「うぐ・・・ごめんなさい」

「持ってきているシルの弁当を食べてもらいましょうか。それで手を打ちます」

「え゛っ」

 

ベルに見せ付けるように弁当の入っているバスケットをブラブラとする。それに怯えるように、ベルは再びリューの首元に顔を埋めた。

 

「ひゃぁっ!?こ、こら、ベル!やめなさいと言っている!?」

「だ、だってぇぇ!」

「シルは貴方のために作っているんです!食べなくては、【黒拳】と【黒猫】が苦しむことになる」

「2人がその呼び方やめろって言ってたよ。あと、さらっと僕を身代わりにしないで!」

「―――春姫が今日の晩は、シチューだと言ってましたよ」

「わぁい、春姫さんの料理、大好きー!」

「ふっ」

「い、今、鼻で笑った!?」

 

試練(シルの弁当)の話題を強引に至福の料理(春姫のご飯)で誤魔化してベルに押し付けることに成功した金髪妖精、リュー・リオンは『この子は本当にチョロイ。』と鼻で笑った。

 

「コホン。失礼、それより、その呼び方をやめろ。とは?」

「だから、もう足を洗ったんだから、やめてくれって。捕まえた後、アリーゼさんが事情を聞いて、働き口を与えたんでしょ?」

「いえ、彼女だけの働きではありませんが・・・。アストレア様も掛け合ってくれていましたし」

「だから、もうやめてくれって。」

「ふむ・・・気をつけましょう」

 

 

 

黒拳(ルノア・ファウスト)】と【黒猫(クロエ・ロロ)】。

殺し屋と賞金稼ぎ。

どういうわけか、豊穣の女主人の店主を標的とした依頼を押し付けられ、どうしたものかと困り果てて2人で愚痴っていた。

 

『いや、マジでなんでこんな無理ゲー寄越してきたの?阿呆じゃない?』

『わかる。無理でしょ、あんなの』

『ていうか、依頼つきつけるだけつきつけて』

『金だけ置いていくの』

『『なんなの!?』』

『しかも、標的の料理、くっそ美味しいし』

『下呂吐くかと思ったわ。上手すぎて』

『『わかる』』

『けど、まじでどうする?』

『トンズラ扱きたいけど、無理だろうしニャァ』

『『はぁー足洗いたい』』

 

などと途方に暮れているところ。

 

『貴方達、無職(ニート)なのね!?なら、私に任せなさい!!』

 

と言って会話に乱入してきた赤髪の女。何故か自信満々に豊満な胸を張り、ドヤ顔をしてくる。

 

『うぜぇ!』

『無職じゃないニャ!いや、定職でもねーけど!』

『なら、無職じゃない!大丈夫、まかせて!貴方達の働き口くらいすぐに用意してあげる!!』

 

そんなこんなで強引に、強制的に、無理やり、有無を言わさず、連れて行かれたのがまさかまさかの豊穣の女主人。

 

『ミアさん、この2人、ここで働きたいって!』

『へぇ。ま、人手は欲しかったがね。使えるのかい?』

『問題ないわ!貴方の命、狙ってたくらい、元気よ!』

『『ゲッ!?』』

『へぇ~そりゃぁ、いい。いつでも狙ってきな。失敗するたびに借金増やしていくよ』

『『はぁ!?』』

 

ガシャン!!

 

『きゃぁっ!?』

『『あ』』

 

2人は動揺のあまり、近くを歩いていた店員(シル)に肘が当たり、店員(シル)が持っていた食器が落ち、割れた。

 

『大丈夫かニャ!?』

『ご、ごめんよ!?』

『あ、あはは、こちらこそ、ごめんなさい?』

 

2人は慌てて店員(シル)に駆け寄り、割れた食器を回収し、遅れてやってきた猫人の店員に渡し、化物(ミア)と働くなんて、まっぴらだと断ろうとしたところで、満面の笑みを浮かべ腕を組む店主(ミア)の圧に押された。

 

『とりあえず、たった今、【1億ヴァリス】ができたね。完済するまで、逃がさないよ!』

『おめでとう、2人とも!じゃぁ、ミアさん、私、行くわね!』

『『ふっざけんなぁぁぁぁ!?』』

 

『アリーゼさん、例の男の子、私にも会わせてくださいよー』

『き、気が向いたらね』

 

 

ということがあったのだと、ベルは本人たちから聞かされていたのだ。

 

『少年、あの女(アリーゼ)はマジでやべーニャ。気をつけるニャ。主に、尻を!!その尻はミャ―のものニャ!』

『いやいや、少年、ほんっとうに気をつけなよ?あいつ頭のネジ数本ぶっとんでるってマジで!』

『え、えぇぇ』

 

散々な物言いだったのを、少年(ベル)は忘れない。

 

 

■ ■ ■

 

「さぁ、とりあえず、腕を見せなさい。怪我、していたでしょう?」

復讐者(スキル)使ってると、何ていうか、鈍くなるのかな・・・?」

「痛みを感じなかったと?」

「うん。それよりも、相手を倒すのを優先しちゃってた」

「ふむ・・・筋肉はどうです?」

「痛くはないけど、疲れてる。」

 

ベルを座らせて、仮面の人物が掴んで食い込んでいた腕の手当てをしつつ、復讐者(スキル)の効果について考察する。

 

「視野はどうですか?」

「えっと、行方不明事件の時、暴走したみたいに狭まってて、仮面の人意外、ほとんど見えてなかったと思う」

「他には?」

「何ていうか、視界にノイズが走るって言うか・・・あと、【黒い神様】みたいに、真っ黒になってた」

「音、いえ、聴覚は?」

「んーなんか、篭った感じ」

「では、何か音がなっていたようですが?」

「多分、カウントダウンだと思う。アストレア様が『カウント0だけは避けなさい』って言ってたから、途中で止めた。」

「どんな感じだったのですか?」

 

『【英雄羨望】と同じでチャージ?だった』とベルは言い、リューとしては、処刑前のようだ。とか、そんな危険なものが力を増しながら追いかけてくるのだから、恐怖でしかないと、どうしてだか仮面の人物に同情の念を抱いた。

 

もみもみ。もみもみ。

 

「リュ、リューさん?」

「どうしました?」」

「どうして、足を揉んでるの?」

「疲労しているでしょうから。いいですか、風呂上りにもちゃんとすることです」

「う、うん」

「食事をした後、上層を目指して帰りましょう。早いですが、仕方ありません。無理は禁物だ」

「はぁい」

 

昼食(シルの弁当)を、ベルはそれはもう、何とも言えない顔をして食べた。

どうして、サンドイッチなのに、バリバリと音がなるのか疑問でしかなかったが、何とか食べた。リューだけ、じゃが丸君を食べていたことに恨めしく思いながら。

 

「むぅ・・・」

「うっ・・・ほ、ほら、ベル。1口、上げますから。あーん」

「いいですよっ、僕はシルさんが作ったの食べるからっ」

「も、申し訳ありません・・・どうも、シルの弁当を食べると調子が悪くなる・・・」

「これ、ちゃんと味見してるのかな?」

「・・・・味見で人が倒れたそうです

「は?」

「い、いえ、何も言ってませんよ?」

 

何か、とんでもないことが聞こえた気がするけれど、あっれーどうして目をそらすのかな、リューおねえちゃーん!とベルは全力で訴えたが、リューは目を合わせないようにするのに必死だった。

 

「そ、それよりも!ベル、ギルドの掲示板は見ましたか!?」

「人が多くて、僕、いつも見れないんだよ!」

「そ、そうでした・・・!?」

「何か、あったの?」

「いえ、最近、不穏な噂や情報が掲示板に張られているのです。」

 

曰く『笑いながら、血を見せろと襲い掛かってくる糸目の男がいた』だの『雄叫びを上げて戦いを求めてくる雄牛がいた』だの『武装したモンスター』だの・・・と。

 

 

「――――異端児たち、なんで噂になってるの・・・」

「ええ。それなのです。いつ見つかったのやら」

「冒険者が基本通らない場所を通ってるって言ってたのに・・・」

「それに、『笑いながら血を見せろ』と言う男・・・いつか、どこかで・・・」

「リュー、さん?」

「ああ、いえ、すいません。少し、昔を思い返していました」

 

まさか、そんな。奴の主神は当に天界に送還されている。

生きていたとして、ダンジョンにいるはずがナイナイ。とリューは頭を横に振った。

 

「ゲフッ。ごちそうさまでした」

「はい、よく食べました。お水です」

「コクコク・・・。これで、春姫さんのシチューがより美味しくなる・・・」

「春姫の料理、いつの間にあそこまで腕を上げたのやら・・・」

「命さんに教えてもらったんだって」

「ああ、あの【タケミカヅチ・ファミリア】の?」

「うん、あの人も料理が上手いらしいよ」

 

ベルとしては、命は土下座をしている印象が強く残ってるのでなんとも言えないが。

故郷の友人、知己に再会できたのは、とてもいいことだと強く思う。自分にはそれが叶えられないから、余計に。

 

「羨ましいですか?」

「ん?」

「いえ、少し、寂しそうな顔をしていたので」

「今は、リューさん達がいるから、平気。でも、たまに、お義母さんに会いたいなって思うよ」

「そうですか・・・オラリオに来たこと、後悔していませんか?」

「・・・・わかんない」

「そうですか・・・」

 

辛いこともある。けれど、良くしてくれる人達にも会えたことは、嬉しく思う。

一方的だが、心の中で関係に亀裂が入った人もいるが、それでも、故郷で閉じこもってるよりかはマシだとは思った。

 

「―――帰りましょうか」

「うん」

「歩けそうですか?」

「んー・・・背負ってほしい!」

「はぁ、仕方ないですね。地上についたら、歩いてもらいますよ?」

「はーい」

 

 

帰ったら、回収した仮面の人物だったものを調べてもらおう。そう決めリューはバックにつめて、ベルを背負い地上を目指す。ベルもまた、疲れが残っていたのか、地上までの道中、誘われる様に眠りにつき、リューの首元に顔を埋めた。地上に戻って、兎耳をつけていることも忘れ、注目され、さらに顔を真っ赤にして走って帰ることになることを、2人はすっかり、忘れていた。

 

 



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温度差

 

 

迷執に支配された男がいた。

 

男は聡明であり、至妙であり、そして偉大な工匠であった。

彼はありとあらゆる工芸品や建築物を作り上げることができた。文化や文明にさえ貢献する彼の技は神々の称賛をほしいままにし、白亜の巨塔をもその手で完成させた。優美にして荘厳、あらゆる建築物より天に迫るその塔は神々に相応しいものとして後に【神の塔】と名づけられることになる。

 

その男は過去と未来にかけて、他の追随を許さぬほどの絶世の天才であった。

あらゆる発明など造作もなく、自分に作れぬものなどない。自分こそが、己こそが世界一であると疑っていなかった。

 

だが、その男は世界の最果で魅せられてしまった。

大陸の片隅で口を開ける【大穴】。

己の足元に広がっていた、地上とは異なるもう1つの世界。

 

その地下深く、深く、深く続くその迷宮は、彼の目には【作品】として映った。

 

己の【器】を昇華させ、迷宮の奥へ奥へともぐり、そして知れば知るほど、【ダンジョンの神秘】を思い知らされ、そして、男は

 

―――男は、壊れた。

 

壊れた男の喉から迸った絶叫は、まさしく人を止めた『怪物』の産声であった。そこから男は執念に取り付かれた。

 

己の技術の粋をもってして、何ものにも代え難い妄念の力をもってして、彼の地下迷宮を上回るもう1つの『世界』を創造せんとし、ある日を境に男は歴史から姿を消した。

 

 

『人の手にあまる領分であろうが、知ったことか。』

 

『必ずやそれを超克してみせる』

 

『神ですら至らぬ領域であるというのなら、まずは神をも超えてやろう』

 

皮が破れ、肉を剥き出しにし、血がいくら流れようとも、杭と槌を握るその両手は止まることはなく、誰に知られることもないまま、男は妄執の道をひた走った。

 

だがしかし、寿命という人間の限界により、彼の野望は志半ばで潰えることになった。

 

男は人の身である己を憎み、動かなくなっていく手足に絶望を覚え、燃え尽きようとする命の期限に慟哭し、そして、【呪いの言葉】をとある手記に残した。

彼が思い描いた、『設計図』とともに。

 

『作れ、作るのだ!

あれに勝る創造物を、我が願望を!!

使命を遂げるのだ!!名も顔も知らぬ末裔等よ!

ひと度この手記に目を通したならば、血の呪縛からは逃れられない!

狂おしい飢えと乾きは癒せまい!臓腑を焼き焦がす衝動の言いなりとなれ!!

欲望を貫くのだ! 血の訴えに従順であれ、渇望に忠純であれ、求めることに純粋であれ!

大望を、大望を、大望を!!

呪われし我等の宿願を果たすのだ!!』

 

 

手記には記されている。

男の迷執が、綴られている。

 

「『求めることに純粋であれ』・・・あぁ、至言だぜ」

 

ぼろぼろになったその手記を、長椅子に背を預けている煙水晶(スモーキークオーツ)色鏡(レンズ)を装着する男は片手に持ち、読み進めていた。変色し、掠れて読めない文字もあるページを魔石灯の下でめくっていると、騒がしい声が聞こえてくる。

 

 

「くそったれめ!!」

 

がんっ、と檻を蹴り付ける大音が響き渡る。

四肢を拘束する鎖の音とともに散らされていた甲高い喚き声が、ぴたり、と止まる。

 

「いたい」

「だして」

「ここから、だして」

 

人語が交じっていた悲鳴は怒る声の主に怯えるかのように途絶えた。荒い男の息が石の空間に響いていく。

 

「グラン、うるせーぞ。化物どもの餌にされてえのか」

「うっ・・・す、すまねえ、ディックス。でもよ、あともう少しで化物どもの『巣』がわかったかもしれねぇってのに・・・!!」

 

グランと呼ばれたヒューマンの大男が両手を握り締め唸る。

声の元にやって来た眼装(ゴーグル)の男、ディックスは赤い槍の柄でとんとんと肩を叩いた。

 

「最近見かけたとかいう竜女(ヴィーヴル)の化物を尾行していたんだろう?」

「あ、あぁ。そうだ。」

「はぁ・・・どんなヘマをしやがった?」

 

周囲に集まる獣人やヒューマン、アマゾネスを中心の無法者達を見回しながら、聞こえよがしに溜息をつく。

偶然だ。偶然だった、人型の竜女(ヴィーヴル)を見つけたのは。故に、『巣』の場所を特定しようと尾行させた。それが、失敗した。

 

「どこかの派閥に二重尾行されてたかぁ?」

「いや、ちげぇよ。」

 

自分達をつけていた他派閥の存在かと思えば、否定される。

 

「じゃぁ、何だ。他派閥じゃねぇなら、何処の誰だ」

「―――【顔無し】が竜女(ヴィーヴル)を襲ってやがった。それだけじゃねぇ、他の化物まで後からウヨウヨでやがって、被害がでかすぎて・・・」

「あぁ?【顔無し】だぁ?」

「あ、あぁ!あんなのに巻き込まれたら『巣』を探すどころじゃねぇ!!」

「何で、【顔無し】がいやがる・・・?クノッソスにも来やしねえのによぉ」

「さ、最近、ギルドで噂になりはじめてる・・・らしい・・・」

 

『笑いながら、血を見せろと襲い掛かってくる糸目の男がいた』

 

ディックスはゴーグルを外して、その噂話を話したアマゾネスを見て『なんだそりゃ』と声を漏らす。

 

「結局のところ、竜女(ヴィーヴル)と化物どもは死んだのか?」

「い、いや、たぶん、生きてる・・・はずだ」

「ならいい。で、他には何かねえのか?俺達の他に化物に接触していた冒険者とかよ」

 

生まれるのは、沈黙。

しかし、またしても、大男のグランが口を開けた。

 

「か、確証はねえが・・・【象神の詩(ヴィヤーサ)】と【涙兎(ダクリ・ラビット)】を、何度か、見かけた」

「あぁ?【象神の詩(ヴィヤーサ)】と【涙兎(ダクリ・ラビット)】だぁ?」

 

グランは数回ほど、同じ階層域ですれ違っただの、見かけただの、と説明するも、『化物と会っていたかまではわからねぇ。ただ、竜女(ヴィーヴル)を見失ったあたりで見たんだ』と言って殴り飛ばされる。

 

「―――ガハッ!?」

「てめぇ、グラン。テメェ、もっと早く言いやがれ!」

「す、すまねぇ・・・!」

「にしても、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】ねぇ。それに、【涙兎(ダクリ・ラビット)】はバルカの野郎が随分、キレてやがったからなぁ。」

 

ディックスは後ろを振り返り、石台の上で胡坐をかいて座っている一柱の男神に声をかける。

 

「イケロス様、力を貸して頂けませんかねぇ」

「――ひひっ、それが主神にものを頼む態度かよ、生意気な糞ガキめ」

 

紺色の髪、褐色の肌、黒を基調とした衣装。神であることを証明する端麗な相貌には、軽薄な笑みが刻まれており、ディックスに声をかけられるまで、面白そうに男達の動向を見守っていた。

 

「神には子供(おれ)達の嘘がお見通しだ。怪しい奴が見つかったら、探りを入れてきてほしいんですが。」

「面倒くせえなぁ~。だいたいよお、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】だろぉ?俺が真っ先に捕まっちまうぜ?」

「スリルがあっていいんじゃないですかね。それに、【涙兎(ダクリ・ラビット)】のガキは派閥の団員として活動しているわけじゃあねえ。」

「ほぉ~。それで?」

「【象神の詩(ヴィヤーサ)】はともかく、【涙兎(ダクリ・ラビット)】なら、まだ探りを入れやすいでしょう?何より、あいつは真っ先に潰さなきゃならねえらしいですし」

 

ニヤニヤとした眼差しのイケロスに、ディックスも喉を鳴らしながら、話す。眷族のその言葉に、イケロスは『娯楽』に飢えた神特有の笑みを浮かべている。

 

「―――仕方ねぇなぁ~。今度も俺を笑わせろよぉ、ディックス?」

「神の仰せのままに」

「グラン!【象神の詩(ヴィヤーサ)】の動きも探っとけ!」

「お、おう、わかった」

 

魔石灯の光によって、2人の影が伸びる。

石材の香りが漂う広大な空間に、依然として獣のごとき吠声が途切れない中、人と神は鏡合わせのように薄い笑みを交し合う。

ディックスは懐から拳大の宝玉を取り出して、眺める。

 

 

「こいつでどんな化物を・・・あいつの身内で作ってやるかねぇ」

 

それは、胎児の宝玉でありながら、失敗作の、未熟児の宝玉。

寄生させ、怪物達を巻き込み、最後に『冒険者』を巻き込んで産み出す悲劇の化物の種。

失敗作ではある宝玉は、確かに、ベル・クラネルの心を破壊するには十分な機能を持っていた。

 

 

■ ■ ■

 

もふもふ。もふもふ。もふもふもふ。

 

「はぅ、べ、ベルっ、さまぁ・・・」

 

もふもふもふもふもふ。

 

「・・・・・」

「うぅぅぅ、春姫は、切のうございますぅ・・・し、尻尾だけだなんてぇ・・・」

「・・・これは、罰なんです。裸で僕の上で眠っていた春姫さんのせいで、アストレア様に勘違いされるし、僕だけが罰を受けた。その、罰なんです」

 

もふっもふもふもふっ。

 

「はぅぅぅぅむしろご褒美なのでは?

「何か言いました?」

「あ、ありがとうございます!?」

「えぇー」

 

 

ダンジョン探索・・・探索できなかったけれど、地上に帰るまでリューさんにおぶってもらって、仲良く帰って来たその帰り道。今日はやけに視線が強いな、何か騒ぎがあったのかな。なんて思って【豊穣の女主人】のシルさんにお弁当の入っていたバスケットを渡したところ、シルさんに抱きつかれ頭を撫で回されたのだ。

 

『シ、シルさん・・・?』

『うーん、ベルさんっ、とぉってもお似合いですね!可愛いです!!』

『へ?』

『ねぇ、リュー?どうして今日のベルさんは()()()なんですか?』

『・・・・・』

『あ、あれ?ベルさん?どうしたんですか、ベルさーん?プルプルしてどうしたんですかぁー?』

『じ、じじ、実家に帰らせていただきますぅぅぅ!?』

『えぇぇ!?ベルさん!?ベルさぁぁぁん!?』

 

辛い、悲しい・・・事件だった。

これはもしかしたら、ランクアップしているかもしれないくらいには、辛く厳しい戦いだった。

だがしかし、まだ1日は終わっておらず、今もなお【悲しいお仕置き(ウサ耳つけて1日生活)】は継続中なのだ。

シルさんの元から、全力疾走で帰宅。アストレア様の部屋に行き、ダイブしようと思ったのに、まさかのお出かけ中。

 

後から帰って来たリューさんは出かけようとしていたアリーゼさんにダンジョンで起きた出来事と回収した物を見せて、【ロキ・ファミリア】に向かっていったために、ホームには無人ではないけれど、静かで、少し寂しくなったためにリビングの長椅子(カウチ)にダイブ。

 

伸びて眠っていたら、一通りの家事が終わったのか、メイドさん姿の今朝裸で僕の上にいた春姫さんがやってきて、眠っている僕の頭のところに座って、自然な動きで膝枕をしてきたところで僕は起きたのだ。

春姫さんは僕が風邪を引かないように気を使ってなのか、それともそうしたかっただけなのか、尻尾で僕を包み込むようにして乗っけてきたところで、グワッ!!と尻尾に掴みかかったのだ。

そこから始まったのが、僕の、僕による僕のための、春姫さんに対するお仕置きなのである。

 

もふもふ。もふもふもふ。もふもふもふもふ。

 

「あぅぅぅぅ」

「えへへぇ・・・ネーゼさんの尻尾もいいけど・・・春姫さんのもまた・・・」

「べ、ベル様?そのぉ・・・・」

 

すんすん。すんすん。もふっもふ。

 

「な、何故、匂いを・・・」

「良い匂い・・・アストレア様の使ってるのに似てる?」

「あ、お分かりになりますか?アストレア様が、私の尻尾をお触りになった際に、譲ってくださったのです!」

「さすが、アストレア様ぁ・・・毛並みも前よりもよくなってます?」

 

そうだ、春姫さんの尻尾は、ファミリアに入った頃に比べれば、遥かに良くなっているのだ。癖になる毛並み。

 

「あ、あのぉ、ベル様ぁ?」

「ふぁい?」

あぅ、眠たいのか眼がトロンとしてらっしゃる・・・そ、そのぉ、風邪を引くといけませんし、春姫のお部屋に行きませんか?」

「春姫さんの部屋ぁ?」

「は、はぃぃ・・・そ、添い寝しますのでぇ」

「うーん・・・」

 

窓から入ってくる日差しと、微風が心地よく、春姫さんの頭を優しく撫でてくるその手。そして、もふもふな尻尾―――僕はもう、一歩も動きたくないのだ。

 

「お、お運びしましょうか?」

「んー・・・」

「ゆ、夕飯までお時間もありますし・・・」

「んー・・・」

「は、春姫もお昼寝しとうございますので・・・」

「んー・・・」

 

ぎゅぅぅぅ。

 

「あふぅ・・・。お、お運びしますので、一度、尻尾を離しては頂けませんか?」

「―――嫌ですぅ」

「コーン!?」

「―――これはぁ、裸で僕の上に眠っていたせいでぇ」

「コ、コフッ」

「―――アストレア様に、『場所は選びましょうね?私の部屋で他の女の子とするのはやめましょうね?』なんて優しい眼差しで注意されたことに対する罰なんですぅ」

「ゴフッ!?」

「―――だからぁ、僕はぁ、ぜぇったいに、動きません!」

「そんなぁ・・・」

 

 

『せっかくの2人きりだというのにぃ・・・』という、お狐様の嘆きが聞こえた気がするけれど、僕はしーらない。

 

「きっと、また、お昼寝と言って、起きたら裸になってるに違いないんです」

「な、なりません!?メイド服でございますよ!?」

「――――あ、あれ?」

「―――どうされました?」

 

おかしい。今気づいたけれど、おかしい。

いつものメイド服じゃなくて、いや、スカートの丈は変わらないんだけど、胸元が違うのだ。

 

『いい?ベル。お胸の上乳のことを【北半球】、下乳のことを【南半球】と言うのよ!覚えておきなさい!』

 

とかアリーゼさんが言っていた。そう、北半球が若干、鎖骨が確実に見えているタイプの?メイド服なのだ。そこまで種類について僕は詳しくはないけれど。

 

「いつもと違うメイド服・・・?」

「は、はい!アリーゼ様が『毎日同じのは、味気ないと思うのよ。だから、コレ、あげるわ。胸元が涼しいわよ』と」

「な、なるほど?―――つまり、脱ぎやすいと?」

「ベル様、許してくださーい!!」

「本当に、脱ぎませんか?」

「は、はい!で、ですので・・・」

 

そんなに春姫さんは添い寝がしたいのかなぁ。僕はリビングでも十分だけど。

みんなが帰って来たらすぐにわかるし・・・。

 

「じゃぁ・・・ちょっとだけ」

「で、では、その、春姫の背にお乗りください」

 

今のこの、悲しい姿(ウサ耳)を見られるくらいなら、布団で寝るのがいいよね。まぁ、いっか。そんなことを思って僕は春姫さんに体を預け、みんなが帰るまでの間、仲良く昼寝をするのだった。

 

 

 

2人の姿が見えないことを気にした、姉達は、幸せそうな顔で兎を抱き枕にする狐と、体を丸くするように大人しく抱き枕にされて眠る兎の姿を見たそうな。



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接触

『がんばれ』『がんばれぇ!』『頑張れ!!』

 

誰かを応援する、誰かの声が聞こえた。

街は僕の知るオラリオとは違い、寂しく、悲しいものだったから、これはきっと―――夢なのだろう。

 

『―――覆った。』

 

寂れた建物からその光景を見ている1人の誰かも分からない人物は独白する。

 

『完璧に、決定的に、言い訳のしようもなく。あれほどの『絶望』が、『希望』へと。たかが十と一人の眷属によって、完全に息を吹き返した・・・』

 

その感情は、悔しさがあるのか、喜びがあるのかは、わからないけれど。

 

『リオン・・・。それが、お前の『答え』か』

 

ならば、俺も『契約』を遵守しよう。ありとあらゆる手段、軍勢、殺意をもって民衆を殺戮する。

そんなことを言って、断頭台の刃を止めるためのロープを切り離す様に号令を出そうとしたところで、別の声が加わった。

 

『―――■■■■■?』

『ええ、私よ、■■■■。・・・久しぶりね。』

 

2人の姿を見ようにも、ぼやけてはっきりとはせず、片方が男で片方が女であること。片方に対する嫌悪感と恐怖心を抱くのに対して、片方に酷く安心感を覚える。

 

『あの夜、君を『生贄』に選ばなかったのは、ただの気紛れだぞ?』

 

男は笑いを抑えるように、女に告げる。

その言葉に、女はこう返す。

 

『言葉をもって戦いに臨む者に、凶刃で応えるのが貴方の『悪』?』

『・・・いいや、違うな。『悪』かどうかはさておき、少なくとも俺の『美学』じゃない。』

 

2人だけの世界に、外から鉄と鉄がぶつかる音。そして、先ほど聞こえた人々の声が聞こえてくる。

 

『子供達の争いの歌に抱かれながら、■■の語らいをしようじゃないか。』

 

2人だけの空間。2人による問答。

 

『―――下界における『正義』とは?』

 

何故、悪が正義を問うのか。僕には、わからない。

 

『―――【  】。』

 

女の答えが、何なのか、僕には、聞こえなかった。あの(ひと)は、なんと答えたのだろうか。

僕には到底理解しえない問答を、2人は行っていた。

 

『―――異なる正義は『共存』できる。反発し合う『正義』が絶対的に多かったとしても、手を取り合える。』

 

なら、それならば―――あの小さな村での暮らしの中にあったように、この都市でも、【異端児】と共存することは、できるだろうか?

気が付けば、剣戟の音は消えていき戦いは終息していく。男は従者らしき人物と共に、去っていく。

 

剣戟のあった場所を見れば、強い光の中に4つの背中を見た。

何を言っているのかは、はっきりと聞こえなかったけれど、どうしてだか、胸が熱くなる、そんなことを言っているのだと思った。

 

――その背に手を伸ばそうとするも、届かなくて、遠くて・・・。

 

 

 

僕はいつか、その背に、追いつけるのだろうか。

 

 

何かに体を揺さぶられて、僕は、夢から現実へと目を覚ます。

 

 

 

■ ■ ■

 

カーテンの隙間から入り込む日の光、どこからか聞こえてくる鳥の囀りが、朝を教えてくる。

そして、朝であると教えるように、体を揺すられて、目を擦りながら、揺すってくる相手の方に顔を向ける。

 

「―――春姫さん?

「はい、春姫でございます。おはようございます、ベル様」

 

回らない頭で少年(ベル)は、少女(春姫)が起こしに?と思い、目の前の金髪狐人の姿を見つめる。

彼女の姿は寝巻き用の浴衣で、彼女自身も今しがた起きたばかりなのかはだけており、右肩が露出し、胸元まで若干露になっており、手で口を隠して欠伸をかいている。

 

「うーん・・・・?」

 

 

少年(ベル)の記憶に間違いがなければ、確か、リビングで眠りこけていたところを少女(春姫)に『お昼寝』ということで彼女の部屋に行き、一緒に眠っていたはず。

何故、朝になっているのか。

 

「春姫さん・・・今日の夕飯って何ですか?」

「―――クスッ。ベル様?昨日、ベル様はお昼寝をしたまま、そのまま朝を迎えてしまったのですよ?」

「え?」

 

春姫曰く、夕飯時になり、目が覚め夕飯の準備をしている姉たちを手伝おうと着衣の乱れを正し、ベルを起こしたのだが、まったく起きる気配もなく姉達に相談に行き体を見てもらったところ疲労が溜まっているのでそのまま寝かせてやれと言われてしまったらしい。

 

「ベル様は、昨日、春姫とお昼寝をした後、そのままお眠りになり、今に至ります。私は夕食の後、お風呂に入り、その、雑事をした後にまたベル様と就寝いたしました。あ、体の方は拭かせていただきました。」

「―――アストレア様とアリーゼさんは?」

「お2人にベル様を運ぶべきかお聞きしたのですが、『気持ちよく眠っているのに、無理に動かすのは可哀想』とのことで、そのまま一緒に。」

 

つまり、ベルは昨日、仮面の人に襲われたときに使ったスキル復讐者(シャトー・ディフ)の効果の1つ『精神疲弊』で、いつも以上に疲れてしまって眠っていたのだろう。昨日と引き続き、女神と就寝できずにしょんぼりとしてしまっていると、クスリと春姫は笑いながら、頭を撫でてくる。

 

「少し早いですが・・・私はこれから、朝風呂を頂いて、朝食の準備をいたしますので・・・ベル様も朝風呂、いかがですか?お背中、お流ししますよ?うなされていたみたいですし・・・すっきりしては?」

 

それに、寝癖が酷いことになっております。そう言われて、春姫に鏡で自分の頭を見せられて赤面。寝起きのせいなのか若干フラついて、春姫に支えられて起き上がる。

 

「えと・・・着替え、どうしよう?アストレア様、まだ眠ってるだろうし・・・」

「ご安心を。アストレア様が、就寝前に、渡しに来られていましたので。」

「―――春姫さん、本当にメイドさんみたい」

「そ、そうでございましょうか・・・?」

「じ、実はナイフを投げて戦えたり?」

「さすがに、そこまでは・・・・」

 

春姫に手を引かれて、お風呂へと向かう。

まだ早い時間なのか、静かで、不思議な感覚でベルは廊下を歩く。

 

「春姫さんは、いつもこんなに早いんですか?」

「いえ、毎日というわけでは・・・。お姉様方が交代で当番してくださいますし、『全部春姫に丸投げするのはダメ!女子力が落ちるわ!』とアリーゼ様が」

「じょ、女子力・・・」

「ね、寝顔を拝みにいかれますか?」

「―――襲われるのでやめときます」

「私を襲っていただいてもよろしいのですよ?」

「え、えと・・・」

「じょ、冗談です」

 

結局、2人でこっそりと団長(アリーゼ)の部屋の扉を開けて、寝顔を拝み、襲われる前に風呂場に逃げ、2人だけの朝風呂を堪能した。兎は若干、我慢しきれなくなっている狐に襲われかけたが、耳をモフることで回避した。

 

「春姫さん、僕、朝からはちょっと・・・」

「そんなぁ・・・」

 

湯船に浸かりながら、ベルが眠っている間の話を聞いていると、アーディが尋ねてきたらしく、『25階層まで行こう』というお誘いだったらしい。

 

「アリーゼさん達は行かないんですか?」

「はい、巡回もあるため、あまりダンジョンに行けていないみたいです。その、春姫はそこまで詳しく聞かされているわけではありませんので・・・戦えませんし」

「気にしてます?」

「す、少し・・・」

「別に僕は、戦えなくてもいいと思いますよ」

「そう・・・でしょうか?」

「はい、適材適所って誰かが言ってました。春姫さんは、メイドさんがそれなんじゃないですか?」

「で、では、いっぱい、ベル様に御奉仕しますね?」

「え、えと、はい、よろしくお願いします?」

 

頭がすっきりして目が覚めて、風呂をあがり着替え、春姫が朝食の準備をしているのを一緒になって手伝ってやがて起きてきた姉達に

 

『ほぼほぼ半日くらい寝てたけど、体は大丈夫?』と言われながらも、いつもの朝を迎えて、ベルはいつものベンチに座ってアーディと合流し、ダンジョンへと向かう。

 

■ ■ ■

 

「――ベルさん、オ久しぶりでス。」

 

 

大樹の迷宮の奥の入り組んだ場所。そこで、外套(フーデッドローブ)の人物が、冒険者に声をかけてきた。

長い外套(フーデッドローブ)を被った長身の人物。布地の下には鎧でも身につけているのか、下半身と比べ上半身がやや膨れていた。身長は鍛冶師(ヴェルフ)と同じくらい高い。フードを深く被り、顔も種族もよくわからないけれど、何となく女性のような印象を受ける。

 

 

「――レイさん?どうして、こんなところに?」

「レイ?どうしたの?」

 

全身を外套(フーデッドローブ)で覆った、その人物――異端児(ゼノス)のレイは周囲を警戒するように視線を巡らして少年(ベル)女冒険者(アーディ)に近づいてくる。

近づいてきて漸く見えたフードの奥からは、女性的な細い顔の輪郭が覗いていて、2人を見据えているのは、海か、あるいは空を彷彿させる青い瞳だ。彼女はどこか余裕がないのか、周囲を何度も確認する。

 

 

「アーディさん、ベルさん、最近、地上デ・・・変わったコトハ、ありませんデシタカ?」

「変わったこと?」

「うーん・・・?」

 

この迷宮都市(オラリオ)で変わったことなんて、それこそ、自分達の知らない部分まであるはずだ。『娯楽』を求める神々が、何かやらかしたりと例を挙げればきりがないはず。

ベルもアーディもレイの様子が、何かただ事ではない何かが起きているのではと、感じてならなかった。

 

「何か、あったの?」

「―――その、最近、密猟者の動きがやけに活発なのでス。フェルズが、『武装したモンスター』など我々【異端児(ゼノス)】に関わる情報をあえて流して、ドウニカ密猟者のアジトを見つけ出そうとしているノデスガ・・・。」

 

中々尻尾を出さず、むしろ同胞が危険な目にあったり、行方不明になることが、また増えたと頭悩ましげにレイは言った。ベルは、先日リューからギルドの掲示板にあった情報の1つとして、『武装したモンスター』のことがあったことを聞いていたのを思い出して、アーディなら何か知っているのではと思って見つめる。

 

「――うん、前々から、フェルズさんが異端児を無差別に捕獲している密猟者(ハンター)達がいるみたいでね。」

 

曰く、『人語を扱うモンスターだ、人型に限って言えば見目麗しい。珍しければ、そそるのだろう。彼等を虐げた上で都市から密輸し、好事家どもに売り払っている』らしい。

あの行方不明事件の一件以降は、特段変わったこともなく、移動しての生活をしていた異端児達だったが、それが突如として動きが変わってしまった。その要因の1つが。

 

「――笑いなガラ、襲い掛かってくる男がいたのでス。つい最近デハ、ウィーネが襲われまシタ。」

「ウィーネが?大丈夫なんですか!?」

「エエ、なんとか。ソノ・・・以前リドが言っていた()()()が助けに来てくれマシタので。」

 

魔剣を使い派手に暴れまわり、その間にウィーネを回収し、何とか逃げおおせたのだという。

 

「それで、その襲ってきた男の特徴は?」

「――ええと、糸目というのでしょうか?」

「ふむふむ」

「それで、エエト・・・【悪】がどうトカ・・・」

「ふ・・む・・?」

「よくわかりまセンガ、『世界の樫』がどうとか・・・」

 

とにかく、狂っていて気味が悪かったノデス、とレイは言いながら腕を摩るように震え上がった。

 

「うーん・・・それが密猟者(ハンター)と関係あるのかは微妙だねぇ。なーんか引っかかるけど。ベル君もつい先日、変なのに襲われたんでしょ?」

「か、返り討ちにしてやりましたよ!ばちこーん☆」

「―――えいっ!」

 

ぺしっ。

 

「痛い!チョップ、チョップやめてください、アーディさぁん!?」

「まーたアリーゼに悪い教育されたね!?駄目だよ!?」

「だ、だってぇ!?」

「というか、まーた無茶したんじゃないの!?君、ただでさえ魔法が使えないんでしょう!?

「ご、ごめんなさぁぁい!?」

 

アーディはベルに飛び掛り、頭をグリグリと小突き今は地上で何かしている保護者(主犯)を思い浮かべて、黒い笑みを浮かべていた。

 

「ア、アーディさん!ベ、ベルさんが泣いていますヨ!?」

「ハッ!?ご、ごめんベル君、やりすぎた!?」

「くぅぅぅぅ・・・」

「ご、ごめんね?よ、よしよーし」

「ベ、ベベベルさん、大丈夫デスカ!?」

「だ、大丈夫、大丈夫・・・デス」

 

3人で一度、脱線してしまったと、深呼吸。

その謎の人物に心当たりがあるのかアーディは口で親指を咥えるようにして思考。

 

「いなくなった異端児達の行方はやっぱり、わからないんですか?」

「エエ、分かりまセン。というより気が付けば逸れてしまっていて、悲鳴を聞きつけて追ってみた者がさらに襲われる始末・・・」

「密輸なら・・・たぶん、あそこだよね・・・?」

「何か、知っているノデスカ?」

「あくまで、可能性だけど・・・。でも、フェルズさんだって知っているはずじゃ?うーん」

 

――フェルズさんはあえて黙ってる? 鍵がないから?

 

ベルもまた思い返す。

廃教会で1つ。18階層で1つ。そして、人工迷宮でイシュタルの従者(タンムズ)から回収したのが1つ。

廃教会で入手した物に関しては、ベルの手甲に填め込んだまま、【ロキ・ファミリア】の超凡夫(ラウル)に渡したままだ。あれ、これが所謂【借りパク?】とちょっと思ったが、まぁ、気にしないことにした。

 

というより、先日リューから聞いたギルドの掲示板に載っていた情報

【『笑いながら、血を見せろと襲い掛かってくる糸目の男がいた』だの『雄叫びを上げて戦いを求めてくる雄牛がいた』だの『武装したモンスター』だの】と全部異端児関連じゃん。と思わず遠いところを見て乾いた笑みを浮かべてしまった。

 

 

「アーディさん?」

怪しいのは【イケロス・ファミリア】だよね・・・お姉ちゃんもそんなこと言ってたし。でも、私だけじゃどうにも・・・

「アーディサン?」

かと言って、ベル君を巻き込むのも・・・ううん。アリーゼに要相談?いや、あそこに入るには鍵がいるんだよね?

「アーディーおねーさーん?」

 

まったく反応しない思考の海に沈んだアーディに対し、ベルは耳に息を吹きかける姉直伝の必殺をお見舞いした。その威力はお墨付き。なぜなら、ベル本人が食らっているからだ。

 

「うっひゃぁ!?なななな、なぁに、ベル君!?」

「なに考えてたんですか?親指咥えて」

「い、いやぁ・・・フィンさんみたいなことできないかなぁって」

「疼きました?」

「―――ごめん、駄目でした」

「どうすればよいのでショウカ・・・密猟者の動向も分からず、同胞が攫われてしまう・・・このままでは【里】まで見つかりカネマセン。」

 

 

結局、結論は出ず、レイは長居することもできないため、その場を飛び去っていってしまった。

2人は話し合いながら、そのまま足を25階層に。もともとの目的は、巨蒼の滝(グレート・フォール)を覗き見するだけだったためだ。

 

「アーディさん、何か知ってるの?」

「うーん・・・何とも言えないかなぁ。お姉ちゃんから聞いた限りじゃ、それらしい話はなかったし。」

「―――大丈夫かなぁ、すごく、嫌な感じがする」

「だねぇ・・・ちなみにベル君、スキルに反応はあった?」

「ううん、なかったよ?」

 

スキルに反応がなかったなら、少なくとも尾行されているということはないと考えて良い。

そうこうしていると、水が流れ落ちる大爆音が聞こえ始める。

 

「――とりあえず、要調査、だね。ほら、ベル君、あれが巨蒼の滝(グレート・フォール)だよ」

「わぁ・・・すごい・・・」

「【アストレア・ファミリア】の遠征では通る階層ではあるけど、この下の27階層の階層主が、【双頭竜(アンフィス・バエナ)】。Lv.5相当だけど、水中ではそれ以上だから、この【水の都】と言われる階層では絶対に、水に落ちないように!」

 

死ぬから。

とトーンを落として、耳元で囁かれたベルは、ブルリと震えて、アーディの手を握り締める。

よく見れば、半人半鳥(ハーピィ)やら歌人鳥(セイレーン)やらが飛んでいるし、スキルでは水中にもわんさかと怪物がいるのが確認できた。

 

「――――あれ?」

「どしたの?」

「―――あ、あの、変。」

「ん?」

 

ベルの様子が変わる。

知っている反応。正確には違うが、どこかで感じたことのある・・・割と最近・・・と。

 

「あの、一番下の滝の所・・・誰かいる?」

「へ?」

「―――人じゃな・・・い?あの、赤髪の人と同じ?」

 

アーディは目を凝らして滝の方を見る。

すると、いた。落ちる水によって霧がかってぼんやりとしか見えないが、男がいた。

 

「アーディさん、帰ろう?」

「ど、どうしたの?」

「怖い。お願いだから、帰ろう?」

「わ、わかった」

 

アーディの手を握るベルの手は若干震えていて、今すぐこの場所を離れたがり、2人はゆっくりとその場を後にし、大樹の迷宮へと戻る。

 

■ ■ ■

 

「やっぱり、18階層のあそこ・・・だよね」

「えっと、確か、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の遠征の帰りに、合流したベル君が見つけたんだっけ?」

「うん。でも、怖くてすぐ引き返した」

 

あの時とは、Lvもまた1段違う。

もしかしたら・・・とは思うが、鍵がないから入れない。

魔法を使ってナイフで溶断していくという手段も取れないため、何もできない。

 

「―――まぁ、今、何かできることもないし、とりあえず、今日は帰ろうか。目的も達成したし。」

「はぁい。アーディさん、誘ってくれて、ありがとう」

「いいのいいの。お姉さんとデートだよ、嬉しい?」

「う、うん」

「えへへへへ」

 

滝を見に行くだけの探索だったために、後は特に目的もなく、地上へと戻っていく。

リヴィラに行っても、その『糸目の男』の情報などはなく、噂程度。

アーディだけは、何か心当たりがあるのか何度も後ろを確認しては、頭を横に振る。

 

 

「だって、主神は送還されてるのに・・・まさか、改宗?どこの神?」

 

ベルには聞こえない声で、ブツブツと唸り、帰還したら姉と知己に相談してみよう。というところで地上に到着。道中手に入れた採取物やドロップアイテムを換金して、ホームへと向かう。

外は太陽が傾きかけ、ぽつりぽつりと魔石灯がつき始めていた。

 

「アーディさんも、こっちの道でいいの?」

「うん、アリーゼに用があって」

「ダンジョンで聞いた人物のこと?」

「そ。アリーゼはどう思うかなーって。」

 

2人で、他愛ない話をしていると、声をかけてくる神物が1つ、現れた。

 

「おー、ラッキー。おーい、【涙兎(ダクリ・ラビット)】」

「・・・・」

 

少年の知らない神。しかし、『嫌な感じがする神』で、少年は、ベルは立止まり、黙る。

 

「ん?【象神の詩(ヴィヤーサ)】も一緒かよ。何だ、お前等デキてんのか?手まで繋いで」

「―――私達に、何かご用かな、神様?」

「ひひっ、そう警戒しないでくれよ、っつっても無理かぁ。胡散臭ぇもんなぁ、神々(おれら)

「というより、【イケロス・ファミリア】だから余計じゃないかな。イケロス様?」

 

アーディは、ベルを神イケロスから庇うようにしながら、話をする。周囲に視線を向けるも特に何も感じずベルに小声で聞いても『大丈夫』としか言わない。

 

「あー、俺のこと知ってるのか。そら、知ってるよなぁ、やっぱ。でもよぉ、聞いてくれよ。生意気なガキどもに顎で使われている最中でよぉ?」

 

聞いてくれよ、と眷属の文句交じりに2人の周りをぐるぐると周回する。

顔を覗きこんできたり、気安く肩に手を回してきたり、馴れ馴れしいを通り過ぎておちょくってくるような真似をしてくる神イケロスに、ベルはガタガタと震える。

 

全く見えてこない会話に、アーディは面倒くさそうにし、ベルは我慢の限界だった。

アーディはそんなベルの様子に気が付いて、神イケロスを捕縛したいけど、ベルの安全を優先させるために失礼させてもらおうとすると――。

 

「喋る怪物って知ってるかぁ?」

「――――フッ!!」

 

神イケロスが喋ったのと、ほぼ同時。

神イケロスの眼前、鼻ギリギリにベルの拳が飛んできていた。

それを、1人の虎人(ワータイガー)の青年が腕を掴んで止め、1人の人間(ヒューマン)の女性がもう片方の腕を使わないように止め、背後から金髪の妖精が羽交い絞めにするように止めた。

 

「ダメだ、ベル・クラネル。冷静になれ。」

「落ち着きなさい、ベル・クラネル。深呼吸を、深呼吸をしてください」

「き、君が神殺しをするなんて、私は見たくないぞ!?」

「え、えぇ!?【ヘルメス・ファミリア】!?アスフィ!?」

「申し訳ありません、【象神の詩(ヴィヤーサ)】。話は後に。」

 

冷や汗を流しつつも、笑いながら固まるイケロスから距離を取らせるように少しずつ、ベルを下がらせる。

 

「―――彼はこのまま行かせても構いませんね、ヘルメス様?」

「ああ、構わない。ローリエ、ファルガー、頼む。ベル君、ゆっくり、深呼吸をするんだ。落ち着いて。じゃないと、アストレアが悲しむ」

「・・・・はい」

 

2人はベルとアーディをつれて、その場を離れるように促しヘルメスはイケロスに向き合う。

 

「何だぁ?あのガキは。【神殺し】に躊躇がねぇのかぁ?いつから【アストレア・ファミリア】は神殺しまでできるようになったんだぁ?」

「なりかねない子ってだけさ。何処にだって居るだろう?神を憎む子くらい」

「ひひっ、違いねぇ。それにしても、ヘルメスぅ、何の用だよ。こっちは【涙兎】に話をしてる最中だったろう?」

「おいおい、殴られかけておいて、話も何もないだろう?・・・なに、いたいけな子供が神の毒牙にかかりそうだったからね、見過ごせなかったのさ」

「ひひっ、ひでー言い草」

 

「アルテミスにバレたらガチで殺される。ヘラは遠くにいるから・・・いや、やっぱヘラもダメだ」と小声で言うも、その顔には先ほどのベルの行為で冷や汗がダラダラだった。

2人は申し合わせたように街路から動き、噴水が設けられた小広場へと移る。まるで密会を始めるがごとく、人気のない場所で向かい合った。

 

「ホームを訪ねても誰もいない、もぬけの殻・・・随分探したよ」

「あーわりぃわりぃ。あそこは住み心地が悪くてなぁ。ちょっと引越しをしたんだ。」

「ギルドに一報入れておこうぜ、イケロス」

 

そこから行われるのは、神々の腹の探り合い。ベル達の知らない神々のやり取りだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――――ヒヤヒヤしたぁぁぁ!!」

「おい、落ち着けローリエ。うるさいぞ」

「いや、でも!?ベル君、君が神に手を出すなんてはじめて見たぞ!?」

「いや、ヘルメス様には割りと石を投げようとしたり、アストレア様に『膝枕してー』とか変な声で言った所を、アスフィと一緒に殴っているのを俺は見た」

「「うそぉ!?」」

 

 

ぼんやりと歩くベルの手を心配そうな顔をしながら歩くアーディに、先ほどの出来事を思い返して叫びあがるローリエに冷静に『いや、こいつならやりかねん』と冷や汗を垂らすファルガー。しかし、ヘルメスをアスフィと殴ったという話でアーディとローリエは思わず叫びあがってしまった。

 

「ベ、ベル君、神様を殴ったりするのは・・・その・・・」

「お義母さんだって、お爺ちゃんに魔法当てて吹き飛ばしてた。だから、大丈夫。お義母さんが『あいつらは、ゴキブリ並みの生命力だ。そう簡単には死なん』って」

「うーん・・・。ところで、ヘルメス様と何かあったの?」

「えっと・・・前に、ファミリアのホームに何の用かはわからないけど来てて」

 

『――ご褒美?何かしら?』

『――アストレアママァ~!オレ、すっごく頑張ったんだよ~! ご褒美にぃ、膝枕をしてぇ、頭をヨシヨシしてほしいなぁ~!』

ドゴォ!!

『ごぽぉぉ!?』

『それ以上アストレア様に近づいたらブチのめしますよ!!』

『アストレア様に触るなあぁ!!』

『既にブチのめされてまーーーーすっ!!?』

 

はじまるは美女からの殴打と少年からの殴打。罵詈雑言の嵐。

 

『大体なんですかっ!全然姿を見せないで!仕事サボって!!このっ、このぉ!』

『僕のアストレア様に触るなぁ!!邪神めぇ!!』

『ち、違う!!俺は邪神じゃないぞ、ベル君!?』

 

アスフィの前にベルが。2人して馬乗りになって殴るという奇妙かつ器用なコンビネーションによって右、左、右、左と拳がめり込んでいく。

 

『すいませんっ、すいませぇんアスフィさぁん!!顔面っ、顔面の形っ、変わっちゃう・・・!そ、それにベル君!?き、君、アルフィアに見えて仕方がないんだが!?君はほら、もっと優しい子だろう!?』

『アスフィさん、この神、埋めましょう!!』

『いい案ですね、ベル・クラネル。埋めてやりましょう。明日には新しく生え変わってるでしょうから!今度はまともに成長してほしいものです!そうだ、【デメテル・ファミリア】から肥料を分けてもらいましょう!』

『お爺ちゃんだって毎朝採れたてで土から出てきたんです、ヘルメス様だっていけます!』

『ア、アストレアっ、お、お助けぇぇぇ!?』

 

 

「―――ということがあって。」

「「その節は本当に申し訳なかった」」

「え、いいの!?2人とも!?ヘルメス様、ベル君に殺されかけてるじゃん!?」

 

いやだって、ヘルメス様だし・・・と、眷属2人は微妙な顔で答えるしかなかった。

 

 



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イケロス

「―――で、ベルは他所の神様を攻撃しようとして、その後気を失ったように眠っちゃったってこと?」

 

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭のリビングの長椅子(カウチ)に、虎人(ワータイガー)の青年が、背負っていた眠っている少年を降ろす。

 

「ああ。その通りだ、【紅の正花(スカーレットハーネル)】。どうなっている?ああまで反応する少年とは聞いていないが?」

「いや、うん。本当に一瞬の出来事だった」

「私としては、あなたたち【ヘルメス・ファミリア】が、都合よくいたことが不思議なんだけど」

 

長机に肘を付いて、ベルを一度見て、【ヘルメス・ファミリア】の2人を横目に視線を移して、アリーゼは口を開く。

 

「そ、それは・・・」

「『武装したモンスター』」

「っ!」

 

口を開き説明する前に、関係ありそうなワードをアリーゼが呟けば、ビクリとローリエは体を揺する。

 

「【ヘルメス・ファミリア】がいつから知っているのかは、置いておくとして、少なくともベルのお爺様――ゼウス様はその存在を知っていた。だって、ベルの村にいたんだもの。なら、やり取りをしていたヘルメス様が知らないはずがないでしょう?」

 

「待て待て待て、疑っているのか?俺達を!?」

 

「疑うなって言われても・・・なんで、【イケロス・ファミリア】の主神が接触してきて、ベルが攻撃しようとしたところで、貴方達が都合よく現れるのよ。」

 

「ここオラリオが、世界一の魔石製品生産都市であるというのは知っているな?」

 

「ええ、もちろんよ。でも、あの手この手で密輸品の流出が後を絶たないわ。厳しく取り締まっていても、密売を許してしまうあたり、大きくなりすぎた都市故よねぇ。」

 

【ヘルメス・ファミリア】の虎人(ワータイガー)とアーディもアリーゼがいるテーブルまで行き、席について話を進める。

 

「べ、ベル君はこんな寝顔なのか・・・!」

「あ、あの、ベル様のお世話は私がしますので・・・」

「い、いや、しかし、運んできたこちらにも責任が!?」

「だ、大丈夫でございますから!?」

「あ、あとちょっとだけ・・・」

「―――ちょっとだけですよ?」

「――!あ、ありがとう、狐人!!」

 

「ちょっと、そこの妖精さんこっちに」

「おい、お前はこっちだ、残念妖精(ローリエ)

「ひゃぁい!?」

 

何だか眠れる兎と戯れようとする狐と妖精がいて、2人から圧の聞いた声をかけられ、ローリエはいそいそと席に着く。

 

「こ、こほん。まぁ、神を攻撃するなんて、この都市だってないわけじゃないし」

「アスフィだって、ヘルメス様を殴ってるしな」

「まぁ、大丈夫でしょ。その辺は」

「話を戻しましょうか。」

 

密輸品の経路を探り、関わった組織を突き止めるのは【ヘルメス・ファミリア】の仕事の1つだった。ギルドに依頼される形で彼等は都市外へと赴き、品の受け取りやそもそもの出どころを調べ上げるのだ。『運び屋』を始めとした仕事を担う彼等が、都市の自由の出入りを許されているのはここにも一因がある。【万能者(ペルセウス)】の魔道具を使いこなす中立派閥(ヘルメス・ファミリア)の依頼遂行の信用度は、例え公式Lv.を偽っていてもギルドの中で高い。

 

「――それで、密輸調査をしている傍ら、ローリエが()()()()()()()()を確認したんだ。」

「潜入先は?」

「エルリア貴族の屋敷だ。経路を調べた結果、他地域の王侯貴族のもとにも、運ばれている可能性がある。」

 

ローリエは、ヘルメスに伝えたようにアリーゼとアーディにも自分が見たものをそのまま、説明する。

 

「――地下の拷問部屋に、モンスターが鎖で繋がれていたんだ。調教を受けていたかは定かじゃないけど・・・人の所業とは思えない辱め――仕打ちを受けていた。私達が踏み入った時には、既に虫の息で・・・」

 

「そこからだ。俺達が正確に『武装したモンスター』『喋るモンスター』のことを知ったのは。ヘルメス様は確かに、知っている風だったが。」

 

ヘルメスに伝えたときのローリエは錯乱してさえいた。恐らくは、眷属がそうなるのを防ぐためにあえて黙っていたのだと、ファルガーは言う。

そして、密輸に関わった商会、そしてモンスター密売の経路を追った情報が綴られた羊皮紙の中、迷宮都市にまで遡る道筋には、とある【ファミリア】の名前が挙げられていた。

 

「それが――」

「それが、【イケロス・ファミリア】?」

「ああ、そうだ。」

「なら、『喋るモンスター』を知っているベル君に何かしら接触があるとふんで、つけてたってこと?」

「す、すまない。ただ、ヘルメス様が言うには『彼なら気づくし、気に入らなければ俺達から逃げることくらい造作もないぜ』と言っていて・・・」

「―――あ。」

 

とそこで、アーディは気づいた。

神イケロスが接触してきた時にベルに声をかけた際、『大丈夫』と言っていた意味を。

 

「ベル君、【ヘルメス・ファミリア】がいることに気づいてたんだ・・・?あれ、でも、特定はできないはずじゃ?」

「『害意』の有無で判断してるんじゃないかしら?本人に聞いてみないとわからないけれど、たぶん、本人も『何となく』としか言わないでしょうね」

「ヘルメス様って、イケロス様のこと捕まえてくれると思う?」

「いや・・・ないと思う」

「だよねぇ・・・」

 

【ヘルメス・ファミリア】がいたことの説明が終わり、今度はアーディが『丁度いいし、そっちも意見を聞かせてよ』と口を開いて、ダンジョン内で起きたことを話す。

異端児を狙う密猟者の動きが活発になっていること、笑いながら襲い掛かってくる糸目の男のこと、そして、ベルに良くない教育をしているアリーゼのことを。

 

「―――『ばちこーん☆』って何かな、アリーゼ?」

「い、いやぁ・・・何かしらぁ」

「アリーゼしかいないでしょ!?」

「い、いや、やらせたら可愛かったから、つい!!ごめんなさい!」

 

可愛かったのは否定しないけど、空気が台無しになるから考えて!とアーディはアリーゼを説教。

 

「それで・・・えっと、ベル君と25階層まで行って滝を見てきたんだけどね?その、私の目にははっきりと見えなかったんだけど、27階層の滝の近くに男がいたみたいで」

 

噂になっているのをあわせると何か嫌な感じがするんだけど。とアーディは暗黒期にいた2人(アリーゼとファルガー)にどう思う?と聞く。

 

「特徴・・・糸目ってだけなら、それなりにいるだろうな。」

「ええ。けど、『悪』がどうとか言ってたんでしょ?それに、敬語を使う・・・」

 

2人は溜息をついて頭を抱える。

アーディはベルが起きてないか一度確認し、顔を近づけて小さめの声で言う。

 

「ねぇ、エレボス様って本当に送還されたんだよね?」

 

「――ええ、アストレア様が送還したわ。だから、その唯一の眷属が生きていたとして、別の神の眷属になっている可能性はあるんだけど・・・」

 

「神を憎んでるあいつが、あるのか?改宗なんて」

 

「うーん・・・可能性は0じゃないけど。」

 

「あと、ベル君が『赤髪の人と同じ』とか言ってたんだけど、わかる?」

 

「赤髪・・・赤髪・・・いやいやいや、はっははは!!あってたまるか!」

 

ファルガーは、そんなこと冗談じゃないぞと、思わず笑い声を上げてしまう。

赤髪の女――24階層でアイズが戦っていたレヴィスのことだとすぐにわかり、『同じ』とは即ち。

 

「じゃぁ、何か?【顔無し】は怪人(クリーチャー)にでもなったと!?」

「ちょっと、落ち着いて!?」

「うるさいわよ!?」

「ベ、ベル君が起きるだろう!?」

 

「んー・・・『福音』・・・・」

 

「「「「ビクゥ!!?」」」」

 

ベルが現在、魔法が使えなくてよかった。そう思った瞬間である。寝ている際に大声を出したあまり、吹き飛ばされるなんて冗談じゃないぞ!と美女3人はファルガーに抗議の目を向け、ファルガーは全力で謝った。

 

 

 

 

「―――ところで」

「―――何かしら、ローリエちゃん?」

「もし、『武装したモンスター』が、地上で騒ぎを起こしたら・・・貴方達は【アストレア・ファミリア】は、【ガネーシャ・ファミリア】は、どうするんだ?」

 

まぁ、聞いてくるでしょうね・・・とアリーゼは、少し目を瞑って、ベルを見つめて、再び【ヘルメス・ファミリア】の2人を見つめて答える。

アーディもまた、答える。

 

「ガネーシャ様なら、『市民の安全が最優先!』って言うと思う。最悪、対処しなきゃいけなくなる・・・と思う。したくないけど」

「こっちも同じよ。ダンジョン内ならまだしも、地上となれば、騒ぎになるし、市民が危険に晒されてしまう。私達は市民を守らざるを得ないわ。」

「で、では、ベル君が『武装したモンスター』を助けようとした場合は・・・!?」

「私達はあの子に、派閥としての活動を強制していないわ。『自分が正しいと思ったことをしなさい』とは言っているけれど・・・。私達が、アストレア様があの子を助けたくても、できない可能性が高い。・・・だから、」

 

 

お願いしたい事があるの。そのお願いは、決して少年から口にすることのない、お願いであることを2人は知らなかった。

 

 

■ ■ ■

 

「で、用ってのはなんだぁ、ヘルメス?」

「なぁに、ちょっと聞きたいことがあるんだ。・・・【イケロス・ファミリア】が都市の密輸に関わっている、そんな情報を小耳に挟んでね」

「おいおい、どこの情報だ?眉唾物じゃねえのか?」

「確か、エルリアの貴族だったかな?」

「・・・ひひっ、何が小耳だ、随分遠くの方まで調べ回ってるじゃねえかよ」

 

【イケロス・ファミリア】は過去に闇派閥の一味として候補に挙がっていたため、ヘルメスは探りを入れてるが、イケロスは終始食えない言動でのらりくらりと質問をかわす。

ヘルメスもまた、帽子の下から覗く笑みを崩さない。そして、さらに情報を聞かせた。

 

()()()()()()モンスターまで、このオラリオからばらまかれているらしい。世界に混乱をもたらすように」

 

核心に踏み込んだヘルメスに対し、イケロスは紺色の瞳を見開き、口が裂けんばかりに唇を吊り上げた。

 

「ひっ、ひひひひひひひひっ・・・!!俺が望んでいるっていうのか、ヘルメス!?この俺が獣の夢――悪夢を下界に振りまくって!?そりゃ面白え!!」

 

何が痛快なのか、イケロスはゲラゲラと笑い声を上げ、黙って見つめるヘルメスの横で、腹を抱えて何度も体を折り曲げる。

散々声を響かせた後、イケロスは上体を起こし、笑った。

 

「ひっひひひひぃ・・・――生憎、俺は一切関与してねえ。指図もしちゃいねえ。はしゃいでいるのは、眷族(ガキ)どもの方さ」

 

もはや更々隠す気などないように、イケロスは言葉を発する。

 

「最近はよぉ、馬鹿なガキがめっきり減って、生意気な連中が増えた。神を敬いもしねえ連中だ。この俺を使いっぱしりにしやがる。おまけに・・・神を殺すことに躊躇がねえようなガキまで現れやがった。笑えるぜ?」

 

「――ベル君を刺激しないでやってくれないかい?」

 

「何をしたらああなるんだ?えぇ?それこそ、邪神が欲しがるようなガキじゃねえかよ」

 

相貌に浮かぶ笑みは、愉悦を噛み殺す神の笑い。

神の視点から見れば愚かな真似をする子が滑稽で、何より愛しいと言うかのようだ。

『こりゃ、エレボスがベル君のことを愛しているとか言ったらそれこそ血祭りものだな』とヘルメスはイケロスの顔を見てそんなことを思った。

 

「イケロス・・・【ファミリア】の手綱を握るのも主神の仕事だぜ?」

「思ってもないこと言うなよ、ヘルメス。ガキどもは苦痛には耐えられるが快楽には逆らえない。神々(おれら)だってそうだろ?俺はあいつ等の気持ちが痛いほどわかる。」

 

だから、あいつ等が俺を楽しませる限り、俺はあいつ等を止めない。

ヘルメスに顔を寄せて、イケロスははっきりとそう言い

 

「にしても、可哀想だよなぁ・・・殺したくても、あのガキはそれに逆らい続けなきゃいけないんだもんなぁ?」

「やめろ。イケロス」

「俺を捕まえるか?それとも、ブッ殺して送還するか?どっちでもいいが、眷族(ガキ)どもは止まらないぜ?身をくらませるか、他の神々と再契約するかのどっちかだ。」

 

「だろうなぁ」

「まぁ、調べるといい。そこら辺に潜んでるのでもさっき現れたのでもいい、お前の眷族(ガキ)を使って、俺の身なりだろうが、あいつ等だろうが。なぁに、構いやしねえよ、存分に嗅ぎ回れ――そっちの方が面白くなりそうだ。」

 

眷族達の行く末を楽しむかのように、イケロスは言葉を残し、話を切り上げ軽薄な笑みを崩さず、広場から去っていく。

 

「―――やれやれ、娯楽に飢え切っている神ほど、たちが悪いものはないなぁ」

「――ご自分のことを棚にあげないでください。それより、どうされるおつもりで?」

「そうだなぁ・・・とりあえず、ベル君をはっておきたいなあ・・・なぁんか、狙われている感じがするし」

「スキルで気づかれない範囲で。ですか?」

「難しいだろうなぁ。アスフィ、【ハデスヘッド】ならどうだ?」

「無理ですよ。」

「だよなぁ・・・仕方ない。手探りでギリギリの範囲を見つけるしかない」

 

また無茶振りをさせるつもりか、こいつ。とアスフィはヘルメスを殴りそうになったが、それでは少年を止めたのに自分はいいのかと少年本人に抗議されるような気がして、やめた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――ふぁ。」

 

間抜けな欠伸をこぼし、瞼を擦り、少し冷えていたのか震えて体を起こす。

少年は、ぼんやりとする頭で自分の最後の記憶を掘り起こし、まだスキルの影響が残ってるのかな?なんて考えていたところで、声をかけられる。

 

「あ! アストレア様、ベルが起きましたよ!ほら、ベル、起きたならこっちに来なさい。もう夕飯よ?」

「んー・・・・寒い」

「上着、貸してあげるわ」

「ありがとう、アリーゼさん」

 

冷える体を摩りながら、アリーゼから上着を借りて、女神の横に座って、その横顔を見つめる。

 

「――私の顔に何か、ついているかしら?」

「うーん・・・何か、久しぶりな感じがして」

「そうかしら?」

「ベルったら、2日連続で春姫と添い寝ですもん、寂しいんですよきっと」

「ああ、なるほど。今日は一緒に寝る?」

「――! はい!」

 

少年は嬉しそうに返事をしているのを、姉達は微笑ましく眺めると同時に、抱きつく際に女神の首に手をまわしたり・・・と最悪な光景が起きなくてよかったと内心安堵していた。

各々が、用事やら巡回やらで帰還すれば、少年は眠っているし聞いた話では他派閥の主神を殴り飛ばそうとしたとかで、それはもう驚いたのだ。

もっとも、他の神に会ったからと無差別に襲い掛かるわけじゃないことは、もう既に複数の神に会っているためにわかっているため、そんなことが起きたのは、その神が原因であることはわかっていたが。

 

 

「ベル、しないとは思うけど、寝てるアストレア様を襲ったりしちゃだめよ?」

「襲うわけないじゃないですか・・・」

「ベルが眠っている女の子を襲ったりなんてしないわよ、アリーゼ?」

「え、あ、うーん?ソッチの意味じゃないんだけど、まぁいっか。・・・そ、そうですよね。」

「アリーゼさんも一緒に寝る?」

「え!?いいの!?」

「いいわよ、アリーゼ」

 

わーいやったー!と喜びはしゃぐアリーゼ達を嫉妬の目で睨みつける姉達。しかしそれに気づくのは、ベルと春姫だけだった。

 

「そういえば、輝夜さんとリューさんとライラさんは?」

「えっと、ダンジョンよ?」

「こんな時間に?」

「そ。ちょっと調べものをしにねー」

「そっかー」

「何々、寂しいの?」

「べ、別に・・・」

 

 

ダンジョンに向かった3人の調べものの内容は、ベルには話さない。

嫌な予感しかしないから。それが、団長としてのアリーゼの決定だった。

仮にもベルにとっては、一番のトラウマの神である眷族かもしれない存在がいるなんて噂があるのだ。

なんとしても何かしらの情報を掴みたかったために、3人だけを行かせた。

 

「それより、ベル?」

「何ですか、アストレア様?」

「あなた・・・復讐者(スキル)、使ったでしょう?」

「―――ギクッ」

 

少年は、ダラダラと汗を流し、ギギギギ・・・とアリーゼの方を見る。

自然と体は、女神アストレアという絶対的な保護者の背後に回ろうとさえしていた。が、首根っこをつかまれ、Lv.6の力をもってして、抱き上げられ、膝の上に座らせられ、額と額がくっつく距離まで顔を近づけられた。

他の姉達は、『あ、これまたお仕置きなやつだ』と助けを求められても困るため、各々がそれぞれ、勝手に会話をしだす。

狼人のネーゼは春姫に『ねぇ、どうしたらベルにモフって甘えにきてもらえる?どんなボディーソープ使ってる?』なんて割りと最近、少年が自分ではなく春姫の尻尾ばかりモフりまくっていることにショックが隠せないのか、そんなことを聞く始末。

 

「ア、アリーゼお姉ちゃん・・・え、笑顔が素敵・・・ですね?」

「あ・り・が・と・う!!清く正しく美しい私だもの。ありがたく受け取っておくわ!」

 

ギチギチと逃げ場を塞ぐように、抱きしめていく。

胸は当り、形を変え、少年は近すぎるその距離に顔を赤くしていく。

 

「ア、アストレア様ぁ・・・・」

「―――あ、後でいっぱい抱きしめてあげるわね」

「そ、そうじゃなくってぇ!?」

「べーるーぅ?」

「うひゃぁい!?」

 

耳元で温かい吐息をかけるように、ネットリと少年の名を囁き、少年はくすぐったさから来る悲鳴を上げる。なんとか逃げようともがくも、Lv.という絶対的な力の差によってそれは敵わない。

 

「リュ、リューさ・・・」

「リューはいないわ」

 

――シルさんの弁当を食べたのに!?約束と違う!!

 

試練(シルの弁当)を乗り越えたのに、こんなのあんまりだ!!約束が違う!!と涙ながらに、心の中の妖精(リュー)に訴えかけるも『私は確かに、()()()()()()喋っていません。約束は守っている。』と言われ目を背けられた気がして、開いた口が塞がらなかった。

 

「あ、あの・・・その・・・」

「私ぃ、『使わないように』って言ったわよね?危ないからって。」

「ひぃぃぃぃ・・・」

「しかも、リューと離れた時に使ったんでしょう?」

「ひぅっ!?」

 

人差し指が、おなかを、ヘソのあたりをツツーとなぞってくる。

 

 

「何か、言うことはあるかしら?」

「ご、ごめん・・・なさい・・・」

「―――次は、どんなお仕置きがいいかしら?ねぇ、みんな?」

 

笑顔の姉は、少年に額をくっつけたまま周りの家族達に問う。

 

「「「「女装」」」」

 

即答であった。

ましてや、味方をしてくれると思っていた女神と春姫まで、若干頬を染めて、小さい声で呟いていたほどだ。

 

「ア、アリーゼさぁん・・・・」

「―――ぷふっ。」

「へ?」

「ふっふふふふ。駄目よベル、そんな、捨てられたペットみたいな顔して・・・ふふふっ。よしよし、もう怒るのはやめるわ」

「ほ、ほんと?」

「ええ、本当よ。さ、ご飯食べて、お風呂入って、アストレア様と川の字になって寝ましょ?」

「う、うん・・・!!」

 

先ほどまでの圧は霧散し、ニコニコと優しく微笑んで、アリーゼは少年の頭を撫でて、食事をさせる。

それを肘をついて眺めながら、しっかりと判決を下す。

 

 

 

「まぁ、次、破ったら『女装』させるけど」

 

「ブフゥッ!?」

 

少年は、スープを噴き出した。



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ヘスティア・カウンセリング

 

 

「―――それで?今回は何に悩んでいるんだい、ベル君。聞くぜ、働きながらネ!」

 

それは、悲しいお仕置き(次やったら女装)を言い渡され、女神と姉と一緒に添い寝した翌日の昼頃。

少年(ベル)はダンジョン探索を休むように言い渡され、少女(春姫)と買物に出かけていた所、丁度じゃが丸君をせっせと売り捌く、【ツインテール】、【ロリ巨乳】の女神、ヘスティアに出くわし

『ちょっと話しようぜ!』と声をかけられ、少女(春姫)が買物に行っている間、働くヘスティアの横で【お悩み相談】という体で話をしていた。

 

「その・・・どうして、僕は今、こんな看板を持たせられて、女の人達に撫で回されているんでしょうか?」

「うっ・・・そ、それはだなぁ・・・アッハハハ人気者ダネ、ベル君!」

 

マスコット扱いで、撫で回されるのを回避するためだよ・・・とは、ヘスティアは口が裂けてもいえなかった。

少年(ベル)は両手で【じゃが丸君5個(種類は問わない)購入で白兎1分間撫で放題 】などと書かれた看板を持たされて無表情で立ち尽くし、道行く女性冒険者やら女神やらにそれはもう撫で回されていた。

 

『えー君、今日はいつものベンチじゃなくてこっちなんだね~』

『この髪質、いいなぁ』

『ねぇねぇ、ウチの派閥に来ない?』

『これが、アストレアが嵌っているっていう趣味の・・・?すごい・・・』

 

少年(ベル)は早くも、保護者(春姫)がやってくるのを、それはもう、待ち望んでいた。

というか、僕の頭を撫でるのが、安くて30×5=150ヴァリスでいいんだろうか?と思ったが、そもそもそういうお触りの値段はよくわからず、元【イシュタル・ファミリア】の春姫とアイシャに聞くべきか迷ったが、まぁどうでもいいや。と諦めた。

 

―――とりあえず後日、リリに報告しておこう。

 

『いいですか、ベル様?もし、ヘスティア様が、醜態を晒していたら教えてください!孤児院の子供達にとっても悪影響なので!』

『なんだかんだ、リリって子供の世話好き?』

『キー!うるさいです!』

 

おばちゃんは、後でお礼を上げるから許して~と言っているし、そのお礼も何かわかりきっているので、少年(ベル)は無心で身を任せることにした。

 

「ま、まぁ?アストレアとアストレアの子供達と・・・あと、アルテミスに聞いたぜ?最近、また君、不安定気味だってね。だから心配なんだよ、家庭を守護する神としては、君みたいなこはね?」

「・・・・・」

「何でも、暗い場所を見つめていたり、ぼけーっとしている時もあれば、思いつめている時もあって、僕は詳しく聞いてないんだけど、何か辛い事があったらしいじゃないか」

「・・・・・」

()()()()()()()言えないこともある。今の君、迷子みたいだぜ?」

 

ほれ、何でもいいから、言ってみ?おばちゃんにも働きながらなら大丈夫って許可貰ってるからさ!と『じゃが丸君の女神様』は少年(ベル)に親指を立てて言う。

曰く、孤児院を運営し始めてから、屋台でちょっとしたお悩み相談をするようになったらしい。

もっとも、恋愛ごととかだと『知らねぇぇ!!アモールの広場にでも行って乳くりあってればいいじゃないか!あ、でも、アルテミスに見つからないようにネ!?いや、マジで!!』なんて言って追い返しているらしいが。

 

「えっと・・・」

「ドンと来たまえ、ベル君!」

「―――【怪物】との共存は、可能ですか?」

「おおっと、予想以上に、ヘヴィな相談だぜぇ・・・」

 

ヘスティアは思わず、じゃが丸君を落としてしまった。

おばちゃんがキレた。女神は泣いた。

 

「あー、ちなみにベル君。君は所謂【怪物趣味】ってやつではないんだね?」

「違いますよ・・・僕は、普通に女の人が好きです」

「うん、聞いてないけどね。」

「アストレア様が好きです」

「あ~聞きたくなーい」

 

女神はじゃが丸君を作るスピードを上げた。

客のお姉さんに、【プレミアムじゃが丸君スペシャルBOX】を渡し料金を貰っていた。

なんだそのプレミアムじゃが丸君BOXは。いや、一瞬、最近気まずくて一方的に避けている金髪少女がいた気がしたけれど、その少女もそれに夢中で気づいてすらいない!!

 

「えーっと、【怪物】との共存は可能かってことだったね。それは、【調教(テイム)】しているってことが前提かい?それなら、ある程度は可能なんじゃないかな?ガネーシャのところなんて飛竜がいたはずだぜ?」

 

「そうじゃなくって、僕達と同じ知性を持っていたらって話です」

 

ヘスティアは言葉に詰り、以前、リリルカが帰還したときに『あんなのがいるなんて、リリは知りません。ヘスティア様は知らないのですか?』と詰め寄られたことがあったことを思い出す。

 

「リリルカ君が言っていたのは、この事かぁ・・・・。ちょっと僕は見たことがないから、聞かせてくれないかい?」

「えっと、僕達が産まれる瞬間を見たその怪物は、竜女(ヴィーヴル)で、でも、人の姿だったんです。人の姿に、鱗がある感じで」

「えっと確か本来だと、下半身は・・・ラミアみたいな感じなんだっけ?」

「はい。それで、理性的な顔・・・僕達と変わらない表情を持っていて本能で生きているのとは違いました」

 

ベルは、どこまで話して良いのかわからず、『冒険者に命を狙われる』『密猟者に売り物にされる』『怪物にも襲われる』とポツリポツリと話す。

ヘスティアはそこで漸く、【翼を持った女と少年】の御伽噺の事が、ベルのことを指していることに気づく。

 

「なるほど・・・君が悩むわけだ」

「・・・?」

「恐らく、それは僕達神々にとっては『未知』だ。それに、モンスターは下界の住人の、君達の敵であり争わなければいけない存在だってことは、わかっているね?」

「・・・はい。」

「けど、君が言うその怪物たちは、普通のモンスターとは違って話し合うことができる、か。うーん・・・」

「やっぱり、難しいですよね」

「だねぇ・・・。そもそも、孤児がいる原因のひとつでもあるからねぇ。モンスターに親兄弟を殺された、なんて子はこの世界じゃ普通にいるわけだし。僕としては、複雑だね。」

 

自分の目で見ていないから、余計に判断できない。そうヘスティアは言い、一度口を閉ざす。

恐らく、この子は、地上に出た場合、自分のいるファミリアも、他のファミリアも怪物達を殺そうとするのがわかっている、対処せざるを得ないことをわかっているから、だから余計に必死になってしまっているんだろうとそう自分の中で結論を出した。

 

「君は、どう考えているんだい?」

「オラリオの壁を越えて・・・それこそ、【セオロの密林】にでも、身を隠せば、生きていくことはできるんじゃないかって。でも、手段がなくて・・・方法がわからなくて。」

 

僕1人でできることじゃない・・・無表情で、今少年(ベル)が受けている光景(撫で回し)とはあまりにも差のある話題は、ついに言葉が詰る。

 

「・・・そうだね、飛べるなら、夜にでも飛び越えれば、可能性はゼロじゃない。でも、そもそもダンジョンから出る手段がないんだ。」

「はい。危険すぎます・・・。ごめんなさい、こんな話して。話題、変えてもいいですか?」

「お、おう・・・ドンと来きな!」

 

■ ■ ■

 

「実は・・・変な魔道書のせいで、僕のスキルや魔法が、変わってしまっていて・・・そんなことってあるのかなって。」

「うーん・・・僕は、リリルカ君が初めての眷族だからなぁ。」

 

眷族の数が多い派閥なら・・・いやでも、そもそもそんなこと有り得るのか?とヘスティアは唸る。

魔道書ってめっちゃ高いんだろ?・・・ン千万ヴァリスはするって・・・なんでこの子が?アストレアが?

 

「アストレアに買ってもらったのかい?」

「え?1冊は、遺品?で僕に残されてたんです。」

「――おい。いま、1()()()って言ったかい?言ったよね?言ったよな!?」

うるさいです(ゴスペル)・・・はぁ」

 

前みたいに、魔法が使えず、どんより落ち込む少年(ベル)と、冷や汗がぶわっとかいて、じゃが丸君を握る手がガタガタと震える女神。

 

『ヘスティアちゃん!震えすぎだよ!?衣が全部落ちてる!落ちてるから!生まれたままの姿に戻ってるからぁ!!』

『うっへぁあ!?ご、ごめんよ、おばちゃぁん!!』

『いったいどうしたら、一度つけた衣を全部剥がせるんだい!?振動しすぎだよ!?』

『ち、違うんだってぇ!!』

 

ヘスティアは、ヒヤヒヤしながら、じゃが丸君を売り捌きつつ、思考。

え、まって、魔道書(グリモア)って確か、ン千万・・・だよね?【100ヴァリス均一】とかで売ってないよね!?

この子は、2冊も使ったのかい!? ワケワカメなんだけどぉー!?助けてくれぇい、アルテミスゥゥゥゥゥ!!と、お悩み相談してやるぜ!とその豊か過ぎるわがままボディの女神は、匙を投げたかった。会うたびにベルの自慢話をしてくる、今どこで何してるかわからない月女神に。今度いつ来るんだろ、来たら一緒に神聖浴場行かないか誘ってみようかな?なんて現実逃避を始めてしまう。

 

「・・・ごめんなさい。」

「い、いやぁ~こ、子供は元気が、い、い、一番さ・・・!で、でも、街中で魔法使うのはやめようぜ!な!」

「はい・・・いや、使えません。使えなくなりました」

「それが、もう1つの悩みの種ってことかい?」

「元々あったスキルが、変わってしまったのと、魔法がいくつか使えなくなってしまったんです。アストレア様は『何かきっかけがあれば・・・無くなったわけじゃないから復活するはず』って言ってたんですけど。」

 

そのきっかけが、わからないんです。

義母の魔法が使えないから、義母に見放されてしまったなんて考えてしまうし、人を殺すことに特化したようなスキルが発現するし・・・と、撫で回してくる年上の女性を無表情で見つめながらそんなことを言う。

 

「変わってしまったきっかけ・・・そうだね、変わる前に君の心に大きく影響を及ぼした出来事ってあるかい?」

「・・・人が、怪物に変えられて・・それを、『助ける手段がない』って、その・・・目の前で【英雄】のような人がすぐ諦めて、殺しました」

「【英雄】が・・・ねぇ」

「何もできなかった僕が、人のせいにしている・・・傲慢だってことくらいわかってますよ。助ける手段がないこともわかってるんです。でも、あの時の僕は、いや、今でもそれを受け入れきれなくて・・・ひどく、絶望しました」

 

お義母さん達が命を投げ打ってまでした結果、呆れてしまうような、嫌なことばかりで、失望しちゃって。それで、暴走しちゃって、気が付けば、魔法が使えなくなっちゃってました。そう遠い目をしながら、少年(ベル)は自分の身に起きた出来事を大雑把に話す。

 

『ありがとう、またねー』

『はい、じゃが丸君も買ってくださいね?』

『ぎゅってしていい?』

『【プレミアムじゃが丸君スペシャルBOX】を買ってくれたら考えます』

『えぇー・・・むぅ、しょうがない。撫でるだけにしておきます』

『はい、そうしてください。』

 

「・・・それで、君は、その、言いにくいけど・・・もうこの世にはいない家族を幻視しているのかい?」

「どう・・・なんでしょう。ただ、『もしかしたら・・・』なんて考えてしまうし、手を繋いで歩く親子を見ると、自分と被せちゃいますね。」

「ちなみに、聞いてもいいかい?どんな感じのスキルなのかって。」

「・・・『人型の敵に対する特攻性』と『追撃時にステイタスに影響』って感じです。あとは『怒り』の丈で効果が上がる・・・とか。」

「うへぇ・・・まーた、大雑把だなぁ。人型ってなんだよ。人型って。それこそ、モンスターでも人間でも、神でもいいじゃないか」

「はい。だから、僕のことを止められる人がいない時は使うなって言われました。」

「負担とかはあるのかい?」

「・・・精神疲弊って」

 

疲弊・・・【蓄積した疲労により心身共に疲れ果て、弱ってしまうこと。 それにより何もしたくなくなること】

つまり、使いすぎると、寝たきりにでもなるのか?と思い、そういや、どこか疲れた顔しているなーと少年(ベル)を見つめる。

 

「僕・・・どうしたら、いいんだろう・・・やっぱりこういうのって、【ロキ・ファミリア】にいるっていう伝説のシスター【プリティ・シスター・アールヴちゃん】に聞くべきなのかなぁ。でもなぁ。

「ベル君、そのシスターは誰から聞いたんだい?」

「え?お義母さん。そういうのがいるって言ってた」

「お義母さん、笑ってたかい?」

「はい!叔父さんも『ちぃママ』とか言ってました!」

「それ、絶対、言うなよ。」

 

よくわからないけど、マジで、危ないから、やめなよ??とヘスティアは少年(ベル)の身を案じて忠告しておいた。

心の中で、道化(ロキ)がゲラゲラ笑っている気がするが、しったことじゃない!と蹴り飛ばした。

 

「そうだねぇ・・・なぁ、ベル君、聞いておくれよ」

「?」

「これは僕が司る事物の象徴で、同時に称号みたいなもので、もう1つの名前でもあるんだけどね・・・【ウェスタ】っていう言葉があるんだ。」

「ウェスタ?」

「そう。神々の言葉で『燃え続ける聖炎』っていう意味なんだ。」

 

君の近くに、1人、いるだろう?手を引いて歩いてくれる姉がさ。君にとっては、彼女の炎はそれなんじゃないかな?君の怖いものだって、跳ね除けて、『浄化』してくれるはずさ。

ヘスティアは、ちゃんとした答えを用意できない。できないが、少年(ベル)に必要なのは、そういう支えなのだろうということはわかった。

酷く不安定な子供。だからこそ、ボロボロになったときに支えが必要。でないと、本当に壊れかねないから。

 

「君だって、君自身が覚えていないだけで、多くの人を助けているはずだぜ?」

「助けた・・・?」

「ああ!今だって、ボクとおばちゃんを助けてくれてる!売り上げに貢献してくれてるぜ!?」

「う、うーん?」

「まぁ、あれだ。そういう助けられた人からしてみれば、君が頑張っている姿を見て、君の中に『炎』を見出すんじゃないかな。それが、伝播して、いずれは大きな炎になる・・・」

 

だからきっと、君が転んだときに、君の事を、君が助けた人達が助けてくれるはずだぜ!

その言葉を、ヘスティアは何とか少年(ベル)に贈った。

 

「ベ、ベル様」

「・・・春姫、さん?」

「は、はい。その・・・じゃが丸君を買いましたので・・・えっと」

「春姫さんは買わなくてもホームで好きなだけ・・・」

「おい!そういうのは、他所でやってくれ!!ほら、もう帰った帰った!!」

 

少年(ベル)から看板を取り上げ、『えー!?もっとぉ!!』などと抗議する女神達に『おい、君達はさっきからずっといるじゃないか!!何回触れば気が済むんだ!?』と怒鳴り散らして追い出した。

少年(ベル)少女(春姫)から荷物を半分受け取り、自然と手を繋いで帰ろうとすると、再びヘスティアは声をかける。

 

「君が困っているときは、あれだ、リリルカ君が世話になっているからね!応援はするぜ!?だから、やりたいように、君が正しいとおもったことをすればいいさ!」

 

そう声援を贈る。

神は一緒に戦えない。

背中を押し、応援してやるくらいしか、できない。

それでも、できることはしてやるぜ、と。

 

少年(ベル)は、振り返り漸く笑みを浮かべる。

 

 

「―――はい! でも、他派閥の団員で金儲けしたことは、リリには伝えておきますから!」

「あ、ちょっ、ま、待ってくれぇ!!それだけは、ほ、ほら、この【プレミアムじゃが丸君スペシャルBOX・ヘスティアスペシャル】を上げるから許してくれぇ!!」

 

 

 

女神の必死の懇願が、ストリートに響き渡った。

 

 

 

「―――ったく。アストレアがボクに『相談相手になってほしい』なんていう理由がわかった気がするよ。難しいねぇ彼女じゃ、動けないだろうし」

「きっかけには・・・なったと思うわ」

「うわぁぉ、いたのかい、アストレア」

「ええ、丁度今。」

「ぼ、ボクは何もやましいことはしてないぜ?」

「【プレミアムじゃが丸君スペシャルBOX・ヘスティアスペシャル】を貰えるかしら」

「さーせんっしたぁ!!」



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サンゲキの王者

 

 

天上に繁茂する苔が瞬く星々のように光を発している。

辺りに漂うのは雨に濡れた枯木を連想させる湿った木の香りだった。草花が広がる空間の片隅には真上の木の根から滴り落ちる水滴が音を立て、小さな泉に波紋を広げている。

樹皮に覆われた薄暗い【大樹の迷宮】。

そこに、複数の怪物たちがいた。

 

「あー・・・だるい」

「リド、そんなことを言わないでくだサイ。」

「って言ってもよお・・・ここ最近、ずっと移動、移動、移動だぞ?フェルズと合流すら碌にできやしないしよ」

眼晶(オクルス)デ連絡ガトレルトハイエ、別行動シテイル同胞ト合流ガ叶ワヌノハ不便ダ」

 

異端児(ゼノス)達は、愚痴っていた。

行方不明事件の後、つかの間の安息とでも言わんばかりか、落ち着いた頃にまた同胞達が行方知れずになるようになり、異端児(ゼノス)達は、新たに生まれた同胞探しに咥えて、隠れ里を頻繁に移動せざるを得なくなっていた。

 

「後ろの奴らも、文句は言わねえけどよ・・・疲れてるって感じだぜ。正直、ゆっくりしてぇ」

「それは・・・まあ・・・」

「レイ、貴様、コノ間、ドコニ行ッテイタノダ?」

「へ?そ、それはソノオ・・・ベ、ベルしゃん・・・です」

「お!?会えたのか!?いいなー羨ましいぜ!」

 

歌人鳥(セイレーン)のレイもまた、反響帝位(エコロケーション)を使える。

そして、偶然にも、少年(ベル)に再会することができていた。

 

「イエ・・・最近、我々の身に起きることが、地上で何か関係のある出来事はないかと聞きにいっただけなのデスガ・・・」

「フン、アノ小僧ガ知ッテイルハズガナイダロウ」

「何だよグロス、嫉妬してんのか?」

「黙レ!!」

「地上では特に変わったことは起きてイナイ・・・と」

「この間、ウィーネを襲った奴は?」

「アーディ様が何か心当たりがありそうではありましたが・・・何と言うか、『ありえない』というような感じで・・・」

 

聞いたはいいが、これといって目ぼしい情報はなし。

異端児(ゼノス)達は大きく溜息をついた。

リザードマンのリドは頭上を見上げて、あの少年(ベル)との宴を思い出す。

 

「また話がしてえなあ・・・・」

「そうですネ・・・」

「・・・・・」

 

静まり返る異端児(ゼノス)達。

しかし、彼等彼女等の瞼の裏には、あの少年(ベル)と握った手の温もりを、宴の光景が焼きついていた。

不思議な少年だった。

人間であるはずなのに、まるで、同胞と再会したかのような喜びが確かに、異端児(ゼノス)達にはあったのだ。

 

「皆が、ベルっちみたいだったらなあ・・・」

「真っ白で・・・赤眼・・・ふふ」

「おい、レイがやべえこと考えてるぞ」

「な!?し、失礼な!?わ、私はタダ、たくさんのベルさんに囲まれる光景を・・・」

アルミラージ(アルル)で我慢してろって」

「・・・・・シカシ、不気味ダ」

 

グロスは目を細め、拳の中にある眼晶(オクルス)を見つめる。

移動続きで碌に休息できていない異端児達は、徐々に、追い詰められているような、そんな気がしてならない。

 

「地上では、今のような静けさのことを『嵐の前触れ』というそうです」

「おい、ゴブリン(レット)、嫌なこと言うんじゃねえよ!」

 

 

嵐は、もう起こりかけていた。

 

 

■ ■ ■

 

ダンジョン24階層。

リド達とは違って、竜女(ウィーネ)達の現在地であり、進行している階層である。

未だ戦うことのできないウィーネを中心に固まっている異端児(ゼノス)の数は、小隊と言っていい規模だった。人蜘蛛(アラクネ)半人半鳥(ハーピィ)馬鷹(ヒッポグリフ)戦影(ウォーシャドウ)獣蛮族(フォモール)、そして竜女(ヴィーヴル)であるウィーネ。都合6匹からなるモンスターのパーティだ。彼女達の他、リド達もまた、冒険者の遠征のように、5匹ないし7匹ほぼの部隊をいくつかに分け、それぞれ移動を続けている。

 

「ラーニェ」

「なんだ、ウィーネ」

「え、えっと・・・いつも、こんなに移動してるの?」

「いや、今回は何かおかしい」

「おかしい?」

 

小隊の前部につく人蜘蛛(アラクネ)から、声を殺すような、冷たさを持った声が返ってくる。

バイザー付きの鉄兜で顔を覆った彼女は、新米であるウィーネにも分かるように伝える。

 

「こんな頻繁に移動することはまずない。しかし、移動しなければ・・・里を割り出されてしまう。それに――」

 

先日、お前が気づかない間に逸れた際に襲ってきた人間。あれはおかしい。不気味だ。

鉄兜を脱ぎ、流れ落ちる真っ白な髪を振りながら、ラーニェは後方を振り返る。彼女の肌は、雪原のごとく白く、人類の視点で言えば、まるで病人のような、形容され薄気味悪がられるほどの白さだが、それは彼女の美貌を何ら損なうものではなかった。

 

「ラーニェは、ベルのこと、嫌い?」

「・・・・あいつは、どうかしている。」

 

何故、躊躇いもなく我々の手を取れるのだ。彼女は、人間にも同族にも警戒する。穏健派というものがあれば、彼女はそれとは違い、人間を信用していない側の異端児だった。

故に、何の躊躇いもなく手をとれる少年(ベル)の存在は、いわば、頭痛の種だった。

 

「ウィーネ・・・間違っても、冒険者を見ても、あいつと同じとは思わないことだ。」

 

そんな考えで近づけば・・・死ぬぞ。

少年(ベル)のような冒険者が他にもいる。当然のようにいる。そんな風に考えを持ってしまえば、今度は異端児達が危険な目にあいかねないのだから、少年(ベル)の存在が奇妙ながらも心を許すべきではないと、彼女は忠告する。

 

『ウォ・・・』

「・・・フォーも、また会いたいの?」

『・・・・コクリ』

「フォーったら、ベルさんと握手するとき、握りつぶさないか、ビクビクしてましたねー?」

 

フィアにからかわれる、見上げるほどの巨体を誇る獣蛮族(フォモール)のフォーは、初めて触れた人間の感触に喜んでいた。

自分が巨体であるが故に、潰してしまわないか・・・と彼なりにそれはもう、慎重だったわけだが。それほどまでに、その巨大な図体に反して、フォーは心優しかった。

ウィーネ達のように人語は操れず、口から出るのも叫喚や雄叫びのみで言葉での意思疎通は難しいが、その仕草からは彼の温厚な性格が伝わってくる。

しかし、戦闘ともなれば、大型の胸甲を纏う己の身を盾に代え、巨大な鎚矛(メイス)をもって果敢に敵を吹き飛ばし、ウィーネ達を守るのだ。

 

彼以外もそうだ。

誰よりも地上や人間に興味を持っている半人半鳥(ハーピィ)のフィアは、好奇心旺盛でアーディと仲が良い。

翼の音を立てて宙に浮いている馬鷹(ヒッポグリフ)のクリフは、陽気で悪戯好きだった。

発声することができない戦影(ウォーシャドウ)のオードは、率先して戦う仲間思いで、ベルにその影の姿を格好いいと言われて頬をかいて照れていた。

ラーニェは厳しいが、同胞に対する温情と気配りがあった。

みんな優しい。

生まれたばかりのウィーネを里まで送り届けた4人から、さらに新たに出会った彼等という同胞。

それが、ウィーネの居場所なのだ。唯一、存在を許される共同体なのだ。

 

だというのに、ウィーネは――ウィーネ達は、この頻繁な移動に対して、妙な胸騒ぎがしてならなかった。

 

「そもそもウィーネ、何故、お前は以前、いきなりいなくなったんだ?」

「ち、違うよ!?み、みんなが気づいたらいなくなっていたの!」

「そんなわけがないだろう。まったく探すのに苦労させられたぞ・・・」

「まあまあ、無事だったんだし、いいじゃないですか!」

「むぅ・・・」

 

本当にあの日、気が付けば同胞達がいなくなっていたのだ。

よそ見していてはぐれたとか、そんなことではなく、いつの間にか、一人ぼっちになっていた。抗議してもまともに取り合ってくれず、膨れっ面になっていると歪に尖ったウィーネの耳に、張り裂けるような叫びが届いてきた。

 

「!!」

 

びくっ! とウィーネの肩が大きく上下する。

いきなり立止まった彼女に、ラーニェを含めた同胞達から驚きの視線が集まった。

 

「ウィーネ?」

「おい、どうした?」

「き、聞こえる・・・」

 

怪訝そうなフィアとラーニェを他所に、ウィーネの耳がぴくぴくと微動する。

モンスターの中でも最強と謳われる竜の種族は、他の種族と比較しても潜在能力が並外れている。

竜種である『ヴィーヴル』もまた聴覚をはじめとした五感能力が鋭い。

ここから離れた遥か遠く、同じ階層内から響いてくる細い音――他の『異端児(ゼノス)』が察知できない『悲鳴』も、彼女の耳は捉えていた。

 

「泣いてる・・・『たすけて』って」

 

ウィーネは直感で理解した。

この声が冒険者でも同族(モンスター)でもなく、自分達と同じ、理知を備えた同胞のものであると。

それと同時にあまりに悲痛な叫び声に、まるで己の身が切り裂かれているかのような錯覚に陥った。

 

「・・・同胞の声が聞こえるのか!?」

「う、うんっ・・・すごい、苦しんでるっ・・・たすけて、あげないと!」

 

ラーニャからの問いにすぐに返答するウィーネ。

 

「どうしますか、ラーニェ?」

 

半人半鳥(ハーピィ)馬鷹(ヒッポグリフ)戦影(ウォーシャドウ)獣蛮族(フォモール)人蜘蛛(アラクネ)に判断を仰ぐ。

恐らくは、会ったことのない新たな同胞だろう。

小隊の指揮を務めるラーニェは仲間の視線を受け止めた後、泣き出しそうなウィーネを凝視し、沈黙を破った。

 

「・・・様子を見に行く。案内しろ、ウィーネ」

 

窮地に晒されているやもしれない同胞を見過ごすことは、広大な迷宮の中で少ない仲間と寄り添い合う彼女達【異端児(ゼノス)】には、できなかった。

全身を鎧で覆い隠し、冒険者に見つかっても一見してモンスターだと見破られることがない、戦影(ウォーシャドウ)のオードに先行するように指示を出し、彼に『来てよし』と合図が出たところで、ラーニェ達もそれに続く。

 

「――グロス、新たな同胞がいるかもしれない。一度、様子を見てくる。」

 

四対の足を走らせる傍ら、ラーニェは手の中にある赤い水晶に言葉を落とした。

一拍置き、うっすらと発光した水晶から返答があった。

 

『何? 待テ、ラーニェ、私達ガ行クマデ動クナ』

「いや、行かせてもらう」

『ラーニェ、聞ケッ、オカシイ!我々ノ置カレテイル、コノ状況デハッ!罠ノ可能性ガ――』

「・・・すまない、無理だ、グロス」

 

彼女は水晶を握り締める。

 

「この悲鳴を聞かせられれば、止まることなど、できない。ましてや、これが人間の仕業ならなおさら見過ごすことなどできない」

 

かくして、彼女達の視界には、苔の光に照らし出される広間の中央、舞い落ちる羽毛とともに滴る赤い滴。一本のみ生えた樹の根もとに広がる血溜まり。

長大な樹の幹に鎖で巻きつけられている、細い体躯。

あたかも生贄のように、『彼女』は『磔』にされていた。

その体にはいくつもの刺し傷や斬り付けられた跡があり、真っ赤な衣装を纏っているがごとく――施された拷問のほどを物語るように全身から流血していた。

そこにいたのは、両翼を鋼鉄の杭で貫かれ固定された、1匹の歌人鳥(セイレーン)

 

 

そこから始まるのは、隠れていた密猟者より行われる惨劇(狩り)であった。

(人間)の宴が始まりを告げ、まっさきに攻撃をしかけた戦影(ウォーシャドウ)が両断され灰に変えられた。

半人半鳥(ハーピィ)の少女が地に叩きつけられ、馬鷹(ヒッポグリフ)が魔法の直撃を浴び、墜落されたところを容赦なく槍で突き刺された。ウィーネを守るラーニェの兜が大男の大剣によって弾き飛ばされ獣蛮族(フォモール)が赤い槍を持ったリーダー格と思しき男に胸を貫かれそのまま縦断された。

 

生まれてから日の浅い竜女(ウィーネ)の心が、音を立てて罅割れた。

 

「や、だ・・・やだっ・・・」

 

少女は泣く。大粒の涙を流して、崩れ落ちた優しい獣蛮族(フォモール)のもとへ駆け寄る。

もはや、同胞達は生きているのかさえわからない。

嗚咽を漏らし、この悪夢がさめることを何度も願う。

その願いが叶うことはなく

 

「安心しろ、化物」

 

(人間)は心地良さそうに、喉を鳴らして笑う。

 

「仲間外れにはしねえよ」

 

涙が溜まったウィーネの瞳が見開かれ、男によって振り下ろされた槍をもってして、彼女の意識は途絶えた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「もし、そこの鍛冶師」

「・・・誰だ、あんた?」

「ヘファイストスに用があって来たんだが・・・ああ、アポはないんだ。すまない」

「ヘファイストス様?」

「ああ。武器を――()を見繕ってもらいたくてな。」

 

【ヘファイストス・ファミリア】、赤い髪の男の前に、女が現れていた。

彼女は、女神ヘファイストスに会わせて欲しいと言う。

 

「それと、魔剣を見繕ってもらいたい。」

「本数は?」

「多いほうがいいな。あと、殺傷性がないものがいい。」

「理由は?」

「これから、必要になる・・・気がするのだ」

 

赤髪の男が顎に指を当て、目の前の女を見つめる。

身軽そうな装備。

顔はフードで覆っているため、よく見えない。

正直言えば、怪しい。

男――ヴェルフ・クロッゾは、魔剣を鍛えることを黒歴史(カナリア)を作ったことで、自分の悩みが馬鹿馬鹿しくなり、許容した。しかし、誰彼構わず売ることはしなかった。故に、店頭には決して並ぶことはない。【ロキ・ファミリア】の純潔妖精と話し合い、妖精の里を焼いた悲劇を再度起こすことがない様、徹底することにしていた。

もっとも、少年から整備として預かっていたカナリアは、大樹の迷宮では使い勝手が悪いために、未だに本人の手元に渡らせてはいなかったが。

 

「すまない。怪しい相手には売れない」

「怪しい?何を言っている?」

「いや、顔を隠していたら、わからねえよ」

「ああ・・・そういうことか。」

 

自分が怪しまれていることが不服だと訴えるも、指摘されて納得しフードを脱ぐ。

露になるは、美しい相貌。

青い髪、緑の瞳の美しい女神だった。

 

「―――あんたは」

優男(ヘルメス)の奴が手紙を寄越してきてな。これから、あの子の身に何か、嫌な事が起きるかもしれないと。」

 

「ベルのことか?」

「オリオンを知っているのか!?」

 

女神はぎょっと目を見開いて、ヴェルフに詰め寄る。

なんなら、少年を知っている相手がいて鼻息荒く、喜んでいるようですらあった。

 

「だから、必要になると思ったのだ。武器と魔剣が。」

「魔剣が非殺傷である理由は?」

「地上で騒ぎになる可能性が、高い。そうなれば、あの子が何もできなくなる」

「武器が、槍である意味は?あいつは、ナイフとかの方がいいと思うが?」

 

第一、槍を使ったところなんて見たことないぞ?とヴェルフが訝しげに訴えると、あっけらかんとした顔で女神は答える。

 

「アストレアが武器を贈ったのだろう?なら、私だっていいだろう。故に、()だ」

「趣味か?」

「おい、馬鹿にしているのか?それより、ヘファイストスに・・・」

「わかった、わかった。ちょっと、付いてきてくれ」

 

詰め寄ってくる女神に根負けして、渋々として女神ヘファイストスの元へと彼女を連れて行く。

結局のところ、女神ヘファイストスの部屋で同じ話をして、断られるのだが。

 

「―――イヤよ。あんな邪道な武器、2本も作るなんて」

「な!? い、いいだろう、あれか!?土下座すればいいのか!?」

「あなた、ヘスティアにでも何か教えられた!?」

「最終奥義なのだろう!?」

「だーかーらー!作るわけないでしょう!!だいたいお金は!?」

「・・・オ、オリオンが出す」

 

人差し指と人差し指をちょんちょんしながら、彼女は小声で言う。

プチンと鍛冶神がキレて、ヴェルフに押し付けた。

 

「ヴェルフ!! あんたが創りなさい!!」

「はぁぁぁ!?」

「ヒエログリフは入れられるのか?」

「入れられるわけねぇだろぉ!!ふっざけろぉ!!」

 

 

■ ■ ■

 

くにくに、くにくに、くにくにくに・・・

 

「ふっ、ひぃ・・・はぅん・・・」

「ふっふふふふ・・・」

「ベル、楽しそうねー」

「私も触らせて頂きましょうかねえ」

 

【アストレア・ファミリア】本拠のリビングにて、妖精がいつぞやダンジョン内で少年が使ったスキルのことを内緒にしてほしいというお願いについて試練(シルの弁当)を食べるということで飲んでくれたというのに、『()()()()()()喋っていない』とでもいうようにバラされていて次やったら『女装』まで言い渡された少年は、ダンジョンから帰還した妖精の姉に詰め寄った。

 

詰め寄って、いつぞやの狐人の少女の時のように、個人的な八つ当たり(お仕置き)を強行していた。

 

『リューさん、リューさん!』

『な、なんですか、ベル?』

『リューさんの耳、触ってみたい!』

『耳ですか?・・・まぁ、構いませんが』

 

くにくに、くにくに、すりすり・・・

実のところ、気にはなっていた。その尖った耳が時々ピクピクと動いているのを見ていて、『触ってみたいなあ』と思うほどに。

 

「べ、べるぅ・・・」

「・・・えへへ」

「くぅぅぅ・・・」

 

リューは悶えた。

嬉しそうな顔をして触ってくる、己が触れられる唯一の異性に触れられることに喜びさえ感じていた。しかし、周りには団員達がいた。

リューは長椅子(カウチ)に座り、その上に膝立ちの状態になって、少年は耳をお触りしていた。

時に揉み、時に摩り、時に息を吹きかけた。

 

「・・・ふっ」

「・・・ひゃぁあん!?」

「リューさん・・・可愛い」

「ねえ、リオンったら、あんな声出すのね!?可愛いわ!」

「下の方はもうビショビショになっているのではありませんか?」

「アリーゼ、輝夜、き、貴様ぁ・・・!」

 

リューはベルを引き剥がせなかった。

目の前で、瞳をキラキラとさせ嬉しそうに触ってくる少年を無理に引き剥がせなかった。

なんなら、もっと触って欲しいとさえ思っていた。

何より、格上の自分が無理に抵抗して少年を怪我させてしまったら・・・などと考えてるが故に余計に抵抗できなかった。

 

「アストレア様、リューさんの耳、気持ちいいですよ」

「そ、そうなのね・・・ベル、嬉しそうね?」

「えへへへ」

「でも、内緒にして証拠隠滅しようとするのはよくないわ?」

「うっ・・・」

「どっちにせよ、負荷のせいで、バレていたのよ?」

「うぐ・・・」

「ほら、そろそろやめてあげたら?」

「・・・・はぁい」

 

女神に宥められ、しょんぼり顔になって耳から手を離す。

最後にリューの頭を撫でて、離れようとしたところ、腰に腕を回され抱きしめられる。

 

「ふぇっ?」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・べ、ベル・・・」

「リュ、リューさん・・・?」

「あっ、私、何もしーらない」

「春姫、今日の夕飯は何でございましょう?」

 

姉達は嫌な予感を察知して、『私しーらない』を実行。

女神アストレアは、頭を横に振って少年の身を案じた。

 

「ベル・・・私はもう、変なスイッチが入ってしまったようです。」

「ス、スイッチ?」

「ええ。覚悟・・・できていますね?」

「え? ぜ、全然・・・?」

「では、覚悟してください。さぁ、私の部屋に行きましょう」

「ゆ、夕飯・・・」

「終わってからだ」

 

抱きかかえられた少年は、哀れにも妖精の姉に抵抗することもできず部屋につれていかれた。

静まり返ったリビングに、後に少年の悲鳴が薄っすらと届いた。

 

 

 

少年は知らない。

これから自身の身に起きる悲劇を、知らない。

 



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動乱

 

「・・・・・・」

 

大量の灰粉が撒き散らされた広間に、一体の石竜(ガーゴイル)一角獣(ユニコーン)銀毛猿(シルバーバック)などを従えて、降り立った。モンスター達は共に周囲を見渡す。

 

風穴の空いた見覚えのある胸甲(ブレストプレート)

大型の鎚矛(メイス)

千切られたローブの切れ端に、両断された武装。

大量の灰にまみれた鎧の数々を見て、その石でできた体が揺れ出し、がちがちと鈍い音を立て始める。

 

「見ロ、愚者(フェルズ)・・・コレガ、現実ダ。人間ナド・・・人間ナド・・・!!」

 

石竜(ガーゴイル)はそこから広間の端まで横断し、ばらばらに散らかされた植物の中に手を伸ばす。

震える指が掴むのは、蹂躙者達の目を盗んで投げ込まれた、赤い水晶だった。

もう一方の手の中にある同質の水晶を握り締めた石竜(ガーゴイル)――グロスは、勢いよく顔を振り上げ頭上を仰いだ。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

彼等はもう、我慢の限界だった。

巣を追われ、耐えて耐えて耐えて耐えて・・・逃げて、逃げて、逃げてきた。

気が付けばいなくなっている者がいた。

付き合いきれずに孤立を選んだのかもしれない。

耐え切れず、自死を選んだのかもしれない。

運悪く、狩猟者に見つかり、捕まったのかもしれない。

彼等はすでに、疲労困憊。ろくな休息も取れずに、追い込まれ続けた。

一瞬、あの少年がこの惨状を見れば、あの時(行方不明事件)のように、発狂して怒り狂って暴れまわるのだろうか。と思ったが、すぐにそんな考えはやめた。

 

 

失望した。失望した。絶望した。怒り狂った。

瞋恚の炎を宿す『怪物』の叫喚が、地下迷宮に響き渡った。

 

 

 

遅れてやってきた蜥蜴人(リザードマン)から、黄水晶を取り上げ、地に叩きつけ、激しい音を立てて砕け散った。

 

「――何しやがる、グロス!!」

 

種族がバラバラの怪物が広間に集まり、その集団の中で、蜥蜴人(リザードマン)のリドと石竜(ガーゴイル)のグロスは衝突した。

 

「どうして水晶を壊した!? これじゃあフェルズ達と連絡が・・・!」

愚者(フェルズ)ノ話ニ耳ヲ貸ス必要ナドナイ!!指示ヲ仰グ必要ガ何処ニアル!? ココニ来ルマデノ間、意味ノアル連絡ハ取レタノカ!? イイヤ、ナイ!! ナラバ、モハヤ奴ヲ信ジル価値ナドナイ!!ヤル事ナド、決マッテイルダロウ!!」

 

彼等はもう『耐えろ』と言われて耐えることなど、できない。

リドの抗議の声を上回る声音で叫ぶ。

【異端児】の存在をひた隠そうとするフェルズ達、地上の思惑などもう関係ない。

これまでも同胞を攫われ、その度に行動の自重を促されてきたグロスは激昂した声を放つ。

 

「全テ聞カサレタ!!人間ドモノ所業ヲ、ラーニェ達ノ死ニ様ヲ!! ソレヲ、マダ耐エロト言ウツモリカ!?」

「・・・っ!!」

 

ラーニェと分けて持っていた赤の双子水晶。

フェルズが譲った眼晶(オクルス)が、グロスの心に決定的な黒い炎を灯していた。

悪しき狩猟者達が引き起こした惨劇を見せ付けられ、聞かされ、彼の感情はとうに制御不能に陥っていた。

それはグロスだけではなく、リドとグロスを取り巻く【異端児】達の輪もまた、興奮の一途を辿っていた。

 

あの時の怒り狂った少年の気持ちを、初めて、理解してやれた。そんな気さえしていた。

リド側についていた筈の温厚な異端児達まで、憤怒と憎悪に支配されていて、リドを除けばまともな理性を保っているのは、小怪物(ゴブリン)赤帽子(レッドキャップ)、口を噤む歌人鳥(セイレーン)のレイ、涙目で縮こまる一角兎(アルミラージ)のみであった。

 

愚者(フェルズ)達ノ助ケナド要ラナイ!邪魔モサセン!!我々ノ手デ決着ヲツケル!!」

 

人間共に報復を。

涙を流せないそのグロスは赤い石眼を見開いて怒りの絶叫をあげる。

 

報復を!! 報復を!! 報復を!!

 

広間にて、異端児達の激情が爆発する。

もう、リド達には止められない、止まらない。

あの心優しい少年でさえ、きっとこの光景を見れば、グロスのように怒り狂い涙を流すのだろうとレイは唇を噛み締める。

 

翼を広げ広間を飛び出したグロスに続いて、三十半ばのモンスターが、1つの目標に向かって進軍を開始した。

リドはレイとレットに一緒に来るように言い

 

「アルル、お前は『あいつ』を迎えに行け。おそらく、深層には行ってないはずだ。合流する予定の里に到着しているはずだ。訳を話して、連れて来い」

 

黙っていた兎のモンスターは長い耳を揺らして、こくりと頷いた。

グロス達の行動に追従するため、リド達もまた、駆け出した。

 

 

■ ■ ■

 

 

「アーディさん」

「んー?なぁに、ベル君」

「どうして、アーディさんは最近、僕と一緒にいてくれるの?」

「えっ、もしかして、イヤだった!?」

 

最近、なにかと一緒に行動してくれるアーディさんとまた、僕はダンジョンにいる。

だけどふと、そんなことを思ってしまったのだ。

 

「だって、アーディさんは【ガネーシャ・ファミリア】で、憲兵で、お仕事だって・・・」

「あー・・・まぁ、あるけどね。でも、アリーゼ達も最近一緒にいてやれなくて、だから私が一緒に行くって言ってるだけなんだよ」

 

別に、アリーゼさん達が毎日忙しいわけでもないけど、最近は、アーディさんとよくいることが多い。

 

「毎日、私と一緒にいるわけじゃないでしょ? あくまて、空いてる時間でってこと」

「空いてる時間・・・。」

「あとは、そうだね。前の事件から君、あんまり元気なさげっていうかさ、家出までしたみたいだし一緒にいてあげたいなって。」

「・・・ごめんなさい」

「何で謝るの?別に君くらいの歳なら、仕方ないんじゃないかな。それに、今日は前よりかは幾分か顔がマシになってるよ」

 

何かあったの?と聞かれて、ヘスティア様に話し相手になってもらったことを話したら、妙に納得された。

 

「『自分が正しいと思ったことをしなさい』って。あとはその、もっと周りを見なさいって言われた」

「周りを?」

「うん。『君が忘れているだけで、君に助けられた人はたくさんいる。だから、君が転んだときにはそういう人達がきっと手をかしてくれるはずだ』って」

「へぇ~ヘスティア様、良いこと言うじゃん。」

「うん。・・・別に、解決したわけじゃないけど、少しだけ頑張ってみようかなって」

 

偉い偉い。そう言いながら、アーディさんは僕の頭を撫でてくる。

僕は何故か恥ずかしくなって、俯いてしまうけれど、その手から逃げようとはしなかった。

そんな時

 

 

「―――っ?」

 

僕は、足元を見下ろした。

ダンジョン3階層。

モンスターがいても、僕達に気づくこともなく、素通りしては、たまに呼び寄せて一掃する。

 

「どうかした?」

 

アーディさんもまた、モンスターを時に攻撃しては僕の様子を伺ってきては、知り合いに合えば手を振って挨拶をしている。

 

「何か・・・・違和感が。ダンジョン?じゃなくって・・・なんだか、胸がムカムカするというか」

「変なの食べた?」

「ち、違いますよっ。・・・すごく、モヤモヤするんです」

 

まるで、虫の報せのような、そんな嫌な予感を感じてしまっていた。

 

「こういうときは、一度地上に戻るべきだよ?」

「・・・?」

「いーい、ベル君。異常事態(イレギュラー)はダンジョンではよくあること。では、どうするか? 関わらない。これに限るんだよ。変に突っ込んで命を落としちゃったら意味ないからね」

「う、うん・・・じゃ、じゃぁ・・・」

 

何か起きても怖いし、地上に出れば先に戻ってきた冒険者達が何か情報を出して公開されているかもしれない。そう思っていると、前方・・・正確に言えば、下層域へ向かう通路から大勢の冒険者が、慌てて地上へと走っていくのに出くわす。

僕はとっさにアーディさんの手を取って、通路の脇に身を寄せて衝突しないように避ける。

 

「ベ、ベル君・・・そういうことできるんだ・・・えっへへぇ」

「な、なんでデレっとしてるの?」

「な、なんでもないよ!?そ、それより、何事?今の」

「さ、さぁ・・・?」

 

『こんな緊急時に、イチャついてんじゃねえ!!』と抗議された気がするけれど、彼等はそのまま走り去って行ってしまった。そして、少し遅れて、怪我をした見覚えのある人物に出くわす。

 

「ボールスさん?」

 

全身に傷を負った眼帯をつけた男性冒険者であり、リヴィラの大頭、ボールスさんだ。

 

「ダ、【涙兎(ダクリ・ラビット)】!?お、お前等、今から下に行く気か!?」

「へっ?」

「ど、どうしたの?それにその傷・・・」

「いいから、戻れ!!」

 

冷静さを欠いた様に、ボールスさんは血の粒を飛ばして、僕達に地上に戻るよう注意してくる。

その意味がわからず、理由を聞けば、彼は、ボールスさんはこう言ったのだ。

 

 

『18階層に()()()()()()()()()が攻め込んできやがった!!リヴィラはやられた、全滅だ!!』

『連中は中央樹から現れたっ、下の階層からだ!種族の統一も何もねえが、とにかく恐ろしく強え!』

『大半の野郎どもは何とか逃れてきたが・・・逃げ遅れた連中もいる。』

 

眉間にシワを刻むボールスさんの言葉に、僕は、咄嗟に下層へと足を向けて走り出していた。

 

「あっ、おい!?待ちやがれ、涙兎(ダクリ・ラビット)!!駄目だ、戻りやがれ!!」

「ベル君!? ~~~~~っ!!わ、私があの子を連れて戻るから、あなたは地上に報告して!!」

 

 

 

街が、壊滅?

武装したモンスター?

 

「リドさん達のことだ・・・何か、何か起きたんだ・・・!」

 

凄まじい勢いで空転する思考が全身に発熱をもたらす。動揺と混乱が隅々まで駆け巡り、ぶわっと汗腺という汗腺が開いて嫌な汗が流れる。

僕の頭には、【アストレア・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】が同じように言った言葉が浮かんでいた。

 

 

 

彼等(異端児)が、地上で騒ぎになれば、対処せざるを得なくなる】

 

 

「イヤだ・・・いやだいやだいやだいやだっ!」

 

もう、あんな、あの時みたいなのは、見たくない・・・!!

走る、走る、走る。

進路上の邪魔なモンスターだけを倒して、縦穴を飛び降りて、18階層へと向かっていく。

心当たりはある。きっと、きっとあの場所だ。

レフィーヤさんと一度だけ踏み込んだ、あの場所にきっといるはずだ・・・と。

 

 

「ベル君! 待って!!」

 

ガシッと僕の腕を掴まれる感触に思わず足を止めてしまう。

咄嗟に走り出したから、置き去りにしてしまった人が、僕の後ろにいた。

 

「な、なんで・・・?」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・早すぎ・・・はぁ。ふぅー・・・・」

 

アーディさんも無茶をして追いついてきたのか、すごい汗をかいていた。

そして僕にも深呼吸をしなさいと言ってくる。

 

「ア、アーディ・・・さん・・・?なんで?」

「君、1人じゃポンコツなんだから!!1人で動かないの!!お姉さん困るんだよ!?」

「うっ・・・」

「異端児達が心配なんでしょ?ほら、行くよ!!」

「えっ・・・?」

 

てっきり止められると思っていたのに、アーディさんは僕の前を少し歩いて、振り返った。

 

「あの子たちのことで、君1人に任せられるわけないでしょ? とことん、つきあうよ」

 

だから、行こう。

そう言われて、僕とアーディさんはまた走り出した。

 

 

 

「あ・・・で、でも、か、鍵は!?」

「そんなの、【超凡夫(ハイノービス)】から回収済みだよ!? 『いつまで借りパクしてるの?』って言ってやったんだから!」

 

あ、でも、君が【ロキ・ファミリア】を避けてるのも原因だからね!?とお説教されながら、アーディさんは僕に鍵が填め込まれたままの手甲を手渡してくる。

 

「ア、アーディさん、大好きー!」

「わーい、私も大好きー!!」

 

 

それが悲劇の幕開けとも知らずに。

僕を追い詰めるためのものであるとも知らずに。

僕達は、『なんとかなる』なんて動揺する心を落ち着かせながら、走っていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

ガラァン、ガラァン!!と空を震わせる、けたたましい鐘楼の音が鳴り響く。

 

「何事かしら・・・?」

「何でございましょうか・・・?」

 

 

女神アストレアと、春姫は鐘楼の音を聞いて窓の外を見つめる。

それは正午を告げ大鐘の音ではない。

音は普段聞こえてくる東端からではなく、北部の方角から。何より打ち鳴らされる音の激しさが尋常ではなかった。

 

「方角的に・・・ギルド本部・・・都市の警鐘?」

 

女神アストレアは呟く。

これは、()()()()を告げる、迷宮都市への警報だと。

 

それから遅れて、慌しく、眷属達がホームに帰還してくる。

 

「アストレア様!」

「ベルは!?」

「ベルはどこですか!?」

 

アリーゼ達が、息を切らせて少年(ベル)の居所を聞いてくる。

女神と春姫は、お互い見詰め合って、帰って来た者達を見て、告げる。

 

「ベル様なら・・・」

「アーディちゃんとダンジョンに行ったけれど・・・。あなたたちだって知っているでしょう?」

 

そうだ、知っている。

知っていたが、もしかしたら・・・なんて思って帰って来たのだ。

落ち着くように女神に言われ、一度深呼吸をして、この鐘の意味を団長であるアリーゼが伝える。

 

「18階層リヴィラが()()()()()()()()()により壊滅。伴ってモンスターの大移動を確認。」

 

目を見開いて固まる女神。

 

「市民、及び全冒険者のダンジョンの侵入を()()!各【ファミリア】はギルドの指示が出るまで本拠で待機せよ。と」

 

これが、今、ギルド本部から出されている警報です。とアリーゼは言う。

女神は少年(ベル)が出て行った時間帯を思い出す。

朝食を食べてすぐとかではなく、割とさっきだ。下手をしたら・・・

 

「もう既に、警報がなってしまっている時にダンジョンにいた・・・?」

 

静まり返る【星屑の庭】。

『武装したモンスター』が何を指すかなど知っている。

それが関わったトラブルであるなら、それが丁度少年(ベル)の耳に入ってしまったなら、間違いなく

 

「じゅ、18階層に・・・行った・・・?」

「アストレア様、リオンとライラは【ガネーシャ・ファミリア】と共に18階層に向かうことになっております。」

「ガネーシャのところと?」

「討伐ではなく、あくまで『調教』しろ・・・ということでございます」

 

 

アリーゼに代わり、輝夜がアストレアに報告する。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】と私共の派閥の残りは、都市内で警戒。そして、ダイダロス通りにて待機とのことでございます」

 

 

既に知られている出入り口。

もう1つのダンジョン。恐らくは、そこも関係しているため、そこに住まう民間人も避難させよ。と輝夜は報告を終わらせる。一通り聞いたアストレアは立ち上がり、出かける準備をする。

 

 

「ネーゼ、護衛をお願いできるかしら?」

「えっ、も、もちろん・・・何をするおつもりですか?」

「―――そうね・・・イケロスを捕まえましょうか」

 

 

ヘルメスもきっと見つけているでしょうしね。そう言って、各々が行動を開始する。

 

 



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咆哮

 

 

「モンスター達には調教(テイム)を施す。殺さず、生け捕りにしろ!」

 

状況が分からずに取り乱す団員達を前に、【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマが落ち着くように言い渡した上で、これから行うことの指示を出す。

うなじの位置でばっさりと切った藍色の髪に、整った怜悧な顔立ち。170Cを優に超えようかと言う長身もあって麗人と呼ぶに相応しい。長い手足には肉弾戦を主眼に置く拳装(メタルフィスト)金属靴(メタルブーツ)を装着している。二つ名【像神の杖(アンクーシャ)】を冠する、彼の【剣姫】と同じヒューマンの第一級冒険者だ。

 

「姉者、いいのか!?」

「私達の主は、【群衆の主(ガネーシャ)】だ。彼を信じ、彼に付いていく。違うか、イルタ」

 

どういう訳か義姉妹の契りまで強引に交わしてきた、女戦士(アマゾネス)のイルタは、瞳を見開いて問いかけるが、シャクティの曇りのない眼差しを見て、顔を引き締め頷いた。

同じように、揺るがない主神への信頼と忠誠を喚起され、他の団員達も表情をあらためる。

 

「出発する。準備しろ!」

 

シャクティの命令に鬨の声が打ちあがった。

 

 

「相変わらず、すげぇな・・・」

「ええ。シャクティだからこそでしょう」

 

中央広場を震わせる喊声に、同行するライラとリューは呟いた。

迫る出撃に沸く民衆と【ガネーシャ・ファミリア】を隔てる境界の内側に入り込み、討伐隊の中に混じっていた。

 

「ところで、兎は私達よりも先に本拠(ホーム)を出たんだったよな?」

「ええ。アーディが迎えに来てました。」

「大方、ダンジョンに入ってる最中に、警鐘が鳴ったってところか?」

「恐らくは、そうでしょう。2人が心配です」

 

【ガネーシャ・ファミリア】とは別で、2人だけの会話。

ベルがアーディと出て行ったのは知っている。けれど、帰還した、見かけたという話は聞いていないため、恐らくはまだダンジョンの中だろうと考えていた。

 

『依頼した調教(テイム)の件といい、神ガネーシャは上手くやってくれたようだ』

「あん?誰だこの声」

「・・・フェルズ、ですか」

『ああ、【疾風】。私は表立って顔を出すわけにもいかないのでね。そのままで頼む。』

「何か、用ですか?」

『すまない、私も状況が読み込めていなくてね。どうやら移動続きの異端児達が、狩猟者達の罠にかかり、この騒動に繋がってしまっている』

 

目線はそのままに、声だけでやりとりをする。

姿が見えない声の主は、フェルズ。

透明状態(インビジリティ)』となる魔道具(ヴェール)を被って不可視の状態になってた黒衣の魔術師は、集結していた討伐隊に潜入して接触してきたのだ。

 

「・・・フェルズ、ベルとアーディを見ていませんか?」

『すまない・・・異端児達との連絡が取れなくなり、私も動き出した所で把握しきれていない。』

「把握しきれていない?どういうことです」

『ここ最近、彼等は頻繁に移動を繰り返している。そのせいもあって連絡の頻度も落ちていた。次の合流場所で落ち合うはずだったのだが、どうやら私達が思っている以上に彼等を逆上させる出来事が起きてしまったようだ』

「・・・はぁ。もっと上手くやれたのでは?」

『こちらもいっぱいいっぱいだったんだ・・・無理を言わないでくれ』

 

住処を追われた者が追い込まれ、逆上するのは当然のことだ。それが分からないはずではないでしょう?とリューは見えないはずのフェルズへと冷たい視線を向ける。

 

「ベルもアーディも恐らく、18階層だ。この事態に【異端児】が関わっているなら」

「兎が大人しく、本拠(ホーム)に戻ってくるわけがねぇ」

愚者(フェルズ)。覚えておきなさい。2人の身に何かあれば・・・私達はあなたを()()()。煮込んでスープにします」

「おい、リオン。そのフェルズってのは豚か?鳥なのか?」

「・・・・人だったかと」

「じゃあ、駄目だろ。人骨スープなんて私はごめんだぜ?」

「それもそうですね・・・・私はいつもやりすぎてしまう。」

「「はっはははは」」

 

【アストレア・ファミリア】やべぇ・・・そう思ってフェルズはそそくさとダンジョンに飛び込んだ。

スープにされる前に、いち早く!なんとしても!!2人を危険から回避させねばと!!

 

『こ、殺される・・・!?』

 

 

今度から、少年(ベル)にも眼晶(オクルス)を渡しておこう・・・と強く決意した。

 

 

 

「出るぞ!!」

 

シャクティの号令に、一際膨れ上がる民衆の声援。

 

「・・・行きましたか」

「何者だったんだ?」

「古の賢者だそうです」

「・・・私達も行くか」

「ええ、行きましょう。地上はアリーゼ達が守ってくれます」

 

神意を受ける討伐隊が、少年と知己の身を案じる2人が、黒き魔術師が、それぞれの思惑を携えて巨塔の門をくぐっていく。

蒼穹と人々に見送られる彼等は、一気に走り出し、ダンジョンの中へ突入した。

 

■ ■ ■

 

罅割れた青水晶の柱が、音を立てて倒壊した。

ことごとくが破壊された天幕や木造の商店、引火した魔石製品によって発生する火の手。ならず者達の喧騒が消え去った街から、膨大な砂塵とともに黒い煙が立ち上がっている。

少年は、初めて見る『変わり果てた街』の光景を前に、立ち尽くしていた。

 

 

「リヴィラが・・・・」

「こういうことは、異端児に関係なく、決して起こらないわけじゃないんだよ。ベル君」

 

安心させようと、アーディはベルの手を握って言葉をかける。

かつてアリーゼ達とリヴィラに訪れた際、説明されていた言葉

『何度もモンスターに襲われて壊滅しかけることもある』というのを思い出すも、少年としては、それで納得できるものではなかった。

初めて見る、街が燃えているという、破壊されているという光景だったのだから。

 

「これを・・・リドさん達が・・・?」

「とにかく、誰かいないか調べよう?」

「う、うん」

 

ダンジョン18階層、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。その西部、湖畔の巨島に気づかれたリヴィラの街は壊滅状態にあった。

北門を始め、街を囲う水晶と岩の街壁には巨大な破砕跡が刻まれており、雪崩れ込んできた存在の進撃の威力を物語っている。地面から生えている白と青の水晶の残骸があちこちに飛び散っており、他にも折れた剣身や粉々となった斧の刃、飛び散った血液の跡など、街の住人と冒険者が抗おうと繰り広げた攻防の激しさが散見される。

あちこちから砂煙を吐いているダンジョンの宿場街は、今や廃墟と化していた。

 

「ベル君、ちなみにスキルで察知できてたりしない?」

「・・・・東の方に。でも、数までは」

「ううん、いいよ。とりあえず、怪我人がいないかを確認しよう。その後、東に行く。それでいいね?」

「・・・・うん」

「いい、ベル君?焦っちゃうと、余計に失敗しやすくなるから、こういうときこそ、冷静にならないと駄目」

「・・・・うん」

 

アーディに気遣われてベルは、変わり果てた街を歩き、やがて倒れ伏した冒険者の男を見つけた。

怪我でもしているのか、一行に動こうとせず呻き声をあげていた。

 

「大丈夫?何があったの?」

「ば、化物がぁ・・・襲ってきやがったぁ・・・!」

 

男はモンスターの強襲から逃げ遅れた数少ない冒険者の1人だった。全身に走る激痛、更にひしゃげた脚から今も止めどなく流れる血液によって呼吸困難に陥りかけている。両目に涙を溜めながら、必死に助けを求めてきていた。

 

「た、助けてくれぇ・・・!」

「うわ、両足が潰されてる・・・」

「・・・・あなたの派閥は?」

「・・・・はぁ?な、何言ってんだ!?こ、こっちは・・・っ」

「助けても、派閥が分からなかったら、困るじゃないですか」

 

だから、さあ、あなたの派閥を教えてください。と男の状態を見るアーディの後ろで立っているベルは、冷たく言葉を投げつけた。ベルは、一切、倒れている冒険者の心配等していなかった。

その冒険者の顔は、何か毒液でも浴びたのか、ただれていたからだ。

何より、あの知性を、理性を持った彼等が、無差別に襲うなんて考えられなかったから、目の前の男の方が怪しく見えて仕方がなかった。

男は、ベルの質問に口篭るだけで答えなかった。

 

 

「アーディさん、開錠薬(ステイタスシーフ)っていうの、持ってますか?」

「えっ・・・・?」

「ひ、ひぃ・・・!?」

「どうして、怯えているんですか?」

 

首をこてん。と傾げて、男を見下ろす。

アーディは、自分の後ろに立っているのが、本当に自分の知っているベルなのか疑いたくなるほど、ヒヤっとして汗を流す。けれど、ベルが言うことも最もで、派閥を聞いているのに答えられないのは何かやましいことがあるからとしか思えなかった。

 

「お、俺はけ、怪我をしてるんだぞ・・・!?こ、こんなときに・・・!?」

「・・・万能薬(エリクサー)なら、ありますよ」

「な、なら、さきに・・・!」

「教えてくれますよね?」

「・・・・っ!」

「アーディさん、開錠薬(ステイタスシーフ)・・・」

「ご、ごめん。さすがに持ち歩いてないよ。非合法だし」

 

ベルは、アーディに開錠薬(ステイタスシーフ)がないことを告げられると諦めて万能薬(エリクサー)を取り出した。

 

「は、はぁ、はぁ、はぁ・・・た、たすかっ・・・」

「まだ、終わってないですよ」

「・・・・は?」

 

万能薬(エリクサー)を振り掛ける前に、冷たい眼でベルは男に目線を合わせるようにしゃがみ込んで、近くに倒れていた2名の冒険者の死体を指差して質問をした。

その冒険者の死体は、牙と爪にでもやられたのか、八つ裂きになり、赤い肉の塊となって散乱し転がっていた。

 

「あそこにある死体は?」

「お、俺の、俺の仲間だ・・・!ば、化物共にやられた!!か、仇を、仇をとってくれぇ!!」

「・・・何故?」

「・・・はぁ!?同じ冒険者だろうg・・・!」

「これ、何かわかりますか?」

 

男が言い終わる前に、ベルは手甲に填め込まれていた『眼球型の魔道具』を男に見せ付けた。

男は、目を見開いて口をパクパクとして、頬を痙攣させて青ざめていく。

それが決定的となったのか、アーディも厳しい目つきになり、縛りつけようとすると、ベルが男の襟首を引っつかんで、仲間の死体の上に男を転がして、上半身に装着している装備を剥ぎ取り身動きが取れないように縛り上げた。

 

「なっ・・・お、おい・・・!?ど、どうするつもりだ!?死体ごと焼くつもりか!?」

「・・・どうして?」

「な、何がしてえんだよ!!」

「・・・僕がやらなくても、その内ここに冒険者が来るはず。特に、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が。」

 

 

だから、僕がやる必要なんてどこにもない。それだけ言って、ベルは男の顔を蹴りつけ気絶させ、万能薬(エリクサー)をふりかけ、東へと足を動かした。

 

「ベル君、わかっててあんなことしたの?」

「・・・・わかってたわけじゃないよ。ただ、リドさん達が、無差別に襲う分けないって思っただけで」

「君、怒るとすっごく怖いんだね」

「・・・ごめんなさい。自分でも、もう、分からなくって」

「お願いだから、別人になったりしないでよ・・・?それで、東に何があるの?」

 

そこで、以前18階層でレフィーヤと発見した18階層のもう1つの入り口のことを説明し、思い当たる異端児達の行き先はそこしかないと2人は駆け出そうとした。したところで、ベルが咄嗟に後ろを振り返った。

 

「どうしたの?」

「・・・冒険者」

「え?」

「リューさんがいる・・・たぶん、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】だと思う」

「・・・・ねえ、ベル君」

「?」

 

アーディに聞かれたことに対して返答したら、今度はアーディがベルを呼び、アーディに視線を向けると、アーディは空に指を向けていた。眩しい水晶の光を放つ天井付近で、翼を持った一体の怪物が飛行していた。

 

「まさか、レイ・・・?」

「後からやってきた反応が、東に向かってる・・・?」

 

ベルもアーディも、感じていた胸騒ぎからか、東に向けて走り出そうとして、また声をかけられる。

 

『ベル・クラネル! 【象神の詩(ヴィヤーサ)】!よかった、まだいてくれたか!』

 

透明状態(インビジリティ)を解除した、フェルズだった。

その黒衣の魔術師の表情は伺えないが、声音からは焦りがあるのを感じとれた。

 

「フェルズさん?」

「ねぇ、フェルズさん、これ、どういうこと!?何が起きてるの!?」

『・・・彼等が、襲撃されたのだろう。彼等は怒り、今、囚われた仲間を取り返そうと・・・』

「それで、この騒ぎに?」

『そうだ。【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】も、もうここに着くころだ。』

 

その声を同じくして、冒険者達の雄叫びと、モンスターの雄叫びが、ぶつかり合うのを3人は感じ取った。ベルはすぐさま、そこへ行こうとしたが、アーディに手を掴まれて止められる。

 

「お願いだから、落ち着いて!」

「でも、でも!!」

『落ち着け、ベル・クラネル。【ガネーシャ・ファミリア】は調教(テイム)せよと極秘に伝えられている。間違っても討伐されることはない!』

「・・・・・っ」

「たぶん、お姉ちゃんがいると思うから、大丈夫だよ。私達は東に行こう、ね?」

『東・・・そうか、『扉』があるのだったな。しかし、鍵は?』

 

問題ないよ。とアーディはベルの手甲を指差して、フェルズと2人は東へと向かっていった。

ベルは何度も振り返っては、アーディに「大丈夫」と言われながら。

 

 

■ ■ ■

 

人とモンスターの激しい交戦が繰り広げられる。

冒険者達は調教(テイム)という枷を嵌めながら、モンスター達は怒りの感情を解き放って。

異端児の中でも、人型のモンスターは血化粧をしていた。整った容姿を隠すため、何より身に宿る怒りを表すため、醜いモンスターの貌を象っている。裂けた眦や返り血に塗れたかのようなその姿は、確かに冒険者達を威圧した。

 

『―――――――ァッ!!』

「ぐぅっ・・・・!」

 

 

金髪の歌人鳥(セイレーン)から放たれる殺人的な怪音波を、耳を塞いで堪える冒険者達。

木々の間を連続で飛び跳ねるように行われる高速飛行。こちらの攻撃はことごとく空を切り、対する相手の高周波は広範囲に及び味方もろとも損害を与えてくる代物だ。繰り返される厄介な遠距離武器に、とうとう第一級冒険者の足が捕まった。

すかさず歌人鳥(セイレーン)の翼が振るわれ、無数の羽根の弾丸が冒険者に殺到するが、

 

「―――はぁっ!」

『!』

 

横から割り込んだ木刀が、全段まとめて斬り払った。

 

「おい、リオン!これが、異端児だって言うのか!?聞いてたのと違うぞ!?」

「お、恐らく戦化粧の類でしょう!」

「ちょっと挨拶してみろよ!」

「この状況で!?」

 

『ッ!!』

 

自らの攻撃を迎撃した冒険者の顔が、あの少年と共にいた妖精だと気づいた歌人鳥(セイレーン)はやりにくそうに、唇を噛み締めていた。

次第に態勢を立て直していく冒険者達に、押さえ込まれていくモンスター達。

入り乱れる森のモンスターと異端児との混戦。

そこに、一匹の蜥蜴人(リザードマン)が、争うモンスターと冒険者の間に割って現れた。

 

『ガアアアアアアアアアッ!!』

 

動きが刹那停止するベルに向かって、蜥蜴人(リザードマン)はまっしぐらに突っ込む。

装備している曲刀(シミター)長直剣(ロングソード)を用いて、リューの木刀へと叩き込み、つばぜり合いを演じる。

 

「――どうしてここにいる、リオンっち!!」

「―――それが、我々の派閥の役割だからです!」

 

自分の倍以上の体重がのしかかり、踏ん張りながら、眼前にある蜥蜴の相貌が理性ある言葉を放つ。目を見張りながら返答するリューを他所にリドは怪物の形相のまま、傍から見れば激しくもつれ合うようにしながら混戦の場を離れていく。

森の奥に飛び込みガキィン!と音を鳴らし、距離をとって戦場の外へと離脱する。

 

「リド。何があったのです」

 

木々が列柱のように伸びた戦場から、大きく離れた一角。

長い樹木と青の水晶が取り囲む開けた空間で、リューとライラ、リドは相対していた。

 

「同胞が・・・ウィーネが・・・罠に嵌められた・・・殺されちまった。捕まっちまった・・・!」

 

石竜(グロス)達を止めきれない、何より、自分の怒りを抑えられない!とリドが設けた話し合いの場で、リドは自分達の身に起きたことを苦痛を堪えるように話した。

 

「街が武装したモンスターに破壊されたってのは、お前達がやったのか?」

「・・・そうだ、オレっち達・・・先に敵を追っていった奴らが襲った」

 

返ってきた答えに、リューは口を噤む。

 

「死に掛けの同胞を餌に、釣られたんだろうな・・・いいように殺されたんだ。街にいた冒険者に。いや、密猟者に」

 

動きを止めた2人に更にリドは続く言葉を吐き出す。

 

「なあ、リオンっち・・・・ベルっちは、オレっち達を、怒るか?それとも、一緒に怒ってくれるか?」

「・・・・ベルなら、とうにここに来ているはずです」

「おい、リオン!」

 

胸騒ぎが収まらない、けれど、彼等に隠すこともできない。リューは、ベルがとっくにこの階層にいるはずだと正直に話した。

 

「――あの子が、今起きている事を知ってしまったなら、私達には、止められない・・・・あの子は、止まらない・・・!」

「・・・っ!」

「すまねえ、リオンっち。それに・・・」

「ライラだ。よろしく、蜥蜴」

「ああ、ライラっち。すまねえ、本当に。ベルっちはオレっち達の手を取ってくれたのに・・・やっぱりオレっち達は、あんた達人間が言う『怪物』なんだ」

「・・・・・」

「説得したんだっ、グロス達を。でも、駄目だった!」

 

同胞を奪われたこと、止められなかったこと。

己の不甲斐なさを詫びるリドの声は、だがすぐに、苛烈な響きを帯びだす。

 

「あいつ等だけじゃない、オレっちもそうだ!!怒りを、抑えられねえ・・・!」

 

瞳孔が割れ、血走った双眼を晒す蜥蜴人(リザードマン)に、2人は息を呑んだ。

 

「あの時のベルっちも、こんな気持ちだったのかなあ・・・!同胞を殺した連中を、殺したくてしょうがねえ・・・!!」

 

今にも仇と同じ人間である自分達に飛びかかろうとしている。

そんな考えを2人に与えるほど眼前のリドは鬼気迫り、『怪物』の本性を垣間見せていた。

 

 

 

――私達と同じだ。

 

 

仲間にもしものことがあれば、人間もまた瞋恚の炎に身を焼かれる。

今のリド達の感情は決して『怪物』のものだけではない。

リューはもう、彼等を止めることは不可能だと判断して、腕を伸ばし、人差し指で東を指す。

ライラもまた、それを咎めることはできなかった。

 

「恐らく・・・この森の」

「・・・・東にいるんだろう?」

「・・・!」

「先に飛び出した同胞が密猟者から聞きだしたんだ。そこに『扉』があるって。」

「リド、ベルを・・・」

「・・・オレっち達は、もう終わりだ。こんな騒ぎになっちまった。悲願なんてもう叶わねえ」

 

二振りの刀剣を握り締めながら、蜥蜴人(リザードマン)は言う。希望は潰えたのだと。

 

「だけど、同胞達は絶対に取り返す。ベルっちも、引き返させる・・・!怪我させてでも!」

 

だから、帰ってくれ。

リドはそう突き放す。

せめて、せめて良くしてくれた、手を握ってくれた少年だけは、巻き込まないようにすると言って。

 

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「「!」」

 

突如、遠くから雄叫びが響き渡り、リューとライラは、先ほど自分達がいた戦場の方へ視線を移す。

空からは、金髪の歌人鳥(セイレーン)がやってきて、リドの横に降り立つ。

 

「・・・リド、彼が来まシタ。」

「わかった。リオンっち、ライラっち。地上に逃げろ。」

「・・・は?」

「あいつは、オレっち達より断然強い。2人もきっと負ける。加減なんてあいつはしねえぞ」

「すいません、お二方・・・こんなことにナッテ。どうか、逃げてくダサイ」

「ベルっちだけは・・・何とかする」

 

それだけ言って、歌人鳥(セイレーン)蜥蜴人(リザードマン)は反転し、2人の前から姿を消した。

 

 

「・・・いいのかよ、リオン」

「我々では、彼等を止められない。それよりも、先ほどの咆哮の方が危険だ」

「はぁ・・・・わかった。とりあえず、念のためだ。リヴィラに行くぞ」

「リヴィラに?何故?」

「もしかしたら、いるかもしれねえだろ?生き残りが」

「・・・・わかりました」

 

 

先ほどの咆哮が気になるが、2人はリヴィラに向かうことにし走っていく。

その咆哮の主もまた、【ガネーシャ・ファミリア】との戦闘ののち、一角兎(アルミラージ)黒犬(ヘルハウンド)に導かれ、東端へと向かっていった。

 

 

 

■ ■ ■

 

「ディックス、モンスターどもが住処(ここ)に近づいてるらしい」

 

大男(グラン)の報告に、宝玉を見つめていたディックスは石板で塞がれた天井を仰ぐ。

 

「パロイ達が(リヴィラ)で吐きやがったか・・・殴り殺してやりてえが、あぁ、もうくたばっちまってそうだなぁ」

 

小さな空の黒檻に腰掛けるディックスは、どこまでも愉快げに声を紡ぐ。

彼は顔を正面に戻すと、立っている大男(グラン)にあるものを放り投げた。

手の平に収まるほどの、加工された精製金属(インゴット)

 

「グラン。『扉』を開けて来い」

「ディ、ディックスッ?いいのか?モンスターをここに入れちまったら・・・」

「ガネーシャの連中まで近くまで来てんだろう?モンスターどもがうろついているのを見られて、変に怪しまれる方が面倒くせえ」

 

ディックスは笑う。

 

「招待してやろうじゃねえか、化物どもを」

 

喉を鳴らして、悪辣なまでに。

 

「ここで狩りつくして、『素材』にしてやる」

 

 



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ダイダロス

考えてる展開で、『あー大丈夫かな、怒られそうだな』と思ってヒヤヒヤしてますが、安心してください許して


 

「よしっ、押さえろ!」

「あと何匹だ!?」

 

暴れまわる半人半蛇(ラミア)を、【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者が数人がかりで押さえ込む。

階層東部の大森林。

武装したモンスターとの交戦は、討伐隊の優勢で収束しつつあった。一部を残し、敵の群れの多くが森の奥へと姿を消したからだ。抵抗を続ける敵を無力化していくも、武装したモンスターは調教(テイム)をちっとも受け付けず、局所的な格闘がまだ起こっているが、それも僅かだ。拘束していない固体は残すところ数匹である。森のモンスターの屍や、灰の塊が辺り一帯に散らばっている中、戦闘はようやく一区切りを迎えようとしていた。

 

「ようやく一区切りか・・・」

 

戦場を見渡した団長のシャクティは息をつく。

 

調教(テイム)さえなければ苦戦することもなかっただろうが・・・主神(ガネーシャ)の神意だ、仕方あるまい」

 

気が付けばいつの間にか、【アストレア・ファミリア】の2人がいなくなっていたが、事前に少年(ベル)(アーディ)の捜索を優先すると聞いていたため、恐らくは言っていたとおり別行動をしていたのだろうと切り替え、シャクティは指示を飛ばそうとする。

 

「・・・?」

 

そこで、シャクティは振り返った。

かき分ける茂みの音と近づいてくる気配に、目を向ける。

 

――黒犬(ヘルハウンド)に、一角兎(アルミラージ)?

交戦するわけでもなく、己の前を二匹のモンスターが通り過ぎた瞬間。

 

「―――」

彼女は、ソレを見た。

直後、ドンッッと。

 

「・・・姉者?」

 

鳴り響いた鈍重な音に、交戦していた女戦士(アマゾネス)のイルタは振り返る。

視界の奥で、彼女の義姉は木の幹に寄りかかっていた。

何かに叩きつけられたのか、口から血を吐き、シャクティの体が、ずるっ、と音を立てて地に倒れこんだ。

 

「えっ・・・?」

 

彼女を受け止めた樹木もまたメキメキと嫌な亀裂音を奏で、轟然と倒壊する。

その場にいた、全てのモンスター、冒険者が、振り返り、固まる。

 

「姉者ぁ!?」

 

イルタの悲鳴が打ちあがり、団員達の瞳が見張られる。

止まることなく膨れ上がり続ける存在感の塊は、もはや気配を隠す気など更々なく、木の根ごと草地を踏み砕きながら前進してくる。

 

「え・・・?」

 

ソレは岩のような拳を有していた。

ソレは見上げるほどの巨躯を誇っていた。

ソレは強固な鎧を纏っていた。

ソレは、巨大な両刃斧(ラビュリス)を持っていた。

漆黒の皮膚を持つ黒き影は、声を失う冒険者達を睥睨する。

 

激怒する【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は得物を構え突っ込む。

冒険者達の前に現れた黒き影は、笑い、咆哮した。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

そこから始まるのは、蹂躙。

暴風が、暴力が通り過ぎたかのように、木々は倒れ、冒険者達は血の海に沈んだ。

 

「違う・・・この者達でもない・・・どこだ・・・どこにいるのだ・・・?」

 

黒き影の主は、周囲を見渡し、己の瞼の裏に焼きついているあの光景を、()()()()()()()を、探す。あれか?これか?いいや、どれも違う。あの少年なら、こんなにも簡単に壊れはしないと、どうしてだか謎の信頼を抱いて冒険者達を見下ろす。

 

「キュー!!」

「む・・・すまない・・・行こう」

 

一角獣(アルミラージ)が『やりすぎ! 急いでるから早く!』と言わんばかりに、ジャンピング・ビンタをお見舞いし、黒き影の主はズン、ズンと音を立てて、その場を後にした。

 

 

それから暫くした後、リューとライラが街から戻ってきてその惨状を目の当たりにする。

 

像神の杖(アンクーシャ)、しっかり!何があったのですか!?」

「おいおい・・・死んでねえよな、こいつら」

「ライラ、一先ず手当てだ」

「わーってるよそんなことは!」

「【疾風】・・・・()()()()()()()()を見たか?」

「・・・いえ、我々は見ていませんが。あと、アーディもいませんでした」

 

 

街で見てきたことを、リューはシャクティに報告し手当てをした後、動ける【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は、死体の上で拘束された上裸の男を地上に運んだ。

それによって、今回の騒動の原因であるだろうとされる派閥の名があげられる。

 

「やはり、【イケロス・ファミリア】か」

「ええ、ベルとアーディも、おそらくは人工迷宮の中かと。」

「つまり、この阿呆どものおかげで、武装したモンスター達は激怒しこのような騒ぎになった・・・と」

「ええ。現在この場に『鍵』を持っている者はいないため、我々にできることは・・・」

「いや、わかっている。潜り込んだ2人が気になるが・・・入れないのであれば、我々は地上に行くしかない。」

 

一通りの治療をすませ、動ける団員の半数に怪我人を任せ、残りは【イケロス・ファミリア】の男を連行、リュー達もこれ以上、18階層にいても何もないために地上へと帰還することにした。

 

 

「ベルは、大丈夫でしょうか」

「なんつーか、嫌な予感がするな。【勇者】みたいに疼くってわけじゃねえけどよ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「ごめんなさいね、リリルカちゃん一緒に来てもらって」

「いえ、気になさらないでくださいアストレア様。これもベル様に日々、稼いでいただいているお礼だと思っていただければ」

 

【ガネーシャ・ファミリア】

その派閥が管理する犯罪者を収監している牢に、女神アストレアと護衛として同行しているネーゼ、そして、リリルカ・アーデの3人が足を踏み入れていた。

 

「派閥内の違反者を取り締まる『牢屋』なら、【ソーマ・ファミリア】にもあるのですが・・・チャンドラ様がいうには、派閥の運営の見直しをするようになって牢屋にまで手を回せないとのことで」

「ウチの団長が、【ガネーシャ・ファミリア】に連絡して、収監させたんだろう?」

「ええ、その通りです。そこにいる前団長のザニス様は、リリの魔法のことを知っており、何かさせようとしているのを聞いたことがあります。」

 

おそらくは、この騒動と何か関係があるのでは?とリリが女神を見つめて言うと、女神は否定することなく頷いた。

リリルカ・アーデの魔法、それは『変身魔法(シンダー・エラ)』。

【ソーマ・ファミリア】との一件が片付いた後も、パーティを組んでいるリリルカは、女神アストレアに自分のスキル、魔法を公開していた。

その魔法の効果は体格が大体同じなら、どんな姿にでも変身できる変身魔法というもので、以前、アストレアから直接『モンスターの密輸について、心当たりがあったりする?』と聞かれたことがあり、【異端児】の竜女が生まれる瞬間をベルと一緒に目撃したリリルカは、ザニスがさせようとしたことがこれと関係がある・・・と感じ取ってしまっていた。

 

 

「おいっ・・・飯はっ、飯はまだかぁ!?腹が減ったぞ、早く出せぇ!」

 

石の通路の奥から、野太い男の声が残響してくる。

頼りない魔石灯の光が揺らめく冷え冷えとした地下牢。【ガネーシャ・ファミリア】の団員、【喋る火炎魔法】こと、イブリが案内する。

 

「灯りが少ないため、足元にお気をつけくださいアストレア様!なんなら、手をつなぎましょうか!?そういえば、白髪の少女と同衾していると噂を聞いたのですが!?羨ましいです!ガネーシャ様がもし、女だったらどんなに・・・げふんげふん!!というか、何故、このような場所に!?いえ、自分としては美しい女神様にあえて――」

「うるせぇぇぇぇ!!」

「この方、絶対、ここにいるべき人材じゃないでしょう!?」

「仕方ないわ。【ガネーシャ・ファミリア】だもの・・・」

「あぁ、困り果てた顔のアストレア様も尊い・・・無理・・・ごめん、ベル。アストレア様とデートして。埋め合わせしてあげるから、許して」

「ネーゼ様は何を言っているのですか?」

 

地下牢に響く、イブリの声に、囚人達は激怒。

女神とリリルカとネーゼは耳を塞いで、『だって、ガネーシャだもの』と諦め。

狼人のネーゼは、リリルカが見えていないのか数に数えていないのか、尊い、美しい、可愛い、優しい女神様を独占していることを、今騒動の渦中にどっぷり浸かり始めている女神大好き少年(ベル・クラネル)に謝罪するカオスっぷり。

リリルカは思った。『埋め合わせってなんだよ』と。

 

 

「おいっ、さっきから五月蝿いぞぉ・・・っ!さっさと飯をよこせぇっ・・・!」

「お爺ちゃん、さっき食べたでしょう!?」

「俺はまだそんな歳じゃねえ・・・!」

 

やがて辿りついたその牢屋の中には、ヒューマンの男がいた。

頬がこけた男は、イブリに『お爺ちゃん、さっき食べたでしょう』と言われてキレて、女神を見て、最後にリリルカを見つけたところで唇を上げた。

 

「これはこれは女神様に・・・まさか、お前がここに来るとはなぁ、みじめな俺を笑いに来たのかぁ、アーデ?」

 

じっと直視してくる男に、リリルカは努めて表情を消す。

男の名は、ザニス・ルストラ。【ソーマ・ファミリア】の現団長のチャンドラと同じくLv.2の上級冒険者であり、以前まで団長の地位に立っていたヒューマンだ。

かつての姿は今や見る影もなく、理知人を気取っていた面影は消えうせ、かけていた眼鏡も失っており、みすぼらしいの一言につきる。

都市に少なからず被害をもたらしていた派閥の扇動はもとより、致命的だったのが主神の『神酒』を無断で使用し、私利私欲のために売り払っていたことだ。

牢にいれられる前に、ソーマによってステイタスを封印された彼は、今もなおこの牢獄に閉じ込められる日々を過ごしている。

 

「お久しぶりです、ザニス様。」

「あの時から、すっかり立場が入れ替わったなぁ・・・」

 

無精髭を生やす元団長の男は、暗い笑みを湛えてこちらの顔を覗きこんでくる。

 

「貴方に、聞きたいことがあるのだけれど?」

「私にぃ?全て奪っておいて、これ以上何を聞き出そうというのですか、女神様?」

 

ザニスの言葉を無視し、アストレアは尋ねる。

 

「喋るモンスターについて、貴方がリリルカちゃんにさせようとしていた『商売』に、何か心当たりは?」

 

その言葉に、ザニスは一度動きを止めた。

だがそれも一瞬のことで、纏っていた薄笑いが愉悦を孕む高笑いへと変貌する。

 

「ハハハハハッ、お会いになったのですか、女神様!?アーデ!?あの喋る化物どもに!!」

 

地下牢に男の笑い声が鳴り響いていく。

片眉を上げるネーゼを脇に、アストレアとリリルカは、やはり、とザニスの反応を見て確信した。

 

モンスターに商品価値などない、されど、見目麗しい理知を備えた異端児という存在がいるのであれば、知っていたのであれば、悪趣味な好事家どもに高く売り払う異端児の密輸に少なからず、加担していたのだろう。ザニスは異端児の密輸経路と、彼等を捉えておく『住処(アジト)』の存在に、リリルカより近い場所にいる。

 

「教えてくれないかしら?」

「ふふふふっ・・・!そうですねぇ、『ダイダロス通り』にでも行けば、何かわかるかもしれませんよぉ?」

「詳しい場所は?」

「後はご自分で探してみては?おてんばな貴女なら、できるでしょう?」

「お前、アストレア様を侮辱しているのか!?」

「ネーゼ、いいから。喋ってくれそうにないし・・・仕方ないわ、行きましょう。」

「せいぜい、頑張ってくださいよぉ・・・はっははははははははっ!」

 

牢屋から視線を切り、男の暗い笑い声を背中で聞きながら、3人は次に神イケロスを探すべく、『ダイダロス通り』へと向かうのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ここか、ベル・クラネル?」

「―――はい、前に【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が遠征の帰還の時に、僕とレフィーヤさんが見つけた場所です」

「反応はある?」

「――うん。奥の方にいる」

 

18階層の東端の壁に、3人はいた。

未開拓領域への道を隠す群晶は、異端児達に破壊されたのか徐々に自己修復しており、その場所に到達したところ、ベルの手甲に嵌めこまれている眼球型の精製金属が発光。

フェルズが目の前の岩壁をじっと見据え、黒衣を払い、己の右腕を突き出し無色の衝撃波が発生した。

 

「・・・・!!」

「今のは?」

「私の魔道具(マジックアイテム)の一つさ。」

 

衝撃波の轟音と岩壁を粉砕し、破壊された岩壁の奥から現れたのは、一本の通路で大型級のモンスターでさえ通行可能な、無数の石材を用いられた横穴。

 

「いったい、何階層まであるのかなここ・・・」

「以前は確か、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が入ったと聞いていたが・・・少なくとも中層・・・いや、他にもあるのか?」

「どう・・・なんでしょう。僕も、そこまで詳しく聞いてるわけじゃないので」

「というか、前回は罠とかフィンさんが死に掛けたとかで脱出が優先だったみたいだし、仕方ないよ」

 

オリハルコンで作られた通路に、アーディは驚きの声をあげ、3人は金属扉の前まで進み、ベルは手甲を突き出す。

すると、金属扉に埋め込まれた紅の宝玉が反応し、ゴゴゴゴゴ、と重厚な音響とともに上へと動き、扉は開かれた。

 

「地上からここまで到達させるのに、どれくらいかかったんだろう・・・」

 

扉の先には魔石灯がぽつぽつと灯り、薄暗に支配される通路が奥まで続いている。

アーディの呟きを脇に、フェルズは周囲を見渡しながら進む。

 

石工の匠が築き上げたかのような石造の通路。

彫刻を始めとした凝らされた意匠の数々。

自然修復するダンジョンの組成、モンスターが産まれない安全階層という条件を踏まえれば、確かに壁面内部に誰も気取られない人工物を作り上げることは理論上可能だ。

 

扉を越えた壁の一角に近づくと、その石壁には、ただ1つ共通語を崩した符合が刻まれていた。

 

「・・・『ダイダロス』」

 

1つの名を、フェルズは呆然と読み上げる。

ダンジョンにはない冷気に包まれながらベルとアーディは、深淵に続こうかという闇の先を見つめた。

 

「ふむ・・・・この迷宮を利用して、我々に気づかれること無く異端児を地上に運び出し、オラリオから密輸する・・・ここが地上につながっているとしたら、全ての辻褄が合う。恐らく、都市門の検問を素通りする都市外への地下経路も備わっている筈だ」

 

「ということは・・・ええと、メレンに食人花がいたとか聞いたし・・・少なくとも、そっちにも通路があるってことだよね」

「ああ、間違いない。広すぎて全体を把握できないが」

 

2人と並走するフェルズは自身の考えを語る。

石造りの通路は錯綜しており、別れ道や十字路など、ダンジョン以上に規則正しい形状と整然とした秩序をもってまさに人工の迷宮のごとき様相を呈している。戦闘で傷を負ったモンスター達の血痕とベルのスキルがなければ、あっという間に迷っていただろう。

 

「奇人ダイダロス・・・神々が降臨を果たした時代の転換期、バベルを始め迷宮都市の礎となる建造物の数々を築き上げた名工・・・」

 

約千年前に活躍したヒューマン、賢者が生まれる前より過去の人物であると自分とはまた別の、歴史上の偉人についてフェルズは語る。

 

「下界に初めて、『神の恩恵』をもたらしたウラノスの、数少ない眷族だったと聞く」

「えっ、ウラノス様に眷族がいたの!?フェルズさんは?」

「私は違うさ。・・・ウラノスの神意を受け、オラリオに貢献を果たしていたが、ダンジョンに足を踏み入れてからというもの、次第に言動がおかしくなっていったようだ。それこそ『奇人』と称されるまでに・・・そして、ある日を境に、ウラノスの前から、いやオラリオから完全に姿を消した」

 

自らも己の知識と現状を照らし合わせるかのように、フェルズは説明していく。

 

「我々は以前から、バベル以外のダンジョンの出入り口が存在することを可能性として考慮していた。そして、以前、【アストレア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が突入したことで、それが確信へと変わっていたのだが・・・」

「どうしたの?」

「・・・はっきり言おう。この領域は我々の想像を遥かに超えている。超硬金属(アダマンタイト)の通路や最硬金属(オリハルコン)の扉。君が持っている鍵がなければ、よしんば発見できたとしても進入も脱出も困難だ」

 

一度言葉を切ったフェルズは、先に続く闇を睨みつける。

 

「我々が探し求めていた負の根源は、確かにここにある。【闇派閥】の住処も、おそらくは」

 

人工的に設けられたダンジョンのもう1つの出入り口。

ここが、【イケロス・ファミリア】の『住処(アジト)』である。

 

やがて、何か感じ取ったのか、目を閉じて走っていたベルが、反応する。

 

「どうしたの、ベル君」

「・・・足音と、翼の羽音・・・たぶん、もうすぐです」

 

そのベルの言葉に、アーディもフェルズも気を引き締めていく。

 

 

 

 

やがて

 

「檻ヲ壊セ!! 同胞達ヲ解放シロ!!」

 

聞き覚えのある怪物の声が聞こえた後、金属を破壊していく音と、鎖の音、そして捉えられている同胞の姿を見て怒りの咆哮を上げる怪物達の声が、聞こえた。



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戦火

「・・・・・」

 

悲しくも寂しい、壊された街で、人の笑顔が消えた街で、漆黒の鎧を纏った大男が佇んでいた。

 

「何をなさっているのですか?」

「眺めている。己の行動の結果を。」

 

鎧の男の顔は、声をかけてきた男の言葉に振り返ることなく返答する。

 

「人は忘れる。昨日喰らったものはおろか、故郷の景色でさえ。だから忘れぬように、この目に焼き付けている。」

「今から滅びゆく都市に、そんな価値がありますか?■■■の眷族たる貴方も、感傷なんてものに浸るので?」

 

鎧の男の顔は見えず、ただただ街を眺めていた。

その背中は、僕の知る大きな背中だったけれど、どこか寂しそうで、後戻りできないところまで来てしまったことに苦しんでいるようだった。

 

「俺は価値とは見出すものではなく、生むものだと思っている。お前が感傷と呼ぶものが、俺にとっては駄賃。それだけのことだ。」

「何に対する駄賃なのか、興味が湧きますねぇ。」

 

風が吹く。寂しい風が、鎧の男の頬を、体を撫でる。

それでも、その鎧の男はそこから動くことは無く、まるで()()()見せるために焼き付けているようだった。

 

「■■■■の糞ガキといい、この都市には聞きたがりやが多過ぎるな。今ならアルフィアのことを少しくらい、理解してやれそうだ。」

 

煩わしそうに鎧の男は、声をかけてくる男に苛立ち交じりに声を投げて、振り返る。

僕がお義母さんに、『なんでなんで?』なんてしようものなら、デコピンで次の朝を迎えるのに、それをされずにすむんだから、叔父さんは優しいと思う。

 

「お前は・・・【  】だったか。こんなところにいていいのか?」

 

鎧の男――叔父さんは、面倒くさそうに『さっさとあっちに行け』とでも言うように言葉をなげるも、そのよく見えない男は、『英雄』と讃えられる叔父さんから話を聞きたいなんてことを言う。

その男の姿は、よく見えず、声もよく聞こえないけれど、讃えられるべき『英雄』が何故、『悪』に堕ちたのか、そんなことを聞いているのだと、何となくだけれど、聞こえた気がした。

けれど叔父さんは、その人が求める答えを言うでもなく、呆れたように返答する。

 

「お前は既に壊れている類の人間か。己の『矛盾』に自分でも気付かない」

 

僕も知りたかった。けれど、知ることのない答えを叔父さんは答えない。

僕を置いてまですることだったのかと、2人に聞きたかった。

2人は僕に会えば『すまなかった』と謝るだろうか?

それとも、今の不安定な僕を見て、『なんだそのザマは』と怒るだろうか。

 

「――お前がそうなった原因は、『 』が見えていないせいか?」

 

叔父さんが、男に向けて言ったはずの言葉は、何故か、僕に突き刺すように響いた。

見える見えないではなく、『そうなった原因は』と指摘されたようで、胸が苦しくなった。

散々、男に向けて何かを言ったかと思えば、その男は気に入らなかったのか「化物」などと言葉を漏らし、叔父さんは表情を変えることも無く『英雄と怪物は紙一重』と言う。

 

「さっきの質問だが、答えてやろう。『悪』に堕ちることこそ・・・・必要だったというだけのことだ。」

 

わからない、わからない、わからない・・・僕には、その意味がわからない。

僕はただ・・・ただ、一緒にいてくれれば、それでよかったのに。

 

やがて、叔父さんの元に伝令役がやって来て叔父さんは出発の準備をする。

 

「来たか・・・いいだろう、オラリオとの別れは済んだ。」

 

兜を被り、歩みだす。

 

「後は俺の手で、全ての『失望』を叩き潰すのみ。」

 

今のオラリオを知れば、2人は満足するだろうか。それとも、失望するだろうか。

少なくとも僕は、『英雄(2人)』に憧れた僕は、嫌な物ばかり見て、すっかり失望してしまっている。

そんな僕のことを、きっと、あの時代を生き抜いた人達からすれば、『何様のつもりだ?』と言うだろうし、僕に知識を与えてくれるライラさんや輝夜さんは、『お前はいつから、そんなことが言えるくらい偉くなったんだ?』とデコピンをしてくることだろう。

でも、それでも、胸につっかえたように、悲しみが、例えようもない想いが消えないのだ。

 

叔父さんは、もう何も言わずに足を進める。

ガチャガチャと鎧の音が鳴って、そして、何かを思い出したように、振り返った。

 

「・・・?」

 

振り返った叔父さんは、どうしてだか、そこにはいないはずの僕と目があったように、口元が笑みを浮かべて、小さく言葉を発する。

 

 

 

 

「いつまでも過去に固執するなよ・・・・ベル」

 

 

 

それは、そこにはいないはずの、僕に向けた言葉だった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――――ッッ!!」

 

不意に足元がふらついて倒れそうになったのを、アーディさんが咄嗟に受け止めて支える。

今までもよくあった、夢を見るかのような感覚。

これもまた、あの魔道書のせいなんだろうか。

 

「ベル君、ベル君っ!?大丈夫!?」

「いったい、どうしたのだ?」

 

アーディさんとフェルズさんは、足を止めて僕の様子を見ようとする。

それを僕は頭を横に振って、足を前に動かす。

 

「だ、大丈夫です・・・それより、早く行かないと」

「―――しかし」

「異端児達の方が・・・今は、重要ですから・・・!」

「君は何故・・・出会ったばかりの彼等にそこまで・・・」

 

ごめんなさい、叔父さん、お義母さん。

僕はまた、『怪物()』を・・・助けるよ。

フェルズさんの言葉に、返答することもなく、僕はアーディさんの支えから1人で足を動かして、走り出す。

それを、少し遅れて2人が追いかけてくる。

 

 

 

 

 

やがて

 

「檻ヲ壊セ!! 同胞達ヲ解放シロ!!」

 

聞き覚えのある怪物の声が聞こえた後、金属を破壊していく音と、鎖の音、そして捉えられている同胞の姿を見て怒りの咆哮を上げる怪物達の声が聞こえて、僕達3人は加速する。

ガシャガシャと、破壊音を立てて、仲間達を解放していく。

助けを求める声が途切れることは無く、破壊音だけが大広間に響いていく。

確認できない仲間の居場所を、石竜(ガーゴイル)が聞き出すも、ほとんどが気絶している間に運ばれたためにまともな答えが無く。

 

そこで頃合を見計らっていたかのように、白々しい拍手の音が鳴り響いた。

 

「――感動の再会だな。よく来たなぁ、化物ども。歓迎するぜ」

「っ・・・!?」

 

大広間の奥から現れる、眼装(ゴーグル)の男。

大広間の奥へ駆け出していた蜥蜴人(リザードマン)が足を止め、檻を壊していた怪物達が振り向き、全ての異端児が視線を殺到させる。

 

暴悪な狩猟者と、彼等はとうとう対峙を果たした。

 

「お前達が同胞を売り払っていた狩猟者か・・・!?」

「ほー、そんなことも知ってるのか?ああ、そうだぜ、てめえ等のお仲間を捕まえて金に換えていたのは俺だ。好事家の前で粗相をしねえように、存分に痛めつけて、な」

貴様(キサマ)ァ・・・!!」

 

不気味な赤い槍を携える眼装(ゴーグル)の男、ディックスは笑みを浮かべ、リドやグロス達の獰猛な殺気を心地良さそうに受け止める。

 

「ちなみに俺じゃなくて、俺等、だけどな」

 

その言葉を皮切りに、ぞろぞろと他の狩猟者達が姿を現す。

ディックスの背後から、左右の壁から、そしてリド達がやってきた石段の奥から。

闇の中に潜んでいた種族バラバラの亜人達は異端児達を破壊され床に転がる黒檻ごと、取り囲まれた。

 

「ざっと見ても、てめえ等の方が俺達より数は多いが・・・その大切なお荷物を全部庇えるか?」

 

ディックスの言うとおり、解放したモンスター達は弱りきっていた。

彼等を支える五体満足の異端児達も守りながらでは全力で戦えない。この大広間にリド達を誘い出したのも、入ってすぐに襲い掛からなかったのも、傷ついた同胞という名の桎梏を与えて身動きをとれなくするためだ。狡猾な男の嘲笑に、リドとグロスはギリっと牙を鳴らした。

 

 

「――リドさん!」

「異端児の皆、無事!?」

「リド、グロス!」

「なっ・・・ベルッちにアーディっち!?何で、何で来たんだよ!?」

 

その時、石段を駆け上がってきたベルとアーディ、フェルズが大広間に到着した。

リドは振り向きざまに驚愕し、姿が見えなかったから別の場所に行ったことを願っていたというのに、追い返すどころではなくなってしまったことに悲しそうな表情を浮かべた。ベルとアーディを知る異端児達もまた、『巻き込んでしまった』ことに動揺を隠せなかった。

狩猟者達の反応はと言うと、彼等以上のものであった。

 

「小僧ニ小娘・・・!?貴様等、何故来タ!」

「――今は止せ、グロス!もう・・・もう、遅い」

 

自分達より先にいる、もしくは、別の場所にいると思っていた。この騒動には関わらないだろうと心のどこかで思っていたのに対して、リドは、もう遅いと手で制す。

顔を上げる蜥蜴人(リザードマン)は、その眼を揺らし、真紅の瞳と見つめ合った。

なんで、どうして、巻き込みたくなかったのに。これじゃあ、あの妖精との約束まで破っちまう――切実な言葉の数々が視線に乗って消えていく。

 

「おいおい・・・グラン、てめえ、侵入されてるじゃねえか。『扉』を閉めてきたのか?」

「し、閉めたっ、嘘じゃねえよディックス!?俺はモンスターどもを入れた後、ちゃんと・・・」

 

ディックスの凍てついた声音に、禿頭の大男は冷や汗を垂れ流しながら、必死に弁明する。

 

「・・・・たしか前に、バルカの野郎が言ってやがったな。『迷宮を破壊して回る小僧』って。ああ、なるほど・・・今回もそれか?」

 

ディックスは進入してきた方法を整理して、ふと、ベルの手甲に嵌め込まれている球形の精製金属を視界に納める。

 

「あれは・・・あぁ、そういうことか・・・ったく、奪われたのはどこの馬鹿だ?やっぱバラ撒くもんじゃねえな。何個奪われたんだ?あぁ?」

 

ベル達側にある同一の魔道具を見て、狩猟者達の間ではざわめきが膨らみ、ディックスも大体の経緯を悟り、悪態を吐きながら赤い槍の柄で肩を叩く。挟み撃ちを嫌う大男達が横に逸れて相手集団に合流する中、ベル達は異端児のもとまで駆け寄った。

 

「ミスター・ベル・・・ミス・アーディ・・・」

「地上のお方・・・助けに、来てくれたのですか?」

「大丈夫、みんな!?」

「っ・・・!」

 

床に座り込みながら、赤帽子(レッドキャップ)に支えられる半人半鳥(ハーピィ)

体中に刻まれた痛々しい打撲傷。鎖は千切られているものの、鳥の下半身には不釣合いなほど大きな枷がまだ嵌められている。その光景は吐き気に直結する倒錯感をもたらすものだ。

弱弱しく見上げてくるフィアの瞳に、ベルは言葉を失い、復讐者(スキル)を抑えようと拳を握り締める。

 

「まさか、ここまでの空間もあるとは・・・」

「【暴蛮者(ヘイザー)】、ディックス・ペルディクス・・・君が事件の首謀者で間違いないね?」

 

怒りが募っていくベルの隣で、周囲を注意深く観察していたフェルズは呻き、アーディも並んで声を飛ばす。

 

「魔術師か?随分と怪しい格好をしているじゃねえか・・・それに、【涙兎(ダクリ・ラビット)】に【象神の詩(ヴィヤーサ)】か。化物どもとはどういう関係か気になるなぁ、オイ。一体いつから、【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】は化物の保護活動をするようになったんだ?えぇ?」

 

じり、じり、と靴音を鳴らし睨みあう狩猟者と異端児達が一触即発の空気を漂わせる中、フェルズとディックスは声を投げ合う。

 

「単刀直入に聞こう。ここは、ダイダロスの遺産で間違いないのか」

「ははっ、流石に気付いてるか。考えている通りだと思うぜ」

「・・・いつから使っていた?いや、どこでその存在を知った?」

「知るも何も――()()()()押し付けられてきた代物だ。()()()()が、いつ、何に使おうが問題ねえだろ?」

 

そのディックスの台詞に。

フェルズだけでなく、2人も動きを止めた。

 

「先祖・・・子孫・・・!?」

「嘘、ダイダロスの系譜・・・!?」

 

少年と女の声が困惑と動揺に揺れる。聞き耳を立てながら怪訝な表情をする異端児達を他所に、ディックスは自嘲にも似た薄笑いを浮かべた。

 

「法螺じゃねえよ。なんなら――証拠を見せてやる」

 

そう言って、装着していた眼装(ゴーグル)を、上にずらした。

現れるのは精悍な男の相貌に、赤い瞳。

そして、対の内の左眼に刻まれた『D』という形の記号であった。

 

「これがダイダロスの血統を示す証だ。あのクソッタレな始祖の血を一滴でも引いている人間は、必ずこの眼を持って生まれてくる。血の呪縛だ!」

 

その言葉を聞いて、真偽はわからないが、ベルは呼吸を止めながら、自分の手甲に嵌め込まれている球形の魔道具を見やった。精製金属に埋め込まれているのは、眼球のようなものではなく、まさに

 

「ここの扉は系譜の目玉に反応する。そう作られてる。自由に動き回って、子孫だけが作業を進められるようにな・・・今となっちゃあ、その性質を利用して、死体からくり抜いた後は鍵代わりにしてるぜ」

 

それは正真正銘、目玉を加工したものだと指を指してディックスは言う。

 

「始祖が子孫に完成を委ねた、クソッタレで阿呆みてえな『作品』!それが、【人造迷宮クノッソス】だ!!」

 

声を荒げるディックスの言葉はなおも続く

 

「千年だ。先祖どもがギルドからこそこそ隠れながら作っていた時間だ。顔も知らねえ俺の親父や、祖父、他の祖先どもの手で人造迷宮(クノッソス)の領域は『中層』まで拡張した」

 

奇人ダイダロス没後、約千年。

千年という時と、血の妄執が作り上げた狂気の産物が、この人造迷宮(クノッソス)の正体。

子孫達は、迷宮を完成させるために何でもやった。『神秘』を取得しようと躍起になったり、『作品』の紡ぎ手を残すために

 

「女を攫ってきたりなあ!俺もこの迷宮に連れ込まれた女の腹から生まれた口だ。【象神の詩(ヴィヤーサ)】、てめぇだって、例外じゃねえ。ここでお前以外をぶっ殺せば、いやでもそうなる」

 

異母兄弟、近親相姦などということも多く、始祖の遺言とは言え、子孫達が荒唐無稽な『作品』つくりに身を捧げてきた。それこそが、血の呪縛。ダイダロスの系譜は、1つの【手記】に踊らされて、こんなものを作り上げたと、『手記を見た時点で、もう逃れられない』とディックスはそう言って締めくくった。

その千年という妄執に、行われてきたことに、ベルもアーディも吐き気を催す。

 

「――つまり、異端児の捕獲も金策の1つということか」

 

いつディックスたちが異端児の存在を知ったかは定かではない。

だが人造迷宮(クノッソス)完成のため多大な資金が必要だったディックスは、『神の恩恵』を得るために所属した【ファミリア】を牛耳るようになり、都市の密輸に手を出すようになった。

フェルズの推量に、ディックスは鼻を鳴らす。

 

「ああ、()()()()

 

その物言いに、2人が不審な感情を覚えていると、轟音が響いた。

 

「御託ハイイ!!」

 

見れば、グロスが爪を振り下ろし、側にあった檻を破壊していた。

双眼をギラギラと輝かせる石竜は、背中から生えた灰石の両翼を広げる。

 

「貴様等ガ同胞ヲ虐ゲ、ラーニェ達ヲ殺シタ事ニ変ワリナイ! 報イヲ受ケサセテヤル!!」

 

怪物達は、我慢の限界だった。故に、もう話を聞く気などなかった。

石竜はディックス目がけて飛び掛り、ディックスは側にいた手下の襟を掴み、前に投げ出した。

 

「はっ?」

 

と言う呟きは石爪の餌食になった瞬間、絶叫に成り代わった。

飛び散った血が合図だったかのように、戦闘の火蓋が切られる。

 

「オレっちとグロスが前に出る! ドール達は傷ついたやつ等を守れ!」

「レットさん、手甲(これ)を!」

「ミスター・ベル・・・!?」

「――レット、フィア、背後の入り口からここを抜けろ!近くに、『あれ』が来ているはずだ・・・!」

 

 

鍵が嵌めこまれた手甲をレットに投げ渡し、フェルズが続くように指示を出す。

フィアは傷ついた体に鞭を打ち、翼を広げる。

 

「レット!行きます!」

 

下半身に枷を嵌められたままの半人半鳥(ハーピィ)は、なけなしの力で宙に浮き、彼女の片足にすかさず飛びつく赤帽子(レッドキャップ)。二匹は戦闘が行われるその場を、飛び石段の奥へと消えていった。

 

叫び声と共に、近くにいた獣人を斬り伏せる蜥蜴人(リザードマン)

助け出した同胞を守る異端児達とアーディも襲い掛かってきた狩猟者と武器を交えていた。

 

「くそがぁ!」

「―――フッ!!」

 

瞬く間に広がる凄まじい交戦に、ベルへと突っ込んでくる相手に傷ついた異端児達を庇うため応戦して遠ざける。

 

「くそ、こいつ本当にLv.3かよ!?」

「ベル君、無理しちゃ駄目だよ!」

「――わかってる!」

 

うろたえるのは、【イケロス・ファミリア】の狩猟者達。

ディックス以外の手下が戦闘に乗り出すが、狩猟者達は押されていた。弱ったモンスターを狙う目論見も、憤怒に駆られる異端児達がその怪力を縦横無尽に振りまくり、傷ついた異端児達を守る2人の存在が脅威となって機能していない。

取り分け、リドとグロスの戦いぶりは烈々であり、さらには弱った異端児に近づこうとした狩猟者を、アーディが守り、ベルがLv.3とは思えない動きで斬り伏せていく。1人傍観しているディックスは笑みを歪め、右手の一指し指を突き出す。

 

「出し惜しみしている暇もねえな・・・使うか」

 

フェルズが、戦慄とともにソレに反応できたのは、この場にいる誰よりも長い時を重ねてきた、『経験』に他ならなかった。

 

「―――」

 

間に合わない。

視界の端で緊急退避する大男達、骨だけとなったその体を脅かす絶対零度の悪寒。

戦場の後方で、黒衣の魔術師はローブを翻す。

 

「――ベル・クラネル、アーディ・ヴァルマ、私の後ろに隠れろッッ!!」

 

冷静さなど放り捨てたフェルズの呼びかけに、瞠目するベルは、条件反射で従い、両腕を広げる黒衣の背後に飛び込み、何がくるのかもわからず、咄嗟に、自分が身に纏っている女神(ヘラ)のローブでアーディを包み込んだ。

 

次の瞬間

 

 

「【迷い込め、果て無き悪夢(げんそう)】」

 

 

眼装(ゴーグル)の男は喉を鳴らし、(うた)った。

 

 

「【フォベートール・ダイダロス】」

 

 

 

紅の波動が、その指から放たれた紅光の波が、戦場を驀進する。

 

禍々しい輝きを発し闇を喰い荒らす。光速の紅波は爆発させるでも感電させるでもなく、ただ効果範囲内にいた全ての者を1人残らず呑み込み、そのまま後方へと一過した。唯一、耳朶にかじり付く怨念めいたおどろおどろしい音響を残しながら。

 

フェルズの背後で、両耳を塞いでいた2人が、何が起こったのかと顔を上げた瞬間、全てのモンスター達が理性を失い、暴れだした。

 

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 

 

■ ■ ■

 

18階層、東端の断崖絶壁、一角獣(アルミラージ)黒犬(ヘルハウンド)に導かれやってきた黒き影の主は、ただ壁を見つめ立ち尽くしていた。

 

 

「・・・・ガウ」

「・・・キュ」

 

首を横に振る2匹に、黒き影は、目を細め、溜息をついた。

『だって、仕方ないじゃん!ここにいたんだもん!』とばかりに、一角獣(アルミラージ)は抗議の鳴き声を上げるが、黒き影は、頭を横に振って、試しに壁を壊すから下がるように言う。

 

 

「――ォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

ドンッ、ドォンッ!!と重い破壊音が鳴り響くも、岩壁を破壊する事ができただけで、最硬金属(オリハルコン)の扉を破壊することは敵わなかった。彼は苛立っていた。狩猟者達のおかげで、同胞は住処を追われ、移動続き。そのため、リド達には『すぐ救援に来れる距離にいてくれ』と言われたばかりに、深層での修行へといけなくなってしまっていた。

 

これでは、あの()()()との再戦が叶わないかもしれない。もっと、もっと力をつけなければいけないというのに・・・!そんな気持ちでいっぱいだった。何より、自分の「闘争への餓え以外の感情」を覚えさせてくれる同胞がこうまで追い込まれていることに対しても苛立っていたし、先日の変な男と決着をつけきれず、不完全燃焼だったことにも苛立っていた。

 

 

きゅー・・・(まあ落ち着きなよ)

「・・・落ち着いている。」

きゅー・・・(フェルズが言ってた)

「・・・む?」

 

一角獣(アルミラージ)のアルルは、黒犬(ヘルハウンド)の背で仁王立ちになり、片腕を突き出して、フェルズがやっていたことを真似する。

 

きゅきゅっきゅー(開けゴマって言えば開くらしいよ)?」

「ほう・・・」

 

黒き影の主は、アルルに習って、右腕を扉に触れさせて同じ事をしてみる。

 

「開け・・・ゴマ」

 

すると、

 

ゴゴゴゴ・・・・と音を鳴らして、扉が開いていく。

 

きゅっ(まじか)!?」

 

アルルもヘルガも予想外。そもそも、ろくなコミュニケーションというか喋らないコイツを、すこしチョッカイ出してやろうと思っただけだったのに、開いてしまったのだ。黒き影の主は、『まじかとは?』と言わんばかりに見下ろされ、アルルは両手で両耳を押さえ、ヘルガは地に伏せた。

 

きゅぅ(いや、なんでも)・・・」

 

開いていく扉の向こう側からは、声がかすかに聞こえていたのか、微妙な、なんともいえないような表情をした、2匹のモンスターがいた。

 

 

「こんな時に・・・何しているんですか?」

「空気、読んでもらってもよろしいでしょうか・・・・私達、満身創痍、なんですけど」

きゅー(ごめんなさい)

「・・・・・」

 

黒き影の主は、気まずくなったのか、ズン、ズンと足音を鳴らして、扉をくぐり、進んでいった。




黒き影の主さんは、正史のように深層で修行をしてましたが、切り上げた時間が少しばかり早いです。
理由は、異端児達の移動が頻繁になったことで、救援に出向かう必要性がでてしまったためです。

ベルがディックスの魔法を使う前に、「乙女ノ揺籠」を使わなかったのは、『何をしてくるかわからなかった』からというのと、並行詠唱がまだできないからです。


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悲劇の怪物

先に謝っときます。
ごめんなさい。
でも、大丈夫なんで、ちゃんとやるんで。
救いはあるんで。


 

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

全てのモンスター達が理性を失い、暴れ出す。

瞳を血走らせた蜥蜴人(リザードマン)が、壊れたように雄叫びを上げる石竜(ガーゴイル)も、大粒の唾液を散らしながら、まるで『獣』のように、双剣や爪を周囲に打ち付ける。

檻をひっくり返す轟音、砕ける石畳、耳をつんざかんばかりの狂騒。見境なく繰り出される攻撃はあっという間に同胞のもとへと及び、戦場の至るところで同士討ちが始まった。

 

「みんな、どうしたの・・・!?」

 

武装した異端児はもとより、虐げられ重傷を負っているモンスター達まで暴走の限りをつくす光景に、ベルは、アーディは、恐怖した。傷口から夥しい血を散らしながら、それでも周囲への攻撃を止めない。悲鳴と咆哮が、繰り広げられる獣の宴に、身の毛がよだつ。

 

「『呪詛(カース)』・・・!!」

 

放心する2人の側で、フェルズが苦渋の声を絞り出した。

 

呪詛(カース)

魔法と同じく詠唱を引き鉄にして放たれるそれは、炎や雷、氷の放出や能力上昇の付与魔法を始めとした通常魔法とは一線を画する。それこそ『呪い』と言うべき効果を発揮する。

混乱、金縛り、あるいは痛覚の付与。

厄介なのは、防ぐ手立てと治す術が限られているということ。防御も治癒も専用の道具を用いるしか他なく、耐異常をもってしても逃れる事ができない。無論、モンスターなど丸裸も同然で防ぐことなど不可能だ。

怪物が使用することのできない人類だけの業に、リド達異端児はなす術なく直撃を浴びた。

 

「あ・・あぁ・・・」

 

「あ~、大抵これを使っちまえば全部終わり・・・・の筈なんだが効いてねえ連中がいやがる――そのローブは魔道具かぁ、魔術師!?」

 

暴れまわるモンスター達を愉快げに眺めていたディックスの視線が、正面奥、戦場の端で立ち尽くすベル達とフェルズを捕まえ、声を張り上げて問うてくる。

 

「・・・ご明察だ。呪詛や異常魔法を防ぐ・・・もっとも、この(からだ)に呪詛が効くかどうか疑わしいところだが」

 

背後に庇ったベル達を呪詛から救ったのは身に纏う黒衣の力である。呟きをこぼしながら、フェルズは笑みを崩さない眼装(ゴーグル)の男を見返した。

 

「初見殺しの呪詛(カース)・・・おおかた、今までやつ等の狩りが明るみにならなかった原因は、これなのだろうな」

 

いかなる目撃者もこの呪詛(カース)にかかれば暴走し、自ら手を下さずともモンスターの胃袋の中、なまじ助かったとしても、惑乱とした後では前後の記憶もおぼつかないだろう。ゆえに、初見時にこそ最も効果を発揮する。

 

 

【フォベートール・ダイダロス】

幻惑、錯乱の『呪詛(カース)』。

長短文詠唱でなお、広範囲及び高威力を誇る必殺。

対策を持たぬ者を狂騒の渦に叩き込む、初見殺し。

あらゆる異端児をも捕獲してきた、ディックスの切り札。

 

「これを切るからには、仕留め損ねるなんてことはあっちゃならねえんだが・・・・」

 

大広間の戦場では、宣告なしに発動された『呪詛(カース)』から退避できなかった者、または希少な対呪の魔道具を持っていなかった者など、一部の狩猟者達も獣の咆哮を上げていた。人間同士やモンスター達に対し、折れた剣を振り回しながら狂態を演じている。目の色を変える人と怪物を他所に、ディックスは告げた。

 

「まぁ、いい――モンスターどもに喰われちまえ」

 

直後、ベル達のもとに複数のモンスターが吹き飛んでくる。

 

「えっ!?」

「!?」

 

争いあっていた異端児が、別の固体に殴り飛ばされ、目の前に転がる。

錯乱したモンスター達は立ち上がると同時、側にいたベル達に襲い掛かった。

 

『アアアァアアアァァアアアアァアアアアアッッ!!」

「不味い!?」

 

呪術の魔の手がとうとうベル達にも及んだ。

遮二無二に、だが一切の躊躇もなく振るわれる爪牙を避ける。石畳に叩き込まれた一撃がたちまち破砕と炸裂音を生み、理性なき眼差しがベルやフェルズ、アーディを穿つ。重傷を負いながら、それでも我を失い攻撃し続ける狩猟者達暴徒も加わり、あっという間にベル達を中心に乱闘が起きる。

 

『―――ォオオッ!?』

「――っ!!」

「フェルズさん!どうしたらいいんですか!?」

 

ベルにとっては、このような光景は初めてだ。

故に、怒りによって復讐者(スキル)によって戦う以前に、恐怖によって萎縮してしまっていた。

【乙女ノ揺籠】を使おうにも、並行詠唱を習得していない以上、不可能だった。

 

異端児を攻撃するわけにもいかず、防御と回避しか許されない中、動揺の隙をつかれたベルは鷹獅子(グリフォン)に掴みかかられた。そのまま相手の嘴が食らいつこうとしたところを、大型級(トロール)の棍棒がベル達をまとめて殴り飛ばす。

 

「――がっ!?」

「ベル君っ!?」

 

視界に映るものが凄まじい勢いで横に流れ、戦場の中心へ。

殴り飛ばされたせいで、フェルズ達のもとから遠ざかり、ベルは、孤立した。

緩衝材代わりになっていた鷹獅子(グリフォン)の下から何とか脱出し、顔を振り上げた瞬間

 

「――リドさん?」

 

得物を振り上げた蜥蜴人(リザードマン)が、目の前に立っていた。

血走った恐ろしい眼光。天井を突く曲刀(シミター)。忌避感をもたらす怪物の貌。

己を屠ろうとしている蜥蜴人(リザードマン)には、あの日、握手して笑いあったはずの優しさなど感じず、ベルの頭の中が真っ白になる。

 

その激しくも醜い形相を見上げ、放たれる本物の殺意を受けて、ベルは、左腕の手甲で曲刀(シミター)を受け、咄嗟に魔法を詠唱した。

 

 

 

「―――【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」

 

 

無意識に、右腕を伸ばし、人差し指を突き出し、追加詠唱であるはずの魔法が発動する。

漆黒の魔力があふれ出し、大広間を呑み込み、ベル達3人と、フェルズの後ろにいたことで呪詛(カース)の影響を免れていた異端児以外が、それの影響を受けた。強制的にその大広間には、静けさが生まれ暴走していた怪物達と狩猟者達が、倒れ気絶する者、顔色を悪くして膝をつく者とディックスの呪詛(カース)の効果を抑え込んでいた。

 

 

「―――なっ」

「ベル・クラネル・・・君は、呪詛(カース)が使えるのか・・・・?」

「違う、これ、呪詛(カース)じゃないよ、フェルズさん・・・!呪詛(カース)自体は消えてない・・・っ!」

 

呪詛(カース)そのものは消えていない。

その証拠に、呪詛(カース)の影響を受けた者たちは瞳を明滅させていた。

 

『グッ!?』

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ごめんなさい、リドさん・・・!」

 

口元を抑え、膝を突いて何とか立ち上がろうとするリドに謝罪し、曲刀を左手に装備するベル。

先程までの獣の雄叫びは、今は呻き声へと変わり、ディックスは何が起きたか理解できずに立ち尽くしていた。

 

「何しやがった・・・クソガキ・・・!?」

「【暴蛮者(ヘイザー)】を止めろ、ベル・クラネル!!この手の『呪詛(カース)』は、術者が倒れれば解ける!リド達も正気を取り戻す!抑え込まれている今のうちだ!」

 

フェルズの声にはっとして、ディックスを見据える。

互いを隔てる距離は短く、戦場の中心へと放り込まれたベルが最も近く、その手の届く距離にいる。

眼装(ゴーグル)の奥に浮かび上がる赤い瞳と視線をかち合わせたベルは――全身を発火させ、駆け出す。

フェルズとアーディは、抑え込まれているうちに、気絶させようと動き出す。

 

 

「ハッ、来るかよクソガキ!! 俺は、Lv.5だぜ?」

「・・・!!」

「ハッタリなんかじゃねえ。喋るモンスターどもの中にはやべえ固体もいた。こんなことを続けている内に『冒険』なんてものを繰り返しちまってな」

 

ナイフと槍がぶつかり合う音を鳴らしながら、眼を見張る少年を面白そうに眺めるディックスは嘘のない言葉を投じる。

 

「『呪詛(カース)』は強力な反面、見返りを伴う! その男は今、何かしらの代償を負っている筈だ!」

「ちっ、バラすなよ」

 

ディックスは側にいる、かろうじて動ける手下に魔術師達を始末するように顎をしゃくり、そのまま口角を吊り上げ甲高い金属音と舞い散る火花の中で、ベルとディックスは斬り結んだ。

 

 

 

「本当にLv.3か、てめえ。どういう『敏捷』をしてやがる。それに、さっきの妙な魔法は何だ?ええ?余計なことをしてくれやがる、つくづくてめえは鬱陶しいガキだ」

「・・・っ!」

 

2Mを超す紅の長槍を回転させ、ディックスは容易くベルの斬撃を弾く。

ディックスも魔法の影響を受けているはずなのに、その影響をものともしないような動きに、ベルは疑問を覚えた。

 

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯では、屋外にいた団員が再起不能に陥った。

歓楽街で襲ってきた【イシュタル・ファミリア】のフリュネ・ジャミールは、魔法を受けた途端、ぴたりと動かなくなり、こちらもまた再起不能に陥った。

しかし、目の前の眼装(ゴーグル)の男は、ディックスは違った。影響を受けているはずなのに、ベルの攻撃はディックスの体にかすりもしない。ここまでの猛攻が全て往なされてしまっている。

動揺し焦りが募っていくそんなベルを、眼装(ゴーグル)の男は勢いよく槍を薙ぐことで後退させ、互いの間合いを開かせた。

 

「あの魔術師の言っていたことは本当だ。俺の『呪詛(カース)』は【ステイタス】を一気に落とす。今も体がだるくてしょうがねえ。」

「・・・・」

「お前が考えてることは、わかるぜ?大方、『魔法の影響を受けているのに、まともに動ける』のが不思議でしょうがねえんだろ?」

「・・・!」

 

ディックスは迷暴呪詛(フォベートール・ダイダロス)の代償をあっさりと語った上で、ベルの疑問を指摘した。

相手の実力は第一級冒険者並み。もしLv.が一段階降下すると仮定したとしてもLv.4.

ベルは冷や汗が流れるのを感じながら、ナイフの柄を握り締め、再度突っ込んだ。

 

「ちょっと遊んでやるつもりだったが、やるじゃねえか。だが、飽きた。お前の魔法も大したことはねえ」

 

淡々とした口振りで、眼装(ゴーグル)の男は笑う。

 

「じゃあ、攻めるぞ」

 

遊んでいた槍の穂先が一転して、殺気を宿して襲い掛かってきた。

 

「!?」

 

凄まじい槍の一振りによって、リドの曲刀が左手の中から弾き飛ばされる。

曲刀が宙を舞う最中、捻じ曲がった紅の穂先が立て続けに急迫した。

 

「ぐっ!?」

 

間一髪、避ける。

白髪を何本か持っていかれながら、上体をひねったベルは、そのまま回転し、逆手に持った【星の刃(アストラル・ナイフ)】をディックスに叩き込む。

 

「よく動くなぁ、てめえは」

「づっっ!?」

 

連続して繰り出される突きを、ナイフで弾き、交わすも、対応しきれなくなるベル。

 

「まず!てめえがさっき使ったあの魔法は、『対象が恐怖するもの』を見せ付けるってだけの魔法だ!それがトラウマだろうが何だろうが構いやしねえ!!『呪詛(カース)』じゃねえのに、てめえに負担がかかってるのは、てめえ自身の恐怖が呼び起こされてるからに他ならねえ!!」

 

まるで蛇のようにうねり牙を剥く長槍。【星の刃(アストラル・ナイフ)】一振りと体捌きのみで凌ぐベルを容赦なく攻め立て、ベルの魔法を解説するだけの余裕さえ見せ付けてくる。

 

――見切れない。

 

アリーゼ達との稽古はしているが、それでも、対人戦を嫌うベルを相手にかなり加減したものだった。いわば、そのツケがきた。

敵の攻撃が読みきれず、間断ない槍撃の中に織り交ぜられる粗暴な蹴りがしたたかに体を捉え、尚更判断を惑わせる。洗練さの欠片もない、ひたすら暴力的な男の槍術に、ベルは追い詰められていった。

 

「じゃあ何で俺が普通に動けてるかってのが、てめえの疑問だろうがなあ!?『呪詛(カース)』も入れりゃ、まともに動けてるわけじゃねえ!周りの手下どもも『なんとか動ける』レベルで戦闘も碌にできやしねえ!けどなあ、こちとら、そもそも『恐怖』以前の問題なんだよ!!」

 

 

とうとう体勢を崩した瞬間を放たれる、止めとばかりの一撃。

向かってくる槍の突きに対し――ベルの瞳が鋭く光った。

 

『いいベル? 止めの一撃はね、油断しやすいの。だから、気をつけなさい』

 

姉の教えの通り、低く踏み込んでディックスの槍を勢いよく切り払った。

煙水晶(スモーキークオーツ)色鏡(レンズ)の奥で男の両目が見張られる。

ベルは霞む速度で体を翻す。ぎりぎりのところで槍を往なし、上半身が泳いだ相手の懐へ体をねじ込んだ。

長柄武器の急所、同時にナイフの間合い。己の得物の性能を爆発させようとする。

 

だが、

 

「――恐怖以前によお・・・『始祖』の血の呪縛の方が、勝ってんだよなあ!!」

 

目を見張っていた筈のディックスの顔が、不敵な笑みを描く。

ベルの死角、男の背中に隠れていた右手が持つのは、短剣に相当する大型のバトルナイフ。

まるでこちらの行動を真似るかのように、ディックスは腰から引き抜いた得物を、凍りつくベルの腹目がけ繰り出した。完璧な罠返し(カウンター)。すくい上げるかのような、ナイフの刺突。

 

それをとっさに左手の手甲で、ベルは、全力で弾いた。

 

「てめえの魔法は、必ずしも相手を活動不能にするわけじゃねえ!! 試しに【フレイヤ・ファミリア】にでも試してみろよ!!即効で潰されるだろうぜ!!」

 

【恐怖】とは、乗り越えるもの。

【トラウマ】とは、超克するもの。

なら、それに対して、打ち勝つ――【冒険】をして乗り越えることができないのであれば、ベルの魔法には打ち勝てない。ディックスの場合は、血の呪縛の方が、恐怖以上に勝っていた。だから、動けた。それだけだった。

 

 

手甲から走る衝撃に悲鳴を上げる暇もなく、前蹴りによって押し飛ばされる。

 

魔法の影響が受けていようが、能力が下がろうが、ディックスの『技』と『駆け引き』は消えない。

当然だ。彼の戦闘技術は、培ってきた経験は本物なのだから。

たとえベルが、他人の技術を真似しようが、能力が、速さという最大の武器が伯仲に迫ろうとも、場数という名の『経験値』はかけ離れている。狩猟者ディックス・ペルディクスは、強力な『呪詛(カース)』がなくとも、掛け値なしに強い。

 

「がっ!?」

 

地面に転がった自分へすかさず降ってくる槍を何とか回避するものの、紅の穂先に頬を削られてしまう。

すぐに立ち上がり一度距離を取るベルだったが、

 

「熱っ・・・!?」

 

頬を犯す激しい痛みに、堪らず体をくの字に折った。

頬に触れてみれば、手にどっぷりと血がついていた。

 

「気をつけろよ? この槍を迂闊にもらうと・・・あっさり死ぬぜ?」

 

ディックスは笑いながら、捻じ曲がった禍々しい槍を目の前に持ち上げる。

 

「魔術師に作らせた特注品だ。これにも『呪詛(カース)』がかかってくる。一度傷をつけられたら回復薬だろうが『魔法』だろうが塞がりはしねえ。解呪しない限りな」

 

「!」

 

その言葉を証明するように、拭っても拭っても傷口から血が止まらない。頬を伝って肌や鎧を紅く汚していく。一度でも攻撃をもらってしまえば、治すことのできない、まさに『呪いの武具』だ。

傷口を苛む真紅の呪いに、ベルは歯を食い縛る。

 

 

――【乙女ノ揺籠(魔法)】を詠唱する暇さえあれば・・・

 

 

「ところでよお・・・・」

 

 

驚きに固まるベルに、ディックスは冷たく口を開く。

 

 

「てめぇ・・・なんで・・・」

 

 

ドロドロと血が流れる感触が、頬を伝う。

 

 

「あの音の魔法、使わねえんだ・・・・?」

 

 

その言葉と共に、紅の槍が、脇腹を抉った。

 

 

「――――づぁっ!?」

 

脇腹を抉り、槍を回転させて、右足の腿を斬りつけられ、ベルは体勢を崩し膝を突いた。

 

 

「なあ、教えてくれよ。なんで使わないんだ?超短文だろ?あれ使えば、ここまで追い詰められることもなかったじゃねえか、ええ?」

 

 

【クノッソス】を破壊して回れるほどの威力を持った魔法を使わない意味がわからねえと、今の今まで黙ってたように、その答えを知っているように、ディックスは聞いてくる。

 

 

「バルカの野郎からてめえのことは聞いてんだよ。確実に殺せ、もしくは壊せってよ。てめえ・・・・」

 

 

口角を吊り上げ、笑みを浮かべて、その答えを突きつけた。

 

 

「魔法が使えねえのか?」

 

 

ベルは、何も答えられず、ただ、目を見開いていた。

 

「はっ、図星か。おかげさまで、この惨状だ。ありがとうよ、【涙兎(ダクリ・ラビット)】。てめえが魔法を使って、魔術師と女が化物共を大人しくさせてくれたお陰で、楽に大金を稼げる」

 

 

ベルは、目の前で喉を鳴らして笑う人物が、迷宮より、怪物より、とても恐ろしい存在に見えた。

『悪』とはこのような存在なのではないか。

言いようのない薄ら寒さがベルの体を抱きしめる。

【黒い神様】とはまた別の、例えようもない恐怖がベルを襲う。

 

 

「・・・どうして」

「あん?」

「どうして、モンスター達を、あのヒト達を、傷つけるんですか・・・・?」

 

気付けば、ベルは尋ねていた。

後ろにいるはずの、フェルズ達の声など、耳に入らなかった。

 

「金だよ、金。このクノッソスを造り上げるための金だ」

「本当に、それだけのために・・・!?」

 

金のために、異端児達を傷つけることが、どうしてできるのか、ベルは身を乗り出し、問いただした。そのベルの言葉に、ディックスは一度口を閉じた。

片手で眼装(ゴーグル)を押さえたかと思うと・・・にっ、とこれまでとは異なった笑みを見せる。

 

 

「どうしてダイダロスの系譜が、イカれた先祖の遺言なんぞに従ってきたか・・・千年も人造迷宮に付き合ってきたか、わかるか?」

 

その不意の質問に、ベルが答えるのを待たず、ディックスは告げた。

 

()が、そうさせるんだ」

「え・・・?」

()がよぉ、言ってくるんだよ」

 

眼装(ゴーグル)の上から、その赤い瞳をあらん限りの力で押さえつけながら。

熱の帯びた声で、男は言い放つ。

 

「ざわつきやがるんだっ、この馬鹿みてえな迷宮を完成させろってなぁ!!居ても立ってもいられねえ!!ダイダロスの血が駆り立てやがる!!」

 

男の始めての感情的な声音。

反射的に後退しかけるベルを、ディックスは蹴り倒し、踏みつけ、言い募った。

 

「このゴミみてえな薄汚え場所で生まれた時からそうだ!人造迷宮が、『手記』に書かれた『設計図』が、俺達を引きずり込んでドロドロに溶かしやがる!!誰も逃れられねえ、この()()()()からは!!」

 

ディックスは、笑っていた。

笑いながら、激憤と怨嗟に満ち溢れていた。

千年前から連綿と続く、奇人ダイダロスの執念・・・血の呪縛。

神をも超えて、地下迷宮に勝る『作品』を創造しようとした男の果てしない妄執。

 

ディックスは憎んでいた。

けれど、壊すことができない。

己の血が、それをさせないのだ。

むしろ、作品を完成させるように促してくる。

てめえが破壊して回ってくれて、どこかスカッとした。

けど、余計に、それが、作品を完成させろという血の呪縛が強まったような錯覚を生んだ。

一時期、ダンジョンに八つ当たりをしにモンスターを殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくった。

けれど、満たされない。

ディックスは淡々と語る。

 

 

「・・・・」

 

そしてディックスは、魔法の効果時間が終わったのかフラフラと立ち上がり始めた異端児達を見やった。

 

「どうすれば俺は満たされるのか・・・迷宮を作りながらずっと考えていた、その時だったなぁ、喋る化物どもを見つけて、狩りを始めたのは。確か・・・あぁそうだ、威張りしらしていた男神(ゼウス)女神(ヘラ)の連中が消えた後だ」

 

ディックスはそれから、うつむき、くつくつと喉を鳴らして笑う。

その嫌な嗤い声に、ベルは寒気を覚える。

 

「普通のモンスターとは違う。泣きやがる、命乞いをしやがる。・・・ははっ、堪らねえ。そして俺は見つけた!『呪い』に代わる『欲望』を!!」

 

この上ない禍々しい笑みに、ベルは言葉を失った。

グツグツと腸が煮えくり返る感覚に襲われた。

 

「あの化物どもを辱め、泣かせ、絶望させて、ゴミクズみたいに扱ったところで、俺は初めて満たされる!!血の飢えを鎮めることができる!!ご先祖様の言葉通り、俺は()()()()()()()()()()()()!」

 

男の声は止まらない。

男は逸脱した狂気を溢れさせる。

 

「快感だぜぇ!血に勝るってことはよぉ!?それは自分を超えるってことだ!!酒でも薬でも満たされねえ、最高の快楽だ!!」

 

つまり、ディックスが異端児達に犯していることは既に過程に過ぎず、その本当の目的は、己の欲求とその獰猛な加虐性を充足させることにあった。

 

血の呪いさえ一蹴する、凶暴な『欲望』を。

 

彼は自分の求めを、何よりも代え難き嗜虐心という名の『我意』を満たすために、行動しているのだ。

 

 

――そんなことのために?

 

そんなことのために、異端児達を?

じゃあ、僕の村に現れた、僕が初めて助けた異端児は、お姉さんは、同じように、ここで・・・?

 

 

「そんなことのために・・・!!」

 

地に伏しながら、立ち上がろうと怒りを力に代えようと吠えた。

 

「そんなこと?」

 

途端、ディックスから表情が消えた。

 

「取り消せよ、ガキ」

「――がっ!?」

「わからねえだろう、逆らえねえ血の衝動ってものが!」

 

片足で顎を蹴り上げられ、それを利用して無理やり立ち上がるも、片手で何度も突き込まれる槍が、必死に躱そうとするベルを傷つけていく。

 

「目玉の奥が焼き切れちまうほど、自分じゃどうにもならねえ『呪い』ってやつがなぁ!! 第一、てめえも、化物で楽しんだんだろうが!! 街で広まりやがったあの御伽噺が何よりの証拠じゃねえか!!ええ!?」

「ぎっ、がぁっ!?」

 

 

男の激情が込められた薙ぎ払いの一撃を、ベルは受け止める事ができず、吹き飛ばされた。

ベルの体は、ぼろぼろに傷つき、血塗れだった。

それでも動けていたのは、一重に復讐者(スキル)のおかげで、痛みに鈍くなっているからだ。

 

「ベル君・・・!」

 

異端児達を気絶ないし行動不能にしたアーディが駆け寄り、ポーションをかけるも、塞がった傷がすぐに開いて、命の滴がこぼれ出していた。ベルは、アーディが見えていないかのように歯をギリギリと軋ませ、ディックスへと歩み出す。

 

「そんなに俺が許せねえか、【涙兎(ダクリ・ラビット)】。ただ喋るだけだ。モンスターであることは変わらねえ。」

「づ、ぁあ・・!!」

 

ぐぐっと足を引きずるように、前に、前に、進む。

 

「それとも、【アストレア・ファミリア】――正義の派閥様は、モンスターの保護まで正義の名のもとにやってんのか?それとも、あいつらも含めて、それこそ『怪物趣味』だったりするのか?」

 

戦闘において優位に立つ男の手で、碌に以前のように全力で戦えないベルは手酷く痛めつけられている。あの処女雪のような髪が、今や真っ赤に染まりかけているほどだった。

それでも、その瞳だけが光を失っていなかった。

それだけは、許せないと。

 

――僕には、正義なんて、わからない・・・

 

けれど、目の前の男だけは、許してはいけないと。

同胞(異端児)を傷つける目の前の男を、家族(ファミリア)を侮辱したこの男を、許せない、許さないと。

 

瞋恚の炎が、燃え滾る。

 

 

「惨たらしくブッ殺してやることの、何がいけない?」

「・・・っ!?」

「今までお前もそうしてきただろう?モンスターを仕留めて、金に変える。一緒じゃねえか」

「きゃぁっ・・・!?」

 

赤槍の柄で、満足に動けない少年を、それを庇おうとする女を殴り飛ばす。

ベルは、【星の刃(アストラル・ナイフ)】で弾き返すものの、早い斜線となって走る鈍器をアーディが防ぐも、全ては防ぎきれず、2人とも足を、腕を、顔を何度も打たれた。

 

笑みを浮かべるディックスは遊ぶように、いたぶるように2人を打ちのめしていく。

最早行動不能になっている異端児が多くいるなら、呪詛を使うまでもなく能力は元に戻っている。故に、満身創痍の1人と後からやってきた女の2人がかりだろうが、相手にもならない。

 

 

「それ・・・でも・・・っ・・・あのヒト達は、異端児達は・・・笑うことが・・・できる・・・!僕達と何も変わらない!涙を流すことも、手を、握ることだって・・・!」

 

 

ふら付く体で、ベルはナイフを鞘に納め、倒れるように構えて、深紅の瞳で、ディックスを睨みつける。

 

 

「・・・【居合の太刀】・・・」

 

笑みが益々深まるディックスに、嗜虐心に火がついたように、眼装(ゴーグル)の奥の赤い瞳がギラギラと輝き始めた。

 

「けほっ・・・【一閃】・・・っ!」

 

カツーン!とディックスの槍を弾き飛ばす音が鳴り、ベルの手から、【星の刃(アストラル・ナイフ)】が滑り落ちた。

 

「・・・・てめえ」

「ベル・・・君・・・?」

 

そのまま、ベルは宙を回転する槍を掴み取り、ディックスの胸倉を掴む。

ベルはそのまま、ディックスを睨みつけると眼を見開いていたディックスは、悪寒を感じ取ったのか舌打ちをした。

 

「グラン!もういい!! アレを使え!」

「い、いいのかよ!?」

「こうなりゃ、仕方ねえだろ!!早くしろ!!」

「まだ、何かするつもりか!?」

「取り押さえるよ、ベル君!」

「ははっ、遅えよ」

 

ディックスは、高らかに笑い出す。

ディックスが槍とは別に持っていたナイフが辛うじて、ベルが手に取った槍から身を守っていた。

 

「てめえ・・・スキルか?ここに来て、また力が増しやがった。【死に瀕する】と補正が入るのか?けどよ、何か忘れてねえか?」

「何を・・・言って・・・」

 

口角を上げるディックス、周囲を見渡すアーディ、警戒し、怪我をした異端児の側から離れられないフェルズ。

 

周囲には、檻があった。

檻の中には、未だに救出されていないモンスターがいた。

木竜

飛竜

巨体を誇る異端児まで?と、そこでアーディは疑問に思った。

何かがおかしいと。

 

「馬鹿でけえ化物なんざ売れるわけがねえ。それに、俺達は闇派閥とも少なからず関係はあるんだぜ?」

 

ベルに掴みかかられているのに、まだ余裕が消えない。

ヒヤリ、と汗が頬を伝う。

アーディは嫌な予感がして、ベルの手を引こうとして

 

 

 

「―――お前等、【竜女(ヴィーヴル)】と【宝玉】って知ってるか?」

 

 

程なくして、モンスターが入っていた檻の1つから、悲鳴が響いた。

女の悲鳴だった。

グランと呼ばれる大男は、慌てて走って逃げ出し、その檻は内側から破壊された。

 

 

それは、緑肉の濁流だった。

近くにあった2つの檻の中に入り込み、2体の竜を呑み込み、檻を破壊した。

 

耳をつんざくほどの悲鳴と轟音。

それはモンスターの悲鳴であり、それはモンスターの肉体が無理やり作りかえられていく轟音だった。

その濁流はそのまま、ベルへと迫った。

 

 

「あばよっ、クソガキ共。冒険者に討伐されな」

 

ディックスはナイフでベルの手首を切ろうとして、それを回避しようとベルは手を離してしまう。

一瞬、迫り来る濁流に反応が遅れて、ベルは体が硬直する。

 

 

「避けろ! ベル・クラネル!!アーディ・ヴァルマ!!」

 

フェルズの大声も虚しく、ベルはその限界を迎えた体では動けなかった。

だから、悲劇が始まる。

 

「ごめんね、ベル君――私じゃ、何もできなかった・・・ほんと、ごめんね・・・」

 

優しく謝る女の声がして、その後

トンっと両手で押し飛ばされた。

 

 

女が

 

アーディが、濁流に飲み込まれた。

 

 

「―――アーディさんっ!!!!」

 

それを見ていたディックスの笑い声と、ベルの悲鳴が大広間に響き渡る。

都合4つの命を飲み込んだソレは、とぐろを巻くように丸くなり、花が咲くように中央が開き、覆っていた肉が破裂するとともに、溶解液の雨が降り注ぐ。

 

 

ザァァァアァ・・・と雨が降る。

 

歌が、聞こえだした。

ただただ、リズムを噛むだけの歌。

意味などない、歌。

 

 

『大樹の中にて、異形の同胞との再会が果たされる。覚悟せよ、緑肉は降り注ぎ少女の歌が響き渡る、それなるは汝に降りかかる試練なり』

 

 

「カサンドラ・・・・さん?」

 

 

いつか知己の少女が言っていた予知夢のお告げ。

それが、実験所でのことではないと初めて、この時、ベルは知る。

 

 

肉が花開き、雨が降り、女体が露になった。

 

鈍色の髪。

美しい女体に、所々に生えた鱗。

美しい体には不釣合いな、飛竜の翼。

腰から下は、アラクネを彷彿とさせる、されど、それは竜種の体。

 

生まれて間もなく、自身を覆っていた緑肉がはじけ、溶解液に焼かれていく。

 

 

「ハッハハハハハ!こうなるのか!!傑作だなぁ!!さあ、殺せガキぃ!!ぶっ殺して、こっち側にこいっ!!」

 

 

閉じていた瞳が、徐々に開いていく。

水色の右眼。

琥珀色の左眼。

吐息を漏らし、口を開く。

 

 

【悲劇の怪物】が、生まれた。

 

 

「――――ぁ。あぁ。ぁああああああああああああああっ!!」

「アーディさんっ!アーディさんっっ!!」

「まさか、ウィーネか・・・!?」

 

さらに、止めとばかりに、ディックスは仕上げる。

 

「【迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)】――フォベートール・ダイダロス!!」

 

「ィヤアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

良くしてくれる優しい姉が、同胞の元に送り届けた少女が、化物に変えられ、呪詛をかけられ、頭を抑えて暴れまわりながら、走り出す。

走り出した化物は、開いた扉へと入り何度も体を打ちつけながら、上って行く。

 

「さあ、クソガキ。てめえの終わりだ。バルカの野郎からは、「殺す」か「壊す」かのどっちでもいいって言われてるからな。――この先は、地上への直通だ!」

 

ディックスは笑う。

目を覚ました異端児達は怒り狂う。

そして、ズン、ズンと足音が大広間の奥から、ベル達が入ってきた所から鳴り響く。

 

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

赤い槍を持った少年が、両戦斧を持った黒い巨躯が、ディックスに襲い掛かった。




【乙女ノ揺籠】を使わない理由:並行詠唱習得してない。
【ディア・エレボス】が使えた理由:追加詠唱なのに、何故かエレボス様がでしゃばってる。

【ディア・エレボス】をオッタルにかけても、むしろ乗り越えて解除しちゃいます。
アレンにかけても、ブチギレられて解除してくると思います。
アイズは多分、動けなくなるか、発狂して暴れます。


戦闘描写は難しくて苦手です


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ロンリーラビット-1-

人を動かすのが難しすぎる


血塗れになっていく、あの綺麗な白髪を見て、私は胸を痛めた。

 

あの子にとって、『異端児』を助けるどうこうは、あまり意味のなさない問いだ。

 

あの子にとっては、小さい頃の思い出であり、【偉業】であり、家族なのだ。

 

自分よりも強い敵へと、ボロボロになりながら、ハンデを抱えながら戦うあの子はもはやLv.が1つ上とは言え私では加勢しても邪魔にしかならなかった。だから、それでも、暴走したときにストッパーの役割を果たそうと思っていたのに。それすら碌にこなせない私は一体何なのだろう。

 

 

動けないあの子を、押しのけ、庇い、この世のものとは思えない濁流に飲み込まれた。

 

いつから好きになっていたのかはわからないけれど、守れたのだ。それでいいとさえ思った。

きっとあの子は自分を責めるだろう。

優しいけれど、決して強いわけではないあの子は、自分自身を責め続けるだろう。

あの眼装(ゴーグル)の男は、『お前のせいだ』と嗤いながらあの子を指差すのだろう。

 

 

濁流に飲み込まれて、意識が、自分自身が曖昧になっていく。

体がバラバラにされて、混ぜこぜにされていくような気持ち悪さに襲われる。

体を、心を犯されていく不快感に襲われる。

1人の異端児、1人の人間、2匹のただの怪物。

されど、今や1つの体となり、その1つの体の中で、4つの意思が荒れ狂う暴風のように悲鳴を上げる。

 

 

『痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!』

『お姉ちゃんっ!ガネーシャ様!アリーゼ!リオン!・・・・ベル君っ!!』

『ギャアアアアアアアアアッ』

 

庇っておいて、その少年に救いを、助けを求めるとは何たる愚かさ。

私こそが、愚者なのだろう。

 

作り変えられていく、アーディ(ウィーネ)ではないウィーネ(アーディ)

私は誰で、私は私?

 

 

私が生まれてすぐに、あの少年に出会って、一緒に冒険をして、年上のお姉さんとして色々お世話したりして、同胞という存在の隠れ里に連れて行ってもらった。

手を握ってくれて、一緒に寝て、水浴びをして。

 

 

記憶が、ちぐはぐに、ツギハギだらけになって、ごちゃ混ぜになる。

 

 

壊したい。

喰らいたい。

手を繋ぎたい。

抱きしめて抱きしめられたい。

頭を撫でて、頭を撫でて欲しい。

 

私は・・・・誰だろうか。

 

もはや自分の体なのかもわからなくなり、瞼が開いたと思えば、ただでさえ小柄な少年がさらに小さく見えた。肌寒く、雨に打たれて体が焼けていく痛みに襲われた。

雨を拭えば今度は、視界の奥に私の好きな処女雪のような白くて、腰ほどまで()()の趣味で伸ばしてある髪の女の子が私を導くように遠ざかっていく。

私は必死にそれを追いかける。

痛む体を、泣き叫びたい恐怖心を、割れそうなほどの頭を抱えて、あちこちに打ちつけながら、追いかける。

 

体が軋み、混ざった体が今度はバラバラに崩れていく感覚がジワジワと襲ってくる。

やがて見えてくるのは、待ち望んだ、懐かしく、暖かいはずの外の世界だ。

 

私は帰って来たんだ!

コレガ、地上ナンダ!

初めて見る!

初めて?ううん、前にも見た。

 

嬉しい、嬉しい。

悲しい、苦しい。

 

外は冷たい雨が降りしきり、体に打ち付けてくる。

人々の声が聞こえてくる気がした。

悲鳴なのか、歓喜する声なのか、はっきりとしないけれど。

 

視界にいたはずのあの子がいなくなって、周囲を見渡していると、後ろから何かが通り過ぎていった。

 

 

 

意識が、曖昧になっていく。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「さあ、クソガキ。てめえの終わりだ。バルカの野郎からは、「殺す」か「壊す」かのどっちでもいいって言われてるからな。――この先は、地上への直通だ!」

 

ディックスは笑う。

目を覚ました異端児達は怒り狂う。

 

「てめえのせいだぜガキ!てめえが人造迷宮(クノッソス)を滅茶苦茶にしなけりゃ、こんな化物を生み出す宝玉なんざ作られることもなかった!失敗作を流用しただぁ!?ガキ1人壊すためにとんだ執念じゃねえかよ、なあ!?何もかも、てめえのせいだ!地上に出たあの化物はじきに処分される!逃げおおせたところで、あれが長く生き永らえることもねえ!当然だ!拒絶反応を起こして自壊していくんだからなあ!!だからこその【悲劇の怪物】だ!!」

 

眼装(ゴーグル)の男は高らかに笑う。

少年を指差し、何もかもが少年の存在が原因だと言い放ち、あの【悲劇の怪物】は生まれた時点で寿命のカウントダウンを始めると宣告した。

 

少年はもう、何も言わなかった。

言葉がでなかった。

 

正面に立つのは、【黒い人型】。

人の形をしただけの獣。

ベルの視界に『人間』として映っていた男の姿が、黒く塗りつぶされていく。

大切なものを奪っていった【黒い神様】のように、瞳だけがその黒く塗りつぶされた中で鈍く輝いていた。

虹彩が『漆黒の真円』に縁取られる。

変わる。変わる。変わる。

視界の中の存在が。

人から異形へ、人の形をしただけの『獣』へ。

 

「ッッ!!」

 

ベルの背中が冷えていく。

もう、後ろの異端児達の声も、フェルズの声も聞こえはしない。

 

 

――お義母さん達が、こんな奴らのために、命を投げ打ったなんて許さない・・・!

 

大切なものを『奪った』この人型の存在を、消し去るべく暴走を許す。

 

――また奪うなんて、許さないっ!!

 

 

ズン、ズンと足音が大広間の奥から、ベル達が入ってきた所から鳴り響く。

赤い槍を引きずって、徐々に足を、もう動かないはずのボロボロの体を加速させていく。

 

 

「―――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「―――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

赤い槍を持った少年が、両戦斧を持った黒い巨躯が、ディックスに襲い掛かった。

地上へと向かう一本道。

悲劇の怪物(アーディとウィーネ)】が通っていった道を、加速して巻き込んで行く。

 

 

「おいおいおいおいっ!?てめぇっ!?」

 

黒いソレは、雷の魔剣を放つ。

白いソレは、眼装(ゴーグル)の男が持っていた槍で何度も斬りつけ、突き刺していく。

 

「がっ!?ぎぃっ・・・!?や、やめ、っろぉぉぉ!?」

 

白い影が、黒い影が、眼装(ゴーグル)の男の逃げ道を、あっという間に潰していった。

迫り来る壁の様に、無様に背中を晒して逃げようとする男へと迫り、襲い掛かる。

 

槍が貫き、両戦斧がギリギリを掠めて暴力的な威力を持って男を吹き飛ばし、血塗れに変えていく。

 

「くそったれぇ・・・!ふざけんじゃねえぞ・・・!聞いてねえぞ、こんな、こんなぁ・・・っ化―――っ!?」

 

白い影に顔面をつかまれ、壁に背中を擦りつけられながら、地上へと加速する。

もう一言も喋ることさえ、許されなかった。

 

眼装(ゴーグル)の男は、地上が近づいたことで見えた白い影の後ろにいる黒い影の存在を、その姿をようやく確認してしまった。

 

――ミ、ミノタウロス・・・!?

 

それを最後に、浮遊感に包まれ、めまぐるしく変わる景色をともに、【悲劇の怪物(アーディとウィーネ)】を通り過ぎ、眼装(ゴーグル)の男は壁へと叩きつけられた。

 

 

「―――ガハッ!?」

 

 

人々の悲鳴が、木霊する。

 

カツン、カツン、と瞋恚の炎を宿した冷たい眼で、眼装(ゴーグル)の男を見下ろす少年と、黒い雄牛。

少年は眼装(ゴーグル)の男を見下ろして、すぐに別の方角を見て睨む。

 

 

「―――フゥゥ・・・・」

 

己を見てくれないことを少し残念そうに、雄牛は見つめ、やがて眼装(ゴーグル)の男へと近づいていく。

 

「はぁ、はぁ、ひぃ、ぎぃ・・・っ!!」

「・・・・・・」

 

身動きの取れなくなったぐちゃぐちゃの体でまだ生きていた眼装(ゴーグル)の男は、断頭台から振り下ろされる刃に斬首されるように、両戦斧によって

 

 

―――ドンッ!!と

 

その刃の餌食となって潰れた肉塊へと成り果てた。

 

 

「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

その雄叫びから少し遅れて、異端児達が地上へとやってくる。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

迷宮外の中でも外れ。

並ぶ民家に囲まれた幅広の通りで、建物の一角が破壊されていた。

破壊された建物の下に、ぐちゃぐちゃにされた男が倒れ伏し、その前を黒い影が立ち尽くしていた。

 

立ち上るのは、逃げ惑う人々の悲鳴。

モンスターの地上進出。

あってはならない異常事態に、近くにいた冒険者達は凍りつく。

 

 

「団長様?これはどうするべきでございましょう?」

 

極東の姫君が、隣にいる赤髪に緑色の瞳の美女に問うた。

警鐘が鳴り、警戒のためにと来ていた【アストレア・ファミリア】の数名は、雄牛を見てしまった。

 

「――黒いミノタウロスに、何アレ、新種かしら?」

「そうではない、『武装したモンスター』のことだ」

 

 

「おいフィン、あそこで死んでる奴だ。」

「前回のクノッソスで『錯乱の呪詛』を使ってきた男だね?」

「ああ。」

「あれは・・・新種かな?それに、あそこに立っているのは、誰だ?」

 

同じくして【ロキ・ファミリア】もまた、密集する建物の上に集結し、その光景を見てしまっていた。

雄牛が眼装(ゴーグル)の男を殺す瞬間を。

何より、謎の新種のモンスターを。

 

「・・・・」

「フィン?何故、黙っている?」

「いや・・・疼くんだ。リヴェリア、まだ住民達に被害が及んでいないとはいえ、結界を張っておいて欲しい。」

 

現れたその冒険者達の姿を見て、住民達は安堵の息をつく。

【アストレア・ファミリア】

紅の正花(スカーレット・ハーネル)】アリーゼ・ローヴェル

大和竜胆(やまとりんどう)】ゴジョウノ・輝夜

ノイン・リャーナ・セルティ

 

リュー・リオンとライラ、そして女神の護衛として出ているネーゼ以外。

 

【ロキ・ファミリア】

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ

重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック

大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ

怒蛇(ヨルムンガンド)】ティオネ・ヒリュテ

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ

 

そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「ねえ・・・フィン?」

「なんだい、ティオナ。あまりゆっくり――」

「あれ、『アルゴノゥト』君じゃない?装備がさ」

「―――何?」

 

「あれが異端児・・・?そうよね、輝夜?」

「あの蜥蜴人(リザードマン)石竜(ガーゴイル)歌人鳥(セイレーン)・・・どういうことだこれは」

「やはり、君達も同じ疑問かい?」

「どうして、彼らが?」

「いや、それよりも・・・あの新種は何だ?」

 

全員が気付けない。

その新種が、知己の女である事に。

しかし、嫌な予感がしてならなかった。

 

「おい、フィン!てめえが『見極めろ』とか言ったんだろうが!これをどう説明するんだ!?」

「奴等が何の考えもなしにこのようなことをするとは思えないが・・・」

「リヴェリア・・・・」

「彼とは前に少しだけ話をした。何より、あの事件の際、私は見てしまっているからな・・・否定したくてもできん」

 

この状況で、2つの派閥は動けなかった。

真っ先に新種にフィンが槍を投擲し、身動きを封じるという手もあるが、『嫌な予感』がしてならなかった。

 

 

「―――リドさん」

「な、何だ、ベルっち、考えがあるのか!?」

「火を・・・」

「は?」

「火を放ってください・・・」

 

 

全身を真っ赤にした冒険者は、建物の上にいる冒険者の方を見て、蜥蜴人(リザードマン)に火を放てと言った。

 

【挿絵表示】

 

 

【悲劇の怪物】は再び、頭を抑えて走り出す。

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】――」

 

冒険者の詠唱を聞いて、見ていた2つの派閥は、あらん限りに眼を見開いた。

 

「【我はもう何も失いたくない。】――」

 

その歌を知っている。

仲間を助けてくれた歌だと知っている。

己の命を助けてくれた歌だと知っている。

 

「――ベル・クラネル・・・・?」

「待って、ちょっと待って!?あの子、アーディはどこに行ったのよ!?アーディと一緒にいたのよ!?」

「団長・・・あの新種、まさか・・・」

 

蜥蜴人(リザードマン)は、街に火を放ち建物はたちまち燃え盛る。

再び住民達が悲鳴と共に、逃げ出す。

近くに居た2派閥以外の冒険者共々、消火活動と避難誘導にでるしかなくなった。

 

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】――」

 

それが、咄嗟に少年が思い至った行動。

街に火が放たれれば、住民を優先せざるを得ない。

 

ズキン!と胸が罪悪感で悲鳴を上げた。

 

「以前、彼等(異端児)が、地上で騒ぎになれば、対処せざるを得なくなる・・・覆すわけには、いかない。・・・可能な限り、生け捕りにしろ」

「生け捕りぃ?」

「ああ、気になることがある。」

「地上に出ざるを得なくなった理由・・・でございますか?」

「それが、あの新種?」

 

動き出した冒険者の邪魔をするかのように、一手早く、何者かが乱入する。

空から、黒い球が投げ込まれ、煙によって怪物達の姿が消えていく。

 

「【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】」

 

【悲劇の怪物】を追いかけながら、無理を通して詠唱させた魔法が展開される。

 

 

――これで少なくとも・・・・誰も傷つかないし、傷つけられない・・・

 

 

「グロス!遅れてるフェルズを連れて来い!レイはベルっちを追え!あの体じゃやべぇ!!『おまえ』は咆哮(ハウル)で冒険者達の動きを封じろ!!時間を稼ぐんだ!」

 

 

リドの指示で異端児達が動き出す。

身を隠す者、咆哮で冒険者の動きを封じる雄牛、早すぎる少年達に置き去りにされたフェルズを迎えにいった石竜に、ボロボロの少年を追いかける歌人鳥。

 

「輝夜!あなたはこっちで住民達の避難指示を!私があっちを追う!みんなも消火を優先して!!」

 

フラフラとしながら、【悲劇の怪物】を追いかける。

目の前の怪物は、誕生した瞬間より、ボロボロになっていた。

ディックスの言ったとおり、永く持たない。

 

「・・・・ッ!」

 

体にヒビが入っては、魔法の影響で修復していく。

それの繰り返し。けれど、ひび割れの範囲は徐々に広がっていった。

 

――魔法の効果じゃ、抑え切れない・・・!

 

壊れる、治る、壊れる、治る、壊れていく範囲が広がっていく。

少年の体もまた同じだった。

呪詛は消えても、傷は消えても、肉体に打ち込められたダメージは消えない。

痛みは、消えない。

何より、弱ったからだだ。そもそもの回復が・・・追いつかなかった。

 

 

「はは・・・もう、アリーゼさん達の顔・・・見れない・・・なぁ・・・」

 

一瞬だったとは言え、初めて、大好きな人達の目が、姿が、怖いと思ってしまった。

 

「でも・・・アーディさんを殺させるよりは・・・いい・・よね・・・」

 

 

迷宮街から起こる火災による爆発音、モンスターの咆哮、何より避難してきた住民達の通報によって、騒ぎが小康状態にあったオラリオは再び混乱を取り戻した。

ロイマンを始めとするギルド上層部が青ざめ、各【ファミリア】の急行と救援が直ちに言い渡される中、『ダイダロス通り』が存在する都市南東第三区画に多くの冒険者達が集結せんとしていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

市壁付近まで身を落とした太陽に、横顔を焼かれる。

路地を破壊しながら突き進む【悲劇の怪物】を追って。

 

「待って!・・・アー・・・ディ・・さん!」

 

ベルの叫びも、悲鳴を上げて進むソレには届かない。

絶えず自壊する痛みに苦しみながら、ソレは壁を壊し階段を乗り上げながら南下していく化物とベルはとうとう迷宮街の入口を越えて貧民街を飛び出してしまう。

 

「ひっ・・・!?いやぁあああああああ!?」

「ちょっと、冒険者!こっち、こっちよ!」

 

暴走するモンスターを目にし、亜人達が金切り声を上げ一目散に避難していく。

迷宮街を抜け出たことでたちまち街路には人が増え、喧騒や悲鳴の量にも拍車がかかった。

 

「ごめん・・・ごめんなさい・・・アストレア様」

 

埋められない距離に、徐々に焦りが生まれていく。

復讐者(スキル)が解除され、すでに己を支えているのは【乙女ノ揺籠】だけ。

魔法が展開された時点で呪詛は解呪されているにも関わらず、化物は悲鳴をあげ、苦しみ、のた打ち回っては暴走を続けている。

 

ベルにはわからなかった。

アーディとウィーネが今、どのような状態であるかなど。

頭が割れるほどの命の叫びに苦しめられているなど知らない。

何度も繰り返し、体の崩壊と魔法による回復を行われ拷問のような痛みを感じているなどわからない。

 

 

「いたぞ、ここだ!!」

「!?」

 

化物を止められないまま、とうとう冒険者達が姿を現してしまう。

見たこともない竜種の暴走状態に冒険者達は一度怯むものの、これ以上進ませまいと得物を構える。

短弓に番えられる矢、握り締められる投槍、宝石が輝きを放つ杖。

路地正面、側面に躍り出る冒険者達に、知己のアマゾネス少女が叫び声を上げた。

 

 

「やめて――っ!!」

 

少年は冒険者達の攻撃を見なかった。

魔法が展開されている間は、【誰も傷つかない】【誰も傷つけられない】から。

矢は飛ばずに零れ落ちた。

投げた槍は手をすっぽ抜けて地面を虚しく転がる。

魔法を放とうと詠唱したが、魔法は発動せずに虚しく輝きは消えうせた。

 

 

「――【解き放つ一条の光、聖木(せいぼく)弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】!」

 

 

視界の端で、別の場所からやってきたのか、また別の知己の少女が並行詠唱しながら迫ってくる。

フラつく体が、ついに足をつんのめって、倒れかけたところで、ふわっと何かにつかまれる。

 

「ベル・・・さん、捕まってイテください・・・!」

「レイ・・・さん?」

 

歌人鳥に肩をつかまれて、化物との距離を縮めていく。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

山吹色の妖精は、暴走する新種を狙う。

 

「あの方、アーディさんを殺すツモリなのデスカ!?」

「・・・誰も気付かないだけ・・・ですよ・・・『冒険者が怪物にされる』そんなの、誰が・・・知ってるっていうんですか・・・」

 

 

――誰も、悪くない・・・悪いのは、僕だ。

 

完成した魔法を、少女は発動させる。

発動させて、霧散した。

霧散して、目を見開いて、すぐにアマゾネスの少女に取り押さえられる。

近くに姉の反応を感じるけれど、追いつけていない。

追いつかれたら・・・

 

 

――殺されるのかなあ・・・。

 

 

「レフィーヤ!あの人を殺しちゃだめだって!」

「ティ、ティオナさん!?どういうことですか!?それに、あれは調教師じゃないんですか!?」

「あれ、『アルゴノゥト』君!!あの怪物は、アーディさんだよ!!よく見てよ!!」

 

 

そう言えば2人は仲が良かったなあ・・・なんて遠くなる彼女達の声を聞きながら、ベルはアーディを見やる。

事情を聞かせてください!と聞こえた気もするが、そんな余裕などなかった。

多くの冒険者が困惑の声を上げる。

 

「魔法が発動しねえ!!」

「矢が飛ばないわ!?」

「こっちもだ!!」

 

それでも、死のカウントダウンは途切れない。

 

「マズイです、ベルさん・・・」

「・・・?」

「誘導されてイマス・・・!」

 

特定の場所に誘き出されている。

それを感じ取ったレイは、スピードを上げようと焦る。

進路正面に現れるヒューマン、大盾を構えるドワーフ。行く手を遮る彼等から逃れるように化物は路地を曲がっていく。

 

「待って・・・アーディ・・・さん!」

 

――魔法の効果時間が・・・終わる

 

 

魔法の効果時間の終わりを告げるように、薄暗い路地が一気に開け、雨が止み黄昏れようとしている空の光が視界を包み込んだ。広い空間と壊れた廃墟が作り出す、すり鉢状の広場。

勢い欲飛び出した化物は鉄柵を粉砕し、消えた足場によって深い段差の底へ落ちていく。

音を響かせ石畳を砕いた彼女がたどり着いたのは、広場の中央。顔を上げれば、廃墟の上に立つ無数の冒険者が見下ろし、周囲を取り込んでいる。

冒険者達の徒党。【ファミリア】同士の連携。

 

魔法の効果時間が終わり、広場を包囲する魔導士達が、既に完成している『魔法』を待機状態から発動へと移行する光景に、ベルの鼓動ががなり立てる。

 

「レイさんっ、投げてっ!」

「し、しかし・・・!」

「いいから・・・!」

「~~~~ッ!!スイマセン!!」

 

なりふり構わず、レイに自分を投げさせ、化物に飛びつこうとする。

 

「撃てええええええええええっ!!」

 

魔導士の1人の男の声が、包囲網の中から上がり、引き鉄となった。

無数の魔法光が立ち上り、一斉砲火が巻き起こる。

 

 

「ダメェエエエエエエエ!!」

 

――アリーゼさん・・・ごめんなさいごめんなさい・・・良い子でいられなくて、ごめんなさい。

 

アリーゼの悲鳴が聞こえて一瞬振り返って、そのまま、魔法の中に飛び込んでいく。

 

「――――」

 

 

広場の中心に殺到する砲撃の光。

瞠目する化物の顔が照らし出され、瞬く間にその体を覆いつくした。

魔法から身を守ったのは、魔法の効果が切れ、その残滓ともいえる体を包んでいた光だった。

 

猛火に、電撃に、氷風に、真横から体を煽られながら、着地して広場の中央を目指して走る。

肌が焼けては治り、髪を焼かれて治り、皮膚が霜焼けて治ろうが、砲撃の渦に飲み込まれる女のもとへ急ぐ。

 

閉じ込められた時の世界の中で、ベルは腕を伸ばす。

砲撃の残滓が、ベルの魔法の残滓が舞い上がる中、化物と成り果てた女は、消えない痛みに空を仰いでいた。近づいてくる少年のことをようやく視界に納め、探していたものを見つけたように微笑んで、名前を呼んだ。

 

 

「――ベル・・・君」

「アーディさんっ!」

 

渾身の力で伸ばしたベルの手が、女に届こうとしたところで、地面が崩壊した。

 

「崩れるぞ!?」

「離れろ!!」

「ベル・・・ベルっ!!」

「駄目だ、アリーゼ!危険だ!!」

「リオン!?でも、ベルが、アーディがっ!?」

 

少年には聞こえない悲鳴が、煙に消えていく。

一斉砲火が炸裂した中心地を起点に、広場が崩れていく。

足場が消え、自らも落下しながら、ベルは、暗い闇の底へ落ちていく女の体を掴もうと、手を伸ばす。

 

 

「ごめ・・・ね・・・怖い・・思いさせ・・・て・・・」

 

女が伸ばした手を掴んで、抱き寄せようとして、指と指が触れた瞬間。

今まで押さえ込まれていたひび割れが一気に走り、少年を壊すためだけに、悪意によって生み出された【悲劇の怪物】は、崩れ去った。

 

 

「ぁ・・・あぁ・・・」

 

 

手は虚しく空を切り、バランスを崩し、少年は落下していく。

 

ダンジョンに行くときは、よく一緒に行ってくれた人。

水晶飴(クリスタルドロップ)で買収された時に、優しく注意してくれた人。

一緒の寝袋に入り、クスクスと笑いあった人。

泣いているときに、慰めてくれた人。

落ちて行く中、少年の中で思い出が零れ落ちる。

 

ポロポロと涙が溢れていく。

 

 

やがて、ドシャッと痛々しい音と共に、少年は誰もいない薄暗い地の底に叩きつけられ、カランカランと赤い槍が転がった。。

少年より遅れて降り注ぐは、血と肉と灰の雨。

 

ボトボト。

ザァザァ。

と音を立てて、少年の体に降りかかり、塗りつぶしていく。

少年の心を罅割れて壊していく。

 

 

「ぁ・・・あぁぁ・・・僕・・・僕の・・・せい・・・?」

 

 

――誰も、助けてくれない

 

 

「英雄は・・・どこにいるの・・・お義母さん・・・」

 

ポタポタと、赤い滴が、髪を伝って、水溜りに落ちて行く。

少年は叩きつけられたまま、横たわったまま動けなかった。

ただただ、誰に見取られることもなく、気付いてもらえることもなく、同族である人間に殺された大好きな人の血肉を浴びて放心する。

 

 

「は・・・はは・・・はははは・・・・お義母さんも叔父さんも・・・無駄なこと・・・して・・・英雄なんてどこにも、いないのに・・・」

 

 

瞼から流れるのが、血なのか、涙なのかもうわからなかった。

けれど、流れて止まらない。

怪物達の近づいてくる気配を感じるも、どうでもよかった。

 

 

――何もできなかった。

 

 

ギリっと歯を食い縛るも、起き上がる力さえ入らない。

ただただ蹲って震えて、嗚咽する。

子供の様に、喚きながら泣き叫ぶ。

 

 

「嫌いだ・・・()は大っ嫌い()。人も神も、こんな世界も、()自身も・・・みんなみんな」

 

 

怪物達の悲しみを乗せた鳴き声が聞こえた。

最期の瞬間さえ与えてはもらえなかった。

同族に気付いてさえもらえなかった。

救ってやることさえ、できなかった。

怪物である自分達に、外の世界を教えてくれた心優しいあの笑顔の眩しい存在が、死に絶えた。

生まれたばかりの同胞が、玩具のように壊された。

 

我々と人間と、一体何が違うというのだと怪物の誰かが言った。

 

感情が壊れていく。

家族を奪われて空いて女神と出会って埋まっていた心に穴が開く。

喉が震え、慟哭が迸ろうとした、次の瞬間、

 

 

 

「【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く。】」

 

 

詠唱が、鳴り響いた。




アーディのことを他の冒険者達は、姿が変わりすぎて気付けません。知り合いが目を凝らして何とか見えるレベルです。

作られた化物は1つの命として換算されます。

ベルのこともまた、血に染まりすぎて、それがベルだと気付けません。
【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が詠唱を聞いてやっと気付いただけで、他の冒険者達は気付いていないため、『どこの誰かわからない女冒険者』と思われてます。


雄牛さんはベル君のことを気付いてますが、ベル君が認識してないために『えっ・・・まじ?』みたいな振られた女の子みたいになってます。


フェルズさんは、ベル君たちが早すぎて追いつけず、グロスが迎えに行っていたために、回復魔法が使えてません。


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ロンリーラビット-2-

ベル君現在の装備

・兎鎧シリーズ(右手甲は赤帽子が持っているため無し)
・ディックスの赤槍(女神のナイフは手から零れ落ちてます。)
・女神のローブ


 

「見つけたわ――イケロス」

 

遥か下に広がる地下迷宮からかけ離れた、地上。

とある煉瓦造りの塔の屋上で、アストレアはその背中に呼びかけた。

 

「・・・アストレア」

「・・・ひひひっ、見つかっちまったなぁ」

 

無人の屋上にいた2柱の男神は、振り返る。

幅も安定しなければ高さもバラバラの雑多な建物が林立する、複雑怪奇な住宅街。

迷宮街『ダイダロス通り』の中心部に建つ塔の1つに、ヘルメスとイケロス、そしてアストレアはいた。

 

「ヘルメスといい、よくここがわかったなぁ、アストレアぁ?まさか、ヘルメスだけでなくお前にまでこうやって追い詰められるとは思ってなかった」

 

「苦労したよ・・・神威まで使って尾行を撒く神を探し出すのは。形骸化しているとはいえ、私心で乱発するのは下界に対する冒涜・・・規則違反だぜ?」

 

「あの子が・・・ベルがいたら、すぐに反応して襲ってきたでしょうね。」

 

「ひひっ、おー怖っ。まぁ、いいじゃねえか、この程度のこけおどし。階位が高え眷族どもには利きやしねぇんだしよー・・・それに俺が先に捕まっちまったら、それはそれで盛り上がらねえと思ったんだ」

 

手すりも存在しない屋上の端にイケロスはたたずんでいた。

オラリオの空に囲まれるここからは、『ダイダロス通り』の景色を見渡すことができる。

網のように張り巡らされる猥雑な小径に、階段が上に下に入り乱れる重層的な構造。この広域住宅街を手がけた設計者が混沌(なに)を求め、迷宮(なに)を模倣していたのか、真意に近づいた者だけが理解できる。

 

片手を添えた羽根突き帽子の下で、ヘルメスは橙黄色の瞳を細め、眼差しを射る。

同じく、眷族に支えられながらアストレアは藍色の瞳をイケロスに向ける。

それに対し、イケロスは遊戯を楽しむように笑った。

 

「・・・追いかけっこはお前らの勝ちだ、ヘルメス、アストレア」

「・・・・」

「俺の処遇はどうするんだぁ?」」

「・・・・」

 

紺色の髪に褐色肌の男神は、ふざけたように両手を上げ今も顔に軽薄な笑みを貼り付けながら、己もまた目を細めた。

神々のやりとりの最中、

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

『――ァアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

雄叫びと、轟音と、悲鳴が迷宮街に轟いた。

瞬く間に住民達は混乱し、逃げ惑う。

 

「ははっ、ロキとアストレアの眷族(ガキ)どもが来ちまった。」

 

迷宮街を一望できるこの場所から、3柱は騒ぎに気付き、成り行きを見守っていた。

見たこともない女体の竜種の化物、黒い雄牛、複数の武装したモンスター、そして、全身が真っ赤に染まった少女のような冒険者。建物に叩きつけられ、倒れ伏す、男。

 

「アレは何かしら、イケロス?」

「どういうことだい、アレは。」

「どうしたんですか、アストレア様?」

「どうして、あのモンスターに『子供』の気配を感じるのかしら?」

 

目を見開いて、その化物を見た女神と男神はイケロスに問いただす。

ネーゼにはわからない、神特有の勘のようなもの。それが、その未知の化物を見抜いた。

 

「フレイヤほどではないけれど・・・あれは、いくつ混ざっているのかしら?」

「ひひっ、さあなぁ・・・大方、ディックスがどっかから玩具を拾ってきたんじゃねえかぁ?」

「悪趣味すぎるぜ、イケロス」

 

ヘルメス達の眼下、アイズ達第一級冒険者の背後には、第二級以下の【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の団員も展開している。過剰戦力ともいえる2つの派閥の登場によって全てが決したと、イケロスはつまらなそうに肩を竦めた。

アストレアに指摘された化物についても、知らないの一点張りで自分の眷族がしたことを笑っているだけだった。

 

「俺の眷族(ガキ)どもはほとんどくたばっちまったようだし・・・これで事件も解決か」

 

良かったなぁヘルメス、アストレア、と軽薄な笑みを投げかけるイケロスに対し、2神は無言で、モンスター達の前に立つ槍を持った冒険者を見つめていた。

 

『―――』

 

「ひひっ、おいおい、あのガキ!俺たちの居場所がわかっててこっちを見たのかぁ?思いっきりこっちを睨んでるじゃねえか」

 

「アストレア、あれはベル君でいいのかい?」

「・・・ええ、そうね。」

「だとすれば、彼と一緒にいたはずのアーディちゃんがいないということは」

「あの新種は・・・」

 

2人は目を見開くネーゼの前で、少年の姿を見つめて宣言する。

その化物の正体を。

 

「「アーディ・ヴァルマ」」

 

ひっひひひひひ、と相変わらず軽薄な笑みを浮かべ笑い声を上げるイケロスにアストレアは冷たい目を向ける。

 

「だろうなぁ・・・。これから始まるのは『人間(ガキ)』どもによる『化物(ガキ)』退治だ。誰にも気付かれずに死ぬんだろうなあ」

 

「イケロス・・・これは、都市からの追放ではすまないわよ」

「だろうなぁ」

 

黒い雄牛は、倒れている男に止めを刺し、化物は苦しんで逃走。それを少年がフラ付きながら追いかけ魔法を放ち、全ての攻撃を無効化する。

蜥蜴人(リザードマン)が街に火を放ち、冒険者達は消火活動と避難誘導を優先せざるを得なくなる。

上空から投げ込まれるのは、黒い煙幕。

怪物達が咆哮し、煙が晴れた頃には姿を消していた。

 

3柱と、近くで目の当たりにした冒険者以外に気付かれることもなく、化物討伐が開始され、それを真っ赤に染まった誰かも気付かれることのない正体不明の冒険者が後を追う。

 

 

「――ひっ、ひひっ!?よかったなぁ、アストレア!あのガキの今の格好じゃあ全部終わった後にケロッと帰って来ても疑われることもねえだろうよ!」

「――黙って。それよりヘルメス、あの黒い煙は何かしら?」

「―――恐らくは、俺の眷族だ。ローリエ達にも『ダイダロス通り』を張らせていた」

 

少なくとも、異端児達は無事だろうとヘルメスは逃走劇をはじめた1体と1人を見つめて寂しそうに答える。

 

「アストレア様、私達はどうすれば・・・」

「住民達の安全が最優先。アレはもう・・・永くはもたないわ」

「え・・・?」

「当然さ、ネーゼちゃん。無理やりくっつけたチグハグだらけの怪物だぜ。拒絶反応やらで今にも体が崩れたっておかしくない。ベル君の魔法のお陰で維持されているにすぎない」

 

魔法の効果が切れたときが、あの子の終わりだ。

それは死刑宣告だった。

ネーゼはギリッと拳を握り、イケロスに詰め寄ろうとしてアストレアに止められる。

 

「止めないでください、アストレア様!これも娯楽のつもりですか!?アーディをあんな風にして、ベルを、ベルを傷つけて!」

「――それでも、駄目よ。貴方達地上の住人が神に手をかけるのは許されないの。」

「けど!」

「――ごめんなさい」

 

雨が冷たく降り注ぐ。

髪が張り付き、悲しげに、今にも泣きそうになりながらアストレアは前髪を掻き分けて、ネーゼを見つめて謝罪する。

 

「・・・・!」

 

ネーゼはそれ以上何も言えず、女神を責めることもできず俯いて女神に抱き寄せられる。

 

 

これは誰に真実を知られるでもない悲劇だ。

少年に喜劇は訪れなかった。

またも与えられたのは、失望と絶望を織り交ぜた、悪意ある悲劇だ。

良くしてくれた知己も、家族も、今の少年には恐怖の対象でしかない。

アーディもまた、誰に気付いてもらえるわけでもなく、少年に抱きしめられるわけでもなく、死滅する。

やがて魔法の効果を表す光は消えうせ、魔法の砲撃音が轟き、終わりを告げるように静まり返った。

 

 

「エレボスなら、こう言うのかしら・・・?」

 

 

お見事(おめでとう)お見事(おめでとう)お見事(おめでとう)。汝らはついに成し遂げた。ベル・クラネルの破壊という偉業を。』

 

もしくは

 

冒険者(少年)は蹂躙された!より巨大な悪意によって!』

『告げてやろう。今の貴様に相応しき言葉を。』

『―――脆き者よ、汝の名は『弱者』なり。』

 

「エレボス・・・例えベルが貴方の神意を伝えたところで、理解なんて到底得られないわ」

 

女神は呟く、すでにもうこの下界にはいないその男神に対して。

貴方が壊した少年は、また深く傷つけられたと。

この状況でも、あの【はじまりの英雄】は笑えるだろうか。そんなことを考えて、頭を横に振って考えるのをやめる。

 

「イケロス、貴方を拘束して一先ずは【ガネーシャ・ファミリア】に受け渡すわ」

「へいへい」

「ネーゼ、悪いけれど・・・」

「わかってます。大丈夫です」

「アストレア、俺は行かせてもらうぜ」

「ベルに何かするつもり?」

「逆さ。きっとベル君は、君のもとに帰ろうとしないだろう?だから、助けをね」

 

相変わらず何を企んでいるのやらと思ったが、事実、今の少年は女神の元に帰ろうとはしないこともわかっていたし探そうとしてもスキルをもってして逃げられることもわかっていたために任せるしかなかった。

 

「殺されないようにね?」

「・・・が、頑張るさ」

 

 

それぞれが行動を開始しようとしたところで、光の柱が出現した。

 

 

「―――あれは」

「神の送還・・・?いや、違う」

 

 

■ ■ ■

 

 

その日、オラリオに『神の送還』に似通った光の柱が天を穿った。

人々は目を見張る。

神々は面白いことが起きていると口角を吊り上げて見守る。

 

『馬鹿なやつがいるぞ』

 

とでも言いたげに。

 

 

「【王の審判、断罪の雷霆(ひかり)(しゅ)の摂理に逆らい焼き尽くされるというのなら――】」

 

 

血溜まりの中、横たわる少年を囲うように広がるのは白の魔法円(マジックサークル)。放出されるのは人智を超えた『魔力』の輝き。

放心するベルの背後で、フェルズは高らかな呪文を紡いでいき地下通路に満ちる純白の魔力光は頭上の穴を越え、一条の光輝となって天へと上る。

雨が止み、黄昏の空に突き立つその光の柱を、オラリオにいる誰もが目撃した。

 

 

「この光――フェルズ!?」

 

足元から放たれる光に、ベルを運び、魔法から逃れていたレイ、遅れて追いかけてきたリドとフェルズを連れて来たグロスが瞠目する。

どこかで老神は瞑目し

巨塔から銀髪の美神が微笑み

道化の女神は屋上で胡坐をかき

少年の身を案じる女神は手を胸に当て光の柱を見つめ

旅行帽を被る男神は、瞳を細めながら、竈の女神の元へと向かう。

月の女神は少年の下へ今度こそと決意し

竈の女神は迷子の子供を家へと帰すために眷族に命ずる。

 

 

「【――自ら冥府へと赴こう】」

 

詠唱が加速する。

魔法円が更なる光を放ち、レイによって魔法円の外に運ばれたベルの顔とその戦闘衣装を染め上げた。

 

「レイ・・・さん?」

「はい、ベルさん。まだ・・・まだ、終わってません」

 

「【開け戒門(カロン)冥界(とき)(かわ)を越えて。聞きいれよ、冥王(おう)よ。狂おしきこの冀求(せんりつ)を】」

 

 

響く荘厳の調べ。神聖なる旋律。

それは、下界の理を捻じ曲げる悪業。

 

「【止まらぬ涙、散る慟哭(うたごえ)。代償は既に支払った】」

 

超長文詠唱からなる禁忌の『魔法』。

決定された運命を覆し、絶対の不可逆に叛逆する秘技。

 

レイの翼に包まれて項垂れる少年は、涙を流しながら前髪の間からそれをただ見つめる。

 

「【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望(ねがい)を照らしてほしい】」

 

古の『賢者』にのみ許された、『蘇生魔法』。

 

――彼がこうなってしまった原因は、私にもあるのだろう。

 

それは、かつての賢者、今を愚者(フェルズ)と名乗る魔術師(メイジ)の懺悔。

異端児と少年が出会った際、リュー・リオンから少年の身に起きていることを『黒い魔道書』のことを聞き女神アストレアと接触してわかったことだった。

『賢者の石』を砕かれ、不死の秘法を編み出そうとした際、『別の肉体に記憶を移せば、それはある種の不死なのではないか』との考えから作り出された魔道具。

己の血液を媒介に、取り込ませたい肉体へと流し込むというもの。

もっとも作り上げられたものは碌に機能せず、成功したと思えば作り出した肉体の脳が焼き切れ死亡してしまい、以降、魔道具そのものはフェルズの手によって処分されたはずだった。

それをどういうわけか、どこかから拾い上げた馬鹿者がいたのだろう。

使えもしないというのに、それに手を加え、()()()()()を相手に焼き付けるという手法をとり、作り出されたのが黒い魔道書そのものだった。

 

記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】などと名づけられていた時は、どう反応するべきか困惑した。

 

――()悪神(エレボス)は、一体どこでこれを拾い上げたのやら。

 

それは誰も知ることのない話しだ。

恐らくは意図して手に入れたのではなく、偶然だったのだろう。

 

 

「【嗚呼、私は振り返らない―――】」

 

 

――結果として私が作り出してしまったものが、あの少年を壊すきっかけとなっているならば。

 

 

この魔法を使わない理由などなかった。

謝罪をしてもしきれない、業だ。

少年は今でさえ、必死に最後の一線を越えないようにこらえて苦しんでいる。

もし一線を越えたのであれば、それは即ち、愚者(フェルズ)の罪にも成り得るだろう。

何より、彼女と少年をこのようなことに巻き込んでしまっては女神にどう説明すればいいのかもわからない。

 

 

――私は本当に、愚者(フェルズ)だな。

 

 

詠唱の完成、『魔力』の臨界。

フェルズの全精神力と引き換えに、その求めの歌は捧げられた。

 

――運の神がいるのならば、どうか。

 

 

どうか、幸運を。

 

()の少年に―――幸あらんことを。

 

 

 

 

「―――【ディア・オルフェウス】」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

光の柱が砕け散る。

代わりに、地下空間が無数の白光に包まれた。

雪のごとき光の宝玉。

瞳を見開くベルとレイの眼前に集まり、螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。

 

最後に魔法円(マジックサークル)の下から生まれた青白い光が、血溜まりに吸い込まれた。

次の瞬間、硝子が砕け散るかのような音響が閃光とともに弾ける。

 

一瞬眩い光に世界が白く染まり、反射的に目を瞑ったベルは、目の前で崩れ去ったその影を見て、体を震わした。ポロポロと何度も何度も涙を流しながら、その光に手を伸ばそうとするも体は動かない。

 

「―――っ」

 

視界はぼやけ、頬から涙が伝い、前髪で隠れた目で見つめ、微笑を浮かべる。それを追随するように少年を抱きとめている歌人鳥(セイレーン)から涙が零れ落ち、少年の顔を濡らす。

 

細く美しい成熟した女体、その体には不釣合いな翼、本来彼女が持っているはずのない巨竜の体。

彼女だった血溜まりは少なくなっていて、彼女の肉体を形作っている。

目を覚ますこともなく、彼女の胸は確かに、生きていることを証明するように上下する。

 

【悲劇の怪物】は、1つの肉体に4つの魂を宿している。

されど、それは1種の怪物であり、1つの命として換算される。

故に、蘇生されたのは1体の【悲劇の怪物】である。

 

 

「・・・・初めて、成功したよ。まさか、このような状態でも成功するとは思わなかったが。」

 

 

どしゃっ、と鈍い音を立てて。

ベルとレイの背後で、黒衣の魔術師(メイジ)が精も根も尽き果てたように、尻餅をつく。

 

 

「無駄な希望(まほう)だと、恨んでさえいたが・・・」

 

フードの奥で微笑むような気配を漏らしながら。

フェルズは虚空を仰いだ。

 

 

「少なくとも・・・君を助けられた・・・八百年成功しなかった甲斐があったというものだ」

 

 

■ ■ ■

 

 

日が西に沈んでいく。

先ほどまでの雨が嘘だったように、雲は晴れていく。

天に突き立った光の柱は跡形もなく消えていた。

 

一時は白く塗りつぶされた世界が鳴動することもない。

人々の混乱と神々のざわめきだけを残し、都市には黄昏の空が戻っている。

 

白亜の巨塔の影が掠める迷宮街の一角。

夕暮れの光に、その黄金色の髪を照らされながら、フィンは報告を聞いていた。

 

 

「フィン、私・・・」

「ン、アイズ、君は君の思うようにやればいい。彼と話がしたいんだろう?」

「うん・・・」

「力になってやればいいさ。幸いにも、『謎の調教師』としか噂されていないからね」

「いいの?」

「言ったはずだよ。僕は彼等異端児の有用性をあの事件で見出している。あとは団員達の・・・各々の目で見極めて欲しいと。」

「フィン、あの煙の後、黒いミノタウロス含め、武装したモンスター達は行方不明だ。来た道を逆に戻っている可能性もあるが・・・」

「いや、それはない。それより、ベル・クラネルとアーディ・ヴァルマは?」

「今はまだ、行方不明だ。ティオナとアリーゼ・ローヴェルが見た最後、崩落した広場の地下には血痕しか残っていなかったらしい」

 

アイズと話していたフィンがリヴェリアの報告を聞き、親指を舐めた。

あの事件の際に会話した異端児の1体から彼等が基本、温厚な性格であることはわかっていた。

だからこそ、今回の一件、ディックス・ペルディクスが地下迷宮から引きずり出されたことに対しては、『異端児達の怒りを買った』という結論に至っていた。

 

ならば、地上に現れた彼等が、仲間思いな彼等が次にとる行動は―――

 

「ベル・クラネルか」

 

損傷や焼け跡が残る街並みを見渡しながら呟く。

行われているのは、壊れた建物などの撤去作業。

幸いというべきか、少年が発動させた魔法で怪我人は誰一人でなかった。

少年を除いて。

 

「それよりフィン、本当にいいのか?以前にも聞いたが『武装したモンスターと結託』など・・・積み上げてきた名声を失う可能性さえあるのだぞ?」

 

リヴェリアのそんな声に、『確かに』と笑いながら呟いて、

 

「その時は、その時だ。また一からやり直すさ。」

 

と返した。

 

「それに・・・・」

「それに?」

「彼は、恩恵もない時に既に、『怪物との共存』という偉業を成し遂げている。なら、恩恵を持っている僕等がそれ以上のことができないはずがないだろう。何より、僕は【小賢しい小人(パルゥム)】だからね」

 

どこかへと走り去ったアイズを見送り、フィンはリヴェリアを見つめながらかつて最強の女魔術師に言われた言葉を言う。

 

「なら、あとは団員達がどう判断するかだが・・・。これからどうすると?地上にはまだ、いるのだろう?」

「そうだね・・・・1つ、茶番でも演じようか。」

「茶番?」

「『ダイダロス攻防戦』・・・なんて名目でどうだい?異端児達はベル・クラネルを助けようとするだろうし、ベル・クラネルも異端児達を助けようとするだろう。団員達をクノッソスの各所を張らせる。そこが位置だと」

 

ティオナもアイズも彼を助けると言っているし、好きにさせるよ。

ロキだって言うだろう『見極めろ』とね。

もっとも、スキルを使われてしまえば、僕の作戦なんて意味をなさないけどね。

と困ったように笑うフィン。

 

「【アストレア・ファミリア】はどうすると?」

「彼女達はまず、彼に接触する事ができないはずだ。」

「それもスキルか?」

「彼女達の場合は、個人で特定されてしまうせいで逃げられてしまう可能性が高い。それに、今の彼が女神に会うのは危険すぎるからね。彼女達は碌に動けないってわけさ」

「では何もしないと?」

「いや、【紅の正花(スカーレットハーネル)】が『あの子から受けた借りを返してもらいましょうか』とか言っていたよ。」

「・・・・?」

「まあ、その内わかるさ」

 

頬を掻いて笑いながら、フィンはディックスの死体を確認しに足を動かした。

 

「――全く、これをあの少年が知らないというのだから、困ったものだ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「さぁ、ベルっち、大人しく飲むんだ」

「―――むぐぅ、ごきゅ、ごきゅっ」

「フェルズは搾りかすになって、骨しか残ってねえからな。『人魚(マーメイド)の生き血』だ」

「骨言うなリド」

 

都市の地下通路、そこから進んだ先に辿りついた、用水路の入り口。

隠し扉の先にあったこの場所は隋道を描き、存外に広く、橋の下の空間を彷彿させた。

ベルとフェルズ、【悲劇の怪物(アーディ、ウィーネ)】、そして広場にたどり着くことができた異端児達は、冒険者の手がまだ広がっていないこの用水路に身をひそめた。

【悲劇の怪物】は相変わらず眠ったままで目を覚まさないが、暴れられるよりかはマシだとフェルズは言う。

復讐者(スキル)の反動でろくに動けないベルに、リドが無理やり血の詰った瓶を突っ込んで飲ませていく。

 

「リ、リド!?も、もう少し優しくしてあげてください!」

「なんだよレイ、『はいあーん』ができなくて妬いてんのか?」

「や、妬いてなど!?」

「エエイ、静カニシロ!!」

 

異端児達がてんやわんやと騒がしくしているのを、ようやく持って落ち着きを取り戻し始めたベルは微笑んで見つめていた。

 

「ベル・クラネル・・・・」

 

行使した『魔法』のために消耗し、壁に寄りかかっているフェルズは、神妙な声で名を呼ぶ。

 

「―――君に、謝罪を。」

 

壁に寄りかかりながら、頭を下げる。

『黒い魔道書』の件、『行方不明事件』の件、そして今回の一件。

 

「君には、謝罪しきれないほどの呪いをかけてしまった原因でもある。ましてや、異端児達の件でさらに君を傷つける結果となってしまった。」

 

「ベルっち、オレっち達も・・・謝らせてくれ」

「・・・・・」

「巻き込んじまって、すまなかった」

 

異端児達もまた、ベルに頭を下げる。

声にならない鳴き声で謝罪の意を示すように、小さく鳴いていた。

 

「アーディっちだって、オレっち達によくしてくれたのにこんなことになって」

「僕は・・・・謝ってほしい・・・わけじゃない・・・です」

 

ベルは、謝罪を受け取らない。

 

異端児(あなた)達を助けない理由が、僕にはありません・・・貴方達は、『ヒト』だから。」

 

だから、謝ってほしくなんかない、と。

よろよろと立ち上がって、ディックスから奪った槍を杖のようにして異端児達を見据える。

 

「アーディさんも・・・僕が弱かったから、僕が悪いから・・・だから・・・何とかします・・・」

「―――ベル・クラネル、どこに行くつもりだ?」

 

カツン、カツン、と槍を鳴らして、歩き出す。

 

「今の君が、ファミリアに帰るとは思えない。どこに、行こうというのだ?」

「ベルさん、まだ動かないホウガ・・・」

「・・・・お義母さんのところ」

「そうか。・・・なら、これを持っていってくれ」

 

フェルズは懐から水晶を投げ渡す。

それを受け取って首を傾げてフェルズを見つめる。

 

魔道具(マジックアイテム)だ。それがあれば、離れていても我々と会話が可能となる。持っていてほしい」

「・・・・いつ、動くんですか?」

回復薬(ポーション)と魔法で、彼女の体を修復し続けるにしても限界がある。もって明日だ。」

「・・・明日」

 

わかりました、それだけ言って再びヨロヨロと動き出す。

 

「冒険者達は・・・全員、僕が・・・相手します・・・・」

「・・・・何故、ソコマデスル、小僧」

歌人鳥(セイレーン)のお姉さんは僕の・・・僕にとって家族だったから・・・貴方達だって一緒なんだ」

 

少年は振り返らずに歩いていく。

フェルズと異端児達はその背中を見て、ポツリ、と呟いた。

 

 

「――ベル・クラネル。明日は、()()()()()らしい」

 

 

ピクリ。と揺れたような気がしたが、やがて闇の中に少年は姿を消していった。

 

 

 

■ ■ ■

 

曖昧な意識で槍を杖代わりにして、歩く少年。

未だに体は血で赤黒く染まっていて、いつも冒険者や女神達がみかける『ベンチに座る少年』の綺麗な白髪はなかった。

 

「・・・・・」

 

心が静かだった。

いつもなら、ファミリアの人たちがいて、寂しいとさえ感じることもなかったのに。

こんなに心細くなったのはいつ振りだろうか。

ふと、ファミリアの姉たちの顔を、女神の顔を思い浮かべてすぐに頭を横に振って霧散させる。

 

「・・・今は、会いたくない」

 

怖くて仕方がない。

異端児達が地上に現れて騒ぎになれば対処しなくてはならない。そう聞いてはいたが、実際、あの短い時間の中で見た少年の瞳には姉達の存在が怖いものとして映ってしまっていたし何より、好きだと言ってくれていたアーディをあんなことにさせてしまった、街に火を放させたことで、胸が痛んで会うのが怖くて仕方がなかった。

 

 

「お義母さん・・・僕のこと、怒るのかな」

 

ヨロヨロ、フラフラとして、カツン、カツンと音を鳴らして目的地へと歩く。

 

「・・・・ベル」

「・・・・・」

 

金髪の少女が、あの時からまともに会話ができなくなっていて、それでも力になろうとして声をかけるも少年の耳には入らずすれ違う。少女は悲しそうにして振り返って肩に触れようとして、女神に止められた。

 

「ヴァレンシュタイン君」

「・・・ヘスティア様?」

「ちょっと、手伝ってほしいんだけど、いいかい?」

「えっと・・・?」

「異端児って子たちに会わせてほしいんだ」

「おーい、ヘスティア、待ってくれー!」

「げっ、ヘルメス」

「えっと・・・?」

「ベル君は放っておいて大丈夫だ。あの子にはついていてくれる女神がいるからね」

 

何のことかわからず、遅れてアイズを探していた褐色の少女が合流し、2人と2柱は異端児の元へと向かっていく。何となくの勘で少年が歩いてきた跡を辿るように。

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

家出をして以来の、廃教会。

また、家出をする。

義母の墓前で横たわって瞼を閉じて涙をこぼす。

 

 

「無断外泊だから、またお仕置きかな・・・」

 

 

笑いながら、少年にお仕置きを言い渡す姉の顔を思い出す。

 

『まぁ、次、破ったら『女装』させるけど』

 

復讐者(スキル)でまた無理をしたら・・・という話と姉が言っていたことを思い出して、口が笑う。

 

 

「・・・・やだなぁ」

 

 

心にぽっかり穴が空いたような感覚がしていた。

義母と叔父がいなくなって、女神に出会って埋まっていた穴が、また空いてしまって喪失感と虚無感だけがあった。

少年は瞼を閉じて、眠りにつく。

 

「いた!いたっすよ!」

「リーネ!早くこっちきて!」

「ま、待ってくださーい!」

 

そこに、ヒューマンの青年と猫人の美女と、眼鏡の少女が現れる。

 

「血塗れっすよ!?」

「あ、あれ!?でも、治療されてるみたいです・・・!?疲労みたいなのが溜まってるってだけで」

「え、えぇ・・・。と、とりあえず回復薬(ポーション)は置いておきましょう!?」

「死なないでくださいっすよ・・・・団長に『彼を死なせるな』って言われてるんすから」

「それに、『命の恩人を見捨てる人間が、まさかこのファミリアにはいないだろうね?』なんて言われたらねえ」

 

忙しなく3人の冒険者がバタバタとして、回復薬やら治療道具を置いて少年の状態を確認して去っていった。

少しして少年が再び目を覚まして、ぼんやりと義母の墓を横たわって見つめていると、

 

 

「アストレアが言っていたとおり、ここにいたな、オリオン」

 

 

いない筈の女神の声がふと、聞こえた気がした。

オラリオの外にいるはずの女神の声が聞こえた気がした。

 

 

「・・・・アルテミス、様?」

 

寝転がりながら首だけを声のする方へと向ける。

見えた姿を見て、涙をまた、こぼす。

 

 

「相変わらず、泣き虫だな、オリオン」

「・・・・なんで」

 

なんでいるんですか。

そんな声が、出なかった。

 

 

「あの時は、お前がいてほしいときにいてやれなかったからな。あの優男(ヘルメス)に呼ばれて・・・今度は、来てやれたぞ」

 

少し遅れてしまったが。と言って、女神は廃教会に入り込む。

少年は汚らしい自分を見られたくなくて、慌ててローブで自分を隠そうとする。

 

「見えているぞ?」

「僕は・・・いないです」

「いや、いるじゃないか。ほら、こっちを向け」

 

女神はしゃがみ込んで、ローブを覆っている少年に触れる。

ピクリと震える。

 

 

「騒ぎがあったらしいな。ランテ達から聞いたぞ。大変だったな」

「・・・・・」

「今、アストレアはお前には会いたくても会えない。理由はわかるな?」

「・・・僕が、アストレア様を殺すかもしれないから」

「そうだ。だから・・・私が来たんだ。」

 

 

いい加減顔を見せろと女神に言われ、少年はよろよろと女神に支えられながら上体を起こして、女神に抱きしめられた。

 

「・・・・ぐすっ」

「何があったかは、正直知らん。でも、まだ終わっていないのだろう?」

「・・・あい」

「なら、いつまでも泣いていて良いはずがないだろう?」

「・・・・ひっく」

「ほら、ここの地下に風呂があるのだろう?その汚い体を洗え。」

 

女神に手を引かれて、地下の部屋へと連行されていく。

 

「・・・ちなみに今日は『じゃが丸君パーティ』だ。ふふっ、今夜は寝かせないぞ?」

「・・・・それ、ヘスティア様に教わったんですか?」

「なんだ、駄目だったか?」

「・・・・ううん」

 

 

少年は少しだけ微笑んで、女神に頭を撫でられて地下の部屋に入って行った。

 

それを遠くから魔道具で見ている金髪妖精がいた。

 

 

『こ、こちら、【生娘妖精】!月女神が目標と接触。どうぞ』

『こちら【灰鼠】、金髪妖精様はそのまま監視をお願いします。けど、気付かれないでくださいよ面倒くさいので』

『む、無茶を言わないでくれ!?だいたいこの水晶はなんだ!?』

『ヘスティア様が拾ってきたんですよ!!キー、ただでさえ忙しいっていうのに!』

『おい、うるさいぞ2人とも!』

 

水晶を介して、会話する小人族、ヒューマン、妖精がいた。

小人は忙しいのにーと文句を垂れながら。

ヒューマンは鎚を打ちながら。

妖精は魔道具でストーカーのように監視しながら。

 

『【落ちぶれ貴族】様は、魔剣は用意できてるんですか!?』

『おい!その【落ちぶれ貴族】ってのは俺か!?喧嘩うってんのか!?・・・魔剣はまだ製作中だ。どっかの月女神がいきなりやってきてから作ってる』

『10本はありますか?』

『ああ、なんとか。非殺傷性の魔剣だ』

『必要なのか?』

『ええ、必要になります。というか、闇派閥が出てくる可能性があるので』

『・・・・一先ずあれだな、俺達に相談しなかったことに対しては全部終わった後、拳骨の1つはやらねえとな』

 

一緒にダンジョンに行っているのに、専属契約までしているのに相談1つしなかったことに少し怒って言葉を投げる。

 

『まったくです。ヘスティアファミリアの団員の候補もヘスティア様に教えたらしいですけど、誰なのか教えてくれませんし』

『特徴は?聞いていないのか?』

『確か・・・黒髪に、赤い瞳に、妖精だとか』

『うーん・・・同胞とは言え、わからん』

 

 

お悩み相談の時に、『・・・っていう人がいるんですけど』なんて形で候補としてあげていた少年の言葉をヘスティアから聞いていた小人族の少女は、せめて名前を言えと愚痴った。

 

 

『恐らく動くのは、明日の晩です。それまで、様子を見ていてください。でなければ、我々も動けません』

『わ、わかった』

 

 

少年のために動く、派閥違いの眷族達がいた。




フィンが異端児と結託する――関連は、行方不明事件で異端児のことを知っているために前倒しみたいな形になってます。けれど団員達が全員それを見たわけでもないため見極めろと正史でロキに言われた言葉を言った上で、リーネたちに『恩人を死なせるな』と治療するように伝えてます。
また、『ダイダロス攻防戦』と言っていますが、鍵が1つでも多くほしいため、という考えもあります。


ヘルメスは正史だと、ベル君の英雄回帰させようと異端児をけしかけますが、この話のベル君はそもそも恩恵のない幼少の時に『怪物との共存』を実現させてしまっているために、その考えが無いです。
まあ、雄牛イベはありますが。
まあヘスティアが横にいて、『死んでくれ!』なんて言えないはずですけど。


アルテミスは、アルフィア達がいなくなって拠り所を失ったベルに対して『いて欲しい時にいてやれなかった』負い目を持ってるため、ヘルメスから呼ばれてすぐに駆けつけました。

【星ノ刃】は【居合いの太刀 一閃】をやった際に零れ落ちてます。
・・・正史であの後、穴を掘って入り込んだ2人がいましたね。


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ロンリーラビット-3-

ベル君が廃教会に向かっていったところから。


人を動かすのはとても、難しいのでおかしいところがあるかもしれないです。


「やぁ、君達が『異端児(ゼノス)』だね?」

 

薄暗い地下水路にて、女の声が響いた。

その声に反応して、黒衣の魔術師(メイジ)と複数の武装したモンスターが反応する。

 

「・・・・女神ヘスティアに、神ヘルメス?それに、【ロキ・ファミリア】の・・・」

 

未だ消費した精神力のせいで座り込んでいるフェルズは、現れた影にむけて言葉を零す。

武装したモンスター達は、2柱の神の後ろに控えている2人の少女を警戒し、武器を構えるも、男神ヘルメスが両手を上げて戦闘の意思はないと伝える。

 

 

「うっへぇ、こんなにいるんだ。すごいねぇ、アイズ!」

「・・・・うん、すごい、ね」

「攻撃しちゃ駄目だよ?」

「わかってる、よ。そんなことしたら・・・ベルと仲直りできなくなる・・・」

「あ、なんかごめん」

 

間近で見る異端児達を前にそんなやり取りをする2人をよそに、女神が歩み出る。

 

「女神ヘスティア・・・何故、貴方がここに?」

「我々ヲ狩ルツモリカ?」

「おいおい、石竜(ガーゴイル)君、俺たちをそんなに警戒しないでくれ。俺たちは敵じゃないぜ?」

「信用デキン」

「まあ、ヘルメスだからね」

「まあ、ヘルメス様だし仕方ないね」

「・・・・仕方、ないね」

「あっれー・・・・・」

 

困ったように頬をかきながら笑う男神ヘルメスを無視して、女神ヘスティアはアーディを見てようやく口を開く。

 

「僕がここに来たのは、君達を家に帰すためだ。それと・・・・ベル君もね」

「家に帰す・・・?」

「君達はダンジョンで生まれた。なら、ダンジョンこそが君達の家だろう?ベル君も君達も今は迷子みたいなものだ。なら放っておくわけには行かないんだ。何より、迷子の子供(ベル君)1人で君達のことを背負わせるにはキツすぎる」

 

ダンジョンに帰すために協力をする。

それを女神自らが赴いて宣言した。それに対して黒衣の魔術師も異端児も含めて目を見開いて固まる。女神は穏やかな口調でなお続ける。

 

「君達がどういう意図で地上に来たのかは、たまたまそこのアーディ君を追いかけるベル君を見て理解したよ。君達はあの子のためにここまで来た、そうだろう?なのにこのままじゃ君達の身が危険だ」

 

「しかし、このまま帰るわけにはいかねえよ。アーディっちのことだってある」

「それなら、ベル君が何とかする」

「ドコニ、ソノ根拠ガアル!?アノ小僧ニ何ガデキルトイウノダ!?」

「だって、あの子の魔法は『奪われることへの拒絶性』が体現したものだからね。」

「・・・・・」

 

 

義母と叔父を神に、それこそ少年の視点でしかないが奪われ、考え無しの行動で異端児の家族を、最後の拠り所を失った。家族であるはずの大神は2人が少年の前からいなくなり命を賭すことを止めなかった。月女神は少年がいてほしいときにいてはくれなかった。

 

少年が求めてやまないときに、英雄(救い)は現れなかった。

 

少年は義母と叔父が、多くの命を奪い都市を滅茶苦茶にしたことを知った。英雄が悪に堕ち、人々を傷つけたことを、奪ったことを知った。

 

少年が出会った新しい家族もまた、そうしなくては多くの人々が死ぬことになっていたとは言え図らずも少年の家族の命を奪った。

 

そもそもの元凶は、最初に2人を奪っていった悪神(エレボス)

 

少年の中で今の家族に対する思いの中に復讐心などない。出会った際に散々激情の限りを吐き出してしまったからだ。もっともそれを少年は覚えてはいないが。

 

 

「だからこそ、願ったのさ。『もう何も失いたくない』とね」

 

神を憎み、神に救われた。

奪った神あれば、与えてくれた神がいた。

失った家族がいれば、新たに得た家族がいた。

 

故に本人が気付いていないだけで、少年はすでに救われている。

 

「―――故に、ベル君は恐れるのさ、『また失うこと』をね」

 

ヘルメスは旅行帽を摘んで、ヘスティアに続いてそう言ってのける。

 

 

「だから、今アーディ君と、えっとー・・・なんだ、異端児君の身に起きていることも祓ってくれるはずさ。」

 

まあ特殊な条件だから実際今まで見たことないんだけどね!と処女神は困ったように笑った。

 

 

「あと、アストレアの頼まれたんだよ、君達の力になってやってほしいってね。それになにより僕のファミリアはベル君に頼りっきりでね。あの子がいなくなると僕達は明日の生活も危ういんだ」

 

「まて女神ヘスティア、彼は貴方の眷族ではないはずだが・・・」

「わ、わーわー!聞こえない!きーこーえーなーいー!」

「・・・それで、どうするんだ?」

 

異端児、魔術師(メイジ)、男神、女神、冒険者2人が小さな魔石灯を中心に輪になって話し合う。

それはこれからの会議。

 

「僕はこれから、僕の眷族も含めて頼れる子たちを頼るつもりだ。」

「俺は特に何も」

「は?」

「いやいやいや、待ってくれヘスティア!?・・・俺の眷族達が何か勝手に動いてるみたいでね、俺が何をするでもないんだよ。アスフィも知ってて黙ってる、知らん顔してるし」

 

「私達は『好きにしろ』って言われてる」

「・・・うん。」

「【ロキ・ファミリア】が?ありえない、【勇者】はなんと!?」

「あーフェルズ、悪い、その【勇者】ってのとは前の事件の時に話してあるんだ。『同胞を攫った敵のアジトである拠点を潰す』ことは【ロキ・ファミリア】としても共通の敵だって」

 

だから一時的とは言え、協力関係を結ぶ・・・そうリドはボソっと言うと、フェルズに力なく殴られた。

 

 

「―――先に言え!」

「悪い悪い、忘れてた」

「・・・はぁ」

「それで、だ。君達の予定を聞かせてほしい」

「我々ハ、ダンジョンニ帰ルニシテモ、来タ所ヲ逆戻リスルシカナイト考エテイル」

「けどよ、あの時、街に火を放って煙に紛れて何体かはぐれちまってるみたいなんだ」

「合図とか出せないのかい?」

「・・・呼び、ました?」

「いや、呼んでないよ?」

 

ダンジョンに帰るための算段を話し合う面々、その光景は最早、モンスターと人という壁はなかった。

 

「それで、アーディっちはどうするんだ?」

「ああ、彼女はそうだね・・・都市の中心に行かせよう」

「おいヘルメス、何考えてるんだ!?」

「いや、俺もベル君の魔法は実際どうなるか分からないだろう?なら、中心地の方がいいかもしれないじゃないか」

「むっ・・・それは、そうだけど・・・うーん・・・見せびらかすことになるぜ?」

「それは仕方ないだろう?まあ、少なくとも大騒ぎになることはないさ。それにベル君が魔法を発動させれば、異端児達も安全だ」

「・・・・仕方ない。なら、誰が誘導するんだい?さすがに1人で行かせる訳には行かないだろう」

 

何やら1人でアーディに乗りかかって胸に布を巻かせているティオナを一瞥しつつ、『あ、そういや丸出しだったネ!』なんてヘスティアは言い、異端児達に目を向ける。

 

「あ、フィンが言ってたんだけど・・・闇派閥が出てくる可能性もあるから、その時に鍵を奪うって言ってたよ」

「でもさ、あっちも鍵ごと始末しにくる可能性があるから、本当に手に入るかはわからないよ?」

「うん、だから、賭けだって」

「ふーむ・・・・」

「誘導ハ、私ガヤロウ」

「グロス、いいのかよ」

「・・・・アレ以上、小僧ニ任セル訳ニハイカン」

「なら、オレっちも行くぜ」

 

 

話は進んで行く。

やがて、小1時間ほどして女神達は立ち上がる。

 

「それじゃ、僕はいろいろ忙しくなるから行くよ。」

「私も、フィンに『異端児達が出てきた通路を見てくるように』って言われてるんだよねー」

 

各々が立ち上がり、立ち去ろうとして、成り行きを見守っていたフェルズがヘルメスに声をかけた。

 

「神ヘルメス」

「なんだい、フェルズ」

 

 

数瞬躊躇って、フェルズは声を投げる。

適任だと思ったから。

どうにも好けない神だが、彼ならばと。

 

 

 

「1つ、舞台を用意してもらいたい」

 

 

あの名無しの異端児の願いを叶えるための舞台を。

 

 

 

■ ■ ■

 

蒼然とした夜空に見下ろされた街外れ、廃墟の一角。

そこに、一体の『怪物』が息をひそめ、物陰が作り出す闇と化していた。

 

同胞の指示に従い、両戦斧を地に叩きつけてこの巨躯を隠せる場所を見つけて同胞からの呼びかけがくるのを待っていた。

 

同胞の窮地を聞きつけ、一角兎(アルル)黒犬(ヘルガ)達に導かれて突き進んだ人工迷宮。

そこに、自分が追い求めていた憧憬がいた。

 

夢の中のソレは、泣きながら恐怖と戦い無様に武器を振り回し、自分のことなど見てはいなかった。

しかし、最後に、もう一度立ち上がり、恐怖を抜き去り自分を見て、意思と意思をぶつけ合った。

 

血と肉が飛ぶ殺し合いの中、あの瞳を、あの輝きが頭に焼きついて離れない。

 

 

『そこにいるのか、我が敵よ!』

『―――ブゥオォォ!』

『私と決着を望むか、強き敵よ!』

『―――オオオッ!』

『ならば私とお前はこれより『好敵手』!ともに戦い合う宿命の相手だ!』

『さぁ、冒険をしよう。僕が前に進むために。あの人たちの横に立つ為に!!』

 

追い求めていたものが、そこにはいた。

歓喜し、打ち震えた。

邪魔な狩猟者達を一掃し、再戦を願ったが、しかして少年は自分のことを見てなどいなかった。

 

偶然にも憧憬との共闘という形になってしまったが、これもこれで悪くはない。

しかし、『飢え』は満たされない。

 

憧憬と共に、共通の敵を蹴散らし地上の光に目を細めていたら少年はいつの間にか消えていた。

だが、まだだ・・・まだ、終わってなどいない。

同胞の窮地のために、修行を早く切り上げ浅い階層に居続けたのだ。

代価を願って何が悪い。

 

目の前の暗闇のそのさきに、かの白き輝きを持った少年を幻視し手を伸ばし、掴む。

 

 

「―――再戦を」

 

 

『君には名前がないのか?それでは、不便だぞ』

『・・・夢の住人に、宿敵に相応しい名をつけてもらいたい』

 

 

故に、自分は『名無しの異端児(ネームレス)』。

 

あの夢の住人が『炎』を持っていた。ならば、というわけではないが、転がり込んできたこの『雷』を持って少年の前に。

 

 

 

再戦を。再戦を。再戦を。

 

 

「どうか―――」

 

 

再戦を。

 

 

戦場での荒ぶる気性が嘘かのように静まり返りながら、『怪物』はおもむろに、朽ち果てて穴が空いた頭上を仰ぐ。

 

地上の空。迷宮にはない星々の光。

流れ動く雲の奥で、欠けた月が顔を出す。

今宵の月は、夢の住人のように白い。

 

『怪物』の瞳は、ようやく見つけた存在との再開を願い、白い月を見据えていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

【ヘスティア・ファミリア】本拠兼【孤児院・竈の館】

 

広いその屋敷は孤児院として利用しており、デメテルなどの心優しい善神が良く食材などを持ってきては子供達と戯れる光景が見かけられる。その中のファミリアだけの空間、いわば談話室に複数の種族が集っていた。

 

【モージ・ファミリア】

 妖精:ルヴィス。

【マグニ・ファミリア】

 ドワーフ:ドルムル。

【オグマ・ファミリア】

 人間:モルド・ラトロー。

【ヘルメス・ファミリア】

 虎人:ファルガー・バトロス。

 妖精:セイン・イール。

    ローリエ。

小人族:メリル・ティアー。

    ポット&ポック。

ドワーフ:エリリー。

【ヘファイストス・ファミリア】

ヒューマン:ヴェルフ・クロッゾ。

【ヘスティア・ファミリア】

小人族:リリルカ・アーデ。

【タケミカヅチ・ファミリア】

ヒューマン:ヤマト・命。

      カシマ・桜花。

      ヒタチ・千草。

 

 

この場所に集まっている面子は、本人はそんなことは思っていないが、ベル・クラネルによって助けられたメンバーが殆どである。

 

 

「やあやあ、悪いね、急に来てもらって。あーところで、モルド君だっけ?君、ちょっと【きぐるみ】でも着ててくれないかい?子供達が怯える。ファンシーさが必要だと思うぜ?」

 

「呼び出しておいて失礼すぎやしませんかね!?」

 

女神ヘスティアはいきなり他派閥の荒くれ者の見た目を注意した。

やれ『ちびっこ受けしない』やれ『この館によくそんな格好で来れたね』やれ『もうちょっとさぁ・・・あるだろう?』だの。

派閥違いの団員達はそんなやり取りを声を殺して笑っていた。

 

「それで、ヘスティア様、ヴェルフ様や命様達はわかるのですが・・・この方々は?ヘスティア様が呼んだのですか?」

「いいや、違うぜリリルカ君。【モージ】【マグニ】【オグマ】の3派閥の子は、『行方不明事件』の被害者の一部だ。」

 

彼等は助けられた際のことを、ぼんやりと覚えていた。

その光景が光景なだけに『あれは夢だったのでは?』だの『ラミアの乳が意外と柔らかかった』だの『フォモールにお姫様抱っこされた』だのと酒場で言いあっては『お前等疲れてるんだよ』と言われては、けれど、他の被害者もいたのか噂話になっていた。

 

『モンスターに命を救われた』という噂話に。

 

 

「はぁ・・・・我々はある人物に声をかけられたのだ。リリルカ・アーデよ」

「ルヴィス様?えっと・・・ある方とは?」

「オラは女神様だったぞ?」

「何!?ゆるせんぞ!?」

「あーもうっ話が進みません!誰に声をかけられたのですか!?」

 

3人は口々に揃えて・・・いや、揃ってはいないが、言った。

それは、今回の騒動について直接動けない派閥の者の名。

 

「「アリーゼ・ローヴェル」」

「女神アストレア」

 

女神に声をかけられるなんて、なんてうらやまけしからん!と乱闘騒ぎになりかけるのを黙らせ、内容を聞き出した。

 

『あなたたちね!【被害者の会】ってのは!!』

『げっ』

『げっ、て酷い!?』

『俺達に何か用か?』

 

赤髪の女は、胸を揺らして偉そうに、ドヤ顔をして酒を飲む2人に言い放つ。

 

『あなたたち、命を救われておいて【借り】を返せずに、あのモンスター達が死んだらこれから先、冒険者やっていけるのかしら!?』

 

2人はあれは夢ではなかったと、ようやく持って理解した。

そして、何も言い返せずに

 

『手を貸してもらえると助かるんだけど?ああ、集合場所はここね。あ、私忙しいからこれで!!』

 

勢いに押され、気が付けば【ヘスティア・ファミリア】の本拠にいたという。

 

ドワーフのドルムルは、ダンジョンに行こうか迷ってやはり帰ろう。迷いのある時は危ないと考え本拠に帰ろうとしている時に

 

『そこの貴方・・・力を貸してはもらえないかしら?』

『女神アストレア様!?い、一体どうしただか!?オ、オラ何も悪さなんて・・・!?』

『落ち着いて。あなた、『行方不明事件』のこと覚えているでしょう?』

『うっ・・・』

『つけ込むようで悪いのだけれど・・・少し、力を貸してほしいの。この場所に行ってくれればいいわ』

 

 

そう言われて、たどり着いたのが同じく【ヘスティア・ファミリア】の本拠だった。

 

 

「女神様に言われちまった。【涙兎(ダクリ・ラビット)】がこの騒動の渦中にいて、けれど自分は動けないから手を貸してほしいって」

 

「何より、我々を辱めた連中が関わっていると聞く」

 

「なら・・・」

 

「「「しっかり落とし前つけてもらわねえとな」」」

 

荒くれ者のように、不適に拳を叩いて笑みを浮かべる。

それは『やられたらやり返す』という顔だった。

 

「ありがとう3人共。手は多いほうがいい、助かる」

 

「いえ、謝らないでくださいヘスティア様。我々は直接【涙兎(ダクリ・ラビット)】に助けられた訳ではないがあのモンスター達を見捨てては寝覚めが悪い」

 

「けどよ、どうすんだよ。俺らバレたら追放じゃねえのか?」

 

「エイナちゃんに怒られるべ・・・」

「しかし怒ったエイナ嬢も良い・・・」

「わかる・・・」

 

すでにフラれているというのに懲りない2人のことは放っておいて、説明の前に他の団員達を女神は見やる。

 

「俺達はベル・クラネルに命を救われている。彼が来なかったら全滅していたかもしれない。」

「まあ、あいつが来る前に死んでしまったやつもいるけど・・・キースだってここで借りを返さなかったら怒ってるぜ」

 

ファルガーとルルネは説明する。

今回の一件は、24階層で助けられた面子だけが()()に動いていると。

 

「アスフィには事情は伝えているが、あいつは団長として主神の傍を離れられないはずだ。」

「だから、知らないフリをしてもらっています」

「ローリエ様は24階層に?」

「い、いや、私はそのお・・・」

「ミノタウロスから助けられたんだよな」

「はぅっ・・・」

 

よくよくもってあの子は自分が覚えていないだけで人の命を救っているのだとヘスティアは慈愛の目を向ける。これを知ったらあの子はどんな顔をするのだろうかと、そんなことを思いながら。

 

「俺はあいつの相棒です。それに、友を見捨てたらそれこそヘファイストス様に怒られちまう」

「私は・・・専属のサポーターですし」

「18階層まで連れて行ってもらった恩です。タケミカヅチ様もここで動かなかったら自分達を見限るでしょう!」

 

 

ヴェルフは中央の机に数本の魔剣を置く。

リリルカは地図を。

ファルガーは魔道具を。

 

「アルテミス様からの注文は、騒動が起きる前から聞いているので魔剣を用意しています。住人に被害が及ばないように『非殺傷性』の高いもの・・・まあ加減したものを作っています。もっとも、あくまで加減しているので怪我や致命傷になる場合は零ではありません」

 

「ダイダロス通りの地図の写しをフィン様に譲っていただきました。あちらも闇派閥が出てくることを考えて配置につくそうです。表向きは『異端児の捕獲』という形で」

 

「こちらは、遠くのものを見ることができる『望遠鏡』という魔道具です。これなら恐らくはベル・クラネルの監視が可能かと」

 

「よしよし!いいね!僕はこの水晶さ。名を眼晶(オクルス)と言う!あとは透明化できるリバース・ヴェールっていう魔道具を借りてきたぜ!全員分はさすがにないけどね!」

 

全てあわせればとんでもない額になる魔道具や魔剣が冒険者達の中心に納められる。

金に目がくらみ涎を垂らすものもいるが、全員の気持ちは『負ける気がしない』というものだった。

 

 

「それで、実際どうするというのです?自分は異端児とはよくわからないのですが」

「ええ、まず作戦を開始するにはベル様が最初に動く必要があります。」

「どういうことだ?」

「ベル様の魔法で私達が『傷つかない』状態になってからが行動開始です。」

「まあ、闇派閥を相手にするのだ。そうしてもらうにこしたことはないが・・・」

「異端児達を無事に帰すためには、使うしかありません。無論、冒険者達にもその効果対象になるかと。」

「つまりあれか?こっちは傷つかずに相手をボコれるってことか?」

「言い方は悪いですが、そういうことです」

 

リリルカが説明をしていく。

 

ベルが【乙女ノ揺籠】を使うことで異端児を含めダイダロス通りの冒険者には魔法の加護がつく。

次にベルはスキルを使って突然地上に現れた者を闇派閥と判断して強襲する。つまりは、それに乗り込んで『鍵』を奪い取る。

 

「無論、必ず『鍵』があるとは限りません。もしかしたら無い可能性もあります」

「『鍵』とはどのような形をしている?」

「目玉です」

「うわぁ」

 

『鍵』を奪い取ったら頭上に投げる。

それを飛行できる異端児が回収し、異端児達が出てきた場所や他の出入り口があればそこから人工迷宮に入り込みダンジョンに帰る。

その際、異端児とは違うモンスターが出る可能性もあるため魔剣の使用は気にせず使ってよい。

 

「奴等は24階層で自爆攻撃を行ってきた。今回もないとは言えない」

「問題ありません。ベル様の魔法の効果時間・・・15分間は私達は傷1つつきませんので」

「それはいいな」

 

要は騒ぎに乗じて馬鹿な冒険者が乱入してきた。という体で暴れればいいというだけのこと。

 

「私達の役割は少しでもベル様の負担を減らすことです。」

「その通りさ!アストレアの眷族達もガネーシャの眷族達もダイダロス通りに人が入り込まないように警戒網を敷く。そして、街自体に被害がでないように住人の安全を優先して動く」

 

「ですので、我々は眼晶(オクルス)を使って通信して状況を逐一報告をしあいます。ローリエ様はベル様に見つからないよう、監視をお願いします」

「わ、わかった」

「ストーカーに目覚めるなよローリエ」

「わ、わかっている!」

 

そこで、ルヴィスが手を上げて質問をする。

複雑怪奇なあのダイダロス通りでどう動くのか?と。一々地図で指示を出すのか?と。

 

「いえ・・・・少し、馬鹿な話になりますが」

 

リリは一拍置いて口を開く。

 

 

「ベル様のスキルの効果『誘引』に巻き込まれて頂きます」

 

リリはベルのことだから絶対『誘引』を使って『冒険者』を一手に引き受けることを考えていた。

そして、そのまま闇派閥にぶつかるということは

 

「まさか、彼は・・・!?」

「ええ、そのまさかです」

 

何をしようとしているのか察した冒険者は口角を引くつかせ、ヴェルフは頭をかきながら口を開く。恐らくは全員が至った答えを。

 

 

怪物進呈(パスパレード)ならぬ冒険者進呈(パスパレード)だな」

 

 

「し、しかし!!本能で動くモンスターとは違い私達は知性を持った人間ですよ?」

「はい、ですので全員が『引っ張られる』訳ではありません。あくまでベル様よりレベルが下の方のみです。ですが・・・『引っ張られる』という感覚は起こるのでそれに続きます」

 

リリルカが気になって調べたことだった。

『知性』を持った相手には『誘引』は可能なのか?と。

結果としては可能だった。

『本能』で生きるモンスターと違うとするなら、それは『抵抗』が可能だということ。

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯では、敵はベルだけを狙っていたために『誘引』の効果が分かりにくいというだけで、ベルよりも格下であればあるほどまず引っ張られるというのが検証結果だった。

 

 

「まじか、俺達モンスターみたいな扱いか・・・」

「仕方ありません。皆様の位置を知る術がないのですから」

「まぁ、仕方ないか。やるしかねえな」

「では諸君!迷子のベル君のために、頑張ろうぜ!」

 

「「「はい!」」」

 

 

少年の知らないところで、舞台は整えられていく。

 

■ ■ ■

 

 

廃教会に、1人の狐人が荷物を持って現れる。

女神に与えられた地図を手に、廃教会の中をキョロキョロと見て隠し扉を見つけてノックする。

 

 

「アルテミス様、ベル様・・・・春姫でございます。お世話に参りました」

 

キィィ・・・と扉が開き、女神アルテミスが恨めしそうに春姫を見上げる。

せっかくの2人の時間を・・・とでも言いたげに。

 

「・・・よく来たな。こっちだ」

「お、お邪魔します・・・」

 

そこには血を流し終えて半裸上体の少年が頭にタオルを置いた状態で座っていた。

 

「こ、こん?」

「オリオンの頭を拭いていたんだ。オリオンのやつ、髪の手入れも自分でできないなんて知らなかったぞ?」

「い、いえ、それはアリーゼ様のせいですので・・・」

「はぁ・・・まあいい。適当に座ってくれ」

「は、はい。」

 

春姫はバッグを降ろして必要になるからと言われていた物を広げていく。

 

・リトルバリスタ+小型魔剣(雷属性)

・リューのケープ+マスク

・ロングブーツ

・デュアル・ポーション

・直剣型魔剣(火属性)

 

「春姫さん、これは?」

「はい、リリ様が『魔法が使えないなら』と持ってきてくれました。ヴェルフ様も同様に。」

「じゃあ、これは?」

「それはリュー様が。『正体不明の冒険者がやったのなら、同じように正体を隠したほうが動きやすいでしょう』と」

「ブーツは?」

「それはアリーゼ様が『ボロボロになったの使うよりいいでしょ』と。」

「・・・・」

 

ベルは春姫が持ってきたものを髪を拭かれながら眺めて言葉を無くす。

何を言えばいいのか分からず、恐る恐る春姫の顔を見る。

春姫は、いつものように優しそうに微笑んでいた。

 

「春姫さんは怒らないんですか?」

「・・・そうですね、『困っていることがあれば、春姫はお手伝いします。派閥に入ったばかりの私です、追い出されたって痛くありません』そう言ったのに相談してくださらなかったことには悲しく思っております」

 

「う・・・・」

「ですが、ベル様の事情を詳しく知らないのも確かなのです。ですので、そうですね・・・この件が終わったら、埋め合わせをしていただければ」

「埋め合わせ?」

「はい!」

 

首を傾げて両手を合わせて微笑む春姫。

しかし、処女神は見逃さない。

 

「おい、私の前でそういう話はするな。」

「「すいません!!」」

 

その後は体が痛むベルにマッサージする春姫と、『私にもさせろ』とぶーたれる女神と一悶着が起こり、少年の心は少しずつ回復していく。

 

 

「・・・アルテミス様」

「何だ、オリオン」

「自分の眷族が・・・モンスターにされたら、どうしますか?」

「そうだな・・・・私の眷族が、他の眷族達を殺す悲劇を生むなら、殺すだろうな。救う手立てがあるなら別だが」

 

アーディの件も含めてアルテミスにふと、そんなことを聞いてしまった。

アルテミスは特に怒るでもなく言葉を続ける。

 

「仮に、だ。仮に私がモンスターに取り込まれたら、もう殺すしかないだろうな」

「・・・え」

「神を取り込んだモンスターは神の力を使えるんだ。何より、その時点で神は死んだようなもの」

「・・・」

「だから誰かに殺してもらうしかない。そして、何年、何十年、何百年と時間をかけて新たに生まれる」

「生まれる?」

「ああ。だからもし、私がお前達が倒した『アンタレス』に取り込まれていて、それをオリオンの手で私を殺したなら、私はお前に感謝してこう言うだろう」

 

アルテミスは微笑んで、頭を撫でる。

 

 

「『次にあったときは――一万年分の恋をしよう』とな」

 

その言葉にポカーンとするのは、少年と少女。

あれ、この女神様、結構なロマンチスト?なんて思ったが少年はすぐに笑みを浮かべる。

浮かべて、頬を抓られる。

 

 

「おい、なぜ笑う!?ようやく笑ったと思ったら!!」

「ご、ごめ、ごめんなさいっ!」

「ランテ達も言っていたんだぞ!?『恋は素晴らしいものだ』と!!」

「わ、わか、わかりましたから!」

「まったく、すっかりアストレアに絆されてからに・・・。1万年後くらいは私の番でもいいだろう?」

 

人差し指をちょんちょんとぶつけ合う処女神様のことを2人はきっと忘れないだろう。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――そう、俺が!!ガネーシャだっ!!」

 

謎の雄々しい姿勢を決めながら、象の仮面を被った男神はのたまった。

 

「知っているよ、ガネーシャ」

 

【ガネーシャ・ファミリア】本拠、『アイアム・ガネーシャ』のとある一室。

寝台の上で上半身を起こす藍色の髪の麗人、シャクティ・ヴァルマは慣れ切ったように主神の奇行に対応する。姿勢とともに差し出された果物篭を受け取り脇棚の上に置いた。

 

 

「突然だが、あ…ありのまま、起こった事を話すゾウ!アーディの恩恵が消えたと思ったら、アーディの恩恵が復活した!な…何を言っているのかわからないと思うがガネーシャも何が起きたのかわからなかったゾウ!あの光の柱が関係しているのか!?」

 

シャクティは18階層の強制任務で深手を負ってしまい、傷を癒すため部屋で過ごしている。

妹のアーディは依然として行方不明、一緒にいるはずの少年も行方不明で今回の一件に深く関係していることは察していた。

部屋の中にいたために、外で何が起きたのか。それは聞かされていなかったが。

心配はしているが、それでも派閥をまとめる者として動かなければならなかった。

 

 

「無茶をさせて、すまなかった」

「謝らないでくれ、ガネーシャ。至らなかったのは私達だ。モンスターの暴走を押し止めることができなかった。」

 

主神の謝罪に、シャクティは頭を振る。

顔を上げたガネーシャは、象面の奥から彼女の顔を見つめた。

 

「ガネーシャ・・・異端児とは、人類(わたしたち)と同じように・・・・あの怪物達も同胞のために怒れるのだな」

 

彼女達もまた動く。

群衆の主の眷族たる彼等は、一般市民を優先し守る。

 

 

「願わくば、仲の良い2人がまた帰って来ることを」



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ロンリーラビット-4-

正史のベル君と雄牛さんの違い。

雄牛さん
正史:片腕喪失。魔剣喪失。満身創痍状態。

この話:両腕健在。魔剣健在。修行帰還がちょっと短い。

ベル君
正史:仲間の協力あり。攻撃魔法あり。ナイフx2

この話:スキルの反動で疲れが残ってる。攻撃魔法なし。魔剣あり。ナイフではなく槍x2。


廃教会地下の隠し部屋。

そこに、1人の少年と1人の少女、そして1柱の女神がいた。

中央には戦闘衣装と少年の背丈とほぼ同じほどの布に包まれた物。

少女が持ち込んできた物資等が広げられていた。

 

 

「散らかってる・・・お義母さんに怒られる・・・」

「は、春姫が後で片付けておきますので・・・」

「いいから、やるぞ。まずは戦闘衣装だ」

 

女神アルテミスは戦闘衣装は何食わぬ顔で少年に手渡し、受け取ってそれを広げた少年は絶句する。

 

「これ、アルテミス様のじゃないですか・・・!?」

「お前は小柄だからな。サイズは何ら問題ないだろう?」

「で、でもっ」

「まさか、小娘の臓物で汚れたボロボロの戦闘衣装を着るつもりだったのか?」

「・・・すみません、さすがに処分させていただきました」

「うっ・・・」

 

少年が着用していた戦闘衣装は、血やら臓物やら何やらでドロドロ。おまけに言えば、格上との戦闘行為で既にボロボロで見るも無残な状態だったためアルテミスが少年が体を洗っている間に『ポイッ』と指で摘んでゴミ袋に入れ、それを春姫が処分していた。

そのため、少年が着用する物はなく現在進行形で言えば少年は春姫が持ってきていた浴衣しか着ていない。

 

「さすがにその格好で行かせるわけにはいかないぞ?」

「わ、わかりましたよお・・・」

「・・・ズボンくらいあるのだろう春姫?」

「は、はい。持ってきております!」

「問題ないな。」

「・・・はい」

 

一通りの装備の確認を次々としていき、最後に布に包まれた物をアルテミスが両手で抱えて今までと違って真面目な顔で問いかけてくる。

 

「オリオン、確認だ」

「・・・?」

「お前に、選択肢をやろう」

「選択肢?」

「そうだ。好きに選べ」

 

1つ、失敗したらアルテミスとともにオラリオを去る。

1つ、成功してもオラリオに、ファミリアに帰りづらいならアルテミスと共にオラリオを去る。

1つ、失敗してもオラリオに残る。

1つ、成功してファミリアの元に帰り今まで通りの生活を送る。

 

「アルテミス様はやっぱりオラリオにはいてくれないんですか?」

「ああ。ダンジョンの外にだって色々やることはあるからな」

「・・・・・」

「正直なところを言えば、お前はギリギリだ。無理をしてオラリオにいる必要はないだろう?」

「・・・・・」

「私達と一緒に、世界を旅して回るのも悪くないぞ?」

 

少年は黙り、女神の顔を見て、春姫を見て自分がどうしたいのかを考える。

確かに外の世界を旅して回るのもありかもしれないと思うし、けれど、春姫――ファミリアと今まで通りいられたら・・・とそんなことを考えていたら、出会った人の顔をふと思い浮かべる。勝手に距離を置いてしまった金髪の少女や、鍛冶師の兄貴分に小人族(パルゥム)の少女。ギルドのアドバイザーのお姉さんに、一緒に18階層に行った極東の冒険者に、相談相手になってくれる女神様に・・・異端児達と、そして、家族にしてくれたアリーゼ達。それらに別れを告げることを考えたら、苦しくなって、少年は頭を横に振って、アルテミスに返答する。

 

「僕は・・・オラリオに残ります。外の世界も興味あるけど・・・その、離れたくない、です」

「・・・・そうか」

「ごめ、なさい・・・何て言えばいいのか、わからないですけど、その・・・」

「いや、いいさ。もしお前が『行きます!』なんて言っていたら私はお前にサソリを喰わせていた」

「えっ」

「中途半端は許さんからな。『全部諦めて、一緒に行きます!』なんて言ったその日には、眷族達を動員して『じゃが丸君アンタレス味』を開発してお前に喰わせていたところだ」

「ひえっ」

 

少年は『この女神様ガチだ』と震え上がり、隣に座る春姫に抱きついてしまった。

春姫もアルテミスとは初対面だが、目が本気だったのを見抜いて同じように少年に抱きついてしまっていた。

アルテミスはそれを見てムッとしたが、一呼吸置いて布に包まれている物から布を取り払って見せ付けた。

 

「・・・・槍、でございますか?」

「本当はアストレアがオリオンに贈ったのと同じようなのを造ってもらいたかったんだが、ヘファイストスに怒られてしまった。」

 

こっちは土下座までしたんだぞ?最終奥義が通用しないとはどういうことだ?1本も2本も変わらないだろう・・・などと毒づいて膝の上に寝かせて撫でる。

 

「これは、『矢』だ」

「矢?」

「銘を【狩人の矢(ヴェロス・キニゴス)】と言う。まあ、()()と違ってこれは模造品(レプリカ)でな。あの赤髪の鍛冶師に『模造品(レプリカ)を造らされてるのか俺は!?』と言われてしまったが・・・まあ、性能としては申し分ないだろう」

 

三叉鉾のような、けれどどこか違う槍。そして穂の中央には石が填め込まれていた。

星ノ刃(アストラル・ナイフ)】が鏡のような刀身ならば、これは銀の槍。

ベルも春姫も、その槍に見とれていた。その2人の目の輝きを見てクスリと笑って続ける。

 

「いいか、お前はよく魔法の中に飛び込むと聞いているからな。材質としてはアストレアが贈ったナイフと同じ精製金属(ミスリル)を使ってる。あとこの石は、ロキの眷族にブーツに魔法を吸わせる変わった奴がいると聞いてな。真似させてみた」

 

「真似・・・させちゃったんだ」

「させちゃったんでございますね・・・」

 

この女神様は、『模造品(レプリカ)を造れ』だの『真似しろ』だのと言ったのか・・・とベルは思い、早くも赤髪の鍛冶師に会うのが怖くなった。会ったら絶対殴られる。そんな気がして。

そんな無茶振りをさせたその女神様は、ものすごいドヤ顔をして腕を組んでいるほどだ。

 

「えっと・・・」

「ああ、代金については既に支払い済みだ」

「ア、アルテミス・ファミリアが!?」

「いや、オリオンの貯金だが」

「「・・・・」」

 

ベルは知らない。自分がいくらお金を持っているのかを。

たぶん、お義母さん達が残してくれているんだろうな、だとしたら結構な額なんだろうな~なんて思っていたし実際そこまでお金に興味がなかったために今まで困ることもなかった。だというのにどうしてか今、タラリっと嫌な汗がつたった。なんなら会うのが怖くて逃げたというのに早速アストレアに泣きつきたくなるレベルで。

 

「お、お値段は、いったい・・・」

「ん?『0』が6、7つはあったな。」

「ヴェルフぅぅぅぅうぅぅぅぅっ!?」

「きゅぅ・・・」

「は、春姫さんが気絶したぁぁぁぁ!?」

 

優しくも厳しい処女神様はケロっとそんなことを言うわ、『え、そのお値段、私怨入ってないよね!?』と鍛冶師の顔を思い浮かべるわ、春姫が気絶するわで沈んでいた心など吹き飛ぶレベルでカオスがあふれ出した。

さすが武闘派の女神様!やることが違うぜ!なんてどこかで今日もじゃが丸君を売っている女神様の口調で言いたくなってしまった。

 

「――言っておくが、お前のナイフなんてもっと高いらしいぞ?それを『アストレア・ファミリアに借金を作らせたなんてできるか』と都市に対する貢献ってことで目を瞑ってくれているだけで」

 

「ひぅ・・・」

「それをまさか、落とすなんてなぁ・・・オリオンお前、呪われるぞ?」

「ぐふっ」

「アストレアに会ったらちゃんと礼を言うんだな」

「・・・・はぁぃ」

 

 

ベルは知らない。

丁度、【ロキ・ファミリア】の褐色少女が自分が出てきたクノッソスの壁をブチ抜いて戦闘が行われた現場をドワーフと共に確認に行った際に見つけて拾っていることを。

 

『あっ、これ』

『む、どうした、ティオナよ』

『これ、アルゴノゥト君のナイフだ。綺麗な刀身だから覚えてる!』

『そんな変わったナイフなんぞ、この世に1つしかないわい』

『えへへー今度会ったら返してあげよー』

 

 

知らない。ベルは知らない。

今現在地上で行われていることを、全くもって知らない。

 

「・・・こほん。それでだ、オリオン」

「あれ、お金のことは?いや、いいんですけど。アルテミス様ですし」

「細かいことを気にするな。どうせ、お前のことだからいくら稼いでるかも知らずにダンジョンに潜っているのだろう?」

「う、うん」

「使った分なんて勝手に貯まっていく。問題ない」

「うーん・・・まあいっかぁ。槍、格好いいし」

「それでだ、オリオン。お前は明日の晩、例の化物に変えられたという娘を助けるのだろう?」

「うん」

 

再び真面目な話に戻す。強引に。さらっと。

ベルはもたれかかって気絶している春姫に膝を貸してやりながら話を聞く。

 

「お前の魔法のことはアストレアから聞いている。まだ一度もその条件化で使っていないのだろう?」

「うん」

「成功すると思うのか?」

「・・・わからないです。でも、いけるような気がして」

「そうか・・・」

「うん」

「では、その場合、お前は『偉業を成し遂げた』ということになる。つまりお前が望む望まないに関わらず『英雄』になってしまうことになるが、いいのか?」

 

英雄(アルフィアとザルド)』に憧れこそすれ、別になりたいわけではない。

ただただ、英雄(アリーゼ)達に並び立ちたいという気持ちがあるだけだ。

それが恐らくは多くの人々、神々に見られて成し遂げるというのであれば、『怪物にされたヒロインを救い出した英雄』として名を刻まれる。そう言いたいのだろうとベルなりに理解して

 

「約束、したんです」

「約束?」

「えっと・・・『アーディさんが化物にされちゃったら、助けます』って。皆とずっと一緒にいたいから・・・」

「・・・そうか」

「それと・・・夢を見たんです」

「夢?」

 

どうしようもないほどの『絶望』が『希望』へと覆された夢。

2人の男女が話をしていて、建物の外には強い光の中に立つ4人の背中。

それに手を伸ばすけれど届かない、夢。

 

「僕は・・・その背中に追いつきたい」

「そうか」

 

アルテミスは慈愛の目で子供を応援するように、槍を両手で持ち上げ、ベルに渡す。

もう確認することはない、と言うように。

 

「頑張れ、オリオン」

「・・・はいっ。だから、見ててください。女神様が見ててくれるなら僕は、きっと、頑張れるから」

「ああ、アストレアとヘスティアと一緒に見ているぞ」

「・・・・うん」

「もう、気持ちは大丈夫そうだな?なら、寝るとしよう」

「はい。えっと、アルテミス様はベッドを使ってください」

「ん?オリオンはどこで寝るんだ?」

「僕は、ソファで。春姫さんとベッドを使ってください」

 

そんなことを言うベルに、アルテミスはムスッとして浴衣の襟を掴んでベッドに引っ張り込んだ。

春姫を抱きかかえていたベルは春姫の下敷きになるようにベッドに仰向けに倒れこむ。

 

「へっ?」

「そんなスキルの反動で疲弊したお前を、ソファで寝かせられるか。3人一緒に寝るぞ」

「え、でも、アルテミス様、そういうの駄目だって」

「仕方ないだろう!?」

 

ベルと春姫をベッドに押し込んで、アルテミスは灯りを消してベッドに入り込んだ。

真っ暗な部屋でベルは横の春姫の手を握って瞼を閉じた。

 

「――まだ、暗いところが怖いか?」

「――うん」

「すまなかったな、あの時、お前の元にいてやれなくて」

「――ううん、大丈夫」

「そうか」

「うん・・・おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

薄れゆく意識の中、少しだけそんなことを話して、頭を撫でられる感触がして

 

 

 

「―――お前ならできる、頑張れ、ベル」

 

そんなことを言われた気がしたけれど、疲れからか、すぐに意識は途切れた。

 

 

■ ■ ■

 

夢を見た。

地上が遠く、人々が小さく見える高い場所。

あまねく星々が見守るその場所に、2人の男、1人の女がいて会話をしている、そんな夢を。

余計な雑音などなく、やけに声が澄んで聞こえた。

それは神の最期の瞬間。罪人が処刑される前のような空気。

その中で、女は口を開いた。

 

 

「――『正義』とは?」

 

その問いに1人の真っ黒な男は冷たい目を見開いて答えない。

 

「あなたはずっと私達に問いかけてきた。『正義』とは何か?『正義』とはどこに至るのか?そしてわかるのならば、示してみろと、そう訴え続けていた。それはまるで・・・そう、()()()()()()()()()()()()ようにも見えた。少なくとも、私の目には。」

 

「・・・・」

 

「そして――今、貴方は満足している。戦い抜いた冒険者を見て・・・立ち上がった眷族達の姿を見て、貴方は『答え』を得ている。」

 

「・・・何を言っているのかわからないな。」

 

その黒い男は、誤魔化すようにはぐらかすけれどそれを女は許さなかった。

答えなければ、ここから引きずってみんなの前で問いただすと脅してさえいた。

その女は、最後の最後に散々自分勝手に振舞ってきたその男を困らせる事ができたことに嬉しそうにしている。

 

男は誤魔化すのをやめて、真面目な顔に切り替えて再度問われて口を開く。

 

「・・・君は、『正義』に絶対はないと言ったな」

「ええ、言ったわ」

「俺からすれば、それは間違いだ。俺には『   』が分かる。『   』を標榜していた俺にはわかる」

「それは、なに?」

 

男は腰に手を当てて、星を見上げて答える。

 

「正義とは――――【  】だ」

 

風の音が男の声を掻き消した。

 

「子供達はいつも面白いことを考える。『貨車(トロッコ)』の話だ。分岐器を切り替えなければ、5人を見殺しにする。切り替えれば、1人だけが死ぬ。」

 

僕がファミリアに入った頃に、ライラさん達にも同じようなことを聞かれた気がする。

どっちかが死ぬことを受け入れるなんて、僕にはできなくて結局答えが分からず、僕は頭が痛くなって机に突っ伏してしまったけれど、結局ライラさん達も答えを教えてはくれなかった。

 

「その選択に、ありとあらゆる『正義』が詰ってる。子供達はそう信じている。俺から言わせれば、真の正義はそこにはない。」

 

 

そもそも、どうして2択しかないのか、どうしてそこに選べるのが1人しかいないのかが僕には疑問だった。

 

「『正義』とは、――ことではなく、――――ことだ」

 

 

選択肢はきっと、2つじゃない。

やりようによっては、もっと、いくらでも増やせるはずだ。

徐々に、声が聞こえづらくなっていく。

 

「人々はそれこそを『正義』と信じ――神々は、それこそを『  』と讃える。」

 

3人は穏やかな笑みを浮かべて、何か納得がいったような顔をしていた。

僕は女のその微笑を、自分じゃない誰かに向けられているのが、少しだけ、ほんの少しだけ、気に入らなかった。

 

「・・・『答え』が欲しかった。」

 

「―――達は『答え』を口にはしなかったが・・・大丈夫だ。あの子達は、もう大丈夫。」

 

 

自分勝手な男は満足そうに女に語っていて、僕は悔しかった。

僕は・・・・『答え』を出せるだろうか。

 

 

それは3人だけが知る真実で、僕が見た断片的な夢。

僕は・・・・あの人たちに、追いつけるだろうか。

 

視界がぼやけ、夢が薄れていく。

 

 

「最後に、聞かせて。貴方は――――ていた?」

「当たり前じゃないか、俺は――――さ」

 

薄れていく夢の中で、最後の最後に、その真っ黒な影の男は、僕の嫌いな目をした男は心底優しそうな目をして何かを言っていた。

僕はきっと、その言葉を、答えを理解しても、受け入れることはできないだろう。

 

 

■ ■ ■

 

「フレイヤ様。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なに、オッタル?」

 

都市中央、バベル最上階。継ぎ目の無い巨大な硝子の前に立つフレイヤは、背後より投げかけられる従者の声に応じる。

 

「神ヘルメスから提供された情報について、どうお考えですか?」

「例の『異端児』のこと?そうね・・・・」

 

騒動が起き神ヘルメスが女神ヘスティアが異端児と接触した後、神ヘルメスは女神フレイヤの元に訪れていた。フェルズに頼まれた『舞台』を用意するために。

 

『フレイヤ様、オレはこれから起こる事を、ベル君が成す事を何もせず、見守っていただけないだろうか。』

 

それに対するフレイヤの答えは、

 

『何故・・・私が動かなければならないの?』

 

であった。万人が見惚れるほどの美しい微笑みつきで。

キョトンとするヘルメスは頬をかいて、これから起こることの大雑把な流れを話す。

もっとも、『異端児』がどうだとかそのあたりはフレイヤからしてみればどうでもよかった。

興味があるのは、ベルについてだけ。

手に入れたいが、難易度が高すぎて手に入れられない。けれど、様子だけは伺ってはいた。

下手にちょっかいを出して、また月女神(アルテミス)大神の妻(ヘラ)あたりにいつぞやのように怪物の死体を投げ込まれては堪ったものではない。

 

【ベル・クラネル】攻略難易度はルナティック。

・魂の輝きはフレイヤが初めて見る透明であることには変わりない。けれど、悪神の神威の影響か、黒い靄がかかっている。

・下手に周囲から孤立させれば、その時点で少年は壊れる。

・例え魅了を使っても同じ。

・不安定さ故に、簡単に壊れやすい。

・義母あたりに何か告げ口されているのか、美神を警戒している。

・というか、イシュタルみたいなことをされたくない。

(アリーゼ)辺りに吹き込まれているのか、街娘にしても警戒心が多少なりある。

 

とにもかくにも、仮に少年以外を魅了の支配下に置いたところで、その時点で壊れてしまうのだから、普通に接触するしかないのだが、その接触すら難しい。

フレイヤは地団駄を踏んだ。

 

 

「黒いミノタウロスねぇ・・・オッタル、知ってる?」

「いえ、ですが、しかし・・・・」

 

フレイヤはワインの入ったグラスを揺らし、口をつける。

そして、外を眺めて微笑する。

 

「少なくとも、明日には何かが起きる。私は別に何をするでもなく見ているだけでいい。」

 

どっちにせよ、あの子以外はどうでもいいもの。

フレイヤの関心は相変わらず少年ただ1人。彼と比べれば異端児の命運もウラノスの思惑も正直どうでも良いと思っている。これから成し遂げるであろう少年の偉業を、フレイヤは待ち遠しそうにしながら、ヘルメスの言う『舞台』にほんの少しだけ、関心を寄せた。

 

 

名無しの異端児(ネームレス)とベルを戦わせる・・・ねぇ。ふふっ、あの時のようになるかしら?」

 

 

■ ■ ■

 

 

私はぼやけた視界の中、ゆっくりと覚醒する。

だらんと体を落としていたのか、上体を起こすもやはり視点が高い。

不思議な事に、今はどうにか頭の中が落ち着いていた。

それでもどこか記憶が曖昧というか、チグハグだが。

 

「お、起きたのか!?大丈夫か?えっと・・・ウィーネか?アーディっちか?」

 

蜥蜴人(リザードマン)が声をかけてくる。

今の私が誰なのか・・・・恐らくとしかいいようがないが

 

「アーディ・・・だと思うよ」

「そうか、よかった」

「ベル君・・・は?」

 

最後に覚えている視界に映った光景、大粒の涙を流す男の子の安否を自分よりも優先して聞きだした。

蜥蜴人(リザードマン)は笑っているのか口角を吊り上げて大丈夫だと伝えてくる。

私達の会話が聞こえたのか、暗闇の奥から黒衣の魔術師が近づいてきて声をかけてくる。

 

「アーディ・ヴァルマ、調子はどうだろうか?」

「うーん・・・よく、わからない。でも、頭の痛みは今は無いかな」

「そうか。それは何より」

 

黒衣の魔術師――フェルズさんは私に一通りの事情を説明してくれた。

どうやら私は一度、死んでしまったらしい。

好意を寄せている男の子の目の前でバラバラに死んで、男の子の体を自分の臓物で汚したらしい。

そして、フェルズさんの蘇生魔法で生き返って恐らくは半日ほどは眠っていて日を跨いだのだという。

 

「どうして私の体・・・・濡れてるの?」

 

体を見渡してみる。

腰より下は、アラクネを彷彿させるようだが、蜘蛛の部分は竜種の体だった。

背中には不釣合いな、これもまた竜種の翼で動かそうと思っても動かない。

胸は何故だかちょっぴり大きくなっていた。あの子は喜ぶだろうか。

腕や太もも、頬には鱗があった。これは、竜女の特徴だろう。

裸だったのか、胸には布を巻きつけられていた。

そして、私の体は全身が水浸しだった。

 

「君の体は絶えず崩壊しかけていてね。回復魔法やポーション、エリクサーとかけて君の体を維持させていた」

「・・・・・私、どうなるの?」

「今日の晩、月が真上に来るまでにバベルまで行ってもらうことになる」

「私、討伐されちゃうんじゃ」

「彼が魔法を使う。だから、我々が危険な目にあうことはまずないだろう」

「そっか」

 

あの子が助けに来てくれる。

なら、任せられる。

 

「信じているのか?」

「あの子は・・・そういう子だから」

「そうか」

「うん」

 

私達は夜に合図が送られてくるらしく、そこから行動開始。

ダイダロス通りから来た道を戻るようにクノッソスからダンジョンに帰還するらしい。

そして、道中、逸れてしまっている同胞とも合流もしくは別ルートからダンジョンに帰還。

しかし、私はバベルに向かう。

どういうわけかはわからないが、中心地がいいらしい。

 

「別に中心である必要、ないと思うけど・・・」

「私もそう思ったのだが・・・神ヘルメスに決められてしまった」

「誘導ハ私ト、リド ガスル」

「体、動かせそうか?」

 

リドに言われて、私は自分の体を再確認。

腰より上――本来の肉体部分は何の違和感もなく動かせる。

腰より下は、何と言うか、違和感はあるがなんとか動かせそう。

 

「うん・・・早くは動けないけど、何とか」

「ふぅ・・・最悪、この魔道具をオレっちかグロスにつけてアーディっちにオレっち達を襲うようにして誘導する手段をとるところだったぜ」

 

あの神様は何恐ろしい魔道具を渡しているんだろう。

アスフィがまた無茶振りさせられたのかな?

 

「私とベル君は・・・今、お尋ね者?」

「いや・・・・行方不明扱いだ。」

 

お尋ね者でないなら、いいか。

少なくともあの子が悪く言われる状況でないのなら。

 

「えっと、あとどれくらい?」

「もう少しだ。今は夕方。じきにはじまる」

「・・・よろしく、おねがいします」

「ああ、任せてくれ。君の体を少しでも維持するために、リド達にも回復薬を渡している。異常があればすぐに伝えるんだ」

「・・・はい」

 

あの子が、頑張ってくれるなら、私も、頑張らなくては。

そんなことを考えながら、瞼を閉じて、姉のことを思い浮かべる。

きっと、心配している。全部終わった頃、きっと怒られるだろうなあ。

この意識がウィーネちゃんなのか、アーディなのかはハッキリとしないがどうか助けて欲しい。

そんなことを頭の中で呟くと、片手が親指を立てていた。

 

 

そして、時間を報せるように、獣達の咆哮が響き渡る

 

■ ■ ■

 

 

「じゃあ、アルテミス様」

「ああ、行って来い」

「はい。・・・春姫さん」

「はい」

「えっと・・・その・・・」

「くすっ。行ってらっしゃいませベル様。私も、見守っております」

「はい。行ってきます」

 

 

暗くなり始めた時間。

女神のローブにケープを羽織り、覆面で鼻まで隠し正体を完全にわからなくした冒険者が廃教会から歩み出す。

その背には銀の槍と赤い槍が。

手甲のない右腕にはリトルバリスタ。

腰のホルスターにはリトルバリスタ用の魔剣と、直剣型の魔剣。

 

 

「―――なろう、僕は今日。この時だけ、『英雄』に。」

 

歩き出しダイダロス通りへと向かう少年。

監視していたエルフと少年の知己達も行動を開始する。

 

 

そして、ダイダロス通りに入る辺りで、合図替わりの魔法を空に向かって放ち、さらに少年は歌う。

範囲はダイダロス通り全域。

目的は、『鍵』の奪取。

次にバベルへ向かう。

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

月は未だ真上には届かない。

故に条件は満たされていない。

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】」

 

魔法で加護を与えるのは異端児と冒険者と一般人。すなわち地上に出ている存在。

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】」

 

ここからは目を瞑る。

スキルの反応にのみ意識を向ける。

突然現れた反応は闇派閥として認識する。

それらに、襲い掛かる。

 

「【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】」

 

『鍵』を奪い取って、異端児達に与える。

闇派閥以外に対して攻撃できないのであれば、【ロキ・ファミリア】だろうと何もできはしない。

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】っ!」

 

 

異端児を守る。

アーディもウィーネも助ける。

そのあと、少年がやろうとしていることを・・・きっと誰もが怒るだろう。

 

 

「さあ―――【足掻いて見せろ、ガキ共】ッッ!!」

 

叔父の言葉を使って、誘い出そう。

 

 

 

『冒険』の時間だ。




ヘルメス様:『雄牛vsベル君』の舞台を見繕って欲しいと頼まれてる。
     ベル君だと知られているわけじゃないので英雄回帰イベをする必要が無い。
     アーディを誘導するための魔道具として正史でエイナがつけているブレスレットを渡してる。


フレイヤ様:動く理由がない。


アストレア様:ヘスティアに協力してもらって『被害者の会』も使ってダイダロス通りに向かわせて間接的に動いてる。


ティオナ:ナイフ拾ったのに、あの子どこにもいないんだけどぉぉぉ!?
アイズ:ベル・・・どこ・・・


ベル君がやろうとしてる誰もが怒ること:『セオロの大森林』

異端児+ヘスティア:ベル君をファミリアに帰す、自分たちもダンジョンに帰る


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ロンリーラビット-5-

主な流れは正史と変わりません。
目的がちょっと違うだけで。

人を動かすの難しくて、矛盾点があったりするかもしれませんがすいません。


その日、2つの柱が天を穿った。

1つは神イケロスの送還による光の柱だ。

 

【アストレア・ファミリア】を通してギルドに連行されたイケロスは、都市の密輸に関わる【ファミリア】の行いを認めた。そしてギルドの目を盗んでモンスターを捕獲していたことも。都市に衝撃を走らせたモンスターの地上出現は彼とその【ファミリア】が招いたことであると断定され、事件の翌日の晩に合わせて送還された。

もっとも、これは表向きの理由だがもう1つの理由としては公表するわけにはいかなかった。

自分達が住まう足元・・・『ダイダロス通り』の地下に人工的に作られた迷宮がある、そしてそこが闇派閥の住処(アジト)がある。ましてや、冒険者や一般人を怪物に変えることができるアイテムが存在するなど公表すればそれこそ大きな混乱になりかねなかったからだ。

 

【冒険者を、人を怪物に変える】という蛮行を見逃した。これが公表できない理由であり送還するに値する理由だった。

 

『神イケロス、あなたを()()として使わせてもらう』

 

それがフィン・ディムナが女神アストレア、男神ガネーシャと話し合った末の神の利用だった。

迷宮街の中でも外れ、並ぶ民家に囲まれた幅広の通りで、異端児達が現れた場所。

その場所を報せるための光の柱であり、刻限を報せるための合図。

 

「ちっ仕方ねえなあ・・・・せっかく面白いことが起こりそうなのに、それを直で見届けられないのが心残りだ」

 

日は落ち、闇が広がっていき住民もいない中、イケロスは【ロキ・ファミリア】が陣を移している中央地帯を見つめて笑う。

 

「ガネーシャ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だ!ガネーシャだからな!大丈夫!痛いのは最初だけだ!!」

「うーん、その言い方は何か違う気がするのだけれど・・・」

「・・・シャクティだって己の役割を全うしているのだ。ならば俺もしっかりしなくてはな!」

「そう・・・」

「お前の眷族には、辛い思いをさせてしまったようだ。すまない」

「いいのよ、ガネーシャ。大丈夫、あの子は強い子だから」

 

アストレアは空を見上げて、刻限を告げる。

 

「ひひっ・・・うまくやれよぉ」

「・・・俺が!ガネーシャッ!!だぁっ!!」

 

ガネーシャはいつものように叫び声を上げて勢いよく、刃をイケロスの胸に差し込んだ。

アストレアは『やっぱり大丈夫じゃないじゃない!』と動揺。イケロスは『おいもうちょっと優しく・・・!』とこちらも動揺しながら衝天。天に帰った。

 

さらに別の方角では、雷の柱が天を穿った。

それが合図だった。

ともに光の柱が天を穿つと、数瞬、間を置いて獣達の鳴き声が鳴り響く。

 

「はじまったわね・・・行きましょうガネーシャ。いつまでもここにいると邪魔になるわ」

「・・・・ああ、そうだな。」

「大丈夫。2人はちゃんと帰って来るわ」

 

2柱の神は舞台から退場する。彼女達の役割は終わった。

次は眷族達の番だ。

 

 

■ □ ■

 

空に2本の光の柱が生まれる。

 

「団長」

「ン、動き出したか・・・。」

 

迷宮街の中心地の古城を彷彿とさせる大型の建物の屋上。場は広く、『ダイダロス通り』全域を見渡す事ができる。地面を挟んで真下に存在するのは『人造迷宮(クノッソス)』。ダイダロスの遺産を防衛するように団員が配置されていた。

 

「取りうる進路は、6つ。」

 

長机に広げられた地図の横に置かれた光り輝く眼晶(オクルス)を一瞥しながらフィンは呟く。

ディックス・ペルディクスの死体、その防具の中にあった『手記』を確かにフィンは回収し、出入り口の場所を確認する術がない異端児達へと通達する。これはあくまでも表向きでの攻防戦。実際に行われるのは地下から現れた『闇派閥』から『鍵』を奪い取るということ。

 

「いいか愚者(フェルズ)、手記によれば『ダイダロス通り』の中央地帯・・・地下に存在する『人造迷宮(クノッソス)』には、北東、北西、西、南西、南東、東の6つの門がある」

 

指先で地図上にある6つの門をなぞっていき、ちょうど円を描く。

眼晶(オクルス)の向こう側では、異端児達が身じろぎせずに情報を頭に叩き込んでいた。

 

『我々はこの6つのうち、1つを突破してダンジョンへと向かう』

「そうだ。僕の団員も全員が君達異端児のことを理解しているわけじゃない。僕の判断だからと従う者もいるが、よく思っていない者もいる。だから、見せ付けてくれ、君達のあり方を。そのための攻防戦でもある」

 

水晶の向こうから生唾を飲み込む音を聞いて、フィンは続ける。

 

「無論、行動を開始するのは合図の後の()()が展開された後だ。君達も僕達も『共に傷つかない』状態で、守りを固める僕達にぶつかってくるんだ」

 

仲良く闇派閥探しなんてしていたら、それこそ敵に警戒されてしまうからね。だからこそ、交戦する。傷つかない戦闘を。

 

『・・・なら、まずは進路上のあんたら【ロキ・ファミリア】の守りをできるだけ引き剥がさないといけない、ってことか』

「その通りだ、リド。」

『そしてこちらの飛行できる異端児は、地上で戦闘する者が奪取した『鍵』を回収して門へと向かう』

「・・・そうだ。鍵を『回収したら頭上に投げろ』と団員達には伝えている。ただし」

『ただし、確実に入手できる保証はない。恐らく出てくるのは下っ端の信者達だろう』

「その通り。あえて他に警戒することがあるとするならば食人花や人造迷宮(クノッソス)にいた新種かな。」

『・・・了解だ。【勇者】』

「では異端児達、健闘を――」

『1つ、伝えておきたい』

「何かな、愚者(フェルズ)

『・・・アーディ・ヴァルマはバベル前の広場へと向かわせる。だから』

「ああ、彼女には手は出さないよ。威嚇程度で誘導する場合はあるかもしれないけれどね」

 

フィンは一通りの流れを確認した後、通信を切り上げる。

それと同時、『ダイダロス通り』一帯に魔法が広がった。

攻撃魔法が使える団員に、魔法が発生させられないことを確認し、これがベル・クラネルの魔法であることを通達させる。

 

 

「さあ、リリルカ・アーデ・・・・僕に師事したんだ、精々出し抜いてくれよ同胞。」

 

ただのサポーターだと卑下する彼女に、指揮官としての才を見たフィンは空いた時間とは言え、指導をしている。そして今回、この攻防戦で『出し抜いて見せろ』という課題を課していた。故に、ダイダロス通りの地図は渡しても、『門』の位置の記載は一切していない。

 

 

「各団員に通達。魔法が展開された。ただし、闇派閥に対しては攻撃は通じるだろうから臆せず戦え、遠くないうちに『こと』が起こる。部隊を作戦通り展開させろ」

 

「はい!」

 

今回、フィンの補佐を務めるのはアナキティ。

報告を持ってきた彼女にフィンは指示を飛ばす。猫人が走り去り、声を張って周囲の団員達に伝令していた。

 

フィンが団員達の前で『武装したモンスターと結託することにした』という言葉を発した際、団員達は騒然とした。その際、そのざわめきを断ち切るようにアナキティの細い腕が真っ直ぐ伸びフィンに問いかけた。

 

『体裁ではなく、建前でもなく、団長ご自身は『武装したモンスター』のことを、どうお思いになっているんですか?』

 

椅子からゆっくりと立ち上がった猫人の声は、試すような響きを帯びていた。

フィンは声音を変えるでもなく、返答する。

 

『利用、と言いたいが・・・あえて『信用』と言おう。僕はあのモンスター達が信じるに値する存在だと、そう捉えている。』

 

その『信用』という言葉に団員達の喧騒が膨らむ。

アナキティは表情を変えず、問いを重ねた。

 

『私達の中には、モンスターに仲間を殺された者もいます。家族や、恋人だって。それを知っていてなお、信じると、そうおっしゃるんですね?』

『そうだ』

 

もしも、ベル・クラネルならば、こう言うだろう。

 

エルフに仲間を殺されたドワーフがいたとして。

ドワーフに同胞を奪われたエルフがいたとして。

神に家族を奪われた子供がいたとして。

その時、彼等は仇の種族を、神を全て恨むのか?と。

 

しかしフィンはそんな『愚策』は持ち出さない。

その言葉は、彼だからこそ言える言葉であるからだ。

モンスターは人類の敵。排除すべき下界最大の悪腫瘍。

それの意味を理解した上で、『毒』を呑むと明言する。

小細工なし、万の言葉ではなく、一の意志を示すことを選んだ。

でなければ、どうして『怪物』とともに戦う事ができるだろうか。

包み隠さず、偽りのない意志を宿すフィンの碧眼を、アナキティはじっと見据えた。

 

『・・・・わかりました。なら私は、これ以上なにも言いません』

 

2人の視線が交わること暫くして、彼女は静かに着席した。

 

『もっとも・・・・彼等の存在を見て知ったのは、ここにいるメンバーで言えば、僕、アイズ、リヴェリアだけだ。だから君達がそう簡単に納得しないことも理解している。』

『私は、竜女(ヴィーヴル)の・・・女の子に、助けられたよ』

 

静かに手を上げたアイズが、行方不明事件の際に竜女(ヴィーヴル)に助けられたことを語る。

彼女の目には、モンスターに向ける憎しみだけの感情はなかった。事実だけを伝える。己の中で、答えを出している。

 

『あれは、偶然なんかじゃない。あの子は、自分の意志で冒険者を盾にしたモンスターから、自分の身を挺して、守ってくれた。あの子の目は、私の知る怪物の目なんかじゃ、なかった。』

 

それだけ言って、アイズはそれ以上口を開かなかった。

その後、フィンは『武装したモンスター』を今後、『異端児』と呼称すること。

その知性の高さから、【イケロス・ファミリア】に何度も仲間を狩られていたこと。

敵の敵は味方などというつもりはないが、『利害』は一致している。そして、それは共通の敵である闇派閥、ひいては人造迷宮(クノッソス)の攻略に限り『御せる』と

 

『僕はそう、判断した』

『団長、それでは・・・』

『ああ。この御託は、あくまでも人造迷宮(クノッソス)を攻略するため・・・都市の存亡を賭けた戦いに、勝利するために。そして・・・1人の少年に借りを返すための茶番。それをやるためだ』

 

そして、フィンは団員達に脱退の志願者がいても止めはしない、そしてこのまま僕達と戦ってくれるなら・・・と退出する前に最後に述べた。

 

 

『どうか、『見極め』てくれ。異端児達を』

 

 

結果、団員達に脱退者はでなかった。

今も悶々としている者もいるが、前回の人造迷宮(クノッソス)で死者が少なくすんだのは、1人の少年のおかげだからと、それが頭から離れなかったからだ。その少年があちら側についているのならば、見極めなければ・・・と。それだけだった。

 

 

空が見下ろす広大な迷宮街。その中で、とある1つの影が人知れず無人の建物をよじ登り、その巨体に似合わぬ軽やかさで屋上へと躍り出た。覚悟を刻むように一瞬の間を挟んだ後、獣のように夜空を仰ぐ。

 

ォオォォォォォォォォ―――――・・・・・。

 

怪物の遠吠えが闇夜を震わせた。

低く長く続き啼き声は『ダイダロス通り』の隅々に響き渡り、都市の端にまで届く。

冒険者達は一斉に顔を振り上げた。誰もが動きを止め、その時が来たことを知った。

 

2つの光の柱が合図。

1つの魔法が、全ての冒険者と異端児達への行動開始を促す報せ。

1体の怪物の啼き声が、同胞への『号令』。

そして、いつかの大抗争で聞いたような、悪に堕ちた『英雄の男』の声で引っ張られる感覚に襲われた。

 

 

 

 

「き、きき、きやがるぞ・・・モンスターどもが!」

 

ダイダロス通りに入り込んでいたモルドが不細工な笑みを浮かべて震えた声を上げる。

 

「はじまったわね・・・頑張りなさい、ベル」

 

赤髪の女が、『ダイダロス通り』に一般市民が入らないように警戒網に居座る。

 

「フィルヴィス、【ロキ・ファミリア】の動向を追え」

「はい、ディオニュソス様」

 

金髪の男神は妖精の従者に指示を出し、『契機』となりうる一戦を見守る。

 

「いよいよやなぁ」

「そうねぇ」

「心配か?」

「それはまあ・・・もちろん」

「『一般人』だけはあそこには入られへん。いるんは全員、冒険者や。まあ、警告を無視して居座る阿呆がいるっちゅう可能性は捨て切れへんけどな」

 

朱髪の女神が、胡桃色の髪の女神に少年のことを聞き、別の高台でダイダロス通りを見守る。

 

 

■ ■ ■

 

 

ダイダロス通りに到着した途端、周囲の冒険者達の存在を確認する。ここが『臭い』と睨んでいる同業者達はそろそろ事態が動くと直感しているのかピリピリとしていた。僕はそれを見て、空に向けて、少年は手を上げて魔法を詠唱する。

ダンジョンで襲ってきた仮面の人物から奪った魔法を。

 

「―――【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

 

精霊の魔法では、目立ちすぎるから。

使うなら、人造迷宮(クノッソス)か、それこそ、ダンジョンで何かが起きたときに。そんな気がして、ずっと使わずにいる。

 

「【ディオ・テュルソス】ッ!!」

 

1つの雷の光をもった魔法が空を穿つ。それによって、周囲の冒険者達はいきなり『謎の冒険者』が現れたとざわめき始める。

ほぼ同時、別の場所で神が送還されたことを知る。

さらに、魔法を詠唱。

 

「―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】!!」

 

魔法を展開し、マジックポーションを飲んで『誘引』し行動開始。

魔法の効果時間は15分。

15分間の戦闘の幕が上がる。

 

「・・・・貴方達を、使わせてもらいます」

 

少年よりも階位が低い冒険者は、何の違和感も抱くことなく『誘引』に引っ張られて武器を取り出して追いかけてくる。

それを追いかけられる形で、少年は走り出す。

気配を探知し、そこへ真っ直ぐ。

先ほど聞こえた咆哮へと向かうように、突き進む。

 

 

「―――氷の、壁?・・・・魔剣?」

 

後方から追ってくる冒険者を確認しながら、地下から現れる存在をすぐさま察知するために集中していると、あちこちで氷の山ができていた。

それと同時。それに便乗するかのように、突然、反応が増えていく。

 

「誰が?・・・でも、あそこに行かないと・・・・!」

 

一瞬、赤髪の兄貴分の顔が浮かんだが、そんなはずがないと、少年は目を瞑って再度『誘引』して加速する。

氷山の壁の中には、【ロキ・ファミリア】のドワーフがいた。

 

「ぬぅぅうううううううう!?」

 

少年は、ベルはその光景を見て、ドン引きした。

半身を凍らされているのに、力ずくで氷を壊そうとしていたから。

けれど、次々とドワーフは魔剣を連射されていく。

冷気の煙でベルからは見えにくいが、増えていく反応はモンスターと闇派閥だと推測し、その中に突っ込んでいく。

 

 

「『氷鷹(ひよう)』!」

「このドワーフさえ消せばあああああああ!」

「『氷鷹(ひよう)』!」

「こっ、この化物を押さえろおおおおおおおおお!?」

「『氷鷹(ひよう)』!」

「だ、騙まし討ち御免!」

「『氷鷹(ひよう)』!」

『シャアアアアアアアアアア!』

「『氷鷹(ひよう)』!」

「あのドワーフはちょっとやそっとじゃ死なん!全員でかかれぇー!」

「「「うおおおおおおおおおおおお・・・おおお!?」」」

 

弾ける吹雪の余波を目印にして群がっていく闇派閥の残党、何発も放たれる魔剣名と思しき雄叫び、極東人らしき少女の奇襲、襲いかかってくる極彩色のモンスター、おまけに愉快犯ばかりに周囲を扇動する腐れ最上級鍛冶師のかけ声。全ての勢力がドワーフを狙った。

そこに、冷気の煙を割って、突っ込んでくる『謎の冒険者』を確認した白法衣の者達は唖然とした顔をして・・・次第に凍りつく。

『謎の冒険者』が右腕に持っている銀の槍は、冷気を・・・魔力を吸収していた。

そして、その後ろには10を超える冒険者が怒りの形相で向かってきていた。

 

「『鍵』を貰う・・・!」

 

ドドドドド・・・!!と音を立てて近づいていく。

ドワーフが溜息をついて、団員達に下がるように指示を出す。

 

「な、なぁ・・・!?」

「冒険者が一斉に・・・!?」

「ガ、ガレスさん、これ、どこかで見たことがあるような・・・?」

「馬鹿者、ダンジョンで見たことくらいあるじゃろう。巻き込まれるぞ、さがっとれ」

 

そして『謎の冒険者』は、冷気を纏った槍を振り回しながら、食人花を一掃、地面に突き刺して闇派閥の残党達の身動きを封じて偶然にも手に『鍵』を持っていたのを確認して奪い去ろうとして

 

「おーい、ベル!」

「ベル殿!」

 

声をかけられた。声をかけられて、目を見開き、肩を揺らして、声のする方へと振り向いた。

 

「・・・なんで」

 

なんで、いるの?と言えなかった。

いるはずがないのに、何も言わなかったのに。

建物から降りてきたのか、ガレスを凍らせている氷山の向こう側に、兄貴分のヴェルフと極東の少女の命がいた。

 

 

後ろで巻き起こるのは、冒険者の波。

それは図らずも『行方不明事件』の被害者が紛れ込んでいた。

 

「パ・・・怪物進呈(パスパレード)ォ!?」

「冒険者を使った怪物進呈(パスパレード)って・・・」

 

唖然とする【ロキ・ファミリア】の団員達を他所に、闇派閥の残党へとボキボキと拳を鳴らしながら近づいていく荒くれ者達。

 

「おうおめえら、世話になったな!借りを返させてもらうぜぇ!!」

 

モルドが、その仲間達が、荒波の様に押し寄せ傷つかないのを言い事に暴行を開始する。

中には『経験値ヒャッハー!』なんて言いながら、身繰り身を剥ぎ始めていた。

 

「おい、『鍵』ねえぞ!?」

「ハズレか!?」

「おいゴラ!『鍵』はどこだ!?」

「ゲ、ゲフッ」

 

哀れモルド、当りは幸運にも少年が奪い去っていってしまっていた。

荒くれ者達は、あの時の腹いせをするように、暴行を加え、縛り上げていく。

 

「モ、モルド!モンスターがでやがったぞ!?」

「ああん!?怖がんじゃねえ!俺達は今、ダメージなんて負わねえよ!ぶっ殺せ!」

 

魔法の効果で守られている冒険者達は、果敢にも攻めていく。

食人花を、水蜘蛛のようなモンスターもお構いなしに。

 

 

ガレスと椿が氷山を砕き、ベルはいるはずのない知己と再会を果たした。

 

「・・・・・」

「よ、ベル。その槍・・・どうだ?」

「・・・え?」

 

怒られると思ったのに。いつもの様に、笑っていた。

ベルの顔を見ても、特に何を言うでもない顔だった。

 

「アルテミス様が急に来てよ、『槍を作れ』って言われてよ。それ、【ロキ・ファミリア】の【凶狼(ヴァナルガンド)】のブーツと同じ仕様なんだぞ?注文がうるさくて、椿と合作する羽目になった」

 

それは、鍛冶師としての武器の解説だった。

 

「・・・な、なんで、いるの?」

「友だからだ。」

「――――!」

「派閥は違う、けど、もう何度もダンジョンに行ってる。俺達は、信用できないか?」

 

少年は、泣きそうな顔でブンブンと頭を横に振る。その勢いで、顔を隠していたフードが落ちて覆面だけの素顔が露になる。

 

「もっと、迷惑をかけろ。俺の立つ瀬がないだろう?お前がいなくなったら、誰が俺の鍛えた作品を宣伝するんだ?」

 

ワシャワシャと雑に頭を撫でて笑いながら、そんなことを言って、最後に、拳骨を落とした。

 

「ひぎっ!?」

「これは、相談の1つもしなかったことに対してだ。一緒に異端児達の里に行ったのに、何で何も言わねえんだよ」

「――ぼ、僕のせい、で・・・アーディさんが・・・あんなことになった・・・言えるわけない・・・怖くて、怖くて」

「んなもん、お前が何とかするんだろ?その手助けくらい、させろ。」

「ベル殿。自分は異端児のことは会っていないのでよくわかりませんが・・・貴方は、何も間違っていないことくらいはわかります!」

 

少年とヴェルフのやり取りを見守っていた命が口を開く。

ここには、貴方が助けた人たちがいる、と。

今回、直接手を貸してやれない【アストレア・ファミリア】が助けてくれる人材を用意した、と。

 

「アリーゼさん達が・・・?」

「ええ、私達も、そして【ヘルメス・ファミリア】もいます。あなたに助けられた恩を返すために。」

「僕が・・・助けた・・・?」

「だから、もっと迷惑をかけろ。もっと頼れ。」

「・・・・・ぐすっ」

「貴方は自分達を18階層に連れて行くどころか、春姫殿まで助けてくれた。なら、動く理由には十分です!」

 

命はベルの手を握って、微笑を向ける。

ベルは気が付けば涙を流していた。

振り返ってみれば、荒くれ者達は戦いを終えていた。

そこには、知っている顔があった。

 

「・・・モルドさん、いつから?」

「おめえのスキルに巻き込まれたんだよ」

「・・・・」

「あのモンスター共に助けられたしな」

「覚えてたんですか?」

「フォモールにお姫様抱っこされたら、忘れられるわけねえだろ。せめてもっとこう、美人なやつだったらよお・・・」

 

何言ってんだこいつ、と同業者達にそんな目を向けられ『こいつ怪物趣味に目覚めかけてるんじゃね?』『殴れ!殴れ!!』と魔法の効果で守られているのをいいことに意味のないリンチをはじめていた。唖然としているベルにヴェルフが状況を説明してくる。

 

「ベル。お前はダイダロス通りから出て、バベルに向かえ。」

「え?」

「ベル殿。ここで行われている戦闘は【ロキ・ファミリア】に対してではありません。」

「いや、でも、ガレスさんが」

「【重傑(エルガルム)】がそう簡単にくたばるわけねえだろ」

「ワシは頑丈なのが取り得なドワーフらしいからの」

 

肩をゴキゴキと鳴らしたガレスが『しかし威力が高すぎるぞ。死人が出たらどうするつもりじゃ』と愚痴を入れるも椿が『いやいや、それくらいが丁度いいであろう?』と笑ってのけていた。

 

「これはまあ・・・闇派閥の奴等をおびき出すためのものでよ、あとはリリ助の試験らしい」

「試験?」

「なんか、【勇者】に課題をだされたらしくてな。ついさっき、『【超凡夫(ハイノービス)】、チョロすぎますううう!!これで『門』の位置は全て把握できました!!いえーい!』てはしゃいでたな」

 

「まあ、その後・・・『【貴猫(アルシャー)】に捕まりました・・・囮をさせられました・・・フィン様に『僕の団員に捕まるようじゃ、まだまだだね。』なんて言われてしまいました・・・トホホ・・・』とやけに落ち込んだ声が聞こえてきましたが」

 

つまりは、【ロキ・ファミリア】サイドはフィンが。他の冒険者勢力をリリルカが指揮して、『鍵』の奪い合いをしていた。

 

「それも、ベル、お前が魔法を使うことを前提にな」

「・・・・」

「お主の考えなんぞ、フィンからしてみれば『わかりやすすぎる』ということじゃ坊主。」

「うっ」

「まあ、ベルは頭が良いわけじゃねえからな」

「はぅっ」

「暴れまわって『鍵』を奪い取るなんて・・・それも【冒険者進呈(パスパレード)】なんて滅茶苦茶もいいところですが。」

 

次々と駄目だしされていく内容に、ベルはついに膝を抱えて小さくなってしまった。

大人って怖い・・・そう思った。

 

「だから・・・ここは放っておいて大丈夫だ。」

「異端児は?」

「俺達がちゃんと返してやる」

「【ロキ・ファミリア】が殺すんじゃ?」

「その件なら、もう話はついとる」

「・・・・?」

「坊主、お主は何も気にせず、娘を助けることだけを考えよ」

 

ドン!と背中をガレスに叩かれて、咳き込みながら歩き出す。

振り返って、ヴェルフ達を見て

 

「ヴェルフ、命さん・・・ありがとう!」

「おう!」

「頑張ってください、ベル殿!」

「おお、そうじゃ坊主。ちとお主に伝えておく言葉があるんじゃった」

「伝えておく言葉?」

「そうじゃ。お主のファミリアの者に伝えておいてほしいと言われての。」

 

疑問を浮かべて首を傾げるベルにガレスが言葉を投げる。

それは、ベルが今まで聞いたことがなかった言葉。

 

 

 

 

「―――【正義は巡る】。ここにおるのは、お主達に助けられた者達じゃ」

 

 

その言葉を聞いたあと、ベルはもう振り返ることはなかった。

ダイダロス通りを真っ直ぐ突っ切り、向かうのは、迷宮都市の中央。

道中、冒険者達が頭上に何かを投げては、異端児がキャッチして飛び去っていくのを見かけたが、それでも足を動かし続けた。

 

 

 

「行ったな」

「ええ、行きました」

「ふむ・・・しかし、よく泣く坊主じゃ。ちと軟弱すぎはせんか?」

「いえいえ、ベル殿はあれくらいが丁度良いかと」

「リリ助、ベルはバベルに向かったぞ」

『・・・・そうですか』

「なんだ、落ち込んでんのか?」

『べ、別にぃ?フィン様に負けて?悔しがってなんて?いませんしぃ?』

「年季の問題じゃ、小娘」

『ぐぬぬ・・・まぁヴェルフ様が拳骨してくれたので、よしとします』

 

その後、少年がいなくなったダイダロス通りでは魔法の効果が切れるまで、地上に出てきた闇派閥の残党を襲う冒険者と頭上に投げ上げられた『鍵』をキャッチして飛び去る異端児の姿があった。

 

「他の【ロキ・ファミリア】はどうしてるんだ?」

「リヴェリア達がアナキティから回収した『鍵』で人造迷宮(クノッソス)に殴り込みをしているはずじゃ」

「なら、俺達の役割はここで適当にやって異端児達を帰してやればいいわけか」

「そういうことじゃな・・・・まったく、まさかモンスターを助けるとはの」

 

■ ■ ■

 

 

走る、走る、走る。

この胸のざわめきが、思わずニヤけてしまうこの気持ちが何かわからず、走る。

 

「僕は・・・・」

 

少年は、もうすでに、充分救われていた。

奪われて奪われて、少年が覚えていないだけで多くの縁に恵まれて、救われた。

 

 

「アリーゼさん達も・・・見てるのかな」

 

槍を握る拳に力を入れて、真っ直ぐ走る。

そして、ダイダロス通りのその中央でまた、足を止めた。

そこにいたのは

 

 

「―――アイズさん」

「―――ベル」

 

 

行方不明事件から避ける様になっていた金髪の少女がいた。

彼女は、鞘のついたままの剣をベルに向けた。

 

「―――っ!」

 

少女の目は、けれど、優しい目で怖い目をしてはいなかった。

 

「ぼ、僕、急いでる・・・・んです・・・邪魔、しないで」

「駄目。君のやりたいことはちゃんとさせる。けど、その前に少しだけ、時間、あるよ、ね?」

「な、ないです」

「む・・・あずきクリーム味あげるから」

「い、いらない・・・です」

 

ジャガ丸君のよさがわからないの!?とプンスカしそうな顔をして頬を膨らませた少女はベルに構えるように言う。

 

「――ロキがね、言ってたんだ」

「・・・ロキ様が?」

「うん。話を聞いてくれない相手と話し合う方法」

「・・・・」

 

絶対、ぜーったいロクでもないことだ!

なんなら今もどこかでほくそ笑んでるに違いない!とベルは思わず周囲をキョロキョロと警戒する。少女は、時間がないから、はじめよっか、と攻撃を開始。ベルはそれを槍で防御する。

 

「なっ・・・!?」

「ロキが、【そういう時はな、雨の中、殴りあうねん。青春の王道やで!】って。青春っていうのがよくわからないけど・・・」

 

「なんなら、雨も降ってませんけどぉ!?」

 

 

どこかで、道化の神が腹を抱えて笑い出していた。

それを、正義の女神が困ったような顔をして見つめていた。

 

 

「えっと・・・殴り合い(話し合い)、しよっか」

「助けてぇ・・・アリーゼさぁん・・・」

「アリーゼさん達は、来ないよ。君が逃げるんだもん」

「くふっ」

「私に一撃入れたら、私の魔法、貸してあげるね」

 

 

かくして少年と少女の短い喧嘩が始まった。



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ロンリーラビット-6-

『ダイダロス通り』の中心で、金属が激しくぶつかる音が響いていた。

 

「―――ベル、遅い、よ?」

 

ガキィンッ!!

したたかな斬撃が少年の体を打つ。

納刀したままとはいえ、それは紛れもなく【剣姫】の斬撃。一撃一撃が必殺であり甚だしい威力を備えている。Lv.3の冒険者など耐えられるわけがない剣撃の嵐。けれど、倒れない。少年はただただ邪魔な存在を押しのけようと、道を塞ぐ少女に果敢に攻めかかる。

 

「ひぅっ!?・・・こ、んのぉ!」

 

右脇腹を狙って振るわれた剣を銀の槍で受け止め、押し返し、槍の石突で少女の顔を狙う。

 

「顔はよくないと思う」

 

それを簡単に往なされ、回し蹴りを左脇腹にくらい吹き飛ばされ建物の壁に集められていた木材に突っ込む。

 

「ケホッコホッ・・・Lv.6なのに、ずるい!」

 

埃に咳き込みながら、再度少女に突進し、突きの3連撃を繰り出す。

 

肩、胸、足。

 

「―――君のこの魔法で、ダメージは入らないから、そっちの方が、ずるい、よ?はいっ、また私の勝ち」

 

スパンッ!と突きを避け、少年の頭上を飛び越え、背中に蹴りを入れて、少年は地面に倒れ伏す。

 

「う・・・痛みがない・・・わけじゃない・・・ですぅっ!」

「えっ・・・ご、ごめん・・・ね?」

「僕、行かないといけない、のに・・・」

「ベ、ベル・・・?」

 

あ、あれ、私、やりすぎた?でも、加減してるつもり・・・と思ったところで、レフィーヤに並行詠唱の特訓に付き合ってほしいと言われてダンジョンに行った際、ものの見事に気絶させそのことをリヴェリアに相談したら『お前は加減もできんのか』と怒られたことを思い出して冷や汗を垂らす。まずい、このままでは仲直りどころか更に嫌われてしまう・・・!?

 

「―――アイズさ、ん・・・嫌いっ!」

「!」

 

ズキン!と何故だか胸が痛くなった。手を差し伸べようとして、その手がプルプルと震えた。

少年は、ベルはアイズの瞳が揺れていることに気が付いて『あっ、しまった』と勢いとはいえ言いすぎたと思って罪悪感で同じく胸が痛くなった。ベルは立ち上がり、アイズから一度距離を取る。

 

「邪魔してっ!何がしたいんですかっ!」

「わ、私は、その、君と仲直りが・・・」

「今じゃなくてもいいじゃないですか!?」

「うっ」

 

で、でも、君、逃げるじゃん!とわりと本気で思っているし、なんなら心の中の小さな少女(アイズ)も逃げようとする兎を逃がさんとその小さな尻尾を掴んで踏ん張っている。つまり、私は間違ってない!ロキも言ってたし!!ダラダラと汗を流しながらアイズは再びベルに攻撃をしかける。

 

「・・・っ!」

「あの事件から、君は、全然、顔を見せてくれない!」

「じゃが丸君の売店でヘスティア様の横にいました!アイズさんは【プレミアムじゃが丸君スペシャルBOX】を買って帰っていったじゃないですか!?」

「い、いたの!?」

「いましたよ!!」

 

おっと、なんという恥ずかしい失態!やっちまったぜ、とアイズは思った。よくよく思い出せば何か、看板を持たされて立っている子がいた気がする・・・え、いたの?ほんとに?りありー?そんなことを剣と槍をぶつけ合いながら思考する。ベルはそれを隙ありと言わんばかりに姿勢を低くして足払いでアイズのバランスを崩し真上から槍を叩き付ける。

 

「――っ!!」

 

剣の腹で真上から叩きつけてきた槍を受け止め、跳ね除け、後ろに後転して立ち上がる。

 

「も、もう、僕、行っていいですか!?魔法、もうすぐ消えちゃう・・・!」

 

ベルは少し焦りの顔になって、周囲を見渡す。

だからアイズはあえて、自分に意識を向けさせるようにする。挑発をする。

 

「―――『怪物』は殺さなくちゃいけない」

 

瞬間。

今まで以上の速さと力強さで、ベルは突貫。飛び上がり、全体重を乗せた槍で頭を割らんと叩きつけてくる。

 

「――やっぱり、リヴェリアが言ってた通り。私と似たスキルなんだね」

 

それを打ち払えば、そのまま体を捻って横薙ぎ、防がれて突きを繰り出してくる。

アイズはすぐに、リヴェリアから聞いていたベルのスキルが発動されたと感じ取り、対応していく。これでいい、アイズは聞きたかった。言葉足らずでも、ベルの気持ちを。

 

「もう、なんなんですか!なんで、邪魔するんですか!」

「怪物は、人を殺す。沢山の人を殺せる。・・・沢山の人が泣く」

「そんなの・・・!だったら、神様は!?神様は、娯楽とか言って、沢山の人を苦しめる。・・・玩具みたいに扱う!家族を奪う!」

「神様は、みんなそんな(ひと)達ばかりじゃない!」

「怪物だってそうでしょう!・・・・神様は、神様は!僕から2人を奪った!オラリオに連れて行って、悪にして!みんなを傷つけた!!『英雄の礎』?そんなの勝手だ!!けど、でも、じゃあ!?」

 

いつかどこかでしたそのやり取り。

けれど、スキルの影響かあふれ出すのは少年の激情。胸のうちに秘めていた思い。

 

「――この胸の痛みに!どう耐えればいいっていうんですか!?」

 

失望させられるようなものを見せ付けられて、2人が望んだ英雄がいるのかもわからず、ベルでさえどう例えればいいのかわからないような胸の痛み。それでも、目的は決まっていた。

 

「僕はこんな世界よりも、家族と一緒にいられたらそれだけでよかったのに!!だからもう、失いたくない!だから、僕がやらなきゃいけない!異端児(あのヒト)達を、あの異端児(あのヒト)達まで失いたくない!」

 

 

泣きそうな顔で溢れ出る激情を聞いたアイズは、勢いよく突き出される槍をアイズはかわし、脇で挟んで動きを止めた。そしてあの事件で考えて考えて悩んで悩んだアイズなりの言葉を、ベルに伝えようと口を開く。

 

 

「そうだね、怪物も、全部一緒じゃない・・・少なくとも、あの異端児(ヒト)達は違う」

「―――っ!」

 

槍を抜き取ろうと暴れるベルを、アイズは勢いよく抱きしめて動きを封じる。けれど、言葉は続ける。

 

「私の剣も・・・ベルの今使ってる槍も、誰かを殺せる。私達冒険者も一緒。」

 

 

同胞も殺す人類。今、都市を滅ぼし数多の命を奪おうとしている闇派閥。

怪物よりもおぞましい人間は確かにいる。

人類と怪物を隔てる境界とは何なのだと、だからこそ、アイズは

 

「だから私は、見極めることにした。」

「・・・え?」

 

 

理性を持ち、涙を流すモンスターは『怪物』なのか。

あるいは人の括りに身を置きながら残虐の限りをつくす者こそ『化物』なのか。

 

「誰が『人』で、誰が『怪物』なのか・・・・」

 

スキルが解除されたのか、暴れていたベルが大人しくなっていく。

 

「君と似た私の黒い炎(ちから)・・・それを誰に向けるのか、私は自分の目で確かめる。」

「・・・前みたいに、あの造られた化物を、殺さないんですか・・・?異端児達は?」

「襲ってくるなら、そうするけど・・・君だってそうでしょ?」

「・・・・・襲ってくるなら」

「あの子・・・えっと、竜女の子に、私は助けられた。泣いてる君を見た。だから、私なりに考えることにした」

「・・・・ほんとに、異端児達を殺さないんですか?」

「うん。それだけをいいたかった。でも、君、逃げるから・・・言えなかった」

「だって、アイズさん、わからずやだから」

「それは君も、だよ?」

 

大人しくなったベルをアイズは離し、ベルの頭を撫でる。

ベルは何度も、異端児を、アーディを殺さないのかと聞いてくるも返す答えは同じ。

 

「アイズ・・・さん」

「ん?」

 

少年は涙を拭って、少し微笑んだような顔をしてアイズの名を呼ぶ。

 

「僕、アーディさんを助けたい」

「うん。知ってるよ」

「ウィーネ・・・えっと竜女の子の名前。あの子も助けたい」

「うん、知ってる。聞いていい?」

「?」

 

最後に、聞いておこうと思ってアイズは最後の質問をする。

 

「どうして、怪物を助けるのか、聞いていい?」

 

それは無差別に襲ってくる怪物ではなく、異端児であろうと人類の敵として認識されているのなら助けることがどれだけ危険なことかわかっているのかと、そういう質問だった。

ベルはアイズにゆっくり近づいて、胸当てに下から手を差し込んで掴んだ。

 

「え」

 

アイズは戸惑った。

ベルの表情はよく見えず何をしようとしているのかわからなかった。

ベルは手を差し込んだままアイズに背を向けて、剣を持っていない腕を掴んで

 

「―――フン!」

「へっ?」

 

あろうことか、背負い投げをして地面に叩きつけた。

叩きつけて、馬乗りになって反撃できないようにした。

 

「決まってる・・・誰かを救う事に、人も怪物も関係ない。『助けを求めてる』それだけで十分だ!!」

 

丁度心臓がある位置に槍の穂を向けて言ってのけた。

 

「アリーゼさん達が僕を救ってくれた・・・迎えてくれた・・・なのに、僕が誰も助けなかったら、そんなの、駄目だ!」

 

息を荒げるベルを、アイズは投げられたことに対して目を見開いて固まっていた。

 

「・・・・でも、なんで、投げたの?答えてくれたら、それでよかったのに」

「アイズさん、自分が何を言ったか、忘れたんですか?」

「・・・え?」

「【私に一撃入れたら、私の魔法、貸してあげるね】」

「・・・あ」

 

カツン。と槍が胸当てに軽く、当てられた。

 

 

■ ■ ■

 

「レイ達ハ無事、『鍵』ヲ持ッテ人造迷宮に入ッタソウダ」

「よかったね。これで後は君達が帰るだけ」

「その前にアーディっちとウィーネっちを元に戻してからだな!」

 

アーディとグロス、リド、そしてレイとは別に複数の異端児が『ダイダロス通り』の出てメインストリートを進みバベルを目指して進んでいた。

 

「ところでリド、さっきどこに行ってたの?」

「いやなに、せっかく地上に出たんだぜ?証拠を残しとかねえと・・・って思ってよぉ」

「証拠?キサマ、何ヲシタ?」

「ま、まあいいじゃねえか・・・減るもんじゃねえんだし」

 

減るも何も、何かあったら迷惑をこうむるのはあの小僧と目の前にいる娘だぞ。とグロスは言いたくなったが、面倒なのですぐにやめた。

 

「トコロデ娘、モウ少シ早ク動ケンナイノカ?」

「む、無理言わないで・・・腰から上ならともかく、下は人間のときとは勝手が違うんだから」

「ウィーネの意識はあるのか?」

「う、うーん、上手くいえないけど・・・あると思うよ?」

「体ハドウダ?」

「この水浸しの体みて分からない?強いて言うなら、気をしっかり持ってないとまた暴走しそう」

「「すまん」」

 

アーディは少しでも崩壊を遅らせるべく、一定間隔で回復薬をかけられていた。

魔法の効果範囲を出たために、その行為を繰り返してはいるが見た目で言えば全身がずぶ濡れ。胸を隠すために撒いていた布も張り付き、アーディは恥ずかしさから苛立っていた。

 

「ま、まあ、なんとかなるだろ」

「ウ、ウム・・・」

「もう・・・なんで都市の中心なのかなあ・・・」

 

『え、意味?特にないけど。元に戻ったらアーディちゃんって全裸でしょ。眼福じゃん』とどこかで橙黄色の髪の男神は誰に聞かれるでもなく呟いて、一緒にいた美女に殴られた。

 

 

「そ、それより・・・さ」

「ム、何ダ娘」

「君たちは・・・いいの?バベルまで一緒に来て」

「ああ、いいんだ。覚悟の上だ。それによ、ヘスティア様だっけ?に言われたんだ」

「何を?」

「【自分の家に帰るのに裏口から入らねばならない理由があるのかね?】ってよ。あとは、ベルっちをちゃんと家族のところに帰して、礼を言いたい」

「・・・そっか。」

 

メインストリートを堂々と、けれど、アーディにあわせたスピードで進む怪物達を妨害するものは、何故だかいなかった。不思議な事に静かで、だから怪物達は時々空を見上げて感嘆の声を漏らす。

 

「これが、星か」

「アノデカイノハ何ダ?」

「あれが・・・月だね」

 

輝く月に、満天の星空に瞳を輝かせる異端児達。

 

月は、もうすぐで真上に来そうだった。

 

 

「シカシ、アノ小僧ハ、何故、コンナ時ニ喧嘩ナンゾシテイル?」

「ああでもしないと、ベル君が話を聞かないからじゃないかな?」

「面倒くさいんだな、人間は」

「君達と・・・・そんなに・・・変わらないよ」

「ダガ、コノママデハ、我々ガ先ニ着イテシマウ・・・!」

「おいグロス、ちょっと迎えに行ってやれよ」

「ムゥ・・・仕方アルマイ」

 

遅れ始めたベルを迎えに行くべく、グロスが離脱しリドと残った異端児達がアーディを囲うように進んで行く。

 

「ベルっちは大丈夫か?」

「あ、あはは・・・あの子なら、大丈夫だよ」

 

グロスが離れて少ししたとき、急にアーディが頭を抱えて苦しみだす。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

「ぐぅ・・・痛い・・・きつい・・・かも・・・」

 

バシャバシャと慌てて回復薬をかけるも、別に体が崩壊を始めているわけではなかった。

瞳をよく見れば、明滅していた。本能で行動する怪物と理性をもった人間とがせめぎあうように。

 

 

「おいおいおい!!しっかりしてくれ、アーディっち!!」

 

痛みに耐えかねたアーディは悲鳴を上げて走り出してしまう。

けれど、体は相変わらず上手く動かせないのか少しスピードが上がった程度。

異端児達は焦り出す。

 

「やべえ、フェルズぅうぅぅ!」

 

今や人造迷宮(クノッソス)の中にいる魔術師に助けを求めるも、何かトラブルでも起きているのか返答がなく益々持ってリドは取り乱す。

 

「やべえ、お前等、とにかくアーディっちの体は守れよ!?死んだらオレっち達が殺されちまう!!」

 

ワーワーギャーギャーと慌てふためく異端児達は、必死にアーディに並走する。

次第に聞こえてくるのは、バベルからのざわめき。

 

「やべぇ・・・やべぇ・・・!」

『リド、ドウシタ』

 

どうするべきか慌てていたリドに、グロスから通信が入る。

それに事情を話すとグロスも少し慌てて、何かに話をして

 

『モウ、着クノカ?』 

「お、おう・・・あの塔のところだろ?もう着いちまう!」

『気ニスルナ、モウスグ、追イツク』

「は?何言って・・・」

 

その通信を最後に、リド達をグロスとその背中に膝をついてしがみ付くベルがすれ違ってアーディを追い越し、ベルはグロスから飛び降りアーディを待ち構えた。

 

「―――アーディさん、今、助けます」

 

何故人がここに集められているのか?と疑問にも思ったベルだが、そんな余裕はなかった。

騒ぎ声が大きくなる中、ベルは槍を構えて詠唱を開始する。

 

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」



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ロンリーラビット-7-

ごめんヘルメス様、ちょっと悪い扱いされてて!特に意味はないんだ!


『ダイダロス通り』を出て、飛翔する石竜(ガーゴイル)の背に乗って銀の槍と赤い槍を持った『謎の冒険者』が都市中央に位置するバベルへと向かっていく頃、その真下にである『ダイダロス通り』から撤収する者、人造迷宮(クノッソス)へと乗り込む者、敷かれた警戒網に一般人が入り込まないよう警備する者がいた。

 

 

「騒々しいねぇ~。今日のダイダロス通りは」

「!」

 

アイズもまた、移動を開始しようとしたところ、老婆の声が耳朶を叩いた。

振り向くと、アイズの後方にある通路から1柱の神がゆっくりと現れる。

 

「辺りを見張ってるわ、神を堂々と追っかけてくるわ、まったく傍迷惑な連中さ」

「・・・・確か、ぺニア、様?」

 

白く長い、ぼさぼさの頭髪。

襤褸(ボロ)を始め、みすぼらしい格好。

まさしく貧乏を体現するような神物、ぺニアに、アイズは目を見張った。

まだ人造迷宮(クノッソス)の存在を知る前、『ダイダロス通り』に赴いた際に出会った女神。

 

司る事物は『貧窮』。

ロキが言うには『歩く貧の病』。

 

「今日はここには人っ子一人、いやしない。あんたら冒険者以外はね。何かの祭りかい?それとも、騒ぎを起こしてそれに乗じて盗みでも働きにやってきたのかい?だとしたらいい根性してるじゃないか」

 

「・・・・・・」

 

「何か喋んな!私自ら話しかけてあげてるんだよ!まったくぅ、人形みたいな綺麗な顔しちゃってさ!」

 

年老いて堕落した魔女を彷彿させる相貌に浮かんでいた笑みが一転、まるで義理の娘に文句を言う姑のようにキーキーと怒り出す。自己中心的な神にありがちなことだが、喜怒哀楽が激しい。

 

 

――たぶん、ベルが嫌いなタイプの神様だ。よかった、今、ベルがいなくて。

 

いたら土に埋めてたかもしれない・・・とアイズは何となく思った。

もっとも、今現在、【悲劇の怪物(アーディ)】が何故か暴走をしていてその近くにとある男神とその眷族の反応をキャッチしてしまった少年は今、とてもオコなのだが。

 

「・・・ペニア様、どうしてここに?今、ここ、立ち入り禁止・・・」

「はっ!知ったことじゃないね!私の住処だよ?居て何が悪いっていうのさ!あーやだやだ、ロキの教育はどうなってんだろうねぇ!こんな小娘がもし【ファミリア】にいたら、私はすぐに追い出すよ!だーれも私の眷族になんかなりたがらないけどねぇ!」

 

「・・・えっと、男の子と、お話・・・してました」

「はっ!こんなみすぼらしい所で逢瀬なんて、最近の子供は衛生管理もできないのかねぇ!私の方はただの散歩さ!」

「・・・・」

 

――何か、勘違い、されてる?

 

何と言うか、非常に、やりにくい。

自分が口下手なことを差し引いても目の前の神物とは相性が悪いかもしれないと、アイズは思ってしまった。

仮に、もし仮にここに魔法が使えるようになった少年が居たなら、

 

福音(おやすみなさい)

 

をしていたかもしれない。

もっとも今、その少年は、とある男神を今すぐに『福音(おやすみなさい)』させたい衝動にかられていたのだが!

 

 

ペニアはペニアでふんっと鼻を鳴らしてくる。

 

「おばーちゃん!!こんな時間に外を出歩いちゃ駄目っていってるでしょう!?というか、ここ、今立ち入り禁止だから!勝手に入らないでくださいよ!」

「誰が、いつ!あんたの!おばあちゃんになったっていうんだい!?」

「いやいや、そこまでは言ってませんよ」

「まったく!アストレアの眷族も眷族で・・・いったいどういう教育をしてるんだい!!」

「アストレア様は包容力がすごいのよ!!物理的にも!!」

「そんなことは聞いてないよ!!」

 

どうするべきか迷っていたら、案の定、救いの手が現れた。

少年に過保護なお姉さん、アリーゼ・ローヴェル。どこかから見ていたのか、建物をぴょんぴょんっと飛び越えてアイズとペニアの間に降り立った。

 

「いや、でもね、お婆ちゃん?ここっ、今、すっごい危ない人たちがいるから入らないようにって言ってるんだけど?どこから湧いて出てるんですか?」

「私を虫か何かと勘違いしてないかい!?」

「えーそんなことないですよ。ただ、そう思われても仕方ないくらい神出鬼没だから困ってるんですよ?」

「ふん!知らないね!自分の住処にいるだけさ!文句は言わせないよ!」

「お婆ちゃんの住処、とんでもない虫が湧いて出るのね。掃除したほうがいいわよ」

「おだまり!」

 

老婆であろうと目の前にいるのは、女神だ。

だというのに、アリーゼは態度1つ変えることなくペラペラと言葉を投げつけていた。

 

――す、すごい・・・!これが、ベルのお姉さん・・・!

 

何故かその姿に、アイズは尊敬の念を抱いてしまっていた。

それに気が付いたのか、アリーゼは胸を張ってドヤ顔をしていた。

 

「ペニア様って、数世紀以上も前からここにいるんですよね?」

「・・・それがどうしたんだい」

「いや、よくあの時代を生きぬけたなーって。」

「なんだい、私を疑ってかかってるってのかい?」

「んー・・・まあ、他の神様たちもそうですけど、何かされたら困りますし。知っておきたいとは思いますよ?」

 

ドヤ顔から一転、真面目な話をし始めた。

その目は疑いを持ってペニアに迫っているのか、ただの好奇心で聞いているのかはわからないが。

 

「だいたい、迷宮街(ここ)貧困街(スラム)で、都市中の肥溜めさ。狼藉を働く冒険者崩れとか、バカそうな連中とかそこら中にいるさ。何より、ここは迷路みたいに入り組んでる。隠れるぐらい、どうってことないさね」

 

「そういうもんですか?」

「そういうもんさ・・・。要は、運の問題。生き抜けた奴もいれば、そうでない奴もいる。神だって同じさ。」

 

道標(アリアドネ)を見失えば迷ってしまうようなこの場所で、隠れるぐらいはできる。そうペニアはいってのけた。アリーゼは肩を揺らして、これ以上何聞いても意味ないかーとまだ警戒網が解けたわけじゃないから注意するように言いアイズと立ち去ろうとした。

 

「ところで・・・・ねぇ、【剣姫】・・・」

「?」

 

そこで、ペニアが神々の笑みを浮かべた顔でアイズに声をかけてきた。

 

「お前さんはこの『ダイダロス通り』をどう思う?」

「・・・・?」

 

投げられた問いかけに、アイズは怪訝に思った。

一瞬黙ったものの、少し考え、今居る場所から複雑怪奇な迷宮街を思い浮かべる。

 

「・・・おかしな、ところ。複雑で、ダンジョンみたいで・・・都市の中で、一番変・・・」

「ほう、それで?」

「あとは・・・都市の中で・・・一番貧しい・・」

 

言いにくそうに口にすると、ペニアは確かに、嗤った。

 

「私からすれば、潤い過ぎてるよ」

「えっ?」

「こんな綺麗な貧困街(スラム)があるもんか。確かに通りにくい、段差が多くて足が疲れる。道標(アリアドネ)がないと迷っちまう、そんな不自由はあるけどね。そんなのは些細なことさ。」

 

吐き捨てるように、ペニアは言葉を続ける。

 

「親もいない孤児どもが、きったない身なりで、笑いながら走り回る。ヘスティアが最近、孤児院をやりはじめたらしいけどね・・・それでも、慈愛だの、助け合いだの、この肥溜めにもそんなものが蔓延ってるよ。オラリオ自体がそうだけどね、此処は『幸せすぎる』」

 

「幸せ・・・?」

 

「キラキラした連中が、もっとキラキラする。逆に美しく輝いていなければいけない。そんな空気がある。私みたいなやつは息がつまりそうで、生きにくいったら」

 

人々、神々、冒険者。

迷宮都市には豊かな夢と野望を胸に抱く連中が多すぎると、老婆の神は断じた。

 

「昔の方がよかったよ。モンスターどもが暴れる時代は、みんなみんな『不幸せ』で・・・そして今以上に輝いていた」

 

その言葉を聞いて、アイズの胸は途端にざわついた。その女神の言葉が許容することができなくて、アリーゼに肩に手を置かれてハッとした。

 

「幸せなのは、いいことですよ。少なくとも、私達にとっては」

「ふん!どうだかね!今の腐りきった輝きとは違う、そうだね・・・『清貧』。贅肉のない心はなんて尊いことか。下界の住人はね、『過酷』の中でこそ輝く。私が司る貧窮なんてのもその一端さ」

 

「・・・!」

「似たような話を(だれか)としたような気がしたが・・・どこのどいつだったかねぇ」

「なら、私達は問題ないですね!」

「・・・なんだって?」

 

老婆の神が訝しげに眉を吊り上げると、アリーゼは腕を組んでまたドヤ顔をしながら言う。

 

迷宮進行(ダンジョンアタック)で大赤字を喫して、野草と塩のひっどい汁を『いいのよ』と微笑む主神に七日七晩飲ませた時と比べれば、何てことないわ!それに、清貧の心は『正義』の基本!【ファミリア】が小さかった頃の節約殺法よ!」

 

「え・・・?」

 

「あんた・・・アストレアにそんなことさせてたのかい?」

「どうして2人ともドン引きしてるのよ・・・」

「ベルが聞いたら、きっと引くと思う・・・」

「な、内緒にしてて・・・!」

 

心の中で、『野草をモシャモシャ食べるアストレア様なんて見たくない!!』そんなことを涙目で叫び散らす少年がいた気がしたが・・・アリーゼは『昔の話よ!』と一蹴。何もなかった事にした。

 

「・・・まあいいさ。所詮は神と人の価値観の相違ってやつさ。今を必死に生きる子供(おまえ)達からすれば、見当違いにも、理不尽にも聞こえるだろうよ」

 

それでいいさ。

それがいい。

ペニアはそう言って、ムスっとしているアイズを愛おしそうに眺める。

そして最後に、ペニアの手に収まっている物に目がいったアリーゼが声を投げる。

 

「ペニア様?そのワイン、どこで手に入れたんですか?」

「・・・やらないよ」

「いや、別にいいですよ。ただ、どこのなのかなって」

「さぁ、知らないね。子供達がくれたものの1つさね」

「アストレア様と一緒に飲みたいから~ラベルだけでももらえません?」

「お・こ・と・わ・り・だよ!!もうあっちに行きな!!しっしっ!!」

 

 

ペニアに追い出されるように、2人は背を向けて駆け出す。

そんな背中に

 

「必死に生きな。何が待ち受けていようとも。それが神には真似できない、お前達『下界の住人』の在り方なんだから」

 

という言葉が言い残された。

 

 

 

「あの、アリーゼさん、ありがとう、ございます」

「ああ、いいのいいの。ああいう神様って絡まれると面倒だし」

 

2人はそのまま歩いて『ダイダロス通り』の外へと向かっていた。

もう騒動は治まったのか、闇派閥の残党に襲い掛かっていた冒険者達の姿も今はない。

 

「えっと、リヴェリア達は大丈夫かな?」

「大丈夫よ。妖精部隊だっけ?その中にうちの妖精もいて、今頃暴れまわってるわ」

「そう、ですね」

「それよりも・・・」

「?」

 

アリーゼは立止まって、アイズを見つめる。

何かまずいことでもしてしまっただろうか・・・と思わずアイズは冷や汗を流してしまう。

 

「まさか、ベルと戦い合うとは思わなかったわ」

「え、と、ロキがそうするのが一番だって・・・」

「あんまり、鵜呑みにするのは良くないわ。」

「えっ」

「きっと、貴方達2人が喧嘩する光景を見て、どこかで笑っていたと思うわ」

「・・・騙され、た?」

「うーん、どっちかというと、踊らされた、かしら」

「ロキィ・・・」

 

帰ったら縛り上げよう。そうしよう。アイズは決めた。

私はあの子と仲直りがしたかっただけなのに、余計に私の立場が悪くなっただけじゃないのか?と思ったが、やはりロキに言いくるめられていただけだと気付いて、まずはリヴェリアにチクることを心に誓った。

 

「・・・あれ?」

「どうしたの?」

 

アイズは、壁に見えたものを指差して『こんなのありましたっけ?』とアリーゼに問うた。

それは、壁に書かれた共通語の落書き。複雑怪奇な『ダイダロス通り』だ、あったとしてもおかしくはないのだが・・・まるで猫が肉球でも押したかのように文字の最後に手の跡がついていた。

 

 

「えっと・・・何々」

 

 

【オレっち、参上!!】

 

 

そう、書かれていた。

アリーゼは目を見開いて近づいて、その落書きに触れる。

塗料がたまたま近くにあったのだろうか、まだ完全には乾ききっていなかった。

 

「こ、これ・・・もしかしたら、私達が掃除することになるのかも」

「えっ」

「たぶんこれ、あの異端児達のうちの1人がやったんだと思う・・・」

「えぇっ」

「わ、私、しーらないっ!」

 

【アストレア・ファミリア】団長。アリーゼ・ローヴェルは、現実逃避し現場から立ち去ろうと走り出した。そしてこの時、壁に触れていたのは、アイズもだった。そのため、『あれ、これひょっとして私のせいにされる?』と悟ったアイズもまた、アリーゼを追って走り出した。

 

「ア、アリーゼ、さん?」

「何かしら、【剣姫】ちゃん!?」

「あ、あれ、いいんですか?」

「何のことかしら!?お、ほほほほほ!」

 

走り出して現場から立ち去ったのちに、空から光が降り注ぎ2人は大急ぎで、バベルへと向かうのだった。

 

 

■ ■ ■

 

「小僧、貴様・・・何ヲシテイルノダ」

「ご、ごめ、んなさい・・・くひゅぅ・・・」

 

グロスは困惑していた。

何故か予定より遅れていた少年は、眼晶(オクルス)にも反応せず、迎えに行ってみれば何故か金髪の少女と戦っていたのだ。まるで意味がわからなかった。

 

「小僧、眼晶(オクルス)ハドウシタ」

「・・・・」

「小僧・・・?」

 

ゴソゴソと眼晶(オクルス)を仕舞っているであろう場所をまさぐり、取り出してみれば、綺麗に割れていた。

 

「どうしよう・・・高いんですかね」

「知ルカ!!」

「アイズさんのせいだ・・・フェルズさんに言われたら【ロキ・ファミリア】に襲われたって言おう」

「貴様ハ、敵ガ多イノカ味方ガ多イノカ・・・」

 

2人して溜息をつきながら飛行してると、リドから通信が入る。何か、やたらと慌てた声で早く来いと言っている。

 

「リド、何ガアッタ」

『アーディっちが急に暴走しやがった!このままじゃベルっちが来る前にバベルについちまう!』

「・・・暴走?理性があったんですか?」

「アア、作戦ノ少シ前ニ意識ヲ取リ戻シテナ・・・シカシ、何故ダ?」

『わからねぇ!さっぱりだ!急に黙っちまったと思ったら・・・!』

 

その通信の後、グロスはスピードを上げていくと前方にリド達を確認。

ベルはその際、すれ違うように高台の1つに立っていた1柱の男神を視界に入れてしまう。

 

「まさか・・・」

「ム、ドウシタ、小僧」

「ヘ・・・」

「へ?」

「ヘエエエエルメスウウウウ様ァアアアア!?」

「ナ、何ッ!?」

 

旅行帽を胸の位置で抑えて手を振る橙黄色の髪の男神、ヘルメスがいた。

そして、地上、リド達が通ってきたであろう位置には透明化している何者かの反応を感じ取ってしまった。

 

『やぁ、ベル君!君もいよいよ英雄だ!俺は応援するぜ!?』

「ぜぇったいに埋めてやりますからぁぁぁぁ!?」

「ア、アノ神ハ何ヲ考エテイルノダ!?」

『ごめんよー!でも、時間が押してるんだ!許してくれ!』

「グロスさん!アーディさんの前まで飛ばしてください!」

「ム・・・仕方アルマイ・・・!」

 

事が終わったら神ガネーシャと女神アストレアに絶対にチクろう!そして埋めよう!と心に強く誓った。

だいたい時間が押してるって何だよ!と疑問に思った。

徐々に、何故だか人が集まっているバベル前の広場に近づき、ベルはグロスの背から飛び降りる。

 

 

『モ、モンスター!?』

『どうなってんだ!?』

『あれって調教師でいいの!?』

『ここに来いって言われたから来たのに、どういうことだ!?』

 

――なんで、人がこんなに・・・?

 

混乱して騒ぎ出す一般市民の前には冒険者が盾になるように立っていた。

それが不思議で仕方がなかったが、暴走して突っ込んでくるアーディを優先するのが先決だった。

銀の槍を構え、アーディとぶつかる。

 

『―――ァアアアアアアアッ!!』

「ふぅー・・・いくよ、アーディさん」

 

アーディが右腕を振り下ろす。

ベルが槍で左に払う。左腕を振り下ろせば右に払う。

槍術に心得があるわけでもないベルなりに、アーディの攻撃を払うことだけを考えた行動。

そして、詠唱を開始する。

 

「――【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

 

冒険者が、神々が、人々が見守る中、覆面の謎の冒険者が詠唱を歌う。

 

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】」

 

アーディの目からは必死に体を制御しようとしているのか、涙が流れていた。

 

「【(わたし)はもう何も失いたくない。】

 

この魔法の効果を地上で、月下条件化で試したことは一度もない。

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる。】!」

 

けれど、何故か、できるような気がしていた。

 

「【我から温もりを奪いし悪神(エレボス)よ、我を見守りし父神(ゼウス)よ、我が歩む道を照らし示す月女神(アルテミス)よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女(アストレア)ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】」

 

 

――きっと、この人だかりの中で見ててくれてるはず・・・怖くない。怖くない。

 

傷つきながら、受け止めきれずに血を流しながら魔法を紡ぎ続ける。

初めての並行詠唱を慎重に、けれど、確実に歌う。

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】」

 

これは、治す魔法じゃない。

きっと、これは『奪わせない魔法』で少年の『わがまま』を叶える魔法。

 

「【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】」

 

これは、2人を失ったことに対するトラウマと、新しい家族を失いたくなくて、その怯えから発現した魔法。

 

「【我は拒む、傷つくことを。我は拒む、奪われることを。我は、故に、拒絶する】!」

 

月下条件化において、この魔法は詠唱式が変異する。

 

「【今こそ、(おまえたち)が奪ったモノを返してもらおう】」

 

雲が月を隠せば、その時点で効果は通常通りに戻る。

しかし、効果時間である15分間においてこの魔法の効果範囲内のモノが傷つくことは絶対にない。

 

「【だから大丈夫、今はただ眠るがいい。】」

 

それは慈愛をもった声で。

 

これは、捻じ曲げられた理を正す魔法。

 

「【目が覚めれば汝を苛む悪夢は消えている。】」

 

それは冷たい瞳を持った何かの声で。

 

死滅していないのであれば、『失わせない』『奪わせない』ことを絶対としてあるべきものへと正す。

 

「【大丈夫、その心を許し、我が手を取りなさい。それだけでいい。】」

 

それは、いつか少年に言ってくれた優しさをもった声で。

 

 

「【汝が歩むべき道を照らし示そう。】」

 

それは、不安を消し去るような声で。

 

 

「【たとえ闇が空を塞ごうとも、天上の星光が常に我等の帰るべき道標となるだろう。】」

 

道を迷っても、きっとちゃんと家路に帰れるように。

 

少年の素顔を隠していたローブが、ケープが溢れる魔力でなびき、外れ、露になる。

そこでようやく、『謎の冒険者』が何者なのかが知れ渡る。驚愕に染まる、何が起こっているのかも理解できない者達を他所に魔法は完成されていく。

 

「【故に、その温もりに身を委ね、あるべき場所へと帰りなさい。】」

 

胸に灯る温もりを抱きしめながら。

目の前の怪物を抱きとめるように少年は槍を手放し、両腕を広げる。

 

そして、魔法は完成する。

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】」

 

 

魔力が弾け、月の輝きが増し、夜空を彩る星々が輝き、空から一条の光の柱が【悲劇の怪物(アーディとウィーネ)】を飲み込み、その柱は徐々に広がっていき迷宮都市全土を覆いつくしたところで光の柱は霧散し光の粒となって振り注いだ。

 

 

それは、少年の髪の色と同じ処女雪のような白さで

傷ついた者達を癒し

不安に駆られる者を安心させ

どこかの治療院では、患者が減ったことに神が悲鳴を上げ

どこかでは黒髪のエルフが胸を抑えて蹲る

少年の『奪われたくない』というわがままを叶え

1体の怪物が、1人の美女と1人の少女、2体のただの怪物へと別たれ、2人は少年に抱きとめられる。

 

 

その日、その場所、多くの者達が見守る中で、少年は偉業を成し遂げた。

【救えないもの】を【救った】瞬間である。

 

 

この日、迷宮都市には、季節はずれの雪が降った。




アーディさん、大衆の面前で全裸を晒される。(モンスターだからね、何も着てないです)


ヘルメス様はアスフィさんに殴られました。(何させてんだ!と)




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ロンリーラビット-8-

季節はずれの雪が降る。

その日、月に、満天の星々に見守れる中、たった1人の英雄が生まれた。

 

 

1人の美女と1人の少女、そして2体の()()()怪物が別たれ、2人は少年によって抱きとめられた。

 

 

 

『見事、見事、見事』

 

 

少年は、【悲劇の怪物】にされた少女達を誰もが見ている中、救って見せた。

誰にもできぬことを、英雄にもできなかったことをやってみせた。

救えぬものを、救って見せた。

 

 

おめでとう(コングラッチュレーション)、弱き子よ、汝は確かに成し遂げた。

 

神々が、拍手を上げて喝采する。

 

 

雲が月を隠さない限り、魔法の効果は都市全土を効果範囲とする。

 

ダンジョンにおいて、少年が認識できている範囲こそが効果範囲であるのに対して、地上――月下においてはその範囲は大きく変わる。その範囲は()()()()()()()すなわち、月を1つの目として見た範囲。故に、都市そのものを覆いつくす。

 

 

雪が降る中、ほぼ全ての魔力を使い尽くした少年がフラつきながら覆面を外し、女神のローブでアーディを包み、竜女(ヴィーヴル)の少女をケープで包み込む。2人とは別に、眠るように横たわる竜種の怪物達は、安らかな顔をしてその体を灰に変えていく。

 

「やっぱりな・・・おかしいと思ってたんだ」

「娘ノ腰カラ下・・・木竜カ、インファントドラゴン ダト思ッテイタガ」

「捕獲するメリットがねえもんな。デカすぎるしよ」

「ダガ、コノ者タチモ、救ワレタ・・・魔石ガ、浄化サレテイル」

 

灰へと変えていくその体から露出した魔石は、半分が極彩色、半分が紫色の魔石で雪が触れるたびに浄化されているのか徐々に透明な色へと変えていた。

 

 

少年は、集まってきた『武装した怪物』たちの姿を確認して、静まり返る舞台の上で、石竜(ガーゴイル)に眠っている少女を渡しす。

 

「コホン!【綴るぞ!英雄日誌!!英雄ベル・クラネルは、怪物に変えられた哀れなお姫様を助け出した。神々は今日この日起きた偉業を決して忘れることはないだろう】っと。」

「―――仮にも友人であるアーディに紅針(クリゼア)を使って暴走させるなど・・・一体何をお考えで?」

 

少年の偉業を見届けている神の1柱の元に、水色の髪の美女――アスフィがやってくる。彼女は命令とは言え、機嫌が悪かった。

 

「いや、なにも面白半分でやったわけじゃないんだ。あのまま時間をかけるとどっちにせよ暴走するしこっちにはゲストが待っている。これ以上待たせるとそれこそ面倒なことになりかねない」

 

橙黄色の髪のヘルメスが、旅行帽を摘みながら、アスフィに伝える。

こっちはまだ『舞台』が終わってない。時間もない。

無理やりでも早めてやる必要があった、と。

 

「だとしても、これは彼・・・いえ、【アストレア・ファミリア】の怒りを買いますよ?」

「ハハハ・・・だろうなぁ。」

「――――彼を、ベル・クラネルを英雄にしたかったのですか?」

 

もうどうにでもなーれっとアスフィは投げやりになり、別の質問に切り替える。

目下地上では、女神のローブで包まれたアーディをフラフラしながら神ガネーシャに渡す少年の姿が見え、異端児達はすれ違うようにバベルの方へと歩み寄って少年が振り向くのを待っていた。

 

 

「彼がその気なら・・・俺はそうするだろう。」

 

もしも、今回の騒動で、『ベル・クラネルが、問題を起こした』『【アストレア・ファミリア】に、女神アストレアの顔に泥を塗った』などと言われ、零落していたならば俺は彼等異端児にやられ役を見繕ってもらった舞台を用意していた、とヘルメスは語る。

 

「ですが、その必要性がなかった」

「ああ、その通り。これに関しては、運が良かったと言える。」

 

あの時の少年は、己の血、怪物の血、狩猟者の血で全身が真っ赤に染まって誰なのかもわからなかった。結果、この騒動の間、アーディと少年は2人とも行方不明者扱いとなっている。

 

「そして・・・彼等の中に、『適任者』がいた。だからこそ、俺が彼等に『死んでくれ』なんて言う必要がなかった」

 

「・・・私には適任とは思えません。アレは彼が勝てる相手ではないでしょう?」

「俺もそう思うぜ?・・・でも、ベル君なら立ち向かうだろう」

「何より、フェアとは思えません」

「全くその通りだ!今のベル君にダメージを与えることは不可能!あー痛み自体はあるのかな?まあいいさ。あとは魔力を大幅に消費したせいで今にも倒れそうだし、騒動が起きてから碌な休息もとってないのかスキルの負担なのかガタガタだ」

 

どっちにせよ、フェアじゃない。

それでも、ベル君は『アレ』の願いを叶えるぜ?アスフィ、と自信満々に言う。

 

「―――わかりました。では、私はもうこれ以上することはないと?」

「ああ、ない。見守るだけさ。・・・ああ、アスフィ、それから」

「?」

「ベル君は、英雄にはならないぜ」

「は?」

「だってそうだろう。あの子の英雄は【アストレア・ファミリア】だが、あの子にとっての英雄はザルドとアルフィアだ。その2人は悪に堕ち、彼の中では恐らくその2人が悪人として名を堕としたのに『どうして自分が英雄に』なんて思っちゃうはずだぜ?」

 

少年にとっての英雄は零落し、悪となった。

その2人をさしおいて、英雄になるなんておこがましい・・・そう思っているんだぜあの子はね、とヘルメスは肩を竦めて愛おしそうに少年の姿を眺める。

 

「―――ご自分の眷族にも、もう少しそういう目を向けてみては?」

「おや、嫉妬かい?なんなら今晩、ベッドの上で泣かしちゃうぜ?」

「すいません、少し【デメテル・ファミリア】に行ってきます」

「おや、何か必要なものでも?」

「首から下まで入る鉢植えと、肥料を」

「ア、アスフィーさーーーん!?」

 

 

 

そんな2人のやり取りを他所に、地上では神々が『英雄が生まれた』瞬間を、そして『面白いものを見た』喜びに沸く中、少年は腕を、指をまっすぐ東に向けて言葉を述べた。

 

 

「このまま・・・真っ直ぐ行って、壁を越えれば、貴方達の望んだ【世界】があります。」

 

少年は、いとも簡単に『英雄』の席を蹴り飛ばした。

その声は震えていた。

 

「満月が消えない限り、貴方達を傷つけることも、誰かが傷つくこともありません。」

 

なんて答えがくるかはわかっているから、震えていた。必死に、泣かないように震えていた。

 

「・・・だから、行ってください。地上の怪物は、貴方達からすればはるかに弱い。森にでも行けば、安息を得られるはずです。」

 

 

少年が指差す方角の先に何があるのかを知った者は目を見開く。その先にあるのは、【セオロの密林】。つまりそこに行けば彼等は少なくとも生きていける。ダンジョンに戻ってまた命を脅かされる危険性はグンと減る。

 

小人族(パルゥム)の少女が、その少年の考えを理解して『そこまでして・・・』と悲しそうに見つめる。

竈の神が、『君はやっぱり優しい、優しすぎる子だ』と慈しんで眺める。

正義を司る女神が、何も言わず少年と怪物達の行く末をただ、『貴方は何も間違っていない』と眺める。

狐人が、ヒューマンが、少年の知己が。

人々が、神々が、冒険者が、その行いを、愚行を見守ることしかできない。

誰も傷つかない。誰も傷つけられない。だから、何もできない。

民衆は、舞台を見るように、月明かりに照らされる少年と怪物達を見つめていた。

 

少年が、ベルの指す方角へ異端児達が言うとおりに進んだとして、その行いはたとえ美しいものであったとしても『怪物の地上進出を許した』という行為でありその時点でベル・クラネルは完全に『人類の敵』へと成り果てる。『英雄』の席を蹴り飛ばし、『人類の敵』を取ろうとしていた少年が、そこにはいた。

 

 

「小僧・・・何故、我ラニ、ソコマデスル?」

 

民衆も、神々も、目を見開いた。

怪物が、理性的に、自分達と同じように言葉を話したからだ。

 

「―――僕の家族は、悪に堕ちた。それはこれから先も変わらない。なら、その子供である僕が悪になったところで何も変わりません」

 

そう、変わらない。

英雄を喰らったオラリオは、何か変わったのか?それは少年にはわからない。

けれど、人の心を捨て、怪物の心をもった人間がいるのであれば、きっと、大した変化はなかったのだろう。

 

「―――僕は、悪でいい。貴方達、異端児を助ける・・・誰にも理解してもらえないことをしてる時点で、僕がやっていることは悪だ」

「・・・・」

 

 

 

まだ雲は月を隠さない。

静まる都市、舞台で少年と怪物たちのやり取りはなお行われる。

 

 

「さぁ・・・行ってください。」

「それは・・・駄目だ。ベルっち」

 

怪物達の中で、唯一リザードマンが一歩前に出て言葉を返す。

 

少年と怪物の間、眠るように逝った怪物の灰が、ある種、境界線のようになっていて、リザードマン達は決してその境界線を越えようとはしなかった。

真っ直ぐ、目を見つめていた。

その目は、2人の仲間を助けたことに対する充足感に満ちていた。

 

怪物達が、微笑んでいた。

 

 

「・・・・・なんで?」

 

少年は俯きながらも、口元に笑みを浮かべて言う。

 

「同胞達が別の場所からダンジョンに帰って行ってる。オレっち達だけ、そんなことできねぇよ」

「な、なら!ぼ、僕が、僕が、また走って・・!」

「そんな体でか?」

「・・・・っ!!」

 

 

少年の体は、ボロボロだった。

ディックスを地上に引きずりだし、そのまま、【悲劇の怪物】が死に絶えて、今日この時に至るまで、少年は心も体も傷つきすぎた。

中途半端な治療しかしていない状態。

魔法で回復していたとしても、そもそも受けているダメージが大きすぎて、無茶が続いて限界だった。

怪物達は、『これ以上、貴方を苦しめたくない』と首を横に振る。

 

「ぼ、僕は・・・苦しくなんか・・・痛くなんか、ない・・・!」

「それによ、オレっち達は、そんなズルするみたいなことで、夢を叶えたいわけじゃ、ねえんだ」

「・・・・・」

「それに、そのベルっちの指す場所にはベルっちみたいな人間はいるのか?」

「・・・わからない」

「だろう?なら、駄目だ」

 

ベルっちみたいな、アーディっちみたいな人間に出会った。

嬉しかった。

触れ合えた事が。

話し合えたことが。

だから、欲がでてしまった。

 

「・・・ちゃんと、認められて、地上に出たい。いつになるか、わからなねぇけどよ」

「・・・・ぐすっ。ダンジョンに戻ったら、死ぬかもしれないん・・・ですよ?」

「そんなの、ベルっち達だって一緒だろ?オレっち達と何らかわらねえよ」

 

断られることは、わかっていた。でも、断らずにそのまま、壁を越えて欲しかった。

耐え切れず、決壊する涙。

何度も何度も、嗚咽し、両腕で乱暴に涙を拭う少年。

たまらず、しゃがみ込んで、肩を揺らす。

それでも、怪物達は境界線を越えない。

雪と一緒に、涙が石畳に落ちては濡れて、消えていく。

 

「僕は、貴方達に・・・死んで欲しく・・・なっい・・・!もう、傷ついてほしく・・・ない・・・!」

「もう狩猟者に襲われるなんてことはねえさ」

「あの壁を・・・・越えて!僕は、僕は悪人でいい!」

「いいや、それは駄目だ。そんなのはズルだ。どれくらいの時間になるか分からねえ、それでも、オレっち達はちゃんと認められて夢を叶えたい」

「・・・ひっぐ・・・あ・・あぁ・・・!」

「泣かないでくれ、ベルっち。別れは笑顔でしようぜ。じゃねえと、もう会えないみたいじゃねえかよ」

 

怪物達は、二カッと笑って、『同胞』と別れを惜しむように、天に向かって吠える。

 

「ベルっちは、『英雄』ってやつみたいだよな・・・すげぇよ、ホント。」

「我等ノタメニ、狩猟者共ト戦ッテクレタ事、感謝シテイル」

「「ありがとう」」

「・・・う、あぁ・・・!」

 

イヤだ、イヤだ!!と家族と別れるのを嫌がる小さな子供のように駄々をこねるように首を何度も横に振る少年。何度も何度も、ポタポタと滴が落ちる。

また、またあんな辛い目にあうくらいなら、壁を越えた世界へと行って欲しかった。自分が悪人に、人類の敵と言われても構わないくらいには。

 

「だからよ・・・そうだな、また、会おうぜ」

「我等ハ、我等ノ『家』ニ帰ルノダ」

「だから、レイから伝言だ。『また宴をしましょう』ってよ」

 

火を囲んで、宴をしよう。

小さい頃の光景が、思い浮かぶ。

ピクリと動きを止めて、怪物達に目を向ける。

 

「・・・・また、会える・・・?」

「ああ。だから、ベルっちも生きてくれ。死なないでくれ。ちゃんと、家族の元に帰らなきゃ駄目だ。」

 

リザードマンは、胡桃色の女神を指差す。

どうして、彼等が少年の女神を、家族を知っているのかはわからないが、指を刺して、『あそこがお前の帰る場所だ』と言う。

少年は、流れる涙を、嗚咽交じりに拭って女神を見つめれば、女神は優しく微笑んでいた。

勝手なことをして、怖くて怖くて、帰れなかった、帰れなくなってしまったのに、いつものように、微笑んでくれていた。

そして、リドはさらに胡桃色の女神と反対側を指差す。

そこには、竈の女神がいた。

 

「・・・ヘスティア、様?」

「ベル君!【怪物との友愛(モンスターフィリア)】は終わりだぜ?みんな帰る!君も帰るんだ!家族の元に!!」

 

怪物との友愛(モンスターフィリア)】、きっと人々の耳には、とっくの前に終わった【怪物祭(モンスターフィリア)】と聞こえていることだろう。これはその催しの1つに過ぎないのだと。

 

「アストレアのところに帰れないって言うんなら、君は僕の眷族(ファミリア)にするぞ!?」

「え」

「そしたら僕の派閥は将来安泰さ!稼ぎ頭ができるわけだからネ!」

「・・・タダ働き?」

「うぐっ・・・け、眷族になれば関係ないさ!」

「僕は・・・僕、は・・・」

 

帰っていいの?

その言葉が、詰って言えなかった。

何度も女神を、異端児達を見て迷子の子供のように迷う。

アストレアは何も言わず、ただ微笑んで見つめている。本当なら自分で言ってやるべきだと思うが、きっと、『ヘスティア』だからこそ少年に届く言葉があるのだろうと、適任という言葉はどうかと思うが自分が言うのと彼女が言うのとではどこか違う気がしたのだ。

 

――ベル、貴方は

 

「ベル君、君は・・・どうしたいんだい?」

 

どうしたいか?

決まってる。決まっている。そんなものは、決まっている。

 

5分経過。

雪が頬を伝っていく。

 

 

「・・・・帰りたい」

「聞こえない」

「帰りたい!」

「もっと、はっきり言えよ!!」

「アストレア様の所に、帰りたい!!僕は、家族のところに、帰りたい!!」

 

みっともなく泣きながら、自分の思いを、罪悪感だらけの胸を押さえて叫んだ。

 

「なら・・・帰るんだ。オレっち達も、『家』に帰るだけだ。」

「我々ハ、堂々トソコカラ『(ダンジョン)』ニ帰ル」

「自分の家に帰るのに裏口から入らきゃならない理由なんてねえからよ。だから、また会おうぜ」

「・・・・・」

 

涙を拭って、立ち上がって、空を見上げて、喉を引く付かせながら深呼吸をして、怪物達を見つめて

 

「・・・わかった。また、会いましょう」

 

そう、返す。

怪物達は鳴く。泣く。

少年もまた、泣く。

 

そして、リドは―――蜥蜴人(リザードマン)は、手を差し出した。それは、いつか少年からした『握手』。

こんどは、彼等の方から。

 

「ベルっち」

「?」

「握手」

「ん」

 

躊躇いなく、握手する。

境界線の上で、誰もが目を見開いてする『怪物と人間の握手』。

 

「じゃあな、冒険者。生きろよ」

「うん、またね・・・蜥蜴人(リザードマン)

「サラバダ・・・・異端の同胞(ベル・クラネル)。貴様ノ身ニ何カアッタノナラバ」

「今度はオレっち達が助けに行く」

「うん、わかり、ました・・・石竜(ガーゴイル)。さようなら」

 

 

これにて、【怪物との友愛(モンスターフィリア)】は幕を閉じる。

手を離し、怪物達が立ち去るのを見守る迷子の少年もまた、彼等が帰ったならば帰るだろう。

今の家族の元に。

けれど、彼等は一向に動かなかった。不審に思っていると、彼等は少年の後ろを見るように指を指す。

それは、メインストリートの端を氷の壁で覆った1本の道ができていた。

 

 

 

『さぁ、舞台は整えたぜ愚者(フェルズ)

 

と神ヘルメスが、今は人造迷宮(クノッソス)の中にいるであろう愚者(フェルズ)に向かって言う。

愚者(フェルズ)からの依頼。それが、【名無しの異端児(ネームレス)】とベル・クラネルとの戦闘の舞台を整えることだった。だからこそ、わざわざ異端児から敵役を作り出す必要がなかった。

 

 

 

「あー・・・ただ、あれだ。」

「?」

「最後によ、ベルっちに、会いたいって奴がいてよ・・・・そいつの願いは、ベルっちにしか、叶えられないみたいだからよ、できるなら、叶えてやって欲しいんだ」

 

何かわからず、困惑していると、遠くから、ドスン、ドスンと音を鳴らして近づいてくる影が現れる。

それは、大きかった。

それは、屈強な肉体を持っていた。

それは、2本の角を有していた。

それは、1つの大戦斧と1つの魔剣を持っていた。

それは

 

 

「・・・ミノタウロス?」

 

目の前まで歩いてきたソレは少年にマジックポーションを投げ渡す。

そして、静謐な時間が流れる中、

 

「―――名前を」

 

漆黒の怪物は、ゆっくり口を開いた。

 

「名前を、つけてほしい」

 

10分経過。

 

発した人語も、外見に似合わぬその口振りも、ベルを驚きに染めるものだった。

低い声。

どこか『武人』というものを彷彿させる、静かな語調。

唖然とする少年が何も言い返せずにいると、怪物は言葉を続ける。

 

「夢を」

「?」

「ずっと、夢を見ている。」

 

疑問に首を傾げるベルを前に、独白するように言葉が紡がれる。

 

「たった一人の人間と戦う、夢」

「・・・」

「泣きながら恐怖と戦い無様に武器を振り回し、自分のことなど見てはいなかった。・・・それでも立ち上がり、血と肉が飛ぶ殺し合いの中、最後の最期に意志を交わした、あの瞳を、あの輝きが頭に焼きついて離れない・・・自分にとって最強の好敵手」

「!」

 

ベルは目を見開いた。

『夢』というその単語を聞いて真っ先に蘇るのはリドとの会話。

 

『今は1人で『深層』で武者修行してる。何ていうかよ、『今度こそ、ちゃんと戦いたい相手がいる』って言ってんだよ。そいつ』

『ちゃんと?』

『あぁ。あいつの前世って言えばいいのか・・・まぁ、記憶の中によ、怯えながら、泣きながら戦う奴がいたんだってよ。そいつは自分のことなんざ、ちっとも見てなくてよ。最後の最後にやっと目を合わせただけなんだとだから今度こそ、ちゃんと向き合って、戦いたいんだとよ。

叶うといいよな、あいつの夢。』

 

 

初めて1人で戦った、あの時の憧憬。

初めての『冒険』、命を賭した攻防、恐怖に飲まれ、無様に剣を振るってそれでも最後に互いの全てをぶつけ合った怪物との激戦。

 

「再戦を――自分をこうも駆り立てる存在が、いる」

「―――まさか」

「あの夢の住人と会うために、今、自分はここに立っている」

 

怪物は己の存在理由を語った。

胸に秘める想いを、生まれ変わるに至った強烈な『願望』を。

人類への羨望でもなく、地上への憧れでもない、たった一人の宿敵をもとめてやって来たと。

 

「自分は『名無しの異端児(ネームレス)』・・・」

「名前が・・・ない?」

「その存在と再開した時、その夢の住人に()()()()()()()()()を与えてもらいたかった」

 

だからこそ、自分で名を持たなかった。

 

「夢の住人は『炎』を持っていた。だから・・・というわけではないが、自分の手には『雷』が」

「―――魔剣?」

「どうか―――名を。そして、名を聞かせてほしい」

 

名を与え、少年の名を、好敵手の名を聞かせてほしい。

それに対して、少年は何度も目の前の雄牛を見てマジックポーションを飲みながら頭を回す。

 

「ミノタウロス・・・『雷』・・・・『あの輝き』・・・輝き・・・『光』・・・ミノス将軍・・・」

「違う」

 

お気に召さなかったらしい。

 

「えっと・・・『雷』・・・『光』はコウとも読むから・・・『雷公(いかずちこう)』・・・」

「・・・はぁ」

 

溜息を疲れた。ちょっと悲しい。

 

「うーん・・・『雷公(いかずちこう)』・・・いかずち・・・らい・・・こう・・・『雷光』・・・」

「!」

 

何か、ピン!と来たらしい。

なら、やろう。

あの時のように。

 

少年は銀の槍の石突を地面に叩きつけ、音を響かせる。

周囲からは、『また何かが始まる』というどよめきが一掃高まる。

アマゾネスの少女が、『バーチェ、バーチェ、こっちこっち!』と言いながら何とか見える場所へと行こうとする。

 

少年は息を吸って、はじめる。

 

 

演じる演目は、『アルゴノゥト』。

不相応な望みを持ち、幾多の思惑に翻弄され、それでも愚者を貫いた、一人の道化の物語。

なし崩し的に雄牛から王女様を救った喜劇の英雄。

 

 

「スゥ―――【我が名はベル・クラネル!正義を司る女神の眷族が一翼!そして、ミノタウロスよ!その耳を澄ましてよく聞け!お前の名は【雷光(アステリオス)】!」

 

天から天啓が降りるように、雪が少年に触れると、【乙女ノ揺籠】のもう1つの効果である『雷』が付与される。

 

「―――ッ!」

 

この時を持って、【名無しの異端児(ネームレス)】は消え去った。

新たにこの場で生まれるは、【雷光】を冠する名【アステリオス】。

 

「【再戦を望むか我が敵よ】!」

「――ォオオオオオッ!」

「【私との再戦を望むか、我が敵よ】!!」

「――ォオオオオオッ!」

「【だがしかし!許してほしい!今の私はもはや限界!1対1で戦うだけの、1人で戦えるだけの力がない!やはり私は弱者(わたし)らしい。誰かに支えてもらわねば碌に戦えない!】」

 

今の少年に、全力で戦えるだけの体力はもうない。

マジックポーションを飲んだからと言って全快するわけでもない。

復讐者(スキル)による反動がある以上、ハンデをかけているも同然。

 

『【――どうか貴方へ祝福を。】』

 

だから、それでも、誰かに支えられるのが、今のベル・クラネル。

その祝詞を聞いて、1人と1体は笑みを浮かべる。

1人は来てくれたことに。

1体はそれでも構わないと。

 

「【本当に申し訳なく思う!――だから、約束しよう!次こそは、私1人の力で貴方と渡り合って見せると!我が宿命よ!我が好敵手よ!】」

「――ォオオオオオオオオオ!」

『【ウチデノコヅチ】!』

「【神々よ、とくとご覧あれ! 雄と雄の悲喜こもごも、笑いに満ちた勇壮なる戦いを!】」

 

冒険者は手を握り締め

英雄譚好きな少女は笑みを浮かべ

神々は胸を震わせる

 

 

少年は背から狩猟者から奪い取った赤い槍を左手に持ち、2本の槍を構える。

それは決して彼の喜劇の英雄とは違う形だが、そんなものは些事だ。

 

 

「再戦を!」

「――再戦を!」

「「再戦を!!」」

「【――さあ、冒険をしよう】!」

「ォオオオオオオオオッ!!」

 

 

雄牛は両戦斧を、魔剣を構える。

両者共に眦を決して、叫ぶ。

 

 

「【――勝負だ】ッ!!」




ベル君装備

アルテミスの戦闘衣装
リトルバリスタ(雷の魔剣)※オリオンの矢で使っていたもの。1発
直剣型魔剣(炎属性)
右手:狩人の矢(銀の槍)※オリオンの矢でアルテミスが出した槍のレプリカ。椿とヴェルフの合作でフロスヴィルトの槍版
左手:狩猟者の赤槍

登録魔法
・ライトバースト
・エアリアル

状態:復讐者の負担が消えてないので体が重い。魔力が枯渇寸前だった。

アステリオス
満身創痍じゃない。
修行帰還が短いので正史と比べると少し弱い。
それでもアステリオスが強いのと、無理を言っているのはわかってるのでサポート魔法をかけられるのも承知の上。





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ロンリーラビット-9-

アヴァロンにいかないと・・・


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「ぁああああああああああああああああああッッ!!」

 

天を震わせる咆哮が打ち上がる。

戦いの始まりを告げる号砲が解き放たれると共に魔法の効果時間が終わり、少年と猛牛はぶつかり合う。

 

その巨躯を持って圧殺せんとするその力の暴風に対して、少年は小柄な体を活かして地を這うように肉薄する。敵の視界の下方から鋭く槍を突き出し、かと思えば足元を水平に薙ぎ払う。猛牛はやりにくそうに上体を逸らし、跳躍して『今度はこちらからだ』と言わんばかりに攻めかかる。

 

繰り出される両戦斧(ラビュリス)をベルは大きく回避し果敢に呪道具(カースウェポン)の紅い槍で傷を負わせていく。それでも、接近戦を演じるベルとアステリオスとでは圧倒的な能力(ステイタス)の差を物語るように、数回斬り結んだベルの皮膚は既に血を滲ませていた。それでも渡り合えていたのは、魔法の効果で付与された雷によるものだった。

 

「はぁぁッッ!!」

 

振り下ろされる両戦斧(ラビュリス)を銀の槍と紅い槍を交差させて防いでは逸らし、2本の槍で突き、薙ぎ払い、時には距離を離し、時には大胆に懐へ飛び込み、紅い槍で確実にダメージを与えていく。

 

斧が薙がれ、悲鳴を上げる大気、ブーツに激しく蹴り立てられ石畳から舞い散る砂利と破片。力と速度の戦いを繰り広げる少年と怪物を前に、それを見守る観衆は手を握り締める。

 

「―【乙女ノ揺籠】ッ!」

『ォオオオオオオオオオオオオオッッ』

 

『ダイダロス通り』からの都合3回目の【乙女ノ揺籠】の発動。

月が隠れていたために、その範囲は広場一体。

対象者は少年と猛牛以外。

少年が猛牛が魔剣を使うのを察して、発動させていた。

 

「――づぅぅぅっ!?」

 

魔剣から襲い掛かる雷を、銀の槍で吸収して防御するも吸収しきれずに吹き飛ばされる。

 

『ヴゥオオオオオオオオオオ!!』

 

猛牛は吹き飛ばされた少年にさらに攻めかからんと驀進。石畳を転がる少年は両戦斧(ラビュリス)を、足による踏み込みを、転がりながら、槍で逸らしながら回避、そしてそこで、さらに魔法を詠唱する。

 

「――【目覚めよ(テンペスト)】ッ!!」

『ッ!?』

 

風が体を覆い、大きく回転して2本の槍で両戦斧(ラビュリス)を跳ね返して距離を取り、使いこなせずとも、雷を巻き上げた風を持って得物は違えど魔法の持ち主の少女のように踊るように攻撃をしかける。少年の動きが変わったことに昂ぶる猛牛に少年は連撃を叩き込んだ。

 

 

――強い・・・!

 

春姫の【ウチデノコヅチ】、ベルの【乙女ノ揺籠】の付与効果、アイズの【風】でもその猛牛は圧倒的だった。迫る両戦斧(ラビュリス)に度々命を脅かされながらも姿勢を低くし、突きの連撃や薙ぎによる攻撃、時には槍の持ち手を変えてリーチを短くして攻めるも見切られる。その猛牛の『技と駆け引き』に、ベルは焦燥にも似た感情に襲われた。

雷を吸収しては吐き出して繰り出す攻撃も、

 

『ヴウゥンッ!』

「っ!?」

 

巨大な斧を盾のようにし、さらにそのまま怪物の、片足の振り下ろしによって地面は粉砕し、それだけでベルの体勢は崩れた。間髪入れずに放たれるに両戦斧(ラビュリス)に対し、敵の体を咄嗟に蹴り付けることで緊急回避する。

 

切り裂かれる何本もの白い頭髪、血の斑点に交じって飛び散る無数の汗。

敵の肉体、余さず全てが凶器だ。全てがベルを殺すに足る武器になる。

戦慄を覚える少年に、猛牛はそんな暇はないぞと笑いながら、頭部の紅き双角を振るった。

 

「ぐぅううううっ―――ぅあああああああっ!?」

 

交差させた2本の槍でも、受け流しきれない。

つんざかんばかりの金属音と火花とともに宙を舞い、さらに追撃してきたアステリオスの前蹴りに捉えられる。

 

「づっっ!?」

 

防御している槍を伝って前腕骨から罅が生じる音に双眸を血走らせながら、ベルは後方へと飛んで威力を逃がすもその強過ぎる威力に吹き飛ばされ観衆を越えて建物の中に突っ込んでしまう。

 

『お、おい!?生きてるか!?』

 

そんな声が聞こえた気がした。

吹き飛んだ少年に対してなのか、猛牛に対してなのか、悲鳴まで聞こえた。

戦えない者たちの目にはそれが死の暴風に見えたことだろう。

触れれば死ぬ。あれはそういうものだと。

数いるモンスターの中でも埒外の極地にあるその怪物に、恐怖する子供達がいた。

 

『ウウッ――』

 

故に、視線の切っ先のみで身動きが封じられるのも避けられないことであった。

住民に被害が行かないようにと、冒険者達が盾になろうとするも猛牛は少年が吹き飛んだ場所を見て動こうとはしない。

 

「―――――ッッ!!」

 

なぜなら、ソレが恐怖に堕ちようとも再び立ち上がるのを知っているからだ。

砂塵を破って、白髪の冒険者が漆黒の怪物に突貫した。

 

死の暴風に対する恐怖が金縛りのように動きを止める住民達の中、なびく頭髪で純白の軌跡を引きながら、ベルは銀の槍と紅い槍を両手に斬りかかる。

 

姿を現した好敵手に猛牛は再び歓喜した。

 

「あああああああああああああああああッ!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

誰もがその光景を瞳に焼き付ける。

頭部から血を流し、顔を赤く汚しながら吠える、たった一人の冒険者。

恐怖に青ざめる冒険者達の中で、ベルだけは違った。

魔法で自分達は傷つくことはないとはいえ、誰もが立ち向かえない中、ベルだけは異なった。

ただ一人、死の暴風に真正面から斬り結ぶ。

 

気が付けば、黙って拳を握って見ているだけだった者たちは声を上げていた。

 

 

「いけぇええええええええっ、涙兎(ダクリ・ラビット)ォオオオオオオオオオオ!!」

 

ならず者のモルドが最初に。

そしてそれが伝播するように、顔を真っ赤にして大粒の唾を吐き散らし、今も戦う少年に向かって雄叫びをぶつけていく。

 

 

 

巨大な怪物と恐ろしい両戦斧(ラビュリス)に向かって、さらに速度を上げて2本の槍を持って斬りかかる冒険者。

大地を割る剛閃を回避し斬閃を、突きの連撃をたたみかける。

その姿は人々の目にどう映っただろうか。

住民達は青ざめ、ギルドの職員は言葉を失い、そして同じ冒険者達は手を握り締める。

 

戦いがあった。

 

人と怪物が互いの命を削り合う、激闘が。

 

「ベル・・・!」

 

少年の身を案じるも止める事もできない女神の呟きが零れ落ちる。

その戦いを止めることなど、誰にもできない。

 

意志だ、意志だけがある。勝利を求める渇望だけが。

 

――あの子は今、己を賭している。

 

それは冒険者達にも、住民達にも理解できていた。

少年が先ほど『人類の敵』になろうとしたことなど、どうでもいいと思えるほどには。

 

「いけ・・・」

 

やがて、1人のヒューマンが呟いた。

 

「行っけ―!アルゴノゥト君っ!」

「負けるなァ!」

 

アマゾネスの少女が、エルフの少女が叫んだ。

広場の中心、恐ろしくも猛々しい怪物と戦う少年に声を放つ。

1つの言葉が、いくつもの叫びが、やがて巨大な鯨波に変貌した。

 

『―――――――――――ッッ!!』

 

雄叫びと咆哮が絡み合う死闘に住民は青ざめながら声を枯らし、ギルド職員は失った言葉を声援に変え、冒険者達は握った拳を振り上げる。誰もが少年に激しい言葉を投げかけた。その少年の姿に、一体何を見たのか、それは観客達のみが知る。

 

 

――もっと、力を

 

その叫びを耳にしながら両戦斧(ラビュリス)を回避するベルは、目の前にいる好敵手にガッカリされないように己の限界をさらに引きずり出す。

 

 

 

「エアリアル・・・・【復讐者(シャトー・ディフ)】ッ!!」

 

風が黒く染まっていく。

しかしその黒い風も、金の光沢によって色を変えていく。

目の前の存在は決して、『黒い人型』をした怪物などではなく、目を逸らすことを良しとしない絶対の好敵手たる怪物(ヒト)だ。

 

 

――失望させない。力に飲み込まれない。暴走させない!!

 

ゴーン、ゴーン、と

スキルの発動と共に、鐘の音が鳴る始める。

始まるのは、カウントダウン。

チャージとは違い、カウントごとに威力は上がる。けれど、カウント以上の戦闘は不可能となる。

戦いの終わりを呼ぶ鐘の音が、鳴る。

 

 

両戦斧(ラビュリス)の剛撃に碌な整備をされていない紅の槍はとうとう砕け散る。その破片がベルと猛牛の体を霞め、呪詛を撒き散らす。人々の悲鳴が上がる。

すかさず空いた手で腰につけていた直剣型の魔剣を解放し炎を打ち出す。踏鞴(たたら)を踏む猛牛に向かって緋色の火の粉を、風を、雷を纏って突撃する。

 

ベルは、咆哮を上げた。

 

 

「ああああああああぁ――――ッ!!」

 

 

少年の雄叫びと人々の轟きが迷宮街に鳴り響いていく。

石畳を激しく傷つけ、時には建物にぶつかり破壊しては、ベルとアステリオスは激突した。

 

「はああああッッ!!」

『ヴオオオオオオ!!』

 

銀の槍と両戦斧(ラビュリス)が何度もかち合った。何度も斬撃の音色を奏でた。

魔剣より雷と炎がぶつかり、片手で槍を操るのが困難と判断したならばすぐに魔剣の柄を口で咥え込み両手で槍を操って猛牛へと襲い掛かり、猛牛もまた何度も動きを帰るベルに歓喜しては全力を振り絞った。

 

戦場の奏楽はまるで聴衆を招くように広場にいない者たちも引き寄せる。広場を一望できる派閥の本拠に、歓楽街でそそり立つ大劇場の屋上に、都市中央部に位置する建物に躍り出て、その一戦を見下ろす。

 

怪物の血飛沫が上がる度に、住民達はおののいた。

少年が吹き飛ばされる度に、冒険者達が手すりを掴み前のめりになった。

 

 

「ティオナ!あんな雄がここにはいるのか!」

「そうだよ、バーチェ!すごいでしょ、あの子!」

 

いつか英雄譚を読み聞かせたアマゾネスの少女達がはしゃぎ回る。

多くの者達がその死闘に魅入られる。

時を繰り返すように、彼等は怒声を飛ばし始めた。

冒険者の意地を見せてみろ、と。

 

 

「頑張りなさい、ベル・・・・」

 

人造迷宮(クノッソス)から帰還したリューはその闘争を見つめ静かに呟き。

 

「ベル君・・・あんな顔をするんだね」

 

シャクティに抱きかかえられているなか、薄っすらと意識が戻ったアーディは暴走でもないその少年の顔に笑みを浮かべ。

 

「死なないでくださいよ、ベル様」

 

サポーターの少女は、恐怖の存在に1人で立ち向かう少年に震え上がるもまた無茶をしていると溜息をつき。

 

「ヴェル吉との合作の槍、2億は下らんぞ?早々に壊したらただではすませんからなぁ」

 

椿は、眼帯をしていない片目を細めて眉をひく付かせ。

 

「ベル、バーニング!よ」

 

アリーゼが意味の分からない声援を投げる。

 

声援が轟く中で、人々の目が、神々の目が、都市中の目が、一人の冒険者と1匹の怪物に収束する。

 

「――――――ッッ!!」

『ウウウウウウウウッ!!』

 

力を振り絞るようにベルとアステリオスの体が猛った。

何度も猛牛の力を槍で受け止めている両腕は悲鳴を上げている。だがそれだけだ。罅の入った腕などいくらでも振り回せる。激痛の熱さえも攻撃の原動力に変えてベルは斬りかかった。

 

打ち払われる槍、弾かれた勢いを転化した回転斬り、これも防ぐ両戦斧(ラビュリス)、苦し紛れに口で咥えたまま放った炎をブチ破り、間一髪はなれた空間に叩き込まれる連続突き。

斧の刃先が掠め、左腕の手甲が砕け散る。

 

「・・・っ!?」

 

ベルの武装が次々と剥落していく。咄嗟に防御に用いた肩当てが、アステリオスの猛攻によって失われていく。漆黒の濁流が脅威となってベルをすり潰さんとする。

 

互いの体は赤く染まっていた。

自分の血とアステリオスの血だ。

 

ベル自身の雷に、アイズの風に、春姫の魔法に支えられ、無茶に無茶を重ねた復讐者(スキル)の使用。

それによってようやくの接戦。そのどれもがなければ、とっくに終わっていた戦い。

もしも異端児達が巣を追われることさえなければ、この猛牛の修行期間がもう少し長かったのなら、瞬殺だっただろう。

 

 

「――まだ、まだあああああああああああっ!!」

 

ベルは咆哮した。

風が勢いを増し、さらに加速して視線の先で待ち構える漆黒の猛牛へと疾走する。

 

『ッ!?』

 

霞むほどの勢いで踏み込まれた左足とともに銀の槍を振りぬいた。

限界を食い千切った加速、遅れる敵の反応。鎧の上から槍撃を叩き込み、なおも止まらない。強固な全身型鎧に阻まれようが乱打の嵐を見舞う。

 

 

『ッッ――ヴォオォ!!』

 

それ以上許すものかと振り上げられた両戦斧(ラビュリス)が銀の槍を上空に弾き飛ばす。

群衆から悲鳴が上がる中――ベルはそれらを全て無視し、疾走の動きから跳躍へ。

虚を突かれるアステリオスの頬骨に、左上段蹴りを炸裂。さらにそのまま左足を見舞った体勢で、瞠目するアステリオスに向かって砲身のごとく突き出される右手。

 

 

「リリィイイイイイッ!!」

「いっけぇぇぇベル様ぁあああああああッ!!」

 

 

リトルバリスタから放たれたナイフ程の小さな魔剣が雷を持って放たれる。

 

 

『~~~~~~~ォオッ!?』

 

 

小さな魔剣。たった1発。けれどその一撃は冒険者達が息を呑むほどの至近砲撃。猛牛の片目を潰す決定打。自らもまた爆風で吹き飛んだベルは、着地と同時に、疾駆した。頭上から回転しながら降ってくる槍を右手で掴み取り、後方によろめく猛牛の体目がけ、渾身の槍撃を見舞う。

 

『ゴオッ!?』

 

三段突き。

 

『グッッ!?』

 

大薙ぎ。

アステリオスの魔剣が砕け散る。

 

『オオオオオオッ――!?』

 

斬り上げ。

 

全身型鎧ごと斬り裂かれた巨躯が、夥しい紅血を吐き出した。

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?』

 

ベルの猛攻に冒険者達と神々が、喉を張り裂けんとばかりに絶叫する。

一方で左眼を潰され、間違いない深手を肉体に叩き込まれたアステリオスは――笑った。

人々の歓声を一時消失させるほどの不気味さで、猛々しさで、静かに。

少年と怪物は死力をつくして闘争の幕引きを拒むが、互いの体が、スキルが、それを許さなかった。

 

『ヴオオオオオオオオオオッ!!』

「ぐうぅっ!?」

 

振り上げられた両戦斧(ラビュリス)が咄嗟に構えられた銀の槍を強打する。

ベルの足は地面を離れ、羽根のように軽々と後方へ吹き飛ばされた。吹き飛ばされる寸前、あろうことかベルは、両戦斧(ラビュリス)を持つ猛牛の腕に噛み付き吹き飛ばされる力を利用して肉を噛み千切った。

 

『ッ!?』

 

猛牛は己の腕の肉を喰われたことに驚愕。そのベルの行動に冒険者や神々でさえ瞠目し大抗争を戦い抜いた者たちの中にはある1人の人物を思い浮かべる者さえいた。

 

『くったぁぁぁぁぁ!?』

 

 

石畳に背中から落ちたベルは後転し、瞬時に視界の中央へアステリオスを収める。

 

『―――フゥ・・・フゥ』

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

離れた2人の間合い、約10M。

アステリオスはこの瞬間を待ちわびたように、両戦斧(ラビュリス)を捨て両手を地に叩き付けた。

魔剣の最後の炎を槍に吸わせ、それに習うように、ベルもまた左手を地につけ石畳を踏みしめ頭部は低く構え、槍を握る右手に力を込める。

それを見た冒険者達が、ざわりと喧騒を膨らませた。

 

『ミノタウロス』が己の最大の角を用いて放つ必殺、それを少年が真似ていた。

進路上のあらゆるものを粉砕してのける強力無比な突撃。

 

 

カウントはすでに終了済み。

あとは解き放つだけだ。

槍の宝石に吸収されたのは『炎』。

早く解き放てと、鐘が催促する。

 

 

ベルはその刹那、思い出す。

アイズに魔法を貰うときのことを。

 

 

『ベル、いい?ロキが言ってたんだけどね』

『ロキ様が?』

『うん。ロキが、【必殺技の名前を言えば威力が上がる】って言ってたんだ。』

 

 

だから、この最後の攻撃に名をつけよう。

アイズの風が、少年の雷を巻き込んで渦を巻き、槍から炎が解放されてそれさえ巻き込んでいく。

 

 

――炎と雷。

 

 

「―――」

『―――』

 

 

交じり合う互いの眼差し。境界を無くす戦意と戦意。永遠に凝縮される一瞬。

四肢が吠え、心が餓え、意志が燃え盛った。

ベルの深紅(ルベライト)の瞳と、アステリオスの怪物の瞳がぶつかり合う。

そして、

 

 

 

 

 

炎雷の(ファイア・)・・・」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

(ボルト)ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」




正史の技とか、仲間の技を、あわせ技とかで再現して叫ぶのが好きです。

補足

ベルがリトルバリスタで放った魔剣は『オリオンの矢』でリリが放ったものです。


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ロンリーラビット-10-

光よ!螺旋となりてっ!!






美神様、自分がいる真下の広場で戦うベル君を見て大はしゃぎ。侍女頭さん大困惑。


炎雷の槍(ファイア・ボルト)ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 

突貫。

発走した少年に、女神が、ファミリアが、誰もが彼の勝利を祈った。

両者共に石畳を爆砕し、熱波で焼き焦がし、冒険者と猛牛は己の身を最強の弾丸に変える。

轟き渡る咆哮に息を呑む人々、神々、冒険者。

疾駆と驀進が互いの間合いを一瞬で零へと変え、決着の一撃を解放させた。

 

炎雷の弾丸となった少年の槍が、敵の紅角にぶつかり合う。

 

 

「づぅぅああああああああああああッッ!!」

『ォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

瞬間。

少年の炎が、風が、雷が、敵の紅角に打ち砕かれるのを捉えた。

 

槍を使った、前方への直進に対し敵は直進からのすくい上げ。

直後。

 

 

「――――――」

『――――グゥ』

 

敗れた。

致命的な衝撃を被ると同時、少年の体と銀の槍が天高く舞い上がる。

猛牛もまた、右腕を切断され、その腕が少年の体と同じように宙を舞う。

 

 

『―――』

 

その一瞬、オラリオから一切の音が消えた。

口から、体から鮮血を撒き散らし、衝突点の真上を昇る少年の体。

誰もがその姿を仰ぎ、青ざめ、少年の体を覆っていた炎雷が消え去るのを見た。

 

「ベル―――ッ!!」

 

口元を両手で覆う女神の時が凍結する。

空から、少年の、猛牛の鮮血が雨となって降り注ぐ。

 

 

『――ォォ・・・ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

対して、少年の必殺を打ち砕いた怪物は右腕を失った痛みに一瞬フラつくも、勝利の雄叫びとともに()()を行う。石畳を削る急制動を敢行した後、瞬時に反転しベルの落下点へ。まさに荒ぶる猛牛のように直進し、ベルが地に叩きつけられた瞬間、その体を再び襲った。

 

 

「があぁっ!?」

 

 

横に広げられた漆黒の左腕に打撃され、再び吐血するベル。少年の体をそのまま絡め取ったアステリオスは進路方向に猛進を続け、視界正面、天を衝く白亜の摩天楼(まてんろう)へと突撃する。

 

 

「た、退避ぃー!?逃げろおおおおっ!?」

「お前等ぁ!どけどけぇ!!巻き込まれるぞぉ!?」

 

 

周囲で戦いを見守っていた冒険者が、神々が、そして摩天楼施設(バベル)の門を防衛していた【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者達は、その止めることのできない無敵の突進から住民達と神々を守るべく全力で逃れた。

次の瞬間、巨塔の門と壁を猛牛の突撃が爆砕する。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 

ベルを巻き込んで塔内部に侵入したアステリオスの勢いは止まらず1階の大広間、巨大な花のステンドグラスを連想させる床に、左腕を絡め取ったベルごと両戦斧を叩き付ける。凄まじき怪力の一撃は少年と床に深刻な損害(ダメージ)を与え――次の瞬間、大広間の中央部分は崩れ落ちた。

 

床と天井を破られ、地下1階のフロアに落下してしまえば、下で口を開けて待っているのは『大穴』たるダンジョンの出入り口。

 

他の異端児達でさえこんな、こんな乱暴な『ただいま!』はしないというのに猛牛はお構いなしに飛び降りる。

 

落ちる。落ちる。落ちる。

血を撒き散らせながら浮遊感に包まれ、大量の瓦礫とともに地の底に吸い込まれていく。霞むベルの視界から地上の夜の光が遠のいていく中、間もなくその瞬間はやって来た。

 

 

「ぎっっっ!?」

 

 

ドンッッ!! と

轟然と音を立ててダンジョン1階層に激突する。

背骨を起点に電撃のような衝撃が走りぬけ、ベルは一瞬気を失った。

 

 

「ゴホッ、ゲハッ・・・ッ!!」

 

喉に詰まる血液の塊を咳き込みながら吐き出し、昇華していなければレベルブーストがなければ即刻死亡しているほどの苦痛に苛まれながら、うっすらと瞼を開ける。

ガラガラとベルとアステリオスが落ちてきた衝撃で崩れた壁が、降り注ぐ瓦礫が、いつかの戦いの時のようにベルを覆い始める。

 

「ヒュー・・・・ヒュー・・・」

 

仰向けの状態から視界に映るのは、ぼんやりとした夜の薄闇と塔の門から差し込んでいる月光。

崩落と言ってもいいこの落下劇によって魔石灯は全壊したのか、塔内部は闇に包まれていた。円筒形の『大穴』に設けられた螺旋階段も、一部が壊れている。

落下直下のこの1階層にも当然のように被害が出ているのか、亀裂が入ったダンジョンの壁面に灯る燐光は弱々しかった。それこそ洞窟に差し込む月明かりのように。

 

思考もままならず、ぼんやりとしながら空気を貪るベルのもとに・・・漆黒の影が覆いかぶさる。

 

 

「ベル・・・・」

「・・・ぅ、ぁ?」

 

 

怪物の咆哮ではなく人語の声音に、目だけでそれを見た。

そこに勝者のごとく立っているのは漆黒の猛牛。

静かにたたずむアステリオスは、右腕があった場所から血を流しながら、ぼろぼろのベルを見下ろしながら言う。

 

 

「これで、一勝一敗・・・」

 

 

その言葉に、ベルは目を剥いた。

 

「―――っ」

「次だ」

 

片腕を失い、片目を潰され、全身から血を流し続ける猛牛の戦士は隻腕が持つ両戦斧(ラビュリス)を胸元まで掲げ、告げた。

 

 

「次こそ―――決着を」

「―――次、こそ・・・僕、だけの・・・力で・・・」

 

 

その言葉にアステリオスは口端を裂いて笑う。

ベルは戦いの幕引きを受け入れ、最後に

 

 

「名前を・・」

「―――」

 

戦いの前にやったやり取りを思い返すように

 

 

「貴方の名前を―――聞かせて、ほしい」

「!」

 

その意味を理解したのか、アステリオスは笑いながら返す。

 

 

「自分の名は【アステリオス】」

 

それは『雷光』を意味する名。

猛牛が見た少年の輝きと猛牛が持つ雷の魔剣から取って少年が猛牛に与えた名。

 

 

「自分をこうも駆り立てる存在に、夢の住人に会うために、自分はここまで来た。」

「―――」

 

 

瓦礫からはもう顔が何とか見えるだけの猛牛は、それでも最後に告げた。

 

 

「この名は、忘れない。――――次こそ、決着を」

 

頭上を振り仰ぐアステリオスは

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

と凱歌のように怪物の大音声を打ち上げて、ベルの前からダンジョンの先へと姿を消して去っていった。

 

 

 

 

糸の切れた人形のように、動かない体で、ぼんやりとした視界の中で瓦礫に埋もれるベル。

それまでの戦いがまるで幻だったかのように、静寂が辺りを包んだ。

 

「・・・・」

 

おぼろげな意識の中で思い浮かべるのは、英雄であり憧憬(叔父)の姿。

本気で戦っている所すら見たこともないその人が言っていたことを何故か思い出す。

 

「【いっぱい喰らって大きくなれ。より強くあれ】・・・・」

 

糧。

そういえばあの人の作る料理は美味しかった。

豊穣の女主人のあの人とどっちが上なんだろうか・・・そんなことを考えてしまった。

 

 

『ザルド、ベルをお前のような筋肉ゴリラに変えたら殺すぞ』

『待て待て待て!?俺はそんなことはしない!!体を大きくするにはどうしたらいいのか聞かれたから()()()()()()と言っただけだ!?』

『お前の食うは碌な物がないだろう』

『子供の前で怪物を食ったりはしない!?』

『叔父さんは怪物を食べるの?』

『い、いや・・・そのだな』

『?』

『いいかベル。【生】はやめておけ、いろいろとまz・・・』

『【福音(ゴスペル)】』

 

 

あの時、いったい何に対してお義母さんは怒ったんだろうか。

 

「―――ふふ」

 

今の僕を見たら、2人はどう思うだろう?なんと言うだろう?

 

『がんばったな』と言ってくれるだろうか。

『何を寝ている。まだやれるだろう、ほら、今から深層だ』なんて言うだろうか。

『この戦いを決して忘れるな』と言うだろうか。

 

それとも、一瞬でも人類の敵になろうとした僕を悲しい目で見るのだろうか。

そう思うと、胸が痛くなった。

瞼から流れるのは、涙なのか、血なのかわからないけれどそれを拭うことさえできない。

 

 

 

 

きっと、恐らく、今のダンジョンは壊れた組成の修復を優先させる。モンスターは生まれ落ちることはなく『ゴブリン』や『コボルト』など低級の怪物も音と衝撃に怯えて階層の奥に引っ込んでいるだろう。何より、自分のスキルで1階層程度の怪物なら気付くこともないだろう、とベルはまともに働かない頭の中でそんなことを考える。

 

 

「こんな僕でも・・・『好敵手』って言ってくれるヒトがいたんだ・・・よ・・・」

 

それは誰に対するメッセージなのかはわからないが。

 

迷宮都市(オラリオ)で・・・ダンジョンで、いっぱい、出会ったよ・・・」

 

ダンジョンに出会いを・・・とは言わないが、それでも、少年は出会った。それは善人も悪人も怪物も等しく。けれど、それと同じように寂しい思いが浮き上がってしまっていた。

 

「―――会いたい、なぁ」

 

あの群衆の中に、2人はいたのだろうか。

とっくに2人は死んでいるというのに、こうも『再会したい』という欲望が消えうせてはくれない。

少年は疲れ果てたのか、やがて、ゆっくりと瞼を閉じて意識を落とした。

 

 

■ ■ ■

 

 

複数の冒険者達が、ダンジョン1階層へと走ってやってくる。

虎人(ワータイガー)妖精(エルフ)人間(ヒューマン)、ドワーフ、小人族(パルゥム)・・・そして、1柱の女神。

 

 

「いた!ファルガー!エリリー!こっちに来てくれっ!瓦礫に埋もれてる!!」

「どこだローリエ!」

「こっち!こっちだ!」

「退かすわよー!!」

 

虎人(ワータイガー)のファルガーとドワーフのエリリーが少年が埋もれているであろう場所から瓦礫を退かすと見えてくるのは血で染まった特徴的な白髪。

 

 

「ごめんなさいね、アリーゼ。つれてきてもらって」

「いえ、いいんですよ。でも、内緒ですからね?まずいんですよ、ホント。神をダンジョンに入れるのは」

「わかってるわ・・・他の皆は?」

「とりあえず【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に広場から人を掃ってます。アーディはシャクティとリオンが一緒に治療院に」

 

戦いの中、薄っすらとだけ意識を覚醒させたアーディもまたすぐに眠りにつき今は治療院に運び込まれている。『人間が怪物にされる』という前代未聞の事件は、冒険者達に動揺を与えはしたがこれもすぐに『病気のように怪物になるわけではない』と御触れが入ることだろう。【ヘルメス・ファミリア】が瓦礫から少年を救い出している中、そんな会話をする。

 

 

「ヘルメスは?」

「えっと・・・」

「?」

「キレたアスフィがボコボコにして、輝夜の前に連れ出しました。『アーディを暴走させるように命令を出しました』って言って」

「それで?」

「今回の騒動で起きた損害・・・さっきの戦闘も含めて、その修繕費とベルとアーディの治療費はヘルメス様持ちです」

「そう・・・眷族達に申し訳ないわね」

「まあ・・・その辺はファミリア内でなんとかするでしょう」

 

 

ウラノスが慎重に扱っていた【異端児】達のことも、今回の一件で大いに明るみになってしまった。ベルの魔法は別に都市の中心である必要性は特にないはずで、恐らくは『見せ付ける』ということをしたかったのだろう、とアストレアは考えた。『ベル君の願いや夢は強引にでも押し通さないと叶わないぜ?』と言いそうだが、それでもせめて女の子の体を覆う布くらいは用意しておけと言いたくなった。

 

「異端児達については?」

「切断された腕は黒犬(ヘルハウンド)一角兎(アルミラージ)がいつの間にか回収してました。」

「いや、そうじゃなくて」

 

回収して帰るなら、せめて『ベルを瓦礫で埋めるな!死ぬだろう!!』と文句を言っておいてほしい・・・と今はもういない2匹にそんなことを思ってしまう。

 

「今回の異端児達の一件は、ヘスティア様が『モンスターフィリア』と発言したおかげでガネーシャ様もそれに乗っかって『前回は問題が起こってしまったからな!これはその焼き直しだ!!さすが、ガネーシャだっ!!』と言っていましたよ」

 

住民達は空気でも読んだのか『まーたガネーシャ様か』『ガネーシャなら仕方ない』『ガネーシャ様ならモンスターも喋るよな。』『だってガネーシャだし』なんてことを言っては酒場に行くもの、帰路につくもの、冷めぬ興奮で少年の真似事をする孤児院の子供達がいた。

 

 

「たぶん、ベルの魔法・・・の効果のおかげだと思います。『安心感を与える』とかよくわからない効果でしたし」

 

「『回復』『祓う』『精神状態を回復』『雷の付与』・・・『傷つかない』・・・複数の効果が1つの魔法にってことよね?」

 

「恐らく。なんていうか、魅了みたいですね。魔法を展開してなかったら混乱を起こしているはずなのに誰一人として混乱を起こさないんですもん。驚く程度ですし」

 

「ベルは・・・ああいう顔をするのね」

「男の子してましたね。【我が名はベル・クラネル】!って」

「やめてあげて・・・やめてあげて・・・」

 

 

間違いなく、イジられる。

酒の肴にされる。

少年にとっての黒歴史だ。

でも仕方ないのだ、少年はまだ13歳。そういう言動をしちゃってもおかしくはない。

 

「子供達が『ファイアボルトォォォォ』って叫んでました」

「やめてあげて・・・」

「―――かっこよかったですねぇ」

「そ、そうね」

「アストレア様、顔赤いですよ?」

「・・・・」

 

ようやく少年が瓦礫から救出され応急処置をされ始めた。

そこで女神が少年の元に歩み寄ろうとする。

 

「貴方達、色々とありがとう」

「アストレア様・・・いえ、自分達は恩人に借りを返しただけですので」

「あとはこちらでやるわ。貴方達も疲れてるでしょうし・・・」

「ですが・・・」

「アリーゼもいるし、大丈夫よ」

「・・・わかりました。では我々は【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に事後処理にあたります」

「ええ、お願い」

 

地上へと帰って行く【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達を一瞥して、少年の視界に入るように膝を折ってしゃがみ込み、ゆっくりと頭を撫でてやる。

 

 

「――――あす、とれあ、さま・・・?」

「ええ、そうよ。貴方のアストレア様よ」

「こ、こ・・・ダンジョン・・・?」

「ええ、ダンジョンよ。」

「来ちゃ・・・駄目・・・じゃない、ですか」

「中々帰ってこない眷族(こども)(おや)が迎えに来ただけよ。ちょっとだけなら平気よ」

 

 

体は相変わらず動かないのか、目だけでアストレアを見るベルを微笑みを浮かべながら変わらず頭を撫で続ける。血で汚れていようが汚れようがお構いなしに。

 

「汚れ・・・ます・・・よ」

「構わないわ」

「でも・・・」

「貴方から流れる血と、私の汗、あるいは涙は何が違うというの?」

「・・・・・」

 

明滅する瞳。

またいつ意識を飛ばすかわからない。だから、これで終わりにして少年を治療院に運ぼう、そう思ってアストレアはベルの目を見て問うた。

 

 

「ベル」

「は、い」

「『正義』とは?」

「・・・・」

 

少年にはわざと『正義』について問うことはしなかったし、するつもりもなかった。ただ自由に幸せになってくれるのなら、と。今の少年にはとても難しいことだから、と。間違った行いをすればその時は、めいいっぱい叱ってやればいいと思ったから。だけど、今なら答えてくれるようなそんな気がした。

 

 

「いきなり・・・どうした、んですか・・・?何を言ってるのか、わかり、ません」

「ダメよ、ベル。誤魔化すのはダメ。じゃないと、ここから貴方を引きずって、みんなの前で問いただすわ。」

「怖いこと、いわないで・・・ください。アルテミス様じゃないんだから・・・」

「あら、アルテミスは私なんかより純真で、優しいんだから」

「優しい人は・・・お仕置きで『サソリを食わせるぞ』なんて言わない・・・ですよ」

「・・・・・食べたの?」

「食べてません」

 

 

後に『アルテミス様が、僕に【じゃが丸君アンタレス味】を作って食べさせるとか言ってたんです』なんて言葉を聞いてひっくり返りそうになるなんて、この時のアストレアは全く持って思わなかった。

 

 

――怖い脅しをしないで、アルテミスっ!!

 

もう都市から出て行ってしまった女神に文句を言いたくなった。

 

 

 

「こ、こほん。それで、ベル。【アストレア・ファミリアの眷族が一翼】って言ってくれたのだから・・・答えてくれると嬉しいのだけれど」

「変に、格好つけたのが失敗だった・・・かな・・・」

「あら、そうでもないわ。それに、私は貴方を困らせることができて、ちょっとだけ嬉しい。だって貴方ったら、寂しいくせに自分勝手にいなくなるんですもの。」

 

 

その言葉に、逃げられそうにないと察したのか少しの深呼吸の後に口を開いた。

 

 

「正義とは―――『理想(わがまま)』・・・で、『掴み取る』もの・・・だと思い、ます」

「わがまま?」

「『トロッコ問題』って・・・知ってますか?」

「ええ」

「選択は二つだけ、じゃないんです。三つに変えればいい・・・数多の答えを生み出し、手を伸ばせばいい。僕は異端児をモンスターだからと殺すことも、モンスターにされたから冒険者を殺すことも受け入れられませんでした。定められている規則を受け入れられませんでした。だから・・・えっと・・・その・・・ごめ、なさい・・・」

 

「いいのよ」

 

 

自分でも何を言っているのかわからなくなってしまったのか、少年はヘタクソな笑みを浮かべて謝罪した。けれど女神はそれを笑うことも咎める事もしなかった。

 

「誰かに、教えられたの?」

「わかり・・・ません、でも、夢を・・見たような・・・?」

「そう。」

「アス・・・トレア様」

「何かしら?」

「ごめん、なさい・・・勝手なこと、して・・・」

「いいのよ、貴方は何も間違ってないわ。謝るのは私の方。碌に助けてやることもできなかった」

「アストレア様は、悪くない・・・悪いのは、ぼ、くで、人類の、敵、だから」

 

その言葉に目を見開いてアストレアはベルを抱き上げ膝の上に座らせるように横抱きにして頬ずりをして遮る。

 

「貴方は人類の敵になんてなれないわ。」

「でも・・・」

「貴方は大勢の前でアーディちゃんを助けて見せた。救えない者を救った。怪物でさえも。」

「・・・・」

「誰にもできない偉業を貴方は成し遂げた。望む望まないに関わらず、貴方は誰にもできないことをした。少なくともそれを見ていた人たちとアーディちゃんは貴方のことを『英雄』と呼ぶわ」

 

 

本人が望もうが望まなかろうが、人々が、神々が、冒険者が、たった1人の冒険者の誰にもできない偉業を認めざるをえない。そして救われた張本人にとっては少年は間違いなく『英雄』なのだ。

 

「だから、そんな寂しいこと言わないで頂戴」

「でも、お義母さん達は、悪なのに」

「貴方はアルフィアなの?ザルドなの?」

「・・・ベルです」

「2人のことを気にする気持ちはわかるけれど、貴方は貴方よ、残念ながら」

 

唇を噛み締めて震えながら女神を見つめて涙を流し始める。

それを優しく微笑んで頭を撫でてなお、言葉を続ける。

 

 

「お腹・・・空いたでしょう?」

「―――え?」

 

それは、怪物祭でベルと再会したときに言った言葉。

 

 

「一緒に帰りましょう。ああ、でも治療院に行かないと・・・【戦場の聖女(デア・セイント)】に怒られないかしら・・・」

 

少年の体を見たあの聖女はきっと、激怒するだろう。

『ミノタウロスと殺し合い!?いったい、何をっ考えているのですかああああああああ!?』

と女神の頭の中で燃え盛る聖女様が浮かび上がる。

 

 

「帰る・・・帰って、いいんですか?」

 

少年は焦る女神を他所にそんなことを言うものだから、女神は思わず笑ってしまった。

 

「他に帰るところがあるの?言っておくけれど、ヘスティアのところになんて改宗させないわよ?」

「・・・・」

「ベルがいないと私、ベッドが広くなっちゃって良く眠れないのよ」

「え」

「みんな、騒動が起きてからベルがいなくて碌に眠れてないの」

「・・・」

「寂しいわ。寂しくて仕方ない。だから、帰って来てくれないかしら?」

「う・・・あ・・・」

 

抱きしめ返してくる少年の手が女神の衣服をぎゅっと掴む。

事実、騒動が起きてから『ダイダロス通り』の封鎖やらなにやらで動き回っていたし、本拠に帰って来ても少年がいないものだから『癒しは!?私達の癒しはどこ!?』と謎の禁断症状を出す眷族(主にアリーゼ)が出始めるほどだ。何より、女神の部屋のベッドに少年がいないものだから広く感じて抱き枕にもできず、安眠ができていないのだ。

 

 

「寂しいのは嫌でしょう?私達も、寂しいのは嫌なのよ?」

「・・・・・」

 

言葉を上手く出せないのか、パクパクさせる少年の唇に人差し指をつけてニッコリとしてやる。

少年は目を点にして、すぐに赤面する。

 

「帰りましょう?」

 

その言葉に、少年は『無理に喋らなくてもいいわ』という人差し指の意味がわかったのか、コクリと頷いた。

それを離れて見守っていたアリーゼが近寄ってきて、背におぶられ地上へと向かう階段を昇り始める。

 

 

「アリーゼさん・・・・」

「ん?」

「ごめん、なさい」

「・・・もう二度と、『僕は悪でいい』なんて言わないで頂戴。悲しいわ、そんなの」

「う、ん・・・」

 

 

それを最後に再びベルは意識を飛ばし治療院へと運ばれた。

治療院では、一時の安息を得て妙に笑顔になって喜んでいるアミッドがいたがベルの体を見て激怒した。




【アチーブメント】

・ベル君の知らないところで子供達が『ふぁいあぼるとおおおお!!』を叫ぶ光景がオラリオに加わりました。

・ティオナと一緒にいたアマゾネスに興味をもたれました。

・美の女神様が『これ、記録できないかしら!?ねぇ、オッタル!!』と無茶振りをしました。

戦績

アステリオスの右腕を切り落とした


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聖女激怒

4周年が熱い・・・・いや、熱い。燃えとるがな



17巻のアレに似てるけど、オリンピアだとガチのガチってことなのかな?


その日、オラリオでは季節はずれの雪が15分間降り注いだ。

後にこの出来事は『怪物との友愛(モンスターフィリア)』として【日刊オラリオ】に記事として描かれるわけだが、何でも『バベル前の広場――迷宮都市(オラリオ)の中心地で悲劇のヒロインを救った英雄が生まれた』だの『ローブを羽織った何者かが奇跡を起こし、それは人ではとてもできることではない前代未聞の偉業でありその姿は御伽噺で描かれるような顔の見えない神のようだ』だのと広場にいなかった者達は聞く事になる。

 

口々に見たものは言うのだ。

『正体不明の英雄が生まれた』

『喋る怪物がいたが、そいつらは迷宮で死んだ冒険者の魂がダンジョンに吸い込まれて生まれたんじゃねえか』

『ラミアの乳がやばかった』

『歌人鳥もやばかった』

『あ?そこで何があったかだって?何言ってんだ、ただの『怪物祭』のやり直しだよ』

『ふぁいあぼるとおおおおお!』

 

と。

 

 

 

「ふむ・・・不思議な現象ですね」

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院でも、その魔法の効果による被害―――否、恩恵を受けて患者が激減するという事態が生まれていた。

 

『怪我人がいなくなる』

『患者がいなくなる』

 

云々。

それはとても良いことだ。

治療師が、都市の憲兵が必要とされない―――悪が蔓延る・・・という意味ではなく、それはとても理想的ではないだろうか。まぁ、何が起こるかわからないから、自分達がこの役割を降りることはないのだが。

 

とにもかくにも、治療院では患者が減ったため、治療師(ヒーラー)達は大喜び。

庭を駆けずり回り、『休暇だー!』『キャンプファイアーしませんか!?』『火を囲んで踊るんですね!?』『だれか、火炎魔法をお願いします!!』『ダメダメダメ!!魔法が詠唱した途端霧散するんだけど!?』『そんなー!!』

 

 

―――とにかくはしゃぎまわっていた。

 

普段から忙しいとは言え・・・少々ハメを外しすぎ・・・いや、ネジが数本、飛んでいませんか?と【ディアンケヒト・ファミリア】団長、アミッド・テアサナーレ19歳は思った。

 

 

「労働環境を・・・見直す機会でしょうか」

 

シフト管理を・・・いえ、そもそも毎日の様に怪我人が多すぎる。猫の手も借りたいくらいには。冒険者は『無傷で帰る』ということはできないのか?私の知り合いの少年は、『今日は18階層まで、最近入った狐人さんとピクニックに行ってました!』と傷なし、汚れなしの私としてはこれ以上ないほどの綺麗な格好で治療院に保護者を連れて回復薬等の補充に来たものだから見習って欲しいくらいだと――――無理難題なことを彼女は考えていた。

 

 

それが人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)というスキルの恩恵だと知るのは先のことである。

 

 

アミッド・テアサナーレ、19歳。

Lv.2でありながら都市最高の治療師(ヒーラー)として名を馳せ、『死亡一歩手前』の治療まで可能であり冒険者達からは銀の聖女と呼ばれている。

さらには、全てを癒すと言われる回復魔法で常にパーティを支え、対階層主の戦線をたった一人で保ち根負けさせたという逸話から【戦場の聖女(デア・セイント)】という二つ名を与えられている。

 

白銀の長髪で低身長、巨乳の美女。

休みであっても新薬の開発に取り掛かったり、『アミッドさんって休日何されてるんですか?』と疑問に思った山吹色妖精に一緒に出かけませんか?と誘われた際も珍しい医学書を手に取るわ、薬膳料理を食べるわと『い、いつもこういう感じなんですか・・・?』と少し引かれた気がするが・・・今回の一件についてはいつまで雪が降り注ぐかわからないため、つかの間の休息を得ようと思っていた。

 

「ファミリアの皆さんが言うには、歩ける軽症者はこの雪に触れると傷や痛みが治り帰っていった・・・念のために検査しても『入院の必要性なし』とのこと・・・ふむ、不思議ですね」

 

 

アミッドもまた、外に出て雪に触れたり辺りを見渡してみるも誰も彼もが『雪なのに寒くない』『不思議と安心する』と似たり寄ったりなことを言う。

 

「これは魔法・・・しかし、屋内には効果はなし。ですが効果範囲が広すぎる・・・だというのに魔法円(マジックサークル)がない・・・?」

 

彼女も発展アビリティの『魔道』を習得していないにも関わらず『魔法円(マジックサークル)』を展開させはするがこの未知の魔法は全く持って知らない代物だった。

 

 

「『回復』効果だけなら、恐らくはポーション程度・・・複数の効果が交じって、エリクサーを浴びているような錯覚を生んでいる?一体どこにこんな規模の魔法を行使できる治療師(ヒーラー)が・・・?」

 

ふと空を見上げるとやけに月が輝いて見えてそれがまるで『魔法円(マジックサークル)』のように見えたが気のせいだ、きっと。

 

 

魔法のお陰で、現在治療院には動けない重傷者くらいしかおらず聞こえてくるのは、神ディアンケヒトの悲鳴くらいだ。

 

『おのるぇぇぇぇ!?誰どぅあぁぁぁぁ!?』

 

アミッドは聞こえないフリをした。

 

「たまには、ゆっくり休むのもいいかもしれませんね」

 

新薬の開発も止めて、ゆっくりと湯船に使って日々の疲れを取ってぐっすりと眠る。うん、ありかもしれない。そう彼女は思ったし、なんなら心の中の小さな聖女(アミッド)達はキャンプファイアーを囲んでフォークダンスを踊ってはしゃいでいた。無表情で。そして一斉にプラカードを持ち上げて訴えてくる『休んじゃいましょう』『たまには友人達と食事にでも』と。

 

 

「そういえば・・・最近、彼は治療院に来ていませんね。」

 

白髪で小柄で初対面時には女の子かと思っていたら男の子で、聞いたところでは物語でいうところの『前日譚』を知る人物だとかで・・・まあよくわからないが、精神的に不安定な子で――まあ所謂『放っておけない子』なわけで。主神や団員達についてくる姿を見ては問診をしてはコミュニケーションを取っていたのだが最近はパッタリと見かけなくなってしまっていた。それと同じ時期頃に何故かアイズ・ヴァレンシュタインが落ち込んで治療院に来ていたことがあり何があったのか聞いてみたら

 

『えっと・・・男の子に、嫌われた、んだと、思う・・・』

『アイズ~あんたねぇ、その言い方だと勘違いされるわよ?』

『そう、かな・・・?』

 

男の子に嫌われた・・・・らしい。

なるほど、かの【剣姫】にも意中の殿方がいたのですね・・・そう思った次第である。

 

その白髪の少年は、少なからず人気があるようでよくバベル前の広場のベンチに座っているのを目撃するし女神や女性冒険者達に手を振られては振り替えしていたり、はたまた男神や男性冒険者達に手を振られたりナンパされようものなら、魔法で吹き飛ばされる光景が最近の日常と化しているようでその光景もアミッド自身見たことがあり、団員の者達も『今日あの子に会えたんですよ、きっと良いことがあります!』と言うものがいるほど・・・まあそう言う時に限って『い、いぞがぢいいいい』と悲鳴を上げるのだが。

 

アミッドとしても彼のことは友人や弟程度には思っては・・・気にかけているが、そんな彼に『受け取ってほしいもの(素材)があるので、今度一緒に(廃)教会に来てもらえませんか?』と以前言われたときは、珍しく目を見開いて『えっ』と声を漏らしてしまった。彼も彼で勘違いさせやすい言動をするのだろう・・・と後から溜息をついた。

 

 

閑話休題。

この安息がいつまでのもかわからないのだし、もしこの魔法の所有者を見つけることができれば、是非スカウトしようそうしようと満場一致で心の中の聖女(アミッド)達は結論を出した。

しかし彼女のつかの間の安息は、この魔法の所有者が許さなかった。

 

 

「団長!急患ですうぅぅぅ!?」

 

 

雪が止んで暫くしたのち、団員の1人が悲鳴を上げてアミッドを呼び出した。

声音からしてただ事ではない。

先ほどの雪でふざけて高所から飛び降りたのか?とも思ったが、どうも違うらしい。

 

治療師(ヒーラー)が慌ててどうするのです、落ち着きなさい。患者を奥の治療室に運んでください」

「は、はいぃ!!」

 

 

口をつけていたカップをテーブルに置き、治療室に歩み寄ろうとしてアミッドは見てはならぬものを見てしまった。

 

「アスト・・・レア、様?」

「・・・こんばんわ、アミッドちゃん」

 

女神だ。

【アストレア・ファミリア】主神、女神アストレア。

一体何故?

女神が急患?

よく見れば、その衣類や露になっている肌も血で汚れている。

 

「アストレア様が、急患・・・ですか?」

「いえ、私はアリーゼと一緒に運んできただけよ」

「・・・はい?」

 

 

いや別に?正義の派閥が怪我人を運んで来ようが不自然じゃないし?でも、何ゆえ?

変な疑問が浮かんでいた。

というか、女神といつも一緒にいる少年の姿がなかったのがアミッドにとっては不思議だった。

2人はいつも一緒にいるというわけではないが・・・アミッドが知っている限りではいつも一緒だったはず。

 

 

「応急処置はしてくれてるけれど・・・その、」

「あ、は、はいっ、すぐ行きますのでここでお待ちを」

 

 

治療室に行ってみれば、あら不思議。

最近見かけないなーと思っていた男の子が血濡れで眠っていた。

団員達も絶句。

 

「ひ、一先ず・・・治療を優先しましょう。」

「は、はい・・・」

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。】――【ディア・フラーテル】」

 

応急処置をしているとは聞いたが、見た限りでは血塗れだ。

もしもがあってはならないので、魔法を使用。

血濡れの戦闘衣装(バトルクロス)も邪魔なため、病衣に着替えさせ・・・

 

 

「だ、団長?」

 

ぴたり。と動きを止めたアミッドに団員達が恐る恐る顔を覗こうとする。

 

「そういえば、先ほど・・・ここに、アーディ・ヴァルマさんが運ばれてきましたね?」

「え、あ、そうですね」

「彼女に病衣を着せる際に確認しましたが・・・鱗のような痣がありましたね」

「は、はい・・・」

「何か・・・無茶をした臭いがします」

「あっ(察」

 

団員はそそくさと少年を脱がし、体の血をふき取り病衣に着替えさせ、病室に運び込んだ。

別に異性の裸で?年下の男の子で?動揺することなどないが、聖女は嫌な予感がしてならなかった。

 

 

数分後、聖女は激怒した。

 

 

「な・に・を・考えているのですかああああああああああ!?」

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】

その診察室の1室で、特大の雷が落ちた。

アミッドの目の前では麗しい肢体を血塗れにした女神アストレアに、アリーゼ・ローヴェルが正座させられていた。

 

「【イケロス・ファミリア】と・・・格上の冒険者と戦って、呪詛(カース)を受けて?街中を暴れまわる新種のモンスターと一緒に魔法の砲撃を浴びて?落ちて?家出?何を言っているのか、まったくもって!!これっぽっちも!!理解!できません!!」

 

「で、でも、事実なのよ!?」

 

「お黙りください!!」

「ご、ごめんなさい!!」

 

女神は涙目で正座させられていた。

この姿を少年が見たのなら、女神の隣に自分から座って正座していることだろう。

聞けば

 

呪道具(カースウェポン)を持った冒険者と戦った。

・新種の怪物と一緒に魔法の一斉砲撃を浴びて崩落に巻き込まれて奈落の底に叩きつけられた。

・ボロボロの体で本拠に帰らず家出をした。

・何者かが治療をしたが完治しているわけではなく、次の日にはまた『ダイダロス通り』で暴れまわった。

・さらにはバベル前の広場で黒いミノタウロスと殺し合いをした。

・ミノタウロスにダンジョン1階層に叩きつけられて瓦礫に埋もれてた。

・体に反動がでるようなスキルの乱発で体に疲労やらが蓄積されてしまっていた。

 

聖女は聞きなおしたかった。

『ぱどぅん?』と。

 

 

「彼は13の少年です!!家出した!?怪我をしているんです!引きずってでも連れ帰りなさい!!」

「で、できることならしてるわよ!?それができないk・・」

「言い訳無用!!」

「ご、ごめんなさい!!」

 

【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェルは泣きそうになった。

いや、でも、待ってよ。割とガチで少年と鬼ごっこしたらスキルのせいで捕まえられないから!マジで!!と訴えたかったが、聖女様の怒れる炎を前にアリーゼの炎は鎮火してしまっていた。湿気たマッチ状態である。

 

「それに加えて無茶に無茶を重ねて・・・?死にたいんですか?」

「滅相もございません・・・」

「は、反省しております・・・」

「貴方達は彼の保護者でしょう!?彼ほどの年齢を考えれば、まだ母性に飢えていてもおかしくはありません!!」

「もっと、甘やかします!!」

「そういうことではございません!!」

「アリーゼ、貴方はちょっと黙っていて!?」

 

怒れる聖女を前に女神もその眷族もぷるぷると震えるばかりで、眷族にいたっては頭がバカになっていた。聖女の派閥の団員達も『団長が滅茶苦茶キレてる・・・』『わ、私、あの子の様子見てこよ・・・』と逃げ出す始末。聖女は最後に溜息をついた。

 

 

「はぁ・・・彼の身に何があったのか知りませんが、もっと彼の身を大切にしてやってください。ほんと、このままこんなことを繰り返していれば、早いうちに命を落としますよ」

 

「・・・・はい」

 

「目が覚めたら私の方から伝えておきますので、その、体を清めてお帰りください。衣類はこちらで洗いますので」

 

「え、いや、さすがにそこまでしてもらわなくても」

「血濡れの女性が夜とは言え、往来を歩くのはどうかと思いますが?猟奇殺人犯にでも間違われたいのですか?」

「「うっ」」

 

 

流石にこんな遅い時間帯に女性2人を血濡れのまま歩いて帰らせるなど、良くない事件と間違われかねないと思ったアミッドは衣類の洗濯をするからせめて身を清めて帰ってくださいと言うしかなかった。2人は正座のダメージにぷるぷるしながら立ち上がろうとして

 

「あ、あの・・・」

「何か?」

「ベルは1人だと、その・・・不安に思うでしょうから、一緒にいてあげたいのだけれど」

「お帰りを」

「あ、はい」

 

お断りをした。

聖女は痺れる足を支えあいながらシャワー室に案内される2人を残念な目で見ることしかできなかった。大切にされていることは分かるが・・・強引にでも連れ帰れなかったのかと。そう思えてしかなかったのだ。

 

 

「まぁ、何も知らない私が言える口ではありませんが・・・。」

 

踏み込んではいけないところなのかもしれない。だから、怒鳴るということはしないが、命を大切にしろ。くらいは少年に言っておいてあげよう。怯えられて顔を見せに来なくなっても困る。団員達に文句を言われかねないし。そう思う聖女だった。

 

「はあ・・・頭が痛い・・・」

 

 

聖女の安息は、1時間ももたなかった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

髪を掻き分けるような、優しく撫でるような感触がした。

体は重く、だるく、動かない。

けれどその手の感触は女神のものではないとわかったが、決して不快ではなかった。

 

――何かが、僕の上に乗ってる?

 

衣類を着ていないのか、着ているのかわからないが、足の肌にスベスベとした感触があった。

胸の位置に、細い何かが乗っかっている重たいわけではないが重量感を感じた。

右胸の位置ほどに、何か柔らかく、程よい弾力を感じた。

鼻腔をくすぐる薬品の匂いがした。

 

 

――春姫さん?それとも、リューさん?

 

またいつぞやのように、裸で抱き枕にでもしているのだろうか?寝ている間に襲われてはいないだろうか。別に嫌と言うわけではないが・・・少し、目が怖いので優しくしてほしいと、そう思う。

 

「ん・・・ぅゅ・・ぁ・・・」

 

なんとか出した声に反応したのか、頭を撫でる手がピクリと止まり離れていった。

それが少し、寂しい。

 

――やめないで

 

お義母さんに撫でられているような、そんな気がしたけれどきっと違うのだろう。

瞼にピクピクと力を入れて、開けようとするも入り込む光に目が眩んですぐに閉じてしまう。

 

「・・・・っ・・ぁ」

 

 

気配だけは感じ取れて、すぐ近くにいるのがわかった。

そして、徐々にそれが近づいてくる気配も。

もう一度、ゆっくりと目を開ける。

 

「・・・・・」

「・・・お目覚めですか」

「・・・・・女神、様?」

「何の女神に見えますか?」

「・・・・婚kt・・」

「・・・・もう一度寝ますか?一週間ほど」

「ごめ、なさ・・・」

 

白銀の髪が見えた。

でもまだ目がぼやけてよく見えない。

それに気が付いたのか、その人は温かい塗れタオルで顔を拭いてくれる。

 

「むぐ・・んぐぁ・・・」

「こら、大人しくしていなさい」

「あぃ・・・んぁ・・・」

「ふふっ・・・本当にペットみたいですね、貴方は。これで、見えますか?」

 

僕は、この人を知っている。

僕より少し背が低いのに、年上のお姉さんで綺麗でアリーゼさん曰く『胸が大きいのよ彼女』と色々凄い人だ。僕がここにファミリアの人と一緒に来るたびに何か感じるのか『体に異常はありませんか?』『何か悩み等あれば』と気を使ってくれる人、アミッド・テアサナーレさんが僕の顔の額に額をくっつけてきていた。

 

「あの」

「はい」

「近くないですか」

「熱を出していましたので・・・問題なさそうですね」

「?」

「変なところで羞恥心があったりなかったり。綺麗な女性達と生活しているせいでしょうか?おはようございます、ベルさん」

 

起きたら顔が近くにある、それくらいで動揺する僕じゃない。

寝巻きの中に手を入れてくすぐってきたり耳に息を吹きかけるレベルのことをされてる僕は、鍛えられているんだ。平気だ。

 

「・・・何を考えているのかしりませんが、変なところで自信を持たないほうがいいですよ」

「そう、なんですか?」

「ええ。あと背中には気をつけるように。殺されますよ」

「えっ」

「まあ治しますが」

「・・・・あ、あの」

「はい?」

 

アミッドさんが少し怖い・・・いや、前に会った時から表情が変わらない人だなーって思って、つい年下の子だと思って『アミッドちゃん棚の上のやつ取ってあげようか?』と背伸びする彼女に言ったとき、すごい目で睨まれたけどあの時以来の怖さを感じて話題を強引に変えた。

 

 

「・・・ベル()()()、何かございましたか?」

「ごめんなさい許してくださいわざとじゃないんです」

 

このお姉さんは僕の心でも読めるのだろうか?

 

「顔に書いてますよ」

「そんなっ!?」

「ふふふっ・・・冗談です。どうされました?」

「え、えぇ・・・えと、体が、重くて、だるくて、動かなくて、あと、何か上に乗ってて」

「・・・・はぁ、またですか」

「ま、また?」

 

アミッドさんは僕の言うことを理解したのか、溜息をついて布団を捲り上げた。

そこには病衣をはだけさせて僕に抱きついて眠るアーディさんがいた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「貴方は我が治療院に入院してから3日ほど眠っていました。同じく入院していたアーディさんは翌日には目覚めていたのですが、当然の様にこうしてベッドに忍び込む始末で」

 

「3日・・・」

 

「貴方達2人の身に起きたことは、ガネーシャ様とアストレア様から聞いてます。聞かねば診察のしようがありませんから。」

 

「・・・・ごめんなさい」

 

「お体を、命を大切にしてください。でなければあなたのことを思っている方々に失礼です」

 

「・・・はい」

 

「大声で怒鳴るようなことは今回はしません。ですが、次は覚悟なさってください」

 

「・・・はい」

 

垂れ下がる耳を幻視してしまうほどに、自分が何をしたのかを思い出して目の前の少年は落ち込んでしまっていた。

 

「アーディさんの体についてですが」

 

きっと彼自身が気にしているであろう話題を進めて行く。

 

「体の中に魔石は確認できませんでした。ガネーシャ様に恩恵の確認をしてもらったところ『いたって正常』とのこと。」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「はい。彼女は怪物ではなく人間です。」

 

その言葉に安堵したのか、ほっと息を漏らす。

無理もない、こんな偉業をたった1人で成したのだから。真実を知る・・・否、当事者なのだから。

 

「後遺症も彼女から聞く限りは見受けられません。副作用とでも言うべきか『気配を感じやすくなった』『下半身が動かしにくい』・・・そ、その『種を残そうとする本能なのか、ムラムラするときがある』と。まぁ、死にかけたのですから安易に否定はしませんが・・・」

 

下半身が動かしにくいというワードに心配そうな顔をする少年に、ベッドに立てかけてある杖を見せて『どれもその内治ります』と安心させてやる。けれどその後の『ムラムラする』については口角をピクピクさせていた。

 

 

「ア、アミッド・・・さん、アーディさんの体、鱗の痣が」

「ああ・・・ご安心を。観察していましたが、日に日に薄くなっているので、その内消えると思いますよ。」

 

「よかった・・・よかった・・・」

「ただ、2人は暫くダンジョンに行くのは禁止です。わかりますね?」

「はい・・・体、だるいですから、無理、です」

「ええ。その倦怠感もスキルの反動でしょう」

 

そこでアミッドは女神から開示してもらった少年のステイタスの載っている羊皮紙を手に取る。

 

「眠っている貴方には無断・・・となりますが、命に関わるのであれば隠されても困りますので開示していただきました」

 

「別に、いいですよ」

 

「・・・個人情報なので、怒ると思ったのですが」

 

「あまり、興味・・・なくて」

 

「変わっていますね」

 

「えへへ」

 

「褒めてはいません」

 

「はいっ」

 

 

少年のスキルと魔法を見て、『貴方が犯人ですか』とでも言いたげな顔をするアミッドに気が付いたのか『どうかしましたか?』とベルは問うと、溜息をついてアミッドは精一杯の微笑みを持ってスカウトをした。

 

 

「ベルさん?」

「はい」

「3食おやつ、昼寝付きで我が治療院で働きませんか?」

「嫌ですけど」

 

 

即答であった。



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銀の聖女、白の兎

 

「3食おやつ、昼寝付きで我が治療院で働きませんか?」

「嫌ですけど」

 

 

嫌ですけど・・・嫌ですけど・・・嫌ですけど・・・

即決、即断・・・聖女は固まった。微笑んだまま固まって

 

 

ゴツンッ!!

 

とベッドの手すりに頭を強打!

 

ビクゥッ!!

 

と体を揺らす少年。

心なしか少年を抱き枕にしている裸同然のアーディまで揺れた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。

 

 

「だ、大丈夫・・・ですか・・・?」

 

手すりに頭をつけ、両手で握り顔を見せずにプルプルと震える聖女に何とか体を起こして恐る恐る頭に手をやる少年。

 

「そ、そんな・・・即・・・答・・・?な、何故・・・こんな高待遇は他にあるとしたら【デメテル・ファミリア】くらいでしょうに・・・【ヘルメス・ファミリア】ですら団長が死んだ魚・・・いや、それは【フレイヤ・ファミリア】の彼女のことでしたか・・・・ブツブツ」

 

「ア、アミッドさーん?アミッドおねえさーん?」

 

1人プルプルと震えながらブツブツ言うアミッドに怯えながら何故か頭を撫でるベルが、そこにはいた。

『アミッドさんの髪、サラサラしてて気持ちいいなあ迷宮都市(オラリオ)の女の人はみんな綺麗な人ばっかだ。お義母さんも人気あったのかな?』そんなことを考えながら、髪を梳くように撫でるベルに恨めしそうな目をして見つめてくるアミッド。

 

「何故・・・撫でているのですか?」

「―――そこにあるから?」

「誰の頭でもいいと?」

「誰でも言いわけないじゃないですか。僕はそんな軽くないです!」

「はぁ・・・・その、妙に手つきが慣れているというか、変に心地良いというか・・・いえ、誰かに教わったのですか?」

「アリーゼさんが、『いいベル?女の子の頭を撫でるときはね・・・』ってリューさんを使って教えられました」

 

アミッドの頭には、アリーゼに足でホールドされて逃げられなくされて少年にひたすら頭を撫でられまくって蕩けきったリュー・リオンの姿が浮かんでしまっていた。

 

「コ、コホン・・・・あの、もういいですので手を退けてもらえると」

「もう、いいんですか?」

「・・・・あと少しだけ」

 

―――ひょっとしてこの子は、発展アビリティ『魅了』とかそれこそ希少なスキルや発展アビリティでもあるのでは?

 

と思ったが、あって堪るかと一蹴。何とかその手つきを跳ね除け赤くなっている額に濡れタオルを当てて咳払い。『何もありませんでしたよ?』な顔を実行。

 

 

「?」

「そ、それでですね?その、何故、断るのか理由を・・・」

「えっと【アミッドさんの今後益々のご活躍をお祈りして】・・・」

「その台詞はおやめなさい!!」

「えぇ!?」

「その台詞は、『迷宮都市(オラリオ)の外から期待に胸を膨らませた冒険者志望の方が、迷宮都市(オラリオ)中のファミリアを虱潰しに回るも全てお断り』されるときの心をへし折る台詞です!!」

「そ、そんな!?だって、ロキ様が!?」

「あなたは【ロキ・ファミリア】じゃないでしょう!? アストレア様ならなんというか考えて御覧なさい!!」

「え、えっと・・・【男の子はベルだけでいいの・・・】」

「んんんんん!?」

 

 

何故この子は他派閥の主神に、()()()()()()情報を教え込まれてそれを鵜呑みにしているのか・・・いや、彼は純粋なのだ仕方ない。周りのデキル大人達がしっかりと教育してやればいいのだ、とそう思った矢先に【アストレア・ファミリア】の主神ならどういうのか?と聞いてみれば見当違いなことを言うし、【男の子はベルだけでいいの・・・】と顔を逸らす動作つきで再現して見せてきたのは一体どういうことなのか。

 

「だ、男性の入団希望者が来たのですか?」

「えっと、青いタイツ?に胸元に『S』って書いてて赤いマントをつけてて、髪の毛がピッチリしてました。他には・・・えっと目が見えないくらい顔に影の入った大柄な人で『私が来た!』とか言ってました。そっちの人は強そうでしたよ?アストレア様が、【1人だけ画風が違うのよね・・・】って。何のことかわからなくて聞いたら、『こすぷれ』っていうやつだったみたいです。2人とも筋肉のスーツ着てるだけで、輝夜さんに切り裂かれてガリガリの姿で帰っていきました」

「なんなんですかそれは・・・それが妙に気になるのですが・・・」

 

 

何なんだその珍事件は。

色々とツッコミたい・・・でも、ツッコンだら泥沼というか止まらない気がしてならない・・・聖女様は口角をピクピクとさせながら汗が頬をつたっていくのを感じた。

 

「ま、まぁ・・・迷宮都市(オラリオ)の女性は、その、筋骨隆々よりも華奢な方が好みな傾向があるかと思いますよ・・・?」

「筋肉、ダメなのかぁ・・・」

「何故、落ち込むのですか貴方は・・・」

 

この子はまさか、『筋肉ムキムキのマッチョマン』にでもなりたいのだろうか?いや、そんなバカな。似合わなさ過ぎる。想像したくもない!!もし本気でそう思っているのなら、他派閥ながらきっちりと教育してやらねばならないと聖女は決意した。

 

「だって僕、背ひk・・・筋肉あんまりないし・・・」

「私達『神の恩恵』を授かっている者達は総じて一般人とは違います。筋肉を無理につけずとも・・・何か、目的があるのですか?」

 

今、背が低いとか言おうとしましたね?とは、彼女は指摘しなかった。なぜなら、アミッドはデキル女かつ、年上のお姉さんだからだ。そんなことで一々年下の男の子に目くじらを立てていたらキリがないのだ。

というか、何故そこまで筋肉をつけたがるのかが疑問だ。別にいいじゃないか、なくたって。冒険者やってれば勝手につくでしょう・・・と彼女はジト目で少年を見つめる。

 

 

「アストレア様が、『お姫様抱っこって・・・いいわよねぇ』って言ってたから・・・」

「あぁぁ・・・っ!良い子・・・っ!」

 

ガツン!!と聖女は本日2度目の手すりに頭突きを行ってしまう。

『【猛者】のようになりたいんです!』なんて言ったときは、とことん教育してやろう。似合いません、やめなさいと言ってやろうと思っていたのに・・・そんな自分が許せなくなってしまった。

 

 

「アミッドさん、大丈夫ですか?」

「魔法を使っていただけると治る・・・かもしれません」

「その手には乗りませんよ?」

「くっ・・・私が付きっ切りで色々とお世話したというのに・・・!?」

「付きっ切り?」

 

 

少年のことは以前から気にかけていたアミッドとしては、他の団員達に任せるよりも自分が担当してやったほうが『まだ会話をしたことがある人』というのもあり安心するだろうと思って付きっ切りでお世話していたのだ。

 

「ええ、付きっ切りです。まぁ、あなたの魔法・・・のおかげで、入院患者が減ったお陰で余裕が生まれまして。それで私が貴方の担当をしていました」

「は、はぁ」

「お風呂に入れるのは無理なので体を拭いてやったり、着替えさせてやったりと・・・眠っている方の着替えは結構重労働なんですよ?」

「体を拭いた?」

「はい」

「着替えさせた?」

「はい」

「えっと・・・全部?」

「なんです?恥ずかしいのですか?お気になさらず、放置する方が不潔です」

「アミッドさんに辱められた・・・?」

「フンッ!!」

 

ペシンッ!!と少年の頭をお盆でひっぱたいた。

勿論全力ではなく軽くだが・・・この少年は一体何を言っているのだろうか。

 

「いいですか、ベルさん?」

「ふぎゅぅ・・・あい?」

「別に下着の中にまで手を入れてはいませんよ?」

「・・・ほっ」

「はぁ・・・。まぁ、その・・・知らない人よりも、少なくとも会話している私の方が貴方も安心だろうと思って貴方のお世話をしていたんですよ?」

「あ、ありがとう・・・ございます?」

「ええ、どういたしまして」

 

 

―――あれ、話が結構脱線してしまっているような?

 

そうだ、そもそもこれはスカウトをしようと思って話しかけたのだ!と即答で断られたことがショックでつい違う話をしてしまっていた。

 

 

「えっと・・・話は戻るのですが」

「・・・あ」

「どうされました?どこか痛みますか?」

「タイツ、破れてますよ?」

「へっ?・・・どこかで引っ掛けたのでしょうか・・・後で変えておかないと。って違うんですよベルさん。話を変えないでください」

「どうしたんですか?」

「はぁ・・・その、ここで働きませんか?というのはですね、何も『ファミリアを改宗しろ』と言っているのではありませんよ?お手伝いというか、アルバイト的な意味合いでですね」

「本当に?」

「ええ、貴方は【アストレア・ファミリア】でなければいけないことくらいファミリアの方々と一緒にいるのを見ている私としては理解しているつもりです。」

 

第一、無理やり改宗でもさせて女神アストレアやアリーゼ・ローヴェルらと引き離した場合、間違いなく少年の怒りを買うことくらい目に見えているしアミッドもそんなどこかの太陽神のような考えは持ち合わせてはいない。それでも貴重な治療師(ヒーラー)だ、是が非でも手は借りたいのだ。少年は『改宗しろ』と言う意味で捉えていたのかその言葉にほっとして、少し悩んだ素振りをして再びアミッドの顔を見つめる。

 

 

「どう・・・でしょうか?毎日とはいいませんから。貴方が来てくれると、私としても助かるのです。あの魔法を使っていただければ、団員達の負担を減らしてやれるのです」

「うーん・・・」

「な、何か、望むものが?」

「んー・・・でも」

「で、でも?」

 

 

何か難しい条件、いや、求める対価があるのか?可能な限り答えるが、何を求めるのかがわからない!!だからアミッドは焦った!!可能なら『世界の半分を貴方にあげます』と言いたいくらいには。

 

 

「僕の魔法・・・別に回復魔法じゃないんですけど」

 

 

その言葉でアミッドはどこか力が抜けてしまった。

 

 

「・・・・はい?」

「えっと・・・僕の魔法は『絶対安全領域の展開』で、そもそも『傷つかせない』っていうのが前提で・・・」

「つまり?」

「回復効果は、ただ付随しているってだけで・・・」

「効果範囲も、場所によってまちまちだし・・・」

「いえ、ですが、先日のは・・・」

「あれは『月下条件化』っていうのを満たしていたからで」

「では、ダンジョンや屋内では?」

「たぶんですけど、今いる部屋で魔法を使っても、この部屋だけしか。扉を開けたらもしかしたら、この部屋から正面の廊下までを範囲とするかもしれないですけど」

 

 

そもそも前提が違っていた。

アミッドが『全ての傷を癒す』のであれば、ベルの場合は『傷つかせない』。

傷つかないのであれば、そもそも治癒する必要はなくだからこそ回復効果単体で見ればポーション程度だということ。

 

「私が確認した限りでは、『回復』『解呪』・・・恐らくこれには状態異常も含まれますね・・・さらには『精神状態の回復』。これが、安心感を感じるというもののことなのでしょう。そして、あなたの言うように攻撃魔法が発生しないことからして『戦闘行為の禁止』でしょうか?」

 

「いえ、戦闘行為事態は可能です。えっと・・・自分は傷つかずに、敵をやっつけられる。みたいな?」

 

「むむむ・・・」

 

「だから、アミッドさんの魔法に比べたら・・・それに僕、治療師(ヒーラー)ってわけでもないですし」

 

「い、いえ!そんなことはありません!!それでも、手伝いに来ていただければ・・・。ダメ、でしょうか?」

「それでもいいなら別に・・・いいですけど」

 

 

聖女様はその瞬間、無表情でガッツポーズを決めた。

これで団員達の負担を減らせられる。

職場環境の改善!!

私は新薬の開発に勤しめる!!

 

「よ、よかった・・・ありがとうございます。お礼に頭を撫でてあげましょう、さっき撫でてくれたお返しです」

「アミッドさんに会うのは嫌じゃないですし・・・お手伝いなら、アストレア様も『いいのよ』って言ってくれるだろうし。」

「アストレア様には先に聞いてはいますよ?ただ、本人の意思に任せる、と」

「でも、ディアンケヒト様的にはいいんですか?僕、あの神様が苦手で・・・えっと『商売の神様』ですよね?」

「違います!?」

 

気を良くしたアミッドはベルの頭を撫でてやるも自分の主神に対する勘違いを聞いて動揺。違う、あの神は生命と医療、技術の神なのだが確かにやたらと『金』にうるさくて否定しづらかった。でも、勘違いさせたままではいけないのだ。

 

「そ、その直接会うことはきっとないと・・・思います。ええ。というか、会わせません」

「な、何故そんな鬼気迫る顔を」

「あの魔法を見たディアンケヒト様が『この魔法の所有者を雇うだと!?何を言っているのだ!?そんなことをしたら、その日建てた治療院がその日の内に無くなるではないか!!』と大層否定的でして・・・」

「ナァーザさんが『あいつはヤブだから、ベルは行っちゃダメだよ』って言ってました」

「エリスイスぅ・・・」

 

どうにか丸め込まなければ・・・。アミッドは頭を悩ませながらも、しかしベルが手伝いに来てくれるならば自分も含めて【ディアンケヒト・ファミリア】は負担が減り余裕が生まれる。余裕があるのはいいことだ。だから、どうにかしなくては。

 

「丸め込む?」

「え、ええ・・・正直なところ貴方の魔法で今は余裕が会っても、また忙しくなることは目に見えています。それではいけないのです」

「・・・・・・あ」

「な、何か思い浮かんだのですか?」

「うーんと、確か前来たとき大声で何か・・・」

「お、思い出してください!弱味を!弱味をなにとぞ!!」

 

アミッドはベルの手を両手で包み込み胸元まで持って行き祈るように見つめる。

ベルはそれに答えるようにウンウンと唸って、そして、思い出した。

 

「この間、輝夜さんと来たときに『まさかアミッドの入った風呂の残り湯にこのような効能があるとはな・・・都市最高位の治療師(ヒーラー)だからか?何か、これで儲けを・・・ハッ!!確か極東には【銭湯】とかいう公衆浴場があったな!!あれにオラリオ市民を入れれば・・・ふふふ、さすが私だ。この商才が恐ろしい・・・ガーハッハッハッ!!』って言いながら液体の入った透明の容器を持って歩いてましたよ? でも、輝夜さんに聞いたら『人によるのか場所によるのかまでは覚えていないが、湯を飲む奴もいる』って言ってましたよ?」

 

 

アミッドは凍りつき、『告発ありがとうございます。少々お待ちください。』そう言って立ち去り、暫くした後

 

 

「ディアンケヒト様あああああああああ!?私の残り湯で何をするつもりですかああああああああ!?」

「な、何のことだアミッドよ!?お、落ち着くのだ!?」

「そ、そそそ、その容器は何ですか!?」

「こ、これは、あれだ!そう!ダンジョンに温泉があったのだ!!」

「神がダンジョンに行けるわけがないでしょううううう!!」

「ぐわああああああああ!?」

 

というディアンケヒトの悲鳴と、アミッドの怒声が院内に響き渡ったのだった。

 

「・・・聖女の残り湯だから・・・聖水になるのかな・・・?」

「ベル君・・・君は何を言ってるのかな?」

「・・・・アーディさん?」

 

ベルの呟きに、モゾモゾと布団から顔を出したアーディと目が合った。

アーディはベルの体の上に乗りながらジトーっとした目で

 

「アミッドちゃんと知り合いだったの?」

「えっと・・・うん、何ていうか、気にかけてくれてる」

「ふーん・・・・」

「アーディさんはどうして僕のベッドに?」

「それはその・・・君にお礼を言いたかったのと、君と一緒にいたかったから。」

 

 

膝立ちになって、解れた病衣の紐を結びなおして再びベルの上に抱きつく形で寝転んで見つめてくる。その顔色はとても良く怪物にされたのは夢だったのでは?と思うほどだった。

 

「体・・・大丈夫?」

「君よりはね。違和感はまだあるけど、その内治るよ。あとは何ていうか、本能的なものなのかな・・・何ていうか、性欲が。それと、胸が少し大きくなってた」

「え、えぇ・・・」

「君は嫌かな?」

「・・・イヤジャナイデス」

 

その言葉に気を良くしたのか、アーディはベルの首筋をペロペロ、チロチロと舐め出す。

 

「ひっアーディさん!?」

「スンスン・・・チロチロ・・・カプッ」

「くひゃぁ!?」

 

あろうことか、甘噛み。

そしてそのまま舌で嘗め回し始めて、口を離して悪戯が成功した子供の様に笑いだす。

 

 

「ふっふふ・・ふふふふ・・・ごめんごめん、つい」

「た、食べられたらどうしようかと・・・びっくりした・・・」

「食べていいの?」

「ア、アミッドさんに怒られる・・・」

「ここじゃなければいいんだ?」

「え、あ、うーん?」

「私、1人暮らししてるんだー」

「そ、そうなんですか・・・僕には無理です・・・怖いし」

 

 

そういうことじゃないんだけどなーと言いたげに恨めしげに徐々に顔を近づけ、額に唇を落としてきて、ベルは固まる。

 

「遊びにおいでよ。」

「へ?」

「お姉さんにお礼させて?」

「えっと?」

「じゃ、おやすみー」

「え、ちょっと!?」

「すやぁ・・・」

「え、えぇぇぇ・・・」

 

 

言うだけ言って、再びベルの右脇に収まるようにベッドに潜り込み寝息を立て始める。

そしてタイミングよく額に手を置いてアミッドが戻ってくる。

その顔はとても疲れていて、まるで階層主と戦った後のようだった。

 

「お、お疲れ・・・様です」

「え、えぇ・・・どうも・・・アーディさんは起きられましたか?」

「えっと、また寝ちゃいました」

「はぁ・・・まったく。私も少し疲れました」

「・・・左、空いてますよ?」

「そうですね、そうします」

「えっ」

「はい?」

 

『何を言っているんですか?』って返すと思って冗談を言ったのに、入ってくるの?いや、もう左に回って入ろうとしているし?そう言えばよく見れば目元に隈が。

 

「こ、断ると思ってたんですけど・・・」

「貴方なら、何もしないでしょう?」

「他派閥の人ですし」

「同じ派閥の女性になら手を出すのですか?」

「むしろ来てって言われてます・・・いや、出しませんけど」

「まあその・・・徹夜続きと言いますか・・・深夜テンションと言いますか・・・まぁ寝かせてください。鍵はかけているので」

 

もぞもぞ、もぞもぞ・・・と右にアーディ、左にアミッドという謎の事態に陥ったベルは混乱した。

えっ!?本当に寝るの!?アミッドさんの中で僕ってどういう評価なの!?というか、密着してて当るものが当ってるんですけど!?

 

 

「うぅぅ・・・」

「痛いですか?」

「い、いえ・・・その、アミッドさんが本当に入ってくると思わなかったから」

「貴方の世話をしていたのは私ですよ?今更ですよ。」

「具体的に世話って?」

「そうですね。筋肉に疲労が溜まっていたのでその都度、マッサージを。後は体を拭いたり・・・ああ、頭はさすがに。起きたらシャワーに案内しますので・・・ええと、そうですね。貴方が気になっているであろう私から見た貴方の評価はまぁ、放っておけない弟・・・というのでどうでしょうか?それに、貴方の髪の触り心地がとてもよくて・・・ああ、安眠できそう・・・おやすみなしゃい・・・」

 

 

アミッド・テアサナーレは、ベル・クラネルを抱き枕に静かに眠りについた。

それはもう、安らかに。ぐっすりと。

 

「顔が近い・・・息が当ってる・・・や、柔らかいのも・・・だ、大丈夫なのかな・・・」

 

 

アリーゼさんに見られたら怒られそう。そう思う少年だったが、少年も2人の寝息に誘われるように意識を落としたのだった。

 

 

アミッドからの『お手伝い』のお願いを承諾して以降、治療院が忙しすぎる時に呼び出されては魔法を行使する白兎の姿が治療院に加わることになり、なぜか【セラピー・ラビット】などと呼ばれるようになる。



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聖火巡礼

たぶん、次の次くらいで新しい章に変えれる気がします。
アミッドさんは『目が離せない弟』程度で恋心は無いです。今のところ。


「ん・・・・ふぁ・・・・」

 

スル・・・サワサワ・・・

ベッドシーツが、掛け布団がズレる音、程よい体温、心地よい胸の鼓動を感じて目を覚ます。寝起きで働かない頭で自分の状態を確認。

 

―――病室のベッド・・・・私の私室ではありませんね

 

 

最後の記憶を掘り起こせば、白髪の男の子とベッドに潜り込んだことを思い出し赤面。

 

 

「わ、私はなんということを・・・!?」

 

別に何があったというわけでもなく、すぐに眠りに落ちベッドにいた少年もまた何をしてくるわけでもなく・・・それはもうぐっすりと眠れたのだ。それでも、恋仲という訳でもないのに同衾はいかがなものなのか・・・というか、少年はその辺の考えが少しズレている気がする。

 

 

―――アーディさんがベッドにいても、恥ずかしがるでも驚くでもない反応でしたし・・・ひょっとしていつもなのでしょうか?

 

 

もしそうだとしたら、この少年は世の男性が血の涙を流すレベルのことを当然の様にしているのでは・・・と戦慄。かといって全く羞恥心がないといえばそうでもない。顔を近づければ少し赤くなって逃げようとするし、触診しているときも感じやすいのか顔を真っ赤にしているときもある。

 

 

―――初対面の時は、好奇心と不安の板ばさみ・・・かつ、どこか心の不安定さを感じましたが。その時に比べれば、多少は良い方向へと進んでいるのでしょうか?

 

 

この少年は、どうも精神的に不安定な部分がある。それを出会ってすぐに見抜いたアミッドはアリーゼ達に同行している少年を見かけては、なるべく声をかけるようにしている。団員達に聞く限りでは、『バベル前の広場でよくベンチに腰掛けてて、目を閉じてるんですけど見えてるみたいで手を振ったら返してくれるんですよ。癒しですよ、あれ』などという情報ばかりだ。眠れる少年の頭を撫でてやれば、その特徴的な髪の触り心地はまた心地良い。

 

 

「確か・・・髪の長さはアリーゼさんの趣味でしたか。質に関しては・・・アストレア様でしょうか?ふむ・・・確かにこれはやみつきになりますね」

 

 

過去に何があったのかは知らないが、現在はとても愛されているらしい。髪を切る事ができないのは、惚れた弱味なのか過去に対する依存のようなものなのか、どっちなのだろうか?そんなことを思いながら少年の顔を見やると

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 

目が合った。合ってしまった。

綺麗な深紅(ルベライト)の瞳と目が合う。無言で見つめ合う2人。

 

 

「・・・あの」

「・・・なんでしょうか?」

「どうして・・・頭を撫でているんですか?あと、さっき、胸に顔を乗せてました?」

「・・・こほん。気のせいでしょう疲れているみたいなので、強めのお薬をお出ししますね」

「疲れてるのはアミッドさんじゃ・・・」

 

 

一体どこから起きていたのだろうか?そう思いながら、咳払いをして上体を起こして時計を確認。昼を過ぎて夕方へ入ろうとしていた。

 

「そろそろアストレア様が来られる頃でしょうか」

「え、僕の質問は無視ですか?」

「・・・抱き心地のよい体をされているみたいですね、いつも女性に抱かれているんですか?」

「言い方ぁ!?」

「仮眠にしては、とてもぐっすりと眠ることができました・・・ありがとうございます。いくらお支払いをすれば?」

「アミッドお姉さんやっぱりまだ疲れてませんか!?」

「ふっふふふ、すいません冗談です。ほらほら、アーディさんベルさんは退院の準備をしますので、貴方も着替えて来てください」

 

アミッドはベッドを降り、衣服のシワをポンポンと掃い棚からベルの着替えを取り出してアーディを起こす。

着替えはベルが眠っている間、様子を見に来ていたアストレアと春姫が『いつ目が覚めても良いように』と着易い浴衣を持ってきていた。

 

 

「・・・あれ?」

「どうかされましたか?」

「えっと・・・アリーゼさんたちは?」

「出禁です」

「えっ」

「いえ、その・・・ベルさんには申し訳ないのですが『私もここにいるわ!ベルと添い寝してあげるのよ!』と騒ぐもので・・・治療院ではお静かに!!と。」

「アリーゼさぁん・・・」

 

少年が落ち込むその姿に胸が痛むが、仕方がないのだ。『治療院ではお静かに』これは絶対なのだ、故に仕方がないのだ。

主神と狐人の眷族だけは朝と夕方にそれぞれ交代で様子を見に来ているだけで騒ぐようなこともないから許可はしているが、こればかりは仕方がないのだ。

 

 

「着替えはできそうですか?」

「はい・・・大丈夫です・・・アーディさんはまだ入院ですか?」

「いえ、この方は貴方が退院するまでしないと言い張るのでいるだけですよ」

「えぇ・・・」

「ア、アミッドさん?あの、襟を掴まれるとその、見えちゃうんだけど・・・」

「ではさっさと起きてください」

「起きる!起きるから!?見えちゃう、見えちゃうってばぁぁあぁ!?」

 

ジト目のアミッドに襟首を捕まれ引きずられていくアーディは、病衣の中が見えると騒ぎながら部屋を出て行きベルは黙々と着替えを実行。体はまだだるさが残っているが、こればかりは時間による自然治癒を待つしかなくゆっくりとした足並みで病室のドアを開けて外に出る。

 

「歩けるようですね」

「外で待っててくれたんですか?」

「着替えるのに時間が掛かっていたようですので・・・。ああ、アーディさんは先にロビーに連れて行きましたよ。ちょうどアストレア様も来られてます」

 

その一言に、分かりやすいように顔を明るくさせる少年にアミッドは振り切れんばかりの兎の尻尾を幻視した。歩きにくそうにするベルの手を取ってロビーに連れて行けば、椅子に座って待っている女神アストレアが現れたベルに手を振って微笑んでいた。

 

 

「アストレア様っ!」

「ベル!起きたのね!良かった・・・良かった・・・」

 

女神は近づいてきた少年を抱きしめて、目覚めて歩いていることに喜んで破顔。

ロビーだということを指摘されて2人して赤面。しかし、その手は繋いだまま離す事はなかった。

アーディも迎えが来ていたのか、シャクティと話をしておりベルに礼を言うなり帰っていった。

 

「またね、ベル君!・・・本当に、ありがとう!」

「ベル・クラネル・・・アーディを助けてくれてありがとう」

 

それから遅れて、退院の手続きを済ませてアミッドに礼を言った後、2人も治療院を出て行った。

 

 

しかし道中、少年に受難があることなどこの時は知る由もなかった。

 

■ ■ ■

 

「・・・・」

「ベル、体・・・痛むかしら?おんぶ、してあげましょうか?」

「だ、大丈夫です」

「そう?無理はいけないのよ?貴方は病み上がりなんだから」

「だ、大丈夫・・・大丈夫・・・です・・・」

 

 

太陽が傾き、都市が夕焼け色に染まり始める頃、少年の顔はそれはもう真っ赤に染まっていた。真っ赤に染まって、女神の背に隠れるようにして歩いていた。

その理由はもちろん

 

 

『よう、アルゴノゥト!!退院したのか!』

『あら、アルゴノゥト!この果物持っていきなさいな!』

『ふぁいあぼるとおおおおお!!』

『フィナ、ライ、ルゥ、真似しないの!すいませんアルゴノゥトさん!!』

 

右からやれ『アルゴノゥト』左からも『アルゴノゥト』。

あの戦いを見ていたであろう人たちからの視線と声に、少年は羞恥心から顔を真っ赤に燃やしていた。

 

『【再戦を望むか我が敵よ】!』

『――ォオオオオオッ!』

『【私との再戦を望むか、我が敵よ】!!』

『――ォオオオオオッ!』

 

「ひぐ・・・えっぐ・・・」

「ベ、ベル・・・?」

 

『【神々よ、とくとご覧あれ! 雄と雄の悲喜こもごも、笑いに満ちた勇壮なる戦いを!】』

『【――さあ、冒険をしよう】!くぅ~~~次の二つ名は決まりだな!』

 

「ふ、ふえぇぇ・・・」

「ベ、ベルゥ~大丈夫かしらぁ?」

 

迷宮都市で気付かないうちに黒歴史を作り出して掘り返されるのは、間違っているだろうか?

 

 

結論

 

「助けてお義母さあああああああああああん!!」

 

 

年頃の男の子には、これ以上ない拷問だった。

少年は自分でも気付かないうちに黒歴史を生んでしまっていたのだ!だがしかし、許してやってほしい!少年はお年頃。そういう言動をしたっておかしくはないのだ!!

 

「あ、あずどれあざまぁぁぁ!?」

 

少年は顔を真っ赤に涙を浮かべて女神の腰に抱きついて懇願する。

 

「ひゃぅ!?ベ、ベル、こ、腰に抱きつくのはいけないわ!?」

「はやぐ、はやぐ帰りまじょうぅぅぅ!?」

「い、今、今帰ってる!今帰ってるからぁ!?」

 

少年は女神に懇願して体を揺らす。

女神は少年に揺さぶられてその体を揺らす。

 

『おいお前等!英雄の凱旋だぞ、邪魔だ邪魔だ!!道あけろ!!』

 

そこで知った声が聞こえた。

荒くれ者のモルドだ。

ベルは救いの手が現れたと、それはもう英雄を見る目でその男を見た。

 

「よう・・・」

「モ、モルドさん・・・」

「まあ、なんだその・・・お前もお年頃ってやつだもんな。男なら誰だっていつかは言ってみたいことくらい、俺にだってわかるぜ・・・」

 

少年は咄嗟に感じ取った。

『あれ、これ、なにかおかしい』と。

これは救いの手なんかじゃない、その証拠に、目の前の荒くれ者の口はピクピクと笑いを我慢していた!!

 

「あ、あの・・・?」

「・・・アルゴノゥ・・・ブフッ」

「・・・・・」

「いや、悪ぃ悪ぃ・・・わざとじゃ・・・ね・・・えんだ・・・くふっ・・・いいよなあぁ・・・必殺技って。しびれるぜぇ」

「あああああああああっ!?」

 

 

ダメだこのおじさん!!

明らかに酒を飲んでからかいに来てる!!

とんでもない人だ!ギルティだ!!許されないぞお!?

 

「ア、アストレア様ぁ!?」

「ど、どうしたのかしら?」

「モ、モルドさんはきっと闇派閥です!?」

「お、おい【涙兎(ダクリ・ラビット)】!?そりゃぁ、ねえよ!!ちょっと酒の肴にしただけじゃねえか!」

「アストレア様あぁ!?」

「う、うーん・・・彼は確かマグニ・・だったかしら?別にそういう派閥ではなかったと思うのだけれど・・」

「そんな!?」

「それより、早く帰りましょう?みんな・・・待っているわよ?」

 

 

『応援してるぜ!アルゴノゥト~!』

そんな謎の声援を受けて、ベルは顔を真っ赤にしてダンジョンに潜っていないのにも関わらず疲労困憊で今すぐにあの聖女様に『おらりお、こわい』と愚痴を言いたくなってしまい仕舞いには

 

 

「ぼ、僕は・・・アルゴノゥトだった・・・?」

 

と、混乱。

女神も何て言ってやればいいのか言葉に詰まってしまった。

 

「ふ、ふふ、ふへへ・・・・」

「ベ、ベルが壊れた・・・」

「わ、わが、我が名は、アルゴノゥト・・・今はただのアルゴノゥトだが、いずれ、え、英雄に・・・ふえぇ」

「しっかり、べるぅぅう!?」

 

 

これは、頭がおかしくなった少年と女神が歩む帰路の物語(ファミリア・ミィス)

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「で、ベルは羞恥のあまり真っ赤になって帰ってきて」

「扉を開けた途端に私達にもいじられて」

「涙目になってアストレア様を咄嗟にお姫様抱っこして」

「お部屋に引きこもられてしまいました・・・」

 

 

スキルの反動による倦怠感など、火事場のクソ力とでも言うべきなのか荷物を落として女神を抱えて脱兎のごとく部屋に引きこもってしまった。今頃女神の胸に飛び込んで、しくしくと涙で胸を濡らしながら女神に頭を撫でられている頃だろう。

 

 

「・・・お年頃だものねぇ」

「お年頃ですねぇ」

「・・・アリーゼも輝夜も、いえ、皆、やりすぎだったのでは?」

「いやいやリオン。お前もちゃっかり『格好よかったですよ、アルゴノゥト』って言ってたじゃねぇか」

「ラ、ライラ!?わ、私は別にっ」

「まぁ、まさか帰り道で言われてるなんて、思いもしなかったけどよ」

 

 

彼女たちは知らなかった。

少年が帰り道に、あの戦いでの一部始終を見ていた者たちに声をかけられていたことなんて。

ましてや、住民達は皆、称賛や眩しいものを見る目を持って言っていたのであって、からかいの念は一部しかない。姉達は、『かわいいものが見れた』『格好いいものが見れた』『今ので疲れが吹き飛んだ気がする』と言うばかり。

 

 

「まあやっと帰ってこれて気まずそうにされるよりはいいんじゃないかしら?」

「そうですねぇ・・・。それで団長?家出に対する罰は与えるのですか?」

「うーん・・・・どうしようかしら。あの子も大変だったみたいだし・・・」

「流石に今のでチャラにしてあげては?」

「うーん・・・でも、見たいのよねえ」

「何をですか?」

「そんなの決まってるじゃない、リオン」

 

『女装よ』とウィンクしながら言うアリーゼの言葉に、団員達は固まった。

忘れていた。忙しさで忘れていた。

でも、これはチャンスなのではないか?普段ならしてくれない。お古のシャツとかは着てくれるけど際どいのは着てくれないし、この際・・・といういけない考えをし始めていた。

 

 

「出てきたあの子が気まずそうにしてたら、そうね・・・させましょうか」

「さすが団長・・・」

「そういえば『ダイダロス通り』の落書きを消すの大変でしたねぇ」

「うっ・・・わ、私は知らないわ」

「【オレっち、参上っ!!】・・・次やったら鱗を剥がしてやろうかと思いました」

「ああ、輝夜が消しに行っていたのですか」

「口実としては十分ではございませんか?」

 

 

姉達は輪になって、会議をする。

どのような格好をさせるのか・・・を。

 

 

「ああでも、これ以上あの子を弄るのは禁止ね。可哀想だわ」

「「了解」」

「あとはそうね・・・ランクアップしているでしょうから、祝って上げましょう」

「まあ、あんなことしていたらなぁ・・・」

 

 

このやり取りの数分後、先ほどのことなどケロッと忘れてホクホク顔で羊皮紙を見せに来る少年の顔に彼女たちは打ち抜かれることになる。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「ひっぐ・・・えっぐ・・・」

「ほらほらベル。いい加減泣き止んで頂戴。それに、くすぐったいわ」

「だっだってぇ・・・!」

「その内、ほとぼりも冷めるでしょうから、安心しなさい。それより、ステイタス、更新しましょう?」

「・・・はぁい」

 

 

女神に宥められた少年は浴衣をはだけさせて上半身を露にしてうつ伏せになり、女神は机の引き出しから針と羊皮紙を取り出して少年の上に跨る。

ぷつっと針を人差し指に刺して、それが背中に滴り落ちて、波紋を起こした。

 

 

遥か一千年前、それは『儀式』と呼ばれていた。

神が落とす滴を人という受け皿が得て、昇華の階段を昇る。それは未来を掴むための鍵であり、困難に打ち勝つための破邪の力であると、そう言われていた。

 

 

「これはただのきっかけ」

「きっかけ?」

「そ。貴方達下界の住人の可能性を広げ、私達でも見通せない無限の枝を広げる促進剤にすぎないの」

 

実際に果てのない航路を進むのは人であり、波を越え、雨を凌ぎ、嵐に立ち向かい、地平線の彼方をも旅する櫂を漕ぐ子供達の手。

 

「神々によって言う言葉は変わってくる。謝る者、はぐらかす者、願う者。」

「・・・・・」

「多くの神々が、様々な想いを込めて、指を切り、己の血をこの地上に落としてきたわ。」

 

遥か昔日から、今もまだ。

光の波紋を起こした後、神血(イコル)を浴びた人の肌は水面のように震える。

 

「『英雄』が生まれることを願う神様も・・・いるんですか?」

「そうね・・・ヘルメスとかがそうかしら?」

「・・・・ヘルメス様に『ゴス○ル』しなきゃ」

「こ、殺しちゃだめよ?」

「はあい」

 

 

漆黒の文字群が肌の上を踊る。

それはまるで聖火の中に神託の言葉が浮かび上がる光景にも似ている。

ほっそりとした指がなぞられる度、一文字ずつ流れるように施されていくのは碑文のごとき刻印だ。

 

刻み込まれる【神聖文字(ヒエログリフ)】。

 

「今回はどんな冒険をしたのかしら?」

「んー・・・ダークファンタジー?」

「ふふっ、ベルは嫌いよねそういうの」

「怖いのは嫌です」

 

目に見えることのない子の歴史。

経験値(エクセリア)】をインク代わりにし、神の手が『神の恩恵(ファルナ)』を新たな形に変えていく。生まれた物語を書き記すように。次の貢をめくるように。

 

 

「ああ、そういえば貴方が戦った黒いミノタウロス・・・えっと、アステリオスだったかしら?」

「?」

「ギルドではその潜在能力をLv.6と決めたそうよ。まぁ、7に近いってロキの眷族が言っていたけれど」

「僕・・・よく生きてたなあ」

「見ててヒヤヒヤしたわ・・・」

「ご、ごめんなさい・・・でも、その、春姫さんも助けてくれたから」

「そうね・・・・さて、うん。」

「?」

 

 

指が止まった。

そして、咳払いをして女神は告げる。

『おめでとう』と。

起き上がり、いつものように女神に体を預けるようにしてもたれかかり一緒に羊皮紙を眺めた。

 

 

「イシュタル・ファミリアやら人造迷宮(クノッソス)に異端児に闇派閥と狩猟者との戦闘。さらにはアーディちゃんを元に戻すという誰にもできない偉業に加えてアステリオスとの死闘。うん、頭が痛いわ・・・ベル、頭を撫でてくれないかしら?」

 

「え、えと・・・よしよし」

 

「ふふ、ありがとう・・・ベルもよく頑張りました。【ステイタス】については知っているでしょうけど、いつも通り『基本アビリティ』は初期数値化されてゼロから再出発。今回昇格(ランクアップ)で手に入った『発展アビリティ』は『精癒』の1つ。勝手に修得させてもらったけど大丈夫よね?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「あとは、新しい『スキル』が発現してるわ・・・ヘスティアのお陰かしら?」

 

「いい神様ですよね、ヘスティア様」

 

「相性がいいのかもしれないわね」

 

 

ベル・クラネル

Lv.4

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

幸運:G

魔防:G

精癒:I

 

<<スキル>>

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質

 

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響発生時、効果向上。

    

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型の敵に対し攻撃力、高域強化。

・人型の敵に対し敏捷、超域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動発動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与

・魔法に浄化効果付随

 

※魔法と複合起動可能

 

<<魔法>>

 

□【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音(ゴスペル)

・不可視の音による攻撃魔法を発生。

・任意で使用武器に振動を付与。

 

 

■スペルキー【哭け()

・周囲に残っている音の魔力を起爆。

・聖属性

 

 

乙女ノ天秤(ヴァルゴ・リブラ)】 

□詠唱式【天秤よ】

・対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

・魔法のみ登録可能。

・登録可能数×残り1

■登録済み魔法:ライトバースト

・詠唱式【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ)

※登録する場合、詠唱式、効果を把握している必要がある。使用後、登録は消える。

 威力は本物よりも劣化する。

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 ・一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 ・一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ――ディア・エレボス】

 ・範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 ・恐怖付与。

 ・効果時間中、自身を含めて一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

 

□【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】 

 ・聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)との複合起動時のみ。

□【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】

 ・一定範囲内における自身もしくは味方の1人全能力、生命力を上昇させる。

 

 

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 ・絶対安全領域の展開

 ・回復効果

 ・効果時間15分

 

長文詠唱

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

【我はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】

【されど】【されど】【されど】

【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】

【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】

 

 

・月下条件化において月が隠れない限り効果範囲拡大

・月下条件化において詠唱式変異

 

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

(わたし)はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる。】

【我から温もりを奪いし悪神(エレボス)よ、我を見守りし父神(ゼウス)よ、我が歩む道を照らし示す月女神(アルテミス)よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女(アストレア)ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【我は拒む、傷つくことを。我は拒む、奪い奪われることを。我は、故に、拒絶する。】

【今こそ、(おまえたち)が奪ったモノを返してもらおう】

【だから大丈夫、今はただ眠るがいい。】

【目が覚めれば汝を苛む悪夢は消えている。】

【大丈夫、その心を許し、我が手を取りなさい。それだけでいい。】

【汝が歩むべき道を照らし示そう。】

【たとえ闇が空を塞ごうとも、天上の星光が常に我等の帰るべき道標となるだろう。】

【故に、その温もりに身を委ね、あるべき場所へと帰りなさい。】

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 

・効果時間15分

・回復効果

・雷属性付与

 

 

 

「聖火巡礼・・・・?」

「恐らく、度々あなたを気にかけてくれてるヘスティアに・・・いえ、あの時、貴方に『帰りなさい』って言ってくれたこととかに影響したんじゃないかしら。生命力を回復させるっていうのは貴方がボロボロの状態で都市を動き回っていたから・・・じゃないかしら。」

「効果共有っていうのは?」

「ほら、火は燃え移ったりするでしょう?」

「・・・なるほど・・・なる、ほど?」

「貴方や貴方の味方が命の危機に瀕したときに、助けてくれるのかもしれないわ。それこそ火のように弱々しくなったり強くなったりと揺らぐ可能性があるみたいだけど・・・少なくとも、貴方の復讐者(シャトー・ディフ)の負担を軽減してくれると思うわ」

 

 

新しいスキルの考察をベルに伝えるもこればかりは実際に試してみないことにはわからない。それよりも・・・とアストレアはベルを抱きしめる力を強めて魔法の項目を指差した。ベルも勿論気が付いてはいたが、使えなくなった魔法が復活していた。正確には少しばかり形が変わっていたが。

 

 

「少し、使い勝手がよくなっているんじゃないかしら?」

「・・・『任意で使用武器に振動を付与』。これって今までみたいにボキボキ壊れないってことですよね・・・しゅごい・・・」

「あとはスペルキー・・・これは威力が上がったと思うべきかしら。」

「でも、どうして形が少し変わって復活したんでしょうか?もしかして、魔道書の影響?」

「た、たぶん・・・大方、エレボスが『縛りプレイのご褒美だ』ってことじゃないかしら」

「あの魔道書、燃やしませんか?」

「燃えなかったのよ・・・」

「不燃かー・・・」

 

 

嫌そうな目で女神を見つめる少年を『でもいいじゃない復活したんだから』と宥める。

今頃きっと空の上でベルの偉業を拍手喝采をしていることだろうあの男神に『縛りプレイでこの子を苦しめないでほしい』と願う女神であった。

 

 

「こ、こほん。それより!アリーゼ達に見せていらっしゃい!」

「ハッ・・・!は、はい!」

 

そう言って羊皮紙を持って浴衣を直すことも忘れてホクホク顔でアリーゼ達の元に向かうベルの背を慈愛の目で見つめるアストレア。しかし、忘れものを思い出すように、ふと、思い出した。

 

 

「ランクアップしたということは・・・・二つ名・・・どうしようかしら・・・」

 

 

 

絶対、弄られる。

 

嫌な汗が、女神の谷間に吸い込まれていった。




聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)は、聖火の恩寵(カリス・ウェスタ)にしようと思っていたのですが、恩寵=恩恵らしく、何か違うなー・・・と思って迷子を巡礼者と考えてラテン語で検索したら出てきたのを採用しました。

ベル君が「生きたい」という思いが強ければその火は強く灯り、周りにも伝播しますが逆に精神的にも弱っていればその火は弱まり「ギリギリ死なない」状態にするだけの効果になります。


魔法【サタナス・ヴェーリオン】は今まで武器が振動しては砕け散っていたのが使い勝手が良くなる形で変異してます。
悪神様の置き土産の魔道書のご褒美的なものです。


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神会

磯野、野球しようぜ!お前ボールな!!


「・・・・・・」

「ベル・・・その、ムスッとするのをやめて欲しいのだけれど?」

「だって・・・」

 

 

『ステイタス更新』をしてからの2日後のこと、女神と少年は手を繋いで仲睦まじく歩いている・・・はずだった。しかし、少年は今不機嫌な顔をしていた。

 

 

「そ、それよりその・・・歩くスピードをもう少し緩めて頂戴。その、体がちょっと痛いのよ」

「・・・大丈夫ですか?」

「やっぱり、みんなで雑魚寝はよくなかったわ。床が固いし・・・」

 

その日の晩、食事中に眷族達による、『ベル・クラネルと添い寝』を誰とするかという謎の論争が勃発。その理由としては少年の家出と度重なるトラブルとはいえ『あれ、最後にあの子と寝たのいつだっけ?』などと思い『今日は私が一緒に寝るわ!』から始まり最終的に『じゃあみんなでリビングで雑魚寝でいいじゃない』に片付いたのだ。固い床で寝たのだから、体が痛むのは当然のこと。

朝食時には、皆、『ベル・クラネルを補給』できた事に嬉しさを滲ませながらも『体が・・・体が・・・』と年寄り臭いことを言い、『次するなら庭にテントでも立てた方がいいわね』という結論に至った。

 

「ベルはなんともない?」

「んー・・・気だるさみたいなのはありますけど」

「若いっていいわねぇ・・・」

「そんなこと言わないでくださいよお・・・」

 

綺麗で優しい女神様が中年みたいなことを言い出すのは人生の下り坂を歩き出した人間のようなことを言うのは、なんだか受け入れがたかった。神が『ン億歳』とかもうワケワカメな時を生きているのだから少年よりも遥かに年上なのは分かっていたが、それでも少年からしてみれば『お姉さんみたいな優しい女神様』であることに変わりはないのだ。

 

 

「・・・・はぁ」

「そ、そんなに落ち込まなくても・・・似合ってるわよ?それに、ほら、『アルゴノゥト』って言われなくていいじゃない。」

「それは・・・そうかもしれませんけど」

「それに貴方、羊皮紙見せに行ってアリーゼ達にお祝いされてたのに夕食時になったら葬式みたいにどんよりしているんだもの。」

「だ、だって・・・僕が出て行ったから迷惑をかけたわけで・・・」

「その『罪悪感』を何とかするためにこうして明確な『罰』を与えたんでしょう?ベルもそれを受け入れてたじゃない」

「うう・・・・でも、でもぉ」

 

 

少年はLv.4に昇格(ランクアップ)

羊皮紙を見せに浴衣を直さずに行ったがために姉達は謎に盛り上がり、お祝いと言う名のキスの雨。少年は赤面したのち気絶した。嫌ではない、嫌ではないのだ・・・少年にとって先生と呼ぶべきライラだけが『うわ、こいつらマジか・・・』という顔だったが、久しぶりにされたような気がして一気にそのキャパシティをオーバーして天元突破。少年は姉の腕に抱かれて昇天した。

 

『はふ・・・』

『あ、あれ?ベル?べるぅ?』

『ベ、ベルが死んだ!?』

『この人でなし!』

『ど、どうしよう!?』

『ア、アストレア様にキスしてもらえば生き返るんじゃないかしら!?』

 

姉達は大混乱であったそうな。

その後目を覚まし夕食時になると姉達は可愛い弟を気絶させてしまったことで御通夜のような空気に。少年はその空気から『自分のせいだ・・・』と家出したことやら諸々を思い出して罪悪感に押しつぶされ、ションボリ顔に。そのなんともいえない空気が化学反応を起こし【アストレア・ファミリア】団長が空気を明るくするためのイベントかつ、罪悪感で落ち込んでいる少年から罪悪感を払拭するために『罰』を与える事にした。

 

『ベル、貴方に罰を与えるわ・・・約束、してたものね?』

『・・・うん』

『罪悪感でそんな顔する貴方なんて見たくないわ。だから、罰がいると思ったの。いいかしら?』

『あい、まむ』

『・・・私、あなたのママじゃないわ。それは嫌。だってママはベルと婚姻できないじゃない』

『?』

『あ、ううん、なんでもない、こっちの話。』

『コ、コホン。それで・・・そうね、前に何をさせるかって言ってたの覚えてる?』

『・・・・女装』

『・・・ふひ』

『ふひ?』

『な、なんでもないわ!』

 

 

少年は『次、無断外泊したら女装』というのを覚えていた。

だから頭の中では『アリーゼさん達の服を着せられるんだろうなあ』ぐらいに思っていたのだ。

 

 

「―――だと思ってたのに」

「に、似合ってるわ。素敵よ?」

「僕を助けてくれると思ってたアストレア様までノリノリなんてひどいです!」

「ご、ごめんなさい!で、でも、ベル可愛いから・・・つい・・・」

「や、やっぱり筋肉なんだ・・・筋肉が全てなんだ・・」

「だ、だめ、それだけはダメ!」

 

 

少年は姉たちにあれこれ女物の衣類を着せられ、髪をセットさせられ・・・玩具にされ、最終的に女神がなぜか用意していた少年にピッタリなサイズの肩出しの白シャツに赤いスカート、紐のついたカチューシャをつけられ、髪を少しばかりウェーブさせられ【ベル子ちゃん】にされてしまっていた。眷族達も満場一致で女神のセンスを褒め称えた。

 

『きゃー!さすがアストレア様!』

『眷族になってよかった・・・!』

『来世でもついていきます!』

『いつから用意していたのでございましょうか?』

『ベル、とっても似合ってるわ!明日はそれで1日過ごす事!勿論、引きこもるのは禁止よ!』

『いや、まずギルドに昇格(ランクアップ)の報告があるだろ』

 

女神は自分のセンスを褒められてどこか誇らしげに。少年は『悪いことしたんだし、それで許してくれるなら・・・』と思ってはいたものの、実際やってみると内心ショックを受けていた。唯一味方してくれる女神が何なら割りとノリノリだったことに。

 

 

「叔父さんが言ってた・・・僕を背中に乗せて腕立てしながら『いいか、ベル・・・筋肉が全てを解決してくれる。筋肉だ、筋肉が全てだ。故に、肉を喰らい限界まで鍛え上げろ・・・』って」

 

女神は心の中で喚き散らした。

 

『純粋な子供に余計なことを教えないで!!』と。

案の定、その話を洗濯物を取り込んで通り過ぎようとしたアルフィアが聞いてしまい『ザルド、覚悟はできているな?』『い、いや待てアルフィア、こ、これはだな・・・』『【煩い(ゴスペル)】』と、まるで浮気現場が見つかったときの修羅場のような空気からの【福音(ゴスペル)】をお見舞いされたらしい。

 

 

「『体は筋肉で出来ている。血潮は鉄で心はマッスル。幾たびの筋トレを越えて不敗・・・・』」

「待って、待ってベル。ザルドに変な教育されてない!?ゼウス・ファミリア式の教育って筋肉ばかりなの!?ねぇ!?帰ってきて!?」

 

ブツブツと謎の呪文を唱えるベル子ちゃんを揺さぶる女神は相当焦っていた。

『ゼウス・ファミリア式の教育ってどうなっているのだろうか。この子の実母は預ける相手を本当に間違っていないだろうか』と。

 

「・・・だ、だって、アストレア様、僕のこと男として見てくれてないじゃないですか・・・」

「そ、そんなことないわ!? た、ただその・・・あれよ、ギャップがいいのよ」

「ぎゃっぷ?」

「そ、そう! 普段はそんなことないのに、たまーに見せる格好いいところがぐっとくるのよ!」

「で、でも・・・・」

「そ、それに、筋肉でゴツゴツしたら私、ベルのこと抱き枕にできないわ・・・今の貴方が丁度いいのよ」

「う、うーん・・・」

 

なんとしても『筋肉ゴリラ』を回避すべくアストレアは必死にベル子を言いくるめる。

ベル子は意外にも、いや、かなり・・・チョロかった。

 

 

「それに、みんなにも抱きしめてもらえなくなるわよ?」

「そ、それはいやです!」

「でしょう? 華奢な体格でも格好良さは引き出るものよ」

「そうなんですか?」

「そうよ?だから、今のままでいて頂戴?ね?」

「・・・・はいっ!」

 

 

よしっ。と女神はベル子に見えないようにガッツポーズ。これで心の平穏は守られたのだ。良かった、実に良かった。よく頑張ったわ私、さすが女神ね。謎の感動に女神アストレアは包まれベル子と繋ぐ手を自然と指を絡め所謂『恋人つなぎ』へと変えていた。

 

 

「・・・・それに、ほら、私が選んだのが一番だったでしょ?みんな、変なところを選びすぎなのよ」

「輝夜さんと春姫さんは着物とか浴衣とか甚平でマシでしたけど・・・リューさんが一番おかしくなかったですか?」

「そう思うわよね?私も意外だったわ。ああいうのってアリーゼが選ぶと思ったのだけれど」

「バニーって・・・」

「そうよねえ・・・どこに仕舞っていたのかしら」

「それにアリーゼさんは、どうしてお義母さんが着てたのと瓜二つのドレスを持ってたんだろう・・・。着て鏡見て思わず泣いちゃいましたよ」

 

 

リューは何故かバニー衣装。

アリーゼはどこから調達したのか、アルフィアが着用していたのとほぼ同じデザインのドレスを用意していた。

ドレスを着たベルは鏡を見て崩れ落ちて泣いた。

 

『僕は・・・こんな再会を望んでない・・・っ!』と。

 

そこまでショックを受けると思ってなかったアリーゼはそれはもう謝りまくった。

ちなみにリューはベルがおねだりをしまくって逆にバニー衣装を着せられていた。しかし悲しいかな。アリーゼ達ほどないその胸部パーツから果実の先端がチラリと見えてしまっていた。

 

 

「さて・・・ギルドに着いたしベル、報告してらっしゃい」

「ついて来てくれないんですか?」

「いくわよ?でも、報告するのはベルの口で。わかった?」

「はーい」

 

 

本日は神会(デナトゥス)

その土壇場での『昇格(ランクアップ)の報告』、つまりは、ギルド職員を泣かせに来ていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「エイナさーん」

「はいはい・・・アルゴノ・・・・って、ベル・・・君?ちゃん?あ、あれ?」

「・・・・エイナさん、『昇格(ランクアップ)の報告』に来ました。どうぞ、お納めください。」

「ご、ごめん!ごめんね!?お、怒らないで!?」

「いいですよいいですよ、どうせ・・・どうせ・・・」

「ごめんってばぁぁぁあ!?」

 

 

アストレアに見守られながら、ベルはエイナに昇格(ランクアップ)の報告をする。

後ろでエイナの同僚のミィシャが書類をひっくり返していたが、誰もが周知の事実。『ああ、うん、してるよねそりゃ。あんなことしてたら』ということである。

 

 

「いーい、ベル君?死んだら全部お仕舞いなんだから、命を大切にしないとダメだよ?」

「はあい」

「君はただでさえ危なっかしいんだから・・・あんまり、アストレア様に心配かけちゃダメだよ?」

「・・・反省してます。この姿を見てください」

「う、うん・・・似合ってる・・・すごく。それ、罰だったり?」

「はい・・・僕、もうお嫁にいけないです」

「大丈夫、君のファミリアのお姉さんが貰ってくれるから、うん」

 

 

アリーゼが胸を張りながら『安心しなさいベル!私がもらってあげるから!ばちこーん☆』と言っている姿が当然のように浮かんでいた。まあそもそも君は男の子だから、嫁じゃないけどね?と言いたかったが黙っておくことにした。

 

「うん、うん・・・なるほどなるほど・・・うん。今回も君の情報はお蔵入りかな?見ている人が大勢いたとはいえ、書けないよさすがに」

「ごめんなさいね、いつもギリギリで」

「い、いえ!?気にしないでください! みんな今回に関しては察してくれるでしょうから・・・!」

「じゃあ、よろしくおねがい。ベル、私はそろそろ行かないとだから・・・貴方は鍛冶師君のところに行くでもいいし、迷宮(ダンジョン)に行かないなら自由にしてくれて構わないわ」

 

『こんな格好で、ヴェルフのところに行ったら笑われますよ』と口を膨らませて女神に反論する少年の頭を一頻り撫で回して、女神はバベルの30階へと向かって行った。

 

 

 

「と、ところでエイナさん・・・」

「どうしたのベル君?まだ何かある?」

「えっと・・・その・・・外の広場・・・」

「?」

 

やけに煮え切らない。

何かあったのだろうか?とエイナは首を傾げてベルが言いきるのを待っていると、プルプルと震えだして口を開いた。

 

 

「僕の槍・・・何か、記念碑みたいに突き刺さってるんですけどぉ!?」

「・・・・あ」

「きっと!ヴェルフあたりが回収してくれてるんだろうなあって思ってたのに!!ここに来る途中、見ちゃったんです!なんですかあれ!?あれじゃまるで『選ばれし者だけが抜ける剣』みたいじゃないですか!?」

 

 

ベルはギルドに入る前に、見てしまったのだ。

アステリオスとの最後の攻撃の後、槍がどこかへ飛んでいったと思っていたのに、ギルド前の広場に記念碑のように突き刺さっているのを。人だかりができていないのが救いだが、それで目立つために、抜くに抜けなかったのだ。

 

 

「い、いったい、いったい誰があんなことを!?」

「い、いや、違うんだよベル君!?あれは誰かが刺したとかじゃなくって奇跡的にああいう風に空から落ちて突き刺さってたの!」

「回収してくれてもいいじゃないですか!?」

「じ、自分の武器でしょう!?自分で管理なさい!」

「そ、そんなぁ!?」

「ほら、行った行った!お姉さん、これでも忙しいんだからね!?」

「うぅぅぅ・・・・」

 

トボトボと白髪とスカートを揺らして歩いていく少年(?)を、『ごめんね・・・本当にああなってるだけなんだよ』という眼差しで見送ることしかできないエイナであった。

 

 

■ ■ ■

 

 

トボトボと、女装しているせいかからかわれないことに複雑な気持ちで安堵する少年はどうやって槍を持ち帰るかを考えていた。猛スピードで抜き取って走り去るか、堂々と抜き取るか・・・はたまた『選ばれし者』のように・・・と考えて、そんなことしたら余計、泣かされる!!と思い至り悶絶。

 

 

「・・・・ベル?」

「!」

 

しかし、救いは現れた。

槍に近づいていくベルの後ろに金髪、金眼の少女――アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「えっと・・・大丈夫?誰かに苛められたの?」

「僕は今、オラリオと戦ってるんです・・・」

「て、敵が・・・大きい、ね?」

「これがもしかしたら、ラキアの気持ちなのかもしれません」

「う、うーん・・・?」

「アイズさん、見ててください・・・僕はやりとげなきゃいけないんです」

「わ、わかった・・・!勝利の暁には、じゃが丸君を食べに、行こう・・・!奢って、あげる・・・!」

 

謎の臨場感を持って話す2人を邪魔するものは何故かいなかった。

ダンジョン帰りのアイズは槍を手に掴み取ろうとするベルの後ろで真剣な眼差しで見つめていた。それはさながら、御伽噺の『選定の剣』を抜くワンシーンを彷彿とさせていた。しかし、そこに天誅を下すべき怨敵が現れる。

 

 

「やぁやぁベル君じゃないか!」

「・・・ッ!」

「って、何をしているんだい?」

「あ、ヘルメス、様・・・えっと、神会(デナトゥス)ですか?」

「ああ、そうだぜ?ベル君の二つ名がどうなるか気になってね」

「・・・・」

 

 

メキメキ・・・バキバキ・・・と地面から槍を引き抜こうとする力を出すベルを他所にヘルメスはアイズとお喋り。ふと、ヘルメスの後ろにいるアスフィと目があったベルはアイコンタクトで『危ないので離れててください』『・・・殺すのだけはご勘弁を』『任せてください・・・痛いのは最初だけです』『そういうことではなく!』とやり取りをかわし、アスフィがスススッ・・・と離れたところで

 

 

「――ヘルメス様、野球しませんか?」

「お、タケミカヅチに教えられたのかい?極東の遊びだったかな?いや、別の名前もあったな?まあいいさ、孤児院の子供達とするのかい?いいぜ、付き合うとも」

 

「ヘルメス様がボールですよ!」

「・・・へ?」

 

バキッ!!とついに石畳を割り槍を引き抜き!そのままヘルメスへとフルスイング!!

ヘルメスの腹に槍の太刀打ち部分が食い込んだ!!

 

 

「ぐっほああああああああああああああああああっ!?」

 

 

奇妙な悲鳴を上げたヘルメスは、そのまま空高く飛ぶわけでもなく石畳を転がり去っていった。

アスフィは眼鏡をクイっと上げ、ベルはやりきった様に汗を拭い揃って言う。

 

 

「「悪は去った」」

 

「・・・え!?」

 

アイズだけが、状況についていけなかった。

2人は向かい合い良い顔をして握手。

 

「ナイス、バッティングです。ベル・クラネル・・・それと、今回の件は申し訳ありませんでした」

「アスフィさんは悪くないです!悪いのはヘルメス様です!ローリエさん達にもアスフィさんを悪く言わないでほしいと言われてたので!」

「そうですか・・・体の具合は?」

「ばっちりとは言えないですけど・・・普通に生活する分には。」

「それは何より。ああ、そうだ。これを渡そうかと思っていたのです」

「・・・・これは?」

 

 

アスフィがポーチから取り出したのは手の平に収まるサイズの木箱。

その中には透明な硝子のような水晶のような物が入っていた。

 

 

「貴方がアーディを助けた時に、灰になった怪物が2体いたでしょう?」

「・・・・はい。えっと、リドさんがあの2体は異端児じゃないって言ってましたよ?」

「ええ。それで、その魔石が貴方の魔法の影響なのか浄化されてしまっていて・・・調べさせてもらったんですよ」

「?」

 

 

アスフィはベルがアステリオスと戦っている最中に透明になった魔石2つを回収しそれを解析。

結果は

 

・魔石製品としての利用は不可能。

・↑のため換金しても1ヴァリスにもならない。

・貴重な資料としては価値はあるため交渉次第でその手の分野に高値で交換できる。

・魔石そのものはベルの魔法の影響なのか、『破邪』の効果を付与した状態になっていた。

 

 

「えっと、つまり?」

「まあ・・・ちょっとした『お守り』のような魔道具化してしまっている。ということです」

「?」

「これを身につけていれば恐らく、呪詛や状態異常の影響など受けないのでは?」

「おお・・・」

「まあ、そういう類の魔法よりも劣るのであくまでも『お守り』程度だと思ってもらえれば。当事者であるアーディと貴方にお渡ししておきます。処分するなり加工するなりはご自分で判断してください。」

 

 

魔石を渡して話すことも話したアスフィは『昇格(ランクアップ)おめでとうございます』とだけ言って、ヘルメスが吹き飛んだ場所へと歩いていった。

取り残されたベルとアイズは、2人でその魔石を眺めてはじゃが丸君の屋台に向かって食べ歩きを始めていた。

 

 

「えっと、ベル・・・体はもういいの?」

「はい、もう大丈夫ですよ・・・すこしだるいですけど」

「そっか。良かった、ね。その魔石、どうするの?」

「うーん・・・どうしたらいいんだろ。」

「小指の・・・えっと第2関節くらいまでの長さだし身につけるなら、ネックレスみたいに穴あけて紐通してもらったらいいと思う」

「うーん・・・アストレア様にあげたら喜ぶかな」

「ベルは、本当にアストレア様が好き、なんだね?」

「・・・・えへへ」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

オラリオ中央にそびえる摩天楼施設『バベル』。

その30階の大広間は、いつにない喧騒に包まれていた。

神会(デナトゥス)』である。

暇を持て余した老若男女の神々がこぞって出席し、名ばかりの諮問機関を開催させようとしていた。

 

「前回の神会(デナトゥス)から結構間あったなー」

「ちょうど開催時期にイケロスがやらかしたからなー」

「ドタバタしてて神会(デナトゥス)どころじゃなかったじゃーん」

 

3ヶ月周期で行われる神会(デナトゥス)もまた『異端児』を巡る事件によって割を食っていた。都市の事情によって延期を重ねていた神の会合に、出席者達は待ちわびたとばかりに声を弾ませている。何故か意味のない柔軟運動をする神々もいるほどだった。

 

 

 

「おい大変だ!女装したアルゴノゥトが突き刺さった槍でヘルメスを吹き飛ばしたぞっ!!」

「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」

 

ゴンッ!!

 

女神アストレアはさっき離れたばかりのベルがやらかしたのだと気付いて思わず机に突っ伏してしまった。

 

―――あ、あの子は何をしているの!?いや、ヘルメスに対して思うところがあるのはわかるけども!?殺してないわよね!?そうよね!?

 

 

女装していればからかわれない。それは確かに周りにはたぶんバレていない。しかし神々は別だった。あっさりとバレていた。

50人掛けは可能な巨大な円卓の一角で、アストレアはダラダラと変な汗を流しては微笑を引くつかせていた。ロキのやらかしについては、アイズからリヴェリアに報告が行き、Lv.6の力を持って『お尻ぺんぺん』を喰らわせられたらしくロキ本人は生まれた小鹿のように足を震えさせて神会(デナトゥス)に来ていた。また、ヘルメスのしでかしたことについては思うところはもちろんあるから、今回問い詰めてやろうかと思っていたらまさかのさっき別れたばかりのベルが吹き飛ばしたと走ってきた神が大声で報告してきていた。

 

 

―――アルフィア、どうしよう・・・優しいベルが最近苛烈さを持ち始めている気がするの・・・

 

 

天にいるであろう彼の義母たるアルフィアは『ふっ、よくやったベル』なんて微笑んでいそうだが、そうじゃないのだ。本当に神殺しになってしまったら困るのだ。

 

 

「こんにちは、アストレア・・・あんたの子がやらかしたみたいね、さっそく」

「ふ、ふえぇぇ・・・」

「しっかりしなさいよアストレア・・・」

 

微笑みをピクピクさせるアストレアを気にかけたのか、隣に座るのはヘファイストス。けれど今のアストレアは彼女の名前を呼ぶ前に『ふえぇぇ』が出てしまっていた。ヘファイストスには槍のことでお礼を言わないと・・・と思っていたのに、それどころじゃなくなってしまった。

 

 

―――帰ったら、あの子に膝枕してもらおうかしら・・・。

 

 

「俺がガネーシャだ!!もといっ、俺が今回の進行役だ!」

「いぇー」

「アーディちゃんは大丈夫なのかよ、ガネーシャ」

「うわ、ガネーシャ司会かよ、オレ帰ろうかな・・・」

「まぁ待て待て、そう早まるなって」

「よーし!このガネーシャ、色々あった都市の近況を自ら報告しよう!」

 

 

3柱の女神がやり取りをしていると、ガネーシャの声によっていよいよ神会(デナトゥス)が始まる。

もっぱらメインで話題になったのは、今回の異端児騒動。

どの神も『ええもん見せてもらいました』と・・・ほぼ男神が両手を合わせて拝んでいた。

 

 

「お母さんおめでとうございます!元気な女の子ですよ!」

「お前ふざけたことぬかすなや!ぶっ殺すぞ!?」

「あそこには神がいたんだなぁ・・・神ってあんな感じなのか。オレ、はじめて見た」

「お前も神だけどな」

「そういうお前もな」

「「ぐへへっへへ」」

 

アーディが救われたあの瞬間については、ガネーシャは号泣して何度もアストレアに『ガネーシャ超感激!!抱いて!!』と言い他の女神に物を投げられていた。

 

『冒険者が怪物に変えられる』という話題については『病気ではなく、魔道具のようなものによって変質させらえる』という形で周知し眷族達には怪しい連中を見かけたら近づかないように伝えることを忠告。

 

「にしてもあの広範囲・・・いったいどこまであったんだ?」

「都市全域だろ。月を見たか?魔法円がうっすら見えたぞ」

「発展アビリティなしでか?」

「【戦場の聖女(デア・セイント)】ができるんだ。可能性は0じゃないだろ」

「それでも広すぎるだろ。攻撃魔法じゃなくてよかったわ」

 

 

異端児については、まだ扱いに慎重にならざるを得ないのか『今回の騒動はあくまでも【怪物祭】のやり直し』を押し通していた。アストレアもベルには悪いが変に神々が面白がるよりかは、その方がいい気がしたため黙って聞いていた。もっともその件を掘り返すような神はどうしてかいなかったのだが。

 

 

「はい、では昇格(ランクアップ)した冒険者の命名式に移るゾー!」

 

ガネーシャがそう告げた瞬間、神々の目の色が変わる。

俄然うきうきし始めた彼等は、熱気を爆発させた。

 

 

「来た来たぁ!」

「待ってましたぁ~」

「今日はこれだけのために顔出した!」

 

卓上に配られるギルド作成の資料を引っ掴み、神々はぱらぱらと素早くめくり始めた。

多くの神々が手を止めて見下ろすのは最終の貢。以前の神会(デナトゥス)と同じように土壇場で情報が更新され、ギルド職員が大急ぎで資料内容を修正した、白髪のヒューマンの項目。

涙兎(ダクリ・ラビット)】ベル・クラネルである。

 

 

「連続で神会(デナトゥス)に食い込んだ眷族、初めて見たぜ」

「しかもLv.2から3,4・・・2回【ランクアップ】してるぅぅぅぅ」

「【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】も早かったよなあ。アストレア様のとこぶっ壊れてんなー」

 

さざ波のような声が円卓の随所から上がる。その全てが愉悦や喝采、そして歓喜であった。美の神は嫣然とした笑みを浮かべ、道化の神は尻を撫でては『ホンマ、すんません・・・』とアストレアに謝罪を告げる。

急成長の秘訣などと野暮な問いを発する神はこの場にはいなかった。彼等彼女等もまた、『怪物にされた冒険者』を救う光景を、あの猛牛との決戦を見せ付けられ、少年は『英雄(うつわ)』に足るとそう断じたのである。

 

 

―――本人が望む望まないに関わらず、英雄と呼ばれる事になる・・・ベルには重かったりするかしら・・・

 

 

少年は『英雄になりたい』とは言わない。むしろ大衆の前で『人類の敵になる』とさえ言って見せた所謂大馬鹿者だ。それを指差して笑うものは今更いないが、それは異端児達のおかげ・・・ヘスティアのおかげとしか言いようがない。

 

 

―――まだ、2人がいなくなってしまったことがあの子の中で膿のようになっているのかしら。

 

 

だとしたら、どうしてやるべきなのだろうか。あの子の目指す場所はどこなのだろうかと悶々としていると間もなく命名式は本格的に始動する。

 

 

「あ、タケミカヅチのところも昇格(ランクアップ)したの2人いる」

「極東っ子だ」

「やっぱ黒髪だよなー」

「ヒタチ・千草ちゃんは・・・内気だけど良妻になる香りがプンプンする」

「【比翼少女】とかどう、タケミカヅチ?」

「まあ【絶†影】よりはマシだな・・・」

 

それから命名式はつづがなく進んでいき、あっという間にベルの番を迎えた。

アストレアはいやな予感がしつつも、新参派閥じゃないのだから、と深呼吸をした。

ニヤニヤと笑う神々が誰が口火を切るか視線で牽制し合っていると、麗しの『美の神』がその瑞々しい片腕を上げた。

 

「意見、いいかしら?」

『!?』

 

―――フレイヤ?

 

ざわっっ、とたちまち神々の間で喧騒が膨らむ。

嫌な予感その1が動き出してしまった。とアストレアは緊張しつつも表情を崩さずにフレイヤを見る。

 

「なになにっ、フレイヤ様もやっぱり気になる?」

「ベル君の応援者(ファン)になっちゃった?」

「ええ、そうね。あの1件を見て、つい胸を高鳴らせてしまったわ」

 

 

―――あの1件より前からでしょう!?

 

と言いたかったが、一々荒立ててはそれこそ面倒だ。アストレアは警戒心を最大にしつつフレイヤに声を投げた。

 

 

「フレイヤ・・・貴方のことだから、私のベルにさぞ素晴らしい二つ名を用意してくれるのよね?」

「あらアストレア、そんな風に言われたら私も緊張してしまうわ。ふふっ」

 

微笑みと微笑みがぶつかり合う。その光景に男神達も女神達も気圧された。

来るか終末戦争(ラグナロク)・・・!

頬に片手を添えるフレイヤは「そうねぇ」と散々もったいぶった後、にこやかに微笑んだ。

 

「【美神の伴侶(ヴァナティース・オーズ)】なんてd「却下」・・・むっ」

 

手でしっしっと払うようにして即答で却下を投げるアストレア。

むっと頬を膨らませるフレイヤ。

 

「伴侶ですって?あの子は私のよ。あげないわ。」

「あら、ダメなの?これでもあの子とは面識はあるのだけれど」

「知ってるわよ?ベンチに座っているあの子に近づいて手を振って頭を撫でていたでしょう?まさか貴方まで混じっているとは思わなかったけれど」

「デメテル印のシャンプー・・・いいわよね」

「そうね、それは認めるわ。でも、ダメ」

「じゃあ・・・【美神の抱き枕(ヴァナティース・ピロー)】。」

「却下よ却下。だいたい貴方が抱いたら大抵の子供達は枕じゃない。何が違うのかしら」

 

フレイヤの多情はみなが知るところ、これが彼女の本気なのか冗談なのか、はたまた牽制なのかはさておき、やんややんやと円卓は盛り上がる。フレイヤの信者達は今回も神会(デナトゥス)に姿を現した美神の女王振りを見られて大いに賑わったし、なんなら2人の胸部を見ては『来るか、キャット・ファイト!』『ポロリもあるよ!?』なんてふざける男神達がいるほどだ。

 

少年の主神に即答で否定されたフレイヤは、頬を膨らませて「残念」と引き下がる。

 

 

―――引き下がらなかったら、あの子がアルフィアに伝えられたっていうこと言うわよ。ほんと。

 

アストレアは寝る前にベルと話している際に2人に何を聞かされていたのか聞いており、その中に『美の女神には近づくな』『フレイヤとかいうほぼ全裸みたいな女神がいたら、そいつに【婚活女神】って言ってやれ。万年男を捜して股を開いているらしい』とか下手したら少年の命が刈り取られかねないことを教育されていたのだ。

 

 

「ぶふっ、さすが色ボケ、警戒されまくっとるなー!!」

「あらロキ、生まれた小鹿みたいに震えて・・・痔なの?」

「ちゃうわ!」

「それで、そういう貴方は?」

「んー・・・そうやなぁ・・・」

 

嫌な予感その2。ロキだ。

ゲラゲラと笑っていたロキが、フレイヤに促され人差し指を立ち上げた。

 

 

「【演者(アルゴノゥト)】」

「ロキ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】に言うわよ?『お宅の娘さんにうちの子が乱暴されたの。押し倒されて汚されたの』って」

「ひっ、許して!許してぇなぁ、もうお尻ぺんぺんは嫌やねん!!頼むからぁ!!」

 

『アルゴノゥト』という二つ名。それだけは何としても回避せねば・・・と思っていた。

そして、彼の英雄は『喜劇の英雄』であり『道化』を貫いた英雄だ。ならば、ロキが言うに決まっていると思ったのだ。

間もなく、先陣を切ったフレイヤとロキに続けとばかりに『アストレアママに叱られたい!』と悪乗りする神々の宴が始まった。

 

「はいはーい!【多妻兎(ハーレムラビット)】!」

「ベルくーんっ、オレだー!結婚してくれー!【祝婚兎嫁(ウェディング・ベル)】!!」

「お前今フレイヤ様とアストレア様を敵に回したぞ」「お、お2人の満面の笑みからかつてない殺気が迸っているぅぅぅぅぅぅ!!」

「うるせぇ俺の賛歌を聞け!【年上殺し兎(おねショタ・ラビット)】!!」

「年上どころか大概女神まで打ち抜かれてるんだよなあ・・・」

「【乙女の飼兎(アストレア様のぺっと)】」

「まんまじゃねーか」

「やめろよ、ベルきゅんが泣くだろ」「アストレア様が泣くだろ」

「他に何か特徴とかないのかー。別の冒険者情報とか噂とかー」

「そういえばあのガキ、あの一件の時、ギリのギリまで正体わからないようにローブ着込んでたよな。」

「【救済者(メシア)】」

「きっつ」

「【静謐(せいひつ)】とかどうよ、【静寂】のアルフィアと同じ魔法を使うんだろ?」

「ダメだろっていうか、あの子は別に静かじゃないとダメってわけじゃねーよ。割と賑やかだぞ」

「じゃあじゃあ、俺達を痺れさせた【炎雷の槍(ふぁいあぼると)】はどうよ!?」

「必殺技だから、なし。しかもあれ、合体必殺技っぽいぞ」

「まじか。コマンドは?」

「知らん。わ○っぷに聞け」

「怪物助けるためだけに『人類の敵になる、僕は悪で良い・・・』って言っちゃってたもんな」

「つまり?」

「ベル君は・・・人でもモンスターでも・・・さらには神々でもイける・・・?」

「【総受け(オール・オッケー)】」

「・・・・・貴方達の眷族、『じゃが丸君万引き』やら『魔石のチョロまかし』『カジノでの不正行為』『怪物進呈による他派閥への攻撃』とか・・・・色々と上がってるみたいだけれど?」

「「「さーせんっしたぁぁぁぁ!?」」」

 

そんなに叱られたいのか・・・と青筋が立ち始めて、『各派閥の眷族のやらかし』をポツリポツリと発言して黙らせたアストレア。けれど『じゃが丸君を万引きするってどういうことだよ!?そんなに高くないだろう!?』とどこかの神が言った。

 

『いやその・・・、やられたのは俺のところだ』

『タ、タケミカヅチ・・・!?そんな、お前という神がありながら何ていう失態を・・・!』

『いやな、娘共と話していたら・・・』

『ああ、絶†影にチクっとくね』

『お、おい!?』

 

少年曰く、【じゃが丸君の神様】のやり取りをゲラゲラと笑いを上げて一頻り満足したのか「さて真面目にやるか」と神々の悪ふざけが収まった後

 

 

「ねえ、アストレア・・・貴方がつけたりはしないの?」

「へ、私?」

「ええ、フレイヤだって自分でつけたりするんだし」

「う、うーん・・・・」

 

今まで見守るだけのヘファイストスがアストレアに希望は無いのか?と言う。

ロキやフレイヤが自分の眷属に付けることもあるんだから別にいいのでは?、と。

 

 

「うーん・・・・あの子がやったこと、やろうとしてることは異端だし・・・」

 

腕を組んで親指の先を咥えるアストレア。

 

 

「えっと・・・【異端の英雄(エレティコス・イロアス)】は、」

「長いし重いわね」

「そうよね。わかってるわかってる、あの子には重いわ。なら・・・うーん・・・あ、こういうのはどうかしら?」

「?」

「あの子の夢や願いは重いし、生きている間に叶うかも怪しい。だから、別に兎呼びは入れずに・・・『夢』という意味をもって」

 

 

 

そうして正義を司る女神によってその二つ名が決められる。

 

 

 

「【夢想兎(トロイメライ)】」




トロイメライは、ロベルト・シューマンのピアノ曲集『子供の情景』の第7曲の楽曲で『夢』、『夢想』を意味するそうです。

音楽については全く持って詳しく無いですが、『トロイメライ』という響きが離れなくて着けたくなりました。

また、トロイメライの元となった単語はドイツ語で夢をあらわす「トラウム」でギリシャ語でトラウマ。もともとは関係なかったみたいなんですが、フロイトという方が
「物理的な外傷同様、過去の強い心理的な傷が、その後も精神的後遺症をもたらす」として、"精神的外傷" の意味で、用いて定着していったらしいです。


間違いがあったらすいません。


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我が名はアールヴ

ふと、時系列的に『あれ、ヴァレッタちゃん死んでるじゃん』ということに気が付きました。

ごめんなさいヴァレッタちゃん。
君のイベントは、発生しないことになった。


ヘスティア様が神会に出れないのを忘れてました。なので、少し修正しました。ごめん、ヘスティア様


暖かな日差し、心地よい風、木の葉の影から漏れる木漏れ日にウトウトとしている昼下がり

 

 

「申し訳ございませんっ!!」

「・・・・ふぇ?」

 

 

少年の目の前で、土下座をする1人の妖精(エルフ)のお姉さんが・・・そこにはいた。

 

槍を引き抜き、神ヘルメスをフルスイングした後、アイズ・ヴァレンシュタインとじゃが丸君を食べ歩いている時に

 

 

「えっと、ティオナが君に渡したい物があるって言ってたんだけど・・・君、眠ってたから・・・今から、いい、かな?」

 

と言われ、何のことかと疑問に思ってみれば人造迷宮(クノッソス)で落としてしまった【星ノ刃(アストラルナイフ)】を回収してくれていたらしく、渡せずじまいでいたらしい。二つ返事でアイズに手を引かれ向かう先は【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館。お茶会をするためのテーブルが設置された庭に連れて行かれた。

 

 

『リヴェリア、ベル、連れて来た。ティオナ・・・いる?』

『ん?アイズ?ああ、いるが・・・まあ丁度今、【疾風】と【紅の正花】と茶を飲んでいたところだ構わないぞ』

『あらベル、どうしたの?』

『ベル?なぜ【剣姫】と手を繋いでいるのですか?』

『じゃあベル、ティオナ呼んで来るから・・・待ってて?』

 

少年からしてみれば、どうして姉2人がここにいるのかと疑問だったが姉2人からしてみれば『なぜアイズと手をつないで歩いている?』という疑問が大きかったらしい。

 

『ど、どうして2人はここに?』

『ただのお茶会よ?』

『ええ、リヴェリア様に誘われまして・・・ほら、ベルもこっちに』

『女装しているせいで、2人、姉妹みたいだったわ』

『うぐ・・・』

『お前たちは彼をどうしたいのだ・・・』

 

そうこうしてお茶会の席に同席させられ、お茶菓子を持ってきたクリーム色の髪の妖精(エルフ)、アリシア・フォレストライトが1人増えていることに首をかしげた。

 

『あ、あの・・・この子は?』

『私のベルよ?』

『私のベルです』

『はぁ・・・・ベル・クラネルだ。アリシア』

 

リューの横に座っている白髪の少女が、ベルだと言われ顔色を青くして妖精(エルフ)の矜持など捨て去りいきなり土下座を行ったのだ。リューとリヴェリア、アリーゼは目を見開いて固まり、ベルにいたっては眠さで状況を理解できていなかった。

 

 

「申し訳ございませんっ!!」

「・・・・ふぇ?」

「わ、私のせいで・・・貴方が庇護している異端児(ゼノス)を・・・ッ!」

 

 

聞けば人造迷宮(クノッソス)経由で迷宮に帰ろうとしている異端児(ゼノス)組、そして人造迷宮(クノッソス)に攻め込んでいた妖精(エルフ)組を合流させるように通路が開け放たれ、さらには闇派閥(イヴィルス)まで現れ三つ巴のような混戦状態になってしまったのだという。

フィンから『どうか彼等が敵か味方か、君たちの目で見極めて欲しい』と言われていた上に、誰一人として傷つけておらず、対話を望んでいた異端児(ゼノス)と戦闘を行うわけにもいかず複雑な気持ちになっているところに闇派閥(イヴィルス)と赤髪の女の出現。最終的には、赤髪の女に殺されそうになったアリシアを歌人鳥(セイレーン)のレイが庇ったのだという。

 

 

「わ、私が動きを止めてさえいなければ・・・」

「リューさん?」

「時間的に丁度、あなたが黒いミノタウロスと戦っている頃でしょうか・・・【勇者(ブレイバー)】と【重傑(エルガルム)】が来てくれたおかげで助かりました」

「・・・・つまり?」

「その後治療も行ったので、無事です。安心してください」

「えっと・・・アリシアさん、そういうことみたいなんで、大丈夫です、よ?」

「し、しかし・・・!」

「本当に、大丈夫ですからその・・・あんまり土下座しないほうが・・・」

 

 

ベルとしては、『オラリオでは土下座が流行っているんだろうか』という気持ちだったし異端児(ゼノス)云々については、無事にダンジョンに帰れたと聞いていたのだから何をどうするでもないのだ。というか、綺麗なお姉さんが額に土をつけている姿を見たくなかった。

 

 

「えっ・・・アリシ、ア?」

「えぇぇっ!? な、何してるの!?」

「ア、アリシアさん!?」

「何してるのよあんた・・・」

純潔の園(エルリーフ)・・・妖精(エルフ)の矜持を捨てたのか・・・」

 

そこで『何としても罰して欲しい』みたいな空気のアリシアの後ろに、ティオナ、ティオネとアイズ、レフィーヤ、そしてレフィーヤに呼ばれたフィルヴィスがやってくる。

 

 

「アリシア・・・・その、パンツ、見えそう」

 

そのアイズの言葉に、アリシアは飛び起き『すいません、それから彼女にありがとうと伝えてください』と言うと席についたのだった。アイズ達も席につくとティオナがゴトリ、と音を鳴らしてベルの前に布が巻かれた物を置いた。

 

 

「これ、君のでしょ?綺麗な刀身だから覚えてたんだよねー拾っといたよ」

 

 

巻かれていた布を外して現れるのは、鏡のような刀身、2つの刃を持つ【星ノ刃(アストラルナイフ)】だった。ベルは歓喜、ナイフに頬ずりをする始末。

 

 

「危ない!危ないからベル!」

「顔を怪我しますよ!?置いておきなさい!!」

「や、やめ、は、離してぇ!?」

「だいたいなんで落とすのよ!?」

「ぽろりがあったんだよ!?」

「不敬ですよ!?」

「アストレア様のぽろり!!」

「見たいかもしれないわ!?」

「アリーゼ!?」

 

 

【アストレア・ファミリア】は今日も平和だった。

 

 

 

「じゃあ、ナイフと槍は危ないので自分が預かっとくっすね・・・帰る頃に言ってくれれば自分門にいるっすから」

「アストレア様とアルテミス様に変なことしないでくださいね?」

「できるわけないっす!?」

「イシュタル様はどうでした?」

「いつぞやは・・・ありがとうっす・・・とても柔らかかったっす」

 

 

ベルから危険物(抜き身のナイフと槍)を受け取ったラウルは、女性陣に殺気をぶつけられながら、門番の職務へと戻りベルはまた暴れ出したりしないようにアリーゼに膝の上に座らせられ拘束。刃の暴風は去った。

 

 

 

「リヴェリア様、お見苦しいところを・・・」

「・・・気にするな」

「あの、ベル」

「なんですか、レフィーヤさん?」

「さっきから気になっていたんですけど・・・どうして女装をしていr」

「その質問は身を滅ぼしますよ」

「何故!?」

 

 

ベルが女装している理由を誰もが聞きたがっていたが、そのレフィーヤからの質問を一蹴。断固として答える気はないと宣言。

 

 

「僕は被害者なんですっ!」

「ひ、被害者?」

「アリーゼさん達に、辱められたんです!」

「は、辱め!?」

「ち、違うわよ!?」

「弄ばれましたっ!」

「そ、そんなに嫌だったの・・・?」

「ベル、アリーゼが泣きそうですよ・・・?」

「えと、その・・・もう少し、優しくしてほしいです・・・アリーゼさん」

「うん、うん、わかった。もう少し優しく押し倒すね?」

「アリーゼ?ちょっと頭を冷やしたほうがいいのでは?」

「リ、リオン!?怖い!顔が怖いわ!?」

 

 

【ロキ・ファミリア】の面子なぞ知らん顔とばかりに騒ぎ出す姉と弟が―――そこにいた。

片方は女装に対する不満を。

片方は今後の兎についての取り扱いを。

 

 

「―――コホン。少年、先日はロキが面倒を・・・いや、馬鹿をやらかしてすまなかったな」

「へ?」

「ロキが?何かあったんですか、ベル?」

「えっと・・・アイズさんに襲われました」

「え゛」

「ベ、ベル!?」

 

次に語られるのは、アイズとの一戦。それをけしかけたのがロキなのだが・・・

 

 

「襲われて、倒されました」

「た、たおされ・・・」

(けが)されました」

(けが)され・・・っ!?」

「泣かされました」

「ア、アイズさんはいつから肉食系女子に!?」

「ち、違うっ!?わ、私は、な、仲良くなろうと・・・っ!?」

 

 

ベルに悪気はないのだ。ありのままを語っただけで、それを勘違いさせやすい言い方をしてしまっているというだけで・・・つまり、そう、そこにいる誰もが!リヴェリア以外が!!

 

 

【金髪少女が白髪少女(男)を押し倒して嬲る絵面】

 

を思い浮かべていた。

 

それはもう、衣服さえボロボロに破られ、『ぐへへ』と金髪少女が少年を押さえつけて涙を浮かべているのもお構いなしに、涎を垂らしていた。

 

『ベル・・・』

『ア、アイズざぁん・・・』

『大丈夫、痛いのは最初だけ、らしいから・・・』

ビリッ

『ひぐっ、背中蹴られたとこ・・・十分痛いです・・・』

ビリビリッ

『ロキが、仲良くなるには、こうするのがいいって・・・』

『や、やぁ・・・!?』

 

 

そんな絵面である。

 

 

「いやいやいや・・・・春姫じゃないんだし」

「ええ・・・【剣姫】が?さすがに考えにくい」

「でも絵面としては・・・」

「ありね」「ありですね」

「ベ、ベル・・・酷い・・・これもロキのせいだ・・・!」

 

 

たった今、神会(デナトゥス)でリヴェリアの折檻によって生まれた小鹿のようにプルプル震えてお尻を押さえているロキに追加の制裁が加わる事が決まった瞬間である。

 

 

「でも仲直りしましたよ?」

「紛らわしい!!」

「さっきも僕がオラリオと戦っているところを見守ってもらってたんですよ」

「なぜオラリオを敵に回しているんですか!?」

「大地に突き刺さった槍を引き抜き!邪神ヘルメスを打ち倒したのです!」

「何故演劇風!?そしてヘルメス様が打ち倒された!?」

「そうして掴み取った勝利の暁に・・・アイズさんはじゃが丸君を授けてくれたんですよ」

 

 

「勝利の暁に得られるのが、『30ヴァリス』のじゃが丸君!?やっすい!?」

 

 

少年による勘違い劇場に山吹色妖精は大混乱。

アイズは何故か誇らしげに。

リヴェリアは頭痛が痛む頭を抑え。

少年はアリーゼの良くない教育の『ばちこーん☆』を。

アマゾネスの妹は腹を抱えていた。

哀れヘルメス。

彼が倒された際に得られる報酬はなんと、お値段30ヴァリスの『じゃが丸君』なのであった。

 

 

■ ■ ■

 

「じぃー・・・・」

「・・・な、何故私を見るんだ」

「んー・・・なんか、変わりました?」

「し、知らん・・・」

 

兎に見つめられる白巫女妖精。

 

「ベル、ダメよ。あんまり女の子をじろじろ見ちゃ」

「そうです。失礼ですよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 

でも何か気になるのか、机に手をつけ体を乗り出して手を伸ばす。

それをガシッとレフィーヤに掴まれる。

 

「レフィーヤさん?」

「なに女性の胸に真顔で手を伸ばそうとしてるんですか?」

「えっと・・・()()にあるから?」

「そこに胸があると触るんですか!?破廉恥兎!!」

「ち、ちがっ!?」

「ベル・クラネル・・・24階層でそうとう心を痛めてしまったのか?だとしたらすまない・・・」

「違うんですフィルヴィスさぁん!?」

 

 

ベルは気になって仕方がなかったのだ。

形容しがたい違和感が、以前とは何かが違う違和感をフィルヴィスから感じていたのを。

けれどそれをどう言葉にすればいいのか、ベルには分からなかった。

 

「うぅぅ・・・」

「ベル、ダメよ。そういうのは。触りたいなら私達だけにしなさいよ」

「そうじゃないんですぅ」

「謝罪をしてください、ベル・クラネル」

「うぐ・・・レフィーヤさん・・・」

 

『さぁ、フィルヴィスさんに謝罪を!!』と圧をかけられ、ベルはフィルヴィスに頭を下げる。

 

「ごめんなさい、フィルヴィスさん・・・」

「あ、ああ、気にしないでくれ・・・」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「そういえばベル・・・・」

「どうしたんですか、アイズさん?」

「あの時、黒いミノタウロスの腕を食い千切ってたけど・・・大丈夫?」

 

その発言に、リヴェリアは口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。

その心のうちはもちろん

 

『USOだろ?まさか、ザルドのスキルでも持っているのか!?』というものであった。

 

 

「大丈夫・・・とは?」

「えっと、お腹壊したりしてない?」

「はいっ、大丈夫ですよ?あ、でもアミッドさんに怒られました」

「何て、言ってたの?」

「【あなたの口の中に、ミノタウロスの肉が入っていたのですが一体どういうことか懇切丁寧にご説明をお願いいたします!!】って、すごい顔を近づけて。それで説明したら【兎は肉を生で食べる習性でもあるのですか!?】って」

 

治療を行っている際、口にミノタウロスの肉が残っていることに気付き掻き出したアミッド。

目覚めた際に問い詰められ雷を落とされた兎。

 

 

「少年、君は・・・ザルドのスキルを知っているのか?」

「叔父さんの?さぁ・・・『料理が美味しくなる』とかですか?」

「違う」

「じゃあ、筋肉がすごいことになr・・」

「違う・・・知らないならいい。」

「ベル、あんたダメよ。生で食べちゃ、お腹壊すわよ?」

「?」

 

 

イマイチ何を言われているのかわからないベルは、やがて、何かを思い出したように口を開いた。

 

 

「叔父さんが言ってました。」

「ほう・・・なんと?」

 

 

アリーゼとリューは嫌な予感がした。

絶対!碌な!ことを教えられていない!!と。

しかし、リヴェリアはそんなこと露知らず、母性に溢れる目でベルを見つめる。

 

 

「【"なま"はやめとけ。いろいろ大変なことになるからな】って!!」

「そうかそうか。」

「叔父さんも、僕の・・・お父さん?も"なま"で大変な事になったって」

「・・・・ん?」

「ファミリアが大変な事になったって」

「待ってベル。何かおかしいわ」

「叔父さんが1人で震えてたって」

「う、うーん?」

「リヴェリア様?大丈夫ですか?」

「・・・・・いや、すまない。他に何か2人から聞いたことはあるか?」

 

 

何かを察したのか凍りつくリヴェリアはそれでもベルが悪いわけではないのだから、話題をズラすべきだと判断。デキる女は掘り返すような野暮なことはしなかった。

ベルの言っている言葉の意味がわかってしまったのか、アリシアとレフィーヤ、フィルヴィスに関しては顔を真っ赤にしていたが。

 

 

「えっと・・・叔父さんが、【ロキ・ファミリア】のガレスさんのオデコには『牛肉』って書いてあるとか?」

 

 

その時、どこかからガレスの悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

「えっと・・・【美の女神はお前みたいなのをペロッと食べてしまうから、出会ったら引きずり回すつもりでいろ。なんならミノタウロスの糞でも投げてやれ】とか」

 

 

引きずり回された美の女神はとうに天に返されていた。

 

 

「あとは・・・えっと・・・そう!!」

 

 

少年は気になっていたのか、明るい顔になって止めの一撃を繰り出した。

 

 

「お義母さんが、珍しく笑顔で言ってたんです!!【ロキ・ファミリア】の地下には、伝説のシスター『プリティ・シスター・アールヴちゃん』がいるって!!」

 

 

リヴェリアが微笑を浮かべながら凍りついた。

アリシアとリューが震え、『お、お待ちくださいリヴェリア様!?あの子に悪気はないんです!!』とフォロー。

 

アリーゼとアマゾネス姉妹は腹を抱えていた。

そしてレフィーヤも何故か乗っかった。

 

 

「私、よくその方にお世話になってますよ?あ、でも、最近は・・・えっと・・・何でしたっけアイズさん?」

「えっと・・・確か【セイント☆シスター・アミーゴMark II】だったかな」

「そう!それです!!」

 

 

どこかで、アミッドが悪寒に震えて『ベルさんを呼び出すべきでしょうか・・・』と頭を撫でるモーションをしながら、呟いていた。

リヴェリアは現実逃避をし始めていた。

 

 

「叔父さんが、そのシスターは実は『ちぃママ』っていうのも兼任?してて、お酒を出してくれるって。」

「どこの酒場ですかそれは・・・【ロキ・ファミリア】は一体いつからそのようなことを・・・・リヴェリア様?どうされたんですか?」

「い、いや・・・なんでもない・・・なんでもないんだ・・・・」

「リヴェリア様、手が、手が震えております!?紅茶が、紅茶がぁ!?」

 

しかしそんな動揺する大人達のことなど露知らず、少年少女たちは盛り上がっていた。

 

 

「どんな方なんですか?お義母さんが笑顔になるくらいなんです、すごい人・・・もしかして神様とか?でも、【ロキ・ファミリア】にロキ様以外の神様が?今も現役ってことは、結構な古株なんでしょうか?」

 

「まず何故、ゼウスとヘラの両派閥がそんなことを知っているんですか、ベル?」

 

「んー、お爺ちゃんが会いに行ったとかなんとか?」

 

「何をしているんですかあの老神は」

 

「いやいやベル、さすがにシスター神様ではありませんよ。えっとですね・・・【きゃっぴるーん☆お待たせしちゃったぞぉー♪さぁ、○○番目の人、どうぞどうぞー!キャハッ☆】って感じです」

 

 

少年が、何かかわいそうなものを見る目で、山吹色妖精を見つめた。

 

「あ、私、この間『胸ってどうすれば大きくなるか?』って言ったらおまじないを教えてもらったよ?」

「胸の大きさ・・・?」

「えっとねー・・・1日3回南の空に向かって牛乳を飲みながら【いたりないたりなぷっかりぃ☆】って唱えるとすぐにバインバインのボインボインになるって」

「・・・・・」

 

 

『なってないじゃないですか』とはとても言えなかったが、視線に気付いたアマゾネスの妹は『いやー、アミーゴの教えてくれたおっぱい体操の方が効き目ありそうだったからぁ・・・あと胸を見るなぁ!』と言い放ち、すぐに顔を逸らした。

 

 

―――あれ、おかしい。お義母さんは『あれはすごいぞ・・・ふふっ』って言ってたのに。あの普段あんまり笑わないお義母さんを笑顔にすることができる手腕を持っている凄い人のはずなのに・・・なんだろう、これ。

 

 

「見てくださいアリーゼ、ベルの顔が引きつってます」

「ごめんリオン。私、ベルの話と反応でお腹が痛いわ」

 

 

まさかここに、ご本人がいるなどと、誰が知るだろうか。

アリーゼは自分の膝の上に座らせているベルを抱きしめながら涙を浮かべて笑いを堪えていた。

リヴェリアはただ一人、生きているならあの2人を『ウィン・フィンブルヴェドル』したい衝動に駆られた。

 

そこに、余計な横槍が入る。

 

 

 

「―――おや、ベルじゃないか。退院していたとは、おめでとう」

「あ、フィンさん」

「やけに賑やかだね。何の話をしていたんだい?」

「団長~。実は、例のシスターの話をしていたんですよ」

「へぇ~」

「お義母さんが笑顔になるくらいだから、すごい人だと思ったんですけど・・・違うんでしょうか?」

「ん?あぁ~・・・・いや、そんなことはないさ。すごいよ、彼女は」

「本当ですか!?」

「ああ、何せ僕達の団員が世話になっているくらいだ・・・レフィーヤなんて常連らしいじゃないか」

「変な喋り方なのは?」

「ンー・・・ファンシーさって必要だと思うんだ。ほら、堅苦しいと言いづらいだろう?」

「な、なるほど・・・」

「なんならこれから、行ってみるかい?」

「いいんですか!?」

 

 

フィンは面白そうなものを必死に隠しながら、ベルを地下の懺悔室に行くか誘い出した!

リヴェリアはいよいよ取り乱しそうになった!!

 

「・・・すまない皆、私は少し、席を外す」

 

 

それでも優しいみんなのママ!リヴェリアは涙を飲んだ!!

『純粋な少年の夢(?)を砕くわけにはいかない!!』と。

そそくさと立ち上がり、本拠の奥へと姿を隠してしまった。

 

 

「えっと、アリーゼさんは?」

「ん?いっておいで。待っててあげるから。二つ名も帰る頃には決まってるでしょうし」

「何だろうなぁ・・・」

「あ!きっとアレだよ!!『始原英雄(アルゴノゥト)』!!」

「許してくださぁい!」

「えぇ~かっこよかったのになぁ・・・私も『ふぁいあぼるとぉぉぉ』ってしたいなぁ」

「ふ、ふえぇぇ・・・」

 

 

純粋にベルの死闘を目を輝かせてティオナは『すごいね!』『かっこいいよ!』『今度、メレンに行こうよ!』などと言ってはベルは逃げ道を塞がれていった。

 

「あ、あ、アリーゼさん」

「ん?どうしたの?」

「えっと、アミッドさんが僕の魔法のこと知って・・・それで、『暇なときでいいから手伝いに来てほしい』って言ってて、行ってもいい?」

「別にいいけど・・・【ディアンケヒト・ファミリア】はアニマルセラピーでも始める気かしら?」

「アリーゼ、ベルはアニマルではありませんよ・・・」

「でも、抱き心地抜群でしょ?アストレア様もベルが帰ってきてから『久しぶりに安眠できたわ』って言ってたし」

「えと?」

「まあ、ベルの無理のない範囲で色々とやってみなさい」

「うん!じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 

 

フィンとシスターの話をしながら、ベルは地下の懺悔室に向かっていった。

途中、ガレスとベートに出会い4人で懺悔室に行った後・・・

 

ベートは「強さって・・・なんなんだろうな・・・」

ガレスは「強さとは・・・なんなんじゃろうな・・」

フィンは「すぅーーはぁ・・・強さとは・・・なんなんだろうね?」

 

 

ベルはただただ3人が飲み屋ノリを始めたことに困惑。

なんならツマミと酒を注文しはじめた。

 

やがて困惑する兎を置いてけぼりにして盛り上がった3人に耐えかねたのか魔力が迸り始め

 

 

「―――【我が名はアールヴ】!!」

「「「ああああああああああああああっ!?」」」

「・・・・・きゅう」

 

 

お茶会をしていたアリーゼ達にも、4人の悲鳴が聞こえリヴェリアにおぶられて気絶したベルが運ばれてくるのだった。

 

 

 

■ ■ ■

 

後日。

【ディアンケヒト・ファミリア】でアミッドの手伝いをしているベルが

 

 

「アミッドさん」

「どうしました、ベルさん?」

「強さって・・・なんなんですか?」

「・・・・」

 

 

アミッドを絶句させて『すべて、忘れなさい』と仮眠室に引きずられていくのだった。



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アリュード・マクシミリアンの事件簿
飼兎


「ランクアップおめでとうございます、ベルさんっ!」

「ありがとうございます・・・シルさん?」

 

 

それは、神会から数日後のこと、迷宮(ダンジョン)に行かない期間、【ディアンケヒト・ファミリア】でベルがアミッドの手伝いをするようになってから

 

『たまには昼食にでも行きませんか?』

『いいですけど・・・どこに行くんです?』

『そうですね・・・薬膳・・・はベルさんの口に合わなさそうですし・・・』

『あれ、僕今、子ども扱いされました?』

『・・・・気のせいです』

『ぼ、僕もう大人なんですよ!』

『・・・・・・そうですね』

『僕の下半身に視線を移して言わないでくださいっ!!』

 

 

そんなやり取りがあった後に『アイズさん達がよく豊穣の女主人に行くと聞きました。行ってみましょう』という結論に至り、ベルとアミッド・・・そして、偶々鉢合わせしたアイズとは今、【豊穣の女主人】に来ていた。来て早々、ベルを見つけたシルが満開の花の如く笑顔になってベルの腕を取り、『英雄(アルゴノゥト)様、お席へご案内でーす!』と言い放ち、席に連行していった。

 

 

「シ、シルさん・・・・?」

「何ですか?ベルさん?」

「え、英雄って言うの、やめて欲しいんですけど・・・」

「大勢の方が見ている中で、あんなすごいことして・・・ですか?」

「い、いやなんです!お願いですからっ!!『アルゴノゥト』って言われたくないんです!」

「えぇー・・・格好いいのに・・・それに、美人な女の子を侍らせて・・・両手に花ですね、ベルさん?」

「怖い、顔が怖いですシルさん!!」

 

 

聞けばどうやら、街娘(シル)もあの人ごみの中で全部見ていたらしくその日の晩は興奮のあまり眠れなかったらしい。

 

 

「ベル・・・シルさんと知り合いだったの?」

「ふぇ・・・?えっと、リューさんとたまに来ますよ?」

 

「聞いてくださいアイズさん、ベルさんったら全然会いに来てくれないんですよ?月が綺麗な夜にベッドの上で『僕は必ず、貴方の元に帰ります・・・だから待っていてください、英雄の凱旋を!!』って格好いいこと言っていたのに・・・」

 

「言ってない!一言もそんなこと言ってません!!」

「ベルさん・・・そうやって年上の女性を口説いているのですか?」

「何で信じてるんですかアミッドさん!?」

「ベルは・・・不良・・・?」

「ちーがーいーまーすー!あと、シルさん抱きつくのやめてくださいっ!」

「ダメですか?」

「だ、ダメです!アリーゼさんに怒られます!」

「今、いませんよ?だからいいじゃないですか」

「えっと・・・なら、いいのかな・・・」

 

 

同伴者2名は『この兎、チョロすぎ』となんとも言えない目でイチャつかれる兎を見つめていたが、やがて痺れを切らしたドワーフの店主の鉄拳によってシルは仕事に戻っていった。

 

 

「うぅぅ・・・やっぱりシルさんはアリーゼさんが言ってた通り『こわい女』の人なんだ・・・」

「ベルもベルだと思う・・・よ?」

「ベルさん、貴方は『魅了』系のスキルや発展アビリティをお持ちなのですか?」

「僕のステイタスを知っているアミッドさんが何を言ってるんですか?」

「アミッド・・・ベルのステイタス、知ってる・・・の?」

「ええ、まあ・・・主治医?みたいなものと言いますか、ベルさんが『あ、どうぞ』と普通に渡してくるので」

「ベル・・・『個人情報』って知ってる?」

 

 

そこから数分間、アイズと・・・否、主にアミッドによる『こじんじょうほう』についてくどくど・・・くどくど・・・と語られたことで、ションボリと机に顎を置いてしまう兎が出来上がっていた。

 

 

「すいませんごめんなさい許してください・・・」

「アミッド・・・その辺に・・・」

「・・・そうでした、すいませんベルさん。」

「おはようございますこんにちわさようならおやすみなさい」

「ベ、ベル?ほ、ほら、スパゲティ・・来た、よ?」

「ええ、食べましょう・・・というか、多くありませんかこれ」

「これが、300ヴァリスの味・・・むぐむぐ」

「ベルさん、ちゃんと座りなさい。顎を机に置いたまま器用に兎のように食べないでください本当に飼兎(ペット)と言われてしまいますよ」

「あい・まむ」

「『まむ』じゃありません」

 

 

聖女によって躾けられるように注意される白兎。早くも店内では『おいおいおい、最近聖女様が飼兎(ペット)を飼い始めたって聞いたけど本当かよ』『くそ、俺もああなりてぇ・・・!』『来世のオレ、嫌、今のオレ!!全遺伝子達よ唸れ!!願わくばショタに!!』などという声がチラホラと聞こえ、女性陣からは『あの飼兎(ペット)ってどこに売ってるの?』『迷宮(ダンジョン)で生まれるのかしら』『あれでしょ、無害な一角兎(アルミラージ)の一種でしょ?』『無害じゃないわよ、私見たんだから、神会の日、ヘルメス様を吹き飛ばしているところ』という声がチラホラと。この日の豊穣の女主人はいつものように繁盛していた。

 

 

「・・・僕、実は迷宮(ダンジョン)で生まれたんでしょうか。だとしたら一体何階層で・・・」

「だとしたらアストレア様は『ダンジョンに入ってはいけない』というルールを破って貴方を拾いに行った・・・ということになりますが」

「アストレア様は『おてんば』って聞いたこと、あるよ?」

「僕の胸の中に、魔石があったりするのかなぁ・・・」

「あとで調べましょうか?まぁ、ありませんが」

「はい、お願いします・・・え、ないんですか?あるんですか?」

「ご安心を、貴方はちゃんと人間です」

 

 

チラホラと聞こえてくる声を何故か割りとガチで胸の辺りを触りながら信じている少年を、聖女が強引に話題を変える。

 

「そ、そうですベルさん、新しい二つ名はアストレア様が直々につけて頂いたとお聞きしましたよ?」

「よかった、ね?」

「【夢想兎(トロイメライ)】・・・良い響きではないですか」

「はい、『アルゴノゥト』じゃなくて良かったです」

「噂では神会の前日にヘスティア様と二つ名について相談していたとか・・・」

「へぇ・・・僕もこの響き、好きですよ」

「ちゃんとお礼、した?」

「はい!『疲れたから膝枕をしてちょうだい』って言われたので、してあげました!頭を撫でてあげたら顔を赤くしてましたよ?」

「それは・・・まぁ、仲の良いことで」

 

『女神アストレアが膝枕をされる・・・だと!?』『俺だってされたことないのに・・・!』『どうやったら女神とお近づきになれるんだ・・・』『あの子に膝枕されるにはいくら払えばいいのかしら・・・』と嘆く男性陣と女性陣の声が聞こえた気がしたが、知らない知らない。話題はさらに変わる。

 

 

「あのアミッドさん、最近治療院の受付でやたら僕の頭を触ってからお金を置いていくのは何なんですか?」

「・・・・・・気のせいです」

「いやいや、僕、両手で『お触り500ヴァリス。ハグ8,700ヴァリス』って立て札持たされてるんですから。」

「えっと、ポーションが500ヴァリスでマジックポーションが8,700ヴァリスだっけ?」

「・・・・給金は団員よりもお高めにしています。」

「主犯は?」

「・・・ディアンケヒト様です」

「・・・・有罪(ギルティ)

「申し訳ありません・・・!いえ、アストレア様も知っているようでしたし『交渉済みだ!!』と言っておられましたので・・・」

「いや、アストレア様も混じってお金置いていってましたよ、律儀に。」

「ちなみにアミッド、ベルの報酬は?」

「それで得た金額の8割を。ごねるディアンケヒト様に『でなければさせません』と言ってやりまして・・・とは言っても、まだ2日ほどしか来ていただいていませんが」

 

 

『もちろん、それとは別で手伝って頂いた報酬はちゃんと用意します』とアミッドは頭を抱えてアイズに答えた。アイズがベルに『それでいいの?』と聞くも『いいんじゃないですか?』と意外にも軽かった。

 

 

「ベル、もしかして・・・その・・・」

「はい、ベルさんは『お金』にあまり興味がないようです。さすが元【アポロン・ファミリア】の本拠を、ヘスティア様にぽんっと差し上げられる人です」

 

「えへへ」

「褒めていませんよ」

「はい、スイマセン」

「ベルって・・・アミッドと仲、いいね?好き、なの?」

「・・・?好きですよ、えっと体を触られるくらいには」

「触診です!!勘違いを誘発させる発言をおやめなさい!!あと、普通に『好き』と言わない!」

「言わずに気が付いたらいなくなってたら嫌じゃないですか」

「・・・・すいません」

「いえ・・・」

 

 

変な空気で盛り上がるも、その空気はベルの『いなくなったら嫌』発言で急降下。御通夜ムードである。静かにパスタをフォークでクルクルと巻いては頬張り、いつの間にか増えていた『から揚げ』やら『サラダ』やらをパクパク、モシャモシャと無言で食べる3人がそこにはいた。そんなとき、その3人の微妙な空気から脱却すべく兎に餌付けを始めた光景を引き裂く声が店内に響いた。

 

 

「―――じゃあ何かい、アンナを売ったっていうのかい!?」

 

 

賑わう店内で唐突に静穏は破られた。

店内の客や店員達が振り向いた先には、2人がけの卓で向き合うヒューマンの男女がいた。

 

 

「売ったんじゃねぇ・・・取られたんだ」

「同じことじゃないか!! このっ、駄目男! だから賭博なんて止めろっていつも言っていたのに・・・!」

 

亜麻色の髪を結んだ姥桜(うばざくら)の女性が、一方的に大声を振り上げている。

無精髭を生やした対面の男は椅子に背を預け、返す声に覇気もなく項垂れていた。

 

 

「ほらベルさん、貴方は血が足りていないんですから・・・お肉も食べてください。あーん」

「あーん・・・ミアさんの料理、美味しいですね」

「ベルとアミッドは・・・その、付き合っているの?」

「「いや、別に」」

「・・・ずるい。ベル、口、あけて。私も、やる」

「へ・・・むぐぅ!?」

「ア、アイズさん!?入れすぎです!大きすぎです!ベルさんの口が裂けてしまいます!?」

「Lv.4なら・・・いける!」

 

 

そんな夫婦の会話など耳に入っていないのか3人は相変わらず、昼食を頬張りつづける。

やがて聞こえてくるのは女性の泣き声。

そこでようやく『揉め事でしょうか・・・?』とアミッドが反応し、振り向いてみれば女性が顔を両手で覆い、おいおいと泣いていた。

せっせと動き回っていた店員や料理長が厨房から声を出す程度には、その泣き声は大きくなっていきただならぬ雰囲気が漂いシル達も足を止めて顔を見合わせていた。

 

それまで首を垂らしていた中年の男は、自分達を窺う視線に気付いたのか目を吊り上げ、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 

 

「なに見てやがる! 見世物じゃねえぞっ、てめえ等は不味い飯でも食ってろ!!」

「ちょっと、止めなよ!」

 

逆上する男は女性の制止も聞かず、テーブルの上に置かれていたグラスを鷲掴み、周囲に水をばら撒いた。

 

その水がアミッドにかかり衣服の中にでも入ったのか『ひやぁん!?』と変な悲鳴を上げ、ベルが食べていた料理を濡らしそれにショックを受け、アイズが器用にコップで受け止め、客たちの悲鳴が上がる中、

 

 

「―――【困りますお客様(ゴスペル)】」

 

 

 

ゴーン。

 

という鐘の音と共に中年の男は店の外、絶叫を上げる前にメインストリートへ吹き飛ばされた。

突如通りの真ん中に吹き飛んできた男に、馬が嘶きを上げ、馬車が急停止する。

周囲の雑踏も一度はぎょっとしたが、男の飛んできた店が【豊穣の女主人】だとわかると、何事もなかったかのように彼を避けて歩みを再開させた。

 

 

「や・・・やったニャー!少年!!人様んちの食べ物や水を粗末にする不届き者を成敗したニャー!!ああいうヤツは神様に呪われて地獄に落ちればいいニャ!お礼にミャーがオミャーの尻を揉んでやるニャー!」

 

「よくやったよ、少年・・・まあ掃除するの私達なんだけどさ」

 

「褒めてやるニャ、白髪頭。ナイスニャ」

 

「ミアお母さん、いいんですか?」

 

 

中年の男を殴り飛ばそうとしていたミアの前に、ベルがやっちゃったため、ミアは固まっていたがシルによって再起動。溜息をついて

 

「濡れた分はマケといてやるよ」

 

と言って立ち去っていった。

けれど、お説教をする2人の姉がいた。

 

 

「ベルさん」

「ベル」

「?―――ひっ!?」

 

ゴゴゴゴ・・・・っと音が鳴ってそうな2人の雰囲気に、兎は悲鳴を上げる。

 

 

「街中で、魔法は使っちゃ駄目!」

「街中で魔法を使ってはいけないと言われているでしょう!?」

「ご、ごめんなさあああああい!?」

「殺して、ない、よね!?」

「ちゃんと、ちゃんと加減してます!!前より扱いやすくなったんですから!軽く小突いたレベルですよ!!」

「リヴェリアの拳骨とどっちが痛い?」

「リ、リヴェリアさんです」

「・・・・なら、大丈夫」

 



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アンナ・クレーズ

アエデス・ウェスタ1部クリアしました。


それで思ったのが、この話のベル君がオリンピアに入ったらその時点で『気分悪くなるんじゃね?』です。


「―――【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ。】【聖火の天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】」

 

 

暖かな聖火が、店内に運び込まれた中年の男の胸に灯る。

その魔法の効果は、『一定範囲内における自身もしくは味方1人の全能力、生命力を上昇させる。』というもの。

 

「あ・・・あったけぇ・・・・」

「ベルさん、何故、その魔法を?【乙女ノ揺籠】ではいけなかったのですか?」

「それだと、この店内が効果範囲内になっちゃって変に目立ちますよ・・・あとはその、えっと『生命力を上昇』ならと思って」

「ふむ・・・なるほど。確かに、癒しの効果はあるようです。対象人数は1人・・・でしたか。効果量は?」

「少なくとも、ポーションより下です。」

「自己治癒能力を促進させている・・・ということでしょうか。たしか、『聖火巡礼』の効果も含まれるのですよね?」

「複合起動なので、恐らくは」

 

 

安らかな顔で眠っている?中年の男を眺めながら、魔法の効果を検証、考察する聖女様。

同じく聖女と効果について話をしている少年と目を見開いて『ベルの魔法が、増えてる・・・・?』と固まっている金髪少女。

3人は夫婦が利用した席に椅子を持ってきて座っていると、やがて中年の男は目覚め、ゆっくりと立ち上がり何だかどこか清々しいような顔になって席に着いた。

 

 

数瞬の沈黙の後、少年と中年の男が口を開いた。

 

 

「ごめんなさい」

「すまねぇ・・・!」

 

 

店員からタオルを渡されたアミッドは自分の濡れている部分を拭き取り、アイズはせっせとボードに何かを書いて紐を通し、ベルの首にぶら下げた。

 

「・・・アイズ、さん?」

「えと、反省?」

「・・・ぁい」

「あんたは何、清々しい顔をしているんだい!もう一度吹き飛ばされた方がいいんじゃないのかい!?」

「いてぇ!?や、やめろって!!」

「ぷふっ・・・ベルさん、似合っていますよ?」

「うぐぅ・・・」

 

ベルの首には、『私は一般人を吹き飛ばしました』と『兎が人を蹴り飛ばす』絵が書かれたボードがかけられていた。

 

 

「お体は大丈夫でしょうか?」

「あ、あぁ・・・痛くもなんともねぇよ・・・気が付いたら外にいて、目が覚めたら何か胸が暖かくなってたんだからな。小さい頃のアンナが川の向こうで『私大きくなったらお父さんと結婚する!』って言っている姿が見えたくらいだ」

「あの子はまだ生きているよ!?」

 

男の余計な発言に、今度は婦人がドゴォ!と拳を叩き込んだ。

 

「ベルさん?本当に加減しましたか?」

「し、しましたよ!?本当です!!たぶん、ここの店員さんがやるのとそんなに変わらないっていうか、もっと弱いくらいです!!」

「・・・・はぁ、わかりました。信用しますよ?」

「ほっ・・・」

「コホン。えっと、ヒューイさん・・・でしたね?もしこの後、ご帰宅された時にもお体に異変や違和感があればすぐに【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院へお越しください。診察料、場合によっては治療費は免除いたしますので」

「まじか・・・・」

 

 

 

そうしてはじまるのは、婦人が泣き喚くに至った経緯の説明について。

やはり2人は夫婦で、魔石製品製造業と商店の手伝いで日々生計を立てているとのことだ。今日まで都市の西地区に住んでいたそうなのだが、夫であるヒューイの賭博癖が、事件を招いてしまったらしい。

 

 

「仕方なかったんだ・・・あの時はどうしようもなかった。じゃなきゃ、俺だって好き好んで娘を賭けるもんか・・・」

 

言葉通りらしい。

何と彼は、妻であるカレンとの間にもうけた1人娘を賭金にして賭博に臨み、負けてしまったというのである。これにはアミッドは無表情なのに非難と軽蔑の眼差しを薄っすらと浮かべ『もう一度吹き飛ばされるべきでは?』なんてボソリと呟き、アイズは涙を堪えている妻の肩に気遣わしげに手を添える。店内で仕事を続けながら聞き耳を立てていたアーニャ達もまた、呆れた顔を浮かべた。ベルはというと、『これ、僕、悪くなくないですか?』とアミッドに耳打ちして『お黙りなさい』と注意される。

 

 

「何が仕方ないもんかっ。もとはと言えばあんたが火遊びしていたのがいけないんじゃないか!」

「そ、それは・・・でもっ連中、最初は遊びだって言ってて、俺が負け続けたらいきなり雰囲気を変えやがったんだ!このまま負けた額を払えないようなら・・・家まで押しかけてくるって言ってて、取り返しのつかないことになってて・・・」

 

涙目で睨んでくるカレンを前に、ヒューイの言葉尻が見る見るうちにすぼんでいく。

聞くところによると彼は最後の勝負でも大負けしてしまい、娘どころか家まで失ってしまったらしい。今朝方、ならず者達に娘を奪われ、住居から追い出されたカレンは放心し、ひとまず落ち着ける場所として『豊穣の女主人』に移動したとのことだ。そしてヒューイから事情を聞きだしたところで、口論に陥ったというのがことの顛末。

 

相手に嵌められ、青ざめるほどの酒の酔いが醒めるころには後の祭りであったと語る中年のヒューマンに、アミッドは尋ねる。

 

 

「賭博をしていたお相手は、もしかして冒険者でしょうか?」

「・・・ああ、【ファミリア】がばらばらの、チンピラの集まりだった。すげえ剣幕で脅されて・・・『お前の自慢の娘なら、ひとまず賭金に代えてチャンスをくれてやる』って・・・」

 

その言葉を聞いて、わっっ、とカレンはテーブルに伏せて泣き出した。

もしここに山吹色の妖精がいたなら、『この恥知らず!!』などありとあらゆる罵詈雑言を投げつけそうだとベルは思ったが、それを言えば何をされるかわかったもんじゃないので黙っておく事にした。

 

しかしアミッドは言った。

 

「駄目亭主ですね。どんな薬なら治るのでしょうか?」

「お嬢ちゃん!さっきの魔法で吹き飛ばしてこの駄目男を何とかしておくれ!」

「・・・・んな無茶なぁ」

「ああ、『叩けば治る』という言葉を聞いたことがありますね」

「・・・んな無茶なぁ」

 

ベルは泣きそうになった。

もう帰って女神の膝に飛び込みたいし、狐人の尻尾に癒されたい気分だった。

でも、聞いておくべきことがある気がした。

 

 

「えっと、そのアンナさんのことを、聞かせてもらえませんか?」

 

その問いかけに、伏せていたカレンとうつむいていたヒューイは顔を上げ、互いに視線を交わしぽつぽつと答え始める。

 

・曰く、ヒューイにはもったいないくらいの自慢の娘。

・カレンに似て綺麗で、気立てがよく、少し内気だがとてもいい娘。

・西地区の間では評判が良く、男神達に求婚されるほど。

・仕事の関係で、人目につく程度には街を出歩いていた。

 

 

「・・・・・」

「・・・あんな可愛い娘、きっと今に歓楽街に売られちゃう。あぁ、あの娘が何をしたっていうんだ!」

「ギルドか、【ガネーシャ・ファミリア】に助けを求めてみたらどうでしょうか?」

「無駄だよ。これに似たような届け出は、都市には毎日のように溢れているさ。今すぐに取り合ってもらえっこないよ」

 

都市の管理機関、更にそれと連携する『オラリオの憲兵』とも名高い【ファミリア】の名をアミッドが持ち出すが、カレンは頭を振って否定した。非公式の冒険者依頼(クエスト)を依頼しようにも、報酬に見合う金品も準備できないと悲嘆に暮れる。

 

 

「・・・・・ベル?」

「この馬鹿男が!変なプライドなんて持たずに【アストレア・ファミリア】に行っていれば!!娘が連れて行かれずにすんだかもしれないのに!!」

「おい、やめろよ、悪かったって・・・」

「・・・・」

「事実だろう!?アストレア様なら、きっとこんな私達にも手を差し伸べてくれた筈さ!そのチャンスさえあんたは捨てたんだ!!」

 

とある女神の名前を口にしたカレンは、泣き崩れてしまいヒューイも視線を遠ざけ、黙りこくった。

けれど、少年は閉じていた口を開いた。

 

 

「・・・・今日は、どこに泊まるつもりなんですか?」

「・・・・え?」

「行くところがないなら、ここに行ってください。」

「・・・ここは?」

 

それは、【南西】第6区画。元【アポロン・ファミリア】の本拠があった場所を示す手書きの地図とベルの字で書かれた手紙。

 

 

「孤児院ですけど・・・あの館は広いですし、その手紙を渡せばそこにいる女神様は溜息をついて受け入れてくれるはずです。」

 

手紙の内容はありのままの出来事と

 

『数日でいいので、滞在させてあげてください』を。

それを見て、ポカン、とする2人に微笑みながらベルは口を開いた。

 

 

 

 

「【アストレア・ファミリア】なら、ここに1人、いますよ?」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――ということがあったんですっ」

「ほー・・・で、お前がそれをやんのかよ」

 

ガチャガチャと工具で武器、防具、あらゆる道具を弄り回すライラとベル。

帰還したところ、春姫、女神アストレア以外には非番のライラしかおらず、昼間の出来事を報告していた。

 

 

「アリーゼさんが、『自分に素直になりなさい』って」

「んまぁ、別にお前は表立って私等と一緒に活動しているわけじゃねえけどよ・・・アストレア様は?」

「『やってみなさい』って」

 

ガチャガチャと音を立てて、ベルもライラの手伝いをする。

ライラの手元には、神会の日にアスフィから貰った小さな『透明な魔石』があり、それを工具で穴を開けていた。

 

「団長は?」

「内緒」

「はぁ・・・で、その格好かよ・・・・ぷふっ」

 

 

ベルは・・・漆黒のドレスを着せられていた。とても不満そうに。

それを面白そうに、指を指して笑うライラ。

 

「酷くないですか、ライラ先生!?」

「いや、笑うしかねえだろwwww似合ってるぜぇww兎ぃwww」

 

ゲラゲラゲラ、ゲラゲラゲラ、ゲラゲラゲラ。

ライラは笑うのを止めない。止められなかった。

なぜなら、ベルのその格好は

 

 

「ちっちぇアルフィアじゃねえかwwww」

「うがああああああああああっ!?」

 

 

アリーゼが着せようとしていたアルフィアが着ていたものと似たようなデザインのドレスだった。

女神アストレアによって『潜入?なら・・・変装よね』と言われるがまま着せられ、髪型まで弄られていた。

 

「目まで閉じちまってwww」

「そ、それより!どうなんですか、それ!」

「ああ、はいはい落ち着けって。愛しの女神様に贈り物とはちっとは大人になったのかねぇ・・・お前が帰ってくる頃には終わるだろうぜ?穴を開けて紐を通せばいいんだろ?」

「そう、そうです!『お守り』だってアスフィさんが!」

「ほら、さっさと行かねぇと時間が勿体ねえぜ?金は持ったな?」

「はい、50万ヴァリス!」

 

ベルは漆黒のドレス姿から漆黒のフード付きのロングコートを上から羽織って、けれどからかうライラにぴょんぴょんと跳ねて抗議するも時間が勿体無いと言われて急いで出て行ってしまうのだった。遅れてライラの元に水の入った桶を持った春姫がやってくる。

 

 

「あの、ライラ様?ベル様、とても似合っておられましたが・・・あのお姿、ご存知なのですか?」

「あん?ああ、アレか?ありゃぁ、兎の義母の格好だよ。泣いてたくせにアストレア様の部屋に飾ってたんだぜ?何だかんだ嬉しかったんだろうよ」

「は、はぁ・・。どのようなお方だったのですか?」

「あー・・・どこまで話していいんだろうな。まあ、あれだ、簡単に言えば『最強の魔術師』じゃねえかなぁ・・・怪物だったぜあいつの義母は。何度殺されかけたことか」

 

 

『もう二度とあんな化物と戦いたくねぇ』と遠い目をしてライラは春姫に言うも春姫にはいまいち伝わっていたなかった。

 

・曰く、魔法を無効化する化物

・曰く、手刀でも強い怪物

・曰く、才能に愛された女

・曰く、超長文詠唱を並行詠唱が可能で歌い始めたら止めることはほぼ不可能。

・曰く、クソチート

 

 

「そ、そんなにですか・・・」

「ああ、そんなにだ。アルフィアを倒すのにアルフィアの魔法を利用するくらいだった」

「ベル様とではどちらが?」

「天の地ほど差があるだろ。アルフィアが他人の技を『再現』するなら、兎は『真似』でしかねぇ。ランクアップして魔法がちっと変化が起きてオリジナル(アルフィア)と同等にはなったっぽいけどな。それでも差がある」

「ベル様はそれに追いつけるのですか?」

 

 

その質問に、ライラは即答した。

 

「あー、無理だな」

「そ、それは・・・何故?」

「そりゃあ当然だろ。だって、兎は『アルフィアの本気を知らない』んだからよ」

 

 

それは事実。

ベルは知らない。

『ザルドの冒険』を。

ベルは知らない。知っているのは加減された【サタナス・ヴェーリオン】だけ。

だから知らない。

『アルフィアの本気』と『アルフィアの冒険』を。

 

故に、その憧憬に追いつくことはない。

 

 

「そ、そんなお方の格好で出て行かれて大丈夫なのですか・・・?」

「まぁ・・・問題ないだろ。もし勘付かれても『うわっ、悪夢だっ!?』ぐらいじゃねえか?」

「そ、そうでございますか・・・。と、ところで」

「あん?」

 

 

作業しながら春姫の質問に次々答えるライラに、春姫はおずおずとさらに質問を重ねる。

 

 

「ベル様はその・・・賭博といいますか、賭け事は得意なのですか?」

「おいおい、野暮なこと聞くなよ。あいつは下手くそだが、あたしが散々、泣かせてきたんだぜ?」

「え?な、泣かせ?」

 

 

ライラから語られるはオラリオに来る前のこと。会うたびにトランプを使った遊びをしていて、そして決まってライラによって泣かされていた。

 

『ライラ先生、それはない!絶対にない!ズルです!イカサマです!』

『へっ、何のことかわからねぇな。見抜けなかったお前が悪いぜ』

『大人気ない!』

『だったらやり返してみろよ~』

『リューさん!【ルミノス・ウィンド】!』

『おいっ、馬鹿!やめろ!おいリオン!!ガチで詠唱始めようとしてんじゃねぇ!!』

『小賢しい小人族(パルゥム)め!』

『言いやがったな、この兎!!手加減してやらねぇぞ!?』

 

気が付けば、いつのまにかライラだけは『姉』ではなく『先生』になっていた。

嘘の見抜き方や、いつしか賭博の必勝法にイカサマまで、泣かされながら覚えこませられた。

強請りに基づいた交渉術に恫喝のお手本については、やろうとしてリューにガチで止められた。

 

『ライラ、さすがにベルにそれを教えるのは止めてもらいたい』

『・・・いや、覚えて損はねえだろ』

『止めてもらいたい』

『他になんか言えよ!?』

 

ライラ曰く、『ド屑どもを取り締まるなら、相手の思考や手札がわかっとかないとしょうがねーだろ』『綺麗事だけじゃあ正義の味方なんてやっていけないぜ~』ということらしいが。

その言葉に、春姫は何ともいえない表情になった。

 

 

「大人げなさすぎるのでは・・・」

「お前も覚えてみるか?寝技だけじゃやっていけないぜ?」

「い、いえ・・・私はあまりそのようなことは・・・」

「つまんねぇなぁ・・・。まぁ、お前が心配するようなことはねえよ?スキルのせいで嘘とかも見抜けるというか、なーんか、わかるっぽいしな」

「は、はい!それは、聞きました!」

「あ?なんて言われたんだ?」

「えっとですね・・・『春姫さん、今日は胸の鼓動が早いですね。それに、体をこすり付けてきて・・・発情してます?』と」

「お前なぁ・・・」

 

 

ライラは頭を抱えた。

こいつ本当に、面倒くせぇ・・・と思って、話題を変えた。

 

「あー春姫よ、ちょっと【ヘルメス・ファミリア】に言って【万能者(ペルセウス)】に『アンナ・クレーズの捜索』を依頼してきてくれ」

「それは構いませんが・・・受けてくれるのですか?」

「いや、アーディの件であの派閥は逆らえねえよ。同情はするけど」

 

 

どこかで橙黄色の髪の神が『あっちゃ~』なんて言っている気がしたが、知ったことでない。

 

「あ・・・ベル様、武器をお持ちではありませんでしたよ?大丈夫ですか?」

「あー・・・ただのナイフだけなら持たせてるぜ。あと、まぁ、【星ノ刃(アストラル・ナイフ)】は目立つしなぁ」

「た、確かに・・・とても綺麗でした」

「まぁ、手刀でも大丈夫だろ」

 

 

■ ■ ■

 

 

夜半。

頭上を見上げれば空は蒼く、月が巨大市壁に囲まれた都市を見下ろしている。

既に日付が変わった時間に、ベルは路地裏を一人で歩いていた。

 

 

―――聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)のお陰なのかな、暗いところで一人なのに前みたいに怖くない。完全に真っ暗ってわけじゃないからかもだけど。

 

 

フード付きのロングコートに、漆黒のドレス。ウェーブがかった白い長髪で酔い潰れて路上でいびきをかいているドワーフや獣人の横を通りすぎていく。店じまいが多いとはいえ、繁華街や歓楽街をはじめ、オラリオは深夜を回っても眠らない。こういった路地裏にも複数の酒場が魔石灯の光を漏らし、安酒を求める労働者や冒険者を招き入れては細々と営業を続けている。

 

フードを深く被ったベルが辿りついたのは、大通りの喧騒も届かない、路地裏の奥深くに存在する酒場の1つだった。

 

 

―――汚い。うるさい。

 

 

下に伸びる階段を下り、傷んでいる木の扉を開ける。

視界に広がるのは場末の酒場特有の光景だった。ゲラゲラと騒ぐやせ細った犬人(シアンスロープ)、周囲からのちょっかいを笑って払いのける淫らなアマゾネス、ばらばらの亜人が木卓に腰かけ、扉を寄せ合って胴間声を轟かせている。何かを焚いているのか、煙臭く、ベルは早くも【福音(ゴスペル)】したい衝動にかられた!!

 

 

―――いや、駄目駄目。アストレア様も言ってた『潜入でいきなり力づくは、負けを意味するの・・・』とか言ってたし。そんなことになったらライラ先生に『減点な。』と鼻で笑われる!!

 

 

そんなことは受け入れられないのだ!!

僕だってできるところを見せなくては・・・とフンス!とする。

 

この店に入り浸っているであろう男達は勝手知ったる様子で酒瓶をあおり、銘々の女を抱き寄せていた。

 

 

 

―――こ、これが・・・・『ゴロツキ達の棲家』・・・っ!!

 

 

 

少年は一人、路地裏で人知れず『冒険』をしていた。



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エルドラド・リゾート

「あぁん・・・?」

 

酒場にいる者達が一斉にやってくる中、ベルは堂々と店内を突っ切った。

胡乱な視線を集めながら、店の奥、金貨の山と何枚ものカードを広げたテーブル席――賭博を行っている男たちの前で、立止まった。

 

 

「見ねえ顔だが・・・こんな場所に何の用だい、お嬢ちゃん?」

 

口を開いたのは、腰に剣を差した大柄なヒューマンの男だった。

フードから覗くベルの相貌を見上げ、にやけた顔を浮かべてくる。彼を取り巻くのは冒険者と思しき亜人(デミ・ヒューマン)の男女。手下を従える目の前の男が、この酒場の頭であることに間違いない。

 

 

「アンナ・クレーズという名前に、心当たりは?」

 

 

ベルは『豊穣の女主人』で事情を聞いている際、ヒューイから賭博を行った場所を聞いていた。

最初は表通りの酒場で飲んでいたという彼は、負けが重なり取り返しがつかなくなった後に路地裏の酒場に連れ込まれたと言っていた。

 

 

―――それが、この店・・・だよね?

 

 

「・・・何だ、あの娘の知り合いか、ん?」

 

 

面白いものを見つけたように、男の笑みが深まる。

それに伴って、手下の冒険者が酒場の出入り口に陣取り、ベルの帰路を塞いだ。

 

 

「本当に上玉だったぜ、あの娘は。ただの街娘ってのが信じられないくらいに。あぁ、味見の1つくらいしておきたかったってもんだ、はははは!」

 

「彼女は今、どこに?」

 

「あ~そうだなぁ・・・ただっていうわけには、なぁ?」

 

今や酒場の者達は全員、ベルのことを見つめ、卑しい笑みを浮かべていた。

やがて、男は体を預けていた椅子の背もたれから身を乗り出す。

 

―――お義母さんの顔って、今でも知られてるのかな?アストレア様は『抑止力的にはいいんじゃないかしら?』とか言ってたけど、どういう意味だろ?

 

「お嬢ちゃん、カードはできるかい?」

 

そして、卓上の山札(デッキ)からカードを一枚めくって、告げた。

 

「ここに一人で来たってことは、ちょっとは腕に自信があるんだろ、ん?俺は暴力は好かねえ、だからちょっとした賭博(ゲーム)をやろうってわけだ。俺はお嬢ちゃんの欲しい情報を賭ける。嬢ちゃんは金か・・・何だったら、自分を賭金(チップ)にしてもいい」

 

「・・・・」

 

「あの時も、冴えねえ親父にこうやって勝負をして、()()()()()()()()()()()

 

男はベルが冒険者か、それに近しい腕の人物であると気付いているのだろう。予防線を引きつつ、同時に賭博という自分達の領域に引き込もうとしている。こちらを見てくる男と視線を交わしていたベルは、頷いた。

 

 

「わかりました」

 

金貨の詰った小袋を卓上に置き、男の対面の椅子に座る。

次の瞬間、どっと周囲の喧騒が膨れ上がった。

見ものとばかりに冒険者達が囃し立てる。

 

 

「ただし、ぼ・・・コホン。私が勝ったら全て話してもらいます」

「ああ、いいぜぇ。嬢ちゃんが勝ったら、な。ところで、何で目を瞑ってんだ?」

「生まれつき、良く見えないだけですよ」

 

何か違和感を感じながらも、あっという間にベルと男のテーブルを他の者が取り囲む。賭博(ゲーム)を見物するように、美しい少女を取り逃がさないように。人垣という名の檻を閉じ込められながら、ベルは泰然とゴロツキ達の頭目と対峙する。

 

 

「行う賭博(ゲーム)は?」

「ポーカーでどうだい?」

 

カードを混合(シャッフル)する男の提案を、ベルは異議を唱えることなく呑んだ。

一般的に、下界における種族共通の札遊戯(プレイング・カード)は『切札(トランプ)』のことを指す。

 

都合53枚。

闘争を表す剣、豊穣を表す果実、富を模する貨幣、祝福を象る聖杯、四組各13枚と道化師の札を加えたものが全容となる。起源は『古代』の時代から既に原型の遊戯が存在していたとも、降臨した神々が伝えたとも諸説ある。

 

ポーカーは切札(トランプ)の代表的な遊戯の1つだ。

切札(トランプ)からカードを受け取り、手役(ハンド)を作って役の強さを競い合う。

 

「嬢ちゃん、袋の中身は?」

「50万ヴァリス」

 

ベルの返答に、男は口笛を吹く。

そのままなれた手つきでカードを切り混ぜながら、目元に醜い皺を寄せた。

 

「先に言っておくが、もし金を失っても賭博(ゲーム)を続けたいんだったら・・・その時は、さっきも言ったとおり、体を張ってもらうぜ」

「・・・」

「俺は嬢ちゃんみたいな女を何人も歓楽街に売ってきた。おっと、変な勘繰りは止してくれよ?負けて金を払えなくなった以上、その体で何とかするしかないだろう?」

 

男の視線がベルの細い首筋、白い肌の上を這い回り、舌舐めずりをする。周囲からは下卑た笑声が上がり、ベルの耳を撫でていく。

 

 

―――これは脅し。動揺の誘発。ライラ先生が言ってた通り、ゲームが始まる前に心理戦は既に始まってる。アリーゼさん達もこういう目を向けられるのかな、いやだな、なんか。

 

もう『福音(ゴスペル)』しちゃおうか、気持ち悪いし・・・と思うも必死に我慢する少年。

ポーカーは作る手役(ハンド)以上に騙欺(ブラフ)が重要になってくる遊戯だ。

ただのハッタリが、相手を殺す武器になりうる。

ゴロツキ達の主は、顔に笑みを貼り付けながらカードを配り始めた。

 

 

「ふぅ――では私からも1つ、いいでしょうか?」

「へへっ、何だい?」

 

カードを配り終えようとする相手に対し、ベルはほんの少しだけ目を開いて男を見つめる。

 

 

「―――不正は許さない」

 

直後、ベルは腰からナイフを抜刀しゴロツキどもが視認できない速度で、刃をテーブルに振り下ろした。

 

「―――はっ?」

 

ドンッ!! という激しい音の後、酒場中が静まり返る。

指と指の間、皮一枚すれすれのところで卓に突き立つ刃に、目を丸くしていた男は、すぐにどっと汗を流し始めた。彼の腕が震え、手の平に忍ばせていたカードがこぼれ落ちる。

 

 

「一々やかましい雑音を掻き鳴らすな―――次は指を落とす。」

 

恐ろしいことを宣告し、ナイフを引き抜くベルに、男は青ざめた。

 

「まさか・・・賭博(ゲーム)を仕掛けておいて放棄して逃げるような無様を晒すとは思わないが・・・仮にも冒険者だ。加減はしないぞ」

 

先ほどとは別人のような圧に、周りの者達も一斉に息を呑み、動きを封じられた。

 

「気を付けた方がいい――冒険者相手なら、()()()()()()()()()()

 

これもまた、ハッタリ。

流石にこんな遊戯で手酷い手打ちを行うほど、ベルは凶暴でも残忍でもない。

ましてやこんなところで騒ぎを起こしたら、それこそお説教ものだ。

 

『おい兎、お前はリオンか? やりすぎちまうリオンなのか?え?』

 

―――でも先生は、こういうヤツにはとことん脅せって言ってたし、まだ大丈夫なはず。

 

おかげで効果は覿面(てきめん)。男も、ゴロツキ達も、それまでの余裕を失って冷や汗をかいている。

相手の平静は奪った。後は普通に遊戯に興ずればいい。

周囲の者に手札を見られぬよう、自分だけの手役(ハンド)を温めながら淡々と。

賭博(ギャンブル)の中で、一度視界を揺さぶられた人間が疑心暗鬼に囚われやすいことを、ベルは教え込まれていた。

 

『アルフィアが賭博する所とか見てみてぇわwww』なんて邪悪に笑うライラが心の中にいた気がしたがベルからしてみれば

 

―――怖がりすぎでしょ・・・いや、フードのお陰でまだ気付かれてない・・・はずだよね

 

というものだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「フルハウス」

「・・・・っ!?」

 

卓上で開かれるベルの手役(ハンド)に、目を見開く男は自分の手役を握りつぶした。

ベルの8連勝。一方的な展開に、今や酒場には沈黙の帷が落ちていた。

賭金代わりにしていた男の数十枚という金貨は既に底をつき、代わりにベルの横手には奪ったヴァリス金貨の山が築かれている。

 

「イ、イカサマだ!? そうに決まって・・!?」

「心外です。貴方が下りなければ勝てた勝負もあった筈でしょう」

 

喚いて椅子から立ち上がる男に、ベルは淡々と事実を告げる。

ベルは警告や威圧を別とすれば、騙欺(ブラフ)は苦手なほうだ。

ライラには『分かりやすすぎる』『下手すぎる』『手からこぼすな』『見え見えだ馬鹿』と散々言われる程度には。

 

ならどうするか――それはゲームに対し、当たり前の様に挑むだけ。

配られる手札を真摯に受け止め、真摯に手役(ハンド)を作り、勝負に挑む。

 

『お前は脅しをやった後は普通に遊んでリャいいんだよ。お前が目を閉じていりゃあ、あの時代を生きたヤツは嫌でも思い出す。それだけで下手なことできなくなっちまうだろうぜ』

 

 

―――ライラ先生の言っていた通り、これが・・・『顔パス』ッ!!

 

 

ぴくりとも動かない瞼を閉じたままのベルの表情を前に、大抵の相手は勘違いをする。

自分達の騙欺(ブラフ)にベルは全く持って相手にせず、更にベルが「上乗せ(レイズ)」と一言唱えれば、彼等はナイフを首もとに突き付けられたような表情を浮かべる。

 

―――リューさん曰く、賭博(ギャンブル)は冒険者の『技』と『駆け引き』に似てるって言ってたけど、どうなんだろ

 

 

 

―――これも発展アビリティのおかげなのかな

 

不正を見抜かれた一件から男はずっと動揺し続けていて、ベルはただただ遊んでいるだけだった。

 

「てめえ、何者だ・・・!?」

「名乗るほどの者ではありません。・・・ただ、手解きをしてくれた師がいるだけです。」

 

【アストレア・ファミリア】では、違法行為を行う賭博場に潜入捜査することもよくあったらしく時には一般人を苦しめる胴元を取り締まるため、ある時は敵対組織の幹部の情報を掴むため。ただの客を装うか、あるいは胴元の懐にもぐり込むには、標準以上の信用――『技』と『駆け引き』が必須だったらしい。あくどい笑みを浮かべる小人族(パルゥム)の話を聞いては、『冒険者やべぇ』みたいなことを小さいながらに思っていたが。

 

「私の勝ちです。話してもらいます」

 

椅子に座りながら見上げてくるベルに、男は真っ赤になって歯を食い縛った。

うろたえていた周囲の手下に目配せした彼は、次の瞬間、怒号を放つ。

 

「てめえ等、この小娘をやっちまえ!!」

 

勝負を有耶無耶にせんとする男の指示に、冒険者達は刃を解き放った。

 

―――こういう場合は、『やってよし』でいいんだよね。

 

 

『穏便にね?』と言われていたベルは吐息をつきながら、襲い掛かるゴロツキ達を迎え撃った。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

 

 

数秒後。

ポーカー勝負が決した以上の速さで、酒場の床には音の暴風でコテンパンにのされた亜人(デミ・ヒューマン)が転がっていた。

 

「ひ、ひげぇ・・・!?」

「私の主神に報告してみれば、『最初からアンナさんが狙われていた』と言っていました。彼女は今、どこに?教えてください」

 

いくつもの木卓が破壊され、椅子の山や長台(カウンター)に冒険者達が顔を突っ込んでいる中、ベルは倒れている男にしゃがみ込んで問いかける。小汚い床に突っ伏しているゴロツキの主は、痛む頭を押さえながら、魚の様にパクパクと口を開いた。

 

 

「こ、交易所・・・!!あそこに、連れて行った・・・!」

「交易所・・・?」

「あそこの連中に頼まれて・・・!金もやるからっ、ことを荒立てないように娘をかっさらってこいって・・・!?」

「つまり?依頼主は?」

「・・・・」

「【(ゴス)】」

「しょ、商会だぁ!!商会が依頼主だ!!」

 

男はこれ以上あの見えない暴力で叩きのめされるのは勘弁してくれとでも言うように叫びあがった。けれど依頼してきた商会の詳しい情報を追及しても男は「わからない」の一点張りであった。壁の隅でがたがたと震える魔法に巻き込まれなかった涙目の女達に怯えられながら、ベルは口を閉ざす。

 

 

「加減はしてますよ。その内動けるようになります」

「て、てめえ・・・まさか、【静寂】の・・・」

「・・・・・気のせいですよ」

 

ややあって、ベルは背後から死人を目にしたような声を聞きながら、酒場を後にした。

 

―――僕のこと、知らないはずじゃないよね?

 

夜気に身を隠しながら街を行く少年は、ファミリアの本拠に戻るのだった。

帰還後、ライラと女神アストレアに報告したところ

 

「まあアルフィアの存在の方が大きくて貴方が隠れちゃったのよ」

「そういうものですか?」

「第一、女装してんだから余計だろ。その胸どうしたよ」

「春姫さんにやられました・・・」

「ぶっふぉwwww」

「本物みたいね・・・ちょっと触らせてくれないかしら」

「や、やめてくださーい!!」

 

と、ライラにからかわれ、女神には玩具にされたのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

翌日。

【アストレア・ファミリア】の本拠に1人の客が訪れていた。

 

「こんにちわ、ベル・クラネル」

「こ、こんにちわ・・・アスフィさん?」

「えっと紅茶でよろしかったでしょうか?」

「ああ、どうも。【アストレア・ファミリア】はメイドを雇うようになったのですか?」

「いや、春姫さんも団員ですよ。活動してないってだけで」

「ああ、貴方と同じですか」

「似たようなものです」

 

品の良い物腰で椅子に座るのは、眼鏡をかけた水色(アクアブルー)の髪の美女だった。

アスフィ・アル・アンドロメダ。

オラリオの勢力図の中でも中立を標榜し、どこよりも広い情報網を持つ【ヘルメス・ファミリア】の団長。ベルが裏路地の酒場へと出かけている間、春姫からの依頼を受けて『アンナ・クレーズ』の捜索を行っていた。

 

 

「アスフィ様、すぐに依頼を引き受けてくださいましたけど・・・その、早くありませんか?もう見つけたのですか?」

「ふ、ふふふ・・・伊達に【ブラック企業(ヘルメス・ファミリア)】の団長なんてしていませんよ・・・ふふふ」

「すいません」

「ごめんなさい」

 

アスフィは心底疲れたような、どころかもう暗黒面に堕ちそうな危ない目をして微笑んでいて、ベルと春姫は思わず謝ってしまった。

 

「ベル・クラネルには借りがありますし・・・。何より、前回の異端児の件で主神(ヘルメス)様が迷惑をかけましたから・・・無視するわけにもいきません」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

『ああ、貴方とアーディの入院費やら損害費やら・・・そのおかげでこちらの資金も赤字。ふふ、楽しいですよ、我々の派閥は』とやばい顔になる美女に恐れおののいた少年少女は

 

『春姫さん、空き部屋ってありましたっけ?』

『ええっと・・・どうでしょうか?』

『仮眠させてあげたほうが・・・』

『は、春姫の部屋であれば・・・か、片付けてまいります!』

『お願いします!』

 

と目だけでやり取りを行い、少女は行動を開始した。

2人は共通して『この人、このままにしたらマジでやヴぁい』という結論に至り、今すぐ休ませよう・・・そうしようと何故だか居た堪れなくなってしまっていた。

 

「コホン。・・・話を進めますよ」

 

2人の優しさに『主神(ヘルメス)様もこういうところがあれば・・・いや、駄目です。なんだか鳥肌が』と小言をもらし、けれど気遣いのできる主神を想像して鳥肌を立たせ眼鏡の位置を片手で弄って捜索結果を報告してくる。

 

 

「そこの彼女に依頼された通り、アンナ・クレーズが交易所・・・商会に引き取られたことは間違っていませんでした。ですが、私が調査した時には既に彼女は売られた後だった」

 

「それは・・・えっと、歓楽街でございましょうか?」

 

都市物流の玄関口でもある交易所には様々な輸出入品が集まる。歓楽街への人身売買も極秘かつ、頻繁に取引されており、管理機関(ギルド)もそれに目を瞑っていた。元【イシュタル・ファミリア】にいた似たような経緯の春姫に対し、アスフィは声を低くして囁く。

 

 

「残念ながら歓楽街ではありません。・・・・というより、歓楽街は暫く行かないほうがいいですよ」

「・・・というと?」

「貴方が異端児の一件で迷宮内であれこれと騒動に巻き込まれ始めた頃でしょうか・・・闇派閥(イヴィルス)による『アマゾネス狩り』がありまして、【イシュタル・ファミリア】が解散後、無人となっている元本拠を拠点として使っていた殺帝(アラクニラ)と【セクメト・ファミリア】の暗殺者を含めて凶狼(ヴァナルガンド)が殺したのですが・・・」

 

そのアスフィの言葉に『自分が知らない間にそんなことが!?』と春姫は『ア、アイシャ様が外に出るなと言っていたのはこういうことでございますか!?』と震え上がり

 

「で、ですが・・・?」

 

言葉の続きを尋ねると溜息をついたアスフィが今の歓楽街について語った。

 

 

「えっと・・・その際の戦闘によって全壊あるいは半壊となりまして・・・・」

「えぇぇぇ!?」

「そ、そこで働いている方々は無事なのですか!?」

「ええ、というか『アマゾネス狩り』が起き始めた際に歓楽街からは人は払っていたので問題ありません。」

「その損害って【ロキ・ファミリア】に?」

「いえ、闇派閥によるものなので・・・【ロキ・ファミリア】には特に何もないそうです。」

 

何故、ベート・ローガが?と聞けば『レナ・タリーと交流を深めていたところを狙われた』とかで結果、彼の逆鱗に触れ焼き殺されたのだとか。

 

 

「ほら、やっぱりベートさんはハーレムを!!」

「やめなさいベル・クラネル!彼がハーレムなど想像できませんよ!?」

「格好いいじゃないですか!!『ふっ、雑魚が!』って」

「やめなさい!彼の真似をしたら、リオンたちにチクリますよ!?」

「ご、ごめんなさいっ!?」

 

 

やんややんやと言い合いながらも、『歓楽街は今、瓦礫も含めて危険なため近づかないほうがいい』と言われ本題に戻された。

 

「コ、コホン・・・・ベル・クラネル。この件はあなた1人でやるには経験不足かと。」

「え?」

「―――アンナ・クレーズを買い取ったのは、『大賭博場(カジノ)』の人間です」

「?」

「都市外・・・外国資本によって発展し過ぎた、魔石製品貿易に次ぐ巨大産業。ギルドも運営には口出しできない、迷宮都市(オラリオ)()()()()

 

過去、『世界の中心』とまで言われるようになった迷宮都市(オラリオ)に1つだけ欠けていたものがあった。

それが娯楽施設だ。

当時の管理機関(ギルド)はしつこく突き上げてくる神々の要望にも応える形で、外貨及び専門知識(ノウハウ)を導入することにした。歌劇の国メイルストラ、娯楽都市サントリオ・ベガなど、名だたる各国と大都市の協力を誘致したのである。

結果、いくつもの娯楽施設が繁華街に築かれることとなった。中でも有名なのが大劇場、そして大賭博場(カジノ)である。世界中から人と物が集まるオラリオの環境によって、この二大娯楽施設はそれぞれのもととなる本国、本都市を上回るほどの発展を遂げたのだ。オラリオが誇る魔石製品業に追随するほどの産業成果は、今やギルドでさえ蔑ろにできない。

 

「そういう経緯もあって、あくまで運営を主導するのは外資を投じた他国の施設側。迷宮都市(オラリオ)の中で唯一と言っていい治外法権といわれるのは、そのためです。さらには大賭博場(カジノ)はギルドに協力を取り付け、都市大派閥(ガネーシャ・ファミリア)の守衛を施設に張り巡らせています」

 

「うーん・・・・」

「侵入はどうなのですか?」

 

「まず不可能。よしんばできたとしても、必ず拿捕されるでしょう。まあ【アストレア・ファミリア】なら、『お前何してんの?』と追い出されるくらいかもしれませんが・・・リオン達に迷惑がかかるかもしれません。貴方が表立って活動していない弊害とも言えますね。戦争遊戯で貴方の存在は知られてしまっていますが、前回の黒いミノタウロスとの戦闘で『アルゴノゥト』だなどと言われて違う方向で目立ってしまっていますから」

 

「助けてください!アスえもん!!」

「誰が、アスえもんですか!?」

「そのポーチの中に、何か、こう、ないんですか!?」

「んな無茶な!」

 

大賭博場(カジノ)には上級冒険者や神々、都市外の大富豪が足を運んで揃って金を落としていく。

そんな中でも後者の長者達に何かあれば都市の威信と風評に関わる。認められた者以外入れない賭博の楽園には、屈強な冒険者達が配備されているのだ。

 

「Lv.4でかつ、他者との位置を把握できるようなスキルがあるので隠密となれば有効かもしれませんが・・・人の多い場所では意味がないのでしょう?」

「はい・・・・」

「そんなに落ち込まないでくださいよ・・・」

「それと、そもそも騒動を起こしたなら、外交問題に発展するかもしれません。オラリオがいくら強気に出れる立場にあるとはいえ・・・まぁ、ギルドの問題なんて知ったこっちゃないと言ってしまえば、それまでですが」

「ふぐ・・・」

 

微妙な顔になるベルに、『その顔をやめなさい』と目をそらすアスフィ。

 

「ちなみに、彼女を買い取った者の店は『エルドラド・リゾート』。娯楽都市(サントリオ・ベガ)最大賭博場(グラン・カジノ)です。」

 

それが何なのかわからないベルに補足するように『オラリオで最も力を持つ大賭博場(カジノ)』と説明する。

 

 

「アンナ様を買い取られた方の名は?」

「ドワーフの経営者、テリー・セルバンティス。どうやら商会もゴロツキ達も、全てが彼が裏で糸を引いていたようです」

「つ、つまり、アンナ様を見初めたのはその経営者であり、自分の存在を気取られないように手を回していた・・・と?」

「ご名答」

「『エルドラド・リゾート』・・・・テリー・セルバンティス」

 

ベルは静かに、その2つの名を呟いた。

 

「リオン達に相談することをお勧めします。貴方一人では経験も含めて難しいかと思いますよ?」

「むー・・・でも・・・うーん・・・」

「まあ、アストレア様が貴方に任せているのであれば、私の言えることではありませんが・・・」

 

それでは、と言って帰ろうとするアスフィに春姫が『仮眠でもされては?』と言うと『いえ、まだ仕事がありますので。お気持ちだけ受け取っておきます』と言って去っていく。長椅子(カウチ)に座るベルは、どこか哀愁漂うアスフィの後ろを黙って見送った。

 

 

「・・・ベル様、どうなされるのですか?」

「うーん・・・アストレア様に相談してみます」

「そうでございますか・・・・ところで」

「? どうしたんですか?」

「今日は・・・その、女の子のお召し物を着てはくださらないので?」

「いーやーでーすー!」

「似合っておりましたのに・・・」

「もう添い寝されてあげませんよ!?」

「そ、そんな!?そんなことされては、春姫はもう、ベル様無しに生きていけません!」

「いや、そもそも、そこまでのことしてないですよ!?」

「ベル様が退院した後にお口でお世話を・・・」

「わー!わー!聞こえませーん!!」



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招聘状

「んっ・・・・ぁん・・・はぁっ・・・」

 

ぎゅむぎゅむっ

 

「そ・・・こぉ・・・っ・・・・」

 

ぎゅっぎゅっ

 

「いっ・・・!?ベ、ルゥ・・・その、少し、強い・・・わ・・・っ」

「こ、こう・・・ですか・・・?」

 

もみゅっ、もみゅっ

 

「そ、う・・・上手・・・上手・・・誰に・・・やっ、んっ、教えてもらった・・・の?」

 

さす、さすっ

 

「アミッドさん・・・。『お風呂上りにでも、体をちゃんと解しなさい』って」

「なる・・・ほど・・・んぁっ・・・はふぁ・・・もう、いいわ・・・」

 

さわさわ・・・。

 

 

「ふぅ・・・・ああベル、少しもたれさせて頂戴?」

「ど、どうぞ。神様でも、体がこったり・・・するんですか?」

「別にそういうわけではないのだけれど・・・こう、1日中動き続けたりすると、疲れるでしょう?そういうものよ。まぁ、私達完全な存在(デウスデア)からは老廃物(きたないもの)なんて出ないのだけれどね?」

「な、なる・・・ほど?」

「不変な私達が、一々こっていたりしたら、デメテルなんてすごいわよ?」

「・・・・デメテル牧場

「ベル、こっちむいて?」

「んぁ?」

「はい、不敬罪っ」

 

ピンッ!

 

「ふぎゅっ!?」

 

リビングにて風呂上りのマッサージ後、火照る体のまま少年にもたれかかる女神がボソッと呟いた少年の言葉の後に女神必殺の【正義の剣(デコピン)】が炸裂!!

痛くはないが、少年は座っている長椅子(カウチ)を横に倒れる。もたれている女神も一緒に少年に覆いかぶさるように倒れこむ。

 

「本人に言っては駄目よ?豊穣の女神を怒らせると怖いんだから」

「そ、そうなんですか・・・?」

「そうなの。だから、気をつけなさい?」

「―――はぁい」

 

 

女神は覆いかぶさったまま少年の頭を撫で回し、上体を起こして同じく起きた少年を抱きしめる。

 

なお、女神の嬌声を後から入浴を終えた残念メイド、サンジョウノ・春姫が髪を拭きながらリビングに来たところ聞いてしまい、顔を真っ赤にして目を回して倒れていた。

 

 

「―――ふぅ。それで、えっと『大賭博場(カジノ)』に行きたいんだったかしら?」

「はい。アスフィさんが言うには、アンナさんはそこにいるらしいんですけど・・・。」

「うーん・・・そうねぇ。いくつか、案を出してみましょうか」

「あん?」

「はいベル、林檎、あーん」

「あ、あーん」

 

【女神の提案】

 

・歓楽街方面から施設の裏を突く形で強襲。

・地下に穴を掘って進む。

・いっそ堂々と入っちゃう。

・【福音】しちゃう。

 

 

「えっと・・・最後の2つは駄目だと思います、というか、案ですらないような?」

「そうよねぇ・・・ふあぁ・・・」

「ね、眠たいんですか?」

「んむ・・・少し・・・ああ、でも、大丈夫よ。貴方の話はちゃんと聞くから」

 

そういうことなら・・・と瞼を擦る女神に、詳しい説明を求める少年。もしこれが、かの美神であったならばその眷族達は『トゥンク・・・』となっていたかもしれない。

 

「えと、裏を突く形で強襲・・・っていうのは?」

「それはまぁ、無理ね。昔、どこかの強盗団(ファミリア)が失敗して警備が厳重になったみたいだから」

「じゃあえっと、地下に穴を掘るっていうのは?」

「貴方の魔法を使ってナイフを振動―――要は地中を焼き切って進む。みたいなものね。人工迷宮(クノッソス)を滅茶苦茶にできる貴方なら可能でしょう?それでもまぁ、現実的とは言えないけれど」

「僕、モグラじゃないです・・・」

「ベルは兎さんよ?」

「むっ・・・」

「冗談よ冗談。あとの2つは・・・・これも冗談だから気にしないで」

 

 

ですよねー、とベルは言葉を返す。

マッサージで女神はお眠状態で碌に頭が回らないらしい。

豊かな果実を実らせる胸をゆっくりと上下させ、瞼まで何とか寝落ちするまいと閉じては開けてを繰り返す。

 

「ん・・・そうね・・・ヘルメスに用意させるわ・・・・」

「ヘルメス様?」

「ふぅわぁ・・・変装に・・・偽装・・・ええっと、要は『違う誰か』として入っちゃえばいいのよ・・・」

 

『軍資金』なら、【狩人の矢(ヴェロス・キニゴス)】の支払いでベルの貯金もそろそろ減ってきているし・・・丁度いいから、稼いじゃいなさい。と何か今、サラッと恐ろしいことを言われた気がしたけれど『まぁ別に僕個人のお金だしいっか』と流した。

 

「ベルごめんなさい・・・もう・・・無理ぃ・・・」

「あ、はい・・・えと、運びます・・・」

「ふふっ、お姫様抱っこがいいわ・・・」

「わ、わかりました」

 

 

ネグリジェ姿のお眠な女神を抱きかかえて、主神室へと向かう。

薄い生地から、その下界の住人からまた違うような肌の感触と少年に抱きかかえられることで形を変えるそのたわわな果実にドキドキしながらもそっとベッドに降ろして掛け布団をかける。

 

「昔は、僕が背負われたりする側だったのになぁ・・・これが大人になるってことかな・・・」

 

 

違う。

断じて違う。

それはお前が神の恩恵を持ってかつ、Lv.4へと至っている結果だと誰かが言ったような気がしたけれど、まぁ、うん、僕はもう大人なんだ。えっへん。と少年なりに結論付けた。

もう一度リビングに戻り、目を回して倒れている春姫を抱きかかえて春姫の部屋に運び込む。

 

「春姫さーん、風邪、ひきますよー?」

「ふぇぇ・・・・ベルしゃまがぁ・・・アストレア様とぉ・・・そ、そんなぁ・・・」

「な、何を言っているんですか・・・春姫さん?」

「リ、リビングでなんてぇ・・・・み、見られ、みられひゃぁ・・・」

「・・・・・」

 

ベルはこの3つ上のお姉さんは、『冒険者』じゃない方向で家事やら料理やらで腕を上げているのにどうしてこう残念度が上がっているのだろうか・・・と思ってしまった。

なので腹いせ代わりに、尻尾と耳をモフることにした。

 

眠れる美少女に対する、悪戯である。

 

モフモフ、モフモフモフ

 

「あふっ・・・ひぅっ・・・」

「柔らかい・・・そして、この触り心地・・・」

 

もふもふっ、しゅっしゅっ

 

「んぁっ・・・やっ・・・ベルさまぁ・・・そんなご無体なぁ・・・」

「どんな夢を見てるんだろ・・・ゴクリ。」

 

段々、眠れる美少女は艶かしい声を出し始めてモジモジとしはじめた辺りで『もう止めたほうがいいかな』なんて思っていると

 

 

「ベルゥ~・・・・」

 

 

と女神が抱き枕(しょうねん)がいないことに気付いたのか、不満なのか、そんな声が聞こえてイソイソと春姫の部屋を後にした。

 

 

「――――そう言えば、アリーゼさん達、昨日も今日もご飯だけ食べてすぐに出て行ってたけど忙しいのかな。」

 

 

いつも賑やかにしている姉達がほぼ出払っていることに、どこか寂しさを感じて『実は帰ってきてるんじゃないか』と姉達の部屋を1つずつチェック。けれどいたのは、非番のライラだけで

 

『おう兎、私に【寝起きドッキリ】を仕掛けにきやがったのか?』

 

なんて言われたので

 

『いや、先生はないです』

 

と言って扉を即閉じた。

先生は先生であって、なんかこう・・・違うのだ。

 

結果、他の部屋にも誰もおらず若干の寂しさを抱いて女神の眠るベッドに潜り込み抱きつくと抱き枕(しょうねん)が来た事に気がついたのか女神もまた嬉しそうな顔をして腕を回し、足を絡めてすやすやと寝息を立てた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

次の日の夕暮れのこと。

春姫と女神と一緒に、洗濯物を畳んでいると本拠の鈴が鳴った。

 

ジリリ・・・!

 

 

(ベル)が鳴っているわ」

「呼びました?」

「んー違うわ、貴方じゃないの。扉の方よ」

「わ、私が出ます!」

 

パタタタ・・・と小走りで玄関まで行くと、『アストレア様、ヘルメス様でございます』と声が聞こえヘルメスが中に入ってくる。

 

 

「あーなんだ、家族団欒中だったかな?」

「いいのよ、気にしないで。それでどうしたの?」

「君が朝早くに俺の派閥の本拠に来たものだからさ・・・いやぁ、まさか『招聘状(しょうへいじょう)』を用意して欲しいなんて言ってくるもんだから驚いたよ」

 

旅行帽を脱いだヘルメスが胸ポケットから1通の用紙を見せ付ける。

それは白地の封筒に豪華な金箔を施された、一通の手紙だった。

それはまるで、舞踏会の招待状のようにさえ思えるほどに豪華だった。

 

 

「アストレア様?朝起きたらいなくなってたのって・・・」

「ええ、ヘルメスのところに行って来たの。」

「いなくなってたから泣きそうになりました」

「そ、それはその・・・ごめんなさい」

 

女神アストレアは早朝にベッドから起き上がり、身支度を整えると【ヘルメス・ファミリア】に訪れていた。そして、ヘルメスに用意するように頼んだのが招聘状(しょうへいじょう)だった。

こころなしか、ヘルメスの顔は煤けて見えたのでベルは思わず聞いてしまった。

 

 

「ヘルメス様、どうしたんですかその顔」

「ん?いやぁ、アスフィに『気遣いの1つもできないのか』って言われたからさ~」

 

 

『シャンパン片手に可憐なアスフィちゃん~!ファミリアみんなで飲んで騒いで荒れ狂う~!ワン、ツー、いやほい♪飲んで飲~んで飲んで♪飲んで飲~んで飲んで♪飲んで飲~んで飲んで、飲んで♪』

 

ってやったら

 

『そういうことじゃなああああああああいッ!!』

 

とぶっ飛ばされたらしい。

 

 

「―――アストレア様、僕があれしたら」

「やめなさい」

「はい」

「あ、はははは、まぁ俺のことは気にしないでくれ。それで、アスフィが『有給を取らせてもらいます!』ってメレンに出て行っちゃったからさ、俺が直接調達してきたのさ」

 

 

『これで大賭博場(カジノ)に入れるだろう?』

 

とテーブルの上に招聘状(しょうへいじょう)を置いてベルのもとに滑らせた。

 

確かに、通行証を兼ねるこの書状があれば、侵入などせずとも正面から堂々と最大賭博場(グラン・カジノ)に入場する事ができる。

 

「何か、条件があるとか?」

「いや、ないよ」

「・・・嘘だぁ」

「あはは、俺、信用ないなぁ」

「まぁ仕方ないわよね」

「安心してくれベル君。これはただの『ダイダロス通り』の一件の侘びでもあるんだ、何も条件はないし企みもないよ」

 

その言葉を聞いて、女神の顔を見て確認するも『本当に何もないわ』と言うので素直に受け取ることにした。

 

「内容は小さな国の伯爵宛のものだ。伯爵本人が行く気がないみたいだったから譲ってもらったのさ。・・・・ただし」

 

「―――ただし?」

 

「その招聘状(しょうへいじょう)には『伯爵夫妻2名』と書いてあるから、1人だけだと怪しまれる可能性がある。」

 

「つ、つまり?」

 

「誰か誘っちゃいなよ、ベル君!!」

 

それを言った後、本当にそれだけのために来たらしく立ち上がり『健闘を祈っているよ』と旅行帽を被りなおして出て行った。

 

 

最大賭博場(グラン・カジノ)に入り込むための条件

 

・伯爵夫妻2名で行くこと。

 

 

「つまり・・・えっと」

「どこか男の子を誘うか、女の子を誘うかね。夫婦役をしてくれる」

「僕、もう女装は・・・・」

「してくれないの?」

「うっ・・・ちょ、ちょっとだけなら・・・」

 

 

顔を近づけて『もうしてくれないの?』と訴えてくる女神に少年は根負け。

けれど、今回は絶対しないと押し通した。

 

「ア、アストレア様じゃ・・・その、駄目なんですか?」

「私がベルの奥さん? ふふっ、そうねぇ・・・でも、神だとバレちゃうでしょうから・・・駄目ね」

 

『駄目ね』

 

その言葉に少年は雷に打たれたように項垂れた。

その落ち込みように女神もメイドも『そ、そんなに!?』と動揺。

 

「ロキに頼んで【剣姫】ちゃんを借りる?」

「目立ちますよ・・・・」

「そうねぇ・・・」

 

 

その日、道化の神の眷族たる金髪金眼の少女は草原で戯れていた兎が突如どこかに走り去っていってしまう夢にうなされた。

 

 

「じゃあ・・・酒場のシルちゃん」

「シルさんは、アリーゼさんが『あの子はベルのことパクっと食べちゃう』って言ってたから駄目ですね」

 

 

その日、白亜の巨塔に住まう銀髪の女神は寝起きのところを椅子に小指をぶつけて涙目で悶え苦しんだ。

 

「えっと、他には・・・ええっと、あ!そうだ、【戦場の聖女(デア・セイント)】ちゃんは!?」

「アミッドさんは忙しいし、そういうところ行かないと思います・・・」

 

その日、どこかの治療院で仮眠を取っていた聖女様は撫で回していた兎が老神に耳ごと掴みあげられ取り上げられる夢を見た。

 

「んー・・・・それならぁ・・・」

 

女神は唇に人差し指を当てながら悩んでいるとふと、招聘状(しょうへいじょう)を眺めている一匹の狐が視界に入った。

 

 

―――目立つといえば目立つけれど、派閥の団員として表立って活動していないのはベルと同じ。なら・・・

 

いけるんじゃね?と女神は思って、手をぽん!と叩いた。

 

どうしたんだろうか?と少年と少女は首を傾げて女神を見つめると女神は2人に告げた。

 

 

「春姫、あなたが行きなさい。」

「へ?私でございますか?」

「ドレスは用意してあげるわ」

「え、え、え?」

「2人はその招聘状(しょうへいじょう)に記されている夫妻のフリで入ってもらいます。」

「で、でも、春姫さん・・・・大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。【イシュタル・ファミリア】にいたときも特段目立つ位置にいたわけじゃないのだし」

「それはそうでございますが・・・」

「ベルについていくだけでいいの。あとはベルが上手くやるだろうし」

 

 

女神の口でつらつらと話が進んで行き、結果。

 

伯爵のアリュード・マクシミリアンをベルが。

伯爵夫人のシレーネ・マクシミリアンを春姫が。

 

という形で入り込む事に決定してしまう。

 

「大丈夫かな・・・」

 

と不安がる兎に対して

 

「わ、私がベル様の・・・ふ、夫人・・・!?は、はわわわ・・・」

 

と両手で頬を押さえて、やんやんとする狐。

 

 

「ベル、大丈夫よ。貴方ならできるわ。それともベルは春姫じゃ嫌なのかしら?」

「春姫ではダメなのでございますか?」

「そ、そういう訳じゃ・・・」

「ほら、ベルから誘ってあげなさい」

「うぅぅぅ」

 

そして女神と少女に追い詰められた少年は何を血迷ったのか混乱しながら少女の手を包むように取り

 

「ぼ、僕とふ、夫婦になりましょう!?」

 

などと言ってしまう。たちまち起こるのは女神と少女の混乱と動揺。

 

「べ、ベル!?ダメ、それはダメよ!?」

「えっ、えぇ!?」

「は、春姫は幸せものでございますぅぅぅ!?」

「は、春姫さん!?」

「だ、ダメったらダメぇ!?春姫、貴方もシッカリなさい!!」

 

大混乱の3人はやがて疲れ果て頭を冷やして状況を整理し、準備に取り掛かる。

 

―――まあ、あそこには輝夜とリオンがいるから最悪問題が起これば何とかしてくれるでしょう。

 

 

と2人の少年少女を応援する女神であった。




なんで春姫さんか?

特に理由は無いです


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潜入開始

ふと、ベートさん回をやりたくなったのでそのうちやりたい


 

 

オラリオ南方、繁華街の一角に存在する大賭博場区域(カジノ・エリア)は複数の賭博施設からなる。

諸外国、諸都市がこぞって出店した大賭博場(カジノ)優等宿泊施設(ホテル)が複合したものや、砂漠に栄える楽園(オアシス)を模倣した外観など、異国情緒のある建物が多い。

 

楕円形の広場の随所には三階建て以上の建物が屹立し、南国のヤシの木が植えられている。広場の中央では驚くほど大きな噴水が、まるで巨大な海波のごとく水を吐き出している。

 

 

大賭博場区域(カジノ・エリア)の入り口、メインストリート沿いの巨大アーチ門をくぐった瞬間、まず出迎えてくるのは光の洪水だ。都市で製造される魔石製品の中でも上質かつ大量の魔石灯が赤や青、紫や金色に輝き、ギルド本部の万神殿(パンデオン)摩天楼施設(バベル)とも異なった外装の大賭博場(カジノ)を闇に浮き上がらせる。上空から見れば、はっきりとわかることだろう。無数の警備に守られるこの大賭博場区域(カジノ・エリア)が、宵闇に包まれる迷宮都市の中でも最も明るく、不夜城のごとく煌びやかに光を放っていることを。

 

冒険者や市民を賑わう一般区とは隔たった、オラリオの別世界である。

 

 

「わぁ・・・えっと【見たまえ、人がゴミのようだ】・・・だっけ・・・?」

「ふふっ、誰に教えられたのですか? ですがやはり、沢山いますね。都市外の豪遊達を呼び寄せているだけのことはあります。」

 

そんな大賭博場区域(カジノ・エリア)の中を、春姫とベルは歩いていた。

 

「春姫さん、はぐれないでくださいね!」

「ほえ?その為にこうして腕を組んでるのでは?」

「はぐれたら、大変なんですからね!」

 

『僕、大人だからちゃんと春姫さんの事見てますから!』と謎に背を伸ばす少年に可愛いものを見る目をする少女。しかし春姫は知っている。

 

「怪物祭でアリーゼ様とはぐれてアストレア様に見つけてもらった際、抱きついて大泣きした男子(おのこ)がいると聞きましたが」

「さ、さぁ・・・そ、そそ、そんな子がいたんですネー」

「ふふふ、アストレア様から『ベルを1人にしないでね?』と言われておりますのでご安心を 」

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 

高価な燕尾服とドレスに身を包み、ほぼ同じ背丈の腕を組む少年少女は異国の伯爵夫妻を演じていた。

 

「―――大丈夫でしょうか?その、年齢的な意味で・・・」

「『前当主が早くに亡くなってしまい、後を継ぐ者が僕しかいなかった。』で通しなさいって言われてます。」

「な、なるほど?」

「そ、それより・・・あの、当ってますよ?」

「わざとでございますっ」

「た、楽しそうだなぁ・・・」

 

燕尾服を着ているベルは、顔をほんのり赤くして肩をくっつけ寄り添う春姫に、同じく普段しないことをしていることもあって僅かな羞恥を誤魔化そうとして頬をかく。

緊張しているのはお互い様とわかったのか、3つ上の金髪の少女が少年の様子を見て面白そうに肩を揺らす。

 

「ベル様、アストレア様にその、もみくちゃにされていましたけれど・・・その髪型をするためですか?」

「そ、それもありますけど・・・燕尾服を着た僕を見て『か、かわっっ!?』ってまるで子供の晴れ舞台を見るような顔になったというか」

「輝夜様にでも見られたら『七五三か?』などと言われそうでございますね?」

「や、やめてください・・・」

 

ベルの髪型は、アストレアによってセットされており

 

『えっと、シニヨンの部分を仮止めして・・・ハーフアップにして・・・』

『い、痛いですっ痛いですっ!』

『ご、ごめんなさい!?で、でも我慢して!? ええっと三つ編みを2つ作って・・・ぐるぐるして・・・・』

『ふぎゅぅぅぅっ』

『あ、アホ毛も重要なのね?ふむふむ・・・』

『ひっく、えっぐ・・・』

『うっ・・・ほ、ほら、ベル、できたわよ! 格好いいわ!』

 

女神アストレア曰く、『昔読んだ物語に出てくる王様の髪型の再現の仕方を書店で見つけたの』ということらしい。

 

「その先端の『アホ毛』なるものはどうなっているのですか?」

「さ、さぁ・・・?特に意味はないんじゃ?」

「で、ではそのお団子?のようになっている部分は?」

「リボンを引っ張ったら解けて、振り回せば元に戻るらしいです。痛かったです。」

「で、でも、その、格好いいですよ?」

 

アホ毛をヒョコヒョコと揺らしながら、2人は歩いていく。

変装のためにベルは、それはもう、アストレアによってもみくちゃにされたのだ。

 

 

「ベル様は大賭博場区域(カジノ・エリア)に来たことはないのですよね?」

「はい。アストレア様やアリーゼさんに『南には行くな』って言われてたので。・・・・えっと、『エルドラド・リゾート』は・・・」

「目の前の建物でございます。まるで、金塊のように豪華絢爛でございます。」

 

2人の視線の先には、広場の中でも一際目を引く建物があり、その豪華絢爛な外観は見る者の気分を高揚させる魔力があった。形だけの畏敬を表すためか、または祝福と恩恵にあやかるためか、入り口には富と成功を象徴する男神と女神の彫像が設置されている。

 

「えっと・・・『黄金郷』?」

 

魔石灯の輝きを放つ看板には、共通語でそう綴られていた。

 

「文字通り・・・でございますね」

「春姫さんは来た事は?」

「歓楽街は『南東』ですので・・・来ることはありませんでしたね。アイシャ様から聞きかじった程度ですが・・・アイシャ様も『あそこの何が楽しいんだい?』と言うような感じでしたので」

 

 

『エルドラド・リゾート』。

娯楽都市サントリオ・ベガが投資・建設した、オラリオ随一の賭博施設。

カレンとヒューイ、クレーズ夫婦の一人娘を奪った経営者(オーナー)がいる、最大賭博場(グラン・カジノ)だ。

 

「ここに、アンナ様が?」

「はい、いるはずです」

「それにしても・・・」

「しゅごい・・・」

「ベ、ベル様の語彙力が・・・」

 

開け放たれている玄関を経て、『エルドラド・リゾート』の支配人に出迎えられたベル達は巨大なホールに出る。途端、目の前に広がる始めての光景にベルは頬を上気させ春姫はもう危なかった。色々と。

まず視界を打つのは巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色々と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルの上で行われる華やかな賭博(ゲーム)の数々だ。

切札(トランプ)、ダイス、ルーレット。

流れるようにカードが配られ、色鮮やかなダイスが宙を舞い、投げ込まれた球とともにルーレットの回転盤(ホイール)が勢い良く回転する。洒落た制服に身を包んだ進行役(ディーラー)のもと、各テーブルに集まる招待客(ゲスト)達の姿はその華美な衣装も相まって、まるで花に集まる蝶のようだ。

 

「・・・・・」

「ベル様?急に立止まって、どうされたのですか?」

「だ、駄目だ・・・」

「へ?」

 

人魔の饗宴(スキル)で何かを感じ取ったのか、ベルは思わず立止まる。

春姫が顔を覗き込めば、その顔は『やっべーマジやっべー』という顔だった。

 

―――やばいなんでどうして!?聞いてない!?

 

「ア、アストレアさまぁ・・・」

「い、いったいどうされたのです?」

「えと・・・リューさんと輝夜さんがいます」

「ふぇ!?」

「こ、ここにいることがバレたら怒られる・・・!?」

「そ、そんな!?」

「だ、だって、南には行くなって・・・」

 

人の邪魔にならないように2人は隅に行くと小声で慌てふためいた。

ベルは『言いつけを破った』ことに対して怒られると思って。

春姫は『そ、そんなに!?』というベルの反応に対して。

 

「ど、どど、どうしよう・・・夫婦になってるなんて知られたら・・・あわわわ」

「だ、大丈夫!大丈夫でございます!私達は『お勤め』でここにいるのですから!堂々としていれば良いのです!」

「う、うぐぅ」

「お、お姉様達だって何も話を聞かずに実力行使になど出ないはずです!」

「―――春姫さんなら、どうしますか?」

「とりあえず押し倒します」

「ほらぁ」

 

熱狂するドワーフと共に肩を組む神々、そしてさり気なく詰れた賭札(チップ)を掠め取る男神の一柱が、目を光らせていた警備員(ガネーシャ・ファミリア)の御用となり、笑みを浮かべる彼等の手でどこかへと連行されていくその光景を眺めながら、ベルはこの世の終わりのような顔になっていた。姿こそ見えないが、2人がいることは確かなのだ。

 

ベルは春姫に背中を摩られて、深呼吸をして諦める事にした。

 

「も、もう・・・どうにでもなーれっ」

「ベ、ベル様ぁ・・・」

「は、春姫さ・・・いや、『シレーネ』ここからは仕事に入ります。僕は目を瞑ります。いつも通りの名で呼ぶときは小声でお願いします。」

「は、はい。盲目ではなく」

「『母の生まれつきの病が私にも』あり視力が良くない、ということに。そして必要性があるかはわかりませんが、この杖は『仕込み』引き抜けば剣になります。まあ、念のためです」

 

女性進行役(ディーラー)が多い中、獣人やヒューマンの彼女たちはみな麗しい。

彼女たちの微笑に見守られながら、客は声を上げて一喜一憂をする。

持っていかれる賭札(チップ)の山に小人族(パルゥム)の資産家が頭を抱えれば、大勝ちしたアマゾネスの商人が高笑いをした。

何だかんだと、姉の存在にビクビクしながら2人は大賭博場(カジノ)の華やかな雰囲気を楽しんでいた。

 

「えと・・・コホン。あ、貴方?」

「なんですか、シレーネ」

「まずはどうするのですか?」

「目立ちます。」

「?」

「羽振りがいいところを見せつけるんです。『この客は上客になりうる』そう思わせるようにしていれば、あちらから接触をしてくる・・・ってライラ先生が」

 

『お前にも分かるように言うには、要は金を大量に落とすやつ。それが大賭博場(カジノ)にとっての顧客だ。』

 

勝敗に関係なく店側の目に適えば、招待客(ゲスト)の一人として歓待してくるだろう・・・というのが、ライラの教えだ。

 

 

「僕達が変装している伯爵夫妻は迷宮都市(ここ)に初めて呼ばれたそうです。田舎貴族故・・・大賭博場(カジノ)側には伯爵夫妻(ぼくたち)の情報も少ないことになります。」

 

一田舎貴族程度に思い込んでいた客が意外に金を持っていて、意外に金をばらまいてくれるなら、大賭博場(カジノ)からすれば嬉しい誤算になるだろう。それが狙い目だ。諸手を上げて彼等が歓迎してくるまで、油断して己の懐に招いてくるまで・・・初めて訪れる大賭博場(カジノ)に興奮する客を、装う。

 

 

「えっと、つまり・・・お金を沢山使うということでしょうか?」

「はい。けれど、僕達が使える資金は無限じゃない。なのでこれからやるのは、賭博(ゲーム)に勝ち続けること。」

「ちなみに、今ある資金は?」

「100万ヴァリスです。どれくらいいるのかわからないので、そこから増やしていきます。そして、僕達が目指すべき場所――つまり、目標はあの扉の奥です」

「―――貴賓室(ビップルーム)でしょうか?」

「恐らくは」

 

いくつものテーブルを越えた先、ホールの奥。

特定の招待客(ゲスト)しか出入りしていない、固く閉ざされた重厚な樫の扉。

扉の左右には屈強な護衛が2人、門番の様にたたずんでいた。

 

と、そこへ。

 

「おぉ、また勝った! 今日はついていますな、ギルド長殿!」

「がっはっはっはっはっ!! なに、日頃の行いを見て幸運の女神が祝福してくれているのでしょう!私は日夜、オラリオのために身を粉にしていますからな!」

 

大きな笑い声が、ホールの一角から聞こえてきた。

 

「べ、ベル様・・・あのエルフの方は・・・まさか」

「・・・現ギルド長です。オラリオに住まうエルフさん達からは『ギルドの豚』と言われています。」

「ぶ、豚・・・」

「春姫さんはああなっちゃ駄目ですよ」

「な、なりません!?」

「ほら、笑うたびに贅肉がたぷたぷ揺れてます。揺れるのはお胸だけでいいんです」

「ベ、ベル様、怒っていますか?」

「さ、行きましょう。僕、やってみたいのがあるんです!」

 

 

『僕、春姫さん達はずっと綺麗なままでいてほしいです!』と純真無垢な笑顔で言ってくるベルに春姫は『ああなるつもりなどございません!?』と抗議しながらも、腕を組んで進んで行く。

 

 

「ねえ、ウスカリ!私、これやりたいわ!」

「ま、待ってください姫様!資金が!資金がもう赤字です!!」

「だったら【かきょーいんの魂】も賭札(チップ)にすればいいじゃない!」

「そんなものはございません!!」

「はぁ・・・・ウスカリ殿、もう大賭博場(カジノ)を出た方が良いのでは?」

「護衛を依頼しておいて申し訳ありませぬリオン殿!姫様が『どうしても』と言うもので・・・!」

 

なんだかやたらめったら騒がしい人物達と、護衛をしているであろう頭を痛めるリューの声が聞こえた気がして、ふとベルは目線を向けてしまった。

 

「何でございましょうか?オラリオの外からのお客様・・・でしょうか?」

「さぁ・・・?なんだが、リューさんが困ったような声を・・し・・・て・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 

目線を向けて、目と目が合ってしまった。

リューは目を見開いて固まり、ベルはダラダラと冷や汗を流す。

リューは護衛をしている人物達に『すいません、すぐに戻りますのでここにいるように』と伝えるとスタスタと『動くな』とでも言うような圧を向けて近づいてきた。

 

 

「あばばばば」

「はうぅぅぅ」

「何故、ここにいる?」

「き、綺麗ですね・・・リューさん」

「何故、ここにいる?」

「え、えとえと・・・」

「何故、ここにいる?」

「こ、怖いです!?」

 

 

今すぐにでも『ルミノス・ウィンド』しかねないような目を向けてくる姉に2人は涙目になって下呂らされた。『アンナ・クレーズ』の奪還を依頼されたこと。女神アストレアも了承済みということ。全部。説明を終えると、リューはくらっと頭を押さえて仰け反って溜息をついた。

 

「はぁ・・・ベルにはまだ早いというのに・・・」

「うぅ・・・ごめんなさい」

「考えはあるのですか?」

「えっと、アストレア様とライラ先生が『【幸運】があるんだから、ルーレットでもやれば簡単に稼げるだろう』って。」

「目的地は?」

「あ、あの奥の扉の貴賓室(ビップルーム)。リューさんは何か知ってる?」

 

リューは『アストレア様が認めているなら・・・』と渋々ながらも納得し、貴賓室(ビップルーム)について知っていることを説明する。

 

扉の前に立っている者、開けた先に立っている者は【ガネーシャ・ファミリア】ではないこと。

【ガネーシャ・ファミリア】でさえ貴賓室(ビップルーム)には近寄れないし入れない。それは【アストレア・ファミリア】も同じこと。

 

「あそここそが、本当の治外法権。中で何が起ころうと、口も挟めなければ知ることもできません」

 

さらに付け足すように

 

「好色の経営者が囲っている愛人達を、客に見せびらかしているそうです。もし貴方達が接触しようとしている少女がいるとするならば、やはりあの扉の奥でしょう。私としては不安です。あそこに行く新参者は『洗礼』を受けるとも聞きますし、あまりいい話を聞かない」

 

「ちなみに、リューさんは何でここに?」

 

その質問にリューはまたしても溜息。

そして、どっと疲れたような顔をしてベルの頭に手を置いた。

 

「?」

「とある国からの客人の護衛です。何でもその国の姫様がオラリオに行ってみたいと聞かなかったそうで・・・」

「へぇ・・・」

「あとは冒険者依頼(クエスト)を頼みに来たと言っていましたね」

冒険者依頼(クエスト)でございますか?」

「まぁ、今は自分達の務めを果たしなさい。心配・・・すごく心配ですが、貴方達も私達と同じように活動してくれるのはどこか嬉しくもある。頑張りなさい」

 

優しく微笑む妖精の姉はベルの頭を撫でて、護衛の仕事に戻ろうとする。

戻る前に立止まり

 

「ちなみに輝夜さんは?」

「今言った経営者云々で大賭博場(カジノ)側の蛮行をどう検挙するか・・・とシャクティ達と潜り込んでいます。」

「そっか。」

「・・・・私からも聞きたいのですが、2人は実名で来たわけではありませんね?」

「えっと、夫婦です」

「・・・・」

 

 

リューは頭を抱えてフラフラと護衛へと戻っていった。

心なしか小声でブツブツと『こ、これが・・・・神々の言うネトラレ・・・?いや、まさか・・・そんな・・・』と言っていたが、ベルには聞こえていなかった。

 

 

「ベル様・・・」

「はい?」

 

しかし春姫には聞こえていたので、それとなく言っておくことにした。

 

「帰ったら、覚悟をなされたほうがよろしいかと」

「えっ」

 

哀れ兎、変に勘違いをさせる言動をしたせいで『O・HA・NA・SI』が決定した瞬間である。




ベル君の格好
・燕尾服
・仕込み杖
・どこかの騎士王様の髪型(アストレア様がやった)

春姫の格好
・特に思いつかなかったので正史でシルが着ている『伯爵夫人のドレス』ということにしてます。うんきっと大丈夫大丈夫


リューさん

心労で吐きそう


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賭博場の白い悪魔

ちょいちょいネタを挟んでいきたい。


 

 

「ようこそ、大賭博場(カジノ)へ。ルーレットをなさいますか?」

「はい、えと、お願いします」

 

リューと別れた後、ベルと春姫は赤と黒、色鮮やかに塗られたルーレットが鎮座する場所へと移動していた。ゲームテーブルの前には兎人(ヒュームバニー)の女性、見目麗しい進行役(ディーラー)が笑みをもって迎えてくれる。

 

「では、初心者のようですのでご説明をさせて頂きます。こちらのすり鉢状の回転盤(ホイール)を回転させ、私、進行役(ディーラー)が投げ込んだ(ボール)がどのポケットに落ちるか予想する賭博(ゲーム)となっております。」

 

回転盤(ホイール)のポケットには赤か黒の色、そして数字が割り当てられている。

卓上のシートの賭札(チップ)をベットし、予想した数字や色に玉が転がり込めば、客側の勝利・・・というもの。

 

「このシートの上に、お金を置けばよろしいのでしょうか・・・?」

「はい。賭ける方法によって配当は異なります。赤か黒かの色に賭けたなら二倍、数字単体に賭ければ最高配当の三十六倍」

「さ、三十六倍・・・」

「当然、一目賭けの場合は当る確率が低いですが」

 

大賭博場(カジノ)初心者のベルと春姫をどこか初々しいものを見る目で進行役(ディーラー)の女性は説明を行い、春姫は目を輝かせながらも『だ、大丈夫でしょうか・・・?』とベルの方をチラチラと見つめてくる。

 

「奇数賭けや偶数賭け、数字縦一列。制限はなく複数賭けても構いません。」

 

進行役(ディーラー)の女性の説明を聞いてベルが持ってきた金貨を賭札(チップ)に換え、どこの数字にするか春姫と一緒に吟味し悩みに悩みぬいた末、ベルが賭けたのは赤――回転盤(ホイール)ポケットの半分を占める最も低い配当だった。

 

「習うより慣れろって言うし・・・」

「は、初めてでございますし、いきなり大きいのは春姫・・・心臓に悪ぅございます・・・」

 

 

シートに賭札(チップ)が三枚置かれたのを確認すると、兎人(ヒュームバニー)進行役(ディーラー)は慣れた手つきで回転盤(ホイール)を回転させ、(ボール)を投げ入れる。ベルが賭札(チップ)の追加や変更がないのを受け、進行役(ディーラー)は賭けの打ち切りを宣言した。

 

「綺麗な球でございます・・・・持って帰れないのでしょうか?」

「ふふっ、残念ながら差し上げることはできません」

 

ダンジョンで採掘された鉱石を使用しているのか、磨き抜かれた紅玉が不可思議な光を放ちながら高速回転する回転盤(ホイール)の上で踊る。2人が固唾を呑んで見守っていると、かたんっ、と音を立てて(ボール)は1ポケット――赤へと転がり込んだ。

 

「お見事です」

「勝ったのでしょうか?」

「ほら、春姫さん、賭札(チップ)が増えましたよ!」

 

回転盤(ホイール)が回っている間は肩を強張らせていた春姫も、進行役(ディーラー)が増えた賭札(チップ)をキラキラとした顔で受け取ったベルを見て、ようやく安堵の笑みを咲かせた。

 

 

「こちらに返ってきた賭札(チップ)は6枚ですから・・・合計13枚でございますね」

「どんどん、行きましょう! お姉さん、次は数字の縦1列で!えっと・・・何枚にしますか?」

「ご、五枚で・・・」

「じゃあ、それで!」

 

再び回転盤(ホイール)(ボール)が投げ込まれると、入ったポケットは見事に的中。配当3倍。

 

「わぁぁ・・・!!す、すごいです、貴方!」

「これ、いくらなんだろう・・・えっと、次お願いします!」

 

はしゃぐ春姫に同じく笑みを浮かべ再び賭けるベル。

賭札(チップ)8枚、横二列(ダブルストリート)数字6つ賭け。配当6倍。

 

「ま、また的中でございます・・・」

 

賭札(チップ)10枚、線上(コーナー)数字四つ賭け。配当9倍。

 

「べ、ベル様・・・?」

「次」

 

賭札(チップ)30枚、横一列(ストリート)三つ賭け。配当12倍。

 

「こ、これが【幸運】・・・?お、お腹が痛いです・・・」

「はい、次」

 

賭札(チップ)100枚、線上(スプリット)数字二つ賭け。配当18倍。

――的中。

 

「アストレア様・・・やはり春姫には荷が重いです・・・ベル様がもう何も言ってくださいません・・・」

「あん?この白っちぃガキ・・・どこ・・か・・で・・・?」

「お、おいモルド・・・」

「これ、嘘でしょう・・・!?」

「お姉さん、次・・・あとモルドさん達、いつの間に?」

「へへっ、お前もついに大人の世界に来やがったか・・・!」

 

高額賭札(チップ)300枚、一点(ストレート)数字1つ賭け。配当36倍。

 

「うぅ・・・あとでお姉様達に詰め寄られそうです・・・怖いです・・・」

 

―――的中。

 

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

築き上げられた光輝く高額賭札(チップ)の山に、いつのまにか見物客になっていたモルド達が咆哮を上げる。春姫はベルの発展アビリティのことを聞いてはいたが実際目の当たりにすると『後が怖い』と顔色を悪くしてドン引きしていた。当の本人であるベルは、瞼を瞑ったまま表情は変えないが繋いでいる春姫の手を何度も握ったり開いたりしていた。

 

モルド達の声を聞きつけ、神々を含め他の客からも注目を浴び始める。

それほどの大勝であった。

 

「えっと・・・次は・・・」

「許してくださいごめんなさい・・・!」

「えっ!?駄目なんですか!?」

「怖い・・・白いの怖い・・・」

「え、えぇぇ・・・」

「ベ、ベベベ、ベル様・・・も、もう行きましょう!?」

 

可愛らしい初心者(ニュービー)の勝利を微笑ましそうに祝っていた進行役(ディーラー)もこの時になると顔を引きつらせ『ほ、他のゲームをされては?』とか『怖い・・・怖い・・・』とか『許して・・・』と目の前にいる白い悪魔が自分の元から去ることを願ってすらいた。初体験で何が何やらで混乱気味な春姫がベルの手を引いて立ち上がり、2人は大量の高額賭札(チップ)を持ってテーブルを後にする。

 

「だ、駄目なんですか?」

「春姫の心臓が持ちません!」

「そ、そんなに・・・」

「ベル様、絶対、理解せずにされていましたね・・・!?」

「えへへ」

「『えへへ』ではございません!」

 

 

手に入れた高額賭札(チップ)をもとに、ベルと春姫はここぞと各テーブルで暴れまわる。

 

「ストレートフラッシュ」

 

基本、大賭博場(カジノ)に有利――進行役(ディーラー)と直接対決する賭博(ゲーム)は避け、客同士のポーカーに臨む。運任せに勝ちを重ねては大金を巻き上げていった。

 

上乗せ(レイズ)

 

十分な軍資金があるため、時には春姫にも賭博(ゲーム)を楽しませ大負けをしても痛くも痒くもないと言わんばかりに富者を装い、一層多くの賭札(チップ)を賭けた。

 

「ギルド長殿おおおおおおおおおおお!?」

 

あまりの豪快な――考えてるのかさえ怪しい賭けっぷりにベルと同卓につく哀れな客は、必要以上に手役(ハンド)を警戒――勝負に萎縮してしまい、相手が春姫の時でさえ勝負を降りていってしまう。

 

「ベ、ベル様、いったい誰にここまで教え込まれたのですか?」

「ライラ先生」

「あそこで、ギルド長が泡を吹いておられますが・・・」

「エルフの人たちが『いいぞもっとやれ!』とか言ってますね」

「【あれが迷宮街の白い悪魔か】とはどういう意味なのでございましょう?」

「さ、さぁ・・・?」

 

この時には春姫も大賭博場(カジノ)に慣れたのか、田舎の伯爵夫人を演じては瞳を輝かせ、豊かな胸の前で手を叩き、自分が卓について勝てたときにはベルに抱きついてきていた。

 

『先程から目立っているあの年若い御仁は、どなたですか?』

『フェルナスの伯爵様らしいよ!』

『まぁ、フェルナスと言ったら小国の・・・』

『確か、あの国は一度財政難に見舞われたはずでは・・・』

『領地の森から白聖石(セイロス)の山を掘り当てたらしいよ!』

『なんと、それは羨ましい』

『後はもうなんか色々事業も成功してウハウハらしいよ!』

『見てください、またお勝ちになられた!』

『瞼を閉じて、適当にやっているようにしか見えないのに・・・!なんと言う運の強さだ!』

『私、あの国に、あんな可愛らしい御方がいらっしゃったなんて知りませんでした!』

『なんでも早くに前頭首を亡くされたらしい!』

『まぁお若いのに・・・』

『母親は生まれつきの病を患い、あの御仁は病こそ患ってはいないそうですが目をやられてしまったのだとか』

『まぁ・・・』

『それに隣にいる御婦人も可憐で美しい・・・!』

『何でもあちらの奥様はカエルのような怪物に襲われていたところを御仁に救われたのだとか!』

『それはすごい!』

 

 

人込みに紛れて神々が好き放題に発信する偽の情報。まことしやかな嘘にあっという間に尾ひれが付き、誇張された噂が大賭博場(カジノ)全体に広がっていく。賭博(ゲーム)に連勝したベル達は大量の賭札(チップ)を携え、今やホール中から注目を集めるようになっていた。

 

「ベル様、その、私も遊んでよかったのでしょうか?」

「アストレア様が『春姫は殆ど遊びに行くこともないから、楽しませてあげて』って言ってたので。大丈夫ですよ?」

「そ、そうでございますか・・・・」

「それより・・・誰がこんな噂を?」

 

賭博(ゲーム)に勝ってさえいればいいと思っていたところが、気がつけばあれやこれやと噂が流れ始めていた。春姫もこれには身に覚えがないらしく、少し休憩をしようとホールの端に行こうとしたところで声をかけられた。

 

 

 

 

 

「随分と・・・お楽しみのようでございますねえ」

「―――ひぅっ!?」

「っ!?」

 

 

声の主はその場に相応しい着物を着用した、黒髪の女性だった。

思わず逃げようとするベルの首根っこをひっつかんでホールの端、ちょうど死角になって人目に付かない場所に連れて行く。

 

「―――怒ってないから、逃げようとするな」

「ほんと?」

「お前がアストレア様の了解もナシにこんな時間に夜遊びなどするはずがないだろう。だから適当に噂を流すようにそこらの神々(ひまじん)達に頼んだんだ。大方、何か厄介ごとか?」

 

ベルと春姫を目を見開いて

『おお、これが【アストレア・ファミリア】副団長!!言わなくても察してくれる!すげぇや!!』みたいな気持ちになって尊敬の眼差しを向けてしまう。

 

「その目をやめろ気色悪い。」

「ど、どうしてわかったの?」

「やたらと目立っていたから目を向ければ春姫がいたからな。ベル、お前は・・・ぶふっ、何で御座いましょうそのお姿は。『七五三』で御座いますか?」

「うぎぃ・・・『シチゴサン』って何ぃ・・・」

「可愛らしい伯爵様で御座いますねぇ」

 

輝夜はベルに悪戯をけしかける時のように悪戯な笑みを浮かべ、ベルを壁に張り付かせ体を密着させる。

 

「か、輝夜さん・・・?だ、誰か、来ちゃうよ?」

「ここは丁度死角になっておりますので・・・そうそうすぐには見つかりません。レロッ」

「ひぅっ!?」

「やはり、感じやすいようですねえ」

 

輝夜はベルの首筋に吸血鬼のように唇をくっつけ、舌を這わせて舐め上げる。

その行為にベルはすぐに顔を赤くし、輝夜から離れようとするもレベル差によって意味のない抵抗となってしまう。

 

「事情を・・・チゥッ・・・聞かせろ」

 

ぐりぐり。

 

「ひ、膝ぁ・・・グリグリ、やめぇ・・・!?」

「春姫、見張ってろ」

「は、はひ!?」

「ほら、早くしろベル」

「あ、あの、ただの遊びじゃなくて」

「それは察した。私はリオンの阿呆とは違うぞ?なーにが『ベルが春姫と婚姻したようです・・・私はもう駄目です・・・お仕舞いです・・・手塩にかけて育てた子供が巣立つ親の気持ちとはこういうものなのでしょうか輝夜』だ。これだから頭の固い妖精様は困る」

 

春姫に見張り役をさせ、人気が少ない死角なのをいいことにベルの股間に膝を押し当て首を舐め、胸を密着させてベルを羞恥に染め上げる輝夜に息が荒く悶々としていくベル。春姫が小声で『あ、あれが伝説の【壁ドゥン】でございますか・・・』とか言っているが、ベルはそれどころじゃなかった。どうしてかリューが何かよくわからいことを言っていたらしいと聞かされたが、輝夜にせかされて事情を説明した。

 

 

「なるほど。つまりは『賭け』に嵌った駄目男が娘を取られて、その娘を取り返しに来た・・・と?」

「せ、正確には、ふぁっ・・・アンナさんのお母さんのため・・・」

「どうやって入り込んだ?」

「アストレア様が、ヘルメス様に招聘状を用意させたみたいで・・・でも、条件が『伯爵夫妻』だから2人でって。」

「それで春姫を選んだのか?」

「ア、アストレア様が・・・春姫さんがあんまりオラリオで遊んだりしてないからって息抜きもかねて行っておいでって」

「それで、リオンには何と言ったんだ?」

「えっと・・・・『僕たち夫婦です』って」

「お前は一々誤解を生む発言をしないと気がすまないのか!?」

「ひゃぁうっ!?」

 

輝夜はベルの耳に甘噛みを繰り出した!

▷効果は抜群だ!

ベルは輝夜を押しのけようと両肩に手を置いて力を入れた!

▷効果はイマイチのようだ・・・

輝夜はベルの股間にさらに膝でグリグリ、胸の谷間を見せ付けた!

▷効果は抜群だ!!

ベルは倒れそうになって輝夜に抱き寄せられた。

▷力尽きてしまったようだ・・・

 

 

「ご、ごめん・・・なさ・・・いぃ・・・・」

「はぁ・・・まったく。お前はもう少し発言に気をつけろ。でないといらん勘違いをされて最悪殺されるぞ」

「そ、そこまで・・・!?」

「あと、何故相談しなかった?」

「だ、だって・・・皆すぐ出て行っちゃったから・・・寝る前に部屋に行っても、やっぱり誰もいないし・・・」

「それは・・・そうだが・・・いや、そうか・・・それは私達が悪い。すまない」

「ふぅふぅ・・・」

「だ、大丈夫か?」

「うぅぅ・・・まだ仕事中なのにぃ・・・」

「達したのか?」

「してません!!途中で止められた!」

「帰ったら相手してやるから我慢しろ」

「―――今日、帰ってくる?」

「正確には明日になるだろうな。」

 

見張り中ながら耳を赤くする春姫を他所に2人で話し合う2人が、そこにはいた。

 

「正直に言えばお前の話を聞いて、私達派閥の人間として仕事をしていることに少なからず嬉しさを感じてはいる。だからやるだけやってみろ」

「怒らないの?『こんなところに来るな!』って」

「私達が留守にしていたのにも原因がある。リオンには私の方から説明をしておいてやるから・・・勘違いさせたことは謝っておけよ?」

「う、うん!」

「恐らく、人目の付くところに出ればすぐにでも声がかかるはずだ。あとはお前たち次第だ。暴れるなり、好きにしろ。半人前のお前の荒くらいは埋めてやる」

 

そら、行って来い。とベルの背中を押す輝夜にベルは一層嬉しそうにして抱きついた。

 

「ありがとう、輝夜お姉ちゃん大好きー!!」

「っ!?」

 

言うだけ言って春姫と腕を組んでホールの方へと2人は姿を消していった。

 

 

「それにしても一体いくら稼いだんだ? 数千万?あるいは億か?まああいつの貯金がもう無くなるころだから問題はないが・・・」

 

 

今後のことも考えて愚者(フェルズ)を強請って人数分の【眼晶(オクルス)】を用意させるべきか?と悩む輝夜なのだった。

その時、迷宮内で異端児達と一緒にいた当人は悪寒を感じて体を震わせていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「だ、大丈夫でございますかベル様?」

「うぅぅぅ・・・あ、やぁ、い、今、背中摩らないでください!?」

「ふぇっ!?そ、そんなにですか!?」

 

輝夜と別れた後、真っ赤な顔と変なスイッチが入りかけている少年に少女が背中を摩ろうとするも拒否され近くを歩いていた給仕に水を貰い少年に飲ませて落ち着かせていた。

 

「お、女の人・・・しゅごい・・・んくっんくっ・・・ぷはぁ」

「だ、大丈夫でございますか?」

「ん、ん、だ、だ、大丈夫れす・・・」

 

春姫の瞳に映る少年は、瞳を潤ませていてどこか厭らしさを感じさせており春姫の心の中で『輝夜(やつ)はとんでもないものを盗んで行きました・・・少年(ベル)の心です』とタケミカヅチが言った気がしたが頭を振って無かった事にした。

 

「お客様」

 

そこで、輝夜が言っていた通り2人のことを見つけたのか仕立てのいい黒服に身を包んだ、年配のヒューマンが2人のもとに現れた。

 

経営者(オーナー)のセルバンティスが、ぜひお会いしたいと」

 

 

―――来た。

 

 

ベルを心配そうに見つめる春姫の隣で、ベルは心の中で唱えた。

ついにこの時が来たと。

 

「私のような青二才に、経営者(オーナー)自らそう言って頂けるとは光栄です。どちらに向かえば?」

「どうぞ、こちらに」

 

店の支配人なのか、初老のヒューマンは老紳士のようにベル達を案内していく。

向かった先にいたのは、招待客(ゲスト)に挨拶して回っている大柄なドワーフだった。

 

「おお、貴方がマクシミリアン殿ですか!」

 

こちらに気付いた相手は、両腕を広げて自らも近づいてくる。

ベルとほぼ同じくらいか少し高いくらいの目線、典型的なドワーフの体型。蓄えられた髭もまさにといった具合だ。茶色の髪は前髪から全て後方へ撫で付けている。堅気ではない、用心棒の一人にも見える。

 

「私はテリー・セルバンティス、この大賭博場(カジノ)経営者(オーナー)を務めておる者です。今夜は遠路はるばるお越しくださって、ありがとうございます」

 

「こちらこそ、このような場所に招待して頂いて感謝しています。僕・・・こほん、私はアリュード・マクシミリアン。こちらは妻のシレーネです」

「夫ともども楽しませて頂いております、経営者(オーナー)

 

ベルが偽名の紹介を済ませると、春姫が令嬢のように礼を取る。

歓迎してくるテリーは愛想を欠かさない人物だった。

一見強面だが、笑みを絶やさず話す様は相手の警戒心を和らげるのに役立つことだろう。姉達から聞いた話では、『仮面』を被る者達が数多くいるらしくだからこそ対応を揺らがせてはいけない、警戒心を解いてはいけないということらしくベル自身も仮面を被り、貴族の演技を続ける。

 

「早くから挨拶したかったのですが、今宵もなにぶん招待客(ゲスト)の方が多いもので・・・あらためまして、ようこそいらっしゃいました」

 

ここまで案内した支配人のヒューマンが退席していく中、テリーは右手を差し出した。

それを感じ取ったベルは手を出さず、代わりに春姫が左手を差し出して握手する。

 

「おや?」

「申し訳ございません。主人はあまり目がよくないものでして・・・」

「これはこれは、とんだ無礼を・・・」

「いえ、お気になさらず。目はよくありませんが、その代わり耳がいいですので支障はありませんよ」

 

握手を解き、にこやかに春姫を見たテリーの視線に、一瞬の好色が滲み出たことにリューの言っていたことが本当だと確信した。

 

 

「マクシミリアン殿、お聞きしたところ本日は相当()()()()()ご様子・・・そこで提案なのですが、あちらの貴賓室(ビップルーム)に来られませんか?」

 

テリーはそれまでの愛想のいい笑顔とは打って変わって、商人のような笑みを浮かべる。

彼が一瞥するのは他でもない、ベルが目標として定めたホールの奥の扉だ。

 

 

テリーは、より高額の賭博(ゲーム)を楽しもうと提案。

最高級の奉仕やあの部屋でしかできない賭博(ゲーム)は勿論・・・と羽振りがいい客であるベルを、誘ってきた。一瞬考える素振りをするベルが春姫の方に顔を向けると、春姫が阿吽の呼吸で微笑みかけてくる。

 

「貴方、私もぜひ行ってみたいです」

「妻もこう言っているので、よろしければ」

「がはははっ、決まりですな!」

 

笑い声を上げるテリーに引率され、ベル達は移動を開始。

込み合う客を避けながら、ホールの奥へと向かう。

そして屈強な門番が立つ大扉にたどり着く。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

きつく閉ざされていた両開きの扉が開かれる。

テリーの後に続いたベルと春姫は、敵の懐へとうとう足を踏み入れるのだった。




カジノ云々はよくわかってないので実際どれくらい稼いだんだろうか・・・・正史のベル君。


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幸運の白兎

カジノに関しては詳しくないので悪しからず


 

扉をくぐった先は、騒がしいホールから一転して物静かであった。

証明である魔石灯の光は抑えられており薄暗い。ホールに見劣りしないほどの広間であるが人の数とテーブルは少なく、空間を贅沢に使っていた。

黒服の給仕と、華麗なドレスに身を包んだ美女達が、客に酒をそそいでいる。

 

「先程のホールとは段違いでございますね、貴方、大丈夫ですか?」

「―――ええ、問題ないですよ」

 

最大賭博場(グラン・カジノ)『エルドラド・リゾート』、その貴賓室(ビップルーム)

経営者のテリー・セルバンティスに連れられるベルと春姫は、広い室内を見渡した。

樫の大扉に隔たれたホールの騒音は当然の様に一切聞こえることはない。遮音性に優れた広間には小さな談笑の声がやけに響く。

 

桃花心木(マカボニー)(テーブル)・・・やはり高級だと感じますね」

招待客(ゲスト)も外と違って仕草も身嗜みも違いますね。」

 

貴賓室(ビップルーム)には招待客(ゲスト)以外にも、完璧な所作を身に付けている男性給仕、そしてドレス姿の見目麗しい美女、美少女が多くいる。テリーの背中を追いながら春姫と小声を交わすベルは、彼女たちの姿に違和感を感じていた。

 

―――この人たちもアンナさんと同じ?

 

「さぁ、こちらのテーブルへ」

 

テリーが案内したのは、カードゲームを楽しんでいる者達の席だった。

都合4人。席に着いているテリーと古くからの知り合いなのか、気兼ねなく話しかけてくる。

 

「今夜も楽しませてもらっていますぞ、経営者(オーナー)

「ところで、そちらの方は?」

「紹介します。今宵初めて我々どもの店に来られた、アリュード・マクシミリアン殿です。お隣におられるのは、そのご夫人のシレーネ殿」

「お初にお目にかかります、皆様」

経営者(オーナー)のご厚意でこちらへ来させて頂きました。よろしくおねがいします」

 

笑顔で迎える招待客(ゲスト)に春姫とベルが会釈を済ませると、間髪入れず男性給仕が椅子を引いた。黙って腰を下ろせば混酒(カクテル)を丁寧に置くエルフの少女が現れる。

 

―――飲まないぞ。僕は飲まない。

 

経営者(オーナー)、先程から見かけるこの麗しい方々は・・・?」

「彼女達は、まぁ聞こえが悪いかもしれませんが、私の愛人です。自分で言うのもなんですが、多情な私めの求愛に、真摯に応えてくれました」

 

「ベル様とは逆でございますね?」

「―――帰ったらお仕置きですよ春姫さん」

「こんっ!?」

 

貴賓室(ビップルーム)に入った時から感じていたベルの違和感からの問いに、椅子に座ったテリーは自尊心を隠さずに答えた。

 

「私の愛に応えてくれた美姫達ですが、これを独り占めしようものなら美の女神から小言が飛んでくることでしょう。そこで僭越ながら皆様の目を潤す一役になって頂ければと、こうして酌に協力して頂いているというわけです」

 

遠まわしに言っているが、つまり彼女達はベル達が助けに来たアンナ・クレーズと同じ境遇――見初めたテリーがあらゆる手段を講じて強引に手に入れた者なのだろう。

 

「―――そういえばご存知ですか?ここ迷宮都市(オラリオ)には、美の女神を引きずり回した怖いもの知らずがいるそうですよ?」

「ああ、そのような噂、聞いたことがございます。界隈では『女神殺し(テオタナシア)』と呼ばれているとか」

「―――ブフゥッ!?」

 

『美の女神から小言が・・・』に反応した春姫が、驚かしてやろうと思ったのかそんな発言をしたしベルも別に脅すくらいはいいだろうと気にしてはいなかったが、帰って来た言葉に咽て咳き込んでしまった。

 

―――ま、また変な二つ名が!?というか、殺してないよ!?

 

ベルの引きつった笑みにテリーと招待客(ゲスト)が『どうかされましたか?』と声をかけてくるのを、お構いなくと返して給仕に水を貰って飲み込み、流し込んだ。

 

―――でも、リューさんが言ってたことは本当だったみたいだ。

 

『好色の経営者(オーナー)が囲う美女美少女を客に見せびらかす』。リューが貴賓室(ビップルーム)について触れた情報は本当でテリーが財力にものを言わせ集めた『収集品(コレクション)』である。

美麗かつ大胆な作りのドレスを纏う彼女達は誰も彼も美しく、本当に人形のようだった。自身の意思に関係なく、それぞれ理不尽な理由でここにいるのだろう。(アンナ)と同様、都市内外から卑劣な方法でここに連れて来られたのだ。

 

まるで男の所有物であえることを示すかのごとく、様々な色の首飾り(チョーカー)をはめている。

この部屋はオラリオの真の『治外法権』。このような光景もまかり通る。

傲岸な経営者(オーナー)を咎める者もいなければ、招待客(ゲスト)もまた彼の『収集品(コレクション)』を楽しみ、褒め称え、甘い蜜をすすろうとする。

 

―――アンナさんも、ここにいるはずだけど・・・

 

自慢げな経営者(オーナー)、更に美姫等に粘りついた視線を送る招待客(ゲスト)に不快感を感じながら、(アンナ)の姿を確認したいベルは、次の言葉を発した。

 

「そういえば・・・ここに来る途中、経営者(オーナー)は傾国の美女を手に入れたと耳にしました」

 

ベルがそう切り出すと、途端、他の者達も前情報があったのか色めき立ち始める。

 

「おおっ、私も聞きましたぞ! 何でも遠い異邦の国から娶ったのだとか!」

「どうか我々にも見せて頂きたい!」

 

周囲の富豪達の唱和。これも吐き気を催す光景だった。

一方でテリーは大笑する。

 

「がははははっ!! 皆さんも耳が早い! ええ、おっしゃる通り、新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう! おい!」

 

彼等の反応に気を良くしたのか、はたまた最初から見せる気でいたのか、ドワーフの経営者(オーナー)は一人の青年給仕に向かって手を叩いた。給仕が恭しく礼を取った後、貴賓室(ビップルーム)の更に奥から呼び出されたのは、純白のドレスを着たヒューマンの少女である。

 

「初め、まして・・・アンナと申します」

 

スカートの裾を持ち上げ、少女は自らのことをアンナと名乗った。

間違いない。隠し切れない怯えを言動の端々に滲ませる彼女が、クレーズの夫妻の娘だ。

 

―――母親(カレン)さんの言葉は誇張じゃなかったんだ。

 

大金の質としても十分に頷けるほど、彼女の細面は整っている。純朴そうな碧眼に白い肌、ほっそりとした顎や項、慎ましい胸の膨らみ。少女と女の間で揺れ動いている容姿は客観的に見ても女神とも張り合えることだろう。その首には他の者達と同じ首飾り(チョーカー)がある。

 

―――髪の色は母親譲り・・・けど聞こえてくる波長は周りの女の人と・・・いや、それよりも怯えてる。たぶん、他の人達とはいる期間が違うからかな。

 

街娘としての明るさは鳴りをひそめ、長い睫毛とともに目を伏せるその姿はただただ庇護欲をそそる。同時に、男の嗜虐心までも。見惚れていた富豪達は感嘆の息をつきながら、少女の剥き出しの肩に不躾な視線を送った。

 

 

「これはまた・・・器量良い」

「ええ、麗しい。女神が地に賜った美とはまさにこのこと。よく見つけましたな、経営者(オーナー)

「実は異国の地で巡り会いましてな。きっと神のお導きだったのでしょう。この愛らしさと美しさに私めもすぐ虜になってしまったのです」

 

嘘を並べるテリーの言葉を横に、ベルはアンナの方へ顔を向けていた。

好色の目に晒される中で唯一異なるその雰囲気に気付いたのだろう、顔を上げたアンナは不思議そうに、あるいは戸惑うようにベルの閉じられた瞼を見つめた。

それに、テリーが気付く。

 

「マクシミリアン殿、彼女の顔が見えているので?」

「いえ・・・暗さもあってハッキリとは見えていませんが・・・ですが、彼女と似ている娘を知っていまして」

 

ベルは雰囲気を事無く静かに微笑を浮かべで相手の懐に踏み込んだ。

 

「とある知人の話なのですが、彼は悪漢達の誘いに乗って賭博に手を染めてしまい・・・財産を奪われた挙句、自慢の一人娘も攫われてしまったのです」

「!」

 

アンナとテリー、ともに目の色を変える。

 

「賭博に応じてしまった娘の父親が間違いなく愚かだったのでしょうが・・・ただ、詳しく調べてみると、どうやらその一件は()()()()の差し金であったらしく」

 

「・・・・」

 

「その者は麗しき娘を手に入れるためにならず者達をけしかけ、全てが終わった後は悠々と彼女を懐に囲っているそうです・・・少女の身の上を知る者として、心を痛めるばかりです。」

 

言葉に鋭い語気を発しながら、ベルはテリーの方へと顔を向けた。

 

「私は早くに親を亡くした身・・・別れを交わす事もできませんでした。しかしそんな私とは違い、生きているのであれば親子は一緒にいるべきだと思い今でも彼女の身を案じ・・・その行方を追いかけています」

 

全ての事柄を、アンナにまつわる経緯を何もかも知っていることを、言外に告げる。

愛想の良かったドワーフの経営者(オーナー)は今や仮面を脱ぎ去り、剣呑な視線をこちらに叩きつけていた。ならず者にも劣らない、その道の者だけが持つ凶暴な目つきだ。

空気の変化を感じ取ったのだろう、テーブルにつく富豪達はうろたえ、聡い者は今何が起こっているのかも理解した。話の渦中にいるアンナもただただ呆然とするばかり。

 

―――生きているなら、一緒にいるべきだ。だから母親の話を聞いて引き受けたんだ。

 

アンナを取り戻しに来たという、ベルの事実上の宣戦布告であった。

 

「・・・興味深いですなぁ、マクシミリアン殿? ちなみに、今更ではありますが、貴殿は彼のフェルナスの伯爵と聞いておりますが・・・」

 

「ええ、ただの田舎貴族です。親を亡くしたことを未だに引きずり過去に固執する・・・愚かなヒューマンです」

 

テリーの探っている視線を、ベルは真っ向から受け止めた。

他のテーブルの招待客(ゲスト)達も、給仕や美姫達も、様子がおかしい彼等のもとに視線を引き寄せられる。貴賓室(ビップルーム)に張り詰めた静けさが訪れた。

 

「どこのどなたと勘違いされているのかは存じませんが・・・どうやらマクシミリアン殿は奥様を差し置いて、このアンナにご執心の様子」

 

やがて口を開いたテリーは、剣呑な目付きをそのままに蓄えた髭の奥で笑みを作る。

 

「ならば、賭博(ゲーム)をしませんか?」

賭博(ゲーム)・・・・?」

「そうです。賭博(ゲーム)に勝った者は敗者に願いを聞き入れてもらう。勝者は求めるものを手に入れることができるのです。更に、賭博(ゲーム)に用いるのは全て最高額の賭札(チップ)

 

パチンッ、とテリーが指を弾くと、男性給仕が大量の最高額賭札(チップ)を積んだ荷車(カート)を押して現れる。

 

「お貸ししましょう。これでなければ我々の求む賭博(ゲーム)は成り立たない。」

 

「どうします?借りなくてもいいと思うんですけど」

「頂いておきましょう、その方が良い気がします」

「わかりました。貰っておきましょう。全部」

 

借りなくてもいいような気がしたが、大賭博場(カジノ)初経験の2人は賭札(チップ)の額などよくわからず、『貰える物は全部貰おう』という結論へと至った。

 

「恐らくですが・・・敗者は願いを聞き入れるという代償(ペナルティ)だけでなく」

「大量の借金も背負うというわけでしょう。もとより、逃がすつもりはない・・・と。」

「実力行使はどうでしょうか?」

「問題ないですけど、巻き込みかねないので流れに任せます」

 

荷車(カート)を運んできた者以外にも、ベルと春姫がついたテーブルの周りを何人もの男達が取り囲む。この貴賓室(ビップルーム)の扉を守っていた者達と同様に屈強そうだ。

 

 

―――リューさん達に比べれば、大したことないや。

 

娯楽都市(サントリオ・ベガ)に突出した力を持つ【ファミリア】がいるとは聞いてない。恐らくはテリー個人が雇っている無所属(フリー)の派閥を抜け出した野良の用心棒。【ガネーシャ・ファミリア】の幹部までは流石にないだろうが、彼等がいれば経営者(オーナー)の身内だけでも十分荒事には対応できるということだ。

 

「富や地位、名声も勝ち得た私達に真に欲するもの・・・それは命懸けの緊張感。違いますかな?」

 

黒い礼服を纏う用心棒達に圧力をかけさせながら、テリーは挑発のように語りかけてくる。

自分に楯突く輩を痛めつけるつもりか、またはアンナの一件をこの賭博(ゲーム)で有耶無耶にする腹積もりか。とにもかくにも相手の提案は単純であった。

 

賭博(ゲーム)に勝てばいい』。それだけだ。

 

ここで今すぐ実力行使に出ても負ける気はしないが、アンナのいる位置がテリーと用心棒に近過ぎることと他の女性達や春姫を巻き込みかねない。最終確認も兼ねて春姫を一瞥すると、こくり、と頷きを返してくれた。

 

「・・・わかりました。その賭博(ゲーム)を受けます」

 

了承するベルに、テリーは口端を上げた。

そのまま同じテーブルにいる面々を見回す。

 

「皆様もどうですかな! ここは最大賭博場(グラン・カジノ)、私とマクシミリアン殿との一騎打ちでは実に味気ない! 条件はみな一緒です、勝者の願いは私が叶えましょう! おっと、流石にお前の命が欲しいなどと物騒な望みは御免こうむりますがな、がっはっはっはっは!」

 

 

両手を広げたテリーの提案に、うろたえる素振りを見せていた招待客(ゲスト)達は顔を見合わせる。

羽振りの良さを示しつつ冗談を忘れない経営者(オーナー)の台詞に笑みを漏らしながら、やがて彼等は賛同した。それは栄光と破滅を紙一重にする緊張感に飢えている証左なのか、他の者達を巻き込んだ賭博(ゲーム)が準備される。

 

賭博(ゲーム)に何かご希望はありますかな? なければポーカーを行おうと思いますが」

「ええ、それで構いません」

「では勝敗は賭札(チップ)の有無・・・元手の賭札(チップ)が全て無くなった時点で、その者は敗者です」

 

了承し頷いたベルに、テリーは愉快げに目を細めた。

間もなく用意された莫大な最高額賭札(チップ)が卓上に重ねられる。

表情を崩さない給仕達、不安と諦観の念を纏う美姫等、そして瞳を揺らす(アンナ)の視線のもと、賭博(ゲーム)は開始された。

 

「マクシミリアン殿は、そのままで賭博(ゲーム)を?」

「―――ああ、いえ、妻のシレーネが目の代わりをしてくれるので問題ありませんよ」

「なるほど。では、手始めに賭札(チップ)20枚から賭けるとしましょうか」

「私はその倍を」

 

賭博(ゲーム)の種類はフロップポーカー。自分の手札以外に、全ての賭博者(プレイヤー)が使用できる共通カードが卓上中央に配置される。この共通カードと手札で手役(ハンド)を作るのだ。弱い手役(ハンド)でも騙欺(ブラフ)の如何によっては容易く勝利をもぎ取ることができる。周りにいる用心棒達はベルが小細工を働かせないか目を光らせていて、特にテリーの側にいるヒューマンと猫人(キャットピープル)の男は、鋭い眼差しでこちらを凝視している。

 

ベル、春姫とテリーを除けば他の賭博者(プレイヤー)は4名。

ヒューマンが2人に、小人族(パルゥム)の富豪、獣人の老紳士。

ベルと彼等は一喜一憂もしなければ騒ぐこともせず、静かにカードをめくる音と賭札(チップ)の鳴る音を響かせていた。

 

■ ■ ■

 

「貴方、同じカードが4枚です! 『ふぉーかーど』でございます!」

 

ベルの持つ手札を横から春姫が見つめて歓呼する。喜ぶ伯爵夫人のその姿に、テリーも招待客(ゲスト)も、周りで見守る用心棒や給仕も、(アンナ)や美姫達でさえも唖然とした。

 

「・・・ふふ、なるほど。それは何より」

 

春姫の口によって自分の手役(ハンド)を堂々と明かす真似をさせる。

動きを止めていたテリーと招待客(ゲスト)達は、ややあって、失笑した。

明らかな騙欺(ブラフ)である。

 

―――全くの子供騙しだ。世間知らずの貴婦人を装ったのだろうが・・・規則も知らないド素人め。所詮は子供か。

 

大方、この騙欺(ブラフ)で機制を制するつもりだったのだろう。

引っかかるものか、と心中で嘲弄しながらテリーはひそかに目配せを行った。

招待客(ゲスト)達が視線を受け止め、互いも見交わした後、獣人の老紳士が間を置いてから給仕を呼び止めた。

 

「あぁ君、アルテナワインの30年ものを頼む」

 

アルテナワイン、30年もの―――手役(ハンド)は同じカード3枚上位のフルハウス。

あらかじめ決められている暗号を交わしたテリー達は上辺だけの騙欺(ブラフ)をかけ合い勝負を降りていく。残ったのは獣人の老紳士と、ベルのみだ。

 

「どうやらこの老いぼれと一騎打ちのようですが・・・どうなさいますかな?」

「ええっと・・・そうですね、上乗せ(レイズ)で」

「ふふふっ、随分強気でいらっしゃる。ならば私も上乗せ(レイズ)とさせて頂きましょう」

 

老紳士の唇がつり上がる。

さぁどうだ、下りてもいいんだぞ、という体で獣人の招待客(ゲスト)が目を細めると

 

上乗せ(レイズ)

 

更に賭札(チップ)を上乗せ。

 

「・・・!?」

 

再三にわたる宣言。小揺るぎもしない微笑。

これには老紳士ともども、あざ笑っていたテリーや他の招待客(ゲスト)達も動きを止めた。

 

「は、はははっ・・・よろしい、では勝負といきましょう」

 

周囲が静かに見守る中、手役(ハンド)が公開される。

老紳士の役は当然、フルハウス。

対してベルは

 

「フォーカード」

 

予告通り、4枚の『女王(クイーン)』を叩き付けた。

 

「っ!?」

 

テリー達が一斉に驚愕する。

老紳士の役を上回る手役(ハンド)を見せ付けられ、しばらく言葉を失ってしまう。

 

「さぁ、どんどん行きましょう」

 

引きつった笑みで取り繕っているものの、老紳士の顔は屈辱に燃えていたが、すぐにその怒りは別の感情に取って代わる。

 

「すごいです貴方! 今度は全部同じ紋標(マーク)でございます!」

「・・・!!」

 

またか、と。

再び手役(ハンド)を打ち明ける真似をする春姫の笑顔に、招待客(ゲスト)は顔色を変えた。

『もう一度などありえるものか』という怒りと『まさかまた』という疑念。呈する半信半疑の様相。押し黙るテリー達が様子見で勝負を下り、合図を送られた最も強い手役(ハンド)招待客(ゲスト)が勝負を仕掛ける。

 

「また私の勝ちのようですね」

「・・・!!」

 

だが、やはり宣言どおりベルの手役(ハンド)賭札(チップ)を押収した。

 

「ストレート」

 

春姫はベルの運の良さにいっそ吹っ切れて出てきた手役(ハンド)に喜んでは宣言していく。

 

「・・・お、下りる」

「わ、私もだっ」

 

宣言された手役(ハンド)に恐れをなし、全ての招待客(ゲスト)が勝負を回避した。ベルの一人勝ち。

そこからは止まらない。

 

「スリーカード」

 

作業をこなすように

 

「フラッシュ」

 

静かに、粛々と、大胆に。

 

「フルハウス」

 

重なっていくベルの連勝。2人のもとで積み上げられていく最高額賭札(チップ)

愕然とするテリーがまず疑ったのはベルと、隣にいる春姫の不正(イカサマ)。視線を前と後ろに飛ばすと、息を呑んでいる進行役(ディーラー)は慌てて首を横に振り、ヒューマンの用心棒も無言のままそれに倣った。

 

 

おかしい、強過ぎる、とテリー達が心の声を1つにする。

間もなくして1人目の脱落者が出た。

 

「そん、な・・・」

 

青ざめるのは先程の獣人の老紳士。

あれほどあった賭札(チップ)の山がかき消えてしまい、魂を抜かれたかのように放心した。

テリーや招待客(ゲスト)が衝撃に打ち抜かれる最中、淡々と賭博(ゲーム)を続けるベルは、おもむろに口を開いた。

 

 

「皆さん、ご存知ですか? 知り合いの街娘から聞いた話なんですが・・・神様達の中には『魂』の色を見抜いてしまう女神がいるそうです。何でも彼女の瞳は、『魂』の揺らぎを見て、子供達の心まで暴いてしまうのだとか」

 

頬付きをし細い指で配られたカードの輪郭をなぞりながら、静かに語る。

 

「勿論、私はそのような瞳は持ってはいませんが・・・ただ、」

 

招待客(ゲスト)達の視線を一手に引き寄せるベルは一笑する。

 

「私は、耳がいいんです。街中などの人が多い場所ではただ疲れるだけですが・・・こういう場所であれば、周りの人間の心音を聞き取ってどういう心情かくらいは読み取れるようになりました。ほら、聞いたことありませんか?失った機能を補うように別の機能が強化される・・・みたいなこと。あとはそうですね・・・」

 

周りの美女達が全員、アンナと同じ手口で捕らえたのだろうと言外に伝えながら最後に言う。

 

「【運】がいいんですよ、かなり。もしかしたら・・・ここも出禁になるかもしれませんね」

 

その言葉を聞いて、招待客(ゲスト)だけではなく、貴賓室(ビップルーム)にいる全ての人間が耳を疑った。

 

「さあ・・・続きを」

 

終盤にさしかかり一気に加速する賭博(ゲーム)に1人、また1人と茫然自失とする招待客(ゲスト)が脱落していく。

今や用心棒や美姫達が固唾を呑んで見守る。

 

―――このままでは負ける・・・

 

掌の上で遊ばれるかのように、勝敗が支配されテリー自身は最低限の勝ちを拾うことしかできない。彼自身も賭札(チップ)も既に半分を切ろうとしていた。

そして、最後の瞬間が訪れた。

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュでございます」

 

春姫の口から手役(ハンド)が宣言され、

――ガタンッ!!と獣人の老紳士が勢いよく椅子を飛ばし、腰から床に倒れた。

衝撃によってテリーの賭札(チップ)の山が滝のように崩れていく。いくつもの白金(プラチナ)の輝きが音を立てて散らばる最中、口を両手で覆う美姫達も、顔中から汗を垂れ流す招待客(ゲスト)達も、立ち尽くすアンナも、その表情を驚倒一色に染めた。

 

眼球が飛び出そうかというほど見開いたテリーは、勢いよく背後を振り返る。

 

「ファウスト!?」

「―――ファウスト?」

 

―――ルノアさんの名前だっけ?

 

ドワーフの凄まじい怒号に対し、呻きながら首を横に振るヒューマンの用心棒。

不正(イカサマ)はしていないという護衛の姿に、テリーはあらん限りに歯を食い縛る。

うずたかく詰まれた賭札(チップ)の山。手元から全ての賭札(チップ)を失ったテリーは目の前の光景に凍りつく。

 

「さあ、僕達の勝ちだ。」

 

 

勝った者の願いをかなえるというのが賭博(ゲーム)前の口約。招待客(ゲスト)の衆目がある手前、ごねて敗北を受け入れないのはただの恥晒しである。側にいる亜麻色の髪の少女、アンナ・クレーズを一瞥したテリーは、屈辱を噛み締めながら返答した。

 

「よろしい・・・彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば、異国から来たばかりで疲れているでしょうからなぁ」

 

(アンナ)を探しに来たと言うベルのもとに、少女を返す。

まだ困惑しているアンナが恐る恐る去っていく光景にテリーは腸が煮え返る思いだった。

事実上の手放しだ。まだ買ったばかりで愉しんでさえいないというのに。

 

「これでよろしいですか、マクシミリアン殿?」

 

席から立ち上がるベル、そしてやって来た(アンナ)を己のもとに置くヒューマンを睨んで吐き捨てる。

 

――この小僧、青二才めっ。今に見ていろ。俺に恥をかかせたことを後悔させてやる。

 

心の中でテリーが憎悪をたぎらせていると、ベルが口を開いた。

 

「いや、まだだ」

 

その言葉に、テリーは更なる怒りで自分の目もとが痙攣するのがわかった。

 

「・・・何ですかな。このアンナだけでは、ご満足して頂けないと?」

 

思い返せば、確かにベルは『(アンナ)を連れ帰る』といった願いをはっきり口にしていたわけではない。しかし、この期に及んで要求を上乗せしようという態度は業腹以外のなにものでもなかった。テリーの胸中を他所に、瞼を閉じたヒューマンは静かに水を飲み込む。

 

「いやはや、マクシミリアン殿はお若いというのにこうも強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者達を手放せばいいのでしょう?」

 

テリーの皮肉たっぷりの言葉を無視し、ベルは次の一言を告げた。

 

()()

 

その発言に、数瞬、貴賓室(ビップルーム)から一切の音が消えた。

 

「貴方が金にものを言わせて奪い取った、全てを・・・解放してもらう。」

 

静寂を破るのは、ベルの宣告である。




theos(テオス)はギリシア語で「神」
thanasia(タナシア)はギリシア語で「死」
繋げてtheothanasia(テオタナシア)となるそうです。


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シャイニング

 

「調子に乗るなよ、若造・・・」

 

貴賓室(ビップルーム)に似つかわしくないほどのドスの利いた声が響き渡る。

眦を裂いたテリーの怒りの形相に、(アンナ)や美姫達だけでなく招待客(ゲスト)までもが怯えた。

 

「何を勘違いしている? 何様のつもりだ? たかが賭博(ゲーム)に一度勝ったくらいで!」

「・・・・」

「この俺を敵に回して生きていけるとでも思っているのか!? ギルドが守ってくれるなんて考えているのなら大間違いだ!!娯楽都市(サントリオ・ベガ)から出向いている俺はっ――」

 

「なら、もう1度賭博(ゲーム)をしましょう」

 

テリーの恫喝を、ベルは静かな一声で遮った。

 

「そうですね、ああ、この手があった。【貴方の自慢の愛人なら、ひとまず賭金に代えてチャンスをくれてやる】でしたっけ?」

 

惚けた様に顎に指を当て、首を傾げて(アンナ)の父であるヒューイが使われた手口をテリーに言う。

 

「まずは・・・・アンナさんの次ですから、この貴賓室(ビップルーム)にいる女性を貰いましょう。その次はこの貴賓室(ビップルーム)そのものを。さらにその次は・・・」

 

貴賓室(ビップルーム)の外のフロアを、次は、次は、次は・・・・・

 

 

 

「この大賭博場(カジノ)そのものを貰いましょう。そして最後は、【テリー・セルバンティス】という名前を貰いましょう。これなら、娯楽都市(サントリオ・ベガ)に文句を言われることもありません。ご安心ください、『お前の命が欲しい』などとは言いません。ひとまず、今私が言ったものを賭金代わりにしてみては?」

 

ベルの口から、悪魔のような提案を次々と言われワナワナと震えるテリーは最後には拳をテーブルに叩き付けた。

 

 

「ふっ、ふざけるなっ!! 馬鹿にするなよクソガキが!!これ以上、この俺、店さえ乗っ取ろうとする輩を生きて帰すわけにはいかん!!」

 

テリーが片手を上げた途端、それまでたたずんでいた用心棒達が動いた。

ざわっ、とどよめきが生まれ、黒服の男達がベルと春姫を包囲する。慌てて獣人の老紳士や小人族(パルゥム)の富豪達がテーブルから離れるのを脇目に、金で雇われている用心棒は忠犬のごとく主の意志に従った。

 

「舐めやがって・・・だが、だが一応、殺す前に聞いておいてやろう。貴様、何者だ?」

 

怒気を必死に抑え、テリーは問うた。

(アンナ)が怯える中、ベルは髪を止めているリボンを外し髪を振り解いた。

 

「―――【この顔に覚えはないか?】」

 

腰ほどまでに下ろされた白い髪。

けれど部屋の暗さのせいでその白さは隠れ、閉じられた瞼と佇まいに目の前にいる経営者(オーナー)は固まり、指を指して震えだした。

 

「ば、馬鹿な・・・い、生きているはずが・・・!?」

 

大量の汗をぶわっと流し始める。

己を射抜くかのような佇まい、雰囲気に、テリーは次の瞬間、大音声を放っていた。

 

 

「――せ、【静寂】のアルフィアぁあぁっ!?」

 

それは過去、都市最強の1つとして数えられていた派閥の冒険者の名前。

そして、かつて迷宮都市(オラリオ)に破壊をもたらした人物の1人。

 

 

「い、いや、いるはずがない!! なにより、背格好すら違う!何者だ貴様はぁ!?」

「【はぁ――また騒々しくなった】。私が・・・僕が何者かなど、そんなに重要なんですか?」

 

少しずつ開かれる瞼。

薄暗い貴賓室(ビップルーム)の灯りが、開かれた瞼の深紅(ルベライト)を照らしていく。

 

「は、白髪に・・・深紅(ルベライト)の瞳・・・!?」

「僕のことは知っていても、詳しくは知らないんでしょう? だって、お姉さん達と一緒に活動することなんてほとんどないんだから」

 

アルフィアに似た顔に驚いていたテリーが、用心棒が今度は開かれた瞼の色と共に変わった雰囲気によって更に驚愕を顔に染める。

 

「ト・・・【夢想兎(トロイメライ)】ッ!? いや、まさか、【アストレア・ファミリア】ァ!?」

 

「うんうん、やっぱりその二つ名がいい。【女神殺し(テオタナシア)】なんて僕には合ってない。ふぅ・・・それでは、【雑音は終わりか?ならば潰えろ】」

 

ベルは杖で肩をトントンと叩いて、魔法の詠唱を開始した。

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】――」

 

「や、やれぇ、お前等ぁ!?」

 

突きつけられた断罪の刃――眼光を受け、テリーはとうとう叫び散らかした。

取り乱しながら用心棒達にベルを始末するように命令する。

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】」

 

―――用心棒、つまりは恩恵持ち・・・なら、加減の必要はないよね。

 

四方から掴みかかってくる屈強な男達。

ベルはそれを――一蹴した。

 

「ぎゃあ!?」

「ぐぇっ!?」

 

杖を振り回し、的確に急所を打撃し蹴りで自分よりも体格の大きい巨体を、壁に、テーブルに激突させる。床に叩きつけられ足もとまで転がってきた用心棒に、招待客(ゲスト)の女富豪が金切り声を上げた。

 

「――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】!・・・っと、こういうときは、そう、あれが良いってロキ様が」

 

たちまち悲鳴が拡散する貴賓室(ビップルーム)。騒然となる中央でわなわなと震えるテッドは、とうとうなりふり構わず、最強の切り札をつぎ込んだ。ベルは魔法を完成させ、発動後にいけない教育者(ロキ)から伝授された台詞をキメ顔で言う。

 

 

―――ベル様がまた変なことを教えられております・・・

 

「えっと・・・【アストレア様に代わって、お仕置きよ】!」

 

「ぷふっ」

 

何故女口調なのかと疑問にも思ったが、13の男の子が良い顔している『空気を無視した言動』に耐え切れず春姫は思わず笑い声を吹き出し必死に抑えようと取り繕う。

 

「え、春姫さん、僕、間違ってましたか?」

「は、はひっ、ふふっ、止めておいたほうがよいかと。その、恥ずかしい過去になりますので」

「だ、黙っててくれますか?」

「ふふっ、考えておきます」

 

緊張感も何もないように余裕を織り交ぜた会話をする2人に(アンナ)も美姫達も唖然とした顔で固まる。

 

「ファウスト!! ロロ!! 奴を殺せぇ!?」

 

雇い主の命を受け、背後に控えていた2名の用心棒が動く。

中肉中背のたくましいヒューマン、痩身の猫人(キャットピープル)。駆け出してくる男達に、ベルは杖を剣のように構えた。

 

「春姫さん、大丈夫だとは思いますけどアンナさんと一緒に下がっていてください。魔法は発動済みです」

「はい。ベル様、ご武運を」

 

自分より前に出たら巻き込みかねないと暗に告げ、ベルは走り出す。

春姫とアンナが離れる中、襲い掛かってくる手練達と戦闘に臨んだ。

 

 

 

 

瞬く間に間合いが縮まる最中、ヒューマンと猫人(キャットピープル)の用心棒はそれぞれの得物を装備する。黒鉄の拳具と、二振りのナイフ。接敵を果たすと同時に繰り出された鋭い拳撃と斬撃を、ベルは跳躍によって頭上へ躍り出ることで回避した。敵背後に着地を決め、すかさず杖で上段からの打撃を放つ。

 

「!」

「ファウストとロロはあの『黒拳(こっけん)』と『黒猫(くろねこ)』だ! 【アストレア・ファミリア】にいるなら名を聞いたことくらいはあるだろう!」

 

が、黒光する拳具がそれを弾き、絶妙の時機で横からナイフが振るわれる。

それを杖を握っていない左手で起用に掴み取り、ナイフを奪い取る。

 

「なっ!? 俺のナイフが!?」

 

テリーは汗を拭いながら獰猛な笑みを浮かべていたのが凍りつき、猫人(キャットピープル)の男はナイフを奪われた事に一瞬呆けてベルに蹴り飛ばされる。

 

「確かに、名くらいは知ってますよ。実力は知らないですけど・・・少なくとも、貴方達ほど間抜けじゃない」

 

 

黒拳(こっけん)』と『黒猫(くろねこ)』。リュー達から聞いた程度だが知っている。

賞金稼ぎと暗殺者の通り名で、ファミリアの団長ことアリーゼによって強引に『豊穣の女主人』に入れられた経歴を持つ2人。

 

「なっ、なっ・・・給仕ども、アンナとその女を捕らえろ!!」

 

ベルの動きを止めさせるため人質にせんとする命令に娯楽都市(サントリオ・ベガ)出身の給仕達はうろたえたものの逆らえなかった。いくら素性が怪しくなったといっても経営者(オーナー)の命令は絶対であった。

周囲では招待客(ゲスト)達の悲鳴が途切れない中、壁際にいる春姫達を取り囲む。

 

「あ、あの・・・!?」

「・・・・」

 

じりじりと近づいてくる輪にアンナが恐怖する一方で、春姫は黙ってベルを見つめた。

自分を置いて逃げてと今にも言いそうな娘の視線を無視し、春姫はただ黙って立っていた。

やがて、前触れなく鐘の音が鳴り響いた。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

 

ゴーン、という音と共に春姫達を取り囲んでいた給仕達が吹き飛んだ。

 

「!」

 

響き渡る鐘の音にびくり、と肩をゆらし周囲の視線はその音の発生源であるベルへと向けられた。

ベルは戦闘を行いながら、微笑を浮かべて語りかけた。

 

「今、貴方達は僕の魔法の加護で守られています。傷を負うこともありません。そこにある僕が稼いだチップを持って今のうちに逃げても構いません。貴方達は自由です。だから―――最後に、やり返しても、誰も文句は言いません」

 

導火線に火をつけられたかのように、瞬く間に美姫達は溜め込んでいた激しい怒りと共に爆発した。

 

美姫達が一斉に叫び出す。

 

「うあぁ――――――っっ!!」

「もうこんなところに1秒もいたくない!!」

「ウチに帰すニャァ―――!!」

「あんなドワーフより、ショタがいいに決まってるでしょうがぁ―――!!」

「年下白髪赤眼キタコレ――――っ!!」

 

美しい人形であった筈の女性達が怒りの咆哮を上げ、がむしゃらに暴れ出す。

青ざめるのは給仕達である。既にベルにのされてしまった他の用心棒と異なり彼等は腕っ節に自信があるわけではない。テリーが集めた『収集品(コレクション)』と呼べるほどの美姫達の数を押さえ込むなど到底無理な話であったし、魔法の効果で自分達が傷つくことがないのをいい事に美姫達は容赦がなかった。

ドレス姿にもかかわらず飛び掛るヒューマン、光輝く賭札(チップ)を出鱈目に投げつけるエルフ、掴みかかってくる給仕の顔を引っ掻き回す獣人。春姫とアンナを捕まえるどころではない。唖然としていた招待客(ゲスト)の尻まで蹴り飛ばされ「ぎゃあ!?」と悲鳴が上がる有様である。美姫達の反乱があちこちで巻き起こり、絶叫が貴賓室(ビップルーム)中を飛び交った。

 

「なっ、なっ、なぁっ・・・・!?」

 

視界に広がる大暴動に、テリーは顔面全体を痙攣させた。

 

「・・・あ、あの子ってまさか」

「?」

 

眼前の光景に思わず仰け反りそうになるのを堪え、アンナが亜麻色の髪を揺らす。

見覚えでもあるのかおずおずと口を開く彼女に、春姫は小首を傾げた。

 

巨塔(バベル)前のベンチによくいる子・・・?」

「・・・・」

「ほ、本当に【アストレア・ファミリア】が来てくれた・・・?」

 

アンナは目を合わせていた春姫からベルに視線を移す。

己の胸に片手を置く少女とともに、春姫も毅然と戦う少年を眺めた。

 

「私はただ一緒に同行するように言われただけでございます。・・・貴女様の話を聞いたベル様が、『家族が生きているなら一緒にいるべきだ』と引き受けてくださったのでございます」

 

息を止めて、胸をぎゅっと握るアンナ。

彼女の隣にたたずむ春姫は、そこから独白のように言葉を続ける。

 

「ベル様は英雄になろうと思えばなれるのに、なりたがらない。」

 

はっきりと告げながら緑色の瞳を細める。

 

「寂しそうにしながらも、結局は助けて英雄のようなことをしてしまう・・・そんな優しいベル様が、私は好きなのです」

 

そして、相好を崩した。

春姫の唇から紡がれた囁きが、加速するベル達の戦いの中に溶けて消える。

 

「―――も、もうっ嫌だあああぁ!?」

 

一方、もはや戦場と化した貴賓室(ビップルーム)の各所からとうとう泣き叫ぶ者が現れ、ボロボロとなった小人族(パルゥム)の富豪が一目散に逃げ出した。それを契機にするかのように、引っ搔き傷だらけの犬人(シアンスロープ)の老紳士が、他の富者達が後に続く。彼等が向かう先は樫の大扉、貴賓室(ビップルーム)の出入り口。

 

恐慌を起こした招待客(ゲスト)達は『【ガネーシャ・ファミリア】を呼べぇ!?』と叫び散らし助けを求める。それを横目に確認して、放置し目の前の用心棒を追い詰めていく。

 

 

 

「貴方達はそもそも、偽者でしかない」

 

用心棒は怪訝な表情を浮かべ、その直後、その表情は驚愕へと移り変わった。

 

「『黒拳(こっけん)』と『黒猫(くろねこ)』は女性だし・・・・ファウストもロロも暗号名ではなく実名ですよ。はいっ、遅い!」

 

左手に持ったナイフで顎を打ち上げ、杖の先端で鳩尾を突いた。

 

「僕はたまにしかいかないですけど、とある酒場で、今日も日銭を稼ぐために働いていますよ。」

 

地に伏す用心棒を見下ろしながら、あらん限りに目を見開く男に、ベルは告げた。

 

「名を偽る相手は選んだほうがいい。あとで本物の所に運んでおいてあげます」

 

明確な死刑宣告のあと、ベルは用心棒の意識を刈り取った。

 

 

 

 

「す、すごい・・・・」

 

一連の戦闘の光景に、アンナは恐れながらも感嘆した。

まるで御伽噺の英雄のように凄まじい力を示す、その少年の横顔に目を奪われていた――その時。

 

 

「――来い!!」

「きゃあっ!?」

 

テリーの太い手が彼女の細腕を掴んだ。

ベル達の戦闘の中で用心棒の敗北が濃厚だと悟った瞬間、息を殺しながらアンナのもとに忍び寄っていたのだ。種族(ドワーフ)特有の強い力を発揮し、羽毛のように軽い少女の体を一気に連れ去っていく。

驚く春姫が振り返った先で、2人は貴賓室(ビップルーム)の通路へ姿を消した。

 

 

「ベル様、すいません!」

「いや、春姫さんは戦闘ができないんですから気にしないでください! 何よりこんなに人がいたら魔法で守っていても巻き込みかねない! 春姫さんは【ガネーシャ・ファミリア】を呼ぶなり輝夜さんを呼ぶなり・・・お願いします、僕は追いかけますから!」

「は、はい!」

 

貴賓室(ビップルーム)の外には恐らく輝夜がいるだろうことを見越して春姫に後を頼み、ベルは仕込み杖を引き抜いて抜刀。テリー達の後を追いかける。

 

 

■ ■ ■

 

 

激しい足音を立てて、豪奢な絨毯が敷かれた廊下をひた走る。

ドワーフのテリーは、全身から大粒の汗を流しながら(アンナ)を引っ張り大賭博場(カジノ)の奥へ奥へと逃げ込んでいく。

 

 

「くそ、くそぉ・・・! あいつら名を偽っていやがっただと!? 何が『黒拳(こっけん)』だ、何が『黒猫(くろねこ)』だ! くそったれめ!!」

 

化けの皮が剥がされた男はもはや経営者(オーナー)然とした態度も忘れ、高い金で雇っていた2人組みの用心棒に盛大な罵声を吐く。

 

 

「う、ううっ・・・!」

 

男の怒りに呼応して強く握りしめられる手に、アンナの唇から呻吟の声が漏れる。

今も必死に抵抗しているものの、華奢な生娘の力などドワーフの怪力の前では赤子も同然であった。何度も床から足が浮きながら、人質の娘は強引に連れ去られていく。

 

その時、連続する靴音と猛烈な気配が、テリー達の背後より急速に迫っていた。

 

「くっ!? ば、化物めぇ!?」

 

追ってきたベルにテリーは焦りと恐怖を表に出し、逃れようと躍起になった。

悪趣味な銅像や絵画が飾られた豪華絢爛な長廊下、美姫達に与えられた部屋の前を次々と通り過ぎ、大賭博場(カジノ)裏側(バックヤード)へ。すれ違う従業員や進行役(ディーラー)が驚きを露にしているも聞き入れず

 

「今からやってくるヒューマンを足止めしろぉ!!」

 

と一蹴。

うろたえる従業員や残りの用心棒達に碌な説明もせず、テリーは走り続ける。

 

「【ハロー、テリー。こっちへ来て一緒に遊ぼうよ。遊ぼうよ、テリー。永遠に・・・ずっと・・・ずっと】」

 

彼が後にした通路からはたちまち鐘の音と思しき騒ぎ、そして悲鳴が発生し、テリーの『灰色髪の女』が背後から迫り来る光景を幻視するほど、恐怖を助長させた。

 

「こっちだ!」

 

苦しむアンナを振り回しながら、裏側(バックヤード)の複雑な道を何度も曲がり、下へ続く長い階段を駆け下りる。大賭博場(カジノ)の地下(フロア)だ。そしてその道の終点にある巨大な円形の金属扉、最大賭博場(グラン・カジノ)の地下金庫に体当たりするように飛びつき、震える指で経営者(オーナー)しか持つことを許されない親鍵(マスターキー)を取り出す。

 

「早く、早くしろぉ・・・!」

 

全ての錠前を開錠すると、船の操舵輪にも似たハンドルを回し、顔を真っ赤にして極厚の金属扉を引き剥がし、唖然とするアンナを金庫内へ押し飛ばし、身を滑り込ませる。

 

「はぁ、はぁ・・・!ここまで来れば・・・!」

 

ガゴンッ、と音を立てて閉鎖される円形扉。

次いで施錠音が重なる中、床に倒れているアンナは辺りを見回した。

四方に存在するのは磨きぬかれたヴァリス金貨。億はくだらない数の貨幣が見上げられるほど金山をいくつも作り上げ、小さな家ならすっぽり収まるであろう金庫内部を埋め尽くしている。最大賭博場(グラン・カジノ)の全財産がここに集められているのだ。

 

まるで黄金郷と呼ぶに相応しい光景に、アンナは思わず息を呑んだ。

 

「この金庫を自由に開けられるのはオレだけだ。そして、この金庫はダンジョンの超硬金属(アダマンタイト)で作られている!侵入することもできなければ、壊すこともできはしない!!」

 

肩で息をしているテリーの顔にようやく笑みが浮かぶ。

その言葉通り、この金庫はダンジョンで採掘された超硬金属(アダマンタイト)製。テリーが傍若無人なまでに金にものを言わせ、商人や【ファミリア】から大量の希少金属(レアメタル)を買い取り、作り上げたのだ。腕利きの窃盗団(ファミリア)の攻略も防いだ、いわば小さき地下城砦である。

 

テリーの狙いは、この地下金庫に逃げ込み籠城することだったのだ。

 

「ここに籠りさえすれば、 いくら【静寂】のアルフィアに似ていても、この中には手出しできない。【静寂】のアルフィアの血縁か知らんが、もし仮にそうならお尋ね者間違いなしだ。何せ、人殺しの子ということなのだからなぁ!」

 

「・・・!」

 

「あの小僧がいなくなるまでの間・・・アンナ、お前には憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

 

テリーの瞳が吊りあがり、たちまち血走る。

 

「ひっ・・・!?」

 

「【アストレア・ファミリア】めぇ・・・6年前から動きが活発になったかと思えば最近は落ち着いてきたというのに・・・!」

 

服は汗にまみれ、撫で付けている髪までくしゃくしゃとなった形相は悪漢そのものだった。

テリーは嗜虐心を剥き出しにし、溜まりに溜まった鬱憤を目の前の娘にぶつけようとする。

 

「コケにされた分まで可愛がってやる・・・あのガキにお前の泣き叫ぶ声を聞かせてやれないのが残念だがなぁ」

 

「こ、来ないで・・・!?」

 

恐怖に揺れる亜麻色の髪。

身の危険を感じ、アンナは床に手をついたまま後ずさる。

震え上がる少女に、ドワーフの影がのしかかろうとしていた。

 

その時、再び

 

ゴォン、ゴォン――と鐘の音が鳴り響いた。

 

「これは・・・さっきの・・『魔力』?」

 

アンナの体に手をかけようとしていたテリーは、己の遥か後方より発生する『魔力』の流れに気付いた。外と一切の情報を遮断する金庫扉を隔てていても、その渦巻く力の奔流は感じ取れるほどであった。

 

顔を振り上げたテリーは、すぐにあざ笑う。

 

「ふ、ふははははっ! 無駄だぞ、【夢想兎(トロイメライ)】!! お前ごときがこの金庫を力づくで破れるものか! 『魔法』を使ったところで同じだ!」

 

何度も鳴り響く鐘がやがて、金庫そのものを叩き付ける様に響き始めるもテリーは金貨の山に囲まれながら、ドワーフの野太い哄笑が響き渡っていく。

鐘の音はやがて止み、今度はギャァン!!と金属を切るような音が響き始める。

 

「ははははは、は・・・?」

 

金属内に響き渡っていた哄笑が、途切れる。

その金属を傷つけるような音に。

 

「お、おい・・・?な、なにを・・・」

 

一般人であるアンナはその音に耳を塞いで目を瞑って蹲り始める。

金属を引っ搔く音が、次第に変化していく。

嘲笑を浮かべていたテリーの顔が、引きつった。

 

そして、

 

 

ジュゥゥゥ・・・!と

金属扉の開閉部に、白く変色した刃が煙を上げながら通過した。

 

 

「・・・・はぁ!?」

 

そのまま刃は更に金庫内へと侵入し、煙を上げながら真っ直ぐ右から左へと走っていく。

金属がまるで、スイーツのように柔らかくなったかのように焼ききられていく光景に、テリーはただただ目を見開き固まる。

 

そしていくらかの隙間ができ、開錠の必要性がなくなると刃が耐え切れなかったのか溶けてなくなり・・・・

 

 

ダァンッ!!

 

と今度は手が侵入。

隙間から深紅(ルベライト)の瞳が覗き込み

 

「【見つけたぞー、テリー!】・・・で良いんだっけ。命さんから聞いた怪談話、怖かったなぁ

 

「―――ひぃいいいいいいいいいいいいい!?」

 

右手が侵入し、次に左手が侵入。

無理やり引き裂くように金属扉は開閉されていき

 

ギィィィ・・・・!

と未だ煙を吐き出しながら完全に金属扉が開かれた。

処女雪のような白髪は揺れ、深紅(ルベライト)は輝き、逆光のせいなのかテリーからその姿は悪魔のように見えた。

 

「この程度の超硬金属(アダマンタイト)、他の場所で何度も焼き斬った。この金庫はその焼き斬った物よりも遥かに柔らかい。素材云々についてはまだ僕は詳しくないけど・・・超硬金属(アダマンタイト)だろうが僕には関係ない。」

 

ベルの魔法によって振動し鉄色から赤色、そして白色へと変色して金属扉を焼き斬った仕込み杖の刃は完全に溶け落ちていて今や持ち手しか残っていなかった。

手をパンパンッと叩いてテリーを見据える。

 

「そ、そんな馬鹿な・・・!?」

 

超硬金属(アダマンタイト)を焼き斬るなどテリーは少なくとも聞いたことがなかった。

【ロキ・ファミリア】ならば破壊することのできる者はいるだろうが、こうも簡単に・・・とはいかないはずだ、と。

唖然として固まるテリーは、脇に視線を飛ばす。

そこにいるのは、先程の金属を引っ搔くような音が不快だったのか未だ耳を塞いで蹲る1人の娘。

 

直後テリーは床を蹴りつけ、気配に気付いて驚愕するアンナへ手を伸ばす。

だが、人質にせんとするドワーフの手より早く、ヒューマンの手が少女の体をさらっていった。

 

「っ・・・!?」

「歯を食い縛るだけの時間はあげましょう」

 

蒼白になるテリーを見下ろしながら、ベルは淡々と告げる。

細い腰に片腕を回され抱き寄せられたアンナが赤面する中、ヒューマンの少年は少女を背後に庇い、火傷を防ぐ嵌めていた礼装用の白手(ドレスグローブ)をぎゅっと引っ張った。

 

「くそっ・・・くそぉおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

眦を裂いて飛び掛ってくるテリーに、ベルは白手の拳を握り締める。

 

「―――容赦はしない。」

 

そして、視認を許さない兎の一撃が、テリーの頬面に叩き込まれた。

 

「ぐべえっ!?」

 

ベルの拳に殴り飛ばされたドワーフは凄まじい勢いで後方に飛び、崩れた金貨の山の中に激突した。

再び舞い散る多くの金貨。半身が金の中に埋もれた格好で、ドワーフの悪漢はぴくぴくと痙攣を繰り返す。

 

「ええっと・・・【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】」

 

ベルが人差し指をアンナの胸の中央に向けて魔法を発動。

ぽうっ・・・と暖かな聖火がアンナの胸に灯り始める。

 

「え、えっ!?」

「大丈夫ですよ。怪我してそうだったので・・・これで治ると思います」

「――な、なんだか温かい・・・」

「さ、行きましょう」

「え・・・でも」

「あとは【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の副団長がしてくれます。僕の仕事は貴方を取り返すことなので」

 

テリーに背を向けるベルはうろたえるアンナを促す。

亜麻色の髪の美少女は歩み出すベルについていくが、おもむろに立止まった。

 

「あの・・・」

「?」

「・・・ありがとうございます」

 

振り向くベルに、純白のドレスを揺らす少女は胸に両手を置く。

 

「見ず知らずの私のために、こんなところまで・・・本当に、ありがとうございます」

「・・・歩けますか? 無理そうならおぶりますけど」

「えっ? あ・・えと、はい・・・お願いします・・・」

「? どうぞ」

「お、お邪魔します・・・そ、その、痛みが引いたらちゃんと歩くので・・・」

 

少年はただ足が痛むんだろうなという気遣いで、『おんぶくらいならセーフだろう』という結論にいたり少女を背負う。どうしてか少女の顔は心なしか赤かったがきっと疲れているんだろう。魔法の効果でもしかしたら安心して眠気がでてるのかもしれない、歩いているときに倒れられても困るし仕方ないよね、と考えながら。

 

 

―――『お姫様抱っこ』はアウトだろうけど、これはセーフだよね?アストレア様?

 

春姫は先に輝夜と合流していることだろうし、さっさと撤収しようと足を進めようとすると

 

 

「―――【夢想兎(トロイメライ)】ッ!!」

 

しゃがれた大声が放たれた。

テリーである。ベル達が振り返った先で意識を取り戻したドワーフは、今も震える体を起こし、喚き散らした。

 

「ただで身を堕とすものか! お前もともに破滅に導いてやるぞ!」

「・・・?」

「捕まるまでの間、手下どもを使って噂をばらまいてやる! 【静寂】のアルフィアの子がこの都市にいると! は、は、はははははっ!! あの女に家族を殺され恨むを持つ者達がこぞってお前を、人殺しの子を探すぞ、安寧はないと思え!」

 

頬を砕かれ、口から溢れ出る血で服を汚しながら、テリーは憎悪に燃えていた。

膝を突いたまま、ぎらついた瞳でベルも道連れにしてやると復讐を誓う。

 

ベルは溜息をついてアンナを下ろし、テリーのもとに歩み寄る。

 

「な、なんだっ、何をするつもりだ!?」

 

ベルは再び瞼を閉じて、腰を折り、思わず怯むテリーの前で顔を寄せ、囁く。

 

「【――雑音は終わりか?ならば潰えろ】 ―――そして忘れるな、僕がその人の血縁がどういう意味かということを」

 

「な、なにを・・・!?」

 

「 ヘ・ラ 」

 

「・・・・・」

 

間もなく、テリーは不自然に硬直し、まるで喘ぐようにぱくぱくと口の開閉を繰り返した。

呆然とした顔で見上げてくるドワーフの男に向かって、ベルは再び微笑を浮かべる。

今度こそ力が抜け落ちたかのように、テリーの腰は床に落ちた。

 

「行きましょう、アンナさん」

「・・・えと、今のは?」

「そもそも、僕がその人物の血縁だということを知っている人達なんてこの都市には沢山いますよ。今更過ぎるんです」

「な、なるほど・・・?」

「それに、僕が今ここにいられるのは、その問題が解消されているという証ですよ」

「・・・・」

 

アンナの手を引いてベルは来た道を通り、堂々と貴賓室(ビップルーム)に戻り大賭博場(カジノ)の外へと向かった。

 

「あ、あの、先程の奥様は?」

「―――ああ、大賭博場(カジノ)の外で待っていると思います。・・・それとも、遊んでいきますか?」

「―――賭けごとはうんざりです!」

「あははっ、でしょうね」

 

 

 

 

貴賓室(ビップルーム)内での騒ぎを聞きつけた【ガネーシャ・ファミリア】が突入し美姫達から事情を聞いている中、ベル達は最大賭博場(グラン・カジノ)『エルドラド・リゾート』の外、雑多になった繁華街の裏通りを一気に抜けると、見えてくるのは一台の馬車。ベルがあらかじめ路地裏で待っておくように依頼していた箱馬車である。

 

 

「この馬車に乗ってください」

「えっ・・・で、でもっ」

母親(カレンさん)達が今お世話になっている派閥の所まで行くようお願いしてあります。あとのことは大丈夫ですから」

 

獣人の御者が待つ馬車の前で、ベルはアンナに一人乗るように告げた。

このまま誰にも見つかることなく家族のもとに帰り、あとはドレスを脱いでしまえば、彼女が経営者(オーナー)の所有物であったことはわかるまい。もとの街娘に戻れるのだ。

 

馬車の扉が開けられる中、瞳を揺らしていた見目麗しい少女は、胸に両手を添えた。

意を決したように、ベルへ身を乗り出す。

 

「あの! 貴方には愛する奥様がいらっしゃるのは重々わかっています! これから言うことが貴方を困らせることも! でもっ、それでも私はっ、身を挺して守ってくれた貴方のことが・・・!」

 

ベルは、瞬きを繰り返した。

なんだこれは、と。こんな台詞は知らないぞ?と。

 

アンナはそんなことなど気付かず『恋する乙女』のようにベルへ熱い眼差しをそそいでいた。

彼女もまた、『年下だっていいじゃない!』と謎の嗜好へと至っていた!

 

「私は、貴方に恋を――」

「駄目です」

「駄目だ」

「?」

「えっ? あ、あれ!?」

 

 

言葉の意味を理解するのに追いついていない少年

いつの間にか現れていた黒髪の極東の姫と

同じくいつの間にか現れて少年の肩に両手を優しく添え頭を撫でる金髪妖精が、唖然とするアンナにのたまった。

 

「「その子は私達の男だ」」

 

一瞬の硬直。

時を止めていたアンナは、次には、大声を出して叫んでいた。

同じく、スキルがあるのに気付けなかったことにベルは大声を出して叫んでいた。

 

「え、ええええええええええええええぇぇ~~~~!?」

「へ、ひっにゃぁああああああああああぁぁ~~~!?」

 

情けない響きの悲鳴が路地裏に響き渡る。

身の危険も顧みず自分を助けに来た騎士が、実は身内(ファミリア)とデキていた。というようなことを言われたのだ。

 

胸をときめかせてしまった少女の恋物語(ラブロマンス)はこの瞬間をもって脆くも崩れ去った。

茫然自失というより半分涙目になっていたアンナは、ベルが心配するほどフラフラとした足取りで箱馬車に乗り込む。

 

馬の嘶きとともに車輪が回り始め、傷心の少女を乗せた馬車は去っていった。

 

「・・・あの子は、き、近親相姦が・・・この・・・み・・?で、でも・・・」

 

 

あのお姉様方なら、アリかもしれない・・・。今度治療院にあの子を触りに行こうそうしよう・・・。

 

 

と少女は何か変な方向に拗れていた。

 

 

後日。

 

『豊穣の女主人』にてルノア・ファウストとクロエ・ロロの前に、偽者2人がロープで縛り上げられ『これどうする?』と処刑前の罪人のような変な光景が見受けられたらしい。



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妖精(リオン)要求

事後処理回的なの。
こういう回は割とノリで書いてます


最大賭博場(グラン・カジノ)での一件から翌日のこと。

 

 

「さて、ベル・・・話があります」

 

金髪妖精の股の間に座り背後から抱きしめられている一匹の兎が、ファミリアの本拠にいた。

兎は状況もわからず体を金髪妖精の姉に預けるように力を抜いて頬を摺り寄せる。それに気を良くしたように彼女は兎の頭を微笑みを持って撫で回す。

 

 

「―――すぅ、すぅ」

 

 

暖かな陽気が差し込む朝のこと。

少年は未だ眠たいのか、背後から香る金髪の姉の匂いと温もりで夢心地となり意識を落としかけていた。それを微笑ましそうに見つめるのは他の団員達。

 

「私も後であれ、やりたいなあ」

「ベルも良い匂いするよね」

「アストレア様、拘ってるからねぇ」

「昨日は大賭博場(カジノ)に行ってたんだっけ?」

 

 

 

最大賭博場(グラン・カジノ)でのアンナ・クレーズ奪還は完了し、彼女はその日の晩は『竈の女神』のもとで両親と再会しファミリアのあまりまくっている部屋を借りて過ごしたのだそうだ。何をトチ狂ったか彼女は『年上ハーレム』をファミリア内=家族・・・つまりは近親相姦なのだとか勘違いをして、竈の女神にそれはもう怒られたらしい。

 

『おい君! それは違うぞ! そんなこと言ったら、冒険者なんて恋愛できないぞ!?』

『えぇぇ!? で、でも!?』

『他派閥との恋愛は色々と・・・そう! 問題があるんだよ! だから身内の中でとか仲のいい神・・・・とかだとまあまだいいんだけどさぁ・・・いや、そもそも何でボクがこんな説明をしなきゃいけないんだ!?』

『ギャーッ!? ヘスティア様ぁ!?』

『むっ!? なんだいリリルカ君!? またライ君が布団に世界地図でも作ったのかい!? 今度はグランドライン辺りかな?』

『何言ってるんですか! 違いますよ! 勝手にお金が増えてるんです! ン千万も!!』

『あばばばばばばばばっ!?』

『『ヘスティア様ぁぁぁぁぁぁ!?』』

 

急にサポーターしかいない派閥に大金が入り込んでいたことに主神共々、驚愕。主神にいたっては泡を吹いて倒れた。クレーズ家といえば、アンナがドレスから着替える際にいつの間にか忍び込まされていた鍵と一緒に結ばれていた紙がポロリと落ち、紙に書かれている場所に翌日向かってみれば奪われた家が綺麗さっぱり元通りとなって帰ってきていた。驚きのまま家の中に入ってみればリビングの机にポツン、と貨幣が入った袋が入っているだけだった。

 

『お、お母さん・・・こ、これ・・・!?』

『ひぃふぅみぃ・・・ご、50万ヴァリスはあるよこれ!?』

『ま、まさかあの兎さんが!?』

『お父さんが二度と賭博しないように管理しなきゃ・・・』

『あ、手紙が・・・ええと? 【元々いくらあったのかわからなかったので、とりあえずそれだけ置いておきます。返す必要はありません。】って』

『す、すげぇ・・・これが【ヘラ・ファミリア】・・・』

『あの子は【アストレア・ファミリア】だよお父さん!』

 

 

経営者(オーナー)であるテリー・セルバンティスといえば、ベルと春姫を本拠に連れ帰った後に大賭博場(カジノ)に戻った輝夜とリュー、【ガネーシャ・ファミリア】の団員、そしてギルドの者たちによって事情聴取が開始。そして判明したのが、本当のテリーは店に着任する直前に不慮の事故で死亡しており、そこに目をつけたテッドが身分を偽り経営者(オーナー)に成りすましていた・・・ということらしい。

事後処理をしているところに、最大賭博場(グラン・カジノ)の騒ぎを聞きつけてアリーゼが現れ

 

『あら? テッド! テッドじゃない! 元気してた!?』

 

まるで旧友との再会のようにテッドの背中をLv.6の力でバシバシと叩く。

 

『い、いでぇ!?し、死ぬ!?』

 

『やっぱりあんただったのねー! 特徴とか情報、手口やら・・・なーんか既視感を感じてたのよ!』

『―――団長、ベルが片付けたぞ?』

『きゃーっ、さっすが私のベルぅ!!』

 

もーやだー!と乙女のようにはしゃいでさらに背中をバシバシ!!

テッドは『もうやめて!』『ゆるして!』『壊れちゃう!』と涙目。

 

『いやー今日は私が壊れた歓楽街の見守りだったから潜入できなかったけど、なんとなくあんただってのは気付いてたわよ?ああ、そうそう、二度目の許しはないから!』

 

『ひぃっ!?』

 

『昔私達に一網打尽にされた時に、土下座して許しを求めてアストレア様は慈悲をもってそれを聞き入れたのに・・・その厚情を無碍にしてまーた同じことしてるんだから。』

 

テッドの頭をガシッと爪を立てて引っ掴み、ニコニコと笑顔のまま目線を合わせると

 

『あと、聞いたんだけど・・・あんた、私のベルを怒らせたの? 【静寂】のアルフィアの子供?人殺しの血縁? いやいや、私達が何であの大抗争から短い期間で復興やら後始末やらで奔走したと思ってるのよ。あんた、金に目が眩みすぎて情報収集が雑すぎるわ。今のオラリオにあの子の人柄を知らない人はいないわ! むしろ貴方の発言であの子を知る子がいたら・・・死んでたわよ?』

 

『ぐっ・・・!』

 

 

その後、テッドはギルドの人間が連行、現在は『何か』を恐れるように震え上がって独房に投獄されている。次にアリーゼの目に入ったのは、偽者の『黒猫』と『黒拳』の2人。

2人は縛り上げられており、首から『ろろ』『ふぁうすと』と書かれたボードが吊るされており、察したアリーゼは手を叩いて

 

『えっと、この2人は【豊穣の女主人】に連れて行って。ええと・・・生物(なまもの)は常温で大丈夫かしら?』

『団長様、団長様、常温では腐ってしまう可能性がございます。ここはクール輸送にされては?』

『うーん、そうね・・・まあ本物に合ったならいやでも温まるでしょ。じゃあ、この2人のことよろしくお願いします!』

 

2人は【ガネーシャ・ファミリア】によって『豊穣の女主人』へと連行。

憲兵達は『え、いいの?これ、常温のほうがいいよね?』『いや、そもそも生きてるし』『でも、投獄する必要がないってことでしょ?』『うーん・・・・ま、』『これもまたガネーシャだよネ!』『ガネーシャガネーシャ』と2人を運んでいった。

 

その後、事の真相を知った本物2人によって

 

『へぇ・・・じゃあ拷問して名前を勝手に借りてた代金を徴収するニャ』

『私より弱かったら容赦しないから・・・とりあえず構えなよ』

 

偽者2人は、本物2人の背後から何か見えちゃいけないオーラのようなものを見た。

後に男達は悲鳴をあげ、『もうやめて! 許して! 壊れちゃうっ!?』と店の裏口でさながら乱暴された娼婦のように打ち捨てられていたそうだ。

 

 

 

「で、クレーズさん一家は家を取り戻してどうなったの?」

「確か、家族共々それぞれ仕事に・・・今まで通りの生活に戻ってるみたい。まあ父親の方は完全に娘とお母さんの尻に敷かれてるみたいだけど」

 

春姫からそれぞれに飲み物が振舞われ、今回の出来事について整理する。

春姫はベルが戦っている間に、回収できるだけの賭札(チップ)を回収―――換金後に被害者にそれぞれ分配。ギルドと娯楽都市(サントリオ・ベガ)によってそれぞれの故郷に送り届けられた。

 

 

「春姫、やたらめったら適当に上げてないよね? 富豪を生み出してないよね?」

「だ、大丈夫でございます・・・いくら渡したのかまでは知りませんが【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティ様が動いてくださいました。」

「ならいいけど・・・ベルだと本当に適当に渡しちゃいそうだし・・・ちなみに、ベルの稼ぎはいくらほど?」

「そ、それが・・・騒ぎで滅茶苦茶になってしまいまして・・・」

「あぁ・・・もしかしてベルのは0?」

「い、いえ・・・その・・・全て回収していれば出禁になるレベルかと。」

「え?」

「輝夜様にも手伝っていただいて回収できたものを換金して・・・5億ヴァリスほど」

「ぶっふぉっ!?」

 

眷族達は口に含んでいた飲み物を吹きだした。

『あの子ダンジョン行かなくてもいいじゃん!』と思うくらいには。

 

「ま、まぁ・・・武器って結構高いしね?【ロキ・ファミリア】とか結構な額の武器というかローン完済する前に壊す人もいるらしいし」

「でもそこからクレーズ家と【ヘスティア・ファミリア】に一部渡したんでしょ?」

「は、はい。ベル様がそうしてくれていい・・・と。」

「さすが元【アポロン・ファミリア】の本拠をぽんっとあげちゃう子だわ」

 

そこで少し遅い起床のキャミソールに短パン姿のアリーゼがリビングにやってくる。

 

「――――おはよぉ皆」

「おはようっていうか・・・もう昼だけど」

「仕方ないでしょ・・・後処理で徹夜だったんだから。ああ、春姫もお疲れ様。ベルもぐっすり眠ってたみたいだし疲れたでしょう?」

「はい、それはもう・・・胃に穴が空くかと思いました」

「楽しめた?」

「は、はい!」

「そう、ならよかったわ!―――それで・・・アレは何をしているの? 何でリオンはベルに後ろから抱き着いて頬擦りしているのかしら?」

「そ、それが・・・・」

 

 

春姫の口から語られる一部始終。

外国からの要人の護衛中にベルと出くわしたリューは何故こんなところにいるのかという話になり、最終的に『伯爵夫妻として入るしか方法がなかった』と言えばまだ良かったというのに『僕達、夫婦です!』と言ってしまったがために残念妖精(ぽんこつエルフ)は盛大に勘違い。

 

離れる際には『こ、これが・・・・神々の言うネトラレ・・・?いや、まさか・・・そんな・・・』と独り言を。

 

輝夜と再会した時には、リューはこの世の終わりを見たかのような顔でトボトボと近づき

 

『ベルが春姫と婚姻したようです・・・私はもう駄目です・・・お仕舞いです・・・手塩にかけて育てた子供が巣立つ親の気持ちとはこういうものなのでしょうか輝夜』

 

などとのたまった。

輝夜としては、『知るか!?』という具合なのだが。

 

 

「これは・・・」

「ベルが悪い」

「ベルが悪いわ」

「ベルが悪いわね」

「紛らわしいのよ、言い方が。」

「リオンからしたら『唯一触れられる異性が、手塩にかけて甲斐甲斐しく面倒を見てきた男の子が、ぽっと出の新キャラに取られる』みたいなものよね」

「ご、ごめんなさいいぃぃぃ」

 

 

何故か春姫が批難されたような気がしたが、だいたいそういうことなのだろう・・・と姉達は理解する。まあ、アリーゼ達と巡回しているわけでもないベルと一緒にいる時間が多いのは恐らくは春姫なのだから仕方ないことかもしれないが、それでもベルの発言は紛らわしいものであった。

 

 

「ベル・・・話があります」

「んぅ・・・」

「こ、こら、頭で胸をグリグリしないで・・・」

 

 

長椅子(カウチ)でイチャつく?2人にアリーゼは歩み寄って様子を声をかけた。

 

「リオン、何してるの?」

「いえ、その・・・私も勘違いをしていたとはいえ、その、埋め合わせをしてもらいたく・・・」

「埋め合わせ・・・どうすればリオンはベルを許せるの?」

「許す云々というわけではなく、いえ、ベルに対する怒りはありませんが・・・この受けたショックを・・・寝取られたなどと思ってしまったこの悲しみを払拭したい」

「なるほど。わかったわ・・・」

 

これも貴方の冒険なのね・・・などと意味の分からないことを長女は悟り、成り行きについていく事にした。

 

「アリーゼさん・・・?」

「おはよ、ベル。リオンが貴方に話があるって言ってるわよ?」

「―――輝夜さんは?」

「輝夜はまだ帰ってないわよ?何か用事?」

「―――な、なんでもない」

 

どことなく頬を赤く染める少年の反応に、アリーゼは『あ、輝夜・・・何か先約を取り付けたわね?』と察した。大方、カジノ内で寸止めして悶々とさせたのだろう・・・と。

 

 

「ベル、聞いてください」

「リューさん?」

「はい、貴方のリュー・リオンです」

「?」

「その・・・貴方の発言で私は深く傷ついてしまった。」

「え」

「だからその埋め合わせをしてもらいたい」

「埋め・・・埋め・・・・えっち?」

「違う、そうではない!」

「痛いのは嫌です・・・」

「痛いことなど私はしない!」

「ネーゼさんにこの間、肩噛まれた」

 

その発言に、ネーゼは肩を揺らし『ネーゼ、ちょっと正座』とアリーゼに反省を促される。寝ぼけた少年による流れ弾が被弾した。

 

「ベル・・・貴方は、付き合いの長い私よりも春姫を取るのですか?」

「?」

「私は悲しい・・・心を開いてくれた時には『お姉ちゃんと結婚する!』とまで言ってくれていたというのに・・・」

「いったっけ・・・」

「ええ、いいました」

 

嘘八百である。

少年としては嫌ではない、むしろ構わないのだが、そこまでは言っていない。けれど、寝ぼけた頭では記憶の整理など碌にできず『そっかぁ・・・』と受け入れていた。

リューはベルの頭を撫でながら、微笑み、さらに続ける。

 

 

「春姫と仲が良いのは構いません。ですが、私は貴方に『僕達夫婦なんです!』『春姫さんと結婚しました!』などと言われて少なからず傷ついてしまった。」

 

「・・・よしよし」

 

「うぐぅっ!? な、何故、撫でる!?」

 

「いつもしてもらってるから?」

 

 

悲しそうな顔をするリューの頭に腕を伸ばして撫でる。リューはたちまち顔を赤くするも、それを受け入れる。

 

「僕に・・・何かしてほしい・・・てこと?」

「はい。そうですね・・・1週間ほど、私の言うことを()()()聞いてもらいたいのです」

「リューさんのお願いを、聞く・・・うん、良いよ」

 

ようやく頭が回ってきたのか、目をパチパチとして抱きしめてくるリューの顔を見つめるベルはあっさりと承諾。しかし、哀れ兎。

 

姉達は心を1つに口をそろえた。

 

「「「「かかった」」」」

 

リューは『1週間ほど、私の言うことを()()()聞いてもらいたい』と言ったのを

ベルは『リューのお願いを1週間聞く』と間違って理解していた。

 

リューは『しめた!』とでもいうような顔になってアリーゼに目を向ける。

最終確認。

 

―――構いませんね?

 

―――ベルを痛い目に合わせるのは駄目よ

 

―――当然だ。そんなことをすればアストレア様が悲しむ。

 

―――ほどほどにね。

 

 

アリーゼが頷くと、リューはベルの向きを向き合わせるように座りなおさせ腰に腕を回し逃げられないようにホールド。そこでベルは何かがおかしいことに気がついた。

 

 

「リュ、リューさん?」

「では、ベル・・・1週間、添い寝をしてもらいたい」

「え、あ、うん」

「春姫にしているように・・・その、私のことも洗って欲しい」

「え・・・」

「何故、春姫のことを未だに洗っているのです? 」

「だって、そうしなきゃ輝夜さん怒るから・・・こ、怖かった・・・あの時の輝夜さん」

「それは春姫が気絶していた時の話で、今はもう必要はないはず。」

「む・・・それは、確かに」

 

 

僕はどうして春姫さんのことを洗ってあげているんだろうか・・・と少年は疑問に小首を傾げた。

気絶する春姫への荒治療として輝夜がやらせていたが、今はもう気絶などしない。なら、必要ないはずだ。

 

「えっと・・・じゃあ春姫さん、これからは自分で」

「そ、そんなぁ!?」

 

 

春姫は雷に打たれたようにショックを受けた。

 

「春姫、ベルに洗われるってどうなの? いや、私もたまに洗いっこするけど。昔からの習慣?的なので」

「あ、はい・・・とても、とても・・・良いです・・・ポッ」

「上手でしょ」

「は、はい!」

「私が教えたのよ、フフン!」

 

何故かドヤ顔するアリーゼに、春姫は尊敬の眼差しを向ける。

『私が育てました!』

『さすがですお姉様!』

と言った具合である。

 

 

「ベル、駄目ですか?」

「う、うーん・・・別に、一緒になるときあるし・・・いいけど・・」

「では、お願いします」

「う、うん。じゃあ『1週間の添い寝とお風呂のお世話』ってことでいいんだよね」

「いや、まだだ」

「えっ」

 

ベルはいやな予感を感じてリューから離れようとする。

けれど、リューはまわしている腕でガッシリと逃がそうとはしなかった。

 

「私は『1週間ほど、私の言うことを()()()聞いてもらいたい』といいましたよ」

「え、うん・・・うん?」

「つまり、私が『膝枕をしてください』と言えばベルはしなくてはいけません」

「そ、そうなんだ?」

「そうなんです。そして・・・・アリーゼ」

「な、何かしら」

 

 

今日のリオンは一味違うわねーくらいに思っていたアリーゼは不意に呼ばれて反応が遅れたが、次にくる言葉に顔を戦慄に染め上げた。

 

 

「ベルに・・・・『洗礼』を」

「なっ!?」

「へ、え、え?」

 

アリーゼはその言葉の意味をすぐに理解した。

ベルは何か恐ろしい事が起きると顔を真っ青に染めた。

始まるのは芝居染みた茶番劇。

 

「だ、駄目よリオン! ベルには早すぎるわ! 心が耐え切れないかもしれないわ!?」

「いいえ! ベルも今やLv.4、追いつかれてしまった者達はもうベルを押し倒すことなど適わない! きっとこの『洗礼』も乗り越えられる!」

「春姫によく押し倒されてるわよ?」

「なっ!?」

 

Lv.1の春姫にLv.4のベルが押し倒される。

それはつまり

 

 

「ベル・・・何だかんだで、受け入れていますね?」

「だ、だって・・・変に抵抗して怪我させたらいやだし・・・良い匂いするし」

「嫌か嫌じゃないかで言うと?」

「嫌じゃないですけど」

 

 

その言葉に、春姫含め姉達は歓喜した。

『これからもあの子を押し倒しても大丈夫!』と。

リューは、ふぅーっと息を吐いて再びアリーゼに目を向ける。

アリーゼは腕を組んで目を瞑り、コクリと頷いた。

 

 

「わかったわ。やりましょう・・・今、アストレア様も眠っているし今のうちに」

「えっ・・・・」

「大丈夫よベル。別に命がかかるとかじゃないから」

「い、痛いのはいや・・・」

「痛くないわ。ベルに・・・似合うと思うの」

 

リューはベルを抱きしめたまま立ち上がり、アリーゼと一緒にアリーゼの部屋に向かって行った。

やがて聞こえてくるのは、ドタバタと床を蹴る音、ベルの悲鳴。

 

「い、一体何が・・・・」

「早くみたいなー」

「ネー」

「女装がいけるんだし、いけるでしょ」

 

何も知らない春姫と何かを知っている姉達とで反応は違った。

静かになった後に、小さくしくしくと泣きすする声。

そして姉2人に手を引かれてやってくるのは

 

兎の耳に

いかにも大賭博場(カジノ)にいそうな格好のバニーだった。

 

 

「バ、バニースーツ・・・でございますか・・・」

 

「・・・・」

 

大賭博場(カジノ)に行く前、女装していたというのを聞きました・・・」

「見てみたかったわ・・・だから、買っておいたの。」

「「バニースーツを」」

 

「は・・・はは・・・はは・・・」

 

「胸の詰め物もちゃんと本物みたいでしょ? さすが私ね」

「ベル、私はあなたのこの姿を見れてとても嬉しい」

「・・・い、一族の恥だ・・・」

 

 

きゃーきゃーとはしゃぐ姉達の視線を一身に受け、ぷるぷると顔を赤くしながらも何故か『一族の恥だ』などと言う少年に

 

「いえ、いるのか確認するすべがありませんが・・・おそらく、一族は貴方で末代だと思います」

 

とリューに言われて雷に打たれたように項垂れリューに抱きついて顔を隠した。

リューは抱きついてきたベルの頭を撫でながら『やりすぎたでしょうか・・・つい、楽しくなってしまって』と思うもその姿を堪能。

 

 

「・・・この格好すれば、リューさんは・・・ひぐっ・・・機嫌、直してくれる?」

「ええ、とっても」

「・・・わかった」

「ありがとう、ベル」

「・・・アミッドさんのところに行くまで時間あるし・・・僕、アストレア様のところで寝てくるね」

 

 

 

トボトボと・・・兎耳が魔道具でできているのか垂れ下がり、『可愛いですよ』と言われてはぴくっと反応しながらも、ベルは女神の部屋へと向かいベッドに潜り込んで再び眠りについた。

 

 

 

後になって聞こえてくるのは、女神の驚愕の声だった。

 

 

「え・・・えぇぇぇぇ!?」



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女神庇護

 

 

 

「リュー・・・さすがにアレはどうかと思うの」

「はい、申し訳ございません・・・やりすぎました」

「『リューの言うことを聞く』っていうのはまだ構わないわ、内容によるけれど。でも、さすがにアレはないわ。可哀想よ」

「返す言葉もございません・・・」

 

 

昼下がり、リビングにて昼食を取りながら女神は眷族に注意していた。

その原因は、少年の格好にあった。

 

 

 

目が覚めると体に重みがあり布団を捲り上げると、白髪に兎耳をつけた少年が女神の腹に顔を埋めて眠っていたのだ。

 

 

「えっ・・・何事・・・!?私が眠っている間に何があったの・・・!?」

 

 

泣き疲れて眠っていたのか、自分の体を何とかズラし少年を抱き寄せると泣いていたような痕に、女神のネグリジェが少しばかり湿っていたことがわかった。

 

 

「・・・どうして、バニースーツ・・・? いや、かわいいけど・・・」

 

 

寝起きの頭で何とか状況を読み込もうとするも、理解できなかった女神はとりあえず眠れる白兎の頭を胸元にやり抱きしめ頭を撫でて日の光を浴びることにした。

 

 

「この耳・・・素材が良いのかしら・・・とても触り心地が良いわ・・・ふわぁぁ・・・」

 

優しく耳を掴んで、サワサワと上下に触っているとまるで感触があるかのように少年は身動ぎし

 

「はっ・・・ふっ・・・ぁっ・・・」

 

などと喘ぐ。

女神は、ハッとしてついいやらしい手つきで握って触っていたことを自覚し手を離し少年の顔を覗きこむと少年は体をプルプルと震わせてゆっくりと瞼を開けて、自分の頬が何か温かいものに触れていることに気がついて頬擦り、顔をグリグリとする。

 

 

「んぅ・・・はふっ・・・」

 

ムニムニと温かく柔らかい何かが形を変えるも自分を拒絶することなく包み込んでいて、さらには頭を優しく撫でられている感触を感じて、少年は柔らかい何かに顔をくっつけたまま上を向いた。

丁度柔らかい何かに顎を置くようにしたその格好で、愛しの女神と目が合った。

 

 

「・・・・・・」

「―――おはよう、ベル」

 

 

女神は優しく少年の瞼を指で拭ってやり、微笑を向ける。

すると少年は、ボンッと顔を赤くして再び胸に顔を埋めた。

 

ぐりぐり。

 

むにむに。

 

 

「ふふっ、ベル、くすぐったいわ・・・そんなに私の胸が良いの?」

「・・・・ぁぃ」

「どうかしたの? そんな格好して・・・昨日寝る時はそんな格好じゃなかったでしょう? いえ、似合ってるけれど・・・」

「ぼ、僕が悪いんれす・・・」

 

 

再び泣き出す少年の背をぽんぽんと叩きながら、少しずつゆっくりと何があったのかを聞いてみれば

 

大賭博場(カジノ)に入るのに春姫と伯爵夫妻になったことをリューに【僕達夫婦なんです!】などと勘違いさせて傷つけてしまった。だとか。

 

・リュー自身も後から勘違いしていたことを輝夜に教えられたがそれでもショックであった。だとか。

 

・その埋め合わせで『1週間何でも言うことを聞いて欲しい』とか。

 

・言うことを聞くのは別にいいけれど、こんな格好をさせられるとは思っていなかった。

 

 

少年は女神の顔を見つめながら、

 

「辱められました・・・僕知ってます、こういうのを【もうお嫁にいけない・・・!】って言うんでしょう!?」

 

なんてことを言い出す。

女神はその涙で潤んだ瞳に庇護欲を駆り立てられて力強く抱きしめた。

 

「だ、大丈夫よ・・・ほ、ほら、基本的に他派閥との恋愛って難しいんだし・・・ここには貴方のその・・・ね?いるわけだし・・・」

 

「アストレア様がいいぃぃぃ」

 

「くふ―――ッ!」

 

 

女神は打ち抜かれ、少年を抱きしめたまま未だいたベッドへと倒れこんだ。

 

 

「ぼ、僕は、一族の恥でずぅぅぅぅ! きっと、【ベルは通さない! ベルはクラネルの恥晒し】って言われるんですよぉ!?」

 

「だ、誰がそんなことを言うのよ!?」

 

「だ、だってぇぇえぇ」

 

「そ、それに貴方の血縁は他にいるのかわからないのよ!? 後はもう、貴方があの子達と頑張って増やすしかないわ!?」

 

「僕まだ親になりたくないでずぅぅぅ!?」

 

パニック、パニック、パニック。

なんだこれ。

女神はわけがわからなくなった。

いや、まぁ? 少年の歳でヤルことヤッてるけれど・・・美味しく頂かれちゃってるけれど、さすがに親になるのは早い気がした。

 

 

―――ん?でも、この子の歳というか・・・アルフィアの年齢を考えると、ベルの母親は10代で産んでるからそんなに変わらない・・・?

 

いやまぁ、最近の子はソッチ方面でも早いと聞くし?

私も美味しく頂いちゃったし?

本人たちが納得しているならまぁ・・・と妥協。

けれど、さすがに今の少年にはそこまでの心の余裕というか・・・まぁ、無理があるから却下だ。

無論、爛れた生活など論外だ。

 

 

「ベル」

「?」

「無理やりは駄目よ?」

「何がでずがぁぁぁ!?」

 

少年の感情を表すように、兎耳がペタン―――と垂れ落ちた。

 

 

「ご、ごめんなさいっ!? な、なんでもないわ!? ベ、ベルはまだまだ私達に甘えていい年頃なのよ!?」

「僕、子供じゃないですぅぅうぅ」

「お、大人だったらすぐに泣いて女神の胸に顔を埋めたりなんてしないわ!?」

 

 

アストレアの指摘に、ぴくり、と動きを止めて少し間が空いて

 

「――――まだ子供でいいです」

 

と小さく呟いた。

それから少し落ち着いた頃、少年の現在の格好についての話題に戻る。

 

 

「泣くほどなら、無理に着る必要はないわ」

「で、でも・・・」

「私があの子達にちゃんと言ってあげるから」

「ほ、ほんと?」

「ええ、本当よ。あ、でも、その胸・・・少しだけ触らせてくれないかしら」

「え?」

「本物みたいで気になってたのよ。駄目かしら?」

「―――優しくしてください」

 

 

何を言っているんだこの子は。作り物なんだから感触などないだろうに・・・と思いつつも、後ろから鷲掴んでみたり、正面に向き合って触ってみたり途中、少年も女神の胸を触ったりと一頻りその感触を堪能して手を離した。

 

「―――ご馳走様でした」

「も、もう着替えてもいいですか?」

「え、ええ。私も着替えるわ・・・」

 

 

女神と少年はベッドから起き上がり、それぞれ着替えをする。

黒いシャツに黒いズボンを着用して女神の着替えが終わるのを待つ少年。

 

 

「見ていて楽しいのかしら?」

「んー・・・でも、綺麗です」

「そ、そう・・・ありがとう。ああ、そうだ、耳だけはつけていてもらえると私嬉しいわ」

「うっ・・・」

「い、いや?」

「別に耳だけならいいですけど・・・何ていうか、触られた感触があって・・・」

魔道具(マジックアイテム)かしら?」

「た、たぶん・・・」

 

 

女神もまた着替えを終え、ベッドの上に投げ捨てられた兎耳カチューシャを少年の頭に装着してやると再びピクピクと動き出した。それが不思議で再び優しく掴んで上下に擦ったり、つついてみるとやはり触覚があるのか少年は顔を赤くしてビクビクとしていた。

 

「や、やめてっ・・・くださっ・・・!?」

「あ、ご、ごめんなさい!? そ、そうだベル! 貴方にプレゼントをあげるわ!」

 

ランクアップしたお祝い、していなかったしね!と女神はいそいそとクローゼットを開けて両手で包みを取り出して少年へと受け渡す。

それを小首をかしげながら受け取り、開けてもいいか許可を貰ってベッドの上で広げると1着のポンチョが現れる。

 

「ええっと、女神(ヘラ)のローブはアーディちゃんが借りたままになっているでしょう?だから、迷宮(ダンジョン)探索でも使えるように作ってもらったのよ。」

 

 

黒色で手まですっぽりと覆えるが、戦闘で邪魔にならないようになっており背中にはヘラの徽章(エンブレム)ではなく、アストレアの徽章(エンブレム)が。それを鏡越しに見る少年は先程までの大泣きなど嘘のように瞳を輝かせニコニコとしていた。その証拠に兎耳がピン!と立っているほどだ。

 

 

「気に入ってくれたようでよかったわ」

「こ、これ、いいんですか?」

「ええ、いいのよ。ほら、【ディアンケヒト・ファミリア】に行くんでしょう?お昼食べに行きましょう?」

「え、あ、はい! で、でもちょっとだけ・・・」

「?」

 

少年もまた机の引き出しから黒い小箱を取り出して女神に差し出した。

『え、嘘、まさか・・・!?』と勘繰ったが、平静を装ってそれを受け取る。

開けてみれば、女神が想像していた物ではなかったが綺麗な首飾りが入っていた。

 

透明の魔石の先端部分に金具を取り付け、金具から紐を通していてその透明な魔石をよく見てみれば、光の粒が泳いでいるように動いていた。

 

 

「こ、これって・・・あのアーディちゃんを助けた時の?」

「はい、アスフィさんが回収して調べてくれて・・・お守り程度でしかないけど、どうするかは僕が決めればいいって言ってて、だから、えっと、アストレア様にあげようと思って・・・」

 

恥ずかしくなったのか、人差し指と人差し指をチョンチョンとする少年に女神は再度打ち抜かれた。

 

 

「ベル」

「はい?」

 

 

女神は少年の両肩をガシッと掴んで

 

「安心しなさい、貴方は私が守るわ」

「―――??」

 

 

―――聞いたことがあるわ。アルテミスが言っていた、これこそが【其は女神を穿つ狩人(オルテギュアー・アモーレ・ミオ)】なのね!?

 

 

女神アストレアは盛大に変な方向へと考えが拗れていた。

 

 

―――あれ、というか待って、確かこの子、【女神殺し(テオタナシア)】なんて非公式の二つ名をどこかで聞いたような・・・?

 

なんだその不穏な二つ名は、と噂で聞いたときは思ったがそもそも誰が広めているのかといいたくもなった。

固まっていると少年が心配そうな顔で手を引いてきてハッとなって我に返り、昼食を食べにリビングへと向かった。

 

そうしてはじまったのが、眷族に対する注意だ。

 

「リュー・・・さすがにアレはどうかと思うの」

「はい、申し訳ございません・・・やりすぎました」

「『リューの言うことを聞く』っていうのはまだ構わないわ、内容によるけれど。でも、さすがにアレはないわ。可哀想よ」

「返す言葉もございません・・・」

 

バニー姿で女神に抱きついて泣いていたことを、リューとアリーゼに報告して『可哀想なのは駄目だと思うの』と注意した。

 

 

「あの子は玩具じゃないの」

「はい」

「だから、さすがにベルが泣くようなのは許してあげて」

「ア、アストレア様!」

「な、何かしらアリーゼ?」

「実際、どうでしたか?寝起きに・・・バニー姿のベルがいるのは」

「―――そうねぇ」

 

 

女神は熟考。

ゴクリ・・・と喉を鳴らす眷族達。

少年は我関せずを貫き昼食を黙々と食べる。

そして、女神は口を開いた。

 

 

「殺傷性が高すぎるわ」

「あぁ~^」

「まず起きたら、私のお腹に顔を埋めて泣き疲れて眠っていたわ」

「ゴクッ」

「それで起きたら、『乱暴されました!』『辱められました!』って私の胸に顔を埋めてグリグリ・・・って来たわ」

「守らなきゃ・・・ゴクッ」

「それで、今あの子が着ているポンチョをプレゼントしたら、私にもくれたのよ・・・モジモジしながら・・・」

「あらぁ~^」

 

 

謎の女子会話が聞こえてきて顔を徐々に赤くした少年は、狐人のメイドに『ごちそうさま!』と言ってそそくさと出て行ってしまうのだった。

 

 

「と、とにかく、あの子を苛め過ぎないように!」

「「「正義の剣と翼に誓って!!」」」

「そういうところよ!?」

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――ってことがあったんですよ」

「―――なるほど。それでベルさんはヒューマンから兎人(ヒュームバニー)になってしまわれたのですね」

 

光玉と薬草の徽章(エンブレム)が飾られた清潔な白一色の石材で造られた【ディアンケヒト・ファミリア】の建物にて白髪の少年と白銀の長髪の少女は背中を向け合いながら、話をしていた。

ヒューマンである彼女の容姿は、精緻(せいち)な人形、という言葉が真っ先に浮かぶほどで、少年より低い150Cに届かない小柄な体がその印象に拍車をかけていた。

彼女の名は、アミッド・テアサナーレ。

少年の担当医のようでありながら、少年の魔法に目をつけた彼女はお手伝いと言う名のアルバイト先の雇い主でもある。下げられた頭からさらりとこぼれる細い長髪は白銀色で、大きめな相貌には儚げな長い睫毛がかかっている。服装は白を基調とした、どこか治療師を思わせる【ファミリア】の制服だ。

 

 

「―――【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】。」

「そちらの方は怪我の度合いは軽症なので、そのまま安静に寝かせてあげてください。ベルさん、次はこちらを手伝っていただけますか?」

「魔法の効果が解除されるまで、同じのは無理ですよ?」

「効果時間は?」

「5分」

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】は治療と製薬の【ファミリア】で、派閥の活動内容は開発した回復薬の販売や、より専門的な治療術や道具の提供を主としている。他の店、他の【ファミリア】では取り扱っていない高級な薬や、失った視力でさえ回復させる高度な治療術の評価は高く、客層は選ぶものの、中堅以上の冒険者達からは多く支持されている。

 

 

「ですが・・・まあなんと言いますか」

「?」

「クレーズ一家の1件が無事片付いて何よりです。これで貴方も正義の派閥の一員として名を知らしめられたのではありませんか?」

「うーん・・・でも、変な非公式の二つ名とか、お義母さんの存在が大きすぎてそこまでじゃないですか?」

「いっそ、英雄にでもなってみては? 貴方は前衛、後衛、回復―――と、いわばオールラウンダー。遠征の時でさえその存在は重宝されますよ?」

「―――僕に英雄は無理ですよ・・・・お義母さん達を差し置いて・・・」

「―――何があったのか聞かせてはもらえないのですか?」

「―――。」

 

 

口を噤んで儚げな微笑を浮かべる少年に、聖女は溜息をついて患者の治療に当る。

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を使えば、一気に治療はすむが少年としては『疲れる』し主神のディアンケヒトとしては『建てた治療院がその日の内に潰れかねない』らしく許可が得られなかった。

最も、そこまでの緊急性はないので問題はないが使えるものを使いたいと思ってしまうが故に何とも歯がゆかった。

 

役割としては、少年の支援魔法【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】で対象者1人の生命力を上げて『軽症者なら自己治癒で』『重傷者ならアミッドの手があくまでの時間稼ぎ』を行う。

アミッドの見立てでは、スキルと魔法の複合起動とは言っても、聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果もしっかりと対象者にも影響しているようで状態異常も治っていることが確認できていた。

 

 

―――回復魔法ではないためあくまでも自己治癒の促進でしかありませんが・・・それでも重宝される存在になるでしょう。

 

 

 

「そういえば思ったのですが・・・」

「?」

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)というスキルとの複合起動であれば、他の魔法とはできないのでしょうか?」

「えと?」

「例えば・・・ダウンはどうです?」

「うーん・・・それって、矛盾しませんか? 全能力低下魔法なのに生命力を上げるって」

「例えばの話です。貴方の攻撃魔法の場合はどうですか?」

「―――試してみないとなんとも」

「では、後日、試してみましょう。患者はもう大丈夫そうです、少し、休憩をとりましょうか」

 

 

 

 

治療院の団員の休憩室にて、少年と聖女は背中合わせで座っていた。

聖女は少年のステイタスが載った羊皮紙を眺め、少年はポリポリとお菓子をかじっていた。

 

 

「―――あまり食べると、夕飯時にあまり食べられなくなってしまいますよ」

「・・・・ポリポリ」

「聞いてますか?」

「あ、ごめんなさい。ぼーっとしてました」

「まったく・・・・まだ疲れが残っているのでは?こちらが頼んだこととは言え、無理に来る必要はございませんよ?」

「別に、無理はしてないですよ・・・」

「なら構いませんが・・・無理は禁物ですよ、わかりましたか?」

「はーい」

 

 

休憩も終わり、治療院に訪れる人も減ってきた夕方頃、アミッドが書類仕事をしている最中特にすることもないベルは訪れる女神や女性冒険者に頭を撫でられたり兎耳を触られたりしていた。

 

 

「アミッドさん」

「・・・・」

「アミッドさん」

「・・・・」

「あっ!あそこにマーメイドが!」

「ハッ!?ど、どこに!?」

「嘘です。」

 

騙しましたね?と恨めしそうな目で睨んでくる聖女を少年はニヤリと返す。

傍から見れば、2人の髪色というか背丈と言うか姉弟と見られてもそこまで違和感がないのでは?と治療院の者達は言う。

 

 

「さっきから声をかけているのに無視するから」

「すいません、集中していました。それで、何か?」

「いや、この立て札・・・【『お触り500ヴァリス。ハグ8,700ヴァリス』】って・・・これやっぱり治療院の営業と関係ないんじゃ?」

「・・・・・・・」

「あっ! あそこにユニコーンとバイコーンが!!」

「なっ!? ど、どこに!?」

「いませんよ」

「――――くっ」

 

 

その少年を使った『アニマル?セラピー』なるものは、人気があるといえば人気があるが少年としては『不特定多数の匂い』がつくのは少しきつかった。故に、余計に疲れてしまっていた。

 

 

「そういえば・・・ベルさん、いえ、アストレア様が所有している土地の教会に保管している素材があるんでしたか」

「はい。僕が持っていても仕方がないから、使える人に渡そうと思って」

「では、正式に契約書を用意した方がいいですね。お金はファミリアで構いませんか?」

「はい、構いませんよ。あとは・・・ヴェルフにも相談したんですけど、全部は持っていけないから、必要な時に必要なものを持っていってその分の額を支払うって言ってました」

「―――なるほど、では、こちらもそのように。いつ行きましょうか?」

「いつでもいいですよ?」

「そうですか・・・では、次の私の休暇にでもお願いします。一度、見ておきたいので」

 

 

聖女様はひそかに『ヴェルフ・クロッゾ・・・鍛冶師と素材の奪い合いになりかねないか、いささか不安ですね』と思うも勝ち取ってみせるという謎の決意を胸に秘めていた。

後日、鍛冶師と聖女が素材の前に立つと

 

「「宝の山だ」」

 

と同じ言葉を吐き、それぞれが素材を取っては言い合いがはじまったり

『ユニコーンの角を武器の素材に!? も、もったいない!』

『いいや!勿体無くねぇ!!』

 

と少年が見守る中、軽く修羅場になるのだった。



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兎追いし狼

ベート回のつもり。


「ベルぅ・・・あんまりです・・・」

「もきゅもきゅ・・・もきゅもきゅ・・・」

「何よリオン、顔を真っ赤にして。」

「お、おき、起きたらまさか・・・そんな・・・ああ、私はなんて不敬な・・・!」

「リューさん、あーん」

「む・・・あーん。ってそうではなく!?」

 

 

それは2日後の朝のこと。

ファミリア全員で朝食を囲む食卓にて、金髪妖精リューリオンは顔を真っ赤にして頭から煙を吹いていた。それもそのはず、

 

 

「き、昨日はベルと一緒に眠っていたはずだというのに・・・いえ、時々耳を触られることもありますが・・・め、目が覚めると、私はアストレア様のベッドの中に・・・な、何を言っているのかわからないと思いますが、私にも何が起きたのか分からず・・・じ、自分の格好を見返して、眠る主神の横でなんてはしたない・・・あぁ、私はなんてことを・・・!」

 

「うん、余計訳が分からないわね」

「はしたないも何も、今更何を言っているのでしょうかこの淫乱妖精は」

「私は気にしていないのよ? リューの寝顔も、ベルの寝顔も、とっても可愛かったんだもの」

「アストレア様、あーん」

「ふふっ、あーん。ほらベル、お返し・・・あーん」

「あむ・・・もきゅっもきゅっ」

 

主神も少年も『いったい、何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか?』と言った具合に小首を傾げて、けれど仲良く朝食のパンを千切っては食べている。そんな少年の顔に、金髪妖精(リュー)はムッとした。

 

「わ、私はキャミソールに短パン・・・な、何よりベルを抱き枕にしていたはずなのに、瞼を開ければアストレア様の・・・ご、ご尊顔が!?」

 

「よかったじゃない、ご褒美よ?」

 

「ベル、お前は美女と女神に挟まれて眠っていたのか?」

 

「むぐむぐ・・・夜中に目が覚めて、アストレア様の所に行きたくなったから・・・」

 

『運びました』と少年の口からその言葉が出て、金髪妖精(リュー)は『ぁあああっ!!』とテーブルに額をぶつけて悶絶!

 

話を聞いていた眷族達は『あら~^』『つまり、眠れるリオンをお姫様抱っこして運び込んだのね!』と優しい目を向けながらニヤニヤ!

 

「そんなに嫌だったんですか?」

「そ、そういうわけでは・・・! し、しかしっ!? 自分の姿があまりにもはしたなく・・・!」

「どういう格好だったのよ」

「口から涎が垂れてた」

「ぐふっ!?」

「幸せそうな顔だった」

「かはっ!?」

「寝巻きが捲れ上がっててちょっとエッチだったよ」

「ぁあああっ!?」

 

つまりは、はだけた格好で少年を抱き枕に。そして少年がベッドに潜り込んで来たことに気がついた女神もまた少年を抱き枕に。リューは少年を独占できたことに対する喜びで涎を垂らして『ぐへへ』的な寝言まで漏らし時折身じろぎをする少年のせいでキャミソールははだけにはだけ下乳が見えかかってすらいたのだ。

 

「もう駄目だ!エルフにあるまじき羞恥! かくなる上は―――」

「「「かくなる上は?」」」

「切腹ぅっ!?」

「おい馬鹿!やめろ馬鹿!おいっ!ナイフを今すぐ離せ馬鹿!」

「ちょっとベルがショックで気絶したわよ!?」

「お願いやめて!流血沙汰はやめて!?気にしてない!私は気にしていないからぁ!?」

「やめろ、止めるなぁ!? 殺せ、いっそ殺せぇ!?」

「リオン、落ち着きなさい! 私なんてアストレア様とベルと寝る時なんて裸の時もあるのよ!?」

「あなたは自重しなさいっ!!」

「す、すいません!?」

 

羞恥のあまり大混乱を来たした残念大馬鹿妖精(ルナティックポンコツエルフ)はあろうことかナイフを手に取り、その姿に何かトラウマでも刺激されたのかショックで気を失った少年は隣に座る女神に倒れ掛かった。

朝食は狂気と混乱の渦で、混沌(カオス)に満ち満ちていた。

 

 

それから数十分後。

 

 

「――――落ち着いたかしら、リオン」

「・・・・はい」

「発情期は終わりましたか、残念淫乱妖精(ポンコツエルフ)様?」

「私は発情などしていないっ!あの子に耳を咥えられて悶々としただけだ!」

「静かに、リオン」

「はい、すいません」

 

 

冷水を頭からぶっ掛けられた金髪妖精は正座をさせられていた。

 

「ベルに埋め合わせとして添い寝を頼んだのはあなたよね?」

「はい」

「でもベルは()()()()()()()()()()とーっても好きで、アストレア様の所に行きたがるのもわかるわよね?」

「どうして僕がアストレア様のことが好きだって強調したんでしょうか・・・」

「あら、いいじゃない別に」

「・・・・こほん、だからベルがあんたを運んでも仕方ないことじゃないかしら?」

「それならそれで事前に知らせて欲しかった・・・」

「知らせていたらどうしてたのよ」

「―――はしたない姿を見せないように、全身鎧を」

「「「そっちの方が恥だ馬鹿」」」

「・・・・くっ!!」

 

 

そうこうして頭を物理的に冷やされ、平静を取り戻した彼女はアリーゼ達と共に巡回に。

その他の者は買出しやらダンジョン探索やらに出て行くのだった。

 

「で、ベルと寝るのは嫌だったわけではないのでしょう?」

「はい、いやではありません。むしろ久しぶりに安らかに眠れました」

「お願いだから、そのまま安らかに天に昇らないで頂戴よ」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

その日、ベート・ローガは機嫌が少し悪かった。

理由としては、数週間ほど前―――【アストレア・ファミリア】のベル・クラネルが異端児なる知性を持った怪物達との一件の騒動から少し前のこと。

 

彼の少年が、迷宮内でなんやかんや、あれやこれやとしている、巻き込まれている間に地上では闇派閥の残党と暗殺者達による『アマゾネス狩り』が行われていた。目的としては闇派閥と接触あるいは何らかの関係を持っていた女神イシュタルの元眷族への口封じとして行われたそれだが、その事件に巻き込まれたのが【ロキ・ファミリア】Lv.6、ベート・ローガである。

 

『あいつ等が死んだのは、あいつ等が弱かったからだ。恨みなんざ見当違い・・・強ぇ奴は弱ぇ奴から全てを奪える。それが強者の特権だ。それが、このクソッタレな世界だ』

 

【ロキ・ファミリア】がメレンにて【カーリー・ファミリア】にチョッカイを出された際に邪魔をしてきた派閥である【イシュタル・ファミリア】、そしてその中にいた女戦士(アマゾネス)の少女がその時の一件でベート・ローガに惚れ、何かと交流(付きまとい)が増えてきたのだが、その少女、レナ・タリーもまた『アマゾネス狩り』の事件に巻き込まれ青年の目の前で倒れ伏した。

 

『ベート、ローガ・・・・弱っちくて、ごめん』

『―――』

『やくそく、無理だっ、た。あなたの、となり・・・並びたかった、なぁ・・・』

 

会う度に何かとベタベタベタベタとしてくる少女に、拳をめり込ませ、膝を腹に叩き込むも毎度の様に『えへへ、いいのもらったぁ・・・これであの眼鏡おっぱいにも勝てる!』『今のはいいの入った・・・これで妊娠した、間違いない。名前何にしよう』などと言う恐ろしいそれは、最後の力を振り絞るように、微笑んでゆっくりと力を失っていった。

 

 

強者は何をしても許される。何を奪ってもいい。

弱者は何をされても抗えない。何もかも奪われる。

弱者であっては、生き残れない。

 

『俺がてめぇをブチ殺そうが、何も問題はねえってことだッ!!』

 

怒りのままに、逃げようとする女幹部を殴り、蹴り付け、最後に顔面を右手で鷲掴みにする。

軽々と持ち上げた女の体を柱に叩きつけ、宿す炎の牙を揺らめかせ

 

『ま、待てェ!? 私を殺したら、『鍵』の在処はっ――!?』

『うるせぇ』

 

女を猛炎で瞬く間に漆黒の灰へと変え、その命を奪い取った。

その際の戦闘行為、および魔法によって半壊あるいは全壊した前【イシュタル・ファミリア】の本拠は完全な廃墟へと成り果てた。幸いなのはこの事件が起きてから歓楽街からは己の身の危険を感じて娼婦共々人が避難していて無人だったこと。その被害で【ロキ・ファミリア】に対する損害賠償などは発生せず、『余計な事件の是非を問うて怪物の尾を踏むことはない』としてギルド上層部は恐れをなして看過することを決めたのだ。あえて被害(いい迷惑)を被ったのは巡回やらと【ガネーシャ・ファミリア】と協力している【アストレア・ファミリア】であるが、それは狼人の知ったことではなかった。

 

 

都市第三区画、歓楽街。

その一件の最後に金髪少女が背後からやってきて、左肩にぽん、と右手を置いて口を開く。

 

 

ゆっくりと振り向いた後に、その言葉を告げた。

彼女も彼女で、最近何か悩んでいたらしいが、それはその後の異端児の一件で自分なりの答えを見出したらしいが・・・それでもこの時の彼女は単純に青年のことを心配していた。

 

 

『どんまい』

 

 

全く抑揚のない声で、感情の乏しい表情がくそ真面目に放ったその言葉に、青年は頬を痙攣させた。その後は、青年の黄昏など知ったことかと少女は聞いてくる。

 

 

『どうして人を見下すのか、何で強くなろうとするのか・・・教えてください』

 

途切れ途切れの言葉で必死に意思を伝えた少女は、真っ直ぐ見つめてきて誤魔化すことも許されず、嘘をつくこともできず、最終的に主神の命令で答えざるを得なくなった。

 

舌打ちを鳴らし、少女に向き直る。

 

『弱ぇ連中を貶すのは強え奴の役目だ! 俺等がしなけりゃあ、誰がするってんだ! でなけりゃあ勘違い野郎どもが益々増えやがる! 冗談じゃねえ!!』

 

溜まっていたものを全てぶちまけるように、言葉をぶつけていく。

 

『弱ぇヤツは戦場にでてくるな! 弱ぇ女は巣に引っ込んでろ! 身の程を知りやがれ! ことあるごとに泣き喚きやがって、イラつくんだよ!! もやもやしやがる!! 雑魚が目の前で野たれ死ぬのは御免なんだ!!』

 

脳裏に過ぎるのは両親の、部族の、妹の、彼女の死に様だ。

心に蘇るのはアマゾネスの少女の最期。

それらの光景に胸の中をかき乱されながら、立て続けに言葉を連ねた青年は、最後に大きく吠えた。

 

『もう、誰も哭んじゃねえ!!』

 

 

その後のことは、思い出したくもない。

生まれたのは、混沌(カオス)だった。

 

金髪の少女には謝罪をされ、主神は、にんまりとあくどく笑い口に手を当てて声を張り上げ

 

『そういうことらしいでぇー! 聞こえたかぁー!』

 

振り返ったところ、瓦礫の影から出てきたのは【ロキ・ファミリア】の団員達。

 

『ああいうの、つんでれ っていうらしいわ』

 

女戦士(アマゾネス)の女が言った。

 

顔を真っ赤に染める青年、それを皮切りにどっと盛り上がった団員達はラウルを筆頭に一斉に声を浴びせた。

 

『私、ベートさんのこと信じてました!』『誤解してましたすいません!』『これが神様の言う【萌え】なんですね!』

 

『ツンデレベートさんちぃーっす!』

『ツンデレベートさん素敵っすね!』

 

 

挙句の果てには、死んだと思っていた女戦士(アマゾネス)の少女が生きており、それはもう、どいつもこいつも誰も彼もが

 

 

『ツンデレベートさん、まじぱねぇっす!!』

 

 

などと言うのだ。

 

 

 

―――思い出したくもねぇ。

 

 

けれど、それはまだいい。まだいいのだ。

過ぎたことだ、部外者にまで広められているわけでもない。

ラウルあたりは顔をニヤけさせたらすぐに〆るが、それはまだどうでもよかったのだ。

 

あの一件の後から少しして異端児の一件が起こり、その辺りからまたファミリア内で青年を見る目が若干おかしかったのだ。何かがおかしい、自分の知らないところで何かが起きていると思っていた矢先、ステイタスの更新で主神の部屋に行っていたところ作業が終わったあとにニヤけた主神が口を開いたのだ。

 

 

 

『なぁなぁ、ベートぉ・・・』

『あん?』

『リーネと、あのレナって子以外に、どんな女の子がおるんや?』

『は?』

 

 

割とマジでガチで何を言っているんだこのアホ神は、と目を点にしているとさらに言葉を続けてくる。

 

『いやな、狼人って夜の生活とか激しそうやん?』

『・・・』

『まあその辺はウチよう知らんねんけど、ベートって・・・・』

『・・・』

『他にも女の子、囲ってるんやろ?ブフッ』

 

肩を揺らす(それ)に、青年は――ベートはゴゴゴ・・・と詰め寄った。

 

『何のことだ』

『誤魔化さんでええやん、ほら、あれやろ、ゼウスも昔言っとったで?【男だったらハーレムを目指せ!】って』

『・・・・言い残すことは?』

『へ? いや、待って、ベートさん待ってぇや、あっ、やっ、いぎにゃあああああああっ!?』

 

主神をぶっ飛ばし、青年はこのほとぼりが醒めるまで本拠にいるわけにもいかず迷宮にでもうさ晴らしに行こうとバベルへと向かっていた。そんな時だろうか

 

 

「あん? あいつは・・・・」

 

バベル前のベンチ。

そこにいる1人の・・・正確には2人いたが、1人の存在に気がついた。

どうにも、その存在は何かと噂と言うか人気があるらしく

 

 

・ベンチにいる白兎に会うと、その日は無事に帰還できる。ドロップ率が上がる、換金率が上がる、何かいいことがある。

 

・治療院ではお金を払うとお触りができる。

 

・聖女の飼兎(ペット)

 

・実は【ディアンケヒト・ファミリア】所属の戦える治療師(バーサクヒーラー)

 

・都市全土を覆うほどの広範囲魔法を所有した化物。

 

・怒らせたら泣き声で仲間を呼び寄せて消される。

 

・怒らせたら背後に灰色髪の女が見える・・・気がする。

 

などとよくわからないことをベートでさえ聞いていた。

ベートとしては、その存在――少年は、強いのか弱いのかいまいちハッキリせず妙にイラついた。

少女(アイズ)に聞いても『神様に全部取られちゃった子』とかなんとかこれまたスっきりしないことを言うだけ。何故だかわからないが、何か通ずるものがあるような気がしたがそれはそれで気に入らなかった。

 

その少年は簡単に『英雄の席』を蹴り飛ばすし、力を持っているのに強くなる意思があるのかも曖昧。そこらの雑魚とは違うというのに、聞けば少女(アイズ)と【ロキ・ファミリア】の本拠の庭で模擬戦をした時には適当なところで最強の保護者(リヴェリア)の部屋に逃げ込むらしく

 

―――Lv.6から逃げられる足を持っていてどうしてこう、中途半端なんだ

 

と疑問に思わざるを得なかった。

 

なお、何故、他派閥の副団長の部屋に逃げ込んだのか少年の派閥の妖精の姉が聞いたときには

 

『えっと、アイズさんでもリヴェリアさんには勝てないんです。だから、【突撃、隣のリヴェリアさん!】をしたら助けてくれるはずだってロキ様が』

 

実際、当のリヴェリアは最初は驚くも溜息をついて少年の避難を良しとしていたし少年も少年でその姿に義母を重ねていたのか妙に懐いていて『リヴェリアさんとお義母さんはどっちが強いんですか?』とこれまた答えづらい質問をしていた程だ。

 

山吹色妖精はこの質問に対して、

 

『決まっているじゃないですか。リヴェリア様に決まっています!貴方のお義母様だって、デコピンひとつで伸されて終わりですよ!』

 

『いーや! お義母さんのが強いに決まってます! リヴェリアさんの方がデコピンされて終わりですよ!』

 

リヴェリアの前でするそのやり取りに、かなり頭を痛めた。

何ともまあ答え辛かったのだから。

 

『お前の義母には、【年増】などと侮辱された』とか、まぁ、言える訳がなかったし。

 

 

その件の少年は、どういう訳かヒューマンから兎人(ヒュームバニー)にジョブチェンジ?したらしく金髪少女ことアイズとベンチで語らっていた。

 

 

「ベル、誰かと待ち合わせ?」

「特にそういうわけでは・・・ただ、ずっと本拠(ホーム)にいたら『お日様の下で遊んでいらっしゃい』って言われたり『ベル様?お外で遊んできては?』って子ども扱いされるから・・・」

「ベルは、まだ、子供、だよ?」

「ぼ、僕、子供じゃないです!」

「女神様と添い寝する大人は、いない、よ?」

「うっ・・・」

 

傍から見れば、姉弟とも見えないこともない2人はどうやら今日のご予定についてお話中らしい。

少年は特にすることもなくただ単に日向ぼっこしているだけらしく、通り過ぎていく女神や女冒険者が手を振っては振り替えしていた。瞼を閉じているのに、器用なことである。

 

「ファミリアのお姉さん達は?」

「今日は皆、色々しているらしくって・・・」

「えと、じゃあ・・・一緒に迷宮(ダンジョン)、行く? それとも、行くなって言われてたり・・・する?」

 

おずおずと小首を傾げてアイズはベルに迷宮(ダンジョン)に行くか誘い出す。

 

「1人じゃなかったら別に良いって言われてるから・・・いいですよ」

「武器はある?」

「えっと、ここにナイフが。」

「鏡みたいだね、それ」

「えへへ」

 

鏡のような刀身、【星ノ刃(アストラル・ナイフ)】を撫でてアイズに自慢をする。

世界にただ1つだけの自分だけの武器、と。

そのまま2人はまた色々と話をし・・・・

 

 

「それでそれで、春姫さんが大賭博場(カジノ)で『ベル様は小さい頃からハーレムをお持ちなのですね』とか言うんです!」

 

「う、うーん・・・?」

 

「アストレア様は、『ベルが皆から離れるのを嫌がったりするようになったのは仕方ないことだから悪くいえない』って言うんですけど・・・駄目なんでしょうか?」

 

「よく、わかんない・・・今度、リヴェリアに聞いてみる」

 

 

まあ別にどうでもいいか・・・そう思って足を再び動かそうとしたところ、ベートはピクリ、と動きを止める言動を聞いてしまう。

 

 

「お爺ちゃんが言ってたんです! 【男だったらハーレムを目指せ】って!!」

 

 

ロキが言っていた言葉を思い出したベートは固まった。

 

「・・・・・」

 

そして、何か、こう、パチリ・・・とパズルが填まったような感覚に陥った。

この派閥内での噂というか全員に広まっているわけではないが、噂の出所な気がしたのだ。

 

 

―――こいつか。

 

 

捕まえて、問い詰めてやろう、仮にそうだとしても面白おかしく広めようとしたのは主神なのだが、出所ぐらいは聞き出して押さえ黙らせておかねば痛い目を見る気がしたのだ。

 

ドスドスと石畳を蹴り付けながら、歩く速度を徐々に早めていき、少年と少女の目の前で立止まった。

 

 

「ベート、さん?」

「・・・・?」

「―――おい、てめぇ、クソ兎」

「へ?」

「今、【ハーレム】がどうとか言ったか?」

「?」

「お前・・・俺のこと、何か言ったりしたか?」

 

小首を傾げる少年少女、背後からはなにやら『ねえあれやばくない?大丈夫?』『うわ、凶狼(ヴァナルガンド)だ・・・兎さんが狩られる!?』『あばばばば』とか聞こえるが、知ったことではない。

 

「ベートさんのこと・・・? 『ベートさんはハーレムなんですよ』って、言っただ・・・け・・・で・・・ひっ!?」

 

 

―――有罪(ギルティ)。何を勘違いしてるかわからねぇが、こいつだ。

 

 

狼はピクピクと牙を揺らし、少年の首根っこを引っ掴もうと迫った!

少年はその形相を見て怯え、姿勢を低くしあろうことか逃走を開始した!

 

「えっ、ベル・・・?」

 

アイズは走り去る少年へ手を伸ばそうとするがもう既に遅く少年は見る見る距離を離していく。

ベートもまた自分の横をすり抜けて走り去る兎に一瞬呆けてすぐに転進

 

 

「待ちやがれええええええええええええっ!!」

 

 

吠えた。

そして、追走!!

 

「え、ベート、さん?―――(ベル)が・・・(ベートさん)に狩られる・・・?」

 

 

何かいけない、少年を助けなくてはいけない!と思ったアイズもまた立ち上がり走り出した!!

 

 

「リヴェリアもベルのこと、気にかけてた。『アイズ、あの少年のことは気にかけてやれ。未だに人ごみの中で死者を探すような子供を放置などできん。死の神にでも魅入られたら溜まったものではない』とか言ってたし・・・」

 

 

バベル前にてはじまるは逃走劇。

兎は狼に怯えて逃げ、狼は兎を追いかけ、少女は兎を保護するべく同じく追いかける絵面。

兎←狼←少女。

 

その光景に後に職場に戻った桃色髪のギルド職員は言う。

 

 

「エイナエイナぁ~、さっき外でウサ耳姿の弟君が【凶狼(ヴァナルガンド)】に追いかけられてて【剣姫】にも追いかけられててさー何ていうか『散歩しているはずの飼い主が逆に散歩させられてる』みたいだったよー? by ミィシャ・フロット」

 

「ごめんミィシャ、よくわからない」

 

「だからぁ、弟君がウサ耳で追いかけられてたの。たぶん、今日の夕飯は兎鍋じゃないかなあ」

 

「待って。余計意味がわからない。そもそもベル君にウサ耳なんてないよ?」

 

「え?でも、ついてたよ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

少年は『僕、何で殺されそうになってるの!? ナンデ!?』と言った具合に涙目になって迷宮(ダンジョン)に飛び込んでグングンと進んで行く。

 

「お、おい!? 待ちやがれ!?」

 

ベートはそれを『24階層の時みたいにい面倒ごとになってたまるか!?』と焦り、さらに加速。18階層に入ったあたりでようやく首根っこをつかめるところまで追いついたその時!

 

 

「ひぃいいいいい!? 【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】ァ!!」

 

ベートが初めて聞く少年の魔法に『どんだけ魔法があるんだこいつは!?』と驚いた。

少年は自分自身に魔法をかけると、少年の胸には優しげな色をした炎が灯り、グンッ!!とさらに加速!!

 

 

「は・・・はぁああああああああッ!?」

 

あろうことかベートとの距離をさらに離した。

幸いなのは、つかず離れずの距離を保てているお陰なのか、少年の人魔の饗宴(スキル)のおかげで怪物達が近寄ってこないこと。それでも進行方向にいる怪物達は無慈悲に轢き殺されていくのだが・・・。後ろを振り向けば、これまた凄い形相の少女がものすごいスピードで迫ってきていた。

 

 

「ベート、さん・・・・ベルに、乱暴、しないで・・・!」

「ち、違ぇよ!?」

「ベルは・・・私が守るッ!!」

「だから違ぇって言ってるじゃねえかあああああああッ!!」

 

 

後に宿場街(リヴィラ)の頭目はその光景を見てこう語る。

 

「おう、何か散歩中のペット2匹に引っ張られるみてぇに、金髪の女が見えねえ速度で通り過ぎていきやがったぜ。躾がなってねえよな、ペットがあんな速度で走るなんてよぉ・・・ 」

 

3人は気がつけば19階層を越え、25階層にまで。

道中、少年の魔法によって進路上にいる怪物達は無慈悲に爆散し灰に変えられていてその魔石を後ろから追いかける2人は慣れた様に破壊する。

 

「おい! いい加減、止まりやがれ!」

 

ゴーン!!

 

「だあああああっくそっ!!」

 

 

少年が勘違いしていること、別にベートは少年を殴り飛ばそうとしているわけではないと誤解を解こうとしているというのに少年の魔法・・・音によってその声はかき消されてしまう。再び後ろを振り向けば、ムッとした顔のアイズがなお追いかけてきていた。

 

 

―――なんでこうなりやがる!?

 

これでは、『前門の虎後門の狼』ならぬ『前門の兎、後門の少女』である。

このままでは泣きっ面の少年は下層を突破しかねない、それは不味い!!

到達階層がどこまでなのかわからないがとにかく不味い気がした。

そしてそこで

 

 

「―――あん?」

「冒険・・・者・・・?」

 

進路方向のその先、人影が見えた。

うつむけた顔の両端からは細長い耳が伸びていて、その影の主がエルフであることがわかった。

 

「こんなところに、一人・・・ベート、さん?」

「・・・・兎をとめろ、アイズ。何かいやがる」

 

この階層に居る以上、実力者なのはわかるがどうも様子がおかしい。

まず、パーティメンバーがいない。

矢筒があるにもかかわらず、何故か弓を持っていない。

纏っている防具が傷だらけだった。

前方を瞼に涙を溜めながら走る少年も様子がおかしいことに気がついたのか足は止めないが、警戒しはじめたのがわかった。右手を後方に向けて魔法を唱える。

 

「【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】ッ!!」

 

全能力上昇魔法が2人にかけられた。

それによって2人はさらに加速。

 

「・・・・・」

 

そのエルフは頼りない蹌踉(そうろう)とした足取り。

ともすれば亡者のようなそれに、薄闇の中で不気味に揺れる輪郭に、戸惑いの感情と一緒に3人の空気が張り詰めて行く。

 

やがてエルフは天井に生えた白水晶(ホワイトクリスタル)の真下にたどり着き、俯いていた顔が、ゆっくりと上がっていく。

 

「ぁ・・・がっ・・・!?」

 

光の下に晒されたのは、血塗れの形相だった。

さらには、肘から先を、右腕を失っていた。

こちらに気がついていないのか、力尽きたように体が地面に倒れこみ背後の暗がりから大型のモンスターが歩み出てきた。

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】ァ!!」

 

倒れたエルフに魔法をかけその大型のモンスターに少年は、狼は、少女は戦意を上昇させた。

 

人型を象る巨躯は2Mはあり、全身と言う全身が苔に覆われ、まさしく木の巨人と言ってもいいようなモンスターだった。無骨な左手に握られるのは、深蒼の輝きを宿す天然武器(ネイチャーウェポン)――水晶の鎚矛(メイス)

 

 

「アイズ!強化種だ!」

「・・・はいっ!」

 

『オオォ・・・ッ!』

 

そのモンスターの名を、【モス・ヒュージ】。

24階層に出現する希少種。魔石の味をしめ、後衛のサポーターや弱い者達を、魔石を持っている者を優先的に狙う異端児とはまた違った知性――効率を覚えていた。

 

けれど。

 

『オオォォォォォッ!!』

 

少年は、鏡のような刀身が魔法によって青く変わりさらに、聖火巡礼(スキル)の効果の1つ『聖火付与』によって炎が灯る。そしてそのまま突撃した。その後ろを走る2人もまたそれを追う様に突撃した。

 

 

「―――【福音(うるさい)】」

 

『オォォォーーッ!?』

 

「どけぇぇぇ!!」

 

『グオオーーッ!?』

 

「邪魔ッ!!」

 

『ッーーーー!?』

 

モス・ヒュージに立て続けに繰り出される、魔法と斬撃、魔剣を使った炎の蹴り、風を纏った斬撃。少年の攻撃により水晶の鎚矛(メイス)は焼き斬られ、音の暴風で体を痛めつけられ、その後からやってきた炎の蹴りでさらに纏っているはずのウンディーネクロスを無視して体を焼き、少女の風が襲い掛かる。

 

 

【モス・ヒュージ】の強化種、通りすがりに滅殺された瞬間である。

理解するまでもなく、青い光と紅の聖火、猛炎、暴風に世界が染まる中、彼は寸前に思った。

 

―――今度もし、生まれ変わったなら。

―――散歩中の少女とペットには、決して近寄らないようにしよう。

 

その思考を最後に、彼の意識は爆砕した。

 

 

■ ■ ■

 

 

その後、足を止めた少年に風を纏ったままの少女が背後からタックルをして動きを止めた。

 

「―――ぐへぁっ!?」

「ベル・・・めっ、なんだよ?」

 

うつ伏せで倒れる少年に馬乗りになったまま顔を近づけて注意する。

さながら、悪戯をした弟に対して注意する姉である。

少年はパクパクとさせながらも顔を若干赤くして謝罪した。

 

「ごめん・・・なさぁい・・・」

 

「ベートさんに苛められたら、私が、やりかえすから、帰ろ?」

「――――ぁぃ」

「―――兎、てめぇ・・・・」

「ひっ」

 

 

ベートはベルの前でしゃがみ込んで『お前は勘違いをしている』と告げ、ベルが今の今までしていた勘違いについて指摘した。

 

「そ、そんな・・・ぼ、僕の、か、勘違い・・・?」

「聞いていたやつは、それを聞いて何も言わなかったのか?」

「・・・・『有り得ない』『趣味が悪い』って言ってたような・・・?」

 

『趣味が悪い』にピクピクとしたが、もうどうでもよかった。

 

―――こいつはただの『雑魚』じゃねぇ。ただの『阿呆』だ。

 

ベートは疲れていた。

もう、どうにでもなーれっと言いたくなるくらいには。

背を向け、歩み始める。

 

 

「・・・帰るぞ」

「怒らないんですか?」

「・・・もう、どうでもいい。倒れてる冒険者共を連れて帰るぞ」

「――――ッ!」

「ムッ・・・ベルがベートさんを見て目をキラキラさせてる・・・」

 

 

倒れている冒険者、後に【モージ・ファミリア】と【マグニ・ファミリア】の冒険者だとわかるのだが、彼等は無事に18階層に連れて行かれあとは地上で【ガネーシャ・ファミリア】あたりから人手を送ってもらうことになった。

 

 

「あっ・・・えと、ルヴィスさん、でしたっけ?」

「ああ・・・武装した怪物達の1件以来だったか?」

「いやぁ、まさかおめぇ等に助けられるとは思わなかったべ・・・ありがとうなぁ」

 

 

3人にすることはなく、魔法の連続使用と走り続けたことの消耗でうとうとしはじめたベルをアイズが背負おうとしたところベートが小脇に抱え地上への道を進んで行く。

 

「ベート、さん?」

「お前が背負ったら戦えねえだろうが」

「ベルがいたら、襲われないです、よ?」

 

地上に戻った3人はギルドで迷宮(ダンジョン)内で起こったことを報告、【ガネーシャ・ファミリア】に18階層で休んでいる冒険者を運ぶように要請し【ロキ・ファミリア】へと戻っていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ぷっ・・・ふふっ・・・」

 

朱色の女神がある光景を見て腹を抱えて笑っていた。

【ロキ・ファミリア】の本拠、メインロビーにて正座をさせられる3人がそこにはいた。

 

『私は盛大な勘違いをしてベートさんをハーレム野郎にして強化種に突っ込みました。』

『私は子兎に大声を上げて怯えさせ迷宮内を追い掛け回して強化種に突っ込みました。』

『私は散歩中のペットに引っ張られるように迷宮内を走り回って強化種に突っ込みました。』

 

と3人はそれぞれ首からボードにかけて正座させられていた。

真顔の兎に虚無顔の狼、そして、『私、悪いことしてないもん!』という不満たらたらの顔をした少女。

 

 

「ねぇ、うちにあんな白い兎人(ヒュームバニー)いたっけ?」

「あーどうっすかねぇ・・・ラクタの親戚とか?」

「いやいやいやいや」

 

と団員達に通りすがりに言われたが、3人・・・とくに2人は動くことはなかった。

 

「見てみなよガレス」

「ほう・・・リヴェリア式の反省をさせられておるのか」

「まるで面構えが違うね」

「ぶっふぉwwwwwうちの眷族に、いつのまにあんな白いのが増えたんやwwww」

「はぁ・・・もし強化種討伐の後に『アンフィス・バエナ』と戦っていたら、これでは済んでいないぞ」

「3人で倒せるん?」

「わからんが・・・ベル・クラネルの魔法を使えば可能性は。アミッドも一目置いているようだしな」

 

日が傾き始めた頃にようやく解放され、痺れる足で3人は酒場――火蜂亭で飲み食いをし、どういう経緯か酔い始めたベートによる『真の男談義』が始まる。

 

「強さってのはなぁ・・・なんなんだろうな・・・ゴクンッ・・・ぶはぁ・・・」

「ひっく・・・なんらんれしょ・・・けぷっ・・・」

「・・・・ベル、口、汚れてる」

「んー・・・」

 

酒を飲めないアイズが甲斐甲斐しく口を汚すベルの顔を拭いてやり、ベルもまた呑んでいるのは酒ではないというのに場の空気に酔ってしまってキラキラとした目でベートの語りを聞いていた。

 

「触れそうになった瞬間・・・また遠のいていくんだ・・・」

「ひぐっ・・・僕も・・・触れていたはずのものが・・・気がついたらいなくなってまじだ・・・ぐすっ」

「だが、追いかけるしかねぇ・・・無様だろうとなんだろうと・・・飢えて喰らいつくしかねぇんだ・・・『雑魚』どもに見せ付けてやるためにも・・・」

「ぐすっ、お義母さん・・・ひっぐ・・・置いていかないれぇ・・・」

「よ、よしよーし・・・」

「強さという名の牙を!!」

 

ベルは泣き出し、アイズに抱きしめられ、ベートは何故か熱く語っていた。

アイズだけがついていけず

 

『なんだこれ』と言った顔でベルの世話を、保護者(アリーゼ)が見つけ出すまでするのだった。

 

なお、余談だがアリーゼにおぶられて帰ってきたベルが狼人のネーゼを見つけて飛びつき耳、尻尾をモフり、それはもう甘えに甘えられ母性を刺激されキスさえも喜ばれ、後日ベート・ローガを見かけた彼女は『ありがとう』と礼をした。

 




モス・ヒュージの後に、普通にインターバルで復活したアンフィスバエナと戦わせようかと思いましたが、やめにしました。


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兎レポート

 

 

 

「―――ってことがあったらしいわ」

 

少年が狼と追いかけっこをしたその日の晩、【アストレア・ファミリア】本拠にて団長であるアリーゼが風呂上りの髪を肩にかけたタオルで拭き取りながら何があったのかを報告していた。

 

曰く、

 

『【剣姫】と仲良く日向ぼっこしてたら、突如、ヤヴァイ顔した狼人がやってきて追いかけられてあれよあれよと25階層。モスヒュージの強化種を瞬殺して帰還。』

 

らしい。

 

 

「「「「ごめん、意味が分からない」」」」

 

 

 

 

 

アリーゼは、夕方になっても今日は特に予定がないはずの(ベル)が帰ってきていないと春姫から聞き都市内を探し回るも見つからず、

 

「あれ、もしかしてあの子・・・・またトラブルに巻き込まれてる?」

 

と思い迷宮(ダンジョン)にも捜索範囲を拡大しようとしたとき、道化の眷族たる猫人に声をかけられた。

 

『あの・・・お宅の弟さん、何故かウチの本拠(ホーム)で正座させられてるんですけど・・・』

『・・・・・はい?』

 

どうして他所のファミリアの本拠でそんなことになっているのかはわからないが、まさか『突撃、となりのリヴェリアさん!』をして怒られてしまったのだろうか?と頭の片隅に思いながら迎えに行くも、もうすでにいなかったのだ。どういうことかと聞いてみれば、反省札を首からかけて正座させられていた後、3人は生まれたての子羊のようにヨロヨロ、ぷるぷる、と外に出て行ったという。

 

少年と少女が青年の足、腰にしがみつき、それはもう青年は一種の拷問を受けているようだったと団員は語る。

 

『ぐぉおおおおおおっ!? テメェらぁ、今、俺の足に触るんじゃねぇぇぇえッ!?』

『Lv.6なんですから、しっかりしてくださいベートさん!』

『ベートさん、は、Lv.6なんだから・・・平気、のはず・・・!』

『おいアイズ! てめぇもLv.6じゃねえかよ!?』

『【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】!』

『う、うぉおおおおおっ!? てめぇ、兎ぃ!?』

 

生まれたての少年少女を青年は無理やり運ばせられ外出―――

 

 

「ごめん・・・意味が分からない・・・・」

 

 

ってきり、24階層の時のように苛められたのかと思っていたのにどうやらそういうわけではないらしかった。その証拠に、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、メインロビーには哀愁を漂わせるかのように反省札が置かれていた。

 

 

『私は盛大な勘違いをしてベートさんをハーレム野郎にして強化種に突っ込みました。』

『私は子兎に大声を上げて怯えさせ迷宮内を追い掛け回して強化種に突っ込みました。』

『私は散歩中のペットに引っ張られるように迷宮内を走り回って強化種に突っ込みました。』

 

―――ベルが原因? それとも、狼が原因? んー・・・

 

そしてそこから更に、『迷子の兎捜索』を再開。

道行く人々に

 

『あの、真っ白な髪で腰くらいまであって、深紅(ルベライト)の瞳で・・・可愛い私の()なんですけど見てませんか?』

 

『途中までは喉まで来てたんだけどなぁ・・・ごめん、最後ので引っ込んじまったわ。尻の穴の方まで』

 

『お尻の穴から出しなさいよ!?』

 

『んな無茶な!? お前、尻から出てきて良いっていうのかよ!?』

 

『いいわけないでしょぉぉぉ!?』

 

 

誰に聞いても、はっきりとせずもう1度本拠(ホーム)に帰ろう、もしかしたらすれ違いで帰ってるかもしれないし・・・と思いトボトボと赤毛のポニーテールを揺らしながら本拠(ホーム)に向かって歩み始めた時、聞こえたのだ。

 

 

『男がめそめそ、女々しく泣いてんじゃねぇぞぉ、兎ぃ!!』

 

その聞き覚えのある、いつも不機嫌そうに罵詈雑言を投げるようなその声がアリーゼの耳に入ってきた。

 

―――どこ!? どこ!? あの狼、私の(ベル)を鍋の具にしてないでしょうね!?

 

キョロキョロ、キョロキョロと血相を変えて辺りを見渡す。

すると、1件の酒場が目に入った。

 

【火蜂亭】

アポロン・ファミリアと戦争遊戯が始まる前に、少年がキレて暴れたという酒場。

狼の声の発生源は、どうにもそこのようだった。

 

―――あの子を泣かせたら許さないわよ、全身の毛を剃って毛狩り後の犬にするわよ

 

ゴゴゴゴ・・・!! と戦意を滾らせつつもその酒場に近づいていくと徐々に会話の内容も聞こえてくる。

 

 

「強さってのはなぁ・・・なんなんだろうな・・・ゴクンッ・・・ぶはぁ・・・」

 

―――知らないわよ!? あえて言うなら、『愛』よ!!

 

愛ゆえにわがままに、少年をオラリオ入りさせられるだけの土壌をつくるために奔走した期間は6年。少年が女神の眷族になる約束をしてから6年。【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】等事情を知る存在は数少ないが、とりあえずのところは少年が『闇派閥(イヴィルス)』に目をつけられないように『アルフィアの子ではなく、ベル・クラネル』として見てもらえるように復興を可能な限り早め、迷宮探索にも力を入れ、時に過労で倒れ・・・なんやかんやと力をつけてきた、はずだ。それもこれも彼女達の愛あってこそ・・・と思いたい。

 

「ひっく・・・なんらんれしょ・・・けぷっ・・・」

 

―――何で酔ってるの!? あんた、外じゃ飲まないでしょうに!?

 

 

こればかりは、輝夜のせいだが少年はどうやら口移しで飲まされることが癖になってしまったらしく病み付きになってしまったらしく、滅多に飲まない。だというのに、少年の声はあきらかにいつも以上に酔っている様だった。

 

 

「・・・・ベル、口、汚れてる」

「んー・・・」

 

 

―――イラッ☆

 

いけないいけない、年下の女の子相手に嫉妬だなんてはしたないわオホホホホ・・・。アリーゼは手で自分の顔をパタパタと扇いだ。遠目から見た2人はどうにも色違いの姉弟のようでさえあった。ただでさえ、どこぞの聖女と隣で歩いている時も姉弟に見えてきて仕方ないと思っているのに酔った少年は甲斐甲斐しく金髪の少女にお世話されていた。さらにはその少年の瞳は、自分達に果たして見せたことがあるだろうか?と思うレベルでキラキラとしていて狼人を見つめていた。さすがにそろそろ声をかけてやろう、アストレア様も心配してしまうだろうし・・・と店に入ろうとした時。

 

 

「触れそうになった瞬間・・・また遠のいていくんだ・・・」

「ひぐっ・・・僕も・・・触れていたはずのものが・・・気がついたらいなくなってまじだ・・・ぐすっ」

 

 

その言葉に、ピクリ、と動きを止めてしまった。

女神は少年の精神的な状態については『少しずつ、前に進んではいる。けれど、あの子の願いは叶わないからこそ、妄執へと成り果てかねない危険性がある』という。

アルフィアを知る【ロキ・ファミリア】副団長のリヴェリアは、

『人ごみの中で、かつての家族――アルフィアやザルドを探すあの子を見たことがある。既にいない死者との再会を願う子供なぞ放置できん。死の神にでも魅入られたら溜まったものではないぞ』と苦言を漏らされた事もある。

 

 

―――ベルは、満たされてはいないのかしら。

 

思わず、店の入り口から退き扉の横に壁にもたれるようにして隠れてしまう。そっとその会話を、声を聞くためだけに。満たされていないわけではない、それは普段の様子からよくわかる。女神にも姉達にも甘えてくるし、いないと逆に寂しがるし眠っている時に体を摺り寄せてくる様は何とも愛らしい。

 

 

―――満たされてはいる、けれど、『空いた穴は塞がらない』ということかしら。

 

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)というスキルが発現したお陰で、暗い場所でも多少は動けるようになったと聞くし1人で出かけるくらいは可能になる程、精神的にも安定しているようにも見える。けれど、どこかで期待してしまっているのだろう。実は2人は生きていて、迎えに来てくれるのではないか?と。

 

 

―――前に春姫が、本拠(ホーム)の玄関で座り込んで誰かを待っているとか言ってたわね。その辺は相変わらずなのかしら。

 

こればかりは解決策など見つけようがない。

フラッといなくならないように、目をかけてやるしかない、手を取ってやるしかない。

別れを告げることもなく2人は少年の前から消えうせ、オラリオで再会したといえばそれは義母の墓前。少年は、2人に別れを告げることすらできずに彷徨い続けるのだ。巡礼者のように。

 

 

―――リヴェリアさんは気まずそうにしていたけど、あの人にアルフィアの影でも重ねていたのかしら?

 

 

リヴェリアとアイズの関係性を興味本位で聞いてみたところ、どうも女神と少年がそうであったように似たようなことがあったらしい。もっとも、少年の場合は勝手にフラフラと外に出て行って怪物に襲われ生死を彷徨ったのだが。目が覚め、説教をされ、泣き喚き、女神に抱かれて眠り、目が覚めたころ、少年は茹蛸のように顔を赤くしていた。どうにもその瞬間まで、女神と眷族達を碌に認識できていなかったようで、まあつまるところ

 

 

―――初恋って・・・いいわよねぇ・・・母性に惹かれたのかしら?

 

ということである。

 

 

「だが、追いかけるしかねぇ・・・無様だろうとなんだろうと・・・飢えて喰らいつくしかねぇんだ・・・『雑魚』どもに見せ付けてやるためにも・・・」

 

「ぐすっ、お義母さん・・・ひっぐ・・・置いていかないれぇ・・・」

 

 

この2人は何か共通点でもあるのだろうか? などと疑問に思わないでもないが、少なからず地上に大穴ができ怪物が蔓延るようになった世界において『奪われた』側の人間は腐るほどいるはず。少年も青年もその1例にすぎない。不幸比べなど話にもならないが、少年は何か感じるものがあるのか妙に懐き始めているし青年の真意を気付いているのか気付いていないのか『あの人は優しい人』と24階層の時は言っていたな、とアリーゼは思い出す。

 

 

―――無愛想だけど親切な親戚のお兄さんってところかしら?

 

 

青年の真似などされては堪ったものではないが、憧れをいだくくらいは、いや、おそらくは男の子はああいう系に惹かれるのだろう・・・所謂、『男の浪漫』というやつがそこにはあるのかもしれない。少年は青年の話を、会話が成立しているのかも怪しいレベルで喋っては泣き出していよいよ少女に抱きしめられて慰められていた。よほど2人がいなくなったことが心に残っているらしい。

 

黒い神様(エレボス)が現れた次の翌朝、2人はまるで最初からいなかったかのように消えていた。

・2人は別れすら告げてくれなかった。

・自分があの時眠らなければ。

 

―――そんなことを、思っているのかしらね。ベルは悪くないのに。

 

『別れを告げられない』それを気にしていたからなのか、だからこそ、アンナ・クレーズの奪還を引き受けたのかもしれないと『家族が生きているなら、一緒にいるべき』などと言っていたのかもしれない。もっとも、その一件の後の事後処理というか金銭のやり取りで要らぬ被害者?が出ていたが。

 

 

『ベル様ベル様ベル様ぁぁぁぁ!?』

 

奇声を上げながらやってきたのは【ヘスティア・ファミリア】団長、リリルカ・アーデ。ベル―――【アストレア・ファミリア】と直接契約しているサポーターでありながら孤児院の金銭面の管理もしているらしい彼女は血相を変えて叫びこんでいた。何事かと聞いてみれば、ファミリアの、孤児院の金庫に2000万ヴァリスが突っ込まれていたらしく子供達は『足長ラビットだ!』『すげぇ!』『これでじゃが丸くん毎日食べられるよ!』などとそれぞれ喜んでいたらしいが彼女にとっては心臓が飛び出るレベルだったらしい。

 

『せめて、一言かけてください! いきなりあんな大金が入っていたらビックリするじゃないですか!? 寄付テロとか今時流行りませんよ!? ヘスティア様は泡を吹いて倒れるし、挙句の果てには【三大処女神の像】作ろうぜ!?とか言う始末!!というか、どうやって忍び込んだんですか!?』

 

それは申し訳ないことを・・・いらないなら返してもらえると・・・と冗談で言うとキッ!!と目付きを鋭くさせ

 

『いーえ、ぜぇーったいに! 返しません!! このお金でじゃが丸君以外のものを食べるんです!! 』

 

などとまた意味の分からない奇声を上げていた。

 

 

「強さという名の牙を!!」

 

と、そんなことを思い出していると青年は、ダンッ!! とジョッキを机に叩きつけ持論を言うだけいって満足げに串に刺さった肉を頬張る。少年もまた、涙を拭いながら青年が注文した鶏肉をお構いなしに手にとって頬張って、少女にもお裾分けしていた。

 

 

「何てめぇ、人のモン食ってんだ」

「ひっぐ・・・おいじい・・・うっく・・・」

「ベート、さんは・・・大人だから、奢ってくれる、よ? ね、ベル?」

「―――ちっ、男がくよくよしてんじゃねえ」

 

 

迷宮内鬼ごっこの間に何があったのかわからないが、妙に青年の少年に対する態度というか普段より軟化しているように感じてしまった。青年もまた、少年に何かを感じているのだろうか?女であるアリーゼにそれは理解できるのかどうかなどわからないが、少なくとも少年を宥めている少女には理解できておらず、『なんだこれ』といった顔をしては少年に串を向けられて頬張っていた。

 

 

―――さすがに、一段落したわよね?

 

 

もしかしたら、身内だからこそ言えない事もあるのかもしれないと思ったが、さすがにこれ以上放置するわけにはいかない。もう日も傾き暗くなっている、さすがに女神も家族(ファミリア)も心配することだろう、と思いアリーゼは酒場の中に入り少年を探す振りをして笑顔を纏って少年の背後に立ち、手で目を覆った。

 

 

「!?」

「だーれだっ」

「えっ、えっ」

「ほらほら、答えられないのかなー?」

「・・・・」

 

少年はそっと、目を覆う両手に触れて安心したように力を抜いて

 

「アリーゼさん」

 

と言う。それに気を良くして

 

「正解、さっすが私のベルね! でも、こんな時間まで遊んでるなんてよくないわ。」

「もう・・・そんな時間・・・?」

「もう外真っ暗よ?」

「ベート、さん、私達も」

「・・・ああ」

 

少女と青年も立ち上がり勘定を支払い出口で待つ。

アリーゼは少しウトウトしている少年の前で屈みこんで

 

「ほら、おんぶ、してあげるから・・・帰りましょ?」

 

と言う。

それに素直に、姉に体を預け、大人しく背負われた。

 

「ん~・・・」

「ふふっ、くすぐったいわよベル」

「良い匂い・・・」

「あら、私まだお風呂入ってないわよ?」

「んー・・・」

「帰ったら一緒に入りましょっか」

「・・・・うん」

 

少年を背負って酒場を出ると、2人を待っていたのか青年と少女がこちらを見て立っていた。

 

 

「じゃあ、ね・・・ベル。また、一緒に迷宮(ダンジョン)いこ。今度は、階層主倒しに」

「・・・・じゃあな」

 

歳の近い姉のように微笑みながら半分夢の中の少年の頭を撫でた金髪の少女と、無愛想に別れを告げた青年ら2人は自分達の本拠(ホーム)へと帰っていった。

そして帰り道、少年を背負うアリーゼはどうせ聞こえないだろう、聞こえても答えやしないだろうと思いつつも聞いてしまう。

 

 

「ベル・・・貴方は今、幸せ?」

「・・・・・・」

 

やはりもう眠ってしまって答えてくれないかーとがくり、と肩を落とすとモゾモゾと首もとを頬擦りしてくすぐったさでゾワワ・・・としてしまったところ

 

「もう・・・寒くは、ない、よ・・・」

 

とだけ、答えた。

それから本拠(ホーム)に帰還後、すぐに浴場に向かい眠れる少年をパパっと脱がし自分も脱ぎ、体を洗い湯船に浸かる。そこでようやく少年は瞼を開けてうとうととしながらも自分が湯船に浸かり、柔らかいものにもたれていることに気がついて瞼を擦りながらその柔らかいものの主を確認した。

 

 

「起きた?」

「・・・んむぅ」

 

体の向きは変わり、向き合う形からそのまま倒れこみ姉の胸に顔を軟着陸させた少年はそれでも何とか姉の顔を視認する。

 

「アリーゼさん?」

「そうよ、ベルの大好きなアリーゼお姉ちゃんよ」

「どうして、お風呂?」

「私はまだ入ってなかったのよ。あとはベルも少し汗臭かったから。洗ってあげたわ」

「・・・ありがとう?」

「どういたしまして」

 

ようやく目が覚めた少年は姉の横に移動しようとして、けれど姉に阻止されそのまま向き合ったまま抱きしめられ本日何があったのかを聞かれ、ぼんやりとした頭でそれを説明した。そして、冒頭へ戻る。

 

まあ結局のところ、勘違いと誤解による追いかけっこというわけでむしろそれに巻き込まれたモスヒュージの強化種が可哀想に思えるレベルであった。

 

 

「で、ベルはあそこでアストレア様に膝枕されて眠っている・・・と」

「ええ、まあ・・・疲れてたみたい。」

 

姉達は背後の・・・長椅子(カウチ)で女神の膝を枕に眠る少年を『仕方ない子だなぁ』的な眼差しで眺めて再び報告会を再開。アリーゼが取り出したのは1枚の羊皮紙。

 

「アリーゼ、それは?」

「お風呂上りに、ベルに可能な限りでいいから報告書を書いてほしいってお願いしたのよ。」

「あの子に? 今までそのような物は・・・」

「書かせたことはないわ。まあさすがにそこまで『ザ・報告書』を期待しているわけじゃないし良いのよ。」

「それで、内容は?」

「ぷ・・・ふふ・・・これよ」

 

 

そうしてアリーゼが全員が見えるように卓の中央に置く。

姉達は体を乗せるようにして羊皮紙に目をやった。

その内容は。

 

【ぼくの考えたさいきょうのベートさん】

 

・【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】で全能力を上昇させます。

・僕と春姫さんで、【ウチデノコヅチ】を2枚掛けします。

・リヴェリアさんの【レア・ラーヴァテイン】をベートさんのフロスヴィルトに吸わせます。

・【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を使います。

・相手は死ぬ。

 

※満月の夜と外限定

 

 

・・・・である。

 

「何だこれ、報告書ですらねえじゃねえか」

「聞いたことがあります。学区には夏の長期休暇の際、生徒に課題を出すと。確か・・・『じゆうけんきゅう』なるものだったかと」

「しかも満月であることと外限定で迷宮では意味ございませんねえ」

「ところで、オーラって春姫の【ウチデノコヅチ】とどう違うの?」

「ああ、あれね。春姫のがランクアップなら、ベルのはステイタスの数値を限界まで上げるのよ。」

「つまり?」

「【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】なら、S999とか。【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】はSSとかね。」

「うわぁ・・・」

 

きっと寝ぼけた頭で書いたのだろうそれを眺めて姉達は、そのレポートを読みながら話し込む。

 

「で、結局今回のことはお咎めなし?」

「このベルの字を見て」

「・・・小さいですね」

「・・・丸いですね」

「可愛いらしい字でございますねえ」

 

それは、小さく、けれど綺麗でありながら丸みを帯びた可愛らしい字で

 

「これをニコニコしながら渡してきたのよ? 許したわよ」

「「「許せた」」」

 

 

ということであった。

ウトウトと女神の膝枕から起き上がった少年は金髪妖精の姉の手を握り、主神の部屋へと強制連行していった。

 

「ま、待ってくださいベル。そこは私の部屋では・・・!」

「あら、いいじゃないリュー。」

「し、しかし!?」

「リューさん、おいで?」

「くぅ・・・っ!?」

 

 

■ ■ ■

 

「よっ、ベル。待たせたか?」

「ううん、僕もアミッドさんも今来たとこだよ」

「・・・・こんにちわ、不冷(イグニス)

「お、おう・・・よろしく」

 

 

次の日の朝、ベルはアミッドを連れて廃教会へと来ていた。

道中、何を勘違いしていたのか少しばかり頬を染めていた彼女は辿りついた場所を見て『ああ、そういえばそんな話をしていましたね』とジトっとした目をベルへと向けていた。

 

 

「で、素材やらがお前の叔父さんが残してるんだったか?」

「うん。僕が持ってても、えっと、宝の持ち腐れ?っていうので勿体無いから・・・ヴェルフとアミッドさんにって思って」

「本当によろしいのですか?この廃教会の土地は確か、アストレア様の所有のはずですが・・・」

「お義母さんに聞いて買い取ったらしくって、中の物は僕が決めて良いって」

「ほう・・・まぁ、とりあえず見てみようぜ」

 

ベルに案内され、廃教会の奥の床下の隠し扉を順番に入る。

中は生活空間がしっかりと造りこまれていてアミッドは思わず『ほぉ・・・』と声を漏らす。

 

「まるで、ここで誰かが生活しているかのような・・・」

「な、内緒」

「まあ、追求はいたしません」

「こ、こっち」

 

生活空間から少し奥に、倉庫のような空間がありそこにはこれでもかと視界を覆いつくさんばかりの怪物の素材や迷宮内でしかとれないような物がぎっしりと置かれていた。まるで、御伽噺の海賊の宝のように雑に。

 

 

「すごい・・・これは、カドモスの皮膜・・・品質も申し分ありません・・・700万ヴァリス、いえ、交渉次第では多少上乗せしても問題ありません」

 

「おいおい、こっちにはユニコーンの角・・・こっちも品質については問題ねえ・・・!くそ、ほしい・・・!!」

 

「僕じゃどうしようもないから、その・・・・自由に・・・」

 

「そういう訳にはいきません!」「そういうわけにはいかねぇ!!」

 

 

『こういうのは、値段交渉とかが重要なんだ! 気軽にあげていいもんじゃねぇ!!』と2人して同じ言葉を投げつけられ、ベルは思わず仰け反った。

 

 

―――叔父さん、ずっと狩りしてたのかな?

 

 

「おい【戦場の聖女(デア・セイント)】、これは俺が貰っていく!」

「いいえ!何にお使いになるつもりですか!? 貴重な薬になる素材なのです、おいそれと無駄には」

「防具は無駄じゃねぇよ!」

「くっ・・・」

 

始まるのは、鍛冶師と治療師の素材を巡る戦いであった。

あるときは素材の使い道について問答をし、あるときはオークションのように値段を言い合っていた。

 

 

最終的に、一通り素材を見てお腹いっぱいになった2人はホクホク顔になりながらも

 

「ベルさん、金銭についてはファミリアの方に入れるということでよろしいですか?」

「うん、それでお願いします」

「俺もヘファイストス様に報告しとかねえと・・・直接のやり取りはお前のとこの団長、副団長とすることになると思うが構わないか?」

「うん、それでいいよ」

 

これにて一旦話は打ち切りになり、地下室を後にした。

後は墓の掃除を3人でしようと地上に出たところ

 

 

「?」

 

ベルは思わず首をかしげた。

 

「どうされました?」

「何かあったのか?」

 

ベルは2人の声を聞いて、墓石を指差した。

 

 

「少しだけど・・・ズレてる・・・気がする。」

 

何か、動かしたのか引きずったような後が床には着いており、ベルはそれが気に食わないように唇を引き結んだ。

 

「冒険者であれば不意にぶつかったときに動いてしまうこともあるのではないでしょうか?」

「うーん」

「一般人ならともかく、俺達冒険者なら一般人が持てない物も軽々と持てちまうしな。まあ気になるなら調べてもらえばいいじゃねえか。ほら、掃除するぞ」

「う、うん。わかった」

 

ズレた墓石を元に戻し、3人で手分けして廃教会を掃除し最後に墓前に膝を着いて手を合わせて黙祷をする。

 

 

「お義母さん・・・僕、Lv.4になったよ」

 

 

少し寂しそうに、泣きそうな顔をするベルの頭を雑にガシガシと撫でる兄貴のようなヴェルフに、無表情に近いが少し微笑みを浮かべてアミッドはベルのことを見つめた。

 

 

「あなたのお義母様は・・・冒険者だったのですか?」

「うん、すごい冒険者だったらしい・・・です」

「らしい?」

「僕、冒険者としてのお義母さん知らないから」

「お名前を聞いても?」

「・・・・・アルフィア」

 

暗黒期にいたであろうアミッドはその名に少しばかりピクリと眉を動かすも『だからといってこの子はこの子、責められる謂れはない』と押し黙った。ヴェルフだけは事情を知っていたがアミッドはまだ教えてもらえておらず少しばかり不満ではあったが無理に聞きだしていい話しでもないし・・・いずれ聞く機会もあるだろう、とその日はそれで解散することとなった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

廃教会を後にして本拠(ホーム)に帰還した昼頃、1人の女冒険者が駆け込んできた。

 

 

「ベル殿、ベル殿はおられますか!?」

「み、命ちゃん!?」

「あらあら、どうしたのかしら?」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】ヤマト・命。

春姫と輝夜の同郷の冒険者である。

 

その慌てようから何事かと、ベルは昼食を食べ終え命が座る席の正面にアストレアと春姫と共に着席した。

 

 

「・・・・・」

「あ、あの?」

 

 

なにやらただならぬことらしい空気を纏った彼女は『いや、やはりやめておくべきでは・・・』『いやしかし・・・!』などとブツブツと呟き、そして、意を決したように口を開いた。

 

 

「ベル殿!」

 

「は、はい!?」

 

「そ、その、笑わずに聞いてもらいたいのですが・・・!」

 

 

目をクワッ!と見開いた彼女は本題に中々入らずに言葉を放っていく。

 

 

 

「ベル殿はスキルで未開拓領域を見つけることは可能ですか!?」

「え、うーん、たぶん、可能だと思いますけど」

「で、ではですね・・・・冒険者依頼をお願いしたく!」

「え?」

「どうしたのかしら?」

「命ちゃん?」

「・・・・・」

 

 

黙りこくり、そして、

 

 

「『温泉探し』をしてはいただけないでしょうか!!」

 

 

その瞬間。

 

【アストレア・ファミリア】本拠(ホーム)にて、沈黙が生まれた瞬間である。




アミッドさんは確か暗黒期にいた・・・はず。アストレアレコードでそんなこと言っていた様な言っていなかった様な・・・


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未開拓領域

深層編の話を読み返すのがとてもつらい


「――――はぁ。」

「そんな面倒くさそうにするな、ベル」

「だってぇ・・・・」

「こ、これも息抜きでございます! そ、それに未開拓領域が見つかった際にはギルドから報酬が出るとお聞きしましたよ!?」

「息抜きで【穢れた精霊】やら【闇派閥(イヴィルス)】と戦うなんていやだぁ・・・」

「もうすんだことだろうに」

「頑張ってくださいませ、そうすれば、アストレア様やアリーゼ様もお喜びに・・・」

「―――やりましょう」

「ベル殿、もしやチョロ!?」

 

 

場所は迷宮(ダンジョン)17階層。

 

「この『未開拓領域』は外れだな」

「―――はい。流石に上から下に行くとキリがないので下から上に行く形で始めましたけど・・・まさか17階層でいきなりみつけるなんて」

「幻想的でございましたが・・・残念でございます。」

「レフィーヤさん辺りに教えたら魔法の練習場に使いそうだなぁ」

「マッピング済みの地図まで持ってきていただいて申し訳ございませんベル殿・・・・」

「いや気にしないでください。疲れるからあんまり乗り気じゃないですけど・・・輝夜さんも『面白そうだからやってみろ』って言ってましたし。でも、見つからなくても文句言わないでくださいね?」

「も、もちろんです!」

「ええっと事前に調べた情報では、ゴライアスの再出現まではまだ余裕があるようでございますが次に参りましょう!」

「じゃあ、行きましょう」

 

 

 

振り返るは数時間前のこと。

 

「ベル殿!『温泉探し』をしてはいただけないでしょうか!!」

 

その一言に、話を聞いていた少年と少女、そして女神は言葉を失った。

声の主は【タケミカヅチ・ファミリア】所属、ヤマト・命。

春姫の同郷にして幼馴染の少女である。

 

数瞬の沈黙の後、少年は立ち上がった。

 

「春姫さん、僕、疲れてるみたいです。春姫さんの部屋でお昼寝しててもいいですか?」

「あ、はい。それでは私も・・・はっ!?い、いけませんベル様!私のお部屋はまだ掃除の最中といいますか、衣類も散らかっておりますので!!」

「僕は別に気にしないですけど・・・」

「き、気にしてくださいませー!?」

 

自分達の目の前に座る少女が言った言葉がいまいち理解できず、『自分達は疲れてる』という自己回答を出した少年は一度仮眠を取るべきだと思ったのだった。しかし、それは女神が許さなかった。

 

「ベル、待ちなさい。命ちゃんが可哀想よ、話はちゃんと聞いてあげなさい」

「で、でも!?」

「―――人には、成し遂げなければならない何かがあるのよ」

「言っている意味が!?」

温泉(ダンジョン)に何を求めているの?温泉(ダンジョン)温泉(ダンジョン)よ。温泉(ダンジョン)に何を求めているのよ温泉(ダンジョン)

「「ア、アストレア様が壊れたァ!?」」

 

バグった女神を少年は涙目で抱きしめ、揺さぶるも『いいのよ・・・』とか『ダンジョンダンジョン』とか言うばかりで少年は女神に膝を提供し、命の話を聞くしかなくなってしまった。

 

「ひっく・・・アストレア様・・・僕、アストレア様の仇・・・取って見せます・・・命さん、どうぞ、詳しく」

「な、なぜ、こんな騒ぎに・・・?」

 

少年の膝を枕に幸せそうな顔で少年のお腹に顔を埋める女神の頭を撫でながら、詳しい話を2人は聞いていく。【タケミカヅチ・ファミリア】は所謂、零細ファミリアなるものらしく、だからと言って不満があるわけでもなく生活も何不自由はない。けれど彼女はふと、湯船に浸かりながら―――

 

 

『聞いたところでは迷宮(ダンジョン)内には『大樹の迷宮』――所謂森のようなエリア。そして、名の如く『水の迷都』などが・・・可能性としてはもっと『別世界』のようなものがある・・・では、『温泉』があってもいいのでは?』

 

などと思い至ったらしい。

ならば、あるならば是非とも入りたい。オラリオ近辺に温泉があるのかはわからないが、温泉が恋しくて堪らない。しかし探す手段がないぞ?と思ったところでさらに―――

 

 

『確かベル殿は・・・怪物に襲われないスキル、空間を把握するスキル、怪物を呼び寄せるスキル等があったはず・・・・であれば、未開拓領域に可能性を見出すのもありなのでは?』

 

 

湯船に沈み、ブクブクと泡を立てながら彼女は1人の少年に白羽の矢を立てたのだ。

最も、彼女はその3つのスキルが1つのスキルの効果でしかないことなど知らないわけだが。

彼女は、ザバッ!!と湯船から飛び上がりシュバッと着替えを済まし、翌日のために早めの就寝についた!!その姿に主神も家族(ファミリア)

 

『え、まだお前、夕飯食べてないけど・・・』

 

と固まってしまった。

呼びかけても、彼女は目覚めることはなかったという。

 

 

「―――というわけでございまして。零細ファミリア・・・いえ、これは私の個人的な依頼!!報酬も未開拓領域が発見された際の報酬の全て!!いえ、お望みのものがあれば何なりと!!」

 

その気迫に、少年は恐れおののいた。

女神がバグるほどの存在なのか?と。

目の前の少女がそこまで気迫を纏うほどのものなのか?と。

 

 

―――輝夜さんがいつか温泉に連れて行ってやりたいとか言ってたけど・・・普通のお風呂じゃ駄目なんだろうか?

 

 

「あ、あの命さん」

「はい、なんでしょうベル殿!」

「その、【デメテル・ファミリア】の乳白色になる『おんせんのもと』っていうのではダm・・・」

「駄目です」

「アッハイ」

 

 

やばぁい・・・この人、こわぁい・・・目がこわぁい。

少年はドン引きして、隣に座っている狐人の少女の尻尾を握り締め耳元で声をかけた。

 

「あの、春姫さん、命さんって怖くないですか?」

「ち、違うのですベル様・・・命ちゃんはお風呂好きというだけで・・・」

「温泉ってそんなに凄いんですか?」

「そ、それはもう・・・女性は喜ぶものでございます」

「春姫さんも入りたいですか?」

「は、はい!可能ならば是非!」

 

 

春姫も入りたいと言っている。

ベル自身、別に予定があるわけでもない。しかし、中途半端な時間帯から迷宮(ダンジョン)に行くのも・・・・と悩んだ。

 

 

「今から行っても、変な時間だしなぁ・・・」

「夕飯を食べて、集合して行ってくればいいんじゃないかしら?」

「―――アストレア様っ!?」

「ご復活でございますか!?」

 

復活した主神アストレアは柔らかな慈愛の顔で微笑んで、少年の頭を撫でながら『受けてあげたら?』と言う。

 

「いいんですか? 深夜徘徊になりますよ?」

「そうでございます! アリーゼ様達が『ベルは真夜中に出歩くの禁止。帰って来れなくなるから』と言っていたのを聞いたことがございます!」

「でも、迷宮(ダンジョン)に朝も夜もないでしょう?」

「むむむ・・・わ、わかりました。じゃぁ―――」

 

 

『行きましょうか』と話は決まり、

・1~18階層の範囲でのみの探索。

・無かったら大人しく諦めること。

・18階層から順に上に上がっていき1階層ごとに隅々まで探索。

 

等々、打ち合わせを済ませて夕飯後にバベル前に集合ということとなったのだ。

パーティはベル、サポーター役の春姫、命、緊急事態を考えての輝夜の4人。

集合し、一度18階層に向かいそこから順に地上を目指して探索を開始した。

開始して数分後、17階層にてさっそく未開拓領域を発見したのだ。

そして冒頭へと戻る。

 

「18階層については実質調べないようなものだな。」

「うん、18階層はちょっとややこしいし・・・」

「で、この壁でいいのか?」

「うん。」

「少し、下がっていろ」

 

ベルの探知で壁の向こうに空間があるのを発見し、輝夜が壁を破壊する。

破壊したその先はかなりの広さを持った空間があり、地面には雪のようなものが落ちていた。

その空間を歩いていけば、どういう訳か【闇派閥(イヴィルス)】の人間が出てくるわ、芋虫型の怪物が出てくるわ、進んだ先のホールのような広間があり頭上には空中回廊のような水晶の橋がいくつも存在し、さらにその奥には所々が腐ったのか捥げた女体型の怪物が存在しベルとしては『人工迷宮(クノッソス)』以来、輝夜としては59階層までの遠征もあわせて見覚えがありすぐに【穢れた精霊】であると判断。何故氷付けされているのかはわからなかったが処分することにしたのだ。

 

春姫の【ウチデノコヅチ】とベルの【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】を命にかけ、命は【フツノミタマ】で潰し、トドメにベルが聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果、聖火付与で槍に炎を灯し、魔剣から雷を吸収し【炎雷の槍(ファイア・ボルト)】にて処分した。念のためにと隅々まで探索を行ったが、他に目ぼしいものはなく4人は早々に17階層の未開拓領域を離脱した。

 

 

「何の精霊だったんでしょ? 『【―――才禍ノ・・・・代行者タル我ガ名ハ・・・】』とか言ってましたけど」

「・・・・・」

「輝夜さん?」

「ん?ああ、いや、なんでもない。そもそも【穢れた精霊】は1つの精霊の魔法しか使わないわけではないだろう?」

「言われてみれば・・・」

「私達が戦った【穢れた精霊】より弱かったのが幸いというかなんというか・・・とりあえず帰ったら団長に報告だな」

「戦ったこと怒られるかな?」

「大丈夫だろう、私がいたんだから」

 

 

17階層の未開拓領域については『闇派閥(イヴィルス)のアジトもしくはそれに関係するエリア』として後に、複数の派閥に共有され怪物の出現以外の安全性が確認されるまで秘匿されることになる。

 

4人はさらに上層へと足を運ぶ。

道中は命のスキルとベルのスキルについてが話題に上がっていた。

 

「命さんのスキルって僕のとはまた違うんですね」

「そのようです。自分のはモンスター専用の探知系スキル【八咫黒鳥(ヤタノクロガラス)】と、自分と同じ主神の眷族を探知するスキル【八咫白鳥(ヤタノシロガラス)】がございます。ベル殿のは?」

「えっと・・・【人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)】って言うスキルで、常に発動されてるのが『自分に害のある存在に認識されにくくなる』っていう効果です。」

「それは怪物が襲ってこないというアレ・・・でしょうか?」

「はい、初見の皆さんが声を揃えて『気持ち悪い』というアレです」

「す、すいません!?」

「それで、アクティブ・・・自分の意志で害あるものを誘引できます。これは、前の異端児の時にしてわかったんですけど冒険者相手でもできるみたいです」

「ああ、それは少し違うぞベル。聞いたところ、『抗えないわけじゃない』らしい。ただ、引っ張られる感覚はあるようだ」

 

自分より上の相手には恐らく効果がないものだと思えと輝夜に言われ、『冒険者進呈(パスパレード)』はやっぱよくないよなあ・・・と肩を落として反省するベル。話題をそらそうと、『未開拓領域を見つけられるスキルはどういうものなのですか!?』と命が口を挟んだ。

 

 

「ああ、それも効果の1つです。反響帝位(エコロケーション)って言って、自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質・・・らしいんですけど、壁の向こうに空間があったらそれもわかっちゃうみたいです。でも、常に音が聞こえてるようなものだから疲れやすいんですよ」

 

「対象によって音波変質とは?」

 

「えっと・・・命さんが他の冒険者とパーティを組んで別のエリアにいても見つけられないけど、輝夜さんや春姫さんなら、見つけられます。ようは個人を特定できるか否かです」

 

「なるほど・・・どのように特定するのですか?」

 

「・・・接触頻度の高さというか、胸の鼓動を何度も聞く必要があるというか・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

『春姫殿!お幸せにー!』と迷宮内で何かを察した少女の声が響き渡った。

 

 

■ ■ ■

 

 

ボゴォッ!! と石壁が崩れ砂が地面に流れていく。

 

13階層に到達した頃、また未開拓領域を発見した。

時間も既に深夜を回っており、少年はウトウトとして人魔の饗宴(スキル)で未開拓領域を探すだけの集中力を欠いており既に姉におぶられていた。

 

 

「怪物との戦闘が殆どなく探索できるというのはこうも楽とは・・・」

「ですが、17で見つけてからようやく2つ目でございます。」

「そうそうあるものと思うなよ?見つけるなら、更に下だ。下に行けば行くほど、そこにたどり着ける冒険者の数も減るからな」

「確かに」

「ベル様、大丈夫ですか?」

「・・・・・んぅ」

「飽きたか」

「飽きておられます」

「飽きられてしまわれました」

 

 

つまるところ、少年は既に探索に飽きていた。

迷宮1階層ごとに隅々まで回っていたことで時間も掛かり、15階層に来た頃には輝夜におぶられていたほどだ。

 

「しかし・・・スンスン・・・ふふっ、これは当りの予感!」

「何?」

「み、命ちゃん!?」

 

命はその温泉レーダーたる鼻をスンスンとさせ、地面に這い蹲り、テケテケと未開拓領域を先行して行きその後を2人が追う。そして辿りついた場所が

 

 

「・・・・まさか、」

「本当にあるなんて・・・」

「おおぉ・・・ついに、自分が求めていたものが・・・!」

 

視界にはいくつものクレーター状になった水溜りがあり、その水溜り全てから湯気がでておりさらには周囲に生えている竹のような植物からは風呂桶のようなものがまるで木の実のように生っていた。

 

命は膝を付き頭から湯に突っ込んで、テイスティング!!

 

少女のお湯を飲み込む音が後ろの2人の耳に吸い込まれていく。

 

そして、命はカッと目を見開き、ぷはぁっ!と顔を上げて振り返り! 親指を立てた!

 

「湯加減、塩加減申し分なし! 最高の逸品です! 是非入っていきましょう!」

「わぁ・・・輝夜お姉様!ベル様!温泉でございます!」

「ああ・・・長かった・・・とても・・・とても長かったな・・・ベル、よく頑張ったな」

「んぅ・・・」

 

4人・・・1人を除いて3人は既に深夜テンション!!

いざ尋常に全裸!と言わんばかりに勢いよく脱ごうとした。

脱ごうとしてベルが男であることを思い出した輝夜が脱ぐのを止めた。

 

「輝夜お姉様?」

「タオルを巻けばよいのでは?」

「何故都合よく用意しているんだ? いや、私は向こうの方でベルと入ってくる。お前たちはこっちで入っていろ。怪物がいるかもしれないから2人で見てくる。お前たちも警戒はしておけ」

 

 

輝夜はベルを再び背負い、怪物がいないかどうか、丁度いい湯加減の場所を求めて歩きに歩いた。

 

「ベル、起きてくれ」

「んー・・・?」

「んぅっ、こらっ、耳を甘噛みするな! やり返すぞ!?」

「良い匂い・・・」

「いや、汗かいているから気持ち悪くないか?」

「そう・・・かなぁ」

「それより、念のため怪物がいないか確認したい。手伝ってくれ。それが終わったら一緒に入ろう」

 

 

一度ベルを下ろし顔を洗わせて目を覚まさせ、探索すること数分。

奥の空間にてシャンデリアとはまた違った丸く、赤い光を灯した照明のようなものを見つけてベルが指を指した。

 

「あれ、怪物」

「よし、殺そう」

 

そうして討伐されるは、提灯アンコウのような見た目の温泉の主。

主と同種でありながらも小型の取り巻きのような怪物も現れたが、輝夜によって瞬殺。板前よろしく綺麗に捌かれて灰に変わっていった。その後は、足を伸ばせる丁度いい場所を吟味して輝夜はベルと湯に浸かっていた。

 

 

「ふぅ・・・・どうだベル、温泉は」

「んー・・・温かい」

「まだ眠たいのか?ほれ、お前の大好きな姉の乳房が隣にあるんだぞ?」

「んぅ・・・」

「はぁ・・・眠気が勝ってるか。せっかく奉仕してやろうと思ったのに」

「抱きしめて欲しい」

「・・・・ほら、もっとこっちに寄れ」

「・・・・うん」

 

 

他に怪物の気配もなく、2人は数十分ほど温泉を満喫し1人は姉に体を完全に預けて眠りについた。

湯から上がり、着替えをすませて来た場所へ戻ると命と春姫も一頻り満喫したらしく頭から湯気が上がってはいるが満足げな顔をしていた。

 

「では、帰るとするか」

「はい!」

「輝夜殿、ベル殿、春姫殿、今回は個人的な依頼とは言え、付き合っていただきありがとうございます!」

「奥に怪物がいた。恐らくはそいつのせいで今まで見つけた冒険者が餌食になって報告されていなかったということだろう。さて、報酬だが・・・」

「・・・・ごくり」

 

 

『お前達に金がないことくらいわかっている』と輝夜は言い放ち、出口へ向けて歩き出した。

ぽかーんとする命に、輝夜の後を追うように小走りする春姫。

輝夜は少しだけ振り返って命の呆けた顔を見るとクスリと笑い

 

 

「依頼されたベルは金に興味がないし・・・そうでございますねぇ報酬は・・・ギルドに報告する前に、我々で堪能させてもらう。ということで手をうちましょう。報告したら碌に楽しめなくなりそうでございますし」

 

 

とだけ言って、命もその輝夜の物言いにホッとして後を追い4人は無事地上に戻りそれぞれの本拠(ホーム)に帰るのだった。

 

 

【13階層にて未開拓領域を発見】

・未開拓領域内は全て温泉であった。

・大型の怪物(恐らくは主と思われる)が存在していたため、武器の携帯が必須。

・定期的に怪物が生まれていないか確認する必要性アリ。

 

 

なお、本当に迷宮内に温泉があったことに驚いた女神アストレアは報告を聞いてちょっぴり拗ねた。



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おいでよ!毒沼の森!
竜狩り、依頼


「―――ということがあって、その、迷宮(ダンジョン)で温泉を見つけたって報告をしたらアストレア様がちょっとだけ拗ねちゃってて」

 

「うんうん、それでそれで?」

 

「後姿が凄く寂しそうだったからアリーゼさんに何でか聞いたら『神様が迷宮(ダンジョン)に入れないんだから、迷宮(ダンジョン)にしかない温泉とか聞いたら自分()だけ入れないんだから落ち込みもするわよ』って言ってて」

 

「あららー、確かに神様達は入れないから悔しいよねー」

 

「アストレア様に喜んで欲しくって、どうしようかって思って・・・入浴剤を探したりしてたときにふと、思い出したんです」

 

「何を何を~?」

 

「僕の知り合いの治療師(ヒーラー)のお姉さんが入った後の残り湯には、癒しの効能があるらしくって」

 

「コフッ!?」

 

「? 大丈夫ですか、アミードさん?」

 

「ア、アミーゴMrk2だぞぉ☆」

 

 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、地下懺悔室にて白髪の少年がお悩み相談をしにきていた。

曰く、『その知り合いの治療師(ヒーラー)のお姉さんと一緒にアストレア様がお風呂に入れば、温泉に入ってるも同義では?』とのこと。少年は何か変な方向に拗れていた。

 

 

―――こ、この子は私を入浴剤か何かと勘違いしていませんか!? 折角阻止した『ケヒトの湯』計画を思い出させないでください!!

 

 

「今日はいつもの?シスターはいないんですね」

「今日はちょっと忙しいみたいでねー私が代役なんだ・ぞい☆」

 

 

―――そもそも、何故この子は当たり前の様に【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)にいるのですか!?

 

 

「それで、えっと・・・・治療院に行けばその治療師(ヒーラー)のお姉さんがいるだろうから相談に行こうとしたら、今日は留守にしてるって言われて。採取に行くなら僕に同行を頼みに来るはずだし・・・と思って街を歩いてたらロキ様が『悩みやったらウチにおいでーや』って」

 

 

―――ロ、キ様ぁぁああああッ!?

 

 

懺悔室の壁の向こう側で、銀髪の少女――アミッドはピクピクと口端を震わせていた。

迷宮(ダンジョン)で温泉を見つけたことに対しても、涼しい顔して他派閥の本拠(ホーム)にいる事に対しても。そして、あろうことか自分を入浴剤代わりにしようとしていることに対しても。

 

しかしアミッドは知らない。

治療院で休憩中に添い寝やら、背中にもたれかかって休んでいるおかげで、もう既に少年が自分のことをスキルで特定できていることに。

 

 

 

 

 

―――どうしてアミッドさん、『セイント・シスター・アミーゴ』とか名乗ってるんだろう?

 

 

「あ!」

「ど、どうかしたのかな!?」

「もちろん、水着を着ていいんですよ?」

「ブフゥッ!? そ、そうだねーいくら同性とはいえ、他派閥の主神。友人でもないのに裸の付き合いは問題があるかもしれないよねー☆」

 

 

違う!そうじゃない、そうじゃないんですよ!!とアミッドは拳を握ってプルプルと震えていた。

しかし、このままでは良くない。少年のためにも、お互いのためにも!!

聖女はこの壁の向こうにいる少年を正しい道に軌道修正するためにも導いてやることを決意した。

 

 

「こ、こほん。えっとぉ・・・いいかなぁー?」

「・・・・・」

「あ、あっれぇー返事がないぞぉー?」

「あの・・・ここって酒場でもやってるんですか?」

「へ?ど、どうして?」

「棚にメニューが入ってるんですけど」

 

ゴンッ!!

聖女は壁に頭を打ち付けた。

 

 

―――な、何故、メニューが!? いったいいつからここは酒場に!?

 

 

「もしかして、アミッゴさんは誰かが言ってた『ちぃママ』っていうのもやってるんですか?」

 

 

―――だ・れ・が!! ちぃママですか!?

 

「ち、ちがうぞぉー? そのメニューは誰かが間違えて持ってきたんだよきっと!後で、持ち主に返しておくね☆あとぉ、私は『セイント・シスター・アミーゴMrk.2』だぞぉ?」

 

 

これ以上、私の黒歴史を作らないでほしいと聖女は壁に頭を打ちつけながら、しかし、まだ正体がバレていないのであれば職務を全うしようと意を決する。

 

 

「コ、コホン! ベ、ベル君! 君はぁその治療師(ヒーラー)のお姉さんをどう思っているのかなぁ~?」

「? 好きですよ?」

 

 

ゴンッ!!

聖女は失念していた。

『どう思っているのか』なんて聞けばたいてい『好き』と答えるということを。

 

 

―――そういえば以前、『言わずに気が付いたらいなくなってたら嫌じゃないですか』とか言ってましたね。失念していました。

 

 

聖女は再び打ちつけた頭を撫でながら瞼から涙が若干浮かんでいるが、顔が心なしか熱いが、『そういうことじゃないんだぞぉ☆』と言い言葉の意味を伝えた。

 

 

「―――ああ、なるほど。えっと、優しい人?ですよ」

「じゃ、じゃあ君はその優しいお姉さんを入浴剤代わりにしようっていうのかなぁ?」

「む・・・・」

「それは、失礼だと思うんだぞ☆」

「確かに・・・」

「そんなことしても、君の女神様は喜んでくれないぞ☆ 」

「うっ・・・そうでした・・・ごめんなさい、アミードさん」

「アミッドだぞ☆」

「え?」

「え? あっ、ア、アミーゴだぞ!?」

 

 

少年は理解してくれたようで、小声で『ごめんなさいアミッドさん。今度ユニコーンの角、タッパに詰めていきます』などと意味の分からないことを言い、アミッドはつい自分の名前を言ってしまって慌てて訂正するハメになった。彼女は既に、いつも以上に疲れてしまっていた。

 

 

「そういえば~オラリオの外に温泉施設ができたらしいよ! 誘ってみればいいんじゃないかな!?」

「なっ!? そんなものが!?」

「うんうん! 誘ってあげればきっと喜んでくれるはずだよ?」

「わかりました! ありがとうございます! セイント・シスター・アミッドさん!」

 

バタン!タタタタッ・・・と少年は走り出していってしまった。

聖女はふぅーっと息を吐いて天井を見上げて、なんだかもうやりきった、いっそ清々しい顔になっていた。

 

 

「本当に不思議な少年です・・・純粋でありながらも、どこか淀んでいるような・・・まぁ、変な考えに拗れていましたがこれで何とかなるでしょう。というか、入浴剤を買えばよかったのでは?」

 

 

冷えた水を飲み、熱くなっている頭を冷やしていく。

そこでふと、思った。

 

「私の残り湯に効能があるのなら、彼にも似たような効果があっても良いのでは?仮にも癒しの効果を持った魔法を発現しているのですし」

 

後日分かることだが、聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果によって【アストレア・ファミリア】の団員は傷の治りが早いということを知った聖女は少年に『あなたの残り湯も似たようなものでは?』と詰め寄る事になる。

 

 

「ふぅ・・・ん? 彼は最後に、なんと言いました・・・?」

 

頭が冷えていくなか、ふと、最後に少年が言い放った言葉を思い出す。

何かが、こう、ひっかかったのだ。

 

『わかりました! ありがとうございます! セイント・シスター・アミッドさん!』

『セイント・シスター・アミッドさん!』

『アミッドさん!』

 

「あ」

 

 

それを理解した瞬間。

懺悔室にて聖女の絶叫が響き渡ったのであった。

 

■ ■ ■

 

「♪」

 

少年は機嫌良さそうに地下から地上に上り廊下を歩いていた。

時折、【ロキ・ファミリア】の団員がすれ違っては『あれ、もう兎耳終わりなの?』『リヴェリア様は今日は留守ですよ』と声をかけてくる。

 

「あ、ベル君じゃないっすか。地下から来たってことは・・・懺悔室に?」

「ラウルさん? はいっ、懺悔室にいってました!」

「何か良いことがあったみたいっすね。それより、耳はもう取ってしまったんすか?」

「はい! でもどうしてそんなことを?」

「え、知らないんすか? 今、オラリオの流行(トレンド)は兎耳! 何でも【ヘルメス・ファミリア】が装備すると敏捷に補正が入る兎耳を販売しているらしいっすよ?」

「えっ」

「まあつけるのはヒューマンとかの獣耳がない種族と女性冒険者くらいっすけど・・・」

 

待って、知らない。なんだそれは。とラウルから街の近況を聞かされるベルは焦ってしまった。【ヘルメス・ファミリア】が販売しているということで妙にいやな予感がした。

 

「ち、ちなみに誰が製造を・・・?」

万能者(ペルセウス)ことアンドロメダっすけど?」

「アスフィさああああんっ!?」

 

 

絶対あれだ!死んだ魚のような目で作ったに違いない!

僕が外したら恨まれる!? 少年は焦りに焦った。

 

「団長が人工迷宮(クノッソス)の件で何か製造を依頼してたらしいっすけど・・・そうとう疲れてるみたいっすね」

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

「ま、まぁ・・・大丈夫っすよ。流行ってのはすぐに廃れるもんっすから」

 

 

やっべ。せめて売り上げに貢献してあげようそうしよう・・・少年は今もなお『ふふふ・・・ふふふふ・・・・』と暗黒微笑するアスフィの顔を思い浮かべて震え上がり、足早に【ロキ・ファミリア】を立ち去ろうとした。

 

立ち去ろうとして、山吹色を視界に納めてしまった。

 

「きゅるるー・・・ん・・・・」

「・・・・・」

 

彼女は、オレンジ色でヒラヒラの多くついた、そして丈の短いスカート―――いつもの戦闘衣装(バトルクロス)ではないものを身に纏っていた。彼女は、片膝をつき左腕を曲げ人差し指を唇に当てウィンクと、ポージングをしていた。隣には黒髪赤眼の同胞の少女と黒い衣服を来た金髪少女がいた気がしたが、それどころではない気がした。

 

「あ・・・あ・・・」

「・・・・・お、お邪魔・・・しました・・・」

 

エルフの少女は徐々に顔を赤く、瞼に涙を溜めプルプルと震えだした。

そして、ゆらりと立ち上がり少年に迫ろうとした。

 

瞬間。

 

「待ちなさああああああああああああいっ!!」

「ごめんなさあああああああああああいっ!?」

「ベ、ベル!?」

「レフィーヤ!?」

 

 

始まるのは逃走劇。

本拠(ホーム)を飛び出し、街を走りぬけ、迷宮(ダンジョン)に飛び込んだ!

 

 

「忘れなさい忘れなさい忘れなさああああああああああいっ!!」

「ひいいいいいいいいいいッ!?」

「レフィーヤ! ベルを苛めないで!?」

「落ち着け、レフィーヤ!」

 

金髪少女は『あれ、これ、デジャヴ・・・』とか言いながら、レフィーヤの後を黒髪赤眼妖精と共に追いかける。気がつけば既に17階層から18階層に。後に、宿場街(リヴィラ)の頭目は語った。

 

 

『兎が妖精に追われてその後を金髪と妖精がものすごいスピードで追いかけていきやがってよ・・・やべぇよ最近のガキ共は。躾がなってねぇ』

 

 

(ベル)山吹色(レフィーヤ)は19階層に突入。

時折魔法が放たれては、(ベル)によって打ち返されていた。

その打ち返された魔法によって周囲にいた怪物達はたちまち魔石ごと滅殺。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい!?」

「何で私の魔法を打ち返せるんですかぁぁぁぁぁ!?」

「こう、ナイフでくいっとボールを打つみたいに!?」

「うぎいいいいい!?ただでさえ魔法が増え・・・リヴェリア様みたいな!?魔法を発現させてええええ!?詳しく説明しなさあああいっ!!」

「何で知ってるんですかあぁぁぁぁ!?」

「あなた前にベートさんに追いかけられた時魔法使ってたそうじゃないですかぁぁ!?ただでさえ出鱈目な魔法を持っているくせにぃぃ!?」

「ひぃいいいいいっ!?」

 

どこかで、アマゾネスの少女に腕を組まれ鬱陶しそうに掃おうとする狼人がくしゃみをした。

 

 

「おい【剣姫】、そろそろ27階層なんだが・・・」

「――――たぶん、生まれる、と思う」

「「アイズさんって妊婦さんだったんですか!?」」

「変なところで息を合わせるな!?とにかく止まれ!!」

 

25階層で前回のように(ベル)少女(アイズ)に後ろからタックルされ取り押さえられ、山吹色(レフィーヤ)もまた黒髪赤眼(フィルヴィス)によって取り押さえられた。

 

「ひっく・・・アイズさぁん・・・助けてくださぁい・・・」

「だ、大丈夫・・・ベルは私が守る、から・・・えと、落ち着い、て?」

「落ち着けレフィーヤ。彼に非はないだろう?」

「うっ・・・確かに・・・すいません、アイズさんフィルヴィスさん・・・それから、ベル」

「こ、怖かった・・・ほんと・・・ひっく・・・」

 

 

2人はそれぞれ取り押さえられ、宥められ、ようやく落ち着いた頃にレフィーヤによって謝罪をされそれをベルは受け入れた。なぜそんな姿を?と聞けば『神々の戯れです。気にしないでください』とあまり触れてほしくなさそうにしていたのでベルはそれ以上聞くのをやめた。

 

 

「ふぅ・・・・その、ほんと、ごめんなさい」

「いえ・・・僕は大丈夫です。傷も治ってますし」

「自己治癒能力のあるスキルでもあるのか?その、炎というか・・・」

「ああ、えと、はい。Lv.4になったときに・・・」

「えと、どう、する?2人とも」

「「え??」」

「たぶん、アンフィス・バエナが出てくると思うんだけど・・・ベルとは前に約束、してたし・・・ベルにはあの魔法を使ってもらうことになるけど」

 

ベルとレフィーヤは顔を見合わせ、ゴクリ。と唾を飲みこんだ。

武器、防具は特に問題はなく、レフィーヤとフィルヴィスも格好が格好なだけで戦えないわけではなかった。

 

「ベル、念のため聞かせてください・・・例の魔法は回復魔法なんですか?」

「どちらかと言えば、防御魔法のような?回復は効果の1つです」

「つまり?」

「魔法を展開してる間は、僕達は傷つきません」

「!」

「それでアイズさんに僕の魔法を付与して強化すれば・・・」

「仮に水に潜られても、ベルなら特定できるから・・・大丈夫、かな?」

 

大雑把な作戦を4人は立て始めた。

まずベルが【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を展開して全員を防護。

レフィーヤが【ウィン・フィンブルヴェトル】で水上に行くのを阻止。

アイズが【エアリアル】を使用し、さらにベルの【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】で強化。

フィルヴィス、アイズ、ベルが前衛、後衛のレフィーヤが魔法で攻める。

 

「作戦ってこういう感じでいいんですか?」

「フィンがいればまた違うと思うけど・・・たぶん、ベルがいれば何とか。ベル、槍があるなら黒いミノタウロスにやったやつやってみる?」

「! いいんですか?」

「ん?何だその槍がどうの・・・とは」

「フィルヴィスさんは見てないんでしたっけ・・・『ふぁいあぼるとおおお』って子供達が叫んでたやつですよ」

「ああ、なるほど。アレか」

 

タイミングを見てアイズがベルに風を送り、ベルの聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果の1つ、聖火付与で炎を出しフィルヴィスのディオ・テュルソスを槍で吸収して再現する打ち合わせを行い4人はいよいよもってアンフィスバエナに備え始めた。

 

 

「じゃあ・・・がんばろっか。ベル、お願い」

「はい!【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】!!」

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け。】――」

 

こうして、双頭の白竜は咆哮とともに生まれ落ちた。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「えと、じゃあ・・・・」

「「「【一狩りいこうぜ】!」」」

「えっ、待て、何だそれは!?」

 

なにかついていけてないフィルヴィスを他所に、双頭の白竜、27階層の階層主、アンフィルバエナへの蹂躙が始まった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――で、貴様等は迷宮(ダンジョン)内を走り回った挙句、階層主に突撃した、と?」

「「「「すいません」」」」

「はぁ・・・レフィーヤ、少年に叫び声をあげて追い回すのをやめろ。前科を増やすつもりか?」

「ひっ!?ち、ちがっ、すいません!?」

 

 

4人は【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)にて正座させられていた。

もちろん、首から反省札をぶら下げて。

正座する4人の前には腕を組んでゴゴゴ・・・と眉間に皺をよせるリヴェリア(皆のママ)と帰りの遅い少年を心配して尋ねてきた女神が困ったように微笑んだ顔をしていた。フィルヴィスとレフィーヤはいつもの格好に着替えており、傷んでしまった衣装を見てロキはどこか落ち込んでいたがレフィーヤが言うには『ふん!知ったことじゃありません!』とのこと。

 

『私は羞恥を偶然みてしまった年下の男の子を追い回し、階層主と戦いました』

『私は追い掛け回されて魔法を打ち返して階層主と戦いました』

『私は後輩と男の子を追いかけて階層主と戦いました』

『私は同胞と男の子を追いかけて階層主と戦いました』

 

レフィーヤとフィルヴィスだけが『うぅぅ、なんてエルフにあるまじき醜態を・・・』と言った顔をしていたが、アイズとベルだけが真顔で目の前のリヴェリアとアストレアを見つめていた。

 

「―――面構えが違うわね」

「つい先日もやらかしたからな」

「あらあら、やんちゃなのね」

「第一アンフィス・バエナはLv.5・・・水上ではLv.6相当・・・馬鹿なのか?」

「! ベルがいれば・・・私達は無敵!」

「そういうことを言っているのではないぞ、アイズ!!」

「す、すいません!?」

 

アイズ、レフィーヤ、フィルヴィスによるとアンフィス・バエナにトドメをさしたのはベルの『炎雷の槍(ファイア・ボルト)』だったらしく。それはアステリオス戦よりも威力が上だったという。曰く、それを見たレフィーヤによると『うおっまぶしっ!?』とのこと。

 

「まさかとは思うが・・・ランクアップか?」

「さすがに短期間すぎるしそれはないと思うわ・・・更新だけはしておくけど・・・ところでベル、その風呂敷の中は何かしら?」

「えと・・・ドロップアイテムです。」

「ほう・・・『アンフィス・バエナの竜肝』か、売るのか?」

「ヴェルフにあげます」

「じゃあ帰りましょうか、ベル」

「あ、はい、でも、いいんですか?」

「ああ、いいぞ。しかしまだ反省の時間は終わってないからその札はかけたまま帰れ」

「うっ・・・はい」

 

プルプルと痺れた足を引きずりながら、女神と手を繋いで反省札を首からぶら下げた少年は振り返って未だ正座させられている少女たちを見て

 

「えと・・・お勤め、ごくろうさまです・・・」

「ベル、また、ね?」

「何か言葉が違う気がしますが・・・ええ、その、すいませんでした。今度は普通に探索しましょう」

「そうだな、ああ、そうしよう」

 

 

正座させられている3人の少女は、手をつないで出て行った少年と女神の後姿と横顔を見てほんの少しどこか羨ましい光景のように思えて頬を綻ばせるのだった。

 

 

■ ■ ■

 

ベル・クラネル

Lv.4

力:G 240

耐久:F 333

器用:F 390

敏捷:E 423

魔力:E 452

幸運:G

魔防:G

精癒:H

 

 

スキル、魔法覧省略

 

 

羊皮紙を見つめる団長(アリーゼ)は溜息をついた。

 

「ベル・・・あんた、いつからそんな戦闘狂(バトルジャンキー)になったの?私そんな育て方してないわよ」

「ご、ごめんなさい・・・」

 

もみもみ

 

「そうそうあー・・・もうちょい右を揉んで頂戴。」

「肩・・・凝るの?」

「まあねえ・・・って反省してる?」

「し、してる・・・」

 

もみもみ。

羊皮紙を眺める姉の肩を申し訳なさそうに揉む少年がいた。

大賭博場(カジノ)の一件では恐らくそこまで影響されておらず、2度の逃走劇、強化種との戦闘、そして階層主戦による経験値だろうと察するもつい溜息をついてしまっていた。

 

「まあ追いかけられた?って聞くし不可抗力とするけどほんと、気をつけてよね。あんた1人の命じゃないのよ。」

「ごめんなさい・・・・」

「ほら、もう肩はいいから、今度は股の間に座って。」

「?」

「後ろから抱きしめさせて」

「はぁい」

 

 

アリーゼの後ろから、今度は足を開いたその場所にベルは体を納める。

それを待ちわびたように、グワシッと抱きしめ体を前後に揺らす。

言い聞かせるように耳元で囁き、頬擦りをする。

 

「いくら聖火巡礼(スキル)のおかげで1人で行動できるようになったとは言え、絶対じゃないの。精神状態によってはまともに動けなくなるかもしれない可能性は0じゃないのよ?」

「えっ?」

「だってそうでしょ? 篝火に水をかけられたら弱っちゃうじゃない。何より、ベルはトラウマがなくなったわけじゃないんだから。」

「う・・・」

迷宮(ダンジョン)では何がおきるかはわからない。だから・・・気をつけるように!」

「―――はぁい」

「わかればよろしい! どうする?今日は一緒に寝る?」

「アストレア様と3人で?」

「別にそれでもいいわよ?」

「じゃあ、そうする」

「よしっじゃあ、皆のところに行きましょうか! ベルに冒険者依頼(クエスト)が来てるから読んでほしいのよね」

 

 

ベルは自分が指名されていることに疑問を覚えながらも、すっかりお腹が空いて腹から音が鳴っていて言われるままにリビングへと向かっていく。食卓には既に風呂上りの全員がいて先に食べ始めている者もいた。ベルはアストレアの左隣に、アリーゼはベルの隣に座る。懐から手紙を取り出してベルに手渡す。

 

 

「えと?」

「読んで頂戴、ベル」

「な、何でここで?」

「いいからいいから」

「?」

 

封筒は既に1度開けられており、団長であるアリーゼが確認したのだろうと思いベルもまた封筒の中から取り出して読み上げた。

 

 

 

「ええと・・・『【生命の泉を擁する霧の国 ベルテーン】より・・・」

 

団員達が食事をしながらも手紙の内容を聞いていく。

ベルは言葉につまり、一度チラッと姉たちを見てニコニコとしているアリーゼを見て諦めて続きを読んだ。

 

 

 

「――――『おいでよ! 毒沼の森!!』」

 

「「「ブフゥッ!!?」」」

 




ステイタスの数値はもうちょい上の方がいいか迷う


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なんてことのない不幸な国のお話

タルヴィちゃん実装してほしい


「――――『おいでよ! 毒沼の森!!』」

 

 

 

手紙の内容を読み上げて、それを聞いていた【アストレア・ファミリア】の眷族達が咳き込んだ。

続いて始まるのは、『ふざけてるのか!?』という動揺と騒ぎ声だ。

 

 

「ベル、ふざけるな!」

「そうです!真面目にやりなさい!」

「えっ・・・ぼ、僕!?」

「あなたを指名した冒険者依頼(クエスト)なのでしょう!?なのに読み上げるあなたが何をふざけて・・・!」

「ひっ!?」

「コホン。落ち着きなさい、貴方達。――ベルがこんなおふざけをするはずがないでしょう?」

 

 

何故か自分のせいにされてしまった少年は涙目になって隣に座る女神に抱きついて顔を隠し、女神は少年を庇うようにして手紙を取り上げ内容を確認。少年がふざけていない事を照明した。眷族達は少年に謝罪したのち、団長に抗議の目を向ける。

 

 

「おい団長」

「アリーゼ」

「い、いや~・・・みんなの反応(リアクション)が見たくって。てへっ☆」

「「正座」」

「アッハイ」

 

 

いらん騒ぎを起こした派閥(ファミリア)の団長は、『私はベルを使って口に料理やら水やらを含んだ皆を驚かせて吹き出させました』という反省札を首からぶら下げられリビングの端で正座させられた。

 

 

「―――ベル、すいません。続きを・・・」

「いや」

「ベル、悪かった。すべてあそこの阿呆のせいだ、怒って悪かった、な?」

「いーやっ」

「「くぅ・・・!」」

 

 

姉達は涙目の少年にはすこぶる弱かった!

少年は相変わらず女神に抱きついて顔を隠しているも声が震えているのが丸分かりであり、きっと今振り返ればあの涙を溜めて潤んだ深紅(ルベライト)の瞳が魔石灯の光を反射させて彼女たちのハートを穿つに違いない。その瞳の脅威を経験している姉達は、しかし、それでも、見てみたかった!!

 

「ベッドで抱きついてくる時のあの潤んだ瞳」

「潤ませて『おかわり』を求めてくるあの瞳」

「そう、これが、御伽噺に出てくる蛇の怪物の・・・」

「 【魔眼】 というやつなのね? 」

 

主神と少年、そして反省中の団長を他所に眷族達は小声でそんな全く持って違う話し合いを始めてしまっていた。

 

「貴方達・・・大丈夫かしら?」

「あっ、す、すいません!? ベ、ベル、ご、ごめんね?」

「・・・・・」

「ベ、ベル?その・・・」

「しつこい男は嫌われるぞ」

「ぼ、僕、怒ってない!大人だから!」

 

輝夜に言われたその一言に、ぴくりと肩を揺ら下唇を噛み締めながらフンス!と女神から離れて姉達の方へと向き直った。しかし、涙を拭うのを忘れていたせいか、瞳は潤んで、タラリ・・・と1滴頬を伝っていく。それを、そのちょっとお馬鹿な姿を見て姉達は顔を寄せて再び2人を他所に話し合いを始めてしまう。

 

「ねぇあれずるくない!?」

「しかも、チョロ!?」

「輝夜にいいように弄ばれている光景が眼に浮かぶ・・・」

「あれが数多の女性冒険者と女神のハートを打ち抜いたと噂の【女神殺し(テオタナシア)】なのね!?」

「それは非公式ですよ。正式には【夢想兎(トロイメライ)】です。ちゃんと覚えてあげないと本気で嫌われますよ」

「そ、それは嫌!!」

 

 

「アストレア様、僕もう寝てていいですか?」

「あら、お風呂は?」

「アストレア様、行きましょ?」

「うーん・・・ちょっとだけ待ってほしいわ」

「えー」

「ほら貴方達、話が進まないのだけれど?」

「「「すいません」」」

 

完全に手紙を読む気を失ってしまった少年の変わりに、女神は少年を抱きながら読み上げ始めた。

 

 

『―――まず、この手紙を読んで腹を抱えて笑っているのであれば『掴み』はオッケーだということだろう。』

 

『なぜ、ふざけたのかだって? お前等知らねぇの? 応募ハガキ出す時にただ説明通りに書くよりも『ちょっと派手に』『ちょっとキラキラさせたり』したほうが抽選する奴の目に止まって選ばれるかも・・・なんてジンクス的なのあるだろ? それだよ』

 

 

「「「「どれだよ!?」」」」

「ひっ!?」

「貴方達、一々ベルを怯えさせないで。」

 

 

『――まあ、読み上げているってことは眷族共は無事にオラリオに到着し、遊んでから帰ってくることだろう。【かきょーいんの魂】を賭けると勝ち確だぜ?って言ったらタルヴィのやつが『じゃあ、大賭博場(カジノ)でベルテーンを豊かにしてくるわ!』とか言ってたから大方、大賭博場(カジノ)で遊んでいることだろう。赤字になって帰ってきたら、マジで助けて。』

 

 

「え、つまり金を貸せってことですか?」

「違うわ」

 

 

『―――では、ベルテーンとはどのような国か?について説明してやろう。』

 

『ベルテーンとは、割とすごい力を持っている泉・・・【生命の泉】が存在する国だ。湧き出る水は傷を癒し、疲れを取り、病も治す。簡単に言っちまえば天然で湧く特殊な回復薬(ポーション)みてーなもんだ。』

 

『何百年くらいか前、ここに住み着いた連中はその泉を有難がった。』

 

『これは奇跡の泉――』

 

『そうだ!【ここをキャンプ地とする!】的な感じで、ここに国を作った。ここが我等の楽園だ!!・・・そうしてできたのがベルテーンだ。』

 

『しかし、その楽園は永くは続かなかった。』

 

『ある日、その楽園で悪い方の奇跡が起きた。起きてしまった。』

 

『――はじめは、一匹のモンスターだった。誰にでも簡単に討伐されるような、どこにでもいるモンスター。それが偶然、【生命の泉】に落っこちた。どんぶらこっこどんぶらこってな。』

 

『これが後に【万有引力】とよばれる現象の誕生ではないかと学者達は語っている』

 

 

「この手紙を書いた人物は一々ふざけなければ死ぬ病気にでもかかっているのでしょうか?」

「う、うーん・・・・」

「アストレア様、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫よ。こほん」

 

 

『―――失敬。たまたま泉に落っこちたモンスターは、たまたま【源泉】にへばりついた』

 

『――へばりついたモンスターは次第に泉の力を吸い始めた。何十年、何百年とかけて、そのモンスターは泉の力を取り込み続け――』

 

『【おや、モンスターのようすが・・・?】 なんて言う間もなく、対処する間もなく、どうしたらいいのかもわからず、いつしか、化け物ができあがっていた』

 

『その瞬間、【楽園】たるベルテーンは、【毒沼の森】へと変貌した。』

 

『誰が悪いわけじゃない、誰が始めたわけじゃない。ただ、たまたま、そうなった――』

 

『国の奴等だって何もしてこなかったわけじゃあない。しかし、沼に引きずり込むわ、他のモンスターも吸収して力をつけるわ、・・・普通にやっても倒せるもんじゃない。どうしようもなく国の連中は慌てた』

 

『奇跡の泉がおかしくなっている。どうすればいい?何をすればいい?―――そこに現れたのが、(アタシ)だ。』

 

『この土地に降臨したアタシに国の連中は()()した。国を救う方法はないかと』

 

『アタシは、()()()()()()答えてやった、方法ならあるってな』

 

 

その方法は、『生贄』でありただの『生贄』ではなく犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)狼人(ウェアウルフ)牛人(カウズ)兎人(ヒュームバニー)猪人(ボアズ)狐人(ルナール)、他にももっと・・・只人を媒介にして妖精の血も混ぜ獣人を中心に、30以上を。どれかの血が濃過ぎても、配合の順番を間違えてもいけず何世代にも渡り決められた通りに子を産んで、1人の『贄』を造る。

 

『―――儀式を行うための、【生贄】が、それでありベルテーンの姫であるタルヴィである。【生贄】のために造られたタルヴィは生贄(タルヴィ)であり、明確な種族名は存在しない。混ぜ合わせた血が故だ。』

 

『ここでお前達は、【その儀式とは何だ?】とそこの優等生ぶったおっぱい女神に()()することだろうからあらかじめ答えを用意しておいてやる。儀式とは【旅立ちの儀】であり、土地を脅威から――【沼の王(怪物)】から守るための儀式だ』

 

 

「優等生ぶったおっぱい女神・・・」

「ベル、今は駄目よ」

「僕何もしてないですよ?」

 

『何故、儀式のためにそこまでの血を混ぜるのか? いいだろう、その質問、答えてやる。無料でな。』

 

『言わば攻略本に載ってある通りにキャラクリをするようなものだ。そうしてできあがったそいつにはとある『魔法』が発現するんだ。それは『毒の結界』。しかも、【沼の王】にすこぶる刺さる。所謂、特攻持ちキャラ誕生!というやつだ。意味、わかるか?時代についてこれてるか?ついてこいよ?このでっかいビックウェーブに』

 

 

ちょいちょい煽ってくるような馬鹿にしてくるような、そしてたまに自分達の主神に『優等生ぶったおっぱい女神』というセクハラまがいの文面に眉根をピクピクとさせながらも大人しく話を聞く眷族達。しかし、『生贄』だとか『儀式』だとかなにやら不穏なワードのオンパレードに全員が真面目に聞いていた。反省中のアリーゼでさえも。

 

 

『――生まれた生贄(タルヴィ)を『結界ごとモンスターに食わせる』んだ。造られた『生贄(タルヴィ)』は文字通り『毒の爆弾』だ。【生命の泉】の繋脈(パス)をズタズタにブッ壊されて、【沼の王】は回復に専念せざるを得なくなる。』

 

『これにて、この国は救われる。ハッピーエンドだ!!』

 

 

不穏だし、生贄のために造られたなど気に入らないが国が救われると聞いてなんともいえない顔をする眷族達。けれど、それで終わりではない。

 

『と、言えればよかったが、答えは、ノーだ。』

 

『その怪物に『生贄(タルヴィ)』を食わせれば、その【沼の主】は倒せるか? 答えは ノーだ。倒すのは無理、だが眠らせるくらいはできる。』

 

『どれくらい眠らせられるのか?―――数十年くらいは動きを止める。この国は、それを何度も繰り返してきた。何人も食わせてきた。』

 

 

『そして、これからも繰り返し続ける。それがベルテーンの歴史ってわけだ。』

 

『潔癖症なエルフはきっと、こう言うだろう。【人と人を掛け合わせ、死ぬための命を造るだと?そんなものは生命の冒涜だ、許されるものか!】とな。』

 

『――だが、そんなものはアタシの知ったこっちゃない。何より、合意の上だぜ? 質問あるか?』

 

 

読み上げたアストレアが目を眷族立ちに向けるとリューが手を上げていた。

アストレアが『どうぞ』と促すとリューは質問を行う。

 

 

「この国の人に何故、それを教えたのですか?」

 

その質問に、アストレアは『彼女は未来でも見えてるのかしら?』とこれまた何ともいえない顔で読み上げる。

 

『聞かれたから答えただけだ。そうしろだとか、そうすべきだとか、そんなことは一切言ってない。この国の連中がアタシから話を聞き、自分達で考え、自分達で選んだことだ。アタシを責めるのはお門違いだろ?』

 

『もし仮に、アタシが何も言わなかったらこの国の連中全員がくたばってるだろうな』

 

これは『百』か『一』か、どれを選ぶかというだけのことであり英雄譚(れきし)を紐解けば似たようなことなどゴロゴロとある話だ。これはただの1例に過ぎないのだと手紙の主は語る。

 

 

『―――しかし、国の連中はその『百』か『一』かで揉めに揉め、『(タルヴィ)』をとったんだ。いや、正確には『どっちも』を望んだ。【儀式】の時期はまだ先だっていうのに、棺桶に入れるタルヴィの好きなものを集めるでもなく、選びやがった。』

 

 

長い長い繰り返しの果てなのか、殉教に疲れてしまったのか、それはわからなかったがその繰り返しを終わらせるという選択肢を取ったらしい。

 

 

『繰り返しても()()()()()()()、解決にはならない。祖先から受け継いできた死の病を抑えるためには【生命の泉】がいるというのに、選んだ。選んでしまった。』

 

『だが、方法がない。【沼の主】を滅ぼす手段がない。私からしてみれば、とっくにベルテーンは詰んでいるってのに、国の連中はどうすればいいか、と()()してきた。だから、答えてやったんだ。』

 

 

冒険者依頼(クエスト)を出せってな。―――ウスカリはキレた。めっちゃ、キレた。こえーよあいつ。【2()0()0()()()()()()()()()()()()()!!】ってよ』

 

 

派遣された冒険者は全滅。

それでも恥を承知で頼んでもう一度頼んだ。

どうかもっと強い【ファミリア】を、最強(ゼウスとヘラ)の力を貸してくれと。

当時のギルドはこう答えた。『国を捨てるのが賢明だ』と。

 

 

『ウスカリが怖かったから、アタシは偶々読んでいた【月間オラリオ】をウスカリに放り投げてやった。偶々書かれてたんだよ、そこに。』

 

 

『―――【怪物にされた人間を治した英雄(ばか)】がいるってな。ウスカリたちは紙に穴が空くかってくらい何度も何度も読み漁った。目が見えねえはずのリダリまで。最後にはタルヴィの角で紙が破れちまったが。――より詳細な情報が欲しかったらしい。そして最後の最後に頼みの綱・・・いや、蜘蛛の糸と言うべきか?冒険者依頼(クエスト)を出すことを決めた。腹を括った』

 

 

思い起こされるのは、オラリオ全土を覆いつくした特大の魔法。

怪物にされた知己(アーディ)を治したというあの瞬間、あの光景。

あの魔法ならばもしや・・・と、ベルテーンの人間は思ったらしい。

同じく【アストレア・ファミリア】の団員達も思い少年に視線を送る。

少年は既に疲れていたのか女神の胸に抱かれるように眠っているが。

 

 

『えっとー・・・・なんだっけ。そう、冒険者依頼(クエスト)だ、冒険者依頼(クエスト)。面倒くせーけど代わりに書いてやってるんだ、なんとかしてやってくれ。【正義の眷族】様よ』

 

 

 

「―――以上、ベルテーン【ヴェーラ・ファミリア】主神・ヴェーラより」

「それで?」

「ベルだけが行くと?」

「あら、私も行くわ」

「アストレア様が?」

「だって、ベルがヴェーラに会ったら何するかわからないもの。」

 

 

いやさすがに女神に手を出すとは・・・と一瞬考えて、『いや、前科(イシュタル)があったな』と思って言うのをやめた。

 

 

「ですが、どうやって許可を取るのですか?」

「――大賭博場(カジノ)に行ったときにどうやらギルド長(ロイマン)を大負けさせたらしくってね・・・たぶんそれを言えば震え上がって許可を出すと思うの」

 

眠れる少年に目を向けた姉達は戦慄して心を1つに声を上げた

 

「「「怖いもの知らずか!?」」」

 

と。

そこで反省を終えて足が痺れるせいで立てないのか四つん這いで戻ってきたアリーゼが面子を決めていたのか発表していく。

 

 

「行く面子は決めてるわ! ベルとその保護者としてアストレア様。輝夜とリオン、それと春姫」

「わ、私でございますか!?」

「なんかこう・・・直感がね。春姫を行かせろと囁いてるのよ」



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馬車移動

深層編前はベル君に楽してもらいたい


「―――ベルテーンに行かれると。なるほど」

「はい、だからお手伝いは無理になるから伝えておこうと思って。」

「それは・・・まぁ、わかりました。何よりお手伝いに関してはこちらは頼んでいる立場ですので『行くな!』とは言えません。ええ、行ってらっしゃいませ」

「なんか冷たくないですか?」

「・・・気のせいですよ」

「うーん・・・わかりました。きゃぴるんパワーで頑張ってきますね?」

「そういうところです、ベルさん」

「へっ?」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】治療院の団長室にて2人は回復薬(ポーション)の開発やら、患者の資料(カルテ)の整理やらをしながらそんな話をしていた。とは言っても、少年が直接手を出せることではなく『○○を取ってもらえますか?右から1列、上から2段目のところにあるはずです』などと指示を出されて必要なものを取って来ては手渡し、『この資料は、受付に回してください』『ああ、それは左の棚に仕舞っておいてください』と言われてはぴょこぴょこと動き回るだけ・・・いわば、パシリのようなそんな感じだ。少年は全くもってそれに反感など持たず大人しく従っており、治療院で働く治療師(ヒーラー)の者達はその姿を見て

 

 

『犬におもちゃ投げたら、ああいう感じだよね』

 

という印象を少年に対して抱いていた。

 

 

「団長! ポイズンウェルミスの毒にやられた冒険者が来ました!」

「人数は?」

「5人パーティー全員ですぅ!」

「僕が行きましょうか?」

「ええ、お願いします」

「え、あ、はい!じゃあ、【夢想兎(トロイメライ)】さんはいりまーす!」

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】!」

 

 

メインロビーに魔法が展開され運び込まれた冒険者達とメインロビーにいたその他の者達を巻き込んで少年が治療し、彼等は治療費を支払って出て行く。治療師(ヒーラー)達は『ゆとり』ができて大歓喜!!そして、主神ディアンケヒトは頭を抱えた!!

 

『いくら治療費が支払われているからとはいえ、魔法を使う部屋を考えろ!!メインロビーのような広い空間で使われたらそれこそ治療院がなくなるわ!!』

 

これには聖女様と治療師(ヒーラー)が抗議。

 

『治療費が支払われているのであれば、まずつぶれないのでは?』

 

治療費に関しては少年は一切知らないが、直接魔法を受けた冒険者達はアミッドに治療された際と同じ額――場合によってはローンで支払っているし、たまたまそこにいた所謂『巻き込まれた』組は回復薬(ポーション)と同じ額しか取っていない。『巻き込まれた』のに『じゃあン万ヴァリス払ってください』とは流石に言えないのだ。もっとも、その『ついうっかり巻き込まれた』を意図的に繰り返す輩を、【戦場の聖女(デア・セイント)】は決して見逃さないのだが。

 

 

「アミッドさんはベルテーンについて知ってますか?」

「ええまあ・・・直接訪れたことはありませんが・・・【生命の泉】という特殊な天然の回復薬(ポーション)のような水が湧くと聞いたことがあります」

「その泉にモンスターがへばりついたとかで【毒沼】に変わっちゃったらしいんですけど、これって治せるんですか?」

「・・・・見てみない限りわかりませんが、考えられるのは『モンスターが常に回復し続けている』ということでしょう。」

「?」

「常に湧き続ける回復薬(ポーション)万能薬(エリクサー)に体を浸からせた状態・・・そうですね、貴方の魔法の加護を受けて戦うと言えばなんとなくわかりますか?」

「―――なる、ほど?」

 

 

魔法を展開し、精癒で魔力の回復をしつつ背中合わせで座り話の続きを再開。

 

 

「―――どうして、その土地を離れるっていう選択を取らなかったんでしょうか?」

「取らなかったのではなく、()()()()のでは?」

「?」

「詳しいことを知らないので推測でしかありませんが『その土地でしか生きることができない』と考えたほうがよろしいかと。」

「例えば?」

「―――貴方のお義母様、【静寂】のアルフィア・・・でしたか。彼女は生まれつき不治の病を患っていたそうですね?」

「はい」

「では、その『症状』を【生命の泉】の水を飲むことで症状を軽減だとか抑え込むことができるとしたら?」

「そこに住み着く・・・?」

「『大聖樹の枝』を煎じたものとどちらが効果があるのかはわかりませんが、かの国の方々はその【生命の泉】があって生きることができる・・・『人種』なのでしょう」

 

少年からの質問に、自分の考えを伝えていく聖女。

そして、

 

「アミッドさんでも治せない?」

 

という何気なく放たれたその言葉に、一瞬、ムッと不機嫌そうな顔をしたアミッドは少年が座る椅子を回転させ自分と向き合わせた。

 

「―――治療師(ヒーラー)である以上、『治せません、すいません。諦めてください』などと言うつもりはありませんよ、ええ。たとえ不治の病だとしても手をつくさなければいけません。それが、それこそが私達『治療師(ヒーラー)』の戦場なのですから」

 

「ご、ごめんなさい?」

 

治療師(ヒーラー)に・・・いえ、専門としている方々に対して『無理ですよね?』みたいなことは言わないほうがいいですよ。痛い目を見たくなければ」

 

「ア、アイアイサー!?」

 

「・・・・はぁ、まあ無理しない程度に頑張ってきてください。回復薬(ポーション)と解毒薬、念のため用意しておきましょう」

 

「いいんですか?」

 

「いつも手伝っていただいているお礼だと思っていただければ。あとは素材を譲ってくださっていますし」

 

アミッドは椅子から立ち上がり、薬品室から回復薬(ポーション)、解毒薬を10本ずつ取り出しバッグに詰めていく。それを後ろから覗き込む少年の姿は『姉の仕事を盗み見る弟』のようだと団員達は語る。

 

 

「貴方の【聖火巡礼(スキル)】や【乙女ノ揺籠(魔法)】を考えればそこまで必要はないでしょうが・・・絶対ではないので持っていってください。」

 

「お金は?」

 

「では、今回の分に関しては廃教会から譲っていただいた『素材』から。というのはどうですか?無論、素材のほうが高いでしょうからむしろこちらから貴方の派閥に代金は支払いますが」

 

「じゃあ、それで」

 

「わかりました。では、どうぞ・・・転んで落とさないように」

 

「ぼ、僕、子供じゃないんですよ!?転びませんよ!」

 

「そうでしたね、大人でしたね。申し訳ありません」

 

「だから下半身に視線を送らないでくださーい!? も、もう! 僕行きますからね!? 【生命の泉】っていうのが元に戻れば、きっとお義母さんも喜んでくれるはずなんだから!きゃっぴるーん☆」

 

「それをやめなさい!!」

 

バッグを肩にかけ、タタタタッ・・・と走り出す少年を、無表情でありながらも少し微笑んで聖女は見送る。見送るが、はて―――

 

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()』とは? ベルさんのお義母様は既にお亡くなりになっているはずでは?」

 

 

―――墓石がズレていたと言っていましたし・・・リヴェリア様とアストレア様に相談して調べてもらうべきでしょうか?

 

 

■ ■ ■

 

 

昇り始めた朝日が、未だ眠る者が多くいる迷宮都市(オラリオ)を照らしていく。

朝露と朝日に目を細め、冒険者4名と1柱の女神は馬車に乗り込み都市を出た。

 

 

「アリーゼさん、大丈夫かな。『べるぅぅぅ、元気でねぇぇぇ』って」

「う、うーん・・・今生の別れじゃないんだから大袈裟だと思うのだけれど・・・大丈夫かしら」

「あんなでもちゃんと切り替えができますので、大丈夫でございましょう」

「階層主に突撃したりしなければ良いのですが。ベルみたいに、ベルみたいに」

「ご、ごめんなさい!?」

 

 

ゴトゴトと揺れる馬車で未だ眠いのか瞼を擦る少年と狐人の少女、そして冒険者依頼(クエスト)を寄越した女神ヴェーラからの手紙を読み返す姉2人。少年に膝を提供する女神が、そこにはいた。ベルとアストレアが隣くっついて座り、その対面でリュー、春姫、輝夜が座っている。

 

 

「ベル、酔ってないかしら?」

「さすがにすぐには・・・」

「そうよね、でも気分が悪くなったらすぐに教えて頂戴。馬車に乗ることなんてそうそうないんだから」

「はぁい」

「ベル、アストレア様の膝枕は良いか?」

「うん。あったかいのとすべすべで良い匂い」

「恥ずかしいことを言わないで・・・」

 

ゴトゴト、ゴトゴト・・・ゆさゆさ、ゆさゆさ。

女神の膝はとても良かった。

これが所謂『楽園(エデン)』なのでは?と少年は思った。

女神の顔を見ようと仰向けになってみれば、そのたわわに実った果実は馬車の揺れのせいで小さく揺れているようにも見えた。この光景はオラリオに来るときのアリーゼさん以来だろうか?なんて考えていると女神に目元を手で隠されてしまう。

 

 

「大人しくしていなさい。」

「暴れてないですよ?」

「ゴロゴロとさっきから体の向きを変えているでしょう?」

「違いますよアストレア様、その兎様は『大好きな女神様のお胸の揺れ』が目に入って仕方ないのでございますよ」

「ち、ちがっ!?」

「・・・・・神じゃなくてもわかりやすい嘘をつくのね。別にいいけれど

「ベル、あまり不敬なことはしないように」

「うっ・・・ア、アストレア様? 怒りました?」

「怒ってないわよ。ベルも男の子だもの、気になるお年頃よね」

「なっ、なっ・・・!?」

「顔が真っ赤だぞ、ベル。」

 

女神の手で目元を隠されていながら、少年の顔は真っ赤に染め上げられた。

けれど仕方ないのだ、女神様とこうしてどこかへ出かけるなんてことは、オラリオの外に行くなんてことは滅多にないのだから!!冒険者依頼(クエスト)のことはあるが、それでも嬉しいものは嬉しい。普段見ているその果実だってシチュエーションが違えばまた違うのだ。おや、心の中でお爺ちゃんが親指を立てているぞ。

 

 

『ブェルゥよぉ・・・・お前ももう立派な漢じゃったか・・・!もうワシがお前に教えることは何もぬぁい!!貪れ!食らえ!女を味わえ!!その果てにワシの全てをそこに置いて来た!!探せ!!世はまさに、【酒池肉林世界】!!』

 

 

少年の熱は一気に冷めた。

 

 

―――そういうのじゃないんだ、お爺ちゃん。他所の人に手を出すようなことしちゃ駄目って言われてるし。それに、お爺ちゃんに教えてもらったことなんて『英雄譚』くらいか『叔父さんたちが死んだ』って言われたことくらいだよ。

 

 

少年は薄れ消えゆく祖父の顔に目を背けて、なんだか胸が痛くなり悲しくなり、横向きになって女神のお腹に顔を埋めるようにして抱きついた。女神はすぐに少年の体勢が変わると、頭を優しく撫で始める。

 

 

「あらあら、どうしたの?悲しいことでも思い出した?」

「・・・・お義母さんに会いたい

「そう・・・そうねぇ・・・」

 

 

気まずくなってしまった空間をどうにかしろ、と輝夜がリューに言うも『わ、私に言われても困る!?』と困惑。春姫は夢現で戦力外。どうしたものかと思っていると、馬の手綱を握っている運転手が声を上げた。

 

 

『冒険者様、すいません!手を貸しては貰えませんか!?』

 

 

そこまで慌てた様子でもないが、近くに何か良くないものでもあるのだろうか?と顔を見合わせリューが代表して運転手に返事をした。

 

「どうされたのですか?」

「いや、その、怪物じゃねえんですけど・・・その、進路上にどこかの【ファミリア】が何かしているようでして・・・」

「ラキアでしょうか?」

「さ、さあ・・・・なんか、言い争いをしているようでして・・・避けることもできないこともできませんが、馬車が大きく揺れますし・・・できれば、そのまま進みたいんです」

「ふむ・・・春姫、起きなさい」

「すぅすぅ・・・・ベル様ぁ・・・春姫はもうお腹いっぱいでございますぅ・・・

「何の夢を見ているのでございましょうか、このエロ狐様は?」

 

 

イラッ☆として輝夜によるデコピンで春姫は後ろに倒れこみ、起床。頭に星を浮かばせながらフラフラと起き上がった。

 

「ど、どうされたのでございますか!?」

「・・・・あなたの耳で、前方の集団が何をしているか聞こえませんか?」

「はぇ?ええと・・・・・」

 

馬車は何とか会話が聞こえるところで停止し、春姫は耳を澄ませる。

そして、聞こえてきた声を復唱しはじめる。

 

「『ねぇ、アルテミスぅ~男ができたって聞いたんだけど、本当なのぉ~?ねぇねぇ~』」

 

「『大方、獣みたいな子なんでしょう? 天界じゃ獣と狩猟をしているくらいだったものね?』」

 

「『は?』」

 

「『どこの蛮族なの?それとも葉っぱで下半身を隠してるだけの野人?』」

 

「『は?』」

 

次第に真顔になって聞こえてくる会話を復唱する春姫。

その会話の内容にピクリっと肩を揺らす少年。

『あ、やばい』と嫌な予感がする女神。

『獣人ってそんなに耳がいいのか?』と話し合う姉2人。

 

 

「『あーこんな子が同じ女神だなんて恥ずかしー!』」

 

「『は?』」

 

「『そんなんだから男神どもに『グリグリ踏まれたい女傑(めがみ)No.1』とか言われるのよ!』」

 

「『は?』」

 

「『それで? 超絶最強の美の女神たる私、アフロディーテが聞いてあげます。 『初夜』はすんだの?』」

 

「『は?』」

 

 

少年はすっかり起き上がり、馬車から体を乗り出して前方の光景を何とか見ようと目を細めた。

女神は少年が飛び出さないように腰にしがみついた。

姉2人は『今日は良い天気です。ダンジョン日和、というやつですね輝夜』『ぶぁーかめ、ダンジョンの中に天気なんぞ関係あるか!』と現実逃避。

 

 

「あ、あのぉ・・・拳が届く距離で弓を構えていらっしゃるのですが・・・・」

「つ、続けて、春姫」

「は、はぁ・・・」

 

え、いいの?一触即発ムードだけど?止めなくて?と春姫は思ったし何なら、馬車の運転手も同じくそんなことを思った。

 

 

「『あれ、まさか・・・まだなの?もしかして未だに、貞潔を尊ぶとか永遠の純潔とかそんなこと言ってるのぉ?そんなんだから私より不細工なのよ、この処女神め!』」

 

「『は?』」

 

「『この鉄壁処女! もしかして膜まで鉄でできてんの?最硬金属(アダマンタイト)でできてたりするのぉ?』」

 

「『はぁ?』」

 

「『究極至高の美を司る私が宣言します!アンタは女神失格一直線!』」

 

 

 

「あ、あのぉ・・・さすがにこれ以上は・・・」

「アストレア様、アフロディーテ様ってどんな神様なんですか?」

「え?ええと・・・美の女神だけd―――」

 

言い終わる前に少年は飛び出した!

やばい!面倒くさいことになる!!そんな気がしてならなかった!!

 

女神の心の中では旅行帽でパタパタ呷りながら『あっちゃー、アフロちゃんベル君に見つかっちゃったかー。まあ美の女神には気をつけろみたいな?ことを教えられてるみたいだし?殺しはしなくても吹き飛ばされるだろうなー。今のところ無事なのってフレイヤ様くらいじゃないかな?アハハハハ!ま、【美の女神四天王最弱】だし、仕方ないよネ!!』とヘルメスが笑っているがそれどころではないのだ。一々面倒なのだ。

 

 

『ねぇねぇ、あんたの男に会わせなさいよぉ~。それともやっぱり、いないのぉ~?親にお見合いしろって言われたからとりあえず付き合ってる人がいますって言っちゃったパターンなのぉ?』

 

タタタ・・・

 

『・・・・』

 

タタタタ・・・

 

「! オリオン!?」

 

タタタタタ・・・・!

 

「は?オリオン?何を言って――」

 

「【アルテミス様苛めないで(ゴスペル)】」

 

「ふぎゃっ――――!?」

 

 

美の女神は大車輪よろしく大回転!!

尻は上に、顔は下に!まるででんぐり返しを途中で止めたかのような女神がしていい格好とは言えない格好で目を回して気絶した!!

 

アルテミスはオラリオにいるはずの少年が目の前に現れたことに歓喜!

数M先で女神にあるまじき格好で気絶している友神など知ったことではないと大喜び!

美の女神の眷族達が大慌てで駆け寄るも、月女神の眷族達もまた知らん顔だった!!

 

 

「よくやったオリオン!!だが、なぜこんなところにいる!?アストレアに苛められて家出か!?」

「ち、違いますぅ!!冒険者依頼(クエスト)なんですぅ!!」

「アフロディーテは・・・うん、死んでないな!加減が上手いな!」

「えへへへ」

 

 

馬車から降りてスタスタと近づき、少年をアルテミスから奪い取ったアストレアは叫んだ。

 

 

「『よくやった!』じゃないわ!! 道のど真ん中で言い争いをしないで頂戴!?」

「す、すまない!?」




特に意味はないんです。道中に出くわしたってだけで


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アーパー

頭が回らないと文章が微妙になる


 

 

 

 

夕日で黄金色に輝く河川敷に、私は座っていた。

 

はて?私は何をしていたのだろか?

 

目の前では水が静かに流れる川が存在し、川の向こう側には

 

「アルテミスにヘスティア? なんでそんなところにいるのよ」

 

川の向こうには友神が2神(ふたり)がいて、手を振っている。

 

 

『こいよ、こっち来いよー』

 

なんて言っている。

 

「いーやーよー」

 

 

私ことアフロディーテは最強究極無敵な美の女神である!!

フレイヤよりもすごいのだ!!

 

迷宮都市オラリオで白亜の巨塔から下々を見下ろし、従僕達に大きな団扇を扇がせ、シャンパンタワーをつくり、巨塔から下りては

 

『貴方達、この世で一番美しいのはだぁれ?』

 

『御身です!!』

 

『それじゃあ、この世で一番ゴージャスで尊くてエモエモのエモで男も女も神も跪かずにはいられない最強究極無敵な女神はだぁれ?』

 

『御身です!!』

 

なんてことをやるのだ。

 

んー最っ高!

 

「このオラリオは私のものよ!!」

 

褐色イシュタルを倒し、フレイヤを倒し、君臨するは私、アフロディーテである!!

良い感じの男がいればペロッと食べては『えっ、ちょっと待って拳大は無理よさすがに!?裂けちゃう、裂けちゃうからぁ!!え?エリクサーをぶち込めばいい?まあそれなら・・・・・いや、駄目よ!?』などとハプニングが起こりつつも楽しい逆ハー生活を満喫するのだ!!

 

 

そのはずが、何故私は今、河川敷に座っているのだろうか?

 

「というか下界に河川敷なんてあったかしら?」

 

目の前では静かに水が流れる音とともに川が流れており、耳を澄ませていれば眠ってしまいそうなほどだ。夕日によって河川敷は黄金に輝き、私はそこに座っている。

 

 

「眷族もいない・・・あら?私は何をしていたのかしら」

 

確か私はアルテミスに男ができたから『ちょっかい』だしていたはず・・・

 

そんなことを考えていると真後ろにザッザッと足音が聞こえて少しだけ振り返ってみるとアルテミスがいた。真面目な顔で。というかいつの間に?

 

 

(これはアレよね・・・このシチュエーションはあれよね?)

 

 

「今日は・・・・・・風が騒がしいわね・・・」

 

「でも少し・・・この風・・・泣いている・・・」

 

「急ぐわよアルテミス・・・どうやらプロメテウスが下界に良くないものを運んできてしまったみたい・・・」

 

「急ごう・・・風が止む前に・・・」

 

「待て!!!」

 

「「ヘスティア!?」」

 

「おい、ヤバイって!そこの屋台、じゃがまる君半額だよ、行こーぜ!」

 

 

行く行く~と立ち上がって、30ヴァリスを握り締めて河川敷を上ろうとして私は足を滑らせた。それはもう、世界がひっくり返るレベルで。

 

ひっくり返った私はそのまま川へと転がり落ちた!!

 

「ふぎゃっ!?」

 

そこまで深くないはずの川はいつの間にか激流と化し、私をあれよあれよと流していく!!

 

「ふぎゃあああああああっ!?アルテミス!? ヘスティア!? 助けてええええええええ!?」

 

激流に流される私を、2神(ふたり)は助けるわけでもなく、『じゃがまる君』を買いに行ってしまった。

30ヴァリスに負けた瞬間である。

もしここにヘラがいようものなら、『くっそウケる』などと言われ笑われていたに違いない。

 

しかし、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものだ。誰かは分からないが、手が差し伸べられ私はそれをとった。

 

「た、助かったわ・・・ありが・・・と・・・あ、あぁ・・・」

 

私が手に取ったのは、かつての恋人であるところの鍛冶神、ヘファイストス。やだ、すっごいニッコリしているわ。

 

「アバ、アババババババババ!?」

 

これあれだ!!

下界の子供達がいう、『三途の川(リバー)』じゃない!?

うっそでしょ、私どっぷり浸かっちゃったわよ!?というか下界にはないはずよね!?

 

ニッコリとしていたヘファイストスは、私がキョロキョロとしている間に姿を消し、代わりに現れたのは白い兎だ。もっふもふだ。

 

「あらやだ、天使かしら?」

 

もっふもふでクリクリの赤い瞳。

それがあっちからもこっちからも、ぴょんぴょんと飛び回って集まってくる。

 

「ふふ、可愛い子ね。そういえばアルテミスの男も白くて赤いとかなんとか・・・・うっ頭がっ」

 

膝の上に座らせ撫でられる兎はぷるぷると震え、私は何とも言えない悪寒を感じつつも、何が起きたのか状況を確認。そうだ、確か私は・・・

 

 

『あれ、まさか・・・まだなの?もしかして未だに、貞潔を尊ぶとか永遠の純潔とかそんなこと言ってるのぉ?そんなんだから私より不細工なのよ、この処女神め!』

 

『は?』

 

『この鉄壁処女! もしかして膜まで鉄でできてんの?最硬金属(アダマンタイト)でできてたりするのぉ?』

 

『はぁ?』

 

『究極至高の美を司る私が宣言します!アンタは女神失格一直線!』

 

『ねぇねぇ、あんたの男に会わせなさいよぉ~。それともやっぱり、いないのぉ~?親にお見合いしろって言われたからとりあえず付き合ってる人がいますって言っちゃったパターンなのぉ?』

 

タタタ・・・

 

『・・・・』

 

タタタタ・・・

 

『! オリオン!?』

 

タタタタタ・・・!

 

『は?オリオン?何を言って――』

 

『【アルテミス様苛めないで(ゴスペル)】』

 

 

思い出した!!

急に白っこいのが走ってきて、私を、最強究極無敵のエモでエモエモの美の女神である私を!吹き飛ばしたのだ!!

 

それに気がついたとき、周りに、膝にいた白い兎たちは『グポォン』とでも交換音がつきそうな感じでその深紅(ルベライト)の瞳を輝かせ飛び掛ってきた!!

 

「あ・・・ああ・・・あばばばb――――」

 

 

■ ■ ■

 

「あばばばばばばばばばばばっ!?」

 

「なんだ起きたのかアフロディーテ」

 

「へ?」

 

謎の奇声とともに目を覚ました女神アフロディーテは、目の前にいるアルテミスの格好を確認。浴衣だ。

 

「何で浴衣?というか、ここどこよ」

 

「温泉施設が最近できたんだ。知らないのか?」

 

「へ、へぇ~知ってるわよ?もちろん」

 

(周囲を見渡すと、所謂極東風の室内で眷族達は別室で温泉に入るなり食事するなりと寛いでいるらしい。いや、主神をほったらかして寛ぐんじゃないわよ。苛めるわよ?)

 

「そ、そうだわ!?私、三途の川にいたのよ!?一体なんなのよ、あの白いのは!?」

「ほら、そこでアストレアに髪を梳かれているぞ?」

「あばばばばばばばばばばっ」

 

アルテミスが指差す方に視線を送るとそこには、アフロディーテを吹き飛ばした少年が胡桃色髪の女神、アストレアに髪を梳かれていた。2人とも浴衣を着ていて恐らく温泉にでも入っていたのだろう。

 

『よかったですね、アストレア様。温泉施設に寄り道できて』

『ベルは反省しなさい』

『はぁい』

『お願いだから、すぐに神を吹き飛ばそうとするのをやめて頂戴。フレイヤにそんなことしたら、間違いなく殺されるわよ?』

『フレイヤ様、この間ベンチに座ってたら飴玉くれました』

『・・・・何をしているのかしら彼女は』

『そんな裸みたいな格好してたら風邪引きますよって言ったら、ショック受けて帰っていきました』

『あなたよく無事だったわね!?』

猪人(ボアズ)の人が僕のこと、何とも言えない顔してみてました。たぶんあの人が叔父さんの言ってた【糞ガキ】の人なのかな』

『お願い、ベル、それを本人には言っては駄目よ?』

『? 当たり前じゃないですか?』

『ほんとーに、お願いよ?』

『大丈夫です! アストレア様は僕が守りますから!』

『そういうことじゃないのよ!?』

 

そんな会話が聞こえてくるも、アフロディーテは新たに植えつけられたトラウマを思い出し震え上がった。

 

「ねえ!?あの兎っ子があんたの男なの!?趣味悪くないかしら!?」

「おい、あの子は基本無害だぞ」

「私何もしてないわよ!?」

「私を侮辱しただろうに」

「判定そこなの!?」

「あとあの子の義母の教えで『美の女神には容赦するな』というのがあったな」

「あばばばばばばば」

 

いたって平常でアフロディーテの身に起きたハプニングの説明をアルテミスは行い、今度は食事の席に。大広間で食事を食べながらようやく頭が冷えてきたアフロディーテは突っ込んだ。

 

「いや!? なんで当たり前の様に一緒にご飯食べてるのよ!! ていうか何で温泉!?」

「近くにあったから。私の眷族(こども)達が入りたがっていたから。」

「あんた、あの兎っ子があんたの男だって言うなら、何で眷族にしないのよ!?」

「それは・・・・ほら、あれだ。私は劇場版ヒロインだから」

「だーまらっしゃい!! メタイのよ!?」

 

アフロディーテがぎゃーぎゃーと騒いでいると、近くに白髪を揺らして近づいてくる少年。

びくっと身構えるも、少年は頭を下げるだけ。

 

「あ、あら? この私に頭を垂れるの? 自分がしたことがよくわかったみたいじゃない。」

「・・・・・・」

「ふ、ふん! いいわ、今回は見逃してあげる。私は最強究極無敵の美の女神だし? 貴方ってあれでしょ?聞いたわよ?フレイヤでも攻略できない難易度なんでしょ?」

「?」

「私が貴方を魅了してしまえばフレイヤに勝ったも同然じゃない!ねぇ?フレイヤとアストレアより私を選ばない?」

「・・・・・」

「な、何とか言いなさいよ」

「アストレア様の方が良いです。あと、フレイヤ様の方がもっと大人っぽいです。」

「ぐはっ!?」

「アフロディーテ様は成長期の発展途中って感じで・・・」

「あ、あんたねぇ、神は不変なのよ!? 苛めるわよ!?」

 

アフロディーテは目の前の少年が全く魅了されないことに首を傾げるも、次にはアルテミスによって詰め寄られていた。

 

「おいアフロディーテ」

「な、なによ」

「私のオリオンに手を出すな」

「あ、あんたが眷族にしないのが悪いんじゃない。というかいいの?あんたは?アストレアと随分仲が良いみたいだけど?」

「・・・・それをどうこう言う資格を私は持たない。だからいいんだ、あの子が幸せなら」

「ふぅん」

 

聞けば少年は冒険者依頼(クエスト)に行く途中らしく、その道中、道のど真ん中で揉めている集団を見つけ・・・・結果、一晩寄り道するハメになったらしい。

 

冒険者依頼(クエスト)ってどこに行くのよ」

「ベルテーンです」

「へぇ・・・兎っ子1人で?」

「? 僕以外にも3人いますよ?」

「どうしてここにいないのよ?」

「美の女神様の側にいると、頭がアーパーになっちゃうらしいので別部屋です」

「アーパーって何よぉ!?」

 

美の女神の『魅了』を警戒してか、眷族達は眷族達で飲み食いしているらしく少年だけが『魅了』を受け付けないために女神達と食事をしていた。話しているうちにアフロディーテも少年と打ち解け、気がつけばどこから持ってきたのかわからない金色のアフロのカツラを女神の頭に装着し少年はアストレアのところやアルテミスのところを行ったりきたり。

 

 

「うえぇぇぇぇ・・・・!!あんだも苦労じでるのねぇぇぇぇ!?」

 

 

すっかりデキあがったアフロディーテはワシャワシャとアフロを揺らしながら酒の入ったグラスをダン!!と机に叩きつけては少年の身の上話で泣き出していた。

 

「気がついだらいなくなっでるなんでぇぇぇぇっ悲しすぎるわよぉぉぉぉ」

「うっ・・・女神様でも悲しいんですか?」

「あったりまえでしょおぉぉぉ、下界の住人(こども)達の一生なんて一瞬よ一瞬!私なんてねぇ!!『四天王最弱』とか言われるのよおぉ!?」

「えっと・・・面汚しってやつですか?」

「私こそが、エモでエモエモで最強究極無敵のグレートゴージャスな女神なのにいいいいい!!」

「エモ?」

「お義母ざんにあえるどいいわねぇぇぇぇぇ」

「う、うーん?」

「黒い神様とかよぐわがんないげどぉぉぉ、そんなのぶっ飛ばしちゃえばいいのよぉぉぉ」

「アフロディーテ様みたいにですか?」

「あばばばばばば」

 

 

アルテミスとアストレアは『何アレ』的な目でそんな残念な女神とぽんこつな少年のやりとりを見て、最終的にお眠な少年がアストレアのもとに戻ってきてそのままお開きとなった。翌日、二日酔いになったアフロディーテは頭にアフロのカツラを被ったまま宿を出たという。少年たちもまた、本来の目的地に。少年は少しだけアフロディーテの評価を上げた。

 

 

 

■ ■ ■

 

「ここが・・・ベルテーン?」

「【生命の泉】を擁する国とお聞きしましたが・・・・」

「【毒沼の森】とはよく言ったものだ。」

「建造物も人が沼に接するのを避けるように造形されている。根元のほうは腐っている部分もあるようです」

 

 

【ベルテーン】に到着した一同は、その様に驚いた。

本来は綺麗な水が、【生命の泉】から湧き出る水が循環しているだろうはずが沼へと変わり異臭を放ち、霧のように瘴気が漂っていた。

 

「ベル、何か感じる?」

「んー・・・ごめんなさい、ちょっとよくわからないです」

「怪物の反応は?」

「そこら中?」

「沼か」

「沼でしょう」

 

沼に近づかないようにして進んで行き、依頼主の元に向かう。道中、国民達まで武装しているのを見かけ、国中が臨戦状態とでも言わんばかりに物々しい雰囲気に包まれていた。

少年の魔法で沼を吹き飛ばす・・・という手もないではないが、飛び散るだろうために即座に却下。進んでいた先の建物の前に騎士が2人立っており事情を説明して中に入れてもらう。中には、鹿のような角にヒツジのような角、オッドアイの少女、エルフ、目元を布で覆ったヒューマン、騎士が複数に女神がいた。

 

 

「あん? 思ってたより早かったじゃねーか」

「おや、リオン殿?」

「ウスカリ殿、大賭博場(カジノ)以来ですね。お変わりないようで」

「いやはや、その節はご迷惑を」

「ヴェーラ、冒険者依頼(クエスト)を受けてここに来たわ。それで、話を聞かせてくれるのかしら?」

「あー・・・いいぜ、というかウスカリ達がしてくれるだろ」

 

席に案内され、国の現状と『そもそも何故生贄をやめる』に至ったのかをウスカリや騎士たちが説明を始めていた。きっかけは、いつも通りの食事の最中だったという。

それは何気ない少女がこぼした言葉。

 

『来年もみんなといられたらなー。でも今更生贄やめたいみたいなこと言ったらみんな怒るよねぇ』

 

その言葉が聞こえてしまった時、わずかな沈黙の後、

 

『お嬢の好きにすればいいじゃねえか』

 

と盲目の剣士がそう言ったそうだ。結局のところ、少女を犠牲にしたところで国を脅かす【沼の王】が消えるわけでもなく時間稼ぎにしかならない。ならいっそ、終止符を打つのも手ではないのか?と彼等は考えたらしい。

 

 

「私の中の片目目隠れ少女(ゴースト)が囁くのです。『女の子1人に全てを背負わせて貴方はそれでいいの?』と・・・・。私は思ったのです!タルヴィ様に全てを背負わせのうのうと生きるくらいならば、戦って死んだほうがまだマシだと!!」

 

なにやらよくわからないことを騎士Aが言うが、いつの間にやらヴェーラの知らない間に【沼の王】と戦う気になった彼等は国中にもその話をした。その結果が、国民までが武装しているという光景だった。

 

 

「ところで、オラリオには片目目隠れの少女はおられますか?」

「え?」

「いえその・・・夢の中にでてくる彼女は、おどおどしているけれどそんなところもよくて・・・」

「・・・・・片目が隠れてる人・・・・カサンドラさんかなぁ」

「おお、そのような名なのですね!? 」

 

 

その日、オラリオにてカサンドラは『謎の騎士に愛を囁かれる』夢を見た。



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千年氷城(トロイメライ)/夢想兎(トロイメライ)

仕事のストレスと熱中症のダブルパンチで3日ほど寝込んでました。


 

 

 

「それでそれで、私思ったのよ!その記事に載ってる子の二つ名が私の魔法と名前が同じだ!これは運命だ!って」

 

「は、はぁ・・・」

 

「きっと私達お友達になれると思うの!」

 

「そ、そうでございますね?」

 

目をキラキラとさせながら、自分の魔法名と同じ『トロイメライ』という二つ名を持つ人物がいることに運命を感じこれがまた冒険者依頼(クエスト)を出す決断に拍車をかけたことを語る鹿のような角、ヒツジのような角を持つ少女は金髪狐人の少女の両手を包み込むように握るしめて語る。それをクスクスと口元に手を当てながら笑うのは輝夜と女神ヴェーラのみ。リューは『あの、大丈夫でしょうか』と心配し女神アストレアは『うーん・・・プレッシャーにならないかしら』と少年を案じた。その周囲の様子が何かズレているように感じて、エルフのウスカリがタルヴィに一度落ち着くように促し

 

 

「あの、タルヴィ様・・・我々は何か、勘違いをしているのではないでしょうか・・・?」

「 え ? 」

 

その言葉と共に、僅かな沈黙が広間を支配した。

オロオロとタルヴィが狐人の少女――春姫を見つめ返すとブンブンとゆっくりと首を横に振られ『私ではございません・・・』と申し訳なさそうに謝罪された。

 

「え、じゃ、じゃあ本物の【トロイメライ】は!?」

「今は外だ」

「今は外ですね」

「今は外で調査中ね」

「今はお外でございます」

 

満場一致で『外にいる』と言われ、タルヴィもその他の愉快な仲間達も先ほどまでいた白髪の少女?のことなのだと理解した。

 

 

「まずその記事とやらに特徴や名前は書いてなかったのでございますか?」

「えと、『髪が腰に届くくらい』『背が低い』あとは・・・あったかな?」

「いや・・・なかったはずだ。名前の記載は・・・すまねえ、お嬢の角で記事が破れちまったからわからねえ」

「え、私のせい!?」

「いえ!ウスカリ様のせいでございます姫様!」

「はい、ウスカリ様のせいでございますタルヴィ様!」

「だいたい全部ウスカリ様のせいですタルヴィ様!!」

「ウスカリ様が悪い!タルヴィ様!」

「き、貴様等ぁああああっ!?」

 

目の前ではじまるトンチキ騒ぎを遠目に【アストレア・ファミリア】の面々は、一足先に調査に出た少年が早く戻ってくることを願うばかりであった。

 

「ベル様1人で大丈夫でしょうか?」

「あいつが『大丈夫』と言ったんだ。大丈夫だろう」

「あの子も少しずつ男の子するようになったのよ、成長だと喜びましょう」

 

 

■ ■ ■

 

森の中、泥のようなスライムのような怪物を倒しながら進む人の影が1つ。

 

 

「やっぱり迷宮(ダンジョン)で産まれる怪物よりも地上の方が弱いよね・・・」

 

目深にポンチョのフードを被り、リューの覆面で口と鼻を覆い、視界に入った怪物を槍で薙ぎ払い奥へ奥へと進んで行く。

 

「リューさんが『念のためつけていなさい』って覆面くれたけど・・・正解だったかな。進めば進むほど禍々しいし、吐き気がする。あとは・・・空気が悪い。空は・・・ギリギリ見えるから大丈夫かな?」

 

かつて泉だったはずの場所は確かに沼になっており、ボコボコと音を立てて泡を吹いており、物を投げ込んでみればそれを獲物と勘違いしてか飛び出してくる始末。

 

「沼そのものが怪物だけど・・・何だろう・・・進めば進むほど、強さが違うというか・・・」

 

沼を辿るように進んでしばらく、今までとは少しだけ違った反応を感じて少年は『誘引』を試してみた。すると現れるのは、今まで現れていた小型ではなく大型。でかい上に臭く、動くだけでそのヘドロのようなものが飛び散っていた。

 

 

『ォオオオオオオオオオオオオッ!』

「いやいやいや・・・・」

 

少年はそのあまりの臭さに『あれ、実はこれ、姉たちに押し付けられたんじゃね?汚れたくないから押し付けられたんじゃね?』と少しばかり疑惑の念を抱いた。槍を握り締め聖火巡礼(スキル)の効果の1つ聖火付与をイメージし槍に炎を纏わせる。

 

「アルテミス様・・・あとで綺麗にしますから許してくださいっ!!」

 

全身泥まみれになって横たわる女神アルテミスを脳裏に浮かばせ少年はヘドロの怪物へと突撃。

 

1、

 

『ォオオオッ!?』

 

2、

 

『ォアアアッ!?』

 

3、

 

『――――ッ!!』

 

槍撃による三段突きによるオーバーキル。

聖火が泥を焼き、修復を許さず怪物は消滅する。

ベルは飛び散った泥を槍を回転させて払い除け、考察。

 

「感触は・・・・うーん・・・スライムと戦ったことがないからわからないけど、それなのかなあ?ゴブリンとか普通の怪物とは違うというか、けど、液体を斬ってるとも言いがたいというか。手ごたえがあるようなないような?沼そのものを聖火で焼けたらいいんだけどさすがにそこまでできるならスキルの範疇越えてるし・・・いや、付与(エンチャント)が付録されてるスキルもどうかとおもうってアストレア様言ってたし?ヘスティア様もドン引きしてたし?」

 

 

『おいおいマジかよ・・・・君ってやつは、神が嫌いなんじゃなかったのかい?おもっくそ神に影響されたスキルでてるじゃないか・・・あれかい?君はツンデレってやつなのかい?』

 

よくわからないことを、【月休2日のバイトのプロ!!】というタスキをかけながら『じゃが丸君』の売り子をする女神ヘスティアが言っていたことをふと思い出す。『つんでれ』とは何なのか?と聞いてみれば

 

『あー・・・そうだなあ・・・アフロディーテにでも会うことがあればわかると思うぜ?あの子は歩く『ツンデレ』みたいなもんだし?『べ、別にあなたのためにじゃが丸君を買いに来たわけじゃないんだからネ!』ってさ』

 

神様達は時々、仲がいいのか悪いのかよくわからないことを言う。治療院でお手伝いをしている時も治療師(ヒーラー)達が休憩中のお喋りの中

 

『ねえ聞いた?この間、ディアンケヒト様とミアハ様が一緒に飲みに行ってたらしいわよ!?』

『嘘でしょ!?天変地異の前触れじゃない!?』

『理由は!?』

『兎君が治療院に来て患者が激減したから!』

『『『あ~』』』

『「言っておくが、借金の免除だけはせんからな!・・・また自棄酒に付き合え!」って言って帰って来たらしいわ』

『仲がいいのか悪いのか・・・』

 

 

( あれは僕が悪いのかな・・・ )

 

 

「ええっと・・・本来『魔石』がある位置・・・胸当り?をついてもそれっぽい感触はなし。というか、迷宮(ダンジョン)外の怪物は『魔石』がそもそもないのかな?うーんエイナさんに聞いておくべきだったかな。でもエイナさん、ギルド長が寝込んだとかで仕事が増えたとか言ってたしなあ」

 

 

ボコボコ、ボコボコ、と音を立てる沼の前で呑気に一人口を動かす少年。

ギルド長が寝込んだ原因は自分にあると言うのに、その原因が公開されてないがためにエルフたちは『王族妖精(ハイエルフ)様からの天罰だ!!ひゃっはー!』などと一部みっともなくはしゃいでいたが、寝込んだ原因は大賭博場(カジノ)での大負けであるし、夢に出てくるのは金を毟り喰う白い兎なのだ。心なしか、ギルド長は痩せ・・・・やつれていたらしい。(愚者(フェルズ)調べ)

 

 

「『誘引』しながらもう少し奥まで行ってみようかな。何かわかるかも。進めば進むほど強くなってるし。」

 

そうと決まれば膳は急げといわんばかりに、『誘引』『誘引』『誘引』の連発。

振り向けば泥の津波と言わんばかりの大型の怪物達が追ってくる。

視界に行き止まりが見えたあたりで振り返り、唱える。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】!!」

 

 

■ ■ ■

 

 

「臭い」

「とても臭います、ベル」

「一体どこで泥んこ遊びをしてきたのかしら・・・」

「すごくその・・・自然な?臭いをされておられます・・・」

「ひ、ひどい・・・あんまりだ・・・」

 

 

数分前、【沼の王】を倒す方法を考えていた際

 

『ベルの【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】で住民達を保護して、いっそ【沼の王】とやらを【ライト・バースト】で吹き飛ばすのはいかがでございましょう?』

 

『却下よ輝夜。それだと【生命の泉】ごと蒸発しかねないわ』

 

『『『『オラリオやべぇ・・・』』』』

 

『では、【サタナス・ヴェーリオン】では?』

 

『―――【沼の王】そのものには有効かもしれないけれど、出てこないことにはねえ』

 

ガチャ。

扉が開いた音。

あ、帰って来たんだよかったよかった。もしかしたら攻略法とか閃いてるかも?何だかんだあの子はできる子だし?と思っていた矢先、開いた扉から風と共に異臭が入り込み全員が鼻を抑えた。さらには、少年の姿。泥こそ消えてはいたが、臭いだけは落ちなかったらしく本人もまたあまりの異臭にフラフラしていた。

 

『た・・・ただいま・・・おえっ』

 

 

ウスカリに風呂場へと案内され、臭い消しまで渡され、それはもう長いこと丹念に女神アストレアが必死に『ああ、今までの苦労が・・・』などと嘆きつつも洗い上げすっきりとして広間に戻ると全員が消臭作業に明け暮れていた。

 

 

「その・・・えと・・・すいません・・・」

「すごいわ、今までこんな臭いを持って来た人いたかしら?ウスカリ、どう?」

「いえ(ひい)様、さすがにいなかったかと」

「俺は目が見えないんだ。それ以外の器官まで潰されたらたまったものじゃねえんだが・・・?」

「うぐっ・・・・」

「ベル、報告を」

「はいっ、リューさん」

 

歓迎ムードはどこへやら『きったねえもん持って帰ってきやがって』的な感じになってしまい少年は非常に申し訳なさそうに正座していた。心なしか、小柄な体がさらに小さく見えていた。

 

 

「えと、沼そのものが怪物みたいなもので奥に進めば進むほど大型になって強くなってるみたい・・・・なんですけど・・・えと、リューさん、質問、していいですか?」

 

「? どうぞ」

 

迷宮(ダンジョン)の外・・・えっと、地上の怪物は『魔石』はないの?」

 

「―――いえ、完全にないと言うわけではありません。繁殖によってその『魔石』を少しずつ、少しずつと分け与える形になるためその『魔石』は小さくなっていきますが完全にないとは言い切れません。」

 

「なぜそんなことを?」

 

「えと・・・行き止まりが見えるところまで大型を複数引き連れて向かってみたんだけど、どれも手応えがあるようでなかったから」

 

「そりゃそうさ。お前さんが倒したのは所謂触手、雑兵の類だ。【沼の王】だけが『魔石』を持ってるんだが・・・」

 

「なら、たぶん1つだけ反応してたやつかな・・・」

 

「何?」

 

騎士が慌しく地図を持ってきて広げると、ベルは自分が進んだ方向を北へ北へとなぞっていく。そこにいるものだけが唯一、ベルに反応をしめしており他の雑兵に関しては『誘引』しなければ出現すらしなかったという情報も追加した。

 

「この場所は・・・!ベルテーンに言い伝えられている【生命の泉】、その『源泉』の位置と合致する!」

 

「ってことは・・・敵の核はやはり『源泉』の底に隠されてるってことか?」

 

「ベル、お前では倒せなかったのか?」

 

「【炎雷の槍(ファイア・ボルト)】だったらもしかしたら・・・でも、投擲ってことになるし、確実じゃないよ。場所はわかっても細かい位置は見えないし」

 

「ふむ。となると・・・」

 

「タルヴィさんの『毒の結界』とやらが必要ということでしょうか?ちなみに、彼女のレベルは?」

 

「永遠に1だ。」

 

「はい?」

 

黙って見守っていたヴェーラがタルヴィのレベルについて、説明をしていなかったと口を開いて説明する。

曰く、

 

・タルヴィは成長できない。

・血の配合で造り出す弊害で巫女達は必ず『魔法』と一緒に『スキル』を発現させる。

・効果は【成長途絶】。

・タルヴィの能力は一切動かない。【ランクアップ】も無理。

・害にしかならない『レアスキル』。

・故にタルヴィは過剰なまでに守られてきた。

 

とのこと。

 

「では正直者のヴェーラ。仮に、タルヴィちゃんが『ランクアップ』できたらどうかしら?」

「・・・・?」

「その【沼の王】を倒せる?倒せない?」

「そりゃぁ・・・いや、わからねえ・・・。結界の効果範囲が広がれば源泉を『掌握』できる、かもしれねえ。威力が上がれば【沼の王】の組成を狂わせられる、かもしれねえ。」

 

「じゃあ、2段階、『ランクアップ』させましょう。確実性を増すために。国の防護はベルの魔法でしてもらうから大丈夫でしょうし。」

 

「いやいや、まて、『ランクアップ』させるってどういう意味だよ」

 

「春姫の魔法の効果『階位昇華(レベルブースト)』、それとベルは他者の魔法を2つだけ使えば消えてしまうけれど記録できる効果があってそれを使って春姫の魔法を使ってもらうの。それでタルヴィちゃんをLv.3にする。これなら一気に源泉を掌握し奪い返せるんじゃないかしら?」

 

「・・・・・わからねえ、『未知』だ」

 

「そう。なら、やりましょう」

 

ヴェーラが目を見開いて固まり、アストレアが少年と少女に指示を出すと魔法の登録作業を開始。騎士達も慌しく動き回り、することがないタルヴィは輝夜達と静かに茶を啜った。



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沼の王

文章力がなくて処理が雑。


雨が降る、雨が降る、土砂降りの雨が降る。

走る、走る、走る。

暗い路地裏を、人気のない道をただ走る少女が1人。

 

( 一体、何がどうなって・・・ッ!? )

 

違和感を抱いたのは半月前。

疑念に代わったのが1週間前。

疑念が確信に変わったのが数日前。

そして何者かに追われ始めたのが数時間前。

 

一緒に逃げていた仲間はすでに逸れたのか、別の道に逃げたのかわからないがもう傍にはおらず背後からは自分を追って来る何者かの気配だけを強く感じている。

 

 

( 何故!? 何故!? 何故ッ!? )

 

 

中途半端な酔いのせいで確信に至ってしまったがために、こうして彼女は追われている。命を狙われている。

 

『気がついてしまったのなら仕方ない』

そう言わんばかりに。

 

何とか後ろに視線を送っても姿は見えず、けれど確かにいると感じる。

もしも、もしも、もしも―――

 

( あの首を折られて絶命していた派閥の仲間達を殺したのは・・・だとしたら・・・!? )

 

結わえられた白の長髪を振り乱し、深い紫紺の瞳を揺らし、身につけている赤と黒を基調とした戦闘衣(バトル・クロス)は雨のせいで体に張り付いてその肢体のラインをくっきりと表しており、どこか艶かしさを表現していた。それでも、そんなことになりふり構わず、彼女は走る。当てもなく、逃げる。

 

 

「ハァ、ハァ・・・・ハァッ!私達は、いったい、いつから・・・・?」

 

半ば混乱した状態で本拠(ホーム)を飛び出し、寂れた街路から奥へ奥へと出鱈目に。人気はすでになく、自分と謎の気配だけの鬼ごっこ状態。何がなにやら分からず、ここからどうすればいいかわからず、足を石畳に引っ掛け転げた。

 

 

「―――きゃあっ!?」

 

 

足を止めてしまった。

終わりだ。

ここで自分は死ぬのだ。

これもまた、『死妖精(バンシー)』の呪いでしょうか。などと諦めの笑いを落とし、顔を振り上げようとしたところで

 

 

 

全開炎力(アルヴァーナ)ッ!!」

 

 

瞳を焼き尽くすほどの紅蓮の炎が、少女の前方を焼き尽くした。

肺が焼けるような感覚と、雨が降っているにもかかわらず走り続けたせいで息が上がり体温は上がり、降りかかる滴を浴びても冷たくも感じない。それでも、震える体で、その炎を見つめていると後ろから優しく声がかけられた。

 

 

「―――大丈夫、貴方?」

 

 

都市内で魔法の行使など馬鹿なのか、と言える立場ではないしそんな言葉はでなかったがその人物を見て彼女は安心して気を失った。濡れる石畳を枕に体を完全に寝かせてしまった彼女がちゃんと呼吸をしているかを確認して女は抱きかかえた。

 

 

「おいアリーゼ、やりすぎじゃねえのか?」

「何言ってるのよライラ。ここ、歓楽街よ?それも立ち入り禁止の。他に民間人がいるなら、そもそも御用よ、御用」

「いや、そういうことじゃねえよ・・・ああ、まあいい。消火は?」

「そのうち消えるでしょ。」

「まあ・・・この雨なら、消えるが・・・ったく。何だってんだ?」

「さぁ? 正体は見えなかったけど、この子、追われてるみたいだったし。とりあえずこの子を本拠(ホーム)に連れて行くわ。あの炎ならそうそう私達を追っても来れないでしょうし」

「へいへい」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】ッ!!」

 

 

その魔法の展開とともに、冒険者とベルテーンの国の人間たちは動き始めた。

ベルと春姫、そしてタルヴィの3人は源泉へと向かい、その他は沼から湧き出す雑兵達を殲滅する。

 

 

「ベルがいるだけで、モンスターがでてこないのね!不思議っ!!」

「春姫さん!僕、はじめて『気持ち悪い』って言われませんでした!」

「そ、そんなことで喜ばないでくださいまし!?」

 

けれども、【沼の王】がタルヴィを警戒しているのか、沼からは時折タルヴィを狙ってモンスターが産まれてくる。それをベルが槍で薙ぎ払っていく。

 

「本当に私達は3人だけでいいんだよね!?」

「むしろ、あっちから人手を取るのはよくないです。僕達が楽して目的地に行くことができても、あっちは普通にモンスターが湧いてきますから」

 

実際、ベルと共に行動している2人はモンスターとの遭遇率が少なく戦闘も殆どなく順調すぎるくらいに進んでいるが、他の沼からは当然の様に湧き出しているために国の兵士や輝夜やリュー達は総出で被害を抑えるに徹していた。

 

 

「あとは、輝夜さんが【沼の王】そのものは僕1人で倒せるはずだって」

「ほんとに?」

「その、沼から出てくるモンスターが少ない、もしくは僕に反応しないのは僕よりも弱いって証拠で」

「ふむふむ」

「つまりは、一番警戒すべきはその元凶そのものだって。それに、そもそもリューさんと輝夜さんはアストレア様の護衛と僕のお目付けみたいなもので直接動くのは僕だって言ってたから。」

「どうやって倒すの?」

「まずはそれをタルヴィさんに頑張ってもらわないと」

「そ、そうだった」

 

 

話しているうちに辿りついたのは、北の最奥。ウスカリ達の情報で『源泉』があるであろう場所とされているところだった。

沼の中央には、石碑らしきものが見え、瘴気や異臭も含めて今まで通ってきた場所とは違い一番色濃く、そして酷く感じる場所であった。

 

「ここが、源泉でございますか?」

「そうみたい・・・私も、初めて来た・・・ベルテーンが何百年も復活を願っている、奇跡の泉・・・」

「それが、今はこんな有様に・・・」

「・・・・!!・・・来ます!」

 

『――グォオオオオオオオオオオッ!!』

 

それは、今までとは違う図体をしていた。

 

「これが、【沼の王】の本体?」

 

それは、今まで湧き出していたモンスターよりもおぞましかった。

 

「何て巨大で、なんておぞましい・・・!」

「春姫さん、タルヴィさん、僕が時間を稼ぐので詠唱を!」

「はい!・・・・タルヴィ様!」

「うん、やろう、春姫! だけど、ベルは?ベルも詠唱しないといけないんでしょ?」

「大丈夫です、並行詠唱ならもうできますから。春姫さんに合わせます!」

 

自信満々に少年は言うと2人の前に、【沼の王】と対面する形で立ちふさがり槍を構えた。

 

 

「「【大きくなれ。()の力にその器。数多(あまた)の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華(えいが)と幻想を。】」」

 

「【解き放て、血の縛鎖。来たれ、冬の天秤】」

 

『ォオオオオオオオオオッ!!』

 

【沼の主】は魔法に一層の警戒を抱き、触手を、雑兵を生み出して自身を痛めつけてきた魔法(タルヴィ)を狙って襲い掛かる。

 

「「【大きくなれ。神饌(かみ)を食らいしこの体。神に(たま)いしこの光金(こんこう)。】」」

 

それを聖火を灯した槍で一本たりとも逃さず薙ぎ払っていく。

 

「【踊れ、雪の女王!我が真名に従い!】」

(すごい、1人で全部倒してる・・・!)

 

少年の顔は見えないが、恐らくは表情1つ変えずに倒しきっている。それは少女が見る初めての迷宮街(オラリオ)の英雄の姿であったのかもしれない。どれだけの冒険をしてきたのかなど知らない、どれだけの試練があったのかも知らない。けれど、その背中は紛れもなく、英雄だった。

 

( これが所謂、『全部倒してしまっても構わんのだろう?』ってやつよね? )

 

余計なことを考えているのがわかったのか、少年は背中を震わせ少しだけ振り返りタルヴィを睨んだ。

 

「「【(つち)へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を。--大きくなぁれ】」」

 

「【戒めよ、閉ざせ! 楽園の名のもとに!】」

 

生まれては倒され、生まれては倒される。

槍に灯った聖火が【沼の王】にまで引火したのか、動きが鈍っていく。

 

『~~~~~ッ!?』

 

「「【ウチデノコヅチ】ッッ!!」」

 

ここに【沼の王】駆除のための条件が1つ満たされた。

Lv.2であれば、それで十分であったかもしれない。

けれど、Lv.3であったなら、Lv.2よりもより強く確実に【沼の王】から源泉を掌握することができる。より急速に組成を狂わせることができる。

 

 

「【夢想よ――繋げ!! 明日へと至りし千年氷城!】――【ベルテーン・トロイメタイ】!!」

 

 

『ッッ!?』

 

 

奪われていく。

失っていく。

ソレから、力が失われていく。無限の再生力が失われていく。

 

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】!」

 

 

ドボンッ!!と水音を立てて、白い何かが飛び込んだ。

【かつての王】は理解した『逃げなくては』と。

けれど【沼の王】は執着した『この場を奪われて溜まるものか』と。

 

近づいてくる、近づいてくる。

清き炎と共に、白い光が自分に終止符を討ちににやってくる。

 

 

【王】は、せめて周りから触手を集めて外殻としての鎧へと代え、体を肥大化させようと考えた。

 

聖火が邪魔をする。

 

接合しようとするも、炎のせいで自分の行動が今まで以上に落ちていることにようやく気付く。

次に体が、ぐんっと槍に引っ掛けられ、数回の回転の後に泉の上に、更に上に飛ばされる。

 

 

『~~~~~~ッ!?』

 

 

急速に変化する景色。

住み心地の良かった『沼』は、匠の手によって綺麗な『泉』へと作りかえられていた。

真下には炎を携えた白き光―――少年がいた。

 

抵抗――不可能。

避難――不可能。

防御――不可能。

あらゆる全ての行動―――不可能。

 

 

少年は狐人の少女が振り下ろした小型魔剣の雷を槍で受けてそのまま上空の【王】に向かって、投擲した。

 

 

 

「ファイア・ボルトォオオオオオオオッ!!」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

爆発音が、森中に、国中に響き渡る。

それから遅れて、沼のモンスターの数が、確実に減り、ついには生まれなくなった。

 

「倒したのか?」

「先ほどのは、ベルでしょう。」

「おいおい嘘だろ・・・本当にやりやがった・・・お前の眷族は一体何なんだ・・・?」

「秘密」

 

目を見開き固まる兵士達、住人達。

それも次第に歓喜に色を変えていく。

 

「もうあのやかましい、うざってえ声を聞かずに済むのか・・・」

「先人達の、巫女達の仇を取れた・・・いや、我々はここで雑兵の相手をしていたにすぎんが」

「あっちはあの坊主がやるって保護者共が譲らなかったんだ、仕方ねえだろ。それよりお嬢がLv.3だとよ」

「おお、恐ろしい。だがしかし、お陰でベルテーンの真の悲願を遂げられた」

「・・・・違いねえ」

 

ウスカリは戦闘が終わっていることを確認し、すぐに怪我人の確認、治療の指示を出し、住人達もまた戦闘の際に傷ついた建物等の修繕に戻っていく。リダリ、輝夜、リューと女神2柱が源泉まで行ってみれば、仰向けになって浮いている少年と少女達の姿があった。

 

 

「気持ちようございますね・・・タルヴィ様」

「うん、うんっ!・・・まさか、こんなに綺麗だったなんて知らなかったよ・・・!ありがとう、2人とも!」

「・・・・」

「ベル様?」

「ベル?」

「・・・・・」

「眠っておられます」

精神枯渇(マインドダウン)・・・じゃないよね?」

「そうではないかと。」

 

衣服を水浸しに・・・など全く持って考えていないだろう、3人に仕方ないものを見る目で近づいていく面々に、ようやく気がついたのか春姫はベルを抱え、タルヴィと共に陸に上がる。

 

「何で寝てんだよこの兎は」

「疲れたからじゃないかしら?」

「ヴェーラ、私、Lv.3よ!?すごいわ!?もう何も怖くないわ!」

「おい馬鹿、それやめろ!あともう魔法とけてるだろ!」

「うっ!?」

 

タルヴィはどこかから拾い読みでもしたのか、神々の言う『死亡フラグ』を口にしてしまったためにヴェーラにすぐに拳骨を落とされた。

 

「一体どこで拾ってきやがったんだ?」

「ヴェ、ヴェーラが教えてくれたんじゃん」

「アタシは教えてねえよ」

「教えてって言ったら教えてくれたよ?」

「・・・・じゃあアタシだ」

「ほら」

「・・・・・」

 

そんなやり取りを他所に少年の濡れた頭を拭いてやっている女神は、咳払いをして口を挟む。

 

「それでヴェーラ、何か感想は?」

「・・・感想?そりゃアタシに対しての質問か?ならアタシはこう答えるね。・・・・『損した気分だ』」

「そう」

眷族達(アイツら)は自分達で結論を出した。最も、【沼の王】を自分達で倒しきるっていう考えもあったんだろうがそれだと国の守りが薄くなっちまう。まあそれもそこの兎の魔法のせいで?こちとら『難易度イージー』に変えられて戦ってたようなもんだ。今までの苦労はなんだったんだってレベルでだぜ?なにより、思ってたよりも早く【沼の王】がサクっと倒されちまった。文句の言いようがねえ。・・・天に還した子供も・・・もう少し向き合って、見てやるんだった。」

「それは・・・時期というものもあるでしょう?仕方ないわよ」

「・・・そうだな。そうだなぁ」

「さて。輝夜、リュー、春姫、少し休んだら、帰りましょうか」

「は? もう帰るのかよ」

「ええ、帰るわよ?」

 

 

帰りに、また温泉に寄るの!次はもう1件別のところに! と『やることやったし』とっとと帰ろう感をそれはもうアストレアから浮き出ているのだった。




次以降の予定
ローグタウン→クノッソス→深層


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地獄絵図

仮面ライダーはクウガが好きです


 

 

「むぐむぐ・・・それにしても・・・」

「ん? どうした、ベル?」

「アレは大変な戦いだった」

「お前の【沼の王】戦のことか?」

「そっちじゃないよ? リダリさんが『消化不良だ、付き合え』とか言って輝夜さんと戦い始めたことだよ?」

「ああ、あれか。確かに大変な戦いだった」

 

旅館の中に併設されている団子屋にて、少年と黒髪の女は共に団子を食べながら語らっていた。女神とエルフ、狐人は足を休めたいらしく先に部屋へと行ってしまっている。思い返されるは帰る前にまるで『果たし状』でも投げつけてくるかのごとく盲目の剣士が【沼の王】を直接自らの手で倒せなかったことに対する変な消化不良を起こしていたがために起きてしまった戦いだった。盲目の剣士に極東の姫君。少年は眠たい頭ながらも『断るよね?断るんだよね?断るでしょ!?』と思っていたと言うのに、意外にも、あっさりと、『別にいいが』と承諾。【生命の泉】をあちらこちらと走り回り斬った張ったの立ち回りが始まってしまったのだ。

 

「盲目でありながらあそこまでの腕前・・・オラリオにいないのが勿体無い。『リダリ』と言ったか?私はその名を生涯忘れることはないだろう」

「ムッ」

「ん?嫉妬か?」

「別に。イインジャナイデスカ。」

「やめろやめろ、みっともない。格好悪いぞ?ほれほれ私はお前から離れることはないから安心しろ。ほーれ、お前の好きな乳房だぞ?」

「や、やめぇ!?」

 

パクリ。またパクリと串に刺さった団子を食べては茶を啜る2人。

狐人はというとあちらはあちらで何やらタルヴィと友情が芽生えたらしく『冬、遊びに行くから!』と約束をしてしまったらしい。箱入りだった彼女のことだ、そういうのもまた良い縁なのだろうと女神も姉達も微笑ましく思いつつも少年に少しばかり嫉妬心のようなものが芽生えつつあるのを認識してしまった。いや、まぁ、『とられる』ことに対してかなり敏感なところがあるから何ともいえないわけだが。盲目の剣士の話を、いい笑顔で語る姉のことがあまりよく思わなかったのかムスッと膨れてしまっていると姉はそれにすぐに気がついては頬をつつき、胸元を緩めて谷間を見せ付けては『私はお前のものだ』などと言ってからかって来る。

そうして再び、団子をおかわりする。

 

「新たにベルテーンに歴史が刻まれたね」

「そうなのか?」

「あれだけの大立ち回りをしたんだから当然だよ」

「まあ・・・そうか。首の皮1枚の戦いとはまさに、あのことを指すのだろう」

「輝夜さんのがLv上なのに・・・」

「お前に限って言えば、Lv差なんて絶対とは言えんだろう?まあそれでも2つ以上上のやつと戦うのは止めておけ」

「アイズさんとアリーゼさんは?」

「団長はやめておけ。加減できずにお前が治療院送りになるだけだ。剣姫は・・・どうなんだ?」

「僕が適当にリヴェリアさんのところに逃げてる」

「・・・・逃げる事ができるのがそもそもおかしいと思うんだがな」

「?」

「いや、なんでもない。脱線した。で、何の話だった?」

「ほら、リダリさんと輝夜さんの」

「ああ、そうだった」

 

ベルテーンの森、否、元沼を舞台にした大立ち回りの戦い。

時に水面を真っ二つに斬っては水底を走りぶつかり合い、リダリの居合いの間合いに入ったならばそれを輝夜が反射ともいえる速度で相殺する。常人には見えない戦いが、Lv差を感じさせない戦いが、そこにはあった。

 

「いやしかし、お前もアッサリと依頼を片付けたものだから私は誇らしいぞ?」

「僕はあの格好いい輝夜さんが見れて惚れ直したよ?」

「言うな言うな。しかしまあ、あのリダリ・・・盲目という条件でありながら、それを感じさせない実力者に打ち勝ったのだ。お前のその言葉を褒美に貰っておくのも悪くないかもしれないな?」

「頭、撫でる?」

「ああ、撫でろ撫でろ」

「よしよーし。それにしても、リダリさんから繰り出された数々の技には心の底から驚かされたよ。立会いの瞬間から見せたあの移動法『爆縮地』!あれにはびっくりした!」

「団子を2皿頼む」

『はーい!ただいま!』

「技というならば私はアレだな。刀の柄と鞘を使用しての『逆転夢斬』。盲目でありながらこの地で会得したと言うのだから恐ろしい。もし仮に奴がオラリオにいたならばそれこそ剣姫に匹敵するほどではないか?」

「いやいや、それなら輝夜さんの『脱げば脱ぐほど補正が入る』スキルもどうかしてるよ。すごいけど、全裸はやめてね」

「ぶぁーかめ、誰が全裸で戦うか!あと、お前は勘違いをしている!あれは、『装備重量が軽ければ軽いほど』だ。あの時は着ているものが濡れて重たくなっていたから下着になったにすぎん」

「それでも僕は嫌な気分だったよ」

「あー悪かった悪かった」

 

パクリ、パクリ、ごきゅっごきゅっ。

串が皿に転がり、椅子に湯のみが置かれる音が響き、さらに輝夜がそこで『ぜんざい』を2皿追加で注文。盛り上がった話は未だ止まることはなかった。

 

「どういうスキルなの?あれは?」

「あー・・・【剣乱舞闘】。効果はさっきも言ったように『装備重量が軽ければ軽いほど、器用と敏捷に補正』が入るというやつだ。」

「! それでリダリさんの間合いに入っても反射レベルで打ち返せてたの!?」

「ふっ、ようやく理解したか」

「お姉ちゃんすごい!」

「お前の姉は伊達ではないということだ」

 

豊かな胸を張るようにドヤ顔をして弟に『姉の凄さ』を教え込む、ちょっとイイ気分のお姉さんがそこにはいた。少年は目の前の姉に尊敬の念を抱きつつも『昔は男性がいてもお構いなしに下着姿になっていた』という話を聞いていたので、スキルの補正を得るために『全裸で戦う』ようなことがあれば、何が何でもとめてやろうと心に強く誓った。

 

「いやしかし、便利なスキルがあるからと言って油断はしてはならないぞベル?」

「?」

「奴は私よりも格下。が、こうも渡り合えたんだ、下手をすれば負けていたのは私だ。なんて言ったってあの時、奴の攻撃が繰り出された瞬間、私の足元が崩れていなければ危なかったのは私だったのだからな」

「む・・・確かに。決まるかと思った輝夜さんの一太刀を完全に見切ったあの受け太刀に刃取りも圧巻だった。あれかな、目が見えない代わりに耳にその分の力が回ってるとか?」

「恐らくはその類ではないか?お前は目が見えるが・・・いや、比べるものではないなこれは。こちらはスキルであちらは技術だ。それでもあの男剣士の恐ろしさ、確かに味合わせてもらった」

「僕じゃ勝てないなあ・・・」

「お前は技術面では中途半端だからな。仕方ないだろう。 すまない、団子を4皿頼む。あと茶を」

『はーい!』

 

追加がくるまでの間、少年は自然と隣に座る着物姿の姉の膝に体を横に倒して枕にする。それを姉もまた当然の様に受け入れて頭を撫でて話を再開。

 

「何よりもあの盲目が故に完成されたあの奥義。【静謐の太刀】。」

「あれは僕も怖かった。いや、僕が誰よりも怖いと感じた。まさか」

「ああ、そのまさかだ。周囲の音まで斬ってしまうのだからな。周囲から音の一切が消えうせ、まるで景色から『色』まで消えたような錯覚さえ覚えた。そして何より、音が消えたために斬撃を感知できずに本来ならばそこで首を叩っ斬られていたのだろうよ。僅かに水面が揺らいでくれて助かった」

「でもどうして静謐だったのかな?」

「【静寂】だとパクリだと主神に言われたらしい。技名一つ一つでも奴らは必死なのだろうよ、没個性にならないようにな。」

「没個性・・・」

「ほら、追加が来たぞ?食べたら部屋に行って、温泉だ。こっちは混浴はないらしいからな。一人で大丈夫か?」

「ん。平気だよ、壁の向こうにはいるんでしょ?」

「ああ、いる」

「じゃあ、大丈夫」

 

 

ゴジョウノ・輝夜

 

Lv.5

 

<<スキル>>

■【剣乱舞闘(けんらんぶとう)

装備重量が軽ければ軽いほど、器用と敏捷に高域補正。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

( 困った・・・困ってしまった・・・ )

 

女神達と共にやってきて、入り口の暖簾を前にして、『では、また』と言って入ってみれば1人で貸しきり状態。これはまだいいのだ。むしろラッキーだ。髪を洗い、体を洗い、いざ、湯船へと身を沈ませる。髪は勿論、団子状にして湯船で広がらないように。そういえば以前、温泉に入る時は、二礼二拍手一礼をしなくてはいけないのだと輝夜に言ったところきょとんとした顔をして『アホなのかお前は』と言われたなーつまり命さんはそういう人なのかーと、頭の中まで温まりはじめていたその時、チン・・・ならぬ、珍客がやってきてしまったのだ。

 

 

『おや? そこにいるのは、ベル君かい?』

 

『ふぇ?』

 

『フッ、こうして会うのは初めてだったね。我が名はアポロン。よろしく頼むよ』

 

『ベル・クラネル・・・何故貴様がここにいる?』

 

 

それはこっちの台詞だ。

とは言えなかった。神アポロンとは会った覚えがなかったなーなんて思っていたし、けれどそれ以前に

 

『確か・・・ヘラ様に殺されてたんじゃ・・・』

『ああ、飽きたから帰っていった』

 

飽きてしまったらしい。

まあ、仕方ないヨネ!

神だもの!!

 

『とりあえずその・・・目の前で腰に両手をついて立つのを止めてくれませんか。いやなんですその、揺れているものが目の前にあるの』

『フン・・・何を恥ずかしがっている?隠すほどのことか?』

『隠すために僕達は日々、服を着ているんですよ』

『ここは風呂場だ。ならば隠す意味等あるまい』

『目の前で揺らして立つ意味もないでしょう』

 

不服そうにしながらも、アポロンの同行者であり眷族であるところの青年、ヒュアキントスは湯船に浸かった。何故か、少年の正面で。少年は思った。

 

( 広いんだから、別に僕の前である必要ないじゃないか )

 

 

上がる時は壁の向こうから声をかけてくれると言ってくれているし、無心で湯につかっていよう、そうしよう。少年は無心になった・・・・なりたかった。

 

 

「あの、ヒュアキントスさん」

「・・・・なんだ」

「僕、アポロン様に会った覚えがないんですけど、あんな神様でしたっけ?」

「・・・・・アポロン様は日々繰り返される地獄の中、変わってしまわれたのだ。」

「え」

「頭につけていた月桂冠はいつの間にかどこかに落ち」

「え」

「それはまだいい。ご自身で適当に作られていたからな」

「え、いいんだ」

「頭を強く打ってしまわれたのか、髪型をオールバックに変えられてしまい・・・」

「え」

「『俯いては駄目だ。顔を上げるんだ。諦めなければ希望の光は必ず降り注ぐ!』と倒れゆく眷族達に手を差し伸べてくださっていたのだ」

「なんだ、よかったじゃないですか」

「良い訳がないだろう!? 神は不変なのだぞ!?」

「でもほら、『下界に降りた神は毒気が抜けた』とか言うじゃないですか。ロキ様とか天界じゃ酷かったらしいですよ」

「あの神は今でも酷いだろう!?主に酒方面で!!」

「それはまぁ・・・そうかもしれませんけど」

 

そんなにいやなのかなあ?とベルは小首を傾げるも、ヒュアキントスは『これはこれでアリかもしれんが』と、以前の様に戻ってほしいとどことなしに焦っていた。そこにアポロンがアポロンを揺らしながら近づいてきてヒュアキントスの隣に腰かけた。

 

「ベル君。君の活躍はオラリオの外でも聞いているよ。ついこの間買った『月刊オラリオ』では黒いミノタウロスと闘った後にLv.4になったとか」

「待ってください。『月刊』?『月刊』って言いました!?一体いくつあるんですかそれ!?」

「なんだ、オラリオにいて知らんのか貴様は。『日刊』『週間』『月刊』そして確か、定期購読系の『創刊号』があった。何とそちらは、『全シリーズ集めると完成する』というおまけつきだ」

「絶対そのおまけがメインですよ!?買ったんですか!?」

「確か白兎シリーズ・・・7週だったか。買っていたな。創刊号には『頭』がついていた。なんと夜には目が光るというギミック付きだ」

「嫌すぎる!?え、まさかとは思いますけど、等身大だったりしますか!?」

「馬鹿が!! 1/7スケールに決まっているだろう!!考えても見ろ、『今なら女神フレイヤの等身大『頭』がついてくる!』なんて謳い文句、怖くて私なら言えんぞ!!」

「バラバラの神体がさらに怖い!! いやな商売するなあ。ちなみに、誰が書いてるんです?」

「「【ヘルメス・ファミリア】のルルネ・ルーイだ」」

 

少年は夜の星空に向かって、かの派閥の名前を叫んでしまった。

『貴方達、暇なの!?忙しいの!?』と。

日刊から月刊まで書いてたらさすがに内容ダブルでしょ!?と。

案の定、ヒュアキントスが言うには、ダブリまくっていたらしい。なお、お値段は150ヴァリスから。

 

 

「た、高いのか安いのかわからない・・・あの、ちなみにアストレア様のシリーズとか出てませんよね?」

「流石に女神シリーズはこのアポロンを持ってしても聞いたことがない」

「裸体の男神達が謎のポージングをしたシリーズはありましたが」

「需要、あるんですか?」

「神ガネーシャのは魔よけにされていたのを昔、見たぞ?」

「えぇ・・・」

 

 

オラリオに帰ったらアーディさんに聞いてみよ。

『ガネーシャ様のガネーシャ様には魔除け効果があるのか?』と。

まあ聞いたら顔を真っ赤にしてベッドに押し倒されるのが目に見えているので言わないけれど。

とんでもない情報を聞いてしまって驚いていると、また『ガララ・・・』と扉の開く音がして振り返ると、そこには屈強な、(いわお)の武人の影が現れた。

 

 

「「なっ!? ば、馬鹿な!?」」

「へ?ど、どうしたんですか2人とも?」

「貴様、知らないのか!?あれは【猛者】だぞ!?」

「見たことはあると言えばあるけど・・・距離があったし・・・・」

「こ、コホン!ベ、ベベベ、ベル君。以前は君の母の墓を荒らすなどと失礼なことを眷族に言わせて済まなかった。心から謝罪を。だが信じてほしい、決して墓には近づいてはいないと」

「え、あ、はい」

 

 

そんなに怖がることないのに・・・。と思いつつも、そそくさと立ち去ろうとして武人に顎で『そのまま入っていろ』とでも言われたのかアポロンとヒュアキントスは縮こまったまま再び湯に深く浸かる姿を見て少年は、『え、これ、何?地獄かな?』などと思ってしまい、現実から逃げるために星空を眺めていると湯船が揺れ、再び正面に人が。先ほどの武人である。

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 

沈黙。

武人は何を考えているのかは知らないが、少年は若干キレそうだった。

何が楽しくて男のモノを目の前で揺らされる光景を見なくては、視界に入れられなければならないのだ?と。もしも、目の前の武人の裸体に音をつけるならば、『ぷりっ』ではなく『ゴリッ』である。そんなこと武人は全く持って気がついておらず

 

 

「・・・・お前が、ザルドの心残りk」

「目の前で仁王立ちをするなってどいつもこいつも何回言えば気が済むんですかぁああああああっ!?」

「落ち着くんだベル・クラネル!?」

「だ、駄目だ、早まるんじゃあない!!べるきゅん!!」

 

 

女湯の方から、少年の叫び声に驚いて転んでしまった狐人の少女の悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

「ふぅー・・・ふぅー・・・!!」

「・・・・・・」

 

 

武人は静かに腰を下ろした。

 

 

(だから何で僕の正面に座るんだよ・・・・)

 

 

心なしか筋肉に憧れを持っている少年ではあったが、筋肉ダルマの全裸については想定外だったようだ。まるで自分の体が貧相なのではないだろうか?と少しばかり傷つき、けれど、『リューさんだって、アリーゼさん達と比べて自分は貧相な体をしている・・・っていつも言ってるし、似たようなものだよね』などと意味の分からないことを考え筋肉路線は止めようと思い至った。心の中で義母が微笑んだ気がした。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

しかし。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

この武人、一行に喋らないのである!!

少年は心の中で必死に、『ベルー上がるわよー』とコールを出してと壁の向こうに叫んでいた。

けれど未だに彼女たちは彼女達でサウナやらなにやらご堪能中らしく、風呂についてそこまで詳しくない少年にとっては、目の前に座っておいて何も喋らない筋肉ダルマの存在が拷問でしかなかった。しかし、救わぬ神がいるのなら、救う神がいるのもまた事実。

 

 

「オッタル?貴方何をしているのかしら?その子と話がしてみたいと言うから私は先を譲ってあげたのに」

 

それはソプラノの声だった。

それは男湯にあってはならない声だった。

アポロンとヒュアキントスはまるで心臓を『きゅっ』と握られたようにピンッ!と背筋を伸ばした。

 

 

「すいません。フレイヤ様」

「ふふ、恥ずかしがりやなのかしら? 私、さすがに待てないから来ちゃったわよ?偶然とは言え、こんな巡りあわせ・・・接触しないなんて損よ」

「では、自分は先に上がっておきます」

「ええ、そうして頂戴。ああ、アポロンたちもいたのね?」

「や、やぁ・・・フレイヤ・・・」

「貴方達は貴方達で神と眷族(おやこ)で仲良くしていて頂戴?」

 

瞳が怪しく輝いたかと思うと、フレイヤの瞳を見ていたアポロンが急にヒュアキントスの腕をひっつかみ、立たせ

 

「ア、アポロン様!?いかがされましたか!?」

「ヒュアキントス、お前は天井の染みを数えているだけでいいんだ」

「い、いえ、何を仰っているのですか!?天井などありません!あるのは星空です!!」

「ならば星を一つ一つ数えていればいい・・・大丈夫、優しくするさ。私とお前の仲だろう?」

「え、ちょっ、まっ・・・・あっ―――――!!!」

 

少年の目の前で、男神が青年を食い始めた瞬間である。

『仲良くする』って貴方達神はソレしかないの!?と思ったし、『男同士で!?』と混乱したし、少年の心の中のオラリオでは都市の中央に突如、グロテスクな巨塔(バベル)が現れ、その周りを白兎が飛んでおり『なんなのだこれは!?どうすればよいというのだ!?』と大混乱!!その大混乱の刹那、光の中で、ツインテールを揺らす後姿の幼女神が言葉を零したのを思い出した。

 

『いいかい、ベル君。アポロンってやつはね男だろうが女だろうが気に入った子ならホイホイ食っちゃうような奴なんだ。」

 

 

この日、少年に新たなトラウマが生まれた瞬間である。

 

「あら?私はそんなつもりで言ったのではないのだけれど?まあいいわ・・・ちょっとここでは汚れるから、外でやってくれないかしら?」

 

そう言われると、アポロンは魂が抜けたようなヒュアキントスを抱きかかえたまま立ち去っていってしまった。2人きりになれていい気分になったヤヴァイ女神が少年の正面どころかもう密着できちゃう距離で立止まり湯に浸かった。

 

 

「ふふっ、こんなところで会えるなんて偶然もいいものね。そうでしょう、ベル?」

「・・・・・・・・」

「刺激が強かったかしら?大丈夫よ、神と子で子供はできないから」

「・・・・・・・・」

「同性でも子はできないわ」

「・・・・・・・・」

「もうっ、いつもベンチで会った時はお話してくれるじゃない。どうして黙っているのかしら?」

「・・・・僕、美味しくないです。許してください」

「別に私は貴方を取って食べたりしないわよ・・・・食べたいけど

 

フレイヤは半ば逃げようとして仰け反った格好の少年に密着する形で抱きつき、自分の体にもたれさせた。少年はさらに混乱。

 

( アストレア様、アルテミス様、ごめんなさい、僕、もう、死ぬかも・・・ )

 

なんだか外からすんごい殺気さえ感じる気がしたが、それどころではなかった。『飴玉をくれる女神様』と思っていたら、とんでもねえ獣だったのである。

 

 

「ふふっ、ベル、私の体、洗ってくれないかしら?」

「ひっぐ・・・許して・・・許じて・・・」

「泣かないで、怖がらないで。大丈夫、大丈夫よ。アストレアとだってしているのでしょう?」

「そ、それは・・・秘密!!」

「そう・・・・秘密なのね。じゃあ、私とのことも秘密ということにしておきましょう?」

 

救いの神かと思ったのに、とんでもねえ神だ。救いをよこせ!誰か僕を助けて!!と少年は心の中でおおいに叫びまくった。このままではまずい。何がまずいのかわからないけど、とにかくまずい気がしてならなかった。けれど、逃げ場すらないように感じて動けなかった。目の前では自分の胸板で大きな胸をフヨンフヨンと形を変えさせ、優しく微笑む美の女神。

 

ん?美の女神?

 

( 美の女神は ギルティなのでは? いやでもフレイヤ様に何かされたことってないし・・・ )

 

アフロディーテの一件もある。

実はお酒を飲むと、所謂『スナックのママ』的なノリになる感じの神なのかもしれない。だとしたら益々持って吹き飛ばせない。

 

 

( くそっ、アフロディーテ様に出会ってしまったばかりに!! )

 

謎の非難が、アフロディーテを襲い、そのアフロディーテは二日酔いに襲われていた。

どうする?どうする?といつの間にか、湯から上げられ、フレイヤはシャワーのあるほうへ少年の手を引いて歩き、座り、洗うようにお願いをしてきて、少年は『どうしようどうしよう』と涙目になりながら無心で言うことを素直に聞いてしまっていた。その時

 

 

『ベルーそろそろ出るから、貴方もでなさーい。のぼせちゃうわよー』

「!」

 

 

愛しの女神の声が聞こえ、少年はぱぱっとフレイヤの泡をシャワーで洗い流して、頭をぽんぽんとして

 

「えっと、『ばいばい子猫ちゃん』でいいんだっけ・・・・」

 

などと意味不明なことを血走って去っていってしまった。

キョトンとしたフレイヤは『男湯に突撃作戦』を行ったというのにこれで終わってしまって、けれど『子猫ちゃん』と言われて若干嬉しかったのか、なんともいえない表情で数分固まった。少年は碌に水気を拭ききれてもいないのに浴衣を着て外にでて同じく出てきたであろう女神達の姿を見て、浴衣姿の女神に抱きついて咽び泣いた。

 

 

「うえええええええええアズドレア様ぁあああああああああああ」

「え、えぇぇぇぇ!?」

「ベ、ベル様!?びしょ濡れではないですか!?」

「お、男湯で何があった!?」

「ま、まさか襲われた!?」

「はぁ!?」「コンッ!?お、お尻はご無事でございますか!?」

「お、男の、男の人のが、そ、そんな、ああ、有り得ない、あっちゃいけないそんな、リューさんじゃないんだからぁ!?」

「な、何故私!?」

 

 

何が何やらわからず仕舞いで、びしょ濡れで浴衣まで透けてしまっている少年を大慌てで部屋まで運び込み水気を拭き取り、別の浴衣を棚から取り出し大き目のものしかなかったのかそれを着替えさせ落ち着かせながら少年はそれでも女神の胸に顔を埋めるようにしながら『じ、地獄絵図を見ました』だの『筋肉怖い』だの『女の人やばい』だの『やっぱりアストレア様こそ絶対』だのと言い、最後に『フレイヤ様は素敵なお胸をしているのに実は男だったんです』と発言したところでアストレアは真顔になり、少年を輝夜達にあずけ、部屋を立ち去りフレイヤの部屋を見つけ出し、その夜、女神二柱による『枕投げ大会』が行われるのだった。

 

ちなみにベルのお尻の純潔を確認しようとした春姫は輝夜とリューにきつく怒られた。



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ペニア・ファミリア

サブタイトルは特に意味がないときが多いです。


「―――それでこれが【生命の泉】の水ですか」

「はい、報酬でいくつか貰ってきました」

「その報酬を私に?」

「いるかなって思って」

「いえまあ・・・効果は気になりますが。しかしベルさん、貴方自身が報酬として欲しいものとかはなかったのですか?」

「うーん・・・・」

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の団長室にて聖女は冒険者依頼(クエスト)から帰還した少年と話をしていた。机の上には、20本の回復薬(ポーション)用の瓶に入れられた【生命の泉】の水が入っており、少年が言うにはそれを報酬として貰って来たのだという。聖女としては『こちらが何もしていないのにもらうわけにはいかない』のであって、というか、何故少年自身が『報酬として貰いたいもの』を強請らなかったのか?と疑問に思わずにはいられなかった。

 

 

「別に欲しいものって言われてもないですし・・・お金には困ってないし、これから復興する国からお金なんて受け取れないですし・・・」

「・・・・はぁ。そうでした、貴方はそういう方でしたね」

 

 

現在の生活に満足しているのか、『欲しいものがない』『あったとしても強請るほどでもない』というこの少年はいささか無欲すぎではないか?と思わず溜息をつく。しかし、だからと言ってその報酬としてもらったものを何もなしに受け取るわけにもいかないのだ。

 

「こちらが冒険者依頼(クエスト)を行ったわけではないのですから、これはベルさんのものですよ?『はいありがとうございます』と二つ返事で受け取るわけにはいきません」

「いらないなら捨てますけど」

「貰います。もったいないので」

 

 

捨てる!?冗談じゃない!!そんな恐ろしいことをサラっと口にする少年に対して反射レベルで聖女は口を動かし、瓶を受け取った。

 

 

「それで、その水、使えそうですか?」

「・・・・無理ですね」

「え」

「ベルテーンの方々が常飲しなくてはならないというのはわかりますが、それを使って『新薬』等を作れるか?と言われれば無理です。」

「?」

「そもそもが、天然の回復薬(ポーション)のようなものでなのでしょう。回復薬(ポーション)だけならばここオラリオでも作れます。わざわざベルテーンから取り寄せる必要性はありません、むしろ高くつきます。」

「高く」

「ええ、何より、ベルテーンというその特殊な環境下且つ、【生命の泉】のことを世界中に知られるようになればそれを狙おうとする輩は少なからずいることでしょう。奪うためならばそれこそ手段を選ばないというような」

「!」

「つまり、この水の効果を知ったところでベルテーンという国のことを知られたとしても【生命の泉】については、あまり広めるようなことをするべきではありません。その国の方々のためにも」

「なるほど・・・・」

 

【生命の泉】から取った水については貴重な研究資料として受け取っておくことにします。と聖女は瓶を丁寧に箱詰めし、棚へと仕舞う。紅茶を淹れ、再び対面する形で席につき少年にも紅茶を渡して一口。

 

 

「ふぅ・・・・それで、帰りは温泉に行って来たとか。どうでしたか?」

「・・・・思い出させないでください」

「何があったというのです?」

 

 

旅の感想というか、思い出話を聞きたいだけだというのに少年は『帰りの温泉』というワードで一気に紅茶の入ったカップから口を離して『うぷっ』と顔色を悪くした。

 

 

「帰りは、混浴はなかったんです。別にそれはいいんです、壁の向こうから時々声は聞こえてましたし。僕の方は最初は貸切でしたし」

「はぁ・・・」

「そしたら、アポロン様達がやってきて、その次はオッタルさん。そして最後にはフレイ・・・なんでもありません。が来て」

「ん?」

「『そっちはそっちで仲良くしていなさい』って言われたアポロン様は、アポロン様のパラディオンでヒュアキントスさんの城砦を破壊・・・・いやいやいや、そもそも!!」

 

ダンッ!!と少年は耐え切れなくなったのか、聖女に詰め寄るように前のめりになって机に手を叩き付けた。顔が近いが、お構いナシだ。

 

「『仲良く』がどうして、あんなことになるんですか!? 僕、『仲良くなる』のにあんな、あんなド畜生な方法、聞いたことないですよ!? まずはなんやかんやあって、手を繋ぐところからじゃないんですか!?アリーゼさんでもしませんよあんなこと!!」

「貴方は何の話をしているのですか!?」

「神っていう生き物は、あれですか、それこそ『穴があったら入りたい』みたいな感じで突撃しちゃうんですか!?」

「不敬すぎません!?」

「アストレア様があんなだったら僕、全力で阻止しますよ!?」

「今、どの神に対して『あんな』と言ったのですか!?とにかく落ち着きなさい!!」

「ぼ、僕、前まで『優しそうな神様だなー』って思ってたのに!!こんなの裏切りだ!! これだから、美の女神は!!」

「落ち着きなさあああああああああああああいッ!?」

 

2人して、肩で息をして荒くなった呼吸を整える。

アミッドにはわからないことだが、おおよその想像ができてしまったのが自分でも恐ろしかった。アポロンのアポロンがヒュアキントスのヒュアキントスを貫いたのだろう。いや、もう、それはどうでもいいのだ。何故男湯に美の女神がいるのだ。意味が分からん。美の女神はなんでもアリなのか?と思わずにはいられない。しかもこの世の美を詰め込んだ美の女神をあろうことか目の前の少年は『あんな』と表現。治療院に今、かの派閥の眷族は来ていないかヒヤヒヤしてしまった。

 

 

「そ、それで・・・・?」

「えと、軽くトラウマになっちゃって温泉上がりに合流したアストレア様に泣きついてそのことを話したら、フレイヤ様のところに行っちゃって」

「ああ、主神として抗議に」

「なかなか帰ってこないからどうしたのかと思って探しに行ってみたら、部屋の前でオッタルさんが腕を組んで立ってて」

「はぁ」

「『お前の女神は、この中にいる』って。なんですかそれ、口数が少ないにも程がありますよ。貴方がそこにいるんだからそこ以外にどこにいるっていうんですかまた温泉の時みたいに怒鳴られたいんですか。僕知ってるんですよ、今日も治療院に来る前に金髪で死んだ魚みたいな目をしたお姉さんとすれ違った時、そのお姉さんが『今日も猪鍋にしまーす♪』とか言ってたんですよ」

「彼女もまた随分と疲れているみたいですね・・・・・というかベルさん、【猛者】が怖くないんですか?」

「・・・・叔父さんを殺した人」

「うっ・・・・やめましょうか、この話題」

「はい」

「ああ、落ち込まないでください・・・よ、よしよーし」

 

目の前でしゅんっとしてしまう少年を慌てて腕を伸ばして頭を撫でるアミッド。少年の頭には本来あるはずのない垂れた兎の耳まで幻視してしまうほど少年は落ち込んでいた。小声で『いやまあ、仕方ないといえば仕方ないんですけど・・・不殺とか駄目なのかなぁ。駄目なんだろうなぁ筋肉だし』などと呟いている。

 

 

「そ、それで?アストレア様は見つけられたのですか!?」

「あ・・・えと、はい。扉を開けたら、浴衣がはだけてほぼ裸の女神様2柱(ふたり)がいました。」

 

少年が言うには、少年を巡って2柱の女神は【神性枕投げ大会(ただのまくらなげ)】を始めてしまったらしく、浴衣ははだけにはだけ、『少年を取られたくない女神(アストレア)』と『少年が欲しい女神(フレイヤ)』がそれはもうあられもない姿になっていたらしくほぼ裸だというのにフレイヤは腰に手を当て、それが当然の姿とでも言わんばかりと威風堂々とした佇まいでアストレアは布団カバーで器用に見えてはいけない部分をガードしており、さながらどこかの絵画のようであったという。しかし、そんな格好こそ取り繕ってはいるが2柱とも枕が何度も顔に当ったのか真っ赤だし、息も荒く汗が体を伝っていたそうで

 

 

「それで、部屋に備え付けられてたお風呂に一緒に入って綺麗にしてあげたんです。アストレア様、バテちゃってたから」

「普通に一緒に入っているんですね。いえまあ他派閥の事情など私の知ったことではありませんが」

「アミッドさんも入ればいいじゃないですか、ディアンケヒト様と」

「は?」

「いやだからディアンケヒ・・・・」

「は?」

「あの、なんかごめんなさい。・・・・えと、フレイヤ様にも一緒に入りましょって言われたんですけど、外で腕組んで待ってるオッタルさんに『フレイヤ様が一緒に入ろうって言ってますよ』って言ってあげました」

「あなた鬼ですか」

「ヒューマンです」

「うーん」

「それで・・・えと、昨日帰ってきて流石に移動で疲れたから本拠(ホーム)でのんびりして、今日、ここに来たんです。」

「なるほど」

 

 

アミッドが聞いたところでは、何やら冒険者依頼(クエスト)に行ったはずが冒険者依頼(クエスト)以上に疲れて帰ってきてしまったらしい。新たにトラウマまで抱えて。以前までは『筋肉が全てを解決するんです!!』などと言っていたというのに、よほど気に障ったのか『僕、華奢でいいんです。アストレア様もそんな僕のことが好きって言ってくれてますし・・・ははは』なんて言っているほどには興味が失せてしまったらしい。これは喜ばしいことなのか複雑だ。いやまぁ筋肉ダルマになられるよりかはいいんだけれども。

 

 

本拠(ホーム)に帰ったら、アリーゼさんが飛びついてきて昨日は一緒に寝ました。なんだかすごく久しぶりで良い匂いがしました」

「それは・・・よかったですね」

「じゃあ僕、そろそろ帰りますね」

「ええ・・・。お土産、ありがとうございました」

「?」

「【生命の泉】の水のことですよ」

「ああ・・・ほら、えっと、『僕とアミッドさんの仲』じゃないですか」

「別に特別なことはしてないと思いますが」

「でも、治療院の人たちが『団長が男の子と添い寝で昼寝なんて今まで見たことない』って言ってましたよ?」

「・・・・・・お帰りください、またのお越しを」

「アッハイ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「ただいまぁ・・・・・・あ?」

 

治療院から戻った少年は、まだ疲れが残っているのか大きな欠伸をして瞼を擦りながら本拠(ホーム)の中に入り、視界に入った長椅子(カウチ)に座って読書をしていた黒髪の姉の元に行こうとしてファミリアの人数というか、何かがおかしいことに気がついて固まる。

 

 

「ん? どうした、ベル?来ないのか?」

「そうじゃなくて・・・あれ、あれっ?」

 

エルフが1,2・・・3人

 

 

「エルフが増えてる」

「何故でしょう、増えては困るのでしょうか?」

「そ、そうじゃなくて」

「昨日、説明したはずだが?」

「輝夜お姉様、ベル様は昨日、アリーゼ様と入浴後すぐに眠ってしまわれましたよ?」

「・・・・そういえばそうか。おい、そこのエルフ、自己紹介くらいしたらどうでございましょう?」

「・・・・・」

 

自己紹介を促されたエルフは立ち上がり、少年へと向き直る。

少年より長い結わえられた白い長髪。瞳は深い紫紺で、年はベルより2つ3つ上か。

身に着けている戦闘衣(バトル・クロス)は赤と黒を基調としており、一般的なエルフと共通して潔癖さが滲み出ていて、言い換えれば神経質そうなきらいがある。

 

 

「アウラ。・・・・アウラ・モーリエルです。Lv.2で二つ名は【葡萄の杯(クラーテル)】。」

「・・・・・」

「・・・・・何か」

「えと、所属は?二つ名があるなら、所属ファミリアだってありますよね?」

「・・・【ディオニュソス・ファミリア】・・・のはずです」

「『はず』?」

「ベル、そこのエルフの恩恵は現在、神ディオニュソスのものではない。別の神の眷族だ。」

「??」

 

 

その輝夜の補足に、アウラは自身の下唇を噛み、戦闘衣のスカートをぎゅっと握り締めた。

 

「昨日、帰って来たばかりで申し訳がなかったが・・・というか、私も休みたかったのに付き合わされたのだが・・・そこのエルフの恩恵を確認したところペニアという女神のものが浮かんだのだ。しかし当の本人には改宗(コンバージョン)した覚えはないという」

「えっと、つまり?」

「今、目の前にいるエルフは―――」

 

 

 

「【ペニア(ディオニュソス)・ファミリア】ということだ」




次くらいでローグタウン行けたらいいなー


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迷宮の宿場街(ダンジョン・ローグタウン)
ローグタウン


ロキ「エニュオって誰や」
ヘルメス「誰だい?」
ディオニュソス「誰なんだろうね?」
アストレア「・・・・誰なのかしら」


18階層にいる大まかな人物
・リヴィラの愉快な皆さん
・アミッド(迷宮の宿場街にて登場しているため)
・アスフィ
・【タケミカヅチ・ファミリア】
・アリーゼ、ベル




 

 

 

「―――わ、私は確かに【ディオニュソス・ファミリア】だったのです!副団長です!!」

「は、はぁ」

「だというのに、いつの間にか私は【ペニア・ファミリア】にっ!!そもそも、ペニアとは誰ですか!?」

「知りませんよ!?」

「ステイタス更新の直前に、ディオニュソス様と葡萄酒(ワイン)を飲んで・・・・ああぁぁぁ!」

 

 

頭を抱え、『何が一体どうなっている!?』と混乱する目の前の妖精に、少年は『うっわーやっべー』というような何ともいえない顔で見るしかなく、というか、『どうしてステイタスを更新する時にお酒を飲むんだろう、手元が狂ったらどうするんだ』という疑問が浮かび上がって仕方がなかった。

 

「そもそも、どうしてステイタスを更新する時に飲酒なんて・・・・」

「そうだ、それなのです・・・! 今思えばおかしいんです。今までも仲間達が殺される事件があった!『27階層の悪夢』のことではなく、街中でです!!彼女達は首をへし折られていたそうですよ!?」

「ひえっ」

「そんなことが可能なのは、Lv2以上の冒険者・・・だがしかし、我々が他派閥に喧嘩を売ったなどという話も聞いたことがありません!!そしてその葡萄酒を飲んだ後、私はたまたまその時酔いが浅かったために何か違和感を感じて混乱を起こし・・・」

「結果、偶然見回りをしていたアリーゼさんに保護されてここにいる・・・と」

「ええ、その通りです。私は一体どうすれば・・・・いえ、恐らくは私だけではないのでしょう。ああ、考えただけでも気持ちが悪い!!恩恵を偽り、この身を、この心を弄んでいたなどと・・・!!」

「お、落ち着いてくださーい!?」

 

 

両肩を抱き、腕を摩る彼女を必死に少年は宥め、『お風呂沸いたみたいだし、入ってきたらどうですか?』と促し、彼女もまた『そうですね、少し気分を変えてきます』と狐人のメイドに案内されていった。それにすれ違うようにして、ヘトヘトと玄関を開けてアリーゼが帰還した。

 

「た、ただいまぁ・・・」

「お、おかえりなさい、アリーゼさん」

「あぁ~ベルぅ~癒してぇ~」

「むぎゅぅっ!?」

 

アウラと話を終えて、長椅子(カウチ)に、輝夜の隣に座る少年へとアリーゼはダイブ。少年はその豊かな胸に顔を埋め、そのまま押し倒され、輝夜を巻き込んで倒れた。

 

「・・・・重いんだが」

「むーーむーむーーー!!」

「うへぇ~ベルの髪はとっても素敵ね~」

「お、おい!団長!?おいっ!!」

「むー・・・・」

「あれ、ベル?」

「団長・・・とりあえず退いてはいただけませんか?ベルも美女に挟まれてさぞ嬉しいことでございましょうが、もうすぐで天に昇ってしまいますよ?」

「あ、えと・・・すいません」

 

 

漸くアリーゼが離れると少年は目を回しており、輝夜はまだ若干機嫌が悪いのか少年をぽいっとアリーゼへと首根っこを掴んでパス。それを受け取ったアリーゼは申し訳なさそうに少年に膝を提供した。

 

 

「それで?収穫は?」

「うーん、微妙ね。ただ、ダイダロス通りに行ってみたんだけどいなかったわ」

「いない?」

「ええ。ペニア様、『武装したモンスター』の時には出て行けって言っても聞いてくれなかったのに、今じゃダイダロス通りをひっくり返しても出てこないわ。というか、いないのよ」

「では、神ディオニュソスは?」

「それに関してはいたわ、普通に。それで『眷族がまた殺されてしまった。有益な情報があれば教えて欲しい』って言われたわ。とりあえず『何かあれば、伝えるように心に留めておきます』とだけ言っておいたわ」

「確か・・・神ロキ、神ディオニュソスは会合を定期的にしているんでしたっけ?稀に神ヘルメスがいたと聞きましたが」

「ええ、アストレア様も一度誘われたけどベルに止められたらしいわ。正解だったかも」

 

少年の頭を撫でながら、目の前の机に置かれている恐らくは少年のだろうカップに入った紅茶を淹れて口にして言うアリーゼに、もうその光景にも慣れてしまったのか特段咎めることもなく当然の様に会話する輝夜。【アストレア・ファミリア】において、『怪物祭』から始まった一件の黒幕はおおよそ神ディオニュソスであると今回のアウラの件でほぼ確定してしまった。しかし

 

「しかし、だとしたらあの神はわざわざ『嘘』をついて小芝居をしていると?言ってはなんだがあの貴族風な神は、エレボス以下だろう?それに、神ロキにすぐに『エニュオ』だとバレるのでは?」

「私もそれには同意見ね。エレボス・・・・いえ、リオンを泣かせてた時は『エレン』って名乗っていたのかしら?まぁ、あの神様ほどではないと思うわ。」

「では・・・素面(しらふ)ではない、と?」

「私はそう思うわ。あとは・・・そうね、アウラが言っていたのもそうだけど葡萄酒(ワイン)が気になるわ。『武装したモンスター』の一件の時に会った時、ペニア様、手に持ってたし・・・何かある気がするのよ」

「・・・・忍び込むか?」

「難しいわね。輝夜、そういうの得意だっけ?」

「いや、私も無理だ。ベルのスキルをすり抜けて気付かれないようにはできるが・・・侵入となると別だ。」

「ううーん・・・アリーゼさん・・・?」

「あ、起きた?ごめんねぇベル」

 

目が覚めたベルがアリーゼの顔を見ようと仰向けになると、アリーゼは前髪を掻き分け顔を覗かせベルの額に手を優しく置いた。少年は帰って来た姉の顔を見て頬を綻ばせほんのり汗の香りがするが別に嫌悪感などなく、背中に腕を回して抱きついた。

 

「・・・・難しい話?」

「まあ、難しいといえば難しいわね。・・・・ねえ、ベル?」

「ん?」

「貴方の知り合いに、『侵入』とかが得意そうな子っていたりする? あとはお酒に詳しい子とか」

「んー・・・・お酒なら、リリだけどリリはお酒嫌いだって言ってたしなあ・・・・頼めば何とか・・」

「ああ、あの子確か元【ソーマ・ファミリア】だったわね」

「侵入・・・できるのかはわからないけど、命さん、できそう」

「【タケミカヅチ・ファミリア】のあいつか。ふむ・・・あいつなら可能かもしれん」

「じゃあ命ちゃんが引き受けてくれるなら、あの子にもしもがあった時すぐに救援できるように周囲に隠れておく必要があるわね」

「何をするの?」

「ちょっと葡萄酒(ワイン)を盗ってきてほしいのよ」

 

 

□ □ □

 

「い、いただきます・・・」

 

【アストレア・ファミリア】の食卓に、未だ頭の整理がついていない少女が混じっていた。

何なら、都市でそれなりに有名な白兎の浴衣姿に頬を染めてチラチラと見ては『駄目ですこのようなこと!私は他派閥の者・・・いや、私はそもそも誰の眷族ッ!?』と醒めていた怒りの炎が再び燃え上がり、エルフにあるまじき自棄食いに走っていた。

 

「大丈夫かなあの人」

「放っておけベル。お前のこうも無防備な姿を見て興奮しているだけだ」

「そんなに僕って無防備?」

「良いことじゃない、身内なのに警戒されるほうがショックよ。あ、そうだアストレア様」

「・・・なにかしらアリーゼ?」

「彼女は暫く、うちで預かるってことで構わないですよね?」

「それは構わないけれど・・・でも、狙われているのではないの?」

「それに関してはライラに死体を偽造してもらいました。私が彼女を助けた時に魔法を使ったので、それに『巻き込まれた』ということで焼死体を」

「・・・・神に嘘は通じないのよ?」

「たぶん、問題ない気がするんです」

「あの子を新たに眷族にするつもりはないわよ?なんと言うか、合わなさそうだし」

「はい、それで構いません」

 

 

なんだかおっかない話がチラっと聞こえたが、少年は聞こえなかったことにした。

要は保護したエルフさんの身の安全のために、エルフさんには死んだ事になってもらうということらしいのだ。・・・すげぇや【アストレア・ファミリア】そんなことまでできちまうなんて!!

 

 

「ベル、口が汚れているぞ」

「あ、ごめんなさい。」

「いいかベル、あのエルフには手を出すな、いいな?」

「輝夜さんは僕を信用してない・・・?」

「しているが・・・念のためだ」

「僕、そんな節操なし?じゃないよ?」

「ああ、そうだ。お前はそんな男じゃないことくらい、よく知っている。すまない、野暮なことを言ったな」

「お詫びに今日一緒に寝て良い?」

「・・・ああ、いいとも」

 

 

今日は左隣に座っている黒髪の姉とそんな約束をし、頭を撫でられ心地良さそうに瞳を細める。

その光景を見て『あぁ~』となるのは他の姉達で、『っ!?』となるのは居候のエルフの少女だ。

しかし、そんな少女の戸惑いなど知ったことではないのだ。ここは【アストレア・ファミリア】女傑たちのファミリア。一匹の子兎を愛でるファミリア。年季が違うのだ、色々と。

 

 

「それでアストレア様、ディオニュソス様と同郷の神様って知ってますか?聞いて回りたいんですけど」

「あら?彼が怪しいってこと?」

「今のところは。」

「なるほど。ええっとヘスティアやヘファイストス、デメテル、ヘルメス、アポロン、アレス、アルテミスとかかしら・・・?」

「ふむふむ・・・」

「まさか貴方連日動き回るつもり?倒れるわよ?」

「いえ、明日はベルとデートなので」

「あら?そうなの?」

「たまには一緒にダンジョンに行こうと思って。まあとりあえずは無理しない程度に聞いていきます。さすがに、アポロン様とかオラリオにいない神様には聞けませんけど」

「そう。まあ・・・無理しなければ私としては言うことはないわ。」

 

 

■ ■ ■

 

 

「なるほど、それで自分に白羽の矢が立った・・・と」

「ええ、他派閥の子に危険な真似させるのもどうかと思うんだけど・・・何か問題が起きた時は助けるから、手を貸してもらえないかしら」

 

 

それは翌日のこと。

アリーゼとベルはバベル前のベンチで【タケミカヅチ・ファミリア】の一団がやってくるのを待っていた。やってきたところに声をかけ、一団の中の1人、ヤマト・命に【ディオニュソス・ファミリア】にある酒蔵より葡萄酒(ワイン)を数本拝借してほしいと依頼していた。

 

 

「ううむ・・・わかりました、ベル殿には春姫殿の件と温泉の件で借りがあるので、やってみせましょう!」

「いいんですか?本当に?」

「ええ、問題ありませんよ。自分、『忍』ですから」

「! 実在したんですか、シノビ !? 」

「ええ、汚い忍であります!」

「じゃあその、後日、お願いするわ。周囲では私達が隠れているし魔道具も提供するから安心して」

「はい!」

「それじゃ、せっかくだし一緒にダンジョン行きましょうか!」

「おや、今日はお2人はオフだからあの()()殿()()()()()()に座っていたのでは?」

「貴方達を待っていたのよ。貴方達こそ、今日はやけに武装を手入れしてきてるみたいじゃない?」

「アリーゼ殿、今日か明日はゴライアスの再出現ですよ?我々も漸く自分達だけで18階層まで行ける様になったのです!であるならば、階層主戦にも参加したい!」

 

極東の冒険者達はやる気に満ちていた。

少年はふと、『そういえば輝夜さんが命さんたちをシゴキに行って来る』と言って出かけることがあったなーというのを思い出しその成果が今の彼等なのだと思うとやっぱりファミリアの姉はすごいんだなあと感慨にふけっていた。

 

 

■ ■ ■

 

ダンジョン18階層

やはりというべきか、ベルと行動を共にしているお陰で戦闘はなくピクニック感覚で18階層へとあっという間に到達。彼等彼女等はやはりというべきか、『モンスターに無視される』という妙な感覚を何ともいえない顔で味わっていた。

 

 

「ふと思ったのだが、ベル・クラネル聞いてもいいか?」

「? どうしたんですか、桜花さん?」

「お前はこうもモンスターとの遭遇率・・・いや、戦闘数が少ないのなら、経験値(エクセリア)を稼ぐのも難しいのではないか?アドバイザーがいるなら聞いているだろうが『適正レベル』というものもあるはずだ」

「ああ・・・それは、『誘引』でモンスターを呼び寄せて戦うか、適正階層より下を潜ったりとかですね。」

「ちなみに現在の到達階層は?」

「27」

「・・・・・はぁ。」

「桜花さん、どうして溜息を?」

「いや、お前が噂になっていた『階層主に突撃した阿呆』だと今、理解した」

「うっ」

「あらベル、やんちゃね~その前は『モス・ヒュージ』の強化種に突撃したのに」

「はうっ、で、でも!24階層辺りからは僕に気付くモンスターもいるから、こうして安全にはいけないんですよ!?」

「そういうことじゃない」

 

そもそも『モンスターと1対1で戦って勝利する』ではなく『多対1』を当然としているのがおかしいのだ、と桜花は少年に呆れ顔で言う。しかし少年にとってはLv1の頃からこれなのだから仕方がない。仕方がないのだ。

 

一団は、『とりあえず貴方達テント持って来てないなら、宿探すわよ!テントのことを忘れるなんて貴方達もまだまだね!』というアリーゼの発言により恥ずかしながらも宿を探す事にした。

 

ダンジョン18階層【迷宮の楽園(アンダーリゾート)】に存在する冒険者達の街リヴィラ――

『世界で最も美しい「ならず者達の街(ローグタウン)」』とも呼ばれる、この街には絶えず活気と喧騒がこだましていて

 

「あぁん!?ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!?」

「ふざけるも何も、それが今の相場だ。それ以上はビタ一文出せねぇなぁ」

 

血気盛んに、賑わっていた。

 

 

「あー良い子のベルはああいうの見ちゃだめよー、ほら宿探すわよ、宿ーあぁ~良い宿はないかしら~」

「アリーゼさん、何も腕を組まなくても」

「いやー。せっかく久しぶりに2人なんですもの、私だってベルが欲しいわ」

「【タケミカヅチ・ファミリア】の人達もいるから2人きりじゃないですよ?」

「別に、私達はゴライアスを倒しに来たわけじゃないし?いいのよ、その辺は・・・ってあれ?」

「どうしたの?」

「いや、ほら・・・見覚えがある髪だなーって」

 

アリーゼの指差す方向に視線を向けると、見覚えのある水色の髪をした女がおりこちらもまた何か言い争っていた。

 

『ふざけるのもいい加減にしなさいっ!』

『買う気がねーなら帰った帰った。こっちは別に売れなくても構わねーぜ?』

 

「あれ、この声・・・・モールスさん?」

「ボールス、よベル。それだと何処かの暗号?みたいになっちゃうわ」

 

行ってみましょ、と腕を組んだまま連れ歩かれ、言い争っている2人の元へと向かう。

そこにいたのは、リヴィラの頭目であるボールスと、普段とは違った露出が多めな格好のアスフィだった。

 

「どれだけ馬鹿げた値をつける気ですか! 相場の三倍以上でしょう!」

「欲しいやつには高く売る。リヴィラ(ここ)の作法は知ってんだろ?」

「それにしては法外でしょうに!いったい私が何をしたというんですか!」

「何してるんですか、そんなに騒がしくして」

「・・・・ベル・クラネル?それにアリーゼまで」

「おう【夢想兎(トロイメライ)】、水晶飴(クリスタルドロップ)ならねーぞ?って・・・げっ【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】・・・【アストレア・ファミリア】かよ!?な、ななな、何もやましいことはしてねえよ!?なぁ!?」

「リヴィラはとってもいい街です!」

「おい兎! 今はそれ、やめろ!」

「へえ、あんた私のベルに何か教えたわね?」

「ひぃ!?か、勘弁・・・ひいやあああああああああああああ!?」

 

 

哀れな男の悲鳴が、木霊する。

リヴィラは今日も、賑やかだ。




・18階層
・ゴライアス
・人工迷宮
・神






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聖女赤面

深層編の大まかな形は決まっているけども、その階層にどうやって行かせるか悩み。


「―――ありがとうございます、2人とも。お陰で『開錠薬(ステイタス・シーフ)』を入手することができました。」

「まあ・・・貴方達が悪用するとは思わないけど、気をつけてよね」

「『開錠薬(ステイタス・シーフ)』・・・えっと確かー」

 

 

少年が顎に指を当て小首を傾げてなんとか思い出そうとしていると、アリーゼはアスフィから実物を借りてベルの前に見せた。

 

「私達、恩恵を持った冒険者のステイタスを見ることができるのは基本自分の主神のみなの。私達だとアストレア様ね。けど、裏技というか抜け道みたいなのがあってね?それがこの『開錠薬(ステイタス・シーフ)』ってわけよ。ただインクを垂らせばいいってわけじゃないんだけど・・・素材には『神血(イコル)』が使われてる。」

 

「いわゆる『ご禁制』アイテムです」

 

「大丈夫なの?」

 

「あら、アストレア様の部屋にもあるわよ?」

 

「えっ」

 

「じゃなきゃ、今保護している子の恩恵が誰のものか確認できなかったでしょう?」

 

「あっ、そっか」

 

「まぁ・・・非合法だから大っぴらには言えないけどねぇ。悪用しちゃ駄目よベル?」

 

「まず使い方を知らないよ・・・。」

 

「それならそれでいいのよ、ね、シャクティ?」

 

 

先ほどまでいなかったはずの人物の名を聞いて、アスフィ、ベル、ボールスは肩をビクゥッ!!と揺らして振り返った。そこにいたのは、【ガネーシャ・ファミリア】の団員服とも言えるオレンジ色の戦闘衣(バトル・クロス)を身に纏った長身の麗人、そして【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマであった。

 

「ご、ご機嫌麗しゅう?シャ、シャクティ・・・お、おねー、おねーさま」

「何でベルが怯えてるのよ」

「やめろ少年。普通にしてくれ」

「「な、なな、なにもやましいことなんてしてませんよ!?」」

「何であんたら2人がハモるのよ・・・」

 

シャクティに対してやけに怯えるベルに、『違法アイテムのやりとりなんてしてねえよ?』というていをつくろおうとしているも動揺しまくりのボールス。アリーゼはベルに何があったのかつめよると。

 

 

「ま、前にアーディさんのところにお泊りに行った時にその・・・シャクティさんが来て、アーディさんが『あ、お姉ちゃんねこう見えて38歳なんだよ!恩恵ってすごいよね~』っていうのを聞いて思わず『おばさん』って言いかけて殴られ・・・ました・・・」

 

 

ということらしい。

『武装したモンスターの一件』の後、暇をみては泊まりに行っていたらしく妹の様子を見に来ていたシャクティと出くわした際に・・・・と。恩恵を持った冒険者がランクアップすることによる『老化の遅延効果』を初めて知った瞬間だったそうな。

 

 

「それはまぁ・・・どんまいとしか・・・。あっ、ちなみにフィンさんは40代よ?」

「えっ!?」

「レベルの高い冒険者ほど、年齢などあてにならんということを覚えておけ」

「は、はひっ」

 

 

年齢については気をつけようと改めて学習した少年である。

アルフィアにも似たようなことで殴られたことをすっかり忘れていたのである。

 

「『非合法アイテム』のやりとりをしていたように見えたが?」

「気のせいよ、気のせい。ベルに社会勉強させてただけ」

「・・・・・はぁ。そういうことにしておこう」

「それより、どうして貴方がこんなところに?」

「我々もゴライアスの再出現にあわせてこちらに・・・というわけだ」

「ああ、なるほど。」

「お前も参加するのか?」

「いや、流石に過剰戦力でしょ。見てるだけにしておくわ」

「アリーゼさん、そろそろ宿探さないと・・・」

「どこも空きなんてねーぞ?」

「えっ」

 

 

ボールス曰く、どの宿もゴライアス討伐に参加する冒険者達が来ているために空きがないらしくそれを証明するように【タケミカヅチ・ファミリア】の冒険者達がトボトボとどんよりとした空気で合流してくる。さすがに人数が多くなってきたためにシャクティとは別れアスフィとベル、アリーゼ、そして【タケミカヅチ・ファミリア】の団員はどうしたものか・・・と頭を悩ませながら足を動かす。

 

 

「すまない・・・・」

「力及ばず・・・」

「あららー・・・どこか他にないかしら・・・」

「そういえば・・・1つ、『曰く付き』ではありますが」

「何よそれ」

「ほら、『ヴィリーの宿』ですよ」

「ああ・・・・『殺人事件の現場』かぁ。それは確かに曰く付きね。まあいいわ、行ってみましょ」

 

 

何やら不穏な言葉が聞こえた気がして顔を青くする年若い冒険者達を連れて、美女2人はその曰く付きの所謂『事故物件』へと足を進めるのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「そ、そんな・・・ハシャーナさんが死んでたなんて・・・!」

「そしてその後は、『食人花』の怪物がこのリヴィラを襲ったと聞いています」

「ひっく・・・うぅ・・・」

「ベ、ベル・・・何もそこまで泣かなくても・・・」

「だ、だって・・・」

「あんた、面識あるって言ったってオラリオに来た頃の話よ?それで一々泣いてたら身が持たないわよ・・・」

「う・・・」

 

 

暗くなり始めた頃、宿の前で、何が起こったのかの説明をされて泣いてしまう少年とそれを宥める姉の姿がそこにはあった。事件の詳細はさすがに少年にも【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達にもショッキングな内容なため伏せられたが、その事件の直後に『謎のモンスターによる強襲』があったために『ヴィリーの宿』は事故物件扱いされていると聞かされていた。

 

「あ・・・中にアミッドさんがいるから、いってくるね」

「え? あ、うん・・・」

 

瞼をごしごしと擦って、『アミッドがいる』とはっきりと口にして宿の中にそそくさと入っていく少年の背中を見てアリーゼは『ん?あれ、ちょっと待って』と違和感を感じてその後を追った。

 

 

「もしかして客かぁああああああ!?」

「アミッドさぁあああああああん!!」

「え、ベルさん・・・・何故っ!?」

 

 

宿主のヴィリーを無視してアミッドのいる部屋にひょこっと顔を覗かせる少年に、突然顔が出現したことに少しばかり驚いて目を見開くアミッド。ヴィリーは無視されたことを少し悲しく思ったが、彼もまた立派な宿の主である。事故物件扱いされている自分の宿でも客になってくれる可能性があるのならば何としてでも泊めさせたい!逃したくない!そういう思いで涙を飲み込み、営業スマイルを取り繕う。

 

 

「おぉぉーっ! よく来てくれたなぁ、お前らぁ! 事故物件ってことを気にしてんなら、今だけは問題ないからな!」

「【戦場の聖女(デア・セイント)】・・・?驚きました。貴方まで宿場街(リヴィラ)に・・・」

「あっはっは!【戦場の聖女(デア・セイント)】はこの辺りで唯一空いてたウチでリヴィラの臨時治療院を開いてくれてたんだ!」

「臨時治療院?」

「18階層以下の層域へ向かい、怪我を負って戻ってくる冒険者は後を絶たないので・・・せっかくの機会ですから、やらせて頂いています。傷に苦しむ声も少しは減るでしょう。」

「バベルに併設されている治療施設のようなものですね・・・【戦場の聖女(デア・セイント)】直々の治療とは、贅沢にすぎますが・・・」

「アリーゼさん、僕ここでいいよ」

「え、あ、うん。じゃあえっと、泊まるわここに。」

「よっしゃぁあああああっ!!」

 

ヴィリーは歓喜のあまり大声をあげ、スキップしながら店の外まで出て行ってしまう。よほど嬉しかったらしい。

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】に?【夢想兎(トロイメライ)】に?【紅の正花(スカーレットハーネル)】がいりゃあ、事故物件だの、悪霊だの死霊だの、馬鹿馬鹿しくなるぜー!!何より綺麗どころが集まってやがるーひゃっほー!神様仏様兎様だぁー!」

 

狂喜乱舞、宿の前で謎の儀式の如く駆け回る猫人の宿主を他所に、アリーゼは部屋割りを勝手に決めていく。

 

「私とベルは同部屋で、【タケミカヅチ・ファミリア】の貴方達は男女別でいいかしら?」

「ええ、問題ございません!」

「それじゃあ、貴方達が男女に別れて2部屋ずつ、アスフィで1部屋ね。扉があるわけじゃないから、布でも引っ掛けて仕切りにして頂戴」

「あー部屋割りなんだけどよぉー!」

「あんたが外を駆け回っている間に決めちゃったわよ!!」

「あの、アリーゼ?」

「な、なによアスフィ」

「ベル・クラネルが【戦場の聖女(デア・セイント)】の横で眠っているのですが」

「えっ」

 

白銀の長髪の聖女様が腰かけているベッドに、それはもう安らかな顔をして眠る兎がいてアリーゼは頬をピクピクとさせて固まってしまう。宿に入る前といい、何か、そう、何かがおかしいのだ。

 

 

「・・・なんでベルは、アミッドちゃんを()()できるようになってるのよ」

「なんで、と言われましても・・・」

「ま、まさか貴方達・・・・シタの!?」

「何を仰っているのですか!?」

「じゃ、じゃあどうして!?」

「そんなことを仰られても・・・私も知ったのは最近ですし・・・黒歴史まで知られてしまいましたし

「はぁ・・・とりあえず、私も座らせて頂戴」

「ええ、どうぞ」

 

もうすっかり暗くなってしまったので各々が部屋に向かっていった中、アミッドの部屋に何故かアリーゼまで居座っており、けれど特段それを咎めることもなくアミッドは平静とアリーゼからの視線を受け止めていた。

 

「ところで、どうして貴方はこの宿に?臨時の治療院とは言っても、他にもあったんじゃない?」

「・・・・事故の起こった宿を避けるのは験担ぎのようなものでしょうが、それも実害のない呪詛(カース)のようなもの。であれば、私がこの身をもって、そんなものは存在しないと証明したかっただけのこと。」

 

「ちなみに、その服装は?」

「リヴィラに行くと伝えたら団員が用意してくれました。リヴィラで動き回るには、このような格好の方が適していると強く推されて。・・・初耳でしたが」

 

(彼女のそういう格好が見たかっただけなんだろうなぁ・・・)

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】には、こじらせているやつがいる。とアリーゼは確信した。誰かはわからないが、団員の中にいるのは間違いないのだ。全体的に黒な色合いに、短いスカートに長ブーツでふとももが唯一、露出されておりその魅力を引き立てているし胸の部分だけは白い布が使われており、所謂北半球から鎖骨にかけて露出され肌の色がなお一層目立ち胸の大きさがはっきりとする。アリーゼは心の中で『男の子ってこういう、【絶対領域】とかそういうのが好きだったりするのかしら?』と考え、眠っている少年を起こさないように優しく抱き上げてアミッドの膝にその頭を落とした。

 

「あの」

「何?やだ、肌スベスベ」

「何故、私の膝なのですか?ご自身のを提供してあげればよいのでは?」

「その割には嫌がってないじゃない」

「・・・・・・」

「大方、治療院の手伝いに行ったこの子が休憩中眠っていたら、膝を貸したり、添い寝をしたり、背中合わせで座りあったりしていたんでしょう?」

「!?」

 

 

アミッドは戦慄した。

何故何も喋ってはいないのに、こうも当ててしまうのか!?と。

図星である。

そんなこんなをしていたら、いつの間にやら少年はアミッドの心音を把握。特定できるようになってしまっていた。

 

 

「ずばり、恋愛感情はあるのかしら?」

「・・・・いえ、さすがにそこまでは」

「ほーう?」

「・・・・放っておけないと言いますか」

「続けて?」

「彼と初めて会った時から思っていましたが・・・精神面で不安定だと思います。いえ、今でこそ安定してはいますが・・・それでも目を離せない弟のようなものといいますか」

 

 

待ってください、なぜ、私は、少年を膝枕させられながら尋問のようなことをされているのでしょうか・・・?と聖女は焦りに焦った。変な汗が頬を伝い、胸の谷間へと吸い込まれていく。

彼女達は忘れてしまっているが、この宿には扉はない。つまり、ばっちりくっきりしっかりと彼女たちの話は聞かれてしまっているのだ。【タケミカヅチ・ファミリア】の少女達はそれはもうドキドキと胸を高鳴らせながら、そしてアスフィは『え?興味ありませんが?』風に装いながら眼鏡をくいっと直しては聞き耳を立てている。かの【戦場の聖女(デア・セイント)】の恋愛事情かつ最近噂になっている『治療院で聖女がペットを飼い始めた』などという話が嘘か真か、興味津々な乙女たちは必死に息を殺していた!!なお、とうの少年は聖女の膝を枕に眠っているなど知らず無防備にも仰向けになっている。

 

 

「私、ベル好きよ。弟としても男の子としても。」

「そうですか」

「たまに見せる、男の子の顔がいいのよ」

「・・・はぁ」

「貴方はベルのどこが好きなの?」

「・・・素直なところでしょうか」

「ほほう」

「っ! わ、私は何をっ!?アリーゼさん?嵌めましたね!?」

「何のことかしら?あ、ちなみにベルの初恋はアストレア様よ」

「聞いていませんが!?」

「出会った頃のこの子ったら荒れててね~死にかけてアストレア様に怒られて、自分の中でスっきりしちゃったんでしょうね、次の日からアストレア様を見てはおどおどしたり可愛い反応するようになったのよ?」

「当時といえば・・・アリーゼさんもだいぶお疲れだったのでは?」

「そうね!精神的にも見た目的にもボロボロな子に一目惚れするなんて狂気染みてると今にして思うわ!ファミリアの皆に言われたけど無理しすぎたみたいねベルに会うために!でも、私の目に狂いはなかったわ!だって今こうして笑ってくれるんですもの!」

 

 

大抗争が終わり、その後処理を大急ぎで行っていた【アストレア・ファミリア】。結果として『急速に力をつけた派閥』などと言われてはいるが、復興やらを急ピッチで行えるだけの資材の確保やらをしたというだけで力がついたのは結果でしかない。レベル的な意味で強くなったのはアリーゼと輝夜だしその中でもLv6にまで至ったアリーゼはダンジョン探索と都市の復興、巡回と『いつ眠っているの?』と心配される程度には常に動いており最終的にアミッドによってドクターストップがかけられたほどだ。それがちょうどベルに会いに行った時のアリーゼの状態であり、オラリオを離れたことによる『普段見ない光景』もあいまって、拗らせてしまっていた。

 

 

「ベルに出会えたことに後悔はないわ。だって、ベルに出会ってなかったら私達はきっと死んでいるもの」

「それは・・・どういうことですか?」

「んー・・・まあ言えないんだけど、昔ダンジョンで大規模な爆発があったらしくてね。その少し前に冒険者依頼というか情報が来てたのよ。それを、無視したわ。その結果が今よ」

「そういえば昔・・・何やら25階層あたりで階層間を巻き込んだ爆発があったとかなんとか聞いたような・・・」

「そのあたりの詳細は悪いけど教えられないわ。ウラノス様から『知ること事態がタブー』て言われていて、知ってるのは有力派閥の中でもそれこそ一部しか知らないわ」

「幹部ですら知らない方もいると?」

「ええ、いるわ。【ロキ・ファミリア】だと・・・ロキ様を除いたらフィンさん達3人だけじゃないかしら?まぁ、馬鹿な真似する輩を生み出さないためって意味もあるんだけどね」

「なるほど・・・」

「まあ、そんなことはいいのよ」

 

 

少しだかり重い話になりかけたが、アリーゼがパンっと手を叩いて話題を戻す。

自然と表情を変えることもなく仰向けになって眠る少年の頭を撫でる聖女をニヤッとした顔で見て

 

 

「ベルに『好き』って言われたことあるでしょ」

「ブフッ!?」

 

そのアリーゼの質問に、各部屋からゴンッ!と何かをぶつける音が複数。

そこで漸く盗み聞きされているのでは?といぶかしんだアミッドに、『確認してくるから』と立ち上がるアリーゼ。しかし、どいつもこいつも狸寝入りを決め込んでいた。しっかりとベッドに顔を潜らせる者、壁に顔をぶつけたまま器用に寝たふりをしている者、眼鏡をつけたまま胸の上で手を組んでいる者。それを確認したあと、『まぁ・・・いっか』と再びアミッドの横に座る。

 

 

「ベルったらね、朝起きた時に家族がいなくなってたことが相当応えてるみたいでね~私達とオラリオに来る前に一緒に暮らしてる時も眠る時も手を離さないものだから『後悔しないように自分の気持ちはちゃんと伝えなさい』って教えたのよ」

 

「その結果がアレですか!?」

 

アンナ・クレーズの一件の前、豊穣の女主人で食事をしている際にアイズに『アミッドが好きなのか』と聞かれたら、ごくごく普通に『好きですよ?』と答えていたことを思い出し赤面するアミッド。

 

『言わずに気がついたらいなくなってたら嫌じゃないですか』

 

その言葉も追加で言われていたことを思い出すも、だがしかし

 

 

「あれでは勘違いを誘発させるだけですよ!?」

「あら、『好き』か『嫌い』かに2択以外の答えがいるのかしら」

「言い方の問題です!」

「『いい体してるじゃねえか姉ちゃん・・・好きだぜ?』って顎クイされながら言われたい?」

「すいません、今、すごく背筋が震えました。却下で」

「『アミッドお姉ちゃん・・・ぎゅってして?』とかどう?貴方の方が年上なんだし、こう、上目使いされて・・・」

「・・・・待ってください、この話はやめましょう。薮蛇ですよアリーゼさん。」

「そう?私は楽しいわ!」

「おやめください・・・あの、そろそろ眠ったほうがよいのでは?明日らしいですよ、ゴライアスの再出現は」

「あー・・・まぁ、そうね。私は戦うつもりはないけど、そろそろ寝ましょうか。よいしょっと」

 

 

ゴソゴソと当然の様にアミッドのベッドに潜り込むアリーゼ。

そして、掛け布団をずらしてトントンっと手で叩いて『早く入りなさいな』と促してくる。

 

「あの・・・ここ、私の部屋なのですが?」

「いいじゃない、別に。可愛い弟の女事情ぐらい知っておきたいわ」

「彼は別に誰彼構わず手を出すような方ではありませんよ?」

「知ってるわ。だから気になるんじゃない、この子がそこまで心を許してるのが。特定できるほど懐いてる子って少ないのよ?意外と」

「他にはいないと?」

「んー・・・私達ファミリアは除外したら、貴方にアーディでしょ・・・・他、いたかしら?ああ、でも、特定できないから信頼してないとか嫌いってことではないのよ?」

「存じていますよ。アイズさんとも仲がいいようですし」

「まあそういうことだから、3人で寝ましょうよ。」

「はぁ・・・仕方ありません。ベルさんは眠ってしまっていますし」

「そそ、仕方ないの。ほら、ベルを真ん中にして」

 

 

諦め、ベルを真ん中にし決して大きいわけでもないベッドを3人でつめて眠ることになるもアミッドはこの後もアリーゼによる『ベルにどういうことされてみたい?』『キスならこの子、それなりに上手いわよ。だって私達としてるんですもの』『この子の髪、アストレア様こだわりの一品なのよ?』『貴方達2人並ぶと姉弟感あって羨ましいわ』などと赤面させられるのであった。



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教訓

行為なんてありませんとも、ええ。


暖かな温もりと、柔らかな感触、心地よい香りが鼻腔をくすぐり1匹の兎は目を覚ました。

 

 

「ん・・・・?動けない・・・」

 

 

両手両足はどういう訳か動かず、顔は何か柔らかいものに包まれているような感覚。背中にも何か柔らかいものが当たっているような感触に、腕がお腹に回されている。

瞼をゆっくりと開けてみれば、目の前には姉――アリーゼがいて、つまり、アリーゼに抱き枕の様にされて眠っていて腕は背に。足は少年の足に絡めるようにして。胸を顔に押し付けるように眠らされていたのだろうと理解。

 

 

( 全く恥ずかしくないわけじゃないんだよ・・・・? でも良い匂い・・・女の人はみんな良い匂いがするのかな・・・? )

 

 

もぞもぞと動いて何とか抜け出そうとしても、今日は何故か抜け出せず、ただただ姉の胸に頬擦りしているような形になってしまう。シャツ越しのブラと胸の感触を感じ取って、無駄な抵抗だと思ったのか少年はそのまま姉の胸に顔を当てた状態のまま姉の顔を見ようと視線を上に上げる。

 

「んっ・・・ぁっ・・・だめよベル・・・そんなっ・・・」

 

胸を何度か触るような形になってしまったせいか何やら変な声を出していて、その声に思わず顔を赤くする。視線だけでアリーゼの顔を見てみると、艶のある唇が目に入り、次に綺麗な顔して眠って吐息をつく美女の顔がそこにはあり何故か少年の心拍数は跳ね上がった。

 

 

「!?」

 

( い、いつも見慣れてるはずなのに・・・・やっぱりアリーゼさんは綺麗・・・いや、でも、そもそも、どうして )

 

どうしてこんなにも唇が気になってしまうのだろうか・・・?

唇が気になる、触りたい。

そして今度は、顔が触れてしまっている豊かな胸。呼吸とともにそれは上下し顔に伝わってくる。

トクントクン、と鼓動が聞こえてくる。

 

 

『・・・け、ベル』

 

・・・・ん?

 

『行け、ベル』

 

・・・んん?

 

突如頭の奥から響いてきた、懐かしい声。

聞き間違える筈もない・・・今はどこで何をしているのかわからない祖父の声が、何故か今この時、頭へ直接響いてきている。

 

『行くのだ、ベルよ、寝込みを襲えぇーい』

( 返り討ちにされちゃうよ!? )

 

艶のある唇が徐々に近づいてくる。

体は未だ抱き枕として拘束されてしまっているため、思うようには動かない。

寝込みを襲おうが、この目の前で眠っている姉はそれこそ『ベルから来た!』と喜んでむしろ、襲い返してくるであろうことも少年は容易に想像できてしまっている。

 

この感情というか、謎の衝動を少年は知らない。

なんだこれは、なんなのだこれは。いったいどうすればよいというのだ!?

 

『接吻じゃー!』

 

・・・ごくりっ。いつも寝てるときに悪戯してきたりするんだし、いいよね?

 

『―――待て、ベル』

と、そこに。

少年の邪な行動を咎めるように、頭の中で義母の声が響き渡った。

 

『寝込みの娘を襲うなぞ、そんな真似を私が許すと思っているのか? 私はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ』

 

はっ、と少年の心と体が揺れる。

まるでナニカに操られていた心身が正気を取り戻したかのようだった。

 

( そ、そうだよ、いくらいつもアリーゼさん達の方から悪戯してくるからって、僕がしていい道理は・・・! )

 

『嫁の作法を教えてもいない小娘と口付けなどと・・・まったく』

 

(でもお義母さん、どこにもいないじゃん・・・)

 

その少年の一言に、義母はぴくりっと身じろぎし申し訳なさそうに俯く。

嫁の作法云々はよくわからないが、少年は大人しくアリーゼに体を預けるように力を抜こうとする。

 

しかし、義母(暴君)の宣託と祖父(やみ)の囁き声がぶつかり合った。

 

『さぁ今すぐ離れろ、良い子だから――』

『ここから先はぁ、男の意地よぉ~! 男には譲れぬ聖戦があるのよぉぉ!』

『――む。』

『ワシの孫のハーレムライフを邪魔してぬぁるものくぁぁぁぁ!!』

『―――【死ね(ゴスペル)】』

『ぐっほぁあああああ!?』

 

――祖父が負けた。

祖父を圧倒的な力で吹き飛ばした義母は、ハーレム云々については少年に何も言うこともなくどこまでも申し訳なさそうに目線を合わせてはくれず

 

 

「ひっく・・・・ひっぐ・・・・お義母・・・さん・・・っ」

 

 

その居た堪れない義母の姿に、少年は姉の胸に顔を埋めて泣いてしまっていた。

胸にすすり泣く感触が伝わったのか、姉は『んぅ・・・?』と声を漏らして少年が泣いている事に気がつくとそっと背中に回した手で、スリスリと摩ったりトントンと軽く叩いてあやす。

 

 

「―――どうしたの、ベル?」

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・良い子じゃなくてごめんなさい・・・っ」

「ベルは良い子よ? ほら、泣かないで。」

 

何か良くない夢でも見たのだろうか?とアリーゼは心配して、少年の瞼からこぼれる涙を指で掬う。けれど少年の口からでるのは謝罪の言葉ばかりでアリーゼは溜息をついて少年の顔を胸に押し付けた。押し付けて、胸の鼓動を聞かせた。

 

トクン、トクン。

 

「大丈夫よベル・・・・大丈夫だから」

 

トクン、トクン。

 

「ぐすっ・・・・」

「何を見たの?」

「お義母さん・・・目を合わせてくれない・・・僕を見てくれない・・・」

「私達がちゃんと貴方を見てるわ・・・だから、大丈夫よ」

「・・・どこにも、行かないで」

 

ようやく落ち着いてきたのか、もぞもぞと胸から瞳を覗かせる少年に姉は微笑んで頭を撫で額に唇を落とした。

 

「えっ・・・?」

「いやだった?なんか、さっき唇あたりに視線を感じたんだけど?」

「うっ・・・バレてた・・・」

「ベルもそういうお年頃なのかしら?女所帯で暮らしてても、やっぱり溜まる物は溜まったりするのかしら?それとも女の子を意識するようになってきたってことなのかしら?」

「よく、わからない・・・」

「まぁいいわ、それよりベルの背後の女の子にも気付いてあげて頂戴」

「え?」

 

( そういえばお腹に腕が回されてるし、背中に何か柔らかいのが当たっていたような・・・? )

 

少年はグギギ・・・と首をまわし、背後へと視線を向けると何ともいえなさそうな顔でこちらを見つめる聖女様がいた。深紅(ルベライト)紫紺(アメジスト)の瞳が交差し、少年の腹に回されていた腕にぎゅぅぅぅと力が込められた。どうやら少年は美女2人に前後で挟まれ抱き枕にされていたらしい。

 

「い、痛い・・・」

「Lv.2の力が痛いはずがないでしょう」

「痛いですよ・・・あと、何でアミッドさんまで僕に抱きついてるんですか?もしかして、足まで絡めてたのアリーゼさんだけじゃなかったんですか?」

「貴方が私のベッドで眠ったせいで3人で寝るはめになったんです。これくらい我慢なさい」

「僕別に、嫌とは言ってないんですけど」

「・・・・・・」

「ベル、良かったわね。美女2人に抱き枕にされて。こんなの大金つんだって体験できないわ!」

「う、うーん?」

「ベルさん」

「?」

 

未だ抱きしめている腕を放すことなく聖女は抱きついたまま少年に真剣な眼差しを送り、口を開く。

 

 

「貴方の方こそ、勝手にどこか遠くへ行ってしまわぬように」

「?」

「アミッドちゃん、現地妻ってやつ?」

「何を仰っているのかわかりませんが?」

「あらやだ照れちゃって。眠ってるベルの頭を撫でたり髪の毛くるくるしてたの私、知ってるのよ?」

「っ!!」

「よくわからないですけど・・・おはようございます」

「ええ、はい。おはようございますベルさん。」

 

挨拶を終えると、聖女はするっと腕を放し少年から離れて体を起こす。

背中の感触も同じように離れてしまって少年は少し寂しい気持ちが出てしまったが、その気持ちもイマイチ何なのかよくわからなかった。

 

(アストレア様が起きた時にいなかったりするのと同じ・・・?ううん、よくわからないや)

 

少年に背中を向けて髪を梳く聖女の後姿をぼんやりと眺めながら少年は未だに抱きしめて離さない姉に寄りかかる。

 

 

「ベルもそろそろ起きて仕度しましょっか。ほら、髪、やってあげる」

「ん」

 

そう言われて少年もようやく体を起こし、聖女の隣に座りアリーゼによって髪を梳かれていく。白銀の長髪に処女雪のような白の長髪。後姿は姉妹にも姉弟にも見えてアリーゼは少し面白くはなかったが『これはこれでアリ』という気持ちもあったので特段口を開くことなく、手を動かした。とくに髪型をセットするわけでもなく、まっすぐ下ろしただけだが。

 

「ベルさん、魔法の登録は可能ですか?」

「え?・・・1つだけなら可能ですけど」

「では、今のうちに私の魔法を登録しておきましょう」

「えっ、どうしてですか?」

「階層主討伐に宿場街(リヴィラ)総出という不文律があるようでして、ベルさんが直接戦わないにせよ治療師(ヒーラー)なり役割を持っていたほうがいいと思いますよ」

「なるほど・・・じゃあ、えっとお願いします?」

「ええ。まずは唱えればいいのでしたよね?」

「はい」

 

なにやら都市最高の治療師(ヒーラー)の魔法を登録するなどと、とんでもないことをサラっとこの2人はやりとりしているなーとアリーゼは遠い目をしてそれを眺めていた。

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。―――聖想(かみ)の名をもって——私が癒す】――【ディア・フラーテル】」

「【天秤よ】――。できました」

「では、ゴライアス討伐の際、怪我人が出た時は手分けして行いましょう」

「アミッドさんの手伝いをしていればいいですか?」

「はい。ですが、リヴィラの方に助力を頼まれれば戦っていただいて構いません」

「・・・わかりました」

「アンタたち、所謂『友達以上恋人未満』みたいな関係なのね」

「「えっ」」

 

 

寝起きのやりとりを聞かれてしまっているなど露知らず、少年は後ほど極東少女に『ベル殿ベル殿、天然ジゴロだけは駄目ですよ?』と言われたり、益荒男には『背中には気をつけろよ』と言われたりして気まずくなってしまった。

 

■ ■ ■

 

「リヴィラの冒険者に【タケミカヅチ・ファミリア】に・・・【ガネーシャ・ファミリア】。僕達っているのかな?」

「あら、何事も経験よベル。【タケミカヅチ・ファミリア】の子たちだって『ファミリアだけで討伐』はまだ難しいみたいだけど、だからって何もしないわけじゃないわ。こうやって経験をつむのよ」

「アスフィさんは何階層まで行ったんですか?」

企業秘密(ノーコメント)です」

「ベルさんは確か、27でしたか?」

「はい、アイズさんとレフィーヤさんとで」

「ああ、階層主(アンフィスバエナ)に突撃した阿呆とは貴方のことでしたか」

「はうっ」

 

17階層へぞくぞくと集まりだす冒険者とは他所に、集団で固まる少年達。

階層主(アンフィスバエナ)に突撃した阿呆』という情報がどうやら広まってしまっているらしく、美女たちにジト目で見つめられて少年は縮こまっていた。美女達はお仕置きとばかりに指で少年の横腹をつんつんつんつん、とつつきまわし少年はびくっびくっと反応してしまう。

 

「あ、あの!『リヴィラ総出』って言ってましたけど、作戦とかあるんですか?」

 

その空気に、お仕置きに耐え切れず少年は強引にも話題を切り替える。

『リヴィラ総出』とは言うが、どう戦うのだろう?と。

アリーゼはその何気ない質問に、フッと鼻で笑い肩を竦め首を横に振り

 

「ないわ、そんなの」

「え」

「全員が思い思いに攻撃する。それが、ローグタウンの・・・ならず者たちの戦い方ですよ」

「えっ」

「魔導士たち後衛と、前衛の区別くらいはあるでしょうが・・・基本、ここにいる冒険者達は『生き残ること』が優先です。」

「まあ死んだら何もかも終わりだからねぇ」

「確実にできることだけやり、後は逃げる。統制のとれない連中なら、その方が生存確率は高い。」

「シャクティさん?」

「もし討伐失敗しても有力【ファミリア】や、最悪ギルドが強制任務を出して討伐する・・・その程度の認識だ。」

 

後からやってきたシャクティも集団に混じり、少年への説明に補足を入れる。

 

「階層主を早く倒さないと困るけど、直接命に関わる問題でもない。だから適当に無責任でも問題ない!!そういう感じね!いい、ベル?」

「?」

「ダンジョンでは何が起こるかわからない。だから、どうしようもないときは『生き残ること』を優先しなさい。」

「生き残る・・・?」

「そ。誰かを助けるのもいいけど、助けてもその人は貴方のことを身代わりにして自分だけ助かろうとするかもしれないでしょう?だから、問題が起きてしまったときは自分が生き残ることを優先しなさい」

「・・・・・う、うん」

「何度だって言うけど、大事なのは『死なないこと』よ。おっけー?」

「お、おっけー」

「うん!よろしい!」

「ともあれ、今回の討伐でも死傷者を出す気はありません。」

「アミッドさんは使命感がすごいですね?」

「まあこれだけ手練が揃っていれば、問題ないでしょう。第一、ベル・クラネルに魔法を使ってもらえばいいのですし」

「ああ、それ禁止ね。そんなの使ってたら毎回この子、引っ張り出されるじゃない。だから、駄目」

「まあベルさんのは治癒はおまけで、『防壁』をつくるようなものですからね・・・それで経験値を稼げるんですから、確かにこういう場では使わないほうが良いでしょう」

「その経験値も通常よりは下がるけどね、当然だけど。」

 

次第に、ゴゴゴォ・・・と音を立て、壁を破り周囲に岩を転がして階層主ゴライアスが生まれ始めた。

 

「来るぞぉっっ!出てきたら速攻で叩き潰せぇっ!【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】、てめぇも見学じゃなくて働けぇ!」

「え、えぇぇっ!?」

 

『ォオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

過剰戦力を持ってして、ゴライアスの討伐・・・否、蹂躙が始まるのであった。




正史だとモルドさんが『ならず者』の流儀というか、『生き残ること』を教えてますがここではアリーゼさん。普段とは違う団長らしく格好いいその姿にベル君は目を輝かせてます。


乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を展開中の獲得経験値量減少ですが、ウチデノコヅチほどじゃありません。微々たる物です。理由付けとしては、ただ『安全に戦える』ってことは『危険を冒して冒険しているわけじゃないよね?』とも取れるので経験値が少ないってだけです。


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Are We Cool Yet?(俺たちはクールだったろ?)

斬撃、打撃、砲撃、さまざまな音が17階層『嘆きの大壁』で木霊する。

階層主、生まれたばかりの元気なゴライアス君は哀れ、目の前で待ってましたと言わんばかりの冒険者達に蹂躙されるのであった。

 

 

『ォオオオオオオオオオ!?』

 

「「うおらああああああああああっ!!」」

「「ぶっ殺せぇええええええええっ!!」」

 

足の腱を斬られ、膝を突けば顔面にめがけて魔法が放たれる。

連携など取れたものではないが、それでも、だからこそ暴力に任せた『ならず者』達の蹂躙によって巨人は悲鳴を上げる。

 

 

『ォオオオオオオオッ!!』

 

咆哮(ハウル)によって近くにいた冒険者を吹き飛ばし、拳を振り回して魔法を詠唱していた後衛も巻き込んで吹き飛ばして抵抗をするも

 

 

「「【聖想(かみ)の名をもって——私が癒す】――【ディア・フラーテル】」」

 

 

都合2つの回復魔法によって吹き飛ばされた冒険者達は全快し再び突っ込んでくる。

重力の魔法で押しつぶされ、鐘の音が響いたと思えば頭を揺さぶられ、最後には赤い髪の女が眼前に飛び出して

 

 

炎華(アルヴェリア)ッ!!」

 

 

という叫び声と共に大爆発、生まれたての元気なゴライアス君はただの魔石へと変換されるのだった。

 

 

 

 

 

「はい、終わり! 手こずることもなく、サクッと終わったわね!」

「てめぇ【紅の正花(スカーレットハーネル)】!手柄殆どもっていくんじゃねえ!!」

「参加しろって言ったのはそっちでしょう!?それに、私はアミッドちゃんが巻き込まれないようにほとんど攻撃をそらしてただけよ!?」

「くそがっ!」

「今回はLv.3以上の戦力が充実している上に、回復も厚く、危げもなく終わりましたね」

「僕知ってます。ああいうのを『いじめ』って言うんですよ。2週間後にまた泣かされるんです」

「―――ただいま戻りました」

 

 

討伐戦が終わり、何故か揉めているアリーゼとボールスを他所に『今回は戦力に余裕があった』と涼しい顔をしてアスフィが語り、そこに仕事を終えたアミッドが合流する。

 

「あれ、アミッドさん、もういいんですか?」

「はい。今回は被害は少なく、治療もつつがなく終わりました。ベルさんのおかげですね、ありがとうございました」

「僕はアミッドさんの魔法を使っただけですよ?」

「そうでしょうか?【タケミカヅチ・ファミリア】の方の様子を見ては、支援魔法をかけているように見えましたが?」

「あ、あははは・・・・余計なことだったかな?」

「いえ、そんなことはないでしょう。」

「・・・やはり、改めて思うとなんだか、『中層』とか、『下層』まで突破できそうな面子が集まっていますね。ベル・クラネル単身でも問題ないのでは?」

「駄目よアスフィ。ベル単身で深いこまで行かせられないわ」

「アリーゼ・・・何故です?」

 

言い合いが終わったのか、やれやれと歩いて少年の背後に立ち、軽く抱きしめるようにするとアスフィに少年が『単身で深層は無理』という話をする。

 

 

「貴方だって、以前はこの子にゴーグルを作っていたから知っていると思うけど・・・?」

「ですが、スキルである程度の単独行動が可能になった、ゴーグルの必要性がなくなったと聞きましたが?」

「それでも()()()()よ。明るかったら別だけど、暗い場所ならちょっと厳しいと思うわ。」

 

だから1人で行っちゃだめよ?と少年に背後から注意する姉に少年は大人しく頷いた。

アミッドの治療が一通り終わったと言うことは、もう面倒ごとも終わりであり少年は再び18階層に戻るのか地上に帰るのか、とアリーゼに聞いてみたところ

 

 

「ここで戦利品の分配が行われるわ! 待ってて、お姉ちゃんがちゃんと貴方の分も貰ってくるから!」

 

フフン!と親指を立ててアリーゼは再び、ならず者達の元へ駆け出していき戦利品の分配のやりとりに混じり始めた。それを遠くから眺めているとアスフィが歩み寄ってきて『貴方は行かなくてもいいんですか?』と聞いてくる。

 

 

「僕は大したことはしてないですし・・・あんまり、興味が湧かなくって。欲しい人が貰えばいいかなって」

「そうですか。それがあなたの美徳・・・なのだと受け取っておく事にしましょう。」

「?」

「無欲というわけではないのでしょうけど・・・変わっています、貴方は」

「なじられてますか、僕?」

「まさか。冒険者らしくない冒険者というのは、民衆に愛される存在だ。それこそ、『英雄』のようにな。」

 

話にまじってきたシャクティの言葉に少年は喜ぶべきなのかよくわからなかった。

『貴方が嫌でも貴方に助けられた人は貴方のことを『英雄』と呼ぶわ』などと以前言われたことを思い出したが、少年はそれを喜んでいいのか、わからなかった。

 

「『英雄』・・・・」

「貴方は、『英雄』になりたいとは思わないのですか?貴方ほどの年の子であれば、夢見ていてもおかしくはないと思いますが。何より貴方にはそれだけの力があるでしょう」

「・・・・僕は――」

「ほい、ベル、分け前もらってきたわよ!」

「ひゃぅっ!?」

「何変な声出してるのよ」

「だ、だって、急に耳に息かけるからっ!?」

 

分け前を貰って来たと戻ってきたアリーゼは少年の耳に息を吹きかけ、ケラケラと笑い報酬を見せ付けてくる。『回復魔法まで使わせたんだからちゃんと出しなさい』とそれはもう勝ち取ってきたらしい。

 

「・・・こんなに貰っていいの?」

「いいのよ」

「でも・・・僕ほとんど戦ってないのに」

「いい、ベル? 『ならず者の街(かれら)』には『ならず者の街(かれら)』なりの規律があるの。街の恩恵を受けるなら、それを受け入れる柔軟さは必要よ?」

「?」

「こんな無法地帯だからこそ、『実力』と『実績』は肝要。ならず者達の物差しは単純で、それでいて重いの。」

「共に治療魔法を使っていた私が見ても、ベルさんはそれだけの報酬を受け取る権利はあるかと」

「だから、胸を張って受け取りなさい。貴方も今や立派な冒険者なんだから」

 

ふふん!決まった!!と豊かな胸を張る姉から顔を普段見ないアミッドの笑顔も相まって、顔をほんのり赤くして報酬を受け取った少年は少し微笑んで『帰ったらアストレア様と美味しいもの食べに行こう』と誓った。

 

「アリーゼさんはやっぱり格好いいね」

「ふふん、あったりまえよ! 清く、正しく、美しい!それが【アストレア・ファミリア】の団長にして貴方の姉なんだから!それよりベル、汗かいたし水浴びしていきましょ。行くでしょ?」

「うん、行く」

「よしっ決まりね!アミッドちゃんもどう?」

「え、私・・・ですか?」

「ベルと一緒ならまずモンスターに襲われることはないわよ?」

「ならベルさんには見張りを」

「そんなの可哀想じゃない。」

「いえ、その・・・私は結構です」

「アリーゼさん、アミッドさんのこと気になるの?」

「んー・・・ベルは気にならないの?」

「?」

 

なにやらアリーゼがアミッドを引き込もうとしているが、少年はアミッドが困っているようにしか見えないために『やめてあげてよ』と説得。アリーゼはしぶしぶ、『じゃあアミッドちゃんが入ってる時はベルに見張りをお願いするわ』と引き下がった。

 

 

 

「―――た、大変だぁ!!」

 

 

とそこに、大慌てで1人のリヴィラの住人が走ってきた。

なんだ、なんだ?どうしやがった?とざわざわとならず者達がどよめいていると住人の男は息を荒げて声を上げた。

 

 

「街に、モンスターが! か、下層から上がってきやがったぁ!」

 

「なんだと!?リヴィラが攻め込まれてんのか!?」

 

「いけません。今、リヴィラの冒険者は、ほとんどこちらに・・・」

 

異常事態(イレギュラー)?」

 

「ベル、行くわよ! ゴライアスより、こっちのが貴方の分野でしょう!?」

 

「う、うん!わかった!アミッドさん、報酬(これ)預かっててください!」

 

 

下層から上がってきたというモンスターを討伐するため、誰よりもいち早くアリーゼが駆け出し、ベルもまたアリーゼから受け取った報酬をアミッドに預けて駆け出していく。それに遅れて他のならず者達もリヴィラへと戻っていった。

 

「てめぇ等ぁ!!あの2人だけにいい格好させんじゃねえぞぉ!!」

「「おおおおおおおおおおおおっ!!」」

 

 

「ベル、街が壊れるのは気にしなくていいわ!」

「えっ?」

「冒険者が生きていれば、何百回だってならず者達の街(ここ)は生き返る!今までだってそう!視界に入ったモンスターを討伐することだけを考えなさい!」

「―――わかった!」

「魔法もじゃんじゃん使っちゃっていいわ!」

「うん!―――【福音(ゴスペル)】!!」

 

■ ■ ■

 

 

「いやぁー・・・すげぇな、【夢想兎(トロイメライ)】。実際戦ってるところ見るの俺初めてなんだけどよ、すげぇわ本当にLv.4か?」

「ほ、本当ですよ?ヴィリーさん?」

「魔法もそうだけどよ、ナイフに槍に・・・誰に戦い方を教えてもらったんだ?」

「アリーゼさん達ですけど・・・」

 

下層からモンスターが上がってくるという異常事態(イレギュラー)をベルとアリーゼが殆ど片付けた後、アミッドとアリーゼは少し怪我人がいないか見てくると出て行き、ベルはヴィリーの宿で壊れたところはないか?とヴィリーと一緒に後片付けをしていた。街に被害は勿論出てはいるが、ならず者達は特段『てめぇの魔法が原因だぁ!』などと責めてくるわけでもなく、『ああいいっていいって、簡易な造りだし、すぐ直るし』といわれるだけでむしろそのベルの戦いぶりにますます一目置かれてしまっていた。

 

「やっぱ強い奴がいる派閥は違うなぁ・・・」

「そんなにですか?」

「ああ!【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】なんてよ、数年前から急に強くなって・・・あ、いや、団員自体も強くなってるんだけどな?1人だけ群を抜いててよ一時期『インチキ』をしてるんじゃないか?って疑われてたくらいなんだぜ?けどまぁ、大抗争で【ヘラ・ファミリア】のやつを倒したんだ、お前の派閥の奴等はすげぇよ・・・」

「・・・・・僕、ちょっと歩いてきます」

「お、おう。魔法使いまくってたんだ、無理すんじゃねーぞー」

 

 

( ヴィリーさんに悪気はない。むしろ、僕がその大抗争で敵だった人の身内だなんて知らない人だっているんだし、これは仕方ないことなんだ。 )

 

宿主のヴィリーは目を輝かせて【アストレア・ファミリア】の姉達が凄いと絶賛してくれてはいるが、少年としてはイマイチ複雑だった。大抗争で戦った相手こそが、自分の身内であるわけで、けれどその事について『アリーゼ達を憎んでいるか?』と言われれば答えは『No』だ。

 

 

( だって、そもそもは黒い神様が2人を連れて行ったことが原因なんだし・・・アリーゼさん達が戦わなかったらもっと酷い事になってたわけで・・・)

 

自分を今、受け入れてくれていることがそもそも不思議なことだと言うのに今の家族を悪くは言えない。何も知らない人達からしてみれば、少年はやはり『人殺しの子』であるし、それを全て知った上で受け入れてくれたのが【アストレア・ファミリア】だ。出会った頃に何か酷いことを言ったような気もするがそれは既に少年は忘れてしまっているし、姉達からも『無理に思い出す必要はない。言葉にもならない罵声でしかなかったのだから』と言われている。けれど、こう他人の口から『お前の英雄(義母)を殺した奴等はすげぇよ』というようなことを聞くのは、受け入れがたかった。だから、逃げた。

 

( 僕はアストレア様やアリーゼさん達が好き?―――イエス。 )

 

( 今の生活に、不満はある? ―――ノー。 )

 

( オラリオに来た事に後悔している? ―――ノー。 )

 

( 僕は、満たされている? ―――無回答。 )

 

( 少なくとも、寒くはない。だけど、ふとしたときに胸にぽっかり穴が空いたような感覚を思い出してしまう。決まって今みたいにアリーゼさん達と離れてる時。そう言うときに見る夢の中のお義母さんはいつだって僕と目を合わせてくれない )

 

 

トボトボと後片付けをしているならず者達を他所に自問自答しながら歩く少年。

時折声をかけられて、『お前、顔色悪いぞ。ほれ、ポーションやるからちゃんと休みやがれ。金?何言ってんだ、お前のおかげでこんだけ早く後片付けできんだ。いらねえよ』などと言われてポーションやら、果物やらを投げ渡される。そして、ちょうど座れそうなところを見つけて、腰を下ろして果物を齧る。

 

 

( ・・・僕は、寂しい? ―――イエス。 )

 

 

人ごみの中に、『もしかしたら』を願ってしまう少年。

そういうとき、決まって少年は1人だった。結局はごまかしでしかないのかもしれない。姉達や女神に不満はないし、好きであることは事実だ。それが家族としても異性としても。いつからそういう風に見るようになったのかは知らないが、『後悔しないように自分の気持ちは伝えなさい』と教えられてからは『好き』ならそう言う様にしているし、姉達にそれを言えば大いに喜ばれた。そして姉達の喜ぶ顔が少年は何より嬉しかった。ハーレムなどと義母が知れば怒り心頭であること間違いなしだが、それでも今の生活を手放すことなど考えられなかった。満たされている、満たされているはずだ。だというのに、何故、『寂しい』などと思ってしまうのかが、少年にはわからなかった。

 

 

「―――隣、いいかな?」

「?」

 

 

終わらない自問自答に、思考の海に沈んでいるとふと、隣から男が声をかけて腰を下ろしてきた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「それで、アミッドちゃん。話っていうのは?」

「ベルさんについてです」

「愛人枠ならいいわよ?」

「・・・・そういうことではありません」

「ごめんごめん、謝るからそんな怖い顔しないで。」

 

 

少年とは別で、アミッドとアリーゼは人気のない水辺に腰を下ろしていた。

発端はアミッドから少年について、少年を前にしてはしにくい話だから、と。

 

「それで? ベルに何か病気でも?アルフィア・・・あの子のお義母さんと同じ持病がでたとか?」

「いえ、それはありません。遺伝云々であれば可能性はゼロではありませんが、少なくともベルさんは健康そのものです」

「そう」

()()()には」

「?」

「アリーゼさん。ベルさんの心は、どうなっているのですか?何故、ああも安定しないのですか?」

 

 

それは少年の精神的な問題について。

治療院に手伝いに来ている時も、アミッドは少年から目を離すことは殆どしなかった。

 

「完全に1人にすると、どこか遠いところを見ていることもあります。何より、仮眠している際うなされている時もあります。」

「・・・・」

「いつから、ですか?」

「いつからって話なら・・・であった頃からかしら。」

「放置していたと?」

「むしろ、私達にどう直せって言うのよ。心の問題よ?私達があの子の心を満たしてあげたところで、それは一時しのぎでしかないわ。そもそもの原因を取り払うこともできないんだから」

「原因?」

 

アミッドは聞いていた。休憩中に眠っている少年がうなされていると団員達から聞いたときに行って見れば『ごめんなさい』『置いていかないで』『1人にしないで』などと言っているのを。だから、というわけではないが仮眠も一緒にとるようにした。まさか少年と一緒に寝ると快眠効果があるとは思いもしなかったが、すっかり虜になってしまっている自分がいる気がしたが、一緒にいれば少なくとも少年がうなされることはなかった。だからそうした。しかし、付き合いの短い彼女ではそもそもの『原因』がわからないため治療してやることができなかった。だから、問い詰めるしかないと思ったのだ。

 

 

「原因は・・・そうね、()()()()よ。」

「・・・・はい?」

「あの子が家族を奪われてから見るようになった幻覚の名前。というより、当時のベルにはその神様は夜ってこともあって、よく見えてなかったみたいなのよ。だから『黒い神様』。」

「それで、その黒い神様とは?」

「あの子から2人の英雄を奪っていった、あの時代を生きた人ならまず知らない人はいないでしょうね。・・・・エレボス様よ」

「!」

「あの子は2人を失って、私達と出会って心を開いてからもずっと見てるわ。暗い場所に立っているって」

「で、ですが・・・スキルが発現して1人で活動できると・・・」

「そんなの、誤魔化しでしかないわよ。それで治るなら苦労しないわ」

 

Lv.4になって発現したスキル。

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動起動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与(魔力消費)。

・魔法に浄化効果付随。

 

それのおかげで、1人での活動が以前よりもしやすくなったとアミッドは聞いていたがそれは根本的な治療がなされたわけではない。誤魔化しでしかないのだ。

 

聖火巡礼(スキル)はあの子の意思とは関係なく、自動で起動するわ。特に『復讐者(シャトー・ディフ)』を使ってるときなんかは、使ったとほぼ同時に起動するわ。たぶん、イメージとしてはヘスティア様がベルの背中を道に迷わないように押してるんじゃないかしら?」

 

復讐者(シャトー・ディフ)が、エレボスであるとするならば聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)はエレボスから守ろうとするヘスティアの抵抗だ。『ふんぬぉおおおおお!?』と踏ん張っているツインテールの姿を思い浮かぶが、拮抗させることで浄化効果によって少年の復讐者(シャトー・ディフ)の負担を減らしている。

 

 

「実際、あの子に聖火巡礼(スキル)の効果がどうだったか聞いてみたら『ヘスティア様とアストレア様が傍にいるように感じる』って言ってたわ。これが1人でもある程度活動できる理由。」

「誤魔化し・・・では、ベルさんはずっとあのままだと?」

「それはわからないわ。あの子の心は、結局のところあの子自身が決着をつけなくちゃいけないことなんだから。」

「決着・・・」

「ねぇ、アミッドちゃん?」

「?」

「復讐相手がすでにこの世にいない場合、その子はどうすればいいのかしら」

「・・・・・」

「モンスターなら簡単よね。討伐することをむしろ望まれているんだから。けれど、じゃあ、神様だった場合は?」

「っ」

「無理よ。できない。おまけにあの子は小さい頃にエレボス様の神威に少なからず()てられてしまってる。私達が神威を受けても、『うっ』って仰け反ったり萎縮してしまうだけかもしれないけど、小さい子供には人格とかに影響がでたっておかしくはないわ」

「それがベルさんの場合・・・『黒い神様』だと?」

「恐らくね。」

 

都市最高の治療師(ヒーラー)である自分でさえも、少年の心の部分だけは治せないとアミッドは唇を噛み締める。それと同時にもう既に少年の決着をつけるべき相手もこの世にいないことはつまり、これからも少年が苦しみ続けることになるのだと思い知らされる。彼女達がどう頑張ろうが、それは所詮、『その程度』でしかなく根本的な解決には至らないのだから。そんなアミッドにアリーゼは歩み寄り、両手を包み込むようにして自分の胸元に持ってきて微笑んだ。

 

 

「?」

「あの子が懐いてるんですもの。信頼するわ。だから、もし・・・私達に何かあった時とか、あの子の身に何かあったときは、あの子の力になってあげて欲しいの」

「・・・・・お断りします」

 

アリーゼは微笑み、『あの子をお願い』などと言ってきたが、それをアミッドは即答ではないが断った。その言い方は、何より少年が嫌いなことだと【アストレア・ファミリア】ほど付き合いが長いわけでもないが理解してしまったから。

 

 

「その、『今後、私達は死ぬかもしれない、だからあの子をお願い』などと死を前提とした物言いをするのであればお受けできません。ええ、お断りします。冗談じゃありません」

「そ、それは・・・でも、私達は冒険者よ?今だって闇派閥と戦ってる。今後も無事だなんて保証はないのよ?」

「だからなんだと言うんです。貴方達がすべきことは、ベルさんといつもの様に食卓を囲み、笑いあうことではないのですか?私にこれ以上壊れたベルさんの面倒を見ろなどと・・・冗談にもほどがあります。」

「う・・・」

「だから・・・・」

「?」

「だから、ちゃんと生きてください。ベルさんのこと、好きなのでしょう?」

「・・・・あはは、言われちゃったなぁ。うん、わかった、わかったわ!私は死なないわ!」

「ええ、それでこそです。さ、そろそろベルさんの元に戻りましょう」

「そうね、あんまり1人にするとあの子、泣いちゃうもの。あ、それよりやっぱり一緒に水浴びしない?」

「お戯れを」

「えぇ~」

 

2人で少年の元に戻ろうとして、アミッドは忘れていたことを思い出して立止まる。アリーゼもまた振り返って立止まる。アミッドは相変わらず真面目な顔でアリーゼに言う。

 

 

「ベルさんのお義母様のお墓が・・・墓石がズレていたことがありました。」

「?」

「調べたほうがよいかと」

「・・・・そうね、わかったわ、調べてみる。ベルにそのことは?」

「伝えていません。ズレていることに気がついたのはベルさんですが・・・その時は『誰かが不注意でぶつけただけ』だと伝えました」

「そう・・・ありがとう」

 

 

後日、アルフィアの墓は遺骨どころか空っぽになっていることが発覚する。

 

■ ■ ■

 

 

ガリガリ、ガリガリ。

作業をしているならず者達を他所に、少年の隣に腰かけた全身ローブの男は『なんか良い感じの棒』を拾って土に落書きをしていく。それは、巨大な竜に、それを取り巻く6人の乙女。乙女達はみな目を瞑りながら両手を組んでおり、一見祈り子のようにも見える。

 

 

「古ーい文献なんかではさ、1000年以上も前の『古代』に辺境の地ではダンジョンから地上に進出したモンスターを鎮めるため、女子供を生贄に捧げる儀式があったらしいんだよね」

 

少年は、隣の男の顔を見るわけでもなく足元に広げられる絵画をぼんやりと見つめていた。

 

 

( 木の棒でよくこんな繊細に描けるなぁ )

 

 

「ああ、ちなみにこの竜の名前は、『ニーズホッグ』って言うんだってさ」

「バハムートとかは描けないんですか?」

「あー・・・あいつシリーズごとにデザイン違うからちょっと無理だねぇ」

「シリーズ?」

「ん?あ、いや、こっちの話。」

 

ガリガリ、ガリガリ。

 

 

「『陸の王者(ベヒーモス)』、『海の覇王(リヴァイアサン)』、そして『隻眼の竜』・・・『三大冒険者依頼(クエスト)』の目標、黒竜達が出てくるまで、地上を恐怖のドン底に陥れていた化物、それが『ニーズホッグ』ね」

 

「詳しいんですか?」

 

「まぁ、俺、エンターテイナーだからさ。一応、目は通しているよ。それより、こんなところで悩み事かい?歳若い男の子がさ」

 

「悩みなんて、人それぞれ沢山ありますよ。ただ単に、自分はちゃんと満たされているのかって暗くなっていただけです」

 

「それはごもっとも。若いのにまた重たい悩みをしているんだねえ」

 

「別にたいした悩みじゃないです」

 

「だけどこんなお天気の下で悩みこむのは穏やかじゃないと俺は思うよ」

 

「・・・・ダンジョンに天気なんて関係ないですけど、はい、そうですね」

 

 

男は絵を描くのに飽きたのか、棒を放り投げて天井に広がる巨大な水晶群を見つめるように体の背筋を伸ばす。

 

「――待ち人かい?」

 

「どうでしょう」

 

「なんだい、わからないのかい?」

 

「待ってても、いないのはわかってますし。」

 

「へぇ、俺もちょっと人を待ってるんだよね」

 

「大事な人なんですか?」

 

「ある意味ではそうかもしれないね」

 

「大事じゃないときがあるんですか?」

 

「ふふ、そういうわけじゃないよ。ただ、俺も1人だけに目をかけているわけじゃないからさ」

 

 

どうやら、隣にいる男も待ち人をまっているらしく少年は隣の人物の顔を見ることもなく相変わらず足元の絵をぼんやりと見つめていた。

 

 

「その昔、オラリオをめちゃくちゃにした勢力があったんだ」

「?」

「それらを率いている神のことを『邪神』って言うんだけどさ、その連中にも色々いたんだよ。単純に退屈を嫌った神、秩序が大っ嫌いで混沌を謳っていた神、英雄のために必要悪になろうとした神・・・弁明もしようもない屑は勿論いたけど、みんなが思ってるほど愉快犯や快楽主義者ってわけじゃなかったのよ」

 

うすら笑うように男は、昔話をする。

それも神の話を。

何故そんな話をするのか、と首を傾げるも男は一人語りをやめはしなかった。

 

「神はそれぞれ司る事物ってのがあってね、『豊穣』『愛』『美』『正義』『医療』『炉』『死』・・・まぁいろいろさ。けれど事物があるからっていってその事物が同じ神同士が全員同じ性格か?と言われれば違う。下界に降りてきたことで天界時代の毒気が抜けて・・・って神ももちろんいるしね。で、1柱の『死』を司る神は天界じゃあ真面目なやつで通ってたんだ。」

 

「?」

 

「天に還る子供達の『魂』を管理して、漂白して、それで再び生まれ変わらせて・・・仕事神様(ワーカーホリック)ってやつ」

 

「下界の住人の、『転生』を担っていたってことですか?」

 

「そ。どろどろになって還ってくる『魂』が、赤ん坊みたいに漂白されていく光景・・・その『死』の神様は好きだったんだ。けどその神様は思っちゃったんだ」

 

「『昔はよかった。どんどん子供達が死んで、オレも働けて』」

 

「・・・・・」

 

「でも今は違う。オラリオがモンスターを・・・ダンジョンを封じたから」

 

その神の言う『昔』が『古代』を指していることをベルはすぐに察した。

モンスターの地上進出によって多くのヒューマンと亜人が虐殺され、人類と怪物の因縁を決定付けた、繰り返してはならない恐怖と闘争の時代。

 

「地上を暴れまわるモンスターが・・・自分達の領分を越えてやってきた怪物の方が正しくないのはわかってるんだけどさぁ、うん、彼はあの()()()()に戻ってほしいわけ」

 

「良き時代・・・そんなこと、ない・・・!」

 

「けど今の下界は『生』が溢れすぎている。なまじ『神の恩恵(ファルナ)』なんてモノももたらされてしまったから。生と死は表裏だよ。還ってくるものがなければ巡るものも巡らない」

 

気分を不快にさせてくる隣の男に、苛立ちを隠せるはずもなく少年は思わず隣の男の顔を見ようとした。男は全身にローブを身に纏い、首から上は三つ首の犬の・・・『ケルベロス』の着ぐるみを被っていた。なんだこいつは・・・と思う間もなく、その男は、だから、これはオレの持論、と人差し指を立てて言った。

 

 

 

「子供達は、()()()()()()死んでもいい」

 

 

ぞっっ、と。

少年は鳥肌を立てて震えだした。

自分が話している人物が何者なのかわからず、ただただ怖かった。

 

 

( 黒い神様を初めて見たときみたいな・・・震えが止まらない・・・ )

 

 

「彼は1人1人、丁寧に眷族達に契約したんだ。オレの神威に殉じて、見事オラリオが崩壊したら・・・俺が天界に戻った後、死に別れた大切な存在と、一緒に転生してあげるってね」

 

家族、友人、恋人、伴侶。大切な人々を失って悲しみに暮れる人々にとって、その神は言わば救いの神だったのだろう。そしてその神にとって彼等は『鴨』だった。死を司る神は甘い言葉で誘ったのだ。失った家族や恋人を、お前の『来世』ではすぐ近くに転生させてやると。

 

 

「転生したって、覚えてなかったら意味がないじゃないですか・・・!」

「それはオレの知ったことじゃないなぁ・・・」

 

少年は、その不気味な空気からこの男が神であることを察したが、呼吸は荒くなり取り押さえることも何もできない。恐怖が上回っていた。そしてその男はそんな恐怖に震える少年を撫で回すように着ぐるみの顔を近づけて言う。

 

 

「オレの待ち人はベル・クラネル。君だよ」

「・・・・・」

「君の願いを叶えてあげようと思ってさ」

「願い・・・?」

「そう、願い。オレにしか叶えてあげられない願いさ。特別だよ?君だから、叶えてあげるんだ」

 

 

この神は何を言ってるんだ?

やめて、何も言わないで、僕の心を引っ掻き回さないで。そんな心の悲鳴なぞ知らんとばかりに着ぐるみを被った神は両腕を開いた。

 

 

「―――お義母さんに会いたいんだろう? 会わせてあげるよ!!」

「!?」

「転生後の話じゃない。今の話さ!」

「今・・」

「ただし、条件がある」

 

神は両腕を下ろして今度は人差し指を口元で立てる。

 

「アストレアの元から去り、俺の元に来るんだ。そうすれば・・・会える。なぁに、立場が変わるだけさ、君もお義母さん達の場所に立ってお義母さんがしたことをするだけ。簡単だろう?」

 

それは誘い。

わかりきった誘いだ。

けれど、目の前の神は少年の心を引っ掻き回す。

義母が、アルフィアがしたことをするだけ。それは、つまり

 

 

( 僕が、オラリオの敵になる・・・・? )

 

 

「君、言ったそうじゃないか。『僕は悪でいい』って。じゃあ、君の立つべき場所はそこじゃあない。こっちだろう?」

 

さあ、手をとって。

そう言わんばかりに目の前の神は手を伸ばす。

荒くなる息で、少年は

 

 

「い・・・・いや・・・だぁっ・・・!」

 

 

手を掃った。

 

 

「僕は・・・お前達と一緒にはならない・・・!一緒に、するっなぁ!」

 

 

声にならない声で必死に叫ぶ。

周囲は木を打ちつける音で少年の声なぞ聞こえないのか見向きもしない。完全な2人だけの世界。

 

 

「そっかぁ・・・残念だぁ・・・」

 

 

目の前の神は、あっさりと、すんなりと、誘いを断った少年のことを諦めた。

だらり・・・と腕を下ろして、立ち去ろうとする。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・!ま・・・て・・・あ・・・なたは・・・・」

 

立ち去ろうとする神に、何者なのかを問いかけようとしたときその神は立止まりゴソゴソと着ぐるみの被り物を外して振り返る。女性のような長い髪。闇を凝縮したような風貌。醸し出す雰囲気は退廃的なそれ。超越存在であるが故に容姿端麗であるにもかかわらず、ここまで陰鬱な神を、『邪神』を目にしたことは少年にはなかった。

 

 

( 黒い神様と同じ・・・!? )

 

「ああ、オレ? オレは・・・・タナトス。君達が言うところの闇派閥の残り滓・・・それの主神をやってる。ああ、残念、本当に残念だよ。引き込む事ができれば、ヴァレッタちゃんの後釜に丁度良いと思ったんだけどなぁ・・・ほんと、残念。」

 

「何で・・・なんで、こんな・・・人の命を、奪うんですか・・・!?」

 

「おいおい、話、聞いてた? 『子供達は、()()()()()()死んでもいい』。これにつきる。」

 

「そんな・・・・の、おかしい!」

 

「それこそ知ったことじゃないよ。」

 

「・・・・!」

 

「ふふふ、じゃあそうだなぁ・・・オレはもう帰るから、最後に一言。」

 

 

タナトスは不気味に笑い、今度は人差し指を天井の水晶群に向ける。

 

「オレが司るのは『死』。だからさ、『死』がより多くの命を望んじゃうのは、いけないことかな?」

 

 

それを言った後、タナトスは

 

 

神威を放った。

 

 

それと同じくして、少年は気を失って倒れこんだ。

 

 

 

その日、ダンジョンが哭いた。



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黒き巨人/追憶(ゴライアス・ノスタルジー)

あれ、黒ゴラ出せんじゃねって思ったんです。ふと。


夕暮れに照らされた、黄金に輝く麦の海が周囲一帯に広がっている。

大粒の実を宿す穂が涼しい風と一緒に、音を立てて揺れている。西の彼方に沈もうとしている日の光によって輝くその光景は、御伽噺に出てくる『天界』のようだった。

 

その中を歩く2つの影。

1人の少年と、1人の美女の姿。

 

手を繋いで歩き、どこかへと帰ろうとしている。

少年はまだ小さく、手を繋いでいながらもてこてこと歩いて横にいる美女の顔を見ていた。

 

美女は、灰色に長い髪をしていて瞼を常に閉じている。

けれども、目が覚めるような美女だった。

 

『お義母さん、瞼を閉じてて怪我しないの?』

『するわけがないだろう。』

『どうしていつも閉じてるんだっけ・・・』

『瞼を開けることですら疲れるからだ』

 

少年は、毎度ながら不思議に思うが彼女はどうも常にそうして生活しているらしく何不自由なく生活が可能だった。髪の色は少年と違い灰色で、彼女はそれを『薄汚い』と嫌っているようだが、少年はその色がとても好きだった。

 

見れば見るほど、美しい女性だった。

『絶世の美女』とはこの事を言うのかもしれない、と少年は祖父から聞いた『絶世の美女』などという言葉を横にいる彼女に当てはめていた。そんな女性と手を繋ぎ、2人きりで歩く。

 

 

「・・・・・」

 

そんな光景を、後ろから、少年が眺めていた。

 

 

ああ、これは夢だ。

懐かしい記憶、懐かしい光景。

だがしかし、悲しいかな。後ろから過去の自分を眺めていても、少年には隣にいる美女の顔がよく見えなかった。夕日に照らされてなのか逆光のせいなのか殆どシルエットしか見えなかった。

 

けれど、次に過去の自分に起こることは大体予想はついていた。

 

『ねぇ、おばさん』

 

ドゴォッッ!! と。

過去の自分(ベル)の頭から、やばい音が鳴った。

 

『殴るぞ?』

『もう殴ってます!』

「もう殴ってるよ・・・」

 

過去の、そして殴られてもいない現在のベルは2人して頭の天辺を押さえて泣き叫んだ。

瞬きとかそんな次元じゃない神速の拳は『殴られた』という結果だけを残す。

 

「結果。結果だけなんだ。過程なんてすっとばして、結果だけが僕の頭に残る。」

 

少年は夢だと理解していても、過去に叩きつけられた神速の福音拳骨(ゴスペル・パンチ)を受けた場所・・・頭の天辺を摩る。

 

防御、不可能。

回避、不可能。

知覚、不可能。

 

それほどまで彼女と幼児の生命としての格は隔絶していた。

 

「未だに信じられないよ、超短文詠唱より速いだなんて。」

 

『うぎぃぃ・・・』

 

目尻に涙を溜め、視界にいくつもの星を散らせ、雪の上を滑って転んで岩に激突した兎のように悶絶する。視界にうつるいくつもの星の中に、天秤を持った美女がいた気がしたが幼児(ベル)にはそれどころではなかった。そんな悶絶する幼児(ベル)を、彼女は見下ろしてくる。

 

『私を呼ぶ時はなんと言えと教えた? ん?』

『・・・・アルフィアお義母さん。』

『よろしい』

 

彼女は――アルフィアは幼児(ベル)の小さな手を握りなおした。けれど、すぐに肩を揺らす。

 

『お義母さん・・・血、出てきた』

『っ、すまない、加減を間違えた。ほら、回復薬(ポーション)だ』

『い、痛い・・・しみる・・・』

『泣くな、男だろう?』

『うぎぃ・・・』

『ほら、もう大丈夫だ』

『うん・・・手、握っていい?』

『ああ、もちろん』

 

彼女に手当てをされ、再び手を繋いで歩き出す。ゆっくりと。

そんな光景を、懐かしむように、手の届かない場所に手を伸ばすように少年は目を細めて眺め続けた。

 

『それで? 何を言いかけていた?』

『・・・もう殴らない?』

『話を聞く前からわかるものか。だが不快だったら殴る』

『こわい!』

『ならば叩く』

『それも きっと いたい! また血が出ちゃうよ!』

『お前の瞳みたいに憎たらしい赤だ。抉り取ってしまいたくなる』

『こわいよ!』

 

「どうしてお義母さんは僕の瞳の色が嫌いだったんだっけ・・・」

 

少年は本当の両親のことを、よく知らない。とくに母親については。聞こうとすれば、悲しい顔をするのを知っていたから、聞けなかった。

 

『やっぱり僕も瞼を閉じてたほうがいい?』

『やめろ』

『だって・・・』

『お前には私達と同じ『病』はなかった。それだけはお前の父に・・・私の妹を孕ませたゴミを評価してやってもいい。だから、私の真似事はやめろ』

『でも、お義母さんは僕の瞳・・・嫌いなんでしょ?』

『お前の瞳だけは、父親のものだ。その色を見るたび、無性にくり抜きたくなってしまう』

『やっぱり、ぼく、目、とじる』

『だから、やめろ。』

 

不穏な空気を醸し出したアルフィアにベルは怯え、やはり自分も今後は瞼を閉じて生きていこうと誓おうとするがアルフィアはそれを良しとは言わなかった。父のことを言おうとすれば殺気。母のことを言おうとすれば、悲しみ。ベルは知りたかったが、やはり難しそうだと思った。まぁ結果として少年はその後、アルフィアに隠れてこっそりと瞼を閉じて生活する練習をザルドに見守られながらしており2人を失った悲しみから余計に瞼を閉じて生活することになんら不自由さを感じさせないレベルになってしまうのだが。

 

『それより、どうしたんだ?』

『んと・・・ええっと・・・』

『痛みで記憶が飛んだか?』

『【えいゆう】って言うのは、本当にいるのかなって。』

『さぁ・・・どうだろうな。』

『僕にとってはお義母さんも叔父さんも【えいゆう】だよ?』

『そうか・・・・まぁ、英雄なんて碌なもんじゃない、あまり期待するな』

『どうして?』

『面倒極まりないからだ、色々と』

 

その色々を説明してはくれないが、きっと『戦争の道具』だとか『なにかと祭り上げられる』だとか、そういう意味の面倒なのだろうと少年はない頭で悟る。けれど、けれどしかしそれでも次にアルフィアが何と言うのかも知っている。

 

「それでも、世界は――」

『それでも、世界は英雄を欲している』

『?』

『神ではない私達は、永遠を得られない。不変ではない私達ではいずれ限界が来る。だが、それでも、世界には必要なんだ・・・この命も、きっとそのために・・・』

『僕はずっとお義母さん達と一緒にいたいよ』

『それは・・・約束できない。お前が願っても、ずっと一緒にいてやることはできない。』

 

アルフィアの話にずっと耳を傾けていたベルが、縋る思いでそう言うとアルフィアは淡々と答えた。

 

『お前が望まずとも、別れは必ず訪れる。』

「『それを・・・忘れるな』だっけ。」

 

アルフィアの咳の数が増えていることを、当時のベルは知っていたしその中に赤い血が混じっていることも知っていた。ザルドは時折気だるそうにしているし顔色を悪くしている時もあった。だから・・・

 

「だから、少しでも永く・・・一緒にいたかった」

 

別れのときは、自分がどう拒もうがやってくる。

もう既に失っているというのに、夢の中で義母の姿を見ては胸が張り裂けそうな思いでその『別れのとき』を拒もうとしてしまう。もう手遅れだと言うのに。

 

 

『私達はいずれお前の前からいなくなる。優しいお前はひどく悲しむだろうが・・・それは、私達でもどうしようもない。お前が大人になる頃まで見てやれる保証もない』

『・・・・・』

『しかし、嫁を見つけたら連れて来い』

『え』

『【嫁の作法】を叩き込んでやる』

『えっ』

『しかし、あのクソ爺のようにハーレムなぞ言うものならただではすまさん』

『でも、男の浪漫だってザルド叔父さんも言ってたよ?』

『よし、後で殺す』

 

自分の発言で、この後叔父と祖父が瓦礫の海で眠る事になるのだが・・・当時のベルではそれは知らぬことだった。まぁ、結果というか何と言うかどういう訳か現在の少年は、ハーレムができてしまっているわけでどうしてそうなったのかとアリーゼに聞いてみれば

 

『気がついたらみんな、貴方のこと好きになっちゃってたのよ。他にいい男もいなくて、話し合ってたら揉めるのが馬鹿馬鹿しくなって、じゃあハーレムでいいじゃない』

 

と話がついてしまったらしい。

 

「お義母さんに知られたら・・・殺されちゃうのかなぁ・・・それとも、アルテミス様みたいに『私にお前を悪く言う権利はない』とか言うのかな」

 

いや、ないない。とてもじゃないけれど、そんなことを言うようには思えなかった。

けれど悲しそうな顔をするような気はしたし、今更どうこう言われても自分では今の生活をなかったことにしたくはなかった。

 

『お義母さんは・・・僕に会ったこと、後悔してない?』

 

 

ふと、そんな言葉を漏らしてしまっていて、アルフィアは少しばかり沈黙。眉間に皺をよせてはいたが、それは怒りから来るものではなく、どちらかと言えば悲しみだ。次には普段目にすることがないような儚い表情をして口を開く。

 

『お前に会ったことに後悔など・・・あるはずがないだろう。』

『ほんと?』

『ああ。会わないほうがよかったのかもしれないと思わないわけではないが、それでもお前に会ったこと自体に後悔はない。本当だ。』

 

自分に会いにきた理由は、『魔が差したから』だという。

アルフィアもザルドも、『旅の途中』であり『岐路』で立止まっているだけだと言う。

その言葉の意味はわからなかったけれど、ベルとしては肉親に会えたことは嬉しいことだった。時折思い悩む2人に、『果たして自分に会った事は間違いだったのでは』などと思わないでもないが、2人は口をそろえて『お前に会ったことが間違いであるはずがない』と言ってくれる。だから、その言葉を疑うことはない。けれど

 

 

「けど、じゃあどうして間違いじゃないなら・・・」

 

 

自分を置いて、黒い神様を選んだのか。そう叫びたくなる。

結局2人は、岐路を選んでしまったのだろう。その答えが、2人が『最初からいなかった』かのように少年の前から姿を消したことなのだから。

 

ボロボロと幼い自分とアルフィアを見ながら、涙が瞼から溢れる。

置いていかれてしまった悲しみが、英雄譚から英雄そのものがぽっかりと消えてしまったような悲しみが、消えることなく少年の心を巣食う。

 

 

『お義母さんは僕のこと、すき?』

『・・・ふふ、小生意気な子供め。その歳で愛を囁くのか?』

『あい?』

『いや、なんでもない。そうだな、ああ・・・愛しているとも。お前はどうなんだ?』

『えっ?』

『なんだ、お前は私に聞いてきておいてお前は答えないのか?それは卑怯だろう?』

『こ、こたえる!答えられるよ!』

『ならばほら、言ってみろ』

 

 

どこか極東の姉に似たような物言いを感じるが、それでもからかう様にベルに問いかけてくる。目線を合わせるようにしゃがみ込んで。顔を赤くして、パクパクとしながらもベルはアルフィアの耳に口を近づけて、耳打ちをする。

 

『僕、お義母さんのこと―――』

「大好きだよ、勿論」

『ふふ、そうか。しかしお前は、耳打ちじゃないと言えないのか・・・残念な奴だな。』

『うぎっ』

『格好悪い男にだけはなってくれるなよ?』

『んー?・・・・じゃあ、えと、僕もお義母さん達みたいに・・・』

『私達みたいに?』

『――――なれるかな?』

 

最後に何を言ったのか、よく覚えてはいない。

アルフィアはぽかんとした顔をして、デコピンをして、『お前は平穏でいろ』などと言っていたが果たして、自分はあの時何を言ったのだろうか。

 

「予想はつくけど・・・僕には、きっと・・・」

 

前には進んでいるらしい。けれど、時折足が止まってしまう。ならばきっと、自分はどれほど前に進んでいるのだろうかと疑問に思う。前とは何だ、進んでいるとはどこへだ?疑問は尽きない。自分が目指す場所も、わからない。

 

瞼が開かれ、美しい双眸が幼児(ベル)を見つめていた。

微笑みとともに差し出される手に、幼児(ベル)は自分のものを重ねる。

再び手を繋いで、夕暮れの色に染まる帰り道を歩いていく。

それを後ろで眺めていた少年も手を伸ばす。届きもしないのに、アルフィアにもう一度手を取ってもらいたくて、握ってもらいたくて、手を伸ばす。その場所は自分の場所だ。自分が義母と手を繋いで歩きたいのに、一緒に少しでも永くいたいのに、どうして・・・と過去の自分に醜く嫉妬して、涙を流す。そんな少年に気がついたのか夢の住人のアルフィアは立止まり振り返った。

 

「!」

 

けれどやはりというか、顔は相変わらず見えなかった。

けれど、どこか悲しい雰囲気だけは漂っていたのはよくわかった。

やめて欲しい。そんな・・・見えないけれど、そんな顔をしないで欲しい。

後悔に満ちたような、悲しげな顔をしないで欲しいと願わずにはいられなかった。

振り返ったアルフィアは、ゆっくりと口を開いて声を漏らす。

 

『お前が・・・戦わずに済む世界を私は望む。』

 

それはもう遅い。

少年は既に、手にナイフを、槍を取ってしまっている。

冒険を犯してしまっている。

戦ってしまっている、だからもうその言葉は遅い。

 

『・・・・』

 

パクパクと、音もなく何かを呟いたアルフィアの顔がそこでようやく見えた。

悲しみに、後悔に満ちた顔を。

まるで自分の顔を見てるようで、ベルは酷くいやだった。

唇の動きは、きっと、こう言っているのだろう。

 

『すまない』

 

と。

 

「だったら・・・そんな顔をするくらいなら・・・!」

 

涙は溢れ、痛む胸を握り締めて手に届かないアルフィアに手を伸ばして叫びあがる。

アルフィアはベルの手を取ることもなく再び幼児(ベル)の手を握り、歩いていく。もうベルに振り向いてはくれず、また、置いていかれる。

 

「そんな顔をするくらいなら、どうして・・・どうして置いて行ったんだ!! 僕はただ、一緒にいてくれればそれでよかったのに!!」

 

悲しみが溢れて仕方がない。

アルフィアは、義母は最後の決断を、岐路に立って『少年』か『世界の踏み台』になるかのどちらかについて選んだのだ。『世界の踏み台』になることを。そして、黒い神様(エレボス)について行ってしまった。少年からすれば2人の想いなど知らず、『なかったこと』のように痕跡を消していなくなったことも、自分ではなくよくわからない黒い神様(エレボス)を選んだことがより一層悲しいことだった。

 

ぽつん、と夕日に照らされる麦畑の中で立ち尽くす少年は、ただ涙を流し、地面を濡らす。

 

 

 

夢が、覚める。

そこには、心配そうに自分を見下ろして頭を撫で、瞼から流れる涙を掬い取る聖女と英雄(アリーゼ)の姿があった。

 

ダンジョンが、哭いていた。

少年も、泣いていた。

 

■ ■ ■

 

 

冒険者達が、空を見上げて唖然と呟いた。

 

「・・・おい。なんだ、あれ」

 

天井一面に生え渡り、18階層を照らす多数の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶の中で。巨大な何かが蠢いていた。

 

まるで万華鏡を覗いているかのように、巨大な影が水晶内を反射し黒い鏡像――薄気味悪い模様を彩る。あの水晶の奥にいる何かが階層を照らす光を犯し、周囲へ影を落としているのだ。異常事態で被害を受けたリヴィラの街の後始末をしていた冒険者達が手を止め天井を仰ぎ固まっていると、そこへ一際大きな震動が起こる。18階層全体を震わす威力に、誰もが周囲にある幹へ、掴まれる物へ手を伸ばし転倒するのを堪えた。

 

そして―――バキリッ、と。

走った。

未だ巨大な何かが蠢く白水晶に、深く歪な線が。

 

「亀裂・・・!?モンスター!?」

「ありえねえ、ここは安全階層(セーフティポイント)だぞ!?」

 

生じた亀裂から水晶の破片がきらめきながら、儚く落下していく。

冒険者達が悲鳴を上げるように叫ぶと、亀裂は更に広がり青水晶のもとまで及んだ。

黒い何かは水晶の内部をかき分けるように、その身を徐々に大きくしていく。

 

「まさか・・・ベルに接触して、神威を放ったの・・・?」

 

倒れているベルを偶然見つけたリヴィラの住人から受け取りベルの様子を見ていたアリーゼは天井を見上げて呟いた。思い浮かぶのは、大抗争の時の『神獣の触手(デルピュネ)』。けれど、今生まれようとしているそれはそれとは違うが似たようなものだと察してしまった。眼下のものを上から押しつぶすような巨大な亀裂音が放たれ、アリーゼは双眸を見開いた。

 

「ベルさん、ベルさん! 聞こえますか!?」

「・・・・アミッド・・・さん?」

「ベル、何が起きたの? 何をされたの!?」

「・・・・・お義母さんに、会わせてあげるからおいでって・・・」

 

階層内にいるモンスターの遠吠えもまた、四方から重なり合いながら木霊してくる。

その中でぼんやりとする頭で少年はぽつり、ぽつり、と自分の身に起きたことを話す。

それを聞いた2人は、つい先ほど自分達が話していた少年について、そして『墓石のズレ』についていやな予感がしてゾッとした。アリーゼは更に、『冒険者の怪物化』というアーディの一件をふと思い出して鳥肌を立てた。

 

( もう既に遺体は、肉なんて腐ってるはずよ!? まさか骨とかだけで・・・!? )

 

「っ!ベル、立てる? アスフィたちと合流するわ!」

 

少年の上体を起こして頬をぺちぺちと叩く。

少年は頭を横にふって、こくり、と頷いてアミッドに支えられながら何とか立ち上がった。

それに同調するように、南端の方角から何かが崩落するような、激しい岩のさざめきが響いてくる。南の方角を振り返ったアミッドは瞳を見張り、息を呑んだ。

 

「塞がった・・・洞窟(にげみち)が・・・これでは、逃げられない・・・!」

 

止まらない亀裂。降りしきる水晶の雨。

開花した菊の花を彷彿させるクリスタルの中央から、それは音を立てて顔を出す。

アリーゼはその光景を見て、苦虫を噛み潰すように睨み付けた。

 

「勘弁してよ・・・!」

 

 

水晶を突き破ったそのモンスターは、まず頭部から姿を晒した。

まるで18階層の天井から生首が生えたように現れ、ぎょろり、とその巨大な眼球を動かし、転地逆転している眼下を睥睨する。すぐに肩と腕も出現させたモンスターは、上半身を半ばまで剥き出しにしたところで、その口を開いた。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

階層全体をわななかせる凄烈な産声を上げ、巨人のモンスター『ゴライアス』は、17階層という定められた領域を飛び越え、この安全階層(セーフティポイント)に産まれ落ちた。

ゴライアスは水晶を割りながら腰まで姿を現すと、後は重力に従うように天井から落下した。

黒い隕石のように、輝く細かな水晶の破片、あるいは人を容易に呑み込むほどの大塊を周囲に引き連れて、地面に向かって墜落する。巨人は空中で一回転し、次いで爆音とともに、直下にあった中央樹をその二本の大足で踏み潰した。

 

全ての者の耳を聾する巨大樹の悲鳴。

根もとの樹洞は完璧に押しつぶされ、むしろ樹そのものが半分まで地中に埋まり、太い幹もひしゃげる。更にその後を追って、結晶の雨が潰れ果てた中央樹付近の大草原に突き刺さっていく。

 

青空はすでに消え、ゴライアスが突き破ってきたことで白水晶――光を恵んでいた筈のクリスタルが完全粉砕され、階層からは明るさが消えうせている。罅割れた青水晶だけが天井に残された18階層は、一転して、まるで月夜の晩のような蒼然とした薄暗さに包まれた。

 

やがて、異常事態(イレギュラー)の塊、階層中心地に君臨した『迷宮の孤王(モンスターレックス)はゆっくりと顔を上げ、潰れた大樹から飛び降りる。

 

それを、誰もが唖然と見上げていた。

 

『――-ォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアッッ!!』

 

「黒い・・・ゴライアス・・・アリーゼさん、これ・・・」

「ベルのせいじゃない!ベルのせいじゃないわ!」

 

ベル達が先ほど戦った17階層の固体よりも、遠目から見ても遥かに動きが機敏で、力は強く、ゴライアスは近くにいた冒険者達に蹂躙を働いた。



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正花昇華(ルブルート・ブースト)

正史で生存しているキャラにオリジナルのスキルとかはあまりつけないようにしたいけど、死亡しているならいいよねって思ってます。少しだけ


階層中央付近の大草原において、漆黒の巨人が暴れまわっている。凄まじい叫び声はリヴィラにまで届き、安全階層(セーフティポイント)に階層主が産まれ落ちたという特急の異常事態(イレギュラー)に、保身の術に長けている筈のリヴィラの冒険者達は、一行に行動せずにいた。

 

「―――ボールス! ボールスッ、いますか!?」

「ア、アンドロメダ!? お前、一体どこから現れやがった!? ていうか、今、空から・・・?」

「んなこたぁどうでもいいんです! ボールス、街の冒険者とありったけの武器を集めなさい、あの階層主を討伐します!」

 

『リヴィラの街』の冒険者の中でも実力者、買取所の主人にアスフィは半ばヤケクソのようになりながら指示を出す。眼帯をしている大男の主人は、慌てて唾を飛ばした。

 

「と、討伐ぅ!? 馬鹿言ってんじゃねえよアンドロメダ、オレ等の財産をはたいてまであの階層主を相手にする必要がどこにある!? こんなもん、逃げるが吉だ!」

「退路はもう絶たれました! 南の洞窟は崩れ、私達は事実上この階層から脱出不可能です!」

「【ガネーシャ・ファミリア】はどうしたよ!?」

「現在暴走中の階層内のモンスターに対処していて階層主にまで手が回りません!」

 

口答えするなとばかりに叫び返すアスフィの反論に、目を見張る眼帯の店主。土煙が上がっている南端の方角へ振り返ると、彼はすぐに愕然とした。

 

「あれが通常の階層主(ゴライアス)であったならば精鋭を連れて行けば済みますが、そうは行きません。」

 

アスフィが視線を飛ばす方角、闇と同化したような黒いゴライアス。その太い腕を振り回し、今もなお地響きを引き起こす巨人の脅威は、ここからでも十分に伝わってくる。

 

「これは憶測ですが、今の階層の幽閉状態とあの階層主(ゴライアス)は恐らく連動しています。あれを倒さない限りここから逃げ出すことはかなわないでしょう。救援に期待するのも止めてください」

「・・・ちくしょうめ」

 

アスフィの説明に、観念したように大男はうなだれた。

間を置かずその凶暴な人相を振り上げ、腕の動きとともに大声を張る。

 

「話は聞いてたな、てめぇ等ァ!? あの化物と一戦やるぞぉ! 今から逃げ出しやがった奴は二度とこの街の立ち入りを許さねえ!」

 

号令が下され、他の者も腹をくくったようだった。街の復興作業をしていた冒険者達も走り出し、武器を持って続々と大草原へと向かっていく。にわかに準備で忙しくなる周囲を見渡した後、アスフィは広場の手摺に歩み寄った。

 

「私も行きますか・・・!」

 

巨人を一度見据えたあと、手摺に手をかけ、彼女はためらいなく崖下に飛び降りようとして―――

 

「あーすーふぃーぃー!!」

「んぬぁっ!?」

 

アリーゼに飛びつかれた。

 

ズザザザァ・・・!とアスフィは顔面から地面を滑った。

それを『うわぁ・・・』という顔で見る少年と聖女。

 

「ア、アリーゼ!?急に飛びついては危ないではないですか!?というか、いたんですか!?とっくに帰っているとばかり・・・!」

「こっちはベルとデートのつもりで来てたのよ!?せっかくアミッドちゃんも入れて3人で水浴びしようとしたら、こんなことになるし!」

「え、あの、私を入れないでもらえませんかアリーゼさん?」

「と、とりあえず離れてください!あ、ちょっ、どこを触っているんですか!?」

「スキンシップよスキンシップ!それより、状況は!?」

 

セクハラをしてくるアリーゼを何とか引き剥がし、アスフィはボールスにしたように状況を説明した。

 

「アミッドさんアミッドさん」

「何ですかベルさん?」

「綺麗な女の人同士がイチャイチャしてます・・・」

「焼きもちでも妬いているんですか?ベルさん?」

「本拠でもお姉さん達がお胸触りあってることあるけど、挨拶なんですか?女性限定の」

「そんなわけないでしょう」

 

 

何か言っている気がするがアスフィは無視を決め込んだ。

戦場である大草原では地獄絵図が広がっており、逃げ遅れた者からその太腕に殴り飛ばされ宙を舞う。直撃を避けたところで結果は同じで、人の体が紙屑のように吹き飛んでいった。

それを傍目に、アスフィは一度ベルに目を向けると顔色が良くない事に気がつきアリーゼをもう一度見て階層主(ゴライアス)を指差した。

 

「何があったのです。アレは何です!? 私は・・・いえ、アリーゼ、貴方は知っているのではないのですか!? そこの少年と何か関係があるのでは!?」

 

そのアスフィの声にビクッと肩を揺らす少年。

アリーゼは目を閉じ、すぐにいつもの様に笑って見せた。

 

「いいえ、ベルは関係ないわ。ベルは悪くない、ただ悪ーい神様がいたってだけよ」

「―――神? 神と言いましたか?」

「ええ、言ったわ。」

「どこから?」

「あら、私達はその『場所』を知っているじゃない」

「――――はぁ。わかりました、もう何も言いません。しかし・・・」

「ん?」

「Lv.6であるアリーゼには、とことん働いてもらわなくてはなりませんよ。」

「そうでしょうね、わかってるわ。」

 

2人は18階層の東端を、『出入り口』がある場所を見つめて小声で

 

「彼は狙われているのですか?」

「似たようなものかしら」

「まずくないですか?」

「うん、まずいわ。何とかしてよ、アスえもん」

「それ、やめてもらえません?」

「空を自由に、飛びたいな~はいっ♪」

「『飛翔靴(タラリア)』~♪って・・・・何を言わせるんですか!」

 

などと現実逃避じみたやり取りをした後、アスフィはすぐに飛び立った。

そのやり取りが何を意味するのか、見ているだけの2人にはよくわからなかったが、アリーゼなりの『緊張の解し方』なのだろうと察した。飛び立ったアスフィを見送ったアリーゼは再び優しげな顔になってベルの元にやってきて頭に手を乗せてくる。

 

「アミッドちゃんは怪我人の手当てをお願い。【ガネーシャ・ファミリア】が周囲のモンスターを討伐してくれてるから、護衛もしてくれると思うわ」

「ええ、もちろんです」

「アリーゼさん、僕は?」

「ベルは・・・」

 

アミッドと一緒にいさせるべきだろうか?『うあああああっ』と絶叫が次々に打ち上がる中、思考するアリーゼに少年は抱きついた。

 

「ベル?」

「僕も・・・一緒がいい」

「?」

「アリーゼさんと、一緒がいい。置いていかれるのは、嫌」

「・・・・体は、平気なの?」

「うん・・・・大丈夫。」

 

少年の瞳を見つめてみるも、とてもいつものような快調そうには見えなかったがそれでもその瞳に力が篭っているのを感じてアリーゼは一度、深呼吸をして微笑みを返した。

 

「わかったわ、ベル。一緒に戦ってくれる?」

「―――はい!」

「よしっ、じゃあまずはベルは私の魔法を登録したあと、アミッドちゃんをシャクティのところまで連れて行って頂戴!その後すぐに合流!」

「はいっ!」

 

2人は魔法の登録作業をそそくさと済ませ、アリーゼはすぐに崖から飛び降りて周囲のモンスターを蹴散らしながら階層主(ゴライアス)へと向かっていった。少年はアミッドに向き直り、近づいて、抱きかかえた。

 

「―――え」

「えと・・・行きましょう。」

「あの、何故、抱きかかえて・・・?」

「いやでした?『お姫様抱っこ』は女の浪漫ってアリーゼさんが言ってたんですけど」

「いえその・・・ベルさん、本当に大丈夫なんですか?無理、していませんか?」

「すこし頭がぼんやりするけど・・・大丈夫です。僕は、大丈夫。寂しい夢を見ただけだから」

「夢・・・?ベルさん、貴方は・・・」

 

『お義母様が本当に死んだと、理解できているのですか?』、そう少年を見つめながら言おうとして聖女は一気に体が浮遊感に囚われたことで言葉を失っていた。

 

「え」

 

あろうことか少年は聖女をお姫様抱っこしたまま、アスフィ、アリーゼのように崖から飛び降りたのだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「いいいいやああああああああああああっっ!?」

 

こっちは散々あなたを心配しているのに、扱い、酷すぎませんか!?と必死に訴えるように聖女は少年にしがみ付いた!

しかし少年はそれについてはよくわかっていないのか表情をとくに変えることなく、抱えている腕に力を込めて聖女を落とさないようにより一層抱きしめた。

 

『ちがう! そうじゃない! もっと抱きしめて! ではありません!!』

 

 

そう叫びあがりたかったが、そんな余裕はなくやがて地面が見えてきて少年は聖女の声にならない悲鳴を気にすることなく木々を蹴り、ぴょん、ぴょん、ぴょんっと地面に着地し勢いそのままにダダダダ・・・!と疾走。両腕を使えないために極力モンスターとの戦闘を無視して

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

魔法でモンスターを一掃。

危機一髪の冒険者を救助し、見覚えのある麗人を漸くみつけてスピードを落とした。

 

「シャクティさーん!」

「―――【夢想兎(トロイメライ)】に【戦場の聖女(デア・セイント)】!? まだ18階層にとどまっていたのか!」

 

ひゅーひゅーと聖女は少年に胸に顔を埋めるようにして力強くしがみ付いていたが、そこには触れないほうがいいのだろうと大人の接し方をもってしてシャクティは少年に目を向けた。少年の身に何か起きたのか、少し瞳が淀んでいるような気がしたが特段付き合いがあるわけでもない彼女ではよくわからないことだった。

 

「アミッドさん、もう大丈夫ですよ?」

「ふっ、ひっ、ひぅっ・・・」

「アーちゃん?」

「『アーちゃん』って何ですか・・・おやめなさい・・・っ」

「あだ名で呼んであげると喜ぶってアリーゼさんが」

「変な教育ばかり受けないでください・・・!」

「立てますか?」

「あ、あの、赤ん坊をあやすみたいに揺すら、ないでく、ださい・・・さすがに恥ずかしいので・・・」

 

何だこの2人は、いつからそういう仲なんだ?といいたくなる状況を見せ付けられる【ガネーシャ・ファミリア】団長は近づいてくるモンスターを倒しながら口を開いた。

 

「貴様たちは、イチャつくために私のところに来たのか? 喧嘩を売っているのか?」

「「イチャついているんじゃありません!!」」

「仲良くしているんです!」

「ベルさん、あなたと言う人は、この件が終わったらお説教ですからね!?」

「な、なんで!?」

「だいたい、女性を抱えて飛び降りるなど・・・正気ですか!?」

「だ、だって・・・アスフィさんにアリーゼさんが飛び降りたら、続かなきゃいけないって、『ノリが大事』ってロキ様が・・・!」

「んぁああああああああっ!?」

 

少年から下ろされた聖女は、未だに飛び降りの恐怖というか感覚が抜けていないのか足をプルプルさせながら少年にしがみついて抗議するも少年は『僕、悪くないもん!』という態度。だめだ、この子ガチで悪気がない・・・!と諦めの叫びを上げた。少年はそんな聖女の背中を優しく摩ってからシャクティの顔を見て怪我人はアミッドが担当するから護衛してほしいと頼み、駆け出していってしまった。

 

「ベルさんには・・・女性の扱い方をお勉強させるべきでしょうか・・・?」

「貴様たちはいつからそういう仲なんだ・・・?」

「・・・・・」

「まあいい、我々は周囲で暴走しているモンスターの討伐を優先させている。団員達にも数名で護衛をさせよう、怪我人を頼む」

「・・・ええ、承りました」

 

 

■ ■ ■

 

散り散りとなっていく無数の小さな影に、ゴライアスは追いかけるのを止め、血のように赤い眼球を凶悪にぎらつかせ、巨人は背を軽く反る。

そして次の行動で、巨人のモンスターは口内を爆発させた。

 

『―――――アァッ!!』

 

大音声とともに放たれたのは、衝撃波だった。

最も遠く離れていた1人の冒険者のもとに着弾し、草原が爆ぜ、彼は声も上げられないまま吹き飛んでいく。糸の切れた人形の様に地をごろごろと転げまわっていく姿に、冒険者達は荒肝を拉がれた。

 

「は、『咆哮(ハウル)』・・・!?」

 

『恐怖』を喚起し束縛する通常の威嚇とは違い、魔力を込め純粋な衝撃として放出される巨人の飛び道具。その効果範囲は魔犬(ヘルハウンド)の火炎の比ではなく、威力そのものも馬鹿馬鹿しいほどだ。距離を稼ごうが狙い撃ちされる悪夢の展開に、ならず者達は例外なく青ざめた。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

ただでさえ周囲では階層主の叫び声によって召喚されたようにモンスター達が暴れまわっているというのにこのゴライアスの攻撃で、凍り付いてしまう冒険者が出てしまっていた。

 

武器を抜き応戦せざるを得ないならず者達へ、ゴライアスは冷酷に進行を再開させる。『咆哮(ハウル)』を撒き散らせながらモンスターごと得物を弾き飛ばし、冒険者に肉薄した。自身を優しく呑み込む巨大な影。赤い両眼に見下ろされ、立ち竦む獣人の冒険者。背に溜められた巨拳――もらえば冒険者だろうがモンスターだろうが即死させる大鉄槌を、ゴライアスは吠声とともに振り下ろす。

 

「―――ッ!」

 

「―――させるわけ、ないでしょッ!」

 

しかしそこへ、真っ赤な炎を纏い爆走してきた冒険者がいた。

赤いポニーテールをなびかせるアリーゼだ。彼女はゴライアスの死角、真横から突撃し、速度を上乗せした渾身の一撃――振りぬいた剣を敵の左膝へ叩き込む。爆弾でも爆発したかのような爆音が響き渡り、支柱である足を強打されたゴライアスの攻撃は、獣人の冒険者から大きく逸れた。

 

地面を粉砕した余波で吹き飛ぶ冒険者を脇に、18階層にとどまっていた【タケミカヅチ・ファミリア】の桜花、命が恐れを激しい表情の奥に封じ込め、アリーゼに続く。

 

「おおおおおおお!」

「ハァアアアアア!」

 

斧と刀、それぞれの得物で左膝を攻撃した彼等は、次の瞬間瞠目する。

手首を打ち抜く硬質な手応え。桜花の戦斧は刃が欠け、命の刀にいたっては刀身が折れた。強固な金属鎧をも上回る階層主の体皮に、かすり傷しか残せない。

 

「早く離脱しなさい! 死ぬわよ!」

 

アリーゼの鋭い呼びかけが驚愕抜けきらない2人の耳を射抜く。

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】・オーラ!!」

 

はっと体を揺らす桜花と命が振り向くと――己の左手から右手に抜けていく桜花達をゴライアスの視線は追尾し、目端を裂いた怒りの形相で睨みつけていた。巨人はぐっと腰を捻り、その極腕を大薙ぎに振るう。

 

「――【福音(ゴスペル)】っ!!」

 

それを2人の前に駆けて追いついた少年が魔法の砲撃で弾いた。

 

「~~~~~~~っ!?」

「ベル殿っ!?」

 

巻くように放たれた右腕の攻撃(スイング)。ゴライアスの周囲を半回転した拳の旋風を、間一髪で弾くも、少年の背後にいた2人を除いた場所が地盤とともに吹き飛んだ。自分の攻撃を弾かれたゴライアスは、弾かれた腕に違和感を感じたのか右腕に視線を向けると、拳が焼けていた。

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

燃えている拳を振り払い、ゴライアスは開いた口を少年に照準させる。

それを少年は、自分に照準が向けられているのを察知して走り出しながら詠唱を紡いでいく。

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】」

 

「へ、並行詠唱!? ベル殿、いつの間に!?」

「それより、あいつの魔法、あんなに威力が高かったのか?」

「た、確か普段は加減していると聞いたような・・・」

 

なぜ、魔法を使ってゴライアスの拳が燃えているのかと問われればそれは聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)によって効果が魔法に付随するようになってしまったからなのだが、実際に炎上するほどまでの威力を出したのは初めてであるために少年自身、気付いていなかった。それを察していたのは、アリーゼのみ。

 

 

「やっぱり・・・『複合起動』とは言わないけれど、可能なんじゃないかと思ってたのよね」

 

さすが私のベルだわ。やばいわ、マジやばば・・・と語彙力をどこかへ、咆哮(ハウル)を何とか避けながら詠唱し走る少年を見てアリーゼはそんなことを呟いた。

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】っ!!」

 

そこで漸く魔法が完成する。

効果範囲はゴライアスを中心とした周囲のみ。

階層全体を包み込むことはできていないが、それでも十分な広さだ。

 

次にアリーゼが7Mにも及ぶ体躯の背中を瞬く間に蹴上がり、巨人の後頭部を強襲しさらに剣を振り切った反動を利用してゴライアスの頬を蹴りつけ、すぐに地上へと退避する。

 

「アリーゼさん!」

「ベル! すごいわ、魔法の威力、もしかして全力?」

「す、少し・・・だけ!」

「無理しちゃだめよ!」

「う、うん! それより、このゴライアスって変?」

「そうね!固いし、動作が速いわ。通常のとは違う。」

 

間合いを取る中、隣にやってきた少年とともにゴライアスを睨みつけて様子を窺った。

17階層に出現するゴライアスはLv.4相当。けれど現在相対している固体は訳が違う。防御力に、本来持ち得ない飛び道具の『咆哮(ハウル)』、何より超大型級のモンスターに似合わぬ反応と初動の速さ。

 

 

「あれの潜在能力(ポテンシャル)はLv.5かも。」

「Lv.5・・・アリーゼさん、厳しい?」

「んー・・・いくらLv.6って言っても、油断はできないわねぇ」

 

ベルとやり取りをとぎらせることなく、アリーゼはただ1人、撃破の糸口を探し出そうとした。

 

「逃亡は無理。アレに背を見せたり、戦意に少しでも綻びが生じた瞬間から、とって食われるわ。」

「・・・・」

 

赤髪の女冒険者は少年に霍乱を主体にするように伝え、敵の脚を幾度となく連携し狙った。

 

『ゥゥ―――オオオオオオオオァアアアアアアッ!!』

 

Lv.4であるベルの攻撃とLv.6のアリーゼの攻撃はゴライアスが唯一『痛撃』と見なす威力を備えていた。特にベルが攻撃した場所は、焼け爛れ修復が遅れていた。さらに遅れて、自分の視界を飛び交う人間から小瓶が投擲され、それが頬に命中した瞬間、大爆発した。

 

「オオオオオオ!?」

「ちょっと、火傷だけとか勘弁してくださいよ・・・。せめてあの2人と同じくらいのダメージをですね・・・」

 

中層級のモンスターならば1つで爆砕してのける爆炸薬(バースト・オイル)――魔道具製作者(アイテムメイカー)であるアスフィ特製の手投げ弾が二発直撃したにもかかわらず、ゴライアスの肌に損傷の跡は見られず彼女はアリーゼとベル以下の威力しか与えられていないことにショックを受けていた。

 

 

( いえアリーゼはともかく、ベル・クラネルがそもそもおかしいんですけどね。 )

 

巨人のモンスターは『咆哮(ハウル)』を放つが、彼女は難なく回避し、一度アリーゼのもとに合流する。

 

「アリーゼ! ボールス達から来る援軍が一斉射撃の準備を行います。貴方達はゴライアスの注意を引き付けておいてください!」

「わかったわ!それじゃあ、3人で、アレの意識を分散させましょう!」

「というか、何故貴方は手加減しているんですか!?様子見ですか!?」

「危ないからに決まってるでしょ!? 私のスキル、『炎』限定なのよ!?武器のローンもあるし!?」

「だまらっしゃい!!あなたの男に出してもらえばいいでしょう!?」

「だ、駄目よ!!年下の子にそんなことさせられないわ!」

「―――格好いいところを見せればより一層惚れてもらえると思いますよ」

「わかった、やるわ!じゃあアスフィ、囮よろしくね!」

「え」

『よおおしっ、てめー等! アンドロメダが囮になるから心置きなく詠唱を始めろぉ!』

「え、ちょっ!? ―――ボォールスゥ!? 話聞いてました!?」

『聞こえねえぇえなぁぁあぁ!?』

「後で覚えてなさあああい!」

 

泣く泣く、強制的に一番危険な囮役を課せられたアスフィは、付与魔法(エンチャント)を纏ったアリーゼを置いてゴライアスの周囲を動き回る。巨人の攻撃の矛先は、速度自慢の彼女に暫時固定された。アリーゼは付与魔法(エンチャント)を解くことなく、不安げに見ているベルに視線を向けるといつもの様に微笑んで口を開く。

 

 

「ベル。輝夜のスキルは知ってる?」

「えっと・・・【剣乱舞闘】だっけ?『装備重量が軽ければ軽いほど』っていう」

「そ。じゃあ、私のは聞いてたりする?」

「ううん、聞いてない・・・と思う」

「ふふん、じゃあ見せてあげるわ。」

「?」

「貴方の英雄の凄いとこ。」

 

そう言うとアリーゼは剣を両手で握り下段で構えて瞼を閉じる。

すると付与魔法の炎が一気に弱まり、けれど熱だけが上がっていく。

次にはもやもやとした歪み・・・陽炎が彼女の周囲に発生し、ベルは思わず後ろに後退してしまう。

 

「最大は危ないし私が精神枯渇(マインドダウン)で倒れちゃうから3分だけね・・・ベルはそこに立っていなさい。そこなら安全だから。」

「大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫。貴方が前に持ってた『英雄羨望』の炎限定版って言えばいいかしら。限定されてるし危ないから普段は使わないんだけど・・・特別よ?」

 

 

歪む、歪む、景色が歪む。

周囲の草木は見えない炎にでも当てられたのか、引火しはじめる。

 

 

「ボールス達の攻撃の後にしかけるわ。」

 

『囲めーッ、囲めぇーッ!!」

 

移動を続ける冒険者達がゴライアスを取り巻いていく。勝手知ったる仲間でもない彼等は緻密な連携はもとより捨て、互いの邪魔にならない間合いを確保した上で各々の行動に走った。エルフを始めとした魔導士達が数箇所に固まり、『魔法』の詠唱を開始する。限られた者の足もとに咲き誇る多種多様の魔法円(マジックサークル)。魔法の威力や効果範囲を増加させる強化装置であり、発展アビリティ『魔導』を修得したもののみに与えられる。いわば上位魔導士の証だ。

 

長文詠唱による強力な砲撃の準備が着々と進められていく。

美しい呪文を紡ぐ間無防備になる彼等を庇うのは大盾をもったドワーフ達。

 

『―――アァッ!』

 

不穏な空気に気付いたゴライアスが『咆哮(ハウル)』を撃つが、前衛壁役として機能するドワーフ達の盾が受け止めた。後衛である魔導士達に余波さえ微塵も届かせない。

 

「いつだったか修得したスキルなんだけど・・・付与魔法(エンチャント)を使ってる時しか使えないし、一定時間の戦闘禁止っていう条件もあって使い勝手も悪いんだけど・・・その分、禁止した時間分威力が上がるの。『一撃』だけに絞るか『禁止した時間の半分』の時間だけ付与魔法(エンチャント)の威力を上げるものなんだけどね・・・ベルのナイフよりは温度は低いと思うわ。白い炎にしかならなかったし」

 

 

魔導士達の詠唱が完了したのか、ボールスの大声が響いた。

 

『前衛、引けえぇっ、でかいのぶち込むぞ!』

 

それと同じくして、アリーゼの準備も終わりを告げるように静かに瞼を開けた。

 

 

「そのスキルの名を、【正花昇華(ルブルート・ブースト)】って言うのよ。」

 

 

白い炎が、彼女を包み込んだ。




正花昇華(ルブルート・ブースト)
・付与魔法『アガリス・アルヴェシンス』使用時限定。
・一定時間の戦闘行為の禁止。
・禁止時間分の威力増加。『一撃』or『禁止時間の半分の時間分付与魔法の威力を上げる』
・魔力と体力を大幅消費。
・最大時間はレベルに依存。
・体温も上がるため冷却が必要。


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英雄の一撃(アルヴァーナ・フレア)

Lv.6いたらゴライアスさんすぐ片付くやろ


アリーゼ・ローヴェルは、少年にとっての英雄である。

『道に迷った際にその手を引く』のが女神であるのなら、アリーゼは少年にとって『恐怖を追い払う』存在だ。

 

自分自身で『私は英雄だ』などとおこがましく言うつもりなどないが、少年が自分を英雄みたいだと言ってくれるのならばそれを否定するのは何か違う気がしたから、ならば少年の義母にかつて言われた言葉

 

『英雄となれ』

 

その言葉を忘れることなく、彼の前を歩きその在り方を示し続けるだろう。

女神が泣いている少年の手を引いて歩いていたり、仲睦まじくしているところを見ると少しムッとすることもないわけではないが、それでも少年がアリーゼから離れることはないし自分から近づいてきてその手を握ってくるのなら握り返すだろう。

 

 

『黒い神様? なにそれ?』

 

それはオラリオに来る前のいつかの回想。

満天の星空を見ようと提案するも、少年は女神の背後に隠れて嫌がるために『なぜそんなに怖がるのか』と聞いた時に聞いた言葉。帰ってくる言葉はいつも

 

『あそこにいるよ』

 

と、何もない灯りのついてない暗い場所を指差して言う。

2人がいなくなる前の晩に見てしまった『黒い神様』。その正体は、エレボスなのだが少年はその名前を知らなかった。夜分でよく見えず、唯一見えたのが冷たい瞳だったのだという。2人がいなくなってしまってから暗い場所で自分をあの日の晩のように見つめているとそういうのだ。冷たい瞳を持った黒い人型が。

 

『行かないで。』

 

小さい子供や動物は、何もない場所を見ていることがあるというがこれもその類かと思ったが女神の見解はそうではなく『小さい子供が神威にあてられたら何かしらの影響を受けるのではないか』ということらしく、それが少年の場合、幻覚なのだろう・・・と結論付けられた。暗い場所には行きたがらず、夜は決して外へは出ない。必ず女神か、その時家にいたアリーゼやリュー、もしくはファミリアの誰かの服を摘んで外にはいかないように縋って怯えていた。

 

『は~・・・ずっとそれだと面倒くさいわね、ほら、お姉ちゃんが抱っこしてあげるわ』

 

そう言ってアリーゼは少年を女神から取り上げ抱き上げ、お構いなしに家から飛び出した。

少年は震え、女神に助けを求めるがアリーゼは聞く耳を持たずに心地よい夜風を浴びながらスタスタと歩いた。格好としてはキャミソールにホットパンツで完全に寝るつもりの格好なわけで、けれど、

 

『今日はすっごく星が綺麗なのに・・・勿体無いわ』

 

そういって、アリーゼにしがみ付いて泣きじゃくる少年の頭を撫でながら、家の近くの小高い丘にたどり着く。少年を降ろしてやるもギュッとキャミソールの肩紐を掴んでいたがために、危くポロリをしかけたがそれでも降ろしアリーゼは腰かけその上に少年を座らせた。

 

『ほらベル・・・怖くないから、目を開けて』

『いや・・・帰りたい・・・』

『綺麗な瞳を持ってるのに、勿体無いじゃない』

『お義母さんは嫌いだって言ってた。だからいなくなったんだ』

『そんなことないわよ。』

 

アルフィアがいなくなった原因を自分なりに考えたのか、自分の瞳が原因のひとつなのだと思ったのか頑なに瞼を開けない。そんな少年の頭を優しく撫でながらアリーゼは後ろに倒れこんだ。

 

『――――っと』

『・・・うわぁっ!?』

 

少年を抱きしめた状態で後ろに倒れこんでアリーゼの上で少年は強制的に仰向けになって、瞼を開けてしまった。

 

『・・・・・』

 

瞼をあけて、固まっていた。

どんな顔をしているのか、少年の真下で同じく仰向けになるアリーゼには分からぬことだが、それでも『2人がいなくなってからまともに空を見ていないのは確か』だと思ったから目はこれでもかと泳いでいることは何となく想像がついていた。

 

『綺麗ね』

『・・・・』

『ねえちょっとベル。』

『・・・何?』

『【アリーゼさんの方が綺麗だよ】とか言って欲しいんだけど?』

『・・・・綺麗だよ』

『はぁ・・・まだまだね、言わされてる感があるわ。せっかく私のおっぱいを枕にしてあげてるのに』

『・・・・』

 

感情の荒波は落ち着いたのか、静かに少年は星空を眺めていた。

胸のあたりでアリーゼは腕を交差し、それにそっと少年は手を乗せる。

 

『アストレア様ってね【星乙女】とも言うらしくてね』

『・・・・うん』

『つまり、この満天の星空全てが、アストレア様よ!ふふん、すごいでしょ!』

『?』

 

私たちのアストレア様ってすごいのよ!と自慢げに言うも少年にはよく伝わらなかったらしく、首を傾げられ豊かな胸は形を変えた。

 

『アストレア様のおっぱいって柔らかいのよ・・・そして大きいの』

『うん・・・』

『一緒にお風呂入ったからわかるでしょ?』

『うん・・・』

『でもね、アストレア様よりすっごいおっぱいを持った女神様もいるの』

『?』

『貴方のお爺さんがダイブするレベルでね。・・・・あれはすごいわ、マジで』

『お爺ちゃんは大体いつも女の人のお胸にダイブしてるよ?』

『そうね。私もついフッ飛ばしちゃったわ』

 

何故か女神のおっぱい談義になってしまっているが、アリーゼはペラペラと会話を途絶えさせない。

 

『私のもまだまだ成長予定よ』

『そうなんですか?』

『こら、敬語禁止。・・・っと、そうよ。これでもまだ育つ予定よ。あと輝夜も大きいわ。あとで触らせてもらいなさい』

『うーん?』

『まあ女神様には敵わない・・・・あ、いや、勝てる相手もいるか』

『いるの?』

『ま、まぁ・・・それは言わないほうがいいわ。うん。平和が一番だし?』

『?』

 

アリーゼは豊穣の女神と美の女神とを思い浮かべ、一番勝ち確な、糸目で朱色の髪の女神を思い浮かべたが、さすがに言わない事にした。

 

『ねぇ、アリーゼさん』

『んー?』

『帰ろうよ』

『怖いの?』

『うん』

『大丈夫よ、私達がいるもの』

『・・・・』

『ベル、ちょっと見てて』

 

そう言うとアリーゼはベルを自分の上から降ろし、ある程度感覚をあけて詠唱した。

 

『【アガリス・アルヴェシンス】』

 

彼女を包むように、炎が巻き起こる。

それに少年は目を見張りアリーゼを見つめる。

アリーゼはそのまま炎を弱めて、コントロールし腰に手を当てて渾身のドヤ顔を披露した。

それは少年にとっての初めて見る魔法ではないが、けれど、『目視』という意味では初めてだったのかもしれない。その炎は温かく、暗い夜闇の中、少年をしっかりと明るくし照らし続けていた。

 

それは、ある種、少年にとっての『聖火』だった。

 

『きれい・・・』

『ほらベル、暗いのにこんなに明るくなったわ!』

 

気がつけば、ただただアリーゼのことだけを見つめていた。

炎をなびかせ、くるりと回って見せたり、まるで踊っているかのように動いて見せたりとする彼女の動きに、炎に少年の恐怖心は胸の奥に仕舞われていた。

 

『ベルが怖いなら、私がちゃんと照らしてあげるわ! 常に前を歩いてあげる!貴方が怖いと思うものも、やっつけてあげる!』

『・・・』

『だから、貴方なりに追いつきなさい!【正義】がどうのと難しいことは貴方には聞かないわ!』

『え』

『あ、でも、悪いことしたら怒るわ!』

『正義の味方にならないといけないんじゃないの?アストレア様の眷族なら』

『そんなわけないじゃない。何言ってるのよ。いい?『正義』に答えは出ない。いいえ、進んだ分だけ複雑化する。人々が、時代が、世界が、唯一の『正義』なんて許しはしない。』

 

夜闇の中、丘の上で明るく燃える優しい炎は、アリーゼは少年の胸に刻むように大きな声で言う。

 

 

『それでも、追い続けるの!いくら笑われようとも、神様に馬鹿にされたって!だって、変わり続ける『正義』を追い求めることは、不変じゃない私達にしかできないことだから!』

『僕達にしか、できないこと・・・』

『私達が灰になって天に還った時、神様に叩きつけてやりましょう!これが私達の『正義』だって!悩んで、間違って、ボロボロになって、それでも辿りついた『答え』はこれだって、私達の生涯をもって証明するの!』

 

だから、聞かないけれど、考え続けなさいとアリーゼは言い、徐々に炎を消しながら

 

『だから前へ! 恐れずして、前へ!前進あるのみよ!』

 

そう言って、完全に炎を消して再びベルのもとに戻り、今度は横にピタリと密着して座る。

少年は横に座るアリーゼの顔を、瞳を揺らしながら見つめていた。

何を思ったのか、それはわからぬことだけれど、それでも、この夜闇の出来事を、はじめて見た『聖火』を少年は忘れはしない。

 

気がつけば少年はアリーゼにおぶられ、家に向かっていた。

うとうととしながら、けれど、すっかりアリーゼに絆された自分がいることに困惑しながらも自分の体を預けていた。

 

『いい、ベル?』

『?』

『ベルは私達にたいして、今はまだ複雑な思いだろうけど・・・覚えておいて』

『?』

 

彼女の顔は見えないが、彼女は彼女なりに、女神とは違って何かを少年に示そうとしていた。

当時の少年には理解できたかはわからないけれど、それでも、アリーゼは自分の背中を見せ続けた。

 

『何を好きになり、何を嫌いになり、何を尊いと思い、何を邪悪と思うか。それは貴方が決めること。他人の言いなりになることでも、周りに合わせて考えることでもない。人間は多種多様だし同じ価値観は1つもない。だからこそ、貴方なりの『答え』を見つけなさい』

 

『・・・・アリーゼさん』

 

『ん?何?格好いいこと言われて、お姉ちゃんのこと好きになっちゃった?』

 

『何言ってるのか、わからないよ・・・』

 

『がーんっ!?』

 

 

まぁ話としては少年には理解が難しすぎたし、アリーゼは

 

『アリーゼ、寝巻きの格好で外に出ないで頂戴』

『アリーゼ、こんなところで魔法を使って、火事でも起こすつもりですか?』

『団長様?なにやら随分盛っておられたようでございますが・・・野外プレイも結構ですがもう少し声を抑えていただけますか?近所迷惑でございます』

 

などと散々な言われようで、しくしくと汗を流しに風呂場に行ってしまうが

 

『アリーゼさん』

『ん?どうしたの、ベル。一緒に入る?』

『それはまた今度』

『えー・・・じゃあ、どうしたの?』

 

自分でも何を言おうとしたのか、わからなくなったのかモジモジとしてそれを年上の女性達は微笑ましく眺めていて少年はシャツをぎゅっと掴んで顔を真っ赤にして

 

『アリーゼさん達を、恨んでいたりは・・・してない、よ』

 

それだけ言って、少年は女神のもとに駆け寄ってベッドに潜り込んだ。

ぽかん、とするアリーゼではあったけれど、彼女は少し遅れてニコニコとしながら衣服を脱ぎ捨て風呂場に行くのだった。

 

その日の出来事、その炎を見たときから、別に命を救われたというわけでもないけれど、確かに少年は温もりを得た。故に、それは少年にとってアリーゼは

 

 

紛れもなく、英雄になったのだ。

 

少年の道を明るく照らし続ける英雄に。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ベル・・・付与魔法(アガリス・アルヴェシンス)を展開して、構えなさい。」

「!」

「たぶん、魔石ごと破壊できるかわからないから・・・・ベルがトドメを刺して」

「・・・わかった。」

 

剣を下段で構えたままのアリーゼは少年に指示を出す。

それを素直に聞いて、付与魔法を展開し槍を構え『黒いミノタウロス』との最後の突撃のように片手を地に着け、いつでも疾走できるように構えた。

 

階層主の行動を止めようと、あるいはその巨体を地に落としてやろうと、執拗なまでに二本の脚が狙われていく。想像を絶する鉄壁振りよって歩みこそ完全に止められないものの、前衛攻役(アタッカー)の波状攻撃によってゴライアスの動きは確実に鈍っていた。そして彼等が奮闘するなか、とうとう魔導士達の詠唱が完了する。

 

 

「前衛、引けえぇっ! でかいのぶち込むぞ! 蒸発したくなかったら引きやがれえぇっ!」

 

 

前線に号令が飛ぶと同時、アスフィや桜花、他の前衛攻役(アタッカー)達はただちにゴライアスのもとから離れた。ちょうど包囲網の中心に誘導されていたモンスターは、周囲で高まっている魔力の塊にその赤眼を見開く。もう遅いとばかりに魔導士達はそれぞれの杖を振り上げた。魔法円(マジックサークル)の輝きが弾け、次の瞬間、怒涛のような一斉射撃が火蓋を切る。

 

『―――――――ッッ!?』

 

連続で見舞われる多属性の攻撃魔法。

火炎弾が着弾すれば雷の槍が突き刺さり、氷柱の雨と風の渦が炸裂する。一部『魔剣』の攻撃も加わり、階層主の巨躯が砲火の光に塗りつぶされた。

 

やがて魔導士達の一斉射撃が止み聴覚を麻痺させるほどの爆音が途切れ、全ての冒険者達が固唾を呑んで砲撃中心地を見守る中、立ちこめた煙が薄れるとともに、どんっとゴライアスの片膝が地に着いた。顔面部分を始めとした黒い体皮は傷つき、抉れ、赤い血肉を晒しており口からは蒸気のような白い呼気が、消耗の深さを物語るように大量に吐き出されていた。

 

そこに、さらに追い討ちをかけるように

 

神武闘征(しんぶとうせい)――【フツノミタマ】ッッ!!」

 

頭を垂れるゴライアスに、極東の少女が重力の結界で押さえつけた。

半径10Mに及ぶ巨大なドーム状の力場。それを確認したアリーゼが、動く。

 

ブーツに収束された白い炎は、通常よりもはるかに高威力で地面を抉り、1歩1歩が速い。

そして、全身に纏わせていた白い炎を一気に剣に収束。剣はその炎の熱で伸長し、真っ白に発光。ボトボトと地面に、液状化した鉄が零れ落ちる。

 

そのまま白く発光する炎の塊と化した剣を、アリーゼは下段から斜めに切り上げて解き放った。それは、アリーゼにしかできない、紛れもなく『英雄の一撃』。

 

「―――【全開炎力(アルヴァーナ)光炎(フレア)】ッッ!!」

 

集束された炎が光炎(フレア)となり、甲高い音と共にゴライアスの右横腹からそのまま左上斜めに焼き斬り、蒸発させ、ゴライアスの遥か背後の壁面にまで傷を生んだ。重力の結果が消失し、ゴライアスの下半身はただ巨大な魔石を露出させて自己治癒を行おうとしているのか、肉をブクブクと言わせていた。

 

アリーゼはスキルと魔法を同時に解除し、柄しか残らなかった剣を手放し、地面に両手両膝をついて大量の汗を流し後方のベルに大声で指示を出した。

 

 

「ごめんベル、ズレたッ!! そのまま魔石を砕きなさい!!」

 

その大声と共に、少年は低い姿勢のまま疾走。

最も信頼している姉の炎を纏い、真似事をするようにブーツに炎を収束させて真っ直ぐ、一直線にゴライアスへと接近。重力の結界のせいで崖のようになってしまったところで飛び上がり、【狩人の矢(ヴェロス・キニゴス)】に炎を集め、炎の槍を投擲した。

 

「ぁあああああああああああっ!!」

 

火災旋風(かさいせんぷう)のように炎を渦巻かせた銀の槍が、再生しようとする肉ごと魔石を焼き砕く。

 

 

巨人がいた場所には、大量の灰と火の粉が宙を舞っていた。




ビームサーベルというか、バーナーぶん回して焼き斬る感じ。


13kや


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必殺技とは

ローグタウンは終わりです。


「・・・・・・」

 

ちゃぷちゃぷと、水が体を優しく叩く音が森の中で響いている。

つい数分前までの戦闘など嘘のように、静けさに包まれていた。

 

ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ。

 

赤い髪に緑の瞳の美女が、裸で水面に浮いて気持ち良さそうに瞼を閉じていた。

 

「ふぅー・・・・また武器と防具でお金がかかっちゃうわ・・・」

 

自らの魔法とスキルによって、産まれたばかりのわんぱく褐色っ子の『ゴライアス君』は彼女の一撃をもって腰から上を蒸発させその後、トドメの一撃として少年が投擲した槍によって完全に消滅した。被害はもちろん出ただろうが、怪我人は幸いにも現在【戦場の聖女(デア・セイント)】がいて絶賛、治癒中だ。リヴィラの街そのものは、黒いゴライアス誕生前の異常事態(イレギュラー)もあって瓦礫の撤去途中だったために特にこれと言って被害はない。むしろ復興後に出てこなくて良かったとさえ思える。

 

「体に熱がこもるのも困りものね・・・。」

 

形の良いハリのある胸を水面に浮かびながら両手で覆っては寄せて水を全身にかけていく。

全開炎力・光炎(アルヴァーナ・フレア)の使用後、彼女が持っていた剣は溶け、身に着けていた防具も溶けて消失。衣類は下着ごと大量に噴出した汗でぐっしょりと濡れてしまい体に張り付いて透けてしまうほどだった。防具が溶けるのに巻き込まれて衣類まで溶けてなくてよかったが、さすがにボロボロになってしまっているために、現在アスフィが代えのシャツを取りに行っていた。

 

「それまでは私、裸でベルのポンチョを羽織るしかないのよね。まぁ・・・ベルが喜んでくれるなら裸シャツだろうがやってあげるんだけど・・・はぁ、また泣かせちゃったなぁ」

 

ゴライアスにトドメを刺したベルはアリーゼのもとに戻るも、彼女はスキルの反動で大量の汗でぐっしょり。さらには地面に倒れ伏した状態だったためにベルは盛大に勘違い。

 

『アリーゼさんが死んだっ!!アリーゼさん、アリーゼさぁん!!』

 

そう言って泣き喚き、彼女の体をゆすろうとして―――

 

『ベル・クラネル! 今、彼女に触ってはいけません!!』

 

体に触れて、手に火傷を負ってしまっていた。

彼女からしてみれば、体が熱く火照り、胸焼けだとか熱中症のような状態なわけで休んでいれば元通りなのだが、それは周りからしてみれば別で他人に触れれば普通に火傷するほどの高熱を放っていた。考えなしに勘違いして火傷を負ってしまい、少年は聖女に雷を落とされ、治療され、今現在はショゲて彼女が体を冷やしている泉の岸で足をつけて彼女の衣類を抱きしめていた。

 

「ベルー、私の服、洗ってくれたんなら干してて欲しいんだけどー」

「・・・・・」

「心配させちゃったのは謝るからぁ・・・代えのシャツはアスフィが用意してくれるけど、下着とかはさすがにある程度乾かしておきたいのよー。ビショビショで帰りたくないしー」

「・・・・」

「それとも、あれかしら? ベルったら大好きなお姉ちゃんの汗の匂いをクンカクンカしちゃう変態さんだったのかしら?」

「死んだと思った」

「・・・・ごめん」

 

怪物祭(モンスター・フィリア)の時に女神が倒れた時のことでも思い出したのか、少年は恨めしげにアリーゼの衣類を抱きしめながら睨みつけている。それを申し訳なさ全開で謝罪。

 

「・・・・」

「・・・・」

 

沈黙が生まれる。

黒いゴライアスを倒した際、大量の灰の上に残されていたドロップアイテム――『ゴライアスの硬皮』は、シャクティ等【ガネーシャ・ファミリア】によって回収後、【アストレア・ファミリア】に送られるらしくリヴィラのならず者達は血の涙を流しながら『実際ぶっ倒したのはテメェ等だし【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】がいなかったら被害はもっとでかかった』と言って譲ってくれた。いや、ほんと、血の涙を流しながら。

 

 

「ベル」

「?」

 

沈黙の後、アリーゼは少年を呼ぶ。

相変わらず水面に浮かび天井の水晶を眺めながら、パシャパシャと両手で水を自らの顔にかける。

 

私の服(それ)干して、貴方も入ってきなさいよ。さすがにもう大丈夫よ、温かいお風呂程度だから」

「・・・わかった」

 

少年は一度岸から立ち上がり、近くの木の枝にアリーゼの衣類を干して自分も服を脱いで泉に入りアリーゼに近づいていく。顔は相変わらずしょんぼりとして前髪で顔を隠していてアリーゼは少し溜息をついて仰向けで浮いていたのをやめ少年に向き合って立つ。前髪をゆっくりと掻き分け、額に口付けをする。その行為にキョトンとする少年に、今度はデコピンを繰り出した。

 

「えいっ☆」

 

ピンッ!

 

「いっ!?」

 

決して深くはない、腰より少し上――ヘソ辺りの水深の泉でデコピンをされた少年は後ろに倒れこみアリーゼに手を引かれて再び立ち上がり、抱きしめられた。裸の美女と少年が抱き合う光景であるが、残念、ここには『覗きは男の浪漫だぜ』と言って覗きに来る橙黄色の髪の神もいなければ、モンスターもいない。少年のスキルで周囲には誰も彼もいないことは把握済みなわけで、そう、完全に2人だけの世界だった。少しだけ顔を赤くする少年に微笑を浮かべるアリーゼはこれでもかと抱きしめて揺さぶる。少年の胸板でたわわな果実が何度も形を変えた。

 

「大丈夫よベル。大丈夫」

「・・・・」

「そう簡単に私達は死なないわ。」

「・・・・うん」

「だって、ベルはもう私達なしじゃ満足できない体なんですもの!ふふん!」

「・・・・うん」

「あら、否定しないのね」

「・・・うん」

「その『うん』、ちょっと可愛いわね。」

「水、温かい」

「私の体が熱かったからね。」

「アリーゼさん、なんか、アレだね」

「?」

 

なんだろうか、何がアレなんだろうか?『体が火照ってしかたがないの・・・ベル、慰めて?』と言ってほしいのだろうか?と色ボケ全開なことを考えていたが、次に少年が言う言葉に頬をひくつかせる。

 

「『全自動湯沸かし器』みたいだね」

「だ、誰が魔石製品よ!?」

「だって、熱くなったアリーゼさんを水につけるとお湯になr・・・むぎゅっ!?」

「ふ、ふふふ・・・・そ、それ以上言わせないわ・・・輝夜達にだって昔それでからかわれたのに。『団長様?今月は少しばかり出費がかさみますので、団長様のスキルでお風呂を沸かしていただけませんか?』って言われたのよ!?二度と言えない様に、この悪い口には暫く私が蹂躙してあげるわ!」

「んぐ・・・・むぐぐぐっ!?」

 

魔石製品みたいだと言われたアリーゼは、少年の口を強引に奪い、口内を蹂躙。

未だ少しばかり火照った体の熱を少年に移すように蹂躙、蹂躙、蹂躙。

僅かに残った真っ白な湯気さんが、ここぞとばかりに最後の力を振り絞って仕事をこなしてくれるおかげで、これ以上先の展開は発生しないのだ。唾液の糸で橋をつくりながら、漸くアリーゼが唇を離すと少年はすっかりデキあがってしまっていてアリーゼが支えてやらなければ立てなくなってしまっていた。

 

「あれ、やりすぎた?」

「ふぁ・・・あ、熱い・・・こんな・・・初めて・・・」

「生娘みたいなこと言わないの」

「きゅぅ・・・」

「茹兎・・・ごくり。はっ!駄目駄目、さすがにこれ以上は駄目。誰か来るかもしれないし。」

 

アリーゼは少年を抱き寄せながら肩ほどまで浸かれる場所まで移動して腰を下ろし、足を開きその間に少年を座らせて背後から抱きしめる。茹兎になった少年はトロンとした瞳で姉の体にもたれかかり、ぼけぇーと水面を見つめている。

 

「・・・・・」

「・・・・ごくり」

 

また、沈黙が生まれる。

いや、1人だけちょっといけない気分になっているが特に会話もなく体を優しく叩く水の感触を楽しんでいた。

 

 

数分後、少年はようやく動き背後のアリーゼの顔を見ようと自分の顔を横に向けて見つめてきてアリーゼはそれに対して、ニッコリと微笑む。

 

少年がまた、赤面する。

そして気になってしまうのか、指を伸ばし、唇をなぞる。

 

「・・・したいの?」

「僕も・・・アリーゼさんみたいな、必殺技、できるかな」

 

『したいの?』については解答が返ってこなかったが、少年は唇をなぞりながらそんなことを言ってくる。

 

 

『必殺技』。

 

それは古今東西、戦う男の子女の子が憧れるもの。

天元突破しそうなドリルだとか、謎の流派の剣術だとか、移動術だとか、御伽噺ではよくある、アレだ。そう言えば以前、入団希望だと言ってやってきた金髪マッチョの、女神曰く『1人だけ画風が違う』という人物・・・まぁ、彼は厚化粧をして肉襦袢を着ているだけのその辺にいた浮浪者だったわけだけど女神が言うには天界にたまたま転がっていた御伽噺に出てくる登場人物の格好だとかでその御伽噺の人物は『パンチで天候を変えた』とか言っていたなぁ・・・とアリーゼは『必殺技』について思考を巡らせている際にそんなことを思い出した。

 

 

( まぁ、ベルの魔法がそもそも『必殺技』だと思うんだけどね。というか、私のはただ剣を振り上げただけだし。必殺技とは少し違うというか・・・でも、この子は必殺技だって言うし・・・うーん )

 

やはりこの子も男の子なんだな、そういうお年頃なのね、と大人な笑みを持って少年の頭を撫でてやる。

 

「ベルは・・・そうねぇ・・・あ、ほら、『炎雷の槍(ファイア・ボルト)』があるじゃない!私、アレ格好いいなぁって思うわよ?」

「えへへ・・・でもあれ、1人じゃできないんですよ?」

「あれ、そうなの?」

「えと、1人でするなら、魔剣を使わなきゃいけないし・・・あの時は確か、復讐者(シャトー・ディフ)のカウントダウン・・・これ、ライラさんが『前にあった英雄羨望のチャージが引き継がれて強制的に行われてる』んじゃないかって言ってて、その通りなんだけど」

「うんうん」

「アイズさんの『風』があったから、制御がうまくできてたってだけで・・・だからえっと」

「ああ、そういえば神様達が『あれは合体必殺技』とか言ってたわね。なるほど、あなた1人でやろうとしても威力とかが違うのね?」

「うん・・・それに、真っ直ぐにしか進めないから避けられたら不発に終わっちゃう」

「真っ直ぐ進むか、投擲するかの2つなのね・・・ナイフはどう?試してみた?あれってベルの魔法で震動するでしょ?」

 

ナイフではどうなのか?と提案。

魔法の効果で現在は任意で震動させることができるようになり、これには街中の鍛冶師たちが涙を流して歓喜。『お前を第2の大切断って言わなくて済む・・・!』などと言われていたのをアリーゼは聞いたが、女神から頂戴した鏡のような刀身のナイフはその震動で青にまで変色する。温度だけで言うならアリーゼよりも威力が上のはずだ。

 

「アリーゼさんみたいに、さっきのはできないよ」

「そりゃぁねぇ・・・でも、ナイフそのものは私のさっきの技より上な気がするのよ。それをさらに復讐者(シャトー・ディフ)の効果でチャージしてみたら?あ、でも今は聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)が勝手に発動するんだっけ?無効化されるの?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。何ていえばいいんだろ・・・『安全装置』みたいな感じ?」

「じゃあ、その聖火もあわせてチャージしたら・・・ほら、何かできそうじゃない?」

 

2人して、

 

星の刃(アストラル・ナイフ)+【サタナス・ヴェーリオン】+聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の聖火付与+復讐者(シャトー・ディフ)カウントダウン(強制チャージ)=???

 

という図式を思い浮かべる。

アリーゼはふと、『あれ、つまりこの子の場合・・・超振動ナイフになるのかしら?』と考え至るが、2人が思い浮かべるその光景は、青く輝く軌跡を描きながら猛スピードで敵に向かっていく英雄(少年)の姿だった。

 

 

「なんかいいわね。かっこよさそう・・・」

「名前は?」

「名前?いるの?」

「アイズさんが、『名前を叫んだほうが威力が上がる』って」

「へぇ~・・・・うーん・・・でも、自分で決めるのがいいわよ。何かないの?」

「うーん・・・」

 

いつの間にか少年はアリーゼに向き直って背中に腕を回し抱きつき、アリーゼもまた抱きしめ返し、うーんうーんと唸りながら少年はふと、口にする。

 

「えと・・・『ステラアアアアア』は?」

「却下。なんか死にそう」

「むむ・・・星の刃(アストラル・ナイフ)・・・星・・・アストレア様・・・えと、【星の終わる時(スピカ・デッドエンド)】・・・は?」

「・・・・あんた、恥ずかしくないの?」

「ぶくぶくぶくぶく・・・」

「男の子はそういう『時期』があるのかもしれないけど、お願いだから【フレイヤ・ファミリア】のヘグニさんみたいなのはやめてね?眼帯つけたりとかやめてね?お願いよ?」

「ヘグニさん?」

「右眼が疼いたりとかしてない?大丈夫?」

「???」

「ご、ごめん、なんでもないわ。その、そんな綺麗な瞳で見つめてこないで・・・私が恥ずかしくなるから」

 

 

「裸で抱き合っておいて、それ以上に恥かしいことがあるのであれば、是非教えていただきたいのですが」

 

 

2人の会話に突如割って入ってくる声に、2人は揃って肩を揺らす。

スキルで気付いてた?と問いかけるも、『ごめんなさい、意識してなかった』と言われ、声の主に振り返ってみるとそこにはジト目をした聖女がいた。アリーゼの代えの服を持って。

 

「あ、あれ?アスフィは?」

「疲れたので私にアリーゼさんの代えの服を渡して【タケミカヅチ・ファミリア】の方々と先に帰られましたよ」

「え、えぇ・・・」

「何をしていたのですか?まさか、こんなところで・・・」

「あら、夫婦の時間なんだから詮索はナシよアミッドちゃん」

「夫・・・婦・・・?」

「なんでもないわ、こっちの話!ね、ベル?」

「う、うん」

「どうしたのよ、ベル」

「どうかされましたか、ベルさん」

「いやその、アミッドさん来ちゃったから隠れてる」

「貴方の裸なら、治療院で入院中にすでに見てますが」

「えぇっ!?」

「当然でしょう、でなければ誰が貴方の体を拭いたりするのですか。ご安心を、貴方の裸を見て発情するようなそこの女性とは違いますので」

「し、してないわよ!?」

 

『いい加減、出てきてもらえません?』と言われアリーゼはバシャバシャと音を立てて立ち上がり、泉から上がり体を拭きアミッドから着替えを受け取り着替えていく。

 

「ベルさんも・・・大丈夫とは思いますが、いつまでもそうしていると風邪を引いてしまいますよ?」

「いやその・・・えと・・・アミッドさんは他派閥の人だし・・・」

「何今更恥かしがってるのよベル。普段から恥かしがりなさいよ」

「どこに怒っているのですか?」

「普段も恥かしくないわけじゃないんだよ?」

「とにかく・・・ほら、タオルです。どうぞ」

「あ、ありがとうございます・・・」

 

仕事に真面目な湯気さんはいつの間にやら退勤してしまったらしく、少年と美女の体を隠す要素はすでになく、少年は聖女からタオルを受け取り体を拭き着替え髪を拭きずらそうにしているのを見抜かれて聖女にゴシゴシと拭かれる。そんな光景を見ていたアリーゼは『これが友達以上恋人未満の関係なのかしら?よくわからないわね』などと言っているが、彼女の手には彼女の下着があった。

 

「アリーゼさん?下着は?」

「まだ乾いてないから着けないわよ?着けたら濡れちゃうでしょ?」

「そのまま帰るの?」

「まさか。もう1泊してから帰るわ。・・・さすがにアストレア様に心配されるでしょうけど、今回は仕方ないわ。アミッドちゃんもそれでいいでしょ?」

「まあ私は護衛をしてもらわなくてはいけませんし・・・ああ、そういえばヴィリーさんがベルさんに謝罪しておいてくれって言ってましたよ」

「?」

「何でもベルさんが【ヘラ・ファミリア】のエンブレムの入ったローブを着用しているのを見かけたことがあったのを思い出したそうで、ベルさんが倒れる少し前に『大抗争』の話を少ししたとかで・・・『不謹慎なこと言って悪かった』と。」

「別に気にしなくても・・・」

「あの方は優しい方ですので。また泊まりに来るなら安くしてくれるみたいですよ」

「よし! じゃあ、行きましょう! また3人で寝るわ!」

「え、またですか、アリーゼさん?」

「別にいいじゃないアミッドちゃん。安眠できるしベルと一緒にお風呂入ると不思議と傷の治りも早いし・・・右手に兎。左手に美少女。うーん・・・最っ高!!」

 

まるで、下卑たおじさんのようなことを言うアリーゼを先頭に、少年と聖女は後を追うように片方は『そういえば輝夜さんも僕がいると治りが早いって言ってたなぁ』と呟きながらトコトコと歩き聖女は『また同衾ですか・・・何故でしょうか、流れに逆らえません。これは外堀が徐々に埋められているのでは?』と困ったように溜息をついた。

 

 

「ベルー」

「はーい」

「宿に行く前に最後に教えて上げるわー!」

 

前方を歩くアリーゼは振り返ることなく、声を張り上げて今回のデート?の最後の授業を開始。

 

「ここがどうして『リヴィラ』って言うのか知らないでしょー?」

「うん!」

「むかしむかし、こんなダンジョンの奥深くに街を築いたバカがいたのよ。それで、その人は女性で、すっごく強くていい女だったらしいわ。」

「アリーゼさんも、『いい女』だと思うよー」

「きゃー、ありがとーベルー!」

「アミッドさんも」

「私を巻き込まないでくださいベルさん・・・それでアリーゼさん、続きは?」

「こほん・・・その人の名は、『リヴィラ・サンティリーニ』。その名にちなんで付けられた、この街は・・・今もここにいるならず者達が愛する、極上の女みたいな街なんですって」

 

 

森を抜け、戦闘の被害など忘れたかのようにいそいそと動く宿場街(リヴィラ)のならず者達を少年は見ては『おう兎、最後の技、イカしてたぜ!』とか『倒れたって聞いたけど元気そうじゃない』などと声をかけられては邪神にちょっかいを出されたことを忘れて姉の手を握り宿へと向かっていく。

 

 

「お義母さんも・・・ここが好きだったのかなあ・・・」

 

暗い顔などしていないのに、ポロっとそんなことを少年が言うものだからアミッドは少年がふらっとどこかへ行かないように手を取り横を歩く。

 

「――――アミッドさん?」

「ベルさん・・・『死者との再会』は不可能です。お願いですから、しっかりしてください」

「?」

 

その言葉に対して、理解しているのかしていないのか定かではないが、『あたりまえじゃないですか』というような顔をしながら首を傾げる少年に聖女は溜息をついてジトっとした目を向けながら

 

 

「何度でも言いますが・・・勝手に遠くへ行かないように。」

「?」

「寂しいのなら、いつでも我が治療院へ。話し相手くらいにはなりますよ」

「アミッドさんのところには必ず行きますよ?お手伝いもありますし」

「そうでしたね・・・ええ、そうですね。そうしてください」

「アミッドちゃん・・・やっぱりベルが好きなんじゃないかしら・・・」

「アリーゼさんはベルさんの前から決していなくならないように」

「アッハイ」

 

その後はやはりというか、また宿泊してくれたことに気をよくしたヴィリーが晩御飯をご馳走して3人でそれを食べ、眠り、翌日に地上に帰還しアミッドを治療院に送り届けて―――

 

 

「2人とも、無断外泊。長いわ」

「すいませぇん・・・事情はちゃんと話しますぅ・・」

 

 

女神の前でションボリ顔で正座する2人の姿があったそうな。

 




次から精霊郷できたらいいな。

・スピカとはおとめ座のα星。
・乙女座は、ギリシャ神話でアストレア様、ペルセフォネ、あるいはデメテル自身の姿に見立てられ、スピカは女神の手にした麦の穂の位置に輝いているそうです。


コトバンクより。

スピカという言葉をふと浮かんで、調べたら乙女座(アストレア様)がでてきてひゃっほいしてしまいました。


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妖精輪舞曲
街娘vs白兎


「むぅー・・・・」

「―――あ、あの、シルさん?」

「はいっ、なんでしょうか、ベルさんっ!」

「こ、怖いです・・・」

 

 

黒いゴライアスの一件から5日ほどたった頃、少年は『豊穣の女主人』で待ち合わせをしていた。

待ち合わせの相手は狐人の少女。

買出しに出るとのことで特にすることもなく同行する事になり、その次いでとばかりに専属鍛冶師のもとに『ゴライアスの硬皮』を持っていき自分の用事が終わったために現在は通りかかった際に捕まってしまったが故に酒場にて薄鈍色の少女に詰め寄られていた。

 

 

「どうしてベルさんはぁ~お店に来てくれないんですかぁ~」

 

ニコニコとしているが、とても笑っている様には見えず少年は『これが所謂暗黒微笑なるものなのか』と内心思っていた。彼女はニコニコしながら、か細い指で少年の頬をつついたり、つつーっと胸元をなぞったりとしていて決して逃がさないという意思でもあるのか椅子をくっつけて密着までしてきていた。

 

 

「だ、だって・・・アリーゼさんが『シルさんは怖い子だから、ベルなんてペロッと食べられて搾りカスにされちゃうから1人で行っちゃだめよ』って。」

 

その一言で、少女は一瞬、真顔になり改めて微笑みを浮かべて顔を近づけてくる。

鼻と鼻がくっつきそうなほどに。

業務中の他の店員達は揃って

 

『うわっ、やっべ』

『あちゃー冒険者君、終わったねぇ』

『おおっ修羅場にゃ』

 

などと言っては面白そうにニヤニヤしていた。

すぐに拳骨が落とされていたが。

 

 

「私・・・そんなに怖いですか?」

 

瞼に涙を浮かべウルウルとさせて見つめてくる彼女に少年は『うっ・・』と罪悪感に胸を締め付けられる。けれど少年は知らない。これこそが薄鈍色髪の少女――シル・フローヴァの魔性なのだ。

 

「うっ・・・そ、それに・・・ええっと、ほら、僕のファミリア、別に外食するほどでもないですし」

 

「ミア母さーん、パスタお願いしまーす!」

 

「シルさん!?」

 

「あいよ」 

 

ドン!!と巨大な皿と共に机に置かれたパスタに少年は震え上がった。

 

 

(ひ、1人で食べれる量じゃないよ・・・リューさん助けて!! )

 

貴方の友達でしょう!?何とかしてくださいよぉ!!と心の中で叫びあがるが、しかし悲しいかな。彼女は現在、黒いゴライアスの一件で武器防具を溶かしてしまったアリーゼの金策のために共にダンジョンに潜ってしまっているため2,3日は留守にしているのだ。

 

 

「せっかく知り合いになったのに・・・仲良くできないなんて悲しいです・・・しくしく・・・」

「うぅぅ・・・た、たまに来ますから、そんな顔しないでくださぁい!」

 

 

これが、【ロキ・ファミリア】のツンデレ狼だったのならば

 

『フン、俺は雑魚には用はねえ!弱い女が俺に近づいてくるんじゃねぇ!!』

 

と言っているのかもしれないが、少年にそこまで言えるだけの度胸はない。というか、言ったら何されるかわからなかった。

 

「はい、あーん!」

「あ、あーん」

「じゃあ、次はベルさんの番ですね!」

「え?」

「してくれないんですか?リューから聞きましたよ?ファミリアのお姉さん達と毎日食べさせあいをしてるって」

「毎日じゃないですよ!!」

「へぇ、つまりしてはいるんですね」

「くっ・・・だって、仕方ないじゃないですか」

「何がですか?」

「―――『姉の言うことは絶対』なんですよ」

「へぇ~・・・それって私も含まれますよね?」

「え?」

「だって私、ベルさんより年上ですし」

「・・・・・!」

 

 

少年はまんまと少女に言いくるめられていた。

恐るべしシル・フローヴァ。

猛スピードで少年との謎に遠い距離感をつめにきていた。

少年は少女からフォークを受け取り、くるくるとパスタを巻いてその小さな口に運んでいく。

 

 

「あ・・・あーん」

「ふふっ・・・あーんっ。ん~美味しい!」

「うぅぅ・・・春姫さん早く来てぇ」

「ベルさん、口にソースがついてますよ」

「むぐぅ・・・」

 

口周りの汚れを拭き取られ、春姫が来るまでの間、少年は少女との食べさせあいを続行させられた。逃げたいが、カウンターから『食い逃げしたらタダじゃ済まさないよ』とでも言いたげな圧を感じるし、店員の1人からは

 

『ごめんね冒険者君。ほら、から揚げ、サービスしてあげるから。男の子はから揚げ好きだよね』

 

などと言われて何故かテーブルに追加で料理を置かれる始末!!

少年は改めて学んだ。

 

 

( 豊穣の女主人は、ただの酒場じゃない・・・!! )

 

少年は諦め、くるくるくるくるくるくるとパスタを巻いてはシルの口に押し付けて行った。

 

「シルさん!あーん!」

「あ、あー・・・って入らないですよこんなに大きいの!?」

「シルさん女の子でしょ、はいりますって!ほぐせばいいんです!」

「ベルさん!?」

「ほらっ!シルさんが頼んだんだから!!」

「ま、待って、待ってベルさん!意地悪したの謝ります!謝らせてください!こ、壊れちゃう、壊れちゃうからぁっ!?」

 

小さな口に無理やり入れられていくパスタ。

少女の瞼からは涙が浮かび、けれど少年もまた涙を浮かべて反撃を続行。

 

『ねぇ、あの2人の会話、ちょっとやらしくない?』

『こ、こわれりゅぅぅぅぅぅ・・・ぷふっやべーにゃっwww』

『シルがあんな、ぶっといの咥えこんでるにゃ・・・ぱねぇ・・・シルさんマジぱねぇ・・・』

 

シルを助けてくれる味方もこの日は何故かいなかった。

シルは心の中で少年の姉であり友人のエルフを思い浮かべて必死に助けを求めた。

 

( リュー助けて!! このままじゃベルさんに壊されちゃうっ!! 美味しくいただく前に、美味しくいただいて貰う前に、壊されちゃうよぉ!! )

 

しかし残念なことに彼女は今、ファミリアの団長の金策のためにダンジョン探索に同行しているために留守のため助けてもらうことなど叶わない。もしこの場にいたのならば、彼女の口にぶち込むんでいるところなのだがどうやら今日はそういうわけにはいかないらしい。シルは知らず知らずのうちに少年のキャパを踏み越え、若干泣かせて、まんまと返り討ちにあっていた。

 

 

「ほらシルさん、から揚げ!」

「むぐっ!?」

「いっぱい食べて大きくなりましょうね!」

「そ、それベルさ・・・むごぉっ!?」

「はい、お水!」

「んぐっ、んごっ、んごっ・・・ぷはぁ・・・あ、あの、ベルさん、もう許してください・・・お願いします!私の負けですからぁ!?これ以上は太っちゃいますぅ!?」

「大丈夫です、シルさん綺麗ですから!」

「へっ!?」

「食べた分もきっと、どこかに吸収されちゃうんです!アリーゼさんが言ってましたよ!」

 

シルは、『うぷっ』となりながらフォークを握る少年の手をなんとか握り締め、必死に訴えかけた。『綺麗です!』と褒められた気がするが、今の彼女にそれに対してお礼を言ってやれるほどの余裕などなかった。

 

街娘(シル)敗北の瞬間である。

 

 

「も、もう・・・意地悪しないですか・・・?」

「は、はいっ・・・ぜぇ、ぜぇ・・・ベルさんに会えなくてつい、やりすぎちゃいまし・・・うぷっ・・・ごめんなさい」

「ア、アリーゼさんかリューさんと一緒に・・・たまに来ますから・・・」

「わ、わかりました・・・それで手を打ちましょう・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・その、ベルさん・・・えと・・と、友達から始めませんか?その、こういうのは・・・」

「そ、そうです・・・ね・・・」

「じゃ、じゃぁ・・・仲直りの握手、しましょう?」

 

口を押さえながらシルはぷるぷると手を差し出すと少年もおずおずと手を出して、握手。お互い口周りが汚いということも忘れ、なんなら同じフォークで食べさせあい同じコップまで使って・・・関節キスまでしているというというのに、そんなことは思考から完全にシャットアウトされている。どういうわけか2人は、やりきった顔になっていた。

 

そして―――

 

 

「げ、限界・・・」

「む、むりぃ・・」

 

 

バタン。と2人して見詰め合うようにしてテーブルに突っ伏して気絶し数分後にやってきた春姫はその『見てはいけないもの』を見てしまったかのような悲鳴を上げた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「うぎぃ・・・」

「だ、大丈夫でございますかベル様・・・」

「横になりたいですぅ・・・」

「ビックリしました・・・酒場に入ったら気絶されているものですから」

「こ、こわれりゅぅ・・・」

 

買物後、荷物持ちをしてくれるはずの少年はグロッキー状態で何とか歩いており、春姫が何も荷物を持っていなかったならば背負って帰るのだがそれも叶わずなんともいえない顔で横を歩く少年を見つめていた。

 

 

「シル様・・・でしたか、あのお方はあの後お仕事できるのでしょうか」

「さ、さぁ・・・お腹さすってあげたら、ちょっと膨らんでました」

「それは言わないほうがよろしいかと・・・」

「『元気な子ですね、シルさん!!』って言ってあげたら、悔しそうにしてました!僕、初めて女の子に勝てた気がします!」

「次回、やり返される未来しか見えないのでございますが・・・」

「次も僕が勝ちます!きっと!」

「うぅーん・・・で、ですが、その、女性の口に・・・無理やり突っ込むのはやはり良くないのでは?いえ、私はベル様であれば・・・」

「最初に突っ込んできたのはシルさんですよ?それに春姫さん、僕が前に退院して帰って来たときに自分だけ満足して気絶してたじゃないですか」

「はうっ」

 

 

春姫に対して何かこう、むっとしてしまい、お仕置きとばかりに尻尾を掴む。彼女の両手は荷物で塞がっているため手を繋ぐ代わりに尻尾を掴む事にしたのだ。春姫はどことなく、嬉しそうだった。

 

『おい、デメテル。顔色が悪いぞ、大丈夫か?』

 

「ん?この声は――」

「確か、タケミカヅチ様だったかと・・・ええっと、ほら、あちらでございます」

 

2人で歩いてしょうもない会話をしていると、ふと近くから知り合いの神の声が聞こえ、どこなのかと視線を巡らせていると噴水のある広場――その噴水の前で、武神タケミカヅチと女神デメテルがなにやら会話をしていた。

 

『・・・あら、体調が悪かったのかしら。気がつかなかったわ』

『何を陽気なことを言っている。ほら、顔を貸せ』

 

「春姫さん、あれが、『なんぱ』ってやつでしょうか?」

「さ、さぁ・・・よくわかりませんが、違うのではないでしょうか?」

 

 

2人で2柱(ふたり)を観察していると、タケミカヅチはデメテルに近づいて自分の額をくっつけて体温を確認していた。春姫は『はわわっ!?』と驚き、少年は『僕が調子悪い時、アリーゼさん達がよくしてくれるやつだ』と普通に眺めていた。

 

『熱は・・・ないな』

『あ、あらあらっ・・・駄目よ、タケミカヅチ?こんなこと誰彼構わずやっては。』

 

少年の中の、『おっとり系とんでもねぇでけぇもんを持った女神様』ことデメテルは驚いた顔をして、タケミカヅチに注意するも、タケミカヅチはなんのこっちゃという反応。

 

『馬鹿、お前だからやっているんだ』

『えっ・・・』

 

 

「は、はわわわわ!? タ、タケミカヅチ様とデメテル様はそういうご関係・・・!?」

「?」

 

『飢えていたところに野菜を恵んでもらった恩を俺は忘れないぞ。』

 

少年はタケミカヅチの言動から『つまり、恩人にはそういうことをしても良い』のだと判断。帰ったらさっそくやってみようと決意した。

 

『・・・もうっ、貴方とミアハは女の子に声をかけちゃ駄目っ。』

 

「春姫さん、そろそろ行きませんか?僕、やっぱり横になりたくって・・・」

「あ、そ、そうでございましたね!? 胃薬・・・あったでしょうか・・・」

「大丈夫ですよ、横になっていれば」

「ね、念のためでございます!」

 

2人はそうして、2柱(ふたり)の観察を終え、本拠に向かって歩き出した。

その背後で、タケミカヅチが複数の女性に声をかけられ天然ジゴロっぷりを披露して命に吹っ飛ばされるのだが、それは2人の知らぬことである。

 

そう、2人は盛大な勘違いをしていたのだ。

 

 

( タケミカヅチ様は・・・デメテル様と・・・。命ちゃん、敵が強敵すぎるよぉ・・・)

( アストレア様達にああやってあげれば、喜んでもらえる・・・! )

 

なお、帰宅後リビングで寛いでいたアストレアに『ただいま』を伝えた後に、少年の顔色が食べすぎのせいで悪くなっているのに気がついたアストレアに先に額に額をくっつけて、タケミカヅチがしたことをされてしまい、少年は女神に膝枕をされながら、『僕がやろうと思ってたのに』と悔しさ全開の顔で女神の顔を見つめるのだった。

 

■ ■ ■

 

「・・・・この冒険者依頼(クエスト)は・・・」

 

「同胞よ、どいてくれ。その冒険者依頼(クエスト)が見たい。」

 

「あ、すみません・・・!」

 

『やはり、これか・・・?』

『ああ、これが噂の・・・』

『他の同胞達より早く、申請しよう』

 

 

その日、ギルドではある種族が掲示板の前で張り付くように冒険者依頼(クエスト)を眺めては賑わっていた。それを不思議そうに見つめているのは、山吹族の妖精だ。

 

「レフィーヤ、何をしている?」

「あ、フィルヴィスさん!この冒険者依頼(クエスト)を見てください!」

「これは・・・エルフの言語?共通語ではなく、同胞の文字で依頼が綴られている?」

 

不思議そうな顔をしてレフィーヤのもとにやってきたフィルヴィスに、レフィーヤは賑わいの原因である冒険者依頼(クエスト)を見せる。使われている妖精文字は、レフィーヤ曰く『古代のエルフ文字』で、今まで掲示板で見たことがないというものだった。

 

「・・・つまり、エルフ宛ての依頼、ということか。『聖樹の逸話を語らんとする者、求む』・・・?」

依頼人(クライアント)の名前も記載されていないみたいで。しかも報酬の欄に書いてあるのが・・・」

「『得られるものはエルフとしての矜持のみ』・・・何だ、これは。」

 

逸話やら、矜持のみが得られるだとか、冒険者依頼(クエスト)としてのていが成立していないその冒険者依頼(クエスト)に2人は首を傾げる。

 

「聖樹の逸話と言えば・・・」

「「『欲張り少女と大聖樹』」」

 

のことか、と2人は口をそろえる。

それは、精霊の住まう郷に立つ大聖樹とエルフの少女の話でレフィーヤは子供の頃に読んだことがあるという。

 

「私も似たようなものだが・・・ともあれ、こんな冒険者依頼(クエスト)を受けるのは相当な物好きか、暇人くらいだろう。」

「うーん・・・でも・・・」

「気になるのか?」

「はいぃ・・・」

 

 

そこに偶然、ギルド長が通りかかりレフィーヤは依頼書について聞くも彼は

 

「・・・む?この冒険者依頼(クエスト)を受ける気か?ふんっ、止めておけ。お前らの様な尻の青い小娘に務まるものではない。」

 

と見下し、フィルヴィスは俄然やる気になってしまい少女2人は冒険者依頼(クエスト)を受注することにしたのだが・・・

 

 

 

 

「何故・・・貴方がいるんですか?」

 

 

そこにいたのは、リヴェリアと向き合って本を読んでいる処女雪のような白髪の少年だった。



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妖精x4兎x1

竜とそばかすの姫・・・よかった・・・サントラ買う・・・


「何故・・・貴方がいるんですか?」

 

 

そこにいたのは、翡翠色髪の女性と向き合って本を読んでいる処女雪のような白髪の少年。酒場は人払いがされているのか、喧騒がなくどこか『隠れ家』的な空気を漂わせている。少年は何故か眼鏡をつけており、不思議そうな顔で酒場に入ってきた2人の少女に視線を向けていた。

 

 

「何故って・・・?」

「ん?レフィーヤ?・・・ああ、やれやれ、またロイマンの被害者が増えたか。」

「立て札いりますか?」

「いや、いらん。」

「リ、リヴェリア様ぁぁぁ!?」

「た、立て札とは・・・?」

「『被害者の会』って書いた立て札をここに来た冒険者達の首にかけて帰ってもらってたんです。」

「何の嫌がらせですか!?」

「みんな喜んでましたよ?『おお、リヴェリア様にしてもらえるなんて!』とか『いっそ踏んでください!ゴミを見るような目で!!』とか『ああ、なんて恐れ多い・・・!』とか言ってスキップして帰ってました」

「う、うわぁ・・・・」

 

だいたいこの酒場に来たのは、自分達が先ほど達成させた冒険者依頼(クエスト)の同じく達成者―――つまりは『同胞(エルフ)』なのだろう、とそう理解したレフィーヤはしかし、同胞ながら変態すぎではないか?と思わずにはいられず、そう、ドン引きをした。

 

 

「ところで貴方、眼鏡はどうしたんですか?」

「これですか? えっと、ここに来る途中にリヴェリアさんと本屋に寄ってて、面白そうなのを見つけたので買ったらリヴェリアさんがくれたんです。度無しですよ」

「何事も形が大事だからな」

「さすがリヴェリア様・・・」

 

リヴェリアもまた眼鏡をつけて読書をしていたのか、レフィーヤ達がやってきたことで眼鏡を外し、本を仕舞ってしまうが少年の方は存外に気に入っているのか、眼鏡をクイクイっと動かしていた。

 

 

「―――こほん。それより、その様子だと随分とロイマンに振り回されたようだな。」

「ま、待ってください!どうしてリヴェリア様が!?・・・ってフィルヴィスさんも待ってください!何逃げようとしているんです!」

「放せっ、放せぇー!この汚れた体をリヴェリア様の前に晒すわけにはー!!」

「落ち着いてください。まず、リヴェリア様から説明があります。」

「あ、リューさん。お帰りなさい」

「ただいま、ベル。リヴェリア様に失礼なことはしていませんね?」

「してないですよ?」

「その・・・似合ってますが、クイクイってするのをやめなさい」

「【眼鏡っ、キラーン】ッ!!」

「・・・・誰に教えられた?」

「えっ」

「誰に、教えられた?」

「えと・・・ラウルさん・・・」

「あいつは何をやっているのだ・・・」

「今日も歓楽街に行ってくるって言ってましたよ」

「ふむ、後日、雑務を倍にしてやろう」

 

王族妖精の存在から逃げようとするフィルヴィスに、リューに眼鏡を自慢する少年、そして余計なことを教えたがために後日涙を流しながら机に張り付かされる事が決定したラウル・・・カオスが生まれてしまっていた。

 

「えと・・・貴方は確か、【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンさん?」

「ええ、【千の妖精(サウザンド)】。こうして会うのはいつ以来でしょうか・・・」

「お前達と同じく、冒険者依頼(クエスト)を成功させてしまった同胞だ。」

「何故かベルがいて驚きました・・・貴方はいつからエルフになったのですか?」

「?」

 

リューもまた、武装した格好ではあるがレフィーヤ達と同じく冒険者依頼(クエスト)を成功させてこの酒場に来ているらしく、少女達と同じように店に入ると何故かいる少年に面食らったのだという。

 

「さて、本題に入ろう。といっても、わざわざ来てもらって悪い話ではあるが・・・」

 

「ごくり。」

 

「まず冒険者依頼(クエスト)のことも、ここに私がいたことも全て忘れてくれ。」

 

「えっ・・・?」

 

「あの依頼はロイマンが勝手に出したものでな。私が『精霊郷』に行くと知って。」

 

「・・・『精霊郷』?御伽噺の舞台になった、あの!?あれは創作の筈では・・・!」

 

「『精霊郷』は実在する。私はそこへ、私用で向かう予定だったのだが・・・あの男が、第一級冒険者ひとりでオラリオの外に出るのに難色を示してな・・」

 

「あ・・・つまり、お付のエルフを?」

 

「それもある。が、一番は外聞のためだ。『この時期』の精霊郷は、地位の高い部族のエルフが多く訪れる。」

 

「なるほど。王族をひとりで旅に出したとなれば都市は礼節を疑われ、従者を雇う金もない・・・そう軽んじられると。」

 

「まぁ、一番は迷宮都市の権威云々、といったところだろう。いかにオラリオが優れているか喧伝するのに余念がないからな、あの男は。今回の冒険者依頼も、同胞達の目に適う教養者を選ぶ試験に過ぎん。」

 

 

そんなこんなでロイマンの暴走によって今回の冒険者依頼(クエスト)を受け、振り回される同胞が複数出ており、リヴェリアもまた『義理を果たしてやった、だからこれ以上ロイマンに振り回される必要はない』として、依頼の成功者には直接事情を説明し、謝罪の品を渡そうと待っていたのだという。

 

 

「精霊郷の存在も、私が赴くことも内密に頼む。巻き込んで悪かったな。」

 

「ま、待ってください!で、では、この子は何故、ここにいるんですか!?まさか、古代エルフ文字が読めちゃって冒険者依頼(クエスト)を受注して成功させちゃったとか・・・?」

 

「お前はこの子の説明を聞いていたのか?」

 

「へ?」

 

「『ここに来る途中にリヴェリアさんと本屋に寄ってて・・・』。つまり、この酒場にはそもそも一緒に入ったということだ。」

 

「「!」」

 

「私1人で行くつもりだったが、ロイマンやアリシアたちのことだ・・・『1人では道中危険です』などと言われかねん。そこで、この子だ。」

 

「―――! なるほど、そういうことですか」

 

「ようやく理解したか、リオン」

 

「へ? どういうことですか?」

 

「【千の妖精(サウザンド)】、この子のスキルを覚えていますか?」

 

「・・・・あ」

 

 

思い出したのは、少年の『モンスターに狙われにくい』という特性。

そのスキルの名は、【人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)】。食堂にて『戦闘を行わずにリヴィラまで行ける』とアイズが話しているのをレフィーヤは思い出していた。

 

そう、つまりは

 

 

「『魔除け』扱いをしているようで可哀想だが・・・まぁ、この子がいれば地上のモンスターに襲われる、戦闘を行うことはまずないだろう。それに、この子は『超短文』で強力な魔法もある。故に、この子に直接護衛を依頼したというわけだ」

 

【ロキ・ファミリア】を出る前にリヴェリアはどうしたものかと悩んでいると、部屋にいたアイズに『ベルに頼んじゃ駄目なの?あの子がいたら、地上のモンスターと戦うこと、ないと思うよ?』と言われベルの存在を思い出しその足で【アストレア・ファミリア】に赴き、主神と団長に相談。承諾を得たというわけだ。

 

「ああ、つまり私は丁度その時留守にしていてすれ違いになってしまったということですね・・・」

 

「そういうわけだ。この子の保護者として同じ派閥のエルフ・・・セルティかリオンのどちらかを頼むつもりだったがどちらも留守だったのでな。」

 

「なるほど・・・」

 

冒険者依頼(クエスト)を成功させたのだから、このままリオンに頼むつもりだ。構わないか?」

 

「も、もちろんです!未熟者ですがよろしくお願いいたします・・・! ベ、ベル?アストレア様達は何と?」

 

「えと・・・『たまには外の空気を吸ってきなさい』って。」

 

エルフ3人は、冒険者依頼(クエスト)を達成させたというのに、リューは『え?そもそも保護者として同行してもらうつもりだったが?』という反応をされ、レフィーヤは『そ、そんな・・・』と謎の嫉妬に燃えベルのもとに詰め寄った。

 

 

「ベ、ベル・・・『火の石が流れる、黒い川が映える青い渦に手を伸ばせ、そこに佇む貝が、道を示す』。これ、分かりますか?」

 

「火の石は星で、黒い川は夜空で・・・青い渦は、噴水のことですよね?そこに、貝があったんですか?あ、でも冒険者依頼(クエスト)だからただの貝じゃなくて・・・何かの箱だったり?」

 

「な・・・なぁ・・!?」

 

レフィーヤとフィルヴィスはあちこち歩き回って謎解きをしたというのに、なんならレフィーヤは噴水の中に飛び込んだというのに目の前の少年はペラペラと答えを言ってしまい少女2人は思わず目を見開き震えてしまう。

 

「あ、あなた・・・どうして・・・」

「き、君はその・・・知っているのか?『欲張り少女と大聖樹』を」

 

「・・・知ってますけど」

 

何を言ってるんですか?とでもいいたげに顔を傾げて、答えてくる少年に少女達はさらに動揺。なぜ『聖樹の逸話』を知っているのか、さらに問い詰めてみるも

 

 

「前にリヴェリアさんの部屋に逃げたときに見つけて、でも文字が難しくて読んでもらったんです。」

「何故、当たり前のようにリヴェリア様の部屋にいるんですか!?」

「? アリシアさんだって許可してくれましたよ?」

「というか、他派閥なのに、なんで!?」

「? アイズさんが『戦おう』って連行してくるから・・・」

「う、うぐ・・・・」

「あとリヴェリアさん、お義母さんの知り合いみたいだし・・・」

 

アイズによって中庭で模擬戦をさせられ、いやになると少年は『福音(最弱)』して逃げ出し階段を駆け上がり、【ロキ・ファミリア】のみんなのママであり、アイズのママであるところのリヴェリアの部屋に『突撃、隣のリヴェリアさん』を敢行していた。

 

部屋の前にいたアリシアには、もう見慣れた光景となってしまったのか『リヴェリア様?今は業務中ですので騒がないように。』と普通に通され、後からリヴェリアの部屋にやってきたアイズは突如リヴェリアに正座させられ少年と一緒に読み聞かせをさせられていた。

 

『ご、ごめんリヴェリア。私・・・バイト行かないと』

『ほう・・・お前が、バイトか』

『じゃ、じゃが丸君が私を呼んでる・・・』

 

そう言って、彼女はだいたいいつも逃げている。

ちなみに、実際にバイトはしていない。じゃが丸君の元に行っている理由は『もうすぐスタンプが埋まってじゃが丸君人形がもらえる』からだ。

 

そんな自分達が知らないところで起きているドタバタを聞かされ、リューは頭を抱え、フィルヴィスは『剣姫はバトルジャンキーすぎないか?』と言い、レフィーヤは『なんて羨ましい・・・!』と嫉妬した。そして、簡単に謎解きまで解いてしまって、あまりにも悔しかったので

 

「――わ、私も行きたいです! 冒険者依頼を通して資格が照明されたのなら、連れて行ってください!」

 

などと言ってしまった。

 

「何?」

 

「フィルヴィスさんも、行きますよね!?王族であるお方をどこの兎の骨とも分からない子と旅をさせるなんて、エルフの名折れです!」

 

「【千の妖精(サウザンド)】、私もいるのですが」

 

「う、兎の骨・・・」

 

「くっ・・・!わ、わかった!レフィーヤも行くのなら、私も同行しよう!」

 

声が店の外から聞こえ、3人は辺りを見回すと先ほどまでいたはずのフィルヴィスがおらず少年の顔を見ると『さっき出て行きましたけど』と言う。

 

「いつの間に・・・」

 

「汚れた身ではありますが、私ごときで出来ることなら、なんなりとお申し付けくださーーーい!」

 

「お前達・・・」

 

「・・・それにリヴェリア様。私、御伽噺の郷があるなら、是非見てみたいです!だから・・・」

 

「外界への興味、か。私と同じ・・・わかった。」

 

リヴェリアはレフィーヤの言い分を受け入れ、改めて同行を依頼することになった。

 

しかし。

となると、あとの問題は――

 

 

 

「ありがたき、幸せーーー!」

 

「汚れているか何だか知らんが、あの困ったエルフにも、私に慣れてもらわなくては。」

 

「・・・・」

 

「ええ、あのままでは旅の同伴など無理でしょう。――? ベル、彼女が気になるのですか?」

 

「うーん・・・別に?」

 

「はぁ・・・少し荒療治になるが、矯正してやろう。従者として最低限のことができなければ困る。」

 

「あ、あはは・・・」

 

「なんです!? 何の話をしているのですかーーー!?」

 

「フィルヴィスさんは面倒くさいって話でーす!!」

 

「がはぁっ!?」

 

店の外からでも何とか会話に混ざろうとするフィルヴィスに、ベルは『面倒くさい』と一蹴。フィルヴィスはショックとともに膝から崩れ落ちるのだった。リューはそんなベルを見て『輝夜の口が悪いところがうつっている・・・』と内心、心配をした。

 

 

「それでその・・・ベル?」

 

「どうしたんですか、レフィーヤさん?」

 

「その本は一体なんですか?随分豪華な装丁ですけど・・・」

 

実は気になってました。と言わんばかりに、少年の手の下にある分厚めな本を指差すレフィーヤに、『あぁ・・・』と言って持ち上げて見せる少年。

 

「これ、本屋で見つけて・・・装丁が綺麗だったから・・・」

「それ、神聖文字(ヒエログリフ)じゃないですか!?あなた、読めるんですか?」

「読めないですよ。それにこれ、タイトルだけが神聖文字(ヒエログリフ)なんですよ。嫌がらせですよこんなの・・・」

 

どこか『面白そうな内容だなー』と表紙で気に入って購入したら実は『いや、別にそうでもない』とでもいうような反応の少年にレフィーヤもリューも首を傾げた。そんなに面白くなかったのだろうか?と。

 

「その・・・タイトルはなんというんです?」

「ええと・・・リヴェリアさん・・・」

「断る」

「お願いします・・・」

「断る」

「じぃー・・・・」

「くっ・・・はぁ、仕方ない。―――いいかお前達、これから私が口にすることを絶対に外に漏らすな。わかったな?」

「え、そんなに・・・ですか?」

「・・・ごくり」

 

よほどいやだったのだろう。少年に根気強く見つめられたリヴェリアは溜息をついて警告した上で、少年から本を受け取り、深呼吸をしてタイトルを読み上げた。

 

 

 

「『 ザ・美神の躾け方!~これで我侭なあの()も従順に☆~ 1.邪神死すべし編 』」

 

「「ながっ!?」」

 

『キャハッ☆』とでも言いそうな声音を真顔で出したリヴェリアに一同は騒然。そしてその酷いタイトルにも驚いてしまった。

 

「リヴェリア様が・・・ま、真顔でそのような声を!?」

 

「あれ、この声どこかで・・・」

 

「黙れレフィーヤ。鍛錬の内容をキツくされたくなければ、黙れ」

 

「ひぃっ!?」

 

「というか、美神についての本なのか、邪神についての本なのかわかりません!?」

 

「ベ、ベル・・・この本はどのような内容なのですか?」

 

「えと・・・よくわからないんですけど、『フランクフルトを2本同時に食べさせれば大体大人しくなる』って書いてます。意味が分かりません・・・美の女神様は食いしん坊なんでしょうか・・・」

 

エルフ達は『あれ、この本・・・成年ものじゃね?この子が読んでいい内容じゃなくね?』と思ったが購入した本人としてはタイトルが読めず『表紙が綺麗だったから買った』のであって、この事から得るべき教訓は『ちゃんと確認をしよう』ということであり今回のミスについては責めることはできなかった。少年が悪いわけではないのだから。

 

「ベル、これはどこに置いてあったのですか?」

 

「えと・・・普通の御伽噺のコーナーの本の上に、ぽんって」

 

「「それ誰かが『やっぱやめた』って元の場所に戻さずに置いていったやつでは!?」」

 

「あと、これ、シリーズがあるみたいなんですけど・・・酒場に来る途中に復帰したアーディさんに会って『その本、絶版されたから続きでないらしいよ。リストに載ってた・・・なんていうかその、卑猥すぎて無理って苦情が多かったみたい。』って言ってました」

 

少年は徐々に落ち込んでいき、机に突っ伏してしまう。

よほど『綺麗な表紙で釣られた』ことがショックだったのだろう。おまけに続きがでないときた。

 

「さ、作者は誰なのでしょうか・・・?」

 

「『P.N.四天王最弱の眷族』」

 

「あっ」

 

「よくアーディに没収されませんでしたね?」

 

「ええっと・・・『男の子だし興味あるよね・・・でも年齢・・・買えたってことは問題なかったのかな? ううーん買ったばかりのを没収するの可哀想だし・・・うん、ベッドの下にでも隠しておくといいんじゃないかな?』って、なんか優しげな顔で頭を撫でられました。なんでベッドの下なんでしょうか」

 

「さ、さぁ・・・?」

 

「コ、コホン。では今日はもう遅い、また明日、門の前で集合としよう。ベル、よろしく頼む」

 

「はぁい・・・リューさん、帰りましょ」

 

「え、えぇ・・・そうですね。帰りましょう」

 

 

あまりの落ち込みように、まるで母親のような慈愛の顔でリヴェリアに頭を撫でられた少年はリューの手を取って酒場をそそくさと出て行き、『わ、私は面倒くさい・・・面倒くさいエルフ・・・ああ・・・何と言うことだ・・・汚れてさえいなければ・・・』とこちらもこちらで落ち込んでいるエルフをチラッとだけ見て本拠に帰っていった。

 

帰還後、アリーゼとアストレアに『その本は何?』と興味本位で聞かれた少年は『ああ、はい、どうぞ』と手渡し姉と女神は赤面して動揺。酒場で聞かれたように経緯を話したところ

 

「え、そもそもあんた、自分の部屋ってないじゃない。アストレア様と一緒なんだし。どこの誰のベッドに隠すつもりよ?というか、もうベッドの下って言った時点でバレてるわよ?」

 

とアリーゼに言われてしまう。

 

悔しかったので少年は、アリーゼと風呂に入った後、大急ぎでアリーゼの枕の下に本を隠した。

その晩、アリーゼは少年に躾けられる夢をみて翌朝顔を真っ赤にして少年の隣に座った。

 

「ベル・・・あんたねぇ・・・!!」




Q.「その本なんなんだよ?」
A.特になんでもないです。



漫画とか本の上に「やっぱやめた」な感じで置かれていること、ありますよね


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恋が成就する実(タプアハ)

「大聖樹に集まる精霊との宴・・・?」

 

「ムッスゥ・・・」

 

「ああ。神秘の森、その最奥にある精霊郷では、三十年に一度、精霊を崇める儀式が行われる。そのため、各地の同胞・・・とりわけ地位の高いエルフが集まる事になっている。」

 

「まさか、御伽噺の儀式まで実在したとは・・・」

 

「ムスッ・・・」

 

「このことは、一部のエルフにしか伝えられていない。精霊と心を通わせたという伝説のある一角獣(ユニコーン)も集まる場所だからな。」

 

 

緑豊かな草原、そこに美女、美少女の5人で構成されたパーティが会話をしながら歩いていた。

1人は翡翠色髪をした美女で、胸から上――つまりは、肩と鎖骨を露出させたヴェールを着込んでおり、高貴さを醸し出している。その少し前をあるくのは山吹色の少女で、彼女もまた普段の戦闘衣(バトルクロス)とは違い、両腕を露出させ丈の短いスカートに胸元を強調するような衣装を着ていて、いつもより機嫌がよさそうだ。後方を歩くのは、金色で長髪の美女に、黒髪赤眼の少女。片方はドレスのような格好というよりは、女性服と男装の間とでもいうような・・・露出の殆どない格好に腰に木刀をかけており、もう片方は完全に露出がなく紫色の上着に白のズボンという衣装。

 

そして最後に――

 

 

「なるほど。郷の位置や儀式の時期が知れれば高値で取引される希少アイテムを狙う無頼の輩も・・・」

 

「そういうことだ。」

 

「それより、リヴェリア様・・・用意してくださったこの着衣、魔力を帯びてるようですが・・・?」

 

「ベル、何をそんなに膨れているのですか?」

 

「だって・・・」

 

「あぁ。その衣装は、穢れを寄せ付けない加護を受けている。これも精霊達のためだな。」

 

 

1人を除いて、目的地である精霊郷についての説明をリヴェリアから聞きうけていて、けれどその1人・・・少女――否、白髪の少年はリヴェリアの背中を押しながら、不機嫌そうにしていた。彼の格好は黒いドレスに耳は尖った所謂エルフの耳をつけていた。

 

そう、女装をさせられていたのだ。

 

 

「ふふ、少年・・・私は後ろから押してもらわねば歩けないほど年寄りではないぞ?」

 

「でも・・・でもぉ・・・別に、この格好じゃなくていいじゃないですかぁ・・・!なんでよりにもよってお義母さんのドレス・・・どこから手に入れたんですか!?」

 

「ん?加護を付けているんだ、オーダーメイドだが?」

 

「んぎぃ・・・!」

 

「よく似合っています・・・それにリヴェリア様から頂戴したというのに、何が不満だと言うんです?」

 

「女装が! 不満なんです!! リューさんもフィルヴィスさんもずるい!まだそっちのがマシじゃないですか!!」

 

「私のような貧相な体のエルフがドレスなどとてもとても・・・」

 

「リューさんは『マシュマロみたいなお尻』だってアリーゼさんが言ってたから大丈夫です!!」

 

「んなぁ!?」

 

「わ、私は露出はちょっと・・・」

 

「そんなんじゃアイドルなんてできませんよフィルヴィスさん!」

 

「んなぁ!?」

 

 

ぷりぷりと怒りながら、フォローをいれてくるリュー達に猛抗議。

鏡を見て、義母の姿を見ているようで少しばかり嬉しくはある。あるのだが、やはりこれは違うのだ。故に少年は不機嫌だった。

 

 

「別に精霊郷に行くのに女装じゃなくてもいいじゃないですかぁ!!なんでお義母さんの格好なんですかぁ!!」

 

「あなたはヒューマンでしょう?『エルフ以外は入るな!』って言われたら貴方1人でそとでお留守番ですよ?可哀想じゃないですか。だから、エルフ耳を買ってきてあげたんですよ? あとその格好が貴方のお義母さんなんですか?へぇ・・・・」

 

「耳はレフィーヤが雑貨店で見つけたものだが・・・しかし、よく似ているな。化粧もしているのか?」

 

「す、少しだけ・・・アストレア様がノリノリで・・・逃げられなかった・・・」

 

「アリーゼを怒らせた罰だと思って受け入れなさい、ベル」

 

「何だ?【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】を怒らせたのか?あの色ボケで有名な?」

 

「昨日買った本でからかわれたから・・・アリーゼさんの枕の下に潜り込ませたら、変な夢を見たらしくて顔を真っ赤にしてました・・・」

 

「い、いったいどんな夢だったんだ・・・・」

 

「でもアリーゼさん、見送りの時に『ベルはその・・・そういうフェチ的なの興味あるの?』って言ってたけど・・・まんざらでもなかったのかな・・・」

 

 

例の本は、別に魔導書とかではなく至極普通の本であり、『枕の下にしいておくと・・・』という迷信が起きてしまったというだけであり、アリーゼは変な汗やらをかいて夜中にシャワーを浴び、着替え、もう一度寝ようとしたが思い出して眠れず乱れたベッドシーツを直そうとしている際に枕の下にベルがもって帰って来た本が置かれている事がわかり、朝まで読んでいたらしい。

 

ちなみにその本は、次に輝夜の手に渡った。

 

 

「まぁ似合っているんだ、我慢してくれ」

 

「うぅぅぅ・・・・」

 

「ま、まぁ・・・それにしても、驚きました。『神に最も愛された子供』と呼ばれる精霊と、接触できる術を同胞達が持っていたなんて。」

 

「何を言ってるんだレフィーヤ」

「何を言ってるんですか山吹さん」

 

「へ? あと、『山吹さん』じゃありません、レフィーヤです!」

 

2人から突っ込みを入れられ、2人の口から『オラリオにも精霊と接触する術はある』ということを教えられる。『サラマンダー・ウール』や『ウンディーネ・クロス』・・・いわゆる『精霊の護符』は当の本人達の協力によって作られている。

 

「下位ではありますが、オラリオも精霊との好意的な関係を有しています」

 

だからこそ、ダンジョン探索のための『精霊の護符』を大量に受注し、販売できている。とリューから補足され、すっかり頭からその知識が抜けていることをリヴェリアに指摘されてしまった。

 

「僕の知り合いのサポーターの子もよく精霊のお爺さんのところに手伝いにいってるって言ってましたよ」

 

「ああ、アーデですか。」

 

「やれやれ、無知は私の落ち度ではあるが・・・帰ったら学習の量を増やさなければならないようだな。」

 

「あぁぁぁ・・・そんなぁ・・・がくり。――それにしても、ベルがそんなことを知っていたなんてぇ・・・」

 

「フッフーン! これもアリーゼさんの教育の賜物ですよ、レフィーヤさん!」

 

「イラッ☆」

 

 

リヴェリアの背後から顔をヒョコっとだし、アリーゼに教え込まれた『ドヤ顔』を見せつけられたレフィーヤの怒りメーターが上がった。しかし少年はすぐにリヴェリアの背後に顔を隠して、『必要ない』と言われているのにも関わらず抗議の意味もこめて後ろから彼女を押して歩いていた。さながら、『歩くのに疲れたから押してくれないかしら?』とでもいうような光景である。

 

「・・・お尋ねする機会がなかったのですがリヴェリア様は、どうしてその儀式に?」

 

「儀式の後の『宴』において、精霊達との友愛の証として幻の霊薬実(タプアハ)が実る。」

 

「幻の霊薬実(タプアハ)・・・御伽噺の中で、悪しき者に狙われた秘中の霊薬・・・」

 

「大聖樹・・・幻の霊薬実(タプアハ)・・・それって、恋が成就するっていう実のことですよね?」

 

「え?」

 

「えっと確か・・・御伽噺の最後は精霊とエルフ達が協力して燃えてしまった大聖樹を復活させる・・だったかな」

 

「ふむ・・・ベル、それで?」

 

「改心した少女と幼馴染の少年は、大聖樹に成った『赤い実』を2人で食べて結ばれるって」

 

「はいその通りです!だから霊薬実(タプアハ)は『恋が成就する実』でもあるんです!」

 

 

ベルの説明に、レフィーヤが『よくできまちたね~』と少しばかり、さきほどされたドヤ顔の仕返しとばかりに、にんまりとした顔で霊薬実(タプアハ)について語った。リヴェリアはそんな2人に溜息をついてはレフィーヤに『日頃読ませている教本とは違ってそういうことは覚えているんだな』と言うと、レフィーヤは乾いた笑い声をだしてそっぽを向いた。

 

「少年はよく御伽噺を読むのか?」

 

「今は昔ほどじゃないですけど・・・。それなりに? レフィーヤさん、成就するといいですね?」

 

「喧嘩売ってるんですか!?」

 

郷が実在するということは、その話も単なる言い伝えではなく事実でありつまり、恋が成就する実とは乙女の夢なのだ。しかし悲しいかな、レフィーヤ・ウィリディスにはそんな相手はいない。その話は一応ではあるが、今もって薬でもあり恋が成就する実でもあるとされている。

 

「儀式が無事に済めば、参加者には霊薬実(タプアハ)が配られるはずだ。」

 

「僕でももらえますか?」

 

「何だ、渡したい相手でもいるのか?」

 

「アストレア様・・・『お土産楽しみにしているわ』って」

 

「・・・まぁ、きっともらえるだろう。だから機嫌を直せ」

 

「!」

 

「それより、まだ郷まで長い。急ぐぞ」

 

「はーい!」

 

「あ、こら、手を引っ張るな」

 

 

すっかり機嫌をよくした少年は、リヴェリアの手をひき足を速める。それを後ろから眺める3人のエルフは『あの兎、ちょろいなぁ・・・』となんともいえない顔で見ていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――では、行って参ります!」

 

「ああ、よろしく頼む。【絶†影】」

 

「何かあればすぐに助けにいくけど、無理はしないで。」

 

「はい。ワインを数本拝借すればよいのですよね?」

 

暗がりの中、3人の女が小声で会話をしていた。

場所は、【ディオニュソス・ファミリア】本拠近くの建物の影となっている場所であちらからは暗くてよく見えなくなっている。命は黒いローブを羽織っており、それは『愚者(フェルズ)』から頂戴した透明になれるという効果を持った魔導具。

彼女はローブで透明になると、すぐに行動を開始し【ディオニュソス・ファミリア】の本拠にあるワイン倉へと向かっていった。

 

「―――しかし、ワインなんぞで敵が分かるのか?」

 

「わからないわ、まだ。けど調べないわけにはいかないでしょう?」

 

「リリルカの方はなんと?」

 

「言ってくれればソーマ様に会えるようにしてもらえるって現団長のチャンドラさんに取り合ってくれてるわ。」

 

「なるほど。以前よりはマシになっているとみていいのか?あの派閥は」

 

「ええ・・・まぁまだ、団員の身辺整理だとか片付いてないことは多いみたいだけど前みたいに神酒は作ってないみたい。」

 

「しかし神ディオニュソスか・・・あの神が本当に怪しいのか?」

 

「保護してるアウラが死んだ事になってるとは言っても恩恵の有無はわかるはずでしょ?なのに何もないんだもの、怪しむべきじゃない?」

 

 

異端児の一件の際、アリーゼはダイダロス通りにいた女神・・・ペニアが持っていたワインがどうしても気になっていた。どこに手に入れたのかと言われればきっと『子供達がくれた』などと言うのは決まっているし本当のことを言うとは思えない。なら、ワインを扱っている派閥を調べてみればいいと思ったのだ。

 

「しかし、神ペニアか・・・彼女はどこにいったのやら」

 

「近々、人工迷宮(クノッソス)に進攻するって【勇者】が言ってたし・・・何か捕まっているなら保護しないと、眷族にされてる子たちが危ないわ」

 

「その眷族共は自分達は【ディオニュソス・ファミリア】だと思い込んでいるのだろう?」

 

「だから面倒なのよ・・・」

 

「というと?」

 

「参加するらしいわ」

 

「はぁ!?」

 

「ちょ、輝夜、声抑えて!!」

 

「むぐぅっ!?」

 

 

【ディオニュソス・ファミリア】が人工迷宮(クノッソス)進攻に参加することを聞いて驚きの声を上げる輝夜を、慌ててアリーゼが口を塞いだ。仮にも敵かもしれない派閥の近くで騒いで気付かれでもしたら、面倒なのだ。輝夜はアリーゼの手をのけると『すまない』と謝って、しかし怒気を孕んだ声音でアリーゼに問い詰めた。

 

「まさか、私達に足手纏いにしかなりえん・・・下手をしたら『一般人』になるかもしれんやつらのお守りをしろと?」

 

「わ、私に言われても・・・」

 

「断言してやるぞ団長。あの派閥が仮に敵だったのなら、間違いなく人工迷宮(クノッソス)内で眷族共は恩恵を失う可能性がある。何より、何が起こるかもわからんのだぞ?」

 

「そりゃあ・・・わかってるけど・・・だってぇ・・・あからさまに断ったりしたら、それこそ面倒じゃない・・・」

 

「それは・・・確かにそうだが・・・」

 

「メインで戦うのは、【ロキ・ファミリア】だけど・・・私達は常に【ディオニュソス・ファミリア】から目を離さないようにしないといけない。」

 

「そして神ペニアの捜索か?」

 

「可能ならね。【勇者】はあくまでも今回の作戦の本命は『手記』らしいわ」

 

「は? それなら以前、ディックス・ペルディクスの遺体から回収しただろう?」

 

「したんだけど、【剣姫】が言うには、もう1人いるらしいのよ。瞳にDの文字が浮かんでたっていう人が」

 

「系譜か?」

 

「ええ、おそらく。それでディックスの『手記』には崩壊っていうギミックがあったらしいんだけど・・・もし仮にもう1つあってそれにも別の仕掛けが書かれていたら面倒でしょう?」

 

 

だから、そっちを本命に抑えたい。とアリーゼは言うと、【ディオニュソス・ファミリア】の本拠前に複数人をつれて歩く金髪の男神が現れた。その有様はいかにも、『善神』であり『神望がありそう』な神の姿であり、周りの人間たちは一般人で彼を慕っているようだった。

 

『ディオニュソス様!新作を作ったので一杯試してください!ジジアの国の大壺製法を試してみたんですが、これまたいい味に仕上がったんです!』

 

『なにっ、本当か? どれ、飲ませてもらおう!』

 

『ディオニュソス様ぁー!うちの店にもぜひ寄っていってくださいよ!』

 

『ああ、また行かせてもらおう』

 

老若男女問わず、彼は人気だった。

まあ、会話の内容から彼の神望というか葡萄酒繋がりなのだが。

 

「モテモテでございますねぇ・・・あれが、黒とはとてもとても」

 

「それならそれでいいんだけどねぇ・・・っとさすがにそろそろやばいわね『命ちゃん、ディオニュソス様が戻ってきたから脱出してちょうだい』」

 

眼晶(オクルス)で命にすぐに脱出するように連絡すると、命から了解が帰ってきて、彼女たちもまた移動を開始、裏口の方へと向かっていった。時間にしては数分程度だが、命は確かに数本の葡萄酒を拝借していて成果としては申し分なかった。

 

「さすが忍だな。」

 

「い、いえ!お褒めに預かり光栄です!」

 

「じゃあ、貴方のファミリアの本拠まで送るわ。帰り道で何かあっても困るし」

 

「そ、そんな、自分は大丈夫ですよ!?」

 

「私達が困るのよ、頼んでおいて貴方の身に何かあっても。」

 

「・・・それでは、よろしくお願いします」

 

「それで、葡萄酒以外に怪しいものとかはあったりした?」

 

「いえ、それが・・・」

 

 

何もありませんでした。

そう命は答えて、ファミリアの本拠の前で別れた。

 

 

「・・・・何も起きなければいいけど」

 

「団長の勘は?」

 

「ベルがフィルヴィスって子を気にしてる。だから、目を離さないでいるつもりだけど・・・正直わからないわ。」

 

夕焼けを背に、彼女たちもまた自分達の本拠へと帰っていく。

 

「そういえば団長?今朝、ベルを見送る際、何を話していたのでございますか?」

 

「え?それはその・・・ベルも男の子だし、エッチな本とか興味あるのかと思って。だとしたら気を使ってあげないと駄目かなぁって」

 

「美女に囲まれて、その裸体まで見て経験もしておいて何を今更・・・ちなみに団長、どんな夢を見たのでございますか?」

 

「えっ!?」

 

顔をボンっ!!と赤くするアリーゼに、輝夜はニヤニヤとしてさっさと白状しろと肩をつついてからかう。

 

「いやぁ・・・そのぉ・・・ぜ、全身をくまなく舐めまわされたわ・・・」

 

「それで?」

 

「女体盛りっていうんだっけ?あれとは違うけど、生クリームみたいなのが体についてて、それを舐め取られて・・・吸われたわ。」

 

「続けろ」

 

「敏感なところも容赦なくって・・・でも、肝心なところで焦らされて・・・寸止めされて・・・あんなの、いつものベルじゃないのにぃ・・・でも、『これもこれでいいかも』なんて思っちゃってぇ・・・」

 

「その本、処分したのでございますか?」

 

「え?いや、まだ私の部屋においてあるけど・・・・読む?」

 

「是非」

 

「ベルに聞いたら、『体位?の名前が難しすぎてもういいですそれ』ってもう読む気もないみたい。釣られたのが相当ショックだったのね」

 

「帰って来たらあいつで遊ぶといたしましょ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「・・・・あの、みなさん。」

 

「なんだ、改まって」

 

「ひょっとしたら、なんですけど・・・リヴェリア様・・・実は意中の相手がいるんじゃないかと・・・」

 

「・・・!? な、何を言っているのですか、突然・・・!」

 

「リヴェリア様は、王族として扱われるのを、すごくお嫌いになられるんです。」

 

 

草原の中、前方を歩くアルフィアの格好をした少年とリヴェリアを眺めながら、3人のエルフ達はそんな話を始める。少年とリヴェリアはなにやら会話をしているようだが、それは離れている彼女たちからはそこまでハッキリとは聞こえなかった。レフィーヤは一度前方の2人を見てからもう一度2人に視線を向けて言葉を続ける。

 

「ですから精霊郷とはいえ、多くの同胞が集まる場所なんて、余程のことがなければ向かわないはず・・・」

 

「その余程のことというのが・・・」

 

「恋の成就のため! 幻の霊薬実(タプアハ)が欲しいために、普段は距離を置いているエルフの郷に行くんです!」

 

「リヴェリアさん、そもそもどうして精霊郷に? 霊薬実(タプアハ)っていうのを貰うために?」

 

「ん?ああ・・・そうだ。エイナというギルド職員を知っているか?」

 

「はい! あんまり行かないですけど、一応、アドバイザーですよ」

 

「そうか。実はな、エイナの母親は病を患っていてその霊薬実(タプアハ)は『万病の薬となる霊薬』でな・・・その病を癒してくれれば、と思ってな」

 

「『万病の薬』・・・・」

 

 

「レフィーヤ、それは考えすぎでは・・・」

 

「それだけじゃありません! 以前リヴェリア様がギルドの職員に手紙を渡しているのを・・・!」

 

「それくらいは別に・・・」

 

「いえっ! 通常の書簡であれば、ギルドではなく派閥の人員に渡すはずです!」

 

 

片や、『万病に効くと言われているから貰いに』と話、片や『リヴェリア様の意中は誰!?』な話。

少年は『万病の薬』と聞いてすこし俯いてドレスのスカートをぎゅっと握り、それを見たリヴェリアが頭に手を置いていた。

 

 

「・・・優しいな、少年は」

 

「?」

 

「おおかた、アルフィアに渡せたら・・・などと考えていたのだろう?だが、時期というのもある。欲しい時に得ることはそうそう適う事はない、残念な事にな。何より・・・」

 

「お義母さんが不治の病だってことくらい、知ってますよ。隠れて血を吐いてるの、見たことありますから」

 

「そうか・・・」

 

 

「それを人目を憚る様に、外部の方に渡すなんて・・・あれは恋文に違いありません・・・!!」

 

「・・・!! その相手に心当たりは・・・?」

 

「あ、いえ・・・それが、まったく見当が・・・」

 

 

「そ、それより、リヴェリアさんはどうして冒険者に?王族って聞いたから、その、里を出るのを反対されるんじゃ?」

 

「里を出たのは、自分の知らない世界を自身の目で見たいが為だ。しかし、ロキに半ば無理やり派閥に入れられてしまってな・・・ゆくゆくはオラリオを出て世界を旅するつもりで、自身の後釜としてレフィーヤを育てている。」

 

「いなくなっちゃうんですか?」

 

「いつになるかはわからんがな? 何より、ダンジョンもまた未知の世界だ。その先を見てみたいと、少年も思わないか?」

 

「僕も?」

 

「ああ・・・お前の義母、アルフィアと・・・そして、ザルドが見た世界。我々が未だたどりつけていない領域を、自分の目で見るんだ」

 

まるで親子のように横に並んで会話をしながら歩く2人。

しかし、その後方で繰り広げられる会話とは遥かに温度差があった。

 

「馬鹿な、リヴェリア様にふさわしい男など!いるわけがない!」

 

「・・・それは暴論でしょう。世界は、広い。捜せばいるに違いない。頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち、男らしく家事も料理もこなし、記念日を決して忘れない殿方くらい。」

 

「幻想だ、そんな男は!」

 

「なにより重要なのが、リヴェリア様よりお強い方・・・この要素を満たさなければ世界中のエルフが許しはしない。」

 

「お義母さん達が見た世界・・・・お義母さん達は、強かったんですか?」

 

「ああ、強かったさ。何せ、かつては『最強の派閥』と言われていたほどだ。この地上にも彼女達の偉業は存在している」

 

「?」

 

「なんだ、何も教えてもらえていなかったのか?」

 

「冒険者だった頃の話・・・あんまり聞かせてもらえてなくて」

 

「そうか・・・。そうだな、アルフィアの偉業なら、メレンから見に行くことはできるだろう。まぁ、ティオナ達に今度手伝ってもらうといい。ザルドが成した偉業は・・・そうだな、かなり距離があるから行くのは難しいかもしれん」

 

「2人は・・・英雄でした?」

 

「ああ、間違いない。誇っていい」

 

「・・・・えへへ」

 

 

暗黒期についての話はしない。しないけれど、リヴェリアは可能な限り、少年の質問には答えていた。それゆえに、少年は『家族を知る数少ない人物』としていつの間にか懐いていた。

 

「戦闘技能であれば【ロキ・ファミリア】を束ねるレベル6のフィン・ディムナ、もしくはガレス・ランドロック・・・」

 

「そ、それはあってはならないっ! 絶対に絶対に!王族とあろうお方が、異種族との婚姻など・・・!」

 

「ですが、リヴェリア様がお心を寄せてられているのなら・・・我々は祝福すべきではありませんか?」

 

「それは・・・そうだが・・・っ! くうぅっ・・・!」

 

「禁忌の恋路であろうと、リヴェリア様を真に思うなら、支持すべき・・・」

 

まぁ、その2人は決して有り得ないのだが。特にドワーフであるガレスは。

フィンは絶賛お嫁さん募集中であり、ライラに言い寄られては逃げているしリリルカとお茶をしようとすれば何故かティオネに追い掛け回されてうまくいっていない。

 

「では、いったい誰だというんだ・・・リヴェリア様が気にかけている男というのは?」

 

「えっと・・・【ファミリア】以外の人で・・・」

 

レフィーヤは記憶を掘り返し、話題に上がった人物が誰かいたかを必死に思い出そうとして目の前を歩いている少年を視界に納めた。何かと話題というか、都市を騒がせているというか。

 

「ベ、ベル・クラネル・・・!?」

 

「なっ!? ま、待ちなさい【千の妖精(サウザンド)】! それはいけないことだ!あの子は私達が育てた子!」

 

「確かに彼は、世界最速兎(レコードホルダー)という偉業に、なにやら聞いた話では『怪物にされた冒険者を救った』とか・・・さらにはあの【戦場の聖女(デア・セイント)】と最近付き合っているとか・・・話題にことかかない・・・」

 

「待ちなさい、【白巫女(マイナデス)】。あの子と彼女はそういう関係ではない、あくまで友人だ。」

 

 

「そういえば・・・あのフィルヴィス・シャリアという娘、少年は何か気にかけているのか?」

 

「?」

 

「いやなに、チラチラ見ているかと思えば特に気にしていないというかだな・・・」

 

「んー・・・フィルヴィスさんって、ダンジョンの中だと、激しく責めてくるくせに地上だとしおらしいんだなあって」

 

「そ、そうか・・・・それにしても後ろが騒がしいな・・・」

 

「アストレア様が言ってました、女の子だけで盛り上がる『女子会』っていうのがあるって。あれがそうなんでしょうか?」

 

「いや、違う」

 

「女子会があるなら、男子会があってもいいと思うんです」

 

「それはただの飲み会だろう・・・・」

 

会話はそれぞれ違うというのに、特に後方で繰り広げられる恋愛話?は熱を孕んで盛り上がっていた。

 

「――それはありえない。ありえてはいけない。絶対にあってはいけないのです。ここでリヴェリア様が入ってこられては、私とセルティは完全に勝ち目がなくなってしまう・・・!」

 

「えと・・・大丈夫ですか?」

 

「やはり、【アストレア・ファミリア】が兎に色ボケになっているというのは本当だったのか・・・?」

 

「くっ・・・仕方がないでしょう・・・気がつけばそうなっていたのだから・・・!何より、他派閥との恋愛なぞ問題が起こりやすい!」

 

「た、確かに・・・戦争になりかねませんね。生まれてきた子供についても」

 

「あの子の出生をあの子の祖父から軽く聞いた限りでは、割と本当に危なかったと聞きます・・・あの【暴食】のザルドが怯えていたとか」

 

「へ、へぇ・・・私、暗黒期の頃はオラリオにはいなかったので・・・」

 

「何より、2人ともあの後姿を見なさい。あれが、異性を見る目に見えますか?」

 

「え?」

「ん?」

 

 

リューに指摘されて、前方の2人を見やるとその2人の横顔は明らかに『恋愛感情』とは違うものからくる笑顔だった。リヴェリアは明らかに母性的な微笑みだし、ベルにいたっては

 

 

「あれは・・・親戚のお母さんを見る目です」

「「たしかに!!」」

 

「思えば24階層の一件の後から【剣姫】とも交流があり・・・」

「「その節は本当に申し訳なく・・・」」

 

「印象を聞いてみれば、『親戚のお姉さんってああいう感じなんでしょうか?』と言っていましたし・・・武装したモンスターの一件のあと、バベル前の広場に突き刺さったままの槍を抜く際にも【剣姫】が見守る中、天然丸出しの寸劇?を行って『この戦いが終わったら、じゃが丸君を食べに行きましょう』というようなやり取りがあったとか」

 

「改めて思うと何をしているんだ彼は・・・」

「アイズさぁん・・・」

 

「それになにより・・・あの2人の光景は、私が見るにこうです。『自分の子には厳し目に接しているけれど、親戚や近所の子にはどうしてだか優しく感じられてしまう』という感じです」

「わからないでもない!」

「そういえば前に、あの子がリヴェリア様の部屋で本を読んだまま寝落ちしたとかでリヴェリア様がベッドを貸していたらアイズさんが拗ねてしまったと聞きました」

「え、同衾したのか?」

「いや、違いますよ。床で寝かせたら体が痛むからってベッドに移してあげただけみたいです」

 

そんなこんな話をして出た結論。

『うん、あの2人にそういうのはナイ』である。

そうして盛り上がった熱が冷め様としてきた頃、彼女達――正確には1名が爆弾発言を聞いてしまったのだ。

 

 

「そういえば聞いたぞ? なにやら、いつの間にか並行詠唱と高速詠唱が可能になったとかなんとか」

「は?」

「はいっ。最近、できるようになりました! 今なら目を瞑りながらでもできますよ!あ、でも滅茶苦茶早いってわけじゃないですよ?まだ練習中です」

「は?」

「ほぅ・・・君は瞼を閉じていても普通に活動できると聞いたぞ? さすがアルフィアの子といったところか?」

「は?」

「お義母さんは真似するなって注意してましたけど、真似してたらついできるようになっちゃってて・・・」

「は?」

「到達階層は確か・・・27だったか?もう少し先には行かないのか?」

「うっ・・頭が」

「おいレフィーヤ、大丈夫か?」

「ああ、確かあの子を追い掛け回してアンフィス・バエナに突撃したんでしたか」

「やめてくれ、思い出したくない・・・」

「しゅみましぇん・・・」

「うーん・・・でもなぁ・・・」

「なんなら、アイズもつれて、小遠征でもしてみるか?」

「!?」

「リヴェリア様から、お誘い・・・だと!?」

「な、な、なぁ・・・!?」

「置いていかないですか?」

「どうして置いていくんだ?パーティなんだから、一緒に行動するに決まっているだろう?」

「じゃあえと・・・今度、お願いします。あ、でも、アリーゼさんに相談しないと」

「まぁ、すぐには無理だろうから機会があれば、ということにしておこう。期待しているぞ?」

 

 

『期待しているぞ?』

その言葉に、山吹色妖精は何かがプツーンとしてしまった。巻き起こるのは嫉妬の炎である。

 

「並行詠唱ができる」

「高速詠唱がちょっとできる」

 

その言葉が続いて聞こえてきた彼女としては、「はぁぁぁぁ!?」とその修得の難しさからいわざるを得なかった。だがしかし、彼女は知らない。自分の隣に恐らくは並行詠唱の技術ならリヴェリア以上の存在がいることに。おまけに、高速詠唱については金髪メイドがいるということに。ゆえに、悔しさのあまり、叫んだ。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「へっ!?」

 

「むっ?・・・レフィーヤ?なんだ、いきなり」

 

「ベ、ベル・・・あ、あなた・・・い、いつの間にそんな・・・た、ただでさえ・・・レベルを追いつかれたというのにぃ・・・・!?」

 

「あ、あの・・・?」

 

レフィーヤに振り向いたベルはいやな予感がして、じり・・・じり・・・と後退。ゴゴゴゴ・・・・とでも音がなってそうな、レフィーヤもまた、じり・・・じり・・・と前進。

 

次に起こるのは、兎を追う妖精の図である。

 

 

「待ちなさぁああああああああああいぃっ!!」

 

「ごめんなさぁあああああああああいぃっ!?」



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(なみだ)はいつか止むさ。

ノリでできた回です。特に意味はありません。

雨=涙


心地よい風が、肌を撫でる。

心地よい日差し、そしてゆったりと流れる雲。それらが時間の流れさえ遅く感じさせる草原の中、白、黄、黒・・・色とりどりの花とそれと同じように色とりどりの蝶が羽ばたき宙を舞う。

 

ああ、今日はきっと良いことが起きるに違いない。

 

そんなことを思わせるほどに、天候に恵まれていた。瞼を閉じれば、鳥の(さえず)りが聞こえてきては、さらに別のどこかでモンスターの咆哮が聞こえては、『あ、ありがとうございます!旅のエルフの方!あなたはまるで風のようだ!』などと礼を言う商人に出会うこともしばしば。

 

そんなゆったりとした旅路はいついらいだろうか?本当に、今日は何かいいことがおきるような、そんな気がする。

 

そう思うのは、誰もが共通するところであった。

 

ごく一部を除いて。

 

 

 

雨が降っていた。

 

どこにも雨雲などないというのに、顔はぐしゃぐしゃに濡れていて、大雨にでも降られたのかといいたくなるほどに、少女は濡れていた。

 

黒いドレスはところどころ土で汚れていて、きっと、水溜りにでも落ちたのだろう可哀想に。

 

 

( でも、それでも・・・きっと雨はいつか止みますよ )

 

晴れやかな、いっそ清々しいような、長年の宿敵から勝利をもぎ取ったかのような顔で山吹色の少女は、空を見上げていた。自分の真上を丁度、大きめの雲がゆっくりと流れ、出来上がった影によって肌に当る風が少しばかり肌寒く感じることもあるが、それは自分の格好が普段とは違うからだろうと勝手に納得し、少女はすぐ近くで雨に降られた哀れな少女を優しい眼差しで見つめていた。

 

 

( 誰にだって悲しい思い出のひとつやふたつ、ありますよ・・・私だって、遠征で碌に役に立たずに、縦穴におっこちて九死に一生を得たことだってあるんですから・・・ )

 

少女は、ずぶ濡れの少女に声をかけることもなく、そんなことを脳内で語りかけていた。伝わりもしない、そんな言葉を。

 

 

( リヴェリア様に聞きました。貴方のお義母様はとても偉大な英雄の1人で三大冒険者依頼(クエスト)の『海の覇王(リヴァイアサン)』にトドメをさした方だとか。 )

 

少女はうんうん、と頷きながら、脳内で言葉を繰り返す。

少女の両手は、柔らかな2つの丘を登頂し、優しく形を変えては元に戻すを繰り返す行為を繰り返している。

 

ああ、風が心地いい。

 

( そんなお義母様もたいがい、滅茶苦茶だとか・・・ならば、貴方が滅茶苦茶でも別段、おかしくもない気もしますが・・・ですが、私は貴方よりも先輩。意地があります。そう、負けられないんです!! )

 

ギニュゥ・・・っと2つの丘が力強く形を変え、空を見上げて雨に打たれた少女は悲鳴を上げる。

山吹色の少女は、ふふっと微笑むもその勝利を確かに噛み締める。

 

( 気がつけばレベルも追い抜かれ・・・ふふ、いい度胸してますね? でも、私、Lv.4になれるんですよ? ただ、まだ伸びるから保留にしているってだけなんですよ? 私だって、やればできるんです! )

 

 

聞いてもいないことを、勝手に語る少女。しかし、口にでておらず、まったく伝わっていない。

天気よし、風よし、文句なしの日和。

さらには、喧騒もなく静かで、まるで神々が天に帰り、世界の終わりとでもいうかのようだ。

 

( 静寂って・・・いいですね・・・落ち着きます )

 

などと山吹色の少女は、微風に髪をなびかせながら、にこやかな顔をする。

 

「アイズさん・・・今、何してるんだろぉ・・・えへへへ」

 

 

 

 

「ひぐ・・・ひっく・・・・えぐっ・・・うえぇっ・・・!」

 

 

少女が泣いていた。

草原には無残にも尖った耳が転がり、女神が、姉が、義母が好きだと言ってくれている処女雪のような白髪は乱れ、黒いドレスは土ぼこりで汚れて乱れていた。

 

顔は大雨にでも打たれたかのように、濡れ、ぐしゃぐしゃになっていて金縛りにでもあったかのように体は動かない。硝子のような心で、けれど女神の恩恵を受け、それなりに冒険をしてきて力もつけてきたというのに、少女は泣きじゃくっていた。

 

 

救いはなく、再会は果たされず、その想いは報われず。

少女は丘の上にて道に迷う。

けれど、その胸には確かに鐘の音が響き、少女は決して孤独ではなかった。

温もりを得、愛を受け、幾多の縁を結んできた少女の手は今や女神が握ってくれていた。

 

けれど今、ここに女神はおらず、救ってくれる者はおらず大雨が降り注いでいた。

 

 

恐ろしい、恐ろしい出来事だった。

 

『待ちなさぁああああああああああいぃっ!!』

 

何か気に障ることでもしたのだろうか―――そう、少女は思ったが、それを考える以前に体はすでに逃走を開始。草原にて、草食動物 vs 肉食動物の食物連鎖の争いが始まった瞬間であった。恐ろしい速さで近づいてくる山吹色に恐れをなした兎は、すぐさま、翡翠色の絶対的保護者の存在を忘れ逃走を開始。一瞬にして離れて行った兎に、翡翠色のみんなのママは、ぽかーんとした顔でフリーズ。

 

 

『並行詠唱がどれだけ難しいと思ってるんですかぁああああああ!?』

『ひぃいいいい!? できちゃったんだから、仕方ないじゃないですかぁあああ!?』

『デキ婚みたいに言わないでくださぁあああああああああいっ!!』

『ひぃいいいいいいい!?』

『それに高速詠唱ってどういうことですかぁあああああ!?』

『は、春姫さんにコツを教えてもらっただけですぅうううううう!? 春姫さん、舌使いはすごいんですぅうううう!?』

『何の話をしてるんですかぁああああああああ!?』

 

半泣きになりながら逃げる、兎のような少女――正確には、少年なのだが、その格好からは少女にしか見えず、ドレスを器用につかんで走っていた。いつのまにか靴は脱げてしまい、裸足だったが。自分がなぜここまで怒られているのかなど全くもって理解できないが、できるわけがないのだが、兎はとても怖かった。

 

 

( や、やっぱりいたんだ・・・・あれが、本当の死妖精(バンシー)!! )

 

だからなのか、ポンコツと化した頭で、わけのわからないことを叫んでいた。こんなとき、義母ならどうしただろうか?あれ、待って、今、僕は確かお義母さんの格好だ。つまり、絵面的に『お義母さんが全力疾走している』ということになるんじゃないだろうか?なんてことを思ってしまい、さすがにそれは不味い、ここでやり返さないと、お義母さんにゴミを見るような目で見られるに違いない!

 

(ぼ、僕だって・・・やればできるんだ・・・!)

 

ここで起死回生の一手を打たなければ!!さすがに女神もお許しをくれるはずだ!! そう思って、振り返り【サタナス・ヴェーリオン】を最弱でブチ当ててやろうと思ったところ、すでに山吹色が近くまで迫っており、その顔はわりとガチで兎はそれどころではなくなってしまった。

 

( ごめん、お義母さん、無理! )

 

「だいたい貴方、レベル上がるの早すぎるんですよぉおおおおおおお!!」

「うわぁあああああああああ【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ】―――」

「ふえぇぇ!?ちょっ、なんて魔力!? いや、それはさすがに不味いですよ!? や、やめなさい! やめてください!!」

 

大混乱の末に、兎はあろうことか精霊の魔法【ライト・バースト】を口走りはじめそれに戦慄した山吹色は詠唱をやめさせるために、杖を構え並行詠唱で魔法を兎の足元、けっして当らない威嚇射撃とも言える位置を狙って砲撃した。

 

「【アルクス・レイ】ッ!!」

「―――ひぎゅぅっ!?」

 

地面は抉れ、それによって兎はバランスを崩し、詠唱は中断、魔力は暴発することなく霧散。レフィーヤはホッと胸を撫で下ろすもまたされたらたまったものではないと、一気に距離をつめる。

ズザザザザァァァアッ!!とうつ伏せ状態で顔面から地面に接吻、ヘッドスライディングをかましてしまいクラクラする頭で後方を確認するために仰向け状態になったところで

 

 

「はいっ、捕まえたぁあ!!」

「ふっぐぅぅ!?」

 

 

あろうことか、馬乗りをされたのだ。

互いに肩で、ぜぇぜぇと呼吸を乱しながらも馬乗りされている少年――ベルは、顔面をこすりつけた痛みと恐怖心から咄嗟の本能的防御反応として両腕で顔を覆い隠し涙をじわじわと流していた。

 

 

( か、狩られる・・・ッ!?それともタコ殴り!? ごめんなさいお義母さん、アストレア様・・・! 僕は今日、この怖い死妖精(バンシー)さんの食卓に並ぶみたいです・・・!? )

 

真っ白な食器の上に、美味しく調理された兎料理、そしてそれをナイフとフォークを持って『じゅるり』と涎を吸い込む光景をベルは脳内で再生していた。もうだめだ、おしまいだぁ・・・と。猛スピードで走ってしまったがために、保護者からはまだ距離があるため、もう、恐らく、助けてはもらえないのだろうと敗北を理解した。このまま自分は獰猛な肉食獣に食べられてしまうのだ、と。

 

( 最期に、アストレア様とお義母さんに会いたかった・・・! )

 

「ひっぐ・・・えぐっ・・・!!」

 

そうして、冒頭に戻る。

山吹色の少女は、清々しくも晴れやかな顔で、長年の宿敵、因縁にでも勝利したかのような顔で泣きじゃくる少女のような・・・少女にしか見えない少年に馬乗りになって、実は気になっていた胸部に両手を伸ばした。

 

 

「だいたいなんですかこの胸は!? オラリオを出る前から『あれ、やけに本物みたいだなぁ・・・最近のつめものってよくできてるなぁ』って思ってましたけど・・・おかしいでしょうこれは!!」

 

「きゃふっ!?」

 

「ちょっ、なんて声を出すんですか!? って・・・この触り心地・・・本物っ!? あ、貴方・・・実は女の子だったんですか!?」

 

「ち、ちがっ・・・ぼ、僕は男でふ・・・きゃんっ!? はっ!? ち、違うんですっ、こ、れ・・・っていうか、揉まないでぇ!?」

 

「あ、明らかに本物・・・どういうことですかこれは・・・!? ま、まさか魔道具(マジックアイテム)ですか!?」

 

「 『ヤベーヤ・ウィリディス』さん!! やめてくださいぃいいいい!?」

 

「誰!が! ヤベーヤ・ウィリディス! ですかぁ!? 」

 

 

ギニュゥ・・・!!と、少年の胸部にある2つの丘に力をこめると、少年は涙を流して悲鳴を上げた。

 

 

「ほわぁああああああああああっ!?」

 

もう少年の顔は、大雨にでも打たれたかのようにぐしゃぐしゃだった。涙で。

山吹色の、ヤベーヤ・・・レフィーヤは、その2つの丘の感触があまりにも本物であり触覚まであることに不思議がるが、しかし手を離せなかった。

 

 

( あ~なんかいやされりゅぅぅぅぅ )

 

何だかんだ彼女は、どこか、所謂、『百合』なるものに該当するのか偽物だというのにやばい顔をしてニヤケながら揉みしだく行為をやめない。その度に、馬乗りにされて逃げられない少年は未知の刺激にビクッと反応しては顔を真っ赤にして悲鳴を上げて涙を流す。意を決して、やり返そうと少年がレフィーヤの胸に手を伸ばそうとすれば、即座に振り払われる。

 

「っ!?」

 

「女性の胸を気安く触るなんて、駄目に決まっているでしょう? それとも、ファミリアのお姉さんだけじゃ満足できないんですか?」

 

「じゃ、じゃあ僕のも触らないでくださぁい!!」

 

「これは! 作り物! でしょう!?」

 

「――――ア、アミッドさんのお胸をこれ以上汚さないでぇ!!」

 

「・・・・・へ?」

 

 

なんともいえない間が、2人の世界に入り込んだ。

沈黙。

無言。

『ひっく・・・ひっく・・・』という少年のすすり泣く声。

レフィーヤは、『ア、アミッド・・・さん?』と頭の中で反芻しながらも、確認するように2つの丘を何度も触る。揉み、摩り、摘み。その度に、少年はビクビクと未知の刺激に襲われた。

 

 

「あ、あの・・・それは・・・どういう―――ふぎゃっ!?」

 

ゴンッ!!

という音でも響くかのように、レフィーヤの頭上から拳が落ち彼女は、ベルの・・・作り物とはいえ、胸の中に顔を落として意識を飛ばした。一瞬、ほんの一瞬だが、レフィーヤの短いスカートがまくれて真っ白な下着が見えた気がしたが、何か引っ張ったらほどけそうな紐があった気がしたが、少年は見なかった事にした。

 

 

「レフィーヤ・・・・貴様は、何をやっているんだっ!?」

 

「ひっく・・・ひっく・・・」

 

「す、すまない少年・・・・急に走り出すものだから驚いて追いつくのに遅れてしまった。」

 

「うえぇぇぇぇ!!」

 

「ああ、ベル・・・よしよし、もう大丈夫ですよ・・・」

 

「ふ、2人が一瞬で離れていくものだから・・・追いつくのに苦労したぞ・・・」

 

「け、汚されました・・・ぼ、僕もフィルヴィスさんの仲間入りでず・・・ずびっ!!」

 

「な、何を言っているんだ!?」

 

泣きじゃくる少年を、遅れてやってきた3人のエルフがまずリヴェリアがレフィーヤに拳骨を叩き込み、フィルヴィスがレフィーヤを退かし、リューが背中に手を回して上体を抱き起こしてその背中を摩った。少年はもう『汚された・・・お義母さん汚された・・・アミッドさんも汚された・・・僕もフィルヴィスさんの仲間入り・・・汚れ仲間・・・』などとブツブツと言い、フィルヴィスは混乱。

 

「はぁ・・・すまないが、リオンと、フィルヴィス・シャリア。今日はもう日も暮れる。ここらで野営するとしよう。」

 

「え、あ、はい。ですが、大丈夫でしょうか?こんな草原で。」

 

「モンスターはベルが居れば問題ありません。私と貴方でテントを立てるとしましょう。」

 

「何よりこのままの状態で精霊郷に行っては、精霊の気分を害しかねない。森に入るまでに気分を落ち着けておくためにも野営しよう。」

 

「何だかこれでは私が汚れているというのが馬鹿らしくなってくるじゃないか・・・」

 

「何か言いましたか?」

 

「い、いや!? なんでもない!さ、さぁ、準備をするぞぉ!?」

 

 

念のためにと持って来たキャンプセットを2人で協力して準備する傍ら、リヴェリアはベルのドレスについて土ぼこりをはたき、自分の隣に座らせ背中を摩りながら宥め続けた。リヴェリアとしては、なんとも言えない光景だった。

 

 

なぜなら、『【静寂】のアルフィアが小娘にガチ泣きさせられる』などという光景など、どうあっても見れるはずがないからだ。あの大抗争で手酷く痛めつけられた側としては、なんかこう・・・あってはいけないが、スッとする感情がないでもなかった。

 

 

(いかんいかん・・・そのような感情、もってはならない。だがしかし・・・)

 

ガチ泣きアルフィア・・・ふふっ、と有り得ないその光景にどうしても笑いを堪えずにはいられなかった。

 

あのアルフィアが、小娘にガチで追い掛け回され、

あのアルフィアが、小娘に馬乗りにされ、乳房を揉まれ、

あのアルフィアが、小娘にガチ泣きさせられている。

 

そんな光景、天変地異が起きても、有り得るはずがないのだ。

 

「ううぅぅ・・・お義母さんの威厳がぁ・・・」

 

「ふふ、少年。なぜ、アルフィアの魔法で撃退しなかった?」

 

「しようとしましたけど、ヤベーヤ・ウィリディスさんの目が怖くて・・・あ、あれは、やばかった・・・」

 

「そうか、そんなに怖かったのか、ヤベーヤが」

 

「・・・はい」

 

「ふふ、すまなかったな。もう落ち着いたか?」

 

 

こくり。と頷いたベルの手を取ってリヴェリアは立ち上がると、野営の準備をしている2人に『少し歩いてくる』とだけ行って2人でちょっとした散歩に出る。太陽は傾き、夕日に変わる。それが丁度草原の色を変えて、いつかの黄金の海のような麦畑とは少し違うが・・・少年はそれを幻視した。

 

 

「お義母さんと歩いてるみたい・・・」

 

「私としては、アルフィアと手をつないでいるようでなんとも言えないがな」

 

「仲、悪かったんですか?」

 

「さぁ・・・どうだろうな。だが、かつての最強が存在していて私達がまだ未熟だった頃、それこそ馬車馬のように働かされることもあった。」

 

「例えば?」

 

「そうだな・・・陸の王者、ベヒーモスの時とかだな。薬の調合やらやらされた」

 

「薬?」

 

「ああ、ベヒーモスは強力な『猛毒』を吐き出す。それの解毒剤だ」

 

「【ロキ・ファミリア】も弱いときがあったんだ・・・」

 

「ああ・・・誰にでもあるさ。今は君もあの馬鹿者に泣かされてはいるが、その内、逆に泣かす側になるはずだ」

 

「泣かせていいんですか?」

 

「さぁ・・・しかし、やられたらやり返せという言葉もあるし、正当防衛という言葉もあるからな。だが、いきなり後ろから襲い掛かったりするのは駄目だ。それでは何も変わらない」

 

「うぅん・・・難しいですね」

 

「ああ、そうだな・・・。まぁ、お互いを高めあえる関係であれば良いのだがな・・・如何せん君は、バランスというものを簡単に壊してしまうからな。恐らく、そこに醜くも嫉妬したのだろう。だから、あまり気にしてやるな」

 

 

申し訳なさそうに少年の頭に手を置くリヴェリアに、思わず義母の姿を重ねて、少年もまた、リヴェリアのドレスの腰部分をぎゅっと軽く握る。

 

 

「僕・・・」

 

「ん?」

 

「僕・・・強くなりたいです」

 

リヴェリアの顔を見て、少年は瞼に涙を少しだけ溜めてそんなことを言う。

そんな少年の顔を、ぽかーんと少しだけ間を置いて、リヴェリアは口元を開いている手で隠しながらクスクスと笑い声をあげた。それに対してムッとしているとグシグシと頭を撫でられる。

 

「いや・・・ふふっ、すまない・・・泣かされて『強くなりたい』などと言うなんてな・・・ふふっ、そんな奴を私は知らないぞ?ふふっ」

 

綺麗な顔で、自分の発言を笑う彼女をムスッとしながらもいい加減暗くなってきたがために手を引かれ出来上がった野営場所に戻っていく。

 

「大丈夫だ。少年、お前は十分強いし・・・そうなりたい意思があるのであれば、きっと強くなれるさ」

 

「アリーゼさん達の横に立てますか?」

 

「ん? まぁ、そうだな・・・立てるさ。きっと」

 

「じゃぁ・・・頑張ります。」

 

「ああ、頑張れ」

 

すっかり泣かされたことなど忘れたのか気分も回復して腹の音を鳴らし、意識を取り戻したレフィーヤに土下座をされ、とりあえず胸元に『私は男の子を押し倒して襲いました。ヤベーヤ・ウィリディスです』という立て札を首から下げさせたのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「は、はい・・・どうぞ、スープです。」

 

「ありがとうございます、山吹さん」

 

「どうぞ、リヴェリア様」

 

「ああ、ありがとう山吹」

 

「リューさんも」

 

「どうも、山吹」

 

「えと、フィルヴィスさん・・・どうぞ」

 

「あ、あぁ・・・すまない、ありがとう。や、山吹」

 

 

満天の星空が広がる頃、彼女達は火を囲い夕食をとっていた。とは言ってもあくまで念のために持って来たもので腹を満たすほどの量もなくどちらかと言えば気分回復程度のもの。スープを、今回やらかしたレフィーヤが全員に配膳していく。全員に『山吹』呼びされていて、しかし、自分が晒した醜態ゆえ、異を唱えることなど適わないのだ。ちなみに、なぜ『山吹』呼びなのかと言えば、リヴェリアからのお達しである。

 

『お前をこの旅の間、山吹と呼ぶ事にする。全員な』

 

『うっ・・・わ、分かりました・・・すいません、ベル・・・』

 

なんとも言えない空気が広がる中、その空気を変えるべくリューが口を開いた。

 

 

「そういえば、気になっていたのですが・・・ベル?」

 

「?」

 

「その・・・あなたの胸は、いったいどうなっているのですか?まるで本物にしか見えませんが。」

 

「ああ、そう言えばレフィ・・・山吹に襲われているとき、【戦場の聖女(デア・セイント)】がどうとか言っていなかったか?」

 

「―――ああ、えと・・・実は・・・」

 

 

少年の口から聞かされるのは、18階層から帰ってきてから今回の旅の間にあったこと。

特にやることもなかった少年は治療院に足を運んでは、アミッドの手伝いをしていて、そんな休憩中の何気ない会話での出来事だ。

 

「あの時、アミッドさんがまさか徹夜明けで深夜テンションだったなんて知らなくて・・・」

 

「知らなくて?」

 

 

彼女は徹夜明けだったらしく深夜テンションで少しばかりハイになっており、けれど表情を特に変えるわけでもないため少年は気付けずについ言ってしまったのだ。別に悪気があったわけでもなく。

 

 

『アミッドさんアミッドさん』

 

『何ですかベルさん』

 

『義手や義足が作れるなら、他の体の部位とか・・・その欠損した部分を作れたりしないんですか?』

 

 

その言葉に、アミッドは『できないですよね?』とでも言われたと勘違いしたのかなにやら火がついたらしく、

 

『欠損した体の部位・・・そうですね。女性であれば、病やダンジョン内での怪我などで乳房を失うということはないわけではないでしょう』

 

『?』

( 何で急に胸の話をしているんだろう、アミッドさん。)

 

アミッドは両手で自分の胸を支えるようにして持ち上げぼんやりとそんなことを口走った。

少年としては別に、『欠損した部位』としか言ってないわけで、特に特定の場所など言っていないし『見える義眼とかあったら、眼帯の人とか喜ぶのかなー』くらいにしか思っておらず別におふざけのつもりもなく、本当に何気なく言っただけなのだ。それを、徹夜明けのアミッドは真面目に考え出してしまっていた。

 

 

「そ、それで・・・急に目の前で、その・・・ブ、ブラを外して・・・」

 

「「「「ぶふぅっ!?」」」」

 

「あ、いや、裸になったわけじゃないんですよ? 服を着たまま・・・そ、それで・・・」

 

「そ、それで?」

 

服を着たままブラを外し、それをベルに『そこに着替えを入れる篭がありますので、入れておいてください』と手渡してきたのだ。ベルとしては、思わず、姉によくされることだし『ああ、うん、わかった』くらいの気持ちで受け取ってしまったが、篭に入れる寸前で固まり、『あれ、これ駄目なんじゃね?』と思ったがもう遅かった。その手には確かにアミッドの温もりがあったのだから。

 

『あのアミッドさん・・・その・・・下着を僕に渡すのは、さすがによくないんじゃ・・・』

 

『【アストレア・ファミリア】は貴方以外女性でしょう、何を今更・・・それに、別にあなたに見られたからと言って、私は別に羞恥に悶えたりしませんよ』

 

『え・・・あ・・・ええっと・・・アミッドさんがいいなら・・・いいのかなぁ・・・』

 

 

まぁ、よくなかったのだが。

ことが終わった後、ベルがさすがに心配してアミッドをベッドに運んで眠らせた後、覚醒した頭で全てを思い出した彼女は顔を真っ赤にしてベッドの上で両腕で乳房を隠すようにして悶えた。

 

 

「あ、あの! ベル!」

 

「どうしたんですか、山吹さん」

 

「アミッドさんの下着は、何色でしたか!?」

 

「お、おい、何を聞いているんだお前は!?」

 

「フィルヴィスさん、あのアミッドさんですよ!?気になりませんか!?」

 

「いや・・・確かに、聖女といわれる彼女だ・・・気にならないといえば嘘になるが・・・」

 

 

聖女の下着。

それは、下界の未知だ。

故に、誰しもが気になる領域だ。

あのタイツの上、あのスカートの中、あの治療師としての衣装の中身・・・そこには、いったい何が隠されているのだろうか。少女達はその件の聖女様と最近付き合いの多い少年に聞いてしまう。

 

「うーん・・・」

 

「お、教えられないんですか?」

 

「だって・・・さすがに・・・」

 

「よかった。ベルにもまだ常識があるようで。アリーゼであれば、『今日私は赤をつけているわ!』などと言っていたところです」

 

「うん・・・・」

 

「そ、そんなぁ・・・」

 

「うーん・・・じゃあ、聖女様ってどんなの履いてると思います?」

 

スープをちびちびと飲みながら、少年はやんわりと言う。

さすがに答えを教えてはまずい。それくらい僕にだってわかる、なにやら『貴方にまだ常識があってよかった』なんてことを言われたがそれは後で耳を咥えてお仕置きしてやろうそうしてやろう。とリューに横目で見やりながらそんなことを考えた。少女達はうーん、うーんと頭を悩ませる。

 

「やっぱり、白でしょうか・・・」

 

「以外に黒とかでは?」

 

「いやぁ・・・アミッドさんが黒をつけるとは思えないですよ・・・あ、でも、意外と大人な下着だったり?」

 

「例えば?」

 

「透けてたりとか?紐で解けたりとか?でもやっぱり色は白なんでしょうか・・・それで、寝るときはシースルーのベビードールとか?」

 

「紐は山吹さんじゃ・・・」

 

「今、何か言いました!?」

 

「え、いや、別に?・・・まぁ、そういうことで」

 

「どういうことですか!? 気になるじゃないですかぁ!!」

 

「山吹さんは女の子なんですから、本人に聞けばいいじゃないですかぁ!?」

 

「うぎぃ・・・」

 

「何なんだ、その変な悔しそうな顔は・・・」

 

「はぁ・・・お前達は下着事情で随分盛り上がれるんだな。リオン、お前達はいつもこうなのか?」

 

「え!?い、いえ・・・その、私は別に・・・・」

 

「リューさんは最近、スケスケのベビードールを着てました」

 

「わぁ・・・リューさんすごーいっ」

 

「ベ、ベル!?」

 

 

もうなんだか今日は疲れたなぁ・・・今頃、アストレア様やアリーゼさんはお風呂かなぁ、今日の春姫さんのご飯はなんだろうなぁ・・・と真顔でそんなことを考えるベルは、リューの寝巻き事情をポロっと零して抗議を受けるも無視をした。

 

 

「で?それで、アミッドはその後どうしたんだ?」

 

「ああ・・・ええと、リヴェリアさんも気になるんですか?」

 

「途中で止められたら気になってしまうだろう」

 

「うーん・・・えと、その後は・・・」

 

ブラを外したアミッドはフラフラとぼんやりとする頭で自分の机まで歩きノートとメジャーを取り出し

 

『ベルさん、団員の方を呼んできてもらえますか?』

 

と言われ、呼びに行き、すこし外で待っていてほしいといわれ

 

『もう入ってきていいですよ』

 

そう言われ中に入ると、別に特に変わったこともなく団員の女性は頬を少し染めて

 

『団長、あとで寝かせてあげてもらえますか?いや、その、役得でしたけど・・・後で絶対団長が憤死しますから・・・』

 

なんてことを言われて、どういうことかとノートを除いてみるとなにやら数字か書かれており

 

『アミッドさん、何をしていたんですか?』

 

『ベルさん、貴方・・・女装をしていましたよね』

 

『え? いや、まぁ・・・はい。あ、趣味じゃないですからね!?』

 

『趣味じゃなかったんですか・・・まぁいいです。では、次回、試作品を渡すので使用してみてください。そして感想をお願いします』

 

『え?』

 

『これから、型をとって、本物同然の偽乳房を造ります』

 

『アミッドさん!?』

 

『協力者を募ると高くつく場合もありますし、神々に知られると面倒です。ですので、今回は試作品ということで・・・』

 

 

そうして造り上げられたものが、現在、少年のドレスの胸部に納められているものである。

 

「さすがアミッドさん・・・これが『神秘』持ちの力ですか」

 

「まぁ・・・病で失い傷つく者もいる。これで回復するのであれば凄いことだが・・・」

 

「ちなみに、これは【戦場の聖女(デア・セイント)】の乳房ということでいいのですか?」

 

「え、うん・・・アミッドさんには『決して遊びで使うな』って言われてて・・・でも山吹さんにあんな、押し倒されて乱暴されたし・・・」

 

「あ、あなた、顔を真っ赤にして感じてたじゃないですか!?」

 

「触覚まで再現されてるのか!?」

 

「山吹・・・感触はどうでした?」

 

「ほ、本物です!!あ、いや、あれがアミッドさんと同じなのかはわかりませんけど・・・少なくとも、本物の感触です!!そして、マシュマロのように柔らかかったです!!」

 

 

『神秘』持ちすげぇ・・・戦場の聖女(デア・セイント)すげぇ・・・そんな声が、満天の星空の下で響いた。

 

アミッドは治療院で入浴中にくしゃみをした。

 

 

「あ、あの、黙っておいてくださいね・・・ほんと」

 

「言いませんよ、こんなこと」

 

「言って何になるんだ」

 

「言いふらす理由がないな」

 

「ええ、言う理由がありません」

 

「よかった・・・」

 

「その代わり、寝る前に少し触らせてください」

 

「え」

 

再び、少年は悲鳴を上げる羽目になった。

 

精霊郷は、遠い。




ベル君のリヴェリアに対する認識:親戚のお姉さんのお母さん



深夜テンションで頭おかしくなるアミッドさん欲しい


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生きて近づけた生命体がいないだけだ!!

書いてると、自分が書いたことを忘れてしまっていることがあるのでおかしな点が湧いてくる。



長老の性別はわからないので、女ということにしてます。


「着いたぞ。ここが・・・・」

 

「わぁ・・・・」

 

「これは・・・」

 

「どの同胞の里とも違う・・・美しい・・・」

 

 

それは森の中の集落とも言える場所。

中心には巨大な大樹があり、天を蓋するように木々の葉っぱが覆っていて、けれどその隙間から差し込む日の光が、神秘的な光景を生んでいた。

 

 

「・・・私も初めて足を運んだが、なるほど、『精霊郷』とはよく言ったものだ。」

 

「しゅごい・・・」

 

「べ、ベルの語彙力が・・・」

 

王族(ハイエルフ)のリヴェリアを筆頭に、その光景に釘付けになる5人。

それは迷宮都市のような喧騒はなく、けれど、ド田舎のような静けさともまた違っていた。

 

「貴方達、どうやってここに・・・」

 

その5人に気付いたのか、声をかけてくるエルフ達。

 

「・・・いや、お待ちを。まさか、あなたはリヴェリア様!?」

 

周囲のエルフ達は、さながら『超人気アイドル』が目の前にいるかのように驚きの声を上げていた。

 

「・・・声を抑えてもらえるか。今日は王族として足を運んだわけではない。」

 

「も、申し訳ありません! ですが、嗚呼・・・! この地で貴方様のご尊顔を拝謁する栄誉に俗しましたること、身に余る光栄と・・・!」

 

「・・・やれやれ、エルフというのは全く」

 

そんな周囲のエルフ達を面倒くさそうに応対するリヴェリア。

そんな光景を見た少年は、『今なら美の女神みたいに【平伏しなさい】とか言ってもこのエルフ達はやってくれるんじゃないだろうか』なんてことを考えてしまう。まぁそんなことを考えていれば、一緒に行動しているエルフ'sに見抜かれてしまうわけだが。

 

「・・・ベル」

「クラネル」

「ベル?」

 

三者三様。

別に睨んでくるわけでもないが、ジーっとリヴェリアの横顔を見ている少年に3人のエルフは声をかけてくる。

 

『わかってるんだぞ。お前が考えてくることは』とでも言うかのように。

 

 

「どうしたんですか、3人とも」

 

「・・・何かリヴェリア様に失礼なことを考えていませんか?」

 

「考えているだろう?」

 

「昨晩、リヴェリア様にテントの中で後ろから触られたことを根に持っているんですか? だとしてもいけませんよ、失礼なことを考えては」

 

「別に僕・・・気にしてないですけど。 ただ・・・・」

 

「「「ただ?」」」

 

「今ならリヴェリアさんが、女王様みたいにどんな無茶振りをしても許されるんじゃないのかなって思って・・・ゴミを見るような目をして、肘をついて。」

 

「それです」

「それだ」

「駄目ですよベル。そういうのは」

 

昨晩、テントの中で寝る際、やはり興味と言うか気にはなっていたのかリヴェリアはどういうわけか後ろから軽く触ってきて少年はびっくりしたわけだがそれはまぁもう、どうでもよくてすぐに解放されたわけで、なんなら朝目が覚めて仕度をするときに髪を梳いてもらってその心地よさに二度寝しそうになったわけなのだが少年は『王族っていっても興味はあるんだなぁ』くらいに思っていた。

 

そして迷宮都市内でも、さらにはリヴェリアの周りのエルフの態度を見ているたびにリヴェリアが黒と言えば黒だし、白と言えば白になるくらいすごい権力があるのでは?と思っていて、そして現在この精霊郷の・・・レフィーヤが耳打ちで教えてくれた他のエルフとは違った所謂『高貴なお方』達も『ハハァ~!!』と膝をつきそうなくらいの対応をとっていたので少年はつい、『無茶振りをしても許される』なんてことを考えてしまっていた。

 

 

「ふむ・・・この方たちも、『王族(ハイエルフ)』に近しい存在なのでしょう」

 

「いいですかベル。いくらリヴェリア様でも、そんな我侭な女神様みたいなことはしません。というか、リヴェリア様はそんな方じゃありません」

 

「ああ、ちなみにだが、リヴェリア様に手をあげると都市中・・・あるいは世界中の同胞を敵に回すと思っておいたほうがいいぞ、クラネル」

 

「そ、そこまで!?」

 

聞けば昔、どこぞの女神が広大な迷宮都市内をお供もつけずに出歩きまわり、眷族達は血相を変えて探し回る羽目になり、団員総出で動き回るその行動を何かの計画と勘違いし、警戒する【ロキ・ファミリア】と誤って衝突までしてしまったとか。抗争勃発かという大事件にまで発展しかけた始末であり、【アストレア・ファミリア】もその際は『勘弁してくれ・・・休ませてくれ・・・』と言いたくなるくらいには、周囲に被害が出ないように、キリキリしていた。

もっとも、その惨状を前に当の女神様は『ごめんなさい♪』と可愛く微笑んで許してもらおうとし、これには神ロキが鉄拳を下し、神アストレアがハリセンで尻を叩いた。眷族達もこの時ばかりは止めることはなかった。

 

「その派閥の団員があろうことか、リヴェリア様に手を出し・・・」

 

「ご、ごくり・・・」

 

「【ロキ・ファミリア】以外の妖精(エルフ)達からも憤怒(いかり)を買い、返り討ちにあっていました。」

 

リューはどこか遠い目をして、どこかの派閥の話をした。

 

「何て迷惑な派閥なんだ・・・」

 

「ちなみにリューさんとセルティさんは?」

 

「・・・・あとから輝夜に雷を落とされました。」

 

「「「うわぁ・・・」」」

 

ちゃっかりその騒動に、憤怒(いかり)のままにリヴェリアに手を出した輩を処分しようと混ざった【アストレア・ファミリア】の妖精2人は、全てが終わった後、副団長の輝夜に

 

『一般人に被害が出ないように我々が動いているというときに、貴様等阿呆は何をやっているんだ!? 秩序を守る我々が! 何、ちゃっかり混ざっているんだ!! 恥をしれ、クソ妖精共!! つぎやったら娼館に売ってドワーフと寝かせるぞ!! 』

 

などと雷を落とされたらしい。

これには2人の妖精も小さくなり

 

『しゅみましぇぇん・・・』と言うほかなかった。

 

 

「悲しい・・・事件でした」

 

「リュ、リューさん達が・・・ドワーフと・・・!? い、いやだ・・・想像したくない・・・!! ドワーフとエルフのハーフってどんなのなんだ・・!?」

 

「ちょ、ちょっとベル!? 帰ってきてください!!」

 

「おい山吹、こいつ頭がポンコツだぞ!? おいクラネル、しっかりしろ!! そもそも亜人(デミヒューマン)同士で子は成せん!!」

 

 

周囲の妖精たちに辟易とした顔をしながら応対するリヴェリアを他所に、4人はギャーギャーワーワーと騒ぎ出していた。

 

 

「嗚呼、リヴェリア様! お会いできるなんて光栄です! 今日という日に感謝を! それもこれも、精霊達のご加護のおかげ!」

 

「冒険者などという蛮族どもの都にあって、リヴェリア様の華々しいご活躍は我々も耳にするところ!」

 

「蛮族って言われてますよ山吹さん」

「ちょと、私のどこが蛮族なんですか!?」

「もう忘れたんですか?」

「な、なんのことですか?」

「昨日僕に乱暴したじゃないですか。」

「言い方ぁ!!」

 

「貴方様こそ一族の誇り!セルディア様ご再来の言葉は正しかった!」

 

「・・・・・」

 

後ろでなんか騒いでいる同行者に、周囲で崇めてくるエルフたちに、リヴェリアは徐々に顔を曇らせていく。レフィーヤ曰く、『王族扱いを快く思っていない』という言葉の通りであった。

 

「はぁ・・・世辞はいい。祭事を取り仕切る長老と話がしたいのだが、どこにいる?」

 

 

リヴェリアのその言葉の後、騒ぎを聞きつけたのか、自身の頭よりも少し上まである杖を持ったチビっ子がやってくる。

 

「何の騒ぎじゃ? 誰か入ってきたのかー!」

 

「何だ、この子供は?」

 

「失礼な! わらわはリロ。儀式の元締めを任されておる。一時的ではあるが、この郷の長老のようなものじゃ!」

 

「えっ・・・! こんな小さな子が!?」

 

「小さい子とか抜かすなぁっっ!お主ら小娘どもより、ずっと長生きしとるわ! たわけめー!」

 

「私達より、年上・・・?」

 

小人族(パルゥム)との、ハーフか・・・?」

「ほら、やっぱり亜人(デミヒューマン)同士でもハーフがいるんじゃないですか!」

 

リヴェリアとベルがほぼ同時にそんなことを言うと、チビっ子エルフは、ただでさえプンスコしているところをさらにプンスコさせて声を張り上げた。

 

亜人(デミヒューマン)同士でハーフがなせるかぁ!! あとそこの白っこいの!なーに世界の神秘を知ったみたいな顔しとるんじゃ!わしは立派なエルフじゃ!!そんでもって何瞼閉じとるんじゃ! 開けんか!」

 

「そうだったな・・・いや、すまない。お前のような同胞がいたとは・・・」

 

「すいません・・・その、リヴェリアさん。」

 

「ん?なんだ?」

 

「なんか、不安になってきました」

「同感だな。包み隠さず本音を言うと、私も此度の宴・・・少々不安になってきた」

 

リヴェリアは珍しく目の前にいる『小さいエルフ』の存在に戦慄。

ベルは、『子供が取り仕切るの、大丈夫なんですか?』と不安を丸出し。子供ではないという言葉をしっかり聞き逃していた。

 

「なんだとコラー!! 喧嘩を売っとるなら買うぞ! シュ、シュ!」

 

「リヴェリア様に、なんて口の利き方を・・・!」

 

「お主がアルヴの王森を飛び出したお転婆娘だな!この秘境の管理を任せられているわらわも聞いたことがあるぞ!」

 

「なら話が早い。あらためて、我々は今宵の儀式のために郷を訪れた。参加の許可を貰いたい。」

 

そこからは、荒れに荒れた。

長老は、『わらわはお前ら王族が嫌いじゃぁ!』なんて言い出しては『黙らっしゃい長老!』と言われ『リヴェリア様ご参加に反対するものなどおりません!いるとすればそれは逆賊です!』などと言われ

 

「な、なんじゃ、王族(ハイエルフ)がそんなに偉いのか!? 長老であるわらわよりも!?」

 

「「「当然です!!」」」

 

そう言われて、長老は雷に打たれたようにショックを受けていた。

しかし、それでも、気に入らなかったのか、プンスコと怒りを露にし、けれど、怒れるエルフ達に怯えながらも、あれやこれやそれやどれやと説得され最終的に

 

「おい、王族(ハイエルフ)、参加を認めて欲しくばわらわについて来い!」

 

そう言って、集落とは少し外れた森へと案内された。

 

 

 

■ ■ ■

 

「あの、リヴェリアさん」

 

「ん?」

 

「どうして、儀式に参加するのに魔力が関係するんですか?」

 

「ああ、それはだな・・・」

 

「ふん! 白っこいの!エルフのくせにそんなことも知らんのか!」

 

「・・・・」

 

「その尖った耳をかっぽじってよーく聞いておれ。よいか? 儀式には、魔力が強いものがいればいるほど良い。霊薬実(タプアハ)は、参加する者の魔力によって、効果が強まるのじゃ!」

 

やはりまだ怒っているのか、長老は無知なベルを小馬鹿にするように下から『おぉん?』とメンチをきりながら、道中儀式についての説明をしてくる。ベルは少し、イラッとした。

 

そうして、ようやくたどり着いた場所には、オーブのようなものがフヨフヨと飛び回っていた。

 

 

「ほ、本当に精霊がいる・・・!?」

 

「今いるのは自我もないような下位精霊だが時折、意思の通じる精霊もいる。そやつらは、この郷と大聖樹が大層気に入っているのじゃ。

 

「精霊と意思疎通が出来るのか?」

 

「そんな大層なものじゃないわいっ。動物と戯れておれば自ずと何を思っとるのかわかるようになる。それと同じじゃ。」

 

「それでも、すごいですね・・・!『神の分身』とも言われる精霊となんて・・・!」

 

「わ、わらわくらいになれば当然じゃ!精霊郷に来るまで、厳しい修行を積んだからの!」

 

ニコニコと長老が『わらわのすごさ、わかったじゃろ?』とでも言いたげに笑みを浮かべていると、初めて見る光景に瞳を輝かせていたベルの周囲にちょっとした異変が起きていた。それに気がついたフィルヴィスは隣で成り行きを見守っているリューに声をかけた。

 

「お、おい・・・クラネルの周り、精霊が多くないか?」

 

「確かに・・・下位精霊でしょうが・・・」

 

「あ、あの、これ、なんで?」

 

「な、なぬ!? なぜ貴様、精霊に群がられてるんじゃ!?」

 

「・・・スキルか魔法か?」

 

「魔法・・・魔法・・・あっ!!」

 

「どうした、山吹」

 

「リ、リヴェリア様、みなさん、ちょっと耳を貸してください!!」

 

長老とベルを他所に、4人は集まりレフィーヤは自分の推測を話した。

それに気がつかず、まるで虫にたかられるように鬱陶しそうな顔をするベルに、長老は『こ、これ!精霊に手をあげるな!大人しくしとれ!噛んだりせん!ええい、瓶の中に入れようとするな!』と声をかけては『こ、こんなこと、わらわ見たことないぞ・・・お主、何をしたんじゃ!?まさか、お主も王族かぁ!?・・・これだから王族は!』と嫉妬していた。

 

 

「お、恐らくなんですけどあの子・・・『精霊の魔法』を行使できますよね?」

 

「あ」

 

「な、なんだ【疾風】。知っているのか?」

 

「あぁ・・・ええっと・・・・確かにあの子は1つだけ精霊の魔法が使えます・・・」

 

「まさか、それに反応しているのか?」

 

「可能性はそれしか・・・ないかと。ま、まぁ、その、襲われているわけではありませんし・・・」

 

「我々は、知らないフリをしておこう。説明が面倒だ」

 

エルフ達はレフィーヤの推測が恐らく正解だろうと納得し、長老には黙っておくことを決定。

何事もなかったかのように、リヴェリアは長老に声をかけた。ここに連れて来た理由を聞かせろ、と。

 

「ふんっ・・・ここは会場となる神聖な場所じゃが、周囲には不浄なモンスターもおる。せっかくの儀式に邪魔が入らぬよう、近辺のモンスターを追っ払ってまいれ!文句は言わせんぞ?ここではわらわが法なのじゃからなぁ!ヌハハハハハ!」

 

ということらしい。

 

「ふっ・・・王族扱いより、この方がはるかに気楽だ。喜んで協力させてもらおう。」

 

 

■ ■ ■

 

 

「だいぶ、片付いたな・・・」

 

「ベルが魔法で一掃していましたからね」

 

「そういえば今回、武器を持ってないんですね」

 

「森の中だと邪魔になると思って・・・」

 

「まぁ、槍は少し難しいでしょうね。」

 

「ナイフはあるけど・・・別に必要ないかなって」

 

「ま、まぁ・・・これでモンスターに儀式を邪魔される心配はありませんね。」

 

「・・・だが、これであの長老は参加を許可してくれるだろうか?」

 

 

既にどこか意地になっている長老のことだ、難しいだろう・・・とモンスターの退治を終えて集合した5人は語り合う。

 

「しかし同胞であそこまでリヴェリア様に反発する方がいるなんて思いませんでした」

 

「なに、エルフでは珍しいかもしれんが多種族や神々であればよくあることだ。」

 

穏やかな顔をして語るリヴェリアに、3人のエルフは再び集合。

ベルとリヴェリアだけなぜか取り残され、2人は2人で語らっていた。

 

「僕もリヴェリア様って呼んだほうがいいですか?今一応、エルフの格好してますし」

 

「やめろ。やめてくれ。アルフィアの格好でそんなことを言われては背筋が痒くなってしまう。」

 

「ま、さまかリヴェリア様の恋は・・・絶望的な片思い!?」

「相手がわからないぞ!? クラネルではないことは確かだ・・・あのリヴェリア様の横顔とクラネルの顔は、明らかに『親戚の子』『親戚の親』に対するソレなのだから。」

「いがみ合ってからの多種族婚はエルフの定番だと見た気が・・・アリーゼが読んでいた恋愛小説で!」

 

「おまえたち、何の話をしているんだ?」

 

「い、いえ!? 別になにも!? ね、ねぇ!」

 

「ええ、何も!下衆な勘繰りなどしておりません!」

 

 

よくはわからないが、エルフ達は崇拝すべき王族のリヴェリアに意中の相手がいるのであればそれは誰なのだろうか・・・?とそれはもう、興味津々だった。

 

「コホン・・・仮にですが、このまま儀式に参加できなかった場合、どうするのですか?」

 

霊薬実(タプアハ)を誰かに譲ってもらえるのなら、ありがたいが・・・気が引けるな」

 

「何をごちゃごちゃくっちゃべっておる! 化物退治が終わったのなら、報告せぬか!」

 

「あ、ごめんなさい! モンスターは無事退治しました」

 

「よし、大儀であった」

 

「じゃあ、これで参加させてもらえるんですよね?」

 

「それとこれとは話が別じゃ」

 

「は?」

 

「ひぃ!? 白っこいの、お前、圧を出すのをやめんか!」

 

「最初から認める気なんてなかったんじゃないですか?馬車馬の様に働かせるのが目的で・・・なんかそういうの、よくあるって聞きましたよ。」

 

ベルは女神から『都市は必ずしも治安が良いとは言えないの。人がいれば悪事を働く人は必ずでてくるわ・・・働かせるだけ働かせて、何も与えなかったり、報酬が少なすぎたりね?』という話をそれとなく聞いていて、今回のはそれでは?と何かとメンチをきって来る長老にイラッとして言い返した。これには長老は、一瞬ベルの圧にびびりながらも鼻で笑った。

 

「うわー!出たー!エルフにありがちな偏屈かつ攻撃的な自己妄想! 綺麗な顔と容姿をしてお主、全くモテんじゃろ?そうじゃろうそうじゃろう?」

 

「なっ!?」

 

「はぁヤダヤダ、これだから若いもんは~。一族の行く末が、わらわちょうしんぱーい。」

 

ベルは、さらにイラッとした。今のベルの姿は、アルフィアを若くしてエルフの耳をつけた状態だ。つまりは、ベルからしてみれば、アルフィアを、義母を馬鹿にされた気がしたのだ。

 

 

「お義母さんは別にモテないわけじゃない!!」

 

「ベ、ベル!?」

 

「生きて近づけた生命体が少なかっただけです!!」

 

「お、おいどうしたクラネル!?」

 

「お義母さんは!!」

 

「お、おい・・・少年・・・」

 

「喪女じゃない!!」

 

「ほ、ほぇ!?」

 

「お義母さん馬鹿にするなぁ!!」

 

「お、落ち着きなさいベル!! 大丈夫、あなたの義母は喪女ではありません!生きて近づけた生命体が少なかっただけです!!」

 

 

フーフー!!と顔を赤くするベルを背中を摩りながらリューは落ち着くように促すも、その瞼を閉じながら眉間に皺を寄せて怒りを露にする姿は、大抗争時に輝夜に歳のことを言われてキレかけたアルフィアのようだった。

 

 

「――そ、それで、参加の許可は?」

 

「ふ、ふーんなのじゃ。モンスターを追っ払ったら許可をするとは言っとらん!!」

 

「そ、それはそうですけど・・・」

 

「―――では、どうすれば認めて頂けるのか、教えてもらえないでしょうか?」

 

「ふーむ・・・そうじゃのぉ。この辺りには、精霊の訪れとともに多くのユニコーンが足を運んでくる。」

 

「―――落ち着いたか、少年」

「ごめんなさい、つい・・・あの、これ、噛まないですか?」

「噛まない噛まない。こう・・・優しくな? お前も『呼び寄せ』て見たらどうだ?」

 

「かのものたちは、滅多に人目に触れず、穢れなき処女としか接触を許さぬ貴重な存在じゃ。」

 

「結構来ましたね・・・」

「ああ。さすがだな・・・」

「リヴェリアさんにも寄って来てますね」

「そうだな。そうだ少年、いっそ名前でもつけてみたらどうだ?」

「でも、覚えられないですよ?」

「遊びだからいいんだ。」

「じゃ、じゃあ・・・」

 

「儀式に参加したいのなら、ユニコーンを探し出すくらいしてもらわねば! まぁ、無理だとは思うが――」

 

「ふふっ、くすぐったいぞ」

「えっと・・・この子は『赤兎馬』、角が長いのは『イッカク』・・・『バハムート』『ムシュフシュ』『じゃが丸君の元』『テンペスト』・・・」

「なんだ、随分、適当な名前が出てくるな? どこで知ったんだ?そんな名前」

「神様達が書いた本?が書店にあってそこに。天界で流行ってたのをテキトーに書いてるらしいですよ?」

 

「ん・・・?」

 

いつの間にか移動していた2人の声が聞こえ、振り向いてみればそこには、ユニコーンの群れが集まっていた。

 

「だぁぁ!?」

 

「リ、リヴェリア様とベルにユニコーンの群れが・・・」

 

「なにやら変な名前をつけている気がするが・・・しかし、リヴェリア様・・・なんと神々しい・・・」

 

「ベルは恐らくスキルを使ったのでしょうが・・・それ以前にリヴェリア様、ユニコーンの扱いに慣れているような・・・まさか、ダンジョンで調教の経験がおありで?」

 

「馬鹿を言え。王族の森でも飼っていただけだ。コツさえ掴めば誰でもできる。」

 

「いえ、普通に不可能かと・・・ベルみたいに、その、ズルみたいなことしないかぎり・・・」

 

「わ、わらわでさえも、近づくことしか出来んのにぃぃっ・・・!!」

 

リヴェリアに対しては、『さすが』『すごい』という声なのに対して、ベルには各々が『あ、こいつスキルで誘引しやがったな?』という反応を示していた。2人の違いをあえて言うならば、触れることができるリヴェリアに対して、ベルの場合は近づいても触らせてくれるものはおらず、見つめてはウロウロするのが数体いるだけだ。

 

「さ、さすがリヴェリア様・・・とクラネル。いや、その、やり方はどうかと思うがでかしたぞ。これで、先ほどの言質も・・・」

 

喜びの顔で歩み寄ってきたフィルヴィスに対して、ユニコーンたちは一斉に、ものすごい勢いで逃げ出した。これにはフィルヴィスもショックを受け、手が虚しく空をつかんだ。

 

「・・・やはり、私は汚れて・・・」

 

「そ、そんなことありません!ユニコーンたちは・・・えっと、ちょっと用事を思い出しただけです!」

 

「大丈夫ですよ、フィルヴィスさん! いつか胸のしこりも取れますから!」

 

「いいんだ・・・気を遣わなくても・・・あとクラネル。お前はいったい何の話をしているんだ!? 」

 

「気なんて・・・! だって、フィルヴィスさんも、汚れなき純潔の乙女じゃないですか!」

 

「ほぁ!? なっ、なっ、何を言ってるんだ、お前は!?」

 

「えっ、違うんですか!?」

 

「ディオニュソス様に泣かされてるんですかー?」

 

「おいクラネル!おちょくってるなら、買うぞ、その喧嘩!! お前を泣かしてやろうか!?」

 

「フィルヴィスさんは山吹さんに苛められてる僕を助けてくれる優しーい、お姉さんエルフでーす!」

 

「くっ・・・こ、こいつぅ・・・! というか2人ともなんということを口にするんだぁあああ!?」

 

「あっ・・・ご、ごめんなさぁーいっ!! あ、でも、リューさんもユニコーンが・・・」

 

「黙りなさい、山吹。でないと・・・私はいつもやりすぎてしまう」

 

「ひぅっ!?」

 

「何をやっているんだお前達は・・・」

 

「ま、まぁ・・・えと、これで儀式に参加させてもらえるんですよね?」

 

 

ベルが、『もう、いいですよね?』とユニコーンと触れ合うこれまた初体験による笑顔を向けると、長老はリヴェリアとベルに嫉妬したのか、プンスコと癇癪を起こし自棄になった。

 

 

「ならんならん!どうしてもと言うのなら、わらわを倒してからにせいっ!!」

 

その言葉に、ベルは一瞬真顔になり、もう面倒くさくなり、長老のまん前まで近づいて立止まり腕を組んだ。リヴェリア等エルフ達は長老を吹き飛ばすんじゃないかとヒヤヒヤしたが、それは杞憂となる。

 

 

 

「【学ばないな、貴様は。どれだけ私達に雑用をさせれば気が済む?エルフとは知識の種族ではなかったのか、弱輩?】」

 

その言葉に、『ん?』とリヴェリアは眉根をぴくっとさせた。

 

「なっ・・・! わ、わらわはお主より年上じゃぞ!? 話を聞いとらんかったのか!?」

 

「【ならばより手に負えんだろうが。世間知らずの年増、癇癪持ちのババアなど。】」

 

リヴェリアはさらに『んんん???』と目元をピクピクとさせ、いつかの戦いを思い出していた。それはリューも同じで、『あわわわわ・・・』とでも言うように顔を強張らせた。

 

「ぐぬぅ~~~~~~~~~!!」

 

これには長老も『良いパンチを食らった』レベルで顔を真っ赤にした。

ベルは相変わらず、瞼を閉じて涼しい顔をしていた。

 

( お義母さんなら、こう言う気がする・・・! )

 

「【倒せというのなら、倒してやろう。この噛ませ犬】」

 

「ぐはっ!?」

 

「【だいたい、儀式に参加するだけだというのに貴様・・・王族というだけでここまでさせているな?】」

 

「ぐふぅっ!? じゃ、じゃが・・・いやなものはいやなんじゃぁあ!!」

 

 

ベルはアルフィアが言いそうなことを長老にぶつけて行くも、何だか少し、楽しくなってきていた。それを見守るアルフィアを知る2人はなんともいえない顔をしていたが。レフィーヤとフィルヴィスはいつ止めるべきか、おろおろしていたが、長老の駄々をこねる声が聞こえたのか郷にいたエルフがやってきて雷を落とした。

 

 

「長老殿!! いいかげんになさい!!」

 

「ひぅ!?」

 

「リヴェリア様と・・・その、そこの精霊に群がられている方・・・がここまでしてくださったのですよ!!」

 

「じゃ、じゃが・・・」

 

「リヴェリア様は王家。ひいてはセルディア様に繋がるお方です。これ以上は、セルディア様の侮辱にもなりますよ!?」

 

「そ、そこまで・・・!? ぐぬぅ・・・わかったのじゃ・・・ぬぅううう・・・おい、白っこいの」

 

「・・・・なんですか?」

 

「良いボディーブロー・・・いや、言葉のジャックナイフじゃった。」

 

「はぁ・・・」

 

「じゃが、貴様が怒るとなんかこう、背後に見えるんじゃ・・・思わずチビってしもうた。」

 

「はぁ・・」

 

「じゃからお主―――」

 

 

長老は疲れたのか、けれど清々しい笑顔でベルに向き直りこう言った。

 

 

 

「儀式が終わるまで、郷の外で不埒な輩が来んように見張っとれ」

 

 

長老と兎。

 

その軍配は、兎にあがったが、兎は見張りをすることになってしまった。




ユニコーンは処女に寄ってくるらしいですが、『女装した男でも可』というのを最近どこかで見かけました。


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野営にて。

ゼルダは夢幻の砂時計くらいしか覚えてません。
ほぼタイトルくらいしか記憶に無いです。

でもそういうのをチラッとネタにして出したりするのは好きです。


 

 

 

カチャカチャ・・・ギュッ、ギュッ、と音が鳴り、

儀式の会場から離れた、郷の外側に、テントが1つ立てられた。

 

木漏れ日が差し込んでいた神秘的な森は既に暗くなり、闇が森を覆っていく。

 

キュポッ・・・キュポンッ! コトリ。 コトリ。

 

空の瓶を木の枝の間、窪みに差し込んでは、どうしてだか小さな精霊がその中に入って行きちょっとした明かり代わりになってテントの周辺を照らしていく。

 

 

「―――夜の森って、結構暗かったんだなぁ・・・リューさんにいてもらえばよかったかも。」

 

「おい」

 

キュッポン。

 

シュッ!!

 

「―――これをテントの中に吊るしておけば、仮眠するときも安心。帰るときに出してあげればいいよね。」

 

「おい」

 

聖火巡礼(スキル)のおかげとはいえ、やっぱり暗いとちょっと不安だし・・・あと、相変わらず精霊に集られるから・・・ごめんね。でも、ヘスティア様の孤児院の子供達も『瓶に精霊を入れるのは様式美なんだぜ、おね・・・兄ちゃん!』って言ってたし君たちも何だかわかってて入ってるみたいだから、いいよね。」

 

 

暗い森の中で、精霊の優しい輝きに照らされて、テントの前に椅子を置き調理セットを置きお湯を温めながら1人そんなことを言う。空を見上げようと視線を上に向けても、何も見えずただただ闇だけが広がる。そこに『黒い神様』は見えてはいないが、やはり少しばかり不安で、一番近くにおいてあった小瓶を自分の膝元に持ってきて灯りを見つめる。

 

「精霊って・・・ランタンより明るさ低いんだね。」

 

「おい」

 

なぜ森の中で、黒いドレス姿にエルフ耳の少女がテントを立てて野営しているかと言えば、長老が少女・・・否、少年にびびり、ちびり、その背後に、『謎の灰色髪の瞼を瞑った美女』の姿を幻視したとかしてないとかで

 

『お前、ちょっと儀式終わるまで、不埒な輩が来んように見張りをしとれ。な?』

 

と言われてしまったのだ。

 

「いや、まぁ・・・いいんだけどね? 毎回、僕が怒ると『背後に誰かいる』って反応されるの・・・さすがに怖いなあ」

 

「おい! いい加減、無視するのをやめろ!! クラネルっ!!」

 

 

森に響いたのは、少女の怒鳴り声。

 

『さすがにベルを1人置いておくわけには・・・この子は暗い場所だと使い物にならなくなる・・・』

 

というリューの発言で、エルフ'sは緊急会議を開始。

 

『リヴェリア様は参加してください。ここは、あの子を泣かせてしまった責任もありますし私が』

 

『いや、しかしだな・・・』

 

『リヴェリア様は参加してください。ですが、山吹。あなたは今、あまり信用ならない。また泣かせるのでは?次はついにあの子の操に手を出すのでは?』

 

『な!? そ、そんなことしません!! 私は誇り高きエルフですよ!?』

 

『 【我が名はヤベーヤ・ウィリディス! 山吹族随一の馬鹿魔力の持ち主! 】という自己紹介を今後使ってみては? 』

 

『ちょ、や、やめてくださーい!?』

 

『ええい、うるさいぞお主ら!! 参加するならさっさとせんか! 第一、もう1人外に留守番させるならそこでユニコーンに触れ合えず膝を抱えとるやつにさせればよいじゃろう!!』

 

『フィ、フィルヴィスさーん??』

 

『ああ・・・そうしよう、私は・・・外にいるとしよう・・・』

 

そんなこんなで少年を1人にしないためにもう1人見張り役を立てたのだが、それが、フィルヴィスということになった。しかし少女としては、先ほどから1人でテキパキと・・・意外なほどに野営の準備をする少年に驚いては、相手にされていない気がして、ついムッとしてしまったのだ。おい、こっちを見ろ、と。

 

 

「―――どうしたんですか。まだ落ち込んでるんですか、『ケガレタ・シャリア』さん」

 

「おいっ、お前は変なあだ名をつけないと死ぬ病気にでもかかっているのか!?」

 

「だって、ずっと『汚れてる』って言ってるじゃないですか。もうそれ自己紹介の域ですよ」

 

「ぐっ・・・・」

 

「そんなことより・・・はいっ、出来ましたよ。ご飯です」

 

「あ、あぁ・・・ありがとう。」

 

 

オラリオで販売されている『お湯を注ぐだけで食べられる』という食品を購入し、それにお湯を注ぎ出来上がったところでそれをフィルヴィスに手渡し少年もまた蓋を開けて麺をすすっていく。

 

「「いただきます」」

 

 

ちゅるるっ・・・じゅるっ・・・ずぞぞぞっ!!

 

 

暗い森の中、そんな音が響いていく。

会話は特になく、少年はフィルヴィスの顔をジーっと見つめながら麺をすする。

特に意味もなく、少年はフィルヴィスの胸元を見たり、赤い瞳を見たりして、麺をすする。

 

 

じゅるるっ・・・ちゅるんっ・・・・じゅるるっじゅぼっ!!

 

 

ぶっほぉっ!!

 

 

そんな少女のような、あどけない顔で見つめられていることに、視線を泳がせながら同じく麺をすすっていたフィルヴィスは耐え切れず、麺を噴出してしまう。少年の顔に。

 

 

「ふぎゃっ!?」

 

「げっほっ、ごほっ!!・・・ああ、すまない、大丈夫かクラネル!! しっかりしろぉ!!」

 

「いーーーーーったい、目がぁああああっ!!」

 

「あぁぁ・・・す、すまない!! ほ、ほら、このハンカチを使ってくれ!! しかし、お前も悪いんだぞ!? ずっと私のことを見て!! 食べにくいだろう!!」

 

ジタバタと顔を抑えて転がる少年にハンカチを手渡し、フィルヴィスはアタフタ。

ダラダラと『やってしまったぁ!!』とでも言うかのように汗が流れる。

少年は受け取ったハンカチで顔を拭き、涙目になりながら手を差し伸べてくるフィルヴィスの手を取って再び椅子に座る。

 

 

「し、仕方ないじゃないですか、フィルヴィスさんのことが気になるんですから!!」

 

「な・・・・はぁあ!?」

 

「初めて会った時から、気になってたんです!!」

 

「な・・・なな、お、おまっ、お前は・・・な、何を言っているんだぁっ!?」

 

「そ、それに、ロキ様が『美人さんと可愛い女の子は、おかずになってご飯何杯でもいけるんやで~』って言ってたから、味変わるのかなって!?」

 

「だからお前は何を言っているんだぁ!?」

 

 

少年は思っていたままのことをそのまま口にした。

フィルヴィスは訳も分からず顔を爆発させた。

 

 

真っ暗闇な空の上で、邪神エレボスが『くく・・・そういうところだぞ』とほくそ笑んだ気がしたが、少年としては、『黒い神様』のことを知りたいと思ったことなど一度もないので、どうでもいいのだ。暗闇広がる、精霊の決して強くもない輝きの中、少女が暫くアタフタした。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

うふふふふ・・・・あははははは・・・うふふふふっ

 

 

妖精達が精霊達と輪になって、笑いあい、踊りあいはしゃいでいる。

それを、3人の妖精が眺めていた。

彼女達がいる場所は、少年と現在絶賛大混乱中の少女が野営している森の中とは少し違って空を見上げれば穴を空けたように開けていて真上に綺麗に輝く満月があった。

 

 

「賓客は精霊です。自我が薄く、純粋な彼女達を楽しませるには・・・我々も、子供のように楽しまなくてはならない。そういうことなのでしょう。」

 

「わ、わかりました・・・・! う、うふふふ~・・・」

 

「・・・ぎこちないかと。」

 

「あはははは・・・・」

 

「・・・不自然かと。」

 

「純粋にって言われると・・・変に意識しちゃって・・・」

 

「意識する必要はないと思います。きっと、心の赴くままに・・・楽しめばいい」

 

「そ、そうですか? じゃ、じゃぁ・・・そうですね、せっかく御伽噺の国に来たんですし、リヴェリア様のためにも、自分達のためにも、楽しみましょう」

 

「ええ、郷に入っては郷に従え・・・輝夜が言っていましたね。」

 

 

2人もまた、周囲のエルフに習って思い思いにその光景を、宴を楽しむ。

すると訪れるのは精霊。

御伽噺に綴られていた世界に入ってしまったと錯覚するほどまでに、美しく神秘的な光景がより一層広がっていく。

 

「そ、それより・・・あの2人、大丈夫でしょうか?」

 

「さぁ・・・ベルは1人にしなければまあ問題ないでしょうが。」

 

「フィルヴィスさん・・・大丈夫でしょうか」

 

「彼女は貴方の様にベルを泣かせたりといったことは今のところないですし、大丈夫でしょう」

 

「うぐっ・・・や、やっぱり私があっちに残っておくべきだったんじゃ・・・」

 

「泣かせるつもりですか? これ以上、前科を増やしたいと?」

 

「ち、違いますよ!? しゃ、謝罪をして・・・な、仲直りをですね!?」

 

「仲直り・・・友人だったのですか?」

 

「ラ、ライバルになれたらなーなんて・・・その、お互いを高めあえたら素敵じゃないですか」

 

 

あの子が貴方を意識しているところは、今のところ見覚えがないのですが・・・とはいえなかった。別に仲良くなりたいという想いは間違っていないし、彼女の考えもまた、間違いではないのだから。しかし、だがしかし・・・

 

「ライバルですか・・・ふむ」

 

「だ、駄目ですか? や、やっぱり【アストレア・ファミリア】に許可を貰いに行く必要があるんですか?」

 

「なぜ許可がいる・・・? 」

 

「じゃ、じゃあ・・・何か問題でも?」

 

おろおろ、おずおずとレフィーヤはリューに問いかけるもリューは微妙な顔。

 

「あの子は別に・・・そこまでダンジョン探索に精を出しているというわけでもありませんし・・・そもそも・・・」

 

「そ、そもそも?」

 

「あの子とライバルになりたいのであれば、それこそあなたは長文、超長文を並行詠唱かつ高速詠唱を完璧にしなくてはならない。」

 

「うっ」

 

「あの子は超短文で、強力な魔法がある。おまけに、そもそもあの子は前衛だ。まぁ・・・・スキルと魔法を考えれば、前衛、中衛、後衛とどちらも対応できますが。」

 

「きゅぅ~・・・・」

 

「今のあなたとあの子が戦った場合・・・」

 

「戦った場合?」

 

「一瞬であなたは意識を刈り取られるでしょう。なにせ、()()()()()囁くだけでいいのですから。」

 

「うぎぃ・・・」

 

「まぁ、私もリヴェリア様も・・・彼女に散々痛めつけられた。貴方がベルを意識して高みを目指すのであれば別にそれは、悪いことではありません」

 

 

―――頑張りなさい。

優しく微笑むリューの瞳に、レフィーヤは一瞬、ドキッとしながらも脳内ですぐにシミュレーションを行っていた。

 

 

( 帰ったら模擬戦を申し込んでみましょうか・・・ )

 

今の自分が、少年とどこまで渡り合えるのか。それを知るためにも、一度戦ってみるのもいいかもしれない・・・と帰った後の楽しみが出来た瞬間である。

 

 

「エルフの慣習を離れて久しいが・・・たまにはこういうのも悪くない・・・か」

 

「何をぶつくさ言っておる? 独り言が多いのは、年寄りの証拠じゃぞ。」

 

「―――【木霊せよ――心願(こえ)を届けよ、森の衣よ】」

 

「え、詠唱・・・!? ババアで怒ったのか!?」

 

「【我が名は、アールヴ】―――【ヴェール・ブレス】!」

 

 

ゴーン、ゴーン。

 

と鐘の音が、森の奥から聞こえてきた。

それに振り返るのは、その音の正体を知る者のみ。

 

 

「これは・・・ベル?」

 

「敵・・・でしょうか?」

 

「恐らくは。」

 

「念には念だ。防護魔法を展開させてもらった。あの子が魔法を使っているということは良からぬ賊が現れたのだろう」

 

「応援に行くべきでしょうか?」

 

「いえ・・・必要ありません。」

 

「いいんですか?」

 

「ええ。あの子が、少なくともオラリオの外の輩に負けるとは思えない」

 

 

■ ■ ■

 

 

「落ち着きました?」

 

「あ、あぁ・・・はぁ・・・お前はいつもこうなのか・・・?」

 

「?」

 

「いや、なんでもない・・・それより、お前、小瓶に精霊を入れて拠点周りに設置しているが大丈夫なのか?というか、怒られないか?」

 

「大丈夫ですよ、蓋、開いてますし。自分達で入っては出てるみたいですし」

 

 

そう言われてテントの周りの精霊の入っている小瓶を見てみれば、どれも蓋が開いていて精霊達はまるでシフト交替制で働いているかの如く、入れ替わったりしていた。

 

「な、なぜ自分から入っていくんだ・・・?」

 

「ヘスティア様の孤児院にあった御伽噺に載ってました。」

 

「ど、どういう話なんだ?」

 

「んー・・・そこまで詳しく読んでないんですけど、その瓶に入れた精霊は生命力を回復させてくれるとかなんとかで、瓶に入れるのは様式美らしいんです」

 

「よ、様式美・・・・」

 

「深く突っ込んではいけませんよ。」

 

「ま、まさか精霊達も自我が薄いにも関わらず・・・様式美に従っていると?」

 

「恐らく」

 

 

まぁ実のところ少年はその御伽噺を信じているわけでもなく、『ついやってみたくなった』からやっているだけなのだが。食事を終わらせ、ゴミをまとめて再び椅子に座る。

 

「そういえばお前は、野営とか・・・その、教えられたのか?」

 

「お姉さん達がしているのを、見てたので。」

 

「なんていうかその、意外だった。」

 

「『覚えておいて損はない』って言われたので」

 

じぃー・・・・と少年は膝を抱えて頬を乗せて隣に座るフィルヴィスを見つめる。

『なんなんだこいつはぁ・・・』と、頬を少し染めてたじたじになり内股でモジモジとするフィルヴィス。

 

チラッと視線を向けると少年は、ニッコリと微笑んで、さらにフィルヴィスは混乱する。

 

 

( 何なんだこいつは!? )

 

「フィルヴィスさん」

 

「にゃ、にゃんだ!?」

 

 

こいつ、今度は何を言うつもりだ!?

少女は思わず身構えた。隣の少年は相変わらず膝を抱え、頬を乗せて見つめてくるだけで特に表情は変わっていない。それが余計に少女の胸をざわつかせる。精霊達が『いったれ!』とでもいうかのように少年の周りを、拠点の周りをブンブンと回る。

 

 

「胸」

 

「・・・ん?」

 

「綺麗ですね」

 

「・・・・は?」

 

 

フィルヴィスは思った。

▶こいつぶん殴ってやろうか。

 

ベルは思った。

▶前より雑音というか、変な反応を感じなくなった。多少だけど。それでも割れている感じがするけど。

 

 

「フィルヴィスさん」

 

「な、なんだ」

 

今度は何を言うつもりだ?

フィルヴィスは身構える。少年は相変わらず見つめてくる。

 

 

「ファミリアの人、また亡くなったって聞きました」

 

「!」

 

「アリーゼさん達が巡回していても、どうしてもそういう悲しい事件は0にはできないって」

 

「・・・そうか。すまない・・・」

 

「何がですか?」

 

「いや・・・私のせいだろう・・・きっと。お前だって知っているだろう? 死妖精(バンシー)と呼ばれていることを」

 

「・・・正直どうでもいいです。それは」

 

「・・・・何?」

 

死妖精(バンシー)がどうとか言われても、その原因が、悲しい事件だってことも、僕からしてみればどうでもいいです。だって・・・僕は当事者じゃない。なら、何も知らないのに偉そうなこと言うのは、違うでしょう」

 

「・・・・何が言いたいんだ?」

 

死妖精(バンシー)がどうので気にするなら、恩恵を封印して、冒険者をやめてしまえばいいじゃないですか」

 

「・・・・・」

 

「んー・・・・たとえば、僕が、人殺しの子供で、親は闇派閥にいた。って言ったら、フィルヴィスさんは僕と戦いますか?」

 

「! そ、それは・・・子は関係ないだろう!?第一お前は、その時いたのか!?」

 

「いませんよ?」

 

「なら、お前に罪はないだろう!? それを責めてくるやつがいたとしたらそいつらは――」

 

 

お前の何を知っているんだ!と声を張り上げようとして、言葉が途切れる。

 

目の前の少年は『当事者でもないのに偉そうなことを言うのは違う』とそう言った。だから、フィルヴィスの身に何が起きてどうなったかなど、少年にとってはどうでもいい、とそう言っている。フィルヴィスは思わず立ち上がってしまい、拳に力を入れてしまっていたがだらり・・・と力を抜く。そうしてもう一度椅子に座った。

 

 

沈黙が生まれる。

少しして少年は小瓶に入っている精霊を見つめながら、また口を開く。

 

 

「フィルヴィスさん」

 

「・・・・」

 

「フィルたん」

 

「やめろ。なんだ?」

 

「フィルヴィスさんって・・・外だと御淑やか?なんですね」

 

 

今日はやけに絡んでくるな。

いやらしい目付きでみてくるわけでも悪意を持って近寄ってくるわけでもないから、余計に無碍にできない。それどころか、24階層の一件の際、少女は少年に助け舟というか唯一少年の状況についていけてないことに気がついて気を遣っていたが故に微妙に懐かれていた。

 

 

「フッ・・・お前は一々私をおちょくりたいのか?」

 

「? 思ったことを言ってるだけですよ」

 

「じゃあ何が言いたいんだ」

 

「うーん・・・いや、やっぱりいいです。」

 

「はぁ・・・そうか。」

 

 

再び沈黙。

耳を澄ませば、妖精たちの笑い声が聞こえてくる。

少年は何をしているのかよくわからず、少女の方を見る。少女は溜息をついて、説明する。

 

「精霊はいわば客人だ。自我が薄い精霊達を楽しませるためには、自分達もまた子供のように楽しむんだ。歌ったり踊ったり、はしゃいだりとな。」

 

「へぇ」

 

「きっと、今頃あちらでは神秘的な光景が広がっているのだろう」

 

少しばかり冷えてきて、少年が気を利かせて湯を沸かせ安物ではあるが紅茶を渡してくる。

それを受け取り、一息。

 

 

「なあ、クラネル」

 

「・・・なんですか、フィルヴィスさん」

 

「お前は何故、文句も言わずに見張りを引き受けたんだ? あの長老の物言いは腹が立つが、追い出されたわけではないだろうに」

 

「何故って言われても・・・・何かが近づいてきているって感じたからですよ。それに、僕はヒューマンだし・・・僕がいたことで悪影響が出るならって思って」

 

「何かが近づいてきている・・・? モンスターか?」

 

「そこまではちょっと・・・。」

 

「リヴェリア様に報告は?」

 

「リヴェリアさんのことだから、きっと何かを感じ取ったら防護魔法を展開してくれると思います。だから、大丈夫ですよ」

 

 

ズズ・・・と落ち着いた表情で紅茶を啜り、一息ついて、コトリ。とカップを置く。

少年は、ぐーっと腕を伸ばして背筋を伸ばしフィルヴィスの胸元を見つめる。

 

 

「なぁ・・・思うんだが、異性の胸を凝視するのは失礼じゃないか?」

 

「フィルヴィスさんは・・・精霊みたいなものでしょう?きっと」

 

「・・・・!」

 

「何かはよくわからないけど・・・」

 

 

少年はゆっくりと手を、フィルヴィスの胸にむけて伸ばしてくる。それをフィルヴィスは、勢い良く立ち上がり、腰にかけている短剣に手をかけて少年を睨みつける。睨みつけようとして、気がついたら、いつの間にか真っ暗な森の天井を見ていた。

 

 

「――――!」

 

( 早い・・・! )

 

足払いをされ、少女は黒髪を広げて大の字になって地面に仰向けになっていた。

それを馬乗りに近い状態になるのは少年で、そのままそっと、フィルヴィスの胸の谷間―――心臓のある場所に手を添えた。

 

 

「くっ・・・! き、貴様・・・!」

 

「―――綺麗ですよ。フィルヴィスさんは」

 

「だ、黙れ!」

 

「治るといいですね。これ。でも、前より雑音が気にならなくなってるし・・・うん、なんとかなるといいですね」

 

「・・・・っ!」

 

「フィルヴィスさんは綺麗な精霊。それもいいんじゃないですか? オラリオにもいるんですし。冒険者をしている精霊なんてそれこそいないでしょ?」

 

「お前は・・・ほんっとうに・・・やりづらい・・・嫌いだ私は、お前が」

 

「僕は・・・・好きですよ。」

 

「んぬぁっ!? す、好きって・・・お、おま、お前ぇ!?」

 

「? フィルヴィスさん、優しいし」

 

 

ほら、立てますか?と、自分で足払いして馬乗りになっておいてそのことなんて棚上げにして、少年は少女に手を差し伸べる。少女は何故だか抵抗することもなくその手を取り、立ち上がる。耳を澄ませば、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。少年に目を向けると、こくり、と頷く。

 

 

「賊・・・か」

 

「はい。」

 

「わかった。リヴェリア様達の邪魔をさせるわけにはいかない。早急に処分する」

 

「はい、頑張りましょう・・・」

 

 

フィルヴィスは短剣を抜刀し、少年は武器も持たずに前を見据える。

 

『この先に、隠れ里がある! エルフ共は殺っちまって構わない、連中が抱えているお宝を探せぇっ!!』

 

「下衆め・・・」

 

「あっちのほうが汚れてません?」

 

「・・・・・」

 

「フィルヴィスさん」

 

「・・・なんだ」

 

 

この少年には勝てない。

フィルヴィスは理解してしまった。けれど少年に声をかけられれば素直に返事してしまう自分がいる。フィルヴィスはこれが最後だと言わんばかりに、厳しい目で少年を見つめると少年は瞼を閉じて口を開いた。

 

「別れはちゃんと告げておかないと、辛いですよ」

 

「・・・・・」

 

「黙っていなくなるのは、卑怯だ」

 

「・・・・・」

 

「レフィーヤさん、友達なんでしょう?一緒にお風呂にはいるくらいには」

 

「・・・おい待て、私はまだ一緒に入っていないぞ」

 

「『まだ』?つまり、予定はあるんですね! ユリーヤ・ウィリディスさんが喜びますね! やったね、フィルたん! 友達が増えるよ!」

 

「おいヤメロぉ!!」

 

 

賊の姿が漸く見えてきて、少年がフィルヴィスの前に立ち、口を開いた。

 

『お前達が来るのを待っていた』と言わんばかりに。

 

 

「お前1人でやるつもりか?」

 

「はい。・・・・たぶん、大丈夫です」

 

「そうか、では、私は見ている」

 

「はい。―――【福音(ゴスペル)】」

 

 

 

ゴーンッ

 

 

 

ゴーンッ

 

と魔法による砲撃が放たれた。



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白巫女陥落

なんだか楽しくなっちゃって。

フィルヴィスさんは玩具にしやすい。そう思います。





シュッ・・・・シュッ・・・スリスリ・・・

 

 

精霊郷、その宴の儀式の会場とは外。

夜闇につつまれ、小さな精霊の光に照らされる中、ポツンとあるのはテントが1つ。

そこより少し離れたところでは、気を失っている盗賊達。その横にはドラゴンの死体。

テントの前では、黒髪のエルフの少女が顔を真っ赤にして倒れており、その上――ヘソの上あたりに馬乗りになっている白髪の少女――少年が1人いた。

 

2人が何をしているかといえば・・・

 

 

スリスリ・・・

 

「んっ・・・お、おいっ・・・クラネルっ・・・や、やめぇっ・・・!」

 

つつー・・・・きゅっ。

 

「うひゃぁっ!? お、おいっ!? つまんで、なぞるなぁ!?」

 

「―――輝夜さんやアリーゼさんが僕の反応見て、楽しんでる理由がわかった気がする・・・」

 

「にゃ、にゃにをいっている・・・んひゃぁっ!?」

 

 

もにもに、もにもに・・・もにもにもに、きゅっ!

 

 

「んぁああああっ!!」

 

「フィルヴィスさんが悪いんですよ。僕は支援魔法をかけたのに、急に襲い掛かってくるから」

 

「にゃ、にゃんて・・・指捌きなんだぁ・・・・くぅ・・・!!」

 

「聞いてますか?」

 

「しゅ、しゅまにゃいぃぃ・・・!」

 

「ダンジョンの中でもそうですけど、フィルヴィスさんってしつこいから山吹さんより怖いんです。」

 

「にゃ、にゃんのことだぁ・・・!?」

 

「ここ・・・胸に聞けばいいですか?」

 

 

少年は少し怒っていて、自分の下で仰向けで倒れている少女の胸の谷間の位置に指を突き立てる。

それに少しだけ、ゾゾッとする少女。

少年は知っている。

少年だけが気付いていて見抜いている。

 

人工迷宮(クノッソス)で邪魔をしてきたのも、大樹の迷宮で襲い掛かってきたのも彼女である事に。

けれどいまいち、そう、何か違和感があるのだ。

目の前で仰向けになって顔を赤くして身悶えている彼女とは何かが違うのだ。彼女のはずなのに彼女ではない。

 

 

2人の身に何があったのか? それは数分前のこと。

 

精霊郷を見つけ出し、『隠されたお宝』――恐らくは霊薬実(タプアハ)のことなのだろうが・・・それを狙ってやってきた盗賊達を、人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)で感知していた少年が、【サタナス・ヴェーリオン】で砲撃。さらには盗賊達が引き連れていたワイバーンがやってきては、フィルヴィスも魔法で砲撃して倒していく。

 

「クラネル! 郷に火を放たれてはたまらん! ワイバーンを優先する!」

 

「わかりました!・・・・【哭け(ルギオ)】っ! 」

 

接近してきた盗賊を、爆散鍵(スペルキー)で吹き飛ばし2人は防衛戦を維持していた。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

「こ、こいつらもしや、オラリオの冒険者!?」

「く、くそぉ、おい! あれを出せぇ!?」

 

自棄になった盗賊達は、ワイバーンとは違う巨大なドラゴンを呼び出してしまう。

 

「ははははは! そいつはあの『竜の谷』からやって来たはぐれ竜だ。捕獲する時、派閥の連中を何十人もヤッた化物だ! 捕まえた後、アイテムでずっと眠らしていたが・・・もう知らねえ! もう知らねえよォ!! ひゃははははは!?」

 

「ちぃ・・・! 自棄になったか・・・!」

 

『グォオオオオオ!』

 

やってきたドラゴンは、口からブレスを吐こうとしているのか、空気を吸い込む動作を行い、それに気付いたフィルヴィスはベルの前に立ち魔杖を突き出す。

 

「炎のブレス・・・まずい! クラネル、支援を頼む!【盾となれ、破邪の聖杖(せいはい)】 」

 

「わかりました! 【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】ッ!!」

 

「――【ディオ・グレイル】ぅうぐぅぅぅ・・・!?」

 

「えっ!? ―――【天秤よ】っ!!」

 

支援魔法をかけたところ、フィルヴィスが胸を押さえて蹲ってしまい、ベルが咄嗟に、乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)でフィルヴィスの発動直前で止まってしまった魔法を自分のモノとして発動させて炎を防ぐ。そしてフィルヴィスの腰に納刀されている短剣を引き抜いてドラゴンの顔面に目がけて投げつけ、木を足場に飛び上がり、踵で突き刺さったままのナイフを叩き込み、ドラゴンは頭を割られて絶命し地に落ちる。

 

「―――そ、そんな・・・嘘だろ・・・!? ぐはっ!?」

 

「貴方で・・・終わりっ!!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 

ドカッ、バキッと音を立てながら、素手による攻撃で盗賊達を打ち倒し、少年は次に周囲を確認。

 

「防いだけど・・・少し、燃えてる・・・吹き飛ばすしかない・・・よね」

 

魔法で炎のブレスを防いだとはいえ、周囲の木には少なからず燃えている木があり、それを少年は魔法で吹き飛ばし消火することにした。その後といえば、少しばかり広くなってしまった空間に盗賊達を集めて、身動きが取れないように拘束しスキルで他にいないかを確認。安全だと判断した後、フィルヴィスのもとにかけよって背中をさすって声をかけた。

 

 

「フィルヴィスさん・・・大丈夫ですか?」

 

「あ、熱い・・・」

 

「どこが熱いんですか?」

 

「む、胸・・・焼ける・・・!ぐっ、ぁあああああああっ!!」

 

「!?」

 

胸が熱いと蹲り、汗をダラダラと流すフィルヴィスにその服装から『全身を覆い隠している』がゆえに熱が篭ってるのでは?と考え、靴を脱がし、手袋を外し、上着を脱がしてなるべく体が冷やせるようにしていたところに今度はフィルヴィスが少年に飛び掛ってきた。

 

「ちょっ!? 別に変なことするつもりないですよ!? 熱中症とか、その、熱いときは冷やせってアミッドさんが・・・!」

 

「お、お前・・・私に何をしたぁ!?」

 

「な、なんのことですか!?」

 

 

少年は知らない。

アーディを救った際の【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】の効果がフィルヴィスにまで影響を与えていた事に。フィルヴィスはあの魔法、あの雪のような光の粒に触れ胸を蹲り耐え切れずに屋内に逃げ込んだ。だからこそ、中途半端な状態と化していた。上着を脱がされ薄着となったフィルヴィスに押し倒された少年はすぐにフィルヴィスを巴投げしてすぐに水筒を取り出し、馬乗りになり、その顔面にキンッキンに冷えた水をぶちまけた。

 

「うきゃぁっ!?」

 

そこからは落ち着くまで両手を、押さえ込んでいた。そして

 

 

「―――クラネル」

 

「・・・・」

 

「もう、大丈夫だ・・・」

 

効果時間の5分が終わった頃、ようやく少年の下で押さえ込まれていた少女が声をかけてきた。

自分の真下にいる少女は、びしょ濡れで髪からは水が滴っていて、少年としては姉達とは違う何かを感じたがすぐにその考えをやめ、もう暴れないかを確認した。

 

 

「フィルヴィスさん・・・」

 

「な、なんだ・・・怒っているのか?」

 

「とりあえず・・・・」

 

「?」

 

「おしおきです」

 

「へ?」

 

そうして始まるのは、黒髪赤眼のエルフ少女に対する、おしおきである。

 

スリスリ・・・つつつー――・・・もみもみ・・・。

 

「ふっく・・・んぁっ・・・だ、めぇ・・・!」

 

 

こうして冒頭に戻る。

 

 

「いきなり襲われるのって、すっごく怖いんです。24階層に連れて行かれたときのこともそうですけど・・・謝ってくれたけどレフィ・・・ヤベー・・・山吹さん、いきなり後ろから大声で追いかけてくるんですよ!? わかりますか、僕の気持ち!!」

 

「んっ・・・ひゃぁんっ!? わ、わかった! 謝る、謝っるからぁ・・・!! 」

 

「24階層の時は、フィルヴィスさんだけが僕を守ろうとしてくれたのに・・・! 何ですか、エルフはいきなり襲ってくる種族なんですか!?」

 

「やっ、ちがっ、違うんだ・・・!?」

 

「だから・・・だから、しばらく、お仕置きとして、()()()()()()()()()()()ぅ!!」

 

 

そう、フィルヴィスは少年に馬乗りにされた状態で、耳を弄ばれていた。

 

根元から摘み、輪郭をなぞり、コリッとした部分をクニクニと弄り、内側をなぞり、指2本でこしょぐり、揉んだ。

 

 

「くひゅぅ・・・!? ど、どこでこんな技術をぉおおお!?」

 

「そんなの決まってるじゃないですか・・・」

 

 

―――お姉ちゃんたちですよ。

 

耳元で囁き、フッと息を吹きかける。するとフィルヴィスはたちまち耳まで真っ赤にして嬌声を上げた。

 

 

「うっひゃぁあああああん!?」

 

「昔は耳掃除してあげるって言われて膝枕でしてもらってましたけど・・・アリーゼさんとリューさんだけは『禁止令』出されてたなぁ」

 

「にゃ、にゃんでだぁ?」

 

「ドスッ!! とされて、僕高熱でうなされたことがあって」

 

ズボッ。

 

「ひゅっ!?」

 

ズボズボッ!

 

「や、やめぇ!? しょ、しょんな、こ、小指でかき回すなぁ!? 」

 

ずぼんっ。

 

「はっふぅ・・・」

 

「アストレア様が一番安心するけど・・・輝夜さんと春姫さんが一番上手かなぁ・・・」

 

「そ、それは・・・その、あれか? ソッチの意味でか?」

 

「んー・・・内緒」

 

「お、お前は・・・はぅっ、デザート感覚でペロッと食べられていたんだな・・・んぁっ!?」

 

「それならフィルヴィスさんは、ディオニュソス様にワインのつまみ代わりに食べられてるんじゃないんですか?」

 

「は?・・・はぁ!?」

 

少年は両手で少女の尖った耳をおもちゃのように遊ぶ。

濡れた衣服は肌に張り付き、エルフにしてはそれなりにある二つの丘は少女が悶えるたびに揺れ、下半身はすでにモジモジとしていて顔は赤く耳も赤く熱い。湯気がでているのではと疑いたくなるほどに。そして、そんなときに少年による『主神に食べられていたんでしょ?』発言で、血を吐く勢いで動揺した。

 

「なっ!? にゃにを・・・くふぅっ!?」

 

「いや・・・この間治療院に来た【ディオニュソス・ファミリア】の人が」

 

 

それは、少年がアミッドのお手伝いとして診察の手伝いをしていたときのこと。

 

『最近、眠れなくて・・・』

 

『どうされたんですか?』

 

『いえその・・・ファミリアの本拠で、夜中近くに変な声が聞こえてきて・・・』

 

『『え』』

 

 

「さすがにその・・・『んほぉおおおおおお』はやめたほうがいいんじゃないですか? 可哀想じゃないですか、ファミリアの人。いや、声の主は誰なのかわかってないんですけどね?」

 

「うわああああああああああああああああ!? なんだそれは誰だそれはぁ!? あんのクソニュソスぅうううう!! ぶっ殺してやるぅうううううう!!」

 

少年の回想によって、フィルヴィスは大ダメージ。両手で顔を隠して足をジタバタさせる。

 

「あっ、ちょっ」

 

いきなり暴れ出したことで少年はバランスを崩しかけ、咄嗟に胸の下・・・横腹より少し上のほうを掴むようにしてしまう。

 

「ひやぁっ!? ど、どこを触っているんだぁあっ!?」

 

「い、いきなり暴れるからじゃないですかぁ!?」

 

「というか、いつまでお仕置きするつもりだぁあ!?」

 

「えと、えとぉ・・・・あと1分!」

 

「くそっ、あっ、おいっ、なに胸を見てる!」

 

「ここに、魔石があるんですよね? 触っていいですか?」

 

「駄目に決まっているだろう! 割れたらどうする!!」

 

ジタバタとすったもんだする少年と少女。

真っ暗闇の森の中、精霊達に照らされる2人。

その少女の嬌声が聞こえていたのか気絶から意識を回復させつつある盗賊達は、テントを立てていた。

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

 

そして、それに気付いた2人が目を合わせて少年によって盗賊達は夜空の星になった。

盗賊達は最後に

 

『次・・・会った時は、同窓会、しようぜ』

 

『ああ・・・いい女、連れて行くわ』

 

『あばよ・・・ダチ公・・・』

 

『2年後に・・・XXX諸島で・・・!』

 

『最後にいいもん見れて・・・良かった・・・』

 

『百合って・・・いいかもな・・・』

 

と薄れ行く意識の中で、誓い合った。

後日、彼等は別々の場所で、別々の里、村、町の警備隊や自警団によって御用となる。

 

 

少年は人差し指と親指でリングを作り、耳を何度も往復させる。さらには手全体で包み込むように優しく揉みしだく。少女はすでにデキあがってしまっていて、恍惚とした表情で口を開けば涎の端が輝いて見えていた。

 

「んにゃぁ・・・もぅ・・・らめぇ・・・」

 

「フィルヴィスさん、かわいい・・・今度、山吹さんに苛められたとき、これでやり返そうかな」

 

「や、やめろぉ・・・」

 

 

姿勢は馬乗りをやめ、少女は少年にテントの前で膝枕をされ、濡れて冷えてきていた体に風邪を引かないようにと少年の『女神のローブ』がパサリ、とかけられる。

少年は少女の尖った耳を触りながら、揉みながら・・・楽しくなっていて、やめ時を見失っていた。この気持ちを何と言うのか、それはわからないが、輝夜がよくする顔はこういうことなのでは?と改めて理解する。

 

 

「ク、クラニェル・・・お、お前の、あのエルフ・・・【疾風】にも同じことを・・・んぁっ」

 

「耳をパクッとしたりとか・・・?」

 

「な、なんて恐ろしい・・・!?」

 

「はむっ」

 

「うひゅっ!? ・・・・んぁあああああああああっ!?」

 

 

少年は、『これで終わり』とでも言うように、最後にフィルヴィスの耳を甘噛み。

タダでさえ顔を赤くして悶絶していた彼女は、そのまま悲鳴にも似た嬌声を上げて――――口から涎を垂らしながら、意識を手放した。

 

フィルヴィス・シャリアはその日、雪原の只中で大量の深紅(ルベライト)の瞳の兎に舐めまわされる夢を見た。

 

 

「・・・・・悪は去った」

 

 

これで毎度毎度ダンジョンで襲ってきた事に対する鬱憤を晴らせた気がする。うん、すごく清々しい気分だ。とでもいうような顔でフィルヴィスをテントの中にいれて、お湯を沸かし紅茶を啜った。

 

 

「はふ・・・エルフってやっぱり耳が弱点なのかなぁ・・・。」

 

 

宴の楽しげな声はすでに消え、おそらくは終わったのだろうと少年は察し、3人が帰ってくるのを待ちながら、落ちていたフィルヴィスの上着を木の枝にかけて干す。再び椅子に腰かけ紅茶に口をつけながら考えるのはフィルヴィスの中身について。

 

 

「あれって・・・・アミッドさんならどうするんだろう。さすがにアミッドさんでも無理だよね・・・うーん・・・そもそも、なんで暴走したんだろ?」

 

暴走する前に自分がしたことを思い返す。

 

「支援魔法・・・・【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】をかけた。」

 

聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】は、聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)の複合起動で発動させられる魔法。

 

「確か、オラリオを出る前にしてもらった最終更新だと・・・」

 

ベル・クラネル

Lv.4

力:S 920

耐久:S 900

器用:SS 1000

敏捷:SS 1035

魔力:SS 1068

幸運:G

魔防:G

精癒:H

 

「だから・・・これを僕自身か誰かにかけた場合は数値だけなら今一番飛び出してるSSだから・・・、全アビリティがSS1199まで上がるんだっけ。それプラス生命力が上がって・・・スキルの効果を考えると・・・ええっと・・・」

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動起動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与(魔力消費)

・魔法に浄化効果付随

 

 

「フィルヴィスさんの中の魔石が・・・『不浄』と判断されて、浄化しようとした・・・?だから、胸を押さえて蹲った?」

 

 

あの時、【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】オーラだったなら、彼女が暴走することはなかった。【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】・オーラを使った場合は、全能力が上昇(S999まで)するだけで他の効果は載らない。

 

「うーん・・・でもきっと、これじゃ解決しない気がするんだよなあ・・・・」

 

 

 

結局、フィルヴィスに対しての回答は思い浮かばず、3人が迎えに来るまで少年もまた、テントの中の寝袋に入って眠りについた。途中寝言で

 

 

「ク、クラニェリュゥ・・・・しゅまにゃいぃ・・・」

 

などとモジモジしながらフィルヴィスは何か言っていたが、少年は無視した。

 

 

■ ■ ■

 

一方その頃、オラリオでは―――

 

「ベルさん・・・明日か明後日にでも帰ってくるでしょうか・・・やはりベルさんがいないと、負担が増えてしまいますね。ふわぁぁ・・・」

 

寝ぼけ眼を擦る聖女に

 

 

『ウォオオオオオオオ―――!』

 

白目を剥いて叫びまわる人間。

 

 

「何何何何!? あれ、なんなの!? 【凶狼(ヴァナル・ガンド)】! あんた何したのよ!!」

 

「俺が知るかぁ!?」

 

「貴方達落ち着きなさい! あれは・・・」

 

「ゾンビや・・・・!」

 

「下界にいたのね!こういうの!」

 

「せやな! ちょっとワクワクしてまうな!」

 

「2()とも何ちょっとうきうきしてるんですか!?」

 

「ふざけてんじゃねぇぞぉおおおお!?」

 

 

なんかえらいことになっていた。




正史で起きた出来事は起こすつもりなので、レフィーヤはああなるし、ベル君もああなるつもりです。

深層編前に重くないのを入れたかった




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妖精 vs 兎 100番勝負

レフィーヤさんはベル君と仲良くなりたい。


ベル(あの人やばい)

レフィーヤ(どうしよう、警戒されてる)


 

「――――あのぉ、ベル?」

 

「? なんですか、山吹さん?」

 

「あの、その・・・・山吹っていうの、もうやめてください。リヴェリア様からもお許しが出ましたので。」

 

「・・・・えっと、ヤベーヤさん?」

 

「レフィーヤです!」

 

「それで・・・えと、どうしたんですか?」

 

「ええとですね・・・ちょっと耳を貸してください」

 

 

精霊郷からの帰り道。

各々は目的の『霊薬実(タプアハ)』を入手し、オラリオへ向けて早朝から移動していた。

盗賊がやってきたことは、ベルの魔法の音に気がついたリヴェリアが察していて儀式が終わった後にテントのある場所まで来たところ、木が数本吹き飛ばされて広場のような空間ができており、これには長老が『なんじゃこりゃぁぁぁ!?』と混乱。事情を説明し、盗賊が夜空の星になって飛んで行ったこと、そしてドラゴンによって木が焼けてしまったため燃え広がらせないために木を吹き飛ばしたことをドラゴンの死体を見せて理解してもらった。

 

『えっ・・・・なんでフィルヴィスさん上着脱いで肌着になってるんですか・・・しかもなんか湿ってません?』

 

『・・・・うぅ』

 

『な、何があったんですか!?』

 

約1名だけ様子がおかしかったが、盗賊を追い払って郷を守ってくれたということでベルも霊薬実(タプアハ)をもらえることができ、現在は5人で草原を歩いていた。そこに、やはりというかフィルヴィスの様子に違和感を感じたレフィーヤがベルに耳打ちで聞いてきたのだ。

 

 

「あの・・・儀式の間に、盗賊が来たことはわかりました。でも、どうしてフィルヴィスさんは、そのぉ・・・頬を染めているんですか?」

 

「・・・・」

 

 

チラッと後ろに振り返ったところ、最後尾を歩く彼女の頬は確かに赤くなっていて目が合うと凄い勢いで反らしている。少年はすぐにレフィーヤの顔を見て

 

 

「フィルヴィスさんは精霊だから、いろいろ大変なんですよ」

 

「へ?」

 

「大変なんですよ~」

 

「ど、どういう意味ですか!? というか、何があったのかを聞いているんですよ!?」

 

「―――そんなに気になるんですか?」

 

「あ、当たり前じゃないですか!? もしかして、あの時、フィルヴィスさんじゃなくて私があなたと見張りをしていてら、私がああなってたってことじゃないですよね!?」

 

「・・・・・・・」

 

「ちょっ、何で黙るんですか!?」

 

 

さてどう説明したものか・・・と少年は少しだけ思案。

面倒だから黙っておこうと思っても、少女は『逃がしませんよ?』とでも言うかのように手首を握ってくる。逃走すればきっと、また、泣かされるに決まっている。少年は溜息をついて、少女にジトーっとした視線を向けて口を開く。

 

 

「襲われたから、おしおきしただけですよ。」

( うん、これなら問題ないよね )

 

「おしおき・・・ですか? どんな? 」

 

「む・・・えと、えとぉ」

 

「私とあなたの仲じゃないですか。隠し事はなしですよ?」

 

「僕とレフィーヤさんの仲・・・僕達って、どんな関係なんですか?」

 

「え」

 

「え?」

 

 

瞬間、生まれる沈黙。

少女はわりとガチでショックをうけての沈黙。

少年は、わけもわからずショックを受けている少女にたいする困惑。

すると少女はプルプルと震えだす。

 

「え・・・レフィーヤさん?」

 

「と・・・」

 

「?」

 

「と、友達・・・じゃないんですか? 私達って・・・」

 

「え」

 

「え!?」

 

 

え、僕達友達だったんですか?というわりと素の『え』を少年は放つ。

少女は驚きのあまり、そのまま『え』と驚きの声を上げた。

しかし、しかし仕方がないのだ。

 

天界に帰った敗北者たる神々よ! ご照覧あれ!!

これが、『友達だと思ってたら、全然そんな風に思われてなかった』というシチュエーションである!! 抱腹絶倒するがいい!!

 

 

少女はさらにプルプルして、両腕で少年の右腕にしがみ付いた。エルフにしては豊かなその双丘が形を変えているがそれを意識することさえないほどに少女は、少女の目は絶望に染まり、さながら『この世の終わり』のような状態に陥っていた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、だだ、大丈夫じゃないです!!」

 

「ええっと・・・」

 

「ど、どうしてですか!? い、一緒に階層主倒したりしたじゃないですか!! お胸を触りあった仲じゃないですか!! 」

 

「・・・・追いかけてきて」

 

「ひっ!?」

 

「・・・・叫び声を上げて」

 

「はうっ!?」

 

「・・・・押し倒して馬乗りになって」

 

「ふぎゅっ!?」

 

「一方的に、お触りされただけですけど・・・・」

 

「きゃんっ!?」

 

 

少女は、己が少年に行った所業を語られ雷に打たれたように体をビクビクと震わせた。

少年は一度少女から視線を外し空を見上げた。

 

(いい天気だなぁ・・・今頃春姫さんが洗濯物干してるのかなぁ・・・)

 

風が心地よく肌を撫で、少女の、少年の着ている衣装を揺らす。

右腕に少女の温もりが衣服越しに伝わってくるが、それもまたこの良い天気の前では心地よさに一味追加する程度だった。

 

というか、意外と胸、あるんだな。と一瞬思った。

 

 

「まぁ・・・ファミリアでの鍛錬以外では、賭博場(カジノ)で一暴れしたり、モスヒュージの強化種とか17階層で未開拓領域を見つけてその中にいた【穢れた精霊】でしたっけ?それを倒したり、アンフィス・バエナに突撃したり、ベルテーンで泥沼みたいな化物を倒したり、ゴライアスと戦ったり、えっと・・・まぁ、いろいろありましたからね。」

 

「ん?・・・えと、もしかして、ランクアップ前だったりします?」

 

「アミッドさんのお胸も・・・あんなにして・・・『まじヤベーヤ』って思いました。」

 

「はうっ」

 

 

「あの2人は腕を組んで何をやっているのでしょうか」

「おおかた、レフィーヤがまた何かやらかしたのだろう」

 

 

「ど、どうすれば許してもらえますか・・・?」

 

「どうって言われても・・・・レフィーヤさんは僕をどうしたいんですか?」

 

「お、お互いを高めあっていける関係になれたらなぁ・・・なんて」

 

「お互いを高めあう・・・?」

 

 

何だそれは。

どこに向かうんだ貴方は。

 

少年はよくわからない言葉に困惑した。そんな関係性など知らないのだから。レベルが追いつた姉に対しても、経験という培ってきたものでは勝つことなど出来ない。ゆえに、レフィーヤの言う言葉がよくわからなかった。

 

 

「えと、つまり?」

 

「ラ、ライバルです!! そして、友人です!! 一緒に旅までしたんですから!! お胸も触りましたし!!」

 

「僕は触ってないですけど・・・・」

 

 

「彼女、神ロキみたいになっていませんか、リヴェリア様」

「散々少年に対して前科を作って、謝罪はしたがどうしたものかと迷走したか?」

 

「さ、触りたいんですか!? そ、それはちょっと・・・」

 

「いや、いいです」

 

「なっ!? 魅力がないってことですか!?」

 

「魅力・・・・」

 

 

ジトー・・・この人、会うたびに僕泣かされてるというか追い回されている気がするしなぁ・・・と少年は彼女との思い出を振り返りながら、未だ右腕に抱きついたままの彼女を見つめる。

 

髪の色は山吹色。

瞳の色は青。

妖精。

 

 

「綺麗・・・」

 

「っ!」

 

「すんすん・・・」

 

「な、なぜ嗅ぐんですか!? 」

 

「良い匂い」

 

「そ、それはど、どうも・・・」

 

「魅力・・・あるんじゃないですか?」

 

「ぎ、疑問系・・・」

 

 

がくり、と少女は肩を落とした。

いや、まぁ、私が悪いんですけどね・・・と小さく呟いたが、それは少年の耳には届かなかった。

 

「ベル、【千の妖精(サウザンド)】。少し昼食にしましょう。イチャイチャしてないで手伝ってください。」

 

「イ、イチャイチャしてません!! 仲良くしようとしてたんです! ね!?」

 

「リューさんも、綺麗だよ?」

 

「ど、どうも・・・」

 

「無視!?」

 

「ほら、はやく行きましょう。オセーヤ・ウィリディスさん」

 

「レフィーヤです!! あなた、私に対して遠慮なさすぎじゃないですか!? 言っておきますけど、私の方がお姉さんなんですからね!?」

 

「え」

 

「え」

 

 

まじかー・・・・。とその日初めて、少年は間抜けな声を出し少女は年下として扱われていた事にショックを受けていた。

 

 

「無理もないだろう、レフィーヤ。」

 

「フィ、フィルヴィスさぁん・・・」

 

 

シートを広げ、精霊郷を出る際に儀式を行っている間、外で守ってくれていたという話を聞いたエルフが作ってくれたサンドイッチを食べる。耳をへにょっとさせて落ち込むレフィーヤにフォローを入れるのはフィルヴィス。

少年は当たり前の様に、リューとリヴェリアの間に座っていた。

 

 

「24階層のことを蒸し返すのはさすがにどうかと思うが・・・あれ以降も何かとあったのだろう?」

 

「うっ」

 

「良い関係を築く前に、彼にとっては良くないイメージが根付いているのではないか?」

 

「そ、そんなぁ・・・い、いえ、わかってるんです。私が悪いということくらいは。」

 

「なぜそうまで友人・・・いや、ライバルになりたいんだ?」

 

「そ、それはそのぉ・・・何かと関わることもありますし・・・悪い思い出のままでいられるのも嫌じゃないですか」

 

「まぁ・・・そうだな」

 

「・・・・ところで。」

 

「ん?なんだ、改まって」

 

 

自分達の目の前で、『霊薬実(タプアハ)』をどうするかを話し合っている3人を見つめながら、レフィーヤは少年にもはぐらかされたフィルヴィスの身に何があったのかを聞く事にした。

 

 

「何があったんですか? テントに行ったら、2人は寝てるしフィルヴィスさんは上着を脱いで肌着でしたし」

 

「・・・・熱かっただけだ。」

 

「何で一緒に寝てたんですか?」

 

「テントが1つしかなかったんだから、仕方がないだろう? 気がついたら、彼が隣で寝ていたんだ」

 

「じゃあそのぉ・・・今朝からあの子をチラチラ見ては頬を染めているのは何でですか?」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

フィルヴィスは、どう話をそらそうかと悩んだ。

むしゃむしゃとサンドイッチを頬張るフィルヴィス。

レフィーヤもむしゃむしゃとしながら、『そんなに言えないことを・・・?いつの間にそんな仲に?』と思い口を開いた。

 

 

「もしかして・・・」

 

「?」

 

「い、いやらしいこと・・・してたんですか? 私達が儀式している間」

 

「ぶっほぉ!! げほっ!? ごほっ!!」

 

「フィルヴィスさん!?」

 

 

そ、そんなに動揺するほど!? というくらいフィルヴィスは咳き込み、耳を赤くした。

レフィーヤはすぐに水筒から水をコップに入れ、フィルヴィスに手渡し背中を摩る。

 

「あ、あの、その、す、すいませぇん!?」

 

「や、やめろ!! 変に気遣うな!! 私は彼と、お前が思っているようなことはしていない!!」

 

「じゃ、じゃあどうしてそんなに!?」

 

「『いやらしいことしてたんですか?』なんて聞かれたら誰だってこうなる!!」

 

「ご、ごめんなさぁい!!」

 

「私はただ!! 彼に襲い掛かって!!」

 

「襲った!?」

 

「んぁあああああっ!!」

 

「お、落ち着いてくださぁい!!」

 

 

フィルヴィスは、昨晩の『おしおき』を思い出して悶絶!!

レフィーヤは『襲った』というフレーズに動揺!!

2人のエルフの少女は、せいだいにポンコツを起こしていた!!

 

「何をやっているのだあの2人は・・・」

 

「ベル、彼女と何かあったのですか?」

 

「えと、支援を頼むって言われたから魔法をかけたのに、急に襲い掛かってきたから」

 

「襲ってきた・・・」

 

「魔法の効果が切れるまで押さえ込んで、それで、おしおきしたんです」

 

「おしおき? 何だそれは」

 

「ベル、あなたまさか・・・」

 

「耳をスリスリしてました」

 

「あぁ・・・ベル・・・」

 

「あと、フィルヴィスさんのお胸をチェックしてました」

 

「さ、最近の若い子はその・・・そういうことも早いのか?」

 

「い、いえそのリヴェリア様・・・たぶんそういう意味ではないかと。そうですよね、ベル?」

 

「えっと・・・フィルヴィスさんは精霊なんです。だから、気になって」

 

「はぁ・・・ベル、いいですか?」

 

「その・・・・クラネルの指捌きは・・・すごいぞレフィーヤ」

「え?」

 

「?」

 

「だからといっておいそれと女性の胸に触ったりしてはいけない。そうでしょう?」

 

 

「【アストレア・ファミリア】の女傑達に教え込まれたのか、覚えてしまったのかはわからないが・・・まるで新しい世界を知った気分だった」

「ごくりっ。」

 

「うん。」

 

「今後そういうことはやめるように。」

 

「別に僕、誰でもいいって訳じゃないよ・・・アリーゼさんに怒られる。」

 

「具体的に何があったかと言えばだな・・・その、耳を・・・愛撫されたとしか言いようがない」

「何してるんですか!?」

「いや・・・私が悪いんだレフィーヤ。彼を怒らないでやってくれ。襲い掛かった私が、返り討ちにあったにすぎない。」

「か、返り討ち・・・」

 

 

「信じてますよ、もちろん」

 

「はぁ・・・さすが付き合いが長いな、お前達は。」

 

 

「フィルヴィスさん」

「ん?どうした、レフィーヤ」

「私は冒険者です。」

「そ、そうだな・・・。」

「あの子よりも年上なんです。だから、威厳・・・はないかもしれませんが、これ以上悪い関係にはなりたくありません。だから、行ってきます」

「は?」

「見ててください、私の冒険を!」

「あ、こら、おい!?」

 

フィルヴィスが精霊とはどういうことだ?と思わないでもないが、リューはリヴェリアに誤解されないようにするのに胃をキリキリさせた。

 

 

「ベ、ベル!」

 

「?」

 

そこに、食事を先に追えたレフィーヤが声をかけてきた。

彼女はなにやら顔を若干赤くしているが、どこか決意をこめた目をして、杖を両腕で抱いてベルの真正面にやってきた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「わ、私と勝負です!!」

 

「いやです」

 

「ぬぁっ!?」

 

 

即答。

一刀両断されたように、レフィーヤはふらりっと後ろに倒れそうになった。

もう少し悩んでくれても・・・と思わないでもない。まさか、即答で拒否されるなんて思ってもいなかったのだ。

 

「レフィーヤ、食事中だぞはしたない。」

 

「そうですよ、『ギョウギワリーヤ・ウィリディス』さん」

 

「ちょっと!!それは流石に無理がありますよ!?っていうか、何笑ってるんですか!!」

 

「リヴェリアさん、お義母さんのこと、教えてください!」

 

「ん? 何が知りたいんだ? 偉業のことなら、メレンに行ってみろとしか言いようがないが」

 

「ま、魔法! スロットって3つなんですよね?」

 

「ああ・・・そうだな。」

 

 

リヴェリアの口から、教えられるのはこれまたとんでもねぇ魔法だった。

魔法を無効化する魔法であり、超短文詠唱。

轟音で全てを滅する彼女の最終奥義ともいえる3つ目の魔法。長文詠唱だがしかし、彼女は、アルフィアは並行詠唱など当然で唱え始めたらまず止めるのはほぼ不可能という滅茶苦茶ぶり。それを聞いた少年は瞳を輝かせ、義母がすごいことを再確認。リューとリヴェリアとしては複雑な心境だが・・・少年が知りたがっているのなら仕方がない。

 

 

「僕も使えたらなあ・・・」

 

「もうスロットが埋まってしまっています。仕方がありませんよ。何より、他者の魔法を受け継ぐということがまず有り得るのでしょうか?」

 

「有り得ないで片付けるのは早計だろう。下界は未知に溢れているというし・・・」

 

「リューさん、今度メレンに連れて行ってください」

 

「そうですね・・・すぐにとは言えませんが、アリーゼとアストレア様と相談してみましょう」

 

「はいっ!」

 

「くっ・・・その笑顔が眩しい・・・!」

 

 

拒否され無視されたレフィーヤは、悔しいながらもベルの義母がどれだけ規格外なのかをちょこっとだけ知ることができて、『こわぁい』と思うしかなかった。しかし、しかし彼女はここで諦めなかった。諦めが悪いエルフなのだ。このまま少年に変なあだ名を付けられて、悪印象だけを抱かれ続けるのはとてもじゃないが、我慢ならなかった。なんとか、なんとか仲良くならなければ・・・!奮起する。

 

これが後に、『妖精 vs 兎 100番勝負』へと発展する。

 

 

「ベ、ベル!!」

 

「?」

 

「む、無視しないでください!!」

 

「寂しいんですか? えと、ここ、座りますか?」

 

「え、いいんですか? わーい!」

 

 

お馬鹿だった。

このエルフはお馬鹿だった。

少年もポンコツだが、山吹色もポンコツだった。

保護者2人は溜息をつき、フィルヴィスは青空を流れる雲を眺めていた。

 

「って・・・そうじゃないんですよ!?」

 

「あの、耳元で叫ばないで・・・」

 

「あぅ、ごめんなさいぃ・・・」

 

「そんなに勝負がしたいんですか? 【フレイヤ・ファミリア】じゃないんだし・・・平和が一番ですよ?」

 

「あんな派閥と一緒にしないでください!! っていうか、知ってたんですか。興味ないと思ってました」

 

「ないですけど・・・フレイヤ様が僕に会いに来るんですもん。ベンチに座ってたら、隣に座って頭触ってきたりするんです」

 

「貴方、気をつけないと食べられますよ。ほんと。・・・・っていや、それもどうでもいいんです! 勝負内容は何でも構いません! このまま貴方に悪印象を抱かれたままなのは嫌なんです!!」

 

「むぅ・・・」

 

「そ、それとも・・・」

 

 

何か、何かきっかけを・・・!何としても、きっかけにしてここから友人関係に・・・!と必死なエルフは彼の地雷をあえて踏み抜いた。

 

 

「リ、リヴェリア様の後釜として教育を受けている私に、あなたのお義母様の魔法が敗れるのが怖いんですか?」

 

「よし、殺りましょう」

 

「ベ、ベル!?」

 

「レ、レフィーヤ!? なぜ挑発する!? 馬鹿なのか!?」

 

「ふぅ・・・もう、好きにしろお前達。だがしかし、殺しはなしだ。あと少年・・・いやベル。霊薬実(タプアハ)は預かっておいてやるから少し離れてやるんだ」

 

「はい。ほら、行きますよ。『戦闘民族・ウィリディス』さん」

 

「原型すらなくなった!? レフィーヤですってばぁ!! あ、待ってくださーい!!」

 

 

リヴェリアはもう、『どうにでもなーれ』と思い旅の疲れを癒すかのように紅茶を啜り、空を流れる雲を見上げた。ああ、あの雲、なんか、あいつ(アルフィア)みたいな形してるなー、まぁ、勝負事なら好きにすればいいさ。そうやってお互いを高めていけばいい。うん、お前達の未来が楽しみだ。と優しい微笑みを浮かべた。

 

 

 

花びらが舞う草原にて、漆黒のドレスを揺らめかす白髪の女装させられている少年と、山吹色の少女は向かい合う。

 

 

「勝負内容は?」

 

「そうですね・・・今回は、急ごしらえなので・・・」

 

「決めてなかったんだ・・・」

 

「うぐっ・・・し、仕方ないじゃないですか、貴方が私を無視するから・・・」

 

「レフィーヤさん、だって、怖いし」

 

「うっ・・・泣かせちゃったことは謝りますからぁ・・・。その、今回は模擬戦にしましょう、手っ取り早いですし。あ、もちろん加減してくださいね?私も加減するので。大怪我したら大変ですし」

 

「わかりました。」

 

「では、いきます! 負けたら罰ゲームですからね!!」

 

 

ひゅう~っと風が音を奏でる。

2人の間には、偶然にも着陸していた鳥が1羽いた。

 

『決闘の合図かい? へっ、まかせなお嬢ちゃんたち』

 

とでもいうかのように、その鳥はブワッと花びらが待った瞬間、2人の間を突っ切るように飛び去った。それを合図として、少女は杖を前に詠唱を始めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の(ゆが)―――】」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

ゴーン。

 

と鐘の音が鳴り、山吹色の少女は後方に吹き飛ばされて転がっていった。それが止まると、頭が地面、尻が空を向き、目を回して気を失っていた。

 

 

「きゅぅぅぅぅ・・・・」

 

「白・・・」

 

「ベ、ベリュが3人いりゅぅ・・・」

 

「レフィーヤさん、下着、丸見えですよ」

 

「きゅうぅぅぅぅ・・・灰色髪の女性が見えましゅぅぅぅ」

 

「その、えと・・・僕、超短文なんだから、突っ立ってたら駄目だと思うんです・・・」

 

「うきゅぅぅぅぅ・・・・」

 

「えと・・・じゃあ・・・・罰ゲーム・・・耳、触りますね」

 

 

 

その日、暫く気を失った山吹色の少女は少年に耳を蹂躙され、オラリオに到着するまでおんぶされることになった。

 

 

意識が戻った頃に―――

 

 

「超短文詠唱の魔法持ち相手に棒立ちとは、考えなしかレフィーヤ!」

 

とリヴェリアに叱られた。

 

 

なお、彼女はその日を境に、少年もなんだか申し訳なく思ったのか恥かしがりながらも『友達になってあげます・・・サミシガリーヤさん』となぜか哀れみの目を向けられたが少女としてはもう目的を果たせたのでどうでもよかった。それ以上にやばかったのは気絶している間に見た夢の中、雪原の中で大量の深紅(ルベライト)の瞳の兎に全身を舐めまわされるだけでなく、灰色髪の女が現れて

 

 

『私の息子を苛めたな?』

 

『ひぃっ!?ち、ちがうんです、おばさま!?』

 

『【私はまだ24だ(ゴスペル)】』

 

『ふぎゃぁっ!?』

 

 

恐ろしい目に合う夢を見て、少年におんぶされながらガクブルと震えた。




アルフィアさんは享年24です。


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感染爆発都市(ゾンビ・ランド・オラリオ)
Zバスターズ


ちょっと雑かも


 

「んぅ・・・・」

 

「―――あ、レフィーヤさん起きました?」

 

「―――ベル? なんで私、貴方におんぶされてるんですか?」

 

「意識を失ったからですけど」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「はっ!! そ、そうでした!? 詠唱したら、雪原の中にいて、怖い女の人に、それはもう追い詰められる夢を!?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

少年の背中で意識を取り戻したレフィーヤは、何が起きたのか記憶を再生する。

 

ステップ1.【決闘を申し込んだ】

 

ステップ2.【鳥が合図のように飛び立ったので、詠唱を始めた】

 

ステップ3.【なぜか雪原の中にいた】

 

ステップ4.【大量の兎に全身を舐めまわされた。】

 

ステップ5.【漆黒のドレス、閉じた瞼の美女に徹底的に追い詰められた】

 

 

ステップ3の時点で急に景色が変わっているが、思い出した出来事に少女はガクブルと体を震わせた。おんぶゆえに、少年の手は少女の太ももあたりに触れているが、密着しているが故に、エルフにしては大きい胸が当って形を変えているが、そんなことは些事だ。少女はとにかく体を震わせた。

 

 

「よ、よくも私の胸を好き放題してくれたなって・・・引きちぎられるかと・・・ガクブル・・・」

 

「大丈夫じゃなさそう・・・」

 

「ベル、【千の妖精(サウザンド)】は目覚めましたか?」

 

「目覚めたけど、目覚めなかったほうがよかったかも・・・」

 

「【千の妖精(サウザンド)】、そろそろオラリオに着きます。歩けるなら歩いてもらいたい。」

 

「うっ・・・そ、そうですね。すいませんベル・・・その、えと、罰ゲームはどうしましょうか」

 

「え」

 

「え?」

 

 

少女は知らない。

もうすでに罰ゲームは終わっている事に。

意識が途切れる間際『じゃあ罰ゲーム、耳、触りますね』と言っていたはずなのだが、強過ぎる夢のせいで頭から消えてしまっていた。

 

 

故に――

 

 

「おかわりがほしいんですか?」

 

「い、いりません!! ちなみに、何したか教えてもらえませんか?」

 

「えっと・・・まず、レフィーヤさんの下着が丸見えだったので」

 

「なっ!?」

 

「とりあえず隠しておきました。」

 

「あ、ありがとうございます・・・・」

 

「それで、レフィーヤさんの耳をしばらく触ってました。」

 

「み、耳・・・あの、舐めたりしました?」

 

「さすがに、リューさんじゃないんだし・・・けふんけふん」

 

「お姉さん相手ならしてたんですか!? っていうか夢の中で兎に全身舐められたんですけど!? そういうことですか!?」

 

「チョットヨクワカラネーヤ・ウィリディス」

 

「その変なあだ名やめてください!! 雑です!!」

 

 

少女は理解した。

これがフィルヴィスがいっていた少年の指テクなのだと。

夢に現れたあの兎達、そして全身を舐められた、アレはまさしく現実の耳をスリスリ、もみもみ、きゅっきゅっとされたのだと。レフィーヤは体温を急上昇させ少年が姿勢を低くして降ろしてもらい、自分の耳を触って異常がないかを確認。

 

「こ」

 

「こ?」

 

「ここ、この、こんのぉ~・・・・・妖精殺し(エルフキラー)!!」

 

「むっ・・・・罰ゲームをするっていったの、レフィーヤさんじゃないですか」

 

「うっ・・・で、でもぉ・・・ってあれ?」

 

「どうしました?」

 

「なんか、オラリオ静かすぎませんか?皆さん」

 

 

オラリオの市壁、その門まで近づいた5人は違和感を感じ取った。

 

「門番がいないな」

 

「それどころか誰も並んでいない・・・?」

 

「妙だ・・・普段ならこんなことはない。」

 

 

迷宮都市に入ってくる者達は総じて検問を受ける。しかし、今日、今現在それはない。どころか、誰1人としていない。もうすでに日が傾きかけた夕方頃、夕日を照らす門は虚しく沈黙を貫いている。

 

 

「どちらにせよ、入ってみるしかあるまい。」

 

「は、はい・・・リヴェリア様!」

 

 

そうして門をくぐり、5人が見た景色は、あまりにも普段の迷宮都市の日常とはかけ離れていた。露天は破壊され、さながら廃墟のような光景が広がっていた。

 

「無人・・・だと・・・? まさか、そんな、オラリオは・・・」

 

「「「「滅んでるぅうううう!?」」」」

 

 

5人は動揺した。

精霊郷に行っていたら、まさかのオラリオが廃墟に様変わり!!

 

美神(フレイヤ)様がやらかした? やっぱり美神は悪い神様なんだ・・・!?」

 

「お、落ち着きなさいベル!! さすがにあの女神もここまではしない! はず・・・だ!」

 

「ベル、そしてリオン。お前達おちつけ。何か、何か原因があるはずだ・・・まずは生存者を探すぞ」

 

「と、とは言ってもどちらへ!?」

 

「わ、我々が廃墟に行っている間に、オラリオが精霊郷に・・・!?」

 

「逆ですフィルヴィスさん!!」

 

「はっ!?」

 

 

5人はすぐさま行動を開始。

何があったのかをしるためにも、生存者を探さなくてはならない。

1人の少年は美神を疑い

1人の金髪エルフは闇派閥を疑い

1人の王族は娘の安否を憂い

残りの2人は、耳を押さえて走っていた。

 

 

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭。

 

「だ、誰もいない・・・春姫さーん!! アストレア様ー!!」

 

「アリーゼ、輝夜、ライラ、ノイン、ネーゼ!?」

 

「無人ですね・・・何かをしている最中って感じでもありませんし・・・」

 

「大方、出払っている最中に何かが起きた。と考えるべきか」

 

「荒らされた痕跡もありませんし・・・」

 

「ベル、大丈夫です。私達の恩恵が消えていない以上、アストレア様は無事のはずです」

 

「う、うん・・・」

 

 

本拠には誰もおらず無人。

壁にかけてあるボードには、誰が巡回に出ているか、誰が迷宮に潜っているかを記すようにマグネットが張られており、輝夜、ネーゼ、リャーナ、アスタが迷宮に。それ以外は巡回ないしはオフだった。目ぼしい手がかりもなく、次は【ロキ・ファミリア】の本拠、黄昏の館に向かう。

 

5人は都市内を駆け回る。

ストリートを走っていると見えるのは、どれもこれも建物の入り口を塞ぐように設置されているであろうバリケード。そして、

 

『ウアァァア・・・』

 

目元に隈をつけた様子のおかしい住人達。中には冒険者らしい格好をしたものまでいた。

 

「な、なんですかあれは!?」

 

「おい馬鹿レフィーヤ! ベルのお陰で気付かれていないというのに、なぜ大声を出す!」

 

「す、すみませんリヴェリア様!! ですが、仕方ないですよこんなの!!」

 

「くっ・・・仕方ありません、昏倒させます!」

 

レフィーヤの声に気がついた周囲の住人達は、呻き声のような声を出しながら、襲ってくる。

それを全員で素手、もしくは杖によって打撃し眠らせる。

 

しかし

 

 

『ウワアァァァ・・・』

『ウガアアアア・・・』

 

「効いていない!?」

 

「くっ・・・状況が分からない以上、怪我をさせるわけにもいかない!逃げるしか!」

 

「彼等だけではない、他にもあちこちにいる!」

 

「・・・リヴェリアさん、一度吹き飛ばします!」

 

「むっ・・・ええい仕方ない! やれ、ベル!」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

近づいてきた複数の謎の集団を吹き飛ばし、5人は走る。

吹き飛ばされ倒れている者達を横切り、ふとレフィーヤが振り返ると、もそもそと立ち上がり、再びこちらに向かってくる。

 

「え、嘘でしょう!? なんで立てるんですか!?」

 

「か、加減したけど立てるはずない!」

 

「ええい、今は走れ! 撒いて再びベルのスキルで気付かれないようにするしかあるまい!」

 

「・・・・・」

 

「リューさん?」

 

「その、先ほどの暴漢達の中に、我々の派閥の者が・・・あれは・・・マリューでしょうか・・・」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

 

■ ■ ■

 

 

「結局、【ロキ・ファミリア】の本拠も無人でしたね。この騒ぎで出払ってしまったんでしょうか?」

 

「可能性としては捨て切れないが・・・」

 

「迷宮に潜っている可能性はあるでしょう。」

 

「どうしましょう。今のところ、生存者は道中にいなかったわけではありませんがバリケードのせいで中には入れませんでしたし」

 

「こういう場合は・・・人の多いところに行くべきでは?」

 

「ギルド?」

 

「それもあるが・・・大賭博場(カジノ)はどうだろうか。」

 

「ふむ場所そのものも大きい・・・行ってみるか」

 

フィルヴィスの提案から、次の目的地はカジノに。

道すがら追われている民間人を見つけては保護し、バリケードがしかれている建物に入れさせていく。

 

「しかし、気絶させようにもああ立ち向かってこられてはな・・・」

 

「ええ、加減が難しい」

 

 

『いやあああああああああっ!!』

 

「! 悲鳴!?」

 

「あっちです、あちらの路地裏の方から!」

 

女性の悲鳴が聞こえ、5人は路地裏へと駆け込んだ。そこには、女魔導士。

バリケードがしかれている建物のドアを何度も叩いて助けを求めていた。

 

『早くバリケードの中に入れて!』

 

『だ、駄目だ! 満員なんだよ! 他の場所に行け!』

 

バリケードの中にいた者から突き飛ばされ、彼女は尻餅をついてしまう。

 

『そ、そんな・・・お、お願い、入れてっ、入れてぇ!』

 

「くっ・・・! ベル、彼女を背負いなさい! 彼女を大賭博場(カジノ)まで連れて行く! もしあそこが無事なら、そこに避難してもらうしかない!」

 

「わ、わかった!」

 

『ウアアアアア・・・・』

 

『い、いや、いやああああああああ!?』

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

『ギャフッ!?』

 

「・・・え?」

 

「背中に乗ってください! ここは危ないです!」

 

女性に迫る謎の住人達を魔法で吹き飛ばし、少年はすぐに女性を背負い、屋根に飛び移り、遅れて5人も屋根に移る。

 

 

「奴等は屋根の上には上って来れないみたいですね・・・」

 

「そのようだ。はぁ・・・何がどうなっている。冒険者までやられているとは・・・娘、何が起きている?」

 

「え・・・えぇ!? ロ、ロキ・ファミリアに、アストレア・ファミリア!? まだ生きてた!?」

 

「「勝手に殺すなぁ!?」」

 

未だ混乱する女性に事情を聞くも、急に人々が暴れ出しただの、冒険者までやられただのとこれまた理解ができない内容。

 

「いつから起きたのかわからないのか?」

 

「は、はいぃ・・・少なくとも今朝にはもうすでに・・・」

 

「ということは我々が精霊郷を出る頃か少し前から、ということでしょうか」

 

「つまり、昨日か一昨日?」

 

考えを巡らせながら、屋根越しに大賭博場(カジノ)を目指す彼女達。混乱から少し冷静さを取り戻した5人はようやく、オラリオそのものが全滅したというわけではなく、住人達はバリケードの中、もしくはどこかに避難していることがチラホラと見え、目に隈のついた不健康そうな者達はフラフラと出歩いては、住人に襲い掛かり、噛み付き、仲間を増やしていた。

 

「気付かなかったが、上から見ると生存者はああしてバリケードの中に立てこもっていたわけか」

 

「意外にも無事みたいですね。」

 

生存者の確認ができた、そこに―――

 

 

 

 

『じゃがまるうううんんっ!』

 

と叫びながら飛んでいく金髪が少年の瞳に写る。

 

「あの、今、アイズさんが飛んでたんですけど」

 

「は? アイズさんが飛ぶわけないじゃないですか。ベルはお馬鹿なんですか?」

 

「いや、でも」

 

「そうだぞ、クラネル。いくら【剣姫】だからって空は飛べないだろう。もし飛んでいたなら、私はこの耳を差し出すぞ」

 

みんな飛んでいないって言ってるし、気のせいかな?

そう思って、再び背負っている女性を落とさないように慎重に、けれど急ぎ足で歩いていると再び声が聞こえた。

 

『うぅぅぅぅ、じゃがまるくううううううううんっ!!』

 

 

「ほ、ほら! 飛んでるじゃないですか!?」

 

「な、そんな馬鹿な!?」

 

「はい、フィルヴィスさん後で耳触りますからね!」

 

「くぅ・・・!?」

 

「いやいやいや、いくらLv.6だからってアイズさんは空を飛びませんよ。きっと2人は疲れてるんですよ。ね、リヴェリア様?」

 

「あ、あぁ・・・そうかもしれないな。私も、疲れている気がする」

 

「嗚呼、リヴェリア様・・・顔色が・・・」

 

 

少年とフィルヴィスは、確かに見てしまった。

かの【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインが残念な奇声を発しながら空を飛び、どこかへと去っていくのを。

 

 

 

「リ、リヴェリアさんも空、飛べますか?」

 

「やめろ、飛べるわけがないだろう。変な期待をするな」

 

 

■ ■ ■

 

 

「無事やったかぁ! リヴェリアママぁあああ!!」

 

「ええい、抱きつくな! 私達は先ほどオラリオに着いて状況を把握しきれていないんだ!」

 

「みんなも無事でよかったわぁ! あとお帰りなぁ!」

 

 

大賭博場(カジノ)は、混乱が収まっていないのか、立てこもっているからなのか、不安がる声やら、仕切ろうとする声やらとそれなりに騒がしかった。そこにいたのは、【ロキ・ファミリア】の主神とベート・ローガ。そして、アナキティ、【アストレア・ファミリア】のセルティとノインだった。

 

 

「これは何の騒ぎです?」

 

「ええとなぁ・・・うちらも着いたのは、わりとさっきでなぁ。何でも、ここに金をつぎ込んでるのは自分やから、自分が食料を分配するーって言っとるやつがおってな。生存者同士の醜い争いが起こっとんねん。ゾンビものの醍醐味や。」

 

「ゾ、ゾンビ・・・?」

 

「ごめんリオン、ベル。私達も何とかこの場を納めようとしたんだけど・・・」

 

「私達もわからないことだらけで・・・」

 

「んでな、そこでさらにゴロツキ共が偉そうにしとったからな? ベートにぶっ飛ばさせて場をおさめてん。」

 

「は、はぁ・・・」

 

「ところで、神ロキ。ゾンビ・・・とは?」

 

「ん?ああ、そか知らんか。えと、順番に答えるなー。まず、ウチの眷族は、各々迷宮に潜っとる。もうすぐ人工迷宮(クノッソス)入りやし少しでも力をつけたいとか、武器の整備とかに金がかかるから、そのためにな。他にもメレンに冒険者依頼(クエスト)とかでまぁ、みんな出払っとる。ここにおるのは、アキとベートくらいや。」

 

「フィンとガレスは?」

 

「ティオナ達とダンジョンや」

 

 

ロキはどこか状況を楽しんでいるような顔をしながら、順番に説明していく。

 

 

何が起こっているのか、やはり全く把握できておらず、街から悲鳴が上がった途端、パニック、パニック・・・パニック。ロキは護衛にアキを頼み、アストレアと一緒に、アルフィアの墓参り&ベルには伏せて墓の中の調査を行って星屑の庭にて茶を飲んでいた。

 

悲鳴が聞こえたため、何があったのかと窓から街を見てみると外を徘徊する・・・『ゾンビ』なるものが溢れていた。

 

 

「あのロキ様?『ぞんび』って何ですか?」

 

「神々の中やと一般じょーしきやけど、まぁ下界の子らは知らんか。せやな――」

 

簡単に言えば『死人』。痛みも恐怖もない、歩く屍。けれどそれは、あくまでも神々の妄想、小説に出てくる作り話で実際にいるものではないらしい。

 

「つまり・・・どういうことでしょうか?」

 

「つまり、あいつらはゾンビのそっくりさんや。意識、恐怖、痛みを感じへんなって、生きとる奴を襲う・・・で・・・そいつらに引っかかれたり噛まれたりした奴が、感染してゾンビになる・・・っちゅうとこまでな。」

 

「ああ・・・襲ってきた者達には確かに噛み傷があったな。」

 

「では、それが感染経路ということでしょうか・・・」

 

「まあ、一般人がゾンビになったところで、自分らにはどうってことないやろうけど、無力化ってなると骨かもなぁ」

 

ゾンビは生きているものを永遠に狙い続け、例えばバリケードをしいていたところで、中にいるのを察知しているのかいずれは破壊し襲い掛かるのだという。

 

「原因を追究しなければそもそも解決しない・・・?」

 

「おい兎」

 

「ベートさん?」

 

「てめぇのあの魔法で治せねえのか」

 

「無理ですよ、だって今日満月じゃないですし」

 

「あー・・・精霊郷にいた時が丁度満月でしたもんね」

 

「ちっ」

 

「舌打ち!?」

 

「あの、神ロキ・・・アストレア様は?一緒にいたのでしょう?」

 

「ああ・・・それがなぁ」

 

 

何だかんだで、女神アストレアもゾンビがいる状況に興奮していたのか、非難している最中、助けを求める声を聞いてアリーゼと一緒にどこかへ行ってしまいロキが振り返るともうすでに姿はなかったらしい。

 

「びっくりしたわよ、振り返ったらいなかったんだもの」

 

「そ、そんなぁ・・・」

 

「あの方はあれでも、お転婆なところがありますからね」

 

「アストレア、ウチ等とおるとき、バリケード越しにゾンビ見て何だかんだで楽しそうにしとったしな。ホラーもの好きなんちゃうか?」

 

「・・・・たまに寝る前に読んでた。やめてほしい・・・」

 

「ベ、ベル・・・まさか、読み聞かされたりしてないですよね?」

 

「それが、たまにされるんですよレフィーヤさん。耳元で囁かれるんです。」

 

「うわぁ・・・」

 

「それでロキ、そもそもの騒動の原因、目星はあるのか?」

 

 

なぜゾンビが生まれたか・・・そっちは想像がつくらしく、そもそもゾンビを知っているのが神々である以上、どこかの神が原因に違いないらしい。

 

 

「大方、自分が大好きな空想の世界を現実にしたい・・・そんな風に思っとたんとちゃうか?」

 

「なんで神々(てめぇら)は、面倒事ばっか起こしやがる・・・」

 

「迷惑すぎる・・・」

 

「せやけど、ここにはくっそ強い面子が揃っとる! いけるやろ! そんなくだらん妄想も、こんなド三流の騒動も・・・『Zバスターズ』がすぐ解決したるわっっ!」

 

「何ですそれは? 解毒薬か何かですか?」

 

「ちゃうわ! どう考えても薬の名前ちゃうやろ!?」

 

「知りませんよ・・・」

 

「ずばり!半人半妖の悪魔祓いをリーダーにした悪魔祓い専門の特殊技能集団やっっ!」

 

半人半妖・・・そのワードで、誰もが一匹の狼人に目を向けた。

 

 

「おいおいおいおい・・・まさか・・・」

 

「そう! 行くんや、ベート! オラリオの明日を取り戻すために!」

 

「ふざけんな! 勝手に変な役を押し付けんじゃねぇ! 」

 

「頑張ってください、ベートさんっ」

 

「まぁなんだ、頑張れ【凶狼】」

 

「応援しています、【凶狼】」

 

「えと・・・ファイト、ベートさんっ」

 

「うるっせぇ! あと兎、てめぇ雑だ!もっとなんか言いやがれ!」

 

「安心しい、ウチが司令官や。」

 

「ロキ司令官!」

 

「ロキ司令官!」

 

「あ~ええこや~ウチこういうん好きやで~最高や~なぁ、ベルたん、ウチんとこ来うへんか?ん?今ならレフィーヤのおっぱい付いてくるで」

 

「アストレア様じゃないと嫌でーす!」

 

「えぇ~いけずぅ~あと、なんや、ええおっぱい・・・しとるやん・・・けっ」

 

「ひっ!? 【福音(ゴスペル)】!?」

 

 

ベルの姿を見たロキが、涎を垂らしてセクハラを行おうと手をワシャワシャさせながら迫り、それに『レフィーヤに襲われた』ことがフラッシュバックしたベルが反射的に砲撃。ロキはその場に、床に叩きつけられた。

 

 

「うぎゃぁっ!?」

 

「ロ、ロキィ!?」

 

「自業自得だ、馬鹿者」

「自業自得です、神ロキ」

 

「フーッ、フーッ!!」

 

「どーどー、どーどー、落ち着け、クラネル。悪は去ったぞ」

 

 

両腕で必死に、アミッドの胸を守る少年を宥めるフィルヴィス。それに溜息をつくのは保護者のリヴェリアとリュー。

 

 

「と、ところで・・・なんであそこでモルドさん倒れてるんですか?」

 

「えっとねベル・・・」

 

「? どうしたんですか、セルティさん」

 

「あれが、ゴロツキの正体で、場を納めるために【凶狼】がぶっ飛ばした」

 

「・・・さすが、リーダー」

 

「おい、その羨望の眼差しやめろ」

 

「ベル、貴方はこの狼のようになってはいけませんよ。ちなみに、殺してませんよね?」

 

「殺すかぁ!?」

 

「だ、大丈夫や・・・安心しぃ・・・こういうのはな・・・『ギャグキャラは死なない』お約束やねん」

 

「ロキ様もギャグキャラ?」

 

「くっ・・・ウチは突っ込み役や!」

 

 

大賭博場(カジノ)をセルティとノイン、アナキティに任せ、『Zバスターズ』ご一行は次なる目的地へ。

 

 

「次はどこに行くんですか?」

 

「さすがに空振りは困る」

 

「ふっふっふ、情報取るなら、神々の社交場・・・神聖浴場に決まっとるわ!」

 

「あ、お祖父ちゃんが昔覗いたって言ってたところかな?」

 

「貴方のお祖父さんは何をしているんですか!?」

 

 

大神ゼウス。彼は女神のみが入浴される事を許された『神聖浴場』を歴史上唯一覗いたことのある神物。この件により浴場の警備はより厳重とされ虫一匹の侵入さえ出来ないが、その偉業は今でもオラリオで伝説として語り継がれている。

 

 

「覗きは男の浪漫らしいですよ、レフィーヤさん」

 

「し、知りませんよ! あ、覗きしたら殺しますからね!」

 

「する理由がないんですけど・・・」

 

「真顔で答えないでください!」

 

「まぁまぁ、そこは別にええから・・・あそこやったら色々神もおりそうやしデメテルかて常連やからな~。」

 

「アストレア様は行かないのかな」

 

「ベルを置いていけるはずないでしょう」

 

「気を使ってるってこと?」

 

「いえ、そうではなく。貴方がダンジョンに潜っている時は行っているときもありますが・・・あのお方はベルといる時のほうが安らぐとのことで・・・」

 

「え、ベル、貴方、アストレア様と一緒に・・・?」

 

「? レフィーヤさんもロキ様と入ればいいじゃないですか」

 

「せやで、レフィーヤ! いっぱいおっぱい育てたるで?」

 

「いやですよ、こんな破廉恥神!!」

 

再び、懲りずに今度はレフィーヤの胸に手を伸ばしてきたロキに顔を赤くしたレフィーヤが拳を叩き込んだ。

 

「ぐっほぉ!?・・・ええパンチや。腕、上げたなレフィーヤ・・・。それより、セクシーゾンビ・・・げふんげふん、デメテルを探して『神聖浴場』に行くでぇ」

 

 

半数以上が『しょうもないことに付き合わされる』と察して溜息をつき、少年少女が『どんなところなんだろう』と好奇心に胸を躍らせて、次なる目的地に向かうのだった。

 

 

「よし! 『Zバスターズ』出撃や!」

 

「「はい、わかりました司令官!」」

 

「【千の妖精(サウザンド)】にベル・・・受け入れるの早くありませんか・・・?」



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vsエクストラミート

「誰もいない・・・?」

 

「おかしいなぁ~。堅牢な建物やし避難場所になっとると思ったんやけど・・・」

 

「いや・・・・臭いも、気配もある。奥の方だ。」

 

「この部屋も開きませんね・・・仕方ありません、壊します」

 

「アカンアカン、中にぎょーさんゾンビおったらどうすんねん。ゾンビ物で短慮はアカンで!」

 

 

神聖浴場。

それはその名の通り、神のみが入浴することを許された清浄な浴場だ。

広大な浴室には大小様々な浴槽の他に巨大な樹木や天然の岩が配置されており、大自然の演出を買って出ている。石材を削って造られた壁や柱の内装も精緻かつ荘厳であり、豪奢な極みがつくされていた。

この神専用の大浴場は、ギルドが都市に住まう神のために設け管理されており、各【ファミリア】から徴収した税の一部を神への尊崇の意味もこめて彼等の娯楽施設として還元させているのだ。

 

もっとも、男神達の利用率は低いらしく、神聖浴場といえば、まず女神達のものを指すらしい。

その昔、どこかの狒々爺の神による覗きを許して以降、ギルドによる警備は鼠1匹逃がさないほどに厳重になった。

 

そんな場所に、神1、兎1、狼1、妖精4で構成された『Zバスターズ』が足を踏み入れた。

 

 

「ロキ様」

 

「ん?どないしたん、白っこ」

 

「白っこ・・・まぁいいや。えと、なんでこんなに暗いんでしょうか」

 

「あー・・・たぶん、『おやくそく』っちゅうやつやなぁ。」

 

「『おやくそく』・・・・?」

 

「まぁゾンビ相手に冒険者っちゅうだけで、ルール無視しとるんやろうけど・・・っちゅーか、白っこのスキルのおかげで、そもそも難易度がイージーすぎんねんなぁ。なんや、ゾンビに無視されるって。」

 

「あ、でも大声出すと見つかりますよ?」

 

「まじかいな」

 

神ロキからの『おやくそく』を教えられ、現在足を踏み入れている施設が暗い事に納得・・・納得?した面々は、警戒を怠ることなく足を進める。なお、神ロキ曰く、こういうゾンビもので『空を飛ぶ』乗り物を使うと

 

 

「もれなく墜落するで。これも『おやくそく』や」

 

とのこと。

 

 

「おい兎」

 

「? なんですか、ベートさん」

 

「てめぇのスキルでどこにいるかわからねぇのか?」

 

「ええと・・・ごめんなさい。死亡している扱いになってるのか、無反応です。」

 

「そもそも、どういう条件で見つけているんだ?」

 

「えっとアミッドさんが言うには、僕の心臓の鼓動が波になっててそれに向こうからの鼓動とか、音がぶつかって・・・とかなんとか」

 

「まぁゾンビは基本的に『動く死体』やしなぁ・・・これもおそらく、『おやくそく』なんやろなぁ。」

 

「ちっ」

 

「し、舌打ちされた・・・」

 

 

狼に、『使えるんだか使えないんだかわからねぇ野郎だ』みたいな目をされてショックを受ける兎を金髪妖精のリューが哀れみ肩にぽんっと手を置いて通路を歩いていく。

 

「あ、あそこに倒れている女性・・・ギルドの守衛の方でしょうか?」

 

「お、腰に鍵ぶら下がっとるやん!レフィーヤ、取ってきてー。」

 

「えっ、私!?」

 

「あったりまえやん! このままやと自分、活躍どころなくして『映す価値なし』になってまうで。」

 

「うぐっ・・・・わ、わかりました」

 

ロキに促され、恐る恐る倒れている女性のもとまで歩み寄るレフィーヤ。

女性の腰には確かに鍵がぶら下がっており、それを気を失っていることを確認して、そーっと鍵を取り上げた。

 

「こ、怖くなんか・・・。も、もらっていきますねー。」

 

「腰がひけているぞ、レフィーヤ。」

 

「フィ、フィルヴィスさぁん・・・!」

 

『ウガアアアアアアアア!?』

 

鍵に手をかけると、たちまち女性がいきなり立ち上がり、レフィーヤにむかって襲い掛かってくる。

 

「きゃぁあああああ!?」

 

「レフィーヤさん!――【福音(ゴスペル)】!」

 

ゴーン!

 

という極力回りに音が響き渡らないように調整された砲撃で女性を壁に吹き飛ばし、兎は山吹妖精を抱き寄せ救出。鍵もしっかりと入手した。

 

▶【Zバスターズ】は、施設の鍵を手に入れた。

 

 

「だ、大丈夫ですか? レフィーヤさん?」

 

「・・・・きゅるるん」

 

「は?」

 

「はっ!? な、なんでもありません! それにしてもいい胸してますね、これ。本物(アミッド)さんもすごいんでしょうか」

 

「怒りますよ」

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

「ぶふふふふっ! レフィーヤやっぱビビっとったー! もの取ろうとしたら急に動き出すんはゾンビあるあるやでー!」

 

「殴りますよ?」

 

「あと白っこも、ええ乳しとるなーホンマ。ちょっと触らせてーなー」

 

「埋めますよ?」

 

「あ、ごめんなさい、調子に乗ってすいませんでした痛たたたっ!? 2人とも堪忍やー!? ほら、この鍵で浴場の方に行けるでー!」

 

 

『ほんまあの子、アルフィアに似てきてへんか?おお、こわっ』と2人に顔を抓られ、腹を抓られ、足を抓られたロキは抓られた部位を撫でながら、小声でそんなことをもらし閉じられている扉に鍵を差しこみ、『ガチャ』という音を立てて扉を開けた。

 

「よし。この鍵はもう必要ないな、捨てるわ。」

 

ぽいっ。と当たり前の様にロキは鍵を放り捨てた。

 

▶【Zバスターズ】は、施設の鍵を失った。

 

「ちょ・・・!? まだ使うかもしれないではないですか!」

 

「ええか、フィルたん。そういうもんなんや。ゾンビものはな。」

 

「フィ、フィル・・・たん・・・」

 

「ロキ様ロキ様」

 

「ん? なんや?」

 

「他にも、『おやくそく』てないんですか?」

 

「んー・・・せやなぁ。例えばー」

 

曰く、『こ、こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻るぞ!』と言った奴は消える。

曰く、『先に行け! ここは俺が食い止める!』と言った奴もやられる可能性がある。

曰く、『カップルはだいたい死ぬ』。

曰く、『幼児のゾンビはいない』。

曰く、『襲撃イベント』がある。

曰く、『治安維持を担う組織は役に立たなかったりする』。

曰く、『着ている衣類はボロボロ』。

 

 

 

「なぜ、幼児のゾンビはいないのですか?」

「え、【ガネーシャ・ファミリア】の人達を見かけないのってそういうことなんですか!?」

 

「あー・・・リューたんにレフィーヤ、それはな、大人の事情やな。」

 

「は、はぁ・・・」

 

「もうわけがわかりません・・・」

 

「どうでもいい。とっとと調べるぞ。」

 

 

中を進んでいく。

かわらずゾンビが数体うろついており、それをリューとベートが蹴散らし道を開いていく。

 

「あの、ベルのスキルで気付かれないなら、別に倒す必要ないんじゃ?」

 

「いえ、そうとも言えないでしょう。ベルのスキルは絶対ではありませんし・・・何より、大きな音に反応するのであれば倒して無力化しておくにこしたことはありません」

 

「んまぁ、拘束したところでリミッターが外れてしもうてるからすぐに壊されるやろうけどなぁ。」

 

「しかし・・・どこを見ても『奴等』しかいないな」

 

『あぁぁぁぁぁ・・・・』

 

「ここにも溢れてやがんのか・・・女神しか入れねえ筈じゃなかったのか。」

 

「非常時やからな。子供好きの女神でもおったんやろ。」

 

「とりえず、閉じ込めておきますか?」

 

「んー・・・そんじゃ、頼める?」

 

「はい。【ちょっと運びますね(ゴスペル)】。」

 

 

倒れ伏している5体ものゾンビ。

それを音の砲撃で開いている部屋に放り込み、すぐさま施錠。

しかし、兎が振り返ると、保護者たちがなんともいえない顔で見つめていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「「「「雑」」」」

 

「!?」

 

「ま、まぁまぁ・・・それより、デメテル様ですよね? 探すのは。何でなのか知りませんけど。」

 

「そんなん・・・見たいからに・・・けふんけふん・・・・もう少し探してみよか。行くで、【Zバスターズ】!」

 

「・・・なんか、神様と冒険してるみたいで新鮮ですね」

 

「おぉぉ、わかってくれるか!? 自分らだけしかダンジョン入れへんから、ウチは寂しくて寂しくて・・・うっうっ」

 

「やめろ、見え透いた嘘泣きをするなロキ」

「やめやがれ、きしょくわりぃ」

「やめてくださいロキ。帰還するたびにセクハラばかりするくせに」

 

「レフィーヤさんもするくせに・・・」

 

「何かいいましたか、ベル?」

 

「んー、なにも?」

 

 

【Zバスターズ】の冒険は、つづく。

 

 

■ ■ ■

 

「デメテルおらへんな~。下着でも落ちてたら、ベートがクンクンして一発なにゃけどな~。」

 

「蹴り殺すぞ!」

 

「まさか・・・いつもそうやって匂いを・・・」

 

「さすがに軽蔑するぞ・・・」

 

「Lv.6の嗅覚って、すごいのかな・・・あ、でも、叔父さん『獲物の味』とかなんとか言ってたような・・・?」

 

 

軽蔑、驚愕、好奇心、それぞれの視線が、一匹の狼に向けられた。

狼が眉間に皺をよせ、ピクピクと目元をひくつかせ、怒り、吠えた。

 

「信じるな!! 誰がやるか!!」

 

『ガタッ』

 

「!」

 

「リーダーのせいでゾンビに気付かれたんじゃ!?」

 

「おい兎、てめぇその呼び方やめやがれ!」

 

「用心しろ、ロキの言うゾンビかもしれん。もしもの時は頼むぞベル」

 

「はいっ」

 

「おい無視してんじぇねぇぞ。っていうか兎をかばってんじゃねぇ、ババア」

 

狼の咆声に反応したのか、物音がした部屋へと面々は向かっていく。

室内は薄暗く、先ほどの物音がしたとは思えないほど静まり返っていた。

 

 

「デ、デメテル~、おるか~?」

 

『―――ウワァアアアア』

 

「って自分かーい!」

 

「ヘルメス様!? 何で!?」

 

「何故この神がここにいる? それに顔が引っ搔き傷だらけではないか・・・」

 

現れたのは、橙黄色の髪に旅行帽を被った優男風の男神ヘルメス。

顔には無数の引っ搔き傷に目元には街中にいるゾンビと同じように目元に隈ができていた。

 

「大方、この騒ぎに乗じて念願の神聖浴場を覗こうとしたんやろ!」

 

「最低すぎます・・・」

 

『ファ!? ウガウ、ウガウ!?』

 

「そんなに気になるなら、アスフィさんと入ればいいじゃないですか!」

 

『アスフィージャァ、駄目ナンダヨォ、ベルクゥゥン!覗キハ、男ノ、浪漫ナンダァアアア!』

 

「・・・とりあえず後日、アンドロメダに報告しておきます。」

 

「待て・・・あちらに気配が・・・!」

 

 

ヘルメスよりさらに先、影からさら女性が現れる。

オレンジに近い色の頭髪、グラマラスなボディ。

アフロディーテも裸足で逃げ出す、『爆乳(エクストラミート)』。

 

 

『ンアアァァァァン!』

 

「神デメテル!?」

 

「セ・・・セクシーゾンビキタァァァ!」

 

 

セクシーゾンビ、その真名――否、神名は『デメテル』。

大らかで慈悲深い性格の持ち主、巨乳に敵対心をもつロキでさえ毒気を抜かれるほどの神物。

 

「なんだその反応は!」

 

「なんでロキ様喜んでるんですか!?」

 

「あたりまえやん! セクシーゾンビやぞ!?」

 

『ンォオオオオオ!!!』

 

「お前も喜んでるんじゃねえよ!」

「ヘルメス様まで喜ばないでください!」

「やれ、兎!」

「【福音(ゴスペル)!】」

 

「セクシーなねーちゃんが序盤でゾンビになる! それもゾンビものの定番!」

 

「じゃ、じゃあ・・・フレイヤ様がゾンビになったら・・・」

 

「魅了も兼ね備えた最強のゾンビのできあがりじゃないですか!!」

 

「やっぱり美神は滅ぼすべきなんじゃ!?」

 

「やめなさいベル! そうやってちゃんと相手を知らずに敵意をぶつけるのは間違っている!! いえ、まぁあの派閥は何かと危険ですが・・・!」

 

まさかまさかの神がゾンビになるという状況。

そして、デメテルがセクシーゾンビなるものになるという状況に、【Zバスターズ】は大混乱!!

司令官ロキは、歓喜のあまり声を裏返し『庭を駆け回る犬』のようにはしゃぐ始末!!

 

兎はあろうことか、美神フレイヤがゾンビになったら・・・を想像して震え上がった!!

どう足掻いても、タガが外れた彼女に食べられる未来しかないのだから!!

 

「てめぇら、楽しんでんじゃねぇだろうな?」

 

「んなわけないやーん。あ、でもデメテルがここでゾンビになっとるってことは・・・あのおっぱいに顔を埋めながら噛み付いた女ゾンビがいるっちゅうわけで・・・百合か、百合なんか!?滾るわー!」

 

「やっぱり楽しんでるんじゃねえか!」

 

「ア、アストレア様・・・アストレア様は!? アストレア様のお胸は!? 僕のアストレア様はどこ!?」

 

「ベ、ベル、帰ってきなさい!! 気を確かに!! アストレア様の胸はきっと無事です!! ええきっと無事ですとも!!再会が果たされたその暁には、消毒液をたっぷりかけてあげましょう!!」

 

「ベルにリオン・・・お前達も落ち着け・・・」

 

「あぁ・・・リヴェリア様のお顔が疲れに満ちておられる・・・」

 

「そもそも、神様もゾンビになってしまうんですか!?」

 

 

混乱(カオス)渦巻く、薄暗い室内!

1匹の兎と1人の妖精は、己の主神の胸の安否を案じ、みんなのママたる王族妖精は頭を抱えていた!! レフィーヤの驚愕した顔から放たれた質問に、ロキは『ぺっぺけー』と交換音でも出すかのように親指を立てて答えた!!

 

 

「設定的には苦しいけど、オモロいからアリや!」

 

「わけのわからんことを言ってる場合ではない! まずは一旦拘束して、隔離する!」

 

「でも、デメテル様やヘルメス様に手をあげるなんて・・・!」

 

「ヘルメス様ならさっき吹き飛ばして・・・あ、ほら、湯船に浮いてますよ」

 

「ヘルメス様ぁあああああ!?」

 

「状況が状況だ、なりふり構ってられるか!」

 

『あああああああああぁん!』

 

「あ、ベル」

 

「へ?」

 

 

▶セクシーゾンビ・デメテルは兎を掴み、壁に追い込んだ。

 ▶兎は混乱している!!

 

「あれ、まずくないですか?」

 

「ベルがゾンビになっては我々の行動に支障がでるぞ!」

 

「ちょいまちーや、見てみぃ・・・あれ」

 

神ロキは見た。

瞼に涙を溜めてプルプル震える壁際の兎が、女神の『爆乳(エクストラミート)』によって身動きを封じられているのを。ロキは遠い目をして、慈愛の目を持って、まるで子供が大人になったことを喜ぶかのような顔をした。

 

 

「あれが・・・・『乳ドン』か。」

 

『兎サァアアアアン!』

カプッ。

 

▶セクシーゾンビ・デメテルは、女神アストレアが可愛がっている兎の肩につまみ食いをするように噛み付いた。

 ▶兎は顔を蒼白させた。

 

 

「「「「あ。。。」」」」

 

 

「ほわぁああああああああっ!?」

 

▶兎の悲鳴が室内に木霊した。

 

■ ■ ■

 

 

「よぉし、次はいよいよ本命のギルド本部や! 人も情報も、あそこなら集まっとるやろ~。」

 

 

【Zバスターズ】は神聖浴場を後にし、再び建物の屋上に立っていた。

神ロキは『ええもん見れたわぁ~』とでもいうかのように前髪を掻き分け、夜風に当っている。

 

「悲しい・・・事件だったな・・・」

 

「フィルヴィス・・・ざぁん・・・・ひっぐ・・・えっぐ・・・ぐすっ・・・うぅぅぅぅ・・・!」

 

「ベ、ベル・・・その、大丈夫ですか?」

 

「リューざぁん・・・何で助けでぐれなっぐすっ・・・ひぐっ・・・!」

 

「す、すいません・・・一瞬の出来事で・・・」

 

「ベ、ベル~ほら、元気だしてくださーい!」

 

「ひく・・・おっぱい怖い・・・」

 

「ロ、ロキでも見て、中和してくださいベル!!」

 

「おいレフィーヤ!聞こえとるぞ!!」

 

一匹の哀れな兎は、肩にリップマークをつけて涙を何度も拭っており保護者達【Zバスターズ】はなんともいえない顔で目をそらしていた。あのベート・ローガでさえも

 

『兎・・・てめぇはよくやった・・・』

 

と同情するレベルで。

 

 

「ほれ、それよりはよ行くで~ギルド本部に」

 

「最初からそっちに行けば良かったじゃないですか・・・」

 

「・・・なぁ、何故クラネルは噛まれたのに、ゾンビになっていないんだ?」

 

「そういえばそうですね。何ででしょうか。ロキ、わかりますか?」

 

「んなもん、主人公補正やろ。」

 

「・・・はい?」

 

「あーでも、ウチとしては、白っこ・・・言いにくいな。ベルたんはヒロインっぽいしなぁ・・・」

 

 

まーた何かわけわからないこと言ってるよこの神・・・という目は誰もがしていた。ただし、リューだけは顎に手を当てて思い当たる節があるのかベルを何度もチラチラ見ては思考を巡らせていた。

 

 

「リオン、何か心当たりでも?」

 

「リヴェリア様・・・ええ、まぁ。もしかしたら【聖火巡礼(スキル)】のおかげかと。」

 

「どのような効果だったか・・・この子のスキルは我々も開示してもらってはいるが・・・」

 

「どうしてこの子、個人情報を他派閥に教えているんですか?」

 

「本人が気にしていないようですので・・・。ああ、でも知られてはいけないことはさすがにアリーゼ達がいろいろと気を巡らせているみたいです」

 

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動起動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与(魔力消費)

・魔法に浄化効果付随

 

一度、建物の屋根で腰を下ろした面々は、リューが羊皮紙にメモ書きした思い当たるスキルを確認する。

 

「ベル? 体に異変というか、違和感は?」

 

「ぐすっ・・・えと、背中のスキルのとこがちょっと熱いです?」

 

「うーん・・・たぶんやけど、この『浄化効果』っちゅーのちゃうか? 自動起動ってことは、この子の体に良くないものが入り込んだらそれを追い出そうとかしとるんやろ。」

 

「信頼度に応じて効果共有ってことは・・・リューさんも問題ないんじゃ?」

 

「・・・・信頼度の度合いがわからないな。我々ではどうなのか、という意味で。」

 

「あ、あと、近くにいるかどうかも関係あるんじゃ?」

 

「可能性はあるな。基準としては・・・ベルたん、リヴェリアママは好き?」

 

「え・・・えと、はい」

 

「じゃあ、リヴェリアママは大丈夫そうやな。じゃあ、レフィーヤは?」

 

「友達いなさそうなので、友達になってあげました」

 

「なっ!?」

 

「ぶっふぅっwwww レフィーヤ良かったなぁwwwwアイズたん等に『あの子とどうすれば仲良くなれるんでしょうか・・・』とか食堂で相談して、ティオネに『押して駄目なら押して押して押すのよ!!』って言われてたもんなぁwww」

 

「ロ、ロキィ!!? あ、あとベル、私、ちゃんと友達いますから!! あなたよりずーっといます!!むしろ、あなた友達いるんですか!?」

 

「え・・・と? アイズさんとティオナさんとローリエさんと、ヴェルフにリリに命さんに・・・・」

 

「あ、もういいです。殆ど年上のお姉さんしかいなさそうなので。はい、お腹一杯です」

 

「?」

 

 

脱線した話をする神と子に、くだらないものを見る目をしていたベートが夜の街を見ながらふと、『そういやいねぇな』と思い出して口を開く。

 

「・・・そういや、アイズはどうした? あいつは確か今日はダンジョンに行ってないはずだろ」

 

「え? 飛んでましたけど」

 

「あ?どういう意味だ兎」

 

「リーダーだってその尻尾を回せば飛べるんじゃ?」

 

「飛べるわけ、ねぇだろぉ!!」

 

「まぁまぁまぁ・・・・意外とギルドにおるかもしれへんなぁ。さ、レッツゴーや!」

 

 

 

▶【Zバスターズ】は、悲しい傷を負った兎と共に次なる目的地、ギルド本部へと足を向けた。



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ゾンビ・剣姫

ギャグ・パートに真面目さを求めてはいけない。いいね?

※次の章からクノッソス&深層予定なので楽したい


 

 

「バリケードを補強する! 材料をくれ!」

 

「は、は~い!お願いしま~す!」

 

 

意外にも、ギルド本部は未だ混乱渦巻くオラリオにおいてその機能が生きていた。冒険者がバリケードの補強作業を行い、ギルド職員もまた、それに協力している。

【Zバスターズ】はその光景に、少しだけたまげた顔をした。

 

「裏口のバリケードも補強するっす!怪我人の方は大丈夫っすか?」

 

そこに、どこかで聞いたような口調の声が聞こえてきた。

 

「ん・・・」

「どうしましたベル?」

 

「あと数人で終わります。」

 

「使えそうなテーブルとか、とりあえず片っ端からバリケードにしましょ!」

 

「なんや? センサーに反応したんか?」

「ということは、私達の派閥でしょうか」

 

「さっすが私達の最高戦力! 頼りにしてますよ。【ハイ・ノービス】に【スカーレット・ハーネル】さ~ん!」

 

全員がその2名の二つ名に驚きの声を上げる中、

 

「!」

 

「あ、ベル!」

 

桃色髪のギルド職員の声が聞こえたとほぼ同時、一匹の白兎は白髪を揺らしてかけだしていった。そこには、赤い髪に緑の瞳の美女。そして、胡桃色髪の女神、白銀色の髪の美少女がいた。

 

「アリーゼさぁああああんっ! アストレア様ぁああああっ!」

 

白兎の声に、肩を揺らして反応した1人と1柱は声の方を向いて、ぱぁぁぁ・・・!と顔を明るくさせ、白兎を迎え入れるように両腕を開いた。そして、女神と姉に飛びつくようにしていった少年――計3名は

 

「「「ひしっ!!」」」

 

と抱きしめあい再会を喜んだ。

 

 

「皆さん!? どっから入ってきたんですか!?」

 

「ベル・・・いや、アルフィア!? いや、ベルよね。うん、私の可愛いベルぅぅぅぅ!良かった無事でぇぇぇぇ」

 

「お帰りなさいベル。こんなことになっててビックリしたでしょう?」

 

「えへへ・・・2人も無事でよかった!」

 

「ちょっとリオン!そんなとこにいないであんたも混ざりなさいよ!」

 

「い、いえ! 私は結構だ!」

 

「もう! 恥かしがり屋さんなんだからぁん! でもぉ、そんなリオンが、私は好きよ!」

 

「こ、こういう所でそんな恥かしいことを言わないでもらいたい!!」

 

「ちょいまちーや、えっ、ここの最高戦力がラウルとアリーゼたん!? 2人だけ!? 嘘やろ!?」

 

「Lv.6が1人いるだけで十分じゃねーか」

 

「いやいや、ゾンビに慢心はあかんで。ベートももう何回も見とるし経験しとるやん」

 

「・・・・」

 

ギルドにいたラウル、アミッド、 アリーゼ、そして女神アストレアと合流した【Zバスターズ】は状況を確認することになった。

まず、アリーゼとアストレアはロキとベートとはぐれた後、住人を各建物に入れバリケードを作ったりゾンビを追い払っていくうちにギルドに到着。するとそこにはすでにラウルとアミッドがいた。

 

「街中にギルドに向かうアミッドさんがいたんで、自分が護衛してたんすよ」

 

「ええ・・・こちらも状況が分かりませんでしたので、ギルドに行くべきと判断いたしました。」

 

「で、私達が来るまでは【超凡夫(ハイ・ノービス)】の彼がここでバリケードを作ったりして・・・まぁ、彼が最強戦力だったわ」

 

「ラウルが最強戦力て・・・しょぼっ。ラウルが作ったと思うと、途端にアカン感じするわー。こりゃそろそろ壊されてゾンビが押し寄せてくるで!」

 

「ヤメテ! 本当に傷つくからヤメテ!!」

 

「いやだって~ ゾンビものなら真っ先に死ぬタイプやろ? ラウルは。」

 

改宗(コンバージョン)・・・しようかなぁ。ベル君、そっち行っていいっすか?」

 

主神に玩具のように面白がられるラウルは、ションボリ顔で少年に相談するが、少年は、そして姉は割りとガチトーンで真顔で即答した。

 

「駄目です。」

「嫌よ。」

「帰りなさい。」

 

「そこまで!? ア、アストレア様はどうっすか!?」

 

「ええっとぉ・・・今後一層のご活躍をお祈り致します・・・。」

 

「ま、まさかのお祈りっすか!? それは辛すぎるっすよぉ!!」

 

即答で切り刻まれ、女神に困った笑みで『お祈り』されたラウルの悲鳴が、ギルド内の緊張を和らいでいく。

 

 

 

「あれ、でも何でアリーゼさんが来てからアリーゼさんが指揮を執らなかったんですか?」

 

「いやいや、後から来て指揮権を寄越せなんて言えないわよベル。仮にも彼、次期団長でしょ? なら、フィンさんがダンジョンにいる間くらい頑張ってもらわないと。それに彼、やるときはやるのよ?」

 

「お腹がキリキリするっす・・・」

 

「ほら、ちゃんとサポートしてあげたんだからしっかりしなさいよ」

 

「そ、そうっすね・・・アリーゼさん、ほんと助かったっす。」

 

「何してたんですか?」

 

「いやーそれが・・・」

 

バリケードを作っている最中、ギルドにやって来たゾンビ集団・・・所謂『襲撃イベ』をアリーゼ単独で突破。ゾンビ達を張り倒しては投げ、張り倒しては投げ、街灯に縛り付けたり建物に閉じ込めたり、周囲からバリケードに使えそうなものやら食料やらを調達してきたらしい。

 

「アリーゼさんすごい!!」

「これが・・・Lv.6!?」

「さすがアリーゼです」

「【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】・・・伊達にただの色ボケと言われてはいないな」

 

「もーみんなして褒めないでよぉ。そんなに褒めても、何もでないゾ☆」

 

「「「イラッ☆」」」

 

「ま、まぁまぁ・・・とりあえずアミッドさんも居て安心しました!」

 

「ええ・・・皆さんご無事で何よりです。」

 

「? アミッドさん、顔色悪いですけど、ちゃんと寝てますか?」

 

「え、ベル、わかるんですか? 私にはいつものアミッドさんにしか見えないですけど・・・」

 

「んー・・・気のせいなのかなぁ。でも、アミッドさんよく徹夜するらしいし・・・」

 

「んっんっ、だ、大丈夫ですベルさん。それより・・・着替え、できていないんですね」

 

「そんな暇なかったので・・・。」

 

 

アミッドは自分の分身とも言える、偽乳房と再会を果たしたが、その目はまるで自分の黒歴史を見ているようだった。少年に近づき、『触ったりしました? しましたよね? いえ、まぁ、水浴びとかするのであれば仕方のないことなのですが』と耳打ちするも返ってきたのは『レフィーヤさんに乱暴されました』という言葉。

 

▶聖女は白兎を背後に隠し、山吹族に警戒網を敷いた。

 ▶山吹族は必死に謝った。

 

 

わちゃわちゃとする冒険者達の中、みんなのママことリヴェリアが咳払いをして状況整理に戻る。

 

「アミッド、状況はどうなっている? 解決策は見出しているか?」

 

「それが・・・何も・・・」

 

「あぁ? 本当か? てめえが治せねえようだったら、誰にも治せねえだろ。」

 

「お恥かしい限りです・・・都市(オラリオ)最高の治療師(ヒーラー)と言われておきながらこの体たらく・・・ですが、私の魔法をいくら試してみても人々を元に戻せませんでした。今回の騒動の種は、毒とも呪詛(カース)とも異なる、未曾有の厄災・・・」

 

「そ、そんな・・・」

 

「ベルさん、あなたの魔法では治せませんか?【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】は、聞けば『怪物にされた人間』さえも治したと聞きます。」

 

「満月じゃないから無理ですよ・・・」

 

 

どうせ僕は役立たずですよ・・・とでも言いそうにしょぼくれながらアミッドの背後から白兎は答える。そして、やはりアミッドのことが気になるのか、なんども顔をチラチラ見ては、手を握ったり、首に指を当てたりしていた。

 

「ベル、【戦場の聖女(デア・セイント)】がそんなに気になるの?」

 

「んー・・・アミッドさん、いつ寝ました?」

 

「ええっと・・・」

 

「また徹夜してません?」

 

「すいません・・・少なくともこの騒動が起きてからは・・・」

 

「また深夜テンションでやらかしますよ?」

 

「うっ・・・」

 

▶白兎は寝不足な聖女様に説教をした。

 ▶聖女は落ち込んだ。

 

 

「にしても・・・【戦場の聖女(デア・セイント)】にそう言われると、一気に深刻さが増すなぁ。せや、アストレア、どうせなんもないと思うけど聞いてええか?」

 

「・・・何かしらロキ?」

 

「フレイヤは?」

 

その質問に、アストレアは人差し指を天井に向けた。

 

「バベルから下りてきてないわ。少なくとも、この騒動が起きる前と起きている今現在で、見たという情報はなし。騒動が起きていて『面白そうだから』と下りようとしても、【猛者】がそれを許さないでしょう」

 

「せやな。じゃあ、地上にいる眷族は?」

 

「そっちも特に変わりはないみたい。というか、ゾンビが近づかないみたい。怖いのかしら」

 

「まぁあいつらに近づいたらガチで殺されかねんしなぁ・・・個人的にはゾンビを魅了するとこ見てみたいでもないけども」

 

「魅了できるのかしら?」

 

「さぁなぁ・・・。んじゃぁ・・・ダンジョンはどない?」

 

「ダンジョンから上がってきた冒険者たちから聞いた話では異常はないみたい。むしろ、地上に上がってきて何が起きてるのか混乱していたわ。」

 

「そか・・・ああ、あと、『おやくそく』やろうけど・・・闇派閥は?」

 

人工迷宮(クノッソス)の出入り口は、【ガネーシャ・ファミリア】と私の眷族数名に見張りをさせてる。出て来たら拘束されちゃうし、下手に出てこれないでしょう。少なくともダイダロス通りに人はいないようにしているから、怪しい人物が見えたらすぐ捕まるわ。ちなみに、ゾンビが外に漏れないように、門は閉めたわ。たぶん、ベル達が帰って来たのとすれ違いになっていると思う。」

 

「あ!」

 

「どうしたのベル?」

「どないしたん?」

 

「僕、思いついたんですけど・・・ゾンビを人工迷宮(クノッソス)に流し込むのはどうですか?」

 

「「却下」」

「阿呆か」

「馬鹿兎」

「「ベル、正座」」

「彼等はまだ生きている、そんなことできるわけないだろう」

 

 

▶兎は満場一致で正座させられた。

何故?という顔をしていると、ラウルが近づいてきて耳打ちをして過去にあったことを教えてくる。

 

「いいっすかベル君。闇派閥(イヴィルス)は昔、自爆攻撃を仕掛けてきたことがあるんすよ」

 

「じ、自爆・・・」

 

「だから、自分の死を厭わない奴等にそんなことをしてもお構いなしに殺されるだけってことっす」

 

「コホン、ベル?」

 

「レ、レフィーヤさん?」

 

「貴方はそのぉ・・・私達のせいでショックで覚えていないかもしれませんけど、24階層でも自爆攻撃をしかけてきた人達がいたんですよ」

 

 

▶兎は自分の浅はかな考えを反省して土下座した。

 ▶リヴェリアは、土下座するアルフィアの姿にしか見えず、なんともいえない顔になった。

 

「とにかく情報が足りないわ。だから今、ギルドの子達に文献を調べてもらっているの。」

 

そこに、ハーフエルフのギルド職員が一冊の本を持ってやって来た。

彼女の名は、エイナ・チュール。ベル・クラネルの専属アドバイザーではあるが、『とりあえずアドバイザーになってもらっておきましょ、美人だし』という団長判断で決められたもののダンジョンに関する知識はファミリア内で教えてくれる人達がいるため、たまに顔を見せに行くレベルだ。

 

「みなさん!関係ありそうな手記を見つけました!」

 

「な、何やてぇ! ナイスタイミンスグやー!」

 

「エイナさん、お久しぶりです!」

 

「ベ、ベル君・・・また女装させられてるんだ・・・ああ、うん、久しぶり。あ、女神アストレア、どうぞ」

 

 

アストレアは手記を手に取り、開き、咳払いをして読み上げていく。

 

 

『――国のお偉いさんが無茶言い出した。こんな低予算で魔導ゴーレムを作れと言う。無茶だ。ここは魔法大国じゃない』

『動力源をどうこう言われたけど知るか。伝説の天の炎でも持って来いと言ってやった』

 

 

「・・・・ごめんなさい、読むところ間違えたわ。」

 

「やろうな。なんかおかしいと思ったわ。それ、ダイダロスの手記ちゃうやろな?低予算で1000年かけてあんなん作ってたりしてへんよな?」

 

「人件費いくらなのかしら・・・」

 

「ウチ思ったんやけど、あそこ奪って避難所とかに活用できひんか?」

 

「んー・・・掃除に時間がかかるんじゃないかしら?」

 

「あー・・・やっぱり?」

 

「でも、案としてはありかもしれないわ」

 

「あ、あの! 続きは!? 続きはどうなったんですか!?」

「魔導ゴーレムは完成したんですか!?」

 

 

読むところを間違えたというのに続きが気になる兎と山吹色妖精に、女神2柱は困ったように笑ったので、オチだけ伝えた。

 

『やっべー、エピメテウス来ちゃったよ、やっべー!めっちゃ怒ってる!やっべー!』

『あ、設計図燃やされた。でも、なんかスッキリした。うん、ありがとう大英雄!』

 

「・・・おわり。」

 

「「おわり!?」」

 

 

「んなことどうでもええから、アストレア、読み直してぇな」

 

「そうね・・・」

 

『―――ついに完成した。意識も恐怖も持たぬ『生ける死人』、いわゆるゾンビを生成する秘薬が。』

『この秘薬で作り出されたゾンビは、■■■■■■や体液の交換で爆発的に拡散していく。』

『都市に満つ恐慌、阿鼻叫喚の混乱。未曾有の混沌に見舞われる日も近い。』

『惜しむらくは■■■■■■という『第一感染者』の血清を使えば秘薬の効果は消失されてしまうということだが・・・』

『むしろ、それが我々の切り札となる』

 

「予想した通り娯楽に飢えきった神の悪戯か・・・」

 

「神様って碌なことしないんですね・・・」

 

「ベ、ベルがゴミを見るような目に・・・な、何をされたんですか貴方・・・!?」

 

「・・・・内緒」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「しかし、この手記はどう見積もっても数百年前のもの・・・どうして今更・・・」

 

「当時、何かしらの事情で頓挫したんじゃないかしら。そして、眠っていた秘薬を誰かが掘り起こした・・・蔵書に所々、汚れや虫食いはあるけれど、肝心な部分は残ってて良かったわ。」

 

「『第一感染者』の血清・・・これが皆さんを元に戻す鍵に違いありません。」

 

つまり、外に溢れてるゾンビの中から、最初に感染した人を探し出さなければならないということ。それがわかると、全員が黙った。

不可能だからだ。誰が最初に感染したかなど、調べようがない。

 

しかし、一匹の狼は吠えた。

 

 

「やるしかねぇだろ。『冒険』にも種類がある。今、必要なのは、砂漠の中から砂金を見つけ出す類の『冒険』だ。」

 

「リーダー・・・」

「ベートリーダー・・・」

 

「ベートさんって、時々哲学言うっすよね・・・見かけによらず。」

 

「意外ね。見かけによらず。学ばせてもらったわ!」

 

「普段の粗暴さから出る言葉とはとても思えません・・・見てくださいアリーゼ、あのベルの尊敬の眼差し」

 

「くっ・・・私のベルを取ろうとするなんて、許せないわ! 駄目よ、『狼×兎』なんて!! お姉ちゃん認めないわ!」

 

「聞こえてんぞテメェら!!」

 

「せめてゾンビが溢れだしたんがいつ頃なんか、兆候があったんかは知っときたいなぁ。」

 

話を聞けば、情報を割り出せるのではないか、とエイナが提案し避難民に情報を聞いてみることにした。

 

「あれ、エイナさん? 手、怪我してますよ?」

 

「ほんとだ、エイナ大丈夫?」

 

「えっ? あ、本当だ・・・いつの間に。本を探してるとき、切っちゃったのかな?」

 

「チュールさん、見せてください。傷を塞ぎます。」

 

 

いつの間にか怪我をしていたエイナを、ベルと彼女の友人ミィシャが気付き、それをアミッドが治療する。その間に、聞き込みを始める。

 

 

■ ■ ■

 

―――聞き込みの結果、突如混乱に襲われたが故に情報はバラバラで異変の兆候は掴むことはできなかった。

 

「え・・・? ちょ、ちょっと! しっかりして!」

 

「・・・何だ?」

 

聞き込みの結果を報告しあっていると、女冒険者の1人が声を荒げた。そちらに目を向けると、彼女の仲間がどこか痛みでも感じているかのように呻き声を発しており――

 

『ゥアアアアアアアア!!』

 

「きゃぁあああああ!?」

 

 

体をゆすって心配していた女冒険者は、突如襲い掛かってきた仲間に、『ガブリ』と噛み付かれてしまった。

 

「なっ!?」

 

「嘘でしょ!?」

 

「まさか、ゾンビか!? 襲撃イベントか!?」

 

「おかしいわ、ここに噛まれた人間はいなかった!私達が徹底して調べたわ!なのに、なぜ!?」

 

「ア、アストレア様、お、お胸を隠して!?」

 

「ベル、あなたは落ち着きなさい!!女神デメテルのことは忘れなさい!!」

 

「デメテルやられちゃったの!?」

 

『あああぁぁぁぁぁ・・・』

 

瞬く間にゾンビは増加。

被害を止めることもできず、冒険者も一般人も次々にゾンビ化していく。

 

「恐れてた事態が起こったか・・・!今までより数十倍はタフになったと思うんや!」

 

 

爆発的に増えていくゾンビに、バリケードによって『城』だったギルド本部は今や『檻』へと様変わり。

 

「【超凡夫(ハイ・ノービス)】じゃ駄目だったの・・・!?これが彼の限界だと言うの・・!?」

 

「これ以上、自分の胸を抉らないでほしいっす!?」

 

「に、逃げないと・・・エイナさん! ミィシャさん!・・・って・・・そ、そんな!?」

 

「どうしたベル!?」

 

エイナとミィシャの名を呼び動揺する少年に、エイナと親交のあるリヴェリアは振り返った。

しかし、しかしもう手遅れなのだ。いつの間にかエイナはゾンビになり、ミィシャに噛み付き、ミィシャもまたゾンビになった。

 

 

「・・・エイナ・・・そんな・・・お前まで・・・」

 

『ベル君・・・ドウシテェ・・・会イニ来テクレナイノォ・・・私・・・アドバイザーナノニィ・・・』

 

「ひぃ!?」

 

「べ、ベルがまた捕まりました!?」

 

「「また!?」」

 

▶哀れな兎はエイナゾンビに捕まり、床に押し倒された。

 ▶エイナゾンビは哀れな兎の首筋に噛み付いた。

 

『ベェルゥクゥ・・・ゥン・・・』

 

「んにゃぁああああああああ!?」

 

「「「「べ、べるぅううううう!?」」」」

 

「感染経路は何なのですか!! わからないっ、何もわからない・・・! 一体なにが・・・!」

 

「おい、兎は無事だろうが、さっさと回収しやがれ!!」

 

「くっ・・・すまない、エイナ・・・!」

 

ベートに促され、リヴェリアはエイナを杖で引き剥がし、兎を回収。小脇に抱えそのままギルド本部を脱出する。

 

「安全な避難所でパニック発生・・・これもゾンビものならではやけど、ちょい洒落にならんなぁ。」

 

「行きましょう・・・生存者は、もう我々だけのようです。」

 

「しゃあない!【Zバスターズ】、ここの拠点は放棄! ズラかるでー!」

 

「アストレア様、抱えます!乗ってください!」

 

「お願いするわアリーゼ。」

 

「何が原因で感染するのか、もうわからねえ! 掠り傷1つもらうんじゃねえぞ!」

 

 

▶ギルド本部は、大量のゾンビの収容所と化した。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ギルド本部も落ちた・・・ここからどうするっすか!?」

 

 

一行は再び、建物の屋根に。

リヴェリアはベルを降ろし座らせ、アミッドが噛まれた箇所を確認する。

 

「ベルさん、大丈夫ですか?」

 

「な、なんで僕・・・デメテル様に狙われたり・・・エイナさんに狙われたの・・・!?」

 

「デメテルはわからんけど・・・エイナたんは会話しとったんやから、それで『気付いてる』判定になってもうたんちゃうか?」

 

「それよりベル・・・なんともないの?」

 

「アリーゼさん・・・なんか、背中のスキルの項目が熱いです。デメテル様のときもそうでした」

 

「ベル・・・ちょっと見せてね? 指でなぞるから、どこが熱いか教えてくれる?」

 

「はいぃ・・・アストレア様」

 

 

アストレアはベルの背後に回り、神血を垂らしステイタスを確認。そして、やはりと言うべきか、ベルが熱いという項目は

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)・・・これで守られてるみたいね。」

 

「っちゅーことは、アストレアも安全なんちゃうか?」

 

「アミッドちゃん、ベルの体は大丈夫そう?」

 

「ええ・・・すこし熱っぽいですが、スキルが発動しているせいでしょう。」

 

「僕、なんだか女の人に襲われてばかりな気が・・・ね、レフィーヤさん、フィルヴィスさん」

 

「しゅみましぇぇん・・・」

「返す言葉もない・・・」

 

「ちゅーかアストレアぁ。ついウチもチラッと見てしもうたけどこの子、ランクアップできるやん。何でせえへんの?」

 

「だって・・・まだ伸びそうだし・・・ベルはまだする気なさそうだし・・・神会でイジられそうだし・・・」

 

「ベルさん、本当に平気ですか?」

 

「僕はアミッドさんが気になるんですけど・・・」

 

「へっ!? わ、私ですか?」

 

「アミッドさん顔色、やっぱりおかしいような・・・むー・・・」

 

「あ、あの・・・顔、近いです・・・」

 

あまり表情を変えない彼女の顔色を、『なんとなく怪しい』と見つめ続けるも、暗いこともあってよくわからず結局少年はアミッドの顔を見るのをやめて、街に視線を回す。

どうやらゾンビたちは高い場所に飛ぶことはできないらしく、屋根の上は安全だった。

 

 

「あれ」

 

「どうした、クラネル?」

 

「あそこ・・・あれって『豊穣の女主人』の制服・・・」

 

「む・・・あれは・・・シル? なぜ、あんなところに」

 

 

少し離れた建物の屋根の上に、『豊穣の女主人』の制服を着た、薄鈍色の髪の少女。シル・フローヴァを発見。友人関係でもあるリューが、屋根を飛び移り、シルの元へと向かっていく。

 

 

「シル!」

 

「リュー! 無事だったの!? よかったぁ」

 

「そんなことより、なぜこんな屋根の上で1人なのですか?」

 

「え~っと・・・助けてくれた方々がいたんだけど、今は離れ離れになってて・・・あ・・・そうだ。リュー、お願いします! ルノアを助けて!」

 

「ルノア・・・ルノア・ファウストですか?」

 

 

■ ■ ■

 

 

シルを回収後、【Zバスターズ】はゾンビがいない路地裏に降り立ち、事情を聞いた。

 

 

「それで、ルノアさんまでおかしくなったんですか、シルさん?」

 

「はいベルさん、地下水路を掃除中に・・・私を助けてくれた人達にもお願いして、探してもらっているんですけど・・・」

 

「へぇ・・・あの【黒拳】を傷つけるゾンビがいるなんて・・・。彼女って確か・・・私の覚え間違いじゃなければ、Lv.4よね?リオン?」

 

「ええ、間違いないかと。」

 

「え・・・ゾンビ? ルノアは、誰にも襲われてないですけど・・・?」

 

「どういうことですか?」

 

レフィーヤの質問に、シルは思い出しながら語り出す。

 

曰く、昨日の夕方頃に一緒に地下水路を掃除中、急に唸り声を上げ出したという。

 

「すまない、私達ではその時のオラリオはわからない。どうだったんだ?」

 

「ええっと確か・・・まだその時は平穏だったと思うわ。ロキ様と一緒に本拠にいたし。」

 

「そしてゾンビが爆発的に増え始めたのが日が傾いて暗くなり始めた頃でしたので・・・彼女が第一感染者の可能性は高いです。」

 

「地下水路のどこで逸れたのかわかるかしら?」

 

「ええっと・・・ダイダロス通りの近くの場所で。子供達がよく遊び場にするので、危険がないように柵を用意してて・・・あ、でも、立ち入り禁止になっているところには入ってないですよ?ギリギリ外の所です」

 

「まーた、面倒なところに・・・。確か前の孤児院はダイダロス通りにあったんだっけ」

 

 

次なる目的地が決まったその時、バキバキバキィ!!と破壊音が鳴り響く。一同は、シルと女神を守りながら周囲を警戒。

 

「あれを見てください!近くのバリケードが・・・破壊されています!」

 

レフィーヤが指を指した場所は無残にもバリケードが破壊されていた。

それは1つや2つではなく、次から次へと大きな破壊音となって街中に響き渡る。

 

『あー、うー・・・、あー・・・』

 

破壊音と共に聞こえてくるのは、バリケードの中に居たであろう街人の動揺と悲鳴。バリケードが破壊されたがために、そこに徘徊するゾンビたちが雪崩れ込み街人がまた1人、2人、3人とゾンビにされた。

 

『・・・あまる、くぅん・・・』

 

 

それはまるで、暴風のようだった。

暴風が街を暴れ周り、バリケードを破壊する。

【Zバスターズ】はシルをその場から逃がし、接近する暴風に構える。

 

「おいおい・・・おいおいおい!ちょい待ちっ、この感じ、まさか・・・!」

 

「ロキ、下がってろ!来んぞ!」

 

「アストレア様も下がってください!」

 

『――うぁあああああっ!』

 

土ぼこりをあげ、ついに街中を暴れまわっていた暴風は降り立った。

 

「う、嘘ッす・・・」

 

「・・・いよいよ悪夢の域だな。 彼女まで、とは。」

 

雲が晴れ、欠けた月が、街を照らす。

降り立った暴風を――彼女を映し出す。

その装いは普段とは違い、ラフなもので、しかし暴れまわっていたせいなのかところどころ破れている。

 

『・・・じゃがまる、くぅぅぅぅぅん・・・』

 

 

その名を、【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「アイズさん!?」

 

「ほ、ほら! やっぱりアイズさんは空を飛べるんですよ!!」

 

「わ、私だってやればできるわよ!」

 

「アリーゼ、変に対抗意識を燃やさないでください!!」

 

「そんな、信じられません・・・!アイズさんまで・・・!」

 

「どうなっているのかしら・・・? 彼女がそう簡単にゾンビにされる・・・いえ、傷つけられるとは思えないのだけれど」

 

「とりあえず、今のあの子に好き放題されると洒落にならないわ!【凶狼】、止めるわよ!」

 

「わかってんだよ、そんなことは!」

 

『あー、うー・・・・? ――うぅぅ!』

 

瞬間。

ドゴォォン! という音と共にベート・ローガは、ゾンビ・アイズに吹っ飛ばされ近くの建物に突っ込んだ。

 

「――!! ちぃっ!?」

 

「ちょっとちょっと・・・【凶狼】は同じLv.6でしょ!? それを一撃で!?」

 

「あかーん! ゾンビになって、アイズたんのリミッター吹き飛んどるんかー!?」

 

「つまり・・・全力の【剣姫】が、敵に回ったということ・・・?」

 

「・・・本気か。今のてめえは、本気なんだな、アイズ?」

 

『うー、あー・・・?じゃがまるくぅん?』

 

▶ゾンビ・アイズは、戦線を離脱した。

 

 

「じゃが丸くんと言っていたが・・・まさか、じゃが丸くんを探して、都市を無作為に・・・?」

 

「! フィルヴィスさん、リューさん、ヘスティア様からじゃが丸くんを貰って来て下さい!」

 

「何か考えがあるのか、クラネル!」

 

「逃げられるなら、じゃが丸くんで誘い出せばいいんです! それで閉じ込めておきましょう! 頭から吊るして、大人しくなってくれたら嬉しいです!」

 

「うん! 考えはお馬鹿な気がするけど、ちょっとその光景見てみたいから、2人とも、お願い!」

 

▶2人の妖精は、【ヘスティア・ファミリア】の本拠兼孤児院に急行。

 

 

「めちゃくちゃやで、アイズたーん! 飛び回るゾンビとか、イメージぶち壊しすぎや!」

 

「孤児院は無事なのか・・・?」

 

「たぶん、『おやくそく』だから・・・無事だと思うわ」

 

「はぁ、まったく・・・私はもう頭が痛いぞ・・・」

 

「・・・ひとまず、この場所から離れるで。チーム分けなあかんしな!」



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犯人はヤス

▶フィルヴィス+リュー、じゃが丸くんを求めて【ヘスティア・ファミリア】に。


この章はこれで終わりです。


「周囲にゾンビはいないみたいね・・・とりあえず、不法侵入だけど目を瞑りましょ。」

 

「仕方ないわね。緊急時だし・・・」

 

 

【Zバスターズ】は、ゾンビ・アイズがどこかに飛んでいった後、ゾンビの姿が確認できないエリアを見つけて宿屋の一室に集まっていた。とりあえず全員が動き詰めであったために、ラウルが携帯食料をバックから取り出して全員に配り、それを齧りながら作戦会議をすることになった。

 

「アイズたんがゾンビになっとる今、時間はないで。」

 

「そもそもです! どうしてアイズさんがゾンビになってしまったんですか? もし気持ち悪い人に噛み付かれたのだとしたら・・・!うう・・・そんなの耐えられません!」

 

「そうね、【剣姫】って可愛いから、どんな声で喘ぐのか、ちょっと興味あるわ!」

 

「アリーゼ、やめなさい」

 

「・・・実はな、アイズたんの部屋に、食いかけのじゃが丸くんが落ちてたんや。」

 

 

それは、本来有り得ない事象。起こりえない事象だ。

あの『じゃが丸君大ファン』の【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインが、じゃが丸君を食べ残すという事象は。全員が、その有り得ない事実に1つの答えを導き出していた。

 

『じゃが丸君を食べて感染し、その拍子にじゃが丸君を落とした』

 

「えぇー・・・もうわけがわからない以上に、間抜け過ぎるっす・・・」

 

「感染経路なんざどうでもいい」

 

「で、でも、アイズさんや神様だってゾンビになっちゃうんですよ?いつ私達もそうなってしまうか・・・」

 

「ラウルさん、この携帯食料は大丈夫ですか?」

 

「これ、未開封品っすから・・・問題ないと思うっすよ? ねぇアリーゼさん」

 

「むぐむぐ・・・そうね。むぐむぐ・・・しっかり箱ごと新品で盗ってきたから・・・むぐむぐ・・・あっ、ちゃんと証文、置いてきたから安心して。」

 

【アストレア・ファミリア】の団長は・・・どんなときでも、マイペースだ。少年を股の間に収め、背中から腕を回して抱きつき、片手で携帯食料をもぐもぐと食べている。

 

「怪しいものには触らない、浴びない、食べない。お間抜けさんになりたくなかったらね。・・・なにより、【凶狼】だって食べてるし、あなただったらその嗅覚でわかるでしょ?」

 

「・・・まぁな」

 

「じゃあ、問題ないわ! ほらほら、その鼻が役に立つときよ! ワンチャン!」

 

「ブッ殺すぞてめぇ!!」

 

「わー!ベート落ち着きーやぁ!・・・とりあえず、作戦や。みんなこっからは2手に分かれるで。」

 

吠える狼を取り押さえるロキは、指を2本立てて二手に分かれることを宣言する。

そこで改めて現在居ない【Zバスターズ】のメンバーのことも整理する。

 

「・・・・えっと、【白巫女(マイナデス)】ちゃんとリオンは、【ヘスティア・ファミリア】に行った。」

 

「チーム【じゃが丸君を求めて】やな。」

 

 

『放せよ、放せぇえええええ!』

『そんな! 一緒に逃げようって言ったじゃない!』

 

 

「外、賑やかですね」

 

「まぁ、夜やしな」

 

「何というか、アレね。マラソンで『一緒にゴールしよう』って言っていた子がスタートと同時に裏切るの・・・今の悲鳴、あれに似てるわ」

 

「あー・・・ウチも聞いたことあるわ。っちゅーか、何ゾンビに追われてるのにそんなこと叫んでんねん!」

 

「オラリオの人って逞しいですね。アリーゼさん」

 

「そうねぇベル・・・あなたも逞しくなりなさい? その方が格好いいわよ」

 

「筋肉は?」

 

「【猛者】みたいになりたいの?」

 

「うっ・・・頭が・・・!」

 

「温泉で何かトラウマが出来たらしいけど」

 

「ヤメテ・・・ヤメテ・・!」

 

「一体温泉で何があったんや・・・」

 

「うぅぅ・・・・」

 

「ま、まぁまぁ・・・それより、話を戻しましょう。」

 

 

閑話休題。

耳を澄ませば、『うー! あー・・・!』と元気いっぱいな少女の叫び声と、『うわぁぁぁぁ!?』という絶望に満ちた悲鳴が聞こえてくるが、追いつく前に被害が、ゾンビが増えるのが目に見えているので【Zバスターズ】はそもそもの原因を追究することにした。

 

「・・・もう生存者を数えたほうが早い」

 

「オラリオがこんなことになるなんて・・・信じられません」

 

「状況は悪化しとる。つまり、同時に対処せなアカン。 せやから、二手に分かれんねん。ベート、リヴェリア、アリーゼたん。【Zバスターズ】最強の2人でアイズたんを止めるんや。」

 

「あれ、ロキ様。私てっきり、【剣姫】にはベルをぶつけると思ってたんですけど」

 

「いやな、最初に会った時に、アイズたんがベルたんに襲い掛かってたらそれでよかったんやけど、それ以上にじゃが丸君を優先してるみたいやからな? リヴェリアの結界で閉じ込めようと思ってな」

 

「・・・なるほど。」

 

「おいロキ、あいつをやるのに、3人もいらねぇ。俺1人で十分だ」

 

「うっさいわボケェ。闘争心グツグツなのはわかっとるけど、獣化できひんやん自分。また吹っ飛ばされるで。あとはブレーキ役としてアリーゼたんとあと兼任でリヴェリアママや。リューたん達が『じゃが丸くん』を持ってきてくれるはずやから、それで誘き寄せるんや!」

 

「・・・・チッ。仕方ねぇ。」

 

 

▶【Zバスターズ】Aチーム:ベート、リヴェリア、アリーゼ。

 ▶ゾンビ・アイズを止める。

 ▶リヴェリアは殺し合いに発展しないようにするためのブレーキ役+結界。

 ▶ベートは舌打ちをしながらも、全力のアイズと戦える事に喜びを露にしている!

 

「ラウルさん・・・彼等はどこまで本気で話しているのですか?」

 

「ぜ、全部っす・・・」

 

「アイズさんとの戦いを喜ぶ人・・・初めて見ました。誰もが、あの人を畏れるのに・・・あれが【凶狼】。」

 

「ベルでさえ逃げるのに・・・」

 

「いえレフィーヤさん。Lv.6から逃げれるのがそもそもおかしいのでは?」

 

「でもアミッドさん、実際逃げてるんですよ。まぁ・・・アイズさんもさすがに本気じゃないみたいですけど。回し蹴りをしたところを、体を捻って館内に飛び込んで、リヴェリア様の部屋に・・・」

 

「・・・やはり、おかしいのでは?なぜ、回し蹴りをするんですか? 心当たり、ありますか?ベルさん」

 

「『アリーゼさん達だけずるい、私も膝枕、したい』って言ってました」

 

「「実力行使ですか!?」」

 

 

無秩序に動き回るアイズを、リヴェリア、アリーゼと打ち合わせをして嵌める。その方がやりやすいやろ、とロキが説得をして『絶対に邪魔をするな』と残して渋々納得するベート。

そんなベートに、レフィーヤは『1人でなんてさすがに無理です!』と漏らすと

 

「覚えとけ、ノロマ。あとはラウル、ついでに兎、てめぇもだ。敵がいくら強くても、どれだけでかくても・・・」

 

「「「ごくりっ」」」

 

「『冒険者』を名乗るなら、そこに『絶対』はねえ。吠えるんだよ、てめぇを必ず『狩る』ってな。じゃなきゃ、『雑魚』は一生『雑魚』のままだ。」

 

「「「・・・・!!」」」

 

それは、孤高の狼からの助言だった。

リヴェリアママは、ヤル気満々の狼に頭を痛めた。

 

「じゃあ・・・残りは、地下水路で【黒拳】・・・いえ、今はルノアだったかしら?その子を捕まえに行くとしましょう」

 

「製薬道具は揃えてあります。こちらはお任せください。」

 

▶【Zバスターズ】Bチーム:ベル、レフィーヤ、ラウル、アミッド+女神2柱。

 ▶第1感染者?のルノアを捕獲。

 

チーム分けが終わると、ベートはすぐさま宿屋を飛び出し、アリーゼとリヴェリアも後に続いた。

 

 

■ ■ ■

 

「よぅし! んじゃあミア母ちゃんとこの娘取っ捕まえるでー!」

 

「しかし不気味ですね・・・旧孤児院の付近はともかく・・・奥にはモンスターもいるのでしょう?」

 

Bチームは、シルからの情報提供により旧孤児院付近の地下水路へとやってきた。

女神2柱がいる理由は、『襲われない』というイベント無視スキルを持ったベルがいるからだ。

 

「怯えている暇はありません! 私達もオラリオを救うために尽くさなきゃ・・・!」

 

「せやな! 頼りにしてるで! ラウル! 今は自分がリーダーや!」

 

「頑張ってください、リーダー!」

 

「ファイトです、ラウルリーダー!」

 

「はいっす! ベートさん達はアイズさんの相手をしてる・・・!給仕の1人くらい、簡単に捕まえなきゃ不甲斐ないっす!」

 

「ああ、言っておくけれど【超凡夫】・・・」

 

「はい?」

 

「彼女の拳には気をつけなさい。クリーンヒットすれば人体に風穴が開くから。」

 

「アストレア様、怖いっすよ!?」

 

「え、まじでかアストレア!?」

 

「ええ・・・リューから聞いたわ。」

 

ルノアの戦闘スタイルは、武器、魔法に一切頼らない肉弾戦。発展アビリティも清々しいまでに拳特化。単純なパワーで言えばその攻撃力、破壊力はLv.4の中でも群を抜いており、実際に昔、賞金稼ぎ時代に彼女と対峙したリューは「地のステイタスが優秀すぎる」と言わしめたほど。特にパンチの威力は凄まじく、クリーンヒットすれば人体に風穴を開けてしまうだろうとされている。

 

「いつリューさん達は出会ったんですか?」

 

「うーん、足を洗ったとはいえ、訳ありだからあんまり言えないけど・・・前のお仕事の時かしらね。怪しいことをしていれば、あの子たちが取り締まっちゃうから。」

 

「じゃあ、クロエさんとも?」

 

「まあ、恐らくはね?」

 

「【黒拳】っていうのは?」

 

「それは、異名ね。『拳が砕かれた者の返り血によって赤黒く染まったことから広まった』とかなんとか。」

 

「豊穣の女主人・・・怖いですね」

 

「昔、酒飲んで暴れたアイズたんもミア母ちゃんに沈められたなぁ・・・」

 

「僕知ってます。そういうの、『母は強し』って言うんですよね」

 

「ちゃうわ」

「違うわ」

 

 

ルノアのまさかの強さを教えられたラウルは、震えるも、頬を叩き、気を引き締める。

遠くからはモンスターともゾンビともとれる呻き声。

 

『・・・うぅぅぅ』

 

「今の呻き声は・・・」

 

『・・・はぁぁぁ。』

 

「・・・打撃音が・・・何かと戦ってる? 」

 

「音の反響からして・・・こっちっす!前衛は自分に任せてください!ベル君も頼むっす! 後衛はレフィーヤ! 狭いので魔法は控えて、周囲の警戒に注力っす!」

 

「は、はい!」

 

「ロキとアストレア様、アミッドさんは自分達の間にいてください!間違っても最後尾にいちゃダメっすよ!」

 

「なんでしょうか・・・・ものすごくラウルさんが・・・・」

 

「か、かっこいい・・・『優しいお兄さん』だと思ってたけど、こういう面もあるんだ・・・!」

 

「ベル、これよ。こういうのを、見習うのよ」

 

「は、はい! じー・・・」

 

「アカン、ウチ泣きそう! ラウル、大きぃなったなぁ!」

 

『そこぉぉぉ・・・』

 

「こ、この声・・・間違いない・・・ルノアさんだ!」

 

 

ルノアの声を聞き、一同は地下水路を進む。

そこに、さらに、モンスターが出現。

 

「隊列を維持! 一気に突っ切るっすよ!」

 

 

■ ■ ■

 

 

「数が多い・・・! このままじゃ、ルノアさんにたどり着く前に・・・!」

 

「僕が、『誘引』しましょうか!?」

 

「くっ・・・でもここでベル君を外すのは惜しい・・・! 彼女と戦うなら、ベル君もいたほうが・・・!」

 

 

そんな時、まるで雷でも落ちたかのような打撃音が地下水路に響き渡る。

 

 

『何してんだい、このアホンダラァァァァア!!』

 

ドゴォォォン!!!

 

 

「こ、この声は!?」

 

「まさか!?」

 

「ラウルさん、僕がモンスターとゾンビを引き受けますから、行って下さい! アストレア様のお胸は守ってください!」

 

「わ、わかったっす! そっちは任せるっすよ!?」

 

「ベル、あなた私の胸がそんなに心配なの!? ロキ、あの子に何言ったの!?」

 

「デメテルが女ゾンビにおっぱい噛まれたんやろなーって」

 

「ロキ、そういうところよ!?」

 

「【別に・・・あれを倒してしまっても構わんのだろう?】」

 

「ベルたん、ごめん! それ死亡フラグやねん!!」

 

「ちょっとロキぃ!! ベル、必ず戻ってきなさい!! 主神命令よ!!」

 

「はーい!」

 

「余裕そうですね」

 

「まあベルですし・・・」

 

少年は、『誘引』を使いゾンビとモンスターを引き連れて、【Zバスターズ】Bチームから離脱。

残りの面子は、駆け足で声のする方に向かっていった。

 

果たしてそこに居たのは・・・

 

 

「あん? なんだい、アンタラこんなところに。」

 

「やっぱり、最強の女店主、ミア母ちゃんやったぁ! よっしゃぁ!!」

 

「ル、ルノアさん・・・生きてるんですか、それ・・・」

 

「白目を剥いています・・・」

 

 

そこにいたのは、最強の女店主。ミア・グランド。

大柄な体躯に、片手でルノアの首根っこを掴み、周囲にいたゾンビたちもまた、壁にめり込んでいた。

 

『うぅぅ・・・働きたくない・・・休みたい・・・』

 

「ねぇ、その子、何か言ってるみたいだけれど?」

 

『毎日毎日、仕事仕事仕事仕事・・・・休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい。シルの弁当はもういやなのぉ・・・』

 

「うわ怖っ!! めっちゃ喋ってるやん!!」

 

「あ、あのーミアさんは何でこんなところに?」

 

「何でも何もないさ。地下水路の掃除をシルがルノアに手伝って欲しいって言うもんだから、時間をくれてやったのにいつまでたっても帰ってきやしない・・・で、地下水路を見にきたらブツブツ言いながらそこらの変な奴等を殴り飛ばしてるわ、アタシに拳を向けてくるわで」

 

「あー・・・それでルノアさん、頭に大きなたんこぶを・・・」

 

「レフィーヤさん、一体何者なのですかあの方は」

 

「さ、さぁ・・・?」

 

「で? アンタラは何をしにここに来たんだい? まさか、街中がおかしなことになってるのと関係があるのかい?」

 

「それがな、ミア母ちゃん・・・カクカクシカジカ、トラトラウマウマで・・・」

 

 

■ ■ ■

 

 

「それで、ルノアさんはこんなにロープをぐるぐる巻きにされてるんですか? あと猿轡(さるぐつわ)・・・」

 

「しゃーないって。噛まれたら大変やねんから。」

 

「それよりベル、貴方は体を見せなさい。」

 

「どうしてですか、アストレア様?」

 

「怪我してないか心配なのよ。ナイフ持ってなかったみたいだけれど・・・どうやって戦ってたの?」

 

「手刀です」

 

「アルフィアみたいなことをするのね・・・いえ、いいのだけれど。ナイフはどうしたの?」

 

「えっと、アリーゼさんに貸しました」

 

「あら、そうなの。」

 

 

Bチーム一行は、再び無人の空き宿に駆け込み、ベッドにルノアを寝かせアミッドはすぐに血清を作るべく準備に入っていた。大量のゾンビとモンスターを引き連れていた少年は、手刀でモンスターを倒し、ゾンビをなぎ倒し、涼しい顔で脱出したアストレアの反応をキャッチして戦線を離脱、合流を果たした。

 

ちなみに、最強の女店主は、店に帰っていった。

 

「製薬を始めます! ベルさん、手伝ってください!」

 

「え、あ、はい!」

 

「自分はバリケードを作るっす! レフィーヤ、手伝ってくれると助かるっす!」

 

「わ、わかりました!」

 

「・・・ねぇロキ」

「・・・なぁ、アストレア」

 

「・・・何か、引っかからない?」

「・・・何か、引っかかるなぁ」

 

女神2柱は、作業をする眷族達を眺めながら、顎に指を当てて首を傾げた。

これで万事解決、喜ぶべきだと思う眷族達とは打って変わって、その顔は晴れない。

おかしい、何かがおかしいのだ。

 

 

「・・・今更のとこもあるんやけど」

 

「・・・その子、地下水路から出ていないのでしょう?」

 

「そっから感染が広がることって、ほんまにあるんか?」

「そこから感染が広がることって、本当にあるのかしら?」

 

「い、嫌なこと言わないでほしいっす!」

 

「それにもし、うちが黒幕なら、もう『ひとひねり』用意する。必死にゾンビから逃げ回るもんをあざ笑う展開を。」

 

「ホントにやめるっす・・・!ここまで来てその展開は洒落にならないっす!」

 

「まあ、憶測に過ぎひんからな・・・今はベートがアイズたんを止めてくれてることを願うのみや。頼むで【Zバスターズ】のリーダー!」

 

 

これは語られることではないのだが、作戦通り、2人の妖精がじゃが丸君を用意し、そこにやって来たゾンビ・アイズと戦闘を行っていたベート・ローガは、加減する必要がないとしてヒートアップ。さらに、アイズに魔法を使うように言ったものの、まさかの

 

『エー、アー、エー、ウー!エー、アー、エー、ウー!』

 

としか発音できず、つまり、魔法が発生することはなく・・・・

全てが終わった頃、不完全燃焼で不満たらたらの一匹の狼が発見されることになる。

 

『ふっざけんじゃねえぞぉぉぉぉ!?』

 

とは狼の言である。

これにはアリーゼも失笑。さすがに同情した。

 

『あらら、手伝いいるかと思ったけど、いらなさそうね! 【凶狼】、ファイトっ!』

 

『ちっくしょおぉぉぉぉぉ!!』

 

 

■ ■ ■

 

「できました! 血清です! 早速、ルノアさんに打ちます!」

 

 

プスッ・・・

 

 

『・・・・ウ、ウガアァァァァァ!?』

 

「なっ・・・・失敗!?」

 

▶アミッドは血清をルノアに打った。

 ▶しかし、効果がなかった。

 

 

「そんな!?」

 

「やっぱりそういうことか! そのアホは自分の掌の上でことを起こしたかったんやな!」

 

「どういうことっすか!?」

 

「考えてもみぃや。ゾンビ騒ぎで自分までゾンビになってもうたら騒ぎを楽しめんやろ? 自分が感染して、なおかつゾンビにならん・・・そんな薬を最初に作ったんやろ。」

 

「それって・・・もしかして・・・」

 

「ああ。騒ぎを広げるも収めるも自由自在。パニックと救いを小出しにして騒動を煽り放題・・・」

 

 

それは、つまり『第一感染者はゾンビにはならない』ということ。

と、一同が驚きのあまり固まっているとバリケードが打ち破られ、ゾンビたちが雪崩れ込んでくる。

 

『ウワァァァァァァ!!』

 

「バリケードを破られた!? まずいっす!」

 

 

さらに、ベッドに寝かされていたルノアが拘束を破り、起き上がり――

 

「しまっ・・・!?」

 

『ウガァァァァ!』

 

ガブッ!!

 

 

「ア、アミッドさぁあああああん!?」

 

噛まれ、膝から崩れ落ちるアミッドを少年が受け止める。

彼女が被っていた医療帽が虚しく床に落ちる。

 

「無念・・・!」

 

「そんな・・・! 嫌だ、アミッドさぁん!!」

 

何かと良くしてくれる気を使ってくれる年上のお姉さんが倒れ、少年の腕に抱かれ、少年は涙目になって叫ぶ。そんな少年の頬にアミッドは優しく手を触れ微笑む。

 

「ベルさん・・・私が死んだら・・・私が死んだら・・・『きゃっぴるーん』を世界中に広めてください」

 

「何言ってるんですか!しっかりしてくださいよ! 」

 

「私はもう無理です・・・だから、どうか・・・どうか『きゃっぴるーん』のことだけは・・・その偽乳房も差し上げますから・・・」

 

「無茶言わないでくださいよ! そんなアミッドさんの黒歴史を世に広げるようなこと、僕1人じゃできないですよ!」

 

「貴方ならできます・・・貴方は人を惹き付ける魅力があるのですから・・・・」

 

「無理ですよ、アミッドさんがいなかったら僕は・・・僕は・・・」

 

「何を言います・・・。あなたが治療院で私の手伝いを行うようになってから、私は貴方に教えられるかぎりのことは教えました。貴方と出会って、私は初めて気付かされたのです。私のやってきたことは本当は何の意味もないのではないかと。本当の幸せとは誰かと共に新たな命をはぐくむこと

前に向かって共に歩むことだと。そんなことにさえ私はこれまで気付かず、貴方の心の傷を癒すこともできなかったのです」

 

「アミッドさん、それに気付くのはちょっとまだ早いんじゃ」

 

「治療師としての道を歩み出してから、出会ってからその付き合いはアリーゼさん達ほどではなくとも、貴方に教えられました。人はどう生きるべきなのかと」

 

「いや僕はまだ、貴方の人生観を変えるようなことはしてないですよ!」

 

頬に触れる手を優しくつかみ、寄り添うようにしながら、それでもまるで熟年の夫婦のようなやり取りをする2人の少年少女。そして、ゾンビと戦う青年と少女。それを見守る女神2柱。しかし、女神の1人はもう我慢ができなかった。

 

 

「―――って、ウチらは何を見せられてんねぇぇぇぇぇんっ!! なんやコレは!! おい、アストレア、固まってないでなんか言えや!! 寝取られたみたいな顔すんなや!!」

 

「―――ハッ!? あ、あ~・・・ええっとぉ・・・アミッドちゃん? 貴方、感染しないの?」

 

「・・・・・・って、はい??」

 

「え、え!? どういうことっすか!? なんでアミッドさん平気なんすか・・・?」

 

「・・・さ、さぁ・・・なぜ、なのでしょうか・・・?」

 

「ぐすっ・・・・ひっく・・・!」

 

「ま、まさか・・・!」

 

「ベル! アミッドちゃんの胸に顔を埋めて泣いてないでしっかりしなさい! 貴方こういうとき、ポンコツになりやすすぎるわ! いえ、仕方ないけれど!!」

 

 

■ ■ ■

 

 

【ギルド本部】ロビー。

眠気眼な、犬人の美少女が薬を冒険者に配っている。

 

「はい・・・次の薬・・・」

 

「ありがとうございます! じゃあ、ゾンビ化した人に打ってくるっす!」

 

「もう一回・・・血を抜くよ・・・」

 

「少々遠慮なしに抜きすぎではないですか・・・? あと、何故私は、ベルさんに膝抱っこされているんでしょうか?」

 

「・・・・・」

 

「黙れ・・・おマヌケな聖女様の血・・・有効活用してあげてるんだから。」

 

 

犬人の美少女の名は、ナァーザ・エリスィス。【ミアハ・ファミリア】の団長である。

彼女は、怒りと呆れを混ぜこぜにした顔をして、アミッドの血を採取していた。

 

「ベル、聖女様が逃げないように、しっかり捕まえておくんだよ・・・・」

 

「え、あ、はい・・・。よかった・・・アミッドさん生きてて・・・でも何で? 別に僕の膝に座らせる必要ないんじゃ?」

 

「ベルは浮気物・・・。前にリリルカに【デュアル・ポーション】の素材集めのクエストを頼んだ時協力してくれたのに、全然私の所に来てくれない・・・・いつもいつも聖女様の所。カサンドラも悲しんでる。最近、夢に甲冑を着た男に求婚されるとか言ってたし・・・意味、わからないんだけど」

 

「・・・・ベルテーンの人、かなぁ・・・」

 

「ぐっ・・・あ、あの、ベルさん? 腕の位置が少々高いかと。胸に当ってしまいます・・・」

 

「何を今更照れているの? こっちは2人が一緒に昼寝しているって話、知ってるんだから。ベル、なんなら聖女様の胸を揉みしだいて心臓の動きを早くさせてもっと血を作らせて」

 

「そ、それはさすがに可哀想・・・」

 

「第一感染者のくせに、色んな人を治したせいで感染を広げちゃうなんて・・・はぁ、やれやれ。」

 

「うぅぅ~!」

 

 

つまり、そういうことである。

灯台下暗しとはこのことだ。

唯一の心当たりは、仕事の差し入れにディアンケヒトが持って来た精神力回復薬(マジックポーション)で、おかしな味の物があったという。

 

「ほんま、どこから見つけてきたんか知らんけど・・・本人は良かれと思ってるぶん、タチ悪いわ。」

 

「魔法での感染・・・完全に盲点だった。アミッドが癒せば癒すほど、感染者が増える。気付かないわけだ。」

 

「ていうか感染者の数から考えると、アミッドさん仕事しすぎっす・・・!」

 

「おそらく、魔法での感染は遅効性のようですね。人によって時間差はあるのでしょう。」

 

「ルノアさんがゾンビになったのは? 冒険者でもないのに。」

 

「ええと確か・・・騒動が起きる前に、街中で出会った時に顔色が悪かったので・・・恐らくその時でしょう」

 

「アミッドさん、徹夜ダメ、絶対」

 

「す、すいませんベルさん」

 

「ベルがアミッドさんに違和感を感じてたのは、働きすぎてたからってことなのね・・・ねぇアミッドちゃんウチに泊まりに来てもいいのよ?」

 

「アリーゼさん・・・またそうやってすぐ外堀を埋めに来る・・・。」

 

アイズの感染に関しては、アミッドが一口彼女からもらっていたらしく『間接キス』で感染したのだとか。

 

 

「まぁ、ゾンビもほとんど元に戻った見たいやし、めでたしめでたしや!」

 

「償いは・・・できたでしょうか・・・?」

 

「いやー・・・『年下の男の子に観衆の前で膝抱っこされながら血を抜かれる』シチュエーションを晒しているんだから、これ以上の羞恥はないと思うわ。うん、償えたと思うわ。」

 

「そういうのは全員治してから。さ、お肉でも造血剤でもいいから食べて飲んで、もう一働きして。」

 

「ううぅ・・・私の失態とはいえ・・・もう、お腹が・・・あの、ベルさん、お腹を摩らないでください・・・」

 

 

この騒動は、『オラリオ史上、もっとも語りたくないしょうもない事件』としてギルド奥深くの書簡に仕舞われることとなったのだった。

 




ちゃんちゃん。


最後のベルとアミッドのやり取りの元ネタは刀語(このやり取りがやりたかった)


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英雄零落都市オラリオ
白幻


難しいところをかくのは苦手なんです。
とりあえず正史で起きた出来事は起こしたい。


トンチンカンな騒動から3日後。近々、人工迷宮(クノッソス)進攻となった中―――

 

「【解き放つ一条n――】」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「ぷぎゅるぷっ!?」

 

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館の中庭にて、山吹色の少女が、宙を舞っていた。

 

 

山吹妖精と白兎の100番勝負。

本日で通算『8勝2敗』・・・・白兎の勝利が刻まれた瞬間である。

 

2敗に関しては・・・とくに1回の敗北は思い出したくもない事件である。

迷宮5層にて、『フロッグ・シューター』の巨大型・・・つまりは、異常事態(イレギュラー)によって生まれた、巨大なカエル型モンスターとの戦闘でのことだ。

 

 

 

 

「浅い層ですし、異常事態(イレギュラー)と言っても問題ないでしょう・・・数は3・・・どっちが先に2体倒すか勝負です!フンスッ!」

 

「あ、うん・・・どうぞ」

 

そのカエルのサイズは、通常の大型犬サイズとはまったくもって違い、見上げるほどでかかったのだ。家畜を一飲みしそうなくらい。女性冒険者がやたらテラテラして被害にあって帰還するため、男性冒険者は歓喜するも、ギルドからは討伐依頼が出されたまたま手が空いていた少年にその依頼が舞い込んできた。

『ベル君ごめん! カエル倒してきてくれる!?』

 

『え、エイナさん!?』

 

『このままじゃ女性冒険者が毎日ドロドロになって帰ってくることになるから!!』

 

『男性冒険者も襲われてますよね!?』

 

山吹族随一の馬鹿魔力の持ち主、レフィーヤ・ウィリディスは『今日こそは勝ち星を!』と杖を握り締めて走り出した。

 

 

(・・・あの人最近、魔導士なのに杖で前衛しだしてるんだけど・・・大丈夫かな。)

 

超短文詠唱で強力な砲撃を放ち、かつ目視が出来ない魔法を持つ少年を相手にどういう訳か戦いを挑む少女に少年はいつも困惑していた。彼女の所属派閥ではもうその光景は日常と化して来ており、

 

『今日はレフィーヤが何秒耐えられるか、どこまで詠唱できるか楽しみやー! 頼むからええ加減、耐久やのうて魔力を上げてやー!』

 

とは主神の言であり

 

『・・・・レフィーヤ。見えない魔法を相手にするのだから同じ場所に長々といるな。常に動け。でなければ恰好の的だ馬鹿者』

 

と頭を痛めるのは彼女の師でありリヴェリアだ。

 

そんな彼女はどういう訳か、

 

▶同じ位置に居てはいけない→常に動き回る→高速詠唱が必要→つまりリューさんを真似ればいいのでは?

 

と考え至り、杖を抱えて少年に特攻、モンスターに特攻。

つまるところ、迷走していた。

 

少年・・・『ベル・クラネル攻略法』は、【ロキ・ファミリア】の団員達の中では話題の中のひとつとなっており、その中でも攻略法をそろそろ掴みそうなのが、ベート・ローガとアイズ・ヴァレンシュタインだった。

というか、何となくわかってきていた。

 

 

結局のところ彼女は何度も吹き飛ばされては、スカートの中身を晒しているのだがこの迷宮内での異常事態(イレギュラー)モンスターとの遭遇では、少年に悲劇が舞い降りたのだ。

 

 

「―――うっぷぃ!?」

 

「・・・・え?」

 

ぼけーっと、『どうしてこの人はこんなに僕と勝負をしたがるのだろうか』と考えていると間抜けな断末魔が聞こえて前を見ると、杖を抱えてモンスターに特攻していた少女の姿がなく、巨大なカエルだけがそこにいた。

 

「・・・・・」

 

『・・・・ンゲコォ(もこもこぉ)』

 

なにやらカエルの口から、人の足が飛び出しているのだがそれ以上にカエルの口がモゴモゴと動いていて少年は、もう帰りたくなった。少年は盛大に溜息をついてナイフを抜刀。未だに自分の事に気がついていないことから自分では余裕で倒せる相手だと判断し

 

「――――ちょっと失礼するね」

 

トスッ・・・ジジーッ・・・・ ドッロォ・・・ドチャッ。

 

『・・・ンゲコォ』

 

巨大なカエルは、大きな女の子を体の中から漏らし灰になった。

ハンカチでドロッドロの体液がついている魔石を回収した少年は、粘液塗れで生まれたての野生動物のようになっている彼女に視線を移した。

 

「・・・・何してるんですか。『キタネーヤ・ウィリディス』さん」

 

「・・・うぐっ・・・うぇぇぇ・・・!」

 

「・・・・・・あの、大丈夫ですか? 『クセーヤ・ウィリディス』さん」

 

「ぐすっ・・・・うぅぅ・・・!」

 

 

少女は盛大にぐずっていた。

少年は『あれ、この人僕よりお姉さんだよね?なんだか、年下にしか見えなくなってきたぞぉ!』とちょっと気分が高揚した。これが輝夜様を見て育ったが故に染み付いてしまった嗜虐心なのか、それは全くもってこれっぽっちも少年にはわからなかった。

 

「と、とりあえず、起き上がってくださいよ・・・『お父さん!元気な女の子ですよ・ウィリディス』さん」

 

「・・・・・・・」

 

少年の、もうあだ名なのか何なのかわからなくなってきたその呼び方に少女は肩をピクリと揺らし、うつ伏せになり四つん這いになり、杖を支えにしてプルプルと立ち上がった。

 

 

ネッチョォ・・・グッチョォ・・・ズチャァ・・・!! 

ドチュルッ・・・ブチュッ・・・・グッチャァァ・・・!!

 

1つの動作に付き、2つ以上の汚い交換音。

少年は後ずさりをした。

 

「ベルぅ・・・なぜ、離れるんですか?」

 

「その・・・距離感って大事だと思いませんか?」

 

「距離・・・感・・・?」

 

「アリーゼさん達だって、僕にとっては姉だし、それ以上だし・・・その、そういうこともしましたけど・・・」

 

「そういうこととは・・・?」

 

「まぁその辺は、置いといて。・・・・それでも、距離感を大事にしてて、僕がそっとしておいて欲しい時は、近くにはいますし手を握ってくれますけど、何も言わずにいてくれます」

 

「そうですか・・・」

 

「だから、友人関係を育むには・・・距離感を大切にするべきだと僕は思うんです。『チケーヤ・ウィリディス』さんは、何ていうか、距離感がいきなりゼロなんです。だから、えっと・・・」

 

「・・・・ベル」

 

「はい?」

 

少女は、俯いていた顔をゆっくりと、ネッチョリと音を立てながら、少年に優しい微笑みを浮かべて見つめた。その顔が今まで見たどの顔よりもエルフらしくて、美しくて、妖艶で、少年は少しだけ、毛1本ほどだけ、ゴクリッと唾を飲んだ。少年だってお年頃だ。目の前でローションっぽい液体に塗れた美女美少女が居れば少しくらいはビックリする。これが姉だったら・・・女神だったら・・・と少しだけ考えたが、そんなことを言えば本気でやりかねないのはわかってたので絶対に言わない。顔を上げ微笑を浮かべた少女は、首をコテッと傾けて

 

 

「私達・・・」

 

「・・・・」

 

「友達じゃないですか(ニコッ」

 

ガシッ!!

 

「えっ」

 

「あなたも!! 同じ!! 目に!! 合・い・な・さぁあああああああいっ!!」

 

あろうことか少女は少年に真正面から抱きつき、そのまま左足を軸に回転。

粘液でその回転は加速し、捻りが加わったまま放り投げられた。

 

「~~~~~~っ!?」

 

まさかの少女の奇行に、少年は動転して何も出来ずに・・・

 

 

『ンゲコォ・・・・』

 

まるで、『Hey!! カモーン!!』とでも言うかのように、大声に反応した巨大カエルBに、

 

パクン。

 

『ゲロゲロゲロォ・・・・』

 

頭から飲み込まれた。

歯がない故に、ゆっくりと生暖かい口の中で少年は涙を瞼から零した。

 

『ンゴロォ・・・「【福音(ゴスペル)】!!」・・・っ!?』

 

山吹少女が『も~これで、引き分けですね☆』とバッグからナイフを取り出して近づくと、内側から爆ぜ、カエルのパティが少女にぶちかかり、少女は悶絶。悲鳴をあげ、少年もまた悲鳴を上げた。

 

「「んぎやぁああああああああっ!?」」

 

少年は悲鳴をあげ、粘液塗れの顔を何度も拭い。

女神からもらった大切な【星の刃(アストラル・ナイフ)】が粘液で、テラテラしているのを確認して目の前の山吹少女に掴みかかった。

 

「何してくれてんですかぁああああああっ!!」

 

「んぁああああああああ!?」

 

「アストレア様が、僕のアストレア様が、体液塗れに!!」

 

「な、なんかエッチですよ!?」

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

「よくもぉおおおおおおお!!」

 

「きゃぁああああああああ!?」

 

大好きな女神アストレアが仰向けに倒れ、ローション塗れになっている姿が脳裏を過ぎったが、ちょっと気になったが、仕方がない!!だって、何だかんだで少年はお年頃なのだから!!

 

少年は山吹少女の、エルフにしては育ちの良い胸倉を片手で掴みかかると全速力で18階層を目指す。その前方に、最後の一体であろう巨大カエルCがいたが、山吹少女をカエルに投げ飛ばし【山吹ミサイル】でカエルの腹に風穴が開きそれを少年がキャッチ!!少女の手にはなぜか魔石が握られていたけれど、そんなことはどうでもよかった!!

 

悲鳴を上げる少女を他所に、縦穴を飛び降り、18階層に進出!!

泉に少女を投げ入れ、少年もまた飛び込んだ!!

 

 

バッシャァァァァン!!

 

巨大な岩でも投げ込んだかのような音が、その日、18階層に響いのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

「ひぃ、ひぃ、ひぃ・・・・」

 

水浸しになりながら、少年と少女は向かい合った。

少年の瞼からは涙が。

少女の瞼からは、涙と馬鹿丸出しの笑みが。

少女は衣類が濡れているが故に下着が透けて見えていて、けれど、何か快感を覚えたように恍惚としていた。

少女の手には、魔石が握られていた。2つも。

 

「ベル・・・はぁ、そのぉ・・・ふぅ・・・」

 

「いつの間に魔石を2つもとってたんですかぁ!?」

 

「貴方が!! 2体目を内側から破壊したときに、その魔石が私の所に飛んできたんです!!」

 

「もう1つは!?」

 

「貴方が私を投げてカエルにぶつけた時に! なぜかスポッとはまったんですぅ!!」

 

「ふざけろぉっ!!」

 

「つまり、勝敗は私の勝ちです!! えっへん!!」

 

「どんだけ勝ちたかったんですかぁ!? もういいです!!―――【もう寝ててください(ゴスペル)】!!」

 

「ぷぎゅっ!?」

 

 

その後は、びしょ濡れの少女を抱えて地上に戻り、異常事態(イレギュラー)モンスターの排除をギルドに報告し黄昏の館に彼女を投げ込み、少年は自分の派閥に帰っていった。

本拠に帰ったときの少年の姿を見た姉達はビックリ仰天。何があったらずぶ濡れになって帰ってくるのか、と。何が起きたのかを夕飯時に聞かれたために素直に報告するとそれに興味をそそられたのか、団長と副団長が『一緒に風呂にいくぞ』『お風呂行くわよベル』と連行。美味しく食べられてしまったのだ。

 

 

閑話休題。

 

晴れ渡る空を見て、吹き飛び、倒れ伏す少女に目を向けながら少年はそんな悲しい敗北を思い出し、涙を拭った。

 

「もう1敗の方はまだマシだった・・・だってちゃんとルールが決められていたんだから。地の利とか、経験とかでは僕が不利だっただけで。」

 

「きゅぅぅぅ・・・・」

 

もう1敗に関しては、『魔法禁止』『使用武器は館内に隠されているハリセンのみ』『アクティブスキルの使用禁止』というもので、少年はリヴェリアの部屋と団長室ぐらいしかまともに覚えていないために迷いに迷ったが故に、ハリセンの餌食になったのだが、まだそれはいいのだ。

 

カエルに食べられたことだけが、ショックだったのだ。

パニック気味だった少年は、治療院に駆け込んで聖女様にナイフを差し出して『清めてください!!』と言い放ち、聖女様を大困惑、次第に顔を赤くさせてお説教をくらった。

 

 

少年は、溜息をついて倒れている少女のもとに歩いていき頬をチョンチョンとつつく。

息はある。けれど、頭の中ではお星様が飛び交っているのか、起きる気配はない。

 

「レフィーヤさーん、詠唱、最後までできてないですよー。アイズさんだって僕の砲撃を避けるくらいはするんですから、レフィーヤさんも頑張ってくださいよー」

 

 

ツンツン・・・ぷにぷに・・・ツンツンツンツン。

 

何度も頬をつつくも起きる気配はなく、仕方がないので少年は少女を抱きかかえて、館内に入り、リヴェリアの部屋に運び撤収した。目が覚めた山吹少女は、リヴェリアに『お前は何がしたいんだ・・・』と小言を漏らされた。

 

少女の耐久が、また上がった。

ロキは『レフィーヤって肉盾やったっけ?』と笑った。

 

 

 

その晩、食堂にて『ベル・クラネル攻略会議』が行われた。

 

 

「ア、アイズさん! どうすればあの魔法を避けられるんですか!?」

 

「えっと・・・勘・・かな?」

 

「そんなぁ・・・動き続けるって言われても無理ですよぉ・・・範囲もわからないんですからぁ・・・かなり広いですよね?」

 

「うん・・・加減で変わってる、みたい」

 

「それを一体どうやって・・・ティオナさんは?」

 

「私? 気合!!」

 

「えぇ~・・・・」

 

ベル・クラネルと模擬戦を行ったことのある面子は、それぞれ言う。

 

・魔法は見えない。

・避けるも何も、見えないのだから仕方がない。

・しかし止まるのは下策。

・気合で突破する(アマゾネス式)。

・Lv.差で何とかなっているだけで追いつかれたらわからない。

・直線で動かず曲線をイメージして動いて接近する。

・1回避けて油断すると爆散鍵(スペルキー)で攻撃される。

 

 

「むむむ・・・・」

 

「まずは魔法を1度突破する必要がある・・・ね。」

 

「団長たちはどうやって勝てたんですか?」

 

「ンー・・・それは内緒かな。まぁ僕達は彼と戦ったんじゃなくて彼の義母と戦ったんだけど・・・」

 

「しかし直接戦ったのは、【アストレア・ファミリア】だ」

 

「じゃあ、アリーゼさん達に聞けば!!」

 

「いや、奴等も『二度と戦いたくない』と言っておったからのぉ・・・まぁ、あの小僧っ子はアルフィアより下位じゃろうが」

 

「「「え?」」」

 

「ベルのお義母さんってもっと強い・・・の?」

 

「アイズ、お前は剣を奪われたことがあったろう」

 

「あ・・・」

 

アイズは過去の暴走幼女時代に少年の義母に軽くあしらわれたことを思い出し、ガクブルと震えた。その様を見て戦慄するのは周りの団員達。

 

「そ、そんなに強かったの・・・?」

 

「Lv.7というのもそうだが・・・仮にもリヴァイアサンにトドメをさした人物だからな。」

 

リヴェリアはそれとなくアルフィアのことを食事を口に運びながら話していく。

 

・音の魔法は、加減したものとそうでないものがある。

・さらに強大な音の魔法がある。

・超長文で並行詠唱を当然の様に行える。止めるのはほぼ不可能。

・魔法を無効化する魔法を持っている。

・他者の技を完全とは言えないが再現できる。

・才能に愛された化物。

 

「あの子のお義母さんこわっ・・・」

 

「で、でもでも、アイズさんとベートさん、何度か勝ててましたよね!? どうしてですか!?」

 

「それは・・・・」

 

「あの兎が()()()だからだ。」

 

「どういうこと?」

 

「ベルは確かに、ベートさんの足技とか、誰かの技を真似たりするけど、それは()()()()()()()()・・・。たぶんあの子はそもそも対人戦が苦手。怖いから、だと思うけど。」

 

「だから、適当なところで逃げちゃうんですか?」

 

「うん。ベルは子供の物まねをしてるようなもので・・・えっと・・・『技と駆け引き』が、中途半端・・・なのかな? でも、スキルで相手の位置がわかっちゃうから、それを気付かせにくい。あれは、ベルだからできること」

 

「ベ、ベートさんは・・・どうやって勝ったんですか?」

 

「あぁ? てめぇ・・・あんだけ勝負ふっかけておいて、気付かねぇのか・・・?」

 

「え?」

 

 

アイズとベート、さらにはフィンたちは大分前から気付いていた少年のちょっとした弱点。

それは、街中や人、生き物が多い場所では人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)というスキルは反応をキャッチしすぎて混線するため役に立たないということ。

広範囲殲滅ができたとして、その間には必ず隙が生まれるため、そこに入り込まれ連撃を与えられればさすがに魔法を使用する余裕はなくなること。

自分が少年に突撃する前に、地面を破砕させた散弾やナイフなどの投擲武器、所謂、複数の攻撃を短い間に挟まれれば、少年もさすがに動かざるを得なくなること。

 

ベートの場合は、迷宮内で地面を破砕させ破片を飛ばし、土煙で視界から姿を消し、咆声を上げて少年のスキルの波長にノイズを生ませその隙に至近距離に迫り地面に倒している。

 

アイズの場合は、風で加速させて少年の魔法がくるのを感じ取っては、それを避け、風を解除、回し蹴りを繰り出して膝枕を行っている。アイズだけが、ほぼ勘。

 

 

「まぁ・・・もっとも、これは彼が未熟だから。なんだけどね。」

 

「そもそもあの子は、自分で選んだこととはいえ『冒険者』にならなくてもいいと言われていた子だ。ダンジョンにも私達ほど精を出して行っているわけでもない。」

 

「うん。ベルはダンジョンにピクニック感覚で行ってる・・・。襲われたらダンジョンに逃げるし。 危ないからダメって注意したけど」

 

「そもそもなぁ・・・弱点が弱点じゃないねんなぁ・・・・これでさらにアルフィアとかザルドみたいなスキル発現したら、怖いでぇ」

 

「ハハハ、ロキ、そういうのをフラグっていうんじゃないのかい?」

 

「せやったな! ハハハハ!」

 

「まぁとにかく・・・彼をあまり追いかけないようにね? 特にレフィーヤ」

 

「は、はぃぃぃ」

 

 

これは余談だが、この先に見舞われる悲劇の先、少年はこの弱点を完全に克服することとなる。

 

 

■ ■ ■

 

 

「輝夜さん、今日はどこに行くの?」

 

「ん?【ヘファイストス・ファミリア】に行く前に少し、墓参りをな」

 

「大切な人?」

 

「いや・・・あー・・・そういうわけではなく、お前はどうせ知らないだろうと思ってせっかくだから連れて行ってみようかと思ったんだ。」

 

「?」

 

 

それは、山吹族との戦いから一夜明けた次の日の午前。

専属の鍛冶師から『武器ができた』と連絡が来たので、本日はオフの輝夜と出かけていた。

場所は、都市南東区画『第一墓地』――通称『冒険者墓地』。

落命した冒険者達のために用意された埋葬地には、白の墓石が数え切れないほど並べられている。いつもより少し早めに出たためにまだ人影はなく、静謐さがあった。

 

「・・・・輝夜さん」

 

「ああ、やっぱり苦手か。まぁ、墓地が好きな人間はいないだろうが・・・ほら、手を握ってやる」

 

「うん・・・ねぇ、ここってお義母さんたちが・・・」

 

「さぁな。ここはとにかく、死んだ冒険者の墓地なだけだ。中身があるかどうかは別としてな」

 

「中身?」

 

「冒険者は迷宮内で死ねば、必ずしも遺体を持って返れる保証はないということだ。故に、この墓の中には、何もない場合だってある。」

 

手を繋ぎ、墓地を歩く黒髪の美女と白髪の少年。

少年はやはりというか、当然と言うかこの場所そのものが苦手なのか輝夜の体に自分を隠すようにくっついて歩く。けれどすぐに、その歩みは止まる。

 

『よく来とんのか、ここには?』

 

『ああ・・・この想いを忘れないように、時間を見つけて通っている』

 

少年と美女の眼前少ししたところ、花束を手向ける男神の背を見ながら、言葉をかける女神がいた。それぞれには眷族が2人。立ち上がった男神――ディオニュソスの前には複数の墓石があり、恐らくはそれが、彼の眷族の遺体が収められた墓標なのだろう。

 

 

「恐らくは、あの神の眷族も『極彩色のモンスター』にまつわる事柄で死亡したのだろう」

 

「・・・・」

 

「言っておくがベル、神と私達とでは死生観に若干のズレのようなものが存在する。故に、神々がああして墓前で黙祷するのは、下界の住人の真似事でしかない。魂は天に還り漂白され、そしてまた生まれてくる。故に、あの墓の中には、何もない場合と、あるいは肉の塊しか存在しない。」

 

 

故に、鎮めるべき無念も、報われる者もいない。

神2柱のやり取りを少しはなれたところから眺める2人は、特に少年は、複雑な気持ちだった。

 

( アストレア様も、僕達が死んでも、悲しむことはないんだろうか )

 

「・・・と、そんなことを考えているな?」

 

「・・・うぇっ?」

 

「何だそのマヌケな反応は。」

 

「な、何でわかるの?」

 

「付き合いもそれなりに長いからな・・・。言っておくが、()()()()()というわけではないぞ。変なことを考えるな。」

 

「う、うん」

 

 

『何を言ってやったんや?』

 

『謝罪さ。それ以外はない』

 

話をしている女神――ロキもまた、愛しい眷族を人工迷宮(クノッソス)の中で失っている。それは少年の知らぬことだし、リーネ・アルシェとその近くに居た数名を救えたのは偶然、幸運だっただけにすぎない。少年は神ではないのだから、全ては救えない。零れ落ちた命は必ず存在する。そんなロキもまた地上に残る神々が唯一示せる子供達への謝罪お意に倣おうとして、止めた。そんな感傷めいたものを行うのは、そもそもの悪の根源を断った後だと、そう決めたから。

その代わりに、同行している眷族のレフィーヤが目を伏せた。

 

 

「あの神、アウラが生きているというのに、死んだと思い込んでいるようだ。おかしいと思わないか?」

 

「うん」

 

「改宗をしても、繋がりがなくなるわけではない。故に、気付いているはずだ。そうでなくてはおかしいんだ。」

 

『ロキ、私は言ったな。都市にいる神は全て容疑者、子供の仇だと』

 

「あの神のことは調べてはいるんだが・・・はぁ、なかなかどうして、上手くいかない。」

 

「?」

 

「アストレア様に、あの神と同郷・・・いや、もっと言えば『12神』とやらを教えてもらっていたんだが、なんともぱっとしない。それに最近何かと忙しかったしな。騒動で」

 

「そ、ソウダネ・・・」

 

 

そう何かと騒動が起きて、手が回らなかったのだ。

これには団長も『いや、ちょっと寝たい、無理。休ませて。私達はアスフィじゃないの!寝なきゃ死ぬの!適度にベルも補給したいの!!』と逆ギレするほど。

 

「正直、あの派閥は足手纏いだ。近日行うであろう攻略作戦に来られるのはな。だが逆に、放置しておくと何をされるかわかったものではない。」

 

『だが、あえて言おう―――作戦に参加させてもらいたい』

 

ゆっくりと振り返ったディオニュソスが、真っ直ぐロキを見つめていた。

 

「ちっ――――あれが芝居だったなら、とんだ芸達者だ。恐れ入る。」

 

「・・・・・」

 

「直接の攻略は【ロキ・ファミリア】が行うそうだ。私達の役割は・・・」

 

「サポートと、【ディオニュソス・ファミリア】の監視?」

 

「その通り。まぁ、お前は前線に引っ張り出されるかもしれないが。」

 

「がんばる」

 

「ほどほどにな」

 

「うん」

 

結局のところ、闇派閥の残党と『穢れた精霊』とやらを倒さなくてはいけないことに変わりはない。どうせなら怪しいうちに取り押さえてしまいたいところだが、今のところ証拠に挙げられそうなのは『ワイン』のみ。けれどそれもまだ調べ上げられていない。なにやら神ソーマは現在、『酔わない酒』を作るのに忙しいらしく、リリルカが声をかけにいってもうんともすんとも言わなかったらしい。

 

「下界の住人である私達が神を殺すことはできない。それは最大の禁忌だからだ。だから、作戦には神自身が参加することになる」

 

「―――アストレア様は?」

 

「お前が絶対に反対するからと説得した。」

 

「よかった・・・」

 

 

やがて2柱の神と2人の眷族は立ち去り・・・1人、黒髪赤眼の妖精が少年の方を見て片手を上げてすぐに主神のもとに駆け出していき、少年と美女もまたその場を立ち去る。

 

「なぁ、ベル」

 

「ん?」

 

「お前は、あの神のこと、どう思う? 面識は・・・まぁ、お前のことだ、アストレア様が紹介しない限り、自分から近づこうとはしないだろう?」

 

「うん。あの神様は・・・なんていうか、ヘルメス様とはまた違う意味で気持ち悪いと思う。」

 

「気持ち悪い?」

 

「うん。 でも、フィルヴィスさんはいい人だから・・・今はよくわからない。」

 

「・・・・とりあえず私達はあの神を黒として目を光らせるしかないわけか。」

 

「この場で取り押さえちゃだめなの?」

 

「今の状態では証拠不十分になってしまう可能性が高い。」

 

「難しいんだね・・・」

 

「ああ。難しい・・・頭が痛くなってくる。」

 

「僕、頭が爆発しそう」

 

「ふふっ、兎さんには難しすぎましたねぇ」

 

「そ、それより早く、ヴェルフのところに行こう。」

 

「ああ・・・防具と武器が出来たのだったか。例の黒いゴライアスとやらの素材で」

 

 

■ ■ ■

 

 

「なんかヘスティア様っていつもバイトに遅刻してるのかな?」

 

「さぁ・・・私にはてんでわかりません」

 

【ヘファイストス・ファミリア】、ヴェルフの工房前。

本日の本来の目的地はここだった。

 

「ほら、さっさとあけてくださいまし」

 

「はーい」

 

ガチャッ。と重たい音を立てて扉を開ける。

まだ作業をしていたのか、開けたと同時に少し熱があたり、仰け反る。それを輝夜が少年を盾にして先に行けと促してくる。

 

「な、何で押すの!? 熱いのに!」

 

「私の方が熱いわ」

 

「き、着物脱げばいいじゃん!」

 

「ほー今すぐここで全裸になれと? 仕方ありませんねぇ・・」

 

「わー! だめぇ、脱がないでぇ!!」

 

「クスクス・・・それなら早く中に行ってくださいまし。」

 

「ぐぬぅ・・・・ヴェールーフー来たよー」

 

 

カンッ、カンッ、カンッ!と鉄を打つ音。

それが響くたびに少年は大声で兄貴分の名を呼び、漸く聞こえたのか肩を揺らして振り向いて

 

「おお、来たのか。わりぃ、これだけ終わらせるわ!」

 

そう言って現在手をつけている作業を終わらせ、換気をする。

熱が篭っていたせいか、余計に涼しく感じてしまう。

輝夜はやはり熱いのか、胸元を緩めて手を団扇がわりにパタパタとして少年は髪を束ねて少しでも涼しくしようとしていた。

 

 

「わりぃわりぃ・・・。よく来たな! にしても・・・着物、熱くねぇのか?」

 

「熱くて適いませんわぁ・・・。もう乳房に汗が流れ込んで・・・ああ、風呂に入りとうございます」

 

「お、おう・・・なんかわりぃ・・・。」

 

「そ、それより! 新しい武器は!?」

 

少年の催促に、ヴェルフはバンダナを外して、小さな箱を取り出して差し出す。

それを開けてみれば、指の第一関節が白く、肘から少し上ほどまである真っ黒なグローブ。

まさかの防具で2人は首をかしげて目の前の鍛冶師を見た。

 

 

「また迷走した?」

「また迷走したのか?」

 

「ちげーよ!! ベルの戦闘スタイルだと、一々武器を増やすと邪魔になりかねねぇんだよ!!」

 

いつぞやの黒歴史を思い出したのか、頭をガシガシと引っ搔いて、とりあえず着けてみろと促し少年はすぐに装着。

 

「ぴったし。」

 

「よし。まず素材はお前が持ってきてくれた『ゴライアスの硬皮』と指先の・・・まぁ、白い部分だな。それは『ユニコーンの角』でできてる。」

 

「おお・・・」

 

「それなら、他に武器を持っても、邪魔にならねぇし、嵩張らねぇ。もう一本ナイフを見繕うべきか悩んだんだが・・・いるか?」

 

「いらない」

 

「それならいいか。・・・まぁ、お前が手刀でも戦えるってのを聞いたからよ。それでグローブにした。」

 

指を何度も曲げたり、ぐっぱぐっぱしたりと付け心地を確認しながらその武器の説明を聞く。

銘は何なのか、と輝夜が聞いてみればヴェルフは腕を組んで少し間を開けて口を開けた。

 

 

「・・・【白幻】ってのはどうだ」

 

「それでいいよ」

 

「軽いな。」

 

「貴方にしては珍しく良い銘ではございませんか?」

 

「うるっせぇ!」

 

「あと、カナリアも持って行っとけ。近々でかい作戦があるんだろ?埃被っててもったいねぇし・・・使い潰してこい」

 

「ん」

 

後は・・・とヴェルフは再び立ち上がり、複数の箱を持ってきてそれを広げる。その中にあったのは、防具だ。

 

ローブが10名分。

羽織が1名分。

 

「【悲観者(ミラビリス)】がこの間、寝巻きで大汗かいてやってきてよ・・・『嫌な夢を見たから、とにかく作れ』って。【大和竜胆(やまとりんどう)】、あんたは羽織でいいだろ?」

 

「ええ、問題ございません。ただ、真っ黒なのが喪服みたいですが・・・あと、何故ベルのはないのでございますか?」

 

「ベルは・・・ほら、アレだ。ヘラのエンブレムが入ったやつ。ヘファイストス様に聞いたら恐らく同じ素材で出来てるって言うからいらないと思って、その分グローブの長さを肘より上までにしてる。特に、【悲観者(ミラビリス)】が心配していたのはお前ら2人だ。ベルは『白銀の娘と奈落に落ちる』だの【大和竜胆(やまとりんどう)】は『血に染まった海に投げ落とされる』だの・・・不吉なこといいやがる」

 

「ぶった斬ってさしあげましょうか・・・」

 

「やめてよ・・・怖いよ・・・」

 

「まぁ強度は申し分ねぇよ。素材そのままでもいいくらいだ。」

 

「ふむ・・・ありがたく頂きましょう。お代は?」

 

「いらねぇ。というか、生きて返ってきてくれりゃそれでいい。」

 

「文無し鍛冶師にでもなるおつもりで?」

 

「ベルから素材はアホほどもらってるからな・・・・」

 

「いや、その代金はこちらに還元されているわけで・・・」

 

「じゃあ、今回の武器防具代は、その還元している代金で埋め合わせする形でどうだ?」

 

「はぁ・・・まぁわかりました。後日請求してくださいませ」

 

「おう。んじゃベル、頑張れよ」

 

「・・・うん!」



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忘れられた異端児

配置やら、読み返して確認してるけど、頭痛くなりそう。
滅茶苦茶になるかもしれないので、今のうちに謝っておきます。


ごめんなさい。


「君・・・よく、今まで誰にも気付かれなかったね?」

 

 

それは、作戦当日の朝のこと。女神が眠っている間に珍しく目が覚めた少年は、まだ静寂が包むオラリオの街を散歩していた。

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)というスキルを発現して以来、ある程度1人で行動ができるようになってからというもの、実験的に散歩を行っている。もっとも、心細くなったり、暗い場所を見たり入ったりするとしきりにスキルが『早く帰れ!』とでも言うようにうずくというか妙な感覚があり少年はすぐに本拠に逃げ帰り眠れる女神のもとに潜り込むのだが・・・・ちょっとした散歩ならできるようになった。

 

そんな少年は偶然にも、酒場の街娘、シル・フローヴァに出会い

 

『ベルさん、ちょっと・・・調べて欲しいことがあるんですけど・・・』

 

と自分より少し背の高い年上の女性に、潤んだ瞳にしゃがみ込んでからの上目使いでの懇願をされ、少年は逃げ場なく『お願い』を聞き入れてしまい、早朝デートを行う羽目になってしまった。真っ白なワンピースを着た彼女と訪れたのは現在は【ヘスティア・ファミリア】が運営する孤児院『竈の館』の前――つまりは、旧孤児院なのだが、そこの子供達が以前より『呻き声みたいなのが聞こえる』と言うらしく、そこに連れて行かれた。手を繋いで。腕を組んで。なぜか。

 

 

「こういうのを、影が薄いって言うんだよ・・・きっと。」

 

『・・・・ウ・・・ゥ・・・』

 

「とりあえず、コレ、食べて。お腹空いてるでしょう?」

 

『ウグルゥ・・・・』

 

「シルさんの手料理だよ。大丈夫、食べれないわけじゃないから」

 

 

少年は教会の裏庭から廃墟の海を上り、スキルで反応を感じる場所、瓦礫の密集地帯に向かっていきシルに近づいてこないように言いつけ、瓦礫を退かして行ったところいつだったか見た覚えのある石畳が露出。微妙にずれた石版の扉に指をひっかけ引き剥がす。そうこうしてちょっとした探検になりつつも先に進んでいくと、いたのだ。

 

人でもない、動物でもない存在が。

 

 

『モグ・・・・モグ・・・ングッ!?・・・・ブルッヘァッ!!?』

 

ビチャッ!! ビチャビチャッ!!

 

 

「あ・・・あぁー・・・うん・・・やっぱそれが正しい反応だよね・・・」

 

『ングルァッ!?』

 

「ご、ごめん!! ごめんね!! こ、今度!! 春姫さんに『かつどぅーん』っていう料理作ってもらうから!! 美味しいんだよ、春姫さんの料理!!」

 

『ンフー・・・ンフー・・・・・』

 

 

シルから受け取っていた魔石灯を向けたところにいたのは、ねじれ曲がった二本の大角、黒の体皮、赤の体毛、そして巨大な体躯。牛頭人体(ミノタウロス)に似た二足二腕の構造、大型級に匹敵する肉体の持ち主――バーバリアンだ。

 

 

「わーベルさん、モンスターとお話できるんですねー!」

 

「シ、シルさん!? 来ちゃだめって言ったのに!!」

 

「えー・・・あんなところに女の子置いて行っちゃうんですかぁ? ひどいなぁベルさん」

 

「うっ・・・・」

 

「廃墟に置き去りにされた女の子は、ゴロツキな男達に慰み者にされるのでした・・・ちーん」

 

「やめてくださいよぉ! もうっ、いていいですから、その、やめてくださいっ!」

 

「やったぁ! えいっ」

 

「ちょ、なんで抱きつくんですか!?」

 

『・・・・・・』

 

「ほら、お似合いだって言ってますよ! きゃっ!」

 

「言って無いですよぉ! シルさんはやっぱり魔女なんだぁ!」

 

 

いつからいたのかわからない彼は、普通のモンスターではないことはわかりきっていていきなり現れた少年に驚いて『咆哮(ハウル)』を放とうとするも極度の空腹状態で力が入らず、『もう好きにして・・・』と諦めたようにぐったりとしていてそれに対して少年は

 

 

『もしかして・・・同胞の人?』

 

『・・・・・』

 

『リドさん、グロスさん、レイさん・・・』

 

『・・・!』

 

『ラーニェさん、ラウラさん、フィアさん』

 

『っ!!』

 

 

異端児であると判明し、自分は敵でないことを明かして『食べれるもの』を与え人心地・・・人心地?ついてから、この目の前の巨体のバーバリアンに『影が薄い』と謎に評価した。

 

 

「ベルさん、どうするんですか? この子・・・【ガネーシャ・ファミリア】に伝えます?」

 

「うーん・・・でも、もうすぐ・・・だしなぁ・・・」

 

「?」

 

「あ、いや・・・なんでもないんですけど・・・。うーん・・・もう少しだけ我慢してくれるなら、知り合いに頼んで18階層まで連れて行ってもらえるように頼んでみようか?」

 

『・・・・・』

 

ダンジョンに帰るなどもとより諦めているのか、力なく俯く彼にうーん・・・と唸る少年。【ガネーシャ・ファミリア】にお願いして、ケージに入れて人目の少ない時間を狙って運ぶというのは悪くないと思うんだけどナーとない頭で考える。あるいはいっそのこと作戦に混じって人工迷宮(クノッソス)に突っ込んで愚者(フェルズ)に合流してもらうか。

 

 

「フェルズさんにお願いしてみようか? もちろん、危険だから・・・無事に帰れる保証はないけど・・・君なら臭いでわかるでしょ?」

 

『・・・・・ゥ』

 

「たぶん、君が来た通路を逆に戻っていけば入れるとは思うけど・・・」

 

『・・・!』

 

「あ、忘れてたんだ・・・」

 

「ベルさんベルさん」

 

「?」

 

「モンスターの言葉、わかるんですか?」

 

「わからないですけど・・・なんとなく、というか・・・普通のモンスターじゃないから、なのかなぁ。」

 

 

その後、一度本拠に帰還した少年は春姫をゆすって起こし、『かつどぅーん』を作ってもらい、それをバーバリアンに謙譲。彼は親指を立てて『美味』を証明。危険を承知で人工迷宮(クノッソス)に潜っていき、少年はファミリアが所持している眼晶(オクルス)愚者(フェルズ)に連絡し、あとは『神のみぞ知る』・・・いや、『怪物のみぞ知る』に委ねることにした。

 

ちなみに、シルも春姫の横で一緒に『かつどぅーん』を作っていたが、なぜか真っ黒になっており、『ダークマター』を生成。偶々起きてきた1人のエルフが犠牲になった。滋養強壮にいいらしい。春姫は泣いた。何をどうすればそうなるのか・・・と。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

都市南東部、『ダイダロス通り』は物々しい空気に包まれていた。武装した冒険者に、多くの憲兵。前者は都市の秩序を守る【ガネーシャ・ファミリア】で、後者は『ギルド』の職員である。現在、この貧民街(スラム)の住民達は誰一人としていない。

 

表向きは街の修繕のため。『武装したモンスター』の一件によってなんやかんやと建物に被害がでていた『ダイダロス通り』の復興を進めるという名目のもと、一般人は『ギルド』の指示で現在、都市北西の仮設住居に移っている。

 

真相は、今より始まる『攻略作戦』に巻き込まないようにするため。

 

【アストレア・ファミリア】はここ最近、『ダイダロス通り』に人が入り込まないように【ガネーシャ・ファミリア】と協力して重点的に目を光らせており、仮に指示に従わない無法者がいればことごとく捕らえられ、強制退去させられる。聡い者は気づいただろう。喧騒を広げる周囲の区画に対し、この『ダイダロス通り』から不自然なほど一切の音が消失していることを。

 

そんな『ダイダロス通り』の中、【ロキ・ファミリア】を中心とする突入部隊がいる地下――人工迷宮(クノッソス)の『扉』と面する『地下の隠し通路』、冒険者がひしめく中で白髪の少年は、正座させられていた。

 

 

「ベェェェルゥゥゥゥ?」

 

「・・・・・あぃ」

 

「最近、早く起きたら散歩しているのは知ってるけど、今日は随分、長い散歩だったみたいじゃない?」

 

「うっ・・・」

 

「いつもなら一緒に寝てるはずなのに、『ベルがいないの!!』って大慌てだったわよアストレア様」

 

「はうっ」

 

「アストレア様が!『ベルにおはようのキスしてもらっていないの!!』って言ってたわよ?」

 

「や、やめて! こういうところで言わないで!っていうか何で知ってるの!!?」

 

「あら、ほんとにしてたのね。何となく言ってみただけなのに」

 

「んなっ!?」

 

 

周囲には、【アストレア・ファミリア】だけでなく【ロキ・ファミリア】の団員もおりすぐ近くには、アマゾネスの姉妹に、【ディアンケヒト・ファミリア】の聖女様もいて各々が談笑してる。先日のゾンビ騒動で対呪詛専用の秘薬の製薬作業に遅れが出たことを謝罪するもアマゾネス姉妹のやり取りに、微笑み、そして、近くでお説教されている少年を見て、やれやれ・・・という顔をした。

 

 

「・・・なんでカツどんを春姫にお願いしたのよ。まさか、勝負飯的な?」

 

「ち、ちがう」

 

「あ、ちなみに私、今日は『赤』を着けてるわ! 勝負下着よ、フフン!」

 

「そ・・・そうなんだ・・・」

 

「ちょっと、何よ。こっち見なさいよ。」

 

「まぁまぁアリーゼ、その辺にしてあげて・・・皆に見られているわよ? ほらベル、まだ食べていないなら食べておきなさい。」

 

女神にクロワッサンの入った紙袋を渡されて1つとり、むぐむぐと食べては、そそくさと女神の背後に隠れ、赤髪の姉から逃げる少年。アリーゼ他、姉達はやれやれと首を横に振り怒ってないから理由を話せと促すと早朝の出来事を聞かされた。

 

 

「旧孤児院の近くに、『人工迷宮(クノッソス)』の地下通路らしいのがあって?」

 

「そこにバーバリアンの異端児がいて?」

 

「春姫の『カツどん』を食べて、危険を承知で帰って行ったぁ!?」

 

 

姉達は頭を抱えた。

この子は朝っぱらから何をやらかしているのか・・・と。

だから、リビングでやたらゲッソリした金髪妖精と、ボコボコ音を立てる謎の『料理(危険物)』があったのか・・・と。

 

 

「ベル・・・お願いします・・・シルを・・・シルを・・・本拠につれてこないでください・・・」

 

「リュ、リューさん・・・大丈夫?」

 

「え、えぇ・・・まさかこんなことで回復薬(ポーション)を使う羽目になるとは・・・ぐぅ・・・す、すいませんベル、その飲み物を分けてください。あと少し休めば回復するので」

 

「あ、うん。どうぞ・・・ご、ごめんね?」

 

お腹を摩る金髪妖精に体を横に傾けて覗き込んで謝罪すれば、すぐに顔を赤くした金髪妖精は『だ、大丈夫でしゅ・・・』などと意味不明な返答を返し少年から飲み物を分けてもらい補給。一応の一段落がついたところに、聖女様とアマゾネスの少女達が少年達のもとにやってきて挨拶をしてくる。

 

本日の都市最高の治療師と名高い彼女の衣装は、普段の【ファミリア】の制服ではなく、ともにダンジョンへもぐる際にティオネやベル達がよく目にする戦闘衣ですらない。白を基調とした『法衣』。階層主戦を始め、アミッドが一介の治療師ではなく【戦場の聖女(デア・セイント)】として出向く際に見に付ける()()の戦闘装束に違いない。手には水晶の長杖、腰の帯や小鞄には治療系の道具が備わっている。

 

「へー・・・アミッドちゃん、それ、ガチなやつじゃない」

 

「ベルとは正反対の色でございますねぇ」

 

「まぁアタシ等は全員、黒っぽいのをつけてるしなぁ・・・このローブ。」

 

「アミッドさんも一緒の部隊なんですね?」

 

「はい。フィン団長と協議させて頂き、この北東の部隊に配備してもらいました」

 

 

少年に頷き返しながら、アミッドは複数の【ファミリア】が混合した部隊を見回した。

突入部隊は、全ての勢力が一箇所にまとめられているわけではなく、複数箇所存在する人工迷宮(クノッソス)の『扉』の前に分けられていた。

 

 

「ベルさんも、少し武装が加わりましたか?」

 

「うん。『ユニコーンの角』と『ゴライアスの硬皮』で作ったグローブに、槍にナイフに篭。」

 

「変わった武器ですね・・・投擲して使うのですか?」

 

「うん。ヴェルフが持って行っておけって。」

 

「なるほど・・・」

 

それぞれの場所で、それぞれが今より始まる攻略、その前哨戦のときを待っている。

最優先目標は『精霊の分身(デミ・スピリット)』の発見。

もう1つは、敵首魁の確保。

 

 

「さ、肩の力を抜いて、深呼吸よベル」

 

「う、うん・・・・」

 

「大丈夫・・・全員が同じ場所にいるわけじゃないけど、輝夜とライラがあんたと一緒にいるから、あんたはあんたで暴れなちゃいなさい」

 

「すぅー・・・・はぁー・・・・」

 

「無事に帰還したら、みんなで美味しいご飯を食べましょう。春姫、留守番お願いね」

 

「はい、アリーゼ様・・・ベル様、お気をつけて」

 

「うん、行ってます。春姫さん、アストレア様」

 

「みんな、気をつけてね」

 

「ここにいるリオン、輝夜、ライラには改めて伝えておくわ! 地上に待機組のアスタ、リャーナ、ネーゼは【ガネーシャ・ファミリア】と『ダイダロス通り』に侵入者がないように警備。それ以外の突入部隊は【ディオニュソス・ファミリア】に目を光らせておきなさい。」

 

「「「了解」」」

 

「輝夜、ライラは特にベルのことをお願い。離れてもこの子ならすぐに見つけて戻ってくるでしょうけど・・・気に留めておいてあげて。」

 

「わかった」

「あいよ」

 

それぞれの場所で、見送りなり、激励なりと済ませ、やがてやってくる時間。

 

「―――総員、準備」

 

そして。

始まりを告げようとするフィンの言葉は、短く人工迷宮(クノッソス)北東の門前。長槍を持つ小人族の周りにいる団員達が、一斉に強い緊張と獰猛な戦意を纏う。フィンは『遠征』の時のように、士気向上のための演説をすることはなかった。もはや不要とばかりに、その鋭い眼差しだけで語る。一度視線を落とし、自分の手もとにある拳大の水晶から光が発しているのを確認した後、顔を上げ、固く閉ざされた最硬金属(オリハルコン)の門に向かって吠える。

 

「作戦開始!!」

 

先頭の団員が『鍵』を掲げ、門が開口する。

関の声を上げ、冒険者達は人工迷宮(クノッソス)に突入した。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たされよ、果たされよ、汝の願いよ、果たされよ。

 

我が名は『死神(タナトス)』。

 

汝が願いを、愛を持って叶えてやるとしよう。

 

再会せよ、再会せよ、死よりいでし母の手で、死に至れ。

 

礼など要らぬ。

 

もう『不良品』は全て使い果たした。

 

ソレは最後に出来上がりしものである。

 

我が信者を犠牲にしてまで生み出したるは、異形にして偉業の怪物なり。

 

出でよ、出でよ、出でよ、代行者たる化物よ、歌いたまえ。

 

汝のためだけに用意した、褒美である。

 

偉業を成した、絶対悪(エレボス)が見初めし子への、褒美である。

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼・・・・喜んでくれるといいなぁ・・・」

 

 

薄暗い闇の中、ローブに包まれた神が水晶を撫でながら、そっと笑った。

 

 

 

■ ■ ■

 

ベル・クラネル

Lv.4

力:S 1130

耐久:S 1099

器用:SS 1121

敏捷:SS 1190

魔力:SS 1199

幸運:G

魔防:G

精癒:H

 

武器

■【星ノ刃(アストラル・ナイフ)

■【狩人の矢(ヴェロス・キニゴス)

 槍

(カナリア)

 長い鳥篭のような形。振り回したり投擲したりして使う。

 【サタナス・ヴェーリオン】の影響でナイフと同じように震動し威力を上昇させる。

◻️白幻

グローブ(指の第一関節部分がユニコーンの角)

 

防具

■兎鎧シリーズ

■女神のローブ

※ヘファイストス曰く、ゴライアスローブと同じ素材らしい。




黒いゴライアスの素材から作られたゴライアスローブは、【アストレア・ファミリア】の11人に渡されてます。
春姫とアストレア様、保護されてるアウラは留守番。
アスタ、リャーナ、ネーゼは地上組。
その他は適当。


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What is justice

北東
【アストレア・F】
ベル、輝夜、ライラ
【ディアンケヒト・F】
アミッド、他2
【ロキ・F】
ティオナ、ティオネ、フィン、オルバ、アリシア、エルフィ
【ディオニュソス・F】
複数

南東
【アストレア・F】
アリーゼ、ノイン、セルティ
【ロキ・F】
ベート、アキ、ラクタ
後続:ラウル、他
【ディアンケヒト・F】
複数
【ヘルメス・F】
アスフィ、ファルガー、ルルネ、他

南西
【アストレア・F】
リュー、、イスカ、マリュー
【ロキ・F】
レフィーヤ、ロキ、ガレス、クルス、ナルヴィ
【ディアンケヒト・F】
複数
【ディオニュソス・F】
フィルヴィス、ディオニュソス、

18階層東端
異端児


地上待機
アスタ、リャーナ、ネーゼ
【ガネーシャ・F】


「がるぁあああああああああああ!!」

 

「はぁあああああああああああ!!」

 

凶暴な狼人(ウェアウルフ)と、赤髪の美女の咆哮が、進路上の障害を駆逐する。

水黽(ミズグモ)型の極彩色モンスター『ヴァルグ』の大群は、熾烈な蹴撃、斬撃によって比喩抜きで爆砕された。

 

「あの2人から振り落とされないでっ! 一気に進む!ノインさんセルティさんは、後続のラウル達をお願いします!」

 

「「了解!」」

 

凄まじい進撃力をもってモンスターの壁を蹴散らしていくベートとアリーゼに続くのは、アナキティが指揮する【ロキ・ファミリア】。楔のごとく大通路の道を切り開くベートを他所に、可憐な猫人(キャットピープル)の剣が横道から溢れてくるモンスターを疾走そのまま切り払う。たとえ彼と彼女が取りこぼしたとしても、Lv.3を誇る上級冒険者が流れるようにモンスターを屠っていた。

 

血袋と成り果てる怪物の死骸、数え切れない極彩色の魔石、大量の灰を踏み荒らしながら、激しい軍靴の音を奏でる。

 

人工迷宮(クノッソス)一層、南東部。

鍵で扉が開いた瞬間、突入部隊は全力の突貫をもって戦端を開いた。

団員達と【アストレア・ファミリア】にはフィンから作戦内容が伝えられている。

威力偵察にして、攻略戦。

第二進攻が本番だとしても、敵の本拠地に足を踏み入れた以上、蹂躙しない理由は存在しない。広大な迷宮をできる限り地図作成(マッピング)した上で、主要施設に打撃を与えるのだ。

 

「正面奥、あとは右に『扉』があるわ!」

 

「先に右を開ける!」

 

「雑兵の臭いが漏れてやがる! 罠でくたばるんじゃねえぞ!・・・おい、テメェ、遅刻したぶんは働け!」

 

「あーもう、うるっさいわねぇ狼! いいじゃない、ちゃんと間に合ったんだから! ギリギリでもベルを補給しておきたかったのよ!」

 

アナキティがもつ『ダイダロス・オーブ』が扉を解錠すると、ベートの宣言違わず、待ち構えていた闇派閥残党達の一斉砲撃が行われた。先読みしていたベートが金属靴(メタルブーツ)【フロス・ヴィルト】に魔法を吸収させ、生じた間隙にアナキティとアリーゼ達が滑り込み、敵部隊へと切り込む。

 

 

「なぁ!?」

 

あっという間に混乱に陥るのは残党達。

飛びぬけた戦闘能力を誇る第一級冒険者を筆頭に、2人が敵勢を無力化していく。自爆装置をもって特攻を仕掛けてくる者は魔法や魔剣をもって対処し、容赦なく自爆させた。

 

自爆(それ)は昔、散々痛い目を見せられたわ!!」

 

大抗争を戦い抜いた彼女達は、自爆(それ)をよく知っている。

だからこそ、余計に、過敏に対応してみせた。

下手をすれば仲間は死んでいたかもしれないし、友人もまた死んでいたかもしれないのだから。

 

 

「後続、『柱』急ぐっす! アキ達を見失ったらダメっすよぉ!」

 

「【超凡夫(ハイ・ノービス)】、こっちにも柱ちょうだい! 設置するわ!」

 

「はいっす!」

 

先行部隊が開いた扉は、後続部隊に当るラウル達が直ちに『補強』する。

上方に開口した扉の下に立てられるのは、三本の金属棒。

左端、右端、中心に設置される太い柱の正体は超硬金属(アダマンタイト)白剛石(ヴァルマーズ)だ。

 

【アストレア・ファミリア】のノイン、セルティもまたラウルやサポーターから金属棒を受け取って、設置作業を迅速に行い遠隔操作による部隊の分断を防いでいく。それは、南西の部隊も、他の部隊も同じく行われている作業で、地図作成者(マッパー)を散開させ、地図作成(マッピング)をさせていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「いやぁ、急に後ろからタックルされてさぁ~。びっくりしちゃったよ。」

 

「大丈夫ですか、神様? お怪我は?」

 

「平気だよ、可愛い女の子。サイフを取り戻してくれて、ありがとね。」

 

日が傾き、街が夕焼けの染まるそんな光景。

ボサボサとした、けれど、それが汚らしくもないような黒と一部灰色の混じった髪型の神は笑顔で鈍色髪の少女に礼をする。

 

「俺の名前は【   】。君達は? そっちの子は【ガネーシャ・ファミリア】って聞こえたけど・・・」

 

何か日常の会話のようでいて、邂逅を楽しむようにその神は出会った少女達と談笑する。

もっとも、まるで標的にでもしたかのように金髪のエルフの少女に薄っすらと瞳を向けていて悪意でもなければ、嘲笑でもなく、けれど癪に障る。そんなことを言い、またすぐにどこかへと消えて行った。

 

 

「潔癖で高潔。しかし未だ確たる答えはなく。まるで雛鳥だ。正しく在りたいと願う心は誰よりも純粋なのに。・・・そうは思わないか、少年?」

 

 

背中が、熱い。

それは魔法のスロットなのか、スキルのスロットなのかはわからない。

けれど、やけに熱い。

時々見る夢。

誰かの記憶なのだと、漸くそこで理解した。

 

「お前はアストレアに答えを提示したようだが・・・アレがお前の答えでいいのか?」

 

それは、俺が最後に彼女に伝えた俺の答えなのだと、その神は言う。その神はどこを見るでもなく、空を見上げて夕日に染まる街を愛おしそうに眺める。

 

「『悪』を知り、『正』を知れ・・・お前がどのように染まるのか。楽しみにしているよ」

 

 

歪む、歪む、景色が歪んで風景が変わる。

それは、岩に、水晶に、森がある場所だった。

人が倒れ、死に、糸目の男と少女達が対峙していた。

 

「悲しいことに、私は()()()()()()をしているようでして。特徴がないのか仲間内でも『顔無し』などと呼ばれている有様です。」

 

あとはそう、関わった者はほぼほぼ始末してきた―――そう糸目の男は言い、少女達は殺気を込める。けれどその男はすぐに、全身を真っ黒なローブに包んだ男達に迎えられて立ち去っていってしまう。

 

 

彼女達はその後、一体どんな会話をしたのだろうか。

 

歪む

歪む

景色はまた、歪む。

 

それは巨大な壁の上だった。

それは石畳の上だった。

それは、巨大な体躯の大男だった。

 

ローブで顔を隠していながらも、顔に付いた傷が、風に揺らされたローブから見え隠れしている。

 

「何をしている?」

 

「眺めている。記憶のものと大して変わっていない、この風景を。強いて言うなら・・・懐郷か。」

 

びゅーびゅーと風が吹き、肌を撫でる。

やってきた灰色髪の上半身がほぼ裸の男に目を向けるでもなく、その大男は街を眺める。

 

「我が同志よ、なぜ冒険者共を殺さなかった?」

 

「・・・・」

 

「第二級冒険者などそれこそ脅威! 貴様の力をもってすれば鏖殺など容易い筈! それをあえて見逃すなど、一体どういう――」

 

「蟻を喰ったことはあるか?」

 

「は?」

 

「蜘蛛は? 蜂は? 蠍は? 怪物を喰って生き長らえたことは? 化物の灰で喉を潤したでもいいぞ。」

 

「な、何を言って・・・」

 

大男は、全てを試したらしい。

理由は様々だが、同胞と呼べるもの以外は、およそ全て喰ったという。

大男は、『殺す』ことと『喰う』ことは同義だと言う。

生き延びるために殺す、生き繋ぐ為に食す。

 

「手段は異なっても、差異はあるまい。血を浴びるか、啜るか、それだけの違いだ。」

 

悪食を極めたその大男にも、何を『喰う』かを選ぶ権利はあるといい、蛆を食べたいのであれば勝手にしていろと灰色髪の男に言うと、その男は狂ったように笑って姿を消した。

 

 

「・・・千の歴史が途切れた大地。俺は『失望』に耐えられるか、否か――」

 

 

夜闇に灯る魔石灯の輝きが、星々のように、けれどどこか弱々しく輝く。

そんな景色を眺める大男の顔はよく見えず。

 

けれど大男は俯いて、ギリッと拳を握ったような音を鳴らして小さく呟いた。

 

 

「・・・やはり、あいつだけでもあの子の傍にいさせてやるべきだったか・・・いや、もう遅いか」

 

 

その背中には、少年がよく知るような『父親』のようなものはなく、どこか悲しく、哀愁が漂っているようでさえあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの・・・アストレア様?」

 

「? どうしたの、春姫」

 

長椅子(カウチ)に座り胡桃色髪の女神が眷族の無事を願っている中、金髪の狐人の少女が、一冊の本を持ってやってくる。黒く黒く暗い、いつぞやの魔道書。いっそ呪いの書と言ってもいいそれをなぜか少女がもっていた。

 

「・・・何故春姫がそれを持っているのかしら? 」

 

「ええと・・・アストレア様のお部屋の掃除をしておりましたら、急に落ちてきまして・・・」

 

 

少女は申し訳なさそうにしながらも、主神室の掃除をしていたら本棚から急にテーブルから落ちてきたと言う。女神は魔道書を受け取り首を傾げる。

 

 

「これ・・・こんなに黒くて赤かったかしら?」

 

「私も、その・・・中身ではありませんが表紙程度なら見せていただきましたが・・・その、違和感を感じまして・・・それで・・・」

 

「そう・・・ありがとう。ああ、アウラの様子は?」

 

「ベル様とアリーゼ様が記したフィルヴィス様についての資料とにらめっこをして、頭が痛いと言ってお風呂に・・・」

 

「そう・・・まぁ、当然よねぇ・・・あの子ったら、フィルヴィス・シャリアのことを『バンシー』と呼ぶものだから、ベルったら怒って『当事者ですらないなら、黙ってろ』って言っちゃうんですもの。びっくりしたわ」

 

「確か、作戦前でしたっけ・・・・。」

 

「まぁベルもベルで・・・アルフィア達のこと、我慢というか黙っているところがあるから仕方ないのかもしれないけれど・・・」

 

 

女神はふと魔道書をペラペラとめくり、やがて窓から映る空を見る。

 

「嫌な・・・天気ね」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――!」

 

「――ル!」

 

「おいベルッ、しっかりしろ!!」

 

「っ!?」

 

体を揺らされ、大声を上げられて少年の意識が浮上する。

どうやら少年は、行動中に意識を飛ばして倒れたらしく、黒髪の姉におぶられていたという。

 

 

「・・・大丈夫か?」

 

「うん・・・平気」

 

「はぁ・・・頼むからこんなときに倒れるのは勘弁してくれ。何かあったら団長に何されるか・・・」

 

「頼むぜ兎。おめーに頼るのは忍びねえけど、お前のスキルで先読みするのはこっちとしては助かるんだ。」

 

「うん、わかってるよ先生。 輝夜さん、もう降ろして」

 

「無理するなよ?」

 

「うん、平気だから。」

 

 

少年は少し顔色が悪かったが、ケロッとしていて、輝夜の背から下りてすぐに走り出す。

走り出した先は、後方。

敵の伏兵にでも気がついたのか、後ろの隊列に伏せるように呼びかけるとすぐさま奇襲を行おうとしたのか、黒装束や白装束の敵が現れる。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】!」

 

ゴーンッ

という鐘の音とともに、敵を倒し、手に持つ『呪道具(カースウェポン)』を回収。同志がやられたことを確認した敵は、目を血走らせて叫喚を上げ少年へと一斉に飛び掛る。それを肘より少し上まで覆うグローブで両腕をクロスさせて呪道具(カースウェポン)を受け止め、後からやって来た輝夜とライラ、ティオナが討ち取っていく。

 

 

「馬鹿馬鹿兎! 馬鹿! いくらその防具・・・?防具? いや、武器か? まあいいけどよ、呪道具(カースウェポン)を受け止めようとするな!」

 

「スキルで治るからって無茶をするな! 無効化されるわけじゃないんだぞ! 一度受けたのを徐々に治す程度なんだぞ!?」

 

「ベルさん・・・」

 

「ぴっ!?」

 

「な・に・を・考えているのですかぁああああああああ!?」

 

「ご、ごめんなさぁああああああああああいっ!!」

 

 

ガミガミ、ガミガミガミ、ガミガミガミガミガミ!!

呪道具(カースウェポン)を受け止めるなどという危険な行為をした少年はすぐさま首根っこをつかまれ、聖女様にグローブを外されお説教をされながら体を調べ上げられた。結局のところ無傷だったわけだけれど、それでも少年の行動に注意せざるを得なかった。その怒気から、少年に怒っていた姉2人は何も言えなくなってしまい部隊を指揮するフィンのもとに歩み寄っていた。

 

 

「輝夜、彼は大丈夫そうかい?」

 

「あの様子なら大丈夫でございましょう・・・しかし驚きましたわ」

 

「急にぶっ倒れるんだもんな。輝夜、あいつに触って何も感じなかったのか?」

 

「・・・・少し、あの子の背中が熱く感じましたね。」

 

「あーこういう場所のせいか、すっげー嫌な感じがするぜ。それに、あいつの義母の墓のこともよぉ・・・」

 

「おい、せめてもう少し声を落とせ。ベルが動揺したらどうする!? 」

 

「わかってるって。アストレア様からも注意されてるだろ? あいつが知ったらそれこそパニックになりかねねえんだからよ」

 

「ああ・・・確か彼がリヴェリアと都市の外に行っていた時のことだったかい?」

 

「ええ、神ロキとアストレア様、あとは団長とそちらの猫人さんが調べたそうですが」

 

 

以前、アミッドとヴェルフと共に廃教会に訪れ、その帰り際に『墓石がずれている』ことに気付いた少年。けれどその時は、『知り合いの冒険者しか来ないなら、不意にぶつかってずれてしまったこともあるのでは?』という言葉で少年は一応の納得はしたものの、アミッドはその後、少年のいない時に女神アストレアに相談。そして、件の『エニュオ』なる存在の話をするためにロキに会う約束もあり、2柱の神が見守る中、墓を掘り返す作業が行われた。

 

結果。

 

 

「―――()()()()()()。そうだね、ライラ」

 

「ああ、その通りだぜ。【勇者】様」

 

「ただ単に『なかった』なら良かった。だが、団長が言うには、『そもそも最初からなかったみたいに何もなかった』と言っていた。」

 

 

掘り起こされた墓、その中の棺桶。

その中には、本来あるはずのアルフィアの遺体はなく、それどころか毛一本すらなく綺麗にされていたという。そう、少年の前からいなくなったときのように、何もなかったかのように。

 

 

「彼女の死から数えても・・・たとえ肉が腐り落ちていたとして、何もなかったなんてことになるはずがない。」

 

「ていうか、死者を辱める云々よりも、アルフィアの墓を荒らせる度胸がすげぇよ・・・かえって尊敬しちまう」

 

「【勇者】、どう思う?」

 

「ンー・・・『魔道具(マジックアイテム)』にするために。というのはどうかな?」

 

「外道め」

 

「下衆かよ」

 

「遺体を素材として使う・・・なんてものも、一部ではあるらしいし、考えとしてはアリだと思うよ?あと僕に聞いておいて罵倒しないで欲しいかな」

 

「はぁ・・・・まぁ、遺体を使うというのは私達も知らないわけではない」

 

【アストレア・ファミリア】にいる1人の狐人の少女が実際、もうすぐ素材にされるわけだったし・・・と頭の中で呟いてフィンの言う可能性を頭に抑えておく。

 

「他は・・・そうだね・・・生き返ったと考えるのはどうだろう?」

 

「ない」

「ねーな」

 

「だろうね。僕もそう思う。それ以上に、遺骨からの蘇生なんてそれこそ有り得ない。何より仮にそれを成したとして、あちら側につく意味が分からない。眠っていた自分を辱めるような真似をしたんだ。それこそ闇派閥が滅ぼされているはずだよ」

 

 

アミッドに小言を言われ、しゅん・・・と落ち込む少年を励ますアマゾネスの少女を見て笑みを零し、進路方向の先の先の闇を睨みつける。この闇の先に、何がいるのか。【精霊の分身】だけではない、そんな予感のような何かが親指を疼かせる。

 

 

「少なからず、何かをしたことは確かなはずだ。ただ単に嫌がらせで掘り返したのだとしたら、彼の怒りを買うだろうね」

 

「はぁ・・・手のかかる」

 

「そんなところがいいんだろ? 輝夜」

 

「言うなライラ」

 

「おおっ、こわっ」

 

 

静かになり、ようやくお説教から解放された少年はすでに疲れたようにフラフラと輝夜に後ろから抱き着いてきてその顔をぐりぐりと摺り寄せてくる。その温かい温もりを感じ取って彼女もまた振り返りそんな手のかかる少年の頭に手を置く。

 

「あらあら、人が見ているというのにこの発情兎様は盛っておいででございますか?」

 

「つ、疲れたから少しだけ・・・アミッドさん、怖い」

 

「自業自得でございます。」

 

「ごめんなさぁい・・・」

 

「夜伽の予約であれば、またこの一件が終わってからにしてくださいませ?」

 

「み、みんな見てるところで言わないでぇ!?」

 

 

へぇー【アストレア・ファミリア】ってやっぱり・・・な声がチラリと聞こえたが、少年は無視して抗議の頭グリグリと姉に抱かれながら敢行。輝夜はクスクスと笑いながらポンポンと頭を優しく叩き、咳払い。次には真面目な顔に切り替えた。

 

 

「ベル、何が起こるかわからん。変な気は起こすなよ」

 

「うん・・・わかった」

 

「あと・・・そうだな・・・ベル」

 

「?」

 

「お前は、アルフィアのこと、好きか?」

 

「・・・・うん、お義母さんのこと、好きだよ」

 

「そうか・・・そうか」

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

 

「いや・・・なんでだろうな。わからん。そういえば・・・精霊郷で何か貰って来たらしいが、何をもらったんだ?」

 

「えっと・・・霊薬実(タプアハ)って言って、()()()()()()()()()だったり、恋が成就する実だったりするって」

 

 

そこでフィンが、ライラが、輝夜がピクリと固まる。

()()()()()()()()()

 

 

少年は、別におかしいところがあるわけでもなく首を傾げる。

 

「誰かにあげたのか?」

 

「ううん、騒動があったから・・・誰にも。リューさんももらってたから、帰ったらみんなで食べようって」

 

「・・・そうか」

 

「・・・・こほん、そろそろ行こう。のんびりしている時間はないからね」

 

 

その声と共に、部隊は前進を再開させた。

 

 

「これがあったら・・・お義母さん、元気になったのかなあ」

 

 

そんな声は、誰にも聞かれず軍靴の音に消えうせた。



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獣の如く、邁進せよ

ベル君がいない場所を書くと長くなるからどうしたものかと悩む。というか配置が難しすぎてややこしい。ただでさえ長くなりそうなのに。


「一層の北東、南東、南西の『門』から突入されました!」

「進攻が早すぎます! 配置した兵、モンスターが全て突破されて・・・!」

「す、既に2層に進出されているぞ!? ふざけるな、何をしている!?」

 

周囲では、かつてないほどの喧騒が轟いていた。

人工迷宮(クノッソス)奥の『迷主の間』。

闇派閥の拠点ともいえる空間では、タナトスの眷族達が引っ切り無しに叫喚を上げている。そのどれもが悲観的かつ、強い動揺を帯びたものだ。

 

無理もない。今、タナトス達は正しく攻め込まれているのだから。

【ロキ・ファミリア】を中心とした、『派閥連合』の本格的な攻略作戦。

この攻撃の如何によってタナトス達の悲願は左右される。

すなわち、勝者と敗者が決まる。

 

「しっかり対応してきてるなぁ・・・やっぱり人工迷宮(クノッソス)から一度逃がした時点で不利は確定してたか」

 

広間中央の台座に張られる水幕――迷路の随所に配置されている『目』を通じて映し出される視覚情報を見下ろしながら呟く。

 

「うーん・・・やっぱり、アルフィアが敵側に回るってこういう感じなのかなぁ? まぁ本物ほどでもないけどさ。 ましてや、敵が来る位置がわかってる上に壁の向こう側に空間があることさえ感じ取れてるみたいだし・・・」

 

水幕に映し出された少年の姿に瞳を細めて、唇を三日月の形に変えて不気味に笑みを浮かべる。

 

「ロキの眷族()も厄介だけど・・・アルフィアの子のほうが厄介だ。うん。今のところ例の魔法はないみたいだけど・・・移動しながら使うものではないのかな?」

 

『武装したモンスター』の一件において、オラリオ全体に展開された魔法のことは、以前の人工迷宮(クノッソス)の『天の雄牛』戦も加えて2度、信者達からの報告もあわせて知っている。地上での魔法については恐らくは条件があってのことであることも。であるならば

 

「まずこの人工迷宮(クノッソス)全体を魔法で多い尽くすことは不可能。あの魔法は、おそらくは限られたエリアでしか展開されない。少なくともこの人工迷宮(クノッソス)を蓋している『ダイダロス通り』をはがさない限り、そんなことはできない。」

 

まったくあの少年がいるだけで、難易度が格段に下がってしまう・・・と敵でありながら驚嘆といっそ称賛を禁じえなかった。

 

「タ、タナトス様っ!? 敵の進攻を止める事ができず・・・! モンスターはおろか同志たる兵までもが次々に失われています! このままでは!?」

 

「前線に出てる子達から全部『鍵』は集めたんでしょ? 敵に『鍵』さえ奪われなければいいよ。 道を遮る最硬金属(オリハルコン)の『扉』がある以上、敵がわけられる部隊は限られてる。・・・さすがに()()()1()()で迷宮を破壊して回る馬鹿な真似はしないでしょ」

 

タナトス達は各迷路に配置した兵士達から、全ての『鍵』を没収し、この広間に集めていた。

本拠地を攻め込まれているタナトス達が今、最も注意しなければならないことは、敵に味方の『鍵』を奪われることだ。それこそ『武装したモンスター』の一件と同時に行われていた【ロキ・ファミリア】の『妖精部隊』をもってリヴェリアに奪取されたように。より多くの『鍵』を奪われれば人工迷宮(クノッソス)を好き放題される。白髪の少年の『ナイフによる迷宮の破壊行為』自体も脅威だが、『鍵』を奪われるのとは訳が違う。それ故の処置だった。

 

タナトスは腰かけている台座に両手をつき、組んだ右足の先をブラブラと揺らす。

深刻な事態であるにもかかわらず普段の調子を崩さない神の姿に、報告をしに来た幹部の男は戸惑った。

 

「それよりも・・・この『速さ』が気になるねー、俺は」

 

タナトスは再び台座に映し出される冒険者達を一瞥する。

タナトス達組織の頭を押さえることも前提としているのだろうが――恐らく【勇者】は『精霊の分身(デミ・スピリット)』の『居場所』にも見当をつけている。タナトスはすっと目を細めた。

 

 

「おやおや、ずいぶん、やられているご様子で」

 

そんな時、タナトスの背後から報告に来た男とはまた別の声が飛んでくる。

タナトスは振り返ると、そこには糸目の男が腰に手を当てて立っていた。

 

「あー・・・元気してるぅ?」

 

「・・・ふっ、なんです? その挨拶は。」

 

「まぁいいや。 どうしたの、君がここに来るなんて珍しい・・・というか、()()は?」

 

「少しばかり、賑やかな声が聞こえたものでこちらに訪れたまでですよ。彼女なら今、食事中です。レディの食事を観察するのは失礼でしょう?」

 

「ふーん・・・なら、問題なさそうだねぇ・・・いやーよかったよかった。あの子の『悲願』、叶えて上げられるよ・・・【死神】冥利につきるって感じだよ」

 

「死者の『蘇生』など、あなたの司る事物に相反すると思いますが?」

 

「んー違う違う。『蘇生』なんてしてない。 君だって見たでしょう?というか世話してた君が知っているはずでしょう? 俺は彼女を使って、彼女を造ったにすぎない。」

 

「まぁ確かに、彼女はとても生前と同じとは思えませんからね・・・見た目も含めて。」

 

「でも、あの子には刺さると思うよ? 君だって会いたいだろう? 君を裏切って捨てたエレボスに見初められた少年のこと。」

 

 

その神の名を聞いて、ピクリ・・・と男は動きを止め、再び口を開く。

ええ、もちろん、気になりますとも、と。

 

「『不完全な箱庭』に欠陥を持って生まれた私と・・・『箱庭を壊された』故に欠陥を持ってしまった、かの少年!! 気にならないはずがない!! 何より! 彼は地上では一時期英雄のようであったとさえ言われている!!ならば! 是非とも会わせていただきたい!!」

 

「わかるーわかるよ、わかる、うん。 仲良くできるといいよねぇ・・・『神に捨てられた』君と、『神によって捨てられた』彼。ふふ、ふふふふふっ」

 

わざとらしく、煽るように、首だけを男に向けて、神タナトスは笑う。

後ろで笑っている男は―――狂っていた。

 

 

「まぁじき会えるからさぁ、()()のこと、お願いするよ。エニュオもあの子を排除しろって言ってるらしいし・・・」

 

水面には新たに、12階層から【剣姫】と【九魔姫(ナイン・ヘル)】を含めた部隊が現れているのが映し出され、伝令役の男もまた青ざめて報告をする。それを聞いて赤髪の女――レヴィスに対処させるように指示を出す。

 

 

「それで、我々はどこで、どうすると? なにやら火炎石を大量に『下層』に運んでいたようですが」

 

「ん? ああ、君たちの舞台だよ。」

 

「私達ごと、吹き飛ばすおつもりで?」

 

「違う違う。ええっと・・・何年前だったっけ? ルドラの子が全滅したの。」

 

「ああ・・・確か迷宮が階層間を巻き込んで大爆発を起こしたとか」

 

「そう。それ。 ルドラが言ってたんだよねぇ『眷族が一斉に死んだ。爆発だけで死ぬと思うか?』ってね。まぁ・・・()()があったんだろうねぇ・・・君だって知っているだろう?」

 

男は何かに気がついたのか、笑う神と同じようにして口をそろえて開いた。

 

 

「「迷宮(ダンジョン)は生きている」」

 

 

 

水面に映る少年は、夢を見る。

それは前兆。

それは追憶。

 

想いよ馳せよ。

願いよ果てよ。

 

汝の悲願は聞き届けた。

我が事物をもって汝を送り届けよう。

 

再会せよ 再会せよ 再会せよ

 

偉業よ

 

零落せよ。

 

汝が救いたもうた命の数だけ収穫しよう。

それは代金である。

 

零落し、堕落し、破滅し、壊れるがいい。

汝を壊したもうた神の名はエレボス。

汝を破滅させたもう神の名はタナトス。

汝を消し去りたる神の名はエニュオ。

 

愛しき子、愛しき子、汝は我が目に止まりし哀れな子。

 

 

「―――汝の偉業を、否定しよう」

 

 

少年が映る水面を撫でる。

水面は、静かに揺れて波紋を生んだ。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ねぇねぇベル君、聞いてもいい?」

 

「・・・えと?」

 

進攻中の迷宮内、後衛側を守る形で移動させられた少年に、魔導士の少女が声をかけてくる。茶髪にくりっとした灰色の瞳。少年は、誰なのかいまいちわからず首をかしげていると、その隣を進むクリーム色の髪の妖精が少年が困っているのを察したのか紹介する。

 

「ベル君、この子はエルフィ。エルフィ・コレットです。レフィーヤのルームメイトです」

 

「はぁ・・・・それで聞きたいことって?――――【福音(ゴスペル)】」

 

『ぎゃぁああああああっ!?』

 

「うっへぇ・・・すっご・・・こんなのレフィーヤ受けてるんだ・・・あ、えと、最近レフィーヤと仲いいみたいだけど、何かあったの?と思って」

 

 

仲がいい? それはいったいどういうことだろう・・・? 少年は疑問に首を傾げて、輝夜に支援魔法を頼まれてはそれをかけ、敵を吹き飛ばし、モンスターを斬り飛ばし、考えた。

あの山吹色の少女との思い出を掘り起こす。

 

 

『うっ・・・うぉえっ・・・この粘液・・・くっさいです・・・!』

 

『待ちなさぁああああああああああいっ!!』

 

『え!? 【貴方を囮に私は逃げる!!】!? ちょ、待って、待ってください!! 謝ります! いえ、謝らせてください!! この数はちょーっと無理があるか・・・え、ちょっ!?』

 

『アイズさん探すの!! 手伝ってください!! いいですよね!? じゃ、行きましょう!!』

 

『あ、お腹すいてませんか!? ジャガ丸君あげます!! ―――って、何はいてるんですか!? アイズさんのジャガ丸君!!』

 

 

山吹色に追い掛け回されるのは、果たして間違っていないだろうか?

 

結論。

 

 

「・・・・ナカ、イインジャナイデスカネ?」

 

「何故カタコト!?」

「い、いったい何があったというのです・・・!?」

 

 

やれやれ、困ったもんだぜ・・・。僕じゃなかったら殺されてるぜ、あの子・・・。と少しばかり遠い目をして、今は別の場所できっと叫び散らしているだろう少女に届きもしない微笑を向けて、ルームメイトの少女に顔を向けて教える。最近、『あれ、実はこの人、僕より年下なんじゃね?』なんて思わないでもないが、腐っても知り合ってしまったのだ、そんな彼女が悲しい目にあうのはよろしくないから。

 

 

「エルフィ・ルームメイトさん」

 

「「エルフィ・ルームメイトさん!?」」

 

「ヤベーヤさんと・・・仲良くしてあげてくださいね。すぐに叫びますけど、悪い人ではない・・・と思うので。」

 

「え・・・私あの子と友達のはずじゃ・・・え・・・」

 

「エルフィしっかり!! あなたの『誰とでも仲良くなれる美少女かつムードメーカー』という要素はどこにいったのですか!?」

 

「このままじゃ、フィルヴィスさんくらいしか・・・・」

 

「ちょ、ちょちょちょ・・・!? 何があったの!?最近私達の本拠で戦ってたり、この間なんて本拠内に隠されたハリセンのみで戦ってたけど!?」

 

「女風呂に隠すの、ずるくないですか? アイズさんがいてビックリしましたよ」

 

「「アイズぅううううう!?」」

 

 

作戦行動中、レヴィスを釣り出すための囮役の金髪金眼の少女が、どこかでくしゃみをした。

【ロキ・ファミリア】本拠内での、レフィーヤvsベルの戦いはもう何度か見ている光景であるし、レフィーヤが吹き飛ばされるのも見慣れてしまっているのだが、その戦いの中の1つ『本拠内に隠されているハリセンのみを使う』というルールで行われたその時の戦闘は、少年にとっては不利であった。部屋の位置や数など知らないし、リヴェリアの部屋と団長室くらいしか知らなかったからだ。つい開けた部屋がベートの部屋だったときは吠えられたし、リヴェリアの部屋を開けようとすればアリシアに手首を掴まれて着替え中ですと注意されるわで、迷い込んだ果て、やっと見えたハリセンを手に取ったはいいが、そこはまさかのお風呂場。

 

『・・・・ベル?』

 

『・・・・アイ・・・・ズさん・・・?』

 

少年は瞼を閉じて行動していたために、見てはいないが、まさかのお風呂であると伝えられて、後からやって来た山吹色はマンドラゴラよろしく叫び散らした。

 

『ここ・・・お風呂・・・だよ・・・?』

 

『・・・・・わざとじゃ、ないんです・・・』

 

『うん、ベルはそんなこと、しないもんね・・・? えと、そのハリセンは、何・・・?』

 

『レフィーヤさんと戦ってて、そのルールで・・・』

 

『ベル・クラネリュッゥウウウ!? アイズさんの裸を!? 見ましたねぇえええええ!?』

 

 

まるで歴戦の、熟練の戦士のように『だーいんすれいぶ』と書かれたハリセンを両手で構えて走ってきた少女に、瞼を閉じたままの少年は姿勢を低く『かりばーん』と書かれたハリセンで居合いの構えを取り、次の瞬間。

 

 

『居合いの太刀・・・・五光・劣!』

 

スッパッァァン!!

 

山吹色の少女の腹にヒットしたハリセン。

そしてそのまま少女は湯船に水しぶきを上げて墜落。

見よう見真似に修得した、中途半端な技術ゆえの『劣』であるが、アイズ・ヴァレンシュタインは、その少年の姿にゴジョウノ・輝夜の面影を見たという。湯船に沈んだ山吹色の少女は意識を取り戻すまでの数瞬、頭上に白兎を乗せた緋色の瞳の黒竜に睨まれる光景を幻視した。

 

 

「・・・・ということがあったんです」

 

「女湯で戦うなぁ!?」

 

「女性の裸に慣れているのでしょうか・・・いえ、目を瞑っているからセーフなのでしょうか・・・?」

 

「というより、何故・・・戦っているのですか、ベルさん?」

 

「あ、アミッドさん・・・えと、レフィーヤさん、しつこいから・・・・。あ、アイズさんにはお邪魔しましたって言いましたよ。アイズさん、『すごいね、また強くなってる』って言ってくれました」

 

「「「うーん・・・・」」」

 

「まぁ・・・その後、負けたんですけどね。 まさか神室に『えくすかりばー』があるとは思いませんでした・・・」

 

 

まずどれだけ私達の本拠にハリセンが設置されていたのか、すごく気になって仕方がなくなった少女達は、この一件が終わったら館内を探し回ろうと決意した。

 

「ベートさんの部屋にも何かあったのでしょうか・・・?」

 

「チラッと見えたりしなかったのベル君」

 

「えっと・・・後から聞いたら、『ろぼ』って書いてあったそうです」

 

「うーん?」

 

「あのベル君、そのハリセンは・・・誰が用意したのですか? 名前というかなんというか・・・・」

 

「リヴェリアさんに聞いたら、ロキ様が、僕とレフィーヤさんが戦っている光景を見るのがつい楽しくなっちゃったらしくて、徹夜で作ったらしいですよ。あ、リヴェリアさんの部屋には『れーう゛ぁていん』があったらしいです。クローゼットの引き出しの中に。」

 

「ああ、ロキが正座させられていたのはそういうことですか。」

 

 

あの神は何をしているのだろうか・・・と、眷族達は頭を痛めた。

少年より前にいる姉達は『おい、あいつ見よう見真似でお前の技、使ってるぞ、いいのか?』『中途半端だから【劣】とつけているのでしょう・・・まぁ、可愛らしいことだと受け止めておきましょう』などとやり取りをし、先頭を進む団長もまた、疼く親指とは別に、乾いた笑みを零した。

 

すると、そんなフィンの持つ『眼晶(オクルス)』から敵の拠点をつかんだという情報が入り込んだ。

 

『敵の拠点は――九層だ! 精霊の分身(デミ・スピリット)の居場所は十層! 階層主でも暴れられそうなデカい空間がいくつもある! 【勇者】、指示をくれ!』

 

眼晶(オクルス)』からもたらされる、【ヘルメス・ファミリア】のルルネからの声に、フィンは勢い良く拳を握り締めた。

 

 

「談笑中すまないが、気を引き締めてくれ! 先に敵の拠点を押さえる! 『精霊の分身(デミ・スピリット)』は放置! 行くぞ、九層へ向かう!!」

 

そのフィンの号令に、一斉に応じる全員。

モンスターの壁を斬り進みながら、得物を追い詰めた獣のごとく、邁進を開始する。




ロキ製のハリセンは、ただのハリセンに手書きで名前を書いてあるだけのものです。

補足。
現在ベル君が登録してる魔法
・ライトバースト
・ウチデノコヅチ


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バルカの怪物

ベル君の魔法があったら治療師の立つ瀬がないぜ・・・でも大丈夫、アミッドさんには頑張ってもらおう深層で


 

「聞こえますか? 貴方達を追い込む、破滅の足音が」

 

迷宮に響く幾つもの足音。

まるで軍靴のごとき音の連なりは、茫然自失とするやせ細った男――バルカの耳朶を盛んに揺らしていた。目の前にいる青い髪の女――アスフィの仲間が複数の『眼晶(オクルス)』を用いて引っ切りなしに情報を伝達している中、アスフィは冷酷な瞳で『敗北』を告げてくる。

バルカは動かない。動けない。

一気に行われた作戦の展開に、もはやここから対応などできない。

終わりの時を数えるように、ぽたぽた、と押さえられた首から赤い滴がこぼれ、石畳に血溜まりを作っていく。

 

数分前。

 

第六感の警鐘に従い、上半身を反ったそのとき、バルカの首筋に鋭い風切り音とともに一線が走り、勢い良く血が吹きだした。紅の瞳を見開くバルカの正面、台座のもとに現れるは『黒兜』を左手に持つ美女。たなびく白のマント、水色の髪、銀の眼鏡。アスフィ・アル・アンドロメダその人である。

 

「バルカ・ペルディクスですね。神イケロスの情報にあった、ディックス・ペルディクスの異父兄弟にして、ダイダロスの末裔・・・私達の仲間を奪った、闇派閥の幹部」

 

彼女の後に続くように『透明状態(インビジリティ)』を解除して現れるのは都合10名にも及ぶ集団。【ヘルメス・ファミリア】である。

 

「あの子が我々を助けてくれたとはいえ・・・あの子が来る前に死亡した者もいれば、手足のどれか、もしくは視覚を失った者・・・少なからず犠牲になった者はいます。仲間の仇・・・取らせてもらいます」

 

「・・・・どうやってここまで・・・あの白髪の冒険者であればいずれは・・・だが・・・」

 

「あの子に頼りきりなのもおかしな話でしょう。簡単なことです、『人』を捕まえて聞きました。」

 

背後にいた虎人(ワータイガー)の冒険者が、捕らえていた者を地面に放る。床に倒れるのは、ローブを纏った死神の使徒だった。徹底された自爆行為も『透明』となって背後から近づかれてしまえば、自爆する暇などなく、あとは自白剤を使って、情報を引き出した。

 

「・・・私と、タナトスを探し出すために・・・?」

 

「あとは、貴方の持つ『手記』ですね」

 

「!」

 

「ディックス・ペルディクスの遺体からも『手記』は入手していましたが、あれには『崩壊(ディストラクション)』のギミックについての項目が後から追加されたように記されていましたので・・・今回入手したこれは、()()()()1()()として入手するべし。としたまでです」

 

ディックスが独自にギミックを追加していたのであれば、可能性としてバルカも似たような、あるいは別のギミックを記している可能性は十分にあった。だからこその『手記』の奪取。さらには組織の中心人物の拿捕。これを押さえて初めてフィン・ディムナが思い描く『短気決戦』が実現する。

 

「『鍵』はどうした・・・? 」

 

アスフィはそんな質問に、銀の眼鏡を指で押し上げて血濡れのダイダロスの末裔に、端的に告げた。

 

「さすがにあの子のようにバカスカ最硬金属(オリハルコン)を破壊して回ることなんて不可能ですので・・・()()()()()。」

 

「――――」

 

広間に響く声。

時を止めるバルカは、その言葉の意味が最初、理解できなかった。

 

「作戦決行まで、私達は何もしてこなかったわけではありません。【勇者】に『鍵』の実物を見せてもらい、それと共鳴する最硬金属(オリハルコン)の門を調べ上げ、その上で新たな『鍵』を作り出しました」

 

取り出されるのは真の銀(ミスリル)で造られた球体。内部には赤い球体がはめ込まれており、『D』の記号の代わりに蜘蛛の巣のごとき網目状の赤い線が刻み込まれていた。

 

「・・・・・まぁ、いろいろと騒動やらで時間はかかったせいで1つが限界でしたが、十分でしょう」

 

そうして横目で隣に立つ、犬人のルルネに情報を拡散させ現在へと至る。

 

 

 

広間へと繋がる通路の1つから、【ロキ・ファミリア】の冒険者達が姿を現した。

ティオナやティオネ、【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド達治療師(ヒーラー)。そして【アストレア・ファミリア】のベル、輝夜、ライラの3人。フィンが率いる主戦力の部隊である。九層の完全掌握のために散開させたのか人員は10名ほどで、突入時より少ない。しかし戦力は十分でとてもではないが、バルカ1人で対処できる数ではない。

 

やがてだらりと下げられる両手。

白い前髪に隠れていた瞳が、紛れもない諦観に染まる。

 

「・・・ここが、私の『終焉』か。・・・・しかしタナトス、()()()()()はそちらで対処するはずだったろう・・・何をしている?」

 

「?」

 

ブツブツと呟き、流れ出る血を放置しながら、腰に手をやり、隠し持っていた短剣―――『呪詛(カース)』が込められた武器を取り出す。末端の残党達が持つもの以上に禍々しい漆黒の刃に、アミッドは瞳を細め、他の冒険者達も身構えて警戒する。そんな彼等を前に、バルカは手にした呪道具(カースウェポン)を振り上げ、

 

「!?」

 

その呪剣を己の体に突き刺した。

驚愕に染まる冒険者達をよそに、腰から更なる『呪詛(カース)』の短剣を取り出し、何度も、何本も突き刺す。

 

腹部、肩、脚、腕。急所こそ避けているものの、もはや致命傷であることは明白だった。いくつもの『呪詛(カース)』を被った結果か、ごふっと口から噴き出る血は比喩抜きで、ドス黒い色に染まっていた。

 

 

「私達の負けだ・・・闇派閥はここで潰えるだろう。」

 

血まみれとなったバルカは、死が迫ってなお感情のない声を紡いだ。

その不気味な姿に冒険者達が思わず気圧される中、息も絶え絶えの男は、『D』の文字が刻まれた左眼を見開き1人の少年を見やった。

 

 

「だが――人工迷宮(クノッソス)は朽ちん。たとえお前の力を持ってしてもだ」

 

次の瞬間。

ベルトに吊り下げられていた袋から取り出されたのは、緑色の宝玉だった。

 

 

「なっ・・・『宝玉の胎児』!?」

 

それは『穢れた精霊』の『種』というべき存在。モンスターに寄生することで強大な『女体型』と化し、さらに成長を重ねることで『精霊の分身(デミ・スピリット)』へと進化する。宝玉の中身の胎児は血走った双眼を開け、冒険者達を見つめている。

 

 

「既に『六つの種』は解き放たれている。これは()()、『人間を化物』に変えたあの失敗作とはまた違う」

 

血を吐きながら、まるで運命を語るようにバルカはただただ1人の少年を見据えた。長い時間をかけて作り上げた迷宮をたった1人で破壊して回った少年を。

 

「我等が大願は潰えん。我等が執念は途切れん。始祖が夢見た混沌を必ずや完成させるため、1人でも多く道連れにしてみせよう!・・・お前とて同じだ。【静寂】の子よ!」

 

それは、バルカという人間の生涯最後の叫喚だった。

物心の付いたことのない、自覚と無自覚の境界をさまよい続けていた男は、この時初めて自我を確立させ、今度こそ確たる産声を上げたのだ。

 

「お前の『母』が待っているぞ! 必ずや迎えにくるだろう! だがしかし私とてこの迷宮を傷物にされたのだ! ただで済ませるわけにはいかん!!」

 

「・・・・何を、言って・・・?」

 

そしてそれは、一族の『呪い』に殉ずる覚悟に直結する。

少年の疑問など無視して、バルカは手に掲げる『宝玉』を、一思いに己が胸へと押し付けた。

 

「ぐっ、げっっ――-がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

『――アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

二重に響く男と胎児の叫喚。

怪物ではなく、人間との『融合』。

『宝玉の胎児』の寄生先はモンスターにとどまらない。その前例を身をもって、少年は知ってしまっている。そして、その可能性をこの場にいる冒険者達もまた知っている。知己の女を化物に変えた事例があるのだから。

 

融合した胸から広がる葉脈状の管。男の全身に張り巡らせる胎児の触手が、仮借なく肉を貪り、蹂躙して、変容を開始する。

男の右腕が醜悪なまでに肥大化し、左腕が鞭の様に伸長して人の形を失い、両脚が腐り落ちて、ナメクジのごとき腹足と化す。

 

 

「か、輝夜さん・・・・!!」

 

「落ち着け! 私達から離れるな!」

 

耳を押さえて姉に助けを求めるようにする少年を自分の元に引き寄せる輝夜。少年はこの時点で人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)を封じられた。

 

「音が大きすぎて・・・何も感じ取れないっ!!」

 

人工迷宮が金属でできているのであれば、音はきっと響くことだろう。

そして今、目の前で叫び変容する二重に響く叫喚によって波長を感じ取って敵、味方の位置、隠れた空間を探し出すというスキルは完全にジャミングされてしまっていた。

 

・人が多い街中では波長が多すぎて意味がない。

・音の響く空間で大きな音が鳴れば、同じく感じ取れなくなる。

 

それがスキルの欠点。

今までにここまでのことは経験していない、自ら化物に変わる人間など知らない、不気味で怖い、故に少年は動揺する。

 

 

呪詛にまみれた男の体液を吸い上げるように、葉脈状の管はドス黒く染まり、この時ばかりは『胎児』も悲鳴を上げたが、絶えず波打つ漆黒の血管と化すと、胸部に取り付く宝玉まで闇の色に染まる。肉をかき混ぜるような、骨を砕くような、おぞましい音を立てて、恐ろしい速度で作り変えられていくバルカの肉体。『神秘』のアビリティ持ち――上級冒険者に匹敵する肉体を媒介に、巨大な存在がここに産まれ落ちる。

 

蒼白となる【ロキ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】、そして【アストレア・ファミリア】の団員達。アマゾネスの双子は嫌悪感に呻き、小人族の勇者は双眼を細め、万能者は唇を引きつらせ、大和撫子は頭を押さえる少年を抱き寄せ汗を滲ませる。そして聖女は、その『生命の冒涜』に、手が白くなるまで杖を握り締めた。

 

「ぉごぉ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ・・・・が、ぁ、ぁ・・・・ぁぁぁぁぁ・・・!!」

 

やがて侵食は脳に達し、男の顔も怪物のそれに成り果てる。

右眼が裏返り、血の涙を流しながら変貌していく最中、『D』が刻まれた左眼だけは執念のごとく原型をとどめた。紅の左眼がぎょろぎょろと蠢動し、立ち尽くす敵を睥睨する。

 

バルカ・ペルディクスという自我が溶け落ちる寸前、ソレは最期の意志を遺した。

 

 

 

「ごコでッ、死ネッ・・・・冒険者ァァァァァァァァァァ!!」

 

 

これを持って、名工(ダイダロス)の血を受け継ぎ、心に怪物を飼っていた1人の男は、正真正銘『化物』と成り果てた。

 

 

■ ■ ■

 

「総員、構えろ!!」

 

「ベル、今は目の前の化物を始末することだけを考えろ! そこにお前の人魔の饗宴(スキル)は関係ないだろう!?」

 

雷よりも鋭い号令が広間を走り抜ける。

生物の本能が訴える怯えに支配されていた団員達は、そのフィンの大音声を聞いて、少年は輝夜に叱咤され、はっと四肢を揺り動かす。【勇者】の勇気に触れ、恐怖を殺し、『怪物』に武器を向けた。

 

『ゴォォォォォォォォッッ!!』

 

人の言語を失った怪物の叫喚が冒険者の肌を震わせる。

バルカ・ペルディクスだった存在はもはや完璧なモンスターと化していた。

生理的嫌悪しか感じさせない部位の中で、理性を失った左眼だけが『D』の記号を爛々と輝かせ、白濁色の全身には漆黒の血管が隅々まで走り、不気味なコントラストを描いており、体高は優に5Mを越え、大型級に匹敵する。

 

 

命名『バルカの怪物』。

 

 

「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪ーい!!大双刃(ウルガ)であんなの斬りたくないんだけどー!?」

 

「私の刀も、こんなものを斬ってしまうことになろうとは・・・さすがに困りますねぇ」

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! それじゃあ直接拳にでも叩き込むつもり!?」

 

「それもやだ~~~~!?」

 

「ベル! 『乙女ノ揺籠(クレイドル)』を頼む!」

 

「フィンさん・・・はい!」

 

 

【勇者】に魔法を指示され、詠唱に入る少年。

間もなく、『バルカの怪物』はぴたりと一度静止したかと思うと、一挙に動いた。

 

 

「来るぞ!」

 

ライラの警告と入れ替わるように左腕の攻撃を放つ。

大上段から振り下ろされる、黒い血管を纏う白の触手。

広間の中央を縦断する一撃に、【ロキ】【ヘルメス】【アストレア】の3つのファミリアが一斉に左右に割れ、広間に上下の震動が発生する中、すかさず前衛組が斬りかかる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

男の声帯をもとにした叫び声を上げ、『バルカの怪物』は肥大化した右腕を団員達へと振り下ろした。

 

「―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】ッ!!」

 

そこで少年の魔法が展開される。

 

「来た!」

 

「いいかお前ら! 傷を負わない、呪詛も効かない、だからって無敵になったわけじゃねえ!! 痛みは発生するんだ! 舐めてるとやられるぞ!!」

 

少年の魔法でダメージを負わないとはいえ、痛み自体は発生する。下手に押しつぶされでもしたら生き地獄を味わう羽目になる。それをライラが大声で忠告する。前衛を【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】に任せ、【ヘルメス・ファミリア】は支援に徹する。怪物の触手に虎人とエルフの団員が弾かれる中、アスフィが三つの爆炸薬(バースト・オイル)を投擲する。巻き起こる3つの紅蓮。損傷は軽微にとどまったが、隙は生じた。他派閥の援護を頂戴し、さらにベルから【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】を受けたティオネとティオナ、輝夜が爆煙を塗って獣のごとく肉薄する。

 

「動きは鈍い!! 【大切断】、かち上げろ! ベル!私達が斬りこんだ後、アレをブチ込め!!」

 

「わかった!」

 

腹足と化した敵の脚部にまともな機動力はないと見抜き、まずはティオナが先行。

接敵と同時に振り下ろされた敵右腕に、大双刃を叩き付ける。

しかし、凄まじい鈍重音とともに勢いを乗せた突撃が止められる。手に伝わる剛力に一度目を剥いたティオナは、しかし、すぐに笑った。

 

「【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ――】」

 

「ガレスの方が強いっっ、もんねぇぇぇ!!」

 

腰をひねる動きとともに、注文どおりかち上げる。

巨大な右腕を頭上に打ち上げられ、反動後屈(ノックバック)の体勢となる『バルカの怪物』に、間髪入れずティオネと輝夜が斬りかかった。

 

「去ね」

「くだばれっ!」

 

「【代行者タル我ガナ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ)】――」

 

3人の連携で切り伏せ、少年の隠し玉ともいえる精霊の魔法をもって瞬殺せんとした4人だったが、

 

「!!」

 

親指の『疼き』を感じたフィンが、何より早く叫んだ。

 

「4人とも、離れろ!」

 

「「「!?」」」

 

「―――【ライド・バースト】!!」

 

「【代行者タル我ガナ名ハアルフィア才禍化身才禍女王(オウ)】――【静寂の園(シレンティウム・エデン)】」

 

まさかのフィンの指示に耳を疑う3人だったが、経験則から1も2もなく従う。

ただ魔法の詠唱を完了させてしまった少年は、フィンの声と重なるように放ってしまう。

そして、少年の魔法に合わせるように、少なくとも冒険者の中にはいないであろう女らしき声が聞こえ―――

 

 

「おいおい・・・勘弁してくれよ・・・」

 

「まったくだ・・・魔法を無効化する魔法なんて・・・」

 

 

光の奔流とも言える精霊の魔法、少年の隠し玉でとっておきが『バルカの怪物』を消滅させるでもなくかき消された。




魂の平穏(アタラクシア)』と言わないのは、魂の平穏(アタラクシア)は詠唱で、精霊の魔法は最後に魔法名を言っているみたいなので静寂の園(シレンティウム・エデン)】というのを採用してます。


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汝は既に罪人なり

気が付けば130。
着地点・・・どう終わらせるかはまったく考えておりません。


思いついた話で短編集をちょくちょくやってみようと思い始めました。
https://syosetu.org/novel/265399/


とある廃教会。

そこに複数の冒険者達が雪崩れ込む。

彼等、そして彼女等の視界に広がるは倒れ伏した白装束もしくは黒装束の者達に加え、商人。複数の人間だった。

 

 

「憲兵参上! この教会は包囲されてるよ! 無駄な抵抗は・・・って・・・え?」

 

 

そこは、少年にとっては大切な場所。

そこは、義母にとっての大切な場所。

 

「う・・・ぁ・・・・」

 

「闇派閥も・・・商人も・・・やられてる・・・?」

 

()()・・・・? 私達が突入する前に? 一体誰が・・・!」

 

少年は、その光景を見て、自分が知る場所とは若干景色が違うことに気付いてこれが夢なのだと理解する。

 

 

「―――また騒々しくなった。」

 

聞き覚えのある女性の声。

さらに追加されるは、懐かしい声。

まるで氷の女王のごとき声。

 

「次から次へと、雑音が絶えない・・・やはり今も昔も、オラリオはオラリオのままか。」

 

黒いドレスの上から灰色のローブを羽織り、素顔は見えない。

少年はそんな素顔もわからない誰かを知っている。彼女が誰なのかを知っている。

 

 

「ここでは静寂にまどろむこともできない・・・・嗚呼、嘆かわしい。やはり私はこの地が嫌いだ。」

 

 

彼女の前に立つ冒険者達は誰一人として、彼女がいたことに気付いてはいなかった。

声を聞いてようやく認識し、いっそう警戒する。その中でもリーダーらしき麗人と鈍色髪の少女が彼女に声をかける。

 

「・・・これをやったのは、お前の仕業か?」

 

「他に誰がいる?」

 

「どうして、こんなことを?」

 

「私の癇に障った。それだけのことだ。」

 

そうだ。

彼女はそういう人だ。

祖父が『ワシも一緒に風呂に入る~』と言えば吹き飛ばし、祖父が『ワシも一緒に寝るゾイ☆』と言ってベッドにダイブしようとすれば家ごと吹き飛ばす。そういう人だ。

 

彼女を怒らせてはいけない。

彼女の前で雑音を立ててはいけない。

彼女にセクハラをしてはいけない。

 

さもなくば、死ぬ。

 

 

彼女はやがて、麗人が率いる冒険者達に包囲されるも、たった一言呟いて聞き慣れた音色を奏でて、その場から消えうせた。冒険者達は倒れている商人ともども地に伏して、呻く。圧倒的。圧倒的な力量差によって彼女達は蹂躙された。

 

そこで景色は暗転し、次に見えるのは―――

 

 

地獄だった。

 

 

花火が上がっていた。

人を焼いて打ちあがる花火だった。

人に向かって放たれるは、魔力によって精製された魔法(はなび)だった。

人に向かって迫るは、人の命を火薬として打ち上げられた、爆弾(はなび)だった。

 

無辜の民は焼かれ、斬られ、血を流し、玩具のように、弄ばれ辱められた。そこに女も、子供も例外はなく、無慈悲に、無意味に命を刈り取られていた。

 

金髪のエルフの少女はその光景を見て絶望して木偶と化し。

大和撫子はそんな少女に激を飛ばす。

 

 

「考えるな! 動け! 戦え! 1人でも多くの命を救え!」

 

黒髪の少女もまた、声を震わせながら地獄の中で戦っていた。

 

火の粉が舞う。

命が舞う。

血が地面を湿らせ、土を潤す。

平和な街並みなどそこになく、人の笑顔などそこにはなかった。

 

どこかで避難誘導する狼人の少女は、住人が目の前で死んでは涙を流し

どこかで民間人に避難場所を伝える桃色髪の少女もまた、目の前で爆発した命に苦痛を漏らした。

 

救えはしない。

巣食っているのは、絶対的な『悪』であった。

 

それは初めての感覚だった。

 

(夢の中で・・・歩ける・・・感じる・・・)

 

強制的に場面が変わるだけのものではなく、自分の足で確かに歩いていた。

耳を塞ぎ、歯をガチガチと震わせて、少年は地獄を歩いていた。

 

目の前で人が殺されそうになって手を伸ばすも、透けてしまい結局は命が刈り取られる。

地獄の中で、護衛も付けずに冒険者達に鼓舞をかける女神を見た。

 

胡桃色の髪の美しい女神だった。

 

彼女に無茶なことをするなと、後から旅行帽を被った橙黄色の髪の男神がやってくる。そんな2人を通過して、どこかへと引き寄せられるように足を動かした。

 

右も左も、見渡す限り、地獄だった。

燃えていない場所なんてない。どうしようもない世界だった。

 

やがて、鎧を着た大男に蹂躙される冒険者達を見た。

果実のように、柔らかく足を寸断され、その地に命の滴を噴出させていた。

 

「脆いな。柔すぎる。いつから冒険者は腐った果実と化した?」

 

(やめて・・・叔父さん・・・やめて・・・)

 

()()()()()()()?() 喰らってすらいない。どこまで俺を失望させる、オラリオ。」

 

 

よくよく考えてみれば、思い返してみれば、叔父の鎧を着た姿を見たのは初めて会った時くらいだろうか。戦っている姿を見るのは、この夢が初めてだっただろうか。あまりにも、悲しすぎて目を背けたくなった。

 

けれど、そんな少年の思いは許されず、現実を叩き込まれるようだった。

 

『―――お前があの時、止めなかったからこうなったんだ。』

 

『お前があの晩、眠りさえしなければ・・・この地獄はなかったかもしれないな』

 

『悪いな少年、コレが事実だ』

 

そんなことを、背後から聞かされた気がした。

振り向いても誰もおらず、少年は涙を流して地獄を歩いた。

やがて辿りついたのは、路地の1つだった。

 

――彼女が、義母がいた。

 

ローブを羽織ったままの義母が。

彼女の前には、翡翠色の髪のエルフがいた。

 

「何をしている?」

 

「忌むべき雑音、だが二度と聞くことのない旋律。それに耳を傾けている。」

 

周囲から木霊する悲鳴に、彼女は静かに耳を傾けていた。

ただただ、それだけだった。

 

「私なりの拝聴にして黙祷だ。いくら煩わしくとも、いざ失われるとなれば惜しむ。それが人だろう?」

 

「貴様の所業は、人のそれではない。貴様の足もとに広がっているもの、それは何だ?」

 

エルフの言葉の後に、義母の足もとには幾つもの人だったものが転がっていた。

どれもコレも、既に、雑音すら放つことのない肉と化していた。

 

(お義母さん・・・)

 

義母に手を伸ばす。

離れたくなくて、こんな地獄だというのに、彼女に手を伸ばそうとして

 

 

沢山の屍(ガラクタ)

 

 

その余りにも冷たすぎる言葉に、伸ばした手が固まった。

 

 

『これもお前のせいだ。お前が義母を離さなければ、ここにはいなかったかもしれないというのに』

 

『お前が眠らず、俺をあの晩追い払っていれば、2人はこんなことをせずにすんだかもしれないのに』

 

 

また、耳元で囁くいやな声が聞こえた。

 

 

『絶望するのは早すぎる。』

 

『これは、まだ、序の口だぞ?』

 

と、囁かれた。

だから、振り向いた。

 

 

今度は、また別の場所に立っていた。

わざとらしく、それを見せ付けるように、高台の上に、少年は立っていた。

 

少年の視界に映るのは――

 

(光の・・・柱・・・? )

 

 

神の一斉送還による、さらなる地獄だった。

幾本もの光の柱が天を穿つ。

それによって恩恵を失った眷族達がまともに動けなくなり、いっそう命が収穫されていった。

狂った女によって塵屑のように、蹂躙されていった。

 

 

ひとーつ。

 

ふたーつ。

 

みーつ。

 

よーっつ。

 

いつーつ。

 

 

見逃すな、見届けろ。

お前が目を離すことは許されない。

そう言う様に、耳元では光の柱が上がる度にカウントが入っていた。

 

地上では悲鳴以外の声はなく。

赤くない場所などどこにもなかった。

 

都市の中央。

ギルドもそれは同じだった。

止まらない殺戮。

一斉に消える【ファミリア】。

誰も彼もが絶望に染め上げられた。

 

 

「壮観だな」

 

むーっつ。

 

「ああ、景色だけはな。 だが目を閉じれば―神もやはり雑音だ。」

 

 

大好きな2人の英雄が、零落する地獄を、見せられた。

歯をガチガチと震わせ、体を震わせ、瞼からは絶えず涙が溢れた。

 

ななーっつ。

 

(僕のせい・・・?)

 

やーっつ。

 

『ああ、そうだとも。大神(ゼウス)にせめて口聞きしていれば、止めてくれたかもな?』

 

ここのーつ。

 

視界を焼き潰すほどの、光の柱がさらに天を穿つ。

 

 

『【生贄】は終わった。さぁ――行こう』

 

その声とともに、ガクンっと引っ張られる。

否、突き落とされた。

 

2人と1柱が確実に見える場所に。

 

 

『――聞け、オラリオ』

 

橙黄色の男神も、胡桃色髪の女神も、少年の知るいつもの表情はすでに消え、目を見開いて汗を垂らし、少女達の中には都市が終わったと、もうどうしようもないと心を半ば折れた者がいた。

 

『――聞け、創設神(ウラノス)。時代が名乗りし暗黒の名のもと、下界の希望を摘みに来た。』

 

 

零落せよ、零落せよ。汝が英雄よ、零落せよ。

 

『『約定』は待たず。『誓い』は果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握り潰す。』

 

歌を奏でしエルフは絶望し。

 

『全ては神さえ見通せぬ最高の『未知』――純然たる混沌を導くがため。』

 

刀を取った女もまた、無力を知り。

 

『傲慢?――結構。 暴悪?――結構。』

 

正義を求めた赤き女もまた、己の主を守ることしか出来ず。

 

『諸君等の憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。』

 

星の乙女達は、成すすべなく己等が背負いし『正義』を陵辱された。

 

『――我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!』

 

舞台に立つは、邪悪の権化。

舞台に上がるは、汝の家族。

 

零落せよ、零落せよ、汝の英雄よ、零落せよ。

 

『冒険者は蹂躙された! より強大な力によって!』

 

光の柱は天を穿ち、子らは絶望の歌を奏でるだろう。

 

『神々は多くが還った! 耳障りな雑音となって!』

 

大地は命の滴を持って潤され。

 

『貴様等が『巨正』をもって混沌を退けようというのなら! 我等もまた『巨悪』をもって秩序を壊す!』

 

より深き絶望が花を咲かすだろう。

 

『告げてやろう。今の貴様等に相応しき言葉を。』

 

汝が掲げし【正義】など、所詮は紛い物。

汝は咎人。汝は英雄を救わなかった罪人なり。

 

『―――脆き者よ、汝の名は【正義】なり。』

 

零落せし英雄の子よ、汝に相応しき言葉を告げてやろう。

 

―――弱き者よ、汝の名は【咎人】なり。

 

(・・・・・・・・)

 

『滅べ、オラリオ。――我等こそが『絶対悪』!!』

 

 

少年の知る英雄は、冷たい瞳の神と共に立ち、少年を見下ろしていた。

悲しく、冷たく、胸を砕かれる痛みを持って、少年は悲鳴を上げた。

 

 

零落せよ、零落せよ―――汝もまた、零落せよ。

 

 

■ ■ ■

 

「ぁああああああああああああああああああっ!!」

 

冷たい床、そこでのた打ち回るように悲鳴を上げる少年がそこにはいた。

それを落ち着かせるように、押さえるように抱き寄せるのは着物を着た黒髪の美女だった。

 

周囲では既に戦闘が終わったのか、『バルカの怪物』だったものが沈黙を貫いており、治療師たちが手分けして冒険者達を癒している最中だった。その中の1人、聖女が少年の絶叫を聞いて振り返り、走り寄って来る。周囲の冒険者も同じく、少年の聞いたこともないような絶叫に肩を揺らして振り返った。

 

「ベル!落ち着け!!落ち着け!!」

 

「兎、大丈夫だ! 大丈夫だから落ち着け!!」

 

「胸を押さえて・・・痛むのですか、ベルさん!?」

 

胸を握り締めるように押さえ輝夜に抱きしめられながらも悲鳴を上げる少年を見たアミッドは、輝夜に床に寝かせるように言い聞かせ、数人がかりで押さえつけさせた。

 

「すいませんベルさん・・・少しだけ我慢してください・・・!」

 

「~~~~~~!!」

 

「どうなってんだこれはよぉ・・・! アタシはこんな兎見たことねえぞ!?」

 

「私もだ。・・・・精霊の魔法を使って精神枯渇(マインドダウン)を起こした故に倒れたと思ったが・・・」

 

「いえ、そっちは正しいかと。あれほどの魔法は・・・倒れて当然です。恐らく今ベルさんの身に起きているのは、倒れた後のことです」

 

「・・・各員、次の行動に備えろ。残っている道具でアミッドとベルの治療を最優先。ティオナ、ティオネ、アミッドを手伝ってやってくれ。」

 

輝夜、ライラ、そしてフィンに命じられたアマゾネス姉妹が少年が暴れないように押さえつけ、アミッドはシャツを捲り上げた。しかしそこには何もなく、触れてみれば、通常よりも熱が上がっている程度。今度はうつ伏せにさせ、背中を確認。

 

 

「おいおいおい・・・!?」

 

「ねえこれって、どういうこと!? なんでこの子の恩恵、ロックがされてないの!?」

 

「いいや、アストレア様はロックをし忘れるなんてことはない!!」

 

「じゃあなんだっていうのよ!?」

 

「・・・・」

 

 

アミッドは神聖文字(ヒエログリフ)が読めないながらも、少年のステイタスを載せた羊皮紙を女神からもらったこともあり、1つずつ指でなぞっていく。高い体温、もっとも熱いのは、背中だった。

 

「・・・・2つ、でしょうか」

 

「・・・・?」

 

「おい聖女様、何が2つなんだ?」

 

「熱を最も放っている場所です。」

 

「どこだ?」

 

「ここと・・・ここ・・・です」

 

 

指で示された場所は、スキル、魔法とでそれぞれ1つずつ。

姉2人は記憶を総動員して思い出す。

その項目にあるのは。

 

スキル

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響発生時、効果向上。

 

魔法

■【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)

 追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】

 

 

の2つだ。

 

 

「おいおい・・・勘弁してくれよ・・・天に還ってまで・・・こいつに何か恨みでもあんのかよ・・・」

 

「いや、アストレア様が言うには、少なからず『神威』を受けた影響ではないか・・・ということだが?」

 

「幼少期に受けた『神威』に加えて、黒い魔道書・・・でしたか?それも関係しているのでは? 何か心当たりは?」

 

「・・・・・たまに、たまにこいつは、自分が知るはずのない夢を見る・・・という」

 

 

アミッドは今まで見てきた少年の様子を振り返って、『義母を探しているような素振り』をしていたりするのを思い出してそれも現在の症状に関係ありと判断。フィンに一度視線を向けるも、フィンもまた、少年が倒れる寸前のことで思考を回し親指を睨んでいた。

 

「・・・・効果があるかはわかりませんが、やらないよりマシでしょう。治癒魔法で癒します。」

 

(これはもう・・・病気と言ったほうがいいかもしれませんね)

 

 

■ ■ ■

 

「・・・彼は、落ち着いたかい?」

 

「ええ、すいません手間を取らせてしまって。」

 

「いや、彼の魔法があったとはいえ、補給が必要な者はいる。気にしないさ。それで、容態は?」

 

「・・・背中に浮かび上がっていた恩恵が、熱を冷ましたように消えました。ああ、()()()()()()()というわけではございません。そこはご安心を」

 

冒険者の一団は、部隊の再編成を行っている最中だった。

フィンは輝夜の膝を枕に眠る少年の横に膝を折り腰を下ろしてアミッドに容態を聞いて再び親指を舐めた。

 

「彼は今までダンジョンで倒れたことは?」

 

「さぁ・・・わからねえな・・・ないとは言い切れねぇ」

 

「今回のことのように、叫びあがることは?」

 

「少なくとも本拠ではございません。そんなことがあれば、大騒ぎになっておりますので」

 

「・・・だろうね」

 

フィンは少年の前髪を掻き分け、顔色を見る。

血色は問題ない。

呼吸も安定している。

脈も落ち着いている。

ごくごく普通に、輝夜に頬を撫でられ安心したような顔をして眠っている。

しかし、目元は涙が流れた後が残っていた。

 

 

「例の黒い魔道書とやらは、どういう効果なのかな? 愚者(フェルズ)

 

手に持つ水晶の魔道具に声を落とすと、少し間が開いた後に返答がやって来た。

 

『それは、私が昔作り上げた魔道具を改良したものだ。』

 

「ほう・・・元々はどういった用途だったのでございますか?」

 

『別の肉体に記憶を移すこと・・・それはある種の不老不死なのではないか? そうして作り上げた物だ。だがしかし』

 

「記憶を植えつけられた肉体は、その莫大な情報量に耐え切れずに死滅した。だね?」

 

『ご名答だ、【勇者】。だから私は、その魔道具を処分した・・・・・はずだった』

 

「だったって・・・お前なぁ・・・」

 

『元々は、魔道書ですらなかったんだ。だから私ですらすぐには断定できなかった。元は、液体・・・ポーションのような物だったんだ。神の血によって恩恵を・・・そして、その眷族が歩んだ冒険を刻んでいくように、自身の血を持って・・・とね。』

 

魔道書になったのは、何者かが偶然にも処分したはずのものを拾い上げてしまい改良したのだろう。もはやその何者かを探し出す術等ないが・・・。水晶の奥からはそんな声。

 

「それで? 魔道書になって魔法を発現させるだけじゃないってのは何でだ?」

 

『君達は、()()()()()()()()使()()できる血潮の筆(ブラッド・フェザー)という魔道具を知っているかい?』

 

「アンドロメダが造ったやつだな」

 

『正解だ。【大和竜胆(やまとりんどう)】。それと似たようなものを、暗黒期の中で造ったのかもしれない。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()という手法でね。断片であれば負担は少ないはずだ』

 

「おもいっきり、負担がでてるじゃねえか」

 

恩恵が勝手にロックが解除されるわ、絶叫してのた打ち回るわ、体温は上がるわ、とライラは水晶越しに『てめぇちゃんと処分しやがれ、燃やすぞ骨!!』と脅迫。

 

 

「・・・・負担が今回出たのは、恐らく彼自身にあるんじゃないかな、ライラ?」

 

「・・・・あん? 何が言いてぇんだよ、勇者様」

 

「彼は、Lv.4だ。そんな彼がギリギリ耐えられる・・・まあそのギリギリのラインはわからないけれど、一定の基準でもあったんじゃないか? そして、彼自身にあるということについては、僕達は一瞬だけど、はっきりと聞いたはずだ。精霊の魔法が消されたあの瞬間に。」

 

『こちらからは特に。』

 

「ちっ・・・できれば空耳だと、幻聴だと思いたいぞ」

 

「同感だ。ただでさえ化物女だったんだぞ? 化物になって生き返ってどうすんだ?」

 

「おまけに、彼女の棺桶は空だと聞いた。さらに・・・これは推測だが・・・」

 

 

そこで沈黙。

部隊を再編する冒険者達を他所に考察しあう数人の冒険者達。

誰もが黙るフィンを見つめていた。

 

「アーディ・ヴァルマ、そしてさっきの『バルカの怪物』と似た事例なのではないか。僕はそう思う」

 

「死体使って、こいつの母親をモンスターにして宝玉の胎児を埋め込みましたってか!?」

 

「ライラさん、声を抑えてください! ベルさんが眠っているとは言え、聞こえたら一大事ですよ!?」

 

「あ・・・あぁ、すまねぇ【戦場の聖女(デア・セイント)】・・・」

 

「あとは・・・そうだね・・・・・彼は優しすぎる。だから、心のどこかで、『2人がいなくなったのは自分のせいなんじゃないか』と考えていてもおかしくはないだろう。だから、今回はより一層、自分を責め立てるような夢を見たんじゃないかな?」

 

 

フィンの考えは、正解だった。

ベル自身の心の内、口にはしないながらも感じる罪悪感やそういった考えから、今までにないものを少年は見ていた。

 

 

「何を見たと思う、ライラ・・・私はもう、だいたい想像がついた。ついてしまった」

 

「奇遇だな。アタシもだ」

 

「なら、合わせて言って見るかい?」

 

3人は視線を交わし、同時に口を開いた。

少年がどんなものを見たのかを。

 

 

「「「 大抗争、神の一斉送還。 2人の英雄が零落した瞬間。 」」」

 

 

たらり・・・と少年の瞼から、滴が床に零れる。

口からは小さく、『ごめんなさい』を繰り返す声。

聖女は痛々しいものを見るように少年の頭を撫でては手を握り締めた。



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邪悪羽化

「・・・・・ん・・・ぁ・・・?」

 

 

日差しのような光が、葉と葉の間を貫いて、顔を照らす。

ぼんやりと、碌に回らない頭を無理やり回転させて、自分が覚えている限りの最後の場所は『人工迷宮』であったと思い出して、上体を上げる。

 

 

「目が・・・覚めましたか?」

 

隣から、聞き慣れた女性の声。

起こした体を支えるようにして、背中を優しく摩ってくれていた。

出会った時から何かと気にかけてくれている、そんな女性が、隣にいた。

 

 

「・・・・アミッドさん?」

 

「ええ、私です。どこまで覚えていますか?」

 

「えっと・・・・」

 

 

精霊の魔法を使って気を失ったこと。

酷く怖い夢を見たこと。

胸と背中が熱くて、まるで焼かれているようだったということ。

夢に現れる黒い神様はやっぱり黒い神様だったということ。

大好きな人が、目の前で人を殺すところを見てしまったこと。

 

「やはり、あの魔法を使って倒れるまでしか覚えていないのですね・・・。ここは、18階層です」

 

 

自分の役目は終わり、戦闘不可能だと判断された貴方を連れて撤退せよ。というのが【勇者】の判断。同行者としてあの場にいた輝夜とライラ、そして【ディオニュソス・ファミリア】、アスフィ、ファルガー以外の数名の【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】から数名に、アミッドのお付とも言える治療師2名がいるが、現在少年と聖女がいる場所にはそのお付の2名しかいない。

 

「輝夜さんとライラさんは、アリーゼさんに魔道具で連絡をしたのち、他の方々とリヴィラに向かって異常がないかの確認をしに行かれました。」

 

「・・・・どうして、18階層に?」

 

「地上に戻るべきかとも思ったのですが、あなたを一度、寝かせられる場所に移したいと輝夜さんが仰っていたので。」

 

「そんなに僕・・・酷かったんですか?」

 

「ええ、それはもう。・・・・今までにこのようなことはありましたか?」

 

「・・・・・たぶん、ない・・・と思います」

 

「もう少し、横になっていても構いませんよ?」

 

「大丈夫です・・・僕は、大丈夫・・・・・」

 

 

頭を抱えながらも、水を持ってきてくれた治療師の少女からコップを受け取ってそれを飲み干し、アミッドに自分が意識を失っている間の話をしてほしいと頼み、アミッドはフィンの考えを伝えることにした。

 

・もう既に真っ当な手段で形勢を覆すことはできない。

・あるとすれば、『精霊の分身(デミ・スピリット)』を解き放ち、暴走させること。

・その場合は、一度撤退し、戦備を整えた『第二進攻』で決着をつける。

・【アストレア・ファミリア】が怪しいと踏んでいる【ディオニュソス・ファミリア】については団員から監視の目は離さない。

・もともと一度の進攻で人造迷宮にひそむ勢力を殲滅できるとは思っていない。

・今回の進攻はあくまでも迷宮構造の把握と闇派閥の一網打尽。

・それがほぼ叶った今、『精霊の分身(デミ・スピリット)』は後回しで構わない。

 

 

「次の第二進攻まで、藪をつつく真似をするつもりはない・・・ということです」

 

「・・・・なるほど。」

 

「ですが・・・【勇者】は何か違和感を感じておられましたね。私もですが」

 

「?」

 

「ベルさん・・・貴方が放った精霊の魔法は、()()()されました。 今も胸の中に残っていますか?」

 

 

精霊の魔法が無効化された。それに目を見開くも、登録が残っているかと言われすぐに意識を集中してみるも無くなっていた。つまり、少年は結果的に無駄撃ちをしたということになる。

 

「・・・・ごめんなさい」

 

「しょげないでください。それに、ベルさんの魔法を無効化したのは『バルカの怪物』ではありません」

 

「え?」

 

「あの場に、恐らくは一瞬だけ・・・・別の()()()がいたのです。盤面を引っ搔くだけ引っ搔いて、すぐにいなくなってしまった。」

 

「じゃあ、どうやって倒したんですか?」

 

「私の魔法で癒しました。・・・・・いえ、正確には『解呪』しました。それで、あの怪物は事切れました。」

 

「アミッドさん、ランクアップしてそうですね」

 

「ふふ、それでしていれば儲けものというものですよ・・・さ、顔色もよくなってきましたね。立てますか?」

 

「はい」

 

先に立ち上がったアミッドに手を差し伸べられて、それを取り立ち上がる。

そこに丁度、同行していた冒険者達が戻ってきた。

片方は水浴びをしていたのか髪が濡れており、片方はなにやら焦っている顔をしていた。

 

「輝夜さん・・・ライラさん、どうしたの?」

 

焦っていた・・・というより、何か嫌な予感めいたものを感じているのか輝夜とライラの表情は晴れなかった。

 

 

「・・・・リヴィラで殺しがあった・・・と思う。」

 

 

その言葉に、その場に集まった冒険者達は目を見開いて固まった。

しかし、2人の口ぶりははっきりとしないものだったために全員が首をかしげた。

 

 

「あの、輝夜さん。『思う』とは?」

 

「・・・正確には確認はしていない。近づいた時点で死臭がした。あとは、煙が昇っていた。」

 

「近くにいたボールスのやつが、『今リヴィラに入ったら死ぬ』とまで言ってやがったからまずはお前等の無事を確保するしかねえと思って戻ってきた」

 

「ボールス・・・さん?」

 

「あの、輝夜さんの後ろに隠れるのやめてもらえませんか、ボールスさん。」

 

「お、おう・・・悪ぃ・・・【夢想兎(トロイメライ)】。別に寝取ったりしねえよ・・・というかそんな気分じゃねえよ」

 

「安心しろベル。今、この男のナニは縮こまって使い物にならんぞ?」

 

 

ボールス・エルダー Lv.3 

リヴィラの頭目。

眼帯の男。

武器マニア。

 

 

彼は冒険者達の中でたった1人、一番顔色が悪かった。悪夢でも見たかのように。

 

 

「・・・あの、何があったのですか?」

 

「俺の手下が・・・全員死んだ」

 

「「「は?」」」

 

「ほ、本当だ!! いきなり、どっかから現れやがって・・・・ローブをいきなり脱ぎ捨てたんだ!! そこから急に悲鳴やら・・・建物が燃えるやら、一瞬だった。逃げ切ったやつもいるが・・・今はチリジリだ。地上に向かう道は塞がれてねぇからそっから逃げた可能性はあるがよ・・・」

 

「何故、貴様は街の外で隠れていた? 逃げればよかっただろう」

 

「お、俺の手下があっけなく殺されたんだぞ!? せめてどんな奴かくらい確認しておかねえと・・・!!」

 

「魔法は? 魔法は使われたのですか? その犯人は」

 

「・・・・・いや、少なくとも使ってないはずだ」

 

 

ボールスが言うには、街に現れたのはローブで全身を隠した2人組み。ローブを纏ったような奴、訳ありそうな奴なんてのはリヴィラに決していないわけではなかった。実際、過去に顔の皮を剥がされたとある派閥の冒険者は全身を鎧で着込んでおり誰なのか恩恵を暴くまでわからなかったし、その犯人もまた、姿を隠していたために『女』であることしかわからなかった。

 

「なぁ・・・リヴィラで素顔を隠して入り込むの、やめにしねえか?」

 

「はっ、じゃあいっそ全裸以外お断りにするか?」

 

「私は構いませんが?」

 

「・・・」

 

「待てベル、冗談だ。冗談。そんな目をするな」

 

「・・・・・どうするの、輝夜さん」

 

 

この場の指揮官は現在、【アストレア・ファミリア】副団長の輝夜にある。

全員それに異を返すことなく、輝夜に視線を向けて指示を待つ。踏み込むのか、撤収するのか。

 

 

「・・・・・殺人とあれば、私達が放置するわけにはいかない。」

 

「ま、そうなるか・・・。」

 

 

ライラは輝夜から眼晶(オクルス)を受け取り、少し離れて、未だ迷宮内のアリーゼ達に連絡をつける。

輝夜は一度、【ディオニュソス・ファミリア】の数名を見て、彼女達は全く何も知らないのだと察した上で

 

 

「貴様等【ディオニュソス・ファミリア】はここで待機だ。【ディアンケヒト】の治療師もだ。【ヘルメス・ファミリア】は数名ほど同行してもらいたい。手がほしい。【ロキ・ファミリア】は・・・」

 

「手伝います。ただ待っていてもしかたありませんし」

 

「団長からも、貴方の指示にしたがえ・・・と言われているので」

 

「わかった、助かる。しかし数名はここで待機だ。」

 

「な!? わ、我々【ディオニュソス・ファミリア】もともに!!」

 

「ダメだ。」

 

「・・・理由を、理由をお聞かせください」

 

「・・・我々もまだ疑いの段階でしかない。だが・・・今、貴様等の派閥は()()()と見られている。何についてか、わかるか?」

 

「い、いえ・・・」

 

「貴様等の主神が、都市の破壊者(エニュオ)ではないか。という疑いだ」

 

「・・・・どういうことですか?」

 

「アウラ・モーリエルは生きているぞ」

 

 

その輝夜の言葉に、死んだとされている副団長が生存しているという言葉に、驚きを隠せないのは【ディオニュソス・ファミリア】の少女達。本当かどうかは地上に戻ってから確認しろ、ただし今お前達は命の危険も含めて自由に行動させるわけにはいかない。そう捲くし立て反論する時間も与えず、輝夜は準備に取り掛かった。

 

 

「・・・輝夜さん」

 

「・・・・何だ、ベル」

 

「僕も・・・行く」

 

「・・・・」

 

「・・・・置いていかないで」

 

「だが・・・」

 

「お願い・・・します」

 

「・・・・・はぁ。わかった。しかし、倒れるようなことはしてくれるなよ?」

 

「うん」

 

「でしたら・・・私も行きましょう。マルタ、ベルナデット、ここはお願いします。」

 

「「は、はいっ!」」

 

「アミッドさんも来るの?」

 

「貴方を治せるのは、私しかいませんので」

 

「・・・ごm」

 

「謝罪は不要です」

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の2人の治療師に指示を出し、同行の意を唱えるアミッド。それに対して、謝罪をしようとしたところを人差し指で唇を押さえられる少年。その光景を見ていたリヴィラの頭目は後に語る。

 

 

『あれは間違いなく、デキてやがるぜ・・・・!【夢想兎(トロイメライ)】、とうとう【戦場の聖女(デア・セイント)】まで手篭めにしやがったか・・・ったく羨ましいぜ・・・・』

 

 

 

宿場街(リヴィラ)に向かった冒険者】

 

■【アストレア・ファミリア】

・ゴジョウノ・輝夜

・ライラ

・ベル・クラネル

 

■【ディアンケヒト・ファミリア】

・アミッド・テアサナーレ

 

■【ロキ・ファミリア】

・クレア

・レミリア

・ロイド

 

■【ヘルメス・ファミリア】

・ポック

・ポット

・エリリー

・ホセ

 

 

■ ■ ■

 

 

ぐちゃぐちゃ・・・ぶちぶち・・・肉を喰いちぎる音がした。

ごうごう・・・・ぼうぼう・・・建物が燃える、人が燃える音がした。

 

リヴィラはまさしく、死の檻と化していた。

燃えていない建物、そして地面に生え渡る水晶にはペンキをぶちまけた様に血が滴って赤く染めていた。

 

その中心地、死体を山の様にして、貪るのはローブを着た細身の存在だった。ローブから零れる様に、灰色の髪が揺れているもガツガツと肉を食らっていた。

 

 

「全く・・・人工迷宮(クノッソス)で勝手に動き出したかと思えば大人しく戻ってきて・・・貴方に取り付けられている魔道具、やはり精霊のせいでしょうか・・・()()()ではありませんね。まぁ堕ちた精霊を調教(テイム)できるとは思っていませんし私は調教師(テイマー)ではありませんが。」

 

 

ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。

ぶちぶち・・・と後ろで腰かけて独り言葉を零す男を無視して、食事をする。

口元は既に赤く染まり、その様は余りにも汚かった。

 

「淑女ならばもう少し綺麗に食べてもらいたいものですね・・・・。いくら貴方の体を保たせるためとはいえ、雑すぎる。まぁ・・・良いものを見せていただいたので不問としましょう。ああ、やはり血の色は良い。」

 

男はどこか酔いしれたように、事の始まりを思い返す。

宿場街の中心まで移動した後、ローブを脱ぎ去り、()()に『食っても良い』と一言。たった一言囁いただけで、冒険者の街は死の街へと変わった。

 

魔法を使うでもなく、その爪で切り裂かれ、貫かれていった。

倒れた冒険者がランタンを倒し、それが一気に火災へと変わり街は燃え上がり地獄に変わった。

数人逃げたが、気にするわけでもない。

『全滅させろ』などという命令などないのだから。

リヴィラにいた冒険者など、『補給源』として利用したにすぎない。

 

「神タナトスには悪いと・・・いや、神に謝罪など不要でしょう。エニュオなどという姿もわからない存在に指示されるのも癪ですが・・・・エレボスが見初めた子が、英雄の子がいるのであれば、そちらを優先したくもなります。」

 

『・・・ァ・・・アァ・・・・?』

 

「ああ、いえ・・・・お気になさらず。しかし、少しは綺麗に食べてはいかがですか?」

 

『・・・・・・・・・・・』

 

「はぁ、会話・・・いえ対話は不可能。全く、何故私がこのようなことを・・・・世界是正のためとはいえ・・・これならばまだ人工迷宮(クノッソス)の方が楽しめたのでは?」

 

 

男は、仮面の人物からの指示・・・正確には仮面の人物を介したエニュオの指示で動いていた。

あくまでもたった1人の少年を壊すためだけに。

男は東端に目をやると、土を蹴り上げ走ってくる冒険者の気配を感じ取る。

 

「そろそろあちらも・・・・・と、来てしまいましたか。」

 

「貴様・・・やはり生きていたか。【顔無し】」

 

「おやおや、覚えていただいていたとは。正義の眷族のお方」

 

「・・・・忘れたかったがな。貴様がこんなところにいるなど、考えたくもなかった」

 

「てめぇ・・・こんなところで何してやがる」

 

 

輝夜、ライラを筆頭に、冒険者達が武器を構えて対峙する。

【顔無し】と呼ばれる男は笑ったような表情のまま武器を構えることもなく立ち上がる。

 

「何を、と言われれば・・・・彼女の食事に付き合ってあげているだけですよ」

 

「うっ・・・嘘でしょ・・・人を・・・食べてる・・・!?」

 

それは、【ロキ・ファミリア】の女性冒険者の声だった。

人の体を貪るように、ソレは食いついていた。

それを見て気分を悪くするのは冒険者達。姿は未だローブのせいで見えず、けれど灰色の髪がチラリと見えてそれに震えるようにゾッとした2人の正義の眷族は、条件反射のように少年を背後に隠してソレを見えないようにした。

 

 

「か、輝夜さん!?」

 

「お前は見るな!!」

 

「やべぇ・・・すっげぇ鳥肌が止まらねぇ・・・!! テメェ、顔無し、ソレは何だ!?」

 

「『何だ』と言われましても・・・・死神(タナトス)の命で複数の素材から生まれたモノ・・・死神(タナトス)が目に止めた子供の願いを叶えたその結果・・・としか」

 

「ありえねぇ・・・」

 

「死者を辱めて・・・なんとも思わんのか、貴様等外道は・・・!」

 

 

 

それは、同じくして人造迷宮で道化の神(ロキ)から死神(タナトス)へと投げられた言葉だ。

それに対する答えは無論。

 

 

 

「「いや・・・まぁ、別に。何も?」」

 

 

というものだった。

男は微笑を浮かべたまま手を叩く。

その音にピクリと体を反応させたソレは、ゆっくりと立ち上がりゆらりゆらり・・・と体を揺らした。

 

 

「ええっと・・・そうでした。私は、その少年の名を聞いていませんでした。」

 

「あ?」

 

「是非、お聞きしたい。仮にも英雄の生まれる都市の冒険者。そして、私が憧れる英雄の1人でしょう?・・・是非、お聞かせください」

 

 

『英雄に憧れている』

 

それは、この男には含まれない。

その言葉、いや、男のあり方を暗黒期で対峙した輝夜はしっている。全くもって違うことを。

 

 

「教えると思っているのか? 破綻者」

 

「輝夜さん・・・?」

 

 

自分の後ろから決して前に出ないように右腕で制する輝夜に、明らかに普段とは違う様子だと理解した少年はただただ姉の顔を見つめようとするしかなかった。

 

 

「・・・・そこに隠れている少年」

 

「?」

 

「私はかつて、貴方のご家族と共に行動していたことがありまして・・・・」

 

「黙れ」

 

「チッ・・・失敗した。」

 

「お義母さん・・・?」

 

「まさか息子がいるとは知らなかったのです。知っていれば会いに行きせめて挨拶をしていたというのに・・・・」

 

 

白々しく、男は語る。

共に行動していたなどと、よく言ったもの。

少年にふと視線を向ければ、スキルで何かを感じているのか体は震えて輝夜の着物の袖を摘んで隣にいる聖女の手を握っていた。普段であったなら可愛らしい行動も今は余裕を失くす一手に変わっていく。

 

 

「是非・・・・貴方のお名前を聞かせていただけませんか? 少年」

 

 

「・・・・・ベル、ベル・クラネル」

 

 

それが、トリガーだった。

 

 

『ァ・・・・アァ・・・・ァアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

「くっは・・・あっははははは・・・!! ああ、いいですよ!迎えに行ってあげなさい!!」

 

「くそ、こいつ等、最初から兎狙いかよ・・・!!」

 

ローブで姿を隠したソレは、猛スピードで急接近し少年に掴みかかり

 

 

『・・・・貴方・・・・ベル?・・・』

 

「・・・・お義母・・・さん・・・?」

 

 

男ともどもそのまま逃走を開始した。

 

 

「お、追いましょう!?」

 

「応援を呼ぶべきでは!?」

 

「命の恩人を放っておけないわよ!?」

 

「ベルさん!? ベルさんっ!!」

 

ヘルメス、ロキの眷族達はどう行動すべきか声を張り上げた。

走りながらも輝夜はライラを見て、ライラはすぐに眼晶(オクルス)に叫び上げ、追いかけることにした。

男とローブを着たソレは19階層大樹の迷宮へと飛び込み、グングンと下層へと向かっていく。

 

後を追う冒険者達は何故少年が狙われているのかもわからず、ただただ追いかけた。

 

 

「くそ・・・! 本当に死体から生み出したのか!?」

 

「笑い事ですましてぇ・・・なぁ、笑っていいか!?」

 

「笑えるものなら笑って見せろ!!」

 

「・・・ちっ、無理だ!!」

 

 

そうして25階層、巨蒼の滝(グレートフォール)が見える水の迷都に踏み込んだ時、それがさらなるトリガー。

2人組は飛び降りたのか、既に27階層で待っていた。

 

 

「・・・待ってる?」

 

「どうして?」

 

「・・・・やべぇ」

 

「ライラ、どうした?」

 

「―――全員、走れぇぇぇぇ!!」

 

 

何かを悪寒を感じ取ったライラは大声で叫び上げた。

それに合わせるように、退路を塞ぐように、後方から爆発がおき始めた。

 

 

 

迷宮に、花火が打ちあがった。




Q.なぜ『顔無し』さんがいる?

A.なんとなく使いたかったから。


ヘルメスFとロキFのメンバーはコミック版ソードオラトリアに出てきた名前です。


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狂乱の宴

※描写的にキツイ人がいると思うので注意してください。


死にます。
死亡描写が苦手な方、すいません。
ここから先『深層編』は暗くなると思います。


「あーぁ・・・してやられた。というか、完璧に嵌められた。俺はてっきり()()とあの白髪の子を2人きりにするものだとばかり思っていた・・・いや、そのつもりだったのに・・・」

 

敗北者たるタナトスは、人造迷宮の天井を見て自嘲の笑みを浮かべながら独白する。

彼の正面にいるのは、冒険者達と1柱の神。

 

 

タナトスの言う白髪の少年とやらが、現在、1人の男と1体の何かと対峙し迷宮27階層へと引きずり込まれている中、彼等にもまた、命の危機が迫っていた。

 

 

「『エニュオ』は端からココを『砦』なんて思っちゃいなかった。あれにとってココは『祭壇』。型は――『生贄』」

 

 

フィン率いる派閥連合と神ロキが来る数分前、タナトスは仮面の人物――エインに告げられた。

 

『主から伝言だ。――【此処マデダ。協力ニ感謝スル】』

 

『迷宮都市崩壊の計画は私が遂げよう。冥界に至る道は私が開いてやる。その為に――【贄となれ、死ノ神】』

 

『全ては主の神意のままに』

 

 

それだけだった。

気取られないために姿を現さない。

故に、腹の探り合いなど不可能。

神の化かし合いすら成立しない。

まったく度し難い『利用』だった。

善良な死神は、嵌められた。

 

・始祖から続きし人造迷宮を破壊して回った少年に報いを。

製作者(クリエイター)バルカの怒りである。

 

・あのクソガキをハメ殺してやる。裏切り者のアルフィアめ。

→バレッタの怒りである。しかし彼女は少年の知らぬ場で既に死んでいる。

 

・『お義母さんに会いたい』

→少年の無自覚な願いである。

 

・ならば叶えてやろう。

→タナトスの目にその少年は眩しく映ったから。死者に会いたいなどと片腹痛いが、少年すら気付かぬその願望は膨れ上がる一方であった。

 

・ならば、ともに死なせてやろう。お前の偉業を反転させたうえで。

→エニュオの企てである。

 

 

「―――まったくもってやってられない。ああ、見たかったなあ・・・あの子がどうなるのかを」

 

「神タナトス・・・あの子に、ベルに何をした・・・!? あの子を、壊すつもりか!?」

 

「いいや? あの子は既に壊れているよ【疾風】。だってそうだろう?墓参りだってしているのに、死者に会いたいだとか、面影を探しているんだぜ?」

 

「死んだ家族に会いたい思うことは何も間違ったことではない!」

 

「ああ、その通り。でも()()()()()()()()()()()()じゃないか。」

 

「・・・・は?」

 

「いきなり墓の前に連れて行かれて『貴方の親はここで眠っている』と言われて納得して受け入れられるかい? できたとして、切り捨てられるかい? ずっと会いたがっていたのに? いいや、無理だ。無理なんだよアストレアの眷族(こども)達。確かに死んだ家族、恋人に会いたいという子は俺の信者にもいる。というか、それが殆どだ。でも、あの子は少し違う。『ひょっとしたら』を願い続けてる。それに気付けるのは死の神の俺だけだ。」

 

 

墓はある。

でも、実際にその死に際を知っているわけじゃない。

だから、目の前で死んだところを見たアストレアの眷族とは全くもって違う。

少年にとってその墓は墓ではあるが、墓ではない。

『義母がそこで眠っている』という証明にはならない。

 

「いっそ告げてやれよ。墓を暴いて、義母の死体を見せ付けて『これが私達がしたことだ』と」

 

「・・・・・」

 

「まさか、誰も気付かなかったのかい? それとも放置した? だとしたら君たちの方がずっと惨い。 人ごみの中で親を探していたのを見たことは? 本拠の前で座り込んで迎えに来るのを期待している姿を見たことは? ・・・・正直言って気持ち悪い、あの子は。墓参りしているのに、その辺りチグハグだ。だったら、いっそ見せ付けるしかない。」

 

「ふざけるな・・・あの子の心を掻き毟ることが正しいようなことを言うな!! いったいどれだけあの子を、あの子の心を引っ掻き回せば気が済む!? 」

 

「それこそ、俺の知ったことじゃないよ。結局のところは、俺は神だからさ。つい、触りたくなっちゃうわけよ。」

 

・・・まぁ、あとは『娯楽』が大半だけどね。

遺体を使って怪物を、【精霊の分身】を作り出せないかってアルフィアの墓を暴いて、素材を提供してもらったけど・・・ミュラーちゃんのお陰で『冒険者の怪物化』という事例もあったし、あとは応用で何度か失敗を繰り返して成功した。もっとも、『栄養補給』をしょっちゅうしなきゃいけないからコストが高すぎるんだけどね。

 

「死者まで辱めて・・・あの子は、あの子は今、幸せを確かに・・・」

 

「ああ、噛み締めているんだろうねぇ・・・。君達に対して恨みがあるわけでもない。というか、恨む矛先を自分で決めている。うん、よくわかるよ。その矛先には誰もいないことも・・・ああ、本当に面白い子だ」

 

それだけ言うと、タナトスはもう少年についての話はしなかった。

 

 

「・・・この迷宮のどこかに閉じ込めるか、あるいはダンジョンそのもの・・・例えばパントリーとかに閉じ込めるなりできればそれでよかった。だけどエニュオはそうとうあの子を排除したくて仕方ないらしい。ロキ、()()はまんまと出し抜かれたみたいだよ?」

 

 

その言葉に続くように、ロキの横にいたガレスが持っていた眼晶(オクルス)から悲鳴と激しい交戦音、そしてモンスターの凶悪な咆哮が入り混じるレフィーヤの通信が入った。

 

『ガレスさんっ! 仮面の人物が・・・! モンスターをっ・・・たくさっ・・・操って・・・! 部隊が、後退・・・!!』

 

「レフィーヤ!? おいレフィーヤ、どうした!? 聞き取れん!」

 

 

ロキはそれを耳にしつつ、タナトスの眼差しから目を逸らせない。

少年と共にいる眷族のことも加えて、何か、そう、何か嫌な予感がしてならない。

 

 

「おい・・・偉業を反転させるって・・・なん・・・」

 

駒を打ち合った盤面を俯瞰して、刹那のうちに幾千幾万と繰り返される精査。

王手をかけたつもりで、導き出されたのは誰だったのか。

別の場所で行われていようとする所業とは何なのか。

ロキの思考に理解を示すように、いや共感するように、タナトスは慈悲めいた笑みを浮かべる。

そして、それを尋ねた。

 

 

「ロキ。ここに来るまで、貴方は一柱だったかい? 大切なお仲間は、いなかったかい?」

 

「!」

 

そう尋ねられたロキは、ようやくこの場に男神(ディオニュソス)がいないことに気が付いた。

 

 

『ワシからすれば、お主等が付いてくることの方が大丈夫なのか問いたいところじゃが・・・』

 

『すまんなーガレス! けど、うちらが必要になる時が必ず来る! 絶対、きっと、多分! だからしっかりうちら守ってな~』

 

『すまないね【重傑(エルガルム)】。だが私はともかく、団員達は存分に使ってくれ。眷族の復讐を果たすためにも、私も動かなくてはならない』

 

 

そんな会話をして、一緒に行動していたはずだ。

【アストレア・ファミリア】の眷族で一緒に行動していたのは、リュー、イスカ、マリュー。

そして今一緒に行動していてこの場にいるのはリューのみ。他2名はレフィーヤ達と行動している。この盟主の間へと向かう際に別れた? そう思いロキは眼晶(オクルス)でディオニュソスに声をかけた。

 

 

「おい、ディオニュソス!? 今どこにおる!?」

 

響き渡ったロキの声の後、男神の声が返ってくる。

 

『分岐していた通路の1つだ・・・独断行動は謝ろう。しかし許してくれ。私は・・・仇の首を取る』

 

「なに言うとる!?」

 

『いるんだ。いるぞ。この先に。全ての元凶が・・・私の子を殺めた憎き神がっ』

 

その声には確信があった。

この先に己の仇がいるという真実。

きっとその顔には憤慨と言う名の激情に彩られていることだろう。

 

 

「戻って来い! 今はやばい! 何かが! 何かが起ころうとしとる!! 自分1人じゃあ、あかん!!」

 

ロキの訴えは虚しく、ディオニュソスはやがて開けた空間にたどり着く。

そこには闇が満ちていた。

何も見通せない闇が。

そしてその奥に――ディオニュソスの仇は佇んでいた。

 

『いるな、フィルヴィス?』

 

『はい、ディオニュソス様』

 

短剣を握り締め、闇を追い詰めようと踏み出すディオニュソスは

 

「・・・まて。待てっ、ディオニュソス!? 自分、今、()()()()()()!?」

 

そのロキの叫びに、初めて足を止めた。

 

 

その後の悲劇と共に、同時刻、時間を合わせるように、『儀式』は行われた。

 

 

その日、2つの光の柱が天を穿った。、

貴公子然とした神の眷族は、否、貧窮を司っている神の眷族にされていることに気付くこともなく恩恵を失い。

エルフの少女は目の前で友人の死に様を見せ付けられたがために壊れた。少年の『あの人、精霊さんなんですよ!』という意味に気付くこともなく。

美しくも歪んだ歌声が響いた。

その後、凄まじい速度で緑肉の侵食がはじまり恩恵を失った冒険者達が最初に喰われた。

闇派閥の残党でさえ例外なく喰われ、コレによって闇派閥は完全に消滅した。

 

悪は、悪によって消された。

 

唯一幸せだったのは自らが手がけてきた千年の妄執を穢され、このような末路を見ることなく散ったダイダロスの末裔だろう。

築き上げてきた『悲願』を穢されたその末裔への愛を垣間見せた死神は、『やられっ放しなのは癪だから』と、ロキと冒険者達に『生の道』を授けて天に昇った。

 

主神を仲間に託し、迫り来る死に親指の疼きが全てを諦めたように止まった小人族を、金の歌人鳥(セイレーン)が救った。

 

『正義』の眷族――ベル、輝夜、ライラ。そして地上待機のネーゼ、アスタ、リャーナ等以外のメンバーをもってしても全員を救い出すことは不可能だった。

故に、【ディオニュソス・ファミリア(ペニア・ファミリア)】は実質消滅した。

 

冒険者達が攻略した筈の魔窟は、新たな魔城と化した。

未だダンジョンで危険な目に会っている少年と仲間2人の安否を確認することもできず、冒険者達は『敗北』した。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「・・・輝夜さん!」

 

「ベルッ!!」

 

後ろから迫り来る爆発から逃げ切り27階層へとたどり着いた少年を除いた冒険者達10名は、目の前の2名と再び対峙する。どういう訳か、少年にも理解できないままに、拘束はすぐに解け輝夜の元へと逃げおおせた。

けれど、この場において2名・・・輝夜とライラのみは、先ほどの爆発から、1つの可能性が脳裏をチラつき、嫌な汗を流す。

 

 

「この階層は、『水の都』は繋がっている・・・それはご存知のはず。この領域は1つの階層と同義・・・損傷も何もかも共有する。ダンジョンはそう()()()()()()()のです!」

 

「てめぇ・・・何がしてぇ・・・!!」

 

「エニュオからの伝言です。」

 

『これがお前の、お前だけの狂乱の宴(オルギア)だ』

 

それを言い終えると、男は隣にいる()()のローブを引き剥がした。

まるでお楽しみ景品を公開するように。

その男の顔は、背筋がぞっとするほどに笑顔だった。

 

 

パサリ・・・。とローブが地に落ちると露になるのは()()の姿。

 

 

「・・・・お義・・・母さ・・・ん・・・・?」

 

ピシリと少年の中で、義母の絵画が割れるような錯覚が起きた。

ガタガタと自然と体が震えだす。

周りの冒険者は、吐き気を抑えるように口を押さえるなり、眼を逸らすなり似たり寄ったりな反応だった。

 

 

「嗚呼、いい反応・・・ありがとうございます。これで、贄にされた死神(タナトス)も報われることでしょう・・・!」

 

クツクツと男は笑っていた。

既に少年のスキルは、先ほどの爆発で封じられたために探知は暫くの間不可能。

目の前の()()は、静かに佇んでいた。

 

 

・それは真っ黒なドレスを着用していた。

・横腹には、まるで人魚のもつエラのような切れ目があった。

・背中には、溶けたような汚い、そして千切れたような翼があった。

()()に眼窩は無かった。

・それは灰色の髪をしていた。

・それは石造のように、不気味なほど真っ白な肌をしていた。

・首には真っ赤に輝く魔道具が取り付けられていた。

 

『ア・・・ァァ・・・ラララ・・・ララララ・・・・』

 

 

それは、歌を紡いでいるように囁いていた。

 

 

「君の為に用意したんですよ? 貴方の、お義母さんです!!」

 

男は手でそれを見せ付けるように声を上げるも、少年の頭はぐちゃぐちゃとして思考が回らなかった。少年の目には、それは、その怪物は、()()は――

 

 

まさしく、義母、アルフィアの姿がチラついて仕方がなかったのだから。

壊れた心を利用した悪行であった。

 

 

「1つ、貴方に最初の偉業を指摘するならば・・・それは彼女とザルドの2名に貴方の存在を()()()()()()ことでしょう」

 

 

大抗争時、2人は子供を使った自爆テロを行うことをしってしまった。

その子供が、どうしてだか少年がダブって見えて2人はその作戦をやめさせた。

子供の死者が決して出なかったとは言い切れないが、不思議なことに少なかったのだ。

 

2人はあの抗争時、少年のことを()()()()()()()()()

少年は戦わずして、零落した英雄を、そして『悪』の戦力を削ってしまった。

 

1つ目の偉業である。

 

 

「ならば・・・貴方の英雄を、穢すことで『反転』させましょう。」

 

偉業を反転させて、悪行へと変えよう。

かつての英雄は今や、魂なき骸の怪物へと成り果てた。

躊躇い無く少年を、そしてその家族たちを殺すことだろう。

 

 

「お前・・・いや、貴様等は何を・・・掛け合わせた・・・?」

 

大和撫子が、少年を抱きしめながら震えながら、嫌な汗を流しながら聞いてしまった。

男は笑顔のまま、あっさりと答えた。

レストランでメニューを言うように。

 

 

「マーメイド、セイレーン、アルフィアの遺骨、信者の死体、精霊の宝玉・・・・でしょうか。ポテンシャルは本物より劣りますが・・・なまじ精霊。魔法だけなら本物にも並びます。まぁ彼女の魔法が使えたのは奇跡としか言えませんが。」

 

 

「2種・・・歌かよ・・・んでもって・・・()()()()・・・てめぇら・・・やりやがったな?」

 

「おい、ライラ!!」

 

「・・・・・やっぱりって?」

 

不気味なほどに、気持ち悪いくらいに静寂が生まれていた。

少年は瞼から涙を溢れそうなのを堪えながら、桃色髪の小人族を、そして震える自分を抱きしめている大和撫子に目を、何度も向けた。言っている意味が分からないと。

 

 

「ねぇ・・・ライラさん」

 

「・・・・・」

 

「ねぇ・・・輝夜さん・・・!」

 

「・・・・」

 

 

2人は唇を噛み締めることしかできなかった。

隠し通せることではないが、少なくとも最近の少年に教えられることではなかった。少年の知らぬ内に自分達だけで解決しようとさえした。でも、見つからなかった。当然だ。何せ、『アルフィアだったもの』が動いているのだから。

周りの冒険者達は、この目の前のおぞましい存在がいるにも関わらず、それが少年と何か関係があるのだろうことくらいはわかる。

 

 

「おやおや、教えてあげないので? 家族、なのでしょう? ・・・ならば私が教えましょう!」

 

「・・・・黙れ」

 

男は両手を開いて越え高に叫ぶ。

ショーを楽しむように。

 

 

「とある女神に掘り起こさせました。」

 

「・・・・・・」

 

 

ポタポタと、瞼から滴が溢れた。

何か、裏切られたような気がしたから。

義母の顔がわからなくなるほどに、目の前のソレは、かつての彼女にしか見えず、けれど、別のものにも見えてしまうから。

 

 

「まぁ彼女も彼女で色々と・・・・ああ、これは黙っておいたほうがいいんでしたっけ。まぁ、あなた方ならきっと見つけ出せることでしょう。・・・・生きていれば。」

 

 

最初に気付いたのは少年だった。

調べた方がいいのではないかと女神に言ったのは聖女だった。

もうその時点で、無くなっていたのだ。

ワザと、ズラしたままにしていた。違和感を抱かせるためだけに。

 

「では、2つ目の貴方の偉業を讃えましょう! 貴方は正義の眷族達に出会ってしまった。故に!!」

 

【ルドラ・ファミリア】による罠で殺されるはずだった彼女達は、罠にかかることなくかの派閥は自滅した。少年は戦うこともなく、闇派閥の1つを消滅させた。

 

「だからこそ・・・・この場所で『儀式』を行いましょう!!」

 

召喚の儀式を!!

そう男が天に向かって吠えると、チカチカとまるで暗い迷宮の中に星が光るかのように赤い光が瞬いた。

 

 

―――瞬間。

 

 

『タナトス様に我が命をぉおおおおおおおお!!』

 

『私の愛をもって冒険者に死をぉおおおおおおお!!』

 

『魂の解放をぉおおおおおおおおおおお!!』

 

 

愛するものとの再会を契約した者達・・・死神(タナトス)の眷族達が、25階層、26階層、27階層で一斉に爆発した。

迷宮に命の花火が打ち上がった。

全員がその衝撃に耐えようと、落下物に巻き込まれないようにするもその爆発は轟音は轟き続けた。

 

 

「【ルドア・ファミリア】が一瞬にして滅んだ。何が起きたか? では、それを今、お見せしましょう!!」

 

見せる。

とくとご照覧あれ。

信者達の断末魔を音色に、轟音は轟き、やがて迷宮は火の海に変わる。そして、崩れ落ちた。

 

 

「先ほど、言いましたね?『この領域は1つの階層と同義・・・損傷も何もかも共有する。ダンジョンはそう()()()()()()()』と。27階層で爆発を起こそうと、25階層で起こそうと、ダンジョンにとっては同じ階層の傷になる!」

 

 

バラバラと降ってくる水晶の欠片。

ダンジョンは悲鳴を上げた。

 

 

「輝夜!! 逃げ道は!?」

 

「わからん!! 落下物で見えん!!」

 

「くそ、何が起きてるの!?」

 

「お前等ぁ!! 一塊になるなぁ!! 散らばれぇ!!」

 

何が起きるかを知っている2人は冷静さを手放し叫んだ。

何が起きているのかがわからない冒険者達はこれが異常だと言うこと以外わからず、焦燥にかられた。

 

 

「神ルドラは言った!!『俺の眷族が一気に死んだ。ダンジョンで。何が起きたと思う? 俺の眷族達はアストレアの眷族をハメ殺すために爆弾を用意してた。それが爆発して巻き込まれた・・・だけだと思うかぁ?』と!! そして、これは誰もが知っているはず!! 神々は言うでしょう!!」

 

 

【ダンジョンは生きている】と。

 

そして、一際強い大爆発がトドメのように発生した、次の瞬間。

 

ダンジョンが、()()()

 

 

「――――」

 

怪物を産む亀裂音ではなく。

異常事態を起こす地震でもない。

比喩ではなく、哭いている。

途轍もない無機質な高音域。

まるで引き絞った銀の弦に刃を走らせたかのような、鼓膜を貫く甲高い音響。

 

「あ・・・あああっ・・・・!?」

 

最初に悲鳴を上げるのは、少年だった。

爆発音で『探知』を封じられてなお、その甲高い音響の正体を感じ取ってしまった。

あれは間違いなく、どうしようもなく、自分達の天敵であると。

自分の身に起きていることに整理などちっともできず、姉に話を聞くこともできず、耳を塞いで現実から逃げようとした。

 

「逃げないと・・・逃げないと・・・!! 輝夜さん・・・ライラさん・・・!!」

 

「もう遅い! さぁ・・・これが貴方のためだけにエニュオが用意した、狂乱の宴(オルギア)です!!」

 

 

ピシリッ、と。

27階層の大空洞で、亀裂が生じる。

それは広く、長く、深く。

大いなる滝と相対するように、縦に走った。

亀裂から最初に飛び出したのは液体。

高熱を宿し湯気を放ちながら、血液のように吹きだす紫の漿液は、緑玉蒼色(エメラルドブルー)の水流を汚泥のごとく汚していた。まるで自ら子宮をこじ開けるように、水晶の破片を飛ばしながら、罅は大きくなっていく。

 

やがて。

その奥で瞬いたのは、真紅の眼光。

 

【絶望】が、産声を上げた。

 

 

瞬間。

誰も知覚できず、本人さえ気付けないまま、1つの命が終わった。

 

「――え?」

 

猛烈な斜線が走りぬけ、紫紺の『破爪』が無慈悲に閃き、【ロキ・ファミリア】の少女が3つの部位に分解された。少女は結婚し子供を儲けいずれは孫を・・・そうしてまた黄昏の館で語り明かす未来がくることもなく、明るい地上に帰ることもできず、優しい主神に『がんばったな~』と言ってもらえることもなく、死に絶えた。

 

少年が人造迷宮でリーネ・アルシェを助けた際に助かった女性冒険者だった。

少年の偉業がまた、穢された。

 

 

「レ、レミリアッ!?―――ぐづっっ!?」

 

2人目。

死んだ少女の名を呼んだ同じ派閥の青年の上半身が弾けた。

紫紺に輝く『破爪』の仕業だった。

彼もまた、彼女と同じく少年に命を救われた冒険者だった。

 

3人目。

咄嗟に盾を構えた盾ごと前衛(ドワーフ)のエリリーがひしゃげた。宙に躍り出た巨体による圧殺だった。

ゴツイ体が大嫌いだという彼女は、しかしその屈強な体でどんな相手も守ってあげられるその体を気に入っていた。

そんな乙女は、誰も守れずに死んだ。

【ヘルメス・ファミリア】所属。

24階層で少年が魔法で助けた冒険者だった。

 

その3つの死が連なったのは、僅か数瞬の出来事だった。

 

「――――」

 

ぴちゃ、と。

少年の頬、そして白い髪を生暖かい液体が付着する。

まるで【助けた分だけその命を返上された】かのように気高い血潮が、少年に縋るように伝った。

これが現実であると認めるのに一瞬。

彼女達はもう帰ってこないと悟るのに刹那。

気がつけば、男も彼女もどこかへと姿を消していた。

白く染まっていた少年の頭は、()()のことを考えるよりもこの地獄から脱するために歌を歌った。

 

 

「あ・・・贖えぬ罪・・・あらゆる罪、我が義母の罪を・・・・我は背負おう・・・」

 

 

この魔法さえ使えば、発動させればきっと誰も死なずにすむ。

そうしてあの化物を倒せば、みんなで帰れる。

そう思ったから歌った。

けれど、次の瞬間、少年は姉に突き飛ばされた。

 

 

「―――馬鹿っ!! 歌うな!!」

 

 

地面に倒れた少年は、とっさに突き飛ばした黒髪の姉を見た。

少年がいた場所に、容赦なく『爪』が通った。

 

大好きな黒髪の姉の片腕が、なくなっていた。

遅れて飛び出したその真っ赤な血が、少年をまた汚した。

 

右腕が宙を飛び、次にはソレが第三の腕のごとく尾が彼女の背に叩き込まれた。

口から血化粧を施しながら彼女は滝の真下へと落ち、遅れて右腕が『ぽちゃり』と音を立てて沈んだ。

 

「あ・・・あぁぁ・・・ぁぁあああああああっ!!」

 

仲間達の鮮血に濡れた禍々しい『爪』、闇の中で光る真紅の眼光、『鎧を纏った恐竜の化石』とでもいうべき細く巨大な体躯。

 

それは【厄災】。

神ウラノスによってその存在を知らされた派閥は5つ。

 

・ロキ

・フレイヤ

・アストレア

・ヘルメス

・ガネーシャ

 

そして、その中でも幹部の中でも一部しか知らない。

知ること自体がタブー。

それを呼び出して【偉業】を獲得しようなどと考える愚か者を生まないための措置。

 

その名は、『抹殺の使途(ジャガーノート)』。

 

 

「ポック! 魔剣、合わせて!!」

 

「ああ、わかってる!!」

 

「馬鹿! やめろ!!」

 

ライラの制止など耳に入らず、その小人族の姉弟は魔剣を放った。

けれど、それも惨劇の材料にしかならなかった。

 

「!?」

 

魔力反射(マジックリフレクション)』。

 

「あぁぁ・・・ぁぁぁ・・・!!」

 

いかなる魔法も反射する破壊者唯一の『盾』に砲撃を跳ね返された2人の小人族――ポックとポットはあえなく炎上した。2人は【勇者】のサインをナイフのレプリカに貰うこともなく焼け死んだ。その遺体は手を重ねていた。

少年が同じく24階層で助けた冒険者だった。

 

『―――――――ッッ!!』

 

上級冒険者を一撃で葬る『破爪』に、モンスターの道理にそぐわない機動性、そして『魔法』を反射する装甲殻。『封殺』だけに特化した怪物の全貌を理解した瞬間、一気に仲間を減らされた冒険者達は絶望した。

 

その咆哮の音色はあらゆる怪物よりも恐ろしく、おぞましく。

最低最悪の『初見殺し』。

存在を知っていたからと言って対処できるかはまた別の話。

 

どこかで三日月のように口を裂いて笑う神が言ったような気がした。

 

 

『お前が助けた数だけ、収穫しよう』

 

『お前がそこに来た時点で詰みである』

 

『たとえ生還したところで、お前は仲間を見殺しにした愚か者である』

 

『仲間の臓物を浴びたお前には、もう何も出来まい』

 

 

そんな声が聞こえた気がして、そして―――

 

 

「・・・・・・」

 

絶望にへたり込むように顔を天井に向けている彼女を見た。

気にかけてくれている優しい聖女を見た。

 

女子(おなご)1人守れずして、何が・・・英雄だ』

 

そんな言葉を、昔・・・聞いたような気がした。

血が沸き立つように熱くなって、だから、少年は疾走した。

 

 

 

 

「『うぁあああああああああああああああああっっ』!!」

『――――――――ッッ!!』

 

 

まるで同じことを考えたかのように、破壊者は、少年は1人の少女に向かっていた。

少年は『誘引』するために叫びあがり、自然と右手に鏡のような刀身のロングナイフを、左手で鳥篭のようなものを引っ掛け、怪物の頭上を狙って投げて少女を守るようにして立ちふさがった。

 

 

そして――立ちふさがったところで篭が弧を描いて、カランコロンと骨の突起に引っかかった音がし、ナイフを叩きつけながら唱えた。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】+【哭け(ルギオ)】ォッッ!!」

 

 

 

骨の怪物がガクンッと上下からくる衝撃に襲われて動きを止めた。




【アストレア・ファミリア】は黒ゴラの装備(ローブ、羽織り)を装備しています。
輝夜さんがどうなったかは、正史のベル君を重ねてくれればわかります。

もしベル君が揺籠を唱えた場合、廃人になって終わります。
理由はこの魔法は傷つかないことを前提とした魔法ですが、『痛みが発生しない訳じゃない』為です。つまり、生きたままハムハムされたり、生きたまま焼かれたり、生きたままバラバラにされる、という『感覚』を味わう羽目になるため、そんなもの普通耐えられないと考えてます


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赤雷招来

輝夜さん・・・・服がッ!!


 

清らかな水。

瀑布の如き轟音をもって滝は下へ下へと水を叩き付ける。

 

しかしてその水は、冒険者の生き血によって赤く染め上げられた。

少年は壊れた心でなお、少女を守るために骨の恐竜へと刃を叩きつけ意識を失った。

 

滝の下、水の中にて、少年がいた証拠とでも言うべき鐘の音が鳴り響いていた。

 

ゴボ・・・ゴボゴボ・・・

 

空気の玉は上へ上へと上がっていく。

血を流し、背を叩きつけられ水の中に沈んだ女は少年の元に駆けつける力も起きないまま、沈むばかり。

 

そんな彼女を、背後から何かが支えていた。

 

 

(・・・・?)

 

女の背を支えるその手は小さく、少女のようだった。

水の上に何がいるかがわかっているのか、震えていた。

けれど、少女は水の中に血を流しながら沈んできた女に、同族が襲い掛からないように支えていた。揺り籠で揺らされるようにゆらゆらと。

 

 

「―――アナタ・・・異端の同胞(ベル)?」

 

少女は水中だというのに、言葉を交わし女が失った右腕を未だ血が流れる傷口に押し当てて、そのつなぎ目とも言える場所に接吻をした。

 

(・・・・・・・)

 

背中に走る激痛は、まるで雷に打たれたようで、けれど自分が生きているのは鍛冶師の元にやってきたという【予知夢】なるものを見るという変な女の注文で出来上がった『ゴライアスの硬皮』を素材とした羽織りのお陰なのだろうと女は思い、そして少女の言う『異端の同胞』とやらのことも誰のことを言っているのかは自ずとわかった。

 

(――私では・・・ない・・・あの子は・・・今、上にいる・・・)

 

少女は今度は女の顔を見るために、クルリと正面へと回り込んだ。

その顔は通常のソレとは違って瞳が存在し、美しい容姿だった。上半身は裸で、豊かな胸は晒され柔らかく揺れており、下半身は魚のようだった。

 

 

異端児(ゼノス)人魚(マーメイド)

 

 

彼女は、口から血を流していた。

良く見ると、舌を噛み切ったのかそこから出血していた。

 

(・・・マーメイドの・・・生き血・・・そういえば、ベルも飲まされていたことがあったな・・・)

 

その血は、彼女から提供されたものだと理解。

少女は次に、輝夜の口に接吻し己の舌を輝夜の舌に絡ませ、血を飲ませる。

 

マーメイドの生き血にはユニコーンの角と並ぶ回復力がある。

 

少女は自分の体を傷つけ、女を癒す。

『死なないで』と涙を流しながら。

 

少女の血が、女の体に浸透し痛みを消していく。

右腕の感覚が回復する。

瞳に力が戻る。

 

「私・・・マリィ・・・。前にね、あの子と――」

 

狼さんと金髪の女の子が、緑色の怖いのをやっつけてくれたの。

リド達が『ベル』っていう子は『異端の同胞』だから、会う事があったら助けてやってくれって。

だけど、私には血をあげるくらいしかできないから・・・だから・・・

 

少女は見ていた。

実際にはその怪物は、『モスヒュージの強化種』は通りすがりに倒されたようなものだが、少女にとってあの光景は忘れられないものだった。同胞から聞いていた特徴に合致する子がいた。狼が怖くて声をかけられなかったけれど彼女は確かに見ていた。

 

自分にとって、怖い存在を打ち倒してくれたその少年のことを。

けれど、彼女は戦えない。

水の上の世界には出られない。

だから、無理を言うように申し訳なさそうに懇願する。

 

「泣いてるあの子を助けて? 」

 

「・・・・・・離れていろ」

 

 

女は少女(マリィ)の胸を押して離れさせ、水を吸って重くなっている着物を脱ぎ捨てた。

下着の上から、黒い羽織りを右腕に巻き付けて水中だろうとお構いなしに――

 

 

歌った。

 

 

「――【忌まわしきは我が(つみ)。我が心に贖罪はなく、懺悔はなく、憐憫はなく、同情はない。】」

 

 

バチチッ

と光が走り、マリィはさらに距離を取り姿を隠した。

それは、水の中にいる自分達を巻き込みかねない存在だと理解したから。

 

「――【汝の愛を殺した私は既に罪人。されど汝は私を裁くことはなく、向けるべき矛先は神にあった。】」

 

魔法が発現したのは、少年に出会ってから。

理想よりも現実をとる輝夜は『やらなければやられていた。』『もっと死人が出ていた』と告げた相手は少年。『他に方法がなかったのか』と考えないわけではなかった。けれど少年は彼女達を恨むことはなく、そもそもの元凶だけを恨んでいた。

 

「――【ならば私は心を捧げ、身を捧げ、奉仕し、尽くし、癒し、包み込もう。胸に出でたるは恋慕なり。】」

 

白い雷が水に広がることなく輝夜の周りを回転するように走る。

 

「――【雷よ、我が罪を貫き、焼き、殺し、裁け。全てをお前にくれてやる。】」

 

白い雷が、彼女の血のように赤く染まっていく。

激しく雷電が走る。

 

「――【愛しきは雪。愛しきは深紅(あか)。愛しきはその白光(ひかり)。愛しきものに祝福を。我等に降りかかる災いをこの()をもって振り払わん。】」

 

 

詠唱が終わりに近づき、輝夜は加速し浮上する。

岸に手をかけ、飛び上がり、上空へと躍り出る。

 

「――【赤雷招来】――【アメノムラクモ】」

 

主神に『危険だから、なるべく使わないで』とまで言わしめた魔法を解き放つ。

暗い迷宮に赤い雷が迸る。

状況を確認するよりも、その怪物を倒すことだけに意識を向けて壁も何もない宙を蹴り稲妻となって破壊者(ジャガーノート)に突撃する。

 

 

『―――――ッッ!?』

 

「死ね、去ね、死ねぇ!!」

 

 

刀で何度も装甲殻ごと斬り、焼き、砕いていく。

左からの薙ぎ、突き、そして、羽織りを巻きつけた右腕による叩きつけ。

 

『――――ガッ!?』

 

一瞬にして、その破爪の1つを失った破壊者(ジャガーノート)は27階層の壁に吹き飛ばされる。

壁から這い出れば、すでに目の前に自分を傷つけた女がいた。

そして、今度は残っている破爪に赤い光が走り、破壊された。

 

「魔石のないお前を倒すのは面倒くさい。時間もない。さっさと去ね。化物!!」

 

『~~~~~~~~~~~~~~っ!?』

 

母たる迷宮に仇なす冒険者を抹殺に来たその怪物は、輝夜という化物に全身を砕かれる。

スキルと魔法を合わせた強引な、そして防御そのものを捨て去った自殺行為に等しい加速による暴力。破爪を失い、装甲殻を破壊され、逆関節の脚力による高速移動も封じられた。吹き飛ばされれば目の前に輝夜が現れる。怒れる女の形相はまさに雷神。破壊者(ジャガーノート)は初めて恐怖というものを知り、そして、壊れた足で、27階層に出来ていた大穴に滑り落ちた。

 

 

「・・・・・・げほっ、ごほっ」

 

魔法が解除されるとともに、ボロボロになった刀を杖の様にして膝をつく輝夜。

それにライラが駆け寄る。

 

「輝夜・・・お前・・・」

 

「・・・・?」

 

「服がっ!!」

 

「ふざけてる場合か!?」

 

「馬鹿野郎、ふざけなきゃやってられねえって言ってるんだ!! それにお前、使うなってアストレア様に言われてるだろ!?」

 

「使わなきゃ、全滅してただろう・・・!?」

 

「っつーか、なんつー恰好で戦ってんだよ、お前ほぼ裸じゃねーかよ!?」

 

「・・・・ちっ、下着まで焼けたか・・・」

 

「羞恥を持て、羞恥を・・・」

 

「・・・見られて恥かしい体はしていない」

 

「そういうことじゃねーよ。ほら、ポーション。1本だけ無事だった。」

 

 

輝夜はポーションを受け取ると、裸だろうと気にせずに腰を下ろして息を荒くしながら飲み干していく。羞恥を捨てた美女に溜息をつきながらもライラは自分のローブで輝夜の体を隠す。体は徐々に治り、息も落ち着いていき頭が冷えていく。

周囲を見渡す。

地面は血に染まり、確認できる生存者は自分を入れて4人。

 

「・・・・おい、ベルと【戦場の聖女(デア・セイント)】はどうした? まさか・・・」

 

「いや・・・まだわからねぇ・・・お前が水から上がってくるちょっと前に、兎があの化物に攻撃した時、どっちも動かなくなってよ・・・」

 

「何? どういうことだ?」

 

2人で状況整理しているところに、生き残っていたヘルメス、ロキの眷族2人が近づき、何があったかを説明する。少年が投げた鳥篭のような物が化物の背中の突起に引っかかり、それで挟み撃ちするようにナイフを叩きつけて魔法を唱えたと。

 

 

「そ、それで・・・その篭?からもあの子と同じ魔法が出て・・・そしたらあの化物がガクンッて動かなくなったんです。一瞬ですけど」

 

「アタシが思うに・・・『骨伝導』とか言うのじゃねーかって思ってる」

 

「ベルまで固まった理由は?」

 

魔法反射(マジックリフレクション)だろうな」

 

「それでその後は?」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】が飛び掛る形で兎を化物から距離を取らせた。」

 

そしたら、横の壁から『大蛇の井戸(ワーム・ウェール)』が出てきて2人を飲み込み、穿孔していった。

そうライラが説明すると、27階層の床に開いている、先ほど破壊者(ジャガーノート)が落ちた大穴を指差した。

 

「どうする? 追うか?」

 

「・・・・無理だ」

 

「だろうな」

 

自分を含めて、怪我人もいる。

その状態で穴の先にいくのは無理があった。

輝夜は顎に手を置き、4人の状態を確認。

 

・輝夜:羽織りを巻きつけていたとはいえ右腕の骨が砕けてる。加えて、魔法によって自分自身がダメージを負っている。

・ライラ:魔法反射(マジックリフレクション)で跳ね返ってきた魔剣の炎に当ったのか、火傷を負っている。

 

他2名も五体満足ではあるが、火傷に切り傷。見たものが見たものなためとても戦闘が可能とは思えない。よって、輝夜は一度帰還することを選んだ。

 

「いいんだな?」

 

「・・・あいつもLv.4だ。【戦場の聖女(デア・セイント)】を見捨てるようなことはしない・・・泣きながらでも動くはずだ。」

 

「まぁ・・・アタシらが深層域までの情報は教えてるしあいつのスキルを考えればなるべく戦わずに動くだろうけどよ・・・」

 

「・・・・・まずは回復だ。しかし、どうやって上に行くべきか・・・」

 

「悪ぃけど眼晶(オクルス)はあの化物が出たときに砕けちまった。」

 

「まぁ・・・仕方ない。」

 

「顔なしの野郎もいなくなってるしよ・・・ああ、くそ、早く団長に伝えて兎を助けに行ってもらわねえと・・・」

 

どうやって上に行くか、そう考えていると25階層の入り口から声が聞こえた。

 

 

『誰か・・・誰かいないのですかー!?』

 

 

「・・・この声は」

 

「アンドロメダだ。」

 

 

■ ■ ■

 

 

落ちる、落ちる、落ちる。

深くあけられた穴を落ちる。

 

骨の恐竜は、怪物は、恐怖に染まって落ちていく。

あんな存在は知らない。

自分を破壊する存在は知らない。

母たる迷宮は、外敵を抹殺するために自分を産んだのだ。

ゆえに魔石など存在しない。

役目を終えれば消滅する存在であるからだ。

 

だというのに、アレは自分を確実に殺そうとしていた。

幸運にも穴に滑り落ちたがために助かったようなもの。

 

『―――――ッッ!!』

 

 

そんな幸運は、すぐに砕け散る。

 

 

「コツーンコツーン」

 

背中を叩く何かに気がついた。

それは、鐘のような音を鳴らして何度も何度も背を、体を叩いていた。

 

『――――ッッ!?』

 

恐らくは、穴に入った瞬間から音を鳴らしながら怪物の体を叩き、砕いていた。

音は次第に大きくなり、威力を増す。

 

『こいつは魔法の影響を受けて初めて意味を持つ。影響を受けている間一定間隔で、その魔法の余波を打ち出せる・・・・簡単に言えば『魔法を吸収して吐き出す魔剣』みたいな物だな。』

 

それは製作者の言葉。

その鳥篭のようなものの名を、『カナリア』。

素材に混ぜて用いられているのは、『ミノタウロスの角』。

故に、炎上する。

そして、その大穴は音が響き渡っていた。

 

威力は上がる。

音量もまた上がる。

叩きつけ、体を燃やす。

 

『~~~~~~ッッ!?』

 

その篭を外すことは、破壊者にはできない。

なぜなら、破壊者には手がないからだ。

すでに破爪を2つ失っている。

脚力で逃げることなど叶わない。

逆関節を破壊されているからだ。

重力に任せて下に落ちるしかない。

 

落下地点は遥か彼方。

鐘の音は、篭の破壊力は魔力を帯びて威力を増す。

次第に崩れ始める体。

大穴で、耳をつんざくほどの轟音が鳴り響く。

 

 

そして、穴の最果て。

その地面に落ちたのは、ボコボコに変形した鳥篭(カナリア)だったものと。

破壊者(ジャガーノート)だったものらしき、灰だった。

断末魔を遺すこともなく、轟音によって掻き消された。

 

 

場所は37階層。

深層。

 

穴の少し先には、少年と少女を飲み込んで切り開かれた『大蛇の井戸(ワーム・ウェール)』の死体だけがあった。

 

 

■ ■ ■

 

ゴジョウノ・輝夜Lv.5

スキル

 

【剣乱舞闘】:『装備重量が軽ければ軽いほど、器用と敏捷に補正』

 

魔法

【アメノムラクモ】

「――【忌まわしきは我が(つみ)。我が身に贖罪はなく、懺悔はなく、憐憫はなく、同情はない。】」

「――【汝の愛を殺した私は既に罪人。されど汝は私を裁くことはなく、向けるべき矛先は神にあった。】」

「――【ならば私は心を捧げ、身を捧げ、奉仕し、尽くし、癒し、包み込もう。胸に出でたるは恋慕なり。】」

「――【雷よ、我が罪を貫き、焼き、殺し、裁け。全てをお前にくれてやる。】」

「――【愛しきは雪。愛しきは深紅(あか)。愛しきはその白光(ひかり)。愛しきものに祝福を。我等に降りかかる災いをこの()をもって振り払わん。】」

「――【赤雷招来・アメノムラクモ】」

 

付与魔法(エンチャント):雷属性

効果時間:1分。

赤い稲妻。

 

・使用中、雷が自分自身を焼き貫きながら身体能力を強引に上げるかわり、絶えずダメージを負う。詠唱文が長い故に威力は高いが、代償も存在するため、主神には使うなと言われている。

 




輝夜さんに魔法があったらどんなだったんだろうなぁ・・・と。
デメリットあるけど強くなる系の魔法は好きです。


デメテル様が出てる話がないから書かないと後々、『なんで出てきた』となりかねないな・・・


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Rabbit Dead End
ジェミニ


―――ヒトビトは、その胸の中にある、それぞれの宝物(おもい)を大事にしていました。

 

それは決して、形ある物とは言い切れず、野望や願望、あるいは悲願ではあるものの、胸に抱え今日という1日を謳歌していました。

 

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『まだ見ぬ未知の世界』。

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『熱き戦い』。

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『一族の復興』。

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『正義』。

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『夕日』。

 

ある者にとっての宝物(おもい)は、『抱擁』。

 

ある者は・・・

 

ある者は・・・

 

ある者は・・・

 

 

そしてある者にとっての宝物(おもい)は・・・

 

 

 

『家族』でした。

 

 

ある者にとってのその宝物(おもい)は、新しい『家族』の手によって失われました。

けれど、その者は、彼女達に怒りの矛先を最初こそ向けましたが、今は違いました。

 

 

「そもそも・・・あの晩・・・僕が眠らなければ、2人はどこにも行ったりしなかったんじゃないか・・・」

 

 

「そもそも、あの神様が来たのが全ての原因なんだ」

 

 

大事にしていたものは、いとも簡単に崩れ去りました。

大事にしていた『家族』は、多くの命を奪い、死を、火を、絶望を与えました。

それを覆したのもまた、11と1柱の『家族』でした。

 

ある者は新たな『家族』と出会い、歩み始めました。

けれど、その胸の中に開いた穴が埋まることは決してありませんでした。

 

むしろ、膿んでしまっていました。

なぜなら、新しい『家族』と共にやって来たその場所では、かつての『家族』は裏切り者の烙印を押されていたのを知ったのだから。

 

 

「お義母さん達は、何がしたかったんですか?」

 

「・・・・」

 

「叔父さんは、誰に殺されたんですか?」

 

「・・・・」

 

「僕といるより、人を殺す事が楽しくなって、だから僕を捨てたんですか?」

 

「・・・・」

 

 

これもまた、いつかの問答。

それはストレスのように、蓋をしたものが溢れるように口から零れてしまった言葉。

 

義母も叔父も、別れの言葉をかけてはくれませんでした。

 

決別の時は―――

 

別離の時は―――

 

最期を見届ける機会は―――

 

 

置いていかれてしまった少年には、決して与えてはもらえませんでした。

 

 

「あの2人はもう死んだのだ・・・もう、諦めろ、ベルよ・・・もう、おらんのだ・・・」

 

 

そんな言葉を、2人がいなくなって少しした頃に、残った家族に投げられました。

その唯一の家族は、『神』でした。

 

少年の前では決して『神』としてのありかたを見せようとはせず、1人の『祖父』としてあり続けました。義母にセクハラを働いては吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれ、生き埋めにされ、けれど、その大きな手で頭を撫で、いつだって笑顔を見せてくれました。

 

 

けれど、最後の最後に、その祖父は、『家族』として止めることはせず、

 

『神』として、可愛い下界の子供の意思を尊重したのです。

 

 

この時、少年の家族は、家庭は、終わりを迎えてしまいました。

 

タカラモノは、神によって奪い取られ、少年が気付かないうちに全てが無くなっていました。

 

 

 

「―――良い子にします。だから、いなくならないでください。」

 

 

新しく家族になってくれた女神達に涙ながらに言いました。

彼女達は知りませんでした。

少年の身に何があったのか。

 

いや、

 

少年の視点ではどのようなことになっていたのかを。

まるでまた捨てられるのではないかと震えて縋るその手を握り、抱きしめ、彼女達は約束をしました。

 

 

「ずっと一緒にいる」と。

 

 

少年は宝物(おもい)を大事にしていました。

 

壊れた宝物(おもい)も大事にしていました。

 

新しい宝物(おもい)も大事にしていました。

 

 

 

『・・・・貴方・・・・ベル?・・・』

 

 

壊れたタカラモノは、そこにありました。

綺麗な綺麗な滝のある、綺麗な水の都でした。

 

死んだと思っていた肉親が生きている。

それはとても嬉しいことでした。

 

死んだ肉親が、実は生きている。

そう願うことは、決して否定して良いことではありませんでした。

 

少年は、目の前の光景を、上手く視認できませんでした。

義母のようにも見え、同時に別の物にも見えていたのです。

 

「お義母さん、ここまで来たよ! だから、褒めて!」

 

そう言いたい気持ちが浮上して、けれど、口が開きません。

 

 

男は両手を開いて声高に叫びました。

ショーを楽しむように。

 

 

『とある女神に掘り起こさせました。』

 

 

その時に頬を伝っていた滴が、悲しみからなのか、喜びなのかはわかりませんでしたが、混乱する頭の中で、『女神に裏切られた』という怒りと悲しみが湧いてしまいました。

 

 

ある美神は、少年の境遇を聞いて『あんたも苦労してるのねぇ』と大袈裟に涙を流してくれました。

 

ある月女神は、少年の境遇を知っていて『あの時一緒にいてあげられなくてすまない』と謝ってくれました。

 

ある正義の女神は、どんな時だって少年の手を握って微笑んでくれました。

 

ある炉の女神は、『君は間違ってないよ』『そんな迷子みたいな顔するなよ、アストレア達が泣いちゃうぜ?』と何度も話を聞いては励ましてくれました。

 

ある豊穣の女神は、『あら、アストレア、あなたいつ男がデキたの?』『可愛らしい兎さんね』とその豊満な体を揺らして抱きしめてきました。

 

ある美神は、『ふふ、変わった魂の色・・・ねぇ、ベル? どうすれば私と仲良くしてくれるのかしら?』と頬を膨らませて少年の隣に何度も座ってきました。

 

 

出会った女神達は決して嫌なことはしてきませんでした。

決して少年を傷つけるようなことはしませんでした。

 

優しい、優しい女神達でした。

けれど、まるで、突き放されたように、胸が痛むのは何故でしょう。

 

これも所詮は、神々の『娯楽』だったのでしょうか。

少年にはわかりませんでした。

 

溢れる涙は止まらず、拭えず、今度は、美しい水の都に花火が打ち上がりました。

かつての『家族』との再会を祝うような、沢山の花火でした。

 

『タナトス様に我が命をぉおおおおおおおお!!』

 

『私の愛をもって冒険者に死をぉおおおおおおお!!』

 

『魂の解放をぉおおおおおおおおおおお!!』

 

 

花火の弾は、『命』でした。

 

 

 

その後に生まれたのは・・・・なんだったのでしょうか。

思い出せません。

とても悲しい事があった気がするはずなのに、少年は思い出せません。

 

 

とても大切な・・・また、タカラモノを奪われた気がするのに、よく思い出せません。

ただ、涙が溢れて止まらない事だけは確かでした。

 

 

少年は祭りのように賑わう水の都で、いつも気にかけてくれている白銀の髪の少女を目にしました。

 

気がつけば足が動いていました。

 

気がつけば、気がつけば、気がつけば・・・

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】+【哭け(ルギオ)】ォッッ!!」

 

 

右腕から雷でも走ったような衝撃が走り、少年は意識を失いました。

 

 

お疲れ様でした。

 

お疲れ様でした。

 

お疲れ様でした。

 

お疲れ様でした。

 

 

少年は、巨大な蛇に少女と共に飲み込まれて、『家族』の元から去りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ベル!』

 

『―――ベル君!』

 

『―――オリオン!』

 

 

少年の背中は、焼けるように熱を持っていました。

少年は心地よく眠っているのを邪魔されている気がして、その熱が嫌でした。

背中を何度も摩るように、温かく熱をもつ背中が鬱陶しくて、けれど無視できません。

 

 

やがて、3つの声が起こすように怒鳴りました。

 

 

『起きなさい! ベルッ!』

『早く起きるんだ、ベル君!』

『さっさと起きろ、オリオンッ!』

 

 

少年のカッと瞼を開けたように意識は急浮上し、自分の体に抱きついている少女に気がついて抱きしめ返して叫びました。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】ッ!!」

 

 

その叫び声が10回ほど。

少年は再び、産声をあげて、怪物の腸から少女と共に、生れ落ちました。

 

 

 

ご誕生、おめでとうございます。

 

 

生れ落ちた少年は、眠れる少女を半ば引きずるようにして、体に鞭を打って歩き始めました。

 

暗闇の中、不気味な白濁色に染まった壁面、先が目視できないほど高い天井、既存の階層にはありえない巨大すぎる迷宮構造の中を歩きます。

 

朦朧とする意識で、フラり、フラりと。

 

 

生れ落ちたその場所は、

 

 

37階層。

 

全ての冒険者が恐れるダンジョンの深淵。

 

 

ハロー、『深層』。

 

 

■ ■ ■

 

 

鳴り響く、岩盤を打ち砕く音。

岩石の雨と共に巨躯が落下する。

猛烈な空気を裂く音の後、地面から激突音が奏でられた。

その衝撃に階層が震動する。

舞い上がる煙の奥、出来上がった窪地の中で蠢くのは青白い巨躯。

大蛇のモンスター『ワーム・ウェール』である。

 

『―――――アアァ!?』

 

その怪物は暴れた。

複眼を潰し、血を流しながら、この世で最も度し難い苦痛を与えられたかのようにもがき苦しむ。大きな顎から紅の色が混ざった吐瀉物を吐き出しながら、その長大な体躯をのたうち回らせた。

 

それはまるで、『絶対に腹を壊す非常に厄介な異物』を食べてしまった子供にも似ていて。

腹の中では、何度も何度も、音が鳴っていた。

 

外側から聞こえるその音は、まるでドンッ!と殴りつけるようにも聞こえて、その一度では収まらない音が鳴り響くたびにモンスターの悲鳴は激しさを増した。それが10を迎える頃、最後に一際大きい音がモンスターの音から鳴り響くと、モンスターの腹は内側から爆ぜ、力尽き、轟然と大地に横たわった。

 

そして、体内から白に長髪の少年が、自分にしがみ付くようにして眠る少女を半ば引きずるようにして転がり落ちた。

 

「あぁああ・・・ぁああああああっ・・・!?」

 

両目をきつく瞑り、全身から湯気を上げ、少年は絶叫を上げた。

どしゃっ、と受身も取らずに、血の泉へ倒れこみ、状況を理解することもできず、一緒にいる未だ意識が戻らない少女を抱き寄せてモンスターの体液を必死に拭う。

 

自分よりも階位の低い少女から、少しでも多く、この体液を払わなければと瑞々しい腕を、足を、腹を、胸を、そして、顔を。

 

「けほっ・・・げほっ・・・! アミッド・・・さっ・・・・ごほっ・・・!」

 

酸によって癒着した瞼をなんとかこじ開けて、少女の体を揺するも意識は戻らない。

胸に耳を当てて心臓が動いてるかを確認して、生きていることを確認。

何がどうしてこんなことになっているのか、少年は理解できない。

 

「何が・・・どうなって・・・!?」

 

常人ならば仲良く溶けて、大蛇の腹の中で混ざり合っていただろう。

けれど少年は器を3度昇華させたために、強力な胃酸にも耐え抜いた。

自分よりも器が小さい少女が無事なのは、少年のスキルのお陰。

 

「アストレア様が?それとも、ヘスティア様が・・・・守ってくれてる・・・? きっと、スキルのお陰なんだろうけど・・・でも、こんなの・・・」

 

 

死んでたほうがマシだった。

 

そう言おうとして口を噤んだ。

 

少女の衣装は少年の戦闘衣と同じように、溶け出していて瑞々しい肌も酷い火傷にぽつぽつと犯されている。

 

「お義母さんの・・・ローブ・・・無事・・・なら、アミッドさんに・・・けほっ」

 

意識のない少女に、自分が着用しているローブを羽織らせ、痛む頭と体に鞭を打って周囲に目を向けた。

 

 

地面の組成は土石系。

うっすらと視界の奥に見える壁面も同様。

頭上に広がる空間は果てしなく高く、Lv.4の視力をもっても天井を視認できない。

茫漠とした闇に塞がれてしまっている。

唯一の光源は、壁に等間隔に灯されている燐光のみ。

床や壁面、階層そのものの色は―――()()()

 

 

「―――まさか・・・なんで・・・?」

 

冷気が走った。

首を犯す凍てついた風が。

 

『ようやく気付いたか?』とその暗闇の世界で、視界の先の闇の中から冷たい目をして、少年にしか見えない幻覚が近づき、耳元で嗤い声を上げる。

 

 

「お姉さん達が言ってた・・・ところ・・・遠征でも長居したくないって・・・まさか・・・そんな・・・」

 

 

ファミリアの姉達から聞いていた遠征の話。

その中の1つに、イメージが合致する。

理性が事実を否定したがっている。

上層域、中層域、果ては下層域とも異なるその規模。

 

 

「アミッドさんを庇い続けて・・・? ここを脱出する・・・? 現在地もわからないのに・・・? は・・ははは・・・」

 

 

少年は力なく笑う。

黒い神様もまた、嗤う。

 

やがて全てを諦めたように、けれど少女だけは手放せず、むしろこちらから依存するように抱きかかえて歩き出す。

 

 

「ふざけろ・・・ふざけろ・・・・・」

 

 

ひとまずこんな広いところにはいられない。

頭の中にある知識を手繰り寄せて、休憩(レスト)を取れる小さい広間(ルーム)を目指す。

 

右腕をだらり、とぶら下げて。

 

 

「『深層』なんて・・・どうしろって言うんだ・・・!」

 

 

 



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ハロー深層

―――音が聞こえる。

 

ちょろちょろと流れる下水の音に耳を傾けながら、冷たい目をした、男神が暗い場所で呟いた。

その後ろに佇む、糸目の男は首を傾げて問うた。

 

 

「音? 一体何が聞こえるというのですか、我が主?」

 

 

――あがく音だ。

 

 

「潰されまいと虫のようにもがき続ける――『正義』の音色。」

 

 

――ああ、そうだ。これは『悪』に抗う者達の音色。

 

 

「あれだけの絶望を味わっておきながら、未だ折れない。さすがはオラリオ、『約束の地』。実にしぶとい。」

 

 

冷たい瞳の男神は、どこか喜ぶようにその冷たい瞳を細めた。

 

周囲に集うのは、『悪』を名乗る者達。

桃色髪の女に、白髪の男。糸目の男に、白いローブを着込んだ『信者』達。

 

 

「勘違いするな。これは賛美だ。かつての守護者、最強の象徴が敵に回ってなお、剣を放さぬ冒険者と、彼等を支えんとする善神ども。星が消えた暗黒の空でなお光を求める者達。これを『英雄の都』と言わずして何と言う?」

 

 

桃色髪の女が何か言葉を投げるが、声はくぐもって聞こえ辛く、男神のただの独り言、独白のようにさえ聞こえてくる。

ゆえに、これもまたあの黒い魔道書の影響なのだろうとぼんやりとした頭で少年は眺めていた。冷たい瞳の男神の素顔は、相変わらず真っ暗でよくわからず、他の人物にも多少なり靄のようなものがかかっているのはきっと、その男神からしてみればどうでもいいからなのだろうと勝手に解釈した。

 

 

「ありがとう、諸君。英雄達の音色と比して、まるで響かぬ君等の熱賛、確かに受け取った。」

 

 

彼等は計画を立てて都市を破壊していた。

商人を巻き込み、周辺諸国から増援が来ないよう信者を増やして一斉蜂起させた。

我が身大事となった他国がオラリオに手を回す余裕等ない。たとえ援軍を与える事ができたとして、その頃には全て終わった後だろう。

白髪の男は今すぐに冒険者を、オラリオを追い詰めるべきだと叫びあがるが、幹部たちはその声に聞く耳を持ちはしなかった。

 

 

「―――。『悪』とはなんだと思う?」

 

『・・・っ? な、なに・・・っ?』

 

「非道を尽くすことか? 残虐であることか? 俺は少し違うと思う。それは手段であり、本質ではない。『悪』とは、恨まれることだ。」

 

 

その言い分に、少年はごくごく普通に納得してしまった。

確かに、少年は『黒い神様』を恨んでいる。

もしもあの時代に、あの場に幼いままの少年がいたならば、幼いながらに、突き落とすなり、刃物を突き立てるなりして神殺しをしていたことだろう。実際、それは叶うことはなかったし少年は泣いていることしかできなかったわけだけれど。

 

 

「そして、『絶対の悪』とは――()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

生命も、社会も、文明も、時間さえも。それまで積み上げてきた万物を全て無に帰すモノ。

断絶と根絶。あるいは、存亡の天秤を嗤いながら傾ける邪悪。それこそが『絶対悪』。

 

「徳を積もうとする善人のように、せこせこと小さな悪事を働くな。小市民の『悪』より、『悪』の極地を謳え。 なぜなら、この邪悪(おれ)が『絶対悪(それ)』を宣言したからだ。」

 

男神は、まるで見えないはずの、認識することができないはずの少年に目を向けて講義するように語る。

 

「やるなら、『とことん』だ。・・・・じきに、魔道書(おれ)達の役目は終わる。お前の旅路に、意味があることを願うよ」

 

 

やはりよくわからないことを言って、最後には背を向けて手を振って眷族らしき男の名を呼び、連れションに行ってしまった。

 

「しかし・・・裸の王を気取るのは肩が凝るなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

(あの黒い神様は・・・2人を僕から取り上げてまで、何がしたかったんだろう・・・アストレア様達はあの時代に、何をしていたんだろう。)

 

 

痛む頭を押さえるように、少年は意識を浮上させた。

深層に落ちる前のことを、思い出すのを拒むように。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――ん・・・。」

 

 

意識を覚醒させた少年は周囲の壁に傷が残っていることを確認。

意識を落とす前に【乙女ノ揺籠(クレイドル)】を発動させ、それの効果が切れていないことから5~10分ほど眠っていたのだと理解し、自分の膝を枕に眠らせている聖女の顔を覗きこんだ。

 

 

「・・・・おはようございます、ベルさん」

 

「起きてたんですか・・・?」

 

「つい、先ほど。貴方のうなされている声で・・・」

 

「すいません。」

 

「いえ・・・それより、運んでもらっていたみたいで・・・ありがとうございます」

 

「・・・・・・はい」

 

「それで・・・ここは、どこでしょうか? 階層は? 」

 

「ああ・・・ええと・・・ごめんなさい。僕の記憶違いじゃなければ、ライラ先生から教えてもらった・・・『37階層』だと思います」

 

「・・・『深層』、ですか」

 

 

少年と聖女は互いの状況のすり合わせをするべく情報を出し合った。

少年が聖女を守ろうと怪物に攻撃したこと。

その際に意識を失った少年を、今度は聖女が飛び込む形でその場を離脱したこと。

そして、急に視界が暗くなり、意識を失ったこと。

 

少年が魔法で内側から破壊して意識を失ったままの聖女と外に出てみれば自分達は『ワームウェール』の臓物の中にいたこと。

辺りを見渡してみれば全てが白濁色。

そこで心当たりのある階層ではないことがわかり、記憶を掘り起こしてみれば、ライラから教えてもらった階層の印象と合致すること。

大きく開けた空間にいつづけるわけにもいかず、聖女を片手で支えながら、可能な限りモンスターのいない道を辿って今いる広間(ルーム)に辿りつき、休憩(レスト)を取っていたこと。

魔法を展開し、聖女の衣類がボロボロになっていて少年が使っているローブを変わりに着用させたこと。

今も空間(ルーム)の外にモンスターはいるけれど、対処できないほどではないこと。

 

 

「それで・・・この魔石灯は・・・?」

 

「・・・・周りを見れば、わかります」

 

 

そう言われた聖女は起き上がり周囲を見渡した。

見渡して、言葉を失った。

 

 

空間(ルーム)には魔石灯が置いてあった。

けれど少年は、そこに希望を見出すことは決してなかった。

そこに人がいないことはわかっていたから。

けれど、彼等を見て、少年は沸騰したように激情し、破壊した。

 

種族も、顔も、年齢もわからない。けれど、彼等が冒険者だったのだろうということだけは武器と防具が教えてくれる。彫刻のように白くて、細い指。元の美しい色を忘れてくすんだ金の毛髪。かすかに漂う独特の腐臭。少年が破壊したのは、()()()()()冒険者の『遺体』だった。

 

 

「・・・なぜ、破壊したのですか? このようなこと・・・・」

 

「ごめん・・・なさい。でも、押さえられませんでした。この人達を見たら、何ていうか・・・思い出したくないものを思い出したというか」

 

「・・・・・いえ、すいません。私が言えたことではありませんね。」

 

「魔石灯は・・・僕がこの空間(ルーム)に入って少しした位に消えました。」

 

「そう・・・ですか」

 

精神力(マインド)は・・・ごめんなさい、ワームウェールから出るときと、ずっと連続して使っていたから、少し、きついかもです」

 

「・・・・体に異常は?」

 

「・・・・右腕が、動きません」

 

「・・・・見せて下さい」

 

 

アミッドは少年に向き直ると右上をそっと持ち上げ、グローブを捲り上げて、生唾を飲み込み、そっと指を這わせて何度も確認する。強めに指を押し込んで、さすって、肘を曲げさせたり握らせたり。けれど少年はそっぽを向いて無反応。

 

 

「ベルさん、痛くないのですか?」

 

「・・・・はい」

 

「自分で動かせますか?」

 

「難しいです。なんていうか、ジンジンするっていうか」

 

「・・・・・」

 

「治りませんよね?」

 

「・・・治します。そんな言い方をされては。意地でも治します。ただ、地上のように設備があるわけではありませんので・・・その・・・」

 

 

彼女の言いたいことは何となくわかっていた。

おそらく、『多少、歪むかもしれない』と言いたいのだろう、と。

少年はとりあえず動けばそれでいいとだけ言うと、聖女は魔法を唱えて治療を始めた。

 

 

「ヴェルフさんに感謝してください」

 

「?」

 

「このグローブがなければ、今頃貴方の腕は吹き飛んでいました。正直、あの意味の分からない化物相手に()()()()()()ということをしたんです。それに、魔法も・・・それが跳ね返ったせいで、あなたの腕はぐちゃぐちゃになっているとしか思えません」

 

「そう・・・ですね、帰れたら、お礼、言わないと」

 

「帰れたら、では、ありません。」

 

「・・・?」

 

「帰るんです」

 

 

治癒しながらも、聖女はしっかりと強い意思を込めて、絶望に染まって諦めたような目をする少年を見つめた。

 

 

■ ■ ■

 

 

治療を終えた少年と聖女は地面についた片膝と片膝をむき合わせながら、見詰め合う。

すでに少年の魔法は消えうせ、モンスターの襲撃を警戒し、広間(ルーム)の出入り口に意識を割きながら、ひとめた声を交わす。

 

 

「現状を確認しましょう。」

 

「はい」

 

「現在地はベルさんの言うとおり・・・37階層と仮定します。しかし、どの地帯にいるのか把握できません。お互いの体も治療したとはいえ、此処から先も傷つかない保証はありません。ベルさんに至っては・・・」

 

「気にしないでください、アミッドさん」

 

「ですが・・・」

 

「僕は別に、アミッドさんが墓を掘り起こすことを提案したことを怒ったりしてないですよ」

 

「・・・・・」

 

「気付かされるのが遅いか早いかでしかなかったんです。僕が何もしなければ・・・そうならなかったはずなんです。それだけです」

 

「そんな悲しいこと、言わないでください・・・!貴方は確かに、多くの命を助けました。無駄ではありません」

 

「でも、目の前でその分を奪われましたよ」

 

「・・・・・っ」

 

 

治療しながら、アミッドは懺悔するように、女神アストレアに少年の義母の墓を掘り起こすことを提案したことを話した。墓石がズレていると少年が違和感を抱き、そうして少年のいないところで行われた調査で結局は、棺桶には何もなかったわけだけれど事実目の前にいる少年は傷ついていた。責められる覚悟で、その際のことをぽつり、ぽつりと言葉を零すも少年は怒ることはなく、寧ろ、表情を変えることはなかった。前髪で隠れた目元が酷く悲しげに閉じられていたのをアミッドは忘れられなかった。

 

 

「僕が・・・きっと取り乱すと思ったから・・・だからやったんでしょう?」

 

「・・・・はい」

 

「なら、いいじゃないですか・・・もう。 アストレア様だって、僕が留守にしていて、だからその時に調べてくれたってだけでしょうし」

 

「怒らないのですか? 何故?」

 

「・・・・だって、会いに来てくれたじゃないですか」

 

「・・・はい?」

 

「27階層に、いたじゃないですか。お義母さん。」

 

「あれが、ご自分の義母であると、そう言うのですか?」

 

「少なくとも僕には・・・お義母さんにダブって見えました。 今も、人魔の饗宴(スキル)で多少なりとも感じるんです。近くにいるわけじゃないけど・・・いるのが」

 

 

再び生まれる、沈黙。

少年は瞼を閉じて、唇を噛んで震えていて大きく深呼吸をしてアミッドに話が脱線したから戻そうと提案する。アミッドもまた深呼吸をして周囲を見渡してもう一度話を戻す。

 

 

「私は治療師(ヒーラー)です。なので・・・回復はお任せください。ただ、戦いに関しては・・・」

 

「はい、僕がアミッドさんを守ります」

 

「お願いします。」

 

「武器は、白幻(グローブ)星の刃(ナイフ)狩人の矢()の3つ。 僕のスキルでなるべくモンスターの少ないルートを歩くつもりですけど、絶対じゃないし何が起きるかわかりません。」

 

「何より・・・あの男と、あの・・・えと、」

 

「・・・・。」

 

「その、いつ現れるかもわからないので・・・」

 

「・・・・そこの冒険者達の遺留品から使える者は貰っておきましょう」

 

「・・・本気ですか?」

 

 

アミッドはこの空間(ルーム)に少年が足を踏み入れた際に、激情し破壊してしまったという冒険者の骸を見やる。鎧は破壊され、転がる骨は誰の物かもわからない。それだけで、少年がどれほどパニックを起こしかけたのかがわかるほどだった。けれど、死体を荒らすというのは、それこそ死者の『冒涜』。それを少年が提案したのが信じたくなかった。自分がされたからやる、そう考えているのではないかと思えるほどには。

 

 

「まず、アミッドさんの恰好は・・・治療師(ヒーラー)としての衣装で、戦闘衣装(バトルクロス)とは別なんですよね?」

 

「・・・え、えぇ」

 

「それなら、せめて身に纏うものくらいは変えたほうがいい。それに、使えるものがあるなら、使うべき・・・です」

 

「・・・・・」

 

「その・・・見えてるものは見えてるし、出てる物は出てるんですよ、アミッドさん」

 

「へ?」

 

「・・・・」

 

 

アミッドは自身の恰好を確認。

少年がいつも身に纏っているローブを上から着用させられている。

治療師(ヒーラー)としての衣装は溶けてあちこちが穴を喰ったようにボロボロ。

露出しているところは露出してしまっているし、こぼれるものはこぼれ、ぽろりもあった。

顔を少しずつ赤くしながらも聖女はガバッとローブで体を包んだ。

いつだったか、朱色髪の女神に『そのおっぱいで聖女は無理やろ・・・』なんて言われたような言われてないような気がしたが、アミッドはこんな状況だというのに赤面し少年を睨んだ。

 

 

「・・・見たのですか?」

 

「触りました」

 

「・・・・さ、さわっ!?」

 

「ドロドロだったし。綺麗にしなきゃと思って。」

 

「・・・・・っ」

 

「僕とアミッドさんの仲じゃないですか。」

 

「私達はそのような関係ではありません!!」

 

「とりあえず、そこの金髪の人の戦闘衣装(バトルクロス)・・・借りましょう。僕が剥ぎ取りますから。」

 

 

小さくなるアミッドを他所に、よろり・・・とよろめいて、遺体の前までいくと少年は次々に装備品をあさって回収していった。その手に躊躇がないわけではなく震えているし、閉じられた瞼からは悔しそうに涙を零している。

 

 

 

「アミッドさんがいてくれてよかった・・・」

 

 

薄暗い迷宮の底で、ぽつりと少年は彼女に聞こえないくらいの声量で、そう零し、滴を地面に落とした。

 

 

 

■ ■ ■

 

「アストレア様! 戻りました!」

 

「おかえりなさい、アリーゼ。・・・状況を聞かせてもらえるかしら?」

 

「・・・輝夜とライラは、治療院にいます。それから、アウラ。ごめんなさい、貴方の仲間全員を守りきることはできなかったわ」

 

 

【アストレア・ファミリア】本拠。星屑の庭。

駆け込むように3人を除いた眷族達が帰還し、状況を説明した。

神が2柱送還されたことも、【ディオニュソス・ファミリア】が消滅しその眷族達も含めて大勢の冒険者が死亡したことも。

そして、途中で離脱した輝夜、ベル、ライラの3人と一緒に行動していた冒険者のうち、ロキ、ヘルメスの眷族が死亡したこと。

 

 

「ライラが言うには、ベルとアミッドちゃんは『ワーム・ウェール』に飲まれたそうです」

 

「・・・・恩恵はある。生きてはいるわ」

 

「ほっ・・・とりあえずよかった。2人は今は治療院にいさせています。もしここに戻ってきても待機させます。」

 

「わかったわ。それで、ロキとヘルメスは知ってるの?」

 

「さっき、説明に行ってきました。っと言っても、ヘルメス様は急に恩恵が消えたのを感じてアスフィに下層に行くように命じて・・・そのお陰で輝夜とライラは助かったんですけど。ああ、さすがに4人も運ぶのは無理があったので、18階層で偶然にもいたベルのお友達に手を借りたみたいです」

 

 

「お友達・・・・?」

 

「鍛冶師君と、リリルカちゃん。あとは、命ちゃんたち【タケミカヅチ・ファミリア】です。」

 

 

アスフィが1人で4人を運んで飛ぶのは流石に無理があった。

そこで、18階層までを往復していたところ、偶然にもそこに少年に知己たちがいたのだ。

聞けば、少年なしでダンジョン探索をしていたとのことで。

 

『あいつと一緒だと楽だけど、危機感が薄れるんだ』

 

『それに、自分達の力も磨きたかったので』

 

『私は楽したいんですけどね』

 

 

モンスターとの交戦回数が少なくなる少年のスキルは、ある種、『モンスターに対する危機感が薄れる』弊害があったのか、自分達だけで探索し薄れた感覚を取り戻そうと活動していたらしい。

 

 

「アストレア様。私はこれから、2人が落ちたかもしれない場所・・・『ワームウェール』の本来の出現階層は37。あくまで可能性ですけど・・・行ってみます」

 

「・・・わかったわ。お願い。回復薬も持てるだけ持って行きなさい」

 

「はい! じゃあ、みんな! 私、急ぐからお願いね。 リオン、魔法お願い! あ、スピードのほうね!」

 

「・・・・私、ですか? 効果は短いのですが・・・」

 

「構わないわ! 少しでも迷宮に入る時間が早ければそれで」

 

「はぁ・・・わかりました。地上のほうは任せてください。」

 

「ええ、任せたわ!」

 

「【今は遠き森の空。瞳に映る夜空の星々。どうか我が声に応じ、彼の者に慈悲を与えて欲しい。】――【ノア・ヘイスト】。30秒しかありません。行ってください」

 

「行ってきます!」

 

「「「行ってらっしゃい!」」」

 

 

アリーゼはリューから支援魔法を受けると赤髪をたなびかせて、ストリートを駆け出して迷宮へと向かっていった。残る団員達も各々の怪我の治療に当たるも、少年の安否でそわそわとしていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ロキ・・・」

 

「ん? どないしたん、アイズたん」

 

「あの赤い髪の人が・・・ベルがどうにかなるって」

 

「?」

 

【ロキ・ファミリア】、黄昏の館。

フィンを助けた金の歌人鳥(セイレーン)を空き部屋に案内して眷族達の様子を見た後、主神室に戻ったロキは部屋にやって来たアイズに声をかけられた。

 

 

『アリア・・・あの小僧は、じき死ぬぞ』

 

『・・・ベルの、こと? させない・・・!』

 

『もう手遅れだ。 もうここにはいない。 母親の手で死ぬのだと、エニュオは言っていたぞ』

 

『・・・・・』

 

『私には興味のないことだ。お前さえ手に入ればな』

 

 

そんなやりとりが、人造迷宮から脱出する前にあったという。

真剣な目でアイズはロキを見つめ、ロキもまた、目の前の少女が次に何を言うのかわかっていて、微笑んでいた。

 

 

「ロキ、私・・・あの子を助k――」

 

「ええよ」

 

「え?」

 

「せやから、ええよ。行ってき。」

 

「いいの?」

 

「アイズたんがそうしたいんやったら、そうしぃ。 っちゅーか、あの子にうちの眷族()助けてもらったのに、今回で、そこそこやられてもうとる。あんな気色悪い肉の濁流から逃げ切れんかったりなぁ・・・なんやねん、偉業の反転て。ふざけたこと言いよって。レフィーヤもあんな状態やし・・・このままあの子までやられたら、なんか、悔しいわ・・・せやから、行ってき。リヴェリア達にはウチから事情説明しとくから」

 

「・・・ありがとう。行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

アイズはそれだけ言うと、金髪を揺らし愛剣を腰に携えてストリートを走り出す。

母親に殺されるだなんて、信じられないし信じたくないけれど、そんなことさせるわけにはいかないと。眦を割いて。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ふぅーん・・・ヘルメス、それで、私にどうしろと?」

 

 

バベルの上、その一室で美の女神がワインを口にしながら頭を下げる橙黄色の男神に横目で訴えかけていた。男神ヘルメスはフレイヤの元にやってきては自分の眷族が一斉に死んだことを伝えた上でかの少年の安否が不明だと報告してきたのだ。

 

 

「・・・手を、貸してもらいたい。フレイヤ様」

 

「私に何の得があると?」

 

「おいおい、このままベル君を見捨てるつもりかい? あの子にご執心のあなたが」

 

「・・・・・」

 

「それと・・・そうだな、あえて言うなら、()()()()()()()()()を支払ってないじゃないか。ベル君に。」

 

「あなた・・・いやな言い方するのね」

 

「『オタ×ザル』は流行らないぜ。やっぱり、時代は『おねショタ』さ」

 

「ヘルン、ヘルメスをつまみ出しなさい」

 

「あああああ、待って、待って!! 悪かった! 悪かったから!?」

 

 

女神の後ろで佇む猪人の武人はその意味の分からない『オタ×ザル』なる言葉に、謎の寒気を感じた。侍女頭のヘルンは意味の分からない言語に吐き気を催しヘルメスを摘みだそうとした。

 

 

「ベル君にご執心の貴方だ。好きな年下の男の子を守らないと、大人の女として恰好がつかないぜ?」

 

「・・・・・はぁ。いいわ、貸してあげる。けれど、アストレアに伝えておきなさい。『ベルは奪わないであげる。その代わり、1日私に貸しなさい』と。それくらいはいいでしょう?」

 

「・・・わかった。けれど、彼が嫌がることはしないと誓ってくれ」

 

「場合によるわ。だいたい・・・あの子を無理やり私のモノにしようとしたら、壊れるのがわかりきっているんですもの。ほんっとうに難易度が高くて嫌になる」

 

「わかったわかった。アストレアには俺の口から伝えておこう。まぁ、彼の保護者達が何を言うか今から怖くて堪らないけど」

 

「知ったことじゃないわ。・・・・そういうことだから、オッタル、行きなさい」

 

「・・・よろしいのですか?」

 

「ええ、構わないわ。 ザルドを殺したという料金を支払ってきなさい。ただし、あの子を助けようとする者がいるのであれば、その者達の道を切り開くだけでいいわ。」

 

「・・・承りました」

 

猪人の武人は、女神の元から去り、迷宮へと向かっていく。

次に女神は侍女頭に目を向け指示を飛ばす。

 

「ヘルン、ヘイズにディアンケヒトのところに行くように伝えて。期限は【戦場の聖女(デア・セイント)】が復帰するまで。」

 

「・・・畏まりました」

 

「あとは・・・そうねぇ・・・ねぇ、ヘルメス?」

 

「な、何かな、フレイヤ様・・・?」

 

 

何か思いついたように笑みを零すフレイヤに、冷や汗を流すヘルメス。

 

 

「ザルドの大剣・・・墓標にしておくには、もったいないと思わない?」

 

「・・・く、くれるのかい?」

 

「あげないわ。 でも、見せてあげてもいいわよ?」

 

「・・・ごくり。」

 

「ふふっ・・・やっぱり、やめにするわ。見せてあげない。あなたには」

 

 

 

かくして、迷宮前の入り口を3人の冒険者が駆け込み、飛び込んでいく姿が目撃された。

 

紅の正華(スカーレット・ハーネル)】アリーゼ・ローヴェル Lv.6

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン Lv.6

【猛者】オッタル Lv.7




【今は遠き森の空。瞳に映る夜空の星々。どうか我が声に応じ、彼の者に慈悲を与えて欲しい。】――【ノア・ヘイスト】

効果時間 30秒。

【ノア・XXXX】。

ベル君のオーラとは違い、部分部分にしか増幅効果をかけられません。


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追憶・v

 

 

「はっ、はっ、はっ・・・!」

 

 

息を荒げて走る。

主を探して、走る。

薄暗く、どこまでも続くかのような螺旋階段を、石造りの階段を駆け上がる。

 

 

「ぐっ、ぅぅぅ・・・! 我が主・・・! エレボス!」

 

 

傷だらけの体を。

痛む体を引きずって、男は階段を駆け上がる。

 

 

「貴方はなぜっ、どこにっ、なにを・・・!」

 

 

 

『そこら辺に転がっている俺の眷族を、見逃してやってくれ。見逃すだけで良い。』

 

『この後ダンジョンから脱出できなくても、怪物に喰い殺されても俺は文句を言わない。だから、見逃してくれ。』

 

 

「我が主・・・なぜ、何故あのようなことを・・・!?」

 

 

駆け上がる。

駆け上がる。

駆け上がる。

そうして、光が漏れる出口へとたどり着く。

辿りついて、絶句する。

 

「――――!」

 

 

『教えて、エレボス。正義の神に、貴方の『正義』の『答え』を聞かせて。』

 

 

風がびゅ~っと吹く。

場所は、白亜の巨塔(バベル)。その頂上。

いるのは、邪神エレボスの他に男神ヘルメスと女神アストレア。

3柱は風に拭かれながら、女神は銀の剣を煌かせながら、最期の会話をしていた。

 

 

『・・・君は、【正義】に絶対はないと言ったな。アストレア。』

 

『ええ、言ったわ』

 

『俺からすれば、それは間違いだ。 俺には『絶対の正義』がわかる。』

 

『それは、なに?』

 

 

ふと瞼を閉じるエレボス。

そして一拍置いて、口を開いて自身の『答え』を述べた。

 

 

『正義とは――――――『理想』だ。』

 

 

それを隠れて見ていた、聞いていた男には理解できなかった。

誰だアレは。

なんなのだアレは。

我が主が、何を言っているのだ。

あなたの邪悪はどこへ行ったのだ。

わからない。

わからない!

わからない!!

 

 

『『正義』とは、選ぶことではなく、掴み取ることだ。』

 

『掴み、取る・・・?』

 

『ああ。選択は2つだけ、じゃない。3つに変えればいい。数多の答えを生み出し、手を伸ばせばいい。』

 

 

エレボスは満足いったような微笑を浮かべながら、満天の星空の元、語りつくす。

それを邪魔する者は、どこにもいない。

 

『人々はそれこそを『正義』と信じ――神々は、それを『英雄』と讃える。』

 

 

『それが、あなたの本当の目的・・・?』

 

 

『なんだ、気付いていたのか。』

 

 

 

邪神は言う。

『答え』が欲しかった。オラリオが、下界が進むべき指標が、と。

これより待ち受けている、いかなる苦難にも屈さず、『理想』を求め続ける眷族達の輝きが。

世界が欲する、『英雄』が。

 

故に、『非道』を選んだ。

『非道』を選び、邪悪となった。

 

たった1人の子供の箱庭を穢してまで、最強の眷族達(ザルドとアルフィア)に協力を求めた。

 

 

『他に方法はなかったのか、エレボス?』

 

『ないさ、ヘルメス。 お前もわかっているだろう? 今の下界に猶予はない。』

 

 

邪神は最初から邪悪だったわけではなかった。

それは手段でしかなかった。

けれど、もう大丈夫。だとその男神は、満足していた。

 

 

『アストレア。 お前の言ったとおり、自分勝手に満足させてもらったよ』

 

『・・・数多の命を天に還し、選ばれし者を見出して、超克させる。『正義』も『悪』も、全て礎に変える。それが貴方の神意。』

 

 

男神エレボスは、『絶対悪』ではなく『必要悪』であった。

理想に至れない下界を、理想に至らせるための『踏み台』。とても独りよがりで醜い、高潔な悪。

 

 

『やっぱりいい女だなぁ、アストレア。抱きしめてもらうなら、君みたいな女神がいいな。』

 

『私はごめんよ、エレボス。だって、貴方ってとても天邪鬼なんだから。 ・・・それに、私には抱きしめなきゃいけない子が、待っているんですもの』

 

『――――アルフィアの子か。そうだな、そうしてやってくれ。君なら、任せられる。』

 

 

アルフィアとザルドは抗争時に豹変してしまった。

本来ならば、自爆テロを行う信者の中には『子供』がいた。

だというのに、爆弾を抱えた『子供』を見た2人は怒り狂い、計画を破綻させた。

計画から子供は排除され、誰も知らぬ内に、子供達は消えうせた。

 

 

『ヘルメス、子供達はどうした?』

 

『―――無事、外にいる俺の眷族達を使ってオラリオの都市に運んだ。眠っているうちに。 目覚めてからのことまでは責任は持てない。まぁ、危険な刃物だとか持っていないかと身体検査はさせてもらったが』

 

『・・・ああ、それでいい。アルフィア達の意思を守れて何よりだ。 後の死に関してまでは関与できない。 それはこの抗争でも同じだ。』

 

『確かに、子供達全てを何から何まで保護し続けるのは無理がある。 ―――エレボス、彼女達に何を言われた?』

 

『・・・・何、簡単なことさ。 親が言って当然のこと。 まぁ、あいつらが思い出してしまったが故の、我侭だ。』

 

 

【気まぐれを起こして会いに行った私達が言う。】

 

【あの子を捨てた俺達が、中途半端なことをした俺達があえて言うぞ、エレボス】

 

【【  子供に手を出すな  】】

 

 

ただ、それだけだ。

それだけで、大抗争で子供を使った戦法は封じられた。

【勇者】が立てた作戦でもなく。

協力者である2人の手で、封じられた。

気まぐれに子供に会いに行き、子供を捨て、都市に災いをもたらした2人が最後の最後に誘い出してきたエレボスに求め、エレボスもそれに応じた。

 

 

「子供? ・・・何だそれは。 何を言っているのですか貴方は・・・!?」

 

 

自分という眷族がありながら、なぜそうも他神の眷族のことを思える?

自分という眷族がありながら、なぜ顔も知らぬ子供のことを慈しめる?

 

 

『エレボス。 あなたが2人を誘いさえしなければ・・・アルフィアの子は・・・』

 

『そうだな。傷つくこともなかったろう。 2人が思い出しさえしなければ、目を背けたままでいてくれれば、もっと難易度を上げられただろう。』

 

『これじゃあ、アルフィアの子が一番傷ついただけじゃないか、エレボス?』

 

『ああ・・・・まったくだ。 俺も子供がいることは予想していなかったんだよ。 っと・・・ああ、アストレア。俺から1つ、いいだろうか?』

 

『―――何かしら?』

 

『アルフィアから聞いているだろうが・・・子供のことを頼む。 きっとその子供は、俺達神を憎むだろう。アルフィア達を探し求めるだろう。それでも、それでもだ・・・愛してやってくれ。奪ってしまった俺が、意図せず神威で傷つけてしまった俺が、懇願しよう。』

 

『エレボス、その子供に言うことはないのかい?』

 

『――――無い。全く持って、無い。 俺は悪だ。 憎まれる存在だ。 故に、俺の神意をその子供が知る必要はないし、理解する必要も無い。恨んでくれていい。でなければ、意味が無い。』

 

『はぁ・・・・契約云々で、子供を愛するようなことを私はしたくはないわ。 けれど、約束をしたから。 泣いて私に懇願したアルフィアと約束したから、その子のことは、私が面倒を見ます。』

 

『・・・ああ、それでいい。―――ヘルメス~。アストレアがせっかく場所を選んだんだ、お前もその軽い口を滑らせるなよ?』

 

 

 

男の知らぬことを、まるで『眷族がもう1人いる』かのように、まるで『何より大切なものがいる』かのように女神に頼み込むエレボスに男の心は震える。

それは感動などではなく、醜い想いだ。

 

浅ましくもそれは―――『嫉妬』だった。

 

 

『ここであったことを知るのは、三柱の神と――』

 

エレボスは、男がいることがわかっているのか、出入り口の方へと視線を向けて

 

『1人の眷族だけだ。』

 

と言う。

 

「!!」

 

男は体を震わせ、瞼を見開いて、口をあけて形容しがたい驚愕に染まる。

そうして、最後の時が訪れる。

 

 

「―――さぁ、終わらせようアストレア。 今度こそ、俺を裁いてくれ」

 

 

やめてくれ。

待ってくれ。

私の主を奪わないでくれ!!

そんな声を出せたらどれだけよかっただろうか。

口から言葉はでなかった。

理解できない情報の羅列に、がんじがらめにされ男は動けなくなっていた。

 

 

「・・・最後に、1つだけ教えて、エレボス。」

 

 

 

貴方は、下界を愛していた?

 

 

 

エレボスは黙る。

黙って、そして、今まで男が見た事がないような笑顔で、言ってのけた。

 

 

「―――当たり前じゃないか、アストレア。 俺は子供達が、大好きさ」

 

 

それで終わり。

少し悲しそうな顔をした女神は、やがて厳しい顔になってその銀の刃でエレボスの胸を穿った。

 

 

満天の星空。

その天空を、1つの光の柱が穿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け下りる。

階段を駆け下りる。

傷ついた体を引きずるように、『恩恵』を失った体で、駆け下りる。

 

 

「はぁ、はぁ・・・はぁぁ・・・・!! 騙していたのですね、神エレボス! この私を!」

 

 

この感情を、なんと言えばいいのだろうか?

例えば、憎悪?

例えば、悲壮?

きっと、どれも正しく、男の身を焼くものなのだろう。

 

 

「何が絶対悪・・・! 何が理想・・・! 私の欠陥を知っておきながら、かどわかして・・・! 嗚呼、なんて酷い! なんて残酷な!!」

 

 

男は、のた打ち回るように、髪をかき乱すように声を荒げて叫びあがる。

誰もいない路地裏で。

 

男の主は、知りもしない子供(信者)を助けた。

男の主は、裏切りに近いことをした、作戦を変えさせた2人の家族を女神に託した。

今まで見た事が無いであろう顔で。

 

許せるわけが無い!

許せるはずが無い!!

 

「・・・・ふっ、ふふふふふっっ・・・!? 諦めない・・・ええ、諦めませんとも!」

 

 

誰もいないその場所で、星が天上を埋め尽くすその都市のどこかで、男は狂ったように壊れたように笑う。

 

「極まったこの神々への憎悪に誓って! 下界是正を成し遂げる!」

 

 

灰色の世界で、ただ1人。

孤独に怒り、笑い、狂った男がいた。

『欠陥』を持った自分のような存在を作り出した世界を、男は呪う。

 

「世界の瑕疵は、この私が、必ずや・・・! ふふふふっ、ひひひひひ――ハハハハハハハッ!!」

 

 

灰色の世界で、子供()は笑う。

自分の欠陥を知ったうえで『愛している』と言ったエレボスは、最後の最後に男というたった1人の眷族よりも他人の子供を優先し、置いていった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――――――夢、ですか。 懐かしい・・・そして、恨めしい光景だ」

 

 

薄暗く、白濁食の世界で男は目を覚ます。

傍に、女はいない。

既に別れた。

後は各々好きにする。

 

 

「エレボスよ・・・暗黒地下世界の神よ・・・喜ぶが良い・・・!」

 

 

認めよう。

浅ましくも認めよう。

私は、あの時、嫉妬したのだ。

 

自分以上に神に愛されている顔も知らぬ子供に、嫉妬したのだ。

 

 

「貴方が言う『理想』を体現した子供がいた・・・!」

 

 

人が怪物にされた場合、どのような選択を取るだろうか?

涙を流して、嫌だ嫌だと泣き喚いて殺される?

あるいは、怪物だと切り捨てて、胸を貫き魔石を砕く?

 

男は、あの光景を見ていた。

そして、気がついた。

 

 

『―――僕の家族は、悪に堕ちた。それはこれから先も変わらない。なら、その子供である僕が悪になったところで何も変わりません』

 

 

季節はずれの雪が降ったあの日。

人外の存在と言葉を話す小さな子供。

その腕の中には、怪物に変えられたという女が眠っていた。

周囲ではその雪の粒に触れると、痛みが消えたなどという声さえ聞こえて男も浴びた。

浴びて、何も変わらないことに絶望した。

 

『―――僕は、悪でいい。』

 

 

どこか、昔の主と似たような声で喋るその子供が、エレボスの言っていた『アルフィアの子』なのだとすぐに理解できた。それと同時に冷めていた怒りが燃え上がった。黒く黒く、燃え上がった。

 

その子供は、天秤を打ち壊し理想を掴み取った。

まさしく、どの選択肢にも存在しないことを成し遂げた子供は、少年は、『英雄』と讃えられるべき存在であり、見守っていた者達は『英雄』の誕生を観測したと言ってもいいだろう。

 

もっとも少年は『英雄』の席を蹴り飛ばしたわけだけれど。

しかし、少年がそれを望もうが望まなかろうがそれを見ていた者たちからすれば、まさしく『英雄』なのだ。

 

 

1匹の猛牛と戦う少年がいた。

 

炎雷の槍(ファイア・ボルト)ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

それは英雄譚の1ページのようで。

気高く、熱く、目に焼きつくような光景で。

 

その世界から爪弾きにされた男は、やはり灰色の世界で舞台の上で光に照らされた少年を見て思った。

 

 

 

「――――嗚呼、あなたが彼等が望んだ、エレボスが求めた『英雄』ですか。 ・・・なら、それを壊したなら、エレボスに、あの顔に泥を塗ったとスっきりすることはできるでしょうか。」

 

 

 

薄暗い迷宮を歩く。

()()の食事の為に、あの場から離れてしまったが、きっとすぐに会えると歩く。

 

 

「家族水入らずといきたいですが、その前に。――――どうか、英雄よ。 このような理不尽に屈することなく、立ち上がってみて欲しい・・・! ふふっ、ふふふ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

しばらくは()()は食事を優先することだろう。

持病が無い代わりとでもいうのか、すこぶる燃費の悪い彼女はすぐに腹を空かせる。

きっと今も同じ階層で、この広大な階層で食事をしていることだろう。

ならば邪魔は来ないはずだ。

 

 

「置いていかれた者同士・・・・捨てられた者同士・・・仲良くしようではありませんか!!」

 

 

暗い、暗い迷宮で、男は壊れたように笑う。

狂った男は笑って、モンスターを殺して進む。

再会を楽しみにするように、逆恨み同然の怒りを燃やして闇の中を歩いていった。



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薄闇に浮かぶ顔

 

 

 

地図作成(マッピング)途中の、階層地図・・・役に立つでしょうか?」

 

「わかりません・・・でも、無いよりはマシだと思ったほうが良い・・・」

 

 

眼前に並べらているのは、亡くなった同業者の遺品――装備品と道具(アイテム)

刃の一部が欠けた長剣と刀、罅割れた短杖(ワンド)、数本の短刃(ダガー)、防具では唯一の片胸鎧(サイドアーマー)魔道具(マジックアイテム)の羽根ペン、不気味に変色した幾つかの回復薬(ポーション)にカビがびっしりと生えた黒パン、その他小物・・・その中にあった道具(アイテム)の1つに、2人の目は引かれた。

 

 

それが、地図作成(マッピング)途中の、階層地図だ。

巻物の形をとっていた丈夫な布地は、少年が破壊した遺体の手に握られていたものだった。

既に記されている×印は、おそらく拠点を示している。つまりは現在地であるこの広間(ルーム)。そこから複雑な迷路が赤の線で描かれていた。

 

作成されている範囲はかなり広く、いくつもの行き止まりに当って、挫けそうになりながら、それでも描き続けたことが地図(マップ)の上から読み取る事が出来た。

 

 

「この方々も遭難し、出口を求めて彷徨ったのでしょう・・・」

 

「・・・ん」

 

「彼等の無念は推し量ることはできませんが・・・情報が何も無い私達にとっては大きな助けになります」

 

「・・・・」

 

地図を地面に広げて一緒に見下ろしているアミッドの呟きを、少年は黙って肯定する。

2人は途切れた地図の先――この地図作成(マッピング)を引き継いで道を記していかなければならない。

帰還への経路を。

たとえ、少年の人魔の饗宴(スキル)で壁の向こう側に空間を見つける・・・いわば、『迷路をズルして進む』行為をしたところで、本来のルートがわからない2人には意味の無いこと。であれば、少しでもこの地図を役立てるしかない。

 

 

「道がわからない以上、僕達は・・・この地図に従って動くしかない。そこで、上の階層へと続く、36階層の連絡路を見つけるしかない」

 

「そう、ですね・・・。」

 

「なるべく、モンスターの少ない道を僕が見つけてそこを進もうと思います。」

 

「ええ、お願いします。 回復は私が。 ベルさん、揺籠(クレイドル)は使えますか?」

 

「・・・はい。でも、移動するなら使わないほうがいいと思います。 結界・・・というか陣地というか、そういうものなので動きながらっていうのは無理です。」

 

「では、なるべく休憩(レスト)の時のみ、ということにしましょう。」

 

「この変色した回復薬(ポーション)はどうしますか? 使えるなら、アミッドさんの精神力(マインド)の消費を抑えられると思うんですけど」

 

「・・・・念のため、持って行きましょう。効果が無いわけではないでしょうが・・・なるべく、使いたくはありませんので」

 

「わかりました」

 

 

広げた地図(マップ)から顔を上げ、装備や道具(アイテム)の数々に目を向け、壊れかけのバックパックを遺靴(ブーツ)の紐を利用して補修し、その中に荷物を入れる。

少年が作業をしているのとは別で、アミッドは遺骨を集めて、等間隔に寝かせて手を合わせていた。自分が眠っている間にこの広間(ルーム)を見つけてスキルのせいで一瞬の希望を見ることもなく、絶望に打ちのめされることもなかった少年。けれど、遺骨達を見てほんの一瞬でも思い出したのだろう。死者を辱めることで産まれた怪物のことを。

激情し、遺骨を破壊した少年のことをアミッドは責めることはできなかった。

だから、代わりにと手を合わせて自分の背後で震えている少年の分まで謝罪し、装備品を奪った所業に、黙祷を捧げた。

 

 

「―――ベルさん、覚えている限りで構いません。この広間(ルーム)に入った際の遺体(かれら)の状態をお聞きしても?」

 

「・・・・壁に寄りかかっていたり、地面で仰向けになっていたり・・・ああ、1人は確か・・・えと、胸の位置に短剣が。」

 

 

アミッドは、少年のおぼろげな記憶から遺体(かれら)が本来いたであろう光景を思い浮かべて、回復薬が余っていることに何か違和感のようなものを感じた。

 

「カビや腐敗が進んでいるとはいえ、食料が残っている。餓死や脱水が直接な死因とは考えにくい・・・。ですが、回復薬(ポーション)が余っている中、解毒薬の類は見当たらない。『深層』を探索するパーティが用意していなかったとは考えにくい・・・なら、全てを消費した?」

 

「・・・だとしたら、死因は『毒』ですか?」

 

「それを始めとした、『状態異常』かと。 恐らくは遭難した後、彼等はこの広間(ルーム)を拠点に突破口を探っていたのでしょう。ですが途中モンスターから『毒』をもらい、何とかここに立てこもったものの、手持ちの道具(アイテム)では解毒しきれず・・・。」

 

 

1人、また1人と息を引き取っていく中、残された1人は『深層』の闇に気をやられ、自ら命を絶ったのではないか。それがアミッドが導き出した答えだった。

 

 

「・・・アミッドさん」

 

「?」

 

 

少女の後ろで出口を警戒していた少年は、地図(マップ)を裏返して震える手で、手渡してくる。

布地の正体は【ファミリア】のエンブレム。恐らくは団旗。地図作成(マッピング)するための紙もなかった彼等は、派閥の誇りに地図を描くしかなかったのだろう。

激しくこすれた跡によって、徽章がどの【ファミリア】なのか判然しない。

けれど、隅には、赤い文字で共通語(コイネー)が描かれていた。

 

 

「―――【申し訳あり・・・・レ・・・様・・・ごめ・・・マ・・・母さん・・・・帰れなくて・・・】。」

 

 

ところどころ汚れて見えないその遺言を、少女は沈痛な面持ちで読み上げる。

 

 

「・・・・・ベルさん」

 

「・・・はい」

 

「貴方も、黙祷をしておきましょう。」

 

「でも・・・」

 

「大丈夫。彼等は貴方を怒ったりなどしません。ですが、貴方が目を背けるのはいけません。でないと、貴方はこれから先もここでのことを引きずってしまう・・・私はそう、思うのです」

 

「・・・・わかりました」

 

 

譲り受けた武器と防具を纏い、広間(ルーム)から立ち去る間際。

広間(ルーム)に集められた、三人の同業者の遺骨の前で、少年と少女は手を繋ぎ、瞑目する。

 

少女は『どうか、私達を見守っていてください』と。

少年は『酷いことして、ごめんなさい』と。

 

 

黙祷の時間はほんの少し。

ここはダンジョン、モンスターの巣窟。悠長に感傷に浸る隙は見せられない。

名前も知らない冒険者達にそれぞれ想いを残して、2人は広間(ルーム)を後にする。

 

 

 

そうして、少女は初めてこの時、この瞬間。

理解したのだ。

 

薄暗い、闇の中で浮かぶ顔。

カタカタカタ、とまるで啼き声を放つように、仮面が上下に浮かぶソレを見た。

御伽噺の『死神』を彷彿とさせるような存在。

 

名を、『スカルシープ』。

深層域に出現する羊型のモンスター。体高は140Cほどの中型級。2つの虚ろな眼窩が空いた仮面及び全身は、(スカル)の名の通り『骨』で出来ている。

 

 

闇の中で浮かぶように存在する羊の頭蓋骨。

それが急接近してきたかと思えば、真正面に伸ばして構えられた銀の槍に貫かれて体を灰に変えた。

 

 

「はー・・・っはぁ・・・・はぁ・・・」

 

 

見えなくとも、少年には場所がわかってしまう。

だから、突っ込んでくるのなら、待ち構えてさえいればいい。

荒く吐息を漏らして、少女の手をしっかりと握って無事を確認して、また1歩、前へと進む。

 

 

少女は、少なくとも聞いていた。

女神から、そして、少年の姉達から。

『決して暗い場所に連れて行ってはダメ』と。

すっかりこの状況下で忘れていたけれど、ずっと震えていたのは、あの骨の怪物を見たせいだとばかり思っていたけれど、それもひとつの要因なのだろうが、違ったのだ。

 

 

(嗚呼、なるほど・・・)

 

 

少年は口にしない。

口にせず、震えながら、泣きそうになりながらも少女の手を引いてモンスターのいない位置を頭を痛ませながら選んで進む。

 

 

 

「ベルさん・・・これが・・・貴方がいつも見ていた世界なのですね」

 

 

闇の中で浮かぶ、顔。

きっと少年が見ているものとは少しばかり違うのだろう。

けれど、条件は同じ。

恐らくそれが、神の顔か、怪物の顔かの違いでしかないのだ。

 

暗い場所で、懐中電灯をあごの位置で顔を照らす。

場合によってはそれだけで人は驚くことだろう。

少年はそれを見続けているのだ。

 

 

「いつからですか? ベルさん。」

 

「・・・少なくとも・・・お義母さん達がいなくなった時から・・・暗い場所で、冷たい瞳が、僕のことを見てる。」

 

「―――っ」

 

「今もずっと・・・だから・・・離さないでください・・・」

 

 

薄闇の中、2人は歩く。

時折現れる怪物を少年がたった1人で相手をして、2人は歩く。

少女は少年が見ていたものを漸く理解して、そして、己の無力を知ったのだ。

傷を治せても、心までは治せないのだと。



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白の魔宮

1ヶ月も間開いていた・・・話忘れるぜぇ・・・


 

白宮殿(ホワイトパレス)』。

37階層はそう呼ばれている。

不気味な白濁色の壁面に、既存階層と比べものにならない巨大な迷宮構造。例外は存在するものの通路や広間は大きく、ほとんどの地帯(エリア)が幅10Mを優に超えている。薄闇も手伝って視認できないとはいえ、天井の高さは馬鹿にならない。特徴的なのは『大円壁』。

 

「あああああああっ!」

 

『シャアアアアアアアッ!』

 

階層中心に存在する次層への階段を玉座とするかのように、『城壁』というべき巨大な円壁が都合5つ囲んでいる。他の階層には見られない迷宮構造で、冒険者達はこの大円壁(かべ)の間に錯綜する迷路を進み、あるいは無数にある段差を昇り降りして、階層の中心部を目指さなければならない。階層全体の範囲領域に迷宮都市(オラリオ)がすっぽり収まるという言葉は決して誇張ではない。まだ地図作成(マッピング)されていない『未開拓領域』が多く存在すると推測されており、迷い込んでしまえば二度と出てこられなくなると言われている。まさにその状況に直面している少年と少女は、巨大過ぎるこの『白宮殿(ホワイトパレス)』を突破しなければならない。

 

初進出に加え、現在地がどこなのかも分からないという『過酷』に満ちた迷宮を。

 

 

『シャアアアアアッ!!』

 

「ぐっ・・・【福音(ゴスペル)】!」

 

青い鱗に包まれた屈強な腕が、剣を閃かせる。

数本持っていかれる白髪の毛先、肌から飛び散る冷や汗、間一髪で回避した少年に強力な斬撃を浴びせてきた蜥蜴の戦士は威圧の声を轟かせ、少年の魔法によって吹き飛ばされる。

 

 

「リドさんだったら・・・良かったのに・・・!」

 

 

【リザードマン・エリート】

その名の通り、『大樹の迷宮』に出現する『リザードマン』の上位種で、その能力は桁違いとなっている。赤から青に変わった鱗は鎧のように固く、攻守にわたって隙がない。その両手が使いこなすのは、天然武器(ネイチャーウェポン)、骨にも似た白濁色の岩斧2振り。個体差も存在するが『管理機関(ギルド)』が脅威度をLv.3からLv.4と定める白兵戦の特化型(スペシャリスト)だ。

 

いつか出会った異端児のリザードマンの姿を、吹き飛ばしたリザードマン・エリートに被せて愚痴を零す。

 

「リドさん? お知り合いですか?」

 

「え、と・・・はい。」

 

「・・・言い淀みましたね、わけありですか。」

 

「ごめん、なさい」

 

 

自分の背後に立つ少女に異端児のことを説明する余裕などなく、言い淀む。少女はそれに気にしていませんよ、と笑みを零して少年を安心させようとする。

 

 

『グルオッ!』

 

『シャャアアアッ!』

 

「アミッドさん、槍をください!」

 

「・・・どうぞっ」

 

少女から槍を受け取り、襲ってくるモンスターの急所を的確に突く。

戦場は正方形の広間(ルーム)、敵の数は2。

人魔の饗宴(スキル)】を使って()()()()()なルートを進むも、状況が良くなったわけではない。魔法を撃てば音に反応してモンスターはやってくるために満足に魔法を使用することもできず、更には戦闘職ではない少女を庇いながら、常に気を回しながら立ち回らなければならないというハンデを負っていた少年は、疲弊していた。

 

「はっ、はっ、はっ・・・!」

 

「ベルさん、治療しましょう・・・あそこに丁度広間(ルーム)もあります」

 

「駄目・・・まだ、来るっ」

 

「・・・・っ!」

 

少年と少女は、詰んでいた。

遺体から回収した地図も、作成途中の物で既に何度も行き止まりにぶつかっている。どこに進めば上層に行けるのかも分からず、ただただ彷徨っていた。比較的安全な道を進んでいるにも関わらず、息つく暇もなくモンスターと遭遇する。

 

通路の奥から響いてくる多数の足音。恐らくは先ほどの少年の音を聞き取りやってきているのだろう。その足音を耳にして、唇を噛み締める少年は意識を戦闘から逃走へ切り替え少女を抱きかかえて走り出す。

 

「ベ、ベルさん・・・!」

 

「・・・・っ!」

 

流れ落ちる汗を抱きかかえられている少女が拭い、2人は目を歪める。

冒険者の遺体から拾っていた長剣とダガーをアミッドが追って来るモンスターに何とか距離を開けようと投げつける。

 

 

『グギャァッ!?』

 

「―――お見事」

 

「ど、どうも・・・」

 

 

モンスターを上手くやり過ごす事ができていたのは、遺体が眠る広間(ルーム)から出発した少しの間だけだった。大きな通路に出ると同時、一度の戦闘を皮切りに、その戦闘音を聞きつけたモンスターが押し寄せるよいう怒涛の遭遇(エンカウント)が幕を開けていた。少年のスキルのモンスターに気付かれにくいという有利点も、この階層では何ら役には立たなかった。無論、気付かないモンスターもいたが、恐らくそれらは個体差が劣っていたのだろう。つまり、少年と少女が遭遇(エンカウント)するモンスターはどれもこれも、基本的に強く捌くのに少年1人では荷が重すぎたのだ。

 

広大な領域を誇る37階層はモンスターの総数――出現する絶対数も群を抜いており、次産間隔(インターバル)さえ短く、冒険者達に時間を与えてはくれない。階層が広すぎるあまりモンスターが迷宮中に散らばっている事が唯一の救いだが、運悪く固まりに一度捕まれば、今の少年達のようになる。

 

『オオオオオオオッ!』

 

『!』

 

「くっ・・・ベルさん、来ます!」

 

「―――【福音(ゴスペル)】!」

 

リザードマン・エリートが、骨の死羊(スカルシープ)が、多くのモンスターが追撃してくる。

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】っ!」

 

少年の魔法がモンスターを呼ぶ。

逃げても追って来る。

少女が地図を見ながら必死にルートを示す。

少年が振り返り、モンスターの群を見て爆散鍵(スペルキー)を唱える。

 

「【哭け(ルギオ)】ッ!」

(冗談じゃない・・・これが『深層』の日常茶飯事(ベーシック)なんて・・・アミッドさんを庇いながらなんて、無理だ!)

 

既に交戦回数は10を超えている。現れたモンスターは3()0()()()()()()()()()数えるのをやめた。自分のスキルが役に立たない、自分の魔法がさらに危険を呼び寄せる状況に少年は口元を歪めた。

 

 

■ ■ ■

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】」

 

「【ディア・フラーテル】」

 

「はぁ、はぁ・・・・」

 

「少し、休みましょう・・・今のうちに、地図作成(マッピング)を行いますので。」

 

「は、い・・・でも、アミッドさん地図作成(マッピング)できるん・・・ですか?」

 

「経験は・・・ありませんが、通った道くらいはおおよそ覚えています。貴方にばかり負担をかけてしまっているんです、させてください」

 

 

槍を抱くようにして傷つけた壁に座り込む少年は、魔法を使用した上でも警戒を解かない。少女の魔法による治療によって傷は修復されるも、積もった疲労は消えていない。少年を休憩させている間に、少女は自分たちが通ってきた道を線引きして地図にしていく。それは決して、盗賊(シーフ)地図作成者(マッパー)・・・専門家に見せれば鼻で笑われてしまうかもしれないつたないものだが、それでも少女は少しでも少年の負担を減らしたかった。その意を汲んだか、少年は素直に少女に委ねている。

 

 

「私も・・・」

 

「?」

 

「私も、戦い方を覚えるべきでしょうか・・・」

 

「・・・・」

 

「剣を取り、このような異常事態に対処できるように・・・」

 

「・・・やめてください」

 

疲れからか、かすれた声でそう言う少年に少女は振り返る。

少年よりも年上の少女は、経験したことも無い恐怖と年下の少年に全てを背負わせているという負い目に表情を変えないまでも体は震えきっていた。少年がいなければとうのとっくにモンスター達に辱められて死んでいた。それどころか、彼が飛び込んできてくれなければ自分はあの絶望に寸断されていたことだろう。命を助けてもらったのに、今こうして、自分の無力に打ちひしがれ体をボロボロにしていく少年に少女は泣きたい気持ちが湧いていた。

 

「アミッドさんは・・・治療師(ヒーラー)なんです・・・戦える治療師(ヒーラー)は確かに、凄いことかも、しれない・・・でも、アミッドさんの戦場は、違う・・・」

 

貴方の戦場は、怪我人のいる場所だ。

そう言う少年の表情は前髪でよく見えなかった。

荒れていた呼吸は漸く落ち着きを取り戻し、歪んでしまった右腕を左手で撫でる。この状況下で、少女を励まそうとしている隣に座る少年に少女はそっと右手を握った。

 

少年もまた、震えていた。

心細さや、不安感。

そして、義母の姿をした怪物という存在にいつ遭遇するか分からないという恐怖に。それを無理やり押さえ込んでずっと戦っている。

 

 

精神力(マインド)が回復したら・・・移動、しましょう。」

 

「・・・・」

 

「申し訳ありません、貴方にばかり・・・負担をかけて」

 

「・・・・」

 

 

返ってくる言葉はない。

こてん、と少女の肩に頭を置くようにして少年は意識を手放していた。

 

(脈はある・・・魔法の効果時間からして、5分眠るくらいは大丈夫でしょう・・・せめて・・・)

 

せめて、この小さな少年に。

夢の中だけでも、平穏を。

 

ぎゅっと握り返された手の温もりを少女だけが、独占する。

静かな薄闇が広がる2人だけの広間(ルーム)

少年の抱えている傷を本当の意味で理解した少女は、眠る少年を邪魔しない。

 

「私も・・・少しだけ・・・」

 

地図作成(マッピング)をやめ、少年の頭を自分の膝に落とすようにゆっくりと横に倒して少女もまた瞼を閉じた。



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エンカウントは突然に

雑になっていくう~


 

 

「―――す、すいませんベルさん眠ってしまって」

 

「いや、気にしないでください・・・僕の魔法なら2人寝たって15分は安全なんですから」

 

「それはそうですが・・・」

 

「寧ろ、僕が先に寝てしまってごめんなさい・・・アミッドさんを休ませるべきでした」

 

「いえ、それは・・・ベルさんはずっと私を守りながら戦っているのですから、休むべきはベルさんであって・・・」

 

 

身支度を軽く整えて、再び行動開始。

きっかり15分、魔法の効果が切れる頃に2人は目覚めた。

先に目を覚ましたのは少年で、自分の膝の上で綺麗な顔して眠る聖女にギョっとして彼女の体を揺すり起こした。互いに疲れていたのだろうが、いくら魔法を使って安全圏を作ってもモンスターが来れば15分間無傷な状態でハムハムされたりドスドスされたりするのだ。そんなときに目が覚めたら正気ではいられない。少年は非戦闘員のアミッドを優先させて休ませるべきだと反省。アミッドは逆にここまで1人でモンスターを引き受けている少年をゆっくり休ませてあげるべきなのに自分まで寝てしまったことを猛省した。

 

「じゃぁ、その・・・」

 

「はい、行きましょう。ベルさん体は大丈夫ですか?」

 

「はい・・・大丈夫です」

 

 

広間(ルーム)を出て、不気味な静けさが漂う薄闇の中を歩く。

 

「アイズさん達【ロキ・ファミリア】も・・・このような場所に今の私達のような少数で潜ることはあるのでしょうか・・・」

 

アミッドは戦闘時少年の邪魔にならない位置、かつ、少年がアミッドを守れる範囲内をつかず離れずんの距離を保ちつつも、会話を投げた。会話していなければ、どうにかなってしまいそうな不安感がどうしてもあった。それは勿論、少年も同じだ。

 

「わかりませんけど・・・少なくとも僕達のように2人でってことはないと思います。Lv.6なら話はまた別なんでしょうけど・・・それでも、三人一組(スリーマンセル)四人一組(フォーマンセル)のパーティで・・・」

 

治療師(ヒーラー)を加える・・・ですか」

 

「はい・・・」

 

 

白宮殿(ホワイトパレス)』の攻略難易度――『ギルド』が定める37階層の到達基準はLv.4。この条件を満たしているのは、ベル・クラネルただ1人だけだ。アミッドのレベルは2で、二人一組(ツーマンセル)でその片方が治療師(ヒーラー)。この構成を熟練の冒険者が知ったなら頭を痛めるか、冗談をいうなと笑われることだろう。

例え【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】だろうが、迂闊な真似は許されない。

 

「ベルさん、37階層の全容は・・・わかりますか?」

 

「ライラ先生から聞いた限りでしか・・・」

 

アミッドから話を振られ、少年は小人族(ライラ)に聞かされた『遠征』の話から頭の中に『深層』の地図を頭に広げる。

 

37階層の想像図(イメージ)にちょうどいいのは、箱に入ったホールケーキだ。

 

「箱が階層そのもので・・・ホールケーキが迷宮部、今いる『白宮殿(ホワイトパレス)に当ります」

 

その『白宮殿(ホワイトパレス)』たらしめる『大円壁』の数は、合計5つ。内側の壁から第一円壁、第二円壁と呼称されており、更に五つの円壁に隔てられた五つの迷宮部にもそれぞれ名称が存在する。

 

「第一円壁の内側、次層への階段と『階層主』が出現する階層中心部が『玉座の間』。そこから・・・えっと、『騎士の間』、『戦士の間』、『兵士の間』、『獣の間』と続いてて・・・」

 

『騎士』や『戦士』などとついてはいるものの、出現するモンスターの種類が異なるなどの差異は()()()()ない。

 

「ただ内側に行く分だけ面積も狭くなって、迷宮の造りも複雑になるからモンスターの奇襲や遭遇(エンカウント)が必然的に増えるって言ってました」

 

「では私達は・・・その中のどれかにいる、と?」

 

「たぶん・・・でも、その()()()がわからないんです」

 

「・・・・・」

 

「だから、36階層に行くための階段を見つけたくても・・・『階層主』と出くわす可能性だって・・・否定、でき・・・ない」

 

「・・・・・」

 

もし、『玉座の間(はずれ)』を引いてしまったなら・・・そんなことを考えてしまって少年は何度も頭を横に振るった。

 

「ベルさん、あれは・・・・」

 

いつの間にか足を止めてしまっていたのかアミッドが少年の手をそっと握り、安心させようと背中を摩る。会話をしながら何度か徘徊するモンスターをやり過ごしていると開けた空間に出た。そこでアミッドは目の前に佇立する巨大な壁を見つけ指を指した。

 

「アミッドさん、地図は?」

 

「・・・載っていません。道筋(ルート)の外です」

 

「・・・・これが『大円壁』?」

 

白濁色を纏う迷宮の中で、その円壁は曇りない純白を帯びていて透明な水、あるいは白水晶と勘違いしそうな存在感を出している。天然のものとは思えないほどの整然としている超巨大壁は、視界の左右の果てまで続いていた。頭上を塞ぐ闇のせいでその身の丈も計り知ることはできない。地上のあらゆる国と都市を探しても、ここまでの城壁は存在しないだろう。

 

「・・・ベルさん、この壁・・・僅かですがこちら側に向って湾曲しています」

 

「・・・・・?」

 

「どの円壁かはわかりません・・・が、湾曲しているということはつまり円を描く壁に()()()()()()()ということではないでしょうか?」

 

いつモンスターが壁から産まれ落ちるかわからないというのに、アミッドはそっと静かに掌を壁面に押し当て横へ移動してそんなことを言った。少年が姉達に教えられた情報は正確じゃない。何しろ、少年は一度も『遠征』に参加することもなかったし、まだまだずっと先のことだと思って少年自身も『深層』のことなんて行くつもりはなかった。姉達も、少年が自分達のように『ダンジョン攻略』に熱を持っているわけではないことを知っていたから、先のことを話しても頭に入りきらないだろうと思っていた。だから、全てを教えていたわけじゃない。

 

包囲されている、つまり自分達がどこにいるのか限定することもできる。

自分たちが、どの円壁にいるのかさえわかっていれば。

 

 

「・・・・ごめ、なさい」

 

「ベルさん・・・」

 

「わからない・・・」

 

 

正解は第三円壁――『戦士の間』。

それぞれの大円壁は微妙に色が異なる。純白の色は、円壁の中でも中間に位置する第三円壁のみだ。ここに『深層』経験者がいたならば、そう言うだろう。だが、ここにいる2人にはその情報がない。俯いて震えて、泣きそうになる少年。つられてアミッドも悔しそうな顔をするが、パンっと自分の頬を叩いた。

 

(私が泣くのは・・・いけない・・・! 私はただついて歩いているだけ・・・ずっと辛いのは彼、泣きたいのも彼。それを差し置いて私が泣くなんて、許されない・・・!)

 

アミッドは一度深呼吸をして、少年のもとに戻り、両手を強く握り締めた。

 

「ベルさん、どちらにせよどの円壁かわかったとしても正確な現在地がわからないことに変わりません」

 

「・・・・はい」

 

「状況は、()()()()()()()()()()。『前進』もしていませんし『後退』もしていません。」

 

「・・・・?」

 

「私達は今、()()()()()にいる、これは確かです。 どちらにせ、進むしかないのです。」

 

「・・・・」

 

「責任を感じる必要はありません、私はとことん、貴方についていきます。私が貴方を癒します。だから、どうか」

 

 

諦めないでください。

闇の中で、過酷の中で、アミッドはたった一人ボロボロになりながら自分を守る少年を励まし続けた。それしかできないから。『外側にいるのか』『内側にいるのか』それがわかったところで、何も変わっていない。少年にはきっと今、『アミッドを地上まで守らなければならない、だけどどうしたらいいかわからない』と責任を背負っているのだろう。自分だって怖いくせに、誰かに縋って泣きつきたいくせに。アミッドは治療師(ヒーラー)だ。だから、自分にできるのは彼を癒してあげること、不安を少しでも紛らわせてあげることだけなのだ。

 

 

 

『教えてさしあげましょうか、今貴方達がいる場所を』

 

 

深紅(ルベライト)の瞳と視線を交わしていると、ふと、どこからか自分達とは違う誰かの声が聞こえた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

怪物の雄叫びが轟く。

重なり合う威嚇の声に対し、滴る汗を放置し、斬撃を見舞う。 

『深層』の一角に広がる戦闘地帯。迷宮を移動していた少年が陣取ったのは上に伸びる階段の天辺だった。

 

 

「アミッドさん、アミッドさんッ!」

 

「―――ッ!」

 

 

遭遇(エンカウント)は突然だった。

薄闇の中、聖女が少年を励ましていると、それは現れた。

 

細目で、細身で、黒衣を纏っていて笑みを浮かべていた。

そして、言ったのだ。

 

『貴方達がいる場所は第三円壁と第二円壁の間・・・つまり、『戦士の間』です』

 

その声はひやり、と肌を撫でる様だった。

 

『つまり、『白宮殿(ホワイトパレス)』の中間地帯に位置します』

 

さぁ、がんばってください。と男は言った。

 

そして、アミッドの右肩を白い杭突(パイル)が貫いた。

 

「―――ッ!?」

 

「・・・え?」

 

『その辺から拝借したのですが・・・ええ、やはり、良い・・・』

 

グラっと崩れるアミッドを少年は抱きとめすぐに走り出した。

男のいる場所に背を向けて。

 

 

『怪物にされた女性を救った、人語を解する怪物も救った、都市最大派閥の冒険者の命を救った・・・ああ、貴方は真実、英雄なのでしょう。実に良い! 今この状況においても! 苦しいのに、辛いのに、立ち上がる! 貴方こそ英雄というに相応しい!』

 

さぁ遊びましょう! 我が主神――エレボスを誑かした憎き英雄よ!

男はそう言い2人の後を追いかけてきた。

 

 

そうして現在。

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに】――【ディア・フラーテル】」

 

『グギャァッ!?』

 

階段を上がってくる怪物の波に恐れず、けれどアミッドが負傷したことに焦りを滲ませ、痛む頭を無視して人魔の饗宴(スキル)で敵がどこから来るのかを把握して近い順に倒していく。

 

敵の体躯中枢に鋭い突きが決まる。

虚を突かれた悲鳴を散らして『ルー・ガルー』が灰の霧に変わる。

 

 

「アミッドさん・・・アミッドさん・・・!」

(痛い・・・体も、頭も・・・! あの人、やっぱりずっと僕らのことを追いかけてた、探してた・・・!)

 

「ベルさん・・・大丈夫です、今、魔法で治療しましたから、大丈夫・・・冷静になってください」

 

「でも・・・でもっ!」

 

「冷静さを失ったら、それこそ終わりです・・・」

 

「ぐすっ・・・はい・・・はいっ!」

 

男は追いかけてきたと思えば、今度は姿を消していた。

いや、2人に襲い掛からんとしているモンスター達の相手までしたくないのか隠れていた。治療を終えたアミッドは再び詠唱。今度は少年の体を癒していく。アミッドが負傷したことで動揺し、傷を生み、お構いなしに結果、体は傷だらけだった。

 

「――ふっ!!」

 

肉薄せんと迫る全てのモンスターを捕らえ、戦闘の蜥蜴人(リザードマン)を引き付けて首を袈裟斬りで飛ばす。間を置かず、首を失った死骸を避けて左右から迫るルー・ガルー、その後方にいる『スカル・シープ』を視界に入れて少年は詠唱した。

 

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

ゴーン、と鐘楼の音がなり迫り着ていたモンスター達が灰に、あるいは吹き飛んでいく。そして、それを待っていたかのように男は飛び出して来た。

 

「――なっ!?」

 

「私が何故、貴方を見つけられたと思いますか!? ええ、ええ、不思議でしょう!? 私も貴方と似た『スキル』を持っているのです! 条件はありますが・・・貴方1人を特定するくらいは、なんてことはありません!」

 

剣が振り下ろされ、それを槍で受け止め、掃う。

掃われた剣をそのまま体を捻って再び、叩き込んでくる。それを受け流す。

 

「何故、エレボスが眷族ですらない貴方を気にかける!? 実に不快でした! しかし今ここにいる貴方は紛れもない『英雄』だ、私は『英雄』に憧れている。なら、ならば・・・私程度の脅威も過酷も乗り越えて頂かなくては、おもしろくないではないですか!」

 

同じく『家族』に捨てられた者同士、仲良く死合いましょう!

男は笑って剣を何度も叩き込んでくる。

思考がまともに定まらない少年は、アミッドは、次に男のとった手段で言葉を失った。

 

「【舟旅は其処に。 旅路は何処に。 大いなる海原、辿り着かぬ陸地】――」

 

「え・・・」

 

「詠唱・・・」

 

「【帆は焼け、竜骨は割れ、船底より水が染み込み舟は沈み行く】」

 

 

剣を何度も叩き付け、詠唱を阻むことも逃げることも許さない男。

並行詠唱を平然とやっている目の前の男に少年は超短文の魔法を打ち込んだ。

 

「【(ゴスペr)】―――ガッ!?」

 

「【女は辱めを。男は餌に。 英雄さえもそれは変わらず喰られ行く】」

 

魔法を打ち込もうとして、足を腹に叩き込まれアミッドを巻き込む形で後方に吹き飛ぶ。

 

「げほっ、がっ!?」

 

「ベルさん、逃げましょう!」

 

「【やがて舟は砕け散り、嵐の中、舟板にしがみ付くも救いは訪れることなく深き眠りがやってくる】」

 

アミッドを抱きかかえ、男と距離をあけようと走る、走る。

男の顔が笑みに染まっていき、人差し指を差し向けて唱えた。

 

「【衰弱せよ、困窮せよ、絶望せよ、英雄が立つは(なかま)の山、報われることなく破滅するがいい】」

 

 

【シーレーン・アルゴー】

 

 

放たれたヘドロのようなものが、少年に纏わりついた。




【シーレーン・アルゴー】
詠唱

【舟旅は其処に。 旅路は何処に。 大いなる海原、辿り着かぬ陸地】
【帆は焼け、竜骨は割れ、船底より水が染み込み舟は沈み行く】
【女は辱めを。男は餌に。 英雄さえもそれは変わらず喰られ行く】
【やがて舟は砕け散り、嵐の中、舟板にしがみ付くも救いは訪れることなく深き眠りがやってくる】
【衰弱せよ、困窮せよ、絶望せよ、英雄が立つは骸の山、報われることなく破滅するがいい】

別作品『天秤の傾き亭へようこそ』で使われている魔法とは効果が違います。
回復ではありません。


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英雄殺しの魔法

 

 

その魔法は、モンスターには効果が無い。

 

「会いたかった! ずっと会いたかったですよ、【夢想兎(トロイメライ)】!」

 

その魔法は、神にさえ効果が無い。

 

「我が主神は、最後の最期に貴方を案じていた! ただ1人、私という眷族がいながら! 眷族ですらない他人を思いやった! 気に入らない、気に入るはずがない! 『愛している』と言っておきながら私を騙しておきながら! ええ、気に入りませんとも!」

 

その魔法は、人にも効果が無い。

 

「貴方という存在がいたおかげで、あの時代は変革された! 編纂された! 本来ああはならなかった! 英雄2人さえも! 悪になりきれなかった!」

 

その魔法は、傷を癒しはしない。

 

「何が絶対悪か! 何が理想か! 私の欠陥をしっておきながら・・・嗚呼、なんて酷い! なんて残酷な! この胸に埋めく苛立ちを! 憎しみを! 嫉妬を! どこにぶつければいいのでしょうか!?」

 

その魔法は、燃えはしない。氷もしない。風も吹かず、雷が迸ることも、光が走ることも、闇が飲み込むこともない。

 

「ならば、ええ、ならばこそ! 私の主神を! あの堕ちきれなかった英雄達が気にかけた貴方こそを、時代に影響を与えた貴方こそを砕けば、私の復讐は果たされるのではないでしょうか!?」

 

その魔法は、()()を砕く魔法である。

 

「聞こえていますか、【夢想兎(トロイメライ)】! 私は英雄に憧れています! 」

 

少年に指を指し魔法を発動したまま、男は笑いながら叫んだ。

 

「いえ、尊敬といった方が正しい! この欠陥じみた箱庭で、理不尽にも負けず、不条理に抗い、世界に反逆し続ける者達! その姿のなんと気高く崇高なことか! 神々などより遥かに崇拝されるべき存在ですとも! 私は『英雄』を敬い続けます! そしてそんな私の前に、貴方は現れてくれた!」

 

奇しくも少年は『英雄』になっていた。

怪物にされた女を救い、複数の派閥を、死に掛けていた冒険者達を救い、悪事で奪われた娘を救い出し、滅ぶはずだった国を救った。

それを少年がどう思おうが、他者からしてみれば間違いなく、そう・・・『英雄』なのだ。

 

「憎むべき相手、それでありながら、敬うべき『英雄』! ならば、ええ、どうかどうか! この過酷さえも乗り越えて見せてください! 」

 

人造迷宮を一度破壊して回った時から、男の関心は少年に向いていた。

あれは自分の主神を、時代を変えた存在なのだと。

 

「私も貴方も、同じく親に捨てられた者・・・ならば! 仲良く遊ぼうではありませんか!」

 

 

男の目にはただ、狂気だけがあった。

走り去る少年は、聖女を抱きかかえ右に左に、階段を上り、階段を飛び降り、縦横無尽に駆け回った。この男から距離を離さなくてはいけないと本能的に理解して。

 

 

「ええ、逃げてください・・・そして、抗ってください! 近いうちに会えるでしょう! 貴方がこぼした血が、私に位置を知らせてくれるのですから! 」

 

 

■ ■ ■

 

「ぐっ・・・づぅぅぅ・・・!」

 

 

何をされたのか、わからなかった。

 

「ベルさん・・・ベルさん!」

 

「はぁ、はぁ・・・おえぇぇっ・・・!」

 

その魔法は、背を向けて走り出した時に()()()()ような感触が、背中に張り付いた。

まるで僕が背中を晒すことを分かっていたように。

 

「しっかりしてください、ベルさん・・・! どこが痛いのですか!?」

 

炎で焼かれたような、雷で貫かれたような、氷が凍てついたような、暴風で殴られたような、水に飲み込まれるような、光に目を潰されたような、闇に落とされたような、そんな感覚はなかった。攻撃魔法でもなければ、回復魔法でもない。そう思って、違和感を感じる間もなく、背中に不快感が走った。

 

まるで恩恵を穢されるような、

女神様が犯されるような、

繋がりを断たれるような、恐ろしい嫌悪が湧いた。

 

 

そして現在。

闇雲に、がむしゃらに、縦横無尽に、走り回って距離を取ってモンスターが比較的少ないエリアを探知して、小さな広間(ルーム)に飛び込んで倒れこんだ。

 

 

「気持ち・・・悪い・・・!」

 

 

本当に、何が起きたのかが分からなかった。

あの男の手から飛び出したヘドロのようなものが背中について、浸透したような気がして、自分の体を抱くようにして呻いてのた打ち回る。心配してくれる女の子の声が聞こえないくらい、嫌悪に飲まれて何度も吐く。そう、背中に張り付いたようなヘドロが口から出た。

 

 

「背中・・・背中が、つらいのですか!?」

 

「さわ・・・らないで・・・!」

 

「っ!」

 

心配してくれている彼女の手を、背中に触れようとした彼女の手を払う。

もし、彼女にまで魔法の影響が出たら? そう考えたら、触られるなんてとんでもない。 優しい彼女が、ただでさえ怖い状況で、これ以上怖い目に合うなんて嫌で、必死に払った。

 

「ごめ、なさい・・・僕に、触らないで・・・!」

 

「ですが・・・ですが・・・!」

 

打つ手がない。

魔法を、【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】を、あるいは【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を使えばこの魔法は解除される、気がした。だけど、思考が定まらない。スキル、聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果はきっと現在進行中で体に入った病原菌を殺そうと必死に暴れまわっている。そうだとなんとなく、わかる。だけど、追いつかない。スキルの効果を上回る速度で、あの男の魔法は僕の背中を、恩恵を汚していた。

 

「うぐ・・・あぁぁ・・・!」

 

歯を食いしばり、両手が、指が地面に食い込み土を抉る。

必死に耐えようとして、もがき苦しむ。

自分でもわかるくらいには、きっと、僕の瞳は今、激しく明滅している。

その証拠に、暗闇の奥で、黒い神様(エレボス)が見つめているような気がしてならない。

 

「これはもしや、呪詛(カース)? なら・・・【癒しの滴、光の涙、永久の聖域】――」

 

どうしようもないほどの嫌悪。

どうしようもないほどの、吐き気。

吐いても吐いても口から出てくるヘドロのような物。

そして、湧き上がってくるのは

 

「・・・怖い、怖い、怖いっ!」

 

 

彼女が魔法を詠唱しはじめたころ、ようやくその魔法の効果が真価を表した。

何が、『英雄』を敬っている、憧れている、だ。

 

この魔法は、呪いは・・・

 

 

英雄(こころ)』をへし折る爆弾だ。

 

 

「――【ディア・フラーテル】!」

 

「アリーゼさ・・・輝夜さ・・・ん・・・」

 

 

何度目とも知らぬ深層での意識の喪失。

そして僕は、確かに負った『心の傷(トラウマ)』を目の当たりにした。

 

 

■ ■ ■

 

【シーレーン・アルゴー】

詠唱

 

【舟旅は其処に。 旅路は何処に。 大いなる海原、辿り着かぬ陸地】

【帆は焼け、竜骨は割れ、船底より水が染み込み舟は沈み行く】

【女は辱めを。男は餌に。 英雄さえもそれは変わらず喰られ行く】

【やがて舟は砕け散り、嵐の中、舟板にしがみ付くも救いは訪れることなく深き眠りがやってくる】

【衰弱せよ、困窮せよ、絶望せよ、英雄が立つは骸の山、報われることなく破滅するがいい】

 

・『心の傷(トラウマ)』の改竄。

・悪夢

・嫌悪感の付与

・思考力を奪うことによる詠唱妨害

・最も直近の記憶であればあるほど、効果向上

 

発動条件

・背中(恩恵)に当てること

 

代償

・魔法効果中、術者は武器、魔法の使用不可、ステイタスダウン。



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ライヘンバッハ

地獄があるとすればそれは、きっと()()()()()()をいうのだろうと思った。

『地獄』という名称は極東においてのものだけれど、聞いた話ではそこは悪行を成した罪人に罰を受けさせられる世界らしい。

 

きっと、生きている人間からすれば、『地獄』というものは()()()()()()()()()()()のことを、そういうのだろうと思う。()()()()()、呻き、苦しみ、意識を失って、目が覚めてみれば・・・

 

 

 

『―――え?』

 

視界の先には、巨大な壁面の奥に走った、広く、長く、深い亀裂。

縦に走った割れ目から飛び出すのは、おぞましい紫の漿液(しょうえき)。高熱を宿す湯気を放ちながら、まるで自ら子宮をこじ開けるように、何かが蠢く。ベルの瞳が、亀裂の奥で瞬く真紅の眼光を捉えた、次の瞬間には猛烈な斜線が走りぬけ、まるで深層に来る直前に起こった悲劇を再現するように、【アストレア・ファミリア】の誰かが、()()()()()

 

 

目の前で飛び散る、姉の体は頭部と胴体、下半身と3つのパーツに別れ、宙を舞い、下半身は崩れ落ち、思い出したかのように血が吹き出した。言葉もなく、開いた口が塞がらず、目は見開かれ、震えた。

 

『■、■■■ッ!? ―――ぐづっっ?』

 

死んだ仲間の名を呼んだ獣人(ネーゼ)の上半身が弾けた。

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

伸ばした手は虚しく空を掴む。

脳が忘れることで、少年を守ったその悲劇が、惨劇が、惨たらしく再現されていた。

 

自分が今、足をつけて立っている場所は27階層だった。

死んだ人達は、『旅人の眷族』でもなければ、『道化』の眷族でもない。

 

そこにいたのは、『正義の眷族』だった。

 

宙から落ちてきた巨体に、咄嗟に盾を構えた前衛(ドワーフ)のアスタがひしゃげた。一瞬にして3つの命が消えうせた。

 

 

ぴちゃっと少年の頬を撫でるように、生暖かい液体が縋るように伝った。

胸を、心臓を掴み潰されたような苦しみが、吐き気を催した。

 

 

「あ・・・あぁぁ・・・!?」

 

いやだ、行かないで、独りにしないでと両手で頭を押さえてブンブンと左右に頭を振るう。悪い悪夢よ覚めてくれと、現実にしないでくれ、と。心の拠り所を失うのはもう嫌だと泣き叫ぶ。けれど、ああ、地獄とはまさしくこのことを言うのだろう。

 

 

その『鎧を纏った恐竜の化石』とでもいうべき細く巨大な体躯は次々と【アストレアファミリア(大好きな姉達)】を肉塊に変えていった。

 

片腕を失った大和撫子。

腕が宙を舞い、鮮血を撒き散らす。

 

それでも心を折らなかった姉達は仲間の仇だと怒りの炎を燃やし、詠唱を経て『魔法』を行使する。

 

『■■■ィ、砲撃、あわせて!!』

 

けれどそれも無駄だった。

その怪物は、魔法を跳ね返し、2人の魔導士を炎上させた。

 

上級冒険者を一撃で葬るその爪に、モンスターの道理にそぐわない機動性、そして『魔法』を反射する装甲殻。怪物の全貌を理解した女達は、絶望に屈した。おぞましい咆哮を上げて、姉達を殺し始めた。

 

『いやああああああ!?』

 

『食べないでぇぇぇええ!?』

 

殺戮、蹂躙、捕食。

戦意に綻びを見せた者から惨たらしく虐殺されていく。

 

目を焼かれた小人族。

 

腕を失い、夥しい脂汗を滲ませる大和撫子。

 

今まで見た事がないような、涙の気配を孕ませた赤髪の姉。

 

悲惨な断末魔の叫びが響くその世界を。

 

まさしく。

 

 

『地獄』であると、言うのだろう。

 

残った姉達は何か語り合ったように見えたかと思えば、後ろを振り返り微笑んで、走り出した。

 

「嫌だ・・・行かないで・・・」

 

手を伸ばす。

離さない様に、失わないように、置いていかないでと。

 

頬を滴が、血潮が伝って流れていく。

やがて姉達は目を焼くほどの光の中に消えて行き、最後に残ったのは『抹殺の使途』だけだった。

 

真紅の眼光が、深紅の瞳を見据えていた。

 

「ぁあああああ・・・あぁぁああ・・・!」

 

怖い。

寂しい。

嫌だ。

助けて。

 

きっとそういう言葉を、誰もが絶望の只中で叫ぶことだろう。

きっと、そういう状況下では、母親のことを叫んで呼ぶことだろう。子を守る母を求めるように。

 

たった一人残った少年は、動かない体で泣き叫ぶ。

 

「アリーゼさぁん・・・! 輝夜さん・・・どこ!?」

 

置いていかないで。

 

「アストレア様、アストレア様ぁ!」

 

助けて、怖い、抱きしめて。

 

「お義母さん・・・お義母さん、お義母さん!」

 

ドロリドロリ、と海水が満ちていくように赤い滴が押し寄せてくる。

体を、赤く濡らして、穢していく。

震えて、泣き叫んで、どうしようもなく、縋るものもなく。

 

声にならない声で、泣き叫んだ。

 

そんな時に。

 

 

『しっかり・・・しなさい!!』

 

 

誰かに、頬を叩かれ『地獄』から引き上げられた。

 

 

■ ■ ■

 

呻き声を上げて、うなされている白髪の少年をただ、アミッドは見ていることしかできなかった。

 

「いったい何が・・・どういう魔法なのですか・・・?」

 

何か、そう、何か泥のようなものが背中に被弾し、そして現在身を置いている広間に到着した途端、限界だったのか口から泥のようなものを吐き出し意識を失った。泥に触れようとはまったく思えず、ただその泥に対して()()()()()()()()という忌避感があった。

 

『嫌だ・・・行かないで・・・』

 

地面に落ちた泥は、まるでなかったかのように綺麗スッパリ蒸発して消えうせた。けれど少年の意識は回復せず、それどころか悪夢に苛まれているようだった。

 

『アリーゼ・・・さ・・・輝・・・ん・・・ど、こ』

 

良くないものを見せられているのではないか、と思った。

精神に異常をきたした人間は治療院に少なからずいるし、治療院の外にも勿論いる。『心の病』といえば早い話、直せるものではないのだ。

 

「・・・・・私は、私は何が・・・できるでしょうか」

 

ここから逃げ出す術はない。

少なくとも少年がこのまま折れてしまえば、戦えないアミッドはそのままモンスターに辱められて殺されるだろう。或いは、今わの際、せめて苦痛を忘れられるようにと2人仲良く快楽に溺れるか。

 

『お義母・・・・さん・・・』

 

もうこの世にはいない誰かに救いを求め、泣き叫ぶ少年を一瞥する。

涙を流し、涎を垂らして、体を震わせ、泣き叫んでいた。

 

無力感に胸を締め付けられるアミッドは、いっそ泣きたい気持ちになった。

 

「いえ・・・私まで折れてしまうのは、いけません・・・」

 

どうする、どうすればいい?

これは『呪術(カース)』なのか? であれば、解呪できるのか? そもそもこの魔法は何なのか? そっと少年の体に触れてみて、自分には影響がでないことを確認する。

 

『助・・・けて・・・』

 

「―――ッ!!」

 

その行動は、別に何か考えがあったとかではなく。

咄嗟だった。

 

腕を振り上げ、勢い良く降ろした。

 

「しっかり・・・しなさい!!」

 

 

パチーン、と頬を叩く平手打ちの音が響いた。

虚ろだった瞳は徐々に、泳ぎながらアミッドのことを見返して、涙を溢れさせた。

 

「アミッド・・・さ・・・?」

 

「しっかりしなさい、本当に・・・私は、貴方に縋るしか、生きていけないんです。私は、貴方を死なせるわけにはいかないんです! 貴方こそ、私を独りにしないでください!」

 

何が起きていたのか、理解するでもなくアミッドは少年を抱きしめる。

少年は抱きしめ返して、その胸の中で嗚咽を漏らした。

 

「ぐすっ、ぅあ、あぁ・・・アリーゼさんが、輝夜さんが、【アストレア・ファミリア】が・・・ッ!」

 

「大丈夫、大丈夫です・・・あの方達は、生きています!」

 

「でも、みんな・・・あの『怪物』に・・・!」

 

「いいえ、いいえ・・・! 貴方の家族は死んでなどいません!」

 

何度も何度も、少年の言う言葉を否定する。

痛いくらいに力強く、背中を摩って抱きしめる。

 

それが今、アミッドにできることだった。

やがて疲れたように、アミッドの胸の中で寝息を立てる少年を優しくあやすようにリズムよく背中を叩いた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――ん」

 

「お目覚めですか」

 

少年が眠ってから約5分ほど。

短いほんのわずかな睡眠、けれど、少年の顔色はいくぶんか回復していた。柔らかい感触を頭に感じて、もぞもぞと動いて、撫でた。

 

 

「温かい・・・」

 

「あの、くすぐったいのですが」

 

「・・・・・・膝枕?」

 

「・・・・はい」

 

「もう少しだけ」

 

「・・・えぇ、何かリクエストはありますか?」

 

「・・・頭を、撫でて欲しいです」

 

「いいでしょう」

 

 

手を握り、残ったもう片方の手で頭を撫でる。

 

「・・・何を見たのか、聞いても?」

 

「・・・深層(ここ)に来る前の、『骨の怪物』・・・覚えてますか?」

 

「・・・・えぇ、貴方が、私を助けてくれました」

 

「その光景が、【アストレア・ファミリア】に入れ替わってたんです」

 

 

ピクッ、と撫でる手を止める。

けれど再び撫でるのを再開。

 

【ロキ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】の冒険者が、あの場所で死んだ。そのあと、視界が暗くなったところでアミッドは意識を手放したけれど、意識を取り戻す前のその景色が【アストレア・ファミリア】に入れ替わっていたのだとしたら、少年が発狂するのも無理はないと思った。

 

「怖いですアミッドさん・・・初めてそう思ったくらい、怖い」

 

「ええ、私も怖いです」

 

「きっと、さっきの男の人・・・僕達が先に進まないように立ちふさがってます」

 

「・・・ええ」

 

「・・・・・」

 

 

瞼を閉じて、少年は寝返りをうってアミッドの腹に顔を埋めた。

言いたいことは、だいたいわかる。

 

『もう嫌だ』

 

『動きたくない』

 

『怖い思いなんて、したくない』

 

少年の年齢を考えれば、そう言っても仕方が無い、そう言っても許されるだろう。何せここまで、モンスターからの攻撃をたった一人で引き受けてきたのだから。

 

 

けれど、それでもアミッドは少年を立ち上がらせるしかなかった。

唇を噛み締めて、告げた。

 

 

「ベルさん、帰りましょう」

 

「・・・・」

 

「地上に、帰らないと」

 

「・・・・」

 

「だから、戦ってください」

 

「―――ッ!!」

 

 

ぐっと胸倉をつかまれ、押し倒される。

カハッと空気が漏れて、押し倒された少女はポタポタと涙を零す少年を見た。

 

「僕一人で、戦えって言うんですか!? 魔法を使えば気付かれる! あの人に近付いたらまた魔法をうたれるかもしれない! それでも!?」

 

「ええ、それでもです! 戦わなければ、死ぬだけです! こんなところで、死ぬんですよ!?」

 

「怖い思いをするくらいなら・・・!」

 

()()()()()()()()()()()()()()つもりですかっ!!」

 

 

墓を掘り返され、死んで辱めを受けた義母。

怪物に、『穢れた精霊』となったアルフィア。

少年にとっての最初の英雄。

それが、怪物となって立ちふさがっている。

 

ヴィトーと精霊(アルフィア)が、地上に帰りたいと願う2人の前に必ず待ち受けている。

 

「でも・・・でも、無理です。お義母さんを殺したくない、やっと会えたんだ!」

 

「あれが人間だと思うのですか、ベルさん」

 

少年の手を握るアミッドの手は震えていた。

わざと、残酷なことを言っている。何度も唇を噛んでは、震える手で少年の手を握り締める。

 

「ベルさん、申し訳ありません・・・残酷な、とても残酷なことを言います」

 

「・・・・い、いやだ」

 

「あなたの・・・お義母様を殺せるのは、あなただけです」

 

「無理だ」

 

「私は治療師です、とてもではありませんが・・・戦えません」

 

「・・・」

 

「だから、戦ってください・・・お義母様と。そして、倒してください」

 

「そん・・・なの・・・」

 

「恨んでくれて構いません・・・。 勿論、私もその罪を背負いましょう・・・『親殺しを強要した魔女』だと」

 

「・・・・・」

 

 

アミッドは戦えない。

アミッドは治療師だ。

彼女の戦場は、ここではない。

 

「貴方の傷は、私が癒します。体の傷も、心の傷も・・・だから、共に『冒険』をしましょう」

 

「・・・『冒険』」

 

「あなたがしろ、と言うのであれば、どのようなことでもします。だから・・・戦いましょう」

 

そっと少年の手をとって、銀色に輝く槍に添えた。

 

「あなたのお義母様に・・・ちゃんと、()()()をしましょう」

 

言えなかったと後悔しないように。

言いたいことを言って、本当の『さよなら』をしよう、と。大きくなった自分の姿を見てもらおう・・・とアミッドは微笑を浮かべて少年が『できなかった』ことを述べた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「アミッドさん、魔剣はあといくつありますか?」

 

 

身嗜みを整えて、ナイフの柄を握り締める。

隣に遅れて立ち上がったアミッドの手には銀色の槍が。

アミッドは自身に装着しているバックパックから『魔剣』の数を確認。

 

「3本です。 『炎』が2、『雷』が1」

 

「・・・・」

 

「あれやこれやと言った私が言うのもなんですが・・・何か、策でも?」

 

「僕はフィンさんみたいにできないし・・・アリーゼさんみたいにもできない・・・でも」

 

「でも?」

 

()()()()()()()()()()のは・・・僕だけ」

 

「スキル・・・ですか」

 

「はい・・・泣き疲れて、頭が冷えて・・・だからか、余計に感じる。あの人は、()()()()()()

 

 

立止まって、待ち構えている。

 

「他には?」

 

「そこから少ししたところに、反応が沢山・・・でたり、減ったり・・・たぶん、アリーゼさん達が『怖い』って言ってた『闘技場(コロシアム)』のことだと思います」

 

「なぜ、彼はそんな場所の近くに・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

追い掛け回しておいて、何故かそんな場所に留まっている。

 

 

「ちなみに、『精霊』は・・・わかりますか?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「・・・そうですか」

 

「『闘技場(コロシアム)』は・・・無限にモンスターが生まれる場所だって言ってました。だから、反応が出たり消えたりしてる・・・確か・・えっと・・・」

 

何とか頭の中から、姉達から聞いた話を掘り返す。

 

「普通は行かない場所・・・そこに、正規ルートがある・・・のかな・・・」

 

「『闘技場(コロシアム)』というのだから、出入り口がいくつかあるのでしょうが・・・賭け、ですね」

 

「・・・・」

 

「ベルさん?」

 

賭け、というのが響いたのだろうか。

動きを止めた少年にアミッドは首を傾げた。

 

「正直、あの人と戦うのは無理です。またあの魔法をくらうのは・・・嫌です・・・だから、戦いません」

 

「・・・・では、どうすると?」

 

人魔の饗宴(スキル)で・・・モンスターを・・・階層中のを・・・」

 

「まさか・・・」

 

「死ぬかも、しれないです・・・けど、通せんぼされてるなら、そこを通って欲しくないんなら・・・それしか、ない」

 

「・・・はぁ、わかりました。貴方に委ねます」

 

「アミッドさんは・・・あの人をひきつけてください。ほんの一瞬でいいんです、僕が、迎えに行きますから」

 

「・・・信じていますよ?」

 

「・・・はい」

 

「じゃあ・・・」

 

「行きましょう」

 

 

広間(ルーム)を抜けて、アミッドは少年に言われた通りにヴィトーの元へ、そして少年は少年にとってのもう一人の『英雄(ザルド)』を真似るように、叫ぶ。

 

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 

これから行われるのは、1つの階層を巻き込んだ最大規模の怪物進呈(パスパレード)

 

 

■ ■ ■

 

 

コッ、コッ、と音を立てて、少女は男の前に辿り着く。

道中現れたモンスター達は少年に引き寄せられてアミッドを見向きもしない。

 

だから、邪魔されることはなかった。

 

 

「おやおや・・・まさか、あなた一人でこんなところに?」

 

「ええ・・・私、1人です」

 

「見捨てられたと?」

 

「さぁ・・・どうでしょうか・・・少し、お話がしたくなったというのもありますが」

 

震える手で、槍を握り締める。

 

「貴方は『英雄を尊敬している』と仰っていましたね」

 

「・・・それが、何か?」

 

「理不尽に負けず、不条理に抗う・・・ええ、とても素晴らしい方々なのでしょう」

 

けれど。

 

「貴方は()()()()()()()()わけではありません・・・自らの不幸を周囲にぶつけて怒りを振りまいているだけの『破綻者』です」

 

「・・・・」

 

「はっきり言いましょう・・・ほんの僅かな時間でしたが、ベルさんに投げた言葉も吟味した上で、治療師だからこそ、あえて言いましょう。 あなたは『英雄』を見下しています」

 

「・・・ははは、何を言うかと思えば、それは心外です。私は心から・・・」

 

「なぜなら、本当に敬っているなら、貴方は決して笑えない」

 

「・・・!!」

 

「自分より強い者に挑み、敗れ、けれど何度も立ち上がる彼を・・・ベルさんを嗤えるはずがない。英雄を敬っていると思い込みながら、その実、あなたは嘲笑しているだけ・・・だから『破綻者』なのです」

 

遠くから聞こえるモンスター達の叫びが、徐々に近付いてくるのを感じてさらに槍を握り締める。

 

「・・・仮にそれが真実だとして、何だというのです? 今、あなた方が追いやられている状況と何が関係するのです?」

 

「・・・この状況も、そもそもは貴方がベルさんを個人的な理由で陥れただけのこと」

 

「――っ!!」

 

酷い嫌がらせだ、醜い嫉妬だ。

傍迷惑な復讐だ。

大人が子供にみっともなく嫉妬し、復讐して苦しめている。それだけのこと。

 

アミッドはゆっくりと左腕を伸ばし、人差し指を向けて告げた。

 

「まったくもって大人気ない・・・貴方のことなど私はしりませんが、告げておきましょう。 あなたは『病気』です」

 

「・・・黙れ」

 

「いいえ、黙りません。 治療師として、はっきりさせておきます。あなたのそれは異常です。 治療する必要性すらないほどに」

 

「黙れ!」

 

「他者の墓を掘り起こして怪物にしておいて、否定できると? いいえ、いいえ、私がさせません! あなたは『病気』です!」

 

「黙れぇえええええ!!」

 

 

走る、迫る、迫り来る。

指摘されたことに激昂し、剣を取り、走る。

けれどアミッドは逃げもせずただそこに立っていた。

 

冷静さを失ったヴィトーは気付かない。

暗闇につつまれたこの階層、自分の周囲に、まるで『星空』のように輝いて見える怪物達の目があることに。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「―――アミッドさん!」

 

「ベルさんっ!」

 

アミッドの後方から、夥しい量のモンスターを引き連れてやってきた白髪の少年がアミッドに手を伸ばし、抱き寄せる。そしてそのまま男にナイフを叩き付けた。

 

 

「ぐっ・・・!?」

 

「お返しだ・・・!」

 

「お返し・・・? いったい何を―――」

 

もう一度魔法を使い、再起不能に・・・そう考えた矢先、思考が凍りつく。ヴィトーの耳に入り込んできたのは、怪物達の咆哮。それらが全て、自分達のいる場所に向ってきているのだとすぐに理解する。

 

「い、いったい何を・・・!?」

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】ダウン!」

 

ナイフを叩きつけて、一歩前進。

 

「っ!? 力が・・・!?」

 

「落ちろっ!」

 

さらに叩きつけて、一歩、二歩と前進。

 

「落ちろぉおおおおおおっ!!」

 

ドッと押し寄せる怪物達に押し返されるようにして、少年達はヴィトーは一直線に強制的に1つの場所に移動させられる。

 

「馬鹿な・・・馬鹿な!? 階層中のモンスターを呼んだとでも!?」

 

「ァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

さらに咆哮。

後方から、『闘技場(コロシアム)』のある場所から、モンスター達が咆哮を上げる。

 

「これは・・・怪物進呈(パスパレード)・・・いや、いいや、貴方は、心中でもするつもりですかっ!?」

 

「ァアアアアアアアアアア!!」

 

やがて『闘技場(コロシアム)』の入り口が見え、そこに滝のように雪崩れ込む。

少年は器用に、アミッドを守りながら怪物達の頭上に躍り出る。その体は既に傷だらけで、血を流していた。

 

「がっ!? ぐぅっ・・・!?」

 

次にやってきたのは、浮遊感。

闘技場(コロシアム)』その内部・・・怪物達が殺し合いをしているその場所へと落ちているのだとヴィトーは気付く。これでは、この状況では並行詠唱を獲得していようがどうしようもない。

 

「【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】っ!」

 

「エレボス・・・エレボス・・・っ!?」

 

『よぉ、ヴィトー・・・愛してるぜ、我が眷族よ』

 

「ああ、あぁ・・・! エレボス、エレボスぅうううう!!」

 

目に見えて現れた幻。かつての主神の幻影に、心はかき乱される。

せめて、少年を先にモンスター達の中に落としてやろうと腕を伸ばすも、少年はあろう事かモンスター達で構成された『滝』を全力で上り始めた。

 

「アミッドさん! 『魔剣』!」

 

「くっ・・・はい!」

 

少年はアミッドから槍を受け取り、背中にしがみ付いているアミッドはさらに2本の『魔剣』を取り出して槍に吸わせた。復讐者(シャトー・ディフ)の効果で強制的にチャージが始まりヴィトーとの距離をさらに空ける。真っ逆さまに落ちていくヴィトーと怪物達。怪物を蹴り、宙に躍り出た少年は炎と雷を迸らせる銀色の槍を『闘技場(コロシアム)』に投げ落とした。

 

 

 

炎雷の槍(ファイア・ボルト)ォオオオッ!!」




捕捉。

ヴィトーの魔法でベル君が見たのは正史におけるリューさんが経験した出来事です。

が、この魔法は『if』を見せるのではなく、『英雄』は『もっとも大切な存在』を失った時に心を折ってしまうというものなのでダメージではなく心を傷つける魔法です。

深層に落ちる前の出来事を、2つの派閥の冒険者が死んだジャガーノートの出来事。
それを『記憶を書き換える』という風な形で悪夢を見せていただけ、というものです。なので、ヘルメス・ファミリア、ロキ・ファミリアの冒険者が死んだはずの光景が全てアストレア・ファミリアに変わっていました。

あくまでも記憶の改竄、トラウマを呼び起こすだけのものです。


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神に捨てられた男

 

炎雷の槍(ファイア・ボルト)

 

薄闇広がる迷宮で、死が蠢き、生きているモノを飲み込もうとするそんな地獄絵図の『闘技場(コロシアム)』に、その中心地点に、一条の炎雷が落とされる。無限に産み落とされるモンスター、無限に終らない殺し合いの場所に雷は落ち、そして、何もかもを爆砕。

 

 

『――――――ッッッ!?』

 

かき消えるモンスターの絶叫、耐え切れず崩壊する『闘技場(コロシアム)』の段差(プレート)。巻き起こる凄まじい轟音と熱波。身を襲う強い衝撃。

 

そらから遅れて、意識を失った少年はアミッドを抱いたまま、固い地面に叩きつけられた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「『英雄』とは何か・・・か、ベル、お前は難しいことを聞くな」

 

それは在りし日の記憶。

まだ、少年が捨てられなかった頃の話だ。

 

ふと、『英雄』とは何なのか、と小さかった頃の少年はそんなことを大きな体の叔父に聞いてみた。

 

「・・・叔父さんでも難しい?」

 

「難しい・・・難しいことだな」

 

「・・・・」

 

「ゼウスの爺は何と言っていた?」

 

「『ハーレム』を作ったすんげぇ奴って言ってたよ。 お義母さんに吹き飛ばされてった」

 

何をしているんだ、あの糞爺は・・・ザルドは痛む頭をさらに痛めて、溜息を零した。

河のせせらぎを聞きながら、水面に映る泳ぐ魚達を見つめながら、少し考える素振りをする。

 

「アルフィアは・・・あいつには聞いたのか?」

 

「えと・・・『憧れてなるものではない』って・・・あと『厄介事に巻き込まれる可哀想な生命体』だって」

 

「くっくく・・・確かに、厄介事に巻き込まれるのは『英雄』の性なのかもしれんな」

 

 

『英雄』とやらは、何かと厄介事に巻き込まれ、休む暇もない。御伽噺であるように、彼等に幸福な後日談は果たしてあったのか・・・それは、語られることではないのだろう。悲劇で幕を閉じたのかもしれないし、大団円を向かえ、幸福にその生を終えたのかもしれない。だが、実際のところその真実、『物語の後日談』とやらは神にしかわからない。エクストラステージを用意する馬鹿神もいるかもしれないが、たいていは別作品に『英雄の子』らしき人物が仄めかされたりするものだ。その程度なのだ。幸せに命を終えたいのならば、『英雄』に憧れることなく、ごくごく普通の『一般人』に染まるべき・・・アルフィアなりの、目の前の小さな最後の血縁――『甥』が危険に身を投げることがないように、と思ってそんなことを言ったのだろうと察して、ザルドは口を開いた。

 

「お前は、どう思っているんだ? ベル」

 

「じー・・・」

 

「お、おい・・・睨むな、アルフィアに似てきているぞお前」

 

「お義母さんならきっと、『質問を質問で返すな』ってきっと言う」

 

そして、『福音(ゴスペル)』する。きっと、そうする。

ザルドはただただ、『確かに・・・』と冷や汗を流した。次に、やれやれと頭を掻いてから

 

「『捕らわれの姫』を助ければ英雄となるのか? あるいは、モンスター共に奪われた村を、街を、国を、故郷を取り戻せば英雄なのか? 誰かの心を支える人物が英雄なのか?」

 

「・・・・・」

 

「ベヒーモスを喰らったこの俺は、『英雄』か? どう思う、ベル」

 

「・・・どんなモンスターだったの?」

 

「巨大だ、とてもな。お前なんて見向きもされずに、近付く前に毒で死ぬだろうな」

 

「・・・そんなにすごいモンスターを倒したなら、叔父さんは英雄じゃないの?」

 

「その結果、俺の体は()()()()()()。 ましてや・・・」

 

ましてや、モンスターを倒した結果に、生命が生きることもできない『死の砂漠』を作り出すことになったのだから、どうしようもない。

 

「まだアルフィアの成した偉業の方がマシだ」

 

「?」

 

「何せ、そのドロップアイテムで穴を塞いだんだからな」

 

少年にはわからないことを、ザルドは語る。

彼女の病が悪化したのは、その偉業の結果ではあるがその代償を払って『リヴァイアサンシール』は作られ、【ポセイドン・ファミリア】によってダンジョンのもう1つの穴、そこから世界に溢れ出し生態系を狂わせた・・・その元凶を塞いだのだから。

 

「最も・・・決してそれらの偉業は、1人で成し遂げられたものではないがな」

 

「うーん」

 

「しかし、求めるものは・・・理想は同じなはずだ。少なくともな」

 

「理想・・・」

 

「そう、理想だ。 叶うとも知れない、馬鹿みたいな理想を、それでも最後まで貫き通せる奴こそが、『英雄』と呼ばれるのではないか?」

 

 

後に2人は少年の元から姿を消したが。

2人は、何を求めて少年を捨ててまで迷宮都市に、『英雄の生まれる都』にいったのだろうか。

 

後に少年は1人の女を、1体の怪物の少女を、救えない命を救い『理想(わがまま)』を叶えたわけだけれど2人が生きていれば褒めてくれたのだろうか。

 

 

それは、神にもわからない。

 

もしも、あの時、あるいは義母との散歩道で誓いを立てたのなら2人は自分を最期の時まで導いてくれたのだろうか。少年の前から姿を消さずにすんだだろうか。

 

 

■ ■ ■

 

意識が覚醒する。

感じるものは沼のような闇。五感が碌に機能していない。

痛む体に声にならない悲鳴をあげるアミッドは目を見開く。

 

「!」

 

眼前には、同じく意識が覚醒したのか弱々しい瞳があった。

瞳の主は闇の中を蠢いて、体の周りでガラガラという音を立てる。

 

岩の山に埋もれているアミッドを、自分のことを他所に掘り起こそうとしているのだと気づくのに、時間がかかった。やがて冷たい外気に晒されるアミッドの傷だらけの肌を、血塗れの手が掴む。ぐいっと有無を言わせない力で、アミッドの体はその細い背中に背負われた。

 

「ベル・・・さん・・・?」

 

「・・・・・・けほっ」

 

帰ってきた少年の声は、返事もできないのか咳と混じって血を吐いた。

アミッドは何が起きたのか、記憶を掘り起こして目を見開いて周囲を窺った。

大量の土砂が山と化している一本道。背後は完全に埋もれ、前方にしか続く道はない。頭上を仰げば、修復の進んでいる岩盤が完全に塞がろうとしていた。天井が見えない茫漠の闇が、闘技場(コロシアム)に広がる薄闇が一瞬だけ見えた。

 

闘技場(コロシアム)の床が、抜けて・・・一緒に・・・? モンスターは・・・」

 

一緒に、少年の心中も覚悟のうちなのか恐ろしい、目も背けたくなるような『怪物の滝』に糸目の男ともども、落ちたのだ。その前に、少年は炎雷を纏った槍を投擲して全てを破壊した。そしてそこに落ちたのだ。では、モンスターはどこにいったのだろうかと周囲を見渡してみれば、土砂の山の中にはモンスター達が息絶えた姿で見え隠れしていた。岩石に押しつぶされた蜥蜴人(リザードマン)、首の骨を折った狡狼(リザードマン)、バラバラに砕け散った骨の戦士(スパルトイ)。床の崩壊に巻き込まれたのだろう。そこかしこで亡骸を晒している。

 

37階層は『水の迷都』と同様、多層構造。

少年の復讐者(シャトー・ディフ)によって最大まで強制的にチャージされた槍の投擲。人型にのみ効果のあるそのスキル・・・その対象にしたのは、糸目の男――ヴィトーだ。投擲した槍によって『直下に存在した通路』にモンスターもろともアミッド達は落下したのだ。

 

「ベルさん・・・下に空間があることを知って・・・?」

 

「・・・・」

 

返事はない。

復讐者(シャトー・ディフ)のスキルの代償、精神力、体力を消費し、さらに()()()()()()()()。さらには、ここに至るまでアミッドを庇いながら戦ってきた少年の体はボロボロだった。瀕死だった。ただただアミッドを、戦えない少女を()()()()()()、という意思だけで動いていた。自分の心を支えてくれる強い少女が息絶えれば自分も例外なく死んでしまうから。

 

アミッドが死ねば、少年は心の支えを失って死ぬ。

ベルが死ねば、無力なアミッドは辱められて死ぬ。

 

絶え絶えの呼吸は耳を塞ぎたくなるほど不規則で、壊れた楽器のようにも、死に掛けの獣の呻き声にも聞こえた。唇の端に小さな赤い泡が浮かび、思い出したように紅の塊を吐き出す。『怪物の滝』に飲み込まれたときか、あるいはモンスター達を連れてくるまでの道中なのか、傷をさらに受けた結果か、体は穴だらけだった。今も命の滴が流れ落ちており、背中と密着するアミッドの胸を生温かい血潮が濡らしている。

 

「ち、治療を―――づぅっ!?」

 

直ちに治療しなければ、少年の体が危ない。

けれど、それはアミッドも同じだった。

少年ほどでないにせよ、アミッドも傷を負い、血を流している。右腕と左足を折り、爪は砕け、あるいは剥がれ落ちている。2人共、大なり小なりダメージを負い、血を流していない場所はなかった。

 

「無茶、しすぎです・・・ベルさん、あとで、お説教・・・です」

 

「ヒュー、ヒュー・・・は、い・・・」

 

体を引きずるようにして、何度も倒れかけ、前方に進む。

白い髪は赤く汚れ、意識が定まっているのか分からない少年は力なく笑っていた。

 

「アミッド・・・さん・・・」

 

「・・・何ですか」

 

「僕の・・・家族は、『闇派閥』でした」

 

「・・・そう、ですか」

 

「7年前に・・・オラリオで、たくさん、命を奪いました」

 

「そうですか」

 

「ごめ・・・なさい・・・アミッドさんが救えなかった命の数は、お義母さん達が奪った命の数・・・だから」

 

 

何も知らずに、よくしてくれる貴方の優しさが心地よかった。朦朧とする意識で独り言のように呟く少年に、アミッドは『何を今更』と零した。

 

「貴方は・・・貴方でしょうに」

 

どんな事情があったのかはアミッドは知らない。けれど、彼女は自分の目で見た少年のことを信じている。

 

「行きましょう・・・治療、しなくては・・・ほら、私もちゃんと歩きますから」

 

フラフラな少年に背負われるなんて、アミッドの心が許さない。

癒すのは、アミッドの役割だ。怪我人がいる場所は、アミッドの戦場だ。ならば、ここまで頑張ってきた少年を癒すのは少女のすることだ。互いに肩を寄せ合い、抱き合うようにしてゆっくりと痛む体に鞭を打って歩く。幸運なことに、銀色に輝く槍はすぐ近くに転がっていてそれを何とか拾い上げる。無理なことをしたのか、槍は悲鳴をあげるように歪んでいて所々、ヒビが入っていた。

 

「ま・・・て・・・ぇ・・・!」

 

だが、歩みを進めようとする2人を、生きようとしている2人を踏みにじるように――。

ヴィトーが背後から姿を現した。

 

左腕を失い、肉を抉られ、それでも男は立っていた。

瞳をギラつかせ、血走らせ、憎む相手を睨むようにして震える右腕を上げて刃を向ける。

 

「まさか・・・エレボスとは・・・私と似たように、()()()()()を見せてくれましたね・・・いやはや、驚いた。まさか、エレボスという名を冠する魔法をお持ちとは」

 

少年は落ちる際に、魔法を放った。

【ディア・エレボス】を。対象者がもっとも恐怖するものを見せ、戦意を喪失さえる魔法だ。男が何を見たのか少年は知る由もないが、男は見たのだ。エレボスに裏切られ、捨てられ、あまつさえ『見逃してやってくれ』と言われたあの大抗争最期の日、送還されるときの最後の景色を。

 

「我が主神が・・・何故、眷族ですらない子供のことを・・・それは、私にはわからない・・・しかしっ!」

 

「・・・・・行こう、アミッドさん」

 

「私がっ、あなたを、見逃すと思っているのですか!? 私を見ろ、私を、見ろぉ!」

 

 

――何故、私を見てくれないのですか、エレボスぅ!!

 

 

慟哭するように、男は叫ぶ。

命の残り火を燃やすように。

捨てられた子供が泣き叫ぶように。

 

少年は振り返らないし、アミッドも振り返らない。

けれど、少年は腕を伸ばし、指を伸ばし、男に指した。

 

 

「・・・背後には、気をつけたほうがいい」

 

『ゥゥゥ・・・!』

 

「っ・・・!? バーバリアン・・・!?」

 

荒い息を吐きながら大型級のモンスター、バーバリアンが背後から迫ってきていた。

()()()()()()()()()は、咆哮を打ち鳴らし、『仲間達の元に返してくれた』少年を救わんとやってきていた。

 

奇しくも彼は、37階層で少年の『咆哮(誘引)』を聞いていた。猛牛の同胞と一緒にそれを聞き、口角をあげ、『彼が呼んでいる』と走り出し、そうして一番大きな破壊音が聞こえた『闘技場(コロシアム)』に飛び込んだのだ。

 

『ォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「ぐっ・・・くそ、くそ、くそぉ・・・!!」

 

『ブォオオオオオオオオオオオ!!』

 

まるで暴風のような獣が2体。

その中でも一際脅威を誇っていたのは、猛牛の戦士。

その場にいたのは偶然。 けれどこの場に辿りついたのは彼等の意思だ。

 

その獲物(ベル)は自分のものだ。

他人が手をつけていいものではない。

許さない、許しはしない。

 

そう言う様に、視界の奥、『闘技場(コロシアム)』の端から黒い暴風(アステリオス)は、バーバリアンは、やがてヴィトーに迫り、飲み込んだ。

 

「エレボス、エレボス、エレボスウウウウウウウウッ!!」

 

 

――何故、何故私を見てはくれないのですか、我が主よ・・・!!

 

 

後方で何が起きているのかなんて、少年と少女は見ない。

ただただ夢現に歩く。

 

薄暗い一本道を進んで行く。

そして前方、薄闇の奥、一本道だった通路が折れ曲がっていてその角の先で、うっすらとした青い光が漏れていた。

 

ダンジョンの中で光景の変化は警戒対象に値する。かと言って引き返す選択肢はない。後方の道は崩落で塞がってしまっている。

 

「ここに・・・来たのは・・・けほっ」

 

「・・・?」

 

「ずっと反応が増えたり減ったりするのに・・・偶然、だと思うんですけど・・・ぽっかり何も感じない空間を感じて・・・だから、大丈夫な気がしたんです」

 

緊張を帯びるアミッドに、ぺろっと弱々しく舌を出して無謀なことをしてごめんなさい、と平謝りをする。そして折れた道の先に出た。

 

「――!!」

 

視界に飛び込んできた光景に、アミッドは息を吞んだ。

これまでと変わらない幅の一本道には、中央を走る『水』の流れがあった。

 

「川・・・こんな場所があったなんて・・・ベルさん、水があることは・・・」

 

驚愕に瞳を揺らすアミッドは少年に顔を向けようとして、固まった。

少年は膝から崩れ落ちるようにアミッドとともに清流の中へ飛び込んでしまう。

 

「・・・ベルさん、ベルさん!」

 

水にぬれるアミッドは手をついて、顔をあげた。

すぐ側、水中に沈んでいる少年から返事はない。透明な水の奥で少年は最後の力を失ったかのように両の目を瞑り、気泡だけが水面に浮かんでいた。幸い水深は浅い。が、少年の体からは血が流れ出て、あっという間に蒼の清流を薄く赤らんだ色に染めていく。動揺するアミッドは少年に手を伸ばした。

負傷した足では立ち上がることもままならず、水底に足を崩した姿勢で、横抱きするようにその体を抱き上げる。

 

「――【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べっ・・・】」

 

青白くなっている少年の相貌に、アミッドは縋る思いで詠唱を始める。

これまで何度も唱えてきた回復魔法。少年の聖火巡礼(スキル)のおかげで精神力は回復するが、それも微々たるものでしかない。けれど、少年に比べれば自分の状態など可愛いものだ。少年は人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)で常に位置を、モンスターの数を把握していた。その負担は計り知れないものだ。加えて復讐者(シャトー・ディフ)で精神力を消費し、何度も行ってきた休息、その度に【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を使用している。精神枯渇(マインドダウン)を起こしていた。

 

「【ディア・フラーテル】・・・」

 

自分の体を治すことを後に回して、少年の手当てを急ぐ。

手の先から急速に失われていく力に意識が断線しかけるが、唇に歯を突き立てた。都市最高の治療師による全力の治療術。傷は瞬く間に塞がり、出血は止まる。

 

 

「ベルさん・・・しっかり・・・」

 

吹けば消えるような声音で、少年の名を囁く。

意識を必死に繋ぎ止めるアミッドは水をすくい、自らの唇に含んだ。人体に有害でないことを確認してから、手柄杓(てびしゃく)で再び水をすくう。

 

「飲んで、ください・・・美味しいですよ・・・」

 

もう一度、囁く。

少年を生かすために。

独りにされる恐怖が背後から迫り来る、それを振り払うように。

左手で頭を支え、右手を少年の口元へ。

手の平に張った透明な水面が揺れる。血の糊で固まった少年の唇に、指が触れた。祈るように水で唇を濡らす、何度も何度も。

 

やがて。

静かに水を飲み下す音がアミッドの耳に入り、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「『魔剣』を・・・火が・・・いりますね・・・」

 

今度はお互いの格好を見たアミッドはすぐに行動する。

残っている小型の『魔剣』を取り出して燃やせそうなものをあたりからかき集めて、焚き火をつくる。

 

「・・・・」

 

血に汚れた体。

水に濡れた体。

 

このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

何より、衛生的によろしくはない。

そんな建前が頭の中を巡り回って、やがて。

 

「ごくり・・・」

 

喉を鳴らす。

そして眠っている少年のシャツに指をかけて、捲り上げた。

 

「風邪をひいてしまいますので・・・洗いますよ、ベルさん・・・脱がします」

 

 

 

脱がした。




神に捨てられたヴィトー
英雄に捨てられたベル


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安全地帯(セーフティポイント)

夢を見た。

自分が経験したわけではない、時々よく見るような、誰かの記憶を。

 

大地は震え、炎が猛り、地獄と形容するに相応しいその景色の中、1人の美女と複数の少女達が命の炎を燃やしている。

 

そんな、夢を見た。

 

 

「私が求めるのは、『過去』。在りし日の『英雄の時代』! 『未来』を欲する貴様等とは決して相容れん!」

 

灰色髪の美女は口から鮮血を垂らし、それでも、吠えていた。

 

「・・・・それなら、どうすれば、貴方を止められる?」

 

既に防具を破損させボロボロになっている少女の1人がそう言った。

悲しそうな目で、止まってくれない彼女を、どうすればいいのかと。

 

灰色の女は言った。

 

「決まっている――『英雄』となれ」

 

『英雄』となり、私達を打ち倒して見せろと、女はそう言った。

 

「貴様等が『未来』を求めるというのなら、英雄の器を示して見せろ! 『正義』となる『次代の希望』とやらを証明し、この『悪』を納得させてみるがいい!」

 

でなければ、私達が捨てた『あの子』に顔向けができない。

そんな小さな呟きは、神が呼び出した怪物の咆哮で掻き消された。

 

少女達は再び剣を取り、『正義』は巡り、『未来』に光をもたらすことを証明せんと立ち上がった。

 

「行くわアルフィア・・・あなたを倒す!」

 

「ああ、来い――『英雄』の作法を教えてやる、小娘ども!」

 

 

『英雄』だった。

僕のお義母さんは、『英雄』だった。

偉大なる大神が1柱、【ヘラ】の生き残り、最後の娘。

 

そして、僕に会いに来て抱きしめて、『母親』とやらを教えてくれた偉大なる僕にとっての最初の『英雄』だった。

 

死の病に侵され、命の期限を残り僅かとし、儚く消える雪の結晶のように己の運命をすり減らしておきながら。その人は、なおも『英雄』だった。

正義の使徒が繰り出す数多の斬閃を往なし、鉄槌のごき砲火の雨をも無効化しながら、全てを薙ぎ払う福音を轟かせていた。

 

『英雄』だった。

その力は、その強さは、その御姿は、『悪』に堕ちてなお――誰よりも、『英雄』だった。

 

「砲撃、撃ちまくれ!! 魔法を途切れさせるんじゃねぇ!」

 

「攻めるな! 守るな! 真裸の斬り合いだ!! 怯めば死ぬぞ、逃げるは恥ぞ!! あの化物の全てに、我等の全力をもって応える!!」

 

「背を見せてはならない・・・! この相手だけは・・・! あの『英雄』だけは、乗り越えなくてはならない・・・!」

 

 

そうだ。

かつての『英雄』は、物語において、()()()()()()()()ことは恐らく、ないだろう。 幸福な最期を迎えたのか、悲劇的な最期を迎えたのか、あるいは誰にも語られることなく次の冒険に出たのか。語られることは、ないのだろう。

 

僕の元にやってきた、僕にとっての()()()()()は、物語を終えたあとの後日談でしかなかった。そして、最後の最後に『悪』という役割を拝命し、姿を消したのだろう。『英雄が悪堕ちする』なんて、それこそよくある話だ。だから、神が連れて行ったことに納得はできないけれど、2人が最期に選んだのが『冒険』であったのだと、自分たちを踏み台にさせることでより強い『英雄』を生み出そうとしたのだと分かって、どうしようもないほどに、呆れるほどに笑みが零れてしまった。

 

迫り来る死、命の期限が直前にあってもなお――彼女達は『英雄』であり、ドが着くほどの『冒険者』だったのだ。

 

 

「子供を捨ててまですることじゃないでしょ・・・お義母さん、叔父さん」

 

それでも僕は、一緒にいて欲しかったんだよと・・・その場にいたのなら、言っていたかもしれない。優しい正義の使徒に涙ながらに『殺さないで』と訴えていたかもしれない。あるいは・・・2人を連れ去った神を許せないと、凶刃で刺し殺していた、そんな()()()があったのかもしれない。

 

 

加速する、全ての景色が。

剣も、盾も、杖も。閃光も、衝撃も、炸裂も、咆哮も。意志さえも。かつてない力を欲し、全身全霊をもって、正義の使徒はかつての『英雄』に向って加速する。

 

全てが加速し、燃え上がるその光景は、流星の輝きにも似ていた。

立ち塞がる『悪』に対して気炎を撒き散らす『正義』のきらめき。光の尾を曳いて駆け抜ける、星の軌跡。

 

「正邪の行進・・・いや、正邪の決戦。」

 

自分の立つ場所、その隣に声が聞こえて、そちらに目を向けてみれば、胡桃色の麗しの女神、その隣に立つ黒い神様(エレボス)が。

 

「嗚呼、そうだ―――これが見たかった!!」

 

炎を纏い、刀を振り、爆撃を放ち、風となる少女達を、歓迎するように盛大に笑みを浮かべた黒い神様(エレボス)が諸手を上げて声を上げた。

 

「過去と今を繋ぎ、未来に至る、眷族達(おまえたち)の物語が!」

 

『正義』と『悪』の神の視線の下、禍つ巨星と、光を放つ星々が、衝突と錯綜を繰り返す。

そして――。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】――」

 

 

どうやら、もう少しで時々見る断片的な記憶(ものがたり)は終わりを迎えるらしい。その歌も、魔法も僕は知らないけれど、アリーゼさん達が生きているということは・・・・そういうことなのだろう。

 

不思議とその光景は目を離すことなどできず、胸は震える。

僕の今ある地獄の先にも、待ち受ける『試練』。

 

それを乗り越えなくては、光ある地上に帰れない。

けれど、それでも。

 

「嗚呼・・・やっぱり、嫌だなぁ」

 

たとえ偽者であっても、義母を殺すことなんて嫌だなと僕は思ったんだ。

 

■ ■ ■

 

 

静かな水の流れが鳴っている。

37階層唯一の水源は、戦場とは無縁のせせらぎを奏でていた。

周囲一帯には燐光はない。壁面にも、天井にも。

ただ通路の真ん中を走る清流が光、光源代わりとなっていた。

神秘的な蒼の色に照らし出される通路。清流を挟む左右それぞれの岸はそれぞれ幅が4Mほど。表面はごつごつとした岩場とは異なり、氷原のように滑らかだった。片側の岸に腰を下ろすアミッドと少年は、これまでの休憩でそうしてきたように、壁に背中をつけて寄りかかっていた。

 

「・・・お体の方は?」

 

「・・・・・・・」

 

衣擦れの音を立て身じろぎするアミッドの呟きに、少年は言葉を返さない。

水の恵みは、2人にとって九死に一生を得るものだった。過酷な環境とダンジョンの容赦ない連戦によって、2人は軽度の脱水症状を引き起こしかけていた。視線の先を流れる清流は文字通り命の水となって2人を救ったのだ。更に、ここに辿り着いて既に約1時間。モンスターと戦うことなく、存分に体を休めることができていた。これまでのたった数分の休憩と比べれば破格である。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

2人は無言だった。

正確には何かを喋っても長続きせず、口を開いては閉ざすの繰り返しだった。

視線を合わせもせず、前方を横切る川の流れだけを見つめている。

早い話。

2人は服を脱いでいた。

 

「・・・辱められた」

 

「なっ・・・!?」

 

ずぶ濡れになった装備と衣服は容赦なく体温を奪う。疲弊しきった今の2人ならば尚更だ。それ故の処置だった。当然の成り行きだった。

 

――仕方ないじゃないですか・・・!?

 

少年はモンスターの血なのか、自分の血なのかわからないほどに血塗れで汚かった。()()()()()()、それを放置したまま休ませるなどもってのほか。着用していた戦闘衣は水に倒れこんだせいもあってびしょ濡れで、ならいっそ洗って少しでも清潔にしておくべきだ・・・と、ほんの数時間前のアミッドはそう思ったのだ。

 

「意識のない異性を脱がすなんて・・・」

 

「―――っ」

 

「アミッドさん・・・は肉食だったんだ・・・」

 

「ち、ちがっ」

 

「意識のないときに悪戯していいのは、リューさんと春姫さんくらいなのに」

 

「それはする方ですか!? されるほうですか!?」

 

「・・・・・」

 

「答えて下さい、なぜ黙るんですか!? 気になってしまうではありませんか!?」

 

アミッドの着用していた戦闘衣も同じく、血で汚れていて水で濡れ、不快感があった。自分の手当てをするにしても、傷が見えないのでは困ると眠っていた少年を他所にストリップしたアミッド。そう、これは決してやましい思いがあってしたことではなく、しかたない、しかたなーい医療行為なのだ。そうなのだ、そうだよね? そうだとも! そうだと言ってよアミッドさん。

 

もっとも、頭で理解できていても、感情は別問題だった。

具体的には生真面目で()()()()()()()()()()()だと己に言い聞かせる治療師の少女と、姉達の裸にはそこそこ慣れてはいても恥かしいものは恥かしい少年。ましてや目が覚めれば裸にされていたなんて誰が思うだろうか。しかも、目が覚めたら真正面で少年が貸していた義母の形見のローブを羽織ってなんとか体を隠していたアミッドが、じぃーっと見つめていて・・・・両方とも狼狽し赤面し互いを意識せざるをえなくなり、鼓動の音を必死に鎮めようとしていたほどだった。

 

「見たんですか?」

 

「・・・その、以前あなたが治療院に入院したときも体を拭くときに、少なからず・・・」

 

いえ、まぁ仕方ないんですよ? 自分の体を動かせない方の体を拭いたりすることは治療院でないわけではありませんし? と別にやましいことなんてこれっぽっちもしていないのに、瞳を泳がせながら必死にアミッドは取り繕う。

 

アミッドは上半身裸で、羽織っているものは水没を免れた『女神(ヘラ)のローブ』のみ。下に履いているのは薄い下着一枚だけだ。少年もまた薄い下着一枚だけ。アミッドの回復魔法によって2人の傷は癒えていて、けれどここまでの度重なる『冒険』に疲弊した精神では碌な思考もとれていない。羽織るものが少ない分、少年の露出は多く、豊満な胸を隠しながら、瞳の中身をぐるぐる回して真っ赤な顔でローブを羽織らせようとするアミッドと一悶着あったものの、現在、アミッドがローブを羽織るという形で落ち着いている。

 

「仕方が無いでしょう・・・汚いんですから」

 

しなやかな両脚を胸に抱きながら、アミッドはもにょもにょと呟く。隣をこっそり窺えば、この暗がりの中でも、少年の顔はアミッドを見ないようにそっぽを向いてはいるが、白い髪から覗く耳は淡く染まっている。アミッドも同じだ、いや、もっと酷いかもしれない。瞳は熱をおび、涙が滲むほどの羞恥が後になってからやってきて、沸騰しそうなほどに顔は真っ赤になっていた。

 

 

「これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果・・・決して、決してやましいことなど・・・っ!」

 

「・・・アミッドさん?」

 

「い、意識のない・・・年下の殿方を裸にして楽しむ性癖など私には、断じてッ! ないっ! ありませんっ!」

 

「・・・アミッドさん?」

 

「そうです、私は眠っている殿方に跨って悦ぶ卑しい女などではありませんッ! そうですよね、ベルさん!?」

 

「知りませんよ!?」

 

動揺し、体を揺らすたびに、ローブが衣擦れの音を立て、両脚を胸に抱いているとはいえ、動くたびにその豊満な乳房はほのかに揺れる。地面には脱走した装備と、衣服が散らばっている。乾かすために上着は綺麗に折りたためず、履いていたブーツはぐにゃりと歪んでいる。どこか、何故か、本当によくわからないが、そこはかとなく背徳感があった。いたたまれない類のものだ。アミッドは必死にそれを見ないようにしているのに、少年はぼけぇーっと揺れる焚き火の炎を見るようにして、散らばった衣服を眺めている。

 

「アミッドさんは・・・白」

 

「・・・・うぅ」

 

「どうしたんですか、さっきから・・・いつもの『ぴゃわわ☆』って言ってくれるアミッドさんはどこに言ったんですか・・・?」

 

「そんな私はいません! きっと悪い夢を見たのでしょう!?」

 

「あ・・・手、離さないで」

 

「あ、も、申し訳ありません・・・」

 

 

顔は合わせない。

けれど、少年が眠っている時から、つまむようにして握っていた指をもう一度握りなおす。

 

 

――な、なぜこんなに意識してしまっているのでしょうか・・・2人きりだから? 

 

純粋な疑問を胸に投げるも、答えは返ってこない。

助けられたから? 絆されたから? 世話の焼ける弟程度だと思っていたのに?

 

『・・・貴方はベルのどこが好きなの?』

 

『・・・素直なところでしょうか』

 

そんな話を、あの赤髪の美女――少年の姉たるアリーゼとしたのを思い出して、ボフンッ! と煙が出た。

 

 

「違う、違うのです・・・違うのですこれはぁ・・・ッ!」

 

「・・・・」

 

独りで頭を右に左に振ってアミッドは回答を否定するも、口に出てしまっているせいで少年にはぎょっとされてしまう。

 

 

――ダンジョンで・・・『深層』で、こんな事態に陥るだなんて・・・!

 

本来ならこんな茶番のようなまね、している暇などない。ましてや配役も違う、きっとこういうのは・・・そう、エルフがいいはずなのだ。羞恥に悶え、『合理的だ』とか『非効率だ』とか言って最終的には密着してしまう・・・きっとそうだ。

 

 

「うぅ・・・責任とってくださいベルさん」

 

「何のですか・・・僕、被害者じゃ・・・」

 

「まったく・・・モンスターに襲われたら終わりだというのに・・・」

 

「力、出ないんですし・・・仕方ないですよ・・・くしゅんっ」

 

「そういえば・・・何故、モンスターが現れないのでしょうか・・・?」

 

上手く言葉にはできないが、この清流の一帯には迷宮特有の張り詰めた空気がない。怪物の気配も、息遣いも、視線さえまるで感じないのだ。物音はせせらぎ以外、何も聞こえない。一時間以上休憩を取れていることも、アミッドの直感を裏付けている。この空間だけ、時の流れが遅いようにすら感じられた。

 

「・・・たぶん、安全地帯(セーフティポイント)なんじゃないでしょうか」

 

アミッドから少年の魔法なしで1時間以上も休憩をとれていることを聞いた少年も頭の片隅では似たようなことを考えていた。

 

「ほら、闘技場とかって・・・戦士達の待機場所とかあったりするじゃないですか・・・観戦する人達も含めて、休めるような場所は少なからず・・・だから・・・」

 

安全地帯(セーフティポイント)があった・・・と?」

 

「・・・ただのこじつけですけどね・・・へっくち」

 

「・・・寒い、ですか?」

 

「・・・いえ」

 

 

水で濡れた上に、裸。おまけに体力的に弱っている少年の体は震えていて、時折くしゃみをしていた。1人だけローブを羽織っていたアミッドは罪悪感が胸を刺して、また口走ってしまう。

 

「ベ、ベルさん」

 

「・・・?」

 

「その・・・こういうときはですね・・・・」

 

「・・・?」

 

「肌を、寄せ合いましょう・・・人肌は、意外と温かい、ですから」

 

「・・・マジですか」

 

「・・・マジ、です」

 

アミッドは耳を真っ赤にしながら、もつれそうになる舌を動かす。

 

「い、いま、私達がやっていることは・・・その、効率的ではありませんし。 このままでは、風邪を・・・いえ、地上に戻るまでの気力が・・・生きるために、その、ひ、人肌でっ、互いを温めなくては・・・!」

 

「・・・・まじかぁ」

 

「は、恥かしいなどと言っている場合では・・・こ、こんなに体が冷えて・・・その、()()()()縮み上がっているのではないですか?」

 

「・・・・見たんですか?」

 

「あ、や、えと」

 

「見たんですね?」

 

「い、医療行為ですのでッ!?」

 

見たくて見たわけではありません! 決して! 本当です信じてください! 私はそんな淫らな女ではありません! 必死に取り繕うアミッドはもう頭の中がわけわかめだった。そんなアミッドをポカン、と見ている少年はアミッドの言う『人肌の温もり』とやらは握ってくれている指から確かに感じていて一理あるのかな・・・?と疲れた頭でそんなことを考える。アミッドが少年の身を案じている気持ちは本当で、アミッドの頭がおかしくなっているだけなのだ。

 

 

「で、ですが、ベルさん・・・その、邪まな思いは、抱いてはいけません」

 

「・・・?」

 

「こ、こんな場所で、命の危機に瀕しているからと・・・その、種を残そうとするのは、いけません」

 

そんなことをしようとすれば、私は貴方を懲らしめてしまうかもしれない。自分から提案しておきながら、羞恥に殺されていくアミッドは、注意事項を列挙し始めた。

 

「そ、その・・・このような緊急事態の時は、その・・・お盛んになる・・・らしいですが・・・こんな不衛生な場所でなど・・・恥を知りなさい!」

 

「なぜ、僕は怒られているんでしょうか」

 

「まったく、年上の女性に囲まれて・・・背中には気をつけなさい」

 

「いや、僕が・・・というより、だいたい主犯はアリーゼさんなんですけど・・・アリーゼさんが『みんなベルのこと好きだからハーレムにして幸せにするわ!』って」

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

 

キラッと笑う駄目なお姉さん、アリーゼ・ローヴェルが迷宮の闇の中に幻影として見えた気がしたが。途端に2人は吹き出してしまった。

 

「ぷっ・・ははっ・・・いててっ」

 

「ふ、ふふ・・・ああ、どこか痛みますか? 治療したつもりでしたが」

 

「いえ、大丈夫です・・・アミッドさんは強いですね・・・僕一人じゃ、きっと泣いているだけでした」

 

「それは・・・いえ、私も同じです。私1人ではすぐに死に絶えていたでしょうから・・・」

 

指をからめ、肩を寄せ合う2人は、バチバチと音を立てる焚き火を見つめてから。

 

「えと、それじゃあ・・・どうしますか」

 

「・・・抱きしめあうのは、その、服を着ていないですから・・・さすがに・・・」

 

「はぁ・・・」

 

アミッドは沈黙を挟んだ後、無言で立ち上がった。

トボトボと少年の前まで歩いて、目の前で止まり、背を向ける。そして、ローブを脱いだ。

 

ばさり、と地面に滑り落ちるローブ。

あらわになる白いうなじに、晒される瑞々しい背中。

滴る水の雫が首筋からほっそりとした腰まで伝い、唯一残った下着に吸い込まれる。背を向けているアミッドの顔はますます真っ赤で、後ろからは見えないようにしようとしているのか、両腕で胸を寄せて隠し、地面に腰を下ろす。流れる微かな沈黙。しかし、今の2人にとってはとても長い時間。紫水晶色(アメジスト)の瞳を思わず伏せていると、彼女の意図が伝わったのか、背後から気配を感じた。

 

少年が腰を上げる。

アミッドの心臓がはねる。

少年が後ろから両腕を回す。

アミッドの肩が震える。

そして、互いの距離はなくなった。

 

「・・・・」

 

「・・・・アミッドさん大丈夫、ですか?」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「・・・・?」

 

ベルが後ろから抱きしめ、アミッドを胸の中に閉じ込める。

密着するアミッドの背中と薄い胸板。

少年の両腕が、生まれたままの姿のアミッドの胸の前で交差する。

燃え上がるような羞恥を感じていたのは、最初だけだった。互いの体が、互いの体温を交換する。冷たい肌の感触は温もりに変わり、アミッドを包み込む。最初は激しかった鼓動が、時間をかけて、ゆっくりと穏やかになり、アミッドの背中を何度もノックする。心地よい律動が揺り籠のようにアミッドの心を解かす。そうなることが当然であるように、互いの身を委ねる。少年はアミッドの背にもたれ、アミッドは少年の胸に背を預けて。

 

「温かい、ですね」

 

「はい、とても・・・」

 

「アミッドさん、良い体してますね・・・」

 

「・・・・それは、どうも」

 

「アリーゼさんが『脱いだらすごい』って言ってましたけど、本当でした」

 

「・・・そう、ですか」

 

 

蓄積された疲れがまた襲ってきたのか、少年は脱力してアミッドの右肩に顔を埋めるようにしてもたれかかり、眠りに落ちる寸前のような息遣いがアミッドの肌を撫でる。

 

少年がやや足を広げ、股の間にアミッドがすっぽり収まる形。アミッドはとても温かいが、包み込んでくれる少年はきっと寒いかもしれない。ただでさえ弱っているのだ。そう思って、声をかけ落ちているローブを手繰り寄せさせる。少年が背中の上から羽織って、アミッドの体ごと覆った。少年の顔がアミッドの顔のすぐ横にある。

 

――くすぐったい。

 

 

「ベル・・・さん・・・?」

 

「はい」

 

「帰ったら、何かしたいことはありますか・・・?」

 

「・・・温かいお風呂、入りたいです」

 

「・・・そうですね」

 

「アストレア様に、アリーゼさん達に、抱きしめてもらいたい・・・それから、春姫さんが作ってくれるご飯を食べたいです。アミッドさんは・・・?」

 

「私は、【ファミリア】の皆さんに心配をかけてしまったことを謝らなくては・・・ディアンケヒト様にも。 温かいお風呂も、もちろん入りたいです」

 

「帰って早々、働いたら怒られますよ・・・」

 

「なら、貴方が私を働かないように見張ってください・・・」

 

「考えて・・・おきます」

 

 

身を寄せ、体を委ね合い、囁きを交わす。

それは恋人の睦言にも似ていた。

静かに目を閉じて、空へ飛び立つ旅人のように眠る。

抱きしめあいながら、寄り添って二人きりで。

側を流れる清流だけが、ささやかな一時を与えるように、蒼い輝きを放っていた。

 

「ベルさん・・・」

 

「はい」

 

「私のことを、どう思いますか?」

 

「・・・好き、ですよ。優しくて、僕なんかに気を遣ってくれるところとか」

 

「恥かしくないのですか、そういうことを言うの」

 

「恥かしいですよ・・・でも、それ以上に」

 

言えないまま失った、そのショックのほうが大きい。

その痛みを知っているから、なるべく言うようにしている。何度か聞いた、少年のそんな呟き。

 

「アミッドさんは・・・?」

 

「そう・・・ですね・・・」

 

思ったことは、気持ちは、ちゃんと伝えておかなくては・・・別れのとき、きっと寂しいのだ。それを実体験で知っている少年に習うように、アミッドは少しだけ口篭ってから

 

 

「憎からず、想ってはおりますよ」

 

とだけ、呟いた。



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混沌(カオス)?混沌(カオス)!混沌(カオス)

いつの間にやら、お気に入りが2000を超えてました。ありがとうございます


「―――18禁ラブコメの波動を感じるわ!」

 

 

場所は27階層。

大瀑布の落ちる場所、水の迷都の終わりの場所。

しかし、そこは普段の遠くから見れば美しく幻想的な世界とは打って変わって、地獄のような景色をしていた。階層間を巻き込む大爆発によって天井に張り巡らされていた放射状の木の根が落ち『絶望の檻』とでも言うかのように3人組のパーティを閉じ込めていた。

 

 

「【剣姫】・・・俺の認識が間違いでなければ、つい最近、貴様達が階層主・・・【アンフィス・バエナ】を討伐しているはずだが」

 

「うん、間違ってない・・・少なくとも次産間隔(インターバル)が終るには早すぎる・・・と思う」

 

「ならばこれも『異常事態(イレギュラー)』か」

 

「たぶん」

 

【猛者】、【剣姫】、【紅の正花】――この3人で構成されたパーティは滝壺を中心に出来上がった円蓋(ドーム)に閉じ込められる形で階層主と相対し、これを討伐。周囲は蒼炎により水晶はドロリと溶けており、水面でさえ所々に炎が上り、青一色の光景が広がっている。

 

「これ、落ちてきたのって24階層の大樹・・・でいいのかな」

 

「破壊された25階層が支えきれなくなったと考えるべきだ」

 

アンフィス・バエナは水上という地形条件を加味されギルドによって推定レベルを『6』と設定されている。そんな階層主を、泳げない【剣姫】が雄叫びによって『召喚』された『アクア・サーペント』『ハーピィ』を処理、【猛者】が頭を潰し、【紅の正花】が付与魔法で弱点である魔石を潰した。

 

 

「【猛者】1人でも討伐はできた?」

 

「・・・」

 

「できるんだ」

 

「・・・」

 

「・・・えっとこれからどうやって下に?」

 

「そこで阿呆を抜かしている【紅の正花】に『根』を破壊させればいい」

 

 

階層主との戦闘は『我慢』との戦いだ。軽い攻撃ではびくともしない超巨大の巨躯、疲れを知らない生命力。魔導士という火力の要を揃えても一朝一夕には撃破できない。冒険者達のLv.がよっぽど上回っていない限り、どのようにことを進めても持久戦になりがちである。が、それを無視してのけることができるのが、この3人であった。

 

 

「何でも『燃やせば解決する』って思ってるから・・・温暖化が止まらないんじゃ」

 

「・・・お前が、環境を考えるとはな」

 

 

呆れたような、若干帰りたくなっている【猛者】オッタルは背後で腕を組み、人差し指を唇に当てて、謎の推理、考察をする残念な美女、アリーゼ・ローヴェルを指差してアイズに自分の考えを伝えた。曰く、『炎』で爆砕させて採掘させればいい。それで正規の道を掘り出して通過する。ただそれだけだった。

 

 

「えと・・・アリーゼさん、大丈夫ですか?」

 

 

アイズはきっと少年のことが心配で仕方が無いのだろう・・・と気を遣う様にして声をかけたが、アリーゼは困ったように微笑を向けてくる。

 

「【剣姫】・・・ベルと【戦場の聖女】がくっついたらどう・・・思う?」

 

「えっと・・・1つの体に2つの頭がある・・・みたいな?」

 

「いや物理的にくっつくって話じゃないわよ!? いやまぁ、物理的にくっつこうと思ったらくっつけられるけど・・・少なくとも貴方が考えてることではないわ!」

 

どうしてこの子はいきなり怖いことを考えるのかしら、そういうのってダンジョンにいそうなモンスターじゃない? 自分のことを棚にあげてアリーゼはアイズを残念なものを見る目を向けた。

 

「?」

 

「ベルのことだから【戦場の聖女】を庇って戦い続けるわ! 『休憩(レスト)』はベルの魔法があれば15分は安全ね、もちろん『広間(ルーム)』に入ってモンスターが入ってこないようにすることが前提だけどね」

 

じゃないと、目が覚めたらモンスターにモグモグされている光景が目の前に広がるからネ! 傷つかないとはいえ、気分は最悪よ! 経験あるかのように語るアリーゼは、少年の行っているであろう行動を予測していく。

 

「けどあの子は『深層』の情報なんてほとんど知らないわ、知っているとしても私達が『遠征』で『こうだった~』『あーだった~』とか・・・そういう情報! だってあの子を『遠征』に参加させるのはまだまだ先だって考えてたし! だからベルのことだから・・・スキル全開でモンスターが少ない道を選んで彷徨い続けると思うの」

 

「ベルのスキル・・・自分より弱かったら気付かれないし、ちょっとずるい」

 

「でもあれ、自分の意思で範囲広げたりできるけど・・・ずっと意識してると頭痛くなるみたいよ? だからあの子、ダンジョンから帰った日は本拠でいつも寝そべってるの。絨毯みたいに」

 

「・・・ちょっと可愛いかも」

 

「それを皆でモフモフしたり、夕飯まで膝枕してあげたり・・・癒しタイムよ」

 

「・・・ごくり」

 

「けどよく考えて! Lv.2の【戦場の聖女】を常に庇いながら、自分は常に負荷が掛かった状態・・・場合に寄っては抱きかかえて走りもするでしょう! そんなの・・・惚れてしまうわ、釣り橋効果ってやつね!」

 

まぁ布石は打っておいたんだけどネ! 【戦場の聖女】は少年が治療院に遊びにくるようになってから少なからず好感をもっている。加えて18階層で宿屋で再会したときにはアリーゼが外堀を埋めていた。なら、きっと今頃は・・・

 

「自分は何もしてあげられない・・・ならせめて、辛い思いを緩和させてあげなくては・・・癒してあげなくては・・・って体を差し出しているかもしれない! ベルもこういう状況は初めてだろうし、あの子よく泣く子だから、母性(物理)に弱いし、母性(精神)に弱いから年上の【戦場の聖女】にベッタリ溺れているかもしれない・・・」

 

「溺れる・・・アミッドは、水?」

 

「だーかーらー! そういう命が危ない状況では、エッチな気分になるかもしれないってこと! 『子供を残さないと』って!」

 

「・・・アミッドとベルの・・・赤・・・ちゃん!? い、いつ!? 何プレゼントしたら喜びますか!?」

 

「気が早すぎる!! でも、とにかく、なんかこう・・・あっちはあっちで()()()()()()になっている気がするのよ! 全年齢版では描かれないような、そんなことをしているような気がするわ! どうしよう、正妻のポジションを取られたら!?」

 

「でもベルはアストレア様が一番なんじゃ・・・」

 

「確かに!!」

 

まぁ実際、アリーゼが予想するようにアミッドは1人戦わせ続けていることに罪悪感を抱いているし、少年にトゥンクしてしまっているし、彼女達がここから移動した少しした時間軸において裸で抱き合っているわけだが・・・それどころか、互いに風呂の残り湯に癒し効果があることがわかっているアミッドの提案というか、アミッドから始まった舐め合いによって指やら首やら、あちこちを猫の毛づくろいのようなことをしているだなんて、今ここにいるアイズも、アリーゼも知る由もない。なんならアリーゼはさらに先のことをしているとさえ予想しているのだから。

 

「あの子達を地上に連れ帰ったら・・・【戦場の聖女】が孕んでないか調べてもらわないと・・・ディアンケヒト様、さすがに怒らないわよね? 状況が状況だし」

 

「ご祝儀・・・ご祝儀・・・『ジャガ丸君』じゃ・・・駄目ですよね混沌(カオス)

 

「おい、貴様等・・・それ以上くだらない話をするなら、俺は帰るぞ」

 

「「フレイヤ様の命令を無視して嫌われたいなら、どうぞ」」

 

「!?」

 

フレイヤの命によって少年とアミッドの救出に赴いているオッタルは、不幸にも彼女達を置いて帰ることは許されない。さらにダンジョンは下に潜れば潜るほど広くなっていくため、迷宮都市をすっぽり覆うほどの『深層』ともなれば1人で迷子を捜すのは不可能に等しい。行方不明者が正規の道にいれば可能性はあるかもしれないが、少年等はそれを知らず、途方もなく彷徨っていることはアリーゼが予想しているしオッタル自身その可能性が『大』だと思っている。さらには女神が望んでいるのは少年の『救出』である、これを無視、あるいは失敗ともなれば彼女に心の底から失望されかねない。オッタルは口をへの字にし、静かに拳を握り締めた。

 

そんな、くだらないことを言い合っているものだから、広間を走る水流から間断なくモンスターが出現し、あっという間に囲まれてしまう。視界に映る浮遊魚の数は有に30を超えている。石の体を持つ『ヴォルテリア』達は鳴き声を発さず、ただ額の単眼を絶え間なくぎょろぎょろと蠢かしている。

 

 

「・・・囲まれた」

 

「囲まれたわ! 人気者は・・・つらいわね!」

 

「貴様のせいだ・・・阿呆」

 

 

Lv.7にLv.6が2人。

このような状況でさえ、冗談を、あるいは肩を竦ませる程度に涼しい顔をしていて、オッタルは静かに大剣を持つ右腕を頭上高く上げ、振り下ろした。

 

「―――フン!」

 

視界が黒一色と染めていく周囲の浮遊魚を巨躯から繰り出された斬撃によって破砕、爆砕する。開かれた道を直進し、次層へと続く正規ルートへと向っていく。

 

「・・・【剣姫】」

 

「・・・後ろに、います」

 

「・・・」

 

「【猛者】、間違っても殺しちゃだめよ」

 

「・・・我が女神の神意はあくまでの兎のみ。他の事など、構う必要性はない」

 

 

視線だけで、チラッと背後を見た彼女達は特段何するでもなく下の階層に飛び込んでいった。

 

 

3人の『冒険者』が去っていった後方。

暗がりから顔を出したのは複数のモンスター達。

特徴的なのは『冒険者』の武器、防具を身にまとっていること。

 

「やべぇよ・・・あいつらやべぇよ・・・」

 

「ゴッド・ウラノスからの情報でミスター・ベルを探しに来ましたが、私達は必要なのでしょうか!?」

 

「リド、彼女達気付いてましたよ!? べ、べべべ、ベルさんに会うまでに私達の命はあるのでしょうか!?」

 

「落ち着けフィア!? オレっち達もとにかく行くぞ!?」

 

 



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ハハナルモノ

 

 

 

夕暮れの帰り道。

周囲には麦の海が広がっていた。

大粒の実を宿す穂が涼しい風と一緒に、音を立てて揺れている。西の彼方に沈もうとする日の光によって黄金色に輝く光景は、まるで御伽噺の中で語られる天界のようだった。

 

 

この景色は、既に遥か昔の思い出の景色なのだと、そして自分は今、夢を見ているのだと少年は自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

――また、この夢・・・未練がましいって、女々しいってお義母さんなら言うのかな。

 

 

少し違うとすれば、以前見た夢は自分はそれを客観視・・・第三者の視点で見ていたということ。けれど今、手を繋いで隣を歩いているのは義母であり自分の掌は武器を持つには小さすぎるほどに小さかった。彼女――アルフィアのことは、今でもきっと好きなのだ。異性としてではなく、1人の母親として。もし次があるのならば、その時はまた、今度は不治の病なんてナシで親子として道を歩きたいと思っている。

 

 

アルフィアは目が覚めるような美しい女性だ。

髪は灰色で、長い。

彼女は薄汚いと嫌っていたが、少年は好きだった。

瞼は常に閉じられている。

目を開けずどうして生活できるのだろうといつも不思議に思っているが、彼女が言うには「瞼を開けることですら疲れる」のだそうだ。少年もまた、アルフィアを失ったショックからか、似たようなことをして瞼を閉じたまま生活ができるようになってしまったがそれをアルフィアが知ったなら、『やめろ』『真似をするな』と怒りはしないが注意はしてくるだろう。

身に纏う漆黒のドレスはこんな山奥の中にあって、酷く異彩を放っている。

 

見れば見るほど美しい女性だった。

母親として出会わなければ、もしかしたら一方通行ではあるだろうが一目惚れをしていたかもしれないほどに、彼女は美しかった。

そんな女性と、手を繋ぎ、二人きりで歩く。

 

 

――そうだ、僕は、お義母さんとこうして歩くのが大好きだったんだ。

 

何もない田舎だった。

明るいうちは男集、あるいは数人の女性が畑仕事に出て夕方に帰って来る。少年は村人とそこまで接する機会はなかったしアルフィアも必要以上接することはなかった。別に『鬱陶しい』とか『関わりたくない』とか村の人達を邪険に思っていたわけでも、仲が悪かったわけでもなく、ただ、そう、ただ・・・村から少し離れた場所で静かに平穏に暮らすのが何よりアルフィアは好きだったし、少年もまた好きだった。

 

静かだからこそ、静寂な空間だったからこそ、体感時間はゆったりとしていて1日はとても長く感じられた。

 

2人はかつて、迷宮都市オラリオにいたらしい。

どんな場所だったのかといえば、叔父は『俺達の知るオラリオと今のオラリオは恐らく違うかも知れん。だから一概には言えん』と肩を竦め、義母は『煩わしい場所』とそんなことを聞くなと言うような空気を醸し出していた。幼かった少年にはよくわからない言葉だったけれど、それでも、自分が暮らしている村とは全く違うのだということはわかった。

 

『お義母さんは、この村、不満じゃない? 何もないんだよ? 毎日お散歩・・・僕は楽しいけど、お義母さんは平気?』

 

娯楽なんて碌にない地図にも載らないような村だったから。

散歩するくらいしか、することがなかったから。

つい、世界の中心といっていい場所にいた彼女は酷くつまらないのではないかと不安に思ったこともある。

 

『お前といれるだけで、私に不満なんてない・・・もし、あるとすれば・・・』

 

空を見上げて、少し悲しそうな顔つきで彼女は小さく呟いた。

幼い少年の耳には聞こえないくらいの声量で。

 

『メーテリアもいれば・・・もっと幸せだった』

 

溜息をついて、頭を振ってそんな考えを吹き飛ばした彼女は少年を抱き上げて真っ直ぐと家に向い始める。

 

 

――僕は、貴方のたまにする悲しそうな顔を見ると、すごく胸が痛かった。

 

 

抱き上げられた少年は義母の顔を見つめて、当時何を思ったのだろう。

励ましてあげたのか、道化を演じて見せたのか、ただ大人しく彼女に抱きついていたのか。

 

 

「お、おかあさんっ!」

 

「・・・・何だ?」

 

彼女は、あまり笑わない人だった。

目を瞑ったまま、ちっとも笑わず、けれどぎこちない手つきで、少年を撫でてくれる。小言を口にしながら、時には仕置きをし、それでもいつも少年の小さな手を握って守ってくれる。少年に『母』を教えてくれたのは、神経質で、我儘で、乱暴で、とても不器用な目の前の女性だ。

 

そんな彼女が悲しい顔をするのが、何より悲しかった。

 

 

「・・・僕、アルフィアお義母さんとも、ザルド叔父さんとも一緒だよね? 僕、離れたくないよ」

 

「・・・・お前が永遠を願っても、神ならざる我々では叶えられない。私たちは不変ではないからだ。ずっと一緒にいることは、できない」

 

2人の体調が悪いことは幼いながらに知っていた。

だから、家族を知ってしまったから、失うのが何より怖かった。

だから縋るように聞いたが、やはりアルフィアは淡々と答えた。

 

「お前が望まずとも、別れは必ず訪れる。それを忘れるな」

 

きっとその刻限は、近いのだろう。

咳は数は増えていたし、血が混じっていたのを見てしまったから。

別れの時は刻一刻と迫ってきている。

胸が張り裂けそうな思いと一緒に、当時の少年はそれを悟ってしまった。

 

気付けば、幼い少年は、ベルは涙で瞳を潤ませていた。

 

――昔から僕は、泣き虫だった。

 

結局泣き虫なところは、治っていないのかもしれない。

姉達やアストレアは『そういうところも好き』とは言ってくれるけれど、男の涙なんて何の価値もない。

 

「ぼ、ぼく・・・ぼくね・・・」

 

「・・・・」

 

そういえば、と少年は思った。

結局のところ、別れの時は、あっけなく、『神』の手によって訪れてしまったわけだけれど、最期の時まで一緒にいることさえ許されず、目が覚めたときには全てを失っていてそれがトラウマになるほどだったわけだけれど、それの前日譚でもあるこの夢は、当時の少年は何を言いたかったのだろう。

 

 

「えと、ええっとね・・・」

 

もじもじ、もじもじ、とアルフィアに抱きかかえられながら、言いよどむ。

アルフィアは何も言わず、ただ黙って歩く。

道の先には、ぽつんと家が立っていて、扉が開いている。

開いた扉の中は見えず、黒かった。

恐らくは、そこで話が終るのだ。

 

「はぁ・・・なんだ、怒らないから言ってみろ」

 

「え、英雄っているの?」

 

「・・・・・・」

 

少年にとっては、アルフィアとザルドという『家族』を教えてくれた存在こそが、最初にして始原の英雄だ。 では、彼女達にとっての英雄とは何なのだろうか。そもそも、英雄とは何なのだろうか? と少年は聞いた。アルフィアは少し黙ってから、また溜息をついた。

 

 

「・・・英雄とは、『馬鹿』だ」

 

「・・・・え?」

 

「英雄譚に出てくる者達を見てみろ、読み込んでみろ、どいつもこいつも故郷を捨てるわ、女を侍らせるわ、それで物語を蛇足させて、できもしないことを血反吐を吐きながらやり通そうとする。最後には明るい結末が待っているのだろうが、そうならなかった物語も存在するし、『英雄』の後日談は基本的には語られない」

 

「どうして?」

 

「求められていないからだ。 お前はもう舞台を演じ終えた、ならば必要ない・・・とな。だから最後の最後に、『どこかへ旅立った』だの『次の冒険で普通に死んだ』だのと仄めかして終る。英雄とは・・・」

 

 

英雄とは、最も損な役回りである。

淡々と、アルフィアは語る。

少年が、アルフィアに読んでもらったアルゴノゥトも『なし崩し的にお姫様を助けて』、それで終る。どうやら次の冒険で死んだらしいが、実際のところはわからない。が、彼の冒険譚は『お姫様を助ける』ことで終ったのだ。本人の目的が違えども、物語の形としてはそれで終わり。最終的にあやふやに『あとはお前達読者が妄想しろ』とでも言うかのような終り方、それを損だと、彼女は言った。

 

 

――お義母さん、僕・・・女の子を助けたよ。

 

 

褒めて、くれるだろうか?

それとも、『ほら見ろ、損な役回りだったろう? お前だけがボロボロじゃないか』とデコピンをかましてくるだろうか。

 

幼い少年は、自分にとっての『英雄』が、アルフィアがそんなことを言うものだから余計に悲しくなって顔を見られないように抱きついた。不器用な彼女は悪いことをしたとでも思ったのか、ぽんぽんと背中を軽く叩いてくれる。

 

「ぼ、、ぼく・・・ぼく・・・お、お義母さんの・・・ううん・・・僕、僕は・・・・!」

 

「・・・・・・ついたぞ、風呂に入って夕飯だ」

 

「・・・・・・あ、う、うん」

 

結局、言い切る前に家についてしまってアルフィアは淡々と話をきってしまう。

きっと、彼女達にとってはそこが分岐点だったのだ。

 

これもまた、あの黒い魔道書によって引き起こされた夢なのだろう。

それでも、どうしようもない状況で、この景色を見れたのは、お別れを言うことさえ許されなかった彼女の姿を見れたことに少年は嬉しいと思えた。

 

涙を溢れさせ、目が覚めれば、それこそ本当の『お別れの時』がくるのだとわかって。

 

家から飛び出して、叫んだ。

 

 

「僕は・・・・なりたいっ!!」

 

 

何に?

 

 

「お義母さんの! 叔父さんの!」

 

 

誰の、何に?

 

 

「お前の親になれてよかったって思えるような、誇りに思えるような、そんな英雄に、僕は・・・・なりたいっ!!」

 

 

それだけ?

 

 

「僕は・・・・僕が・・・貴方達を引き継ぐ! 罪も悔いも全て! だから・・・・僕で最後にする! 僕がっ!」

 

 

お前が?

 

 

「僕が・・・最後の英雄になるっ!!」

 

 

なら、頑張れよ・・・アルフィアの子よ。

 

 

そんな誰かの声が聞こえて、バッと振り返る。

誰もいない、誰もいない。

扉の奥、暗い黒に染まった影だけがあった。

冷たい瞳が、少年を見つめていた。

全体の輪郭なんて見えない。

だけど、ずっと見ていたぞとでも言いたげに、彼は見ていた。

 

 

すぅーっと意識が遠のいていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ちろっ・・・ちろっ・・・・んっ・・・少し、血の味が・・・いえ、治りきっていない場所が治って・・・やはり、『残り湯』に癒しの効能があるなら、その源泉である私自身の体液もまた・・・」

 

首筋をくすぐったいような感触が伝っていた。

 

「指・・・ああ、無茶をしたせいで爪・・・ボロボロではありませんか・・・ちゅううぅぅ・・・この際です、いろいろ試してみましょう。少しでもベルさんを癒せるのなら」

 

指にしゃぶりついて、舌で舐めまわし吸い付いてくる感触がした。

 

「・・・・い、いけません。こう、いけない感情というか・・・・でも、何故でしょう、私も彼に触れているからでしょうか。彼のスキルのおかげか、痛みが引いていく・・・・ああ、魔法をかけたのに、あちこち小さな傷が・・・」

 

ふとももに指が這い、ちろちろとこそばゆい感触が走る。

 

「・・・・・ん」

 

「ちろちろ・・・・ちゅぱっ・・・・ふぅ・・・んっ・・・こういう状況です、ベルさんに辛い思いばかりさせているのですから、奉仕でもして癒してあげなくて・・は・・・・ぁ・・・」

 

両脚の太ももに手をやって、四つん這いの姿勢になっている裸体の白銀の美少女と目線が交差する。白髪の前髪から覗く深紅(ルベライト)の瞳は寝起きなのかぼんやりとしていて、けれど、彼女がそんなことするなんてありえないということはわかっていて。

 

 

「・・・・アミッドさんの偽者・・・排除」

 

「ち、違います、本物です! あ、や、み、見ないでくださいぃ!?」

 

大慌てで弁明。

大慌てで見られてはいけない部位を隠す。

涙目で赤面する都市最高の治療師の美少女。

 

「・・・・何、してるんですか?」

 

「あ、や、えと・・・わ、私の『残り湯』に癒しの効能があるのは・・・・ご、ごごごご、ご存知ですよね?」

 

「・・・そういえばディアンケヒト様が商売しようとしてましたね」

 

「そ、それで、げ、源泉である私・・・自身の体液にも効果があるのではないかと思い、貴方が眠っている間、その・・・いえ、最初は首や肩だけだったのですが・・・」

 

モジモジと内股になって俯くアミッド。

頬は染まり、瞳は熱を帯びていて、吐息は熱い。

 

「アミッドさん・・・まさか、はつじょ――」

 

「し、してません! だ・ん・じ・て! してません!」

 

「いやでも、胸・・・ぴんってしてるの見えちゃったし・・・太もも、濡れてるのって・・・その、女の人の・・・」

 

「うわぁぁぁぁぁ、もうやめてぇ! 言わないでぇ!」

 

「僕、寝ている間にアミッドさんに辱められたんだ・・・」

 

思えば、長い付き合いかもしれない。

治療院では背中合わせで座っていたり、お手伝いをさせられたり、昼寝を一緒にしたり。そして今、こんな地獄のような状況下で意識のない少年を裸にひん剥き、裸で抱き合い、そして今、眠っていた少年の体を舐めまわしていた。少年は少し憐憫めいた目線をアミッドに送り、それを感じ取ったアミッドはますます泣きそうになった。

 

「うぅぅ・・・こんな状況下でなければぁ・・・!」

 

「ごめんなさい、アミッドさん・・・・アミッドさんの体は、すごくえっちだと思います」

 

「っ!?」

 

「僕、()()()()()()()()()()好きなんですけど、あ、体だけってことじゃなくて・・・優しいところとか」

 

「え、あ、あの!?」

 

「でも、その・・・さすがにこの状況で、僕達、ダンジョンの底で『アダムとイヴ』になるわけにはいかないっていうか」

 

「ま、待ってください!?」

 

「興味がないわけじゃないんです・・・アミッドさんの体、綺麗だし、えっちだし」

 

「えっちって言わないでぇ!?」

 

「アイドルとかしてみたら、きっとファン・・・いっぱいできますよ」

 

「しません!」

 

「その・・・ほんと、ごめんなさい・・・アミッドさんが子作りしたくても、僕・・・今しちゃったらそのまま昇天してしまうかもしれないから・・・せめて地上に――」

 

「いやぁぁあぁぁぁぁぁ!?」

 

 

アミッドはとうとう少年の言葉にボフンっ!!と爆発。

悲鳴をあげて少年の胸板に顔を押し付けて悶えた。

違う、違うんです、別に、そんな、違うんですぅ!? とやってることがやっていることであって否定しきれない彼女は年下の少年にあれこれと言いくるめられていく。いまや少年の中のアミッドは『厳しいけど優しいお姉さん』から『澄ました顔したドエロいお姉さん』にジョブチェンジ!! その大きな果実で、たわわに実った果実で癒すんですか? とでいいたくなるほどに、彼女が悶えるたびに、それらは右に左に、円を描くように揺れた。

 

 

「アミッドさん・・・・」

 

「もうやだ・・・殺してくださぁい・・・」

 

「いや死なないでくださぁい・・・」

 

「もうダメです、お嫁にいけない・・・!」

 

「大丈夫、きっと、もらってくれる人、いますから」

 

「他人事!? せめてベルさんが『僕がもらってあげます!』くらい言ってみたらどうなんですか!?」

 

「・・・・アミッドお姉ちゃん、僕もお姉ちゃんをペロペロして癒したいな」

 

「上目使いで可愛く言わないでくださいぃ!?」

 

 

言い逃れできない事実、言い逃れできない状況に耐え切れなくなったアミッドは少年に抱きついて仰向けに倒れた。少年の目の前で下にいるアミッドの大きな乳房が揺れ、熱を帯びた瞳は涙を浮かべて、顔はこれでもかと真っ赤。少年はゴクリと唾を飲み込んでから

 

 

「アミッドさんがしてたんなら、僕もちょっとだけ・・・」

 

「うぅぅ・・・2人だけの秘密にしてもらえますか?」

 

「誰に言うんですか」

 

「もう好きにしてくださいっ!!」

 

アミッドがしたことを、やり返す。

互いに互いのスキルを知った上で・・・それが建前なのかどうか考えるのもやめて、熱を帯びた体を冷ますように傷のついている場所を見つけては舌を這わせて猫のように舐めあった。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

わたし・・・は・・・・いったい・・・だれ・・・だろう。

 

 

「むぐ・・・むぐ・・・おなか、すいた・・・・【代行者タル我ガ名ハ――サタナス・ヴェーリオン】・・・ベル・・・・べ・・・る・・・?」

 

 

それは、誰だろう・・・

 

 

 

それは闇の中を、彷徨っていた。

それは、常に空腹だった。

満たされない何かを埋めるように、視界に入った怪物を殺しては喰い続けた。

 

それでも満たされなかった。

 

私は誰なのだろうかという疑問だけが、恐らくは『心』と呼ばれる機関を蠢いていた。

 

 

「だ・・・れ・・・べる・・・・ありあ・・・べ・・・べべ・・・あり・・・? 【福音(ゴスペル)】・・・がぁぶっ!!」

 

 

何かを求めているようで、けれどそれが不鮮明で、不透明で答えが明瞭としない。

 

その怪物は、常にエネルギーを補給しなければ体を維持できずに崩れ去る。

人工的につくられた【精霊の分身(デミスピリット)】。

寄生元となったのは、【ロキ・ファミリア】が59階層で倒したものでもなければ、クノッソスにいたものでもない。もっとも小型な化物だ。

 

 

化物と呼ばれた・・・『人間』だった。

しかし、その素材は既に死んでいて、体も碌に残ってはいなかった。

細胞が少しでも残っていればめっけものと死を司る神は、ぼやいたし、『まあこんな残り滓みたいなので生き返ったらそれこそ下界の未知は恐ろしいってことだよねー』などと言っていたけれど、実際にはそれだけでは足りなかった。だから、複数のモンスターも配合して生まれた。

 

正しく、それの名称を与えるならば。

合成獣(キメラ)】なのだろう。

限りなく人に近い形に無理やり押し込めただけの人型の穢れに穢れた精霊。

 

 

「ゆ・・・ゆゆゆ・・・め・・・ふ・・・しぎ・・・海・・・手・・・つないで・・・ある・・・あるい・・・・べ・・・りあ・・・メー・・テ・・・ア・・・・」

 

明滅するは瞳。

闇の中でチカチカと明滅する。

その度に、どこかが満たされなくて、喰らった。

魔石を喰った、肉を喰った、怪物の天然武器を食った。

けれど、満たされなかった。

 

それが、下界の未知の1つとされる、細胞にまで焼きついた記憶、『細胞の記憶(セルメモリー)』によって見せられた夢だと怪物は知らない。満たされない何かを埋めるため、愛していたのかもしれない、誰を探しているのかもしらないが、それを求めて闇の中を彷徨った。

 

 

「あ・・・・おな・・・すい・・・すいた・・・【代行者タル我ガ名】・・・代行者・・・だいこう・・・わた、だ・・・れ・・・?」

 

 

ふと足を止めて、首を傾げる。

私は誰だろう。

何者なのだろう。

わからない。

わからない。

わからない。

代行者? 

では私は?

 

「母・・・母・・・」

 

 

そう、そうだ。

そいつは、少なくとも『母なるモノ』としてデザインされて生み出された。

災禍の化身として、才能の化物として、『化物と怪物ってそんなに変わらなくない?』などと軽い理由でつくられたはずだ。ならば、私は代行者ではないのではないか?

 

 

「わ・・・わわ・・・我が名・・・アル・・・ア・・・・・『福音(ゴスペル)』・・・」

 

少しずつ、何かが変わっていく。

何かが崩壊していく。

気付けば、汚らしい翼はもげていた。

気付けば、鰓は怪物共の臓物で塞がれていた。

 

 

気付けば、大量の灰とその上にぽつんっと転がる鉄のガラクタがある場所に立っていた。

 

 

「あぁ・・・うぁ・・・愛しき・・・子・・・愛しき・・・アリア・・・ベル・・・どっち? こっち? スンスン・・・これ・・・あの子の・・・私の・・・子・・・匂い・・・する・・・食べたい・・・? 綺麗に・・・私・・・わた・・・」

 

 

女がそうするように、そいつは自分の体を見やった。

汚い。

美しくない。

これではダメだ。

 

どうしてかわからないが、ダメなのだ。

ではどうしたらいいのだろうか。

それもわからない。

 

だから。

だから。

だから。

 

食べた。

 

「もぐ・・・もしゃ・・・もきゅんっ」

 

灰を、食べた。

27階層から落ちてやってきた怪物の残骸とも言える灰を喰った。

 

口元を拭って、灰を全身に塗りたくった。

鰓が埋まっていく。

背中も整っていく。

 

ああ、何かが変わっていく。

ああ、何かが壊れていく。

 

 

「これ・・・これこれこれ・・・あの子・・・べるべるべるべるべる・・・ガブっ」

 

一緒に落ちてきた籠だった物を食った。

何かが埋まっていく気がした。

何かが滅びていく気がした。

 

 

それらを全てそいつは再び動き出した。

食事は終ったが、また食事をしなければいけない。

でなければこの体は、瞬く間に滅びてしまうから。

 

「La----lalala----♪」

 

 

腕を一撫で。

怪物の首が飛んだ。

 

「La----lalalalalala----♪」

 

踊るように、また撫でた。

怪物達が爆ぜた。

 

 

繰り返す食事と移動をぐるりぐるりと周回して、そいつは漸く止まった。

その場所はとても広い場所だった。

そして、今まで食べていたものとは別の気配がした。

 

 

「べ、べべ・・・る・・・おか・・・食べたい・・・お腹・・・すいた・・・?」

 

 

コテン、と子供のするように、あるいは人形の首が落ちるように傾げた。

目線の先には、2人の少年少女がいた。

満身創痍から回復した、それでも戦闘衣からこれまで必死に生きていたことを証明するように傷だらけにして。

 

2人は手を繋いでいた。

 

少女は銀の槍を抱くようにして持っていた。

少年は鏡のようなの刃を逆手に持っていた。

 

 

その2人の表情は見えない。

 

 

「?」

 

怪物の胸がどこか痛んだ。

怪物の胸がどこか、喜んだ。

 

視線の先に立つ少年がキッと深紅(ルベライト)の瞳を輝かせて声を轟かせた。

 

あふれ出す魔力と共に、彼は紡いでいた歌を解き放った。

 

 

「―――【ウチデノコヅチ】!」



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レムナント

カッ、カッ、カッ。

 

カツーン、カツーン、と歩くたびに鳴る靴音と、槍が地面につく音が、静かな迷宮の中で響いている。

 

 

「―【大きくなれ。其の力にその器。数多(あまた)の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華(えいが)と幻想を】」

 

 

お互い離れないように、何があってもすぐに伝えられるように手をつないで歩く。

互いの戦闘衣装(バトルクロス)は、とてもではないが綺麗だとは言えずボロボロだ。それでも綺麗な部分があるとすれば、それこそ戦闘衣装(バトルクロス)の中身――肉体そのものだ。アミッドの魔法と少年のスキル、付け加えるならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()という要素かつ少年にも似たような効果があるということ。それによって互いの肉体は治療済みの状態だ。

 

と言っても、使用できるアイテムなどすでにないが。

 

 

「不思議です・・・先ほどまでいた広間(ルーム)を出てから・・・一度もモンスターに遭遇していません」

 

「【大きくなれ。神饌(かみ)を食らいしこの体】」

 

 

地図も闘技場(コロシアム)に飛び込み破壊した際に紛失。

既に2人は、自分たちがどこを歩いているのかわからない状態にあった。

 

ただただ、歩いている進路上に()()()()()()()()()()()()ということに疑問を抱きつつも、それが誘いであると思いながらも進むしかなかった。深層、37階層という隅々まで地図作成(マッピング)すらされていないような場所で上へ下へ、左へ右へと階段を上り、階段を降り、曲がり・・・繰り返しているうちに自分たちが今どこを歩いているのかもわからなくなった。

 

「しかし・・・導かれている気がします」

 

少年の手を握っている己の手に力を入れて不安を誤魔化し、アミッドは周囲を見渡す。

壁に亀裂が入り、モンスターが一斉に生まれ2人を辱めるということもなければ、背後からやってくることもない。モンスターの息遣いも咆哮も、聞こえない。不気味なほど静かだった。散々自分達は逃げ回ったというのに今はそれがない。少年の詠唱を邪魔しないように人魔の饗宴(スキル)で反応を感じ取れるか、と聞いてみても首を左右に振って否定。

 

しかし、そっと腕を伸ばして人差し指で遥か先を指示した。

 

 

『たった1つだけ、あります』

 

という風に。

それだけで、そこにいるのだろう・・・とアミッドは思ったし、少年も時々、躊躇うように目を伏せるのだから気づいているのも確かなのだろう。時折、繋いでいる手を震わせている。

 

 

「・・・・・」

 

「【神に(たま)いしこの光金(こんこう)】」

 

 

少年にとってはここが峠となるだろう、とアミッドは1人思う。

肉体的にではなく、精神的にだ。

何せ、これから彼は『親殺し』をするのだから。

傍から見れば、まったくもって違う。

ただただ、人の姿をしたモンスターを討伐するだけ、それだけの話だ。

そもそも、死亡し7年という年月を経て、遺体から細胞を取り出して同じ人間を復活させる、あるいは似た存在を作り出すなどあり得ない。『魂』はすでに天に還ってしまっているのだ。ならば、今現在、待ち構えている存在――『精霊の分身(デミスピリット)』というよりここではあえて、『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』と呼ぶこととした。

 

アミッドの目から見ても、彼女は人間と呼べる姿はしていなかった。

無理やり複数の生命体を瓶詰にして固めたような、そんな無理くりをした形だと思えてならない。が、少年にはどうしても義母そのものに見えてしまうのだという。ならば、これから行う戦闘は『親殺し』と称して差し支えないだろう。

 

真っ直ぐ伸びる直線を進み続ける。

足元には、モンスターのものだったろう血痕が、道標(アリアドネ)のように続いている。気配が近くなるほど、少年の息遣いに震えが生まれて、その度に詠唱が中断しないように深呼吸をしているのが見える。

 

そして辿り着いた、この旅の終着点。

 

 

「・・・・いましたね」

 

――しかしこれほどの広さを持つ『広間(ルーム)』・・・・ここは・・・まるで・・・17階層に似ているような・・・?

 

「【(つち)へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

 

彼女は、まるで舞台上で本番待ちしている役者のように静かに佇んでいた。

それくらいには、広い広い()()広間(ルーム)だった。

これまでの迷宮部とは異なり、視界がはっきりと利くほど燐光が灯っている。頭上は他の地帯と同様、天井が見えないほど高い。モンスターの影も形も見えない、ただの広大な空間に思えたが、そんな空間の中心に、彼女はぽつーん、と立っていた。

 

一体化しているのかはわからないが、ボロボロの布切れ、恐らくはスカルシープの持つ天然の隠蔽布を下着――キャミソールワンピースのように着用しているかのよう。唇はモンスターの血でも使ったのか、紅を塗ったように薄く赤く、拭ったのか端が雑だ。腕にはところどころ銀、あるいは黒の鱗のような物が露出していて、爪は炎でも放ちそうなほどに赤い。あったはずの汚らしい翼は喪失していて、一見すればモンスターではなく人間と間違うほどに、不気味なほどに美しかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「・・・・おかしい、初めて見た時と姿が違う」

 

明らかに違っていた。

それはもう、人の姿かたちだった。

多少差異はあっても、それは、佇まいも含めれば、人のようだった。

そして、湧き上がる不気味さからくる嫌悪感。

 

舞台の上でスポットライトに照らされているかのような彼女は、精巧すぎるほど完璧に作られた人形のように美しく、美しすぎて不気味さを持っていた。

 

「・・・・【大きくなぁれ】」

 

泳ぐ瞳で、目の前にいる彼女を見据える。

繋いでいる手の圧が強まって、息遣いは荒い。

それを必死に頭を振って振り払い、魔法を完成させる。

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

 

 

・アミッド・テアサナーレLv.2→Lv.3

 

 

アミッドは『広間(ルーム)』の中で少年に伝えていた。

決して1人では戦わせないと。

けれど彼女は治療師であり、戦士ではない。

まともに戦えはしないだろう。

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】」

 

 

・アミッド・テアサナーレ 

Lv.3

力:SS 1199

耐久:SS 1199

器用:SS 1199

敏捷:SS 1199

魔力:SS 1199

 

 

ベル・クラネルの現在のステイタスで一番特出している数値を上限に、全能力を上昇させる。プラス、【聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)】と【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】との複合起動によって生命力も上昇。

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動起動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与(魔力消費)

・魔法に浄化効果付随

 

信頼という条件なら既に満たしている。

例え精霊が呪詛を使ったところで、意味はないだろう。

穢れた彼女には、浄化という効果は天敵と言えるだろう。

 

「無理・・・しないでくださいね」

 

「ええ、攻撃はできずとも、この槍を使って盾くらいにはなってみせます」

 

「すぅー・・・・はぁ・・・・」

 

ゆっくりと繋いでいた手を離す。

目を伏せて、歯を食いしばる。

 

 

「やっぱり・・・・いやだなぁ・・・」

 

 

そんなことをやっぱり言ってしまう。

少年は大人にはなりきれない。

けれど進先には『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は待ち受けている。

 

なら、突破するしかない。

隣にいるアミッドに目線を向ければ、彼女は微笑んでくれる。

 

「私も・・・()()()です」

 

「・・・・・ん」

 

アミッドから目を離して、見えもしない天井を見つめて、遥か上へ上へ、地上を見つめるように見つめて、祈る。女神様、どうかご加護をと。

 

 

何度も深呼吸をする。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は静かに佇んでいるだけだ。

もう一度深呼吸をする。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は静かに微笑んでいるだけだ。

腰に取り付けているホルスターから、冒険者の亡骸から回収した腐った回復薬(ポーション)を下から放り投げる。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の頭に当たり、たらり・・・と流れていく。ゆっくりと瞼を開ける。 虚空の眼窩だ。とても瞳があるとは思えない。

 

 

「――お義母さん、僕からの奢りだよ。7()()()の熟成ものだから、よく味わってほしいな。それでお義母さんの病気が治るとは思えないけど」

 

『・・・・アリ、ア?』

 

「知合いですか、アミッドさん?」

 

「・・・いいえ、存じませんが。ベルさんの伴侶にそのような方は?」

 

「『ア』しか合わないですね、だから違いますよ」

 

「なるほど、では後ほど・・・その『ア』が何人いるのかお聞きしても?」

 

「・・・・」

 

『ベ・・・る・・・?』

 

 

冗談まくし立てて、肩を竦めて緊張をほぐす。

やってられるか、と言うように。

そして次に自分の名が聞こえてきて、少年は瞼を閉じた。

 

 

「・・・・お知り合いのようですが?」

 

「・・・・僕には目の前にいるのは、お義母さんにしか見えないけどアミッドさんには違うように見えるんなら、知り合いというよりファンじゃないですか?」

 

『・・・・・』

 

「ああ、怒っていますよ彼女」

 

「存命だったらいい歳してますからね」

 

『【福音(ゴスペル)】』

 

「槍」

 

「わかっています」

 

 

挑発し、飛んできた魔法を槍を盾にして吸収。

 

「言いたいこと、言っておいた方がいいんじゃないですか、ベルさん」

 

魔法を吸収したとはいえ、槍を持っている手に痺れが走って顔を顰めるアミッド。

アミッドに言われたように、いや、スキルの条件を満たすために思っていたことを言おうと目の前に立つ彼女に視線を向ける少年。

 

 

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型に対し攻撃力、敏捷、超域強化。

・人型に対し攻撃力、敏捷、高域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン式(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

 

「お義母さん・・・今更出てこられても困るよ」

 

憎い

 

『・・・・アソビマショウ?』

 

「『遊ぼう』・・・それも、今更だよ。僕よりも神様を選んで、僕を捨てて・・・本当に今更だよ」

 

憎い

 

「捨てるくらいなら・・・会いに来なければよかったんだ」

 

『・・・・・・??』

 

憎い

 

「お義母さん・・・行くよ、ちゃんと死んで」

 

『こっちに・・・オイデ・・・アリア』

 

「息子の名前くらいちゃんと呼んでよ、グレたらどうするの?」

 

『・・・・・』

 

 

自嘲の笑みを浮かべて、目の前の精霊を見つめてホルスターから拾ったナイフを取り出して投げつける。顔に、腕に、足に、それぞれ3本、当って弾かれる。甲高い金属がぶつかる音が鳴って『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の後方に飛んでいく。カランカラン、と金属音が地面に倒れる音が虚しく響く。

 

 

「硬いですね、彼女」

 

「ヴェルフが言ってた・・・モンスターの素材が武器や防具になるのは、モンスターの体内にも最硬金属(アダマンタイト)が含まれてるって。それは深ければ深いほど純度も違う・・・らしいです」

 

「つまり?」

 

「・・・あの体も・・・そうじゃないかって。あとは・・・ここに来るまで、モンスターに遭遇しなかった。だから、魔石も食べている・・・はず」

 

 

『アアア・・・・アアアアアアアアッ!』

 

ほんの少しだけよろけて、怒りを顔に浮かべて少年たちを見つめている。

少年は星の刃(アストラル・ナイフ)を抜き、切っ先を向ける。

瞼を再び閉ざす。

 

深呼吸、深呼吸、深呼吸。

ぎゅっと柄を握りしめて、ゆっくりと、そして徐々に速度を上げて走り出す。

 

 

「――――フッ!」

 

逆手に持ったナイフを彼女に叩きつける。

 

衝突する。

 

ナイフを受け止めた精霊の腕からは甲高い金属同士のぶつかる音が響き、火花が散った。

 

 

「はあぁああああっ!」

 

間髪入れずに、少年の背後からアミッドが銀槍で突撃。

それを精霊の肩を掴んで上へと飛びのいて少年は回避し、槍は精霊の腹にぶつかる。が、これもまた金属同士の衝突音、擦れる音が響くだけで顔色は何一つ変わらない。

 

「やっぱり硬い」

 

「―――ですが」

 

精霊の背後に飛び移った少年は再び疾走。

精霊の腹に突き立てられた銀槍は、その武器としての性質を発揮する。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

『・・・・・ギィッ!?』

 

背後からの音の暴力と、真正面からの槍で吸収していた音の暴力が精霊を挟み撃ちにして、精霊を驚愕の表情を浮かばせた。そこから更に連撃を繰り出した。

 

 

振り下ろされる精霊の腕、横に滑るナイフ。舞い狂う腕とナイフが打ち鳴らされ、斬閃が宙を何度も行き交う。

 

『【福音(ゴスペル)】』

 

彼女が魔法を唱える度に、少年とアミッドは入れ替わる。

 

「・・・っ!!」

 

槍に填め込まれている宝石が、精霊の魔法を吸収する。しかしその魔法はそもそも()()()()。受けることができるのは、あくまでもその魔法の放つ相手がわかっているからこそ、そこに割り込む形で槍を盾代わりにしているにすぎない。精霊である彼女は、【ロキ・ファミリア】が対峙してきた精霊達のように豊富な魔法は使えない。使える魔法は3種のみ。あくまでも彼女は少年に対する嫌がらせとして作り出されたにすぎないからだ。オリジナルの魔法が発現したことは製作者側としても予想外ではあったが、それでもその魔法は脅威であるはずだった。その1つがまったく少年と少女に効かないどころか打ち返されていることに苛立ちを滲ませ始める。

 

『アアアアアアアアアアアアッ!』

 

少年と精霊の姿は霞み、縦横無尽、広大な空間の中で何度も立ち位置が入れ替わる。そこになんとか食らいついていくのが、無理くり自分の立ち位置を昇華させたLv.3からランクアップ可能状態の数値まで能力を引き上げたアミッドだ。魔法が放たれれば槍で吸い取り叩きつけることで魔法を吐き出す。魔法が吐き出される度に槍が震え、アミッドの腕にも痺れが走る。

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・ダウン】」

 

『【魂ノ平穏(アタラクシア)】』

 

「魔法が無効化された・・・」

 

純粋な剣術だけでなく、拳と蹴りも織り交ぜられ、そこに魔法が加わる。

ただでさえ硬質な体を持つ精霊の体は、言ってしまえば()()()()のよう。少年の魔法によってナイフに振動が生まれ、色が変わっていき初めてその不気味なほどに白い肌に傷が入る。けれど、それでもやはり硬すぎた。そして、振動するナイフという性質を、精霊の彼女の体もまた獲得していることを少年たちは知らなかった。

 

「・・・っ、ベルさん、爪に触れてはなりません!」

 

「・・・づっ!?」

 

『アハ、アハハハ、ハハハハハハッ、ベル、ベル、アソビマショウ!? モットモット、愛シテル、愛シテル愛シテル!』

 

彼女はここに来る間、何度も何度も37階層を徘徊して捕食行為を続けてきた。

あらゆる怪物を虐殺して捕食し、その血肉で胸に蠢く乾きを潤してきた。

そして少年と少女の37階層放浪の旅のスタート地点、大蛇の井戸(ワーム・ウェール)によって開けられたその穴に溜まったモンスターだったものと思われる灰と、その中に落ちていたボロボロの鳥籠のような金属塊。それも、食らった。魔法によってその威力を増幅させ、素材として用いられたミノタウロスの赤い角(ドロップアイテム)は徐々に炎のような熱を放ち始めていた。高熱の爪によって少年の腕は抉られ、鮮血が飛び散る。

 

さらに、すぅーっと息を吸うように周囲に残る魔力の残滓を回収した彼女は不気味な笑みを浮かべて歌った。

 

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】――』




レムナント:残り、残余、残物、くず、はした、はんぱ切れ、遺物、面影、残滓


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英雄葬送

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】――』

 

空間が揺らいでいた。

周囲に散った魔力を精霊(かのじょ)は吸収しながら、放つために歌を歌う。その予兆が目に見えて空間を波打つように歪ませていた。精霊が、少年が消費した『魔力』を再蓄積(リチャージ)しながらの詠唱。加えて恐ろしく早い詠唱速度。肌がビリビリと震えを感じ、これから放たれる魔法が()()()()()()()が、()()()()()()()だと少年と少女は即座に理解した。

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

無効化などできない少年は、安全圏(クレイドル)の展開をしようと判断し歌う。

その歌を聞いて『精霊』は慈愛の微笑みを浮かべて、さらに少年から余裕を奪い取る。

 

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。(わたし)はもう何も失いたくない。】」

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

星の刃(アストラル・ナイフ)と『精霊』の腕がぶつかり合い、激しい火花を散らせる。火の粉を散らし始めた『精霊』の赤い爪は少年の身体を焼き、抉って、その度に命の雫が飛び散っていく。対して少年のナイフを受ける『精霊(かのじょ)』の体は、辛うじて傷ついているも顔色は何一つ変わらない。

 

微笑んで、ほんの少し、足を踏み込んだと思ったら次には少年の背後にいるアミッドの目の前にいた。

 

「―――え?」

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる】ッッ!」

 

アミッドの中で時計が止まる。

槍を左手で掴まれ、右手による手刀が振り下ろされていく、その瞬間がとても緩やかに感じられた。たった一瞬、たった一瞬で目にも止まらぬ速度で移動した『精霊(かのじょ)』の脚力は抹殺の使徒(ジャガーノート)並みだった。その証拠に『精霊(かのじょ)』が立っていた場所は爆砕していたほどで、その脚力の威力を物語っている。

 

『【代償ハココニ。罪ノ証ヲモッテ万物(すべて)ヲ滅ス】』

 

「【我から温もりを奪いし悪神よ】―――アミッドさん、後ろに飛んでっ!」

 

 

膨れ上がっていく魔力、止められない詠唱、目にも止まらぬ速度と威力、そして肉を焼き切ってくる赤い爪。さらには攻撃、移動、回避、詠唱、防御という5つの行動を高速で同時展開してのけている『精霊(かのじょ)』はまさしく化物だった。少年は間に合わないと理解すると詠唱を辞め、アミッドに槍を手放させ後方に飛べと指示、言われるまま槍から手を離し、後方へ飛んだアミッド。直後、緋色の火の粉が軌跡を描き振り下ろされる。

 

「―――っづぅ!?」

 

腕を交差させて、ないよりはマシの防御態勢。

アミッドの右腕に刃が走ったような傷が生まれ、血が散る。

 

「アミッドさん!」

 

「くぅ・・・ベルさんっ!」

 

間に合わない、『精霊(かのじょ)』の魔法を止められない。

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】で魔法を奪おうにも、それがどういう魔法なのかがわからなければ、()()()()()自分たちごと巻き込まれる可能性もあるし()()()()()()魔法ならなおさら『精霊(かのじょ)』を倒しきるまでの体力を維持できる可能性もない。だから少年は、スピードにものを言わせてアミッドを抱きかかえ、広大な広間(ルーム)からの撤退を選んだ。それを銀槍を手にした『精霊(かのじょ)』が阻む。

 

 

 

()()()()()

とでも言うかのように彼女は手にした槍で少年がアミッドを回収して脱出するのを阻止しようと襲い掛かってきた。

 

「!?」

 

連続して凄まじい槍の攻撃が4。まるで()()()()()()()()()()()()()重たい斬撃は地面を深く抉り、迷宮に悲鳴を上げさせる。

 

「くっ!!」

 

それを間一髪、避ける。

白髪を何本か持っていかれながら上体をひねった少年は、そのまま回転し、逆手に持った星の刃(アストラル・ナイフ)を叩き込んで突破。アミッドを抱きかかえ、広間(ルーム)へと一直線。

 

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア才禍化身才禍女王(オウ)―――哭ケ、聖鐘楼】』

 

空間が凍り付くような、悪寒が2人を襲う。

魔法が完成したのだと、魔力の臨界が訪れたのだと、これから見たこともない『未知』の砲撃が放たれるのだと察知する。

入り口から外へと飛び出す。

 

 

次の瞬間。

 

 

『 【ジェノス・アンジェラス】 』

 

 

美しい鐘楼の音が鳴り響く。

そして、階層ごと少年と少女を吹き飛ばそうとでも言うかのような威力。

 

「~~~~~~っ!!」

 

「ぎ・・・・あぁぁぁっ!?」

 

背後からの見えない音の暴風が、砲撃が、咆哮が叩きつけられ声にならない悲鳴をあげるアミッド、体が壊れていくのを感じて苦悶を漏らす少年。階段をゴロゴロと転がり落ち、血を吐いた。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ・・・あ・・・あぁぁ・・・・っ!」

 

「ヒュー・・・ヒュー・・・ッ」

 

「ベルさん・・・ああああ・・・【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う。】――【ディア・フラーテル】」

 

「【そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ】・・・ケホッ、【ディア・フラーテル】」

 

魔法を登録していた少年と一緒に治療魔法をかけ、ほぼ直撃を食らった少年を担ぐようにして『精霊(かのじょ)』からの追撃を逃れようと必死に体を引きずるように足を進めるアミッド。

 

 

――強すぎる・・・魔法云々ではなく、そもそものスペックが・・・!

 

 

少年はアルフィアの魔法など知らない。

あえて知っているというのなら、彼女が日頃使っていた【サタナス・ヴェーリオン】くらい。魔法を無効化する魔法も、広範囲の砲撃も、知らない。だから対応に迷い、遅れ、対処しきれなかった。少年も並行詠唱を覚えてはいたが、『精霊(かのじょ)』のそれはそれどころではなかった。早すぎる詠唱は、人間に可能だとは思えないほどで、それでありながら前衛も可能と言った力まで持っていた。

 

武器は奪われ、砲撃を放った直後に肌に感じられるのは魔力を回収し再蓄積(リチャージ)しているのだということ。周囲には産み落とされたばかりのモンスターだろうか、大量の灰が、雪でも積もったかのようにあちらこちらに散っていて、余波だけで殺されたのだと理解せざるを得ない。

 

 

「アミッド・・・さん」

 

「ベルさん・・・・無事ですか?」

 

「・・・・・唐揚げにされる鶏肉の気持ちを、揉まれていく肉たちの気持ちを理解しました」

 

「・・・・・・・」

 

無事ではない、けれど優しい少年はアミッドを心配させまいとわざと冗談を述べている。

少年が庇ってくれたとはいえ、アミッドもその余波を食らっていてその威力を体感してしまっている。体の血管という血管から血が出てしまうほどで、三半規管をやられたのか思うように歩くこともままならない。

 

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

更に、畳みかけるように。

 

「「―――――」」

 

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の美しい歌声が広間から響いてくる。魔法執行直後の硬直を介さず、再蓄積(リチャージ)しながらの詠唱。回収した魔力が、これから放とうとする魔力が、蜃気楼のように空間を歪ませる。

 

「早すぎる・・・・」

 

それは、どっちの口からでたのか、わからない。

どうやら『精霊(かのじょ)』は選んだらしい。

【サタナス・ヴェーリオン】と同じ魔法を少年が持っていて、槍で吸収され、反撃されるのならば、この極大の砲撃を連発すればいいと。たとえ逃げたとしても、まだ近くにはいる。気配も感じる、なら余波だけでも十分だと。仮に反撃に通ずる魔法を撃てるのならば、【静寂の園(シレンティウム・エデン)】で無効化すればいいと。

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

美しい歌声が、迷宮に響き渡る。

モンスター達は怯えているのか、姿さえ見せない。

足が竦み、立ち止まる2人。

 

逃げられない、逃がしてもらえない、このままでは地上に帰れない。

治療魔法をかけた体は、完治したわけではなくズキズキと痛む。

触れる度に眼球に火花が散る。

 

痛い、痛い、痛い、怖い。

泣き叫んでしまいたい。

女神の胸の中で、幼子のように泣いてしまいたい。

悪い夢だったと、目が覚めたら温かいベッドの上にいるんだと、そう思ってしまいたい。 怖い夢を見たんだと、大好きな義母に虐待される夢を見たんだと喚いて、優しい姉達に抱きしめられ頭を撫でてもらいたい。怖かったね、嫌な夢を見たんだね、大丈夫、私達がいるよと言ってもらいたい。痛いくらい抱きしめてもらいたい。

 

「・・・っ、ぅ・・・」

 

体が、足が震えて、その場に張り付けられたように動けない。

少し上にある広大な広間からは恐ろしいほどの、空気が震えるほどの魔力が波打って景色を歪ませている。それがより一層、恐ろしい。嗚咽を漏らして涙を流してしまいそうになるのを、必死になって止める。

 

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

 

きっと、本物(アルフィア)よりも格は下なのだろう。

けれど、本物(アルフィア)さえも上回っているのだろう。

食いつくした怪物達によってその体は強化され刃が碌に通りもしない。

食いつくした抹殺の使徒(ジャガーノート)の灰によってその脚力を獲得したのだろう。 異常事態(イレギュラー)中の異常事態(イレギュラー)、モンスターの進化。それによって姿さえも本物に近づき、()()()()()()()とでもいうかのように武器を奪い、使いこなしてくる。

 

肌を震わせる魔力が、死が、二人の呼吸を乱す。

どうやって呼吸をしていたのかさえ忘れるほどに、荒く、苦しく、ガタガタと震える。

 

 

まだ何も出し切っていない、魔法も技も、出し切っていない。

なのに、圧倒的な理不尽に頭から押さえつけられる。

どうしようもない、どうしようもない・・・死が怖い、と互いの手を握って歯を食いしばって

 

 

 

――空気を胸いっぱいに吸って!そうすれば、少しは気持ちが穏やかになるわ!

 

 

と、そんな言葉が、アリーゼの声が聞こえた気がした。

 

「――――ぁ」

 

彼女の姿はどこにもない。

アミッドも聞こえていたのか、驚いたような表情で少年を見つめている。

 

 

――背中が、熱い・・・

 

極限状態の時、幻覚や幻聴を見る、聞くという話をアミッドは知っている。これがそれなのか、と思いもしたが何かがおかしい。

 

――後悔も悲しみも、全て手放さず、旅を続けなさい。

 

ここにはいないはずの、女神(だれか)の優しい声が聞こえる。

 

――冒険者ならば、さっさと『未知』を『既知』に変えろ。

 

もういないはずの、暴食(だれか)の声が聞こえる。

 

 

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

 

美しい歌声が、聞こえる。

膝が折れて、地に手をつく。

少年の背中の聖火巡礼(スキル)の項目が熱を放つ。死にたくないという思いが精神状態を回復させていく。

 

――『未来』を、手に入れろ。

 

 

厳しい、けれど優しい、大好きだった義母(だれか)の声が聞こえた。

背中に灯る聖火(ねつ)は、まるで心細い子供の背を押すようにぐっと力を入れて2人を立ち上がらせる。

 

 

「ぐすっ・・・お、わかれを・・・言わなきゃ・・・」

 

「・・・・帰らな、ければ」

 

「今度・・・こそ・・・っ」

 

【ウチデノコヅチ】も、【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】も、一度戦意を失ったことで復讐者(スキル)も効果を失った。『精霊(かのじょ)』相手に魔法(アストライアー・クレイドル)を放つ余裕もない。

 

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア】―――』

 

 

広大な広間を見上げる、歌声が聞こえる。

その声音が、義母のようにも聞こえる。

彼女はきっと両手を天に掲げて微笑みながら歌っているのだろう。

子を優しく眠らせる、子守歌のように。

 

 

怖い、怖い、どうしようもなく、怖い。

だけど。

 

 

――だからこそ前へ!

 

「「恐れず、して・・・・前へ!」」

 

 

ダンっ! と重たい足を一歩前へ。

次にもう一歩、もう一歩と進みだす。

 

 

『【ジェノス・アンジェラス】』

 

 

「使命を果たせ・・・・天秤を正、せ・・・・いつか星となるその日まで」

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

不可視の暴風が、再び広間から鳴り響き、階層中にその音色が轟く。

ビリビリと空気が震え、体からは血が噴き出した。

 

「秩序の砦、清廉の王冠、破邪の灯火・・・友を守り、希望を繋げ、願いを託せ、正義は・・・・巡るっ」

 

姉達がたまにやっているのを、少年は知っている。

一緒にしたことはないけれど、そんな彼女たちの後ろ姿は何より、格好いいと思えた。

 

「【ディア・フラーテル】」

 

痛む体に悲鳴を上げそうになりながら、即時治療魔法を放つアミッド。少年のスキルの効果が共有され、癒しの光に、温かい聖火の火の粉が混じっていて、痛みを和らげていく。少しずつ、少しずつ、駆け出していく。互いの瞳から怯えを、恐怖を押しのけて力強く眦を吊り上げて。

 

「たとえ闇が空を塞ごうとも、忘れるな、星光(ひかり)は常に天上(そこ)に在ることを」

 

彼女たちはかつて、いったいどうやって本物(アルフィア)を打倒したのだろう。

何かがあった、何かがあったはずなのだ。

けれど、その何かは少年の手にあるわけではない。

ならば――使えるもの全てを出し切るだけだ。

 

 

「女神の名のもとに・・・天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を・・・綴るっ」

 

胸に手を当てて、拳を握りしめ、心の炎を再燃化させる。

ナイフに聖火が灯る。『精霊(かのじょ)』を終わらせろと、こんな存在を認めてはならないと復讐者(スキル)が怒り狂う。階段を駆け上り、最後の一段を越え、再び相まみえる。

 

 

「正義の剣、と翼に・・・・誓って!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び相まみえた『精霊(かのじょ)』は嬉しそうに微笑んでいた。

童子のようにニコニコと笑い、愛しいものとの再会を喜ぶように、笑みを浮かべていた。

そして、呼吸をするように再蓄積(リチャージ)

少年はアミッドに【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】をかけ、全能力をLv.3に近い状態に引き上げる。

 

『スゥー・・・・・』

 

「はぁー・・・・もう一度だ、今度は・・・・負け、ない・・・!」

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

聖火を揺らめかせるナイフを前に構え、アミッドはすぐに回復できるように歌う。ナイフを持たない左手を、指さすように突き出し、少年は短文詠唱を放つ。

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・ダウン】」

 

銀槍を持つ『精霊(かのじょ)』と少年が走り出してぶつかる。

目前に迫る銀の穂先をナイフで横から叩き払い、おかえしだと左拳を『精霊(かのじょ)』の頬に叩きつける。

 

『ギッ・・・!?』

 

ガクン、と力が抜けたしたことに初めて表情を一変させる。思わず詠唱を辞めてしまい、そこに少年の回し蹴りがこめかみに放たれ、視界が揺れる。

 

 

「ふぅー・・・ふぅー・・・っ!」

 

『・・・・・・』

 

己の両手を見て、何が起きたのかと首を傾げる『精霊(かのじょ)』。何もおかしなところはない、何かされただけ。魔法が撃てなくなったわけじゃない。なら、問題ない。そう判断したのか、再び微笑を浮かべて一歩踏み出す。それを合図に、距離をとっていた少年が再び走り出す。

 

走り出しの際、初戦で投げつけたナイフの一本を拾い疾走と同時に投げつける。それも硬い体があっさりと弾き飛ばす。片腕で振り回される銀槍が、地面すれすれまで前傾する少年の頭上を一過する。恐ろしい風圧によって白髪が数本宙を舞う。少年はすれ違いざまナイフを一閃させるが、『精霊(かのじょ)』は片足の膂力のみで跳躍し、その攻撃を回避した。

 

「っ・・・・!! 【福音(ゴスペル)】」

 

『【魂の平穏(アタラクシア)】』

 

「【天秤よ】っ!」

 

『・・・・ギ、イヤァアアアアアアアアアアアッ!?』

 

先に放たれた少年の砲撃を無効化しようと『精霊(かのじょ)』は魔法を放つ、が、それを()()()()()()ことで少年からの音の暴風が直撃、初めて悲鳴をあげさせた。

 

「【ディア・フラーテル】!」

 

アミッドから放たれた魔法。

それを少年はあろうことか回避し、そのまま『精霊(かのじょ)』のもとに。

 

『ッッッ!?』

 

初めて与えられた痛みに混乱する『精霊(かのじょ)』は咄嗟に銀槍を盾代わりに構える。槍が()()()()()()()する。次に激昂した『精霊(かのじょ)』は白亜の壁をその脚力で蹴り壊して突貫。槍を振るうことで放たれる斬撃を、少年は地を這うことで回避し、聖火を灯し、振動する白く変色したナイフを下段から突き出す。こちらの攻撃も躱されるが、構わない。少年は足を止めず加速。また落ちているこの旅の途中に出会った『冒険者だった者』達のナイフを拾い上げる。今度は投げない。

 

 

「【天秤よ】」

 

横薙ぎを放とうとした『精霊(かのじょ)』は突然獲物が変わったことに気づけず、無様に腕だけが空を斬る。赤い爪から火の粉が散り、少年と『精霊(かのじょ)』の顔を明るく照らす。突然獲物が変わり、重みが変わり、瞳を泳がせる。『精霊(かのじょ)』の手には槍ではなくナイフ、そして少年の手には、槍と小さな振動音を鳴らす星の刃(アストラル・ナイフ)。少年の背後からはアミッドが走り出し、少年は後方へ槍を柔らかく投げ、それをアミッドがキャッチ。2人が『精霊(かのじょ)』に肉薄する。

 

右から少年のナイフが振るわれ、左からアミッドの槍が突きこまれる。

素早く立ち位置を入れ替えながら、交互あるいは同時に繰り出される攻撃の数々に、凌ぎ続けているボロボロのナイフは簡単に破砕した。2人の武器に灯っている聖火が『精霊(かのじょ)』の体の修復を阻み、許さず、それがさらに焦燥というものを与えてくる。けれど、そんな初めて感じる感情(なにか)も笑みに変える。子が親を越えようとすることに歓喜するように、生粋の冒険者のように、彼女は笑っていた。

 

『ベル、ベル、ベルッ!』

 

「・・・・っ!」

 

彼女が名を呼ぶ。

その度に、少年の心がぎゅっと掴まれたように痛む。

瞼が熱くなる。

 

ずっとずっと、そう呼んでほしかった。

貴方に抱きしめられて、頭を撫でられて、時々叱られて、どこまでも不器用な貴方を見て、大きくなった自分を認めてもらいたかった。 呼んでほしかった名が、感情を揺さぶる。そんな顔をあの人はしない、そんな声音であの人は話してなんてくれない。きっとこれは、勘違いだ。勘違いなのだ。義母はとっくに死んでいる、ここにはいないんだ。そう言い聞かせて、瞼を擦りあげて、拭う。

 

広間(ルーム)の中心で斬り合い、削ぎ合い、殺し合う人と怪物。どこにそんな力が残されていたのか――文字通り己に残された最後の力の全てを注ぎ込んでいるのか、少年と少女は『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』に渡り合っていた。互いから放たれる炎を、熱を持った刃がぶつかり、肉を抉り、血を撒き散らせ、少年から、精霊から『福音(ゴスペル)』と放たれ、悲鳴を上げさせる。軌跡を描くその爪が、ナイフが、槍が、まるで、天上を駆け巡るように。

 

禍つ巨星と光を放つ星々が、衝突と交差を何度も繰り返す。

精霊(かのじょ)』はその細い足に似つかわしくない脚力で三次元を描く連続跳躍を行い、計10本の赤い爪の斬撃を何度も放つ。少年の背に背中合わせで張り付いたアミッドは即座に回復魔法を詠唱、斬撃を全弾ナイフで打ち払っている少年にできた傷を即座に癒す。憎らしくも喜びの咆声を上げる『精霊(かのじょ)』は鋼に等しいほど硬い全身凶器な体を軽々と振り回し、足で蹴り、腕で薙ぎ、爪で引き裂いてくる。

 

「あぁぁぁ・・・・っ!」

 

「【ディア・フラーテル】ッ!」

 

それを打ち払い、斬り返し、癒す。

常時回復魔法を浴びたような状態で渡り合う。

 

消費され続ける互いの精神力(マインド)は、いくらスキルや発展アビリティで回復するとはいえ、それが精神回復薬(マインドポーション)を飲んだように回復するわけではない。おまけに少年の復讐者(スキル)は精神を疲弊させる。聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)が浄化しようと働くおかげで、彼の精神は天秤が何度も傾くのを繰り返すように揺れ動き、徐々に思考が追い付かなくなっていく。

 

だから、

 

 

「――――勝負だ」

 

仕掛けた。

復讐者(スキル)は自動でカウント――蓄積(チャージ)が始まる。

効果時間はレベルに依存する。

4分が限界。

すでにその限界は越えている。

 

少年はすれ違いざま大きく旋回しながら走り出す。

そして蓄積(チャージ)に意識を向けていく。

【サタナス・ヴェーリオン】によって振動しているナイフは今や白ではなく青。人工迷宮(クノッソス)さえたやすく破壊してしまうほどの熱を持った刃はさらに聖火を巻き込んで収縮していく。

 

疾走し、『精霊(かのじょ)』にぶつかる。

硬い腕に鉄を焼き切ったような跡が生まれる。

さらに、蓄積(チャージ)

アミッドの目では追えないほどの速度で、精霊が、少年が何度もぶつかり合う。その赤と青の軌跡は流星のようで美しいとさえ思てしまう。

 

ただ少女は思う、理解している。

終わりは近いと。

勝とうが負けようが、終わりは近いと。

 

だって、だってあんなにも少年の軌跡が、綺麗に流星のように輝いているのだから。「星に願いを」などとどこの誰が言ったものか、わかったことではないが、先人に倣うようにアミッドは願った。彼が、ベル・クラネルという少年が()()()()()()()()()()()()()()という悲しい物語に決別できることを。

 

「言いたいことを・・・言ってくださいベルさん」

 

 

 

 

 

 

走る、走る、走る。

体は重い。

体が軽い。

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

頭もくらくらするし、まるで死んでしまったかのように静かだ。

体が悲鳴をあげているのか、そうじゃないのかさえわからない。

何度も何度も、彼女の爪を斬り払い、ぶつかる。

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

言いたいこと、できなかったこと。

それができる、最後のチャンス。

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

大好きな義母を殺した【アストレア・ファミリア】を恨んでいるか?

否である。

 

このまま彼女(アルフィア)と共に眠りにつくか?

否である。

 

――頑張れ。

 

そんな声が、優しい姉達の声が背中を押す。 加速。

 

「貴方に・・・・会いたかった」

 

心細い声で、呟く。

彼女の耳に届くかなんて、わからない。

女々しいと本物なら言うかもしれない。

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

「貴方と、話したかった」

 

けれど結局不器用な彼女は、アルフィアは困ったように微笑みながらも少年を、ベルを抱きしめてくれるかもしれない。

 

――数多の英雄の洗礼を浴び、より強い冒険者にならんことを。 

 

力強い、優しい声が背中を押す。 さらに加速。

 

「この胸に残る多くの思い出の話を、その感想を、息子として貴方に伝えたかった」

 

寂しかった。

置いていかないでほしかった。

一緒にいてほしかった。

神様ではなく、自分を選んでほしかった。

 

だけど。

 

「だけど・・・それは叶わない。そこにいるのは、アルフィア(あなた)ではなく、精霊(あなた)だから・・・」

 

『【代償ハココニ。罪ノ証ヲモッテ万物(すべて)ヲ滅ス】』

 

 

――そして願わくは、数多の洗礼を受け、幾つもの壁を越え、『英雄』なんてものに至らんことを。

 

厳しく、優しく、不器用な声が背中を押す。 限界を越えて加速。

聖火を巻き込んで収束していくナイフの輝きは、白を越え、青を越え、そして、紫へと変わり、闇の中で自分の存在がここにあると叫ぶように輝く。

 

「さようなら、お義母さん・・・・あなたは選ぶ相手(選択肢)を・・・間違えた」

 

悪に落ちることなんて、少年には耐えられない。

自分の義母は、母親はすごいんだと、英雄なんだと言えないことの、なんて苦しいことか。名を呼ぶこともできない苦痛を、誰が理解してくれるだろうか、共に悲しんでくれるだろうか。

 

「やっと会えたんだ・・・だけど・・・」

 

その母親は母親とは言えない存在だ。

怪物だ。

化物だ。

異端児達とは違う、生粋のモンスターだ。純粋で、無垢で、だからこそ残酷に暴力を振るってくる『穢れた精霊』だ。そんな邪悪な笑顔を向けられるなんて、少年には許しがたいことだ。

 

ならば。

ならば、そう。

 

「――この体が。 この想いが。 やるべき事を、理解している」

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア才禍化身才禍女王(オウ)―――哭ケ、聖鐘楼】』

 

精霊たる彼女に向けて、真っ直ぐ走る、走る、走る。

限界など越えて、流星の如く、走る。

 

『【ジェノス・アンジェラス】ッッ!』

 

「―――【天秤よ】」

 

貰い受けるは、母の魔法。

遺産として、貰い受ける。

本物とは違う、けれど本物に近しい魔法。

大好きだった義母だと証明する唯一の魔法(モノ)

 

魔法を奪われ、唖然とした表情を浮かべる『精霊(かのじょ)』。

動きが止まったそんな『精霊(かのじょ)』にアミッドは槍を振るう。

突き、薙ぎ、そしてまた突き。

戦闘職ではないアミッドなりの、見様見真似の攻撃。

少年との戦闘を邪魔されたと、怒りを露わにする『精霊(かのじょ)』に最後、アミッドは後方へと飛びながら槍を投擲。

 

 

『―――ァアアアアアアアアアッッ!!』

 

邪魔をするな。

邪魔をしてくれるな、大切な時間を私から奪うな。

そんな意思をもった怒りの、腕の振り下ろしに、この旅で負荷がかけられ続けた銀色に輝く槍はとうとう限界を迎え、砕け散った。

 

「あとは・・・お願いします、ベルさん!」

 

攻撃の衝撃でアミッドは転がり吹き飛ぶ。そこを突破し少年は臨界を迎えたナイフをもって突貫する。粉塵が舞い、槍の破片がキラキラと輝いて、そして、アミッドの魔法を吸収した魔法石から回復魔法が解き放たれ、少年の傷を癒す。延々とゆっくりに感じられるその刹那の瞬間。少年はまた一度、義母に伝えたいことを思い馳せる。

 

好きな人ができたんだ。

冒険者になったんだ。

怪物にされた女の子を助けたんだ。

魔道具にされるところだった女の子も、助けたんだ。

滅ぶ運命をたどる国を女の子と協力して助けたんだ。

妖精の秘境にも行った、綺麗だった。

ハーレムなんて言えば、きっとあなたは怒るだろうから、やっぱり内緒にしておく。

それでも、やっぱり素敵な人達に出会えたんだ。

 

だから―――アルフィア(かのじょ)精霊(かのじょ)を、終わらせよう。

少年にとっての始原の英雄はザルドとアルフィアだ。ならば、始原の英雄の名をもって、引導を渡すとしよう。在りし日の英雄の時代を望んだ彼女ならば、きっと最後には微笑んでくれるはずだから。聖火の炎で焼き尽くされたのならば、穢れた彼女も、その穢れを祓われ安らかに眠ってくれることだろう。

 

銀の粉塵の中を突き破って表れた少年に、動きを止めてしまった『精霊(かのじょ)』は逃げられない。自分を越える速度で走り抜ける少年から、逃れることができない。いいや、まるでその一撃を望んでいるかのように体が動いてくれない。

 

『―――――ベ、ル?』

 

固まる『精霊(かのじょ)』の細い体、その腹にナイフごと拳が押し当てられる。輝けるナイフが、流星が今にも爆発しそうなほど彼女の肌をチリチリと焼き焦がしていく。

 

 

 

始原の英雄(アルゴノゥト)』の名と、輝ける流星の如き『聖なる炎(ウェスタ)』をもって『過去』の英雄を葬り去ろう。

 

 

故に。

 

「――『英雄葬送(アルゴウェスタ)』」

 

 

その一言と共に、臨界を越えた流星の炎はフレアの斬撃となって、広間の壁ごと『精霊(かのじょ)』を焼き飛ばした。




『精霊』が食ったのは階層にいるモンスター以外にもジャガーノートの灰と、鳥籠(カナリア)が含まれます。

カナリアにはミノタウロスの赤角も含まれているため、アストラル・ナイフのように魔法の影響を受けて火の粉を散らすようになっています。

ジャガーノートの灰を食ったことで、その特性さえも取り込んでいますが、魔法反射の装甲殻はベル君相手じゃ普通にナイフではがされてしまうため、脚力にしました。なので、もし同行者がアミッドではなく、リューやレフィーヤといった遠距離魔法を放てる魔導士だった場合は脚力ではなく装甲殻をつけてたかもしれません。


・・・・・やっと深層編が終われる。


なぜ、英雄葬送(アルゴウェスタ)なのか。についてはそもそもこの収束は復讐者(シャトー・ディフ)によるものだからです。このスキルは『人型に対して』という条件で初めて発動できるため本来の英雄願望のようには使えません。人の姿をしている、アルフィアの姿をしている、だからこそ、英雄を殺す、葬送するための一撃・・・としました。

あとは良い名前が思いつきませんでした。


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断章

私は思い出にはならないさ・・・。


 

「―――お義母さんっ!」

 

 

小さい子供が、迷子の子供がようやく親に出会えたように叫ぶ白髪の少年の声が、胸をざわつかせる。何度も何度もぶつかってくる彼は、『精霊(かのじょ)』にとって脅威ですらない。全身凶器とも言えるほどの硬い肉体は、簡単には傷つかない。なぜ同じ魔法を使うのか、わからないが、それすら気にする意味はない。一番脅威の魔法を撃ち放ち、その肉袋を破壊してやればいいだけだ。

 

精霊(かのじょ)』は、かつて古代の英雄達を支えた同胞達のように、同じく作られた『穢れた精霊(どうほう)』達のように雷を、炎を、風を、水を、土を、闇を、光を、操り放つことができるわけではない。使えるのは3つだけだ、けれどそれで充分だ。別段不便に感じたこともないし、不便かどうかなどわかりもしない。

 

 

自分がなぜ生まれたのかも『精霊(かのじょ)』は知らない、何故生まれ落ちた時に初めて出た音声が『ベル』というものなのか、それが何なのかすら『精霊(かのじょ)』は知らない。玩具で遊ぶように無邪気に、お手本を見せるように徹底的に、酔いしれるように美麗に『精霊(かのじょ)』は壊し壊し壊した。腕を振るい、爪で焼き裂き、圧倒的な理不尽の砲撃で叩きつけた。

 

 

「――おか、あさんっ!」

 

 

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

 

私は彼を知らない(知っている)

あの処女雪のように綺麗な白髪を。

抉り取ってしまいたくなるような赤い瞳を。

転んだだけで泣いてしまうような弱さを。

ぶっただけで壊れてしまうのではないかという脆さを。

可愛らしく、()()()()()()()を思い出させるような笑顔を。

 

私は知らない(知っている)

 

 

少年が何度も何度も、しつこく、壊しても立ち上がって、鬱陶しいと思えるほど走り、ぶつかってくる。それを何度も何度も打ち払い、叩き潰し、吹き飛ばした。なのに、立ち上がる。瞼が熱い、胸が熱くて苦しい、声が震える。その理由が、わからない。

 

 

――どうして? ベルは、何?

 

 

精霊(かのじょ)が少年を知らないのは当然だ。

精霊(かのじょ)が少年を知っているのは当然だ。

 

精霊(かのじょ)が覚えているのではない、その体が、精霊(かのじょ)を作り出すために利用された誰か(アルフィア)の細胞が、覚えている。いいや、子を思う母の強すぎる想いが細胞にまでこびりついていただけだ。何度も駆け寄ってくる少年を見る度に体がざわつく、殴り飛ばす度に何度も胸が痛む、恐怖など感じないはずだというのに、わけがわからない感情に飲み込まれていく。

 

 

「お義母さん・・・!」

 

 

何度も呼び掛けてくるその声が聞こえる度に、体が一瞬動きを止める。

意味が分からない。

彼女はそんなもの知らない。

子も母も知らない。

生まれた理由すら知らない。

だというのに、思考を乱すように少年の声を聴くたびに、ぶつかるたびに、小さかった少年が抱き着いてくる記憶が、義母を呼んでいる記憶が、可愛らしく身を寄せて眠っているその記憶が、『精霊(かのじょ)』を構成するために利用されただけの媒体であるはずのアルフィアの、細胞に焼き付くほどの強すぎる記憶が、『精霊(かのじょ)』自身を壊していく。細胞にまで焼き付くほどの記憶――『セルメモリー』と呼ばれるものがノイズとなって邪魔をする。

 

 

「おかあ、さん!」

 

 

また胸がざわついた。

知らない誰かの記憶に、『精霊(かのじょ)』はその体を何度も硬直させる。体に傷ができていく。脅威だ、もはやあの白い髪の少年は脅威だ。殺さなくてはいけない、だというのに『精霊(かのじょ)』は気づかない。自分の顔が、邪悪な微笑ではなく、歓喜を含んだ微笑になっていることに。

 

子が親を越えていく、それを喜ぶ『冒険者』としての母のように胸が熱くなっていく。

会いたかった誰かに会えたとばかりに、瞼が熱くなっていく。

謝りたいこともないのに、謝らなくてはいけないと胸が締め付けられていく。

 

少年が離れ、どんどん、どんどん速度を増して疾走してくる。そして何度も何度もぶつかる。火花が散る、少年のナイフが自分を傷つけてくる。

 

――怖い(嬉しい)

 

 

――うるさい(嬉しい)!

 

 

――うるさい(嬉しい)!!

 

 

自分が自分を破壊する、記憶が自分というものをぐちゃぐちゃにしていく。

意味の分からない感情が、体から動きを鈍らせていく。三次元跳躍できるほどの脚力で少年を追い越して攻撃する。少年は徐々にスピードをあげてなお追いつき、攻撃を返してくる。その度に『歓喜』という精霊(かのじょ)の知らない感情と『嫉妬』という知らない記憶のせいでそんな知らない感情が生まれてくる。

 

「お義母さん!」

 

何度も何度も、彼は彼女のことを呼ぶ。

精霊を通して、義母の名を叫ぶ。

今まで呼ぶことができなかった分をたっぷりと叫ぶように。

我慢していた分を吐き出すように、彼は精霊を通してアルフィアの名を呼ぶ。

 

 

――精霊(わたし)を見て! (大きくなったな)

 

――精霊(わたし)を呼んで! (強くなったな)

 

――精霊(わたし)の名を・・・ (偉いぞ)

 

 

心が悲鳴をあげるように叫ぶ。

精霊(わたし)を見て、呼んで、名を叫んで、と、貴方が見ているのは精霊(わたし)じゃない、ちゃんと精霊(わたし)を見てと訴えるように暴力を振るう。けれど悲しいことに精霊(かのじょ)には名前が無い、呼んでもらうべき名が存在しない。銀の槍が飛んできて、それを鬱陶しいものを払うように破壊する。その破壊力のせいで粉塵が生まれ、少年の姿が見えなくなる。

 

 

薄闇の迷宮の中、粉塵の向こうからチカチカと、紫色の輝きが見えた。

それを知っているものは、きっとこういうだろう。

 

『まるで流星のようだ』と。

 

けれどそれすら、精霊(かのじょ)は知らない。

だというのに

 

『ああ・・・・綺麗・・・』

 

そう、自然と口にした。

なんだそれは、綺麗とはなんだ。

わからない、知らない、理解できない、意味が分からない。

だけど、見とれてしまう。

まるで自分の思いを伝えようとするように輝きは増す。

 

 

好きな人はできたか?

今は何をしているんだ?

 

そんな熱い何かが胸をざわざわとざわめいて、心が荒波を立てる。精霊(かのじょ)は気づかない、気づけない、瞼が熱いのは子の育ちに歓喜する親の愛情からくるものであり、そして今やその瞼から涙が流れていることを。余分な水分を浪費して微笑んでいるのを、精霊(かのじょ)は知らない。

 

 

粉塵を突き破り、少年が迫ってくる。

紫に輝く炎を携えながら、突っ込んでくる。

小さかった子供が、親にようやくおいついたように。

昔小さかった少年が、義母のもとに駆け寄るように。

そんな記憶がまた瞼の裏をチラついて、動きが止まる。動きが止まってしまった精霊(かのじょ)はもう逃げられない。

 

無意識に両腕を広げ、駆け寄ってきた子を抱きしめるように待ち受けていた。まるでこの瞬間を、その一撃を望んでいるかのように、もはや体は動いてくれない。

 

『――――ベ、ル?』

 

「お義母さんっ!」

 

白髪の前髪から、透明な体液が散っていくのが見えた。

今にも泣きそうなのに、必死に堪えている子供の顔が見えた。

何度も何度も、お義母さんと呼ぶ少年の声は嗚咽を堪えていて、震えていた。何度もナイフを振るう度に、少年の瞼からは透明な体液が飛び散って、蒸発していく。

 

 

泣いている。

あの子が泣いている。

 

これはどちらの感情なのか、もはやわからない。

精霊(かのじょ)の体には、精霊(かのじょ)の意思しかない。記憶が邪魔するだけだ。鈍らせるだけだ。

 

固まる精霊(かのじょ)の細い体、その腹にナイフごと拳が押し当てられる。輝けるナイフが、流星が今にも爆発しそうなほど精霊(かのじょ)の肌をチリチリと焼き焦がしていく。自然と、無意識に、体が勝手に動く。子供を抱きしめようと、ゆっくり、柔らかく。

 

 

彼以外に、そのナイフを振るえる者はいない。

彼以外に、精霊(かのじょ)を撃てる者はいない。

 

食わなくては維持できない肉体。

埋まることのない胸の内にある乾き。

もうとっくに精霊(かのじょ)は限界を迎えていた。

もうとっくに限界を迎えて崩壊していたのに、生まれた意味もなく、誰もいない迷宮の中、少年のことを待ち続けていた。

 

精霊(かのじょ)は、義母の現身であるがあると共に。

穢れた命として産み落とされてしまった被害者だ。

面白そうだから作られた。

嫌がらせのつもりで、たまたま生まれた。

ただそれだけだ。

どうして自分が少年を求めているのかもわからず、けれどこの肉体、記憶が少年を傷つけたくないと拒絶して崩壊していった。

 

終わりの時を、精霊(かのじょ)はとうとう受け入れた。

彼に殺されるのならば、文句はない。

彼に終わらせてもらえるのなら、これ以上嬉しいことはない。

悔しい、もちろん悔しい。身に覚えのない記憶が邪魔をして、その度に身に覚えのない思い出に嫉妬する。

 

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

 

 

臨界を迎えた灼熱の刃。

憎悪ではなく、闘志でもなく、敵意でもなく、殺意でもなく。

ただ、その愛と憐憫によって打ち出される。

 

 

「――『英雄葬送(アルゴウェスタ)』」

 

 

 

それは、かつて道化を演じ後に『始原の英雄』と呼ばれた者の名だ。

それは、全ての孤児達の保護者にして、聖火を司る女神の名だ。

それは、『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』を葬送する一撃。

零距離から繰り出される必殺の一撃に、全ての行動が間に合わない。

迎撃も、回避も、何もかもが。

それを当然のように、慈愛に満ちた母の顔をして、精霊(かのじょ)は少年を抱きしめるようにして迎え入れる。

 

 

収束された炎が、光が解き放たれた瞬間、全てを悟る。

少年の全てを出し尽くして放たれる()()()()()()()()()()()一撃。

英雄を葬るというのに、なのに、その刃の中には憎しみはなかった。

労りがあった、憐憫があった、同情があった、悲哀があった、悲嘆があった、なにより、愛があった。

 

精霊(じぶん)と同じように、独りぼっちで世界に放り出されて心細かったのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、何かを求めて彷徨ったのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、都合よく捨てられて悲しみにくれたのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、誰かに愛してもらいたかったのだろう。

 

圧倒的なポテンシャルを誇る精霊(かのじょ)が負けるなんて、あっていいはずがない。いったい幾つの命を食らったと思っている。この肉体を、少年と再会するためだけに、身に覚えのない記憶に焼き尽くされながらも維持させるために食い続けたのだ。心の乾きを埋めようと食って食って食い続けたのだ。しかし、だけど。

 

ああ――ああ、()()()()

必殺の一撃を受ける前に、そう思った瞬間で、精霊(かのじょ)は敗北していた。

精霊(かのじょ)を通してアルフィア(かのじょ)の名を呼び、涙を流し、嗚咽を漏らす少年に、記憶(アルフィア)に嫉妬した時点で敗北していた。ナイフごと拳が押し当てられたのは、胸から下だ、人間ではない怪物である精霊(かのじょ)ならば胸から上だけでも戦えるかもしれない、少年と少女を殺してまたモンスター共を食いつくして進化してしまえば復活できるかもしれない。リソースを回収さえできれば、魔石さえ無事ならば再生できるかもしれない。

 

でも、もう無理だ。

この一撃を受けてしまっては、もうどうしようもない。

この一撃は、愛なのだ。

だから喰らってしまえば、終わりを受け入れるしかない。

終わったはずの命を終わらせようとする。

聖なる炎が穢れた体を浄化していく。

乾きが、疼きが、消え失せていく。

精霊(かのじょ)ではなく、アルフィア(かのじょ)を愛していて、アルフィア(かのじょ)を今度こそ眠らせてやろうとする少年。

 

自分ではない。

彼が見ているのは、精霊(じぶん)ではない。

自分ではない、のだけど。

 

精霊(じぶん)に放たれたというだけで、精霊(かのじょ)はただ嬉しかった。

この体の媒体となったオリジナル(アルフィア)に、なんならピースしてやりたいくらいには、嬉しいと思えた。

 

ああ、嬉しい。

嬉しいとは、こういう感情を言うのか。

温かい炎が、穢れた彼女を滅していく。

それでいい、それがいい。

 

アルフィア(かのじょ)は、ようやく眠れるのだ。 もう彼は墓参りすらできないが。何せ、もう手を合わせるべき墓には何も残ってはいないのだから。

 

精霊(かのじょ)は、ようやく終われるのだ。 慈しんでくれる者なんていないが、それでもこの体を通してアルフィア(かのじょ)の記憶を見て、彼に惹かれて、満たされた。もう空腹感はない、心の乾きはない。ひどく安らかだ。

 

崩れていく。

他者の記憶で思考を塗りつぶされ、自己が崩壊していく。

蒸発していく。

フレアの炎に焼き切られて、胸から下が消え失せていく。

罪ではなく、罰でもなく。

愛ゆえに、精霊(かのじょ)は、アルフィア(かのじょ)は、滅んでいく。

 

限界だったのだろう。

互いに。

精霊(かのじょ)は肉体を維持させるための捕食をしなければならなかったし。

少年は全力を出し尽くして、ああ・・・必殺の一撃を解き放って無様に倒れこんでいる。思わずくすりと笑ってしまえるほどだ。

 

胸から上、残った体が仰向けになって宙を浮いて地に落ちていく。

ドシャッ、と音を鳴らして倒れていく。

真上の景色は真っ暗だけれど。

精霊(かのじょ)こと斬り払ったその炎の刃は、白亜の大壁さえも大きく傷つけて、断面からは紫色の炎が燃え盛っている。その炎が明かりとなって、2人の少年と少女を、そして終わっていく命を照らしている。

 

 

ズル、ズル、と這いつくばって少年が近づいてくる。

止めを刺そうと、近づいてくる。

時折、体を引きずる音とは別に、鼻を啜る音が響く。

 

彼が見下ろすように、精霊(かのじょ)の横に座り込んで瞼を何度も拭う。

ぐちゃぐちゃだ。

嫌だ、やっぱり嫌だ、お別れなんて嫌だ。

もっと話したいことがあるんだ。

そう言うかのように、静かに泣きじゃくる。

けれどやるべきこともわかっていて、だから余計に泣いている。

カタカタと胸の上に突き立てられたナイフが震える。

ぽたぽたと、精霊(かのじょ)の顔に涙が落ちる。

 

『な――ぃ、d―――』

 

涙を拭ってあげなくては。

子供が泣いているなら、拭ってあげるのが母親の務めだ。

精霊(かのじょ)は母親ではないけれど、体が覚えているのだから仕方がない。

この体を構成するのに使われたアルフィア(かのじょ)なら、きっとそうするだろうと浄化されていく心がそう悟る。だけど、涙を拭ってやるだけの腕はすでに消失した。子供を抱きしめてあげるための両腕はすでに焼失した。ああ、これでは彼は刃をこの胸に沈めることができない。

 

最後の最期まで、ああ、なんて中途半端なのだろう。

子供に会いに行って、子供を捨てて。

迷宮都市に絶望を与えて、半端に作戦を変更させて。

子供に親殺しまでさえて、涙一つ拭ってやれないアルフィア(かのじょ)は、なんと中途半端な女だったのだろう。でも、そうだ、アルフィア(かのじょ)ならばいつまでも泣いている彼を許しはしない。殴ってでも先へと進ませるだろう。まともに声もでない状態で、精霊(かのじょ)は喉を震わせた。

 

 

『g―――、gス、福音(ゴスペル)

 

「ぐすっ・・・【魂の平穏(アタラクシア)】・・・わ、かってるから・・・」

 

「―――ベル、さん」

 

少年の背後から、白銀の長髪を揺らす少女が歩み寄ってくる。

ボロボロの体を引きずって、隣に腰を下ろしてナイフを握る彼の手の上に少女らしい手を添える。貴方一人に罪を背負わせたりしないと言うように、大丈夫と言うように。優しく。

 

『―――、―――』

 

意識がぼんやりとしていく。

瞼が重たい。

これが、眠たいというものなのかと知覚する。

 

「ベルさん・・・最後です、もう、言い残したことはありませんか?」

 

彼女がずっとこの旅の中、支えていたのだろう。

きっと偶然だ。

別に彼女である必要はなかった。

誰でもよかったのだ。

ただこの旅の同行者が彼女になっただけであって、きっと形は違えど、結果は同じように辿るのだ。吸った空気が胸の下、何もない場所へと漏れていく。彼の手から震えが消えていく。

 

「お義母さん・・・僕、は・・・」

 

 

恨んでいるだろうか。

 

 

「恨んでなんか、いないよ」

 

 

怒っているだろうか。

 

 

「寂しかった、よ」

 

 

そうか、それはすまなかった。

 

 

「・・・・お義母さんの名を、また呼びたい」

 

 

好きにしろ、私も好きにした。

 

 

「ぼ、く・・・・僕、言わなきゃって、言えなかったことがあるんだ」

 

 

だろうな。私ももちろんある。

 

 

「英雄に・・・・英雄に、なりたいんだ」

 

 

おすすめはしない。碌なもんじゃないからな。

 

 

「貴方達の罪も後悔も、僕が受け継ぐから・・・だから、どうか」

 

 

もういもしない誰かと会話するように、少年は少女に支えられながら口にする。

ゆっくりと、ゆっくりと胸の中に刃が納められていく。

穢れた体が、清らかなものへと浄化されながら、最後の瞬間を待ちわびる。

 

 

「思い出の中で、眠っていて欲しい・・・絶対、忘れない、から」

 

 

辛いだろうが、苦しいだろうが、悲しいだろうが、それでも。

少年は前に進める。

決して独りではないのだと見ていればわかる。

必ずそこには、寄り添ってくれる誰かがいるのだ。

なら、問題はない。

 

「ぐすっ・・・・・ぼ、僕に、僕に・・・会いに来てくれて・・・あり、がとう・・・!」

 

でもやっぱり泣いてしまうのは、減点ものだ。

しかし、別れは寂しいものだから、大目に見よう。

 

『た、のし・・・か、た・・・?』

 

お前の旅は、良いものだっただろうか?

アルフィアが少年の元を去って以降、彼女達は少年がどうなったのかを知らない。

どんな道を歩んできたのかを、知らない。きっとたくさん泣いたのだろう、嘆いたのだろう、神を恨んだのだろう。ここに至るまでの道のりを、短すぎる命を背負った精霊(かのじょ)は知る由もないが薄れていく意識の中で、言葉が勝手に漏れてくる。それは精霊(かのじょ)のものなのかアルフィア(かのじょ)のものなのか、まったくもってわからないが。

 

 

「う、ん・・・・嫌なこともあったけ、ど・・・悪くは、なかったよ・・・・」

 

 

良いことばかりではない。

所詮、そんなものだ。

下手糞な微笑を浮かべる少年の顔を見て、いよいよ精霊(かのじょ)は脱力する。

 

 

パキッ、と刃が魔石に触れ砕いていく。

体が灰に変わって散っていく。

走馬灯などない。

少年と戦っている最中、散々狂わされた、壊された。それくらいは見た。

だからもう十分だ。

これ以上、自分が誰なのかわからなくなってたまるか、と最後の抵抗のように穢された精霊は醜く笑った。

 

笑って。

 

 

 

『―――愛して、いる』

 

「―――愛してる」

 

 

2つの言葉が重なって、眠るように瞼を閉じる。

魔石は砕かれ、体は灰に変わり、炎に撒かれて消え失せる。

 

 

その光景の中、少年は見上げるようにして泣き叫んだ。




あと1,2話くらいで終われるだろうか


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たびのおわりに。

次で終われるかなぁ


 

 

ゴーン、という酔いしれるほど美しい鐘楼の音が、37階層『白宮殿(ホワイトパレス)』に響き渡る。

白濁色に染まった壁面と、そしてあまりにも巨大な迷宮構造でありながら、風に乗るようにそこに訪れた者達の耳朶を震わせる。

 

 

「これ・・・・魔力・・・?」

 

 

金髪金眼の少女はその音を聞くとほぼ同時、足を一度止める。

この階層でこのような音など聞いたことがないからだ。

しかし、すぐに止まった足を再稼働させる。時間がないからだ。

 

探し人である少年も、探し人である少女も、とてもこの階層域で生きていけるとは思えない。ましてやあの心優しい少年のことだ、少女を庇って無理をしているに違いない。それは隣を並走する赤髪の美女――アリーゼも同様に考えているのか、平静を保ってはいるが、嫌な感じがするとばかりに、その足は急いでいるようだった。

 

しかしアイズとアリーゼよりも少し前を進む猪人(ボアズ)の武人は、その獣の耳を震わせるとアリーゼの嫌な感じを的中させるように言葉を零した。

 

 

「音の方向からして・・・階層の中心、『玉座の間』にいる可能性が高い」

 

 

白宮殿(ホワイトパレス)』の大円壁の数は、合計5つ。

次層への階段と『階層主』が出現する階層中心部が『玉座の間』。

そこから順々に『騎士の間』、『戦士の間』、『兵士の間』、『獣の間』と続く。

 

アリーゼが聞いた話ではモンスターに飲み込まれて、()()()()()()()()のだ。

その場合、たとえ第一級冒険者であっても自分がどこにいるのかわからなくなっていてもおかしくはないし、それが単独(ソロ)であれば安全性も格段に落ちる。単独(ソロ)で深層までこれるのはLv.7のオッタルくらいだ。なら、Lv.4の少年とLv.2の少女がこの環境下に耐えられるとは思えない。それがどういうわけか階層の中心にいるというのは、探す手間が省けるという意味では幸運だが、この異常事態(イレギュラー)ばかり起こるダンジョンの現状では、それも安堵する理由にはなりえない。

 

 

ゴーン、とまた鐘楼の音が鳴り響く。

オッタルにもう一度聞くも、同じことを聞くなと返答はない。

背後からついてきていた異端児達は、いてもたってもいられなくなったのか、半人半鳥(ハーピィ)がその音のなる方へと飛び立っていった。

 

「見テキマス・・・ッ!」

 

 

特段、彼等とは会話はない。

アリーゼは異端児達については少年が友好関係にあるのであればそれを邪見にするわけにもいかないし、敵意を向けられるわけでもないのだから剣を向けはしない。紛らわしいなあ・・・とは思うけれど、今や飛んで行った半人半鳥(ハーピィ)を見ては『綺麗な顔ねー』とか『どうやって彼女着替えているのかしら』だとか思う程度だ。

アイズも彼等に剣を向けはしないが、一度リドが話をしに近づいてきたところ、誤って剣を向けてしまって一悶着起こりかけた。結果、『あの・・・間違えそうなので、その・・・えっと・・・』なんて心底気まずくなって一定の距離間隔をあける羽目になっていた。オッタルは言わずもがな、反応すらしない。

 

「あー、綺麗な音なんだけどトラウマが・・・っ!」

 

「アリーゼさん?」

 

「いやその、アルフィアと戦った時・・・盾とライラの策で助かったけど、いやほんと、痛いしあっちこっちから血は出るしで・・・やばかった」

 

「・・・・・」

 

「ベルが『福音(ゴスペル)』って魔法を使う時、たまにチビりそうになるくらいだもの」

 

 

会話をしつつも、急ぐ足は止まらない。

出現するモンスターはオッタルが魔石ごと、遭遇即粉砕するがそれも中心部へ近づけば近づくほど遭遇率は格段に落ちていく。

 

 

「モンスターの数が少なすぎる・・・ううん、もしかして、怯えて隠れてる? ありがたくはあるけど、後が怖いわ・・・」

 

念のためにと、後方の異端児達にジェスチャーで

 

『遭難者、回収後、護衛、お願い』

 

をするアリーゼ。

しかし、

 

『悪ぃ、何て伝えたいのかわからねぇ・・・』

 

 

アリーゼは激怒した!

必ず邪知暴虐の邪神を滅ぼさねばならぬと決意した!

しかし異端児達はジェスチャーがわからぬ、意思疎通が取れなかったのだ!

諦めて異端児達に届くように言葉で伝えると、揃って親指を立てられる。

 

 

いや、親指立てて了承を伝えられるんかい! とアリーゼは笑顔を浮かべる顔をピクピクとひくつかせた。いくら2人の救助とはいえ強行軍であることは変わらないし、常に気を張っていても仕方がない。適度に肩の力を抜くのも大切なのは【ファミリア】の団長であるアリーゼはよく知っている。だからこそ、2人の迷宮中毒者(ダンジョンジャンキー)あるいは戦闘中毒者(バトルジャンキー)がしてくれないだろうギャグだってやってみせるのだ。

 

 

「コノ先デ、ベルサンノ声ガ聞コエマシタ!」

 

半人半鳥(ハーピィ)のフィアが、やはり中心部に2人がいるということを伝えてくる。

しかし、その姿は見ていないらしくそれを聞いてみても、なんかすごいやばい魔力が波打ってて近づけないと、近づくと絶対死ぬと青い顔をして言うので無理させることもできない。

 

 

「魔力を吸収しているせいで・・・景色が歪んでる・・・」

 

アイズが目を細めて、『玉座の間』の入り口部を見つめてそんなことを言う。

アリーゼも同じようにして目を凝らしてみれば、確かに歪んでいた。

放った魔法から魔力の残滓を回収して、連発しているのだ。それが恐らくは階層全域に音が響くほどともなればその魔法がどれほど強力なものなのかはわかりきっていた。強力な魔法、異質な魔力に、脅威的存在に階層内のモンスター達は怯え、姿を消してしまっているのだろう。

 

走る、走る、走る、走る。

アリーゼの勘が警鐘を鳴らしている。

何か嫌な予感がする、急げと言っている。

 

「あと、少し・・・!」

 

「ベル、アミッド・・・!」

 

階段を何度も飛び降り、駆け上って進む。

 

 

英雄葬送(アルゴウェスタ)――――ッ!』

 

 

少年の声がやっと聞こえた。

震えていた。

悲痛な声音だった。

その声と共に、紫色に輝く炎が、光炎(フレア)の輝きが、『玉座の間』の入り口から漏れる。

戦っている、戦っている、戦っていたのだ。

あの泣き虫な少年が、女の子のような笑顔を浮かべる少年が、義母の墓を荒らされて生まれた怪物と戦っている、自分よりも遥かに強い精霊と、過去の憧憬と戦っている。文字通り命を削って。

 

 

駆ける、駆ける、駆ける。

 

「ベル、ベル、ベル―――ッ」

 

急げ、急げ、急げ。

あの子に輝夜は無事だと伝えなくてはならない。

一緒に帰ってアストレア様に無事に帰りましたと、「ただいま」と言わせてあげなくてはならない。

何より怖い思いをしたはずだ、温かいお風呂に入れてやって、美味しいご飯を食べさせて、怯えて眠るだろう彼に誰かがついていてやらなくては、とそんな考えを思い浮かべる。

 

彼は今回の、傷ついて傷ついて傷ついた『冒険』をどんな風に語るのか。

それはアリーゼにはわからない。

もしかしたら、語ってくれないかもしれない。

偽物であっても母親と戦っている、殺し合っているのであれば痛いくらいに抱き着いて泣きわめくかもしれない。それでも、これはきっと彼だけの大切な旅なのだ。落ち着いて安心して安全なんだと思えた時に、彼女達は、あるいは女神はきっと彼の旅を聞かせてほしいと言うだろう。内緒と言われればそれまで、けれど、無意味なものにはならないはずだ。

 

 

静かになった迷宮に、泣きわめく子供の泣き声が聞こえた。

泣いている、あの子が泣いている。

もう大丈夫、私が来たよと言って安心させてあげなくてはと胸が騒ぎ立てる。

駆ける足が速度を増す。

きっと体中がボロボロなはずだ、戦闘員ではない少女を守り続けていたはずだ。

なら、頑張ったね、と言ってあげなくてはならない。

 

あと少し、けれど長く感じるその道のりを飛ぶように進む。

異端児達も彼を心底心配しているのか、もはや開けていた距離感など無視して飛べるものはその速度を増し、翼のない者達は必死に走っていた。

 

 

「アリーゼ、さん・・・もう少し・・・!」

 

「ええ、ええ、ええ!」

 

 

地面を爆砕させるように、風になったように、駆けあがる。

最後の階段を駆け上がる。

どうして『玉座の間(そんなところ)』に辿り着いてしまったのかわからないけれど、どこにいるかわからないよりはまだマシだとそう思うことにしよう。きっとアルフィア(かのじょ)が導いたのかもしれない、場所を考えろと言いたくなるが、そんなことももう置いておこう。だってこうして少年を探す手間を省けたのだから。結果オーライだ。

 

 

駆けて駆けて駆けぬけて、最後の一段を飛び越えるようにして、一直線の通路を走り抜けて入り口に手をつけて、彼女達は叫んだ。

 

 

「ベルッ!」

「アミッドッ!」

 

 

そこにいたのは、ボロボロの2人。

血の泉に沈んでいる少年と少女。

全て出し切ったようにうつ伏せで倒れている少年に、その少年の頬を撫でるようにして手を添えている少女。意識はあるのか、ぴくり、と少しだけ反応してみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「・・・・終わり、ましたね」

 

少女が言った。

 

「・・・・・は、ぃ」

 

少年が言った。

擦れた声で言った。

スキルの反動で疲弊した少年は、もはや動くこともままならず泣き叫ぶだけ泣き叫んで、ぐらり、と倒れていた。今にも瞼が落ちそうな少年はそれでもアミッドを見つめていた。アミッドもまた、倒れていた。常時回復状態を行いながらの戦闘行為。精神力(マインド)なんてとっくに尽きている。自然に回復するとしても精神回復薬(マインドポーション)ほどじゃない。もう2人とも動くこともできそうになかった。疲れて、疲れて、疲れたのだ。

 

傷しかない体は今も血を吐き出していた。

互いの呼吸が浅い。

手足の感覚も曖昧。

視界は霞んでいる。

 

少女が重たい体でなんとか少年の頬に、涙が伝っているのを拭おうと腕を伸ばして手を添えた。

よく頑張りました、とせめてそう言ってやるべきだ。

少年にとっては親殺しをしたのだ、辛いはずだ。それでもこの旅は終わりなのだ。せめて頑張ったと褒めてあげなくてはならない。

 

ここが治療院であったのならば、怪我も治って、心の傷も癒えた時には花束を渡して送り出してあげなくては。けれどここが迷宮で、それはできそうにもない。それが少しだけ残念だ。だからせめて、せめて・・・と頬に手を染めて疲れ切った体で表情が変わっているのかすらわからないけれど、微笑んで見せた。

 

「・・・・帰れ、ますね」

 

「・・・・・、ぃ」

 

か細い声。

少年の表情は前髪で隠れてよく見えないが、口元が何とか笑みを浮かべようとしているのか震えている。まるで夢の中のような微睡みが支配する中、地上に戻る未来を、現実との境目を失った夢の中だけで共有する。そこにもう、冒険者はいなかった。壁にできた大きな傷は炎が盛っていて、幻想的で、『精霊(かのじょ)』はその最期に白い歯を見せるように笑みを浮かべて安らかな眠りにつき、灰に変わっていった。その灰も最早、ここにはない。どこかから吹く風に乗って、壁の中で燃え盛る炎の中に飲み込まれていった。

 

()()()()()()ことが運命づけられているかのように、綺麗に、痛快に、終わった。

 

怪物の遠吠えが響き渡る。自分達にとっての脅威が失せたことに歓喜し、静寂を破るように、闇が盛んに喚きだす。幾つもの激しい咆哮と重なり合う足音が、この広間へと迫っていた。立ち上がることもできず、身じろぎ一つもままならず、闇だけが少年と少女だけが見下ろす。

 

 

「・・・・ベルさん」

 

「・・・・・」

 

 

地上に戻ったら、少し出かけませんか? そんなことを言いたくなったが、うまく言葉にならない。さすがに今回のことを知れば、あの主神とて長期休暇くらいは認めてくれるはずだ。いや、団員達がそうさせてくれるはずだ。そんなことを思って、少年を誘おうと思って、しかし、言葉が出ない。眠たい、疲れた、痛みさえ感じないほどに。少年が反応しているのかさえわからないくらいには、アミッドも瞼が重たかった。少年はアミッドを庇い続けていたが、アミッドはLv.2だ。そんな場違いな環境下にいる時点で、そのストレスは計り知れない。

 

もう言葉は続くことはない。

浅い呼吸を繰り返す。

頬に置いた手だけはそのままに、眠るように瞼が閉じられた。

 

しん、と静謐なその広間に、近づいてくる雑音。

ぴくりともしない2人。

自分達がいる場所さえもわからず、1人の冒険者と1人の治療師は、この旅を終える。

 

多くの同業者がそうであったように、徐々に『深層』の闇に飲み込まれていく―――

 

 

「―――――ベルッ!」

 

「――――アミッドッ!」

 

 

その時。

 

 

「――ベルっち!」

 

「ベルサン!」

 

 

離れている同胞を見つけたように、怪物達の人語が、良く知った人間の声が耳朶を震わせた。

 

 

帰らなきゃ・・・。

 

ぴくり、と姉の声が聞こえて少年は体を必死に震わせる。

背中が弱弱しく熱を放つ。

生きたいという意思が、消えていく聖火に力を滾らせる。

頬に添えられた手を、震えた手でぎゅっと握りしめて何度も呼吸を繰り返す。

 

「ぁ・・・、ぅ・・・ぅ」

 

歓声にも聞こえた雄叫びが響いている、けれど少年の耳にはよく聞こえなかった。

疲れきった頭には、残念なことによく聞こえなかった。

手を握られて、アミッドがゆっくりと瞼を開けていく。

透明な体液が、伝って地面に落ちる。

赤い泉の中に、混じっていく。

 

「ベル、ベルッ・・・生きてる、生きてる・・・!」

 

「こっちも・・・アミッド! 万能回復薬(エリクサー)、飲める?」

 

飲める? と聞いておいて、ガボッと口に流し込まれる万能回復薬(エリクサー)

それは少年も同じようで、ぐったりとした体を膝枕に近い、上体を少し抱き起すような体勢で飲まされていく。

 

「・・・・、・・・、」

 

喉がうまく動かない。

万能回復薬(エリクサー)がちゃんと飲めているのかわからない。

けれど、この世で一番美味しいのかもしれないと思えるような味が広がっていく。

口から零れて、皮膚を通って落ちていく。

 

真上に見える姉の顔は、今ままで見たことがないくらい歪んでいて、泣きそうで、微笑んでいた。

声がうまく聞こえない、けれど、「がんばったね」「偉いよ」と言っているように唇が動いていた。

笑みを返してやりたい、でもできない。

返事をしなければいけない、でもできない。

ただただ、瞼から何かが流れていた。

真上からも、雨が降っているかのように顔に何かが落ちてきていた。

 

ぼんやりとした瞳に、金色、赤、灰色、赤、青、いろんな色が映る。

うまく見えないその瞳では、それが誰なのか視認することすら難しくて。

けれどそれが、異端児(やさしいひと)達だということは、どうしてだか理解できて、『怖い』が終わったのだと体の緊張が解けていく。

 

「ベル、アストレア様が待ってるよ・・・みんな、待ってる。今、連れて帰るから」

 

「・・・・。」

 

少しずつ姿勢が上がっていって背中を優しく摩ってくる。

遅れて遠くに、ぼやけた武人が見えた。

 

 

叔父さん・・・・?

 

 

きっと、きっとそれは違う。

彼は何一つ言葉をくれはしない。

ぼやけた武人に、憧憬を重ねても意味はない。

とても似ているとは思えないから、無意味だ。

けれど、どうしてだか。

この瞬間だけは。

 

 

見事だ。

 

 

そう言ってくれたような気がして、また瞼から何かが流れ落ちた。

 

 

■ ■ ■

 

 

ゆっくりと立ち上がる。

生まれた小鹿のように、足をふらつかせて、支えられながら立ち上がる。

 

「あれ・・・ベルがやったの?」

 

「みたいね・・・あれ、しばらくは消えないんじゃないかしら」

 

頭上高くにできた大壁の傷。

炎が再生しようとする迷宮に逆らっているのか、しばらくはそのままだろう。

『精霊』に2人だけで挑んで勝利したというだけでも驚愕ものだというのに、いったいこの少年は何をしたのだとアイズもアリーゼも首を傾げる。落ちているナイフをアリーゼが広い、腰に納める。今の少年にはナイフさえ重くて持てないだろうから。

 

「ベルさん・・・・・歩け、ますか?」

 

少年よりもまだダメージがマシなアミッドは足を引きずるようにして少年に寄り添う。あるだけの万能回復薬(エリクサー)を飲み、浴び、見た目だけは綺麗だ。細かい治療は地上でしかできない以上、これが最善。肩を借りるようにして少年は少しずつ歩く。いつ転んでも支えられるようにアリーゼ達が傍を歩く。

 

1歩。

また一歩。

 

広間から出ようと進む。

ゆっくりと。

 

「・・・・・・っ」

 

ピリッ、と痛んだのか少年が足を止める。

アミッドも足を止めて、顔を覗こうとする。

アリーゼとアイズが少し前を、オッタルが入り口に、異端児達は先に外に出てモンスターが来ていないか警戒している。

 

「・・・・・ん、、、、ぃ」

 

「・・・?」

 

体を震わせる少年。

何を言っているのかわからず、アミッドは首を傾げる。

やはり、痛むのか、ならもう自分が肩を貸すよりアリーゼに背負ってもらった方が確実だと、アリーゼ達に守ってもらいながら少しずつ上に登っていくつもりで背負われずにいたが、少年は足を動かせなくなっている。

 

 

「アリーゼさん、すいまs――――」

 

アリーゼに、やっぱり背負ってあげて欲しいと言おうとして。

トン、首に一撃、そして背を手で押されてアミッドは押し飛ばされた。

軽く、ふわり、と。

 

 

「―――――ぇ?」

 

 

押しのけられたまま、アミッドはアイズに受け止められていく。

その瞬間はとても時間がゆっくりに感じられた。

急なことにアミッドは間抜けな声が出て、振り向き様、少年を見ても少年は俯いたまま静かに口角を上げていた。

 

 

アリーゼとオッタルとアイズの声が遠く感じられた。

駆け出し、アミッドを通り抜けていくアリーゼとオッタル。

けれど、それでも遅い。

 

少年の人魔の饗宴(スキル)は、駆け寄るよりも、視認するよりも早く気付く、気づいてしまう。

 

 

次の瞬間。

 

 

ドンッ! と黒い剣山が少年を貫いた。

 

 

 

『ごめんなさい』

 

 

スローモーション、薄れていく意識。

少年の声にならない言葉が、脳内で再生される。

剣山を破壊するアリーゼも、生まれた怪物と対峙するオッタルも余所にアミッドのすべてが凍り付く。薄れていく意識の中で必死に否定する。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だと目の前で起きた事実を否定する。

せっかく回復したのに。

やり遂げたのに。

乗り越えたのに。

これで終わり? 

 

そんな言葉の羅列が脳内を駆け巡る。

少年が壊されていく。

治った体が再び破壊されて、血の海に沈む。

剣山を叩き壊し少年を抱きかかえてアリーゼは付与魔法も使って疾走する。

 

「【猛者】、先に行くわ!」

 

返事はない。

しかし、瞳がさっさと行けとアリーゼに訴えかける。

これで少年が死に絶えたら女神の意に反してしまう。

油断でもしていたのか、と何だこの体たらくはと笑われてしまう。それこそ、かつての最強に。

 

炎を纏った骸の王は姿を現す。

異常事態(イレギュラー)中の異常事態(イレギュラー)

 

聖火に焼かれながらの【階層主(ウダイオス)】の出現。

その姿はまるで、火あぶりにされた罪人が踊り狂うかのような異様さで。

 

 

壊れた人形を抱えるようにして走っていくアリーゼと、否定したい現実を見せつけられたアミッドは。

 

 

 

次に目覚めた時、自分のよく知る消毒臭い部屋のベッドの上にいた。



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とぅびぃこんてにゅー

めっちゃ長くなってしまった。



「―――なぁ、本当にいいのか、お前達?」

 

 

朝霧の漂う、静かな朝の一時。

とある場所のさらにとある場所で、3人の人物が語らっていた。

 

 

「こんなしょーもない計画に加担して」

 

 

最初に声を投げたのは、黒い髪にして、自称()()()()()()()()()()を名乗る男神。

ひび割れたステンドグラスから差し込む光が、語らっている1柱の神と2人の男女を優しく照らしている。2人の男女は心底迷惑そうに、そして呆れたような微笑を浮かべている。

 

「何を今更。 残された時間を過ごしていた私達を無理矢理見つけ出したのは、お前だろうに」

 

「ああ、『どうせ死ぬなら世界の踏み台になろうぜ』、だったか。いきなり何だこの神は、と面食らったな。まあ最終的に頷いた俺達も俺達だが」

 

 

1人は灰色の長髪に、黒を基調としたドレスを着た終始瞼を閉じたままの女だった。

1人は顔をひっかかれでもしたのか大きな傷と、全身を覆いつくす鎧を着た大男だった。

 

「まぁ、聞け。最終確認というやつだ・・・・と言っても、まぁこれも何度聞いたかわからんが・・・。オラリオが俺達に打ち勝とうとも、打ち負けようとも・・・」

 

2人は『大罪人』として名を残す。数多の命を奪った人類の裏切り者として、未来永劫語り継がれるだろう。それでも本当に、構わないか? そう男神は、腰に手を当てながら2人に聞く。連れ出した張本人であるにも関わらず、彼のこの質問はしつこいくらいに何度も聞いてきていて2人は心底鬱陶しそうにしていた。

 

「本当に、ほんっとうに、ほんっっっとうに、構わないか?」

 

椅子に腰を下ろして、砕けたステンドグラスを見上げながら、彼女はやはり呆れたように口を開いた。

 

「くどいぞ、エレボス。 私達はもうとっくに決めた。今更翻すことなど、できるわけがないだろう」

 

「それに死後の名声なんぞ興味はない。満足して逝けるかどうか、俺達からすればそちらの方が重要だ。『剣も女も、人生すらも、思い立った時こそ至宝』。俺のどうしようもない主神の教えだ」

 

「出たな、狒々爺の好々爺。何度、私の胸に手を突っ込もうとしてきたことか。あれで大神だと言うのだから腹が立つ」

 

舌打ち、そして生理的嫌悪の表情を露わにするアルフィアは、膝の上に乗せている黒い本を指でなぞりながら、やはり舌打ちを打った。

 

「ほほう? それで? その糞爺のセクハラは無事成功したのかね、アルフィア君?」

 

「全て『魔法』で迎撃した」

 

「よく送還されなかったなぁ、ゼウス・・・・」

 

「そしてベルに『お爺ちゃん大嫌い』と言わせた」

 

「それは死んじゃうだろう、ゼウス・・・・」

 

幾度となく行われたセクハラとの闘い。

ベルと一緒に風呂に入れば、『ワシも一緒に入るぞい!』とやってきては『【福音(ゴスペル)】』。ベッドで一緒に眠ろうとすれば、当たり前のように『ワシもベルと寝るっ☆』と潜り込もうとしてまた『【福音(ゴスペル)】』。最終的には最終決戦兵器『孫に嫌われる』を発動。さしものゼウスも可愛がっていた孫に零距離で『お爺ちゃん大嫌い』『お爺ちゃんと一緒に洗濯しないで』『お爺ちゃんもうご飯食べたでしょ』なんて言われれば、雷霆にでも撃たれたが如くショックを受けるのも致し方ない。

 

「はははは・・・・あったなぁ、そんなこと。ベルのやつも自分が何を言わされているのかわかっていないのに、お前が褒めるからニコニコしながら言うもんだから・・・くくっ、笑顔で罵詈雑言の嵐を飛ばして来たらゼウスでも耐えられんだろうよ。しかし・・・お前は本当によかったのか? アルフィア? 『子供』と離れて」

 

「ん? あー・・・・そういえば、いたな・・・あんときは夜中ってのもあって俺のことは見えてはいなかっただろうが・・・しかしアルフィア、お前が産んだ子なのか? その(スタイル)で経産婦? すげー」

 

「違う。『妹』の子だ」

 

 

長かったような、短かったような。

ベルと過ごした思い出を噛み締めるように、2人は微笑を浮かべていた。

 

楽しかった。

ああ、楽しかったのだ。心から。

戦うこともなく、することもなかった。 ド田舎だったから。

それでも、価値ある日々であったし、穏やかな日常であったから、『冒険者』であった2人からしてみれば縁遠い『日常』だったのだ。バカをするゼウスを吹き飛ばし、はしゃぎまわる兎をひっつかんで膝の上に乗せ、セクハラをかますゼウスを吹き飛ばし、巻き込まれてザルドが土に埋まる。楽しい日々だったのだ。

 

 

「ヘラの眷族の血筋であり・・・・『ゼウスの系譜』でもある」

 

エレボスもまた、そんな子供の姿は()()()()()

アルフィアの背後から覗くようにして、己の姿にビクビクと怯えている、よわっちろい、ちびっ子の姿を。

 

「へぇ? ということは、父親が【ゼウス・ファミリア】か?」

 

「ああ・・・・俺達の中でも一番の下っ端だった男だ。猪や勇者のガキ共に、あいつだけはやられるくらい弱かった・・・」

 

頬の汗を滴らせ、キリキリする胃を抑えるようにザルドはアルフィアをチラッと見ては続けて語る。

 

団長(マキシム)達が『黒竜』に敗れた後、あのヘラの眷族を孕ませたと知った時・・・何やらかしてんだアイツ、と本当に震え上がった」

 

何せ、相手はヘラなのだ。

【ファミリア】が全滅状態だというのに、その男は病弱で1人で部屋からでることもできないアルフィアの妹とレッツ☆子作り。これにはザルドも膝から崩れ落ち、一人でずっと怯えていた。

 

「お前も変態爺(ゼウス)の眷族じゃん」

 

「・・・・そうだったな。うん、そうだった。だが俺はそんな命知らずじゃないからな!!」

 

「・・・・反面教師、いや・・・あの子にはその辺、トラウマくらいには躾けたつもりだ」

 

「いやなこと教えるなよ・・・」

 

「なんだ、何を教えたんだ?」

 

 

アルフィアから黒い本を受け取り、ペラペラとめくっていくザルド。

中身なんて何も記されていない、空白の本。儀式でもしているかのように、ペラペラ、ペラペラ、ペラペラとめくってはパタリと閉じる。()()でも封じ込めるように。エレボスに問いには、2人揃って口を開いた。

 

 

「「―――で、お前が生まれたってわけ」」

 

「・・・・・」

 

「「1人で部屋からも出ることもままならない娘のベッドに潜り込むようなクソにはなるな」」

 

「・・・・・」

 

「「あの父親(クソ)のような男になったら私達は心底がっかりする」」

 

「・・・・・」

 

「「愛するなとは言わん、しかし、ちゃんと考えろ」」

 

「・・・重いなぁ、その教育・・・・大丈夫か、その子供」

 

「・・・・ゼウスのことをしばらく『クソ』って呼んでいたな」

 

「二次被害出てんじゃん」

 

 

まったくもって酷い教育だ。

反面教師どころではない。

しかし、子を産むのはいつだって命がけで、アルフィアの妹は文字通り命を燃やして産んだのだろう。知らない間に孕んでいたとなっては戦争になりかねないことではあるが、()()()()でのアレコレは【ゼウス】にせよ【ヘラ】にせよ、起こるものは起こるのだ。それだけ責任は重たくなる・・・と言いたかったのだろうが、如何せん教育者が【ヘラ】の眷族と【ゼウス】の眷族だ。恐らくは・・・

 

『いいかベル、病弱な女を孕ませるということは、こうなっても仕方がないということだ』

 

『待て待て待て、待ってくれアルフィア!? お前、何をするつもりだ!?』

 

焼き鏝(やきごて)だが、それがどうした?』

 

『どうしたじゃない、やめろ!』

 

『顔に可愛い子猫の髭が増えるだけだろう、対して変わらん』

 

『俺のこの顔の傷、お前には可愛く見えるのか!?』

 

『可愛い子猫(ライガーファング)にでもじゃれつかれてそうなったのだろう?』

 

『違う! とにかくやめろ!』

 

『お、おかーさんやめて! 叔父さんが可愛くなっちゃう!』

 

『・・・・とにかく病弱な女に手を出すということは、これくらいのこと・・・いやもっと酷い目に合うと思っていろ』

 

 

そんな光景があったのかもしれない。

二次被害でゼウスが『クソ』呼ばわりされていたが、それもそれ。いつものことだ。

 

 

「・・・それで? その子供に、お前達は何も言わずに出てきたわけだが、本当にそれでよかったのか?」

 

「「真夜中に訪ねてきておいて何を言っているんだお前は」」

 

時間を考えろ。

起こされるこっちの身にもなれ。

村人を初めて見つけた時の変な歌を歌うのもやめろ、迷惑だ。

お前のせいでベルが怯えてしまっていた、なんてことをしてくれるんだ。

 

至極当然の苦情。

エレボスとてこれには『いやー苦情処理が追い付かない、困ったもんだ』と言うがまったくもってこの神、気にしていない。

 

『('ω')ウゥゥルゥゥルゥゥオォィヤァァィヤァァオォォゥゥウゥゥイェェエェェ…♪』

なんて玄関扉をノックして口ずさまれた時には、ザルドは顔を青くして止めたほどだ。もしアルフィアが先に開けていたらエレボスは3つ4つ向こうの山まで吹っ飛んでいた。しかしエレボスからしてみれば、いや、仕方ないじゃん。だって深夜だし。誰もいないし、夜道って妙にテンションあがらね? 深夜テンションにならね? そんな中人見つけたら、歌っちゃうよね~! である。この神、自分のせいでその子供にトラウマが刻まれ幻覚を見るようになってしまっていることに気づきもしなければ、それを申し訳なく思うこともなかった。ぶっちゃけてしまえば、たとえ彼がそのことを知っていたとしても、『あ、悪ぃ』で終わらせていたことだろう。

 

 

「ふぅー・・・・まぁそのことはいいとして」

 

「いや良くはねぇよ」

 

「神威を抑えることもできないのか貴様は」

 

「仕方ないだろ、チビッちゃったんだから」

 

「神威を小便みたいに言うな」

 

「ゼウスだって漏れるだろ? 歳なんだし」

 

神々(おまえたち)に介護が必要なのか、今一度再確認する必要があるかもしれないな」

 

 

まぁまぁ、老神に介護は必要かどうかの話はまたいずれするとして・・・、エレボスは両手で話を区切るようにパタパタと仰いで、話を戻す。

 

「たった1人の甥、しかも肉親の忘れ形見・・・・いや、義子なんだろう? 良かったのか、アルフィア?」

 

「・・・・・・」

 

「お前は、『妹』とその子供だけは愛していたんだろう?」

 

「・・・・・・」

 

 

ぷいっと顔を反らして何も言葉を返してこないアルフィア。

俯いて組んだ手をもぞもぞとさせるザルド。

エレボスは思った。

普通に思った。

だからつい、ツッコんでしまった。

 

 

 

 

「・・・・いやお前等、めっちゃ未練残ってんじゃん。」

 

 

天才策士、エレボスの作戦は2人に知られるや否や、超強制的に変更を余儀なくされた。

『子供』を使った自爆作戦―――×

『子供』を信者に勧誘―――――×

 

自爆作戦が通っていれば、心優しい冒険者は巻き込まれて死亡し、その亡骸を発見することさえできなかっただろうし、その友人共は、まだ少年少女とも言える歳の冒険者達は精神的に錯乱し絶望に叩き落されることだったろうに。

 

 

「俺もさ、不眠不休で作戦考えたわけ。 親を亡くした子供をタナトスだとか、邪神共が『会わせてあげるよ』とか『お空で待ってるよ』だとか言って勧誘してんの。わかる? ハロワがいっぱいいっぱいなわけ。 子供相手に冒険者共が攻撃するか? しないだろ? 子供ってのは時に何するかわからんから最も脅威なわけよ」

 

「「後ろから刺されて死んでしまえ」」

 

「だからそういうことを言うのやめろって」

 

「「『未来』をお前自ら潰しに行くとか、犬畜生にも劣るな」」

 

「第一、親がいないんなら子供は生きていけないだろうが」

 

「「・・・・・そういうこと言うの、やめろよ」」

 

「もー・・・・・お前等さぁ・・・・」

 

 

誘っておいてなんだけど、やってることと言ってること、滅茶苦茶だぜ? それでもゼウスとヘラかよ。おいアルフィア、こっち見ろよ何指で椅子なぞってんだよ。おいザルド、何床に落書きしてんだよ。兎描いてんじゃねえよ。エレボスは普通にツッコんだ。

 

 

「―――私達はどのみち、残り少ない命だ。 最期の瞬間まであの子と共にいて、私たちの死体を見て涙するあの子を見るより、『終末の時計』を遅らせるべきだと思った。だから選んだ・・・あの子が生きていける世界を望んだ。未練がないと言えば嘘になる、しかし・・・最早中途半端な私に、あの子の傍にいてやる資格はない」

 

 

中途半端なことをした私達は、もう帰ることなんてできない。

どんな顔をして帰ればいいのかもわからない。

せめて別れを言っておけばよかったのではないか? いいや、それこそわからない。 あの子はきっと嫌だ嫌だと泣きわめいて縋りついてくる。そうなってしまえばいよいよ私達は動けなくなってしまう。それに、なんて言葉を送ってあげればいいのかがわからない。

 

 

「―――腹を痛めて産んでいれば・・・メーテリアであれば、何かいい言葉の一つや二つ、かけてやれたのかもしれないが」

 

「・・・・・今も泣いているんだろうな、あいつは」

 

「泣き虫がすぎる」

 

「よく言う、それが良いと言っていたのはお前だろう?」

 

「・・・・・・」

 

 

 

もはや親としても失格ものだ。

天に上ったとき、メーテリアに正座させられるかもしれないな。申し訳なさそうにアルフィアはまたステンドグラスを見つめて微笑を浮かべた。本当は会いに行くべきではなかったのかもしれない。そう思ってしまって、だけど、会いに行ってよかったとも思っている。ああ、本当にどうしようもない人間だ、とアルフィアは瞼が熱くなって、その熱を押さえ込む。子供に何も言わず、捨て、泣かせたのだ。自分達に泣く資格なんてない、そう思うから。だから決して、泣かないのだ。本当ならこんな問答さえしてほしくはない、心を揺さぶるなと、誘ったのはお前だろうと恨み言を何度も言う。

 

 

 

 

少し間をおいて、再びエレボスが口を開く。

カチャカチャと筆を走らせて、黒い本に何かを綴りながら。

 

 

「・・・・肝心なことを、まだ聞いていなかったな」

 

 

ほんの少し、強い眼光を放って2人を見つめる。

 

 

「ザルド、アルフィア。 この戦いの先に、お前達は何を望む?」

 

 

子供を捨ててまで、俺に協力して。

子供は以後、お前達の名を呼ぶこともお前たちの偉業を誇らしく語ることもできないとして、それでもなお、何を望むのだと神は問うた。

 

 

2人は口を揃えて、力強く返答する。

 

 

「「 未来 」」

 

 

オラリオの後進が、自分達を喰らい『黒き終末』を乗り越えることを。

この世に『希望』をもたらすために、妹の子が、愛した子が、戦わずに済む世界にするために。

 

そのためなら、愛した子供に恨まれようと、構わない。

2人はたった1人の子供が生きていける世界にするために、糧となることを選んだ。

 

 

「もし、父親と母親の血に導かれ、お前達に憧れ、お前達の影を追って、この地にやって来たら? 世界の命運を賭けた戦いに、巻き込まれていったとしたら?」

 

 

「―――その時は、数多の『英雄』が、子の前にたちはだからんことを。」

 

 

かつての最強は祈る。

『英雄』の洗礼を浴び、より強い冒険者にならんことを。

そして願わくは、数多の洗礼を受け、幾つもの壁を越え、『英雄』なんてものに至らんことを。

何より、私達を誇らしく語っても得なんて何一つない。親の七光りみたいになってくれるな、と。

 

 

「父親譲りの逃げ足は、誰かの窮地を救い、次に繋げるかもしれない」

 

「母親譲りの優しさは、誰かの涙を拭い、笑顔をもたらすかもしれない」

 

「『家族』の温もりを知ったその心は、凍える誰かに手を差し伸べ、温もりをわけてやれるかもしれない」

 

「『傷』の痛みを知り、涙の重さを知った、その弱い心は、同じく涙を流す誰かの傍にいてやれるかもしれない」

 

 

「そうか・・・」

 

 

2人の言葉を聞いて、慈しむように微笑むエレボス。

それと同じように吹き出すように、言葉を漏らす。

 

 

「酷い愛だな。 何も告げずにいなくなっておいて、物騒な愛情まで押し付けられて、心底申し訳なく、哀れに思えてくる」

 

「私達はゼウスとヘラの眷族だぞ? このくらいは序の口だ。 それに、親のいない子供なんて、この世界には腐るほどいるだろう?」

 

「ああ、【ファミリア】が健在だったらもっと酷い目に遭っている。絶対にな。 せめて『家族』の温もりを知っている分、あいつはきっと前に進める」

 

 

今は好きなだけ泣けばいい。

私達は好きにしたんだ、勝手なことをしたんだ。

なら、あの子も好きに生きて、勝手に生きてくれればいい。

ハーレム? 大いに結構、できるものならやってみろ。

『英雄』になりたい? 好きにしろ、なれるものならなってみろ。

 

 

「そして」

 

「そしていつか」

 

「「あの子の旅の物語を、聞かせてほしい」」

 

 

お涙頂戴でも、腹がよじれるほどの喜劇でも、どうしようもなかったんだと怒りに任せて怒りに来てくれてもいい。これから歩む長い長い旅の道のりを、お前だけの『冒険』をいつか、聞かせてくれと瞼を閉じ、微笑んで口にする。

 

 

「やれやれ、とんでもない眷属どもだ、まったく・・・・」

 

 

「エレボス。 もう私達にこんな問答をするのはやめろ。これ以上心を揺さぶるな、もう帰り路なんてない、見せるべき面もない、晒す首もない。大丈夫だ、中途半端なことをした私達といえど、己の使命くらい果たしてみせるさ」

 

「これから俺達は多くの血を流す。 世界を救う礎を築くために、『悪魔』と化す。これ以上の手段はない。これ以上の『試練』はない。もう僅かも持たない命・・・・ここで使い切ってやる」

 

「ああ、絶望をもたらし、希望のための『踏み台』となろう。それがここまで生き残ってしまった私達の、ほんの少しの幸福を味わえた私達の、最後の務めだ。 私たちの全てを、未来の英雄どもに託す」

 

 

迷いを振り切るように、決意を込めた力強い瞳を晒す2人の『英雄』。

たった1人の家族の生きる世界のために、残り僅かな命で『終末』を遅らせる。

たった1人の家族のために、『希望』をもたらせるように。

たとえ最低だと、勝手だと言われようとも。

いつまでもいつまでも、傍で醜く朽ち果てた死体に縋りついいて欲しくはないから、彼女達は足を進める。

 

優しいあの子は、醜く朽ち果てた私達の死体を見ることは耐えられないだろう。

優しいあの子は、傍で死んだ私達から離れることなんてできないことだろう。

泣き虫なあの子は、一歩も前に進めなくなることだろう。

泣き虫なあの子は、親離れすらできなくなってしまうことだろう。

だから、そう。

だから、これは2人からの最初で最後の『試練』。

 

 

『巣立ち』させるための、勝手な試練だ。

泣くのも良い、挫けるのも良い、大いに泣け、大いに笑え。

立ち止まり、苦悩し、振り返り、足元を見て、たくさん考えて。

『箱庭』を飛び出して、どこまでも進んでいけ。

 

 

 

 

「―――嗚呼、眩しいな。本来ならば、誰よりも讃えられなければならない、英雄達を、俺は黒い泥で穢し、罪人の烙印を押し付けようとしている。」

 

 

男神のせいで、子供は2人の英雄の名を堂々と呼ぶことができなくなるだろう。

男神のことを、心底恨むだろう。

英雄なんていないと、豪語するかもしれない。

 

 

「―――大いに結構」

 

 

男神はそれでも、謝りはしない。

誰かがやらなくてはいけないことに変わりはない。

子供がいたことは大誤算だったが、これから恨まれまくるのだ、なら1番最初に恨んでくれる相手がその子供なら嫌でも覚えていてやれる。

 

しかし、そうだな。

 

 

「まさか子供がいるとは思わなったなぁ・・・こればかりは、少し罪悪感がある」

 

 

せめてもの償い・・・いや、違うな、選別と言っておこうか。

ゼウスもいつまでもあの子供の傍にいるとは思えないし。

ここはひとつ、最初で最後のお節介を焼いてやるとしよう。

 

 

「なあ、アルフィア」

 

「・・・・なんだエレボス。まだ何か聞くことがあるのか?」

 

「いや・・・提案だ」

 

 

人差し指をピン、と立ててエレボスは言う。

 

 

「神は奪いもすれば、与えもする・・・・だから、俺は奪ってしまったから、与えておこうかと思う」

 

何を言いたいんだ、と2人は眉をひそめる。

 

「女神にでも・・・・そうだな、アストレアあたりがいいか? あいつに、その子供を託すというのはどうだ?」

 

「・・・・何?」

 

「膝枕してもらいながらヨシヨシしてもらいたい女神No.1のアストレア。 おっぱいでけーし、母性あるし、ザ・お姉さんって感じだし。あいつなら、その子供を託しても問題はないだろう? それをどうするかは、お前が見定めればいい。 子供がいつかオラリオにやってきたとして、どこぞの貧乏神の眷族になるより、今から知れる相手の方が、まだ安心できるんじゃないか?」

 

 

何かイラッとすることをサラッと言った気がするが。

どこぞの知らないアホ神の玩具にされるよりはマシか? と思案。

 

 

「もちろん、眷族として迎え入れるか、家族として迎え入れるか、派閥の団員としての活動を強制するかはアストレア次第だが・・・まぁあいつなら、『私の眷族になったからには毎日足を舐めてもらうわ』とか言ったりしないだろ」

 

「・・・・神々(おまえたち)は変態しかいないのか?」

 

「おっと失言。まあ、考えておいてくれ・・・っと、もう(これ)ももういいな」

 

 

筆を適当に走らせていた黒い本をアルフィアに手渡す。

アルフィアはそれを開くも、やはり何も記されてはいない。

神と義母と叔父の血を混ぜた特性のインクで作られた特殊な魔導書。

使うも捨てるも、運しだい。

 

「これには、何の効果があるんだ? 魔法を発現させるのか?」

 

「それもある・・・が、重要なのはそこじゃない」

 

「?」

 

「それには、俺達・・・・いや、俺はまぁ特にないとして、お前達2人の記憶(思い出)が封じられている。そして、それはお前達が死ぬまで、勝手に記されていく。むろん、断片的なものだからお前達が見てきたもの全てとはいかないが・・・」

 

「何の意味があるんだ・・・」

 

 

意味なんてあるわけないだろう。

それを見て、聞いて、何を感じるのかはその子供しだいだ。

だって、そもそもその子供がそれを手にする保障すらないんだから。

 

「私達の『冒険』を、この子も追体験する・・・そう思えばいいのか?」

 

「ああ、それでいい。 そして、それも含めて、その子供の『冒険』となる」

 

 

過去を知り、傷の痛みを知り、今を歩き、ただ進め、どこまでもどこまでも。

無意味で結構。

無価値で結構。

意味があったのかは自分で決めろ。

 

 

「はぁ・・・・わかった。これは『運』に任せて、仕舞っておくとしよう」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 

そうして、仕舞われていく黒い魔導書。

これはいずれ、この場所に訪れた子供が手にしてしまうもの。

 

「あー・・・・そうそう、アルフィア、ザルド」

 

「はぁ・・・まだ何かあるのか?」

 

「いい加減、鬱陶しいんだが?」

 

「本当に、ほんっとうに、これで最後だ。 お前たちは・・・・それでも、子供を、愛していたか?」

 

2人は至極当然のように即答で返した。

微笑んで返した。

 

「「言うまでもなく」」

 

 

 

 

最後に。

そして最後に。

エレボスが口にする。

 

それは2人に対してではなく、これを視ている少年に対して。

 

 

 

「では少年、長らくの旅路ご苦労であった。 ああいや、ご清聴ありがとうございました、と言うべきか? どうだ、『剣』を握った時の高揚感は味わえたか? その時初めてお前は冒険者になったということだ。 どうだ、アストレアに出会えたことは。 嬉しかったか? 救われたか? それはなにより。 俺のことを恨んでいるだろう? ああ、恨んでくれ、じゃなければ困る。 悪である俺が恨まれないなんて、堪ったもんじゃない。 だが・・・・お前の『家族』は、お前を最後の最期まで、愛していたよ」

 

 

それでは、少年。

この本はこれをもって役目を終える。

もう二度とこの本は開かない。過去を、憧憬を乗り越えること。それこそがこの光景を最後に見せる条件だ。ならば、これにてお終いだ。

この魔導書は仕様上ボロクズとなるから、二度と触れることも出来ない。

お前がどのような道を歩いているのかを、俺達は知らないが・・・そうだな、いずれ、聞かせてくれ。

 

 

「ああ、そうそう、もしアストレアが引き取ってくれたならお前、俺に感謝しろよ? んでもって、ハーレムとかできてたらもっと感謝しろ。アストレアにお相手してもらったんなら、俺にも分けてくれ。アストレアにお相手してもらえるとか羨ましすぎる。いやマジで」

 

 

最後の最後にくだらない事を言った神はやはり不敵に笑って、次第に淡い光に包まれて景色は溶けていった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「・・・・・」

 

 

少年――ベルは、瞼の中に溜まる水滴を感じた。

それを零れ落とさないよう、睫毛を震わせる。

 

 

「・・・ぅ・・・・けほっ」

 

薄っすらと目を開きかけるものの、眩い光にすぐ閉じてしまう。

迷宮の闇に慣れすぎた深紅(ルベライト)の瞳には、単なる魔石灯の光さえ酷だった。

瞬きもできず顔をしかめ、次に体が異常に重たく感じられた。

 

「・・・・・けほっ」

 

呼吸も少し、苦しい。

体を動かそうと身じろぎをするも、触覚がまだ覚醒しきっていないのか鈍い痛みが全身を包み込んでくる。喉は乾いてしまっているのか、咳はでるし、鼻から空気を吸えばツンッとして、それが長らく嗅いでいなかったかのような消毒液の匂いだと気づくのにも時間がかかった。

 

真っ白。

真っ白な空間だ。

耳もまだよく聞こえていないのか、それとも自分ひとりだけ見知らぬ世界に来てしまったのか、何も音が聞こえない。けれど自分の咳は聞こえているのだから、聴覚を失ったわけではないのだとすぐに認識する。

 

「ァ・・・ィ・・・ォ・・・・ん」

 

一緒にいたあの人は、無事だろうか。

意識を失う寸前、口から滝のように血を吐き出して、腹からは大きな、肩に担げるほどの黒いイチモツが生えていたから、きっと彼女は悲鳴をあげてしまったかもしれない。それでも、あの時、彼女を押しのけていなければ、彼女まで貫かれていたかもしれない。あの嫌いな体に、綺麗な肌に、あんなものが突き刺さってしまっては、消えない傷になってしまっていたかもしれないし。うん、別に問題はないはずだ。良くある話だ、冒険の終わりに英雄が集めたものを、子悪党がちょろまかす。それだけのこと、ありきたりなオチのひとつだ。彼女がいなければ、『残滓(かのじょ)』に勝つなんてできなかった。彼女がいなければ、暗い闇の世界で、一人怯えて泣いていた。一緒にいてくれただけで、何より、救いだった。だから、そのお返しに無事に帰れますようにと、背を押しただけだ。

 

「・・・・・・・・」

 

正直なところを言えば、親殺しをした。

その罪を、彼女も背負うと言った。それだけで、少し不謹慎かもしれないけれど罪の重さが軽くなったような気がして、頼もしかった。

命を救う役割を担う彼女の目の前で、命を投げ出すようなことをした僕はきっと怒られるかもしれないけれど、それでもやっぱり少しくらいは罪の意識というか、このままお義母さんのところに行けたら・・・と思わなかったと言えば嘘になる。

 

「・・・・・ぐすっ」

 

ゆっくりとぼやけた視界を、瞼を上げていく。

光にも慣れ始めた視界は、今度は無駄な水分を浪費して歪んでしまっていた。

そして、伝っていった。

何とか体を動かそうとして、手を掴まれているような、握っているような感覚を感じて目線を右へと向けた。

 

ぼやけていた像はやがて焦点を結んでいき、色を帯びて、胡桃色の髪を映した。

ベルの眠っているベッドに突っ伏すように、しかし手をぎゅっと握りしめて、すぅすぅと寝息を立てている。視認と共に、手から温もりを感じ始めて、ほぼ反射のようにぎゅっと握り返してしまって。

 

「・・・・んっ」

 

胡桃色の髪の彼女は、浅い睡眠から覚醒して、ぼんやりとした顔をあげて、同じくぼんやりとしている顔のベルを見て、徐々に目を見開いていく。そして、ポロポロと涙をこぼし始めて握りしめている手に頬ずりして、何度も何度も、良かった、良かった。と連呼する。

 

 

「ア、ストレ・・・様・・・?」

 

「ええ、ええ・・・! 私よ、よかった・・・・本当に良かった・・・!」

 

 

彼女はひどく疲れているはずなのに、そんなところは一切表に出そうとせずベルの頭を優しく撫でて、抱き着いて、唇まで落としてくる。瞼の下には睡眠不足かクマをつくって、髪は少しボサついて、いつも着用している彼女の衣服の袖は涙でも拭ったか皺も酷い。なのに、そんなことを一切気にせず、泣いていて、気が付けばベルもまた幼い子供のように、悪夢が覚めたことを理解したように、彼女の胸に顔を埋めるように、泣きわめいた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――それでね、アリーゼが貴方を運んできたときは、大変だったのよ? 階層主(ウダイオス)の剣山に貫かれて、両足の太もも、お腹・・・ど真ん中ね? 心臓を回避していたのが凄いくらい。それと、腕もやられていたのか、左腕が途中でもげちゃったらしくて・・・」

 

 

ベッドの角度を調整して、痛まないか確認しながらベルの上体を起こさせるアストレアは顛末を語る。付与魔法(エンチャント)でタイムレコードを切れるくらいの速度で地上へと向かっていたアリーゼとアイズ。しかしその途中でベルの腕は捥げ、2人は大慌て。27階層で声をかけてきた人魚の異端児、マリーに『人魚の生き血』を分けてもらい手当。回復薬を切らしてしまった以上、頼るしかなかったのだ。そしてアリーゼの付与魔法(エンチャント)で可能な限り傷を焼いて塞いだ。その後は真っ直ぐ地上へと進出し、メインストリートを突っ切って【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に突撃。

 

ダンジョンに向かう冒険者、帰還した冒険者、ギルドの人間、街の人々、治療院の治療師達は、それはもう・・・・有名どころの聖女様が血まみれで帰ってくるわ、トマト野郎どころかミンチ野郎になってる白兎に阿鼻叫喚、悲鳴のオンパレード。なんならベルの担当アドバイザーは予想だにしていない出来事にひっくり返った。治療院から『星屑の庭』に帰ってきたアリーゼは全身ベルの血で真っ赤に染まっていて、彼女本人はみんなを心配させないように

 

「今日は多い日だったの! テヘ☆」

 

とか言っていたけれど、鼻の良い狼人のネーゼが顔を真っ青にしたことでそれが姉達に伝播。大急ぎで治療院に駆け込むも、【フレイヤ・ファミリア】の治療師へイズが死んだ魚の目をさらに死なせたくらいやばい目をしながら

 

「今はちょっと勘弁してもらえませんか・・・? ベルきゅん、貴方達が騒いだ勢いでぽっくり逝きそうなんで」

 

と言われ追い出された。

落ち着かない数日を待たされ、ようやく面会できたと思えば包帯ぐるぐる巻きのミイラ状態。

 

「あれ? うちの兎ちゃんはアンデットだったかしら?」

 

と思うほどの状態で、数回心臓止まってましたと聞いたアストレアはいよいよ倒れた。

なお、アミッドはベルほどではないもののそれでも中身が相当ダメージを負っていて『精霊』の魔法を槍でガードしていたと言えど、その腕はボッキボキ。見えない音の暴風のせいで内側はボロボロ、過度なストレス環境下にいたせいかそれが祟るように熱まで出す始末。ベルが目覚めた今もなお眠ったり起きたりを繰り返しているらしい。

 

 

 

「――――というわけ。 みんな交代で貴方の部屋にいたのだけれど・・・・落ち着かなくって、【ガネーシャ・ファミリア】にも都市の巡回はしなくていいって追い返されるくらいでね?」

 

まあ全員、睡眠不足なのだ。

自分の部屋で寝ることもなく、ある者は【ロキ・ファミリア】に報告に行ったり、またある者は【ヘルメス・ファミリア】に報告に行ったり、なんで『黄昏の館』に歌人鳥(セイレーン)がいるんだよ!となったり・・・バタバタして、最終的にリビングで雑魚寝。

 

 

「治療費は、ウラノスが出してくれるってことらしいんだけど・・・その、ディアンケヒトがね? アミッドを無事帰還させてくれたのだからもう何も言うな! 言ったら金をとるぞ! って言ってきたの・・・だからもう、治療費は気にしなくていいってことになったの」

 

 

ディアンケヒトはお百度参りをしていたらしい。

神なのに。

 

 

「それと・・・そこ、部屋の隅に真っ白の塊あるでしょう?」

 

アストレアが、ベッド――ベルから見て正面の壁に立てかけられている白い塊を指さす。

純白だった。

まるでベルの髪と同じような、処女雪を彷彿させるような真っ白な塊。

それを指さして、困ったように微笑むアストレアは口を開く。

 

「【猛者】が、餞別だって・・・・なんでもウダイオスの『ドロップアイテム』らしいわよ? ウダイオスって黒なのに・・・ねぇ? 彼、口数が少ないものだから私にはよくわからなかったの」

 

 

オッタルはあの後、一人で階層主と戦闘を行っていた。

異常事態で生まれた者であるなら、それをそのまま放置しておくわけにもいかなかったからだ。

生まれたウダイオスは、ベルの放った『英雄葬送(アルゴウェスタ)』の壁に残っていた炎を纏うような姿になり、その炎の『浄化』にでも当てられたか黒ではなく白に変色し、雑兵達もまたウダイオスが撒き散らした炎を受けて炎を纏った状態の者とそうでない者とが殺し合い。地獄絵図が生まれていた。モンスターを変異させる異常事態にオッタルも魔法を使って速攻を決めざるを得なかった訳だが、そのウダイオスとの戦闘に時間はかからなかった。弱かったわけではない、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()状態だったのだ。

 

そうして回収したウダイオスの白剣の一部を治療院に持ち込んだオッタルは部屋に置いていった。

へイズはせめてラッピングしろとか、床に傷が・・・とか思っていたし、話を聞いたアストレアはやっぱり理解できなくてとりあえず「うん」と頷くしかなった。

 

 

「返せと言ってくることはないでしょうから・・・・もらっておきなさい・・・すごいのよそれ、ずっと熱を放ってるの。この部屋が暖かいのもそれのおかげ」

 

「・・・・どう、しましょう?」

 

「貴方の好きにしなさい?」

 

「・・・・・は、い」

 

「それと・・・これは少し、貴方には残念なことかもなのだけれど」

 

「?」

 

ベルが眠っている間、ロキ、ヘルメスとで話し合いを行っていた。

と言うのも、今回はロキとヘルメスの眷族、そしてディオニュソス・・・というよりはぺニアの眷族が死んでしまったことなのだが、それとは別で()()()()()()()()()()()()()()ことについてだ。自分の眷族達の命を助けてくれたベルのことだ、目の前でその助けた命が死んだとなれば、まだ幼い彼からしてみれば耐えがたい苦痛なはずだと。そして()()()()()()()を知られてしまった場合、また狙われる可能性があるのではないか? ということ。

 

『すまんけどアストレア・・・』

 

『ベル君には申し訳ないが・・・しばらく、オラリオを出てもらった方が良いかもしれない』

 

そう、ベル・クラネルの死を偽造するしかなかった。騙す

勿論これは、仲間でさえ騙す必要性があるため、今はまだベルは何度も峠を上り下りしている・・・と、そう濁している状態だ。生存を知っているのは治療院の者とアストレアの眷族達、そしてロキとヘルメス、ウラノスのみだ。

 

「ずっと、というわけではないの・・・アミッドが目覚めて、期日を見て人工迷宮(クノッソス)へと侵攻というのが今の予定。今はまだ、状況整理中。こればかりは『勇者』次第としかいえないわ」

 

「・・・・」

 

「ヘルメスの真似をするなら、今は一度、貴方と言う『カード』を手放す。 その理由は『エニュオ』に気づかせないため、もうあの厄介者はいないんだと思わせるため」

 

「・・・・僕、一人で出て行くんですか?」

 

「いいえ、そんなことはしないわ」

 

「・・・アストレア様は?」

 

「私がいなくなると、アリーゼ達のステイタスを更新できなくなっちゃう・・・だから、外にいる信頼できる女神に頼むの」

 

 

あの子、貴方の話を聞いて激おこぷんぷん丸だから。

女神はクスリ、と笑った。

 

 

■ ■ ■

 

 

アストレアと話していると、バタバタと足音が複数。

そして、勢いよく扉が開く。

 

「ベル、起きました!?」

 

「ベル君は生きてますか!?」

 

「ベル様、ベル様ぁ!?」

 

「「「おかえり、ベルぅぅ!!」」」

 

 

多種多様な、けれどだいたい似通ったような言葉の羅列が飛び交う。

輝夜にアーディに春姫に、エトセトラエトセトラ。

ベルがこちらを見ているのを見て、痛々しい姿ではあるものの彼女達はよかったぁ・・・と深く息を吐き捨てる。

 

 

「貴方達、まだベルは体が痛むだろうから・・・・お触りはダメよ?」

 

「ベル様痒いところはございませんか!?」

 

「ベル君、痛いところはない!?」

 

「貴方達・・・・」

 

 

半ば暴走状態な乙女達。

しかし仕方がない、こればかりは仕方がないとアストレアも強くは言えない。

けれど、アストレアはひとつ、失念していた。

暴走状態になってもおかしくないのは、何も乙女達だけではないということを。

 

「ベル・・・・おかえり」

 

「・・・・・ぇぅ」

 

「ぷふっ、なんだそのカエルが潰れたような声は」

 

アストレアの隣、ベルの横に立って頭を撫でる輝夜を見て瞳を泳がせるベル。

まるで、()()()()()()()()()そんな顔だ。

ぷるぷると両腕を震わせて頭の上に置かれた輝夜の手を握って、何度もにぎにぎと感触を確かめて、また輝夜の顔を見る。

 

「・・・・?」

 

どうしたんだ? 首を傾げる輝夜。

ぷるぷると腕を震わせて輝夜の着物の衿へと手を伸ばし、掴んだ。

 

そして。

 

 

「―――――フンッ」

 

がばっ!! と左右に開いた。

勢いよく開かれ、肩から肘上まで露出、なんなら上半身裸な状態にされた輝夜は固まった。

 

「・・・・・・・は?」

 

いや別に? 

ベルにそういうことされるのも構わないのだけれど?

今日はやけに積極的なんだな?

とか?

思う以前に、普段そんなことをしてこないベルがそんなことをしてきたものだから、輝夜の思考回路はショートした。ぽよんぽよん、と大きく実った2つの乳房が揺れ、そこに顔を埋めて頬ずりしてくる。

 

室内は、静寂に包まれた。

そして数秒の静寂と共に乙女達は声を上げた。

 

 

「きゃあああああああああ!?」

 

「ベル様ぁあああああああ!?」

 

「命かけてたから!? 命かけてたから、盛っちゃってるの!?」

 

「みんな見てるところで!?」

 

「扉! 扉しめてマリュー!?」

 

「か、輝夜のおっぱいがめっちゃ揺れてた!?」

 

「輝夜が、いつも本拠で下着姿でうろついてベルに当たり前のようにおっぱい見せつけたりしてる輝夜が、固まってる!?」

 

「ア、アストレア様も固まってる!?」

 

「え、なに、今っておっぱいを出す時間なの!?」

 

「そんな時間があるの!?」

 

 

乙女達のきゃーきゃー音。

勢いよく扉は閉められ、けれど状況が状況なだけに大混乱。

 

「お、おいベル・・・・その、嬉しいがさすがに・・・」

 

「ぐすっ・・・本物? 本物? 本物・・・?」

 

引っ付いているのを、離そうと肩に手を置いて、そこでベルが輝夜の胸の中を、()()()()()()()()()()()()()()()()と確認するように、縋るように泣いているのがわかって、輝夜はそのまま乳房で埋もれさせるくらいぎゅっと抱きしめた。

 

「ああ、本物だ・・・・そうか、お前は私が消えたところまでしか知らなかったな」

 

ベルからしてみれば、腕を斬り飛ばされ、水の中に落ちた輝夜は、モンスター達の餌になって死んだと思われてもおかしくはない。ましてやアルフィアの偽物に出会っていたのだから、輝夜が実は偽物なのではないかと混乱してもおかしくはないのかもしれない。そう思うと、全員は黙りこくるしかなかった。乳房の、谷間の中を何度も確認するように触って、そして斬り飛ばされた腕を何度もペタペタと触って確認する。

 

「好きなだけ確認してくれ、それでお前が安心できるなら」

 

「ぐすっ、ひぐっ・・・うえぇぇ・・・」

 

「ああもう、鼻水っ! 汚いっ! 春姫、ティッシュ!」

 

「は、はぃぃ!? ベル様、ちーんってできますか!?」

 

涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃなベルを甲斐甲斐しく世話をする。

痛むだろうに体を動かして、上半身裸な輝夜に抱き着いて、決して離れようとはしない。そのことを誰も責めることもできない。アリーゼから何があったのか、あくまで推測ではあるものの聞かされてはいるのだ。自分の手で偽物とはいえ親殺しをしたベルの心が不安定な気がして、今は好きにさせてやるのが一番なんだと、そう思うしかなかった。

 

「えっとぉ・・・・こほん!」

 

 

アストレアがようやく再起動、なんならアリーゼに背後から乳揉みをくらっているのもお構いなしに咳払い。

 

「みんな知っているだろうとは思うけれど、改めて・・・ベルが目を覚ましたわ。だけど、みんなには悪いのだけれど、アリーゼちょっと胸から手を離して。こほん、みんなには悪いのだけれど、敵……つまりエニュオにこの子の存在が気取られないようにしたの。つまり」

 

「ベルを死んだことにするんですよね? それを周りに言いふらさないように」

 

アリーゼが真面目な顔に切り替えて、口を挟む。

そう、と頷いて派閥の人間ではないアーディにも申し訳ないけれど・・・と謝罪。

 

「知られてしまうと、この子は狙われるかもしれない・・・・そのために、仲間内とはいえ、隠してほしい。 言いたいかもしれない、でも、内緒にしておいてね?」

 

「「「はい!」」」

 

 

手をぱちん、と叩いたアリーゼはせっかくだから、あれ、やっときましょう! と正義の眷族達をベッドの周りに集めた。

 

 

「ベルと春姫はやったことないでしょ? だから景気づけにやっときましょ!」

 

 

それが何なのか、見ていた2人は目を見開いて瞳を輝かせた。

すぅーっと息を吸って。

そろって、けれど外に響かないような声量で。

 

 

 

「正義の剣と翼に誓って!」

 

 

 

 

この日から数日後、ギルドを通してベル・クラネルの死亡が伝えられた。

 

 

■ ■ ■

 

 

ベル・クラネル

Lv.5

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

幸運:G

魔防:F

精癒:H

対異常:I

 

<<スキル>>

人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)

パッシブ:自身に害ある存在からの遭遇率を減らす(認識されにくくなる)

アクティブ:自身でトリガーを設定し、害あるモノを誘引する

反響帝位(エコロケーション):自身を中心に音波を聞き取り人・魔物の距離・大きさを特定。対象によって音波変質

 

追憶一途(ノスタルジア・フレーゼ)

・早熟する

・懸想が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果向上

魔道書【記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】の影響発生時、効果向上。

    

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型の敵に対し攻撃力、高域強化。

・人型の敵に対し敏捷、超域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動発動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与

・魔法に浄化効果付随

 

※魔法と複合起動可能

 

憧憬夢想(デイドリーム・トロイメライ)

星乙女の加護(アストラエ・ディパル)

一定周期変動(サーカディアン・メメモントモリ)

任意発動(アクディブ・オン)

・体力及び精神力の自動回復(オート・ヒール)

 

 

<<魔法>>

 

□【サタナス・ヴェーリオン】

詠唱式【福音(ゴスペル)

・不可視の音による攻撃魔法を発生。

・任意で使用武器に振動を付与。

 

 

■スペルキー【哭け(ルギオ)

・周囲に残っている音の魔力を起爆。

・聖属性

 

 

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】 

□詠唱式【天秤よ】

・対象との武器もしくは、詠唱済み魔法を入れ替える。

・魔法のみ登録可能。

・登録可能数×残り1

■登録済み魔法:【ジェノス・アンジェラス】

・詠唱式

【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】

(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】

【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】

【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】

【代償ハココニ。罪ノ証ヲモッテ万物(すべて)ヲ滅ス】

【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア才禍化身才禍女王(オウ)―――哭ケ、聖鐘楼】

 

 

□【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】

 ・一定範囲内における自身を含む味方の全能力を上昇させる。

□【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】

 ・一定範囲内における自身の敵対者の全能力を低下させる。

■追加詠唱

【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ――ディア・エレボス】

 ・範囲内における敵対者の戦意を大幅低下(リストレイトに近い状態にする)。

 ・恐怖付与。

 ・効果時間中、自身を含めて一切の経験値が入らない。

※効果時間5分。

 

 

□【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】 

 ・聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)との複合起動時のみ。

□【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】

 ・一定範囲内における自身もしくは味方の1人全能力、生命力を上昇させる。

 

 

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 ・絶対安全領域の展開

 ・回復効果

 ・効果時間15分

 

長文詠唱

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

【我はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方を憎んでいる。】

【されど】【されど】【されど】

【我から温もりを奪いし悪神よ、我を見守りし父神よ、我が歩む道を照らし示す月女神よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【救いを与え、揺り籠のごとく安らぎを与えよう】

【何故ならば――我が心はとうに救われているからだ】

 

 

・月下条件化において月が隠れない限り効果範囲拡大

・月下条件化において詠唱式変異

 

【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】

【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】

(わたし)はもう何も失いたくない。】

【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる。】

【我から温もりを奪いし悪神(エレボス)よ、我を見守りし父神(ゼウス)よ、我が歩む道を照らし示す月女神(アルテミス)よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女(アストレア)ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】

【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】

【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】

【我は拒む、傷つくことを。我は拒む、奪い奪われることを。我は、故に、拒絶する。】

【今こそ、(おまえたち)が奪ったモノを返してもらおう】

【だから大丈夫、今はただ眠るがいい。】

【目が覚めれば汝を苛む悪夢は消えている。】

【大丈夫、その心を許し、我が手を取りなさい。それだけでいい。】

【汝が歩むべき道を照らし示そう。】

【たとえ闇が空を塞ごうとも、天上の星光が常に我等の帰るべき道標となるだろう。】

【故に、その温もりに身を委ね、あるべき場所へと帰りなさい。】

乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)

 

・効果時間15分

・回復効果

・雷属性付与

 




憧憬夢想(デイドリーム・トロイメライ)

デイドリーム:「白昼夢」。 転じて、幻想や夢想といった意味合いでも用いられる。
トロイメライ:「夢」「夢想」。
サーカディアン:おおよそ一日のリズム。
メメモントモリ:「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」「人に訪れる死を忘ることなかれ」


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小休止編
アルテミスレコード①


暗い話続きだったからね、ふざけていこうね


「くあぁ・・・・」

 

 

体に走る鈍い痛みと共に、目を覚ます。

激痛というよりは、体を動かすとジンジンっとくる、もうしばらくじっとしておきたいなと思ってしまう程度の痛み。治療院をこっそり退院し、迷宮都市が静まり返っている薄暗い時間帯に白髪の少年――ベルは、都市外に出荷された。

 

 

「・・・・・ァルテミス、様ぁ?」

 

 

都市から出荷され、荷受人こと月女神アルテミスのもとに少年は身を置いている。

ご丁寧に真っ白な包帯(リボン)でラッピングまでされていたベルを見たアルテミスは、それはもう顔を赤くしたり青くしたりした。

 

 

『ヘルメス、お前か?』

 

『ううん、違うぜ?』

 

『だいたいお前のせいだったりするだろ? もうお前でいいだろう?』

 

『ううん、よくないぜ?』

 

『よくもオリオンをキズモノにしてくれたな?』

 

『キズモノ・・・・ちょーっとそのワードは違う気がするなぁ・・・・あと俺じゃないぜ? だから俺の鳩尾をグリグリするのやめてぇ!?』

 

 

そんなことがあったのだ。

ベルは今一度、状況を整理。

隣にはアルテミスが眠っていたはずなのだが、もう既に着替え済みなのか畳まれた寝巻が枕元に置かれている。本神(ほんにん)の気配は近くにはない。

 

 

「―――ベル君や、起きたかね?」

 

「・・・・・?」

 

 

ぼんやりしていたせいか、気配に気づけなかった。

テントの出入り口側で腰を下ろしている1人の少女がいた。

 

「ハローハロー・・・・ん? なんか違うな。 グッドモーニング、ボンジュール、グーテンモルゲン、ボンジョルノ! むぅ・・・神様の言葉は難しい」

 

腕を組み、唸る彼女は女神アルテミスが拾って育てた捨て子のランテ。

母乳の出ないアルテミスは雌熊の乳を飲ませて育てたのだという。もっともそんな話をすれば、アルテミス様のお乳!? ぐへへ・・・と言っちゃうちょっと変わった少女だ。そんなランテはベルを真上から見下ろすように四つん這いの姿勢になって近寄ってくる。

 

「まぁまぁいいさ。とにかく朝が私達を呼んでいる! さぁ、今日も張り切って、一日をはじめましょー! 」

 

「・・・・・」

 

「今日もいい天気! そして私は1番乗り!」

 

「・・・・・あの」

 

「さて、皆曰く『我等が女神の眷族にあるまじき喧しい声』で叩き起こしてやるとしましょー!」

 

「・・・・けほっ、あの」

 

どこか、アリーゼに似たノリな彼女は、朝っぱらからやけにテンションが爆アゲだった。

四つん這いで真上からベルを見下ろしながらニコニコと言う彼女のノリに、ベルはついていけていない。

 

「我等が麗しのアルテミス様・・・嗚呼、どのような寝顔をされていらっしゃるのかしr・・・・あ、あれ!? アルテミス様は!? ベル君、アルテミス様をどこにやったの!? まさか食べた!?」

 

「・・・た、食べませんよ!?」

 

「だ、だって・・・だってだって、男は狼だって言うし・・・アルテミス様はベル君のことを『オリオン』って言ってベタ惚れで? 『アルフィア達を止めていれば、あの子は傷つかずにすんだんだ・・・だから、あの子が他の女とくっついても私はあの子の幸せを願うだけだ』なんて黄昏ながら言っちゃう健気な感じだし? まさかアルテミス様の口から『私はこの子と一緒のテントで寝る』なんて聞いたときは、みんな持っていたお皿を零して食べ物を土にリリースしちゃったし? 2時間くらいテントの前でアルテミス様の喘ぎ声が聞こえないか張ってたくらいだし?」

 

「なんてことを・・・・」

 

「スンスン、スンスン、いやはやしかし・・・スンスン、アルテミス様を起こしてあげようと思ったのに・・・あ、君を起こそうとも思ったよ? ほんとだよ? アルテミス様は何処へ・・・・スンスン、スンスン」

 

ずいずい、ずいずいっと四つん這い姿勢のまま、仰向けに眠っているベルを跨ぐようにしてテント内の匂いを嗅ぐランテ。 この人は犬人だったろうか? と思えなくもない行為に、けれどアリーゼさんも似たようなことするしなあと特に気にはしない。年上のお姉さんの悪戯なんて、ベルはもう慣れっこなのだ。そんなランテをぼーっとした頭のまま見ていると、ランテはベルの横の枕元に置いてある薄布を手に取って顔を埋めていた。

 

「スー・・・・・ッハァ・・・・・嗚呼、女神様っ!!」

 

訂正、この人はダメかもしれない。

 

「真っ白なベビードールに、胸元には水色のリボン・・・こんな薄着で寝転がるアルテミス様はきっと、寝返りを打つたびにその瑞々しく実った果実が形を歪めて、そんなアルテミス様の無防備な姿をベル君だけが独り占め・・・なんて羨ましい」

 

「確かに・・・アルテミス様は僕が眠るまで、僕のことを見ててくれてましたけど・・・」

 

横向きになったアルテミスの乳房は当然のように形を歪めていた。

その瑞々しく美しい肌に、滑らかな曲線を描く谷間に釘付けにならないのか?と言われれば嘘になってしまう。

 

「私達基本、水浴びオンリーになることが多いのに・・・アルテミス様はいつもいい匂い・・・・羨ましい・・・」

 

そっと広げたアルテミスのベビードールに両手を合わせ拝むランテ。

 

「君も事情はある程度聞いてるけど・・・・私達の派閥って20人全員が女の子、ずばり乙女の花園! 男子禁制! 男女交際禁止! 派閥内恋愛禁止! 勿論どこかで男の人を捕まえちゃうのもダメ! 手を握るのもアウト! 貞潔神の眷族は純潔を尊ぶべし! なので、男のおの字も知らない私が、美しくてかっこいい女神様に見惚れたりしちゃうのは仕方のないことなんだよ」

 

そう、致し方ないことなのですー。むふふー。

そう笑うランテは、ベビードールに残っている女神臭を吸引。

 

「君だって、大好きな女神様の匂いをくんかくんかしちゃうでしょ?」

 

「・・・・・し、しないです」

 

「えーほんとにー? アストレア様って滅茶苦茶綺麗だし、お胸大きいし、ほんわかーって感じでしょ? それで同衾してるんでしょ? あれかな? 同衾してるってことは君もふもふしてそうだし、抱き枕にでもされてあのお胸の谷間に顔突っ込んで女神様の匂いに包まれながら幸せな夢を見ているn――――」

 

「【もうやめてよぉ(ゴスペル)】」

 

「ふぎゅっ――――!?」

 

 

まだ早い早朝。

【アルテミス・ファミリア】の乙女達はその日、綺麗な鐘楼の音とドサッと落ちるランテの音で目を覚ました。

 

 

 

 

 

「それでランテ、何か言うことはあるか?」

 

朝食時。

もくもくと静かにスープを口に運ぶ乙女達とベルの視界の端で、腕を組んでいるアルテミスが正座させられているランテにお説教をしていた。

 

「す、すすすす、すいません・・・・・ちょっと、その・・・・男の子がいるって珍しいし? アルテミス様が一緒に寝るなんて言うものだから、気になっちゃって・・・」

 

「私の寝間着に抱き着いて匂いを吸っていたそうだが?」

 

「!? だ、誰がそんなことを!?」

 

「オリオンが教えてくれた」

 

「べ、ベル君! 2人だけの秘密って約束したはずじゃ!?」

 

「え、してないですけど・・・・」

 

 

ガーン! ランテは雷に打たれたようにショックを受けた。

黙々と朝食を食べる乙女達は、口々に『ごめんね・・・・』『朝から五月蠅かったでしょ・・・』『でも加減はしてあげてね? Lv.5の魔法とかシャレにならないから』とアルテミスの邪魔をしないようにベルに謝罪を入れている。団長のレトゥーサもまた、静かに溜息をついた。

 

 

「うぅぅぅ・・・で、でも! みんなだって気になってるんです!」

 

 

しかしランテは全員を巻き込んだ。

嘘でしょ!? とでも言うかのように全員がランテへと振り返った。

 

「だって、だって、アルテミス様ったらベル君がアストレア様とイチャコラしてても――」

 

「イチャコラ言わないでくれないか、ランテ」

 

「あ、すいませんつい・・・・えと、ぴっぴな関係になっていても嫉妬するわけでもないし、遠いところをみながら、ご自分のことを責めるし・・・そんな寂しそうなアルテミス様の顔、私は嫌なんです!」

 

「・・・・ランテ」

 

「アルテミス様だって、恋をしたっていい! 可愛いところを見せてくれるアルテミス様を、私達は見たいんです!」

 

「それは・・・しかし、だな?」

 

「いいじゃないですか、1人も2人も今更変わりません! 私達に恋愛禁止って言ってるからとか、気にしないでください! なんなら寝とっちゃえばいいじゃないですか!」

 

「オリオンがいる前で寝とるとか言わないでくれないか!?」

 

バンバン、と地面を両手で何度も叩いて勢いでアルテミスをまくし立てるランテ。

混ざっちゃえばいいじゃないですか、だとか、寝とっちゃえばいいじゃないですか、だとか。なんてことを言うんだ、とアルテミスとしては至極当然のことを言い返す。

 

「レトゥーサさん、寝とるって・・・・」

 

「・・・・・・・ごふっ、わ、私に振らないで欲しい」

 

そんな会話が当たり前のように聞こえるのだから、朝食を取っている面子とてその手の話題にもなってしまう。

 

 

「とにかく! 私達はアルテミス様が『オリオンしゅきぃ~』とかなんかそういうことをして、可愛いところを見せてくれるのを期待しているんです! アルテミス様、ただでさえあまり表情変えないんですから! もっと笑顔とか見せてください! 寂しいじゃないですか!」

 

「ああもう、わかった、わかったから・・・ランテ、お前の気持ちはわかったから! 」

 

ランテ曰く『女神様度』が高いというのか・・・アルテミスは美しくて、静かで、潔癖で、普通に小鳥がチュンチュン鳴いて指とか肩にとまってくることもあれば鹿とか狼とか熊がすり寄ってきたりもする。が、その表情はあまり変わらない。そんな彼女の幸せを、ランテは誰よりも願っているのだ。やってることは変態行為だが。

 

「覚えてないですけど、アルテミス様は、幼い私を雌熊のおっぱいで育ててくれたんですよね?」

 

「ああ。下界に降りた身で、何より私は処女神だ。お前を育てるための乳は出せなかった。」

 

「ぐふ、ぐふふふ・・・・まさかアルテミス様の口から、お乳なんて言葉が聞けるとは・・・」

 

「お前と言うやつは・・・」

 

お説教がなんやかんやと終わったと思えば、また別のことを口にして、アルテミスは蔑んだ目をランテに向ける。はっとなってランテはすぐに口ごもるが、こんなやり取りもだいたいいつものこと。眷族達の前で全然笑わない女神様を笑顔にしようというランテなりの道化を演じているにすぎないのだ。

 

 

「あのアルテミス様!」

 

「? また私を怒らせたいのか?」

 

「い、いえいえ! もし、ですよ? もしベル君が赤ん坊で、捨てられてたらアルテミス様はどうしますか?」

 

 

ランテのように赤子で捨てられていたら、同じように雌熊の乳を与えていたのだろうか? という意味の質問なのは眷族達もわかりきってはいた。時折食べにくそうにしているベルを、左隣に座っているレトゥーサが介助していて、右隣にアルテミスが腰を下ろし介助を交代する。自分で食べれるというベルの意思を尊重して、あくまでも辛そうにしている時だけ・・・。そしてランテの質問を流そうにもじーっと見つめてくるものだから、アルテミスは溜息をついて少しだけ考えた。

 

「赤子で、ランテのように捨てられていたら・・・・か」

 

「はい! アルテミス様の『オリオン』なんですから、どうなんだろうなーって」

 

「―――――私自身の乳を与えていたかもしれない」

 

「ブフゥッ!? ゲホッ、ゲホッ、痛っ!?」

 

 

処女神だから出ないと言っていたのに、相手が相手なら気合で出すとでもいうのか。アルテミスのちょっと顔を染めての発言にベルは口に含んだものを吹き出して咳き込んで、痛みに悶えた。

 

 

「ベル君・・・」

 

それを神妙な面持ちで見つめてくるランテ。

涙目でアルテミスに背中を摩られているベルはランテを見つめると、彼女はゆっくりと親指を立てて口を開いた。

 

 

「アルテミス様のおっぱいの味、今度教えて! 禁止とは言われても興味があるものは仕方ないから!」

 

「嫌ですよぉ!?」

 

「さ、さぁ、お前達! 食事を終えて支度を整えたら移動を開始するぞ! 今回はこの森の近くの村から巨大な猪型のモンスターが出たという話がある。それを討伐する!」

 

「けほっ、けほっ、ぁい」

 

「オリオンは無理しないでくれ、何かあったらアストレアにあわせる顔がない」

 

「だ、大丈夫れす」

 

「オリオンは一度、水浴びでもしようか・・・痛みはしても外側は問題ないだろう? 頭もすっきりするぞ?」

 

「わ、わかりました・・・」

 

「まさか混浴ですかアルテミス様!?」

 

「ちょっといい加減にしろランテ! 怒るぞ!」

 

「ベル君が一緒に入ろって言ってますよ!?」

 

「水着取ってくるぅ!」

 

「言ってませんよぉ!?」

 

 

月女神の眷族達は、こんな騒がしくも滅多に見られない女神の姿に、笑い声を響かせた。

 

■ ■ ■

 

 

「どう思うよ、お前等・・・・」

 

ダンっと叩きつけるようにして、赤髪の青年が同じく卓を囲っている面子に睨むようにして言った。場所は迷宮都市南のメインストリートに位置する繁華街。大通りから折れた、路地裏の一角。鳥や獅子など、様々な動物を象った看板が立ち並んでいる酒場の一つで、赤髪の青年――ヴェルフ、リリルカ、命、桜花、千草、アイシャ、春姫等が顔を寄せ合うようにして集まっていた。頬はほんのり染まっていて、酒が入ってることは見ればわかることだろう。そんな、開口一番を投げたヴェルフの手の下には、一枚の羊皮紙が。

 

 

『ベル・クラネル、ダンジョン崩落によって深層域にて遭難。【戦場の聖女(デア・セイント)】を守り地上に帰還するも治療の甲斐なく死亡。』

 

 

ベルとすれ違う形でギルドより発行されたそれは、人々をそこそこ混乱させた。ダンジョンが崩落したこともそうだが、【戦場の聖女(デア・セイント)】が深層にいたとか、遭難したとか、もうわけわかめ。バベル前のベンチで彼が日向ぼっこをしている光景を知っているものからしてみれば衝撃も衝撃で、いまやベンチには花束が置かれるほどだ。

 

 

「リリ助、今日ギルドに行ってきたんだろ?」

 

「・・・・はい、担当アドバイザーのエイナ様にお話を伺ったところ、死んだ魚のような目をして『そうらしいよ・・・ハハッ』と」

 

「なんだいあの坊や、ギルドの受付嬢にも手を出していたのかい?」

 

「いえ、出すというより出される側ですよアイシャ様」

 

「自分は輝夜殿にお話をお聞きしに行きました!・・・春姫殿と!」

 

「いや待て、春姫は【アストレア・ファミリア】だろ、なんでそんな意味のわからないことをしているんだ!?」

 

「てんぱってました!」

 

「も、申し訳ございません・・・・」

 

いやお前、ベルと一緒に住んでるじゃん。

絶対なんか知ってるじゃん、な顔で面々は一斉に春姫に視線を突き刺した。

コンッ!と悲鳴をあげた春姫は尻尾を丸め、耳を畳んで、およよよ・・・と顔を隠した。

 

「せめて身籠っていれば・・・やはり避妊は逃げなのでしょうか・・・」

 

「春姫、あんた酒飲みすぎだよ」

 

「ダメですヴェルフ様、このお狐様、役に立ちません!」

 

「くそっ! 椿に聞いても知らんの一点張り・・・ヘファイストス様も同じ・・・でも何か急ぎで鍛ってたんだよな・・・」

 

「ああ、そういえば・・・」

 

腕を組んで唸る面々。

そこに、【ミアハ・ファミリア】のダフネとカサンドラが口を挟む。彼女達もまた、この情報の真偽を巡って同じく酒場に集まっていた。

 

「今日、団長さんに頼まれて・・・ううん、命令されて【ディアンケヒト・ファミリア】に覗きに行ったんですけどぉ・・・・復帰されたアミッドさん、未亡人みたいな顔をされていたそうで・・・」

 

「「「「うわぁ・・・・」」」」

 

ベルがオラリオを去ったのとすれ違うようにして目が覚めたアミッドは、へイズから

 

『ベルきゅんですかぁ? 幸せなキスをして天に上りましたぁ』

 

などと言われ、はい? と聞き返し

 

『いやいやだからぁ、貴方見たんじゃないんですかぁ? ベルきゅんが裂きイカみたいにお腹ぱっくりいっちゃってるとこ』

 

と言われて、サァァァ・・・と顔を青くしたアミッド。

そのままお役御免、【フレイヤ・ファミリア】の本拠へと帰還するヘイズ。

アミッドはしばらく、機能停止していた。

仕方ない、仕方ないのだ。

いくら仲間内とはいえ、信頼関係を築いているとはいえ、生存を知る人間が多ければ多いほど、エニュオに気づかれてしまう可能性が生まれてしまう。故に、仕方ないのだ。ようやく目が覚めたと聞いたディアンケヒトが可愛い娘にするように頬ずりしようとしたところを

 

「うわああああああああああああああああっっ!?」

 

と叫びあがり再起動、右拳をディアンケヒトの顎にクリティカルヒットを決め気絶するディアンケヒトを他所に治療着代わりの肌着だというのも気にせず、彼のカルテを探し回り、治療院で働く同僚たちに「落ち着いてください!」と言われるがまま一騒動。最終的に現在、アミッドは休暇すら取らずに人工迷宮攻略のための薬製作を行っていた。

 

 

「ウチのとこの団長にそのことを話したら、笑うと思ったら『うっわぁ・・・』って普通に引いてた」

 

「でしょうね」

 

「ミアハ様が、『おおアミッドよ・・・SAN値がピンチではないか・・・』とか言ってました」

 

聖女が兎を飼い始めた。

そんなまことしやかな噂はしかし、未亡人化したアミッドのその儚げな表情によって確信付けられていった。

 

「・・・・・俺は」

 

なめろうを一人ちびちび食べていた桜花が口を開く。

あん? とヴェルフは今まで黙りこくっていた桜花に顔を向けると、少しの沈黙を挟んで桜花は口を開いた。

 

 

「俺は、つい先日アリーゼ・ローヴェルが街中をスキップしているところを見た」

 

「は?」

 

それはもしかしたらその場にいた、ベルを知る面々全員の口から洩れたものだったかもしれない。

 

「あ、あの・・・私も! その・・・・ネーゼさんと春姫ちゃんが、尻尾を振っているのを見ました・・・顔は悲しそうだったのに・・・」

 

「おいこの狐」

 

「あらあら体は正直ですねぇ」

 

「こんっ!?」

 

 

周囲にバラすなよ、と言われていたはずの姉達はまさかの隠すのがドを付くほど下手であった。

気づかないものは気づかないがしかし、気づくものは気づく。

鼻歌を歌いながらスキップしているアリーゼがいれば、『兎さん死んだのに嬉しそう・・・何あの女、遺産相続に勝ち誇った悪い嫁じゃない!?』と勘違いされたり『あれ、こいつら芝居下手なんじゃね?』と勘づいてしまっていたりしているものは極小数いて、獣人であるネーゼと春姫に至ってはベルの生存がよほど嬉しかったのか、尻尾が右に左にと揺れていた。隠し通せているのは誤魔化すのが上手い輝夜や表情をあまり変えないリューや、同じエルフのセルティ。それから活動を控えている面子くらい。アストレアについては神として変に動きを変えるでもなく普段通りに過ごしていてベルについて聞かれれば、『あの子も・・・今頃・・・』と空を見上げて誤魔化していた。神のその言い方は、下界の住人達は天に還ったと思わせるには十分なのだ。

 

 

再び、ダンっとヴェルフがジョッキを卓に叩きつけた。

 

「くそっ、何かの作戦か・・・? 置いていかれてる感が気に入らねぇ・・・俺達は仲間だろう!?」

 

「そういえばフィン様が、近々大規模な作戦があるとかで部屋に塞ぎ込んでいる・・・とか」

 

「で?」

 

「リリ、忍び込んでその作戦の役に立てないか、と聞いたのですが笑って断られました。 戦力外だとはっきりと」

 

「・・・・・」

 

 

そんな爽やかに笑う【勇者】の顔が全員の脳内をチラつく、イラッとさせた。

 

「ベルが生きているという前提で」

 

「ええ、前提で」

 

「ああ、前提だな」

 

「前提でいこうじゃないか」

 

「お、お告げで・・・兎さんが・・」

 

「カサンドラはちょっと黙ってて」

 

「え、えぇぇ・・・」

 

あくまでも、あくまでーも、生きているという前提で彼等は顔を合わせて話を始める。

このままでは悔しい、ベルに置いていかれるのも気に入らないし、自分たちの知らないところで何かが起きているのも気に入らないと。

 

「アイシャ様は、何も聞いておられないのですか? 例えば、ヘルメス様とか」

 

「あの神が眷族であっても情報を開示すると思うかい?」

 

「「「「ヘルメス様だからなぁ・・・」」」」

 

まったく信用のない男神にやれやれ、とため息をついて。

彼等は決意したように作戦会議を始めた。

 

「このままじゃ俺達はベルに置いていかれちまう。何があったのかは別として」

 

「恐らく、『生存を知られてはいけない』という制約がベル様にはあるのではないでしょうか・・・・あ、あくまでも生きている前提ですよ?」

 

「ええ、ベル殿が生きている前提で! そうでなかったとしても! その穴を埋めるくらいの力は自分達は必要だと思います!」

 

「はわわ・・・」

 

「春姫、あんたは・・・ずっと待っているだけの女でいいのかい?」

 

「!」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】のように・・・命の危険だろうが共に乗り越えてくれる女こそ、良い女ってもんじゃないのかい?」

 

「ア、アイシャさん・・・っ! は、春姫も! お力になりとうございます!」

 

「よしよく言った! じゃあ『魔導書』を買うよ!」

 

「はい!」

 

「坊やの金でね! 春姫、坊やの財布を持ってきな!」

 

「コンッ!?」

 

うまく誑し込んだアイシャは春姫に無茶ぶり。

各々がやる気を出し始め、やることは自然と決まった。

 

 

「――――小遠征をしましょう」

 

「ああ、それしかねえ」

 

「階層主・・・はたしかついこの間出たから戦うことはないとして・・・」

 

「俺も、クロッゾを越えるモノを鍛るくらいはしねえとな・・・」

 

「ですがランクアップ・・・を狙うとしても、どうしましょう? 春姫様の妖術を使うにせよ、ぬるいことをしていても意味がありません」

 

 

確かに。

確かにリリルカの言う通り、ただ小遠征をしただけでは力はつかない。

ランクアップを狙うとしても同じだ。

危険を冒す、冒険をしなければ意味がない。

しかし死んでしまっては意味もない・・・どうしたものか・・・と全員が腕を組み、頭を唸らせた。

 

 

その時。

 

 

 

「――――話は聞かせてもらったよ」

 

 

そんな爽やかな声が、卓を囲む『冒険者』達の背後から発せられた。

一同が『そ、その声は・・・!』と声を揃えて振り返ると、何やら怪しげなサングラスをした金髪の小人族。

 

 

「『小遠征』・・・ふ、実にいい向上心だ。素晴らしい、戦力外だと笑ったことを恥じたいほどだ」

 

「あ、あなたは・・・!」

 

「おい嘘だろ・・・!?」

 

「『小遠征』、いつ出発する・・・? 僕も同行しよう」

 

 

サングラスを華麗に外し、金髪の小人族は言う。

あまりにも仕組まれたかのような動作に、けれど全員が、まじか・・・こいつがついてきてくれるのか、とごくりと唾を飲み込み口を揃えて同じ言葉を返した。

 

 

「「「「フ院(フィン)・ディムナ」」」」




※ベル君、まさかお気に入りのベンチに花が置かれているとは思ってもいない。

※ベル君、エイナさんが死んだ魚みたいな目をしているなんて知る由もない。

※ベル君、アミッドさんが未亡人みたいになっているなんて知るはずがない。




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アルテミスレコード②

こういうの書きたいなーと頭に浮かんでも、とりあえず1つは完結させないときついから手が出せないジレンマ


薄暗い部屋に、女神がいた。

 

それは決して、裕福な女神ではなく、どちらかといえば貧乏神・・・いや、まぁ? 彼女が貧乏なだけであって、彼女の権能が周囲を貧乏にしてしまうとかそういうわけではない。とにかく貧乏な女神はいた。

 

 

あえて裕福なのは、たわわに実ったわがままな果実だけだ。

 

薄暗い部屋、室内には女神と、そして木製のテーブルが1つ置かれていて、女神はそのテーブルの前をこの世の終わりかのような顔で座っていた。女神は思った。

 

「テーブル、こんなに冷たかったんだね・・・」

 

そっとテーブルを撫でて、ふっ・・・と儚げな笑みを浮かべた女神。

それは言うなれば、『憐れ』としか言いようがない光景だ。

そこに、ガチャリ、とドアノブを捻る音が鳴り1人の美女がやってくる。それっぽく髪の毛を後ろにまとめ、吸いもしない煙管を片手に、性別的にはないだろう髭を付けて、彼女は女神と対面する形で席に着いた。くるんっとしている髭が妙に腹立たしいし、ちょっとドヤっとしているのも腹立たしい。

 

「ふむん・・・」

 

彼女は、髭を親指と人差し指でつまむとみょんみょんっと弄って、その度に髭が元の形に戻ろうとくるんっと揺れる。女神はまたイラっとした。そんな彼女はそんな女神の態度なんて気にすることもなく、机に両肘をつき、己の顔の前で、両手の指をくっつけて目の前にいる女神をじっと見つめてようやく口を開いた。

 

「では・・・・事情聴取と行きましょうか、重要参考人(もりあーてぃくん)

 

女神は思った。

あー・・・・そういう感じで来るのかぁ・・・・やだなぁ、帰りたいなぁ・・・と。しかし、下界に娯楽を求めてやってきた神々の1人である彼女はここでキレては『ノリツッコミさえ朝飯前なロキにも劣る』という確固たる反骨精神でぐっとこらえて、彼女のノリにあわせる。

 

「やぁやぁ、名探偵君(ほーむず)・・・ワトソン君はいないのかい?」

 

「あ、今外で差し入れ作ってくれてます」

 

「おい真面目にやりたまえよ。秒で素に戻るのやめたまえよ、僕が恥ずかしいじゃないか!」

 

大きな果実を組んだ腕の上に乗せて邪悪に笑って返した女神――ヘスティアに対して、付け髭を蓄えた赤髪のアリーゼは秒で素に戻りヘスティアは思わずツッコミを入れてしまった。ええい、もういいやこの際だとヘスティアは怒りを表すかのように揺れ動くツインテールを振り回して立ち上がった。

 

「第一君! 今日僕はバイトなんだぞ!? 遅刻するところなんだぞ!? いやもうここにいる時点で遅刻なんだぞ!? 急に休みをくれとか言ったって、休めるわけがないだろう!? これ、社会的常識だぜ!?」

 

「えっ、娯楽で戦争ふっかけたりする神様とかいるのに常識を語るんですか!? わぁお!?」

 

「コラコラコラコラー!! 僕はそんなこと、しないやい!」

 

「でもヘスティア様って、働かずにぐうたらしたい口ですよね?」

 

「うへへへ、そりゃぁ当然さ! 何せ僕だからネ!」

 

「そこのどこに社会的常識があるんですか?」

 

「ぐふぅっ・・・!!」

 

真面目に働いていて、怒っているんだぞ僕はと訴えるヘスティアをのらりくらりと言い負かすアリーゼ。彼女も彼女で、外を歩いていたらどうしてだか周囲からの視線が痛かったのだ。主に女性陣から。なんなら、『え、【紅の正花(スカーレットハーネル)】・・・兎君死んだのに、滅茶苦茶嬉しそうに見えるんだけど・・・』『クズじゃん、遺産ゲットしてウキウキウォッチングな悪女じゃん』とか聞こえたりして、彼女は内心、あるぇ? と首を傾げるばかりである。もう、周囲からの視線が痛すぎて、1時間後には半泣きで本拠に帰ってきてアストレアの谷間に顔を突っ込んで、『ぶぇるぅぅぅぅぅ!!』とアストレアの乳房を両手でこれでもかと揉みしだきながら泣きわめいていたのだ。なんか悪く言われてイラっとするし、なんか悪女みたいになってて悲しいし、なんかアイズ何某が言うには自分の双子の姉だか妹いたりしますか?となぜか疑われだして、もうわけわかめ。アストレアは『いいのよ・・・』とアリーゼの頭を優しく撫でてはいたけれど、正直なところは抱き着くのはいいけど揉みしだくのは止めて欲しいと言いたそうな顔をしていた。

 

 

「コ、コホン! とにかく、バイトが僕を待っているんだ! 僕がいないと屋台が回らないんだ!」

 

「神様1人いなくても世界は回りますから、ご安心ください」

 

「そういうこと言うのやめたまえよ!?」

 

「代わりは・・・いくらでもいるんですよ、へへっ」

 

「おいちょっと何自棄になってるんだよ!? ベル君のことは残念に思うけど・・・お、おい、ほんと、自棄になって後を追ったりするのはよくないと思うぞ? お、落ち着こうぜ? 話、聞くからさ!」

 

「ヘスティア様ちょっろ」

 

「は?」

 

「ん? いえいえ、何も言ってませんよ? まあとにかく、事情聴取というか重要参考人ということで丁度目に入ったので、『あ、この神様なら誘拐(連行)しても問題ないかな』って思ったのでここに連れてきたわけですよ、さっすが私! 完璧ね、完璧すぎて怖いわ!」

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! 正義の眷族が誘拐なんてしていいと思っているのかい!?」

 

「私達が正義です」

 

「コラー!!」

 

ドヤッ!! なアリーゼにこれにはヘスティアもツッコミのオンパレード。

ヘスティアからしてみれば碌な説明もなしにいきなり連れられたのだ。なんだお前ら、アレスか!? と言いたくなるくらい、簡単に連行された。まさかいきなり街中で手錠をかけられて歩かされるなんて誰が思うだろうか、いいや誰も思わない! 振り返った際に見えたバイト先の店長の『ヘスティアちゃん・・・とうとう・・・』という事件を起こした際に『あの子ぉ、いつかやると思ってたんですぅ』などというキメ台詞を決めてきそうな台詞が脳内再生されて思わず叫んだ。大親友(ヘファイストス)のことを。

 

「あ、安心してください。ヘスティア様の代わりに、輝夜がじゃが丸君を上げてくれてますから」

 

「なぜその人選なんだい!?」

 

「私達の【ファミリア】の中で一番おっぱいが大きいからです! ちゃんと謎の紐もつけてくれてますから、バレませんって☆」

 

「バレるよ!? 明らかにおかしいよね!? 着物に紐!? ねぇ待ってくれよアリーゼ君、僕は紐が本体ではないんだよ!?」

 

「え!? じゃあヘスティア様の本体はどこにあるんですか!?」

 

「今君の目の前にいるじゃないかー!?」

 

畜生! なんだってこんな目にあっているんだ!? ヘスティアは思わず机に拳を叩きつけた。なんだかよくわからないけれど、ベル・クラネルの死亡のお報せが来たと思ったら唯一の眷族、リリルカは本拠から出て行ったっきりでなかなか帰ってこないし、帰ってきたと思ったらなぜか馬人(エクウス)の恰好をしながら『何が今は馬ですか・・・』『【ロキ・ファミリア】まじこえぇ・・・フィン様まぢ鬼畜ぅ・・・』とかブツブツブツブツ死んだ魚の目をしながら呟いて、目を開けたまま眠る始末。ヘスティアは思わず、明日仕事に行きたくない大人の姿にすら見えたほどだ。というかとにかく眷族が構ってくれなくてヘスティア様はぶっちゃけ寂しかった。めっちゃ寂しかった。喧嘩が絶えないけれど唯一の眷族ゆえ可愛がってもいたしなんだかんだ馬が合うのだ。リリルカちゃああああああああん!と叫びたいくらいには相性はそこそこいいのだ。しかしその眷族が死人みたいになってて相手してくれない。だから誘拐されたとはいえ、ヘスティア様はちょっと嬉しくもあった。扱いは雑すぎるが。

 

ゴジョウノ・輝夜が絶賛、()()()()()()()()()()()()()()()という理由でツインテールにされて、謎の紐をつけられて、死んだ魚の目をしながらじゃが丸君を上げている珍妙な光景が今日のオラリオの風景に彩を与えているわけだけれども、首から『へすてぃあ』と書かれた札をぶら下げているのだけれど、雑で品性のない彼女は一応は料理のできる乙女ゆえ、手際はよくおばちゃんもノリにあわせて輝夜のことはヘスティアとして扱っていた。加えて、ベルの生存を知られるわけにはいかないという作戦なため、時折、およよ・・・と泣いているフリを完璧にこなす女優っぷり。つぅーっと頬を伝う涙に、男神達は生唾をゴクリ・・・と飲み込み、じゃが丸君をアホほど買って行っていた。

 

「もー、いいじゃないですか、とりあえず、話・・・聞かせてくださいよ」

 

テーブルに置かれている小型の照明をヘスティアに向け、そのわがままな乳房をチカチカと照らす。ちくしょうなんだこのエクストラミートは。どうすればここまで育つんだ、少しは恵まれない子(リオン)に分けてあげればいいのに・・・とほんのちょっぴりの憐憫の眼差しを部屋の外で待機している1人のエルフに向けた。

 

「はぁ・・・・まずは、何故僕がここに連れらえてきたのか教えてもらえないかい? 何が聞きたいのか、ちっともわからないぜ?」

 

「ああ、そうでしたね・・・えっとまずはディオニュソス様が送還されまして」

 

「え!? あいつ送還されたの!? まじで!?」

 

「えぇぇー・・・・・」

 

知らなかったんかい! 神が送還された時に出る柱、目立つやろがい! アリーゼはそんなことを言いたくなるくらいの呆れた声を漏らした。ロキの唯一の友達だと思ってたのに・・・ほら、なんか天界でロキもやんちゃしてたんだろ?僕、ロキのことは嫌いだけど、友達ができることは良いことだと思うし・・・とか1人で何かブツブツ言っているが、早口すぎてアリーゼにはよく聞こえなかった。

 

「そ、それでですね!? ディオニュソス様ってどんな方だったのか同じ地域? に住んでいらっしゃった神々に聞いてみようと思ったんですよ! それで、ヘスティア様なら連れ去っても問題ないやって思って」

 

「うん、そこがおかしいね?」

 

「アストレア様に、知っている神様いませんかー? って聞いて教えてもらったのが・・・えっとなんでしたっけ、他にもいるらしいんですけど・・・ええっと黄道十二門」

 

「オリュンポス十二神ね」

 

「そうそれ!」

 

「君さぁ・・・ちょっと雑すぎないかい? もうちょっとしっかりしてくれたまえよ・・・ロキの子だってそんなミスしないぜ?」

 

「何言ってるんですか、私の親指は疼きませんよ? 疼くのは・・・下腹部だけです」

 

「頬を染めながら摩らないでくれないかい!?」

 

キャッ、と頬を薄く染めるアリーゼに、アストレアはいつもこんな子を相手にしてるのか・・・すげぇ・・・とヘスティアは尊敬の念を抱いた。

 

「まず、アテナ様、アルテミス様、ヘラ様、ゼウス様、アフロディーテ様、アポロン様、アレス様、ポセイドン様はオラリオにはいないので除外。デメテル様は捜索中、ヘルメス様は・・・捕まえられませんでした。ヘファイストス様は徹夜明けでお休み中なので邪魔するわけにもいきませんし」

 

「待て待て待て、僕はよくてヘファイストスには気を遣うっていうのかい!?」

 

「で、アストレア様に聞いてみたらヘスティア様もその七福神?に関係あったとかなかったとかって」

 

「関係はないね、僕極東の神じゃないからね、十二神だってさっきも言ったろう?」

 

「で、私達、【ディオニュソス・ファミリア】の子を保護していたんですけど、アウラって子。で、ちょっと私、ディオニュソス様のことよく知らなくって・・・爽やかそうに髪をふぁさぁってする神様くらいしか印象特になくて・・・あ、輝夜はとりあえず『あの仕草をベルがしたらシバク』って言ってました」

 

僕、そんなに威厳ないかなぁ・・・いや、ないよなぁ・・・だって眷族増えないし? バイト掛け持ち神だし? へにょっとツインテールが垂れさがっていく。アリーゼはやれやれっと首を振ってから親指と中指を合わせて、弾いた。

 

 

 

 

スカッ

 

 

しかし、何も鳴らなかった。

 

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

「うわぁみたいな顔しないでもらえます? ブチ込みますよ?」

 

「なんでだー!?」

 

「今日はちょっと滑りが良くなかっただけです・・・普段なら鳴るんですから」

 

指パッチン一つで炎出せるんですから。そう頬を膨らませながら、しかし恥ずかしいのかアリーゼは若干顔が赤かった。仕方がないので、引き出しから鈴を取り出して押した。ブブーッと音が鳴るとドアノブが回り、割烹着姿の春姫がお盆を持って室内に。お盆の上には丼が乗っており、蓋は閉じられているのに美味しいと言わざるを得ない匂いが漂ってきて、ヘスティアのツインテールは徐々に上へ上へと立ち上がっていく。

 

「どうぞ、ヘスティア様・・・()()()でございます」

 

「お、おお・・・なんだこの、良妻オーラ・・・うぉっまぶしっ」

 

「春姫、あんた顔色悪いわよ? 寝てる?」

 

「今・・・馬が熱いのです・・・・・でも春姫はベル様のためにもふもふを捨てるわけには・・・ふふふ」

 

「お、お疲れね・・・」

 

「嗚呼、ベル様ごめんなさい春姫はベル様のお金で魔導書を・・・この負債は必ずや私の体で・・・」

 

「それはもう罰じゃなくてご褒美じゃないかしら」

 

「君たち、処女神の僕の前でそういう話しないでくれよ」

 

ことり、と置かれた丼。

開ければ顔を見せるのは、取り調べにおいてお約束とも言える料理。通称『かつどぅーん』である。ヘスティアは今日初めての食事で、じゃが丸君を主食とする彼女にとっては珍しいご馳走で、じゅるりっと涎が落ちかける。食べてもいいのかい!? いいよね!? いいんだよね!? このために僕を連れてきてくれたんだろう!? 日頃の行いがいいとこんなこともあるなんて・・・くぅぅぅぅ、アストレアの眷族達はなんていい子たちなんだぁ!! と瞳をウルウルさせて感涙。アリーゼと春姫は揃って思った。

 

「「この神ちょろすぎでは」」

 

と。

そんなことに気づかないヘスティアは、自分が誘拐されてきたというのも忘れてバクバクバクバクと『かつどぅーん』をバカ食い。

 

「それでヘスティア様、ディオニュソス様ってどんな方なんですか? 街の人たちに聞いた限りでは善神って印象なんですけど・・・」

 

「ん-・・・そうだなぁ『私の右手に眠る邪気が貴様等を破滅の彼方へと消し飛ばすぞぉー!』とか言い出しそうなくらい尖ってたかなぁ」

 

「うーん・・・尖ってるっていうのはロキ様みたいな?」

 

「天界じゃそうだったんだろう? だから波長があうっていうか似た者同士というか・・・だからつるんでるんじゃなかったのかい? 僕、詳しくは知らないけどさ、前に商店街を通りかかった時に一緒にいるのを見かけたからそう思ったんだけど?」

 

「ふむ・・・」

 

神望(じんぼう)もあるみたいだし・・・子供たちに囲まれているディオニュソスを見て僕は思ったんだ。ああ、『病気』治ったんだなぁって」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

木漏れ日が照らす森の中。

清らかな水に浸る、白髪の少年の姿がそこにはあった。

一糸纏わぬ姿で、巻いていた包帯も外して、チクチクとする痛みに時折顔を歪めながらも水が触れる感触に気持ちよさそうにしたり、木々の間から差し込む光を見上げて、瞼を細めた。

 

 

「・・・・僕、本当に地上にいるんだよね」

 

 

零れた言葉は、いまいち実感のわかないものからくるものだった。

燃え尽き症候群というわけではないが、死線を彷徨い、目が覚めたと思えば治療院のベッドの上。女神や姉達に抱きしめられて、その温もりを感じて確かに本物なのだと感じたけれど、いまいちふわふわしているような感覚があった。

 

 

「何か、考えごとかい?」

 

 

そこに、女神の声が。

振り返らず、背後から飛んできた声に意識を向けて曖昧に返す。

 

「うーん・・・アルテミス様、僕は・・・生きてるんですよね? ここが実は天界だったりとか、しませんよね?」

 

「ああ、貴方は生きているよ」

 

見張りをかって出てくれているアルテミスは、泉の囲むようにして生えている木の1つに背を預けて、決して少年の方を見ないようにしながら会話をしていた。ベルが感じている違和感のようなものに、少し痛ましいような表情をするもそれを感じさせないよう、彼がちゃんと生きているのだと正直に伝えた。【アルテミス・ファミリア】は朝食後に移動した後、依頼を受けていた村に辿り着き、出現したという巨大な猪の討伐を行い、今はその後始末を眷族達にさせている最中だった。

 

「なんだろう・・・暗い場所にいたからなのかなぁ・・・それとも、お義母さんを・・・」

 

「・・・・・・」

 

「それに、なんでロキ様もヘルメス様を僕を怒らなかったんだろう・・・僕、あの人たちを見殺しに・・・」

 

「・・・それは違うよ」

 

少しだけ木の陰から覗くようにして視た彼の背中は、どこか影があった。

アルテミスからしてみれば、彼の感じている違和感は深層という地上よりも光の少ない環境下にいて、過度なストレスを受けていたことが原因だと思っているが、本人は少なからず自分の身に起きたことを気にしてはいたらしい。ロキとヘルメスの眷族が死んでしまったことは確かに悲しいことではあるが、それをベル・クラネル1人の責任にするのは間違っているし、それは見当違いだ。何せ犯人が誰かなどはっきりしているのだから。華奢な体は、ランテ達の前では特段みせることもないくらいしょんぼりと小さく見えた。

 

「確かに、ロキとヘルメスの眷族は天に還ってしまったのだろう・・・実際私は話を聞いただけで、何が起きたかなんて知らない。でも、例えそこに私の眷族がその場にいたとして、天に還ってしまったとして、それをオリオン・・・貴方に責任を押し付けたりなんてするのは間違っていると、そう断言できるよ」

 

「・・・・冒険者はいつ死ぬかわからない。それはわかってるんです、でも・・・」

 

あんなのが人の死だなんて、あっていいはずがない。

ぱしゃっと水を跳ねさせる音がして再びアルテミスはベルのことを見た。 綺麗な体だったはずの彼の体は、今や痛々しい傷を残している。火傷の後はアリーゼが傷を焼いて塞いだというのは聞いているし、ゆくゆくは治してもらえばいいから解決するとしても、やっぱり痛々しい。何より一番目を背けたくなるような痕があるのは、背中にある右から左へと斜めに入った傷跡だ。上半身と下半身が真っ二つにならなくてよかったとか思えてしまうほど傷は長く、それは剣山に貫かれた傷であることを証明するように腹にもその傷は存在していた。心臓に届いていなかったのが幸運としか言いようがないほどだ。

 

「エニュオ殺す」

 

「何かいいましたー?」

 

「ん-ん、何でもないよー」

 

殺意の波動に目覚めたアルテミスは、腰に帯刀しているナイフをぎゅっと握りしめた。

武闘派としての技の数々を、愛してやまない彼をキズモノにしてくれたエニュオとやらにお見舞いしてやりたいくらいには殺意の波動に目覚めている。

 

「こほん・・・人の死に方じゃない・・・確かに、モンスターが溢れたこの下界では、人の死というものは形を変えている。オリオンが見たという地獄も、きっとそうなのだろう。その子達も怖くて怖くて仕方がなかったに違いない。それでも、彼等彼女等が貴方を恨んでいるとは、私は思わない・・・貴方が恨まれる理由が私にはわからないよ」

 

「・・・・」

 

「ロキとヘルメスがお前のことを責めないんじゃない。一度でも貴方に助けてもらった大切な眷族達をいいようにその命を散らされ、きっと憤っているに違いない。誰に? 決まっている、エニュオにだ」

 

「・・・・」

 

「オリオンは、何一つ悪いことはしていないよ。むしろ貴方は被害者だろうに・・・・アルフィアの墓、もう何も残っていないのだろう?」

 

「・・・・はい、空っぽでした」

 

「よく・・・皆の前で、明るく振舞っていたな。泣いていいんだぞ?」

 

「・・・・そう、なんですけどイマイチ、生きてる実感が湧かないのもそうだし・・・治療院を出る前にアミッドさんの顔を見に行ったけど、起きなかったし・・・」

 

「・・・・・もうオラリオにいたくないと思っているなら、私達と旅でもするか?」

 

「うーん・・・アストレア様といたいし・・・アルテミス様ともいたいんですけど、その・・・」

 

「貴方のしたいようにすればいい」

 

私はいつだって貴方を応援している。背中合わせの会話、けれど正直に彼の背中を押すような言葉を飛ばすアルテミス。アルフィアを、ザルドを止められず結果、彼が悲しみ傷つく羽目になってしまったことを少なからず責任を感じている。アストレアが引き取っていなければ、彼女が引き取るつもりだったし、ゼウスにはチョークスリーパーをくらわすくらいに気持ちはあった。でも、アストレアと一緒にいたから今の彼があるのも事実で、ならば自分は離れて彼の背を押し行く末を見守るのみと決めている。

 

「貴方は、どうしたいんだい?」

 

神として、彼の考えを聞き、答えを出さずともヒントは与えよう。

女として、彼の傷を見て、触れて、共に嘆きもしよう。

劇場版ヒロインで納まる器じゃないぜ私は、と心の中で一人呟く。

 

「・・・・お義母さん達の名前を、呼びたいです」

 

離別はした。

本物ではなかったけれど、そこにあったのは本物だった。

墓の中にあったアルフィアだったものは、『精霊』の素材に用いられた。許されざる行為ではあるが、それを葬ったのは彼自身。言えなかったことも、言いたかったことも言った。『思ったことは相手にちゃんと伝えなさい』とアリーゼ達に教えられてそうするようになって、だからこそ言えたのだとそう思っている。だからなのか、死線を越えて母親を自らの手で葬り去って、やり切って、少し疲れが溢れてしまっているようで、ぼんやりとしていた。

 

「呼べばいいじゃないか、親子なんだ。気にする必要なんてない」

 

「でも・・・オラリオは、世界はそれを許してなんてくれないじゃないですか」

 

「うーん・・・・」

 

「あの人たちは、英雄なんです。英雄が救われないなんて、讃えられないなんて、間違ってる。あの人たちがいたから、僕たちは今を生きてるのに・・・」

 

「・・・・偉業も悪行に変えられる」

 

「・・・・」

 

そんなことを、深層に落とされる前に、似たようなことを誰かに言われた気がする。

いったい誰だっただろうか。いまいち、思い出せない。

 

「・・・なら、その逆も然りではないだろうか?」

 

「悪行を偉業に・・・」

 

「・・・・神である私は、答えを与えるわけにはいかない。神自身が子供たちに答えを教えると、貴方達は思考することを放棄してしまうから。だから私達は答え合わせしかしない」

 

「難しいなあ・・・」

 

「悪人が善行を成すこともあれば、善人が悪行を成すこともある。それが人間だ、それが貴方たちだ。正も悪も、同時に存在するんだ」

 

「・・・難しいです・・・くしゅんっ」

 

「そろそろ上がったらどうだ? 猪もさすがに捌き終わっているだろう」

 

アルテミスに言われて、ぱしゃぱしゃと岸に向かって歩く。

斜めに走る傷跡はやはり痛々しくて、アルテミスは少しそれが悲しかった。

それでも、彼が過去を乗り越えてくれたようで、それが少し嬉しくもあった。まあ形は最悪ではあるが。何せ、子に親との殺し合いをさせたのだ。本物偽物に関係なく、アルテミスとしては許せるものではなかった。その小さな体に走る傷痕に、きっとアストレアも同じように悲しんだのだろうと溜息を吐いた。

 

「アルテミス様、タオル・・・ください」

 

「ん? あ、ああ・・・すまない、はい」

 

「ありがとうございます」

 

腕だけを伸ばしてタオルを手渡し、ベルは頭からタオルを被って彼女の視界に入らないように気を付けながら少しずつ着替える。疲労が溜まっていたのか未だ痛む体に時々動きを止めながら、ゆっくりと着替える。会話は少ない。けれど、特別な2人きりの時間。

 

「オリオン」

 

「はい?」

 

「貴方は・・・英雄になりたいのか?」

 

「・・・・・」

 

「なんだ、私には教えてくれないのか?」

 

「笑わないですか?」

 

「笑わないさ、格好いいことだと思うぞ?」

 

「・・・・なりたい、です」

 

「そっか・・・・そっか・・・」

 

 

森に差し込む、木漏れ日を見つめ瞳を細めるアルテミス。

英雄になりたいと恥ずかしそうに言った、ベルに対して嬉しそうに彼女は微笑む。やっぱり深層を越えて、一皮むけた感があって、私は時々見せる、貴方の男の子の顔が好きなんだと胸に手を当てて跳ねる鼓動と共にそんなことを小さく呟いた。本人には気づかれないように、そっと静かに。

 

 

眷族達が覗き見をしているなんて、気づきもしないで。




Q.リリ達は何をしているの?

A.正史での『遠征』で起きた出来事。階層主戦以外をロキ・ファミリア協力の元行っています。ヴェルフの魔剣を作るまでのあのイベントですね。やばくなったら助けてもらえるとはいえ、本当にギリッギリまで助けない+どこで待機しているかわからないので全員死んだ魚の目をしてます


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アルテミスレコード③

「いい天気だな、オリオン」

 

「・・・・そうですね」

 

2人で歩く、自分達以外に人々の喧騒も何もない、静かな道。

周囲には麦の海が広がっていた。

大粒の実を宿す穂が涼しい風と一緒に、音を立てて揺れている。

 

「懐かしいな、オリオン」

 

「・・・・はい。でも、やっぱりお祖父ちゃんは戻ってきてないんですね」

 

懐かしの景色に、過去の記憶を重ねるベルと手を繋いでアルテミスは歩く。

巨大な猪の討伐を、月女神の眷族達は終わらせ、そこからまた移動。日にちを跨いで現在はベルの故郷に訪れていた。眷族達は口を揃えて言った。

 

『私達、お腹痛いんでアルテミス様はベル君とどっか行っててください』

 

【アルテミス・ファミリア】の団長のレトゥーサでさえ、普段の冷静な顔を見え見えの嘘に引き攣った顔に変えながら2人を送り出した。アルテミスは揃いも揃って腹痛とは・・・猪、火がちゃんと通ってなかったんじゃないか?とほんの少し思ったが、眷族達が気を遣ってくれているのだと言われるがまま2人で散歩をしていた。アルテミスの眷族達は、普段見せない主神の顔が見れるのでは!? と割と本気でノリノリで追い出したのだが、これにはさすがにアルテミス自身、気づいていない。

 

 

逢瀬である。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

しかし、会話は続かないのである。

 

「・・・・ふへへ」

 

俯き、繋いでいる手を、にぎにぎとその感触を楽しむようにして、普段は『凛』という言葉が似合うような表情の彼女は今、とっっっても、だらしない表情をしている。俯いているからこそ、バレてはいないが。

 

「大丈夫ですか? もしかしてアルテミス様もお腹痛いとか・・・?」

 

「ううん、今日はそういう日じゃないから大丈夫だ」

 

「・・・・女神様でもそういう日、あるんですね」

 

「・・・・うぅぅ」

 

ないよ、ないさ! 不変なんだぜ!? あるわけないだろう!? そういう日をさらっと理解しちゃってるベルに少し驚き、けれど女所帯で暮らしているのだから少なからず知ってしまうのも仕方のないことだろうと察して、自分で誤魔化して失敗したと俯いて呻いた。

 

「きょ、今日も貴方はかわいいな!」

 

「アルテミス様は綺麗ですね」

 

「・・・はぅっ」

 

相手の表情を見て、好いている相手を褒める。褒め殺す。

だがしかし、アルテミスのほうを見つめながら柔らかい表情で微笑んで言葉を返してくるベルに、きゅぅぅんっと胸が高鳴った。

 

「アストレアごめん! オリオンをこのままもらいたい!!」

 

「・・・・?」

 

急に叫びだしたアルテミスに、ベルは目を丸くしてきょとんっとした。

雲一つない青空、そこに向かって吠える頬を染めたアルテミスは、そこに『いいのよ・・・』と微笑んだアストレアを見て、しかし、『いいわけないでしょう?』と微笑が極寒の眼差しに切り替わるのが見えた気がして、身震いした。普段温厚な相手を怒らせたら、怖いのだ。他神からしてみれば、『いや、アルテミス様のほうが大概おかしいですから。武闘派な貴方の方が危険ですから』と言われるものだが、アルテミスとしては普段ほんわかとしているアストレアにバックドロップ(クストス・モルム)されたら正直寝袋に閉じこもってしまうかもしれない。怒らない奴を怒らせたら怖い、これ世の理である。

 

悔しい、とても悔しい。

アルテミスとしては、毎日眷族の中に彼を迎え入れて狩りをして遊びたいくらいはある。

膝枕したい。

膝枕してもらいたい。

頭を撫でたい。

頭を撫でてもらいたい。

 

そんな所謂、イチャコラを妄想して頭から煙をあげるちょっと残念なポンコツ神。

それをベルは、可愛そうに・・・やっぱり昨日の巨大猪がダメだったんだ・・・と首を振って優しく頭を撫でた。

 

「・・・・な、なぜ私は残念な目を向けられているんだ?」

 

「もうちょっと・・・・火を通しましょう・・・」

 

「・・・・・ぅゅ」

 

 

気が付けば麦の海を越えて、ちょっとした泉に来た。

そこにあるのは、こじんまりとした1つの墓石。

人の墓ではない。

 

「・・・・コ、コホン。そういえばオラリオにいる彼女の同胞はどうだったんだい?」

 

「ん-・・・・実は元人間なんじゃないかってくらい良いヒト達ですよ?」

 

ロングブーツを脱ぎ捨てて2人は腰を下ろして、足だけを水に浸ける。

時が止まっているかのように静かで、アルテミスは彼が初めて助けたのが人ではなく怪物だということに『やれやれ』とした笑みを浮かべながらも、どうしたらいいかわからないと混乱する大人を置き去りにした小さかった彼のことを思い出す。

 

『助けを求めてる』

 

そう言っていたなあ・・・子供は本当に、時々何をするかわからないなあ・・・と改めて当時のことについて笑みを零した。

 

歌人鳥(セイレーン)のレイさんは金色で、歌声が綺麗なんですよ。それで、蜥蜴人(リザードマン)のリドさんはみんなのリーダーで・・・みんな、僕がアストレア様のところに帰れるように、殺されるかもしれないのに、助けてくれたんです」

 

「そうか・・・不思議な冒険をしていたんだな」

 

「・・・そうですね、誰も信じてくれないと思うようなこと、してたんだと思います」

 

「ふふっ確かに・・・『僕、モンスターと友達になりました!』なんて言われても中々信じないと思うぞ?」

 

肩を並べて語らう。

中々会えないからこそ、その空白を埋めるように。

心底疲れただろう少年に、なんでもない時間を満喫させるように、のんびりと。

 

「『幸せの青い鳥』とは言うけれど、まさかモンスターとはなぁ・・・」

 

やはり下界は未知で溢れている、とアルテミスはしみじみと言う。

 

「しっかし・・・貴方の家は、すっかり雑草だらけだ。掃除してやらなくては」

 

「でも・・・次、いつここに帰ってくるかなんてわからないですよ?」

 

「それでも貴方にとっては思い出の場所だろう? なんなら私の派閥の仮拠点として所有しておこうか? そうすれば泥棒も来れないだろう?」

 

「20人も入るかなぁ・・・・」

 

「テントならあるさ!」

 

「アルテミス様・・・・住める家があるのに、テント暮らしさせるんですか・・・?」

 

「ち、違う、違うぞ!? テントもあるから、全員が入れなくても問題はないと言っているんだ!」

 

「うーん・・・・まぁ・・・」

 

「それに、私達があの家を所持していればゼウスが来ても追い返せる」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしくお願いされた!」

 

ザルドとアルフィアがいなくなるのを知っていて、止めようともしなかった大神ゼウス。彼が今どこで何をして、どんな黒髪美少女を追いかけているのかは知らないが、神として眷族の意思を尊重したのかもしれないが、下界の行く末を案じての判断かもしれないが、それでも血縁であるアルフィアだけでも止めさせるとか、黙って出て行くことだけはやめろと言ってくれても良かったはずだし、『家族』を知ったベルがどれだけ傷つくのかを考えなかったのか?とアルテミスは思ってしまうし、何より、ベルからしてみれば、大好きな2人が目を覚ませばいなくなっていて、悪人にされてしまっていたのだ。いくら祖父だろうが許せるはずもなかった。殺そうとして、けれどできなくて、結局ベルは一人その心に傷を負ってしまった。アストレアがベルの元に現れなかった場合、恐らくはアルテミスが来るまでの間にゼウスは姿を消していて、ベルは一人発狂していたかもしれない。バッドエンドルートである。

 

「とは言っても、私達は移動ばかりだから滅多にここには来ないだろうが。ま、たまの休日に遊びに来る程度はするさ」

 

ぐぐーっと背を沿って伸びをするアルテミス。

瑞々しい肌に、立派な果実が背を沿ったことでその形とサイズを自己主張してくる。決して邪な目で見ているわけではないが、少し悪戯したくなったベルは、伸びをする彼女の脇腹を人差し指でぷにっと突いた。

 

「はうっ!?」

 

びくっと体を跳ねさせるアルテミス。

 

「・・・ふふ」

 

ぷにぷにっ

 

「ひぁん!? や、やめっ!?」

 

脇腹を突かれると人はそこに性感帯でもあるかのように反応してしまうことがある。

無防備を晒すアルテミスは、見事に、良いように、ベルに弄ばれた。

 

「ふふっ、ふふふ」

 

「オ、オリオォン・・・酷いぞぉ・・・」

 

「ご、ごめんなさい・・・立てますか?」

 

「む、無理・・・おんぶを所望する」

 

「・・・わかりました」

 

「あ、やっぱりお姫様抱っこがいいな。うん、一度は経験してみたい」

 

「いいですけど・・・そんなにですか?」

 

「わかってないなあオリオン。 女なら一度はされてみたいと思うものだよ?」

 

「ふーん・・・じゃあ、えと、失礼します」

 

 

ブーツをアルテミスが抱えて、そのアルテミスを抱きかかえて、2人はかつての家へと向かう。

瞼を閉じれば、夕暮れの帰り道に灰色の髪をした美女と歩いていた幼い頃の自分自身を思い浮かべる。

 

目が覚めるような美しい女性だ。

 髪は灰色で、長い。

 彼女は薄汚いと嫌っているようだが、ベルは好きだった。

 瞼は常に閉じられている。

 目を開けずどうして生活できるのだろうといつも不思議に思っているが、彼女が言うには()()()()()()()()()()()()()のだそうだ。

 身に纏う漆黒のドレスはこんな山奥の中にあって、酷く異彩を放っている。

見れば見るほど美しい女性だった。

 そんな女性と、手を繋ぎ、二人きりで歩く。そんな一時が何より尊くて、彼はそんな何でもない時間が好きだった。

 

胸がチクリと痛む。

 

「・・・・」

 

振り返る。

懐かしい景色の中を、過去と言う幻想が走り抜ける。

瞼が熱くなって、景色が歪んで、胸がきゅぅぅっと苦しくなる。

 

また麦の海を進みながら、自分よりも前を歩く過去(幻想)を見た。

感傷だ。これは感傷なのだ。

追憶にふけって、女々しく感傷しているだけなのだ。

 

「おばさん」

 

と言って義母に殴られて。

彼女の横顔を見ながら、話をして歩く。

もうあの時代には戻れない。

もうあの時間は取り戻せない。

失ったものは戻らないし、やり直せない。

 

「あの人たちの思いも全部、引き継ぐって・・・言ったのになぁ・・・」

 

深層での最後。

彼女に言った言葉。

アルフィア達の罪も後悔も全て、引き継ぐと誓った。

英雄になりたいと、言えなかったことを言った。

けれど、あの死闘を繰り広げて、成し遂げて、死にかけて、乗り越えたと思ったのにこうして引きずっていることに自嘲の笑みを浮かべてしまう。

 

「貴方はまだ大人ではないから・・・無理をする必要は、ないんだよ」

 

「・・・・」

 

無駄な水が零れ落ちそうなのを、空を見上げて押しとどめているとアルテミスが柔らかく手を添えて呟いた。ベル・クラネルは大人にはなり切れていない。まだまだ周りの人間から比べてみれば肉体的にも精神的にも子供だ。幼すぎるものだ。女神はそれこそが、尊いものでありかけがえのないものだと言う。

 

「貴方の苦悩も、悲嘆も、比べるべきことではないのだろうけれど。 今を生きている不変ではない貴方達にとっては、そういう苦しみだとか悲しみだとか喜びだとかが大切だったりするものだ。何もないなんてつまらないだろう? 私達(神々)は不変だから、変わることはできないし、貴方達が天に還っても『また会える』とか言って、いましばらくの悲しみを抱くだけだ。貴方達の悲しみとは全く違うだろう」

 

そっと、姉のように、母のように言う女神。

まだまだ子供だからこそ、多くを知り経験することが大事なのだと、そういう『かけがえのないもの』を得ることこそが下界の住人の特権なのだと優しく言う。

 

「私達のように永遠を与えれば、きっと貴方達は生きることを放棄する」

 

「どうしてですか?」

 

「退屈だからさ」

 

「・・・・」

 

天界は退屈だ。

だからこそ神達は、天界から下界に『刺激』を『娯楽』を求めてやってきた。

それを『ふざけるな』と怒ることを許されているのも下界の住人(あなたたち)だけに許されたことだ。『娯楽』を求めてやってきたとは言っても、子供達を愛しているし、モンスターによって環境が変わってしまったことに嘆く神も多くいる。子供達と共に戦う神もいる。愛のカタチは神々によって違うし、はた迷惑なものも多いけれど。

それでも、『退屈』はヒトを殺すから、超越存在ではない貴方達が『永遠』を手にしたとき、きっと『停滞』するだろう・・・と女神は儚げな微笑を浮かべて言う。頬を優しく撫でながら、女神は言う。

 

 

「死は醜い、死は恐ろしい。 子供達の悲鳴は、きっと今もどこかで鳴り響いているのだろう。それを解決してやれないことを、申し訳なく思うよ」

 

きっと神々の中には、天から何かを落として解決しようと考えた神もいたかもしれない。

だけどそういう凄い力は、必ずしっぺ返しが起きてしまうから。

だから神々は下界の住人に『恩恵』を与えられてもそれ以上のことはできない。

 

「『永遠』を手に入れれば、永遠に愛し合えるかもしれない。でも・・・」

 

「・・・でも?」

 

「いつか離別があり、いつか終わる日が訪れる。 これが人としての在り方で、大切なことなんだ」

 

「・・・・うん」

 

「いつか肉体も魂も老いてしまう。だからこそ、永遠の美や永遠の命だとかそういうものに憧れて・・・確か、歴史の中にはそういうのを偶然にも手に入れた子がいて、破壊されたんだったかな? 壊した神は何を思ったのかは知らないし、壊された子は何を思ったかはわからないけれど。きっとそのまま永遠を手に入れていたならば、その子供はそこで止まっていただろう」

 

だって永遠なんて手に入れたら別れを永遠に見続ける羽目にもなるし。

娯楽もいつかはつまらなくなってくる。

だから有限を生きる貴方達はとても美しい。

 

あくまでも神としての視点だ。

彼には難しすぎて何を言っているのかわからないかもしれない。

それでも、過去を振り返ってしまう彼に優しく言う。

 

「振り返ることは決して悪いことではないんだよ。それが、思い出の中で生きるということだ。貴方が忘れない限り、貴方が出会ってきたモノは永遠にその胸の中で生き続ける。人は・・・忘れられたその日に、本当に死ぬんだ」

 

「・・・・・っ」

 

「泣いていい。叫んでいい。それもまた大切なことだ。そして涙を拭って、立ち上がって、前に進む。 ゆっくりと・・・そして、いつかは風よりも速く」

 

「偽物であったとしても、貴方はアルフィアを殺したのだろう?」

 

「・・・は、い」

 

「辛かっただろう? 悔しいし、悲しいし、どうしようもなかっただろう?」

 

「・・・はぃっ」

 

「でも貴方はそれを乗り越えた。 言いたいことも言った。」

 

久しぶりに出会った貴方は、少しばかり格好よく見えた。

男の子の顔をするようになっていた。

それが私は嬉しい。

 

女神はベルの頬を撫でながら、けどね、と続ける。

 

「痛いなら、痛いって言えばいいんだよ」

 

人はどうしようもなく死ぬモノだ。

怨嗟の声をあげて死んでいく者もいれば、ひもじいと笑いながら息絶える子供もいる。

我が子の明日だけを祈って泣きながら死ぬ女もいれば、過去を呪って死ぬモノもいる。

死は理不尽だ。

積み重ねてきた善行も過ごしてきた人生も、その理不尽を前にしては何の意味もない。

例えばそう、それが万軍を退けた英雄であってもだ。

 

だからこそ、人は叫ぶのだ。生きたいと。

痛みは生きていることを実感させる大切な機能だ。

だからそれを隠すことはよくないことなのだと女神は言う。

 

「まだ生きている実感がないのは、貴方がその胸の痛みを抑え込んでいるからだ」

 

アストレア達に抱きしめられて、怖かったと泣いたのだろう。

大好きな『家族』に囲まれて、苦しかった、寂しかったと泣きわめいたのだろう。

 

でもそれとは別で、彼は自分でもわかっていなかった痛みを抑え込んでいた。

アルフィアを、偽物であっても義母を殺したという痛みを抑え込んでいて、だから過去の幻想を見て感傷に自嘲する。

 

 

「オリオン・・・・いや、ベル? 貴方は今、(ここ)が痛いんじゃないか?」

 

「・・・・」

 

 

家が目の前に見えて、アルテミスはベルに下ろしてもらい正面に立つ。

そして、彼の胸を、そして服の中に隠されている物理的にできた傷をなぞった。

チクッとしたのか表情を歪めて俯いて震える。

 

「これが、この痛みが生きているということだ」

 

「・・・・」

 

「ベル、痛いか?」

 

「・・・はいっ、痛いです。すごく、痛いですっ」

 

胸に添えられた女神の手をぎゅっと握りしめて、瞼から余分な水分を放水する。

体を震わせて、義母を手にかけたということを、その痛みにようやく自覚して喚いた。

ごめんなさいではなく、ただただ喚いた。

痛くて悲しくて、とても淋しくて、これで本当にお別れなのだと思うと、ただ泣くことしかできない。

 

「いいかベル、痛みは耐えるものじゃなく、誰かに愛してと訴えるものなんだ。だから・・・痛いなら、痛いって言っていいんだよ」

 

手を握りしめながら、思い出したように泣く彼をこれでもかと女神は抱きしめる。

誰もいないくらい静かな村はずれ、一軒家の立つその場所で。

ただただ子供の泣き声が響いた。

 

 

 

が。

 

 

「あああああああああっ!?」

 

そういう時間はあっという間に流れるのがお約束だ。

 

「・・・・・ランテ?」

 

「アルテミス様がベル君を泣かせたあぁあああああ!? 修羅場ですかああああ!?」

 

「ち、ちがっ!? 違うぞランテ!? だ、だいたいお前達、腹痛だと言っていたじゃないか!」

 

「そんなの仮病に決まってるじゃないですか!」

 

「ランテ! 貴様、主神を騙したのか!」

 

「嘘が通じないんだから気づいてくださいよォ!? どんだけベル君に夢中なんですか!?」

 

 

静かな場所は、一気に乙女達の囃し立てる声で色づいていった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「早く早く! アイズ、ティオネ!」

 

「急かすんじゃないわよ、まったく・・・」

 

「・・・・・」

 

青空の下、オラリオの街路は亜人達でごった返していた。

混雑する通りの中で、猿のようにひょいひょいと人込みを躱しながら手招くティオナに、ティオネが呆れる。

 

アイズ達は3人で都市北西、『ギルド本部』を目指していた。

レフィーヤが人工迷宮の中で見たという『邪竜と6人の乙女』が描かれた壁画を調べるためだ。フィン達は、リリルカ・アーデやヴェルフ・クロッゾといった『ベル』と友好関係にある彼等を鍛える傍ら、団員達に戦備を整えさせ、『ニーズホッグ』に関する情報収集も指示していた。本拠の書庫はとっくに調べつくされ、嘘か誠か『都市一番の蔵書量』を標榜する『ノームの大図書館』に行ったがこれもアウト。アイズ達はティオナの好きな英雄譚から調査を試みたのだが・・・・現状、手がかりが見つかっていない。

 

「アイズ、大丈夫? ちゃんと寝た?」

 

「うん・・・大丈夫。レフィーヤのことも心配だけど・・・」

 

「いやそうじゃなくて、あの子・・・兎のこと」

 

「・・・・たぶん、だけど」

 

「?」

 

アイズはベルを救出しに行った3人の1人だ。

死んだなどと聞かされれば、ショックを受けているに違いない。ただでさえ現在、廃人みたいになっているレフィーヤがいるのだ。アイズも同じようにショックで無理をしているのではないかと、ティオネは心配していたがアイズはショックだけど・・・と続けた。

 

「あの子は、生きている・・・気がする」

 

「どうしてそう思うのよ」

 

「ベルは・・・えと、なんていうか、強い子?だから」

 

「ぷっ、何よそれ」

 

よくわからないことを言うアイズに呆れて吹き出すティオネ。

けれど決して否定はしない。

ミノタウロスとの死闘の件やら人工迷宮で暴れまわったことやら、あの兎は殺しても死なないのでは?ということを言う輩が、少なからず派閥の中にいるのだ。きっとそういうことなのだろう、とティオネも納得してそれ以上は何も言わない。

 

「ティオナが言ってたけど・・・『ニーズホッグ』についての本ってないのかしら?」

 

「うーん・・・・ティオナも曖昧だったし・・・どうだろ」

 

ティオナ曰く、『ニーズホッグ』はモンスターが大穴から出てきた頃の最初期の童話ではないか? ということで情報が曖昧なのだという。見つけた本の中では『竜』ではなく『蛇』とされていたり、名前が『世を齧る者』『怒りに燃えて蹲る者』とされていて、ティオナ本人でさえ『ニーズホッグ』という名前を聞いた時、わからなかったのだという。

 

「『世を齧る者』の話には英雄はでてこない・・・」

 

「じゃあ誰が倒したのって話よね」

 

「うん・・・『神様が消し去った』とか『天に浄化された』とか、そんなふわっとしたことしか書かれてなかったってティオナが」

 

2人して先行するティオナを見失わないように目を向けながらも、頭を捻る。

すると

 

「わー! アーディさん復帰したんだぁ!」

 

「うーん・・・復帰っていうか、お姉ちゃんに『たまには日の光を浴びろ!』って怒られたんだよねぇ・・・」

 

雑踏を縫って、そんな声が聞こえてきたのは。

視界の先では、アーディに抱き着かれ抱き着いているティオナの姿。

アーディは全身を覆い隠すような服装をしていて、けれど久しぶりに外に出たのかティオナにあっさり見つかったことに苦笑を浮かべていた。隣には同行を頼まれたのか金髪エルフのリューの姿が。

 

「あ・・・リューさんとアーディさん、こんにちは」

 

「ええ・・・【剣姫】に【怒蛇】、こんにちは」

 

「ティオナ、抱き着くのやめなさいよ困ってるじゃない」

 

「えー・・・久しぶりに会えて嬉しかったのにぃ・・・」

 

ティオナを引きはがし軽く謝罪するティオネ。

曰く、アーディの体はまだ『痕』が残っているようで復帰したとしても長時間付き合わされることはないらしい。もっとも体力的な問題はとっくに回復していて問題はなく、姉のシャクティやガネーシャが気を遣っているのだとか。

 

「3人は何か、探し物ですか?」

 

リューが何かを察して、聞いてくる。

それをアイズが普段通りの表情で返答する。

 

「ベル」

 

「っ!?」

 

まさか彼女の口からベルの名がでてくるとは思っていなかったリューは目を見開いた。

アーディの顔はフードを被っていたおかげかわからなかったが、肩がぴくっと跳ねたのは確かだった。

 

3人は察した。

『うっわぁ・・・』と。

 

 

「べ、べる? イルカの名前でしょうか?」

 

「それはベルーガね」

 

「手で持って振るアレ、でしょうか?」

 

「それはハンドベルね」

 

 

余程予想外なことを聞かれたのか、リューにしては珍しく動揺していた。

普段の表情のあまり変わらない澄ましたエルフのそれではなく、瞳はぐるぐるとしていて、ポンコツを晒しまくっている。

 

「・・・・うーん、ま、いっか」

 

ティオナが可哀そうだからそっとしておいてあげようよ・・・といろいろ何かを察して2人を宥め、それに対してリューはほっと胸を撫でおろす。

 

「あ、そうだ! アーディさん、この絵について何かしらない!?」

 

「あ、こらっ、馬鹿ティオナ!」

 

「あたし達、この絵について知りたいんだ! あの子がいれば聞けたんだけど・・・お墓に聞いても『そこにはーいませんー』とか言われかねないしさぁ。『ニーズホッグ』って言うんだけど、何かわからないかな!」

 

無関係ではないが、休養中の相手に聞くのはどうなのとティオネが怒鳴るが、ティオナはなんのそのと同じ英雄譚好き同盟のアーディに迫る。アーディはうーんと顔を顰めて、黒い邪竜とそれを囲む6人の乙女が描かれた壁画の模写をまじまじと見て、やっぱり唸った。

 

「うーん・・・・」

 

「やっぱり知らないk―――」

 

「これは・・・見覚えがありますね」

 

それは、アーディではなく隣にいたリューの声だった。

どこか懐かしむかのような表情で壁画の模写をリューはじーっと見つめている。

 

「――――えっ?」

 

まさかリューからそんな返答がくるとは3人も思ってはおらず、目を丸くしている。

 

「昔、ベルの故郷で過ごしていた頃、娯楽というものもなくあの子の家の本はあらかた読んだことがある・・・懐かしい、あの頃のあの子はまだ毎日泣いているような子だった」

 

追憶に目を細めて、薄っすら微笑みを浮かべてリューは告げた。

 

「これは邪竜ニーズホッグを滅ぼした、『精霊の六円環』だったかと」

 

あくまでも私の記憶だ、保障はないのでアストレア様や輝夜に確認してもらって構わない。と付け足してリューは模写をティオナに返し、寝不足を起こしているアストレアに抱き枕を買っていってあげなくては・・・と言って立ち去って行った。



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アルテミスレコード④

凝光さんの衣装取ってました。



ソードオラトリア読み直していたんですけど、やっぱり難しいです。


むかしむかしのことなのです。

 

人々は多種多様な種族でありながら、活気に満ちて生きていました。

森に住まう高慢な種族もいれば。

大樽のように恰幅の良い酒好きな種族もおり。

獣の特徴を持って生まれた種族がいて。

小さな体でせっせと生きる種族もいれば。

どっちつかずな人間もいました。

 

人類同士で争うこともありました。

人類の歴史は戦争の歴史とも言います。

いっぱい。

いっぱいあったのです。

 

しかしそこに、よそ者が現れました。

 

大地に『大穴』が開いてしまったのです。

それは偶発的なものか、意図的なものか、地上に住む人々にはわかりません。

 

『大穴』からは、たくさんの怖いものが湧きだしました。

大地も、大空も、大海も、まるでガラリと変わったように震え、泣きわめきました。

 

人々は泣きわめきました。

幼い子供のように、泣きわめきました。

怖くて怖くて、恐ろしくて。

『生まれてこなければよかったのに』と嘆いたりもしました。

 

 

空から、声が聞こえました。

 

『かわいそうに』

 

『こんな世界になってしまって』

 

大人が力づくで子供を押さえつけるかのように、理不尽が蔓延っていました。

怖い怖い竜がいました。

真っ黒な竜でした。

ニーズホッグと名付けられました。

 

どうしようもありませんでした。

英雄はいなかったのですから。

 

『死ぬのは怖いよ』

 

『また明日もあの子と手を繋ぎたい』

 

『頭ナデナデしてもらいたい』

 

人々は神様に祈りを捧げました。

 

人々は神様にお願いを捧げました。

 

人々は神様に生贄を捧げました。

 

願いは叶えられました。

怖いのは、ほんの少しだけ和らぎました。

 

憐れに思った神様は、天から6人の乙女を遣わせたのです。

その乙女は神様達にもっとも愛された種族、『精霊』。

その中でも、どちゃくそにすごい『大精霊』です。

 

 

彼女達は強力な結界で竜を封じて、【円環の詩】を紡ぎました。

 

最後に【大秘術】が発動して凶悪な竜は葬られました。

 

最古の六精霊は死にました。

怖い竜も死にました。

 

人々は怖いのがなくなったので、歌って踊ってお祭り騒ぎ。

次の怖いがくるまで、束の間の幸せを謳歌しました。

 

めでたし。

 

 

めでたし。

 

 

めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パタリ、と古びた本を閉じて。

読書に耽っていた疲れからか、深い息を吐き捨てる。

日は傾いて、いつの間にか外は真っ暗に。

月女神の眷族達は、部屋で寝る者もいればやっぱり全員は入れないからとテントを張って寝ている者もいる。大所帯である。

 

 

「くぁ~・・・・」

 

「まだ夜中ではないとはいえ夜更かしとは、感心しないぞオリオン」

 

窓から見える満月を見上げて欠伸を一つ。

後ろから、じとりとした視線がして、振り返る。ベビードール姿の月女神がベッドの上で瞼を擦っていた。

 

「・・・・ごめん、なさい?」

 

「夢中になっていたのかい?」

 

「はい」

 

「仕方のない子だな、オリオンは。 早寝早起き、大切なことだぞ?」

 

「・・・・ごめんなさい」

 

「どれどれ、何を読んでいたのかな・・・と、ふむふむ『邪竜ニーズホッグと精霊の六円環』か」

 

 

ノソノソとベッドから降りて近づいてきて、ベルが読んでいた本を取り上げ女神は目を通して言葉を零す。ペラペラと少し古ぼけたページをめくりながら、かつては味方だった精霊が今や敵とは嘆かわしいことだなと小さく呟いた。

 

「できればもう、戦いたくないなあ・・・」

 

月を見上げながらそう言う彼の顔は少し寂しそうで、悲しそうだった。

瞼を細め、戦いたくないと言わしめるだけの何かを思い出すようにして、そして身震いする。そんな彼を見てアルテミスは言葉をかけることもなく、そっと頭に手を置いて優しく撫でた。

 

「寝たほうがいいよ、あんまり遅くまで起きているとそういう良くないことばかり考えてしまうものだから。」

 

それもそうか、うん、それなら寝よう。

遅い時間まで読書をしていたのだから瞼も重たい。そう思ってもう一度欠伸をして、女神に手を引かれて彼はベッドに潜り込んだ。

 

「一緒に寝るんですか?」

 

「えっちなのはダメだぞ? 撃ち抜くからな」

 

「・・・・」

 

「天界にいたころ、水浴びを覗かれた私はその弓の技術を以て―――」

 

「( ˘ω˘)スヤァ」

 

「って、聞いてないしぃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

―――ォォォ、オオオオオ・・・・

 

 

何かの咆哮が響く。

バサ、バサッと羽ばたく翼の音が聞こえた。

重みのある音が聞こえた。

 

瞼を開け、()()()()()()()()()を感じたベルはベッドから出て窓から外を覗いた。

物音に気付いたのか、数名の乙女達もまた起きだし、けれどテントの中の灯りは付けずに僅かに殺気立つ。

 

 

『―――小僧・・・ベル・クラネルッ』

 

 

人間嫌いな、重々しい声がした。

思わず、えっ、と声を漏らす。

寝間着のまま、家を飛び出したベルは、いるはずのない存在と対峙する。

 

 

「なんで、いるんですか・・・・?」

 

『・・・・・貴様ヲ迎エニ行ケト、フェルズニ言ワレタノダ』

 

■ ■ ■

 

 

「―――まさか『大精霊の秘術』とは」

 

魔石灯に照らされる大広間に魔術師(メイジ)の苦渋の声が響く。

場所は都市中央、白亜の巨塔『バベル』、その30階。

普段『神会(デナトゥス)』が行われる広大な大円卓の間は、ウラノス達の計らいで開放されていた。ここにいるのはフィン、フェルズ、シャクティ、椿、アリーゼなど、各組織の代表だ。所謂正義の派閥の面々が集まり、作戦会議を行っていた。他でもない都市崩壊の計画を防ぐために。

大円卓の上には、6つの円が書き込まれた人造迷宮(クノッソス)の地図。

 

南北に1つずつ。

東西に2つ。

北西北東に1つ、南西南東に1つ―――ずつ。

それは人造迷宮(クノッソス)10層で『精霊の分身(デミ・スピリット)』が潜んでいるとされる大空間の位置である。この6つの円を一本の線で繋ぐと正確な真円、『円環』が完成する。

 

「オラリオの中央――いやダンジョンの『大穴』を包囲する中心地。ちょうど中央広場(セントラルパーク)を一回りした形状か」

 

地図に視線を向けながら、シャクティが呟く。

 

フィンはこの場に集まってから、ティオナ達が持ち帰ってきた情報をもとに『都市の破壊者(エニュオ)』の計画を理解し、ロキがウラノスから確認を取った上で代表者を集めた。

 

「古代のとんでもない邪竜(モンスター)を滅ぼした、とんでもない『大魔法』で・・・オラリオを吹き飛ばそうとしている。それで、古代の大精霊まで何体も喰われていたらその術式が発動できるかどうかって話になって?」

 

「神ウラノスは、ほぼ限りなく可能だと言ったそうだ」

 

口元に拳を当ててアリーゼがフィンに目線を向けて確認し、フィンは聞いてきたことをそのまま返す。

全員が見ている地図は、新たにフィンが用意したものではなく、ロキが『血潮の筆(ブラッド・フェザー)』で地図に新たな紅の線を書き込んだもの。そこには6つの円を繋げる大円環の内側に簡略化された幾つもの紋様が。

 

「6つの『炉心』を起点にし、6つの円環を保有する巨大な魔法円(マジックサークル)か」

 

これこそが大秘術『精霊の六円環』。

かつて邪竜を滅ぼした極大殲滅術式――間違いなく『神の力(アルカナム)』の次点に迫る、下界最大の『破壊の奇跡』だ。

 

「この術式の名は別命、『天の扉』。展開した大規模な祭壇(マジックサークル)に精霊を配置し、精霊自身を媒介にして、天界の力――『神の力(アルカナム)』にも迫る『天柱』を召喚する。力ある大精霊が何人もいて初めて可能となる必殺・・・いや『反則』だ」

 

 

神の力(アルカナム)』にも迫る力。

当時、怪物に蹂躙される下界に許された特例にして『抜け道』。

語られる規則の度合いに、脳の処理が追い付けず、絶句する。

 

「破壊力は?」

 

椿が問う。

 

「オラリオとその周辺の大地、()()()()()()()()()

 

フィンが答えた。

 

ティオナ達がまったく邪竜(ニーズホッグ)の文献を探し出せなかった理由は、ここにある。古代の者達は記録を残さなかったのではなく、術式の発動によりあらゆる()()()()()()()()()()()のだ。

 

「都市を崩壊させるどころじゃない。・・・敵はオラリオを『消滅』させるつもりだ」

 

フィンの重々しく言った。

6柱の精霊を共鳴させ、力を増幅、大術式で直上にあるものを全て滅ぼす。『バベル』とオラリオ、このダンジョンの『蓋』が取り除かれたその暁には、モンスターを生み出す『大穴』が露出し、復活する。それこそが『都市の破壊者(エニュオ)』の計画。

 

「『円環の詩』・・・6体の『精霊の分身(デミ・スピリット)を共鳴させ、魔力を循環、解放された一撃は全てを滅ぼす、か・・・・』

 

「まったく、大掛かりなことよ」

 

フィンの口から敵の作戦の全容を聞いたシャクティと椿が、声を落とす。

恐らくは現在もその歌を、大規模な詠唱を行っているのだろう。その証拠として、都市に住まう一部の者は、それを感じた。地底より響く、斉唱を。安らかで、おぞましい、六つの重なる『歌声』を。夜の帳の下。月に見下ろされながら、『崩壊の序曲』が静かに、始まっているのを。それは人知れず人造迷宮を埋め尽くしている肉の壁を掘り進めている『異端児(ゼノス)』達も同様だった。

 

この呪文が完成すればオラリオは滅びる。

何も知らぬ無辜の民は、気が付くまでもなく消し飛ぶだろう。

知っている力ある者達は、己の無力を呪って消し飛ぶだろう。

それほどまでに猶予はなかった。

 

「『祭壇』の発動・・・・人造迷宮(クノッソス)の異界化は、我々を全滅させる他にも、魔力という名の『養分』を補給する狙いがあったということか」

 

ディオニュソス・・・いや、正確に言えば【ぺニア・ファミリア】が全滅した、当時の惨劇。

脱帽と戦慄を宿したフェルズの重苦しい声音が、広間に響いた。

 

「このような計画を我々に気づかれず、一体いつから進めていた・・・」

 

都市の破壊者(エニュオ)と言ったか。確かに人智の境界の外にいる。しかし・・・・本来神々とは、誰もがこのような顔を持っているのかもしれん」

 

シャクティと椿が率直に神への思いをあらわにする。

それは遥か高次の次元にいる超越存在(デウスデア)への畏怖でもあった。

誰もが立った姿勢のまま、円卓の間に一時の静寂が訪れる。

 

「だが、僕たちは今、そんな『神』をも打ち破らなくてはならない・・・アリーゼ、【ディオニュソス・ファミリア】の眷族が、別の神の眷族だったというのは本当でいいのか?」

 

そんな静寂を払拭したのはフィンの一声だ。

そして、アリーゼへと顔を向けて問う。

アリーゼはええ、と頷いてから付け加える。

 

「アウラっていう・・・エルフの子なんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()ってことみたい。あ、嘘かどうかは心配しないで。アストレア様がちゃんとその時いたから」

 

「ふむ・・・では、何かトリックがあると?」

 

椿が問う。

 

「何か思い当たる節はないかって聞かれたその子は、いろいろ考えて恩恵の更新をする前に『景気づけ』だとか言って葡萄酒を飲んでいたらしいのよ。『恩恵』を改宗するならその時くらいなんでしょうけど、問題はその葡萄酒なのよねぇ・・・ぺニア様はもういないから葡萄酒の出どころを確認する術がないし」

 

アリーゼが答える。

そして、ぺニアがいないということも付け加える。

 

「何故、神ぺニアがいないと?」

 

「シャクティ、何言ってるの? だって人造迷宮(クノッソス)から脱出したぺニア様の恩恵を刻まれていた子達、皆恩恵無くしていたじゃない」

 

「だが神ディオニュソスが現在行方不明ということもある・・・送還されたという可能性は?」

 

「いや、それはないよ。 地上に残っていた団員に確認したんだけど上った柱は2つだったそうだ。1つはタナトス、もう1つが神ぺニアだろうね。ああ、行方不明といえば女神デメテルもいないらしい」

 

「女神デメテルが黒・・・というのは? 彼女を怒らせるとオラリオには永遠の冬が来るともいう」

 

「長くオラリオに貢献してくれていた彼女だ、それはあり得ない」

 

「彼女が眷族を置き去りにするとは思えないな。どちらかというと、温厚な彼女のことだ、『人質』を取られている可能性がある」

 

「ふむ・・・では、都市の破壊者(エニュオ)は神ディオニュソスである・・・と?」

 

「ええ、恐らくね。 でも今は」

 

「そう、今は()()()()()()()()は問題じゃない」

 

その答え合わせは僕たちには関係がない。そう言うアリーゼとフィンに椿はキョトンとしたような表情を浮かべた。しかしすぐに、確かに・・・と切り替える。

そう、都市の破壊者(エニュオ)が誰なのかは今、問題ではない。その答え合わせは神々がすることであって、神に手を出すことができない『冒険者』達がするべきことは、『穢れた精霊』の排除。もっと言えば、都市を守ること。これに尽きる。

 

「『神』を打ち破り、都市を守る・・・でなければ僕達の想う人々と場所はことごとく奪われ、世界にはかつてない絶望が満ちる。たとえ相手が誰であっても、勝利以外の道筋は存在しない。そうだろう?」

 

毅然と在り続ける勇者の声は、シャクティ達の胸を叩く。

既に退路はない。戦う者にしか明日は訪れない。

冒険者達は覚悟を決めたように、頷いた。

 

「ここで私達が負けて、『オラリオ吹き飛んじゃいました』なんて言ったら、それこそ7年前の戦いは何だったのって話になるわ! ・・・2人の英雄に笑われちゃう! 勝ったからにはちゃんと守らなきゃ!」

 

アリーゼは笑った。

いつものように、快活に。

かつて戦った『最強』の顔を思い出して託されたものを忘れないように敗北などあり得ないと言った。

7年前の大抗争、それで失ったものは多い。

友人を、恋人を、家族を。

人知れず失った者達は多くいることだろう。

それでも『冒険者』達は勝利したのだ。ならば、今回も勝たなければいけない。

もし負けるようなことがあればそれこそ2人の『最強』に失笑と共に言われるだろう。

 

『たかが知れている』

 

と。

そんなことを言われたら、堪ったものじゃない。

 

「――コホン。先ほども言った通り、敵の『炉心』――都市崩壊を進めるための起点は六ケ所。これを全て撃破する」

 

「フィンよ。その口ぶりからするに、十層の大広間を同時に攻撃する、ということか?」

 

「ああ。その通りだ」

 

「それはまた随分と思い切った作戦だな。『精霊の分身(デミ・スピリット)』とやらの力は階層主以上にずば抜けておるのだろう?」

 

「もう小細工をする段階はとっくに過ぎた。『勝負』に出なければ、勝つことはできない」

 

己の確認をことごとく工程するフィンの言葉に椿は唇を吊り上げた。

 

「待ってくれ。六体いる敵の精霊のうち、どれか一つでも『詠唱』の供給源を絶てば、『大秘術』は発動しないのでは?」

 

「いや、欠けたとしても別の精霊がそれまでの『詠唱』を引き継ぐ。時間稼ぎにはなるだろうが、最後の一匹まで倒さない限り術式は解除されない。ウラノス達に確認済みだ」

 

シャクティに答えるのはフェルズだ。

魔術師として見解を述べる黒衣の人物に、シャクティ達は渋面を浮かべる。

 

「シャクティ、人造迷宮の『経路』の方は?」

 

「今、副団長(イルタ)や他の団員達が全力で穴を掘り進めている。『魔力(ちから)』を術式に回しているのだろう、皮肉にも敵の秘術が完成に近付くほど『緑肉』の迎撃が弱まって作業が進んでいる」

 

「なら?」

 

「ああ、『第二進行』開始までに十層への道を開通させてみせよう」

 

「『異端児(ゼノス)』達もダンジョン側から作業を進めている。他の有力【ファミリア】にも強制任務(ミッション)を出して当たらせているところだ」

 

フィンの問に対し、シャクティが見解を述べ、フェルズが補足する。

『ギルド』の権力も出し惜しみなく用いられている最終作戦、その事前準備。

それは確かな危機感と、不謹慎な高揚をもたらした。

 

「いいわよね、こう・・・普段はいがみ合ってるのに手を取り合って共通の敵を打倒すって構図」

 

「わからんでもないが・・・」

 

高揚を口にするアリーゼに、シャクティは微妙な表情を浮かべる。普段からそうあってくれたらどれだけいいことか・・・と都市の憲兵、その頭目である彼女としては微妙な気持ちにならざるを得ないのだろう。しかし、その気持ちはわからないでもない。なぜなら、口にせずとも自分達もまた高揚感を抱いているからだ。オラリオが一丸となって巨大な敵へと挑む、前代未聞の『冒険』に対して。

 

よしとフィンは頷き、本格的な作戦内容に議論を進めた。

 

ガネーシャ、ヘファイストス、そして【ロキ・ファミリア】は地上及びダンジョンから人造迷宮へ侵入。

本隊となる第一部隊はフィンが指揮を。それに準じてリヴェリアとアイズの第二部隊、ガレスの第三部隊。ティオナとティオネの第四部隊、ベートの第五部隊・・・口々に第一級冒険者の名をあげながら、フィンはチェスの駒を分けていく。人造迷宮十層にひそむ『精霊の分身(デミ・スピリット)』の各広間、それを北から順に時計回りに配置していく。

 

第一は真北、第二は南東・・・都合五ヵ所の目標地点が埋められた。

 

「第二級冒険者以下の団員も各部隊に配備。そして他の派閥もここに戦力を振るってもらう」

 

「私達【アストレア・ファミリア】はそれぞれ分かれるってことでいいのかしら?」

 

「ああ。【大和竜胆】と【疾風】をベートの第五部隊、君と椿をガレスの部隊に。そしてシャクティは僕の部隊他の団員達も各隊に配置してもらうが・・・」

 

【ロキ・ファミリア】の戦力を五等分した精鋭部隊に、【アストレア・ファミリア】を含んだ各派閥の者達が名を連ねる。【ガネーシャ・ファミリア】の他の第一級冒険者を始めとして有力な戦力は第二部隊から順に加わっていく。理解の色を色を見せる面々を他所に、フィンは続ける。

 

「君たち【アストレア・ファミリア】には捕らわれている『冒険者』達の救助、その護衛を頼みたい」

 

【ロキ・ファミリア】の『冒険者』の少女は見た。

僅かな隙間から覗く血走った眼球を。

『人質』の可能性を視野に入れ、人命救出も行う。間違っても『人質』を用いた『外道』の戦法など黒幕側に取らせないためである。

 

「【アストレア・ファミリア】全員をまとめてどこかに配置するべきとは思うが、『人質』救出に僕の派閥の団員も動くが何が起こるかわからないからね、少しでも確実性を上げたい」

 

「・・・わかったわ、皆にはそう伝えておく。」

 

「待て、フィン」

 

各部隊の戦力が均等になるよう、名だたる冒険者や治療者の名をフィンが読み上げていると、シャクティが待ったをかけた。

 

「我々が討伐する『精霊の分身(デミ・スピリット)』は六体。今、お前が【紅の正花】に言っていたままにすれば、部隊が足りない。・・・・どうするつもりだ?」

 

シャクティの言葉通り、フィンが編成しているのは第五部隊のみ。

『第六部隊』は幻となっている。

それこそ【アストレア・ファミリア】を第六部隊にするべきでは?と。

 

「――――『異端児(ゼノス)』がやる」

 

その問いに答えたのは、フィンではなかった。

黒衣が揺らすフェルズが発言する。

 

「戦闘に臨める精鋭を、ダンジョン中にいる彼等の同胞の中から募った。【勇者】達ほど突き抜けた『個』はいないが、その分誰もが潜在能力はLv.3以上。数から考えても、他の部隊と戦力は見劣りしない」

 

この場にいる者は、全員『異端児(ゼノス)』の存在を知る者だ。

そのうえでフェルズは理路整然と説明した。

『怪物』達の有用性を、事細かに説いた。

 

「・・・君達が『毒』を飲み干せるというのなら、どうか彼等を信じて欲しい」

 

都市の存亡を賭けたこの重大な一戦、その重責の一端を『異端児(ゼノス)』に担わせてほしいと。戦力的観点はもとより、人間と地上を想う蜥蜴人達の感情を考慮したうえで、怪物達の手を取ってほしいと、そう懇願した。

 

無言の時が流れたのは、わずかだった。

 

「今は化物の手も借りたいところよ。手前に依存はない」

 

口を開いたのは、椿。

 

「以前、ダイダロス通りで一悶着あったろう? ヴェル吉・・・同僚に聞いた。猫のように、人に心を許している珍妙な化物がおると。あやつ等が信じるというのなら、ならば手前も信じようではないか」

 

「【単眼の巨師(キュクロプス)】・・・」

 

「何より、手前達はあの日、シャクティの妹が救われたの瞬間を少なからず見ておっただろう? 怪物が、たった1人の女とたった1人の小僧のために命を投げ捨てて都市を走り回ったのだ。信じるもなにも、問われるまでもないわ」

 

そうであろう、お主等? という椿にシャクティとアリーゼは頷く。

 

「ベルを何度も助けてくれたんですもの、信じるわ!」

 

アーディの一件では異端児達のためになら悪にだってなれると豪語した彼を、帰るところに帰れと言ってくれた。深層に落ちた時は、アリーゼ達の後ろからではあるが一緒に救出を手伝ってくれた。それだけで、理由は十分だった。

フェルズはうつむくようにフードを揺らした後、小さく「ありがとう」とこぼした。

 

「話を続けよう。フェルズ、予定を変更して君には他の部隊にも属さない『別動隊』を務めてもらう」

 

「仕事は『悪巧み』か。いいだろう」

 

「それと1体、飛べる異端児を見繕って欲しい」

 

「?」

 

 

どういうことだ? そう首を傾げるフェルズにフィンは不敵に微笑んで口を開いた。

 

 

 

「ベル・クラネルを迎えに行ってもらう」



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アルテミスレコード⑤

ベルサイドとオラリオサイドで時間が少し違います。書いててややこしい


 

フィンを中心にした作戦会議は淀みなく進んだ。

異なる派閥でありながら無駄はなく、素早く戦術、戦略レベルの確認を済ませていく。

そして最後にフェルズが『時限制限(タイムリミット)』について触れる。

 

「敵の術式を絞った。モンスターに堕ちたことで元の術式とも差異が出てくるだろうが・・・」

 

多くの者が気付けないほどの、今も静かに地中から響いている『詠唱』を解読し、おおよその限界を算出したフェルズは、告げた。

 

「刻限は――――今夜」

 

都市民の避難は間に合わない。むしろ都市外への誘導は余計な混乱を招くだろう。ただでさえ送還の柱が二本上がり、都市全体がざわついているのだ。そんなところに治安維持や避難誘導に割ける戦力はない。混乱を招くくらいなら、いっそ『何もなかったこと』にした方がいい。

失敗すれば罪のない民の命が全て失われる。しかしそれは冒険者達の敗北は『大穴』の復活、ひいてはこの下界の危機を意味する。負けた先には、せっかく逃した命もむしり取られることだろう。

 

故に、誰も何も知らない間に終わらせるのだ。

 

 

「人知れず、都市を救おうじゃないか。 僕達冒険者は、それくらいがちょうどいい」

 

茶目っ気に笑うフィンにつられて、各々の唇から、笑みが漏れる気配が連なる。

 

「―――ねぇ【勇者(ブレイバー)】、1ついいかしら?」

 

気になることでもあったのか、地図を見つめながらアリーゼが右手を上げて問うた。全員が首を傾げたけれど、アリーゼもまたフィンほどでないにせよ勘の鋭い女だ。だから、なんだい? と聞き返す。アリーゼは至って真面目に口を開く。

 

「討伐するのは、本当に6体の『精霊の分身(デミ・スピリット)』だけでいいのよね?」

 

その一言に、ピクッと眉を跳ねさせる。

 

「・・・・何か、思うところでもあるのかい?」

 

「ん-・・・・っと、確か壁画には6人の乙女と邪竜がいたのよね?」

 

「・・・・そうだね」

 

眉間をつまむようにして、記憶を掘り返しながらアリーゼは確認する。

 

人造迷宮(クノッソス)で【剣姫】が見たっていう巨大フラスコの数は全部で7つだったわよね?」

 

「ああ、そのうちの1つが『天の雄牛』・・・いや待て」

 

フィンの思考に火花が散る。

そもそもオラリオを滅ぼすんなら59階層で『精霊の分身(デミ・スピリット)』をお披露目するような真似をしなければ、存在を知らなければ対応は遅れオラリオは完璧に消し飛んでいた。脅威に触れたからこそ、思考は『精霊』の殲滅に変更された。

 

「敵の目的は、オラリオの消滅とは別にある・・・?」

 

「59階層のことは抜きにして、人造迷宮(クノッソス)で交戦した『天の雄牛』・・・・それを数に入れたら、壁画の精霊の数と合わないわ!」

 

悪寒のようなヒンヤリとした風が冒険者達の肌を撫でる。

その疑問は、ベルの故郷に行ったことがあって()()()()()()()()()()()からこそ読んでいた書物の1つに目を通していた彼女だからこそ浮かんだものだった。アリーゼはそこまで読書に耽っていたわけではないが、リューが壁画のことを【ロキ・ファミリア】が調べていることを聞き、リューにどんな内容だったかを聞いたうえでフィンの作戦を最後まで聞いて「あれ?」と違和感を感じたのだ。

 

6体の精霊による『精霊の六円環』。

では、もしあの時、『天の雄牛』が現れなかったら?

 

「そもそも黒幕(エニュオ)が、今の今まで姿すら現したこともない神様が、計画の礎を美神(イシュタル)様に渡すのかしらって・・・それにオラリオを、『大穴』の蓋を開けようとした人物なら7年前にいたじゃない!」

 

そこで2人の人物が浮かび上がる。

神時代の前、在りし日の英雄の時代を求めたアルフィアとザルドという2人の英雄。

つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな過去に行われようとしていたことを二番煎じに黒幕(エニュオ)がするのか? 彼が望んでいるのは『狂乱の宴(オルギア)』だというのに?

 

もっと別の目的があるのでは?

『精霊の六円環』も防がなくてはならないのは確か。けれど、何かがある。

 

「そんな気がするの」

 

静けさが満ちる大広間。

勘弁してくれと言わんばかりの重苦しい空気。

 

「壁画には『精霊』と『邪竜』がいた・・・なら」

 

「―――なら、『邪竜』がいないという保証はない、か」

 

アリーゼの感じた違和感から、フィンが結論を出す。

けれどどこに現れるのか、それがわからない。

 

「【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、【アストレア・ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】・・・他にもいるが、面倒だな」

 

「だが、どうする? どこに現れるかわからないモノを探し回ることなどできんぞ」

 

「恐らく6体の精霊との戦闘、人命救出、補給部隊、戦力を割けるのは難しい・・・」

 

「いっそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()がおればいいのだがなぁ・・・・」

 

痛む頭を押さえるようにして呻く冒険者達の中、ぽろっと椿が零した。

そんな、都合の良い奴おるか? おらんやろ。 と心の中のロキが言いそうではあるその発言にしかし、ピンッと1人の兎が脳内を飛び跳ねる。

 

「―――ハハ、これは僕もできる限りのことはしないとね・・・シャクティ、後の指揮は任せた。僕は少し、席を外す」

 

「フィン? どこへ行くつもりだ?」

 

シャクティ達に後ろ姿を見せるフィンは、広間の扉へと向かおうとする。背中を叩く声に、小人族の勇者は頭上を見上げた。いくつもの円柱が立つ広間の高い天井。更にその先の、摩天楼施設が伸びる天を仰ぎながら。

 

「作戦の行方を決める、大事な『仕事』をしてくる」

 

なぁに、彼女なら二つ返事で頭を縦に振ってくれるはずさ。そう言ってフィンは姿を消し、フェルズもまた1体の『異端児(ゼノス)』にお遣いを頼むため迷宮へと急いだ。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

バサリ、と重々しい翼の音と共に着地音が鳴る。

 

「・・・」

 

いるはずのない存在に、ベルはただ一人、瞳を泳がせた。

遅れて月女神の眷族達が武器を手に現れて、それを大丈夫ですと手で制す。

 

「なんで、いるんですか?」

 

「サッキモ言ッタハズダ、迎エニ行ケト・・・頼マレタノダト」

 

ザァァ、と静寂に包まれる景色に風が通り抜ける。

今、ベルの目の前にいるのは1体の『異端児(ゼノス)』だ。

いるはずのない存在だ。

地上にいること自体、あり得ない存在だ。

 

「頼まれたって・・・」

 

「時間ガナイ、フェルズニ頼マレ、同胞達ニモ任サレタノダ。他デモナイ小僧・・・貴様ノ力ガ必要ダト」

 

これも渡せと言われた、そう言って灰色の体表、岩石の如き『異端児(ゼノス)』は背負っていた1本の筒を投げ渡した。受け取り、中に入っている物を取り出してみればそれは深層で砕け散った銀槍と同じ獲物。

 

「時間・・・なんですか?」

 

「ソウダ、急ギ戻ラナケレバ貴様ノ帰ル場所ハ、諸共滅ビルゾ」

 

灰色の『異端児(ゼノス)』――グロスは、首にネックレス状の魔道具(マジックアイテム)を装着していた。それこそがベル・クラネルの場所を探し当てるためのものだった。【アストレア・ファミリア】から恐らく故郷にいるだろうと故郷の場所まで聞き出したフェルズが念のために、とベルが深層から救出された際に採取しておいた血液から作った魔道具(マジックアイテム)はグロスに位置を知らせていた。それでも少しばかり時間がかかってしまったのは地上進出という『未知』の景色、状況に迷子になってしまったから。

 

「いいんですか、グロスさん・・・地上に出ちゃって」

 

「同胞達ニハ・・・『ずるい!』ト言ワレタ」

 

だがしかし、悪くない。

この閉鎖されていない景色を自由に飛び回るのは、とても良い気分であったとグロスは言う。表情はわかりにくく笑っているのかすらわからないけれど、状況が状況でなければきっとあちこち飛び回っていたかもしれない。

 

「人間デハ時間ガ足リン・・・飛ベル私ニ白羽ノ矢ガ立ッタニ過ギン」

 

「・・・・・・」

 

僅かに揺れる瞳。

帰らなければいけないのは、わかっている。

けれど、また『穢れた精霊(あんなこわいもの)』と戦わなければいけないと思うと足が竦んでしまう。

 

「小僧・・・」

 

グロスは睨む。

さっさとしろという意味で睨んでいるのではない。彼が深層でどんな目をあったのかは知っている。それが足を竦ませる理由なのだということは察している。ただ1歩、たった一歩踏み出しきれないだけなのだ。それを怒る理由はグロスにはなかった。恐怖を感じるのは仕方のないことだし、それを無理くり引っ張り出しても意味がないからだ。

 

 

 

「―――オリオン!」

 

 

そこに。

ベルの背後から上着を羽織った女神が声を投げかける。

ビクッと肩を揺らして振り返れば、女神は、アルテミスは、少し寂しそうに微笑を浮かべ彼の頬に手を添えた。

 

「そんな泣きそうな顔をしないでくれ」

 

君は男の子じゃないか。そんなに簡単に泣いてしまってはいけないよ? アルテミスは幼子をあやすように撫でる。アルテミスはグロスを一瞥して、すぐにベルを見つめる。ああ、もう、ゆっくりとした休息は終わりなのだと残念そうにしながら。スローライフと言えばいいのかわからないが、そういうのも悪くはないと思っていたアルテミスは、離れ離れになってしうまうのが怖いのか泣きそうになっているベルを見て微笑んで口を開けた。

 

「なあオリオン、無理にオラリオに帰らなくてもいいんだよ?」

 

「―――ナッ」

 

「―――え?」

 

アルテミスがそんなことを言うとは思わなったのかベルは思わず声を漏らした。

彼女はベルの頬を撫でながら続ける。

 

「貴方は十分、怖い思いをした・・・オラリオには貴方よりずっと強い冒険者だっているんだ。貴方一人いなくたってどうとでもなるさ」

 

「・・・・」

 

「だって貴方はまだ子供じゃないか。もっと遊んでいたっていいはずじゃないか」

 

「う・・・」

 

「待っていれば・・・きっと事態は収まる。 怖いものも、面倒なことも、悩み事も、誰かが解決してくれるさ」

 

だから私達と、外で旅をしないか? そう言ってアルテミスは一歩後ろに下がって手を差し出した。ベルはアルテミスを見て、グロスを見て、アルテミスの眷族達を見た。誰も何も言ってくれない。これはお前が決めることだと言わんばかりにただ、見つめていた。

 

「ア、アストレア様達は・・・?」

 

「彼女達はオラリオで戦っているんだろうね」

 

「ま、負けたら・・・」

 

「みんなで天に行くだけさ。 負けるかもしれない、でも、勝つかもしれない。 貴方1人いようがいなかろうが対して違いはないんじゃないかな?」

 

「・・・・・」

 

俯いて銀槍をぎゅっと抱きしめる。

怖い、怖いんだ。

また義母の顔をした『精霊』なんかがいたりしたら、それこそ心が耐えられる気がしない。

何より、短い期間ではあったけれど。

アルテミスとのゆったりとした時間は悪くなかった。

英雄になりたいとは言ったけれど、ベルはまだ大人にはなりきれない。 年齢的にも肉体的にも、そして精神的にも。親に甘えていたいし、遊んでいたい。そう思うことは間違っていないはずだ。わざわざ痛い思いをする必要なんてない。

 

「――――でも」

 

でも、瞼を閉じて思い出す。

義母が大切にしていたという廃教会を。

『星屑の庭』を。

星乙女の微笑を。

出会ってきた冒険者達の姿を。

なにより、2人の英雄がいた証である迷宮都市を。

 

「でも、僕・・・行かなきゃ」

 

瞼を開いてまっすぐとアルテミスを見つめる。

彼女とのんびりと過ごすのは悪くないと心から思っている。

けれど、もう決めたことがあるから。

行かなくては。

 

「どうしても、行くのかい?」

 

「はい、僕は・・・英雄になりたいんです」

 

「ああ、知ってる」

 

「辛かったし悲しかったし、怖い・・・でも、オラリオがなくなるのは嫌だ。 アストレア様達に会えなくなるのは、すごく嫌だ」

 

「・・・・ああ」

 

「でも、僕がここで足を止めてしまったら・・・深層での戦いに意味がなくなってしまうから」

 

最初で最後の『お別れ』をした深層での死闘。

もう次はあってほしくないし、うんざりだ。あれはベルだからこそ、相手がアルフィアだったからこそ勝てただけ。できなかった『お別れ』をして一つ、区切りをつけたのだ。『英雄になりたい』と言ったのだ。それをなかったことにはできない。ベルの身を案じる優しい月の女神様に今度はベルから腕を伸ばし頬に手を添える。アルテミスは肩を揺らして、その手を優しく包み込む。

 

「私は貴方に幸せになってほしいんだ。だって、頑張ったんだろう? アルフィアもザルドももういなくなってしまったけれど・・・」

 

「はい、知ってます。でも、僕たちの旅はまだ終わっていないから」

 

いいこともあった。

悲しいこともあった。

でも、決して独りではなかった。

星乙女と共に歩んできた旅路は、決して悪いものではなかった。だから。

 

「ここで僕だけが投げ出すなんて、できません」

 

優しいアルテミスは、あえて彼の足を止めようとしている。

いや、そういう風にすることで彼に発破をかけている。

それがわかっていて、やっぱり彼女は優しいなぁと泣きそうだったのに、笑みを零す。

 

「最後の英雄に、僕はなる・・・『英雄の船』、その最後の乗船者は僕だ。僕がなる、なってみせる・・・だから、行かなきゃ」

 

「・・・・」

 

「それに僕は、星のごとく輝く者(アストレアさま)の眷族だから。『正義』を掲げる派閥の団員が、知らんぷりなんてできないです」

 

それに、かっこいいところを見せない僕なんて貴方だっていやでしょう? それじゃあ『女神を穿つ狩人(オリオン)』ですらない。そう茶化して言うベルに、アルテミスは仕方ない子を見るような笑みをつい、浮かべてしまう。ああもう、仕方のない子だなあと。いつの間にか、そういう強い目をするようになっていたんだなあと噛み締めながら。

 

「ああもう、行ってしまえ行ってしまえ、ばーかばーか。死ぬかもしれないのに、わざわざ危ないところへ行くなんて」

 

「はい、でも、それが『冒険者』ですから」

 

「負けたら承知しないぞ?」

 

「はい、()()()()()ならありますから・・・うん、きっと、なんとかなりますよ」

 

胸に秘めた決意を握りしめるように、ベルは一度家の中に戻り、戦闘衣に着替えてグロスのもとに歩み寄る。

 

「いっぱい貰ったものは・・・あるから、ちゃんとそれを返していかないと」

 

「ああ・・・・」

 

「それに、銀槍(これ)をアルテミス様が用意させたんですよね?」

 

「わかっちゃうか」

 

「はい、わかっちゃいます」

 

「じゃあ、使わなきゃ。物干し竿になんてできません」

 

「はぁ、まったく・・・時々男の子みたいな顔をするからずるいぞ」

 

 

たとえ。

他人から見れば、取るに足らない理由だけど。

どんな時だって、星は傍にいてくれたし見ていてくれた。

決意したとはいっても、簡単に挫けてしまうかもしれない。

でも、いつだって。

 

「頑張っていかなくちゃいけないんだ・・・だってオラリオで、初めてお墓参りしたときに『頑張る』って言ったんだから」

 

石竜(ガーゴイル)の背に乗り、ゆっくりと浮上する。

アルテミスが、月女神の眷族達が見上げる。

 

「行ってきます、アルテミス様」

 

「行ってらっしゃい、アストレアの眷族()

 

やせ我慢でも、自己満足でも。

自信がなくて答えが出せなくなっても。

人から見れば、取るに足りない、くだらない理由でも。

きっと、星乙女達は傍にいてくれる。

それだけを信じている。

それだけが信じられる。

なら、走る理由には十分だ。

遅れた分を取り戻さないと。

ようやく『冒険者』から『英雄の卵』になったんだから。

 

 

瞼を閉じて、小さくて泣いていた幼い自分にお別れを。

これかれも、これからも、いつまでも。

背に刻まれた星の鼓動。

鐘の音は、やがて自らの内に響くだろう。

悲しいお話がいつまでも続くことはない、できることならハッピーエンドを。

 

大丈夫。

この背には大好きだった人の『魔法』が刻まれているのだから。

どんなにつらくても、呟けば鐘は鳴り響く。

 

「行こう、グロスさん」

 

 

さあ、いよいよ出航の時だ。

幼い僕(きみ)がいつか救われますように。

とりあえずは、そう。

 

都市を救う英雄達の中に混じってみるとしよう。

過去の最強(ゼウスとヘラ)はもっとすごいのと戦っていたんだ。

なぁに、『精霊』如きがなんだっていうんだ。ちょろいちょろい。

 

月女神から目を離して、オラリオのある方角をじっと見つめて飛び立っていく。

それを嬉しそうに見つめているのはアルテミスで。

彼女達も遅れてオラリオへと向けて進軍していく。

彼女達ができることなんて限られているけれど。

可愛い弟分が、女神の愛した男が傷つけられたんだ。

糞ったれな神に仕返しをしてやる理由にはそれだけで十分だ。

 

「行くぞ、お前達! 私達ができることは限られているが、なぁに、怪我人がいるだろうから手が必要なはずだ。手は多い方がいい」

 

支度を整え、進んでいく。

もう既に少年の姿は見えない。

重たいはずの石の竜は重さなんて感じさせないほどに優雅に、自由に空を飛んで行った。

きっとこっそり飛び出したのだろう。

【勇者】がまさか、『異端の同胞』を迎えに行けなんて言うだなんて誰が思うだろうか。

 

 

硬い体に跨って、飛んでいく。

びゅんびゅんと風を切って。

でもやっぱり、一つだけ不満はあるよね。

 

 

「グロスさん、もう少し柔らかくなったほうがいいですよ」

 

「ム・・・!?」

 

「レイさんだったらなぁ・・・」

 

「落トスゾ!?」

 

石竜(ガーゴイル)に乗ってやってくるなんて、物語であんまり見た覚えないしなあ」

 

「エエイ、文句ヲ言ウナァ!?」




次から終章。
難しいから頭痛くなりそう。
書いてて「ややこしいな」ってなってます


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偽迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)
プロローグ


 

 

 

『光冠』を見た。

宙に浮かぶ光の輪を。

幾多の光の欠片が織りなす、天に続く白の階段を。

それはいつか彼女と結んだ約束の景色だ。

つまり、それは『幻想』なのだ。

 

潰えて消えた筈の意識が瞳に映した、脆く、儚い、最後の錯覚。

けれどとても綺麗な夢想の破片。

例えまやかしだとしても、きっといかなるものよりも美しい光景だと、確信することができた。

彼女の故郷に宿るという、『妖精の輪』。

 

最期の時だ、懺悔しよう。

『深層』に落とされた哀れな友人。

彼に贈る懺悔とは。

それすなわち―――。

 

穢れた精霊(かのじょ)』を真に人の形へと至ったのは。

その体に私の体が使われていたということを。

蜥蜴(トカゲ)の尻尾のように切り落としたこの私の穢れた体さえ利用されて生み出された怪物は、私からしてもおぞましく美しいものだと思えた。その後どうなったのか私は知らないが、君は殺しても死なないような奴だからきっと大丈夫だろう。何せ遠くから鐘の音が聞こえるし、この冷たい牢獄のような迷宮の天井に穴をあけてくれたのだから。

 

すまない、と思う。

申し訳ない、と思う。

私の正体に、恐らくは誰よりも早く違和感を感じていただろう君に。

それでもなお、『人』として扱ってくれた君に。

最大限の謝罪を。

そして、最大級の感謝を。

 

私が人ならざる者であることを、彼女に告げずにいてくれたことに心からの感謝を。

きっと彼女は君が教えずとも気づくだろう。

でなければ今、私が見ている光景はあり得ないのだから。

 

『別れはちゃんと告げておかないと、辛いですよ』

 

ああ、その通りだ。

 

『黙っていなくなるのは、卑怯だ』

 

ああ、至極その通りなのだろう。

君の言葉はひどく説得力に満ちていて否定する気にはなれない。

だが安心してほしい。

 

私は、ちゃんと別れを告げたんだよ。

 

 

悲しみの声を聞いた。

決して鳴り止むことのない慟哭を。

天にまで昇る後悔と悲痛の叫びを。

それは魂の痛哭だった。

彼女を泣かせてしまったことが、たまらなく悲しい。

彼女を傷付けたことが、たまらなく辛い。

私がどんなに願ってもその涙が止まることはない。刻まれた傷はきっと癒えぬまま。彼女はそれをずっと背負って生きていくのだろう。

 

まだ伝えたいことが沢山あった。

厚かましくももっと知ってほしいことが沢山あった。

 

ああ、クラネル。

別れを告げても、結局のところ、辛いな。

別離とは、こうも辛いものなのだな。

お前は『気づいたらいなくなっていた』と言っていたが、実のところ、どっちが辛いのだろうな。私にはてんでわからないよ。

 

彼女に話しかけてやりたくとも喉を震わせることはできない。

もう二度と、歌が紡がれることはない。

体は消え、塵となり、想いは行き場を失う。

泣かないで。

歩き出して。

霧散していく数々の想いの中で、どうか自分のことは忘れて、そう願えないのは私の弱さだ。これをきっと『未練』と言うのだろう。

 

多くを殺した。

多くを裏切った。

生きる理由さえも見失って。

信じた神がまったくもって善良ではないと思い知らされて。

殺して殺して殺して殺した。

他人も。

自分さえも。

穢れた私をそれでも傍においてくれた神を私はきっと愛していたのだろう。

穢れた私をそれでも受け入れてくれた神を私はきっと信じていたのだろう。

決して。

決して、彼が命じた悉くが。

人の所業ではないとしても。

それこそが神の所業なのだ。

だって見てくれ、私の片割れは私を捨てて行ってしまった。

心身ともに半分半分だ。

半端モノとはこのことなのだろう。

中途半端とは私のことなのだろう。

 

どこかで鐘の音が聞こえる。

嵐の中でさえ船乗りに居場所を知らせてくれる灯台の輝きが見えるようで。

門出を祝う祝福のように、鐘は迷宮の中を鳴り響く。

半端に浄化された私の『心』。

二度受けてしまった浄化ではあるが。

あの時感じた苦しみは。

全身を焼く業火のような痛みはきっと、私が負った罪そのものなのだろう。

 

もう戻れはしない。

楽しくはあった。

同胞の友人に、人間の友人。

共に旅をした思い出が今は遠い理想のようで美しい。

すまない、ありがとうを何度も心の中で繰り返す。

 

私はそう。

後戻りできないことをしてきた。

ようやく、ようやく私は私を終えられるのだ。

 

だからどうか、また彼女が笑えるように―――。

 

 

 

 

止まらない雨を見た。

それは残酷なほどに美しく、清らかで、この世の何よりもと尊いものだと確信できた。

止まらない雨が、きらめく涙の雨が歌となって私の心を揺り動かす。

理から外れた残滓が間もなく消える。

遠ざかる景色。

感じられなくなっていく彼女の存在。

汚れた心と体でさえ漂白の狭間に閉じ込められ、きっと全てを忘れていく。

だから。

だからこそ。

その『光冠』に、最後に願った。

 

もし『奇跡』があるのなら。

けれどその『奇跡』は叶わない。

『贖罪』の機会さえ得られずに。

全てが消え失せることに身をゆだねて。

 

 

 

 

 

 

 

私は再び、目覚め。

気だるげに、体を起こして欠伸をしていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

蒼然とした夜空に見下ろされている。

深い藍色は海のようであり、静かに燃える青い炎のようですらあった。

浮かぶのは宝石のように輝く星々に、昂然たる月の光。

雲一つない澄んだ空だ。

頭上を見上げていた冒険者達はそう思った。

今、都市が滅びようとしているなど信じられないくらい、凪のように穏やかで、燃え尽きる星のように熱を孕んだ、美しい矛盾の空だと。

 

「アリーゼ、そのナイフ・・・貴方が使うのですか?」

 

「ええ、付与魔法(エンチャント)とはいえ集束でいえば私も似たようなことができるから・・・まあさすがにベルみたいなことはできないけど」

 

「あいつは来ると思いますか? 団長様?」

 

「来るんじゃない? 勿論私達で全部終わらせて、あの子におかえりって言ってあげたいけど・・・あの子、深層から帰ってきてちょっと心境の変化というか、ちょこっと強い目をするようになったし」

 

「泣き兎なところは変わってねえだろ?」

 

「確かに!」

 

でもそれがいい、と口々に言い合う『正義』の翼を背負った乙女達はアリーゼの腰に携えられている鏡のような刀身のナイフを見つめながら、1人の少年の顔を思い描いていた。敵にとって脅威となりうる少年を死亡者扱いにするという作戦ではあるもののこの作戦に効果があるのかは不明だ。敵は神である以上、『嘘』は通用しない。ただ地上に顔を出していないからこそできる苦し紛れの作戦だった。真相を知っている自分達では『嘘』だとバレてしまうが、何も知らない民衆にとっては『ベル・クラネルの死亡』は真実足りうる。それを狙って敵にはもう自分の脅威となるのは、少年以外の冒険者なのだと思わせるのだ。

 

空から地上に目を戻せば、そこには数えきれない冒険者がいた。

【ガネーシャ・ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】。そして【アストレア・ファミリア】。名だたる冒険者や鍛冶師、治療師達が、この広場――『ダイダロス通り』の中央地帯に集結していた。

 

「そういえば聞いた? 【戦場の聖女(デア・セイント)】ランクアップしたって」

 

「深層から帰還したのですから、していてもおかしくはないでしょう?」

 

「彼女にはベルが生きていると伝えておいても良かったのでは?」

 

「うーん、そうしたかったんだけどタイミングが合わなくって・・・ほら、彼女が目覚めた時にはベルは都市外だったし。私達もバタバタしてて話すタイミングなかったし。今あの子に教えても雑念が入るだろうし」

 

ま、全部終わったらベルに丸投げしちゃいましょ! 遠目にアミッドの姿を見て彼女のランクアップの話題になり帰ってきたベルがアミッドに()()()()()()()()()光景を幻視した姉達は黙祷を捧げた。

 

逸る声、緊張の息遣い、不安を隠せないどよめき、様々な声が周囲から聞こえてくる。

そんな中、いつも通りのやり取りをして和んでいるのが【アストレア・ファミリア】。曰く、変に緊張しても死地に飛び込めば嫌でも緊張するものなのだからせめて地上では肩の力を抜いておきましょうだとか。

 

「そういえばアリーゼ、アストレア様の姿が見えませんが」

 

周囲に女神の姿がないどころか、数日前から姿を眩ませていることにリューは首を傾げてアリーゼに問うた。同じように団員達も「そういえば」と口にするあたり、女神も女神でまたどこぞで動いているのだということはわかるものの、せめて伝言を伝えてほしいとどうしても思ってしまう。アリーゼは唇に人差し指を当ててからん-、と唸ってから口を開く。

 

「ヘルメス様と都市外に」

 

「・・・・ん?」

 

ごめんちょっと聞こえなかった。

もう一回言ってもらえる?

誰が誰と、都市外に?

ぱどぅん?

 

穏やかながら活動的な女神の現在を聞いた団員達は団長に詰め寄る。

あの方がまさかそんな浮気をするとは思えないが、アリーゼもアリーゼ、伝え方がひどすぎるきらいがあるのだ。アリーゼは迫りくる団員達に両手を広げて「ステイ!」としながら

 

「行方不明のデメテル様のところに行ってるのよ! 【ヘルメス・ファミリア】が【デメテル・ファミリア】の館にガサ入れしたらしいんだけど人っ子一人いなかったみたいなのよ」

 

作戦決行日前。

いや、前回の進軍失敗から【ヘルメス・ファミリア】は黒幕の容疑者としてデメテルを。

そして彼女の派閥の館へとガサ入れしたところ、そこは無人。

『物証』を探し出さんと捜索された館の中は、まさに盗賊に荒らされたがごとく棚の中身は全て掻き出され、羊皮紙の書類の海が床に広がり、その上を壊された骨董品の類が破片となって転がってる。こうなることなど見越していたかのように【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達は何も見つけることができなかった。

最後に残っていた地下への階段を駆け下りた先で見たもの普段、果物や野菜が保管されていただろう地下室に呻くほどに充満した血の匂いが漂っていたという。血の匂いに導かれるようにして奥の部屋へと進んでいき、冒険者達は見た。

 

 

『死に絶えろ、オラリオ。冥府の道は私が開く』

 

 

嘲るように、挑発するように、あるいは呪われた碑文のように赤い血文字で壁面に塗りたくられた禍々しい文字群には、そう記されていた。

 

 

 

「―――そもそも、なぜ、神デメテルが黒だと・・・その、容疑があがったのですか?」

 

ありえない、としながらもなぜ彼女が容疑者として挙がったのかとリューは問う。

 

「それが偶然なんだけどね? ロキ様がダイダロス通りを通り抜けようとしていたソーマ様と遭遇したらしいのよ」

 

何故、酒神(ソーマ)の名が出たのかと首を傾げる者もいるが黙って続きを催促する。

 

「でね、ソーマ様は確か・・・近くに酒蔵があるとかだったらしくて、ロキ様に『神酒』の匂いがするって言ったらしくて」

 

突如豹変したソーマに、ロキは気圧され心当たりはないかと聞かれてもロキにはわからなかった。ソーマが作った本物の神酒なんて一滴も口にしてないし分けてくれなかっただろうと文句を垂らすも、ソーマはそうじゃないと否定した。ソーマ曰く、『俺以外の誰かが作った神酒』であり犬のようにくんくんと鼻を鳴らしたソーマ。

 

「で、最終的にソーマ様の鼻が煌めいたの!」

 

「「「煌めくな!」」」

 

「ペロッ・・・これは、葡萄酒ッ! って」

 

「アリーゼ、ふざけないでほしい。私達は真面目にやっている。その薬物を指で掬い取って舐めとる名探偵の真似事を今すぐにやめなさい」

 

「ま、待ってリオン!? シリアスパートにほんの少しのコメディを入れておかないと読者は飽きちゃうわよ!?」

 

「あらあら団長様何をおっしゃっているのか、私にはとんとわかりませんが?」

 

「待って輝夜、待ってリオン! わかった! わかったから、謝るから! だから貴方達武器で私の胸やら脇腹をぐりぐりするのをやめて!?」

 

ソーマ曰く、()()()()()()()()()()()ほどの極まった神酒。

それを聞いたロキは容疑者としてデメテルを上げたのだ。

 

最も。

 

 

「それはあり得ないのでは?」

 

「ええ、ロキ様もそう思ってるわ。でもオラリオのどこにもいないのよ、なら探すしかないでしょう? 私が思うに隠れ蓑(スケープゴート)にデメテル様が使われている可能性がある。でも、その理由がわからない・・・もしかしたらなんだけど、救助部隊がいるのは・・・()()()()()()なんだと思う」

 

アストレア様がヘルメス様と一緒に都市外に出て行ったのは、もう一つの件を確認するため。とアリーゼは続ける。

 

「前にアルフィアの墓石がズレていたことがあったでしょ? 中身はもうすっからかんなんだけど・・・」

 

「そういえば、ベルが深層に落とされる前に顔無しが言っていたな・・・()()()()()()()()()()()()()と」

 

もしその女神とやらがデメテルであったなら。

一体彼女はどんなことをされてその恐慌に至ってしまったのだろうか。

 

「彼女は男神(ゼウス)女神(ヘラ)と同じく、この迷宮都市を支えてきた善神・・・少なくとも私は彼女が『エニュオ』とは思えない。もしそのような行為を強要されていたのだとしたら」

 

リューの高潔なエルフとして唾棄するような声音に全員が拳を握りしめる。

『エニュオ』の足跡が残されていたことと都市の内外を自由に行き来できる神の一柱であることが彼女を走査線に浮上する候補として要素が揃ってしまっている。それでもデメテルという女神がどれほど心優しい女神なのかを見てきた彼女達は最悪の光景を想像して、やはり見えない黒幕に瞋恚の炎を募らせる。

 

「【デメテル・ファミリア】が消滅すれば多くの人々が飢え、迷宮都市には『永遠の冬』が訪れるとまで言われている。 それをお構いなしとしている者こそが黒幕なのだろう、しかし、掘り起こした女神がデメテル様であったなら」

 

「ベルが見つける前に保護しなきゃいけない。変な誤解を起こしてしまわないように」

 

「あの子がそうそう怒りに任せて神殺しをするとは思えないが」

 

「可能性はひとつでもつぶしておくに越したことはないわ。 ま、そこはアストレア様が何とかしてくれるし・・・ベルがそんなことするなんて思えないけど」

 

 

周囲の冒険者達を見渡しながら、この話は終わり!とアリーゼは手のひらを叩いた。

今考えても仕方がない、自分たちがこれからするのは都市の安寧を賭けた戦いなのだからそれ以外のことは今は考えない! と団員達に言い聞かせる。言い聞かせてからリューと輝夜に山吹色の髪を揺らす少女を見つめながらアリーゼは声を投げた。

 

「2人とも【千の妖精(サウザンド)】のこと、お願いね」

 

友人が目の前で首をへし折られ、モンスターに食い殺されたのだ。

優しい少女には惨すぎる光景。

静かな戦意だけを内に灯し、杖を持って自分のやるべきことを見据えているがこの場にいること自体が奇跡なのだ。心が壊れていたっておかしくはない。そんな少女がこの場にいる以上、同じ班で動く2人に他派閥という括りを気にせず言う。

 

「お願いも何も、後衛を守らず何が前衛でございますか?」

 

「ええ、まったくだ。アリーゼ、貴方も油断しないように」

 

「ええわかってるわ!」

 

 

団員達がそれぞれに言い合う中、ついに自分達とは違う声が響く。

 

「―――聞いてくれ」

 

作戦開始、十分前。

ざわめきが波のように引いていく中、冒険者達の目を集める【勇者(フィン)】によってまもなく戦いの号砲が鳴らされ冒険者達は雄叫びと共に人造の迷宮へと足を踏み入れる。



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輝ける星は今ここに①

書いていた内容、だいたい忘れてます


 

 

 

風が、肌を撫でる。

急速に景色が変わっていく。

雲はなく、ただ黄金に輝く満月が空にはあった。

 

 

「そんなに経ってない筈だけど、オラリオはいつから・・・植物園になったんだろう?」

 

 

視認できたオラリオの景色はすこし違っていた。

蛇のような花のような怪物が、うねうねと蠢いていた。

力ある派閥であれば、無視するはずもないが目視しているうちに倒されることもないことから、既に力ある派閥は別の場所で戦っているのだろうと判断しベルを運ぶ石竜(ガーゴイル)のグロスに自分を都市中央に運ぶことを指示。

 

詠唱を開始する。

 

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

 

 

やがて、雪が都市に降り注ぐ。

 

 

 

×  ×  ×

ベルがオラリオに到着するよりも前。

人造迷宮、12層。

 

 

人造迷宮(クノッソス)に突入してた冒険者達はすでに、そこかしこで戦闘を繰り広げていた。

放たれる『魔法』を護符で払い、最終的には精霊の六円環たる6つの『穢れた精霊』を討伐する。

 

『穢れた精霊』、『赤い髪の怪人』、そして『仮面の人物』。

 

12層ではレフィーヤ、ベート、リューに輝夜達がもう『仮面の人物』と戦闘を開始していた。

『仮面の人物』という呼称は最早不要。

ベルだけが気付いていて、レフィーヤがヒントに気づくのが遅かっただけのこと。

ソレの名は、フィルヴィス・シャリア。

 

「「【終わる幻想、還る魂――引き裂けぬ貴方(きずな)】」」

 

 

27階層の悪夢で、ただの妖精ですらなくなった穢れた妖精。

少女の髪に巻かれていた蒼冠(サークル)は弾け、『分身』し裂かれていた『魔力』が還元された反動で肉体が活性し、特徴的な濡れ羽色の長髪が地面に届くほどに伸長していた。胸の谷間で露出している『魔石』が放つのは激しい極彩色の明滅。

 

「【エインセル】」

 

内側にとどめることのできない力の氾濫が、胸部を中心に薄紅色の『根』と言うべき器官を発生させる。葉脈、あるいは血管のように、少女の白肌を蹂躙していた。目元は落ち窪み、美しい赤緋色の瞳は淀んだ深碧の色に。白い肌も病的なまでに青白く変化していた。

そして、彼女の体は所々、()()()()()

 

 

「ッルォオオオオ!!」

 

疾走したベートが容赦なく己の拳を叩き込む。

それを難なく受け止め、掴んだまま床へと叩きつけた。

背骨に走る衝撃に言葉を発することもできないベートへとフィルヴィスはさらに体を回転させ強烈な蹴りを放つ。

 

「させるかぁ!」

 

「はぁあああ!」

 

そこに輝夜とリューが割って入り蹴りを撃ち返した。

さらにそこへ。

 

 

「【ウチデノコヅチ】――舞い踊れ!」

 

九尾を彷彿させる光の尾を生やした少女の『妖術』が、輝夜とリューに付与される。援軍としてやって来た狐人の少女に2人は目を見開いた。主神と一緒に待っているとばかり思っていたからだ。彼女だけではない。アイシャとアスフィも同じく援軍としてそこへやって来て戦闘に混ざり始めた。

階位昇華(レベルブースト)』。

春姫の持つ強力な『妖術』は、さらにベルの深層での一件以降、ただ待っていただけの自分を恥じそれを見かねた姉貴分(アイシャ)がベルの金で買った『魔導書』から発現した2つ目の魔法によって複数人に付与できるようになったのだ。

 

「―――【ウィーシェの名のもとに願い】!」

 

戦闘の最中にやってきた援軍に目を見張るも、レフィーヤはすぐに詠唱を始める。

 

「『タラリア』!」

 

レフィーヤの詠唱とほぼ同時、アスフィが両足に履いた魔道具(マジックアイテム)飛翔靴(タラリア)』を起動する。床を離れる僅かな浮遊感が発生したかと思えば、何の予備動作もなく突風の如く跳んだ。

 

「!」

 

対峙しているフィルヴィスの瞳に映ったのは、前進ではなく、横の動き。

空を飛ぶ者にしか許されない動きで真横へ跳び、彼女の視界外に高速でかき消える。輝夜達同様に階位昇華を経て疑似Lv.5に至ったアスフィの飛翔速度は尋常のそれではなく虚をつく動きは『奇襲』に近く、さらに【大和竜胆】と【疾風】の連携によって完全に【万能者】を見失った。

 

 

メタルグローブに叩きつけられた刀が甲高い音を立てて火花を散らす。

斬り落とせなかったことに輝夜が舌打ちし、床で転がっている狼人を蹴り飛ばして戦線を一時離脱させた。

 

「硬いな、リオン!」

 

「いえ、一度退くべきだ!」

 

「ぶぁあああかめ! ここは攻めて敵に攻撃する間を与えないのが定石だろう!」

 

「相手は硬い、無理に攻めれば武器がもたない!」

 

「気合でなんとかしろ!」

 

「気合でどうにかなるはずがない!」

 

「どうして喧嘩を始めるぅ!?―――っと、それ、いきますよ!」

 

フィルヴィスの硬さに輝夜はリオンと連携して責め立てレフィーヤの詠唱が完了するまで攻撃の隙を与えんとしていたが、リオンはそれはダメだと拒否する。互いに好敵手故に喧嘩腰になり、フィルヴィスの視界から消え失せていたアスフィが思わずツッコミを入れてしまう。けれどすぐさま彼女は行動を再開させた。

 

床すれすれを高速滑空し、地面に投げ出されていた冒険者の武器を拾い上げ空中へと飛翔。横から上、二次元から三次元へと発展させる機動でフィルヴィスの頭上を押さえ、両手に持つ武器を投擲する。頭上からの不意打ちに、フィルヴィスは舌を弾き輝夜とリューへの迎撃を中断し、回避を選択した。一瞬前までフィルヴィスがいた床に突き刺さる長剣と片刃刀(サーベル)。アスフィはそれを見届けず、先程と同じ要領で地に転がっている武器を掴み取り、再び頭上へと昇って投擲した。

 

武器を回収しては上昇、発射。

放たれた武器の射撃は正確とは言い難く、フィルヴィスは防御するでもなく全て回避した。執拗に接近戦を挑んでくる輝夜とリュー、そして突っ込んできたアイシャを剛腕の一振りであしらいながら、怪訝な色を顔に宿す。

 

 

「くそ、何のつもりだ? ・・・・いや、これは・・・・私を閉じ込める『檻』のつもりか!?」

 

第一級冒険者が3人と言ってもいいような攻防の間に、無数の武器がフィルヴィスを取り囲むようにおよそ半径10M、円を築くように、剣、槍、刀、薙刀、斧槍、様々な獲物が床に突き立っている。

 

直後、輝夜とリューが地を蹴った。

 

「ふッッ!」

 

2人の女冒険者が敵の不意を突く高速の斬撃を放つ。

斜め後方からXを描くように放たれる攻撃に対し、フィルヴィスは片腕を振り払った。

 

 

「っ!?」

 

 

振り下ろした、振り上げた剣身が粉砕される。

並みの冒険者では一太刀のもと斬り伏せられていた必殺の無効化、業物の武器が失われる。

 

だが、2人の冒険者には動揺も悲嘆もなかった。

 

「・・・・チッ」

 

いや、輝夜は飛び散る己の武器の破片を視界に入れて、舌打ちした。悲嘆していた。体の一部と言ってもいい刀を失ったのだ、そりゃ悲しい。けれどその悲しみを怒りに変え床に突き刺さっている剣を引き抜き、瞬く間に反転し、フィルヴィスへと斬りかかった。

 

 

「なに!?」

 

新たな武器を再装備し、早すぎる次撃を敢行した2人の冒険者にフィルヴィスは驚愕を見せる。反射的に迎撃し再び剣を叩き折っても、2人の冒険者はためらいなく柄を捨て、次から次へと武器を手に取り速度を緩めず突っ込んでくる冒険者にフィルヴィスは対処が遅れる。纏っている紫紺のローブを、体ごと斬られる。

 

 

「私が築いたのは『檻』ではく『武器庫』といったところです」

 

2人の冒険者による怒涛の連続攻撃に晒されるフィルヴィスを宙より見下ろしながら、アスフィは指で眼鏡を押し上げる。【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルカ、【疾風】リュー・リオン、【大和竜胆】ゴジョウノ・輝夜という優秀な前衛を活かすためアスフィは環境を整えるべく『戦場』を作り上げたのだ。愛用の武器を失った2人は『武器庫』から何度も剣を抜き、存分に暴れまわった。神懸かり的な一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)がフィルヴィスに見舞われる。

 

「そら、私もいるよ!」

 

「ちッ―――!?」

 

一撃を見舞ったリューが離脱する間際、アイシャが別方向から襲い掛かる。

隙など一つも与えない。

1人が退けば、1人が突撃する。

そしてまた1人が退けば、また1人。

常に2人を、いや、上空にいるアスフィを入れれば3人をフィルヴィスは相手していることになる。

 

携えられたメタルグローブに巨大な大朴刀が衝突し、鮮烈な火花が散る。

その一撃の重みに、フィルヴィスの膝は僅かに、確かに沈んだ。

3人の強力な前衛が、互いを邪魔することなく縫うように攻撃を仕掛けてくる。そのせいで、フィルヴィスは反攻に乗り出せず一方的に攻められているほどだ。瞠目する怪人の頬を、腕を、腹を、最接近した3人の女冒険者の攻撃が削った。

 

 

「っっ―――舐めるな!」

 

 

激昂したフィルヴィスのもとから放たれる拳砲。

アイシャ、リュー、輝夜を同時に戦慄させる、常識を裏切る一撃。

体勢を崩されているにもかかわらず撃ち出されたそれは潜在能力(ポテンシャル)にものを言わせた一撃必殺だ。拳が向かう先は、輝夜。

 

「【集え、大地の息吹――我が名はアールヴ】!」

 

その必殺を、レフィーヤの『魔法』が阻んだ。

 

「【ヴェール・ブレス】!」

 

攻撃が炸裂する直前、アイシャ、リュー、輝夜、更にアスフィと自分自身を包み込む翡翠の光膜。瞠目する輝夜は、その光の鎧に促されるように防御態勢を敷いた。交差された両腕にフィルヴィスの拳がぶち当たり、凄まじい勢いで吹き飛び地面を転がるも――ややあって、立ち上がる。

 

 

「なっ・・・!?」

 

「・・・光の向こうで、ベルが手を振っていたのが見えたぞ」

 

骨に罅が入った腕をぶらりと垂らしながら、輝夜は憎たらしそうな笑みを浮かべた。

 

 

「あの子は死んでいない!! 勝手に殺すな輝夜!」

 

フィルヴィスの一驚は立ち上がった彼女から、視界の奥で杖を構えるレフィーヤに向けられた。

緑光の加護(ヴェール・ブレス)

リヴェリアが得意とする『防護魔法』だ。

効果は物理・魔法、両属性の攻撃に対する抵抗力の上昇。リヴェリア本人が使えば、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)の大火球から冒険者の身を守るほどだ。レフィーヤは長い詠唱を経て、強敵を相手取るには不可欠な上昇付与(バフ)を最優先で『召喚』したのだ。およそ後衛としての最適な判断。

 

「私達が気にかけてやるまでもなかったか、千の妖精(サウザンド)!」

 

緑光の加護(ヴェール・ブレス)の副次効果で骨の罅が癒える輝夜が、笑みを浮かべて戦場へ舞い戻る。それを見届けるレフィーヤは間髪入れず次弾の装填に移った。

 

 

×  ×  ×

人造迷宮、十一層。

 

 

「走れ、走れぇえええええええええ!!」

 

急流のように駆け抜ける『第二侵攻』の予備隊。

【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】そして【アストレア・ファミリア】の混合からなる冒険者達を、ラウルとアリーゼが大声を放ちながら導く。

 

「動くのは敵が混乱している今しかないわ! 急いで! 超凡夫(ハイノービス)、道は合ってる!?」

 

上部階層に力を割いたことで、迷路は大量の植物が腐り落ちたかのような悪路と化している。嫌悪感を振り切りながら進み続けるアリーゼ達はひとつの目標に向かって突き進んでいた。『人造迷宮の設計図』を持つ地図作成者(マッパー)のラクタ、更に頼りに鼻と耳を鳴らす獣人達の指示にアリーゼの問いにラウルは大きく返事する。

 

そして突き当りの壁に寄生した緑肉を除去し『隠し扉』の仕掛けを突き止め、分厚い石扉を開口させた。

 

 

「いた、いました!」

 

 

開かれた扉の先にいたのは、力尽きたように倒れている複数の男女だった。

ラウルはその内の1人を抱き上げ、脈を確かめる。まるで干乾びた木乃伊のように潤いをなくした体は、微かに過ぎずとも命の音を繋いでいた。

 

勇者(ブレイバー)、生存者―――『人質』は無事よ!」

 

 

『人質』の救出作戦は早い段階から決められていた。

ディオニュソスの正体とデメテルの現状をロキが解き明かした瞬間より、フィンが自ら『第二侵攻』の作戦の中に組み込んだのだ。【デメテル・ファミリア】の人命救出はもとより、間違っても『人質』を用いた『外道』の戦法など黒幕に取らせないためである。

 

 

「早く【デメテル・ファミリア】を運び出して! 応急処置のみ、回復は後! イスカ、マリューお願い!」

 

「「了解!」」

 

通信越しにも他の場所に『人質』報告の報せが届いてくる。

しかし、恐らくは彼等彼女等の状態はよろしくはないだろう。

体はガリガリに痩せていて、うっすらと開かれる瞳は劣悪な環境を物語るように充血していた。さらに唇は罅割れ不死者のような掠れた呻き声、光のない暗闇に居続けて精神が耐えられなかったのか、壁を何度も削った爪は痛々しいほどにボロボロ。手足に巻きつけられている鎖は、物々しい。

 

救助が来たことに気が付いたのか、それでもなお女神の安否を確かめるように瞳にみるみるうちに涙を溜め、嗄れきった声で必死に「デメテル」の名を呼び続けている。

 

 

紅の正花(スカーレットハーネル)、敵が来てる!」

 

「わかった、超凡夫(ハイノービス)、私はモンスターを相手するから後よろしく!」

 

「了解っす!」

 

アリーゼは救助隊を護衛するために、『第二侵攻』の中に組み込まれていた。

部隊の人間のほとんどが満足に動けない人質を抱えている。そのような状態で、食人花などが襲ってきようものなら対処できるわけがないからだ。

炎の付与魔法(エンチャント)を纏い、激しい破鐘の吼声とともに迫りくるモンスターに向けて疾走し、『一閃』する。

 

先頭の食人花を炎が斬断。

一瞬の硬直に襲われるモンスターを置き去りにし回転、刻まれた紅の斬閃から立て続けに銀の円弧を描き、付近にいた眼黽3体をまとめて焼き払う。地面を爆砕するほどの加速で前方にいた個体を屠り、八つ裂きにし、ようやく迎撃を行おうとする食人花の懐に難なく侵入して、その長軀に鏡のような刀身のナイフを突き刺した。

 

そして――全開炎力(アルヴァーナ)と。

景色を赤く染めるほどの火力で、敵の体内を爆砕した。



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