魔王軍に入るのも悪くない (アンダンテ)
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1章
第0話 プロローグ


 あたりは静寂に包まれていた。雨が降った後の真夜中は視界も悪く、地面もぬかるんでいる。そんな中、一つの大型の馬車が、ひっそりと誰にも気づかれぬように注意を払いながらぬかるんだ道を進んでいた。

 

 その馬車の中にはたくさんの()()が入っていた。その荷物の目は虚ろで、何の希望も抱いていない。

 死んでいるかのようにピクリとも動かず、何日も食べ物や飲み物も与えられなかったため、痩せこけていた。その荷物の首、両腕、両足に頑丈な鎖で壁に拘束され、誰一人、動くことすらできない。

 そう、馬車の中に入っている荷物とは()()なのだ。人権をはく奪され、金も、食べ物も、飲み物すら与えられていない。

 

 そんな奴隷たちをあざ笑うかのように馬車を引っ張っている奴隷商人は、卑劣な笑みを浮かべながらも、一切の音をたてないように注意を払っていた。

 魔物や冒険者などに気づかれれば元も子もないため、馬車には不可視化の魔法が纏ってあり、ぬかるんだ地面は、馬車の進む音を抑えている。

 

 そんな奴隷たちの中に、一人の少女がいた。その少女も奴隷だが、まだ希望を捨てたわけではなかった。

 少女は何としてでも生きたかった。奴隷なんかになりたくなかった。だからこそ、神様に何度も、何度も願った。

 だが、幼い少女には食べ物も水もない生活など、耐えられるわけがなく、少女の体力は限界に近づいて行った。

 少女はだんだんと眠くなっていき、しまいには目を閉じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 異世界転生──それは、小説や漫画などの創作作品のジャンルの一つだ。この世界──つまり地球の住人が死後に、別の世界で生まれ変わり、新しい人生をチート能力など使って、冒険したり、戦ったりする物語の事だ。

 

 もしも、そんな世界に転生出来たら──などと、ありえないことを考えたことはないだろうか?誰だって異世界というものには興味があるはずだ。

 少なくとも俺は、異世界転生というジャンルをこよなく愛し、そんな実現不可能な願いを今となっても願い続けている。

 

そんな俺はいつも通り自室で引きこもっていた。

 

「……あぁ~……異世界転生でもできてりゃ、こんな人生にならなかったのにな。」

 

 いつからか口癖となっていた言葉を呟きながら、俺はパソコンを起動させる。

 何時からこんなクソみたいな人生になったことやら。小学生の頃はまだ良かった。皆と遊ぶことが第一で、何の悩みもなく楽しくできていたというのに。

 中学生のころから変わり始めた。やる気や向上心が出てこなくなり、物事に消極的になり始めた。

 

「……って、もう無いな。」

 

 パソコンの横にあるスナックに手を伸ばそうとするが、袋には何もなかった。俺は普段、ゲームとかは必ずスナック菓子を食べながらしている。それなのに、ゲームをしようかと思った瞬間にスナック菓子がつきてしまったのだ。

 何も食べずにゲームするのは味気ない。というわけで……

 

「…コンビニにでも行くか。」

 

 家にはもうスナック菓子は置いてないはずだし、コンビニに行くしかないか。部屋からは出たくないが仕方がない。

 

 

 

 

 コンビニでスナック菓子も買い終わり、愛しの我が家でゲームをしようと思っていた時。

 

「…ん?こんなところに道なんて……っ!?」

 

 見慣れない道を見つけた。その道は、人生の最後まで俺の記憶に刻まれるぐらいに美しく、幻想的だった。

 すげぇ、こんな道あったのか。傍から見たら俺は面白いくらいに呆然としているだろう。

 そんなことを考え、その道に踏み込もうとすると──体の力がまるで風船がしぼんだみたいに、急に無くなっていった。

 

「なっ!?………なんだ、これ……」

 

 ……意識がなくなっていく。これはまずい。でも、大声を出して助けを呼ぼうとしても、本当にすべての力が抜けてしまったのか、呼吸すらできなくなってしまった。

 

「……だれ、か……たすけ、て…………」

 

 そのまま俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 トリニティ王国の最南端にある森に私は向かっていた。あそこは噂によると、奴隷の売買がよく行われているらしい。

 全くもって愚かしい。愚鈍な人間の考えることだ──若干の胸糞悪さを感じながら、()()()()()の『常闇』である私、レーシカは上司の命令に従っていた。

 魔王様に従うことは全く苦ではないが、私の苦手な上司から命令された仕事なので、多少面倒くさかった。

 曰く、「生命の流れが不規則になっている場所がある。すぐに付近に出向いて、調べてこい。」という命令の内容だったが、生命の流れなんて私には分からない。人選を間違っているんじゃないかなんて考え、私は森に怪しい影がないか探っていた。

 

 しかし、任務を遂行しようする私に、大雨が降るなんて今日はついていない。おかげで服も髪も、びちょびちょだ。

 雨が降り終わり、空の様子も安定してきた頃には、私は任務をいったん忘れ、服を乾かしていた。真夜中だったため、乾くのにそこそこ時間がかかったが、その間に何かしらの事が起きることはなかったので良かった。

 もしも、その間に何かトラブルでも起きていたら、私は裸で仕事をする羽目になっていただろうし。

 

 そんなことを考え、怪しい何かもいなさそうなので、報告をしようかと思い立ったその時、微かだが音が聞こえた。

 その音は、ぬかるんだ地面に大きなものを押し付けるような音だった。

 人外である私は、五感が人間や亜人とは別格に優れているため、すぐにその音が、どこで発生しているか、そしてその音が馬車が進む音であることを突き止めることができた。

 

 任務の事もあるため、少しでも何か変化があれば、確認しなくてはならない。しぶしぶ私は、その音の発生源を遠目で見ると、何も見えなかった。だが、微弱な魔力を感じとることができ、それがすぐに不可視化の魔法だと分かった。

 私はすぐにそれを確認すると、私の力を利用して作り上げた『黒い巨腕』を私の腕の周りに纏い、その音が鳴る方向に、腕を払った。

 

 その馬車は大きな音を立て粉々に砕けていった。そして、その馬車がすぐに奴隷を運ぶために作られたものであることが分かった。

 やってしまった。

 まさか、奴隷を運んでいるとは思っていなかったから、馬車を粉々に砕いてしまったが、中の人たちは生きているだろうか。

 そんなことを考えながら、馬車の中に目をやると、怪我はしたものの命にかかわるような傷がある奴隷はいなかったので安心した。

 

 結局、任務に関係があるような代物があるわけでもなかったので、退散しようかと思っていたその時、目の前にある少女がいた。

 私はその時めまいを起こしたようにくらくらと脳が揺れているような感覚を味わった。わたしの目の中に映った少女は、私の身長よりもかなり小さく、顔には無表情が張り付けれられていた。

 そして何よりも、私があってきた人間の中でも、最も美しかった。

 

 

 

 そしてこの少女が、のちに魔王軍に入るなんて、この時の私は考えもしなかった。

 




構成を考え次第、投稿すると思います。


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第1話 異世界憑依

 無くなっていた意識が戻り始め、俺は目を開けた。だが、俺の目にはさっきの道が写るのではなく、鎖で首や手足を拘束された、たくさんの人たちが写っていた。

 

 は?

 ちょっ、どういうことだ?何で?

 ……待て、冷静に振り返ってみよう。

 

 まず、俺はゲームをしようとしたが、スナック菓子がなくなったからコンビニに行った。その後、コンビニでの買い物を済ませ、家に帰ろうとした。

 次は、あの道だ。妙にきれいで幻想的な道があったから少し近づいてみたはずだ。で、近づいたらなぜか意識がなくなっていった。

 ……これが俺のこれまでの出来事のはずだ。で、今は何故かさっきと全く違う場所にいる。

 

 っ!?待て!これって異世界転生じゃないか?気が付いたら別の場所に飛ばされるのも、異世界転生だとしたら納得ができる。俺は再び周囲を見回すと、さっきと同じく拘束された人たちが見えた。

 もしや、この人たちは奴隷じゃないのか?異世界転生は大体、中世的な雰囲気が多いし、奴隷というものが存在していてもおかしくはないはずだ。

 

 この状況から推測したとしたら、俺は異世界転生できたということか!?

 よっしゃー!!

 俺は右手を上げてガッツポーズをしようとした。だが、それが叶うことはなかった。

 右手が上がらなかったのだから。

 

 俺は右手を上げることができないのが分かると、一瞬でさっきまでの喜びが引っ込み、変わりに恐怖や焦りなどの感情が湧いてきた。

 ……よく考えれば、周りの人たちが拘束されているのに、俺だけされていないというのはどう考えてもおかしい。答えは一瞬で導き出された。いや、導き出されてしまった。

 

 俺も周りの人たちと同じ。奴隷なんだ。

 

 冷たい感情が湧きあがり、さっきまでの希望は、完全に絶望へと埋め尽くされていった。

 どうしようもなく悲しくなって、泣きたくなって、涙を流そうとしたが、それも叶うことはなかった。

 

「………………?」

 

 手を振り上げようとしたときに、少しだけ思ったことがあった。

 俺ってこんなに手、小さかったっけ?

 ほかにも微かに違和感がある。例えば、周りの人たちが大きすぎるのだ。異世界だから普通なのか、とも思ったがすぐに違うと分かった。

 妙に遠近感が狂うのだ。ここはおそらく馬車の中なのだが、周りの人たちの大きさが普通だとしたら、馬車の大きさが明らかにおかしくなるのだ。

 そんな些細な違和感を感じていた。

 

 少し外を見て、今が何時なのかを確認しようとしたところで、俺は真相にたどりつくことができた。

 窓の外は真っ暗で、雨が降った後なのか、少々天気が悪かった。

 しかし、重要なのはそこではない。窓に映るはずの自分の姿が問題だったのだ。そう、映ったのは、自分の姿なんかじゃない。()()()姿()をしていたのだ。

 そこでようやく結論付けることができた。

 

 俺は異世界の誰かに憑依したということを。

 

 

 

 

 俺は絶望を感じていた。異世界に来ることができたことはよかったと素直に思っている。だが、奴隷だということが問題だ。しかも、俺は男ではない。少女なのだ。

 少女で奴隷。しかも、窓に映った俺の顔は皮肉にも整っていた。少し成長すれば、魅力的な女性になることは間違いないだろう。

 

 それが自分じゃなきゃどれだけよかったものか。魅力的な女性で奴隷。この世界はおそらく奴隷に人権なんかないのだろう。

 犯されることなんて、確定事項なのだ。

 絶望で染まっていく俺をあざ笑うかのように、順調に馬車は進んでいった。

 

 泣きたい。

 そう思ったがなかなか涙を流すことができない。少し前から気づいてはいたが、どうも俺が憑依したこの少女の身体では、泣くことや、顔を歪めることができない。つまり、表情を変えることができないのだ。

 

 だが、今はそれが、何よりもありがたかった。

 絶望するだけでは未来は変えることはできない。

 それは、俺の日本での人生で、深く学んでいる。

 俺はさっきまでの負の感情を切り捨て、希望を見出そうとしたその時、爆音があたり一帯に響いた。

 

 

バァァァ

 

 その音が響いた瞬間、俺はものすごい勢いで、吹っ飛ばされていた。

 は?何が起こった?

 俺は吹っ飛ばされた勢いで、地面にたたきつけられ、意識を失いかけてしまった。

 危なかった。

 あと少しでも勢いがあったら、俺は確実に意識を失っていただろう。

 俺は何が起こったかを確認するため、顔を上げてると、そこには木片や、奴隷の人たちが散らばっていた。

 

 そこで俺はようやく結論にたどり着くことができた。

 ()()()()()()()()()()()のだということに。

 でも、なんで馬車が破壊されたかなんて、この際どうでもいいんだよ。

 俺を拘束していた鎖も外れ、身体が自由になったと分かると、一目散に奴隷の人たちの安否を確かめに行った。

 

 こんな俺でも、流石に心配だ。今は自分の命を守ることが先決なのだろうが、奴隷たちが何もできずに死んでいくのは見たくない。

 粉々に壊れた馬車の方を見に行くと、()()はいた。

 

 

 目の前にいたのは、暗闇のせいではっきりとは見えなかったが、赤に黒を混ぜたような色の髪をしている長髪の女性の後ろ姿だということは、はっきりと分かった。

 そしてその女性の右腕には、黒い腕の形をした何かを纏っていた。

 それは死を経験したことがない俺でも分かる程、恐ろしく、悍ましかった。

 そして、俺に気が付いたのか、女性は俺の方へ体を向けた。

 

 俺の心の中は、恐怖で埋め尽くされていた。その黒い腕を見てしまったのだから、仕方がないのだろう。それぐらい恐ろしかったのだ。

 後ろ姿では気づかなかったが、この女性の目は、その髪の色よりも少し黒っぽい赤色をしていた。そして何より、美しかった。

 

 俺が見惚れていると、その女性の声が聞こえた。だが、何かを言っていることは分かったが、それを理解することはできなかった。

 

 俺は恐怖で体が全く動かなかった。仕方がなかったとしか言えない。

 頭の中も完全にパニックを起こしていて、女性の言っていることを理解しろなんて、不可能に近かった。

 だからこそ、女性が何かを言っているのは分かったが、理解することはできず、身体を少し動かす程度しかできなかった。

 女性の顔は、終始俺を睨みつけていたので、滅茶苦茶怖かった。

 

 何分経ったのだろうか?

 女性の言っていることを全く理解していないことがバレて、後で殺されたりしないだろうか?

 俺は無性に怖くなったので、一瞬、下を向いてしまった。

 だって、俺如きだったら、睨み殺せるんじゃないかぐらいに俺を見てくるんだし。怖いんだよ。

 だが、相手がじっと見てくるのに自分が目をそらすのは、相手の機嫌を損ねるかもしれないと思い、すぐに目線をもとに戻した。

 

 そんなどうでもいいことを考えていたら、ようやく俺は恐怖から解放された。女性の言っていることもだんだんと理解できるようになり、落ち着いてきた。

 そんな中、女性は俺の方に顔を近づけて、こう言ってきた。

 

「お前の名前は何だ?」

 

 透き通った声でそんなことを聞かれた。顔を近づけられたときにドキッとしてしまったが、俺は悪くない。

 でも、どうしようか?日本での名前を使うのは流石にまずいし……

 ん?

 そういえば、俺は奴隷だったな。だとすれば、名前がないのも不自然ではないんじゃないか?

 そう結論が出た俺は、名前がないと相手に伝えた。

 

 すると、女性は更に睨みを利かせ、俺の肩にもう人間と変わりない腕を置き、俺が逃げることがないようにしてきた。

 ヤバい。

 間違えた。

 そんなことを考え、だらだらと冷や汗を流すような錯覚を感じていると、女性の声が再び聞こえた。

 

「…………そうか。……一応、私の名前は言っておく。」

 

 女性は俺に名前がないことを知ったせいか、少し遠慮する雰囲気を見せているが、どこか誇らしげにこう言った。

 

「私は、魔王軍幹部。『常闇』のレーシカだ。よろしく。」

 

 ん???

 待て、魔王軍とか言ってなかったか?女性──いや、レーシカさんは。

 しかも幹部って言うことは……

 

 

 

 そこまで気づくと俺の脳はまた限界を迎え、意識を飛ばしてしまった。

 




今後の話の展開的に、話が合わなくなってしまうところがあったので、少し修正しました。


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第2話 感情がない少女

誤字報告、ありがとうございました。


 私は目の前の子に興味があった。魔王軍の幹部としてではなく、ただ純粋にそう思った。

 私は基本的に、誰かに関心を向けることはほとんどない。他人という存在に全く興味がないからだ。

 関心や興味を持つ存在がいるとすれば、魔王様や魔王軍幹部の友人ぐらいだ。

 魔王様には絶対なる忠誠を誓っているし、魔王軍幹部の友人との会話や試合も、なかなか面白かったりするのだ。

 

 さて、そんなことを考えている間に、この子は私のことをじっと見てくる。

 その目はどこか虚ろだったが、ほかの奴隷たちのように、死んだ目をしているわけでもなく、純粋でまっすぐな瞳だった。

 この子の顔には、相変わらず無表情が張り付けられており、私の黒く、禍々しい腕を見ても、一切動じなかった。

 

 ほかの奴隷たちに視線を移すと、皆怯えあがっており、中には恐怖で泡を吹いている奴隷もいた。

 ……仕方ないのだ。

 私は魔王軍幹部。人間からすると、最大の恐怖の対象なのだ。

 

 私は別に好んで人間を襲ったりはしない。

 奴隷商人や、貴族など、自身の欲を隠そうとしない貪欲で薄汚れている輩は、喜んで嬲り殺すことができるが、奴隷や性根が腐っていない人間を殺す趣味は私にはない。

 魔王様の命令だとしたら、どんな善人もどんな強者も、この身を削ってでもやり遂げるがな。

 

 だからこそ、目の前の少女が異端だった。怖がるわけでもなく、恐れるわけでもなく、ただ純粋に私の目を見つめてくる。

 そんなにじっくりと見られると、こちらとしても少々気恥ずかしかったので、少女に声をかけることにした。

 

「おい、私に何か用があるのか?」

「…………」

 

 相手は終始無言だった。少し強めに圧をかけたつもりだが、相手は怖がりもしない。

 

「お前も奴隷だったんだよな?安心してくれ。お前を馬車の中に閉じ込めてた奴隷商人は、この通り殺しておいたからさ。」

 

 私は傍にあった奴隷商人だった肉片を少女に見せた。運が悪いことに、諸に私の技を受けたせいで、原型は一切残っていなかった。

 幼い少女に肉片を見せるのも、自分でもどうかと思ったが、この子はその奴隷商人だったものに、恐怖も何かしらの感情も全く抱いていない様子だった。

 

 ほんの少し不気味だ。

 少なくとも、肉片や私の腕を見た人間は、恐怖で顔を青ざめるなり、絶望で泣き散らかすなど、何かしらの反応は示してくれた。

 だが、この少女は無表情な人形みたいに、私をただじっと見つめていた。

 

「……おい、少しは反応を見せたらどうなんだ?」

 

 私は少し苛立っていた。この子が私の事を無視しているように思ったからだ。

 この子が恐怖で泣きわめいてほしいとすら思った。

 傲慢で加虐的な考えだが、これも魔王軍としては持つべき感情なのかもしれない。

 

「………?……お前、大丈夫なのか?」

 

 相変わらず目の前の子は、無表情だった。私が会った人間の中でも特に異端。そんな子だったが、流石にここまで反応を示さないとなると、何かがおかしいと感じる他なかった。

 いろいろと自分なりに考えてみたが、全く答えは出なかった。

 これじゃあまるで本当に感情を失っているみたいだな。

 …ん?……感情を失っている?

 

「……お前、まさか感情がないのか?」

 

 こんなことを聞くのは少々気が引けた。

 もしも、本当に感情が抜け落ちているのならば、この質問はあまりにも残酷だ。

 だから、心の中で私は、この子がちゃんと感情があることを望んでいた。

 しかし、現実はあまりにも残酷だった。

 

 コクン、と目の前の子は頷いた。言葉は理解できるらしい。

 だが、今はそんなことはどうでもよかった。今重要なのはこの子がなぜ、感情がないのかだ。

 生まれたときから、感情がないのかもしれないと思ったが、それだとしたら、とっくの昔に死んでいるだろう。

 じゃあ何故、この子は感情がなくなったんだ?

 

 答えは一瞬で分かった。貴族たちの所為だと。トリニティ王国の貴族たちは皆、腐りきっている。

 この子は少なからず、整った顔つきをしている。あと数年もすれば、もっと美しくなるだろう。

 だからこそ、貴族たちはこの少女を慰み者として扱っていたのだろう。

 飽きたら捨て、飽きたら捨てを繰り返し、この子の心はだんだんと壊れていったのだろう。

 

 ……そんなの、酷すぎる。

 同じ女としても、生き物としても私は貴族たちに憤慨していた。

 目の前に見える子は心なしか、どこか寂しい表情をしていたように見えた。

 

 この子はずっと辛かったのだ。泣くことも許されず、生きる価値すら見いだせなかったのだ。

 誰からの愛も貰えず、奴隷としての毎日しか、歩むことができなかったこの子が、あまりにも可哀そうだった。 

 私は危うく、涙が出そうになった。

 でも、涙を流すことさえ許されないこの子の前で、泣くわけにはいかない。

 緩くなった涙腺を引き締め、私は最も聞きたいことを質問した。

 

「お前の名前は何だ?」

 

 私の声は高圧的で、不愛想だったが、自分の声を聞きなれている私からすると、どこかしおらしかった。

 答えてくれるだろうか?

 私は少し待つと、この子から返答が返ってきた。

 

「………私の名前は………()()()……」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。だが、それも一瞬だけ、すぐにこの子の言っている意味が理解できた。いや、理解できてしまった。

 気づいた時には私は、目を見開き、顔を近づけ、少女の肩を腕で掴んでいた。

 私は、私自身を呪いたくなった。だが、後悔しても、もう遅い。

 名前すら憶えていないこの子に、興味本位で名前を聞いたのは、ほかの誰でもない私自身なのだから。自分の無神経さに、恐怖を覚えた。

 

 近づいた少女の顔を見ると、どこか期待しているような眼差しをしていた。

 …もしかして、私の名前を知りたがっているのだろうか?

 不愛想で高圧的、しかも無神経にもこの子の名前を、聞いてしまった罪深い私なんかの名前を。

 

 少しうれしかった。だが、同時に少し迷った。

 魔王軍幹部だということを伝えるのも躊躇いがあった。

 だが、この子は自分の名前が分からないのに、私だけ伝えるというのは、流石にひどすぎる。

 そう思っていたが、この子はそのまなざしをやめる気配がない。

 

 ……これは私の罪だ。わたしに拒否権なんて初めから無かったのかもしれない。

 私は決意し、この子に魔王軍幹部であること。そして、私の名前を伝えることにした。

 

「私は、魔王軍幹部。『常闇』のルーシカだ。よろしく。」

 

 私は、私を伝えることができた。

 この名前を言った限り、この子の安全は保障しないといけない。

 それが、私の罪滅ぼしになるように。

 

 私の名前を言い終わり数秒経つと、あろうことかこの子が倒れたのだ。

 咄嗟にこの子を抱えて支えたが、私は急に倒れたこの子を、物凄く心配していた。

 私は勢いよくその子の顔に、私の顔を近づけると小さな寝息が聞こえた。

 この子に何の問題もないと分かると、私は地面にへたり込み、脱力した。

 

 こんな姿、この子には見せられないな。

 そんなことを考え、私はこの子をおんぶした。

 きっと、疲れ果てていたのだろう。当然だ。ずっと奴隷として生活していて、休み暇もなかっただろうし。

 私の背中にいるこの子は暖かく、生命を感じる。

 

 さて、これからどうしようか。

 この子をこのままにしておくのは、危険すぎるし、救われない。

 数秒考えたところ、ある結論にたどり着いた。

 

「魔王城に持って帰るか。」

 

 幸い、今の時期と時間帯を考えると、人間嫌いな幹部はいなかったはずだ。

 魔王様も、この子のことを気に入ってくれるだろう。

 もしも、人間嫌いがいたとしても、事情を話せば少なくとも殺されはしない。

 私は自分の考えがそこそこ名案だなと、自画自賛しながら魔王城に帰った。

 なんとしてでも、この子は守る。

 それが、私の罪滅ぼしだから。

 




ちなみに、主人公は奴隷商人だった肉片を、全く見てませんでした。


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第3話 やるべき事

いつの間にか、お気に入り登録者数が30人になっていました。
本当にありがとうございます。
今回は、新しい幹部と魔王が出てきます。


 今、私は名前も知らない少女をおんぶし、目的地に向かっている。

 この子は、思ってた以上に軽く、この子がどれだけ過酷な毎日を、送っていたのかが嫌でも分かる。

 幸いまだ真夜中なので、誰かに見られることはないだろう。

 

 誰かにこの姿を見られるのは厄介だ。ただでさえ、この子は衰弱しきっているのに、冒険者や騎士などと会ってしまうと、戦わざるを得なくなってしまう。

 私は最善の注意を払いながら、音や気配を立てることなく、森を進んでいった。

 

 私は目的地まで、黙々と進んだ。雨が降った後だから、足がたびたび取られ、こけそうになってしまいそうになる。

 若干、いらいらしながら森の木々をどけ、光が見えてきた。

 

 光が見えた先には、古びた墳墓があった。だれが何のために建てたかは、いまだに不明だが、森の深部にあるため、魔王軍は待ち合わせ場所に愛用している。

 ここが、今の私の目的地だ。流石に魔王城までこの子を背負って、一人で帰るには遠すぎる。

 

 そのため、この子が寝た後、私は話の分かる魔王軍幹部を一人だけ、ここに呼んだのだ。

 その魔王軍幹部は私の友人の一人でもある。魔王軍の中でもトップの速さを誇っていて、飛翔能力もある。

 しかも、この子の事情を少し話すだけで、仕事が終わり次第すぐ来ると言ってくれた気前のいい奴だ。

 

 もうそろそろ来るはずなんだが……

 おっと、見えてきた。高速で空を飛んでこっちに向かってくる奴が。

 ヒュンッと、疾風があたりに吹き、そいつは到着した。

 

「ありがとうな、()()()()()()。相変わらず早いな」

「俺は少し遅れた方だぞ、レーシカ。それにしても、この子が……」

 

 そいつは、私が背負っている子を興味深そうに見つめている。

 そいつは、背中に綺麗な黒色と灰色の翼があること以外は、普通の人間とさほど変わらない体系だった。

 

 こいつの名前は、ティフォネス。

 魔王軍幹部『疾風』の称号を手にしている私の友人だ。

 こいつは、飛翔能力とその並々ならぬ速さにより、魔王軍幹部の地位を手に入れた、結構すごい奴だ。

 ティフォネスは少なくとも私よりかは、人間への好感度は高そうだったので、この子に危害を加える心配はないだろう。

 

「さて、この子を魔王城に連れて行くということでいいんだな?」

「あぁ、くれぐれも怪我させないように、気をつけろよ。」

「分かってるよ。にしても、お前が一人の人間にご執着なのは、少々驚いたな。」

「そんなんじゃねぇよ。色々あっただけだ。」

 

 事実、色々あっただけなのだ。いつか、この罪を償わなきゃならんしな。

 

「そろそろ行くか。朝も近くなってきてる。」

「了解。………それにしても、魔王様やほかの幹部にはどう伝えるつもりなんだ?」

「……まだ、考えてなかったな…」

「ちゃんとしてくれよ。俺まで怒られちまうからな。」

「分かってるよ。」

 

 魔王様はともかく、ほかの幹部にはどう伝えたらいいものか……

 そんなことを考えながら、私は、()()()()()()()()()()()()

 

「……案外、乗り心地いいな。」

「ははは、乗り心地が悪いなんて言われたら、キレてたところだったよ。」

 

 ティフォネスはそんなことを言いながら、さっきよりも、さらに大きくなった翼をバサバサと羽ばたいた。

 ティフォネスの種族は堕天使なのだが、魔王軍の中でも珍しい、魔獣化をすることができる数少ない人物の一人なのだ。

 

 魔獣化した姿は、人型の時よりも格段に大きくなり、その姿は完全に鳥だ。

 さっきまでの、黒色と灰色の翼は何倍も大きくなり、それに伴って、赤色、黄色、橙などの暖色系のさまざまな色が入っている翼も生えてきた。

 その美しい姿は、限りなく鳳凰に近い。

 

 この姿は、魔王様にも絶賛されており、その美しい姿に称え、この魔獣化した時の称号を『烈風』と呼んでいる。

 魔王軍の中でも派手な奴は、魔獣化しても派手だった。

 正直、能力が地味な私からすると、嫉妬したくなるほどだ。

 そんなどうでもいいことを考えていると、私たちは地面から離れた。

 

「それじゃあ、出発するぞ。………『風神翼』。」

 

 ティフォネスがそう唱えた瞬間、周りの空気の動きが変わった。

 ティフォネスの風神翼という技は、翼に風を纏い高速で移動することができる技だが、もう一つ効果がある。

 それは、()()()()()()ことができるという効果だ。

 

 風神翼の範囲を大きくしたらティフォネス自身だけでなく、私やこの子にも、風圧はかからないため、振り落とされる心配はない。

 かかったとしても、振り下ろされてしまうほど、強い風は吹いてこないわけだから、安心して乗ることができるというわけだ。

 

「レーシカ、風はかかってないか?」

「大丈夫だ。少なくとも振り下ろされる心配はなさそうだ。」

「そうか。それじゃあ飛ばすぞ。」

 

 ティフォネスはそう言い、私たちは目にもとまらぬ速さで、魔王城に向かっていった。

 

 

 

 

「それじゃあ、私はこの子をベットに寝かしてくるから、ティフォネスは魔王様へ報告よろしくな。」

「了解。精々、その子が殺されないように努力しろよ。」

 

 知れたことを。

 まだ罪を償っていない。この子に罪を償うまで、生かして見せるさ。

 

 私は、私の部屋のベッドにこの子を寝かし、大きな吐息を吐いた。

 ここまでかなり疲れた。

 肉体的にはそんなだが、色々なことがあったせいか、ため込められた疲労感が私を一気に襲った。

 

「はぁ~、……これから頑張らなきゃな。」

 

 私にはまだやるべき事が、たくさん残っている。この子の安全もそうだが、まずは魔王様に許可を取らないといけない。

 あの魔王様の事だ。きっと寛大な心で許してくれるはず。

 だが、問題はほかの幹部や、【トリケトラ】だ。人間嫌いな幹部は、今日はいないはずだが、トリケトラに関してはいる可能性がある。

 トリケトラの誰かが、もしもいたとしたら相当厄介だ。

 

 トリケトラについて簡単に説明すると、魔王軍の幹部の中でも、特に地位が高い三人の幹部の事だ。

 トリケトラの中には、魔王軍の中でもトップクラスで、人間を嫌っている奴がいる。

 もしも、そいつがいたとしたら、説得にかなり手間がかかる。

 だが、魔王様の言うことは絶対なので、魔王様が許可してくれれば、すべてが解決するのだが……

 

 いろいろと思考を巡らしていたら、魔王様の玉座の間まで来ていたようだ。

 私は気を引き締め、目の前の大きな扉を開いた。

 扉を開けて広がる世界は、幻想的で魔王様の威厳をより一層、高めていた。

 私は魔王様の前で、片膝をつき、忠誠を示した。

 

「魔王軍幹部『常闇』のレーシカ。ただいま戻りました。」

 

 幸い、玉座の間には魔王様以外、誰もいなかった。

 これほど魔王様に話しやすい環境はないだろう。

 

()()()()()。ご報告しておきたいことがあります。」

「ん?何か問題でもあった?」

 

 魔王アレシア様。このお方こそが、我ら魔王軍を従える絶対的な主。

 絶対的な権力の持ち主で、美しい容姿と、その佇まいから、神々に好かれた最高の魔族と称されている。

 

 私は目の前にいる女性に、あの少女の事を話した。

 その少女について話していくと、だんだんとアレシア様の顔は、真剣な顔つきになった。

 その少女の境遇、感情や名前がないことなど、私が知る限りのあの子のことを、私は熱弁した。

 

 魔王様の人間の好感度は、貴族かそうではないかで大きく異なる。

 トリニティ王国の貴族は腐っている。奴隷商人なども同類だ。魔王様はそんな貴族たちを特に嫌っているため、貴族たちへの好感度はゼロに等しい。

 だが、それ以外の人間。つまり、欲望に溺れていない人間への好感度は、計り知れない。

 

 昔、アレシア様が奴隷の子を見つけたときなんて、その子を優しく介護し、一か月は生きていけるだろう大金さえ渡したのだ。

 そんな慈悲深いアレシア様だからこそ、少女の境遇を聞いた時には胸が苦しかったのだろう。

 数分間で、あの子の説明を終え、アレシア様は深く何かを考えている様子だった。

 

「………その子が目覚めたら、ここに連れてきてくれる?その子がどんな顔なのかが、気になっちゃってね。」

「了解しました。目覚め次第、すぐに連れてきます。」

「その子がどんな子なのかを判断したいから、ほかの幹部を一人、連れてくるわね。」

 

 どうやら、まだやるべき事はたくさんあるらしい。

 




良ければ、お気に入り登録してくれている皆様も、感想や評価をしてくれると幸いです。
次回は、主人公視点にするつもりです。


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第4話 魔王軍勧誘

今回は主人公目線です。


 これは夢なのか?

 周りは薄暗い霧で覆われ、手を少し伸ばせば見えなくなる。

 それに、意識が朦朧として、思考がまとまらない。

 

「ここはどこなんだ?」

 

 俺はそう声を漏らしたが、誰かに聞こえるわけもなく、ただむなしく響き渡る。

 俺は確かあの赤髪の女性に会ってから……

 そうだ!気を失ったんだ!

 

 ……我ながら情けなくなる。確かあの女性は、魔王軍幹部とか言ってたな。

 つまり、ここは死後の世界なのだろうか?

 

 ………恐ろしいほど何も感じない。自分が死んだのかもしれないのに、この冷静さは明らかに異常だ。

 俺に何が起こっているんだろうか?

 

 そんなことを考えていると、コトコトと、誰かの足音が聞こえる。

 俺は警戒を強めようとしたが、意識が朦朧としているせいか、警戒すらできなかった。

 …もし、こっちに来る奴が敵だとしたら、俺は絶対に死んだ。

 

 そんな中、足音はどんどん大きくなり、目の前に影が現れた。

 俺は後ろに下がろうとするがその後ろは壁だ。

 ……終わった。俺はもう逃げられない。

 恐怖で頭がいっぱいになっている中、目の前の何かが姿を現した。

 

 それは、俺が異世界に来てから、憑依している少女だった。

 そして、その少女はこういってきた。

 

「貴方が今、どんな状況なのかを説明するから、聞いてくれる?」

 

 俺は無言で頷いた。

 

 

 

 

 俺はガバリと、飛び起きた。

 ……夢だったのか。

 夢にしてはかなり生々しかった。

 意識は朦朧としていたが、感覚や音など、妙にリアルだったので、少し怖かった。

 

 俺はのびのびと背伸びし、ベッドから降りた。

 ……ん?ベッド?

 俺は辺り一帯を見回した。

 そこには、見るからに高価そうなアンティークや、俺が寝ていたふかふかのベッドなどがあった。

 

 …どういうことだ?

 もしかして、ここは気を失う前に会った、女幹部の部屋なのだろうか?

 謎が、謎を呼ぶ。

 だが、今確認したいことはそれではない。

 

 俺はこの部屋にあった鏡を持ち出した。

 そこに映ったのは、一切の感情を見せない無表情な女の子。つまり俺だ。

 突然だが、俺は夢の中で女の子にあった。その女の子は今、俺が憑依しているこの子の事だ。

 ばかばかしいと思うかもしれないが、本当のことなんだ。

 

 その女の子は、俺が今置かれている状況を、親切に話してくれた。

 どうやら俺は、その少女に憑依しているせいで、表情や感情といったものが、極端に出にくくなっているらしい。

 

 心の中は俺なので、女幹部…確か名前はレーシカさんだったっけ。

 レーシカさんと会った時も、顔が無表情だったらしいが、内心は心臓バクバクだったので、その影響が早くも出ているということだ。

 それともう一つ……

 

「………(こんにちは)」

 

 ……あの子の言った通りになったな。

 どうやら、俺が言いたい事などは、この体と同調したときしか話せないらしい。

 つまり、俺が憑依したこの身体が、俺自身が言いたい事を、拒否することがあるということだ。

 

 さっきも、これの心の中では、「こんにちわ」といったのだが、この身体に拒否されたせいで、言えなかった。

 つまり、伝えたいことも言えなくなる。無言になる場合がかなり多くなるという中々厄介な呪いみたいなものを抱えてしまったらしい。

 

 ここはおそらく魔王城的な場所だと思うが、魔王に無礼でも働いて、殺されたりしないだろうか。

 俺は背筋が凍りそうになった。

 俺の身体!魔王には絶対に逆らわないようにしろよ!

 

 そんなことを考えていると、扉が開いた。

 

「入るぞ。……お、何だ起きてたのか。」

 

 扉の方を見ると、レーシカさんがいた。

 えっ!?まだ心の準備も整ってないんですけど!

 そんなことを考えるが、やはり鏡に映った俺の表情はピクリとも動かない。

 

「体のどこかが痛いとかはないか?」

「……ないよ。」

 

 やっぱり、しゃべるのが難しい。

 しゃべったとしても、一言ぐらいだから困ったもんだ。

 ……これから本当に大丈夫だろうか?

 

「早速で悪いんだが、魔王様に会ってくれないか?」

「………(えぇー!?)」

 

 嘘だろ!?まだ準備すら整ってないのに、いきなり魔王に会うとか、正気を疑うよ。

 ヤバい。ヤバすぎる。

 もし、失礼とかあったら本当に殺されそうだ。

 そんなことになったらさすがに笑えない。

 だからこそ……

 

「……分かった。(もうちょっと待って…って、勝手にしゃべってる!?)」

「よし、それじゃあ玉座の間に連れてくから、ついて来てくれ。」

 

 最悪だ。

 こんなことが起こるなんて聞いてない。

 強制的に自分の考えとは違う言葉を言うなんて、あの女の子は言ってこなかった。

 これはますます状況が悪くなってきた。

 

 だが、ここまで来たらやるしかない。

 渋々俺は、レーシカさんの後について行った。

 

 

 

 

 うわぁぁ、これは凄い。

 

「ここが、魔王様の玉座の間だ。この先に魔王様がいるから、失礼のないようにな。」

 

 目の前の扉は素人の俺から見ても、凄いとしか言えない程、凄かった。

 凄すぎて、語彙力がなくなっている。

 ……凄いなぁ。

 

「どうした?もしかして怖くなったのか?」

 

 レーシカさんは、ケラケラと笑いながらそんなことを言ってきた。

 何が面白いんだよ。俺、殺されるかもしれないのに。

 

「それじゃあ、入るぞ。」

 

 レーシカさんはそう言い、扉を開けた。

 扉を開けた先には、いかにも魔王だろうと分かる一人の女の子と、水色の髪と服が目立つ女性がいた。

 少女といっても、17,18ぐらいの容姿だった。

 レーシカさんは魔王の前に、片膝を立て、こう言った。

 

「アレシア様。ご命令通り連れてきました。」

「ありがとうね、レーシカ。…この子がそうなのね……」

 

 魔王の名前はアレシアというらしい。

 アレシアさんは、俺の事をジィーと見てくる。

 かなりの美少女なので、俺は気恥ずかしくなったが、俺の表情は一切変わっていないだろう。

 それよりも……

 

「レーシカ。こいつがお前の言っていた子なのか?お前が興味を持つほどの魅力すら持っていないと私は思うがな。」

()()()()。お前は黙っとけ。邪魔になる。」

 

 レーシカさんと、水色髪の…キューレさんだったっけ。

 この二人が殺しあいそうなぐらいの殺気を放っている。

 正直、滅茶苦茶怖い。キューレさんは俺の事も、睨めつけてくるから余計に恐怖を駆り立てる。

 

「レーシカ、キューレ。そこまでにしときなさい。」

 

 アレシアさんがそう言った瞬間、二人はさっきまでの険悪な雰囲気はなくなり、静かになっていた。

 

「キューレから見て、この子の事はどう思う?」

「私から見ると、非力で魔法も使えない価値なき存在かと。」

 

 キューレさんは、俺の事をぼろくそに行ってくるから、相当傷ついた。

 ……そこまで言わなくてもいいじゃないか。

 

「そう。レーシカはこの子に戦いの才能があると思う?」

「………いえ、少なくとも、非力なのは間違いないかと。」

 

 レーシカさんまで………

 てか、分かってはいたけど、この世界は魔法があるのか。

 だとしたら、是非とも俺も習得したい。

 ……キューレさんからは、使えないとか言われたけど。

 

「……私はね、この子に魔王軍に入ってもらいたいのよ。」

「なっ!?」

「それは本当ですか!?」

 

 レーシカさんも、キューレさんも驚いているが、この中で一番驚いているのはおそらく俺だろう。

 俺の顔は無表情を貫いているが、心の中はドタバタと騒いでいた。

 

「そうよ。おそらくこの子は、私たちと同じような能力があると思っているわ。」

「この子が……ですか?」

「………能力?」

 

 一言だけだったが、久しぶりにしゃべれた。

 

「レーシカと最初に会ったとき、『常闇』って言っていたでしょ?」

 

 ……確かにそんなことを言っていたような気がする。

 

「それはレーシカが持つ特殊な能力を称えて、私が付けた称号みたいなものなの。」

「………レーシカの能力?」

 

 おい、俺。レーシカ()()ぐらいは付けてくれ。頼むから。

 

「レーシカの持つ能力は、『常闇の錬金』ね。」

 

 何それ。名前といい、能力といい滅茶苦茶かっこいい。

 

「その能力があるおかげで、あの腕を生成することができるの。そうだったわよね、レーシカ?」

「はい、その通りです。」

 

 あの黒い腕の事か。あれを生み出すほどの能力か。

 それが俺にもあると。

 

「で、どうする魔王軍に入ってくれる?嫌ならそれでいいんだけど。」

 

 キューレさんがすごい眼光で俺の事を睨んでくる。

 でも、ここはひとまず……

 

「………少し、考えさせて。」

 

 俺の身体よ、敬語を使え。

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
良ければ、評価や感想の方をよろしくお願いします。
次回の投稿は、こちらの事情で遅くなると思います。


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第5話 レーシカの日常

 アレシア様とあの子の話が一通り終わったので、私たちは私の部屋に戻っていた。

 アレシア様があの子を魔王軍に誘ったときはかなり驚いたけれど、まさか能力があるとは……

 いずれ、どんな力なのかを見てみたいものだ。

 

 あの子がアレシア様に向かって敬語を使わなかったときは、少々肝が冷えたけれど、アレシア様は気分を害した様子はなかったので良かった。

 まぁ、キューレに関しては、そのことに対してブチ切れそうになってはいたけれど、アレシア様が止めてくれたおかげで何とかなった。

 子どものすることぐらい寛容になれよ、キューレ。

 

 まぁ、そんなことがあり、魔王軍に入るのかはこの子は今、検討中というわけだ。

 この子が魔王軍に入るのは正直とてもうれしい。

 だが、魔王軍に入るには、そこそこの実力はつけてもらわなければならない。

 もともと奴隷だったこの子なのだから、力も少なく、教育も受けてはいないだろう。

 

 そんなわけで、色々とアレシア様と話した結果、私が一週間の間だけ、この子の面倒を見るということになった。

 そして、この子が魔王軍に入るか否かは、ひとまず置いておくことになった。

 もし入ったとしても、人間が一切いない魔王軍の中で、この子が過ごすことはかなり難しいとアレシア様が考えたからだ。

 

 ということで、私の部屋についた。

 深く考え込んでいたからか、いつもよりも時間が短いような気がした。

 

「ここが私の部屋だ。好きに使っていいぞ。」

 

 そういえば、もう昼か。

 アレシア様とはずいぶんの間、話をしたらしい。

 

「そういえばお前は、腹減ってるか?」

 

 そう質問すると、この子のお腹が、クゥーと可愛らしい悲鳴を上げた。

 ……顔は無表情でも、腹は正直らしいな。

 

「私は昼食を作るから待っていてくれ。心配しなくても、ちゃんと人間も食べれるようにするから安心してくれよ。」

 

 人肉を食いたい気分でもあるが仕方がないか。

 流石にこの子の前では、人肉は食えないしなぁ。

 別に人間の食べ物が、食えないわけじゃないから、いいんだけどな。

 

 私は魔王軍の中では、家事力はある方だと思っている。

 魔王軍にはメイドとかはいないし、私は料理が趣味だったりする。

 私は人間の村で潜入調査したりするときにも、料理人として活動したこともあるぐらいだ。

 今はもう腕も落ちてしまったが。

 

 あの子は眠かったのか、ソファーの上でうたた寝をしていた。

 あの子の顔を見るといつもの無表情ではなく、緩んだ顔になっていた。

 ……こう見ると、可愛い顔をしてるな。

 

 私は簡単にサンドイッチを作った。出来はまずまずだが、まずくはないと思う。

 この子の身体を少し揺らし、起こさせた。

 

「寝てるところ悪いが、昼飯ができたぞ。」

 

 私がそう言うと、この子はすぐ起き、おぼつかない足取りでテーブルに座った。

 その後、私たちはサンドイッチを食べているときに、あることを思い出した。

 

「あっ……そういえば仕事を終わらせてなかったな。」

 

 そもそも私がこの子と出会うことができた最大の理由が、上司からの仕事なのだ。

 完全に忘れていた。

 この子の事ばかり考えていたせいで、この子と会ってから一切連絡していない。

 ……はぁ、報告しないとな。

 

「悪いけど私は、ちょっと用があるから行ってくるぞ。それと、食べ終わったら風呂に入っていてくれ。」

 

 早く寝たいな。

 

 

 

 

 最悪だ。

 なぜ私とこいつは、こんなにも馬が合わないのか。

 こいつは本当に大嫌いだ。

 

「なんでお前がここにいるんだよ。キューレ。」

「それはこっちのセリフだわ。あなたがいると、全身から寒気がするのよね。」

 

 私は最悪なことに行く途中で、キューレ(ゴミ)に会ってしまった。

 おそらく、傍から見ると私たちは今でも、殺し合いそうな雰囲気になっているだろう。

 

「そういえば、あの人間を魔王城に連れてきたのは、あなたの独断らしいじゃない。人間を魔王城に招き入れるなんて、頭がどうかしてるんじゃない?」

「黙っとけよ。そういうお前は自分で判断なんてできないじゃないか。誰かに従うだけの操り人形は、これだから困るんだよなぁ。」

「何?凍らすよ?」

「やってみろよ。その前にお前は潰されてると思うがな。」

 

 私の周りに暗闇が漂うのと対照的に、キューレの周りの空気も物理的に凍りかけている。

 お互い険悪な雰囲気が漂う中、もの凄い勢いで近づいてくる一人の影が見えた。

 

「おいおい。嫌な気配がすると思ったらこれだよ。魔王城で喧嘩するのはやめてくれ。頼むから。」

 

 誰だと思ったら私の友人のティフォネスだった。

 だが、今はそれどころじゃない。

 そう思っていたら、ティフォネスがこう言ってきた。

 

「そういえば、お前って任務がなかったか?」

 

 ……確かにそうだ。

 危うく忘れかけるところだった。

 仕方がないので、私はキューレとの殺し合いを諦めた。

 

「次は覚悟しとけよ。キューレ。」

「あなたこそ気づかない内に、氷漬けにされてないように注意しておくことね。」

 

 結局、キューレとの間の険悪な雰囲気は収まらず、ティフォネスが呆れていた。

 

「ホント、お前のキューレ嫌いはすさまじいな。こっちまで冷や冷やさせてくれる。」

「あいつのすべてが嫌いなだけだ。」

 

 私はそう返し、目的地に向かった。

 

 

 

 

 私は目的地に着き、部屋に入った。

 …相変わらずここは汚い。

 魔導書や資料などが散らばっていて、足の踏み込む場所が少なすぎる。

 片付けしたらどうなんだ……

 

 私が部屋の奥へ進んでいくと、人影が見えた。

 その周りには、魔法陣がたくさん生成されていて、研究をしているのだとすぐにわかる。

 私はその人影に声をかけた。

 

「遅くなったが、報告に来たぞ。()()()()。」

 

 以前、魔王軍の最高幹部の三人【トリケトラ】の説明をしただろうか。

 そのトリケトラに所属している一人が、この目の前にいる女性なのだ。

 名前は、トリケトラ『月夜』のルーフェだ。

 

 ルーフェは魔法の研究を行う幹部の一人なのだが、ある魔法式を実現したことで、トリケトラになることができたらしい。

 どうせ、今も何かの魔法を研究していたのだろう。

 引きこもりだが、実力は確かなので、少しは尊敬している奴でもある。

 

「で、どうでしたか?生命の流れの異常はありましたか?」

「悪いが、生命の流れとやらは感じられなかった。人選を間違えているんじゃないか?」

 

 結局、私はあの子と会っただけで、生命の流れの異変なんかを感じることなんてできなかった。

 魔法すら、そんなに扱うことができない私が、行ったところで無駄だったんじゃないか?

 

「……そうですか。それ以外に何か異変はありましたか?」

 

 ……どうしようか。あの子の事を言うべきだろうか?

 こいつなら、すぐに人間だからって襲い掛からないとは思うが……

 

「………いや、特に異常はなかったな。」

「そうでしたか……お疲れ様です。帰ってもらって結構ですよ。」

 

 ルーフェは自身の興味への追及が激しいタイプの魔女だ。

 もし、私たちと同じような力が宿っている可能性がある人間が魔王城にいると分かれば、こいつなら血眼になって探し回るだろう。

 

「それじゃあ、言葉通り帰らせてもらうな。」

 

 私はそう言って、魔導書やら資料やらを踏まないように、気を付けながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

 私の部屋に戻ると、パジャマ姿のあの子の姿がいた。

 私が幼い時に来ていたものだが、サイズはピッタリだったので、良く似合っていた。

 

「風呂には入り終わったな。それじゃあ、少し時間がたったら勉強するぞ。」

 

 この子はどこまでの知識があるのだろうか?

 言葉は喋れるようだが、文字を書くことができるかは分からない。

 アレシア様から直々に、この子を世話を頼まれたのだから、しっかりとやらないとな。

 

 私は気合を入れ、この子の教師を務めることにした。

 この子は案の定、文字が分からないらしく、一つ一つ教えることにした。

 案外この子は、物分かりがよく、一時間だけでかなりの量を覚えることができた。

 文字の勉強を一通り終わると、国や魔王軍の事などを話した。

 良い時間だし、今日はもう休ませようか。

 

 私はこの子にもう寝るように伝え、私は風呂に入ってゆっくりと休むことにした。

 なかなか大変だが、まぁ何とかなるだろう。

 

 私はそんなのんきなことを考え、鼻歌を歌いながら風呂に浸かった。

 




良ければ、この作品に高評価をよろしくお願いします。


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第6話 現状確認

今回は説明回です。
たくさんの評価や感想、本当にありがとうございます。


 俺は現在、お風呂に入っている。

 詳しく言うと、()()()()()()()()()でお風呂に入っている。

 つまり、どういうことかというと、それに気づかず服を脱いでしまって、裸体を見てしまったわけだ。

 ……夢で出会った少女に、夢で少し怒られるかもしれない。

 

 俺は流石に幼女の裸では興奮しないが、それよりも明らかに細すぎた。

 どれだけ過酷な日々を、あの子が送っていたのかがはっきりとわかる。

 年齢のせいなのか、ただ単に栄養が送られていないからなのか、胸もぺったん……やめておこう。寒気がしてきた。

 

 それにしても、レーシカは……そういえば、言い忘れていたが、レーシカの作ったサンドイッチを食べているときに、「レーシカさん」と、さん付けで読んだところ、それはやめてくれと懇願されたので、レーシカと呼んでいる。

 魔王軍の幹部、心広すぎやしないか。

 レーシカの作ったサンドイッチはとてもおいしく、沢山作ってくれたので、残すことなく食べた。

 

 俺の口は気まぐれらしく、敬語を使おうとしても使えない場合や、ちゃんと使える場合があるらしい。

 全く、面倒くさい身体だ。

 もう少し制御できたらいいんだけな……少し練習が必要だな。

 

 そんなことを考えながら体を洗い、湯船につかった。

 あぁ~~、気持ちが良い。

 さっきまでの疲れが一気に飛んで行った

 夢で出会った少女もさぞ満足しているだろう。

 

 そういえば、夢で出会った少女について話してなかったな。

 夢で出会った少女というのが、今俺が憑依している少女の事だ。

 なぜ夢に出てくることができるかまでは、詳しくは教えてこなかったが、敵意はなかったみたいだし、協力的だった。

 

 あの子は、俺が憑依するまでは、奴隷として馬車に乗せられていた。

 しかし少女の身体の限界を迎えたのか、やがて力が入らなくなって、意識を失ってしまった。

 だが、目を覚ますと、どこまでも白い靄がかかった世界に転送されていた。

 そして、その靄がかかった世界を歩き回っているうちに、現状を何故か知ることができた。

 そんなことが、あの少女には起こったらしい。

 

 おそらく、あの靄がかかった世界には、俺の記憶やら今の俺の現状やらが分かるのだろう。

 だからこそ、あの子は、俺がほかの世界から来たということも信じてくれたし、知っていた。

 異世界転生ものでは、大体信じてくれないのが鉄板だが、俺の記憶や現状が分かるあの子だからこそ、協力してくれるのだろう。

 素直に嬉しかった。

 

 だが、あの子は俺に協力してくれるだけだはなく、なんと一生懸命()()()()()()()

 あの子は、俺を奴隷の身代わりにしてしまったことに、物凄い罪悪感を抱えていた。

 俺が奴隷として絶望を感じている姿さえも、あの子は見えていて、涙が止まらなかったらしい。

 

 俺は必死に訂正した。勝手に乗り移った俺が悪いと。

 でも、あの子は譲ることなく、「これは私の罪なんです!せめて、あなたが幸せになれるまで、ぜひ協力させてください!」と言ってきた。

 ……全く、出来が良すぎる子だ。

 

 あの子曰く、俺が憑依した理由は、あの子の最後に振り絞った力にあるらしい。

 その力によって、俺の意識が失った魂が、なぜかこの世界に来て、意識がなくなったあの子の体に乗り移った、ということだ。

 

 この力は靄の世界に来た後から知ったらしく、迷惑をかけるつもりなんか、みじんもなかったと、また一生懸命謝ってきた。

 そんなに謝られたら、胸が痛くなってしまう。

 きっと、奴隷だったころに、そう躾されたのだろう。

 可哀相に。

 

 そして、その最後に振り絞った力というのが、魔王の言っていた能力のことだろう。

 はじめは本当に驚いたが、冷静になって考えると、あの子の言っていた力と、魔王の言った能力が同じようなものであることに気づいた。

 

 俺の無表情や、勝手にしゃべるやつも、その力が原因なのだろうか?

 あの子との会話は少ししかできなかったため、その力がどういうものなのかは分からない。

 しかし、世界と世界を繋げることができるほどの力を持っていることは分かった。

 あの子との会話は寝たらまたできるのだろうか?

 レーシカ先生との勉強が終わったら、すぐに寝よう。

 

 深く集中しながら考えていると、少しのぼせてきた。

 頭もボーとして、思考がまとまらない。

 

 そろそろ上がるか……

 俺は変わらず無表情の顔をどうにか笑わせようと努力したが、結果むなしくできなかった。

 俺の顔、固すぎないか…

 

 

 

 

 パジャマに着替え、のんびりとくつろいでいると、レーシカが帰ってきた。

 レーシカはどことなく疲れた様子だったが、俺の顔を見るとその様子も消えた。

 ……いったいなぜだろうか?

 

 レーシカが戻って少し経つと、俺は勉強机に座り、ひたすら文字を書いていた。

 文字は日本語の形式と似ているところがあり、俺は比較的すらすらと覚えることができた。

 ……俺ってこんなに頭柔らかかったっけ。

 もし、これも力のおかげだったら、あの子にお礼を言わなきゃな。

 

 文字の勉強も一通り終わり、俺が気になる国について教えてもらうことにした。

 

「それじゃあ、教えるからよく聞いておけよ。まず、ここらで一番有名な国は、トリニティ王国という王国だ。」

 

 ふむふむ。トリニティ王国ね。

 

「この国は主に人間たちが住んでいる。亜人もたまに見かけることもあるが、人口的には少ない。」

 

 マジか!亜人とかもいるのか!

 

「亜人っていうのは例えば、エルフとか小人とかだな。」

 

 …そういえば、レーシカは亜人なのだろうか?

 俺は興味本位で質問してみた。

 

「……私は亜人じゃない。私は魔族だ。亜人と魔族の違いは分かるか?」

 

 俺は首を横に振り、分からないと伝えた。

 

「……言えば、亜人は人間と一応の協力関係を結んでいる人外だ。魔族は人間に敵対している人外だ。」

 

 ……あまり聞いてはいけないことだったのか。

 レーシカの表情が曇り始める。

 

「……さて、ほかに聞きたいことはあるか?」

 

 レーシカの表情はどこか怒っているかのようだった。

 俺はそれに気づくと、気づいていた時には謝っていた。

 幸い、俺の口の変換機は作動しなかったようだ。

 

「………ごめんなさい……聞いちゃいけないことだった?」

 

 変わりに、どこかあどけない声で俺は言った。

 ……俺の口、本当に不便すぎる。

 

「……別にお前が謝ることでもねぇよ。気にしないでくれ。」

 

 レーシカは少し驚き、許してくれた。

 ……なんで驚いたのだろう?

 もしかして、この無表情で無口な俺だから、謝らないと思ったのだろうか。

 ……事実だから何にも言えない。

 

「それよりも、何か聞きたいことがあるか?なんでもいいぞ。」

 

 聞きたい事……魔王軍についてかな。

 俺も入るかもしれないんだし。

 

「魔王軍についてか……あまり深いところまでは言えないからな。」

 

 まだ俺は魔王軍に入っていないんだし、当然か。

 俺は頷き、レーシカの話を聞いた。

 

「まず、魔王軍っていうのは、魔王アレシア様が作り出した軍の事だ。魔王軍には私のような幹部がいるが、私よりも上の立場の幹部が三人いるんだ。」

 

 ん?レーシカみたいな幹部よりも偉い三人の幹部?

 

「その三人の幹部の事を()()()()()というんだ。トリケトラはアレシア様の直属の部下で、基本的に私たちのような存在とは別格の強さを誇っている。」

 

 馬車を粉々にできるレーシカの別格の存在って……

 ヤバすぎる。絶対に会わないようにしよう。

 

「もちろん、幹部以外の魔王軍もいる。そいつらは基本的に戦闘をしたり、情報収集したり、()()()()()()()()()()とかをしているな。……おっと、しゃべりすぎたかな。私から言えることはここまでだ。」

 

 ちょっと待て!魔獣を味方につけるって一体……

 魔獣とかって魔王とかが生み出した生き物じゃないのか?

 俺はレーシカに聞いてみた。

 

「……まぁ、別にいいか。魔獣は魔王が生み出したものなんかじゃないぞ。魔獣っていうのは、人間に操られている奴もいるし、魔王軍になっている奴のいるし、人間はおろか魔王軍でさえ、対処不可能な化け物もいる。」

 

 魔王軍でさえ対処不可能とかどんなバケモンだよ。

 てっきり、魔獣とかは魔王が生み出すものとばかり考えていたから、かなり驚いた。

 

「だから、お前も魔獣に会った時は気をつけろよ。私でも勝てない奴だっているしな。」

 

 俺は大きく頷いた。

 

「ふぅ、そろそろ私は風呂に入ってくるから、お前はもう寝てくれて構わないぞ。」

 

 あの事また話せるか確認したいし、もう寝るか。

 俺はベッドに行き、瞼を閉じた。

 俺はだんだんと意識がなくなっていき、気づいたらまた白い霧がかかった世界に来ていた。

 すると、目の前に影が見え始め、あの少女がこっちに来ていた。

 

「良かった。無事に会えたな。」

 

 そういえば、この世界だと俺は普通にしゃべれるらしい。

 俺がそう言うと、目の前の子は微笑み、話を切り出してきた。

 

「早速だけど説明させてね。能力についてなんだけど……」

 

 俺は無言で了承し、少女の言葉を待った。

 

「単刀直入に言うわね。あなたの力は──

 



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第7話 浮かれた者

これから投稿頻度が遅くなると思います。
今回は、主人公視点とレーシカ視点の二つがあります。


 俺は目が覚めると、ベッドから降り、夢で起こった出来事を思い出した。

 俺は夢で俺の能力を聞いた。

 だが、その力についてはあの子も詳しくは知らないらしい。

 

 あの子が今わかっていることは、その力の名前や実体験から推測できるその力の効果だ。

 今のところその力について分かっていることはかなり少ないが、あの子の実体験から、その力を発動したければ、強い意志を持つ必要がある、ということが分かっている。

 

 今のところその力について分かっていることは、その力の影響力の大きさだ。

 世界と世界のつながりを持たせるほどの力だ。

 おそらく、戦闘にも使えるだろう。

 この能力がどれだけのものかを、俺は確かめる必要があるだろう。

 

 あの子は、そのことに対して物凄い謝ってきたが、問題ない。

 事実、俺がチート能力という素晴らしい異世界転生ものの、醍醐味を手に入れることができたのだから。

 

 俺は意識を覚醒させ、洗面台に行き、顔を洗った。

 鏡に映るのは無表情の顔。

 この無表情もおそらくその力の所為だろうと、あの子も言っていた。

 そして、このしゃべり方も。

 

 そういえば、魔王軍に入るのはどうしようか。

 今の俺は、この世界についての知識が全く無く、しかもこの世界は奴隷というものが存在している。

 俺の能力が使えるようになったら、撃退ぐらいはできると思うが、それ以前に、魔獣という存在が気になる。

 

 レーシカ曰く、魔王軍でも対処が難しい化け物らしいが、大丈夫だろうか?

 はっきり言ってしまうと、魔王軍に入るリスクがなかなか高い。

 魔王軍に入ってしまったら、命の奪い合いは決して避けられない道だろう。

 力が使えるようになるまでは、魔王軍に入るのはやめておくべきか………

 

 いろいろと思考を働かせていると、何やらいい匂いがしてきた。

 その匂いの下をたどると、レーシカが朝ご飯を作っている姿が見えた。

 

「あ、起きたのか。おはよう。もうそろそろできるから待っていてくれ。」

 

 甘い匂いがあたりを充満し、食欲をそそられる。

 昨日もサンドイッチを食べたけど、俺が見たこともないような食べ物もなかったから、まぁ料理についてはこの世界でも大丈夫だろう。

 

 そんなことを思っていると、レーシカが持ってきたのはフレンチトーストだった。

 見るからにおいしそうだ。

 イチゴのソースらしきものがかかっており、余計においしそうに見える。

 

「じゃあ食べるか。……そういえば、お前はどこか行きたい場所とかあるのか?」

 

 行きたい場所か………そういえばこの世界の人間と、ほとんど会ったことがないな。

 この世界のこととかもよく知らないし、行ってみる価値はありそうだな。

 

「………人間が住んでいるところ………行きたい……」

「人間が住んでいるところって村とかか?」

「………うん。」

「分かった。食べ終わったら支度をしといてくれ。」

 

 相変わらず使いづらい口だな。

 そういえば、レーシカは魔王軍幹部だが、人間の村に行っても大丈夫なのだろうか?

 

「……レーシカは村に行っても……大丈夫なの?」

「あぁ、問題ないぞ。私の力とかを使わない限り、村の連中にばれることはない。見た目は人間そのものだからな。」

 

 良かった。

 レーシカもこう言っているんだから、見つかってもすぐに正体がばれるとかには、ならないだろう。

 俺はフレンチトーストを食べ終わり、俺が寝ていたベッドに座った。

 これといった支度するものもないし、レーシカが来るまで待つ必要がある。

 

 そういえば、この世界には「いただきます」とか、「ごちそうさま」といった挨拶はないのだろうか?

 レーシカは少なくとも食べるときに言ってなかったが、俺が起きたときには、「おはよう」と言っていたので、そこのところ曖昧だ。

 思った以上にややこしい。

 まぁ、これから村に行くわけだから、そこのところも勉強しないとな。

 

 それと、力についてはどうしようか。

 流石に村に行っている間に使うのは、流石にNGだ。

 もし、使って「魔王軍の手先だ!」とか叫ばれたら、洒落にならないしな。

 今度、誰もいない時に試してみるか。

 

「そろそろ行くぞ。こっちに来てくれ。」

 

 レーシカから声が聞こえ、俺はレーシカがいる場所に行った。

 レーシカの見た目は、人間の俺からしても人間だと思ってしまうほどの容姿だった。

 服装もそんな群を抜いて派手とかじゃないから、人目に付くような様子ではなかった。

 

「魔王城から近い村に行くけど問題はないか?」

 

 俺は静かに頷き、肯定した。

 

「よし、距離もここからそこまでは離れてないから、馬車で行くぞ。」

「…………うん…分かった。」

 

 さて、人間の村はどんなものなのだろうか?

 これまでの事を推測したら、おそらくこの世界は中世的な雰囲気。

 つまり、発展はそこまでしてはいないと思うが、俺のいた世界とは違い、この世界には魔法が存在する。

 だが、その魔法がどんなものかが、今のところ全く分からない。

 人間が普通に魔法を使っているのかも、魔法がどれほどの便利さなのかもだ。

 

 俺はその村に行き、そこのところも調べる必要があるだろう。

 気を引き締めていかないといけないのだろうが、今の俺は無性に興奮している。

 事実、異世界に来たという俺の生涯の願いが叶い、俺の秘めたる力があることさえも分かったのだから。

 それと、この世界に来てから、俺は学ぶことや、考えることばかりだったので、少しは息抜きになるだろうか、と期待もしている。

 

「少し揺れるから、酔ったりしたら教えてくれよ。」

 

 俺はレーシカが用意してくれた馬車に乗り、少し浮かれた気分で村に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 私は馬車を用意し、この子と一緒に村に向かっていた。

 この子は、おそらく奴隷だったころには、外にも連れていってもらえなかったのだろう。

 村に行くことが、この子にとって良いものになることを願うばかりだ

 

 魔王軍の馬車は、基本的に速い。

 馬にも速度強化の魔法が少しかけられているし、馬車自体にも透明化と、空気抵抗の軽減の魔法がされているらしい。

 私は魔法についての知識があまりないので、そこまで詳しく知らないが。

 

 だからこそ、村に着くまで時間はかからなかった。

 この子を見ても、寄っている様子はないので安心はしたが、人間からすると子の馬車の速度はかなり速いのだろう。

 そこまで急ぐ必要もないので、運転手に少し遅くするように頼んだ。

 運転手も、人間のような見た目をしているので、魔王軍だとばれることはないだろう。

 

 村に近づくと、さらにスピードを落とし、透明化も解いた。

 これで他からも見えるようになるだろう。

 村の近くまで行き、私は門番に嘘の情報を与え、説得した。

 潜入の類は、慣れているから、こういう時の嘘も結構自信がある。

 門番は怪しむこともなく、通してくれたので、魔王軍に入っているどころか、嘘をついていることさえも分からないだろう。

 

 私たちは村に入り、馬車から降りた。

 相変わらずこの村は、平凡だ。

 特に発展しているわけでもないし、魔法を使える人間も少ない。

 魔法使いは、トリニティ王国だと使える人はそこまでいるわけでもないし、使えたとしても才がないと王都にスカウトはされない。

 

 だからこそ安全なのだ。

 もしも正体がばれたとしても、この子を守って逃げ切れる自信はある。

 この村でも戦士はいるとは思うが、()の私でも対処はできるだろう。

 

「ここが人間の村だな。何か買いたいものでもあったら言ってくれ。」

 

 私はそう言い、歩くこの子について行った。

 この子から見たら、この村はかなり珍しいものなのだろう。

 この子の目が、心なしかキラキラと輝いているように見える。

 私もついでに買いたいものがあるかどうかをぼんやりと考えながら、この子について行った。

 

 だからだろうか、少し油断をしていた。

 後ろから声をかけられ、何だろうと思い振り向くと、そこには人間の騎士がいた。

 私はかなり驚いたが、悟られないように最大限警戒した。

 ……まさか、魔王軍だと悟られたか?

 思考を整え、いつ戦闘をしても対抗できるようにした。

 

「少しお尋ねしたいことがあるのですが……」

「………なんでしょうか?」

 

 私は警戒しながら言葉を放った。

 さぁ、気づいているのか否か。

 

「実は最近この辺りで、魔獣がいるという情報があるんですが、魔獣らしき生物を見たとかはありますか?」

「……いいえ、見てません。私たちはさっきこの村に来たばかりですから。」

「そうですか。ご協力感謝します。それと……」

 

 良かった。

 正体がばれたとかじゃないようだ。

 私は目の前の騎士と別れようとしたが、次の言葉で思考が停止した。

 

「私たちって言いましたが、あなたの周りには誰もいませんが……」

 

 ……は?

 私はすぐに後ろを向き、少女を見ようとした。

 しかし、そこには少女はおらず、周りを見ても見つからない。

 私はすぐにその騎士と別れ、あの子を探そうとした。

 だが、なかなか見つけることはできなかった。

 

 そのころ、その少女と魔獣は同じ場所にいた。

 




次回で、主人公の能力の名前が明かされます。
そろそろ物語が動き始めるので、楽しみにしてください。


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第8話 蠅

今回は、主人公の能力が明かされます。
これからは投稿頻度が遅くなってしまうと思います。


 俺は今、かなりまずい状況だ。

 俺はところどころに傷がついている華奢な体を見ながら、目の前の存在に精一杯敵意を向けた。

 だが、どれだけ俺が敵意を向けても()()は、俺を殺そうとしてきている。

 

 ブンブンと飛び回り、俺の集中力を削ぎ落してくる目の前の存在は、本格的に俺を殺しにかかっているらしく、攻撃も激しくなってきてる。

 流石に、付け焼刃の俺の能力では、こいつらには歯が立たなかった。

 

 俺は再度そいつらに目を合わし、集中力を上げた。

 そいつらと言っても、目の前の存在は人間の容姿をしていないし、虫程度の大きさしかない。

 だが、数が異常だった。

 

 見るだけで気持ち悪い。

 俺の目の前には、何十、何百もの()が、飛び回っていたのだ。

 蝿たちは、俺の華奢な身体を、どんどん傷つけ、しまいには俺は歩くことさえ、つらくなってきた。

 

 ───もう、俺は死ぬのか。

 俺は自身の死を悟り、目をつぶろうとした。

 頭の中で、少女が一生懸命に「諦めないで」と言っている声が聞こえてくるような感覚がする。

 だが、ぼろぼろの身体では、どうすることもできない。

 

 こんなことになるなら、もっと気を付けるべきだった。

 警戒するべきだった。

 俺はそんな後悔ばかりを残し、意識をだんだんと失っていった。

 

 あの時、もっと警戒していれば…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、馬車で人間の村に向かっている。

 そういえば、この世界の人間たちの生活は、どのようなものなんだろう?

 やっぱり、魔法やら何やらを使って、便利に過ごすことができるような、ファンタジーな世界なのだろうか?

 それとも、魔法は限られた人にしか扱うことはできず、不便な生活なのだろうか?

 

 俺はそこらへんも、人間の村に着いたら、調べなくちゃいけない。

 なかなか大変だ。

 だが、息抜きもしたい。

 

 そんなことを考え、脳内がテンション高めになっていると、馬車のスピードが落ちてきた。

 ……そろそろ村に着くのだろうか。

 馬車の運転手も、人間の見た目をしているから、正体がばれることはないと思うが、少々緊張する。

 

 村の入り口付近に着くと、村の門番らしき人に、レーシカが話しかけた。

 おそらくだが、嘘の情報などを伝えて、門番に村に入ることの許可をもらっていた。

 流石、魔王軍幹部。

 こういう時の嘘はお手の物ってことか。

 

 馬車が村の中に入り、馬車の動きが完全に止まった。

 レーシカは、馬車の運転手に、ここで待っているように伝えると、俺に話しかけてきた。

 

「ここが人間の村だな。何か買いたいものでもあったら言ってくれ。」

 

 レーシカがこう言っていることだし、この世界の名物とか決まり事とかを、確認しておこう。

 俺はいつもよりも少し張り切り、歩き始めた。

 

 周りを見ながら歩いていると、時代を逆のぼっているような、不思議な感覚が俺の中を渦巻いている。

 周りからは賑やかで、のんびりとした明るい声が聞こえる。

 異世界に来た、という実感がかなり湧いてくる。

 

 俺がそんな感覚を感じながら歩いていても、レーシカは俺について来ている。

 レーシカから見たら、俺は無表情で一切楽しんでいないように見えるかもしれないが、俺の心の中は、かなりはしゃいでいる。

 レーシカには申し訳ないが、これもこれの身体の所為なんだ。許せ。

 

 楽しんで村を歩いていると、突然俺の右耳元を何かが通りすがった。

 俺は驚いたので、咄嗟に右側を確認しようと思ったが、何も見当たらなかった。

 少しびっくりはしたが、俺は構わず歩いて行った。

 おそらく、()でも通りすがったのだろう。

 

 だが、その後も歩いていくと、虫が俺の耳元の近くにやってくる。

 俺は少しイライラしながら、村の商品などを見ていた。

 人間の村というのは、蠅などの虫が多いのだろうか?

 まだ、その虫が蠅だと分かったわけではないけれど、羽音的におそらく蠅なのだろう。

 

 だが、俺の好奇心は蝿なんかが防げるほどやわじゃない。

 再び村を歩きだし、店を回ろうとした。

 その後ろでは何やら男らしき声が聞こえたが、俺にとっては関係なかった。

 

 すると突然、俺の意識が暗転し、俺は見知らぬ場所にいた。

 ………は?

 何が起こった?

 

 さっきの蠅とは比べ物にならないぐらいに俺は驚いた。

 俺は周りを見回してみると俺は山の上にいるらしく、俺は村を見上げる形になっていた。

 村はここからは遠いが、徒歩で行ける距離にはあるようだ。

 ……良かった。

 完全にどこかに迷ったというわけではないようだ。

 

 だが、俺が気になったのはそこじゃない。

 目の前に見覚えがあるかなり大きな馬車があることだ。

 おそらく、俺が奴隷の時に乗っていた馬車と同じ種類の物だろう。

 

 俺は若干の胸糞悪さを覚えつつも、馬車に近寄った。

 いつもの俺ならここは絶対に警戒していただろう。

 だが、俺の今の集中力は、あの俺の耳元をブンブンと飛び回っていた、あの()の所為で削ぎ落されていた。

 

 だからこそ気づかなかった。

 俺の周りに無数の何かがいることに。

 

 俺はだんだんと馬車に近づくにつれて、俺の鼻に血の匂いが纏わりついてきた。

 異変に気が付き、俺は急いで馬車に近づくとそこには、大量の死体があった。

 俺は危うく吐きそうになってしまった。

 

 怖くなって後ずさり、叫ぼうとしたが、それは許されなかった。

 …こんなときまで!

 俺は急いで助けを呼ぼうとするが、突如、俺の身体に勢いよく何かが向かってきた。

 生憎、俺の身体に当たることはなかったが、いったい何なのだろうか?

 

 俺は辺りを見回していると、そこには大量の虫がいた。

 その虫は俺の耳元を通り過ぎていった虫のよく似ている。

 そう、俺の周りにいる虫の名前は()だ。

 

 その蠅たちの中でも、大きな蝿が俺の方向に弾丸のような勢いで向かってきた。

 その勢いはさっきよりも早く、俺の身体に当たってきた。

 俺は体勢を立て直し、最大限の警戒をしようとしたが、俺の脇腹に激しい痛みが襲い、俺は座り込んでしまった。

 痛みが走った脇腹を見ると、蠅が飛んできたところの肉が、()()()()()()

 俺は、本当の恐怖というものを感じた。

 

 その間にも蠅は俺の方へ飛んできて、俺の肉を喰っていく。

 喰われている量は少ないが、それでもかなりの量の痛みが俺を襲う。

 

 俺は恐怖でガチガチに固まった思考の中で、マイナスな考えがどんどん湧き出てきた。

 ………こんなことをして何になるのだろうか?

 俺は半ば諦めかけていた。

 

 少なくとも、この量の蠅から逃げることは不可能だ。

 脇腹は出血し、少女の身体で体力は少ないし、しかもここから村まではそこそこ遠いし、声を出すことも身体から拒まれる。

 

 ……どうせ、助からない。

 

 俺は希望を感じられなくなっていると、蠅たちがとどめを刺しに来たのか、一斉にこっちに向かってきた。

 ……もうだめだ。

 

 痛みを抑えようと、目をギュっと瞑ると、俺の頭の中の記憶が、瞬時にフラッシュバックした。

 その記憶は、俺の能力についてだった。

 ……そうだった。

 俺の能力を使う条件が、俺が強い思いを抱くことだったっけ。

 俺はポツリ、ポツリと俺の思いを強めていった。

 ……蠅がどんどんと近づいてくる。

 

 ……………死にたくない

 ……死にたくない

 死にたくない

 死にたくない!

 死にたくない!死にたくない!死にたくない!

 俺は………

 ────生きたい!!!!

 

 自分の精いっぱいの強い思いを抱き、力をグッと籠めると、周りから羽音がなくなった。

 俺は恐る恐る目を開けると、俺の身体の後寸前まで来た蠅が、何かにはじけ飛ばされたように、俺の周りから離れていった。

 

 ……何が起こったのだろう?

 俺は自分の周りを見てみると、俺の身体の周りに、何やら白色で透明なバリアのようなものが張ってあった。

 …………これが俺の能力、なのか?

 

 俺が呆然としていると、バリアが霧のように無くなり、俺の周りに白い光が集まってきた。

 蠅たちは急に俺から反発されたからか、様子を見て中々攻めてこない。

 

 ……これが、あの夢の中の少女が言っていた能力なのだろうか?

 白いバリアのようなものは、もう出せなくなってしまったが、威嚇には使えたようだ。

 

 それにしてもこれが俺の能力だとしたら、本当に良いタイミングだ。

 俺は夢で会った少女に、ありがたみを感じながら、記憶をたどってみた。

 ……確か、俺の能力の名前は──

 

 

 

 

「単刀直入に言うわね。あなたの力は───」

 

 そうだった俺の力はそんな名前だったな。

 

「───虚無化。有を無に還す莫大な力。それがあなたの能力よ。」

 




主人公の能力については、今はこれぐらいの説明しか書けません。
次回は簡単な戦闘回になると思います。
良ければ、感想や評価をお願いします。


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第9話 チスイバエとクライバエ

更新頻度がどんどん遅くなってしまいます。


 虚無化の力で俺の周りに、白いバリアを張ってから数十秒。俺の周りの蝿たちは、しびれを切らしたのか、そろそろ襲ってきそうだった。

 俺は虚無化の能力で無双をし、蝿たちを倒しまわる。

 そして、レーシカがいるあの村まで帰る。そういう予定のはずだ。

 

 ──そう、なるはずだったんだが。俺は正直、蠅たちに対抗する手段は全くない。

 虚無化の能力は、俺が「死にたくない!」、「生きたい!!」と、強く願ったからであって、自由に出すことなんてできない。

 また、強い気持ちを持てばいいじゃないか。……と、思うかもしれないが、それも叶うことがなかった。

 

 俺は今、そう強く気持ちを保っているのだが、一向に能力が発動される前兆が見えない。

 俺は蠅たちに最大限の警戒をしながら、何度も何度も心の中で、強い思いを抱き、恐怖を叫んでいた。

 

「(死にたくない!死にたくない!!シニタクナイ……シニタクナイ!)」

 

 半分ぐらい俺は壊れていたのだろう。強い思いを叫ぶにつれて、精神が恐怖によって、汚染されていた。

 俺は心の中で涙を流し、これから俺がされることに絶望してしまう。

 どうせ、俺はこれから蠅たちに喰い殺されるのだろう。

 肉を少しずつ抉り取られ、眼球を喰われ、内臓を引っ張り出され……

 

 俺は怖くなって、後ずさってしまった。

 だが、蠅たちは俺の異変が気付いたのか、何匹か俺の方に飛んできて、俺の身体に攻撃を始めてきた。

 俺は腕で身体を守ろうとするが、それも叶わず俺の華奢な身体は、どんどん深紅で浸食されてしまう。

 

 俺はだんだんと意識がなくなってしまい、悟ってしまった。

 

「(………俺は……死ぬの、か──)」

 

 死を悟ってしまい、俺の希望はパンドラの箱に閉ざされてしまう。

 

「(こんなことになるなんて……もう少しでも、警戒さえしていれば……こんなことには───)」

 

 意識を失う直前に俺は、周りが真っ暗になる錯覚を覚えた。……いや、これは錯覚なのだろうか?

 俺は意識を失う感覚をのけぞり、精一杯の力を振り絞って、瞼を思いきり開いた。

 目に映ったのは、あの夜と同じ。赤に黒を混ぜたような色の長い髪で、アレシア様が言っていた『常闇の錬金』の力を使ったのか、あの時と同じ()()()をしていた。

 

 それを見て俺は感覚的に安心したのか、意識を失った。

 直前に抱擁されるような優しい感覚を覚えながら……

 俺の頭には響かなかったが、鼓膜には声が聞こえた。

 

「……任せとけ。魔王軍幹部『常闇』の名に懸けて、お前は私が守る。」

 

 

 

 

 

 

 

 私は目の前の騎士を背に、あの少女を見ようとしたが、そこには誰もいなかった。

 反射的に私は自身の力を開放し、村全体に捜索術を使おうとしたが、思いとどまってしまった。

 私の能力を使ってしまうと、私が魔王軍だとばれてしまうだろう。

 いくら私があの子を見つけたいからと言って、アレシア様の迷惑になるようなことは、絶対にやってはいけない。

 

 私は悔しさでいっぱいになったが、今はそんなことを考えている余裕はない。

 捜索術が使えなくとも、あの子を探し出すことは不可能ではないはずだ。

 私は走り出し、あの子がどこにいるのかを調べまわった。

 ……だからこそ見つからなかった。あの子が村に残っていると私は思いこんでいたのだから。

 

 

 

 

 私がどれだけ探しても、あの子が見つかることはなかった。

 私は魔王軍の中でも、トップクラスで身体能力が高い。だから足の速さや持久力は人間に比べて圧倒的だから、村全体を探し回るのに時間はかからなかった。

 だが、村全体を探し回っても、あの子の情報を聞き出すことはできなかった。

 明らかにおかしい。

 これだけ探し回ってもあの子の情報が一切聞けないのは明らかに変だ。

 

 そんなことを考え、私が焦りながら歩いていると、あの騎士と出会ったときと、同じ場所に戻っていた。

 最悪だ。何も情報がないまま、のこのこと帰ってきたというのか。

 私は自分の不甲斐なさを呪ってやりたかった。

 

「(私は一人の少女でさえ、探すことができないのか!)」

 

 私が自身への怒りでいっぱいになっていると、ふと、私の耳元に何かが通り過ぎていった。

 何かと思い、その通りすがったものを手で掴もうとした。私は反応速度も良いため、簡単に捕まえることができたので幸いだった。

 私は手で掴んだものを見てみると、あの騎士が言ったことを思い出した。確か、こんなことを言っていたよな。

 魔獣が最近出始めている──と。

 

 私の手が捕まえたものは、一匹の()だった。

 だが、私は魔王軍だからこそ気づくことができたのだろう。

 その蠅は、少なくとも普通の蠅ではなかった。そう、その蠅は魔獣だったのだ。

 確か名前は……

 

「………()()()()()…だよな。……なんでここに……」

 

 この魔獣の名称は【チスイバエ】。

 極めて小さく、3mm程度の大きさしかない蠅だ。

 こいつの羽音は集中力を乱す効果があることで有名で、人間にも気づかれにくいことから、人間側からは魔獣として扱われていないが、魔王軍の中では極めて危険で、駆除対象として扱われている。

 しかし、何故チスイバエがこんなところに、あの騎士が言っていた魔獣は少なくとも、こいつではないはずだ。

 

 そんなことを考えていると、極少量の魔力を感じた。

 私がその魔力が感じる方に行き、地面に手を当てて魔力を神経から感じ取るように、集中力を高め魔力を感じ取った。

 その魔力は私が焦っていたからかさっきまで全然気づかなかったが、探っていると、転移魔法がかかっていることに気づいた。

 

 この魔法はトラップのようなもので、魔法陣を踏んだら転移魔法が発動するような仕組みになっているらしい。

 だが、もう発動されているらしく、私が踏んでも発動することはなかった。

 

「(……何故、こんなところに転移魔法が……っ!!)」

 

 騎士が言っていた魔獣

 村全体を探し回っても見つからない少女

 チスイバエ

 トラップ式の転移魔法

 

 すべての点と点が線でつながった。

 私は頭がいいほうではない。だが、無能か?と言われれば違うと答えるだろう。

 少なくとも私は魔王軍の幹部なのだ。資料作業もしないといけないのだから、推理ができないというわけではないのだ。

 

 私は自分の推理が間違っていないと信じ、私は更にその微弱な魔力を感じ取り、転移先の位置を特定しようとした。

 細やかな位置は分からなかったが、大まかな位置は特定できた。

 だが、その場所は人目が付きにくく、チスイバエの絶好の繁殖スポットだ。

 私はあの子の危険だと知ると、まさに光速のスピードで、森に向かっていた。

 

 そのころ少女は、ある力を使っていた。

 少女の危険まであと少し……

 

 

 

 

 私は森の中に入ると、もう村からは遠いので、私の『常闇の錬金』と、特性を使った捜索術を使うことができるだろう。

 私は走るのを止めると、集中力を高めた。

 

 すると周りの匂いがはっきりと分かるようになり、私の嗅覚の質が格段に向上した。集中力を高めていると、400m程遠くにあの子の匂いがあると分かった。

 だが、その周りには腐臭が漂っており、その腐臭の主が、蠅であることが分かった。

 私はあの子に危険が迫っていることが分かると、あの子の場所に光速で向かった。

 

 その場所に着くまでかかった時間はわずか15秒。あの子の安全の事も考えるともっと早いほうがいいのだが、木が邪魔してあまり速度が出ない。

 私がその場所に着くと、すでにあの子は血まみれで、一瞬、本気の殺意が出そうになった。

 私は力を高め能力を開放した。すると周りが()()のように暗くなり、あの子の周りの蠅たちを殲滅した。

 

 あの子の周りにはやはり、チスイバエと言わず、普通の蠅よりも格段に大きい蠅。チスイバエの成体である【クライバエ】が何匹もいた。

 クライバエとは、チスイバエが成体になった姿で、4cm程度の大きさがある。

 クライバエはチスイバエの時の集中力を乱す羽音は無くなるが、スピードが速く、身体に当たると、クライバエの名前の通り、肉を抉り喰らう。

 

 おそらく騎士が言っていた魔獣は、クライバエの事なのだろう。

 クライバエはかなりの大きさがあることから、人間の間でも恐れられており、クライバエに襲われた人は、肉は残らず骨だけになって発見されることで有名だ。

 チスイバエとクライバエは、セットで活動し、クライバエが肉を喰らい、人間を弱らせ、チスイバエが血を吸い、成体のクライバエになって繁殖を続けている。

 

 繁殖力は高く、チスイバエが人間に見つかる可能性は皆無に等しいため、クライバエが著しく増加していき、卵を産みチスイバエが増える。

 そんな恐怖の悪循環が続くので、人間はおろか魔王軍ですら対処ができない。

 

 クライバエは喰った分だけ強くなり速くなる。

 ここは森のため人は少ないから、クライバエは強くはないだろう。簡単に対処できる。

 私は『黒い巨腕』を発動させ、背にいる子に安心させるようにこう言った。

 

「……任せとけ。魔王軍幹部『常闇』の名に懸けて、お前は私が守る。」

 

 私は蹂躙を始めた。

 




誰か評価と感想をください!お願いします!


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第10話 死神に会え

今回は文字数多めです。


 周りには大量のチスイバエとクライバエの死骸があった。

 私がここに来た時にも何匹かのクライバエの死骸があったが、おそらくアレシア様が言っていたこの子の能力などであの子自身が倒したのだろう。

 アレシア様の言葉を疑ったわけではないのだが、この子が少しでも戦闘ができるなんて信じれなかった。

 だが、事実死骸がいくつかあったので、この子の能力を認めざるを得ない。

 

 ………正直、かなり不安だ。

 この子がもしも魔王軍に入ったとしたら、この子の能力を使い、かなり活躍してくれるだろう。

 だが、私たちの仕事は言わば()()()()だ。命あるもの同士の戦いだ。

 自身の死を覚悟しながら、生きていかなければいけない。

 この子自身が入ると選択したとしても、私はそれを止める権利なんてない。………が、この子には感情がない。

 この子について詳しく知っているわけではないが、もしも、恐怖や歓喜などの感情すら存在しなかったとしたらどうなるのだろうか?

 

 答えは簡単だ。ただ人間を殺すためだけに生きる殺戮人形と化すだろう

 自分が死ぬと分かっていても突き進み、覚悟をすることなく死を選べる。同情することなく人を殺し、狂気的な嬉しささえ湧くことがない。

 ………それが、どれだけ恐ろしく、どれだけ空しいことなのだろう。

 

 私はこの子にそんな風になってほしくない。私はこの子に楽しく生きていてほしい。

 だが、この子がもしも魔王軍に入ったら、私は暖かく迎え入れなければならない。

 それが私の罪滅ぼしなのだから。

 ……この子が起きたら、魔王軍に入るかどうか改めて聞かないとな。

 この子が道を踏み外さないように祈るばかりだ。

 

 ……それにしても酷い怪我だ。

 クライバエにところどころ喰われているせいで、流血がすごい。

 応急処置はしたが、早めに魔王城に行って、手当てをした方がいいだろう。

 私はいわゆるお姫様抱っこをして、魔王城に帰ろうとした。

 

 お姫様抱っこをする理由は、この子に異変があったらすぐに気づくことができることと、背後から攻撃があったとしても、この子に被害はないからだ。

 この子に最初に会ったときはまだそこまで警戒する必要はなかったが、今は残った蠅どもが後ろから襲ってくる場合もある。

 警戒するのに越したことはないからな。

 

 幸い、ここ周辺のチスイバエとクライバエは全滅したのか、それとも力に恐れてこないだけかは分からないが、私の方へ来ることはなかった。

 クライバエは魔獣の中でも比較的に頭は悪い。ただ、自身がどうやっても勝てない相手には流石に襲ってこないらしい。

 

 私は再度、この子に視線を向けた。

 ………あの魔法陣、誰が仕掛けた物なのだろうか?

 魔法の作りとしては、そこそこ整っていたから、ただの悪戯というわけではないのだろう。

 これが、この子を狙った計画的なものだとしたら、相当な頭脳と行動力を持っているだろう。

 ……一応、アレシア様にも報告しておくか。

 もしかしたら、アレシア様が敵対している組織と関係があるかもしれない。

 私はこの子が少し苦しそうになったのを見ると、少し足早に村の方へ向かおうとした。

 

 

 

 

 

 だが、目の前にいる哀れな冒険者たちを殺すのが先かな。

 

 

 

 

 

 

 

 俺はトリニティ王国の中でも、そこそこ強いパーティーのリーダー、ログレスだ。

 俺たちは今、とある村で魔獣に関する調査を行っている。

 その魔獣の正体はクライバエ。繁殖力が強く、王国内でも厄介とされている魔獣だ。

 どうやらこの村で、クライバエによる被害があったらしく、俺たちはクライバエの駆除と調査を目的とし、この村へやってきた。

 

 はっきりというと、このミッションは楽勝なのだ。

 クライバエが王国で厄介とされている理由は、その繁殖力の高さと、集団で行動する習性故だ。

 

 俺たちのパーティーは、4人で構成されている。戦士の俺、魔法使いのリシェ、騎士のバイス、僧侶のレイン、という感じだ。

 クライバエは単体で挑むと、手こずるが、団体で挑むとそこまで強い敵ではない。

 長いこと一緒に行動しているこのパーティーなら、なおさら問題がなくなる。

 

 俺たちが村に着くと、案外魔獣の被害は少なかったらしく、村の人たちはいつも通りなのかは分からないが、怯えという感情はそこまで感じ取れなかった。

 村長に聞くとクライバエの被害は、周辺を通った奴隷馬車の奴隷たちらしい。

 なんでも、奴隷馬車の運転手も、奴隷たちもみんな等しく、血や肉も残らない骨だけの状態だったらしい。

 村長は村に被害はなくて良かったが、時間がたてばこの村にもクライバエがやってくるかもしれない、ということで依頼したらしい。

 

 俺たちはその話を聞いても、怯えることはなかった。

 クライバエは肉を喰らった量だけ、強くなる。

 奴隷の人数は10人ほどだったらしい。クライバエ単体がそこまで食べると、かなり強くなるが、クライバエの集団で生活している。

 クライバエはそこまで強くはなっていないだろう。

 

 それから村長の話を少し聞いて、俺たちはさっそく村で調査を行おうとした。

 

「それにしても、この村の住人が襲われているわけではなくて、良かったですね。」

「あぁ、そうだな。奴隷たちには申し訳ないが、この村がまだ襲われていないのは幸いだ。」

 

 僧侶のレインと、騎士のバイスがそんなことを話している。

 本当にその通りだと思った。だが、奴隷たちは本当に可哀そうだ。

 トリニティ王国は、奴隷売買が多く行われている。

 しかも、貴族たちはその奴隷たちを嬲り殺したり、玩具のように犯している、などといううわさも飛び交っている。

 はっきり言って、胸糞悪い。

 少しばかりの不快感を感じながら、俺は魔法使いのリシェと話をした。

 

「どうだ。ここら一帯でクライバエたちの気配は感じるか?」

「……いや。少なくともこの村の近くで集団で活動しているような気配はない。」

 

 リシェは気配を探ることが得意だ。

 その力を使って、今までの危機も乗り越えてきたのだから、パーティ―全員がリシェの力を信用している。

 俺もリシェにどれだけ救われてきたものか……

 とにかく、リシェの気配を探る力は、このパーティーの要とも言っていいぐらいに重要だ。

 だが、リシェが見つけれないということは、やはりこの村近くにはいないのか……

 やはり、村の人たちから情報収集をする方が良さそうだな。

 

「今から、別々に行動して村の人たちから情報収集をしようと思う。10分後にまたこの場所に集合しよう。」

 

 俺がそう言うと、皆は頷き解散していった。

 村の人たちがいい情報を持ってくれていたら、良いんだけどな。

 

 

 

 俺が情報収集を終えて、集合場所に向かうと、案外俺は遅かったのか全員待っていた。

 

「悪い、待たせたか?」

「いや、時間ピッタリだ。問題はない。」

「大丈夫ですよ。私も今さっきここに来たところでしたから。」

 

 バイスとレインは、俺に大丈夫だと伝えてきたが、リシェはどうだろうと、視線を合わしたら何か言いたそうにしていた。

 

「どうかしたか?リシェ。」

「………何でもない。それよりも、何かいい情報はあった?」

 

 リシェの様子は少しおかしかったが、本人が言うんだからこれ以上は追及できなかった。

 リシェがそうつぶやくと、レインが笑みを浮かべて手を上げた。

 

「どうやら、向こう側の森に、蠅らしき虫が集まっているらしいです。」

 

 レインはそう言うと、村の奥の方に見える森に指を指した。

 俺はそこまでめぼしい情報はなかったから、そこに行ってみるのもありなのかもしれない。

 

「よし、そこに行ってみるか。皆もそれでいいな。」

 

 俺たちはレインが言っていた森に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「なんだよ………これ……」

 

 パーティーの皆も言葉を失っている。

 俺たちが見た物は、大量のクライバエの死骸だった。

 その数が明らかにおかしい。

 俺たちの見立てだと、200から300ぐらいだと思っていたが、それよりもはるかに多かった。

 

「……嘘、この数を誰かが倒した?」

 

 そう、そこなのだ。

 はっきり言って、この数を対処するのは俺たちだけでは不可能だっただろう。

 あたりを見るだけでも、軽く400は超えている。

 しかも、あたりの木々は、爪痕のような傷がつき、見るからに人間が残したものではない。

 ………まさか、ほかの魔獣とクライバエが戦ったのか?

 だとしたら!

 

「早くこの場所から離れるぞ!もしかしたら、強力な魔獣がこの辺りに潜んでいるかもしれない!」

 

 俺がそう言うと、皆正気を取り戻したのか、落ち着いてきた。

 

「リシェ。この辺りに強力な魔獣はいるか?」

 

 俺がそう言うと、リシェは集中しているのか、黙っていた。

 しばらく待つと、リシェは顔を上げ、こう言ってきた。

 

「……魔獣はこの辺りにはいない。でも、早めに村に帰った方がいい。」

 

 リシェがこう言うんだ。村に帰って戦略を立て直した方がいいだろう。

 俺は皆に村に帰ることを伝え、早足で村に帰ろうとした。

 ………だが、それも叶うことはないだろう。

 目の前にある女性がいた。その女性は少女を腕に抱え、俺たちの方を赤い眼で見ていた。

 

 右側で誰かが倒れる音を聞いた。その方向へ視線を向かわせると、リシェがこれまで誰も見たことがない顔で怯えていた。

 リシェは口をパクパクとさせており、目は目の前の女性をとらえていた。

 

「……あ……アアァ……逃げて、私たちでは、勝てない、勝てるわけない!」

「どうした!?リシェ!落ち着いてくれ!」

 

 リシェは頭を抱え、涙をポロポロと流している。

 

「……ログレス……あいつは人間じゃない!あんな力が人間に出せるはずもない!!」

 

 ……は?………まさか!?

 

「……あいつはたぶん……魔王軍の…幹部。」

 

 リシェがそう言った瞬間、周りが暗くなり、目の前の女性の視線が絶対零度にまで冷たくなった。

 

「あなたは……あの時の!!」

 

 バイスがそんなことを言っている。

 あの時の?

 バイスはこいつと会ったことがあるのか?

 

「…あぁ、あの時の騎士か。何分ぶりだったかなぁ。」

 

 …読めてきた。おそらくバイスは、情報収集をしているときにこいつと会ったのだろう。

 ………ということは、村に侵入していた!?

 

「どういうことだ、バイス!?こいつは村で見たのか!?」

「……あぁ、村であった。魔獣に関する情報を聞こうとしてな。……まさか、その少女をお前は探していたのか!?」

 

 こいつの抱えている少女を探していた?

 どういうことなんだ?

 思考を整えようとするが、目の前から多大な圧迫感を感じた。

 レインが小さく、悲鳴を上げる。

 

「……残念だったな。お前たちは次に私が言うことに従ってくれよ?

──────死神に会え」

 

 そういった瞬間に、目の前の化け物からさらに殺気が放たれる。

 その殺気を俺は浴び、これまで経験したこともない緊張感を感じる。

 リシェはさっきまで腰を抜かしていたが、今はもう立ち直り、震えながら戦闘態勢に入っている。

 バイスとレインも、同様に何時でも戦えるような体制をしている。

 ……もう、後戻りはできない。

 周りの暗闇が一層濃くなる。

 

「じゃあな。」

 

 俺の耳がその声を聴いた時には、何かが破裂する音が聞こえた。

 その方向を見ると、俺は吐き気を覚えた。

 レインの上半身がなくなっていたのだ。周りがスローモーションになっている錯覚を覚えた。

 血がどんどんと流れ、俺の足元にも生暖かい感覚が迫った。

 

 目の前の化け物を見ると、さっきまで抱えていた少女を、黒い玉のようなものに入れ、誰にも奪わせない、と言っているような気がした。

 その化け物の腕を見ると、人間がしているような細い腕ではなく、黒くどんなものでも、潰せてしまいそうな巨腕がそこにはあった。

 

「案外弱かったな。もう少し抵抗するものだと思っていたからさ。」

 

 化け物は狂気的な笑みを浮かべ、赤い瞳をこちらに向けてきた。

 俺の頭の中は恐怖と悲しみでいっぱいだった。何年も一緒に活動していた仲間が、この一瞬で死んだのだ。

 俺の手は震え、視界がどんどん狭まってくる。

 

「……もう、だめだよ。勝てっこないよ。」

 

 リシェは自身の杖を捨て、バイスは決死の覚悟で剣を握っていたが、それも化け物が腕を払っただけで、粉々に砕けた。

 ………また、死んだ。

 俺の頭の中は絶望の感情で埋めつくされていった。

 

「すまないな。正体がばれたらこうするしかないんだ。」

「……そうか。」

 

 それでも、俺はまだ諦めるわけにはいかなかった。

 ここで諦めたら、何一つ残らない。

 俺は息を這いいっぱいに吸い、決意をした。

 

「お前はほかのやつらとは違うみたいだな。戦ってやるよ。」

 

 化け物はそう言うと、後ろに跳躍し距離を開けた。

 ……今なら、逃げることはできるだろう。だが、それは俺自身が許さない。

 俺は今、戦うことしか許されていないのだから。

 

 俺は自身の力をここまでかというほどに振り絞った。

 全身に血がみなぎり、俺の短刀がほのかに輝いた。

 これで決めなければいけない。魔王軍幹部の強さは計り知れないだろう。だが、やるしかないのだ。

 俺は全身全霊の力を込めて、大地を蹴った。

 

 化け物は少し目を細めると、さっきよりも少し速く、腕を振り払った。

 …………今だ!!!

 俺は腕が当たる寸前のところで回避を行った。

 これには流石の化け物も驚いたのか、少しばかり瞳を大きくする。

 俺は決死の覚悟で、化け物の懐に入ることができた。

 腕に力を入れ、より威力を出そうとする。

 俺は力を込めた腕を思いきり前に突き出した。

 これで……終わ──

 

「………いい筋だったが、私を倒すまではいかなかったようだな。」

 

 何が起こった?視界がぐるぐると周り、さっきまであった恐怖や、悲しみという感情がはじけ飛ぶように無くなる。

 そして、俺の目には、横向きになった化け物の姿が映った。

 

 そこで俺は理解をした。いや、してしまった。

 負けたのだと。

 俺の意識はだんだんと常闇へと向かい、俺は化け物が言っていた通り、死神に会うことができた。

 



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第11話 歓喜の涙

今回の最後には、主人公の名前が決まります。


 ………………ん?

 ここはいったいどこだ?

 俺はいつも通り、夢の世界だろうと思ったがそうでもないみたいだ。

 周りは夢の世界の白い霧がかかったような世界とは対照的に、あたり一面が黒く、遠近感が全くない。

 しかも、あの少女までいないのだ。夢の世界というわけではないのだろう。

 ………全く、また面倒ごとに巻き込まれた。

 

 異世界憑依したからというもの、俺は厄介ごとに巻き込まれ続けている。

 最初は、訳も分からず奴隷にされて、ほとんど詰みの状態で、なぜか吹っ飛ばされて、魔王軍幹部に連れて行かれる。しばらくたったら、村に行こうとしたけれども、村に来たら北出ワープして、蠅に殺されかける。

 ………うん。改めて振り返ると酷すぎる人生歩んでるな。

 日本での生活がこの数日ですでに薄れてきている。

 

 ……それにしても俺はあの後どうなったのだろう?

 あの蠅たちに殺されたのだろうか?

 だとしたら、ここはおそらく死後の世界なのだろう。

 ………だが、それだけで片付けてはいけない。

 事実、俺自身が異世界憑依している身だし、夢の世界とかいうメルヘンチックな世界もある。

 

 ここが本当に死後の世界かどうかは分からないが、俺は自分が生きているだろうと思っている。

 理由は俺が蝿たちに襲われ、意識がなくなる瞬間に、レーシカの声がしたような気がするのだ。

 もしもその場にレーシカがいたとしたら、俺は確実に生きている。

 あのレーシカだ。魔王軍幹部のレーシカだ。馬車を木っ端みじんにしたレーシカだ。

 絶対に蠅なんかに負けるわけがない。

 

 ………改めて思うと、人間側にレーシカ以上の奴っているのか?

 事実、魔王軍幹部は、今のところレーシカと、物凄く睨んできたキューレとかいう人しか知らないが、おそらくキューレも強いのだろう。

 レーシカとキューレの間には険悪な雰囲気が漂っていたから、おそらく仲は悪いのだろう。

 次にキューレに会うときは気を付けなければな。

 

 ………魔王軍、か。

 魔王様直々に魔王軍に入ってほしいなんて言われたが、どうしようか。

 俺自身は魔王軍に入るのも悪くないない、と思っている。

 少なくとも、前までは奴隷だった俺なので、人間として生活しても、また奴隷として扱われる可能性が非常に高いのだ。

 だとしたら、死ぬ可能性はあるが、奴隷としてではなく、一人の魔王軍として生活するのも良いんじゃないか………というのが、俺の思惑だ。

 

 ………だが、魔王軍と夜ばれるからには、これまでに人間が魔王軍に入ったことがあるとは思えない。

 人間である俺がひどい扱いをされることも考えないといけない。

 事実、キューレに殺意しかこもっていない視線を浴びせられた俺が言っているのだ。

 人間に対してよく思っていない魔王軍も少なからず……いや、相当いるだろう。

 魔王軍として働いている間に、闇討ちなんてことも起こるかもしれない。

 

 レーシカも、俺がまだ魔王軍に入っていないから優しくしているだけで、俺が魔王軍に入ったら守ってくれなくなるかもしれない。

 俺を守ってくれているのは、単なる命令なのかもしれない。

 

 俺の思考はどんどんネガティブな方向に向かっている。

 それと並行して周りの暗闇もどんどん暗くなってきている。

 ………本当に、この世界はいったい何なのだろうか?

 周りがどんどん暗くなっていき、遂には俺の意識はこの世界から旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと俺は見なれない天井を見た。

 ……声に出すことはかなわなかったが。

 頭を横に傾け、あたりを見ようとすると、俺の顔を覗き込んでいる高校生ぐらいの女の子がいた。

 …………いや、滅茶苦茶近い。

 もう少し頭を出したら、目の前の子がかけている眼鏡にぶつかっていただろう。

 ……てか、誰だ。

 おそらくここは魔王城なんだろうから、この子も魔王軍だと思うが……

 

「あ、起きました?おはようございます!」

 

 目の前の子は無駄に元気がいい声で俺にあいさつを交わす。

 いったん目の前の子に視線を向けるのをやめ、首を左右に動かすと、この部屋が一種の病室のようなものであると分かった。

 ………良かった。俺の考え通り、俺は生きていたらしい。

 

「……………誰?」

「私ですか?私の名前はヒルムです。はじめましてですね!ちなみにここは魔王城の医療所です。レーシカさんが人間の子を担いでやってきたときはびっくりしましたけど、こんなにかわいい子だとは思いませんでしたよ!」

 

 目の前の子改め、ヒルムは顔を俺の方に近づけて、目をキラキラと輝かせていた。

 ………魔王軍とは思えないな。

 魔王軍にはこんな子も多いのだろうか?

 だとしたら俺の魔王軍への印象が、物凄い角度で変わるんだが……そういえば、あの黒い世界は何だったのだろうか?

 

 夢の世界とは程遠く違うし、ただの夢なのだろうか?

 夢の世界だけでも謎が多かったのに、またよく分からない世界に行ってしまった。

 ここに来てから、分かったことよりも、分からないことの方が多いのはあまりにも痛いのだが……いつか、あの黒い世界について知りたいものだ。

 

 ………おっと、現実逃避をするところだった。

 俺は改めて意識をヒルムの方へ持っていき、俺に何が起こったのか説明してもらうことにした。

 

「え?あなたに何が起こったのかはよく分からないけど、レーシカさんが、チスイバエとクライバエの猛攻にやられたみたいだから治療してくれ、って言ってたからしばらくここで休憩してたら身体の調子も整うと思うよ!」

 

 血吸い蠅と喰らい蠅?

 俺を襲ってきた蠅たちはそんな名前なのか。

 しかし、物騒な名前だ。よくそんなのに俺は耐えきれたな。

 俺の能力に感謝だ。

 ………そういえば、肝心のレーシカはどこへ行ったのだろうか?

 

「………レーシカは?」

「ん?レーシカさんはアレシア様に村で起こったことを伝えているらしいよ。そこまで時間はかからないと思うから、あと数分でここに戻ってくると思う。」

「…………そう。」

「レーシカさんに感謝したいた方がいいよ。私が見たこともないぐらいに焦った様子で、ここへ来てたし、私が命に別状はないって伝えたときなんて、びっくりするぐらい安心した表情であなたを眺めてたんだよ。」

 

 ………そう、なのか。

 黒い世界では、てっきり俺を守ってくれるのは、単に命令されただけだと思っていたが、少なくとも、俺が生きて安心はしていたみたいだ。

 俺が死んだら何か不都合がある命令だから、安心したのかもしれないが……

 

「大丈夫だよ!レーシカさんは本気であなたのことを心配していたし、命令だけだったらあそこまで安心したりするような性格じゃないから!」

 

 ………心を読んだのか?

 この無表情で何にもしゃべろうとしない俺の身体からどうやって俺の心を読んだんだ?

 読心術にでも長けているのだろうか?

 ………そこはまぁ、ひとまず置いておいて、どうやら、本気でレーシカは俺のことを心配してくれたらしい。

 

 …………みっともないなぁ、心の中で涙が出そうだ。

 俺の身体は泣くことが許されない。そして、表情を動かすことさえ容易ではないが、俺の心は日本にいたころと同じだ。

 レーシカからの優しさは、俺の心を温かい布団でくるむように、じわじわと伝わってきた。

 

 魔王軍。それは俺の心に必要なものなのかもしれない。

 俺はこの世界に来てから、日本の時の俺とは比べ物にならない程、救われた。

 特にレーシカには感謝の言葉も物足りないくらいだ。

 …………レーシカに恩返しをしないといけないな。

 

 俺はさっきの黒い世界のネガティブな思考から一転、希望を見出すことができるような小さくほのかな決意を抱いた。

 ────魔王軍に入ろう。

 レーシカに恩を返すのはこれが一番だ。

 さっきまで暗かった思考が嘘のように明るくなる。

 

 レーシカは俺が魔王軍に入ったら、俺を守ってくれないかもしれない。

 だが、それでも俺はレーシカに恩を返したいという思いが勝った。

 日本で生活した時とは、比べ物にならないぐらいのやる気で、俺は満ち溢れている。

 さっきまでの身体の気だるさがなくなって、俺はベッドから立ち上がり、レーシカの下へ行こうとした。

 それを見てか、ヒルムも満足げな表情で見守り、頑張ってと声をかけてくれた。

 ………そういえば

 

「………心を………読んだ?」

「何となくだけどね!でも、あなたはほかの人とは違って、全然感情を読み取れないみたいだけどね。」

 

 何となくで当たるのか………恐ろしいな。だが、やはり感情は読み取れないのか。

 俺は聞きたかったことを聞き、レーシカの下へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 私はアレシア様に村で起こったことを伝えて、あの子がいる医療室へ向かおうとした。

 早くあの子の安否が知りたい。その気持ちが強いのか、私はいつもよりも足早に歩を進めている。

 曲がり角を曲がろうとしたその時、私は誰かにぶつかってしまった。

 

「おっと、すまないな…………っ!!!」

 

 危うく叫びそうになった。

 目の前に病室にいるはずのあの子がいるのだから。

 私は驚愕の感情を抑え、冷静に声をかけた。

 

「………どうしてお前がここにいるんだ?病室から抜け出してきたのか?」

 

 目の前の子は表情を変えることはないが、どこか晴れやかな顔でこう言ってきた。

 

「…………伝えたいことがあるの………聞いてくれる?」

「………あぁ、良いぞ。言ってみてくれ。」

 

 私はどこか期待をしていたのかもしれない。

 この子と一緒に仕事が出来たら、どれだけ楽しいのだろう、と。

 叶わない夢だとも思った。だが、私は確かにそれを望んでいたのかもしれない。

 この子が危険にさらされても、私はこの子を守っていきたい。例え目の前の子が魔王軍に入ったとしても。

 そのような決意じみたものを私は自分の中に押さえ込んでいたのかもしれない。

 ………だからこそ、私は目の前の子により一層、意識を傾ける。

 あの言葉を言ってくれたら、どれだけ嬉しいかを感じながら………

 

「私は………魔王軍に───」

 

 あぁ、とてつもない嬉しさがどんどんこみ上げてくる。

 言ってほしい。この子自身の口から、あの言葉を。

 

「───入りたい。」

 

 私は嬉しさで胸がはじけ飛んでしまうかと思った。

 この子との時間はあまりにも短く、そして、あまりにも充実していた。

 だが、私は怖かった。いずれこの子と離れてしまうその時が。

 魔王軍からこの子が離れてしまい、また奴隷として扱われ、朽ちていく姿が夢の中で、何度も何度も何度も映し出された。

 だからこそ、私はこの子を守りたかった。

 私はしゃがみ、目の前の子と同じ目の位置になって、そっと抱いた。

 

「……………そうか。ありがとうな。決意してくれて………本当に、嬉しいよ。」

 

 私は純粋な本心でそう囁く。

 この子に見せていない私の顔には、一滴の涙が顔を伝っていった。

 そして、私はこの子が魔王軍に入ると決意した時に与えるものがあった。

 

「………魔王軍に入るからには、お前にも名前をあげないとな…………今日からお前の名前は──」

 

 そう、名前だ。

 この子には名前がない。そして、一人の人として、扱われたことなんて一度もないだろう。

 だからこそ、魔王軍として生きる名前がこの子には必要なのだ。

 私は私なりに考えたこの子にふさわしい名前を囁いた。

 

「──アグノ。これからアグノと名乗ってくれ。私なりにお前にふさわしい名前にしたつもりだが………どうだ?」

 

 この名前、『アグノ』を気に入ってくれるだろうか?

 私は静かにこの子の答えを待った。

 

「……………うん。アグノ。とってもいい名前だと思う………本当に、ありがとう。」

 

 私は()()()の前で、涙を止めることはできなかった。

 この世で最も暖かい──歓喜の涙を。

 




アグノという名前は、unknownのギリシャ語『άγνωστος 』から来ました。
今回で1章は終わりです。ここまで見てきてくださった方々。本当にありがとうございます。


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