再生の結界師 (画鋲的存在)
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プロローグ

 なろうで書いてるのをこっちにも


 ある男は生まれた時から体が弱かった。

 

 転ぶとすぐに骨が折れ、病気にかかると一ヶ月は寝込んでしまう。耐久力も免疫力もゼロの状態だ。

 いつもそのような調子だったので、まさに風前の灯と言っていいような時間の余命を宣告されても誰も疑問には思わないだろう。

 

 本人であるその男すら気にしていなかった。しかし、それでも後悔というのは残っているのだ。体質のせいで苦労して生きてきたこの人生が水の泡となるのは何か思うことがあるだろう。

 

 だからこそ、この男は現世については諦め、来世に期待を寄せた。何を馬鹿なと鼻で笑われることだが、男はわらをもつかむ気持ちでその可能性に食らいついた。

 せめて、来世では何も危険を寄せつけず、怪我や病気がすぐ治る体で自由に生きたいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、男の意識が落ちた。余命宣告の通りであった。ここまで正確に診断出来るというのは、さすが現代の医療技術だと目を見張るものがある。

 

 男もそのようなことを考えていた。

 

(“俺”の人生もここまでなんだな。余命通りに死んだということは全て予定調和の可能性が…… 流石に無いか)

 

 ただ、男は気づいていないようだった。死んだはずなのに何故か思考が出来ることに。

 

(さ~てさて…… 来世は………………………………… あれ? 俺って死んだはずだよな?────なん…… うえッ!?)

 

 しかし、男の鈍感ではない思考もそのことに気づきかけていた。そして、一瞬混乱したが、それも些細なこととなっていた。

 

〈私ハ魂ノ選別者ダ〉

 

 何者かの声がした。その声は緩急が無く、生気を感じさせない声であった。しかし、男が最も驚愕したのはその姿である。

 

 その姿とは、一目で見れば牛の雰囲気を漂わせた巨人だが、見れば見るほど山羊に思えたり、機械に思えたり…… 次第にはこの世の物で無いと感じさせるモノだ。

 

 それと同時に、男が今いる空間の存在に気がついた。辺り一面真っ黒で何も無い、光すら無い場所である。そして男の身体も無い。あるのはそこの化け物と、微かに見える無数の白い玉だけだ。

 

 男は全てを無心で見ていたが、今自分が置かれている状況を思いだし、そこの存在と対話することを決心した。

 

(あ、あの…… どなたですか? そしてここは何処でしょうか)

 

<私ハ魂ノ選別者、死者ノ魂ヲ仕分ケテイル。ソシテココハ魂ノ世界。肉体ヲ失ッタ魂ガ還ル場所ダ>

 

(やっぱり俺は死んでいるのか…… それと、仕分け…… ということは天国か地獄かってことですよね? 俺はどっちですか?)

 

<御主ハドチラデモナイ。我ガ主ノ元ヘ連レテ来イト命令ヲ受ケテイル>

 

(え? どうして?)

 

<ソレハ私モ知ラナイ。──トモカクツイテ来イ>

 

(あ、はい……)

 

 何故こうなるのかと疑問に思いながらも男はその化け物について行った。

 

 しばらく進むと、漆黒であった世界が一転し、真っ白な世界が広がっていた。そして、何処からか引っ張られる──引力を感じていた。

 

 すると、男の目の前に辛うじて人型を保っているナニカが、既にそこに存在していたとばかりに現れていた。同時にさっきから受けていた引力は、この者の存在感によるものだと気づいた。

 

タマちゃん(魂の選別者)はもう戻っていいよ。お疲れ様」

 

<承知シタ>

 

 その存在は、タマちゃんと呼ばれたその化け物を下がらせ、男の前に寄って行った。

 

 男は、こいつがあいつが言っていた“主”なのかと察し、少し身構えてしまった。

 

「そんなに身構えなくてもいいのに。別にボクは君に罰しようとしてないからね」

 

(じゃ、じゃあ…… 何の用です?)

 

「ちょっと君に悪いことしちゃたね。ゴメンゴメン」

 

(は? …… というか貴方は誰です? 何故謝っているんです?)

 

 唐突な謝罪により、男はさっきまで身構えていたのも忘れて、つい強い口調で尋ねてしまっていた。

 

「質問は一回にしてね。答えるけど」

 

(……)

 

「まず一つ目の質問についてだけど…… まあ、自己紹介するね。ボクは世界の管理者。つまり君達がよく言っている神様みたいなものかな。そして君達が住んでた世界を含めて二つの世界を担当しているね」

 

(そんな管理者様がどうして俺なんかに?)

 

「まあまあ落ち着いて。二つ目の質問はね、えっと説明がめんどくさいからこうしようかな」

 

 そう世界の管理者が言ったその瞬間、男に情報が入り込んだ。その情報とは、男が驚愕しても仕方のないことであった。

 

(え!? 何々……? へ? は?)

 

「ありゃりゃ、言葉を失っちゃったね」

 

(お、おい、どういうことだ、説明しろ!)

 

 その説明することを全て知っているのにも関わらず、男は反射的に聞いてしまった。

 

「はあ、意味なかったじゃないか…… もう簡単に説明するよ」

 

 そう言った世界の管理者は、一旦男の記憶を消し、改めて説明することにした。

 

「世界を構成する物質はボク達が造ってる訳なんだけども、人間とか生物は全ての個体を全く同じ物にするのはルール違反なんだよね。

 で、ボクは一つ一つ変えるの面倒だからぜーんぶランダムでやってるわけ。わかる? そしたらね、そんなことをしてたらバランスなんか無くなって極端な人が出来るんだよ。君みたいなね」

 

(は? つまり俺の人生は…… 適当に決まったことで……)

 

「そそ、だからゴメンねっていう話さ。あっ、病んでもらっちゃ困るから止めとくね」

 

 記憶を消されていて、改めて聞いたこの事実により男は、思わず首を掻ききって自殺してしまう程のショックを受けた。

 理不尽に思っていたとしても、苦労して生き延びててきた人生が全て気まぐれによって出来たものだと知ったら誰でもそう思うのは仕方のないことだろう。

 

(どうしてくれんだ……)

 

「ゴメンって言ったでしょ?」

 

(それだけで良いと思ってるのか?)

 

 全く悪びれも無く言い放った謝罪では、男は自分が救われないことを自分自身で理解しているので、たとえ相手が管理者だとしても何かしらを要求しないでおくのは抑えられなかった。

 

「アリを踏ん付けてしまってそのまま謝る人って珍しいでしょ? 大抵は素通りするか、嬉々として踏み付けにいくかだろうね。ボクはそれらと比べるとマシでしょ」

 

(人間はアリか…… まあ管理者にとってはそうだよな……)

 

 話している対象が生物を超越してる存在な為、話しても意味のないことに気づいた男は全てを諦めた。

 

「ま、ボクも命ある物の心が無い訳ではないからね。君の願いを叶えちゃいます」

 

(え!? 願いって…… 来世か?)

 

 全てを諦めていた男だが、この一言をきっかけにまた希望を持つことになった。

 

「いや、普通に来世はあるけども…… 記憶を残して今すぐ生まれ変わらせることだね」

 

 人が天国か地獄に行き、数百年かけて全ての罪や汚れを洗い流したあと、記憶を消して生まれ変わることとなっているので、来世自体はあるのだ。

 

(いや、記憶なんて……)

 

「君、未練あるでしょ」

 

 管理者がばっさりと言い放ったそれは、男でも自覚していなかった“本音”であった。

 

(!?)

 

「普通の人のような生活がしたいって欲望が滲み出てるんだよ」

 

(………………)

 

 男は言われて初めて図星を突かれたように黙り込んだ。

 

「だからもう一つの世界へ転生させまーす」

 

(はぁ!?)

 

 どうしてだ!と男は問いただすと、管理者はこう答えた。

 

「だって元の世界ヘ生まれ変わらせるのはタブーだから。というかすぐに転生させることがダメなんだよ。一回そのままの世界でやったら見つかっちゃって厳重に注意されてるんだ。だからその目をかい潜る為にって訳だね」

 

(ならどうしてわざわざ俺を?)

 

「君は知らなくていいよ。正直この世界ヘ招くのも禁止されているけど、実験一号君は直々に…… ってこの話はいいや。ばれたく無いからさっさと転生させるね」

 

(おい待て、俺の話は?)

 

 そう男が言いかけると、視界が暗転して、全ての感覚が無くなっていった。そして意識が途絶える寸前に、管理者の気楽な声が響いていた。

 

「それじゃ、頑張ってねー♪ いろいろおまけ付けとくから♪」

 

 

 

 

 



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第一話 山の中

「うわっと! つっ…… いてて……」

 

 男は転生した衝撃でしりもちをついた。転生のときの落ちていく感覚が残っていたためである。感覚が狂っていた男はしばらく茫然としようとしたが、景色や空気の新鮮さが男に辺りを見渡すよう囁いた。

 

「ここは…… どこだ……? まさか山の中とか? 冗談だろ? 植物しか見えないが気のせいか? どう生きていけと? ……次死んだら絶対ぶん殴ってやる。幸いすぐに達成できそうだな。ハハハ」

 

 そう男は怒りをあらわにしながらも、現実逃避の為周りを見渡した。しかし、何度見ても周りには草木や湖しかない。人の気配など微塵も無かった。

 

「どうしよう……」

 

 弱気になった男はそう呟き、ため息をついた。ただ、嘆いていても現状は変わらない。どうせ転生したのなら少しでも長生きをしてやると意気込んで、まずはしりもちをついた際に汚れたであろう場所をはたき落とそうとした。が、すぐさまそれどころではなくなってしまった。

 

「んん!?」

 

 それは、なぜか男の視界に白く長い髪が入ってきたからだ。流石に異変を感じずにはいられなかったので、すぐ近くの水場を探して覗き込むと、そこに映ったのは男が今まで見てきた自分では無かった。

 そこには、全く知らない少女が映っていたのだ。

 

 その少女は、先ほど視界に入った白く長い髪、赤みを帯びたピンク色の大きい瞳、整った顔立ちに幼児体型と美少女と言える要素が揃っていた。さらには男は気づいていなかったが、声も見た目相応に幾分か高くなっている。

 

(いや落ち着け…… 見た目はこんなだが精神は俺のままだ…… 幸い周りに人はいないようだから人の目を気にする必要もない。いつも通りにしてればいいか……)

 

 普通なら混乱していたが、容姿がどうの言ってられない状況にいることに気付いた男、いや少女は、このことを後回しにして、まず生きるために必要な食糧と水の確保に向かった。

 前世では迂闊に外に出られなかった分、部屋に篭ってテレビで見ただけのサバイバルの知識はあるようだ。

 

(水場が近くにあったから水の心配はいらないな。1番の問題は食糧だ。しかし困ったな…… 近くに食べられそうなのは無い…… どうしよう)

 

 少女はしばらく考えたが、何も思い付かず、考えるだけでは何も出来ないことに気付いたため辺りの探索に出る事にした。

 ただ探索と言っても、知らない森の中で迷子になってもいけないため、水場を拠点として回るように見ていくだけである。

 

(植物は大抵水場の周りにあるからな。探せば何か食べれるものもあるだろう)

 

 とにかく食べれるものを探さなければならないと、若干ふらつきながらも少女は進んでいった。

 前世では寝たきりだった分歩く感覚を掴めずいるのと、少女の体になり、重心が変わり感覚がおかしくなっているのとで足元がおぼつかないからだ。

 

 すると、そうこうしているうちに少女は赤い木の実を見つけた。さくらんぼのような形状とよく熟していそうな赤色は、食料のことしか頭にない少女にとってさっさと取って食えと言われんばかりの魅力を醸し出していた。

 しかし、万一のことを考えれるほど理性が残っている少女はその誘惑に負けず匂いを嗅いで確認した。

 

(匂いは…… 大丈夫そうだ。一口かじってみるか)

 

 万が一毒があればいけないと考え、少量だけ口に含んだ。

 

「渋!!!!?!?!??」

 

 少女は思わず、口に含んだ木の実を吐き出してしまった。そしてしばらくの間うずくまり咳込んだ。

 

(これ…… 毒が無いとしてもまともに食えたもんじゃ無い…… 現実はそう甘くないか…… この実のようにな)

 

 ちょっと上手いことを言った気になっている少女は思わず笑みがこぼれていた。食料候補が一つ潰れたショックを無意識に和らげるためであることは少女は知らない。知る由もない。

 

 そう気分を良くしていたつかの間、ケモノ臭がし、近くに何かががいると察した少女は辺りを警戒しだした。

 

「グルルルァ!」

 

 だが、それは遅かった。既に近づかれていたのだ。少女が声をした方向へ振り向くと、そこには一際大きい狼がいた。しかし元の狼をあまり知らない少女はそのことに気付かない、いや、そんなことを考える余裕など無かった。

 

「えっ………………………… いやあのですね、違うんですよ、別にあなたに危害を加えようとはしてないんです。だから…………………… え? 違う? 縄張りに入っちゃいました?

 それならすいませんすいませんすぐ出ていきますのでどうか襲わないで──」

 

「グルル……」

 

 少女の必死の命ごいは届かなかったようだ。理解していない訳ではない、元々少女を狙っていたのだ。それなのに何故今まで襲われなかったのか。それは、最初に急に現れた少女を警戒していただけである。

 突如、目の前に少女が現れた。それは、誰しもが警戒するであろう。

 しかし、その後の動きから恐るるに足らないと判断され、獲物として見られるようになってしまった。ただ、少女が無防備過ぎるのを怪しんだたし、警戒は緩めていなかった。

 

 だが、少女が赤い木の実を口に含んだ際に、大きい隙ができたため、ここを好機として狙われたのだ。そして怯えている様子を見て、警戒対象から完全に獲物へと認識が変わってしまった。

 つまり、獲物を逃す訳はない。少女のしていることは無駄どころか逆効果である。

 

「ひぃぃ! 最後の晩餐があれなんて嫌だッ!」

 

「グルァッ!」

 

「ぎぃっ……~~ッ」

 

 抵抗も虚しく、少女は切り裂かれた。今まで経験したことのない想像を絶する痛みが少女の体を襲ったが、前世の体の体質上、体が裂けるのは何度も経験しているので叫び声を押しどどめれた。

 しかし、だからといって状況が変わる訳ではない。それに、少女も限界が近づいたため、意識が遠のいていった。

 

(なんか…… 惨めだな…… これは一発じゃあダメだ…… 気が済むまで殴りまくってやる……)

 

 

 

 

 

 

 

 



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第ニ話 狼退治

 ただ、それが叶うことは無かった。

 

 みるみるうちに狼にえぐられたところが治って行ったのだ。少女はかなり不思議に思ったが、すぐに管理者が言っていたことを思い出し、この現象について理解した。

 転生させられる直前の「色々つけてあげる」とはこのことだろうと。

 

 そう少女は考えたが、そうしてはいられないと今の状況を思いだし目の前にいる狼の対処しようとした。

 

(こいつ…… どうしよう)

 

 少女は先ほど成す統べもなくやられたことにより、狼は少女よりよっぽど格上だと理解した。今の自分には何も出来ない。

 攻撃されたとしてもすぐに怪我は治るが、その場から動けないのでなぶり殺されるだけであるから迂闊な行動は出来ない。

 

 狼は仕留めたと思っていた獲物が復活したからか、少女を警戒し飛び込んで来ない。それによって狼の少女に対する警戒が更に強くなっていた。

 

 狼からすれば、突然どこからか現れた怪奇な者……かと思いきや、周りの警戒もせずにいるただの獲物……かと思いきやこちらの攻撃が効かないのだ。

 ただ、その少女自体の戦闘経験は無いと判断し、変わりなく少女を獲物として見ている。

 

 無論、少女もそのことは分かっており、どうにかしたいと考えてはいるが、攻撃手段が無いので何もできない。

 そうとあれば時間稼ぎの為に、虚勢を張って狼を睨みつけた。普通なら、ただの少女の睨みつけは効果がないのだが、この狼には効果が覿面であった。

 得体の知れない存在から睨みつけられるとすれば行動出来ないのは必然であろう。

 

 しばらくじりじりと睨みあっていたが、このままじゃらちがあかないと思い、少女はに辺りを見渡して作戦を考えていた。

 普通なら焦りで何も考えられなくなるが、転生直後による非現実感と滅多なことでは死なないという安心感によりそれが可能となっていた。

 

(辺りには草と木…… それに石と湖か。草は論外として、木にぶつけるのも非現実的だ。石は使えるがあいつを追っ払うには力不足か…… とすれば湖に落とすしか無いな。あいつが泳げないことにより賭けよう。)

 

 そう考案してるうちに、狼は少女が逃げ場所を探しているのではと考え、その行動をさせまいと飛び掛かった。

 

 少女はそれに面食らうが、直前に作戦を立てることができていたので、逆に好都合であった。

 

(思ったより避けれるな…… これだと少しやりやすくなるな)

 

 その狼の攻撃は単調であった。それもそのはず、狼には焦りがあったからだ。その得体の知れない存在に動かれると何が起こるか分からない。

 もしかしたら自分など簡単に消し飛ばされる技があるかも知れない。そう最大まで警戒し、相手が何かする前に仕留めることを急いだのだ。

 

「よっ…… と、これでどうだ!」

 

 しかし、それは叶わない。少女は狼の攻撃を間一髪で避け、予定通りに側にあった石を投げた。これもまた、普段の狼なら避けれるが、ここで何の変哲もない攻撃が来るとは予想出来なかった。つまり、不意を突かれたのだ。

 

 そして少女は、怯んだ隙を見てすぐ横にある太めの木に隠れた。狼は一瞬少女が逃げたと思い、索敵に集中し追い掛けようとした。だが、匂いですぐに木に隠れた少女に気づいた。

 

 狼はこれにより、少女がまともな攻撃手段が無いことを再確認し、隠れた少女に襲い掛かった。だが、これでも警戒を緩めている訳では無く、誘いだされている可能性も考えている。

 それを考慮し、少女が反撃出来ないような速度──全速力で掛かり、一瞬にして仕留めることにしたのだ。

 

「かかったな」

 

 そう、狼がが飛び込んでいく方向、狼から見て少女がいる方向に、さっき少女が自分の姿を確認した湖があるのだ。

 

 狼はそれに気付いたがもう遅い。勢いは落ちず、そのまま湖に落ちてしまったのだ。そうなるほど勢いがついた攻撃も、それを予測していた少女によって難無く避けられている。

 

「よし! 正直うまくいくか心配だったけどいけた!」

 

 少女はとても安堵していた。それもそのはず、この作戦、自分で思い返してみても穴がありすぎるのだ。今回は上手いこと事が進んだが、おそらく二度目は無いだろう。

 それに、まだ終わった訳では無い。懸念すべき事がまだ残っていた。

 

「さてと…… 狼さんは泳げるのかな……?」

 

 少女が湖を見ると、狼は水面にはいなかった。一瞬もう湖から抜け出していることが頭によぎったが、湖のシルエットを見るにまだ水中にいることが分かった。

 

 だが、水中にいるとしても溺れている訳では無かった。少女が湖を覗き込むと、そのシルエットが少しずつ動いていたのだ。

 このままでは狼が上がって来てしまうことを察した少女は、もしもの時の為の作戦を実行することにした。

 

「この方法は残酷過ぎるから使いたく無かったのだがな………… すまない」

 

 そう、少女はそこらに落ちている石やら木などを狼にを投げつけたのだ。少女は今自分がしていることにとてつもない罪悪感を覚えてたが、生き残る為には必要なことだと割り切った。

 

「よっしゃ、もうこれで大丈夫…… でもないか」

 

 そうしていく内に狼は力尽き、沈んで行った。脅威と命の危機が去ったということで少女は喜びの凱旋に浸ろうとしていたが、湖に落ちた音によって周りの獣が集まると推測して止めた。

 もしそうなってしまえば本格的に生き残れそうに無いので、少女は惜しくも水場から離れていった。

 

(疲れた…… てかここどこだよ)

 

 出来るだけ離れた方がいいと、しばらく歩いて所為で疲れ果てた少女は周りに何もいないことを確認し、倒れた木に座り込んだ。

 

(さて、一旦今までのことを整理しよう)

 

 それは、まず現在ここに居る場所が異世界の山だということ。次に自分が少女になっているということ。そして怪我がすぐ治る再生能力を持っていることと、さらに何かあるらしいことだ。

 

(それにしても……あまり実感湧かないな)

 

 少女は自分の頬をつねったり引っ張ったりして、改めて自分が元の自分とは違う人であることを確認した。

 

(待てよ…… 本当に女か? 見た目だけで性別は変わってないという線は有り得る)

 

 そう少女は考え、恐る恐る男の証があるか確認した。

 

「無い…… ハァ…… どうなってんだか……」

 

 もう少女には、何故こんな目に遭わなければならなかったのかと、脳内で世界の管理者に問い詰めているのを妄想するしか救いが無かった。

 

 

 

 



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第三話 山の支配者

「はあ……」

 

 少女はため息をついた。理由は喉が渇き、空腹になり、挙げ句の果てには眠気があるということに悩まされていたからであった。

 特に喉の渇きは深刻で、水場を離れたことを後悔していた。そして食糧や寝床も確保しないといけないという課題もある。

 

(……憂鬱だ、サバイバルはこんな厳しいものなのか)

 

 少女は一度あの場所へ戻ることも考えたが、今行っても獣の餌食になるに決まっている。しかしこのままうろうろしていても獣の餌食になるだろう。

 もうどうしようもないなと、少女がそう思ったとき、目の前に化け物が表れた。

 

(は? え? ………………… ややややややばいやばいどうしよどうしろってんだ)

 

 その化け物は、かの有名な架空の生物のグリフォンに類似している。少女もそれが何なのかという知識はあったため、死を覚悟……は出来ていなかった。

 そのため軽く絶望していると、そのグリフォン(仮)が口を開いた。

 

「お前は誰だ?」

 

「へ?」

 

 少女は襲われると思っていたため、いきなりの問い掛けに戸惑いを隠しきれないでいた。

 

 そして少女は気付いていないが、このグリフォン(仮)は元々この世界の人間の言語で話している。つまり人とコミュニケーションがとれるのたが、日本語は話せない。

 なら何故、元日本人である少女がこの言葉を理解しているのか。それは、管理者が自動翻訳機能を少女につけていたからだ。

 

「お前は誰かと聞いている」

 

「いや、えーあのーその……」

 

 少女は今自分が何に値するのかが分からず、口ごもった。

 

「自分が誰か分からないのか?」

 

「あー…… まあ…… 気づいたらここに……」

 

 少女は管理者とのことを話すか迷ったが、流石に信じられるとは思っていないのではぐらかした。そして少女は何故自分の名を聞こうとしているのかという疑問を持った。

 

「あの…… 失礼を承知で聞くんですが…… 何故俺のことを知ろうとしているのですか?」

 

「それはだな…… 山の中にいきなり魔力の反応が出たからだ。これを怪しまない訳にはいかない」

 

「あっ、違うんです、別に他意は無いです、あなたを害そうとした訳では無いんです、すいません!」

 

 少女は自分がこの化け物に疑われていると察し、焦りながらも弁明を始めた。だが、そういうことでは無いようだ。

 

「いや、別に怒ってはいないんだがな。何故人間は我が神獣というだけで遜ろうとするのだ」

 

「神獣……?」

 

 始めて聞いた単語が出てきたので少女は首をかしげた。

 

「む、神獣を知らないとは…… この世界の常識になっているのだがな…… まあいい、説明する」

 

 神獣は、太古より世界で八体いる生物の頂点である。この世界の実質的な支配者で、他の生物では到底だどりつけない高みに佇み、世界最強格の実力を持っている。

 その圧倒的な力の前にして人々はひれ伏し、神として崇められるようになった。このような経緯から神の獣、神獣と呼ばれるようになっているのだ。

 

「へえ」

 

「で、お前は何が目的だ?」

 

 少女はまた焦って弁明しようとしたが、取り調べを受けていることでは無いと気付き、正直に話した。

 

「目的……」

 

(やっぱり人がいるんだったら人に保護してもらうべきか……)

 

「人の所に行きたいというのが今のところの目的です」

 

 自分一人では生きられないということが見に染みて分かったので、人の居るところで安全に生き延びようと考えていた。それに目の前の化け物からさっさと逃げたいという理由もある。

 

 しかし、その考えはバッサリと切り捨てられることとなった。

 

「それは無理だな」

 

「え? なんでだ?」

 

 自分の目的が一蹴された少女は思わず声を荒げてしまった。

 

「生憎ここの下の人間達は戦争中でな、そこに身元不明の奴がのこのこと現れたらどうなるか分かるだろう?」

 

「なるほど……」

 

 少女が思い浮かんだのは殺される、拉致られる、奴隷にされるなど生々しいことばかりであった。実際事実ではあるのだが。

 

「それにその服を見ろ」

 

「え? あっ……」

 

 少女はそう言われて自分の服を見ると、ズタズタに引き裂かれていた。狼に裂かれた所から、枝などに引っ掻かり、更に裂かれているのが、今の少女の服の現状だ。

 

「ということでお前は我が保護する形でよいな?」

 

「え?」

 

 突拍子も無い提案に、少女は一瞬固まってしまった。

 

「不満か?」

 

「い、いえ、わっ分かりました。あ……、えっとありがとうございます」

 

 その提案による混乱と、有無を言わさない神獣の圧により戸惑いながらも了承した。

 

「そんな畏まらなくてもよい。……そうだな、名を知らないと不便だな。我の名は《アルフェール》だ。今後からそう呼べ」

 

「アル…… フェール…… さん?」

 

 少女の態度を軟化させようと、神獣──アルフェールは名を呼び合うこととした。

 

「そしてお前の名も付けさせて貰う」

 

「え?」

 

「名が無いのは不便だろう?」

 

 少女は唐突だなと思ったが、確かにこの世界での名前が無いのは不便なので素直に従うことにした。

 

「あっ…… はい」

 

「そうだな…… これからお前の名は《ディル》だ」

 

 少女改めディルは、神獣、アルフェールと共に暮らすことになった。

 

 

 



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第四話 魔法

 数日経った頃、ディルはアルフェールにこの世界のことを教えてもらっていた。保護されてから随分と時間が経っているので、愛称で呼ぶほど親しくなっていた。

 

「へぇ、この山の名前はルーフエって言うんだ。で、アルはこの山を治めていると」

 

「そうだ、人は我を山を守る守り神として崇めている」

 

 建前上はそうだが、本質は自らが滅ぼされないため、つまり保身のために、神として讃えあげて遜っているだけである。

 そのことは当人であるアルフェールも承知しているが、自分に害がある訳でもないため特に気にしてはいない。

 

「うわ…… 自分で言い切るんだ」

 

 もちろん、そのような事情を知らないディルは、その言葉通りに受け取っていた。

 

「おい、なんだその言い草は…… まあいい、我を知らない程常識知らずなことは知っていたが、もしや魔法も知らないことはないだろう?」

 

 数日間、ディルが魔法を使う素振りも見せなかったため、そのような疑問が浮かび上がってしまった。

 

「え!? 魔法なんてあるの?」

 

 もちろん、そのようなものは知らないディルは、その存在を聞かされて驚いていた。

 

「はぁ…… 記憶喪失か…… まあいい、一から教えてやる」

 

 

 

 

 ディルは、魔法という概念と、その活用方を教わろうとしていた。期待して、話を聞く準備をしていると、アルフェールはその様子をしばらく見つめていた。

 

「どうしたんだ?」

 

 能天気な少女でも、その目にはそれが奇妙に写っていた。

 

「お前の魔法適性を見てみたが、見事に属性魔法は全滅。他の特殊魔法も結界魔法だけで後は基本魔法しか使えないな」

 

 その行為は、ディルの“魔法適性”なるものを見ていたのだ。

 

「え? 何? どういうこと?」

 

 いきなり知りもしない言葉の羅列を聞かされたディルは、全く理解が出来ず戸惑うのも仕方のないことだろう。

 

「まあまあ、一から教えてやると言っただろう。まずは基礎からだな」

 

 魔法とは、摩訶不思議な現象を引き起こす物の総称である。

 

「ここまでは分かるな?」

 

「まあ何となく」

 

 その魔法を使うには、例外無く『魔力』という物が必要である。その魔力とは、大気中に満遍なく存在している目には見えない物だ。そしてそれは、全ての生命体が常に生み出しているのだ。

 

 更に魔力は、気体のようになっており、一つの場所に纏めて凝縮することで物質化することが出来る。

 

「これもいいか?」

 

「まあテンプレだな」

 

 また、生命体によって様々だが、体に魔力が貯蓄できる最大量である『魔力量』がある。それは種族によって違い、個体差もあるが、訓練で増やすことが出来る。

 

「俺は?」

 

「中々多い方だぞ」

 

「やった!」

 

 ディルの魔力量だが、人間としてはそこそこ多い程度だ。それでも、人間は魔力量が多い傾向がある種族のため、不自由は無いくらいはある。

 しかし、妥協を許さないアルフェールが傍にいるため、鬼のような訓練をさせられる運命にある。

 

「さて、次は……」

 

「ちょっと疑問なんだが…… そもそも魔法ってどういう原理だ?」

 

「ああ、それはだな──」

 

 魔法の原理とは、数ある現象を魔力に“記憶”させて、それを再現することにより、その現象を自由に引き起こす。それだけである。

 

 例えば、火を出す魔法があるとする。その魔法を使うには、元々火が出ている場所の、“魔力の形”を記憶させ、また別の場所でその魔力の形を再現すれば、そこに火が出る。

 

「つまり、その火が出てる場所の魔力の形が丸い形だとすれば、それと全く同じように魔力を形作ればいいってことか」

 

「うむ、理解出来てるな」

 

 そして、この世界における魔法には、『基本魔法』、『属性魔法』そして『特殊魔法』と分類されている。

 

その一つである『基本魔法』とは、文字通りすべての人が使える基本的な魔法だ。

 

 自分の目に魔力を通し、通常目には見えない魔力を見ることが出来る『魔視』や、

 自らの近くにある魔力を操作する『魔力操作』、

 魔力を通しした場所の身体能力を強化出来る『身体強化』、

 物質化した魔力を放出する『衝撃波』など多岐にわたる。

 

「我がさっきしていたのは『魔視』だな」

 

「なるほど、だから見つめてたのか。……どうしてだ?」

 

「それは後だ」

 

 そして『属性魔法』とは、これも文字通り火、水、風、草、雷、土、鋼、光、闇などに分けることが出来る魔法である。

 

 大昔、この魔法の特性に気がついた種族がこのように分類した。それが後世になっても使われ続けている。

 

 更に、その種族はそれぞれの属性ごとに、規模が小さい魔法から10階級に、“ある方法”で魔力に記憶させた。

 

「ある方法って?」

 

「魔法式だ」

 

「魔法式?」

 

「“魔力の形”を分解し、式として組み直した物だ」

 

 つまり、魔法式は“魔力の形”の代わりということだ。魔力の形状には何かしらの法則があり、それがそのまま魔法式の法則となる。そうすることによって、その法則に則れば、自由に引き起こす現象を調節できる。

 

 さらに、魔法式にすると、本などの文献に残すことが出来ることができ、それにもう一つ、魔力の形状だとその形のイメージを思い浮かべないと魔法は使えないが、魔法式だとそのイメージを必要とせずに使える。

 

「その魔法式とやらでどうやって魔法を使うんだ? そもそもどうやって魔法式にするんだ?」

 

「それは魔法式専用の“魔法の形”を現した文字があるからだ。ただ、文字と言っても文法は無く記号に近い。 

 発動させる魔法の性質に合わせ文字を組み込み、そしてそれを円のように式を組み立てる。

 それを我々は『魔方陣』と呼んでいる」 

 

「おお! ロマンあるな!」

 

「ロマン……? まあいい、続きだ」

 

 最後に『特殊魔法』、これは基本魔法と比べると効果が強力で、どの属性にも属さない魔法を総称している魔法である。

 空間を切ったり繋げたり出来る『空間魔法』、

 生物の心や精神を操る『洗脳魔法』、

 心を通じ合わせた他の生命体と主従関係を結べる『使役魔法』など、様々だ。

 先程ディルに適性があるといわれた、魔力そのものを硬質化させる『結界魔法』もその一つである。

 

「適性?」

 

「魔法適性のことだな」 

 

「ああ、なんかさっき言ってたな」

 

「そうだ」

 

 魔法適性とは、生まれつきどのような種類の魔法が使えるのかを意味するものである。

 基本魔法は必ず全員使えるが、属性魔法となると個人差が生まれる。稀に複数属性使える場合もあるが、使える属性が嵩張るにつれ珍しくなっていく。

 特殊魔法は珍しく、基本的に使えない場合がほとんどだ。ただ、使える属性魔法の種類が少ないほど、こちらが使える可能性が高くなってくる。しかし、使えるのは必ずニ種類までとなる。

 

「へえ。で、俺はどうなんだ? 流石に覚えてない」

 

「それはだな──」

 

 ディルは珍しく、基本魔法以外は属性魔法が全て使えず、使えるのは特殊魔法である結界魔法だけという有様である。

 

「……」

 

 この結果をアルフェールから伝えられたディルは落胆し、言葉も出なかった。

 

 




説明多くなってるけどそこまで覚えなくて大丈夫だと思っている。


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第五話 訓練

「そう落胆するな」

 

 肩をガックリと落とし、俯いている様子のディルは、誰がどう見ても落ち込んでいるようであった。

 

「そうは言っても……」

 

 一つの種類の魔法しか使えない。その事実は魔法を夢見る人間にとって、夢を潰されたに等しかった。

 

「結界魔法は汎用性が高い。それに我が鍛えてやるからな」

 

「それは勘弁して」

 

 天下の神獣が要求するレベルはどれほどのものか、ディルは想像するだけで身震いした。

 

「まずは魔法からだな、魔法適性は分かったが、魔力量はまだ分からない」

 

「コイツ人の話聞いてんのか?」

 

 ディルの言葉を無視して話を続けるアルフェールは、悪態をつかれても文句は言えないだろう。

 

「とりあえずお前、魔力を放出し続けろ」

 

「こ、こうか?」

 

 内心どう思おうが命令されたとあらばすぐさま実行に移すのは、やはり元日本人だからであろう。

 

 魔力は体の中にあるということは既に教えられている為、息を吐くように意識をすると、ディルの周りに、透明だが確かに存在が確認できるような物がが出てきた。

 

「そして無くなるまで出し続けろ」

 

 そしてディルはその透明な物……つまるところ『魔力』を放出し続け、5分がたった頃、ようやく全ての魔力量が無くなった。

 

「なるほど、これはなかなか……」

 

 と、何やらアルフェールが呟いてる横で、ディルは何故か大の字に倒れこんだ。

 

「アル……」

 

 これはどういうことかと、口が回らない中でディルはアルに抗議した。

 

「ん? 魔力が無くなると丸一日とてつもない疲労感に襲われることは言ってないが」

 

 体から酸素や血、水が一定以上無くなると動けなくなるのと同じように、魔力もまた、体から一定以上の量が無くなれば動けなくなる。ただ無くなったところで命の危険性は無い。

 

「そ…… れ…… だ……」

 

 普通なら一言も喋れないのだが、途切れ途切れでも言葉を繋げられているのは、ディルの根性……いや、事前に説明をしなかったアルフェールへの執念によるものだ。

 

「お前…… な…… な…… んでそう…… いうこと…… 先に…… 言わ…… ない…… んだ?」

 

「それはな、これからやることに関係しているぞ」

 

「……は?」

 

 思いがけないアルフェールの言葉に、ディルはいったい何が起こるのかと困惑した。そのまま体を動かせという、ある程度の予想はしていたが、流石にそれは無いであろうと、体も脳も魂までもがそう考えていた。

 

 だが、現実は非情であった。

 

「今からその疲労感に慣れてもらう訓練だ。この岩を背負って狩りをしてこい。もちろんそれがお前の晩飯だ」

 

 それどころか、想像しうる限り最悪な意味を含む言葉が、アルフェールから淡々と出されていた。

 

「ははは…… 冗談を…… 俺が…… この状態で…… 動けると思うか? ……ましてや狩りを?」

 

「そして…… それが晩飯だって? ……嘘だよな…… 嘘だと言ってくれ……」

 

 ディルの脳は、想像を超える衝撃を受け、現実逃避と乾いた笑いしかできなかった。

 

「ああ、これから毎日やってもらう」

 

「はは…… は……」

 

 ディルはまるで世界の終わりを見るような目で、虚空を見つめていた。

 

 ここからディルのアルによる地獄のような訓練が始まったのであった。

 

 それは、午前は本気で殺しにかかって来るアルとの実戦、午後は先程の魔力切れ状態での狩りであった。

 ディル曰く、アルの本気の殺気は本能で死を覚悟した程らしい。実際、慣れないうちは何度も気絶していた。

 

 そして、戦闘訓練自体もも凄まじい。全方向から迫り来る音速のような攻撃を上手く捌かないといけない。しかも油断していると風で吹き飛ばされる。そこから一本取る必要があるのだ。

 もちろん死ぬことはないが、ディルはアルとの実力差が明確なので、文字通り手も足も出なかった。

 

 アルフェールに叩き起こされ朝6時程に起き、朝食をとって休憩無しの5時間戦闘訓練、からの魔力切れしながらの狩りをする生活は普通だと人間の体は持たない。

 

 だが、ディルは再生能力を持ってしまっているため、擦り減るのは神経だけとなっていて、リタイアなど出来ない。

 さらに、再生能力は、細胞の劣化も再生する。つまりは不老となり、それによって地獄のような生活が二十年程続いた。

 

「もうやだ……」

 

「泣き言を言うな、動け」

 

「アルハラだ! アルハラ! アルフェールハラスメント!」

 

「? ハラスメントというのがよくわからんが…… よし、明日から魔法の訓練を入れるぞ。ナイフだけでは限界があるからな。だから狩りは3時間以内にしろ」

 

 ディルが戦闘で使っている武器は、狩りの途中に見つけた落ちていたナイフである。

 

「やっとか…… 長かったな…… って二十年は長すぎるわ!」

 

 二十年という時間は、ネズミが五回も死に、犬が瀕死になり、人間が生まれてから成人となり、成人した蝉が七百二十回死ぬ時間である。

 

「そうでもないぞ。お前もいつかそう思う時がある」

 

「そういう物なのか……」

 

 

 

 



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第六話 結界

 アルによる魔法の訓練が始まった。

 

 魔力を一カ所に集めたりするだけの基本魔法は簡単に習得出来たが、問題は本命である結界魔法であった。

 

 それもそのはず、結界魔法は属性魔法らと勝手が違い、自然現象を記憶させる方法は使えず、一から形作らないといけない。

 しかも、属性魔法はある程度形が崩れても問題無いが、結界魔法はそうはいかないのだ。

 

 結界魔法は高難度な為、先に属性魔法で感覚を掴む練習をしなくてはならないが、ディルは属性魔法は使えず、それしか使えないのでその方法は使えない。

 それが、ディルの結界魔法の習得が難航している一番の理由だ。

 

「こうか? いやダメだ…… 形が崩れてしまう…… 渡された魔法式も意味不明だし……」

 

「ちなみに巷では結界魔法は一番難しい魔法扱いだな。それでいて地味だから余り人気は無い」

 

「だろうな」

 

「さてと…… 再開するか……」

 

(魔力の形が不安定だから固めるときにどうしても崩れるな………… いや、待てよ…… 型を作っちゃえばいいんじゃね?)

 

「何か掴んだようだな」

 

「ああ、やってみる」

 

 そう言い、ディルは先程思いついたやり方を実践してみることにした。

 

 まず、土で空間を四方で囲む壁を作り、その型に詰める感覚で魔力を出して固めた。そして、周りの土壁を崩すと、透明な壁が出来上がっていた。

 

「出来た!」

 

 ディルは嬉しそうに跳ねながら、出来上がった結界を小突いていた。

 

「うむ、これが結界魔法だな。この形は第一階級の壁結界か。強度については…… 初めてにしては上等だな」

 

 アルフェールはその結界を観察し、そのあと何度か叩いてから破壊した。

 せっかく苦労して完成した物が、すぐに壊されたことでディルは名残惜しそうにしたが、すぐにアルフェールの発言の方に興味が移った。

 

「なあ、その第一階級ってどれくらいのものなんだ?」

 

「第一階級は練習すれば誰でも習得できるな。第十階級までも練習次第だ」

 

 ただかなりの練習量と時間が要求される。しかし、不老のディルにはその心配は無い。

 

「そうなのか。案外楽なんだな」

 

「いや、これはあくまでも基本の形だからだ。大衆向けで、どんなに才能が無くともできる最低ラインが第十階級だからな。

 それ以上の話まで行くと才能が必要となる。実際そんなことができる人間は一握りだ」

 

 世間で大魔法使いやら、賢者やら呼ばれる存在がこれに該当する。

 

「なるほど…… 才能か…… あと思ったんだけどさ、なんでアルは人間のことに詳しいんだ?」

 

「伊達に長生きしていないからな。前にも言ったが人間は我の友と合わせて我を神格化している。だから耳に様々な情報が入ってくるのだ。」

 

 主に、信仰の為に山に上って来る人の話と、捧げ物の書物によるものだ。

 

 このことを聞いて、ディルは大層驚き、驚愕した。 

 

「アルって友達いたんだ!」

 

 ぼっち仲間だと思っていたようである。

 

「我が友がいないと思っていたのか」

 

 こんな鬼畜無愛想に友達なんて出来ると思うかと、ディルは口に出そうとしたが、その寸前のところで押し止めた。

 代わりに、そんな友達がどのような奴なのかと興味が湧いた。

 

「会ってみたい!」

 

「それはいいがお前が結界魔法を完璧に扱えるようになってからな」

 

「うぇっ……」

 

 そこからディルは九十年間の間、結界魔法を地道に練習し、ついに第十階級までマスターした。

 これが普通の人であった場合、人生のほぼ全ての時間を結界魔法に費やした、さながら結界魔法の仙人だが、ディルの見た目は幼女よりの少女であるためとてもそうには見えない。

 

 それから戦闘訓練も並行していたが、さすがに何年も同じナイフを使う訳にはいかないため、ディルは魔物の骨などをナイフに加工し、使っていた。

 

 ただ、ディルの日本人的な、安全なところから攻撃したいという性格上、近距離必至なナイフは余り向いていないと考え、他の武器を作ろうとした。

 

 ……が、そもそもその武器の見本が無いとどうしようもないことが判明した。

 それでいて、せっかく作ったナイフがもったいないというディルの貧乏癖や、何十年間も使い続けた武器を替え、それで戦えなくなる訳にはいかないという武器の馴れの問題もあり、諦めてナイフを使うことにした。

 

「どうしたらいいんだ……」

 

「投げる、というのはどうだ?」

 

「それだ!!!」

 

 アルフェールの提案により、投げナイフを使うことにした。ちょうど作り置きが大量に余っていたため、気兼ね無く投げることが出来た。

 

 最初は上手く狙っている方へ飛ばずによくナイフを紛失していたが、基本魔法の『衝撃波』や、『反射結界』を使って機動を変えたり、投げたナイフを手元に戻したり出来ることを発見したため消費が押さえられ、数をこなしているうちに命中率も上がってきた。

 

 それと、ディルは散々受け続けたアルフェールの殺気を真似することが出来た。どんどん激烈になっていく攻撃に対抗する為に、こちらも殺す気でいかねばならないと、殺気を受け返すようにしていたらいつのまにかそうなっていたのだ。

 

 そんなこんなで、ディルは約束していたアルフェールの友達と会いに行くことになった。

 

 

 

 

 




結界魔法の第十階級魔法まで

そんなに覚えなくても大丈夫です

第一階級魔法 壁結界
任意の場所に長方形型で厚めの結界が具現化される。

第二階級魔法 球結界
自分を中心として、周りに半球形で薄めの結界が具現化される。

第三階級魔法 重結界
壁結界や球結界の上に、さらに結界を被せる。どちらか片方が割れるまでもう片方は割れない。

第四階級魔法 変形結界
鋭利な物から複雑な形まで、様々な形に結界を変形させることが出来る。

第五階級魔法 衝撃結界
触れた物をはじき飛ばす結界が、球結界のように具現化される。

第六階級魔法 反射結界
触れた魔法を跳ね返す結界が、球結界のように具現化される。

第七階級魔法 捕縛結界
目標の周りに結界を出し、そのまま締め付け拘束する。

第八階級魔法 隠蔽結界
中にいると周りから見えなくなり、中からの音や光が外に漏れない結界が球結界のように具現化される。

第九階級魔法 防膜結界
体に張り付くように結界を出す。体の動きに合わせて動くが、そのために極限まで薄くした為強度が低い。

第十階級魔法 隔離結界
自分と目標との間に結界を具現化させ、隔離する。その結界はどちらかが動こうとも、自分と目標との間に存在し続ける。


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第七話 四神獣 北

 ディルはこの日を待ち望んでいた。そう、アルフェールの友達に会うからである。待ち望んでいた理由は、単純に気になるからでもあるが、何より約百年ぶりにディル自体の友達を作れるチャンスでもあるからだ。

 

「♪~」

 

「嬉しそうだな」

 

 そう思っても仕方がないほど、今のディルは浮足立っていた。

 

「だって百年ぶりにアル以外の話せる生物と会えるからな」

 

 その通り、ディルはここ百年間アルフェールとしか会話ができなかった。流石に話題も尽きてしまうとのことで、新しい話し相手ができることが楽しみとなるのは道理であろう。

 

「そうか? 我は前に会ったのが百三十年前だから…… 少し前だな」

 

 神獣は数千年単位で生きているので、百三十年は人間でいうところの数ヶ月前に等しい。

 

「……はあ」

 

 いつものことなのでディルはアルフェールの時間感覚には何も突っ込まないことにしていた。

 

「話はここまでだ。よし、早速背に乗れ。すぐ行くぞ」

 

 そう言われるがままアルフェールの背に飛び乗ったディルは、初めて生物の背に乗った新鮮な感覚と羽毛によるもふもふ感を堪能しようとした。

 

「おお、アルの背中! ってええぇぇぇぇぇ!?」

 

 だが背中に乗った瞬間に出発したため、ディルは準備出来ずに振り落とされそうになった。

 

「振り落とされるなよ」

 

 ディル達の行き先は、北の“北焔の神獣”フォルテシアが住む火山、フォースである。ちなみに、アルフェールの二つ名は、“西嵐の神獣”である。

 

 アルフェールの速度は、生物が出せる速度としては規格外であった。ディルも百年近くの訓練《しごき》により、本気をだせば普通の人の目には見えない速度を出せる。

 

 しかし、それまでであり、アルフェールは光速とまではいかないが、音がナメクジに思える程の速度で動ける。

 だとすると、アルフェールの背中に乗っているディルは振り落とされないのかという疑惑が出てくるが、アルフェールが風を操り空気抵抗を少なくしているため、その心配は無い。

 

「よし、もう着いたぞ」

 

 フォース火山の上空近くに着き、そのまま減速して急降下しながらそう伝えた。

 

「えっもう?」

 

 ルーフエからフォースまで行くには、大陸を横断し、国を跨ぐ必要がある。そのため、ディルはある程度時間がかかると踏んでいたが、その想定よりも何倍も速く着いた為に驚きを隠せなかった。

 

 すると、山に降り立ったディル達に気づき、近付いていく一つの影があった。

 

「久しいな、フォルテシア」

 

「ふふ、 誰かと思えばアルフェールじゃない。どうしたの? かわいらしいお嬢さんを連れて来ちゃて」

 

 その正体は“北焔の神獣”にして、正真正銘アルフェールの『友達』のフォルテシアであった。

 その神獣と呼ばれる者らしい姿を見たディルは、驚きや感動よりも先に、あることを思っていた。

 

(炎を纏う鳥…… まるでフェニックスみたいだな。)

 

 その通りフォルテシアは常に炎を纏っているが、熱気は感じられなかった。

 

「こいつはディルだ。つい百年前こいつを保護してな。頃合いもいいしお前達に挨拶しに回っているところだ」

 

「あ…… えっと、ディルです。よろしくお願いします。アルにお世話になっています」

 

 初対面の人には敬語になってしまう、日本人としての、いや人見知りとしての性質が現れていた。

 

「あら、そんな畏まらなくてもいいのよ? それにしてもアルだって? いつの間にそんなに仲良くなっちゃってるのかしら。嫉妬しちゃうわ」

 

 フォルテシアは、ディルとアルフェールが愛称で呼び合う仲なのを見抜き、微笑ましいといった感じに冗談をぶつけた。

 

「いやお前そんな言葉遣いだったか?」

 

 敬語という文化が無いアルフェールにとっては、この変化を奇妙に思っていた。

 

 この二匹の神獣の言葉により、ディルはこのまま敬語を続けてもかえって失礼になるのではと考え、いつも通りの素を出した。

 

「ああ、すいま…… スマン。俺はディルだ。名付け親はアルになっている。ちなみに会って数十秒で付けられた。これからよろしく頼む」

 

「ええ、これから仲良くしましょ? 名付けの話は聞かないことにするわ。それと、ディルちゃんは女の子なんだからちゃんとおとしやかにしなさいよ」

 

「え? ちゃ…… ちゃんって…… そ…… それに女の子?」

 

 自分が女の子である事実に目を背けつづけ、アルフェールにもそのような扱いを受ていなかった為、その事実を改めてたたき付けられたことにより、元男としての尊厳が崩壊し、困惑して、否定しようとして体が錆び付いたロボットのようになった。

 

 すると、その様子を見たフォルテシアはあらぬ勘違いをした。いや、実際そうではあるが、理由とはなっていないことだ。

 

「はは~ん、さてはこいつにちゃんと女の子扱いされなかった? アルフェール、ダメよ? ちゃんと乙女には紳士的に接しなきゃ」

 

 そしてさらにディルは赤面し、フォルテシアはその言葉遣いと裏腹にかなり威圧してアルフェールを見ていた。対してアルフェールは、フォルテシアには頭が上がらないため恐縮している。

 

 その理由はフォルテシアはかなり好戦的な性格だからだ。そして、アルフェールが俊敏特化だとすればフォルテシアは攻撃特化である。

 そのため、フォルテシアに攻撃され、まともにくらえばアルフェールといえども軽傷には済まされない。

 

 その点も踏まえてアルフェールはフォルテシアの機嫌を損なわないようにしている。真っ先にフォルテシアのところに向かったのもそのためだ。なので、この状況はアルフェールにとって絶体絶命とも言えるだろう。

 

「あ、ああ、もう他の奴に会いに行く。またな」

 

 そのことにすっかり怖じきついたアルフェールは、すぐこの場から離れたい一心でこの場を切り上げることにした。

 

「えっもう?」

 

 ある程度落ち着いた後、アルフェールが怖がっているのを珍しく思ってたディルは、今から帰ることに早すぎないかと驚いた。

 

「もっとディルちゃんと話したかったけど…… じゃあね、また会いましょ」

 

 フォルテシアは、アルフェールの言葉を聞いて、少々名残惜しそうにしながらもディルに別れの言葉を告げた。

 

「おう、またな」

 

 同じく名残惜しいが、ある程度話せたことにより満足したディルは元気に挨拶を返し、アルフェールの方へ歩いて行った。

 すると、突然フォルテシアが慌てたようにディルを呼び止めた。

 

「あっ! 待って! これあげる」

 

 フォルテシアがそういうと、何事かと急いで戻ってきたディルの手元に赤い球が現れた。

 

「これは北炎の証よ。本当は手に入れるために試練があるけど…… どうせアルフェールに鍛えられているんでしょ? 見れば分かるからね。友達の証よ!」

 

「あっ、ありがとう」

 

 ディルはそうやって認められた事が嬉しく、しばらくその証を眺めていた。ただ、本来は試練があると聞いて、少し困惑していた。

 

 そんなディルの様子を見たフォルテシアは、少し小さな声でぶっちゃけた。

 

「実を言うと…… 試練なんか無くとも実力は見えているのよ。伊達に長生きしてないしね。試練をやらせるのは、まあ、自信がある人を集めるためね。自信が無いのはダメダメちゃんよ」

 

 その話を聞いて、ディルは納得すると同時に自分の実力を見透かされていることを知って、恥ずかしくなり、少し俯いた。

 

「あと、その証、火の力宿しているから自由に火を起こせるわよ。上手く使ってね。そしてアルフェール」

 

「!!」ビクゥ

 

 そんなディルを横目にフォルテシアに話し掛けられ、突然低めの声で呼ばれたアルフェールは無意識に背筋が強張ってしまった。

 

「ディルちゃんのこと認めたんならちゃんと証をあげなさいよ」

 

「わ、分かった」

 

 有無を言わさないフォルテシアの迫力に押され気味なアルフェールは、内心そんなことかと安堵した。すると、そのことを察したのか再度フォルテシアに睨まれ、また背筋を強張らせた。

 

「それじゃ、長くなっちゃったけども、今度こそじゃあね」

 

 今度こそ本当に別れるので、もう一度別れの言葉を告げた。

 

「ありがとう。それじゃあな」

 

 フォルテシアに見送られながらディル達は火山を出た。そしてそのまま、次の目的地のある東の方向に出発した。

 

 

 

 



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第八話 四神獣 東

 ディル達が次に向かうのは、“東岩の神獣”ココリリスが住む岩山、ココスである。

 

「よし、もう着いたぞ」

 

「やっぱり速くないか?」

 

 国を跨ぐ程の距離を一瞬で移動するのは、やはり奇妙に思えてしまう。

 

「ココリリス、いるか?」

 

 そうアルフェールが呼ぶと、岩山の頂上にあった大きな岩が動き出した。

 

「む? 誰かと思えばアル坊ではないか。ワシに何か用か?」

 

 その正体は、巨大な岩を背負っている鶏のような鳥であった。そしてディルは、このことについて思うところがあるようだ。

 

(アルといい、フォルテシアさんといい、なんで鳥類ばかりなんだ!? この流れで行くとまさか南の神獣も?)

 

「つい百年前保護した奴に挨拶させに来た」

 

「ディルです。よろしくお願いします」

 

「お前、初対面の相手にはその言葉遣いなのか?」

 

 初対面の人には、無礼がないように敬語を心掛ける癖がまた出てしまっていた。

 

「ほっほっほっ、それが礼儀と言うものじゃ。アル坊には礼儀が無いからな」

 

「確かに!」

 

 今までの生活で、アルフェールがディルに礼儀を払っていることが無いことに気づかされ、思わず同意してしまった。

 

「……」

 

 アルフェールは図星を突かれ、黙り込んだ。

 

「さて、ディルや、ワシのところへ来た理由はなんぞえ?」

 

 ディルの目的はアルフェール以外の友達を作るためである。しかし、ここで友達になってくださいと言うのは気が引ける。

 

「えっと…… アルの友達と聞いてどんな感じなのか知りたくて……」

 

「ほう、ワシのことを知りたいのじゃな? よかろう」

 

 ココリリスは、自分のことを自慢げに話始めた。

 

「ワシはこう見えて四神獣最高齢じゃ」

 

「……」

 

 ディルにとってそれは予想できたことである。実際、言葉遣いと多いシワ、長い髭のような物ですぐに予想出来るのだ。

 

「何じゃ? もう知っているみたいな顔しおって」

 

 勿論、そんなことを知る由もないココリリスは、ディルがただ澄ました顔をしているように見えている。

 

「むう…… ならば…… ワシは四神獣最高の硬さを持っておる…… これでどうじゃ!」

 

「……」

 

 これもまた、岩を纏っている分そうだろうなと予想出来たため反応しなかった。それを見て、ココリリスは悔しそうにした。

 

「な、何じゃ! これまた知っているという顔しおって! ぐぬぬ…… ワシは生きる図書館と言われてる。知識量はこの世で一番じゃぞ!」

 

「……」

 

 年寄りは経験豊富だと相場が決まっているため、これにも反応しなかった。

 

「ひどい!! 老人、それに女性には優しくするもんじゃぞ!」

 

「え?? 女性!!??」

 

 ディルにとってこのことは衝撃的だったので、ついデリカシーも無く驚いてしまった。これを聞いてココリリスは子供のように拗ねた。

 

「ふん! もういいもん! 見た目が全て物語っているとか、女っぽく見えないとか、そう言われても全然いいんだもん!」

 

「精神年齢子供か!」

 

 ディルは初対面にも関わらず、声を荒げてツッコミをしてしまった。

 

「まあ、ココリリスはこういう奴だ」

 

 長年付き合っているアルフェールは、ココリリスの性格はよく知っている。苦労してきたようだ。

 

 すると、ココリリスはディルの持っていた、フォルテシアから貰った証を見ると目の色を変え、落ち着いた。

 

「むっ、それはフォル嬢の証ではないか。奴に認められるということはそれなりに戦えるのか」

 

「えっ、いやこれは」

 

 ディルが違うと否定しようとするとココリリスはそれを遮った。

 

「ワシと戦え! 力を証明せよ! 手加減は無しじゃぞ」

 

「いや戦うつもりは……」

 

 挨拶に来ただけで戦うことなど予想できるはずも無い。それに、神獣相手には勝負にならないので、出来るなら戦いたくないのがディルの本音だ。

 

「二言は無いぞ! こい!」

 

 ここでアルフェールが、半ば色々諦めているディルに囁いた。

 

「……私怨が混ざってるように思えるが……ディル、大丈夫か? 今のお前では手も足も出ないぞ?」

 

「……当たって砕けろの精神で行ってみる」

 

「見た目の割になかなか肝が据わっているでないか。面白い」

 

 ココリリスはにまりと笑っている。

 

「我は審判をやる」

 

(正直怖いけど、やるしかないか)

 

 ディルはココリリスに向かい、構えた。

 

「始めるぞ」

 

 この掛け声を合図に、ディルとココリリスの(不本意な)戦い(八つ当たり)が始まった。

 



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第九話 戦闘 ココリリス

これまた安直なサブタイトル


「こないのか? ではワシから行くぞ!」

 

 ココリリスは体に岩を纏わせ、予備動作など無しに突進した。

 

「っ! 速い!」

 

 ココリリスは岩を纏っていて耐久に特化している分、四神獣の中で一番動きが鈍い。

 

 しかしそれでも、この世界の平均的な水準から見ると、異次元と言える程の速度を出せる。ディルは、その見た目により、動きが鈍いと見立てていたため不意を突かれるが、突進が単調だったために難無く回避した。

 

「ほう、やはり避けられるか……」

 

「アルに比べればマシだ」

 

「あやつと比べられてもな……」

 

 そう対話しながらもココリリスは回避した際に必ず出来る隙に合わせ、直径ニメートル程の太さに岩を尖らせた。

 

 そしてそれをディルに向かって勢いよく伸ばし、それと同時に周りの岩からも同じような形の岩を作って突き刺そうとしていった。

 

 そしてそれ速さは先程の突進とは比べものにならなかった。

 

「ちぃっ! こう来るとは!」

 

 ディルはその攻撃を避けようとしたが間に合わず横腹に掠った。その威力はは絶大で、あらかじめ張ってあった防膜結界を貫通し、さらに横腹の三割がえぐられる程だ。

 

「ぐっ…… クソッ」

 

「この程度も避けられぬとはまだまだじゃな」

 

「なら、お前に行動させなければ大丈夫だな」

 

「ほっほっほっ、やってみい。出来るものならな」

 

 これにより、ココリリスの速さと的確に隙を突いて来る判断能力を目の当たりにしたディルは、このままでは一方的になぶられるだけだと察して攻勢に出ることにした。既にえぐられた横腹は再生し始めている。

 

 ディルは、ココリリスの身体全体を覆うようにナイフを投げる。そしてそのナイフに基本魔法の《衝撃波》を流し込み、その衝撃によってナイフを瞬間的に加速させた。

 

 強い磁石に引き寄せられているように、ナイフがココリリスを蜂の巣にせんとばかりに襲い掛かる。

 

「む? 何じゃこれは? 小雨みたいじゃな」

 

「たとえ小雨だろうが台風だろうが濡れることには変わり無いだろう?」

 

「ワシは濡れても風邪は引かんぞ」

 

 もちろん、蜂の巣に出来るはずもなく、せいぜい牽制くらいしか出来ない。だが、この攻撃は牽制の他にココリリスの弱点を探す役割もあるのだ。

 

 しかし、ココリリスはその攻撃を意にもとめず、同じような岩のトゲを、物量を倍増させながら反撃していった。

 

 そして無数のトゲがディルを襲っていく。

 

「っ!」

 

「これくらい無いとワシは傘を広げんよ」

 

 ディルは横腹の怪我により、思うように身体が動かず、集中攻撃を喰らってしまった。

 

 そしてその砂埃から影が現れることもなく、視界が広がるまでの数秒間は沈黙に包まれていた──

 

「おーい、くたばっとらんかー?」

 

「……」

 

「なんじゃー? 風邪引いて声でも出せなくなったのかー?」

 

 

 

 

 

 

「……俺は傘だけは良いのを持ってるからな」

 

 ──砂埃が晴れると、方膝は地面に着いているが、辛うじて姿勢を保っているディルがいた。

 

「ほほう、上手いこと耐えたの」

 

 そう、ディルは結界魔法により、鬼のような猛攻を耐え凌ぐことが出来たのだ。

 

 どのように耐えたか──それは、使える魔法をありったけ使った“ごり押し”であった。

 

 ただ、何も考えている訳ではなかった──

 

 ──まず、被弾覚悟で最初のトゲを《衝撃波》で破壊し、破片を作る。

 

 そのまま、以降のトゲに対して、破片と触れるような場所に《衝撃結界》を展開し、岩のトゲの威力を多少和らげつつ、同時に衝突時の衝撃を破片に伝わらせてはじき飛ばす。

 

 そして《反射結界》を辺りにバラバラに展開し、はじき飛ばした破片を更に四方八方へと反射し、飛び回らせる。その際、破片を“核”として《隔離結界》を発動し、破片をそれぞれ隔離することによってトゲの勢いを九割緩和する。

 

 最後に、他の結界を重ねていって、トゲの勢いを完全に殺し、防御しようとしていたのだ──

 

 だが、それでも、完璧に防げた訳では無かった。

 

 展開した結界は全て破壊され、本体のディルも服はボロボロになり、両腕と右足はえぐれていて、他の場所も切り傷だらけであった。

 

「満身創痍じゃな。降参か?」

 

「……降参はしない──」

 

 そう言い切ると同時に、ココリリスの目へ目掛けてナイフを投げ、地面に《衝撃波》を出すことによって砂埃を出した。

 

「目くらましじゃな…… じゃが、無駄じゃ」

 

 ナイフは目に当たっても弾かれ、砂埃の視界妨害も、魔力を探知してディルの居場所を探すことで意味を無くした。

 

「ふむ、ナイフが回り込んで来てるな。ま、これも無駄じゃ」

 

 同時に魔力を帯びたナイフが回り込んで来たが、ココリリスは脅威でないと判断し、特に気にすることは無かった。そして、視界が晴れてきたので魔力探知をやめた。

 

「って…… ありゃ? ディルの奴は?」

 

 視界が晴れると、そこにはディルの姿が無かった。あったのは、ココリリスがディルのシルエットだと勘違いしていた岩と、多量の魔力が込められているナイフであった。

 

「この魔力はディルの物だと思ってたが違かったのじゃ…… ということは……」

 

「そういうことだな」

 

 魔力探知を発動させると、後ろに反応があった。そして振り向くと、ディルの姿があった。つまり、ディルはココリリスの背中にいつのまにか乗っていたのだ。

 

「……まんまと一杯食わされたわい。ナイフに紛れ込んでいたのじゃな」

 

 そう、砂埃を立てた際に回り込んでいたナイフに、《隠密結界》を発動させて姿を隠していたディルが紛れ込んでいたのである。

 

 《隠密結界》は、目に見えなくなるが、魔力で探知される弱点がある。その弱点を逆に利用したのだ。

 

「そしてお前は飛んできたナイフを意にもとめないからな」

 

「そうじゃな…… じゃが、おぬしも脅威でないことに変わりはないじゃろうて」

 

 そう言い切っると同時に、ココリリスは身体に《衝撃結界》を纏わせ、高速で跳ねることによってディルをはじき飛ばした。

 

「ッ!」

 

「そちらの攻撃はワシには効かん。じゃから、これを避けきったらおぬしの勝ちにしてやってもよいぞ」

 

 はじき飛ばされたディルは、結界を足場にすることにより空中で体勢を立て直せた。だが、気配がして上を見ると、空から無数の隕石が落ちて来ているのが分かった。

 

「さーて、どう避けるのじゃ?」

 

「これは…… 本気でマズイ……」

 

 結界の足場を使って、高低差を利用して避けていたが、隕石の物量が多過ることにより次第に限界が見えてきた。

 

「どうしよ…… まずは地面に……」

 

「ほいっと」

 

「!?」

 

 一旦体勢を立て直そうと地面に降りたが、その瞬間に地面が大きく揺れた。

 

「なっ!? 聞いてない!」

 

「ワシはこれだけとは言っておらんぞ」

 

 そう、ココリリスはディルが地面に降りたと同時に大地震を起こしたのだ。ディルはこれを直に受け、体の感覚が狂わされ動けなくなった。そのため、大きな隙を晒すことになった。

 

 それにより、迫り来る隕石を避けることが出来なくなってしまった。

 

「………… 参りました……」

 

 ディルが降参するのと同時に、隕石が音もなく崩れ落ちた。

 

「さて、これで終わりじゃな」

 

「そこまで」

 

 アルフェールの合図と共に、ココリリスの試練(うらさはらし)が幕を閉じた。

 

 

_______________________________________________

 

 

 

「ここまで出来たのなら合格じゃな。受け取るがいい」

 

 いきなり手元に茶色の球が落ちてきて、ディルは慌ててそれを掴んだ。それを見ていたココリリスは、タイミングを見計らってその茶色の球の説明をした。

 

「東岩の証じゃ。これでいつでも話せるぞ。あと、土の力を込めているから自由に土や岩を加工出来るぞ」

 

「おおっ! ありがとうございます!」

 

 ディルは先程の激闘などとうに忘れ、敬語で感謝を述べた。

 

「もういいか。次に行くぞ」

 

 次を急かすようにしているアルフェールを横目に、ココリリスは次に目指すであろう場所にいる神獣について注意をしていた。

 

「おお、もう行くのか。次は南か…… 気をつけろ、ベンギルオンの奴はくせ者じゃぞ」

 

 あのココリリスがいうほどのくせ者とはどのような輩だろうかと思いながらも、ディルは次の知り合いが出来ることに期待を膨らませていた。

 

「分かりました。行ってきます」

 

 そうしてディル達は岩山を出発し、“南氷の神獣”ベンギルオンが住む氷山に向かった。



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第十話 四神獣 南

「寒っ」

 

 ディル達は“南氷の神獣”ベンギルオンが住む氷山、ベルーにいた。そこは氷山なだけあり、ろくに寒さ対策をしていないディルはその寒さに震えるのであった。

 

「ん? なんだこれ?」

 

 寒さをどうにか出来ないかと考えていたディルに、いつの間にか白い毛皮が覆いかぶさっていた。

 

「お困りのようだね、お嬢さん」

 

 ディルの横から出てきたのはベンギルオンであった。ディルはその姿を見て、驚きと納得の表情を同時に見せた。

 

(ペンギンだ……)

 

 ベンギルオンはぼけっとしているディルを見て盛大な勘違いをかました。

 

「ん? どうしたんだい? お嬢さん、まさかこの僕に惚れちゃったりして?」

 

「違うわっボケ!」

 

 ディルはベンギルオンと初対面であることも忘れ、素を出してしまった。

 

「おう…… ひどいじゃないか…… 初対面なのに……」

 

「初対面の人に惚れちゃった? なんて聞く方がひどいわ!」

 

「おい、ベンギルオン、そしてディル、そこまでにしておけ」

 

 アルフェールはベンギルオンとディルの言い合いが長くなりそうになったため、呼び止めた。

 

「はいはい、せっかくこの子をからかおうとしてたのに」

 

「むう……」

 

 ディルはここでベンギルオンの手玉に取られてたことを知り、自己嫌悪に陥った。そして、ここでココリリスの忠告を思い出した。

 

(本当にくせ者だった……)

 

「で、僕のところに何の用? 様子を見れば先にフォルテシアちゃんとババアのところに寄ってたでしょ?」

 

「ああ、そうだ。最後にお前のところに挨拶させに来た」

 

「ディルだ…… です…… よろしく…… お願い…… します。あと毛皮ありがとうございます」

 

 ディルは今更敬語を使うのは恥ずかしがったが、何とか言い切った。

 

「あれ~お嬢さん…… いや、ディルちゃんだったね、急に畏まったけど、なんで?」

 

「うぐっ」

 

 ディルは痛いところを突かれ、声が出てしまった。

 

「別にいいだろ…… 礼儀ってもんだ……」

 

「礼儀ってあのババアが良く言ってたね。別に無くてもいいよそんなもん」

 

 それがココリリスを指していることはディルも薄々気がついたが、気にしないことにした。

 

「そうか…… まあ、その方が俺としても気が楽だが」

 

「おっ気が合うね、一緒にお茶どう?」

 

 ここでアルフェールはベンギルオンの言葉で疑問を持ったことを聞いた。

 

「いや、こんなところに茶があるのか?」

 

「ふふふ、僕を崇めてくれている国がお茶の名産地でね、よく貢ぎ物にお茶っぱが入っているんだ」

 

「なるほどな」

 

 そしてベンギルオンが唐突にあることを提案した。

 

「そうだ、僕の住家に来ない? 寒さも凌げるし」

 

「そうだな、行こう」

 

 その提案に対し、悪いことは何もない。それにこの寒さを凌げるとあっては即答するのも無理はないだろう。

 

「うん」

 

 こうして一同はベンギルオンの住家に向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠くね?」

 

「まぁ、この山越えた先にあるからね」

 

 すぐに着くと思っていたが、そうなって来るとしばらくは歩き続けることになる。そのことを知ったディルは寒さで身震いした。

 

「マジか」

 

 そうこう移動している内に、一体の白い熊と鉢合わせた。

 

「おお、ちょうどいい、あいつの肉と毛皮は一級品だからね、狩ろうか」

 

「貰ったのはこいつの毛皮か」

 

「そうそう、よーし僕の力を見せちゃうぞ」

 

 そんなやり取りをしているうちにベンギルオンに気付いた白い熊は逃げ出そうとしていた。流石に神獣とやり合うのは分が悪く、それに自分が狙われていることに本能的に察知したからであろう。

 

「逃がさないよ」

 

 ベンギルオンは、一瞬でその白い熊を氷を纏わせ拘束した。そして、それに感心してぼうとしているディルに何かしらの魔法を掛けた。

 

「え? これは?」

 

「僕の本領は補助なんだ、さ、ディルちゃん、やっちゃえ」

 

「分かった」

 

 ディルが白い熊に向かおうとすると体が軽くなったように感じた。そのまま走ろうとするといつもの数倍速く走れた。一瞬で詰めより、息の根を止めようとナイフで首を斬ろうとすると、白い熊の頭が飛んだ。

 

「あれ? あんまり力を込めてなかったのに…… すげぇなこれ」

 

「ふふふ、そうだろう? 少しは僕を見直してくれたかい?」

 

「ああ、さすがだ」

 

 そうこうしているうちにベンギルオンは白い熊を解体した。そして持とうとしていたが、悪戯を思いついたような笑顔で、それをアルフェールに頼むことにした。

 

「ということで暇そうなアルフェール君、これお願い」

 

「は? なんで我が?」

 

「ディルちゃんも言ってあげて」

 

「アルは何もしてないだろ」

 

 さすがにディルに正論を言われると拒否する訳にもいかないので、アルフェールは渋々解体した白い熊を持つことにした。

 

「ここを抜けるともう僕の住家だよ」

 

 そこは骨と毛皮だけで出来た割にはオシャレな家が建っていた。

 

「ささ、入っちゃって」

 

「お邪魔しまーす」

 

 ディル達は早々にベンギルオンの住家に入って行った。



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第十一話 固有魔法と固有能力

 住家に入ると、ベンギルオンが唐突に切り出した。

 

「さて、挨拶以外にも用があるんだろう? アルフェール君」

 

「ああ、気付いていたか」

 

 アルフェールは言葉ではこう言うが、ベンギルオンが気付いていたことを知っていた。そうでなければわざわざ住家に付いてきていないからだ。

 

 そして何も知らないディルはこの会話に入れずに固まっていた。

 

「で、何の用?」

 

 さすがのベンギルオンも、その内容は察することが出来なかった。

 

「それはディルに“固有魔法”と“固有能力”のことを教えようと思ってな」

 

 それをアルフェール自身で教えるのもいいが、どうせなら専門家に教えてもらおうという話である。

 

 専門家とはもちろんベンギルオンのことであり、その知識で言えばこの世界で右に出る者はいない。

 

「で、僕に教えろという訳だね」

 

 そのことを理解したベンギルオンは二回ほど頷き、承諾した。そして蚊帳の外になっていたディルの方へ寄って行った。

 

「え…… いや何の話なんだ?」

 

「アルフェール君から“固有魔法”と“固有能力”について教えろと言われてね」

 

 そして状況をあまり把握していないディルにベンギルオンは説明をし始めた。

 

 固有魔法というのは、人それぞれ専用の魔法である。固有と付いてるだけあり基本的に自分の固有魔法を他人が使えることはない。

 

 しかも自分の固有魔法は創らなければならない。一から創ったり、元々ある魔法の派生でもよい。しかし制限があり、第十階級魔法以上の効果や規模が必要で、一部の基本魔法は固有魔法にすることが出来ない。

 

 そして固有魔法は創ると“登録”出来るようになる。登録とは、自身の存在とその魔法を結び付け、一体化することである。魔法というのは“事象の再現”だが、固有魔法は自分自身が事象の一つとなる。

 つまり、とある人物Aが炎を出す固有魔法を使うとき、“炎を出す”ことを再現するのではなく、“Aが炎を出す”ことを再現しているのだ。

 そして登録出来るのは一人一種類三派生までとなっている。

 

 次に固有能力というのは、一部の生物が生まれつき手にする能力で、魔法の域を超えているのがほとんどである。

 能力の種類は様々で、魔力増大、体力増大といった自身に直接かかる能力もあれば、身体強化効果倍増や、回復効果倍増等、特定の魔法使用時に効果が出る能力もある。

 そして特定の発動条件がある能力もある。ディルの再生もこの固有能力の一つだ。

 

「ざっとこんなもんさ」

 

 ベンギルオンは上記のようにディルに説明した。

 

「一気に情報が増えて何が何だか……」

 

 ディルはベンギルオンの話が理解出来なくなったため頭を抱えた。

 

「つまりはディルちゃんも自分だけの魔法を創ってみようという話さ」

 

「ああ、何となく分かった」

 

「ベンギルオンはこういった知識は凄くあるからな」

 

「ふふふ、無駄な知識だけ増やすあのババアとは大違いさ」

 

「えらい言われようだな、ココリリス」

 

「まあ五百年ほど前に一悶着あったからな」

 

 そう会話していると、ベンギルオンは当時のことを思い出し、ブツブツ小言を言っていた。

 

「お茶は絶対紅茶だろ? なのにあのババアは最高のお茶が緑茶だとほざきやがって……」

 

「絶対喧嘩の理由しょうもないやつだこれ」

 

 ベンギルオンの小言が聞こえたディルは、その悶着の理由に呆れていた。

 

「もうこの話は切り上げて…… 早速固有魔法を創ろうと思ったんだけれども、せっかくだからディルちゃんの固有能力の検証といこうか」

 

 ベンギルオンの提案を聞いて良さそうだと思ったディルだったが、よく考えてみて自分が今から何されるかを想像すると、みるみるうちに顔が青ざめた。

 

「え…… いや…… ちょっと待て…… それってあれだよな…… 検証って……」

 

「ん? 大丈夫だよ、痛覚無効の魔法掛けておくから」

 

「いやそういう問題じゃなくて……」

 

「じゃ、始めるよ。動かないでね」

 

「まっ待って! 話を聞け! お願いだから…… ほんと待って待って!! 嫌だ来ないで!! アルもこいつ止めて!」

 

 ディルの願いも虚しく、ベンギルオンに拘束されてしまう。そして氷山全体に悲痛な叫びが聞こえたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど…… 思ったより強力だね。バラバラにされても一欠片だけでも残っていればしばらく経つと復活するのか…… 

 しかも潰されても血があれば復活するし、いろいろ試してみたけど、どんな方法で傷付けられても治るんだね…… けど見る限り消し炭にされればさすがに無理かな?」

 

 数日かけて行った実験の結果から色々考えているベンギルオンの元に、精神が不安定になったディルの看病をしていたアルフェールがやってきた。

 

「考察もいいが…… ディルに精神安定の魔法はもう掛けたのか?」

 

「掛けたけど…… 人間ってあんなに精神弱いものなの?」

 

「いや、ディルはまだ百歳とちょっとの子供だからな」

 

「あっそれならしょうがないか」

 

 さすがに自分の体が永遠と肉塊になっていくのを見続けるのは精神が崩壊するのもおかしくない。実際問題、ディルの精神は崩壊し、引きこもっている状態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《もしもし~ディルちゃ~ん? 今どうしてる~?》

 

「ぅ……ぇ……?」

 

《あれ? ディルちゃ~ん? 大丈夫? どうしたの?》

 

《もしかして酷いことされた?》

 

「うん……」

 

《誰に?》

 

「ベン…… ギルオン……」

 

《分かった、今行くね?》

 

 これがベンギルオンにとって地獄の始まりであった。

 



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第十二話 帰還

「あ、えっと…… もう帰る」

 

「あ、ああ」

 

 ディルとフォルテシア、そして黒焦げになったアルフェールは、同じく黒焦げになったベンギルオンに見送られ、上半分が蒸発した氷山から去ろうとしていた。

 

 そのようなことになった経緯は、ディルに事のいきさつを聞いたフォルテシアが氷山に向かい、ベンギルオンに攻撃を仕掛けたからだ。

 

 

 

 

_______________________________________________

 

 

「これでもくらいなさーい!!」

 

「え? は? フォルテシア!?」

 

 その攻撃とは、“北焔の神獣”で火力特化、つまり世界最大の破壊力を持つ大爆発だ。多少手加減がしてあるものの、それが何の迷いもなく放たれていた。

 

「ちっ…… 気付くのが遅すぎたっ!」

 

「ギャーッ!!! 僕たちはともかくディルちゃんが消し飛ばされちゃう!! 『氷壁』っ!」

 

「え……? えっと…… な、なにが起きてるん…… ふぎゃあっ!」

 

 この攻撃により氷山の上半分が軽く消し飛んだ。神獣達は余りに突然のことだったので回避が出来なく、消し飛ぶことはなかったがその炎で焼かれてしまった。

 一方ディルは、これは耐え切れないだろうと察したベンギルオンによって氷の壁で守られ、一命を取り留めた。

 

「ディルちゃんをイジメた罰はこれだけじゃないわっ! 消し飛んじゃえ! キャハハハハハ!!!」

 

「楽しんでるよね!? あれ絶対楽しんでるよね!? 止めろーッ!」

 

「待て待て! あれが暴れると洒落にならない!!」

 

「おい! フォルテシア! もう俺は気にしてないからやめろッ! だからッ! 俺をッ! 巻き込むなぁーーッ!!」

 

 それでも、フォルテシアの攻撃は止むことはなかった。

 このままでは世界が崩壊し、四神獣が二神獣になってしてしまうため、神獣達はフォルテシアを落ち着かせようと奮闘した。

 挙げ句の果てには精神崩壊していたはずのディルまでもが参戦してフォルテシアの暴走を阻止していた。

 

「キャハハハハハッ! ……………………あら? ディルちゃん? もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫! 全然大丈夫だ! ……はぁ、疲れた……」

 

 

 

_______________________________________________

 

 

 

 

 こうした苦労があった末、このような惨状だ。

 

「ベンギルオンは興味あることに対しては歯止めが効かないからね。だからちょっとお灸を据えちゃった」

 

「ああ、できれば俺ごと消し飛ばそうとしないでくれると嬉しいな」

 

「全くだ」

 

 いいことをしたと言わんばかりに胸を張っているフォルテシアに対し、そのせいで疲労困憊しているディルは皮肉をかまして、アルフェールもそれに同意した。

 

「誰のせいでこうなったことやら……」

 

 ベンギルオンも皮肉を言おうとしたが、そもそもの元凶なので被害者からツッコミが入る。

 

「お前のせいだ!」

 

 ここで、フォルテシアは気になったことを口にした。

 

「ねえ…… ディルちゃん、ベンギルオンについては本当に大丈夫なの?」

 

「え? ああ、あいつは自分を守る代わりに俺を守ってくれたからな、経緯はなにあれいい奴だ。実験されたことも、内容は今の俺には有用な情報だからな」

 

 だから大丈夫だ。とディルは言い、それを聞いてフォルテシアは納得し、ベンギルオンは安堵していた。彼にも負い目はあったようだ。

 

 だがそれも一瞬であり、そう言われるのが当然だとばかりに胸を張った。

 

「そう言ってもらうのは嬉しいね。だからこれあげちゃう」

 

 その様子に少し不満を持ったディルだが、それも次の瞬間に吹き飛んでいた。

 なぜなら、手元に青色の珠、南氷の証が現れたからであった。

 

「ありがとな!」

 

「もっと感謝してもいいんだよ?」

 

「また焼かれたい?」

 

「あっ、すみません。御勘弁を」

 

 先程のことも忘れ、無邪気に喜んでいるディルに対し、ベンギルオンはチョロいなとばかりに調子に乗った。

 だが、それに気付いた北焔の神獣にあるまじき冷ややかな視線と脅しにより、すぐに謝罪の体勢に入った。

 

「さて、いろいろあったがここでお別れだ。じゃあな」

 

 そんなことも知らずに、ディルは帰ることを伝えた。ベンギルオンは名残惜しそうにしたが、すぐ切り換えて見送った。

 

「じゃあね~また遊びに来てね~」

 

 そう言い終える前に、アルフェールとディルは氷山から離れて行った。

 

「じゃ、私もお家に帰ろうかしら。バイバイ!」

 

 残されたフォルテシアも、方向転換してディル達の進む方向とは別の方向、自身の住んでいる山に飛んでいった。

 

 

 

 

_______________________________________________

 

 

 

 

 

 

「これで終わり?」

 

 そうディルが聞いたのは、アルフェールの友達──神獣のことについてだ。

 

「いや、まだ4体いる」

 

「えっ」

 

 アルフェールの友達がまだいると聞いたディルは、先ほどの一件を思い返し、まだこの友達巡り(地獄)が終わらないのかと頭を抱えた。

 

「ただ、今からは会いには行かないぞ。流石に我でも疲れた」

 

 そう言い放つアルフェールの姿は黒焦げなので、哀愁が漂っている。

 

「着いたぞ」

 

 国を超える程の距離をものの数分で飛ぶのは、アルフェールが神獣たる由縁の一つであろう。

 ディルもこのことに対しては、素直に流石だ(便利なタクシー)と思っている。

 

「やっと帰ってこれた……」

 

 数日ぶりの我が家に帰れたディルは、早速ゴロゴロと寝転がった。

 

(む…… 何か忘れているような気が……)

 

 ここで、アルフェールはフォルテシアと会ったときに、去り際に言われた事を思い出した。

 

「あ」

 

「アル、どうしたんだ?」

 

 ディルは帰って早々、何の前触れもなく声を出したアルフェールを懐疑な目で見た。

 

「ああ、お前に我の西嵐の証を授けようと思ってな」

 

「そういえば貰ってないな」

 

 つまり、ディルはアルフェールに認めて貰えたということである。

 

 そのことが分かったディルは飛び上がる程歓喜したが、流石に当人の目の前で喜び上がるのは恥ずかしいので、表面上は素っ気なくした。

 

「これだ、受け取れ」

 

「♪~っ! うわっととと……」

 

 ワクワクしているディルの目の前に緑の玉が現れ、慌ててそれを受け取った。

 

「これが……」

 

 ディルは西嵐の証をまじまじと見つめていた。

 

「ふふふ……」

 

「……?」

 

 ディルが神獣達から貰った証を見て、思わず笑いがこぼれた。

 その様子にアルフェールが困惑していると、唐突にに客人?が訪れてきた。

 

「邪魔するぞ」

 

「ココリリスさん!」

 

 客人?の正体はココリリスであった。

 アルフェールは急に現れたココリリスに、何故来たのかを尋ねた。

 

「ここに来た理由は?」

 

「ほっほっほっ、ディルにはまだ人里の事を教えてないじゃろう?」

 

「そうだが……」

 

「えっなになに?」

 

 この会話の話題から、好奇心が溢れ、興味津々といったように割り込んだ。

 

「だからな、人が書いた本を数札持ってきたぞ」

 

 その本は、この世界の地理のことについて書かれていたのが大半であった。

 

「ありがとう!」

 

「これで常識を学ぶのじゃぞ。またしばらくしたら他の本を持ってくるぞ。ではさらばじゃ」

 

 ディルはココリリスが持ってきた本が気になり、早速本を読んだ。ディルが手に取った本には、この世界の地理を学べる本であった。その内容とは、以下の通りである。

 

 まず、この世界には大きく分けて二つの大陸があり、一つは今ディル達がいる北、南、西、東にそれぞれ大きな山が鎮座している大陸『グロード』と、普通の生物が住めないような汚染された大陸である『ヴォイド』がある。

 

 そして、大陸グロートにある四つの山の名称は、北の火山はフォール、南の氷山はベルー、西の山はルーフエ、東の岩山はココス、とそれぞれを治めている神獣の名前からもじった形でとってある。また、それらの山は総称して四神山と呼ばれている。

 

 その四神山のふもとには、それぞれ人間の大国がある。北の国はフレイド、南の国はアイシィーベル、西の国をウィンディエラ、東の国をロクガルムという国名になっている。

 

 さらに大陸グロートの真ん中に神龍バースの巣があり、その周りに凶悪な魔物が多数いる森、レストが広がっている。

 

「う~ん?」

 

 ディルは、大体の単語が初めて知るものなので、頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 



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第十三話 日常

「おい、起きろ」

 

「うう…… 眠い……」

 

 朝六時にアルフェールに叩き起こされたディルは、目を擦りながらも立ち上がった。これがいつもの朝の様子だ。そしてディルは着替え、朝食を作っている。今日のメニューは定番の山菜のスープだ。

 

「あ~見に染みる……」

 

「ほら、そんなこと言ってないでさっさと外に出ろ」

 

「へーい」

 

 朝一からアルフェールの訓練が始まる。主に実践の訓練だ。かれこれ百年以上続けているため、アルフェールの手加減している攻撃を九割方受け流せるようになった。

 

 そして五時間程経つと、今度は狩りの時間だ。

 

「ぜえ…… はぁ……」

 

「お前は本当に体力無いな」

 

 普通の人間は五時間も死ぬ気で動きつづけれない。人間であるディルもそのことは知っていたため、無理を言うアルフェールに対しつい皮肉が出てしまった。

 

「仕方ないだろ、アルみたいな化け物じゃないからな」

 

「誰が化け物だ。早く魔力出し切って狩りに行け」

 

「分かった分かった」

 

 ディルはこれまた百年以上続けているため、魔力切れによる疲労をなんとも思わなくなっている。そして百キロはある重りを担ぎ、狩りにいった。

 

 魔力切れを繰り返すことにより魔力量が増えるので、ディルは神獣には劣るもののほぼ無尽蔵の魔力を持っている。最近この事実に気がついたディルは、アルフェールを改めて尊敬した。

 

「今日は何にしようかな~♪」

 

 狩りといってもこの山ではディルは敵無し(アルフェール以外)なため、鼻歌交じりに獲物を探している。

 

「……蛇発見」

 

 正確には見ていなく、気配で感じとっただけである。

 

(蛇はでかいし美味いから逃さないようにしよう)

 

 ディルは気配を消して、巨大な蛇に近寄ると、ナイフを頭に投げ一発で仕留めた。

 

(よしよし…… 血抜きをして…… 後は木の実と山菜をいくつか取って返ろう)

 

 アルフェールも狩りをするので、ディルは自分の分だけで十分である。

 

 帰りながら、道にある木の実と山菜を取ったあと、疲労のためディルはしばらく家でごろごろしていた。そして昼になり、食事をとったあとは魔法の訓練である。

 

 ディルは先日、ベンギルオンに言われた固有魔法を考えていた。

 

(どうせなら凄い魔法にするか…… 時間もたくさんあるし)

 

「う~ん……」

 

(何も思いつかない…… 考えるだけにしておこう)

 

 ディルは固有魔法の件は置いておいて、結界魔法の研究を始めた。ここ最近の研究成果は、防膜魔法と隠蔽結界の重ねがけをしたり、投げナイフに衝撃結界を付与したことだ。

 

 今日の研究は防膜結界と衝撃結界を組み合わせる研究だ。しかし、防膜結界が薄すぎたため、衝撃が自分にも来るという結果に終わった。

 

 その研究を切り上げ、次はココリリスが持ってきた本を夜まで読みあさっている。ディルが今日読んでいる本は魔物についての本である。魔物の生まれ方についてはこうだった。

 

 魔物とは、溜め込み過ぎることにより生き物の体の魔力量の許容量を超える、つまり限界突破(キャパオーバー)を起こして突然変異をおこし、凶暴化した生物のことを指している。

 

 突然変異といっても様々で、単純に巨大化する、爪や牙などが肥大化する、毒などを持つなど、元が同じ生物でも変異の違いによって全く別の魔物へ変わっていくのだ。

 

 ディルが遭遇した狼や狩られた蛇は、許容量を超えた魔力を留めるため、単純に肉体を巨大化しただけの生物であり、そのため知性があった。だが、余りに魔力を溜め込み過ぎて、限界突破(キャパオーバー)となった魔物は強力で、それでいて知性を失い暴走する。

 

 しかし、かなり強力な龍や神獣ともなると、魔力に呑まれておらず、知性がある。つまり生物としての格が違うということだ。

 

 生物には、当然人間も入っており、その人間限界突破(キャパオーバー)すると、肉や皮、内臓がただれ落ち、腐っていくことになる。この姿はいわゆるゾンビであり、そのまま全て肉体がただれ落ちると骨だけの状態、スケルトンとなる。

 

 このことを想像し、気分が悪くなったディルは、さっさと夕飯の仕度に取り掛かる。今日のメニューは昼に捕らえた蛇の丸焼きである。蛇にあった毒は、事前にディルが抽出し、保管してある。何かに使おうとしているらしい。

 

「いただきまーす」

 

 食事の前にその挨拶をしないと落ち着かないのは、元日本人としての性質であろう。ただ、この行為に対してアルフェールは何の疑問も抱いていなかった為、そのような文化はこの世界にもあるのだろう。

 

「んぐんぐ…… やっぱこの蛇ウメェ! 久しぶりのご馳走だ!」

 

 三メートルもある巨大な蛇を、少しづつ焼きながら食べて行く様は、とても絵になっていた。

 

「ディル…… この量全部食べるつもりか?」

 

 食べる速度がいつまでたっても変わらない様子を見て、このままでは全部食べきってしまうのではないかという疑問をせざるには至らなかった。

 

「いやいやいや、ちゃんと燻製にして保存食にするぞ」

 

「燻製とはなんだ?」

 

 例え神獣でも、人間くらいしか使わない知識は知らないようだ。

 

 その質問、待ってましたとばかりに、ディルは簡潔に燻製の方法を教えると、アルフェールは感心したように口を開いた。

 

「ほう…… 人間は面白い調理法を編み出すんだな……」

 

「偉大なる先人様の知恵だ」

 

 まるで自分のことかのように、胸を張り上げて手を腰に付けていた。

 

「なぜ貴様が威張る」

 

 そんな茶番がありながらもディナータイムが終わったディルは、ナイフを作りはじめた。いつも夕飯の後には、暇つぶしと今後の生活の為に工作か裁縫をしているようだ。今日は工作の日だ。

 

 投げナイフという武器の性質上、いくら数があっても足りないので、毎回何十本も作っている。そのため、ディルの自室はいつもナイフで埋め尽くされており、傍から見れば猟奇的殺人鬼の部屋に見える。

 

 「フッフッフッ……」

 

 怪しく笑っているディルは先ほど保管した蛇の毒を取り出した。今日作ったナイフに、蛇の毒を塗るつもりである。

 

 実はこの山に住んでいる蛇の毒は、一滴で人を数十人も殺せる威力を持っており、それをナイフに塗りたくるという、とんでもない兵器が出来上がってしまったのだが、ディルはそのことについて知る由もない。

 

 一通りの作業が終わり体を水で流して寝ようとしたところ、何かがディルの横で赤く光った。それは北焔の証であり、つまりフォルテシアから何か話があるということだ。

 

(何か用か?)

 

 神獣から連絡が入るなど、それはそれは大層なことだろうと、ディルは慌てて証を手に取り、返事をした。

 

(今からそっちにいってもいい?)

 

(え!? いきなりどうして?)

 

 余りに突発的で、それでいて理由が分からない提案にディルは困惑した。

 

(ちょっと周りがやかましくてね……)

 

 フォルテシアが言うには、山の魔物が戦闘体制であり、その雰囲気の中では寝付きにくいというものだった。

 その原因は、人と近い姿をした魔物や魔物と血が混ざった人であり、人間からは魔族(デミ・ヒューマン)と呼ばれる者達が戦争により弱った国、フレイドを占領したからだ。

 そのような出来事があり、騒がしくなってしまったので山の魔物が警戒しているのだ。

 

(俺は別にいいけど…… アルに確認しないと)

 

(そう、ならもう行くね)

 

 フォルテシアはディルさえよければそれでいいと考えていて、山の主であるアルフェールに対しては特に気にしていないようだ。

 

(は? いや待て、まだ何も…… っておい、聞いてるのか?)

 

 アルフェールに無断でフォルテシアを誘ったなんて思われるのではないか。そしてこてんこてんに怒られるのではないか。という未来を想像してしまい、ディルは焦っていた。

 

「……」

 

「反応がない…… まじか……」

 

 困ったことになってしまったが、ひとまずアルフェールに確認しようとディルは急いだ。

 

 

 

 

 

「で、フォルテシアの奴が今こっちに向かってきてると」

 

 アルフェールは呆れたようにため息をついている。

 

「ああ」

 

「はぁ…… どうしてい「おじゃましまーす!」

 

 大きい声でアルフェールの言葉を遮った声の主はフォルテシアだった。

 

「……帰れ」

 

「ひどい!」

 

 アルフェールにとっては迷惑でしかないため、フォルテシアを冷たくあしらった。

 

「まあまあ、せっかく来てくれたんだしさ」

 

 来てしまったものはしょうがない。そう楽観的なことを言うディルに対し、アルフェールは吐き捨てるように突き放した。

 

「なら二人でさっさと寝ろ」

 

「了解♪ ディルちゃんは貰うわね♪」

 

「自由にしろ」

 

 フォルテシアは寝不足だったせいかディルを抱いたまますぐに寝てしまっていた。当のディルはというと、抱かれたままでは寝付きにくかった。

 

 (寝れない……)

 

 ディルの苦悩は一晩中続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十四話 亜神獣

「さて、もうそろそろあいつらに挨拶しに行かないとな」

 

 ディルはアルフェールが唐突に切り出した言葉に対し、疑問を抱いた。

 

「あいつら?」

 

「この前会うのを延期した神獣達だ。亜神獣といって我達四神獣とは役割が違う」

 

 亜神獣とは、大陸グロードの天地にそれぞれ佇んでいる神獣である。天空は天雷の神獣エレパルズが、地底は地水の神獣ルエンテが支配しており、生態系のバランスを調整している。

 

 そのことを教えられたディルはその違いに対し、分ける必要が無くないかと考えたが、今変えてもややこしくなるだけなので特に口にはしなかった。

 

「まずは…… ルエンテの方が近いか」

 

「ということは?」

 

「地下だ」

 

「へえ」

 

 この世には重力という物がある関係上、上に昇るより下に落ちた方が幾分も楽で速い。それに、天空は地面がないので、飛べないディルには何かと不便だからだ。

 

「どうやって地下に行くんだ?」

 

「グロードとヴォイドのあいだの海から行く」

 

 アルフェールが言うには、大陸グロードと大陸ヴォイド間の海の底、グロード側にある洞窟にルエンテは住んでいるのだ。

 

 行き先が決まった以上、特に話をする必要もないので、すぐさま出発することにした。ディルも、アルフェールに乗るのを楽しみにしていたので待ち遠しかったのだろう、両手を挙げて喜んでいた。

 

「じゃあ行くぞ」

 

「やった! またアルの背中に乗れる!」

 

 この時、ディルはあることに気づけなかった。洞窟は地下深くにあり、水中ではアルフェールの速度が出にくいため、()()()()()()()()()()()()()

 

 

_________________________________________________

 

 

「さ、着いたぞ」

 

「ぶぇ…… ごほっげほっ…… がっぼ……」

 

「この先にルエンテが居る」

 

「ぐぉ…… おえ…… ぐふぅ……」

 

「さっきからどうしたんだ?」

 

「聞いてないぞ…… こんな時間がかかるなんて……」

 

 意気揚々と出発したディルだが、水中など精々30分程しかいないだろうと高をくくっていた。しかし現実は非常である。数十年もの特訓で肺活量が増えたといっても人間には限界があるのだ。

 

 事実、三時間という時間は、ディルもギリギリ……いや、少しだけ限界を超えてしまう時間であった。もう少し長ければ溺死していたであろう。流石の再生能力も窒息には無力である。

 

「そうか…… 息を止める訓練もしないといけないな」

 

(強制的に限界まで水中に沈めるということを繰り返せば……)

 

「!?」ゾワッ

 

 ディルは何かを感じ取り、強烈な寒気に襲われた。日課である訓練メニューが地獄と化するのはまだ知らない。

 

 息と気を取り直したディル達は、洞窟を進んで行くことにした。道中には何もなく、ただ自然でできたトンネルを歩いている感覚になっていた。

 いつでもたっても景色が変わらないので、この道は無限にあるのかと勘違いするほどだ。

 

 だが変化が訪れるのは突然である。ピリピリと弱い静電気が空間に充満し始めたのだ。そしてそれは、先に進むほど強くなってくる。

 ディルは、これはただ事ではないと身構えていたが、アルフェールの何かを察している顔を見て、特に気にしないことにした。

 

 そして、静電気により髪が逆立って来た頃、奥から何やら話し声が聞こえてきた。

 

「なんでここに来たんだお前は!」

 

「いや、アルフェール達は先にここに来そうだったからな。どうせ会うなら二人同時が良いだろう。その方が効率がいい」

 

「は? いやいやどうしてこんな所にまで効率の話をするんだ? 単純にお前が気に食わないだけだ! 分かったらさっさと戻れ!」

 

「さて、迎えようとするか」

 

「無視すんじゃねーよ!」

 

 その話し声の正体とは、この洞窟にいる、目的であった地水の神獣ルエンテと、本来ここにはいないはずの天雷の神獣エレパルズであった。

 

 エレパルズがここにいる理由、それは、アルフェールの行動を読み、自身が居る環境を考えれば、ルエンテの居る洞窟で二人同時に会う方が効率がいいからだ。

 

 ただ、ディルとしては、エレパルズがここに居る理由などどうでも良く、二人の不仲の理由が気になっていた。

 深い理由があるかも知れないし、ココリリスとベンギルオンみたいなどうでもいい理由かも知れない。ただ、ディルの神獣に対する印象がぶれているのは確かだ。

 

「やはりエレパルズも来てたな」

 

「なんかピリピリしていると思ったらそういうことか」

 

 洞窟に充満していた静電気は、天雷の神獣、つまりは雷のエキスパートであるエレパルズが出していたのだ。この静電気により、エレパルズはディル達を感知していた。

 

「お前がディル…… でいいのか?」

 

「ああ、そうだが」

 

 ディルは自分の名前が知られていることに一瞬驚いたが、よくよく考えればエレパルズが自分達が訪れることを知っていたことに気付き、気にしないことにした。

 

「む? 確かお前は初対面の相手には敬語を使うと言っていたはずではないか?」

 

「ありゃ? そうなのか?」

 

「あっスマン、なんか話しやすかったからつい……」

 

「そうかい、それならよかった」

 

 この気楽な性格に親近感を覚え、思わずタメ口で話してしまうのはのは必然であろう。

 

 そして初対面の神獣らは簡単な自己紹介を始めた。

 

「じゃ、自己紹介するぞ。まずはボクから」

 

「ボクは地水の神獣ルエンテ。分かってると思うけど地底をおさめている」

 

「で、隣にいる効率厨の正義バカが天雷の神獣エレパルズ」

 

「今紹介を預かったエレパルズだ、よろしく。私は本来ここにはいなく、天空をおさめている」

 

「こちらこそよろしく」

 

 ディルはルエンテ達に見覚えがある気がした。それもそのはず、ルエンテはカラスを青くしたような姿をしていて、エレパルズはトンビを黄金色にしたような姿をしていたからだ。

 

「ところで君の正義についての見解を聞かせてくれるか?」

 

「え?」

 

 エレパルズからの唐突な質問に、ディルは困惑を隠せれなかった。前後の文脈から考えても唐突過ぎるため、しばらくの間は思考を止めざるにはいられなかった。

 

「エレパルズはいつもそればっかりだな……」

 

「全くだ」

 

 どうやらこれは日常茶飯事らしい。効率を求めるあまり、こうなってしまうのが彼の悪い癖だ。

 

 ディルはディルでエレパルズからの質問に答えようとしたが、質問が抽象的なので答えが出しにくく、とてつもなく悩んだ。だが結局どうしようもなかったので、思ったことを言ってみることにした。

 

「正義ってその人だけにあるものじゃないか?それぞれその人の信念に基づいて行動するのが正義だと思うんだが」

 

「……」

 

「神獣は人ではないぞ」

 

「……知ってる」

 

 やけくそで出した意見なので何かしら言われるかと思いきや、しばらくの間沈黙するという気まずい状態になっていた。この気まずい空気の中では、アルフェールの水差しが癒しと思える程だ。

 

 すると、考えを纏めたエレパルズがこの沈黙を破った。

 

「気に入った。貴方の考えを尊重して私も自分の信念に基づいて行動してみよう。私はこれまで、正義を求める者に手を差しのべることが正義だと考えていたが…… 参考にさせてもらう」

 

「けっ、ボクはそういった正義何ちゃらは嫌いなんだよ。……ただディルの考えは嫌いではないぞ」

 

「え? え?」

 

 思いつきで言った事が案外高評価だったので、ディルは困惑し、謎の罪悪感を感じた。ここまで都合がよい状況に、ある既視感を感じた。

 

 それは、幼児の機嫌を損ねないために、大人がおだてている状況であった。そして、この場合だと、その幼児は自分であり、神獣という大人からおだてられていることだとに気がつき、落ち込んだ。

 

「……」

 

「何を考えているかは知らんが、少なくともお前が想像していることは違うと思うぞ」

 

 どうやらディルは相当渋い顔をしていたようだ。

 

 そんなことをしてると、エレパルズが帰らないといけないことを伝えた。

 

「どれどれ、もうそろそろ戻らないとな」

 

 やはり持ち場を長い間離れるのはまずいのか、それとも用事を済ませたためすぐさま帰るのか、どちらにせよあっさりとした別れなので、ディルは少し寂そうにした。

 

「そうか」

 

「ではな」

 

 エレパルズが飛び立つと同時に、手元に黄色の塊が現れた。神獣恒例の証だ。亜神獣の場合、四神獣と違って正三角錐の形をしていた。

 

 これが与えられたということは、認められたこととなる。

 

「じゃあボクからも」

 

 エレパルズのものと同じ形の水色の証がディルの手元に出てきた。これもまた、認められた証拠である。

 

「ありがとな」

 

「なーに、今後の付き合いの為さ」

 

 ルエンテにとって、ディルは気が合う存在らしい。双方とも嬉しそうに笑いあっていた。

 

「おい、もういいか?」

 

「ああ」

 

 だが、その時間は過ぎた。顔合わせという当初の目的は達成したため、ディル達も帰ることにした。

 

「じゃあな」

 

「また来いよ~」

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 一方、一足先に帰っているエレパルズが海中を進んでいると、一際巨大な魚が目の前に現れ、エレパルズに襲い掛かった。

 

 強くなったため調子に乗ったのだろう。相手がどんな存在であるかも知らずに襲い掛かるのは、結局は、何も考えれない魚でしかないということだ。

 

「殺傷はしたくないからな…… すまない、少し眠ってくれ」

 

 ただ、幸いか幸運か、襲い掛かった対象が、できるならば非殺傷をモットーとするエレパルズだったため、巨大魚の生命は保証された。

 

 エレパルズは巨大魚が死なない程度に()()を放った。

 

 

_________________________________________________

 

 

 ディル達は地上に出るために水の中を進んでいた。

 

(息…… もつかな……)

 

 これはただの希望的観測でしかない。行く道も帰る道も等しいのだ。なので同じくらいつらい目に遭うことは決定されている。

 

 ただ、それよりもひどい目に遭うとは予想していなかった。

 

「む、何か不穏な気配がする」

 

「んがぶふ?(え? 何?)」

 

 その時、ディル達に謎の電撃が襲ってきた。

 

「あばばばばばばば!」

 

「ちぃっ、エレパルズのバカが」

 

 エレパルズの電撃がディル達のところにもやってきたのだ。海の中なので通電するのは当たり前である。幸い、殺さないようにショックを与える程度の電撃だったので海の生物が全滅することは無かった。

 

(くそっ…… 何やってんだあいつ…… 文句言い付けてやりたい)

 

 そう思うのは無理もない。実際、この電撃でディルの息が更に持たなくなり、溺死必至の状態にまでなってしまったのだ。

 

 それに気付き、軽く絶望しながら進んでいくと、どこからか喚き声が聞こえてきた。

 

「ああああああああ…… 罪の無い生き物達の命まで奪ってしまった……」

 

「あああああああああ……」

 

(なんなんだあいつは……)

 

 声の主はエレパルズだった。これにはディルも呆れるしかなかった。しかし、この状態のエレパルズに対しては、呆れている暇もない、ある事が起こるのだ。

 

 ここで、それを知っているアルフェールは状況を理解し、ディルに伝えた。

 

「あいつは感情的になると無差別に電撃をだしてしまうんだ」

 

「んぐ?(は? ということは?)」

 

「……覚悟しろ」

 

 もはやどうすることも出来ない。ディルにとっては死刑宣告だ。

 

「ああああああああああああああああああくそぉ!!!!!!!!!!!!」

 

 海中に、全ての生物を殺しかねない強烈な電撃が走っていった。

 

 

_________________________________________________

 

 

「すまない…… つい感情的に……」

 

 エレパルズは黒焦げのアルフェールとぴくりとも動かないディルに向かって謝罪した。

 海の生物を大量に死なせた事については、起きてしまったことは仕方がないと割り切っている。これが神獣と呼ばれる生物だ。

 

「我は平気だが……」

 

「ディルのやつはどうする?」

 

「」

 

 強烈な電撃による感電と、肺に入った大量の水により、不遇な人は気絶していた。ここまでされても死なないのは、日頃のスパルタ訓練の賜物であろう。

 

「電気ショックで起こすか」

 

「そうしよう。──あ、やり過ぎた……」

 

 一度暴走した魔法をコントロールするにはしばらく間を開けないといけない。だが、エレパルズはそれを省みなかった。神獣であるの自信によるものだろうか。

 結局失敗し、ディルに追撃をすることとなってしまった。

 

「ふがががががが」バチバチバチバチ

 

「災難だな……」

 

 ディルはこの一件で海に深いトラウマを負ってしまった。

 

 

 



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第十五話 人里 1

「いらっしゃいませ、今日は何をお売りに?」

 

「いつものだ」

 

 そう言って慣れた手つきで出している物は、アルフェール山で採取や狩りをした物の余りである。

 

「はい、ポイズンスネークの牙4つとヒール草10枚、ウインドウルフの毛皮1枚ですね。一万九千ディエラになります」

 

「いつも世話になるな」

 

「こちらこそ、貴女のおかげで経済が良く回っているので感謝です。ね? 隔廻の魔女さん?」

 

「その呼び方恥ずかしいからやめてくれっていつも言っているだろ……」

 

「でも10年前から一切背丈が変わらない人を魔女と呼ばずして何になるのでしょうか」

 

「う…… それは……」

 

 ディエラとは西方の国、ウィンディエラの通貨である。ディルは先程の会話のとおり10年前からその国の取引所に通い、余った素材を売っていた。

 最初こそ奇怪な目で見られていたが、1年もすると次第に人々の目が慣れ、さらに街に降りてきた魔物を撃退したりしていたので信頼を得る事ができ、“隔廻の魔女”という敬称で呼ばれるようになっていた。

 隔廻という命名の理由は、よく『隔離結界』を使っていたからだ。

 

「ならその服装やめてくださいよ。怪し過ぎます」

 

 この取引所の受付嬢は、ディルと新人時代からの付き合いなので、友人のように接していた。ただ、ディルの名前も全体像もわからないままだが。

 

「名前さえ教えてくれればそう呼びますのに」

 

「あまり個人情報は出したくない」

 

 ディルはもしもの時があったらいけないと、たとえ10年の付き合いだろうと名前や姿を出さないようにしている。

 

(なんか恥ずかしいから出来ない……)

 

 否、ただの人見知りであるからだ。前世から人との付き合いは皆無に等しいのでそうなってしまうのも仕方のないことだろう。

 

 いつもの会話を済ませ、取引所を出ようとすると、大きな破裂音と共に取引所の大部分が吹き飛んだ。

 

「きゃっ!」

 

「なんだ!?」

 

「オラァ!! ここにある素材全てよこせ!」

 

 案の定強盗である。しかし強盗にしては些か派手すぎないかとディルが思う間もなく、受付嬢のうめき声が聞こえてきたため、そちらの方へ思考を移した。

 

(強盗も気になるが…… これだけ派手にやってくくればすぐに人も来るだろう。問題は受付の人のほうだ)

 

「大丈夫か?」

 

「うぅ……」

 

 受付嬢の太ももに、先程飛び散った木の破片が刺さり混んでいた。ディルが慌てて手当をしようとすると、強盗がこちらに気づいた。

 

「おい、そこの奴ら! 殺されたくなければ動くな!」

 

「お前らは黙ってろ!」

 

「え? ヒッ!」

 

 ディルは反射的に殺気を飛ばしてしまい、強盗は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

 

「……スマン、痛いと思うが我慢してくれ」

 

 動けなくなった強盗を尻目に、ディルは木の破片を引っこ抜いた。そのあと、傷口に着ていたローブでヒール草をくくりつけた。

 

「応急処置はこれでいいと思うが……」

 

「いてて…… あっありがとうございま……!!!」

 

 この時、手当にローブを使っていたのでディルの姿を隠しているものが無かった。つまり、受付嬢に全て見られてしまったということだ。

 

「え…… 天使……?」

 

 受付嬢はディルの容姿を見て、絶句し、まるで自分が昇天したかのように思えるというあられもない勘違いをした。

 

「かわいーっ! 抱き着いちゃいたいーっ! ぷにぷにさせてーっ!」

 

 そう言いながらディルに抱き着いていくあたり、自制心は昇天していたようだ。

 

「や、やめろ! 離せ! 強盗がそこにいるだろっ」

 

「は! そうでした!」

 

 この流れですっかり二人の危機感も昇天してしまい、強盗への注意が疎かになってしまっていたが、既に騒ぎを聞き付けた大人達によって強盗達は拘束されていた。

 

「何はともあれ…… 一件落着だ」

 

「そうですね。それにしてもそんなに可愛いのに隠しちゃうのは勿体ないですよ」

 

「その可愛いってのがダメなんだ」

 

 多少の違和感が出たが、事件としては解決し、安全も保証されたので、二人は他愛のない会話を始めていた。すると、大人達の中にいた一人の男性がディル達を見るなり駆け寄って来た。 

 

「エレメ!! 大丈夫か!?」

 

 駆け寄って来た男性は、受付嬢を緊迫した様子で呼んでいたため、受付嬢の彼氏みたいなものだろうとディルは察することができた。更に、ここで受付嬢の名も知ることができた。

 

「イルさん!?」

 

「よかった…… 無事そうだな…… ってその怪我は?」

 

「この娘がすぐに処置してくれたから大丈夫よ」

 

「そうか…… 君が…… 感謝する。エレメを手当てしてくれてありがとう」

 

「ああ」

 

 ディルは魔女からこの娘呼ばわりと変わっていることには突っ込まずに、駆け寄った男性──イルの感謝の言葉を受け取った。

 

「それにしても君みたいな小さい娘がねぇ」

 

 イルは思ったことをすぐに口にしてしまう性格だ。しかし、ディルはそうなることを予測していて、隔廻の魔女と自分から言うのも杞憂だったのでそのまま事実を受けとろうとした。

 

「ところがどっこいこの娘、隔廻の魔女さんだってね」

 

「ええ!? 本当?」

 

「……そうだ」

 

 受付嬢──エレメが簡単に暴露した。その事実についてイルは半疑であったため、ディルはしぶしぶ肯定することになった。

 

「そうだ! 魔女さん、名前を聞かせてもらっても? 先にこっちから自己紹介すると、私はエレメ・レーメル、こっちのは夫のイル・レーメルだよ」

 

 エレメとイルはもう結婚をしていたと言うことにディルは驚くがそれは置いておき、まず名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと考えているので、ここで始めて他人に名を明かすことになった。

 

「──ディルという。姓は無い」

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

 

「物心着いたときから山の中にいた。両親とはあったことは無い」

 

 ディルは転生のことは言えないため、本当では無いがこっちの世界からしては間違ってはいないという微妙なラインの嘘をついた。

 

「……すまない。ちょっとデリカシーが足りなかった」

 

「いや別に気にし「ディルちゃん! 家に来ない?」

 

 エレメは突拍子もないことを提案した。その理由は、礼がしたいのと、怪我の手当てに使われたロープを洗って返したいからだ。

 ディルとしては少し困ったが、別に一日程度開けてもアルフェールは心配しないだろうとその提案に乗ることにした。

 嘘で気まずい空気になってしまっている雰囲気を打ち壊してくれた感謝ついででもある。

 

「じゃあ案内するね~♪」

 

「仕事はいいのか?」

 

「だってこの様子だとしたくても出来ないでしょ?」

 

 もうすっかり口調が砕けてきたになったエレメがそういいながら後ろを見たので、ディルも釣られて後ろを見ると、そこにはとても営業出来なさそうな取引所の残骸が目に入った。

 

「……」

 

「~♪」

 

 エレメが楽しそうにスキップをしていると、そこに一人の男性が尋ねてきた。

 

「すいません、少し事情を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

「うっ」

 

 エレメ達は、すっかり懸念し忘れていた役人による事情徴収により、早くは帰れないことを察した。一同──特にエレメは、事情徴収をかなりめんどくさがっていた。

 

(さっきの違和感…… どうにも気になるんだよな)

 

 役人の矛先がエレメを向いてる隙に、ディルは取引所の様子を見ようとちょうど強盗が足を踏み入れた場所に行くと、何かの魔法式が書かれた札が落ちていた。

 

(何だこれ…… 帰ったらアルに聞いてみよう)

 

「ちょっとディルちゃん! 逃げるのは許さないよ!」

 

 ディルは反射的に後ろを見ると、事情徴収の途中にディルがどこかに行って回避したのを見て、機嫌を悪くしたエレメが向かって来ているところだった。事情徴収は早く終わったようだ。

 

「すまん、少し気になったからな」

 

「もうっ可愛いから許す!」

 

 ディルもエレメ達を身代わりにした負い目は多少だが感じていて、それが少し顔に出ていたらしい。だが、それはエレメにとって愛らしい以外何物でも無かったようだ。

 

「おーいまずは療養所行ってからだぞ~」

 

 すっかり元気そうにしていたため忘れていたが、エレメは怪我人だったのだ。ディルのやったことも応急処置程度なので、早く専門家に見てもらわないといけないとイルは釘を指した。

 

 ディルは今日は騒がしくなりそうだと思いながらもこの世界に来てから、いや、前の世界でも一度も無かった人の家にお邪魔するというイベントに心踊らせていた。

 

 後にディルが聞いた話だが、あの怪我で動けていたのはエレメ曰く可愛いパワーらしい。

 

 

 

 

 



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第十六話 人里 2

「「ただいまー」」

 

「おじゃまします……」

 

 ディルは取引所で出会ったレーメル夫婦宅に訪れていた。すると、その家の中から4歳程の女の子が出てきた。その瞬間、エレメはその少女に飛びついた。

 

「おかえりなさーい。あれー? そのひとはだれー?」

 

「きゃーっシルイちゃんホント天使っっ!」

 

「きゃっ! おかあさんやめてー!」

 

 ディルは家に入った瞬間に見えたこの光景にたいして、いきなり何を見せられているんだという顔をした。しかもそれが見られていたのか、イルはディルに対して別に気にしなくてもいいという顔をした。

 

「エレメー! あんまり暴走するなよー! ったく…… いつもこうなんだから……」

 

「これじゃあどっちがお母さんかわからないな……」

 

「ハハハ…… よく言われる……」

 

「苦労しているんだな……」

 

 エレメは可愛い物を見かけると、すぐ飛びついてしまう癖があり、巷では『キューティキラー』と呼ばれているとかいないとか。なのでエレメの暴走を毎回おさめるイルは、苦労人と言えるだろう。

 

 それはさておき、レーメル夫婦の娘…… シルイには初対面なので、ディルは自己紹介をすることにした。幼児相手なので、腰を低くして優しい言葉使いを心掛けた。

 

「君がシルイちゃんねー?」

 

「おねえちゃんだれー?」

 

「それはね…「ディルちゃんよ! 仕事の方でお世話になったのよ!」

 

「そうなの? っていうことは…… いつもおかあさんがいってた“臨廻の魔女”さん?」

 

「その通り! 今日一晩泊めることになったから…… 存分に甘えちゃっていいわよ!」

 

「やったー!」

 

 ディルは急に会話に割り込られて来て、自分で言おうと思っていたことをすべて言われた挙げ句、勝手に話が決められていることに対してエレメに不服を申立てようとした。

 しかし、エレメのウインクをして舌を出している憎めない顔と、シルイからの期待の目を見てからは何も言えないでいた。

 

 すると、シルイが疑問に思っていたことをイルに聞いていた。

 

「おとーさん…… どうしておかあさんがかえってくるのおそかったの?」

 

「それはね、お母さんは怪我をしちゃってね…… 療養所に行ってたんだ」

 

「え? そうなの? おかあさんだいじょうぶ?」

 

「ええ! 大丈夫よ! シルイちゃんのお顔を見たら怪我なんてふっとぶのよ!」

 

 このように実の娘と会話をしているエレメを見て、ディルはイルに確認したいことが出来た。

 

「イルさん」

 

「何だ?」

 

「エレメのことについてなんだが……」

 

「……」

 

「暑苦しいと言われないか?」

 

「ハハハ…… いつもそのことについてシルイに愚痴られるんだ……」

 

 シルイがジュースを一気に飲みながら愚痴を言ってくるのは、イルにとってさながらバーのマスターになったような気分だったらしい。シルイのまだ舌足らずな発音も相まって、酔っ払いのようだと言っていた。

 

 ディルはその話を聞いて困惑していた。すると、イルもディルに対して何か思うことがあったのか話を仕掛けた。

 

「僕も少し言いたいことがあるんだけど……」

 

「何だ?」

 

「さっきシルイに話しかけたときの口調は何だったんだ?」

 

「……猫かぶって悪いか? 小さい子供相手だしいいだろ」

 

「いや、そういうことじゃないんだけどな…… というか君も見た目小さい子供だろう」

 

「これでも100年以上は生きてるけどな」

 

「ひゃくっ!? …………それだともっと違和感が出てくるんだけど」

 

「?」

 

 先程ディルがイルに話しかけたときの口調が、イルにとって少し違和感が出たが、そもそもディルのいつもの口調が違和感たっぷりなことに気づき、さっき違和感を感じた自分に疑問を持つということになった。

 そうなってしまうと、イルは何が何だかわからない理解不能な状態に陥った。

 

「……この件については忘れてくれ」

 

「? ……ああ」

 

 ディルは先程からのイルの言動を謎に思えていたが、この妙な雰囲気を壊したいと考えるようになった。すると、そこにピッタリなタイミングであの“雰囲気ブレイカー”ことエレメがディルを唆した。

 

「ほら、ディルちゃん、シルイちゃんに構ってあげて」

 

「わかったわかった」

 

 ディルは、構うのは本来親の仕事だろうと思いながらも、エレメに従うことにした。

 

(さて…… 何をすれば……)

 

 了承したのはいいものの、ディルは何をしたらよいのか迷っていた。しかし、迷っていてもらちがあかないし、エレメに暑苦しく急かされる未来が見えたので、とりあえずということでシルイに手遊びを教えることにした。

 

「ほら、こうするとカニさんだよ」

 

「お花さん!!!」

 

「あぁ…… これ尊い………… あっ! そういえば」

 

 どうやらエレメは小さい女の子同士で何かするのを見たかったようだ。その後、ディルのローブを洗って返すという約束を思い出したため、いそいそと洗濯の用意をしていた。

 

「さてと、僕も動かないとな」

 

 日が落ちてきてるので、もう晩御飯の下ごしらえをしないといけなくない時間になっていた。そのため、イルは買い物に行こうとしていた。

 

 それを見たディルは、替えの服を持っていなかったため、イルについて行って買っておこうと思い、許可を貰えるか聞いた。

 

「俺も付いていっていいか?」

 

「ああ、いいよ」

 

「え゛!?」

 

「シルイもー!」

 

「わかった」

 

「え゛え゛!?」

 

 シルイはまだ一緒に居たいため、ディルに付いていくことにした。それだけ懐いている証拠である。

 

 このシルイの発言により一人になることを感づいたエレメは、可愛い子が自分の手から離れる恐怖に追われ、焦ったように口を開いた。

 

「ギャー!! 待って待って! 私も行く!」

 

「……エレメも来たら本末転倒だが」

 

「私にとって可愛い子が居なくなるのが本末転倒なの!」

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十七話 人里 3

 エレメとシルイの準備が終わり、いざ出発という雰囲気になったそのとき、ディルがあることに気付いた。

 

「あ…… 顔を隠すローブが……」

 

 ディルは極度の人見知りの為、素顔を出して歩くのは何としても避けたいようである。それだけでなく、このまま“臨廻の魔女”だと知られた際、魔女から魔法少女と呼称が変わってしまうかもしれないと言うこともだ。

 

 元のまま呼び名でもディルにとっては気恥ずかしいが、さらに魔法少女というメルヘンチックな呼び名に変わってしまうのは、精神が男としては死活問題であった。

 

「いいじゃない、それでも」

 

「いや、何かな」

 

 よく、こういった変な所で賢明になるイルは、ディルが素顔を晒したまま出歩く事による弊害を見つけた。

 

「そのままだと周りに変な勘違いされると思うけど……」

 

「へんなかんちがいー?」

 

「それは…… 魔女さんって見た目10歳前後の女の子でしょ?」

 

「あー…… しかも皆はディルちゃんの見た目知らないから……」

 

「どんな勘違いがされるか容易に想像できるな」

 

 本人の心の内情だけでなく周りの目も気にしないといけない辺り、見た目が幼い少女になると世の中が生きづらくなることをディルは身をもって実感したようだ。

 

「へえー…… じゃあどうするの?」

 

「そう、問題はシルイの言った通りそこなんだよ」

 

「そうだ!」

 

「エレメ、何を思いついたんだ? 嫌な予感しかしないが」

 

 エレメの作戦は理にはかなっていたが、実行する本人にとっては地獄を見ることになるような作戦だった。

 それもそのはず、ディルに見た目通りの言動をしろということである。

 

 そうすることで、ディルが魔女だと知られる心配はなく、レーメル夫婦がこの子は親戚だと言い張ることで、親戚の子供が遊びに来たという自然的なシチュエーションになる。

 

「どう?」

 

「なるほど……」

 

 エレメが示した作戦に、イルは納得して賛成したが、ディルは断固として拒否しようとした。

 

「いや、俺は反対だが」

 

「じゃあ他にいい案があるっていうの?」

 

 ディルは何も考えていなかったが、いざというときの為に結界魔法の一つである“隠蔽結界”を保険として使うことにしていた。それを思い出し、提案した。

 

「隠蔽結界で姿を隠すことができるが」

 

「まじょさんみえなくなっちゃうの? それはいや!」

 

 無慈悲にも、純粋な子供の言葉という敵がディルの提案を拒んだ。これには何であろうと覆すことが出来ないであろう。

 

「……」

 

「決まりね」

 

「うぅ…… 何でこんなことに……」

 

「それじゃー! しゅっぱーつ!!」

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 一行が訪れたのは、町の商店街にある古ぼけたような店であった。

 

「なあ…… ここはどこだ? ここで何を買うんだ?」

 

「ふふふ…… 世間知らずの魔女ちゃんにオススメの便利グッズを紹介してあげる」

 

「便利グッズ?」

 

「まずは見てみて」

 

 ディルは、エレメが店の中に入って行くのでそれに付いていくように入店した。その店では、鞄やポーチ等の入れ物を取り扱っている店であった。エレメは入って早々、何かを探していた。

 

「あったあった……」

 

「?」

 

「じゃじゃーん!」

 

 そう言ってエレメが棚から手に取った物は、一見するとただの皮で作られた鞄のように見えた。

 

「これぞ最近のヒット商品! 縮小鞄ー!」

 

「へえ…… で、どういうものなんだ?」

 

「フッフッフッ…… これは凄いのよ……」

 

 縮小鞄とは、基本魔法の一つ、物を二十分の一に縮小させる“縮小化”を利用した鞄である。

 鞄のふちに魔法式が書かれ、それに魔力を流すのと同士に何かしらの物を鞄に入れると、その物に“縮小化”が適用される。それによって、鞄の容量が従来より実質的に大きくなることになる。

 

「おお! それは便利だ! ……しかし道具に魔法式を書いておいて、それに魔力を流す事で魔法を発動させることが可能だったのか」

 

「つい最近ね、総合魔法研究所ってところがこの技術を編み出したのよ」

 

「総合魔法研究所?」

 

「そう、この縮小鞄はそこが開発したところなんだけどね、この技術を一般には隠しているみたいなの。縮小鞄自体はいろんな所からだされているけど、製造法は一部の人しか知らないみたい」

 

「まあ儲けれる物は独占したいだろうな」

 

 そういってディルは鞄を持って会計の方へ行こうとしたが、エレメが思い出したように、驚きはしないが体の動きは止まってしまうようなことを言った。

 

「実はイルさん、総合魔法研究所の一員なのよ」

 

 このことを聞いたディルは、驚きはしないものの会計へ向かう動作を止めてしまった。だが、そこから来る返事は辛辣なものであった。

 

「へえ、意外と魔法が扱えるんだな」

 

「意外とってなんだよ意外とって」

 

 先ほどから外野に弾き出されてしまっていたが、ディルの発言により、やっと会話の輪にイルは入り込めたようだ。

 一方シルイは、この会話はすでに知っていることであったため、興味の方向を店の方へ移していた。

 

 すると、会計の方から一人の老婆が現れた。

 

「おやおや…… 嬢ちゃん達ようきたねぇ……」

 

「あっ! ばっちゃん!」

 

 すると、ばっちゃんと呼ばれたその老婆と、エレメが親しそうに会話を始めた。内容は最初の内は単なる世間話のようであった。しかし、次第に店のことの愚痴になっていった。

 

「近頃の若者はぜーんぶ流行りの店に行って…… まるでその店で買った事がステータスだと思ってるのかね。

 しかも、そうごう……? えと…… なんだったかな……? まあいいや、なんちゃらってとこが縮小鞄なんて物を作ってからは…… どこもかしこも流行りに乗ろうと鞄ばっかり作って。

 そうするとねぇ、みーんな有名な店で鞄を買うのよ。こちとら鞄を主にした革製品屋なんだがね…… ちっとも客が来なくなった。客足が遠のいたんだよ。こりゃあ商売上がったりだね」

 

 この話を聴いているエレメは困惑顔でいた。なぜなら、こういった内容の愚痴を聞くのは二度目ということであったからだ。

 

「あはは…… ばっちゃん、その話前にも聞いたよ?」

 

「おっと、いかんいかん…… もうすっかりボケちまったかの……」

 

 指摘されたことでひとまず愚痴が落ち着いた老婆は、傍にいたディルが目に入ったようで、珍しい物を見たような顔をしながらその隣にいるエレメに尋ねた。

 

「おや、この子は誰かいね」

 

 先に打ち合わせをしていない場合誰しも回答に困るであろうその問いが、予想されていた通りに提示された。

 しかし、二人には予め決めておいた親戚の子供という設定がある。そのためエレメは顔色一つ変えずに答えた。まるで本当にそうであるかのように。

 

「この子は私の親戚の子供なの。今日遊びに来たから、ここに連れて来てみたのよ」

 

「うん! 鞄屋のおばあちゃん、よろしくね!」

 

 ディルはこの時、尋常でない寒気を感じた。もちろん、幼児の真似をすることにも寒気が生じるが、それとは別に得体の知れない寒気が襲い掛かったのだ。

 

 そんなディルの心境を知らずしか、老婆はここ一番の笑顔であった。幼い少女を見て癒されたのだろうか。否、この店の新たな客が誕生し、更に増える可能性を見いだせたのがさぞかし嬉しいのだろう。

 

「そうかいそうかい、今後ともここをご贔屓にね」

 

 少しも疑われなかったことに安堵したディルは、ふとエレメの方を向いた。いや、向いてしまった。そして、聞いてしまったのだ。エレメの「本当にそうなっちゃえばいいのに」という呟きを。

 

 ここでディルは先ほどの寒気の原因を知った。エレメが顔色を変えずに嘘を言ったこと、仮にも何十年も接客をしている老婆を微塵も疑われずに欺いたこと、これも全てエレメのそうであってほしいという願望の強さから来ていたのだ。

 

 それはそうと、この場から早く離れてしまいたいディルは、いそいそと縮小鞄の代金を払い、これまた早歩きで会計から離れて行った。イルという救世主とシルイという癒しに、この恐怖から救われたいがために。

 

 このディルの行動に対し老婆は疑問を抱いたが、これまでの人生の中で不可思議な客は腐るほど出会ってきた為にすぐさま気にしないことにし、エレメに確認を取った。

 

「もう帰るのかね?」

 

「うん、それじゃあね」

 

「ほう、あたしが生きている内にまた会えたらいいがね」

 

「もう~ばっちゃんったら、縁起でも無いこと言わないでよ~」

 

「ほっほっ、冗談だよ、またおいで~」

 

「はーい」

 

 エレメは簡単な返事をしながら颯爽とディル達がいる所に向かった。そして、老婆に一度お辞儀をしてから店を出た。後に続くディル達もそれを真似した。

 

 一同の次の行き先は服屋である。理由はレーメル宅に泊まるためのディルの衣服を買うためだ。イルはとてつもなく嫌そうな顔をして肩を落とし、対するエレメは笑顔で浮かれたような足運びであった。

 

 この店の出来事で、ディルはエレメに対して少し恐怖心を抱き、しばらくエレメを避けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 人里 4

誕生日なので二連投稿

さあ、我をイワイ・アガメ・ヘイフクセヨ三世(1999~2020)

……すみません


「さーて、次は服屋さん! レッツゴー!!」

 

「はぁ…… 絶対もみくちゃにされる奴だこれ」

 

 エレメがやけにテンションが高い理由を察したディルは、これから起こるであろう事を想像し、一人ため息をついた。

 いつもなら一人で選ぶからいいと言って回避しようとするが、これまでのことからエレメが言っても聞かない性格だと知っている為半ば諦めている。

 

 それは他の父娘も同様で、浮き足立っているエレメとは対照的に重い足取りであった。

 

「よし、とうちゃーく!」

 

 数分歩いた後に到着した店は、先程とは打って変わって装飾などが多く華やかな店である。

 エレメが「やっぱりオシャレはこういう店じゃないとね」と呟きながら入って行き、残りの三人も続いて入店して行った。

 

「女性用コーナーは右側だからこっちよ」

 

「あ、ああ……」

 

 中身は男性であるディルは、女性が入る場所に足を踏み入れるのは忍びなく思っているようでいた。そのため、とてもぎこちない歩き方をしていた。

 

「まじょさんのあるきかたへんー」

 

「あ、ああ……」

 

 そのことをシルイに指摘され、今の自分を客観的に見るとおかしいことに気づいたため歩き方を直した。同時にもうこの呪縛からは逃れられない事を悟り、考えるのを諦めた。

 

 そんなディルの心境を知って知らずしか、エレメは二人の少女に似合う服を求めて奔走していた。そして、目標に合った服を見つけたのか、試着の為に二人を呼んだ。

 

「シルイちゃーん、ディルちゃーん、こっちにいい服あったよーっ」

 

「あ、ああ……」

 

「こっちにおいでーっ」

 

「あ、ああ……」

 

「まじょさんおなじことしかいってないね」

 

「あ、ああ……」

 

 歳の割に着眼点が鋭いシルイによって先程と同じように指摘されるが、直すことは無かった。それを不思議に思ったようで、シルイがディルの目を覗き込むとその目には何も写っていなかった。

 

 それもそのはず、ディルは何も考えていなかったのだ。何も考えていないとなるとどうなるか、それは、五感による情報全てとその間の記憶を感知出来ない事となる。

 つまりは、こういった状況での最高の対処方法(現実逃避)である。

 

 しかし、このことに気づき、快く思っていない一人の小悪魔がいた。

 

「おかあさーん! ディルねえちゃんがかわいいおようふくがたくさんほしいっていってたよー!」

 

 そう、その小悪魔はシルイであった。敵をエレメだけと思い込んでいたディルにとっては、まさに灯台元暗しであろう。

 

「はぁ!?」

 

 これには、考えるのをやめていたとしても無視することが出来なかった。もっとも、無視していたとしたらそれはそれで地獄を見る羽目になる。

 

「え? いや、ちょ、待って!! そんなこと言ってない!!」

 

「オッケー! 分かったー! じゃんじゃん選ぶよー!」

 

 ディルは必死に訂正するも、人の話を聞かないで評判のエレメには意味の無い話であった。いや、強盗の件ではしっかりと話を聞いていた。なので今回は聞こえていないふりをしているのかも知れない。

 そうなってしまうと既にチェックメイトとなってしまうのだろう。

 

「ちょっとシルイ…… なんてこと言いやがるんだ……」

 

「だってまじょさんだけじぶんのせかいにはいってたでしょ? ずるいからそのばつ!」

 

「うぁぁ…… これホントに取り返しつかねえぞ……」

 

「さてと、15着程候補があるから試してみて」

 

「あ、あぁ……」

 

 これが悪魔(エレメ)による地獄の時間(着せ替えタイム)の始まりであった。だが、地獄というのは一人だけ落ちる所では無い、罪を犯した多数の人間が落ちるところである。

 そして、特に“他人を陥れた者”は優先的に地獄に落ちることになるのだ。

 

「シルイちゃんもたーくさん選ぼうねー!」

 

「え、うそ……」

 

 流石の小悪魔でも悪魔には勝てない。全てはパワーバランス、ヒエラルキーの頂点には誰にも逆らえない。いや、逆らおうという意思すら現れないのだ。

 かろうじて逆らおうとする者も現れるが、そういった者はすぐに排除される。力で支配。世の中とはそういうモノだ。

 

「ほら、この服もお似合いね! どう? これは? 嫌? じゃあ次に行くよ!」

 

「うん…… ああ…… それでいい……」

 

「……」

 

 ただ、いつかは、支配を打ち砕く者が現れる。それは、人呼んで“救世主”。ヒエラルキーの枠に入らず、弱きを助け強きをくじく。革命を起こし、人々に希望を与える存在だ。それが今、君臨した。

 

「ちょっといいかな」

 

「……イルさんか」

 

「これ、持ってきたけどどうかな?」

 

「おお、これは!」

 

 救世主が持ってきた物、それはディルが普段着ている物と同じ、皮で出来たシンプルなデザインの旅人用の服(男の子用)であった。これを見たディルは目を輝かせ、イルに心の底から感謝した。

 

「イルさん…… いや、イル様と呼ばせてくれ」

 

「ええ……」

 

 救世主の活躍により、一人の弱き者が救われた。しかし、助けを待っているのは一人だけではない。全てを救うのが救世主の在り方なのである。

 

「エレメ、もう時間だし帰るよ」

 

 この言葉を聞いて、もう一人の少女は消えかけていた目の光を取り戻した。悪魔から解放された喜びであろう。かつての小悪魔は完全に消え失せている。

 

「え~、もうちょっとだけ、ね?」

 

 それでも悪魔は諦めない。往生際が悪いと言えよう。

 

「もう7時だよ…… 夕飯がかなり遅くなるよ」

 

「うっ」

 

 流石の悪魔でも、食に関することになるとたじろぐ。救世主はその弱点を看破し、そこを突いたのだ──

 

「──これぞ救世主の戦略。これにより、悪魔は諦めることになった。つまりは“勝利”この二文字である」

 

「えーと、さっきから何を言ってるのか分からないんだけども。とりあえず早めに会計済ましてね」

 

 イルはディルの独り言を気味悪く思いながらも、エレメを掴んで返ろうとした。

 

「待ってーっ! せめてっっ! これだけでもっ!」

 

 エレメが持っているそれは、瑠璃色のドレスであった。美しく透き通るその青色は、大人びた風格を醸し出す物で、“少女”であるディルを“女性”へと変貌させる代物である。

 

 つまりどういうことかというと、ディルが(精神的な)女装をすることである。女装自体は数時間の間にやらされ続けていたが、それを持ち帰るのとは話が違う。

 

 こうなると拒否されるのは当たり前のことになる。

 

「俺は買わないからな!」

 

 しかし、すぐさまこの言葉の意味が消失し、買い物は自費である事を利用した思惑が無駄となる。

 

「おごる!」

 

 これにはディルの些細な抵抗も許されなかった。

 

 

 

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 時は経ち、無理矢理ドレスを持たされたディルは憂鬱な気分で次の目的地へと向かっていた。

 

「今日の夕ご飯は何にしようかな~♪」

 

 どうにか自分のわがままを押し通せたエレメは完全に上機嫌だ。鼻唄までしている始末である。

 

「おにくがたべたい!」

 

 エレメは中々の肉食派である。それは娘のシルイにまで遺伝して、レーメル家の食卓は毎回高カロリー高タンパク質となっている。

 

「オッケー、じゃ、ワイルドボアのお肉にしようか!」

 

 ワイルドボアとは元々アルフェール山などで生息していて、肉の栄養価が高く美味しい為乱獲されてきた魔物ではない動物である。

 そのため数が少なくなっていたが、家畜化が進み今では食卓の定番となっている。

 

「わーい!!」

 

 かなり呑気している母娘を横目に、イルは時間を気にしていて少し小走りになっていた。ディルもそれに続いて小走りにしている。

 

「おーい、もうほんとに時間がないから急ぐねーっ」

 

「わかったー、すぐ追いつくからー」

 

「いや、今急いで欲しいのだけど…… まあいいか」

 

 天然な妻に呆れ、ため息をつきながらも小走りを続けているイルに対し、ディルは何故そこまで時間にこだわるのかと疑問に思った。

 

「少し急ぎ過ぎな気もするけど…… 理由はあるのか?」

 

「あはは…… 何故かは知らないけど、時間に余裕を持たせないと落ち着かないんだ」

 

 なんでも遅刻を絶対的な悪と考えてる節があり、それに近づいていくと精神的な余裕が無くなっていくというのだ。そのため、念には念を押し行動を早めることで窮屈な気持ちにならずにすむということとなる。

 

「あ~…… わかる気がする」

 

 前世では時間など有って無いような物であったが、ここ百年によるアルフェールの調教によって何がなんでも時間に間に合わせる癖が付いたようだ。

 

 

 

 

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 そんなこんなで、一足早く商店街の食品コーナーにたどり着いたイルとディルは、主菜の食材調達は後の二人に任せるとして、八百屋に向かい副菜をどうするか決めていた。

 

「これと…… あとあれで煮物にしようかな」

 

 そう呟きながらイルが指差ししたそれは、地球での大根や人参に当たる物であった。その隣では、何かを聞きだそうとしている。

 

「……少し失礼な質問なんだが」

 

「どうしたの?」

 

 イルは、不穏な前置きに少し警戒しながら内容を聞き出した。

 

「正直あれと一緒にいて疲れないのか?」

 

 あれとは勿論エレメのことである。人付き合いの経験が皆無なディルにとってはあれと付き合うのは大変なのだ。現にへとへとになっている。

 

「結構踏み込んできたね…… まぁ、あの人はどんな人にもぐいぐい行っちゃうから疲れるのは仕方ないよね」

 

 何処か遠いところを見ているような顔をしながらそう答えたイルは、今度はこんな踏み込んだ質問をしてきた理由を知りたがった。

 

「それにしてもどうしてこんなことを聞いてきたんだい?」

 

「二人を見ていると…… なんだかな…… ちぐはぐに感じるんだ…… 似合ってはいるんだがな」

 

「そういうことね」

 

 ここでイルは曖昧な質問の真意を理解した。

 

「あの人、実はああ見えてとても傷つきやすいんだ」

 

「そうなのか?」

 

 イルは昔の記憶を引っ張りだし、それを懐かしみながら、時には面白いことを思い出したのかニヤついたりしながらも語り出した。

 

「昔話になるけどいいかな。あの人とは4歳、つまり今のシルイくらいの時から幼なじみだったんだけどね、何かあるたびにすぐ泣いてたんだ。

 喧嘩だとか、こけたりだとか、あとちょっと邪険に扱われてもだね。そのたびに近くにいる僕が慰める形だったんだけど…… いつの日にかピタリと止まったんだ」

 

「それでそれで?」

 

「その日からは今みたいに常に笑顔でいてたんだ。それでもまだ今のような性格ではなかったんだけどね。だいたい10歳くらいの時だったかな? 

 その時の僕は元気そうだからいいかと思って放置していたんだ。で、あとから知ったんだよ」

 

「何を?」

 

「まあ、えっと、言いにくいから簡潔にするけど…… 両親が事故で亡くなって、親戚の家に預かられたみたいだけどそこで虐待を受けてたんだってね。

 周りに味方もいない状態だったから少し壊れかけちゃったんだね。いや、たぶん現実を見て見ぬ振りをしてたんじゃないかな。確かかわいいのが好きって言い出したのもここらへんからだったね」

 

「……」

 

「で、それでどうして僕たちが結婚するに至ったのかというと、僕はそのことを見て見ぬ振りは出来なかったんだよね。本人とは逆にね。

 けどどうすることも出来ないとなったら、とにかく支えつづけることにしたんだ。壊れてしまわないようにね。若い頃の僕にはこれが限界だったんだ。

 そしたら、あっち側に気を使わせてしまったみたいでね、無理に精神状態とは逆の言動をとってたんだ。それが今の性格の原型。で、ずっと二人でいたらこうなってたんだ」

 

「そんなことが……」

 

「つまりはね、今もあの人はガラスみたいに不安定なんだ。だから僕はずっと支えつづけることにする。たとえ他にいい選択肢があったとしてもね。凡人な僕にはこれが限界。

 けど凡人は凡人なりにがんばってる…… と思いたい。たぶんちぐはぐに見えたのはその辺かな?」

 

「そうか…… イルさんはまっすぐな人なんだな」

 

 ディルは話を聞き終わると、思ったことをつい口に出した。

 

「僕が? よしてくれ、そんな器じゃない」

 

 イルは今のこの状態を、妥協し続けた自分の責任だと考えているので、謙遜などではなくそのまま褒め言葉を受け取らなかった。

 

「いや、イルさんはまっすぐな人だ。俺にとってはな。こんな偉そうにする器は自分にはないが……。少なくとも長く生きてるだけの俺よりまっすぐで信念を持っている」

 

 ディルは自分の人生をイルのと比べ、自分は何がしたいのかという目標や信念がないことに気づき、薄っぺらく思ったのでこれからの参考にさせてもらおうと思っているのであった。

 

「うぅ…… ん、じゃ、帰ろうか」

 

 イルはディルの称賛を違うと言い返そうとしたが、これ以上言っても無駄なことに気づき、帰ることにした。何故かというと、実は話と並行して買い物を終わらせていたのだ。

 遅れて来ていた母娘も精肉屋に寄って買い物を終わらせていたので、後はレーメル宅に直帰するまでだ。

 

 

 

 

 

 



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第十九話 人里 5

 少々急いで帰宅した一行は、すぐさま夕食の準備を始めた。ただワイルドボアの肉を香辛料で焼いただけのシンプルな物であったが、シンプル故に失敗が無く、一般家庭では定番メニューとなっているのであった。

 

「なぁ、手伝ってもいいか?」

 

 全て任せっきりにするのを忍びなく思っていたディルは、何を手伝えばよいのかというテイストで聞き、返事が帰ってくる前におもむろに立ち上がった。

 

「いいけど…… 料理できるの? 怪我しないでね?」

 

 ディルは思ってもみなかった返事に目を丸くし、しばらく時が止まったかのように呆然とした。

 

「いや…… 俺の自炊歴は多分エレメより長いと思うんだが」

 

「あっ確かに。ゴメンね。やっぱりその、外見がね……」

 

「ああ、知ってたさ。こんなことだろうとはな」

 

 そう言ったディルは、少し俯き、悔しそうに顔をしかめた。

 

 実際、エレメの勘違いは仕方の無い部分がある。人はすでに頭の中にある情報よりも、現在進行形で目に映る情報の方が強くなる傾向にある。

 この場合エレメの頭の中で、ディルが実年齢100歳越えという情報と目に映る幼女寄りの少女の姿の情報がぶつかり合い、ただ後者の情報が打ち勝っただけなのだ。

 

「じゃ、色々とレクチャーしてくれる?」

 

「い、いや、人に教えられれる程上手な訳でも無いし……」

 

「いいからいいから♪」

 

 そう言いながら台所に向かったエレメは、ある問題に気付いた。

 

「あっ…… この高さって大丈夫?」

 

 その問題とは、台所の高さのことである。一般的な家庭の台所の高さは九十cm、対してディルの身長は百三十五cmと台所の高さがディルの身長のちょうど三分の二となっている。

 なので、こうであってはまともに料理が出来ないことをエレメは気付いたのだ。

 

「大丈夫だ、心配することは無い」

 

 ディルはその事に既に気付いており、策を一つ思い付いていた。

 

「よっと」

 

「え? あっ、なるほど」

 

 その策とは結界を台のように出し、それを足場とするものであった。そうして飛び乗ったディルに、結界を出したことに気づいていないエレメは一瞬何事かと驚いたが、着地した所を見てすぐさま理解した。

 

「よし、料理開始ね!」

 

 二人はそう言い終わる前に行動をしていて、既にあらかたの準備は終わらせている。やはり二人いる時の効率は凄い物で、そうこうしているうちに完成間近だ。

 ここまで速やかに進んでいるのは、二人とも気合いが入っていて集中力が段違いになっているからだ。一人別のベクトルだが。

 

 その間、イルはシルイに構いながら先程出したディルの結界に興味を示していた。魔法の研究をしている所に就いている影響か、思考が科学者寄りになっている。

 実際臨廻の魔女の魔法の精度は数十年も洗練され続けてているので、その道の者には感心されるほどだ。

 

 そうしていると、料理が完成した。やはり早過ぎたのだろうかイルは少し神妙な顔をしている。それか急いで帰る必要が無かった事実に思うところがあったのだろう。

 

「出来たー! これも女子力高めのディルちゃんのおかげねっ」

 

「ちょっ、いやっ、女子力って何だよ」

 

 もはや恒例となりつつあるこのくだりを、二人はいつも通りなぞっていっている。

 

「それじゃ、食べましょ! いただきまーす!」

 

 食事をする前に感謝をする文化はこの世界にもある。四人ともそれは承知してるので何事もなく事は進み、毎晩の一家団欒の時間がやってきた。今日は客人も居るいつもと違う日だ。

 

 

 

 

 

 

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「あのさ、ディルちゃんって年取らない…… というか成長しないよね。どうして?」

 

「どうしてって言われても…… そういう固有能力なだけだが」

 

 家に誘われる程人と親しくなろうが、ディルは自身の情報を迂闊には出したがらないので、言葉通りの直球な質問を曖昧にして返した。

 

「へぇー、実際長生きするのってどうなの?」

 

 質問した張本人は特に具体的なことを聞くつもりでは無かったので、聞き出したことをそのまま聞き流して本題に入っていった。

 

「ん~と、そうだな、実感したことでいえば…… 何かしようとしても後回しにしてしまったり、何でも長引かせたりとかがあるな」

 

「つまりは時間に余裕が出来まくるってことね。けど私は結構な暇人だから~、あまり長く生きすぎてもしんどいだけね。普通の人の寿命でいいかな」

 

「まだそんな達観する年じゃないでしょ」

 

 イルとエレメは28歳だ。まだ寿命どうこうの話をするような年齢では無い。

 

「でも僕的には羨ましいかな~。この世界で色々知りたいこともあるし研究にも没頭出来るしね。研究者はみーんな欲しがるだろうね。特にうちの所長なんかは喉から手が出るほど欲しがりそうだな~」

 

 イルは実際にその所長という人物が、その能力を欲しがっている様子を思い浮かべて心の中で笑っていたが、そのうち空想上の所長の様子が異常に見えたので、関係の無い現実の所長に引いた。なんとも不憫である。

 

「当たり前だけど人によって違うのね。それならディルちゃ「おかーさーん!おかわりー」あっ、はーい!」

 

 エレメの言葉はシルイに遮られたが、その続きが何なのかなんとなく理解したディルは、そのことについて独り言のように呟いた。

 

「俺は別に特別長生きしたい訳では無かったが…… それによって不満は特には無いな。のんびり出来て結構楽しいぞ」

 

 この呟きが耳に入ったイルは、世間一般的な魔女のイメージと実際の魔女の発言の差異に対して感慨深い感情を抱いた。

 

「のんびりしてるだけなのに魔女だなんて呼ばれるのか」

 

 この世界でも魔女という言葉はマイナスの意味として捉えられている。つまりは“臨廻の魔女”と呼ばれるようになったのは、親しみの意でもあるが畏怖の念もあるということだ。

 

 このように一家団欒の時間で他愛のない話を続けている。しかし、一人心の中で考えを巡らせている者がいた。

 

(話をする限りだとこの人は信用するに価できる…… けど、少し不可解なこともあるなあ。前に聞いた出生の点に関しても『気がついたら森の中にいた』は不自然すぎる。

 しかも老いなく成長もしないという固有能力を持っているということも謎だな。もし魔女さんの言葉そのままに受け取れば、生まれたばかり…… つまりは嬰児の姿のままになっているはず。

 けど、このことは明らかにごまかされてるから他に理由があるのかな? まあ人に話せないことは誰しもあるはずだしこれは置いておこう。問題は一つ目だ。)

 

「イルさん~? 何処行ってるの~?」

 

 そうエレメが呼びかけても気づくことは無い。本格的に思考の世界へと入って行ったようだ。

 

(気づいたら森の中にいたというのは有り得る話。しかしそれ以前の記憶が全て無いというのが引っ掛かるかな。

 森にいた時はもう既に能力を持っている状態、つまりは推定9歳くらいかな。その頃になると記憶は鮮明にあるはず。親の顔も知らないというのはおかしい。

 となると…… 考えられる可能性は“忌み子”の線が濃いかな。けどそうなってくると……)

 

「おーい、イルさんやーい、イルさんやーい、戻っておいで~」

 

「っ!」

 

「あっやっと気づいた。何考えてたの? もう皆食べ終わったわよ」

 

 思考の世界から帰ってきたイルはそのまま辺りを見渡すと、食器を片付けているディルとシルイが目に映った。

 

「あ、ああ」

 

「食べ終わったならご馳走さまして、それから食器片付けて」

 

 まるで夢から覚めたように目をぱちくりしながら言われたことを素直にしようとしている。先程考え込んでいた時とのギャップで頭が真っ白になっているようだ。

 

「はぁ……」

 

 そのような状態になっていることを自覚し、色々と馬鹿らしくなったようにため息をついた。

 

「………………考えすぎかなぁ」

 

 

 

 

 

 

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「帰る。世話になったな」

 

 唐突に、それでいてきっぱりと述べたそれは、一人の女性を揺さぶるには十分な威力であった。

 

「え!? ええ~、もう帰っちゃうの? 泊まってけばいいのに。遠慮しないで」

 

「いや、遠慮するというか…… 実際それもあるんだが、ほぼ初対面に近しいだろう? それなのに寝泊まりとかおおらか過ぎないか? そもそも家に呼ぶことすらアレなのに」

 

 つまりは、一日程度の付き合いだと気軽に家に呼んだりしたらそこで何されるかが分からない。と危惧するのが普通だろうと意見だ。

 

「それ、今更よ? 別にこのあたりじゃ当たり前に皆してるし、ディルちゃんだって誘いに二つ返事で了承したんだしお互い様よ。どっちかって言ったら危ないのはそっちよ? 誘拐される子の典型的な例だわ」

 

 このあたりの地域では、人の家にお邪魔することは挨拶とあまり変わらないという認識となっている。このことを知り、常識が根本的に違うのだろうと元日本人は実感した。

 

「うっ…… それでも帰るからな」

 

 たとえ正論で返されようともまだ日本人としての感性が残っているディルは泊まることにいたたましく感じているので、無理矢理にも押し通そうとした。すると、何かに抱き着かれるような感触を覚えた。

 

「まじょさんもうかえっちゃうの? いや!」

 

 その感触の正体はシルイであった。小さな女の子に涙を浮かべながら要求されるとなっては、温情な人間だととても無視出来なくなるものである。だが、ここで非情となることで回避を試みた普通の人間がいた。

 

「うぐっ………… あー、また遊びに来るからそれまで我慢してね?」

 

「う、うん……」

 

 イマイチ非情になりきれなかったが、回避することには成功できたようだ。

 

「あーッ!? まさか…… 今まで無敗を貫いてきたシルイちゃんの帰らないでホールドが…… 今ッ!! ここでッ!! 敗られたぁッッ!!! ディルちゃんには血も涙も無いというのかッ!? まさに魔女ッ!!」

 

 中々非情だったようである。

 

「ちょっとうるさいよ…… 近所迷惑になる……」

 

「あっゴメンナサイ。スミマセン」

 

 イルの少し本気なトーンでの注意により、夏まっさだなかの蝉のように喧しかったエレメが、寿命が尽きたかのようにおとなしくなった。

 

「……またな」

 

 ようやく、満を持して帰れるようになったディルは、少し名残惜しそうに帰ろうとした。すると、エレメが何かを思い出したかのように慌てて家の奥に行き、そのままの勢いで戻ってきた。

 

「あっ、ディルちゃんこれ……」

 

 そう言いながら手渡ししたそれは、礼として洗うことにしていたディルのローブであった。

 

「おっと、すまないな」

 

 ディルは完全に忘れていたことについては内緒にしてそれを受け取った。

 

「ウン…… コチラコソ……」

 

「凄い凹んでるな」

 

 イルの本気なトーンが効いたのか、目に見えて静かになっている。そんなエレメを三名が見て見ぬ振りをしている。

 

「うん、また気楽に訪ねてきてね。バイバイ」

 

「ばいばーい」

 

「ジャアネ…………」

 

 

 

 

 

 

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「ふう、久しぶりの我が家だ……」

 

 実際に離れていた時間は一日にも満たないが、精神的に大変だったこともあり、悠久の時を経たような感覚に陥っていた。

 

「やけに帰ってくるのが遅かったが…… 大丈夫か? 酷く窶れているぞ」

 

 アルフェールが一目見て分かるように、今のディルはズタボロになっている。数十年間も人とあまり会話をしていない人見知りがいきなり数時間も人と交流した結果だとすれば必然か。

 

「よし、着替えよ…… あれ?」

 

 眠気が頂点にまで達していたので、早く寝ようと寝間着に着替えようとしているその時、服の間から何かが落ちた。

 

「札……? あっ、あれか」

 

 そのは、いつしか拾った札のようなな紙切れであった。それを発見したと同時に、目的も思い出した。

 

「アルー、これ何か分かるかー?」

 

「なんだ……? ふむ、中々面白いものを持ってるではないか」

 

「面白いもの?なんだよそれ」

 

 渡した本人はこの紙切れは何か特別な力があるのかと疑ったが、そもそもこれはあのごろつき共が持っていたことを思い出し、それは無いだろうと首を横に振った。

 

「これに書かれているのは空間魔法の一つ、転移を発動できる魔法式が組み込まれている」

 

「へー」

 

 特別な力が無いと分かっていても、期待を捨て切れなかったディルは、ただの魔法式が組み込まれているだけだと知り、一気に興味を失った。

 

「お前は空間魔法のことを知らないようだな」

 

「知らないからな」

 

「はぁ…… いいか、空間魔法は人間が簡単に扱えるような代物では無いぞ」

 

「へぇ」

 

「そうだな……お前が理解できるように言えば、結界魔法の数倍習得するのが困難だと言っておく」

 

「へぇ~……………… うぇっ!? 嘘っ!?」

 

 この情報は、一度興味を失った者でもその話題に食いつくほど衝撃的であった。それもそのはず、実際結界魔法の習得に九十年掛かったディルで換算すると、少なくとも百八十年掛かる計算となるのだ。

 どのみち適性は無いので、いくら頑張ったとしても永遠に使えるようにはならないが。

 

「じゃ、じゃあ、あいつらは……」

 

 もしかして凄い魔法使いだったのではないかと一瞬思ったが、こんな代物をあのような奴らが作るなど思えず、何かの間違いではないかと捉え、またしても首を横に振った。

 

「それに、これは魔力を通せさえすれば発動出来るようになっている。正直世界のバランスが崩れるどころの話ではないぞ」

 

「それって……」

 

 その時、ディルの脳裏には総合魔法研究所なるものが浮かび上がった。なぜなら、そのような技術は総合魔法研究所でしか扱われないとエレメから聞いていたからであった。

 

(なるほど…… 強盗にしてはやけに音を立てすぎだと思っていたが、これで逃げるつもりだったんだな。もしそうなら、あいつらは研究所の回し者になるのか。

 でもイルさんが勤めている以上、エレメに危害を加えるとは考にくい………………………………………………………  あっ、本気でマズイ。本当に眠すぎる……)

 

 何故ごろつき共がこれを持っているかの考察を巡らせていたが、眠気が最高潮にまで達していたので、途中で諦めてすぐさま床につくことにした。

 

「行くのめんどいからアルを布団がわりにしていいか?」

 

「まったく……」

 

 神獣としての威厳を失う提案であったが、何らかの感情を持っているアルフェールは、嫌そうにしながらも首を縦に振った。

 

「えっ!? いいのか?」

 

 恐らく断られるだろうと冗談混じりであったのだが、本当に了承されたことにより驚きを隠せないでいた。

 

「わ~い! もふもふ~っ…… フワフ…… ワ………………………」

 

 了承を受けたとのことでさっそく飛び掛かったはいいが、眠気を極限まで耐えていた状態だったのでそのまま夢の世界に入っていってしまったようだ。

 

「……こういうところは変わらないのか」

 

 幸せそうな表情で寝ている少女を尻目に、布団代理は数百年前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 



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第二十話 忌みある存在 1

 

 ルーフエ山────

 風の象徴と呼ばれる神獣が治めていることにちなみ、その神聖なる名を元に名付けられた山に関する、ある習慣があった。

 それは魔に取り付かれたとされ、普通の人間より突出した力をもつ禁忌だとされる者、人呼んで“忌み子”を神獣に処理してもらうために、生け贄として捧げるものだ。

 

 

 

 いつものようにまた一人、罪の無い幼子が連れて来られた。

 

 

 

 

 

 

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「やった! 女の子です!」

 

 その叫び声に近い歓喜の言葉よりもさらに大きな産声が部屋を埋め尽くした。それにより、部屋の中に充満された不安げな空気が全て吹き飛ばされた。

 

「うおおおおおおッッしゃあッ!!!!! やったな!!!」

 

「はい…… よかった…… 本当によかった……」

 

 その声に負けず劣らずの叫び声をあげている、この瞬間父となったと思われる男性と母となったと思われる女性が手を取り合って喜んでいる。

 

「よ゛がっだ…… ほん゛どう゛に゛よ゛がっだ…… あ゛り゛がどう゛」

 

「あなた…………………… すごいみっともない」

 

 新生児よりも大量の涙を流す父に呆れたような言葉を送る母だが、その顔は言葉と裏腹に優しい笑顔を浮かべていた。

 

「お二方!! この子の名前は決めてらっしゃいますか?」

 

 助産婦と思われる女性が、少し興奮した様子で二人に訪ねた。

 

「もちろん! 女の子だから…… 名前は────だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あー、そー、ぼー!!」

 

「うん!」

 

 あたしはおもいっきり返事をした。だって遊ぶのは楽しみだからね。それに友だちのサリーちゃんがさそってくれたんだから行かないと!

 

 そして急いでお家をでたらとてもびっくりした。それはいっしょに遊ぶのはサリーちゃんだけだと思っていたら、それ以外の友だちがみんな集まってたんだもん。けど、みんなとたくさん遊べるのは楽しみだからおどろいたことなんてふっとんじゃった。

 

 すると、たぶんみんなを集めたサリーちゃんが全員に聞こえるような大きさの声で尋ねた。

 

「なにするー?」

 

 みんなを集めたはいいものの、何をするか決めてなかったみたい。それを聞いて、あたしは反射的に、それならいいのがあるよ! と言いながら、手をいっぱいに挙げた。そしてそのまま思いっきり一つの提案をした。

 

「かけっこ!」

 

 これならみんな同じように遊べるし、たくさんいても余る人はいないんじゃない? それにあたし、かけっこ大好きなんだもん。と、意気揚々としていたけど、男子たちはなぜだか不満そうにしている。

 

「オレは嫌だ!」

 

 一人の男子が、そう声を荒げた。なんで? 楽しいのに。それにこの子、走るのが苦手という訳でもなくて、逆に男子の中で一番速いのに。嫌になる要素が無いじゃない。あたしには勝てないけどね!そういうことだから、ちょっと腑に落ちないかな、何故だか聞いてみよう。

 

「え? どうして?」

 

「だっていっつもお前が一番なんだもん」

 

 あたしがいっつも一番になるのが気に食わないみたい。でも、みんなが遅すぎるのがいけないんじゃない? 適当にやってても勝てちゃうんだもん。

 まあ、これを言ったら怒られそうだから言わないでおくけど。仕方ないよね、あたしはおとななんだから別の遊びにしてあげるわよ。

 

「じゃあ別のにしよっか」

 

「うん」

 

 どうやら納得してくれたみたい。じゃあ別の遊びは…… 鬼ごっことか。え? ダメ? ……なら魔法使いごっこは?

あっ、これならいいんだ。じゃあやろう!

 

 

 

 

 

 

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「やーいっ、化け物ゴリラーッ、あっちいけっ!」

 

 今日もいつものような罵倒が飛び交う。標的はもちろんあたしだ。別にあたしは化け物でもないし、ゴリラでもない。はっきり言ってそう言われる筋合いなんかないのに。

 

「やめてよ、そんなこと言わないで」

 

 あたしは言われっぱなしは嫌だし、みんなに変わってもらえる希望も含めて言い返している。

 

「へんッ、化け物がなんか言ってるぜ。逃げるぞ」

 

 ……まあ、はなから期待はしていなかったわ。もう何言っても無駄なのだろうか。いや、あたしの所為だからあたしが変わればいいってのは分かっている。

 ……もうッ!何なのよッ!あたしにどうすればいいっていうわけ?

 

「「「わ~ッッ!!」」」

 

 その掛け声を筆頭に、あたしの周りから人が次々と散らばって行っている。数年前からずっと一緒にいた子も今はこの中に入っているざまよ。

 

 けど…… けどッ! サリーちゃんだけは、サリーちゃんだけはあたしの味方よね? そうよね?

 

「……ごめんなさい」

 

 …………………………分かってた、分かってたけどッ! そうよね、皆から蔑まれている化け物とはそりゃあ仲良くしたく無いわよね。

 だからって敬語は…… 本当に他人として扱われるのは…… 本当に…… もういやぁ…………………………………

 

 気がつくと、あたしは感情を抑え切れずに叫んでいた。

 

「ねえ、なんでッ!? どうして逃げるのッ!? 待って、行かないで……」

 

 叫んだといっても聞いている人は何処にもいない。サリーちゃんもいつのまにかいなくなっているし…… なんなの? 何が悪かったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てきなさい、何日引きこもっているの?」

 

 幾千万と聞いた言葉がドアの重く響く叩かれる音と重なり合って、とてつもない威圧感を感じるそれを無視しながらあたしは考えていた。

 

 最近、あたしが化け物と呼ばれる由縁に気がついた。それもそのはず、男子の全速力を軽々と、歩くような感覚で抜かすのは有り得ないし、どうやっても自分以外の物では身体に傷が全くつかないからね。あたし自身でも正直気味が悪いと思うわよ。

 ははっ、こういうことだったのね。化け物ゴリラなんてよく出来たあだ名じゃない。

 

 ……冗談はともかく、気味悪く思ってもあたしは自分の身体から離れたい訳でもないし、逃げたいと思ったことすら無い。謝るのなんてもってのほかよ。その分、あたしはあいつらよりも大人ってことになるのかしら?

 

 幸い、この異常性は両親には気付かれていない。隠せばいいんだわ。隠しさえすれば普通の女の子として生活できる。あいつらのことは放置でいいわ。所詮、その程度の仲だったとして切り捨てるのが一番よ。

 

「わかったわ……」

 

「あっ、やっと出てきた…… はぁ、どうしたの? 何かあったの?」

 

 意を決して出てきた瞬間にお母さんから質問攻めにあった。なんでわざわざ聞いてくるんだろう、自分の口からは話したくないし。けど言わないとずっと聞かれそうだからちょっとはぐらかして説明しよう。

 

「ちょっと友達関係のことで」

 

「……」

 

 お母さんはしばらく黙り込んだ。何か気が利けるような言葉を探してるのだろうか。別にそんなのいらないから「あっそう」って感じで流しておいてくれてもいいのに。

 

 それにしても、これからどうしようかな。おちおち外も歩けないし、あいつらと会いたくない。

 

 

 今日の晩御飯は私の大好物なコーンスープだった。気でも利かせてくれたのだろうか。

 うっとうしいと思う反面、嬉しく思う自分がいる。

 

 やった、まだ普通の子の感性のままだ。でも心まで怪物化しちゃってもいいかもしれない。そうしたら自分が自分で無くなるし、親に迷惑がかかるけど、こんな苦しい気持ちにもならなくて済む。

 ゴメンね、恨むならこんな子を産んだ自分を恨んでね。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 私の精神は普通の子だ。何をどう足掻こうが普通の子。

 ──心を怪物にするなんて無理よ。普通の子には。

 

 そうなんだ、私は普通なんだ。普通でありたいんじゃなく、いたって普通の、根っからの普通なんだ。

 

 

 

 

 

 でも、身体は普通じゃないの。

 

 

 

「あっ! そこ近寄らないで!」

 

「え?」

 

 ガラガラガラ……と私の方へ食器がなだれ込んだ。一瞬驚いたけど全然痛くないし怪我もない。

 下を見てみると割れた食器で大惨事になってる。これは普通の子なら大怪我間違えなしだね。この破片一つでもかなりの脅威だ。

 

 けど、私にとっての脅威は別、今、驚いた顔して固まっているお母さんにどう言い訳するかなのよね。

 

「だっ、大丈夫ッ!? 怪我はない?」

 

「あ~、大丈夫…… 奇跡的に?」

 

「よかった…… 一時はどうなることかと……」

 

「うん…… 大丈夫みたい?」

 

「どうしてそこで疑問形なのよ…… まあ、次からはあまり台所に近づかないでね、お母さんも気をつけるから」

 

「うん、わかったー」

 

 ……あれ? 意外とあっさりだった…… まあいいか。この場を抜けれたし。

 

 それにしてもこの破片達邪魔だなー。片付けよっと。

 

「片付け手伝うねー」

 

「あっ! ダメッ! 触ると怪我するよ!」

 

「えっ、あっ、わかった」

 

 危ない危ない、私は普通の女の子私は普通の女の子……っと。

 どうやら何も感づかれてないみたい。よかったよかった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「それでね~、うちの子が巻き込まれちゃったんだけど奇跡的に無傷でね~、けど旦那にこっぴどく叱られちゃったの。しっかりしなさい、お前が気をつけないでどうするって」

 

「そりゃあそうでしょ。あっそうそう、お宅の娘さんといえばこんな話を聞いてね……」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「ちょっとあなたに話があるの。お父さんと一緒にね」

 

 !? もしかしてばれた!? でもどうして…… いやでもただの説教という可能性も…… でも……

 

「ちょっと来なさい」

 

「う、うん」

 

 とにかく足取りが重く感じる。時間も永遠と続いているようだ。

 

「座りなさい」

 

 返事を言えないほど緊張してしまっている。逃げ出したいのを堪えてお母さんの前に座った。

 

「他の子のお母さん達から聞いたわ。けどあまりにも突拍子で、信じれないからこうやって本人に確認しに来たの。さあ、事実を言って」

 

 絶対そうだ…… 

 

「お父さん達は責めてるわけじゃないんだよ。ほら、言ってごらん」

 

 絶対うそだ

 

「あなたが黙ってたら何も分からないの」 

 

 分からなくていいのに

 

「…… よ~し、分かったぞ」

 

 !?

 

「え? あなた、何がわかったの?」

 

「一つだけな…… それはこいつが、俺らを信頼してないってことだけだ」

 

 え!?なんでそうなるの!?

 

「違っ、違う」

 

「おっ、やっと口を開いてくれたな。

 ま、それはともかく、そうだろ? 人を信頼してくる奴なんてな、こっちは何も聞いてないのに勝手にべらべらと自分語りするんだ」

 

 ……そうとも限らないでしょ

 

「今、そうとも限らんって思っただろ? 実際その通りだ。だがな、分かるんだ。親はな」

 

 な、何が分かるって言うのよ。何も分かってないくせに。

 

「言いたくないんだろ? どうせ怒られる~とか、まあそんな軽い話ではないんだろうが。

……言いたくなければ黙っとけばいい。ただ、一つだけ聞いて欲しいことがある。頭の片隅にでも置いておけ」

 

 なに……?

 

「俺らは、お前を信じている」

 

「……え? そこは『俺らを信じろ』なんじゃ?」

 

「くっくっく、信頼されたからには信じ返さないとなぁ」

 

「そういうことね。分かった」

 

 なんだか気が楽になった。あまり納得できないけど、それでも嬉しい。

 ……私はもう悩んだりしなくていいの?

 心の重架が外れたようだ。同時に溢れ出るものが──っと、危ない危ないこんなところで泣くのは格好が付かない。

 

「じゃ、これでこの話はオシマイッと。なんか食いたいものでもあるか? 俺は芋が食いたい」

 

 私は何でもいいや

 

「あなた、最近食べ過ぎよ。だからそんなみっともない体型に……」

 

 確かに。最近のお父さん、太って来てるもんな~

 

「お前だって最近太って──」

 

 その時、空気が一瞬にして冷え切った。お父さん、女性にそれは……ダメだよ。

 女の子には言っちゃダメな言葉があるんだよ? 例えば化け物ゴリラとか……

 

 ……自分で言ってて虚しくなっちゃった。

 

「さ、あなた、少しお話しましょう」

 

「ハ、ハイ」

 

 あんなに頼もしかったお父さんがもうすっかり縮こまっちゃって。ふふふ。

 自然に笑いが出たのなんていつぶり?

 

 私に幸せを感じる感情がまだ残ってたなんて…… 幸せな……家族? へへへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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