薄明と双子の姉妹 (リメイク中) (きょうこつ)
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朝の目覚め

ライズやりたい!けどSwitchがない…


朝日が差し込む中 囲炉裏の火が尽きようとしていた。辺りに差し込む暗い景色がゆっくりと朝日に代わり部屋の中を照らし出してきた。

 

「グルル…」

巨大な狼らしきモンスター『ガルク』は目を覚ますと身体を震わせ、自身の目の前に眠る小さい背中を口で揺さぶる。

 

「……ん?もう朝か…?」

揺さぶられた影はゆっくりと身を起こす。細身ながらもその身には分厚い筋肉が積まれていた。だが、それに対して朝日の光に照らし出された顔は女性と見間違う程の中性的であった。背中まで長く伸びたボサボサな髪を後ろに掻き上げながら少年は目を覚ます。

 

「ふわぁ…おはよう『ハチ』」

 

「ワン!」

ハチと呼ばれたガルクは嬉しそうに返事をすると、撫でてもらいたいが為に起き上がった少年に顔をおしつける。

 

「やめろ…後でたっぷり遊んでやるから」

すると、ガルクと同じベッドで寝ていた猫らしき獣人も目を覚ます。

 

「よく寝たニャ〜」

猫に似ているが、当たり前のように二足歩行をする獣人の名は『アイルー』人間と最も距離が近いモンスターと言ってよい。

 

「あ!ゲンジもう起きてるのかニャ!?」

 

「当たり前だろ。今さっきに起きたぞ『ミケ』」

ミケと呼ばれたアイルーは悔しそうに唸る。一方で起きた少年は自我を目覚めさせるかの様に両頬を2、3回叩く。

 

「さてと、顔でも洗うか」

少年…ではない。青年ハンター『ゲンジ』は立ち上がると、その場を後にする。

ーーーーーーー

 

「ふぅ…」

家の後ろにある川にて、次々と髪を洗い身を清める。そして、身体を洗い終えると、タオルを取り出して体についた水滴を拭う。

 

「……こんな感じか」

身体はまだしも、まだ水滴が残っている髪をそのままにしながらもその少年はタオルをその場に放り投げる。こんな生活を毎日続けていれば髪も天然パーマをかけたようにボサボサになるだろう。だが、何故か彼の髪はクセが少ない。なぜだろうか、

 

すると

 

「は〜い。ちゃんと拭きましょうね〜♪」

 

「!?」

突然 視界が暗くなると、背後から何者かにタオルを頭に被らされ、次々とわしゃわしゃと掻かれる。

 

「はいお終い♪」

 

「ぷは!?いつもいつもいきなり現れるのはやめろよ…

 

 

______ヒノエ姉さん

 

そこに立っていたのは片方の髪に髪飾りを付け、巫女服の様な彩りと形状の装備を纏っている美しい女性だった。

 

「だってゲンジったらこうでもしなくちゃ髪にクセがついてしまうでしょ?可愛い顔なんだから髪もちゃんと手入れしなくちゃ」

そう言いヒノエと呼ばれた女性は微笑みながらゲンジの頭を撫でる。彼女はゲンジよりも背が高い為に他者から見れば完全に姉弟にみえるだろう。

 

 

「よ〜しよ〜し♪」

ヒノエは頬を紅潮させるとゲンジを抱き締め、頭を撫で始める。それに対してゲンジはだんだんと男としてのプライドが傷つけられると共に羞恥心を感じたのか引き剥がそうとするも、上手く引き剥がす事ができなかった。

 

「は・な・れ・ろ!!」

 

 

 

「ヒノエ姉様。ゲンジをからかうのはそこまでに」

すると、ヒノエの背後にもう1人の女性が現れる。ヒノエと瓜二つの容姿に加えて来ている巫女服も同じであった。

 

「ミ…ミノト姉さん…まで」

「おはようございますゲンジ。今朝も姉様と相思相愛のようですね…?」

「違う!」

現れたのはヒノエの双子の妹であるミノトであった。太陽のように明るいヒノエに対してミノトは月の如く静かだった。

 

「そんなことより、里長がお呼びです」

 

「フゲンさんが?」

 

 

ーーーーーーーー

 

ヒノエとミノトに連れられながら着いた場所は大きな屋敷であった。

そこで待っていたのは大柄な体格を持つ筋骨隆々の白髭を生やす男だった。

 

「待っていたぞゲンジ」

 

「よぅフゲンさん」

この男はこの『カムラの里』を纏める長『フゲン』である。人生の折り返しの歳であるにも関わらず、その肉体は全盛期を保ち続けていた。

ゲンジは軽く挨拶すると呼び出した詳細について尋ねた。

 

「で?要件はなんだ」

 

「うむ。たった今、文が届いてな。『百竜夜行』が近々に起こる事が確認された」

 

「…いよいよか」

 

百竜夜行。それは多種多様なる凶暴なモンスターが束になり村へと押し寄せてくる大災害の名だ。事が起きたのは50年前だ。里に大量の大型モンスターが次々と襲いかかり里を壊滅状態へと陥らせたらしい。

その上、中には通常の大きさを遥かに凌駕した『大物』と呼ばれるモンスターや『ヌシ』と呼ばれる希少種や古龍種に継ぐ超特殊個体といった得体の知れないモンスターも混じっている故に並大抵のハンターでは対処する事が不可能なのだ。

 

だが、ゲンジはそんな事など気には止めない。腕の骨を鳴らし始めており、全身から闘気が溢れ出ていた。

 

「随分と張り切っておるな」

 

「…別に。警戒はしてる。モンスターが束になって攻めてくる事態は初めてだからな。コイツで対処はしてみせるが」

 

そう言いゲンジは背負っている双剣『破岩双刃アルコバレノ』を取り出す。この双剣は【砕竜ブラキディオス】と呼ばれる爆発する粘菌を操るモンスターの中でも全盛期の実力を持った強力な個体の素材から作り出された双剣である。G級ハンターの中でも上位の実力が無ければ討伐する事が難しいとされており、この素材から作られた武器を持っているハンターは世界に数十人程度しかいない。

すなわち、ゲンジも数少ないG級ハンターの一人なのだ。

 

「でも安心しろ。命を助けてもらったから義理は通すつもりだ。モンスターの相手は全部俺に任せろ」

 

「相変わらず頼もしい限りだ…。近々砦に遠征する事になるだろう。そのときは頼んだぞ」

 

「あぁ」

 

その後、ゲンジフゲン達と別れ宿に戻ると、武器の手入れをする。

 

ブラキディオスの武器は粘菌が付着している為に爆発させないように丁寧に手入れをする事が必要だ。

 

「ふぅ…」

一段落つき、汗を流したゲンジは汗を拭き取る為にタオルを頭に被る。そんな中、ふと部屋を見渡すと今でも愛用しているシルバーソルの装備が目に入る。

 

「…」

 

改めてゲンジは思い出した。自身がなぜこの里へと辿り着いたのかを。

 

ーーーーーーーーーーー

 

ゲンジがG級ハンターになってから僅か4年。彼が21歳の時であった。

 

「ふぅ…ようやく完成した…」

身に纏うは銀色に基調されたフォルム。所々に突出したシルエットに背中には翼。外見からはかの空の王者リオレウスを彷彿とさせるが、この装備は通常種の素材ではない。亜種よりも更に目撃例が少ない上に下手をすれば古龍よりも珍しいとされる『希少種』の素材から作り出された装備なのだ。

 

「私も…お揃いだね」

そしてもう一人。顔の作りがゲンジと瓜二つで、髪型をボブカットにしている青髪の少女。彼女の名は『シャーラ』ゲンジの双子の姉である。彼女もまたゲンジと同じシルバーソル装備を身に纏っていた。

 

「おめでとう!!ゲンジ!シャーラ!」

すると、手をパチパチと鳴らしながら二人を祝福する女性がいた。その女性は喜び満面の笑みを浮かべながら2人を抱き締める。

 

「お姉ちゃんは嬉しいぞ!!」

彼女の名は『エスラ』ゲンジとシャーラの2つ年上の姉であり、金火竜『リオレイア希少種』の装備を身に纏う女性ハンターだ。

だが、彼女は全てを揃えられている訳ではない。腕を見るとまだ胴体の装備を着用する際のレザーがはみ出している。

即ち、彼女はまだ腕の装備を作れていないのだ。

 

「私も早く揃えないとな!」

 

「その時は俺達も手伝うよ」

「私も。姉さんの装備も早く揃えたい…」

 

「弟に妹よ!!愛してるぞぉ!!!」

2人の妹と弟の言葉にエスラは歓喜するとまたもや2人を抱き締める。

 

カムラの里に来る前、ゲンジはこの2人の姉と共に腕が立つG級ハンター『金銀姉弟』と呼ばれていた。それだけではない。

 

『暁のエスラ』『宵闇のシャーラ』さらに『薄明のゲンジ』といった異名も付けられていた。

 

このように彼女達の仲は円満であり、喧嘩も度々起きるもののそれでもすぐに仲直りしてしまう。

 

 

 

 

だが、ある日に事件は起きた。

 




ゲンジ【薄明】

年齢:21歳
身長:155 cm
好きなもの うさ団子 こんがり肉 ヒノエの唄 
装備:シルバーソル一式
武器:破岩双刃アルコバレノ(後に変更)

G級(マスターランク)へと到達しているハンターであり、双剣を多彩に使い回す。中性的な顔で身体も細身ながらも筋肉は発達している。
見た目が災いとしてヒノエとミノトからは子供扱いされている。あと怪力

ヒノエ
身長 165
カムラの里の双子の受付嬢であり、姉に当たる。ハンターではないものの、百竜夜行の際に武器は弓を扱う。里の者は皆家族と決めており、誰にでも笑顔を絶やさない。
ゲンジ以上の大食いであり、一日必ず50本もウサ団子を食べるらしい。
弟分としてゲンジを可愛がっている。

ミノト
身長165
ヒノエの双子の妹であり、ヒノエと対して沈黙した雰囲気を漂わせている。武器はランスを扱う為、かなりの怪力。ヒノエと同じく里の皆を家族と思っており、ゲンジの事も弟のように思っている。


エスラ
身長168
ゲンジの姉であり、金火龍『リオレイア希少種』の防具を纏っている。妹のシャーラと共に金銀姉妹という異名で通っており、数少ないG級ハンターの一人である。妹と弟を溺愛しており、一日一回は両者にキスする事を習慣漬けにしている。ゲンジに嫌われると大泣きするらしい。

シャーラ
身長155(成長中)
ゲンジの双子の姉であり、銀火龍『リオレウス希少種』の装備を纏っている。姉と同様にゲンジの事を溺愛している。



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思い出す記憶

リメイク話です。タンジアの港での話を省きました。


 

タンジアの港にて二人の男女のハンターと自身らの計5人でとある特例のクエストへと赴き無事に達成して親交を深めると、別れを告げ船に乗り込み、とある地方へと向かっていた。

 

目的はリオレイア希少種を狩る為だ。ゲンジ以外のエスラとシャーラ。特にエスラは希少種に異常なまでの愛を注いでおり語り出したら止まらない程だ。故に友達が少ない。

話を戻すとその希少種が最近、近くの山の間を飛んでいる姿が発見されたらしい。

 

故にその場所へと向かっていたのだ。だが、その場所はタンジアの港から船で数日掛けて行く為に意外と長旅であった。

だが、ハンターにとって3日も移動に費やすなど当たり前の事だ。中にはまるまる一週間も移動に費やす事がある。それに比べれば安いものだ。

 

3日間の移動時間を終えてその間に疲れていた身体を休め終えたゲンジ達は港へと到着すると近くの拠点で少し休憩を取り、すぐさま近隣の村へと出発した。

 

「恐らくもう既に狩猟依頼が出されている筈だ!早くいこう!」

金色に輝くゴールドルナ装備を纏いながらエスラは希少種に会える事に意気揚々としており胸を躍らせていた。彼女は金火龍が大好きなのだから仕方がないだろう。

 

「姉さん落ち着いて」

 

「はぁ…」

そんな彼女を宥めるのはゲンジと瓜二つの容姿を持ち銀色に輝くシルバーソル装備を身に纏う女性シャーラであった。彼女は後ろに歩いているゲンジへと目を向けた。

 

「ゲン大丈夫?おんぶしてあげようか?」

 

「いらねぇし逆にシャーラ姉さんがぶっ倒れるぞ」

 

それから3人は険しい山道へと差し掛かるもグングンと進んでいった。

すると、険しい道は更に危険度を増し時間が経つと遂には巨大な森が見渡せる崖に差し掛かった。

崖に到着したゲンジ達3人は用心しながらその崖を歩いていた。もしもこの場所から下に落ちてしまえば命は落とさないが重傷は免れないだろう。

 

「大丈夫か?二人とも〜!」

 

「あぁ。なんとか」

 

「大丈夫…」

ゲンジは上から聞こえてくるエスラの状況確認に返答する。鍛え上げられた体力と脚力が幸いし全く苦にはならなかった。普通のハンターでも用心すれば渡り切ることは可能だ。

 

 

その時だった。空から一滴の水滴が落ちてきた。その水滴をきっかけに次々と空から雨が降ってくる。

 

「雨!?」

 

突然と巨大な嵐がその場を襲ったのだ。辺りには風も吹き始め、雨も次第に勢いを増していき遂には地面へと音を立てながら打ちつける土砂降りへと達していった。

 

「ぐぅ!?」

 

空を埋め尽くす薄暗い雲から矢の様に降り注ぐ雨が次々と身体に当たり、装備を纏っていながらもダメージを与えてきた。しかも最悪な事に向かい風の為に雨が目の部分から入り視界を不安定にさせていく。

 

「エスラ姉さん!シャーラ姉さん!どこだぁ!」

 

視界が暗くなり目の前を歩いていたシャーラ達が見えなくなるとゲンジは名前を叫んだ。

 

すると すぐ近くから声が聞こえてきた。

 

「こっちだぁ!こっちにいるぞぉ!!」

 

「…!!」

 

その声が聞こえた方向へとゲンジは目を向けた。そこには一つの洞窟に身を隠しながら手を振る二人の姿があったのだ。

目が合うと二人は何度も何度も手を降って声を掛けてくる。それに向かって地面がぬかるみながらも踏ん張りながら向かっていった。

 

「頑張れ!あと少しだぁ!!」

 

 

「あ…あぁ…!!」

 

歩みを止めずゆっくりと近づいて行く。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

突然足場が崩れ、身体が崖の下に放り出されてしまった。

 

 

「うわぁぁぁぁ!!!!!」

 

「ゲンジ!!!」

 

「ゲン!」

 

二人の声が聞こえてくるが一瞬にして遠くへと消えていった。空中へと放り出された身体はそのまま森の中へと落ちていき、次々と身体に枝が打ち付けられながら木々の間をすり抜けると地面へと叩きつけられた。

 

「がぁ…!!」

 

あの高さからの落下では流石のハンターであるゲンジでもタダでは済まなかった。背中から感じた巨大な衝撃によって息を吐き出すとそのまま力尽きたかの様に地面へと横たわる。起きようにも起き上がれず、ただ真上から降り注ぐ雨に顔や装備が濡れていた。

 

「く…姉さ…」

自身が落ちてきた崖の上へと手を伸ばす。だが、それすらも出来ない程まで力が抜けており意識も朦朧としていた。

 

そして

起き上がる事も出来ず雨にその身を打たれながらゲンジの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

 



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目覚め

痛い…身体が痛い…。

 

ゲンジは闇の中で折れた足や手を引き摺りながらも遠くに待つエスラとシャーラを追いかけていた。

 

「こっちだ!ゲンジ!」

「早く!」

 

二人が声を掛けると、ゲンジは更に速度をあげる。だが、歩いても歩いても追いつく事は叶わず、それどころか二人の姿はみるみる遠のいていった。

ゲンジは手を伸ばし、二人の元に急ぐ。

 

「待って…待ってよ姉さん!!!!」

 

 

姉さん!!!!!

ーーーーーーーーーー

 

「…!」

目を覚ますと、ゲンジの視界の前に見慣れない景色が広がっていた。木造の天井に窓から差し込む夕陽の光。

見れば自身の身体には布団が被せられていた。

 

「なんだ……ここ…」

 

「目が覚めたみたいですね」

「…!」

辺りを見回そうとした時、女性の声が耳に入る。声が聞こえた方向に目を向けると、そこには一人の女性が座りながら自身を見つめていた。

見慣れない形状の巫女服に、4本の指。更に耳は自身と同じく尖っていた。自身を見下ろす琥珀色の瞳はとても美しく、まるで宝石の様に輝いていた。

間違いない。『竜人族』だ。しかも,自身とは違い純粋な部類の者だ。

 

「アンタは…誰だ?ここは一体…」

ゲンジは彼女に名前とここの場所を問う。

 

「私はヒノエと申します。そしてここは『カムラの里』です」

「カムラの里…!?」

その里は微かだが聞き覚えがあった。街からは遠く山に囲まれた中に位置し、壁を走る技術や蟲を操り軽業師の如く空中を移動するという独特な技術を持つ人々が住んでいるとされ、年に多くのハンター達が訪れる里であった。

 

「ここがそうなのか…」

だが、聞いていたよりも静かすぎておりゲンジは情報と違う事に疑問に思ってしまう。それよりも今は身体に痛みが残っているために喜ぶ事は出来なかった。

 

「森の中で倒れている貴方を見つけてここまで運んできました」

 

「森の中……そうか……」

 

あの後、自身は気を失って気づかなかったが、この里の付近にある森に落下したようだ。

 

「して、あなたのお名前は?」

 

「俺はゲンジだ。ハンターをやってる…そうだ!!」

ゲンジはようやく理解した。現在 なぜか着物を着ており、装備がない事を。

 

「俺の装備を知らないか!?…いつつ」

咄嗟に飛び起きようとすると、身体の内部から痛みが現れ身体を駆け巡った。

 

「あらあら、落ち着いてください」

 

ヒノエの手が肩に置かれ起きあがろうとした身体を抑えてくる。

 

「装備なら表に掛けてあります。ご心配なさらず」

 

「そうか……ならよかった」

装備の無事にゲンジは一安心すると、息をつきながら包帯が巻かれている箇所をぽんぽんと叩く。

 

「…」

まだまだ痛むものの、決して動けないというわけではなかった。

 

「世話になったな。すぐに出て行く」

そう言い脚を持ち上げてゆっくりと立ち上がる。痛みは感じるものの慎重に動けばそれ程でもない。

 

 

すると

 

「…うわぁ!?」

突然 脚の力が抜けてその場に倒れてしまう。ただ脚を滑らせたという訳ではない。歩いた瞬間に物理的に力が完全に抜けてしまったのだ。

 

「あらあら…無理はなさらないでください。貴方の身体にカムラの里でも重宝されている傷薬を塗ったのですから」

 

そう言いヒノエは丸い壺を取り出す。その壺には赤い円の中にカムラと表記されていた。

 

「これは骨折等によく効くのですが、その分 丸一日歩けなくなるという副作用があるのです」

そう言いヒノエの手が伸びてくると脇に通され布団に戻される。

 

「もう1日は寝ていないとダメですよ。これを飲んでください」

 

ヒノエは湯気の沸き立つ湯呑みを渡して来た。それを受け取ると中には緑色の液体が入っていた。

 

「これは…」

 

「緑茶です。少々苦みがありますが疲れた身体に効きますよ」

 

「…」

ゲンジは手渡された緑茶をゆっくりと口の中に流し込む。熱いは熱いがそれ程でもないために一瞬で飲み干してしまった。

 

すると

 

「…あ…れ…」

 

温かいお茶が身体を温め心地よい感覚に見舞われ布団に倒れ込む。それと共に布団の柔らかさによって更に眠気が掻き立てられていった。

 

「(いや…寝ちゃダメだ…姉さん達を探さねぇと…でも…)」

心の中で即座に飛び起きエスラ達を探そうと思ったとしても身体は正直だった。

ゲンジはただ姉に会いたいと心に願いながら眠りについた。

 

ーーーーーーーーー

 

それからどれくらい眠っただろうか。

 

「…ん?」

全てが黒い視界に突然 明るい光が差し込む。

 

「朝…なのか…?」

ゲンジはそっと目を開けた。見ると部屋の中を朝日が差し込み照らし出していた。だが、身体に何か違和感があった。何故か重いのだ。まるで何かに乗られているかのように。

 

「なんだ…んん!?」

ゲンジは横に顔を向けた瞬間 固まってしまう。そこには自身を抱き締めながら寝息をつくヒノエの顔があったのだ。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

咄嗟に飛び起き、すぐさまその抱擁から脱出する。すると、その拍子にヒノエも目覚める。

 

「ふわぁ…あら、おはようございます。よく眠れましたか?」

まるで自分が何もしていないかのようにヒノエはマッタリとした笑顔をゲンジに向ける。一方で、いきなり横で寝ていた事にゲンジは驚きを隠さなかった。

 

「な…ななんで横で寝てるんだよ!?」

 

「あらあら、一緒に寝たいとこちらに抱きついてきたではありませんか。覚えてませんか?」

「はぁ!?」

 

ヒノエは昨日の夜に起こった出来事を話す。

 

ーーーーーーー

 

ヒノエはタオルを取り替えるためにもう一度 ゲンジが眠る場所に戻る。すると、ゲンジは魘されていた。

まるで何かを追いかける様に手を伸ばすかの様に。そして、次々と名前を呼ぶ。

 

「エスラ姉さん…!シャーラ姉さん…!!」

家族の名前を彼は次々と呼んでいた。ヒノエがタオルを取り替えようとすると、取り替えたその腕をゲンジは掴む。

 

「あら?」

その手にこもる力はとても強かった。まるで、ずっと追い求めていた物を離さないかの様に。

 

「姉さん…」

すると、先程よりもゲンジの声が安定して、呼吸も大人しくなった。

 

「…家族と逸れてしまったのですね」

ヒノエはゲンジの辛さが染みるように分かる。自身にも妹がいる。一度離れ離れになった時は毎晩悲しんだ。今のゲンジは自身と同じ状況だと感じ、少しでも落ち着かせる為にゆっくりと頭を撫でる、すると、スッカリとゲンジの姉を求める声が途絶え、静かな寝息を立てる様になった。

 

「ふわぁ…(私も…眠くなってきたわ…)」

そんな中でヒノエも眠気に誘われてしまう。すると、ゆっくりとヒノエは布団の中に入り込む。できるだけゲンジの手を離さない様に。ヒノエは慎重に布団の中に入り込むと、ゲンジの身体を包み込んだ。

 

「姉さん…」

「安心してください。ちゃんとここにいますよ」

 

ーーーーーー

 

「…という訳です」

 

「わぁぁあああ//////」

あまりにもの年不相応の寝ぼけ姿にゲンジは顔を真っ赤に染め上がらせ顔を両手で覆う。

 

「それで、つい、妹と思ってしまい一緒に寝てしまいました」

 

「俺は男だ!!!」

すると、ヒノエの目がゲンジの足元に移る。

 

「…!」

ゲンジは理解した。治療はしてはもらったが、その代わり、脚を見られた事を。

 

「その…俺の足袋はあるか?あまり見られたくないんだ…」

 

「どうしてですか?確かに竜人族のハンターは珍しいですが、そこまで隠すものでは…」

 

「いいから!」

ヒノエの言葉をゲンジは叫んで遮る。彼にとって、この脚はたとえ竜人族だろうと見られたくないのだ。

ヒノエは頷くと、乾かしてあるゲンジの足袋を渡した。渡された足袋をゲンジはすぐさま履く。

 

「あの…何かございましたら私でよければご相談に乗りますよ?」

 

「余計なお世話だ」

ゲンジは立ち上がると、腰や手を回す。一日経ったのか、身体の調子は元に戻っていた。

 

「よし。手当をしてくれて感謝する。それとだが、何か俺にできる事はあるか?」

 

「え?」

ゲンジはある事を問う。ハンターとしてではなく、一人の人間として一泊に加えて怪我の治療をしてくれたこの女性に何か一つだけ恩返しをする事をゲンジは決めたのだ。

これは彼の癖、いや、礼儀とも言うべきだろう。助けられたらそれ相応の御礼をする。

俗に言う『恩返し』というものだ。

 

すると、ヒノエは深刻な表情を浮かべた。まるで何か大きな悩みを抱えているかの様に。ゲンジは確実に何かある事を読み取ると詳しく聞く。

 

「何かあるようだな」

 

「はい。この里には…時より大いなる災いが起こります…数多のモンスターが里へと押し入る『百竜夜行』というものです。それは数百年前から起こり始めました。

何十頭ものモンスターが里に襲いかかり…里は壊滅寸前まで追い込まれました。当時はこの里の長である『フゲン』様とギルドマネージャーである『ゴコク』様そして加工屋のハモンさんによって被害は最小限に抑えられましたが、今の御三方は歳をとられ、全盛期からかけ離れてしまっていて…故に、私達は訪れるハンター達に助力を願いました。ですが、ハンター達は断り里を立ち去るばかりでした」

 

そう言いヒノエは手を床に置き、頭を下げる。

「お願いします。里を救うために…この災害の根絶に力を貸していただけませんか…?」

 

その姿勢は今まで何度もしてきた事が読み取れる。それでも声を掛けられたハンター達は皆 逃げていったのだ。

そして、ヒノエの目にも若干ながらも涙が浮かんでいた。何度も何度も声を掛けて、苦労をしてきたのだろう。

 

「…」

 

『百竜夜行』

その単語にゲンジは興味が湧く。姉達も大事ではあるものの、彼女達ならハンターとしての力はつけているために何処かへと避難または、村に入っている頃だろう。それに、命を助けてもらった故にこれくらいする事は当然だとゲンジは思い、頷き承諾した。

 

「いいぞ。命を救ってくれた礼だ。根絶するまで協力する」

 

「…!!」

すると、ヒノエは下げていた頭を突然上げるとパァと顔を輝かせ、それと同時に身体を飛び上がらせると抱きついてきた。

 

「ありがとうございます!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!!!抱き着くなぁぁぁ!!!」

ゲンジは姉達と会う前に里へ住み、災害の謎を追う事に決めた。

 

 

 

 



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カムラの里

里を襲った大災害『百竜夜行』の原因を突き止め根絶する事を承諾したゲンジは、ヒノエに連れられ、外に出る。

 

ーーーーーーーー

外へと出た瞬間 ゲンジは目を大きく見開かせた。

 

「…!」

目の前に広がっていたのは、正に幻想と呼ぶに相応しいほど美しい景色だった。多くの桜が舞い散り、その下には店や家が立ち並んでおり、まるで街のように栄えていた。

 

 

「さぁ、行きましょう」

ヒノエは立ち止まるゲンジの手を取り歩き出した。ヒノエの顔が知れているのか、道行く人々は皆ヒノエに手を振ったり頭を下げていた。だが何故か自身へは冷たい目線だけが突き刺さっていた。

 

「(なんだ…?一体…)」

 

 

「まずは里をご案内します」

ヒノエはゲンジを連れてある場所へと向かう。そこは巨大な炎が鉄を溶かし、溶かした鉄を男達が次々と金槌で叩きつけ、加工音を鳴り響かせる『鍛冶屋』だった。その近くにある武器を置いている場所では鉄を打ち続ける初老の男性がいた。

 

「ハモンさん。おはようございます」

 

「…」

ハモンと呼ばれた男性はゆっくりとこちらへ目を向けた。全身には老人には見合わない筋肉に加えて、他者を威圧させる程の鋭い眼光。

ゲンジを見た瞬間にその眼光は更に鋭くなる。

 

「何か用か?」

 

「はい。百竜夜行の撃退に協力してくださるハンター様を案内していました。こちらは『ゲンジ』さんです」

 

「そうか…」

ハモンは頷くと、再びその鋭い視線と共に手に持っていた金槌をゲンジへと向けてきた。

 

「儂の名前は『ハモン』だ。それだけ言っておく。いいか?儂のところには武器の生産、強化の用事以外は近づくな」

 

「ハモンさん!」

「…フン」

 

ヒノエに注意されながらも、ハモンは鼻を鳴らし再びゲンジから目を離し、加工へと戻った。ゲンジは長年のハンター生活の経験から、加工屋は少しのミスも許されない為に集中している中で気安く声をかけられるのは癪に触るのだろうと解釈し、頷いた。

 

「分かった」

 

「つ…次にいきましょう!」

ヒノエはゲンジの手を引っ張るとその場を後にする。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「すいません。なにぶん ハモンさんは気難しい人でして…」

 

「別に気にしてない。加工屋は大体あんな感じだろ」

 

「いや、そうではないと思いますが」

次に連れてきたのは里の吊橋を渡った先にあるアイルー達が多くいるオトモ紹介所であった。

 

すると、ゲンジより若干背の低い少年が大量のアイルーを連れて現れた。

 

「ヒノエさん!おはようございます。おや?貴方は」

現れた少年はヒノエの後ろにいるゲンジを見る。少年はゲンジに見覚えがあったのか、何かを思い出し、手を握る。

 

「貴方がハンターさんですね。僕の名前は『イオリ』です!オトモの事ならなんでも任せてください!」

 

「お…おぅ。俺は『ゲンジ』だ。よろしくな」

「はい!オトモが必要となったらいつでも来てください!」

ゲンジは戸惑いながらも挨拶と自己紹介をする。

 

「イオリくんはハモンさんのお孫様でもあるんですよ。ではイオリくん。オトモの事はお願いしますね」

 

「はい!」

 

その後、イオリと別れると、ヒノエはまた手を引く。

 

「そろそろお腹が空きましたでしょ。とっておきの場所に連れて行ってあげます」

 

「いや…まだ二軒しか回ってねぇぞ。腹減ってるのお前だけだろ」

ゲンジの手を引っ張るヒノエの表情は今までにない以上に輝いていた。

 

連れてこられた場所は一人の少女が2匹のアイルーと共に餅を突いている出店だった。そこにはお花見用なのか、何本もの長椅子が桜の下に設置されていた。

 

「あ!ヒノエさ〜ん!やっと来てくれた〜!」

その少女は手を振ると、ヒノエに駆け寄る。

 

「こんにちはヨモギちゃん。早速ですがウサ団子を私の分とこの子の分をお願いできますか?」

 

「お?そちらが話していたハンターさんですね!」

ヨモギと呼ばれた少女はヒノエの後ろにいるゲンジに目を向けると、頭を下げる。

 

「初めまして。私は『ヨモギ』!ここのお団子屋をやっております!どうぞお見知り置きを!」

 

「あぁ…俺は『ゲンジ』だ」

活発な自己紹介をするヨモギという少女にゲンジはまたもや戸惑いながらも自己紹介をする。

 

「ではではでは!初めてのゲンジさんにはお試しという事でウサ団子一人前をご馳走しちゃいます!しばし待たれよ!」

クルクルと周りながら承ったヨモギは歌を口ずさみながら数本の串を取り出す。すると、次々とアイルーがこねた団子をお手玉のように回すと、空中に投げ飛ばした。

 

 

すると、ヨモギの身体も飛び上がり、次々と空中に浮かぶ団子に向けて串をクナイのように飛ばした。

 

「ヤァ!」

すると、その串一本一本が軌道上にある団子を3つずつ貫通していき、一つのお団子となる。

 

「ニャ!」

そして、そのお団子をキャッチするかの如く、もう1匹のアイルーが木の板を取り出すと、次々と向かってくるお団子がその板へと突き刺さった。

 

「わぁ〜!!」

「…」

それを見ていたゲンジの隣に座っていたヒノエはパチパチと手を叩く。ゲンジも、空中に浮かぶ団子全てに命中させていることに驚く。

 

「はいどうぞ!」

するとヨモギから一杯の湯呑みに汲まれたお茶と先程木の板に突き刺さった巨大な団子を差し出された。これは『ウサ団子』といい、カムラの里の名物である。

 

「ちゃんとよく噛んで食べるんだよ!」

 

「あ…そうか…」

団子を一本手に取ったゲンジはふと、横に目を向ける。自身の隣に座っていたヒノエは大量に積まれた団子を美味しそうにモサモサと食べていた。

 

「……」

その場面を見たゲンジは再び団子に目を向けるとゆっくり口を開けて一つの団子を口にする。

 

 

「…!!」

その瞬間 口の中に甘みが広がる。モッチリとした食感に噛めば噛むほどに広がる独特な風味が口の中を満たした。

 

ゲンジはその味に夢中になり、残りの2つもアッサリと完食してしまう。

 

「はい!食べ終わった後はお茶をどうぞ!」

出されたお茶を見ると、茶柱が立っていた。ゲンジはゆっくりと飲む。すると、先程の団子の甘味とお茶の苦味がマッチし、口の中を更に快感に包み込んだ。

 

「う…美味い…!」

 

「やったぁあ!!」

ゲンジのふと漏らした感想にヨモギとアイルー達は手を合わせながら飛び上がる。

 

「これがウサ団……ご…って…速!?」

不意に横を見ると、あんなにあった団子の山が消え去っており、ヒノエが満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「ここのお団子屋さんはハンターがよくクエストに行く前に訪れる場所でもあるんですよ。お団子それぞれにハンターさんの身体能力を向上させる効果があるのです」

 

「そうだったのか…だから多くの種類の団子があるんだな」

ゲンジは掲示されているお団子の種類に驚く。すると、ヒノエは立ち上がると手を差し出した。

 

「では、里長の所へと参りましょう。集会所にご案内します」

ゲンジはその手を取らず、立ち上がるとヒノエの後を付いていく。

 

ーーーーーーーーーー

ハンターズギルドの出張所が設置されている村には必ず集会所が存在し、その村独特の設備も設置されていることがある。ここ、カムラの里にも集会所が存在しており、中にはアイルー達が切り盛りする団子屋があった。

その他にも中央には桜が植えられており、風に煽られて美しい雨を降らせていた。

 

「ここが…集会所か」

ヒノエに連れられたゲンジは今まで見てきた集会所とは違う雰囲気に興味を持った。すると、受付が見える。

 

「あちらが集会所の受付場です」

 

「あそこが……ん?」

ヒノエが紹介した場所を見ると、受付にヒノエと容姿が似ている女性が立っていた。だが、ヒノエと違い、二つの髪飾りをつけており、目も彼女と違い吊り上がっていた。

 

「あの受付の奴は…?」

 

「彼女はミノト。私の双子の妹です。私は里での依頼を、ミノトは集会所での依頼の仲介人を授かっています」

 

「そうなのか」

すると、その『ミノト』という受付嬢はこちらに気づくと、カウンターから出て歩いてきた。

 

「ヒノエ姉様。どうなされましたか?……そちらのお方は…」

 

「…」

ミノトはヒノエの横にいるゲンジに目を向ける。彼女の吊り上がった鋭い目線がゲンジに向けられる。対してゲンジはそれに臆する事なく、闘争心を剥き出しにした鋭い目線を返す。

 

 

 

…………

 

「…ヒノエ姉様…この子怖いです」

 

「は…?」

すると、突然 向かいに立っていたミノトがヒノエの後ろに逃げる様に隠れる。その様子にゲンジは緊張が抜ける。

 

「私より小さいながらも獣のような鋭い瞳から殺意を感じます…」

 

「あらあら…」

 

「おい…」

何故か予想していた反応が180度違うためにゲンジは抗議する。

 

「小さいってなんだよ!あとお前が最初にこっちを睨んできたんだろうが!?」

 

ミノトはふいとゲンジから顔を逸らす。

 

「私は別にそんなつもりはありません。元々目がこのような形なだけです。見た目だけでご判断なされたのですか?」

 

「ぐぅ…」

ミノトはゲンジを睨んでいる様に見えたのが、それはただ彼女の目が最初から鋭いだけである。

 

「おぉ!ようやく来たか。待っていたぞ」

 

すると、集会所の奥から二人の男性が歩いてくるのが見えた。

一人はゲンジよりも半分程度の背丈の老人であり、もう一人は体格が六尺を軽く超える筋骨隆々の男性だった。

 

その二人はゲンジに向けて陽気に手を上げる。

 

「俺は『フゲン』こちらがここのギルドマネージャー兼長老である『ゴコク』殿だ。お主が『ゲンジ』だな?」

 

「あぁ」

貫禄とはいえ、体格からはとてつもなく大きな覇気が出ていた。恐らく全盛期ではG級相当のハンターだっただろう。

そんな中で、ゲンジは頷くと知りたがっていた百竜夜行について問う。

 

「フゲンさん…と言ったか。アンタに聞きたい事がある。百竜夜行ってのはどういう災害なんだ?」

 

「うむ…数多の竜すなわち『百竜』そして、それらの強襲すなわち『夜行』。百竜夜行とは多くのモンスターが一斉に里に攻めてくる事だ。その災害が何故起こるのか。原因が今もなお掴めておらん状況だ」

 

ヒノエの説明と全く同じだ。詳しく聞いた意味がない。故にゲンジは質問を変える。

 

「ヒノエから聞いた。この里に来たハンターに次々と声を掛けたが、全員に断られたそうだな?何故だ。出てくるモンスターが強すぎる個体ばかりなのか?」

 

「それは儂が答えるでゲコ」

すると、ギルドマネージャーであるゴコクがゲンジの前に出ると、フゲンの代わりに説明した。

 

「襲撃してくるモンスターの中には普通のハンターでは手に負えない『ヌシ』という者が混ざっておってのぅ…。今でもまだ全容が掴めておらんのでゲコ。故に得体の知れないモンスターを相手にしたくないが為に断られてしもうたのだ」

 

「…声かけたハンター全員が腰抜けか。まぁいい」

ゲンジは断ったハンター達を軽蔑すると、肩を鳴らす。

 

「俺の力が必要なら手を貸す。命を助けてくれた礼として」

 

その言葉にゲンジを恐れていたミノトの目が変わる。それと同時に里長のフゲンは笑みを浮かべた。

 

「頼もしいな。流石は『薄明のゲンジ』だ」

 

「な…」

自身が呼ばれていた異名を口にしたフゲンにゲンジは驚く。

 

「知っていたのか…?」

 

「知らぬわけがなかろう。お主の腕は既にこの地方にも響いておる。天性の双剣使いであり、希少種を狩る力量を兼ね備えておると。一度、主の狩りを間近で見てみたいな」

 

「生憎だが、俺の狩猟スタイルは見せもんじゃねぇ。取り敢えず、滞在するための宿はあるか?」

 

「いや、お主には空き家を一つ渡そう。そこを自分の家だと思って自由に使ってくれ」

 

「分かった…」

 

ーーーーーーーー

その後、ゲンジはヒノエの案内の元、広い空き家へと案内された。中は整理されており、埃もあまり見当たらない。

 

「ここをご自由にお使いください」

「へぇ…結構広いんだな…」

ゲンジは持っていた荷物と装備を辺りに置く。

 

「何か必要なものがありましたら遠慮なくお申し付けください」

 

「あぁ。いいのか?ここまでしてもらって」

 

「お気になさらないでください。私は嬉しいのです。共に戦ってくれる仲間…家族が増えた事が」

 

「家族…?」

 

「えぇ。里の皆は私にとって掛け替えのない家族だと思っているのです。それは共に闘ってくれる貴方も同じです」

 

「家族…か」

笑みを浮かべながら答えるヒノエにゲンジは頷く中、忌まわしき幼少期を思い出してしまう。彼にとって、家族とは自身に苦しみを与えた存在とでしか見ていなかった。母親は生まれてすぐに病死。父親からは妙な血を打ち込まれた。

ヒノエがどう思っていようが、肉親である姉達を除いてゲンジにとって家族なぞ、塵に等しかった。

 

「…んなもんの何がいいんだよ…」

ヒノエに聞こえない様に吐き捨てるとゲンジは今後の予定を考える。すぐさま依頼を受注してクエストに行くのも良いが,どうなのだろう。

 

「依頼で何か大型モンスターの奴あるか?」

 

「今の所はありませんよ。もし大型モンスターの依頼が届きましたらすぐにお知らせいたします」

 

「なんだ…じゃあ狩場の下見にでも行ってくるか」

 

「あらあら、今日はもうお休みになられてはいかがですか?もし眠れないようでしたら私が子守唄を」

 

「んぐ…」

完全に子供扱いされているゲンジは頭に怒りマークを浮かべる。昨日といい、今朝といい、ヒノエは自身を幾つだと思っているのだ。

 

「ガキ扱いするな!お前らからすれば子供だが、これでもちゃんとした21歳の大人なんだよ!」

 

「まぁ!」

皮肉ながらもゲンジは自身の歳を告白する。すると、ヒノエは完全に意外だったのか、驚きの声を上げる。

 

「竜人族にしてはお若いのですね」

 

「だから俺は竜人族じゃ…もういい」

ゲンジは髪を掻きむしると、話が通じないと思い、断ち切ると、荷物整理をし始める。だが、崖から落ちた際に殆どの荷物が消え失せており、いつも常備していた回復薬グレートや、ハチミツ、そして秘薬も消え失せていた。幸いにも、財産だけは残っていた。

 

「……崖から落ちた時に荷物が幾つか無くなってやがる…どうするか」

 

「あ!でしたら…」

ゲンジは荷物の減少に頭を悩ますと、ヒノエは何かを思いつき、ゲンジを連れて外に出る。

 

ーーーーーーーー

連れてこられたのはカムラの里の家が立ち並ぶ場所だった。その間にある幅の大きい道には、1人の顔を隠した若者が立っていた。若者の後ろには、多くの雑貨が並べられた車輪付きの台があり、その引き手には寒冷地域に生息する草食モンスター『ポポ』がいた。

 

「いらっしゃいませ。おや、珍しいですね。ヒノエ様が男性の方とご一緒とは」

 

「こんにちは。彼が道具を欲しがっていたので連れてきました。今は大丈夫ですか?」

 

「えぇ。どうぞごゆっくりと」

その青年は素顔を見せずとも、とても清らかな雰囲気を漂わせていた。

 

「アンタは…」

 

「申し遅れました。私は『カゲロウ』と申します。ここカムラの里にて雑貨屋を営んでおります。以後お見知り置きを。ハンター殿」

 

「お…おぅ。俺は『ゲンジ』だ。よろしくな…」

その青年はゆっくりと頭を下げながら自己紹介をしてくる。戸惑ったゲンジも慌てて自身の名を名乗る。自己紹介を終えていた事を確認したヒノエはゲンジにここがどういう場所なのか教えた。

 

「カゲロウさんは狩りに必要な道具を取り揃えているんですよ。なので、必要な物ができた際は心強いと思います」

 

「そうか……早速だが。あれとあれと………

 

ーーーーーーーーーー

 

その後、必要な物を買い揃えたゲンジはヒノエと別れて自宅へと戻ると、次々と準備する。

 

「っ……ハチミツは採取しねぇとな」

いつも持ち歩いていた回復薬グレートを作るにはハチミツが不可欠だが、流石のカゲロウも取り揃えていなかった為に、直に取りに行く事になる。

今日からいよいよ、新しい土地での暮らしが始まる。

 

 



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訓練

「フッ!!!」

ゲンジは現在、カムラの里に設置してある修練場にて、汗を流しながら次々と空を駆けていた。

 

事の始まりは今朝だ。

 

ーーーーーーーー

 

目を覚ましたゲンジはクエストへと向かう為にヒノエの場所を訪ねる。ヒノエのいるクエスト受付場は本人の意向もあってなのか、集会所に近い場所にあった。向かうとヒノエは椅子に座りながら次々と書類をまとめていた。

彼女に近づくとその音に気づいたのか此方に笑みを向けながら頭を下げた。

 

「あ、おはようございます」

 

「あぁ。依頼はあるか?」

それに対して頷くと依頼の有無を確認する。

もしなければ、適当な小型モンスターの依頼を受けて新しい狩場に慣れようと考えていたのだ。

けれども、ヒノエは首を横に振る。

 

「残念ながらまだ依頼はありませんね」

 

「…分かった」

依頼がない事を知るとその場から引き返し自宅へと戻る。何も無ければ受ける気はない。

 

すると彼女が自身を呼び止めた。

 

「では今日はクエストではなく翔蟲の練習をしてみては如何でしょう?」

 

「翔蟲?」

初めて聞く単語に首を傾げる。すると、ヒノエは空に向けて呼びかけた。

 

「お願いしま〜す!」

 

ヒノエの声に呼応するかの様に屋根から黒い影が目の前に降り立つ。

 

「お呼びですか〜?」

現れたのは忍者の様な軽装備で、手拭いで口元を隠している青年だった。そして、その青年はゲンジを見るととてつもなく軽く明るい口調で喋り出した。

 

「やぁ初めましてベテランハンター君!ここの里の教官『ウツシ』だ!今日はよろしく頼むよ!」

 

「え?」

いきなり手を取られ上下左右に揺らされる。ゲンジはこの男の素性をヒノエに尋ねる。

 

「彼はハンター教官の『ウツシ』さんです。主に翔蟲の使用方法や、その応用を伝授しています。里付近の狩場は常に高低差のある厳しい場所なので、彼からいろはを学んだ方がよろしいかと」

 

「そ……そうか」

ヒノエの説明にゲンジは納得するも、明らかに今まで会ってきた教官とはテンションが全く違う事に驚いていた。

 

「では、早速訓練といこう!修練場へと案内するから着いてきたまえ!」

そう言いウツシの後をゲンジはついて行った。

 

だが、向かう中、ゲンジは里の人々からの妙な目線を不思議に思っていた。

 

ーーーーーーーーーーー

連れてこられた場所は滝が流れ落ちる巨大な訓練場だった。

 

ここには武器を試すための多くの設備が設置されている。たとえば、太刀や大剣といった切れ味を試すために、モンスターの肉質が再現された木。そして弓やボウガンの射撃力を試すための的。

 

 

更に真ん中には巨大なモンスターを模したカラクリが設置されていた。

 

「ここは…?」

 

「見ての通り修練場さ。翔蟲を試すための段差に壁走りの為の壁。そして武器を試すには不可欠なモンスターのカラクリ。しかもこのカラクリは技も出してくるからカウンターの試しもできるんだ!」

 

そう言いウツシが指示を出すと、カラクリが動き出し、口らしき部分が開くと、巨大な水鉄砲を向こう側に放つ。

完璧な設備を見た事でゲンジは驚きの表情を浮かべた。

 

「すげぇな…こんな設備は見た事がねぇ。これまで多くの村を見てきたが、演習場がある村は初めてだ」

 

「そうだろそうだろ♪さて、まず翔蟲というのは簡単に言えば蟲の事さ。糸を絡ませて空へと放てば。しばらくその場で止まっていてくれる。そして、それをロープのようにして、ぶら下がりながら遠くへと飛ぶ。これが基本的な扱い方だ」

 

そう言いウツシは2匹の翔蟲をゲンジに渡す。

 

「狩りにおいて、里の決まりでは2匹を持ち歩く事が決められている。早速実践といってみよう!」

ウツシの指導の元、ゲンジは翔蟲を使用する。

 

「ふぅ…!!」

ナイフを投げるが如く、空に向けて翔蟲を飛ばす。すると、身体が引きつけられ、ゴムの様に弾性力の力で宙へと放り投げられる。

昔、上位のリオレウスに尻尾を振り回され、吹き飛ばされた感覚と似ていた。

 

放り投げられたゲンジはそのまま着地する。

 

「おぉ!お見事!まさか初めてで上手くいくとは思わなかったよ!」

ゲンジが地面へと着地するとその動きが正に手本そのものなのか、ウツシがパチパチと手を叩く。

 

「多くのハンターを見てきたけど皆最初は宙を舞う感覚が初めてだから殆どのハンターが最初は失敗していくんだ。さぁ、次は空中で止まる事だ。翔蟲に捕まったまま、手を離さないそれだけだ」

 

「…」

言われた通りにゲンジはもう一度 翔蟲を取り出し、空中へと放つ。最初は引き寄せられるもののウツシに言われた通り、手を離さずにしていると、自身は宙に浮かんでいた。成功したのだ。

 

「うんうん!これまたお見事!因みにだが、翔蟲は一度使って懐に戻すと、数秒間だけ休ませないといけないから注意が必要だよ!」

 

「あぁ。確か、これを応用して武器を使うっていうのを聞いた事があるんだが?」

 

「あ〜!鉄蟲糸技の事を知っているとは流石だね!そうさ。この翔蟲を使って普段の体勢からできない武器の振り方をする事が可能なのさ!難しいとは思うが、次はそれにチャレンジしてみよう!」

 

今度は流石に難しい為なのか、ウツシが手本を見せる事となった。背中に備えてある双剣を取り出すと彼は早速その動きを見せる。

 

「双剣の場合はこうするよ!」

 

まずは相手に翔蟲を付着させ、その弾性力を利用しながら斬り刻む『朧掛け』

 

そして、同じく相手に翔蟲と同時にクナイを付着させ、弾性力を利用した際に、回転斬りを放ちながらクナイを爆発させる『鉄蟲斬糸』

中でも、朧掛けをした時は、受け身としての態勢を取る事が重要であり、活用できればカウンターを喰らわせる事が可能らしい。

 

「こんなところかな。さぁ!やってみよう!」

ゲンジは言われるがまま、武器を手に取る。

 

「…!!」

 

先程見せた技を頭に思い浮かべながら、ゲンジは目の前に翔蟲を飛ばす。すると、身体が引っ張られる。その拍子にゲンジは双剣を取り出すと、次々と乱舞を放つ。

 

「ふぅ…!!!」

そして、乱舞が終わるとゲンジは双剣をゆっくりと背中に収めた。

 

「おぉ!」

見様見真似で困難と言われている鉄蟲糸技を習得し完璧な動きを見せた事でウツシは驚くと共にゲンジに大きな拍手を送った。

 

「凄いじゃないか!!動きも完璧。まさか初日でここまで成し遂げるなんて思いもしなかったよ!」

 

「…」

ウツシから褒められるその一方で、ゲンジは双剣をみつめていた。何かが物足りなかったのだ。

 

 

そして、本日最後の基礎訓練となる。

 

「最後は難しいが崖上りだ!あの垂直な岩場を登るから見ていてくれ!」

そう言いウツシは筋肉を脚に集中させると、一気に壁に向けて走りだす。すると、目の前に聳える巨大な壁をまるで地面を走るかの様に駆け上っていた。

正に『忍』だ。あんな技は一般のハンターでは到底不可能だろう。

 

そして、頂上へと着く前にウツシは何度も、スタミナを回復させる為に、走りを中断して翔蟲を取り出すと空中で停止する。

 

頂上へと着いたウツシはそのまま飛び降りた。

 

「よっと…ではやってみよう!だが、これは危険だから初心者の君は5メートル程度の岩から挑戦した方がいいだろう!」

そう言いウツシは近くにある小さな岩を指さす。だが、ゲンジはそれを聞き入れる事はなかった。

 

「ふぅ…」

息をはき、ゆっくりと構える。自身と同じ岩へと挑戦するつもりだ。

 

「ちょ!?流石にあれは初心者の君では無茶だ!」

ウツシが止めようとした瞬間

 

 

「フゥッ!!!!」

ゲンジの身体が砂埃をあげて走り出した。その速度は完全にウツシを上回っており、一瞬で岩の真下に着く。

 

 

そして

 

その身体は次々と上へと登っていった。

 

「うそ…」

ウツシは今度は驚きではなく不意に言葉を漏らしながら唖然とし始めた。今までの技を初回で成功させたハンターは少数ながらも見てきてはいた。だが、この壁走りだけは誰もが最初は失敗していた。

最初から成功する者は完全にゲンジが初めてだった。

 

しかも、彼が脚をついた箇所が何故か深く凹んでいた。まるで、脚を突き刺したかの様に。

 

「君は一体…何者なんだ…!?」

 

彼は才能があったのか?はたまたマグレなのか?疑問だけが生まれてくる。

 

すると、

 

「これでおしまいか?」

アッサリと頂上についたゲンジが飛び降りてきた。

 

 

「あ…うん!そうだね!では、次は実践訓練といこう」

◇◇◇◇◇

ヨツミワドウを模したカラクリの前にきたゲンジとウツシ。ウツシはアイルー達に操作を頼んだ。

 

「さぁ!早速 先程の鉄蟲糸技を練習してみようか!その前に調整を…て!?」

ウツシに言われた通り、ゲンジは翔蟲を取り出すと、空高く飛び上がる。

 

「え!?ちょ…まだ起動してないよ!?」

 

ウツシの静止も耳に受け止めずゲンジは高い位置に到達すると、その真下にあるカラクリに目を向ける。

 

 

それと同時に自身の頭の中に空中での動き方のイメージが湧き上がった。

 

「フフ…!」

不敵な笑みが溢れると共にゲンジは宙を舞う中、双剣を取り出す。

 

ゆっくりと引き抜き、それと同時に逆手持ちへと変える。今までに無かった彼本人のオリジナルの狩猟スタイル。

 

 

「ヴゥッ!!!」

その場に鳴り響く木を削る音。それは次々と辺りに鳴り響く。

 

目の前にあるカラクリに向けてゲンジは双剣を突き刺すと同時に身体を回転させ、次々とそのカラクリの線にそうかのように双剣を突き刺した。

そして、その最後の双剣を突き刺した直後に、ゲンジは体勢を即座に立て直し、カラクリを踏み台にすると空高く飛び上がる。

 

空中で身体を高速回転させ、滞空時間を長くすると同時にゲンジはそのカラクリに向けて翔蟲を飛ばし、接近すると再び身体の線をなぞる回転乱舞を放つ。

 

ーーーーーーーーー

 

「…!!」

ウツシは言葉を失ってしまった。ゲンジが突然 空へと飛んだと思いきや、教えてもいないのに双剣の回転乱舞をし始めていたのだ。双剣の回転乱舞は空気中の体勢の変化が激しい為に、何度も何度も練習して慣れなければベテランハンターでさえも上手くはいかない。だが、それをゲンジは全く初めてだというのに、自在に動き、更にそこから次の動作を繋ぎ出していた。

 

「あの動き…完璧とは言えないな…まるで自分で思い描いたような感じだ…しかも…」

ウツシが更に注目しているのはその双剣の持ち方だ。右手に持つ剣の持ち方がまるでナイフを掴んでいるかのようだった。

 

「なんなんだ?あの持ち方は…」

 

すると、修練場の入り口からフゲンが歩いてきた。

 

「訓練の方はどうだ?」

「里長…それが…」

様子を見にきたフゲンにウツシは漏れなく今までの結果を伝える。すると、やはりフゲンも驚きの表情を浮かべる。

 

「なに…!?既にそこまで到達しただと!?」

フゲンもフゲンで現役時は相当な腕前ではあったが、それでも壁走りや鉄蟲糸技は何度も失敗していた。最初はフゲンもいくらゲンジでも壁走り又は鉄蟲糸技で挫折する可能性があると予想はしていたのだ。

 

「その上、彼は教えてもいないのに空中での双剣の戦法を身につけています。見る限り本来の動きよりもスムーズな上に他の技へとすぐに繋げられるような動きを…」

 

「ふむ…」

フゲンは顎に手を当てて考える。里に協力してくれる事はありがたいが、果たして彼は何者なのか。里長は気になって仕方がない。

その上、ヒノエから妙な報告も聞いていた。

 

それはゲンジの脚や耳が竜人族に酷似している形に加えて、竜人族である認識をしていなかった。

本当に彼は何者なのだろうか。

 

「…考えていても仕方ない。まずはゲンジに里の技術に慣れてもらおう。素性はあまり聞くな」

 

「御意」

 

「…にしても本当に凄いな」

 

「まぁ確かに」

二人はゲンジの次々とカラクリに繰り出す回転乱舞に見惚れてしまい、眺めていた。

すると、

ようやくその乱舞の終わりが見えた。カラクリに最後の一撃を与えたゲンジは跳躍すると、ウツシ達の前に飛び降りてくる。

 

「ふぅ…」

消費したスタミナを回復するようにゲンジは深呼吸する。すると、フゲンが来ていた事に気が付いたのか、目がこちらに向けられた。

 

「なんだ。来ていたのか」

「あ…あぁ」

やはり聞くべきなのか。いや、今は聞くべきではないだろう。フゲンはゲンジに問おうと考えていた事を胸の奥にそっとしまう。

 

 

 



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オトモ紹介

演習場を後にしたゲンジは自宅へと戻ると、休眠に入った。流石に慣れない動作をしてしまった為に疲れてしまう。だが、自分でも不思議に思っていた。なぜ、思い描いた動作をアッサリとできてしまったのだろうか。

 

「これも……あの薬のせいなのか…?」

 

いや、そんな事はどうでもいい。ゲンジはゆっくりと目を閉じた。

 

そして、気になっている事が一つだけあった。

それは里の住人からの目線だった。自身がヒノエに連れられている時、里の人々からの視線はとても冷たかったのだ。

 

「(俺が来る前に何があったんだ?)」

ーーーーーーーーー

 

そして、次の日、ヒノエからはまだ依頼は来ていないと言われたゲンジは今日もやる事がない為にどうしようか考えていた。

 

「でしたらオトモを選んではいかがでしょうか?」

 

「オトモ…か」

ゲンジはこれまで、単独での狩りが多かった為にオトモはつけた事がなかった。

 

「確かにいたら助かるな……」

ゲンジは人生で初のオトモを選ぶこととなる。背伸びをすると、イオリが営むオトモ紹介所へと向かった。

 

「あ!ゲンジさん!よく来てくれました!」

複数のアイルーやガルクというモンスターと戯れていたイオリはゲンジを見ると駆け寄ってくる。

 

「よぅ。早速で悪いが、オトモを貰いたい」

「分かりました」

ゲンジはイオリにオトモを要求すると、イオリはオススメのアイルーを呼ぶ。

 

「ミケ!おいで!」

「はいニャ!」

すると、一人の白い毛並みのアイルーが名乗り出た。耳は逆立っており、尻尾も長く。一般的なアイルーよりも若干だが、大きい。

 

「彼はミケです。僕としては現在のオトモの中では一番強いと思いますよ。武器やブーメランの扱いもです」

 

「そうか。……じゃあお前に決める」

「ニャ!」

指名されたアイルーは胸を張り返事をするが、正直 ゲンジはオトモは誰でも良かった。そもそもオトモというものがどのようにしてサポートするのかさえもゲンジは分かっていない。

故に適当に決める。

 

「では、次はこの子ですね。おいで!」

イオリが手を叩くと巨大な狼のようなモンスター『ガルク』が走ってきた。巨大……うん。巨大だ。お座りしても尚、イオリの身長より高い。

 

「この里ではアイルーと共にガルクというモンスターもオトモとして雇用できます。背中に乗れば素早く狩場を移動できる上に脚の筋肉が強い為に壁も登る事が可能です」

そう言いイオリはガルクの頬を撫で回す。イオリに相当懐いているのか、ガルクはペロペロとイオリの頬を舐めていた。

 

「成る程。確かに心強いな」

狩場で一番困るのはモンスターを見失った時だ。このガルクに乗れば、モンスターを探すのに効率が良いだろう。

 

「なら、1匹雇用させてもらう」

 

「はい!なら、ミケと一番仲がいいこの子にしましょう。ハチ!」

「ワンッ!」

『ハチ』と呼ばれたのは毛並みが青く、耳がミケと同じく逆立ち尻尾もフサフサのガルクだった。

 

「ほら、今日から君のご主人様だよ。いっておいで!」

「ワン!」

すると、ハチは嬉しそうに吠えながらゲンジに駆け寄ると…

 

 

頭を噛んだ。

 

 

「いてててて!?なんだ!?」

 

「その子は少し特殊でして、普通のガルクなら懐いたら愛情表現として舐めるのですが、ハチの場合は懐いた相手に噛み付くんですよ」

 

「明らかに嫌われてるだろ!?噛む力が尋常じゃねぇぞ!?」

だが、ハチはメチャクチャ懐いていた。その証拠に噛んでいるとはいえ、尻尾が凄い勢いで降っていたのだ。

次々とゲンジの額から血が流れ出るが、それでもハチは嬉しそうに頭を噛んでいた。

 

「取り敢えずオトモはこれでオッケーですね。ではご健闘をお祈りします!」

 

「いい感じで終わらすなぁ!血が出るオトモの雇用なんざ聞いた事ねぇぞ!?」

 

その後、ゲンジは結局 この2匹に決めた。

 

「次噛んだらはっ倒すぞアホ犬」

 

「ワン!」

ゲンジの後ろをガルクは嬉しそうについて行った。そして、今も尚ゲンジの額からは血が流れていた。

 

そんな中で、ゲンジはある疑問を持っていた。それは里の者達の目線だ。里を回った時もウツシと共に大社跡へ行く時も、そして、今も尚この時も里の者からの目線は冷たかったのだ。

 

「ミケ。俺が来る前になにがあったんだ?ヒノエやフゲンさん達以外の里の人達から睨まれているように見えるんだが」

 

「…」

すると、ミケは黙り込んでしまう。

 

「何かあったらしいな」

「はいニャ…」

ミケは簡潔に話した。

ゲンジの前にこの里に3人組のハンターが訪れた。装備も中々の実力者であったらしく、フゲンは百竜夜行の対処への協力を申し出た。その3人は二つ返事で了承したが、その日から彼らの横暴な振る舞いが始まった。

 

団子はタダに踏み倒し、ヒノエやミノトを口説こうと歩み寄ったり、鍛冶屋の装備品に毒を吐いたりと。

更には歩み寄ったガルクを蹴り飛ばした事もあったらしい。正にやりたい放題であった。

だが、それでも里の人やフゲンは必ず百竜夜行を退けてくれると信じていた。

そして、ゲンジが里に来る数日前にフゲンは3人のハンターに百竜夜行がこの数ヶ月以内に起こる事を伝えた。

 

その瞬間 その3人のハンター達は朝起きると宿から消えていた。荷物も全て持ち、宿の金も払わずに。

 

まんまと里はハめられてしまったのだ。

それ以来 フゲンやヒノエ、そしてイオリやヨモギ以外の里の者達はハンターを信じる事ができなくなってしまったのだ。

 

「…ひでぇ話だな」

弱みに漬け込み里を食い物にした所業にゲンジはシワを寄せる。このような事は偶にある。だが、まさか自身が滞在する里で起こる事は初めてだった。

 

「ゲンジには申し訳ないニャ…」

「いや、寧ろその話を聞いて里の奴らの対応は正常だ」

里の者達の冷たい視線の正体がようやく分かったゲンジは納得する。

代わりに謝罪をするミケにゲンジは首を振るとヒノエの依頼受付場に赴く。その際に、この里はやはり、ハンター不足な為に、大型モンスターが出現した際はすぐには対処ができない事をミケから教えられた。

そのような状況下でさえも自身を助けてくれたこの里にはゲンジは感謝しかなかった。

 

「…ミケ。ハチ。これから溜まってる依頼を引き受けるが、いいか?」

 

「はいですニャ!」

「ワン!」

大型モンスターの依頼しか受けないと考えていたが、その考えが変化し、ゲンジは大社跡の採取クエストをまとめて引き受けた。

 



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閑話:カムラの里の日常 団子のアイデア

クエストが終了し、休憩する為にヨモギと2匹のアイルーが経営する茶屋にヒノエと共に脚を運んだゲンジは、名物のウサ団子を注文しようと声を掛ける。

 

「ヨモギ〜。ウサ団子二つ……ん?」

出てきたのはいつも明るい雰囲気とは真逆のドンヨリとした暗い雰囲気と共に現れた痩せ細ったヨモギだった。

 

「「!?」」

いつものヨモギとは思えない程の落ち込みにゲンジとヒノエは驚く。

 

「はい…ウサ団子2本…承りました〜…」

 

いつもならば2匹のアイルーと共に得意の射的を見せながら用意してくれるのだが、この日は射的なしで団子を直に刺して、出した。

 

お茶も茶柱が立たない上に薄く、完全にいつもとは調子が悪い方で違う。

 

何かあったのかと思い2人は相談に乗る事にした。

 

ーーーーーーーーー

 

「実はね…」

ヨモギはお盆を抱え脚をプラプラとさせながら悩みを打ち明ける。

 

「新しいお団子のアイデアがどうにも浮かんでこないんだ」

 

「新しい団子の…」

「アイデア?」

ゲンジとヒノエは同時に首を傾げながら同時に一つ目の団子を口に運ぶ。

 

「うん…。いつもならすぐに浮かぶのに今は中々浮かばないんだぁ…」

 

「店を営む者から見て新しいアイデアってそんなに重要なのか?」

「特にそうでもないですけど、ヨモギちゃんは新しいお団子の開発に力を入れているから浮かばないのは致命的となりますね」

 

ハンター業しかやっていなかったゲンジはヒノエに経営について聞くと、ヒノエは説明した。それに加えて、前にもこのような事があったらしい。その時はすぐに解決したのだが、今はそれよりも酷い状態らしい。

 

「あ〜!!良いアイデアが思い浮かばない〜!!!」

 

「だったらこういうのはどうだ?」

頭を掻きむしりながら叫ぶヨモギにゲンジは一つのアイデアを提案する。それは桜の花びらが舞う景色を風景に作り出された桜色の団子。

 

「ピンク色の生地に桜をのせた桜団子」

「まぁ素敵!」

 

何とも春らしいアイデアにヒノエは感嘆する。けれども、ヨモギはその案を却下する。

「それはもう作っちゃった。味はイマイチだった」

 

続いてヒノエが案を出す。

 

「じゃあモンスターをイメージしたらどう?例えば緑、桜色、金箔のリオレイア団子に赤、蒼、銀箔のリオレウス団子とか」

「へぇ。原種、亜種、希少種と並べるのは斬新だな」

 

「確かにいいね!!……けど、金箔も銀箔もない…」

ヒノエのアイデアにゲンジは納得し、ヨモギもナイスアイデアと笑顔を浮かべるも材料がない事を思い出し却下する。

 

「じゃあアイルーを形にしたアイルー団子はどうだ?あれなら女性からの受けもいいだろう」

「確かに可愛い形は興味を引かれるわね」

 

「それはいいかも…」

2度目に出した提案にヨモギは頷くと、メモするが、それでもまだまだ足りない上にシックリこないらしい。

 

「何かこう…ドカァーンとしたものないかなぁ〜。一つだけは思いついたんだけど…」

 

「それはどんな奴だ?」

ヨモギがようやく思い描いたイメージをゲンジは聞く。

すると、ヨモギの頭から雲が湧き出て一つの枠を作ると、そこにヒノエとミノトを模した二つの団子の間にゲンジの顔を模した団子が挟まれながら串に刺されていた。

 

「ミノトさんとヒノエさんに挟まれたゲンジさんの2股団子」

「却下しろ」

 

年相応とは思えない程のゲスな発想にゲンジはすぐさま手で仰いで思い浮かんだイラストをグチャグチャにする。

 

「いいじゃない。私達姉妹の間に挟まれたゲンジ…素敵ね…」

 

「素敵じゃねぇよ不適だよ。気色悪い」

 

プチ

ゲンジの言葉にヒノエはプチッと額に怒りマークを立てると悪い笑みを浮かべる。

 

「あ〜ら。そんな事言うならゲンジが寝ぼけて私に『お姉ちゃん』って言いながら甘えてきた事を皆に教えてあげようかしらぁ〜?その時はトロンとした笑顔で抱きついてきて__

 

「やめろぉぉおお!!」

 

 

ヒノエの暴露にゲンジが顔を真っ赤に染めながら止めている中、ヨモギはふと入り口の鳥居に居座っているフクズクを目にした。

 

「ムム…?」

次に里を走っているガルク、そしてその上に乗りながら遊んでいるアイルーを見る。すると、ヨモギの頭に閃きの雷が落ちた。

 

「これだ!!!」

 

「「え?」」

 

 

翌日

 

「ふむふむ。これはいいな。里の動物達を形にしたのか」

里長フゲンが頬張っているのは1つ目がフクズク2つ目がガルク3つ目がアイルーというマスコット系の動物達が象られた団子だった。

 

さらに、それぞれ中身も違い、フクズクはウグイス庵、ガルクは小倉庵、アイルーは醤油タレといったカラフルなモノだった。

名付けて『里モン団子』

 

 

なんとそれが大好評であり、ヨモギの店には行列ができていた。

 

「里モン団子一つ!」

「里モン団子三つ!!」

 

まるで餌に群がる鯉のように客が入れ食い状態となる。

 

「押さないで押さないで〜!!はい次の人!」

 

ヨモギとアイルー達はせっせと作り置きしておいた大量の里モン団子を購入しに来た里の皆やハンター達に渡していく。

 

「繁盛してるわね」

 

「結局アイデアだした意味ねぇじゃねぇか…」

 

「終わりよければ全て良しですよ」

そしてその傍らの長椅子には里モン団子を手にしたヒノエとゲンジとミノトが座っていた。

 

3人は同時に里モン団子を口に運んだ。

 

「「「美味しい!」」」

 

 

 

 



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初心への戻り

ゲンジはヒノエが待機している里の受付場へと赴いた。

 

「ヒノエ。溜まっている大社跡の採取クエストはあるか?」

 

「え?でも前は大型モンスター以外は受けないと…」

 

「気が変わった。あるのか?」

 

ヒノエは不思議に思いつつも頷きゲンジに採取クエストを紹介する。あるのは特産キノコの納品に火玉ホオズキの納品。そして小型モンスター『ジャグラス』の討伐であった。

 

「ミケちゃん、何かあったの?」

「秘密ニャ」

ヒノエから事情を聞かれたミケは話さずにそのままゲンジの後をついて行った。

 

ーーーーーーーー

 

来るのは2度目だが、やはり大社跡は元は人間が住んでいたのか、多くの風化した生活器具や、住居跡などが見える。中には朽ちた鳥居も発見できた。

 

ゲンジはただ無言で次々と採取を済ましていた。

「ゲンジ。ここに大量の特産キノコがあったニャ!」

 

「おぅ」

ゲンジとミケは採取を全て終えた。ポーチには特産キノコが依頼通り5個に加えて、採掘した火玉ホオズキが5つ入っていた。

 

「さてと…次はジャグラスか。ハチ」

「ワン!」

ゲンジはハチに指示すると、ハチはゲンジを乗せて、支持されたエリアへと向かった。一応、ゲンジは乗りの経験があるのか、ガルクへの搭乗もアッサリと成し遂げる。更にハチも優秀な部類のガルクなのか、ゲンジとミケを乗せたままでも風の如く走った。

ハチはゲンジに支持された通りに肉食モンスターの巣へと向かった。

 

ーーーーーーー

 

『ジャグラス』

それは四足歩行の肉食モンスターである。身体は大人とほぼ同じ大きさであり、単体ならば複数の大人で対処が可能だが、集団となるならば、一般の人々では対処が難しい。

 

「……いたな」

ゲンジがついた場所は水辺と鳥居の跡があるエリアだった。そこには水辺で休んだり、獲物を探している何頭ものジャグラスがいた。

ゲンジは武器を取り出すと、ハチの背から降りて、ジャグラスの元に向かう。

 

ジャグラスは凶暴で牙などの噛みつきは危険ではあるが、そこまで俊敏ではないために、基礎的な訓練を終えた駆け出しハンターでも十分に対処はできるだろう。

 

ゲンジは余所見をしていたジャグラスを次々と斬り刻み、討伐していく。

 

そして、僅か数十秒でその場にいた約6頭のジャグラスはゲンジによって討伐された。離れた箇所にいたジャグラスはハチとミケが連携して倒したようだ。

 

「これで依頼は完了したな。戻るぞ」

 

「ニャ!」

「ワン!」

 

ーーーーーーーーー

帰還した時は既に日は沈んでおり、多くの里の者達が自身の家へと帰る姿が目立つ。

クエストから帰還したゲンジは相変わらず冷たい視線や、避けられる対応の数々に会った。

 

「(まぁ、しばらくは耐えるしか…ないか)」

そう悟ったゲンジは報告する為にヒノエの場所へと向かう。明るいランプをつけ、その小さな光に照らされながら仕事をするヒノエにゲンジは声をかける。

 

「終わったぞ」

「まぁ!速いですね。お疲れ様です」

ヒノエはゲンジの依頼書に達成した事をしたためると、報奨金を出す。

 

「こちらが報奨金になります」

「あぁ」

ゲンジは渋々とその報奨金を受け取った。

 

「どうされたんですか?」

「…なんでもない」

ゲンジの表情を不審に思ったヒノエから事情を聞かれるも、ゲンジは答えずにそのまま自宅へと向かった。

 

ーーーーーーー

 

「はぁ…」

自宅に着いたゲンジは装備を外すと、脚、腰以外はインナー姿となり、その場に寝転ぶ。

 

何故か複雑な気分だった。なぜ、この里にここまで肩入れしてしまうのか。助けられた礼とは言ったものの、自分がなぜ3人のハンターの尻拭いのような事をしようとしているのか。

 

「もう全然分からねぇ…」

自身の行動の原動は何なのか。ヒノエに助けられたからなのか、里が危機的状況下にも関わらず自身を助けてくれたからなのか。

考えれば考えるほど、悩んでしまう。

 

「(まぁ…いいか)」

里との付き合いも百竜夜行を退けるまでだ。それが終わればもうここに用はない。難しく考える必要はないだろう。

 

 

ゲンジはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 



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オサイズチ

「ゲンジさん。ゲンジさん」

「…ん?」

不意に寝ていた身体を誰かに揺さぶられて、ゲンジは目を覚ます。まだ日が顔を出していない明朝の前。自身の眠る布団の横にはヒノエが腰を下ろしていた。

 

「なんだ…?」

「来ましたよ。『大型モンスター』の狩猟依頼が」

「やっとか」

遂に来た狩猟依頼。ゲンジは肩の骨を鳴らすと、装備を纏う。シルバーソル装備は見た目は重いように見えるが、実は軽いのだ。素材として使われるリオレウス希少種の重殻も重鱗も硬く軽いという何とも異質な素材である。故に双剣使いのゲンジにとっても、比較的に動きやすい装備なのだ。

 

「いくか」

空はまだ暗い。だが、もうすぐ朝日が顔を出そうとしている。

 

「んで?そのモンスターはなんて奴だ?」

 

「はい。『オサイズチ』です」

『オサイズチ』

それは、多くの地方で見かけるドスジャギィと同類の鳥竜種である。ドスジャギィと同様に小型の肉食モンスター『イズチ』を従えており、集団で敵を撹乱させる戦法を持つという。何でも商人が向かう中で、遭遇したらしく、運良く逃げ切れたものの、未だ流通経路を闊歩しており、このままでは流通が停止してしまう可能性があるらしい。

ゲンジは未発見のモンスターに興味を持つ。

 

「名前からするに小型モンスターのリーダー的なやつか?」

「はい。ですが、ご油断はなさらないように。オサイズチは尻尾が斧のように鋭く、殺傷能力が高いので気をつけてください」

「あぁ」

ヒノエの僅かながらの情報を聞き入れると、ゲンジは大社跡へと向かう。

 

ーーーーーーーーー

 

鎌風一陣 迫り来る 鎌風二陣 攻め寄せる

長の鎌風 来たりなば 已すでに土壇場 三枚おろし___。

 

 

ゲンジは大社跡に到着すると、支給品ボックスを漁る。支給品ボックスには応急薬や、携帯食料が届けられているが、体力は秘薬があり、スタミナは強走薬がある故にゲンジはその系統のアイテムには目を向けなかった。ただ、地形だけは把握できていないので、支給品である地図を見て、即座に怪しい3点を見つけるとハチに向けて示す。

 

「ハチ。この場所に向かってくれ。最短に」

 

「ワン!」

ハチは返事をすると、ゲンジとミケを乗せて走り出す。

ハチの速度はいつも変わらず速く、あっという間にキャンプがある地点からモンスターが闊歩するエリアへと移動した。

乗る中、ミケはゲンジに場所を示した理由を問う。

 

「でもなんでここだって分かったニャ?」

 

「勘だよ」

ハチはゲンジ達を乗せたまま、目の前にある巨大で朽ちた鳥居を通り、深部へと入っていく。すると、中には竹林が見えてきた。

 

 

「…すぐ近くにいるな。見ろ。食い散らかした跡がある」

ゲンジが指さす方向をミケは見る。そこには、食い散らかされた草食モンスターの遺体があった。腸が既に引き摺り出されており、肉も引きちぎられていた。

 

それと同時に更に奥の竹林から、鳥竜種の鳴き声も聞こえてくる。

 

 

ハチは左右が竹林に挟まれた大きな道を進み、二手に分かれている道のうち、左手に曲がった。

すると、そこには目的のモンスターが、自慢の尻尾の切れ味を確かめるように竹を切る動作をしていた。

 

「いたニャ!」

 

数匹のイズチ。だが、一頭だけ明らかに巨大な個体が混じっていた。通常のイズチよりも発達した四肢とヒノエの情報通りの尻尾の先端部分に生えている鋭利な刃。

 

「ミケ、ハチ。俺がオサイズチをやる。お前らは周りのイズチを任せる」

「ニャ!」

「ワン!」

 

ゲンジは双剣を取り出すと、オサイズチに向かって駆け出す。強走薬を飲み、それと同時に鬼人化を行うと、目の前にいるイズチもろとも、オサイズチに向けて身体を回転させると、オサイズチ達に向けて刃を振るった。

 

「オラァ!!!」

身体を回転させながら放つ回転斬りはカマイタチの如く刃の嵐となり、オサイズチの至近距離にいた2.3体のイズチを吹き飛ばし、それと同時にオサイズチの額に傷をつけた。

 

「ギャオ!!」

ようやく気づいたオサイズチはすぐさま跳躍し距離を取ると、ゲンジに向けて威嚇する。

 

ゲンジはその威嚇する姿勢を隙と見て、更に双剣を振り回す。

 

 

「ハァッ!!!」

アルコバレノに宿された爆破属性の粘菌が次々とオサイズチに付着していく。更には、元の攻撃力も高いために、オサイズチはアッサリと怯んでいく。それもそうだ。ゲンジの極限に鍛え上げられた肉体が振るう双剣は成熟個体の中でも歴戦を勝ち抜いたG級個体の素材から作り上げられた武器だ。格が違う。

 

「キャイン!」

弱々しい声をあげると同時に攻撃された頭を引っ込めるように後ろへと後退する。だが、ゲンジは双剣を振るう事をやめない。

 

「ヴァア!!!!」

怯んだオサイズチに向けてゲンジは双剣を振り回し、肉を削ぐ。そして、遂に爆破属性の粘菌が赤く活性化し、遂には粘菌が付着していたオサイズチの頭部に付着した粘菌が爆発した。

 

「ギャァオオオ!!!」

上がる苦痛の悲鳴。だが、ゲンジは手を緩める事はない。苦痛の声とは即ち弱っている証拠だ。ハンターにとってその苦痛の叫びは原動力となる。

 

あとは完全に息の根が止まるまで斬り刻むだけだ…!!

 

ゲンジの双剣を振るう速度は更に増していく。従来の動きだけでもオサイズチを圧倒していた。鉄蟲糸技も使わずに。

 

「オラァ!!!」

そして、双剣の力を込めた一閃。二つの剣を拳の如く振り下ろした。その瞬間 再びオサイズチの身体が爆破する。すると、それが最後の一押しとなったのか、オサイズチの身体が大きく吹き飛ばされると同時に弱々しい声をあげながら、起き上がる事が無くなった。

 

「ふぅ…」

オサイズチの亡骸を見て一仕事を終えたかのように息をつく。

辺りを見回すと、ミケとハチが上手くやったのか、イズチ達の亡骸も転がっていた。

 

「ゲンジ!終わったかニャ!?」

 

「あぁ。お前らもよくやったな」

駆け寄ってきたミケとハチの頭をゲンジは撫でる。

 

「さて、ハチミツでも取って帰るか…」

ゲンジは初めて見るモンスターな故に記念に一度、素材を剥ぎ取る。剥ぎ取ったその素材はオサイズチの牙であった。

 

その後、ゲンジは再びハチに跨ると、ハチミツを採取して、キャンプへと戻り、カムラの里へと帰還した。

 

 

 

 



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帰還そして鮮明に思い出す忌々しき過去

 

「はぁ…随分とくだらねぇ理由だった…」

あの後、よくよくクエストの依頼文章を読み直すと、何とウサ団子の材料の餅米を輸送していた商人が足止めをされていたようだ。即ち、オサイズチを討伐しなければウサ団子は作れない。

 

「ヒノエのやつ…それで俺にあんな朝っぱらから依頼が入った事を伝えたんだな…はぁ…」

 

「ゲンジも好きニャンでしょ?」

 

「まぁ美味いからそこは何とも言えん…」

 

ガルクに跨りミケと談笑していると里へと到着した。

 

「…?」

 

見ると里に帰還した自身を珍しく里の人達が迎えていた。

いつもは出迎えが無いので、ゲンジは驚いていた。

どういう風の吹き回しなんだ?

 

ゲンジは次々と里の人々の間を通り抜けていく。皆は驚きの目線を向けていた。やはり、里に残って依頼をこなし続ける自身を不思議に思っているのだろうか。だが、中には変わらぬ冷たい視線を送る者達もいた。

 

 

そんな中、いつも目を合わせないようにしていたその視線と目が合ってしまった。

 

「…!!」

自身を凝視するその視線が過去を遡り、忌々しい幼少期を鮮明に思い出させた。

 

『来るなバケモノ!』

 

『とっとと出ていけ…!』

 

その目は、あの村の子供と大人から向けられた視線と一致していた。

 

その瞬間

 

「ぐぅ…!!!」

額から汗が流れ出てくると同時に次々と鼓動が激しくなり、胸が苦しくなってくる。

 

___やめろ…やめろ…!その目を俺に向けるな…!!やめろ!そんな目で見るな!!!

 

「ゲンジ!?大丈夫かニャ!?」

視界が混乱してくる。ゲンジの身が地面に崩れた事でミケは駆け寄るも、ミケの声も耳に入ってこない。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!!」

汗が次々と止まらぬ勢いで流れる。

 

「お…おい大丈夫かアンタ!?」

 

「…!!!」

数人の里の人々が手を差しのべようとすると、ゲンジはそれを振り払い、走り出す。

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!!」

息を切らしながら。あの目線から逃げるようにゲンジは走る。

見るな…!その目を向けるな…!!!!

 

 

 

「あ!ゲンジさん。お疲れ様で…」

声を掛けようとしたヒノエをも無視し、ゲンジは逃げるように自宅へと向かう。

 

そして、自宅の玄関を潜り抜け、居間に辿り着いたゲンジは段差に腰を下ろした。

 

 

段差に腰を下ろしたゲンジは、汗で濡れた額に手を当てる。過呼吸になりながらも、先程の視線を忘れようとする。ゲンジは何度も何度も自身を落ち着かせる為に連呼した。

 

「落ち着け…落ち着け…」

ただ、見られたくない脚や耳を見られた訳ではない。あの目線は違う。そう考えてゲンジは必死に冷静になろうとする。そして、数分後、ようやく落ち着きを取り戻したゲンジは深呼吸をする。

 

「ふぅ…」

汗も止まり、鼓動の心拍数もゆっくりと正常に戻す。

 

 

「…あ、アイツら置いてきちまった…」

ようやく物事を思考出来る程度まで回復すると、ハチとミケを置いてきてしまった事を思い出した。すぐさま戻ろうとすると、ハチの走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「お?」

 

その瞬間 玄関をハチが飛ぶように入ってきた。その背中にはミケが乗っていた。

 

「ニャァ!ゲンジ!大丈夫かニャ!?」

 

「ハチ…ミケ…」

2匹はゲンジに駆け寄る。対してゲンジは必死に自身に顔を押し付けてくるハチの頭を撫でながら、置き去りにしてしまった事を謝罪した。

 

「悪かったな…置き去りにしちまって」

「それはいいニャ!俺達が心配してる点はそこじゃないニャ!」

「…え?」

 

すると、それに続くかのように玄関から、もう1人の人影が見えて、中へと入ってきた。

 

「…!ヒノエ…」

入ってきた人物はヒノエだった。彼女はゲンジが自身を無視しながら走り去った事を不審に思い、後から追いかけてくるミケ達に事情を聞き、駆けつけたのだ。

 

ヒノエは近づくと、座りながら俯く自身と同じ目線になるように腰を下ろしてきた。

 

「ミケちゃんから聞きました。貴方が突然苦しみ、その直後に何かから逃げるように走り出したと。なにがあったんですか…?」

なぜ、突然走り出したのか、ヒノエはゲンジに問う。だが、ゲンジは答える気は無かった。なぜ、関係もないコイツらに話さなければならない。話して何になる?どうにもならないだろう。

 

「別に何もねぇよ…」

簡単に話を終わらせるためにそう零した。

だが、ヒノエは簡単には話を終わらせなかった。

 

 

 

「嘘はやめてください…!」

ヒノエの静かなる一喝がその場に響き渡る。普段温厚で笑顔を絶やさないヒノエが声を低くさながら怒鳴る姿はミケ達も初めて見たのか、ミケとハチは驚きながら耳を押さえうずくまっていた。

 

そんな中で、ゲンジを一喝したヒノエはゲンジに語り掛ける。

 

「全てお見通しですよ。貴方は…とてつもなく深い悩みを抱えています。その証拠に…私が来てからずっと貴方は震えているじゃありませんか」

 

「…!」

ゲンジは初めて気がついた。自身の手先や脚が随分と前から震えていることに。口では誤魔化せようとも、身体は正直だった。

 

「…教えてください。貴方に…貴方の身に何があったのですか?」

もう言い逃れはできない。話せば前に滞在していた村と同様に気味悪がられるだろう。

そう覚悟した。

 

「分かった…全部話す…」

ゲンジは話そうとする。だが、口を動かしただけで再び身体が震えてきた。

 

__怖い

 

またあの目線を向けられるかもしれないと考えただけで心が締め付けられる。

 

そんな時。

ヒノエの両手が震える自身の肩に優しく添えられた。目の前にはヒノエが真っ直ぐ自身を見つめていた。

 

「たとえどんな理由でも私達は貴方を絶対に軽蔑したりなんかしません。だから安心して話してください」

 

「……!」

向けられたヒノエの瞳はとても美しく、真っ直ぐで優しかった。まるでエスラのように。

 

『ちゃんとお姉ちゃんに話してごらん!』

 

ゲンジはヒノエの顔をエスラと重ね合わせる。身体も震えが止まり、鼓動も落ち着きを取り戻した。ゲンジは初めて姉以外の他者を心の底から信用すると、自身の身体の事と過去を全て話した。

 

「俺は…生まれた時はこんな身体じゃなかった…」

ゲンジは装備を外すと、いつも履いている足袋を外した。そこに見えたのは、正にモンスターの脚だった。肌は人間だが、見た目はイビルジョーを彷彿させている。先端部分が三つに分かれて、短いながらも鋭い爪が生えていた。

 

また、髪も掻き上げ、耳を見せる。それはヒノエと同じく先端が尖っていた。

 

ゲンジは話し出した。なぜ、こんな身体になってしまったのか。

 

 

 



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告白する過去。そして重ね見る姉の顔

 

 

俺が生まれたのはここと同じく山に囲まれた大きな村だった。家は少しだけ裕福だったが、その分、幼い頃からハンターとしての基礎訓練を叩き込まれた。サバイバル生活に武器の扱い。3姉弟の中でエスラ姉さんとシャーラ姉さんは次々と課された訓練をクリアしていったが、俺は生まれた頃から肺が弱かったから過酷な訓練もすぐに息が切れて最後まで続かなかった。

 

 

そんなある晩に…俺は父親から寝ている合間に妙な薬を打たれた。その日を境に全身から痛みと共に感覚も麻痺して、俺は苦しみながら三日間を寝床で過ごした。

そして、目覚めた時には 俺の脚と耳は人間をやめていた。

 

「…なんだ…これ…」

目に映ったのはモンスターの脚だった。三叉に分けられた指一本からは短いながらも鋭い爪が伸びていた。また、耳も竜人族と同じく尖っていた。

その姿になった日から、俺の身体能力は爆発的に上昇した。今までの訓練を倍の容量でやっても疲れず、更に壁さえもを走れるようになった.。

 

 

竜人族は人間と容姿が違うものの、俺の村ではそれが認知されてるくらいは発展していた。だが、俺の姿は竜人族とは言えなかった。人間にも竜人族にもない身体を見た村の奴らは俺をバケモノと罵り始めた。

村の大人達から汚物を見るような目で睨まれ、村の子供からは毎日毎日石を投げられるようになった。

 

『こっちにくんなよ!』

 

『バケモノは村から出てけ!』

理解が出来なかった。なぜ、こんな事をされなければならないんだ。

俺は何度も父親に言う。

 

『どうして俺は他の皆と脚の形が違うんだ?』

だが、父親は明確な答えを出さず、

 

『大丈夫だ。すぐ同じになる』

そればかりだった。

何度も何度も聞くもただその答え一つだけでしか返してこなかった。

 

そして、何の答えも返さぬまま…親父はとうとう死んだ。不治の病にかかっていた。だが、父親が死んでも俺は悲しむ事はなかった。

 

それから、奴の遺品を整理していた時、妙な書類を見つけた。それは一つの薬の詳細が書かれたものだった。

 

『竜人化薬』

人間を竜人族へと変化させる薬だった。寿命と身体能力が大幅に伸びるに対して、通常の竜人族とは脚や耳が違う形になってしまう副作用があった。命に関わる副作用が存在しない為に多くの商人達から次々と取引の依頼が殺到していたのだ。

 

そして…親父の手帳からは俺の身体の変化と身体能力の情報が明確に記されており、商人との間でその薬を高値で取引していた事も書かれていた。

その金で親父は豪遊をしていた。

なぜ、父親は俺に薬を刺したのか、明確な理由が分からなかったが…この時確信した…。

 

俺は父親から実験材料としてしか見られていなかった。

 

もう俺は生きる気力を無くしテーブルに置いてあったハンターナイフを握りしめて首に突き付けた。

 

だが、

生きる事を諦め、死を決めようとした時に励ましてくれたのがエスラ姉さんとシャーラ姉さんだった。2人は俺を気味悪がる事なく、毎日 普通に接してきてくれた。

俺の身を案じてエスラ姉さんはある提案をする。

 

「ゲンジ、ハンターになろう。たとえ、その身体でも、ハンターとなり、人々の為に依頼をこなせば必ず皆は受け入れてくれるよ」

その言葉を俺は信じて3人でハンターになる事を決めた。

ーーーーーーーーーー

 

「だから俺はハンターになった」

 

「そうだったんですね…」

 

「唯一信用できるのは姉だけだった。だから…俺はずっと姉に頼って自身の存在を肯定し続けてきた」

ヒノエはようやく理解した。ゲンジが何故あそこまでして隠したがっていたのか。そして突然苦しむと同時に走り出した事も。姉との再会を渇望している理由も。

 

「俺は寿命が伸びても…この姿を見て気味悪がられなければそれでよかった…けど…」

 

ゲンジの脳内にまたあの冷たい視線が浮かびあがる。

 

「行く先々で依頼をこなしても…向けられる視線は同じものばかりだった。そんな視線が遂には頭の中に縛りつけられちまった。忘れたかと思えば似ている視線を見た瞬間に思い出してくる…それが俺には耐えきれなかった」

 

そう言い自身のトラウマも話す。あの時 走り出したのは里の人の目線が当時の視線と酷似していたからだ。

腹の中に溜まっていた事を吐き出して少しだけ心が軽くなったのか、気づけば涙目となっていた。

 

「だから今まで隠していたのですね」

 

「あぁ…」

ヒノエも妹のミノトと同じく、一時は自身の容姿にコンプレックスを抱いていた。だが、それは自身だけが気にしているだけであり、大きな問題では無かった。里の皆は竜人族という一つの種族として受け入れてくれていた。だが、ゲンジは人間でも竜人族でもない。故に自身よりもとてつもなく重く苦しい悩みを背負っていた。

 

 

「あの時の視線が…俺は怖かった…。昔を思い出したから走り出したんだ…」

自身のパニックに陥った理由も告白する。向けられた視線自体がゲンジのトラウマとなっており、彼の頭の中に根を張っていたのだ。

 

「お辛かったのですね…」

ヒノエはゲンジの背をさすると、優しく囁いた。

 

「安心してください。カムラの里の皆は絶対に貴方を軽蔑したりなんかしません。皆優しいですから」

 

里に50年以上住まうヒノエは里の皆の事をよく知っていた。

 

だが、ゲンジには分からなかった。

里の者の事を少数の者しか知らない。果たしてヒノエの言う通りになるのだろうか。疑問を抱えながらも、ゲンジの表情からは既に苦しみが消え去っていた。

 

腹の中に溜まりに溜まった不安を告白した事で少しだけだが、気分が晴れたのだ。

 

「吐き出してスッキリしたよ…」

ゲンジは自身の過去を受け止めてくれたミケとハチに礼を言う。

 

「ミケ…ハチ…ありがとな。悩みを聞いてくれて」

 

「気にするなニャ!俺達はゲンジのお供ニャ!」

「ワン!」

 

すると、ミケはハチに乗る。

 

 

「ヨモギにお団子頼んでくるニャ!」

そう言い2匹ははしゃぎながら出て行った。

 

そして、ゲンジは自身の悩みを話すきっかけと共に最後まで聞いてくれたヒノエに礼を言った。

 

「ありがとな…お陰で何とか立ち直れそうだよ。ヒノエ姉さん」

 

「気になさらないでください。これからは何か悩みがあれば私がご相談に乗りますよ。…………………『姉さん』…?」

 

「え?」

いきなりキョトンとするヒノエにゲンジは首を傾げる。

 

 

 

…………………はっ!!!」

 

ゲンジはようやく気がついた。エスラと重ねたばかりに彼女の事を本当の姉のように呼んでしまったことを。

 

「わ…わわ…わぁぁぁぁ//////」

 

その瞬間 ゲンジの顔がリンゴのように真っ赤に染め上がる。そういえば前にもこのような事があった。寝ぼけて様子を見にきたヒノエの手を姉と勘違いして掴み離さなかった事を。

そしてそれをヒノエは忘れる事はなかった。ニヤニヤと笑みを浮かべながらからかうように顔を近づけてくる。

 

「あらあら〜また間違えてしまいましたね〜♪」

 

「いまのは違う!断じて違う!!あれはただお前が姉に似ていたから!!」

そう言いゲンジは口をアグアグと手を前に突き出しながら訂正する。

けれども今更訂正しようともう遅かった。完全にゲンジの脳内ではヒノエを姉として認識してしまっているのだ。

 

ヒノエはゲンジの慌て様に微笑むと、ゲンジの頭に手を置き、あやすように撫でた。

 

「里にいる間は私の事を姉と思っていてもいいんですよ」

 

その暖かい母性もエスラにそっくりであった。エスラと重なって見えてしまったからにはもうゲンジはこの後は『ヒノエ』と呼べなくなってしまう。

 

「……分かった……言葉に甘えるよ…ひ…『ヒノエ姉さん』」

 

「フフ。よろしくねゲンジ」

 

そしてその日からゲンジはヒノエの事を姉の様に思う様になった。



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変わる日常 そしてミノトの心情

ヒノエに自身の過去を打ち明け、少しだけ胸が軽くなったゲンジは、その日以来から、必ずヒノエと共に団子屋に立ち寄るようになった。

一方で、ヒノエはゲンジから姉として見られるようになったのが満更どころか、相当気に入ったらしく、以前まで敬語であったが、今はタメ口で家族同然のように話すようになった。

 

そんな中で、ゲンジはヒノエに大型モンスターの依頼について聞く。ヒノエはまだ届いていないと言うと、ゲンジは落胆してしまう。そんな様子を見て、ヒノエはある提案をする。

 

「大型モンスターの依頼なら集会所にたくさん来ている筈ですよ。一度 行ってみてはいかがでしょうか?」

 

「そうだな」

ゲンジは最初 ヒノエに案内された集会所へと向かう。

集会所というより、里自体にハンターがゲンジ1人しかいない為に集会所はガラガラであった。

ギルドマネージャーであるゴコクは入ってきたゲンジを見た瞬間 嗜めていた筆の手を止めると、驚きの声を上げながら迎える。

 

「ほほぉ〜?久方ぶりよのぉ。主がここへ来るのは」

 

「ギルドマネージャー殿か。早速だが、クエストをここで受けたい。許可をもらいにきた。ギルドカードは一応持っている」

 

「ゴコクでよい。ふむふむ…」

ゲンジから差し出されたハンターカードを見た瞬間 ゴコクは目の色を変える。ギルドカードに記されているのは直近の狩りの記録の他に、どのモンスターを何頭討伐したかも記録されている。

ゴコクが目にしたのはそのモンスターの一覧だ。

リオレウス希少種を6頭。リオレイア希少種を3頭という強運を匂わせる程の希少種の狩猟実績に加えて、『イビルジョー』や『ブラキディオス』そして『ジンオウガ亜種』といった超強力なモンスターも狩猟していた。

 

「いやはや…さすがじゃな。既にG級に上り詰めておる。HRも問題はないな。主なら今届いておるどの依頼を受けても問題ないでゲコな」

 

ゴコクはゲンジに許可を出す。ゲンジはギルドカードをしまうと、ミノトというヒノエの双子の妹が請け負うカウンターへと向かった。

 

「依頼あるか?」

 

「…」

ゲンジがそう聞くとミノトは何も言わず、ただクエストの一覧表の本を差し出した。

 

「どうぞご自由に」

 

「あぁ」

少し冷たい対応だった。こちらに目を向けず、ただ依頼書を差し出す動作に、ゲンジは不思議に思うも、これが普通と認識し意に介さなかった。受け取った依頼書を次々とめくる。

やはり集会所は依頼の受付が周辺の地域となっている為に、多くの大型モンスターの依頼が届けられていた。なるべくだが見た事がないモンスターに会いたいと思ったゲンジは一枚の依頼書を見つける。

 

「…コイツはいいな」

目をつけたのは見た事がないモンスター『アケノシルム』だった。

ゲンジはミノトに受ける依頼を指さす。

 

「これを受ける」

 

「…」

ミノトは目を向けずに依頼書を取り出す。ゲンジは契約金を取り出すと、ミノトに渡した。

受け取ったミノトは慣れた手つきで書類を作成すると、印鑑をつく。

 

それきりだった。何も自身に目を向けずに。ゲンジはそれを意に介さず、出発口へと向かった。

 

ーーーーーーーーーー

 

私は彼が嫌いだ。

 

初めて会ったのは姉様が彼を運んできた時だった。眠る顔は美しく、声を聞くまではずっと女性だと勘違いしていたほどだ。

だが、ハンターである以上 私は快くは思えなかった。

里に一時期訪れていたハンター達によって、私たちはハンターへの信用を無くしてしまった。もちろん全てのハンターがそのような者ではない事は分かっていた。けれどももう信じる事ができなくなってしまった。

 

その直後に運ばれたのが彼だった。装備は間違いなく上級。里でもツワモノの部類に属するだろう。

2度目に会った時は、彼は澄んだ蒼い瞳を向けていた。美しいと思い、私はその目をじっと見つめていたが、何故か睨まれてしまった。

 

里長から百竜夜行について真剣に聞く姿はこれまで会ったハンターの中では見ない姿勢だった。

けれども、どうしても、私は彼が協力するとは思えなかった。

 

彼がカムラの里に住むと決まった時、私は里長に尋ねた。

 

「何故、彼を…ここへ?」

 

「ミノト。お主がハンターを信用できない理由もわかる。だが、俺は感じたのだ。先のハンターと違い、ゲンジからは覇気を感じる。そして、百竜夜行という名を聞いた時、奴の目は昔の俺のような狩人の目をしていた。それに奴は希少種を狩るほどの腕前を持ち合わせておる」

 

「…だから信じるのでしょうか…?」

 

「そうだ。里の存亡が賭けられている今、天秤にかけたとしたら重いだろう。それでも俺は信じてみようと考えておる。もしそれで賭けが失敗したら俺を憎め…俺もその覚悟だ」

 

「…」

 

もし、彼の言葉が偽りだとしたら、里は今度こそ滅びてしまう。今里には戦える者が限られていた。けれども、本当なら百竜夜行を退ける事ができるかもしれない。

里が守られるのか滅ぶのか。絶望的な2択を前にして私は何も分からなくなってしまった。

彼はギルドから派遣された訳でもない。そうなれば、もう後者は信じる事ができない。

 

更に、聞けば私のヒノエ姉様と共に優雅にお茶を飲む姿を見ると聞いている。それだけで腹立たしかった。里に住まうだけでなく、姉様を誘い茶を楽しむなんておこがましいにも程がある。

 

そんな彼が今日集会所を訪れた。

 

私は目をできるだけ合わせずに対応した。

出発口に向かっていく彼の後ろ姿を私はただじっと見ていた。

 

 



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変わらぬ心情

ゲンジはアケノシルムを無事に討伐すると、キャンプに戻り、肉を焼いていた。

 

次々と油が滴り,香ばしい匂いにハチは涎を垂らしていた。

そんな中、ゲンジは肉を回しながら近くで座っているミケにある事を聞いた。

 

「なぁミケ。ミノトって奴はいつもあぁなのか?」

ゲンジは不審に思っていた。クエストに出かける前のミノトの目は明らかに冷めていた。まるで何も見出していないかのように。

ゲンジはあれがいつもと受け取っていると、ミケは否定する。

 

「たしかにいつも無表情だニャ。けど、本当は誰よりも里の皆を大切に思っているんだニャ。里のお店の看板を見た事があるニャ?あれはミノトが作ったんだニャ」

 

「へぇ」

そこまで皆を大事に思っていた事にゲンジは驚くと、こんがりと焼けた肉をハチの前に置く。目の前に置かれたこんがり肉にハチは目を輝かせると、バクバクと食べ始める。

 

「(だが…あの時のあの対応はなんだったんだ?何か憎まれているような…まぁいいか)」

ゲンジはそれ以上の詮索は止める。今はただ、新しい狩場と翔蟲に慣れる事だ。

 

ーーーーーーーーー

 

帰還したゲンジは手続きをする為にミノトがいるカウンターに向かう。案の定 クエスト前と変わらず自身とは目を合わせなかった。

 

「おい。終わったぞ」

そう言うとミノトは報奨金が積まれた麻袋を取り出すと、自身の前に置いた。

 

「…」

 

ゲンジは黙ってそれを受け取ると集会所を後にする。

 

 

ーーーーーーーー

 

その日はゲンジは修練場へと赴き、双剣の具合と、身体の調子を整える為にカラクリを起動させる。

 

 

集中…集中…

 

ゲンジは翔蟲を空中に飛ばし、カラクリの目の前まで飛翔する。

 

神経を研ぎ澄ましながら、ゲンジはゆっくりと双剣を構えると持ち方を変化させる。

 

そして

ゲンジの目が輝き出すとナルガクルガの如く、目の残光を残しながらそのカラクリへと迫った。

 

「ヴォオオオオオラァアア!!!」

その瞬間 獣のような雄叫びと共にゲンジの身体が光の輪っかをつけたコマのようになり、次々とカラクリの身体の線をなぞるかのように斬り刻む。

その速度は最初とは全く違っていた。更に、ここの修練場では、翔蟲は無限に扱える為に、ゲンジは乱舞を中止し、空中へと回転しながら跳躍すると、再び翔蟲を使い、カラクリに武器を構えながら接近するとその回転跳びをした方向とは逆方向に身体を回転させると、乱舞を放つ。

それが何回も何回も行われていた。

 

その速度も次々と増していき、遂には誰にも捕らえられないほどの神速の域へと達する。

 

 

速く…もっと速く。ゲンジは身体に命令する。すると、更に速度は増していった。

 

 

「ゲンジ〜」

 

「…!」

突然の呼び声にゲンジの意識は現実へと戻された。

体勢を立て直し、着地すると、声がした方向へと顔を向ける。そこにはヒノエが手を振りながら歩いてきた。

 

「戻ったと聞いて探したわよ。さぁ。お団子食べにいきましょう!」

 

「あぁ」

クエストから帰ってきたらお団子。気づけばこれが日課となっていた。前まではそんな馴れ合いが嫌いであったゲンジはいつしかそれが満更でもなくなっていた。

 

団子屋へと足を運んだ2人はヨモギに団子を注文する。

 

出されたお団子をヒノエは美味しそうに頬張っており、その横でもゲンジはヒノエと同じく頬を緩ませながら頬張っていた。ゲンジもゲンジでウサ団子が好物となってしまったのだ。

 

甘い…何て良い甘味だ。噛む度に疲れが取れてくるし口の中が甘味で満たされる。更にこの柔らかい歯応えや周りに添えられている粒々もまた違う歯応えがあって美味い。

そして、その甘味の虜になったゲンジはゆっくりと頬を緩め、満面の笑顔を浮かべてしまった。

里に来てから笑う事が無かったゲンジの顔がウサ団子によって、再び笑顔を取り戻したのだ。

 

「〜♪」

遂には鼻唄までも。これはゲンジにとって安らぎの一時となっている。

 

「……ん?」

ふと、視線を感じ、その方向へ目を向けると、

 

「(^ ^)(ニコニコ)」

そこには自身の顔を見つめながらニコニコとしているヒノエの顔があった。しかも、自身が団子を楽しみ始めてから見ていたようである。

 

「!?」

咄嗟に食べている団子を飲み込むと、顔を逸らす。けれども完全に見られていたのでもう遅い。

 

「あらあら、もっと見せて。ゲンジの笑った顔なんて見た事ないんですから♪」

そう言いヒノエはゲンジの笑った顔を見ようと顔をさらに寄せてくるが、ゲンジは首を振り拒否して最後の団子を頬張り、すぐさま飲み込む。

 

「集会所に行ってくる」

そう言いゲンジは走り去っていった。

 

「あらあら…」

残ったヒノエは残念そうに自身の手元にある残り一つの団子を見つめる。

 

「少しくらい…見せてくれてもいいのに…」

ヒノエはあの時見ていたゲンジの笑顔を思い浮かべる。

ーーーーーーーーーー

 

団子を食べ終えたゲンジは再び集会所を訪れた。

その時だった。

 

「…?」

ハンターがいない集会所の中から2人の話し声が聞こえてくる。

ゲンジは壁の影に隠れると、その話し声を盗み聞きした。

 

聞こえてきたのはミノトとゴコクだった。

 

「これこれミノト。ゲンジに対しての対応が冷たいんじゃないゲコか?」

 

「…」

 

「お主がハンターを信用できない理由も分かる。じゃが、仕事に私情を持ち込むのはいかんぞ」

 

「ですがゴコク様…私はどうしても彼を信用できません…!先のハンターと同様に途中で逃げ出してしまったら…今度こそ里はお終いです!私はそれが…心配で他ならないのです…」

聞いている限り、ミノトは自身の事を先のハンターと同様に考えていると見れる。

 

「(誰がンなつまらない事すんだよ…)」

そして、更に耳を打ち、話を聞く。

 

「それに…ヒノエ姉様と優雅にお茶を楽しんでいると聞いております!信用できない上に…まるで弱みに漬け込んでいるようで腹が立ちます…!!」

 

「まぁ…それはまぁ…」

 

「私だって姉様とお茶がしたいです!」

「そっちぃ!?」

完全なる私情にゲンジは内心、腹を立てながらもミノトの冷たい対応に関しては納得していた。

故にゲンジはとりあえず、対応だけは通常通りにしてもらう為の方法を考えた。

百竜夜行は未だ起こる知らせが来ていない。ならばどうするか。

 

「…(信頼されるまでは…頑張るか)」

前まではミノトが自身をどう思おうと知った事ではなかったが、あの対応を里にいる間に取り続けられるのは流石に気が引ける。集会所のクエストは大型モンスターが揃っていたので、結構気に入っていたのだ。

 

ゲンジは頬を叩くと、集会所の扉を潜る。

 

 

「依頼。受けに来たぞ」

そう言い中へと入る。案の定 自身が来た瞬間 ミノトは無口となった。

 

「ゲ…ゲンジ…主はいつからそこに…」

 

「別に。今来たとこだよ」

ゲンジはゴコクの問いを切り捨てると、依頼の本を勝手に取り出して次々とめくっていく。

 

「ちょ…勝手に!」

 

「黙ってろ」

ミノトの手を振り払うと、ゲンジは次々と依頼書を取り出していく。

その数は驚くべき6枚だった。それも全てが大型モンスターの狩猟依頼だった。狩場は全て同じ『大社跡』となっていた。

 

「これを受ける」

「えぇ!?」

「ぬぁにぃ!?」

ゲンジはミノトに6枚の依頼書を押し付けた。すると、その枚数にミノトだけでなくゴコクも驚きの声をあげる。

普段はハンター1人につき、依頼は一つまでと決まっていた。だが、ゲンジはそれをあっさりと破ったのだ。

 

「早くしろ」

「ちょ…一度にこの量は!」

ミノトはゲンジに対して反対の声を上げるが、ゲンジはそれを遮った。

 

「いいから押せ。ほら、契約金だ。釣りはいらん」

「ゲンジよ!それは流石に見過ごせないでゲコ!依頼は一つまでと決まっておるぞ!」

そう言い契約金が積まれた麻袋を目の前に差し出す。すると、その規則違反にゴコクも見過ごせないのか、反対の声を上げる。

 

「別にいいだろ。この里には俺以外はハンターがいないようだし。それとも被害を増やしてぇのか?」

「ぐぅ……」

ゲンジの言葉にゴコクは少しばかり唸りながらも悩み込む。確かにゲンジの言う事もごもっともだ。規則は規則だが、あくまでも建前であり、本来の目的は依頼主への被害を消す事だ。故にゴコクは許可を出す。

 

「……まぁいいじゃろう。特別に許可するでゲコ」

ゴコクから許しをもらったゲンジはミノトに向き直ると、机を叩く。

 

「ほら、サッサとしろ」

 

「は…はい!」

ミノトはすぐさま契約金を受け取ると、慌てながらもせっせと印をつく。

 

「お…お気をつけて…」

ゲンジはハチとミケを呼ぶと、そのままクエスト出発口へと向かっていった。

 

その姿をゴコクとミノトは驚きながら見つめていた。

 

「この方生きて初めてでゲコ…あんなに依頼を受けるのは」

 

「はい…」

ミノトの中で、ゲンジに対する印象に少し変化が起きた。

 



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超連続狩猟 ヨツミワドウ編

おいでおいでと水の中 獲物が来たらばはっけよい 大一番

尻子玉では済まされぬ 土俵を割れば奈落の底ぞ____。

 

ーーーーーーーーーー

「さて…一気に片付けるか」

大社跡へと着いたゲンジは腕や腰、首を回して身体をほぐす。

今回のターゲットとなるモンスターは『ドスフロギィ』『ヨツミワドウ』『リオレイア』『クルルヤック』『ビシュテンゴ』『ロアルドロス』という怒涛の6体だった。

 

リオレイア、ロアルドロス、ドスフロギィは狩猟経験があるが、他の3体は初めてである。現在、この広大な狩場に上記の6頭が闊歩している。ゲンジは胸を高鳴らせると、ハチに跨る。

 

最初にゲンジが攻めるのは水辺に凄むと言われているヨツミワドウだ。

 

「ハチ。ここに頼む」

 

「ワン!」

ゲンジは気になるエリアをハチへ向けて教えると、吠えながら走り出した。

 

ーーーーーーーーーー

 

「……あれか!?」

水辺付近に緑色の巨大な物体を発見する。それは平たく大きな嘴に太い前足、そして、小さな後脚というなんともアンバランスな体型をしたモンスターであった。

タンジアの港では見なかった新種のモンスターだ。その姿は依頼書に描かれていた浮世絵と似ている。即ち、このモンスターこそ『ヨツミワドウ』なのだろう。そのモンスターは足元に浸る水に嘴を突き立てると、スコップのようにして、中に住む魚を掘り出すと、砂ごと口の中に放り込んだ。

 

「ハチ 今回は手を出すな。嫌というほど走るからな」

 

「ワン!」

ゲンジは翔蟲を飛ばし、段差から飛び出すと、空中で双剣を構え、ゆっくりと持ち手を変える。

 

「ふぅ…」

ヨツミワドウは修練場にあるカラクリのモデルだ。ゲンジは息を整えると、修練場での訓練を思い出す。

 

「…!!!」

その瞬間 ゲンジの身体がヨツミワドウに触れた瞬間 ゲンジの突き刺された刃を軸に身体が回転し、輝く輪のあるコマへと変化する。

 

「ヴォアアアアア!!!」

そして、獣のような雄叫びをあげると、そのままヨツミワドウの背骨に沿うように刃を斬りつけた。

 

「ギャォォォォォ!!!」

突然と脊髄からくる痛みにヨツミワドウは驚きと苦痛を混じらせた声をあげる。ゲンジは、回転斬りを放ち終えると、空中で逆方向に錐揉み回転し、感覚を安定させる。

 

そして、地面へと着地すると、ヨツミワドウは自身に痛みを与えた人物に向けてその巨体を見せる。

 

「へぇ…デカイな…」

その大きさはウルクススの1.5倍。膨れた腹に小さいながらも発達した脚。そして、腰に手をあて、四股を踏むかのような姿勢。正に『相撲』のような風貌であった。

 

「悪いが…後が使えている。テメェはアッサリと狩らせてもらうぞ」

 

ゲンジは双剣を構えると交差し、鬼人化する。そして、修練場で得た新たなる双剣の技を放つために構える。

 

ーーーーーーー

それは 狩りの前日だった。

 

「鬼人空舞?」

 

「そうさ。双剣ならではの身体の身軽さを応用した技でね。身体を回転させると同時にモンスターに剣を当てながら空中へと飛び立つ技さ。そして、うまく体制を維持できれば君が使っていた空中での乱舞にも繋げる事ができる」

そう言いウツシはカラクリを用いて手本を見せる。

 

「空中回転乱舞ができる君なら簡単だと思う。修得すれば君は更に強くなるだろう」

ゲンジは双剣を握り締める。

 

ーーーーーー

 

ゲンジはゆっくりと双剣を握り締めると、一気に駆け出し、ヨツミワドウ目掛けて高く飛ぶ。

 

「ゔぅぉおおお!!!!」

対するヨツミワドウも四股を踏むと、片手でもゲンジを包み込むほどの腕を両方開き、ハエを叩くかの如く迫り来る。ヨツミワドウの最大の武器はその巨大な手による張り手や掴み取りだ。握力は片腕だけでも軽く100kgを超える。もしその手に掴まれれば人ならば全身の骨を木っ端微塵にされるだろう。

 

その巨大な両腕の掴み取りが放たれ、目の前にあるもの全てをまとめて掴もうとした時だった。

 

「ぐぅぉおおおおお!!!!」

 

僅かに触れる寸前にゲンジの双剣がその手に振り下ろされ、それと同時にゲンジの身体が空中へと飛び出した。

 

その直後にヨツミワドウの掴み取りが放たれ、ゲンジはそれを回避したのだ。

更に、空中へと飛び出したゲンジはそのまま刃を真下にいるヨツミワドウ目掛けて振り回す。

 

それは修練場で見せた相手の身体の線を沿うようにして削る回転斬りではない。ただ自身の身体を回転させて放つ斬りつけだった。

 

だが、それでもヨツミワドウへ絶大なダメージを与えており、それと同時に爆破の粘菌が活性化し、爆発してヨツミワドウに更なる苦痛を与える。

 

「ゲォオオオ…!!」

ヨツミワドウの苦痛の叫びはゲンジのハンターとしての狩猟本能を更に湧き上がらせる。空中から着地したゲンジは双剣を再び構えると、ヨツミワドウの顔に向けて次々と乱舞を放つ。

 

「ウララララァッ!!!!」

ゲンジはその攻撃を止める事は無かった。怯むヨツミワドウに次々と刃をねじ込み、爆破させていく。反撃しようとするも、ヨツミワドウはその痛みに耐え切る事ができず、防戦一方…いや、防戦もできずにいた。

一方で、ゲンジは双剣を振るい、次々とダメージを与える。少しでも早くしとめるために。

 

「ゲォオオオオ!!!」

その時だ。突然 ヨツミワドウが声を荒げると、自身に向けて張り手を放ってきた。

 

「お!?」

なんとかゲンジは身体を横に逸らす形で避ける。すると、ヨツミワドウはゲンジから逃げるように走り出した。その動きが妙に不自然だ。

ゲンジの絶えることのない怒涛の連続攻撃にヨツミワドウは体力がほぼ完全に削られてしまったのか、脚を引きずっていたのだ。

 

「もう脚を引きずってるのか。ハチ!」

「ワン!」

ゲンジの呼び掛けに今まで座っていたハチは吠えると、すぐさまゲンジを乗せて走り出した。

 

「…!」

その時 逃げ去ろうとするヨツミワドウの行き先に巨大な影が見えた。

 

体表には黄色とオレンジ色が混濁した様な色をした淡々とした縞模様。蛇のように鋭い瞳孔に筋肉が積まれた身体。そして、喉には妖しい紫色のした袋を弛ませていた。

 

「…!」

ゲンジは水没林での狩りを思い出した。毒を吐き、獲物をゆっくりと苦しめ、仕留める狡猾な鳥竜種モンスター。そのモンスターは『ドスフロギィ』だった。

 

まさかの2体同時の出現にゲンジは胸を高鳴らせる。本来、2頭同時に遭遇した場合、ハンターは同時に相手取らなければならない。それはハンターにとっては苦痛だった。モンスターにもよるが、2頭となった時はその攻撃を掻い潜らなければならない。それは上位ハンターでも困難とされている。

だが、その経験をゲンジは死の淵から何度も何度も甦る形で経験していた。

『リオレウス亜種とリオレイア亜種の狩猟』『ジンオウガ2頭の狩猟』『アグナコトルとウラガンキンの狩猟』など、幾多もの同時狩猟を経験し、いつしかその地獄と呼ぶに相応しい経験は自身にとって興奮の種となった。

 

“まとめて叩き潰す”

 

その考えが根付き、ゲンジはその状況となればこやし玉を扱う事なく、2匹の攻撃を利用して、同士討ちの形に追い込みながら徐々に追い詰め自身の武器で一網打尽にする戦法を取るようになった。

 

今は正にこの時だった。

 

ゲンジは対峙したヨツミワドウとドスフロギィがどうなるのか観察する。

すると、会敵した両者は睨み合った。鋭い目を向けドスフロギィを睨むヨツミワドウの周りを十数匹のフロギィが囲み、挑発するかのように吠えていた。

 

「…」

 

「…」

 

だが、両者は争う事なく、そのまま素通りをしていく。何も起こらなかった故にゲンジは落胆するも、すぐに意識を切り替え、瀕死のヨツミワドウに目を向ける。

 

「ゲンジ…どうするニャ?」

 

「先にヨツミワドウだ。ドスフロギィは後でいい」

ゲンジはハチにまたがり、今もなお、脚を引きずるヨツミワドウを追い、エリア6へと向かった。

 

 

ーーーーーーーー

 

エリア6は、ヨツミワドウを見つけたエリア2と同じく水で満たされた場所だ。両生類のヨツミワドウにとっては絶好の場所だろう。故にヨツミワドウはここで休息を取る。

 

本来、ハンターならば、モンスターが瀕死になると、寝るまで物陰に隠れ、眠りについた瞬間に爆弾を置き一気に仕留める戦法を取る者が多い。だが、今回はまだランクが低いクエストなので、ゲンジはそのまま眠りにつこうとするヨツミワドウに向けて走り出した。

 

「…!」

眠りにつく寸前のヨツミワドウの最後の視界に映ったのは自身に向けて武器を振り下ろすゲンジの姿だった。

 

ーーーーーーーー

 

ヨツミワドウの討伐に成功した事で、依頼は一枚達成された。残りは5枚だ。幸いにも近くにドスフロギィがいるので、すぐに2枚目も片付くだろう。

 

「よし、いくか」

 

 



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超連続狩猟 ドスフロギィ編

「さて、さっさと片付けるか」

ヨツミワドウを葬ったゲンジは武器を研ぐ。双剣は手数が多い分切れ味の消耗が激しいのだ。業物スキルがあったらどんなに便利か。だが、そのかわりシルバーソル装備にはモンスターの肉質の柔らかい箇所への攻撃力を上昇させる『弱点特攻』というパワースキルがある。一撃の威力が高いハンマーや大剣でよく扱われることが多いが、ただ一箇所を狙うとなれば、手数の多い双剣も中々に合うスキルである。

ゲンジは武器を研ぎ終えると、ハチに乗る。

 

「ミケ、毒には気をつけろよ」

 

「おうニャ!」

 

先程、ドスフロギィが向かっていった場所はキャンプの目の前にある広大な広場だった。そこを目指していると,その姿が見えて来る。

 

「いたな」

辺りを見回しているドスフロギィは此方に気づいていない。

 

「ハチ!」

「ワン!」

ハチは加速すると辺りにある全てのものを置き去りにするかのような神速の域に達した。

 

そして、ゲンジはその速さを纏った状態で上空へと跳躍する。ハチと一体化していた事で、直前までのハチの脅威的な速度で跳躍した事でゲンジは離れた箇所からとはいえ、一瞬でドスフロギィがいる地点まで飛んでくる。

 

そして、空中で鬼人化をすると、刃を構え、身体を回転させる。その回転は初速に次々と加速度が追加されていき、すぐさま光る輪を纏うコマと化した。

 

「ヴォオオオオオラァッ!!!」

そして、雄叫びを上げながらゲンジは高速回転により、滞空していた身体を一気に斜め下へと急降下させた。

 

「…!」

その時 ようやく何かが迫っていることに気づいたドスフロギィ。だが、もう遅い。

 

ゲンジの持つ二つの刃がドスフロギィの頭に振り下ろされた瞬間 辺りに巨大な衝撃波が四散し、土埃を舞い上がらせる。その衝撃によって、付近にいた十数匹のフロギィは蜘蛛の子を散らすように吹き飛ばされていった。

 

 

 

「ニャ〜!!」

その威力はミケ達がいる方向まで及び、吹き飛ばされそうになるミケをハチは咥えて、身を低くしていた。

 

 

 

 

そんな中、周辺の視界から遮断された土煙の中、ゲンジは体勢を立て直すと、倒れふすドスフロギィに目掛けて再び刃を構えると、筋肉を腕に集中させた。

 

「悪いが即効で終わらせてもらう…!!!」

その言葉と同時にゲンジの極限まで鍛え上げられた筋肉に握られた双剣の刃の嵐がドスフロギィに目掛けて襲いかかる。

『真・鬼人乱舞』

 

双剣は手数が多い武器として、女性ハンターにも多く扱われている。その双剣の中でも奥義に等しい技があり、それがこの鬼人乱舞だ。だが、ゲンジの乱舞は一般的なハンターよりも数倍もの速度で放たれる。その威力はあのリオレウスの硬い甲殻でさえも挽肉にしてしまう程だ。

 

「ウララララァッ!!!!!」

次々と放つ連撃。その一撃一撃がドスフロギィの身体に打ち込まれ、肉を削いでいった。辺りにその血と混ざった肉が飛び散り、フロギィ達に降りかかる。

 

そして、遂には自慢の毒袋さえも削がれ、内部に充填してあった毒が漏れ出してしまう。

苦痛の叫びをあげようとも、ゲンジは止めない。

 

そして、遂にドスフロギィの命は尽き、声を上げなくなった。

 

「………ふぅ。終わったか」

 

瞬殺。これ程速くモンスターを連続で狩る狩人はそうそう居ないだろう。

 

 

その時だ。

 

「ギャァオ!!!」

 

「…!?」

突然 ドスフロギィの目が開き、牙を自身目掛けて、突き出してきた。

 

咄嗟にゲンジは回避する。だが、ドスフロギィは噛み付く動作と見せかけ、体内で生成した毒ガスを一気に吐き出した。

その毒ガスは回避した場所に容易に届き、息を整えようとしたゲンジは誤ってその毒ガスを吸い込んでしまう。

 

「ぐぅ…!?」

ゲンジへの毒ガス攻撃。それがドスフロギィの最後の足掻きとなった。いくらG級ハンターであろうと、毒を吸い込んでしまえば、身体への負担は大きい。

ゲンジはその場に膝をついてしまい、ドスフロギィに目を向けた。

ドスフロギィは最後にしてやったような鳴き声をあげると、ゆっくりと、身体を横に倒し、そして息を引き取った。

 

「…ッ」

何という執念だろうか。いや、執念といえるのか?そう考えながらも致命傷を負ったその身体でなおも自身にダメージを与えたドスフロギィをゲンジは舌打ちをしながらも心の中で称賛した。

 

この事態を想定していなかった故に解毒薬は持ち合わせていない。となると、この不安定な体調のまま、定期的に回復薬を飲みながら狩猟を続行するしかないだろう。

自身の油断にまたもや舌打ちをしてしまう。

 

けれども、狩りを中断する訳にはいかない。もし、ここで中断してしまえば、再びあの冷たい目線を向けられてしまうだろう。

幸いにも猛毒ではないので、すぐに引く。

だが、流石に毒を喰らったとなれば休憩が必要だ。

 

「はぁ…ミケ…ハチ…」

その時だった。

 

 

「グォオオオオオ!!!」

その場に巨大な咆哮が響き渡った。見ると、離れた場所にある鳥居の上に謎のモンスターが此方を睨んでいた。

 

『ビシュテンゴ』現る…!!!

 

 

 



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超連続狩猟 ビシュテンゴ編

幽明の際 番人気取りの 悪たれ坊

獲物めっけと 尾っぽを振って 柿を礫に 勝手次第

慢心の権化 不届き千万____。

 

『ビシュテンゴ』

それはカムラの里周辺に出没するようになった新種のモンスターである。ババコンガのような獣を思わせる顔つきに、飛竜のような翼幕を兼ね備えていると言うなんとも奇妙なモンスターだ。

 

「アイツが…ビシュテンゴか…!!」

遂に見つけた2匹目の新種。ゲンジは毒の影響を受けながらも回復薬を取り出し、一瓶を飲み干す。手に見えるあの翼膜は恐らく短時間ながらも飛行を可能とするだけの機能は備わっているだろう。

 

「ハチ!」

「ワン!」

ゲンジはすぐさまハチに跨り、此方を見下ろすビシュテンゴの元へと向かう。

 

 

すると、ビシュテンゴが何かを懐から取り出した。

 

「…!」

ゲンジはその動作から危険信号を感知し、武器を構える。ガルクも危険を察知したのか、速度を落としてしまう。だが、ゲンジはその心を落ち着かせるように頭を撫でる。

 

「ハチ!そのままいけ!」

 

ゲンジはハチにそう指示をだす。ハチもゲンジを信じると速度を戻した。揺られながらもゲンジは双剣を構える。

 

集中…集中…

 

神経を研ぎ澄まし、ゲンジは双剣の持ち手を変え、ナイフを扱うように持つ。

 

「…!!」

完全に察知したゲンジは双剣を振るう。

 

バン!

 

すると、何かが双剣の刃に当たり砕け散った。それは少し鼻を刺激する特有の香りがする果実だった。

 

「ふぅ…柿を投げてくるのか」

それは何と『柿』だった。ゲンジは刃にこびりついた汁を払う。

モンスターによっては、投げるものはたとえ果物だろうと、凶器と化す。それが柔らかい柿であっても、頭頂部に当たれば頭蓋骨にはヒビが走るだろう。

 

“面白い…!!!!”

 

だが、奇怪な行動自体がゲンジを刺激させてしまった。

 

「ゴロロロォォォ!!!」

 

対してビシュテンゴは防がれた事が気に入らないのか、次々と懐から柿を取り出すと、投げ出した。

投げられる柿一つ一つが礫となり、次々とハチに降り注ぐ。

 

だが、ハチは速度を落とさない。必ずゲンジが防ぐと信じている故に。

 

その信頼に応えるように、ゲンジは相対速度によって通常よりも速くなっているにも関わらず、向かってくる柿全てを双剣で捌いていた。

まるで軌道を全て把握し切っているかのように。

 

そして、遂にビシュテンゴが居座る鳥居の目前まで来た時、ゲンジは翔蟲を取り出した。

 

弾性力によって、とびあがり、一瞬で自身らに柿を投げつけていたビシュテンゴの目線の高さまで飛ぶ。

 

「…!!」

ビシュテンゴは驚きのあまり思考が停止し、動作も止まる。

 

 

そして 

 

ゲンジはゆっくりと身体を曲げると、2つの剣を拳の如く振り下ろした。

 

その振り下ろされた刃はハンマーの如く静止するビシュテンゴの脳天に打ち込まれ、巨大な身体を地面に向けて叩き落とした。それと同時に地面が揺れ、鳥居も木っ端微塵となり、下へ落ちたビシュテンゴ目掛けて崩れ落ちる。

 

ゲンジは下へと着地すると、砂埃で見えなくなったその地点を見つめる。

もちろん 武器は構え警戒していた。これしきの技ではドスジャギィでさえも死なない。

 

すると、辺りに待っていた煙が突然響き渡った咆哮と共に消えると、瓦礫の山が吹き飛ばされ、怒りの形相を浮かべたビシュテンゴが姿を現した。

 

「ゴルルルル…!!!」

完全にトサカに来ていた。自身から仕掛けておきながら仕返しをされたら激怒する。正に荒法師ともいえる。

 

「ゴギャァァァァ!!!!」

 

「!?」

すると、ビシュテンゴは両手を広げて、辺りに不快な咆哮を響き渡らせた。

 

「ぐぅぅ…!」

迂闊だった。まさかバインドボイスを仕掛けてくるとは。

 

咆哮がやむと、ビシュテンゴは尻尾をゆっくりと上げる。その尻尾の先端部分はまるで腕のようになっており、5又の伸びる指が形成されていた。

ビシュテンゴは更に懐から柿を取り出すと、それを腕を模した尻尾で掴む。

 

「…?」

何をしてくる…? 

ゲンジは様子を伺いながらも武器を構える。

 

すると、ビシュテンゴの発達した尻尾が自身目掛けて振り下ろされる。

 

「お!?」

なんとか紙一重で避ける。だが、尻尾は叩きつけるだけではなく、吐き気を催すガスを撒き散らした。

 

「こ…この匂い…毒か!?」

何と、叩きつけると同時に辺りに散布させたのは毒性を持つ程に腐り切った柿であった。叩きつけられた際にその汁も防具に付着し、不快な匂いが纏わりつく。

 

「う…!」

襲ってくる吐き気。少しずつ視界が安定を失っていき、焦点が合わなくなる。それを面白がるようにビシュテンゴはゲンジの周りでステップを踏む。

 

「この野郎…!!!」

ビシュテンゴの挑発するかのような動作に頭にきたゲンジは回復薬を取り出すと、体力を回復させ、自力で視界を安定させる。

 

そして、双剣を構えると、脚に力を込め、ビシュテンゴに目掛けて走り出した。

 

「ヴゥォラァ!!!」

ビシュテンゴの顔面に向けて双剣を振るう。だが、ビシュテンゴは飛び上がり、それを回避した。

 

だが、それがゲンジの作戦だった。

ゲンジは即座に武器をしまうと、一つの小さな玉を地面に叩きつけた。その瞬間 辺りが閃光に包まれる。

 

これは『閃光玉』といい、破裂すると辺りに激しい光を放ち、モンスターを目眩しさせる事ができるのだ。それは飛竜種などに効果を発揮して、飛んでいる時に放てば空から落とす事ができる。ゲンジは長年 飛竜種を狩り続けていたために、偶然ながらも一つだけ持ち合わせていたのだ。

 

閃光玉によって、ビシュテンゴの身体が降ってくる。

 

「…!」

ゲンジは腕に筋肉を集中させると、ビシュテンゴに目掛けてドスフロギィやヨツミワドウと同様に強烈な乱舞を放つ。

 

「ヴォオオオオオ!!!」

「ギャォォォォォ!!!!!」

雄叫びを上げながら放つ驚異的な乱舞。次々とビシュテンゴの全身の肉と体力を削ぎ、辺りに血を撒き散らせる。その痛みにビシュテンゴは悲鳴を上げた。

自慢の翼膜は破れ、トサカも崩れ、そして遂には自慢の尻尾さえも傷を負う。

それでもなお、ゲンジは手を止めない。

 

そして、ゲンジは最後に双剣を振り上げると,ビシュテンゴの顔目掛けて振り下ろした。

 

ーーーーーーーーー

 

「終わった…ようやく3体目か」

ゲンジは倒れ臥すビシュテンゴの死体から素材を剥ぎ取り終えると、近くの岩場に腰を下ろした。

 

まだ3体目だ。残り3体も残っている。気は抜けない。

だが、毒によって体力が限界まで削られていた。すぐに引くとは思っていたが、全く引く様子がない。

 

「ゲンジ!大丈夫かニャ!?」

ミケはゲンジに歩み寄るが、ゲンジはまったく回復する気配がない。

 

「はぁ…はぁ…大丈夫だ…」

ゲンジは回復薬を取り出し、一瓶を飲み干す。これで4本目だ。残り6本。

 

「ふぅ…少しは楽になったな。さぁ、次行くぞ」

症状を和らげたゲンジは立ち上がると、次のモンスターを探すためにハチに跨る。

 

 

 

 



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超連続狩猟 ロアルドロス編

川瀬 夜降ち 妖し水音 うかつに往くこと まかりならん

瀑布の先には 濡れすがた 黄襟まとう 非情の牙なり___。

 

ハチに跨ったゲンジは次の獲物を決める。

 

「次はコイツだな」

ゲンジが決めたのはロアルドロスだった。タンジアの港にいた頃もよく狩猟したモンスターであり、狂走エキスのためだけとはいえ、これまで行く先々で1000頭以上は狩りつくしていた。

 

「コイツを先に片付けるか」

ゲンジはハチにロアルドロスが潜んでいるであろう最初にヨツミワドウと遭遇した場所に向かう。

 

「ミケ。ルドロスを頼むぞ。一通りいなくなったら援護を頼む」

 

「はいニャ!」

ハチは駆け出し、再び先程のエリアへと向かう。みると、ヨツミワドウの死体に群がるルドロスの姿があった。

 

「近いな」

ルドロスがいるならば、ロアルドロスも必ず近くにいる。ルドロスとは、水生獣と呼ばれており、全員が雌である。では、雄はいないのか?否、その雄こそがロアルドロスであり、複数のルドロスを従えるハーレムを形成しているのだ。

ゲンジは刃を研ぎ、準備をする。

 

そして、エリア6へと着いた時、目の前に大量のルドロスが辺りで水浴びをしていた。その数は10はくだらない。その真ん中には巨大なスポンジを持つルドロスの姿があった。

そのモンスターこそ

『水獣 ロアルドロス』である。

鬣のように見える黄色い物体はスポンジであり、通常ルドロスは水を主成分とするために、陸上での長期活動はできないが、ロアルドロスはこのスポンジに水を溜め込む事で長時間の活動を可能としているのだ。

 

「見つけたな。ミケ、予想以上に数が多すぎる。まずはルドロスから片付けるぞ」

 

「ニャ!」

ゲンジはハチから飛び降りる。ハチを遠くへと避難させると、ゲンジは双剣を取り出す。

 

すると、その水を弾く音に気付き,ロアルドロスと辺りにいるルドロスが一斉に首を向けてくる。

 

「ギャォォォォォ」

ロアルドロスの響きがないものの不気味な咆哮があげられる。すると、それを合図と受け取ったルドロス達が一斉に向かってくる。

 

「いくぞ」

ゲンジは鬼人化すると、走り出し、目の前にいた3匹のルドロスをまとめて武器で切り飛ばす。

 

「ギィェェ…!!」

肉を削ぎ飛ばされ、命を刈り取られたルドロス3体はゆっくりと天に顔を向けながら倒れる。

 

「ニャア!!」

対するミケもアイアンネコソードを振り回し、2体のルドロスを片付ける。

 

そして、二人の狩人は目の前に立ちはだかる大量のルドロスに向けて走り出した。

 

「オラァ!!!」

鬼人回転斬り。身体を回転させながら放つ斬撃は一気に4頭を巻き込み、すぐさま片付けた。

 

「ニャァオッ!!!」

ミケも負けていない。次々と喉という急所にアイアンネコソードを突き刺し、ルドロス達を仕留めていった。

ゲンジとミケは辺りを見回す。残るは約 10頭。

 

 

「ミケ、4頭くらい頼めるか?」

 

「お任せニャ」

ゲンジは頷くと、双剣を一気に構えて、体勢を比較すると、一気に駆け出し、目の前にいるロアルドロスに向けて走り出す。その道中に立ち塞がるルドロス達を次々と斬り捨てていく。

 

「ギィォオオオ!!」

自身の側室を殺されたことに怒りを見せたロアルドロスは吠えると、前足の発達した爪を振りかぶる。

その引っ掻きは既に見切っており、ゲンジは高く飛び上がると、ヨツミワドウの時と同様に次々とロアルドロスの身体に刃を突き刺しながら上昇する。

 

「オォラッ!!!」

そして、空中で身体を曲げると双剣をそのまま振りかぶり、ロアルドロスの顔面に向けて放つ。

 

 

「ギャオ!」

見事にトサカにあたり、三つのトサカが爆破によってボロボロに破壊される。

 

それだけでは終わらせない。

 

「ハァッ!!」

そのままゲンジは身体を回転させると、ミサイルのようにロアルドロスの鬣を模したスポンジを斜め下へと急降下しながら斬り刻む。

 

「ギィヤァオオ!!」

斬り刻まれた瞬間に辺りにはスポンジの欠片が飛び散る。ロアルドロスの鬣が螺旋状の刻を残していた。

 

「まだまだ終わらねぇぞ」

ゲンジは着地したその体勢からロアルドロスの胴体目掛けて乱舞を放つ。

 

「ヴォオオオオオラァッ!!!!」

残像が残る程の乱舞をまるで雨を降らすかのように浴びせる。肉が次々と裂け、辺りに血を纏わせながら飛び散る。

すると、脚元が爆破属性によって爆破され、ロアルドロスの身体が横転する。

 

これはチャンスだ。

 

「ミケ!」

 

「はいニャ!」

ルドロスを片付けたミケも参戦して、ゲンジと共に横転したロアルドロスの身体に目掛けて次々と武器を振るう。

ミケはアイアンネコソードを縦横無尽に振り回し、ロアルドロスの尻尾を斬りつけていく。

 

ゲンジも双剣を振り回し、ロアルドロスの水分を含んだ分厚い皮を削いでいく。辺りに次々と飛び散る鮮血。すると、次第にロアルドロスの悲鳴も弱々しくなっていった。

 

「終わりにするぞ」

そして、ゲンジは双剣を擦り合わせる。金属音が鳴り響くと同時に剣と剣が擦れる事で火花が飛び散る。

 

ゆっくりと双剣を振り上げ、ゲンジは腕に力を集中させた。

 

「オラァッ!!!」

 

「…!」

その一撃がロアルドロスの命を刈り取った。

ーーーーーーーーー

 

ゲンジは横たわるロアルドロスの遺体に身体を預けるように座る。

 

「はぁ…はぁ…ようやく引きやがったか…」

ドスフロギィに加えてビシュテンゴによって、毒ガスを食らわされ、気分が悪くなっていたが、ロアルドロスが倒れると同時に毒気が引いた。

気分は少しずつ回復していく。気持ち悪さもなくなり、体調も調子を取り戻してきた。

 

「よし…!!!」

ロアルドロスの素材を剥ぎ取ると、ゲンジは肩を鳴らす。

 

「ミケ。怪我はねぇか?」

「完体だニャ!」

ミケも体力には余裕があると分かるとゲンジは次なる獲物を決める。残り2体だ。終わりの時は近い。

「『クルルヤック』…ってやつにするか」

 

またもや未知なるモンスター。ゲンジは期待を抱きながらハチの背に跨った。

 

 

 



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超連続狩猟 クルルヤック編

悠々緩々御用心 抜き足差し足泥棒鳥竜 卵掻き寄せ勇み足

賊許すまじ捉とらまえろ とんずら剽疾捉まえろ___。

 

「クルルヤック…聞いた事がねぇ…」

 

ゲンジは依頼書を思い出す。クルペッコのような鳥の頭にドスジャギィのような身体。これまでは見た事がない。情報によると飛竜種や草食竜の卵を盗む事から、卵泥棒と呼ばれているらしい。

 

「コイツ…見た事ねぇから探すのに手間がかかりそうだな」

ヨツミワドウや、ロアルドロスは生態を知っていた故にすぐに見つけることができ、ドスフロギィとビシュテンゴは偶然居合わせたから探す手間が省けていたが、今現在、生態も知らぬ上に接触もないクルルヤックを見つけるのは困難だろう。

 

もうすぐ夕刻になる。早く仕留めなければ狩猟も困難になるだろう。

 

卵泥棒となるならば、必ず飛竜の巣に脚を運ぶ。そうなれば、リオレイアも姿を見せるだろう。

 

即ち、クルルヤックを見つけたとならばリオレイアもその場に居合わせており同時狩猟となる可能性がある。

 

「まぁいいか」

ゲンジはハチを飛竜の巣があるであろう高い場所に行くように支持する。

 

 

ーーーーーーーーー

大社跡の中でも辺りが山で囲まれ、陽光が短時間しか差す事がないエリア11。そこには、丹精込めて作られた飛竜の巣が見繕われていた。

 

その近くにある岩陰でゲンジはミケ、ハチと共に身を潜めていた。

 

「今はリオレイアが留守にしてる。絶好の機会だろ。これをクルルヤックが見過ごす筈がないと思う」

 

「成る程にゃ…」

ゲンジの考えにミケは納得する。すると、巣の向こう側にある岩陰が動き出し、小さな影が現れる。

 

「…!」

現れたのは頭にトサカと嘴を持ち、前足には若干ながらも羽がついている何とも奇妙な鳥竜種のモンスターだった。

後脚と同等程までに前脚が発達しており、子供一人抱き抱える事ができる大きさであった。

 

そのモンスターは辺りを見回すと、誰もいない事を確認していた。

 

「アイツか…!」

ゲンジは双剣を持ち、戦闘態勢を取る。

 

「リオレイアが来る前に片付けるぞミケ」

 

「はいニャ!」

 

そして、二人はクルルヤックに向けて駆け出した。

 

 

「クァ?」

その音に卵を漁っていたクルルヤックも気づくと、卵から向かってくるハンターに意識を向けた。

 

「クェエッ!!!」

体勢を低くすると、威嚇するかの如くゲンジとミケに吠える。

だが、その威嚇行動自体がゲンジ達にとっては、隙そのものだった。

 

「オラァ!!!」

「ニャァァッ!!」

ゲンジの双剣とミケのアイアンネコソードの振り回しが同時に炸裂し、クルルヤックの嘴のある頭頂部を吹き飛ばした。

 

「クェエ!?」

 

クルルヤックは何をされたか分からない。気づいた時には既に自身の身体が地面に接触していたのだ。

そして、その隙をゲンジ達は決して逃しはしなかった。

 

「ヴォオオオオオラァアアッ!!!!」

「…!」

猛々しい雄叫びと共にゲンジの腕が残像を残す程の速さで振り回され、クルルヤックの全身の肉を削いでいった。

 

元々、悪知恵と脚の速さだけが取り柄のクルルヤックは体力がそこまで高くはなかった。

高い攻撃力を持つG級武器に加えて、ゲンジの常人を上回る乱舞によって、クルルヤックの体力はすぐに底をつく。

 

 

そして

「ハァッ!!!」

 

呆気ない最後。ゲンジの隙を突いた超連撃に加えて最後の双剣の大きな一振りによって クルルヤックの身体は大きく吹き飛ばされ、壁に打ち付けられると弱々しく鳴き声をあげながらその生涯を終えた。

 

ーーーーーーーー

 

「ふぅ…」

ゲンジは倒れ臥すクルルヤックを見据えると、近くの岩場にまた腰を下ろした。

 

「これで…ようやく5体目か」

ゲンジは安心するように息を吐く。体力は限界に近づいていた。いくら回復薬で回復させようとしても、回復するのはあくまで傷の痛みである。朝から夕刻までずっと動きっぱなしであったゲンジの目から誰でも疲れているのが感じられる程だった。

 

「大丈夫だ…あと一体…」

そうゲンジは心に言い聞かせる。だが、やはり眠い。立ち上がろうとすれば脚がふらつく程だ。

 

「ゲンジ!」

ミケが駆け寄ってくる。その姿を見つめていると

 

 

「ギャァオオオ!!!!」

 

『!?』

その場に巨大な咆哮が響き渡った。ゲンジにとって、その咆哮は今まで聴き慣れていた故に驚かず、ただ聞こえた方向であろう空を見上げた。

 

「まさかこんなタイミングで来るとはな…!!」

ゲンジは双剣を再び構える。すると、その場を巨大な黒い影が覆い尽くし、目の前に急降下し飛来する。

 

その存在はゲンジの目の前に立った瞬間 卵を守るかのように大きく翼を広げながら巨大な咆哮を響き渡らせた。

 

「ギャァオオオォオオオオオオオオ!!!」

 

“雌火竜リオレイア”

 

 



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超連続狩猟 リオレイア編

領域を侵されたと感じたリオレイアは口に炎を含みながら巨大な咆哮をあげる。

 

「このタイミングでか…!!」

ゲンジは歯を食い縛る。現実はそう優しくはなかった。休んだ後に出現というご丁寧なシステムなぞ存在しない。リオレイアは憤怒の表情を浮かべながら、陸の女王と呼ぶに相応しい脚力を生かした突進を繰り出す。

 

「く!?」

ゲンジは翔蟲を用いてその突進を避けた。自身が立っていた箇所にある岩がその突進によって木っ端微塵となる。

 

「ゲンジ!」

 

「くるな!お前らは下がってろ!!!」

ゲンジは近くに着地すると、駆け寄ろうとするミケ達に叫ぶ。

 

「ハチ!ミケ!奴の注意を引け!」

「分かったニャ!」

「ワン!」

ゲンジの…主人の指示にハチとミケは頷くと、二手に分かれてリオレイアを挑発する。

 

「くぅぅ…!!(動け動け動け…!!!)」

ミケ達が注意を引く中、ゲンジは歯を食いしばりながら疲労を訴える身体に命令を出す。動け動け__と。それに応えるかのように疲労が少しずつ抜けていく。

 

「お前もすぐに終わらせてやる…!!!」

ゲンジは最後の強走薬を飲み干すと、鬼人化する。

 

 

「ゔぅ…!!」

脚を振り上げ、身体を陸上選手の如く前のめりに低くすると同時に前に踏みおろす。地面は僅かながらにゲンジの脚力によって陥没する。

 

 

「…!」

そして、踏み荒らした脚をアクセルのごとく踏み込むと、小石が浮き上がる。その充填した脚力を一気に解放するとリオレイア目掛けて走り出した。

 

「ヴァォオオオオオオオオ!!!!」

その速度は次々と増していく。そして、目前まで来るとゲンジは双剣を構え、リオレイア目掛けて飛び上がる。

ゲンジの雄叫びにミケとハチを追っていたリオレイアはゲンジの方向へと首を向ける。

 

「…!」

気づいた時にはゲンジの身体がリオレイアの身体を捉えていた。

 

 

「ギャァオオオ!!!」

その瞬間 リオレイアの身体に螺旋状の切り傷が刻まれる。辺りに飛び散るリオレイアの甲殻と鮮血。そして、リオレイアの尻尾の先端部分には双剣を独特な持ち方で振るうゲンジの姿があった。

 

 

「ヴォオオオオオァァ!!!!」

そして、ゲンジの姿が翔蟲によって、リオレイアの尻尾付近まで移動すると、今度は尻尾から頭にかけてゲンジの身体が回転しながらリオレイアの甲殻を削る。その一撃一撃が硬い甲殻数枚をまとめて削りとっており、リオレイアの背中に生えている棘が甲殻と共に引き裂かれていた。

 

「ギャァア!!!」

リオレイアの苦痛の叫び声が響く。だが、ゲンジは止まることはなかった。

 

「オラァッ!!!」

リオレイアの視界の斜め左上から身体を回転させながら双剣を振り回し、顔にある甲殻を斬りつけると同時に爆破属性によって完全に破壊し剥がれ落とす。

 

その時 リオレイアは脚を曲げ跳躍の姿勢を取る。

「ニャ…!」

 

遠くで見ていたミケは危険信号を感じ取り、ゲンジへと大声で知らせた。

 

「ゲンジィ!サマーソルトが来るニャ!!」

 

「なに…!?」

 

『サマーソルト』それはリオレイアの必殺技の一つといっていい技だ。発達した脚力で大きく跳躍したと同時に地面に擦り付けるように毒の棘が仕込まれた尻尾を360度に弧を描くように振り回すというアクロバティックな技だった。

 

その技に幾人ものハンターが葬られてきた事をゲンジは知っている。サマーソルトの避け方は簡単だ。リオレイアはその直前にバク宙するために脚に力をいれる。その隙にリオレイアの身体から離れれば問題ない。

 

だが、今は空中にいる。空中での避け方を…ゲンジは知らなかった。

 

「ギャァオオオ!!!」

 

「ぐぅ!?」

咆哮と共に放たれた強靭な尻尾のサマーソルトの直撃が空中にいたゲンジを襲う。

 

滞空していたゲンジの身体は地上へと落下する。それと同時に毒性の棘が身体に突き刺さり、毒を注入されてしまった。

 

「はぁ…クソ!!」

リオレイアの毒はビシュテンゴやドスフロギィに比べればとてつもない威力であり,吐き気を催す症状が再びゲンジを襲う。

 

「う…!」

口を押さえながらもゲンジは力を振り絞り立ち上がる。

 

「ギャァオオオ!!!」

「…!」

その時 リオレイアの口内に炎が生成されると、自身に向けて1発の火の玉が吐き出された。

 

「がぁ!?」

 

その瞬間 目の前が閃光に包まれると同時に全身に熱が走り、吹き飛ばされた。ゲンジの身体が数回バウンドしながら地面に打ち付けられる。

 

「く…クソ…!!高出力ブレスを直に当てに来やがったか…!!」

『高出力火炎ブレス』

それは、リオレイアの第二の必殺技であり、体内に内蔵されている火炎袋から生成された炎を口内に溜め込み、一気に放出する危険な技だ。それは目の前が焦土と化す程である。

幸いにもまだ未成熟の個体であるため、ゲンジの身体にそれ程のダメージはない。その上、シルバーソルは火耐性が強いために、威力は軽減されている。

 

だが、それでも毒に加えて襲いくる疲労によって、ゲンジの額からは汗が流れ出ていた。

 

「グルル…!」

すると、それを好機と見たリオレイアが再び口内に炎を充填する。

 

その時だ。

 

「ニャァオ!!!」

 

「ギャァオ!?」

ミケが飛び出し、リオレイアの頬に向けてアイアンネコソードを振り回し、そのブレスを中止させた。

 

「ミケ!?」

 

「ゲンジ!!あとはコイツだけだニャ!もうゴールは目前だニャ!!!」

 

「…!!」

ミケの言葉にゲンジは意識を統一し始める。

 

「そうだな…!!!」

身体に再び命令を出す。“動け”と

毒のダメージなんて大したことない。疲れも後でゆっくり休めばいい。

 

「ヴゥウウ…!!!」

獣のように唸り声をあげると同時に立ち上がる。そして、破岩双刃アルコバレノを再び構え、鬼人化すると、リオレイアに向けて走り出す。

 

「ギャァオオオ!!!」

対するリオレイアはミケを葬るために牙を次々と突き出していた。

 

「ニャオ!?」

ミケがそれをギリギリで避けている。

 

ミケに気を取られているリオレイアの後方からゲンジは双剣を握りしめると、リオレイアの身体に目掛けて、地面が隆起する程の力を込めて跳躍した。

 

「ゼィヤァァァ!!!」

そして、身体を高速回転させると、自身をコマへと変形させ、そのままリオレイアの尻尾の先から刃を突き立て、なぞるように回転斬りを放つ。

 

「ギャァオオオ!!」

再び来る痛みにリオレイアはまた苦痛の声を上げる。

 

“隙を与えるな…!!!”

 

刃を頭まで斬り込んだゲンジは錐揉み回転しながら跳躍すると、翔蟲を扱い、再びリオレイアに接近し、今度は頭に目掛けて双剣を振りかぶると、頭に双剣を突き刺し、そこから尻尾まで身体を回転させ、次々と刃を入れて削り取った。

 

リオレイアの頭の頭殻が、翼爪が、そして遂には背中の甲殻が砕けていく。

 

「ヴォオオオオオ!!!!」

回転斬りを終えたゲンジは双剣の持ち手を変えると、リオレイアの肉体に再び双剣を突き刺し、身体の線をなぞるように斬り込んだ。

頭まで回転斬りを放ったゲンジは再び跳躍すると、双剣を天に掲げる。

 

そして、重力加速度と共に落下したゲンジはハンマーの如く双剣を振り下ろし、リオレイアの頭へと叩き落とされた。

 

「ギャォ!?」

頭へと突然来た痛みにリオレイアは驚くと同時に地面に叩きつけられる。

 

その隙を着地したゲンジは見逃す事がなかった。双剣を再び握り締めると、リオレイアの顔に向けて凄まじい速度の乱舞を放った。

「ヴォオオオオオラァアアッ!!!!!!!

 

残像を残す程の超高速乱舞。それは爆破属性も即座に蓄積され、斬撃と共にそれを彩るかのように次々と爆破の華を咲かせていく。

 

「ソラァァァアッ!!!!」

そして、最後に放たれた双剣の巨大な一振り。それと同時に蓄積された爆破属性も反応して、リオレイアの頭を爆風で包む。

 

「…!」

その一撃が遂にリオレイアの命を刈り取った。

 

「ギャ……オォ…」

弱々しく、声をあげながら、陸の女王と呼ばれたリオレイアの身体がゆっくりと地面に倒れた。

 

「終わった……ようやくだ…」

ゲンジはその場に腰をつく。

 

「ゲンジィ!!!」

「おわ!?」

すると、遠くからミケ達が駆け寄り、自身に向けて抱きついてくる。

 

「やったニャァ!クエスト完了だニャ!」

「ワン!ワン!」

ミケは歓喜の声を上げながらゲンジに向けて手を回し抱きついてくる。そして、ハチも嬉しそうにゲンジの頭を噛んだ。

 

「…お前たちのお陰だよ」

そう言いゲンジは二人の頭を撫でる。最後のリオレイアは流石にミケ達がいなければ危なかったであろう。故にゲンジはミケとハチに感謝していた。

 

「さて…帰るか。ハチ、頼むぞ」

「ワン!」

ゲンジは立ち上がると、ミケと共にハチに跨る。そして、ハチは全速力でその場から駆け出し、大社跡のキャンプへと戻った。

 

 

クエストクリア

 

 



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帰還

彼がクエストへ出てからもう数時間が経つ。辺りはもう夜になり、里で遊んでいた子供達や職人達が家へと戻っていった。

 

「…」

一体どういう神経をしているのだろうか、なぜ、彼はこんな危険なモンスターを6体まとめて引き受けたのか。ハンターだからなのか、はたまた狩猟が大好きなのか。

分からない。

 

「ミノトや、儂はちょいと他のギルドに書状を送らねばならぬ。ゲンジが帰ってきたらちゃぁんと対応するんでゲコよ」

 

「…わかりました…」

ゴコク様に言われたものの…私はどうしても彼に良い印象が持てない。

 

机に顔を向けたまま、私の意識は現実ではなく想像の方へと傾いてしまった。

もし、里長が信じた通り、彼が百竜夜行の原因究明を手助けしてくれるならば、今回の百竜夜行は退けられる可能性がある。

 

「おい」

「…!」

突然 聞こえた声に私の意識は現実に戻された。見ると目の前には彼が立っていた。装備を外した彼の冷たい目線が私に向けられていた。

 

「終わったぞ」

「え!?あの量をこんな短時間に!?」

驚く私の目の前に彼は狩猟対象のモンスターの素材を並べた。

 

「ほら、報奨金は?」

 

「は…はい!」

私は恐る恐る報奨金を手渡した。すると、彼は報奨金の中身を確認せずにそのまま去っていこうとした。

 

「お…お待ちください!」

 

「…ん?」

私は聞きたかった。なぜ、今日になって突然 あの量の依頼を受けたのか。

 

「なぜ…突然にあの量の依頼を!?」

そう問いただす。

 

「信用」

「…!」

その二文字の言葉だけで私は衝撃を受けてしまった。あの時…ゴコク様との会話を全て聞かれていたのだ。そうなると、彼は私が信用を寄せていない事を知っている。

放たれた言葉に私はもう分からなくなってしまった。彼を信用してもいいのか、それともするべきではないのか。だが、彼は信用を得るためにこの量のクエストを受けたのだ。

ならば、信用するべきなのか…

 

「まぁ、出来ないならいいけどな。俺も前に来たハンターの話には頭にきた」

 

「…何故それを!?」

 

「ミケから全部聞いた。里や皆が大好きなお前はその皆の期待を裏切った3人組のハンターが許せずハンターを信用できなくなった。合ってるだろ?」

 

「…」

全てが的中していた。そうだ。彼が来る前のハンターが原因で私はハンター自体が信用できなくなってしまった。

 

「俺は大嫌いなんだよ。そんなくだらねぇ事するようなゴミ共と一緒に見られるのがな」

 

「そ…それは…」

私は何も言い返せなかった。彼の言う事はごもっともだ。全てのハンターがあんな薄情な者達ではないことは分かっていた。けれども、自身は…どうしても許す事が出来なかった。里の皆が信じていたというのに……

 

「最初はお前から信用を得るために依頼をたくさん受けた。まぁモンスターへの興味もあってだが。それでも信用できねぇならしないでいい。それなら俺はもう何も言わねぇし、里から出て行くまであまり顔も合わせん」

 

彼はそれだけ言うと集会所から出て行ってしまった。

 

「………」

 

再び引き止めようと前に出ていた手をゆっくりと下げた。

ーーーーーーーーー

 

集会所から出たゲンジは、虫が鳴く夜道を歩いていた。

 

「ゲンジ…あれで良かったのかニャ?」

ハチに乗りながら先程の答えについてミケは問うが、ゲンジの顔に迷いは無かった。

 

「いいんだよ。信じて心に負担が掛かるなら信じない方がマシだ」

これがゲンジの答えだった。別に信用されなくてもいい。百竜夜行が終わるまでなのだから。それは最初の自身の考えと同じだった。

 

そんな中で、ゲンジはゴコクに溢していたもう一つの言葉を思い出す。

 

“姉様と…一緒にいたい”

 

あの声は本当に寂しさを感じさせるものだった。姉を持つ自身にも同じ経験があった。当時、まだハンターになりたての頃,いつも狩場に一緒にいた姉が情報収集のためとはいえ、他のハンターと狩りに行く日が多かった時があり、その時は寂しさのあまり泣いていた。

当時の自身と重なって見えてしまい、仕方がなかった。

 

「………」

ゲンジは少し悩むとある考えを思いつき、立ち止まる。

 

「んニャ?どうしたニャ?」

 

「先に帰ってろ。少しやり残した事がある」

ハチに乗りながら前を歩くミケにそう言うとゲンジは自宅とは逆方向に歩いて行った。

 

 

 



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姉妹水入らず

ゲンジが去った後の明かりが消え、月の光が差し込む集会所では、ミノトは一人、書類を整理していた。

 

「…」

熱が入らない。先程のゲンジの言葉が的を射ていた故にどうすればよいのか迷ってしまう。

ギルドマネージャーであるゴコクはペットのテッカちゃんの背に布団を敷きながら寝息を立てていた。

 

「姉様…」

不意にそう漏らしてしまう。迷った時にはいつも姉であるヒノエに頼っていた。自身の悪い癖である。だが、どうしても彼女は見つけることが出来なかったのだ。自身の答えを。

 

すると、閉まっていた集会所の扉が開く。

 

ミノトの目線はすぐさまその場に移る。もう閉めている筈だ。誰だろうと思い顔を向けてみると…

 

 

「ミノト〜」

「…!」

扉からヒョコッと顔を出したのはヒノエだった。その姿を見た瞬間 座っていたミノトの姿が立ち上がる。

 

「姉様!?なぜここに!?」

 

「書類の整理でミノトが困ってるって聞いたから来たのよ。大丈夫?」

 

「え…いや…その…」

ミノトの悩みが吹き飛ぶ。ただ姉が来てくれた事が嬉しかった。

 

「大丈夫です!」

 

「そう?でも心配だから手伝うわよ」

「えええ!?姉様の方は大丈夫なんですか!?」

「私のは里の依頼の整理だけだからすぐに終わるわ。それより、ミノトの方が大変でしょ。集会所は里以外からの依頼もあるんだから」

「こ…これしきの量は大したことありませんよ

ミノトは強がるように虚勢をはるも、顔から若干の疲れが出ていることをヒノエは見逃さない。

 

「誤魔化しても無駄ですよ?ちゃんと分かりますからね」

「うぅ…」

ヒノエの指摘が図星なのか、ミノトは言い返す事ができなかった。姉の手を煩わせるのはどうしても気が引けてしまうが、ここは甘える。

 

「お…お言葉に甘えます…」

 

「よろしい」

それから、ミノトは久しぶりに姉であるミノトと共に姉妹として笑い合いながら業務に徹した。ミノトが浮かべる笑顔はヒノエ曰く久しぶりの笑顔だった。

ミノトは自身よりも素早い手つきで次々と依頼書を仕分けしていく姿に目を輝かせる。

 

「流石姉様です!」

 

「そうかな〜♪」

妹であるミノトに褒められた事が嬉しいヒノエも頬を紅潮させ、笑顔を浮かべる。

その時間はミノトにとって夢のような一時だった。作業であっても、自身が心の底から尊敬するヒノエと共にいる事はミノトにとってこの上ない物だった。作業をすること約1時間。ようやく業務である書類の整理が終了した。

 

「お疲れ様ですニャ!」

すると、集会所勤務の団子屋の店主であるアイルーがお茶とウサ団子を運んでくる。このアイルーはヨモギの師匠でもある。

 

「ありがとうございます♪」

ヒノエは出されたウサ団子に目を輝かせると、一本手に取る。

 

「はい。ミノトの分」

「ありがとうございます!」

ヒノエから団子を受け取ったミノトは月光が指す桜を見ながらその付近にある椅子にヒノエと共に腰をかける。

 

月の光が桜に差し込み、幻想味の溢れる空間を作り出す。誰もがこの景色を見れば嫌な思いも辛い思いも全て忘れてしまうだろう。けれども、ミノトはスッキリしていなかった。

 

ミノトは今まで抱えていた悩みをヒノエへと打ち明ける。

 

「姉様…彼の事…どう思いますか?」

それはゲンジの事だった。聞けばヒノエは自身が嫌うゲンジとよく団子を食べていると聞く。なぜ、そこまで親しくなれるのか、ミノトは不思議で仕方がなかった。

すると、ヒノエは笑顔で答える。

 

「本当に頼りのある人ですよ。どんな些細な依頼でも迷う事なく全て引き受けてくれます。お陰で里の人達も少しずつ信頼を取り戻してきていますし」

「信頼…」

その言葉にミノトは言葉が途絶える。ゲンジはもう里の人のために動き出していたのだ。それを知ったミノトの心の中で変化が起きる。

 

「それに何と言っても可愛いですよ。ぷにぷにの頬に釣り上がった目。そして恥ずかしがり屋さんなのはミノトそっくり」

 

「う…」

まさかの身体的な特徴まで一致していることにミノトは複雑な思いを抱く。

 

ヒノエの話を聞いて行く中、ミノトはゲンジに対しての印象が少しずつ変わってきた。

 

「(私も…信じて…いいのかな…)」

その夜 ミノトは夜桜の風景をヒノエと共に楽しみ、そして甘えるようにヒノエの身体に自身の身体を預けるようにして寄り添う。ヒノエも同じくミノトに身体を寄せて、姉妹共に身を寄せ合いながら眠りについた。

ーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

朝が訪れ、小鳥のさえずりが聞こえ始める中、その鳥の声によって椅子に腰を掛けていたミノトは目を覚ました。

 

「…ん」

寝息と共にミノトは目が覚めると、自身の顔がヒノエの膝の上にある事に気づく。その暖かい感触にミノトは虜になり、再び寝息を立て始める。

「(姉様の膝枕…)」

幼い頃からこうしているとすぐに落ち着いていた。今もそうだ。

 

すると

 

「あら、おはようミノト」

「お!?おはようございます姉様」

ヒノエも同じく目を覚ました。ヒノエは膝の上で顔を乗せているミノトに優しく微笑む。

 

 

「ふふ。ミノトは本当にこれが好きなのね♪」

 

「はい…」

ミノトはもう離れようかと考えていると、ヒノエに頭を撫でられる。

 

「私にはこうすることしかできないわ…。ごめんね…いつも大変な仕事を任せてしまって」

 

「いえ!私にとってはそこまでではありません!それに私の目標となるヒノエ姉様の方がもっと大変_____

 

その時だった。

 

「うわぁぁぁ!!!ゲンジさぁぁん!!!」

 

外からヨモギの悲鳴が聞こえた。

 

「「!?」」

二人は驚くと、すぐさま立ち上がり集会所を出て現場に向かう。

 

ーーーーーーーーーー

 

カムラの里の者達が起きるのは日が完全に昇ってからだ。太陽がまだ少ししか顔を見せていないために、起きているのは自身らとヨモギ程度しかいないだろう。

そのヨモギの悲鳴が聞こえた場所へと走って行く。

 

そして、別れ道を曲がり、ヨモギの団子屋が見えた時だった。

 

「!?」

ヒノエとミノトは驚きのあまり立ち尽くす。

 

そこにはヨモギに揺さぶられながら地面にうつ伏せに倒れるゲンジの姿があったのだ。

 

 

 



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ゲンジとミノト

「ゲンジ!」

ヒノエは即座にゲンジに駆け寄った。ミノトも後に続く。

ゲンジの身体をゆっくりと起こし、顔を見てみると、目に大きな隈ができていた。

 

「これは…何があったんですか?」

ミノトはヨモギに事情を聞くとヨモギは話し出した。

 

ーーーーーーー

 

ヨモギが明日の準備を終えて、もう眠ろうとしていた時だった。

ガタン

 

近くに立つヒノエの依頼受付場から物音が聞こえた。ヨモギはまだ作業しているヒノエの身を案じると差し入れとして団子とお茶を持ち脚を運んだ。

だが、そこにいたのはヒノエではなかった。

 

 

「これが今来てる依頼か…」

そこには明かりが灯されるヒノエの机の上に置かれている依頼書を次々と拝見するゲンジの姿があったのだ。

 

「ゲゲ…ゲンジさん!?」

 

「ん?あぁヨモギか」

自身に気付き振り向いたゲンジの顔には直視できるほどの疲れが現れていた。

 

「どうした?こんな夜更けに」

 

「それはこっちのセリフ!なんでヒノエさんの机を漁ってるの!?」

 

「漁ってねぇよ。溜まってる依頼を探してたんだよ。最近 集会所のクエストばっか行ってるからな」

 

「だったらヒノエさん呼んでこようか?」

そう言い集会所へと向かおうとすると、それをゲンジは止める。

 

「それだけはやめろ」

 

「うぇ!?どうして!?」

訳が分からず、事情をゲンジに尋ねると、ゲンジは小さな声で話した。

 

どうやら、ミノトが“姉と一緒にいたい”と言っていたらしく、ヒノエといる時間を増やすためにヒノエの仕事を肩代わりする事にしたらしい。それは、ヒノエ自身には内緒であり、ただ『ミノトが書類の整理が多くて困っている』とだけ伝えて集会所へと向かわせたらしい。

 

「そうだったんだね…」

 

「だから話すなよ」

 

「任せて!こう見えて私 口は固い方だから大丈夫!絶対ミノトさんやヒノエさんには話さないから!」

「デケェ声で言ってる時点で固くねぇだろ」

 

けれども、ゲンジの顔からは疲れが出てきており、今の体力は疲労により、底を突こうとしていた。

 

「けど大丈夫なの!?ゲンジさん昼間ずっと狩りにいってたんでしょ!?」

 

「別に……平気だよ」

 

ゲンジはそのまま印鑑をつき、契約金をまとめて置くと、ポーチに生肉と焼肉セット、そして、ピッケルだけを放り込み夜中の大社跡へと向かって行った。

 

☆☆☆☆☆

 

それから、数時間。夜がもうすぐ明けようとした。

目を覚まし、朝の体操をするために外へと出ると、そこにはフラフラになりながらも自宅の方へと向かうゲンジの姿があった。

 

「ゲンジさん!?」

 

「ん?よぅ…」

その顔の目元には大きな隈ができていた。そして、装備にも泥が付着していることから、夜通し大社跡にいた事が分かる。脚も千鳥足の如くぶらついており、少しでもつつけば倒れてしまう程だった。

 

「ようやく…おわ…た…」

 

ドサッ

 

そして、遂にゲンジの身体がモンスターの如く力尽きるように地面に倒れてしまった。

 

ーーーーーーーーー

 

 

「あらあら。だからあの時 強引に集会所に向かわせたんですね」

ヒノエはあの時、ゲンジが自身を強引に集会所に向かわせた理由をようやく理解した。ゲンジの小さい身体を抱き抱えると、自宅へと向かう。

 

「私達に任せてください。ただの寝不足だと思うのでグッスリ寝かせれば起きるはずですよ」

 

「分かりました…」

ヨモギはゲンジの自宅へと向かう二人に手を振り見送る。

ーーーーーー

ミノトは何も言葉を発する事ができなかった。

 

自宅へと着き、布団を敷いて彼をゆっくりと寝かしつける。装備を外すと、狩りでの傷が何箇所もついていた。

 

「ミノト、あまり自分を責めてはダメよ」

「…」

ヒノエはそう何度も慰めてくれるが、ミノト自身は自己嫌悪に陥っていた。

彼を信じなかった上に行き場のない恨みをぶつけるような対応をしてしまった自身がどうしても許す事が出来なかった。

 

「起きたらちゃんと謝りましょう。ね?」

「はい…」

そんな中、ヒノエは立ち上がる。

 

「里の受付を整理してくるからゲンジのことお願いするわね」

そう言いヒノエはゲンジの自宅から出て行く。ミノトは頷くと、今もなお眠るゲンジの顔を見る。

グッスリと眠り、寝息を立てる彼の顔はとても美しかった。

 

その時だった。

 

「……ん?」

閉じていた目がゆっくりと開かれ、青い瞳が自身に向けられた。

 

「ここは…家か…」

目を覚ましたゲンジは自身に瞳を向けずに、辺りを見回すとゆっくりと状態を起こす。

すると、ようやく自身に気が付き、こちらに目を向けた。

「何だお前か。おい、俺の装備知らねぇか?」

 

自身がいる事になんの興味も示さず、装備のありかを聞いてくる。

 

「あちらに掛けてあります」

「そうか」

すると、ゲンジは立ち上がり、その装備が立てかけてある入り口へと向かおうとしていた。

 

「何をしているのですか!?」

 

「え?確かまだ依頼が残ってた筈だから受けに___おわ!?」

突然 ミノトの身体が動き出し、装備に手を掛けようとしたゲンジの身体を抱き上げる。

 

「安静にしていてください!!」

 

「ごはぁ!?」

そしてそのままゲンジの身体を抱き上げたまま、布団へと叩きつけた。

 

「ちょ…なにすんだ!?」

 

「それはこちらのセリフです!」

ミノトは抵抗しようとするゲンジの身体を押さえつけるように肩を両手で掴む。

 

「貴方は丸一日狩場にいたのですよ!?それに休憩も睡眠もなしと聞きました。なぜあんな無茶をしたのですか!?私は…貴方に対して…酷い対応を取ったというのに…なぜあそこまで…!」

ただ知りたかった。なぜ、何の得にもならないのに自身のために身を削ったのか。

 

「あぁ…?あのことか」

問い詰めると、ゲンジは思い出すかのような素振りを見せ、話し出した。

 

「姉と一緒にいたいって言ってただろ…?俺も姉がいるから分かるんだよ…お前の気持ちが…。ここに来てから俺は偶に姉に会いたいって思う事がある。お前らは距離が近いが、ギルドの仕事が多いからあまり一緒にいられないと聞いた…。俺としては、自分と同じ奴を見てるのが癪なんだよ…。

それで出来るだけお前と一緒にいさせるために…アイツの仕事を受注手続きから達成手続きまでマニュアル見ながら代わりにやったのさ」

 

「そうだったんですか…」

ゲンジも自身と同じ気持ちだった。彼の事を今まで姉を奪った者としてしか見てきていなかった。だが、それは違っていた。

ただでさえ、彼は会いたくても会えない状況にも関わらず、自身らを一緒に過ごさせる時間をその思いを抑え込むと同時に身を削ってまで作り出してくれていたのだ。

ミノトは手を離すと、ゲンジの印象を改めると同時に謝罪のために深々と頭を下げた。

 

「今まで本当に申し訳ありませんでした…自身の勝手な思い込みで貴方に不快な思いをさせてしまったことをお詫びします…」

 

その謝罪をゲンジは見届けずに、斬り捨てる。

 

「別にいい。俺だって姉が他の男と狩りに行った時はムカついた時があったからな。それに、謝る必要ねぇよ。前のハンターの件があったからお前の対応は普通に正しい」

そう言いゲンジは布団を被り、自身に背を向けてしまう。

 

「もうお前に任せるよ。信じて不安が増えるならもう信じなくていい。あの対応がしやすいならもうずっとあの対応でいい」

それだけ言うとゲンジは自身に顔を向けずに寝息を立て始める。

 

それから、ミノトはずっとゲンジの背を見つめていた。

 

ーーーーーーーー

 

眠りについたとみせて、ゲンジは眠らず、ただ目を閉じており、ミノトが出ていくのを待っていた。謝られたのは意外だった。だが、謝られても別にどうでもよかった。ただ、信用されるかされないのか。その2択だ。

 

 

「(…足音が聞こえねぇ…いつまでいるんだ…?)」

かれこれ5分は経つ。

時の流れに身を任せながらずっと待っていた。すると、

 

「!?」

突然背中が冷たく感じる。それと同時に誰かが布団の中へと入ってくる音が聞こえると同時に柔らかい物が背中に当たる。

 

「うわぁ!!」

咄嗟に布団を放り投げて脱出し、すぐさまその場から離れる。

 

「な…なにやってんだよお前!」

「え?」

そこにはなんと、ミノトが寄り添うように横になっていた。布団に入ってきたのはミノトだったのだ。

 

「弟と寝て…何か変なことでも?」

 

「はぁ!?」

突然のミノトの言葉に理解が追いつかなかった。どう言う意味だ!?なぜいきなり弟として見られているんだ!?

 

「私は貴方を信じる事に決めました。これから、何か困ったことがあれば私でよければ全力でサポートします。

そのサポートの一環として最初に何か出来ることはないかと考えていました。そして、いい方法を考えたのです!私が貴方の姉となり、貴方に寄り添えばいいのだと!」

 

「どういう思考回路してんだよ!?」

完全なるぶっ飛んだ考えにゲンジは大声で異議を立てる。

 

「ヒノエ姉様からいつも姉に会いたい故に魘されていると聞いております。すなわち、家族の温もりが感じる事ができず寂しい思いをしているという事ですよね?」

そう言いミノトは誘うように両手を広げる。

 

「そう言う事ならば、しばらくは私が貴方の姉となります!さぁ日頃の疲れを癒すために思う存分甘えてください!」

 

「ふざけんなぁ!俺はそんなガキじゃねぇ!もう21の大人なんだよ!」

 

「ですが、男の人はどの歳になっても甘える時には甘えると聞きますが」

 

「それが全員な訳ねぇだろ!?俺は別にそんな…わ!?」

その時だった。立ち上がった拍子に疲労の溜まったゲンジの身体が崩れ落ちる。

そして、それをミノトは抱き止めた。その拍子にゲンジの小さな顔がミノトの豊満な胸にダイブしてしまう。

 

「むぐ!?」

「身体は正直ですね」

そう言いミノトは抱き止めたゲンジの身体を抱き締める。その拍子にゲンジの顔が更に胸に押しつけられ、身体も自由に動かせなくなってしまう。

「ちょ!?離せ…!」

 

「ダメです」

抵抗しようとするゲンジをミノトは離さず、力を入れて抱き締めると、頭を撫でる。ミノトの竜人族特有の4本の指が髪と髪の間をすり抜けながらも、優しい感触が伝わってくる。

 

「…!」

その感触がとても懐かしく感じた。それは、自身の身体が変化して間もない頃、石を投げられた最初の日だった。

 

『痛いよぉ…』

『大丈夫だよ。泣かないで』

 

石を額にぶつけられ、泣いていた自身をシャーラは優しく撫でてくれていた。

 

懐かしい思いに駆られたゲンジは抵抗せずに、ゆっくりとミノトに身を預けた。

 

「よしよし。いい子いい子です」

 

その言葉が発せられた瞬間 鮮明に昔の記憶が込み上げてくる。

 

『よしよし…いい子いい子』

そう言いいつもシャーラは自身を抱きしめながら慰めてくれていた。

 

 

「(なんで…この姉妹は…ここまで姉さん達に似てるんだよ…)」

懐かしい思い出が頭に思い浮かんでしまい、それが懐かしく、涙が出てきてしまう。

 

 

「姉さん…」

不意にそう呼んでしまう。それほど、ミノトの温もりと撫で方がシャーラと酷似していたからだ。そして、その言葉を受け取っていたミノトは微笑みながら、再び頭を撫でる。

ミノトもゲンジの意外な一面を見た瞬間に、彼がずっと家族に会えない寂しさを耐えてきていた事を感じた。

 

「(本当にお辛かったのですね…)」

信頼できる家族と会えない苦しみは自身も知っていた。彼はずっとその悩みを抱えていながらも、他者のために身体を駆使して里のために動いていてくれていた。

それほど、彼は優しいのだ。

 

すると、ゲンジの目がゆっくりと閉じられ、眠りについた。

 

ミノトはゲンジを一人にさせないために、孤独にさせないために、目を覚ますまでずっと側にいた。

 

 



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深まる姉妹との絆

ヒノエとミノトは姿は違えど、自身の姉であるエスラとシャーラに凄く似ていた。なぜ、ここまでエスラやシャーラに似ているかは理解できなかった。

けれども、ミノトに抱き締められた時、それまで感じていた孤独感が嘘のようになくなっていた。

 

「………」

目をゆっくりと開けると、自身は布団に横たわっていた。時刻はもう夕刻であり、夕陽が部屋を照らしていた。

 

「あ、お目覚めですか?」

 

「あぁ…」

ヒノエは相変わらず笑顔でそこにいた。その隣ではミノトも同じく腰を下ろしており、ゲンジを見つめていた。そんな中で 何故かヒノエはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 

「な…なんだよその顔…気持ち悪いな…」

 

「あらあら。覚えてないんですか?ミノトに抱き締められながらグッスリと眠っていたじゃありませんか」

 

「…!」

ゲンジは眠りにつく前の出来事をようやく思い出した。ミノトに抱き締められた瞬間にシャーラと重ねて見てしまい、そのまま身を預けてしまった事を。しかも、その直後にヒノエが戻ってきていたらしく、ヒノエは自身が目が覚めるまでグッスリと眠る姿を堪能していたらしい。

その話を聞いたミノトは顔を赤く染めていた。

それと同時にゲンジの顔も段々と赤くなってくる。

 

「本当に女の子みたいで可愛かったんですよ〜。それに布団に寝かせる時もずっとミノトの手を握っていましたし♪」

 

「わぁぁぁぁ////」

完全に恥ずかしいところを見られてしまった上に寝ぼけてまたやってしまった事にゲンジは顔をリンゴのように真っ赤に染め上がらせると、恥ずかしさのあまり布団に潜り込み、頭を布団越しに掴む。

 

「違う違ぁぁう!!あれは違うんだ!」

 

「何が違うんですか〜?」

布団を被り、完全に身を隠そうとしたゲンジを逃がさないために、ヒノエは布団を掴み、力一杯引く。すると、一瞬で布団が引き剥がされ、ゲンジのうずくまる姿が丸見えとなった。

 

「ふふ。ちゃんと人の顔を見て話さないといけませんよ♪」

 

「ちょ!?」

そう言いヒノエはゲンジに近づくと、両手で顔を挟み込む。逃げ場を失ったゲンジを更に追い詰めるようにヒノエは笑顔で見つめた。その一方で、恥ずかしさのあまり、極限状態に達していたゲンジの顔はヒノエの顔の目の前で顔が固定され、目を逸らす事もできないために更に真っ赤に染まる。

 

「や…やめろ…」

「あらぁ?照れてるんですか〜?」

「見りゃ分かるだろ!」

「でしたら…」

すると、ヒノエの手が即座に顔から離れると、肩におかれ、そのまま引っ張られる。

 

「わ!?」

ボフッ

頭に柔らかい感触が伝わる。ヒノエは抱き寄せたゲンジを膝下に下ろしたのだ。倒れたゲンジの目の前には自身を見下ろすヒノエの顔があった。

 

「これならいいですよね?」

 

「よくねぇよ!……押さえるな!」

すぐさま離れようとする動きを察知したヒノエは肩に手を置き、ゲンジが起き上がる事を阻止する。

完全に身動きが取れない事を悟るとゲンジはそのまま抵抗する事を諦める。

「というか…仕事に戻らなくてもいいのか?」

 

「それはご心配なく。『誰かさん』のお陰で今日明日分の書類整理が終わったのでゆっくりと休めます♪里の皆も『誰かさん』が一度に全部の依頼を受けた事で品が即座に手に入り大喜びしていましたよ」

 

「うぅ…」

今更になってゲンジは自身の行動に後悔する。まず、ゲンジが受けた採取依頼全てはゲンジが集会所で受けた大型モンスターの依頼の前に出された物である。ゲンジが大社跡で暴れ回り、次々とモンスターを蹂躙した事で、モンスターの出現報告が止み、危険がなくなった事で自由に採取しにいけるようになり、ゲンジが受けた採取依頼の後は依頼が出されなくなったのだ。

 

そして、ヒノエの仕事も減った事で、ミノトの仕事にも手を貸す事ができるようになり、二日分の整理が終わったのだ。

 

ミノトと共に過ごせる。己の身を犠牲にしてまでも自身らが一緒にいる時間を作ってくれた事にミノトと同じくヒノエも感謝していたのだ。

けれども、身を犠牲にした事に対してはあまり、嬉しくはなかった。

 

「けど…疲れた時には必ず休んでくださいね」

ヒノエの白く滑らかな4本の指がゲンジの額に添えられる。

ハンターにはたとえ採取であろうと無茶はつきものであるとヒノエは理解はしていた。けれども、彼女にとって、ゲンジはもはや家族同然の者である故に身を削る行為はあまり見たくはないのだ。

 

「あまり、無茶はしないでください」

 

『あまり無茶はするなよ』

身を案じるヒノエの言葉でさえもゲンジの目にはエスラと重なって見えてしまっていた。

「…分かった…」

 

ゲンジはゆっくりと起き上がる。

 

「というか…何でミノト姉さんまでいるんだ?」

そう言いゲンジはヒノエの後ろに座るミノトに目を向けた。

すると、ヒノエは思い出したかのように説明した。

 

「それがですね。ミノトが私やゲンジと3人で夜桜を見たいと……あら?」

 

「ゲンジさん………いま何と……?」

「え?」

ヒノエは言葉を中断。そして、ミノトは驚き、その言葉をもう一度聞き返す。ゲンジは首を傾げながらも自身の発言を思い返す。

 

「……はッ!!」

その瞬間 ゲンジはデジャブを感じ取ると同時に思い出し、顔を真っ赤に染め上がらせる。

 

「わ…わわ…うわぁぁあぁ////」

またもややってしまった。遂にはミノトさえも姉と捉えてしまいうっかり『姉さん』と呼んでしまったのだ。

ゲンジは両手で顔を隠しながら悶え始め、

そして、それを楽しむかのようにヒノエは悶えるゲンジの肩を掴むと、その悶える動作を停止させる。

 

「あらあら〜また間違えてしまいましたね〜♪」

 

一方で、ミノトは何故か同じように顔を赤く染めていた。

 

「姉さん…私が姉さん…」

すると、突然身を乗り出す。

 

「ゲンジさん!!」

 

「うぇ!?」

そして、ゲンジの目の前まで来ると、ヒノエに掴まれていた両肩を掴み出し、自身の前に寄せた。いきなり、目の前に引き寄せられたゲンジは驚く。

そして、ミノトは顔を強張らせながらゆっくりと言った。

 

「もう一度…言ってください…!」

「えぇ!?」

ミノトは次々と迫ってくる。後ろにはヒノエが肩を掴んでいた事でゲンジには逃げ場が存在しなかった。その圧に耐えきれず、言う事を躊躇しながらも恐る恐るもう一度口にした。

 

「ミ……ミノト姉さん…」

 

「………悪くありませんね」

品定めするかのように聞いたミノトは頷く。

 

「次からは私の事もそう呼んでください」

「は…?」

ミノト自身もその呼び方を気に入ってしまったのだ。だが、事故で発言してしまったゲンジは即座に拒否する。

 

「よ…呼ぶわけねぇだ___

「もし拒否すると言うのなら…」

 

すると、ミノトの目が一瞬光りだす。

要求を拒否したゲンジにミノトはとてつもない事を言い出した。

 

「ゲンジさんが私達姉妹に赤子のように甘えているという噂を里中に…」

 

「やめろぉぉ!!!」

完全にヒノエと同じくミノトの悪い性格が出てしまった。ミノトはたまに自身の要求が通らなければどんな手段を使っても通そうとする癖があるのだ。流石に噂を流されれば、里の者から白い目線で見られると思いゲンジは即座に拒否を取り消し、了承する。

 

「わ…分かった!呼ぶ!呼ぶよミノト姉さん!」

「よろしい」

ゲンジを無理やり了承させたミノト。笑みを浮かべるその顔からは達成感が感じられる。

そして、ヒノエもヒノエで嬉しそうに手をパチパチと叩いていた。

 

「あらあら、ミノトもこれで晴れてお姉ちゃんですね!」

 

それから、ゲンジはヒノエと同じくミノトも姉として見るようになった。最初は抵抗していたが、うっかりと『姉さん』と呼んでしまったために、その呼び方が定着してしまった上にミノトに弱みも握られてしまったので受け入れる事となった。

そして、ゲンジを最初は非難していたミノトもヒノエの様にゲンジを新しい家族…弟として見るようになった。

 

 



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思い巡る記憶そして、着々と進む準備

ミノトとの仲が深まった事をキッカケに、里の者達ともゲンジは次々と打ち解けていった。

 

ある日、ゲンジが大型モンスターの狩猟クエストから帰ってくると多くの人々が出迎えてくれた。

 

「おぉ!お帰りハンターさん!」

 

「ウチの衆にモンスターの話を聞かせてくれないかい?」

 

「いやいや!それよりもウチの娘の料理を食べながら話をしてくれ!」

前までゲンジに対して冷たい視線を送っていた者達も、ゲンジを里の者として受け入れ、今までの謝罪と共に差し入れや料理などを次々と与えてくれた。

 

その光景がゲンジを段々と明るくさせていった。

 

「……また、今度な」

今まで団子を食べる時でしか笑う事が無かったゲンジの顔に笑顔が見えてくる。そして、次第にゲンジ自身も日が経つにつれ、この空気に馴染んで来た。

 

自身から笑顔を見せたのはこの里が初めてだった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「(今思い出せば…いろいろあったな)」

 

長い長い過去を巡りに巡らせ、一昨日まで思い出したゲンジは自身が自然と笑みを浮かべていた事に気づく。調整した双剣を背中に担ぎ、シルバーソル装備を身に纏う。

 

「さて、そろそろ行くか」

今日は狩りはない。砦の整備だ。そのため、里の皆も次々と機材を運んでいた。

シルバーソルヘルムを抱え、背中まで伸びる髪が風に揺られながら、ゲンジは外に出る。すると、作業のために砦に赴こうとするヒノエと合流した。

 

「あら?まだ出撃ではないですよ?」

 

「いや、俺も手伝う。設備の使い方も知っておきたいからな」

ゲンジとしては、里の者達だけに任しておく事に何故か気が向かなかったのだ。

 

「ふふ。あまり無理をなさらずにしてくださいね」

ゲンジはヒノエの後をついていき、砦へと向かった。

 

ーーーーーーーー

 

翡葉の砦

それは、里から十数キロ以上も離れた場所にある渓谷にそびえる砦だ。左右が崖に囲まれている事で、壁走り等での移動の補助の他に死角からのモンスターの乱入を防いでいた。そして、前方にそびえるは備え付けられた巨大な柵。それは、三箇所設置されており、ゲンジがいる砦は特に巨大かつ頑丈に作られていた。

 

ゲンジが着いた時には里の殆どの者達が辺りにバリスタ用の高台を設置、そして撃竜槍の整備に取り掛かっていた。

 

「すげぇな…こんな砦の形状は初めてだ…」

「えぇ。とりあえず説明とまいりましょう」

ヒノエは翡葉の砦について説明した。

 

「まず、私達がいるのは3つに分けられたエリアの内の一番最奥であるここエリア3です。モンスター達は最前線にあるエリア1から次々と入ってきます。それを防ぐために各エリアに多くの兵器を設置しております」

そう言いヒノエは次々と地図で各地を指差す。

 

「兵器…か。例えばどんな兵器だ?」

 

「バリスタはもちろん撃竜槍も備え付けてあります。そして大目玉となるのがこちらです」

 

ヒノエが手を向けた先には空に砲口を向ける巨大な大砲だった。他の兵器が赤子に見える程の強大な威圧感が兵器だとしても伝わってくる。

 

「ドンドルマでの巨龍砲を参考に作成した兵器『破竜砲』です。発射までは調整等により時間がかかりますが、命中させれば想像を絶するようなダメージを与える事ができます」

 

「すげぇな…」

 

「因みに前線エリアにも設置してありますので、全部で二箇所ありますね」

 

「2箇所もあるのか!?」

これだけ強大な兵器が2箇所も設置してあるという事はそれほど、百竜夜行は恐ろしい上に激しい攻防となるのだろう。撃竜槍も各エリアに2本設置されており、警備が厳重である。

 

「そして準備エリアとして、キャンプも存在しています。あちらです」

ヒノエが手を向ける方向には崖の中に穴がある。それは、アオアシラ一頭程度ならば入れそうな程の広さだ。

 

「あそこに向けて翔蟲を飛ばして中に入っていくと、キャンプに向かえます」

 

「そこの点も厳重だな。確かにあの穴ならオサイズチやアオアシラ程度なら、通れそうだが、奴らは登る動作が苦手だからそれは不可能か。そこも計算されてるんだな」

 

「勿論。では、作業に取り掛かりましょうか!」

それからゲンジはヒノエの指示の元、里の皆と共に高台の設置を進める。

 

「ここはこんな感じで」

 

「分かった」

ヒノエの的確なアドバイスで、ゲンジは次々と土台を設置していった。そして、約一日に渡り、里の者全員によって砦の準備が整った。

そして、フゲンが皆を集めると、壇上に登る。

 

「皆の衆!よくやってくれた!皆のお陰で一通り準備が整った。数日後の百竜夜行に備え、ここに残る者はしばらくはキャンプで寝泊まりとなる。里に残る者はこの後すぐに日が暮れる前に帰還してくれ。その前に…」

 

突然 フゲンの目がゲンジに向けられた。

「ゲンジよ…!」

 

「え?」

フゲンが声を上げてゲンジを呼ぶ。呼ばれたゲンジにフゲンは壇上へと上がるように指示する。

 

壇上へと上がったゲンジを近くまで来させると、肩を掴む。

 

「皆の者。この者こそ百竜夜行を討つと名乗りを上げてくれた勇気あるハンター『ゲンジ』だ。先のハンターの件以来、我々はハンターへの信用を失墜してしまった。だが!それでも彼は冷えた態度を取る我々を見捨てず…多くの依頼をこなし、こうして準備まで手を貸し…そして我々に希望を与えてくれた。この者がいなければここまで来れなかったと断言できる…。故に俺は感謝をすると共に信じる。ゲンジは必ず凶災を祓い我らを救ってくれると!!」

 

『『『ォオオオオオオオオ!!!!』』』

 

その叫びに里の者達は賛同する様に高らかと雄叫びをあげる。最初の頃にゲンジが見た暗い雰囲気を放つものはどこにもいない。皆一人一人が信念を抱き、希望を胸に叫んでいた。

 

「ゲンジ。何か言いたいことはあるか?」

 

「……」

フゲンにそう聞かれたゲンジは少し考えると、頷き、前に出た。シルバーソル装備の背中に装着された大空を羽ばたく翼を模した装飾品が風に揺られながら、ゲンジは里の皆に目を向ける。

 

「俺より前に来たハンターが誰だか知らねぇが、お前らに不快な気持ちを与えたのは確かだ。ハンターに反感を抱く奴がいてもおかしくねぇ。

この中にもしもまだ俺を信用できねぇ奴がいるなら信用しなくていい。けど、約束する。命を救ってくれた礼に百竜夜行を必ず根絶し里を守る。それだけは覚えとけ」

 

その言葉は辺りに強く響き渡る。その言葉は里の者達の心に深く深く染み渡る。

 

そして_____

 

『『『オオオオオオ!!!!!』』』

 

それに応えるかのように里の皆は大きく叫んだ。

 

「俺はアンタを信じるぜ!!!」

 

「頼むぜハンターさん!!」

 

「俺達に希望をありがとう!!!」

次々と出る感謝と共に熱く希望に満ちた声。

 

「よし。よく言ってくれたゲンジ!では、皆の衆!!これにて解散だ」

フゲンの言葉に皆は頷き、里へと戻る者達は次々とガーグァやポポの荷車に乗り、戻っていった。

 

 



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百竜夜行編
秘め始める想い


数日後に起こると予言された百竜夜行。

里に残る者は即座に帰還し、砦にて迎撃する者は数日間、ここで寝泊まりとなる。

予言されたのは数日後。皆はそれに備えて寝ていた。

 

その夜

 

皆が寝静まる中、ゲンジはいつ来てもおかしくない状況故にキャンプの入り口。即ち砦を見渡せる穴の入り口の前で座っていた。

 

「…」

月明かりが指す渓谷の中でゲンジは第一関門であるエリア1の方向を見つめながら、あぐらをかき、今か今かと待ち構える。

 

「眠れないのですか?」

すると、同じくして後ろから声をかけられ、見るといつもと変わらずコーデを纏うヒノエが立っていた。

 

「ヒノエ姉さん…」

ヒノエはゲンジの横にそっと腰を下ろす。

 

「まぁ眠れない…。いつくるか分からねぇからな。予言なんて当てにならねぇ」

百流夜行は神出鬼没。いつ束になって襲い来るかわからない。もし、寝込みを狙われて襲われでもしたら準備が全て無駄になるだろう。

 

「見張り役の方がいますからご安心を。それに…ゲンジはずっと動いていたから休んだ方がいいですよ」

 

「…今回ばかりはそうなるな」

「ふふ」

顔を指で掻きながら納得するゲンジにヒノエは微笑むとゲンジの肩に手を置き、自身の側に抱き寄せた。その際にゲンジの頬は少し赤く染まる。

 

「初めて会った時のことを覚えていますか?」

 

「あぁ…まぁ俺にとって初めては姉さんが布団の横で座っていた時だがな」

 

「そうですね〜」

ヒノエは微笑みながらゲンジと最初に話したあの日を思い出した。

 

「当初は私も…皆と同じく諦めかけていました。里に訪れたハンター達が次々と断る中で貴方も絶対に断るだろう…と」

 

ヒノエの告白にゲンジは驚かなかった。確かにあの時、自身に頼むヒノエの目からは希望が消えていた。恐らくダメ元で頼んでいたのだろう。表面には出さなかったが、ヒノエも内心皆と同じく希望を見出せていなかったのだ。

 

「けど、貴方が頷いてくれた時は本当に嬉しかった。そして、ゲンジが次々と依頼をこなしてきてくれたお陰で…私達は大きな希望を持つことができてここまで来ることができた」

そう言いヒノエの手がゲンジの両頬を挟み込むと、顔を向けた。その顔はいつもよりも美しい笑顔が輝いていた。

 

「本当にありがとう…!!」

満面な笑みを浮かべる目からは涙が零れ出ていた。それは、自身らに希望を与えてくれたゲンジに対しての感謝の涙だった。

 

「…泣くのは百竜夜行が終わってからにしろ」

ゲンジは装備を外すと、ヒノエの涙を拭き取る。

 

「それに約束しただろ。原因を突き止めるまで協力して絶対に守ると」

ゲンジの真っ直ぐな眼差しから放たれた言葉が届いた時、ヒノエの心の奥底で何かが弾けた。まるで幼い頃に自身の添い遂げたい理想像の男性と重ね合わせる様に。

 

「…!」

それと同時に胸の奥が突然熱くなる。

 

「ふわぁ…約束破るのは主義じゃないんだよ…。見張りがいるなら俺はもう寝る…」

そんな事も知らずにゲンジは欠伸をすると横を通り過ぎてキャンプに向かっていった。その姿を見ながらヒノエは原因不明の熱さに胸を押さえると顔を赤く染めていた。

 

 

 

 



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戦闘前の訓練

百竜夜行が遂に明日に迎える。前日は皆はそれぞれ武器を持ち、次々と身体を慣れさせていた。

そんな中で、驚いたのはヒノエとミノト、そしてヨモギとイオリも武器を扱う者だった事だ。

 

「…!!」

鋭い目を向けながら遠方にある的に向けて数本の矢を放ち、全て見事に命中させるヒノエ。

 

「ゼェィヤッ!!!」

強烈な突き出しを放ち、竜巻を発生させて前方に放つミノト。

 

「アハハハハ!!!」

ゲス顔で笑いながら次々と通常弾をブッ放すヨモギ。

 

「ヤッ!!!」

高出力属性解放斬りを放つイオリ。

 

前半は分かるが後半はシュールだろう。だが、その光景を見ていたゲンジは自身らハンターが情けないと若干ながら感じていた。まだ15にも満たない幼い少年少女が武器を手に持ち命を掛けて戦おうとしているからだ。

カムラの里は技術は発展しているものの、人口が若干ながらに少ない上に戦える者は尚も少ない。それならば仕方がないか?否,本来ならば幼い彼らを戦わせないためにハンターがいるのではないのか。

 

「…断った奴らはどう言う神経してるんだよ」

ゲンジは内心、協力を断ったハンター達を卑下しながらも、武器を構える。

 

「すぅぅ……」

呼吸をし、肺に酸素を取り込む。すると、それに呼応するかの様に周囲の空気の色が変わった。

そして、ゲンジの脚が地面に陥没し、その際に飛び出した小石がゆっくりと上昇する。

 

『…!?』

 

辺りで武器の訓練をしている者達はその手を止める。武器の訓練を中止させる程の濃密な殺気がゲンジから放たれていたからだ。

 

そして、

 

「…!!!」

ゲンジの閉じられていた目が一瞬で開くと同時に、踏み込んでいた脚を一気に前に踏み出す。

 

駆け出したゲンジは壁に向けて飛ぶと、再び壁を蹴り、三角跳びを行う。そして、翔蟲を取り出して更に高く飛ぶと、縦横無尽に双剣を振り回した。

 

「…!!」

無呼吸運動の如く、肺に空気を溜め込んだ事によって身体能力を極限まで高めたゲンジの双剣が残像を作りながら刃の嵐を形成する。

 

 

そして、乱舞を即座に終えると、ゲンジは身体を唸らせ、高速回転させる。

 

自身の斜め下に置かれた的をモンスターであると想像して、ゲンジは高速回転させた身体を斜め下に向けて、その的に目掛けてミサイルの如くダイブした。

 

「オラァァァァァッ!!!」

 

猛々しい叫び声と共にスクリューミサイルと化したゲンジの身体がその的に向けて突っ込み、的をそのスクリューの嵐に巻き込む。

 

そして、地面に衝突する寸前にゲンジの身体が元の体勢に戻り、着地する。

 

「ふぅ…」

辺りに舞うは砂埃。そして、モンスターとして設置した的は粉々に粉砕されていた。

この的は一定の威力が無ければビクともしない程に頑丈に作られている。その強度は巨木と同様。それを木っ端微塵としてしまう程の威力だった。

 

その行動を最後まで見ていたヒノエを除くミノト達は驚きのあまり立ち尽くしていた。

中でもミノトやヨモギ、そしてイオリは初めて見るゲンジの武器の扱いに口をポカンと開けていた。

 

「す…凄い…!」

 

「あれがゲンジさんの…G級ハンターの力…」

 

「初めて見ましたが…想像以上です…」

ヨモギとイオリ、そしてミノトはゲンジの芸当に感嘆する。そんな中で、もう見慣れてしまったヒノエはパチパチと手を叩いていた。

 

「まぁ凄いわ!ゲンジ!」

 

「…」

ヒノエの褒める声にゲンジは何も答えなかった。すぐ後ろにいるというのに。まるで、自身だけの世界に入っているようだった。

 

 

「え?あ、そうか?」

すると、少し遅れてからようやく気づき始めてゲンジはヒノエに振り返る。

ヒノエはゲンジを抱き上げぐるぐると回り出した。

 

ーーーーーーーー

 

それから訓練を終えた皆はキャンプへと戻ってきた。

 

「皆の者!明日は遂に百竜夜行が起こる!!腹ごしらえのためにたっぷりと飯を用意してもらった。さぁ!存分に食べてくれ!」

 

皆の前に並べられたのは山盛りの料理だった。

里の者は次々とその用意された料理を口に入れる。アイルーやガルク達も食らい付き、スタミナをとる。そんな中、ふと、一人の里の者は横に目を向ける。

 

「…!?」

その里の者の目の前には驚くべき光景が広がっていた。

 

「ハグハグハグハグ…!!」

 

「ふむ…うまいうまいうまい…!!」

見るとゲンジとフゲンが次々と料理を息をするかのように平らげていた。その量は軽く数人分に登る。そしてゲンジの隣にいるヒノエもゲンジよりも速度は遅いものの、優雅な動きを早送りするかのように料理を口の中に入れていく。

ヒノエに加えて,フゲンが大飯ぐらいだと言う事は里の皆は周知していた。

 

だが、ゲンジまでもがあそこまで大食いだとは知らなかった。

 

「おかわり」

 

まだまだたくさん料理はあるものの、ヒノエに匹敵する大食い振りに里の皆は若干引いていた。

ゲンジの身体は代謝が大きいために、いつも、大量にご飯を取らなければならないのだ。クエストでもヨモギの団子を食べたとはいえ、現場ではこんがり肉を最低でも10個は食べてしまう。

もし少しでも食事を絶ってしまえば、ゲンジは身体能力の真価を発揮できなくなってしまうのだ。

 

「あら!ゲンジったら本当は食いしん坊さんなのね!」

 

「ハグハグハグハグ…んん…」

いつもウサ団子一本を食べる姿しか見ていないミノトはその光景を見て驚くと、同じ大食いもの同士と言う事で顔を輝かせた。

ゲンジもゲンジで自覚しているのか、恥ずかしがりながらも頷いた。

 

それから、皆はワイワイとしながらも前日の食事を楽しんだ。

 

そして、誰一人とそれを最後の晩餐だとは一欠片も思わなかった。自身らは勝って帰ってまた皆で飯を食う。

ただそれだけだ

 

 

 

 



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遂に来たる百竜夜行

ある日の日が指す事がない曇りの朝

砦を挟む崖に設置された高台。そこにはエリア1から向こう側。即ちモンスターの進行方向を見渡せる程の望遠鏡が立っていた。

 

「……ん?」

見張りはエリア1から僅か数キロ離れた渓谷を見た。

 

「な!?」

そこには大挙として押し寄せてくる何頭ものモンスターの群れがあった。一頭のアオアシラに加えて2頭のオサイズチ。そしてヨツミワドウだ。

その光景を見た瞬間 見張り役の里の者は大声をあげる。

 

「来たぞ!!!!モンスターの軍勢『百竜夜行』だぁぁ!!!!」

 

『!』

 

その知らせに下にいたフゲンやゲンジ達は即座に武器を構え、出撃する。

ーーーーーーーーーー

 

キャンプにて、武器を扱わない里の皆は次々と持ち場につく。

 

「いよいよか」

ゲンジは首を鳴らし、武器を背負う。

 

「ゲンジ、私達も」

 

「忘れないでください」

そう言いゲンジの前に立つのは背中に弓を背負うヒノエとランスを背負うミノトだった。彼女らもまた、ハンターを目指していた事があり、それぞれの得意武器を受付嬢になった後でも鍛え続けていたのだ。この時のために。

 

「僕らも!」

 

「私も!」

そして、イオリとヨモギも一緒だ。イオリはチャージアックス。ヨモギはヘヴィボウガン。まだ18にも満たない少年少女までもが撃退に参加するのだ。更に、

 

「俺も行くぞ。久しぶりに腕が沸る…!!!」

巨大な太刀を背負うフゲンも出撃する。その背中だけでも感じられる怒涛の威圧感は辺りにいる者を圧倒させた。

 

武器を持たない者はバリスタや大砲で援護。武器を持つ者は真っ向から対峙する。ウツシやゴコクも戦力に欲しいが、里はいま、戦力がもぬけの殻である故に、何かあっては困るので残ってもらっている。

 

「絶対に死ぬなよ」

そして,ゲンジはキャンプから飛び立ち、戦場に出る。それに続く様に皆も次々と飛び立つ。

 

ーーーーーーーーー

 

遂に迎えた大災害『百竜夜行』ヒノエ達の脳裏に浮かぶのは50年前の悲劇。だが、今となってはそれは霞に等しい。此度は絶対に負ける事がない自信に満ちていた。

 

「いくぞ…!!」

目の前に立ち、先人を切るゲンジがいるから。

 

 

第一波襲来。

 

「来たな」

目の前にある木で作られた防衛柵を乗り越えて現れたのはアオアシラに加えて2頭のオサイズチ。そしてヨツミワドウ。その4頭は里に目掛けて闘牛の如く向かってくる。

 

 

「オサイズチ2体は俺がやる。アオアシラとヨツミワドウは頼むぞ」

 

「え!?一人でいっぺんに2体なんて無茶だ…わ!?」

ヨモギの静止も聞かずにゲンジは双剣を構えると、手を交差させ鬼人化すると走り出した。その速度はそこらにいるハンターよりも速く、一瞬で向かってくるモンスターに辿り着く。

 

「なら俺はヨツミワドウを引き受けよう。ヨモギ!イオリ!援護を頼む!」

「は…はい!」

「はい!」

フゲンはヨモギとイオリを連れてヨツミワドウへと向かう。

 

一方で、オサイズチ二頭に向けて走り出すゲンジにアオアシラが目を向ける。

 

「グゥオオオ!!!」

先頭を走っていたアオアシラはゲンジを見つけると、敵として認識し、鋭利な爪が生えた前脚を振り被る。

 

 

「邪魔だ…!!!!」

 

だが、ゲンジにとっては、最早アオアシラなぞ、雑魚に等しい。

翔蟲を使い、爪の振り回しを回避すると、慣らしとばかりに双剣を握り、アオアシラの額に目掛けて振り回した。

 

「グァア!?」

すると、アオアシラの顔に双剣の一閃が放たれ、アオアシラの顔面の毛をちぎり取り、甲殻を削った。その痛みにアオアシラは顔を押さえながら怯む。

 

「お前の相手は俺じゃねぇよ」

 

地面に着地し、アオアシラを乗り越えたゲンジは向かってくる2頭のオサイズチに向けて武器を構えた。

 

「ギャァオオオ!!」

 

「ギャァオオオ!!」

2匹は連携するかの如く,1匹目は牙を突き出し、噛みつこうとするが、ゲンジはそれを後方に飛ぶ事で回避する。すると、その動きを読んでいたのか、もう1匹が尻尾を振り下ろしてきた。

 

「やるな」

感嘆しながらもゲンジはそれをアッサリと横に横転する形で避ける。

 

2匹の連携。それは稀に見られるモンスターの行動だ。リオレウスやリオレイアなどではよく見たが、オサイズチは初めてだ。

 

だが、その奇怪な行動自体がゲンジを刺激し、興奮させる。

 

「上等だよ…!!!」

 

ゲンジは翔蟲を斜め前へと射出する。その弾性力を利用して、高く飛び上がった。双剣を構えると、身体を高速回転させる。それは前日に見たスクリューの如き回転だった。

 

そして

 

「オラァァァァァ!!!!」

2頭いるオサイズチに目掛けて、回転する刃と化したゲンジはダイブする。

 

「ギャァアオオ!!」

 

「ギャァァァ!!」

そのスクリューの嵐はオサイズチ二体をアッサリと刃の嵐に巻き込み、頭頂部や全身に刃が斬りつけられ、傷を与える。それと同時に全身に爆破性の粘液が付着する。

 

「まだおわらねぇぞ…!!!」

そして、ゲンジは着地した瞬間に更に身体を回転させると、今度は水平方向に向けて飛び出し、オサイズチ二体の間をすり抜けながら刃で斬りつける。

それは、傷を与えると同時に爆発性粘液を活性化させた。粘液が赤く輝いた瞬間 オサイズチの2体の身体が次々と爆発する。

 

「ギャァアオオェェ!!」

 

「ギャァアオオ!!」

斬撃に加えて爆破の衝撃と熱。次から次へとくる痛みにオサイズチは苦痛の声を漏らす。

 

「どうしたぁ!まだ始まったばかりだぞ!!!」

 

ゲンジは再び双剣を構え回避をしながら次々とオサイズチ2頭を蹂躙するかの如く斬りつけていく。

 

「ギャォ!!」

すると、1匹が爆破の衝撃で吹き飛ばされる。そして、ゲンジはすぐさまもう一匹へと目を向けると、脚を振り上げる。

 

「オラァァァァァ!!!」

「ギャェ!」

振り上げた脚は見事にオサイズチの顎へと抉り込み、牙を破壊する。

本来、蹴りはあまりモンスターに対して威力はないが、ゲンジは脚を鍛え上げ続けてきた故に細身ながらもその筋肉は発達し、遂には中型モンスター程度なら蹴り飛ばす程の威力を持つ蹴りを放てるようになったのだ。

 

蹴り上げられたオサイズチは大きく後ろに仰け反る。

 

「さぁ…まだやるか…?」

ゲンジの鋭い目線が2匹に向けられる。

 

すると、2匹のオサイズチは砦とは反対方向に向けて身体を反転させる。

 

「お?」

すると、2匹は逃げるように元来た道へと走っていった。

 

「なるほどな。撃退でいいのか」

ゲンジは理解すると、次なる標的へと目を向ける。

 

ーーーーーーーーー

 

ミノト ヒノエ vs アオアシラ

 

「アオアシラを相手にするのは久しぶりね」

 

「はい」

ハンターを目指していた頃の自身を思い出しながら、二人は武器を取る。ヒノエの手に握られたのは特殊に作られた矢。そして、ミノトの手に握られるのはとてつもなく鋭利な槍。

ミノトは鉄壁の防御を誇る盾と全てを刺し貫く槍を構える。

 

「一瞬で終わらせましょう…!!」

もう怖くない。50年前。何も出来なかった自分はもういない。皆がいる。ゲンジがいる。それだけで姉妹の心の底から勇気が湧き上がってくる。

 

「グォオオオ!!」

アオアシラは二人に狙いを定めると四つん這いとなり走ってくる。

 

対して、迫り来るアオアシラの脳天目掛けてヒノエは弓を引く。

「フッ!!!」

 

放たれた矢は一直線に向かい、向かってくるアオアシラの脳天に突き刺さる。

 

「グラォォ!?」

その痛みにアオアシラは顔を抑えながら後退する。そしてそれは一本だけではない。

 

「ハァッ!!!」

ヒノエは手早い動きで弓を取り出し、次々とアオアシラに目掛けて放った。その放たれた矢一本一本は外れる事なく、全てアオアシラへと突き刺さっていった。

 

「ミノト」

 

「はい!」

 

合図と共にミノトは体勢を比較すると、槍を構える。すると、ミノトの槍の先端部分が震え出す。そして、それと同時にヒノエは弓を横に構え矢を射る。

アオアシラが未だに怯む中、姉妹は一斉攻撃を放つ。

 

「「気炎万丈ッ!!!」」

 

放たれた言葉と共にミノトは一気に構えていたランスを全力で前に向けて放つ。すると、ランスの先端部分から竜巻が発生し、アオアシラに向けて放たれた。それと同時にヒノエの放った矢が、無数の光弾となり、ミノトの発生させた竜巻によって加速しながらアオアシラの身体へと撃ち込まれていった。

 

「まだまだいきますよミノト!」

 

「はい姉様!」

そして、二人は第二撃目を放つ。次々とアオアシラの顔面に撃ち込まれていく矢に加えて強烈な竜巻。それは次第にアオアシラから抵抗力を削いでいった。

すると、

 

傷ついたアオアシラは身体を反転させると、元来た道へと引き返していく。

 

ーーーーーーーーー

フゲン ヨモギ イオリvsヨツミワドウ、

「では参ろうかッ!!!

 

巨大な刀『百竜刀』を構えるフゲン。そして、ヨモギとイオリも武器を構える。

 

ヨツミワドウは叫び声をあげると、威嚇とばかりに四股を踏む。

 

「ヨモギ、援護を頼む。イオリはヨツミワドウが横転してから一気に叩け。それ以外は何としてでも攻撃は回避しろ」

 

「はい!」

 

「分かりました!」

ヨモギはすぐさま高台に。そしてイオリは武器を納めて警戒する。

 

最初に繰り出したのはヨツミワドウだ。

 

巨大な手を広げて、掴み取るかの如く、迫ってきた。

 

だが、寸前にフゲンは太刀の柄に手を当て、体勢を低くする。

 

そして、ヨツミワドウの手が直前まで迫ってきた瞬間

 

 

「甘いわッ!!」

フゲンの姿がヨツミワドウの寸前をすり抜けるかのように通り抜け、その際に太刀を抜刀し、ヨツミワドウに一閃を放つ。

 

『鏡花の構え』

 

それは、近年になって出回った新しい技である。居合切りを放つ姿勢のまま、攻撃を受け流し、カウンターを与えるという高度な技であり、多くの熟練ハンターでも、完全に習得する事は難しいとされている。

 

だが、フゲンは長年のハンター生活と修行によって、その技を出回る前に独自に習得し完成させていた。

 

百竜刀という長年使い続けてきた愛用の太刀に加えて筋骨隆々な身体から繰り出された一閃はヨツミワドウの身体に傷を作り、苦痛を与える。

 

「グォオオ…!?」

 

「ハッハッハッ!!まだまだぁ!!!」

沸るハンターの血によって、フゲンは最高潮に達する。百竜刀を次々と振り回し、ヨツミワドウの身体へと傷を入れる。

 

「セイヤッ!!!」

そして、太刀の必殺技とも取れる身体を大きく回転させながら両断するかのように斬りつける『気刃大回転斬り』を放つ。

 

その大回転斬りはヨツミワドウの部位を切断させ、斬りつけられた部分の毛も削がれていった。その苦痛によってヨツミワドウは横転する。

 

「よし!!一気にたたみかけるぞッ!」

「はい!」

ヨツミワドウが横転した事でイオリも武器を構えて攻撃に参加する。ヨモギも同じく次々と通常弾をヨツミワドウの身体に打ち込んでいった。

 

「決めさせてもらおうか」

翔蟲を取り出すと、ヨツミワドウに向けて放つ。そして、ヨツミワドウに向けて翔蟲の弾性力で飛び上がったフゲンは更にヨツミワドウを踏み台に高く飛び上がった。

 

そして

空中で太刀を構えると、ヨツミワドウを一刀両断するかの如く、身体に向けて一直線に刃を落下すると共に振り下ろした。

 

「気炎万丈ッ!!!!」

 

「ゲェオォオオオ!!!」

その瞬間 10撃もの斬撃がヨツミワドウに叩き込まれた。その斬撃はヨツミワドウに更に苦痛の叫び声を上げさせる程のものだった。

 

『兜割り』

これも近年になって新たに編み出された技であり、空へと高く飛び上がりながら重力加速と共に太刀を振り下ろし、モンスターを一刀両断にするかの如く放つ大技の一つである。

 

「ヤァッ!!!」

そして、イオリもチャージアックスの剣撃エネルギーをフルにチャージさせると、剣モードから斧モードに切り替えながら一気に溜めたエネルギーを斬りつけると共に爆発させる。

 

「アハハハハ!!」

そして、ヨモギは貫通弾を装填させると、ゲスな笑みを浮かべながら次々とヨツミワドウに目掛けてぶち込んだ。すると、打ち込まれた貫通弾はヨツミワドウの太い胴体を貫いていく。

 

フゲンの鏡花の構えから放たれたカウンターに加えて大回転斬りに続く兜割り。そして、イオリの高出力属性解放斬り、更にヨモギの貫通弾の連射という怒涛の超連続攻撃によって、ヨツミワドウの体力がとてつもない勢いで削がれていった。

 

すると

 

「ゲァァァァ…!!」

ヨツミワドウは起き上がり、身体を方向転換させ、元来た道へと逃げ去っていった。

 

「ハッハッハッ!よくやったぞ二人とも!!」

 

第一波。防衛成功。だが、これで終わりではない。

 

「里長ッ!!第二波が来ます!!」

 

見張りの報告にフゲンはすぐさま武器を研ぐ。

「さぁゆくぞ…!!!」

 

 

 



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第二波襲来

「第二波が来ました!!!モンスターは同じく4体!!リオレイア、ビシュテンゴ、アケノシルム、リオレウスです!!」

 

「ッ…厄介な面子だな…」

知らされたモンスターは4体とも強力な部類に入る者ばかりだった。アケノシルムやビシュテンゴ、リオレイアはギリギリ対処ができるが、リオレウスが相手となると、フゲンでもキツいだろう。

 

その時だ。

 

 

「ギャァオオオッ!!!」

リオレウスの咆哮が響き渡り、口内から何発ものブレスを吐き出した。

 

「退避だ!!!」

フゲンの叫びに皆はその場からバラバラに散る。次々とリオレウスのブレスが降り注ぎ、辺りの作成された高台に火をつける。火は燃え上がり、次々と高台を使い物にならない灰へと変えていく。

 

「っ…こんな時にリオレウスとはついてないな…」

フゲンは口を噛み締めながら汗を流す。リオレウスは常時空を飛んでいるために、攻撃をされては対処する術がないのだ。

 

そんな中、退避したゲンジは双剣を取り出す。

 

「なら、俺がリオレウスとリオレイアをやる。フゲンさん達は他の奴らを頼む」

 

「待て…流石に飛竜種2体は危険だぞ…!」

 

フゲンは二体同時に相手取ろうとするゲンジを止める。いくら下位であろうとも、2匹同時はベテランハンターでも苦戦するだろう。だが、ゲンジはそれを斬り捨てる。

 

「俺を誰だと思ってる?リオレウスとリオレイアなら腐るほど狩ってるんだよ」

ゲンジは首を鳴らすと、即座に前に走り出す。

 

「グロォォォ!!」

 

「キャァェェ!!!」

向かってくるゲンジに警戒心を露わにしたビシュテンゴとアケノシルムは吠えると、ゲンジに向けて攻撃を放つ。

 

アケノシルムは火玉を、ビシュテンゴは懐から柿を取り出して投げつけてきた。

 

だが,既に経験があるゲンジはこの動きを見切っていた。

身体を唸らせ、火玉を避けると、武器を取り出し、向かってくる柿を目で捉えると片方の剣で刃に当て防御する。

そして、そのまま走る速度を加速させると、一気に跳躍した。それと同時に翔蟲を斜め上へと放つ。

 

助走をつけた跳躍によって、ゲンジの身体を翔蟲は空高くまで打ち上げた。それは、翼を広げてこちらに向けて火球を吐くリオレウスとほぼ同じ高さであった。

突然 上空まで飛び上がってきた事でリオレウスは動揺する。その隙をゲンジはつく。

 

「オラァッ!!」

 

「ギャァオ!?」

ゲンジは双剣を振り上げると、ハンマーの如く振り下ろし、高く飛び上がるリオレウスの頭に叩き込む。すると、リオレウスの巨体が地面に向けて叩き落とされた。

 

そのままゲンジは翔蟲を落下したリオレウスの斜め下に向けて射出すると、弾性力によって一気に急降下する。それは重力加速度も加算され、驚異的な速度となった。

 

その体勢からゲンジは双剣を前に突き出しながら高速回転させ、スクリューのようにリオレウスに迫る。

 

「ヴォアアアアアッ!!!!」

その突き出され回転する刃はリオレウスの胴体に突き刺さり、そのまま回転力を失うことなく、ドリルのように胴体を抉りだした。

 

「ギャァオオオ!!!」

苦痛の悲鳴をあげるリオレウス。だが、ゲンジは手を緩めない。ドリルと化したゲンジの一直集中型の斬撃は一瞬でリオレウスの硬い甲殻を打ち破り、次々と内部の肉へと鋭い斬撃を与え、傷をどんどん広げていく。

 

そして 回転力が失われ始めた瞬間 ゲンジは最後に傷口をこじ開けるように1箇所に集中して抉り込ませていた双剣を一気に左右に広げた。

 

「ギャァァァァア!!!」

その瞬間 リオレウスの悲鳴と共に辺りに大量の肉と血飛沫が舞う。

聞こえる悲鳴は正に苦痛。空の王者にあるまじきものだった。

 

攻撃を終えたゲンジはそのまま地面に着地すると、血の雨を浴びながらもすぐさま再び鬼人化し、痛みで倒れ臥すリオレウスの顔に向けて縦横無尽に双剣を振り回した。

 

「ヴォオオオオオッ!!!!」

スタミナを無視した怒涛の超連続乱舞。今まで数多くのモンスターをこの乱舞で葬ってきた。が、その連撃は過去のものとは比較にならない程の手数だった。

 

次々と甲殻が剥がれ、遂には身体の肉が血と混じり合いながら飛び散る。

 

「ギャァオォオオ…!!!」

「お?」

 

すると、リオレウスは重苦しい悲鳴を上げながら、上体を起こし翼を羽ばたかせて元来た道へと引き返していった。

 

空の王者と恐れられるリオレウスはたった数分で本気となったゲンジの手により撃退された。

 

 

「こりゃたまげた…」

フゲンはゲンジのモンスターを次々と撃破する無双劇に冷や汗を流していた。ウツシでさえも習得に時間を要した回転斬りを難なく使いこなした上に双剣の新技を作り、動作に繋げるという完全なる常識破りの動きを見せていた。正に天性の双剣使いだった。

 

 

「ギャァオオオッ!!!!」

そんな中、リオレウスに傷を入れたことで番であるリオレイアが咆哮をあげる。そして、その鋭い目がゲンジへと向けられた。

 

「俺に狙いを定めたか。丁度いい」

番に傷をつけられたことでリオレイアは激怒し、口内から炎が漏れ出した。

「ギャァオオオ!!」

 

ゲンジはリオレイアと対峙する。だが、その背中をビシュテンゴは見逃す筈がなかった。

 

「!?」

気づいた時にはビシュテンゴの投げた礫がゲンジに向かってきていた。

 

「させません!!」

その時だ。ゲンジの背後にミノトが現れ、盾を前に突き出してその礫を防ぐ。それに続き、弓を構えたヒノエも現れた。

 

「ゲンジ、ビシュテンゴは私達に任せて」

 

「リオレイアの相手をお願いします」

二人は武器を構える。油断していた故に助けられたゲンジは小さい声で礼を言う。

 

「…助かる」

ゲンジはビシュテンゴを二人に任せると、再び鬼人化し、リオレイアに向けて走り出す。

 

ゲンジが走り出しリオレイアに向かう姿を二人は見届けた。

 

「あらあら、こういう時は『ありがとうお姉ちゃん』って言って欲しかったわ」

 

「少々残念です」

二人は気を落としながらも持ち直すと、鋭い目を自身らを見下すビシュテンゴに目を向ける。

 

「私達の大事な可愛い弟に手を出す悪いお猿さんにはお仕置きが必要ですねぇ…!」

 

「この場で成敗いたします」

ヒノエとミノトはビシュテンゴに向かっていく。

ーーーーーーー

 

フゲン イオリ ヨモギvsアケノシルム

 

「ギェェエエエ!!」

 

「ぬぅ…」

耳が千切れる程の咆哮を放つアケノシルム。フゲン達はその鳴き声に怯むも、即座に体勢を持ち直す。

 

「ヨモギ!同じく援護を頼む!イオリもだ。火炎玉には気をつけろ!」

 

「はぁい!」

「分かりました!」

フゲンとイオリは左右に散り、ヨモギは高台に登る。

 

アケノシルムの目の前に立ったフゲンは再び鏡花の構えを取る。

対してアケノシルムは翼をはためかせると、次々と火球を吐き出す。

 

「フンッ!!」

だが、フゲンはそれを防がず、あろうことか、正面から向かっていく。

 

「ギェェエエ!」

炎を真正面から受けながら突進してくるフゲンにアケノシルムは動揺する。その隙をフゲンは見逃さなかった。

 

「ゼィヤァァァッ!!!」

猛々しい雄叫びと共にアケノシルムの番傘のような翼膜にフゲンの一閃が放たれ、傷を刻む。

 

所々に火傷を負いながらも、フゲンはまったく応えていない様子だった。

 

「ムハハハ!!!心頭滅却すれば火もまた涼しッ!!!」

 

ーーーーーーーーー

 

ヒノエ ミノトvsビシュテンゴ

 

本気の目を向けるヒノエとミノト。その視線は見るものを畏怖させる程のものだった。

 

「グロォォオオ!!」

ビシュテンゴは高低差を利用して、崖に捕まると次々と柿を投げつける。

 

「姉様!防御はお任せを」

 

「ええ。お願い」

ミノトがヒノエの盾となり、次々と投げつけられる柿の礫を防ぐ中、ヒノエは崖を移動するビシュテンゴに狙いを定める。

その目は正に捉えた獲物を逃さない“狩人”の目だった。

 

「…!」

そして、ヒノエの目が大きく開く。ビシュテンゴの動きを見切り、次に移動するであろう場所を即座に予測すると、その場に向けて矢を放った。

 

「グガァ!?」

その矢は見事にビシュテンゴの手に命中する。そして、続け様にヒノエは次々と矢を放った。その矢は先程と同様に放たれ瞬間 複数に分裂すると軌跡を残しながらビシュテンゴに向かっていく。

 

「ギヤァォオァァァ!!!」

全てが命中し、右手、右脚、左手、左脚、そして自慢の尻尾に突き刺さる。

その苦痛に耐えきれなくなったビシュテンゴは体勢を崩し、崖から落下してくる。

 

 

「いまよ!ミノト!」

 

「はい!」

訪れた好機を二人は見逃さなかった。ビシュテンゴが体勢を崩し起きあがろうともがく中、ミノトはランスを持つ体勢を低くし、一点に狙いを定める。

それと同時にヒノエも弓を横に傾けると、狙いを定める。

 

そして

 

「「気炎万丈ッ!!!」」

 

ミノトの突き出したランスから竜巻が、ミノトの放った複数の光の矢が一斉に発射された。

 

「グォォ!?」

ようやく体勢を立て直したビシュテンゴ。だが、立て直した時には既に竜巻と光の矢は目の前に迫っていた。

 

「グォォォォォ!!!!」

重ね合わされた竜巻と光の矢がビシュテンゴに炸裂した。

 

それだけでは終わらない。

 

「フフフフフフフ」

「姉様!?」

ヒノエは矢を射る手を止めず、次々と怯むビシュテンゴに向けて矢を放った。その溢れる笑みからは優しさが全く感じられない。

珍しくヒノエは完全にキレていたのだ。理由は簡単。『ゲンジを攻撃した』事に加えて防御したとはいえ、『ミノトにずっと礫を投げつけてきた』事だ。

 

立て続けに放たれる矢は次々とビシュテンゴを出血させる。

 

「あら、まだまだ元気そうね〜♪」

「…!!」

 

“やばい。殺される”

向けられたヒノエの目にビシュテンゴは冷や汗を流すと、即座に咆哮をする。

 

「ギャァオオオ!!」

「「!?」」

その咆哮に至近距離にいたミノトとヒノエは耳を塞ぐ。すると、その合間に、ビシュテンゴはすぐさま脚を引きずりながら元来た道へと引き返して行った。

 

「あらあら、逃してしまったわ」

 

「……(ヒノエ姉様…怖い…)」

逃げ去るビシュテンゴを笑いながら見送るその姿にミノトはガクガクと震えていた。

 

ーーーーーーーー

 

ゲンジvsリオレイア

 

ゲンジは双剣を構え、鬼人化すると、一気に駆け出した。

 

「グルル…!!」

すると、リオレイアは狙いを定め、口内に炎を溜める。目の前からくる敵を確実に消し炭にするために。

 

ゲンジは寸前まで走り出すと、リオレイアの口が開かれた。

 

「ギャァオオオ!!!」

咆哮と共に放たれた炎の塊。それはゲンジに向かってくる。

 

 

「…!」

ゲンジは目の色を変えると翔蟲を取り出し、斜め上へと射出する。

身体が弾性力によって打ち上がり、リオレイアの放った火球を回避した。

 

 

それだけでは終わらない。

回避したゲンジはそのまま双剣を取り出すと、ゆっくりと片手の持ち手を変える。そして着地地点にあるリオレイアの頭目掛けて身体を回転させた。

 

「ヴァォオオオオオオオオ!!!」

回転し刃を持つコマと化したゲンジはそのままリオレイアの頭に刃を突き刺すと同時に更に回転し、頭から次々と背中をなぞるように刃を斬り込んでいった。

 

「ギャァオオオ!!!」

背中から次々と甲殻を剥がされリオレイアは苦痛の声を漏らし怯んだ。

 

一方で、背中から尻尾まで斬り刻んだゲンジはそのまま空中に飛ぶと、再び翔蟲を取り出し、リオレイアに向けて放った。

 

そして、双剣を構え、今度は尻尾から顔面に向けて回転斬りを放つ。

 

 

「ヴァラァアアッ!!!!」

速く…もっと速くッ!!!回転する身体に命令を出す。すると、ゲンジの回転する速度が次々と増していく。

それと同時に刃も深く深くリオレイアの身体に刺し込まれていく。

 

頭まで回転斬りを放ったゲンジは再び跳躍すると、翔蟲を取り出し、リオレイアの斜め上の上空へと飛び立つ。そして、再び身体を高速回転させる。だが、今度の回転の姿勢は違う。

 

回転斬りの姿勢ではない。リオレウスの甲殻と肉を抉り取ったあの姿勢だ。双剣を前に突き出し、ドリルの如く回転させると、リオレイアに向けてダイブした。

 

「…!ギャァオオオ!!!」

対してリオレイアは真正面から向かってくるゲンジに向けて咆哮を放つと、再び口内に炎を凝縮させる。

 

“確実に葬りさる”ッ!!!!

 

空中ならば避けることはできまいとリオレイアは悟り、先程よりも濃密にブレスを溜め込む。

 

回転するゲンジが目前まで迫ってきた瞬間 リオレイアは口内に最大限まで溜めた炎を一気に放出した。

 

「ギャァオオオッ!!!」

その炎は目の前にいるゲンジを焼き尽くさんがため、圧倒的な熱量を纏い、ゲンジに向かって行った。

 

 

対するゲンジは更に回転速度を上げる。ブレスが目の前に迫ってきているが、ゲンジにはもう関係ない。全て蹴散らすのみ。

 

「ヴゥオオラァァァッ!!」

 

そして、リオレイアの放ったブレスとゲンジの刃がぶつかった。その瞬間 炎が炸裂するも、ゲンジの脅威的な回転力により、その炎が掻き消された。

 

「…!!!」

リオレイアは動揺する。最大限で放ったというのに、何のダメージも与えられず羽虫の如く消されたのだ。

 

一方で、炎をかき消したゲンジはそのままリオレイアの顔面に向けて回転する刃を突き刺した。

 

「ギャァオオオ!!!!」

脳天に見事に突き刺さった刃によって、リオレイアは苦痛の叫びを上げながら横に横転する。

 

「仕上げといこうか…!!」

着地したゲンジは再び双剣を構えると、倒れるリオレイアの身体に向けて、リオレウスと同じく超高速乱舞を放つ。

 

「ヴォオオオオオオオッ!!!!!!」

 

「ギャァァァァア!!!」

腕に筋肉を集中させて放つ超高速乱舞はリオレイアの甲殻どころか、内部にある肉をまるで獲物を貪り食う獣の如く次々と辺りに飛び散らせる。

 

そして

 

「終わりだぁぁぁッ!!!!」

全身の力を込め二つの双剣を重ね合わせた大きな一閃を放つ。

 

その一振りがリオレイアの命を刈り取った。

 

「ギャォォ……」

弱々しい声を空に向けて放ちながらリオレイアは生き絶えた。乱舞を終えたゲンジは肩で息をしながら、シルバーソルヘルムを取る。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

連戦に続く連戦。下手をすればあの6頭連続狩猟よりもスタミナを使っただろう。

 

モンスターが来た道の方向へと目を向けると、無事にヒノエやフゲン達がビシュテンゴとアケノシルムの撃退に成功していた。

 

「終わったようだな…」

すると、ヒノエやヨモギ達が手を振りながら走ってくる。

 

「おぉ〜い!ゲンジさぁ〜ん!」

百竜夜行を退けた事で、皆は緊張が解けていた。その様子にゲンジは笑みをこぼすと、答えるように手をあげ、皆の元に向かう。

 

 

 

その時だった。

 

「…!!!」

モンスターの侵攻方向から得体の知れない何者かの気配を感じる。その気配を感じたゲンジは身体が無意識に反応し、シルバーソルヘルムを被ると共に武器を構え始める。この胸騒ぎ…対象となるモンスターを討伐した直後に別のモンスターが現れる乱入という事態と同じであった。

 

 

“何か来る”

 

 

ゲンジはすぐさま皆の元に駆け出し大声で叫んだ。

 

 

「もう1匹来るぞッ!!!!」

 

 

『『!?』』

 

ゲンジの叫び声に言葉にフゲン達は驚く。

 

 

すると

 

 

前方から地面を踏み鳴らす足音が聞こえてきた。

 

「…!!」

その足音にフゲン達は驚くとその方向へと目を向けた。

 

 

そこには_______

 

 

_______怪しく輝く紫色の炎を口内から漏らすモンスターの姿があった。

 

 

 



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怨念纏いし龍

ゲンジ以外の皆は動かなかった。いや、動く事が出来なかった。

 

目の前に現れたその巨大なモンスターは鋭い目線を向けながら一歩一歩と近づいてくる。

 

「な…なに…?あのモンスター…」

「寒気が…止まらない…」

初めて遭遇したヨモギとイオリは全身を震わせていた。

 

すると、ゲンジがようやく皆の元に着くと、前に出て武器を構えた。

 

「こいつ…初めて見るな…」

初めて見るモンスターにゲンジは疑問を抱くと、フゲンは伝えた。

 

“怨虎竜マガイマガド”

 

「百竜夜行と共に現れ、その群れを喰らう化け物だ…!」

 

「へぇ…イビルジョーみてぇな奴だな…」

マガイマガドと呼ばれたモンスターは、こちらに目を向けたまま動かなかった。

 

フゲンはすぐさま背後を見る。キャンプに続く避難場所まで距離がある。それはマガイマガドとの距離とほぼ同じだった。撤退すれば、マガイマガドは確実に追いかけてくるだろう。

もし、追いかけられれば,間違いなく、追いつかれる。

 

正に絶体絶命の状況だ。

 

故に、フゲンは決めた。

 

「皆よ…ここはゆっくりと後ろに下がれ…。ゲンジもだ」

 

「「「「…」」」」

ゲンジを含めた皆は頷くと、マガイマガドから目を離さず、少し早く後ずさる。

 

目立った行動をしなければ、向こうも興味を示さない。故にマガイマガドはずっとこちらに目を向けているだけで追ってくる様子は無かった。

 

その時だ。

 

 

バキッ

 

 

「「「…!!」」」

 

「しまった…!」

ミノトの脚が落ちていた小さな木を踏み潰してしまった。木が折れる音はとても大きく響き、その音によってマガイマガドを刺激してしまった。

その瞬間

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

 

マガイマガドが刺激され、巨大な咆哮をあげる。

 

 

「走れッ!!!全速力でだ!!!」

咄嗟にフゲンはヨモギとイオリを担ぎ出し、全速力で走り出した。

一方で、マガイマガドはとてつもない速さで迫ってくる。

 

ヨモギとイオリを抱えていながらも、フゲンは皆よりもぐんぐん前へと進んでいき、ヨモギとイオリの翔蟲によって、避難口へと飛び込んだ。

 

それに続き,ゲンジも翔蟲を取り出そうとする。

 

 

その時

 

「!?」

後方にヒノエと共に走っていたミノトが脚を踏み外し、体勢を崩してしまった。この6人の中で最も重い武器を背負うミノトは、武器がのしかかる形となり、上手く立ち上がる事ができなかった。

 

「ミノト!!」

咄嗟に気がついたヒノエは即座に駆け寄る。だが、その目の前には既にマガイマガドが迫ってきていた。

 

「!姉様!私を置いて逃げてください!!」

ミノトはすぐさまヒノエに逃げるように叫ぶ。だが、ヒノエは決して聞き入れなかった。

 

「そんな事…できるわけないでしょ!!」

大切な妹を見殺しにはできない。ヒノエはミノトを見捨てず、即座に立ち上がらせる。

 

「…!!」

だが、立ち上がった時には既にマガイマガドは目前まで迫ってきていた。

 

間に合わない。

 

「(姉様…申し訳ありません…!!)」

涙を流しながら自身の失態が仇となり、事態を招き、ヒノエに手を煩わしてしまった事にミノトは涙を流した。

自身の所為で敬愛する姉を死なせてしまう自身を恨んだ。

 

マガイマガドの腕が振り上げられ、ミノトとヒノエに向けて振り下ろされる。

 

「…!!」

ヒノエはミノトを守るために、抱き締め、背中を向けた。

 

 

「ミノト!!ヒノエ!!」

 

「「ヒノエさん!ミノトさん!!」」

フゲンとヨモギとイオリの声が響いた。

 

 

その時

 

 

「ヴォラァ!!!」

ゲンジが翔蟲を用いて飛び出すと、身体を高速回転させながら、ミサイルの如く、前脚を振り下ろそうとするマガイマガドの顔面に向けて突っ込んだ。

 

「グルル!?」

 

ゲンジの刃は前脚を振り下ろそうとしたマガイマガドの顔面に突き刺さると、その巨体を後ろに後退させる。

 

「ふぅ…!!!」

回転を終えたゲンジはミノトとヒノエの前に着地すると、二人に向けて叫ぶ。

 

「早く行け!!俺が時間を稼ぐ!!」

「ゲンジ…!」

ゲンジは双剣を構える。一方で、マガイマガドは即座に状態を立て直していた。見る限り、明らかに先程のモンスター達とは格が違う。

 

「そんな…貴方も一緒に!!」

彼だけを置いてはいけなかった。家族を置き去りにはしたくない。故にミノトはゲンジに向かって叫ぶ。

 

その時、ゲンジの想像を絶する程の怒声が響き渡った。

 

「行けって言ってんだろぅがぁッ!!!!助かった命を無駄にすんじゃねぇッ!!!」

 

「…!!!」

その声は今まで聞いた事が無い程、怒りが混じっていた。ミノトは何も言えず、自身の不甲斐無さに唇を噛み締める。

 

「ゲンジ……」

ヒノエも呼び戻そうとした。だが、呼び戻せばマガイマガドも向かってくる。そうなれば今度こそ命がない。ゲンジが救ってくれた自身らの命が無駄になってしまう。

故に、ヒノエは決断した。

 

「行くわよミノト!」

「…はい…!!」

ミノトも決断し、ヒノエと共に翔蟲を取り出すと、避難口へと飛び込む。

 

全員が無事に避難した事を確認したゲンジは額に筋を浮かべながらマガイマガドを睨む。

 

「テメェ……ただで済むと思うなよ…?」

その目は血走り、顔から筋を隆起させる。自身を慰めてくれた恩人であるヒノエとミノトを手に掛けようとした事でゲンジの怒りは頂点に達していたのだ。

 

双剣を天に向けて掲げると、ゲンジの身体がオーラに包まれる。

 

「グロォオオッ!!!」

マガイマガドの発達した前脚が振り下ろされる。

 

即座にゲンジは横に回避し、その振り下ろしを避ける。あの振り下ろしを喰らえばただでは済まないだろう。

 

すると、マガイマガドの尻尾が唸り出す。

 

その瞬間 その尻尾の先端部分が十字型に展開すると、先端部分をランスの如く突き出してきた。

 

「…!!」

対してゲンジはその尻尾の攻撃を予測していたかのように身体を最小限の形で避けると、その突き出された尻尾に向けて双剣を振るう。

 

「オラァッ!!」

「グルル…!!」

すぐさまマガイマガドは尻尾を離れさせると、身体から青白い炎を生成した。

 

その炎は藍色から段々と変色し、怪しく輝く薔薇色の炎へと変色していく。

 

「へぇ…面白い…」

ゲンジは双剣を再び構える。恐らくだが、身体に纏ったとなると、攻撃範囲の拡大または動きの変化が見られるだろうと予測した。

 

全身に炎を纏ったマガイマガドは一旦後方に跳躍する。

 

「…!」

その離れた距離は100メートル。だが、ゲンジはそのまま双剣を持ち走り出した。

 

「グロォオオオオオオオ!!」

対するマガイマガドも走り出す。その時 マガイマガドの尻尾に纏われた炎が爆発して、マガイマガドの動きが爆発的に上昇し、一瞬の内に100メートルという距離を瞬間移動の如く移動した。

 

「…!」

冷静になっていたゲンジは目を開き驚く。炎を噴射し、加速すると予想していたが、全く違い、爆発するとは考えていなかった。

 

「グロォオッ!!」

 

「ぐ!?」

マガイマガドの巨大な前脚が横に殴りつけるように放たれ、ゲンジの身体を吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。

 

「ガハァ…!!

叩きつけられたゲンジはそのまま落下する。

 

「…」

額から流れ出るのは血。その血は次々と手に流れ落ちた。付着した血を手で拭き取る。

 

「……はは」

笑いが出てくる。この程度の痛み…孤島のあのG級個体に匹敵するイビルジョー に比べれば……“どうということはない”

 

あのマガイマガドは恐らく上位とG級の境となる程度の強さだ。炎を完全に纏っているあの姿ならば確実にG級レベルに入るだろう。

 

久しぶりに遭遇する手強いモンスター。

更に、爆発を推進力として加速すると言う奇怪な行動によって、ゲンジの闘争心に火が灯された。

 

「面白い…!!!!!」

ゲンジは立ち上がると、こちらを睨むマガイマガドに向けて、双剣を再び構えると走り出した。

 

「グロォオオオオオオオッ!!!」

対してマガイマガドは全身に炎を纏うと、再び、前脚を振り上げる。それに対して、ゲンジは双剣の持ち手を変える。

 

 

そして、

マガイマガドの前脚が振り下ろされた瞬間 ゲンジの身体が消えた。

 

 

その直後、マガイマガドの振り下ろされた前脚に螺旋状の切り傷が刻まれた。

 

「グルル…!!」

何が起こったのか、マガイマガドでさえも理解できなかった。気づいた時には既に自身の腕が螺旋状に斬られていたのだ。

 

「!?」

その時、背中から尻尾に掛けて痛みを感じた。

咄嗟にマガイマガドは後ろに後退する。そこには自身の血液が滴り落ちていた。

 

「逃げるなよ。お前のような面白いモンスターを初見で倒すのは気分がいいからな…!!」

声が聞こえた方向へとマガイマガドは目を向ける。そこには、目が血のように赤く染まったゲンジが立っていた。

 

 



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覚醒

「ゲンジ…!まさか一騎討ちをする気か…!?」

先に避難した5人の目の前には、マガイマガドと対峙するゲンジの姿が映っていた。ゲンジの退く様子の見えない姿勢にフゲンは驚きの声をあげる。

それに対してマガイマガドは口内から鬼火を溢れさせながらゲンジを睨みつけていた。

 

「無茶だ…奴は50年も生きている歴戦の個体だぞ…!!」

そう言いフゲンは歯を食い縛りながらゲンジに目を向けた。

いくらG級ハンターであるゲンジでも、単独での成熟個体のマガイマガドは危険だ。だが、不用意に自身らが援護すれば、被害が拡大してしまう。

 

「ゲンジ…」

ミノトや皆はゲンジを助ける策を考える。すると、ある作戦が浮かぶ。

 

「里長!こやし玉を!」

 

「おぉ!それだ!」

ミノトはマガイマガドを強引に撤退させるためにこやし玉の投了を提案する。フゲンは頷き、即座にキャンプに皆で向かう。

 

ーーーーーーー

 

最高潮の興奮。そして怒りの頂点へと達したゲンジの目は赤く染まっていた。その輝きは美しいものとは言えなかった。

 

赤く染まったその色は正に血の色だった。その目から、マガイマガドは何かを感じ取る。

 

本来、マガイマガドが百竜夜行の群れを喰らうには理由があった。ただ自身の膨大なるエネルギーを補給するため。

 

一般的に知られているのはそれだけだ。だが、更にもう一つ存在していた。

 

それは、

自身が住んでいた地域のモンスターがたった1匹のモンスターによって絶滅させられた事によっての食糧不足だった。

 

マガイマガドは元は多くの食べ物や小型モンスター達が住む恵まれた地域で生まれ、その生態系の王者だった。

 

 

だが、突然現れた1匹のモンスターにより、住んでいた地域の小型モンスターが全て食い尽くされ、自身はテリトリーを追われた。

 

そのモンスターの名は………“イビルジョー ”

 

特定のテリトリーを持たず、常に獲物を求めて彷徨う特級の危険生物であり、他の大型モンスターのテリトリーに侵入しては暴れ回り、その地域に住む大型モンスター、果ては自然そのものと記される古龍さえも喰らい尽くす恐ろしい生物だった。

 

故にイビルジョー の姿を確認した瞬間に多くのモンスターはその地域を離れ、別の地域で新たにテリトリーを持つ様になる。

マガイマガドもその内の1匹だった。

 

マガイマガドの脳内にはイビルジョーの恐ろしき姿がトラウマの如く根付いている。

 

ならばなぜ今この時マガイマガドはゲンジを見た瞬間 恐れているのか。

 

 

それは___

 

 

 

 

_____ゲンジの目があの時のイビルジョーの目と瓜二つであるからだ。

 

「いくぞ…!!」

双剣を構え、鬼人化したゲンジは驚異的な脚力で地面を陥没させながら走り出す。その速度は赤く輝いた目が残光を残す程であり、百竜夜行の時にリオレウスへ向かっていった時の比ではない。

 

「…!!」

突然の速度の変化。マガイマガドは驚き、硬直してしまう。大きな変化はたとえどんなモンスターであろうとも驚くのは当然だ。

 

「ヌンッ!!」

その速度で前方へと武器を構えながら跳躍するゲンジ。その向かう速度は跳躍によって更に加速し、一瞬でマガイマガドの目の前まで迫った。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

咄嗟にマガイマガドは前脚を突き出す。

 

だが、突き出された前脚からゲンジは身体を唸らせ、その突き出された前脚を回転しながら斬りつける。

 

 

「ヴァアッ!!!」

そのまま前脚から背中、そして尻尾の先端へと身体を回転させながら刃を振るう。

 

「ガァロォオオオ…!!!」

 

“明らかに速度が違う”

 

更に、ゲンジは尻尾を斬りつけると、即座に地面へと着地し、マガイマガドの周りを駆け出し、四肢を斬りつける。

 

「グロォオ!?」

背中に続き、再び前脚…いや、四肢から感じられる痛みにマガイマガドは驚きと共に苦痛の声を漏らす。

 

それだけでは終わらない。

 

ゲンジは四肢を斬りつけると、先程斬り刻んだ前脚に向けて集中的に双剣を振り回した。

 

「ヴォラァッ!!!」

何度も何度も同じ箇所へと双剣を斬りつけた瞬間 付着した粘液が赤く活性化する。

 

そして

 

「グロォァァァァ!!!!」

 

その粘液が大爆発を起こす。赤い爆炎がその身を焦がし、爆風で吹き飛ばされた甲殻が辺りに飛び散る。爆破が発生したその衝撃によってマガイマガドの身体は横転し、地面に倒れた。

 

地面へと倒れたマガイマガドの顔に向けてゲンジは刃を構え、目を血走らせた。

 

 

「終わりだ…!!!!」

その瞬間 ゲンジの双剣の乱舞がマガイマガドの顔に向けて放たれた。

 

次々と放たれる乱舞は速度を落とすどころか更に増し続けていき、斬撃の手数も上昇。さらに、爆破属性の粘液の活性速度も倍となった。

爆破属性の粘菌は次々と爆発し、マガイマガドの顔を赤い爆炎に次々と包み込む。それと同時に双剣も叩きつけられ、マガイマガドの体力が驚異的な勢いで減少していった。

 

それに対して、ゲンジの乱舞を放つ速度はまだ限界に到達していなかった。

辺りに舞うは大量の血飛沫。その血を全身に浴びながらもゲンジは止まる事はなかった。

 

そして

 

 

ヴォォォオオラァァ!!!

辺りを轟かせる程の咆哮が響き渡った時 乱舞を放つ速度は遂に残像が見える境地へと到達した。

 

次々と乱れ咲く蓮爆の華に加えて双剣の乱舞による斬撃。その二つの連撃によって、マガイマガドの象徴である頭の兜の如き角が、そして牙がへし折れていった。

 

 

その時だ。

 

 

ゲンジの乱舞を放つ手が止まる。

 

体力が尽きたわけでは無い。

最後の大きな一撃を放つために、全身に力を込めるために乱舞を止めたのだ。

 

二つの双剣を両手で重ね合わせながら構え、全身の力を込めた一閃を放った。

 

「ヴォラァァァァァ!!!!」

 

「…!!」

その一振りはマガイマガドの額に大きな傷を与えると共に怨念に蝕まれた命を刈り取った。

 

「グロ……ロ…」

 

マガイマガドの枯れた声だけが微かに聞こえる。

怒りと興奮によって覚醒したゲンジによって、何のダメージも与える事なく、自身の切り札を出す隙も与えられず、ただ無念なままにマガイマガドは目を閉じ、その生涯を終えた。

 

 




マガイマガドがイビルジョー によって居場所を追われてカムラの里に来たと言うのはまったくもって公式とは関係のない勝手な設定です。


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どんな姿でも

マガイマガドをゲンジから引き離すため、皆はこやし玉を取りに行くべくキャンプに向かっていた。

 

キャンプに着くと、そこには防衛に参加していた里の皆が待っていた。

 

「里長!…あれ?ゲンジさんは!?」

里の者の一人はゲンジについて聞いてくる。すると、フゲンは皆に話した。

突如としてマガイマガドが現れ、自身らの撤退のためにゲンジが残ったのだと。

 

「誰かこやし玉を持っていないか!?」

「それならいざと言う時のために用意してあります!!」

「助かる!俺が行ってくる間、皆はここで待っていろ!」

そう言いフゲンはこやし玉が入った麻袋を受け取ると、先程の砦に向けて走り出すが、ミノトとヒノエも共に来る。

 

「私も行きます」

「私も…。元々…私が不覚を取った事が原因ですから…」

 

「…分かった」

 

フゲンは頷くと、同行を許可する。すると、出口が見え、先程の砦の景色が鮮明となってくる。

 

「ゲンジ!加勢にきた……ぞ…?」

フゲンは言葉を失ってしまった。

そこには

横たわるマガイマガドの姿があった。50年前 里を襲い甚大なる被害を出したモンスターが倒されていたのだ。辺りには夥しい量の血が滴り落ちており、血の海となっていた。

 

その血の海の中に佇む影を見つけた。それは全身に血を浴びたゲンジだった。

 

「「ゲンジ!」」

すぐさまヒノエとミノトは飛び降り、駆け寄った。

 

血の海の中で直立していたゲンジは突然聞こえた声に振り向いた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…」

その声は聞き取れない程…細々としており枯れていた。それと同時にゲンジの身体がゆっくりと地面に向かってうつ伏せに倒れた。

 

「!?」

即座にミノトは倒れる身体を支える。触った瞬間 手にまだ生暖かい血が付着する。

「…!」

その血から、ミノトは自身らが来る直前にマガイマガドを討伐したと推測した。

更に、その血はマガイマガドから出た物だけではない。ゲンジの額からも血が流れ落ちていた。

 

ゲンジも無償ではなかった。マガイマガドに叩きつけられた際に、頭の皮膚や額の皮膚が切れ、大量に出血。それと同時に鼻からも大量の血が出ていた。

 

ミノトはゲンジを抱き抱える。

 

「里長!姉様!ゲンジの出血が酷いです!急ぎキャンプに戻りましょう!!」

 

「えぇ!」

「分かった!」

 

医療班を呼ぶと言う案もあるが、来るまでに時間が掛かる。ならば、脚力が常人より高い自身らが戻った方が良いと考え、ミノトは戻ることに決める。

 

翔蟲を取り出し、ゲンジに衝撃を与えないようにミノトは避難口に着地した。

 

「(絶対に助けます…!だからまだ諦めないでください…!!)」

そう心の中で訴えながら、ミノトは避難経路を走り抜ける。

 

ーーーーーーー

 

その後、キャンプへと帰還したミノトは即座に医療班を呼ぶ。駆けつけた医療班はゲンジを寝台に乗せて、装備を外すと血が出ている箇所にカムラの里に伝わる傷薬を塗り、包帯を巻きつけた。装備を外すと、身体からも出血しており、重傷に近い状態であった。

 

「上半身はこれでよし…脚の装備も外してください」

医師に指示されたヒノエは頷き、装着している装備を外そうとする。だが、手が止まってしまった。

 

「…!」

ゲンジは自身とミケとハチにしか脚の事を話していない。もし、ここで外せばゲンジの人外となる脚が晒されてしまう。それは良いのか…。

 

「……」

「どうしました?」

不審に思った医者はヒノエが動作を止めた事に疑問に思う。一方で、葛藤するヒノエは命を救うために、決断する。

 

「(ごめんね…ゲンジ…!!)」

装備を外す事を選んだ。結ばれた紐を解き、装備を脚から離す。すると、皆の前にゲンジの人間でもなく、竜人族でもない異形の形をした脚が曝け出された。

 

 

「な…ゲンジさんの脚…!!」

ヨモギの言葉と共に皆は驚きのあまり硬直してしまった。

 

「これは…」

フゲンも不思議に思う中、これ以上話さないでいれば、不信感が募るばかりだと考えたヒノエは皆に話す事を決心した。

 

「皆さん。聞いてください。実は…」

 

それからヒノエは皆へとゲンジの過去を全て話した。元は人間であったが、父親が独自に開発した薬の影響によって、竜人族でも人間でもない姿へと変えられてしまった事。いく先々の村々で蔑まれ、追い出され、心に傷を負い続けている事を。

 

その話を聞いた里の一人が問う。

「なんでそれを俺たちに話してくれなかったんだよ…」

 

その言葉にヒノエは答えた。

 

「また、同じ目に遭う事を恐れていたからだそうです。これまで何度も、ゲンジは行く先々で脚を見られては…軽蔑の目を向けられていたらしく…それ故に私が皆へ伝えようと提案したときも、激しく拒否をしていました」

 

話すヒノエも涙が流れていた。何度聞いても酷く残酷な話だった。

 

 

そんな中

フゲンが前に出て、膝をつくと、ゲンジの脚に手を置く。

 

「ゲンジの身体が竜人族に似通っている構造とは俺も知らなかった。皆が驚くのも無理はないだろう」

 

フゲンの言葉はごもっともだった。すると、フゲンは立ち上がり、何の軽蔑する目を向ける事なく、皆へと言い放つ。

 

「だが、我ら里を救ってくれた英雄に変わりはない!そうだろ皆の衆!!!」

そう言いフゲンは周りに目を向ける。すると、

 

「そうだそうだ!!」

一人の里の者が答える。それに呼応するかのように次々とゲンジに賛同する声があがる。

 

「俺たちを助けてくれた大恩人に変わりねぇ!!」

 

「どんな姿でも俺達の家族だぁ!!」

次々と湧き上がるゲンジに賛同する声。激しく暖かいその声にヒノエは歓喜の涙を流した。

 

「ヒノエよ。ゲンジが起きたら伝えてくれ。お主が人間であろうとなかろうと、俺たちカムラの民の大切な家族だと」

 

そう言いフゲンは次の指令を皆に言い渡す。

 

「皆の衆。突然だが、体力の残っている者は共に来てくれ。マガイマガドとリオレイアの死体を回収する。特にマガイマガドはギルドに送る事になる」

「「「おぅ!」」」

フゲンの言葉に皆は頷く。ゲンジの安否が気になるが、マガイマガドとリオレイアの遺体が長時間の放置で腐敗すれば、腐臭を発してしまい、その腐臭によって他のモンスターが寄ってくる可能性がある。二次災害は防がなければならないだろう。

 

ヒノエやミノト、ヨモギとイオリそして医療班以外の皆は全て死体を回収するために向かっていった。

ゲンジの身体に関してはもう問題がない。これで、彼が軽蔑の目を向けられ心を壊す心配はないだろう。

だが、目を覚まさない事が気がかりだ。

 

「ゲンジさん…大丈夫かな…」

 

「わかりません。ただ目覚めてくれるのを待ちましょ」

心配するヨモギをヒノエは抱き締める。ミノトは涙を流しながら今もなお目を覚まさないゲンジの手を握っていた。

そして、ヒノエもゲンジの胸に手を当てる。

 

「(早く…目を覚まして)」

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「…!!」

目を開けると見慣れた景色が目の前に広がっていた。

辺りには桜が咲き誇り、鳥の囀りが聞こえてくる。ここは、どうやらカムラの里の入り口のようだ。

歩いていてもモンスターが1匹も見当たらない。

 

「俺の装備がない…」

見るとシルバーソル装備が外されており、インナー姿となっていた。自身の人間ではない脚が露出しているが、今はそれどころではなかった。

 

ただ、心地良かった。

 

息を吸う度に心が安らいでいった。

 

 

_____ゲンジ。

 

声が聞こえる。誰かが自身を呼んでいる。

 

_____ゲンジ。

 

今度は違う声が聞こえてくる。

 

その声は後ろから聞こえてきた。振り向くと、霧の向こうにそびえるカムラの里の入り口である鳥居の下に二人の影があった。

 

それはよく知る人物の影だった。

 

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…」

それと同時に人影は次々と増えていく。

 

「ゲンジさ〜ん!」

 

「ゲンジさん!」

ヨモギ……イオリ……

 

「ゲンジよ!」

 

「ゲンジ!」

 

「ゲンジや!」

 

フゲンさん…ウツシさん…ゴコク殿……

 

そして、自身に接してきてくれた里の皆も現れた。

 

『ゲンジ!』

 

『ゲンさん!』

 

そして、皆の声が一つに重なった。

 

 

『おかえり』

 

「…!!」

その声はとても暖かかった。ただの声であるのに、とても、心が軽くなる。

すると、辺りの景色が突然と暗くなり、意識が途絶えた。

 

 



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ゲンジの涙

目をゆっくりと開けると、目の前には自身の自宅の天井が映り込んできた。辺りは暗く、月明かりが差し込み、部屋の中を照らす。

 

「……あれ…俺の装備がねぇ…」

見ると自身はインナー姿となっていた。しかも、包帯も巻かれている。顔にも上半身にも。

 

というか、なぜ、砦にいた自身が里にいるのか理解できなかった。

 

「(俺は確か…マガイマガドを討伐した後…気を失ったのか…)」

 

その時だった。後ろから視線を感じる。

 

「ん?」

振り向くと、そこには玄関から自身を見つめるミノトとヒノエの姿があった。

 

「なんだ、二人とも…どうし…ふぎ!?」

突然 ミノトの身が自身に迫り、大きな身体に抱き締められた。

ミノトの腕が背中に回され、身体に抱き寄せられる。

 

「ゲンジ…!!」

その声は震えており、とても悲しみに満ちていた。すると、ミノトの涙が次々と自身に付着してきた。

 

「よかった…本当に…よかったです…!!」

いつも冷静であるミノトがどこかへと行ってしまったかのように、まるで別人であるかのようにミノトは顔をぐしゃぐしゃにさせながら泣いていた。

「お…おい…どういうことだよ…」

状況を問うために引き剥がそうとするも、まるで石のようにミノトは離れなかった。

 

…うん。完全に石である。

 

「ぐぎぎ…くく…苦しい…締まる……」

ミノトの腕が次々とゲンジに巻き付き、その抱擁が遂には凶器となり始める。

 

「うぐぅ…ゲンジぃ……」

「泣く…の…は…いい…か…ら早く離れ…」

 

「ミノト、ゲンジが苦しそうよ」

「え…?わぁ!ごご…ごめんなさい!!」

ようやく気づいたミノトはゲンジを締め殺そうとしている事に気づき、離れた。

 

「ゲホッゲホッ…。それより…何で俺はここにいるんだ…?」

ゲンジはあの後の事について聞く。

 

「覚えてないのですか?」

「あ…あぁ」

ヒノエが横に腰を掛けながら聞いてくる。ゲンジが頷くと、ヒノエは説明した。自身がマガイマガドを倒した瞬間に大量に出血しながら倒れた事を。

 

そして、いち早くミノトがキャンプに送り届け、治療を受けたのだ。

 

「そうだったのか…。ありがとうな。ミノト姉さん」

ゲンジは即座に運んでくれたミノトに感謝すると、ミノトは涙を拭いながら頷いた。

 

「いいえ…本当に無事でなによりです…」

その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「ただ、ゲンジがあれ程辛い過去を過ごしてきた事は知りませんでした…」

「え…」

ミノトの言葉にゲンジの目が大きく開く。

 

「どういう…ことだよ…なんで知ってるんだ…?」

 

ヒノエとミケとハチにしか話していない。他言しない事を約束したはずなのに何故だ。

 

すると、肩にヒノエの手が置かれた。

 

「ゲンジ、それはね…」

ヒノエは、自身の判断で、あの場にいた皆にゲンジから聞いた過去を全て話した。

そして、その際に装備を外し、秘密にしていた脚を皆に見られてしまった事も。

 

「……」

その話を聞いたゲンジは俯く。それもそうだろう。治療とはいえ、皆の前に見られたくもない脚を見られたのだ。ヒノエは、約束を破った罰として、殴られる覚悟を持っていた。

 

「ごめんなさい。治療のためとはいえ…貴方のとの約束を破ってしまって…。私を殴ってもらっても構わないわ…」

そう言いヒノエは身を差し出そうとするも、ゲンジは拒否する。

 

「別に…んな事しねぇよ」

脚を見ると、三叉に分かれた脚に包帯が巻かれていた。本当に見られていたのだ。

 

「里の皆は…どうだった…?」

ゲンジは恐れながらも皆の反応を聞く。だが、結果は分かっていた。

皆はこの人間でも竜人族でもない身体を見て不快に思ってしまっただろう。

 

「やっぱり…気持ち悪いと思っただろ…」

そう答えを溢す。こんな脚を見れば、不快にならない筈がない。

 

だが、

「いいえ」

ヒノエはそれを首を横に振り否定した。

 

「たとえどんな姿でも、私達の大切な家族だと言っていましたよ」

 

「…え…?」

その言葉を聞いた瞬間 驚くと共に俯いていた顔を見上げる。それと共に今まで閉ざされてきた心の中の鎖が溶かされていくかのように心が軽くなった。

 

すると、布団の上に次々と水滴が滴り落ちていった。

 

「そう……なの…か?」

 

「「はい!」」

それが空耳でない事を確かめるかのように再び尋ねると二人は笑みを浮かべながら頷いた。すると更に涙が溢れ出てくる。今まで行く先々で気味悪がられ忌み嫌われていた自身の身体を皆は受け入れてくれた。

 

「そう…か…」

涙が流れて来るたびに心が軽くなると共に“何か”に満たされていった。それは“嬉しい”という感情であった。狩猟の達成感の時の感情よりもこの感情はとても心地が良く心が軽くなっていく。

 

気がつけば 自身は自然と笑みを浮かべていた。涙を拭き取ると目の前の二人に目を向けて心の底からお礼を言った。

 

「その…話してくれてありがとな…俺だとずっと話せなかった…」

 

礼を言われたはヒノエは笑みを浮かべると、ゲンジの頭に手を置く。

 

「そう言う時は『ありがとうお姉ちゃん』と言って欲しいものですね〜♪」

「そこまでは嫌だ…」

いつもの調子に戻ったヒノエは笑みを浮かべながらゲンジの頭を撫でる。

 

「ミノト姉さんも助けてくれてありがとな。ビシュテンゴの時も、あの後も…」

 

「『ありがとうミノトお姉ちゃん』という言葉を要求します」

 

「お前もか!?」

 

その後、ヒノエから現状を聞いた。百竜夜行と同時に討伐したマガイマガドは無事にギルドへと送られて、現在は原因を究明中とのことだ。

そして、その日から大社跡での大型モンスターの目撃例が届く事がなくなったという。

 

「そうか…なら、しばらくは採取クエストだな」

そう言いゲンジは落胆する。すると

 

「何を言っているんですか?」

「…え?」

 

ガシッ

突然ヒノエの手が肩に置かれる。

それに釣られてミノトの手も肩に置かれる。いや、置くというより掴んでいる。

 

「貴方をしばらくクエストには行かせませんよ」

「完璧に治るまでは絶対にです」

自身の怪我が完治するまで、二人はゲンジを狩りに行かせないようだ。

医者の診断の結果、これまで少量の休憩だけで体力の使い過ぎを重ねてきてしまっているので、しばらくは絶対に安静にしなければならないらしい。

 

「だからって何でそんな強く掴むんだよ!?」

 

「目を離した隙に行ってしまいそうだと思うので。因みに武器もしばらくハモンさんに預かってもらってます」

 

「ぐぅ…」

手は打たれていた。どうにも先程から防具は見当たるも武器が見当たらないと思っていたらヒノエ達がハモンに預けてしまったらしい。

因みにハモンとは、カムラの里の武器の加工屋の名前である。イオリの祖父でもあるらしい。

ゲンジの事を最初は皆と同様に快く思ってはいなかったが、ゲンジが6頭連続狩猟を終えた事を聞いた日から、信じるようになったらしい。

厳格な雰囲気を漂わせており、ゲンジが苦手とする人物である。

 

「さて、もう夜なので寝ましょうね♪」

そう言いヒノエはゲンジの身体を布団に押さえつける。

 

「絶対寝かしつける威力じゃねぇよな…なに?心配してるの気づかずにクエスト行こうとしてたのがそんなに気に入らなかったのか!?」

 

ゲンジの言葉にガン無視すると、ヒノエは布団をめくる。

 

「さて、ミノト。私達も布団に入りましょう〜。できるだけゲンジを逃がさ……ゲフンゲフン。冷やさないように隙間なくですよ♪」

「もちろん」

ヒノエとミノトは両サイドから同じ布団に入り込もうとしてくる。

「待て待て待て!分かった!いかないから!ちゃんと休むから入ってくるな!!」

 

「「よろしい」」

その言葉を受け取り、安心したのか、姉妹はゲンジの布団に入る事を止める。

その後、ヒノエとミノトは自身らの自宅へと戻っていき、ゲンジは布団に横になる。

 

「……」

窓の月明かりに照らされる中、ゲンジはエスラの言葉を思い出した。それは幼い頃、自身をハンターへと駆り立てた言葉。

 

『たとえ、その身体でも、ハンターとなり、人々の為に依頼をこなせば必ず皆は受け入れてくれるよ』

 

自身を立ち直らせてくれた言葉。その言葉を信じ、ハンター生活を続ける中で、ゲンジはようやく見つける事ができた。

 

“自身の居場所”を

 

ーーーーーーーーー

 

「姉様…あの時本気で布団に入り込もうとしていませんでしたか…?」

ミノトからの質問にヒノエは笑いながら答える。

 

「勿論よ。それはミノトもでしょ?」

 

「は…はい…」

そう言いミノトは赤くなった顔を隠すかのように布団を被る。ミノトと同じく、ヒノエも顔が赤く染まっていた。そして、姉妹は添い寝を激しく拒否された事を残念がりながらも同じ時刻に眠りについた。

 

 



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カムラの姉妹編
抱き始めるミノトの恋心


いつからだろう。彼に恋心を抱いてしまったのは。

 

最初は彼も前のハンターの様にすぐに逃げ出すだろうと思っていた。けれども、それは大きく違っていた。彼は今まで見てきたどのハンターよりも、他人を思いやり、勇敢で真っ直ぐな信念を持っていた。

 

私から信用を得るためだけに大量のクエストを受けて倒れた時以来、罪悪感から彼の事を気にかけるようになった。

 

罪悪感故に、自主的ではないため、本当に彼を私自身の意思で気にする事はなかった。

ただ、彼が私の事を姉と思ってくれた時はとても心が弾んだ。尊敬する姉様に近づけたと思い、私は嬉しかった。

 

だからは、ゲンジの事を弟のように見ていた。百竜夜行の時も彼が私達の大切な家族だから守った。想いを寄せていたという感情は微塵も無く、ただの家族だと思っていた。

 

 

だが、その後のマガイマガドから助けてもらって以来、彼の事を思うと胸が熱くなるようになってしまった。

彼の姿を見ると、抱き締めたい衝動感に加えてずっと一緒にいたいという欲求が次々と出てきてしまう。

その証拠に、姉様としか寝ない私も、ゲンジが布団に寝ている時は、本気で入り込もうとした。

 

そして、私は自覚してしまった。

私は彼の事を姉様と同じかそれ以上に…好きになってしまった事を。

 

助けてもらった時のあの悠然なる姿。そして、小柄ながらも大きな背中。何人たりとも寄せ付けない無双の如き強さに…私は惹かれてしまったのだ。

 

「……」

彼の事を思うと、どうしても眠れなかった。心が炎のように熱く、とても抑えきれない。

 

「ミノトも眠れないの?」

「…そういう姉様こそ…」

 

見ると、姉様も顔をリンゴのように紅潮させていた。私達は顔を見合わせながら、お互いの意思を確かめ合うかの様に頷いた。

 

「そろそろ寝付いた頃だからお邪魔しましょう♪」

 

「そうですね。実は私もそう思っていたところです」

私は姉様と共に寝巻きである白装束を纏いながらも、ゲンジの家に向かう。

ーーーーーーーーー

 

彼の家にはもう灯が灯されておらず、月明かりだけが照らされていた。その中で、彼は寝息を立てながら眠りについていた。

 

抜き足差し足忍足。私達はゲンジを起こさないように静かに上がり込むと、左右に腰を掛ける。

 

「…」

いつ見ても少女と見間違えてしまうその寝顔はとても愛くるしい。あまりにも可憐な為に私は凝視してしまった。

 

「ミノト。視線を向け続けてしまうと起きてしまいますよ」

姉様の囁きに私は我に帰り、ゲンジの布団をめくると、姉様と共に挟み込むように入る。

すると、先程の燃える様な熱さが嘘の様に治った。

 

姉様と共にゲンジに身を寄せる。小さいながらも逞しい彼の身体に巻きつける様に手を置きながら、私達は身を寄せて、目を閉じた。

 

「おやすみミノト」

 

「はい。おやすみなさいませ。ヒノエ姉様」

 

ーーーーーーーーーーー

 

再び目を覚ましたゲンジはいつもと違い装備を纏っていた。

 

「お?預かってる筈の双剣が…ヒノエ姉さん達には行くなって言われてるが……やはり狩りには行かねぇとな!」

 

すぐさまその場を飛び出し、夜の大社跡へと向かう。

いつもより身体が軽い。それに、気分もいい。

 

あまりの身軽さに疲れる事を知らず,あっという間に大社跡へと着いてしまった。

 

 

「よし、取り敢えず大型モンスターを見つけて……ん?」

すると、空から無数の火球が降り注ぐ。

 

「まさかここで会えるとはな…リオレイア希少種」

そこには、月を背に舞う金色の月『リオレイア希少種』が翼を広げ、自身を睨んでいた。

 

「ギャァオオオ!!!」

辺りに響き渡る咆哮は空気を揺らし、炎を撒き散らす。

 

炎?いや……ウサ団子だった。

 

「はあぁぁぁ!?」

リオレイアは次々と口内からウサ団子を生成すると、ゲンジに向かって投げ落とす。

 

 

「ちょ…!?なんでウサ団子…むぐ!?」」

吐き出されたその内の一つのウサ団子がゲンジに直撃すると、そのまま押しつぶした。地面とウサ団子に挟み撃ちにされながら、ゲンジは引き剥がそうと抵抗する。

 

「く…苦しい…離れろ…!離れろ…!!」

抵抗すると、更にウサ団子の重みが増してくる。柔らかい物体が次々と押し寄せて、呼吸を阻害してくる。

 

すると、目の前の景色が次々と歪んでいった。

ーーーーーーー

 

「んん…くく…ぷは…!!」

目が覚めると同時に現実世界へと連れ戻されたゲンジは即座に大きく息継ぎをする。

 

「はぁ…はぁ…(何なんだよ今の夢…リオレイアがウサ団子!?シュールすぎるだろ!!)」

奇想天外な夢の他に、更に驚く。

 

「(何も…見えない…)」

目の前が真っ暗で、何も見えずその上、身動きも取れなかった。まるで重たい何かにのし掛かられているかのように。

 

しかも、自身の顔に何か柔らかい物が押しつけられていた。離れようとするも、後ろからも何か柔らかい物が押しつけられ、自身を挟み込んでいた。

 

「(なんだよこれ…)」

訳もわからない物体に挟み込まれ,再び息苦しくなってくる。

 

その時だ。

 

 

「もぐ!?」

突然 後ろにある柔らかい物体が強く押しつけられ、それと共に自身の顔が前方にある柔らかい物体へと押しつけられる。

 

「〜!!(く…苦しい……息が…)」

柔らかい物が左右から自身を圧迫してくる。しかも、その物体はほんのりと甘い香りがしてきた。

それと共に自身にのし掛かる何かの重さも増してくる。

 

「(なんなんだよこれ…!!早く離れろ…!!)」

ゲンジは抵抗するかの如く、次々と身体を左右に動かす。

 

すると

 

「んん…!」

 

突然 声が聞こえた。

 

「え…?」

ゲンジは即座に動作を停止させる。それと同時に自身にのし掛かっていた物がなくなり、身体が自由になる。そして、今まで暗闇だった目の前の景色がゆっくりと明るくなっていった、

 

「もう…くすぐったいですよ〜」

 

「ヒ…!?」

声が聞こえる方へと目を向けると、そこには目を覚ましたヒノエの顔。そして、自身の目の前にはヒノエの豊満な胸があった。

 

「ゲンジはエッチなんですね〜女性の胸に顔なんか擦り付けたりして」

 

「胸…え!?」

ようやくゲンジは理解した。先程、自身を押さえつけていたのはヒノエの腕であり、自身を窒息寸前まで追い詰めていた物体の正体がヒノエの胸だった。

それを知った途端 ゲンジの顔が真っ赤に染まる。

 

「わ…ご…ごご…こごめん!!」

「あらあら〜?なんで潜ろうとしてるんですか?」

戸惑い、姿を隠そうと、布団に潜ろうとするゲンジの顔をヒノエは両手で挟み込み、逃がさない。

 

「謝るならちゃんと人の顔を見て言わないといけませんよ?ふふ」

「うぅ…」

紅潮したヒノエの顔が目の前に出される。ゲンジは即座に逃げようとするも、今もなお眠っているミノトに抱きつかれている為に身動きが取れなかった。

段々とゲンジは恥ずかしみを帯びていき、更に顔が赤く染まっていく。

 

「なんで…ここにいるんだよ…」

 

「ミノトが寂しがっていたので一緒にお邪魔しました。それに、偶には3人で川の字に寝るのもいいかなと♪」

そう言うと、ヒノエは顔から手を離すと、微笑んだ。

 

「まだまだ夜が深いですからもう少し一緒に寝ましょう♪」

「断る」

ヒノエの言葉にゲンジは命の危険を感じ取り、逃げようとする。

 

 

が、

 

「う…動けん…」

ミノトが自身の後ろから腹に手を回している事で完全にロックされており逃げる事ができなかった。

 

「あらあら、これでは逃げられませんね〜♪」

「面白がんなよ ちくしょう…」

時刻はまだ夜中なので、ミノトの寝息に釣られて再び自身も眠気が出始めてしまった。故にゲンジは抵抗を諦める。

 

「頼むから変な事するなよ…」

「はい♪」

ヒノエは笑顔で顔を輝かせると、再びゲンジを抱き締めるように手を回す。

 

「おやすみ。ゲンジ」

 

「お…おやすみ…」

 

 



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陽光と共に届く吉報

「ぐがぁぁ…」

里の中でも一際巨大な家の中。巨大なイビキを立てながら、和服を着て寝ている大男は里長である『フゲン』

 

「むむ…!!」

突然 そのリオレウスの如き鋭い目が一瞬で開かれ、横になっていた上半身を突然 起こす。

 

「ふむ。今日も良い朝だ」

百竜夜行は根絶はされていないものの、撃退かつ、その群れを喰らい、里を壊滅状態へと追いやったマガイマガドの討伐によって、いつ起こるか分からない百竜夜行に対する恐れが無くなり、目覚めが良くなった。

 

その時だ。

 

「里長『フゲン』殿にお手紙だニャ〜!」

タル配達便であるアイルーが窓から顔を出して、フゲン宛の手紙を差し出した。

 

「俺宛て?そうか。百竜夜行が去った事で多くの道が開通したんだったな」

フゲンはアイルーから手紙を受け取る。差出人はこの辺りで距離の近い『ユクモ村』の村長『タツミ』からだ。

 

「タツミ 殿からか」

フゲンはその手紙を開くと、内容を読む。それは『嵐龍』アマツマガツチと呼ばれる古龍の撃退に成功した報告だった。

 

「ほぉ!!何とめでたい!!」

すると、その下にはまだ続きがあった。

 

「おぉ!これは!」

ーーーーーーーー

日が登る直前。暁と呼ばれる時刻の中

 

「んん…」

ゲンジが目を覚ますと、目の前にはグッスリと眠るヒノエの顔があった。

昨夜は夢から現実にかけて災難だったが、その後はヒノエが寝ぼけて此方に向かってくる事はなかったので、また圧迫される事なく眠る事ができた。

 

「はぁ…昨日は散々だった…」

「何が散々だったのですか?」

すると、後ろから声が聞こえ、振り返ると、目を覚まし、釣り上がる目を向けているミノトの顔が映り込んだ。

 

「起きてたのかよ…」

「えぇ。貴方が目を覚ます前から。それよりも……」

 

「!?」

ミノトの目が突然鋭くなり、自身を睨む。それはまるで嫉妬心に包まれたかのような目だった。

 

「昨夜は随分とヒノエ姉様のお身体をご堪能なされましたねぇ…?」

ミノトのゲンジを抱き締める腕の力が強まる。

 

「ま…まさかあの時も起きてたのかよ!?」

 

「当たり前です!あんな大声で話されていれば誰だって起きます!」

 

ミノトは顔を赤くし、頬を膨らませると、ゲンジの身体を抱き締める腕を解く。そして即座に頭を両手で挟み込んだ。

 

「ちょ!?何すんだ!?」

「それはこちらのセリフです!よくも神聖な私の姉様のお身体を…許せません…!!そこまで胸がお好きならば…」

 

そう言いミノトは挟み込んだ腕の中にあるゲンジの頭を自身の胸元に押し付けた。

 

「むぐ!?」

「嫌と言うほど堪能させてあげます…!」

 

その大きさはヒノエとほぼ同じであり、一般の女性よりも遥かに大きな胸はゲンジの顔を包み込んだ。顔全体にミノトの白装束の間から見える胸が押し付けられ、甘い香りが鼻をくすぐると同時に呼吸が困難になっていく。

それと同時にミノトの脚がゲンジの身体に絡みつき、締めつけはじめる。

 

「どうです?これがお好きなんですよね!?」

呼吸困難に加えて疲労した身体が次々と締め上げられ、ゲンジは悲鳴を上げようとするも、口を塞がれあげる事ができない。

 

「ヒノエ姉様はどんな匂いでしたか!?どんな感触でしたか!?私とどちらが気持ちよかったんですか!?」

 

「何で途中から張り合ってんだよ…!?いい加減はな……むぐ!?」

 

「口答えは禁止です!!罰としてこのまま窒息させて差し上げます……!!」

次々と強まる腕の力はゲンジを更に柔らかい胸に押しつけ,呼吸をできなくさせていく。

それと同時に締め付ける脚の力も増していった。

 

「〜!!(む…息…が…息…)」

 

 

すると、

 

「あら。二人ともおはよう」

 

「!?」

突然聞こえたヒノエの声に驚いたミノトは抱き締める力を弱める。

 

「ぷはぁ…!」

それと同時にゲンジも即座にミノトの胸元から顔を出して酸素を吸い込んだ。

 

ーーーーーーー

その後、ゲンジは無事に解放され、身体を左右に捻ったりしながら柔軟体操をする。

 

「死ぬかと思った…」

 

「ゲンジが悪いんですよ!ヒノエ姉様に破廉恥な事をするから!」

ゲンジが体操する一方でミノトはヒノエの柔軟運動に付き合っていた。

 

「夜コッソリ布団に入ってきたアンタらはどうなんだよ!!」

まるで身に覚えがないかの様な態度にゲンジは頭に怒りマークを浮かべる。

 

「あらあら。でも、そのお陰でグッスリと眠れていたじゃない。私の胸に顔を擦り付けたりして」

「んぐ…!?」

それにゲンジは不味そうな表情を浮かべるも、即座に反論する。

 

「それはどう考えても不可抗力だろうが!しかも俺が真ん中にいながらあそこまで近づきやがって!お陰で死ぬとこだったんだぞ!?」

 

「女性の胸で圧死したとなると薄明の名が廃りますね姉様」

「そうね。何だか可哀想に見えてきたわミノト」

 

「そのセリフ吐いていいのは第三者であって加害者のアンタらじゃねぇ…!!」

一方で、ヒノエ達の顔からはいつも時々見える疲れが完全に消え去っていた。

「私達も久しぶりにグッスリ眠れたわ。そうだ!今度からゲンジと一緒に寝るようにしましょう!」

 

「では次は私が真ん中に」

ヒノエのアイデアにミノトは賛成すると同時にヒノエの側で寝ようと画作する。

 

「おいおい!アンタらの寝相に俺が犠牲になれってのか!?」

 

すると、

玄関から入り口を叩く音が聞こえる。

 

「おぉい。ゲンジよ。起きとるか?」

それは今日最も早く起床したフゲンだった。

 

「あ。里長。おはようございます」

「待て待て待て!!その格好で行くなァァァァ!!!」

胸元が空いた白装束のまま、フゲンに挨拶しようとするヒノエを止めると、即座に隠す為にシルバーソルメイルを装着させようとする。

 

「ん?その声はヒノエか。少しは大概にしろよ。いくら好意を持っているからと言って夜は分かるが流石にこんな明け方……」

 

家の中へと入ってきたフゲンは凍りつく。そこに広がっていたのは白装束を来たヒノエにシルバーソルメイルを装着させようとするゲンジと、柔軟運動をするミノトの姿だった。

 

「すまん…事情は分からんが取り込み中だったようだな…また来る」

 

「ちょっと待てぇ!!どう思ってるか知らねぇが誤解だ!!」

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

その後、いつもの受付嬢のコーデに着替えたヒノエとミノトに加えて、装備だけを着用したゲンジは外に出て、ヨモギの団子屋にある長椅子に座る。

 

「ゲンジよ。今回の事、改めて礼を言わせてくれ。お主のお陰で里に被害を出さずに撃退できた上にマガイマガドも討伐された」

 

「よせよ。まだ原因が分かってねぇんだ。安心できないだろ」

 

「まぁ確かにそうだな…それとだ」

すると、フゲンは一枚の手紙を取り出すとゲンジに差し出した。

 

「主に吉報だ」

 

「え?」

ゲンジはその手紙を受け取ると、目を通す。すると、ヒノエとミノトも横から覗き込んで来た。

 

『拝啓 カムラの里の皆々様並びに里長のフゲン様。いかがお過ごしでしょうか?こちらでは、先の週に渓流の奥にて発見された『嵐龍』アマツマガツチが村に集ったハンター様方により、撃退され、村には平和が訪れた事をご報告いたします。

ですが、そちらの災害【百竜夜行】がまだ収束していないとお聞きしており、未だ心配で他なりません。もし、お手が必要となりましたら、私達ユクモ村一同、全力で御協力させていただきます。災害は不規則に起こると聞いております故に、何卒早いご返事をお願いいたします』

 

何とも稚拙な文であった。

だが、この文を見て驚いたのはユクモ村がこの近くにあったことだ。自身がこの里に来る前に会ったハンター『トゥーク』はこの村の専属ハンターである。となれば、その嵐龍を撃退したのは彼となるだろう。

 

「すげぇな…。アイツが古龍を…」

古龍の撃退を成功させたトゥークに舌を巻く。そんな中で、読み進めていくと、追記がある。

 

ー追記ー

『もし、そちらの里で『ゲンジ』というシルバーソル装備のハンターを見かけましたら是非ともそちらもご返事をください。ユクモ村にて、二人のご家族の方が探しています』

 

「…!!!」

その文面を読んだ瞬間 目から涙が滴り落ちる。

 

「主の家族がユクモ村にいるらしくてな。ずっと探していたそうだ」

 

頭に思い浮かぶのは、いつも、夢の中で見る二人の姉『エスラ』と『シャーラ』の顔だった。

 

「エスラ姉さん…シャーラ姉さん…!!」

 

本当の家族が無事であった事に涙を流す。

 

「どうする?家族に会いにいくか?会うならば道が開通しているからいつでもいけるぞ」

 

フゲンの問いにゲンジは少し考え込むと、涙を拭い応えた。

 

「いや……できれば、姉達の方から来れるよう伝えて欲しい…。今ここを留守にするのは危険だからな…」

 

百竜夜行が終わった訳ではない。いつ、再び訪れるか分からない。もしかしたら、自身が留守にした直後なのかもしれない。そうなれば、完全なる人員不足で今度こそ里は壊滅してしまうだろう。

 

「まぁ…確かにそうは言えるが……良いのか?」

 

「あぁ。早く会いたい気持ちはあるが…俺を助けてくれたこの里が襲われるのが一番 癪なんだ」

 

ゲンジの言葉にフゲンは頷くと、手紙を受け取る。

 

「うむ。ならばそう伝えよう」

そして、フゲンはそのまま自宅へと戻っていった。

 

桜が舞い散り、雨のように降り注ぐ中、ヒノエはゲンジの両肩に手を置く。

 

「良かったじゃない。家族が見つかって」

 

「あぁ…そうだ…な…」

その後、ヨモギが起きると、ヒノエとミノトは仕事前の朝食として、ゲンジは目覚めた後の至福としてウサ団子を注文した。

 

「はいどうぞ。ゲンジさんにはサービスでもう1セットオマケだよ!たくさん食べてね!」

そう言いヨモギは天真爛漫な笑顔でヒノエにいつも通り50本。ミノトとゲンジに6本差し出した。

 

隣では、置かれた団子をヒノエが次々と頬張り、また隣ではミノトも好きなのか、嬉しそうに頬張っていた。

 

そんな中で、ゲンジはずっと一本のウサ団子を手に取り,見つめていた。

 

「あれ?どうしたの?」

ヨモギが心配すると、ゲンジは我に帰る。

 

「いや、大丈夫だ。いただく」

そう言いウサ団子に齧り付く。噛む度に溢れる甘い味にモチモチとした食感。それぞれ個性のある味。久しぶりに食すその味にゲンジは若干ながらも頬を釣り上げる。

 

すると、

再び涙が溢れ出てきた。

気づけば、その涙の量は次第に増していき、地面を濡らしていた。

ウサ団子の美味さに感激したのか?いや、違う。噛む度に思考能力が強くなり、その思考によって、頭の中に今まで見る事が出来なかったエスラとシャーラの顔が映し出されていったからである。

 

声が出てしまう。

 

ゲンジは叫びたい衝動を抑えるかのように次々とウサ団子を食べる。

甘さで全てを誤魔化そうと。それでも、その衝動は抑えられなかった。

 

6本全て完食し、団子を飲み込み、お茶を飲み干せども、その気持ちは変わらなかった。

 

「あら?ゲンジ、どうしたの?」

 

「なぜ泣いているのですか?」

 

ただ家族が無事に生きていた事が嬉しかった。

 

「違ぇ…よ……泣いてねぇよ…た…ただ…嬉しいだけだよ…」

泣く顔を見せないように、ゲンジは顔を手で覆いながらも、その手の間から涙が溢れ出ており、言葉が途切れ途切れになっていた。

 

 




タツミ
ユクモ村の村長の名前(オリジナル)


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変わりゆくカムラの里

あの後、ヒノエ達はいつもの持ち場に着いていた。

 

「はぁ…」

退屈なのは無理もない。依頼を受けに来るのはゲンジただ一人なのだから。百竜夜行が去ってから、再び鉱石やキノコの採取の依頼が来るようななるも、ゲンジが回復しなければどうしようもない。

 

すると、

 

「あの、すいません。依頼ってありますか?」

 

「え?」

突然と目の前から声が聞こえ、目を向けると、3人のハンターらしき青年と女性が立っていた。3人ともまだ駆け出しに見える。

 

「採取依頼ならご案内できますよ」

 

「それで頼む!」

ヒノエは手続きをして、契約印を押す。すると、その書類を持って3人組のハンターは大社跡へと向かっていった。

 

それからしばらく経つと、また数人のハンターが現れた。装備は見る限り上位に達しているだろう。

 

「依頼あるか?大型モンスターで」

 

「あちらに行っていただくと集会所がございます。そこでのクエストならご紹介できますよ」

 

「助かる」

そのハンター達は強力な武器を背負いながら、集会所へと向かっていった。

突然のハンターの来訪にヒノエは驚いていた

道が開通した事によって、近くの村との流通が再開し、交通便も通れるようになったが、こんなにも早くハンター達が訪れるとは思ってもいなかった。

 

「…よし!」

景気つけに頬を叩くとヒノエは気合を入れた。

 

そして同時刻。ヒノエと同じ反応をしていたミノト。

 

「依頼あるか?」

「はい。現在届いている狩猟依頼はこちらに。どうぞご確認を」

ミノトは最初は驚いたものの、即座に気持ちを切り替えて、スムーズに手際良く、ハンター達に依頼書一覧を差し出す。

 

「じゃあこれで!メンバーは俺たち3人で頼む!」

 

「はい。お気をつけて」

クエストへと向かう3人をミノトは手を振りながら見送った。

ただ、ミノトにとって、その景色が少し複雑だった。

 

「(なぜ…今更…)」

来るのが遅すぎる。いや、それもそうか。彼らは百竜夜行によってこの里に来れなかった者達だ。何も悪くない。

 

そんな中でふと、ゲンジから教えられた事を思い出した。

 

それは ゲンジが去り際に残していた言葉だ。

『ハンターは嫌いにはならないで欲しい。世の中には、身を削ってモンスターと戦ってる奴らがいる。だから頼む』

 

その言葉を思い出したミノトは再び、ハンターを信じてみようと考え頬をパンパンと叩くと気合を入れて仕事に打ち込んだ。

ーーーーーーーー

 

カムラの里における大災害『百竜夜行』が撃退された事は瞬く間にこの周囲全体に知れ渡った。

一時的とはいえ、長年封鎖されており、限られた経路でしか辿り着く事が出来なかったカムラの里への交通の便が再び開通し、止められていた多くの流通が再開された。

カムラの里の鉱石は性質、純度共に高品質な為に、交易や流通で重宝されており、カムラの里へと次々と物資や人員が運ばれてくる。

 

カムラの里に憧れていた者も、興味を持つハンター達も更に元々この里で生まれた者達も次々と里へと向かってきているらしい。

 

「成る程な」

フゲンの家にて出された茶を啜りながら、今の話の内容にゲンジは頷く。目の前には着物を着用したフゲンもあぐらをかきながら茶を啜っていた。

 

「これから賑やかになるだろう。50年前の景色が思い浮かぶ」

そう言いフゲンは一番カムラの里が賑わっていた頃を頭に思い浮かべる。

 

「それはそうと…、なぜ、俺をここに呼んだ?」

 

「ふむ。そうだそうだ」

フゲンは状態を正すと真剣な眼差しをゲンジに向けた。

 

 

__________里に住む気はないか?

 

「え?」

 

突然の質問にゲンジは唖然としてしまい、二人の間に窓からの風が吹く。

 

「ここならば、主が望む希少種も偶にだが、他の地域よりも目撃例が多い。ヒノエやミノトも喜ぶ」

 

「なんで二人が出てくんだよ…」

 

「フッ。二人と仲良くやっていると聞いているぞ。それに、朝の景色を見れば誰でもわかる。

それに、皆の目が変わってな。何事にも希望を持ち始め、活発となってきた。俺たちに希望を与えてくれた主を是非、この里に迎え入れたいと考えているのだ」

 

「…」

その問いにゲンジは茶を啜る。

 

「どうだ?」

フゲンの問いにゲンジは湯呑みを置く。まだ、心の準備ができていなかったのだ。

 

「…俺はまだ決められない。返事は保留にしておいてほしい」

「むむ?そうか」

そういいゲンジは席を立つと、フゲンの横を通り過ぎ、家を出た。

 

ーーーーーー

フゲンの家を出たゲンジは歩く中で先程の言葉を頭の中で思い返す。

 

「……(里に住む……か…)」

当初は百竜夜行の原因を突き止めたらすぐに出て行くつもりでいた。

 

だが、今となってはそれは変わっていた。本当の自身を受け入れてくれたこの里はとても居心地が良い。それに、本心を言える者もいる。

その本心を言える者。ふと、ヒノエとミノトの顔を鮮明に頭に思い浮かべてしまう。

 

「…!何を考えてるんだ俺は!!!」

咄嗟にその考えを無くすように首を横に振るった。

 

「おい。この道のど真ん中でどうした?」

 

「…ハモンさんか」

そこに立っていたのは武器職人であるハモンだった。

 

「フゲンと何か話していたのか?」

 

「まあな…。そうだ。そろそ____

 

「断る」

「まだ何も言ってねぇだろ!?」

「双剣の事だろう。断固拒否する。ヒノエから少なくとも2週間は預かっていろと言われている。それに、ブラキディオス の装備の新調は中々面白いからな」

 

「依頼と同時に興味示してんじゃねぇぞクソジジイ…」

ゲンジは咳払いをすると、話を戻す。

その後、ハモンがよく休憩の為に扱う椅子に向かい合いながら座ると、先程のフゲンとの話の内容を話した。里に骨を埋める事を。だが、それを果たして皆は喜んでくれるのだろうか。快く思わない者もいるのではないかと。

 

すると、ハモンは首を横にも縦にも振らなかった。

 

「儂は別にどちらでも良い。お前が決めればいい」

そう言いハモンは水を飲み干す。

 

「確かに儂らもミノトと同じ、前のハンターの奴らの所為で信用を無くしていた。だが、お前はそんな儂らを見捨てずに導いてくれた。ここまでしてくれた奴に『里に住むな』という奴はいないだろ」

「そうか」

 

ゲンジは立ち上がると、手をあげて、ハモンと別れる。

「話を聞いてくれて感謝する。それと言い忘れたが、イオリはもう軟弱者じゃねぇぞ。アイツも武器を手に取って百竜夜行の防衛に参加したんだからな」

 

「それぐらい分かっておるわ」

それだけ言うとゲンジはその場を去る。当初、イオリとハモンはあまり、仲が良いとはいえなかった。だが、ハモンは百竜夜行でイオリが武器を構えて出撃した事から、自身の考えを改めたらしい。

 

それから歩いていると、里の広間で遊んでいた小さな少年と少女が走り寄ってきた。

 

「お〜いゲンジさ〜ん!!」

それはヨモギであり、もう一人の少女の方は『コミツ』少年の方は『セイハク』と言う名前で、コミツはりんご飴を売っており、セイハクはおにぎり屋を営んでいた。

 

「里に住むんだって!」

 

「は!?」

まさかの先程話されたばかりの話がなぜか関係のないヨモギ達にまで広まっていることにゲンジは驚く。

 

「何故それを!?」

すると、セイハクが答える。

「フカシギが皆に触れ回ってた」

「あのクソ猫…」

 

フカシギとは、時々、ゲンジの家の掛け軸の裏側から現れるアイルーであり、里の個人情報などをよく盗んでくる情報屋である。

その情報量は計り知れず、ミノトが絵がド下手であり、その絵を習っている事や、ゲンジ自身が背丈を気にして毎日伸ばそうと背伸びをしている事、はたまたフゲンがフクズクを大量に飼っているなど、仕事中だけでなく、プライベートも覗かれている。

 

「やったぁ!!ゲンジさんが里に住むんだぁ〜!!」

「コミツ!?ちょ!」

すると、嬉しさのあまり、コミツは近くにいるセイハクに抱きつきピョンピョンと跳ね上がる。

実はセイハクはコミツに好意を抱いており、抱きつかれたセイハクは顔を真っ赤に染めていた。

 

「嬉しいのか?」

 

「勿論!何てったってゲンジさんは私達のヒーローなんだから!ねぇ!」

「うん!」

ヨモギの言葉にコミツは頷く。

 

「ヒーロー…か」

 

ヨモギ達が戯れる様子を見ながら、ゲンジは改めて考える。

 

「コミツ。りんご飴3つくれるか?」

「はぁい!」

久し振りにリンゴ飴を購入すると、ゲンジは一本を取り出して舐めながら、その場を去る。

 

里は歩けば歩く程、多くの者に出会う。そして、その度に笑顔を向けられる。

それが、とても心地良かった。

そして、それこそ自身が今まで探し求めていた“居場所”だった。

 

「フフ」

いつのまにかまた、笑みを溢していた。この里に来てから、自然と笑うようになった。

 

「そうか…俺はここに住みたいのか」

ようやく、自身の気持ちを理解したゲンジは自宅へと向かう。

 

ーーーーーーーーー

その後、昼休みとなり、里の皆が昼食を取る仲、ヒノエもミノトとゲンジの3人で食事をしようかと考え、ミノトを誘うとゲンジの家へと向かっていた。

 

「ゲンジ〜。お昼一緒に食べましょ〜」

ヒノエはミノトと共に玄関の入り口を通る。すると、奥からゲンジの声が聞こえてきた。

 

「あぁ。今行く」

ダンダンと板の上を歩く音が聞こえ、ゲンジが姿を見せる。

 

そこには 今までよりも明るい雰囲気を漂わせるゲンジの姿があった。

 

「ゲンジ…その頭は…」

ミノトは驚いていた。だが、ヒノエはその姿を見て微笑んでいた。

 

「別に…ただ縛り上げただけだよ」

背中まで伸びた長い髪を側頭部からまとめて半ばの位置で束ねた事で長い髪による顔を覆う影が大幅に減り、いつもよりもスッキリとした雰囲気を漂わせていた。ヒノエ達と同じ先端が尖った耳が曝け出されるも、ゲンジはもう気には止めなかった。

 

「更に可愛くなってしまいましたね!」

 

「ただの気分転換だ。撫でるな」

ヒノエの撫でようとした腕を受け止めると、外に出る。

 

「そういえば、フカシギちゃんから聞きました。ゲンジが…その…里に住まうと………本当なんでしょうか…!?」

 

「あ?」

ミノトはモジモジとしながらも聞いてくる。その表情からは里に住む事が嬉しいのか嬉しくないのか判断がつかない。

すると、ヒノエが笑いながら捕捉する。

 

「この子ったらさっきからそれしか話さないのですよ。ゲンジが里に住むって決まった瞬間からピョンピョンとウサギのように飛び跳ね___

 

「姉様ぁぁ!!」

ミノトは顔を真っ赤に染めると、咄嗟にヒノエの言葉を途切らせようとする。

 

「フフ」

その光景にゲンジは笑みを溢すと、答えた。

 

「本当だよ。俺はここに住む事に決めた」

「…!」

すると、ミノトは駆け寄り、ゲンジを抱き締めた。

「うぉ!?ちょ…」

「まぁ!」

 

ミノトは何も発せず、ただ、無言のまま、気持ちを身体で表した。即ち、ミノトは喜んでいたのだ。感情を表現する事が苦手で、周囲から偶に誤解されてしまう彼女だが、この動作なら、誰しも彼女が大喜びしている事が丸分かりであろう。

 

その後、ゲンジとヒノエとミノトは共に昼食を共にすべく、おにぎり屋へと向かった。

 

「せめて歩くときは離れろ!!」

 

 



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ヒノエとミノトの訓練

ゲンジがカムラの民となってから翌日の昼。

 

ヒノエとミノトは大社跡に訪れていた。

 

「いくわよミノト」

「はい。姉様」

 

最近になって増えてきたイズチの討伐も兼ねて、二人は実践訓練を行うべく、駆け出す。武器の実戦は定期的に行う必要がある。少しでも、ゲンジの力になれるように。

 

向かってくるイズチに向けて、ヒノエは矢を射り、1匹1匹を確実に撃ち抜いていった。

ミノトもランスを構え、向かってくるイズチに向けて放ち、先から発生する竜巻によって、数匹を纏めて葬り去る。

 

「順調のようね」

「はい」

二人は段々と調子を取り戻していく。ミノトも百竜夜行の時の悲しみはもう消え失せており、ヒノエの目にはいつも通りのミノトの姿が映っていた。

 

そして、調子を取り戻した姉妹はイズチの凄む更に奥地へと向かっていった。

 

竹林の中へと着いた姉妹は目の前に多くいるイズチ達に向けて武器を構えた。

 

「すぐに片付けましょう」

「はい!」

 

そんな中

 

竹林の中でイズチ達を討伐していく二人の姿を暗闇の奥から赤い二つの双眼が覗いていた。

ーーーーーーーー

 

一方で、カムラの里で全身に包帯を巻いていたゲンジはシルバーソル装備の手入れをしていた。泥に塗れた箇所を次々と落とし、加工された時と同じように光沢が放つように拭く。

 

「ゲンジがここに住むようになって嬉しいニャ!」

 

一方で、ミケとハチは部屋の中で楽しそうに戯れていた。その様子をゲンジは微笑みながら見ると、装備を整える手を進める。

 

「そうだ、お前らの装備もそろそろ新調しねぇとな」

「わ〜い!」

「ワン!」

 

すると

 

「…ん?」

玄関からガタガタと大きな足音が聞こえた。その音に耳を立てたゲンジはシルバーソル装備を磨く手を止め、玄関に目を向ける。

すると

 

「ゲンジよ!!ここにおったか!」

テッカちゃんに乗ったゴコクが現れた。何やら慌てた様子である。

 

「なんだアンタか。どうした?」

 

「先程…とんでもない事が報告されたでゲコ…。『ヌシ』が大社跡で発見されたようでゲコ…!!」

 

『ヌシ』

それは全身に嵐にあったかのような傷を負い、禍々しいオーラを纏うモンスターの呼び名であり、原種とは全く違った行動をする謎のモンスターである。

しかも、大社跡となると、今、ヒノエとミノトが訓練の為に赴いている場所だ。

 

「ちょっと待て…ヒノエ姉さんとミノト姉さんは知ってるのか…?」

 

「だからヤバいのでゲコ!!二人は既に大社跡におる!!早く伝えねば!」

ゴコクの言葉にゲンジは即座に装備を身に纏いながら、戯れているミケとハチに向けて叫ぶ。

 

「ハチ!!ミケ!!いくぞ!!」

呼ばれたミケとハチは待っていたと言わんばかりに即座に装備を着用する。

 

「アイアイサニャ!!」

「ワン!!」

 

「ちょ!?お主まだ傷が完全に…ゲコォ!?」

ゲンジは咄嗟に血相を変え、止めようとするゴコクを跳ね飛ばすと、ハモンの元に走りだす。

 

加工屋へと着いたゲンジは、いつものように防具を加工するべくその場に座っているハモンに詰め寄る。

 

「ハモンさん!緊急事態だ!すぐに武器を返せ!」

ハモンは突然 訪問してきたゲンジに驚くも、拒否する。

 

「何を言っている?ヒノエから許可が出るまで渡せ……ぐえ!?」

ゲンジは咄嗟にハモンの胸ぐらを掴む。

 

「その姉さん達が危ねぇんだよッ!!!」

 

「なんだと!?」

ゲンジは簡単にゴコクから伝えられたヌシの出現情報と、その出現した大社跡にヒノエとミノトが武器訓練の為に赴いていることを。

 

「分かった!!ほら新調済みだ!」

「ありがとよ…!!」

即座に武器を手に取ったゲンジは傷が痛みつつも走り、双剣を背中に構え、シルバーソルヘルムを被り、里から出るとハチの背に跨る。

 

「ハチ!全速力だ!!」

 

「ワン!!」

ゲンジとミケを乗せたハチは全速力で、全てを置き去りにするかのような脅威的なスピードで大社跡へと向かう。

 

「(間に合え…!!間に合え…!!)」

 

 



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青きヌシ アオアシラ

それは突然だった。

 

ミノトと共にイズチを討伐していた時に背後からの視線を感じ、振り向くと巨大なアオアシラが私達に向けて歩いてきていた。

けれど、いつも見るアオアシラよりも遥かに大きく、身体中にはいくつもの傷があり、目は赤く輝いていた。

 

私はゴコク様が口にしていた言葉を思い出した。

『ヌシ』

一際強大な力を持つモンスターの呼び名。目の前にいるこのモンスターこそまさしくヌシの一角だ。

 

「ミノト!逃げましょう!」

 

「はい!!」

今の私たちだけでは圧倒的に不利だ。私達は即座に竹林から脱出し、キャンプへと向かおうとした。

 

だが ヌシと呼ばれたモンスターは私達を易々と逃すことはなかった。

 

「グロォオオオオオオオッ!!!!」

 

『…!!』

 

後ろから突然と響いた天地を揺るがす咆哮に私達は耳を塞ぎ込んでしまう。通常のアオアシラとは声の大きさも質も比較にならない程 異なっていた。

 

その叫びは『怒り』と『恐怖』が感じ取れる程 悍ましいものだった。

咆哮が終わると、私は手を耳から離し、即座にミノトに目を向ける。

 

「ミノト!大丈夫!?」

 

「何とか…。ハッ!姉様危ない!!」

「!?」

 

ミノトの声に振り向くと 巨大な身体が四肢を掻きながら迫ってきた。

 

「く!?」

咄嗟に私は身体を横転させる事で回避する。明らかに通常個体より速い…。その上あの引っ掻きだけで地面が抉り取られている。怒り状態になっていないのにこの速度と威力となると簡単には逃げる事ができない…!!

状況は絶望的だ。このエリアは広けれども一本道。恐らくあのアオアシラは見失う事なく追ってくるだろう。

 

「(せめてミノトだけでも…!!)」

私は武器を取り出し、ミノトに目を向けようとするアオアシラに向けて放つ。

 

「ミノト!!貴方だけでも逃げなさい!!」

案の定 攻撃されたアオアシラは私を敵と判断して目を向けた。私はミノトとは逆方向に走り出し、ヌシから距離を取る。

 

「姉様嫌です!一緒に逃げましょう!?」

 

「ダメよ!一緒に逃げたら確実に追いつかれるわ!ここは別れ道もない…!!」

アオアシラは巨大な腕を振り上げ、私に向けて振るってくる。

 

再び身体を横転させ、回避する。だが、その回避が相手の思う壺だった。

 

「ぐ!?」

 

「姉様!!」

背中に衝撃が走る。私の後ろには巨大な岩があり、追い詰められていた。これ以上はもう逃げる術がない。

 

「(しまった…!!)」

完全に不覚を取ってしまった。いや、相手が地形を理解して私が回避するのを読んでいたのか!?

 

「グロォォオオ!!」

「…!!!」

 

アオアシラの巨大な腕が私に向けて振り下ろされようとしていた。

 

「姉様ァァァァ!!!!」

 

ミノトの叫び声が聞こえる。もうダメだ。回避する事もできない。いや、でも少しでも距離が稼げて良かった。これでミノトは逃げ切る事が可能になる。アオアシラは攻撃した私を殺せば、ミノトには興味を示さなくなるだろう。

 

「逃げて…ミノト…」

聞こえるかどうか分からない。けど、どうか聞こえていて欲しい。

 

ごめんね…こんなどうしようもない姉で……何もしてあげられなくて…もっと一緒にウサ団子を…食べたかった…本当にごめんね…

 

ただ無念だった。里の皆と…ゲンジともっと一緒にいたかった。

 

 

私は死を覚悟して己の無様な姿を受け入れながら目を閉じる。目を開けた時はもうそこは現世ではないだろう。

 

 

「ヴォラァァァァァッ!!!!!」

 

「…!!」

突然 暗闇を掻き消す程の叫び声に私は驚き目を開けた。そこにはヌシの姿は無かった。あったのは 

 

「ゲン…ジ…」

雄大なる背中を向けるゲンジの姿だった。

 

「間に合ったか…」

 

 

 



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ヌシvsゲンジ

「ヴォラァァァァァッ!!!!」

全速力で走るハチから飛び上がったゲンジの蹴りがヒノエを葬ろうとしたヌシへと直撃する。

その威力はヌシを転倒させる程の威力であった。

 

「ゲンジ…!」

現れたゲンジにヒノエは涙を流した。対するゲンジはすぐさまヒノエに手を差し出す。

 

「立てるか?」

「えぇ…」

その手を取るとヒノエは立ち上がる。目の前の蹴り飛ばされたアオアシラは横転し、亀の如く身体が仰向けに倒れ、起きるべくもがいていた。

 

「俺が奴を引きつけるからその内に逃げろ」

その姿を見据えながらゲンジは武器を取り出し、撤退を指示する。

だが、

「ぐ…」

それと同時に頭痛や疲労感。更に脚からも痛みが伝わってくる。百竜夜行での激戦から、まだ数日も経っていないのだ。

 

「貴方まだ百竜夜行での傷が…!」

ヒノエの言葉にゲンジは苦い表情を浮かべる。そうだ。ゲンジの傷はまだ完全に癒えた訳では無い。もし、今の状態であの日のような激しい動作をすれば確実に傷口が開くだろう。

 

「私も戦います…!!」

 

そう言いヒノエは弓を取り出し、起き上がるアオアシラに向ける。

 

ゲンジはため息をつきながらも、ヒノエに甘える事にした。確かに今の状態で得体の知れないヌシと一対一で対峙するのは危険だ。ここはヒノエの手を借り、大きな隙を作り逃げるのが得策であろう。

 

「なら、撤退しながら援護を頼む」

そう言いゲンジは武器を構え、駆け出す。

「グルル…!!」

既に体勢を立て直していたヌシ・アオアシラは再び方向を放つべく首を上げるが、ゲンジはそれを防ぐべく、顔に向けて飛び上がると、アオアシラの顔面に目掛けて双剣を振るう。

 

「オラァッ!!」

振われた双剣の刃がアオアシラの顔面の甲殻を削り取り、痛みを与える。すると、

 

「グルゥ…!!」

やはり、顔へダメージが入った事でアオアシラはその部分を抑えるように怯む。

 

怯んだ隙にゲンジは更に剣を振るう。

 

一方で、ヒノエはその場から離れながらアオアシラへ向けて矢を放った。

 

「姉様!はやくこちらへ!」

 

「えぇ!(少しでもダメージを…!!)」

ゲンジの負担を減らすべく、次々と矢を放つ。距離が離れていながらも、その矢は攻撃するゲンジに当たる事なく、全てアオアシラに命中していた。

 

だが、放ち過ぎたその矢がアオアシラの目を引いてしまう。

 

「…!!」

アオアシラを斬り刻んでいたゲンジは即座に狙いをヒノエに変更した事を察知すると、ヒノエに向けて叫んだ。

 

「逃げろぉッ!!!!」

 

だが、ヒノエは矢を放つ事を止めなかった。ここまで離れていればすぐには接近できないはずだ。長年の経験が、そう掻き立てる。モンスターが自暴自棄になり、届くこともない攻撃をする事は稀にある。ならば、あのモンスターも今、その動作へと移行しようとしているのだろう。アオアシラからは大分距離が離れている。多少長い距離だとしても、流石にここまで跳躍する程の脚力はない。

ならば、ヌシは更に高く跳躍する事だろう。その事も予測済みだ。だからここまで離れた。

 

故に ヒノエはゲンジの忠告を耳に入れる事なく、ただ、ゲンジの負担を減らす為に矢を射る手を止めなかった。

 

その時だ。

アオアシラは状態を低くすると、脚を曲げる。

 

「(ここまで届かないはず…)」

そう確信していた。だが、現実は軽く自身の予想を裏切った。

 

 

アオアシラの巨体が高く飛び上がると、その身体が自身の目の前に落下してきたのだ。

 

「…(な…この距離を!?)」

驚きながらも、即座に武器を納めようとする。だが、その動作をしている合間にもアオアシラの巨体は着地した体勢を立て直すと、自身に向けて爪を振るう。

 

原種よりも更に発達したあの腕に殴り飛ばされれば、命の保証はないだろう。

 

その時だ。

 

「ヴォォァアアアッ!!!!!」

 

叫びながら走ってきたゲンジが即座にヒノエをヌシとは逆方向のキャンプへと続く道へと突き飛ばした。

 

「ゲンジ…!!」

 

吹き飛ばされたヒノエが名前を叫んだ瞬間 自身が立っていた場所にいたゲンジの身体がヌシ・アオアシラの発達した剛腕によって叩き飛ばされた。

 

 

「がぁぁ…!!!」

吹き飛ばされたゲンジは近くの岩に身体を打ち付けられ、口から肺の空気を吐き出す。

全身という全身に巨大な拳で殴られたかのような痛みが走る。

アオアシラの数百キロの体重かつ、発達した剛腕から繰り出される薙ぎ払いはシルバーソル装備を纏っていたとしても、そのダメージが精密に伝わってきた。

 

「グルル…!!」

即座にアオアシラは外したと理解し、ヒノエに向けて四つん這いになり、向かおうとする。

 

「待て…!!!」

ゲンジは圧倒的な生命力と筋力をフルに稼働させると、即座に立ち上がり、手に筋力を集中させると、アオアシラの後脚に目掛けてアルコバレノをねじ込ませるかのように振り回した。

 

「グゥォオオオオアアアッ!!!」

 

 

「グロォォオオ!?」

獣の叫び声と共に振われたアルコバレノは分厚い毛皮を通り抜け、身体の内部をも切り裂いた。突如として後脚に襲ってきた痛みにアオアシラは苦痛の声を漏らし、横に横転した。

 

「まだ俺の相手が済んでねぇぞ…!!!」

そして、ゲンジは痛みでのたうち回るアオアシラへと怒りの目を向けると、双剣を持つ。

 

「ヌシ……今度はこっちの番だ…ッ!!!!」

悲鳴をあげる身体を引きずりながらも、ゲンジは両手を持ち上げると、全力で振り回した。

 

 

ヴォォォオオラァァッ!!!!

そして、全てを塵にするかの如く、ゲンジの脅威的な速度で乱舞が放たれた。

 

その刃は新調された故に生半可では落ちない切れ味とゲンジの腕力によって、通常種よりも遥かに硬いヌシであるアオアシラの毛皮や甲殻を次々と引き裂き、剥がれ飛ばして行った。そして、剥がれ落ちる甲殻が無くなれば、遂にはその下にある肉を削いでいく。

 

「グロォオオ…!!」

肉が次々と血に纏われながら辺りへと飛び散り、その苦痛にヌシは悲鳴をあげる。

必死に起きあがろうとするも、背中から次々と襲い来る斬撃に加えて先程、ゲンジに斬られた脚の傷が深すぎる故に立つ事が出来なかった。

 

そして、それが狙いであるゲンジは動作を停止する動きを見せず、次々とヌシの血肉と顔の甲殻を斬りつけていった。

 

 

そして、ゲンジは乱舞を止めると、双剣を重ね合わせ、構える。

 

「終わりだ…!!!!」

 

一閃____。

 

アオアシラの脳を両断するかの如く、頭にゲンジの双剣が振り下ろされ、その直後にアオアシラのもがいていた四肢がゆっくりと地面の下に崩れた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…終わった…か…」

その様子を見届けたゲンジはその場に膝をつく。

 

「ぐ…!!(頭が痛ぇし身体も痛ぇ…やっぱり無理して闘うんじゃなかった…)」

 

ゲンジ自身でも自覚してしまう程、身体は限界であった。たった数日程度の休みで完全に癒す事など不可能なのだ。

 

「ゲンジ!大丈夫ですか!?」

 

即座にヒノエが駆け寄り、頭を自身と同じ高さまで膝をつきながら下げてくる。

 

「あぁ…悪いがハチを連れてきて欲しい…」

「…わかりました…」

ヒノエは即座にハチを呼ぶ。

 

その後、ゲンジはハチの背に乗り、ヒノエ達と共にキャンプへと生還すると、力が抜けたかのようにベッドの上で横になると目を閉じた。

 

 



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沈みゆく陽の輝き

ハチの背中に力が抜けたかのように乗るゲンジの姿をヒノエはただ見つめていた。

 

「悪いなハチ。毛が血で濡れちまって」

 

「ワン!」

「気にするなって言ってるニャ」

ハチの言葉をミケは通訳する。すると、その言葉にゲンジは微笑み頭を撫でる。

 

「そうか。ありがとな」

 

何も言葉が出ない。ハチの背に背負われながら運ばれる彼の姿を見て、どうしても自身が許せなかった。

あの時、自身がゲンジの忠告に従っていれば…ゲンジが大怪我を負う事は無かった。

何度も何度も ヒノエは後悔の念に駆られ、自身を責め立てる事しかできなかった。

 

「姉様…」

隣ではその暗い表情からミノトが心配していた。

 

その後キャンプへとついたゲンジは持ち合わせていた回復薬を飲み干し、体力は回復したものの、開いた傷は回復する事は無かった。開いた傷口から次々と血が滴り落ち、地面を濡らす。

すると、ミケが即座にポーチから包帯を取り出した。

 

「包帯ならあるニャ!」

 

「助かる」

ゲンジはそれを受け取り、ヒノエに渡した。

 

「頭を頼む」

「えぇ…」

頷き、受け取ったヒノエは包帯を切り取ると、慣れた手つきでゲンジの頭に包帯を巻きつける。

 

「ゲンジ…さっきは本当にごめんなさい…」

包帯を巻く中、ヒノエは先程の自身の失態を謝罪する。だが、その事についてはもう気に留めていない。

 

「別に気にする必要はねぇ。狩りに傷は付き物だ。今まで無傷で帰ってきた奴なんていねぇよ」

 

ゲンジはヒノエを慰めるも、ヒノエの表情は曇ったままであった。

 

それから、ゲンジは身体に包帯を巻き終えると、流れ出ていた血が止まる。だが、出血が酷すぎた為に全身がダルい。血が不足していたのだ。

 

「……かなり出血したな。携帯食料で何とかもたせるか…」

ゲンジは支給品ボックスの中にある携帯食料を全て取り出すと、齧る。

 

携帯食品は味気ないが、それでもハンターのスタミナを増やすので、全く効果がないという訳ではない。

 

「それじゃあ帰るか。ミノト姉さんも歩けるか?」

「問題ありません」

ミノトも立ち上がると、ゲンジは俯くヒノエに手を差し出した。

 

「ほら、さっさと行くぞ。いつまでもメソメソしてんじゃねぇ」

 

「ありがとうございます…」

その手を取ると、ヒノエはお礼を言う。だが、いつもの優しい笑顔に戻る事は無かった。

 

帰る道中 ゲンジとミノトは両サイドからヒノエの手を取り引くように歩くも、ヒノエの顔は晴れる事は無かった。

 

ーーーーーーーーー

 

「おぉ!!無事だったか!!」

 

里へと着くと、皆が総出で出迎えていた。ヒノエとミノトが無事な事に皆は歓喜の声をあげるが、一人だけ、無事では無い者がいた。

 

「ゲンジ…!!お主その身体は…!!」

里を出る時よりもゲンジの傷は増しており、貧血による疲労も見えていた。

 

「やっと…着いたな…」

ハチに跨っていたゲンジはゆっくりと降りる。

 

その瞬間

 

「あ…」

身体のバランスが崩れ、前に倒れてしまった。

 

「ゲンジ!!」

即座にヒノエは両手でゲンジの身体を抱き止めるように支える。すると、ゲンジは今にも途切れそうな声を出す。

 

「血を…何か血肉になるもの……早く…魚でも…」

「魚…肉…うむ。分かった」

その要求にフゲンは頷き、ヨモギを呼んだ。

 

「ヨモギ!よろず料理を頼む!とにかくたくさんだ!」

 

「はい!」

 

ーーーーーーー

 

その後、集会所のテーブルにな大量に積まれたこんがり肉や焼き魚が敷き詰められた弁当やそのまま焼かれた物をゲンジはヨツミワドウの如く口の中へと放り込んでいった。その勢いは止まらず、もうアッサリと大食いとして知られているフゲンが食べる量を超えていた。こんがり肉は骨を残して、焼き魚は内臓や骨さえも噛み砕いていった。

 

その結果 こんがり肉 50本 焼き魚35本という何とも破格の量を食し終えた。

 

「ふぅ…」

大量のタンパク質を取り込んだゲンジは水を飲み干すと、息を吐く。

 

「すまん。助かった」

 

「いや、礼ならヨモギに言ってくれ。それよりその傷…やはりヌシと闘ったのか?」

 

「あぁ。討伐もしておいた」

「なんと…」

フゲンの問いにゲンジは頷く。すると、テッカちゃんに乗ったゴコクが現れた。

 

「本当に体力がえげつないのぅ。百竜夜行に加えてマガイマガドを相手にしてまだ数日程度しか経っておらんのにヌシを討伐するとは…」

ゴコクはゲンジのバケモノじみた強さに感嘆と共に驚きの声を上げた。

 

「あぁ。でも、ヌシは強かった。爪の薙ぎ払いだけでこの様だからな」

 

そう言いゲンジは包帯が巻かれた身体を見せる。

 

「それで済んだら良い。最悪の場合、傷が開き命が危なかったのだぞ?」

 

「その点は分かってたさ。だが、あの2人を失うよりはマシだ」

ゲンジの自己犠牲を問わない言葉にフゲンは黙り込むと、息を吐く。

「………まぁ何はともあれ…主らが無事で何よりだ。ヒノエとミノトを救ってくれて感謝する」

フゲンは頭を下げるも、ゲンジは首を横にふる。

 

「別に、礼を言われる事じゃねぇ」

そして、貧血を治したゲンジは立ち上がると、集会所を出る。

「今日からしばらく俺は休ませてもらうよ」

 

「あぁ。むしろそうして欲しいくらいだ。遠慮なく身体の治療を優先してくれ」

その後、ウツシの報告によると、討伐されたヌシ・アオアシラの死体は無事に回収され、ギルドへと送られるようだ。

 

ーーーーーーーー

 

集会所を出た先にはミノトが待っていた。

 

「無事に貧血が治った様ですね」

 

「あぁ。それより…ヒノエ姉さんは?」

ゲンジはヒノエの事について聞く。先程、自身が集会所に向かってから姿が見えないのだ。すると、ミノトは深刻な表情を浮かべた。

 

「今も尚…心を閉ざしてしまっております。ウサ団子を見せても口にせず、食事も取らない様子です」

 

「ッ…」

ヒノエの容態が重体に近い。もし、このまま戻らずに食事を取らなくなれば、彼女は栄養失調で更に状態が悪化して最悪倒れてしまうだろう。

 

「一日だけ様子を見るか」

「分かりました…」

ゲンジの提案にミノトは頷き、2人はそれぞれの家へと戻っていった。

 

 

その夜 月明かりが指す部屋の中でゲンジは頭を両手で組んだ腕に乗せながら、考えていた。

どうすればヒノエが元に戻るのか。彼女の笑顔や人柄の良さも手際の良さも里が機能している原動力の一つだろう。彼女がいつもの調子に戻ってくれなければ、里の皆は少なからずリズムが崩れてしまう。

 

「(どうするか…)」

深く深く考え込んでいると、気づけばゲンジは考え込みながら目を瞑った。

 

 



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元凶の再来

次の日、

 

「…?」

歯を磨いていると、玄関から物音が聞こえ、いつものように起こしに来たのかと思い、口の中に含んだ水を吐き出し、玄関へと向かった。だが、そこに立っていたのはミノトだけであった。

 

「ヒノエ姉さんは…?」

ミノトは首を横に振ってしまう。

 

「ゲンジに合わせる顔がないそうです。暗い顔を浮かべながら里の仕事に向かわれました。ヨモギちゃんの話によるとウサ団子も買わずにいるとのことです」

 

「そこまでかよ…」

いくらなんでも重く受け止めすぎている。ヒノエの援護は自身から申し出た事だ。それに怪我も自己責任である。ヒノエ自信があそこまて受けとめる必要は皆無である。

 

「…ッ。焦ったい。直接言ってくるか。ミノト姉さんも」

「勿論」

ゲンジは痺れを切らし、ヒノエに会う為にミノトと共に家を出る。

 

「ミノト姉さんは叱る事は出来ねぇのか?」

 

「私は…その…そこまでの器量は…」

 

「はぁ…」

ミノトの心細さにゲンジは溜息をつく。確かに姉を溺愛しているミノトからすれば叱る事は愚行に入るだろう。

 

「取り敢えずウサ団子買ってやりゃ元気が出るだろ……ん?」

 

そう言いながらゲンジとミノトは受付場に着く。すると、ヒノエは3人のハンターに話しかけられていた。

 

ーーーーーーーー

 

「ねぇねぇ。君この後暇?何なら俺らと飲まない?」

 

馴れ馴れしい口調で話しかける一人のロングウェーブの髪型をしたハンターは達者な言葉でヒノエの机に腕をのせながら見つめていた。

背は高く、細身で顔の彫りも深く、目も透き通っており、

その顔は正しく10人中10人の女性が振り向く程の美形であった。

 

俗に言うナンパである。世間にも受付嬢を口説こうとする者は後を絶たないが、これは全世界共通のギルドの法で『ハンターである立場を利用し、ギルド関係者への強引な干渉は禁ずる』と決められている。

 

それを知ってか知らないのか、ハンターの内の一人はヒノエに歩み寄る。

けれども彼女はそれを拒否する。

 

「いえ結構です…里の仕事がまだ残っていますので」

だが、その言葉にいつものようなハキハキとした様子は無かった。まるで中身の抜けた虚のように。

だが、その言葉はご最もであり、辺りにいる3人以外の数人のハンターも頷く。受付嬢は立場こそハンターより低いが、ハンターと依頼人の仲介人であるので、重要な役職である。

 

だが、断られた事が癇に障ったのか、男がますますヒートアップする。

 

「いいだろ?お茶くらい」

「!?」

そう言い強引にヒノエの手を掴む。その拍子に持っていたペンが手から離れて地面へと落ちた。

 

「離してください…」

ヒノエは男に言い放つが、男は引き下がらなかった。

 

「ちょっと時間をもらうだけだからさ。な?」

そう言い男は無理矢理 ヒノエを連れ出そうとした。

 

 

「おい。何やってるんだ?」

 

その時だ。即座にヒノエの腕を強引に掴んだ腕を握り潰すかの如く鷲掴みにする手が現れる。

 

「…!」

ヒノエに言い寄っていた男の目が変わる。そこには鋭い眼光を向けたゲンジが立っていた。

 

「今すぐ手を離せ。じゃねぇと腕の骨をへし折る」

そう言いゲンジは腕の握力を更に強める。ゲンジは腕は一般のハンターよりも細いが、それでも双剣を振るうために握力や上腕二頭筋の筋力は著しく発達していた。

そして、その言葉と同時に発せられた濃密な殺気が辺りに漂わされる。

 

その握力に驚いたのか、男はすぐさまヒノエから手を離す。

 

すると、ゲンジに続くようにミノトも現れる。

「姉様!」

 

ゲンジと共にきたミノトは強引に手を取られたヒノエに駆け寄ると、手を引き、男から引き離した。

 

「おいおい君。まだ話は終わって…お?」

 

ミノトに手を引かれながら離れるヒノエの肩を掴もうとすると、その男の手をゲンジは振り払う。

 

「触るな」

そう言い放つ。ヒノエは即座にミノトに連れられながらゲンジの背後に避難した。

 

「んん?」

 

すると、その男はゲンジを見ると、その素顔を認識したのか、顔を輝かせる。

 

「これはこれは!有名なハンター『薄明のゲンジ』殿ではないか。百竜夜行の件はご苦労だったね」

 

「あぁ?」

まるで目上であるかのように話しかけてくる男にゲンジは不快感を抱くと同時に額の筋を隆起させる。

 

「随分と馴れ馴れしいな」

 

「自己紹介が遅れた。僕の名前は『マルバ』そして、彼らは『デン』『レビ』」

その男の左右にいたハンター2人も多くの女性が振り返る程の美形であった。装備の強さも然り。マルバはジンオウS デンはレイアS レビはレウスS装備を着用していた。どれもこれも上位装備の中でもかなりの強さのあるモノだ。

 

「僕は君のファンでね。是非とも会ったらサインをもらいたかった」

そう言いマルバは装備の腕の部分を目の前に差し出した。

 

「ここに書いてはくれまいか?」

「断る」

サインの要求にゲンジは拒否する。

 

「俺はただ自分のためだけに生きてるだけだ。その程度の事でサインなんざ恥ずかしい」

 

「いやはや手厳しいな。では、僕のパーティへ入らないかな?」

 

「はぁ?」

 

「僕は主に3人で活動していてね。ちょうど4人目が欲しかったところさ。装備も美しいし何より顔も可憐だ。私の4人目のチームにピッタリ」

 

「くだらねぇ勧誘すんじゃねぇよ。誰がテメェのチームに入るか」

 

まさかのチームの勧誘。ゲンジはその傲慢さに腹を立てながらも、怒りを抑え込みながら吐き捨て、手短に済ませるべく、先程の事について追求した。

 

「それよりさっきは何のつもりだ?テメェもハンターならギルドへの同意なしの必要以上の干渉は禁じられてる事くらい分かってるだろ」

 

すると、注意を受けた事が気に食わないのか、マルバは目を細くさせ、ハッと笑う

 

「その女のことか。この美しい僕が2回も声を掛けてあげたというのに拒否してね。もういいさ。興味が失せた。謝ればいいんだろ?ごめんごめん」

 

まるで反省の色がない謝罪に辺りの者らは不快感を覚える。ミノトに至っては既に噴火寸前である。

だが、それで謝ったのならば、面倒になる前にここで終わらせるのが妥当であろう。

 

そのつもりでいた。だが、ゲンジは終わらせる事ができなかった。今放った言葉の中にある単語が混じっていたからだ。

 

『2回目』

ということは、一度は声を掛けたという事だ。それはつまり、百竜夜行が起こる前となる。

 

「1回目はいつした…?」

ゲンジの言葉を発する声が低くなった。だが、それに臆する事なくマルバは答えた。

 

「う〜ん。そうだなぁ…確か一月くらい前だったかなぁ?」

 

「…!!!」

 

1ヶ月前。それは、自身がこの里に来たのとほぼ同時期だ。そして、ゲンジは遂に確信した。

この男達こそ、里の者達からハンターの信用を奪い去った

 

_______元凶であると。

 

 

 

その瞬間 ゲンジの怒りが一瞬で頂点に達した。ようやく見つけた。この里の者からハンターへの信用を奪い去ったクズ野郎どもを…!!!

 

「テメェらか……里の食べ物食い散らかしてヒノエ姉さんとミノト姉さんに近づいた挙句の果てに逃げた下衆野郎は…!!」

 

全身に怒りを込め、手を握り締めたゲンジはゆっくりと近づく。

 

すると、自信らを下衆呼ばわりした事に腹を立てたレビが前に出た。

 

「おい貴様!俺達をいきなり下衆呼ばわりするとはどういうつもりだ!いくら有名なハンターであっとしても調子にのる…ゴハァ!?」

 

その瞬間 前に出たレビの顔面に向けてゲンジの鋭い拳が突き刺さった。

 

「うわぁぁ!!!痛い痛い痛い!!!」

顔面に拳を打ち込まれたレビはその場で顔を押さえながらのたうち回る。その顔はもはや美形とは言えなかった。殴られた衝撃で歯や鼻の骨が折れた上に鼻から血も吹き出した事でその顔は一瞬で醜悪に満ちた顔となった。

 

「く…くぅそ…!!俺の顔を!!」

 

「あ?随分と似合う顔になったじゃねぇか」

 

ゲンジはマルバに顔を向き直す。その表情は憤怒に満ちており、リオレウスの如く鋭い目がマルバに向けられていた。

 

「とっととこの里から出てけ。テメェらの所為でこの里がどれだけ苦しんだと思ってる?」

 

ゲンジの怒りの込められた目が向けられる。

 

「ちょ!?いきなり何をするんだい?僕達が君に何かしたのか?」

まるで身に覚えがないかのような素振りは更にゲンジを憤慨させる。

 

「テメェ ヒノエ姉さんとミノト姉さんに言い寄った後 協力するといいながら里中で横暴を働いたらしいじゃねぇか」

 

その話を聞いたマルバは思い出したかのように大笑いし始める。

 

「ハハハ!里に協力?嘘に決まっているじゃないか。見え透いた嘘を見破れない里も里だろ?ただでさえ上位3人で大量のモンスターの群れを撃退する事自体 おかしな話だ!」

 

次々と溢れ出る傲慢な性格。その態度は次々とゲンジの怒りを上昇させていった。

 

「じゃあいい。力ずくでも追い出してやるよ」

最初はすぐさま脅して里を出ていけばそれ以上の危害を加える事は考えていなかった。だが、もうゲンジは限界であった。

拳を鳴らし、闘争本能を沸き立たせる。

 

「は…はは…!!たとえG級ハンターでも上位3人に敵うと思ってるのかよ…!?」

 

一方で、ゲンジの言葉によってプライドがズタズタとなったマルバは目を鋭くさせると同時に優雅な口調が性格と比例するかの如く横暴なものへと変化した。

 

「楽勝だよ。テメェらの相手なんざ孤島のアプトノス程度だと思えば十分だ」  

 

拳の骨を鳴らし、ゲンジは3人に向かっていこうとした。

すると、ヒノエが即座にゲンジに止まるように叫ぶ。

 

「待ってくださいゲンジ!ハンター同士の喧嘩はご法度ですよ!」

 

「…」

その言葉に我に帰ったゲンジも興奮していたのか、気をおさめる。すると、辺りに撒き散らされていた濃密な殺気が消える。

 

 

「悪いな。気が荒くなっていた」

 

だが、その光景を快く思わずイラついたマルバはとてつも無いことを言い出した。

 

「おいおい!邪魔すんじゃねぇよ受付の小娘が!対した力もねぇ癖によぉ!!」

「…!」

 

その言葉にヒノエの目が変わる。

 

「テメェ…今のはどういう意味だ?」

ゲンジの怒りの目がマルバに向けられる。

だが、それに臆する事なくマルバは立て続けに言い放つ。

 

「ギルドなんざハンターがいなきゃ成り立たない上にモンスターに立ち向かう勇気もないクソ共の集まりじゃねぇか!!!なんならそこで偉そうに団子食ってる女もそのクソの1人なんだよ。クソならせめて役に立てる様にハンターに従うのが普通だろぉ!?」

 

「…」

マルバの醜悪に満ちた表情がヒノエに向けられる。彼女自身も力不足は思い知っていた。己の力不足故にゲンジに大怪我をさせてしまった事を思い出してしまう。

 

「ハッハッハッ!図星かよ!?役に立たねぇ上に大飯ぐらいなら完全に穀潰しだなぁ!!」

 

『役に立たない』

その言葉にヒノエはゲンジが自身を庇い怪我を更に悪化させてしまった事を鮮明に思い出してしまった。

 

「あ…ああ…!!」

それと共に今まで押さえていた自己嫌悪の念が溢れ出てしまい、あまりのショック故にヒノエは顔を手で覆い、膝から崩れ落ちてしまった。

 

「姉様!」

ミノトは咄嗟に支えるも、その手の間から涙が零れ落ちた。ミノトはあの日の事を思い出し、怒りが頂点に達すると、鋭い目つきをマルバ達に向ける。

 

「貴様…!!姉様に向かってよくも…!!」

 

「泣き崩れてるとなると事実じゃねぇか。事実を言って何が悪いんだ?」

 

「何が悪い…だと…?元はと言えば貴様らが…!!」

もう我慢できない。ミノトは歯を食いしばりながら身を乗り出すと拳を放つべくマルバに向かおうとする。

 

すると

 

その動きを止めるかのようにミノトの肩にゲンジの手が置かれた。

 

「ゲンジ…?」

 

振り向くと、ゲンジは哀しみに満ちた表情を浮かべていた。

 

「…ヒノエ姉さんを頼む。今日はもう休ませた方がいい」

 

ゲンジの言葉にミノトは後ろを振り返る。今もなお 顔を手で覆いながら涙を流すヒノエ。度重なる自身を許す事ができない感情と罵詈雑言によって、もう精神が限界なのだろう。

 

「…分かりました。あまり手荒な真似はご自重くださいね」

ミノトは怒りを抑え、頷くと、涙を流すヒノエの肩を支えながら立ち上がらせ、この場を去っていった。

 

「おいおい。どこ行こうって……はぁ?なにしたんだ?」

 

後を追いかけようとしたマルバの髪をゲンジは掴んだ。

掴んだまま、離さなかった。

 

「おい。離せよ?チビが」

ゲンジはゆっくりと俯かせていた顔をあげる。

その目は

 

 

______恐ろしい程 血走っていた。

 

 




『マルバ』 『デン』 『レビ』

里のハンターへの信用を失墜させた張本人。ゲンジが運ばれる前に里に訪れたハンターであり、百竜夜行に協力すると頷き、里の食い物を漁ったり、ヒノエやミノト、ロンディーネを口説こうと言い寄ったりと横暴を働く。
里の皆は信じ続けていたが、百竜夜行が1ヶ月後に起こると決まった途端に宿の金も払わず、明け方に里を出て行った。

身に纏うのはジンオウガS レイアS レウスS といった上位装備だが、新品同様の光沢が目立つと同時に若干ながら装備に寸法が合っていないかのような隙間が空いている。


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薄明激怒

部屋の中で、ヒノエは頭を押さえながら先程のマルバから言い放たれた言葉によって、自身の過ちでゲンジがヌシから攻撃を受け、傷を増やしてしまった事を思い出してしまった。そして、それが頭の中に根付き、次々とヒノエを蝕んでいく。

 

「私の所為でゲンジが…里の…皆の家族が……」

 

「姉様!お気を確かに!!」

 

「私は…なにも出来なかった…」

いつも沈着冷静であったヒノエの心が次々と壊れていく。そして、遂には大粒の涙が溢れ出てしまった。

 

「姉様…」

悲しみの声を上げながら涙を流し泣くヒノエをミノトは落ち着かせるように抱き締めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

血走った目を向けたゲンジはヒノエを追いかけようとしたマルバの長い後ろ髪を掴んでいた。

 

「おい。さっさと手を離せよ?」

 

「離す必要ねぇよ」

 

「は?」

 

マルバが首を傾ける中、ゲンジは握り締めていた手に力を込めると、まるで根こそぎ引き抜き出すかの様に一気に後ろへと引っ張った。

 

「ヴォァアッ!!!!」

 

「!?」

叫び声と共に引っ張られた髪はブチブチと音を立てながら頭から根こそぎ引き抜かれいった。

 

「うぎゃぁぁぁ!!!」

ただ一度に大量に引き抜かれた事により、その部分へ大量の痛みが襲いかかってくる。

 

痛みでのたうち回るマルバを見据えたゲンジは待っていた髪をゴミの如く地面に放り捨てる。

 

「き…貴様!!僕の髪になんてことを…!!!」

 

「うるせぇ。大人しくしてろよ。じゃねぇと綺麗にお前の髪の毛が引き抜けねぇじゃねぇか。もうあと2回くらい引っ張れば全部取れそうだな」

 

そう言いゲンジは更にマルバの髪の毛をむしり取ろうと、頭へと手を伸ばす。

 

その時だ。

 

「てめぇ!調子こいてんじゃねえぞ…!!!」

デンが駆け出し、小柄なゲンジの身体を後ろから脇へと腕を通す形で拘束する。

そして、起き上がったレビは装備を纏っているにも関わらずゲンジの顔に向けて拳を振るった。

 

「さっきはよくも殴りやがったな…!!!この!この!!」

 

殴りつけられる度にレイアs装備の腕の部分の装飾品が顔を擦り、ゲンジの頬から血が滲み出る。

その拳は10回程打ち付けられると勢いが収まる。

 

「はぁ…はぁ…どうだ?」

レビはたった10回のパンチで肩で息をする中、ゲンジを見る。

 

立て続けに放たれた拳。一般人ならば、装備を纏った拳を直に喰らえば装備の装飾品により、口内が切れるに加えて歯も折れてしまうだろう。

 

だが、ゲンジにとっては全く応えてなどいなかった。

 

「……なんだ?そのパンチは?」

「え…?」

口や鼻から血を流すだけで全く痛がる素振りを見せなかった。口内に溜まった血を吐き出すと、身体を曲げ、骨を鳴らす。

 

「がぁ!?」

骨を鳴らした直後、目の前にいるレビの顔に目掛けて蹴りを放ち、転倒させた。

 

 

「テメェも邪魔だ。さっさと…離れろ…!!」

 

その瞬間 ゲンジの身体が自身を拘束していたデン諸共 飛び上がり、ゲンジは全体重を後ろへ掛けた。

 

「ちょ!?ごはぁ!」

その拍子にデンはゲンジの重さも加わり地面に打ち付けられ、肺から息を吐き出す。そして、拘束が解かれたゲンジは倒れたデンの髪の毛を無理矢理掴み、自身と同じ目線まで持ち上げる。

 

「ぐぅ…!?離しやがれ…!!」

髪が力強く引っ張られ、頭に痛みが集中する中、苦痛の声をあげながらデンはゲンジを睨む。

 

だが、もうゲンジは誰にも止められなかった。

 

「ガバェ!?」

何の装備も待っていないゲンジの拳が掴み上げられたデンの顔に次々と放たれる。

 

何度も何度も。歯が折れ、口内が切れ、鼻血が噴き出し、鈍い音がその場に響き渡る。

 

その殴打が5回打ち終えた頃にはデンの意識はもう無かった。先程まで美丈夫であった顔は白目を剥き、所々が腫れ、歯が折れ、そして鼻から血が流れており、一瞬にして醜悪な姿へと変貌した。

 

「なんだ気絶したのか。弱いな」

 

髪を掴んでいた手を離すと、力無くゆっくりとデンの身体は地面に沈んだ。

 

「次はお前だ…!」

そして、ゲンジの目が驚いたまま立ち尽くしているレビへと向けられる。一度殴られたからにはやり返さなければ気が済まない。

 

「ひぃ!?」

レビはその顔から恐怖心を抱きすぐさま里から逃走を図ろうとする。だがその意図はすで予測されていた。

 

「逃げるなよ」

ゲンジは逃がさないためにレビの髪を無理矢理掴むと、その顔に向けて何の装備も纏っていない膝を叩き込む。

 

「ガバァ…!!」

脆い音と共にゲンジの発達した膝蹴りは深く突き刺さり、レビの歯を折るだけでなく、鼻の骨も折った。

 

「おいおい。装備纏ってる奴がなんで何の装備も纏ってねぇ奴に負けてんだ?あぁ…!?」

ゲンジは次々と恨言を吐くかのようにレビの頭へと膝を打ちつけた。

そして、その膝蹴りが数回に渡り叩き込まれた結果、先程の美形な顔はもうどこにも残ってなどいなかった。

歯は全てボロボロに折れ、目も白く、顔も腫れ、デンと同じく醜い姿へと変わっていた。

 

「気持ち悪ぃ顔だな。さて__

「うぁあぁああ!!!!」

 

「ん?」

ゲンジがレビの身体を投げ捨てた時、残ったマルバが叫び声を上げながら剥ぎ取り用のナイフを振り回してきた。

 

「死ねぇええ!!!」

だが、その動きは上位ハンターでは見られない程 遅い速度であった。

 

「フン」

斜め上から振り下ろされたナイフをゲンジは掴み止める。

 

「危ねぇじゃねぇか…!!」

「う…嘘…」

マルバの目が絶望に染まる。ハンターナイフを取り返そうと動かすも、全くナイフが動かなかったのだ。

刃を受け止めた事でゲンジの手の平が切られ、刃を伝い次々と血が滴り落ちる。

 

それでもゲンジは苦痛を感じる素振りを見せる事なく、マルバへと怒りの目を向けた。

 

「ヴォラァッ!!!」

 

「ごふぅ!?」

そして、ゲンジはもう一方の拳をマルバの顔面へとランスの如く放つ。放たれた拳は深く抉り込み、手からナイフを離しながら数メートルの距離を吹き飛んだ。

 

「人に向けてナイフ振りやがって。まぁいい。それより…」

ゲンジは掴んだナイフを放り捨てると、吹き飛んだマルバの胸ぐらを掴みあげる。

 

「ヒィ!?」

マルバを見つめるその目は更に血走っており、確実に見た者を生かしては返さない獰猛な大型モンスターを彷彿とさせる。

その目が超至近距離で向けられ、マルバは次々と恐怖に染まる。

 

「さっきの言葉を今すぐ取り消せ…!!!ヒノエ姉さんが役に立たねぇだと!?姉さんや他の奴らが援護したお陰で俺は百竜夜行を退けたんだ。何も見てねぇテメェが偉そうな口ぶっ叩いてんじゃねぇぞ!!!」

 

その目と共に放たれるゲンジの怒りの声にマルバは遂に涙を流し始めた。次々と脳内が恐怖に染まり、手足が痙攣し始める。

 

それによって先ほどまで顔に表れていた怒りと反抗心がアッサリと消え失せた。

 

「ごごごごめんなさい!!本当にすいません!!調子に乗ってすいませんでじだぁ!!」

正に恥。ゲンジへの恐怖心から今までの態度や口調が全て嘘のように消え失せ、今では恐れる小心者へと成り下がっていた。

 

 

だが、今更謝罪してももう遅い。

 

「ガハァ!」

ゲンジの拳がマルバの顔へと叩きこまれた。それも1発だけではなかった。

 

「お願いしま…す…もう…やめ…」

次々と、デンに放った時よりも速く、そして重い拳が放たれていく。今までの恨みを全てぶつけるかの如く。

 

辺りには次々と拳が突き刺さる鈍い音が響き渡り、それと同時に鼻や口から流れ出た血が飛び散って行った。

ハンター達は止めようとするが、今止めれば、明らかに自身らも巻き添えを喰らうと思い、止めに入る事が出来なかった。

 

すると、ゲンジは拳を収め、白目を剥くマルバを掴みあげる。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

まだ意識があるのか、生にすがりつくかのように呼吸をしていた。

だが、その顔は他の二人と同様に先程の美しい素顔は影もなく消え失せていた。歯は折れ、鼻も折れ、そして鼻血や口内から血が垂れ、顔全体が腫れ、その上髪も引き抜かれた事でもう原型が見当たらない程までに醜悪に満ちた顔となった。

 

「さっき自分を美しいとか言ってたが、汚ねぇしブサイクじゃねぇか」

 

そう言いゲンジはマルバの顔を地面へと叩きつける。

 

「ぐぅぅ…!!ちくしょぉぉ!!なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよぉぉ!!」

 

叩きつけられた拍子にマルバは涙を流しながら叫び始める。正に逆恨みだ。自身が撒いた種であるにも関わらず、報復を受ければ被害者の如く泣き叫ぶ。

殴られても尚 変わらない横暴な態度に遂にゲンジの怒りは臨界点を超えた。

 

「だったら最初から頷かなけりゃいい話だろッ…!」

怒声と共にゲンジはマルバの胸ぐらを掴みあげる。ゲンジよりも体格が良いマルバの身体が易々と持ち上げられた。

 

「頷けば希望を持たれるほどハンターは信用されてんだよ!!もちろん拒否する権利は誰だってある!!だが…お前がやった事は信用を利用して欲望を満たすっつぅクソ野郎がする事なんだよッ!!!」

そして、ゲンジは拳を構える。

 

「もうお前の顔は見たくねぇ…ここで死ね」

マルバを葬るべく ゲンジは拳を握り締めると固定されたマルバの顔面に向けて放った。

 

「うぁああああああ!!!!!」

 

拳が寸前に迫り、マルバの悲鳴が響き渡った。

 

 

その時

 

「やめろゲンジ!!!」

 

ハンターの間から騒ぎを聞き、駆けつけたフゲンが飛び出し、拳を放とうとしたゲンジの身体を拘束する。

 

「ぐぅ…!?」

ゲンジどころか一般的なハンターよりも更に体格があるフゲンの腕がゲンジの脇から通され、腕を押さえる。

 

その拍子にマルバも解放され、地面へと落とされ尻餅をついた。

 

そんな中でフゲンに拘束されながらもゲンジの動きは完全に止まる事はなかった。

 

「離せッ…!コイツを殺さなきゃ気が済まねぇ…!!」

 

そう言うと同時にゲンジの鋭い目はマルバを逃す事なく視界に捕らえると次々と迫る。

 

 

「ぐぅ!(なんだこの力は…!?)」

ゲンジよりも倍の体格はあるフゲンの身体が少しずつだが引きずられていった。その力は正に怪力と呼ぶに相応しい程とてつもない強さだった。

 

「お主の気持ちは分かる!!だが堪えてくれ!!主は里を救ってくれた。だから俺達はお前が罪を被る姿は見たくないんだ!ここで此奴を殺せば里の皆だけではない!お主の家族も…ヒノエもミノトも悲しんでしまうぞッ!!」

 

 

 

 

____「…!!!」

フゲンの言葉にゲンジの目が大きく開かれ、失っていた瞳が再び戻る。正常を取り戻すと同時に暴れる身体の動きが止まった。

 

 

動きが止まると同時にミノトも遅れるように現れる。フゲンを呼びに行ったのは彼女のようだ。ゲンジの動きが完全に静止した事をフゲンは確認すると息をつく。

 

「ふぅ…落ち着いたか?」

 

「あぁ…」

フゲンは腕を離し、ゲンジを拘束から解いた。拘束から解かれてもマルバに向かう動きがないため、嘘ではないだろう。

 

だが、完全には収まっていない。拳を握り締め、血が更に滲み出ながらもゲンジの鋭い目が再びマルバへと向けられた。

 

「あの野郎…ヒノエ姉さんを役立たずだとほざきやがった…何も知らねぇ上に里を荒らしたあの野郎が…!!!」

 

「ヒィ!?」

その視線を向けられたマルバはもう立ち上がる事が出来ない程まで恐怖に呑まれ精神が限界に来ていた。

 

再びゲンジが怒りに支配されかけようとする中、咄嗟にミノトはゲンジの両肩を強く掴み寄せた。

 

「ですが…殺してしまわれてはヒノエ姉様がさらに悲しんでしまいます!姉様だけではありません。私も……貴方が罪を被ってしまったら…!!」

 

「…」

ミノトの目には涙が浮かんでいた。彼女にとって、ヒノエが更に悲しみに飲まれることに加えてゲンジが罪を被る事は本当に耐え難いのだろう。そして、ようやく気付かされたゲンジは怒りと共に殺気を収めた。

 

 

「おぉい!何の騒ぎでゲコかぁ!」

騒ぎを聞きつけたゴコクもテッカちゃんに乗りながら現場へと現れた。

 

「これは…!!」

その光景に驚いていると、フゲンとミノトが前に出る。

 

「ゴコク殿…説明は俺とミノトが」

ミノトはフゲンが来る前の事を。フゲンは自身が来た時の事を鮮明に嘘偽りなく全て話した。

 

「なんじゃとぉ!?」

 

ゴコクは辺りを見回す。顔が腫れ、倒れている二人のハンターに加えて髪の毛を引き抜かれ顔がボロボロで涙を流しているハンター。辺りには血が飛び散っており、悲惨な光景だった。

それは全てゲンジの仕業だったのだ。

 

咄嗟にゴコクはゲンジの肩を掴む。

 

「ゲンジよ!!お主が一番分かっておるだろぉ!?ハンター同士の争い事はご法度であると!!」

「…あぁ」

ゴコクの言葉にゲンジは頷く。それでも、ゲンジは許す事が出来なかったのだ。自身をサポートしてくれたヒノエを責めたあのマルバという男に加えて二人のハンターを。

 

「だからどんな処罰も受ける覚悟だよ」

 

「……」

ゴコクは沈黙すると、歯を食いしばりながらもゲンジに対し、苦渋の末に処分を下した。

 

「ゲンジ……しばらく…自宅謹慎を言い渡す……」

「あぁ…」

ゴコク自身もこの判断には迷いがあった。今回は間違いなくあちら側の3人が悪い。だが、ゲンジが法を犯してしまった事に変わりはない。ギルドマスターもといマネージャーであるゴコクはギルドとして、公正な判断を下さなければならなかった。それはあの3人も対象である。

 

「すまぬ…」

 

「別にいい」

下された処置にゲンジは頷くと、拳を見る。ハンターナイフを掴んだ際の切傷が開いており、大量に血液が流れていた。

それを握り締めると、ゲンジは辺りにいる者達へと頭を下げた。

 

「騒ぎを起こして悪かった」

 

そして、ゲンジは最後に鋭い目をマルバへと向けた。

 

「二度とヒノエ姉さんとミノト姉さんに近づくんじゃねぇぞゴミ野郎ッ…!!!!!」

 

「…!!」

向けられたその視線から逃げるかの如く、マルバは尻餅をつきながらも必死に頷いた。もしここで口を開けば、確実にマルバは命は無かっただろう。

 

その後、ゲンジはミノトに連れられながら自宅へと戻って行った。

 

「ハンターの皆よ。悪いが今日の里と集会所のクエストの受付はここまでにしてくれ」

その言葉に辺りにいるハンター達は頷き、簡易的に用意されている宿へと歩いて行った。

そして、倒れている3人を見たゴコクは里の者へと声をかける。

 

「皆の衆よ。此奴らを治療してやれ…」

 

「え?」

「いいんですか…?コイツらは我々に…」

頼まれた里の者は疑問の声をあげるも、ゴコクは頷く。

 

「もうよい。ゲンジがあれだけブチのめしたんじゃからスッキリしたでゲコ。それにずっと放ったらかしにしておく訳にはいかん。見よこの様を…もはや可哀想に見えてしまうわい」

 

里の者達は自身達からハンターへの信用を奪い去った3人の顔を見る。

3人のうち 二人は顔面を何発も殴打された跡があり、歯が何本も、鼻も折れており重傷。更にもう一人の男は髪を引き抜かれており、一部分だけ頭皮が丸出しになっていた。

 

その現状を見て里の皆は恨みが一瞬で薄れてしまった。

 

「分かりました…」

その後、マルバに加えてゲンジに暴行を加えられたレビとデンは医者であるゼンチの元へと担架で運ばれて行った。

 

「ゴコク殿もお辛そうですな」

 

「当たり前でゲコ……ゲンジはあそこまで儂らを…里を思ってくれておるんじゃからのぅ…」

 

ゴコクは先程の判断に心を痛みながらも、フゲンと共に里を見つめた。

 

 



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再び登る陽の光

あの後 ゲンジは自宅へと戻ると、ミノトに手の治療を受けていた。

 

「…ヒノエ姉さんは…?」

ゲンジは自身の手に包帯を巻くミノトにヒノエの容態について聞く。すると、ミノトは今現在の状況を話した。

 

「何とか落ち着き、今はヨモギちゃんについてもらいながら眠っておられます」

 

「そうか」

 

ゲンジは昼の空を見上げる。しばらくは狩りが出来ない上に外出もままならない。何もする事ができない。

 

「取り敢えずそれなら安心だな。問題はどうやっていつものように戻ってもらうかだ」

 

「そうですね。私もあのようなお姿のヒノエ姉様は…とても見てはいられません」

ミノトもゲンジと同じ意見だった。ミノトにとって、ヒノエの笑顔が自身の原動力であり、彼女の優しい微笑みが養分ともいえる。それか断たれてしまった今この時が彼女にとっても耐え難い苦痛となっていた。

 

「終わりましたよ」

「ありがとな」

腕からの出血が止まり、無事に包帯を巻き終える。

 

「…待てよ?」

そんな中 ゲンジはある提案を思い浮かべ、ミノトに顔を向ける。

 

「ミノト姉さん。少し頼みがある」

「はい?」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「…!」

目を覚ますと目の前には家の中の風景が広がっていた。外は夕日が輝いており、部屋の中には照らされる夕日と物が遮る事で生まれる影との境がクッキリとしていた。

 

「(眠ってしまいましたか…)」

状態を起こしたヒノエは自身の胸に手を置く。眠った後でも、自身の後悔の念は消え去る事はなかった。

 

見ると傍にはウサ団子が置かれており、ヨモギが書き記した手紙も添えられていた。

 

『仕込みのためにちょいと出かけます!すぐ戻りますので起きたら是非食べてください!!』

その手紙をヒノエは黙読すると、ヨモギに心から感謝して、置かれたウサ団子を手に取り、口に運んだ。

 

「…」

いつも50本は食べていると言うのに今日はこの一本だけ。自身にとって数刻ぶりに食べるウサ団子はとても美味であった。

 

ウサ団子を食べ終えると、ヒノエは先程の事を思い浮かべてしまう。

 

「…」

どうすれば良いのだろうか。この苦しみはどうすれば無くなるのか。

 

いや、その前に里の仕事がある。途中で抜け出してきてしまった。

 

ヒノエは受付場に赴く為に白装束からコーデへと着替えると外へ出ようと玄関に差し掛かる。

すると二人の職人が喋りながら歩いてくる音が聞こえてきた。

 

「なぁ、ゲンジさんしばらく謹慎らしいぞ?」

 

 

「___え?」

 

ヒノエの思考が停止する。

 

「(どう言う事…?ゲンジが…謹慎…?)」

ヒノエは信じられず、玄関に立ち尽くしてしまった。その間にも二人の職人の話が耳へと入ってくる。

 

「あぁ聞いた。なんでも俺達を騙したハンター3人をボコボコにしたらしいぜ」

 

「…!」

それは先程 自身に言い寄ってきたハンター達だ。

 

「まぁいいんじゃねぇか?あの人最近動き過ぎだろ?少しくらい休ませた方がいいし、それまでは俺達が頑張ろうぜ。何てったって里を救ってくれたんだからよ」

 

「そうだな。それにオレ、あの人がアイツら殴ってくれてスッキリしちまったし。今度メシ持ってってやろうかなって思ってよ」

 

「おぉ!オレもだ!自慢の美酒を持っていってやろうとしてたんだ!」

そう言い二人の職人は談笑し合いながら去って行った。

 

「ゲンジが……謹慎…」

自身の所為だ。あの時 自身がすぐさま手を振り払い 強く…拒否をしていればゲンジが巻き込まれる事はなかった。

 

即座にヒノエは駆け出し、ゲンジの家へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

夕方となり、皆が明日の仕込みや仕上げのために動きが収束していく中、ゲンジは夕日の指す部屋の中で座布団の上に寝転び、ただ空を見上げていた。鈴虫が泣き始め、鳥の囀りが聞こえる中、ただ暇を持て余す事もできず、ゲンジは横になっていた。

 

「はぁ…」

 

その時だ。

 

夕方となり、カラスや鈴虫が鳴く中ふと、玄関から足音が聞こえた。

 

「……ん?」

自宅に誰かが入ってきた。起き上がると、玄関に1人の影があった。それはヒノエだった。

 

「姉さん、ようやく起きたか。大丈夫か?」

ゲンジは立ち上がり、玄関にいるヒノエに向けて歩く。近くまで来ると、差し込む夕日の影で見えなかったヒノエの顔が鮮明と映ってきたが、見えたヒノエの目には涙が溜まっていた。

 

「ゲンジ………」

ヒノエは顔を手で塞ぐとその場に泣き崩れてしまう。

 

「ごめんなさい…!!私のせいで…貴方が謹慎処分に…本当にごめんなさい…!!!」

「…はあ?」

ゲンジは泣き崩れるヒノエの肩に手を置くと、否定した。

 

「何謝ってんだよ。今回は俺が独断でやったことだ。姉さんが気にする事じゃねぇ」

何度もゲンジはヒノエが原因である事を否定するも、彼女の涙は止まらなかった。

 

「でも…私があの時…すぐに自分で判断すればゲンジが…」

 

「ッ…もぅめんどくせぇから上がれ」

ゲンジは舌打ちしながら強引にヒノエの手を引き家に上がらせる。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

家へと上がらせると、ゲンジは囲炉裏の手前の座布団にヒノエを座らせる。

「何弁も言わせんなよ。いいか?今回は俺の独断だ。俺が決めた事だ。アイツらを殴ったのも謹慎を受けたのも」

 

ゲンジは何度も何度もヒノエにそう言った。今回もヌシの時も全部自身が選択した事であってヒノエの気にする事ではないと。

 

 

それでも、ヒノエの涙は止まる事はなかった。ヒノエにとって、自身を庇い傷を負った事と、自身を庇い謹慎となってしまった事がヒノエの頭の中から離れないのだ。あの時の行動ばかり後悔し、全て自身の所為にしてしまう。

 

「…」

今も尚涙を流すヒノエを見るゲンジはヒノエが自身を最初に慰めてくれた

時の事を思い出す。

 

 

「(仕方ねぇ……)」

そして、すぐさま行動に移した。

 

「…え?」

その行動はヒノエの涙を止まらせ、目を大きく見開かせる。ゲンジはヒノエの背中に手を回し、落ち着かせるように抱き締めていたのだ。

 

「そこまで自身の所為にするならお互いさまだろ。俺が何度 ヒノエ姉さんに助けられたと思ってんだよ。崖から落ちたこの俺を助けて里に運んでくれたのも過去を受け止めてくれたのも皆へと話してくれたのも全部ヒノエ姉さんじゃねぇか」

 

「ゲンジ…」

その言葉にヒノエは思い出した。初めて会った時の事も。自身を姉と間違いながらも涙を流しながら手を握った事も。そして、自身を信じて過去を話してくれた事を。

 

「狩りの傷も謹慎も…姉さんが俺にしてくれた事に比べれば軽いもんなんだよ。俺はまだ姉さんには返せない程の恩が残ってる」

 

その言葉と共にゲンジの温もりが段々とヒノエの心を暖めていき、頭の中に根付いたマルバの言葉と自己嫌悪の念を次々と崩していった。

 

「だからさっさといつもの姉さんに戻ってくれよ。ミノト姉さんだって心配してるんだぞ」

 

「ミノト…」

ヒノエは唯一の自身の肉親を思い浮かべる。そうだ。彼女は自身が守らなければならない。自身がずっとこのままでは妹に負荷を掛けてしまう。

すると、少しずつだが、その顔からは悲しみが消え始め、次第にいつものヒノエの笑顔が戻ってきた。

 

「そうですね。いつまでも凹んでばかりでいてはいけませんね」

ようやく笑顔を取り戻したヒノエは自身を抱き締めるゲンジの首に手を回すと身を寄せた。

 

「しばらく…このままでいさせて欲しいです」

 

「…分かったよ」

その抱擁をゲンジは受け入れ、ヒノエが満足するまで離れなかった。

 

ーーーーーーー

 

その後 ヒノエはゲンジから手を離し、顔を見せる。その目から涙が、顔からは悲しみが完全に消え去り、以前の様に暗闇の世界を照らす太陽のような笑みを浮かべていた。

 

「ゲンジ…また貴方に助けられてしまいましたね」

 

「別に…この程度の事だったらいつでも助けてやるよ…」

ゲンジは目を逸らす。見ると頬が赤く染まっており、やはり間近で見るヒノエの笑顔はゲンジにとって今も尚慣れないものだった。

その様子を見ながらゲンジの言葉にヒノエも頬を染め、クスクスと笑みを浮かべると立ち上がる。

 

「本当にありがとうございました。ミノトやヨモギちゃんにも御礼を言わなければいけませんね」

 

「あぁ。ならさっさと行ってこい。日が暮れるぞ」

「えぇ」

そして、ヒノエは笑顔のまま、ゲンジの家を出て行った。

 

その後ろ姿を見送るとゲンジは家の中で再び横になる。

 

「(この後のあれは……まぁ別にいいか)」

 

 



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想い抱くヒノエの恋心

_____いつからだろう。彼に対する想いが恋心に変化したのは。

 

初めて彼を発見した時は、期待と不安を抱いていた。この地域では滅多に見かける事のない希少種の装備とG級武器を纏っている彼は里長を凌ぐ程のツワモノだろうと確信した。

だが、それでも百竜夜行は恐ろしい災害。彼も話を聞けば協力を断ってしまうだろうと心に思っていた。

 

けれど、それは違っていた。私が断られるのを覚悟の上で協力を申し出た時、彼は何の迷いもなく頷いてくれた。

 

里を守る希望が再び芽生えたことが本当に嬉しかった。

ただ、私や里長にヨモギちゃん達などの一部の人以外の里の皆はゲンジを信用できなかった。共に歩いていた私でも彼に向けられる冷たい視線を感じていた。

だから彼もこの視線に耐えきれずに出て行ってしまうのではないか。そう危惧していた。けれども、それも間違っていた。

 

皆から冷たい目線を送られながらも彼は私達を見捨てず次々と依頼をこなしていってくれた。いつも狩りに向かうその姿が本当に頼もしい限りであり、次々と里の皆から信用を得て行った。

 

そして、彼は私を一番信用してくれていた。誰にも打ち明ける事ができなかった過去を私やミケちゃんに涙を浮かべながらも話してくれた。最初は彼の足を見て自身と同じ竜人族だと思っていた。けれどもそれは全く違う。彼は薬によって無理やり寿命を伸ばされ身体が変化した元は何の変わらない人の子だった。

 

全てを打ち明けてくれた後に、彼から姉として見られるようになったが、それが何故か嬉しく思い、私も彼を本当の家族のように思ってしまうようになった。それから私は彼に時折 ちょっかいを掛けてしまうようになる。その反応自体がミノトと似て、本当に弟が出来たかのように嬉しくなってしまった。

 

彼には本当に欠点という物が存在しなかった。だが、あるとするならば、自身の身を顧みず他人の為に身体を犠牲にする事だ。

 

ミノトと私が一緒にいられる様に無茶をしていた時は驚いてしまった。彼が一番お姉さんに会いたいと思っているのにその念を押し殺し、私達を一緒にいさせようとしてくれていたのは感謝しかなかった。

 

この時から、私とミノトのゲンジに対する想いが少しずつ変わっていった。

ミノトだけでなく、里の皆もゲンジによって、ハンターを再び信じようとしていた。ゲンジは私達だけでなく、里そのものを変わらせてくれたのだ。

 

そして

彼は里を変えるだけでなく百竜夜行を無事に撃退し、里を救ってくれた。

 

私達はどれ程彼に助けられたのだろうか。今まで退ける事ができなかった百竜夜行を退けた事はまさに快挙だった。ゲンジは最後まで私達を見捨てずに闘ってくれた。

 

百竜夜行の直後に襲ってきたマガイマガドからミノトを守ろうとした時も彼は疲労しきっているにも関わらず身を呈して私達を逃してくれた。

 

その日を境に、ゲンジを思うたびに私達姉妹の心の中が炎のように熱くなってしまうようになった。彼を思い、彼の側にいると、その熱い心は暖かくなり、自身を落ち着かせてくれる。

 

ミノトと共にゲンジの布団に忍び込んだ時は正しくそうだった。二人でゲンジを挟み込みながら寝ていると、心がほんのりと暖かくなった。

 

そもそも、私はその時は熱く燃える理由が何なのかさっぱりであった。ただの家族愛なのではないかとずっと思っていた。けれども、それは全く違っていた。もしも家族愛ならば、ミノトといる時も熱くなる筈だ。なら、この熱い理由はなんなのだろうか。

 

その理由はようやく理解できた。

 

私が自己嫌悪に陥り、精神を壊してしまいそうになった時、彼は私を安心させるように抱き締めてくれた。それは暖かく少しずつだが私の精神を回復させてくれた。

 

私は分かった。なぜ、ゲンジを見るとあそこまで身体が熱くなるのか。なぜ、彼を想うたびに心が熱くなるのか。

 

理由は簡単だ。私は…ゲンジを……異性として好いていた。

その証拠に私はゲンジを見ると彼と共にいたい。もっと…ずっと一緒にいたいと思うようになる。

 

私はゲンジが好きだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

日が沈み、夜になったカムラの里の風景を見ながらヒノエは書類の整理をしていた。風が吹き後ろにまとめた髪が揺れる。

あの後 心配していた皆へと頭を下げて、もう異常はない事を伝えたのだ。中でもミノトはヒノエが元に戻ったことに歓喜のあまり抱きついたらしい。

皆からはもう一日休んだらどうだと提案されたが、自身だけ休むのは気が引けない。

 

そして、人が寝静まった夜にて、ヒノエが夜の里の風景を見渡していると、集会所からミノトが現れた。

 

「姉様」

「あら、ミノト」

今までミノトはクエストから帰ってきたハンター達の対応をしていたのだ。すると、ミノトはヒノエの手を両手で掴む。

 

「少し来ていただきたい場所がございます」

 

「え?随分と突然ね」

ミノトに連れられ、案内されるがまま後を着いていく。

 

「こちらです」

「ここってゲンジの家じゃ…ん?」

案内されたのはゲンジの家だった。寝ていると思っていたが、何故か家には灯りがつき、騒ぎ声が聞こえてきた。

 

ーーーーーーーー

「ダーハッハッハッ!!飲め飲めぇぇ!!しばらくはゲンジが休暇だぁぁ!!」

 

「ほれジジイ!!はい献杯〜!!!」

 

「阿呆!俺はまだ死んどらんわ!」

ゲンジの冗談まじりの音頭にフゲンは突っ込む。

 

ゲンジの自宅にはフゲンに加えてゴコクやテッカちゃん。更には交易場のロンディーネも来ていた。いや、人だけではない。フゲンのオトモであったコガラシもゲンジのお供であるミケも一緒におり、肩を組みながら歌っていた。

 

「うぅ…ようやく出番が回ってきた…」

「久しぶりに皆とこうして酒が飲めるとは…生きてた甲斐があったなぁ…!!」

手にジョッキを持ちながら酔ったウツシやロンディーネは二人揃って血の涙を流しながらオイオイと泣く。

 

「なぁに泣いてんだよウツシにロンディーネ!ほら!酒おかわり〜!!!」

ウツシに肩を組むのは何と酔っ払ったゲンジだった。酒が弱い上に里でも強い酒を飲んでいるために既にベロンベロンであった。それはいつも冷静である性格が完全に消え去っており、里の者に積極的に絡んでいた。

 

「…こ…これは…」

 

「ゲンジが提案したのです。謹慎と聞いて姉様が気分を落としてしまわれると思い、それを解消させる為に宴会を開こうと」

 

すると、ヒノエに気づいたのか、ウツシと肩を組んでいたゲンジがこちらに走ってくる。

 

「よぅヒノエ姉ちゃん!遅いじゃねぇか!」

 

「姉ちゃん!?」

ゲンジはヒノエの両手を掴むと上下に揺する。そのあまりにもの酔いっぷりにヒノエは驚いてしまう。

すると、フゲンも二人に気付くと手をあげた。

 

「おぉ!ミノトもご苦労!!よし酒追加だぁ!!」

 

 

『ダーハッハッハッ!!!』

 

その円満で団欒とした風景は自身を責めていた心を次々と浄化していった。

 

「姉様。私達も楽しみましょう」

「えぇ!」

 

団欒とした賑やかな風景にヒノエは笑顔になると、ミノトと共にその輪に混ざった。

 

皆が大笑いする中 ヒノエ自身も気付けば皆と同じくその雰囲気に染まり、大笑いしていた。それはまるで数時間前までの悲しみと後悔の念が全て跡形も無く消し去っていくかのように。

 

「よぉし!!俺が出会った希少種の話を聞かせてやる!!耳の穴かっぽじってよぉく聞いとけよぉ!!」

完全に酔っ払ったゲンジの一声に皆は手を叩きながら答える。

 

「おぉ聞かせろ聞かせろ!!」

 

「なんと希少種!?」

 

「希少種モンスターか!興味深いわい!」

 

「是非聞いてみたいわ!」

「私も!!」

 

 

そして、その宴は勢いが収まる事はなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「…ん?」

それからどれくらい経っただろうか。記憶が曖昧なまま、ヒノエは気付けば床に寝ていた。

空はもう明け方となっており、日が顔を出そうとしていた。辺りを見回すとアイルー数匹を枕がわりに抱きながら眠るフゲンに口元が露わとなっているウツシ。更にゴコクに顔を蹴られているロンディーネ。

 

そして、自身の左右にはグッスリと眠るミノトにガルクであるハチを抱きしめながら眠るゲンジの姿があった。

 

ヒノエはガルクを抱きながら眠るゲンジと寝息を立てるミノトの頬を撫でると立ち上がる。

 

「(随分と散らかってしまいましたね)」

見渡せば酒の瓶が転がっており、中には中身が床に溢れてしまっているものもある。

 

「よし…!」

ヒノエは腕を捲ると次々と手慣れた手つきで瓶を纏めていった。

すると

 

「ふわぁ…。なんだ。もう起きてたのか」

欠伸が聞こえると共にミノトの隣で寝ていたゲンジが目を覚ました。

 

「あら、ゲンジも目を覚ましたみたいですね」

その時には既に散らかっていた瓶は全てまとめていた。後は掃除だけだ。そんな中、ヒノエは誰も起きていない事を確認すると、ゲンジに歩み寄り、膝を曲げると、まだ完全に目が開いていないゲンジに向けて御礼を言った。

 

「本当にありがとうございます。私を笑わせるために…皆を集めてくれたんですよね?」

 

「ギク!?」

御礼を言われた上に理由まで問われたゲンジは身体を震わせ咄嗟に目を逸らす。

 

「何のことだ…?俺は知らねぇぞ…」

 

「ミノトから全部聞きましたよ〜」

 

「ぐぅ…」

誤魔化そうとしていたが、ミノトがウッカリと喋ってしまった為にそれはもう叶わず、ゲンジの顔は赤く染まっていた。もう完全に図星である。その反応にヒノエは微笑むと、改めて理解した。

ゲンジのここまで他人を思いやる心に加えて…すぐに顔を赤くする初心で可愛らしい面にも惹かれていた事を。

 

「ゲンジ」

 

「なんだよ…?」

ヒノエはゲンジの両頬を手で挟み込み自身へと向かい合わせる。

 

そして___

 

 

 

______ゆっくりと自身の唇をゲンジの唇へと重ねた。

 

 

 

それと同時に山から陽光が立ち上り、美しい朝の光が二人を照らした。

 

「むぐ!?」

口から伝わる謎の感覚にゲンジの半開きだった目が一瞬で全開し、顔も真っ赤に染め上がる。改めて認識してしまう程 ヒノエは唇を長くゲンジに押し付けていた。

 

そして、ゆっくりと唇が離されるとそこには満面の笑みを浮かべているヒノエの姿があった。

 

「い…いいい…いま…いま!!ななな…なにを____」

 

「しぃ〜…」

驚きのあまり大声をあげそうになったゲンジの口にヒノエは人差し指を添える。

 

すると、完全に立ち上った朝の光が太陽のような笑みを浮かべるヒノエの顔を重ね合わせるように美しく照らした。

 

「大好きですよゲンジ!」

 

 

 



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訪れし現実

朝日が照らす家の中。ヒノエの突然の口付けにゲンジは思考が停止してしまった。今もなお唇には柔らかな感触が残っていた。

 

すると、ヒノエはゲンジを抱き寄せ、彼の耳元で小さく囁いた。

 

「ミノトの事もちゃんと責任取ってくださいね?」

「…は!?」

その言葉にゲンジは理解できず、驚きの声をあげてしまう。

 

「あの子もゲンジの事が大好きなんですから」

そう言いヒノエはすぐさま離れて雑巾を手に持った。

 

「さ。早く片付けてしまいましょう!手伝ってくださいね」

「……」

先程の言葉にゲンジは何も言えず、頷く事も出来なかった。その後、ヒノエと共に部屋に染みた酒類や肉の骨や魚の骨を片付ける。

 

すると

 

「うむ…よく寝たな…」

アイルーを抱き枕にしていたフゲンが欠伸をしながら目を覚ます。それに続いてウツシやロンディーネ。ゴコクやアイルー。更にミノトやアイルー達も目を覚ましていった。

 

「むむ?もう朝か。おぉヒノエにゲンジ。片付けてもらってすまないな」

 

「お気になさらず里長。他の皆さんも起きて来られるのでお早く戻られた方がよろしいかと」

 

「おぉ。そうだな。ではまたなゲンジよ。ほれ、コガラシ。ゆくぞ」

フゲンは立ち上がると、寝ているコガラシを起こして連れて行くとゲンジに手を振りながら出ていった。

 

「ちょっとゴコクさん!寝てる時蹴ったでしょ!?」

 

「お〜すまんすまん…イデデデ!?ちょ!ほっぺはやめて!ほっぺは!」

 

「まぁまぁロンディーネさん!落ち着いて!」

蹴られた事を根に持ったロンディーネはゴコクの頬を引っ張り、ウツシは慌てながら仲裁に入る。

 

「ロンディーネさん。そろそろ交易のお仕事に」

「そうだ!忘れていた。ではなゲンジ。いつでも品を取りにくるといい。というかそろそろ取りに来て」

ヒノエに言われたロンディーネは駆け足で手を振りながら出ていく。

 

「いつつ…最近の若い者は加減を知らないでゲコな…。儂も戻るとしよう。ではなゲンジよ」

 

「また一緒に飲もう!」

二人は手を振りながら集会所へと向かっていった。残ったヒノエとミノトとゲンジは、皆が去ってスペースが空いた場所を掃除していった。

 

「申し訳ありません。寝過ごしてしまい掃除にご協力できずに」

 

「気にしなくていいわミノト。今、とても良い気分なんです♪」

「そうですか。それは何よりです」

ミノトはヒノエのハイテンションな様子を見て頷いた。ミノトにとって、ヒノエが再び笑顔を取り戻したのは本当に喜ばしい事だった。

 

「やりましたねゲンジ」

 

「…あ…あぁ」

ミノトはゲンジの側によると小さく囁くが、何故かゲンジの気力のない返事にミノトは首を傾げていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その日 ゲンジは一日中 ヒノエの事で頭がいっぱいであった。

気を紛らわす為に傷口が開かない程度に何度も何度も腕立て伏せや状態起こしを行う。

 

「158…159…160…」

次々と数を数え、汗を流し、頭の中をスッキリさせようとする。

 

『大好きですよ。ゲンジ』

「/////」

その言葉が突然頭の中で再生されてしまい顔が一気に染め上がる。もう忘れる事が出来なかったのだ。

「ぐぅ…!!!161!162!163!」

 

ゲンジは気を紛らわす為に汗を更に流しながら倍の速度で腕立て伏せを行う。

 

「(考えるな…!何も考えるな…!!!)」

『ミノトもゲンジの事が大好きなんですから』

 

「うぉぉ!!!258!259!!……」

それから、腕立て伏せ300回を終えたゲンジは汗ばんだ顔をリフレッシュさせる為に台所へと向かい、水面に溜まった水を顔に掛ける。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!!」

 

何度も水を顔に掛け、気分を紛らわせる。タオルで顔の水分を拭き取ると

ゲンジは髪を全て後ろに纏め上げた。

 

「…何で嬉しそうな顔なんだよ…」

 

「何がですか?」

 

「!?」

突然と後ろから聞こえたヒノエの声にゲンジは驚き身体を震わせた。

 

「あらあら。そろそろ慣れて欲しいですね」

 

「誰でもビックリするだろ…」

あいもかわらずヒノエは気配を絶つ事に長けている。心が落ち着いている時はすぐさま気づくのだが、今の心理状態では全く気づく事が出来なかった。

 

「何しに来たんだよ…里の受付しなくていいのか?」

「今はお昼休みです。ご飯持ってきましたよ」

そう言いヒノエは持っていた包みを開ける。中には巨大なおにぎりが5つ入っていた。

 

「セイハク君のお店から買ってきました。具材は梅、塩、お肉、お魚、ゆかりです。それとウサ団子」

そう言いヒノエは大好物のウサ団子を取り出す。出来立てなのか、ウサ団子は艶々であった。

 

「さぁ。いただきましょう」

 

「あぁ」

ゲンジは手を合わせると、肉入りのおむすびを口に運ぶ。カムラの里の昼休みに大繁盛するセイハクの店のおにぎりは米も海苔も一級品であり、米はモチモチと、それを包む海苔はパリパリとしていた。中には米の熱でふにゃふにゃとして一体化してしまった海苔もあるが、その食感もまた美味だ。

 

「うまい…」

 

「ふふ。セイハク君のおにぎりはお昼に丁度いいですね」

 

そう言いヒノエは塩むすびを手に取り、口に運んだ。ウサ団子以外を口にする彼女の姿は初めて見る。

 

「あ、お米がついてますよ」

 

「え?」

すると、ヒノエの手が伸びてきて自身の頬に当てられると、頬についていた米粒が指で掬い上げられ、ヒノエは自身の口に運んだ。

 

「…ガキ扱いしやがって…」

 

「あらあら。私から見ればゲンジはまだまだ子供ですよ♪」

 

「年齢的にはだが精神はちゃんとした大人だ!」

今もなお変わらない子供扱いにゲンジは顔を赤くし、やけ食いの如くおにぎりに齧り付き、頬をリスのように膨らませながら頬張る。

その様子にヒノエはクスクスと笑う。

 

その後、おにぎりを食べ終えると、ヒノエはウサ団子を取り出し、ゲンジに差し出した。

 

「はい。あーん」

 

「…おい…」

またもや子供扱いだ。ゲンジは流石に我慢ならないのか、実力行使にでる。

 

「一人で食える!だから…ておい!」

ゲンジは即座にウサ団子に手を伸ばすと、ヒノエはヒョイと取り上げてしまう。

 

「ちゃんとお口を開けられない悪い子にはウサ団子はお預けです」

 

「ぐ…」

明らかにヒノエは自身を赤ん坊か何かと見ている。いつまでこんな幼稚な扱いを受けなければならないんだ。

けれども、もしここで拒否してしまえば、折角の栄養素が受け取れない。

 

「あ…あぁ…」

ゲンジは顔を赤く染めながら口を開けた。すると、ヒノエは取り上げたウサ団子をゲンジの口へと入れ、ゲンジが口を閉じるとゆっくりと引き抜いた。

 

「はい。偉い偉い〜♪」

「ぐぅ…」

団子を咀嚼するゲンジをヒノエは子供をあやすかのように撫でる。その後も、団子は全てヒノエに食べさせられた。

 

全て食べ終え、息をつくと、ヒノエはお茶を差し出した。

 

「…流石にこれは飲ませろよ…?」

 

「それはもちろんです。どうぞ」

 

ヒノエから差し出された茶をゲンジは啜る。こんな熱いお茶をもし先程のような形で飲まされれば確実に火傷するだろう。

ウサ団子の後のこの質素な味を漂わせるお茶は気分を落ち着かせる。

 

「…今日の客足はどうだった…?俺が昨日暴れた所為で少し減らしちまったかもしれん…」

 

ゲンジは昨日の行動を少し後悔していた。大勢が見ている前であれ程の騒動を起こしてしまえば、気まずくなったハンター達が何人か去ってしまう。そう考えていたのだ。

 

すると、ヒノエは首を横に振る。

 

「減ってなどいませんよ。先程、依頼を対応したハンターさん達から称賛の声をいただきました」

 

「っ…称賛されるべきなのか…?まぁ何の影響もなければいいが…」

ゲンジにとって、自身はどうでも良い。里への影響をずっと気にしていた。勢いが増している中で、減少してしまえば、里の人の士気が下がってしまう。

いずれ起こる百竜夜行に対してそれは致命的だ。

 

「ふふ。ゲンジは本当に里が好きなのですね」

 

「当たり前だろ。俺を受け入れてくれたんだからな」

その後 茶を飲み干すと、ヒノエは里の受付の仕事へと戻るために立ち上がる。

 

「では、夜はミノトと来ますので」

それだけ言い残して出ていった。

 

「…」

ヒノエが出ていった後の部屋の中はとても静かであった。外からは人の会話等が聞こえてくる。

座布団に寝転がり、そのまま天井を見上げた。

不思議な感覚だった。ヒノエといる時間がまるで至福の時であるかのようにとても有意義に感じてしまった。

 

「…」

すると、何故かウトウトとして、眠気が出てしまった。

 

「少し寝るか……」

目をゆっくりと閉じ、ゲンジは眠りについた。

 

別に自身はヒノエに…ミノトに好意を抱いている訳ではない。ただ…二人といると嫌な感じがしない。決して好意という訳ではない。

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

どれくらい寝ただろうか。そろそろ夕方になる頃だろう。あまりの長時間睡眠は夜に寝られなくなる。

 

「__ジ」

 

「___ゲンジ」

 

「…ん?」

暗闇から突然聞こえた自身を呼ぶ声。それはヒノエでもミノトの声でも無かった。

 

アイルーか?いや、里の奴か?

 

ガタンガタン 

 

次第に聞こえてくる物音に加えて何故か身体がゆらりゆらりと揺れる。

 

目をゆっくりと開けると、目の前に映ってきたのは緑色のインナーだった。

 

「やぁゲンジ。良い朝だね」

「え…?」

頬に伝わる柔らかい感触に加えて自身を抱き枕であるかのように抱き締める白い腕。更に聴き慣れた声にゲンジは思考が停止し、ゆっくりと見上げた。

 

「…!!」

その顔を見て驚きのあまり固まってしまった。

 

「エスラ…姉さん…?」

 

すると

 

「やっと起きたね」

また違う方向から声が聞こえてきた。それは背後からだ。首を後ろに向けるとまたもやゲンジは固まってしまった。

 

「シャーラ姉さん…!?」

ゲンジは即座に起き上がり、周囲を見渡す。自身を間に挟み、横になっていたのは里に来る前にはぐれてしまった二人の姉『エスラ』と『シャーラ』であった。

 

そして、目の前に映る風景は里に来る前の船の中だった。

 

「どうなってるんだ…!?」

 

 



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深い深い夢という名の現実から

「…!」

本物のエスラとシャーラだった。目の色も髪も身体も正真正銘の彼女達だった。

 

「どうしたんだい?私達の身体なんか見つめて……はっは〜まさかお姉ちゃんの身体に欲情しちゃったのかい?」

 

「な訳あるか」

 

「ゲンジがしたいというなら仕方ないな〜♪さぁ!お姉ちゃんが好きなだけ抱いてあげ…ふぎ!?」

「姉さんやめて」

エスラの頭にシャーラの拳骨が降ろされる。エスラのこのブラコン全開の様子にシャーラの冷静さ。間違いなく彼女達だった。

 

だが、今はそれどころではなかった。頭に雷が落ちたかのようにショックを受けていた。

 

「(どうなってんだ…まさか…今までのは全部夢だったのか!?)」

ゲンジはヒノエとミノト。そして、里の皆の姿を思い浮かべる。もし、これが現実というならば、自身を救ってくれた双子の姉妹も穢れた自身の姿を受け入れてくれた『カムラの里』も幻想という事になる。

 

「(ま…待てよ…。もしかしたら存在するかもしれねぇ。聞いてみればわかる…!!)」

ゲンジは即座に地理学に精通しているエスラに尋ねる。もし、存在するならばすぐに現地へと赴けば良いだけだ。

 

「エスラ姉さん!」

 

「ん?」

 

「カムラの里って知ってるか?」

 

「カムラの里…?うぅん……

 

エスラは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「_______聞いた事ないな」

 

「…え」

 

返ってきた答えに身体が硬直してしまう。いや、知らない訳ない。そんな筈がない。

 

「い…いや…知ってるだろ!?あの…ウサ団子が名物の!」

 

「ウサ団子?なにを言っているんだい?お姉ちゃんが地理について精通していることはゲンジがよく知っているだろ」

 

「…!!」

その言葉に何も返すことができなかった。身体中から力が抜けていく。

 

「そうか…」

 

「それよりゲンジ!シャーラ!今度のリオレイア希少種は過去一のビックサイズらしいぞ!」

 

「本当…!?」

シャーラはエスラの話に目を輝かせていた。いつもの日常の風景だ。本来、ゲンジはこれを望んでいた。だが、何故か気分は昂ることは無かった。

 

「(嘘…だろ…?本当に全部夢だったのか…!?)」

夢だとしても頭の中には鮮明に残っていた。百竜夜行の撃退に加えて、ヒノエやミノトの顔、そして自身を受け入れてくれたカムラの民。あれは全て自身が思い描いた幻想だった。

 

「……」

「どうした?ゲンジ。元気がないぞ?」

 

「…いや…なんでもない…」

 

「それに、早く見つかるといいな。ゲンジを快く受け入れてくれる村を。もし見つかればそこが私達の第二の故郷だ」

 

その故郷こそがカムラの里なんだ。醜い己を受け入れてくれた最高の居場所なんだ。

 

「さぁ!着いたぞ!」

船が着くと、エスラ達は荷物を整え始める。自身も荷物を整理するが、全くその気にはなれなかった。カムラの里が存在しないという事が自身の気力を掻き消してしまったのだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

外へ着くとエスラは誰よりも早く先へと進んだ。

 

「こっちだ。この山を進めば近くに村がある!そこに依頼が出されている筈だ!」

 

そう言いエスラはウキウキとしながら我先へと進んでいく。

 

「どうしたのゲン?さっきから元気ないよ」

 

「…あ…いや…別に…」

シャーラからも心配の声を貰うが、ゲンジは異常がないように見せるために返した。

衝撃が大きすぎて立ち直る事ができなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ほほぅ。遠土遥々よくぞ来てくれましたな。儂がこの村で村長を務めておる。ふむふむ。やはり流石は金銀姉弟…間近で見るとオーラが違うのぅ」

 

村へと到着すると、背が低い竜人族の村長らしき人物が歓迎してくれる。だが、歓迎など、目にも耳にも入らなかった。

 

「んん?そちらの方は少し気分がお悪いようですな」

「え?ゲンジ、大丈夫かい?」

 

エスラに安否を確認されるも、ゲンジは答える気にもなれない。ずっと、ただ青い空を見上げていた。

 

「申し訳ない。少々人見知りなもので。では、早速クエストを受けさせていただこう」

「はい。村の受付に依頼を出してあります故によろしくお願いします」

その後、村長直々に依頼を任され、リオレイア希少種が住むと言われている竜の巣がある山へと向かった。

 

「さぁ2人とも!竜の巣はもう目の前も同然だ!張り切って行こうじゃないか!」

 

エスラが張り切る中、シャーラは今朝からずっと様子がおかしいと見ていたのか、ゲンジの肩を何度も揺する。

 

「ねぇ…ゲン…大丈夫?」

だが、ゲンジは反応する気にもなれず、ずっと俯いていた。

 

すると突然、シャーラの手が自身の両肩を掴み、顔と顔を向かい合わせた。

 

 

「ゲン!さっきから様子がおかしいよ!?どうしたの!?」

 

「……」

問い詰められると、ゲンジは更に目を細くし、顔を暗くさせた。

 

「そんなに夢に出た場所がない事が悲しいの!?」

 

シャーラの言葉にゲンジは頷く。求めていた場所が存在しないただの夢だったら悲しい以外にある訳ない。

 

 

「そうだ…そこは俺がずっと探し求めていた居場所なんだ…!!!」

恋しい。里が恋しい。早く里へ帰りたい。そして、ヒノエとミノトに会いたい。あの2人にはまだ返さなければならない恩が山程ある。

 

いや…なぜ、里よりもあの2人の顔が浮かんでくるんだ?なぜ、あの2人の顔、声が頭から離れないんだ?

 

『大好きですよゲンジ』

 

『貴方が罪を被ってしまったら…私は…!!』

2人の声が次々と聞こえてくる。2人のその優しい声や悲しい声が頭から離れず、聞こえるたびに胸が鎖で締め付けられるかのように苦しくなる。

 

いつのまにか頬を拭えば涙が溢れ出ていた。それは拭えば拭う程流れ出る量は増え、溢れ出てきた。

 

______帰りたい。あの2人の元へ。

 

いつのまにかゲンジはヒノエとミノトの顔を鮮明に思い浮かべていた。

 

カムラの里が存在しない?ならば、こんな世界…自身にとってはどうでもよかった。いや、どうでもよいというより、元々、こんな世界自体が存在しない。

 

そう。これは夢だ。

 

 

ゲンジは頭を近くの岩へと突きつけた。

 

「ゲン!?なにやってるの!」

咄嗟にシャーラが止めようとするも、ゲンジは何度も岩へと頭を打ちつけた。打ちつけるたびに壮絶な痛みが頭蓋骨に響き渡り、岩の所々に突き出た先端部分が額の皮膚を擦り、次々と血が流れ出る。

 

 

「(何で痛いんだよ…!痛覚があんのか!?ふざけんなッ!!!)」

 

ゲンジは、血に濡れた顔を再び岩へと叩きつけた。

 

「覚めろ…!!夢なら覚めろ!!今すぐ覚めろ!!こんな世界望んでない!姉さん達ならユクモ村にいる!もう少しで会えるんだ!!少し我慢すればいいだけの話だ…!!カムラの里が…ヒノエ姉さんとミノト姉さんがいない世界には生きてる意味がねぇ!!!」

 

だが、何度も岩へと顔を叩きつけたとしても目が覚める事は無かった。

 

「……なぜ覚めない…」

顔を流れ出た血が覆い滴り落ちながら地面を染める。

 

そんな中、ある考えが頭を過ぎった。背中に背負うは双剣。そして、顕となっている頭と胴体の装備の間に見える首。

 

「そうか…首を切れば……目が覚めるかもな…」

ゲンジはまるで自然な動きで双剣を取り出すと、その刃を自身の喉へと向けた。もし、これが現実ならば自身の人生はそれまでだ。

 

「お…おいゲンジ!!何をしている!?」

 

「やめて!!」

 

姉達の声が聞こえて来る。だが、もう限界だった。現実も夢も区別がつかない上にヒノエとミノトが存在しないこの世界でゲンジは死を選んだ。

 

「何故だろうな…嫌な気持ちがしねぇ…」

 

本来、自身の首元に刃を突き刺す事は相当な精神が必要とされている。死への恐怖。それが身体を蝕み震え上がる筈なのに、何故か震えていない上に恐怖さえも感じなかった。

ゲンジの首に重ね合わされたアルコバレノが突き刺さされた。

 

「がぁ…!!」

その瞬間 壮絶な痛みが自身を襲う。突き刺された双剣は深く内部に刺し込まれ、肉を貫き、神経を刺激して大量の血液を噴出させた。

 

「ゲンジ!おい!何をやってるんだ!?」

 

エスラが駆け寄る姿を目に映らせながら、ゆっくりと地面に倒れた。

 

「ゲンジ…!一体なぜ…!!」

 

「嫌だよ…何でここで死んじゃうの…!?」

 

目の前に映るのは涙を流しながら自身の身体を揺するエスラとシャーラだった。

 

「(そんな顔で見るなよ…悪いが俺にとっては辛いんだ。あの2人がいない世界で生きていくのが…)」

 

2人の泣き叫ぶ姿が次々とぼやけ始める。そして、ゆっくりとその視界が閉じられ、自身の意識は深く暗い海の中へと堕ちていった。

 

___そうか…俺は首を斬ってまで世界を否定する程……2人の事が………

 

 

 



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夢から現実へ

「…ん」

ゆっくりと目を開けると、再び景色が変わっていた。それはいつも見る里にある自身の部屋の天井だ。囲炉裏の火によって、焦げた匂いが鼻を刺激する。

 

「あらあら。随分と早いお目覚めですね」

 

横に目を向けると、相変わらず笑顔を浮かべるヒノエと無表情のミノトが正座していた。

これも現実なのだろうか。

身体が勝手に起き上がり、並んで座る2人に向けて歩いていった。

 

「どうしました?」

 

「お食事なら今からお作りしようと……え!?」

その瞬間 2人の前に歩いたゲンジが膝を降ろし、両手で2人の頭を抱き寄せ、自身の両頬に寄せた。

 

「まぁ…!あらあら…」

 

「と…突然抱き締められると流石に恥ずかしいのですが…!」

ヒノエは突然のゲンジの抱擁に驚きながらも笑みを浮かべながらも受け止めた。その一方でミノトは初めてゲンジの方から抱擁を受けた為に顔を真っ赤に染め上がらせていた。

そんな中、ゲンジはずっと暗闇の中で探し求めていたものをようやく見つけた事で、安心するように呟いた。

 

 

「よかった……2人ともいる…」

「え?」

その声は悲しみと孤独が混じっているかのようだった。その声にヒノエは初めて目を合わせた日を思い出した。

 

姉を渇望するように手を伸ばしながら汗を流し苦しむ顔。今もその時と同じだ。即ち、あの時と同じように良からぬ夢でも見てしまったのだろう。

 

それはミノトも同じだ。今も尚手を離さず、その手が震えている事を感じ取り、その身に何か起きた事を察知した。

 

「ゲンジ…何があったのですか?詳しく…あれ?」

 

ミノトはゲンジに問おうとする。だが、ゲンジが離れなかったのだ。手を退かそうとするも、手の力が強く、動かす事ができなかった。

 

ただ、2人にとってそれは嬉しいものだった。

「姉様…どうしましょう?」

 

「ふふ。このままでいましょう♪」

 

◇◇◇◇◇◇

あれから10分経過した。ゲンジは未だに自身らを抱き締めていた。

 

「姉様…本当にどうしましょう?」

 

流石に話を聞く為に一度は離れた方が良いと思ったミノト。だが、その腕は力強く、動かせなかった。悩んだミノトはヒノエに尋ねる。

 

「う〜ん。このままでいたいものですけど、仕方ありませんね」

ヒノエは笑みを浮かべながら即座に応えると、ゲンジの頬に顔を向け、耳元に口を近づけた。

 

そして、そっと息を吹きかける。

 

「フゥ…」

 

「!?」

その息はゲンジの耳の中を通過していき、鼓膜をくすぐる。それによって、今まで無意識であったゲンジの身体が意識を取り戻した。

 

「…え?わぁぁぁあ!?」

ゲンジの身体が震え出し、自身らを抱き締めていた手が即座に解かれた。

それと同時にゲンジは自身らを抱き締めていた事を認識したのか、顔を真っ赤に染め上がらせながら後ろへと下がっていった。

 

「落ち着きましたか?」

 

「…!!」

目の前には先程までずっと動かなかったゲンジが顔を真っ赤に染め上がらせていた。まるで今まで抱き締めていた事を認識していなかったかのように。ゲンジは即座に2人に謝る。

 

「す…すまん…。気がつかなかった…」

 

「いえいえ気にしないでください。それよりも…」

「先程の言葉は一体…」

ヒノエとミノトは先程の言葉について尋ねる。明らかに何かあったのだろう。そうなれば、呼び掛けてもその声を受信できない程の状態にはならない。

 

「何か怖い夢でも見たのですか?」

「あぁ…。怖くはないが…酷い夢だった…」

ヒノエの問いにゲンジは頷いた。そして、ゲンジは2人に夢で見た事を全て話した。

 

その夢の話はヒノエとミノトを驚かせる。何とも異質なものだった。自身らどころか里自体が存在しない世界の夢。それはゲンジにとって苦痛でしかない夢だっただろう。

 

「現実とも幻想とも取れねぇぐらい嫌な夢だった…。けど、さっきのでこれが現実だって確信したよ」

そう言いゲンジは若干ながらも笑みを浮かべた。だが、話された程の具体的でかつリアルな夢を見てしまえば誰しもが一時的には現実に対して半信半疑になってしまうだろう。夢と現実の区別がつかなくなるのは珍しくない。

 

すると、ヒノエは顎に手を当てる。

 

「もしかしたらこれも現実ではないかもしれませんよ。私が確かめてあげましょうか?」

 

「まぁ…そうだな。スッキリしたいから頼む」

その提案にゲンジは頷いた。

 

すると、ヒノエは離れたゲンジの元へと向かい、前にゆっくりと腰を下ろした。

 

「ビンタでもするのか?まぁ…その方が適切かもな。自分でやったんじゃ意味がない」

確かに頬を思い切り叩けば分かるかもしれない。自身でやったとしても、それは意味がないだろう。そう思いながらゲンジは目を瞑る。

 

「…」

だが、いつまで経っても叩かれる様子はなかった。不審に思いながらも目を開けようとした時。

 

「むぐ!?」

突然 口に何か柔らかいものが押しつけられた。それはとても、柔らかく………今朝を思い出させるものだった。

 

咄嗟にゲンジは目を開ける。すると目の前にはヒノエの顔があった。

 

「!?」

今朝と同様に唇を重ねたのだ。しかも、自身が再び離れられないように身体に手を回す形で固定されていた。

 

 

すると、その唇がゆっくりと離れた。

 

「……どうですか?感じましたか?」 

 

「…///」

何食わぬ顔で訪ねてくるヒノエ。そしてその後ろではミノトが驚きのあまり硬直していた。その一方でゲンジは驚きのあまり口が固まってしまう。

 

「ねねね…姉様ぁぁ!!!」

すると、その空気を打ち破るように硬直していたミノトがヒノエの肩を掴む。

 

「いいい…今!キキ…キスを!?」

 

「しましたよ。2回目です♪」

 

「2回目ぇぇぇ!?」

一度目は今朝にされている。それを知らないミノトは驚きのあまり口をガァと開けてしまった。

 

「ミノトが教えてくれたじゃないですか。生涯添い遂げる方にだけする特別なキスがあると」

 

「確かに教えましたが……まさか姉様!」

 

「えぇ。私もゲンジが好きですよ」

そう言いヒノエはゲンジを抱き寄せた。キスされたゲンジの顔はミノトと同じように赤く染まっていた。

さらに、その一言はすぐさまミノトを赤面させる。そんな中でミノトはヒノエの放った言葉の中に不審な一文字の単語に耳を震わせた。

 

「…『も』!?いま…私も…と言いませんでしたか!?2人目もいるというのですか!?一体誰なんですか!」

即ち、ゲンジに好意を抱いている人物は2人いるという事になる。それに対してミノトは問い詰めた。

すると、その反応を不思議そうにヒノエは見つめると答えた。

 

「あらあら。ミノトですよ。貴方もゲンジの事が大好きじゃないですか」

 

「…!!」

虚を突かれたミノトは再び驚いてしまい硬直する。確かにそうだ。ミノトもゲンジへと恋心を抱いている。それもヒノエよりも前に。だが、ミノトはそれを思い止まっていた。生真面目な性格ゆえに2人で1人の男性に添い遂げるとは如何な物かと。

 

「で…ですが…2人の女性が1人の男性に…というのは倫理的に…」

 

「好きならばそれでいいと思いますよ。私も構いませんし、ゲンジなら私達2人をまとめて愛してくれますよ。それに…仮にミノトが譲れないと言っても…私も引き下がれませんよ。あんな事をされてしまっては……ね?」

そう言いヒノエは今もなお抱き締めているゲンジに声を掛ける。

 

「ちょ!?何勝手に決めてんだよ!?それにさっきこれが現実か夢かどうか確かめるって話だ……むが!?」

 

「そうですか……なら…」

咄嗟に抗議の声を上げ、先程の話に戻そうとするが、その口をヒノエは塞いでしまう。

すると、ヒノエの話を聞いたミノトはゆっくりと顔を上げると、ヒノエが今もなお抱き締めながら口を塞いでいるゲンジの顔を手で挟んだ。先程まで戸惑っていた表情の面影はアッサリと消え失せていた。

 

「私も姉様と同じく愛の接吻をしなければなりませんね」

 

「__む!?」

その瞬間 今度はミノトの唇がゲンジの唇へと押しつけられた。ヒノエと同じ柔らかい唇の感触が伝わり、次々と理性を溶かしていく。

 

完全に話の趣旨が変わってしまっている。本来は夢が現実かの区別を確かめるというのに、ヒノエの仕業により、一気に2人の愛の押しつけへと大発展してしまった。

 

ミノトは唇を離すと、顔を真っ赤に染め上がらせ、口を震わせていたゲンジを見つめた。

 

「私も姉様と同じく貴方を愛しております。私達姉妹をこうさせた責任…取っていただきますからね…?」

 

その後 ゲンジは自身の気持ちも伝えられないまま、再びミノトに無理矢理キスをされ、その後は夕食も2人から交互に食べさせられ、2人に挟まれながら眠れぬ夜を過ごした。夢ではない事を強制的に与えられる生々しい感触によって自覚させられたのだった。

 

 

 



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広まる噂

ヒノエとミノトの愛の接吻を受けた日から早くも数日が経ってしまった。あの日以来、ゲンジはヒノエとミノトと共に(強引に)寝食を共にするようになり、毎晩毎晩とヒノエとミノトに擦り寄られた。

それは偶然見かけたフカシギによって噂となり、瞬く間に里に広まっていった。里の皆の反応はフゲンを含めて___

 

『ようやく2人に男ができたか!』

 

というヒノエとミノトを祝う声が続出した。2人を幼い頃から知るフゲンによると、これまで2人は男付き合いが全く無かったらしい。何度も告白は受けたらしいが、2人は頷く事は無かったらしい。

このままずっと独身でいてしまうのかと心配していた故に安心したらしい。

 

1人の男に2人の女性が寄り添うのはどうなのだろうかという問いも、里の皆はフゲンを含め___

 

『まぁあんな事があったら当然そうなるだろうし、2人がいいならそれで良くね?』

__という何とも面白味のない反応であった。

 

因みに、未だにゲンジの謹慎は解かれることはなく、あと3日はこのままらしい。

その合間に心配していたのか、ヒノエやミノトに加えてイオリやヨモギも何度か来てくれたようだ。その他にもコミツやセイハクといった里の面々も。

だが、来る人来る人 全員話題が恋バナであり、ゲンジは返答に困る日々が続いていた。

 

ゲンジは里の現状が分からないために毎日来るヒノエやミノトに里の事情を聞いていた。

 

数日前、ヒノエに罵詈雑言を浴びせた結果、ゲンジによって完膚なきまでに叩き潰されたハンター『マルバ』『デン』『レビ』の3人は目が覚め、取り調べを受けた後に逃げるように里から出て行ったらしい。その逃げる様子はミノトからすれば正に無様と言える他ないらしく、とても上位ハンターには見えなかった様だ。

そして、目覚めた直後の取り調べにて発覚した事があり、それはなんとあの3人は上位ハンターではなく、ただの下位ハンターである事がギルドカードによって明かされた。

ならば、なぜ彼らが上位装備を纏っているのか。それは、3人のうち、マルバの父親が上位ハンターであるらしく、父親の目を盗み、3人で防具を着用して優越感に浸っていたらしい。

 

「道理で泥一つ付着してねぇ綺麗な装備なわけだ。しかもあの時、何だか体格に似合わずにぶかぶかに見えてたから怪しいと思っていたがやっぱりそれか。ムカつくを通り越してもはや呆れるよ」

 

「全くです!大体あの強さで姉様を侮辱するなんて烏滸がましいにも程があります…!」

ミノト自信作である朝食を食べていると、それを思い出したのか、ミノトは頬を膨らまし愚痴を漏らす。

 

 

その後、食事を終えると、食器を水桶の中へと入れ、食器にこびり付いてしまったご飯粒の欠片をふやけさせる。

 

食器を取り出して片付けると、ヒノエはミノトと共に受付の仕事へと向かうために、草履を履いた。

 

「では、またお昼に来ますよ」

 

「私も。余裕があればご一緒します」

「あぁ…」

ゲンジに見送られながら2人は手を振り、玄関を抜けていった。

 

 

___が、突然2人はその脚を止めた。

 

「「忘れてました」」

 

何かを思い出した2人は同時に息を合わせて振り向くと、見送るゲンジに向かう。

 

すると

 

「ふぎ!?」

2人はゲンジに近づき小さな身体を抱き締めた。ゲンジよりも若干ながら肩幅が広い2人はアッサリと小さなゲンジの身体を包み込んだ。

 

「今日の分のエネルギーをいただかなければいけませんね〜♪」

 

「んぐ…」

そう言い2人はゲンジの頬へと両サイドから自身の頬を擦り寄せてくる。

接吻を受けた日から2人は受付の仕事に行く前にこのようにして擦り寄ってくるようになった。彼女達曰く物凄くやる気が出るらしい。

 

「ふふ♪」

「…」

ヒノエは満面の笑みを。ミノトは無表情ながらも頬を染めながらゲンジの頬へ擦り寄った。

その後、数分間に渡り、頬を擦り寄せた2人はいきいきとしながら受付の仕事へと向かって行った。

 

「(早く謹慎 解けてくれねぇかな…)」

 

そう思いながらゲンジは2人を見送った後に囲炉裏から少し離れたスペースに立つと誰もいなくなった家の中を見つめる。

 

手を何度も握る。血の流れも止まっている。痛みも疲労も感じられない。

 

「よし…」

 

ゲンジは頬を叩くと、トレーニングを再び行う事に決める。

 

まずは柔軟トレーニングからだ。双剣という身体全体を扱う武器をフルに活用するには複雑な動きに対応するための柔軟が不可欠である。

 

「すぅ…」

床に座り、息をゆっくりと吐きながら、脚を開く。すると、その脚がなんとほぼ180度で開脚したのだ。

更に、その体制からゆっくりと状態を前に下すと、まさかの胸板全てが床へとついた。

 

さらに、足を左右に広げると、ゆっくりと背中を後ろへと倒していく。

 

 

そして、立ち上がるとゲンジは今度は両手を地面につきたて、そのまま下半身を持ち上げる様に上にあげた。

 

逆立ちだ。これも訓練生がよくやる筋トレだが、ゲンジの筋トレは違った。

 

「ふっ…!」

片手を離すともう片方の手だけで全身を支えていた。全体重を片手の小さな重心だけで支えており、あろうことか、その手を何度も曲げながら上下運動をしていた。

 

本来、肉体労働であるハンターでもここまで行う者はいない。

多くのハンターは男女ともに体格の良い者が殆どであり、その体型と運動神経を維持するままでよいのだが、体格に恵まれなかったゲンジはそれをカバーするために己の身体を一般のハンター以上に鍛え上げてきた。

それでも、体格は育つ素振りを見せなかった。だが、鍛え上げられた筋肉は細身の身体に敷き詰められていたのだ。

 

「…!」

ゲンジは片手だけで状態を起こすと、今度は脚を振り回す。すると、空気が切られる音が響く。

 

ヒュン ヒュン ヒュン

次々と聞こえる空気を切る音。

武器だけでなく、己の身体を鍛え上げた結果。手に持つ武器だけでなく、身体も武器と化していき、細身ながらも放たれる蹴りは鞭となり、何十キロもある小型モンスターを吹き飛ばし絶命させる程の威力となった。

 

「ふぅ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「〜♪」

可愛らしく鼻歌を歌いながらヒノエはクエストの受付をしていた。次々とくるハンター達に手慣れた手つきで依頼を紹介していく。列ができるほどではないが、それでも絶え間なくハンター達が依頼を受けに来た。

 

そんな中、ヒノエの目の前に2人の女性ハンターが現れた。

 

「受付嬢殿。聞きたいことがあるのだが、よろしいかな?」

少し低めの声。だが、他者を威圧するというより、活気立てる明るい雰囲気を感じさせる。

 

「はい。少々お待ちを」

ヒノエは筆の手を止めて、声がする方を見上げる。

 

「お待たせしまし……まぁ…!」

思わず驚いてしまう。

そこに立っていたのは金色に輝く装備を纏ったハンターだった。装備の形はリオレイアを彷彿させるが、原種はやや濃い緑に対して、この装備は金色に輝いていた。まるで夜空に輝く黄金の月のように。

 

「お…おい!あれって『金銀姉弟』じゃねぇか!?」

 

「マジかよ…!?初めて見た!」

辺りからそのハンターの名声を証明するかの如く、次々と声が立てられる。

 

「(『金銀姉弟』…?どこかで聞いたような……)」

その聞き覚えがあるかのような単語にヒノエは首を傾げるも、今は仕事中故に意識を戻す。

 

「希少種の依頼はあるだろうか」

「ありません」

突然に希少種依頼。確かにこの地域では特殊個体がよく出現するが、前にゲンジが討伐したヌシ以来、特殊個体のモンスターの出現報告はない。

 

 

すると金色の彼女の背の後ろからヒョコッと青色の髪をした小柄な女性ハンターが顔を出した。

 

「姉さん目的見失ってる」

そう言い金色の彼女を押しのけると、自身の前に立つ。

 

「まぁ…ゲンジにそっくり…」

不意にそう零してしまう。目の前にいる彼女の装備は先程の女性に対して、銀色に輝いていた。フォルムはレウス装備が基盤となっているが、レウス装備よりも放たれる威圧感が凄まじい。

その姿は自身が好意を寄せている人物であるゲンジを彷彿させる。髪の色も目の色もだ。ゲンジよりは髪は短くとも、同じ色の髪に同じ色の目。さらに、顔の作りも目以外は似通っていた。

 

そんな中、ふと自身が漏らした言葉を聞いたその女性の動きが止まった。

 

「え…?今…ゲンジって言った…?」

「はい」

首を縦に頷くと。その女性は突然と目の色を変え、自身に迫ってきた。

 

「ここにゲンがいるって聞いて来た!!今どこにいるか知ってる!?」

普通の人ならばこの剣幕で驚きのあまり何も喋る事ができなくなるだろう。けれども、ヒノエは長年の経験故に銀色の彼女の問いに普通に頷く。

 

「はい。もしかしてお二人はお知り合いなのですか?」

ヒノエは2人が何者なのか尋ねた。すると、青い髪の女性は頷き答えた。

 

「知り合いもなにも…私達は…ゲンの家族。ゲンは___

 

________私達の大切な弟…!!!」

 

 

 



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家族との再会

「はぁ…暇だ…」

謹慎中のゲンジは家の中で寝転がっていた。過酷な筋トレもアッサリと5セットを終えていた。汗が大量に流れ、それによってベタついた肌を洗い流す為に自宅にある風呂に浸かり、その後サッパリすると雑巾で筋トレした箇所の床を拭き、その後はずっと天井を見上げていた。

 

最初は謹慎というのは家にいるだけなので楽だろうと思ってはいたが、実際に体験してみれば案外辛いものである。

 

「はぁ…」

またため息をついてしまう。

無限の退屈だった。皆は忙しい。だから昼間に会いに来る者はヒノエとミノト以外は誰一人としていない。

すると

 

ガタン

玄関から何やら物音が聞こえた。

 

「…ん?なんだ?」

横にしていた状態を起き上がらせ、玄関へと目を向けた。すると、昼休みになったのか、ヒノエが入ってくる。

 

「なんだよヒノエ姉さん。もう昼なの……か…?」

その瞬間 ゲンジの思考が停止してしまう。

 

「……え?」

入ってきたのはヒノエだけではない。彼女に連れられて2つの人影が入ってきた。1人は女性ながらも高身長で長く伸びた髪を後ろにまとめており、ゴールドルナ装備を纏っている。

2人目は自身と同じ背丈で青い髪を切り揃えたボブカット。そして身に纏うのは自身と同じシルバーソル装備だった。

 

間違いない。幾度も会いたいと願っていた自身のたった2人の肉親。

 

『エスラ』と『シャーラ』だった。

 

「ね…姉さ__」

「ゲンジィィ〜!!!!!!!」

 

「へ!?」

突如として涙を流しながらエスラが自身に目掛けて飛び込んできた。

 

「わぁ!?」

すると、エスラが身体に抱きつき、次々と涙と鼻水が流れ出る顔に押しつけてきた。

 

「うわぁぁ!!よがっだぁぁ!生ぎでだぁぁ!!」

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!やめろ!!鼻水!鼻水が口に入ってき…ヴォエアェェェエ!!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからエスラを落ち着かせたゲンジは玄関付近にある段差に腰を掛けていた。

 

「驚きました。まさか貴方達がゲンジが話していたご家族の方だったんですね」

 

「あぁ。私はエスラ。こっちはシャーラだ。よろしくねヒノエくん…いや、歳上だからヒノエさんと呼ぶべきかな」

 

「いえいえ。気軽にヒノエとお呼びください」

エスラの自己紹介にヒノエは生き生きと答える。彼(ゲンジ)とは対照的にエスラは自身と同じくお喋りな性格であり、ゲンジが自身を彼女と重ねていた理由が何となくだが理解できた。

 

その一方で、横にいるシャーラと呼ばれた彼女も見るとミノトに似ていた。沈黙した雰囲気を漂わせており、ミノトと同じく無口であった。

現在彼女は隣に座るゲンジに団子を食べさせていた。

 

「はい。あーん」

「あ…あむ…」

無表情に差し出された団子をゲンジは嫌がる素振りを見せながらも従い、口を開ける。

その光景は正に可憐の一言に尽きる。エスラが鼻血を出そうとしているのは言うまでもないだろう。

 

「そういえばゲンジ。装備はどうしたんだ?」

 

「え?いや、武器を預かられてるから、今は着る必要ねぇと思って」

 

「そうか。いや…ちょっとまて…」

エスラは思考を整理する。自宅とはどういう意味なのか。それになぜ先程、ヒノエを姉さんと呼んでいたのか。

 

「全部話してもらおうか…?」

エスラの首がブリキのように小刻みに振り向くと同時に肩に手がおかれると、抉り込むかのように突き立てられた。

 

「分かったから…団子食った後にやめて…」

 

その後、ゲンジは全てを洗いざらい告白した。救ってくれたヒノエの為に百竜夜行の根絶を約束して、その合間の住まいとして水車小屋を借りている事や、ヒノエがあまりにもエスラと雰囲気が似ていた為に姉と思うようになってしまった事。そして、その妹であるミノトもシャーラに似ており、上に同じく姉として見ている事を。

 

「成る程…確かにヒノエ殿は私に似ているな…そうなると双子のミノト殿もそうなのか?」

そう言いエスラは自慢の観察眼を開眼させ、ヒノエの………胸を見ていた。

 

「…ふむ…私より若干ながら小さいな。着物に押さえ込まれているから形から推測するとシャーラと同じくらいだろうか?」

 

「堂々と観察してんじゃねぇよ。雰囲気が似てるって言ってんだろ変態姉貴」

「姉さん最低」

ジロジロと舐め回すように見るエスラをゲンジとシャーラは睨む。

一方で、ヒノエは嫌がるどころか、手を口に当てながら笑っていた。

 

「おっと失敬失敬」

すぐさまエスラは目を離すとヒノエに向けて頭を下げた。

 

「ゲンジが世話になったようだね。本当に感謝する。礼を言わせてくれ」

「ありがとう。私達の家族を助けてくれて」

 

それに続いてシャーラも頭を下げる。彼女達にとって、ヒノエは家族を助けてくれた命の恩人である。

それに対してヒノエは手を横に振る。

 

「いえいえ。むしろ私達が助けられたくらいです。ゲンジがいなかったら…この里はお終いでした」

そう言いヒノエはあの日、ゲンジが百竜夜行を退けると共に自身らを逃し単身でマガイマガドを討伐した日を思い出した。彼がもし、ここにいなければ、里は終わっていただろう。

50年前は里に被害を出してしまったが、今回はゲンジがいたお陰で里は何の被害も及ぶ事なく、それに加えて撃退する事で精一杯だったマガイマガドを討伐できたのでヒノエ達の方も感謝しかなかった。

 

「本当に彼は私達の英雄です。百竜夜行で見たあの強さは正に無双の狩人でした」

 

「ほぅ。詳しく聞かせて欲しいものだな」

 

「勿論です!私もあなた方と是非一度話してみたいと思っておりました!」

エスラと話が合ったヒノエはその後の予定を約束すると、受付の仕事へと戻るために立ち上がる。

 

すると、ヒノエの目がエスラから離されたゲンジへと向けられた。

 

「さてゲンジ」

「え…?」

向けられたその目にゲンジの背筋が凍りついた。それもその筈。ヒノエの目は朝の食事の後と同じ目をしていたからだ。

 

そして、ゲンジの嫌な予感が的中した。

 

「この後の分をいただきます!」

「うわ!?」

ヒノエの手がゲンジの背中に回され、翔蟲の如く抱き寄せられた。

 

「「なぁ!?」」

突然の出来事にエスラとシャーラも驚きの声をあげる。

ゲンジを抱き寄せたヒノエは満面の笑みを浮かべながらゲンジの頬に何度も自身の頬をぐりぐりと擦り寄せた。

 

「おい!?今朝で今日分って言ってたじゃねぇか!」

 

「気が変わりました。やっぱり2回に分けさせてもらいます!」

そう言いヒノエは何度も何度も頬を擦り寄せる。その様子を見ていたエスラとシャーラは驚きのあまり口をガァとさせたまま固まっていた。

 

 

それから数分後

 

「チャージ完了です♪」

頬ずりを終え、満足したヒノエはキラキラと笑顔を輝かせながらゲンジから離れた。

 

「うぅ…」

何度も何度も頬ズリをされた事でゲンジは目を回していた。けれども、ようやく解放され、安心感を得る。

 

だが、ヒノエはこれだけでは止まらなかった。

 

「ふふ♪」

「え?」

ヒノエはゲンジを再び抱き寄せると 頬に口付けをした。

 

「「!?」」

頬ズリに続き今度は口付けの場面を目の当たりにしてしまったエスラとシャーラは唖然としてしまう。

その一方で ゲンジの頬に唇を押し付けたヒノエはゆっくりと離れる。

 

「ミノトには内緒ですよ?」

それだけ言い伝えると、軽快なステップを踏み、鼻歌を歌いながら受付の仕事へと戻っていった。

 

「ったく…なんでこんな時に…」

ゲンジは今もなおヒノエの暖かい唇の感触が残る箇所に手を当てる。

 

ガシッ

 

「…え?」

 

ゲンジの肩が両サイドからそれぞれ両手で掴まれる。振り向くと目から光を失ったエスラとシャーラが迫ってきていた。

 

「ゲン……詳しく話を…」

 

「聞かせてもらおうか…?」

 

その圧にゲンジはガタガタと震えながら頷いた。

「…はい…」

 

その後、ゲンジはヒノエに頬ずりされた理由を話す。だが、それだけでもエスラ達から問い詰められ、結局、自身が2人に唇を奪われた事と寝食を共にしている事も話した。

 

「な……キキキ…キスだとぉ!?」

それを知ったエスラはショックのあまり歯を食いしばらながら血の涙を流し床に拳を次々と打ちつけた。

 

「お姉ちゃんというものがありながらぁぁ…!!」

 

それと共にシャーラはゲンジをジーと何の感情のない目で見つめていた。

「私が心配してた時にそんな呑気だったなんて…」

 

「わ…悪かったって!!俺だって…その…姉さん達に会いたかったさ…!」

 

「ふぅん…?」

 

「あの時…あの嵐の後で里で目が覚めた時も姉さん達の事が心配だったんだよ。俺と同じように怪我してないか…ちゃんと避難できたのか…」

 

そう言いゲンジは目線を逸らしながらも、満更ではないかのように頬を赤く染めた。彼自身もギクシャクと収集の付かない雰囲気の中であっても、姉と会えた嬉しさは確かにあった。

 

「手紙が来たときは本当に嬉しかった。だから…その…別に呑気だった訳じゃねぇって…」

ゲンジはその後の言葉が上手く思い浮かばず、口をゴミゴミとさせると同時に目を泳がせていた。

 

「……ふふ」

その様子をジロリと見ていたシャーラは真顔から一転し、笑みを溢すと一度目を閉じ、美しい青色の瞳が見えるまで目を開けて優しく微笑むとゲンジを抱き締めた。

 

「それくらい知ってるよ」

 

「シャーラ姉さん…」

ゲンジはシャーラが自身を普通の家族として見ていてくれている事に安心した。だが、その安堵も束の間だった。

 

「でも………」

「…え?」

 

抱き締める指が背中に食い込む。

 

「キスしたのは許せない…!!!」

 

 




○○コソコソ噂話

ゲンジは一時期、身長が欲しいがためにカルシウムが豊富なミルクを毎日飲んでいるらしい。結局は全て骨に吸収されて骨密度が増すだけであった。


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陽と暁の激突

謹慎明けまであと3日。小鳥の囀りが止み、鈴虫が成り代わるように音色を奏で、静かなる夜の訪れを感じさせた。ハンター達の賑わう声に加えて里の皆の活気のある声が鎮まり、皆がそれぞれの場所へ戻ったその夜。ゲンジの自宅にはそれを覆す程の緊迫した雰囲気が流れていた。

 

「…」

家主であるゲンジはその場で汗を流しながら小さく正座をさせられている。

 

目の前には自身を挟みヒノエを睨むエスラ。互いに睨み合っているかのように見えているが、実際はただ見つめ合っているだけのシャーラとミノト。

 

すると、エスラが切り出した。

 

「単刀直入に言わせてもらう。今日からゲンジと君らは姉弟の縁を切ってもらう」

 

「あらあら。随分と突然ですね」

 

エスラの発言にヒノエは口に手を当てるとミノトを連れてきていきなり正座させられたにも関わらず、驚きを装う事もなく笑顔で返した。エスラはその笑顔に腹を立てるかのように歯を食いしばりながら答えた。

 

「心底私は気になってしょうがない。私と言うお姉ちゃんがありながら…ゲンジは君達のことを姉さん姉さん……と呼んで…そして姉弟同士のキスだと!?いくらなんでも不純だ!!」

 

「ふむふむ」

 

「それに君らは姉弟と記して擦り寄っているらしいじゃないか!」

 

「えぇ勿論。お姉ちゃんが弟に抱きついてはいけないなんて理由はないですものね」

ヒノエは顔をポッと染めながら返答する。その返答の態度に段々とエスラは歯を軋めながら唸る。

 

「ぐぅぅ…!!そこだ!!私が怒っているのは!!姉呼ばれた立場を利用してよくも私達のゲンジを…!!」

そして、エスラはヒノエとミノトに人差し指を向けた。

 

「私達本当の家族が来た以上君らはもうゲンジと姉弟という関係ではない!!」

 

「…あら?」

キッパリと言い放つ。そのとてつもないブラコン全開のエスラの気迫にミノトは圧倒されるものの、ヒノエは何も動じず、それどころか額に青筋を浮かべ、笑っていた目を開きエスラを見つめた。

 

「それは少し納得できませんね」

 

エスラの訴えをヒノエは飲み込むことはない。そんな中で、ヒノエはある事を思いついた。

 

「では、こういうのは如何でしょう?この後の夜にゲンジのお世話をし、どちらが真のお姉ちゃんに相応しいのか決めると言うのは」

ヒノエの提示した条件にエスラは視線を鋭くさせると、即座に頷いた。

 

「臨むところだ…!」

 

エスラのリオレイアの如く揺らめく信念が炎として現れる。

すると、活気立つエスラの肩を指でちょんちょんと、シャーラが突いた。

 

「姉さん。私パス」

 

「はへぇ!?」

突然のシャーラの棄権宣言にエスラは気の抜けた声で驚く。エスラ自身はシャーラも参加すると思っていたのだ。

だが、彼女には全くその気は無かった。

 

「シャーラ!ゲンジがあの2人に取られて悔しくないのか!?」

そう言いエスラはシャーラに問いかけるが、シャーラは首を横に振る。

 

「確かにさっきはムカッて来たけど、ミノトさんと話してるうちに納得できた。それにそこまでこだわらなくてもいいでしょ?」

エスラとヒノエが言い合う中、シャーラはミノトと言葉を交わしていたらしく、その際にミノトから自身とヒノエがゲンジに好意を持っている事に加えてその理由を伝えられたのだ。

その理由を聞いたシャーラは納得して、先程の怒りがアッサリと収まったらしい。

 

だが、それでもエスラの方は収まる事はなかった。

「何を言うか!ちゃんとゲンジのお姉ちゃんは私達であると証明しなければ示しがつかないだろう!」

 

「はぁ…どうぞご勝手に」

シャーラはやれやれと首を横に振る。

 

その一方で、ヒノエ側も同じだ。勝負を提示し、微笑みながらも炎を絶やさずに燃やしているヒノエをミノトは静止させようとする。

 

「姉様…何もそこまで熱くならずに仲良くいけばよろしいのでは…」

 

「ミノト。女性にも男性と同じく引けない時もあるのですよ」

 

「は…はぁ…」

さしものヒノエをゲンジと同じぐらい愛しているミノトでも今回の事は気が引けるようだ。

 

「では、勝負はご飯にお風呂と行きましょうか」

 

「いいだろう。なぁゲンジ?」

 

「ひ!?」

2人の目がゲンジに向けられる。その目は正しく獲物を見据えた狩人のようなものであり、ゲンジの身体を震わせた。

 

「お風呂ってどういうこと?」

 

「お二人で背中を洗い合うのですか?」

 

外野となったシャーラとミノトは首を傾げる。前者の夕食対決は理解できる。が、後者のお風呂の意味がよく分からなかった。

すると、エスラは説明した。

 

「簡単だ。ゲンジを入れて3人でお風呂に入りどちらがゲンジを満足させられるのか」

 

「お背中流しはミノトしか経験がありませんけど、負けませんよ。

あ、因みに逃げようとしているようですが、逃げたらギルドの指示に従わなかったとしてゴコク様に報告しますよ?」

 

「ぎく…!」

ヒノエの目が後ろの窓から外へと逃げ出すべく、窓の枠に足を掛けようとしたゲンジを捉える。イオリの家ならば匿ってくれるだろうと思ったゲンジは気づかれないように逃げる準備をしていたが、それはアッサリとあしらわれる。

そうだ。自身は今、謹慎の身だ。これ以上伸びれば更にヒノエとミノトのスキンシップがエスカレートしてしまう。

 

「さて、始めましょうか…?」

 

「いいだろう…!!」

 

2人の姉がゲンジを間に挟みながら火花を散らす中、シャーラとミノトはその場から避難する。

 

「外で話しませんか?」

 

「うん」

 

 



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第一戦 料理対決

「食材はミノトに頼んで仕入れてもらいました。とれでもお好きな食材を選んでくださいね」

 

「ほぅ?気前が良いな。だが、私は手を抜かんぞ」

「勿論」

エスラの真剣な眼差しにヒノエも笑みを浮かべながら返すと、2人は次々と食材を選んだ。

 

それぞれの台所にて食材が並べられると、2人の料理対決が幕を開けた。

 

 

ーーーーーーーー

エスラの場合

 

エスラは大量に集めた食材を前に腕組みをしながら悩んでいた。

 

「うぅむ…(料理の経験はあまりないな…。勢いに任せて多めに取ってしまったが)」

 

元々、エスラは料理が苦手であった。それは珍しくないだろう。狩猟生活が日常となっているハンターにとって、料理などする暇はない。時間は有限であるために皆は『肉を焼く』『魚を焼く』という単純な工程作業によって成り立つ極上の飯で腹を満たす。

故にハンターで料理が得意な者など珍しい部類だ。

 

「(ティカル君の料理本を思い出すしかないな…!)」

 

エスラは頭を振り絞り、長きに渡る放浪の旅の中でゲンジがティカルの料理本で一番美味そうに食べていた料理を思い出し、それを作る事に決める。もっとも、作っていたのはシャーラかゲンジであったが。

 

ーーーーーーーーー

ヒノエの場合

 

ヒノエはミノトが料理をする場面を何度も見てきた為にどんな調味料を入れればどんな味になるのかを理解していた。

 

「(ふふ。ミノトには感謝しなくてはいけませんね。この勝負が決まればゲンジだけではありません。ミノト。貴方のご飯も今度から私が…!)」

 

そう頭に愛するゲンジと妹であるミノトの顔を思い浮かべると、ヒノエは食材を切り刻む手を早める。

 

更にヒノエは長くゲンジと生活してきた為にゲンジの好物をよく知っていた。

 

「(ゲンジはとにかくお肉が好きな筈。なら、たくさん入れてしまいましょう♪)」

そう言いヒノエは厚切りにした肉を次々と並べていき、それに唐辛子や塩といった調味料を塗す。

 

だが、ここでヒノエは致命的な過ちを犯していた。

 

それは………調味料の量だった。

 

「(ふむふむ…辛子は……これぐらいでしょうか?)」

秤も使わずにヒノエは大量の辛子を肉に塗してしまっていたのだ。

それだけではない。

 

「(ふふ。ゲンジはしょっぱいものが好きですからこれくらいは…)」

ヒノエの目の前には山が出来るほどに積まれた塩。それを全て肉につけ込んだのだ。正に塩分の塊。見るだけでも喉から水分が消え去りそうであった。

そしてヒノエは塩を混ぜ込んだ肉を串に刺すと焼いた。

◇◇◇◇◇

 

それから十数分が経過した。

 

「できた!!」

 

「私もできました」

 

「はや!?」

2人は同時に料理を完成させた。そして、皿に盛り合わせると、ゲンジの目の前に置く。

 

座らせられていたゲンジの前に出されたのは見た目がなんとも絶品な料理だった。

 

「これは…ティカルの料理本に載ってたやつだよな?」

 

「あぁ。ゲンジが最も旨そうに食べていたやつを思い出してな」

エスラが作った物はごくごく一般的な食材で作られたものだった。盛り付けられたご飯の上に肉、野菜、そしてキノコといった山菜が盛り付けられ、その上には卵が乗せられていた。

 

野菜やキノコは狩場でも採取できるので、ご飯さえ持っていけば環境によってはどこでも食す事が可能である。

 

一方で、ヒノエが作った料理もまた、豪華なものだった。

 

「お…これは…」

その料理を見たゲンジは若干ながら涎を垂らした。盛り付けられた更には厚切りの肉が並べられており、その上にはエスラと同様に山菜が盛り付けられていた。

扱った食材の種類は少ないが、ヒノエの器用な手つきでそれは芸術作品のように進化する。

 

「ゲンジはお肉が大好きでしょ?シンプルな作りですが、味には自信がありますよ!」

 

そして、実食となる。

 

まずはエスラの料理だ。

端で一掬いすると、そのまとまったご飯と脂が滴り落ちる肉を口に運んだ。

「あむ…」

 

そして 口の中でご飯と共にメインである肉と野菜を噛みちぎりながら味わう。

 

「……(なんだこれ…肉が柔らかすぎるような…)」

その味は何とも異質なものだった。肉はまるで生肉であるかのように柔らかく、獣臭も少しだけだが感じ取れる。

 

 

 

さらに

 

ガリッ

「ん!?」

 

突如 謎の硬いものが歯に挟まる。

 

「これは…じゃがいも……?」

 

「あぁ!ゲンジは芋が大好きだろ?だから混ぜたのさ!」

そう言いエスラは満面の笑みを浮かべながら胸を張る。たしかにそれは嬉しいは嬉しいが、この感じからすると、このジャガイモは完全に生であろう。

 

「そ…そうか…」

その後も生の野菜や肉が所々に発見されたが、ゲンジは全て平らげる。自身の中の結果としては完全に生の食材が所々から掘り起こされ、幸せな食感が長くは続かなかった。

 

ハッキリ言えば不味い。

 

「(ちゃんと味見してたのか!?)」

 

「どうだ!?ゲンジ!美味かったか!?」

「い…いや…それは…」

エスラは顔を輝かせながら接近してくる。ここまで一生懸命に作ってくれた料理に不味いだなんてハッキリは言えない。

 

すると

 

「ぐえ!?」

「あらあら。まだこちらを食べてませんよ」

ヒノエが手を突き出し、ゲンジに迫るエスラを押しのける。

 

「もしも味に不備がありましたら遠慮なく言ってくださいね。

そう言いヒノエは笑顔を輝かせるが、そう言われると更に言えなくなってしまう。

 

「(そんな笑顔で言うな…!!余計言いづらくなるじゃねぇか…!!)」

 

ゲンジは見た目は非常に良いヒノエの料理を前に手に橋を持つと、肉の一切れを口に運んだ。

 

「あむ…ん!」

その食感はとても柔らかく、脂身は口に入れた途端にスッと蕩けた。更に赤身の部分の肉は分厚く、噛めば噛む程、肉汁が溢れ出る上にとても歯応えがある食感であった。

 

「う!」

ゲンジは食べる手を早める。その様子を見たヒノエはパァと顔を輝かせた。

 

「な…そんな!?」

「ふふ。まず初戦は勝負あったようですね」

 

ヒノエはゲンジの食べる姿から自身の勝利を確信する。先程よりも獲物に食らい付く狩人の如くゲンジはヒノエの料理に噛み付いていた。

 

「(うん…!いいな。普通に……うぅ!?)」

 

そんな中 食べ進める手が突然止まる。

 

「う…うぅ!?」

下だけでない。喉の奥底が沁みる。息を吸う度に冷たい空気がその箇所を急激に冷やしていった。

更に、口の中に目から涙を浮かべる程の香辛料の香りが広がる。

 

「(な…なんだこの辛さ!?しかもしょっぺぇ!?」

 

喉から口内に広がる尋常ではない辛さに汗が止まらない。

更にその辛さは目まで侵食し、目元からは涙が流れていた。

その涙はヒノエを更に笑顔にさせる。

 

「まぁ!涙を流してしまう程美味しかったのですね!」

 

「んぐ…!?」

ゲンジは咄嗟に首を横に振る。

美味しいんじゃない!辛すぎて死にそうなんだ!!!

 

けれども、ヒノエはその意思を感じ取る事もなく笑みを浮かべる。

 

「嬉しいです!頑張った甲斐がありました!」

「ちょっと待てぇ!!!」

勝利を確信したヒノエ。だが、途端にエスラは前に出た。

 

「まだゲンジから正式な言葉がないだろう!!『君の料理の方が美味かった』と聞くまで勝利は認めんぞ!!!」

その必死な血相にヒノエは臆する事なく口に手を当てながら微笑んだ。

 

「ふふ。分かっていますよ」

勝利は我にあり。確信していたヒノエの笑みは止まる素振りを見せなかった。

 

一方で、ゲンジは先程のヒノエの笑顔を見てしまった結果、これを残すのは不味い事になると思い、完食するべく食べる手を限界まで早め、次々に口へと放り込んでいった。

 

辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い!!!

 

「(辛い!!!!)」

 

思考も全て辛さに侵食されてしまっている。今すぐにも叫び出したいほど辛い!もう味わう余裕もない。即座にこの料理を完食してしまいたいという思いだけが残されていた。

 

そして

 

___ごくん

 

ようやく皿の上に置かれた肉や野菜そして白飯を完食して、ゲンジは飲み込んだ。

 

その顔は正に唐辛子といっても良いほど真っ赤に染まっていた。

完食を見届けたエスラとヒノエはゲンジに迫る。

 

「さぁゲンジ!どっちが美味しかった!?」

 

「遠慮なさらず答えてくださいね!」

 

2人の問いかけに、ゲンジは口を震わせながらある言葉をふと漏らす。

 

 

「_____か………」

 

 

 

 

「「か?」」

 

その一文字を聞いたヒノエとエスラは次の単語に期待を寄せる。さぁ。どちらか。自身か相手か。

 

 

そして ゲンジは顔を真っ赤にさせながら今までの思いを全てぶつけるかの如く口を開いた。

 

 

 

「辛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

_____ドサッ

 

 

その叫びが止まると同時にゲンジの身体は後ろに向けて力尽きたモンスターのように倒れてしまった。

 

 

その様子を見た2人は首を傾げる。

 

「うむ…こうなると難しいな…」

判定役であるゲンジは目を回しながら気絶しており、先程の叫びも明らかに美味いという歓喜の声とは違っていた。

 

「では、第一戦は引き分けといきましょうか。ルールはルールですし」

 

「そうだな。次は負けないぞ?」

 

「私こそ」

 

そして、2人は気絶するゲンジを引っ張るとお風呂場へと向かっていった。

 

第一戦 両者 引き分け___。

 



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最終試合 お風呂 そして災難

R17.9なのでご注意を…


あまりの辛さに気を失ってしまったゲンジ。だが、それからしばらくしてようやく意識が回復し、感覚も戻ってくる。

 

だが、

暗闇で意識が回復する中で、妙な感覚があった。

 

「(何か熱い…それに身体もスゥスゥするような…)」

ゆっくりと目を開けると、目の前は白い霧に覆われていた。

 

「…ん?」

見るとよく使っている自宅の風呂場だ。なぜ、ここにいるのか…。

 

「お?目を覚ましたみたいだな」

 

「丁度良いタイミングですね♪」

 

「___え…?」

すると、唖然とする自身の目の前に2つの人影が映り込んできた。それは身体にタオルを巻いたエスラとヒノエだった。

 

「え…うわぁ!?」

目を掻きながら二度見して鮮明となった景色を見たゲンジは思わず顔を赤く染めて顔を手で覆ってしまう。ただでさえ、スタイルの良い2人の身体が巻きつくタオルによって、更に豊満な身体を強調させていた。

 

だが、そんな事も知らずに2人は今もなお勝負の目をしていた。

 

「最後はお風呂でどちらが上手くゲンジの身体を洗えるかです。貴方は右半身を。私は左半身を洗います」

 

「いいだろう」

勝手に話を進める中、ゲンジは自身の身体が全裸であり、下半身にはタオル一枚が巻かれている事に気づいた。

 

「ひぃ!?」

ゲンジは自身の股間を見られたかと想像して、羞恥心が現れ即座に隠すように両手で股を塞ぎ、更に隠すかのように内股になる。(これでも21歳)

 

「ま…まさか…(見られたのか…!?)」

 

「おいゲンジ。股を見られたくらいで大袈裟すぎるだろう。安心しろ。タオルを巻いたのは私だ」

 

「……」

その言葉を信じて良いのか?姉であっても見られるのは自身にとっては大問題であったが、ヒノエに見られるよりはマシだろうと思い、すぐさま元の体勢となる。

 

即座に逃げ出したいと考えるが、出口の前に2人が居座っている為に脱出は不可能だった。

 

「さぁゲンジよ。背中をこちらに向けてもらおうか」

 

「…分かった…(取り敢えず早く終わってくれ…!!)」

ゲンジは心にそう願いながら頷き後ろを向いた。

 

「ふふ。初めてです。男の子の背中を流すのは」

 

「ほぅ?歳の割には経験が皆無とはお笑いだな」

 

「あらあら、そういう貴方はどうなのですか?」

 

「私はもちろんあるさ。ゲンジの背中をどれだけ流したと思っている?どこが弱いのかどこを洗うと喜ぶのか熟知しているさ!」

 

「へぇ〜それはそれは〜」

 

「早くやってくれ!!こっちは今すぐにでも出たいんだよ!!!」

洗う気配もなく口喧嘩を始めてしまう2人にゲンジはキレると2人は口喧嘩を止める。

 

「あ〜申し訳ない…」

 

それから、2人はタオルを持つと、泡を纏わせてゲンジの傷だらけの肩から腰に掛けて、泡を纏わせたタオルを上下に擦り付けた。

 

「……」

すると、先程の羞恥心が嘘のように消えていった。2人の洗う力加減は自身にとって丁度よく、痒い所も擦られ、とても気持ちが良かった。

 

「(洗ってもらうのも…悪くないな…)」

ふと、思ってしまう。それ程、2人の洗い方が上手いのだ。その気持ちよさにゲンジは少し目を細めてしまう。

 

だが、忘れてはいけない。これは勝負だ。

 

「ゲンジ。どっちが気持ち良いんだ?」

「遠慮なく答えてくださいね」

エスラとヒノエの声が聞こえてくる。だが、答える気にはなれなかった。

 

「(ふぅ……いつも自分でやってるからあまり上手く洗えなかったが、他人にやってもらうとこんなに気持ち良いのか…)」

 

背中を他人にやってもらう気持ちよさに完全にハマってしまい、その快感に夢中であった。

確かに1人では背中を洗うのは厳しい。故に前身よりも力を込めながら洗う事が難しい。もう1人いれば、前身を擦る力で背中が流せる。それがどれほどまで気持ち良いか。誰しもが必ず思うだろう。

 

だが、快感に浸り、答えないゲンジの後ろ姿からエスラは不満を抱き始めていく。

 

「どうしたゲンジ?まさか気持ち良くないのか?」

 

「恐らく貴方の洗い方に問題があるのではないのでしょうか?ご無理はなさらずに私に任せていただいてもいいんですよ〜」

 

「な…!?」

ヒノエのその一言にエスラの対抗心に炎が灯された。

 

「だったら…ここからは本気で行こうか…!!」

その言葉と共にエスラのタオルを握る手に力が込められた。正にリオレイア希少種が獲物を掴み取るかの如く。

 

そして、エスラはゲンジの右半身にタオルを付着させると腕に力を集中させた。

 

 

「せいやぁぁぁ!!!!」

 

そして 全力でその部位に向けてタオルを擦る。

 

 

その瞬間

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

ゲンジの絶叫が響き渡る。

 

◇◇◇◇◇◇

「いい…痛い…」

 

「いやぁごめんごめん…遂力が入りすぎてしまった」

あの後、絶叫したゲンジは立ち上がると同時に摩擦によって赤く染まってしまった右半身を手で押さえていた。

 

一方で、ヒノエはゲンジの赤くなった右半身を見てクスクスと笑っていた。

「あらあら。これでは右半身はもう洗えませんね〜。そうなると私の勝ち…という事でよろしいでしょうか?」

 

「な…!!!」

勝利を確信したヒノエの発言に再びエスラの対抗心に炎が再点火された。

 

「もう…それで…「まだだ!!!」

 

ゲンジも納得しようとした瞬間 それを掻き消すかのようにエスラの声が響き渡る。すると、エスラは立ち上がり、ゲンジに近づいていった。

 

「まだ“前”が残っている…!!前を入念に洗えばゲンジだって…!!」

 

「お…おい!?それはルール違反じゃねぇのかよ!?」

 

「半身とは前も含まれている…!だから観念しろぉ!」

 

「ひやぁ!?」

 

エスラはゲンジの巻きつけられているタオルを掴み、取り外そうとする。だが、ゲンジは咄嗟にそのタオルを掴み、取り外されるのを防ぐために抵抗した。

 

「ゲンジ!往生際が悪いぞ!」

 

「それはこっちのセリフだよ…!!おい!このバカ姉貴止めてくれよ!」

 

ゲンジはその景色を見ていたヒノエに顔を向けて助けを求める。

 

すると、ヒノエは立ち上がると、ゆっくりとエスラに近づいた。

 

「(さすがヒノエ姉さん!ちゃんと分かってくれてる…!!)」

ようやく希望を持ち始めたゲンジは心の中でガッツポーズをする。彼女ならエスラの暴走を止めてくれる筈だ。

 

_____だが、現実はアッサリと理想を踏み潰した。

 

ヒノエの目がゆっくりと自身のタオルに向けられる。

 

「なら、私もそれに乗っ取って前も洗わないといけませんね〜♪」

 

「はぁ!?」

 

その瞬間 エスラと共にヒノエの手までもタオルを引き剥がそうと伸びてきた。

 

「ふふ。さぁゲンジ。今度は前を洗いましょうね〜」

 

「や…やめろぉぉぉ!!!」

その力は2人で合わさり、ゆっくりとタオルを脱がしていこうとする。先程の痛みが残っている為にゲンジはいつもより力が出せず、段々と2人の力の綱引きに苦戦し始める。

 

「お…お前ら……」

すると、ゲンジの頭に青筋が浮かび上がる。

 

「い…いい加減にしろ…!!!!」

エスラとヒノエの行動に遂に堪忍袋の尾が切れたゲンジは脚を前に踏み出した。

 

 

__その時だ。

 

ツルッ

 

「うわぁ!?」

 

「え?きゃ!?」

「おぉ!?」

その拍子に足を滑らせてしまい、ゲンジの身体が2人に滑り込むかのように倒れてしまう。その転倒に目の前にいたヒノエとエスラも巻き込まれてしまい、両者は床に倒れてしまった。

 

 

すると、湯煙が漂う中、うつ伏せに転倒したヒノエとエスラはゆっくりと顔を起き上がらせる。

 

「あらあら。少々強引過ぎましたか〜」

 

「ゲンジ!大丈夫か!?」

 

2人は湯煙が立ち込める中、自身らの下敷きになってしまったゲンジへと目を向けた。

 

「…い…いてぇ…」

すると、自身らの目の前からゆっくりと上半身が起き上がるゲンジの姿が見えた。何とか無事のようだ。

 

「おぉゲンジ!無事だったか!」

「大丈夫ですか〜?」

2人の安否を確認する声にゲンジは再び頭に青筋を浮かべた。

 

「元はといえばテメェらが……な!?」

すると、怒りに包まれたゲンジの顔が突然 静止した。

 

「あら?どうしましたか?」

その様子を不思議に思ったヒノエは尋ねる。すると、ゲンジの顔からは怒りが引いていくと同時に頬が赤く染まってきた。

 

「あ…あ……////」

そして、遂には細胞の一つ一つが赤く染まり、それはまるで一個のリンゴようになってしまった。それと同時に身体が何かに怯えるかのように震えていた。

 

「どうしたんだ?顔を真っ赤にさせて」

 

2人はゲンジの顔を見つめると、その視線の先は自身らの胸だった。2人とも転んだ拍子にタオルが外れてしまい、今2人の透き通る黄色の肌と白色の肌が丸出しとなっていた。

 

「あらあら。私の胸で興奮してしまったのですか?」

 

ヒノエの問いにゲンジは頷く事も首を横に振る事もなかった。2人の胸ならもう見慣れており、直視程度ではもう赤くはならなかった。ではなぜ、ここまで顔を赤く染め、瞳が震えているのか。

それは_____

 

 

 

______2人の胸が重なり合いながら下半身を丸々と包み込んでしまっていたからだ。

 

 

「何を言ってるんだ!君のような卑猥な胸にゲンジが興奮するわけないだろ!」

 

「貴方の方が少し大きいのにそちらこそ何を言っているのでしょうか?」

 

「ぐぬぬ…」

それを知らずに2人は言い争いを始める。それは段々とエスカレートしていき、いがみ合う2人に比例するかのように寄せられた胸が中心に更に動き出し、密着する密度も高まっていった。

 

「ふ…2人とも……やめ…」

 

身体の奥底から何かが飛び出してきそうな衝動がゲンジを襲う。何とか押さえながら2人に呼びかけるも、それに気づかない2人は今も尚いがみ合っていた。

 

「私の胸は肉体を毎日鍛え上げているから張りがあるんだ!」

 

「私だってそうですよ。それに柔らかさでも負けません」

 

「なら決めてもらおうじゃないか…?」

「ええ。望むところです」

 

互いに均衡していた2人は向かい合っていたその双眼をゲンジへと向けた。

 

「ゲンジ!」

「どちらの胸がよろしいですか?」

 

2人の顔が迫ったと同時に腰に寄せられた2人の胸は隙間がない程まで密着し、密度は最大限まで高まった。

 

その瞬間

 

「あああぁぁぁ!!!!」

ゲンジの身体が痙攣すると同時に顔を上に向けながら叫び出した。

 

「「!?」」

突然叫び出したゲンジに2人は驚く。

すると、その叫びは一瞬で収まる。

 

「あ…あ…ぁ…」

 

___ドサッ

叫び声を上げたゲンジは口から唾液を漏らし糸が途切れそうな声で一文字一文字を不規則な感覚で零し、身体を震わせると上半身から力が抜けたかのように床に崩れた。

 

「どうした?いきなり叫んだかと思えば気絶してしまったぞ?」

 

「おかしいですね。それに気絶したと同時に何故か胸が少し熱くなったような…」

 

「奇遇だな。私もだ……ん?」

 

この時、2人はようやく気づいた。自身らの胸がゲンジの大切なものを包み込んでしまっていた事に。そして、2人は熱い“何か”の正体を確かめる為にゆっくりと離れた。

 

 

 

 

_______「「あ」」

 

 

 




これは描写的にギリギリだと思う。


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陽と暁

ヒノエとエスラによって、お風呂で全身が痺れると同時に“何か”が放出された衝撃で気を失ったゲンジ。すぐさまヒノエとエスラはお湯を掛けて“それ”と共に全身を洗い流した。

 

「い…いや…まさかこうなるとは…」

 

「私も…予想外でした…」

 

2人は倒れ臥すゲンジを見て顔を真っ赤に染め上がらせていた。

 

「こ…このままでは湯冷めするだろう!すぐにあがろうか!」

 

「そうですね!うん!」

 

その後、ゲンジの身体をエスラは顔を赤くしながら抱き上げるとタオルで拭き、上半身にインナー。下半身にはカムラの里の皆がよく着る袴を着用させた。

 

「あの…すまなかったな…。命の恩人だというのに先程は酷い言葉を浴びせてしまった…」

エスラは頭を冷やしたのか、1時間前の事を謝罪する。すると、ヒノエも同じく頭を下げた。

 

「こちらこそ…少々自身を見失っていました…」

 

居間へと戻った2人は座布団の上に座る。エスラはゲンジを横にさせると、膝の上に頭を乗せた。

先程は白目を向いていたゲンジは今は目を閉じて眠っているようだった。

そんな中、気まずい空気を和ます為にエスラは先程の勝負について話した。

 

「もう勝負なんてくだらない。どうだろう?これからは仲良くしていかないか?」

エスラの心の中からは既に競争心や自身が姉であるという独特な独占欲が消え失せていた。すると、それに対してヒノエも微笑みながら頷いた。

 

「え…えぇ!実は私もそう思っていた所です」

互いに空気を和ませ認め合った2人は苦笑し合った。

 

◇◇◇◇◇

 

それから2人は互いの事について語り合った。自身らの生い立ち。そして立ち寄った村々や、今まで狩ってきたモンスターの話をまるで友人でるかのように楽しく思い語った。

更に、ヒノエは自身とミノトがゲンジに好意を抱いている事も話した。

それを聞いたエスラは最初のように再び怒りを露わにするかと思いきや、何の嫌悪感も出さず、ただ安心した表情を浮かべていた。

 

「ゲンジに好意を向けてくれる君が竜人族でよかったよ…」

 

「え?」

エスラの言葉にヒノエは首を傾げる。

 

「どういう事ですか?」

 

「ゲンジから聞いていないのか?なら話すべきだな」

エスラは自身の膝の上で今も尚 意識を失っているゲンジの右頬を撫でる。

 

「ゲンジの身体の形が変化してしまっているのは聞いているな?」

 

「はい」

 

「だが、変わったのは外見だけじゃない。体質も完全に竜人族の物へと変わってしまっていてな。寿命がほぼ君達と同じようになってしまっているんだ」

その言葉にヒノエは思い出した。

 

『寿命が伸びても……皆が受け入れてくれればそれでよかった…』

 

初めて自身に過去を打ち明けた日に溢していた言葉だった。自身ら『竜人族』は身体的特徴に加えて優に数百年以上の寿命を持っている。だが、対してエスラ達『人間』の寿命は長くて100年。自身らの最低寿命である300歳のほぼ3分の1である。いや、100年生きる者ですら、そうそういない。平均して約90歳や85歳で尽きる者が殆どだ。

 

「私達は体質が人間だ…。このまま生きていけば私達は途中で力尽き…間違いなくゲンジは独りになってしまうだろう。彼は私達よりも力強いが、心がとても弱くてな。もしも…独りにしてしまえば途方に暮れ…自ら命を絶ってしまうだろう…」

 

エスラの頬からは涙が零れ落ちていた。彼が孤独となり、露頭に迷う姿を想像すると、心が締め付けられるのだ。エスラは何度も何度も村から出て行く度にその事が気掛かりで仕方がなかった。

 

「この身体を受け入れてくれる場所を探し出し、そして、そこを新たな故郷として3人で住もうと決めた。私達が亡くなったとしても、“居場所”さえあれば、ゲンジは独りにはならない。だから私達は旅を続けていたのだ」

 

「そうたったのですね…」

ヒノエはゲンジから話を聞いていたが、それよりも更に深い理由を聞いた事で改めて理解した。

 

「ここの里の皆はゲンジの身体について知っているのかい?」

「えぇ」

エスラの質問にヒノエは頷くと同時にこれまでの経緯を話した。

 

「知った時は皆は驚いていましたが、誰一人、軽蔑の目を向ける事はありませんでした」

ヒノエは百竜夜行にてゲンジがたった一人でマガイマガドを討伐し、その後、治療のためとはいえ、身体を皆へと見せたあの日を思い出しながら話した。

 

「それに…皆はこう言っていましたよ」

そして、ヒノエはカムラの民である皆が声を揃えながら言った暖かい言葉をエスラへと伝えた。

 

_____たとえどんな身体であろうと私達の家族

 

 

___と

 

その言葉を聞いたエスラの目からは涙が流れ出ていた。

 

「そうか…ようやく見つけたんだな…ゲンジ…」

その涙は次第に眠るゲンジの頬へと落ちていく。それを拭うかのようにエスラは再びゲンジの頬を撫でた。

ようやく自身の不安で心を縛り付けていたモノが解き放たれ、今までの締め付けられる感覚が嘘のように消えていった。

 

「よかったな…!ゲンジ…!」

 

そして、エスラは確信する。もう旅をする必要もない。軽蔑の目を向けられ、村を追い出される事もない。彼が苦しみを背負う事はない。

 

「ゲンジはどう思っているんだ?」

 

「はい。この里にずっと居たいと言っていましたよ」

 

「そうか。うん。そうだよな」

エスラの目から涙が止まり、満面の笑みを浮かべながら頷いた。

ヒノエも微笑むと、今も尚眠るゲンジの左頬に手を伸ばし、4本の透き通った白い指でなぞるように撫でた。

 

「それと、先程の事もご心配なく。私達はゲンジを決して独りにはさせませんよ。貴方方が寿命で尽きてしまった後も私達姉妹が最後まで共に寄り添いゲンジを支えます」

 

「そうか」

その言葉にエスラは安堵の息を溢す。

 

すると、ゲンジの左頬を撫でていたヒノエは先程のエスラの言葉を思い返すと手を差し出した。

 

「では、ゲンジの居場所が見つかったという事は、貴方方の故郷も決まったも同じですね」

 

「…え!?」

その言葉にエスラは驚く。その言葉を解釈すると、里に住む事への提案だった。

 

「い…いいのかい…!?」

 

「もちろんです!ゲンジの家族は私達の家族。嫌な事なんて何一つありませんよ!」

 

「…そうか…!」

太陽のような笑みで迎えてくれる姿にエスラは感謝の心を胸に抱くと、差し出された手を掴んだ。

 

「姉妹共々、世話になるよ。ヒノエ」

その言葉にヒノエも頷きながら答えた。

 

「えぇ!こちらこそ。これからよろしくお願いしますね!

 

 

 

 

_______お義姉さん!

 

 

「ぬぁに!?」

 



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閑話 カムラの里のほのぼの日常〜ミノト画伯〜

ある日の昼

 

狩りを終えたゲンジはミノトに報告すべく、受付に赴く。するとそこには頭を抱えながら悩み込むミノトの姿があった。

自身が目の前にいてもなお、ミノトは気づかずに、俯いたままであった。

 

「何か悩み事か?」

 

「…!」

すると、声を掛けられたミノトは我に帰ったのか、俯いていた顔をあげる。

 

「帰っていたのですね!?も…申し訳ありません…気づきませんでした…」

 

「別にいいが、何を悩んでたんだ?……ん?」

ミノトが俯いていた理由を聞き出すと同時にゲンジはふと、受付カウンターの机の上にクシャクシャに丸められた一枚の紙を見つけた。

 

「なんだこれ?」

ゲンジはそれを拾い上げると、丸められた紙を展開する。

 

 

「…本当になんだこれ…?」

ゲンジは未知なる者と遭遇したかのように首を傾げた。

そこには何ともグニャグニャな絵が描かれていた。

 

「は…!!」

すると、それを見られたのがとてつもなく嫌であったのか、咄嗟にミノトは顔を真っ赤に染め上がらせると、その場から身を乗り出し、見ていたゲンジの頭を掴むと、手の平で目を塞いだ。

「みみみみ見ないでくださぁい!!」

 

「ぎゃぁぁ!!変な目の塞ぎ方すんなぁぁあ!!」

 

◇◇◇◇◇

 

それから、騒ぎを聞き駆けつけたヒノエによって、ミノトは落ち着きを取り戻すと、3人はお昼の為にヨモギの茶屋へと向かった。

 

「成る程。絵が趣味だったのか」

 

「はい…その…先程はすいません…取り乱してしまいました」

 

「別にいいって。まぁ失敗作は見られたくないもんな」

 

「んん…理解していただけて助かります…」

ミノトが取り乱してしまった理由は、ゲンジが見たあの絵は自身では納得がいかなかった絵であるらしく、それを見られた事で遂、恥ずかしくなってしまったようだ。悩んでいたのも、一向に自身の絵の才能に疑問を感じていた事らしい。

理由を聞いたゲンジは納得し頷くと、ヒノエとほぼ同じ動作でウサ団子を一つ口に入れる。

 

「ミノトは時折、ゴコク様から絵の指南を受けていますからね。昔よりも比べ物にならないぐらいに上手くなっていますよ」

 

ヒノエの言葉にミノトは手を差し出すと首を振る。

 

「そんな!ヒノエ姉様に比べれば私なんてまだ…未熟でしゅ…」

「あらあら♪」

満更でもないのか、ミノトの顔は赤く染まっていた。語尾も噛んでしまうという動作にヒノエは微笑むと頭を優しく撫でる。

 

「自信作とかはないのか?」

 

「勿論ありますよ!」

ミノトは胸を張りながら立ち上がると、懐から綺麗に折られた一枚の紙を取り出した。

 

「つい最近のものですが、テッカちゃんにお団子を取られるゴコク様の絵を描きました!これはヒノエ姉様を描いた絵の次に自身があります!」

 

「まあ!」

「ふむ」

ミノトから差し出された絵をゲンジは受け取ると、身を寄せてきたヒノエと共に期待を寄せながら紙を開いた。

 

「……ん?」

 

そこに描かれていたのはテツカブラの幼体であるテッカちゃん。だが、その上に乗っていたのは『ヨツミワドウ』であった。

 

 

「………テッカちゃんの上に乗っているのが…?」

 

「はい。ゴコク様です!いかがでしょう!」

 

「これが……ね…」

まさかとは思っていたが、ヨツミワドウに見えるのがゴコクであったのだ。

 

「ミノト。また上手になりましたね!」

 

「…え?」

すると、その絵を見たヒノエは笑みを浮かべながらミノトの頭を撫でる。

 

「ね?ゲンジもそう思いませんか?」

そう言いヒノエは振り向き、同意を求めてくる。だが、改めて見ると何とも個性的すぎる絵であった。これを上手と言っていいのだろうか。

 

「これは……いくらなんでも…へ__」

 

「上手ですよね?」

 

「は?いや、よく見…「上手ですよね?」

 

ゲンジが否定しようとする度にヒノエは言葉を遮り、詰め寄ってくる。その影は段々と暗くなり、遂には自身の目の前へとヒノエの顔が迫ってきていた。

だが、それでも、ゲンジは否定をやめなかった。

 

「だからよく見……ふが!?」

突如、ヒノエの右手が前にだされると再び開こうとしたゲンジの口を塞ぎ込む。

すると、ヒノエは顔の影を暗くしながら聞いた。

 

「じょ・お・ず・で・す・よ・ね・?」

一言一言が強く口ずさまれ、強制的に同意を求めているかのようだった。それにゲンジは驚き、口が開かなくなってしまう。

 

 

「あらあらゲンジったら。お団子を一気に食べるから喉に詰まってしまうんですよ〜?しょうがないですね〜。お茶をもらいにいきましょうか」

そう言いヒノエはゲンジを引っ張り、ヨモギの営む茶屋に向けて歩いていく。

 

「ミノト〜。すぐに戻ってきますからね〜」

ミノトは手を振りながらその姿を見送る。

 

「…」

ミノトは難しい顔をしながらゲンジに見せた絵を見る。

 

「どこかおかしな点でもあるのでしょうか…」

 

◇◇◇◇◇

 

一方でヒノエに引っ張られたゲンジは近くの建物の間に連れ込まれるとヒノエに詰め寄られていた。

 

「ゲンジ?もう一度聞きますよ。ミノトの絵は上手でしたよね?『はい』又は『いいえ』で答えてください」

そう言いヒノエは両手で壁に手をつき、ゲンジの逃げ道を無しながら顔を近づけていった。

いつも通りの笑顔でいながらもその影は暗く、他者を威圧してしまいそうな程であった。

 

そこでようやくゲンジはヒノエが怒りマークを浮かべている事に気付いた。 

 

「ひ…ヒノエ姉さんもしかして怒ってるのか…?」

 

「私は『はい』か『いいえ』で答えてくださいと言っているのですよ?そういえば…」

 

ヒノエは何かを思い出すと、顔の影を強くしながらゲンジの頭を掴み、目の前に固定させる。

 

「前にミノトにお仕置きされた時は随分と苦しそうでしたね〜?」

 

「…え?」

その言葉にゲンジは嫌な記憶が断片的であるが、思い出してしまう。すると、それを完全に思い出させるかの如く、ヒノエは耳元にて、ゆっくりと囁いた。

 

「でしたら今度は私がして差し上げましょう。何度息が尽きても…朝までたっぷりと…」

 

「…!!」

その言葉にゲンジの全身に鳥肌が立つと同時に嫌な記憶を完全に思い出した。

数日前の朝にミノトに締め付けられ、胸で窒息しかけた事を。

男性なら願ったり叶ったりであったが、ゲンジにはあの時の苦しさが一種のトラウマになりかけていた。

 

「最後にもう一度聞きますよ?ミノトの絵は上手でしたよね…?」

 

最後のチャンスをゲンジはありがたく頂くかのように、汗を流しながら頷いた。

 

「上手!!上手です!!!」

「ふむふむ」

すると、その言葉を聞いたヒノエの顔からは先程の顔の影が消え去り、元の優しい笑顔へと戻った。

 

「そうですよね〜。ゲンジもそう思いますよね〜!」

すると、ヒノエは頷くと、ゲンジの手を取り路地を出てミノトの元に向かう。

 

「ミノト〜。ゲンジが上手だと仰っていましたよ〜」

 

「本当ですか!?」

 

「えぇ。本当です。そうですよね?」

嬉しさのあまり立ち上がったミノトにヒノエは頷くと、同意を求めるかの如く、自身の隣で震えているゲンジに目を向ける。

すると、ゲンジはまるで洗脳済みであるかのように答えた。

 

「はい…上手です…」

 

「…!!」

その言葉を聞いたミノトは嬉しさのあまりピョンピョンと跳ねると、御礼を言いながら駆け足で集会所へと戻っていった。

 

これにて、一件落着………かと思っていた。

 

「今晩は覚悟しておいてくださいね…?」

 

その晩 ゲンジはヒノエの宣告通り全身を締め付けられると同時に何度も胸に圧迫され、眠れぬ夜を過ごした。

 

 



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姉妹との夜

ゆっくりと視界を鮮明にさせると、最初に映り込んできたのはヒノエの顔だった。

 

「あ!目を覚ましたのですね」

 

「心配したぞ。突然倒れたのだから」

すると、その視界の中にエスラも映り込んでくる。景色から察するに自信の頭は今はヒノエの膝の上にあった。

 

「ここは…」

「居間ですよ」

「そうか…」

目が覚めると同時に身体に疲れや倦怠感が襲ってくる。ゲンジは思考を再起動させると、気絶前の事を思い出す。すると、頭の中に思い浮かんだのは自身の目の前にあった2人の顔だった。

 

「…///」

その瞬間 顔を真っ赤に染めて、即座に状態を起こし、手足をばたつかせながら2人から離れる。

 

「あら?」

そして、即座にゲンジは側にシャーラと共に並んで正座していたミノトの背中に隠れ身を潜めた。

 

「…本当に何があったのですか?」

「き…聞くな…」

そんな中、ゲンジはまた何か違和感を感じた。それは自身の服装だった。

 

「!?」

見に纏っていたのはイオリやヨモギよりも少し大きめの和服である。

 

「……まさか…?」

流石にヒノエに見られたと思ったゲンジは恐る恐る自身の服装から2人に目を向ける。

 

すると、その意図を呼んだのか、ヒノエは苦笑しながらも答えた。

 

「すいません…見ちゃいました」

 

「ぐぅ…」

自身の股を見られたことにゲンジは更に真っ赤に染まり上がる。

今もなお、ゲンジは2人に対して最大級の警戒心を抱いていた。次は何をされるか分かったものではない。

すると、その怯え様にエスラとヒノエは気まずそうにしながらも頭を下げた。

 

「あ…その…タオルを脱がそうとしたのは悪かった…」

 

「私もごめんなさい…。少し自分を見失っていました…」

 

「…タオルだけじゃねぇだろ…」

謝罪の言葉を受け取ろうとも、ゲンジの2人に対する警戒は解ける事はなかった。

 

「さっきもごめんな。その…突然だったからビックリしただろ?」

 

「…////」

その話を聞いた瞬間にまたもや顔が真っ赤に染まった。

エスラの謝罪にゲンジは再びその場面を思い出してしまい、遂には顔から湯気が湧き上がってしまう。

ゲンジにとって先程の出来事はもはやトラウマの一種にさえもなりうるものだった。

また、シャーラとミノトは本当に何があったんだ!?という表情を浮かべていた。

 

「あ…安心してくれ!もう何もしないから!」

 

「……」

その言葉を少しだけは信用し、警戒を解いたのか、ゲンジはミノトの背中の影から出てくる。

 

「えぇと…夕飯なんだが、味はどうだったかな?そっちの感想も聞きたいんだ」

 

夕食の感想を要求されたゲンジは言うかどうか迷いながらも正直に話す事に決める。

 

「エスラ姉さんの料理は風味は良かったが、全体的に具に火が通ってねぇ…ジャガイモも肉もガチガチのままだったから普通の人が食ったら腹壊すよ」

 

「正直に言われると結構グサりとくるな…」

自身の料理の出来の悪さにエスラは苦笑する。そしてゲンジはヒノエの料理についても感想を言った。

 

「ヒノエ姉さんのは辛すぎて味が台無しだ。良かったのは食感だけ…」

 

「あらあら…だからあそこまで叫んでいたのですね。申し訳ありません」

 

「け…けど…」

ヒノエもヒノエで素直に受け入れる。けれども、ゲンジは2人の料理は未完成ながらも、満更では無かった。

災難な目に遭いながらも出された味や食感は気に入っていたからだ。

 

ゲンジは顔を赤くし目を泳がせる。

 

「その…直したらまた…食わして欲しい…」

 

「「…!!」」

ゲンジの恥ずかしがりながらも気に入ったという意思表示に2人は顔を輝かせる。

 

「あらあら…そこまで言ってくださるなんて…嬉しい限りです…!」

ヒノエは頬に手を当てながら満面の笑みを浮かべていた。

その一方で、エスラは嬉しさのあまり感情が昂りゲンジに向けて飛び掛かった。

 

「ゲンジぃぃ!!」

 

「わぁ!?」

飛びつくエスラ。すると、危険を察知したのか、シャーラがゲンジを抱き寄せる。

 

「危ない」

 

「ぎゃふん!?」

すると、標的がなくなった事でエスラの飛び上がった身体は宙を舞いながら床へと叩きつけられた。

 

○○◇◇◇

その後、ゲンジはようやく完全に警戒を解いた。夜はもう遅く、エスラ達はゲンジの家に宿泊する事となった。

 

「今夜は家族水入らずでお休みください」

そう言いヒノエはミノトと共に一緒に寝たいという欲求を抑えながら自身の自宅へと戻っていった。

 

ゲンジは3人分の布団を敷く。

 

「久しぶりだな。3人で並んで寝るのは」

 

「そうだな…」

エスラの言葉にゲンジは頷きながら布団に横になる。自身を挟んで左右にエスラとシャーラも共に寝転がった。

 

「消すぞ」

灯りを消すと、窓から差し込む月明かりが3人を照らした。外から聞こえてくる鈴虫の声が季節を感じさせた。

エスラは誰よりも早く眠りにつき、既に寝息を立て始めていた。

 

だが、シャーラとゲンジは寝つかず、窓の外にある月を見上げていた。

 

そんな中で、シャーラはある事を話した。

 

「良かったねゲン。居場所が見つかって」

その言葉にゲンジは驚きながらシャーラに目を向けた。シャーラはあの後、家を出た時にミノトから全て聞いたようだ。

 

「…聞いたのか?」

「うん。全部聞いたよ。私も嬉しい。居場所だけじゃなくてゲンとずっと一緒にいられる人が見つかって本当に良かった」

 

そう言いシャーラは左手を布団から出すとゲンジの頬に当てる。

 

「もぅ寂しくないね」

 

「……」

シャーラの透き通った目を見つめるとゲンジは俯きながらシャーラの手を掴む。

 

「寂しいに決まってるだろ……どの道…シャーラ姉さんやエスラ姉さんは…俺よりも早く逝っちまうんだからよ…」

掴んだ手をゲンジは温もりを確かめるかのように頬に押さえつけた。そうだ。エスラとシャーラは同じ人間であり、寿命は精々あと80または70年程度。対してゲンジはまだ数百年も残っている。

 

天と地程もある寿命の差はゲンジを孤独感にさせるには十分だった。

すると、その顔を見たシャーラは頷きながらゲンジを抱き寄せた。

 

「うん。私達だって寂しいよ。ゲンともっと生きたい。もっといろんな所に行きたい。ずっと一緒にいたい……。確かに私達はゲンより早く死んじゃう。だからさ。これからも今までと同じでずっと一緒にいよう。私達は絶対にゲンから離れないから、ゲンも私達から離れないで」

 

「…当たり前だろ」

シャーラの言葉にゲンジは頷くと、握った手を離さなかった。その手の温もりを深く感じ取ったシャーラは笑みを浮かべた。

すると、

 

「ふふ。お姉ちゃんを抜きにするとは酷いぞ?」

小さな二人を包み込むかのようにエスラは手を回し二人まとめて抱き寄せた。その姿は夜に眠れない二人の幼児をあやす一人の母のようなものであった。

 

「ゲンジ。シャーラ。たとえ血が繋がっていなくても、私達は家族だ。ずっと一緒だぞ」

 

「あぁ」

 

「うん」

 

そして、再び顔を合わせた姉弟は月明かりの中でずっと3人と共にいる事を誓い合い、昔のように寄り添いながら眠りについた。

 

 

 



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久しき里の風景 

エスラとシャーラが里に住み始めて数日が経った。里の皆もゲンジの家族という事もあってか、すぐに仲を深めており、ヨモギやコミツといった里の子供達からも懐かれていた。

 

2人は里へ来た翌日にウツシから他のハンター共々『翔蟲』の訓練を受けているようだ。

 

「では、私達は訓練に行ってくるよ」

 

「帰ったらお団子食べようね」

 

「あぁ」

多くのハンター達と共に訓練に向かう2人を手を振りながら見送る。

 

ゲンジもようやく謹慎が解け、外出が許されるようになったのだ。故にゲンジは久々にカムラの里を回る事に決める。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ほっほっほ。ようやく顔を合わせられるのぅゲンジよ」

 

「アンタも相変わらずだな」

集会所に赴くと、ゲンジはテッカちゃんを撫でながらゴコクと団欒していた。

 

「聞いたぞ?主らの家族もここに住む様子でゲコな」

 

「あぁ。気に障ったか?」

 

「いんやぁ!そんな事はない!寧ろ更に賑やかになるから楽しみでゲコ!」

すると、ゴコクは目の前にあるカウンターで次々と仕事に手をつけ、手際良くハンター達にクエストを紹介するミノトに目を向ける。

 

「前までハンター嫌いであったあの娘がいまではあんなに生き生きとしとる。これもお主のお陰でゲコな」

 

「…フン」

ゴコクに目を向けられたゲンジは目線を逸らす。そして、そのままミノトがいるカウンターへと向かっていった。

すると、丁度よく、受付の一段落を終えた様子であり、ハンターの列が途切れ、話しやすくなっていた。

 

「ゲンジ。よく来てくれました。依頼ですか?」

ゲンジが来た事でミノトは穏やかな表情を浮かべた。いつもは硬く険しい表情をしていた彼女の顔からは少しだけだが、力が抜けているようだ。

 

「いや、久しぶりに里を見て回ろうと思ったからな。立ち寄っただけだ」

 

「成る程。確かに1週間も家の中でしたからね」

 

「あぁ」

その後 ミノトと別れたゲンジは集会所を出ると ヨモギの茶屋へと向かう。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「嬢ちゃん!ウサ団子3本!」

 

「こっちも!」

 

付近にあるヨモギの茶屋では多くの客が花見席に座りながらヨモギに団子を注文していた。

 

「はい!しばし待たれよ!」

注文を承ったヨモギは即座に串を取り出して、店員のアイルーと共に見事な射的劇を見せながらウサ団子を作り出す。

 

「ヨッ!!カッコいいよお嬢ちゃん!」

 

「こっち向いて〜!!」

周りから見ていたハンター達からは次々と拍手喝采が湧き上がる。

 

「えっへん!」

次々と投げられる喝采にヨモギは顔を赤く染めながらも得意げに胸を張っていた。

 

その様子を見ていたゲンジは変わらない雰囲気に安心するとその中に混ざる。

ゲンジが来た事で辺りのハンター達がざわめきだした。

 

「お!?アイツはまさか『薄明のゲンジ』じゃねぇか!?」

 

「マジかよ初めて見たぜ!」

団子を食べながら辺りのハンター達の憧れや期待。そして驚きの目線がその間を通り抜けるゲンジに向けられる。

ゲンジはそれを気に留めず、悠々と歩きながら団子のための餅をつくヨモギの元に向かう。

 

「あ。ゲンジさ〜ん!よかった!ようやく外に出られたんだね!」

すると、それに気づいたヨモギは天真爛漫な笑みを浮かべながら手を振る。ゲンジもそれに応えて手を挙げた。

 

「よぅ。変わり無くて何よりだ。早速だがウサ団子を一人前頼む」

 

「はぁ〜い!ではしばし待たれよ!」

いつも通りのヨモギのテンションにゲンジは安心しながらしばらく待つと、ウサ団子を受け取る。エスラ達が帰ってくるまで待とうかと考えてはいたが、やはり、我慢ができない。

ここは今、ハンター達が多くいる為に、違う場所で食べようと考えていた。

 

「う〜ん…自宅で食うか」

「あ!そうだゲンジさん!」

自宅が近い為にゲンジは自宅で食べることに決める。すると、ヨモギが呼び止めた。

 

「ん?」

呼び止めたヨモギは巨大な風呂敷が積まれた荷車を引いてきた。それを見た辺りのハンター達は目を点にした。

 

「おぉ!?なんだあの量の団子!?」

 

「軽く見積もっても30本はあるぞ!?」

その巨大な風呂敷に包まれていたのは全てウサ団子であった。ただでさえも3本で腹が満腹になるウサ団子がそれの約16倍もの量も積まれていたのだ。

 

「これは…ヒノエ姉さんの分なのか?」

 

「うん!朝に一度 来たんだけどさ、『これからは凄く忙しいと思うので3本でお願いします』ってさ」

 

「そうか。まぁ…確かにそうだな」

ゲンジは辺りで花見をしながら団子を食べるハンター達を見る。ヒノエは流石に自身の分だけで時間を割かせる訳にもいかないと考えたのか、50本のウサ団子の注文を断念したらしい。

 

「でもさ。ずっとヒノエさんの為に50本も作り続けて来たからそれがもう慣れちゃってさ!ついつい用意しちゃったんだ。だから届けてほしいの!」

 

「成る程な。……」

その山のように積まれたウサ団子を見て、ゲンジは辺りを見回し、ヒノエ又はそれに関係する者がいない事を確認する。

 

すると、ゲンジはヨモギに近づき、金の詰まった麻袋を取り出し、渡した。

「金は俺が出す……」

「うぇ!?」

 

差し出された金にヨモギは目を点にしながら驚いた。

 

「その…ヒノエ姉さんには世話になってるからな…あとミノト姉さんの分の団子もくれ」

正に太っ腹。その様子にヨモギは口に手を当てながら乙女の如く顔を赤く染めていた。

 

「まさかゲンジさん…そこまであの2人のことが!」

 

「やめろやめろ!!声がでかい!!!」

咄嗟にゲンジは噴き出そうな程の声量のヨモギの口を塞ぐ。

 

「むぐむぐむぐむぐ!(任せて!すぐに作るから!)」

 

「助かる…」

 

なぜ、こんな事をしたのだろうか。普段ならば絶対に金など出さない。故意に奢るなぞ、今まで家族以外になかった。だが、今は無意識のうちにやってしまった。

それ程、自身はあの2人に感謝しているのだ。

◇◇◇◇◇◇

 

丁度、昼休みの時間となり、受付を一時 中断したミノトは自身が敬愛するヒノエが待つ里の受付場へと向かった。

 

いつも通りの場所へ着くと、そこにはいつも変わらず空を見上げながら鑑賞に浸っているヒノエの姿があった。

 

「あらミノト。偶然ね。私も休憩していたところなの」

ヒノエは手で風を送るように仰いでいた。

ヒノエもヒノエで、初心者のハンター達に向けてクエストを紹介していたらしい。

 

「私もです。どうでしょう?ゲンジを誘って家でお昼を」

 

「いいわね!早速 呼びにいきましょう!」

その案にヒノエは笑みを浮かべると立ち上がる。

 

そんな時だった。

 

ゴロゴロゴロゴロ

 

荷車を引く音が聞こえる。すると、ヨモギの茶屋に続く道からゲンジが片手で荷車をゆっくりと引きながらこちらに向かってきていた。

 

「あ!丁度良かったです。ゲンジ!これから私達とお昼を…え!?」

 

その荷車に積まれたのは巨大な風呂敷に包まれた大量のウサ団子だった。

ゲンジはヒノエ達の前に着くと、荷車から手を離し、パンパンと荷車を叩く。

 

「ヨモギからの差し入れだ。いつも頼みに来るからついつい用意しちまったらしい。あとこれ、ミノト姉さんの分」

 

そう言いゲンジは荷車から6本セットのウサ団子をミノトに手渡すと同時にヒノエの横に荷車を置いた。

 

「ヨモギちゃん…!!」

ヒノエはゲンジの話を聞いた瞬間にヨモギに感謝する。

 

「ありがとうゲンジ。では、一緒に食べましょうか!」

ヒノエは団子の山を見て満面の笑みを浮かべながらゲンジを誘う。が、ゲンジはそれを断った。

 

「悪いが、予定がある。また今度な」

それだけ言うと、ゲンジはまるで逃げるかのようにソソクサと早足で去っていった。

 

それから、ヒノエはヨモギから差し入れとして送られたウサ団子を満面の笑みを浮かべながら食した。隣にいるミノトも同じく表情には出さなかったが、嬉しそうにウサ団子を頬張った。

 

「はぁ…幸せです…ミノトの料理と並んでウサ団子は至高の食べ物です♪」

「姉様…」

ウサ団子を食べ終えたヒノエは満足すると、食べ終わった串を全てまとめ、それと同時に荷車に手を掛ける。

 

「では、ヨモギちゃんにお金を払うついでにこれを返してきます」

 

「ね…姉様!自分の分は自分で払います!」

「いいのですよ」

ミノトは咄嗟に自身の分を払うべく同行しようとするが、ミノトはそれを止めた。

 

「たまには姉らしく太っ腹なところを見せたいので」

それだけ言うとヒノエは荷車を引きながらヨモギの茶屋へと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ヒノエとミノトから逃げたゲンジはイオリが営むオトモ紹介場や、ロンディーネがいる交易場がある場所へと立ち寄った。

 

 

「ゲンジさん!良かった。無事に謹慎が解けたようですね!」

 

「よぅイオリ。元気そうでなによりだ」

ゲンジが来た事に気づくと、いつものようにアイルーやガルク達とコミュニケーションを取っていたイオリが立ち上がる。

 

「オトモは元気か?」

 

「はい!皆 すくすくと育っています!ミケとハチも元気ですよ!」

そう言いイオリは健全な状態であるオトモ達を見せる。

 

ゲンジは謹慎期間中はずっとイオリにハチとミケを預けていたのだ。

 

「そうか。じゃ、そろそろ2人を引き取るよ」

 

「分かりました!」

 

それからイオリはハチとミケを呼びにその場を離れる。その数分後にイオリはハチとミケを連れて戻ってきた。

 

「ゲンジ!ようやく謹慎が解けたようだニャ。また一緒に狩りに行けるニャ!」

 

「ワン!」

ゲンジを見たミケとハチは嬉しそうに抱きつき、温もりを確かめるように頬に擦り寄る。

 

「おぅ。すまなかったな。ずっとほったらかしで」

ゲンジは2匹の頭を撫でると、立ち上がる。

 

「イオリ。世話になった。また来るぞ」

 

「えぇ!いつでも来てください!」

イオリに感謝の言葉を告げると同時にまた来る事を約束すると、ゲンジは手を振りながらイオリと別れ、その場を後にした。

 

 

______「ちょっと待てぇえええ!!!!」

 

「んあ?」

 

すると、その場に巨大な声が響き渡り、去ろうとするゲンジの脚を引き止めた。

見るとイオリのオトモ紹介場の近くに交易船が停泊しており、停泊していた場所に1人の女性が立っていた。

服装はカムラの里にいる者に比べると、異国の雰囲気を漂わせている。

 

「まだ私がいるだろぉがぁぁ!!いつになったら出番を寄越すんだ!!」

 

「あぁ。確かいたな」

「ずぅと空気で忘れてたニャ」

「ワン」

頭を掻きむしりながら叫ぶこの女性の名前は『ロンディーネ』

カムラの里と交易をしている国の使いであり、長きに渡り、その交易の役長として里の皆から親しまれている者である。

交易とは、品と品を交換する事であり、普段は中々採取できない物も交易であれば、一度に大量に受け取れるので、とてつもなく便利なものである。

 

「ほら、前に頼んでいたハチミツ、マンドラゴラ、不死虫だ」

 

そう言いロンディーネは前にゲンジが頼んでいた交易の品をまとめた麻袋を手渡した。

ゲンジはよくここを利用しており、特にハチミツ、不死虫、ツタの葉、蜘蛛の巣、雷光虫といった、罠の素材や『生命の粉塵』の素材などを取引していた。

 

「すまねぇな。謹慎中だったもので」

 

「気にしなくていい。私は凄くスッキリさせてもらったからな」

そう言いロンディーネはフッと笑みを溢す。異国の者である彼女も長年カムラの里にいるのか、愛着が湧いており、里を汚したマルバ達には嫌悪感を抱いていたようだった。

 

「百竜夜行がまたいつ起きるか分からん。だから、私も全力で交易の手数を増やしておくから、積極的に利用してくれ」

 

「あぁ。感謝する」

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

その後 イオリやロンディーネと別れたゲンジはその場を後にし、里へ戻ると、入り口付近に来た。

 

「おや、お久しぶりですゲンジさん」

穏やかな声で挨拶をするのは、ゲンジが里に来てからずっとアイテムの事に関して世話になっているカゲロウであった。

 

「あぁ。ようやく謹慎が解けたから里を回っていた。ずっと礼を言いたかったんだが、事が続いてな」

 

「いえいえ。お気になさらず。ゲンジさんは今や里を救った英雄。その英雄様の役に立てたのなら何よりです」

 

「よせよ。まだ百竜夜行が収まってねぇんだ。英雄なんて呼ばれる程じゃねぇ」

それから、ゲンジはカゲロウと軽く談笑すると、回復薬や解毒薬などを購入して、別れた。

だが、別れ際に

 

「お二人とお幸せに」

 

というお世辞もクソもないただ単に余計な事を言われ、ゲンジの顔は真っ赤になった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

人が次々と通り過ぎる道の中 ゲンジは空を見上げた。

 

「…」

晴れ渡る空。だが、それでもまだ百竜夜行が収束する道が見つからない。もしも。この状況下で百竜夜行が起こりでもしたら、再びヒノエ達と共に出撃しなければならないだろう。

 

「とっとと終わらせねぇとな…」

 

改めてゲンジはヒノエへの恩返し…いや、里への恩返しの為に原因を突き止める事を決意し、ハチに乗るミケと共に歩みを進めた。

 

 

 

 



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重なり合う2つと1つの想い 

里を回ったゲンジは、依頼を受けようと考えついた。

 

「さて、ひと回りも済んだし久しぶりに依頼でも受けるか」

1週間で鈍りに鈍った身体の調子を取り戻す為に狩りに出かける為にゲンジは装備を揃えるべく家へと脚を運ぶ。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

____喰らえ 喰らえ

 

全てを喰らえ

 

 

「…!」

突然 自身の頭の中で響くかのように謎の声が聞こえた。それはまるで地の底から響く程、低い男の声だった。

 

「ゲンジ…大丈夫かニャ?」

 

「……あぁ。大丈夫だ。単なる頭痛だよ」

ゲンジは頭に手を当てるも、それ以降は声が聞こえる事はなかった。そのまま家へと再び脚を運ぼうとした時だった。

 

「おぉ。ゲンジよ。探したぞ」

肩に手を置かれ、陽気に声をかけられる。振り返ると相変わらず歳を喰いながらも筋骨隆々であり、生き生きとしているフゲンの姿が映り込んだ。

 

「フゲンさんか。アンタも変わらずだな」

 

「ハッハッハッ。たった1週間程度じゃ俺は変わらんよ。そうだ。お主に話したい事があった。俺の家まで来て欲しい」

 

「え?まぁいいが、ちょっと待ってろ」

 

その後、ゲンジは家に一時的に戻り装備を纏うとフゲンの家へと向かった。

 

ーーーーーーー

 

フゲンの家の中に着くと、座布団の上に座る。ミケとハチは外でフゲンのオトモであるコガラシと遊んでいた。

 

フゲンから雅な湯のみ出される。中には湯気が湧き立つお湯が注がれている。それと同時に注がれた茶の真ん中には茶柱が立っており、手を取るたびに揺れて水面を揺らした。

 

「…何か良いことでもあったのか?」

フゲンの入れる茶に茶柱が立つ時は大体 良い知らせである。だが、その反面に立っていなかった場合は悪い知らせを聞く。

 

「あぁ。まぁ、取り敢えず楽にしてくれ」

 

それから、フゲンはゲンジに現在の状況に加えて、自身の武勇伝を話し始めた。その話は中々面白く、普段、他人の話にあまり耳を傾けないゲンジでも笑みを溢してしまう程のものであった。

 

それに対して、ゲンジも自身の訓練時代の事や各地方を回って、この地方にいなかったモンスターの話をフゲンにした。

この地方には存在しないモンスターの話にフゲンも興味を示し、笑いながら聞いていた。

 

その談笑はどれくらい続いただろうか。互いに言葉を交わしながら茶を飲んでいる内に時刻は既に夕焼けが差し込む程にまでなっていた。

 

 

「あ、もうこんな時間か」

ゲンジは立ち上がり、フゲンの家から出ようとする。

 

すると、それをフゲンは呼び止めた。

 

「お主に聞きたいことがある」

 

「聞きたいこと?」

 

「うむ」

 

フゲンは頷くと、自身が毎日扱う湯呑みを手に取ると口に運び、苦味を感じながらそっと元の場所へと置いた。

 

そして 目を大きく開くと、その鋭い眼光をゲンジに向ける。

 

 

 

 

 

_______2人をどう思っておる?」

 

 

 

 

その瞬間 窓の底から風が入り込み、その場に涼しげな空気を運んだ。先程の談笑し合った楽しげな空気が一瞬にして沈黙へと成り代わってしまった。

フゲンからの突然の質問にゲンジは固まってしまった。

 

「…どうした?」

 

「え…いい…いや…その…」

 

「ん?いまさら過ぎる質問だったか?すまんすまん。なら変えよう。『式の日取り』はいつにする?」

 

「飛びすぎなんだよ!!!!」

 

それから空気を戻すと、ゲンジは難しい顔となる。

 

「結婚……する程好きであるか…言い切れるかどうか…」

 

ゲンジの中では、ヒノエとミノトは恋人という範疇にはありながらも、結婚という将来を誓い合う程の相手としては見れていなかったのだ。

ゲンジのその言葉にフゲンは腕を組みながら、しばらく黙り込む。

 

数分後 茶柱が揺れると同時にフゲンは目を開くと、ガッカリしたかのように肩を落とす。

 

「そうか。主がそうなら、致し方あるまい」

「……悪い。まだ自信が持てなくてな……」

 

「良い。ならば……そうだな。近くの村の2人のハンターがヒノエとミノトに好意を抱いていた筈だ。そ奴らなら任せられるかもしれん」

 

フゲンのふと溢した言葉がその場に静かに響き渡る。

 

 

 

 

その瞬間

 

 

 

 

____あ?」

 

 

 

フゲンの家…いやカムラの里全域が高密度の殺気に包まれた。

それと同時にゲンジを中心にフゲンの家の中にある家具が次々と揺れ、触れてもいない湯呑みには亀裂が走っていた。

 

「誰だそいつらは…?2人に勝手に手を出しやがって…場所を教えろ…!!!!」

ゆっくりと立ち上がる時に見えたゲンジの目は想像を絶する程 血走っており、顎にある筋肉さえも筋を沸き上がらせていた。

 

殺気の根源はゲンジであり、鳥居の方から鳥達が飛び立つ羽音が聞こえてくる。

 

すると

 

「ハッハッハッ!!!」

 

フゲンはゲンジのその顔を見た途端に面白がるように顔を上げ手を叩きながら高笑いし始めた。

一方で 突然 笑われたゲンジは青筋を浮かべながら低い声でフゲンに問う。

 

「…なぜ笑う…?場合によっては殴るぞ」

 

ゲンジは拳を握り締める。その姿を見たフゲンは笑いを止めると、活気立つ笑顔を向けながら答えた。

 

「いやぁすまんすまん。主が想像以上に怒るものでな。うむ。それほど2人の事を大切に思っておるのがよぉく分かった」

 

「…はぁ?」

フゲンの言葉にゲンジは調子が狂い、殺気を引っ込めてしまう。

 

「分からんか?今のは嘘だ嘘。お主があまりにハッキリしないもんだから少しカマを掛けてみただけだ」

 

「な…!!!!」

まさかの全て嘘だったのだ。フゲンはわざと、ゲンジをハめて真意を確かめようとしていたのだ。

それと同時に自身が真剣になっていた事に気づいたゲンジは顔を赤く染め上がらせてしまう。

 

「いやぁあそこまで怒ったのならば何よりだ!!力もしかり!愛情もしかり!!うむ。お主なら安心して2人を任せられる」

 

そう言いフゲンは笑みを浮かべながら、ゲンジの肩に手を置いた。

 

「2人を頼むぞ」

 

その後 フゲンの家を出ると、ゲンジは先程の自身の事を思い出してしまい、依頼を受ける気力を失ってしまった。

 

 

薄々と感じてはいた。自身が2人に好意を抱いている事を。それがハッキリと言い出せなかった。

だが、フゲンの行動によって、自身のモヤモヤな正体がハッキリと分かった。

 

夕日が差し込む中、ゲンジは皆が次々と宿に戻る中、集会所へと向かった。

 

「ニャ!?ゲンジ!どこ行くニャ!?」

それをミケはハチに乗りながら追いかける。

 

◇◇◇◇◇

 

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「いいのですよ。集会所の依頼を受けに来るハンターは多いのですから」

 

受付のカウンターに座りながら作業をしているのは、ミノトだけではなく、ヒノエもであった。

 

あまりにも、集会所の依頼の受付の人数が多い為にヒノエは里の依頼の受付を少し早く閉めて、こちらに応援にきたのだ。

 

次々と帰還するハンター達の手続きを姉妹は次々と捌いていく。

 

それから、しばらくしてハンター達の人数が段々と減り続け、遂には数十分に一団体程度のものとなった。

外には夕日が沈み込む様子が映し出されており、それに比例するかのようにハンター達は宿へともどっていった。

 

「ふふ。とても賑やかですねミノト」

 

「はい。里が明るくなり、私は嬉しいです」

 

たった1週間前は暗く、ハンターもゲンジ1人であった里が今では何十人ものハンター達が訪れ、明るく活気に満ち溢れた物へと生まれ変わっていた。

 

「さて、あと二つの団体さんで今日の受付は終了となりますね。終わったらゲンジやお義姉さん達を誘ってご飯を食べましょう」

 

「はい。料理はお任せを」

 

その明るい雰囲気に2人も染まり、この後の予定を楽しみながら決めていた。

 

 

「ふふ。ヨモギちゃんから聞いた時は本当に驚きました。まさかゲンジが代わりに払っていてくれたなんて…帰ったら代金とお礼をたっぷりしてあげないといけませんね」

 

「ね…姉様…目が怖いですよ」

 

 

すると

 

集会所の入り口から1人のハンターが大股で歩いてきた。そのハンターは宿へと戻るハンター達の間をすり抜けながら、自身らの元へと向かってやってくる。

 

「まぁ…!」

そのハンターを見た瞬間 ヒノエの顔は驚きと共に満面の笑みに包まれ、ミノトの表情も更に柔らかくなる。

 

背中まで伸びた青い髪を野を掛ける少女の如く風に揺らしながらも、苦難を乗り越えるかのように力強い足踏みかつ、暗闇を照らす銀色の太陽であるリオレウス希少種の装備を纏い近づいてくるそのハンターはゲンジだった。

 

顔を真っ赤に染め上げながら、まるで何かを溜め込んでいるかのように口を膨らませていた。

 

「あら?どうしましたか?顔が真っ赤ですよ?」

 

「何かあったのですか?」

歩いてきたゲンジは2人の目の前までやってくると、突然 その脚を止め、顔を上げた。

 

そして

 

右手の人差し指をヒノエとミノトに向けて口を震わせた。

 

 

「俺は……俺は……」

 

「?」

指先から全身が震えながら出る言葉にヒノエとミノトは首を傾げる。何を言いたいのかさっぱり分からなかった。

 

一方で赤く染まったゲンジは今まで腹に溜まっていた思いを全て吐き出すかの如く 2人に向けて叫んだ。

 

 

「俺は…お前ら…ふ…2人の事が______!!!!!

 

 

 

 

 

その後の言葉は集会所を出て行こうとしていたハンター達、テッカちゃんに乗りながら書類に筆をしたためるゴコク。そして、集会所で働くアイルー達の耳にまで届いていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ふぅ。少し遅くなってしまったな」

 

「ウツシさんいくらなんでも気合い入れすぎだよ…」

鍛治職人達や、ハンター達が我が家や宿へと帰る中、翔蟲の訓練を終えたハンター達も帰還する。

何故か今日はウツシの気が昂っていたのか、大社跡から直接 修練場に移動して、そこで訓練というハードなスケジュールとなってしまった。

 

「まぁこれである程度の翔蟲の使い方はマスターできたから良しとしよう」

 

「そうだね」

 

2人は自身らが寝泊まりしているゲンジの家へと着く。

入り口付近に近づくと、

 

「あ。お帰りなさいませ。夕食のご用意ができてますよ」

パタパタと音をたてながら受付嬢のコーデではなく、簡易的な和服を纏ったヒノエが出迎えた。

 

「ヒノエ。悪いな。せっかく作ってくれたというのに冷ましてしたまっただろう」

 

「いえいえ。問題ありませんよ。彼がお二人が帰ってくるまで待とうと言っていたので」

 

そう言いヒノエは中に目を向ける。それに釣られてエスラとシャーラは中に顔を入れると、囲炉裏の側であぐらをかきながら防具を磨くゲンジの姿があった。炎に照らされるその顔は穏やかであった。

そして、そのゲンジの横ではその身体に体を預けながら眠るハチとミケの姿があった。

 

さらに、その目の前にある台所ではミノトが具材の入った鍋を掻き回していた。その鍋から香ばしい匂いをエスラは味わうかのように吸い込む。

 

「う〜ん。いい匂いだ。では、ありがたくいただくよ」

 

「お腹すいた」

 

ヒノエは一足早く上がると、座り込むゲンジに呼びかけた。その様子を二人は微笑みながら見つめ、装備を外す。

 

「お二人が帰ってきましたよ。そろそろご飯を食べましょう。

 

 

 

 

 

 

_________旦那様。

 

「ふぁ!?」

 

「おお〜」パチパチパチパチ

 

 



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現在の設定

ゲンジ

 

カムラの里を故郷と決めて骨を埋める事を決意。そしてヒノエとミノトに恋心を抱いている事を自覚して、遅れながらも自身から告白した事で晴れて両想いとなった。

薬の影響によって、寿命がヒノエやミノトとほぼ同じ年月まで伸びている。

 

身長について

 

155で止まっており、この先伸び代はあってもたった5cmであり、それ以降は伸びないと言われている。何度もミルクを飲み、伸ばそうと努力はしているものの、全て骨に吸収されて骨密度が増すばかり。更に、筋肉が見た目に対して多い為に身長に対して65kgという重めの体重である。

ヒノエとミノトよりも肩幅が若干小さい為に2人いればアッサリと覆い隠せる。

 

筋力について。

元々 虚弱体質かつ肺が弱く運動が苦手であったが、薬を打たれた事で身体や細胞が変化した事でそれが解消された。

身長が伸びにくかった為に訓練生時代に多くの同期にバカにされていたが、諦めずに筋トレをした結果、細身ながらも大量の筋肉を積み立てる事に成功した。その後も、武器訓練と共に身体へのトレーニングを欠かさなかった為か、身体能力のリミッターが外れてアオアシラやオサイズチなどの小柄な大型モンスター程度ならば助走をつけた蹴りで転倒させる事ができるようになった。腕力もしかり。自身よりも巨漢なハンターを持ち上げてしまう。

なぜ、双剣を扱っているのかというと、双剣の方が身体を活用しやすいからとの事。

 鬼人空舞をする際の双剣の持ち方が独特であり、片手だけ逆手持ちとなる。(リヴァイ持ち)

 

ヒノエ

 

双子の姉妹の姉の方

ゲンジの命の恩人であり、里の中で一番最初に心を開いた相手でもある。百竜夜行を退ける為に何度も里に来るハンター達に向けて頭を下げてきた故にゲンジの事も半信半疑であったが、頷いた時から信用するようになる。

百竜夜行より以前から気になっていたらしく、マルバの一件からは完全にベタ惚れとなる。

美しい見た目に対して怪力であり、巨大な荷物が乗せられた荷車を引く事が可能。

料理は苦手であるが、最近は腕が上がり始めている。今度は自身がミノトに料理を作ってあげたいらしい。

ゲンジのファーストキスがエスラに奪われていると知るとそれを上書きするために5回もキスをしたらしい。

基本的に食べ物なら何でも食べる健啖家である。甘い物やしょっぱい物が特に好き。

ゲンジに告白された事で『旦那様』と呼ぶようになる。

 

ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子 ウサ団子

 

ミノト

 

双子の姉妹の妹の方

最初はゲンジがハンターであった為に毛嫌いしていたが、自身の信用を得る為に大量の大型モンスターのクエストを一括で受注した事や、マガイマガドから助けられた事で恋に落ちる。

他人から見て奥手な方として見られているが、実際は凄く積極的であり、目の前でゲンジが布団で横になっていれば即座に入り込もうとする程。

ヒノエ同様に怪力である。

ヒノエに対して栄養バランスを考えた食事を出している為に、料理が得意。

誰とも問わず、目の前で疲れている人を少しでも見ると力ずくでも休ませようとする程、里の皆を大事に思っている。

特にゲンジは疲れていたとしても隠すのが上手いので目を凝らしてよく見ているらしい。

ゲンジの事も愛しているが、ヒノエの事も愛している。

 

エスラ

ゲンジとシャーラを心身共に愛する溺愛お姉さん。武器はヘヴィボウガンを扱っており、ガンナーであるヒノエと相性が良い。

男性ハンターに匹敵する程の長身を持ち合わせており、スタイリッシュである。やや傲慢な口調や態度を取るが、根は仲間想いの優しいお姉さん。

ヒノエから『お義姉さん』と呼ばれているが、気に食わないらしい。

ゲンジと共に里を故郷として骨を埋める事を決意する。

 

シャーラ

ゲンジを溺愛する双子のお姉さん。武器はゲンジと同じく双剣を扱っている為に、2人のコンビネーションに加えてエスラの射撃サポートによる狩猟は圧巻らしい。

無口ではあるが、信用した相手にはよく喋る。ミノトと仲良くなり、2人でよく話している。

エスラからファーストキスを奪われており、その時に『やられるならゲンジの方が良かった…』と溢している。

ゲンジと共に里を故郷と決めており、住むことに決めた。

 

フゲン

里長のジジイ。当初は重婚は反対していたが、2人の熱意とゲンジの2人を大切に思っている事を見抜きアッサリと了承した。

 

ゴコク

ギルドマネージャーのお爺ちゃん。ヒノエとミノトを幼い頃から知っており、2人がこの先 ずっと独身となってしまうのではないかと危惧していたが、2人がゲンジと両想いとなった事で一番喜んでいた。

 

ハモン

鍛冶屋の親父。元々、ゲンジを信用していなかったが、百竜夜行の時にマガイマガドを討伐し、かつ自身の孫であるイオリを助けてもらった事で信用するようになる。

マルバ達に対して最も嫌悪感を抱いており、マルバ達がまた来た時は本気で殺そうとしていた。

 

ウツシ

ハンター教官のお兄さん。ゲンジを『ベテランハンター君』または『ゲンジくん』と呼ぶ。最近では出番の少ないロンディーネの愚痴り相手となっている。

希少種をたまに奇行種と呼んでしまう。

 

ロンディーネ

交易の役目を務める凛としたお姉さん。里の皆からも家族として見られており、特に子供達から人気であるが、等の本人は無邪気な子供が苦手。

出番が少ない為にウツシに愚痴っている。

 

ヨモギ

里の団子屋を営む天真爛漫な少女。観光にきたハンター達から大人気であり、射的を見せれば必ず拍手喝采が起きる。ゲンジが来るまで夜通し仕事をしている皆によろず焼きを差し入れするという心優しい面がある。それに対して、ガトリング銃を握ると性格が豹変し、下衆な笑みを浮かべながら連続射撃を行う。(百竜夜行の時だけ)

ゲンジの事を『英雄』として尊敬している。

ヒノエの50本注文も遂には日常動作となっており、頼みに来なくても用意してしまう程。

 

イオリ

里のオトモ紹介場で来るハンター達にオトモを紹介している心優しき少年。褒めて伸ばす事をモットーとしており、アイルーやガルクからは大変に懐かれている。

ヨモギ同様にゲンジの事を『英雄』として尊敬している。

チャージアックスが得物であり、小さい身ながらも軽々と振り回す。

 

セイハク

おにぎり屋を営む少年。りんご飴屋のコミツに好意を抱いており、いつ言い出そうか迷っている。おにぎりに扱う塩が特殊な塩であり、とても人気。道が開通した事でおにぎりが飛ぶように売れるようになり、同時に里の名物となった。

 

ヒノエにおにぎりの中に団子を入れるのはどうかと提案された時は全力で拒否したらしい。

 

コミツ

里のりんご飴屋を営んでいる少女。道が開通してからよく売れるようになったらしく、おにぎりに並び里の第二の名物となった。

 

ヒノエにりんご飴にウサ団子を組み込む事ができるか聞かれた際はアッサリとできないと言った。

 

トゥーク

蒼天の証の主人公。現在はユクモ村に滞在中。エスラ達と別れた後に到着した便でユクモ村へと戻り、偶然再開したエスラ達と共にアマツマガツチを撃退する。

その後は村の皆と共に渓流でゲンジを捜索していたらしい。現在はユクモ村でアマツマガツチによって破壊された家屋の修理を行なっており、終わり次第 カムラの里へと向かおうとしている。

 



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一日の幕開け

まだまだイチャイチャ回は続きますよ。


「……」

ゆっくりと目を覚ますと辺りにはまだ湿った空気が漂っていた。陽はまだ登る気配を見せず、外は薄れながらもまだ暗かった。

 

「んん…」

ゆっくりと上半身を起こす。すると、自身は2人の女性に挟まれながら寝ていた。

耳が少し尖り、細長い4本指が特徴的である美しき竜人族の姉妹『ヒノエ』と『ミノト』自身の左右には2人が艶のある髪を見せながら寝息を立てていた。

 

「そうか…俺は遂に…告白したんだっけか…」

薄々ながらも昨日の出来事を思い出した。ヒノエとミノトに告白をしたゲンジはその場で固まってしまうも、2人に自宅まで運ばれて、その言葉に2人は頷いた。

式の日取りは当分先になるだろう。百竜夜行が終わるまで、ゲンジは結婚はできないと言ったからだ。

 

「…顔でも洗うか…」

そう呟き、水が滴り落ちる台所に向かう。

 

その時だ。

 

「……ん?」

自身の目線が突然高くなる。なぜだろうか?自身の身長がようやく伸び始めてくれたのだろうか。いや、こんな一気に何センチも高くなるはずがない。あったら気持ちが悪い。気付かないうちに伸びてくれるからこそ、成長の楽しみがある。

 

いや、これは身長の伸びではなかった。地面からの感覚がなくなっていたのだ。

 

「おはようございます」

すると耳元にとても優しい声が囁かれた。それと同時に自身の身体がキツく締め上げられる。

 

「!?」

胸の辺りに目を移すとそこには自身を抱き抱え上げている白い左手。左脇から右脇に倒されながら自身を赤子のように抱いていた。

 

 

そして

「〜♪」

鼻唄と共に自身の頭には右手が添えられ、その右手は自身の顔を抱き上げ者の正体に押し付ける。

それと同時に自身の背中にはとても柔らかな感触が広がり、背中全体を覆う。

 

「あらあら。聞こえなかったのですか?旦那様」

 

「その呼び方はやめろよ…ヒノエ姉さん…」

 

ゲンジが振り向くとそこには先程のまでぐっすりと寝ていたヒノエの姿があった。頬を赤く染めながら太陽のような笑みを浮かべ、琥珀色の綺麗な瞳を向けていた。

 

「そうですね。まだ式の日取りが未定ですものね〜♪」

 

「ちょ!?」

すると、ヒノエはゲンジの頭に添えられていた右手で抱き上げていたゲンジの頭を自身の首元に抱き寄せると頭を擦り寄せてきた。

 

「呼び方もだが、これもやめろ!」

 

「嫌ですよ〜。もしかして照れてるんですか?本当に旦那様は可愛いですね♪」

そう言いヒノエは更にゲンジに頬を擦り寄せてくる。温かな頬と頬が擦れ合うと、ヒノエの甘い香りによってゲンジの顔はますます赤く染まる。

 

 

「朝から随分とヒノエ姉様と仲がよろしいですね…ゲンジ」

 

突然、ヒノエとは違い、凛とした声がその場に響いた。その声はまるで抱き上げられているゲンジを羨ましそうにしているようだった。

 

「ミ…ミノト姉さん…」

ゲンジの斜め後ろには先程まで眠っていたミノトの姿があった。ヒノエと同じく琥珀色の瞳を持っているが、頬を膨らませながらその目を鋭くさせていた。

 

 

「し…仕方ねぇだろ!?降りれねぇんだから…」

そう言いゲンジは頬を膨らましているミノトから目を逸らし、抱き上げられた事で地面から離れた自身の脚に目を向ける。

 

 

 

「ミノトも抱っこしますか?」

そう言いヒノエは赤子を渡すかのように抱き上げたゲンジをミノトに向ける。すると、ミノトは目をキラリとさせる

 

「では遠慮なく…!」

ミノトはヒノエの後ろに回ると、ゲンジを抱き上げるヒノエの腰に手を回して、同じくヒョイと赤子のようにヒノエを抱き上げた。

 

「あらあら。てっきりゲンジを抱っこしたいのかと思っていましたよ」

 

「ゲンジならば夜に存分に堪能させていただきます。朝はやはりヒノエ姉様でないといけません」

そう良いミノトは抱き上げたヒノエの背中に顔を押し付ける。彼女もヒノエに甘えたいのだろう。

だが、他者から見れば今の体勢は身長が低いゲンジがヒノエに持ち上げられ、そのヒノエと同じ身長のミノトがそれを抱き上げるという何ともシュールな光景であった。

もはや抱っこというより組体操である。

 

「ミノト〜重くありませんか〜?」

 

「滅相もありません!風のように軽いです!」

 

「早く降ろせ!!何だこの体勢は!?」

ヒノエの質問にミノトは顔をキラキラとさせながら答え、蚊帳の外であるゲンジの訴えは聞こえない、

 

その後、ようやく降ろされた事で解放されたゲンジは背中が突然暖かくなると同時に周囲の景色に光が差し込む光景を目にした。

 

 

すると

 

 

 

その場にいた3人を照らすかのように遠方にある山の山頂から闇を掻き消す輝かしい陽の光が昇ってきた。

 

顔を出した太陽は眩しい光を放ちカムラの里を照らしていく。

 

その景色を見て一日の始まりを感じたゲンジは振り向き自身の後ろに立つヒノエとミノトに笑みを浮かべた。

 

「今日もよろしくな」

その言葉にヒノエは満面の笑みを。そしてミノトも満面とはいけずとも、いつもより明るい笑顔を見せ頷いた。

 

 

「「はい。こちらこそ。旦那様」」

 

すると

 

「うぁ〜!よく寝たぁ…」

 

「姉さんよだれ」

「ニヤァァ!エスラ涎が毛についたニャ!」

ヒノエとミノトの隣でハチとミケを抱きながら眠っていたエスラとシャーラも目を覚ました。

 

「食事の用意をしましょう」

 

「えぇ!」

 

「俺も手伝うよ」

 

自身の第二の故郷『カムラの里』に住み、早数ヶ月。そして、ヒノエとミノトに告白して2ヶ月。新たなる家族との生活が朝からドタバタしながらも、今日もまた里での一日が始まる。

 



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驚きの知らせ

「さて、今日も行くか」

冷えた身体を柔らかくほぐすようにゲンジは首を左右に曲げる。この数ヶ月間の内に傷は完全に完治していた。

 

「はい。もっと体重をかけますよ〜」

 

「まだまだいける」

そしてヒノエの手を借りながら柔軟体操を始める。

 

そんな時だった。

 

「ゲンジ!大変だ!!」

 

「ん?」

玄関から荒く息をしながら慌てたエスラが滑り込んできた。その手には一枚の手紙が握られていた。

 

「なんだそれ?」

 

「今朝方…フゲン殿のところに届いた文でな…内容によるとトゥークが重傷を負ったらしい…!」

 

「な…」

 

「トゥーク…とは一体…」

ゲンジの背中に手を置いていたヒノエは横から受け取った手紙を覗き込む。

ゲンジは名前が初耳であったヒノエとミノトに説明した。

トゥークとは、カムラの里に来る前に共にイビルジョー を討伐した男性ハンターの名前であり、仲間と認識している数少ない者の1人である。

フゲンの手元に届いた手紙を見ると、軽い近況報告に加えてトゥークがブラキディオスによって重体を負った事が記されていた。

そのトゥークが重体である知らせはゲンジを驚かせた。

 

「っ…見舞いに行ってやるか」

すぐさまゲンジは装備と必要最低限の荷物を整える。医療用の秘薬に加えて回復薬をふんだんに。

 

「ヒノエ姉さん。確かフゲンさんがしばらくは百竜夜行は起こる事はないって言ってたよな?」

 

「はい。もしかしてユクモ村へ?」

 

「あぁ。あっちも俺の事を探してくれてたみたいだからな。礼を言わなきゃならねぇ。それにトゥークにも何かと恩があるからな」

ヒノエの問いに答えるとシルバーソル装備一式を纏い、ヘルムを抱え、荷物が積まれた麻袋を背負う。

 

「必ず3日で戻る。エスラ姉さん達は里を頼む」

「任せろ」

それだけ言い残し、自宅の玄関をくぐり抜けようとした時だった。

 

「待ってください」

「なんだ?」

突然とヒノエに呼び止められるゲンジは即座に振り向く。すると、ヒノエは懐から一つの風呂敷に包まれた壺を手渡した。

 

「これを」

その蕾には筆で『カムラ』と書かれていた。その印を見たゲンジは思い出した。自身がここへ運ばれた時にヒノエに塗ってもらった傷薬だ。

「コイツは…俺に使ってたヤツだよな?」

 

「はい。トゥークという方にお使いください。一日動けない代わりに火傷や裂傷。打撲などの痛みがすぐに引きますから」

 

「いいのか…?貴重な薬じゃねぇか」

 

「いえいえ。カムラの民 一人一人が持っている薬なので御安心を。それに友達が長く苦しむ姿を見たくはないでしょう」

 

「別に友達じゃねぇ…まぁいい」

ゲンジはヒノエから渡された薬を風呂敷に包むと麻袋に入れる。

 

「あ…ありがとな。__んぐ!?」

御礼を言おうとした瞬間。頭をヒノエに抱き寄せられ、柔らかな唇を押しつけられた。反応が遅れたゲンジは気を持ち直し、即座に離れようとする。それを感じ取ったヒノエは数秒間だけ唇を重ねると抱き寄せていた手を緩め、アッサリとゲンジを解放した。

 

「ふふ。『行ってらっしゃいのチュー』というものです♪」

「うぅ…」

 

ヒノエの笑顔にゲンジは何も言い返せず黙り込む。すると、後ろでその光景を目にしていたミノトは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「姉様ばかりズルいです…!」

「!?」

そしてミノトはズカズカとゲンジに近づくと頭を両手で抑え込み、今度は自身の唇に押しつけた。

そして数秒経つと、ミノトもヒノエと同じく即座に解放した。 

この数ヶ月間に何度も2人から接吻を受けた為にある程度の耐性はできてはいるものの、それでも完全に慣れることはできなかった。

 

一方でヒノエは頬を赤く染め膨らますミノトを見ながら微笑むとゲンジに言葉を掛ける。

 

「ふふ。道中お気をつけてくださいね」

 

それと共にミノトもゲンジに言葉を掛ける。

 

「私達に会いたくなったらいつでも戻ってきてください」

2人から琥珀色の目を向けられると共に掛けられた見送りの言葉にゲンジは接吻を受け、顔を真っ赤に染めながらも頷いた。

 

「わ…分かってる…」

 

その様子を見ていたエスラは悔し涙を流しているものの、シャーラは笑みを浮かべていた。

 

その後、フゲンやゴコクへと訳を話しユクモ村に数日間赴く事を伝え、了承を得ると里の入り口に止まった荷車に乗り皆に見送られながらユクモ村へと向かった。

 

 

『喰らえ』

 

 

「…!!」

 

「んニャ?どうしましたニャお客さん?」

 

「…いや…何でも無い」

 

突然とどこからともなく聞こえてきた不気味な声。それを耳に捉えたゲンジは表情を険しくしながらもアイルーに異常が無いことを伝えた。

 

 



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聞こえてくる謎の声

リメイク版です。とりあえず小説キャラとの交流を省きました。

あとは風神編以降も改変していきます。


 

ユクモ村へと到着したゲンジは軽くトゥークの見舞いを済ませ薬を渡すと一泊した。流石に夜の山越えは危険な為に泊まる事となったのだ。別にゲンジにとっては問題はないのだが、送迎してくれる荷車のアイルー達に迷惑をかける訳にはいかない。

 

そして次の日。目を覚ましトゥークと村長と軽く話をするとユクモ村を発ちアイルー荷車へと身を乗せた。

 

「カムラの里まで頼む」

 

「アイアイサだニャ〜!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

荷車に揺られている中、ゲンジは鞄から携帯食料を取り出すと口に含む。カムラの里まで時間が掛かるために栄養補給をしておかなければならないのだ。

 

「お客さん。最近若いハンターさん達からよく聞くんですがどうやら各地で暴風が起きているらしいですニャ」

 

「暴風?」

 

手綱を引くアイルーから不意に聞かされた話にゲンジは首を傾げる。

 

「えぇ。アッシが聞いた話ではね。アマツマガツチが撃退されたにも関わらず砂漠や寒冷群島で突然と風が吹き荒れ始めてクエストを断念っていう事態が多々ある様ですニャ」

 

「…そうか…」

 

アイルーの話にゲンジは不審に思い顎に手を当てながら考え始めた。アマツマガツチが撃退されてもなお暴風が各地で発生するなど、確実に古龍の仕業でしかない。

それもカムラの里のクエストの守備範囲である寒冷群島や砂漠でも起こっているとなるとどうにも怪しく思えてきた。

 

「(粗方…古龍の仕業ってとこか…)」

 

そう心の中で呟くとゲンジは空へと目を向けた。

 

 

「__?」

 

そんな時だった。ふと目を向けた先にある雲の中に“唸る長い何か”が見えた。

 

「何だ…?あれ…」

 

ゲンジは目を凝らしもう一度見てみる。だが、その直後に雲の中へと消えていき見えなくなってしまった。

その直前に見えたのはまるで海竜種のように身体をくねらせている影であった。しかも距離とその影の大きさから一般のモンスターよりも遥かに巨大である事が分かる。

 

「(新手の古龍…?いや…飛竜種か…?まぁいい…後でギルドから情報が来るだろう…)」

 

影を見たゲンジは軽く片付けると、その身を荷車に倒して目を閉じた。

 

 

 

____我が依代よ_

 

 

その時。突然と頭の中に響いたその声と共にゲンジの意識は別の世界へと引き込まれていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…」

 

目を閉じたゲンジは先程の声を耳にするとその目を開ける。

 

「また呼び出しやがって…」

 

そう言いゲンジは舌打ちをする。目を覚ました先にあったのはこの世のモノとは思えない場所であった。

 

辺りはドス黒い血の池に囲まれておりその色が反射しているかの様に空も血の色へと染まっていた。

 

誰もが見れば悲鳴を上げる程の不気味な風景だが、ゲンジは驚く素振りを見せなかった。それはまるで何度も見てきたかのように。

自身が横になる場所は広さが自身の身長の倍程度の広さのある小さな足場だった。

 

そんな中 ゲンジはふと辺りを見回した。

 

見ると辺りには多くの食い散らかされたモンスターの死体が浮かんでいた。『テオテスカトル』『クシャルダオラ』『オオナズチ』自然そのものとされる古龍達の死体だけが何体も浮かんでいた。そしてその中にはなんと名前さえも口にする事が不吉とされている禁忌のモンスター『アルバトリオン』の死体さえも漂っていた。王の象徴である角がまるで噛み砕かれたかのように欠けており、その神に等しい威厳が失われていた。

 

この海の色は赤。それはただの色ではなかった。モンスターが漂っている。即ち、モンスターの血液によって染め上げられた海だったのだ。

 

青く美しい場所などどこにもない。全てが赤く血で染まっていた。

 

「いつ見てもクソみてぇな所だな…」

その時だった。

 

____我が依代よ。

 

目の前の血の海の中から突然 先程と同じ声が聞こえた。その声は地の底から響くような恐ろしい声であり、聞いた者を畏怖させる程のものだった。

 

それと共にゆっくりと血の海が1箇所だけ盛り上がると血飛沫を上げながら一体のモンスターが現れた。

 

「……」

 

小さな頭部の顎に夥しいほど生え揃った牙。さらに巨大な体躯と共にその胴体とほぼ同じ太さの尻尾。目は正気を失ったかのように真っ赤に染まっていた。

 

『イビルジョー』

 

それがこのモンスターの名前だ。だが、一度、交えた相手とは全く雰囲気が違っていた。全身の皮膚が黒く染まり、口内からはまるで血飛沫のように龍属性エネルギーが漏れ出していた。

 

その口に咥えているのはテオテスカトルの角である。

 

イビルジョー は真っ赤に染まった双眼を自身に向ける。

 

すると

 

______喰らえ喰らえ。

 

_全てを屠り喰らえ。

 

先程の声が再びその場に響き渡る。

 

それと共にイビルジョーの頭部が横になる自身の目の前まで接近してきた。

 

__身を委ねよ。餌が近い__貴様が喰らわねば我に喰わせろ__!!!!

 

その瞬間 イビルジョーの口が開かれ酸性の涎が次々と滴り落ちてくる。その涎は地面に落ちると次々と湯気を立てながら消えていった。まるで何年も食事をとっていない飢餓のようにイビルジョー は目を血走らせていた。

 

だが、ゲンジは臆する事なく、目を鋭くさせた。

「俺はテメェの言いなりになんざならねぇ。いちいち古龍見る度に呼びやがって……大人しくしてろ…!!!」

 

ゲンジは威圧を込めながら言い渡す。すると、イビルジョー は頭部を持ち上げるとそのまま深い深い血の海の底へと沈んでいき、自身の景色も暗くなっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…!!!!」

 

目を覚ました時。目の前に広がっていたのは生い茂る木々の葉の景色だった。太陽の光が隙間から差し込み、自身を照らしていた。

 

「お?お目覚めですかニャ?」

声がする方向へと目を向けると、手綱を引くアイルーがこちらに目を向けていた。

 

景色を見る限りまだ、カムラの里には着いていないようだ。

 

「あと1時間もすれば着きますニャ!もう少し寝てても大丈夫ですニャ!」

 

「いや、いい」

ゲンジは起き上がると、首を曲げて骨を鳴らし、先程の夢を忘れる為に辺りの景色を目に焼き付けた。

 

 



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災厄の再来編
帰還。カムラの里


あれから1時間が経ち、森を抜けていくと、馴染みのある巨大な鳥居が見えてきた。

 

「やっと着いたか」

ゲンジは里の入り口が見えると、荷物を整理し、降りる用意をする。

 

そして、ポポの脚が止まり、荷車の動きも停止すると荷台から飛び降りた。

 

「3日で帰るって言っていたが、たった一日で戻ってきちまった。まぁいいか」

 

予定よりも早く帰ってきてしまった為にフゲンに言わなければなるまい。それと共に自身が古龍を発見した事も。

 

ゲンジは鳥居を潜り、フゲンがいる集会所へと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

各地方には必ず1人や2人はいるであろう荒くれ者の部類に入るハンター。例えばどうだろう。マルバのように受付嬢に付け入る輩に加えて、またある者は報酬金へ苦情を叩きつける者。

 

集会所の受付嬢であるミノトは今、正にその局面に立たされていた。

 

「おいいくらなんでも足りねぇぞ?本来なら20枚ある金貨が18枚しかねぇじゃねぇか…?」

フロギィ装備に身を包んだガンナータイプの大柄なハンター。彼の左手にはクエストの報奨金がまとめられた袋が握られていた。

その突きつけられた苦情に対して、ミノトは冷静に対処する。

 

「一度、ポーチを見せていただけませんか?何やら先程から金属音がするので」

そう言いミノトはハンターの腰に下げられているポーチに目を向ける。辺りにいるハンター達も気付いていた。男が袋から金貨を2枚、ポーチに入れていた事を。更に、その場面を見ていた者もいた。だが、その男は何の悪びれる様子もなく、見せるのを嫌がるかのようにポーチを持ち上げるとミノトを睨む。

 

「あぁ?まさか疑ってんのか!?」

 

「確認させていただくだけで__ぐぅ!?」

 

その時だ。ハンターの右手がミノトの胸ぐらを掴む。

 

「うるせぇんだよ。報奨金が足りねぇならどうするんだ?これは失態だよな?通常の2倍は払ってもらうぜ…!」

 

「ちょ!アンタいくらなんでも横暴だぞ!?」

 

「うるせぇ!!!」

正に横暴。完全なる言いがかりだ。周りのハンターが止めようとするも、彼は即座に気迫ある声で黙らせていた。

 

その時だ。

 

「おい邪魔だ。どけ」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。すると、ミノトは驚きの表情を浮かべた。

 

「あぁ?誰だテメェ!」

ハンターが振り向くとそこには麻袋を背負うゲンジの姿があった。

 

「報酬金が足りねぇのか?なら、その分俺が払ってやるからさっさとどけ」

そう言いゲンジはポーチから金貨を一枚取り出す。

 

だが、気を狂わされた上に本来の目的である報奨金を2倍貰う目的が潰えたハンターは逆上し、ゲンジに向かって拳を振るう。

 

「後から来て俺に命令すんじゃねぇ!!!!」

 

ガンナータイプとは思えない剛腕がゲンジに向けて放たれる。だが、ゲンジは放たれた拳を真正面からアッサリと受け止めた。

 

「…え?」

本気で放った拳を受け止められたことでハンターの顔からは勢いが無くなっていた。

それと同時に顔面を口を塞ぐ形で掴まれる。

 

「ふぐぅ!?」

その握力は尋常ではなかった。自身よりも小さな腕に受け止められた上に屈服させられている。

目の前を見ると、ゲンジの怒りに満ちた目が向けられていた。

 

「ほら。一枚金貨やるよ」

そう言いゲンジはハンターに向けて金貨を投げ渡す。それと同時に顔を掴む握力を高めると、怒りの目を向けながら人差し指を目の寸前まで向ける。

 

「ひぃ!?」

その向けられた人差し指がまるでナイフのように見えていた。すると、その拍子に男は手に持っていたポーチを落としてしまう。すると、

 

チャリン

 

 

中からは回復薬と共に2枚の金貨が放り出され、コロコロと転がりながら受付の机に辺り地面に倒れた。

 

それを見た瞬間 男の顔が恐怖に染まる。ゆっくりとブリキのように前を見るとそこには

 

毛細血管が沸き上がり、血走った目を剥き出しにしたゲンジの顔があった。

 

「テメェ……それは何だ…?」

 

「ヒィ!?」

その目は正にモンスターと呼ぶに相応しく、鋭くなった瞳からは確実に自身を殺す程の殺気が感じられた。

 

 

「す…すいませんでした!」

ゲンジを恐れたハンターは金貨を拾うとすぐさまミノトに土下座をし、逃げるように集会所から走り去っていった。

 

それを見たゲンジは、ミノトに顔を向ける。

 

「大丈夫か?姉さん」

 

すると、ミノトは安堵の息を浮かべると共に自身の夫であるゲンジの帰還に喜び、少しながらも笑みを浮かべ頷いた。

 

「はい。ありがとうございます。ゲンジ」

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後 ゲンジはミノトからフゲンのいる場所を教えてもらいその場へと向かう。

 

「うぉ!?早かったな」

案の定フゲンは驚いていたが、それよりも、ゲンジは報告のためにすぐさま家の中へと入る。

 

「どうした?やけに慌ただしいな。何かあったのか?」

フゲンから出された茶を啜りながらゲンジは帰還する途中に雲の中にいたモンスターについて報告した。

 

「雲の中に古龍を見つけた」

 

「…!!」

その報告にフゲンの目が大きく見開かれる。古龍の出現は下手をすれば国一つを動かす程の騒ぎとなる。

 

「それは真か?」

 

「あぁ。一瞬だけだがな。明らかに飛竜種とは比較にならねぇデカさだったから間違いねぇ」

 

その時だ。

 

窓の外から一羽のフクズクが飛び込んできた。そのフクズクはフゲンを見つけると肩に乗る。見れば脚には一枚の文が結び付けられていた。

 

「ん?」

フゲンは結ばれた文を解き開くと、内容を黙読する。

 

その瞬間 

 

「な…なんだと!?」

フゲンの顔が驚きに包まれる。その驚き様は今まで見た事がなかった。

 

「どんな内容だ?」

「…」

文を読み終えたフゲンはその内容を要約し、ゆっくりとゲンジに溢した。

 

「4日後…百竜夜行が起こるそうだ…!!」

「……いきなりだな」

 

正に予報が外れた。前回の文では数ヶ月間は無いと知らせを受けた。だが

最悪な形でそれは覆されたのだ。やはり帰ってきて正解であった。

 

「すぐに皆を集会所へ集める」

 

「分かった」

ゲンジはフゲンの家を飛び出すと、皆へ知らせるべく、伝達を担うヒノエの元へと向かう。

そして、フゲンはすぐさまゴコクの元へと向かった。

 

里に再び大いなる災害が降り掛かろうとしていた。

 



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協力申し出

その後、ゲンジはヒノエとも再会する。ゲンジと再会したヒノエは嬉しさのあまり、抱きついてこようとするが、即座に手を前に出す形で止め、百竜夜行が起こる事を知らせる。

 

「…!」

その知らせを聞いたヒノエは表情をを一変させる。

 

「分かりました。里の皆やハンター様方にお伝えしなければ」

 

「なら、俺も行く」

真剣な眼差しを浮かべるヒノエに対してゲンジも同行する事に決め、宿に泊まるハンター達に加え、里の皆にも伝えた。

 

◇◇◇◇◇◇

集会所へと集められたハンターは総勢約 30名。駆け出しの者もいればベテランの者もいた。

 

集会所の壇上へ、皆を見渡すかのようにフゲンが立ち、その左右に補佐のものであるかのようにヒノエとミノト。そして、ゲンジ、ウツシが立っていた。

 

「ハンター諸君。そして里の者よ。主らにはある知らせを聞いてもらいたくここへ呼んだ」

フゲンは文の内容をハンター達にそして、里の皆にも大声をあげ伝えた。

 

「4日後に百竜夜行が起こる事が予言された」

その知らせを聞いた瞬間 辺りはざわめき出す。一部のハンターには恐れのあまり冷や汗を流す者もいた。

 

「里の者達には砦へ向かう者。そして里に残り食料を補給する者とで分けてもらいたい」

 

それについて里の皆はすでに一度経験している故に頷いた。

 

その一方で、ハンター達は震えている者もいれば、聞いていないかのような表情を浮かべている者もいた。

フゲンはそれを見越していた。故にハンター達へと再び問う。

 

「百竜夜行にはどんなモンスターが何体で進撃してくるか分からぬ。故にここにいるハンター達に頼みたい。どうか共に百竜夜行を退ける為に力を貸してくれぬか」

 

その問いに対し、1人のハンターが口を開く。

 

「も…モンスターが一気に押し寄せてくるんだろ!?」

それに続くように辺りにいるハンター達も次々と声を上げていく。

 

「そんなヤバいもんなんて怖くて行けねぇよ!!それに俺達はまだ駆け出しで装備も強くねぇ!」

 

「俺もだ!つい一月前に訓練生を卒業したばかりだぞ!?」

それに続き新人とおぼしきハンター達が次々と声を上げた。

 

「お…俺も無理だ!」

「俺も!」

 

次々と迎撃への同行を拒否する声が上がり、フゲンは頭を悩ます。予想はできていたが、やはり、返す言葉に悩んでしまう。

 

更に新人だけでなくベテランハンター達からも声が上がり始めた。

 

「俺だってそのつもりで来たわけじゃねぇ!」

 

「そうだ!」

ディアブロ装備、そしてレックス装備を身に纏うハンターやレイアs装備を身に纏うハンター達も拒否の声を現していく。

 

その光景にヒノエはゲンジが来る前の景色を思い出し息を呑み、ミノトは歯を食いしばっていた。

 

「(やはり…今回も数少ない人数で迎え撃つしかないのだろうか…)」

フゲンは歯を噛み締める。すると、自身の横をシルバーソル装備を纏ったゲンジが通り過ぎ、前へと出た。

 

そして ざわめき出すハンター達を見渡すと一言だけ言い放った。

 

「うるせぇぞ…!」

 

『…!!』

 

その声は威圧も含まれていた。ゲンジのドスを効かせた声が聞いた瞬間 先程まで声を上げていたハンター達が一瞬にして口を止めた。

 

「ギャーギャー言ってるならとっとと宿に帰れ。怖くていけない?だから何だよ。ハンターなら死と隣り合わせの事ぐらい理解しとけ」

 

そしてゲンジは後ろに立っているヨモギとイオリに目を向けた。

 

「前に起こった百竜夜行の時はそこにいるヨモギやイオリのテメェらよりも歳下のガキどもさえも武器を持って嫌な言葉一つも出さず迎撃に出たんだぞ。ここにいる受付嬢2人もな」

 

皆の目線がヨモギとイオリに向けられ、2人はその目線に驚きながらも目を逸らした。更に、ヒノエとミノトも目線を向けられると目を逸らす。

 

「俺は4人を尊敬するよ。まだ成人もしてねぇガキ2人やハンター業とは無縁の受付嬢が死ぬ覚悟で前線で戦うなんざ、見た事もねぇからな。それに対して訓練を積んで装備を纏っているお前らは文句ばかり垂れる。笑えるな」

 

ゲンジは心の底から里を守るためとはいえ、身を呈してまで前線に出ているヨモギとイオリには敬意を抱いていたのだ。それは受付嬢であるヒノエとミノトにも同じだ。

当のイオリとヨモギはゲンジに尊敬されていると言われた瞬間に顔を輝かせていた。

その一方で、ヒノエとミノトはゲンジに褒められた事で顔を真っ赤に染め、それを隠すように手を顔で多ながら顔を左右に振っていた。

 

ゲンジの放った言葉にハンター達は静まり返る。皆は何も言い返せずにいた。

 

 

 

そんな時だった。

 

「あ…あの!」

「ん?」

 

多くいるハンターの中から細い腕が上がる。皆の目線が一斉に手を挙げた者へと向けられる。そこに立っていたのはまだチェーン装備と鉄刀という駆け出しの装備を纏った小柄な女性ハンターだった。

 

「私は装備は駆け出しで前線ではお役に立てませんが、兵器での援護ならできます!料理も得意なので補給担当もいけます!それでもいいなら私は協力します!」

 

するとその女性ハンターに続くように隣に立っているアロイ装備とジャギィ装備の男性。更にフロギィ装備の女性も手をあげる。

 

「僕も!兵器での援護なら。あと、撃竜槍の整備でもお役に立てるかと!」

 

「俺も罠での援護なら行けるぞ!」

 

「ボウガンの遠距離なら!!」

 

次々と上がる声。それに対してゲンジは笑みを浮かべていき、ヒノエやミノト達も希望を取り戻していく。そして、ゲンジは声を上げたハンターに向けて敬意を込めて頭を下げる。

 

「なら頼む。そして協力 感謝する」

 

その時だ。

 

「あ…アンタは装備が強いからそうやって偉そうに言えるんだろ!?」

 

先程の不平不満を言い放っていたハンターが声を荒げる。

 

「俺達はお前ほど装備が強くねぇんだぞ!?」

そう言う彼の装備はボロス装備であった。中々の腕前が無ければボルボロスは狩れない。確かにゲンジと比べれば確かに天と地ほどの差があるが、ゲンジにとってそんな事などどうでもよかった。

 

「だから何だ?それはそうさ。だが、誰しも最初は一緒だ。俺だって駆け出しの頃はチェーンシリーズだった。その分努力してきた。最初からこんな装備を纏える奴なんざいる訳ねぇだろ。俺がこれを手に入れるたびにどれほどの血と汗を流したと思っている?」

そのご最もな返しにハンターは返す言葉も無かった。

 

「まぁいい。強要はしねぇが拒否する奴は想像してみろ。自分達よりも非力な奴らが必死こいてモンスター共を撃退する姿をな。それに装備の所為にする奴はさっき声を上げた奴を見習え。アイツらは自分から出来ることを見つけ出して言ってくれたんだぞ。俺はその点でも敬意を抱いている」

 

すると

 

「ハッ!ゲンジよ。難しい話はもう良いだろう。この際ハッキリと言ってやろうじゃないか」

その声が聞こえると同時に多くのハンター達が次々と道をあける。そこには『鳳仙火竜砲』を肩に掛けるエスラと双剣『ギロチン』を背負うシャーラの姿があった。2人は歴戦のハンターとしての強大なオーラを放ちながら悠々と歩いていくと、ゲンジと同じく壇上に上がると、ゴールドルナコートをはためかせながらハンター達へと振り向く。

 

「諸君。武器での迎撃なら我ら金銀姉弟が引き受けよう!!先程の声を上げてくれた者達には心から感謝する。是非とも君たちには兵器での援護を頼みたい」

エスラの活気立つ声を聞いた先程のハンター達は希望と尊敬の目を向けると共に頷く。

 

「他に援護をしてくれる者はいるか?ならばその勇敢な君達にも頼む。どうか我々に力を貸して欲しい」

 

その声に援護に回る者達の声が更に上がり始める。その光景を見ていたフゲンは改めて金銀姉弟であるエスラの采配力やカリスマがとてつもなく高い事を感じ取る。

「(これが…暁のエスラか…!)」

 

一方で、エスラにとって装備が弱かろうと強かろうと、援護に回るだけでも自身の中では立派なハンターだと認識している。今まで出会い強くなったハンターはほぼ全員が今の自分にできる事を必ず見つけていた。故に、エスラは手を挙げた者達へと期待の目を向ける。

 

「ふむ。君達は見込みがある。絶対に強いハンターになれるだろう。

それ以外の手を挙げなかった者達には用はない。さっさと去るがいい。そして見ているのだな。自分達が寝ている間に武器も持たない里の者達や子供達が一丸となって百竜夜行を撃退する勇姿を」

 

その言葉に先程まで拒否する声を上げていた者達は顔を俯かせる。

だが、エスラはただ傲慢な意見を下すだけではなかった。俯き、同行するか否か悩むハンター達に助力を求めるように声を再び掛ける。

 

「だが、同行してくれるのならばありがたい。戦力は多い方がいいからな。たとえ援護であっても、それをしただけで立派なハンターさ」

 

エスラはゲンジの方へと向くと、片目を閉じてサムズアップをする。そして、ゲンジは頷く。

 

「いいか。姉さんの言った通り援護だけでもいい。頼む。兵器なら腐るほどあるからな。ここにいる全員で使っても余るくらいだ」

そう言いゲンジはフゲンの方へと目を向ける。

 

「出立はいつだ?」

 

「うむ…準備もあるから明日となるだろう」

 

「そうか。なら、明日の朝に砦へ遠征に行く。前線か援護で力を貸してくれる奴は出立までに集会所の前に来い。そうじゃねぇなら宿で寝てろ。以上だ。解散」

 

「!?」

すると、その言葉と共にフゲン以外の里の皆やヒノエ、ミノト、ゴコク達は次々と前日の準備のために集会所を出て行った。ゲンジに言われ続けたハンター達はおぼつかない足取りで。自ら名乗りを上げた事でエスラに見込まれたハンター達は目を輝かし気合を入れながら宿へと戻って行った。その様子を見ていたフゲンは目を点にしていた。

 

「あ…おいゲンジ…俺の立場は…」

「あ、すまん」

 

 

 



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迎える出立の朝

翌日。

 

自身の通り名と同じ薄明の空。湿った風が吹く中。目を覚ましたゲンジは洗面台へと赴くと、鏡に映る自身の前にて、前髪もろとも全て後ろに流し一纏めにした。これから来る闘いに向けて気を引き締める為に少し散髪する事に決めたのだ。

その姿を直後に起床したエスラとシャーラは見つめていた。

 

「珍しいな。ゲンジが髪を切るとは」

 

「あぁ。そろそろ伸びてきたからな。大体シャーラ姉さんと同じぐらいまで切ろうと思う」

 

「なら私がやってあげるよ?」

 

「いや、別にいい」

シャーラは指をハサミに見立てながら首を傾げてくるが、それを拒否し、ゲンジはハンターナイフを取り出すと、少し高めの位置に一纏めにした髪を結んだ箇所から若干離れた部分から刃を通らせた。

 

切られた髪は数本の短い毛が床に落ちる。だが、それ以外の大多数の髪はそのまま手にまとめられた形で残った。それと共に切られた箇所に巻きつけられていたゴムは締め付ける力が弱まり、重力に従いながら一気に解かれ床に落ちる。

 

「気分転換には丁度いい」

 

鏡に映っていたのはほぼ、シャーラと瓜二つとなった自身の姿だった。今まで目を隠すほどまで長くなっていた前髪は眉毛を出すほどまで切り落とされ、背中まで伸び顔の影を増加させていた髪も頸までの長さで取り除かれた事で明るい雰囲気を感じさせていた。皆とは違うヒノエ、ミノトと同じ形の耳が出てしまうが、もう気にしてなどいなかった。

 

切り取った髪をまとめ上げて捨てると髪の長さを確認するように二度三度頭を振り、髪を揺らすとゲンジは2人に向き直る。

 

「さて、行くか」

 

「あぁ!」

「うん」

 

防具を纏い、武器を背負った金銀姉弟は悠々とした歩みで家を出る。

そして、集合場所である集会所の前の広間に3人は到着すると、辺りを見回す。

まだ明朝なために来ているのは自身らだけ。いささか早すぎたのか?いや、早くなどない。寧ろ、ちょうど良いくらいだろう。

 

「あ。来たよ」

シャーラが遠くから誰かが歩いてくる姿を見つける。エスラとゲンジもその方向へと顔を向けると、そこにはガトリング銃とチャージアックスを背負いこちらへと歩いてくる勇敢な少年少女のイオリとヨモギの姿があった。

 

「お〜い!おはよう〜!」

相変わらずヨモギは天真爛漫である。そして、その横ではイオリも手を振っていた。シャーラも手を振り返す。

 

「あ!ゲンジさん髪切ったんだ!」

 

「あぁ」

ヨモギはシャーラと同じくらいまで切り落とされたゲンジの髪に注目すると、ひと回りしながら見る。

 

「そっちもそっちで女の子みたいで可愛いよ!」

「…そうか…」

ヨモギの反応に気まずい反応をするゲンジ。自身としては男前になったと言われたかったのだ。そんな時にふとゲンジは反対方向を見る。

 

「…あっちも来たようだな」

そこには受付嬢のコーデを纏いながらヨモギ達と同じくこちらへ手を振りながら歩いてくる弓を背負ったヒノエとランスを背負ったミノトの姿があった。

 

「おはようございます!皆さんお早いですね」

 

「イオリくんとヨモギちゃんに負けてしまうとは…不覚でした」

ヒノエは相変わらず太陽のような笑みを浮かべていた。そして、ミノトは月の如く冷静かつ物静かでだった。

 

 

そして、やはり嫁である2人も夫であるゲンジの髪型を見て固まってしまった。

 

「ゲンジ…その髪型…!」

 

「まぁ…!」

2人はいつも、髪を下ろしている姿を見ているために、急に髪を切りそろえたゲンジを見て驚きの表情を浮かべていた。

当の本人はやっと男らしくみていてくれたのかと期待を寄せていた。

 

だが、ヒノエの心の中にはゲンジが男らしくなったという感情は一片も存在していなかった。あるのはただの夫への愛情に加えて、湧き出た母性本能だけである。

 

「可愛い〜!!!」

「え…ふぎ!?」

ヒノエは顔を真っ赤に好調させると共に髪を切りそろえたゲンジを抱き寄せた。

 

「前まで大人びていたけど切り落とすとこんなに幼く見えるなんて!本当にこれが私たちの旦那様なんですね〜!!」

 

「うぅ…」

ヒノエは次々とゲンジに頬を擦り寄せていく。すると、慣れてはいるものの、ゲンジの顔が段々と赤く染まっていく。それと同時に男らしく見られていなかった事に血の涙を流していた。

一方でその光景を見ていたエスラはやはり嫉妬。そしてまさかのシャーラも少し眉間に皺を寄せていた。

 

そんな中でミノトは場の雰囲気を読み、暴走するヒノエを止めに入る。

「姉様!流石にそこまでするとゲンジが!」

 

「はいミノト♪」

 

ミノトかゲンジに近づいた瞬間 ヒノエはぬいぐるみのようにゲンジをミノトの前に出す。すると、ミノトの動きが止まり、髪を切り揃えたゲンジの顔をしばらく見つめる。髪がショートカットになった為に以前よりも幼さが増していた。すると、ヒノエと同じく心の底から保護欲と母性本能が湧き上がってきてしまった。

 

「………」

「んぐ!?」

すると、ミノトの顔も赤く染まり、無言で差し出されたゲンジを抱き締めた。

「可愛いです…旦那様…!!」

 

そして、何度も何度も頬擦りする。誰も抱き締めている時の顔が見れないが、声の口調からして完全に喜んでいるだろう。

その光景を見ていたヨモギはテンションがあがり、イオリも手をパチパチと叩いていた。

「ゲンジさん朝からラブラブだね〜♪」

 

「結婚式は盛大にお祝いしますよ!」

 

「何だか全然分かってくれねぇなコイツら…」

 

 

すると集会所から4人の足音が聞こえてくる。

 

「ハッハッハッ。朝から盛んだな3人とも。それに散髪とは気合が入っているじゃないかゲンジよ!」

 

「フゲンさん。ようやく来たか…」

高笑いの声と共に集会所からゴコクとウツシ。そしてハモンを連れたフゲンが現れた。

ヒノエはハモンも出撃することに驚いていた。

 

「おやおや今回はハモンさんもいくのですね」

 

「ふん。孫が出てジジィが出ぬ訳なかろう」

前回の百竜夜行ではハモンは里に残り警備を任されていたらしい。本人は不服だったらしく、今回は出撃する様だ。

 

すると、ハモンは自身に目を向けるイオリを見つめた。

 

「…イオリよ」

 

「爺ちゃん……」

ハモンの厳格な目がイオリを見つめる。元々、ハモンはイオリとはあまり仲がよろしくはなかったのだ。

だが、この日は…いや、この日からハモンのイオリを見る目が変わっていた。今まで軟弱者だと罵っていたイオリを初めて一人前の里守として認めているかの様な目であった。

 

「…死ぬんじゃないぞ」

里に残ったただ1人の家族としてイオリにエールを送った。すると、イオリの顔が笑顔に包まれた。

 

「うん!」

頷くイオリ。ふると、フゲンは高笑いをした。

 

「ハモンもようやく孫思いの良いジジィになったな!ガッハッハッハッ!」

 

「フン…孫を心配しておかしな点でもあるのかフゲン」

 

ゲンジ、ヒノエ、ミノトはハモンのデレ様に驚いていた。やはり、イオリが出撃した時は本当に自身の考えを根から改めたようだ。

 

そんな中で、ゲンジはフゲンの足元にいるゴコクに目を向けた。

 

「ところでゴコク殿はどうするんだ?ウツシは双剣、ハモンさんはボウガン、フゲンさんは太刀。アンタは見る限り得物が見当たらねぇぞ?」

 

それについてはエスラとシャーラも頷いた。すると、ゴコクは鼻を鳴らしながら杖を天に掲げた。

「フッ。よくぞ聞いてくれたでゲコ。儂はなぁ…まずはこの杖!そしてこのスリムな体型を生かした格闘術でゲコぉ〜!!」

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

辺りがシーンと静まり返る。

 

すると、ヒノエはふと宿がある方向へと目を向けた。そこには昨夜、自身から手を挙げて援護を請け負ったハンター達が歩いてきていた。

 

「あ。昨日手を上げたハンターさん達が来てくれましたよ!」

「よし」

ゲンジは戦力が増えた事に頷き、フゲンも更なる希望を抱く。

 

「おぉ!何と頼もしい!おおぃ!こっちだ!」

 

「よくぞ来てくれた!!協力ありがとう!!」

「ふん」

ゲンジに続く様にフゲン、ウツシ。そして、ハモンも歩いてくるハンターを迎えるべく歩いていった。

 

「ちょ…ちょっと待つでゲコ!分かった!ちゃんと言うから!ねぇお願いだから聞いて!?500Zあげるから!」

 

ゴコクも焦る様に後ろをついていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、フゲンとゲンジ。そしてヒノエ、ミノト、エスラ、シャーラは階段を上り、下の段にて集まっているハンター達を見る。

 

集まったハンターは30名の内の15名。その内、補給担当に回ったのは5名程らしい。

15名のハンターの中には昨夜 ゲンジに不平不満を言った者達も含まれていた。その他の15名は宿を引き払い、昨夜の内に里を出て行ってしまったらしい。

集まったハンターは『上位6名』『下位9名』であった。昨日のウチに里から出ていったハンター達は全員とも下位のハンターであり、残ってくれたこの下位のハンター達は伸び代と共に勇気があると見ていいだろう。

 

「よぅ。来るつもりはなかったんじゃねぇのか?」

ゲンジは昨夜の集会で『そんなつもりではなかった』と声を荒げた上位ハンターを見つけると声を掛ける。当のハンターは目線を向けられた瞬間 逸らし弱々しく言葉を返す。

 

「来て悪いかよ…」

 

その声にゲンジは表情を一変させ、首を横に振り、来てくれた事への感謝を込めた目を向けた。

 

「いや助かる。よく来てくれた」

 

「…!」

その言葉を聞いたハンターは再び目を向け驚きの表情を浮かべた。それと共にゲンジも他のハンターに向けて敬意を抱く。

 

「他の奴らもそうだ。逃げずによく来てくれた。感謝する」

 

そして、

フゲンは目の前に立ち、集まったハンター達に向けて声を掛ける。

 

「皆よ。よくぞ集まってくれた。里を代表して礼を言わせてくれ!」

そう言いフゲンは文句を言いながらも集まって来てくれたハンター達に対して礼を述べた。そして、その後について説明する。

 

「諸君らにはまず来たるべき百竜夜行に備えて数日間を砦で過ごしてもらう。寝床のスペースもある。武器を試したいのならばその場所も用意してある。食事も里の者に頼み回路を確保して補給できるようにしてあるから安心してくれ。兵器を扱う者はその準備を頼みたい。扱い方については着いてから説明しよう!では、砦へと向かうハンター達は荷車に乗ってくれ」

 

頷いたハンター達は里の皆が用意したガーグァやポポの荷車へと乗り、砦へと向かう。

 

「うむ。何と頼もしい…!ゲンジ、エスラ、シャーラ。お主らにも感謝するぞ」

フゲンは感謝の目をハンター達が参加するきっかけを作った3人に向ける。

 

「礼を言われる程ではない。私達はただ意見を述べたまでさ」

 

「それに、百竜夜行が終わった訳じゃない。お礼はその時までとっといて」

 

「その通りだ。それに目的は根絶だ。俺にとってはまだ恩返しになってねぇよ」

エスラ、シャーラ、ゲンジの3人はそれぞれフゲンに言葉を返すと、横を通り過ぎ、ヒノエ達と共に荷車に乗り込んだ。

 

大勢のハンター達が荷車に乗り、共に砦に向かっていく。フゲンはその光景を見つめていた。

 

ゲンジが運ばれてくる前までは、自身達はただ頭を下げる事しか出来ずにいた上に、協力も得られなかった。

 

だが、ゲンジやエスラ、シャーラが来てからは里は変わった。里の皆から再びハンターへの信頼を取り戻し、かつ、ハンター達を説得してくれた。あの姉弟には感謝以外の言葉が出なかった。中でもゲンジは400年間続く歴史の中で初めて里に被害を出さずに百竜夜行を退けた上にその群れを喰らうと共に里に甚大な被害をもたらしたマガイマガドを討伐してくれた。

 

もぅ、自身はここで里長としては引き時なのかもしれない。

 

「(ゲンジよ…そなたなら…里長の役目を引き継ぐに相応しいのやもしれぬな…)」

 

フゲンは悠々とした背中を向けながら前へ前へと歩いていくゲンジの姿を見つめると、自身も砦に向かうべく、後方の荷台に乗った。

 

 



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砦の訓練。そして休息

百竜夜行を食い止める関門である砦へと到着した一同は荷車から降りる。

前に来た時とも変わらない景色だが、初めて見る砦にエスラとシャーラ。そして周りのハンター達は辺りを見回していた。

 

「よし。まずはエリアを案内する」

 

到着したゲンジはヒノエとミノトと共に前に出ると、ハンター達を先導した。

自身が案内された時と同じように前線から最終関門があるエリアまでを兵器を含め、全て説明した。

 

「撃竜槍は斜め上に射出するようになっている。だから打つ際は気をつけろ。そして覇龍砲もだ。打つ時は合図を必ず送れ」

兵器を担当する者たちは頷いた。

 

その後、無事に整備が終わり、迎撃準備が整った皆はそれぞれ武器の訓練や身体を休めていた。

 

多くの皆は翔蟲について訓練していた。翔蟲は扱い方が難しいが、コツを掴めば意外とすぐに習得できる上に習得ができれば、更に武器に応用できるので心強い。

 

そのなかでも、エスラとシャーラはゲンジと同様に自身にあったオリジナルの扱い方を次々と編み出していた。

 

「ヒャッホォォオ!!!」

愉快に吠えながら壁を走るエスラはそのまま跳躍すると翔蟲を扱い更に空高く舞い上がる。そしてライトボウガンの銃口を下に設置した的に向けると、次々と通常弾を射出した。

 

空中から次々と降り注がれる雨のように撃たれた通常弾1発1発が正確に的を貫いていった。

 

「フッ。中々いいな。翔蟲というのは」

 

エスラは笑みを溢しながら着地する。すると、近くで同じガンナーであるヒノエはその光景を見てパチパチと腕を叩いていた。

 

「凄いですね義姉さん!ゲンジと同じく短期間で空中戦法をマスターしてしまう上に派生も開発してしまうなんて驚きでした!」

 

「義姉さんって呼ぶな!…まぁ、ゲンジに比べれば私はまだまだ未熟だ」

 

「え?」

エスラの言葉にヒノエは首を傾げる。

 

「私がこの段階に至っているとなると、アイツは更なる境地に踏み込んでいるだろう。ゲンジを甘く見るなよ。アイツは見た目は可愛いが…本気を出した時はとてつもない強さとなるからな」

 

一方で、シャーラはミノトと共に訓練していた。シャーラは双剣を構えると、一気に壁に駆け出し、ほぼ垂直に等しい壁をゲンジと同様に軽業師の如く駆け抜けていく。

 

脚を大きく踏み込み、その場から跳躍すると、着地地点にある的に向けて双剣を構える。身体を唸らせ、回転させると、その回転力を利用した2振りの双剣を一気に振り下ろす。

 

「ヤァッ!!」

 

それだけでは終わらない。シャーラは先にある的に目を向けると、駆け出し、跳躍する。そして、ほぼ、水平に翔蟲を射出すると低空飛行となり、その体制から双剣を構えると、身体を回転させ、刃のコマと化していった。

 

そして、刃のコマと化したシャーラはそのまま的を立てられた棒もろとも粉々に粉砕した。

 

 

「ふぅ…!!」

着地したシャーラは息継ぎの為に勢いよく息を吹き出した。

その様子を見ていたミノトは驚いていた。ゲンジの時もそうだが、彼女もそうだ。さすがはベテランハンターである。ミノトは驚きながらパチパチと手を叩いた。

 

 

「素晴らしいです…たったこれだけの期間で翔蟲と双剣の空中での闘い方をマスターしてしまうとは…やはりゲンジのお姉さんですね」

 

その言葉にシャーラは向き直ると、首を横に振り否定した。

 

「私なんて、まだまだゲンには及ばないよ」

シャーラは首を鳴らしながら新しい的を設置しようとする。すると、偶然とその様子を見に来たゲンジと出会った。

 

「よう」

「あ、ゲン」

現れたゲンジはシャーラに翔蟲の使い様について聞いた。

 

「シャーラ姉さん。翔蟲はどうだ?」

 

「もう慣れたよ」

 

「そうか。なら良かった」

ゲンジはシャーラの現状を簡単に確認すると、エスラの元へと向かおうとする。

 

「あ…ゲ…ゲンジ!」

「ん?」

すると、ミノトは突然 ゲンジを呼び止めた。ミノトは前回の事を思い出し、今度こそ、自身は過ちを犯さない事を誓う。

 

「前のような失敗はしません。だからその…私のことは気にせずに安心して闘ってください!!」

ミノトの言葉にゲンジは少し口から息を出すと、ミノトに近づき、彼女の頭に背伸びをしながらそっと手を置いた。

そして顔を晒せながらも彼女に言った。

 

「死ぬなよ…。その…危ない時は守ってやるから…」

 

「…///」

唐突に放たれたその言葉にミノトは顔を真っ赤に染めた。ゲンジは手を離す。

 

「ゲンっていつからそんな風になったの?」

 

「た…偶にはこれくらい言わないと…いけないだろ…」

 

「ふぅ〜ん。なら、ヒノエさんには言ってあげないの?」

 

「ヒノエ姉さんに言ったらとんでもない事になるだろ…」

シャーラはやれやれとしながら首を振る。頭を撫でた当の本人も頬を赤く染めていた。

 

「旦那様が…旦那様が私を…!!」

一方でミノトは顔を真っ赤にさせたまま乙女の如く顔を手で覆い左右に振っていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから、夜が訪れ、皆は疲れを癒すべく、ハンター達は用意されている拠点へと戻った。

 

拠点にはキャンプと同じ簡易的なベッドやハンモックがいくつも用意されていた。

 

「前に来た時よりも増えてないか?」

 

「あぁ。一応 大量に用意させてもらった。これならばハンター達も安心して休めるだろう。流石に地面に寝させるわけにはいかんからな」

 

「そうか」

フゲンの言葉にゲンジは頷く。すると、ハンター達は次々とベッドに倒れ込んでいった。

 

「疲れたぜ!」

 

「明日も翔蟲の練習しねぇとな〜!!」

それぞれの明日の思いを叫びながら皆はまるでドミノ倒しのように次々と睡眠へと入っていく。

 

因みに男女が分けられており、女性は向かい側の陣。男性側はそこから離れた向かい側の陣であった。

 

「ヒノエさ〜ん。今日一緒に寝よ〜」

 

「ふふ。いいですよヨモギちゃん。さぁいらっしゃい」

 

「姉様…!私も!」

 

「はいはい♪」

 

ミノトはヨモギに続くようにヒノエの懐に飛び込んでいった。

その光景を見ていたエスラは頬を紅潮させる。

 

「おぉ…!まさに家族愛!ゲンジ!シャーラ!さぁお姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで!!」

 

「男女別だって言ってんだろ。シャーラ姉さんだけで我慢しろ」

 

「姉さんに抱きつくんだったらヒノエさんの方がいい」

「えぇ!?」

その後、ゲンジは男性陣の寝床へと行ってしまう。

 

すると

 

___息吹けシナト風。カムラ辻や

とても透き通った声の歌が聞こえてくる。見るとヒノエは眠る2人の頭を撫でながら美しい声でカムラの里に伝わる厄災払いを込めた古き歌『カムラ祓え歌』を口ずさんでいた。

 

___蹈鞴 火影 堯々と。翳る 景地よ。

 

透き通るように美しいヒノエの声に辺りで眠る女性ハンター達は次々と眠りに誘われていった。

 

「綺麗な歌声だな」

 

「えぇ。歌でここまで癒されたのは初めてです」

女性ハンター達はその心地いい歌を耳にしながら目を閉じる。まるで母の懐に抱かれているかのような心地いい歌声に女性ハンター達は故郷を思い浮かべながら眠りについた。

 

「…ふわぁ…私もそろそろ寝よう…」

「私も…今日だけだからね姉さん」

その歌声にエスラもあくびをし、ベッドへと倒れ込んだ。それに続くようにシャーラもエスラの隣に寝転んだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「いいな〜女達は。あんないい歌声聴きながら寝れるんだぜ?」

 

「あぁ。俺も久しぶりに母ちゃんの子守唄聴きたくなっちまったよ」

 

女子の陣から聞こえてくる微かな声に男性ハンター達は故郷を思い出す。

 

すると

「心配いらんぞ主らよ!!」

突然 その場に彼らの寂しさを吹き飛ばす活気ある声が響き渡り皆はすぐさまその場へと目線を向ける。そこにはいつも通りの装備を纏ったフゲンと琵琶を持つゴコク。そして横笛を持つウツシが立っていた。

 

「主らにはヒノエに変わり俺がカムラ祓え歌を歌ってやろう」

 

『えぇぇぇぇ!!??』

 

まさかのフゲンが歌うことにハンター達は驚愕する。しかも当の本人はノリノリであり、まさかの楽器さえも用意させていた。

 

「では皆の衆!!盛り上がっていくぞ!!!いいぃぃいぃぶぅぅぅけぇぇぇぇシナァァト風ぇぇ___

 

 

『『『クソ下手じゃねぇかッ!!!!』』』

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから数時間後。砦は静まり返り、女性陣の皆は綺麗な寝息を立てながらスヤスヤと眠っていた。

 

 

一方で、男性陣は

 

 

「ぐぁぁぁー!!!」

 

「ががか…ぁ!!」

 

「ぐぎぎぎ…」

いびきやら歯軋りやら、色々な音が聞こえていた。でも何故か全員ともグッスリと眠っていた。

 

そんな中 眠る男性陣の中から主要な人物が数人見当たらなかった。

 

 

 

 



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月夜に輝く薄明

「ねぇエスラさん。ゲンジさんって昼間はどんな訓練してたの?」

ヨモギは寝る前に興味本位でエスラにそう尋ねる。すると、その質問にエスラも不思議に思っていた。

 

「え?いや…分からないな。そういえばゲンジは見回りばかりで武器を振り回す姿を見ていなかったな…」

 

 

◇◇◇◇

 

真夜中 皆が寝静まり、遠方の高台には里の皆が交代交代で見張り役を行っていた。

 

警戒態勢が最も緩む中、エスラはふと目を覚ます。

 

「……まだ夜中…か…」

辺りには今もなお気持ち良さそうな寝息を立てる女性ハンター達に加えて腹にしがみついてくるヨモギやミノトの頭に手を置きながら眠るヒノエの姿があった。

 

もう一度、寝ようとも考えてはいたが、どうにも寝付けずにいた。

 

少し散歩をしよう。そう思い、エスラはシャーラを起こさずに、ベッドから立ち上がる。そして、近くに置いてあるゴールドルナ装備の脚と腰部分だけを纏う。

 

◇◇◇◇◇

 

外出して、戦闘エリアの入り口に出ると、そこには満天の星空が広がっていた。

 

「綺麗だな」

その星空はタンジアの港にいた時と同じ星空であった。数々の星々が輝く夜空に見惚れながらも、ふと、入り口である高台から戦闘エリアへと目を向けた。

 

「…ん?」

そこには1人の人影があった。その人物の正体はシルバーソルを纏っていたのでアッサリと分かった。『ゲンジ』だ。

 

「(こんな夜遅くに何をやっているのだろうか…)」

 

そう思いながら見つめていると、ゲンジは自身に気づかず、ゆっくりと背中に背負う双剣を引き抜いていた。

 

「…!!」

その瞬間 ゲンジの姿が壁へと跳躍すると更にその壁を蹴り、空高く飛び上がる。

 

飛び上がったゲンジはそのまま空中で四方八方へ次々と双剣を振り回していった。その振り回す速度は正に神速。遠目で見ていた自身の目には一振り一振りに白銀の軌跡が残っていった。

 

それだけでは終わらない。双剣を振り回した直後にゲンジは翔蟲を上空に射出し、更に空高く飛び上がっていった。

 

「(何をするつもりだ…?)」

 

エスラは興味を持ち、その行く末を見守る。すると、ゲンジは状態を下へと向けると、双剣を横にし回転し始めた。

 

 

「!?」

その回転は初速から残像が見える程までの速度へと達し、次々と下へ落下する。

このままでは頭から突っ込んでしまうのではないか。そう思っていると、突然 ゲンジは偶力として扱っていた双剣の刃を前へと重ね合わせる。

 

月夜に見やるその姿は正に一本の槍。そのままゲンジは地面へ向けて回転しながらドリルの如く落下していった。

 

そして、回転する槍と化したゲンジの身体が地面へと衝突した瞬間。

 

衝突した箇所の地盤が木っ端微塵になると同時に砕けなかった欠片が辺りへと四散。それと共に巨大な土煙が吹き立つ。

 

 

「…!!」

その光景を見ていたエスラは言葉を発する事が出来ずにいた。今までずっと共に生活していたが、これ程までに成長した姿は見た事がなかった。

彼の強さは自身では及ばないと思っていたが、まさかここまで差が開いていたとは。

砂埃が晴れると、そこには自身に気づき、こちらに振り向くゲンジの姿があった。

 

「ん?フフ」

こちらへと気づいたゲンジに向けてエスラは微笑みながら手を振った。

 

◇◇◇◇◇◇

その後、ゲンジとエスラは拠点に戻り、装備を外すと風が吹く入り口の段差に腰を掛けていた。ゲンジはこちらを振り向くまで、見られた事に気づいていなかったようだ。

 

「見られてたのか…」

 

「当たり前さ。あんなに派手な動きをすればな。それよりも、昼間は案内やら準備やらで動き回っていただろう?ちゃんと休まなければダメじゃないか」

 

エスラはただ、先程の動きは感心はしていたものの、身体を休めない事について叱ると、ゲンジは右手を顎に当てながら、溜息をする。

 

「別に…ただ人が多いとやりづらいんだよ。夜にやった方が集中できる」

 

「確かにそうだな。けど、お前がそれで倒れてしまっては元も子もないのだぞ?」

 

「……あぁ。それくらい分かってるよ…だから明日は昼間にやるさ…」

 

「なら、安心だな」

話が終わると、エスラは気になっていたある事を話した。それは、最近 自身の悩みともなっている事だ。

 

「…ゲンジ。お姉ちゃん達の事は嫌いか…?」

 

「なんだ急に」

唐突な質問にゲンジは首を傾げる。エスラは毎日毎日 ヒノエとミノトに構う姿を見て、自身はもうゲンジの視界の中には入っていないのかもしれないとシャーラと共に思っていたらしい。

 

「最近…ヒノエ達にばかり構っているだろ…?まぁ好きな人なのだからしょうがないが…。その…言うのも何だが、少し寂しくなってしまってな…。私達はゲンジからは嫌われてしまっているのか、ずっと悩んでいたのだ」

 

エスラは貯めていた本音をぶつける。集会所の時も、荷車に引かれていた時も、ずっとエスラは言い出そうかと溜め込んでいたらしい。

 

すると、ゲンジは首を横に振る。

 

「んな訳ないだろ。エスラ姉さんもシャーラ姉さんも大好きだよ」

 

「え!?」

ゲンジの答えにヒノエは顔を赤くしながら驚く。すると、ゲンジは次々と過去を思い出しながら話し出していった。

 

「幼少期の頃…死のうとした俺を諭して助けてくれたのはエスラ姉さんだし…いじめられた俺を助けてくれたのはシャーラ姉さん…。2人のお陰で今の俺がいるんだ。嫌いになる理由なんてねぇよ。大切な家族だ」

 

「ゲンジ……」

その言葉にエスラは心がホッとすると同時に身体の奥底が熱くなっていった。

 

「じゃ…じゃあ私にキスしてくれ!!ぶちゅぅ〜っと!___あれ?」

 

咄嗟にゲンジに向けて接吻を要求しようとした時、ゲンジの身体がゆらゆらと揺れていた。

よく顔を見ると瞼も若干ながらも少しずつ力を失うかのように下へと下がっていった。

 

「眠いのか?」

 

「いや、眠くねぇ…」

ゲンジの身体は少しずつだが、風に煽られながら揺れていた。

 

「眠いだろ。もしかして、お姉ちゃんが来るまでずっと鍛錬していたのか?」 

 

「だから眠くねぇって言ってるだろ…俺は…もっと…強くなっ……て…」

するとゲンジの身体がゆらゆら揺れ、ゆっくりとこちらへ向けて倒れてきた。

「おっと」

すかさずエスラは倒れてきた身体を支える。見ると、ゲンジの目は閉じられすっかり寝息を立てていた。先程の威力ならば、確かに昼間の人が多い時には無闇に鍛錬はできない。だが、よくよく考えれば、ゲンジは砦に着いてからずっと初めて砦に来たハンター達に設備について教えていた。兵器や狼煙など。

鍛錬の時間が取れない事も分かる。それ程まで、ゲンジは仲間思いなのだろう。

 

そして、先程の言葉をもう一度思い返すと、眠るゲンジの顔に向けて笑みを溢す。

 

「ふふ。嬉しかったぞゲンジ」

自身の肩に置かれたゲンジの顔を膝に置くと前髪を上げ、額へとそっと口付けをした。

 

「お前のそういう優しい面にも…人を大事にする面にも私は惚れているんだからな…」

 

その後、エスラは眠るゲンジの身体を抱き抱えると、シャーラと向かい合わせるように横にさせると、その間に横になり、2人の肩を抱き寄せながら眠りについた。

 

 

 



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抱く疑問

目覚めたゲンジは現在の状況に困惑していた。

 

「……なんでここで寝てるんだ…?」

 

辺りを見渡すと、隣にはエスラ。そのまた隣にはヒノエに抱きつくミノト。辺りには女性ハンター達。完全に女子の陣で眠っていた。

 

「ふわぁ…まぁ起こさなければいいだけか…」

ゲンジはあくびをすると、そのまま起き上がり、誰も起き上がらせないようにゆっくりと外に出た。

 

その姿を一足先に目覚めていたミノトに見られていた事を知らずに。

 

◇◇◇◇◇◇

 

朝日が照らす。百竜夜行が来る知らせはまだ来ない。今日も整備を終えると共に鍛錬をする事に決まりだろう。

それから少しばかり柔軟体操を行うと、装備を纏う。

 

それから、続々と皆も起床してくる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「今日も自由に過ごしてくれ。武器訓練でも探索でもいい。兵器は整備する奴以外は今のとこは触るな。以上だ。解散」

 

集められた皆へと指示を出すと、全員は頷く。その後、全員はそれぞれ持ち場につき、訓練を開始した。

ゲンジは今日はエスラに言われた通りに昼間に訓練を行うようにした。

 

「すぅ…」

双剣を構えながら、息をゆっくりと吸い込む。そして、片方の双剣の持ち手を逆に変える。

 

近くで見ていた双剣使いのハンターはその構えに驚いた。

「(な…なんだあの持ち方は…!?)」

片手は刃を向け、もう片方は柄を向ける。見たことがない持ち方であった。本来ならば、双剣の持ち方は両方とも同じというのが一般的だ。左右とも異なるなど聞いたことがない。

 

すると、ゲンジは右足を後方に下げる。それと同時に地面が陥没し、辺りには砕けた破片が舞い上がった。

 

「…!!!」

そのハンターだけではない。周りにいるハンター達も訓練の手を止めた。

それ程の濃密な殺気が辺りを覆っていたからだ。

 

そして、双剣を構えたゲンジはゆっくりと体勢を低くすると、まるで獲物を狩るモンスターの如く、前のめりとなった。

 

「コォォォ…」

まるで自然界の風のような呼吸音がその場に響き渡る。それと同時にまるで龍属性のようなオーラがゲンジの身体から溢れ出ていた。

 

その瞬間

 

 

ゲンジの踏み込んでいた脚が一気に前方へと踏み出された。陥没していた地面が更に沈み、ゲンジの身体が前へと弾丸のように飛び出していった。

 

それと同時に風が吹き荒れ、辺りにいたハンター達は腕で顔を覆う。

 

「んお!?」

 

「なんだなんだぁ!?」

 

そんな中、顔を覆ったハンターの内の1人は腕の間から、その景色を見ていた。

 

「おいおい…嘘だろ…?」

 

ふと、そう零してしまった。すると、風が止み、辺りにいたハンター達も次々とその景色を目にする。

 

「…!!」

そこにあった光景はハンター達の度肝を抜いた。

 

なんと____

 

 

____遠方にある的に目掛けて一直線状に地面が抉り取られていた。

 

 

的の立っていた地点にゲンジが背中を向けながら立っており、その足元には粉々に砕け散った的の破片が散らばっていた。

 

「これが…G級ハンターの力…かよ…」

 

「俺たち…とんでもねぇ奴に反抗してたんだな…」

 

改めて辺りの上位ハンター達は自身の力量と、数々の死線を潜り抜けてきた者との力量の差を染み込む程にまで感じた。

 

装備の強さでその者の強さが決まる。それは“下位”まで。上位の者達は武の心得などを会得して身体を活用する者が多いが、更なる高みすなわちG級とは己の身体と纏う装備をフルに活用する真の猛者達の領域である。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから、その日の鍛錬を終えた皆は食事を終えると、ゲンジはある事を尋ねる為に、フゲンの元へとエスラ、シャーラと共に向かう。

 

「フゲンさん。話がある。ゴコク殿とウツシ、ハモンさんとヒノエ姉さんとミノト姉さんも呼んで欲しい」

 

「…ん?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

皆が布団で一休みしている最中、カムラの里の中心人物達はゲンジとシャーラ、そしてエスラに呼び出され、拠点の入り口に輪を作るように座っていた。

 

「ゲンジよ。急にどうしたのだ?」

 

「百竜夜行についてだ。前回と前々回について知っているアンタらと情報を集めているウツシに話を聞きたい」

 

そして、ゲンジは自身が抱いていた疑問を話す。

 

「百竜夜行の予報の外れについてだ。いくらなんでも急すぎると思わないか?」

「数十年周期って聞いてたけど……前回から早すぎる」

 

「まぁ…確かにそうだな。俺も同じ事を考えていた」

ゲンジとシャーラの言葉にフゲンも怪しいと思っていた。数ヶ月間は起こらないとされていたのになぜ、急に数日後に起こる事が予想されたのか。

 

「前回と、前々回。起こる直前に何かなかったか?天候やガルク達が異常に吠えるとか」

 

「うぅむ……50年前と数ヶ月前か…」

 

「あぁ。思い出した」

フゲンやゴコク達は50年前を何とか思い出そうとする。そんな中、ハモンは当時を思い出し、話し出した。

 

「確か、50年前は発生する1ヶ月ばかり前から各地で強風が確認されたな。そして百竜夜行が始まる数日前にその強風が大社跡を襲っていた」

 

「…となると、前回も同じだな。私達がこの地域に来た時に強風どころか台風が襲っていた。その直後に百竜夜行が起こったのだろう?ゲンジ」

 

「あぁ。エスラ姉さんの言う通りだ。それからこれを話しておく」

そして、ゲンジは話をつなげる為に、ユクモ村の帰りの最中に古龍を目撃した事を打ち明ける。

 

皆は驚いていたものの、話をつなげる事を告げると冷静になる。ゲンジは今回そして、前回、前々回から、数百年間に渡る百竜夜行の発生する原因を予想した。

 

「今回は俺が古龍を見た直後に予報が外れた。発生する直前期に暴風が発生していたとなると…百竜夜行は風を操る古龍が原因なんじゃねぇか?」

 

「風を操る古龍…それならば、既にユクモ村にて撃退された筈では?まさか、戻ってきてしまったとか」

ヒノエは風と聞き、霊峰に潜むアマツマガツチを予想したが、ゲンジは首を振る。

 

「古龍は撃退されたら数百年は未開の土地で眠る筈だ。だからアマツマガツチじゃねぇ。アマツマガツチとは別に風を操る古龍だろうな」

 

「成る程…ですが、そのようなモンスターとなるとアマツマガツチ以外にクシャルダオラしか思いつきませんね」

 

「アイツは寒冷地帯が住処だから今回とは関係ないな。ゴコク殿は知らないのか?」

ゲンジは竜人族の中でも年寄りとされているゴコクに目を向けた。彼はかれこれ数百年は生きている。ならば、その古竜の手掛かり、または情報の欠片でも持っているのではないか。そう思い、ゲンジは問う。

 

「ふむ…」

目を向けられたゴコクは難しい顔をしながら顎に手を当てると、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「すまぬ。儂も分からないな」

 

「そうか。ゴコク殿も分からないとなると、俺が見つけたのは……新種なら問題だな」

ゲンジはゴコクを責める事なく頷くと、自身が見たあの蒼い皮膚を持つ古龍を思い出す。古龍は新種が見つかったとなると、ハンターズギルドが大騒ぎになる程の大事態だ。

 

「ハンターズギルド本部に問い合わせてみるでゲコ。聞けば少しは分かるやもしれぬ」

 

「頼む。俺達も古龍観測所に知り合いがいるから聞いてみる」

 

その後、ゲンジ達は解散して、それぞれの寝場所へと戻った。

 

今日は昼間に鍛錬を行った故にゲンジは眠気に襲われており、1人で訓練に出かけようとはしなかった。

 

 

 



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百竜夜行 来る

砦にて生活すること、3日。

 

遂に明日は百竜夜行が起こる日だ。決戦前夜となる今この時、ハンター達全員は緊迫した雰囲気に包まれており、明日に備えて就寝に入っていた。

 

「いよいよ明日ですねゲンジ」

 

「あぁ」

 

そんな中、前日だというのにそれを感じさせない美しく輝いている夜空をヒノエとミノト、そしてゲンジは見つめていた。ゲンジはふと2人の表情を見る。ミノトは相変わらず無表情であったが、ヒノエの顔には前日だというのに不安一つも感じさせない笑顔が見えていた。

 

「前よりも表情が明るいな」

そう言いゲンジは数ヶ月前に起きた百竜夜行の前夜を思い出す。当時は彼女は何気なく今程は明るくはなかった。だが、その表情は今、里にいた時と変わらぬ太陽のように輝いていた。

 

「ふふ。勿論ですよ。なにせもう負ける気が微塵も起きませんから」

 

「寧ろ、それを想像するのが馬鹿らしく思えてしまいます。前回よりも強力なモンスターが来たとしても、私達には仲間が…家族がいる。それに…これだけのハンター様方が集まっていただけて、どれ程心強いか」

 

そう言いミノトは後ろで眠るハンター達を見る。

 

「そうだな」

ゲンジも振り向き、その光景を見る。その光景を見ているとつられるように眠気が襲ってきた。

 

「そろそろ寝るか…」

 

「えぇ。そうですね。では、私達のところへ…」

そう言いヒノエはからかう様にゲンジの手を取ると、女子の陣に連行する。

 

「…あら?」

手を引っ張ると抵抗する動きが無かった。いつもならば、離れようと必死に抵抗するが、今日だけはなぜか素直に応じていた。その様子を見てヒノエは首を傾げる。

 

「いつもなら可愛く顔を真っ赤にさせる筈ですが今日は違いますね」

ヒノエはいつもとは違い、反応がないゲンジを不思議に思い理由を尋ねる。すると、ゲンジは顔を赤くしそっぽを向きながらも答えた。

 

「………今日は好きな奴と寝たい…」

 

「「…!!」」

言葉にヒノエとミノトは虚を突かれたかの様に同じく頬を染めると同時に笑みを浮かべた。

 

「ふふ。喜んで!」

 

「旦那様から言ってくださるとは…嬉しい限りです」

 

その後、ゲンジはヒノエとミノトに挟まれながら横になる。左右から2人はそれぞれゲンジの手を掴んでいた。伝わった握力に対して相応する様にゲンジは握り返し3人の夫婦は川の字で眠りについた。

 

不安など一切ない。自身らは百竜夜行を退けて里に帰る。ただそれだけの未来を見ていた。

 

◇◇◇◇◇

 

そして 運命の日がやってきた。

 

 

陽の光が差し込む眩しい朝。3人は誰よりも早く目を覚ます。

 

 

「「旦那様。おはようございます」」

 

「あぁ」

誰よりも早く目を覚ました3人は共に装備を着用して、武器を背負う。

それに続く様にエスラ達も目を覚ます。

 

「やぁ。おはよう3人とも」

 

「朝から夫婦共に仲がいいね」

 

「姉さん達もおはよう」

 

辺りにいるハンター達も次々と目を覚ましていった。そして、装備を纏ったハンター達は最後の兵器のメンテナンスへと里の者と共に取り掛かっていく。

 

「いよいよだな…!!」

 

「あぁ。だけど不思議だ。全然怖くねぇ!」

 

「何かやる気しか起きねぇな」

恐れていた声をあげていたハンター達からは次々と希望の声が上がる。誰一人、絶望の声を上げる者はいなかった。

それは女性ハンター達も同じだ。皆、それぞれの役目を完遂させる為に最後の仕込みに取り掛かる。武器を研ぎ、切れ味の再確認。

 

そして、それが終わると次々と持ち場へと着いていった。皆が次々と戦場へ向かう中、ヒノエ達もそれに続く。

 

「行きましょう!ゲンジ!エスラ!シャーラ!」

 

「我ら家族。共に」

ヒノエとミノトの声にエスラとシャーラ。そしてゲンジは頷く。

 

「あぁ…!!」

 

「そうだな」

 

「行こう」

そして、5人はその場から飛び出すと戦場へと降り立った。

 

兵器での援護をする者達は高台へ。ゲンジとヒノエ達は武器で直接迎撃するために通路へ。

 

 

ゲンジの周りには協力に頷いた上位ハンターの姿も。更に百竜刀を背負ったフゲン。そして、大量の鉄蟲糸を携帯するウツシ。ボウガンを構えるハモン。そして、特殊な薬が積まれた壺を大量に設置するゴコク。

 

準備は全て整った。後は迎撃するのみ。

 

その時だ。見張りの者が金具を鳴らす。

 

 

「来たぞッ!!!『百竜夜行』だぁぁぁぁ!!!!」

開戦の合図が挙げられた事で、フゲンは前に立ち、百竜刀を抜刀する。それに続き皆も武器を次々と構え臨戦態勢へと入っていった。

 

「行くぞ皆の衆ッ!!!」

 

『『『おぅ(あぁ)(はい)ッ!!!!』』』

 

闘いの火蓋が切られた。

 



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第一波襲来 

「里長!!伝令によると向かってくるモンスターは6体…!!リオレウスにリオレイア。ヨツミワドウにアケノシルム。そしてビシュテンゴにゴシャハギとの事…!!」

 

「序盤から強力な奴らだな…」

 

ウツシからの知らせにフゲンは眉間に皺を寄せる。第一波から強力なモンスターばかりであった。前回の第二波が第一波と共に現れたかの様な組み合わせである。

だが、その知らせを聞いたエスラとゲンジは高揚していた。

 

「なら、リオレウス、リオレイアは私達が引き受けよう」

 

「うむ。ならば頼もう」

飛竜専門となる金銀姉弟ならば、リオレウスとリオレイアは即座に片付く。3人を信じているフゲンは頷いた。

フゲンの了承を得たエスラは辺りにいるハンター達へと呼び掛けた。

 

「君たちはゴシャハギ、ヨツミワドウ、オサイズチ、ビシュテンゴの相手を頼みたい!リオレウスとリオレイアは我ら3人が引き受けた!!」

 

『『『おおおおお!!!!』』』

エスラの支持に皆は武器を掲げて雄叫びを上げながら頷いた。その傍らで、ゲンジは遠距離が万能であるヒノエと、遠距離も近距離もいけるミノトに援護を頼む。

 

「ヒノエ姉さんとミノト姉さんは空を飛んでるあの2匹が落ちるまで攻撃を当ててほしい。それと、向こうの奴らが苦戦してたら優先的に向こうを援護だ」

 

「旦那様の頼みなら喜んで!」

 

「私達にお任せを」

ゲンジの頼みをアッサリと聞き入れた二人は武器を構える。そして、フゲンはヨモギとイオリ、そしてハモンやゴコク、ウツシにそれぞれ指示を出す。

 

「ウツシを抜き俺達も4体の迎撃に当たる。今回は全て上位個体だ。油断するなよ二人とも」

 

「はい!」

「分かりました!」

フゲンの言葉にヨモギとイオリは頷き武器を構えると走っていった。

 

「ウツシ。お主は積極的に鉄蟲でモンスターを拘束してくれ。エスラの他にも操竜を扱える者が何人かいる筈だ。ハモンよ。ヨモギと共に援護を頼む」

 

「お任せを!!」

「いいだろう」

ウツシは鉄蟲糸を取り出すと、手慣れた動きで絡め取っていく。そして、ハモンは武器を構えるとヨモギの後を追っていく。

 

「ゴコク殿。壺のご用意は」

 

「いつでもいけるでゲコ」

「ではお頼み申す」

 

フゲンは駆け出していった。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

フゲン・里の皆及び上位ハンターVSゴシャハギ、アケノシルム、ヨツミワドウ、ビシュテンゴ

 

走り出し、先鋒のハンターに追いつくとフゲンは百竜刀を掴み、目の前に立ち塞がるモンスターを睨む。

 

「皆の者!!ゴシャハギは特に注意しろ!!奴はこの3体よりも強いぞッ!!」

 

『『おぅ!!』』

 

それに頷いたハンター達はランス、ボウガン、スラッシュアックス、操虫棍を構える。

 

それに対峙する4体のモンスターのうち、ゴシャハギが巨大な咆哮を上げる。

 

「グラァァァァ!!!」

 

『『!?』』

喉の奥底から吐き出される強力なバインドボイスは辺りにいるハンター達だけでなく、近くにいるヨツミワドウ、ビシュテンゴ、アケノシルムまでも怯ませていった。

 

それと同時にゴシャハギは両腕を重ね合わせると、自身の氷の息を吹きかける。すると、両腕が次々と凍り付けにされ、遂には凸凹ながらも艶のある氷の鎚と化した。

 

「…!」

 

その動きからフゲンはすぐさま近くにいた者達に呼びかける。

 

「全員退避ッ!!!」

その声にハンター達は四方八方に散る。

 

すると、ゴシャハギの身体がその場から自身の倍以上もの高さへと飛び上がった。

そして、空中で凍り付けとなった両腕を振り上げると、重力加速度と何百キロもの体重によって驚異的な速度を纏うとフゲン達がいた地点へと急降下してくる。

 

急降下した直後。ゴシャハギの氷の塊となった両腕が地面へと叩きつけられた。

 

「ぬ!?」

咄嗟に退避したフゲンや他のハンター達は腕で顔を覆う。

叩きつけられた衝撃によってその地点の地盤が押しつぶされると同時に砕け散り、辺りには地盤の瓦礫に加えて巨大な振動、そして砕け散った氷の欠片が飛び散っていった。

 

その破片が次々と腕に向けて突き当たってくる。

 

「やはり上位個体となると特殊な動きをしてくるな…。だが…!!それでこそモンスターだ」

フゲンは顔を覆っていた腕を離し、再び背中に背負う大太刀『百竜刀』を掴むとゆっくりと引き抜く。

 

金属音が鳴り響くと共に姿を現した刀身はモンスターの姿を反射させていた。

 

「ゴシャハギを狩れる者は俺と共に来い!残った者達は残りの3体を頼んだぞ!!!」

 

その言葉に頷くと、再び武器を構えた6人の上位ハンター達の内の2名はフゲンの元へ。それ以外は全てヨツミワドウ、ビシュテンゴ、アケノシルムへと向かっていった。

 

 



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雪原を歩く鬼 ゴシャハギ

ゴルルル…!!!

 

目の前の自身を威嚇するゴシャハギ。鬼の面とも取れる悍ましい顔に、垂れ下がった前髪の間から見える丸い目玉が不気味に光っていた。

 

「グロロロロッ!!!」

「…!!」

再び咆哮を上げたゴシャハギは今度は右手へと氷の息を吹き掛ける。すると、先程のように鎚の形になった瞬間 その氷は形を自我を持つかの様に変化させていき、一振りのナイフのような形状へと変化させた。

 

 

ゴシャハギの最大の特徴だ。自身の剛腕に氷の息を吹きかけ、氷の刃を形成させる。自身の息の根が健在ならばいくらでも再生可能な故に事実上は断つ術がない。

 

氷の刃を形成させたゴシャハギはフゲンに目掛けて氷の刃を振り下ろさんがために大きく振りかぶる。

 

「皆の者…下がっていろ…!!」

それに対して、フゲンは冷静さを取り戻すと、百竜刀の塚を持ちながら全身の筋肉を集中させると水月の構えを取る。

 

「俺をただのジジイだと思うなよ…?」

その言葉を試すかの様にゴシャハギは水月の構えをとったフゲンに目掛けて氷の刃を形成した右腕を振り下ろしてきた。

 

 

 

刹那

 

 

 

 

___ゴシャハギの振り下ろされた氷の刃が粉々に砕け散ると同時に顔面の甲殻に傷が走り、全身に斬撃が刻まれた。

 

「グラァァァァ…!!」

 

ゴシャハギは悲鳴をあげると、顔面を押さえながら地面に倒れる。

 

「今だッ!!」

 

『おぉ!!!』

 

フゲンは辺りの者へと合図を送る。合図を受け取ったハンター達は倒れたゴシャハギの周囲から武器を構えると次々と攻撃を加えていった。

 

「オラァァァァ!!!」

中でもハンマーを扱う上位ハンターは次々と傷ついた後ゴシャハギの顔面へとその鎚を叩き込んでおり、打ち付けられる度にゴシャハギの脳内を揺らし、スタミナを奪っていった。

 

そして、百竜刀を構え直したフゲンも攻撃に加わる。

 

「気炎万丈ッ!!!!」

寄る年波を感じさせない程の筋骨隆々な身体で振られた刀は分厚い体毛を纏っているにも関わらず次々とゴシャハギの身体へ傷を刻み込んでいった。

 

「一気に畳みかけるぞ…!!」

「あいよ!!」

その言葉と共にフゲンと1人の太刀使いのハンターは息を合わせると、ゴシャハギの身体に刀を突き刺すと同時に引き抜き、その場から大きく跳躍する。

 

『『二重兜割』』ッ!!

 

2人同時に振り下ろされた渾身の一振りがゴシャハギの身体に無数の斬撃を浴びせていった。

 

「グロォォオオ!!!」

 

だが、奴は上位個体。傷を覆い血を吐きながらも即座に立ち上がる。

 

「やはりタフだな」

立ち上がったゴシャハギは剛腕を交差させると、自身の息を吹き掛け、ゆっくりと刀を引くかの様に腕を左右に開く。

すると、先程とは異なり、両腕に氷の刃が形成された。

 

「ふん。何度でもその氷の刃など砕いてくれよう…!!」

対してフゲンは再び水月の構えを取る。

 

だが、忘れてはいけない。兵器やガンナーの援護組がいる事を。

 

「アハハハハ!!」

高台に立っていたヨモギは下衆な笑みを浮かべると持っていたガトリング銃を展開して次々と弾丸を倒れ臥すゴシャハギに向けて射出する。

 

「ヨモギに続くのだッ!!!!」

 

ハモンの指示に援護組は頷き、次々とバリスタを投射していく。

 

 

「ゴラァァァァ!!!」

 

次々と突き刺さるバリスタに弾丸。腕に形成された氷の刃が破壊され、ゴシャハギは悲鳴を挙げていく。すると、その悲鳴が決めてとなった。

 

「撃ち方やめ!!」

ハモンが手を挙げて皆を静止させる。見ると先程まで殺気を放っていたゴシャハギの身体が元来た方向へと向けられており、脚を引き摺りながら撤退していった。

 

【撃退成功】

 

「うむ。まずは上々。皆の衆よ!!よくやった!!他の3体へ援護に向かうぞ!」

 

『『おぅ!!!』』

 

フゲンの言葉に頷いたハンター達は武器を研ぎ直し、残りの3体の撃退へと向かった。

 

 

 



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白銀の双舞

「ふふ。この地方のリオレウスとリオレイアを相手するのは初めてだな」

目の前で空を舞うリオレウス。そして、地面に立ち、こちらを警戒するリオレイアを見ながらエスラは首を回す。

 

「リオレウスの撃墜は私達に任せてくれ。ゲンジとシャーラはリオレイアを頼む」

 

「あぁ」

「任せて」

ゲンジとシャーラは双剣を構えると、リオレイアに向けて走り出す。

 

エスラはライトボウガン『鳳仙火竜砲』を構えると、雷撃弾を装填する。ミノトのランスからタツマキが発生することを知っていた為にもしも火球が飛んできた際は防ぐ術がないのでミノトを残す事に決めたのだ。

 

2人が向かう姿を見送ったヒノエは自身の獲物である弓を構える。

 

「初めてですね。貴方の狩りを見るのは」

 

「お互い様だ。君達の弓の腕もランスの腕も拝見させてもらう」

 

3人は狙いを空高く舞うリオレウスに絞る。そんな中で、エスラは狙いを定めながら2人に伝える。

 

「それとだ。ゲンジとシャーラのコンビネーションは見物だ。見れたら見た方がいいぞ」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「姉さん。腕鈍ってねぇよな?」

 

「勿論」

 

銀の装備を纏った2人は目の前にて首を前に突き出しながら咆哮するリオレイアへと向かっていった。

 

シャーラは右へ。ゲンジは左へ。左右両方共 バラバラになった事でリオレイアは目標を一つに絞る事しかできなくなった。

 

成熟個体であるリオレイアの鋭い目線が自身から見て右を走るゲンジへと向けられた。その理由は簡単だ。自身に対する殺気が付近にいるどのハンターよりも群を抜いていたからだ。

 

「ギャォオオオオ!!!」

リオレイアは体内の爆炎袋から炎を生成し、喉元に装填する。そして、狙いを定めると、自身の周りを走るゲンジに向けて火球を吐き出した。

放たれた火球はゲンジに向かっていく。

 

それに対してゲンジは走行を中止すると、双剣を構え、両手で右から左へと水平に振り回し、その際に生じた反動に乗るように右へと跳躍し、その炎を避ける。

 

だが、リオレイアも馬鹿ではない。避けられる事を予想していたリオレイアは更に火球を吐き出す。

 

 

更にそれを予測していたゲンジ。今度は逆方向へと双剣を振り回し、それと共に跳躍すると再び吐き出され自身に向かってくる火球を避けた。

 

「グルル…!!」

避けられた事に腹を立てたリオレイアは口の中を炎で充満させると、更に火球を放つべく、口を開く。

 

 

その時だ。

 

左右にコマのように回転する刃がリオレイアの背を沿うように斬り刻んだ。

 

「ギァアァアァア!」

突然の背中に走る痛み。血が噴き出すと同時に弱点である雷属性の電撃による筋肉への痛撃にリオレイアは悲鳴をあげる。

それでもリオレイアは怯まず再び目の前にいる敵に目掛けてブレスを吐き出そうと炎を溜める。

 

だが、そこにはもう先程の敵であるゲンジの姿は無かった。

 

 

「!」

 

その目を離した瞬間 脚に痛みが走りだす。それと同時にリオレイアの体勢が前のめりになり、地面に崩れ落ちた。

 

地面に倒れたリオレイアに向けて、再び斬撃が襲う。

 

「ギャァォ!?」

それは自身の翼膜の端から端へと伝わってくる。そしてその直後に今度は尻尾の先端部分から斬撃が走り、堅殻を次々と斬り刻んでいく。

辺りには血と剥がされた堅殻が次々と落ちていく。

 

すると、リオレイアの顔の前に斬撃を浴びせていた正体が降り立った。

 

そこに立っていたのは双剣を逆手で持つゲンジだった。

リオレイアを斬り刻んだのは彼だった。ゲンジは先程、リオレイアが自身から目を離した隙を突き、リオレイアの股の脚と脚の間に向けて走り出し、身体を回転させて両脚を斬りつけたのだ。リオレイアが倒れたのはそれが原因だ。

 

顔の前に着地したゲンジは再び身体を回転させてリオレイアの身体に向けて刃を振るう。

 

更に続くようにもう一つの影がその場に降り立った。

シャーラだった。彼女はリオレイアの目がゲンジに向けられている隙に壁を走り、そこから飛び出してリオレイアに向けて斬撃を当てたのだ。すなわち、先程のブレスを妨害したのは彼女だった。

 

「いいね。ゲン」

 

「姉さんもな」

 

2人は双剣を構えると再び飛び出して回転する刃と化す

 

「いくよ」

 

「あぁ」

そして、次々と周囲360度から倒れるリオレイアに向けて斬撃の嵐が浴びせられていった。

辺りから襲う斬撃はリオレイアの各部位である顔面と身体の堅殻、そして翼爪、上棘を次々と破壊していった。

 

いや、それだけでは終わらない。斬りつけて行く度に弱点属性である雷属性が動きを鈍らせると同時に各部位に蓄積された爆破属性が一気に一定値を超えていき、連鎖するように爆発し連爆の華を咲かせていった。

 

 

【白銀爆雷ノ双舞[はくぎんばくらいのそうぶ]】

 

 

「ギャァァァァ…!!!」

 

リオレイアは傷を覆い、苦痛の声を上げる。すると、その声を聞いたゲンジは再び斬撃を浴びせようとするシャーラを止めた。

 

「姉さん。もう十分だ」

「おっけー」

 

2人の双剣の乱舞が止まると、倒れていたリオレイアは状態を起こし、傷だらけの身体を引き摺りながら上空へと飛び立つと、番であるリオレウスがまだいるにも関わらず、元来た道へと逃げるように引き返していった。

 

【圧勝】

 

6体の内の2体が見事に撃退された事で、辺りにいる皆は次々と士気が上がっていった。

 

「やったね。ゲン」

 

「いや、まだ1匹残ってる」

 

2人の双眼がヒノエ達によって撃墜させられたリオレウスに向けられる。

 

 



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金と竜人のコンビネーション

「我々はこちらを見ているリオレウスを落とすとしよう」

 

リオレイアにゲンジとシャーラが向かっている合間にリオレウスを撃墜すべく、3人は武器を構えた。

 

「さぁ。まずは雷撃弾をお見舞いしてやろう!」

エスラは腰へライトボウガンを構えると、装填した雷撃弾をリオレウス目掛けて放つ。

 

銃声と共に放たれた雷撃弾はリオレウスの眉間に目掛けて一直線に空中を突き進んでいき、数発全てが顔面に直撃する。

 

「ギャァァァァ…!!!」

 

だが、たった数発だけではいくら弱点であろうともリオレウスには答えない。こちらをターゲットと見定めたリオレウスは口内に炎を溜めると火球を吐き出した。

 

「ミノトお願い!」

 

「お任せを…!」

咄嗟にミノトはヒノエの前に立ち、盾を構える。向かってくる火球は縦に直撃した瞬間に後ろにいる3人に擦る事なく四散して消えた。

 

「いいぞミノト。その調子で頼む」

「私はヒノエ姉様の指示に従っただけです」

エスラはヒョコッとミノトの盾の側面から顔を出すと、次々とリオレウスに向けて雷撃弾を放っていった。

 

「ギャォオオオオ!!!」

 

放たれていく雷撃弾。それに対してリオレウスは空中を飛び回り、回避しようとするも、エスラの金色の目から捕らえられれば逃げる事は不可能。

 

滑空するリオレウスが次に通りそうな箇所をエスラは即座に感知し、その地点へと雷撃弾を放っていった。結果は全て命中である。

 

その時だ。

 

「ギャォオオオオ!!!」

付近にいたリオレイアの悲鳴も聞こえてくる。ヒノエとミノトは即座にその場へと目を向けた。

 

見るとそこには前のめりに倒れたリオレイアを次々と身体を回転させて鬼人空舞や鬼人乱舞を繰り出すゲンジとシャーラの姿があった。その速さは完全に規格外であり、双剣の一振り一振りが美しき蒼い雷と爆発性の輝く黄色の軌跡を遺していった。

 

「な…なんて速さ…まるで旋風の様です…!」

その光景にヒノエは勿論、無表情であるミノトも驚きの表情を浮かべていた。

 

「互いの意思を感知し、ぶつかる事なく、隙間のない連撃の嵐を見舞う。双子だからこそできる芸当だ」

 

「そのようですね…」

 

ヒノエは頷き、奮闘するゲンジ達の姿を見つめると、笑みを浮かべて、頬を叩き気持ちを切り替える。

 

「旦那様には負けていられませんね。いくわよミノト」

 

「はい!姉様!」

ゲンジとシャーラの活躍に刺激を受けたヒノエとミノトは即座にエスラの隣に立つと、弓を構え、滑空するリオレウスに向けて矢を射る。そして、ミノトもランスを構え、狙いを定める。

 

「…!!」

ヒノエの琥珀色の瞳が光で一瞬輝くと同時に手が離され、装着された弓が放たれた。

 

その一本の矢は空気中で分裂すると、たった一本が数本の光の矢となり、リオレウスの眉間へと突き刺さる。

 

「グロォオァァァア!!」

先程の雷撃弾に加えて、ヒノエの弓矢によって、リオレウスの頭部の堅殻が破壊される。

 

ヒノエは手を緩めない。次々と弓矢を射り無数の光の矢をリオレウス目掛けて放っていった。

 

「グロォオァ…!!」

エスラの雷撃弾に加えてヒノエの光の矢によって、遂にリオレウスは視界が揺めき、空中での滑空が停止する。

 

「今ですミノト!」

「はい!」

その隙を突いたミノトは好機と見て腕を振りかぶり、一気に脚を前に踏み込んだ。

 

「ヤァッ!!!!」

踏み込みと共に前へと突き出されたランスの先端から黒い竜巻が発生し、空中で隙を生んだリオレウス目掛けて飛んでいった。

 

「グロォオァァァア!!!」

放たれた竜巻は見事にリオレウスの身体へと直撃し、飛行する体勢のバランスを崩した。

飛行を妨害されれば、空の王者ともあろうと、飛行を再開する事は不可能である。重力に逆らえず、バランスを崩したリオレウスは地面へと叩きつけられた。

 

「おまけだ。とっておけ」

エスラは装填した貫通弾を此方に首を向けながら墜落したリオレウスに向けて放つ。放たれた貫通弾は見事に再び眉間に打ち込まれると、頭から長い尻尾の先端まで衝撃が発生し、多段ダメージを与えていった。

 

 

「やりましたねミノト」

 

「はい!」

任務遂行を果たした2人は手を合わせてハイタッチをする。その一方で、エスラはリオレウスが撃退した事を確認すると、再び弾丸を装填する。先端が失われた弾丸が弾き出されるように地面へと転げ落ちていった。

 

「さて、次はフゲン殿達の援護といこう」

 

ヒノエとミノトは首を傾げる。

 

「ですが、まだお2人がリオレイアを相手に」

この作戦は、リオレイアを撃退するまでリオレウスを惹きつける事だ。開始からまだ5分程度しか経っていない。2人はまたリオレイアと戦っているのだ。

だが、エスラは首を振る。

 

「丁度終わったところさ。見ろ」

エスラはそう言いフゲン達が相手をしているビシュテンゴに向けて貫通弾を放つ。

 

一方で、エスラに言われた通りに、2人はもう一度リオレイアがいた場所へと目を向けると、そこには脚を引き摺りながら、逃げていくリオレイアと、その後ろを通り過ぎ、自身らが撃墜したリオレウスに向けて走っていくゲンジとシャーラの姿があった。

 

よく見ると、逃げていくリオレイアの身体には夥しい程の量の傷がつけられていた。

 

「たった数分であれほどの傷を!?」

 

「ハハッ。何を驚いているんだミノト。君達は既にゲンジの狩りを見ているだろ?ならばあれ程度の事で驚くんじゃないよ」

 

エスラの言葉に2人は数ヶ月前の百竜夜行を思い出す。

 

オサイズチ2体に加えてリオレイアとリオレウスを瞬殺。それに加えて後から現れたマガイマガドの成熟個体を自身らが拠点に戻っている間に討伐。

更に、ヌシも自身らが拠点に戻る間に討伐。

 

マガイマガドとヌシの狩猟する姿は見ていないものの、それ以外の4体の狩猟する光景は目にしていた。だが、あの時よりも確実に速くなっている。

 

あの時はまだ本気では無かったのだ。そして、今も。

『あれ程度』

ヒノエとミノトは改めて自身らの夫であるゲンジ。そしてその双子の姉であるシャーラの恐るべきハンターとしての技量と強さを再認識する。

 

更に、自身の隣にいるエスラも同じ目を向けていた。状況に応じた臨機応変な対応力に加えて集会所で見せた多くのハンター達を賛同させるカリスマ。更に、空を舞うリオレウスに全弾を命中させる程の命中率。

 

これが『金銀姉弟』。

 

 

「ほら、感心してないで手伝ってくれ」

 

「「はい!義姉さん!!」」

 

「おぃぃぃ!!ミノトまでそれで呼ぶなぁ!!」

 



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第二波の襲来

その後、百竜夜行の第一波は収束へと向かっていった。

 

フゲン達が相手をしていたビシュテンゴ並びにヨツミワドウとアケノシルムの計3体は途中から加勢したヒノエ、エスラ、ミノト達によって次々とダウンを取られていき、その隙をついたフゲン達が総攻撃を行った事で撃退されていった。

 

更に、リオレウスも空中から落とされた合間にゲンジとシャーラの双子のコンビネーションにより、全身に傷を負わされていき、たった数分で空の王者にはあるまじき速い逃げ足で飛び去っていった。

 

◇◇◇◇◇

 

「ふぅ。これで終わりかな?」

群れが去り、再び静寂が訪れると、エスラは腰を掛けて弾丸を装填しながら横にいるヒノエに問う。だがヒノエは首を横に振る。

 

「いえ。第一波だけでは終わりません。続けて多くのモンスターが襲ってくる事でしょう…」

 

「そうか。ならば、引き締めておこう」

 

それは他のハンター達も同じくフゲンから聞かされていた。

故に皆は警戒を解くことなく、武器を研ぎ、または持ってきていた携帯食料で腹を満たす。

 

ゲンジもシャーラと共に即座に武器を研ぎ直すと共に、携帯食料を齧る。

 

「ねぇゲン」

 

「ん?」

シャーラから突然肩を叩かれたゲンジは振り返る。見るとシャーラの表情がいつもよりも曇っていた。

 

「どうした?」

 

「…何か、胸騒ぎがするの」

 

「偶然だな…俺も同じだ」

シャーラの顔の曇りの理由を聞いたゲンジは自身も同じであると頷いた。ゲンジにとって、その胸騒ぎは前回の第二波を退けた時と同じ感覚であった。

シャーラだけでなく、ゲンジも嫌な予感を感じ取っていたのだ。“得体の知れない何か”が近づいてきている事を。

 

「警戒…解けないね」

 

「あぁ」

 

シャーラと共にゲンジは高台に登ると、砦の入り口を見つめる。

まだ太陽の光が刺す真っ昼間。それでも皆は警戒を解くことは無かった。

それは“正しい判断”と言える他ないだろう。

 

 

 

その時だ。ゲンジは強大な“何か”を強く感じ取った。そして、武器を手に取り、立ち上がると辺りで警戒するハンター達に聞こえるように知らせた。

 

「___そろそろだな」

 

その声に皆の目が即座に変わり、次々と武器を手に取っていった。

 

先程のような危険度の低いモンスターではない。とてつもなく“危険”なモンスター達の侵攻をゲンジは感じ取っていたのだ。

 

「援護部隊、ありったけのバリスタや大砲の弾を詰めろ。覇竜砲もスタンバイしとけ」

 

「り…了解!」

ゲンジの指示に援護するハンターや里の皆は即座に頷き、準備に取り掛かる。そんな中、1人のハンターがその指示に首を傾げゲンジに問いかける。

 

「いくら何でも厳重すぎやしねぇか?」

 

ゲンジはその言葉に頷きながら答える。

「準備のやりすぎに越した事はねぇ。その分次の第二波はヤベェ奴らが来るんだ」

 

「え!?」

ゲンジの言葉にハンターは驚きながらも慌てて武器を手に取る。そして、その予想は的中することとなった。

 

 

その時だ。見張り台の者が金具を鳴らした。

 

「第二波だッ!!」

その言葉に全ハンターに加えてフゲン達は一斉に武器を手に取る。それと共に見張りは向かってくる全モンスターを知らせた。

 

「向かってくるモンスターは計4体!!!ナルガクルガ、ジンオウガ、アンジャナフ、そしてタマミツネ!の模様!!」

 

そのモンスターの名前を聞いた瞬間 ハンター達の士気が下がり始めた。4体とも、下位の未成熟個体でさえ、上位のハンターが苦戦を強いられる程の強さであり、その上位個体となると、脅威度は更に増す。

 

「嘘だろ!?メチャクチャ強ぇ奴らじゃねぇか!?」

 

「む…無理だ!!勝てっこねぇ!!」

恐れ慄くハンター達。上位モンスターの中でも凶悪な部類に入るモンスター達が一斉に襲ってくるのだ。先程とは強さの規模が違う。

 

「うるせぇぞ」

そんな中、パニックに陥るハンター達をゲンジは一喝する。すると、その声を聞いたハンター達は即座に黙る。

 

「自身のねぇ奴は兵器での援護に回れ。残りの奴らは俺と共に武器で迎え撃つ」

その言葉に狼狽えていたハンター達は頷き、次々と高台へと登りバリスタ台や大砲に着く。武器組として残ったのは数人の上位ハンターに加えてフゲンやイオリ、そしてヒノエやミノト、エスラ達だけであった。

 

そんな中、ゲンジは残ろうとするイオリを止めた。

 

「イオリ。お前も遠距離に回れ。第二波の奴らは部が悪い」

 

「で…ですが!!」

イオリは何としてでも前衛組に残ろうとする。だが、それでもゲンジはそれを拒否する。

 

「ハモンさんの言葉を忘れたか?『死ぬな』って言われただろ」

「…」

その言葉にイオリは黙り込んでしまう。そして、苦渋ながらも頷き、ゲンジに従う事に決めた。

 

「分かりました。その分、援護しますのでゲンジさんも気をつけてくださいね…!」

 

「あぁ」

イオリは高台へと向かっていく。だが、そんな中でゲンジは難しい表情を浮かべていた。

 

「(おかしいな…感じたのはコイツらの気配じゃねぇんだが…)」

先程の感じた気配はこの4体では無かったのだ。あの4体では比べ物にならない程であった。

それでもゲンジは防衛を成功させる為に意識を持ち直すと、前衛砦のど真ん中に降り立ち、武器を抜く。

 

ゲンジの辺りにはシャーラ、そして鉄蟲糸を手に巻いたウツシ、百竜刀を構えるフゲン。更にボロスSを纏い太刀を構える男性ハンター、大剣を背負うディアブロSを纏うハンターが砦の如く立ち並んでいた。

 

「ハッ。狩り甲斐のあるモンスター達じゃないか。特にタマミツネは初めて見るから腕が鳴るよ」

 

「希少種にしか興味がない貴方には珍しいですね」

 

「こう見えても初見のモンスターには希少種関係なく興味があるのだよ」

エスラとヒノエ、そしてミノトは付近にある高台の上で団欒しながら武器を前衛砦の入り口へと向ける。

 

その時だ。

 

 

「来たぞッ!!!!」

 

『…!!』

フゲンの叫びにゲンジ達は前へと顔を向ける。

 

砦の入り口に設置されてある巨大な針を模した柵を通り越して現れたのは

 

黒い毛を全身に生やし、目を赤く輝かせる飛竜種『ナルガクルガ』

 

特異的な形状の鼻を持ち翼膜を展開させている獣竜種『アンジャナフ』

 

背中に雷光虫が集結し、蒼く発光する身体を輝かせている牙竜種『ジンオウガ』

 

そして、長く伸びた身体の辺りに泡を纏い地面を這う海竜種『タマミツネ』

 

現れた強力なモンスター達は柵を乗り越えると、目の前に立ち塞がるハンター達に向けて鋭い眼光を向ける。

 

「行くぞッ!!!」

 

『『『おぅッ!!!』』』

 

フゲンの合図が開戦のゴングとなり、前衛のハンター達はモンスター達に向かっていった。

 

第二波襲来

 

 



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カムラの里 ほのぼの日常 〜かくれんぼ〜

「ゲンジさん!!かくれんぼしよ!!」

 

「………は?」

ヒノエとミノトに告白して1週間がたったある日の昼。ウサ団子を食べていた里服姿のゲンジはコミツからかくれんぼに誘われる。コミツの後ろには何人もの里の子供達がいた。

 

「いや、別に俺じゃなくてもいいだろ」

 

「偶にはゲンジさんと遊びたいよ!」

「遊ぼ!」

そう言い後ろの子供達はゲンジの手を引っ張る。彼らも偶には遊びたいのだろう。いや、それは納得できるが、なぜ大人の自身も挟むのか不思議で仕方がなかった。

 

「悪いが俺は無理だ。少し眠くてな…」

 

「えぇ〜」

すると、横で一緒に団子を食べていたヒノエが肩を叩いてくる。

 

「まぁまぁいいじゃないですか旦那様。偶には遊んでみてはいかがです?」

 

「…いくつだと思ってるんだよ…。そんなガキのお遊びに付き合う程俺は……」

 

プルプルプルプル…

不意に目を向けるとコミツと子供達は涙を溜めながら頬を膨らませて震えていた。

 

「分かった分かった!!やるから!そんな目で見るなぁ!」

 

「フフ。では私達も」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「それじゃあ始めますよ〜」

 

「「「は〜い!!」」」

ヒノエの合図に子供達は手をあげ元気よく返事をする。子供達の前にはヒノエに加えて

 

「はぁ…」

 

「かくれんぼは苦手ですね」

ゲンジとミノトが立っていた。ミノトはヒノエが連れて来たらしい。今日は珍しくハンター皆が休んでおり、仕事もないようだ。というか、周りから見れば完全に幼稚園児と先生だ。いつもならばエスラ達も来ると思うのだが、今日エスラ達は訓練で疲れているのか寝ているらしい。

 

「じゃあさ!ゲンジさんが鬼やってよ!」

 

「俺が?まぁ…いいけどよ…」

 

「じゃあ皆!隠れますよ〜!!」

ゲンジが鬼役となり、ヒノエは皆へと呼びかけて、すぐに隠れる。場所は里の中限定である。なぜ、コミツはゲンジに鬼役を頼んだのか。何でもヒノエまたはミノトが鬼をすると、すぐに終わってしまうらしい。

 

「では鬼さんは2分間目を瞑っててくださいね〜」

 

「あぁ」

 

ゲンジは目を閉じると、120まで一つずつ数えていく。

 

 

「1、2、3、4、5、………………

 

 

________118、119、120…と」

 

目を開けると、先程までいたヒノエや子供達が姿を消していた。

 

「はぁ…早い所終わらせるか」

 

ゲンジは背伸びをすると、やれやれと気乗りもせずに探し始める。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…しかし、どこに隠れやがったんだアイツら…」

 

カムラの里は広い。イオリの離れもある上に集会所もだ。因みに加工屋と製鉄所は危険なために子供は立ち入り禁止である。

 

ターゲットとなるのはコミツ、セイハク、ヒノエ、ミノトに加えて里の子供達合わせて12人である。結構いる。

 

「まぁいいか。とりあえず…ガキが隠れそうなところを探すか。まずは……」

 

ゲンジが目を向けたのはヒノエの机の近くにある大きなボックスであった。

 

里には他にも何箇所か設置されており、その中にはクエストに行く際に不要な持ち物を置いていけるようになっている。

 

「ま、流石にこの中にはいねぇよな」

箱なら誰しも必ず隠れるだろう。鬼に目をつけられる事は里の皆も分かっている筈だ。どうせいるわけない。そう思いながらゲンジはボックスに近づくと箱の蓋を開ける。

 

 

「……あ」

 

そこには参加者の内の2人の子供がいた。

 

「…みつけた」

 

2人見つけた事で残り10人。因みに見つかった者はヒノエの机で全員見つかるまで待つ事になっている。

 

すると

 

「おぉ。あったあった」

突然自身の横を通り過ぎるフゲンの姿があった。何故かフゲンの手には何本もの酒が。それをフゲンはボックスの中にホイホイと入れていった。

 

「何やってんだ?」

 

「いや、家に置けない酒が合ってな。ここに代わりに置いとくのだ。風当たりもいいからよく冷える」

 

「勝手に私物にしてんじゃねぇよクソジジイ!誤ってガキが飲んだらどうすんだよ!?」

 

「心配いらん。俺が酒を飲み始めたのは14の頃だからな」

 

「そういう意味じゃねぇよ!!!」

 

 

それからフゲンと別れたゲンジは再びかくれんぼを再開する。因みに酒は氷結晶を渡してあげる事で持って帰っていった。

 

◇◇◇◇◇

 

2人を見つけたゲンジはその場から直ぐ近くにある集会所に向かう。

集会所の中に入ると、相変わらずゴコクはテッカちゃんの上に跨っていた。

 

「おぉ。かくれんぼは進んでおるでゲコかぁ〜?」

 

「なんだアンタ知ってんのか」

 

「フォッフォッフォッ。先程来た少年がそう言っていたでゲコ。因みにもう出て行ってしまったがな」

 

「……怪しいな」

ゴコクの言動にゲンジは不審に思い、辺りを見回す。見るとテッカちゃんの傍には何故か異様にデカい箱が…。

 

 

「……テッカちゃん。それこっちに渡せ」

 

「ブゥ…」

テッカちゃんは渡したくないのか、その箱を前足で後ろに下げる。

 

「……後でウサ団子やるぞ」

 

「ブブ♪」

好物のウサ団子を提示された事でアッサリとテッカちゃんはその箱を差し出した。

 

ガチャ

 

「やっぱりな」

中を開けると頬を膨らませている3人の里の子供達がでてきた。

「ゴコク様〜!」

「いやぁ〜すまんすまん」

 

3人見つかり、残りは7人。先はまだ長い。

 

「テッカちゃん喜べ。ゴコク殿が後で10本奢ってくれるってよ」

「ちょっとぉぉぉ!?何勝手な事言ってるのぉ!?」

それからゲンジは集会所を後にする。だが、その際に何故か子供達とテッカちゃんは後ろを見ながらクスクスと笑っていた。

 

「(何がおかしいんだ?)」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「さっきから何がおかしいんだってんだよ。はぁ…めんどくせぇ」

ゲンジは額に手を当てながらやれやれと首を振る。それに先程から子供達のクスクスと笑う顔も気になって来ていた。

 

一体何が面白いのだろうか。

 

「…もしかして隠れた奴が後を付けてる……な訳ないか」

ゲンジは咄嗟に後ろを振り向くも、そこには誰もいなかった。ゲンジは次の目星を付けた場所へと向かった。

 

やって来たのはヨモギの茶屋である。

 

「あ!ゲンジさ〜ん!お団子かな〜?」

「あぁ。一本頼む」

ヨモギはいつも変わらずの天真爛漫に振る舞う。ゲンジはまた腹が減ってしまったためにウサ団子を注文に来たのだ。それと同時にこの辺りには確実にヒノエが隠れていそうな雰囲気もある。

 

「そうだ!かくれんぼはどう?進んでる!?」

 

「あ?いや、まだ5人だよ。先が長い」

 

「そうなんだ!でもあれだね!ヒノエさんだったら団子の匂いを嗅いで出てきちゃったりしてね!はいどーぞ!」

 

ヨモギの冗談にゲンジはないないと手を横に振りながら差し出されたウサ団子を受け取る。

 

「流石にあの人の事だ。いくら団子が好きでも釣られて現れる訳はねぇよ。こうやって目線の後ろに団子を向けたとしても__「あむっ!」

 

 

 

 

「………何か聞こえたな」

自身の斜め後ろに団子を向けた瞬間 手を掴まれると同時に団子に噛み付く声が聞こえた。

 

ゲンジは真顔になり、ゆっくりと向けた団子をもう一度自身の目の前に持って来る。見ると一番上に刺されているウサ団子に歯形が残っていた。

 

そして、もう一度ゆっくりと後ろに団子を向ける。

 

「あむっ!」

すると、またもや聞こえてくる団子に噛み付く音。

 

「………」

ゲンジは今度は団子を目線には持ってこなずに自身の顔を団子へと向けた。

 

そこには

 

「はむっ♪」

向けられたゲンジの両手を掴みながら幸せそうにウサ団子を頬張るヒノエの姿があった。

 

「……見つけた」

 

「あらあら。見つかってしまいました♪」

ヒノエは団子を頬張りながら苦笑する。いや、待てよとゲンジは思った。団子を後ろに差し出してから食らい付くのが早い。それに先程から妙な目線も感じていたし、捕まえた子供達も後ろを見ながら笑っていた。

 

「……ずっと後ろにいたのか?」

 

「はい勿論。ゴクン。ずっと旦那様の跡を着いておりました」

 

「ようやく分かったよ笑われてる理由が…!!!」

子供達はずっと背後にいるヒノエに気づかない自身を笑っていたのだ。

 

「はい!姉さん見つけた!あとこれはもうやる!」

「まぁ!」

ゲンジは焼け気味にヒノエに自身が購入したウサ団子を押し付ける。渡されたヒノエは顔を輝かせると嬉しそうに頬張る。

 

「ったく…他のガキはどこ行きやがった…。今度はオトモ広場にいってみるか…」

場所を変えて今度はアイルー達が多くいるオトモ広場へと向かうことに決める。

 

「あ、旦那様。ウサ団子のお礼を」

 

「いやいいって___お…い!?」

 

「ぎゅ〜ですよ♪」

ゲンジは他の者を探そうとした時、団子を既に食べ終わったヒノエに手を引かれて身体を無理やり抱き締められる。そしてその数分後に解放されたと思いきや

 

「さて…」

「へ?」

突然と頭を両手で抑えられる。目の前からは段々と迫って来るヒノエの顔。

 

「ちょ…ま…まて!!!まだかくれんぼ!かくれんぼの途中!!だからやめ____」

 

「お礼の接吻を受け取ってくださぁ〜い♪」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」

 

それから十数分に渡りゲンジはヒノエから人通りであるにも関わらず10回もの強制接吻を頬にされた。その後、ヒノエは満面の笑みを浮かべながら自身の机の場所へと向かっていき、残されたゲンジはやつれていた。

 

「もう決めた。絶対ヒノエ姉さんとはかくれんぼはしねぇ…」

 

「いや、かくれんぼ関係なくない…?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

なんやかんやあってようやく回復したゲンジは6人を見つけることができた。残りあと半分。まだまだ先が長い。

 

オトモ広場へと到着するとそこにはガルク達と戯れるイオリの姿があった。

 

「ゲンジさん。どうも!ミケとハチは元気ですか?」

 

「あぁ。今日はどっちも家で寝てる。何でも昨日は遊び疲れたらしい」

 

「それはそれは」

ゲンジは辺りを見回す。子供達が隠れるそれらしき箱は見当たらない。

 

「……ここはいないな」

 

「あ、かくれんぼですか。まぁ、ここにはあまり隠れる場所はないですね。草むらも低いですし、箱もありませんし」

 

「まぁそうだな。じゃ」

「えぇ!またいつでも!」

 

その後、イオリと別れたゲンジは今度は集会所の裏にある家が立ち並ぶ場所へと向かう。

集会所の裏にあるのは里の皆の住居であり、今は殆どの皆が出ている為に静かである。

 

「ここならいるだろう。……早速見つけちまった」

「あ!見つかっちゃった!?」

ゲンジは通りを歩く中、一軒の家の前にある物置に隠れているコミツを見つける。いや、コミツだけではない。

 

「見つかったかちくしょー!」

 

「コミツがいるならお前もいると思ったよ」

一緒にいたセイハク。更に次々と残りの子供達が出てくる。何と残りの6人のうち、5人も出てきてしまったのだ。まさかの1箇所に固まっていた。

 

「あ〜!見つかっちゃったな〜」

 

「これでもお前らは後の方だ。てか何でこんな固まってるんだよ!?ほら、早く集合場所にいけ」

 

『はぁ〜い!』

見つけられたコミツ。そして何故か一緒にいたセイハク。そしてその他の子供達は手を上げながら返事をするとヒノエの机のある場所へと向かっていった。

 

「残りは…ミノト姉さんか…。案外早く終わったな…」

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

私は暗い所が好きだった。暗いところは何も考えなくてもいいし何も見なくていい。嫌なことがあると私はいつもこの暗い箱の中に閉じこもっていた。

 

それをヒノエ姉様は毎回かくれんぼのように見つけてくれた。

 

『あ!ミノト見ぃ〜つけた!』

 

『ねぇね…』

その時の笑顔に私はいつも励まされていた。今はかくれんぼだ。そんなに暗い気持ちなどない。

 

 

 

 

………けれど、少し寂しくなってきた。かくれんぼと言えど、独りで隠れると何故か虚しい。早く見つけて欲しいという感情が出てくる。

 

ミノトはそう思いながら暗い箱の中で膝を胸に抱く。

 

すると

 

 

ガチャ

 

箱の蓋がゆっくりと開かれ、外からの光が差し込んできた。突然の日光にミノトは手で光を遮る。

 

 

「やっと見つけた。なんでこの里はこんなにボックスがあるんだよ」

 

「ゲンジ…」

 

映ってきたのは髪を縛り上げたゲンジの顔だった。するとゲンジはミノトに手を差し出した。

 

「ほら、ミノト姉さんで最後だ。さっさと戻るぞ」

 

「はい」

見つけられた事に安堵の表情を浮かべながらミノトは頷き、その手を取ると立ち上がろうとした。

 

 

その瞬間。

 

 

 

「…!!!」

 

 

ドクン

 

 

ミノトの身体の中で電撃が走ると共に鼓動が鳴る。そして、目の前にいるのがゲンジ1人であると認識すると、即座にミノトは掴んだ手に力を込める。

 

「…ん?どうした。いきなり手を…わぁ!?」

そして掴んだ手を離すことなくそのまま自身の入っていた箱へとゲンジを引き摺り込んだ。

 

そして、箱はその時に生じた反動により蓋がゆっくりと閉められた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

薄暗い箱の中。ゲンジを引き摺り込んだミノトはゲンジを押し倒しながら呼吸を荒くしていた。板の目から光が差し込む為に、真っ暗という訳ではなかった為にゲンジはその表情がハッキリと見えていた。

 

「ゲンジ…いえ、旦那様…私…もう限界です…!!」

「え…!?」

 

その言葉と共にミノトの柔らかい唇がゆっくりと近づいてくる。

 

「ちょ!?待て!さっきもこんな展開あったぞ!?本当に待て!……腕が!?」

咄嗟に腕で塞ごうとするも、既にミノトに押さえつけられていた。

 

「逃しませんよ……!私だって……偶にはヒノエ姉様のように貴方を独り占めして愛でたい時があるのです…!!」

もう完全に防ぐことも逃げる事もできなかった。ミノトは荒い息と共に顔を赤くさせながらゆっくりとゲンジに唇を近づけていった。それと共に逃げられない為に肩幅の大きな身体を密着させていく。この狭いボックスの中では抵抗する事も不可能だった。

 

「旦那様…たっぷりと『なでなで』『ぎゅうぎゅう』『スリスリ』させて貰いますからね…」

不気味な目と真顔を浮かべながら次々と接近してくるミノトの顔。次第にゲンジに恐怖を与えていった。

 

「ま…待て待て待て待て!!待て…ま…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

その後。ヒノエ達が待っていると、目を回すゲンジとそれを抱き抱えるミノトが現れ、無事にかくれんぼは終了したようだ。

 

ゲンジはこの事がトラウマとなり、かくれんぼが嫌いになったようだ。

 



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黒き迅竜ナルガクルガ

一気に雪崩れ込んでくる4体の竜。中でもナルガクルガは迅竜と呼ばれており、その名の通りスピードを生かした戦法を得意としていた。

 

「グァァァァァァァッ!!!!!」

 

「…!!」

鳴り響く咆哮が耳を刺激し、皆は耳を塞ぐ。ナルガクルガの咆哮は耳鳴りが凄まじく、付近で聞けば耳を塞がずにはいられなかった。

 

咆哮が鳴り止むと4体は一斉に進軍を開始する。

 

「俺とシャーラ姉さんはナルガクルガをやる。フゲンさん達はジンオウガを頼む」

 

「分かった…!」

フゲン達は発光するジンオウガに向かっていった。

 

「エスラ姉さん達はタマミツネを頼む!!アンジャナフはナルガクルガが片付き次第俺たちがやる!!」

 

「あぁ!任せろ!」

 

そして、残ったゲンジとシャーラの目の前にはこちらを見据えるナルガクルガの姿があった。目は赤く発光しており、見るものを威圧させる。

 

 

「ギィエェエエエ!!!」

すると、ナルガクルガは唸り声を上げながら尻尾をしならせると、先端部分から数本の針を射出していきた。

 

ナルガクルガの特徴の一つ。尻尾には一度刺されば抜くのは難しいとされている強靭な針が仕込まれているのだ。

 

向かってくる針をゲンジとシャーラは横に跳躍する形で避ける。

 

「…シャーラ姉さん。速攻で片付けるぞ」

 

「うん」

 

針の射出を回避した2人は即座に武器を構えた。

 

その瞬間 ナルガクルガは目の前にいるものを敵と判断して、直接排除すべく前脚を前に出しながら襲いかかって来た。

 

「…!!」

真正面からの突進。だが、それはあくまでフェイントだ。ナルガクルガは知能も持ち合わせており、持ち前の瞬発力を生かし、寸前での動作変更を可能としていた。

その技にどれほど多くのハンター達がダメージを負わされた事だろうか。

防ぎ用がない。

 

 

_______それを知らぬ者に限り。

 

 

 

「シャーラ姉さんは斜めに移動して双剣を振り回せ。思いっきりな」

 

「うん!」

 

ゲンジに言われた通り、シャーラはゲンジとは斜めに駆け出す。その一方で、ゲンジはそのまま突き進み突進してくるナルガクルガ目掛けて双剣を振り回した。

 

「ガルル…!!」

 

だが、寸前でナルガクルガは唸り声を上げると突進する動作を即座にキャンセルし、そのまま前足で飛び上がり、ゲンジの斜め背後へと回り込んだ。

 

その動作自体をゲンジは読んでいたのだ。

 

 

「ギィェェ!!!!」

すると背後からナルガクルガの悲鳴が聞こえた。ゲンジは即座に振り返り、双剣を構え直すと再びナルガクルガへと向かう。見るとそこにはシャーラがギロチンを振り回してナルガクルガの片目を切りつけていた。

 

「一気にたたみかけるぞ」

 

「うん」

痛みに苦しむナルガクルガ。その隙をゲンジ達は見逃さなかった。

 

「フッ…!!」

双剣を逆手持ちにするとその場から跳躍し、身体を回転させるとナルガクルガの頭から尻尾の先端に掛けて背を沿うかのように次々と刃を突き刺していった。

それと同時に爆破属性が発動し、黄色い爆炎がナルガクルガを襲う。

 

「ギィェェエ…!!!」

その爆発によってナルガクルガは更に悲鳴をあげる。それに伴いシャーラとゲンジの連撃は勢いを増していく。

 

「ヴォラァッ!!」

 

「ヤァッ!!」

ナルガクルガの鋼のような翼には傷がつけられ、針が纏まった尻尾、黒い体毛は反撃する暇も与えられず次々と破壊されていく。

ナルガクルガは攻撃力や瞬発力が突出して高く厄介なモンスターではあるが、その反面、体力が平均よりも少なく、隙をついて総攻撃を仕掛けられればすぐに瀕死となってしまうという弱点が存在していた。

それは上位個体でも同じだ。

 

叫び声を原動力に2人の速さは更に加速していく。辺りから次々と2人は双剣でナルガクルガの身体を斬りつけて行った。片耳、尻尾、翼には更に傷が刻まれていく。

 

 

「ギィェェ…」

すると、ナルガクルガは弱々しい声を上げた。その声を聞いたゲンジとシャーラは乱舞の手を止める。一瞬の隙を突いた総攻撃が決め手となったのだ。

辺りから攻撃が来ないことを悟ったナルガクルガは身体を方向転換させて傷だらけの身体を引きずりながら元来た道へと引き返していった。

 

「ふぅ…」

その様子を見届けたシャーラは息を吐くと、着地したゲンジの方へと顔を向けた。

 

「よし…ゲン!やった……!!」

これですぐにアンジャナフに向かう事ができる。作戦が順調な事にシャーラは笑みを浮かべていた。

 

その瞬間 

 

「…え?」

 

ゲンジの身体が突然死角から放たれた水のブレスによって吹き飛ばされた。

 



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窮地

前の話が続きとなっております。最新話の箇所を押して『おかしいな』と思った方は『前の話』をタップしてください。


「ゲン!!」

吹き飛ばされたゲンジはその水圧によって目の前にある崖へと叩きつけられた。

 

「がぁぁ…!!」

叩きつけられた衝撃と水ブレスの水圧に板挟みされた事によって、ゲンジは身体中の空気を吐き出してしまう。そのブレスの放出が止まると、叩きつけられたゲンジの身体がその地点から地面へと落下した。

 

「ゲン!」

咄嗟にシャーラは駆け寄る。水ブレスを受けた事でゲンジの装備は水浸しとなっていた。

 

「まさか…!!」

シャーラはブレスがはなたれた方向へと目を向ける。そこには自身らを睨みつけるタマミツネの姿があった。

 

「く…!こんな時にタマミツネかよ…!!!」

 

ゲンジは水ブレスによって口内に侵入した水を鎧の隙間から吐き出すと何とか立ち上がる。だが、シルバーソル装備は水に弱い。水属性やられ【大】が発生してしまい、上手くスタミナを回復させる事ができなかった。

 

そんな中、更に最悪の事態が発生してしまった。

 

近くにある高台のバリスタ台から1人の里守が叫んだ。

「まずいッ!!アンジャナフが砦に到達した!!」

 

「…なんだと…!?」

「そんな…!」

その知らせを聞いたゲンジは即座に砦の方へと顔を向ける。見るとアンジャナフが第二防衛ラインへと続く柵へと巨体を何度も打ちつけていた。その巨体の体当たりによって、柵は今にでも破壊されそうである。

 

アンジャナフの方へと向かうために脚を踏み出す。

 

「ぐぅ…!!」

だが、まずブレスの影響か、上手く走り出せなかった。だが、ゲンジは一度水ブレスによるダメージを経験していた。そして思い出す。タマミツネとはレベルが違う自然そのものと言われた『古龍』の水ブレスを受けたことを。

 

倒れそうになった脚に力を入れて踏み込む。

 

「(あれに比べれば…全然弱ぇ…!!!)」

まだ覚えていた感覚が次々と痛みを和らげていく。そして、ゲンジは自身に水ブレスを直撃させたタマミツネに向けて双剣を構える。

 

「やはりエスラ姉さん達だけだと無理だったか…。なら、俺もやらねぇとな…!おい」

 

双剣を構えたゲンジは近くの高台にいる里守に伝える。

 

「俺達がタマミツネを食い止める。お前らはバリスタと大砲でアンジャナフを頼む」

 

「了解!!」

それに頷いた里守は頷くと、柵付近にいる里守全員へと伝令を伝えて行った。

 

それを見届けたゲンジは首を鳴らしながら目の前に立ち、自身らを威嚇するタマミツネへと目を向けた。

 

「ゲン…あまり無茶しないでよ…?」

 

「あぁ」

すると、シャーラも横に立ち並ぶと同じく双剣を構える。それを見たタマミツネは首を持ち上げると、威嚇とばかりに咆哮をした。

 

「グォアァァアアアッ!!!!」

 

「「…!!」」

その咆哮を戦闘の合図とし、2人は同時にタマミツネへと向かう。

 

 

その時だ。

 

タマミツネの上に巨大な影が現れた。それを見た2人は即座に移動を止める。そして、その影はタマミツネを覆い尽くす。それを危険信号として感じたタマミツネは状態を唸らせると即座に後ろに後退した。

 

その瞬間

 

「お手ぇぇぇえぇえええ!!!!」

 

 

突然の叫び声と共に巨大な影が飛来した。飛来したと同時に目の前地盤が吹き飛ばされていき、共に雷のような蒼い閃光が四散していく。

 

 

「ゲホッゲホッ……なんだいきなり!?」

発生した砂埃にゲンジとシャーラは咳をしながらも状況を確認する。

 

すると、煙が次第に晴れていき、先程の現象の正体が顕となっていった。

 

「…!!」

目の前にいたのは背中に雷光虫を募らせながら鮮烈なる閃光を発している超帯電状態となった雷狼竜『ジンオウガ』だった。

 

「ジンオウガ!?なんでここに!?フゲンさん達が相手をしてた筈じゃ…!!」

 

ゲンジは咄嗟に武器を構える。そうだ。ジンオウガはフゲン達が足止めをしていた。ならば、なぜここにジンオウガがいるのか。もしかしてまた突破されてしまったのか?そうとなればかなりキツイ。柵に近いこの場所にタマミツネとジンオウガ。更に柵に到達したアンジャナフ。この3体がこの場に固まってしまえば撃退が難しくなってしまう。

 

そんな時だった。

 

 

「ハッ!遅れてすまないな。愛する我が弟と妹よ!!」

 

ジンオウガの背中から聞き慣れた声が聞こえてきた。いや、よく見るとジンオウガの四肢にはウツシの持っていた鉄蟲糸が糸のように通されていた。

そして聴き慣れた声にゆっくりと顔を向ける。

 

そこには

 

 

「やはり操竜は気持ちがいいな。うん…いい鼻息だ。ロデオで洒落込むには丁度いい…!!!」

 

両手にジンオウガの四肢を支配する鉄蟲を握りながら金色の鋭い目を向けているエスラの姿があった。

 

「さて、ここからは一気に巻き返していこうか…!!」

 



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炸裂 操竜

それは数刻前に遡る。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

ジンオウガは咆哮を上げながら砦へと向かっていった。里守達はそれを防ぐべく無数のバリスタや大砲の弾を放っていくが、ジンオウガはモノともせず進撃を止めなかった。

 

「ゼィヤッ!!!」

 

駆け抜けるジンオウガの横からフゲンは空中へと飛び上がりながら兜割をジンオウガの眉間に目掛けて放つ。

 

だが、寸前でジンオウガは身体を後退させるとそれを避ける。

 

「ッ…やはり素早いな。ナルガクルガと同じ此奴も厄介だ…」

ジンオウガの厄介な点はその巨大には似合わない程の運動神経だ。ナルガクルガより速さは劣るものの、それを補正する…いや、補正どころではない。完全に覆すほどの柔軟性を持っている。

 

片前脚を軸に身体を回転させる他に空中へと飛び出し一回転しながら前脚を振り下ろす。更に、後脚2本だけで数秒立ち上がる。身体を唸らせながら蛇のように後退する。

 

といった、他の牙竜種では考えられない常識を覆した行動を起こしてくる。これかジンオウガが手強いとされている理由だ。

恐ろしい事にこの動きは通常状態の動作の一環であり、そこから自身と共生関係のある雷光虫を纏い『超帯電状態』となる事でその動きは更に苛烈を増していく。

 

フゲン達が相手にしているのは正にその状態へと至っている個体である。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

ジンオウガは巨大な咆哮をあげると、前脚2本を助走としながら跳躍する。

 

「全員退避!!!」

フゲンの叫びに辺りでジンオウガの応戦にあたっていたハンター達は散らばる。

 

すると、跳躍したジンオウガは空中で一回転すると自身に纏う雷を右脚に凝縮させていく。更に回転した際の遠心力、更に重力加速度を合成させた脅威的な落下速度で迫ってきた。

 

 

「ぐっ!?」

 

咄嗟に落下地点にいたフゲンは回避する。

 

すると、その足場にジンオウガの前脚が振り下ろされた。

その瞬間 前脚が地面に叩きつけられると同時に地盤が吹き飛ばされ、辺りに雷撃を四散させていった。

 

回避したにも関わらず、その際に生じた風圧がフゲンを襲う。

 

「やはり無双の狩人…そう簡単には倒されてはくれないか」

フゲンは再び太刀を持ち直すと、ジンオウガに目を向ける。対してジンオウガも目をフゲンにだけ向けると更に前脚を振り上げた。

 

「ふっ。その動作を待っていた…!!」

フゲンは鞘に収めた刀の椿に手を掛け、体制を低くする。すると、身体から歴戦のハンターの証であるオーラが少しずつ滲み出てくる。

 

“水月の構え”

 

 

「グロォオオ!!!」

 

咆哮と共に振り下ろされた前脚。その瞬間 フゲンの目が光ると刀が抜かれると同時に姿が消え、ジンオウガの横へと現れた。

 

 

「ゴルゥ!?」

すると ジンオウガは突然苦痛の声を上げる。見るとジンオウガの振り下ろされた前脚には傷がつけられていた。

 

そして、ジンオウガが怯んだ事を確信したフゲンは即座にウツシに呼びかける。

 

「今だウツシ!!!」

 

「御意!!」

 

すると、軽快な身のこなしで空中へと飛び上がったウツシは鉄蟲糸をジンオウガの四肢へと放っていく。

 

すると、ジンオウガの身体が低く倒され、地面へと拘束された。

 

「拘束完了!!」

 

拘束されたジンオウガの背中にウツシは着地する。見ると辺りには鉄蟲糸を纏った翔蟲が待っていた。ジンオウガが拘束された事でフゲンは辺りにいるハンターへと指示を出す。

 

「俺はこれからジンオウガを操りタマミツネの撃退へと向かう!!諸君らは砦に向かったアンジャナフとナルガクルガを頼む!!!」

 

その指示に数少ない残った武器組であるハンター達は頷く。

 

その時だ。近くの高台から1人のハンターがライトボウガンを背負いながら飛び降りてくる。

 

「話している中悪いが、それを譲ってもらえるか?フゲン殿」

 

「エスラ!?お主らはタマミツネの相手をしていた筈では…」

 

「あぁ。だが、やはり限界がある。そこでジンオウガを操竜し、足止めをしようと考えているのが聞こえてな。私は操竜に自信がある。横取りしてしまう形になって申し訳ないが…いいだろうか?」

 

エスラの要求にフゲンは即座に頷く。

 

「では、お主に任せる。俺達はアンジャナフとナルガクルガの撃退へと向かおう……ん?」

 

すると 不可解ながらも弱々しい足音が聞こえてくる。

 

「うぉ!?」

その正体は即座に現れ、皆を驚かせた。そこには全身が傷だらけとなったナルガクルガが苦痛の声を上げながら自身らの横を通り過ぎ、元来た道へと引き返していく姿があった。

 

「な…もうナルガクルガを!?たった数分しか経ってないぞ!?」

 

「流石は私の弟と妹だ。さて、フゲン殿。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

エスラは拘束されているジンオウガに跨ると、括り付けられている鉄蟲を両手に縛りつけた。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

すると、エスラの腕に反応するかのように拘束されていたジンオウガは起き上がり、天に向けて吠える。

 

「エスラさぁ〜ん!くれぐれも周りには気をつけるんだよぉ!!!」

 

「勿論さ教官。では出撃!!!」

エスラは糸を操り、ジンオウガを動かしながら砦へと向かっていった。

 

「よし。俺達も急ぐぞ!」

 

『『おぅ!!』』

 

◇◇◇◇◇◇

 

ジンオウガを操りながら飛来したエスラは笑みを浮かべながらタマミツネに鋭い視線を向ける。

 

「ゲンジ。ここは私達に任せておけ。ゲンジ達は早くアンジャナフの元に向かうんだ」

 

「そうですよ旦那様」

その声に頷くように近くの高台にヒノエとミノトも現れた。

 

「砦を守るのが目的。サッサと終わらせて皆で帰りましょう」

ヒノエと共にミノトは武器を構えながらゲンジへと伝えた。すると、その言葉にゲンジは頷き、シャーラと共に砦へと向かった。

 

「すまん姉さん達!恩にきる!」

 

ゲンジ達を見送ると、エスラは気持ち悪い程の満面な笑みを浮かべた。

 

「礼なんていらないさ…家族じゃないか(里に帰ったらその分たっぷりと可愛がらせてもらうからな…♪)」

 

完全なるゲスな笑みを浮かべながらエスラはうひひひと不気味な笑い声をあげながらタマミツネへと向き直る。

 

「見せてやろう…!私の操竜とジンオウガの完全なるシンクロ率をな!!」

 

「グォァァァアア!!!」

タマミツネは咆哮を上げると同時に泡を噴射する。

 

「なんのこれしき!!」

対して巨大なモンスターの盾を得たエスラは右手を振り上げる。すると、それに呼応するかのようにジンオウガも右脚を振り上げる。更に腕には雷が纏われていた。

 

「お手ぇぇえ!!!」

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

エスラの叫びとジンオウガの咆哮が重なり、振り上げられた前脚は雷を纏いながら放たれた泡を掻き消しそのままタマミツネへと振り下ろされる。

 

「グォァアア…!!」

振り下ろされた前脚はタマミツネの頭部に直撃し、タマミツネに絶大なダメージを与えた。

それだけでは終わらない。

 

「もう一回ッ!!!!」

今度は左腕の鉄蟲糸を引き上げる。すると先程の動きから繋がるようにジンオウガの左脚が振り上げられた。そして、再び雷を纏った振り下ろしがよろめくタマミツネに炸裂する。

 

「グォァアア…!!」

2回連続の振り下ろしにタマミツネは苦痛の声を上げると、首を持ち上げながらその場に横転する。

 

それを狙い、後方からヒノエとミノトも加勢する。

 

「いくわよミノト!!」

 

「はい!姉様!!」

ミノトは体勢を低くすると、ランスを構える。そして、その傍らでヒノエも弓を引っ張り、タマミツネの頭部へと狙いを定めた。

 

 

「ハッ!!!」

そして、ミノトは溜めていた力を一気に解放するかの如く脚を踏み込み、ランスを前へと突き出した。すると、先端部分から激しい竜巻が発生し、タマミツネの頭部へと直撃する。

 

「…!!」

その直後にヒノエの目が一瞬 光り、矢を放った。放たれた矢は複数の光の矢となり、全てタマミツネの頭部へと吸い込まれるように打ち込まれていった。

 

「まだまだいきますよ…!!」

「はい!!」

双子の姉妹はその手を緩める事なく、次々と竜巻、光の矢を放っていく。

 

「ではこちらも…!!」

それに呼応するかのようにジンオウガを操っているエスラも右腕と左腕を交互に振り上げ、何度も何度もタマミツネの身体へと前脚の振り下ろしを繰り出していった。

 

「ギャァァァァォオオオオオオオオ!!!」

 

正に特攻。いや、ゴリ押しである。対抗しようとタマミツネは起き上がるも、ジンオウガの身体の脅威的な攻撃力、そして2人の姉妹の集中砲火になす術がなく、再び横転させられる。

 

髭も長い耳も、爪も破壊されていき、タマミツネの体力は遂に限界へと達していった。

 

すると

 

「…んお!?」

突如 エスラの掴んでいた鉄蟲糸が緩みだした。そうなると、操竜の限界が迫ってきているのだ。

 

「そろそろだな。ではなジンオウガ」

エスラは鉄蟲糸から手を離し、その場から跳躍すると近くの高台へと着地した。

 

すると、

 

「グロォオオオオ!!!」

ジンオウガの四肢を通していた鉄蟲糸が四散し、ジンオウガの拘束が解かれていった。

それと同時に攻撃が止まった事でタマミツネは傷だらけとなった身体をゆっくりと起き上がらせる。

 

「グォオオオ……」

そして、傷だらけの身体を引きずり、弱々しい声を上げながら元来た道へと引き返していった。

 

そしてそれを追いかけるようにジンオウガも万全な状態であるにも関わらず、身体を方向転換させると、元来た道へと駆け抜けていった。

 

「あらあら。ジンオウガも相手をする事を覚悟していましたが」

 

「幸運というべきですね」

 

「あぁ。そうだな」

まとめて2体のモンスターの撃退に3人は喜び合う。残るは一体だ。けれども、あれだけの人数がいれば、アンジャナフもすぐに片付くだろう。

 

「さぁ、ラストスパートと行こうか」

 

「「はい!」」

 

ヒノエとミノトは頷き、エスラと共にアンジャナフの元へと向かう。

 

 

 

 

カンカンカンカンカン

 

 

 

 

突如、見張り台から事態を知らせる激しい金具の音が聞こえてくる。

 

「なんでしょうか?」

 

「まさか…第三波が…!?」

 

「…いや」

ヒノエとミノトは再び群れが来る事を予想して、警戒する。その一方で、横にいるエスラは顔から冷や汗を流していた。

長年の狩猟経験から、エスラは何か“得体の知れないモノ”の接近を感知したのだ。その接近する者の内容は詳しくは分からない。だが、明らかに今まで以上に危険なモンスターが迫ってきている事だけが分かっていた。

 

「群れ以上にヤバい奴がくる…!!!」

 

その時だ。

「ギャォオォオォオォオオォオオッ!!!!」

 

 

『…!!』

 

とてつもなく巨大な叫び声が入り口から聞こえてきた。それは今までのモンスターにない程の“激しい怒り”が混じった咆哮であった。

 

すると、先程の金具を鳴らした里守が皆へと伝えるべく大きな怒声をあげた。

 

 

 

「来たぞッ!!!

 

 

 

 

________ヌシだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

入り口の奥地から黒く赤熱した塊が砦へと飛来する。

 

 



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蛮顎竜の進撃

ゲンジとシャーラは砦の入り口へと到着した。

 

「ッ…!!」

そこには辺りから放たれるバリスタや大砲をものともせずに体当たりを繰り返すアンジャナフの姿があった。砦は今にも壊れそうである。

 

アンジャナフとは別名『蛮顎竜』と呼ばれる獣竜種であり、何よりも厄介なのは牙による噛みつき。更に執念である。一度狙いをつけた獲物は自身が通れない場所に着くまで追いかけ回す程、執着心が高い。

 

故にゲンジはその性質を利用することを思いついた。

 

「砦から少し離れさせて、総攻撃をしかければ行けるかもな」

 

「確かに。その作戦はありかも」

ゲンジは双剣を構える。

 

「俺が惹きつける。シャーラ姉さんはバリスタを頼んだ」

 

「…うん。終わったらちゃんと休んでよ?」

 

「あぁ」

ゲンジは高台から飛び上がると、双剣を構えながら身体を唸らせる。

 

「ヴォォァアアア!!!」

そして、獣のような叫び声を上げながら砦へと体当たりを繰り返すアンジャナフの身体へ向けてアルコバレノを振り回した。

 

「グァア!?」

振り回されたアルコバレノは爆破属性が纏われた刃でアンジャナフの身体を切りつけていき、粘液を付着させていく。

そして、無我夢中で体当たりを繰り返していたアンジャナフはその斬りつけによって、標的をゲンジへと向けた。

 

「グォォォォォ!!!!」

威嚇の咆哮を上げたアンジャナフはゲンジに目掛けて牙を突き出す。

 

「遅ぇ…!!」

咄嗟にゲンジは身体を横に晒す形でアンジャナフの噛みつきを避ける。骨格がイビルジョー に酷似しているために、噛みつきの動作も既視感がある。その上、全身が筋肉の塊であるイビルジョーに比べて格段に鈍い。

 

「(コイツはすぐに片付きそうだな…!)」

ゲンジは避けると、近くの地面に着地する。すると、噛みつきを外したアンジャナフは砦に目を向ける事なく、自身へと集中するようになった。

 

「よし…!コッチだ!!」

 

ゲンジは砦とは反対方向へと駆け出す。そしてそれをアンジャナフは追いかけて行った。

 

◇◇◇◇◇

 

 

「よし!ゲンさんが上手く引き離した!!総攻撃だぁあ!!」

 

『『ぉおお!!!』』

シャーラから作戦を伝達された里守達は1人の合図によって、一斉にバリスタの標準をゲンジを追いかけるアンジャナフへと向け、矢の雨を放った。

 

「撃て撃てぇぇえ!!」

 

次々と放たれていくバリスタ。それは全てアンジャナフに命中して行った。

 

「グルル!?」

すると、そのダメージにアンジャナフは苦痛の声を漏らした。先程まで痛がる素振りを見せなかったが、遂に身体に応え始めていたのだ。

すると、アンジャナフは逃げるゲンジから目を離し再び柵の方へと向かっていった。

 

それをゲンジは決して見逃さない。

 

「おい。こっちに集中しろ…!!」

咄嗟にゲンジは近くの高台へと駆け上ると砦に向かうアンジャナフに向かって飛び出して、アルコバレノを握り締めると先程と同様に身体を回転させながらアンジャナフの身体を斬りつけた。

 

「グロォォオ!!」

だが、一度斬りつけるだけでは終わらない。

 

「ヴァアァッ!!!」

アンジャナフが怯んだ瞬間に即座にゲンジは地面から追撃としてアンジャナフの強靭な脚へと双剣を振り下ろすと、その際に身体を浮き上がらせ、刃を振り回し回転しながら空中へと飛び出す。

 

『鬼人空舞』

 

双剣の中で唯一 翔蟲を使用することなく空中へと飛び上がる事を可能にする技だ。

 

空中へと飛び上がるゲンジはそのまま体勢を立て直すと、アンジャナフの身体を頭から尻尾の先端まで逆回転しながら斬りつけていった。

 

「グロォォオオ…!!」

 

立て続けに放たれる斬撃。更に周りからのバリスタの雨にアンジャナフは苦痛の声を上げていく。

 

「いい感じ…!!!」

里守と共にバリスタを放っているシャーラは作戦が順調に進んでいる事を悟る。

 

一方で、アンジャナフを追い詰めていたゲンジは双剣の一振りで脚の粘液を爆発させて、アンジャナフを横転させていた。

 

「さて……そろそろ終わらせるか」

双剣を構えるとゆっくりとアンジャナフへと歩いていく。

 

「う…!?」

突然 目の前の景色が揺めき、身体のバランスが崩れ出す。その場によろめいたゲンジは即座に意識を持ち直し、体勢も整える。

 

「(ッ…そろそろ限界が来たか…少しは寝とけばよかったな…)」

 

それは体力の限界であった。ゲンジは先程から何度も激しい動作を繰り返してきた上に十分な休息も取っていない。故にその反動が来たのだろう。

もし、このまま先程の動きを連続で行使し続けていくとなると、確実に途中で戦闘不能となってしまう。

 

だが、そんなことはどうでもよい。限界が来る前に仕留めればいいだけの話だ。

 

「ぐぅ…!!!」

歯を食いしばりながらゲンジは双剣を握る手を強める。

 

その時だ。

自身の横に大柄な1人の男が大太刀を構えながら現れる。

 

 

「ゲンジよ。助太刀するぞ」

 

「フゲンさん…?」

そこに立っていたのはフゲンだった。エスラにタマミツネの相手を任せ、前線からようやく到着したのだ。その他の上位ハンター達も高台に登り、それぞれ大砲の位置にスタンバイしていた。

 

「ジンオウガはもう撃退できたのか?」

 

「いや、一度地面に拘束してな。そこからエスラが操竜し、ヒノエ達と共にタマミツネの相手をしている。あそこまでジンオウガを乗りこなすのは初めて見たな」

 

「そうか……なら、頼む…。一気に仕留めるぞ」

 

 

「おぅ」

フゲンとゲンジは武器を同時に構えるとアンジャナフに向けて駆け出す。

 

「ゴルル…!!」

対して、関門へと接近していたアンジャナフは背後からの二つの殺気に反応し、牙を剥きながら振り向く。

 

一方で、並んで走っていたフゲンとゲンジの内、ゲンジは飛び上がると、振り向いたアンジャナフの頭部に目掛けてアルコバレノを振り回す。

 

「オラァ!!!」

 

その振り回しは見事にこちらを振り向いたアンジャナフの特徴的な鼻を斬りつけていく。

 

「グォオオァア…!!!」

その斬りつけた痛みにアンジャナフは首を持ち上げながらよろめく。その隙を後から続くフゲンは好機と見て逃す事は無かった。

 

「ゆくぞ…!!!」

百竜刀を握る手に筋肉を集中させると、一瞬で抜刀。よろめくアンジャナフの胴体に目掛けて一閃。

 

その一閃は太刀筋が光り輝く残像となり、アンジャナフの皮膚を切り裂いていった。

 

それだけでは終わることは無い。

 

 

「ヴォォオオオオオオオオッ!!!!」

 

聞くものを威圧してしまう程の巨大な雄叫びを上げながらフゲンは太刀を慣れた手つきで次々とアンジャナフに向けて振り回していった。

 

一閃__また一閃。

 

次々と放たれる斬撃はアンジャナフの硬い皮膚に傷をつけていく。刃を振るう度にフゲンの身体は焔のように赤いオーラに包まれていった。

 

止まることのない太刀の連撃。それによって、蓄積された連気が遂に極限まで高まった。そして、同じく向かい側からは着地したゲンジが両手でアルコバレノを縦横無尽に振り回していき、その身体から滲み出るオーラが激しさを増していった。

 

「さて…そろそろ決めるとするか…!」

フゲンは太刀を両手で掴み、右脚と共に半身を左脚を軸に後ろに下げ、『兜割』の構えを取る。

 

 

その時だ。

 

 

 

「ギャァオオオッ!!!!」

 

『『!?』』

 

突然 この場にいないモンスターの咆哮が響き渡る。その咆哮にフゲンは何かを感じ取り、太刀を振り回す手を止めてしまう。

 

「な…何だよ今の声…!?」

その咆哮を耳にした辺りのバリスタを撃っていた里守達も驚きのあまり動きを止めてしまう。

 

すると、砦のモンスターが侵攻してくる箇所の高台に設置されている見張り台が叫び出した。

 

「来たぞぉぉぉ!!!ヌシだぁぁぁ!!!」

 

『『『『!?』』』』

 

その知らせに里守達や下位ハンター達は冷や汗を流し始める。

 

【ヌシ】

通常種とは全くかけ離れた力を得てしまったモンスターの特殊個体の総称である。百竜夜行を率いるモンスターであり、マガイマガドと並ぶ“バケモノ”だ。

 

ヌシの出現に動揺し、フゲンとゲンジが攻撃の手を止めてしまった事で、アンジャナフは隙を見て身体を動かしながら起き上がってしまった。

 

「しまった!?」

咄嗟にフゲンは太刀を振り回そうとする。

 

だが

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

即座にアンジャナフは巨大な咆哮を放つ。至近距離にいたフゲンとゲンジはその咆哮の激しさに耳を塞いでしまい、大きな隙を生んでしまった。

 

「ぐぅ!?」

アンジャナフは尻尾を振り回し、フゲンを吹き飛ばした。

 

吹き飛ばされたフゲンは状態を立て直し、着地するが、アンジャナフは即座に自身の前にいたゲンジに向けて口を開く。

 

「ゲンジッ!!!逃げろ!!!」

フゲンが叫ぶも、もう遅い。アンジャナフの巨大な顎がシルバーソル装備を纏ったゲンジを咥えだした。

 

「が…!!」

そして、アンジャナフはそのままフゲンを無視すると、ゲンジを咥えながら目の前にある関門へと走っていく。

 

「ゲンッ!!」

その様子を見たシャーラは即座にバリスタ台から離れると、ゲンジを救うために双剣を構え、アンジャナフの元へ向かおうとする。

 

その時だ。その場が赤く照らされた。

 

「…え…なに…?これ…」

照らす色はまるで太陽の様であったが、それ程優しい光は感じられない。いや、寧ろ、身を焦す煉獄の炎のような熱気が伝わってくる。その光の濃度は段々と高まっていった。

 

「皆!!伏せろッ!!!!」

後方からエスラが叫びながら走ってくる。その声にシャーラは後ろを振り向く。すると、そこには辺りを照らす“正体”がアンジャナフに向けて迫っていった。

 

「…!!」

咄嗟にシャーラは関門前でアンジャナフに咥えられているゲンジに向けて叫び出した。

 

 

「危ないッ!!!!」

 

シャーラの叫びにアンジャナフに加えられていたゲンジは目を向ける。

 

 

そこには 燃え盛る巨大な火の玉が迫ってきていた。

 

「…!!」

気づいた時にはもう遅い。火の玉は自身の目の前に接近してきていた。

 

 

 

その瞬間

 

 

 

____火の玉は大爆発を起こしゲンジとアンジャナフの身体が巨大な爆炎の中に飲み込まれた。

 

 




近々、ゲンジの武器変更をします。ずっとアルコバレノだと、ライズから始めた人が分からなくなってしまうので。


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飛翔するヌシ『リオレウス』

「あ…そんな…!!」

目の前にあるのは放たれた業火によって、破壊された関門とその傍らで燃え盛る炎。

 

すると、その燃え盛る炎の中から突然黒く巨大な影が起き上がった。それはゲンジと共に炎に焼かれたアンジャナフだ。直撃を受けたアンジャナフは起き上がり、まるで逃げるように関門とは反対方向へと走っていった。

 

「く…!!」

アンジャナフの撃退との引き換えにとんでもないモンスターが現れてしまったのだ。そのモンスターはゲンジを炎に飲み込んだ元凶であり、自身らの目の前を悠々と翼をはばたかせながらこちらを見つめていた。

 

『ヌシ リオレウス』

 

現れたヌシはなんと空の王者であるリオレウスだった。だが、通常種と異なり、翼が一回り大きい上に赤く輝く両目付近に切り傷、更に喉が赤熱しながら発達していた。

 

「よくもゲンを…!!!」

双剣を握り締めたシャーラは高台から飛び降りると、ヌシリオレウスに向かい駆け出した。

 

「待てシャーラ!」

咄嗟にフゲンは止める。だが、噴火寸前であったシャーラは止まる事はなかった。目元からは筋が湧き立っており、目も毛細血管が見えてしまう程まで血走っていた。

 

フゲンの静止も聞かず、シャーラは双剣を逆手持ちにし、着地してきたリオレウスに向かっていった。

 

「…!!」

フゲンは目を疑っていた。シャーラの身体からは先程のゲンジと同じ色のオーラが溢れ出ていたのだ。そのオーラの激しさは次々と増していく。

 

「デヤァァァァァッ!!!!!」

雄叫びを上げながらシャーラは脚を踏み込むと跳躍するとリオレウスに向けてギロチンを振り回した。

 

「グルル…!」

対してリオレウスはその振り回しを翼を羽ばたかせ、飛ぶ事で避ける。

 

「クソ…!!!」

 

避けられた事でシャーラは舌打ちする。

 

「シャーラ!離れていろ!!」

 

「姉さん!?」

突然、近くの高台からエスラの声が響き、シャーラは振り向く。見るとそこには覇竜砲の台に座るエスラの姿があった。巨大な砲台は飛翔するリオレウスに標準を合わせていく。

 

「ヌシは少し観察して見たかったが…ゲンジを攻撃した以上その気は失せてしまったよ…!!」

覇竜砲を操作するエスラの表情はシャーラと同じく怒りに包まれていた。その両端にはヒノエとミノトもおり、ヒノエの指示のもと、エスラは砲台を操作していた。

 

一方で、空中へと飛んだリオレウスはシャーラに向けて口を開けると、口内から再びブレスを放った。

 

 

「!?」

シャーラは咄嗟に駆け出し、放たれたブレスを避ける。その威力は通常種とは比べ物にならず、近くに設置してあった高台が粉々に吹き飛ばされる。幸いにも誰も人がいなかった事で大事には至らなかった。

そして、シャーラはすぐさまエスラの指示の元、リオレウスから離れる。リオレウスは射的のようにその場でホバリングをしながら逃げるシャーラに向けて次々とブレスを吐き出していく。

 

ホバリングというその場に停止している絶好のタイミングをエスラ達は見逃さなかった。

「今です!!」

 

「あぁ…ッ!!!」

標準を定めたエスラは両手でレバーを引く。

 

「覇竜砲 発射ッ!!!」

 

 

その瞬間

 

 

巨大な砲音と共に特大の砲弾がホバリングしているリオレウス目掛けて放たれた。

 

そしてリオレウスは砲弾の音が聞こえた直後にようやく気づいた。気づいた時にはもう砲弾が近くまで迫ってきていた。

 

放たれた砲弾がリオレウスに直撃した瞬間 辺りの音を掻き消すほどの巨大な爆音と共にリオレウスの身体が大爆発を起こし、爆炎の中に飲み込んだ。その威力は凄まじく、その場に風圧を発生させていった。

 

「…!」

その風圧にシャーラは顔を腕で覆いながら持ち堪える。その風圧はすぐに収まり、見ると空中には爆発した際に生じた黒い煙が固まっていた。すると、その黒い煙の中から身体中から煙を出すリオレウスが地上へと落下してきた。

 

「シャーラ!今だ!!」

 

エスラの声に再びシャーラは双剣を構えると、駆け出し、跳躍すると身体を回転させ、倒れ臥すリオレウスの身体に次々と双剣を振り回していった。

 

「許さない…絶対…!!!」

逆手持ちにした双剣を振り回し、倒れ臥すリオレウスの全身へと傷を入れていく。雷属性を纏ったギロチンがリオレウスの身体へと電撃を入れていく。

その速度はゲンジには及ばないが、それでも常人を覆す程の速度であり、斬撃の嵐は止まる様子を無かった。

 

「ゼヤァァァァァッ!!!」

そして、シャーラは飛び上がると最後の一振りを顔面へと放った。

 

 

「………」

地面へと着地するシャーラ。だが、その表情からはまだ怒りと警戒が消えてなどいなかった。再びリオレウスに顔を向けるとギロチンを構える。

 

すると

 

「グルル…!!!」

凄まじい唸り声を上げ、赤熱した目を向けながらゆっくりとリオレウスは立ち上がる。

 

多少はダメージを与えたようだが、それでもヌシと呼ばれる程まで力をつけたリオレウスは簡単には瀕死には至らない。

 

「来い…!!その全身をズタズタに引き裂いてやる…!!!」

向かい合うシャーラの身体からは濃密なオーラが滲み出ていた。すると、その隣に同じく全身から歴戦のハンターたるオーラを纏うフゲンが立つ。

 

「俺も行こう…!!」

 

それに続くように先ほどまで戦意を喪失していたハンター達も並ぶ。

 

「俺たちも…!!」

 

「アイツにばかりいい格好させられねぇ!」

次々と辺りのハンター達が並び、エスラやヒノエ達も武器を構えていく。先程の恐れる声はどこからも聞こえる事はなかった。

 

その時だ。

 

「ヴォォォオオァアァアァアッ!!!」

 

『『『!?』』』

 

最後の燃え盛る炎の中からリオレウスに勝るとも劣らない程の激しい咆哮が聞こえ、人影が現れる。

 

「…!」

その人影を見た瞬間 シャーラは目から涙を浮かべ口を開きゆっくりと名を紡いだ。

 

「…ゲン…!!」

それに答えるかのように顕となった人影は炎を払い除けるかのように手を水平に振り払う。

 

すると、その場を燃やし続けていた爆炎が一瞬で晴れ、中からシルバーソル装備の銀色の輝きを放ちながら歩いてくるゲンジの姿があった。

 

「ゴルル…!!」

その姿を見た瞬間 ヌシであるリオレウスが一歩脚を後ろに下げた。まるで恐れているかのように。

 

シャーラ達に向かって双剣を持ちながらゆっくりと歩いてくるゲンジ。ゆっくりと俯いていた顔があげられていった。

 

「お前…喰っテやルよ…ッ!!!」

『『『…!?』』』

リオレウスに向けて放たれたその言葉が響いた瞬間 シャーラだけでなく辺りにいた者達は背筋が凍りつく。

 

「ゲン……その目は…!」

シャーラの目が震えながら大きく開かれると同時に流れていた涙が止まり、それと引き換えに額から冷や汗が流れていた。

 

 

その理由は簡単だ。防具の隙間から見えるゲンジの目が

 

______血のように赤く染まっていたからだ。

 

 




初めてアンケートを取ってみようかと。期間は7月20日の0時に締め切ります。


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滲み出る恐暴なる力

___熱い……身体が燃えるように熱い…いや、燃えてるのか…。

 

目の前は赤い炎に包まれていた。だが、そこまでは熱くはない。シルバーソル装備は炎耐性が強い為に高熱な炎も大幅に軽減してくれる。

 

だが、体力がもう底を付こうとしていた。

 

 

__動け。あと少しだけ。あと少しで終わるんだ。

 

そう言い何度も何度も身体へと訴えかける。だが、その身体は動こうとはしなかった。

 

その時だ。

 

『我が依代よ。力が欲しいか?』

 

不気味な声と共に辺りが龍属性エネルギーに包まれた。突如として現れた龍属性エネルギーは自身の前に次々と集まっていき、それが形を変えていった。ガス状になって現れた龍属性エネルギーは少しずつ変形していくと、やがて、二足歩行の獣竜種のような形へと変化した。

 

その言葉にゲンジは頷く。

 

 

____あぁ…欲しい…!

 

その言葉を待っていたかの様に龍属性エネルギーの中からゲンジを見つめる二つの血のように赤い目玉が光出すと同時にゲンジに向けて口を開く。

 

 

『ならば…我に身を委ねよ…!!』

 

その巨大な口はゲンジの首に喰らいつこうとした。ゲンジはそれを受け入れ、喰われる。即ち、身を委ねる事を選ぶ。

 

 

_____事はなかった。

 

 

「委ねるかよバーカ」

 

喰らいつこうとした下顎と上顎を両手で掴み出し、喰らいつきを防ぐと、力を込め、上下に引き裂いた。すると、その竜の形をしていた龍属性エネルギーは煙と化した。

 

「力だけ貸してテメェは寝てろ」

 

煙となった龍属性エネルギーはゲンジの双眼へと吸収された。

 

◇◇◇◇◇

 

「ゲン…その目…!!」

溢れ出る狂気が込められたかのように血のように赤く染まるその目は目の前にいるものを畏怖させる。

 

一方で、皆から向けられる視線をゲンジは意に介す事なく、一歩一歩と歩みを進めていた。

 

 

「ギャァオオオ!!!」

すると、背後からリオレウスの叫び声が聞こえた。咄嗟に皆は自身らの背後にいたリオレウスに意識を向き直し、攻撃に備えるべく構えた。

 

「ゲンジが無事ならば心置きなくいけるな…!!」

 

先程まではゲンジの目について驚いていたが、今はそれどころではない。皆は即座に気持ちを切り替える。

 

 

その時だ。

 

 

「…!!」

自身らの間を突然 ゲンジが駆け抜けていった。その速度はもはや人間ではなかった。彼が通った地面は深く陥没しており、通過した瞬間に風が吹き、皆の髪を揺らす。

 

「まてゲンジ!!」

 

そんな中、一人で向かっていくゲンジをフゲンは呼び止めた。だが、ゲンジは止まることなく一瞬でヌシリオレウスの目の前に到達した。

 

対して向かってくる的をリオレウスは見過ごす事はなかった。口内に炎を溜め込み、向かってくるゲンジに向けて口を開けた。

 

 

「ギャァオオオ!!!」

巨大な叫び声と共にリオレウスの開けられた口内から巨大な炎ブレスが吐き出された。ブレスは空気を突き抜け、ゲンジに向かっていく。

 

その一方でゲンジも避ける事なく突進を続ける。 

 

「…!!」

いつもとは明らかに様子がおかしい事を感じ取っていたエスラは即座にゲンジに向かって叫ぶ。

 

「やめろゲンジ!!目を覚ませ!!」

 

その叫びはゲンジの耳には届かなかった。

 

ブレスへと向かっていくゲンジの表情は鎧で分からない。だが___

 

 

「ヒヒッ…!!!」

 

 

鎧越しでも分かる程に狂気に満ちた笑い声を溢していた。

 

まるでこの状況を楽しむかのように。するとゲンジは駆け出す中、それを助走とし、大きく脚を踏み込むと前方へと飛び出した。

 

跳躍したゲンジは両手に持つ双剣の切先を前へと向けると身体を高速回転させる。それは訓練時に見せた技と酷似していた。だが、あの時とは回転力もスピードも全く違っていた。

 

ゲンジの身体は回転しながら槍と化し、ブレスへと向かっていった。

 

 

『『『…!』』』

 

皆は目を疑った。目の前に一瞬だけ映った光景。それは回転しながらリオレウスへと向かって飛んだゲンジの身体が放たれた巨大なブレスを掻き消す様子だった。掻き消されたブレスは小さな炎となり、空気に溶かされながら四散していき、燃え移る事なく消えていった。

 

 

「ヴォォァアアアッ!!!!」

炎を掻き消したゲンジは獣の叫び声を上げながらそのまま回転を止める事なくリオレウスの顔面へとミサイルの如くその身体を撃ち込んだ。

 

「ギャァオオオ…!!!」

回転力によってドリルと化した双剣はリオレウスの硬い甲殻を削り取り、その痛みにヌシであるリオレウスは悲鳴を上げた。

 

顔面の甲殻を削ったゲンジは即座に状態を立て直すと、地面に着地し、近くにある高台へと飛び出す。

 

一直線で飛び出したゲンジは高台の側面へと着地すると、着地した際の踏み込みを利用して、リオレウス目掛けて再び飛び出した。

 

「ハァァァァッ!!!!」

 

「ギャァ…!!」

ゲンジの振り回された双剣は斬れ味が落ちている為に、切断までとはいかない。だが、その分 殴打としてリオレウスの身体へとダメージを与えた。

その威力は変わる事はなかった。驚異的な腕力で振り回された双剣は

ヌシと呼び記されているリオレウスの身体を横へよろけさせる。

 

それだけで終わる事はなかった。

 

「ヴォァァアァアァアッ!!!!」

もはや人間ではない叫び声を上げながら着地したゲンジは怯むリオレウスに向けて双剣を振り回していった。

 

脚 胴体 翼膜 顔 背中

 

瞬足の領域へと達したゲンジは青い閃光の刃の軌跡を残しながら不規則な順番に身体を回転させながら双剣を振り回していった。リオレウスの周囲から爆破属性特有の青い焔が筋となり、硬い身体を斬り刻んでいく。それと同時に爆破属性も発動していき、リオレウスの身体から紅蓮の花火が乱れ咲いていった。

 

『…!』

 

皆は見ている事しかできなかった。誰かが援護に向かおうとしても、それすらできなかった。

なぜならば__

 

____割り込めば共に斬り刻まれてしまいそうであったからだ。

 

 

 

「ギャァァァァア…!!!」

 

そして 迫り来る爆破と斬撃の痛みに耐えかねたリオレウスは爆破すると同時に悲鳴を上げながら巨大な音を立てて横転する。

 

「ヌシが……たった数分で…!!」

今まで見た事がない現象にフゲンは驚くことしか出来なかった。一体何が起きたというのだ。先程の覇竜砲以外は誰も兵器を操作していない。兵器を扱わなければこんな短時間であれ程よろけさせるのは不可能だ。

 

だが、驚くも束の間だった。リオレウスの周囲から次々とゲンジの振るうアルコバレノの刃に宿る爆破属性特有の斬撃が襲いかかった。

 

「ギャァオオオ!!!」

倒れ臥すリオレウスの硬い堅殻へと傷を刻みつけていき、再び爆破を連発させていく。

 

 

その光景はもはや『地獄』と呼ぶに相応しかった。斬り刻まれていくリオレウスの甲殻が破壊され、露出した肉が血と共に飛び散る。そして、攻撃を加えているゲンジはそれを浴びていき“血にまみれていった”

 

何百もの斬撃が連続で襲いかかった事で、ヌシであるリオレウスの体力は……いや、命はもう尽きかけようとしていた。

 

「グロォォオ……!!」

力が無い弱々しい声を上げていき、その身体は斬撃を浴びながらゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 

そして 二度と動かなくなってしまった。

 

 

「終わった……のか……?」

 

目の前でその光景を見つめていたハンター、そしてフゲン達は倒れたヌシ リオレウスを見る。顔からは既に光が消えており、力なく口内から舌が垂れ出ていた。

 

 

すると斬撃の嵐が止まり、自身らの目の前に全身に血を浴びたゲンジが着地してきた。大量に血を浴びていた事でシルバーソルの銀の輝きはその勢いを失っていた。更に手に持っていたアルコバレノの刃が歪んでおり、歪に変形していたのだ。

 

「ゲン…!!」

 

「ゲンジ!!!」

 

「「旦那様!!」」

咄嗟にシャーラとエスラ、そしてヒノエ達が駆け寄る。その足音に気づいたゲンジは振り向くと、そっと溢した。

 

 

「終わった……な……」

 

その言葉と共にゲンジの身体はリオレウスと同じく力を失ったかのように地面へと崩れた。

 

 

 



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現れし青き竜 目覚める悪魔

「ゲンジ!しっかりしろ!!」

倒れ伏したゲンジをエスラは抱き起こし頭の装備を外すと必死に揺さぶる。だが、ゲンジの目は開く事はなかった。

 

「…!!」

顔からは大量の血が流れ出ており、ゲンジの顔を覆っていた。

 

「医療班はいるか!すぐに来てくれ!!」

フゲンは咄嗟に医師を呼び、ゲンジの治療を頼み込む。

その数分後に医療班は到着して、現地で治療が施された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ふう…一先ずこれで大丈夫でしょう…。鼓動は安定なので命に別状はありません」

 

医者の見解に皆は安心するもの、先程の変わりようがどうしても忘れる事ができなかった。

 

「ハンター諸君に里の衆よ。今のところモンスターの侵攻報告はない。この後は拠点で待っていてくれ。ウツシよ。皆を頼む」

 

「御意。さぁハンターの皆さん里守の皆さん!此方ですよ!」

フゲンは即座に辺りにいるハンター達に指示を出し、拠点での待機を言い渡した。ハンター達は頷き、ウツシの案内の元、次々と拠点へと戻っていった。

 

その一方で、ゴコク、フゲン、エスラ、シャーラ、ヒノエ、ミノト、そして倒れ伏したゲンジはその場に残る。

 

「エスラよ。お主に聞きたい。先程の変異…あれは何なのだ?」

 

フゲンはゲンジの額を撫でるエスラに問いかける。すると、エスラは気まずい表情を浮かべながらも顔を上げる。

 

「いずれは話しておかなければならないな」

覚悟を決めたかのように。そして、エスラは話し始めた。先程の変容の原因について。

 

 

「ゲンジの体内に竜人族の血が流れている事は知っているな?」

 

「えぇ。彼からそう聞いております」

ヒノエが頷くと、エスラはゲンジを見て歯を食いしばりながら説明を続けた。

 

「実は_______!?」

 

 

エスラが説明を再開しようとした時 咄嗟に上空へと目を向けた。それは一同も同じだ。

 

 

「あれは…!!」

ミノトや皆の目の前には夕焼けに染まる上空。岩と岩の間から見える雄大な空。なんとそこには一体の青い竜が飛んでいた。

 

「初めて見る奴でゲコな…」

突然現れたモンスターに皆は警戒体制を取る。

すると、そのモンスターは此方へと目を向けた瞬間 巨大な口を開けながら咆哮する。

 

 

___ゴォオオオオオ…!!!

 

 

その咆哮は一般的なモンスターの野生味が感じられなかった。ゆうなれば“風そのもの”であった。

咆哮が響き渡った直後 ふとその竜とヒノエの目が合ってしまった。

 

 

「ぐぅ…!?」

目が合った途端、ヒノエは頭を押さえながら唸り出す。

 

「姉様!?」

 

「ヒノエ!どうした!?」

突然 苦しみ出したヒノエを即座にミノトは肩を支え、フゲンは呼び掛ける。

 

「……」

すると 突然 ヒノエの頭を押さえていた手が解かれ、俯いていた顔がゆっくりと上げられた。

 

『『…!!』』

 

フゲン、ゴコク、エスラ、シャーラ、ミノトはその顔を見て絶句してしまった。

 

苦しみが止んだ直後に上げられたヒノエの瞳は蒼く輝いていた。だが、その周りにある純白で美しかった目は黒色に染まっていたのだ。

 

すると ヒノエはゆっくりと口ずさんだ。

 

 

_____対は何処…対は何処…

 

 

「…うぅ!?」

その言葉を紡いだ直後 ヒノエは再び頭を抑え始める。

 

「ヒノエ!大丈夫か!?」

エスラの呼び掛けにヒノエは胸を押さえながら顔をあげる。その顔はいつもの様に戻っていた。だが、額からは尋常ではない汗が流れ出ていた。

 

「この焦燥……間違いなくあのモンスターの…!!」

 

ヒノエの頭の中には謎の声が響き渡っていたのだ。それが先程の言葉だった。

皆は悠々と空を舞う目の前のモンスターを見つめた。

 

 

「…ゲンジ…?」

 

突然 シャーラの声に皆は目を向ける。見るとエスラと共に介抱していたゲンジの身が突然起き上がったのだ。

 

「よかった!目を覚ましたんだな!」

エスラは喜びの声を上げる。だが、起き上がったゲンジの表情は全く良いものではなかった。

 

「あ…あ…あ…!!」

目は震え、額からはヒノエと同じく汗が流れていた。

 

 

 

その直後

 

「ゔぁぁああああ!!!」

 

「ゲンジ!?」

突然と目を覚ましたゲンジは頭を押さえながら悲鳴をあげたのだ。

 

「ゔぁぁァアァアァア!!!ぁぁああ!!!」

頭を押さえ両脚を何度も地面へと打ちつけながらゲンジは苦しみ出す。

 

「ゲン…!しっかしりして!!」

ゲンジの叫び声は止む事は無かった。咄嗟にシャーラはゲンジの首に手を回し身体に抱き付くと、その暴れる身体を抑え込み始める。

けれども、ゲンジの身体の動きは止まる様子を見せなかった。

 

そんな中 ゲンジの目から涙が流れ始め、途切れ途切れの弱々しい声が聞こえてきた。

 

「頭が……割れる…!!やめろ…!!“出て来るなぁ”…!!!」

まるで何かを抑え込んでいるかの様に。ゲンジの身体の暴走は激しさを増していく。

 

「ゲンジ!!気をしっかり持て!!“奴”に飲まれるな!!」

エスラもシャーラと共にゲンジに抱きつき、即座に暴れる動作を止める。だが、その暴走は一向に止まらなかった。

 

 

_____其は誰ぞ。

 

「頭の中で……声が…!!声が…!!!」

 

 

ゲンジの頭の中には謎の巨大な声が響いていたのだ。それを聞こえるたびに内に眠る“奴”がゲンジの意識を食い千切ろうとしていた。

 

 

____其は誰ぞ。

 

 

 

「ゔあああああああ!!!!!!!」

 

再び頭の中にその声が響いた瞬間 ゲンジは顔を天に向けながら悲鳴を上げる。まるで目の前を漂うモンスターに吠えるかの様に。

 

「あ…あ……」

叫び声を上げたゲンジは突然顔を俯かせ、暴れていた脚も動きを止めた。先程の悲鳴はもう聞こえてくる事は無かった。抱きついていたシャーラとエスラは手を離す。意識を保ち直して、ミノトに支えられながらヒノエ達もその様子を見守っていた。

 

すると

ゆっくりとゲンジの身体が立ち上がる。立ち上がりの動作はスムーズであり、震え一つ起こす事は無かった。

 

「お…おいゲンジ。大丈夫か?」

その様子を後ろから見守っていたエスラは恐る恐る尋ねる。だが、目の前に立っていたシャーラは喜ぶ事はなかった。

いや、寧ろ震えていた。

 

「どうした?シャーラ」

 

エスラが尋ねるとシャーラは瞳と身体を震わせながら一歩後ろへと下がった。

 

「……姉さん……ゲンじゃない…!!」

 

「なんだと!?」

シャーラの言葉にエスラは驚くと即座にゲンジの肩を掴み、顔を此方へと向けさせた。

 

 

 

『『『…!!!!』』』

 

その顔を見た瞬間 皆の背筋が凍りつく。振り向き、顕となったゲンジの顔には特に変化はない。だが、いつも蒼く宝石の様に輝いていた双眼が__

 

 

_____ドス黒い血の色へと染まっていたのだ。

 

 

「ゲン………ジ……貴方なの……?」

ヒノエは声を震わせながら問う。すると、突然 ゲンジの身体が動き出し、震えるシャーラの横を通り過ぎると今もなお此方を見つめる青いモンスターへと顔を上げ、ドス黒い双眼を向けた。

 

 

______我は悪魔。

 

突然と辺りに響き渡るのはゲンジの声では無かった。全く聞き覚えのない……いや、この世のモノとは思えない程 不気味な男の声であった。

 

 

____汝らを喰らうが為 深淵より参った暴食の権化なり。

 

その言葉はまるでモンスターに向けて放たれている様であった。すると、

先程まで何も声を発する事が無かったモンスターは突然と唸り声を上げる。

 

「グルル…!!」

 

まるでゲンジを恐れているかの様に。すると、ゲンジは口を三日月のように釣り上がらせながらゆっくりと口を開いた。

 

 

____ようやく見つけた。我が餌…!!

 

 

放たれた言葉と同時に開かれた口内からは次々と涎が滴り落ちてくる。

 

__対も貴様も……我が喰らってやるッ!!

 

 

「グロォァァァァァァア!!!!!!」

 

その表情を直視したモンスターは再び咆哮を放つ。

 

「ぐぅ!?」

その咆哮が響き渡ると、涎を垂らしていたゲンジは耳を押さえながら再び顔を俯かせる。

 

「なんて激しい咆哮なんだ…!!」

後ろに立っていたエスラ達はその咆哮に同じように耳を抑えながら吹き飛ばされないように体制を低くする。そんな中、ヒノエは此方に向けて咆哮を放つモンスターを見た。

 

「……モンスターがゲンジを…恐れてる…」

ヒノエのふと溢した言葉に皆は驚く。

 

 

すると、その咆哮が鳴り止み、発生していた風圧も勢いが収まる。

咆哮を放ったモンスターはそのまま空高く身体を浮き上がらせると空中を泳ぎながら雲の中へと消えていった。

 

モンスターの姿が見えなくなると 頭を押さえる手が力が抜けたかの様に解かれ、再びゲンジの身体は地面へと倒れた。

 

その後 ヒノエはミノトに肩を支えられながら、そしてゲンジは担架に乗せられながら拠点へと撤退した。

 

 



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明かされるゲンジの秘密

拠点へと戻ってきた皆は里守達と合流する。その後、撃退を祝い、参加したハンターや里守達は宴を始める。時刻は夕方。夜に活動するのは危険なために、万が一ということも考え、もう一日だけこの砦で過ごす事となった。

 

そんな中で、先程のゲンジの変容を見た者達はその輪には入らず、寝場所へと向かった。

 

◇◇◇◇◇

 

宴会の声が聞こえる中、エスラは皆を集めて用意されたベッドへとゲンジを横にさせる。先程まで息一つ起こしていなかったが、今は安定しているのか、静かな寝息を立てていた。

 

「皆には話しておかなければならないな。ゲンジの体内に流れる“もう一つの血”について…」

 

「ゲンジの……もう一つの血…ですか?」

「あぁ。先程の続きを話そう」

 

ヒノエの問いにエスラは頷き鋭い眼差しを皆へと向けながら話し出した。

 

「ゲンジの体内に流れる一つ目の血は竜人族だ。だが、これとは別にもう一つ…体内に流れる血がある…それはあるモンスターの血だ」

 

通常 モンスターの血液を注入しても、人間の身体には多少は体調不良が見られるも、それ程の変化はない。

 

だが、ある種の強力なモンスターの血を取り込めば人間の身体はその血に耐えられず、死に至らしめてしまうのだ。

ゲンジの体内に流れる血は後者であった。

 

「そのモンスターの名は『イビルジョー 』この辺りではあまり聞いた事はないだろう」

 

「まぁそうだな。報告が届いた事はない」

フゲンは頷く。イビルジョー はカムラの里のある地方では目撃例が報告されていなかったのだ。

確かにイビルジョー は強力なモンスターである。けれども、ゴコクは少し疑問に思っていた。

 

「いくらイビルジョー でも古龍に躊躇なく襲い掛かる事例は現段階で新大陸以外では聞いた事がないでゲコ……だが、先程の奴は現れたモンスターに向けて『餌』と呟いておったな」

その言葉にフゲンも頷く。現大陸に生息するイビルジョー が古龍を捕食したという報告は存在していなかった。

 

そんな中、エスラは50年以上生きるヒノエ、ミノト、ゴコク、フゲンへと目を向けた。

 

「ゴコク殿はもちろん、フゲン殿もヒノエもミノトも50年は生きているだろ。50年前にある一つの知らせがギルドから届かなかったか?」

 

「知らせ…ですか?」

「50年前はまだ受付の仕事についていませんでしたからね…」

ヒノエとミノトは当時、まだギルドの役職にはついてはいなかった。その一方で、フゲンとゴコクは腕を組みながらあの日を思い出す。

 

「…まさか…!!」

咄嗟にゴコクの閉じられていた目が開かれる。その鋭い目はあの日を思い出し、何かを恐れているかのようだった。

 

「ようやく思い出したでゲコ……ゲンジの体内に奴が眠っておったとはな…!!」

 

「ゴコク様……そのモンスターは一体…?」

ミノトの問いにゴコクは当時を思い出しながら答えた。

 

 

 

50年前。ある一つの知らせが現大陸全土のハンターズギルドを震え上がらせた。

 

『神を喰らう龍現る』と

 

その詳細は明確に記されていた。

当時、火の国の火山の最奥にて現れた禁忌のモンスター『煌黒龍アルバトリオン』古龍の中でも『神』と記される程の別格な力を持つモンスターである。

 

その強大なモンスターが突如として現れた一体のイビルジョー によって完膚無きまでに叩き潰され、捕食されたのだ。

 

全身に生えそろった逆鱗が更に成長した天鱗、そしてその天鱗がまとまってできた天殻。更に羽ばたくだけで生き物を吹き飛ばす邪翼に加えてまるで生きているかのように唸る妖尾。そして、天を統べるとされている巨大な2本の角。

全てが無惨に噛み砕かれ、骨一つ残さず食い尽くされてしまったのだ。

 

その知らせが届いた途端に次々と悍ましい知らせが届いてきた。クシャルダオラの嵐をものともせず捕食。姿を消していたオオナズチを嗅覚で捉えて捕食。幻獣キリンの雷を纏った身体をアッサリと噛み砕き、更にテオテスカトルとナナテスカトリを同時に相手取るどころか圧倒し爆破の鱗粉をものともせず捕食。

 

次々と各地の古龍がイビルジョー によって捕食されていく情報が入ってきたのだ。それと同時に生態系も破壊されていき、本来のテリトリーの王者も即座にテリトリーを切り捨て、遂にはその地方から姿を消してしまう。

 

「獣竜種が古龍種を…!?」

本来、獣竜種が自然そのものとされている古龍種を喰らう事例はまず存在しなかった。新大陸なら新たな環境ということもあり、あり得るが、開拓し尽くされた現大陸ではそれはあり得なかった。

 

だが、現にそれは起こっていたのだ。

 

「だから調査も兼ねて討伐隊が結成されたでゲコ…。それもかなりの実力者であり、古龍撃退経験のあるG級ハンター6人でな。だが、帰ってきたのはたった一人…。しかも精神が崩壊しておってな。帰ってきて詳細を伝えた翌日に自害したらしい」

 

そして、ゴコクは話を続ける。

G級ハンターでさえも手も足も出ないと判断したギルドはクエストを出す事はなく、調査にだけ力を注いだ。それにより、姿形が判明し、精密に描かれた図画が調査結果と共に再び全ハンターズギルドへと届けられたのだ。

 

一般的に知られているイビルジョーは緑色の肌をしているが、現れたイビルジョー は全身がドス黒い血の色に染まっており、常に口内からは龍属性エネルギーが漏れ出していた。更に激昂した状態は頭から尻尾に掛けて溢れ出た龍属性エネルギーに覆い尽くされ鬣のようになっていたらしい。尻尾に至っては完全に龍属性エネルギーに覆われていたようだ。

吹き出した龍属性エネルギーの中から此方を見るその目は正に悪魔の目と呼ぶに相応しいほど赤く染まっていた。その目を直視した調査隊はその日から恐暴竜に見つめられる夢を見るようになり、自ら除隊を志願したらしい。

 

自然災害を引き起こす力を持つ古龍を積極的に狙い捕食する事から、このイビルジョーは後にこう名付けられた。

 

 

 

古龍を全て屠り喰らう現大陸の悪魔。

 

 

 

 

____『古を壊し喰らい尽くすイビルジョー』

 

 

_____と。

その話を聞いたヒノエとミノトは背筋が凍りつき震えていた。話を聞くだけでも恐ろしいものであった。ハンターの血が騒ぎ出すはずのフゲンも一滴の冷や汗を流していた。

そのモンスターの血が今もなお枯れる事なくゲンジの中に流れていたのだ。

「名前の通り奴は特殊個体の中でも更に特殊な個体…。古龍を見つけたら積極的に喰らいつく…。今となってはアルバトリオンと同じく…名前を出すことさえ不吉とされる禁忌のモンスターに数えられておるでゲコ」

 

「そうだ。当時、私の祖父が偶然にも力尽きる現場を目撃してな。死後直後の血を大量に採取し、ギルドに預けると共に私用で保管していた。そして、私の父親は祖父が亡くなるとその血を利用し実験としてゲンジに注入したのだ。竜人族の血にも適応したゲンジの身体はイビルジョーの血にも適合し、今のようになってしまったのさ」

 

エスラは眠るゲンジの頬を撫でる。ただ純粋なる人間であるにも関わらず、体内に流れるは古龍を喰らう竜の血。信じられないだろう。

 

「昔…移動している最中に遠くで空を飛ぶ古龍を見た時があってな。その時も先程と同じように唸り出すと奴が出てきたんだ。まぁ、幸いにも一瞬だったから人目にはつかなかったがな。奴の意識は今も尚 生きている。古龍を見れば喰らうためにゲンジの意識を無理やり乗っ取ろうとしてくるらしい」

 

「そうだったのか。ならば…先程の状態は其奴に意識を一時的に乗っ取られていたという訳か」

フゲンの見解にエスラは頷く。

 

「今のところ…治療法は存在しない。ゲンジ自身が精神を統一し自我を保ってなければならないのだ」

 

「……」

そんな中 黙って聞いていたヒノエはある事を思い出す。それは自身と現れたモンスターと目が合った瞬間 自我の中に謎の声が入ってきた時だった。

 

『対は何処 対は何処』

 

焦りながら何かを探し求めているかのように。悲しみと焦燥感が混じった声が感じ取れていた。それ故に胸が締め付けられるような感覚に陥っていた。だが、その直後に締め付けが嘘のようになくなり、ただゲンジを恐れる声だけが響いていたのだ。

 

『何と恐ろしき者か__対よ対よ。疾く巡り会わん』

それはゲンジの意識が乗っ取られた時と同じだった。

 

「少し…私から話してもよろしいでしょうか…?」

 

「え?あぁ。そうだったな。ヒノエにも聞きたい事があったんだ」

皆はヒノエに目を向ける。先程、彼女は古龍と目が合った瞬間に目が黒色に染まってしまったのだ。その直後に次々と言葉を溢していた。

 

 

それについてヒノエはエスラ達に話し出した。

 

自身は幼い頃からどんなに離れていてもミノトの感情を読み取れる『共鳴』という感知能力があり、それがモンスターとの間で起こってしまったのだ。その際にモンスターと精神が同調し、頭の中にその意思が流れ込み、言葉が聞こえた。それが自身が溢していた言葉だった。

それと同時に胸が痛めつけられる感覚に見舞われた事に加えてゲンジが目覚めた直後にその痛みが即座に引いた事も話した。

 

「成る程。『共鳴』か…。竜人族は竜と心を通わせると聞いた事はあるが…やはり本当だったのか。それにゲンジがモンスターに言葉を掛けた途端に現れた胸の痛みが引いたと…。うむ。さっぱり分からないな」

 

エスラはヒノエの共鳴とゲンジの暴走に共通点はないかと頭を振り絞るも、一向に答えは出てくる事はなかった。

 

「酷かもしれぬが…話は本人が目覚めた時に聞いた方がいいでゲコな…」

 

「そのようですな」

ゴコクの見解にフゲンに続き皆は頷いた。その後、フゲンとゴコクは宴を取りやめるために皆の元へと戻っていった。残った4人は女子陣のベッドで眠るゲンジの左右に横になり、疲れを癒すために目を閉じた。

 

 




古を壊し喰らい尽くす(コをカイしクらいツくす)イビルジョー

怒り喰らうイビルジョーの更なる上の段階へと達した個体の呼び方。怒り喰らうイビルジョー は頭部だけが龍属性エネルギーに覆われていたが、この状態となってしまったイビルジョー は頭部だけでなく脊髄から龍属性エネルギーが漏れだし、鬣のように尻尾の先端部分まで覆ってしまっている。
一応読み方だけ書いておきます。


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目覚めた直後のお仕置き

今回は超甘々です。


「……」

目の前には倒れたモンスターの死体が積まれていた。全てが自然そのものと記されている古龍種であった。

すると 自身の身体が勝手に動き出し、積まれた内の一体であるテオテスカトルの体内から漏れ出た腑へと手を伸ばす。

 

腑を抉り出し、中に詰まっていた血肉を取り出すと、引き千切り 手に掴んだ。

 

それを見た自身の口からは涎が流れ出ていたのだ。

そして それをゆっくりと自身の口元へと運んでくる。

 

『喰らえ喰らえ。全てを喰らえ』

 

「…」

その時だ。出ていた涎が止まると、手に掴んでいた古龍の血肉を辺りに放り捨てた。

 

すると、ゲンジの目が青く輝き出すと眉間に皺が寄せられた。

 

「気持ち悪いもん見せてんじゃねぇぞ」

殺気を混じらせたその怒声に応えるかのように辺りの景色が変容していき、やがて空が血のように赤く染まっていった。

 

そして、目の前には自身に向けて血走った赤い双眼を向けるイビルジョー が現れる。

 

「よくも勝手に出やがったな?しかもわざと俺の精神を完全に食い尽くさずに外の景色を見せただろ?本当に薄汚ねぇ奴だ」

 

何度も何度も訴えるもイビルジョーは答える気を見せず、ゆっくりと状態を倒すと赤い双眼を閉じ、眠りについた。

 

「いいか?いつかテメェの精神は俺が食い尽くして取り込んでやるからな」

そう言いゲンジはイビルジョー へと近づくと無数の牙が生えそろった顔面に目掛けて蹴りを放つ。

その瞬間に自身の視界は闇に染まった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…!!」

 

目を覚ますと見慣れた木製の天井が広がっていた。辺りを見渡すと里にある自宅であった。そうなると、砦からここへと帰還したと言う事になる。自身の服装に目を向けると、いつもとは違いインナー姿となっていた。脚や胴体には包帯が巻かれており、よく見ると額にも巻かれていた。

 

「……ッ…クソみたいな夢見させやがって…」

先程の光景を鮮明に思い出しながら歯を食い縛る。そして顔を洗うために起き上がろうと身体を動かした。

 

「…ん?」

だが、うまく動かす事が出来なかった。まるで何かに乗られているかのように。それに横から柔らかいものが押しつけられていた。

 

「(…ヒノエ姉さんかミノト姉さんだな…)」

このやり口にはもう慣れていた。告白してから毎日毎日自身は両サイドからヒノエとミノトに抱きつかれていた。

今もそうだろう。

 

そう考えながらゆっくりと首を横に向けた。だが、そこにあったのはヒノエの顔ではなかった。

 

「エスラ姉さん…!?」

自身を抱きしめながら眠っていたのはエスラだった。背中に手を回され自身の身体がエスラの懐に収まっていた。

 

そしてもう一方にはシャーラが横になっており、自身に似ている彼女の顔が目の前にあった。

 

「……シャーラ姉さんまで…!?」

ゲンジは状況を確認するために自信にのし掛かるエスラを退けると上半身を起こす。

 

「…」

見ると予想していたヒノエ、ミノトはエスラの隣で並んで寝ていた。外の景色はまだ真夜中なのか、真っ暗であった。

 

「まだ夜か…もう少し寝るか…」

そんな中、ふと溢した言葉に反応したのか、シャーラの身体が少しだけ動くと目を覚ましてしまった。

 

「……んん…ん!?」

自身の顔の目の前で同じ蒼い瞳がゆっくりと開かれる。目を覚ましたシャーラは瞳を揺らしながら起き上がると自身を見つめていた。

 

「ゲ…ン…!!」

「あ、おはよう姉さ…ん!?」

目を覚ました事に歓喜の声を溢したシャーラは身体を抱き寄せ、ゲンジを抱き締めた。

 

「よかった…!目が覚めたんだね…!!」

抱き締められた途端に服越しにシャーラの胸が自身の身体に押し付けられる。エスラ達に比べると多少は小さいが、それでも女性の中では大きい部類に入るその胸は形を変えながら押しつけられていった。

 

それを気にする事なくシャーラは力を込めながら抱き締め、涙でぐしゃぐしゃになった頬を擦り寄せた。その表情を見たゲンジは表情を元に戻し、冷静になる。

 

「(そうか…また俺は倒れたのか…)」

見ると シャーラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

家族を守るためとはいえ、自身の嫌う血に力を欲してしまった。自身が倒れ、再び2人に心配を掛けてしまったことを思い出すとシャーラに向けて謝罪した。

 

「ごめん姉さん…また心配かけて…」

「いいよ…謝らないで…」

ゲンジの温もりを確かめたシャーラは離れると涙を拭う。

 

◇◇◇◇◇◇

その後、シャーラが落ち着きを取り戻すとゲンジはあの日からどれぐらい経過したのか尋ねた。

 

「俺が倒れてからどれぐらい経ってる?」

「確かもうすぐ3日目になる…」

もう3日も過ぎている事にゲンジは驚く。そこまで寝ていたとなると自身は相当重傷だったのだろう。やはりあの力はあまり行使するべきではなかった。

 

「3日もか…本当にごめん」

 

「いいよゲン。無事に目が覚めたんだから」

シャーラは優しい笑みを浮かべると身体を寄せてきた。彼女の温もりが懐かしく感じる。それに彼女にとってゲンジは数少ない家族の一人なのだ。

ゲンジ自身もそのことを理解していた。彼女達が無事ならば百竜夜行も退ける事に成功したのだろう。

 

「ねぇ…ゲン」

そんな中 ふとシャーラは離れるとゲンジの両頬に両手を当てた。

 

「私の事…好き?」

 

唐突な質問にゲンジは首を傾げながらも頷き答えた。

 

「うん。エスラ姉さんもシャーラ姉さんも好きだ」

 

「そっか。なら____

 

「え?」

突然 挟むの手の力が強まるとシャーラの顔が接近してきた。

 

 

その瞬間 

 

__シャーラの唇がゲンジの唇へと押しつけられた。

 

「え…!?」

柔らかな唇の感触が精密に伝わってくる。

 

「ちょ…ちょっと!!」

その直後にゲンジは意識を持ち直し、シャーラの肩を掴み離した。

 

「な…なな…何してるんだよ姉さん!?」

 

「何って…チューしただけだよ?」

接吻をしたシャーラはまるで何もおかしい事などないかのような表情を浮かべていた。すると、シャーラの手が自身の頬に添えられていた。

 

「私の事好きって言ったでしょ?」

「は!?」

ゲンジのシャーラに対して好きと言ったのは家族としてだ。だが、シャーラ自身は何と異性として受け取ってしまっていたのだ。

 

「もしもこれからゲンが戦えなくなったら…私がゲンを守る。ずっと側でね」

シャーラの頬が赤く染まっていた。即ち、今のは遠回しの告白であった。だが、ゲンジはどうしても飲み込む事ができなかった。

 

「お…俺たち姉弟だぞ!?」

 

「そんなの関係ない…」

再びシャーラはゲンジの両頬を挟み込むと、自身の額とゲンジの額を合わせた。

 

「姉弟だけど、愛さえあれば関係ない。姉さんがそう言ってたでしょ…?」

 

「い…いやそれは…」

シャーラの目は本気だった。青い水晶のような目の奥底が炎のように揺らめいていた。だが、自身には既に婚約を決めた者がいる。正しくこれは浮気の部類に入るだろう。それだけはしたくはなかった。

 

その時だ。

 

「うわ!?」

背後から手が伸びてきて、肩へと置かれる。その直後に身体を引かれ、何かに抱き締められる

「ほぅ。私が寝ている間に随分と羨ましい状況になっているじゃないか…!」

 

そこには目覚めたエスラがいた。何と、気づかない間に目を覚ましており、二人を見ていたのだ。

 

「エ…エスラ姉さん…!?」

ゲンジが振り向くと、エスラの金色に輝く瞳が自身を見つめていた。

 

「ゲンジよ。目が覚めて何よりだが…」

「へ?」

エスラの両手がゲンジの頭を挟み込むと、顔を向けさせられる。視界へと入ってきたエスラの両頬は赤く染まっており、少し嫉妬しているかのような表情を浮かべていた。

 

「酷いじゃないか。目覚めのキスをシャーラにはしてお姉ちゃんにしないなんて…!」

 

「そ…それは…んぐ!?」

すると、突然 頭を抱き寄せられ、今度はエスラの唇がゲンジを襲った。エスラの接吻はシャーラとは違い一度では終わらなかった。

 

「や…やめて姉さん…」

 

「だめだ…もう一回…!!」

弱々しい声での懇願を受け入れずエスラは再び唇を押しつけた。女性特有の柔らかな唇の感触が次々と伝わり、ゲンジの頬は真っ赤に染まっていく。すると、ようやくエスラは接吻を終え、押さえていた顔を自身の顔から離した。

 

「ぷは…!どうだゲンジ。お姉ちゃんのキスは気持ちよかったか?」

赤らめた顔でエスラは今もなお自身の手に挟まれているゲンジを見下ろす。ゲンジの顔もエスラと同じように赤く染め上がっていた。

 

「ふふ。ゲンジは本当に可愛いな…キスしたくらいでこんなに赤くなってしまうなんて…ますます興奮してしまう…」

 

「むぐ!?」

そう言いエスラはゲンジの顔を再び両手で挟み込むとヒノエやミノトよりも巨大な胸へと押しつけた。柔らかな感触が両頬どころか後頭部にまで感じられ甘い香りが脳を刺激してくる。

エスラの顔は先程よりも更に蕩けており、シャーラ以上に息が荒くなっていた。

 

「どうだゲンジ…感じるか?ずっと我慢してきたからお姉ちゃんの身体は炎のように熱いんだ…!」

そう言いエスラは自身の身体の火照りをゲンジへと訴え、抱き締める力を強くする。

 

「く…くる…し…」

「そうだ。苦しいんだ!だからゲンジ……ヒノエ達にしているように私を抱き締めてくれ!思い切りぎゅ〜っと!」

そう言いエスラの右腕がゲンジの背中に回され、自身の身体に更に埋めるように力が加えられる。外から見ればもう身体がエスラに包み込まれていた。

エスラは自身の火照りを抑えるためにゲンジに抱擁を要求する。その一方で抱き締められているゲンジはもう呼吸が出来ず目の焦点がずれ始めていた。

 

「はぁ…」

それを見兼ねたシャーラは溜息をつくと、エスラをつつく。

 

「姉さんそろそろ離してあげて。ゲンが死んじゃう」

 

「え?あ!ごめんごめん…」

シャーラの声にようやく我に帰ったエスラは自身がゲンジを窒息に追い込んでいる事を自覚して解放した。

 

「ぷはぁ!!はぁ…はぁ…はぁ…」

胸の谷間からようやく解放されたゲンジは口から大きく息を吸い込み何度も何度も呼吸をする。

 

「大丈夫か?」

 

「これが…大丈夫に…見えるかよ…」

 

「いや、そのすまん…」

ゲンジは呼吸を整えると、何とか失いかけていた意識を取り戻した。

 

 

 

 

 

______ガシッ

 

「…!」

ゲンジの両肩にそれぞれ一本の手が置かれた。それと同時にゲンジの額からまたもや汗が流れ落ちる。エスラが目を向けるとゲンジの背後からは黒いオーラを纏う二人の双子の姉妹が…。

 

「あらあら旦那様。目が覚めていたのですね♪本来なら涙を流しながら喜びたい所なんですが…」

 

「目覚めて早々…私達以外の女性と……少々イラっとしました」

いつもと違い額に筋を浮かべ、顔の影を暗くしながら笑みを浮かべるヒノエ、そして更に目を鋭くさせたミノト。後ろを見なくてもゲンジは分かっていた。“怒ってる”

 

「ね…姉さん…助けて…」

ゲンジは目の前にいるエスラとシャーラに助けを求める。が、

 

「いやそれが…二人とも私達以上にゲンジの事を心配していてな。だから…その…ごめん助けるの無理」

 

「夫婦だから別にいいじゃん」

 

完全に見放されていた。エスラは手を合わせて拝んでおり、事の発端であるシャーラはアッサリとしていた。

 

「薄情すぎるだろ!うわ!?」

ゲンジの身体が引き寄せられると彼女達の布団に押し倒され、ヒノエとミノトの自身よりも体格が大きな二人がその上にのし掛かってきた。

 

「旦那様。私達がどれほど貴方を心配したと思っているんですか?」

 

「この3日間 ずっと目覚めて欲しいと願いながら貴方の看病を徹底しておりました。まさか…女性に手を出す程まで回復なされているとは驚きでした」

 

二人はジリジリと距離を詰めていく。そして、遂に二人の赤く紅潮され、荒い息をする顔が目前まで近づいた。白装束の間から溢れ出そうな程の乳房が自身の胸に押し当てられる。

 

「あ…その…あれは不可抗力で…」

 

「あらあら。言い訳ですか?これはお仕置きが必要ですねミノト♪」

 

「えぇ姉様」

その後 二人の唇がゲンジに次々と襲いかかっていった。

抵抗しようにも体格が自身よりも大きな二人に手と脚を取り押さえられていた事で身動きが取ることができなかった。エスラは2回で何とか終わったが、ヒノエとミノトは2回どころか5回ずつ即ち計10回もゲンジへ接吻をした。

 

「ふぅ…」

ミノトが5回目を終えた時にはもう既にゲンジの理性は崩壊しかけており、口から唾液を漏らしていた。

 

「まだまだ終わりませんよ。もっとキツいお仕置きがありますからね」

すると、突然 上半身の脇へとミノトの腕が倒され強引に上半身を起こされた。

 

起こされた際にミノトの豊満な胸が後頭部へと押し当てられ柔らかな感触が伝わってきた。

その一方で前からは頬を紅潮させたヒノエが満面の笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。

 

「さぁ旦那様、朝までた〜っぷり抱き合いましょうね♪」

「ちょ…ちょっとま…むぐ…!?」

ヒノエの手が両頬に添えられた瞬間 ゲンジの頭が巨大な胸に包み込まれた。

後ろからはミノト 前からはヒノエの胸に挟まれゲンジの顔は完全に埋まってしまった。

 

「ぎゅ〜ですよ♪」

「〜!!」

するとヒノエの手がミノトの背中に回されるとミノトの身体を抱き寄せた。その結果、頬を挟み込む胸の感触や顔に押し当てられる圧力が更に強まり、呼吸する隙間がなくなってくる。

 

「ぐ…ぐる…し…離し……」

途切れ途切れに胸の谷間から聞こえてくる声を聞いたヒノエはミノトの背中に回していた手を離す。

 

「はいお終いです」

 

「ぷはぁ…」

ヒノエが離れると、その胸から解放されたゲンジの顔は真っ青であり、目の焦点も合っていなかった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

ミノトの胸に後頭部を預けながら顔を上向きにしてゲンジは必死に呼吸する。

けれども、これでようやく終わるだろうとゲンジは安堵の息も浮かべていた。その感情を流石は妻なのか、アッサリと感じ取ったミノトは脇に通していた腕を解く。

 

 

「ふぎ!?」

そしてすぐさま腹に手を回すとぬいぐるみの様にゲンジを抱き寄せた。

 

「まだ終わりませんよ。今度は私のお相手をしてもらいます!それに今のではまだ1日分しか満たされていません」

それに同調するかの様にヒノエは口に手を当てながら笑みを浮かべる。

 

「ミノトの言う通りです。なのでこれから3日分しっかりと堪能させてもらいますからね旦那様♪」

 

その後、ゲンジは目覚めた二人の3日分の欲望が尽きるまで抱擁や接吻を受け続け、更にそれを見ていたエスラとシャーラも身体が火照り始めてしまい、途中から混ざり、ゲンジは朝まで4人から異常な程まで愛されると共にもみくちゃにされたそうだ。

 




本日の0時と同時に締め切りますのでまだの人はどれでもご遠慮なく。


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迫りし謎

4人に全身を揉みくちゃにされた後に気を失ったゲンジはその後 ヒノエに揺すられる形で目を覚ます。辺りには着物が着崩れているミノトやインナーから乳房が零れ落ちそうなエスラとシャーラが寝息を立てていた。自身が眠っていた布団は汗でベタベタとしていた。

 

「……早く布団干そ…」

「ふふ♪そうですね」

昨夜の出来事を思い出して頬を染めるゲンジにヒノエは微笑む。二人は皆が使っている物以外の布団を洗い外へと干した。

 

「〜♪」

晴天が照らす中、ゲンジは隣で意気揚々と鼻歌を歌いながら布団を干すヒノエにある事を尋ねた。

 

「その…大丈夫か?里についた途端に倒れたって聞いたが…」

それは昨夜、シャーラから経過日数と共に聞いた話であった。ヒノエは里へと帰還した瞬間に倒れてしまい丸1日寝込んでいたらしい。

その間 ミノトはつきっきりで涙を流しながら自身とヒノエの看病をしていたようだ。

自身は問題ないのだが、ヒノエのことが心配であったが故に尋ねると、ヒノエは笑みを浮かべながら頷いた。

 

「大丈夫ですよ。ミノトのおかげですっかり元気になりました。それよりも…」

ヒノエはゲンジの頭や胸に巻かれている包帯に目を向ける。すると、ヒノエの表情が一変し、悲しげに曇りだした。

 

「貴方の方が重傷である事を…分かっていますか?」

 

「その…悪かった。ずっと隠していて」

ゲンジは今まで自身の中にイビルジョーの思念が眠っていた事を黙っていた事について謝罪した。

 

「話したくない貴方の気持ちも分かります。ですが…貴方ばかり苦しんでいる姿を見るのはもう我慢できません。なのでこれだけは言わせてもらいます」

 

ヒノエの布団を干す手が止まると4本の透き通った手が自身の手を掬い取り両手で包み込んだ。

 

「もっと自分を大事にして私達を頼ってくださいね」

その真剣な眼差しには包帯が巻かれた自身が映っていた。彼女がこんな表情を浮かべるのは久しぶりである。自身があの日、初めて胸の内を告白した日を思い出した。

 

 

「分かった…」

「ヒノエとの約束ですよ?」

「あぁ」

静かながらも彼女に頷く。ゲンジが頷いた事に安心したのかヒノエの曇り掛かった表情が晴れ再び笑みが浮かび上がる。

 

「ふふ♪」

そしてその優しい笑みを浮かべながらゲンジの頬へと口付けをした。

 

 

 

その後 皆を起こし朝食を済ませると、インナーの上から和服を着用する。ヒノエはすぐさま1日分の仕事を終わらせる為に里の受付場へと向かっていった。

 

そんな中 ゲンジはある事を思い出した。

 

「俺のアルコバレノは…?」

「それがな…」

シルバーソル装備は見当たるも、自身が愛用していたアルコバレノが見当たらないのだ。それについてインナーの上に同じく和服を纏うエスラに問うと、気まずい表情を浮かべながら答えた。

 

ゲンジが暴走した際に砥石を使わず不安定な切れ味のまま過剰な攻撃をヌシであるリオレウスに当て続けた為にアルコバレノの刃が欠けると同時に切先が歪んでしまったらしい。

今はハモンが預かっているようだが、本人からも修復は不可能と判断されたようだ。

それを聞いたゲンジは自業自得だとしても肩を落としてしまう。

 

「ッ…天殻がパーになっちまったか」

ゲンジにとって、アルコバレノは正に血と涙の結晶であった。死に物狂いでG級個体であるブラキディオス を狩猟し、やっとの思いで手に入れたその稀少部位がこんな数ヶ月で水の泡となってしまったのだ。

 

「仕方ねぇ。しばらくはコイツを使うか」

恥ずかしい事にゲンジの武器は種類が少なかった。所持しているのはアルコバレノに加えて後はジンオウガの双剣である『王牙双刃【土雷】』

苦渋の判断の末に後者の双剣をしばらく扱う事に決めた。G級装備ではない為に攻撃力が格段に低くなってしまうが、それでも十分に強力な武器である。

 

塚を掴むと、二度三度空中に放り投げキャッチし、馴染ませる。

 

「まぁ悪くはないか」

ゲンジは馴染みを確かめると武器を立て掛ける。

 

「行きますよ。旦那様」

「あぁ」

ミノトに呼ばれると草履を履くべく腰を下ろした。

ゲンジが目覚めた事を聞いたゴコクからあの時の話を聞きたいと言う伝言をミノトから伝えられ、集会所へと向かう事となったのだ。

 

「……」

その呼び出しに応え集会所へと向かうべく草履を履くもゲンジの身体は少し震えていた。あの時の自身を見られたならば、里の皆に少し嫌悪感を持たれてしまったのではないか、気味悪がられてしまうのではないかという恐れが現れていたのだ。

 

すると、その震える姿を見たミノトは落ち着かせるかのようにゲンジの肩に手を置いた。

 

どんな結果であれ旦那様が皆を守ってくれた事に変わりありません。だからご心配なさらないでください」

 

「…ありがとな…」

ミノトの言葉によって、多少の自身を取り戻す事ができたのか、重く苦しい緊張感が少し和らいだ。

ミノトにお礼を言うと共に集会所へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「おぉゲンジよ!!目が覚めたか!」

集会所へと着くと陽気な高笑いを浮かべながらフゲンとテッカちゃんの前右脚で踏まれているゴコクが出迎えた。

 

「悪い。心配かけたな」

 

「いやいや気にするな。お主が無事で本当に何よりだ!」

フゲンはいつもと変わらず笑みを浮かべながらゲンジの両肩を叩く。

 

「あの…それよりゴコク様が…」

そんな中でミノトのふと漏らした声にゲンジとフゲンは共にテッカちゃんの足元へと目を向けた。よく見ればボコボコにされた跡もある。

 

「ゴコク殿もすまない。ただ無事で何よりだ」

「いや…今現在進行形で無事じゃないんですが…」

 

「いやいやゲンジよ。気にせんでえぇでゲコ。それで突然じゃがのう。……あの助けて…」

その後 テッカちゃんに退いてもらう様に説得すると頷き右前脚をゴコクから退けた。何でもおやつをくれないから拗ねていたらしい。それだけで足蹴にされるとは完全に嫌われているのではないのだろうか。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、ミノトは受付場にて仕事に取り掛かる。その一方でフゲンとゴコク、そしてゲンジは集会所にある椅子に座ると向かい合った。まず、フゲンから青いモンスターが現れた事を伝えられた。それについて、ゲンジも意識だけはあった為に頷き、ユクモ村から帰ってくる際に見た奴と同じである事を話した。

そうなれば、現れたモンスターは古龍という事になるだろう。現在はハンターズギルドが行方に加えて百竜夜行との関連性を調査しているようだ。

 

話が簡単に終わると、フゲンは自身に向けて気まずい表情を浮かべていた。それについてはもうミノトから聞いている。

 

「アンタらが聞きたいのは分かっている。俺の中に眠る奴の事だろ?」

 

「うむ。お主には酷かもしれぬが…話してくれるか?」

 

「あぁ。いつかは話さないといけないからな」

ゲンジは頷く。そして、自身の内に眠るイビルジョー について知っている事全てを打ち明けた。

 

「奴は古龍を見ると俺の意識を食い千切り表面に出てくる。俺が意識を保てば肉体の所有権を取り返す事はできねぇが、奴と同じ景色。そして、モンスターの声が聞くことができる。

意識を乗っ取られたあの時 奴の声と共にあの古龍の声が頭の中に響いてきた」

 

ゲンジの話にフゲンは既視感を感じ、ヒノエの事を思い出す。彼女も同じく頭の中に突如現れたあの古龍の声が聞こえてきた事を話していた。

 

「ヒノエの共鳴に似ているな…。何と聞こえたのだ?」

 

「其は誰ぞ_____其は誰ぞ。まるで俺の中にいるイビルジョー に向けて問いかけている様だった。そして奴は答えた。

 

『我は悪魔』『汝らを喰らうが為に深淵より参った暴食の権化なり』

 

___とな」

 

「俺達が聞こえた時と同じだな。その後は何かなかったか?」

 

「あぁ。その後は奴は中に引っ込んだな。あそこまで表面化して出てきたのは初めてだった。黙っていて本当にすまなかった」

 

ゲンジは頭を下げる。だが、その謝罪をフゲンはゴコクと共に即座に否定した。

 

「謝る必要などない。寧ろ感謝している。確かに最初は驚いていたが、それでもお主のお陰で俺達は救われたのだ」

 

「そうでゲコ。だからあまり重く受け止めるな。モンスターの血が流れていようと、儂らを救った英雄に変わりないでゲコ。それに里の皆も気にしておらん。だから安心して胸を張って欲しいでゲコ」

 

二人の言葉は自身の中に僅かながに残っていた不満を全て消し去ってくれた。

自信を取り戻す事ができたゲンジは安堵の表情を浮かべると二人に向けて頷いた。

 

「あぁ」

その後、3人で団子を食するとゲンジはミノトに手を振りながら集会所を後にした。

 

「(俺は…幸せ者だな…)」

 

多くの皆の言葉を思い出しながら心に呟く。だが、百竜夜行が終わった訳ではない。

ゲンジは目を鋭くさせると右腕を握り締める。

 

「(近い内に確実に元を食い殺してやる…!!)」

そう誓うゲンジの右目が一瞬だけ黒色に染まった。

 

 




投票の結果 本編を中心に進めていきます!あ、でもほのぼの日常も上げますのでご安心を。


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息抜き

今回は極端に短いです。


「あ!おーい!ゲンジさ〜ん!!目が覚めたんだね〜!」

 

広場へと着くとヨモギやコミツ。そしてイオリ達の里の子供達が手を振りながら出迎えていた。

その中には里の和服を纏ったエスラやシャーラもいた。

 

更に。

 

「ニャァァァ!ゲンジ!目が覚めたんだニャァ!!!」

「ワンワン!!」

 

「ぶへぇ!?」

里に残り支援担当へと回っていたミケとハチが大喜びしながら駆け寄ってきた。ミケはゲンジの胸に飛び込み、ハチは大きな口を開けてゲンジの頭へと噛みついた。

 

「いでででて!?おい噛むなバカ犬!!」

「ワンワン♪」

ゲンジの声に耳を傾ける事なくハチは嬉しそうに尻尾を振りながら頭に牙を食い込ませる。次々と血が滴り落ちてきた。

 

「ゲンジさん血!血!わかる!?血が出てますよ!?」

咄嗟にイオリは包帯を取り出した。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから2匹は落ち着きを取り戻した。

 

「ミケとハチにはすまなかったな。今回は俺のわがままに付き合わせちまった」

今回、この2匹に加えてイオリが管理するアイルーとガルク達は里の皆の手助けとして里に残り支援をしていたのだ。ゲンジは当初 2匹とも連れて行こうと考えていたが、そうなれば里に何かあった時に大変である。故にゲンジは残る様に頼んだのだ。

 

「気にするなニャ!不完全燃焼だったニャ。けど、里が無事ならそれでいいニャ!」

 

「ワン!」

ハチに乗りながらミケは腰を掛けるゲンジに向けて手を上げて応えた。

 

「それよりさ。傷は大丈夫なの?今回も凄く酷かったんだよ」

ヨモギが腰を下ろし自身に目線を合わせながら聞いてくる。それに対してゲンジは傷口に巻かれた包帯を突つく。

 

「問題ねぇ。多少は痛むがな。まぁあと一日もすれば治る。そうだ。協力したハンター達はいるか?」

「いや、それがね」

ゲンジは里を見渡す。あの3日間の内に百竜夜行に協力してくれたハンター達はまだ残っている者もいるが、大半が既に次の目的地へと旅立って行ってしまっていた。

 

「そうか。一応礼だけは言っておきたかったんだがな」

 

すると、それに対してシャーラが答えた。

 

「逆に皆が言ってたよ。お陰で目が覚めたし自信も持てた。本当にありがとうって」

その言葉にゲンジは驚いた。まさかあそこまで積極的では無かった者達が終わった後にそんなに変わってしまうとは。

 

「俺はただ本心を言っただけなんだがな」

 

「それが旦那様の凄い所なんですよ」

驚いていると突然 目線が上がり、脚も地上から離れる。振り返らなくても声だけでわかる。

 

「もうそろそろこれ止めろよ。ヒノエ姉さん」

 

「いいじゃありませんか」

愛も変わらずニコニコと笑みを浮かべながらヒノエは自身を抱き上げていた。まぁ、今日だけは彼女の言いなりになってあげてもいいだろう。すると、彼女の手がほどかれ、降ろされる。ヒノエは里の子供達が集まっているのを確認すると手を叩きながら提案した。

 

「今日は久しぶりに里の子供達と遊びましょうか!義姉さんもシャーラも一緒に!」

 

「義姉さんって呼ぶな!……まぁ偶にはいいだろう」

 

「私も」

 

『『『わ〜い!!』』』

エスラとシャーラは同意しその輪に入る。百竜夜行によって恐怖に怯えながらも支援を尽くした子供達は陽気な喜び声を上げた。

 

「エスラさん!希少種の話も聞かせてね!」

 

「勿論だとも!!」

既にエスラは子供達から大人気である。この地方にはいない希少種という種類のモンスターに子供達は興味津々である。

 

「ゲンジさんも遊ぼ遊ぼ!」

 

「偶には息抜きも必要ですよ!」

 

その輪に引き込むかの様にヨモギとイオリはそれぞれでゲンジの右手と左手を引いた。

 

「何故俺まで…おい」

それについてゲンジは混ざらず立ち去ろうと考えていると、自身の肩にヒノエの手が置かれていた。そしてそのままイオリたちが引っ張る方向へと押していく。振り向きながら止める様に言ってもヒノエはニコニコとしながら止まる様子を見せなかった。

 

「……今日だけだぞ」

ゲンジはやれやれと溜息をつきながらも、今日だけは皆と息抜きに遊んでもいいと考え、そのまま皆の輪へと混ざった。

 

 

その後 里の子供達と共に昔を思い出しながらトラウマとなっているかくれんぼや鬼ごっこに興じた。

まるで子供の頃に戻ったかのように。

 

 

※ちなみに徐々にミケとハチの出番は減っていきます。

 

ミケ「ええぇ!!??」

ハチ「ガゥゥ!!??」

 



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晴れることのない不安

百竜夜行を撃退して5日が経った。未だに現れた古龍の観測は続けられており、百竜夜行との関連性は掴めていない。

 

傷が完全に完治した事でゲンジは身体の感覚を取り戻すべく、『アンジャナフ』の狩猟へと向かう事に決めた。集会所にてクエスト受注の手続きを終えると、すぐさま出発口へと向かう。

 

そんな時だ。

 

「あの…ゲンジ…」

「ん?」

突然 ミノトが出発しようとするゲンジの手を掴んだ。その目からは何かを気にかけているようだった。

 

「大丈夫ですか?何か…気分が悪いとかありませんか?」

あの日からミノトは毎日ゲンジとヒノエに聞きながら体調の良し悪しを確認していたのだ。それに対してゲンジは答えた。

 

「あぁ。今のところ奴の声は聞こえないから大丈夫だ」

「分かりました。なら良いです…何かあったら絶対に言ってくださいね…!!」

「あ…うん」

ミノトの剣幕に押されながらもゲンジは頷きクエストへと向かっていった。

 

「……」

頷いたとしても、ミノトの顔からは不安が消える事は無かった。

 

それは砦に戻った時にエスラから更に聞かされた話が原因だ。彼がもし、再び飲まれてしまえば、再びあの恐暴な姿へと変化してしまう。それは絶対に阻止しなければならない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「エスラ。一つ聞かせてもらいたいが…もしゲンジが古龍と対峙したらどうなってしまうのだ?」

 

フゲンの質問に皆も同じくエスラに問う。それに対してエスラは全てハッキリと答えた。

 

「奴はまず完全に意識を食い破る為に出てくるだろう。そして、もしもゲンジの意識が完全に食い潰されれば…乗っ取られたその瞬間からしばらくは肉体の所有権が奴に握られる」

 

『『…!!』』

 

皆は絶句した。ただでさえ完全に表面化していない状態でもヌシであるリオレウスを下し、そして現れた古龍を恐れさせた。それ以上の暴動が丸一日続くのだ。

 

そして、エスラは過去に一度だけ起こったその事例を話した。

 

「最初に起きたのはまだゲンジが薬を打たれたから間もない8歳の時だ。ある日…私達の住む村に狩場からドスジャギィが迷い込んでな。その時はハンターも男達もいなかった為に村中がパニックとなった。私はシャーラとゲンジの手を引いて逃げていた」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ゲンジ!シャーラ!こっちだ!」

逃げなければ食われる。既に一人の子供が食われていた。そんな時だった。

 

「ゲンジ!何故止まる!?」

突然、ゲンジは足を止めた。私は即座に叫び、手を引いたが、彼はまるで鉄のように硬く、動く事がなかった。すると、ゲンジは突然 振り返り、走り出した。

 

「おい!ゲンジ!」

彼が走り出した先には1匹のジャギィがいた。人間の子供よりも倍の大きさを誇るジャギィはゲンジに目を向けた瞬間 牙を剥き襲いかかってきた。

 

「…!」

もう間に合わない。私は食べられてしまうという危機感からシャーラと共に目を瞑った。諦めていた。

 

そう思っていた。

 

 

「ギィェェ…!!」

 

ジャギィの弱々しい声が聞こえた。それと同時に肉を貪る音も聞こえてくる。

 

私達は恐る恐る目を開けた。そこに映っていたのはとても信じられない光景だった。

 

「おいゲンジ……何をやってるんだ…?」

 

___何とゲンジがジャギィの腑を引き摺り出し、血に混じった肉を食っていたんだ。次々と血生臭い…人間が直に嗅げば吐き出してしまいそうな異質な物を美味しそうにゲンジは食べていた…。

 

私達は何も言う事が出来ず、その場で腰が抜けてしまった。そして血肉を食べ終えたゲンジはジャギィを食べ尽くすとナイフを握り今村の中心部で備蓄を食らっているドスジャギィへと向かって走っていった。

 

その後は正に悲惨な状況だった。

 

現れたドスジャギィをゲンジは蹴り1発で吹き飛ばし転倒させると、顔へ向けて何度もナイフを突き刺していった。脳味噌へとナイフを突き立てて遂にはスクランブルエッグのようにグチャグチャにされたドスジャギィはそのまま息絶えていき、そしてゲンジはまたその血肉を喰らっていた。

ドスジャギィの死体を喰らうゲンジのその目はドス黒い血の色に染まっていた。そう。あの古龍が現れた時の様にな。

 

辺りにいる村の皆はその光景を眺めていた。

 

____恐怖の目を浮かべながら。

 

それから訳数時間が経った時 ゲンジは突然 目を覚ました。腹の中に溜まっていた血や生肉の生臭さに吐き気を促されたのか、皆の元から離れていくと人知れずの場所に行き、吐き出していた。私達が駆けつけていた時には既にゲンジの足元には胃の中に取り込まれていたジャギィの血肉が全て吐き出されていた

 

◇◇◇◇◇

 

「何とも信じ難いが…今回の事があれば納得のいく話だな」

フゲンの言葉に皆は頷く。

 

「そうだ。そしてその日から…ゲンジへの差別は激しさを増していった。石を投げられ、殴られ……話しかければ無視され……思い出すだけで腹が立ってくる」

 

「姉さん…」

見るとエスラは歯を食いしばりながら右拳が握られており、そのまま地面に叩きつけていた。聞いていたシャーラは昔を思い出したのか、俯いてしまう。

 

「…話を戻そう。ゲンジが奴に支配された時、肉体の能力が桁違いに変化してしまう。8歳というイオリやヨモギよりも幼い子供が駆け出しハンターの苦戦するドスジャギィを蹴りで吹き飛ばすんだからな。下手をすれば子供ながらG級ハンターと同等の力を得られるだろう。その代わり…数時間は奴に肉体を乗っとられるのだ。故にゲンジはずっと奴を抑え込んでいた。奴の力に飲まれないように。

 

だが、今回はそれが起こってしまった」

エスラは眠っているゲンジの頬を撫でる。

 

「簡単に言えば、古龍とゲンジを鉢合わせる事は起爆剤になる。それだけだ」

 

話を聞いていたヒノエはもちろん ミノトもゲンジが自身らにずっと隠していた更に辛い過去に何も言葉を発する事ができなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ゲンジ…(貴方には私達がついています…なので…人である事を捨てないでください…!!)」

 

そう心に願いながらミノトはゲンジを見送った。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

クエストの為に砂原へと着いたゲンジの前には巨大なアンジャナフが立っていた。

 

___グロォオオオオオオオ!!!

 

 

 

ゲンジを見たアンジャナフは巨大な咆哮を放つ。それに対して怯む事なくゲンジは双剣を構えた。王牙双刃の刃に蒼い雷が纏われる。

 

「さて…いくか…!」

人間として生き生きとした目を向けながら双剣を逆手持ちにするとアンジャナフへと向かっていった。

 

 



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醜悪の再来

無事にアンジャナフを討伐し終えたゲンジは空を見上げた。

 

「__ん?」

広がる広大な青い空を一筋の赤い彗星が横切っていた。

 

「……こんな時期に彗星なんてあったか…?」

その彗星は赤い軌跡を残しながら一直線に進んでいった。けれども、それにゲンジは興味を示さなかった。

 

 

その時だ。

 

『依代よ…!!餌が近い。我に喰わせろ…!!』

 

突然 頭の中にイビルジョー の声が響き渡り、頭痛が襲ってくる。

「ぐぅ!?」

 

意識を乗っ取ろうとしているのか額から次々と冷や汗が出てくる。それに対してゲンジは精神を統一させると心の奥底から叫ぶ。

 

「見間違いだ…!!大人しく寝てろ!!!」

その叫び声をあげた瞬間にイビルジョー の声が止まり、頭痛がたちまち引いた。何とか抑えることに成功したのだ。

 

「ふぅ…疲れさせるんじゃねぇよ…」

頭から手を離すとゲンジは荷物を抱えて砂原を後にする。その背後の空を駆ける赤い彗星はそのまま空の彼方へと飛び去っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

クエストから帰還した時には既に時刻は昼を回っていた。集会所へ到着するといつものようにミノトが出迎えた。

 

「お帰りなさいませ。お怪我はありませんでしたか?」

 

「大丈夫だよ。ほら奴の素材だ」

ゲンジはクエスト完了の証として素材を前に出し、そして依頼書を見せる。

 

「お疲れ様です。こちらが報奨金になります。ご確認を」

「あぁ」

ミノトは印鑑を付くと報奨金の積まれた袋をゲンジへと手渡した。アンジャナフは強力なモンスターなために報奨金の額も高い。その報奨金を確認しポーチにしまうとゲンジはミノトへと声をかける。

 

「そういえばそろそろ昼休みだよな。一緒に団子食いに行くか?」

 

「え…!?」

ミノトは今聞こえた言葉を確かめるために耳を某元議員の様に傾ける。

 

「もう一度…よろしいでしょうか…?」

 

「いや、団子一緒に食いに行こうって…」

 

「……ヒノエ姉様付きで?」

 

「あぁ」

 

その瞬間 ミノトの身体が飛び上がる。

 

「行きましょう!すぐに行きましょう!!こうしてはいられません!!今日の集会所の受付は終了します!!」

 

「おいおいおい!昼食くらいで何やってんだ!?やめろ!終了の看板立てんな!釘で固定すんな!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後 打ち付けられた『終了』の看板を引っ剥がし、ミノトを落ち着かせると共に広場に向かう。

 

「ゲンジから誘ってくれるのは久し振りですね。嬉しいです」

 

「それだけで集会所の受付を終了させるとなると流石に今後は考えるぞ…」

準備を終えたミノトはゲンジと共に集会所を出る。昼休みのためにいつも人通りのある道にはたった数人しか歩いていなかった。カムラの里の大体の昼飯はセイハクのおにぎり又はヨモギの団子であるために皆はそちらに行っているのだろう。

 

「あ、靴紐が」

そんな中 ミノトの靴紐が解けてしまう。

 

「先に行っててください。すぐに追いかけるので」

 

「分かった」

ゲンジは頷くと、そのまま階段を降り、ヒノエの待つ受付場へと向かおうとした。

 

一段一段と階段を降りる。そんな中で、ゲンジは自身の両手を見る。今回のクエストでは奴が現れたが、自身の精神で抑え込めた。耐性が現れ始めていたのだ。このままいけば、自身がイビルジョー の意識を取り込む事が可能になるだろう。それに、彼女達が側にいると安心するのだ。

故に今回は自身から誘った。

 

「偶には…こっちからも誘わねぇとな…」

 

 

 

その時だ。

 

 

「ゲンジ!」

 

 

「ん?」

 

背後から突然 ミノトの叫び声が聞こえてきた。何やら慌てているようであり、何だろうと思いながらゆっくりと振り向く。

 

「どうした?紐が切れたの___か…?」

 

振り向いた瞬間 ゲンジの顔が一瞬で怒りに満ちた。

 

 

「大人しくしろ!暴れんじゃねぇ!!」

振り向くとミノトが一人の男に首に手を回される形で抑えられていた。そしてその左右には二人の男が手に鋭利なアイスピック、そして小型ナイフを持ちながら立っていた。

 

この男をゲンジは……いや、里にいる全員が知っていた。3人とも顔に殴られた痣があり歯も折れていた。

ミノトを抑え込んでいる男はゲンジを見るとニヤニヤと笑みを浮かべながら恨みの困った悍ましい目を向けた。

 

「よぅ久しぶりだなぁ〜。薄明のゲンジさんよ〜?」

 

その顔を見た瞬間 ゲンジの眉間に皺が寄り、目元から毛細血管が脇立つ。その3人の男は一時期、カムラの里からハンターの信用を奪い去り、更に自身の妻であるヒノエの精神を崩壊寸前まで追い詰めた元凶。

 

「テメェら…!!!」

 

そこに立っていたのは一度ゲンジによって重傷を負わされたデン レビ そしてマルバだった。

 

 

 



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逆恨み

「久しぶりたなぁ?薄明のゲンジさんよ〜」

 

「テメェ…!!」

 

そこに立っていたのはマルバとデン、レビであった。前に殴った箇所には痣ができており、髪を引きちぎられた箇所は既に毛が生えていた。前よりも目は血走っており、狂気に満ちていた。

 

「どうしましたゲンジ!?」

 

咄嗟にゲンジとミノトの悲鳴を聞いたヒノエが駆けつける。

 

「貴方は…!!」

ヒノエは現れたマルバを見ると目を大きく開いてしまう。それと同時にこれまでに無いほどまで目を鋭くさせた。

 

「妹に何をしているのですか……?」

 

「おうおう。誰かと思えば役立たずの大飯ぐらいじゃねぇか」

 

「…!!」

その言葉にヒノエはあの日の事を思い出してしまう。それに気づいたゲンジは即座にヒノエの肩を掴む。

 

「よせ。耳を傾けるな」

 

「…えぇ」

 

ゲンジの声にヒノエは我に帰り、即座に気を持ち直す。状況が最悪だ。見るとミノトの首筋にはナイフが突きつけられていた。

 

「…妙だな…」

ミノトならばマルバ程度の男の拘束は解けると思っていたが、よく見ると3人の腕と脚の筋肉が発達していた。

 

「テメェら…まさか怪力の種か鬼人薬を飲んでやがるな…?」

 

「察しがいいな。そうさ。俺たち3人は鬼人薬を飲みまくって前よりも筋力を強化したのさ!さて、まずはそのまま動くなよ?後ろのジジイもそうだ」

 

マルバ達はゆっくりと階段から降りてくる。背後からミノトを救出しようと試みたゴコクの存在にも気づいていたのだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

広間の真ん中へと着いたマルバはデンとレビに椅子を用意させるとミノトの首にナイフを突き付けながら腰を下ろす。辺りから次々と里の皆が出てきた。

 

「テメェら。何が目的だ?」

ゲンジは額に筋を浮かべながらマルバへと問う。すると、マルバは鋭い目をゲンジへと向けた。

 

「決まってるだろ?お前への復讐さ。俺があの後どんな目にあったと思ってる?辛かったぜ。親父にボコボコにされた挙句、勘当。横にいる二人もだ。全部お前の所為なんだよチビ野郎!!」

マルバの口から次々と放たれる恨言。だが、全ては自業自得である。彼らが里を騙しヒノエへと罵詈雑言を浴びせなければ起きなかった事だ。完全なる『逆恨み』である。

 

「それは貴方達が…!」

「待て」

返答しようとしたヒノエをゲンジは止めた。マルバのナイフがミノトの喉元に突きつけられている。下手に返答すれば何をしでかすか分からない。故にゲンジは要求を飲む事に決める。

 

「なら、どうすればいい?」

 

「そうだな〜。う〜ん。まず装備を脱いで土下座をしろ。地面に深々と頭を突きつけてな。そして謝罪しろ」

 

「……」

その要求に対してゲンジは装備を外すと前へと出てマルバに対して膝をつく。

 

「ゲンジ!やめてください!私に構わずこの人を!」

ミノトは叫ぶもゲンジは答えず、ただ深々と地面へ頭をつけた。里の者達はただ見ていることしか出来なかった。

そして深々と頭を下げたゲンジは聞こえるように謝罪の言葉を口にした。

 

「………すいませんでした」

 

「あ〜?聞こえねぇぞ?もっと大きな声で言えよ」

マルバは耳を傾けながら促す。それに対してゲンジは返答することなく先程よりも大きな声で、そして、恨みの感情を混じらす事なく口にした。

 

「本当にすいませんでした」

 

すると マルバ達はヘラヘラと笑い出す。

 

 

「見ろよ!薄明って異名つけられてるハンターの土下座だぜ!?マジで傑作だな!!」

 

「本当にその通りだ!あの時の威圧感がまるで感じられねぇよ!!」

次々とゲンジに向けて彼らは罵詈雑言を浴びせていく。3人の醜悪に満ちた笑い声が辺りに響き渡る。

 

「ぐぅ…!」

その様子を見ていたフゲンは痺れを切らし前へと出た。

 

「お主達の目的は分からん…だが、どうかミノトを解放して欲しい。必要ならば金を払おう。頼む…!」

 

里長としてのプライドを捨て、自身の幼馴染であるミノトを救うために頭を下げた。それに対してマルバは答えた。

 

「流石は里長だ。非常事態の対処法を心得てる上に仲間思いか。ならよぉ?今からそのチビをボコるから手を出すな。俺達の気が済んだら解放してやるよ」

出された条件は簡単に言えばゲンジを売り、ミノトを買う。誰よりも里の皆を思うフゲンにとってはその条件は決して飲めるものではなかった。そしてゲンジに向けて拒否の念を促そうとするミノトの口を手で塞いだ。

 

「な…!そんな要求…!」

 

 

「___いいよ」

 

フゲンが断ろうとした時 目の前で土下座をしていたゲンジはその要求を飲んだ。

 

「俺をいくら殴っても良い。だから…ミノト姉さんには手を出さないでくれ…頼む」

再びゲンジは深々と頭を下げた。それを見ていたフゲンは即座にゲンジに対して怒りの声をあげる。

 

「おいゲンジ!!」

 

「黙ってろクソジジイ。ミノト姉さんが助かるくらいなら安いものだ。それ以外に奴からミノト姉さんを離れさせる術がねぇ」

 

「ぐぅぅ…」

確かにそうだ。あの距離ならばクナイを投げたとしてもミノトにも被弾してしまう。ボウガンも音次第ではバレてしまうだろう。ハモンも構えていたボウガンを下げてしまう。

苦渋の判断の末、フゲンはゲンジに任せて引き下がった。

 

「いいか里の奴ら。コイツはフゲンさんじゃねぇ。俺が独断で決めたんだ。絶対に責めるんじゃねぇぞ」

 

ゲンジは辺りの皆へと呼び掛ける。皆はそれを理解はしていた。だが、最も辛いのはフゲンの方だろう。

 

そんな中 マルバは笑みを浮かべながら左右の二人へと目を向ける。

 

「お前ら。先にやっていいぞ。俺は最後でいい。お前ら二人でまずは楽しめ」

マルバの言葉に二人は頷くと、手に小型ナイフとアイスピックを持ち、土下座をするゲンジへと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

二人はゲンジの前へと着くと、恨みの込められた目を向けた。

 

「おいこのチビ野郎。前はよくもやってくれたな?お陰で彼女に逃げられた上に勘当されちまったよ」

 

「同じくだ。どう責任とってくれるんだぁ?あ"ぁ!?」

 

「ガハァ…!」

その言葉とともにレビの蹴りが土下座をするゲンジの脇腹へと入り込む。怪力の種と鬼人薬を飲んでいるために筋力が前とは比べ物にならない程発達していた。故にゲンジは口から息を吐き出す。

 

「お前 前に言ってたよな?俺たちの事を『ハイエナ』ってな。今すぐこの場で叫べよ。『ハイエナと罵ってすいませんでした』とな!」

 

そう言いデンの蹴りが反対側の脇腹へと打ち込まれる。次々と左右から放たれいく蹴りにゲンジの身体は次々と傷がついていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

蹴りが止むとゲンジは息を切らしながら謝罪する。

 

 

「ハイエナと…罵って…本当にすいません…でし…ガァ…!」

その時だ。ゲンジの頭へと謝罪の言葉を要求したデンの蹴りが打ち込まれた。ゲンジの身体が吹き飛ばされ、砂状の地面を転がるとうつ伏せになる。

 

「ムカつくんだよ!!俺達より長くハンターやってるからって偉そうにベテランぶりやがって!!」

「どうせその装備も強い奴に寄生して作ったんだろ!?ド汚ねぇ野郎だなぁ!!」

そう言いデンは次々とゲンジの身体へと蹴りを入れる。それはレビも同じだ。彼らの何の根拠もない恨み言の込められた蹴りが何発も小さなゲンジの身体へと打ち込まれる。

ゲンジのインナーの間から露出している肌に靴の皮が擦り、擦り傷をつけていった。

 

「ゲンさん!」

 

「ゲンジさん!!」

 

その様子をもう見ていられなかった里の数人の男達が止めに入るために向かおうとする。

だが、それに対してゲンジは怒声をあげた。

 

 

「来るなぁ!!!」

 

その怒声に止めに入ろうとした数人の男達は脚を止めた。ゲンジはうつ伏せになる中、向かってくる里の男達に目を向けながら叫んだ。

 

「絶対に来るな!!来たらぶん殴るぞ!!お前らの手は鉄を叩くためにあるんだろ!!」

 

「ぐぅ…」

その言葉に数人の男達は歯を食いしばりながらその場で立ち止まってしまう。ゲンジも耐えているのだ。ここで自身らが下手に手を出してミノトに何かあってしまってはゲンジの我慢が無駄になってしまう。

 

 

「お〜怖っ。助けに入ろうとした奴に殴るぞだってよ」

 

「鬼畜だぜコイツは。人間じゃねぇや」

ゲンジの必死の言葉を彼らは嘲笑うと、手からアイスピックそして小型ナイフを取り出す。その切先は入念に研ぎ澄まされているのか鋭利となっており、太陽の光が反射していた。

 

「さぁ〜て。そんな奴には制裁を加えてやらないとな〜デン」

 

「そうだなレビ。おらクソチビ。さっさと土下座し直せよ」

デンはつま先でゲンジの腹を突く。すると、それに答えたゲンジは先程の痛みがまるで通っていないかのように震え一つ起こす事なく土下座をした。

 

「よぉ〜し。そのまんま動くなよ〜?」

 

アイスピックを持ったデンはそのまま地面についた手を押さえる。それを見ていたヒノエは目を震わせる。

 

「何を…するつもりですか…?」

 

「決まってるだろ?文字通り“制裁”だよ…!」

そして、デンの手に持ったアイスピックの先端部分がゲンジの手の甲へと向けられた。

 

「…!!」

 

それを見た瞬間 ヒノエはもう我慢の限界が来たのか、怒りの形相を浮かべながらデンへと向かおうとした。

 

「来るな姉さん」

だが、それをゲンジは再び怒声を放つ形で止めた。

 

「俺は大丈夫だ。……だから絶対に来るな…!!」

その声は先程よりも勢いが失われていた。何発もの暴行を加えられた事により、ゲンジも少しずつだが強靭な肉体にダメージが蓄積されていったのだ。

 

「おうおう。本当に酷い奴だな〜?せぇ〜っかく助けに入ってこようとした奴に向けてよぉ?そんな酷い奴には〜」

 

デンのアイスピックが振り上げられた。

 

 

「罰を与えないとなぁぁ!!!」

 

そして振り上げられたアイスピックが一気に振り下ろされ、ゲンジの手の甲へと突き刺さされた。

 

 

「ぐぅ!?」

燃えるように熱く、そして一点に集中する痛みにゲンジは苦痛の表情を浮かべる。

突き立てられたアイスピックはゲンジの手の甲から平へと貫通した。

 

「おいおい。一回目でこれか〜?」

アイスピックがゆっくりと引き抜かれると傷口と金属部分が擦れ更に痛みが襲ってくる。そして、アイスピックが抜かれると空洞となった箇所から大量の血液が漏れ出した。

 

「もっと頑張れ……よッ!!」

 

「ぐぅ…!!」

そして今度は腕へとアイスピックが突き立てられた。そして、次々とデンのアイスピックはゲンジの両腕を貫いていった。腕には何箇所も穴が空き、大量の血液が次々と流れ出ていく。

 

突き刺される度にゲンジは苦痛の声を上げていた。だが、決して叫ぶことは無かった。辺りにいる者達に不安を煽がないために。痛みを押し殺し、耐えていった。

 

「おっと。これ以上開けちまうと死ぬな。さて、次はお前の番だぞレビ」

 

「あいよ。だが、ナイフじゃ死んじまうな。棒くれよ」

 

「おぅ」

デンは近くにあった長い棒を拾うとそれをデンへと渡した。棒を受け取ったレビは次々と振りながら強度を確かめると、ゲンジに向ける。

 

「さぁ〜て?前の…お返しだぁ!!」

 

「ガハァッ…!!」

振り回された棒は風を切る音をたてながらゲンジの頬へと辺り、ゲンジの身体を吹き飛ばす。

 

「まだ死ぬなよ?全然満足してねぇんだからよぉ!!」

そう言い次々とレビは手に持った棒をゲンジへと振り回していった。硬い棒はゲンジの身体へと打ち付けられ痣をつけていった。

 

 

その振り回しが何十回と続く中 ずっと目の前で見ていたヒノエは涙を流しながらゲンジに向けて叫ぶ。

 

「もうやめてくださいゲンジ!!お願いします!!」

 

「そうだよゲンさん!これ以上やられれば死んじまうよ!!」

 

ヒノエは必死に訴えた。周りの皆も同じだ。もう見てはいられなかった。だが、それでもゲンジは反撃する様子を見せず棒による振り回しの直撃を受けていた。

そして、それをずっと目の前で見せられていたミノトも目を震わせながら何度も何度もゲンジへと叫んだ。

 

「ゲンジ…やめてください…私に構わず…反撃してください…!!」

ゲンジの頬が棒に打たれ、痣ができる。

 

「やめてください…!!」

身体が振り回された棒に打たれ、脆い音が響き渡る。

 

 

「やめてぇぇッ!!!!!」

ゲンジの身体の所々からは大量の血が流れ、足元を血の海へと変えていった。そして、ミノトの悲痛な叫びと共にゲンジの身体はその血の海の中に沈み込むようにうつ伏せに倒れた。

 

だが、その直後、うつ伏せに倒れたゲンジの顔がゆっくりと上げられ自身に向けられた。

 

「…!」

その顔には血に濡れていながらも狂気も怒りも混じっていない純粋な優しい笑みが浮かんでいた。

 

「すぐに…助ける…から…待ってろ」

 

そして、ゆっくりとゲンジは血を垂れ流しながらも立ち上がる。見ると脚と手は既に痙攣を起こしていた。身体のダメージが限界に近づいているのだ。

 

「さぁ……続きと…いこ…うか…」

だが、それでも彼は反撃する事はなかった。何の恨みも抱く事なく、ゲンジは二人に身体を向ける。ミノトを助けるために。

 

すると、それを見た二人は手に持っていた武器を下げた。

 

「…え?」

突然武器を下げた事で身構えていたゲンジは構えを解いた。

 

「はぁ…アホらし。もう飽きたわ。だろ?デン」

 

「そうだなレビ。なんかもうスッキリしちまった」

そう言い二人はゲンジから離れ、マルバへの道を開けた。

 

「行ってこいよ。もぅ俺達は何もしねぇからよ」

 

「あぁ。おいマルバ!俺たちもうスッキリしたからいいぞ〜!!」

 

レビの声にマルバは頷く。

 

「そうか。よし来いよチビ。この女を掛けて勝負しようじゃねぇか」

 

「………分かった…!」

ゲンジは頷くとデンとレビの間を通りマルバへとゆっくりと向かう。今もなおナイフがミノトの喉に突きつけられているため、走って向かう事はできない。

 

「(ミノト姉さん…今…助かるからな…)」

視界が少しずつ二重になってきている。意識が朦朧としてきている証拠だ。早くミノトを救出しなければならない。

 

その時だ。

 

 

「ゲンジ!!危ない!!!」

 

「避けてください!!」

ヒノエとミノトの声が聞こえてきた。それと同時に辺りからも次々と声が上がり始める。

 

「避けろゲンさん!!!」

「危ねぇ!!!」

 

「……え?」

何度も暴行を受け、身体能力が低下していたゲンジは気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

___背後からナイフを振りかぶるレビの存在に。

 

 

 

 

 

刹那

 

 

ゲンジの背中にレビの振り回したナイフが斬りつけられた。

 

その瞬間 ゲンジの背中から血が吹き出した。斬りつけられたゲンジはミノトにたどり着く寸前にその場にゆっくりと倒れた。

 

「ゲン……ジ…?」

倒れた際に血が飛び散りミノトの頬に付着する。倒れたゲンジの目からは光が消え去っていた。

 

 



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失われる理性

「ゲン…ジ…?」

目の前に次々と広がっていく血液の海。辺りからは次々と悲鳴が聞こえてきた。

「おいおい…嘘だろゲンさん!?」

 

「ゲンジさん!!おい!!」

里の皆は声を掛けるが、ゲンジが起き上がる気配がない。ヒノエはショックのあまりその場に崩れ落ちてしまう。

 

「そんな……ゲンジ…!!」

レビによって斬りつけられた背中からは夥しい程の血が溢れ出ていた。

ゲンジが殺されてしまった事でミノトの目からは涙が。腹の底から憎悪が溢れ出てきてしまう。

 

「よくも…よくもゲンジを!!」

ミノトはゲンジに向けてナイフを振り下ろしたレビへと憎悪が込められた目を向ける。それに対してレビはナイフについた血を振り払った。

 

「あらら〜。皆の声を聞いてたらもっと早く反応できてただろうにな〜」

 

「いやいやレビ。考えてもみろ。助けに来ようとした奴に殴るぞとか言う奴だぞ?信じる訳ねぇだろ」

 

「あ、そっか〜♪」

腑が煮えくり返る。ゲンジが気づかなかったのは間違いなく出血と暴行による目眩だ。決して皆の言葉を無視していた訳ではない。

コイツらはゲンジの信用さえも失態させようとしているのだ。

 

「健気だね〜。助けるために死ぬだなんて。本当に健気だ。あ〜あ。何だか俺も殴る気が失せちまったな〜♪」

 

その時、マルバの手がミノトの髪を掴み出し、まるで品定めするかのように鼻に近づけ匂いを嗅ぎ始めた。

 

「何をする!?」

 

「ふむふむ。俺好みのいい香りだ。身体の肉付きも素晴らしい。やはりあの時はもっと強引に行くべきだったなぁ」

その言葉と共にミノトの髪を触り終えると今度は胸へと手を伸ばした。

それを見たフゲンは怒りの声をあげる。

 

「おい貴様!!先程と約束が違うぞ!!!」

「あ〜?」

胸に伸ばす手を止めたマルバはフゲンへと目を向ける。

 

「ゲンジへの暴行を見逃す代わりにミノトを無事に解放する…まさか約束を破るつもりなのか!!」

 

「ハハ。知らないな。そんな約束した覚えねぇよ。あ、近づいたらこの女殺すから忘れるなよ〜?」

 

「ぐぅ…おのれ…!!」

ゲンジの努力が無駄になり潰えた事にフゲンは自身の不甲斐なさに加えてマルバ達の人間ではない程までの腐った性根に怒りのあまり歯を噛み締めた。

 

そして、ミノトへと目を向けたマルバは抵抗する彼女の胸へと手を伸ばすと強引に揉み始める。

 

「やめろ…汚らしい手で触るな!」

「おいおい。コイツは手厳しいな。うんうん。いい柔らかさだ。もっと強めようかな〜?」

 

「ぐぅ…!」

マルバの手つきが更に繊細になりミノトの身体の線をなぞりながら胸を揉みしだいていく。好きでもない上に憎い相手に肉体を好き放題にされていく事によってミノトの目からは涙が零れ出てくる。

 

 

自身は何もできない。抜け出す事も、制圧する事もできない上に最愛の人を痛い目に遭わせてしまった。

次々と現れる自身への嫌悪感と迫り来るマルバへの恐怖感。遂に何も考える事が出来なくなってしまい、嫌悪の念と共に心の中で何度も助けを求めた。

 

「(怖いです…助けてください…姉様!ゲンジ!)」

 

 

それを辺りから見ていた者達も何も出来ず、マルバ達を睨む事しか出来なかった。

 

「クソ…ゲンさんの嫁になんて事を…!!」

 

「悔しい…何もできないのかよ…」

 

皆が歯を食いしばる中、マルバは悪魔のような笑みを浮かべていた。それはまるでその反応を予想していたかのように。

 

「おうおう。同じ里の仲間がやられてるのに見てるだけとは酷い連中だな〜デン」

 

「そうだなレビ。腐ってやがる」

完全な故意による誤解だ。いや、もう誤解ではない。この者達はゲンジだけでなく里さえも陥れようとしていた。

それに、ミノトにナイフが突きつけられていなければとっくに全員で助けに向かっている。

 

そんな中、絶望の底に落ちていたヒノエは立ち上がり、鋭い目を向けた。もう見ている事が出来なかったのだ。

 

「ミノト!」

たった一人の肉親に手を掛けたマルバを許す事が出来ず、ゲンジとミノトを救出するために1人で走り出した。

 

「おっと。通さねぇぞ?」

「く…」

だが、そう簡単に通すまいとデンとレビが前に立ち塞がり、ヒノエの侵攻を妨害した。そしてそれを見ていたマルバはニヤニヤとしながらヒノエに目を向けた。

 

「丁度いい景気付けだ。おい大食い女!!そこで裸になって踊れよ!!」

 

『『『!?』』』

 

突然の要求。それに対して辺りからは遂に罵詈雑言が放たれた。

 

「ふざけんじゃねぇぞクソ野郎!!!」

 

「いい加減にしやがれ!!!」

ゲンジへ暴行を加えた上にミノトの身体への密着、それどころかヒノエに裸踊りを要求し始めたのだ。

もはや思考さえも人間を辞めていた。

だが、忘れてはいけない。“人質”がいる事を。

 

「へぇ〜?ならコイツの事殺しちゃうけどいいのかな〜?」

再びミノトの首筋にナイフが突きつけられる。現実を突きつけられた里の皆は歯を軋ませながら黙り込んでしまう。

 

「さぁどうするよ。するのか?しないのか〜?ま、しないなら〜。コイツの命はないけどな〜♪」

まるで楽しんでいるかのようにリズムを刻んだ口調でマルバはヒノエに向けて問う。そのふざけた口調は辺りにいる者達から怒りを買いはじめて行った。

 

そんな中 ヒノエは肩の装甲へと手を掛けた。

 

「妹のためならば…安いくらいです」

 

「へぇ。やるんだ。いいお姉ちゃんだな〜」

 

その言葉が聞こえた瞬間 ミノトの目が絶望に染まり、瞳が震えてしまう。自身が尊敬するヒノエがこんな大衆の前で裸踊りなど、屈辱的すぎる。もう命などどうでもいい。

肩と腹部の装甲が外されていく中、ミノトは叫んだ。

 

「やめて…やめてください姉様…!!お願いします!!もうやめてください!!私の事なんか放っておいて…」

 

ヒノエは遂に上半身を覆う服を縛っている腰の帯へと手を伸ばそうとした。

 

「やめてください!!!ヒノエ姉様ぁぁ!!!」

 

 

ミノトの悲痛な叫び声が聞こえてもヒノエは帯を解く手を止めなかった。妹を守るためならば、自身は何でもする。たとえこの身を犠牲にしようとも。物心ついていた時からそう決めていた。

 

 

その時だった。

 

「……」

 

ミノトの目の前で倒れていたゲンジがゆっくりと起き上がる。

 

「……は?」

突然 血の海の中からベットから目覚めるかのように起き上がってきた事で先程まで余裕の笑みを浮かべていたマルバの顔からは呆気ない声と共に笑顔が消えた。ミノトの胸を揉みしだく手が止まると、顔から汗が流れ出始める。

 

「お…おいおい。お前…死んだんじゃなかったのか…?」

 

恐る恐る立ち上がるゲンジに尋ねる。すると、立ち上がったゲンジが自身に向けて歩いてきた。

 

「テメェ!!何勝手に近づいてきたんだ!?コイツがどうなってもいいのか!?」

マルバは冷や汗を垂らしながらミノトの首元へとナイフを突きつける。だが、それでもゲンジは止まる様子を見せなかった。

 

「そ…そうかよ…!!そこまでして欲しいなら…やってやるよぉぉぉ!!!」

マルバの目が大きく見開くとナイフが振り上げられ、ミノトの首元へと向かっていった。

 

その時 ゲンジの手が一瞬で間へと入り、向かってくるナイフはゲンジの広がられた手の平から内部へと深々と突き刺さった。

 

それと同時にゲンジは広げていた手を握りナイフごと、マルバの指を包み込んだ。

 

そして、その握力は限界まで引き上げられ、マルバの右手にある5本の指が____

 

 

___全て握りつぶされた。

 

 

「お…おい俺の…俺の指が…!?」

指が歪な形へとなったことによりパニックと共に精神が乱れ始める。目の前にある右腕の指は1箇所に握りまとめられ、肉の塊となっていた。その握りつぶされて肉の塊となった指からは骨が露出し血が吹き出していた。

その直後に痛覚が壮絶な痛みを感知しマルバを襲う。

 

「うわぁぁぁ!!!俺の!!俺の指がぁぁぁ!!!!」

その強大な痛みにマルバは絶叫しながらミノトを離し、自身の腕を掴む。すると、抑えられていたミノトは地面へと落ちてしまう。

 

「ゲホ…ゲホ…」

少し咳を吐きながらもなんとか立ち上がろうとした。その時だ。ふと、自身の目の前に全身に血を浴びた人影があった。

自身の前に立つ影をミノトは見上げると目を大きく開く。

 

「ゲン…ジ…?」

そこには先程まで倒れていたゲンジが立っていた。全身に血を被っていた彼の目には先程失われていた光が再び宿っており、青く輝いていた。

 

すると、青い瞳をミノトへと向けたゲンジはミノトを抱き締めた。

 

 

「ごめん…姉さん。助けるのが遅くなった。怖い思いをさせて…本当にごめん…」

そして、ゲンジはミノトに向けて謝罪の言葉を口にしながら力強く抱き締めた。ミノトはそれを否定し、抱き締め返す。

 

「謝るのは私です…私の所為でゲンジが重傷を…早くゼンチさんの元に!私も一緒に行きますから!」

そう言いミノトは今ある思いを全てゲンジへと訴えかける。だが、ゲンジは頷く事なく抱き締めたミノトを抱え上げた。

 

「…え?」

「分かってる。後から行くつもりだよ。それにこんな傷。狩りをしてれば当たり前につく」

そして、そのまま歩き出すと、ヒノエの元へと向かう。血を垂れ流しながらも平然と歩いてくるゲンジに恐れを抱いた2人は即座に道を開けた。

ヒノエの前に着くと、抱えていたミノトを下ろした。

 

「ヒノエ姉さん。ミノト姉さんを頼むよ」

「え…えぇ。分かりました」

ヒノエは帯を締め、装甲を纏う。それを見届けたゲンジは頷くと再びマルバ達の方向へと目を向けようとした。

 

「…!!」

その動作からミノトとヒノエは何かを感じ取り、ゲンジの肩を掴んだ。

 

「何をするつもりですか!?」

 

「あとの対処はゴコク様達に…!!」

人質はもういない。後は里の男達に任せれば丸く収まるだろう。だが、ゲンジはそれに対して頷くとも首を振る事もせず、2人にゆっくりと目を向けた。

 

「もぅ……抑えられないんだ…」

 

振り向いたゲンジは“泣いていた”

まるで、身体の奥底から吐き出そうとしている感情を抑え込もうとしても抑え込めず、その苦しみと悲しみを訴えるかのように。見ると血の色に染め上げられていた両手が震えていた。だが、涙が一滴も溢れていなかった。

 

「ゲンジ…貴方まさか…!!」

 

ヒノエはようやく理解してしまった。なぜ、ゲンジが止まる様子を見せないのか。そして何故手が震えているのか。だが、それを話そうとした口をゲンジは遮るように言葉を発する。

 

「ヒノエ姉さん。ミノト姉さん。フゲンさん、ゴコクさん、ウツシ、ハモンさん、イオリ、ヨモギ、それに里の皆。エスラ姉さんにシャーラ姉さん」

 

ゲンジは目の前に立っている自身の妻であるヒノエとミノト、そして、後ろに立ち、状況を確認しているフゲンやゴコク、ハモンやウツシ、イオリやヨモギ、里の皆、この場にいないエスラとシャーラへと向け心の底から満面な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「こんな俺を愛してくれて___

 

 

 

 

_______本当にありがとう!」

 

 

『『『…!!』』』

 

ヒノエに続き皆はようやく気が付いた。今向けられた言葉が僅かながらに残されていたゲンジの人間としての理性のある“最後の言葉”である事を。

 

皆へと笑顔を向けたゲンジは最後にヒノエとミノトに再び笑みを浮かべるとゆっくりとマルバ達へとハイライトが消え去った目を向けた。

 

「ゲンジやめろ!!やめるんだ!!!」

フゲンの言葉が響いたとしても、もう彼には届かない。

マルバ達へと振り向いたその瞬間から ゲンジの理性が完全に消え去ってしまった。

 

「ヒィ!?」

その顔を見たマルバの顔は恐怖に染まる。自身らに向けられたゲンジの顔は口が三日月のように吊り上がり、更に目元からは大量の毛細血管が湧き上がっていた。

その顔からは笑顔が消え去り怒りを通り越し、全てを無慈悲に解体する『狂喜』に満ち溢れていた。

 



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発狂する生命

人が心を壊す時 最も多い原因は自身が大切にしている人を傷つけられた時である。生涯を共に生きると決めた者同士は互いに堅固な信頼関係を築き愛を育む。

 

だが、片方が誰かに壊された時 残された片方は愛を断ち切られた怒りによって我を忘れると同時に理性を捨て原因を完全に滅するまで追い詰める狂人へと成り果てていく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「ひ…ヒィ!?」

マルバ達の前に立ったゲンジの顔は狂気に満ちていた。恐ろしく血走った目が自身らへと向けられた事により、マルバはあの日の恐怖を思い出して腰を抜かす。

 

だが、そのマルバをデンとレビは叱責した。

 

「おいマルバ!怖気付いてんじゃねぇ!俺達は鬼人薬を大量に飲んだんだ!3人いればこんなチビ楽勝だよ!!」

 

「それにこっちには武器で向かうは丸腰だ!」

 

その言葉に多少の安心感を得たマルバは頷くとゆっくりと立ち上がった。だが、今もなお右手から伝わってくる異様な痛覚によって身体が疲労していた。

 

対する不気味な笑みを浮かべているゲンジは首を左右に曲げ、骨を鳴らすと人差し指で誘う。

 

「来いよ。お望み通り勝負してやる…!!」

その声からはもう優しさや冷静さは失われていた。あるのはただ自身の大切な物を壊された事による『怒り』今まで蓄積された『憎悪』のみ。

 

「クソが…!!調子こいてんじゃねぇぞ!!!」

ゲンジの挑発に乗ったデンはナイフとアイスピックを手に掴み出すとゲンジに向けて駆け出す。

 

「死んじまえやチビ野郎ッ!!!」

鬼人薬によって強化された腕の筋肉を活用し、ナイフを振り回した。そのナイフは剥ぎ取りように扱われるものよりも多少は小型で殺傷能力も低いが、それでも十分凶器となり得る武器である。

 

そのナイフの振り回しをゲンジは避ける事はなかった。

 

 

___ゴルル…!!!

 

喉元から獣のような唸り声を上げると振り回されたナイフへと自ら駆け出す。

 

そして、自身へと迫ってくるナイフに向けて口を開けると、驚異的な顎の筋力によって刃を噛む形で止めた。

 

「う…うそ…だろ…?」

先程まで勢いによって何の不安も現れていなかったデンの顔は絶望に染まっていった。

鬼人薬を数本飲み干し、ドーピングを重ねた筋力による全力の振り回しが身体のたった一部である口によってアッサリと受け止められてしまったのだ。それと同時にゲンジの刃を噛み締める鋭い歯はそのまま刃を離すことなく、首を振り回しナイフを付け根からへし折った。

自身の獲物がまだあるにも関わらず、ナイフを折られた事によってデンは完全に闘争心を失い、その場に崩れ落ちた。

 

「何だ?もう終わりなのか?」

 

「ひ…ヒヒ…ヒィェ!?」

ゲンジは加えた刃を吐き捨てるとデンに向けて次々と歩いていく。その一歩一歩は正にモンスターと呼ぶにふさわしい程の威圧感を放っていき、それに腰を抜かしたデンは威勢を喪失し汗を流しながらゆっくりと下がっていった。

 

「もっと楽しませてくれよ?」

 

その時だ。

 

「コッチを忘れたんじゃねぇぞクソがぁぁぁ!!!」

 

背後からレビが現れ雄叫びを上げながら棒を振り回してきた。その棒は先程からゲンジを痛めつけていた物とは別のものであり、鋼鉄を素材に作られていた。

 

もしもこれが頭蓋骨に当たれば流石のG級ハンターであるゲンジも致命傷になりかねない。

 

風を切りながら振り回された鋼鉄の棒がゲンジの側頭部へと迫る。

 

そんな死とせめぎ合いの瞬間 ゲンジは笑みを止めるどころか更に口角を釣り上げた。

 

「遅い…!!」

 

その一言が聞こえた直後、側頭部へと接近していた棒の直前に手の平が現れ向かってくる鋼鉄の棒を掴み止めた。

 

そして掴んだ棒を自身の方へと引いた。するとその棒を掴んでいたレビの身体が引き寄せられる。

 

「うわぁ!?」

ようやくレビは理解した。自身が“的”にみなされている事に。

 

そして理解した時にはもう遅かった。

 

「ゴフゥ…ッ!!!」

腹に丸太が抉り込むかのような感覚が広がると共に骨が壊れる音がする。

ゲンジの蹴り上げられた脚がレビの腹へと突き刺さり、肋を粉々に砕いたのだ。砕かれた骨が内臓へと突き刺さり、レビの口からは大量の血が噴き出された。

 

「いい音がなったなぁ〜!!アハハハハ!!」

 

血が滴る中、不気味な笑い声を腹の底から響かせるとゲンジはレビの身体を持ち上げると右拳を構えて、次々と顔面へと拳を打ち込んでいった。

 

「ハハハハ!!どうだ?おい!何とか答えろよ!なぁ!!」

 

狂気に満ちた笑みを浮かべながらゲンジの拳がレビの顔面へと突き刺さっていった。再び鼻の骨が折れ、口だけでなく鼻からも大量の血が流れ落ちてきた。

 

すると、ゲンジは拳を止めて顔を見る。

 

「……」

目からは光が消え去っており、力が抜けたかのように口内からは舌が垂れ下がっていた。

 

「なんだ?お〜い。もうお終いか〜?」

ゲンジは耳元に顔を近づけると呼び掛けるように次々と声を上げる。だが、レビが応える様子は無かった。

 

「何だ。つまんねぇな」

ゲンジは完全に意識を失ったレビの身体を地面へと叩きつけると蹴り飛ばした。

 

 

「な…なんて事すんだよお前……アイツがもし今ので死んだら…!!」

後方で見ていたマルバの溢した言葉にゲンジは振り向くと答えた。

 

「何を言ってるんだ?死んだら死んだらでいいじゃねぇか。どうせお前らも跡を追うんだし寂しくねぇだろ?」

 

『『『…!!』』』

 

その言葉に辺りにいる全員の背筋が氷の柱が立てられたかのように凍りつく。今の言葉の口調から完全に脅し……いや、脅しでは無い。完全なる宣言だ。ゲンジは確実に3人を殺そうとしていた。

極限まで恐怖を与えて。

 

「さてと…」

レビを戦闘不能へと追いやったゲンジの首が背後に尻餅をついたデンへと向けられる。

 

「まだ残ってたな。どうした?さっきはあんなに生き生きしてたじゃねぇか。もっと楽しもうや…!!」

再び笑みを浮かべながらゲンジは次々と後ろに下がっていくデンへ脚を進めていく。

 

「ヒィ!?く…来るなぁ!!!」

その歩みが一歩一歩と踏み進められる度にデンの顔は絶望に染まっていった。戦意を喪失してしまってはたとえ鬼人薬を大量に摂取したとしても使い物にならない。

 

そして 自身を恐れながら腰を抜かし恐怖に怯えるその様をゲンジは “楽しんでいた”

 

「ハハ…ハハハハ!!さっきまで調子付いてたっつぅのにその慌て様は面白ぇな!!」

 

そして、ゲンジの追い詰める脚が止まると、突然駆け出した。

 

「オラァッ!!!」

駆け出したゲンジは一瞬で尻餅をついたデンに追いつくと、脚を顎に目掛けて振り回した。

 

「ガァッ!!??」

振り回された脚は先程の鉄の棒よりも速い速度で顎に撃ち込まれ、デンの身体を吹き飛ばした。その際に再び骨が砕かれる音が響く。

そして、蹴り飛ばされたデンは先程のゲンジと同じように地面を転がりながらうつ伏せに倒れた。

 

「あ…あぅ…!!あぅあぅ…!!!」

言葉が上手く発することができない。いや、喋る事ができない。

 

即ち

 

_____顎の骨が粉々に粉砕されてしまったのだ。

 

もう彼は言葉を紡ぐ事が生涯不可能となってしまった。この先、一生彼が言葉を通じてコミュニケーションを取る事はないだろう。

 

 

「お前らがもうここに手を出せないようにするためにいいアイデアを思いついたんだよ。ま、殺すから意味ねぇけどな」

今も尚顎を抑えるデンの背後からゲンジは近寄るとアイスピックを拾い上げ、デンのアキレス腱へと切先を向けた。

 

「あ…あぁああ!!あぅああゔあ!!!!」

何をする気なのか。咄嗟に理解したデンは涙を垂れ流しながら懇願する。だが、顎の骨を砕かれているためか、必死に訴えても言葉にはならなかった。

 

「何言ってるんだ?全然分からねぇ…よッ!!!」

その言葉と共に右脚のアキレス腱へとアイスピックが突き刺さり、ゲンジはその突き刺したピックを右へと強引に動かした。

 

「ヴァアァアアアァアア!!!!」

デンの叫び声が響き渡る。アキレス腱からは大量の血が流れると同時に筋が少し漏れ出そうとしていた。

 

これでデンは一生 片脚としての生活を余儀なくされるだろう。

 

 

______生きていればの話だが。

 

 

そしてゲンジの目が遂に今まで恐怖に縛られて動けなくなっていたマルバに向けられた。

 

「取り敢えずこれで逃げられねぇだろ。さて、最後はお前だぞ?折角メインディッシュにしてやったんだ。キッチリと抵抗してくれよ」

 

「あ…ああ…あ…!!!」

だが、もう見るに耐えない程までマルバの身体は震え上がっていた。持っていたハンターナイフも切先まで震えていた。

 

ゲンジの脚がゆっくりと近づいてくる度にマルバは震えながら一歩一歩と後ずさろうとする。

いや、震える理由はそれだけではない。ゲンジからの『怒り』『恐怖』を感じる事に加えてゲンジの右眼が次々と血の色へと変色していったのだ。

 

ゲンジが歩み寄る度にその侵食は進んでいった。

 

「どうしたマルバ?もっと顔を見せてくれよ。ハハハハ!余裕から絶望のドン底に突き落とされたその表情……

 

 

 

 

____最高に良い気分だぁ…!!!」

 

その言葉と同時に辺りにいる皆は絶句してしまった。ゲンジの左目がドス黒い血の色へと染め上がっていたのだ。

 

その瞬間 ゲンジの身体が消える。

 

「ウギァァァァァァア!!!」

その直後 マルバの悲鳴と共に骨が砕け散る音が響き渡った。一瞬でマルバの背後へと移動したゲンジが手刀をマルバの左の腕と肩の付け根へと振り下ろしたのだ。

振り下ろされたれたゲンジの手刀はマルバの肩の骨を破壊し、そこから更に抉り込み、結果として打ち込まれた肩に巨大な溝を形成してしまったのだ。

 

「ぁあああああ!!!痛い!!いたぁいよぉぉおおお!!!!」

襲いかかってくる感じた事もない痛みにマルバは絶叫し、地面を這いずり回る。

 

 

だが、それでもゲンジは笑顔を絶やす事なく楽しむかのように見つめると脚を振り上げ、のたうち回るマルバの背中へと振り下ろす。

 

「ガァ!!」

 

背中へと振り下ろされた脚は釘のようにマルバの身体をその地点に固定して、逃げる術を無くした。

そんな中 マルバを押さえたゲンジは踏みしめる右足とは別に左足をマルバの左肩へと乗せた。

 

「確かこっちだよな?ミノト姉さんに触った手は」

ゲンジは確かめるかのようにつま先で肩を突つくそこは先程、手刀を入れた事によって歪んだ肩であった。

 

ようやく気づいたマルバはうつ伏せに倒れながら恐怖に震える瞳をゲンジへと向けて懇願した。

 

「や…やめろ!!そこだけはやめてください!!!お願いです…!!お願いします!!!」

 

だが、その震えながらの懇願が憎しみと狂気に支配されたゲンジを紅潮させる。

 

「そうか。なら…良かったよ」

 

ゲンジの狂気に満ちた笑みに見下ろされると同時に肩へと置かれた脚がゆっくりと振り上げられた。

 

そして

 

「ヴァアァアアアァアアアァアァアァア!!!!!」

マルバの絶叫が辺りへと響き渡ると同時に肩と腕を繋ぐ骨が粉々に砕け散った。

 

右手は指だけが肉塊にされ、左は肩から骨を粉々に砕かれた。これで彼はもう仰向けに倒れた時 起き上がる事はできないだろう。

 

「痛い!!痛いよぉ!!おとうさぁぁぁん!!!助けてぇ!!殺される!!たずげ!!たずけでよぉおおお!!!」

 

「ハハハハ!!良い声で鳴くじゃねぇか!!」

 

遂にマルバは涙を流しながらハンターである父親の名前を叫び始める。生きる事への執着のあまり、精神が逆行してしまったのだ。届くことのない叫びを次々と上げていく中、ゲンジは今度は手へと目を向ける。

 

「肩だけじゃ何だか物足りねぇ。やっぱり手も砕くか」

「…は!?」

ゲンジは肩から今度は手に脚を乗せた。マルバは必死に起きあがろうとするが、肩を砕かれた事で動く度に激痛が走る。

 

「やめろ!!お願いダァ!手を砕かれたらどうやって俺は___ゔぁぁぁぁぉあ!!!!!!」

 

ゲンジはマルバの声に耳を傾ける事なく、手の甲へと脚を振り下ろし、手の骨を粉砕した。再び骨が破壊される音が響き渡ると同時にマルバの悲鳴が響き渡った。

左右の指の骨が粉々に砕け散った事でもう、マルバの手は機能としては役に立たず、物を掴む事も持つ事もできない。

 

「いいねぇ。まだそんなに元気があるとは感心感心」

 

ゲンジはその様子を楽しんでいるかのように絶やさず笑みを浮かべながらマルバが落としたナイフを拾う。

 

「前にお前が聞いてたな。何でこんな事をされなきゃならないのか。今回は簡単に三つに分けてお前に教えてやるよ」

ナイフの刃を指でなぞり取るとゲンジは持ち手を変え刃を向けた。

 

「一つ。俺の忠告を聞かずにまた現れた事」

 

「ゔぁあぁ!!!」

その言葉と共にマルバの右足の膝から下が切断された。切断面からは大量の血が流れ落ち、次々と辺りを浸していった。

 

「二つ。調子に乗りすぎた事」

 

「ギャァァァァ!!!」

その言葉と共にマルバの脚の切断面を踏み潰した。傷口が踏み潰された事で更に感覚神経が痛みを感知し、身体へと苦痛を与えていった。

 

「そして三つ…!!」

 

ゲンジの片方の手がマルバの髪の毛を鷲掴みすると、無理やり頭頂部を自身の黒色に染まった右眼へと寄せた。

 

「ヒぃ…!!」

 

マルバの目の前に広がるのは底なしの黒。その目からは自身への怨念が精密に感じ取られ、心臓を掴まれる感覚に陥っていく。

次々と精神が蝕まれていく中 ゲンジは怒りと狂気が混じった笑みを向けながら三つ目を口にした。

 

 

「俺の大事なヒノエとミノトに手を出した事だ…ッ!!!!!」

 

その言葉共にゲンジのナイフを持つ手が振り上げられた。その一連の動作には迷いが何一つ感じられる事は無かった。

 

「安心しろ。お前が死んだ後。倒れてる奴らにも跡を追わせるからよ…!!!」

 

それを見ていた里の皆はざわめき出す。

 

「お…おい不味いぞ!!!」

「ゲンさん完全に殺すつもりだ…!!!」

この世界では殺人はとても罪が重い。最低でも禁錮刑に処される程の重罪だ。最悪の場合、ハンターの資格を剥奪される。それを知っていた里の皆はゲンジへと止まるように叫んだ。

 

「ゲンジやめろぉぉぉ!!!」

 

「殺すのはやりすぎじゃ!!!!」

フゲンとゴコクも叫び、ゲンジへと呼び掛ける。だが、もうゲンジの耳には誰の声も届く事はなかった。理性は一欠片も存在しない。あるのはただ一つ。

 

“大切な妻を傷つけたこの3人を恐怖で支配し苦しみを与えながら殺す事”

 

もうハンターなどどうでも良かった。

 

 

 

そして 振り上げられたナイフの刃が首へと向けられ、太陽の光が付け根から切先へと反射した。

 

 

 

「やめてぇぇええええ!!!!」

 

ヒノエの叫び声が響き渡るも、ゲンジの手は止まらない。

 

 

 

 

 

 

その時だ。

 

 

________「……ぅ!?」

 

突然 マルバの首へと刃を斬り込もうとするゲンジの動作が静止した。まるで一時的に時が止まったかのように。

 

 

「な…何が起こったんだ…?」

 

「さ…さぁ…」

辺りでざわめいていた里の皆は一瞬にして静かになっていく。すると、ゲンジの手からナイフが地面へと零れ落ちると同時にマルバの髪の毛を掴んでいた手が離されその身体がゆっくりと横に倒れた。

 

「倒れた……?」

 

「いや、見ろ。眠ってるぞ」

 

そんな中 

フゲンはゲンジの背中にあるものが見えた。目を凝らしながらよく見るとゲンジの背中には一本の桜色の注射器のような弾丸が刺さっていた。

 

「あれは…麻酔弾!?まさかハモンか!?」

 

「いや…儂ではない。別のやつだろう」

ゲンジの身体に刺さっていたのは体力が限界まで減ったモンスターを捕らえる時の為に扱われる麻酔弾だ。全身の感覚を麻痺させると同時に一時的に眠らせるアイテムである。

ハモンでなければ一体誰が撃ち込んだのだろうか。

 

すると

 

「ふぅ…何とか間に合ったか」

 

人混みを掻き分け、1人の女ハンターがゲンジ達の倒れている場所へと出てきた。

 

「な…!エスラ!?」

 

「すまないフゲン殿に皆。遅くなってしまった」

 

 

 

そこに立っていたのは煙が吹き出すライトボウガンを背負うエスラだった。

 



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終わらない恨み

「すまないな皆。遅くなってしまった」

 

「義姉さん!?」

ゲンジへと麻酔弾を放ち眠らせたのはエスラだったのだ。それに続きシャーラも現れるとゲンジに駆け寄った。

 

「一体なぜここに!?」

ヒノエはどうしてここにいるのか尋ねた。

 

「修練場で訓練をしていたら叫び声が聞こえてね。訓練を中止して急いで戻ってきたのだよ」

 

「そうだったのですね…よかったです…」

エスラはマルバの非常に巨大な叫び声が聞こえた故に走って向かってきたのだ。もしも、あと一歩 遅ければゲンジは殺人者となっていただろう。

 

一方で、麻酔が打たれた事によってゲンジからは先程の狂気が消え失せ、いつものように穏やかな雰囲気を取り戻しながら眠っていた。だが、それでもデンのアイスピックによって大量の穴が開けられており出血が止まらなかった。

だが、エスラは辺りに広がる血液の量に驚いてしまう。

 

「何だこの血の量は…!?医療班!誰が頼む!このままではゲンジが出血死してしまう!」

 

エスラの呼びかけに辺りにいる人達はすぐに正気に戻ると担架を持ち駆け寄るとゲンジの腕や背中に包帯を巻き付け担架へと乗せた。

 

「コイツらはどうする…?」

1人の里の男がエスラや皆へと問う。目の前には顔から血を垂れ流し肋を粉砕されたレビ。顎を砕かれた上にアキレス腱を切られ、言語機能と補講機能を失ったデン。両手が肉塊となり、右脚が切断されたマルバ。彼らはゲンジに対して逆恨みで何度も激しい暴行を加えた上にミノトに接触、そして更にヒノエに恥辱を味合わせようとしていたのだ。彼らが助ける事を躊躇うのは無理もない。

 

それに対して医療専門であるアイルーのゼンチが前に出た。

 

「勿論コイツらも治療するニャ…。気が引けるが、それでも医者として怪我人は見過ごせないニャ」

本来ならば皆は異議の声を上げようとするが、ゼンチの言葉も納得できる。もしもここで見捨ててしまえばゼンチのプライドが許さない上に里も変なレッテルを貼り付けられてしまうだろう。

 

「頼むニャ。くれぐれも怪我は与えないでほしいニャ!」

ゼンチの言葉に頷いた里の者達はマルバ達も同じく担架へと乗せた。だが、命は繋ぎ止められたとしてももう普通の人としての生活は無理であろう。

 

4人が医務室へと運ばれていく中、フゲンとゴコクはエスラに対して頭を下げる。

 

「エスラ…すまない。もう少しでゲンジを罪人にしてしまうところだった…」

 

「気にしなくて良い。それよりも一体何があった?ゲンジがあんな状態になってしまったのは初めてだぞ?しかもあの男を殺そうとしていたな?」

 

「落ち着いてくれ。話は俺とゴコク殿が全て話す」

エスラは目を鋭くさせるとフゲンに事の経緯を尋ねる。すると、フゲンはゴコクと共に全てを話す。

あの3人がカムラの里で何をしでかしたのか、そして、ゲンジがなぜ、あれ程の勢いで3人を殺そうとしたのか。

そして…ゲンジの身に何があったのか。

 

全てを事細かく聞いたエスラの表情は次第に怒りに包まれていった。大事な弟を何度も何度も痛ぶった挙げ句の果てに自身の義理ながらも妹と呼べる存在である『ミノト』や『ヒノエ』に恥辱を味あわせようしていた。それがエスラの腑を煮えくり返していった。

 

「そうか。里で狼藉を働いただけでなくゲンジとミノトとヒノエにそんな事を……!!」

ライトボウガンを握る手の握力が高まり、エスラの額からは筋が湧き立つ。

 

「ゲンジが運ばれた場所は?」

 

「集会所の医務室だ。一応 あの3人からは距離を置いてある」

 

「その方がいいだろう」

エスラは頷く。仮にゲンジがもし目覚めた時に同じ空間内にマルバがいた事を視認すれば間違いなく先程の事がフラッシュバックし、殺しに掛かるだろう。

フゲンの判断は適切と言える。

 

その後、エスラはゲンジの容態をシャーラと共に確認しに共に集会所へと向かった。

ヒノエはミノトを落ち着かせるために自宅へと戻っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

数刻後、

エスラとシャーラはゲンジの命に別状がない事を確認し、自宅へと戻る。自宅にはすでにヒノエとミノトがいた。だが、ミノトの身体は震えており、ヒノエは震えるその身体を抱き締めていた。

 

「ミノトは大丈夫なのか?あのハンターから正確には何をされたのだ?」

 

「…実は」

ヒノエはエスラへとミノトがマルバに拘束されて、胸を揉まれ汚された事も話す。女性にとって好きでもない上に憎悪を向ける相手から身体を触られる事は精神が大きく傷付く行為であった。

故にミノトは少し、マルバに対してトラウマを持ってしまった。

 

「本当に下衆な者だ…反吐が出るよ。大丈夫かいミノト?安心しろ。今夜は私達が見張っていてやる」

エスラはミノトへと声を掛ける。だが、ミノトが身体を震わせている理由は他にもあった。

 

「ゲンジは…ゲンジは無事なんですか!?彼は…私の所為で…!!」

 

「…」

ミノトはずっと目の前でゲンジが暴行を加えられている光景を目に焼き付けられていた。それが今もなお脳内に深く根付いてしまっており、心を深く傷つけていた。

 

「大丈夫よ。ミノトの所為なんかじゃない。泣かないで」

涙を流すミノトをヒノエは優しく抱き締めた。それについてエスラはミノトへと現在のゲンジの容態を伝えた。

 

「今は眠っている。ゼンチによると命に別状はないから安心して良い。明日、私達と見舞いに行こう」

 

「…はい!」

 

ゲンジは治療中のために、ずっと側にはいられない。4人はゲンジが不在のままではあるが、そのまま就寝へと入った。エスラとシャーラはあの3人が抜け出して来ても対応できるように警戒しながら玄関に座り込んでいた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

やめろ…やめてくれ…!!

 

「ほらほらどうだ?気持ちいいだろ?」

 

「やめて…もうやめてください…!」

目の前に映るのはマルバによって胸を揉まれ、更に髪を嗅ぐわれているミノトの姿だった。ゲンジは眉間に皺を寄せると助けるべく駆け出す。だが、いくら向かっても距離を詰める事は叶わなかった。

マルバは焦る自身の様子を嘲笑いながら次々とミノトの身体に触れていく。

 

「ほぉら頑張れ頑張れ〜♪」

 

「ミノト姉さん!!クソ…なんで近づけねぇんだ!?」

 

その時、ミノトの涙が流れ悲しみに満ちた瞳が自身に向けられた。

 

 

「ゲンジ………

 

 

 

____“助けて”

 

 

 

その言葉と共に景色が暗闇に包まれていった。

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

「……」

 

目をゆっくりと開けると辺りは暗くなっていた。時刻は深夜であろう。外は暗闇に包まれており、いつも活気立つ里の民の声も鉄を打つ音もハンター達の賑わう声も聞こえない。

 

自身の手を見ると両手が包帯によってぐるぐる巻きにされていた。それは身体も同じだ。

何故か左目の景色だけが見えない。触ってみると包帯が巻かれていた。

 

 

だが、ゲンジにとってそんな事はどうでもよかった。脳内に浮かび上がるのは夢で見たマルバの醜悪に満ちた表情。マルバを確実に壊せと頭の中で声が響いてくる。

 

「スンスン…」

鼻で何かの臭いを嗅ぐ。血の匂いが何度も通った事のある鼻の中に微かに入って来たのは自身を激怒させたあの男の汚れた血と体臭の匂い。

 

それと同時に耳を研ぎ澄ませた。音という空気の振動を正確に感じ取るために。

 

そんな中 ゲンジは何者かの声を感じ取ると目を血走らせ、口を三日月のように吊りあがらせた。そしてその表情は昼間、マルバ達へと向けていたものと同一であった。それと同時に身体中から昼間の狂気に満ちたオーラが溢れ出た。

 

「マールーバー。ど〜こかな〜♪」

 

細いながらも筋肉が発達した腕が唸り出す。理性を失った悪魔による惨劇が再び起ころうとしていた。

 

 

 



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近づく恐怖

集会所の裏に位置するハンターの治療所兼寝室。一つのテントの中に最低でも一つのパーティである4人が寝かせる事が可能であり、テントの中にベッドが四つ用意されていた。前まではこんな治療場は無かったが、ヒノエやミノトへと告白したその数週間後にゲンジの指示の元、用意されたのだ。現在はそれが約3セット用意されていた。

作りもまた頑丈であり、嵐の中でも吹き飛ばされる事はなかった。

 

 

ゲンジが眠る集会所の治療所から少し距離のあるその治療場にて、全身に包帯を巻かれていたマルバは目を震わせていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

荒い呼吸をしながらただ願っていた。早くこの里から出たい。家に帰りたい。頭の中に浮かび上がるのは『恐怖』『恐怖』『恐怖』

 

「(怖い…!怖いよ父さん…!!助けて…!助けて…!!)」

脳内にはゲンジの不気味な笑みが焼き付けられ、頭から離れる事がなかった。それによって元から持ち合わせていた喜怒哀楽という感情は全て『恐れ』に置き換えられていた。

自身以外の2人は話し相手にもなれない程まで追い詰められており、見るだけでも恐怖心が溢れ出て来てしまう。デンは顎を砕かれ先程から泣き喚いており、レビは何とか一命を取り留めたものの、ショックのあまり声が出なくなっていた。

 

精神を少しでも安定させる方法が自身を勘当した父親を頭に思い浮かべながら懇願する事。または目を瞑り睡眠を取る事のこの二つだけであった。

 

故に

ただ願った。父親が早く自身を受け取りに来る事を。

 

「食事だニャ〜」

 

「ヒィ!?」

突然と聞こえた声に身を強張らせてしまう。だが、入って来たのはゲンジの腹部までの大きさのアイルーであった。

 

「何怖がってるニャ?ほら、口開けろニャ。毒は入ってないから安心しろニャ」

名医アイルー『ゼンチ』。カムラの里だけでなく、この地域の中でも名を馳せる名医であり、アイルーという三本指であるにも関わらずその手先は器用で内科だけでなく外科も務める。だが、外科は自身の手でやるのは危険と判断しており、弟子の医者に指示を出す形で行なっている。

 

ゼンチはフゲンから3人の治療を任されていたのだ。手には栄養バランスが考えられた具が入っているおにぎりが3つ置かれていた。

 

「ほら、さっさと食べろニャ。食べニャいと助かりたくても助からないニャ!」

ゼンチはすぐ側までよるとおにぎりを差し出す。マルバは両手がもう使えないために必然的に食べさせられる形となった。

 

「は…はい…」

もう高圧な口も叩けない。素直に従うほどまで萎縮してしまったマルバは口を開けながら食事を取った。

 

柔らかく、美味であったが、それでも心が癒される事は無かった。

 

因みに同室内で顎を砕かれたデンは固形食が食べられなくなってしまった事でお粥を食しており、レビは辛うじて自身と同じ食事を手を使いながら食べていた。

 

その光景を見て、食べさせられる事が恥ずかしく見えると共に自分で食べられる様子が羨ましく思えてしまった。

 

「お終いニャ。とっとと寝ろニャ。明日、お前の父親が来ると連絡が来たからニャ」

食事を終えた事を確認したゼンチは食器を全て片付けていき、包帯を再び巻き直した。

 

もう自身で食事を取ることもできない。歩く事もできない。無闇に遠くに一人で行く事もできない。

ゲンジの妻であるミノトに手を出した事で自身の自由が一瞬にして奪われてしまったのだ。

 

 

「(明日…早く明日になってくれ…!!)」

 

少しでも早く。1秒でも早く夜明けが訪れる事を心に願いながらマルバは眠りについた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

その晩

 

 

「……んん」

 

突然と寝苦しくなり目が覚めてしまった。辺りはまだ暗く、物音一つ聞こえない。時刻は深夜といったところだろうか。辺りを見るとデンとレビはぐっすりと眠りについていた。

 

なぜ、こんな時間帯に起きてしまったのか分からない。だが、寝返りをうっても眠くなる事はなかった。

 

「(ちくしょう…なんでこんな時に起きちまうんだよ…!!)」

物音一つ立つ事がないその沈黙した雰囲気は自身にとっては少し不気味であった。

 

何度も何度も寝返りを打ち、夜が明る事を待つ。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

ザッザッザッ

 

何か物音が聞こえた。カムラの里の地面と草履の擦れる音が聞こえてくる。

 

「(なんだ?包帯の取り替えか?)」

 

このテントに来てからここに来るのはアイルーのゼンチのみ。故にアイルーのゼンチが再び包帯を取り替えるために来ていると思いながら眠りについた。

 

 

「マ〜ル〜バ〜。ど〜こかな〜♪」

 

 

 

 

 

「…!!!!」

 

聞こえた軽快な少年のような声。愉快な口調。それが聞こえた瞬間に頭の中が恐怖で埋め尽くされた。

全身という全身から冷たい汗が流れ始め、震え始める。

 

 

「(あ…アイツだ…!!)」

聞こえた声は正しく、自身の恐怖そのものである『ゲンジ』だった。足音が近づく度にその声は段々と近づいてくる。

 

布団を全身に被り、辛うじて動く膝で布団の裾を押さえながら蹲る。

 

「ど〜こな〜んだ〜い?さっきからミノトに手を出すのはやめてくれよ〜」

 

その声は遂にテントの入り口まで聞こえて来た。

 

「…!」

来ないで。来ないで。頼むから通り過ぎて。どうかこのテントだけは見逃してください。

 

恐怖によって身が震え上がり、涙が溢れ出てくる。ドアもない作りなのでテントに向かってくる音が繊細に伝わってくる。

 

「昼間の続きしようよ〜♪」

 

確実に自身を殺そうとしている。確信はないが、ゲンジは明らかに凶器を手に持ち迫って来ている。

 

 

「(怖い!!怖いよ!!誰か助けて…!お願いします!!誰でもいいから…!!神様頼む!!もういい子になるから!ちゃんと里の皆にも謝るから!!)」

存在しない神にただ願うことしかできなかった。自身の望みを受け入れてくれるのか。

 

だが、そんな奇跡は起きる事はない。

 

 

「う〜ん。人の寝息が聞こえるな〜♪」

 

「…!!」

 

気づかれた。いや、自身の声ではない。デンとレビの寝息によって場所を感知されたのだ。すると、足音が更に近づき、遂にはテントの目の前まで聞こえて来た。

 

 

「こ〜こかな〜?」

 

 

その声は入り口から聞こえると同時に中へと入ってくる。声を押し殺し、必死に願った。

早く出ていってくれ。頼む。お願いだ。

 

マルバの頭の中からはデンとレビの存在は消え去り、自身だけでも助けろという生への欲求で埋め尽くされていた。

遂にその足音が自身の眠るベッドの側まで聞こえてくる。

 

「(すぐそこにいる…!?)」

少しでも物音を立てれば確実に気づかれる。故に息を最小限に止め、身体を硬直させた。

 

 

「う〜ん。変だな。音がしたと思ったら聞こえなくなった。別のテントなのかな〜」

 

すぐ側から辺りを見回している。もしも布団の中を確認されるような事があればもうお終いだ。マルバの汗は次第に量が増していった。

 

 

すると

 

「はぁ…。いないならしょうがない。戻って寝るか」

 

ザッザッザッザッ…

 

 

段々と消えていく足音。その足音が自身を不安から解き放ち、安堵の息を吐かせてくれた。

 

「は…ハハ…」

笑みが溢れてしまう。ここまで緊張した自身が馬鹿らしく思えてしまった。

 

ようやく安心して寝られる。そう思いながら汗と緊張感で充満した空間を換気するべく布団から顔を外に出す。

 

 

 

そこには満面な笑みを浮かべながら自身を見つめるゲンジの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____み〜つけた♪

 

 

 



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おそろしの夜

「み〜つけた♪」

 

目が合った瞬間 その存在は口角を釣り上げながら自身に向けて満面の笑みを浮かべていた。それは自身の頭の中に根付いたトラウマを再び引き起こさせる起爆剤となった。

 

「ぁあぁあァアァアァアああ!!!!!!」

腹の底から絶叫しマルバの身体は後ろへと下がる。すると、その様子を見ていたゲンジは不気味な笑い声をあげた。

 

「はははは!!!いいね。顔が合っただけでその慌て様!」

すると、ゲンジは懐から何かを取り出す。それは月明かりに照らされて鮮明なものとなってきた。

 

“ナイフ”だ。ハンターが剥ぎ取りによく扱う切れ味が突出している部類のものである。

 

「さぁ〜さぁ〜。昼間の続きをしようか♪」

 

不気味な笑みを浮かべたゲンジはゆっくりと脚を進ませてくる。それに対して死への恐怖感からマルバは行き止まりがあるにも関わらず必死に片脚で後ろへと下がっていった。

 

「いや!!来るな来るなぁ!!!なんでここまでするんだよぉお!!俺から手も脚も奪いやがって!!いい加減にしろよぉお!!!」

自身はもう十分に苦しんだ。手を握りつぶされた上に骨を砕かれ、物を掴む事も持つ事も叶わなくなり、松葉杖を扱わなければ歩くことさえもできない。もう自分は殺されたも同然だ。なのになぜ、コイツはここまでする?なぜここまで自分を追い詰めてくる?

マルバは必死に問う。少しでも生きながらえる為に。

 

 

すると 突然 ゲンジの歩み寄る脚が止まった。

 

 

ピタン

 

 

 

水滴の落ちる音がする。見るとゲンジの目からは大量の涙が流れ出ていた。狂気の笑みを浮かべていながらもその涙は巨大な悲しみを抱いているようだった。

 

「お前がミノト姉さんに手を出す夢を見たんだよ。気持ち悪い笑い顔を浮かべながらミノト姉さんの身体を触りまくっててよ。本当に昼間のお前にそっくりで腹が立っちまった。

そこで俺は考えたのさ。お前を殺せばその夢を見なずに済む。二度とお前は里に現れない。今回のような事は二度と起きない。一石二鳥じゃねぇか♪」

 

いつものような端的な口調ではない。狂気によって口調にさえも影響を及ぼしていた。ゲンジは刃を指でなぞる。

 

「それに…お前だって俺から奪ってるじゃねぇか。大事な物を」

 

「な…何をだよ…!!」

自分はコイツから何も奪ってなどいない。何もだ。だから問う。なぜ、そんな根拠もない理由によって殺されなければならないのか。

 

「何をだって?」

 

____アハハハハハハ!!!!

 

 

ゲンジは身体を後ろに倒すように曲げながら笑い出す。甲高いその笑い声はテントの隙間から夜の里へと響き渡った。

 

「俺から里や皆を奪ったじゃねぇか。昼間、お前らが俺を怒らせた所為で里の皆は俺に嫌悪感を抱いただろ。笑いながら人を痛ぶる奴を家族だなんて迎えるか?迎えねぇよなぁぁ!!!

だから俺は決めたのさ。出て行く代わりに里に二度とお前らが現れないように…同じ悲劇が起こらねぇように苦しめて殺すと…!!!お前らが死んで俺も出ていって一件落着だよ!!最高じゃねぇかぁ!!」

 

涙を垂れ流しながらゲンジは狂気の笑い声を上げていく。即ちゲンジはマルバ達を殺した後にこの里を出て行くつもりでいるのだ。それはつまりヒノエやミノト、エスラやシャーラという自身の心の支えを置いて行くことになる。それを全て承知の上でゲンジはマルバ達を殺そうとしているのだ。

 

ゲンジの高笑いが止まると、顔を俯かせながらゆっくりと近づいてくる。

 

「分かるか?大好きな里を出て行かなきゃならねぇ苦しみが。分かるか?大切な奴がお前のようなゴミ野郎に弄ばれる夢を見るこの痛みが…」

 

その時 ゲンジの唸り出した右手に胸ぐらを掴み上げられ顔の至近距離まで持ち上げられる。

 

「この痛みが分かるのかぁぁぁ!!!!」

 

直面に向けられたその顔は涙でぐしゃぐしゃとなっていた。里の皆から抱かれる嫌悪感への恐れとヒノエやミノト、そしてエスラとシャーラと別れるその寂しさ。その不安を抱きながらもどうしても怒りが抑えられなかった。

巨大な不安と恐れを心の奥底で押し殺した結果、それは自我を蝕む程の凄まじい狂気へと変貌してしまった。

 

「あ…ああ…あ…」

怒りと憎悪。そして狂気の塊と化したゲンジを間近で見てしまった事でマルバの精神も遂に崩壊し始めて行く。

 

すると ゲンジはその恐れる表情を見ると再び悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「あの寝てる二人はどういう反応するのかなぁ〜?ぐっすり寝てるけど目が覚めたらバラバラにされた遺体があってその側で俺がいたとしたらどういう反応するのかなぁ〜?楽しみだなぁ!!」

 

その言葉と共にナイフが振り上げられる。その動作が昼間の惨劇を脳内に鮮明に再生されていき、マルバの精神を食い尽くしていった。

 

「やめて…!お願いだ…!もう来ないから!近づかないから!あの2人に謝るから…!!!もうやめて!!」

 

「いいよその表情♪もっと恐れ慄いてくれよ。その方が気持ちよく殺せる♪」

必死に懇願する。だが、ゲンジは止まる事はなかった。それどころか楽しむように更に笑顔が明るくなっていく。

 

「安心しろよミノト、ヒノエ。もうコイツがお前らに触れる事はなくなるから…」

 

「嫌だ!死ぬのは嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

死への恐怖感。そしてゲンジへの恐れ。その二つが掛け合わさりながら次々と迫り、精神を黒く塗り潰すように侵食していった。走馬灯を見る事もできない。目を瞑る事もできない。

マルバのゲンジへの恐れが最高点へと達した瞬間 ゲンジの手に握られたナイフが振り下ろされた。

 

「嫌だァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____ヒノエとの約束ですよゲンジ。

 

 

 



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許されざる罪

「…ひぃ……?」

死への恐怖に絶叫していたマルバはいつまで経ってもナイフが迫り来る様子が来ない為にゆっくりと目を開ける。

 

 

 

「____あれ…?」

ゲンジの震える声が響く。見ると自身に振り下ろされようとしていたナイフの動きが止まっていたのだ。

その原因がゲンジ自身にも分からなかった。更に、止まるだけではなかった。

 

「何で…震えてるんだ?」

身体が小刻みに震え始めていた。足元から手元まで。恐れているわけではない。動かそうとしている身体を何者かが拘束しているかのようだった。

 

いや、何者でもない。止めていたのは自分自身であった。僅かながらに残った自我がヒノエとの約束の記憶を再び呼び起こした。

 

『一人で背負い込まず私達を頼ってくださいね』

その言葉が頭の中で再生された事で自身の中で迷いが生じ身体は停止してしまったのだ。

 

 

その時 外から銃声が響き渡った。

 

「…!?」

その音と共に背中に何かが突き刺さる。それと同時にマルバを掴む腕の力が抜け、掴み上げられていたマルバの身体はベッドに落とされる。ナイフを握る手の力も抜けてしまいナイフは音を立てながら地面に落下していった。

 

「全く。世話の焼ける弟だ」

突然と声が聞こえ、その方向へと目を向けると、そこにはライトボウガンを構えたエスラが立っていた。銃口からは煙が出ており、空となったカラの実がこぼれ落ちる。

 

「身体が…」

ゲンジは全身が縛られているかのような感覚に襲われた。身体を動かそうにも動けず、身体が地面に崩れ落ちてしまう。

 

「なにを…した…!?」

 

「痺れ弾だ。まぁ安心しろ。しばらくしたら動けるようになるさ。それよりも先程の話は全て聞かせてもらったぞ。随分と馬鹿げた選択をしたものだな」

そう言いエスラは怒りを混じらせた表情を痺れるゲンジに向ける。

 

「2人にしっかり説教してもらうといい。さぁ、頼むよ」

エスラの声に外からヒノエとミノトが現れ中へと入ってきた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…!?」

2人の顔を見た瞬間 先程までのマルバへの殺意。そして脳内を縛り付けていた狂気が消失してしまう。

いつも笑顔であるヒノエの顔からは笑顔が消え去っており、ミノトと共に鋭い目を自身に向けながら歩いてきた。

 

「うぅ!?」

2人は一言も喋らず、ゲンジの肩を無理やり持ち上げる。その持ち方はやや乱暴であった。二人は持ち上げたゲンジへと鋭い目線を左右から向けていた。

 

「2人はゲンジを寝室へ。私は後処理をしておくよ」

 

「分かりました」

いつもより低い声でヒノエは頷くと、ミノトと共に痺れて動けなくなってしまったゲンジを引っ張りながらテントの外へと出ていった。

 

 

「た……たすか……った…」

恐怖が去っていったことにより、マルバの全身から力が抜けて、全身が布団へと沈み込んだ。

 

「大丈夫かい?」

そう言いエスラは布団を持つとマルバに向けてかけ直す。シワクチャとなってしまった布団を撫でていき、元のフカフカな感触へと戻す。

 

「いやぁ、大事な睡眠時間を邪魔してしまって悪かったね。怪我はないかい?」

 

「は…はい…」

 

「そうかそうか。それは良かった」

マルバが無事であることを確認するとエスラは笑みを浮かべながら頷いた。そして、エスラは辺りに血痕、バラバラになった器具がないか確認すると、首を回す。

 

「よし。これでもう大丈夫だな」

その様子から、マルバは少しだけが気分が軽くなった。自身に優しく接してきてくれる人が現れたことで、先程の恐怖感が薄れていき、心も軽くなっていった。

 

「あ、そうだ。忘れていた」

 

「なんだ?………え!?」

 

その瞬間 マルバの目が大きく開かれ、瞳が激しく揺れると共に心が再び恐怖に包まれた。その理由は簡単だ。先程まで優しく接していたエスラが

 

____自身の眉間にライトボウガンの銃口を押し付けていたからだ。

 

 

「君がした事は全てフゲン殿やヒノエ達から聞いたぞ。里が困っている状況下で愚行を働いた上にハンターの信用を奪い去る。そしてそれを自身の力で取り戻したゲンジへ逆恨みし、あれ程の傷を負わせた上に更にその妻にまで手を出す。

呆れた物だ。全ハンターに泥を塗るような真似をしただけでなく尻拭いをした相手に敵意を抱くとはな。

あそこまでされれば殺したい程の恨みを抱くのも無理はない。

それに対してゲンジの行動も愚かだ。一番無防備となる寝込みを襲うとは人のする事ではない。その上、脚や腕も奪うとはビックリしたよ」

 

そう言いエスラはマルバの指が失われた腕に加えて切り落とされた片脚へと目を向ける。彼女も自身と同じ気持ちなのだ。同情を向けられていると感じたマルバは恐怖の中から希望を見出そうとするが、銃口を向けられていることが理解できなかった。

 

そんな中 エスラは続けた。

 

「だが、ハッキリと言わせてもらうぞ。ゲンジの行動は人間的感情論とこれまでの君が犯してきた行動から言えば決して間違っていない。寧ろ『普通』だ。私もアイツと同じ立場なら間違いなくそうしていたさ。こうやって君の四肢を順番に狙いながら雷撃弾や火炎弾で撃ち抜いていってね」

 

そう言いながらエスラは銃口をマルバの失った脚や腕に向けていく。その動作に微塵の迷いもなかった。

 

「そして最後は眉間に向けて貫通弾をパンッだ」

 

「ひぃ!?」

その一言と共に再びエスラの銃口が額へと押し付けられた。この至近距離で弾丸を眉間に放たれれば、確実に死ぬ。死への恐怖が再び舞い戻ってきた事でマルバの額から汗が流れ出る。

 

「まぁ安心したまえ。現場を見ていない私からすれば、君に恨みを抱く事もないが、同情することもない。だが、これだけは覚えておくといい。先程のゲンジの行動はこの里の皆が君に対して思っている事だ」

 

そう言い終えるとエスラは引き金から手を離し、マルバの額に当てていたライトボウガンをゆっくりと引き離す。

 

「そしてゲンジがいなくなったとしても、この寝静まった夜中に、いつ他の誰かが君達を殺しに来てもおかしくない。それ程の罪を君は犯した」

 

その言葉はマルバの壊れかけていた精神を完全崩壊へと導く起爆剤となった。

マルバはようやく理解したのだ。自身らが行った罪の重さを。そして、この静かな暗い夜の中で、いつ他の者が先程のように突然と現れ、殺しに掛かってきてもおかしくないと。

 

「精々 警戒しながら眠りにつくといい」

そう言いエスラはマルバへと背を向ける。

 

「ま…待って!!」

マルバは指が失われた右手をエスラへと伸ばしていくが、エスラの背中は段々とテントの外へと出てしまった。

 

「ではな。良い夢を」

 

それだけ言い残しエスラの姿は見えなくなった。自身は恐怖が渦巻く暗いテントの中に仲間と共に取り残されてしまった。

 

数少ない精神を安定させる方法が命に関わる行動となる事を認識してしまった故にマルバは目を閉じることができなくなってしまった。

 

 

その晩 マルバは殺されることへの恐怖により全身と脳内を全て支配され、翌日まで一睡もする事が出来なかった。

 

 



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ヒノエの怒り

ヒノエとミノトに連れられたゲンジは集会所の医務室へと連れられた。特にヒノエは自身を引くその力は強く、止まろうとすれば無理にでも進まされる。木造の床をヒノエの力強い足音が響き渡った。

 

「着きましたよ」

「あぁ…ん!?」

扉を開け集会所の医務室へと着く。その瞬間ヒノエはゲンジの身体をベッドの上に無理やり座らせた。

 

「姉様!あまり乱暴は!」

「黙りなさいミノト」

咄嗟にミノトはヒノエを止めようとするが、ヒノエは止まる様子を見せず、鋭い目を向ける。いつもの笑顔が顔から消え失せ、怒りを表面へと現していた。

 

「ミノトを助けてくれた事…本当に感謝しております。ですが…!!」

 

その瞬間

 

 

__!!

 

何かを叩く音がその場に響き渡る。

見るとゲンジの頬がヒノエの手に叩かれていた。その力は強く、叩かれたゲンジの頬は衝撃と共に赤く腫れ上がってしまった。

 

「私はすごく悲しいです…」

 

そんな中 ヒノエは鋭い目を向けながらも震える声でゲンジに問う。

 

「…約束しましたよね?一人で背負いこまず私達を頼ってください…と」

その声は普段のヒノエから想像が付かないほど低いものだった。

 

ヒノエとの約束は数日前にしたばかりであった。ゲンジはその事を思い出し先程はナイフを振り下ろす手が止まってしまったのだ。

 

「…」

 

何も言い返す事が出来なかった。ただ無言を貫き、ヒノエからの報いを受けようとしていた。だが、ヒノエは手を上げることはなかった。

 

「なぜ約束を破ってまで一人で背負おうとするのですか?」

 

ヒノエの手がゲンジの肩を掴む。その力は凄まじく腕が食い込んでいった。ヒノエは琥珀色に輝く怒りの目を向けながら次々と問い詰めていった。

 

「先程の話をしているのですよ…?彼を殺めた後に里を出て行く…何故そのような事を思いついたのですか?」

 

「……」

ゲンジはただ無言を貫いていた。何も話さないその様子にヒノエの堪忍袋の尾がついに断ち切れた。

 

「____ゲンジッ!!!」

 

「!?」

部屋を揺るがす程の一喝。その怒声は鋭く響き渡り、ミノトは驚きのあまり身を震わせた。そして、その怒声に揺さぶられたゲンジは手を握り締めながらようやく口を開き話し始めた。

 

「…里の皆はあんな俺を見たら嫌いになるだろ…。アイツらが来たのは俺が原因だ…。だから決めた。アイツらが二度と姉さん達に…里に手出しできないようにするために殺して…里を出て行こうって…」

 

人を殺そうとした自身が里へ残った時の皆から向けられる目線を恐れ、ゲンジは全てを自身で背負い込もうとしたのだ。

 

里から出て行こうとした理由を聞いたヒノエは静かに問う。

 

「里を出てその後はどうするつもりだったのですか…?」

 

「近くの村で暮らしながら百竜夜行が起こった時は向かおうと考えていた。人を笑いながら痛ぶる奴を里の皆は家族だと思いたくねぇだろ…」

 

何度も何度も痛ぶり尽くし、そして脚を切断した上に骨を粉々に砕いてくる。それ程の所業を笑いながら行う人物に対して良い感情は浮かばないだろう。

ヒノエ自身も分からなくはない。だが、ヒノエはその行為ではなく、誰にも相談する事なく里を出て行く選択を取ってしまったことに対して激怒していた。

 

「そこまで思い立ってしまうほど…居心地が悪かったのですか?」

 

「違う!!」

ヒノエの問いにゲンジは即座に首を振り否定した。

 

「大好きだよ…だから許せなかったんだ…!里を…姉さん達を傷つけたあの3人が…!!」

ゲンジにとって里は第二の故郷である。自身を暖かく迎えてくれた里が心の底から大好きであった。居心地が悪いという事は決してない。

 

「…」

ゲンジの訴えを聞いたヒノエは身を乗り出しゲンジの両手を掴みだす。そしてそのままベッドへと押さえつけた。

 

「ぐぅ…!?」

その力はいつもよりも強い。傷を負った自身が跳ね除ける事ができるものではなかった。そんな中、ヒノエの顔がゆっくりと近づき悲しみに満ちた目が自身の目を覗き込み問いかけてきた。

 

 

 

「辛くは……なかったのですか?」

 

「…!!」

琥珀色の瞳と共に向けられたその言葉にゲンジは目を大きく開くと今まで腹の底に溜め込んでいた感情が少しずつ溢れ始めた。

 

覚悟はあった。だが、再び思い返すと自身にはとても耐え難い苦痛ばかりであった。里を出て行く事は即ち、故郷を捨てると共に自身の心の支えであるヒノエ達とも別れなければならない。そうなれば残されるのは長い長い孤独だけである。

 

「ぐ…ぐぅ…!!」

待ち受ける孤独感に恐れを抱き始め、目から涙が溢れ出てくる。涙腺から零れ落ちた涙は頬を伝いながらベッドの上へと落ちて行く。

 

「…」

その様子を見たヒノエはゲンジを押さえつけていた腕を離し、肩に手を掛けるとゆっくりと起き上がらせる。

 

「貴方は本当はどうしたかったのですか?彼らを殺め里を出ていきたかったのですか?」

 

「違う…俺は……俺は…!!」

ヒノエが見つめる中 涙を流しながらゲンジは自身の心の奥底に隠していた本心を吐き出した。

 

「俺は…ずっとここにいたい…出ていきたくない…!!」

溢れ出てくる涙は次第に増していく。その涙が流れ出る顔を覆うようにゲンジは右手で顔を覆った。

 

「けど…どうする事も出来なかった…ミノト姉さんが汚されて…アイツらを殺したい気持ちがどうしても抑え切れなかったんだよ…ッ!!」

 

「ゲンジ…」

その言葉を聞いたミノトは涙を流すゲンジを見つめた。

 

「…そうだったのですね。だからあれ程の酷な選択を…」

大切な人だからこそ、傷つけられた為に暴走を、殺意を抑える事ができなかった。全てを吐き出したゲンジに対してヒノエは頷く。

 

 

その時 ヒノエの目がゲンジを鋭く見据えた。それはまるでゲンジの答えを斬り捨てるかのように。

 

 

「ですが、貴方のその自己犠牲となる選択は無責任かつ無意味です。何一つ正しい事などありません」

 

 



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晴れて行く心

「貴方のその選択はただの無責任。何一つ正しい事などありません」

 

ヒノエの冷徹な言葉が自身に突き刺さり今までの行動への後悔の念が生まれてくる。

 

「……なら…俺はどうすれば良かっだんだよ…」

 

思い出すは目覚めた瞬間にマルバ達へと向かって行く自身の姿。起きた瞬間だけまだ微かだが理性は残っていた。あの時、自身はどんな選択をしていたら正しかったのか。

もう過去は変えられない。過去の自身の選択が間違ってしまったのならば、これから自身はどうすればいいのか。

 

里を出る?いや、それはもうできない。先程のヒノエの言葉により未来を鮮明に想像してしまった途端にその気力が消え失せ、残された唯一の道が断たれてしまった。

 

もう何も分からない。残るのはただの『迷い』だけ。次々と不安が膨れ上がってくる。

 

「これから…どうすればいいんだよ…!!」

 

 

 

 

「その為に私達がいるのですよ」

 

その言葉が聞こえると共にヒノエの透き通った白い腕の手の平が俯く自身の包帯が巻かれた左頬へと当てられた。

 

「力では勿論、私達では役不足でしょう。ですが心は皆同じ平等です。心が折れそうな時は誰かが側で支えなければいけません」

 

その手はとても暖かく包帯が巻かれた自身の頬を温めていった。ゲンジが顔を上げるとそこには先程とは違い いつものように優しい笑みを浮かべているヒノエの顔があった。

 

「貴方が百竜夜行に悩む私達を見捨てなかった様に私達も迷う貴方を決して見捨てたりはしません。今回のような事があれば私達は迷わず貴方を…力ずくでも引き止めます」

 

「ヒノエ…姉さん…」

その笑顔を見る度に段々と心が落ち着きを取り戻していき重くなっていた身体が軽く感じるようになっていった。

 

「人を殺めそうになったとしても…里の皆に嫌われしまう不安に駆られた時も…一人で背負い込まず必ず私達に話してください。私達2人は貴方の妻なのですから決して見捨てなどしません」

 

そう言いヒノエの手が重なるようにゲンジの手を包み込んだ。

 

「だから…今度はこんな無茶な真似はやめてくださいね?」

 

「その所為で貴方が罪を背負えば悲しむのは私達なのですから…」

 

「ミノト姉さん…」

ヒノエに続くようにミノトも身を乗り出しゲンジの手を両手で包み込んだ。二人の琥珀色の瞳は優しく輝きながら自身の青い瞳を見つめていた。

その瞳に見つめられると心の中に渦巻いていた不安が少しずつ和らいでいった。

 

「ごめん…」

ゲンジは涙を流しながら何度も何度も二人に謝罪の言葉を口にした。それに対して二人は何も答えずただ彼の身体を包み込むようにして抱き締めた。

 

彼の身体が震える中 ヒノエは彼の耳元で小さく囁いた。

 

「あの時は私達を助けてくれて本当にありがとう…」

 

自身と妹を身体に傷を負ってでも助けてくれたゲンジに対してヒノエは心から感謝の気持ちを伝えた。

そしてそれはミノトも同じであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

その後

落ち着きを取り戻し心の中の重荷が無くなると、ゲンジはミノトにあの時助けることが出来なかった事に対して再び頭を下げた。

 

「ごめんミノト姉さん…あの時は守ってあげられなくて…」

 

「もう大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

頭を下げられたミノトは首を横に振りながら無事である事を伝え頭を撫でる。

 

「ヒノエ姉さんも約束守れなくて本当にすまなかった…この償いは必ずする…」

 

「気にしないでください。過ちは誰にだってありますよ」

ゲンジは約束を破る主義ではないにも関わらず、今回はそれに反した行動をとってしまった。故に深々とヒノエに頭を下げる。

 

「…いま、償うと仰りましたよね?」

そんな中 『償う』という言葉にヒノエは反応し先程よりも更に明るい笑顔を見せた。

 

「でしたら、私の我儘を二つほど聞いてもらいましょうか♪」

 

「それぐらいはする……うわ!?」

 

突然ヒノエの身が自身に向けて乗り出し再びベッドの上へと押し倒された。

 

「私からもお願いします…」

 

それに続くかのようにミノトも身をヒノエに押し倒された自身の身の上に乗り出した。

 

 

「旦那様……」

「いいですよね…?」

押し倒された自身の上から二人の赤く染まった頬と揺れる琥珀色の双眼が自身を見つめながら伸ばされた腕が自身の両頬を撫でていく。

 

「うう……わ…分かったよ……」

 

頬を赤く染め上げながらもゲンジは覚悟を決めて二人の願いを聞き入れた。

 

◇◇◇◇◇

 

ガチャ

 

 

後処理が済んだエスラは様子を見るために医務室に向かい、扉を開けた。

 

「おいゲンジよ。お説教は済んだか?反省したら今夜はお姉ちゃんが抱いてあげ……ふんぎゃぁぁぁ!!!!」

 

扉を開け、目の前に広がった光景を目にした瞬間エスラは驚きのあまり髪の毛を逆立てながら絶叫してしまう。

 

そこには部屋に置かれている患者用のベッドの上で布団を被り、布一つ纏わず裸で抱き合いながら眠る3人の姿があった。

 



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朝の訪れ

「……」

目を覚ますと自身が眠る布団の上を朝日が照らしていた。

目を凝らしながら開けると目の前には上半身の寝巻きがはだけ肩が露出しているミノトが今も自身に抱き付きながら静かな寝息を立てていた。

その着崩しは範囲が広く、あと少しで胸も完全に顔を出そうとしていた。

 

 

「相変わらずお目覚めが早いですね」

 

「そっちもだろ…」

後方から声が聞こえ、振り向くとミノトと同じく上半身の寝巻きだけをはだけさせながら自身を抱き締めるヒノエが見つめていた。

 

「は…早く服を着ろ…崩れてる…」

ヒノエの崩れた寝巻きからは自身よりも広い肩や女性の中でも豊満な部類に入る胸の谷間が見えており、それが変形しながら自身に押し付けられていた。それを指摘されたヒノエは微笑みながら更に身を寄せてきた。

 

「このまま裸になって抱き合うのもいいですよ♪」

 

「や…やめろ…!早く起きてくれ!」

 

「はいはい♪」

ヒノエは布団を退かし起き上がる。見ると3人とも掛け布団から素足がそのまま出ており、着物が膝小僧まで上がっていた。

 

「っ…!?ここまで寝巻きが崩れてる…」

見るとゲンジもヒノエと同じくいつのまにか上半身の着物だけが脱げており細身ながらも筋肉が積まれた身体が丸見えであった。ゲンジの寝巻きや里での和服は全てフゲンのお下がりであり、小柄なゲンジにとってはダボダボなのだ。これでもまだ15歳の頃の物らしい。

 

「着直したくてもできねぇ…」

 

「そのようですね」

ゲンジの身体はミノトの手によって懐に押さえつけられていた。その手の力は強く、剥がせるものではなかった。

その力と反面してミノトの寝顔はとても可愛らしく、夢を見ている幼子のようであった。

 

 

「いつもの可愛い寝顔に戻っていますね…」

 

思い出すのは昨夜 押し倒された時であった。

 

◇◇◇◇◇

 

顔を赤らめた二人が自身に向けて震える瞳を向ける中ゲンジは頷く。すると突然 ヒノエは身体を退けた。

 

「ミノトのお願いを先に聞いてもらいましょうか」

 

「分かった…」

ゲンジは先程の揺れる瞳から要求される内容を大体把握しており、覚悟を決めていた。

 

「で…では…」

ミノトはモジモジとしながらもゲンジに顔を向けると自身の要望を告白する。

 

「あの…今夜は私を抱きながら寝て欲しいです…」

 

「…え?」

ゲンジは予想していた要望とは大きく異なっていた為に呆気に囚われる先程の緊張感が解けてしまった。

 

「あの者から胸を揉まれて以来…寝ると思い出してしまうようになり……それがとても気持ちが悪いのです。なので…それを打ち消す為にゲンジに抱き締めてもらいたく……そうすれば安心する気がするのです…」

 

「……」

ミノトの要望は断りたくても断れない内容であった。たしかにあんな事をされれば誰だって傷つく。下手をすれば男でもだ。ミノトにこんな辛い思いをさせてしまったのは自身の責任である。

 

「分かった…」

 

頷くとミノトは安心したかのように少しだけだがほんのりとした笑顔を見せた。

 

「では、今日はミノトで、私のお願いは明日聞いてもらいましょうか!」

 

「あ……そ…そう…」

返ってきたのは意外な答えであった。ヒノエの方がもっと過激な要望をしてくると危険視かつ覚悟していたが、それは幸いなことに不発に終わった。

 

それからヒノエとミノトは川の字を模すかのようにゲンジを間に挟みながら横になった。

 

「ゲンジ…お願い…します…」

 

「……ん…」

望み通りミノトの背中に手を回すと優しく抱き締めた。すると、ミノトは安心したのか、抱き締められた瞬間に自身に身を預けながら寝息を立て始めた。

2人と寝食を共にした日から何度も抱き締められながら寝る時はあった為に、多少は慣れてきたが、それでも少し胸が熱くなってくる。

 

すると

 

「ひ…ひぐ……」

突然 ミノトは涙を流し始めた。まるで何かを思い出したかのように。それと共に自身の名を溢す。

 

 

 

 

「お願いします…もう“人”を…捨てないでください…!!私達の元からいなくならないでください…!!」

 

 

顔が見えず分からない。細々と聞こえてくるこの声は寝言なのか、本音なのか区別できない。だが、涙は紛れもない本物であった。自身の肩に温かい涙の感触が伝わる。

 

「ミノトは貴方の事をずっと心配していたんですよ」

 

「……そうか…」

ミノトはゲンジが出て行くと話していた時に加えてマルバ達に暴行を加えられている時からずっと感情を抑え込んでいたのだ。それを知ったゲンジは力強くミノトを抱き締めた。

 

「ありがとう…ミノト姉さん…」

 

すると

 

「では私も♪」

「!?」

今まで横になりながらその光景を見つめていたヒノエが背中から手を回し身を引き寄せながら抱き締めた。

 

「いつものことですからこれはカウントしませんよね〜」

 

「す…好きにしろ…」

ヒノエの抱擁にまたもや胸が熱くなってしまう。だが、流石に疲れていたのか、自身も眠気に襲われミノトと同じくすぐに眠りについてしまった。ミノトはゲンジに抱かれ ゲンジはヒノエに抱かれるという何とも奇妙な体勢で。

 

ゲンジが寝静まった中、ヒノエはただ見つめていた。

 

「………」

 

ヒノエの目の前にあるのは小さくも大量の刺し穴やナイフによって切り裂かれた傷を覆う包帯に巻かれた背中。

ヒノエは昼間の出来事を思い出した。ミノトを救う為にゲンジは反撃する事も怒る事も押し殺しマルバ達の攻撃に耐え続けていた。

あれ程の痛みをどんな思いで耐えていたのだろう。どれほど我慢してきたのだろう。

 

それを考えただけでヒノエは心が抉られそうであった。彼が傷つく姿を見ているだけしか出来なかったのがどれほど辛かったか。

 

「…私だって…心配して…いたんですからね…!」

 

目を震わせ堪えていた涙を流しながらヒノエはゲンジの小さい身体を優しく包み込み寄り添いながら眠りについた。

 

そしてその声はヒノエの泣く声に目覚めていたゲンジの耳にハッキリと聞こえていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

寝ている合間に緩くなっていた寝巻きがだんだんと剥がれ…

 

____今に至る。

 

「ゲンジが側にいて本当に安心したのでしょう。一度、寝ていた時は魘されていましたからね」

 

「そうだったのか…。まぁミノト姉さんのトラウマが晴れて良かった」

ゲンジは眠るミノトの頬を撫でる。彼女はヒノエと同じく表面上は気丈に振る舞っているが、精神面に関してはまだ幼い。やはりとても辛かったのだろう。

 

そんな中、ゲンジはヒノエへと顔を向ける。

 

「ヒノエ姉さんも心配してくれてたんだろ?ありがとう…な…」

 

それは昨夜、自身が眠りについた直後にヒノエが感情を抑えきれず啜り泣いてしまった時の事だ。彼女もミノトと同じくずっと気にかけてくれていたのだ。故にそれを話したゲンジはお礼を言った。

 

それに対してヒノエは頬を染めながら笑みを浮かべる。

 

「当然ですよ旦那様。いつだってヒノエは貴方の事を想っていますから」

 

照れ臭くなりながらもヒノエの答えはゲンジの心を暖かくさせていった。そしてヒノエは再びゲンジの頬へ口付けすると上半身を起き上がらせた。

 

「では、そろそろご自宅に戻りご飯を食べましょうか♪」

 

「あぁ」

ゲンジはミノトを起こすべく肩に手を伸ばす。すると、ヒノエは突然 それを止めた。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

「え?」

 

呼び止められたゲンジは目を向ける。すると、起き上がったヒノエは微笑みながら今も横になっているゲンジの顔に自身の顔を近づけた。

 

「な……なんだよ……」

 

「私からの一つ目の我儘を聞いてもらいましょうか」

 

 

「……え?まぁいいけど…」

 

その後 出された条件にゲンジは凍りついた。

◇◇◇◇◇◇

 

それからミノトを起こし、自宅へと戻るとエスラとシャーラと共に朝食を取る。

 

「あらあら。どうしました義姉さん?お口にあいませんでしたか?」

「うるしゃい……」

 

何故かエスラの様子がおかしい。

 

「……あの…シャーラ姉さん…エスラ姉さんの機嫌が良くないように見えるんだが…」

朝食を取る中 エスラの目が光を失っており、いつもはガツガツと食べ進んでいた白飯を今はちびちびと小粒ずつ程度しか口にしていなかった。

それについて不審に思ったゲンジは隣で食事を取るシャーラに尋ねる。

 

すると、シャーラは首を傾げる。

 

「ゲンってヒノエさん達と

 

 

 

 

 

_______エッチしたんでしょ?」

 

 

 

 

 

「…!?」

突然のシャーラの言葉にゲンジは驚きのあまり口の中に含んでいた白飯を一度も噛まずに飲み込む。

 

「はぁ!?どう言う事だよ!?」

 

「いや、何か昨日の夜に戻ってきた時に姉さんが『ゲンジの童貞が童貞が…』ってずっと呟いてたから詳しく聞いたらヒノエさん達と裸で抱き合ってたって…」

 

「「え"……」」

「あらあら」

身に覚えのない事にゲンジとミノトは凍りつき、ヒノエも動揺していた。

 

「ち…違う!!!」

 

「え?そうなの?」

 

「そうだよ!!裸って俺たち普通に服着て寝てたよ!!」

ゲンジの言葉にヒノエも頷く。そしてエスラに対して事細かく説明した。

 

ーーーーーーーー

 

「なぁ〜んだぁ!お姉ちゃんの勘違いだったんだな!!これは失敬失敬!」

 

「当たり前だ!!こここ…こんな時に!そそそ…そんな事するわけないだろ!!」

 

その後、ようやく理解したエスラは見間違いである事を自覚して頭をぽりぽりと掻く。それと同時にゲンジの貞操がまだ健在である事も理解して先程の低いテンションが180度一変した。

一方でその事を頭に想像してしまったゲンジは顔を赤面させてしまう。

 

「あらあら。それでしたら私は百竜夜行が終わればいつでもいいですよ♪」

 

「姉様ぁぁあ!!」

 

ヒノエの爆弾発言にミノトは咄嗟に口を押さえる。

 

その様子にシャーラは呆れる中 ゲンジの包帯の巻かれている左頬に手を当てる。

 

「大丈夫?ここ」

 

「え?あぁ。特に問題ねぇ…」

ゲンジは包帯越しに左頬をポンポンと叩くとゆっくりと包帯を解く。次々と巻かれた包帯が解かれ、床に落ちていく。巻かれた包帯の下から現れたのはなんと“黒い眼球”であった。いや、正確に言えば目玉の白い部分と瞳の中央部分がが黒く染まり、その周りを囲む瞳が赤い血の色へと変色していた。

 

原因は分からないが、マルバ達へと暴行を加えた際に精神が半壊した事でイビルジョー の侵食の影響が目へと現れてしまったのだ。

昨日からこの黒い目が戻る事はない。

 

「ついに左目が侵食されてしまったのか」

 

「問題ねぇよエスラ姉さん。オッドアイになったと思えばな。今のところこれ以外の影響はねぇ」

ゲンジは再び包帯を巻き直す。そして朝食を食べ終えると ゲンジは立ち上がった。

 

「………そろそろ行くよ。ミノト姉さん」

 

「はい」

 

向かうのはフゲンやゴコク達の待つ集会所である。ミノトは受付の仕事があるが、ゲンジは彼らに説明と謝罪をしなければならない。それにあれ程の騒ぎを起こしたのだ。前回よりも厳しい処分が下ることも覚悟していた。

 

すると ヒノエは立ち上がり、集会所へと向かおうとするゲンジの手を両手で包み込んだ。

 

「ゲンジ。たとえどんな処分であっても…ちゃんと帰ってきてくださいね」

 

それに続きエスラとシャーラも言葉を投げかけた。

 

「また離れ離れは懲り懲りだからな」

 

「私達…待ってる」

 

3人のその表情を見ると心の中に住まう恐怖心が段々と薄れて行った。たとえどんな結果であれ、安心してここに帰ってこれる。

 

「あぁ」

 

そしてゲンジはミノトと共にフゲン達の元へと向かった。

 

 

 




ヤってはないのですよ。ただそういう風に“見えてしまった”だけ。


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カムラの里のほのぼの日常 身長

思いついたので書きました。


「ねぇねぇゲンジさん」

「ん?」

 

ある日の昼過ぎ。クエストを終えてウサ団子を食べていたゲンジにリンゴ屋のコミツが話しかけてくる。

 

「ゲンジさんって何でそんなに小さいの?」

 

「…」

ゲンジの身体が石化する。これはゲンジにとっても最大のコンプレックスでもあった。ゲンジはふてくされる表情を浮かべながら答えた。

 

「分からねぇよ。伸ばそうとしても一向に伸びねぇし。ミルクを飲みまくっても骨が強くなるだけだ」

 

「そうなんだ。じゃあさ!背比べしようよ!!」

 

「お前 俺を泣かせたいのか?」

コミツの言葉に遂には血の涙が流れ出す。

すると、コミツの言葉に反応するかのようにヨモギやイオリ、そして里の子供達が物陰からヒョコッと顔を出す。

 

「いいねぇ!!」

 

「やりましょう!」

 

「………次から次へと…」

 

◇◇◇◇◇

 

その後、やって来たのはオトモ広場にあるオトモ訓練所。そびえる大きな木の下にやってきた皆の前にイオリはある物を用意した。それは身体測定をする機器。一枚の板に垂直に棒が立てられており、そこには細かい目盛が付けられていた。

 

というか、何故かヒノエとミノトも同伴であった。更にウツシやロンディーネも。

 

「なんでアンタらまでいるんだよ…」

 

ヒノエ「面白そうでしたから♪」

ミノト「姉様に誘われました」

ウツシ「久々に出番が欲しいから!」

ロンディーネ「上に同じく」

 

「あっそ…」

 

それから身体測定が始まった。イオリが測定器を操作しながら身長を測っていく。因みにこの測定器は木製であるが、正確に位置付けられた目盛が彫られている。

 

まずはヨモギからだ。

 

「ヨモギさんは……148cmだね。僕と同じだ」

 

「わ〜い!伸びた〜!!」

身長が伸びていることにヨモギは歓喜するとピョンピョンと跳ね始める。

そして次々と測定が行われていく。

 

「セイハク君は140cm。コミツちゃんも同じだね」

 

「な…同じだと…!?」

好意を寄せる相手と同じという事実にセイハクはショックを受ける。その一方で、コミツは一緒という事もあり、セイハクの肩に手を置いていた。

 

子供達の部が終わると、続いては大人達の部だ。

 

「今度は俺が計ろう!!その前に誰か俺の測定を頼む!」

 

「では私が」

測定係を名乗り出たウツシをまずヒノエが測定する。ウツシは双剣使いであるものの、大柄であった。ヒノエは目盛を読み取る。

 

「ふむふむ。185cmですね」

 

「前回と同じか…。まぁよし!ではではお返しにまずヒノエさんからどうぞ!」

 

「緊張しますね〜」

 

ウツシは測定器を操作すると、測定場所に立ったヒノエの頭に測定器を当てて測っていく。

 

「むむ…!165cm。前回と同じですね」

 

「あらあら。伸びていないのが残念です」

ヒノエは女性の中でも高身長の部類に入るものであった。それでも何故か彼女は不満そうだ。

 

「では次にミノトさん!どうぞ!」

 

「…わかりました…」

ヒノエよりも緊張しながらミノトはゆっくりと測定場所へと立つ。そしてウツシはゆっくりと目盛を合わせていった。

 

「ふ〜む………165cm!またまたヒノエさんと同じだね!」

 

「姉様…と…同じ…?」

その言葉はミノトを固まらせる。そして脳内にはウツシの『ヒノエさんと同じだね!』という言葉が何度も繰り返されていった。

 

「やった…やった…!!!」

そして遂にその言葉はミノトを絶大なる歓喜へと導いていった。

その様子を見ていたゲンジは段々と身長を測る気が引けていった。いや、元々、無いに等しかったために、下手をすれば『嫌』という方面になってしまう。

 

「なんで俺の周りはデケェ奴しかいねぇんだよ」

 

「君の身長が低すぎるからではないか?」

 

「んぐ…!」

横に立っていたロンディーネから直撃を受けた事でゲンジは何も言えなくなってしまった。男性ハンターの平均身長はおおよそ175である。自身はその中でも本当に低い部類であるためによく見下ろされていた。

 

「2人のお嫁さんのほぼ肩の位置までの身長。そして肩幅も2人より少し狭い。声も顔も女性寄り……滅多に見ないな君のような男?は」

 

「ハテナを付けんなぁ!!そしてハッキリ言うんじゃねぇぇ!!!!」

 

隅から隅まで言われたことにゲンジは遂に悔しさのあまり大量の血の涙を流してしまう。

 

すると

 

「はいロンディーネさんの番だよ〜」

 

「あぁ」

ロンディーネはウツシに呼ばれ、測定器へと歩いていく。そしてウツシは目盛を合わせて身長を測っていった。

 

「……はい!170cm」

 

「ほほぅ。悪くない」

なんと女性陣では最高身長。ロンディーネも日々、自身を鍛え上げているのでよく育っている。

 

「さてさて、最後はゲンジ君!」

「うぅ……何で最後に残しやがったあの野郎…」

 

呼ばれる。帰ろうかと思ったが、皆が測り自身が測らないというのは不公平である。

 

「ぐぅぅ…いや…待てよ?」

 

ゲンジはある考えにたどり着く。もしかすると伸びているのかもしれない。この里に来てからぶら下がる動作が増えている。ぶら下がれば伸びると言う話を聞いたことがあるので、ゲンジは僅かな希望を持ちながら測定器へと立った。

 

「よしこい…!」

 

すると、私は測定器の目盛をゆっくりと合わせていくと、真剣な表情を浮かべながら読み取った。

 

「ふむふむ…155cm…!」

 

「………」

 

全くもってプラマイ"0"。なんと一番近い身長が自身よりも歳下のヨモギとイオリである。先程の勢いと希望を抱いていた自分が馬鹿に見えてきた。

 

「あはは!あともう少ししたら追い付けそうだね♪」

 

「だ…大丈夫ですよ!これから伸びますよ!うん!」

ヨモギにからかわれ、イオリに励まされるが、歳下のイオリに励まされるそれ自体が段々と大人としてのプライドをへし折っていく。

 

「因みに男性の成長期のピークは20歳までらしいですよ〜」

 

「がぁぁ……」

ヒノエのトドメの一言にゲンジは完全に心を折られてしまった。

 

「俺……21歳…」

 

「でも私は小さいままの方が好きですよ〜。可愛い上にこうやって抱き上げる事ができるのですから♪」

 

そう言いヒノエはショックで項垂れてるゲンジを抱き上げるとゆらゆらと揺れた。

 

「(抱き上げられる旦那様…それを持ち上げながら笑う姉様……何と愛おしい…!!)」

 

そしてその光景を後ろから見ていたミノトは1人で頬を赤らめていた。

 

その後、集まった全員で何かの縁でもあるのか、ウサ団子を食べにいったようだ。

 

 




フゲンは2メートルはあるよなきっと…


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身柄の引き渡し

 

ミノトと共に集会所へと入るとそこには待っていたかのように厳格な表情を浮かべるフゲンとゴコクの姿があった。

 

「よぅ。フゲンさん。ゴコク殿」

 

「…ゲンジ」

 

二人は自身の姿を見つけるといつものような豪快な笑い声を上げる事はなかった。目の事も知っているのか、それに関しては触れようとしない。

 

「…傷の方は問題ないか?」

 

「多少痛む。だが普通に歩けるから問題はねぇ」

 

「ミノトも大丈夫か?」

 

「同じく問題ありません」

 

「そうか。ならばよい」

「……」

2人の様子を見て安心しているフゲンの声がいつもより低い。まるで何かを引きずっているかのように。その正体を既に見抜いていたゲンジは即座にフゲンに向けて歩み寄ると頭を下げた。

 

「あの時は周りが見えず暴れてすまなかった。もし不快ならすぐに消える…だが、百竜夜行を終わらせるまでは待って欲しい」

 

暴走する自身をフゲンは何度も呼びかけて止めてくれようとした。だが、自分はそれを斬り捨てマルバ達への復讐する道を選んでしまった。

あの時 笑いながら彼らを痛ぶる自身の姿を見た里の皆は自身に嫌悪感を抱いてしまうだろう。

 

「いや、そんな事はしなくてよい」

 

すると フゲンの巨大な手が自身の肩に置かれる。

 

「よくぞ…いていてくれた」

浮かび上がられたその笑みは豪快ではなく、安心を感じているかのようなものであった。

すると、即座に表情が一変し、1人の里をまとめる長としての威厳を放ち忠告した。

 

「だが流石に今回はやりすぎだ。以後は本当に気をつけてくれ」

 

「あぁ」

 

それはゴコクも同じである。いつものように糸目で笑みを浮かべている表情からは笑顔が消え失せ、糸目が開き出し鋭い眼光が自身を捉えていた。

 

「里の皆はともかく子供達が怖がっておったぞ?それに加えて本部から直々に処分が下ることとなったでゲコ」

 

「あぁ。承知の上だ」

 

ゴコクの言葉に頷く。本部からとなると相当重い処分となるのだろう。下手をすれば除名処分である。

すると、ゴコクはゲンジに向けて本部であるロックラックのハンターズギルドから発行された書類を見せた。

 

「ハンター『ゲンジ』よ。ハンターズギルドの命により貴殿には1ヶ月の謹慎と1年のハンター活動停止を命じる…ッ!!!」

 

「そんな…!」

 

下された判決はとても重い。だが、それは当たり前だ。あれ程の事をしたのだから。そしてそれを後ろで聞いていたミノトは衝撃を受け、即座に抗議の声を上げた。

 

「ゴコク様!原因は私です!!私が罰を…!!」

 

「やめろ姉さん」

 

それに対してゲンジは手を前に出し、ミノトを制する。

 

「俺がアイツらを再起不能にしたのは事実だ。罰を受ける覚悟はできてる」

 

「ゲンジ…」

だが、ゲンジにとってはその処分はどうでも良いことであった。

 

「だが俺は百竜夜行が起こればその命令を無視してでもいくぞ…?その後は除名するなり勝手にしろ」

 

謹慎期間中に百竜夜行が起こり再びあの古龍が現れれば自身はその処置を無視してでもいく。二度とハンターには戻れない事も覚悟の上だ。

 

すると、ゴコクはその書類をトントンとつつく。

 

「___何を言っておる?ホレ2人共。ここをよく見るんじゃ」

 

「「ん…?」」

 

叩かれた箇所をゲンジとミノトはジッと見る。ギルド直々に発行された判決の書類の下には注釈が貼ってあった。

 

『なお百竜夜行が完全に収束するまで処分は保留とする』

 

「…!?」

その文章を目を掻きながらもう一度確認する。見間違いではない。

 

「…え!?い…いいのか!?」

 

「ホッホッホ。今回ばかりはギルドも本腰を入れておる。なにせ古龍が現れたのじゃからな。

それに謝罪文も送られてきてのぅ。ハンターを派遣できなかった事に加えてゲンジに『収束するまで専属ハンターとしての活動を求む』という書き置きが入っておった。もちろんエスラとシャーラにもでゲコ」

 

前回よりも重い罪であるにも関わらずこの処分。やはりギルドも百竜夜行に加えて新たなる古龍の出現に手が余っているようだ。

 

「引き受けてくれるか…?」

ゴコクの表情が先程と一変していた。口角がニヤリと釣り上がらせていたのだ。それに対してゲンジは腕を握り締めながら頷く。

 

「あぁ…!!」

 

その朗報にゲンジは首を鳴らすと即座に装備を整え修行をするべく修練場へと向かおうとした。

 

「あ、これは別件でゲコ。痛みが完全に引くまで修練もクエストも禁止じゃ」

 

「…」

 

◇◇◇◇◇◇

その後 ゲンジは軽く3人と集会所の席で談笑する。そんな中 ゲンジはある事を尋ねた。

 

「あのクソ野郎はどうするんだ?」

 

それは自身が追い詰めたマルバ達ことであった。今もなお、集会所に隣接している医療用ベッドに寝かされている。

 

「それについては今日の内にマルバとやらの父親が3人まとめて引き取りに来る様でゲコ」

 

「そうか。なら…俺も顔くらいは合わせとかないとな」

 

「……あまり手荒な真似はよして欲しいでゲコよ?」

 

「向こうから何もしなければ俺だって何もしないさ」

ゲンジは立ち上がる。マルバの親は遅くとも正午には到着するそうだ。そうなるとあと数時間である。

 

 

すると

 

「里長〜ゴコク様〜」

 

集会所の入り口から声が聞こえ、そこへ目を向けるとヒノエが歩いてきた。

 

「ん?ヒノエか。どうし……んん?」

 

いや、よく見ると後ろに大柄な男性を連れていた。顔からは無精髭を生やしており、長く伸びた髪を後ろに一纏めにしていた。体格はフゲンより少し小さめだがそれでも一般の男性ハンターよりも遥かに大柄であった。歳はざっと見ておよそ40代だろうか。

それに加えて纏うは轟竜とされる強力なモンスター『ティガレックス』の装備『レックスS』シリーズ。更に背負っているのは大剣『カイラライホーン』砂原に生息している獰猛な飛竜『ディアブロス』の武器であった。

 

「約束のお時間より早く到着したそうなのでご案内しました」

 

「ほぉ。という事はこのハンターが…」

 

その言葉にフゲンとゴコクは驚く。目の前に立つ大柄な男性ハンターこそマルバの親であった。子供のマルバとは全く異なり、体格や装備から見れば相当な実力者である事が窺える。

そのハンターは前へと出る。

 

「お初にお目に掛かる。俺はハンターとして活動している『ラトル』というものだ」

 

空気に溶けるその声はとても根太く聞くものを畏怖または鼓舞するかの様であった。

すると、ラトルというハンターは突然 フゲン達に向けて深々と頭を下げる。

 

「2度に渡って俺の愚息が迷惑をかけしまい大変申し訳ない…」

 

フゲン達は驚く。あのマルバとは考えられないほど、このラトルというハンターは常識人であったからだ。

 

「顔を上げてくれ。まぁ、お主の息子の件は伝わっていると思うが、大丈夫か?」

 

フゲンはラトルに息子であるマルバの現状を伝える。いや、既に文にて知らされていた。やはり、知らされた当初は相当ショックであったのか、聞くのが二度目であったとしても、瞳が震えていた。

 

 

「……当然なる報いだと思っている。そちらにいるのが『薄明』のゲンジ殿ですかな?」

 

ラトルの目がゲンジへと向けられる。目を向けられたゲンジは前へと出ると青く光る片目をラトルへと向けた。

 

「そうだ。初めましてラトルさん」

 

「呼び捨てで構いませぬ」

 

ゲンジは手を差し出す。年上という事もあり、ゲンジは呼び捨てではなく敬称をつける。すると、ラトルも同じく手を差し出し、互いに交わした。ラトルの手はゲンジよりも遥かに巨大であり、丸太のように逞しく鍛え上げられていた。

 

だが、それは見かけだけでの話。握力ではゲンジも負けてなどいなかった。

 

「…やはり流石はG級ハンター。握力で分かる。何度も死線を掻い潜って来ているな」

 

「どうも。だが、それはアンタも同じだろ?ティガレックスの上位個体は下手をすればG級に成り立ての奴でも苦労する。ディアブロスも例外じゃねぇ」

 

「いやいや。これは仲間が強かった故に手に入れられた物だ。俺だけの力ではない」

 

「そうか」

 

互いに言葉を交わし合うと手を離す。

そして、本題へとはいろうとする直前にゲンジは頭を下げた。

 

「ゲンジ!?」

 

「何をしておるでゲコ!?」

 

突然頭を下げたことにフゲンとゴコクは驚く。すると、ゲンジはラトルに向けて謝罪の言葉を口にした。

 

「アンタの息子を殺そうとしてすまなかった」

 

ミノトは即座に止めようとしたが、それをヒノエは制する。ゲンジが謝る理由は他人の息子を亡き者にしようとした事である。たとえ、どんな理由であれ、自身が彼を二度と普通の生活ができない身体へと変えてしまったのは紛れもない事実である。

 

それを聞いたラトルは首を横に振るう。

 

「謝らないでくれ。俺はそれぐらいの報復を忠告はしていたからな。奴の自業自得だ」

 

ラトルの表情からは何も感じる事がなかった。これが結果だと受け入れているかのようである。

そんな中 顔を上げたゲンジはある事を尋ねた。

 

「なぜ勘当して野放しにしたんだ?」

 

「一度目に君達に危害を加えた時は流石に驚いていた。だがその時でも俺は信じていた。改心し、謝罪をするだろうと。そして忠告と共に謝罪をする事を名目に息子を追い出した。

里に赴き謝ると共に罪を償えばすぐに勘当を取り消すつもりでいた。だが、結果はそれとは真逆。尻拭いをしてくれた君に敵意を抱いた結果、手紙の内容のようになった。俺としては…純粋に愛情が湧かなくなってしまった」

 

「そうだったのか」

ラトルの表情は何も映し出されていない。自身への恨みも。そして、息子への愛情も。一番 心に傷を負ったのはラトルなのかもしれない。

 

それからラトルはフゲンとゴコクに連れられ、マルバ達の待つ外のテントへと向かって行った。

 

「親御様も辛そうですね」

 

「あぁ。信じてても裏切られたからな」

 

その様子をゲンジ達は遠くから見つめていた。

 

 



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新しい友達?

それからの出来事はスムーズであった。

 

ラトルがテントに来た時には既にマルバは目を覚ましていた……いや、一晩中ずっと目を覚ましていたようだ。目には隈ができており、瞳からは光が消え去っていた。父親を見た瞬間 歓喜のあまり涙を流すが、その姿を見てもラトルは表情を変えることはなかった。

 

だが、ゲンジに死の寸前まで追い詰められた事でマルバも変わった。

 

なんとマルバは集会所の前を通った時に偶然出てきたヒノエとミノトに向けて土下座をしたのだ。ゲンジの恨みが完全に頭に根付いてしまったらしく、何度も何度も謝罪の言葉を口にしていた。

他の2人はふてくされようとしていたが、ラトルが無理矢理頭を下げさせ、同じく土下座をさせ謝罪をしたようだ。

その様子は見ていた里の皆が同情を買ってしまう程で、相当な恨みを持っていたハモンでさえも呆れていた。

 

帰り際にラトルは見送るために里の入り口まで付いてきたフゲンに向けて礼を言う。

 

「息子を治療してくれて本当にありがとう…」

 

「いや、治療したのは俺ではない。それよりも、これからどうするのだ?」

 

フゲンはマルバの今後のことについて問う。それに対してラトルはまだ答えが出来ていないようであった。

 

「とりあえず今住んでいる場所を出て街へ行き、この子に何が出来るのか探そうと思う。俺にも甘やかしていた節があるからな」

 

「そうか……」

フゲンは頷く。街へ出れば両手と片脚を失った彼でもできる事が見つかる可能性はあるだろう。

 

「ではこれにて失礼する」

「あぁ」

ラトルは再び頭を下げた。ハンターの信用を奪い去っただけでなく、その尻拭いをしてくれたゲンジへ暴行を働いた上に里の受付嬢に手を出した自身の愚息やその友人達を殺めずに治療してくれたカムラの民に感謝するかのように。

 

そして4人は里を去って行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

次の日

 

再び平穏な日が戻った里にて。

 

里へと来たばかりの4人組のハンターは集会所へと向かう中、広場にある長椅子に座る2人の女性を見つけた。

 

1人は片方に髪飾りを着用し、和服を纏いながら優雅に振る舞う黒髪の女性。そしてもう1人は左目に眼帯をつけながら青い髪を後ろで小さなポニーテールにし、赤い色の和服を纏う可愛らしい少女であった。

 

「(なぁなぁ…あの受付嬢の隣に座ってる子…誰だ?)」

 

「(さぁ…妹とかじゃねぇか?耳が尖ってるから同じ竜人族なのは間違いねぇからな…)」

男性ハンターがチラリと目を向けながらコソコソと話す中、その話し声と目線に気づいたのか、少女はニッコリと笑みを浮かべた。

 

「ごきげんよう」

 

「は…はい」

その声は女性にしてはやや低めだが、青く輝く目を向けながら微笑むその姿から幼さを感じさせる。その可憐さに4人の男女の内、2人の男性ハンターは頬を染めながらお辞儀をしていった。

 

その少女はいつからいたか分からない。里の皆も誰か分からない。目が覚めて外に出たら既にヒノエと共に座っていたのだ。

 

「ヒノエさ〜ん!いつもの50本お待たせしたよ〜!!」

 

すると、茶屋の方から大量にウサ団子が積まれた荷車を押してくるヨモギの姿が見えた。

荷車を押してくるヨモギはヒノエの横に座る少女に目を向ける。

 

「あれ?その人誰?」

 

「あ、まだ紹介していませんでしたね」

ヨモギが少女について聞くとヒノエはその少女の肩を叩く。

 

「ほら…恥ずかしがらずに」

「…うん…」

すると、その少女はゆっくりと立ち上がり、ヨモギに向けてお辞儀をした。

 

「初めまして。私は『コハル』と申します。ヒノエお姉様の従姉妹です」

「ふむふむ…」

コハルというその少女は凛とした振る舞いで自己紹介をする。

その様子にヨモギは同世代としての雰囲気を感じ取り、コハルをじっくりと観察すると、親しみを込めて自身も自己紹介をする。

 

「私はヨモギだよ!よろしくね!」

そして、自己紹介と共にヨモギは手を差し出す。すると、そのコハルという少女も手を出した。

 

「あれ?怪我してるの?それに目も大丈夫?」

見ると差し出されたコハルの手には包帯が巻かれていた。

 

「ここにくる途中 転んでしまったんです。おっちょこちょいな者でして…。目は生まれつき見えないのでこうしてます」

 

「そうなんだね…。あ!私お団子屋をやってるんだ!後で来てね!ウサ団子ご馳走してあげるから!」

 

「本当ですか!?私 ウサ団子が大好きなんです!この後 是非行かせてもらいますね!」

 

「うん!待ってるよ!」

コハルは笑みを浮かべながら頷く。そして、ヨモギは再び店番へと戻るべく手を振りながら去っていった。

 

 

「よくできました。偉い偉い♪」

 

「やめろ……やめてください…//」

 

ヨモギの姿が見えなくなるとヒノエは笑みを浮かべながらコハルの頭を撫でる。するとコハルは頬を赤く染めながらその手を振り払う。

 

その様子を偶然通りかかったハモンはコハルに目を向けるとため息をつきながら やれやれ と頭に手を置いていた。

 

「(なにをやってるんだアイツは…)」

 

 




新キャラ?の登場です。(笑)


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コハルという少女

ヨモギが鼻歌を歌いながら去っていくと、入れ替わるようにイオリがオトモ広場からアイルーとガルクを連れて歩いてきた。

 

「こんにちはイオリくん。器材の買い出しですか?」

 

「はい!丁度良い素材が入ったと聞いたので!それにアイルーやガルク達へのご飯も兼ねて!おや?そちらの方は?」

 

イオリはヒノエと挨拶を交わすと隣に座っているコハルに目を向ける。

 

「私の従姉妹のコハルちゃんです。ほらほら…挨拶してください」

ヒノエに揺さぶられたコハルは動揺しながらもイオリの前に立つとお辞儀をした。

 

「初めまして。ヒノエ姉様の従姉妹のコハルです。よろしくお願いしますねイオリくん」

ヒノエと同じく気品と共に落ち着きのある声でコハルはイオリに向けて頭を下げる。

 

「………」

すると、突然イオリは黙り込んでしまった。

一方で頭を下げた途端にイオリの声が聞こえなくなってしまった事を不審に思ったコハルは恐る恐ると顔を上げる。するとイオリが何とも哀れんだ目を向けていた。

 

「あの…何してるんですか…?ゲンジさん」

 

「俺が一番聞きてーよ…」

 

すると、先程まで凛としていた声が突然 男寄りの低い声へと変貌する。

何とコハルの正体は女装していたゲンジだったのだ。

 

「何か悩みがあるのでしたら相談に乗りますよ?あの…大丈夫です!女装は全くおかしい事でありませんよ!うん!特にゲンジさんは疲れが溜まってますからね!あの…疲れてるんですよね!?お願いです疲れてると言ってください!お願いします!!」

 

「おいおいおい!!どういう風に思ってるか知らねぇがこれは自主的にやった事じゃねぇからな!!!」

 

それはマルバ達がラトルに連れられ里を去ったその日の夜であった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ゲンジは本当に私のお願いは聞いてくれないのですね〜♪」

目の前には頬を紅潮させながらワクワクとした笑みを浮かべるヒノエとその後ろで無表情に赤い女性用の着物をあてがうように持っているミノト。

 

そして2人の前にはその着物に対して嫌悪感を露わにしているゲンジが座っていた。

 

「今日一日、私達を絶対に『ヒノエお姉ちゃん』『ミノトお姉ちゃん』と呼ぶと言う簡単な事でしたのに。こんなことになっしまうのは残念ですよ♪」

 

「完全に嬉しそうじゃねぇか!寧ろ待ってました感が隠せずに丸見えなんだよ!!それにあんな公な場でんな事が言える訳ねぇだろ!」

 

ゲンジが約束を無視してしまったのはゴコクに判決の紙を提示された時だった。

 

『ゴコク様!原因は私です!私が罰を…』

 

『やめろ姉さん』

 

この時である。そして、ミノトはそれを迷わずヒノエへと報告したのだ。ミノトは段々と着物を持ちながら近づいてくる。

 

「約束は約束です。さぁゲンジ…大人しくしてください。ご心配なく…私達のお下がりですのでゲンジでもピッタリと合うかと」

 

「い…嫌だ…!!」

女装という完全なる男性のプライドを捨てる行為をゲンジは激しく拒否する。ただでさえ身長や肩幅が低いという男性要素が少ないというのに、女装をすれば完全にプライドを無に帰す事となる。

 

すると、ヒノエの目がキラリと輝いた。

 

「あらあら。嫌なんですか?何でも言うことを聞くと言ったじゃありませんか。約束を破るのは主義じゃないんですよね?」

 

「うぅ…」

言い返す言葉がない。そうだ。元々、自身が約束を破った故に2人から二つずつ言うことを聞くという約束をしたのだ。これほど、約束をしてから後悔した事はない。

 

「分かった…」

 

 

ヒノエとミノトは素早い手つきで次々とインナーの上から和服を着せていった。

そしてその様子をエスラは顔を真っ赤にしながら見つめていた。

 

数分後

 

「髪を縛ってと……はい。できました♪」

 

短く切り揃えられたボブカットの髪を後ろでヒノエ達と同じ髪飾りで結びあげ小さなポニーテールを作る。

 

「これは…!!」

 

「す……すごい…」

その姿を見たエスラとシャーラは絶句してしまう。

 

出来上がったのは………何とも美しい少女だった。元々 シャーラと似た外見で中性的な顔の作りであるために着物で発達した筋肉を隠せば完全なる女性となる。

更にミノトと同じ吊り目であるために可憐というよりも落ち着きのある凛とした雰囲気を漂わせていた。

 

そして外見だけではない。

 

「少し声を高くできますか?」

 

「………こんな感じか…?」

ゲンジの声質はやや幼さを残していたために、声を高く発すれば低い部類の女声となる。そうなればもう完璧な女性である。

 

「ではその声と格好で明日を過ごしてください」

 

「……嘘だろ…もしこんなんでバレたら…」

ヒノエの完全なる辱めを受けさせるのが目的の要求にゲンジは絶望の淵に落ちた。

もしも里の皆に変な誤解を持たれてしまえばとんでもない事になる。

 

『マジかよ…ゲンジさんって女装趣味があったのか…』

 

『可愛いけど何か……違うんだよな…』

 

『……お主もしかして何か大きな悩みを抱えてるんじゃないのか?』

 

『何かもう夫というより妹だよな…』

 

『作りますか?鍛えますか?』

 

次々と皆から失望と意外と哀れみの目線を向けられる場面が想像できてしまう。あとなんか1人変なの出てきたし。こうなれば収集がつかない。

 

「ご安心を。私が女装させたと言っておけば済むので。それに…里の子供達も接しやすくなると思いますよ?」

 

「…」

その言葉にゲンジは少し黙り込んでしまう。あの日から里の子供達は幾分か自身を避けていたのだ。それもそうだろう。子供にとって笑いながら人を殴り血に染まる大人など恐怖でしかない。そんな人間に前と同じく無邪気に接する子供などいない。

 

辛うじてイオリやヨモギは事情を察してくれているのか、いつも通りに接してきてくれた。だが、それ以外の子供達は自身を完全に怖がっていた。

その印象を和ませるキッカケになるのではないのか?

 

「いや、なる訳ねぇだろ」

 

◇◇◇◇◇

 

そして今に至る。

 

「つまり…ヒノエさんの言うことを聞かなかったから今日一日中 女装と…」

 

「そうだよ。まさか最初はイオリにバレるとはな」

 

「いや…皆 薄々ながら気づいてると思いますよ…?」

 

「嘘だろ!?」

ゲンジは咄嗟に目の前を歩く里の皆へと目を向ける。すると、それに対して通りすぎる人々は次々と『YES』と答えるかのように指でサムズアップしていた。

 

「あらあら。もうゲンジだと分かってる様ですね。だから皆さんは話しかけなかったのでしょう」

 

ヒノエの見解にゲンジは落胆のあまり片手で顔を覆う。先程のバレないための演技が馬鹿みたいに思えてきてしまった。

 

「大変ですね…まぁ安心してください。僕はあの時の事は何も気にしてませんから。それに里の皆もゲンジさんの事を怖がっていても内心では大好きだと思っている筈ですよ」

 

イオリの励ましの言葉に多少なりとも元気が出てくる。流石は自身の数少ない理解者だ。

 

「ではこの辺で。またオトモ広場に遊びにきてくださいね」

 

「あぁ。じゃあな」

 

そしてイオリが去るとゲンジはヒノエに疲労が隠せない目を向ける。

 

「なぁ…もうバレてるんなら口調は変えなくていいよな?」

 

「ダメです。今日1日はコハルちゃんでいてもらいます」

そう言いヒノエはゲンジの鼻を人差し指でつつく。それに対してゲンジは大きなため息をつくと、空を見上げる。

 

その時だ。里の入り口から何やら騒ぎが聞こえた。

 

「…騒がしいな」

「あらあら。何か起こったのでしょうか?」

 

目を向けると同時に商人らしき男の警告する声が響いてきた。

 

「大変だぁぁ!!荷車を引くガーグァが暴れ出したぁ!!」

 

「「!?」」

 

よく見ると一羽の荷物を引くガーグァが口に加えたくつわに繋がれた紐を引きずりながら大暴れしていた。

ガーグァは普段は大人しいものの、何か大きな物音が起きるとパニック状態へと陥り、暴れ出してしまうのだ。もしも暴れてしまえば一般人の大人さえも大怪我を負ってしまう。

 

「どうどう!落ち着け!」

辺りの大人達はガーグァを宥めようとするが、一度興奮状態へと陥ったガーグァは止まる様子を見せず次々と大人を蹴散らしていく。

 

すると、ガーグァの向かう手前に2人の子供がいた。

 

「すぐに助けましょう!」

ヒノエとゲンジは即座に止めるべく向かう。子供達は向かってくるガーグァに驚き尻餅をついてしまっていた。ガーグァの突進に巻き込まれてしまえば子供ならば確実に重傷を負ってしまう。

 

「コハル!ガーグァの口にはくつわが噛ませてあります!後ろに引かれている手綱を引けば止める事ができるかもしれません!」

 

「こんな時でも設定継続かよ!?分かったよ姉様!!私が子供を助けるから姉様はガーグァを頼む!」

今のゲンジは着物によって少し機動力が欠けている。故にガーグァの制圧をヒノエに任せると子供を救出するべく走り出す。

 

 

___クェェエエエエ!!

 

一方で、周りが見えなくなり、叫び声をあげながら子供達へと迫るガーグァ。恐らくガーグァの目には子供達の姿は映っていないのだろう。

 

「危ねぇ!子供が轢かれるぞ!!」

誰かの叫び声が聞こえた時には既にガーグァの巨体が小さな子供達の寸前まで迫っていた。

 

 

「フッ…!!!」

すぐさまゲンジは瞬間的に脚を加速させ、目にも止まらぬ速さでガーグァの目の前にて尻餅をついた子供達を通り抜けるかの様に抱き抱えるとガーグァの前方を横切った。

 

そしてそれを見届けたヒノエは咄嗟にガーグァの引かれている手綱を掴むと跳躍し、丸い背中へと跨った。

 

「ほらほら。こちらですよ〜」

ヒノエは優しく声を掛け、操竜の経験を生かしながらガーグァを落ち着かせるように手綱を引く。

背中へと乗られた事でガーグァは突進をやめると、ヒノエを振り落とそうとするために身体を揺らすように暴れ始めた。

 

「どうどうです。落ち着いてください」

背中で振り回されるヒノエは振り落とされる事なくその状態を維持しており、落ち着かせるかの様にガーグァの膨らんだ大きな横腹を右手で優しく叩く。

 

すると ガーグァは次第に大人しくなっていき、長い首を下へとうなだれるようにして暴走が止まった。

 

「いい子ですね。さ、戻りましょうか」

ヒノエはガーグァの背から衝撃をかけないように降りると頭を優しく撫で、手綱を引く。

 

「大人しくなったようだな」

 

「えぇ。そちらも無事で何よりです」

 

すると 子供を救ったコハルとガーグァを鎮めたヒノエに向けて辺りから拍手が上がった。

 



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コハルの一日

ガーグァを無事に大人しくさせ、子供達を助けたコハルとヒノエに向けて辺りから拍手が巻き起こった。

 

そんな中でコハルは抱き抱えていた子供達を地面に降ろした。

 

「大丈夫か?もし怪我してたらちゃんと薬で治せよ」

 

そう言いながら子供達の服についた埃をパンパンと叩きながら払う。するとその子供は自身を怖がる事なく無邪気な笑みを浮かべた。

 

「うん!ありがとうゲンジさん!」

 

「…!」

その笑顔は2日前に残虐な行為を見せて怖がらせてしまった自身に向けられたとは思えない程、純粋なものだった。

子供達はお辞儀をするとテクテクと家へと向かっていった。

 

「あらあら。子供達にも気づかれていた様ですね」

 

「そうだな。まぁ…泣かれずに済んでなによりだよ」

ゲンジことコハルは立ち上がると、ヒノエの手からガーグァを引く手綱を受け取る。

 

「私が返してくる。姉様は先に戻っていてください」

 

「まぁ!すっかり役にハマってしまってますね〜」

 

「今日一日このままでいろって言ったのはアンタだろ!?ほら!行った行った!」

 

「はいはい♪」

ヒノエの背中を押しながら受付の仕事に戻らせる。そして、ヒノエが帰っていく中、コハルは目を鋭くさせるとガーグァを引きながら持ち主の商人の元へと歩いていく。

 

そして 商人の前に着くと手綱をまとめ上げ、鋭い目を睨みつけながら商人の腕に押し付けた。

 

「ガーグァの世話ぐらいキチンとしろ。もしもこれでガキが傷ついてたらどう責任を取るつもりだ」

 

「す…すまなかった。まさかこうなるとは思ってなかったもんで…」

 

「最悪なケースぐらい想定しとけ。特にモンスターを扱ってる時点なら尚更だ。いいな?」

 

「あぁ。本当に感謝する…以後気をつけるよ」

商人はコハルの剣幕に気圧され頷く。それを見届けたコハルは背を向けてヒノエの元へと戻った。現在の服装が原因なのか、周りからの視線が少々痛いが、それは気にしない。

 

 

もうすぐ正午だ。お昼時となっているために皆はヨモギやセイハクの店で購入したウサ団子やおにぎりを口にしていた。

 

「……腹が減ってきたな」

その様子を見てくると段々と自身の腹の虫も鳴り出す。そして自身もウサ団子を食べようとヨモギの茶屋へと脚を向かわせた。

 

◇◇◇◇◇

 

ヨモギの茶屋は繁盛しており、辺りに設置させてある花見用の長椅子には多くのハンターや行商人達が団子を食していた。今日は何かとハンターよりも商品を仕入れに来た行商人が多いだろう。それに加えて観光客も。

 

コハルことゲンジが女装して優雅に歩きながら現れた事に皆は驚くも、その反応にもう慣れた為に悠々とヨモギの元に進んでいった。

 

「あ!コハルちゃん来てくれたんだ!」

ヨモギは今もなおゲンジをコハルと思い込んでおり、先程の様に天真爛漫に振る舞ってきた。それに対してゲンジもコハルへと成り代わると声を高くさせながら返す。

 

「はい!早速ですが一本 お願いできますか?」

 

「りょ〜かい!しばし待たれよ」

ヨモギは頷くと素早い手つきであっという間に一本のウサ団子を完成させコハルへと手渡す。

 

「お待ちどうさま!ゲンジさん!」

 

「ありがとうございま………え?」

 

コハルは固まってしまう。今、たしかに自身の名前を口にするのが聞こえた。

 

「あ、しまった」

コハルが固まった事でヨモギは自身が口を滑らした事を自覚して咄嗟に顔をそっぽを向くように逸らす。

その動作からコハルは目を大きく開きウサ団子を口にしようとしていた動作を止めると即座にヨモギに目を向けた。

 

「まさか気づいてたのかよ!?」

 

「いやぁ…普通に気づくよそりゃ…」

コハクに詰め寄られたヨモギは頷きながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

 

「まさかゲンジさんに女装趣味があったとは……これまた凄い大発見だなぁ…」

 

「違う!!これには理由があるんだよ!!」

それから事情をイオリの時と同様に事細かに話す。するとヨモギは何とか納得してくれたのか頷いていた。

 

「なるほどなるほど。つまり今はお嫁さん2人のおもちゃにされてるんだね!」

 

「そうだよ…ってデカい声で言うな!」

 

ヨモギの発言によってゲンジをよく知らずに女だと思い込んでいる者達から次々と

 

『なぁ…嫁2人ってどう言う事だよ…?』

 

『多分その嫁2人もしくはあの女のどっちかが同性愛者なんだよ!』

 

『マジかよ!?』

 

完全に誤解されている声が上がってくる。まずいと思ったコハルは即座に訂正の声を上げる。

 

「おいそこ!!俺は男だ!勝手に女だと思ってんじゃねぇ!」

 

「あの…ゲンジさん。男って言ったらもっとヤバいんじゃない?」

 

「え?」

ヨモギの忠告にゲンジは呆気に取られる。

 

先程の言葉をリピートしてみよう。ヨモギは嫁2人と言った。ゲンジが男と訂正すれば1人の男に嫁が2人いるという事となる。即ち稀有な例である『一夫多妻』を自白したと言うことだ。

 

[女装][妻が2人]

通常では決して巡り会うことのない二つの単語によって辺りの男女のハンターや行商人から更なる変な印象を持たれてしまった。

 

『マジかよ!?アイツ男で女装して嫁2人もいんの!?』

 

『あの歳で女装に加えて嫁2人とかシュールだなぁ…』

 

『いや、どうせあれだろ?お姉ちゃんが2人いるとかだろ。今流行りのシスコンって奴?2人が好きすぎて嫁とか言ってんだよ多分。』

 

『『『『なるほど』』』』

 

1人のハンターの推測混じりの陰口に次々と辺りのハンターや商人達が同意したかの様に納得する。

 

「こ…コイツら…」

 

「おおお…落ち着いてゲンジさん!」

 

その景色を目の前で見ていたコハルは段々と頭に青筋を立て握り拳がプルプルと震えており、ヨモギはそれを必死に止めていた。

 

その後、何とか落ち着きを取り戻したコハルはヨモギに手を振りながら茶屋を後にし、元にいたヒノエの長椅子の場所へと戻る。

 

「あ、おかえりなさい。お食事は済みましたか?」

 

「あぁ。済んだ……済みました」

 

「よろしい」

まだまだ1日は終わらない。今は午後になったばかりだ。これ程 1日が長いと感じた事はない。あともう11時間もコハルでいなければならないのだ。

 

すると、ヒノエは突然コハルの手を取った。

 

「では次は集会所へ行きましょうか!」

 

「もうやだ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

場所は変わり集会所。テッカちゃんに乗りながら互角は多くのハンターと談笑していた。

 

そんな中で1人のハンターが少し気まずそうな視線を向ける。

 

「あのマネージャー…彼女は一体何者なんですか?」

 

「……」

その質問にゴコクも気難しそうな表情を浮かべていた。目線の先にいるのは受付で書類をまとめているミノト………のカウンターの外側にある椅子に脚を揃えながら座り集会所を見渡している眼帯をつけた少女。

 

「いやまぁ…気にせんでくれ。あの…ヒノエとミノトの従姉妹でゲコ!」

 

「そ…そうなんだ」

正体に気づきながらも気を遣い設定を見事に貫いてくれているゴコク。

 

その一方で、書類を整理していたミノトはチラチラとコハルへ目を向けていた。目を向ける先にあるのは気品のある座り方をするコハル。その表情はよく見えなかった。

 

「あの…コハルちゃん…?」

ルールに乗っ取り、ゆっくりと名前を呼ぶ。するとコハルはこちらに向けて振り向くとニッコリと笑った。

 

「はい。なんでしょうかミノト姉様」

 

「ッ!!」

その表情を見た瞬間 ミノトは手に持っていた書類を抱えながらビクッと身体を震わせる。一見見ると可愛らしい笑みだが、目元が少しだけ震えていた。

 

「あの…何でもありません…(お…怒ってらっしゃる…愛くるしいですが…あまり刺激しないように…)」

 

咄嗟にミノトは書類で顔を隠すようにして目を逸らす。

 

「怒ってませんよ。少し疲れてるんです」

 

「サラッと心を読まないでください!」

 

すると

 

「ねぇ君可愛いじゃん。この里に住んでるの?」

 

突然 コハルが影に覆われた。目の前に聳えるは巨大な体格を誇る大剣使いのハンター。その体格は一般の男性ハンターよりも良く、180に達している。

 

そのハンターは座るコハルをニヤニヤと見つめていた。

 

「いえ。近隣の村から観光で来ました」

 

「へぇ〜!そうなんだ。突然だけどさ。この後 俺と飲まない?」

 

またまたナンパ。この地域はやけに多い。いや、地域のせいではない。ハンターの自覚が足りない者が多いのだ。それに対してコハルはゆっくりと立ち上がる。

 

「う〜ん…では私と腕相撲で勝負しましょう!貴方が勝てば晩酌につき合います。負ければ…ボコボコにします」

 

「えぇ!?ま…まぁいいよ!」

完全におかしい条件にそのハンターは驚くも即座に頷く。そして、2人は集会所の中心に移動するとコハルは大きな一つのタルを用意し、その場に置く。

 

「よぉ〜し!お兄さん負けないからね」

 

「私も負けませんよ」

意気揚々としているハンター。額に青筋を浮かべているコハク。先にハンターが肘をタルの上へと置いた。

 

「さぁさぁ。この手を握りたまえ」

そう言いながらハンターは大きな手をグーパーしながら誘う。それに対してコハルは更に笑みを浮かべると頷いた。

 

「はい!」

頷いたコハルは同じく肘を立てる。

 

「では遠慮な…くッ!!!」

 

「…!」

コハルの腕が相手のハンターの腕を掴んだ瞬間 そのハンターの目からは光が消え去り、額から大量の汗が流れ始めた。

そして身体も小刻みながら震え出している。まるで何かに驚くと同時に怯えているかのように。

 

「あ…君…やけに握力が凄いんだね…」

 

「えぇそうなんですよ!あ、離してはいけませんよ!私も腕相撲がしたいんですから!」

 

「ちょっと!?何かどんどん握力強くなってるよ!?」

そう言い掴む腕の力がどんどん強まっていく。それと共にコハルの言葉も段々と強みを帯びていき、青筋も増えていく。

 

「あ、ミノト姉様。開始の合図を!」

 

「は…はい…」

コハルに呼ばれたミノトはカウンターから出ると2人の合間に立ち、双方の拳を包み込むかのように手を当てる。

 

「いきますよ……開始ッ!!」

 

ミノトは合図を出すと共に即座に素早い動きでコハルの後ろへと避難する。その判断は正しかった。

ミノトがいなくなったその直後___

 

 

___「オラァッ!!!!」

 

 

 

コハルの叫び声と共に掴まれていた巨大なハンターの腕が押し倒され、それと同時に叩きつけられた衝撃で樽が木っ端微塵に粉砕。更に相手のハンターの身体はその拍子に地面へと崩れた。

 

 

『『………』』

 

 

辺りにいたハンターやミノトは沈黙する。それもそうだ。筋骨隆々なハンターが着物を着た小柄な少女に腕相撲でいきなり地面へと叩きつけられたのだから。

 

当のハンターも何が起きたのか分からず、倒れたというのに目を何度もパチクリさせていた。

 

すると、コハルはゆっくりと膝を曲げて腰を低くするとそのハンターにニッコリと笑みを浮かべた。

 

「では、晩酌はなしで♪」

 

「は……はい…」

 

その後、ハンターは女性恐怖症となり、集会所もしばらく沈黙に包まれたという。

 

 

 



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風神編
不穏な知らせ


それから何も起きる事なく、ようやく1日が終わった。

仕事を終えたミノトと手を繋ぎながら自宅へと到着すると同時にコハルはゲンジへと戻りゆっくりと座布団の上に倒れる。

 

「つ…疲れた…」

 

一日中女装に加えて女性の口調、振る舞い、全てを平行させる事がこんなに疲れるとは思ってもいなかった。

 

「……エスラ姉さんは何で鼻血たらしてんだ…」

 

「いやぁ…そのあまりにも可愛すぎて…」

見るとエスラはその様子を見ながら鼻を押さえていたが、抑える手の間から次々と血が出ていた。

 

すると 突然 自身の頭が持ち上げられ、柔らかい誰かの膝の上へと置かれた。

「フフフ。もしもまた約束を破ったら1週間は同じ目に遭うと思ってくださいね〜♪」

 

そう言い見上げると黒い笑みを浮かべたヒノエの顔がゲンジを見下ろしていた。流石にこんな恥辱を1週間もさせられると、もう理性が保てない。故にゲンジは頷いた。

 

「わ…わかりました…」

その日からゲンジはヒノエに対して弱腰になってしまった。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

数日後、マルバ達によって付けられた傷が完全に癒えたゲンジは修練場へと向かい感覚を取り戻すべく次々と王牙双刃を振り回した。

 

「ふぅ…」

失われたこの数日間の訛りを取り除くべく、汗を流しながらも動き回る。次々と身体に湧き上がる感覚。そして行動回路。それが自身の訛った身体へと戻ってくる。

 

そんな時だった。

 

「ゲンジ!大変です!」

 

「…ん?」

 

修練場の入り口から受付をしていたミノトが走ってきた。何やら慌てているようだ。

 

「どうした?」

 

「すぐに集会所へ!エスラさんとシャーラもです!」

ミノトはその場に居合わせたエスラとシャーラにも呼びかけていた。3人は首を傾げながらも集会所へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「何かあったのか?」

集会所へと着いたゲンジはゴコクへと事態を尋ねる。ゴコクは眉間に皺を寄せながら事態を話した。

 

「実はな。百竜夜行が通ったとされる水没林を調べておった調査隊が突然 行方不明になってしまったのでゲコ」

 

「それが何か問題でもあるのか?そうなると捜索隊が組織して出される筈だろ」

 

「いやそれがのぅ。組織されたはいいが、水没林に『ジュラドトス』が暴れて調査隊の捜索が上手く行えない状況なのでゲコ」

 

「ジュラドトス…」

聞き覚えのないモンスターの名前を聞いたゲンジは繰り返すようにゆっくりと名前を口にする。

ジュラトドスとは、現大陸にて最近になって発見されたモンスターであり、泥魚竜と呼ばれる。その名の通り泥のなかをスイスイと泳ぎ、泥に脚を取られた獲物を食す獰猛な海竜種である。

 

「つまり、ソイツらをどうにかしないといけない訳か。いいぞ。引き受ける」

 

「私もだ。最近は燃焼不足であるからな」

 

「同じく」

 

「よく言ってくれたでゲコ!お主らがジュラトドスを相手にしている間に捜索隊を派遣するので頼むでゲコ!あ、そうじゃ、これは別件なんだが」

 

「別件?」

ジュラトドスの話を終えるとゴコクは別の話題を切り出す。

 

「砂原にて赤く輝く彗星が観測されたようでゲコ」

 

ゴコクの話によると、砂原にも派遣された調査隊が調査を行う中、ふと空を見上げた時、青い空を赤く輝く彗星が軌跡を残しながら南へと向かっていく光景を目にしたらしい。何とそれは寒冷群等でも観測された様だ。

 

「赤く輝く彗星…それなら俺も以前に見た事があるな…」

 

その言葉にゲンジは以前砂原へと行った時を思い出す。その時は自身も赤い彗星を見かけた。

その直後に体内に眠るイビルジョー が突然 目覚めたのだ。イビルジョー 曰く“古龍[えさ]が近い”と。

ゲンジはその事を全てゴコクへと伝えた。

 

「なるほどな…お主の中のイビルジョー が彗星を見た途端に目覚めたと…」

 

その話を聞いたゴコクは腕を組み考え始める。そうなると彗星が古龍であると推測できる。

 

「まぁ、まだ詳細は分からん。これについても分かり次第伝えるでゲコ」

 

「あぁ」

 

その後、ジュラトドスの相手を引き受ける事となったゲンジ達は準備を整えると受付へと向かいクエストを受注する。

 

「何か妙だな…ここから距離のある水没林から砦まで普通にモンスターが来るか?迷い込んで来るにしてもおかしいだろ」

 

ゲンジの問いにミノトも同意するかのように頷く。

 

「確かにそうですね…。大社跡なら分かりますが…水没林からなんて…前に出現したアンジャナフはどうやら砂原から来たようですよ?」

 

「砂原!?」

ミノトは前回の百竜夜行のモンスターの調査をゲンジ達へと伝える。ヨツミワドウやジンオウガ、タマミツネは大社跡から。これは何となく分かる。リオレウスやリオレイア、そしてナルガクルガの様な飛竜種は空を飛ぶ為に何処から来てもおかしくはない。

だが、おかしいのはアンジャナフとゴシャハギだった。

ゴシャハギは砂原と同じ程の距離のある寒冷群島、そしてアンジャナフはその砂原から来たというのだ。

 

仮に迷い込んで来るにしても上記の2体が現れる事はおかしいとしか言えない。

 

正に奇々怪々

 

 

「取り敢えず調査隊の事は頼むとして、私達はジュラトドスを優先しよう。手っ取り早く終われば捜索隊と合流して一緒に探すよ」

 

「お願いします。どうかお気をつけて。あとゲンジ……」

 

「ん?」

ミノトはエスラの言葉に頷くとゲンジの左頬に目を向ける。

 

「あの…目の方は大丈夫ですか?」

 

「あぁ。コイツか」

ミノトが見ていたのはゲンジの左目に付けられた眼帯だ。ゲンジはそれを外す。現れたのは今も変わらず黒色に染まる目玉に赤く輝く瞳。正に龍属性の中から除くイビルジョー のような目であった。

 

「見える景色に異常はねぇから大丈夫だ。気にするな」

 

「なら…よかったです…。何かあったら絶対に隠さずに話してくださいね!」

ミノトはゲンジの両手を自身の両手で包み込み身を乗り出す。前のような事が決して起きない為に。

 

「あ…は…はい」

 

その圧に対してゲンジは頷くとエスラと共に水没林へと向かった。

 

 

 



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番外編 若き新世代

ある地域のとあるハンター訓練所。その訓練所は地域……いや、現大陸の中でも特に過酷な場所だと言われている。それゆえにこの訓練所を出たものは王国直属の『ギルドナイト』はたまたギルド公認の敏腕ハンターへとなるものが後を絶たない。

訓練へと参加しているのは屈強な体格を誇る男女。男は7割が筋骨隆々、その巨大な体格は軽く平均して六尺は下らない。鍛え上げられたボディに加えて卓越した身体能力。

 

年齢はややバラツキがあるが、将来が有望とされている訓練生。だが、その屈強な男達が次々と倒されていったのだ。

 

「ガハァ!!」

吹き飛ばされた男の内の1人は超新星と呼ばれる程の高い実力を持つ訓練生であり、身長は5.8尺ながらも成績は今期の中で3位と上位である。その男の目の前には何と背丈が5尺程度の小柄な少年が腕を組まずに仁王立ちしていた。

 

女子とそう変わらない輪郭。そして長く伸びた髪に透き通る様な青い目。一見して少女に見えてしまうだろう。だが、顔から下へと目を向ければそれは一気に消え去る。

細い身体に極限なまでに溜め込まれた筋肉。細い腕の上腕二頭筋も発達しており、腹筋も六つにクッキリと割れている。

 

「やっぱり…アンタには敵わねぇな…」

 

吹き飛ばされたハンターは起き上がると降参するかの様に両手をあげる。

すると、それを確認した少年は男へと歩み寄ると手を出す。

 

「筋力勝負だったらアンタの勝ちだよ」

 

「ソイツも怪しいけどな…」

 

少年にとっては事実。青年にとっては皮肉とも取れる言葉の意味を互いに受け取りながら立ち上がる。

 

「勝負有り!!!」

 

肉体とのぶつかり合いが終了すると今度は各自の武器での演習となる。

 

皆が武器を手に取る中 少年は武器を取らず、ただ肉体の修行を再開した。

 

巨大な岩を持ち上げ、何度も何度も状態起こし。そして長距離走。彼が武器を手に取り訓練に参加するのは週に一度きりだ。

 

「なぁ。アイツっていつもあぁなのか?」

 

「いや、いつもどころじゃない。俺達が休憩してる時もずっとアイツは一人で筋トレばっかやってるんだ。卒業が近いのになにやってんだかな。それにあんな体格で今更鍛えたって無駄だろうに」

 

二人のハンターがコソコソと言う中 少年はただ肉体を鍛え続けていた。

多くのハンター達はある程度まで肉体を精錬すればそこで止めてしまう。その後は武器を扱いどの高みまで目指していけるかだ。

 

だが、少年は鍛え続ける事をやめなかった。

 

◇◇◇◇◇

 

この訓練所には数ある訓練所の中にはない特殊な訓練が存在していた。

 

それは 支給品装備による“サバイバル”

 

参加は自由。不参加による卒業不認定などは存在しない。そうなれば受けない者も中にはいる。だが、高みを目指すと心に決めた者達やハンターライフを先行体験したい者達は自主的に参加していった。

 

フィールドは『森・丘』

 

ここで1日を過ごす。参加したとしても途中に辞退は可能だ。

参加したのは全員の中でも男女合わせておよそ30パーセント。この全員で狩場でのサバイバルを生き抜くのだ。生死は全て自己責任。更にモンスターの繁殖期による危険度も一切無視。

 

武器はそれぞれ簡単に作られたレア度が2程度のモノのみ。装備も全員チェーンシリーズ。

 

いわゆる擬似ハンター体験である。

 

多くのハンター達は夢に見た狩場での生活に心を震わせる。だが、数ある中でも猛者の部類に入る者達は常時警戒を解く事はなかった。

 

この時期の森・丘は最悪の時期だった。それは『リオレウス』と『リオレイア』の邂逅。

 

即ち、繁殖期による凶暴化である。

 

それを知らなかった者達は知った途端に夜が来る前にキャンプへと逃げる様に帰還していく。

 

 

だが、逃げ遅れた者は恐怖に襲われるだろう。

 

「うわぁぁ!!みんなどこいっいまったんだよぉ!!!」

仲間と逸れたハンターは涙を流しながら逃げ回る。その後ろからは陸の女王と名高いリオレイアが突進してきていた。

 

「来るなァァァァ!!」

 

リオレイアが直前まで迫ってきた時だった。

 

 

「オラァッ!!!!」

 

突然その場に巨大な叫び声が響くと共にリオレイアの翼を何者かが斬りつけた。

 

それは訓練時に自身が見下していた訓練生であった。

それと共に後ろからは双剣とヘヴィボウガンを持つ二人の女性の訓練生。更に辺りからは大剣、太刀を構えた訓練生が飛び出してきた。

 

全訓練生の中でもたったの2%。その5人は借りた武器にも関わらず、次々とリオレイアへとダメージを与えていく。

 

その中でも、双剣を持つ男女とヘヴィボウガンを操る女の3人は別格であった。

素早い動きで辺りを駆け抜けていき、リオレイアを翻弄し、その隙を突き次々と斬りつけていった。

 

そしてそれをサポートするかの如く、ボウガンを持った彼女は一発も外す事なくモンスターへと弾丸を放っていた。

 

その他の二人のハンターも同じく武器を構えて攻撃していく。

 

その時だ。

 

___ギャァァオオオオ!!!

 

 

その場を揺るがす巨大な咆哮が響き渡った。

見ると上空からリオレウスが飛来し、リオレイアの前に降り立った。妻を傷つけられた事で怒り狂い、口からは大量の炎が漏れ出していた。

 

だが、5人のハンター達は決して引く事はなかった。双剣を持つ男女は再びリオレイアの時と同じコンビネーションによってリオレウスを翻弄し、その隙をついたヘヴィボウガンを扱う女性は麻痺弾を投射。

 

そして麻痺したところを双剣の男女と大剣、太刀を持つ男性ハンター達は総攻撃を仕掛けていった。

 

その結果、何と凶暴となったリオレウスは空高く飛び立ち、他のエリアへと撤退。リオレイアも逃げていった。

 

尻餅をついていたハンターはこの時 5人との圧倒的な違いを実感させられたのだった。

それと同時にあの双剣使いの男がなぜ、ずっと身体を鍛え上げ続けていたのか理解できた。

 

それは“武器の強さ”によるハンデを打ち消すためであった。たとえ武器が弱く屈強なモンスターに遭遇しても、それを技術と身体能力で補う事でその力量差を埋めることが可能となる。

 

程なくして5人のハンターにより擬似体験は幕を閉じた。

 

◇◇◇◇◇

 

所属しているハンター訓練所に入隊試験も卒業試験も存在しない。

 

教官から『いろは』そして『武器の扱い方』を叩き込まれて終わる。そこから自給自足。死んでも自己責任だ。だが、自由であるからこそ、人は何が必要か、何をするべきかを判別する事ができ、成長していく。

この訓練所はそれに則っていた。

 

「君たちは今日までよく頑張った。記念に君達には好きな種類の武器を一つずつプレゼントしよう。卒業した後もこの調子でG級への昇格を目指して頑張ってくれ」

 

『『『『『はいッ!!!!』』』』』

 

およそ100名の猛々しい声が響き渡る。

 

 

「では、卒業生代表の言葉を聞こう。54番!前へ!」

 

「はい!」

卒業生代表。それはこの100人の中でも教官から選ばれし『極めて優秀な者』である。

 

教官から呼ばれると大きく返事をする声が響き渡った。教官に向かう様に登壇したのは何と双剣を使いリオレウスとリオレイアを相手に善戦していた小柄な少年だった。

 

「代表の君から今後の抱負を聞きたい」

 

「はっ!!」

これは教官の興味本位である。どう受け答えしてもよい。女性にモテたい、強くなりたい、王になりたい。どんな言葉でも人それぞれ個性のある目標だ。それに対して少年は脚を揃えると共に答えた。

 

「ここで得た経験とこれから育む経験を糧に精進し、新たなる拠点の者達から頼られるハンターへとなります」

 

その言葉に辺りは静まり返る。何とも普通の答えだ。

それに対して教官は頷いた。

 

「良い答えだ。それを叶えられるよう頑張ってくれ」

 

そして 少年の答辞が終わると卒業の式は幕を閉じ、新世代としての期待を背負った皆は次々と自身好みの武器を手に取り旅立っていった。

 

そんな中 代表となった少年は双剣を担ぎながら悠々と歩いていく。多くのハンター達はその少年が歩いてくる姿を見ると道を譲るかの様に左右へと避ける。その後ろから少年と共にリオレウスとリオレイアを撃退した二人の女性ハンターも後に続く。

 

 

この訓練所にて小柄な身体でありながらも首席で卒業した彼。そして彼女らは後にこう呼ばれる事となった。

 

______『暁』

______『宵闇』

 

そして

______『薄明』と。

 



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泥土を泳ぐ竜

鬼門の沼沢 巷説に聞く 泥隠し

危殆 泥濘の如く 深み嵌って 腹の中__。

 

◇◇◇◇◇◇

 

水没林。それは文字通り生い茂る木々の大半が水に沈んでいる湿地帯である。最近になって立ち入る事が不可能であった多くの地点が立ち入る事を許可されたようだ。

 

水没林へと到着したゲンジ達は即座にジュラトドスの凄むエリアを捜索する。

 

「泥を泳ぐとなると、恐らくこのエリアが怪しいだろう」

 

エスラが指したのは地図上に示されたエリア2。ズワロポスがよく目撃されるところだ。話によるとジュラトドスは肉食。ズワロポスは良い獲物となるだろう。

 

「じゃあそこに向かうか」

 

3人はその場からエリア2へと向かう。

 

◇◇◇◇◇◇

 

エリア2は比較的広く、辺りは水分によってぬかるんでいた。だが、人間程度の重さではあまり沈む事はない。そのかわり、モンスターのような超重量を持つ生物は深く踏みしめると沈んでいくようだ。

 

「まずは私が様子を見よう」

エリア2と1の境目にある岩陰に隠れると、エスラは慎重に顔を出して泥土が広がるエリア2を見る。

 

「…ほう。アイツだな」

 

エスラの視界に映ったのは悠々と泥の中を泳ぐ巨大な黒い影。見ればヒレのようなモノを付けている。

 

「俺とシャーラ姉さんで奴をここまで誘き寄せる。姉さんは奴が完全に潜ったら音爆弾を頼んだ」

 

「了解」

 

エスラは即座に音爆弾を取り出す。

 

「いくぞシャーラ姉さん」

 

「うん」

ゲンジは王牙双刃を、シャーラはギロチンを構えると即座に駆け出す。

 

2人は疾風の如く駆け抜けていき、泳ぐジュラトドスへと接近する。

 

 

その距離があと数メートルとなった時、ゲンジは脚を踏み込み跳躍すると身体を唸らせ目の前に迫るジュラトドスの背中へと王牙双刃を振り回す。

 

「オラァッ!!!」

 

振り回された王牙双刃の刃がジュラトドスの身体へと擦られると雷属性の特性である青い稲妻がジュラトドスの身体を走る。

 

刃を当てられたことでジュラトドスは外敵の接近に気付き、即座に後方へと泳ぎながら後退する。その動きは泥の中だというのに水中にいるかの様に素早い。

そして後退したジュラトドスは大きく頭を上げた。

 

「!?マズイ!姉さん耳塞げ!」

 

「…うん!」

その動作からゲンジはハンドボイスを予測して、シャーラへと警告した。

咄嗟にシャーラも武器をしまうと耳を塞ぐ。

 

その直後 巨大な咆哮が響き渡った。

 

「ぐぅ!?」

 

耳を塞いでいても鮮明に聞こえて来る叫び声。

 

その咆哮が鳴り止むと、泥の上に立っていたゲンジに目掛けてジュラトドスは泥の塊を吐き出した。

 

「お!?」

咄嗟にゲンジは状態を横に投げる様に回避して向かって来る泥の塊を避ける。後ろへと突き抜けた泥の塊は地面に付着すると、そのまま障害物のように残った。あの粘着度。触れればしばらくは身動きが取れなくなるだろう。

 

「姉さん。あれになるべく注意しろ」

 

「オッケー。あと、陸地に追い込むことが優先ってことは忘れないで」

 

「あぁ」

2人は即座に武器を構える。後方からはエスラが誘き寄せるべく、次々と雷撃弾を放っていた。

 

「ギャァオオオ!」

 

すると、弱点属性であるのか、雷撃弾が撃ち込まれていくとジュラトドスは悲痛な声を上げていった。

 

「好都合だな。雷属性が弱点とは」

 

「これならすぐに片付きそうだね」

 

偶然と弱点が武器の属性と同一だと判明すると2人は笑みを浮かべ、ジュラトドスへと向かっていく。

 

「ソラァァァア!!!」

 

「やぁぁ!!!」

 

エスラの雷撃弾によって怯むジュラトドスへ向けて、2人は双剣を振り回していった。身体を回転させながらジュラトドスの身体をなぞるかのように斬りつけていき、確実なダメージを与えていく。

 

その時だ。ジュラトドスは首を上にあげる。

 

「「!?」」

 

その動作を見たゲンジとシャーラは即座に武器による攻撃を中止する。

 

すると 先程と同じく激しい咆哮が近距離で放たれた。

 

「ぐぅ!?」

 

「うぅ…!!」

 

近くにいた2人は耳を塞ぎその場に立ち止まってしまう。そして、2人が立ち止まった瞬間を隙と見たジュラトドスは巨大な尻尾を身体と共に棒の様に振り回し、2人の身体を泥が広がる地点からエスラのいる地面へと吹き飛ばした。

 

それを追いかける様にジュラトドスも泥中から地面へと上がり始める。

 

「…へへっ。これはまた好都合だな。姉さん」

 

「うん。そうだね…!」

 

「一気に畳みかけるチャンスだ…!!」

 

不利な場所であるぬかるんだ場所から離れ、得意な地面での闘いになる事を理解した3人の目が輝きだす。

 

その後は何とあっという間に終わっていった。陸地に誘き寄せられたジュラトドスはエスラの麻痺弾によって動きを封じられ、そこからゲンジとシャーラの双剣の弱点属性である雷を浴びた無数の蒼い斬撃を喰らわせられる。

次々と全身に傷がつけられ、纏っていた泥も破壊されていく。

 

麻痺が解け、泥を纏うべく泥中に戻ろうとしても、ゲンジが直前に仕掛けておいたシビレ罠にはまり、そこから更に先程と同じような光景が広がる。

 

よって、クエスト開始からエリア移動を入れて僅か10分でジュラトドスは虫の息となった。

 

「ふぅ…。終わった」

 

「意外と早く終わったね」

 

「お疲れ様2人とも」

ゲンジとシャーラが深呼吸をしていると、ボウガンを背中に背負ったエスラが2人の頭を撫でる。

 

「「頭を撫でるな(撫でないで)」」

 

「ムフフ…揃ってジロリとする2人も可愛いな…」

 

軽く携帯食料を噛みちぎると、エスラは辺りにモンスターがいない事を確認する。

 

「さて、軽く休憩して私達も捜索隊と合流しよう。キャンプにもうついている頃だろう」

 

「あぁ」

「うん」

 

何でも今回は捜索隊は自身らがジュラトドスを狩猟した直後に調査隊を捜索するつもりだったらしい。

 

その時だ。

近くの雑木林が何やらガサゴソと木々の葉っぱと茎が擦れ合う音とそれを踏み倒す音が聞こえて来る。

 

「…何か来るな」

 

「あぁ」

 

エスラの見解にゲンジとシャーラは頷く。その音は次第に近づいて来る。

 

すると、突然 林の奥から何かが飛び出す。だが、出てきたのは何と観測用の装備を纏った男性だった。

 

「アンタ達はハンターか!?ようやく来てくれた!」

 

その男性はハンターであるゲンジ達を見つけると驚き出すと共に安心したのか笑みを浮かべていた。

 

「そうなると…アンタは派遣されて行方不明になってた調査隊か?」

 

「そうだ。『タルソ』という」

 

タルソと名乗った調査隊員は行方不明となってしまった経緯を話した。何でも4名で百竜夜行が起きた直後の痕跡を調査中に上空に青い龍を目撃し、追いかけている内にジュラトドスの襲撃にあっらしい。仲間が負傷してしまった上にジュラトドスが彷徨いていた故にその場から動けなかった様だ。

 

そして、その報告を聞いたゲンジ達は驚いた。

 

「青い龍って…俺たちの時もそうだったよな?」

 

「あぁ…百竜夜行の直後に現れた。その古龍がここでも目撃されるとはな…取り敢えず」

 

今回の目的である行方不明者の捜索が終わった。故にエスラはタルソに問いかける。

 

「君たち調査隊をキャンプに送ろう。話はそれからだ。他の隊員達はどこにいる?」

 

「あぁ。すぐ近くのエリア内で待機している。捜索隊とも連絡が取れた」

 

「よし。ならばすぐに帰ろう」

 

その後、エスラ達は調査隊と捜索隊との合流を果たし、全員無事である事が確認された。そして水没林のキャンプへと戻り、ある程度の報告を聞くと調査隊と捜索隊はハンターズギルド本部へ。ゲンジ達はカムラの里へと帰還した。

 

 

 



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明かされる真相

水没林にて無事に調査隊を発見し、捜索隊と合流したゲンジ達は里へと帰還した。

 

「やぁやぁ3人とも!ご苦労であったでゲコ。無事に調査隊が見つかった様で何よりじゃ!」

 

夕方だというのに陽気に出迎えてくれたゴコクにゲンジは頷く。ミノトも無事であった事に安心しながらクエストの達成手続きを行う。そんな中、ゴコクは何かを思い出したのか、懐から一枚の手紙を出した。

 

「そうじゃエスラよ。お主に手紙が届いておるぞ。“古龍観測所”から」

 

「ほぅ?ようやく返事が来たか」

エスラはその手紙を待っていたかの様な笑みを浮かべると受け取る。封筒を剥いで中身の手紙を取り出すと、エスラはじっくりと読み込む。

 

その様子を邪魔しない様にミノトはシャーラとゲンジに小声で話しかけた。

 

「古龍観測所に知り合いがいたんですよね?」

 

「あぁ。『ヒューム』っていうハンターだ。エスラ姉さんの親友らしい」

 

「あんまり話したことないけど」

その一方で エスラは黙々と届けられた文面を読んでいく。そんな中、読み終えた瞬間 エスラの顔が手紙から離れる。

 

「…!」

その顔からは珍しく汗が流れていた。

 

「成る程な…」

 

「何と書いてあった?」

 

「ヒューム殿は砂原でこの古龍を見掛けたらしい。口から何かを吐き出した瞬間に暴風が吹き荒れ、その場に居合わせたモンスターが恐れる様に大移動を開始した様だ。しかもそれは以前の百竜夜行の数日前だ」

 

「なんと…!!!」

読み上げられた文面にゴコクは驚愕する。そしてそれを聞いていたゲンジ、シャーラ、ミノトも驚いた。

 

「つ…つまり百竜夜行というのは…!」

 

恐る恐る尋ねたミノトにエスラは頷く様に答えた。

 

「あぁ。『人里を狙いモンスターが押し寄せる災害』ではない。『一体の古龍に恐れたモンスター達の大移動』だ…!!ようやく謎が解けたよ」

 

この数百年間解かれることの無かった大災害『百竜夜行』の謎が遂に判明したのだ。そして、古龍観測所にて得たこの情報も本部に報告されているだろう。その内このギルドにも届く筈だ。

 

「照会もしてねぇ情報をよくアッサリと部外者に漏らしたな…」

 

「ハハッ。まぁ私達を信用してくれている証拠だろ。彼らしいよ。少なくともこれはフゲン殿には話しておこう」

 

そう言いエスラは詳細を伝えるべくフゲンの元へと歩いて行った。

 

「アマツマガツチやクシャルダオラ以外にも風を操る古龍がいるとは驚いたな…」

 

「まさしく新種となるでゲコ。謎が解けるのは嬉しい事じゃが、あの古龍が原因となると複雑でゲコな…」

 

古龍は正に自然そのものを体現した存在。謎が解けたという事はあの古龍を打ち払わねばならない。奴らが相手となればそれは激しい闘いとなるだろう。だが、里を守るためには闘いは避けられぬ諚である。

皆は皺を寄せる。

 

「俺達はそろそろ戻るよ」

 

「ふむ。また詳細が来たら伝えるでゲコ」

 

ミノトとゴコクは歩いていく2人を見送った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ゲンジは集会所を出る。エスラはまだフゲンと話している最中であるだろう。

 

「お腹空いたしウサ団子でも食べよっか」

 

「そうだな」

 

ヨモギの茶屋は夕方は静かであった。けれども、里の何人かはおやつの為なのか、ウサ団子を購入していた。

 

「あ!お〜い。ゲンジさんシャーラさんお疲れ様〜!」

いつも相変わらずヨモギは2人を見つけると天真爛漫に手を振りながら出迎える。その雰囲気に癒されながら2人は手をあげて軽く会釈すると、ウサ団子を注文する。

 

「ヨモギちゃん。ウサ団子を…えぇと…」

 

「ミノト姉さんとシャーラ姉さんとエスラ姉さんと俺の分で12本、ヒノエ姉さんの分で20本だから32本頼む」

 

「そっか」

涼しい顔で注文しているが、1人だけ明らかに本数がおかしい。もはやヒノエの大量注文は里の全員が熟知してしまったのか、驚かなくなってしまった。

 

「は〜い!後で届けるから待っててね!」

 

「分かった。じゃあ広場で待つか」

 

「うん」

 

団子が届くまで暇な為にゲンジとシャーラは広場へと向かっていった。

 



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共鳴

___対は何処…対は何処…

 

 

頭の中に流れるはあの古龍の悲しみと焦燥に駆られる声。それはまるで早く巡り会いたいと願う乙女の様であった。

それと共に流れてくるのは恐れる声。

 

___我ら共に…かの恐ろしき龍を討ち祓わん。

 

次々と叫ぶように鳴り響いてくる声。その声に胸が締め付けられそうになる。

 

その時だ。

 

 

__さん!!__姉さん!!ヒノエ姉さん!

 

聞き覚えのある声が聞こえてきた。1人だけじゃない。

 

_ヒノエさん!

 

2人の声が自身を呼んでいた。その声を聞くたびに自身を締め付けていた“何か”がほつれ、そして打ち消されるかの様に古龍の声と共に消えていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

気付いた時には目の前にゲンジとシャーラの顔があり、水晶の様に突き通る青い目でヒノエを見つめていた。

 

「ゲンジ…シャーラ…」

 

朦朧とする中ようやく思い出した。自身は“共鳴”したのだ。あの古龍と。

 

「私は…」

 

「あぁ。共鳴していた。俺達が着いた時にはもう目があの時のようになってたぞ。何度呼びかけても答えない程にな。身体に異常はないか?」

 

ゲンジに現在の体調について問われるとヒノエは自身の手を何度も握る。共鳴したとしても特に異常はなかった。あるとすれば空腹感であろうか。

 

「特に…ありませんね。いつも通りです」

 

「そうか…よかった」

ヒノエが無事である事を確認するとゲンジは大きく息をついた。その動作からヒノエは自身の事を本当に心配してくれた事を読み取った。

 

「すいません…。ご心配をおかけしてしまって」

 

「いいよ。ヒノエさんが無事ならよかった。ね?」

 

「あぁ。だが…これは報告しなきゃな…」

 

◇◇◇◇◇◇

それからゲンジとシャーラはヒノエの左右に腰を掛けると、共鳴の際に聞こえた声について尋ねた。

 

それについて、ヒノエは聞こえた事を全て話す。対を探し求める声。そして…ゲンジの中にいる恐暴竜に怯える声。それを“対”へと打ち払おうと呼び掛ける声を。

 

「つまり…アイツらは俺に敵意を抱いてるって事か」

 

「そうなります。あ、だからといって出て行こうとしたら怒りますよ?」

そう言いヒノエはすぐさま自身を逃さないかの如く腕を掴んでくる。

 

「そこまで考えてねぇよ…」

ゲンジは気圧され即座に否定する。だが、その考えが決して浮かばなかったという訳ではない。自身が遠くへといけば、あの古龍と“対”は自身を目指してくるのでカムラの里から離れる事となる。けれども、それをする程の勇気はない。

 

「共鳴についてはわかった…。それと、あの古龍をみたヒノエ姉さんには話しておく」

 

ゲンジはヒュームから得た情報をヒノエへと話した。百竜夜行の原因があの古龍の巻き起こす暴風である事を。それを聞いたヒノエもミノト達と同じく複雑な表情を浮かべる。

 

「百竜夜行の原因があの古龍…そうだったのですね」

 

「あぁ。ヒノエ姉さんが共鳴したとなると奴も近くにいるだろ。そうなれば討伐依頼もすぐに出される」

 

謎は解けた事は良い。だが、問題なのは相手が古龍である事だ。もしも対峙するとなるとゲンジの理性が持つかどうか分からない。

ヒノエは表情を曇らせながらゲンジに問いかける。

 

「ゲンジは…依頼が出されれば討伐に向かうのですか?」

 

「…あぁ」

それに対してゲンジ何の迷いもない表情で頷いた。そうなれば、確実にゲンジの中に眠る恐暴竜が表面へと現れてしまうだろう。

 

「というか…どのみち行かなきゃならねぇ。奴らが俺を狙っているなら、いつ、里に襲ってくるか分からねぇ」

 

そう言いながらゲンジは首を鳴らす。ヒノエの共鳴にてあの古龍が自身を狙っているならば自身が出向かなかればならない。万が一、出向かなければ、下手をすれば今度は百竜夜行を里に直接ぶつけてくる可能性もあるのだ。

 

そうなればもう成す術がない。故にゲンジは自身の体内にいるイビルジョー が目覚める事に加えて古龍と対峙する覚悟を決めていた。

 

 

すると

 

「お〜い!ゲンジさんシャーラさん!ご注文のお団子32本お待たせ〜!」

 

茶屋からリヤカーに乗せられたウサ団子を運んでくるヨモギの姿が見えた。

 

「あ、ありがとうヨモギちゃん」

 

「お気になりなさんなって!ではごゆっくり!」

 

ヨモギがシャーラに手を振りながら茶屋に戻っていくと、ゲンジはヒノエの分である20本のウサ団子を前に置いた。ヒノエは自身の前に置かれた大量のウサ団子を見ると再びゲンジへと目を向けた。

 

「必ず帰ってきて…また一緒にウサ団子を食べてくれますよね?」

 

「あぁ」

 

先程と同じく何の迷いもない目を向けられた事でヒノエの中にある不安が少しだけだが和らいだ。

 

「なら安心できます」

 

それと共に曇っていた表情が晴れ、再び太陽のような笑みが戻りいつものヒノエへと戻った。ヒノエはゲンジの頭を抱き寄せると頬に口付けをする。

 

「約束ですよ?」

 

「…う…うん…」

 

その場面を横から見ていたシャーラはやれやれと首を振りながらウサ団子を口にした。

それに続くようにヒノエとゲンジもウサ団子を頬張る。

 

「ウサ団子、ご馳走様です。私が食べ終わるまで側にいてくださいね?」

 

「い…いいぞ」

 

「シャーラも」

 

「うぇ!?私も!?」

 

その後 3人は沈み行く夕陽を眺めながらウサ団子を口にした。

 

 



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百竜夜行の正体そして駆けつける者達

その後 ゲンジはヒノエをシャーラに任せるとフゲンとゴコクのいる集会所へと向かいヒノエが共鳴した事を報告する。

 

「なに!?ヒノエが!?」

 

「あぁ。すぐに収まったがな」

 

報告を受けたフゲンとゴコクは驚き、ミノトは手に持っていた書類を床に落としてしまった。

 

「姉様は無事なんですか!?」

ミノトは本を落としながらもカウンターから飛び出して、ゲンジの両肩を掴み問い詰める。それに対してゲンジは頷く。

 

「体調や食事に関しては問題なく取れてるが、一応 ゼンチさんを呼んで今は見てもらってる」

 

「そ…そうですか…。無事で何よりです」

 

それを聞いたミノトは少し安心したのか、再び仕事へと戻った。

 

「しかしヒノエが共鳴したとなると…奴も近くにいると言う事でゲコね」

 

「そうなりますな…。ゲンジよ。俺としてはお前を出撃させたくないと考えているが、どうなんだ?」

 

フゲンはゲンジへと問う。フゲンもゲンジの秘密を知っているのだ。前のような苦しみを味合わせたくない。そう思いながらフゲンはゲンジに出撃を勧めなかった。

 

それに対してゲンジは応えた。

 

「いや俺も出る」

 

「何故だ?わざわざ傷を抉る事になるんだぞ?」

 

フゲンの言葉にゴコクもミノトも頷く。だが、どうしてもゲンジには出撃しなければならない理由があった。それは共鳴した際にヒノエが聞いた言葉であった。

 

「あの古龍は共鳴した際にこうも言っていたらしい『恐ろしき龍を討ち払わん』…と。そうなると奴らは俺を狙っているという事になる。このまま俺がここに残れば奴らは俺を目指して里に来るだろう」

 

里に来るとするならばゲンジも出撃させた方が賢明だろう。だがその反面ゲンジの精神に負担が掛かってしまう。フゲンは苦渋の末に出撃を頼んだ。

 

「そうか…なら、今回もお主に頼らせてもらう…。すまないな」

 

「あまり思い詰めなくていい。これは俺が決めた事だ」

 

それからゲンジは仕事を終えたミノトと共に自宅へと戻った。ミノトはやはり共鳴を起こしたヒノエを心配していたのか、帰って早々泣きついたようだ。

 

◇◇◇◇

 

数日後 遂にギルドから古龍と百竜夜行についての書状が送られてきた。

 

集められたゲンジ達にフゲンは詳細を伝える。

 

「やはりエスラの友人の内容通りだ。あの龍が暴風を発生させた事で周囲のモンスター達が恐れるように大移動を開始した。

追い立てるモンスターをギルドは『風神龍 イブシマキヒコ』と名付けた」

 

「イブシマキヒコ…」

頭に刻み込む様にゆっくりと名前を繰り返しながら呟くと同時にゲンジの額から毛細血管が湧き立つ。

 

「…覚えたぞ…」

 

それと共に拳を握り締める。

次々と溢れ出てくるのは果てしない『怒り』

自身を迎え入れてくれた里を数百年間苦しめていた災害の原因である上に嫁であるヒノエを苦しめた存在の名前が判明された事で沸き上がったのだ。

 

「報告によると、数日前 大社跡の上空を飛行している姿を調査隊が発見したようだ。だが、すぐに乱雲の中に姿を消してしまったらしい」

 

「ッ……場所が分からなきゃどうする事もできねぇか」

 

ゲンジは拳を自身の掌に叩きつける。

正に迅速であった。現れては消え現れては消え、何度も暴風を起こしイブシマキヒコはモンスターを追い立てている。

そうなれば討伐の仕様がない。このまま百竜夜行を退け続けたとしても、イブシマキヒコの命を絶たなければイタチごっことなるだろう。

 

だが、フゲンはそれを否定する。

 

「いや、それに関しては問題ない。実と言うと生態が判明と共にこの数ヶ月以内に百竜夜行が起こる事が予測された」

 

「「「!?」」」

 

その知らせに一同は驚く。今度は何と1ヶ月も経たない内に予言されたのだ。

 

「この混乱に紛れ、奴も姿を現す。そこが叩くチャンスとなるだろう」

 

「なるほどな…」

 

百竜夜行に生じて現れるとなると砦での戦闘は不可避となるだろう。そうなれば里の皆 総出で迎撃に向かわなければならない。

 

「だが、イブシマキヒコが直々に出向くとなると、百竜夜行の規模も一線を画すのではないか?」

 

エスラの問いにフゲンは頷く。

 

「あぁ。リスクは前回とは比べ物にならないだろう。だからお主ら以外のハンターにも協力を頼むつもりだ。そのハンター達がモンスターを食い止めている間に3人にイブシマキヒコを討伐してもらいたい」

 

フゲンの判断は賢明と言える。G級ハンターであったとしても、3人に加えてフゲンやヒノエ達だけでは大量のモンスターは手に余る。

 

「けど、今の里にそこまでハンターはいないだろ」

 

そうだ。前回の百竜夜行が終わってから参加した全てのハンターの内、80%は次の拠点へと向かっていってしまった。残っているのはフゲンと共に太刀を扱ったハンターと大剣を振るったハンターだけである。

 

ゲンジの意見に対して、フゲンは「心配するな」と落ち着かせる。

 

「今回は他の村に協力を頼んだ。…そろそろ来る頃だな」

 

「え?」

 

他の村。それを聞いたゲンジはある人物を頭に思い浮かびあがらせる。

 

「まさか…」

 

その時だった。

 

「すいません。遅くなりました」

 

入り口から一人のハンターの声と共に複数のハンター達の足音が聞こえてきた。その声を聞いたフゲン、ゴコク、ハモン、ウツシ以外の皆は入り口の方へと顔を向ける。

 

「「…!!」」

振り向いたゲンジ、エスラ、シャーラの3人は驚きの表情を浮かべた。

歩いてきたのはインゴットSシリーズを身に纏いスラッシュアックス『王牙剣斧【裂雷】』を背負うやや長身の青年ハンターだった。

 

「トゥーク!?」

 

「よぅ。久しぶりだな3人とも」

 

先頭を歩きながらゲンジ達に軽く会釈したハンターは何と負傷し療養をとっていたトゥークだった。

 

「私もいますよ〜!」

 

「ご無沙汰してますゲンジさん」

それと共にヒョコッとトゥークの背中からユクモSシリーズを纏いガンランスを背負うティカルとチャナガSシリーズを身に纏い太刀を背負うジリスが現れた。

 

「里長…この方達は?」

 

見た事もないハンター達と挨拶を交わすゲンジ達を見てミノトはフゲンに尋ねる。

 

「ユクモ村のハンター達だ。トゥークというハンターに助力を頼み来てもらったのだ」

 

「えっと…一緒にいる方達は?」

 

「恐らく『弟子』だろう。何人もの弟子を抱える敏腕ハンターだと聞いている」

 

「な…なるほど」

 

この人数で訪れるのはフゲンでも予想外であったらしい。すると、エスラ達と挨拶を交わしていたトゥークがこちらへ向けて歩いてくると、頭を下げた。

 

「初めまして。ユクモ村専属ハンターの『トゥーク』です」

 

「里長の『フゲン』だ。嵐龍の件…協力できずに済まなかったな」

 

フゲンはゲンジが来たと同時期にユクモ村を襲ったアマツマガツチの対応に助力出来なかった事を謝罪する。

 

「いえ。気にしないでください。百竜夜行の方でそちらも大変だったでしょう。俺達ユクモ村のハンター一同 カムラの里を守るために全力で協力します」

 

「うむ。よろしく頼む」

フゲンとトゥークは互いに手を交わした。

 

 

 



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トゥークとその仲間たち

「お主の活躍もタツミ殿から聞いている。ゲンジと共に頼むぞ」

 

「あぁ」

 

「それにしても…」

 

フゲンは後ろでゲンジやヨモギ、ヒノエ達と交流するティカル達へと目を向けた。

 

「随分と個性豊かな弟子達だな…」

 

「はは…俺もそう思います」

 

同じくトゥークも苦笑しながら皆と談笑する弟子達を眺めた。そんな中 ゲンジとヒノエがトゥークの元へと歩いてくる。

ゲンジは軽く手を上げながら再びトゥークへと会釈した。

 

「トゥーク。無事に治ったようだな」

 

「おぅ。えぇと、後ろにいるのって…」

 

トゥークは後ろにいる女性が気になり、ゲンジに尋ねる。トゥークは里に来る事自体が初めてなので全員と初対面だ。するとヒノエはトゥークへと歩み寄り静かに頭を下げる。

 

「初めまして。私はヒノエと申します。里の受付嬢を務めさせていただいております。以後お見知り置きを」

 

「あぁ、えぇと、俺はトゥークだ。よろしく」

 

その優雅な動きと自身を見つめる琥珀色の瞳、そして自身に向けられる優しい笑みに緊張しながらトゥークも頭を下げる。その時、トゥークはある事を思い出した。それは自身をここまで回復させてくれた薬の持ち主がヒノエであるという事を。

 

「そうだ。アンタの薬のお陰でまたハンターを続けられるようになった。本当にありがとう」

 

そう言いトゥークは再び深々と頭を下げる。自身がここにいられるのもあの薬のお陰だ。すると、それに対してヒノエは優しく微笑む。

 

「いえいえ。お気になさらないでください。旦那様の数少ないご友人ですから」

 

「それでも命の恩人……え?」

 

突然とトゥークの思考が停止する。今、この女性は何と言った?旦那様なら分かる。これ程の美人が独身な訳はない。それにカムラの里の受付嬢2人が婚約者を見つけた事も噂で聞いている。不思議に思ったのはその後の『友人』という事だ。自身の友人の中に竜人族と結ばれた人など聞いたことない。

故に少し問いかける。

 

「えっと…旦那様…って?」

 

自身の目の前に立っているヒノエは頬を染めながら目線を斜め下に向ける。そこには「友人」という言葉を聞いて不機嫌な様子のゲンジの姿があった。

 

「まさか!?」

 

「はい!ここにいるゲンジです」

 

「えぇえぇえぇ!!?」

 

まさかのいきなりすぎるカミングアウト。ゲンジが結婚していた事にトゥークは驚きを隠せず、髪を逆立ててしまった。

そんな姿を後ろから見ていたフゲンは即座に補足する。

 

「因みにだが、向こうでお主の弟子達と話しているのが双子の妹のミノトといってな。ゲンジの2人目の妻だ」

 

「うそ…だろ!?」

 

またまた新たなる情報にトゥークはもうどんな反応をしたらいいのか分からなくなっていた。まさか噂の婚約者がゲンジだとは思いもしなかったのだ。それをトゥークへと暴露されたゲンジは頬を赤く染めていた。

 

「驚いた…まさか別れた後のたった数ヶ月でここまで進展するなんてな…。だから村長はご機嫌だったのか」

 

「ふん…」  

 

○○○○○○○

 

その一方で、

ゲンジ達と顔馴染みであるティカルは久し振りの再会に胸を躍らせていたのか、天真爛漫な振る舞いでエスラ達にお辞儀をする。

 

「お久しぶりですエスラさん!シャーラさん!」

 

「やぁティカル君。久しいな。元気だったかい?君の料理本には今でも頼らせてもらってるよ」

 

「もうシワシワになってきちゃったけど」

 

「ありがとうございます!」

 

エスラとシャーラも再開が嬉しいのか、頬を緩ませ手を上げながら返事を返す。ティカルも料理本を活用してもらっているのが嬉しい様だ。

 

 

○○○○○○○

はたまた場面が変わり、トゥークと共にきたティカルの他にも数人のハンター。その中にはジリスも混ざっており、1人のルドロスSシリーズを身に纏う青年ハンターと共にミノトと話していた。

 

「ジリスです。以後お見知り置きを」

 

「セルエだ。よろしくな!」

 

「……どうも。ミノトと申します。こちらこそよろしくお願いします…」

 

初めて見るハンター達にミノトは少しながらもオドオドとしていた。クエストの受付なら慣れているのでスムーズに行けるのだが、こういう見慣れない人との一対一もしくは一対複数の面と向かっての対応は慣れていない。

特に明るい者には。

 

「なんだなんだ?何か暗いぞコイツ…いで!?」

 

「こらセルエ!コイツとは失礼です!歳上には敬語を使いなさい!申し訳ありません…ミノトさん…厳しく言っておきますので」

 

「い…いえいえ!お気になさらず!」

 

セルエというハンターの頭にゲンコツをし、まるで粗相をしでかした子供の頭を無理矢理下げながら共に謝罪する母親の様に頭を下げるジリス。それに対してミノトは焦りながらも頷いた。

 

「ほらセルエ!謝りなさい!ごめんなさいしなさい!」

 

「いででで!?ごごごめん!ごめんなさい!」

 

「大丈夫です!もう大丈夫ですから!」

 

ジリスはセルエの頭を無理矢理下ろし、何度も強引に謝罪を促し始めた。それを見たミノトは焦り出しながら止める。

 

○○○○○○○○○

 

その後ろではヨモギとイオリに話しかけられている1人の男性ハンターがいた。そのハンターが身に纏うのはバギィSシリーズであり、ドスジャギィと同じ鳥竜種のモンスターの素材から作られた装備である。更に背負うのはその色に適している太刀『凍刃【氷華】』その氷の刃がバギィSシリーズによって寒気を強調させている。

 

「イオリです。よろしくお願いします」

 

「私はヨモギだよ!お兄さんの名前は?」

 

ヨモギに名前を尋ねられた青年は答えた。

 

「僕はリオ。よろしくね。イオリ君 ヨモギちゃん」

 

リオと名乗った青年ハンターは爽やかな笑みを浮かべながら2人と手を交わす。

 

それぞれが交流する中、フゲンは皆へと呼び掛ける。

 

「ユクモ村から来たハンター諸君には百竜夜行が起こる数日前には砦へと遠征しそこで過ごしてもらいたい。それまではここの技術に慣れてもらう。ここにいるハンター教官のウツシから翔蟲の扱いを習ってくれ。以上だ。百竜夜行が起こる時はすぐに伝える」

 

その言葉に頷いたトゥーク達。すると、

 

 

「フッ…!!」

 

今までその様子を遠くから観察していたウツシが屋根から飛び降り、軽快な動きで着地して現れた。その動きを見たトゥーク達は軽快すぎる身のこなしに圧倒される。

それを狙っていたのか、カッコよく登場を決めたウツシは仮面を取り名を名乗った。

 

「やぁやぁ!俺がこの里の教官『ウツシ』だ!よろしく頼むよユクモ村のハンターの皆!」

 

そのフランクな接し方に皆は初対面とはいえ、緊張することは無かった。

 

「来て早々だが、早速翔蟲の練習をしよう!俺について来てくれ!」

 

ウツシの呼び掛けに皆は頷くとウツシの後をついていき修練場へと向かって行った。

 

「ゲンジ達も訓練してくるといい。ヒノエとミノトもだ。交流を深めるいい機会になるだろう」

 

それに対して頷いたゲンジ達はトゥーク達が向かって行った修練場へと向かう。

 

◇◇◇◇◇

 

「あら?空が…」

道中歩く中、ヒノエの声にふと皆は空を見上げる。

 

「晴れていく…」

ゲンジの目の先にあるのは天から指す日の光。

 

集められた上位ハンター達に加えてゲンジ達G級ハンター。前回よりも強力で巨大な戦力となった事で皆の中に現れていた不安がかき消されていった。その心を象るかの様に曇り掛かっていた空が晴れていき雲から差し込む光がカムラの里を照らしていた。

 



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カムラとユクモの交流

辺りが垂直の壁に囲まれ、その中心部には試し斬りのような形で用意されているヨツミワドウを模したカラクリ。

本物の狩場を想定した造りにトゥーク達は目を奪われる。

その後、送れる様にゲンジ達も到着した。

涼しい風が吹き荒れる中、改めてユクモ組とカムラ組は向かい合う。そして皆をまとめるかの様にウツシが切り出した。

 

「では訓練と行きたいところだが、俺はもちろん、君達の中には互いに初対面の者もいるだろう。まずは自己紹介をして互いを知るべきだ。ではまずはゲンジ君から!」

 

「久々の出番だからって張り切りやがって…えぇと」

 

最初となったゲンジは皆へと目を向ける。向けられる目線に照れる中、自身の名前を名乗った。

 

「…初対面の奴は初めまして。俺はゲンジだ。双剣を使う。よろしく…」

 

「ふむふむ。最初にしては出が悪いですね」

 

「うるさい」

ヒノエからの冷静な分析にゲンジは苛立ちながらも返すと、次々とカムラ組はエスラ、シャーラといった順番で自己紹介をしていく。

 

「私はエスラだ。希少種の事なら何でも聞いてくれ。ライトボウガンを使う」

 

「シャーラ。ゲンとは双子の姉弟で同じ双剣を使う…よろしく」

 

「カムラの里の受付嬢を務めさせていただいているヒノエと申します。ミノトとは双子で私が姉にあたり弓を使います。以後お見知り置きを」

 

「ミノトです。ご紹介の通りヒノエ姉様の双子の妹でランスを使います。集会所の受付も務めさせていただいておりますので以後お見知り置きを」

 

髪飾りでしか判別出来ないほど似通っている双子の姉妹はブレる事のない綺麗なお辞儀を同時にする。受付嬢も武器を取り出撃する前代未聞の事実にユクモ組の皆は驚くのは言うまでもないだろう。

 

カムラ組の紹介が終わると今度はユクモ組からだ。先頭のトゥークから自己紹介を始める。

 

「俺はトゥークだ。スラッシュアックスを使う。できるだけ百竜夜行までには翔蟲をマスターしたいと考えている。よろしく頼むよ」

 

「トゥーク師匠の一番弟子『ティカル』と申します!ガンランスを扱います!百竜夜行ではお役に立てる様に頑張りますのでよろしくお願いします!」

 

「同じく弟子のリオです。太刀を使います。よろしくお願いします」

 

「同じく弟子のジリスと申します。リオは私の兄であります。兄妹共々、里のために力を尽くします」

 

「僕もトゥーク師匠の弟子のセルエだ!ランスを使う!よろしくな!」

 

互いに自己紹介を終えると、ウツシが手を叩きながら皆の目線を集める。

 

「はいそれでは!自己紹介も終わった事なので今から翔蟲の訓練を始めよう!」

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

翔蟲を二体ずつ渡されたユクモ組。まずはウツシが翔蟲について説明する。

 

「さてさて翔蟲についてだが、言うなれば新しいパートナーと言ってもいい!この子達が出す粘着性の糸『鉄蟲糸』を使い空を飛ぶ事ができる。生き物だからお世話も忘れずにね!」

 

渡された甲虫『翔蟲』が掌に収まる中、空を飛べるという単語にティカル、セルエは目を輝かせた。

 

「へぇ〜!翔蟲ってカッコいい名前だし空も飛べるなんて凄いですね〜!」

 

「これなら高いところもスイスイ行けちまうな〜!!」

 

「おいティカル。教官の話は最後まで聞け」

 

「セルエもです!興奮するのは分かりますが重要な事を聞き漏らしてしまったらどうするのですか!?」

 

興奮する2人を沈めるかの様にトゥークはティカルをジリスはセルエを注意する。注意を受けた2人は借りて来た猫の様に大人しくなった。その様子にミノトはデジャブを感じていた。

 

「んん…。では、まずは実践訓練を始めていこう!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからウツシによる実践訓練が行われた。その傍らでは万が一何か起こった時の為に対処できる様にゲンジ達も待機していた。

 

「まずは基本的な動きだ。翔蟲の鉄蟲糸を掴みながら手を前に突き出して翔蟲を飛ばす!そうすると翔蟲は糸を出しながら前へ、または投げ方によっては斜め上へと飛ぶよ。その後は粘着性の糸の伸縮によって君たちの身体は自動的に前へ、又は斜め上へと押し出される。以上だよ」

 

そう言いウツシは基本動作を直に見せる。字の通りまさしく空を翔る様子にユクモ組は圧倒された。

 

「因みに翔蟲は連続して使える訳じゃねぇ。一体使うと一定のインターバルが必要になる」

 

「成る程…だから2体なのか。だとしたら空中にいる時間はかなり制限されるんじゃないか?」

 

ゲンジの補足にトゥークは納得するも、質問した。それに対してゲンジは答えた。

 

「それを補うのが、空中でのぶら下がりだ。一体の翔蟲の糸だけでしばらくその場にぶら下がる事ができる。その間に使い終わった翔蟲がまた使えるまで待機する事も可能だ」

 

「なるほど」

 

トゥークが再び納得すると、ウツシは手を叩き皆を注目させる。

 

「さぁさぁやってみようか!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後 皆の翔蟲を用いた訓練が行われて行った。トゥークは勿論のこと、それに続くかの様にユクモ組全員がクリアしていった。

その様子を見ていたウツシは頷くと次のステップへと進む事に決める。

 

「さて次は難しくなるよ。『鉄蟲糸技』だ!複数の翔蟲を使って特殊な動きでモンスターを攻撃する。取り敢えずゲンジ君達に見本を見せてもらおう!それ以外の武器は俺が見せるから安心しててくれ!」

 

そう言われたゲンジ達は翔蟲を取り出すと、ヨツミワドウのカラクリをモンスターに見立てる。

 

「俺はあまり鉄蟲糸技は使わんが、まぁやっておくか。双剣の場合は二つある。一つは朧掛けだ」

 

そう言いゲンジは手に鉄蟲糸をカラクリに投げつけ付着させるとその弾性力を利用して一瞬で近づき双剣を振るう。

 

「見ての通り朧掛けは至って普通の接近だが、この際の姿勢からモンスターの攻撃に対してカウンターを叩き込める。次は鉄蟲斬糸だ。コイツは爆破するクナイをいくつも鉄蟲糸に巻きつけてモンスターに付着させ、斬りつけた際に爆破させる技だ」

 

そう言いゲンジはクナイを取り出すとカラクリへと突き刺し、次々と乱舞を放って行った。すると、付着させられたクナイが連動するかの様に破裂していく。

 

それでもカラクリには僅かな傷しかできていない。

 

その後はシャーラは抜きとし、エスラ、ヒノエ、ミノト達も次々とお手本として鉄蟲糸技を披露していく。エスラとシャーラは分かるが、ヒノエとミノトの受付嬢には見えない程の逞しく柔軟かつ華麗な動きに皆は魅了されてしまった。

 

「うんうん。では、残りのトゥーク君とティカル君、そして太刀使いの兄妹君達の武器については俺が見せよう!!」

 

ウツシは練習用の武具を扱い、次々と残った武器種の鉄蟲糸技を見せていく。ティカルが扱うガンランスとトゥークが扱うスラッシュアックス。2人はそれを凝視しイメージとある程度の感覚を掴み取る。

 

以上の武器の鉄蟲糸技の疲労が終わるとウツシは再び手を叩く。

 

「ではやってみようか!危ないから周りから距離を取るんだよ!分からなかったら迷わず聞いて!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからユクモ組の鉄蟲糸技の練習が始まった。

 

「ふぅ…意外と難しいな…」

 

その中でトゥークは慣れない動きに汗を流しながら苦戦していた。スラッシュアックスは重量があるので中々 空中では扱いづらい。一方で、リオやジリスは即座にコツを掴み出しており、ウツシが見せた技を全てこなしていた。

師匠と呼ばれるからには自身もこんな情けない姿を見せる訳にはいかない。

 

「もう一度…!」

 

トゥークはスラッシュアックスを握り締めると、再び鉄蟲糸技を繰り出す。

 

因みに苦戦しているのはトゥークだけではなく、セルエ、ティカルも同じだ。

 

そんな中、ゲンジ達の動向が気になり、ふとその場所へと目を向ける。

 

「アイツは何をやってる……んだ!?」

その景色を見たトゥークは腰を抜かしてしまう程まで驚いていた。

見えたのはなんと、空を舞うゲンジの姿だった。翔蟲を扱い更に空高く飛び上がるとそこから空中にて周囲360度方向に何十回も双剣を振り回しており、その速さは残像が見えてしまうほどであった。そして更に驚いたのは、カラクリに双剣を突き刺し、そのカラクリの機体の線に沿うかのように回転しながら刃を振り回していった。

 

「す…すげぇ…」

元々、G級ハンターなので筋力などは人一倍以上に発達している事は分かっていたが、まさかここまで激しい動きができるとは思っていなかった。

 

「随分と引き込まれている様だね」

 

「ウツシ教官!?」

 

自身がそれに魅了されているのをウツシは見抜いていたのか、気づけば隣に立ち、同じくその姿を見つめていた。

それと共にウツシは解説し始めた。

 

「あれは空中回転乱舞 天と言ってね。俺でも習得するのに時間が掛かったんだ。彼は凄いよ。あれをたった数日でマスターした上に新しい動きも見つけてしまうんだからね」

 

「へ…へぇ…」

トゥークは改めてゲンジの強さと新しい環境への適応度を認識し、驚くどころか引いてしまう。

 

そんな中 ウツシはある事を尋ねる。

 

「そうだトゥーク君。気になっていたんだが、手紙の内容では後もう2人程来ると聞いていたんだけど」

 

それはフゲンへと届けられた文の内容の一部であり、ティカル達に加えてもう2人程、ハンターが来る予定だったのだ。それについてトゥークは申し訳なさそうに話す。

 

「その“2人”は少し遅れるらしいです。すいません…一斉に訓練出来ずに」

 

「いやいや!気にしないでくれ。それよりも訓練に躓いている様だね。分からない事があれば聞いてくれて構わないのだよ!」

 

今まで見てきた教官の中でウツシは一番フランクだ。若いからなのか?それとも元がこんな性格だからなのか?それは分からないが、親しみやすく質問もしやすい良い教官だろう。

故にトゥークは次々と質問して行った。それに対してウツシも隙間がない程の回答を送り、トゥークのサポートをしていく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

場面は変わり、ティカルとセルエ。2人はガンランスとランスを扱う為に鉄蟲糸技でも攻防一体なのは変わらない。

 

それを見守っていたのが同じくランスを扱うミノトだった。多少はガンランスの知識もあるためにティカルの質問にも答えていた。

 

「ミノトさん。この動きなんですが」

 

「ここはそうですね。こう言った風に」

 

「ミノト…さん!ここはこうか?」

 

「はい。そうなれば完璧です」

 

ガンランスとランスは他の武器に対して鉄蟲糸技は複雑な動きが無いためにコツを掴みやく、2人も徐々に慣れて行った。

 

途中にウツシも介入した事で、2人はこの日の内に鉄蟲糸技を完璧にマスターする事ができた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

気づけば、既に辺りは日が沈んでおり、山を見ると太陽がゆっくりと隠れるように下へ下へと下降していた。

ゆっくりと暗闇が訪れる修練場にて、

 

「「「はぁ…疲れた…」」」

 

トゥーク、ティカル、セルエの3人はその場で大の字になりながら横になっていた。

 

「まさかこんなに大変だとは…」

 

「思ってもいませんでした…」

 

その一方で、ジリスとリオは教官のサポート無しですぐさまコツを掴み出し短時間でマスターした事でウツシから称賛されていた。

 

「はい!今日の訓練はおしまい!明日は壁走りをするからちゃんと休んでおくんだよ!」

 

「「「「ありがとうございました…!」」」」

 

ウツシの終了の合図にユクモ組の皆は頭を下げる。すると、ウツシはその場から軽快な動きで去って行った。

 

「では!ウサ団子でも食べにいきましょうか!」

 

「「「「え?」」」」

 

ヒノエの提案にユクモ組のトゥーク以外の皆は首を傾けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

修練場から戻ったユクモ組はカムラ組のヒノエの案内の元、ヨモギの茶屋へと向かった。

 

「ウサ団子…聞いたことはありますが食べた事はありませんでしたね…」

 

「僕は一度 取り寄せて食べた事があるけど本当に美味しいよ」

 

「へぇ〜!そうなんですね!」

リオの言葉にティカルは目を輝かせる。

 

ヨモギの茶屋へと到着すると、そこには2体のアイルーがセッセと餅を炊いていた。

そしてその前には1人の和服を纏った少女『ヨモギ』の姿があった。

 

「あ!お〜い!ユクモ村の皆さんいらっしゃ〜い!」

 

ヨモギはユクモ村の皆を見ると陽気に手を振りながら出迎えた。

 

「ここの団子はデカイから3本1セットで腹が膨れるんだ」

 

「そうなのか。お前が持ってきてくれた奴もメチャクチャデカかったもんな…」

 

ゲンジの言葉にトゥークはあの日、差し入れとして持ってきてくれたウサ団子を思い出す。完食にまさかの十分も掛かってしまった。

すると、ヨモギは皆の前へと降りてくると中腰となり片手を前に差し出しながら自己紹介をし始めた。

 

「はじめまして!茶屋の主人『ヨモギ』でございます!以後お見知り置きを!」

 

「お…おぅ」

 

その初めて見る挨拶の仕方にティカルとジリスとセルエ以外の皆は驚きながらも名を名乗った。

皆の名前を聞いたヨモギは改めてよろしくと頭を下げると筆と紙を取り出した。

 

「ではではユクモ村の皆さん方!にゲンジさん達!どうぞご注文を!」

 

「じゃあヒノエ姉さん以外の人はウサ団子1セット。ヒノエ姉さんは5セット」

 

「「「!?」」」

 

皆を代表して注文を行ったゲンジ。だが、ユクモ村の皆はその数に驚きを隠さなかった。

皆は1セット。即ち3本。これは分かる。だが、1人だけ5セット即ち15本という何とも不自然な数を頼んでいた。『3本で腹一杯になる』なのに1人だけその5倍の量を食そうとしていたのだ。

 

「承りました〜!」

 

それを何とも思わず引き受けたヨモギは、ウサ団子の準備に取り掛かる。

 

「えぇと、ゲンジ。ヒノエさんが5本セット?」

 

「あれ?足りなかったか?」

 

「いやいやいやいや!!!」

トゥークは何かなんだか分からず、改めてゲンジへと尋ねた。するとようやく理解したゲンジは皆に説明した。

 

「ヒノエ姉さんは大食いでな。毎日50本は食うんだよ」

 

「50本!?」

 

先程の15本でも驚いていたのにその倍以上の数にティカルは腰を抜かしていた。一方でヒノエも自覚があるのか、ゲンジの横で微笑んでいた。

トゥークは改めてカムラの里は技術もしかり、受付嬢もしかり凄い場所であると再認識した。

 

その後、ヨモギから出されたお団子を皆は談笑しながら食した。

 

 




トゥーク 25歳
装備:インゴットSシリーズ 武器: 王牙剣斧【裂雷】

ティカル 23か22歳
装備:ユクモノSシリーズ 武器:クリムゾンルーク

リオ27歳
装備:バギィSシリーズ 武器:凍刃【氷華】

ジリス16歳
装備:チャナガSシリーズ 武器:ヒドゥンサーベル改

セルエ17歳
装備:ルドロスSシリーズ 武器:スパイラルボア


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蒼天の証のキャラについて

蒼天の証が分かんない人もいると思うので、一応 原作キャラについて簡単に書いておきます。

 

 

トゥーク

 

蒼天の証の主人公で、原作開始時は18歳かつ下位のチェーン一式の片手剣使いのハンター。モンスター図鑑を完成させて父親『ヒューム』に会う事を目的としている。

ユクモ村に派遣される筈だった凄腕ハンターと勘違いされ、熱烈な歓迎を受けてついつい流されてしまう。

その際にティカルという自身と同じく駆け出しの女性ハンターに酒の勢いで凄腕ハンターと言ってしまった事で尊敬の念を持たれ、師匠と呼ばれる様になった。

そんな中、渓流にドスジャギィが出現し、村人から頼りの目を向けられる。それに応えるべく、ティカルと共に狩猟に向かうも失敗し、村の皆から失望されてしまった。だが、それでも諦める事なく再び狩猟に向かい討伐に成功し、村人からの信頼を取り戻した。(1巻)

 

 

二巻では村人から凄腕ハンターとして認められ、尊敬の念を向けられる。その時にククルナというラングロ装備を纏う女性ハンターが来訪。彼女の抱える問題を解決すべく、協力するも彼女の『目的に執着する自己中心的な性格』に振り回される。

その後、砂原で自身の父親らしき人物が遭難しパプルポッカによって身動きが取れないという情報を聞き、ククルナと共に向かう。見事に狩猟に成功するが、父親は既に遭難する寸前に他の場所へと向かうべく姿を消しており、いたのは同行していた『タルソ』という人物であった。

父親には会えなかったものの、ククルナの問題は無事に解決して彼女からも師匠と尊敬される様になる。(2巻)

 

『ヴァイクシリーズ』を身に纏うようになる。

トゥークの元に故郷の村へと帰ったティカルが突然 リオという男性ハンターを連れてやってきた。彼は『ハンターを辞めたい』という悩みを持っているらしい。リオの悩みの真意を明かすべく、トゥークは農業や狩りを通じてリオと親交を深めて行った。

そんな中、リオの悩みの種である両親が自身の元へ訪ね、リオの悩みを更に肥大化させてしまう。

それと同時期にジンオウガが渓流へと現れる。それをトゥークはリオと共に狩猟に向かうも失敗。リオの父親から非難され、それによりリオは気が動転するも、その際に彼を諭し、調子を取り戻すべく凍土にてウルクススの狩猟に向かい無事に討伐。そして再びジンオウガへリベンジ。捕獲を成功させ、リオの悩みも解決する事に成功した。(3巻)

 

3年の時が経ち22歳、上位ハンターへと昇格。装備も『ヴァイクSシリーズ』へと進化し、武器もセクトウノブランへと強化。

そんな時、彼の前に『フルガ』というボロスSシリーズを少年ハンターが現れ、彼から何故か怒りを買っており『本来 来る筈だったハンターではない。お前は偽物だ』と言い放たれ、勝負を申し込まれる。だが、勝負するクエストは見当たらず、溝を深めていく中、フルガとトラブルになり、その際に記していたモンスター図鑑のベリオロス亜種のページが破れてしまった。

それを再び書き記すべくフルガと共にベリオロス亜種の狩猟へと向かう。結果としては無事に狩猟が成功。フルガからも師匠として尊敬される様になる。(4巻)

 

〜〜ここから改変〜〜

3年が経ち25歳

上位ハンターとしての実力を着々と付けていき、装備もインゴットSシリーズになる。

父親と共に狩りに出かけたという金銀姉弟を尋ねてタンジアの港へと赴く。その際にエスラ達と遭遇。居場所を尋ねるも、エスラは教えず、それどころか、姉妹喧嘩の真っ最中であるために相手にもされなかった。その際にシャーラに狩りに同行を強いられ『狩りについてくれば父親について話す』という条件の元、エスラ、ゲンジと共に4人でガノトトス狩猟へと向かう。

クエスト中も姉妹は喧嘩をしており、それぞれ身勝手な行動を取り始め、トゥークは手を焼いてしまう。その後、何とかガノトトスを討伐するが、その直後にイビルジョー が乱入し、即座に帰還。タンジアの港で探している中、偶然とティカルと再会を果たす。その後、イビルジョー の狩猟クエストが特例の5人という条件の元、出されたのでゲンジ達に加えて自身とティカルで狩猟に向かう。その際に姉妹はようやく仲直りをし、無事にイビルジョー を討伐することに成功した。(本編)

 

そして成功した後は別れを告げて霊峰へと向かう。すると、突然ユクモ村からアマツマガツチの出現による緊急の帰還を頼まれ、急遽予定を変更して村へ戻る。その際に嵐でゲンジと逸れたエスラ達と偶然再開し、彼女に加えて『タルス』という人物と共にアマツマガツチを撃退する。

アマツマガツチと戦った場所が偶然にも霊峰であったらしく、そこで父親であるヒュームと再開した。

 

その数ヶ月後、リオの妹のジリスが訪ね、彼女を弟子にする。(当初は弟子を取るつもりはなかったが、リオの紹介状を見て弟子にする事に決めた)村長から他所の地方を周り気分転換する事を提案され、それを呑み込むとジリスと共に旅立つ。道中、セルエとも再開し、3人で近くの村に滞在するフルガやククルナ、リオを尋ねて行った。

リオのいる村に訪れた際、凍土にギギネブラが出現した事で3人で討伐に向かう。

無事に討伐し終えるも、その直後にブラキディオス が乱入しセルエを庇い粘菌爆発の直撃を受けて重傷を負った。

 

その後はユクモ村に帰還し、悪夢に魘されていたが、何とか目覚める。その際にゲンジからカムラの里の薬を塗られた事で一度は苦しむも、傷は完全に癒され復帰する。

 

治療が完了後はハンター生活を再開する。その時にカムラの里からの救援要請に各地の弟子をかき集めながら駆けつけた。

 

 

ティカル

現在は商人の男性と結婚して故郷の村の専属ハンターとして活動している。トゥークの一番弟子であり、それを誇りに思っている。何でもかんでも勝手に言ってしまう性格であり、それについてはトゥークから呆れられている。

武器は主にガンランスを使っており、ゲンジ達と別れてからは経験を積み、火竜のガンランス『クリムゾンルーク』を手に入れた。

アマツマガツチの際はトゥークと共に村へと戻り、同時期に渓流に現れたナルガクルガ亜種を討伐した。

その後、故郷の村へと戻るが、カムラの里の危機にトゥークと共に駆けつける。

 

ククルナ

ラングロガールズというラングロトラを愛する不気味な集団の1人。名家のお嬢様であるために口調は高飛車である。子供好き。

性格は自己中心的であるためにラングロトラ以外が標的のモンスターでは仲間との協調性を見出す事なく勝手な行動ばかりしてしまう。実際にトゥークと出会った直後に水没林に出現したロアルドロスを狩猟するべく向かうが、ロアルドロスが転倒している間に尻尾を剥ぎ取ったり、勝手にどこかへと姿を消したりと身勝手な行動をしていた。

現在はその性格は改善されて、言いたい事はハッキリと言い他人の悩み事を解決するまで見捨てる事はない姉御肌な性格へと変貌。

悩み事を相談するべくトゥークを訪ねユクモ村へ向かう。悩み事が無事に解決すると、旅立ち、その後上位ハンターへと昇格してラングロSシリーズを身に纏うようになり、『ラングローナ』という異名で活躍する。だが、相変わらず狩るのはラングロトラだけ。

 

リオ

トゥークよりも歳上のハンターであり、登場時は単身でベリオロスを狩猟するというトゥークを上回る実力を持っていた。

両親の期待という重圧に耐えきれず、ハンターを辞めたいと考えていた所をティカルにユクモ村へ行く事を提案される。彼女の案内の元、ユクモ村へと訪れトゥークに相談する。トゥークと狩りを経験していく中で段々と自信を取り戻していく。そんな中、両親と再会した事でかつての重圧が再び襲いかかり逆行してしまう。

クエストに失敗した際に父親がトゥークを責める姿を見て再び自信を喪失し、自暴自棄となり村を去ろうとするが、直後に送られてきた『妹の足の施術』についての手紙を見て考えを改めて再びトゥークの元へと戻る。その後、凍土に現れたウルクススを討伐し再び自信を取り戻す。その際に父親のトゥークに対する掌返しの様な温和な対応に怒りを感じ、初めて反抗し、彼を押し切り自身はハンターではなく『王立書士隊』へと入隊したいという意思を示した。

ジンオウガを無事に捕獲すると父親と和解すると共に手に入れた尻尾を持ちながら両親と共に故郷へと帰った。

その後は王立書士隊へと入隊し、現在も奮闘している。

トゥークの手紙を見て新たなる古龍についても興味が湧き救援に駆けつけた。

 

フルガ

登場時はボロスSシリーズを纏いフローズンコア改というハンマーを扱っていた。

16歳で上位ハンターとなった天才である。

当初はユクモ村の専属ハンターとなったトゥークを毛嫌いし追い出すべく、農場の収穫時期に満たない野菜を誤って収穫してしまったり、ハンター達が呆れるほどまでトゥークの悪口を言いふらす悪たれぶりを見せていた。その際にトゥークの強さがモンスター図鑑にある事を知り、彼がユクモ農場に忘れていった図鑑を拾う。その後、父親と口論になり、次々と頭の中にモヤモヤが溜まっていき、偶然その場に鉢合わせたトゥークと対面した事で一気に沸騰し自暴自棄となり雨の中外に飛び出してモンスター図鑑を地面に叩きつけてしまう。その際にベリオロス亜種のページが破れて水浸しになってしまい、罪悪感に蝕まれベリオロス亜種の狩猟に固執するようになった。

しばらくしてようやく届いた依頼にトゥークとムシャクシャしたまま同行。狩猟を行う中でトゥークに罪悪感を抱いている事を見抜かれ、その後は和解。無事に狩猟に成功すると新しくベリオロス亜種のページを記述することに成功した。その際にトゥークの直筆と共に自身が見つけた攻略のヒントを小さく書き記した。

その後はトゥークを師匠と呼び尊敬の念を抱く。その後は各地方で修行するべく別れを告げて出ていった。

アマツマガツチ出現の際は辺りから情報をかき集めながら参戦し、ティカル達と共に渓流でナルガクルガ亜種を迎え撃つ。

アマツマガツチ撃退後は近くの村へと拠点を移した。

 

ジリス

リオの妹で15歳で上位に昇格した天才の1人。脚の施術が無事に終わり完治した事でリオの紹介の元、トゥークのを尋ねる。その後、トゥークと共に各地方を回るべく旅立ち、旅の最中、多くの弟子達と交流を重ねていった。その後、リオが住む村に到着するも、兄とは再開できず、帰ってくるまで村に滞在する事となる。その際に凍土にてギギネブラが出現したと聞き、トゥーク達と共に討伐にむかう。何とか討伐するが、その際にブラキディオス が現れ、セルエを強襲。それを庇ったトゥークが重傷を負ってしまう。

何とかこやし玉を投げて帰還し、ユクモ村へと戻る準備をする中、セルエは失踪。アイルーとガーグァと共にトゥークを荷車に乗せてユクモ村に帰還した。

その後、トゥークが目を覚まし回復した事を確信するとタンジアの港にてセルエを見かけたという情報を聞きそこまで一睡もする事なく向かった。

その際にトゥークの父親ヒュームと出会い、ケジメとして彼らと共にブラキディオス を捕獲する。

その後、落ち着いたセルエと共に再びユクモ村へと帰還。

 

その数週間後にトゥーク達と共にカムラの里の救援に駆けつけた。

 

 

セルエ

トゥークとジリスがユクモ村を出て旅をする道中に出会ったハンター。経歴はジリスとほぼ変わらず、上位になったばかりである。

トゥークが書き記すモンスター図鑑の亜種『モンスター大百科』を完成させる事を夢に見ている。それゆえに出会ってすぐ彼の弟子となった。

だが、ブラキディオス との遭遇の際にトゥークが自身を庇い重傷を負ってしまい罪悪感に蝕まれ村に帰還したその翌日に失踪。その後、タンジアの港にて多くのハンターに狩りに誘われ、同行していく中で自身の答えが正しいか否か考える様になる。その数日後にジリスと再会した。彼女と話す中で、村に戻る事を決意。

だが、ただでは戻る事はできず、ケジメとしてブラキディオス を狩猟する事に決めた。その際にヒュームと会いヒューム、ジリスと共に3人で凍土へと向かい見事に捕獲に成功。

 

その後は村へと帰還しトゥークへと自身の不始末による重傷に対して頭を下げ無事に悩みを打ち消す事に成功。トゥークや村の皆からも歓迎された。

カムラの里の救援にトゥークと共に駆けつける。

 

大雑把ですが、出てくるキャラクターはこんな感じです。(うろ覚えなので間違ってたらすいません…)

 

 

 



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カムラの湯

ウサ団子を食べ終えると、ユクモ組の皆をヒノエは宿へと案内する。その宿とはヨモギの茶屋から歩いてたった1分程度の場所にあるカムラの里の中央広場に建てられたとても立派な木造建築物である。ユクモ村の宿屋よりも数倍の大きさはある。

すると、中から宿屋の主人らしき女性が顔を出して皆へとお辞儀をした。

 

「ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞ中へ」

 

ウツシと同じく親しみやすい態度で接してきた女主人に宿屋の主人に招かれユクモ組の皆は中へと入っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ほわぁぁ!!広いですね!」

 

中へと入り広がっていたのは一面が畳で覆われた一室だった。団体限定の宿であり、一室10人寝泊まりできる広さである。壁には筆で『ウサ団子』『姉様』『気炎万丈』『希少種』と激しい字体で書かれた不気味な掛け軸やゴコクの書いた芸術的なモンスターの絵などが吊るされていた。

事前にフゲンが話を通していたのか、既に布団が7セット用意され、畳の上に敷かれていた。いや、それだけではない。寝巻きである和服も用意されていた。

 

「では、どうぞごゆっくり。私は隣の家にいますので何かあれば遠慮なく声を掛けてください」

 

そう言い宿屋の主人は出ていった。後に残った皆は装備を脱ぐと、インナーの上から和服を纏う。柄はユクモ村の山吹色とは違い、カムラの里は炎を基調としているのか真っ赤に染められた絹に揺らめく炎の模様が織り込まれていた。

 

 

「あ〜…疲れた…」

 

「私も〜…」

今日の訓練の疲労が身体に現れたのか、セルエとティカルはそのまま布団へと倒れる様に横になる。

 

「まぁ無理もないな。あんな動きをしたんだから」

その様子にトゥークは納得しながら訓練を思い返す。いきなり空中へと飛び出す為の翔蟲の訓練に加えてそれを応用した鉄蟲糸技の練習。どれもこれも今まで見たこともないような動きであった。

それをたった数日で己のモノにしたゲンジはバケモノといっても過言ではないだろう。

そんな中、くつろぐトゥークにティカルは団子を食べていた時の事を思い出しながら話した。

 

「それにしてもさっきは驚きましたね。まさかゲンジさんがお嫁さんを2人ももらっていたなんて」

 

ティカルは団子を食べていたヒノエにゲンジとの関係を尋ねた際に初めて知ったらしい。その時のヒノエの表情はとてつもなく輝いていたようだ。

 

「そうだな…本当にいつ何が起きるのか分からん…。あれ?そう言えばアイツはどうしてるんだ?」

ゲンジの話となると、トゥークはふと彼らが気になった。すると入り口から物音が聞こえ、目を向けるとそこには和服を身に纏ったゲンジ、エスラ、シャーラが立っていた。

 

「おぅ3人も着替えたんだな」

見ると3人も自身らと同じ色の和服を纏っていた。エスラは身長が高く脚も長い上に身体の凹凸があるために、和服姿はとても美しかった。それに対してシャーラは凹凸はあるものの、身長のせいか、可愛らしさが目立つ。

 

「そうさ。ずっと装備では落ち着かないからな。君達も似合っているじゃないか。さてどうだろう。寝る前に温泉にでも入りに行かないか?」

 

「え!?」

温泉という単語を聞いたトゥークや皆は疲れが吹っ飛ぶかの如く顔を上げた。

 

「温泉があるのか?」

 

「あぁもちろん。里長曰くユクモ温泉程ではないが、それでも他よりも良い効能が期待できる様だぞ。私も何度か入ったが良い湯だった」

 

「うぉ!そりゃ楽しみだ!」

ユクモ組の皆は温泉好きであり、温泉という単語を聞いた瞬間に倒れたセルエもテンションが上がり、首だけを起こした。

その一方で、何故だかゲンジは恐れるかの様に身体を震わせると誰にも気付かれない様に出て行こうとした。

 

「あれ?ゲンジさんは行かないんですか?」

 

「!?」

その動作を不審に思ったリオが尋ねると、驚いたゲンジはビクッと身体を震わせる。

 

「い…いやその…うわ!?」

 

するとゲンジの身体がゆっくりと持ち上げられた。見るとゲンジの背後には同じく着物へと着替えたヒノエとミノトの姿があり、ゲンジを抱き上げたのはミノトであった。

エスラとの会話を偶然にも聞き、ヒノエも嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「いいですね。私達も今日はお仕事がございませんのでご一緒させていただきましょうか。ね?旦那様」

 

そう言いヒノエはミノトに抱き抱えられているゲンジの顔を覗き込む。覗き込むその瞳は若干ながら震えており、まるで2人から逃げようとした事を確認するかの様であった。

 

「いいや…俺はちょっと防具を磨き…ふが!?」

 

それに対してゲンジは拒否するべくでっち上げた理由を話す。するとヒノエの手がゲンジの開こうとした口を塞ぐべく顎ごと鷲掴みする。

それと同時に抱き上げるミノトの腕の力が強まり、更に締め付けられる。

 

「良いですよね?だ・ん・な・さ・ま・?」

 

表情は後ろから見ていたトゥーク達には分からないが、声色から見て怒っている事は間違いない。向けられたヒノエの目線と圧にゲンジは恐怖を感じ、震えながら頷いた。

 

「…は…い…」

 

2人の妻から詰め寄られる様子を見ていたトゥークはゲンジに哀れみの視線を向ける。

 

「ゲンジのやつ…幸せそうかと思っていたが案外 苦労もしてるんだな…」

 

「俗に言う“尻に敷かれる”というやつですね」

 

「お前もそうなのか?」

 

「私は違いますよ!ちゃぁんと立場は対等です!」

 

そう言いティカルは胸を張りながら言うが、彼女の性格上、あの夫婦と同じような景色しか見えなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

それから皆は里の温泉へと向かった。温泉は集会所を抜けた先の場所にあり、そこから辺りを囲む海や山々を見渡すことができる。

 

「にゃ〜!団体様いらっしゃいませニャ!」

ここの温泉にはユクモ村と同じく番台役のアイルーがいる。ここで1人ずつゼニを払い、腰にタオルを巻いて入浴するというユクモ温泉と同じ仕組みになっている。

 

全員ゼニーを払うと男女分かれてそれぞれ着替え腰にタオルを巻きつけた。

 

「わぁ〜!!広いですね〜!!」

ティカルは感嘆の声を上げる。カムラの里の露天風呂はなんとユクモ温泉と同じく岩に囲まれていた。そのお湯は水面が透き通ると共に温かなや湯気を沸き上がらせていた。その湯気を挟んで空に輝く月と月明かりによって照らされる山々や辺りの海の景色はとても神秘的である。

 

「ユクモ温泉と似てるから親近感が湧くな〜!」

 

「はい…!」

 

カムラの里の温泉はユクモ温泉と同じく混浴である。男性陣のトゥークの発達した筋肉を直視したジリスは鼻を押さえていた。

 

「ユクモ温泉もこれと同じぐらいなのか?」

 

「そうだな…ってお前…スゲェナ」

 

「ん?」

ふとゲンジから出された質問にトゥークは振り向きながら答えると同時に驚きの表情を浮かべてしまった。それもその筈だ。普段は装備や着物で隠れて見えなかったゲンジの逞しい身体が露わとなっていた。その上、全身には過去のモンスターとの激戦の証なのか、幾つもの傷がついていた。

 

「俺も鍛えてるからな。ほら」

 

そう言いゲンジは可憐な顔には似合わない発達した右腕を曲げると盛り上がった上腕二頭筋の筋肉を見せた。腹筋もクッキリと六つに割れているために細身といえども長身で体格の良いトゥークと同じ筋肉量といって良い。

 

そんな中、トゥークはもう一つだけ気になっていたことがあった。

 

「お前…目を怪我してるのか?」

それはゲンジが左眼に付けている眼帯だ。プラスチック製の目当てを3方向に別れた皮のベルトの様なもので顔に縛り付けていた。

 

 

「…あぁ。そうだ。しばらくすれば取れる」

 

それについて聞かれたゲンジは真実を話さず、ただ誤魔化した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから皆は湯気が上がるカムラの湯へと身を浸した。

 

「ん〜!!気持ちいい〜!とても心が癒されていきますね〜!こんな温泉に毎日入れるなんて最高じゃないですか!」

 

「そうですねティカルさん。これもウサ団子と同じ名物なんですか?」

 

「はい。外から来た多くの方が毎日入られますよ」

 

「特に夕方は大人気ですよ」

温泉大好きのティカルは肩まで浸かると感嘆の声をあげた。その隣ではジリスの質問に頷くかの様にミノトとヒノエが並ぶ様に浸かっていた。

 

「そうなんです……ね…」

 

そんな中 ティカルはミノトとヒノエをじっと見つめ始める。それは丁度隣に来たジリスも同じだ。

 

「あ…あの。どうかなさいましたか?」

 

いきなり凝視されたミノトは恐る恐る尋ねる。すると2人はまるで不思議に思うかの様に目の前で揺れるミノトの胸を凝視しながら答えた。

 

「ヒノエさんとミノトさんの胸って…どうすればそんなに大きくなるんですか?」

 

「是非とも教えていただきたいです…」

ティカルに続く様にジリスも目を獣にしながらゆっくりと迫る。

 

「「お願いします…」」

 

「えぇ!?」

 

「あらあら。困りましたね〜♪」

その怒りでも悲しみでもない謎の気迫にミノトは戸惑い始める。ヒノエに至ってはその状況を楽しんでいるのか笑みを浮かべながら面白がっていた。

 

 

「何やってんだかあの2人は…ジリスってあぁいう性格だったか?」

 

「あはは…そちらこそティカルさんってあんな性格でしたっけ?」

 

「そもそも女子ってあぁいう話を男の前でもするのか…?」

 

一番弟子と妹が2人の竜人族の女性に詰め寄る奇妙な光景に師匠であるトゥークは苦い表情を浮かべており、兄であるリオは訳がわからず苦笑する事しかできなかった。その横ではセルエも訳が分からず苦笑も苦い表情も浮かべずただポカンとしていた。

 

「いやぁ、大勢で入る風呂はいいね。賑やかで」

 

「はぁ…俺は静かに入りたいよ…」

その様子をヒノエ達から少し離れた場所でゲンジを抱き抱えながら入浴し見物していたエスラは穏やかな笑みを浮かべていた。それに対して抱き抱えられているゲンジと隣で脚を抱えながら湯船に浸かるシャーラは呆れていた。

 

「それにいちいち抱き抱えられるから風呂は嫌なんだよ…」

 

「いいじゃないか♪姉弟なのだから!」

そう言いエスラは抱き締める力を強めると懐に収まったゲンジの頭に顎を乗せ、グリグリと押し付ける。

そんな中、エスラはある事を尋ねた。

 

「そうだゲンジ。トゥーク達に目の事は話すのか?恐暴竜の事も」

 

「…」

先程、トゥークから目の事について尋ねられていたゲンジを見ていたエスラは隠し通す事は難しいと思い、聞いたのだ。それに対してゲンジは表情を曇らせながらも頷く。

 

「…そうだな。いずれは話さなきゃならん。あと2人来たら全員に話すつもりだ」

 

「そうか」

ゲンジの答えにエスラは頷く。その声は少しながらも震えていた。すると、その答えを聞いていたシャーラは落ち着かせるかの様に頭を撫で始めた。

 

「大丈夫だよ。私達やヒノエさん達が付いてるから」

 

「あぁ。だから安心して話すといい」

 

その2人の言葉に少しながらもゲンジの表情から迷いが無くなり、少しながらも笑みを浮かべ始めていた。

 

「ありがとな」

 

それから3人は目の前に広がるティカルとジリスがヒノエの胸を凝視する姿を呆れながらトゥーク、セルエ、リオが見ている何ともシュールな光景を見ながら温泉を楽しんだ。

 

 

 




掛け軸を書いた人

『気炎万丈』→フゲン
『希少種』→ゲンジ


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カムラの里のほのぼの日常 〜酒乱のヒノエ姉様〜

ある夏の日の昼頃。季節は夏でも比較的に涼しい午後。空に輝きながら熱を発する太陽に照らされながらもカムラの里の製鉄に務める者達の活気は欠けることは無かった。

 

 

「ふわぁ〜…」

集会所入り口付近に位置する広間にていつものようにヒノエは受付の仕事をしていた。すると、里の入り口から物音が聞こえ始める。その物音はやがて近づき、広間に入ってきた。

 

「よっと…」

カムラの里の和服を纏ったゲンジが数本の樽を乗せたリヤカーを引っ張っていたのだ。自身よりも小柄ながらも巨大なリアカーをまるで草が詰め込まれた荷台を引くかのようにのしのしと順調に引っ張っていた。

 

「あらあら。大変そうですね。手伝いましょうか?」

 

「いや、いい。ふぅ…」

ゲンジはヒノエの前に着くと一休みのためにリヤカーの引き手を離し首に巻いていたタオルで顔を拭う。

 

「なんですか?これは。随分と大きな樽ですね…」

ヒノエは立ち上がるとゲンジが引いていたリヤカーに積まれている樽を覗き込む。その樽は切り株のように太く大きいものであり、小さなコルクの棒らしきものが埋め込まれていた。

 

「酒だよ酒。なんでもフゲンさんの姪子が送ってきたらしい。配達便の奴らが苦労してたから代わりに運んでやってたんだ。これがあと2セットある」

 

「そうだったのですね。それにしてもこの量がまだまだあるとは驚きですね〜」

 

「軽い運動になる。取り敢えず集会所に置いてくるよ」

そう言いゲンジは再びリヤカーの引き手を持ち直すと集会所へと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

集会所へと到着したゲンジはリヤカーを階段の前で止めると、荷台から一本を持ち上げる。

 

「よっ…」

一つにつき約数十キロ。ゲンジは普通に2本運べるが、贈り物のために無闇には扱えないので、一本ずつ丁寧に運ぶ。

 

「よっと。お〜い。贈り物の酒樽到着したぞ」

そう言いながら中へと入ると受付の仕事をしていたミノトとテッカちゃんに座っていたゴコクが気づき、歩いてくる。

 

「ふぉ?お主がなぜ配達の品を?」

 

「忙しそうだったから代わりに運んできてやったんだよ。フゲンさんの姪っ子からだ」

 

「ほぉほぉ!あの子からか」

因みにフゲンの姪っ子は容姿は不明だが、アオアシラを素手で倒す程の逞しい女性らしい。

ゴコクは面識があるのか、差出人の名前を耳に入れると喜んだ。なんでもアオアシラを素手で倒す程のパワフルな人らしい。

 

「中身は何でしょうか?」

 

「酒。結構強めな奴だ」

 

「お酒ですか…」

酒という単語を聞いたミノトは顎に手を当てながら酒樽を見つめる。

すると、入り口から荷物が運ばれた事を聞きつけたのかフゲンが歩いてきた。

 

「おぅゲンジよ。運ばせてすまないな」

 

「別に軽い運動になったからいいさ。それよりもこの酒どうするんだ?団子には合わないだろ」

 

「ふむ。そうだな。今宵の夏の空を見ながら酒盛りでも開くとしよう。エスラとシャーラの歓迎も兼ねてな」

 

「そうか。なら、外に置いとくぞ」

せっかく集会所に持ってきたというのにまた外に持っていくという二度手間にミノトは首を傾げながらも、その一方でゲンジはトコトコと歩きながら運んで行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その晩。仕事を終えた里の皆は子供達を連れて里の広場へと集った。その中にはエスラやシャーラもいた。

 

「いいなぁ。辺りから舞う蛍が幻想的だ」

 

見ると里を囲む川とその周辺にある草むらから蛍が現れ、明るい点が奇跡を残しながら暗い夜の景色を彩るかのように舞っていた。

 

「そういえばゲンは?」

 

「あぁ。酒樽を持ってくるそうだ。いいね。この景色で酒を飲めるなんて」

エスラはこう見えて酒は嫌いではないらしい。それはシャーラも同じだ。

 

 

その後、皆は風呂敷を敷き、それぞれの場所を作る。そしてゲンジが樽を運び、料理担当の者達が料理を持ってくると、それぞれの場所に座る。準備ができると、それを見据えたフゲンは皆が座っている中、立ち上がる。

 

「皆の衆よ。今宵は集まってくれて感謝する。此度の宴は里に新たに住まう事となった家族を歓迎するために開いた。では、新たなる家族を紹介しよう。我が里の英雄であるゲンジの姉『エスラ』と『シャーラ』だ」

 

 

すると、辺りから拍手が立ち上がる。里の皆もゲンジに続き新たなる家族を大歓迎しているようだった。そして、名を挙げられたエスラは張り切りながら立ち上がる。

 

「やぁやぁ里の諸君。ご紹介に預かったエスラとシャーラだ。私達もこの里へと住む事となった。だからこれから長い間、よろしく頼むよ。因みに希少種の話が聞きたい者は後で私の陣地に来るがいい。夜空に舞う金色のリオレイア、そして快晴の空に輝く銀色のリオレウスの話を聞かせよう」

 

 

『おぉ!!』

その話に興味を持った里の子供や大人達は歓声をあげる。一方で、シャーラは特に何も喋る事がなかった為に、エスラとシャーラの紹介はアッサリと終わった。

 

「では、紹介も終わった事で皆の衆よ。今宵は全て忘れて夏の夜空を楽しもう!」

 

『『『おぉ〜!!』』』

 

皆の手に持ったジョッキがフゲンと共に掲げられた。それから宴は始まった。辺りではドジョー掬いに興じている者や歌を熱唱する者もいた。

 

特にフゲンのいる場所に集まっている男達は

 

「“盃”を“乾す”と書いて!!“乾杯”と読むッ!!!!」

 

『『『せぇ〜の…かんぱぁぁぁぁい!!!!!』』』

 

 

何とも他とは一線を画しており、フゲンの猛々しい音頭と共に皆は可燃性の水を大量に口の中に流し込んでいた。よくよく見ると皆が炎に包まれている様に見える。

 

そんな中 ゲンジの周辺にいる者達はなぜか、頬を赤く染め膨らませながら震えていた。吹き出すのを堪えているかのように。

 

『〜……!!!』

 

その視線の先にいるのはジョッキを手に持ちゴクゴクと飲むゲンジ。

 

「ヒノエ姉さん…もう一杯…」

 

「はい。ふふふ…」

 

ヒノエも笑いを溢しながらゲンジのジョッキに黄色い飲み物を注ぐ。それは何と…泡立つ事のない果汁100%の甘い飲み物。

 

 

_____ジュースだった。

 

 

「だぁ〜ハッハッハッハッハッハ!!!!」

 

1人の里の者に釣られるかの様に辺りにいる者達も次々と爆笑していった。

 

「まさかゲンジさんがお酒苦手だったなんてな!」

 

「そういえば前に間違えて酒を瓶に注いで飲んじまった時もすぐ酔ってたよな〜!」

 

「いや〜…見た目に合ってる合ってる!」

 

「んぐ…」

聞こえてくる爆笑の渦にゲンジは顔を赤くしながらプルプルと震えていた。

 

そしてその傍らでもヒノエは笑みを浮かべており、ミノトに至っては爆笑しようとしているのを抑え込んでいるのか顔を手で覆っていた。

 

「しょ…しょうがねぇだろ!?身体に合わねぇんだから!俺だって飲めたら飲みたいわ!」

 

「それでも飲んだら倒れるんですよね?」

 

「うぅ…」

 

遂に頭にきたのか、ゲンジはヤケになり、過去の出来事を自暴自棄に語り始めるが、ヒノエが途中から質問を掛けてそれに答え止まってしまった事で辺りは更に大爆笑に包まれた。

 

「ハッハッハッ!そこがゲンジの可愛い所さ!」

 

すると、今日送られてきた強い酒が入った酒茶碗を片手に陽気な気分となったエスラがゲンジの首に手を回し抱き寄せた。

 

「ちょ!?姉さん酒臭い!強いからって飲み過ぎだよ!!」

 

「何を言っている?私がお酒大好きなのはお前がよく知ってるだろ〜?ほれほれ〜!」

 

「や…やめろ…!!」

そう言いながら顔を赤くしたエスラはゲンジの頭に手を置くとスリスリと撫で回し始めた。

 

「あらあら。義姉さんもだいぶ酔ってらっしゃる様ですね」

 

その様子を茶碗に注がれたお茶を飲みながら見ていたヒノエは微笑む。

 

そして一度置かれた茶碗を手に取ると、ゆっくりと喉元に流し込んだ。だが、この時ヒノエは茶碗に目を向けていなかった為にいつものような感覚で横に置かれていた酒茶碗に手を掛けていたことに気づかなかった。

 

「あれ?何か変な味がしますねこのお茶…」

 

「あぁ?………ってヒノエ!?それは私の酒茶碗だぞ!?」

 

ヒノエの言葉に不思議に思いながら振り向いたエスラは即座に赤くしていた顔を引っ込める。何とヒノエが自分のものだと思い手に取ったのはエスラが置いた酒茶碗であった。中にはまだ半分もの酒が残っており、ヒノエはそれに気づかず、全て飲み干してしまった。

 

その言葉に隣で飲んでいたミノトも驚きの表情を浮かべた。

間違えて酒を飲んでしまったヒノエは空になった酒茶碗を手から落としてしまう。幸いにも酒茶碗は割れることは無かったが、ヒノエは顔を俯かせてしまう。

 

「ね…姉様…?」

 

ミノトがゆっくりと声を掛ける。すると

 

 

 

「………ヒック」

 

突然と俯いたヒノエから何やらしゃっくりの様な音が出始めた。その音にゲンジとエスラは固まってしまう。すると、ゆっくりと俯かせていた顔が上げられた。その顔はいつものように優しい笑みに包まれていたが、林檎の様に真っ赤に染め上がっていた。

 

「う〜ん…」 

真っ赤な顔に蕩けた琥珀色の双眼がヒノエの前にあるミノトの顔を見つめる。

 

その瞬間

 

 

「ミ〜ノ〜ト〜!!」

 

「ひょわ!?」

突然と身を乗り出し、ミノトの首に手を巻きつけると抱き着き始めた。

 

「ねねねね姉様!?だめです!公衆の面前でこんな事は!?」

 

「ふふ〜可愛い妹に抱き着いてダメな事なんてありませんよ〜♪」

 

抱きつかれたミノトは顔を真っ赤に染め上げ、即座にヒノエを引き離そうとするが、引き離そうとするとヒノエは笑みを浮かべながら更にヒートアップし頬擦りと共にミノトの胸に手を当て始めた。

 

「あらあら〜?最近身長だけでなく胸も大きくなったんじゃありませんか〜?これなら旦那様も大喜びするれしょうね〜」

 

「ひやぁあ!?ね…姉様!お戯れを!?み…皆が!皆が見ております!」

 

「大丈夫れすよ〜姉妹同士が仲良くしてるだけなんですからね〜。うんうん良く育ってますね〜♪」

 

ヒノエは次々と着物越しからミノトの胸を揉み始め、それをされたミノトは顔を真っ赤に染め上げてしまう。

 

「いやぁ!あ…ね…姉様!そこは…!あ…でも幸せ…」

 

だが、何故がミノトは嬉しそうであった。

 

辺りへと目を向けると皆はフンドシ一丁で騒いでいるフゲンの元へと集まりどんちゃん騒ぎしていたので幸いにも近くにいるのはゲンジとエスラとシャーラだけであった。だがそれでもミノトは恥ずかしさと幸福感で気絶してしまいそうであった。

 

「ヒノエさんって…もしかしてお酒弱いの?」

 

「そうなるな…あの絡み様…しばらく続きそうだ…」

 

「これはすぐに逃げた方が良さそうだな…」

 

ヒノエの酔い潰れた状態を見て危険な状況と判断したゲンジ達は小声で口裏を合わせるとミノトに合掌し、即座に逃走を図るべく背を向ける。

 

「あら…?」

 

すると、その音に気づいたヒノエがミノトに抱き着く動作を止めるとブリキのおもちゃのように振り向き、琥珀色の瞳を輝かせながらこちらを睨んだ。

 

「どこへいくんですか〜!!!」

 

「「「ふぎゃぁ!?」」」

 

それと同時にヒノエの身体が飛び上がり、逃げようとした3人に向けて大の字でボディプレスを炸裂させた。その結果、エスラとシャーラとゲンジはヒノエに捕獲されてしまう。

右手でエスラの身体を、左手でシャーラの身体を。そして身体でゲンジの身体を押し付けて捕まえたヒノエはそのままエスラとシャーラの胸へと手を伸ばす。

 

「義姉さんもシャーラも逃げるなんて酷いじゃないれすか〜!」

 

「「ひやぁぁわぁ!!??」」

そして透き通る妖艶な声を上げながら2人の胸を同時に鷲掴みにすると揉み始めた。鷲掴みにされた2人は聞いたこともない様な悲鳴をあげてしまう。

 

その隙をついて小さな身体を生かしながらゲンジは間をすり抜けようとした。

すると、その姿を発見したエスラは胸を揉まれる中、即座にヒノエへと呼びかける。

 

「ヒ…ヒノエ!見ろ!旦那さんが逃げようとしているぞ!お前が心の底から愛する旦那さんが!」

 

「何ですって〜…?」

 

それに反応したヒノエはエスラとシャーラの胸を揉みしだく手を止めると今度はゲンジへと輝く双眼を向けた。

 

「私から逃げようなんて許しませんよ〜?可愛い可愛い私とミノトの旦那様〜!!」

 

「うわぁ!?」

狩人と化したヒノエはゲンジに向けてまるで空腹に襲われたジンオウガの如く飛びついた。飛びつかれた事でゲンジは風呂敷の上で仰向けに押し倒され身動きが取れなくなってしまう。

 

「捕まえま〜したよ〜♪」

 

「ひぃ…!?」

 

目の前にあるのは顔を赤くしながら息を荒々しくあげるヒノエの顔。その目は自身1人だけを完全に捕らえていた。

 

「ね…姉さん!助け……あれ?」

 

即座にゲンジは解放されたエスラ達に救援を求めるが、既に姿が無く、見ると2人でミノトを担ぎながら家の中へと入っていった。

 

「裏切りものぉぉ!!!」

 

叫んでもエスラ達には聞こえない。そしてヒノエはもう止まる様子を見せなかった。周りの皆は辺りの雰囲気に染まりあがり、こちらに目を向ける者は誰一人いない。

すると赤く染まり上がったヒノエの顔が次々と近づいてくる。

 

「旦那様ぁ〜!」

 

「うわぁぁぁぁ!!!!!」

 

その後、ゲンジは酔い潰れたヒノエに密着されながら何度も接吻を受け、遂には力一杯抱き締められた事で気絶してしまった。

 

「旦那様〜まいりましたか〜♪」

それでも酔いが覚めることのないヒノエは上機嫌なままゲンジを抱き締めていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ん〜……ん?あら?」

しばらくしてヒノエの顔から酔いの証拠である赤く染まった部分が少し消えた。ようやくいつものようにおっとりとした雰囲気を取り戻したのだ。

 

「どうしてゲンジが?」

目覚めたヒノエは自身の胸に顔を埋めながら気絶しているゲンジを目にして何が起きたのか思い出せなかった。

 

「ふぅ…ようやく覚めたようだな…」

それを見計らって家に避難したエスラ達は家から出て戻ると、ヒノエに水を差し出す。

 

「ほら…水飲んでスッキリしろ…」

 

「まぁありがとうございます!」

差し出された水をヒノエはゴクゴクと飲み干す。もうこれでヒノエは酔っ払うことはないだろう。

 

「何があったのですか?義姉さんもシャーラも。それにミノトも顔が真っ赤じゃないですか」

 

「い…いや…」

 

ヒノエは自身が何をしたのか分からないために、顔を赤くさせていた3人を不思議そうに見つめていた。まぁ、エスラ達にとっては覚えていない方が良いと思っているだろう。

 

 

その後、気絶したゲンジを膝に乗せながらヒノエはエスラ、シャーラ、ミノトと共に夜空に輝く星々を見上げていた。

 

この日エスラ達は二度とヒノエに酒を飲まさないと決めるがミノトは満更でも無かったようであった。

 

 



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訪れる二人のハンター

トゥーク達がユクモ村に来てから数日が経った。ヒノエが共鳴する事も百竜夜行が起こる文が届く様子もない。

 

だが、それでも気を緩める事は無かった。トゥーク達は翔蟲の訓練を欠かさず行い、ゲンジやエスラ達も鈍ることを防ぐべく武器訓練に打ち込んでいた。

今日も訓練に行くべく、ゲンジは準備をする。トゥーク達ユクモ組に加えてエスラとシャーラ、ヒノエにミノトは先に向かっていた。

 

自身も防具を装備し終え、外へと出ると、ふとカムラの里の入り口に掛かる巨大な橋の方へと目を向けた。

 

「…ん?誰だあれ?」

 

そこには二つの人影が見えた。よく目を凝らしてみるとそれは二人のハンターだった。

目線に気づいたのか、ハンターはこちらに向けて歩いてくる。見たところ上位装備を纏っていた。

 

その姿が鮮明に見える程まで近づくと、そのうちの一人の男性ハンターが自身に尋ねてくる。

 

「なぁなぁ!そこのアンタ!ここがカムラの里で間違いねぇよな!?」

 

「え?あぁそうだが」

初めて来たのか、やや急ぎ口調であった。それに対してゲンジは頷くと、その青年ハンターは目を少年のように輝かせると透き通った水が流れる川に囲まれたカムラの里を見回した。

 

「すげぇ!!マジでユクモ村に似てるなぁ!親近感が湧いちまうぜ!」

 

「はしゃぎ過ぎですわよフルガさん。近所迷惑ですわ!」

 

すると、共に来ていた褐色色の肌を持つ女性ハンターがまるで母親かのように青年ハンターを注意した。

 

「えぇと…」

その様子を見ていたゲンジは状況が飲み込めないまま、二人のハンターへと素性を尋ねた。

 

「…お前らは誰だ?見たところハンターの様だが」

 

「俺は『フルガ』」

 

「私は『ククルナ』“ラングローナ”とお呼びくださいまし」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから、ゲンジは二人から詳細な紹介をされる。話によると、彼らがトゥークの言っていた二人のハンターのようだ。

 

ククルナ__ラングローナという少女は黒く長い髪と褐色の肌が特徴的な女性ハンターでラングロS装備を身に纏い、弓『アルクウノブラン』を背負っていた。

二人目のフルガという男性は逆立つ髪を後ろに一纏めにし目元に赤色の線を塗るという特徴的なメイクを施していた。装備しているのはボロスSシリーズであり、武器はリオレウスのハンマー『火竜砕フラカン』を背負っていた。

 

装備から見ると二人とも上位の中でも中の上と言ったところだろう。ククルナという少女は歴代最大サイズのラングロトラを狩猟するため。その一方で、フルガという青年ハンターはなんとジエンモーランの撃退作戦に参加していた故に遅れたらしい。

 

女性ハンターはともかく、フルガには驚きを隠さなかった。ジエンモーランといえば大砂漠を泳ぐ『古龍』であり、常軌を覆す程の巨躯を持つことから『超大型モンスター』として部類されている。

 

毎年、多くのハンターによって撃退作戦が行われるが、実力が見合ってなければ参加はできない。その点で見ればフルガという青年ハンターの実力は申し分ないだろう。

 

話を聞き終えたゲンジは自身も名を名乗る。

 

「俺は『ゲンジ』だ。ここの専属ハンターをやってる」

 

「おぉ!?アンタが師匠の友人の!?」

 

「友人じゃねぇ…!」

やはり自身を知っているのか、二人のハンターは驚きの表情を浮かべた。だが、何故かジリスもそうだが自身がトゥークの友人という設定で通っているらしくそれが気に食わない。一方で、もう一人のフルガよりも少し背の高いモデル体型のような女性ハンターは顎に手を添えながら自分の身体をジロジロと見回す。

 

「な…なんだよ」

 

「…ふむ。貴方がかの有名な『薄明』ですの?随分と小さなお体ですわね」

 

「んぐ…」

とても突かれたくない点をお嬢様口調で見事に突かれた事でゲンジは額に青筋を浮かべる。まぁ取り敢えず我慢だ我慢。

 

「まぁいい…。トゥークの知り合いならついてこい。まずは里長に挨拶して修練場に行くぞ」

 

「「修練場?」」

 

やはり二人も首を傾げる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、フゲンに軽く挨拶させると修練場へと案内した。

 

修練場へと着くと既にトゥークやティカル達は新しい武器の動きにも挑戦しており、その中にはヒノエやミノトの姿もあった。

 

「すげぇ…!!」

 

「驚きましたわ…山に囲まれた土地にこんな場所があったとは…!」

 

二人は初めて見る狩場を想定した修練場を見て唖然とする。それもそうだろう。こんな狩場を想定した修練場を設置してある村や里などそうそう見当たらない。

すると、ゲンジに気づいたのか、丁度、修練でひと段落ついた皆がこちらへと顔を向けた。

 

「お〜い!フルガ!ククルナ!」

 

「「師匠!」」

 

その中からトゥークが手を振った事で二人は顔を向けると、手を振り返した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

一度、訓練を中断すると、トゥークはゲンジ達に二人を紹介した。

 

「コイツがククルナでコイツがフルガだ」

 

「よろしくな!」

 

「以後お見知り置きを。カムラの里の受付嬢さんに金銀姉弟の御三方」

 

ククルナという女性ハンターからはややお嬢様感が伺える。トゥークによると、本当にお嬢様だったらしい。一方でフルガは脳筋という印象を受けるが、本人曰くそれは自覚してるようだ。

 

一方で、紹介を受けたカムラ組にて、同じ弓使いが仲間になった事にヒノエは親近感を抱き、両手を握る。

 

「同じ弓使い同士よろしくお願いしますね。ククルナさん」

 

「えぇ。よろしくですわ。ヒノエさん」

 

スムーズに打ち解けており、何よりだ。そんな中、同じようにその場面を見ていたフルガはゲンジへと目を向ける。

 

「なぁ、お前 双剣の扱いがスゲェんだってな!後で見せてくれよ!」

 

「あぁ…別にいい。取り敢えずお前とあのククルナだっけか?二人には里の技術に触れてもらう」

 

◇◇◇◇◇◇

その後、二人は共に訓練へと参加した。トゥーク達が来た時と同じようにウツシから翔蟲の使用方法や鉄蟲糸技について基礎から教えてもらい、その後、実践演習へと入る。

 

「よっしゃぁぁあ!!やるぜぇぇ!!」

 

「腕がなりますわ!」

 

正に熱血と呼ぶに相応しい程の気合の入れようであり、二人とも持ち前の実力によって、数日遅れといえども、即座に翔蟲を使いこなし皆へと追いついてきた。

中でもフルガはジリスと同じく20歳にも満たない年に上位ハンターへと成り上がった天才であり、彼女と同じく翔蟲の扱い方も即座にマスターしてしまった。

 

次々とハンターが到着し、里の戦力は着々と上がりつつあった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

それと同時期。カムラの里から遠く離れた土地の遥か上空にある積乱雲の中を悠々と泳ぐ影があった。

 

__対は何処…対は何処…。

 

悲しみに暮れながら誰かを探しているのは1匹の古龍であった。

 

次々と雲が突き抜けていき、出てきた場所は何と寒冷群島であった。カムラの里に近いその寒冷地帯には古の遺物や氷漬けにされたモンスターなど、数多くの時代に残された者達が眠っていた。

雲を突き抜けて寒冷群島へと降り立った古龍は巨大な口を開けると、体内から赤と黒が入り混じったエネルギーの塊を吐き出した。

 

吐き出されたエネルギーは一点に着弾すると凄まじい竜巻を発生させた。その竜巻により、近くにて歩行していた白色色の甲殻を持つ飛竜『ベリオロス』山吹色の皮膚に青い斑点を持つ凶暴な飛竜『ティガレックス』青い皮膚と立派なトサカを持つ鳥竜種『ドスバギィ』は恐れるかのように次々と移動を開始した。

それだけではない。水没林へと移動すると再び竜巻を発生させた。すると地を這う水流と名高い『ロアルドロス』瞬足のモンスター『ナルガクルガ』が同じ方向に向けて移動する。

 

モンスターが移動するその方向の先は正にカムラの里を防衛する砦である。

 

古龍は意図的にカムラの里へと向かわせるかのように次々と竜巻を発生させモンスターを追い立てていった。

 

悲しみと共に何かに恐れを無しそれを排除する防衛本能が働いているかのように。

 

___かの恐ろしき竜…今こそ討ち滅ぼさん_!!!

 

怒りと悲しみと恐れに支配された古龍『イブシマキヒコ』はカムラの里のある方向へと目を向けると再び荒れ狂う積乱雲の中へと消えていった。

 

 



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迫り来る災い

トゥーク達が来た日から緊迫した雰囲気に包まれた里も明るさを取り戻し、ヨモギ達も里の皆も着々と準備に打ち込んでいった。そんな日が数日続いた時であった。

 

ある日の昼、フゲンから緊急の招集がかかる。呼ばれたゲンジ達はすぐさま集会所へと向かい、集まった。そこには里の皆皆もいた。すると、奥からフゲンが一枚の文を持ちながら現れ前に立つ。

 

「呼び出したのは他でもない。たった今、文が届き近々百竜夜行が起こる事が予測された」

 

『…!』

その知らせに皆は息を呑み込む。遂に再び訪れた大災害。

 

「更にその群れの背後にイブシマキヒコの姿も確認された。恐らく此度の百竜夜行は先よりも過酷となるだろう」

 

それは正に凶報と言える。前回は第二波にてタマミツネやジンオウガといった強力なモンスターが現れたというのに今回はそれ以上かつ元凶であるイブシマキヒコも続いているのだ。

 

「「「…」」」

 

辺りには緊迫した空気が流れる。それもそうだ。今回は自然そのものとされる古龍が相手だ。今までとは格が違う。下手をすれば死人がでるだろう。

 

「古龍が相手か。上等じゃねぇか…!!」

 

皆が冷や汗を流す中、その空気を断ち切るような豪快な声が響き渡る。

 

「俺達だけじゃなく師匠もいるんだ。楽勝だよ。な?セルエ」

 

「おぅ!」

 

突然としてその場に響き渡る頼もしく猛々しい叫び声。それは拳を合わせるフルガと首の骨を鳴らすセルエの声だった。それに続きククルナも腕と腕を合わせながら骨を鳴らし声を上げる。

 

「久々に腕がなりますわね…!!師匠もそうでしょう?」

 

「ま…まぁな…」

 

すると、ユクモ村のハンター達の声に刺激されたのか、先程まで絶望に染まっていた里の皆も次々と声を上げる。

 

「そ…そうだ…!!!」

 

「俺達ならやれるぞ!」

 

「俺達にはゲンさん達がついてる!!」

 

皆の顔からはもう災厄に恐れる不安は感じられない。普段ならば絶望に染まるところだが、今の皆には恐れという感情が微塵も存在しなかった。

 

たとえ前回よりも強力なモンスターが現れようと、里にはゲンジ達に加えて多くのハンター達がいる。更にフルガとセルエの雄叫び。それが皆を活気立てていたのだ。

 

その様子を見ていたフゲンやゴコク達は頷く。もう何も心配はいらない。

フゲンは安心しながら皆へと呼びかけた。

 

「明日の明朝に砦へと向かう。準備を怠るなッ!!」

 

『『『『おおおおおお!!!』』』』

 

「…」

その後、解散となり皆は生き生きとしながら自宅へと戻って行き準備に取り掛かる。その様子を見ていたフゲン達は里の皆に関しては不安はないと確信した。だが、一つの消しきれない不安要項があった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「本当に良いのだな…?ゲンジよ…」

皆が出て行った後にフゲンは残ったゲンジに再び問う。それに対してゲンジは頷いた。

 

「あぁ。覚悟はできてる」

 

体内にある恐暴竜の思念の暴走。古龍の標的。二つの運命に板挟みに合っていたゲンジの決断にフゲンは頷いた。

 

「そうか…」

 

「気を落とすな。これは俺が決めた事だ。それに、最初の恩義をようやく返せるからな」

 

今となっては虚空に消えたが、この里に滞在する目的『百竜夜行を終わらせる』というヒノエへの恩義を果たすべくゲンジは決断したのだ。

 

「だけど一つだけ聞くぞ」

 

そんな中、ゲンジは眉間に皺を寄せながらフゲンにある事を尋ねた。

 

「ヒノエ姉さんもつれていくのか…?」

 

その問いに対してフゲンは黙り込む。ヒノエを連れて行けば間違いなくイブシマキヒコと共鳴を起こしてしまうだろう。そうなればヒノエは更に体調を深く崩し最悪の場合 命に関わる。

 

「俺としては行かせたくはない。だが…イブシマキヒコの接近はヒノエしか感じ取る事ができん。ヒノエに聞いてみたが、本人は共に行きたいと言っていたな…」

 

「くぅ…」

フゲンの答えにゲンジは歯を食い縛る。ヒノエを傷つけたくない。だが、彼女がいなければイブシマキヒコの気配を感知できない。視界に古龍が入らなければ自身の恐暴竜も目覚めない。そうなれば必然的に彼女の協力が必要となるだろう。

 

それに彼女自身が共に行きたいと言っているのだ。自身が口出しして良い訳ではない。

 

「……分かった」

 

ゲンジはフゲンの答えに頷くと入り口で待っていたヒノエやエスラ達と共に一時 帰宅した。

 

 



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溜め込まれた不安と答え

「いよいよか。新種の古龍を相手にできるとは…興奮してくるな…!」

 

ライトボウガン『鳳仙火竜砲』の手入れをしながらエスラは頬を赤く染め上げ、未知のモンスターへの挑戦に胸を高鳴らせる。

 

「姉さん。今回はヒノエさんの命が関わってるんだから笑えないよ」

 

その隣ではいつものように無表情のシャーラがギロチンの整備をしていた。それに対してエスラは頷く。

 

「それもそうだな。それに…奴だけではない。ゲンジの恐暴竜や“対”というのもまだ残っているからな」

 

あの日、ヒノエが口にしていた言葉を思い出す。

 

“対は何処 対は何処”

対とは即ちあのモンスターと同種の者。もう一体がどこかに潜んでいると読み取れるだろう。

 

「対も早く見つけなければ…」

 

「うん。…ゲン?どうしたの?」

そんな中、シャーラはずっと黙り込みながらも武器を整備するゲンジはと目を向ける。目はただ一心不乱に磨かれている武器へと向けられていた。まるで自身だけの世界に浸っているように。

 

「…何でもない。少し風に当たってくる」

 

シャーラに声を掛けられたゲンジは武器を磨く手を止め、武器の様子を確かめながら答えると、もう終わったのか、武器を立てかけて外へと歩いて出て行ってしまった。

 

その一方でエスラはヒノエへと声を掛ける。

 

「ヒノエは共鳴が起こった時に何か分からないのか?奴の言っていた『対』の存在については」

 

エスラの問い掛けにランスを整備しているミノトの隣で同じく弓の整備を行っていたヒノエは難しい表情を浮かべながら答えた。

 

「申し訳ありませんが…今のところはまだ分かりません。ただ、イブシマキヒコが悲しみと焦りながらその『対』という存在を探している事しか…」

 

「そうか。それが分かればもう少し深く解き明かせるんだがな…」

 

顎に手を当てながらもエスラは武器の整備を続けた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

空が焼け色に染め上がろうとする景色をゲンジは里の入り口にある橋の上から眺めていた。

 

「…」

 

心に残るのはヒノエの百竜夜行への同行。もしも彼女が共鳴によって命を落としてしまったらどうしよう。生きたとしても後遺症が残ってしまったらどうしよう。

 

それがずっと不安で仕方がなかった。

 

 

「…あれ?待てよ…?」

 

 

___そんな中 ある考えが頭の中を過ぎる。

 

 

ヒノエが共に来るならば、イブシマキヒコを彼女に近づけさせなければいいんだ。

 

近づいてきても奴を瞬殺してしまえばいい。共鳴を起こしたとしてもすぐさま殺してしまえばいい。

 

次々と出てくる方法にゲンジは笑みを浮かべる。だが、そんな事をすれば自身は更に自我を蝕まれていき、最悪の場合、暴走してしまう。

 

それについてゲンジはある事を思い出す。それは1週間前にマルバの寝込みを襲った際にエスラに撃たれた痺れ弾。それによって自我が失われそうであった自身を鎮めた。

即ち、あれを打ちこんでもらえば暴走したとしても行動不能となり人を襲う事はない。

 

 

 

 

____何だ。良いアイデアじゃねぇか…!!!

 

それを思いついた瞬間 ゲンジは声を出しながら笑ってしまう。

 

「あはは…!(何でこんな事に早く気づけなかったんだ?人を襲うなら襲えないように拘束しちまえばいいんだ…!!)」

 

ゲンジは自身の恐暴竜の突然の目覚めによる暴走にも恐れていた。もしもモンスターがいなくなっても身体の所有権が取り戻せなければ、その場にいる皆を襲ってしまう。それも怖かった。

 

だが、今の考えが思いついた瞬間にその恐れは架空へと消え去っていた。

 

 

___もう暴走したとしても人を襲う心配はない。

 

 

「いいなぁ…!!(喜べイビルジョー。お前にたっぶり食事をさせてやる…!!)」

 

ゲンジは遥か彼方にたなびく雲へと目を向けそこにイブシマキヒコがいるかの様に見つめる。その瞳からはハイライトが消え去っていた。

 

 

 



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告白

その後、ゲンジは生き生きと歩きながらカゲロウの元へと向かうと、彼から大量の痺れ弾と睡眠弾。そして眠りダケを購入する。

 

「ありがとうな。カゲロウさん」

 

「えぇ。またのお越しを。そしてご健闘をお祈りします」

 

カゲロウはゲンジのいつもの様子に安心しながら品物を売る。売った売り物は剣士であるゲンジには必要ないと思っていたが、エスラから頼まれているのだろうと思いあまり気には止めなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ただいま」

 

「あら。おかえりなさい」

 

買い物を済ませて家に戻るとそこにはいつものように笑みを浮かべながらミノトと共に夕食の支度をするヒノエの姿があった。

 

「夕食ならもうすぐできますよ。今日はゲンジの大好きなファンゴのお鍋です♪」

 

そう言いヒノエは笑顔を向けてくる。それに対してゲンジは頷いた。

 

「そうか。楽しみだな」

 

___必ず守る。この2人を…そしてエスラとシャーラも里の皆も。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、5人は夕食を済ませ、いつものように風呂へ向かうべく5人は支度をする。そんな中、いち早く済ませたゲンジは4人へと目を向けると今まで悩んでいたある事を口にする。

 

「トゥーク達に話そうと思う。俺の事を」

 

「「「「!?」」」」

 

それを聞いた皆は驚きの表情を浮かべた。トゥーク達へと自身の秘密を告白する事に対してヒノエは問う。

 

「いいのですか…?」

 

「あぁ。いずれは話さなきゃならん。それに、その事でムシャクシャしてた。だから今のうちに話しておきたい」

 

そう答えるゲンジの表情からは迷いはない。それに対してエスラ達は安心すると頷く。

 

「…うん。ゲンジが決めたならばそうするといいよ。私達も行こう」

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後 トゥーク達と共に温泉に入ると、自宅には戻らず、トゥーク達の止まる部屋へと直接向かい彼らを集めた。

 

「どうした?何かあったのか?」

トゥークは尋ねる。いきなり集められた彼らは勿論なぜ集められたのかという素朴な疑問を抱く。それに対してゲンジは答えた。

 

「お前らには話しておく」

 

ゲンジは表情を曇らせながらも左目を覆っていた眼帯を取り外した。目の前に出されたのは黒色に染まった目玉。そしてその中心部で輝く赤い瞳。

それを見た瞬間 皆は驚きの表情を浮かべた。

 

「この目と俺の体内に眠る恐暴竜についてだ」

 

それからゲンジは皆へと全てを打ち明けた。初対面であるフルガやククルナ、リオやセルエにも分かるように。最初は皆は驚いていたが、納得してくれたのか途中からは何も喋らずに聞いてくれていた。

 

尖った耳もトゥークが風呂場で気になっていた異形な3本脚の事も。

 

全てを話し終えた時の皆の表情はとても真剣であり誰一人と忌み嫌う様な表情を浮かべる者はいなかった。それだけが唯一の救いであった。

 

「そうか…結構 辛かったんだな」

話し終えるとトゥークはあの時、温泉に入る中で触れられたくない事を質問してしまった事に対して謝罪した。

 

「悪かったな…気づかずに触れちまって…」

 

「気にしなくていい。早く話さなかった俺が悪いからな」

 

そんな中、ティカルの横で険しい表情を浮かべながら聞いていたククルナは突然と手を上げながら口を開いた。

 

「貴方の事に関してはよく分かりましたわ。それに対して少し質問させてもらってもよろしくて?」

 

「あぁ。いいぞ」

 

するとククルナは鋭い目を自身に向けた。

 

「もしも、貴方の中にいるイビルジョーがこの百竜夜行の中で目覚めてしまった場合…どうすればよろしいですの?」

 

その質問に対してゲンジは迷いなく答える。

 

「その時は俺に麻酔か痺れ弾を打ち込んで欲しい。俺が気絶、眠りにつけば奴の意思も同じく引っ込むさ。特にモンスターがいない場合は人を襲っちまう可能性があるから頼む」

 

「そう。随分とハイリスクな代物ですわね。それにモンスターとの意思疎通ができたと聞きましたが…本当に竜人族みたいですわ」

 

「…まぁ、奴に身体を乗っ取られてる時だけだがな」

 

ゲンジは頷くと、再び皆へと目を向けた。

 

「他に何か聞きたい奴はいるか?」

 

見渡しても誰も手をあげて聞こうとする気配はない。

モンスターと意思疎通が可能ならば説得して去って貰えばいいのではないのかという生温い疑問を持つ者がいない事にゲンジは安心していた。

誰も聞く気配がないのであればもう自身について話す事はないだろう。

 

すると

 

「なぁなぁ!アンタってその力使わずにG級ハンターになれたんだろ!?」

 

「え…!?あ…あぁそうだが…」

 

暗くなった雰囲気をぶち壊すフルガの興味津々な質問にゲンジは戸惑いながらも頷く。

 

「すげぇな!!ますますアンタの戦う所が見たくなっちまったぜ!!」

 

そう言いフルガは興奮し、頬を好調させる。するとため息をついたトゥークは興奮するフルガの頭へとゲンコツを見舞う。

 

「おいフルガ。はしゃぎすぎだぞ」

 

「いた!?おい師匠!何もブつことねえじゃねぇか!?」

 

「逆に はしゃぐ事でもない」

 

「んだよ!本当に師匠は堅ぇな〜!!そんなんだからいつまで経っても結婚できねぇんだよ!」

 

「関係ないだろ!?」

 

高揚するフルガとそれを制止させたトゥークは次々と言い争いを始めてしまう。その馬鹿げた言い争いにゲンジはポカンとしており、横にいるヒノエは笑みを溢していた。

 

「ちょ!?フルガ君も師匠もやめてくださいよ!」

 

「師匠!ちょっと落ち着いて…」

それをティカルとリオは間に立ちながら止める。すると、それをずっと黙って聞いていたククルナが二人の頭へとゲンコツを振り下ろした。

 

「いい加減にしなさい!近所迷惑ですわよ!」

 

「「す…すいません…」」

 

ククルナの鉄拳制裁によって頭にタンコブを付けられたトゥークとフルガは借りてきた猫のように一瞬にして鎮まった。

 

「大体貴方達はTPOというモノをですね!!___

 

それからククルナの説教が始まった。その様子はやんちゃした子供を叱る母親の様であり、ミノトは初めて会った時のジリスとセルエのやり取りを思い出してしまう。

 

「ははは。愉快な連中だよ。本当に」

 

「えぇ。ゲンジもいい友達を持ちましたね」

 

その様子をエスラとヒノエは笑いながら見つめる。

そんな中、ヒノエの横でいつも変わらず無表情でいたミノトはふと、ゲンジの方へと目を向ける。

 

「…?」

 

そこには先程までポカンとしていたが、今ではヒノエと同じく笑みを浮かべるゲンジの姿があった。だが、その笑顔は一瞬だけであり、その上トゥーク達の団欒としている風景に向けてなどいなかった。少し俯きまるで何かを考え高揚しているかのように。

一度だけ見えたその笑みはすぐに元の無表情へと戻る。

 

その後、ゲンジ達は立ち上がるとトゥーク達へ目を向ける。

 

「ありがとうなトゥーク。お前らに会えて良かった」

 

去り際にゲンジは感謝の言葉を笑みを向けると共にトゥーク達へ掛けると、旅館を後にし、自宅へと戻る。

だが、ミノトは気になっていた。先程の虚空を見つめながら一瞬だけ見せた笑み。あれは一体…何なのだろうか。

 

「(…いや、あまり気にすることではありませんね)」

ただの思い出し笑いでもしたのだろう。そう解釈したミノトは敢えて聞かずに触れる事は無かった。

 



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出立の朝

薄明の空。まだ太陽が顔を出さず暗い明朝。鳥もまだ目を覚まさず、物音一つ聞こえる事はない。

 

そんな中で誰よりも早く目が覚めたゲンジはゆっくりと起き上がる。両隣には今でも寝息を立てるヒノエとミノトの姿があった。

 

「…」

ゲンジはただ、無表情のまま、今回の百竜夜行の中心であるヒノエの顔を少し見つめると、即座に起き上がり、アイテムボックスの中から捕獲用麻酔玉を取り出し、自身のポーチへと入れる。これはモンスターを罠にかけた際に投げる事でモンスターを眠らせ、捕獲する事ができるのだ。人体に扱えば、間違いなく一瞬で眠りにつくだろう。

 

故にゲンジは出来るだけ持っていく。

 

___暴走したとしても すぐに眠りにつけるように。

 

すると

 

「おはようございます。ゲンジ」

 

後ろから声が聞こえ、振り向くと目を覚ましたヒノエがあくびをしながら上半身を起き上がらせていた。

 

「おはよう。ヒノエ姉さん」

 

その姿を見たゲンジはいつものように返した。それに対してヒノエはいつものように優しい笑みを自身に向けてくる。

 

その顔を見たゲンジはゆっくりとヒノエに近づくと片膝を下ろし現在の体調について尋ねる。

 

「身体の調子はどうだ?大丈夫か?」

 

「えぇ。大丈夫ですよ」

 

「…そうか。良かった」

それに対してヒノエは答えた。その笑みを見たゲンジはゆっくりとヒノエの背中に手を回すと、抱き締める。

 

「…!」

いつもならば自身から抱擁をするというのに、いきなりゲンジの方から抱擁された事でヒノエは調子を乱し、頬を赤く染めてしまう。

 

「ゲ…ゲゲ…ゲンジ…!?どうしたんですか!?」

 

ヒノエが戸惑う中 ゲンジは伝えた。

 

「……俺が必ずヒノエ姉さんを助ける。あの古龍を殺して…」

 

「ゲンジ…」

伝えられたその言葉を聞いた瞬間取り乱していたヒノエは冷静になると、自身も腕を回しゲンジの小さな身体を抱き締める。

 

「突然そんな事を言われてはびっくりしてしまいます…何かあったのですか?」

 

「…」

不意にヒノエから尋ねられたゲンジは何も答える事はなかった。返答しないゲンジを不思議に思いながらもヒノエは頬を擦り寄せる。

 

「でも…嬉しいです。ありがとうございます旦那様」

 

ヒノエは一度ゲンジから離れると擦り寄せた頬へと柔らかな唇で口付けをした。

そして再び顔を合わせると琥珀色の瞳を水晶のように輝くゲンジの蒼い瞳へと向ける。

 

 

「必ず終わらせましょう。百竜夜行を」

 

「あぁ」

 

それに対してゲンジは頷く。

 

 

 

 

「……姉様ばかりずるいです…」

 

「「!?」」

不意に聞こえた声。ふとヒノエとゲンジは同時に声が聞こえた方向へと顔を向けるとそこには頬を膨らませたミノトが嫉妬しているかのようにこちらを凝視していた。

 

「い…いつから起きてた…?」

 

「姉様が旦那様の頬に口づけをした時です…」

ミノトは両手を広げゲンジに向けて揺れる琥珀色の目を向ける。

 

「私もお願いします旦那様…!さぁ!」

 

「わ…分かったよ…//」

両手を広げ抱擁を強要するミノトにゲンジは頬を赤く染め戸惑いながらも頷きミノトの背中に手を回し抱き締めた。

抱き締められたミノトは力強くゲンジを抱き締め返し、完全にホールドする。

 

「よしよし…良い子ですね」

 

「うぅ…」

ゲンジから抱擁を受けた事にミノトは満足すると、まるで赤ん坊をあやすかのようにゲンジの背中を尋常ではない速度でスリスリと撫で回した。

ゲンジは自身から進んで抱擁する事に抵抗はあるものの、そこまでではない。だが、相手からされるのは大の苦手であり、即座に顔を真っ赤にしてしまうのだ。

 

「あらあら♪」

 

ミノトがゲンジを赤ん坊のように抱き締めるその様子をヒノエは微笑みながら見つめていた。

 

それから朝日が昇り窓から差し込んだ陽光が家の中を照らし始めるとエスラ、シャーラも目覚め始めていく。

 

そして 5人は装備を装着し、武器を手に取り家を出た。

 

◇◇◇◇◇

 

それから5人は集合場所である集会所前の広場へと着く。すると、前と同じくヨモギとイオリが手を振りながら歩いてきた。

 

「おぉ〜い!皆〜!」

 

「おはようございます!」

 

こちらに向けて振られた手にゲンジ達は手を振り返す。その後ろからはハモンも続いていた。

 

「ハモンさんも行くのか?」

 

「当たり前だ。何より今回は百竜夜行を起こしている奴が出てくる…。今までの借りを返してやらねばな。お前らばかりには良い格好はさせん」

 

そう言いハモンは拳を握り締める。いつも厳格な表情を浮かべている表情が更に険しくなっていた。ハモンの実力は今もなお衰えを知らず、50年前の百竜夜行ではたった1人でマガイマガドを撃退したらしい。

ハモンもフゲンと同等かそれ以上の強さを持っているといってもいい。

 

「相変わらず皆は早いな」

 

すると、集会所の入り口から百竜刀を背負ったフゲンとゴコクが現れる。

 

「フゲンさん。遅いじゃねぇか。イオリとヨモギに負けてるぞ?」

 

「フッ。ジジイは早起きが苦手なんだ。お?ゲンジよ。お主 武器がいつもとは違うな」

 

「あぁ」

そんな中、フゲンはゲンジの背負う双剣を見て形状が違う事を見抜く。ゲンジが背負っていた双剣は『双剣リュウノツガイ』空の王者リオレウスの素材から作り出された火属性の双剣で、タンジアの港に滞在していた頃に作成した武器である。

 

「イブシマキヒコは雲の中を飛ぶから雷は絶対に効かないと思ってな。雷属性以外の双剣を選んだのさ。な?シャーラ姉さん」

 

「うん。それに風を吹かせるなら火も更に威力が高くなるからね」

そう言いゲンジはシャーラへと目を向ける。彼女もピースをしながら同じく双剣リュウノツガイを取り出した。モンスターの弱点を瞬時に環境から見抜く点についてはエスラ程ではないが、ゲンジもシャーラも十分に長けていると言っていい。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、トゥーク達や前回の百竜夜行にて活躍した2人のハンター。それに加えて出撃する里の皆も集まると、フゲンは階段の上へと立つ。

 

「皆の衆よ。よくぞ集まってくれた。此度の百竜夜行は今までの比ではない。過酷な闘いとなるだろう。だが!これを撃退しイブシマキヒコを討伐すれば百竜夜行の根絶に大きな一歩を踏み出す事ができると俺は思っている。故に皆も気を引き締めてほしい。

そして、此度の百竜夜行には我が里の専属ハンターゲンジ、エスラ、シャーラに加えてユクモ村から7人のハンター諸君が駆けつけてくれた!!」

 

そう言いフゲンの目がゲンジ達の隣に固まっているトゥーク達へと向けられた。

 

「お主らの助力に感謝する。共に頼むぞ…!」

 

それに対してトゥーク達は頷く。

 

「では、これにて解散する。砦に向かう者は荷車へ乗ってくれ」

 

里での最後の集会を終わると、戦場へと赴く里の戦士達、そしてハンター達は次々と荷車へと乗り、砦へと出立した。

 

 



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恐暴の声

里を出発し、およそ数時間。

百竜夜行を食い止める最前線である戦場『翡葉の砦』へと到着した。前回と前々回とも連続で百竜夜行の撃退に成功した聖地とも言える。

 

相変わらず多量のバリスタや大砲、撃竜槍さらに最終兵器である破竜砲が殺伐とした雰囲気を感じさせてくる。

 

「すげぇ…こんな厳重な整備の砦は初めてみるな…」

 

「見てください師匠!ドンドルマの巨龍砲みたいのがありますよ!?」

 

初めて訪れたトゥークとティカルは砦の整備の厳重さにポカンと口を開けながら唖然としていた。他のユクモ村の皆々も圧倒され、辺りを見回していた。

 

その後、ヒノエとミノトは彼らを案内すると、砦の整備についての説明もする。バリスタや大砲の経験があるのか、皆は使い方をすぐさま飲み込んでいた。

 

説明を理解した後、砦の最前線にてそれぞれ各個人での訓練となった。

 

「…?」

 

ミノトとヒノエは訓練する中、ある違和感を感じていた。

 

「どうした?2人とも」

 

その場で同じくライトボウガンを扱い訓練していたエスラが尋ねると2人は辺りで訓練をする者達を見渡しながら答えた。

 

「先程からゲンジの姿が見えないのですが…」

 

「言われてみれば確かにな…」

ミノトの言葉にエスラも頷く。多くの者が訓練する中にはゲンジの姿は無かった。

すると、近くで双剣を振るっていたシャーラが答えた。

 

「ゲンならトイレだって言ってたよ」

 

「そうか…。なら安心だが…どうした?ミノト」

 

エスラは何故か表情を曇らせるミノトを不思議に思い尋ねる。

 

「何か…嫌な予感がします…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!!」

 

誰もいない砦の拠点の最奥にて 頭を押さえながらうずくまる影があった。額からは大量の汗を流し、その地面には黒い皮で作られた眼帯が落ちていた。

 

「何で…あんなことを…!!ダメだ…あの力は…使っちゃいけねぇ…!!」

 

何度も何度も自身に言い聞かせる。昨日の自身が考えた作戦と行動を後悔と共に否定するかの様に。

 

『喜べイビルジョー!!お前に食事をさせてやる!!』

 

分からなかった。なぜ、あんな言葉を口にし力を行使する事に肯定的になってしまったのか。

胸を掴み、昨日 心の中で叫んだあの言葉と次々と溢れ出てくる衝動をゲンジは汗を流しながら抑え込んでいた。

 

「クソが…!!力なんて…俺は使わねぇぞ…!!」

 

__だが使わなければあの小娘が長く苦しむ事になるのだぞ?

 

「…!!」

 

突然と囁く男の声。それはまるでその場にいるかの様に鮮明に聞こえてきた。その声を聞いたゲンジは目を震わせる。

 

「なんで…古龍を見てもないのに…!」

 

その声は今日だけではなかった。昨日のあの日 ヒノエと自身について悩んでいたあの時も同じ声が自身の頭の中で囁きそれを聞いた途端にそれを異常なまでに肯定してしまう気分となった。

 

「コイツ……ぐぅぅ…!!!」

 

即ち 恐暴竜がゲンジの欲望を暴走させようとしているのだ。表面化できないのならば させやすい様にすればいい。力を使いたくなければ使わざるを得ない様にすればいい。

 

『我が力を使えばあの小娘を苦しみから解放する事など容易いぞ?それに我に食事をさせてくれると言っていたではないか。あれはただの戯言か?』

 

 

「ぐぅ…!!!黙れぇぇぇえ!!!!!」

 

ゲンジは腹の底から声を出し叫び出す。すると、頭の中に響いていた声が掻き消されていった。

 

『我が出ずとも依代は必ず我を必要とする。その時は力を貸してやろう』

 

叫び声を上げた直後に恐暴竜の思念は再び闇の中へと消えていった。

だが、最後に囁かれたその言葉だけは鮮明に聞こえていた。

 

「誰がテメェの力なんか…!!クソが!!」

 

気分が晴れないままゲンジは立ち上がると、近くに置いてあるガラスに映った自身を見た。そこには左目が黒色に染まった目玉を持つ自分が映っていた。

 

「ぐぅぅ…!!」

 

覚悟を決めたゲンジは今更になって後悔してしまう。だが、捕獲用麻酔玉を持ってきたのは幸いであった。

 

だが、先程のイビルジョーが囁いた言葉がずっと頭から離れる事はなかった。

 

__あの小娘が苦しむのだぞ?

 

ヒノエの苦しむ姿は見たくない。

その上、今の精神力ではどの道イブシマキヒコと対峙した時にイビルジョーは必ず意識を食い破ってくるだろう。そうなれば意識は残ろうと身体を持っていかれる。

 

「八方塞がりじゃねぇか…!!!」

 

 

その時だった。

 

 

「大丈夫ですか…?」

 

「!?」

 

突然 背後から声が聞こえた。振り向くとそこには自身を心配そうに見つめている人影があった。

 

 

「ミノト…姉さん…」

 

 



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ミノトの抱く違和感

それは数分前の出来事であった。ゲンジの行方が分からず探していたヒノエとミノトはシャーラからお手洗いに向かったことを聞かされる。

 

「でも、遅すぎるんだ。かれこれ数十分は戻ってこなくて…」

 

「それ程まで…一体どれ程の大物を捻り__「それ以上はおやめください姉様」

 

ヒノエの言葉をミノトは遮る。まぁ、確かにトイレで大物を捻り出そうとすればそれぐらいは掛かる。余談だが、腹を下したフゲンは1時間以上も篭っていた事があったらしい。

 

「まぁヒノエの言う通りかもしれんな。だから気長に待つ事にしよう」

 

「そうですね」

 

ヒノエはエスラの言葉に頷き、訓練を再開する。だが、ミノトは違和感を抱いていたのだ。思い出すは昨晩の虚空を見ながら浮かべていた笑み。あれと何か関係があるのではないのか。

 

「姉様、少々 お手洗いに」

 

どうしても気になって仕方がなかったミノトはヒノエ達にそれだけ告げるとソソクサとその場から離れて拠点へと向かう。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ゲンジ…一体どこに…」

 

拠点へと入るとミノトは次々と通路を通りゲンジを探した。お手洗いに行く事は嘘であり、心配のあまりゲンジの様子を見に来ていたのだ。彼があの調子ならばトイレと偽り人知れずの場所で一人苦しんでいる可能性もなくはない。

そう思いミノトは次々と場所を当たる。行くと言っていたお手洗いにも、寝場所にも。

 

そんな中 ふと、ミノトは脚を止める。

 

「…!」

そこは砦の拠点の中でもあまり使われずバリスタの弾が立てかけられている場所であった。いくつものバリスタの弾や拘束弾が規則正しく並べられている中に黒くうずくまる影を見つけた。

 

それは紛れもないゲンジであった。見ると頭を抱えながら蹲っており。明らかに腹痛ではない。それを見つけたミノトは即座に声を掛けた。

 

「大丈夫…ですか…?」

 

「…!」

すると、その声に驚いたのかゲンジは即座にこちらを振り向いた。

 

「ミノト…姉さん…」

 

振り向きこちらへと向けられた瞳は酷く怯える様に震えていた。

 

☆☆☆☆☆

 

「なぜこんなところに…お手洗いに行ったのではないのですか?」

 

「…!!」

 

ミノトに尋ねられた瞬間 ゲンジは即座に立ち上がると、顔を拭い答えた。

 

「いや…行ったけど、途中からまた腹が痛くなってな。うん。もう一度行ってくるよ」

 

そう言いゲンジは苦笑しながらミノトの隣を通り過ぎ、再びお手洗いへと向かおうとする。

 

「…え?」

ゲンジの通り過ぎようとする脚が止まった。見ると右手がミノトによって掴まれていたのだ。

ゲンジの身動きを止めたミノトは目を鋭くさせながら見つめる。

 

「何か隠していませんか?」

 

ミノトの問い掛けにゲンジは少し黙り込んでしまうも、即座に表情を作り変え、何も問題がない様に装うために、少しの笑みを浮かべず、ただ答えた。

 

「いや」

 

「……」

目を向けながら答えるとミノトは真偽を確かめるかの様にじっと琥珀色の瞳を向けながら見つめてくる。嘘が少しでも混じっていないかジックリと確認するかのように。

 

「では、なぜ、先程私を見た瞬間 目を震わせていたのですか?」

 

「それは単に驚いてただけだよ」

 

「驚いていただけ………ですか?」

 

「あぁ」

 

ミノトの2度の問い掛けにゲンジは頷く。

 

「…分かりました」

 

すると、真実だと受け取ったのか、ミノトは目を離すと、掴んでいた手をようやく離してくれた。

「ただ、お辛い事があったら…遠慮なくご相談してくださいね」

 

その言葉と共にミノトの両手が肩へと置かれる。手から伝わる暖かい感触と自身に向けられる心強い眼差しにゲンジは戸惑いながらも頷いた。

 

「……あぁ」

 

それからゲンジはミノトを見送ると、しばらくしてから訓練へと戻った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

訓練へと戻ってからは恐暴竜の声は聞こえる事はなかった。それでもゲンジは安心する事なく、いつもの様に双剣を取り出して動きの再確認を行う。此度の百竜夜行はこちらへと攻めてくる日が不確定だ。今かもしれないし明日かもしれない。この砦にいる間は決して油断はできない。

 

「ヴォラァッ!!!!!」

 

それに加えてゲンジは許せなかった。あの力に頼ろうとしてしまった自身に。それに対して腹を立てているかのように双剣を獣の様な唸り声と共に振るう。

 

「ヴォォァアアア!!!!」

 

空中から放った乱舞からのトドメの一撃。過剰に乗せられた力によって振われた双剣は設置された的を木っ端微塵に破壊してしまった。

 

「ふぅ…ふぅ…」

 

着地したゲンジはゆっくりと息を吐く。だが、それは荒々しい。

 

「お…おいゲンジ大丈夫か!?少し休んだ方がいいんじゃ…」

 

後ろでスラッシュアックスを振るい共に訓練していたトゥークはゲンジの普通ではない様子を見て少し心配したのか、声を掛けてくる。

 

だが、ゲンジは止める様子はなかった。

 

「…大丈夫だ」

 

ただそれだけ言うと、一度だけシルバーソルヘルムを取り、息を整えると再び装着する。そして遠方へと的を設置すると、そこへ向けて駆け出し次々と辺りにステップしながら撹乱するかの様に近づくと最後の一歩の際に大きく踏み出し身体を回転させ、その発生した遠心力によって的を斬りつける。

 

「もっと強く…もっと力を…!!」

 

ただ願いながらゲンジは身体を振るう。恐暴竜に頼らない力とそれを抑え込める精神力を手に入れるために。

 

だが、この時ゲンジは知らなかった。知らぬ間に自身の身体へと得体の知れない“何か”が少しずつ入り込み始めている事に。

 



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砦での夜

「ヴォォァアアアッ!!!」

ゲンジは叫びながら乱暴に武器を振るい、次々と的を破壊していく。その姿にヒノエ達も違和感を持ち始めていた。

それはトゥーク達も同じだ。いつもの狩猟前での冷静な彼がどこにもいない。今の彼は獲物に喰らい付くモンスターの様であった。

 

それから訓練が終えると辺りは日が沈み、月が浮かび上がる夜となった。だが、夜となっても警戒を緩めることは自殺行為である。百竜夜行は突然と起こる。それが真夜中、丑の刻、はたまた神秘的な景色である日の出でもだ。故に見張りは交代で行う。

 

皆は灯りのランプが灯された拠点へと戻り、各自で夕食を取る。いつ起きても即座に動きスタミナ切れを起こさない為に皆は緊張に包まれながら食事をしていた。

そんな中、大量に支給された食料を、フゲン、ヒノエ、ゲンジは次々と平らげていた。

 

その様子を見ていたトゥークは驚きのあまり食べる手が止まっていた。いや、それは他のユクモ村の面々も同じだ。全員がその大食いぶりに驚き食べる手を止めていた。

 

「えぇと…あの3人っていつもそうなのか…?」

 

「うん。里長もヒノエさんもゲンジさんもあれぐらいは食べちゃうよ」

 

唖然としていたトゥークの質問に隣でおにぎりを食べていたヨモギは頷いて答える。

ヒノエはウサ団子を大量に食べていたから分かるだろう。フゲンも体格からして想像がつく。だが、ゲンジに関しては完全に予想外であった。それに見ると今の彼は昼間とは全く比較にならない程まで落ち着いていた。

 

「ふぅ…食った食った…」

 

すると、ゲンジの食べ進める手が突然と止まってしまった。

 

「…ん?もぅいいのか?」

 

「あぁ。今日は疲れたからもう寝る」

トゥークの隣で口にファンゴの丸焼きの脚の部分を咥えたフゲンは問いかけるもゲンジは頷きその場から立ち去りソソクサと寝床へと行ってしまった。

 

「この短時間でこんなに食ったのか…?」

 

ヒノエとミノトに挟まれたゲンジが座っていた場所にトゥークは目を向ける。そこにはいくつも綺麗に食い散らかされた食事の跡があった。肉は骨以外が残っておらず、サシミウオに至っては内臓までもが全て食い尽くされていた。

その量は目測だけでも体格が標準より大きいトゥーク自身の量を上回っていた。

 

「ゲンは筋肉の量が違うから。保つために一度の食事の量が多いんだよ」

 

ミノトの横でおにぎりを口にしているシャーラの補足に納得はするものの、それでも多すぎる量にトゥークは唖然としていた。

 

 

「さて…」

ゲンジがいなくなった事を確認したフゲンの目つきが変わった。

 

「…少し聞きたい。昼間のゲンジはどうだった?何か体調に異常はなかったか?」

 

フゲンはゲンジと共に訓練していたトゥークやミノト達に目を向けると、昼間の様子を尋ねた。フゲン自身は昼間はゲンジ達とは別の場所で訓練していた為に彼の事を把握しきれていないのだ。

 

それに対して昼間のゲンジの姿を見ていたトゥークは答えた。

 

「えぇと…いつもの調子なのか分からなかったが…的を攻撃する力が強かったな…。まるで何かに腹を立てているみたいに」

 

「ふむ…何かに腹を立てている…か。他に何かあったか?」

 

フゲンは皆へと目を向ける。トゥークの意見とフルガやセルエ、そして皆も同じだったのか、報告する者はいなかった。その中でミノトが手をあげる。

 

「あの…昼間…彼はお手洗いに行くと言って長時間場所を外していました。不振に思い私が探し、見つけた時は拠点の奥の薄暗い武器庫に座っていました」

 

その話にフゲンは驚き眉を狭める。

 

「…どういう状態だった?」

 

「私が見つけて声を掛けた時にこちらへと向けられた目が酷く震えていました。まるで何かに怯えているように…。

何があったのか分かりませんが…私が見つける前に良からぬ事があったのは間違い無いかと思います」

 

「ふむ…」

 

ミノトの報告にフゲンは顎に手を当てて考える。ゲンジの中にいる恐暴竜の思念は古龍を見つけた時にのみ、現れる。だとすれば、ゲンジの精神力が弱まり、抑え込まれていた恐暴竜の鎖が緩み遂に日常生活の中でも思念が目覚めようとしているのかもしれない。

 

「ゲンジの精神が弱まっているかもしれんな…。そうなればイブシマキヒコを見た時…確実に意識を持っていかれるだろう…」

 

フゲンの見解に皆は生唾を飲み込む。彼が完全に意識を乗っ取られた姿は見た事がない。だが、【ヌシ リオレウス】との交戦時に自我を保ちながらもその力を解放した彼の姿を想像すれば自我を完全に乗っ取られた姿を想像する事は容易かった。

 

目がドス黒く染まりあがり、膨大な力を持つヌシを瞬殺する力を縦横無尽に敵味方関係なく振るうのだ。

何とも恐ろしいものだろう。

 

「ゲンジ…」

 

そんな中 ヒノエの食事をする手が止まってしまった。古龍がゲンジを狙っている事は分かっている。だが、ゲンジは自身のためにも身を削ろうとしているのだ。朝の言葉を思い出したヒノエは少しながらも自身を責めてしまう。

 

それをフゲンは見逃さなかった。ヒノエが俯く姿を見たフゲンは即座に指摘する。

 

「ヒノエ、己を責めるな。責めればお主だけではない。ゲンジの覚悟も無駄になってしまうぞ」

 

その言葉にヒノエはゲンジの言葉を思い出し、顔を上げると頷いた。

 

「エスラよ。もしゲンジが暴走してしまったら前のように麻酔弾を頼めるか?」

 

「あぁ。あまり弟に銃口を向けたくないが…仕方がないね。暴れ回っていたらフゲン殿達には数秒でもいいから拘束を頼むよ?」

 

「あぁ」

 

フゲンは最悪の場合の解決時の行動をヒノエの隣に座っているエスラに任せる。任命されたエスラは気が滅入りながらも頷く。この場にゲンジを止める事ができるのは自身だけなのだから。

 

その後、皆は食事を終えると、男女別れ、それぞれの就寝場所へと向かっていった。

 

 



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強襲

ミノトとトゥークからゲンジの様子を聞かされるも誰一人とゲンジに事情を聞こうとする者はいなかった。

 

今聞いても彼は答えることはないだろう。聞いてしまえば彼の心に迷いを再び生じさせてしまう。

 

故にヒノエ、ミノト達は聞く事を堪えた。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

それから早くも数日が経過したその日の夜。

 

「…」

寝床で横になっていたゲンジは寝苦しくなり目を覚ましてしまった。

 

見ると辺りのベッドでは寝相の悪いフゲンやトゥーク達がイビキをかきながら寝ていた。それを見て更に眠気が失せてしまったゲンジはその場から出て夜の砦へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

いつも夜は月明かりが照らしとても静かである。物音一つ聴こえる事はないその景色は心を落ち着かせてくれる。だが、今日この夜はそうはいかなかった。空を見上げるといつもよりも慌しくモンスターが来る進行方向から風が吹き荒れ満天の星空を不気味な灰色の雲が覆い尽くしていた。

 

「…!!」

 

“もうすぐ来る”

 

ゲンジの頭の中は次々と怒りで埋め尽くされた。自身の妻であるヒノエそして第二の故郷であるカムラの里を数百年間苦しめ続けた怨敵が刻一刻と迫ってきているのだ。予想すれば明日が決戦となるだろうか。

 

 

 

その時

 

 

『餌だ…!!我の餌が近づいてくるッ!!!』

 

「ぐぅ…!?」

 

頭の中に高揚感に満ちた声が響き渡ると共に頭痛が襲ってる。体内に眠る恐暴なイビルジョーの思念が目を覚ましたのだ。だが、いくらなんでも目覚めるのが早すぎる。まだ古龍の姿さえも目撃していない。

 

「(コイツ…!?)」

 

それでもゲンジは必死に押さえ込もうと意識を保つ。いや、それだけではない。コイツが目覚めたという事はかなりの至近距離に古龍がいる。即ち

 

 

“今この時 百竜夜行が起ころうとしている”という事だ。

 

 

その予想は的中してしまうこととなる。

 

すると

高台に聳え立つ見張り塔から金具を叩く音が聞こえてきた。

 

「…!!」

それを聞いた直後 警戒体制に入る。すると、見張り塔から里守が大声を上げた。

 

 

『来たぞぉぉお!!!!百竜夜行だぁぁ!!!!』

 

「ぐうぅ…!!!」

その知らせを聞いたゲンジは溢れ出る思念を歯を食いしばりながら抑え込むと寝床へと急いで戻る。

 

そして、入り口の壁を殴りつけると眠る皆に向けて大声で叫び出した。

 

「起きろぉお!!!来たぞぉ!!!」

 

 

『『『!?』』』

 

ゲンジの腹から吐き出された巨大な怒声にフゲン達は即座に飛び起きる。そしてその声は女子陣へも鮮明に伝わっていた。

 

目を覚ました皆は次々と装備を纏い準備に取り掛かる。

 

「急ぐな!落ち着いて持ち場につけ!!」

 

目を覚ましたフゲンは装備を纏いながら就寝していたため、起き上がった直後に慌てる里守の皆を落ち着かせながら指示を出していった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それと同時刻。最前線の砦から数キロ離れた入り口には巨大な竜巻が発生し追い立てられたモンスター達が逃げるように深い谷の道へと入り込んでいった。

その様子を上空から見物していた蒼い表皮を纏う古龍イブシマキヒコは叫び声を上げた。

 

“今こそ…かの恐ろしき悪魔を討ち払わん”…ッ!!!

 

叫び声と共に辺りの木々が吹き飛ばされていき更にイブシマキヒコを取り囲むように地面からくり抜かれた岩石が宙を舞い始める。

 

恐れと悲しみそして怒りに満ちた龍は金色に輝く目を真っ直ぐとゲンジのいる方向へと向けた。

 

 



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迫り来る百竜夜行

準備を整えた里守達は次々と持ち場へとつく。その中でも攻撃の要である剣士タイプの者達は最も危険な場所である中央の道へと立つ。

 

リュウノツガイの片方を肩に乗せながらゲンジはこの場にいないヒノエとミノトについて問う。

 

「フゲンさん。ヒノエ姉さん達は?」

 

「ミノトの警護付きで砦の最奥に待機してもらっている」

 

フゲンの判断にゲンジは頷く。それは良い選択と言っていいだろう。最奥に比べて前線は段差が少ない。仮に途中で共鳴に苦しみ行動が不能となったところを狙われれば命に関わるだろう。

 

すると、モンスターの動きの監視に向かっていたウツシが戻ってきた。

 

「どうだ?状況は」

 

フゲンは戻ってきたウツシに現在の状況を問う。ウツシは頷きながら答えた。

 

「最前列にリオレウス、ベリオロス、アンジャナフ、ナルガクルガ。現在も進行中の模様…更に後方からはディアブロスの姿も確認…!」

 

「ッ…!!」

ウツシの報告に皆は驚くと同時に難しい表情を浮かべた。現れたモンスターは前回の第二波と同等の危険度を誇るモンスターばかりであった。中でもベリオロスはナルガクルガに次ぐ速さとジンオウガに近い体力を持つ厄介な相手である。

 

更に後方から続くディアブロスというモンスターは別名『角竜』と呼ばれており、この4体のモンスターの中でも1番の巨体かつ素早さを誇る危険極まりないモンスターである。後方と聞いて皆は安心はしたものの、その前座である4体も十分に強力なモンスターである事は忘れなかった。

 

「ナルガクルガなら俺たちに任せろ!ついこの間に渓流で亜種を狩ったばかりだからな!」

 

暗い雰囲気をぶち壊すかのように火竜砕フラカンを背負ったフルガが胸を叩く。その後ろにはリオ、ティカルが続いていた。

 

それに対して頷いたゲンジはフゲンに代わり指示を出し始めた。

 

「なら、お前らに任せる。ここらのナルガクルガは他の地方とは異なった動きはない筈だからいけるだろう。俺とシャーラ姉さんはベリオロス、リオレウスはトゥーク、ジリス、セルエ。フゲンさんとアンタら2人にはアンジャナフを頼む。後のガンナーは援護だ。危なくなったらすぐに高台に上がれ」

 

ゲンジの指示に皆は頷く。エスラ、ククルナは既に高台にて待機していた。

 

 

フゲンの後ろには前回の百竜夜行でも活躍したディアブロS装備とレウスS装備を纏った大剣と太刀使いのハンターが立っていた。

 

「お主ら、今回もよろしく頼むぞ」

 

「「おぅ!」」

フゲンに対して2人のハンターは腕を上げて答える。この2人は前回でも獅子奮闘の大活躍をした為に安心して期待を寄せられる。

 

その時だ。目の前にある巨大な針を模した柵を登り、前線へと侵入してくるモンスターの影が見え始めた。

 

そしてその影はやがて鮮明になっていき、発達した体躯を誇る4体のモンスターへと変わる。

 

「ゲンジ…大丈夫か…?」

 

フゲンは戦う前にゲンジの現在の体調について問う。すると、ゲンジは武器を構えながら答える。

 

「不思議と清々しい気分だ。何故だか分からんがな。これなら奴を見る前にコイツらを片付けれそうだ」

 

「ソイツはよかった…!!」

 

フゲンも同じく百竜刀を抜き出すと、歴戦のオーラを放ちながら構える。そしてフゲンに続くかのように皆も武器を構え出していった。

 

「ゆくぞッ!!!!」

 

武器を構えた皆はモンスターに向けて駆け出した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

砦の最奥のエリア。そこには数人の里守とヒノエとミノトが待機していた。整備としては前線よりも手薄といってもいい。モンスターの足止めであるバリスタや大砲が仕込まれた段差が道中には存在せず、辺りにだけしか設置されていない。そのかわり、砦は3つの関門の中でも突出して巨大かつ頑丈に作られており、リオレウスのブレスを何十発も受けても傷一つ付けられないと言われている。

 

そんな中 拠点へと続く道にて待機していたヒノエとミノトは皆がいる前線のエリアの方向へと顔を向けていた。

 

「ヒノエ姉様。お体の方は?」

 

「今のところは大丈夫ですよ。ただ…ゲンジや皆が心配です…」

 

「…」

それに対してミノトも頷く。此度の百竜夜行は過去数百年の中で最も過酷といっても過言ではない。後方から元凶である古龍が押し寄せているのだ。

皆は無事に生き残れるのだろうか、そしてゲンジは精神を乗っ取られてしまうのではないか。

 

それだけがただ心配であった。

 

その時だ。

 

 

“対は何処…対は何処…”

 

「…!!」

 

頭の中に声が響いてくる。それと同時に突然の目眩がヒノエを襲った。

 

「く…」

 

「姉様!?」

 

その場に崩れ落ちそうになったヒノエをミノトは支える。見ると額から汗が流れ出ており、琥珀色の目が少しずつ蒼色へと変色していった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「え…えぇ…。大丈夫…です…」

 

ミノトやその場にいた里守達が駆けつけるが、ヒノエは肩を借りず、膝に手を掛けるとゆっくりと立ち上がる。

 

「私…だけが…これしきの事で倒れる訳にはいきません…!!」

 

そしてヒノエは咄嗟に意識を鮮明に覚醒させ、頭の中にゲンジの姿を思い浮かべた。彼は自身よりも辛く過酷な状況下へと立たされていながらも武器を振るっている。それに加えて里の皆もだ。

 

「前線で戦う彼や皆がいるのですから…!!」

 

その瞳の色はヒノエの意思と同調するかのように琥珀色へと戻っていた。

 

 



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雪原を舞う竜 ベリオロス

ベリオロス それは別名『氷牙竜』と呼ばれ主に寒冷地帯に生息するモンスターである。その強さの秘訣は素早さにあり、アイスピックのような独特の形状である爪を利用し、滑るように移動する。

 

だが、それは摩擦の無い氷雪地帯にて始めて真価を発揮する。対してこの場所は摩擦が存在する。

 

即ち___

 

 

_____今のベリオロスは本来の力を発揮できない。

 

それを予測していたゲンジとシャーラは目を輝かせると、双剣を構えて地面を蹴り駆け出した。

 

「サッサと終わらせて他の援護に回るぞ」

 

「うん」

 

2人は火属性の双剣リュウノツガイの持ち手を逆手へと変える。

火はベリオロスの最大の弱点属性である。『本来のポテンシャルが引き出せない場所』かつ『最悪の弱点属性』

この二つが合わさればたとえ上位であっても確実に素早く仕留められる。

 

更に二人にはある狙いがあった。それは『弱点特攻』シルバーソルの代表的なスキルの一つであり、モンスターに必ず存在する一番柔らかい『部位』への攻撃力を増大させるというテクニックが必要ながらも強力なモノである。

ベリオロスの弱点は頭と翼膜である。今のベリオロスは転倒しやすくなっているだろう。

 

『弱点属性』に加えて『弱点特攻』正に鬼に金棒。下手をすれば5分掛からず瞬殺できてしまうだろう。

 

 

「「…!!」」

 

目が同時に輝き出すと二人の速度は更に加速し蒼い眼光はナルガクルガの如く光る軌跡を残しながらベリオロスへと接近していった。

 

だが、アッサリとは倒されてはくれない。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

向かって来る二人に対してベリオロスは咆哮をあげると、尻尾をしならせ、薙ぎ払うかの様に振り回した。

振り回された尻尾は範囲も大きいために初見のハンター達はよく餌食となる。

二人はそれをあらかじめ予測していた。

 

「やぁ!!」

 

シャーラは空高く翔蟲を投げ上げる。それは通常の翔蟲が駆け上がる高度よりも高い。

その名は『櫓越え』双剣の鉄蟲糸技の一つであり、通常よりも高く上がるだけという何とも地味な技である。だが、この技の恐ろしい点は高く飛び上がりその場から即座に双剣を構えて急降下し強襲する事が可能なのだ。

 

高く飛び上がったシャーラ。そして、ゲンジは朧掛けの体勢を尻尾が振われる直前に構えていた為に、尻尾の薙ぎ払いをイナし、目の前にあるベリオロスの顔面へ向けてカウンターとして双剣を振り回した。

 

「オラァ!!!」

 

その振り回しは見事にベリオロスの頬に抉りこむと太刀筋から紅蓮の炎を発生させベリオロスの顔を焼いた。

 

顔を焼かれた事でベリオロスはその場で怯む。そして、その僅かな時間で生まれた隙を空中に飛んでいたシャーラは見逃す事がなかった。

 

「ヤァッ!!!」

 

双剣を構え空中に浮かんでいた身体を斜め下へと急降下させると、身体を回転させベリオロスの顔から背中 そして尻尾の先端部分を沿うかのように削る。削った拍子に火属性の炎が回転するシャーラの周りに現れ始めた。

 

その一方で怯んだ隙をゲンジも見逃さなかった。シャーラが顔から尻尾部分を狙っている事を察知し、その場から左へとステップ。アイススピック状に形成されている爪とその翼へ向けて縦横無尽に双剣を振り回した。

 

「ソラソラソラソラソラァァ!!!」

 

次々と放たれていく斬撃。それはベリオロスの特徴的な翼をいとも容易く傷をつけていく。

 

「ゼヤァァァァァ!!!!」

 

そして着地したシャーラもその場から駆け出すとゲンジと同じくリュウノツガイを翼に向けて振り回した。両サイドからの爪への斬撃。それは僅か数十秒。

 

 

「グロォアアア!!!」

そして あっという間にベリオロスの特徴的な翼爪が破壊された。両サイドからの痛みにベリオロスは苦痛の声を漏らし状態を大きく晒しながら後ろに倒れた。

 

「一気にたたみかけるぞッ!!!」

 

「うん!!」

 

ゲンジとシャーラはベリオロスの身体へ向けて駆け出すと左右に分かれて周囲を駆け出す。そして巨大な体躯の周囲360度方向全域から身体を回転させると、次々とベリオロスの身体を斬り刻んだ。

 

「グルル!?」

 

次々と襲い来る斬撃の嵐にベリオロスは苦しみ始める。二人の回転する刃は遂に炎を纏い始め、火の車輪と化した。

二つの火車は回転しながらベリオロスの身体を焼きそして削っていった。

 

「まだまだぁ…!!」

 

ゲンジの声と同時に回転する刃が再びベリオロスの身体付近へと着地する。

 

「行くよゲン!!」

 

「あぁ!!」

 

着地したゲンジとシャーラは怯むベリオロスの身体に向けて炎を纏う双剣を縦横無尽に振り回した。

 

「ヴァアァアアアアッ!!!!」

 

「ゼヤァァァァァアっ!!!!」

 

反撃する隙さえも与えない。まるで炎を纏った拳を振るうかのように2人の剣舞は遂に目で捉える事すら不可能な程の速さへと達する。全身の甲殻が次々と傷をつけられ、破壊された甲殻に付着した肉と共に鮮血が飛び散る。

一瞬という僅かな合間に全力を叩きつける。それこそがゲンジとシャーラの戦法である。

 

その時だ。牙が折れ、身体中が火傷と傷だらけとなったベリオロスは糸が切れそうな声を上げる。

 

「もういいみたい」

 

「そのようだな」

 

その声に二人は見切りをつけると、双剣を振るう手を止めて後退する。

 

そしてベリオロスへと目を向けると傷だらけとなった身体を引きずりながら元来た道へと引き返していった。

 

「さて、早く終わったから辺りの応援に回るか」

 

あっという間にベリオロスを瞬殺した2人は辺りの状況を見る。リオレウスと対峙しているトゥーク達は優勢。今も空中から状態を崩し落ちてきたリオレウスを袋叩きにしている。ナルガクルガとアンジャナフもだ。特にアンジャナフの方は前回のリベンジなのか、フゲンが興奮しながら縦横無尽に太刀を振り回しアンジャナフを防戦一方へと追い詰めていた。

 

このまま見物していてもすぐに終わるだろう。前回のように第一関門は突破はされていない。

 

だが、2人はその選択を取らなかった。

 

終わらせるなら早く終わらせる。

 

「いけるか?姉さん」

 

「もちろん」

 

即座に近くでアンジャナフと交戦しているフゲンの援護へと回る。

 

 

 

その時だ。

 

「ゲンジ!シャーラ!危ない!!!」

 

エスラの声が響く。

 

 

「「え?」」

 

その声が耳に入った瞬間 2人はその場を見る。自身のいる場所が巨大な影に覆われていたのだ。

それと同時に一つの小さな影が映り込んでくる。

 

 

___コトン

 

その音とともに2人の横に小さな岩が落ちてきた。それはなんとも歪な形をした黒い塊であり、山菜であるタケノコに似ていた。

 

 

「「____!!!!!」」

 

その物体を直視した直後、2人は即座に駆け出す。長年の積み上げてきた経験によって鍛え上げられた身体が直感したのだ。

 

“あれはヤバい”

 

その直後 辺りへと次々とそのタケノコのような得体の知れない物体が落ちて来る。

 

「逃げるぞ!姉さん!」

 

「うん!」

ゲンジとシャーラは即座に武器をしまうとその場から離れる。できるだけ交戦中の皆へと近づかないように。

すると、そのタケノコのような物体から煮えたぎる音が聞こえてくる。

 

ゲンジとシャーラはふと数メートル付近にあるその物体へと目を向ける。

 

刹那

 

 

その物体は巨大な爆炎を放ちながら破裂した。

 

やはり2人の勘が当たっていた。あれ程の爆発となればブラキディオス の粘菌に匹敵するだろう。

 

「シャーラ姉さん気をつけろ!!どんどんくるぞ!!」

 

「うん!!」

2人は全力疾走で駆け出す。爆炎を挙げて破裂した物体がなんと、2人を追うかのように次々と落とされてきたのだ。

落とされた物体は地面に転がると湯気を放ち始める。

 

すると、逃げ惑う2人を今度は巨大な影が覆った。

 

「!姉さん回避!!」

 

「うん!」

その影を見た直後 ゲンジは叫びシャーラと共に二手に分かれて身を投げ出し緊急回避をする。

 

その直後 2人がいた場所へと巨大な影が砂埃を上げながら飛来した。

緊急回避をして状態を立て直したゲンジはゆっくりと立ち上がりながら自身らを押しつぶそうとしたその存在へと目を向ける。

 

 

「こ…コイツは…!?」

 

砂埃が晴れ、自身らを押しつぶそうとした存在の姿が鮮明となるとゲンジは目を震わせる。

目の前に飛来したのはリオレウスさえも超える巨体に加えて丸みを帯び同じ形をした頭部と尻尾。

その頭部の顎、そして同様の形をしている尻尾の下には夥しいほどのタケノコのような物体がビッシリと木の実のごとく実っていた。

 

「まさか…こんなところで会えるとはな…」

ゲンジは唾を呑みながらもゴコクから見せてもらったモンスターの一覧を思い出しその名を口にした。

 

空から爆発の礫を降り注ぐ完全なる生物兵器。

 

____「……バゼルギウス…!!!」

 

 



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爆鱗竜の襲撃

弱肉強食 血煙飛揚 戦塵招くは 非道の乱入 情け無用 赤熱の凶漢

八方炸裂 阿鼻叫喚 弁え知らずが 横行跋扈___。

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

それは数週間前の事だった。

 

「なぁゴコク殿。この地域に出てくるモンスターの一覧ってあるのか?」

 

「ふぉ?」

ゲンジはカムラの里周辺地域に出没するモンスターに興味を持ち、その他にも未発見のモンスターがいるのではないのかと思い集会所へと訪れていた。

ゴコクは軽く数百年は生きている。しかもこの里でだ。ここらの地域を知り尽くしていると言ってもいいだろう。ならばこの辺りによく出没するモンスターについても知っているはずだ。

 

「ならばコイツを見るといいでゲコ。今まで現れたモンスターがちゃ〜んと描いてあるからのぅ」

 

そう言いゴコクは自身が書いたモンスターの絵の一覧を差し出してきた。

 

「へぇ…」

ゲンジは集会所にある椅子に腰を掛けそのイラストがまとめられた本を次々とめくっていく。

するとゴコクの絵を見たいのか、絵が趣味であるミノトは後ろから覗き込んでくる。

 

「……」

めくればめくるほど興味が湧いてくる。自身が初めて目にするモンスター達ばかりであった。トビカガチ、ヤツガタキ、オロミドロ、そして自身が狩ったマガイマガド。

 

「ふぉ〜ほっほっほ。凄いじゃろ?全て儂がこの目で見て描いたモノでゲコ………あれ?聞いてる?」

 

ゴコクの話はそっちのけ。ゲンジは次々とページをめくっていった。

そんな中、進める手があるページで止まった。

 

「…コイツは…?」

 

ゲンジはそのページをゴコクへと向ける。

そのページに描かれていたのは何とも異形なモンスターの絵であった。翼が描かれており飛竜である事は確かだが、その翼以外の頭部の下には帯びたしいほどの鱗が細かく描かれていた。

 

その絵を見たゴコクは顎髭を撫でながら思いだすかのように答えた。

 

「ソイツはバゼルギウスと言ってな。どんな狩場にもたま〜に乱入してくる厄介な奴なんでゲコ。その上、凶暴でな。特にその鱗は『爆鱗』といってのぅ。地面に落ちると爆発するんでゲコ。しかも獲物に向けて次々と落としてくるのでのぅ…その所為で一時は周辺の生態系に異常をきたし掛けた時があったんじゃ。いやぁ…遭遇した時は死ぬかと思ったね。あれは」

 

「バゼルギウス…」

ゲンジは異形な姿で描かれたバゼルギウスの絵を見つめた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「まさかこんなにでかいとは思わなかったな…」

 

目の前に悠々と立つバゼルギウスにゲンジは息を飲む。その姿や放たれる威圧感から分かる。このモンスターの危険度は下手をすればイビルジョー に匹敵する。

 

バゼルギウスは小さな頭部にある鋭い眼光を向けながら首を持ち上げる。

 

その瞬間 巨大な咆哮が響き渡った。

 

___グォオオオオォォォッ!!!

 

「!?」

 

その咆哮は声量、威圧感 共に一介のモンスターを遥かに凌駕しており辺りの空気を振動させた。

 

「ぐぅ…!!」

 

ゲンジは即座に頭を捻り策を考える。先程のようなモノを撒き散らされるとなると2人で掛かるのは危険だろう。一方に気を取られていたとしても、攻撃した拍子に爆発する鱗がもう一方へ向けて放たれる可能性がある。

 

ゲンジはシャーラに向けて叫ぶ。

 

「姉さん!コイツは俺がやる!!姉さんはここから離れてフゲンさんの援護に回れ!!!」

 

「えぇ!?」

 

いきなりの指示にシャーラは頷かず驚く。

その一方で バゼルギウスはゲンジに向けて爆鱗の実る尻尾を振り回してきた。

 

「コイツは2人だと厄介だッ!!…く!?」

 

「でも…」

その振り回しをゲンジは身体の体制を比較する事で避ける。小柄な身体が功を制したのか、振り回された尻尾は頭上を横切り、その際の爆鱗も遠心力によって、ゲンジの後方へと放り出された。

 

「早く離れろッ!!!」

 

「く……」

 

シャーラはゲンジの指示に歯を食い縛りながらも従う。

 

「すぐに助けに来るから…!!」

 

それだけ言うとフゲンと交戦するアンジャナフの元へと走っていった。

 

「エスラ姉さんもだ!絶対に手を出すなよ!」

 

「ぬぅ……仕方がない」

 

ゲンジは高台にて援護射撃の為にボウガンを構えるエスラにも注意を掛ける。

ようやく一対一となると、ゲンジは目を鋭くさせ黒色に染まる目の中で赤く輝く瞳と白い目の中で蒼く光る目を向けた。

 

「さて…ようやくやり合えるな…!!!」

 

「ゴルル…!!」

 

尻尾を振り回したバゼルギウスは再びゲンジの方向へと目を向けると鋭い眼光を光らせると共に喉から唸り声をあげゲンジを睨む。

 

 

 

互いに視線をぶつけ合う中 風が吹き2体の頬を擦る。そんな中 後ろへと放り投げられた先程の爆鱗が破裂し音を響かせた。

 

その音が開戦のゴングとなる。

 

「グォオオオオ!!」

爆発音と共に咆哮を上げながらバゼルギウスは巨大な身体を支えている発達した脚を動かし突進してきた。

その突進は素早くはない。だが、この速度でもあの巨体に体当たりされればタダでは済まないだろう。

 

故にゲンジは翔蟲を空高く投げ上げる。

 

「ゼィヤァッ!!!」

 

すると バゼルギウスの身体が迫るその軌道上からゲンジの身体が高く飛び上がった。

 

『櫓越え』だ。

 

空高く飛び上がった事でバゼルギウスはそのまま止まる事が出来ず後ろへと突き進んでいってしまった。

 

「一気に終わらせる…!!」

 

それを見てチャンスと見たゲンジは空中で手を交差させながら背中に背負う双剣を引き抜き構えると、両手を前に突き出し力一杯 後ろへと引いた。すると、身体がその動作によって引き寄せられ、走り抜けたバゼルギウスに向けて落下していった。

 

そしてバゼルギウスに向けて落下していくゲンジは双剣を持つ手を広げると身体を回転させていった。

 

「ヴォォァアアアッ!!!!」

 

回転したその身体は武器から発生した炎を纏いながら火炎車と化しそのままバゼルギウスの巨大かつ長い胴体へ向かうと、尻尾の先端部分から頭へとかけて回転しながら刃を斬りつけていった。

 

「グルル…!?」

 

突如として背中に襲ってきた痛みにバゼルギウスは苦痛の声を漏らす。

 

頭へと刃を斬りつけたゲンジは最後の一振りを終えると、頭をジャンプ台として蹴り、高く跳躍した。

 

「まだまだぁ…!!」

 

すぐさま2体目の翔蟲を取り出し、先程と同じく空へと投げ上げ高く飛び上がる。

 

そして2回目の空中回転乱舞を放った。

 

「オラァァァァァッ!!!!」

先程のように炎を纏った回転斬りは耐熱性の誇るバゼルギウスの背中の甲殻へと次々と切り傷に加えて黒い跡を残していった。

 

「ギャォオオオオ!!!」

 

再び背中へ襲ってくる痛みにバゼルギウスは叫び声をあげながら怯み出す。

 

「ふぅ…!」

2連続の回転乱舞を放ったゲンジは怯むバゼルギウスの後ろへと着地する。

 

「ゴルル…!!!」

 

すると 怯んだバゼルギウスが先程よりも激しい唸り声を上げながらこちらへと顔を向けた。唸り声からして怒り状態へと移行した事を悟ったゲンジは再び双剣を構える。

 

だが、振り向いたバゼルギウスの身体を見た瞬間 ゲンジは冷や汗を流した。

 

「…へぇ…まさかそうなるとはな…」

怒り状態となったバゼルギウスの顔の下、そして尻尾の下に生えている爆鱗がバゼルギウスの感情に順応しているかのように赤熱していたのだ。

 

そしてその爆鱗は次々と雨のように零れ落ち、地面に落ちると先程と違いすぐさま爆発していった。

 

「ここからが…本番か…!!」

 

ゲンジは目を開きながら久々の高揚感に笑みを溢す。その直後にゲンジを睨むバゼルギウスの巨大な咆哮がその場に響き渡った。

 

 



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炎の舞 

「…ッ…雷属性を装備してくるべきだったな…」

 

ゲンジは自身を睨むバゼルギウスに対して舌打ちをする。

飛竜に加えて炎を出すとするならばリオレウスと同じ雷が最大の弱点であるだろう。だとするならば、今の武器の属性は最悪だ。だが、後悔している暇などない。

 

「…!!」

 

目を鋭くし、バゼルギウスただ一体のみを敵として捉えたゲンジは全神経を集中させ自身とバゼルギウスだけの世界を作る。

 

その一方で、バゼルギウスは怒り状態へと移行していながらも冷静に自身を警戒しながらこちらを睨んでいた。赤熱した爆鱗はその間も途切れる事なく次々と零れ落ち爆発していく。

 

「(属性相性は二の次…必要なのは“技術”ッ!!!)」

自身の理念を心の中で唱えたゲンジはゆっくりと両手の双剣の持ち手を逆さに変え構えた。

 

「グァァォオオッ!!!」

 

その構えから殺気を感じ取ったバゼルギウスは目を鋭くさせると発達した脚を踏み込み、首を持ち上げ自身に向けて大きく口を開く。すると、口内の奥底から炎が揺らめくと共に巨大な火球が吐き出された。

 

1発だけではない。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの如くバゼルギウスは軽く5発の火球を吐き出したのだ。

 

吐き出された火球は炎の軌跡を残しながらゲンジへと迫っていく。

 

「フッ…!」

 

首を持ち上げる時点からその行動を読み取っていたゲンジは即座に双剣を横に振る形で回避した。

迫ってくる火球はゲンジの横を通り過ぎると背後にて塵になる。

 

そしてゲンジは目を離す事なく向かってくる5発の火球を次々と最小限の動きで華麗に躱していく。

 

更にバゼルギウスは火球を吐き出した直後に身体を回転させ爆鱗を投げ飛ばしてきた。

今の状態の爆鱗は確実に地面に着地した瞬間に爆発する。

 

故にゲンジは即座に前に駆け出しバゼルギウスの目前へと迫っていく。遠心力によって放たれた爆鱗は流石に間近には落下しない。故に安全圏内はバゼルギウスの周囲2メートル程だろう。

 

「今だな…!!」

爆鱗は危険かつ無限といえども再生に時間を要する。先程までポロポロと溢れ落ち続けていた事で振り回しの動作により、今のバゼルギウスには爆鱗が存在しなかった。

 

即ち ___絶好のチャンス到来である。

 

即座にゲンジは櫓越えを行い、空高く飛び上がると双剣を構えて無防備であるバゼルギウスに向けて身体を回転させ、再び火炎車と化す。

 

「オラァ!!!」

 

「ギャォォォォォ!!!」

 

鬼人空舞によって、双剣がバゼルギウスの頭から尻尾にかけて次々と切り裂き、纏う炎が耐熱性の高いバゼルギウスの背中を焼く。

 

“動け…!!もっと速く…!!”

 

身体に何度も命令しながら鬼人空舞を終えたゲンジは再び空中に飛び立つと身体を回転させ、怯むバゼルギウスに向けて再び鬼人空舞を放つ。爆鱗が生成されていくが、背中を狙えば当たらない。

 

故にゲンジは櫓越え→鬼人空舞→櫓越えというルーティーンを繰り返していった。

 

 

その時だ。

 

「グラァァオオオオオ…!」

 

何度も何度も身を焼き尽くす連撃にバゼルギウスは悲痛を訴える叫び声をあげた。

 

「(よし…!!)」

 

ゲンジは怯みとその苦痛な声を原動力に更にゴリ押しと言わんばかりの激しい斬撃の嵐をぶつけていく。

 

そして、遂にその時は来た。

 

「グロォォオオ…」

バゼルギウスが弱々しい声を上げる。

 

「お…?」

それを聞いたゲンジは櫓越えで飛び上がっていた身体を地面に下ろした。

バゼルギウスへと目を向けると、翼を広げ、爆鱗を落としながら元来た道へと飛び去っていった。

 

「ふぅ…ようやく終わったか…。少し疲れたな…」

正に強敵であった。それもそうだ。イビルジョー に匹敵するタフネスに加えてあの強力な爆鱗。恐らく生態系ピラミッドの中で古龍種に並ぶだろう。

それにあのモンスターはまだ余力が残っていた。もしかすると、体力を減らしたのではなく、次々と来る攻撃に嫌気が差して撤退したのかもしれない。

 

「く…まだまだ未熟だな…」

 

すると バゼルギウスに続き、自身の横を全身に傷を負ったアンジャナフ、ナルガクルガ、リオレウスが通過していき、バゼルギウスに続くように元来た道へと去っていった。

 

「あいつらも終わったようだな…。ふぅ…」

 

再び深呼吸をしたゲンジは、その場に膝をつく。

 

もうモンスターが来る気配はない。

 

第一波 撃退成功。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「驚いたな…まさかバゼルギウスを単身で撃退するとは」

 

「まぁ…な…」

 

あれから第一波を退けた皆は一時的な休憩と共に次に来る第二波のための準備に取り掛かっていた。武器組の皆は武器を研磨し、ポーチも整える。

 

フゲンの褒め言葉にゲンジは皮肉を感じながらも武器を研磨する。そんな中、ゲンジはヒノエの状態について問う。

 

「ヒノエ姉さんの容態は?」

 

「ウツシによると今のところ異常は無いようだ」

 

「なら…安心だ」

 

武器を研ぎ直したゲンジは肩に手を置き、首を左右に曲げる。

 

「お主の方は大丈夫か?」

 

「問題ねぇ。今のところな」

 

フゲンは自身の容態について確認してくる。それに対してゲンジは頷いた。現在は今のところ、イビルジョー の声は聞こえる事はなかった。故に頭の中はスッキリとしている。

 

その時だ。見張りの高台の里守が叫ぶ。

 

「来たぞッ!!!!第二波だッ!!!」

 

第二の脅威が即座に迫ってきた。

 

 



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凶悪な第二波

「いくら何でも早すぎるだろ…」

 

「これが百竜夜行だ。気合い入れろよトゥーク」

 

容赦なく迫り来る第二陣にトゥークは冷や汗を流す。それに対してゲンジはフゲン達と共に並び立つ。

 

すると、見張り役から報告を受けたウツシが通達のためにフゲンの前に現れた。

 

「伝令…第二波接近。ディアブロス、タマミツネ、ジンオウガ…その他4体のモンスターを確認…!!」

 

「うむ…」

 

「ッ…厄介な奴らを呼びやがって…」

 

その報告にフゲンは頷き、ゲンジは舌打ちをする。

それは過去において最も不吉な報告であった。ただでさえも強力なモンスターが3体いるにも関わらず、それと共に4体も続いているのだ。その数はまさかの7体である。

 

「7体か…」

 

フゲンは歯を食い縛る。人数的に武器組は14人。一体につき二人が当たらなければならない。引き続きフゲンは続く4体のモンスターについて問う。

 

「4体のモンスターの詳細は?」

 

「はい…。ティガレックス、ゴシャハギ、トビカガチ、そしてラージャンの模様…」

 

それは更に恐ろしい凶報であった。アンジャナフよりも凶暴とされる轟竜ティガレックス。更にイビルジョー と並び古龍級生物の一角となっている金獅子ラージャンまでもが続いていたのだ。その知らせは辺りにいる者の戦意を削いでいった。

 

「嘘だろ…金獅子もかよ…」

 

ラージャンは限りなく目撃例が少ないとされている。だが、それはただ単に珍しいという意味ではない。目撃した者が無事に帰還し報告する事が稀であるからだ。

 

イビルジョー の何tもの力を持つ顎を拳でこじ開ける。テオテスカトル、クシャルダオラの空中からの襲撃を受け止め地面に叩きつける。という一介のモンスターの常識を覆す行動を取った報告が上がっているのだ。

 

たった一体でそれ程の戦闘力を持つモンスターの到来に皆は戦意を喪失していく。トゥーク達は何とか立て直そうとするも、ラージャンと遭遇した事が無いために何も言えなかった。

 

「落ち着け」

そんな中 ゲンジが声を上げる。

ゲンジ、エスラ、シャーラはたった一度だけ、ドンドルマに滞在していた頃にて目撃し、捕獲に成功した事がある。故にラージャンの弱点も熟知していた。

 

「確かにラージャンは強い。だが、その反面 体力が異常に少ねぇ。だから俺とシャーラ姉さんで相手をする。一度だけだが、捕獲した事があるからな」

 

ゲンジの言葉だけが喪失していた戦意を再び取り戻し安心感をもたらす。だが、その他のモンスターもラージャン程ではないが、十分に危険である。皆の顔からは完全に恐怖感が消えたわけではない。

それをカバーするのが、カムラの里の独自の技術だ。

 

それは『操竜』である。

 

「それに、操竜もあるだろ。それだけで大分楽になる」

 

モンスターを操り他のモンスターへと攻撃を与える事ができれば大概のモンスター達を即座に撃退に追い込む事が可能であり不利な状況をすぐに覆す事ができるかもしれない。

 

「お主の言う通りだ。ウツシよ。引き続き鉄蟲糸での援護を頼むぞ」

 

「御意…!」

フゲンは頷き、ゲンジの案を即座に飲み込むと、鉄蟲糸の達人であるウツシに指示を出す。指示を出されたウツシも力強く頷いた。

 

その時だ。

 

「グゥォオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

砦の入り口から巨大な咆哮が聞こえてくる。それはバゼルギウスと並ぶ程の威圧感を放つ声であった。

その声に全員はモンスターの進行方向へと目を向けた。見るとそこには黒い毛並みと頭に長い2本の角を持つ牙獣種がおり、柵を跳躍で乗り越えながら砦へと侵入してきた。

 

『金獅子ラージャン』

 

それに続き、次々と巨大なモンスター達が侵入してきた。超帯電状態のジンオウガ、口から黒い息を吐き出しているディアブロス 、全身の毛並みを逆立てているトビカガチ、鬼面を光らせているゴシャハギ、泡を纏うタマミツネ、荒々しく息を立てているティガレックス。

 

「来たか」

 

フゲンは百竜刀を構える。それに連動するかの様に武器組である全員もそれぞれの配置に着くと武器を構えた。

 

すると

 

7体のモンスター達の巨大な足音が響き一斉に進撃を開始した。

 

 



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黄金の暴風雨

来たれり 焦熱が島 純黒の獅子が牙を剥く

「いざ退治せん」散る火花 憤然 黄金の猛風

金獅子奮迅____!!!

 

◇◇◇◇◇◇

 

黄金の暴風雨 それがラージャンの異名だった。注目すべきは発達した剛腕が繰り出す圧倒的な“暴力”

 

幾度もなく強者と戦い続けてきた事で異常発達したその腕の力は正に“古代兵器”。巨大な岩塊もボールの如く投げ飛ばす。

 

その身体能力は正に“災害”。禁忌のモンスター程ではないが、それ以下の一介の古龍達を大きく上回る事がギルド本部から公表されていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

巨大な咆哮と共に身体を支える剛腕を前へ前へと突き出し、地面を抉りながら金獅子が迫ってきた。

 

フィールドの奥地すなわち、砦の付近にて待機していたゲンジとシャーラはその突進から目を離さない。

 

あの速度では朧掛けは間に合わないだろう。故にゲンジとシャーラは咄嗟に横に避ける。

 

元いた場所の地面を抉り飛ばし濃密な砂埃を上げながら金獅子は突っ切っていった。

そして、ようやくその動きを止めると、赤く血の色に染まった眼をこちらに向けてくる。

 

「ゲン…大丈夫?」

 

「あぁ…。けど、コイツはイビルジョーの時と同じぐらいの覚悟で挑まねぇとな…」

 

ゲンジとシャーラは双剣を構え、こちらに向けてドラミングをするラージャンを睨む。

その視線に気づいたラージャンはドラミングを止めると、再びこちらへと目を向ける。

 

すると、ラージャンは唸り声を上げながら剛腕を地面へ向けて振り下ろした。

 

 

その行動を見た二人は即座に警戒する。一方で、地面へと突き刺されたラージャンの腕は次第にゆっくりと引き抜かれていく。

 

“巨大な地面の塊と共に”…!!!

 

剛腕が掘り出したのは何と巨大な土の塊で合った。

 

そしてラージャンはその腕を振り回し巨大な土塊をゲンジとシャーラ目掛けて投げ出したのだ。

 

「回避!!」

 

咄嗟にゲンジはシャーラに呼びかけながら再び左右にそれぞれ身を投げ出す。

 

そして投げられた土塊はゲンジ達がいた場所へと正確に落下し、地面に叩きつけられると爆散する。

もしもこんな攻撃をモロに喰らってしまえばタダでは済まないだろう。

 

更にラージャンは避けた際にゲンジに狙いを定め、再び先程の様に突進してくる。

 

「…!!」

 

咄嗟にゲンジはシャーラに向けて指示を出した。

 

「俺が惹きつける!その内にシビレ罠を頼む!!」

 

「分かった!」

 

ゲンジに指示を受けたシャーラはラージャンの視界から外れるべく、ゲンジから水平に距離を取り、近くにシビレ罠を設置する。その一方で、ラージャンは更に接近してきていた。

 

罠を素早く設置した事でゲンジは即座に横に駆け出し、シビレ罠の向かい側へと佇んだ。

 

一般的にラージャンは腕力だけでなく、知能も高い。冷静な状態を保つ通常の状態では落とし穴を見切り破壊してしまう事がある。だが、そんなラージャンでもシビレ罠は防ぐことは不可能だ。

 

迫り来るラージャンの身体の内、剛腕な右腕がシビレ罠に触れた。

 

その瞬間 ラージャンの進撃が止まり、全身に金色の電撃が走り出す。

 

 

[シビレ罠発動]

 

「ギャァァァァォォ…」

 

見事に罠へとハマったラージャン。全身が痺れ始め、動きを止めた。即座にゲンジは辺りにてバリスタと大砲を構える里守の皆へと叫び始める。

 

「今だぁぁぁ!!!打ちこめぇぇぇッ!!!」

 

『『『『おおおおおおお!!!』』』』

 

ラージャンから離れたゲンジの合図によって四方八方から里守達の一斉射撃が行われた。

ここは門の近く。突破されるリスクは高いが、その分 多くのバリスタや大砲が辺りに設置されていた。

この作戦のためにゲンジとシャーラはわざとラージャンをここまで誘き寄せていたのだ。

 

辺りから次々とバリスタの発射音と大砲の砲撃音が鳴り響き身動きが取れなくなったラージャンを矢と砲撃の雨が襲う。耐熱性の高いラージャンの皮膚へとバリスタが突き刺さり、それに加え砲弾が爆裂し身を焦がしていく。

 

合計にしておよそ10台の大砲とバリスタの総攻撃の威力は一般のハンターが扱う武器さえも容易く凌いでいった。

 

そしてその隙にゲンジはラージャン付近にて落とし穴を設置する。設置された落とし穴は構築された形を展開し、地面へと設置される。

 

「シャーラ姉さん。一気に叩くぞ」

 

「うん…!!」

 

そして二人は罠の近くにてとどまると、再び武器を構えた。その一方で、里守達からの総攻撃を受けるラージャンは遂にシビレ罠を破る。

 

「攻撃やめッ!!!!」

 

咄嗟にゲンジは里守の皆へと砲撃の手を止めるべく叫んだ。すると、里守達は砲撃の手を止める。

 

そして二人は駆け出すと、身体を揺さぶるラージャンに向けてリュウノツガイを振り回した。

 

 

「「ハァァァァッ!!!!」」

 

振り回されたリュウノツガイはラージャンの身体へと入り込むと、炎を沸き上がらせ、耐熱性の高い黒毛を焼いていく。

 

そしてその攻撃によってラージャンの標的意識が砲撃を放っていた里守達から二人へと向けられる事となった。

 

「ゴルル…!!!」

 

その瞬間 ラージャンの頭に血が上り、怒りと共に興奮させる。全身の毛が逆立つと同時に先程まで漆黒に染まっていた毛が一瞬にして全てを照らす金色へと輝き出す。

 

これこそラージャンが金獅子と呼ばれる由縁である。怒りが頂点に達した時 全身の毛並みへと闘気が伝わりそれを具現化するかの様に背中と腕の毛が金色へと染まるのだ。

 

そして 金色へと染まったラージャンは即座に近くにいたゲンジ達から距離を取るべく、後ろへとジャンプする形で後退した。

 

その瞬間 ラージャンの着地した足元が突然と崩れる。

 

「!?」

 

怒りで我を忘れていたラージャンはその不可解な感覚にようやく気づいた。だが、気づいた時にはもう遅い。ラージャンの下半身が深い地面へと埋まってしまった。

 

「…!!」

その光景を見ていたゲンジとシャーラは目を青く輝かせると同時に両手を交差し鬼人と化す。

 

「一気に行くぞッ!!!」

 

「うんッ!!!」

 

全身へとオーラを纏った二人は蒼く輝く瞳の軌跡が残る程の速度で一気に駆け出し、もがく金獅子の一番柔らかい頭へと向けて全身に力を込めると解放するかの如く双剣を振り回した。

 

「ヴォォオオオオオオオオッ!!!!!」

 

「ゼィヤァァアアアアアアッ!!!!!」

 

振り回された双剣が次々と金獅子の身体を切り裂いていく。牙、顔の周りを覆う金色の毛、そして角、全てを微塵にするかの如く二人の乱舞は次々と勢いを増していった。

 

 

“殺す気でいけッ!!!”

 

そう心に叫びながら二人は次々と双剣を振り回していく。そして遂にその速度は常人の域を超えていき、手先が見えなくなってしまう様になった。

そして リュウノツガイの属性である炎も二人の乱撃によって激しさを増していき、耐熱性の高い金獅子の毛や皮膚を焼き尽くしていく。

 

その時だ。

 

「グロォォォ!!」

 落とし穴に埋もれていたラージャンが唸り声をあげ、乱舞を放つ二人に目掛けて剛腕をプロペラの如く回転させた。

 

「「!」」

 

乱舞を放っていた二人は防御体制を取る事ができず、その剛腕の振り回しによって左右に吹き飛ばされる。

 

だが、ラージャンの力が弱まっていたのか、威力はそこまでではない。吹き飛ばされた二人は吹き飛ばされたとしても即座に体制を立て直し、着地する。

 

けれども、乱舞が中断されてしまった事で落とし穴に埋まっていたラージャンの脱出を許してしまった。

 

「ゴルル…!!」

 

ゆっくりと這い上がったラージャンは怒りが収まっていないのか、その金色の毛並みが今もなお輝いていた。

 

ゲンジとシャーラは即座に武器を構える。だが、ラージャンも里守からの総攻撃に加えてゲンジとシャーラの乱舞をモロに喰らった故に無事ではないだろう。見れば自慢の角の片方が砕けていた。更には規則正しく揃っていた毛の1箇所だけが無造作に焼けている。

 

ゲンジ達の作戦は無駄ではなかった。確実にダメージを与えていた。

 

すると、突進ラージャンはゲンジ達から目を離すと、元来た方向へと向けて駆け出していった。脚を引きずっていないが、それでも苦痛を感じたのか、何とか撃退ができたようだ。

 

「や…やった…やったよゲン!」

 

「そうだな…ふぅ…」

シャーラの言葉に頷きながらゲンジも息をつく。ラージャンは今いるモンスターの中で確実に一番強い。それを撃退できただけでも安心感が増えた。

 

 

だが、二人は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

____ここからが地獄の始まりだと。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲンジ!シャーラ!避けろッ!!!!!」

 

「「!?」」

 

咄嗟に聞こえたエスラの叫びに ゲンジとシャーラは無意識にその場から左右に身を投げ出し緊急回避する。

 

その直後 二人のいた場所を何かが通り、背後にあった砦へと叩きつけられた。

砦に叩きつけられた物体はそのままゆっくりと地面に音を立てながら落ちる。

 

それは何とラージャンと共に進撃してきた『トビカガチ』だった。よく見ると、トビカガチの脇腹に何かが食い込んだかのような傷口が見え、そこから血液が流れ出ていた。

 

「これって…まさか…!!」

 

「おいおい…コイツは驚いたな…」

 

それを見た二人は即座に理解した。なぜ、飛んできたのか、そして何故こんな傷ができているのか。

 

二人はトビカガチが飛んできた方向へと目を向ける。そこに広がっていた光景を直視したゲンジとシャーラは冷や汗を流した。

 

「金獅子の奴…

 

 

___モンスターを投げて寄こしやがった…」

 

 

そこには先程撤退したかの様に見せていた金獅子が剛腕を振りかぶりながら立っていた。

 

激昂した金獅子の猛攻が始まる。

 




ご感想お待ちしております…!!


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混沌なる戦場

「コイツは驚いたな…まさか大型モンスターを投げるとは…」

 

イビルジョー に続き一介のモンスターとは遥かにかけ離れた行動を取るラージャンにトゥークは圧倒される。

相手にしていたディアブロスさえも、その姿を見て呆然としていた。

 

その時だ。

 

「おい…おいおい嘘だろおい!!」

 

更にとんでもない光景が広がる。何とラージャンは近くにいたゴシャハギの背中へと飛び掛かると両手を抉り込ませ、強引に持ち上げたのだ。体格が倍近くの差があるというのにまるでその重さを意に介さず平然と持ち上げると、ラージャンは砦に身体を向けて大きく飛び上がりながら腕を振り回し、もがくゴシャハギを砦に向けて投げつけた。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

トビカガチに続いて投げられたゴシャハギの身体は砦へと叩きつけられると、第一関門の門へとヒビを走らせる。

 

「まずい!」

 

その行動を見たエスラは即座に相手をしていたタマミツネから目を離すと、関門付近にいるゲンジ達へと呼びかける。

 

「二人とも!いますぐその2体を撃退するんだ!!ラージャンの狙いは砦の破壊だけじゃない!!」

 

「どういう事だエスラ!?」

 

近くにてティガレックスと交戦していたフゲンはエスラへと問う。それに対してエスラは答えた。

 

「コイツの狙いはワザと傷を負わせ暴走させる事が目的なんだ!!」

 

「なんだと…!?」

 

エスラの考えは完全に的を射ていた。

 

中途半端に傷をつけられた2体のモンスターはゆっくりと起き上がると、その痛みによって我を忘れて、次々と関門へ向けて体当たりをし始める。

 

ラージャンの狙いは砦の破壊…いや、それもある。それとは別にモンスターを興奮させ、我を忘れさせる事も狙っていた。1箇所だけに深い傷をつける事で、その痛みによって冷静さを失わせ瞬間的に暴走させる事が目的だったのだ。

 

「くぅ…いくよゲン!」

 

「あぁ…!!」

シャーラはゲンジと共にゴシャハギとトビカガチを攻撃するべく武器を手に取り駆け出した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

一方で ティガレックスの相手をしていたフゲンはその光景を見て、即座にティガレックスへの攻撃する速度を速めると同時に皆へと呼び掛けた。

 

「皆の者ッ!!!急いで撃退するぞッ!!!」

 

その時だ。 ラージャンの目がフゲン達と対峙しているティガレックスへと向けられる。

 

その視線に気づいたフゲンは冷や汗を流す。すると、ラージャンは突進し、暴れるティガレックスの頭に目掛けて剛腕を振り回した。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

「ギャァオオオ!!」

ラージャンの拳の一撃がティガレックスの巨大なアギトへと深く沈み込むと鈍い音を立てながらティガレックスの巨体を崖へと叩きつけた。

 

 

「ぐぅ!?」

 

発生した風圧はすさまじく、フゲンとその他の二人のハンターは向かってくる風により行動を停止させてしまう。

 

その隙をついたラージャンは崖へと叩きつけられたティガレックスの尻尾を掴み出すと、引っ張り始めた。

ティガレックスもラージャンからの攻撃を受け、敵と認識したのか、引きずられながらも暴れ始める。

 

「させぬぞッ!!」

 

ティガレックスをゲンジ達のいる場所まで投げることを阻止するべく、フゲンは翔蟲を取り出し、ラージャンの顔付近にまで飛ばすと、弾性力を利用してその場から飛び上がる。飛び上がったフゲンは百竜刀を構えるとラージャンの額に目掛けて太刀を振り下ろした。

 

「セイヤァッ!!!」

 

振り回された太刀は見事なまでの太刀筋を残しながらラージャンの角へと振り下ろされ、絶対強者の証である2本の角の内、砕けた方とはもう一方の角を切り落とした。

 

「グォオオオ…!!!」

 

角を切り落とされたラージャンは頭へと伝わるその苦痛により、掴んでいたティガレックスの尻尾を離してしまう。

 

「ゴルル…!!」

ようやく自由の身となったティガレックスは自身を殴り飛ばしたラージャンへ鋭い眼光を向けると、その場から右前足を軸に身体を回転させ尻尾を鞭のように振り回した。

 

「ぐ!?」

 

近くに立っていたフゲンは直撃とはいかないが、その尻尾の振り回しを受けて吹き飛ばされてしまう。だが、当たる直前に太刀を両手で前に突き出し、大剣でガードするかのように構えていたのでなんとか大事には至らなかった。

 

その一方で その尻尾の鞭はフゲンとは別に更に付近にいたラージャンの身体に直撃すると、ラージャンの発達した体格の良い胴体を吹き飛ばしていった。

 

 

「グォオオオ…!!」

自慢の角の破損。そしてティガレックスの攻撃を受けた事でダメージの限界にきたのか、金獅子の筋骨隆々な身体は着地に成功する事なく地面へと叩きつけられる。

 

「ゴルル…!!」

尻尾を振り回したティガレックスは唸り声を上げながらフゲン達から切り離した敵対意識をラージャンへと向け、倒れる姿を睨む。

 

すると

吹き飛ばされた金獅子はゆっくりと起き上がりその金色に逆立った毛を持つ逞しい身体を引き摺りながら元来た道へと身を向けて引き返していった。

 

 

「ようやく帰ってくれたか……ん?」

やっとの思いで去っていった暴風雨にフゲンは安堵の息を吐きながらも、まだティガレックスやディアブロス達がいる事を再認識し、武器を構えた。

 

「おぉ!見ろウツシよ!ゲンジ達もやったようだぞ!」

 

そんな中 ティガレックスの背後 即ちフゲンとティガレックスの間を全身に傷を負ったゴシャハギとトビカガチがラージャンの後を追うかのように脚を引き摺りながら引き返していった。

 

「えぇ!流石はあの二人です」

フゲンとウツシが2体が来た方向へと目を向けるとそこには息を吐きながらも撤退する2体を睨むシャーラとゲンジの姿があった。

 

 

「す…すげぇな…。ラージャンを相手にした直後だっていうのに興奮状態の2体をこうもアッサリ…」

 

「ハッハッハ!何と言っても私の弟と妹だからな!」

 

その状況を見たトゥークやエスラ、そして他の皆の士気が上がる。 7体の内、3体の撃退に成功した事で防衛成功の糸口が見えてきたのだ。

 

「さて、二人が頑張っているなら…お姉ちゃんも負けてはいられないな…!!」

中でもゲンジとシャーラの活躍によって鼓舞されたエスラは、辺りを金色に輝く瞳で見渡すと、痺れ弾を装填させる。

 

打ち尽くした弾のカラの実が装填口から零れ落ちると、代わりに装填させた痺れ弾をフルガ達と交戦しているディアブロス へ向けて放った。

 

次々と放たれていく痺れ弾はディアブロスの背中へと打ち込まれていき、ディアブロス の身体へと電撃を流していく。

 

 

すると ディアブロス の身体が突然と止まり、全身が電気に蝕まれながら硬直し始める。

 

痺れ弾によって『麻痺』させたのだ。

 

ディアブロス を麻痺させたエスラは次にタマミツネへ向けて麻痺弾を放っていった。横に立つククルナも麻痺ビンを装着させながら援護する。

 

だが、一体麻痺させるのに多くの時間を要する。一人一体とするならば、二人でそれぞれ2体を麻痺させなければならない。そうなれば麻痺させたモンスターが他のモンスターを麻痺させている間に自由になってしまうだろう。

 

「二人で4体となると流石に骨が折れますわね…」

 

「ん?何を言っている。二人ではない。『四人』だろ?」

 

「え?」

エスラの言葉にククルナは首を傾げる。

 

すると 背後から2つの足音が聞こえ、自身の横へ来ると立ち止まった。ククルナはゆっくりと横へと目を向けると驚いた。

 

「まぁ…!」

 

そしてエスラはまるでその正体を知っているかのように目を向けずニヤリと笑みを浮かべた。

 

「さて、共に皆を援護するぞ。

 

 

 

 

______ヒノエ ミノト」

 

「「はい!」」

 

そこには最奥の砦にて待機していたヒノエとミノトが武器を構えながら立っていた。

 

 



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逆転の大団円

「はぁ…はぁ…はぁ…ゲン…大丈夫…?」

 

「なんとか…な…」

 

皆が交戦している中 砦の関門付近にて土によって汚れ所々から輝きを失ったシルバーソル装備を纏っていたゲンジとシャーラは荒い呼吸を吐いていた。

 

ゴシャハギとトビカガチを即座に片付けるべく、過酷な無呼吸運動を連続に行った反動なのだろう。イブシマキヒコの戦闘の為に強走薬を使用していない為にその反動は大きかった。

二人はラージャンに続き撤退したゴシャハギとトビカガチを見つめる。

 

「だが流石に疲れた。…少し休みてぇな…」

 

「私も…」

 

二人の体力はかなり減っており、短時間ながらも休息を欲していた。中でもゲンジはラージャンの前にバゼルギウスとも交戦していたのだ。体力が減っていてもおかしくない。

だが、目の前にはまだ皆が他のモンスターと交戦していた。

 

ジンオウガ 、ディアブロス 、タマミツネ、ティガレックス。どのモンスターも高い危険度を誇る。

 

「けど…早く撃退…しねぇと…な…」

 

「うん…!」

二人は大きく深呼吸をつくと、武器を構え、皆へと加勢するべく駆け出そうとした。

 

その時だ。

 

「お二人とも。少し休んでいてください」

 

「「!?」」

高台から聞き慣れた声が聞こえてきた。二人はその方向へと目を向けると驚く。そこにはエスラやククルナと共に4体のモンスター達へ向けて援護射撃を行うヒノエとミノトの姿があった。

 

「な…アンタら何でここに!?」

 

「旦那様方が心配で来てしまいました♪」

 

ゲンジの質問に矢を射るヒノエはウインクをしながら答えた。そして彼女達はモンスターへと鋭い目を向ける。

 

「それに…皆が血と汗を流しながら頑張っているというのに自分だけ砦の奥で待機というのは気が引けますからね」

 

その目からは死と恐怖を覚悟している意思が伝わってくる。正に自身らと同じ狩人の目であった。今この時、ヒノエとミノトは受付嬢の自身らを捨てて、ハンターを目指していた頃へと戻っていたのだ。

 

「愛する旦那様を護るため」

 

「大切な里の皆を護るため」

 

 

「「我ら姉妹 加勢いたします…!!」」

 

狩人と化したヒノエとミノトはエスラ達と共に次々と麻痺ビンを放っていく。

エスラのライトボウガンの銃撃音にヒノエとククルナの矢を射る音が次々と響き渡り、放たれた麻酔弾や麻酔矢がフゲン達と交戦しているタマミツネ、ディアブロス、ジンオウガ へと当たっていく。その弾や矢は1発も外れる事なく、全て4体のモンスターの胴体へと当たっていった。

それだけではない。ヒノエ達の射撃に続きミノトのランスの突きによる竜巻が抵抗するモンスター達の体力を次々と奪っていった。

 

そして数十秒後。その短時間に3体のモンスターが麻痺状態となった。

 

更に

 

「操竜成功ッ!!」

 

ウツシが怯むティガレックスを鉄蟲糸で拘束し、自由を奪い取り、身体の主導権を握った。

 

ヒノエ達による援護射撃、さらにウツシによる操竜によって完全に戦況がこちら側に回ったことで皆の士気は爆発的に上昇した。

 

「おぉ!よくぞやってくれた!行くぞ皆の者ッ!!総攻撃だぁ!!!」

 

『『『『『おおおおおおお!!!!』』』』』

 

武器組に加えて兵器を操る里守達による集中砲火が開始された。

ウツシは操竜によって、ティガレックスの身体を操り、痺れるモンスター達へと向けて巨大な前脚を振り下ろしていった。

それに続くかのようにフゲン達の武器が次々とジンオウガ達の身体へと傷を刻み込んでいき、更に里守達の兵器が更に傷を深くさせ、大砲によって焼き尽くしていった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「本当に心強いお嫁さんだね」

 

「…そうだな」

 

その様子を見ていたゲンジとシャーラは安堵の息を吐き殺伐とした雰囲気が目の前にありながらも休息を取る。

 

「ねえ…ゲン」

 

「ん?」

そんな中 シャーラはシルバーソルヘルムから顔を覗かせると気難しい表情を浮かべた。

 

「どうした?」

その表情を不思議に思ったゲンジはシャーラに顔を向け尋ねる。すると、彼女は口元を震わせながらも答えた。

 

「あの…落ち着いて聞いて…。ようやく分かったの。お父さんがゲンジをその姿にした本当の_

 

 

 

_____!?」

 

シャーラが言葉を紡ごうとした瞬間 何の前触れもなく風の強さが変わり、強風が吹き荒れ始めた。

 

「この風は…!?」

 

「とうとう来やがったか…」

 

その風が頬を掠ると共にゲンジの体内に眠る血が少しずつ騒ぎ始める。

 

「…!!」

次々と額から汗が流れ始め、胴体と顔の装備の間から地面へと滴り落ちていった。

 

「大丈夫!?」

 

「あ…あぁ…けど…ヒノエ姉さんが危ねぇ…!!」

 

イブシマキヒコが現れるとなると、ヒノエが危険だ。早く砦の奥へと避難させなければならない。

 

その時だ。

 

「投石だ!!全員 退避!!」

 

フゲンの叫び声が聞こえた。見ると上空から痺れるモンスターに向けて巨大な瓦礫が落下してきたのだ。

フゲンの指示にモンスターに攻撃を加えていた武器組の全員はその場から離れる。ティガレックスを操竜していたウツシも即座に中断し、ティガレックスの背中から離れた。

 

落ちてきた瓦礫は痺れるモンスターの身体へ向けて落下すると、砕け散っていった。

 

「グロォオオオオオオオ!!」

 

「ギェェエアアアアア!!」

瓦礫が痺れる身体へと落下し衝撃を与えた事でモンスターの身体を硬直させる痺れを解いてしまった。痺れを解かれたモンスター達は咆哮をあげると、鋭い目線を関門へと向けてくる。

 

「おい二人とも!すぐにこっちに登ってこい!危ないぞ!」

 

その光景を見たエスラの指示にシャーラは頷くと、咄嗟に避難するべくシャーラはゲンジへと呼びかける

 

「ここから離れるよ!」

 

「あぁ…!!」

それに対してゲンジも頷き、すぐさま駆け出すと高台へと登る。

 

高台へと登ったゲンジは辺りを見回す中 不意に上空から何かぎ迫ってくる気配を感じ取った。

 

「…!!」

 

その直後 上空から 先程よりも倍の大きさはある巨大な岩塊がミサイルのように落下してきた。

 

しかもただの岩ではない。まるでリオレウスの火球のように青い火花のようなモノに包まれながら落下しており、その青い炎のような物質が軌跡を残していった。

 

その岩は自身らを全く狙っていなず、即座に高い頭上を通過していった。

 

「まさか…!!」

 

ゲンジは咄嗟に後ろを振り返る。

 

それと同時にその場に巨大な破壊音が響き渡った。

 

 

「そんな…!!」

 

「門…が…」

シャーラとゲンジはその景色を見た瞬間 驚きのあまり、口を漏らす。

 

モンスターの侵攻を防ぐ3つの巨大な門。その内の一つが

 

 

______木っ端微塵に破壊されてしまったのだ。

 

 

その直後 皆に援護に回っていたウツシの声が響きわたる。

 

「上空にイブシマキヒコを確認ッ!!!」

 

皆は一斉に上空へと目を向ける。

上空へと目を向けた瞬間 ゲンジの目は大きく見開く。青い皮膚に空を泳ぐ為に進化したヒレのような後ろ足、そして前と後ろ足、そして背中にある羽衣のような羽。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

その巨大な咆哮と共に風が吹き荒れ、降臨した風神龍の金色に輝く不気味な目玉が自身を睨んだ。

 

 

 



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伝説の降臨

 

対は何処__対は何処__,

我は狂飆きょうひょう 並べて薙ぎ__

  _____楽土が辻の淵と成らん。

 

◇◇◇◇◇

「…」

 

上空に漂いながらこちらを見つめるイブシマキヒコを睨んでいると、突然と背後から声が聞こえてくる。

 

『餌自ら来たか。依代よ…必要ならば力を貸すぞ?』

 

見ると脚を曲げて体勢を低くし首を自身の目線と同じ高さまで下ろしているイビルジョー の姿があった。その口からは涎が川のように流れていた。

 

それに対してゲンジは見向きもせず、額に筋を浮かべながら答えた。

 

「俺がやるからテメェは引っ込んでろ…!!」

その言葉とともにイビルジョー の姿が霞のように消えていった。

 

再びゲンジは意識を向けると、武器を構える。横ではヒノエが胸を押さえうずくまっていた。

 

「胸が…熱い…焼けてしまい…そ…う…」

 

「姉様!!」

 

「ヒノエ!しっかりしろ!」

共鳴の影響なのかヒノエの身体に異常をきたしていた。ミノトやエスラ、シャーラは即座に介抱するが、それが治る気配はなかった。

 

「ぐぅ…!!」

 

その姿を見たゲンジは怒りのあまり歯を食い縛ると鋭い目をイブシマキヒコへと向ける。

 

「これが共鳴…。早くあの古龍を撃退しなければ危険ですわね…!」

 

「あぁ…!」

ククルナの言葉に頷きながらゲンジは目を鋭くさせ、筋を沸き上がらせると、怒りを爆発させ双剣を構えた。

 

「ヒノエ姉さんを連れてサッサと奥にいけ…!」

 

「…!ゲンジ…平気なのか…!?」

古龍を前にして平常心を保てている事にエスラは驚き、そのことについてゲンジに問うと、頷いた。

 

「今は抑え込めてる。だが長くは持たない…奴が出てくる前にケリをつける…!!早く行け!!」

 

「…分かった…!」

 

シャーラは即座にミノトと共に苦しむヒノエを連れて砦の拠点の入り口へと入っていった。拠点の奥地ならば、多少は共鳴の影響を抑え込めるだろう。

一方でエスラとククルナはそれに付いていかず、ゲンジの横に立つとボウガンと弓を構えた。

 

「丁度私もイラついていたところだ。加勢するよ」

 

「私もご一緒しますわ」

 

「なら…援護を頼む」

即座にゲンジは辺りを見回す。4体のモンスターは砦が壊されたというのに、そこへと向かう気配を見せない。

ここで5体まとめて相手にすれば確実に他の皆が巻き添えを喰らうだろう。故にゲンジは苦肉の策を考案した。

 

「リスクなもんだが…これしかねぇ…!!」

 

即座に二人に伝達すると、彼女らは戸惑うも、すぐさま了承する。

 

その時だ。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

イブシマキヒコの空気を振動させる咆哮が響き渡ると共に巨大な口から龍属性エネルギーのような塊をこちらに向けて吐き出した。

 

ゲンジ達は即座に高台から飛び降りる形でそのエネルギー弾を避ける。ゲンジとエスラはククルナと別れると、砦の破壊された門の方向へ向けて走り出し、フゲンに向けて伝える。

 

「俺とエスラ姉さんはイブシマキヒコを次のエリアに誘い込んで倒す!そっちはここのエリアで4体のモンスターを抑えて欲しい!」

 

「分かった!!」

 

ゲンジの案を咄嗟に飲み込んだフゲンはそれを皆へと伝えた。

そして全員は頷くと、砦の奥に向かうゲンジを追うモンスターに向けて兵器を操る者達は砲撃を開始する。

 

「コッチだデカブツッ!!!」

 

「ゴルル…」

 

ゲンジの声にイブシマキヒコは反応すると、泳ぐかのように身体を唸らせながらゲンジ達の後を追っていく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

最前線エリアの次に待ち構えるは先程のエリアよりも砲台が設置されている高台が少ない平坦な場所。いわゆる広場のようなエリアであった。

 

エリアの中心部へと着いたゲンジは動きを止めると共に走ってきたエスラに向けて指示を出す。

 

「姉さんは高台に登って援護を頼む!」

 

「了解…!」

 

ゲンジの指示によってエスラは別方向に走り出すと、近くにある高台へと登り、武器を構える。 すると ゲンジの跡を追うように風を纏ったイブシマキヒコがエリアへと侵入してきた。

 

宿敵であるゲンジを目の前にしてイブシマキヒコは金色の目を光らせながら喉を鳴らすと巨大な口を開け先程と同じように龍属性エネルギーの塊を吐き出した。

 

「ぐぅ…!!」

ゲンジは鬼人化し、逆手持ちとなると、横に駆け出しエネルギー弾を避ける。そのエネルギー弾は着弾すると、その場の周囲に小規模の竜巻を発生させた。

この竜巻によってモンスターを追い立てていたのだろう。

 

駆け出したゲンジはイブシマキヒコの死角へと回り込むと、そこから身体に向けて翔蟲を放つ。

 

投げ出した翔蟲は鋼鉄かつ柔軟な糸を引きながらイブシマキヒコの身体に付着した。

 

そして 糸の男性力によりゲンジの身体はその場からイブシマキヒコへと向かっていく。

 

「ゴルル…!!」

 

咄嗟にイブシマキヒコは死角から向かってくるゲンジの気配に気づき、叩き落とすべく手を突き出してきた。

 

イブシマキヒコの前足は後脚と違い人間のようにモノを掴める程まで発達していた。それに掴まれればひとたまりもないだろう。

 

 

だが、今のゲンジにとっては___

 

 

_____ただの障害物でしかない。

 

 

「ヴォォァアアアッ!!!!!」

ゲンジの叫び声が響き渡ると同時に身体が回転し、炎を纏う火炎車と化すと、突き出されたイブシマキヒコの前脚から付け根にかけて一筋の傷を刻み込んだ。

 

「ギャァオオオ!!」

 

傷だけではない。その傷口からは灼熱の炎が後から続くように燃え盛る。その炎は傷口の肉を焼きイブシマキヒコの神経を刺激して痛みを与えた。その痛みによってイブシマキヒコは苦痛の声を上げる。

 

 

「これだけじゃ終わらねぇぞ…!!」

 

イブシマキヒコの上空から声が聞こえる。見ると腕を切り刻んだゲンジが身体を回転させながら滞空していた。手を切り刻んだゲンジは回転を止めると、背中に向けて翔蟲を付着させた。

 

背中へと付着させた事でゲンジの身体はその地点から一直線に背中へと引っ張られていった。

 

 

「グゥゥ…ヴォオオオオオッ!!!!」

その弾性力を利用し、再びゲンジは双剣を構えると叫び声をあげながら身体を回転させ、イブシマキヒコの長い胴体から尻尾の先端部分にかけて切り裂いていった。

深く入り込んだ刃はイブシマキヒコのゴム上の硬質な皮の下に詰まっている肉を切り裂き、更に内部を紅蓮の炎で焼き尽くしていった。

 

その痛みにイブシマキヒコは悲痛な声を上げると共に突然と身体を落下させる。

見ればイブシマキヒコの飛行を補助するであろう青い羽衣が切り裂かれており、光を失っていた。

それは背中だけではない。先程斬りつけられた腕の羽衣も切り裂かれていた。

 

それにより、イブシマキヒコの空中に浮かぶ身体のバランスが崩れ、地上へと落下してしまったのだ。

 

 

「やはりな…!!」

 

地上波と落下したイブシマキヒコを回転斬りを終え、上空に翔蟲を用いて浮かんでいたゲンジはそこから落下したイブシマキヒコの首元へと降り立つ。

 

「飛行している時にヒレの部分を刺激されれば風袋が破れて飛行機能を一時的に失う」

 

ゲンジは即座にイブシマキヒコの飛行の仕掛けを見破っていた。その通りだ。イブシマキヒコは風を前脚や背中、尻尾にある羽衣のような箇所に溜め込み飛行する。それに刺激、または傷を与えられれば風が漏洩し一時的に飛行機能を失うのだ。

 

そしてゲンジは双剣を掲げると古龍の力の象徴である角に刃を向ける。

 

「そしてしばらくは飛行できない……そうだよな…!!!」

 

鎧の隙間から見える黒色に染まった左目と青く輝く右目が鋭くイブシマキヒコを睨むと共に怒りの込められた双剣の一振りが一直線に並びながら伸びているイブシマキヒコの角をへし折った。

 

へし折られた角は切り取られると重力に従いながら地面へと音を立てながら落ちていく。

 

「テメェはここで死んでもらう…。じゃねぇとヒノエ姉さんが苦しむからな」

 

そう言いゲンジは倒れ臥すイブシマキヒコへとトドメを指すべく脳天に向けて双剣を突き刺そうとした。

 

 

___その時だ。

 

突然 頭の中に煩わしい声が響いてくる。

 

『出てけよモンスター!』

 

『とっとと死んじまえ!!』

 

『そうだそうだ!』

 

次々と聞こえてくるのは少年や少女達の高い声。だが、それには怒りが込められていた。

 

「ぐぅ…!?やめろ…!!」

その声によってゲンジは頭が混乱して双剣を突き刺す動作を中断すると共に警戒を解いてしまった。

 

それが最大の隙を生んでしまった。

 

「ゴルル…!!」

その瞬間 イブシマキヒコの唸り声と共に輝きの失われていたヒレが再び発光し始めた。

 

「ゲンジ!!離れろ!!」

 

「な…しまった…!」

エスラの声にようやく我に帰ったゲンジ。だが、もう遅かった。咄嗟に飛行機能を取り戻したイブシマキヒコはうつ伏せに倒れていた身体を起き上がらせる。

 

それによって 状態を崩したゲンジは地上と落とされてしまった。

 

「ぐぅ!?」

状態を立て直す事もできず膝をつきながら落下したゲンジは耳鳴りが起きる頭を押さえながらも何とか状態を立て直そうとする。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

 

「っ…!!」

だが、それをさせまいとイブシマキヒコは上空に飛び上がると巨大な咆哮を放った。放たれた咆哮にゲンジは耳を塞がずにはいられなくなり、立て直した直後であるにも関わらず無防備となってしまう。

 

それと共にイブシマキヒコの身体の周りから風が噴き出すと、辺りから次々と岩石を浮かび上がらせてくる。

 

「…!(まずい!)」

くり抜かれた岩石は巨大なモノばかり。門を破壊した速度であれを放たれればひとたまりもないだろう。

最大の危険信号を受け取ったゲンジは即座に回避をしようとする。だが、その行動を読み取っていたイブシマキヒコは巨大な咆哮を再び放つ。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

「ぐぁ…!」

口から発せられる高密度の風圧と騒音にゲンジは自由を奪われ 耳を塞ぐ事を余儀なくされてしまった。

これでは確実に的にされてしまう。

 

その時だ。 別方向から次々と徹甲榴弾がイブシマキヒコの頭へと放たれ 着弾すると共に複数の爆弾が投下され、それが爆発すると咆哮を上げていたイブシマキヒコを怯ませた。

 

「ゲンジ!私が惹きつけるから早く逃げろ!!!」

その声は高台から聞こえてくる。エスラは先程まで胴体へと放っていた火炎弾を一旦 打ち終えると、徹甲榴弾を再装填し、額に向けて放っていたのだ。

 

徹甲榴弾を撃ち終えたのか、エスラは再び火炎弾を再装填すると、イブシマキヒコの額へと向けて放っていく。

放たれた火炎弾は炎を纏いながらイブシマキヒコの辺りを飛び回る岩の間をすり抜けていき、イブシマキヒコの目元、そして口へと着弾していく。

 

 

だが、 イブシマキヒコがゲンジから意識を離すことは無かった。

 

「ゴルル…!」

 

イブシマキヒコは一瞬だけエスラへと目を向けると 浮かばせていた岩塊を放つ。

 

「く!?」

 

向かってくる岩を見たエスラは即座に射撃を中断し、高台から降りる。すると、元いた場所へと岩が激突し、立っていた高台を木っ端微塵に粉砕してしまう。

 

 

その一方で エスラの射撃を中断させたイブシマキヒコはゲンジに向けて鋭い目を向けると、発達した巨大な前脚を振り回した。

 

「…!!」

 

咄嗟にゲンジは避けるべく 身体に命令を出したが、連戦に続く連戦によってもう身体に限界が来始めていたのか、避ける事ができずその平手打ちを喰らってしまった。

 

「がぁ…!!」

 

巨大なハンマーに吹き飛ばされたかのような痛みが鎧越しから伝わり、胃液を吐き出してしまう。

それと共にゲンジの身体は最終エリアへと続く関門の近くまで吹き飛ばされていった。

 

そして 吹き飛ばされ、倒れるゲンジの周辺から岩石が浮かび上がる。

 

 

「…待て…!!」

 

それを見たエスラは命の危機を感知し、即座に助けるべく駆け出した。

 

 

 

 

「やめろぉおおお!!!」

 

手を伸ばしながらエスラは叫ぶ。だが、それはゲンジには届かなかった。

イブシマキヒコの平手打ちによってゲンジは溜まり切った疲労が溢れ出し意識を失いかけていた。

 

「ね…え…さ…」

 

それが 最後の言葉となった。

 

倒れるゲンジの身体に向けて浮き上がった岩石の雨が降り注ぎ 砂埃を巻き上げながらゲンジの身体を飲み込んだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

それと同時刻

 

ゲンジがイブシマキヒコを誘い込んだ後にフゲン達はティガレックス達の相手をしていた。

 

「ふぅ…ここまでしてもまだ帰ってはくれぬか…。ここまで成熟した奴が来るとはな…」

 

「ゲンジ君達がイブシマキヒコを撃退するまでの辛抱です。行きましょう里長…!!」

 

「あぁ…!!」

 

双剣を構えるウツシと百竜刀を構えるフゲンは並ぶとこちらに向けて発達した強靭な胸筋を見せるようにして状態を上げながら咆哮を放つティガレックスへと目を向ける。

 

他の皆もどちからといえば善戦していた。ディアブロス は自慢の角が片方だけ折れており、ジンオウガは超帯電状態の解除、更にタマミツネも疲労状態へと陥っていた。

 

これも多くの武器組に加えて兵器による援護のお陰だろう。だが、イブシマキヒコの方はゲンジとエスラの2人だけだ。ならば、此方が早く終わらせ援護に向かうのが当然だろう。

 

「さぁ行くぞっ!!!」

 

「「「「おうッ!!!!」」」」

 

フゲンと共にティガレックスを相手にするハンター達は頷く。

 

 

 

____その時だ。

 

 

 

 

空が突然 金色に輝くと共にイブシマキヒコの向かっていった後方のエリアへと一筋の稲妻が降り注いだ。

 

その直後にその場所が雷と同じ色で発光し始める。

 

「「「「!?」」」」

 

 

その現象にハンターの皆は戦いの手を止めてしまう。それはモンスターもだ。その光を見ながら硬直していた。

 

その光は次第に勢いをおさめていき、やがて発光は無くなる。

 

だが

 

それと引き換えに辺りの雰囲気を一変させた。

 

「…!」

 

フゲンはふと足元を見る。なぜたろうか。少し震えていた。他の者もそうだ。皆必ず四肢が震えていたのだ。まるで何かに怯えるかのように。

 

そして、更に驚くことにモンスター達は動きを停止させており、目を大きく開きながら破壊された砦の入り口の方向を見つめていた。

 

 

___まるで ハンターよりも恐ろしいモノが近づいてくるのを予感しているかのように。

 

 

すると、突然 拠点の入り口からシャーラ、ヒノエ、ミノト、エスラが顔を出し、皆へと呼び掛けた。見ればヒノエの顔色もいつも通りに治っていた。

 

「皆!早く拠点に引き返せ!今すぐにだぁ!!」

 

「はやくこちらへ!!」

 

その指示に辺りのモンスターの相手をしていた者も頷き、次々と高台を登ると拠点エリア、はたまた付近の高台といった安全地帯へと避難していった。

 

皆が避難したことを確認すると、フゲンも高台へと登る。

 

全員が移動してもなお、モンスター達は首を動かす事が無かった。

 

「(まさか…!!)」

モンスターの様子、そしてエスラと共に向かったゲンジの姿が見えない事に違和感を感じていたフゲンはある事を予感してしまう。

 

 

___その時だ。 聞いた事もない足音が聞こえてくる。

 

 

ズシ…ズシ…ズシ。

 

地面を踏みしめながら何かを引きずるかのように。

 

 

足音がする方向へと皆は目を向けた。すると 砦の門の奥地から巨大な黒いモンスターが何かを咥えながら歩いてきていた。

 

 

「お…おい!あれってまさか…!!」

 

その黒いモンスターが口に咥えているのは弱り果てた風神龍『イブシマキヒコ』であった。

 

そして 最も驚くのはその風神龍を咥えているモンスターだ。

 

全身がドス黒い血の色の皮で覆われている上にその下で脈打つ発達した筋肉。

上顎と下顎を覆う口内から露出した牙。

 

そして 何よりも恐ろしいのは頭から尻尾の先端にかけて噴き出す龍属性エネルギーとそれに覆われた頭部からこちらを覗く赤い目。そして、赤い目の目元にはヒビのような紋様が浮かび上がり同じく赤く輝いていた。

 

『古を壊し喰らい尽くすイビルジョー 』 

 

50年前 現大陸の古龍を食い尽くし、人間だけでなくモンスターに絶望をもたらした存在。

 

それを見た皆は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。まるでこのモンスターを哀れむかのように。自身らの何もできない無力感を憎むかのように。

 

そのモンスターを見たフゲンは口を溢す。

 

「___ゲンジ…」

 

 



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絶対の捕食者

我は悪魔___。統べてを屠り喰らう者。

 

天火__豪雷___村雨___狂飆__羅刹__。

 

我が前には___

 

 

________万物は全て餌。

 

 

喰らえ喰らえ全てを喰らえ。

 

今再び世界を喰らわん___。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

こんな話があった。

 

ある地域一帯を統治し、生態系ピラミッドの頂点に立っていたとある古龍とその周辺に住む大型モンスター達が1ヶ月もしない内に統治者である古龍含めて全て食い尽くされてしまった。

 

それもその地域だけではない。そこから更に近い場所も。

 

ギルドは、連続的に起こる生態系の崩壊というこの事態を重く受け止めると共に、古龍観測所の手を借りながら原因を突き止めた。

 

調査を進める中、現場には必ず謎の足跡と共に地面に牙のような欠片が痕跡として落ちていた。この牙や足跡からギルドはイビルジョーの仕業であると断定した。

 

だが、気掛かりな事がひとつだけあった。

 

生態系を崩す危険性のあるイビルジョーでも、こんな短期間で生態系を崩す事は不可能である。

けれども、疑惑を掛けた故にギルドはハンターを派遣すると共にその手掛かりを追ってイビルジョーの行方を調査していた。

 

そんなある日の事だ。ようやく足取りをつかむ事ができた。潜んでいる地域を特定したギルドは依頼を出し、制限を設けた上で4人編成のハンター達を現場へと派遣した。

 

ハンター達が現場に着き、辺りを捜索している中…辺りの観客に異変を感じた。

 

見れば辺りには黒い靄のような物体が漂っていた。ハンター達はその物質の元素を即座に見抜く。これは龍属性エネルギーだ。

 

それと共にある地点にて血液を発見する。その血液の量は夥しく、その場に小さな水溜りを形成するほどであった。

1人のハンターが痕跡としてこれを採取したところ、何とそれは古龍の血であった。まだ流動性を失っていない事から新しいものだと判断できる。

 

その時だ。

 

生い茂る木々の奥から何かを貪り食う音が聞こえてきた。その音が聞こえたハンター達はその方向へと目を向けると、真相を確かめるべくその場へと向かった。

 

草むらを次々と掻き分けていく度にその音は段々と近づいてくる。

 

そして遂に草むらを掻き分け、音が聞こえてくる場所へと着いた時だった。

 

『…!!』

 

そこには何と一体の黒く巨大なモンスターが幻の古龍であるオオナズチを捕食していた。翼は引きちぎられ、特徴的な尻尾も根こそぎ引き抜かれており、オオナズチの口からは長い長い舌が力を失ったかのように垂れていた。

 

幻の古龍…姿を消す事から滅多に目撃例がない。一生のうちに合わない者が大半であるオオナズチが捕食されている光景にハンター達は目を奪われた。

 

その時だ。1人のハンターが不意に足元に落ちていた小枝を踏んでしまい辺りに折れる音が響き渡る。

 

その音を聞いた途端 先程まで辺りに響いていた肉や骨を噛み砕く音が突然止んだ。

 

それと共にオオナズチを捕食していた正体がゆっくりとこちらへ目を向ける。

 

 

「「「「…!!!」」」」

 

向けられたその顔を見た瞬間 ハンター達は恐怖のあまり震え上がった。こちらへと向けられたその顔は…この世のものではなかった。

その正体はなんとイビルジョーであった……いや、正確に言い表せばイビルジョーである“何か”だ。

 

通常の個体と変わらない体格……だが、目は通常個体とは一変し真っ赤に染まっており、頭部から血飛沫のように龍属性エネルギーが吹き出しており、頭部を覆っていた。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!!」

 

天地を揺るがす巨大な咆哮が響き渡ると共に、巨大な黒いモンスターの身体から更に龍属性エネルギーが溢れ出た。

 

 

 

その後、ハンター達からギルドへの連絡が一切途絶えた。

 

ギルドは即座に現場へと調査員を派遣しハンターの捜索を撤退する。必死の捜索の上に見つけたのは__

 

 

_____踏み潰され無惨に散ったハンター達の遺体であった。

 

 

 

そしてその周辺にはオオナズチに加えて、周辺の大型モンスター達の食い潰された死体があった。

 

何も分からない。だが、唯一の手掛かりが、亡くなったハンターの書き記した一枚の絵である。

 

そこに描かれていたのは黒く塗りつぶされたイビルジョーの絵であった。貴重な資料かつ、亡くなったハンターの戦果として、その絵はギルドへと持ち帰られた。

 

更にそこから数日後 事態は急変する。

 

火の国を治る王からある知らせがギルドへと届けられた。

 

 

 

 

『神を喰らう竜現る』_と。

 

即座に現場へと飛行艇を使いながら捜索に向かう。そしてギルドはようやくその正体を確認することに成功した。

 

観測したのは前回の調査員が遺した絵と同じ特徴を持つイビルジョー 。そして喰らっていたのは何と世界を滅ぼしかねない力を持つ伝説の古龍『アルバトリオン』であった。

 

それからギルドはこの個体を一介の古龍を上回る特級の危険生物とみなし、こう名付けた。

 

_____【古を壊し喰らい尽くすイビルジョー】

 

◇◇◇◇◇◇

 

現れたイビルジョーは首を大きく斜め下へと下げると、そのまま前方向へと振り回し、咥えていたイブシマキヒコを放り投げた。

 

巨体であるイブシマキヒコの身体がボールのように投げ飛ばされ、地面に数回程バウンドすると、近くにある壁へと叩きつけられる。

 

 

「ゴロ…ロ…」

壁へと叩きつけられたイブシマキヒコ。まだ息はあるようだが、重傷には変わりない。弱々しい声をあげると共に再び動かなくなる。

 

イブシマキヒコを放り投げたイビルジョーは里の皆へと目を向ける事なく、こちらを凝視してくるモンスターへと目を向けた。

 

 

「「「「…!!」」」」

 

怪しく輝く赤い目に睨まれた瞬間、4体のモンスターの中に電流が走った。

 

 

 

“殺される”

 

 

それと同時にモンスター達の、生物としての防衛本能が働き始めた。

 

ジンオウガは咆哮と共に一瞬で超帯電状態へ。ディアブロスは黒い息を吹きながら脚を踏み締める。

 

そしてタマミツネは身体に泡を、ティガレックスは超咆哮の用意をする。

 

 

両陣営が睨み合う中、一つの小さな岩が音を立てながら地面に落下する。

 

その音が開戦のゴングとなった。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

巨大な雄叫びと共に超帯電へと移行し、蒼く発光したジンオウガは空中へと跳躍すると、一回転をしながら右前脚へと雷を蓄電する。そして空中から遠心力と共に、最大限に溜め込まれた雷を纏う右前脚を振り下ろした。

 

 

それに対してイビルジョーは、自身の頭部へと向かってくるジンオウガの右前脚に対して口を開けた。

 

「…!!」

 

ジンオウガの身体が空中で停止してしまう。まるで世界の時をためたかのように。

その様子を見ていた里の皆は驚きに包まれていた。

イビルジョーの顎が、ジンオウガの必殺技の一つである前脚の振り下ろしをアッサリと受け止めてしまっていたのだ。

更に、纏っていた雷もイビルジョーの噴き出す龍属性に触れた瞬間、水をかけられた炎のように霧散していた。

 

そして、このジンオウガの攻撃によってイビルジョーの闘争本能に火が灯されてしまった。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

口を噛みながらも喉元から放たれた巨大な咆哮と共にイビルジョーの頭が動かされ、それと同時に腕を噛まれているジンオウガは玩具の如く振り回される。

その振り回しによって牙によって押さえ込んだジンオウガの身体が辺りへと叩きつけられていった。

 

次々と聞こえてくる肉を打つ音に加えて堅殻が削られる音。

 

それはなんと十数回にも及び、叩きつけられたジンオウガの角や蓄電殻、そして爪が次々と破壊されると共に超帯電状態が解除されてしまっていた。

 

だが、イビルジョーの進撃はそれでは止まらなかった。

 

 

「ゴルル…!!」

イビルジョーの赤い瞳が近くにて警戒していたタマミツネを捉えると、何と咥えたジンオウガを武器のように振り回し、タマミツネ目掛けてボールの如く投げ飛ばしたのだ。

 

投げ飛ばされたジンオウガの身体は回転しながら地面をバウンドし、反応出来ず逃げ遅れたタマミツネを巻き込んで倒れてしまった。

 

 

「ギェェェェ!」

 

巻き込まれたタマミツネは長い身体が災いとなってしまい、投げ飛ばされたジンオウガの下敷きとなってしまった。

 

短時間で二体のモンスターを圧倒したイビルジョーは吹き飛ばした2体へと目を向けると、口から涎を垂らしてもいないというのに口を開ける。

 

その時だ。

 

「ギェェエアアアアアッ!!!!」

 

耳の奥底を振動させるほどの巨大な咆哮が響き渡る。見るとイビルジョーから離れた場所に翼爪を地面に突き立て、角を向けながら前屈みとなったディアブロスがいた。

 

そしてディアブロスは咆哮をあげると共に脚を踏み鳴らすと、一気に駆け出した。

 

ディアブロスの『突進』それは正に兵器といっても過言ではない。角を突き立てながら駆け抜けるその突進は目の前にある障害物をアッサリと粉砕していく。

その突進を受ければ、たとえ空の王者であるリオレウスやジンオウガの堅殻…はたまた巨大な防衛壁でさえも容易く壊されるだろう。

 

ディアブロスは速度を最初から全開にしていた事で、砦に広がる幾つもの高台を破壊していった。高台が無人な事が幸いである。

 

 

 

そして ディアブロスの身体がついにイビルジョーに届いた時だった。

 

 

ディアブロスの突進が突然止まった。

 

「ギェ…ギェェ…!」

 

ディアブロスは何度も何度も脚を踏み締めて前へと向かおうとする。だが、一向に前に進む事は無かった。

 

一方で、その光景を左右にある砦の入り口から見ていた里の皆は絶句していた。

 

「おいおい…嘘だろ…!?」

 

「まさか…あのディアブロス の突進を…!?」

 

更にイビルジョーを一度、狩猟したトゥークに咥えてティカル達もその光景を見て冷や汗を流していた。

 

「マジかよ…こんな事ってあるのか…!?」

 

先程のラージャンによる大混乱が可愛く見えてしまう程の光景がそこに広がっていた。

 

 

なんと超重量級のディアブロスの渾身の突進が__

 

 

___受け止められていたのだ。

 

 

 

「ゴルル…!!!」

 

見ればイビルジョーは小さな頭部にある口でディアブロスの角を噛んでいた。

 

通常のモンスターは毛皮に覆われていたり、硬い堅殻を纏っている。堅殻を纏っているモンスターはそれを利用する事で攻防一体となる事が可能だが、鎧を背負う分、やや鈍りが目立つ。

 

だが、ディアブロスは違った。飛竜でありながら翼ではなく脚を発達させたディアブロスはその鎧の重さを完全に克服しており、攻防一体の攻撃をナルガクルガに届く程のスピードで放つ事を可能にした。

 

だが、それはイビルジョーには全く効かなかった。

 

 

「ゴルル…!!」

イビルジョーはそこから脚を踏みしめると共に頭を振り回し、なんとディアブロスを垂直に等しい程まで持ち上げると共に地面へ向けて叩きつけたのだ。

 

「ギャァオオオ…!!」

 

ディアブロスは叩きつけられた際の痛みにより弱々しい声をあげる。だが、イビルジョーは止まらなかった。

角から口を離す事なく再びディアブロスの巨体を持ち上げると、何度も何度も地面へ向けて叩きつけたのだ。

 

ディアブロスの身体を覆う堅い甲殻が打ち付けられる度に次々と砕かれていった。

 

辺りへと響く巨大な地響き音に加えて蹂躙されるディアブロス 。その光景を見ていたティガレックス、そして起き上がったジンオウガとタマミツネは幼い子供の如く恐怖で身体を震わせていた。

 

 

すると 

叩きつけられたディアブロスの身体がイビルジョーの口から投げ飛ばされ、ジンオウガと同じように巨大な身体を回転させながら地面へと叩きつけられた。

 

叩きつけられた衝撃、更にイビルジョーの顎の力によってディロブロスの残された自慢の角が遂に2本目までもがへし折られてしまった。

その目からはもう獰猛さは伝わってこない。

 

あるのは目の前にて血走った赤い目を向けてくるイビルジョー に対する__

 

 

___恐怖のみ。

 

「「「…!!」」」

 

震えが止まらない。

 

ティガレックスとタマミツネ、そしてジンオウガは四肢を曲げ、姿勢を低くしながら怯えるように震えていた。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

辺りを…いや、周辺の地域一帯を轟かす程の巨大な咆哮と共にイビルジョーの脚が大地を踏み締めると震える4体のモンスターに目掛けて口を開けながら跳躍した。

 

◇◇◇◇◇

 

 

拠点の入り口にてイビルジョーの凶暴な力に皆は冷や汗を流していた。

 

「…」

そんな中 フゲンはふと横に目を向ける。そこにはゴールドルナキャップのツバの部分を前に倒して顔を隠しながらも涙を流すエスラ、そしてミノトに支えられながら声を上げて涙を流すシャーラの姿があった。

 

シャーラを介抱するミノトとヒノエも目を震わせながらその光景を見つめていた。

 

そんな中 フゲンは現れたイビルジョーが4体のモンスターを蹂躙する景色を見ながら事実を再び確かめるべくエスラへと問う。

 

「エスラよ…

 

 

 

_____あれがゲンジなのだな…?」

 

その問いに対してエスラはゆっくりと頷いた。

 

 




遅くなって申し訳ありませんが、いつも誤字報告をしてくださる睦月透火(むつきとうか)さん本当にありがとうございます!


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実験の真相

「…」

 

ヒノエは瞳を震わせながら今もなおモンスター4体を羽虫の如く蹂躙するイビルジョー を見つめていた。

 

「ゲンジ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

それは百竜夜行の起きる数時間前であった。

 

「ふぅ…ごちそうさま…」

 

「あらあら。もういいのですか?」

 

「あぁ。今日はもう寝る」

いつものように大量の夕食を平らげたゲンジはまだ皆がいるというのに1人立ち上がると、ヒノエに軽く答えながらその場を去っていった。

去りゆくその背中はとても寂しいものであった。

 

 

「……」

 

そんな中 ゲンジがいなくなった事を待っていたかのようにエスラは突然目を変えた。

 

「シャーラ…様子を見てきてくれ」

 

「うん」

 

エスラから指示を出されたシャーラは即座にゲンジの跡を追い掛けるようにして走っていく。

 

「あの…どうしたのですか?」

 

「うむ……ようやく分かったのだ。私の父親がなぜゲンジにあのような薬とイビルジョー の血を打ち込んだのか」

 

『…!?』

 

エスラの切り出した言葉に皆は驚くと共に食事の手を止める。皆の動きが止まった事を確認すると、頷く。

すると、シャーラが戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「ぐっすり眠ってるよ」

 

「では…話すとしよう」

 

ゲンジが寝ている事に安心したエスラはあぐらを掻くと皆へと目を向けながら話を続けた。

 

「私は前回の百竜夜行の時からゲンジの血について妙に気になっていてね。なぜ、私の父親はあれ程の恐ろしいモンスターの血を注入したのか。そこで密かにゴコク殿の力を借りてギルドからそれに関する資料を幾つか頂いて見せてもらったのさ」

 

それについてはゴコクも頷く。

 

「その中にゲンジに施された一連の流れと同一の物があった。それは_

 

 

 

 

 

___【人体モンスター化計画】

 

言うなれば人の身体を媒体にモンスターへ変形させ生物兵器として扱う事を目的とした人体実験だ」

 

その実験の名前を聞いた皆は息を呑む。その研究が発案されたのは百竜夜行が始まった時と重なっており、当時から生きていたゴコクは詳細を語り始めた。

 

「人間の身体へ儂ら竜人族の血を取り入れて土台を作り、そこへモンスターの血を注ぐ事で…原理は分からぬがモンスターへと変異する事が可能だと…当時に確認されたらしい。まぁ…極めて低い確率だがな…。

じゃが、変異できた分…被験者に対する副作用がとてつもなく悲惨なものでのぅ…。成功例が1人誕生したようじゃが、被験者は毎晩モンスターの鳴き声に脳内を揺さぶられ、精神が不安定となり、その後、自殺が確認された。ギルドはこの事態を重く受け止めると共にこのような類の実験を一切禁止する法律を作った」

 

「だが、私の父親はその実験へと目をつけ、生まれつき身体機能の悪いゲンジを使って…その実験を開始したのだ…!」

 

皆は沈黙に包まれた。即ちゲンジは秘密裏に禁止されたその実験の被験者とされていたのだ。

 

「今の状態ならば…近いうちに必ずゲンジは覚醒してしまうだろう…。もしもゲンジがモンスターに変化してしまったら…皆は…手を出さずに避難してほしい」

 

『『『…』』』

 

エスラの言葉に皆は俯くも頷き始める。

そんななかでヒノエはエスラへと問う。

 

「もしモンスターになってしまえば…ゲンジは…もう元に戻れなくなってしまうのですか…?」

 

「いや、それはないだろう。過去の実験からするに最長は1ヶ月。それ以降はしばらくはならない事が確認されているようだ。

まぁ…この話はまだゲンジに伝えていないがな…」

 

「え?」

その言葉にヒノエは驚く。彼にはいち早く伝えていたと思っていた。だが、それは違っていた。見ればエスラはとてつもなく気苦しい表情を浮かべていた。それはまるで話すこと自体が気が重くなるかのように。

それでもエスラは皆へとゲンジには教えていない理由を話した。

 

「ゲンジは…今もなお父親を愛していたんだ…」

 

○○○○○○

 

それはマルバとの一件が終わってから数日後の修練している時であった。

 

快晴の空。晴れ渡る青い空の上に浮かぶ太陽が修練場を照らす中、休憩していたゲンジは空を見上げながら後ろにいるエスラにふと口を溢した。

 

「俺はこんな血を注入されたとしても…少しだけ親父に感謝してるよ」

 

その言葉にエスラは首を傾げる。

 

「なぜだ?その所為でどれほど辛い事があったのか覚えていないのか?」

 

「確かに俺は親父のせいで小さい頃は最悪だった。実験材料にされて金儲けの片棒を方がされたのはムカついた…けど、この姿にならなきゃハンターにはなれなかったし、ヒノエ姉さん達にも会えなかった。…よくよく考えてみれば身体の悪かった俺には必要だったかもしれんな」

 

「…」

 

そう言いながら空を見つめるゲンジの顔は少しながら満足気であった。

 

○○○○○

 

「身体が悪いから打った…いや違う。父親にとってゲンジは都合のいい実験体だったからだ…。

もしも…父親の本当の目的を知れば…ゲンジは精神的に大きな傷を負ってしまうだろう。生まれても祝福されなかった上に兵器の実験材料として扱われていたのだからな…」

 

「そんな…!!」

 

ゲンジの不遇の境遇にヒノエは衝撃のあまり口を手で覆ってしまった。

 

「皆はどう思う?今の話を聞いて」

 

「「「「…」」」」

 

その問い掛けに皆は黙り込んでしまう。それもそうだ。この先ゲンジは自身らを苦しめていた元凶と同じかそれ以上のモンスターへと変貌してしまう可能性がある。そうなれば、彼には近寄り難くなってしまうだろう。

 

「いや…応えなくていい。暗い話をしてすまなかった。話は以上だ。私は先に失礼する」

その様子を見て話してしまった事にエスラは頭を押さえると立ち上がり、その場から去っていった。

 

後に残った皆はただ何も答えを出す事が出来なかった。フゲンやハモン達も腕を組みながら厳格な表情を浮かべていた。

 

 

そして皆は答えができないまま百竜夜行を迎えてしまった。

 

◇◇◇◇◇

 

目の前に映るのは圧倒的な捕食者へと変貌してしまったゲンジ。いつも恥ずかしがりながらも皆を大切に思う彼の面影はどこにも残っていなかった。

 

それは身体だけでなく意識も。

あの低姿勢に馴染んでいるかのような動き。あれは間違いなくゲンジの肉体に宿るイビルジョー本体の意思だ。

 

即ち

 

___ゲンジは変貌すると共に完全に意識を乗っ取られていた。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

巨大な咆哮を上げながらイビルジョー は口に加えた身体の長いティガレックスをまるで鈍器の如く地面や他のモンスター達へと縦横無尽に振り回していく。

 

「ギャァァァァ…!!」

 

叩きつけられたティガレックスの悲鳴が響く。翼や爪は次々と傷つき、目の上にあるツノのような突起も破壊された。

 

目の前にある高台は木っ端微塵に破壊し大地は衝撃によって抉られていった。モンスターをまるで道具のように扱いながら迫り来る脅威に遂に3体のモンスターは限界へと来る。

 

「キャィィン…!!」

 

まるで生まれたてのガルクのように弱々しい声を上げながらジンオウガは身体を逆方向へと向けると、走り出していった。それはタマミツネも同じだ。そして両角をへし折られたディアブロス も同じく逃げ出していった。

 

迫り来る恐怖に耐えられなくなってしまったのだ。圧倒的な強者かつ捕食者というプライドが1匹の竜によって完全にへし折られてしまった。

 

逃げ出した3体は決して止まる事はなく、後ろにも振り向かなかった。“恐怖”から少しでも生き残るために。

 

「ゴルル…!!」

 

その様子を見たイビルジョー は口に加えていたティガレックスをその方向へと向けて投げ飛ばした。

 

地面へ回転しながら叩きつけられたティガレックスは即座に四肢を動かして立ち上がると、何もせずにジンオウガ達と同じ方向へと走り出していった。

 

そんな中 イビルジョー によって一蹴されたイブシマキヒコの身体が動き始めた。

 

 



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悲しき日の出

対よ…対よ…

 

疾く参れ__典麗なる稲妻…ここにあり。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

突然と脳内に響いた声。その声が聞こえた途端にイブシマキヒコは意識を覚醒させると共に身体へと風を溜め込むと、空の彼方に向けて身体を浮かび上がらせた。

 

「見て!イブシマキヒコが!!」

 

ヨモギの声に皆はイビルジョー からイブシマキヒコへと目を向ける。何とイブシマキヒコは上空へと浮かび上がり逃げようとしていたのだ。

 

ヨモギの声に反応したイビルジョー は空高く飛びあがるイブシマキヒコへと目を向けると赤く血走った目を光らせる。

 

 

「ゴルル…!!」

そして喉から唸り声をあげると、イビルジョー は脚に力を込め、一気に駆け出しだ。だが、既にイブシマキヒコは岩の間を抜けようとしていた。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

それでもイビルジョー は諦める事はなく後を追いかけ、大地を踏み締める脚へと力を込めると、跳躍し、イブシマキヒコの揺れる尻尾へと噛みつくべく牙を剥いた。

 

だが、それは叶う事はなかった。

 

「…!!」

イブシマキヒコは間一髪にイビルジョーの噛み付きを避けると飛び上がり逃げるようにして雲の中へと消えていった。

 

「ゴルル…!!」

 

地面へと着地したイビルジョーはイブシマキヒコが消えた雲を見つめながら喉元から唸り声をあげるとモンスター達が去っていった方向へと首を向けた。

 

その様子を砦の高台から見守っていた里の皆は去っていった方向を見つめるイビルジョーを不思議に思いながら見つめていた。

 

 

すると 

 

イビルジョーはそのまま振り返る事なくモンスター達が去っていった方向へと脚を進ませ始めていった。

 

「な…おい!!ゲン___

 

フゲンが名前を叫びかけた瞬間。ヒノエとミノトが誰よりも先にその場から飛び降りイビルジョー の元へと走りだした。

 

「待て!ゲンジ!」

 

「…!!」

 

そしてエスラ、シャーラ、ヨモギにイオリ。彼女らに続くかのように次々と里の皆がその場から駆け降り立ち去っていくイビルジョー を追いかけた。

 

「ゲンジ!!」

 

「待って…!!」

 

ヒノエとミノトは何度も何度も思い人であるゲンジへと手を伸ばしながら何度も何度も名前を叫ぶ。だが、彼はその声に耳を傾ける事も振り向く素振りさえも見せずただ谷の奥へ奥へと歩いていった。

 

 

「お願い…!!行かないで!!!」

 

「戻ってきてください!!!」

ヒノエとミノトは涙を流しながら必死に訴えた。何度も何度も手を伸ばしその名を叫びながら追いかけていった。後から続く皆も。途中で体力の限界が来たのか立ち止まってしまう者もいたがヒノエ、ミノト、エスラ、シャーラ、ヨモギにイオリは決して立ち止まらず必死にイビルジョー を追いかけていく。

 

だが、イビルジョー の歩幅は自身らの倍以上あり、それに加えて駆け出しているために追いつくどころか更に距離を置かれていった。

 

 

「く…!!!待てと言っているだろッ!!!ゲンジッ!!!」

 

そんな中、後方から追いかけていたエスラは声を荒げながら叫びながら麻痺弾を装填し、去ろうとするイビルジョー へ向けて放った。

 

だが、当たっても彼の肉体は痺れる様子を見せる事はなかった。

 

「クソ…!クソ!今度は眠らせてやる!!」

エスラは麻痺弾を全弾打ち尽くすと今度は睡眠弾を装填し彼へと放っていくがそれも効果は全く見られず眠る事はなかった。

 

「なぜだ…なぜ…止まらないんだ…!!」

 

エスラの叫び声も弾丸も彼には届く事はなかった。

 

「く…!!!」

エスラは歯を食い縛ると、“ある一つの弾丸”を装填すると遠のいていく彼の身体へと放つ。

 

「せめてこれだけでも…!!」

 

その弾丸は着弾すると、超高濃度な“桜色の液体”を付着させた。その様子を確認したエスラは足を止めてしまう。

 

 

だが、残りの5人は諦める事なく一心不乱に追いかけていく。何度も何度も名前を口にしながら。

 

「待って…待ってください!!待ってくださいゲンジ…!!!」

 

「お願い行かないで…!!約束…したじゃないですか…!!一緒に…一緒に……ウサ団子を食べてくれるって…!!」

 

何度叫んだだろうか。何回何十回。何度叫んだか分からない。ヒノエとミノト達は必死に叫んだ。だが、いくら名前を呼んでも彼は振り向く事はなかった。

 

皆が走り追いかけても、彼の後ろ姿は遠のいていくばかりであった。次第に地響きのような足音も聞こえなくなっていく。

 

 

 

 

 

そして___

 

 

 

 

 

_____皆の手が届かないまま遂にその姿は谷の奥へと消え、見えなくなってしまった。

 

 

 

 

その姿が見えなくなった瞬間 誰よりも彼を追いかけていたヒノエとミノトの脚が止まった。

 

 

「そん……な…」

 

「ぅ…うぅ…!!!」

 

去っていった方向を見つめていた二人は言葉を失い何も口にする事ができなくなりその場に崩れ落ち涙を流した。

 

何度も自身らを助けてくれた英雄。助けられてばかりであったにも関わらず、悲しき姿へと変貌すると共に野生に帰ったかのように自身らから離れていった。その光景にヒノエとミノトだけでなく辺りの皆も声を上げながら涙を流した。

 

その光景に後ろから見届けていたフゲンは拳を握り締めながら近くの岩を殴りつけ、ウツシも仮面の下から涙を流し、ハモンは歯を噛み締めていた。

 

 

その場にヨモギの泣き叫ぶ声とイオリの絶望する声と里の皆の啜り泣く声。そしてヒノエ、ミノト、エスラ、シャーラの家族を失った悲痛な声が響き渡る。

 

すると その砦の空を覆う雲が晴れていくと共に山々の中から太陽が登り朝日の光がその場を照らした。だが、その朝日は決して気持ちの良いものではなかった。

 

 

 

 

____その日。カムラの里から一人のハンターが百竜夜行を退けると迎えた朝日と共に姿を消した。里は数百年続く災の根源を見つけ瀕死の重傷を与え撃退という快挙を成し遂げたがたった一人のハンターの失踪によってその成功を喜ぶ者は誰一人いなかった。

 



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雷神編
豪雷の目覚め


 

 

百竜夜行を撃退してからもう一週間が過ぎようとしていた。里の皆の顔からは喜びは一切感じられなかった。

それもそうだ。たった一人の英雄がモンスターと化し自分達の元から去っていったのだから。

 

ゲンジがいなくなった里はいつものような活発な雰囲気が失われていた。ハモン達加工屋は相変わらず黙々と作業に徹しているが、ヨモギの茶屋、イオリのオトモ広場、ゴコクの集会所は沈黙に包まれていた。

 

そんな中でも共鳴から解放されたヒノエは依頼の受付場につき、仕事をしていた。

 

「…」

だが、その顔からはいつも輝く太陽のような笑みが消え去っておりまるで曇り掛かっているかのように暗くなっていた。目にも少しながら隈ができており、あまり眠れていないことが分かる。

 

最も深い傷を負ったのは彼女とミノトだった。この数日間二人はろくに睡眠も取らず、休憩する時もただ空ばかり見上げていた。愛する者が去ってしまった事は彼女達の心に深い傷を刻んだ。

 

「…」

 

誰も来ない里の受付場にてヒノエは今日もただ空を見上げていた。この空を彼も同じように見上げている。

一体いつになれば彼に会えるのだろうか。

 

共鳴から解放されたとはいえ、彼がいなくなってしまっては意味がない。

 

「大丈夫…?ヒノエさん…」

 

不意に聞こえた声にヒノエは顔を向ける。そこには数日前まで涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも立ち直り熱心に仕事に徹しているヨモギが立っていた。ヨモギは彼女の身を案じていたのか、差し入れとして10本のウサ団子を渡してきた。

 

「これ食べて元気だしてね」

 

「…えぇ。ありがとうヨモギちゃん」

 

ヨモギを見送ると彼女から渡された団子を一噛みする。

 

すると

 

__美味いな…

 

不意にそんな声が聞こえてきた。横を見るとそこにはウサ団子を手に取り頬張るゲンジの姿があった。

 

「_!」

突然見えたその光景にヒノエは驚き目を拭うと再び目を向けた。だが、再び目を向けるとそこには彼の姿はなかった。

 

「う…うぅ…」

 

一種の幻の様な者を見た途端、あの日、ゲンジが去っていく姿が頭の中に思い浮かんできた。次第に涙の量が増えていき、まだ残っているウサ団子に付着していく。

 

「ゲン…ジ…!!」

 

会いたい。彼に会いたい。だが、何度も願っても涙が流れてくるだけで彼が現れる事はなかった。

 

ヒノエは泣き叫びたい感情を押し殺しながらウサ団子を次々と頬張り10本を平らげる。

 

その時だ。

 

 

「ヒノエさん!」

 

「…シャーラ…?」

ふと声が聞こえ、振り向くと集会所からシャーラが走ってきた。

 

「大変!ミノトが共鳴を…!」

 

「!?」

 

その事態にヒノエは即座に涙を拭う。

妹であるミノトが共鳴した事を知るとシャーラと共に集会所へ向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

同時刻。カムラの里から遠く離れた場所。巨大な城跡が並び立ち、中央に広場のある巨大な砦にて空は烈風に包まれ稲妻が吹き荒れていた。

 

その荒々しい景色の中を一体の巨大な金色の龍が悠々と舞っていた。

 

対よ対よ___疾く参れ…。

 

そう強く念じながら金色の龍は弧を描きながら空を舞う。すると、それに呼応するかのように稲妻が激しさを増していき辺りにある岩が次々と浮かび上がった。

 

そして再び龍は空高く舞い上がり、更に舞い踊るかのように身体を唸らせる。まるで待ち焦がれている乙女の様に_。

 

だが、空を舞うこの龍は気づいていなかった。

 

 

___自身が“悪魔”の標的にされている事を_。

 

 

 




いやぁ…待ちに待ったライズの続編…!!マジで欲しい!そしてプレイをしながらこれを書きたいですなぁ…!!


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光が指す里

彼がいなくなってから一週間と数日が経過した。里はまるで鎮火された炎のように静まり返っていた。

姉様も私も…あまり食事が喉を通る事がなかった。腹の虫が鳴こうとも食欲は湧くことは無かった。

私は大丈夫ではあるものの…ヒノエ姉様が凄く心配であった。いつも大食である姉様が小量しか口にしないとなるとそのショックは大きかったのかもしれない。

…いや、今朝方、何も食べなかった私が言えた事でもない。

 

 

__「ミノト姉さん。クエスト受けるから本貸してくれよ」

 

「…!」

 

不意に耳に入ってきた声に私は即座に顔を上げる。彼の声だ。彼がクエストを受けにきたんだ。

 

だが、それはただの空耳だった。顔を上げても彼の可憐な顔も…装備を纏う勇姿も…どこにも無かった。

 

「…」

彼の顔を思い浮かべる度に私の涙腺から涙が溢れ、零れ落ちようとしていた。

 

会いたい…。彼に会いたい…!ヒノエ姉様とシャーラとエスラさん…そして彼と共に寝食を共にする日々に戻りたい…。それに一番苦しんでいるのは彼だ。自身があの日、蹲っている彼をもう少し気に掛けていればこうはならなかったのかもしれない。

 

「ゲンジ…」

 

 

 

 

 

 

 

____対よ。対よ_。

 

「…?」

ふと頭の中に何者かの声が聞こえ、私は溢れそうになった涙を拭い取る。その声はどこから…いや、頭の中にしか聞こえなかった。

 

_対よ対よ。疾く参れ__。典麗なる稲妻ここにあり__。

 

__我と共にかの竜を討たん_。

 

その声が聞こえた途端に私の胸の内が“恐怖感”と焦燥感に包まれた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

集会所へと着くと、いつも厳格な表情を浮かべながら書類を見ているミノトがまるで何かに操られているかのように集会所の天井から見える空の彼方を見つめていた。

その様子にその場にいたゴコク、フゲンは当惑していた。

 

ヒノエは駆け寄ると、彼女の目の前に立つ。

その目はいつもの琥珀色の瞳ではなかった。雷のような黄金色に染まっており反射した自身がハッキリ見える程まで輝いていた。

 

「ミノト!!」

 

「…!」

ヒノエはミノトの肩を掴むと強く揺さぶる。すると、ヒノエの声に反応したのか、ミノトの目が一瞬閉じるとすぐに開き、先程のような黄金色が消え失せていつもの琥珀色の瞳に戻っていた。

 

「姉様…?」

 

「ミノト…!よかった…」

いつものミノトに戻った事を確認したヒノエは安堵の息を吐くと共にミノトを抱き締めた。

 

「ひぇ!?ね…姉様!?」

 

抱き締められたミノトは気がつけばヒノエに抱き締められていた事に顔を赤くしながら困惑する。

 

「これこれヒノエ。ミノトが苦しそうでゲコ」

 

「あ、ごめんなさい…」

ゴコクに注意を受けたヒノエは即座に離れるも、抱き締められたミノトは顔を赤く染めあげており、嬉しそうであった。

 

「ミノト…体調に異常はないか?」

 

フゲンが恐る恐る尋ねると、ミノトは赤くしていた顔を元に戻すと、胸に手を当てる。

 

「…問題ありません里長」

 

「ふむ…なら良いのだがな…。詳しく話してくれぬか?」

 

それからミノトは落ち着きを取り戻すと、何があったのかを話した。

 

「実は…突然頭の中に知らない声が聞こえたのです。そして…それが聞こえた瞬間に私の胸に孤独感…そして恐怖感を感じ、それと共に気がつけば先程のような事を口ずさんでいました…」

 

「そうだったのですね…」

 

ヒノエは自身と全く同じ事態に驚く。そんな中、ゴコクとフゲンはある事を疑問に思った。それは、ミノトが口ずさんだ言葉の中にあるある言葉であった。

 

「“かの竜”…」

 

ミノトの発言からすると、対がとあるモンスターを恐れているかの様な意味と捉える事ができる。だが、対となると古龍。古龍が恐れるモンスターなど存在するのだろうか…?

 

「恐怖…かの竜…まさか…!!」

 

ヒノエとミノトは意味を理解したのか、驚きの表情を浮かべる。そして、遅れる様にフゲン、ゴコクもその意味を理解した。

 

古龍を恐れさせるモンスターなど、あれに違いない。そうなれば、彼の行方も分かったも同然だろう。

 

 

 

 

その時だった。

 

「皆!朗報だ!!」

 

集会所の入り口から書類を掴んだエスラが現れ走ってきた。彼女は里についてからゲンジを追うべく編成された調査隊に情報提供をしていたのだ。

 

その手に持っていたのは、なんとその調査隊からの報告書らしい。その報告書を机へと置いたエスラは皆に報告する。

 

「ゲンジがついに見つかった…!!」

 

「「!?」」

 

その朗報にヒノエ、ミノトはもちろん、シャーラとゴコク、フゲンも驚き目を向ける。

 

「ど…どうやって手がかりを…見つけたんですか?」

 

「ゲンジが去った時にペイント弾を撃っておいたのさ。しかも通常の10倍の濃度のヤツをね。イブシマキヒコが逃げた際に撃ってやろうと思って持ってきたのが役に立ったよ」

 

なんとエスラはイビルジョー へと変貌したゲンジが自身らの元から去っていく際にペイント弾を放っており、その時のペイント弾が功を奏したのか、今も尚その匂いと色が付着しており、姿を消したゲンジの行方がたった数日で掴まれた様だ。

 

ヒノエの質問にエスラは淡々と答えると地図と書類を広げた。その書類には報告と地図には幾つもの赤い丸などが描かれていた。

エスラはゲンジがこの後向かうと推測された場所や、現在の進行状況について書かれている報告書を元に地図をなぞっていく。

 

「ゲンジは今のところ大社跡を出て寒冷群島付近にある海へと進んでいるらしい。ある場所を目指している様だ」

 

 

「ある場所…ですか?」

 

「その場所…とは…一体…」

 

ヒノエとミノトの疑問にエスラは答えると共に一枚の古い絵を取り出し、報告書の隣に置いた。

 

「これは…!?」

 

その絵を見たゴコクは驚きの声を上げる。

 

「ゴコク殿が驚くのも無理はない。コイツは太古の昔に海に沈んだ巨大な古戦場『龍宮砦』だ」

 

『龍宮砦』それは、古の時代に幾度となくモンスターと人類の闘いが行われてきた数ある戦場の一つであり、特に兵器に長けていたらしい。また、あたりには歪な形の城のような造形物があり、神秘的な風景から別名『夢の跡地』とも呼ばれていた。

 

「ゲンジが進んでいく先を割り当てたらこの砦が浮かんできてな。現在、行く先である龍宮砦でも調査が進められている」

 

「で…では!その砦に向かえば…!!」

 

「ゲンを連れ戻すチャンスがある…ってことだよね?」

ヒノエとシャーラの問いにエスラは輝く金色の瞳を向けながら頷いた。

 

「あぁ…!」

 

エスラの頷きによって、ヒノエ達の心の中を覆っていた雲に光が差し込み始める。そんな中で、ミノトはエスラに対と共鳴した事を話し、その言葉を伝えた。

そして、エスラ自身も即座にその意味を即座に理解する。

 

「かの竜…それは確実にゲンジだ…!となると、ゲンジは対を喰らう為に向かっているということだな…。そうなると“対”も龍宮砦に潜んでいる事になる…。それなら尚も好都合だ…!」

 

エスラは次々と見解を繰り返していく中で、ある一つの作戦を思いつく。

 

「シャーラ!トゥーク達を呼んできてくれ!」

 

「うん…!」

シャーラはまだ里に滞在しているトゥーク達の元へと走っていった。

 

「義姉さん、好都合とは…?」

 

「簡単な話さ。ゲンジは間違いなく対と会敵する事となるだろう。連戦に続く連戦とならば、流石のゲンジも疲れるはずだ。そこを突いて捕獲し、中身からゲンジをくりぬき出す…!」

 

「「「くりぬき出す…!?」」」」」

 

エスラの予想外の言葉にヒノエ達は驚きの声をあげる。

 

「あぁ。ゲンジがモンスターへと変貌した際に辺りから骨や筋肉が生成されてね、それらがゲンジを取り込むように次々と骨格を形成してイビルジョー の形となったのさ。恐らく首の付け根あたりにいると推測できるな。まぁ、何はともあれ…希望が見えてきた」

 

エスラはうんうんと頷くとヒノエとミノトに顔を向ける。

 

「必ずゲンジを連れ戻すぞ」

 

「「はい!」」

エスラから向けられた眼差しに二人は力強く頷いた。

その後 トゥーク達が集められ捕獲作戦が計画される事となった。

 

 



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跡地への出港

トゥーク達が集められると、エスラは自身の考案した作戦を伝える。聞かされたその合理的な作戦にトゥーク達も同意し、首を頷かせる。

 

「ゲンジが龍宮砦の付近に現れたと報告が入ればすぐに向かう。それまで各々、準備を整えておいてくれ」

 

その後、皆は解散しトゥーク達は宿へ、エスラ達はゲンジの自宅へと向かう。その作戦にはヒノエ、ミノトも同行するようだ。それについて、エスラは当惑していたものの、彼女達がいれば、ゲンジも正気に戻れる可能性があると判断して承諾した。

 

それから翌日に、ゲンジが見つかり彼を連れ戻す作戦が計画された事は瞬く間に里中に知れ渡り、鎮火していた炎が再び燃え上がるように皆は活力を取り戻し始めていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから数日が経過した。

 

「ギルドからようやく届いたでゲコ」

遂にギルドから書状が届いた。その書状を手に集会所に現れたゴコクの言葉に集会所へ集合していた皆は待っていたかのように目を向けた。

その封筒の中身は2通であり、一つは龍宮砦付近の地域にイビルジョーの出現。もう一つは龍宮砦に潜んでいる“対”の詳細であった。

 

まずは対の存在だ。届けられた書類の中にはスケッチされた絵も同封されていた。その姿形はイブシマキヒコに酷似しており、全身が雷のような金色に輝いていた。更に報告書によると、雷を操るらしく、ギルドはこのモンスターを『雷神龍ナルハタタヒメ』と名付けたようだ。

 

そしてもう一つ。砦付近に現れたイビルジョーはやはりナルハタタヒメに向けて侵攻しており、調査隊によると、道中に遭遇した大型モンスター達が次々と殺されているらしい。

この書類が届いたとなると、既に交戦寸前に迫っていると見ていいだろう。

 

「なるほどな…。では急いで向かうとしようか」

 

「待てエスラ」

そう言いエスラは皆へ呼び掛けると、すぐに出港するべく船に向かう。だが、それをフゲンは止めた。

 

「悪いが行く者たちを絞らせてくれ。砦付近の天候が悪化しているらしく、この人数を乗せられるほど、船は多く出せないようだ」

 

「まぁそうだな…。それに、各地でモンスターが凶暴化していると聞いているしね…」

 

書状を受け取ったフゲンの判断にエスラは頷く。そして、フゲンは集会所へ招集された皆の中から、エスラ、ヒノエ、ミノト、シャーラ、トゥーク、を作戦メンバーに選抜した。

残りの皆は里の防衛にあたる事となった。

 

やはり天候によって、出す船も限りがあるらしい。

また、ナルハタタヒメの影響によって、各地でモンスターが凶暴化しているらしく、いつ、大社跡にモンスターが現れてもおかしくない事もあり、故に多くのハンターを残す事に決めたのだ。

 

「すまないが、里を頼む」

フゲンは残るハンター達に頭を下げると、皆は頷き了承した。

 

そしてフゲン達は里の皆に見送られながら船を出し、カムラの里を後にする。

波打つ海に出された船は揺られながら夢の跡地である龍宮砦へと向かっていった。

 

船が海を突き進み、荒れ狂う地へと向かう中、ヒノエとミノトはただ前を見つめていた。その目には覚悟と見れる炎が宿っており、二人の意思が感じ取れる。

 

((必ず彼を連れ戻す…!!))

 

二人は互いに決心を固めるとゲンジがいるという龍宮砦の方向を見つめた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

同時刻 龍宮砦付近にて__。

 

「…おいおい…コイツはすげぇや…」

 

上空から望遠鏡を手に観察していた調査員は冷や汗を流しながらその光景を見つめていた。

 

そこにはナルハタタヒメの影響によって、凶暴化した周辺地域の大型モンスター約数十頭が一体のモンスターに蹂躙されていた。このモンスター達はナルハタタヒメの雷撃によって刺激され、カムラの里に向かいやがて百竜夜行になり得る可能性のあるモンスターの群れであった。

 

だが、そんなモンスターの群れがたった一体のモンスターによって次々と吹き飛ばされていった。

 

「ゴルル……!!」

進行方向の目の前に一体のモンスターを咥えながら赤い目を光らせる黒いモンスター『イビルジョー 』

一体のモンスターの喉笛に喰らい付きそれを武器の如く振り回し、辺りにいるモンスター達を羽虫の如く蹴散らしていった。

 

次々とその場に飛び散るモンスターの血飛沫。それを浴びながらも尚も進撃を止めないイビルジョー の姿はもはやモンスターの域を超越しており完全なる『悪魔』へと成り果てていた。

まるで殺しを『娯楽』かのように。

 

そして、僅か数分が経った時には、辺りにいたモンスター達は皆、全て屍と化していた。

 

辺りを浸す血と屍の海の中に立っていたイビルジョーは屍を踏み潰しながら次々と血肉を貪る。辺りには露出した牙が骨を砕き肉を千切る音が響いていた。

屍を貪り尽くし、口の周辺についた血を長い舌で舐め取るとその首を持ち上げる。すると遂にその頭部が顕となった。

 

「ゴルル…」

その目はもはやこの世のものとは思えぬ程まで血走っており瞳が存在していなかった。更に黒い全身にはヒビのような紋様が不規則に走っており、目と同じ血の色に輝いていた。

何もなく、ただの血の色へと染まったその双眼は先にある龍宮砦を見据える。

 

見つめる龍宮砦の上空には空を舞う金色の竜の姿が微かに見えた。

 

__我が…喰らう…!!

 

それを目にしたイビルジョー は口から煙状となった龍属性エネルギーを吐き出しながら天地を揺るがす巨大な咆哮をあげた。

 

 



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激突する雷神と恐王

対よ 対よ 疾く参れ

 

____典麗なる稲妻 此処に在り。    

       __八雲 ほろに踏みあだし

    __楽土が辻の源と成らん_。

 

◇◇◇◇◇◇

 

深淵の地の中 鎖に繋がれ虚の瞳を浮かべた少年は目の前に映る景色を見る。

 

そこには巨大な古龍がトビカガチと同じ細い瞳とギョロギョロとした目玉を自身に向けていた。

 

「ぐぅ…!!」

それを見た青年は再び瞳に炎を宿らせると歯を剥き出しにしながら手足に力を込める。

 

「俺の身体で好き勝手な真似してんじゃねぇ…!!早く人間に戻れ!!」

 

腹の底から声を出して叫ぶ。だが、辺りからはそれを拒否する声が聞こえてきた。

 

__それは無理だな。せっかく意識だけでなく身体まで元に戻ったのだ。このまま楽しませてもらう…!

 

「やめろ…!!それ以上その姿を皆に見せるな!」

 

だが、叫んでもその声はもう返ってくる事はなかった。こうしている間にも、誰かに見られてしまうという恐れが身を蝕んでいた。

 

そして自身の姿を見た皆の冷たい眼差しが脳内に浮かび上がってくる。いくらモンスターの血が流れていようと、異形な姿になろうと、血に濡れようと皆は温かい心で受け入れてくれた。何度も何度もその心にすくわれた。だが、モンスターとなればそれは別だ。

 

その上 特級の危険生物であるイビルジョー ならば尚更だ。

 

「やめろ…!!もぅ…やめてくれ…!!!」

 

自身がモンスターへと変貌し、更にその姿を見られたことによってゲンジ自身の精神が限界に近づいてきていた。

 

「うぁあああああ!!!」

 

暗闇の中に誰にも届かない叫び声が響き渡った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

龍宮砦にて対を待つナルハタタヒメは身体を横倒しにし、尻尾を曲げ中心に鎮座しながら何度も何度も念じていた。

 

対よ__。

 

疾く参れ__疾く参れ__。

 

何度もそう口ずさみながらナルハタタヒメはゆっくりと目を開け再び身体を浮かび上がらせる。そして再び空を舞おうとする。彼が気づいてくれるように。

 

 

 

その時だ。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

 

その場に天地を揺るがす程の巨大な咆哮が響き渡る。その咆哮が聞こえた瞬間にナルハタタヒメは念じる事を止め、即座に警戒体制へと入るべく身を起き上がらせた。

 

すると、近くの高台から一体の巨大なモンスターが自身の目の前に飛来してきた。

 

目は血の如く血走り、それを持つ頭部から背中、そして尻尾までもが血飛沫のように溢れ出た竜属性エネルギーに覆われていた。

現れたイビルジョー は喉を唸らせながら口内を突き破り幾重にも生え揃った牙を涎に濡ぬらしながらもナルハタタヒメに向ける。

 

こちらに向けて涎を垂らす『悪魔』を目にした瞬間、ナルハタタヒメの全細胞が完全なる敵意を示す。

 

 

___コイツだ…!!!

 

 

自身が警戒し、対と共に討とうとしている存在が自身の目の前に現れたのだ。

 

 

「グロォォアアアアア!!!」

 

ナルハタタヒメは巨大な口を開けて腹の奥底から威嚇ともとれる咆哮を放つ。その咆哮は空気を振動させるとともにイビルジョー に開戦のゴングとして受け取られてしまった。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

イビルジョー の脚が曲げられると共にカエルのように飛び上がり、発達した筋肉を持つ身体と共に牙を向けながらダイブしてくる。

 

ナルハタタヒメはその巨大な飛びつきをタマミツネの如く身体を唸らせながら回避した。

 

 

「グルル…!!」

初手の飛び込みを回避したナルハタタヒメは、初めから全力を出すべく空高く飛び上がると、巨大な口をイビルジョー に向けて開ける。

 

すると、辺りの空気が振動し始め、ナルハタタヒメの身体に無数に生える触手のような触覚の先端部分から稲妻が走り出し、口内へと白銀の雷が充填されていった。

 

対してイビルジョーも口を開けると黒く渦巻く超高密度の龍属性エネルギーを口内に溜め込んだ。

溢れ出るその龍属性エネルギーはイビルジョーの口内に溜め込まれると共にオーラの如く全身から溢れ始める。

 

二人のエネルギーは極限まで口内へと溜め込まれていった。

 

 

___“相手を確実に葬る為に”…!!!!

 

 

 

ナルハタタヒメとイビルジョー の口が何のズレもなく同時に互いに向けられる。

 

そして相手を確実に葬り去る意思が込められた高密度のブレスが一斉に放たれた。

 

 

【霹靂神(はたたかみ)】__!!!

 

 

【極龍砲(ごくりゅうほう)】__!!!

 

 

ナルハタタヒメの口内から白銀の光線が。イビルジョー の口内から赤い稲妻がほとばしる黒いエネルギー波が放たれた。

 

互いに放たれたブレスは空気を突き抜けほぼ一点に向かっていった。放たれたそのブレスは遂に空中で衝突すると押し合い次々に辺りに白銀と黒色の火花を散らしていった。

 

 

両者は押し合いとなることに気づくとエネルギーを更に強めていく。すると、ぶつかり合うそのブレスは遂に限界を迎えていった。

 

 

「「…!!」」

 

その瞬間 両者のぶつかり合うブレスのエネルギーは異常反応を起こすと共に大爆発し周辺一帯を閃光に包み込んだ。

 

 

 

 



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雷神を襲う恐怖

 

ヒノエ達が乗船した船はカムラの里の周辺地域を抜けて、2時間程、海を進んでいた。

すると、遂に決戦の場である龍宮砦が景色に映ってくる。

 

 

「見えました…!」

甲板に出ていたミノトの声に皆は指さす方向へと目を向ける。そこには海から隆起した跡が残る巨大な砦が島として存在していた。その証拠に周辺の岩場には歪な形をした珊瑚。更に城のような拠点がいくつも作られていた。

 

砦というよりも完全に城といえる。その砦の周辺の天候は荒れ狂っており、空に巨大な穴が空き、次々と雲が吸い込まれていた。

 

「あれが…龍宮砦…」

 

「うむ…。情報によると、古の兵器がまだ地上に埋まっているらしい」

 

トゥークにフゲンは答えながらギルドからの情報を口にする。ギルドによると、龍宮砦の設備力は他の砦とは一線を画しており、強力な兵器の宝庫であったらしい。中でも撃龍槍はキングサイズだとか。

 

 

その時だ。

 

__グロォオオオオオオオ!!!!

 

 

目の前に映る龍宮砦から巨大な咆哮が響いてきた。その声量は凄まじく、まだ数百メートルも離れているというのにハッキリと聞こえていた。

 

「この声は…!」

 

「まさか!」

その叫び声に反応するミノトとヒノエ。エスラ、シャーラも咆哮を耳にした瞬間に気を引き締めた。

 

「恐らくゲンジだ。もう始めているようだな」

エスラはライトボウガンへと特製の麻酔弾を装填する。この麻酔弾には通常の数倍の量の麻痺薬が塗り込まれており、通常のモンスターならば、1発で眠ってしまうだろう。

 

「ヒノエ、ミノト。しっかりと声掛けを頼むぞ。ゲンジを何度も救った君達が頼りなのだからな」

 

「「…」」

 

二人は頷く。

彼女らはエスラ達と比べればゲンジと共にいた時間は少ないだろう。けれども、エスラ達と同じ程の信頼を彼から寄せられている。それに彼女達は彼の妻だ。妻の呼び掛けを耳にすれば元には戻らなくても、彼の精神を呼び覚ます事はできるだろう。

 

「シャーラにトゥーク、そしてフゲン殿はもしも戦闘になった時は頼む。軽く足止め程度にな」

 

「うん」

 

「おぅ」

 

「うむ」

エスラの指示に3人は頷く。たとえ古龍を脅かすモンスターであろうと、疲労状態ならば、この3人+エスラでギリギリ足止めをする事は可能だろう。勿論、体調が優れていればヒノエ、ミノトにも協力を仰ぐつもりだ。

 

ナルハタタヒメを喰い殺し、その満足感に浸っているその瞬間こそが絶好のチャンスとなるだろう。

 

皆が気を引き締めている時だった。

 

『_!!』

 

一同は目を疑った。もうすぐ着くとされる龍宮砦が突然 閃光に包まれたのだ。

 

突然の現象にトゥークは冷や汗を流す。それ以外の皆も目を震わせながらその光景を見つめていた。

これは閃光玉なのか?いや、閃光玉のような輝きを放つ環境生物の仕業なのか?

否。これは強大な力を持つ者同士の力がぶつかり合った事で発生した異常反応であった。

 

その閃光が輝いた直後 龍宮砦のところどころにある岩が次々と崩れ落ちていった。

「な…なんだ!?何が起こってるんだ!?」

 

「分からない…だが、これは急いだ方が良さそうだ…!」

 

トゥークの驚きと共にエスラは嫌な予感を感じ取り、船を進めた。

 

◇◇◇◇◇

 

船はようやく龍宮砦の岸へと到達する。岸へと船を縛りつけると、ヒノエ達は翔蟲を扱い、そびえる壁を登り、先程の閃光が輝いた場所へと到達した。

 

そこに広がっていた光景はとてつもないものであった。

 

「…これは…!?」

その光景を目にしたヒノエの顔は驚愕に包まれてしまう。残りの皆もそうだ。見ると先程まで見えていた辺りの城のような遺物がいくつか粉々に倒壊しており、辺りには瓦礫の山ができていた。

 

「恐らくゲンジがナルハタタヒメと戦った時の衝撃で崩れたのだろう…激しい闘いだったのだな…」

 

足元に転がる石ころを拾いながらフゲンは分析する。

 

その一方で、ヒノエ達は辺りを見回し、イビルジョー へと変化したゲンジを探し始める。

 

「ゲンジ!どこですか!?」

 

「いるなら答えてください!!」

 

ヒノエとミノトは名前を叫びながら何度も呼びかけゲンジの姿を探す。だが、その声に応える者は現れなかった。

 

聞こえるのはただ辺りに響く風の音のみ_。

 

「そんな…まさかもうここには…!」

 

「諦めるなミノト。先程の閃光から時間は然程たっていない。近くにいるのは間違い無いだろう」

 

ゲンジが見つからない事に涙を流しそうになったミノトをフゲンは諭すと再び探し始める。

 

その時だ。

 

トゥークの近くから小石の転がる音が聞こえ、辺りにこだます。

 

「…ん?」

その音を聞き取ったミノトは聞こえた場所へと目を向ける。そこには他よりも多くの瓦礫が積み上がっていた。

 

「…!」

その瓦礫の山からミノトは気配を感じ取り、近くにいるトゥークへと呼びかける。

 

「トゥークさん!下がってください!」

 

「!?」

 

ミノトに呼び掛けられたトゥークはその声に反応し、身体が反射的に後ろに下がる。それと共に辺りを散策していた皆もその瓦礫の山へと目を向けた。すると、1箇所にある瓦礫の山が音を立てながら盛り上がり、積み上がった瓦礫が次々と転がり落ちていった。

 

近くにいたトゥークは驚くと共に更に後退する。盛り上がった瓦礫の山は次々と崩れていき、その隙間から金色の鱗を見せてくる。

 

その姿は次第に顕となり、6人を影で覆った。

 

「ぐぅ…!?」

「ミノト!」

それと共にミノトを突然の頭痛が襲い、咄嗟にヒノエはそれを介抱する。その一方で皆は武器を構え始める。

 

 

「コイツが…ナルハタタヒメか…!」

 

武器を構えたトゥークの言葉と共に瓦礫の山の中からイブシマキヒコと対となる存在『雷神龍 ナルハタタヒメ』が姿を現した。

 

四肢に羽衣のようなモノを纏うイブシマキヒコに対し、ナルハタタヒメは光る触手のようなモノを纏っていた。そして、やはり雌なのか、後脚の間。即ち下半身の股に位置する部位には卵塊のような袋が輝いていた。それだけではない。体躯がイブシマキヒコよりも一回り巨大であったのだ。その大きさは大砂漠を泳ぐジエン・モーラン程ではないが、それに近い大きさを持っていると言ってもいい。

 

 

_____グォオオオオ!!

 

岩場から現れ、宙に浮き始めたナルハタタヒメは自身の陣地に多種族である人間が踏み込んだことに激怒するかのように巨大な咆哮を上げた。その咆哮はイブシマキヒコと同様に後から続く金切音が空気を振動させる。

 

「取り敢えず…コイツをまずは撃退するしかなさそうだなフゲンさん…!」

 

「あぁ。ヒノエよ。ミノトを頼んだぞ」

フゲンはミノトの介抱をヒノエに託すとトゥークと共に前へと出て武器を構える。それに続くかのようにシャーラも双剣を、エスラは後方からライトボウガンを構えた。

 

一方で、その体制を完全に敵対と見なしたナルハタタヒメは口内に雷を溜め込み始める。

 

その時。

 

 

付近にあるもう一つの瓦礫の山が動きだした。

 

『…!?』

 

その瓦礫の山が動いた途端にナルハタタヒメの目がフゲン達から逸らされ、崩れる岩場へと向けられた。

 

その瓦礫の山は次々と盛り上がっていき、崩れていくと黒い皮膚を見せていく。

 

「トゥーク!下がれ!」

「!?」

フゲンに呼び掛けられたトゥークは咄嗟にヒノエ達のいる場所へ皆と共に後退する。

 

トゥーク達が後退したその直後。

 

_____グロォオオオオオオ!!!

 

巨大な咆哮と共に盛り上がった岩から全身に龍属性を纏ったイビルジョー が牙に覆い尽くされた顎を向けながらナルハタタヒメ目掛けて飛び出してきた。

 

「!?」

 

ナルハタタヒメは突然 現れた事で動揺し、充填していた動作を止めてしまった。

技を中断したナルハタタヒメの姿を見たイビルジョー は首に目掛けて牙を向けると、その首に牙を捻じ込ませるようにして喰らい付いた。

 

喉笛に幾重にも重なり合うようにして生えそろった牙が抉り込みナルハタタヒメに尋常では無い苦痛を与えた。

 

それだけでは終わらない。

 

なんとイビルジョー は長い首を動かし、自身よりも巨躯であるナルハタタヒメの身体を次々と辺りに叩きつけていったのだ。

 

「ギャァオオオオ!!!」

 

振り回されたナルハタタヒメの身体が地面へと叩きつけられ、脆い音が響く。

更に砦の瓦礫、壁、そして再び地面。次々と叩きつけられていき、ナルハタタヒメは苦痛の悲鳴をあげると共に身体の部位の一部である腕や背中の触覚のような部分が取れ始めていく。

 

ナルハタタヒメは何度も脱出するべく身体を動かしたが、イビルジョー の不規則に生えそろった牙が抉り込んでいる事でカエシとなり、抜け出す事ができなかったのだ。

卵塊のような部位から雷のような光線を。そして更に手から磁力を操作して象ったリング型の雷撃を放つも、全てイビルジョー の龍属性エネルギーに掻き消されていった。

 

 

イビルジョー は問答無用にナルハタタヒメを撲殺するかの如く、縦横無尽に振り回し、辺りの岩場へと叩きつけていった。その叩きつけによって、ナルハタタヒメの身体は更に傷つき、鮮血を撒き散らすと共に体力も次々と奪われていった。

 

「グロ…ォオォ…」

 

ナルハタタヒメは襲い来る痛みに悲鳴をあげていたが、その悲鳴は段々と力強さを失っていく。

 

 

そして イビルジョー はそれを感じ取っていたのか 最後の一押しとばかりにナルハタタヒメの身体を持ち上げると、龍宮砦のほぼど真ん中の位置に向けてその身体を噛む顎を振り下ろし、ナルハタタヒメの身体をその地点へと叩きつけた。

 

「ギェエォオオ……」

 

叩きつけられたナルハタタヒメは最後の振り絞った声であるかのように喉が切れているかのような弱々しい悲鳴をあげた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

イビルジョー のその闘いぶりに岩場にて身を潜めていた皆は冷や汗を流していた。イブシマキヒコやディアブロス、そして、龍宮砦周辺にて凶暴化した数十体のモンスターに加えてナルハタタヒメを属性攻撃を用いず、また前の肉弾戦即ち『暴力』のみで羽虫の如く蹴散らしていくその姿はまさに『悪魔』であった。

流石は古龍を主食とするモンスターだ。実験によって力そのものが再現されているかのようだ。

 

更に恐ろしい事に、

 

「気のせいかな…全く疲れている様子が見えないんだが…」

 

「う…うん…」

 

トゥークの言葉にエスラは頷く。見れば自身よりも体重があるかもしれないナルハタタヒメの身体を何度も振り回しているにも関わらず、イビルジョー の振り回すスピードが落ちていなかった。

 

もはや悪魔というよりも完全なる『化け物』と呼んでも過言では無いだろう。

 

その一方で、ナルハタタヒメの弱々しい悲鳴も皆には聞こえていた。イビルジョー のタフさに驚いていたミノトはナルハタタヒメの気配が薄れていくことを感じ取る。

 

「ナルハタタヒメの気配が…段々と…薄れていきます…」

 

『!?』

 

ミノトの漏らした言葉に皆は驚く。見れば先程まで頭痛に襲われていたミノトの顔色がいつもの通りへと戻っていた。

そして皆は再び倒れ臥すナルハタタヒメをそれを見下すイビルジョー へと目を向ける。

 

見るとナルハタタヒメは地面に仰向けに倒れ、発達した前脚を力が抜けたかのように垂らしていた。もはや、その目には正気は宿っているとは言い難かった。

 

「ゴルル…!!」

 

瀕死であることを読んだイビルジョー は喉から唸り声を出すと、食い込ませていた牙を引き抜き、涎を垂らしながらナルハタタヒメの身体を見据えた。

 

「うむ…やはり古龍を喰うか…。しかし…喰らってゲンジの身体に異変がなければいいのだが…」

 

「た…確かに…」

 

フゲンの見解にトゥークはもちろん、エスラ、シャーラ達も苦い表情を浮かべながら頷く。

 

 

 

その時だ。

 

突然 ナルハタタヒメの倒れ臥す地面が揺れると共に亀裂が入り始めていく。

 

「!?」

 

それを咄嗟に感じ取ったイビルジョー は喰らい付く動作を中断すると、避難するべくナルハタタヒメから距離を取った。

すると、倒れ伏しているその地面の亀裂が音を立てながら砕け散り、巨大な大穴を出現させた。ナルハタタヒメの身体はその出現した暗く巨大な穴の中に吸い込まれるようにして叫び声を上げながら崩落と共に消えていった。

 

「これは…一体…」

 

ヒノエが言葉を溢した時だった。

 

「グル…ル…」

 

掠れそうな唸り声を上げながらその場に立っていたイビルジョー の身体が大地へと横になるようにして音を立てながら倒れた。

それと共に空を覆っていた禍々しい雷雲が消えていき、段々と空が晴れていった。

 

そして 青く広がる美しい空が顔を出し輝く温かい陽の光が龍宮砦を照らした。

 

 



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戻りゆく身体

___百竜夜行の元凶もとい禍群の風神、雷神。天を泳ぎ叢雲を薙ぐ風、そして大地を喰らう雷は悪魔の纏う恐怖に呑み込まれた。風神は逃走。雷神は奈落の底へと消えた。圧倒的な力で古龍2体を捩じ伏せた化け物はヒッソリとその身体を休めるかのように大地に倒れた。

 

 

倒れた音が辺りに響き渡ると、ヒノエ達は岩場から出て駆け寄った。

ナルハタタヒメの事も気掛かりだが、それよりも重要なのはゲンジが無事であるかどうかだ。

 

「ゲンジ…待ってろ!今出してやるからな…!」

 

エスラは剥ぎ取り用のナイフを取り出すと、イビルジョー の首と背中の付け根部分の肉を削ぎ落とすべく刃を向ける。

 

すると

 

「うぉ!?」

 

突然倒れ伏したイビルジョー の身体から蒸気が湧き上がりはじめた。それに驚いたエスラ達は即座にイビルジョー から離れる。

 

「なんだこれは!?」

 

「分からん…」

 

不可思議な現象にフゲンとエスラが不思議に思っていると、その蒸気は次々とイビルジョーの身体から湧き上がっていき身体を包み込んだ。それと同時にイビルジョー の巨大な身体が吹き出した蒸気と共に空気に溶けていくかのように崩れていった。

血も骨も肉も関係ない。まるでハリボテのように全て空気へと溶けていたのだ。

 

「あ…あれは…!」

 

不意にエスラの声が聞こえると、皆は彼女の目線の先へと目を向ける。

ヒノエとミノト、そして皆は目を向けた先に蒸気の中に横たわる人影を見つけた。

 

蒸気はイビルジョー の身体が消えていくにつれて少しずつ薄れていき、それと共に中に見える人影も顕となっていく。

 

ゆっくりゆっくりと。包まれた繭を剥がしていくかのように。

 

そして 蒸気が消え失せると共にイビルジョー の身体が完全に消滅し、その人影の正体が鮮明となった。

 

 

「「…!!」」

その正体を見たヒノエとミノトは涙を流し始める。

 

 

 

 

____そこにはインナー姿で倒れているゲンジの姿があった。

 

◇◇◇◇◇

 

横たわるゲンジの小さな身体を駆け寄ったミノトは抱き上げた。姿が元に戻った彼の顔には特に異常は見当たらずいつものように可憐な寝顔を浮かべていた。

 

「ゲンジ!ゲンジ…!大丈夫ですか!?」

 

ヒノエとミノトは彼の意識を呼び覚ますべく何度も何度も声を掛けながら身体を揺する。

 

だが、何度も何度も身体を揺すっても彼は目覚める事も応える様子も見せなかった。

 

「お願いします…!目を開けてください…!!」

 

抱き抱えていたミノトは必死に身体を揺する。その目からは涙が溢れ出ていた。

 

「ゲンジ…お願いです…目を…」

 

溢れ出た涙が零れ落ちていき、目を閉じる彼の顔へと落ちていく。ミノトは今にも泣き出してしまいそうであった。それはシャーラも同じだ。

 

「ゲン…そんな…!!」

 

「嘘…だろ…?」

トゥークもその事実にショックのあまり目を震わせてしまう。だが、それを見ていたエスラは冷静に3人へと声を掛ける。

 

「まだ泣くには早いぞ3人とも。ヒノエ、胸に耳を当ててみてくれ」

 

「はい!」

エスラからの指示に頷いたヒノエはミノトにゲンジの身体を地面に下ろすように伝える。

 

「…」

ヒノエは横になったゲンジの胸板に耳を当てる。目を覚さずとも、鼓動が聞こえれば生きている証拠となる。故にヒノエは神経を研ぎ澄ましながらゲンジの鼓動を探る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____ドクン。

 

 

「…!!」

 

ハッキリと聞こえた力強い鼓動。自身の耳がその音を正確にキャッチした。その鼓動を耳にした瞬間 ヒノエは数日ぶりの笑みを見せ、皆へと知らせた。

 

「鼓動が聞こえました!息があります!」

 

『おぉ!!』

 

その知らせにトゥーク、フゲン、シャーラ、ミノトは喜びの声をあげ、エスラも笑みを浮かべる。

 

「すぐに里に戻って応急処置だ。ミノト、ナルハタタヒメの気配は?」

 

エスラはミノトに穴の中に消えたナルハタタヒメの現状を問う。ミノトは立ち上がり、穴に近づくと目を閉じながら意識を集中させる。

その姿を皆は後ろから見守っていた。

 

「……」

 

今まで感じ取れていた意識も声も今は何一つ感じ取る事は無かった。

 

「どうだ…?」

 

「気配は…完全に消えております」

 

その言葉に皆は安堵の息をつく。イブシマキヒコは瀕死、ナルハタタヒメは無事に死亡。これで百竜夜行は収束へと向かうだろう。

 

「よし。では里へ帰還するとしよう!」

 

ーーーーーーーー

 

その後ゲンジを無事に取り戻した皆は岸に繋げてある船へと向かった。

向かう中で、ヒノエはふとミノトの方へと目を向けた。見るとゲンジを抱き抱えていたミノトは彼の身体を力強く抱き締めていた。

表情はいつものような無表情だが、ゲンジが戻ってきた事が本当に嬉しいのだろう。その微笑ましい光景にヒノエは何も口を出さず、見守っていた。

 

その後 船へと乗り込んだ皆は龍宮砦を後にし、里へと帰還した。

 

◇◇◇◇◇◇

 

里へと着いた時には既に夕日が沈みかけており、里の皆はそれぞれの我が家へと帰り始めていた。

 

すると帰還したフゲン達の姿を見つけたヨモギは大きな声をあげながら手を振った。

 

「あ!里長!それに皆〜!お〜い!!」

 

その声に反応した里の皆々は家へと帰る脚を止めると、ヨモギに続くように皆は集まり、帰還したフゲン達を出迎えた。

それだけでなく、ミノトに抱き抱えられているゲンジの姿も見つける。

 

「あ!ゲンジさん!良かった〜!!連れ戻せたんだね!」

 

「うむ。ハンター達よ。不在の間、里を守ってくれて感謝する。礼を言わせてくれ」

 

フゲンは皆や残ったハンター達に礼を言う。そして、フゲンはゴコクへ報告の為にエスラ達と別れ集会所へと向かっていった。

 

その傍らで、ヒノエ達はゲンジをゼンチの元へと運んでいた。たとえ傷がないにしろ、1週間は何も食べていないのだ、身体や呼吸音について調べてもらわなければならない。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、ゼンチの元で治療を受け、無事に終えると、ヒノエ達はゲンジを自宅へと運び、布団の上に寝かせた。

診察の結果、鼓動も安定。呼吸音もよく聞こえる故に命に別状はない事を言い渡された。だが、1週間も何も口にしていない状態なので、必ず栄養剤を服用する事を言い渡された。

 

言われた通りにエスラは渡された栄養剤を水に溶かすと、横になったゲンジの上半身を抱き上げ、開いた口の中に少しずつ流し込んだ。流し込まれた栄養水は口元から少しずつ溢れでてしまうが、それでも大半の量は喉を通り越していった。

 

「これで少しは落ち着くだろう。良かった…本当に無事で……」

 

彼の顔を見つめるエスラの目は涙が出ようとしているのか、少し潤んでいた。彼女は人前で滅多に涙を見せる事はなかった。それは同居しているヒノエ、ミノトに対しても同じだ。

そんな彼女が涙を見せていると言う事は彼女もずっとゲンジの事が心配だったのだろう。

 

「さて、私達も休むとしよう」

 

エスラとシャーラは装備を外すと、いつもの日常生活に着用している和服を纏った。だが、ヒノエとミノトはいつものコーデを脱ごうとはしなかった。それを不審に思ったエスラは二人に目を向ける。

 

「二人も楽にしたらどうだ?この1週間ロクに休みを取らなかったから疲れているだろ?」

 

「いえ、私達はまだ書類の整理が残っていますので」

 

「ムム…そうか」

 

彼女達は武器を手に取り里の為に戦う里守でありながらも受付嬢でもある。仕事はどんな時でもこなさなければならない。故に仕事を溜めてしまうのは良くないようだ。

 

「なら、私も手伝おう。書類の整理だけならば一般の手を借りる事も許されるだろう」

 

「待って」

エスラは立ち上がり、ヒノエと共に集会所へと向かおうとする。すると、シャーラが立ち上がり向かおうとするエスラの着物の袖を掴んだ。

 

「姉さんの方がよっぽど疲れてる…。百竜夜行の後でもずっと動いてたでしょ…?」

 

そう言いシャーラは自身の目元をエスラの目元に見立てて両手でつつく。

 

「疲れてる証拠」

 

「ムム…」

それを言われた途端にいつも真剣みに包まれているエスラの顔が一変し、ダラダラとした雰囲気へと変わってしまった。

 

「さすが妹よ…。まぁ言われてしまえばそうだな…」

 

「無理はなさらなくていいのですよ?お婆ちゃん」

 

「誰がお婆ちゃんだ!?どちらかと言えばヒノエの方が……まぁいい。言われてしまえばそうだな…流石に今回ばかりは疲れた…」

 

エスラはまるで男のようにぐったりとその場に腰を下ろしてしまった。それもそうだ。皆がショックで落ち込む中、エスラも悲しみを必死に抑え込みながら調査隊と共にゲンジを捜索していたのだ。逆に疲れていて欲しいと思ってしまうくらいだ。

 

「代わりに私が行くから。姉さんはゲンと待ってて」

 

「ううむ…今回はシャーラに甘えるとしよう。頼んだぞ」

 

シャーラにキッパリと言われてしまったエスラはその言葉に甘え、ヒノエとミノトの手伝いをシャーラに託す。

 

◇◇◇◇◇

 

それから3人は集会所へと向かっていった。シャーラも何気に手際が良いので、すぐに終わってしまうだろう。3人を見送ったエスラはゲンジの横に布団を敷く。

 

「ふぅ…妹に言われているようじゃ…お姉ちゃんの立場がないな。なぁ?ゲンジ」

 

布団へと倒れ込むと、頬杖をつきながら目を覚まさないゲンジの横顔を見つめた。見つめるその金色の目は先程よりも段々と潤いが増していき瞳が震えていった。

 

「ゲンジ…お姉ちゃんだって…我慢の限界というもの…が…あるのだからな…」

 

溢れ出る涙が頬を伝い布団へと落ち染み込んでいく。声を震わせながらエスラは身を寄せるとまだ意識のないゲンジの身体を包み込むように抱き締めた。

 

「お前より…私とシャーラは先に死んでしまうんだ…。一緒にいられる時間は限られているんだ…だから…

 

 

__最後まで私達の元からいなくならないでくれ…!!

 

その涙はハンターとしての涙ではない。ゲンジの数少ないたった二人の姉としての_家族としての涙だった。彼女にとって、たとえ異母姉弟であろうと、ゲンジとシャーラは守るべき大切な家族。それを片方でも失ってしまえば自身には何も残らない。

エスラは家族を守る姉として成長していく二人の側から離れなかった。二人がいてくれたからこそ、自分も強くなれた。

 

「お前やシャーラがいてくれから…今の私があるのだからな…」

 

エスラはゲンジの前髪をそっとあげると額に口付けをし、眠りについた。

 

 



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絶望の報せ

夜になっても揺らめく灯が消えない集会所にて書類を整理し終えたヒノエは一息をつくかのように背伸びをする。

 

「ふぅ…終わりました」

 

内容は今届いているクエストの書類の簡単な仕分けである。だが、いつもより少ないのでたった30分程度で終わってしまった。

 

「ありがとうございます。姉様のお陰ですぐに終わりました」

 

「いえいえ。気にしないでください。これぐらいどうって事ありませんから」

 

すると、二人の仕事が終わったのを見計らい、集会所の席でお茶を飲んでいたシャーラは立ち上がる。

書類が少なかったのか、彼女の出番は無かったようだ。

 

「シャーラもごめんなさい。わざわざ来て頂いたのに何も頼めず…」

 

「いいよいいよ。気にしないで。それじゃ、夕食の材料を買って帰ろ」

 

仕事が終わり、ミノト、ヒノエと共に言葉を交わすと、シャーラは二人と共に集会所を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

集会所を出ると里は静寂に包まれていた。数日前まで静まり返っていた里の雰囲気を思い返させる。だが、夜なので当たり前だ。昼間までこれほど静寂に包まれていたと思うと改めて変に思う。

 

「そうだ。確か、今日いい魚入ったらしいよ」

 

「まぁ!では早速買いに行きましょうか」

 

シャーラの情報にヒノエは手を叩くと二人の手を引き、夜は商売オンリーの漁場へと向かう。

笑みを浮かべながら向かうヒノエの姿にシャーラは微笑む。

数日前まで酷く静かであった彼女は笑っていた。だが、それは本当の笑みではない。いつもの自身を取り戻すための仮の笑みだ。ゲンジが目覚める事で彼女も本当の笑顔を取り戻し、いつもの日常に帰ってくる。

 

「(早く目覚めてほしいな…)」

 

そう心に願いながらシャーラは脚を進めた。

 

すると 手を引きながら進むヒノエの脚が突然止まった。

 

「あれ?どうしたの?___ミノトまで?」

 

ヒノエが止まった直後に続くようにしてミノトも立ち止まった。不思議に思ったシャーラは二人に声をかけてみる。だが、返事が返ってこなかった。おかしい。耳が聞こえていない訳でもない。

 

改めて声を掛けてみようと思い、口から言葉を出そうとした。

 

すると 前を歩いていたヒノエが突然 後ろに立ち止まるミノトへと身体を向け、向かい合った二人の両手がまるで操り人形であるかのように動くと、それぞれの両手を合わせた。

 

「…ん?どうしたの二人とも?」

 

手を合わせる二人の体制にシャーラは更にふしぎに思いながら顔を覗き込もうとする。

 

 

 

その時だ。

 

__対よ__対よ___今こそ巡り会わん_。

 

「…!?」

 

突如として二人の声が重なり合いながらその場に響く。その声はまるで風のように漂うと空気に浸透していった。その声を聞いたシャーラはイブシマキヒコが現れた時、そしてナルハタタヒメに接近した時を思い出すと共に一筋の汗を流す。

 

「まさか…!」

 

二人の声は更に続く。

 

 

__子々孫々__大地にあまねく_。

 

 

__伊吹け風_。___鳴れ雷__。

 

失踪したイブシマキヒコ、死亡したナルハタタヒメを次々と連想させるかのような言葉が現れ、まるで彼と彼女が向かい合っているかのようだった。

 

そして 二人の声が再び重なり合う。

 

 

 

____我ら混じりて_かの恐ろしき竜を祓わん__。

 

 

 

その声が響いた瞬間 夜の里を静寂に包み込んだ。

 

その直後に風が吹き、向かい合っていた二人の間を駆け抜けていく。すると、その風に煽られた事で二人は正気を取り戻した。その光景を見ていたシャーラは驚きを隠せなかった。

 

「ミノト…今のは…!」

 

「間違いありません…」

古き時代を生きる龍と竜人族の見せる現象『共鳴』だ。その共鳴が起こったという事はイビルジョーによって叩き潰され奈落の底へと消えていったモンスター___ナルハタタヒメも生存している事となる。

 

 

それと同時刻。ナルハタタヒメの消えた大穴を調査する為に向かっていたウツシが帰還し、フゲンへと報告が入った。

 

『ナルハタタヒメの遺体 発見できず』_と。

 

ヒノエとミノトの共鳴。ナルハタタヒメの失踪。この二つの報告から、災いがまだ立ち去っていない事が確認された。

 

 

衝撃となるこの不吉な事実はその日のうちにギルドへと報告された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

あれから3人は集会所にて報告を済ませると、帰宅し、寝ているエスラを叩き起こすと共鳴が再発した事を話した。

 

「まさかあの2体が生きていたとはな…」

 

「うん…。そのあと、共鳴しない場所まで離れていったらしいけど…」

 

共鳴が起こった事を聞かされたエスラは腕を組みながら考え込む。

 

二体が再び出会うのも時間の問題だ。それに、あの二体はまだゲンジの中にいるイビルジョー を倒す事を諦めていない。そうなれば再びゲンジが出撃せざるを得なくなるだろう。

 

「気配を消してその場をやり過ごしたのか…または偶然にも気を失っていただけなのか…。運のいい奴だ」

 

ナルハタタヒメのしぶとさに舌打ちを吐くと今後について考える。この後は発見されたならばゲンジと共に向かうべきだろう。もしも2体が揃い、新たなる風神龍、雷神龍が生まれてしまえば再び里は数百年間、災害によって苦しめられる事となるだろう。

 

「…いや、今はまず休む事だ…」

明日、フゲンは集会所へと里の者全員を集めるようだ。その時に作戦会議も行われる事だろう。

幸いにも、トゥーク達も里に滞在するつもりでいるらしいので、少なくとも何もできないという訳ではない。

 

その後、四人は夕食を済ませ、目を覚まさないゲンジの口の中に栄養剤を流し込むと、布団を敷き眠りに入った。

 

「再びゲンジを…苦しませてしまいますね…」

 

「そう言うな。共鳴で苦しむ君達の姿を見る事がゲンジにとっては一番辛いんだ」

 

エスラの言葉に頷きながらヒノエはミノトとシャーラに挟まれながら眠るゲンジを見ると、目を閉じた。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……う…ん…」

 

眠りに入ってまだ数時間。草も木も眠り、生き物の声も虫の囀り以外は何一つ聞こえない。時刻は深夜と言ったところだろう。

 

そんな静かな夜にミノトは目を覚ましてしまった。

 

やはり落ち着く事ができなかった。ナルハタタヒメの生存も勿論だが、ゲンジの事もだ。もしも彼が目覚めて自身の事を知ってしまったらどうなるのか。

 

たとえ、G級…いや、マスターランクに到達していても、精神が人一倍に成長していても、モンスターへと変貌するという常識を覆した現象が起きる身体へと変えられた上に張本人が自身の愛する父である事を知れば確実に心に深い傷を負う。

それに自身がモンスターに変貌したと知れば尚更だ。彼は必ず自身を責めてしまうだろう。

ゲンジを取り戻せたとしても、それが心配で仕方がなかったのだ。

 

「…」

 

ミノトは上半身を起き上がらせ、身体に掛けていた布団をどけると、ゲンジの眠る姿を見るべく目を向けた。

 

 

「…え…?」

 

自身の横で眠るゲンジへと目を向けた瞬間 ミノトは思考が停止してしまった。

 

そこには掛けられていた布団だけが残され___

 

 

 

 

 

___彼の姿が消えていた。

 

 

 




皆さん公式Twitter見ました?モンジュ可愛すぎません?


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月光の下

皆が寝静まる中、ゲンジの姿が消えていた事でミノトは動揺してしまう。

 

「(…まさか…目を覚まして里を…!?)」

 

最悪の事態を想定したミノトは皆へと目を向け、すぐに起こそうと考えた。だが、辺りにいる皆はグッスリと気持ちよさそうに寝ていた。エスラはシャーラに抱き着きながら鼻提灯を出しており、横に寝ているヒノエもスヤスヤと寝息を立てていた。

 

今、彼女達を起こす訳にもいかない。自分が探さなければ。

 

そう思いミノトは皆を起こさないようにそっと立ち上がる。すると、

 

「…んん…あら?ミノト…どうしたの?」

 

「!?」

 

突然と後ろから聞こえた声にミノトは驚きながら振り向く。見れば数秒前まで寝ていたヒノエが目を擦りながら起きていたのだ。

再び眠ってもらいたいと考えていたが、起こしてしまっては仕方がないと思い、ミノトはエスラ達を起こさないように小声でゲンジが消えてしまった事を話した。

それを聞いたヒノエは即座に意識を覚醒させた。

 

「…!すぐに探しましょう…」

 

ヒノエも同じく起き上がると、ズレていた着物を再び着直し、草履を履くとエスラ、シャーラを起こさないように外へ出た。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

季節は秋の中旬。中秋といった所だ。冷たい風が暗い山々から吹き頬に触る。

辺りには秋の虫である銀色コオロギが鳴く音が響き渡り、それに重なるように近くの川のせせらぎ、そしてそれを漕ぐ水車の音も聞こえてくる。

美しい環境音に囲まれる夜のカムラの里はとても幻想的であった。

 

ヒノエとミノトは環境音が響く夜の里へと出ると、辺りを見回した。

 

「…布団はまだ暖かかったので時間は経っておりません。私は集会所の向こう側を。ミノトはこちら側をお願いします」

 

「はい…!」

 

二人で場所を分断し、ヒノエは集会所を通して向こう側にある里の皆の住まいを、ミノトはこの場所から入り口の鳥居あたりまでを探す事に決める。

 

ヒノエと別れたミノトは足音をあまり立てないように、早歩きで探し回る。

 

家の裏、集会所の周辺、ヨモギの営む茶屋の道の端からイオリが営むオトモ広場につながる橋。隅から隅まで探した。

 

だが、どこを探してもゲンジの姿、影すらも見つける事は叶わなかった。

 

「ゲンジ…!ゲンジ…!!」

 

何度も何度も名前を口にしながらミノトは探す。

 

「(お願い…)」

 

脚を進めるたびに彼がただ一人で涙を流しながら里の鳥居を潜り抜けて出て行く様子が浮かび上がってしまう。それを思う度に涙腺から涙が溢れ出てくる。

 

「(貴方はモンスターなんかじゃない。里の英雄であると共に私達のかけがえのない家族です…だからお願いです…!!出て行こうだなんて考えないでください…!!)

 

◇◇◇◇◇◇

 

ミノトと別れたヒノエは静かに集会所へ入ると、里の裏側に続く回廊を通っていた。集会所の裏に広がるのは集会所の前に並ぶ旅館やリンゴ飴屋と異なり、ほぼ全ての建造物が里の皆の住まいである。

 

彼を絶対に見つけなければ。このまま見つけなければ、一番苦しむのは彼だ。モンスターとなった自身を責め続け次々と孤独に向かっていく。最悪の場合、自ら命を絶ってしまうだろう。

 

それだけは絶対に止めなければならない。

 

ヒノエは早歩きで入り口から集会所へと続く回廊を通る。

 

そんな中、不意にヒノエはその場所から見える湖畔へと目を向けた。

花が散り緑色の葉だけとなった木が何本か立ち、周りよりも少し凹んだ場所。そこはカムラの里を囲う湖と繋がっていた。

 

「…!!」

 

その場所を見た途端 ヒノエは目を大きく開く。湖の岸に一人の人影が立ち、湖の向こう側を見つめていたのだ。

 

それは月明かりに照らされており今いる場所からも鮮明に見えていた。青い髪に小柄な身体。間違いない。“彼”だ。

 

「ゲンジ…!!」

 

見つけた。ヒノエはミノトを呼ぼうかと考えていたが、再び見失わないようにする為に彼を優先する事に決め、その場から即座に下へ続く道へと向かう。

 

ーーーーーーーー

 

先程見た湖畔へと向かうと、そこにはこちらに背を向けながら湖を見つめる彼の姿があった。

 

「ゲンジ!!」

 

姿を見つけたヒノエは駆け寄りながら彼の名前を叫ぶ。すると その声に気づいたのか、湖を見つめていたゲンジの身体がゆっくりとこちらに向けられた。

 

 

「…!!!」

 

その身体は月明かりに照らされ鮮明になる。その姿をみた途端 ヒノエは立ち止まってしまった。

 

「その身体は…!!!」

 

風に髪を揺られながら振り向いたゲンジの顔にある二つの目玉。その内の輝く青い水晶のような瞳を持つ右目が赤い瞳へと変わり白い目玉は黒色に染まっていた。即ち双眼が不気味な黒色へと染まっていたのだ。

 

それだけではない。月に照らされたその全身には__

 

 

____歪な形の痣が浮かび上がっていた。

 

 

その姿を見つめていると今にも消えてしまいそうな悲しみに満ちた声が風と共に聞こえてきた。

 

「ヒノエ…姉さん……」

 



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薄明の涙

里の外れにある湖畔にて湖を見つめていたゲンジ。振り向き月明かりに照らされたその顔…いや全身には歪な形の痣が刻まれ、双眼が黒色に染まっていた。

 

「…ヒノエ姉さん…」

 

風に乗りながら聞こえてくるその声はとても細く今にも途切れそうであった。

 

「気持ち悪いだろ…?これ…洗ってみても落ちないんだよ…」

 

全身に見える痣はまるで変貌したイビルジョーの古傷の様に見え、それが上半身と袴の隙間から見える下半身に広がっていた。それだけではない。両腕には手の甲から肩にかけてまるで蛇が巻き付いたかのような不気味な痣が浮かび上がっており、目元にはヒビ割れのような紋様が刻まれていた。

 

闇のように黒く染まった双眼に赤く輝く瞳。そして全身に浮かび上がる恐暴竜の傷口のような痣。その禍々しい風貌は人と呼べるものではなかった。

 

竜人族でもなく人間でもない。何の部類もされないただの異形な生物。モンスター化実験の成れの果てであった。

 

すると 暗い空から一筋の雨がその場に落ちる。

 

水飛沫の音。それに続くように一つ二つ三つ。暗い空を覆っていたのは薄暗い雨雲であった。その場に次々と雨が降り注ぎ、二人を濡らしていく。

雨に濡れてもその痣は落ちる事なく身体の一部であるかのように定着していた。

 

「は…ははは…!」

笑い声が聞こえてくる。それは壊れた人形のように何のリズムもない。何の面白さもない。喜びの欠片もない。顔を俯かせながら聞こえてくるその声はなんとも気味の悪い__嗤い声だった。

 

 

「眼球は黒い。目元にヒビのような紋様。腕や胴体には変な痣…そしてモンスターに変われる……もぅ…こんなの人間でも竜人族でもない…」

 

 

雨に打たれる中 その嗤い声はどんどん暗くなっていく。

地面に雨が落ちる中 その自身の決められた定めに対する怒りを訴える声が鮮明に聞こえてくる。

 

「これじゃ…本当に___

 

 

 

 

______ただの化け物だよ…」

 

「ゲンジ…」

 

雨音に包まれる中、俯むく彼から悲しみに満ちた声が聞こえ、心に響いてくる。自身の人間である部分が何一つ残されていない。

 

 

すると彼は突然顔を上げて感情を一変させるかのように時折見せる優しい笑みを浮かべた。

 

「けど、奴は古龍以外は興味ないらしい。だから人前でモンスターになる事はないから安心していい…」

 

彼はいつも無表情で狩猟の時以外は滅多に笑みを見せなかった。その笑みは輝きが少ないながらも今まで目にした里の皆を活気立たせていた。

 

「心配掛けて悪かった。今度は奴らを逃さずに殺して姉さんを助けるから」

 

そう言い優しく頼もしい言葉を掛けてきてくれる。

 

___だが、ヒノエの目に映るゲンジは笑っていなかった。真実を見抜くその琥珀色の瞳には大粒の涙を流しながら泣き叫ぶ彼の姿が映っていた。

 

 

「ゲンジ…あまり溜め込むのは良くありませんよ…」

 

 

「…え?」

 

ヒノエは言葉を掛ける。それに対してゲンジは首を傾げる。

 

「何言ってるんだ?別に俺は何も…」

 

ゲンジは不思議そうにこちらを見つめていた。だが、ヒノエにとってはその動作自体が白々しい演技であり、感情を押し殺すのに必死な様子もお見通しであった。

 

その時だった。

 

「ゲンジ!!」

 

最初にヒノエが来た方向からピチャピチャと雨に濡れる地面の上を走り向かってくるミノトの姿があった。

 

「ミノト姉さ…んぐ!?」

 

その動作は一瞬だった。ゲンジを見つけたミノトは彼の言葉が言い終わる前に、速度も落とさず駆け寄ると雨に濡れる彼の身体を包み込むようにして抱き締めた。

 

「やっと…見つけた…」

 

その力はとても強く首を締め付けてしまいそうであった。腕にかけられる力にゲンジは息苦しそうにしながらも心配して探し回っていてくれたことを察したのか、ミノトの背中を優しく叩いた。

 

「すまん…心配かけたな。そろそろ家に戻るか。ここじゃ冷える」

 

「はい…」

ミノトは頷くと彼の首に回していた手を離し、顔を向ける。だが、ミノトは抱きつく際にゲンジの身体をよく見ていなかった為に、彼の身体に刻まれている痣や黒く染まった双眼を見て驚いた。

 

「その身体は…何があったのですか!?」

 

「これか?別に何でもない。大丈夫だよ」

 

それに対してゲンジは軽く流す。だが、その返しに違和感を覚えたミノトは鋭い目を向けていた。

 

 

「ミノト…耳を…」

ヒノエはミノトに歩み寄り、疑問に思いながら見つめていたミノトに耳打ちをする。

 

「…え!?」

 

耳元でゲンジに聞こえない声で話された話を聞いたミノトは驚くと共に目を震わせながら彼を見た。

 

「何を話してるんだ?」

 

彼は首を傾げながら尋ねてくる。それを意に介さず、ミノトはゲンジの身体を見て驚くと共に哀れみに満ちた目を向けた。

 

「…ミノト」

 

「はい。姉様」

 

ヒノエの声に頷いたミノトは2人と共に歩み寄ると彼の手を引いた。

 

「え!?」

 

突然と手を引かれたゲンジは驚き、すぐに止まろうとするが、2人は決して止まらせず、一心不乱に手を引き雨の降る道を進んだ。

 

「おい!どこに連れてく気だよ!?」

 

後ろから彼の声が聞こえてくるが、二人は決して応える事はなかった。

 

◇◇◇◇◇

 

ゲンジの手を引いた彼女達は湖畔から離れ、自身らが暮らしていた家へ戻ってくる。家の中は整頓されており、ヒノエの弓、ミノトのランスが置かれていた。二人はゲンジと共に中へと入ると扉の鍵を閉めると共に窓を全て閉めた。

 

そして雨音の聞こえる暗闇の中、2人はゲンジを挟み込む様にして抱き締めた。決して離さないように強く。

 

「…おい…苦しいから離せよ…」

 

その声は先程よりも低く細々としていた。まるで何かが溢れ出してしまう事を抑え込んでいるかのように。

それを聞いたヒノエとミノトは抱き締める力を強めた。雨に濡れた二人の身体が更に密着し彼の身体を隙間なく包み込んでいく。

 

「…貴方が抑え込んでいるものを吐き出さない限り…私達は絶対に離れません」

 

「このまま朝日を迎えてもです」

 

いつも明るく皆を元気付けるかのようなヒノエの声がミノトと共に相手を威圧するかのように低い声へと変わっていた。

 

「抑え込んでるって何だよ…」

 

「それは貴方が一番 分かっている筈です…」

 

ヒノエは彼に顔を向けずただ尋ねた。

 

「なぜそこまで我慢するのですか?大人としての意地ですか?ハンターとしてのプライドですか?」

 

「…違う…」

 

ゲンジの否定する声を遮るかのようにヒノエは続けた。

 

「くだらないプライドで押さえ込んでいては貴方の身が持ちませんよ…たとえ貴方が強くても心は皆同じ。前にも言いましたよね?」

 

「あぁ…だけど俺は…」

 

言葉を掛けていく度に彼の声は細くなると共に震え始めていった。ヒノエは安心させるかのように彼の頭を撫でる。

 

「いいんですよ。私とミノトが全て受け止めますから…」

 

「我慢せず全て吐き出してください」

 

二人から掛けられた言葉にもう彼から返ってくる言葉はなかった。すると、声だけでなく、抱き締めていた彼の身体が震え始める。

 

「俺は…俺は…」

 

二人の温かい言葉によって、ゲンジの心の中に抑え込まれていた父親から愛されていなかった事への絶望感と蔑みの目を里の皆から向けられるかもしれないという恐怖感が溢れ出ようとしていた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん……」

 

すると 抱き締めていたヒノエにしがみつくようにゲンジは自身の思いを二人に細々とした声でありながらも告白した。

 

「怖い…つらい…よ…!!!」

 

その顔からは大粒の涙が溢れ出ていた。

 



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吐き出す心の声

ゲンジは全てを吐き出した。意識を失った時にずっと見ていた地獄を__。

 

◇◇◇◇◇◇

 

イビルジョーに意識を乗っ取られたあの日から頭の中に一つの光景が映り込んできた。

 

それはゲンジが里の広場に立っていた時、辺りにいる里の皆から軽蔑の目を向けられるというものだった。

 

「何だよ…その目…」

何を尋ねても皆は何も返答してこなかった。自身に明るく接してきてくれる子供達も、気に掛けてくれていたフゲンやゴコク達も。皆向けてくるのは真っ黒な虚の目ばかりであった。

 

どこを歩いてもそうだった。向けられるのは同じ目線だけ。

 

 

そして、ようやく一人の声が聞こえてきた。

 

「…モンスターが何しに来やがったんだよ」

 

その声はとても憎悪に満ち溢れていた。それが聞こえると共に辺りから次々と同じような声が聞こえてきた。

 

「化け物が帰ってきやがったぞ…!」

 

「アイツを受け入れたと思うとゾッとするぜ…早く出て行ってくれねぇかな…」

 

「モンスターになれるなんて気持ちの悪い…!」

 

聞こえてくるのは軽蔑の声だけだった。その声を聞くたびに心臓が縛り付けられる感覚とクッキリとした孤独感に見舞われた。

 

目を向ければ辺りから次々と人が遠のいていき、自身が近づけば逃げるように離れて行った。

 

「ふむ…お主を受け入れた俺達がどうやら間違っていたようだ」

 

「全く…ギルドもなんでこんな紛い者を専属ハンターに任命したんでゲコ」

 

同じ目を向けているフゲンとゴコクがそう言い捨てながら集会所へと去って行った。

 

__何で…何で俺がこんな…!!!

 

不思議で仕方がなかった。何もしていないのになぜ自身がこんな仕打ちを。何故だ?理由がある筈だ。誰か教えてほしい。

 

「ゲンジ」

 

「…!」

 

その時だった。背後からいつも自身を励まし寄り添ってくれているヒノエの声が聞こえた。その声を聞いた途端に安心感に満ち溢れ、ゆっくりと振り向く。彼女なら何か知っている筈だ。

 

そう思っていた。

 

「…え…」

 

振り向いた途端 言葉を失ってしまった。そこに立っていたのは皆と変わらず黒く蔑みの瞳を向けるヒノエだった。

 

「貴方がモンスターだったとは…あの時助けなければ良かったですね」

 

「全くです。ヒノエ姉様」

その言葉に続くようにミノトが現れ、ヒノエの隣に立ちながら自身に同じ瞳を向ける。

 

「貴方を信用した私がバカでした」

 

更に姿が見えなかったエスラ、シャーラも現れ、同じ瞳を向けてきた。

 

「お前のような弟を持ってしまった事を酷く悔やんでいるよ」

 

「ゲン…近づかないで」

 

次々に自身に投げかけられる言葉に段々と心が縛り付けられると共に恐怖心が根付き身体が震えてきた。

 

__やめろ…やめろ…!!そんな目で見るな…!!

 

心の中ではこれは幻だと分かっていた。皆がそんな事を言う筈がない_と。だが、向けられるその目が頭の中に縛り付けられ、忘れる事ができなかった。

 

__お願いだ…そんな目を向けないでくれ…頼む…

 

何度も何度も願った。だが、皆から向けられる目線は変わらなかった。

 

その後、景色は溶けるように消え、あとはずっと暗闇の中だった。だが、暗闇の中でもその瞳は頭から離れる事はなかった。目を瞑る度に頭の中に浮き出て恐怖心が湧き上がってくる。

 

 

_なんで…俺が…。

 

 

ずっと疑問で仕方がなかった。どうして自身がこんな目に遭わなければならないんだ。

 

 

 

そして目が覚めてから自身の身体を見た時にようやく理解した。自身が異形の生物に変貌している事を。

 

◇◇◇◇◇◇

 

全てを話し終えた時にはゲンジの目は震えており、酷く怯えているかの様であった。

 

「皆がそんな事を言う筈がない…そんな事は分かってた…。だけど…起きたら…こんな姿に…。それを見てから何もかもが怖く…不安になった…。それに何度も何度も頭の中に入り込んでくるんだ…!!俺はもう人間じゃない…追い出されるかもしれない…。暴走して傷つけてしまうかもしれない………もう何もかもが嫌になったんだ…」

 

そして ゲンジはもはや耐えられないかの様な震えた声で心からの思いを口にした。

 

「もうこんな身体は嫌だッ!!俺は____

 

 

 

 

 

____今すぐ死にたい…!!」

 

 

次々と吐き出されるゲンジの思い。それは遂に死を求める程まで追い詰められていた。

その思いは屋根に激しく打ち付けられる雨の音の鳴る部屋中に響き渡る。

 

「もう嫌だ…もう…嫌だ…!!」

 

叫んだゲンジはそのまま顔を俯かせながら声を震わせた。

 

こんな姿をしているから言われてしまうのは仕方がない。認めたくないものの納得してしまうのだ。

それだけではない。人間としての自身を完全に失った上にそのキッカケが父親の打った恐暴竜の血である事を理解し父親は自身を人体実験の道具としてしか思っていなかった故に絶望してしまった。

 

 

すると

 

「ゲンジ…落ち着いてください」

 

話を最後まで聞いていたヒノエは、声を震わせながら俯くゲンジの肩に手を置き落ち着かせる様にその身体を抱き締めた。

 

「よく話してくれましたね…。それはお辛かったでしょう…」

 

そう言いヒノエは何度も何度も落ち着かせるかの様に頭を撫でた。彼の身体から感じるのは不安と恐れ。今までなんど彼はこの重い苦しみに悩まされて生きてきたのだろうか。これ程の心の傷はどんな者であろうとも耐えられるものではない上に口にもできないだろう。

 

故にヒノエは尚も震える彼の身体を抱き締めながら背中を撫でた。腹の中に溜まっている不安を全て吐き出させるかのように。

 

「安心してください…何があろうと私達は絶対に貴方を蔑むような事はしません。ね?ミノト」

 

「はい!」

ヒノエの言葉にミノトは頷くと、震えるゲンジの背中を撫でた。

 

「命尽きるまでずっとお側にいます。たとえ貴方がどんな姿になろうと…決して離れません。ずっと一緒ですよ」

 

その温かい言葉を耳にしたゲンジの目からは再び涙が溢れ出てくる。まだ溜め込まれている思いを全て吐き出させるようにヒノエは頭を撫でる。

 

「辛いなら泣いていいんですよ。外は雨が降っていますから私達以外には聞こえません。だから…安心して泣いてください」

 

その言葉によって彼の心の傷を押さえ込む鎖が一気に解かれ、ゲンジは大粒の涙を流した。

 

 

 

「ゔぁぁぁあああ!!!!」

 

 

その後 雨音の響く家の中でゲンジは子供のように声を上げながら涙を流した。人間としての自身を完全に失ってしまった事への絶望感。それを見た皆から蔑んだ目を向けられるかもしれないという恐怖感。

そして 父親から完全に愛されていなかったという悲しみ。

心の奥底に溜まった感情を全て吐き出すように。

泣き叫ぶゲンジをヒノエは強く抱き締め、ミノトは何も残らせないように背中をさすった。

 

彼の泣き叫ぶ声は雨に掻き消され同じ空間の中にいる二人以外には聞こえる事はなかった。

 

ーーーーーーー

 

未だに雨が降り止まず屋根に強く音を立てる中。

涙が枯れたゲンジは身体の力を抜き、敷いた布団の上でヒノエの身に寄り添いながら開けた窓を見つめていた。空は暗く雨も降り止む気配を見せなかった。

 

「落ち着きましたか?」

 

「あぁ…恥ずかしい姿を見せて悪かった…」

 

「いいえ。決して恥ずかしくはありませんよ。誰にだって一度は泣きたい時もありますから」

 

そう言いヒノエは肩に置かれたゲンジの頭を撫でた。

 

 

それから落ち着いたゲンジはナルハタタヒメの行方について尋ねた。

 

「俺がいない間…事態はどうなってる…?」

 

「……実を言うと…」

 

ヒノエは話す事が気まずそうにしながらもまだ生存し自身らが共鳴してしまった事と今もなおゲンジを狙っている事を話した。

 

「ミノト姉さんまでもか…。なら、早いところ見つけて討たないとな…」

 

「それよりも今は休む事だけを考えてください。ずっと貴方は闘っていたのですから」

 

ミノトの言葉と共に頬に彼女の柔かな白い手が置かれ髪を撫でた。

そんな中、先程の話についてミノトは尋ねた。

 

「今も…その目が頭に思い浮かんでしまうのですか?」

 

「…あぁ…」

それについてゲンジは頷く。二人が夢の話のようにはなる筈がない。そう思ったとしても頭の中に思い浮かんできてしまうのだ。

 

それに対してミノトはヒノエに耳打ちをする。

 

「姉様…」

 

「…えぇ」

 

自身を励まそうとしてくれているのだろうか。エスラ、シャーラだけでなくこの姉妹にも感謝の言葉しかなかった。

 

「(ありがとな…二人とも…)」

 

そう思っていた直後

 

 

 

___…え?

 

 

突然 ミノトが前に立ち、自身の両肩に手が置かれると共にゆっくりと布団の上に押し倒された。

突然と押し倒されたゲンジは驚くと同時に涙が止まる。見上げると2人の澄んだ琥珀色の瞳が揺れながら自身を見つめていた。

 

「じっとしていてくださいね…」

 

「…え…!?」

その2人の顔は初心な乙女のように赤く染め上がっていた。それに対してゲンジは涙が引っ込むと同時に顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。

 

「ちょ…ちょっと待て!何をす__むぐ!?」

 

2人の誘いを即座に断ろうとするが、それを妨害するかのようにミノトの唇がゲンジの口へと押し入りそれを妨害する。

 

「〜!!」

必死に引き剥がそうとする。だが、ミノトの舌が口内へと侵入して自身の舌に巻きつき身体中の力を次々と奪って行った。

唇を押し付ける中、ミノトはゲンジの衣服に手を掛けヒノエと共に剥がしていき呪いの痣が広がる身体を顕にさせる。

 

「ぷはぁ…」

 

接吻を終えたミノトはゆっくりと唇を離す。透明な液体がほつれると、ヒノエと共に蕩けた琥珀色の瞳をゲンジに向け、纏っていた和服に手を掛けると着物を縛る紐を解いていった。

 

白装束を縛りつける暇が解かれていき、纏っていた装束も脱ぎ終えるとゲンジとは対照的に何も刻まれていない白く美しい肌を見せた。

 

「辛い事も嫌な事も全て忘れさせてあげます」

 

「今夜は…安心して私達に身を委ねてくださいね…」

 

「!?ま…待って…!!」

 

止めようとしても二人は止まらなかった。2人の手が伸びゲンジの頭を掴むとその胸に抱き締めた。

 

その後 雨が降り屋根の音に打ち付けられる音がする暗い部屋の中で布一つ纏わず白く美しい全身の肌を見せたヒノエとミノトは幾つもの呪いを背負った彼の身体を恐れる事なく心の底から愛した。

人を殺めそうになった四肢を 侵食されてしまった顔を 血で濡れた身体を、そしてどれだけ呪いを背負おうとも里を救おうとした優しい心を。

全てを何一つ漏れる事なく2人は愛した。

 

 

「辛かったですよね…苦しかったですよね…」

 

「これからは私達が貴方を全力で支えます。…だから貴方も自身を見失わないでください」

 

そう言いながらヒノエとミノトは自身の胸に埋もれるゲンジの頭を撫でると更に力強く抱き締めた。

 

「ふ…ふたり…とも…苦し…やめて……」

 

ゲンジの止める声が胸元から聞こえても彼女達はその手を止める事はなかった。彼の頭の中にある恐怖と苦しみが消え去るまで二人は何度もゲンジの身体を愛し尽くした。

 

 

それから数十分が経過した。

 

 

2人から次々と愛情を注がれたゲンジは目を回し口元から唾液を垂らしながら上の空となっていた。

今も両側からヒノエとミノトが抱きついており、その身体が流れた汗と絡みながら密着しゲンジの理性を奪っていた。

 

ゲンジが目を回す中、ヒノエとミノトはゆっくりと起き上がると、目を回すゲンジに顔を近づけ優しい笑みを浮かべながらただ一言だけ囁いた。

 

「「お帰りなさい。旦那様」」

その後も二人はゲンジの身体を白い肌に包み込むと意識がなくなるまで彼の身体を愛した。

 

ゲンジの心の奥底に残る不安と恐怖が全て消え去るまで__。

 

ーーーーーーーー

 

 

それからどれほど時間が経ったのかは分からない。だが、知らぬ間に意識は途切れ、目覚めたときには雨雲は去り朝日が里を照らしていた。

 

「…ん?」

窓から山紫水明の里へと差し込む陽の光に顔を照らされ目を覚ます。ゆっくりと目を開けると自身の両側には同じ布団、同じ毛布を被りながら眠るヒノエとミノトの姿があった。

 

自身の手を見てみると不気味な形の痣は消えていない。やはり夢では無かったようだ。

 

すると 自身が目覚めたと同時に彼女達の閉じられた目が震えると共に目を覚ました。

 

「ふわぁ…おはようミノト」

 

「おはようございますヒノエ姉様」

 

陽に照らされながら起き上がる二人の姿を見つめた途端 ゲンジは顔を真っ赤に染めてしまう。彼女達の布一つ纏われていない美しい身体が視界に入ると昨日の出来事が鮮明に浮かび上がってしまい目が合わせられない。

けれども、それによって自身は救われたのだ。顔を向けて頬を染めながらもただ口を開く。

 

「お…おはよう……」

 

するとヒノエとミノトの優しい笑みが向けられた。

 

「「おはようございます旦那様」」

 

1週間ぶりの里で迎える朝。それはとても心地の良いものであった。

 



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気まずい雰囲気

やった…やってしまった…。

 

空気が重い。目が覚め、互いに朝の挨拶を交わした後、当たりは静寂な空気に包まれていた。

 

布団から起きたゲンジは話す二人から目を逸らし、黒い目玉をパチパチさせながら頬を赤く染めていた。

 

原因はもちろんお分かりであろう。昨夜の二人がゲンジを慰めるとはいえ、彼の静止の声も聞かず、無理矢理 衣服を脱がし性行為へと突入した。

 

それによって、女性経験皆無のゲンジはたとえ妻であるにも関わらず、どうしたら良いのか分からなってしまったのだ。

告白した日の数ヶ月間は夜中にここに連れてこられては彼女達に胸で犯されていたというのに何故慣れていないのだろうか。

いや、やはり本番行為は他とは違う。

 

その一方で

 

「ミノト。子供を作る時も昨日のようでいいのですよね?」

 

「姉様…あまりそのようなことを聞いては…」

 

「胸でするのと同じぐらい簡単でしたね。今度は私達が下に…」

 

「姉様ぁ!!」

 

ミノトも初めての行為に頬を赤く染めていた。性についての本でしか読んだ事のない行為を実際に行った事でヒノエよりも博識な彼女もどういうものか改めて認識したのだろう。

その一方でヒノエは満更でもない様子であり、ミノトに次々とその話をぶちまけ、あろう事か第二回戦の予定まで考えていた。

昨日の彼女は一体どんな気持ちだったのだろうか。

 

その話には絶対に関わらないようにゲンジは目を逸らしていた。あの悪夢はもうすっかりと消え失せており、代わりに巨大な羞恥心が自身を襲っていたのだ。

 

「(い…いやいや!俺達は夫婦なんだ…!!だから問題はないはず…)」

 

ポジティブ思考を用いて考えを正当化し苦悩を消し去ろうとする。

 

すると

「ゲンジ」

 

「ひゃぃ!?」

 

突然とミノトに呼ばれた事でゲンジは驚き身体を震わせる。見るとミノトは脱いだ白装束を肩に掛けるようにして纏いながら近づいてくる。

 

ゲンジの顔目前までくると、その頭を軽く下げる。

 

「あの…申し訳ありません…。貴方を慰めたいと思う一心で昨夜はあんな事を…」

 

「べ…べべべべべ別に別に…おお…俺は…!!(なななんて返せばいいんだ!?)」

 

その時だ。

 

「ですが…!!」

 

突然とミノトの両手がゲンジの両頬を挟むと共に下がられていた顔がヌゥと上がり琥珀色の鋭い瞳が向けられた。その目からは他者を威圧させる程のオーラも出していた。

 

「私達の“初めて”を捧げた事に変わりありません。もしも前のように自暴自棄に陥って里から出て行こうとするならば……地の果てまでも追いかけて連れ戻し…姉様と共に嫌と言うほど搾りますからね…?それと…しないとは思いますが“浮気”もですよ」

 

その言葉によってゲンジの頭の中に浮かんでいた思考が全て灰になり風に飛ばされていった。

 

「分かりましたか?」

 

「は…はい…」

 

その圧はもはや里長のフゲンを上回るのではないか?という程、凄まじいものであった。

 

「心配ありませんよミノト。浮気なんて酷い真似をこの子がする筈ありませんから」

 

「うわ!?」

その言葉と共に白装束を纏ったヒノエの腕が胴に巻きつけられると共に身を抱き寄せられた。

 

「それにゲンジは昨日の事を気にしているようですが心配しなくても私達は夫婦なんですよ。おかしい事なんて何一つありません」

 

まるで自身の心の内を読み取るかのように囁きながら青い髪を指で撫でると共に頬を擦り寄せてきた。まぁ、確かにおかしい事などない。これまで旅先で出会ったハンターの中には夫婦もいて、毎晩ヨロシクやっている話も聞いた。

 

「や…やめてくれよ…」

 

「嫌ですよ。1週間も会えなかったのですからその分堪能させてもらいます♪」

 

柔らかい頬を次々と擦り寄せるヒノエは笑顔で輝いていた。見れば若干ながらミノトも頬が緩んでいる。彼女達にとって彼と共に再び会話をする日々が戻ってきた事が何よりも嬉しかったのだろう。

 

「…私も…」

 

するとそれを見たミノトも首に手を回して身を寄せてくる。背中にはヒノエの胸が。前からはミノトの胸が押し付けられ、その胸は形を変形させながら柔らかな感触を感じさせていきゲンジの頬を次々と紅潮させていった。

 

「うぅ…」

 

ゲンジもゲンジで心配させたのは事実だと言う事を自覚していたのであまり抵抗はせず、その抱擁を受け止めていた。

 

その後、ゲンジは興奮し○○してしまいそうな気持ちを抑え込みながらヒノエとミノトの抱擁を凌ぐと、服を着替え、エスラ達の待つ自宅へと戻った。

 

 



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訪問 ギルドマスター

「うわぁぁぁん!!!よがっだぁぁ!!ゲンジぃぃ!!!」

 

朝の自宅に戻ってきたゲンジは起床したエスラに涙を流されながら抱きつかれていた。ゲンジが無事に目覚めて安心したのか、見た目を意に介す事なくエスラはその小さな頭を胸に抱き締める。

 

「お姉ぢゃんは本当に心配しでだんだぞぉ〜!!」

 

「ね…姉さん…悪かったから…苦しい…」

そう言い離れようとするも、エスラの腕がガッチリとホールドしており、離すことができなかった。

その横でもシャーラが涙を流していた。

 

「ゲン…お帰り…!」

 

「ぷはぁ…ただいま」

 

シャーラの言葉にエスラの胸から顔を出したゲンジは苦しそうにしながらも返した。

こんな身体でもエスラとシャーラは暖かく迎え、いつもと変わらず接してきてくれる。ゲンジにとってそれはとても嬉しかった。

 

それだけではない。エスラは悲しい気持ちを押し殺しながらも自身をずっと探してくれていたのだ。

 

「その…エスラ姉さん…」

 

「…ん?どうした?」

 

「俺を見つけてくれて本当にありがとうな…」

 

涙を流すエスラへ顔を向けてゲンジは笑みを浮かべ心からお礼を言った。

 

 

「〜!!!」

 

その後、興奮したエスラに十数分に渡りディープキスをされた。因みにエスラとシャーラにはまだヒノエとミノトと共に初夜を迎えた事は話していない。

 

話したら“とんでもないこと”になるからだ。

◇◇◇◇◇

 

それからゲンジはフゲン達への顔合わせのためにヒノエ、ミノトと共に外へ出ると集会所へ向かった。エスラとシャーラはトゥーク達へ報告する為に宿屋へと行ったようだ。

外へ出ると、相変わらず鍛冶屋の鉄を打つ音が鳴り響き、里の皆がせっせと働いていた。自宅へと戻ってきたのは皆がまだ目を覚ましていない明け方な為に久しぶりに皆の顔を見ると言っても良い。

 

里の皆は最初は自身の姿に驚いていたが、その後は自身の身を案じるかのように心配してくれた。

 

「大丈夫か?」「腹減ってるか?」「酒でも飲もうぜ!」

 

こんな姿になってしまった自身に気さくに接して来てくれる声が安らぎを与えてくれる。その誘いにゲンジは笑みを浮かべながら返した。

 

「また今度な。心配かけて悪かった」

 

そう言い手を振ると、彼らも手を振りかえしてくれた。

 

「ふふ。良かったですね」

 

「や…やめろ…」

隣に立っていたヒノエはいつも変わらずの笑みを浮かべながら茶化すようにゲンジの両頬へ人差し指をツンツンとつつく。

 

◇◇◇◇◇◇

 

集会所へと着くと、そこにはいつものようにゴコク、フゲン、そしてもう一人。高齢の竜人族の男性が立ち、話していた。

 

すると、歩いてくる音に気がついたのか、フゲンが大きく手を振りながら名前を呼んだ。

 

「おぉ!ゲンジよ。目を覚ましたか!……うぉ!?なんだその身体は!?それに目も!!」

 

「まぁ…驚くのは無理もない」

やはりフゲンやゴコクもその身体の見た目には驚いてしまう。それに対してゲンジは説明した。

二人は最初は驚いていたものの、話しているとそれを理解しているのか段々と納得していっているようだった。

 

「…と言う訳だ。まぁ今はアイツは眠っているがな…」

 

「成る程な…」

話の内容を聞いたフゲンはエスラからゲンジの父親に関しての事も教えてもらっていた為に彼の心情を察して背中に手を回すと叩いた。

 

「その身体になってしまったのは辛かろう。だが、重く受け止めるな。お主には罪はない」

 

その力強い声と言葉にまた一つ不安が消し去っていき、心を穏やかにさせた。

 

「ありがとな…フゲンさん」

 

「気にするな」

 

そんな中だ。ヒノエはずっとゴコクの隣に立っている小柄な初老の男性について尋ねた。

 

「里長、そちらの方は?」

 

「あぁ紹介が遅れたな。ロックラックのハンターズギルドのギルドマスター殿だ」

 

紹介されたギルドマスターは前に出ると穏やかな笑みを浮かべながら手をあげる。

 

「ホホホ。よろしゅうね3人とも」

 

「「「!?」」」

 

独特な口調で挨拶をしてくる男性に3人は驚く。ロックラックのギルドマスターといえば、タンジアの港に並ぶ程の大拠点であり、カムラの里、ユクモ村、モガの村、その他多数の地域のハンターズギルドをまとめる統括役である。

なぜそれ程の大物が里に来たのか。

 

「…なる程な」

ヒノエとミノトが驚く中、ゲンジはある程度だが、訪問してきた理由に納得しており額からは微量な汗を流していた。

それでもゲンジは恐れず丁寧な口調へと変えて話す。

 

「ギルドマスター殿の用件は分かりました。思い出す限りお話しいたします」

 

「ほほ。君は察しがいい。儂が来たのは他でもない。君の中にいるイビルジョーについて話が聞きたい」

 

髭をなでながら落ち着いた目を向けてくるギルドマスターに対して頷いたゲンジは後ろにいるヒノエとミノトに顔を向けた。

 

「二人はもう受付場に行っててくれ」

 

「で…ですが…!」

 

「大丈夫だよミノト姉さん。安心しろ」

ギルドマスターとの直々の対談にミノトは心配してしまう。それをゲンジは頭を撫でる形で落ち着かせた。

 

それからヒノエは里の受付場へ。ミノトは集会所の受付場に向かっていった。

その姿を確認したゲンジは集会所の茶の席に座るとギルドマスターに細かく自身のこれまでの経緯度を話した。

意識を乗っ取られた時の状態。意識がまだある時の状態。そしてモンスターに変化した時の状態。

 

そして古龍が現れた時以外は大概は眠っている事を。

 

全てを思い出す限りゲンジはギルドマスターへ向けて説明した。その後ろではフゲンとゴコクが見守っていた。

 

一方でミノトは前のマルバの一件の判断を下したギルドマスターを鋭い目で見据えていた。

 

 

「ふむふむ…」

 

ゲンジの話が終えるとギルドマスターは髭を撫でながらヒノエ達よりも色素の濃い琥珀色の瞳を向けると納得したのか頷いた。

 

「成る程ね。随分と前に廃止された実験が今になって成功とは…酷いものだ。辛い話をさせてすまなかったね。それに儂らギルドも管理不足だったらようだ。反省するよ…」

 

「いえ。貴方に非はありません。それにモンスターに変化できる奴を野放しにしておく方が不自然かと。いずれギルドからの訪問または実験材料としての拉致は覚悟はしていました」

 

「いやいや!そんな事はしないさ。取り敢えず君の話を聞いて一先ずは安心したよ。それじゃあそろそろ本題に入ろうか」

 

「は…!?」

 

それからギルドマスターは何故かヒノエとミノトとの話題に移り、仲の良さや子供はできたのか?という関係のない質問を次々としてきた。

 

「ほれほれどうした?話してくれよ」

 

「話す訳ねぇだろッ!!!」

 

それに対してゲンジは顔を真っ赤に染めるといくつもノーコメントで返した。

 

◇◇◇◇◇

 

その後、話し終えたギルドマスターは満足しながら腰を上げ、帰路についた。特にお咎めや幽閉といった処置はないようだ。

それからゲンジはギルドマスターを見送るべく、里の入り口前までゴコク達と共に同行する。

 

「ではゲンジよ。引き続きエスラ達と共に里の専属ハンターとして頑張ってくれ」

 

「分かっています。派遣するハンターがいないんじゃ仕方がないですからねぇ」

 

「うぅ…」

ギルドマスターの言葉に対してゲンジはこれまで里にハンターを派遣しなかった事を皮肉るかの様な言葉を返した。それに対してギルドマスターも思う節があるのか額に手を当てる。

 

「それについては申し訳なかった。なにぶん辺りに古龍の出現が多発して…いや、言い訳は言わん。それについては後で明らかにする」

 

すると、アイルーの荷車が到着した。ギルドマスターはその荷台に乗ると大きく手を振りながら去っていった。

 

その姿が見えなくなると、フゲンは手を振る事をやめてゲンジへと目を向けた。

 

「さてと…厄払いも済んだ事だ。後でヨモギとイオリにも顔を出してやれよ。お主がいなくなってからずっと落ち込んでいたのだからな」

 

「…あぁ」

フゲンの言葉にゲンジは頷くと、鳥居を潜り抜けて茶屋へと向かった。

 

 




この作品 一回 リメイクしようかと考えてます。


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温かなカムラの民

リメイクの方は完結してから書こうと思い削除しました。お気に入り登録していた方々には申し訳ない…。


ヨモギの茶屋へ着くとそこには食事の席であるテーブルを拭くヨモギとそれを見ながら団子を頬ばるイオリの姿があった。

 

その姿を見つけたゲンジは軽く手をあげる。

 

「よぅ。二人とも」

 

「「!?」」

 

気さくに放ったその声に座っていたイオリと台を拭いていたヨモギは即座に動作を停止させるとこちらへと目を向けた。

 

その瞬間 

 

「「ゲンジさぁぁぁぁん!!!!」」

 

「ぎゃぁぁ!?」

ヨモギとイオリが大粒の涙を流しながらこちらへ向けて大ジャンプしながら飛びついてきた。

 

「よがっだぁ!!目が覚めだんだね!」

 

「ずっと心配してだんでずょぉ…」

 

「ゔぉおおお!!よくぞ戻ってきてくれたゲンジくんんん!!!」

 

「やめろ!!!離れろ!!鼻水が掛かる!ていうかアンタはどこから出てきやがった!?」

 

ヨモギが頭へイオリが腹にへばりつくかのように抱きつき、次々と顔を擦り寄せて行った。その中にはどこからともなく現れたウツシの姿もあり、オイオイと涙を流しながらイオリ同様に腹にしがみついていた

 

だが、その涙は勢いが衰える事はなかった。

 

「あぁ…その…心配させて悪かった…」

 

よほどイオリとヨモギは心配していてのだろう。そう思いゲンジは二人の頭を撫でた。すると、二人はグスグスと言いながら顔をあげこちらに顔を向けてきた。未だオイオイと泣くウツシを横目にイオリとヨモギに見つめられゲンジは二人が安心するまで頭を撫でた。

 

だが

 

「「び……」」

 

「…び…?」

 

「「びぇえええええ!!!!!」」

 

「えぇええええ!?」

 

イオリとヨモギは更に涙を流してしまう。即座にゲンジは二人を落ち着かせる。

 

「うわぁぁん!!ゲンジさんどうしたのその怪我ぁぁ!!」

 

「おい落ち着けヨモギ!ていうかウツシはいつまで泣いてんだよ!?」

 

ーーーーー

ーーー

 

それからようやく二人…いや、3人が泣き止むとゲンジは茶屋の席に座らせた。

そして混乱させないようにこの痣や目について話した。

 

「…そうだったんだ」

 

「それはゲンジさんも…辛かったですよね…」

 

「いや、俺の方こそ心配かけてすまなかった」

二人は納得したのか、頷いてくれた。そしてゲンジは再びウツシを入れて3人に心配を掛けたことを謝罪した。

 

「ううん!気にしないで。またお団子食べに来てくれたらそれでいいから!」

 

「僕も同じです!またオトモ広場に顔を出してください!」

 

「またいつもの日常に戻ってきてくれて嬉しいよ!」

 

 

「…あぁ。ありがとうな」 

 

◇◇◇◇◇

 

その後、ゲンジはヨモギ、ウツシと別れるとイオリと共に加工屋へと向かう。なんでもハモンが『渡したいもの』があるらしい。

 

加工屋へと着くと、そこには相変わらず加工に徹するハモンの姿があった。

 

「爺ちゃん。連れてきたよ」

 

「来たか」

 

イオリの声を聞いたハモンは頷くと、ようやく背を向けていた身体を動かし顔を見せる。その表情はいつもと変わらず厳格であった。

 

「早速だが、お前にはこれをやる」

 

鼻を鳴らしながらハモンはゲンジの姿を見ても動じず、一つの木箱を取り出し前に置いた。それは何と武器を入れる為の木箱であった。

 

「これは…?」

 

「開けてみろ」

ゲンジは言われた通りに木箱の蓋を開けると何とそこには変わった形状の双剣があった。刃は鋭く自身を反射させるほどまで磨き上げられていた。それにその刃の色も特徴的だ。まるで…“あのモンスター”の鉤爪を思い出させる。

 

「この双剣…まさか…!?」

 

「あぁ。お前が前にマガイマガドを討伐したのを覚えているか?」

 

「確か素材も送られてきたけどいらないって突っぱねたな…」

ゲンジは最初の百竜夜行の時を思い出す。あの時、ゲンジが討伐したマガイマガドは無事に研究施設に送られ、その後、素材が送り返されてきたのだ。

だが、当時のゲンジには上位個体の素材は必要ないために受け取る事を拒否したのだ。

 

「でも、なんでアンタが?」

 

「奴の武器を作ってみたくなっただけだ。フゲンに言って譲ってもらった」

 

そう言いハモンは顔を背けながら水を取り出し喉に流し込む。この双剣はなんとあのマガイマガドの素材から作り出されていたのだ。

マガイマガドと言えばあの発火性のある鬼火や鱗粉が記憶に残っていた。つまりこの武器は『爆破』を宿しているのだ。

 

名を『禍ツ刃ノ幽鬼イステヤ』

ゲンジはその武器を取り出すと掴み、試しに振ってみる。形状がアルコバレノと異なり、刃が扇状になっている為にリーチ性能が若干ながら欠ける。だがそれに対して掴みやすいと共に刃の範囲が広くなっている。

 

「流石にマスターランク程の個体ではないから上位止まりだ。ま、お前には関係ないと思うがな。代金は後払いでいい」

 

「ハモンさん……」

 

ゲンジは武器を受け取ると、己の武器を作ってくれたハモンに対して一人のハンターとして膝を突き心からお礼を言った。

 

「ありがとうございます。この御恩は忘れません」

 

「え、なにいきなり…気持ち悪」

 

「御礼を言ってんだよクソジジイ」

 

「あはは…」

 

◇◇◇◇◇

 

その後もゲンジは里を回り、多くの皆と再会した。流石に幼い子供達には怖がられていた。コミツやセイハク達は自身の姿を見ると少しばかりか震えていた。

それはしょうがない。こんな姿を見れば精神が成長していない幼児は誰でも怯えてしまうだろう。だが、その一方で、大人は皆、事情を察してくれていた。

 

カゲロウもロンディーネも。トゥーク達も。皆々、自身の姿を忌み嫌う事はなくいつものように接してきてくれた。

 

そんな彼らと話していると、気がつけば辺りはもう日が暮れており、空が暗くなっていた。夕焼けの色を少しだけ残しつつもそこも段々と薄暗く染まっていく。

 

山々の間へ太陽が沈み込むと共に辺りから秋の虫達の鳴き声が聞こえて来た。

 

1週間ぶりに聞くその虫達の大合唱は心を更に落ち着かせてくれる。

 

「……帰ろう」

その音を耳にしながらゲンジは呟くと、話していたトゥーク達と別れ、家へと向かった。

 

ーーーーーーーー

 

家に着くと灯りがついており、何やらコトコトと煮込む音と共に窓の仕切りから湯気が出ていた。家に近づく度に香ばしい匂いが鼻の中に入り、腹の虫を刺激していった。

 

ゲンジはゆっくりと家の敷居を跨ぐ。

 

「やぁゲンジ!おかえり!」

 

「お帰りゲン」

 

本を読むエスラと腕立て伏せをするシャーラ。

 

「お帰りなさいませ。御夕飯の支度ができておりますよ」

 

「お帰りなさい。さぁ。早く上がって一緒に食べましょう!」

 

温かい料理をこしらえているミノトと食器の用意をするヒノエが出迎えてくれていた。

自身を迎えてくれたその声にゲンジは笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「______ただいま」

 

 

 




感想…お待ちしております…!!


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百竜ノ淵源編
恐怖の足跡


それから数週間が経過した。その間に事態は急変を迎えた。

 

なんとヒノエ、ミノトが再び共鳴してしまったのだ。即ち雷神龍と風神龍が舞い戻ってきたと言う事だ。

 

その事態を聞き入れたゲンジは即座に二人のいる集会所へとエスラ達と共に向かう。

 

「ヒノエ姉さん達は!?」

 

「慌てるな。今のところ治療室で安静にしておる」

 

集会所へ飛び込んできたゲンジをゴコクは宥める。ヒノエとミノトはゼンチの管理の元、静かに眠っているようだ。その後、騒ぎを聞きつけたトゥーク達も集会所へと向かってきた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

集会所にてゲンジ、エスラ、シャーラに加えてトゥーク達ユクモ村のハンターが集まると、ゴコクは話し出した。

 

「先程ヒノエとミノトが再び共鳴を起こした。じゃが驚く事にそれが何とほぼ同時じゃったのでゲコ」

 

「同時…って事は2体はもう会ってる可能性があるってことか…?」

 

「いや、恐らく今も互いを探し合っているでゲコ。じゃが、距離が近いのは間違いない」

 

ゲンジの見解にゴコクは答える。2体が出会ったしまえば交配しまた新たな雷神龍と風神龍が現れてしまうだろう。そうなってしまえば再び百竜夜行の災厄の輪廻が続いてしまう。

 

「調査隊によると地上にはまだ姿を見せておらん。そうなればどうしようも無い」

 

「ッ…!」

 

手の打ち用が無いことにゲンジは青筋を浮かべて床を殴る。

 

「もし現れたのならばすぐに依頼が出されよう。チャンスはその時でゲコ。お主の気持ちも分かる。じゃから落ち着け」

 

「あぁ…」

 

ゲンジが気にしているのは彼女達だ。共鳴が更に強く発動すれば死に至る。自身を励まし立ち直らせてくれた大切な妻を失うのは我慢ならない。故に冷静ではいられなかった。

 

「2体が出会ったとなれば百竜夜行が起こることも警戒しなければならないな」

エスラの見解に皆も頷く。

話によれば既に各地で暴風や落雷が発生し凶暴化したモンスター達が大移動を開始しているらしい。

再び『百竜夜行』が起こる可能性もある。そうなれば規模は今までの比ではないだろう。

 

「取り敢えず…奴らの行方も今のところまだ調査中でゲコ。入り次第また伝えよう」

 

その後、トゥーク達は修練場へ。ゲンジ、エスラ、シャーラはヒノエ、ミノトのお見舞いに行くべく別れて解散となった。

 

皆がいなくなった中、ゴコクはギルドからの情報と現在の里の付近の情報を見比べながら首を傾げる。

 

「でも妙じゃな。その報告が寄せられてもまだ周辺にモンスターの姿が確認されておらん…」

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

カムラの里を守る古き砦『翡葉の砦』の入り口。各地から風神龍の暴風によって追い立てられたモンスター達は必ずここを通りカムラの里へと向かって来る。

 

既に数体のモンスターがここへたどり着いていた。

 

『トビカガチ』『ナルガクルガ』『ヨツミワドウ』

 

この3体はイブシマキヒコによって追い立てられたのではなく、偶然この場に迷い込んでしまったモンスターだ。

迷い込んでしまったのならば、下手をするとこの先に興味を示して砦へと向かってしまうだろう。

 

だが、その三体は脚を止めていた……いや、虚空に向けて威嚇をしていた。

 

トビカガチは毛を逆立て、ナルガクルガは喉を鳴らしながら尻尾をしならせ、ヨツミワドウは腹を膨らませていた。

 

生物にとっての防衛本能が働き、相手を追い払う為に威嚇の体勢をとっているのだろう。

 

だが___そこには何もいなかった。

 

けれども3体のモンスター達は共通する一点を見つめたまま威嚇を止めない。いや、見れば止めるどころかその体勢のままゆっくりと後退りしていた。

 

見れば3体が見つめる先には複数の『足跡』があった。それは今まで踏み入れてきたモンスター達の足跡である。

 

獣龍種に牙獣種。多種多様な足跡が残る中 一つだけ異様な程の存在感を放つ足跡が存在していた。

辺りにある足跡を踏み潰すかの如く入り口の中央にある地面を深く陥没させて出来た巨大な足跡。見ればスタンダードな三叉の足跡であった。

 

3体のモンスターの目線はこの足跡に集中していたのだ。

 

その時だ。

 

 

『…!!』

 

 

その場にモンスター達に向けて強風が吹いた。

 

その風を身に当てられた3体のモンスター達の背筋が凍りつくと共に身体を震え上がらせる程の恐怖感に襲われ、即座に威嚇を止めた。

 

何故だかはわからない。だが、このままこの場に…またはその先に行こうとすれば

 

 

 

____喰われる。

 

3体のモンスター達の頭の中に【逃走】の二文字だけが浮かび上がり、それに従うかのように凄まじい速度で逃げていった。

 

数週間前にできたゲンジ……いや、イビルジョー の足跡。それが今もなお変わらず強大な威圧感と意思を放ち続けていたのだ。

 

しかもそこだけではなかった。各地で大移動をしていたモンスター達は限られた場所でもその足跡を発見し、威圧されるかのようにすぐに引き返していった。

 

 

 



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見舞い

前回の話でイビルジョー の足跡のくだりの所…誰か『トリコの八王かよw』って誰か知ってたらつっこんでくれよぉ…OTZ


共鳴が起きた途端 凄まじい頭痛に襲われ、その痛みによって意識を朦朧とさせてしまった。そして、一時的に眠るようにして意識を手放してしまった。

 

「…んん…」

自身の背中に感じる柔らかい感触にヒノエは目を覚ました。

気付けば先程まで集会所にいた自身は柔らかい布団にミノトと共に横になっており、その傍には聴診器を持ったゼンチと椅子に座るエスラの姿があった。

 

「おぅ!目が覚めたようだニャ!」

 

「全く…心配したぞ」

 

「義姉さん…ゼンチさん…」

 

頭を押さえながら起き上がると辺りを見回せば自身が寝ていたのは前にゲンジが運ばれた治療所であった。

自身に遅れるかのように隣で寝ていたミノトもゆっくりと目を開けた。

 

「…ここは…」

 

「治療所だぞ。ミノト」

 

「…!?お…お手数を…」

 

「気にする事はない。誰だって他の人の手を借りなければならない時はあるさ」

 

「いや…運んだの里の皆ニャんだが…」

 

そんな話をしているとエスラは自身とミノトに目を向けながら現在の体調について尋ねて来る。

 

「頭痛の方は大丈夫かい?」

 

「はい…。今のところは治りました。ですが…」

 

「あぁ分かっている。奴らが再び現れる。だから私達も準備に取り掛からなければならない」

 

「「!?」」

それならばすぐに自身達も手伝おう。そう思いミノトと共に声を上げる。

 

「では…!私達もお手伝い__いた!?」

 

「何かでき__いた!?」

 

自身も里の為に何かをサポートしなければ。そう言いかけた時に頭に小さな痛みが走る。

 

「おっと失礼。軽く叩いたつもりだったんだ。まぁ、それさえも痛く感じているならばしばらくは休んだほうがいい」

 

エスラの言葉は完全に的を射ていた。全身からは疲労のようなものが感じられる。自身にとっては然程の問題ではないのだが、

エスラの注意を素直に受け入れるしかなかった。里の為に皆のために力になりたい。そう思っていたとしても次にいつ共鳴が起きるか分からない。疲労が溜まり、その際に共鳴が起きてしまい力尽きれば皆を悲しませてしまう。

 

「本当に君らはゲンジに似ているな。アイツと同じ他人の為となるとすぐに身を顧みない…」

 

「「いやぁ…それ程でもありません」」

 

「いや褒めてないから」

 

それから自身らの心音を確認するために、服を脱ぎ、ゼンチに聴診器を当ててもらった。聴診器を胸に当てながらゼンチはその呼吸音を聞き取っていく。

 

「…ふむふむ。心音に異常はないニャ。呼吸も安定…。まぁでもエスラの言う通りしばらくは休むニャ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

自身の診療が終わると、ミノトの番となり、終わった自身は上半身の着物へ手を伸ばし着用していく。

そんな中、自身が眠っていた間に皆は何をしていたのかを尋ねた。

 

「私達が眠っている間…何かありましたか?」

 

「あぁ。まぁ軽めの集会が行われたな。今はまだ2体は地上に姿を見せないから姿を見せた時に本格的な作戦会議が行われるだろう。その後のゲンジは本当に凄かったな…」

 

「…え?」

ふと話の中に出てきたゲンジに不思議に思ってしまう。その後のゲンジは凄かったというのはどう言う意味なのだろう。まさか再び恐暴竜の思念に苦しめられてしまったのではないのか。

 

そう思いヒノエは疑問をぶつける。

 

「まさか…暴走を…!?」

 

「いやいや。そう言うことではないぞミノト。取り敢えず落ち着け」

 

ミノトを落ち着かせるとエスラは話し始めた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それは集会の終わったその後。解散となりゲンジがエスラ、シャーラと共に眠るヒノエとミノトの治療室に訪れた時であった。

 

「ゼンチさん…2人は大丈夫なのか…?」

 

「命に別状はニャいから安心して欲しいニャ」

 

そう言いゼンチは眠るヒノエ達の顔を見つめる。だが、ゼンチは深刻な表情を浮かべながら顎に手を当てる。

 

「だけどマズイニャ…。ヒノエが強く共鳴した時の体温が軽く重病の域にまで達していたニャ。今はそれ程まででもないけど…もしまた興奮したイブシマキヒコを目の当たりにしてしまえば更に状態は悪化してしまうニャ…それはミノトも同じ…」

 

「……それって…どう言う事…?」

 

声を震わせながら尋ねるシャーラにゼンチはハッキリと答えた。

 

「2人は…死ぬ…!」

 

「「…!」」

 

その衝撃的な事実にエスラとシャーラは驚くと同時に言葉を失ってしまう。

 

その時だった。

 

 

「「!?」」

 

この場を巨大な威圧感が覆った。その威圧感にエスラとシャーラは警戒体制を取ると共に身を震わせた。

 

「な…なんだこの感じ…!?」

 

「…!」

 

まるで巨大なモンスターがそこにいるかのような感覚。そしてそれは自身の横にいるゲンジから感じられた。

 

「お…おいゲンジ…!?」

 

エスラ、そして同じく振り向いたシャーラは絶句してしまった。見るとそこには漆黒に染まり上がった目を血走らせながら筋が隆起する程まで腕を握り締めるゲンジの姿があったのだ。

 

全身からは鬼人化時に現れるオーラが滲み出ており、身体中に広がる痣によってその不気味さと威圧感が高められていった。

 

 

即ち、この場を覆う威圧感の正体はゲンジだったのだ。

 

「ゲン…!!落ち着いて!ゼンチさんが耐えられないから!それにヒノエさん達も寝てるんだよ!?」

 

「…!?」

 

シャーラに肩を揺さぶられた事で怒り心頭に達していたゲンジは正気を取り戻したのか、即座に怒りを収めた。

 

すると、辺りを覆っていた威圧感が一気に消え失せて、いつもの空気へと戻る。

 

「こ…怖かったニャ…」

 

「すまん…気が立っていた」

 

緊張感が解けた事で震えていたゼンチはその場に座り込む。正気に戻ったゲンジは即座にゼンチに謝罪した。

 

ゲンジの殺意はモンスターに近い程まで鋭く、対人で発すれば訓練もしていない一般人を最悪気絶させてしまう事もできてしまうのだ。

今まで幾度かそんなことがあった。だが、今回のゲンジのこの威圧感は今までとは比にならなかった。

 

その威圧は下手をすれば鳥竜種の大型モンスター程度ならば怯ませてしまうだろう。

これは恐暴竜の力を借りた殺気ではない。純粋なる人間の身体から発せられるゲンジの怒りの込められた殺意なのだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「まるで本物のモンスターに見られているかのようだった。あれ程まで怒ったのは恐らくマルバの件以来だろうな」

 

エスラからの話を聞くと彼には相当な心配を掛けてしまっていたらしい。それに彼だけではない。他の皆にもだ。

 

「そうだったのですね…」

 

「うむ。まぁ…それほど君達の死が許せないのだろう。それに君たちが倒れた時に一番慌てていたのもゲンジだからね。ま、それも当然か。取り敢えず____」

 

すると、目の前にエスラの顔が近づけられると共に自身とミノトの頬を合わせられる。

 

「何度も言うようだが君達は風神龍と雷神龍が討伐されるまで決して無理をするな。君達にもしもの事があれば一番悲しむのはゲンジなのだからな」

 

「…」

向けられるエスラの瞳も若干ながら震えていた。彼女も自身らを凄く心配していたのだろう。そして彼女の言う通りかもしれない。マルバの時も今回の百竜夜行の時も。ゲンジは自身らが傷つけば身を犠牲にしてまで助け出そうとする。

そして先程の話からすると、自身らがもしも倒れれば彼も相当なショックを負ってしまうかもしれない。

 

そうなれば彼自身の精神にもダメージが入ってしまう恐れがあるだろう。

故にヒノエとミノトは頷く事しかできなかった。

 

だが、今の話を聞いてもう一つの懸念される事があった。

 

それはゲンジの中にいる恐暴竜の暴走または『モンスター化』である。再びあの二体が現れればゲンジは向かわなければならない。

そうなれば自我を失いながらモンスター化を果たし、更に身体の紋様が悪化してしまうかもしれない。

 

「ゲンジは…再び暴走してしまうのでしょうか…」

 

静かに尋ねるとエスラは腕を組み難しい表情を浮かべながら答えた。

 

「いや…どうだろうな。それはゲンジの意思次第だ。だが、無理やり意識を食い破られればどうしようもない。そうなれば我々が止めるしかないだろう」

 

暴走し、意識を解放された時の苦しみと後悔に駆られる彼の姿を想像すると胸が痛くなってくる。前に話した酷い夢を見せられて精神的に追い詰められるという事もあり得るだろう。そうなれば彼は更に精神を侵食され、災厄 発狂してしまう可能性がある。

 

__いや、それを止める為に自身らがいるのだ。

 

『心は皆同じ』

 

自身がゲンジに放った言葉を思い出す。彼が悲しみに襲われている時にこそ、自身らが寄り添い彼を支えなければならないのだ。

 

ミノトも自身と同じくそう思っているだろう。

 

「どうした?」

 

「…いえ」

 

首を振ると、先程のエスラの休憩を促す指示に頷く。

 

「では…今回ばかりはお言葉に甘えますね。ご心配をお掛けてしまい申し訳ありませんでした…」

 

「謝らなくて良い。あぁそれとだヒノエ、あとミノト。体調に支障がないなら修練場に行ってゲンジに顔を見せてやれ。何度も言うがずっと心配していたんだぞ?」

 

「えぇ!では、ミノト。行きましょうか」

 

「はい。姉様」

 

その後、ヒノエはミノトの手を取り立ち上がらせると、エスラと共に修練場へと向かった。

 

◇◇◇◇◇

 

その同時刻。煮えたぎる溶岩と美しい湖の洞窟が存在する神秘と混沌が交わる狩場『溶岩洞』

生物の時を止める極寒の大地『寒冷群島』

古の軌跡や遺物の残る古き狩場『大社跡』

 

それぞれの狩場に向けて巨大な古龍が接近していた。

 

それだけではない。各地にて分かれて吹き荒れていた強風と落雷が遂に同時に起こるようになってしまった。

 

 

『災厄の再来』

 

 

 

 



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各地に現る天災

ヒノエとミノトが共鳴してからおよそ1週間が経過した。その間は2人が共鳴する事はなく、休憩に専念する事ができ、見事に2人は完体に戻った。

だが、油断は出来なかった。雷神龍と風神龍がいつ現れるか分からない。その為にゲンジ達はその1週間の間は常時警戒体制を取りながら特訓に打ち込んでいた。

 

◇◇◇◇◇

 

その1週間が終わろうとする今日の夕暮れ。太陽が沈みかけ空は薄いオレンジ色に染まっていた。

 

「ふぅ…ふぅ…」

 

修練場にて鍛錬を終えたゲンジは息を吐きながら双剣『イステヤ』をそれぞれクルクルとペンのように回すと背中に背負う。

 

その身に纏う頭の装備を外すと、顔と共に流れた汗が飛散した。汗で濡れた額を2度3度振るとゲンジは双剣を握る手を見る。

 

「…(だいぶ慣れてきたな…)」

 

イステヤの形状は普通の双剣とは異なるので最初は扱い方に戸惑いはしたが、今では慣れてきており、刃の範囲が広がった事で鬼人空中回転乱舞の範囲と速度が向上していた。

 

「タオルです」

 

「あ…すまん」

 

息をついていると、ミノトが横からしゃがみ目線を合わせながらタオルを手渡してきた。

それを受け取ると顔を拭いた。

 

「あまり無理はなさらないように…休む時はちゃんと休んでくださいね」

 

「分かってる。俺も馬鹿じゃねぇ。いつ出てきてもおかしくねぇように、この1週間は休息時間を増やしてるからな」

 

タオルを拭き終え、それを肩に掛ける。ミノトはゲンジにタオルを手渡すと他の皆へとヒノエと共に渡していった。

 

ユクモ村から来たトゥーク達は完全に翔蟲の扱いに慣れたと見ていいだろう。

◇◇◇◇◇◇◇

 

その同時刻。

 

カムラの里のハンターズギルドへとてつもない報告が依頼と共に入り込んだ。

 

報告元は龍宮砦だけでなく寒冷群島、溶岩洞、更に大社跡へと派遣されていた調査隊であり、その内容を読んだゴコクは額から大量の汗を流した。

 

「こりゃ…大変でゲコ…!!」

 

ゴコクは急いでウツシを呼び、皆を招集させる。

 

ーーーーーーー

 

ゴコクからの緊急の招集を知らせにきたウツシからその話を聞いたゲンジ達は即座に集会所へと向かった。

 

集会所へ着き、皆が集まるとテッカちゃんに乗ったゴコクは普段は細く見えない目を開き鋭い瞳を向けながら招集の理由を話す。

 

「皆、急に呼び出してすまぬ。今回 集まってもらったのは他でもない。風神龍…雷神龍についてでゲコ」

 

「…とうとう現れたのか」

 

「うむ…じゃが…」

ゲンジの声にゴコクは頷くが、「それだけではない」と補足した。

 

「集められた報告書によればその他 三つの狩場にも古龍が出現しておるようでゲコ」

 

「「「!?」」」

 

衝撃の事実に皆は驚き目を大きく開きながら瞳を震わせた。古龍は普段ならば人気のない荒地や未開の土地に住んでいる。人間達の目の届く場所へ現れる事など数十年に一度程度だ。

 

だが、それを覆す情報がギルドから報告されている。

 

「まず溶岩洞には『炎王龍 テオテスカトル』寒冷群島には『鋼龍 クシャルダオラ』そして…大社跡には『霞龍 オオナズチ』が現れておるようでゲコ」

 

ゴコクの報告は皆の言葉を失わせてしまう。自然そのものと記されている古龍が現在、カムラの里の範疇である3つの狩場に降り立っているのだ。

しかも大社跡ともなればここから徒歩で行ける場所だ。行商人の通り道でもある場所へ、最も目撃例が少ないオオナズチが降り立つなど、前代未聞である。

 

大社跡の調査に同行していたウツシによると、大社跡の奥地には濃霧が発生しているらしい。恐らくオオナズチが降り立ってしまったのが原因だろう。

 

「ッ…クソ!これじゃあ雷神龍を討伐できても安心できねぇぜ…」

 

「落ち着けフルガ。まぁオオナズチは刺激しなければ人を襲う事はない。それが不幸中の幸いでゲコ」

 

「だが、いつテオテスカトルまたはクシャルダオラが大社跡に降り立つかが心配…そうだろ?」

 

「うむ」

 

ゲンジの推測にゴコクは頷く。古龍は互いを認識して呼び寄せる者も中には存在する。

特にテオテスカトルは古龍の中でも危険であり、人を見れば即座に襲い掛かる程 獰猛である。

 

それからゴコクは即座に話の軌道を持ち直す。

 

「話を戻す。風神龍と雷神龍についてでゲコ。奴らは地上に降りた際に雷神龍は地下に潜ったようでゲコ。あの時の穴を通じてな。その時…奴の卵塊のような袋の中に8つの玉が輝いていた様でゲコ」

 

「成る程…それは恐らく卵だな。そうなれば既に交配をし終えているという訳か…」

 

エスラの見解にゴコクは頷くと話を続ける。

 

「このままでは第二第三の風神龍と雷神龍が生まれてしまう…。そうなれば百竜夜行が大地を覆い尽くし里だけではない。付近のユクモ村までも壊滅してしまうでゲコ」

 

確かにそうだ。このまま再び百竜夜行が起き、カムラの里が壊滅してしまてば次の標的はユクモ村、そしてモガの村。更に砂の国の大都市とされるロックラックまでも標的とされてしまうだろう。

そうなれば人類は大きな主要都市の一つを手放さなければならない。

 

もはやこれはカムラの里 だけではない。このロックラック地方全体の存亡を賭けた闘いと見ていいだろう。

 

ユクモ村までもが標的にされる事にトゥークは怒りを露わにし、歯を食い縛る。それはフルガ、ティカル達も同じだ。

 

 

どうすれば良いのか。本来ならば龍宮砦へ今いる全ハンターを投入して雷神龍と風神龍を袋叩きにする算段であったが、3つの狩場に他の古龍が現れてしまった事でそれは不可能となった。

 

その事について、ゴコクは一つの考えを思いついていた。

 

「そこで儂は考えた。チームを分けてそれぞれの討伐に当たってもらいたいと」

 

「「「「!?」」」」

 

皆は驚く。古龍は未成熟個体でもマスターランクもしくはそれレベルのハンターでも苦戦を強いられる相手である。そうなれば厳しい闘いとなるだろう。

 

だが、これしか方法がない。

 

「やるしかねぇな…。いいか?皆」

 

「「「「…!」」」」

 

トゥークは覚悟を決めてゴコクの案に賛同し、自身の弟子であるティカル達へ目を向ける。彼女達も覚悟を決めたのか頷いていた。

 

その傍らでもゲンジはシャーラと共に手の骨を鳴らしていた。

 

そんな中 ゴコクはある事をゲンジへと尋ねた。

 

「ところでゲンジよ。お主…理性は保てるのか?古龍と会敵すれば前のように反応して奴も目覚めてしまうのでは…」

 

そうだ。ゲンジの中に潜む恐暴竜は古龍が近くにいれば目覚める。前のような事態になってしまう事をゴコクは懸念しているのだ。

それに対してゲンジは答えた。

 

「それについては問題ない。モンスター化してからアイツの声は聞こえてこん。けど…いつ目覚めるかは分からん。だからその前に奴らを討伐しなきゃならん」

 

「時間は有限…でゲコな」

 

そして ゴコクの知識のもと、それぞれに振り当てられるチームが編成された。

 

 

【溶岩洞にて炎王龍テオテスカトルの討伐または撃退にはフルガ、トゥーク、ジリス、シャーラ】

 

【寒冷群島にて鋼龍クシャルダオラの討伐または撃退にはセルエ、ティカル、リオ、ククルナ】

 

そして【龍宮砦にて雷神龍ナルハタタヒメおよび風神龍イブシマキヒコの討伐にはゲンジ、エスラ】

 

オオナズチは苦悩の末に調査隊およびウツシによる監視に留めておくようだ。あのモンスターは知能が高く、人を襲うときは命を取る事なく荷物だけを奪っていくらしい。

 

「…ん?ちょっと待ってくれよゴコクさん。雷神龍と風神龍が出るなら2人じゃなく4人の方がいいんじゃないのか?」

 

「それがのう…」

トゥークの疑問にゲンジ、エスラ、シャーラ、リオを除く皆が頷いた。

なぜ、最も危険である二体が潜む目的地にゲンジとエスラだけが向かうのか。それにもちゃんとした理由があった。

 

「簡単な話だ」

気づいていたゲンジはゴコクの代わりに説明する。

 

「撃退してからこんな短期間に完全に傷を癒す事はまず不可能。だとしたら今も手負いの状態だ。それにも関わらず奴らは交配をした。交配は人間もモンスターも変わらず大量の体力を消耗する。なら、奴らを討つには交配直後の今しかない。だから2人いれば十分。そして風神龍と一度会敵した事がある人物ならば更に容易となる。そういう事だろ?」

 

ゲンジの推測が全て的を射抜いているのかゴコクは頷いた。

 

「全くもってその通りでゲコ。ゲンジとエスラは風神龍と一戦交えておる。手負いの奴なら動きも鈍いし見切りやすい。それに対して他の古龍はピンピンしておる。そんな状態の奴に2、3人では足りないのでな」

 

その説明に皆は納得する。

そしてゴコクは両手でそれぞれゲンジとエスラの手を取る。

 

「頼んだぞ。決着をつけるときは来たでゲコ。数百年の災いへ終止符を打ってくれ…!!」

 

「あぁ。任せてくれ」

それに対してエスラは頷く。特にゲンジにとって百竜夜行を終わらせる事は自身を治療してくれたヒノエへの恩返しでもある。義理を返す為に必ず成功させなければならない。

ゲンジのその血のように赤く染まった瞳には炎が宿っていた。

 

「ここで奴らを殺し必ず里を救う…!」

 

その後、皆は解散となり、トゥーク達は宿屋へゲンジ達は自宅へと戻っていった。

 

出立は今宵の真夜中である。数百年続く災いに終止符を打つ決戦の火蓋が遂に切られたのだった。

 

 



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儀の宣言そして狩人を送る焔

『送り火』ではありません。


「もぅ…夜か」

 

空がオレンジ色の面影を無くし夜へ染まっていく中、家に帰り準備を済ませたゲンジは外に出て里の入り口である橋に出るとそこから更に暗く染まる空を見上げていた。

暗く染まる空は雲に包まれ、いつもなら見える綺麗な星々が一つも姿を見せなかった。

 

見れば里の灯籠には炎が灯されていった。

 

刻一刻と迫る決戦の時にゲンジは心を震わせる。

思い出すのは初めてヒノエに会った時に自身から放った言葉だった。

 

『百竜夜行を根絶するまで協力してやる』

 

そんな一言を放ったのが昨日のように思えてしまう。あの日からまだ半年も経っていないというのにここまで進展するとは自身でも予想し得なかった。

 

「もうすぐだ…」

 

あの時ヒノエと交わした約束をようやく果たせる。そしてそれが終われば2人は死の運命から解き放たれ………婚約の儀。

 

「…!!!」

 

突如として頭の中に現れてしまったその単語にゲンジは顔を真っ赤にさせた。婚約の儀を行う事で自身とヒノエ、ミノトは正式な夫婦となる。自身もあの2人と共にいられるのは本当に嬉しい。心の奥底が熱くなってしまう。

 

 

 

すると

 

「何がもうすぐなのですか?」

 

「!?」

 

突然と背後から声が聞こえ、その声に驚いたゲンジは即座に自身の世界から現実へと戻されわ反射的に反対方向へと大きく後退した。

 

「あらあら。そこまで驚かなくても」

 

「本当に貴方は神経質ですね」

 

その行動をからかうような声が聞こえた。見てみればそこに立っていたのはヒノエとミノトだった。

 

「な…なんでここに…」

 

「ご夕飯の支度ができたので呼びに来ました」

 

「そんな時間か…」

 

夕食の用意ができたと知るとゲンジはヒノエとミノトと共に家に向かうべく脚を進めた。

 

「それよりも先程は何か仰っていましたね。何て言っていたのですか?」

 

「べ…別に!どうでもいい話だ!ほ…ほら、さっさと行くぞ!腹が減った!」

 

「あらあら♪」

 

「むぅ…気になります」

ヒノエは先程の自身が溢した言葉について追求してくるが、ゲンジは首をふりながらそれをほのめかし、2人の横を通り過ぎた。

 

「……」

だが、なぜか心が苦しい。まるで体の中に空気が詰まっているかのように。言わなければスッキリしない。

 

『あまり溜め込むのは良くありませんよ』

 

「…!」

 

あの雨の日の夜。自身を抱きしめながら囁いたヒノエの言葉を思い出すとゲンジは決心を固め、2人に向けて身体を向けた。

 

「あら?どうしましたか?」

 

突然と立ち止まり、振り返ったゲンジに後ろから付いてくるヒノエとミノトは首を傾げる。

 

振り向いたゲンジは夜でも輝く彼女達の瞳を見つめた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん」

 

2人の名前を呼びながらゲンジは2人に向けて脚を進めて行った。一方で名前を呼ばれた2人は何故か分からず首を傾げていた。

 

そして2人の目の前に近づいたゲンジはつま先を立てて背伸びをすると自身の頭を彼女達と同じ程まで上げる。

 

 

 

そして

 

 

 

___背伸びをしたゲンジはヒノエ、ミノトの順に自身から口付けをした。

 

 

「「!?」」

口元に広がる感触にヒノエとミノトは数秒遅れてから口元に手を当て頬を赤く染めていた。

 

「ゲ…ゲゲ…ゲンジ!今のは…!」

 

「待て!!」

ミノトの衝撃のあまりに出そうな言葉をゲンジは即座に声を出して遮る。接吻を自身から初めて仕掛けたゲンジは頬を赤く染めながらも2人に目を向けると、震える口調で思いを告白する。

 

「俺は必ず2体を討伐して2人を助ける…。だからその…」

 

言葉に強みがなく、所々に弱々しい音色が出ていた。だが、その言葉はヒノエとミノトの心に深く浸透していった。

 

いや、それだけではゲンジの言葉は終わらなかった。

 

「そ…その…!!」

 

話そうとする度に口元が更に震える。ヒノエとミノトはゲンジが溜めている言葉が気になり、頬を染めながらも何も聞かずに待っていた。

 

そして ゲンジは勇気を振り絞りながら2人に向けて心から思う事を一気に吐き出した。

 

 

 

「か…___帰ったらすぐ式をあげるぞ…!」

 

静まり返る空間へと放たれたその一言は辺りに響き渡ると共にヒノエとミノトの心の中へと再び深く浸透し、そして2人の顔を真っ赤に染め上がらせると共に心の中に宿っていた共鳴への恐怖を打ち消し快晴にさせた。

 

「「はい!」」

その言葉を受け取った2人は頬を真っ赤にさせながらも力強く頷いた。

 

その後、3人は家に戻るとエスラ、シャーラと共に夕食を取り、深夜に備えた。

 

そんな中でゲンジは自身から言い出したにも関わらずずっと頬を赤く染めていた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

そしてその数時間後。薄暗かった空は完全なる闇と化し辺りを暗く染める。

 

「行くぞ。エスラ姉さん。シャーラ姉さん」

 

「あぁ」

 

「うん」

 

遂に来た出立の時。

この地域に存在しない希少種の装備『シルバーソル』を身に纏うとハモンから受け取った新たなる相棒『禍ツ刃ノ幽鬼イステヤ』を背中に背負い、準備が整ったエスラ達と共に家を出る。

 

外へ出ると先程まで灯されていなかった辺りの灯籠にも赤い焔が灯されており、風に吹かれながら揺らめいていた。

里の入り口には既にギルドの飛行艇が待機しており、数人の調査員がゴコクと話をしていた。

 

歩いていたゲンジ達は宿屋から出てきたトゥークと合流する。

 

「よぅ」

 

「おぅ。いよいよだなゲンジ」

 

「そうだな。死ぬなよ?」

 

「いきなりそれかよ…。ま、頑張るさ」

 

互いに言葉を交わしながらギルド調査員の待つ里の入り口に向かう。

 

里と鳥居を隔てる橋を渡る中、ヒノエとミノトは戦場へと赴く狩人達に向けて祈るように言葉を掛けた。

 

「皆さん。どうかお気をつけて」

 

「ご武運を…」

 

それに対して皆は頷く。

彼女達だけではない。ハンター達を見送るべくカムラの民全員がその場にいた。

 

「帰ってきたらウサ団子でお祝いしようね!」

 

「僕らは信じていますからね!」

ヨモギやイオリに続くかのように里の者達も次々と期待と励ましの声を上げ始める。

 

そして 皆を代表するかのようにフゲンが前に出るとゲンジ達へ目を向けた。

 

「金銀姉弟にトゥークとその弟子達。お主らに俺たちカムラの里…いや、このロックラック地方の命運を託す。頼んだぞ…!!そして必ず帰ってきてくれ」

 

フゲンの力強い言葉を受けたハンター全員は頷くと、自身の標的モンスターの潜む場所へ向かう飛行艇へと乗っていく。

 

ゲンジは龍宮砦へと向かう飛行艇にエスラに続き搭乗するべく脚を進めた。

 

その時だ。

 

「ゲンジよ」

 

「…?」

フゲンのプロペラをかき消す程の力強い声が響き渡り、名前を呼ばれたゲンジは搭乗する脚を止めて振り返った。

 

声を掛けたフゲンは歩み寄るとその巨大な手を肩に置いた。

 

「たとえどんな姿になろうとも、必ず帰って来い。俺達は待っているぞ」

 

「フゲンさん…」

フゲンの力強い言葉と共に後ろにいる皆も続くように声をあげていった。次々と聞こえてくる自身の帰りを望む声。その声が次々と自身の不安を打ち消していった。

 

 

すると、フゲンに続くかの様にヒノエとミノトも走り寄り、ゲンジの両手を握り締めた。

 

「ゲンジ…どうかご武運を」

 

「私も姉様も貴方の帰りを待っております。なので…必ず帰ってきてください!」

 

二人の温かい手に包み込まれた両手を見つめると、ゲンジは二人に目を向けてゆっくりと頷いた。

 

「…あぁ!」

 

そして ゲンジは皆に背を向けると飛行艇に乗り込む。ゲンジが乗り込んだ飛行艇はプロペラを回転させると辺りの草や葉を吹き飛ばしながら空へと飛び上がった。

 

いよいよ決戦の時。カムラの…いや、この地方の命運を背負ったゲンジ達ハンターを乗せた飛行艇は数百年続く災害の淵源と決着をつけるべくカムラの里の暖かい焔に見送られながら目的地へと向かっていった。

 

 

ゲンジとエスラの搭乗した飛行艇の向かうその先には風吹き荒れ雷が降り注ぐ禍々しい雲が広がっていた。

 

 



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砦に舞う風神龍

    淵源 今こそ逢着せん。

 

____対よ 対よ 大地を喰らう轟雷よ_。

 

__対よ 対よ 叢雲を薙ぐ烈風よ_。

 

______稲妻 _狂飆 ほろに毀つ。

我ら楽土が かぞいろは_

_____いざ眷属で以て 天地を治めん。

 

◇◇◇◇◇◇

 

里を立ち数時間。龍宮砦へと到達したゲンジとエスラは飛行艇から降りると砦から離れた場所に設置されたキャンプに降り立つ。既に砦周辺には不気味な黒い雲が渦巻き空を侵食していた。

ゲンジを連れ戻した時に砦を照らしていたあの青い空が嘘のように消えていたのだ。

 

「久しぶりだな。お姉ちゃんと2人だけで狩りに出るのは」

 

「あぁ。確か数年前のドンドルマでリオレイア希少種以来か」

 

火炎弾を装填するエスラに頷きながらゲンジは首を鳴らす。フィールドに続く道には翔蟲の雄の個体『大翔蟲』が浮遊していた。

 

「コイツらを通じていけばいいらしいな」

 

「そのようだ。さて、準備はいいか?」

 

「あぁ…!」

 

2人は目の前に浮遊している大翔蟲の糸を掴む。すると、それに呼応するかのように大翔蟲は砦に向かって飛んでいき、自身らも引っ張られていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

大翔蟲に引き寄せられながら砦へと到達する。そこには傷だらけでありながらも自身らを待っていたかのように空を悠々と漂いながらこちらを睨む風神龍の姿があった。

 

二人は鉄蟲糸の手を離すと、その場に着地する。

 

「久しぶりだな…!!イブシマキヒコ…!」

 

あの日ゲンジを岩の下敷きにした所業を思い出し、エスラは心の奥底から怒りが湧き上がると共に頬に筋を浮かべボウガンを構える。

 

その一方で、縄張りへと進入された事によりイブシマキヒコは怒ると共に巨大な咆哮を放った。

 

 

「グロォオァァァアッ!!!」

 

「ぐ!?」

 

その咆哮は砦で聞いた時と同じく正に風そのものであり、耳を塞がせる程の大音量と共に自身の身体を吹き飛す強風が向かってきた。

その強風にエスラとゲンジは腕で顔を覆いながら吹き飛ばされないように耐える。

 

咆哮を上げたイブシマキヒコは鋭くギョロギョロとした不気味な目玉を向けると自身らを敵と認識し、排除すべく風を纏い辺りから強風を発生させた。

その姿からエスラはあの日、砦にて会敵した時の記憶を鮮明に思い出した。

 

「まさか交配を終えてもなおこれ程の力を持っているとはな…!」

 

イブシマキヒコの傷ついても衰える事のない能力と底知れぬ体力にエスラは驚きながらもボウガンを再び構える。

 

「前のようにはいかないさ。貴様の全力に満たないその力なぞ私達の前には無意味だということを教えてやろう」

 

その銃口を向けた時だった。

 

 

突然 ゲンジが突然武器を構えながら前屈みになると脚を踏み締め、駆け出した。

 

「うぉ!?」

一人で風神龍へと向かっていった事にエスラは驚き、即座に静止の声を上げる。

 

「おい!待てゲンジ!いくらなんでも単身で古龍は危険だぞ!」

 

エスラは叫びながら向かっていくゲンジへ静止の声を掛ける。だが、ゲンジの耳にそれは届く事なく、止まらずに風を纏う風神龍へと向かっていった。

たとえ手負いだとはいえ、相手は古龍だ。不用意な攻撃は命取りとなる。

 

「グルル…!!」

 

向かってくるゲンジから発せられる気迫からイブシマキヒコはあの日、自身を完膚なきまでに叩き潰したイビルジョー と重ね合わせると怒りの声を唸らせる。

 

そして発達した巨大な前足に風を纏わせると、向かってくるゲンジを吹き飛ばすべく前へ向けて突き出した。

 

突き出された右前足は風を纏いながらゲンジへと向けて突き出されていく。

 

 

 

 

 

その瞬間_。

 

 

「ヴォォァアアアアアッ!!!!」

 

突如としてゲンジの巨大な雄叫びが響き渡ると同時に身体が回転し、突き出されたイブシマキヒコの右前脚へとぶつかるとその地点から螺旋状に回転し、指先から腕の付け根にかけて螺旋状の切り傷を刻み込んだ。

 

その切り傷からは大量の血液が飛び散ると共に紫色の爆発が切られた手先から次々と連鎖爆発していき、イブシマキヒコの腕を紫色の爆炎に包み込んでいく。

 

その爆発によってイブシマキヒコの身体を浮かび上がらせる役割をする羽衣の部位が破壊され機能を停止した。

 

 

更に腕を斬り終えたゲンジは上空へと飛び立つとイブシマキヒコがこちらを向くよりも速く、翔蟲を取り出すと今度は左前脚の付け根に向けて翔蟲を放つ。

 

「ヴォラァァアアアッ!!!」

 

再び巨大な雄叫びが響き渡ると共にゲンジの身体が回転し、今度は腕の付け根から左前脚の先端部分にかけて一直線の傷が刻み込まれ、紫色の爆炎が発生すると共に左前脚の羽衣の部位を破壊した。

 

「ギャォォォォォ…!?」

 

身体を支える為の上半身の風袋が破壊された事でイブシマキヒコは滑空する為のバランスを失い、よろける。

 

 

だが、ゲンジは斬り刻む手を止めなかった。

 

左前脚へ回転乱舞を放ったゲンジは今度はよろけるイブシマキヒコの顔へと翔蟲を放ち、速度を上げながら接近すると、再び身体を回転させる。

 

 

そして

 

「ヴォオオオオオオオッ!!!!!」

 

最大限の叫びと共に頭部から尻尾の先端部分へとかけて一直線に刃を刻み込み、頭部に生えていた角を全て破壊すると共に背中と尻尾の部分に生えている羽衣の部位を発生した紫色の爆炎が包み込みその衝撃によって破壊した。

 

「グロォアアア…!」

 

一瞬にして大量に起こった爆破と斬撃によってイブシマキヒコは喉元から苦痛の声を上げると共に風を失い地面に落下した。

 

「おぉ!?す…凄いな…!」

 

その芸当にエスラは感嘆の声を上げると、即座に武器を取り出し落下したイブシマキヒコの顔面へ向けて火炎弾を放っていく。

 

 

その一方で__

 

 

 

_ゲンジはまだ止まらなかった。

 

「今まで散々とやってくれたな…!!!」

 

辺りへと響く静かな鋭い声がイブシマキヒコへ放たれると共に尻尾の羽衣を破壊したゲンジは、なんとその場からイブシマキヒコのほぼ真上の上空へと向けて翔蟲を放ち、高度を上げていった。

 

その高度は段々と高くなっていき、遂にはイブシマキヒコの身体が視界全てに収まるまでの高さまで飛び上がっていた。

 

その高度に達したゲンジは鎧の隙間から漆黒の目の中で鋭く輝く赤色の瞳をイブシマキヒコへと向けると共に一気に急降下する。

 

「その借りを返してやるよッ!!!」

 

 

落下し次々と速度が増していく中、ゲンジは手に持つイステヤの刃の先端部分を両手で重ね合わせると身体を回転させた。

 

回転速度は次々と増していき、それと共に武器からマガイマガドの“鬼火”を思わせる紫色の炎が現れ回転するゲンジを包み込む。

 

 

 

そして

 

「ヴォオオオオオァァアアアッ!!!!!」

 

 

その場に再び巨大な咆哮が響き渡ると共に紫色の炎を纏ったゲンジは回転する先端部分の刃を倒れるイブシマキヒコの背中に向けて抉り込ませた。

 

背中へと抉り込まれた刃は回転を止める事なく刃を更に抉り込ませると共に次々と爆破を巻き起こし、イブシマキヒコの硬質なゴム状の皮を突き破ると内部にある血肉を抉り取り、辺りへと撒き散らせていった。

 

「ギャァァァァ!!」

 

イブシマキヒコの悲痛な声が響き渡る。幾多もの死線を潜り抜け鍛え上げられたその肉体から放たれる本気の斬撃は傷を負いながらも能力を衰えさせない古龍を

 

___一瞬で瀕死に追い込んだ。

 

 

 

「ヴォォラァアアッ!!!」

 

刃を抉り込ませたゲンジは最後の最後で傷口を無理やりこじ開けるかのように回転を終えたと同時に交差していた腕を一気に開いた。

 

それによって不規則に作られた傷口が更に広げられ、イブシマキヒコの皮の下にある肉や血が更に辺りへ飛び散り血の雨を降らせる。

 

斬撃が終えた時にはイブシマキヒコの目からは光が失われており、力が抜けたかのように首を落としていた。

 

「これでこの前のはチャラな」

 

その言葉と共にイブシマキヒコの地面に垂れた頭にゲンジは右脚で踏みつける。

すると 火炎弾を撃ち終えたエスラはゲンジの行動に眉を挟め、警告する。

 

「おいゲンジ!流石に突然一人で向かっていった時はビックリしたぞ!」

 

「すまんな姉さん。どうしてもコイツだけは俺がぶちのめしたかった」

 

エスラの注意にゲンジは答えながらもイブシマキヒコの頭を踏みつけながら辺りを警戒した。

 

「…さて…残るは雷神龍か。順調だな」

 

イブシマキヒコと対峙した時に恐暴竜の声は聞こえることは無かった。この調子ならば奴を目覚めさせる前に討伐を終わらせる事が可能だろう。

 

早く探さねばならない。

 

 

そう思った時だった。

 

 

「「…!?」」

 

突如としてゲンジの立っていたイブシマキヒコの地点が揺れ始める。

「な…なんだ!?」

 

ゲンジは驚き辺りを見回す。見ると自身が立っているイブシマキヒコの身体の下にある地面が少しずつだが崩れていた。イブシマキヒコが地面に倒れた時の衝撃によって既に地面に亀裂が走っており、そこからゲンジが上空から刃の斬撃を無理やり抉り込ませた事で衝撃が上乗せされ、遂に地面が耐えきれなくなってしまったのだ。

 

 

「うぉ!?」

 

その揺れる地盤は遂に粉々に砕けると巨大な穴を形成し、瓦礫と共にイブシマキヒコとその胴体に乗っていたゲンジ、そして近くに立っていたエスラを穴の中へと引き摺り込んだ。

 

「これは…まさか…!!」

穴の中へと落ちていく中 エスラはゴコクからの言葉を思い出す。

 

『ナルハタタヒメは地中に潜り姿を消した』

 

 

「なるほどな…!!」

即ち…ここからが第二ラウンドの幕開けだった。

 

 



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風と雷が交わる刻

対よ対よ__。

淵となりて狂飆なる我が対よ_。

戦に傷つきしその身…我に捧げよ_。我が淵源となりやや子を守ろう__。

 

 

対よ対よ__。源となりてやや子を宿す典麗なる我が対よ__。

我が身を喰らいやや子を護り給え__。

 

◇◇◇◇◇

 

 

地盤が崩れ、そこに広がっていたのは巨大な空洞であった。

 

その空洞の地面に向かってゲンジとエスラは落下していた。

イブシマキヒコの死体に乗っていたゲンジも空中での空気抵抗により、その身体が落下していくイブシマキヒコから離れてしまう。

 

落ちていく中でゲンジはエスラへと呼びかける。

 

「姉さん!翔蟲を!」

 

「あぁ!」

 

エスラとゲンジは翔蟲を同時に取り出すと、翔蟲を飛び立たせ鉄蟲糸を掴んだ。落下した二人の身体は翔蟲の糸に捕まる事で地面から約4メートルの位置にて静止し、何とか地面に叩きつけられる事態を防いだ。

もしもこのまま着地していれば必ず脚の骨を折っていただろう。

 

空中停止をした二人は鉄蟲糸を放し、地面に着地する。砦の地下に広がっていたのはなんともこの世のものとは思えない不気味な空間であった。

辺りは毒々しく紫色に輝く岩に囲まれており、まるであの世…『黄泉の国』を思わせる。

 

だが、その不気味な景色をゲンジとエスラは気に留める事はなかった。

そんな事に気を向けるほど…二人は余裕ではないからだ。

 

「まさか…こんな大きな巣を作っていたとはね…!」

 

エスラはボウガンを構える。

 

「コイツを殺せば終わる…!!」

 

全身に鬼人のオーラを纏いながらゲンジは双剣を構える。

 

二人の目の前には落下し、地面に叩きつけられたイブシマキヒコとそれを見つめながら浮遊するナルハタタヒメの姿があった。

やはり報告通りナルハタタヒメは地下にいたようだ。露払いを雄に任せて自身は気付かれにくいこの地下で産卵する魂胆だったのだろう。

雷袋のある股の部分には8つの球が光玉の如く輝いていた。

 

「ゴルル…!」

 

ナルハタタヒメは遂に巣にまで侵入してきた自身らに怒りを覚え、イブシマキヒコと変わらず鋭い瞳を向けながら喉を唸らす。

 

「一気に決めてしまおう」

 

「そうだな」

 

武器を構え、援護をするべくエスラは後退し、ゲンジは前屈みとなり構える。

 

「気をつけろよ…奴は雷をリング状に飛ばしてくるぞ。私が後方から援護する。奴に隙ができたら一気に叩き込め…!!」

 

「あぁ…!」

 

エスラからの忠告と作戦を耳に入れながらゲンジは双剣を握り締めると、一気に脚を踏み締めた。

 

 

すると

 

倒れていたイブシマキヒコの目に再び光が宿り、ゆっくりとその身を起き上がらせた。

 

「「…!?」」

 

突然とその身が起き上がった事でナルハタタヒメに向けて駆け出そうとしたゲンジは即座に脚を止めた。

 

「まだ生きてやがったか…!」

 

イブシマキヒコの命がまだ消えていないことにゲンジは眉を潜めると武器を構える。

エスラとゲンジはイブシマキヒコとナルハタタヒメへ警戒信号を送りながらその動きを見つめていた。

 

一方で、起き上がったイブシマキヒコは満身創痍でありながらもナルハタタヒメと同じく宙へ舞い上がる。イブシマキヒコとナルハタタヒメはその空中で互いを見つめ合いながらゆっくりと舞った。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

__その場に肉を噛み締める音が響き渡る。

 

「な…!?」

その光景を見たエスラは驚きの声と共に瞳を震わせてしまう。目の前に立っているゲンジも広がるその光景に唖然としていた。

 

 

「ゴルル…!!」

なんと空中で待っていたナルハタタヒメは自身の目の前で舞っていたイブシマキヒコの喉笛へと喰らい付いたのだ。

喉笛へと喰らい付かれたイブシマキヒコはその痛みに身体を強張らせる。だが、イブシマキヒコは何の苦しみの声もあげなかった。まるで喰われることを望んでいたかのように。

 

すると、喰らい付かれた箇所が青く発光し、その青く発光する光はまるで吸い込まれるかのようにナルハタタヒメの身体の中へと移動し、溶けるようにして消えていった。

 

イブシマキヒコの身体はナルハタタヒメの口から離されると力が抜け落ちたかのように地面に落下した。

 

 

その瞬間

 

 

「グロォオオオオオオオッ!!!!」

 

ナルハタタヒメの身体から青と金色の混じったオーラが放たれると共にとてつもない咆哮がその場に響き渡り、大地を揺るがす。

 

「ぐぅ!?」

 

「この咆哮は…!?」

 

二人は耳の中に入ってくるその咆哮に耳を塞ぐ。辺りへと響き渡るその咆哮は風のように静かに雷のように力強く響き渡る異質なモノであった。

辺りを揺らすその咆哮は雷と強風を吹き荒らし、龍宮砦全域を揺らしていった。

 

 

その咆哮がようやく鳴り止むと二人は耳から手を離しゆっくりと目の前の光景へと目を向ける。

 

「おやおや…これは予想外だなゲンジ…」

 

「あぁ…まさかイブシマキヒコの力を吸収するとはな…!!」

 

そこに浮かんでいたのは通常とは異なる姿へと変貌したナルハタタヒメであった。

全身からは金色と青の混じった美しいオーラを放つと共に腕や尻尾そして背中には風神龍と同じ青く輝く羽衣が生えていた。

 

淵となりし風神龍の力をその身に取り込み源となりし自身の力が融合した事で真の姿へと生まれ変わったのだ。

 

『百竜淵源 ナルハタタヒメ』

 

 




 


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百竜ノ淵源ナルハタタヒメ

「ゴルル…!!」

異質なオーラを放ちながら新たな姿へと覚醒したナルハタタヒメは唸り声をあげながらその鋭い瞳を自身らへと向けてきた。

 

すると、ナルハタタヒメは空中で身体を回転させ始めた。

 

「…!」

その動作はまるで鞭を振り回す際に狙いを定める予備動作の様に見えた。その動きを見たエスラは即座にその後の動きを見抜き、ゲンジへと叫ぶ。

 

「…避けろゲンジ!」

エスラはその場からナルハタタヒメから見て左に向けて走り出す。

 

その一方でゲンジもエスラと同様にナルハタタヒメの予備動作を見抜いており、彼女とは反対方向へと駆け出した。

 

その瞬間 

 

何かが叩きつけられる音と共に自身らがいた場所へとナルハタタヒメの巨大な尻尾が振り下ろされた。その巨大な尻尾は地面に叩きつけられると地盤を破壊し、巨大な砂埃と風圧を発生させた。

 

 

それだけでは終わらない。

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

雄叫びを上げながらナルハタタヒメは身体を再び回転させると尻尾を巻き戻し鋭い瞳を別れて走っていった二人の内、ゲンジの方へと向けた。

 

「やっぱり俺を狙ってくるようだな…!!」

 

風神龍だけではない。雷神龍も自身を狙っているのだ。それは風神龍を取り込んでも変わらなかった。エスラなど二の次なのだろう。

ゲンジもその事は予測していた。次に来る動きを回避するべくゲンジはナルハタタヒメの動作から目を離さず立ち止まった。

 

「何をする気だ…?」

 

その動きを警戒しながら見ていた時だった。

 

「ギャォオオオオ!!!」

ナルハタタヒメは身体を回転させ、何とジンオウガの如く遠心力を纏わせながら巨大な右前脚を自身に向けて振り下ろしてきたのだ。

 

「ほぉ…?」

イブシマキヒコでも見る事が無かったその動作にゲンジは驚くも即座にその腕が振り下ろされる位置から駆け出し回避した。

 

「ハッ!とろいな…!」

ゲンジが立っていた箇所に轟音と共にナルハタタヒメの振り下ろされた右前脚が叩きつけられ、地盤が砕かれる。だが、その動作は今まで狩ってきたモンスターの中でも遅い部類に入るものであり、回避は容易であった。

 

このように威力は恐ろしいものの、それに入る行動自体が遅いモンスターはよくいる。

恐らくナルハタタヒメもその部類に属するのだろう。

 

だが、その慢心が仇となった。

 

「ゲンジ!!危ない!!」

 

遠くからエスラの叫び声が聞こえてくる。そしてそれを聞く前にゲンジも気づいていた。

 

なんとナルハタタヒメが手を叩きつけた場所から扇状の位置が次々と金色に輝いていたのだ。輝くその地面は輝くだけではない。

 

 

 

__“稲妻も走っていた”

 

 

 

その瞬間

 

 

ゲンジが立っていた地面が輝き出し無数の雷が現れゲンジの身体もろとも閃光に包み込むとその身体を吹き飛ばした。

 

「ぐぅ…!」

 

雷を全身に食らったゲンジは吹き飛ばされながらも何とか体勢を立て直し着地する。

だが、雷をその身に受けた事で身体の所々に痺れる様な感覚が広がり全身に稲妻が走り出す『雷属性やられ』となってしまった。

 

「ゲンジ!」

 

「大丈夫だ!…ぐぅ…!」

 

全身へと走る電撃。それは身体を少し痙攣させると共に脳を揺さぶり意識を朦朧とさせた。

 

「(まずいな…このままさっきの叩きつけ受けちまえば確実に意識がぶっ飛ぶ…)」

 

ゲンジは即座に意識を統一し始める。だが、ナルハタタヒメは攻撃の手を止めなかった。

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

巨大な雄叫びをあげると再びその身体を回転させ、巨大な尻尾を鞭の如くゲンジに向けて振り下ろした。

 

「ぐ!?」

 

迫り来る巨大な尻尾の影が迫り来る中 ゲンジは身体を横に投げ、何とかその叩きつけを回避する。

 

叩きつけられた尻尾は再び地面を砕き砂煙を発生させた。

 

 

 

一方でその光景を見ていたエスラはナルハタタヒメの注意を引くべくボウガンに斬烈弾を装填する。

 

「(奴はゲンジだけを狙っている…だが、痛みは感じる筈だ…!狙いを私に変えさせることは難しいが…よろけさせることはできる…!!)」

 

ナルハタタヒメの身体に目掛けて狙いを定めたエスラは装填した斬烈弾を放つ。

 

発砲音と共に放たれた斬烈弾はナルハタタヒメの身体に突き刺さるとその中に込められている破片が飛び散りナルハタタヒメの身体へと突き刺さった。

 

「グルル…!?」

 

次々と自身の尻尾や胴体に突き刺さる感覚にナルハタタヒメは違和感と共に痛みを感じ、ゲンジに向けて再び振り下ろそうとした腕を止める。

 

 

「ゲンジ!私が注意を引く!その隙に回復しろッ!!!」

 

ゲンジに向けて呼び掛けながらエスラは斬烈弾を次々と撃っていく。更にエスラは攻撃する中、ナルハタタヒメの身体に突き刺さる斬烈弾の音からそれぞれの部位の肉質の柔らかさを聞き分けていたのだ。

 

「貴様の弱点はその雷袋の様だな…!!」

 

「グルル…!!」

その言葉が正に的を射ている様に雷袋に集中的に無属性の斬烈弾が放たれ、破片が飛び散り突き刺さっていくとナルハタタヒメは苦痛の声を漏らしていった。

 

ナルハタタヒメは反対方向に逃げたゲンジを追いかけていったため、エスラとは距離がある。これ程の距離ならばたとえ身体の打ちつけだろうと雷属性攻撃だろうとエスラが見切るのは容易いだろう。

 

すると、次々と放たれていく弾丸にさすがのナルハタタヒメも警戒の的を変更すべきと判断したのか、手を泳がせながら方向転換するとその不気味な目玉をエスラへと向けた。

 

◇◇◇◇◇

 

 

エスラからの連続射撃を放たれたナルハタタヒメはその痛みに身体を唸らせる。

 

隙が生まれたと共にゲンジ即座に回復薬を取り出すと、飲み干した。回復薬一瓶が喉を通り、身体に安らかな感覚を与えてくる。

 

「…よし…!!」

 

体力を完全に回復したゲンジは武器を構え、エスラの方へと向かおうとするナルハタタヒメへと目を向けた。

 

 

 

その時だった。

 

 

「グロォオオオオオオオッ!!!!!」

 

変貌を遂げた時と同じ…いや、それ以上もの激しい咆哮が響き渡り辺りを振動させた。

 

「ぐぅ!?」

 

その咆哮によってナルハタタヒメ付近にいたゲンジはもちろん、遠くに立っていたエスラでさえも耳を塞いでいた。

 

そして 咆哮を放ったナルハタタヒメは地下の中央の部分へ向けて飛ぶと、その身体が青と金色の色彩が混ざったオーラを放ちながら輝き始めた。

 

すると

 

 

ゴゴゴゴゴゴ…!!!

 

その咆哮に呼応するかのように地面から地響きと共に何と雷を纏った3本の巨大な黒い柱が出現した。

 

その黒い柱はエスラはもちろん、ゲンジも即座に正体を見抜く。

 

“撃龍槍”だ。古の時代に古龍の腑を抉るために使われていた砦の主要な設備をナルハタタヒメは電気を用いて掘り出したのだ。

 

「おいおい…兵器を掘り出すなんざ初めてだぞ…!?」

 

本来ならばモンスターに用いる兵器をまさかモンスター自身が掘り出し、武器として用いるなど、ゲンジにとっては創造がつかなかった。

それはロジカルシンキングが得意なエスラでもだ。

 

激竜槍を掘り出したナルハタタヒメはゲンジにもエスラにも目を向けることなく、地面に向けて口を開けると、口内から金色に輝く電気の塊を吐き出した。

 

その塊は地面に落ちると何と接着剤の様に付着した。

 

「何だあれは…?」

 

激龍槍に続いて体内から雷の様な球体を吐き出した事にゲンジとエスラは不思議に思いながらも警戒を解かない。

 

 

その瞬間

 

 

 

___「「…!?」」

 

 

ゲンジとエスラの身体が引き寄せられた。まるで無理矢理防具を掴まれ引っ張られるかの様に。

 

「な…!?まさかこいつ…!?」

 

ナルハタタヒメの吐き出した巨大な雷の球は何と磁気を纏っていた。その球の周囲に磁場が存在しており、それによって金属が含まれる装備が引っ張られているのだ。

 

装備には必ず何かしら金属が含まれており、それによって二人の身体は引き寄せられているのだ。

 

 

それだけでは終わらない。

 

「ギャァオオオッ!!!!!」

 

雄叫びと共にナルハタタヒメが掘り起こした撃龍槍が何とナルハタタヒメを中心に次々と回り始めたのだ。

 

「姉さん!!」

 

あれに当たってしまえば確実に巨大なダメージを負ってしまう。ガンナーであるエスラは防御力が格段に低い為にゲンジは彼女へ注意を呼び掛けるべく目を向けた。

見れば彼女は岩が鋭利に尖った部分へと捕まることでその吸引を回避していた。

 

だが、ゲンジが立っていた場所は不幸な事に掴む箇所など存在していなかった。

引き寄せられたゲンジは身体のバランスを保つ事が出来ない故に次々とその身体が引き寄せられていく。

 

「ぐぅ…!?」

 

押し止まっても止まる事のないその吸引にゲンジは成す術がなかった。それに加えて目の前には回転する撃龍槍が迫ってきていた。

 

 

その瞬間 防具が鉄に叩きつけられる様な音が響き渡ると共にゲンジの身体が撃龍槍によって吹き飛ばされる。

 

「ガハァ…!」

 

「ゲンジ!!!」

エスラの叫び声が聞こえる中 吹き飛ばされたゲンジはその衝撃によって体勢を立て直す事ができないまま撃龍槍が描く軌跡の内側に落下した。

 

 

「ぐぅぅ…!!」

身体に来る痛みを押し殺しながらもゲンジは立ち上がる。幸いにも身体を吸引させられる感覚がもう消えており、見ればナルハタタヒメのほぼ真下に設置されていた磁気の塊が消え去っていた。

 

「ッ…!結構驚かせてくれたが…今度は俺の番だ…!!」

 

この位置にくれば撃龍槍はもう襲ってくる事はない上に吸引する磁気の塊もない。

ゲンジは逆転チャンスと思い背負う武器へと手を掛けようとした。

 

 

 

 

 

__だが、それがナルハタタヒメの狙いだったのだ。

 

 

 

その瞬間 ナルハタタヒメは再び自身の真下へと口を向ける逆さ吊りの様な態勢を取った。

 

すると 尻尾の先端から雷が迸り、それが口の先端部分へ伝わると光り輝く小さな雫の様な物体が口内から吐き出された。それは吐き出されたと同時に音を立てる事もなくゆっくりと地面に向けて落下していく。

 

 

「…!!」

 

それを見たエスラは最大限の警戒を抱き、付近に立つゲンジに向けて叫んだ。

 

「___!!!!!」

 

 

だが、その叫び声は即座に地面に落ちた雫の音によって掻き消された。地面に着地し、その雫が弾けた瞬間 地下空洞の内部全体を巨大な閃光が照らし、付近にいたゲンジと遠くに立っていたエスラを完全に飲み込んだ。

 

 

 



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空を駆け抜ける彗星

二つ目の投稿です!!


溶岩洞。それは萎えたがるマグマが溢れ、生物の生存競争が絶えない危険な地である。そしてそれを忘れさせるかのような透き通った地下水が沸き上がり、鍾乳石の広がる美しい洞窟も存在しており、まるで二つの世界が入り混じっているかのようであった。

 

◇◇◇◇◇

 

ゲンジ、エスラがナルハタタヒメと交戦していると同時刻。

 

混沌なる場所にて、テオテスカトルの撃退に向かっていた4人はマグマの溢れ出るその奥地にて目標であるテオテスカトルと遭遇し、現在は交戦状態となっていた。

 

その状況はなんと完全なる優勢状態であった。

 

その理由は簡単だ。テオテスカトルの頭をフルガが滞在中に作成した氷属性のハンマー『ゴシャガベチャ』を叩きつけ、シャーラが水属性の双剣『つるぎたち研刃の切耶』を振り回しながら回転斬りを放ち、トゥークがスラッシュアックスの属性解放斬りを突きつけ、ジリスの太刀による兜割が炸裂するという正に袋叩き状態へとなっていたからだ。

 

 

「グォオオオオオオオ!!!」

四方八方から襲いくるその攻撃にテオテスカトルは怯むと共に巨大な咆哮をあげながら怒り状態へと移行した。

するとテオテスカトルの全身が紅く発光すると共に不思議な鱗粉が溢れ出た。

 

「来たよ!気をつけて!」

 

「「「了解!!」」」

 

シャーラの注意掛けに皆は頷くと更に攻撃を仕掛ける。

 

テオテスカトルの怒り状態となった時は全身から爆破の鱗粉が溢れ出るのだ。この鱗粉は多少の動作でも辺りにばら撒かれ、それに触れれば爆破やられ状態となってしまう。

この爆破やられ状態は何度も地面に身体を擦り付けて鱗粉を揉み消せば解除できる。だが、もしも解除できず攻撃を喰らってしまえば鱗粉が爆発し、通常よりも更なるダメージを負ってしまうのだ。

 

テオテスカトルの全ての動作にはその粉塵のばら撒きが伴う。

 

だが、四人は決して怯む事はなく、寧ろ更に接近しながら攻撃を加え【爆破の鱗粉なんのその】のようになっていた。

 

「ひゃっハァァァァ!!爆破の鱗粉撒いたって無駄だぜぇ!!!テメェに対抗する為に今あるスロットを全部『耐爆珠』に注ぎ込んだからなぁぁ!!」

 

そう叫びながらフルガは更にゴシャガベチャをテオテスカトルの顔面へと叩きつけ、シャーラも双剣を振り回していった。

フルガだけではない。他の3人も同じだ。全員が耐爆珠を空きスロットに埋め込んでおり、爆破やられを完全に無効化していた。

 

チーム分けをされた直後にゴコクからテオテスカトルの爆破状態について聞かされた4人はすぐさま耐爆珠をハモンに頼み、そのスキルレベルが最高に達するまで埋め込んだのだ。

 

「皆!爆破やられは無効化できても爆発はダメージを受けるから気を付けて…!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

シャーラの警告に皆は答えながら次々と攻撃を放っていく。相手が凶暴な古龍とはいえ、多大なる連続攻撃は確実にテオテスカトルの体力を奪っていった。

 

「ゴルル…!!」

 

すると 迫り来る攻撃の嵐にテオテスカトルはスタミナが尽きそうになってきたのか、唸り声をあげると、翼を羽ばたかせ、風圧を発生させるとその場から飛び上がる。

 

「…!待ちやがれ!」

 

飛び去っていくテオテスカトルをフルガが即座に追っていき、その後にシャーラ達も続いていく。

 

 

そんな時だった。

 

「_ん?」

 

前を走っていたフルガが空を見上げながら突然立ち止まった。

 

「どうした?」 

 

「いや師匠…こんな曇ってるのに…“彗星”ってみえるんだな…て思って…」

 

 

「「「?」」」

 

トゥークの質問に対しフルガが溢した言葉に皆は首を傾げながら同じように空を見上げる。

 

今いる地点では天井が大きく崩れており、そこから広大な夜空を見上げる事ができた。

 

「…なにあれ…?」

 

その空を見上げたシャーラは声を漏らすと再び目を凝らしながらよく見る。

 

雷神龍と風神龍の影響によって暗い雲に覆われた夜空。美しい星々を覆い隠すその夜空には_,

 

 

____赫い軌跡を残しながら空を駆け抜けていく彗星が輝いていた。

 

 

後に寒冷群島にてクシャルダオラ撃退に乗り出していたハンター達もその彗星を見たという。

 

 



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決着の時

ナルハタタヒメが地上へと溢した一粒の雫は地面に落ちると巨大な爆発と共に閃光を発し、ゲンジとエスラを飲み込んだ。

 

その閃光は地下空洞全体を自身もろとも飲み込むと共に着弾した地面に向けて巨大な衝撃波を放った。

 

衝撃波が止まり、閃光がゆっくりと収まってくると、ナルハタタヒメは自身の領域を侵した侵入者の生死を確認するべくその場へ目を向けながら浮遊した。

 

 

「ゴルル…」

 

唸り声を上げながらその鋭い視覚で閃光が晴れていく地面を見つめる。

 

青と金色の混ざった眩しい光が段々と晴れていくと そこには地面に倒れ臥すゲンジとエスラの姿があった。

その身体からは正気は感じられず、何の動きも見せずただ大地に伏していた。

 

“邪魔者は消えた。ようやくやや子を産める”

 

ナルハタタヒメは地上へと降りると、卵塊を温めるべくその身体を地面に下ろす。

 

亡き自身の対であるイブシマキヒコから授かりし遺伝子が自身の中で卵となり産声をあげようとしていた。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「く…ククク…!!!」

 

奇妙な笑い声がその場に聞こえてくる。まるで何かに興奮するかのように。

見るとうつ伏せに倒れていたゲンジの四肢が動き出し、両腕が地面を掴むと倒れていたその身体をゆっくりと起き上がらせた。

 

「フフ…。私とした事が…。里に来てからG級クエストを受けていないからウッカリと忘れていたよ。この“感覚”を…!!」

 

ゲンジだけではない。付近にいたエスラも同じく薄ら笑いを浮かべながら立ち上がった。

 

「この感覚は火山でG級のブラキディオスとやりあった時以来だ…!!」

 

「私はヒューム殿と共に狩った金火竜以来だね…!!!」

 

聞こえてくる言葉と共に二人の身体からは異質なオーラが滲み出ていた。

それは常人は持ち合わせていないG級ハンター特有の『真の強者』としてのオーラであった。

ゲンジとエスラは忘れていたのだ。自身らがマスターランクもといG級モンスターと闘い__

 

 

___“楽しんでいた頃を”。

 

ゲンジはもちろん エスラも久方ぶりに本気の本気を出すのだ。

 

その目を見たナルハタタヒメの脳内から危険信号が発信され身体が勝手に反応し、即座に風袋へと風を集めて身体を浮かび上がらせる。

 

 

その瞬間 再びその場所が閃光に包まれた。

 

「…!?」

 

その閃光はナルハタタヒメが起こしたモノではない。突然と目の前が光り始めた事で直視していたナルハタタヒメはその光に目を焼かれ、その場で混乱するかの様に目を回す。

 

その時だった。 

 

 

突如としてナルハタタヒメの左前脚が爆発する。

 

「!?」

 

虚空から爆音と共に赤い火花と炎が破裂し、その左腕を包み込む。見るとナルハタタヒメの左腕に向けてエスラは煙が出ている銃口を向けていた。

 

「ハッ!閃光玉からの徹甲榴弾だ。お気に召したかな?」

 

「グルル…!!」

ナルハタタヒメの腕の部位を破壊したのはエスラの放った『徹甲榴弾』であった。着弾した瞬間に中に含まれている強力な爆弾が音もなく散らばり、爆発した事でナルハタタヒメの左前脚の羽衣を破壊したのだ。

ナルハタタヒメは空中を飛行する際に風袋を活用していた為に爆発と同時に風が漏出してしまい、空中で浮遊するバランスを崩してしまった。 

 

空中にてよろける様子を見たエスラは叫んだ。

 

「さぁ…今がチャンスだ!やれ!!」

 

その力強い声が地下空洞の中に響き渡った直後。

 

 

ナルハタタヒメの目の前から糸を出す翔蟲が飛び出し、ナルハタタヒメの右前脚に付着する。

そしてその糸に引かれながら漆黒の瞳を向けたゲンジが姿を現した。

 

「ヴォラァアアアアアアア!!!!」

 

獣の様な叫び声を上げながらゲンジは翔蟲を回収するとその場から身体を回転させ、ナルハタタヒメの右前脚から腕の付け根に掛けて鬼人大回転乱舞を放ちナルハタタヒメの腕を滑る様にして一筋の傷を刻み込んだ。刻まれていくその傷はイブシマキヒコの時とは段違いに深く、更に遅れる様にして爆破属性が発動し、風を蓄える羽衣を破壊した。

 

「ギャォォォォォ…!!」

両腕の風袋が破壊された事で空中で停止していたナルハタタヒメの身体のバランスが崩れ、更に大きくよろけ始める。

 

「まだだ…!」

その動作が始まったと同時に空中に飛び上がったゲンジは歯を軋ませると即座に2体目の翔蟲を取り出し、今度は尻尾の先端部分から背中に向けて回転乱舞を放った。傷をつけていくと共にナルハタタヒメの背中に生え揃う無数の触手が次々と切り落とされていった。

 

さらに紫色の鬼火爆発が後から続く様に爆発し、刻まれた傷へ更なる苦痛を与えていく。

 

 

「ギャァオオオ!!!!」

発電機関である背中の触手が斬り落とされると共に傷口を更に抉る爆発の痛みにナルハタタヒメは苦痛の声を上げる。それによって風袋から蓄えていた風が漏出してしまった。

 

ナルハタタヒメは磁力を利用して、浮かんでいたが、エスラ達が立ち上がった時は流石に動揺していたのか飛ぶ力が風袋に依存していた為に身体を浮かび上がらせる事ができなくなってしまった。

 

その結果 ナルハタタヒメの身体が空中から巨大な音を立てながら大地に落下した。

 

 

「よう…。さっきは随分と驚かせてくれたな…!!!」

 

それを見据えるかの様に上空からは回転斬りを放った直後に翔蟲を扱い更に飛び上がったゲンジの声が響き渡ってくる。

怒りと興奮が交わったその声が聞こえた瞬間 顔を横倒しにしていたナルハタタヒメのそのギョロついた目玉が上空からこちらを睨むゲンジの姿を捉える。

 

その姿を見た瞬間 ナルハタタヒメは恐怖で全身が震え上がった。

 

こちらに向かってくるゲンジの背後には__自身を喰らおうとした“恐暴竜”の姿が見えていた。

そして防具の隙間から睨むその黒い瞳は正にその恐暴竜のモノと同じであった。

 

 

「もっと楽しませてくれよ…!!!!」

 

その言葉と共に超巨大な鬼人オーラを纏ったゲンジの身体が獲物を踏み潰すイビルジョー の如く急降下してくると空中で一回転し、ナルハタタヒメの首元へと着地する。

 

 

着地したゲンジはゆっくりと双腕を振り上げた。

 

その瞬間 

 

 

「ヴォオオオオアアアアアッ!!!!!」

 

 

腹の底から巨大な咆哮を放ちながら手に握るイステヤをナルハタタヒメの首元へ向けて縦横無尽に振り回した。

 

スタミナを無視した無限に放たれるその斬撃の嵐は紫色の残像を残しながら次々とナルハタタヒメの首元を斬り刻み、ゴム状の皮を打ち破ると血と肉を貪るかの様に穿り出し辺りへと撒き散らせていく。

それだけではない。イステヤ特有の鬼火爆発が途切れる事なく発動し露出したナルハタタヒメの肉から身体の内部を焼き尽くしていった。

 

 

「ギャォオオオオ!!!!」

 

次々と首元に伝わる斬撃と爆破による火傷にナルハタタヒメは苦痛の叫び声を上げる。

 

 

その一方でゲンジは止まらなかった。

 

「ラストスパートだ…!!」

ゲンジが次々と乱舞を放っていく中、エスラも負けじとボウガンを構え、ナルハタタヒメの両前脚へ向けて次々と貫通火炎弾を放っていった。

 

首元から伝わる斬撃と爆炎。そして両腕の内部を突き刺さす灼熱の痛みと熱さにナルハタタヒメは起き上がることも出来ず、ただ叫び声を上げることしかできなかった。

 

 

ゲンジは一心不乱かつ全ての力を出し切るかの様に乱舞を放つ。

 

“止まるな…!!止まるな止まるな止まるな…!!!!”

 

何度も心に叫びかけながらゲンジは双剣を振るう。次々と爆破属性が炸裂していき、まるで幾重にも集まった蓮華のように次々と爆破の華を乱れ咲かせていった。

 

「これで決める…!!」

 

ゲンジは乱舞の手を止めると最後の力を振り絞りながら二つの双剣を持つ手と刃を重ね合わせた。

二つの剣と共にオーラも重ね合わされた事でそのオーラは更に激しさを増していく。

 

 

里を苦しませてきた災いの元凶。このモンスターによって百竜夜行は起こり、イオリやヨモギといった幼い子供達は闘う運命を背負わされた。更に、自身の愛するヒノエとミノトを苦しませた存在でもあった。

 

 

里へ来たばかりの時はこの里が滅ぼうが滅ばなかろうがどうでもよかった。自身には関係ない。ただ、ヒノエへの借りを返せればどうでもよかった。

 

 

 

だが、今は違う。“コイツを殺し里を…そしてヒノエとミノトを救いたい”ッ!!!!

 

 

「…!!!」

重ね合わせた双剣を両手で握り締めると、ゲンジはゆっくりと右脚を後退させ、双剣を構えた。

 

 

数百年間 正体が明かされる事の無かった災害。

今こそその大いなる災いへ終止符を打つ時…ッ!!!!

 

 

 

そして

 

 

 

「ゼィヤァァアアアアアッ!!!!!!!」

 

 

ゲンジは重ね合わせたその双剣を渾身の力と共に振り回した。

 

その振り回しは風神龍の力を吸収し、百竜夜行を巻き起こし淵源へと成ったナルハタタヒメの命を____

 

 

 

______刈り取った。

 



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絶望の星

ゲンジの大一振りがナルハタタヒメの首を斬り裂き血を撒き散らせると共にナルハタタヒメの首がゆっくりと大地に倒れ、不気味に輝くその目からは光が失われた。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!!」

ナルハタタヒメの首が倒れると、ゲンジは双剣を仕舞うと同時に激しく呼吸をした。

あの技はモンスターに絶大なダメージを与えることが可能だが、それに対してスタミナを無視し、身体機能を限界以上にまで使うためにその後の反動が大きいのだ。

失敗すれば即座にモンスターの反撃に合う諸刃の剣ともいえる。

 

ゲンジは呼吸を整えると、その場から降り、ナルハタタヒメの目の前に立つ。

 

「…」

 

口を開けながら倒れるその姿からはもはや正気は感じられなかった。口内からは四つに分かれた細い第二の口が重なる様にして垂れていた。

 

「終わった…のか…?」

 

「その様だな!」

 

ふと溢した言葉に後ろに立っていたエスラが笑顔で答えながら背中を叩いてくる。

 

「やったなゲンジ。これでヒノエとの約束を果たせるな!」

 

「…あぁ。そうだな」

 

ようやく終わったのだ。カムラの里を数百年間恐怖に縛り付けていた災害…ヒノエとミノトを苦しめていた存在を。

 

「さて、帰って祝杯をあげるとしよう。トゥーク達もそろそろ撃退できている頃合いだろう」

 

エスラの言葉に頷きながら翔蟲を取り出すと、外へ続く大穴へと目を向ける。地上までやや距離があるものの、翔蟲に捕まりながら飛べば楽々と出られるだろう。

 

だがこの時二人はある違和感を感じていた。

 

「…なにか引っかかるな」

 

「あぁ」

 

それは空が一向に晴れないことだ。見上げれば暗雲が未だに立ち込めており、その中の中心にある黒い渦に雲が次々と吸い込まれていくという禍々しい景色が今も尚広がっていたのだ。

 

古龍の力は天候へも影響を及ぼす。この空も風神龍と雷神龍の二体の力によって作られた。ならばその古龍の命が終わればこの禍々しい雲が晴れていく筈だ。

それは未だに晴れる様子を見せなかった。

 

 

 

その時だった。

 

「ゴルル…!!」

 

「「…!?」」

 

突如としてゲンジとエスラの背後に倒れていたナルハタタヒメの身体から唸り声が聞こえる。

二人はその声を耳に捉えた瞬間 驚きながら振り返った。

 

見るとそこには何と力尽きた筈のナルハタタヒメが身体をよろけさせながらも立ち上がり、浮かびあがっていたのだ。

 

「グロォオオ…!!」

 

天井に空いた巨大な穴の向こうに広がる空に向けて放つその咆哮はもはや咆哮ではない。ただの遠吠えであった。

 

 

遠吠えを放ちながらナルハタタヒメは身体を浮かび上がらせると、そのまま空に向かって飛び立とうとした。

 

「まずい!奴が逃げるぞ!」

 

「あぁ!!」

エスラの声にゲンジは頷くと、二人は翔蟲を取り出し、ナルハタタヒメの力なく垂れ下がる尻尾に向けて放つ。

 

 

放たれた翔蟲はナルハタタヒメの揺れる尻尾へと着地する。そして、それに引っ張られるかの様にゲンジとエスラはその尻尾へ到達すると、垂れ下がる触覚を掴む。

 

その一方で、ゲンジ達が自身の尻尾に付いている事をナルハタタヒメは何も止めなかった。まるで生き残る事にのみ焦点を当てているかの様に。

 

故にその身体は次々と天井の大穴へと向かって上昇していた。このまま何も仕掛けなければ自身らもろともこの地域から去っていく事態となってしまう。

 

「ぐぅ…!!姉さん!穴からでたら地上から援護射撃を頼む!!」

 

「了解だ!ゲンジはどうするのだ!?」

 

「俺はこのまま奴の背中に移って鉄蟲糸で身体を固定しながら奴を削る!」

 

咄嗟に考えたその作戦にエスラは汗を流しながらも頷き、了承した。

 

「分かった…。だが、決して無理はするなよ!」

 

エスラが頷くと、ゲンジも頷き、その場から登って行き、背中へと向かっていった。

 

次々と背中に何かが登ってくる感覚を感じてもナルハタタヒメの上昇する動きは止まらない。

そして、遂にその巨大な身体は地下空洞の巨大な入り口に到達し、くぐり抜けた。

 

「よし…!」

 

地上へと出た事でタイミングを見計らったエスラはその場から空中へと身を投げると、翔蟲を扱い、地上へと着地した。

 

そして、上昇していくナルハタタヒメの身体に向けて次々と火炎貫通弾を撃っていく。

 

「…!!」

 

放たれていく弾丸全てはナルハタタヒメの身体に着弾していき、傷を与えていくが、それでもナルハタタヒメは上昇する速度を緩めたりはしなかった。

 

「クソ…!何という執念だ…!!」

 

宿した子供を産むまで絶対に死にきれないのだろう。この世にはもう対は存在しない。そうなれば子孫繁栄の方法はただ一つ。残ったやや子を産むに他ならない。

ナルハタタヒメにとっては宝物なのだろう。

 

だが、それが人間にとって脅威となる。

 

「早く落ちてくれ…!!」

 

心にそう強く願いながらエスラは第二陣を装填し、銃口を向けた。

 

その時だった。

 

「…え…?」

エスラは思わず射撃の手を止めてしまう。

 

「なんだ…あれは…?」

 

銃口を向けるその先に広がる空には赫く輝く彗星が飛んでいた。

突然と何処からともなく現れた謎の彗星はとてつもない速度で赫い軌跡を残しながら龍宮砦を旋回していた。

 

すると、旋回していたその彗星は一瞬だけ輝くと共に軌道を大きく変更し、こちらに向かってきた。

 

いや、自分の方向ではない。別の地点に向かってだ。だが、その軌道上にはナルハタタヒメがいた。

 

「ま…まずい!!!」

 

それを見たエスラは即座に上空にいるナルハタタヒメの背中にて鉄蟲糸を縛りつけるゲンジに向けて腹の底から声を出し叫んだ。

 

 

「ゲンジィ!!!!!今すぐ離れろぉおおおおおおお!!!!!」

 

だがもう間に合わない。

 

その瞬間 ゲンジとナルハタタヒメの身体が空から飛来した彗星に衝突し、龍宮砦の崖に叩きつけられると共に赫い爆炎に飲み込まれた。

 

 



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奇しき赫耀の乱撃

深夜を通り過ぎてもなお、暗い夜に包まれるカムラの里では皆は眠りにつかず、ゲンジ達の勝利を祈っていた。

そんな中、集会所に待機していたゴコクの元に2羽のフクズクが降り立った。

 

「…ん?新しい情報のようでゲコな」

 

その2匹は溶岩洞と寒冷群島に行くチームに託したフクズクであった。見ればその脚には情報が記された紙が縛り付けられていた。

 

ゴコクはそれを取り出し黙読する。内容はテオテスカトル、クシャルダオラの撃退に見事に成功したという何とも喜ばしい情報であった。

 

 

「ふむふむ…。まずはひと段落でゲコな」

 

だが、次の盤面を読んだ瞬間 その安心感は一瞬にして消え去った。

 

「…!!」

双方の報告書の最後に書き記されていたのは全く同じ内容であり、それを読んだゴコクの細い目が限界まで開かれた。

 

「こりゃ大変でゲコ…!!」

 

即座にゴコクは返信の文面を書き記し、2羽のフクズクの脚に巻きつけた。

 

「頼むでゲコ…!!」

 

飛び立った2羽の内、一羽は寒冷群島のチームの元へ。もう一羽のフクズクは猛スピードで龍宮砦の調査員の元へと向かっていった。

 

ゴコクに届けられた文面にはこう記されていた。

 

『天彗龍 ノ姿ヲ確認 龍宮砦ニ向カッテイル模様。双方ハ合流シ龍宮砦ヘ向カウ』

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

「あ…ああ…!!!」

 

目の前に広がる光景にエスラは絶句してしまう。突如として目の前に広がった赫い爆発は突然とその場に発生するとともに即座にその色を虚空へと消し去る。

 

そこには倒れるナルハタタヒメとその傍らには仰向けに倒れているゲンジの姿があった。

 

そして その付近には全身に濃い龍属性を纏う“謎のモンスター”が立っていた。

 

「こ…コイツは…!」

現れたモンスターは全身が銀色の甲殻に覆われており、姿勢から見ると身体の構造が最近になって発見されたマガラ骨格。『古龍』であると断定できる。

発達した四肢はもちろんだが、最も注目すべきは他のモンスターとは全く異なる形状の翼だ。

翼膜が一切存在せず、まるで3本の爪のような翼であり、その先端部分からは龍属性エネルギーが放出されていた。

 

エスラは思い出した。それは自身らが調査隊救出の為に水没林へと向かう直前の時、ゴコクから別件として教えられた話である。

 

『砂原にて赫い彗星が観測された』

 

先程の彗星のような飛行。まさしく正体はこのモンスターだった。そして、エスラは頭の中からカムラの里にて黙読したモンスター図鑑の内容からこのモンスターの名前と特徴を思い出した。

 

「まさか…コイツが『天彗龍 バルファルク』…!」

 

一方でバルファルクはこちらへと一切興味を示さず、ナルハタタヒメ付近にて倒れるゲンジへと目を向けた。

 

「まずい…!!」

 

なぜ乱入したのかは考える暇などない。エスラは咄嗟にゲンジから注意を逸らすべく貫通火炎弾を装填し、銃口を向けた。

 

回復薬は底を尽きかけており、秘薬もあと一つ。絶望的な状況下であるが、ゲンジを見殺しにするなどできない。

 

次々と射撃音が響き貫通火炎弾がバルファルクの身体を貫いていく。

 

「ゴルル…!!」

 

すると、その射撃音と身体を貫く痛みにバルファルクはエスラに気づくと鋭い目を血走らせながらゲンジに向けていた身体をこちらへ向けてくる。

 

「…」

 

エスラはとっさに射撃の手を止める。たとえ幾多もの死線を潜り抜けてきたとしても初めて見るモンスターの動きなど到底予測はできない。故に最初は下手に攻撃せず、相手の出方を伺う。

 

 

「ゴルル…!」

バルファルクは喉を鳴らすと、発達した四肢を用いてこちらに向けて走り出してきた。

 

だが、バルファルクの前にはイブシマキヒコによって開けられた巨大な空洞がある。飛ぶにしろ、あの走り方では咄嗟に空を飛ぶ事など不可能だ。

それでもバルファルクはこちらに向けて一直線に向かってくる。

 

「…まさか…!!」

エスラは咄嗟に身体を避け、バルファルクの突進の軌道上から離れる。

 

 

その瞬間

 

 

 

 

キィィンッ…!!!

 

空気が振動する音と共にバルファルクの身体が一瞬にして自身が立っていた場所へと到達した。

 

「嘘だろ…!?」

 

その速度にエスラは汗を流し、苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべる。

回避する最中 エスラはその姿を見ていたのだ。

突進してきたバルファルクの身体は穴に差し掛かる寸前に翼が身体を覆うかの様に畳まれ、その翼の先端部分から赫いエネルギーが放出し、一瞬にしてその穴の上を通過した。

 

「先程の飛行の正体はこれだったのか…!?」

 

ようやくバルファルクの異名を理解し頭を整理していると、バルファルクはエスラに目を向けながらその翼を広げ、何と噴気孔をこちらへと向けてきたのだ。

 

「!?」

 

またもや初めて見る行動にエスラは身体を硬直させる。向けられたその翼はまるで3又の鉤爪のようであり巨大な殺気を感じさせた。

 

「ぐ…!!」

 

巨大な穴が中央に空いている為に行動できる範囲に制限がある。だが、ここでコイツを撃退しなければ自身らは助からない。

 

「ゴルル…!!」

距離を取ったエスラは銃口をバルファルクへと向けた。バルファルクもエスラを敵と認識したのか、鋭い目を向けながら喉を再び唸らせる。

 

 

すると 突然 バルファルクの噴気孔が赫く輝き出した。

 

「…!?」

 

その瞬間 無数の龍属性エネルギーが噴気孔からまるで大砲かの様に放たれ、エスラに向けて降り注いだ。

着弾した龍属性エネルギーは爆発を起こし、その爆炎にエスラを飲み込んだ。

 

「がぁ…!?」

 

予想も出来なかったその攻撃にエスラは疲れもあってか回避が間に合わず、全身に龍属性エネルギーの直撃を受けてしまう。

しかも不幸なことにエスラの装備はガンナータイプであり、遠距離攻撃が可能となるが、その分剣士に比べて格段に防御力が落ちるという難点があった。

故にエスラは絶大なダメージをその身に負ってしまった。

 

「ぐぅ…!?」

 

全身に走る龍属性の稲妻。そして、力が抜け落ちていくかの様な感覚が広がりエスラはその場に膝をついてしまう。

 

それだけでは終わらなかった。

 

「ギャァオオオ!!」

バルファルクは追撃をかけるかの様に膝をつくエスラに向けて駆け寄ると、発達した前脚を振り回した。

振り回された巨大な前脚は脆い音を響かせながらエスラの身体を吹き飛ばす。

 

「ガハァ…!!」

 

吹き飛ばされたエスラは肺から空気を吐き出しながら壁へと叩きつけられ、ゆっくりと地面に落ち、うつ伏せに倒れてしまった。

 

 

「く…まさか…こんな…」

 

一瞬にして追い込まれてしまった。すると、倒れたエスラに興味を失ったバルファルクはその場から再びゲンジの元へ身体を向ける。 

 

「…!!!」

先程の続きを行うつもりだ。そう感じたエスラは咄嗟にゲンジの方へと目を向けた。

 

「ゲンジ!早くにげ……」

 

穴を挟んで向こう側にいるゲンジへと目を向けたエスラは絶句してしまう。

 

「グロォォ…!!」

なんとバルファルクの直撃を受けて壁に叩きつけられ気を失っていたナルハタタヒメが起き上がり、空へと飛び立とうとしていたのだ。

 

「そんな…!!!」

 

 

“絶望的な状況”であった。

 

 

だが、そんなナルハタタヒメに目を向けることなくバルファルクはゲンジの元に向かって飛び立つ。

 

「ま…まて…何をする気だ…!」

 

エスラは咄嗟に死に物狂いで身体を動かし、腕を抑えながらもゆっくりと立ち上がる。だがその動作をしている合間にバルファルクの身体はゲンジの元へと到達していた。

 

「グルル…!!」

バルファルクは鋭い目を向けるとゲンジに向けて翼の先端部分を向けた。バルファルク自身も気づいていたのだ。ゲンジの内に秘められた恐暴竜の存在に。自身が脅かされない内にその危険性を断つべく、気配が感じるゲンジを殺そうとしていたのだ。

 

 

「やめろ…!おい!ゲンジ!逃げろ!!」

 

立ち上がり叫ぶもゲンジは目を覚まさなかった。

 

 

 

そして

 

倒れるゲンジの身体に向けてバルファルクの鋭い翼がゆっくりと振り下ろされた。

 

 

 

「やめろぉおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時

 

 

天を覆う黒雲に稲妻が迸ると轟音と共に巨大な雷がゲンジに向けて降り注ぎ辺りを閃光に包み込んだ。

 

 



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恐暴の目覚め

それは 突然だった。

 

ナルハタタヒメの背中に乗り、身体を固定するべくナルハタタヒメの身体へ鉄蟲糸を巻き付けていたゲンジに向けて巨大な彗星が激突し、ナルハタタヒメの身体もろとも龍宮砦の壁へと叩きつけると共に赫い爆炎に包み込んだ。

 

 

「がぁ…!!」

激突した瞬間 ナルハタタヒメの身体に張り付いていたゲンジは目の前が赫い爆炎に染まると共に背中に受けた衝撃によって倒れ意識を失ってしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「…!!」

 

目を覚ますと目の前には龍宮砦ではなく、別の景色が広がっていた。それは自身が意識を手放した際にイビルジョー が呼び出す場所である。だが、いつもと違いドス黒い景色ではなく、何もないただ白い空間だけが広がっていた。

 

「…」

 

ここで目覚めたという事は即ち“奴”も眠りから覚めてしまったという事だ。

 

その時だった。

 

 

「…!!」

 

目の前の空間に突然 血の色に染まった不気味な霧が集まるとやがてそれは巨大な筋肉の塊へと変わっていった。

 

『餌が2体もいる…中々唆られるではないか…!!』

 

ゲンジの中に存在する二つ目の意識『イビルジョー』 は血走らせた目を向けながら上顎と下顎を舌でなぞるように舐める。2体の古龍…いや、特上の餌が2体もいるのか、イビルジョー の口内からは夥しい程の涎が垂れていた。

 

「テメェ…やっぱり起きてやがったのか…」

 

沈んでいた意識が遂に目覚めてしまった事でゲンジは冷や汗を流すと共に鋭い目を向けた。

 

「寝てろ…!!テメェが出てくるのは許さねぇぞ…!!」

 

『ほぅ…?』

 

言い放った声にイビルジョー は頭部を下ろし血走らせた目をほぼゼロ距離にまで近づけた。

 

『気を失っている依代に何ができるというのだ…?』

 

「…!」

 

頭の隅々にまで響いたその言葉にゲンジは何も言い返せなくなり、身の現状を再度理解する。

自身は気を失っているからここにいるのだ。目覚めるのも時間が掛かる。

 

『ほら、もたもたしていると餌の一匹が逃げてしまうぞ?』

 

「…な…!!」

 

すると 空間が歪み外の景色が映し出された。見るとナルハタタヒメの身体が低空ながらもゆっくりと上昇し始めていたのだ。

 

更に遠くには横たわるエスラの姿もあった。

 

「姉さん…!!!」

身体はボロボロ。その付近には現れたモンスター『バルファルク』が立っていた。恐らく自身を守る為に闘ったが、攻撃を食らってしまったのだろう。

そうしている合間にもナルハタタヒメの身体はゆっくりと龍宮砦の外へと出ようとしていた。

 

「ぐぅ…!!」

 

このまま逃げられてしまえば、未開の土地へと姿を消して卵を孵化させてしまう。そうなればカムラの里は更に数百年 災いに悩まされる事となってしまうだろう。

切迫した状況へと追い詰められたゲンジは拳を握り締めると共に歯を食い縛る。

 

 

どうすればいい…?

 

このまま意識が戻るのを待つのか?いや、それでは間に合わない。

だが、ここで心を奴に委ねてしまえば自身は再び暴走してしまう。だが、他に方法がない。

 

『ほら、どうする?また恋人が苦しむ姿を見たいのか?』

 

「…!」

 

その言葉を投げ掛けられた瞬間 ゲンジの脳内に自身を笑顔で抱き締めてくれる二人が思い浮かんだ。

 

笑顔を絶やさず励ましてくれるヒノエ。無表情ながらも寄り添ってくれるミノト。

自身は何度も彼女達に救われた。それが繰り返されていく内に、いつしか二人は自身の中でエスラとシャーラ以外で初めて命を変えてでも守りたいと思える存在となっていた。

 

『彼女達を苦しめたくない。守りたい』

 

それが自身の答えだった。故にゲンジは迷いを断ち切り覚悟を決めた。

 

「ごめん…ミノト姉さん…」

マルバ達を殴り尽くしたあの日の夜、泣きながら懇願してきたミノトとの約束を破ってしまう事に罪悪感を抱く。

 

 

 

 

だが

 

人である事を捨て…たとえモンスターになろうとも___

 

_二人を守れるなら………それでいい__。

 

 

 

「…アイツらを…喰い殺す…ッ!!!」

 

ゲンジの恨みの込められた鋭い目がイビルジョー へと向けられる。そしてその目を見た真っ赤な目は不気味に三日月の形へと変わる。

 

『いい答えだ…!!!』

 

その瞬間 ゲンジの意識が再び恐暴竜によって食い千切られた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

突如として発生した雷がゲンジに向かって降り注ぐと、その身体の辺りから次々と骨や肉が形成されていった。

 

 

「ゴルル…!?」

 

見たこともない現象にバルファルクは爪を抑えると共に後退する。目の前で雷と同じ色に輝くゲンジの身体が次々と構築されていく骨と筋肉に包まれていき、自身の体格に勝るとも劣らない身体へと変化していく。

 

太く筋肉密度の高い胴体。それに見合わない小さな前脚。それら全てを支える強靭な後ろ脚。まるでヒルのように太い尻尾。

 

 

そして この世の全てを喰らわんとするかのような恐ろしい牙が生えそろった頭部。

 

 

全身が構築されたその瞬間___。

 

 

「グロォォオオオオオオオッ!!!!!」

 

 

光が更に輝くと共に全身に龍属性エネルギーを纏ったドス黒いモンスターが咆哮を放ちながら現れ、辺り一面を巨大な威圧感で覆い尽くした。

 

 

銀翼の凶星と名高い天彗龍 そして百竜ノ淵源と成った雷神龍に___

 

 

____“恐怖”が襲い掛かる____。

 

 

 



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星に降り注ぐ赫き凶星

 恐れ見よ 奇しき赫耀の兇星を__。

 

 ___星芒 大地を灰燼と為し_

 

     __天上を裂いて 常闇を招かん__。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ゲンジ…そんな…!!」

 

助けられなかったゲンジは再びモンスターへと変貌してしまった。再び目の当たりにするその悲しき姿にエスラは自身の無力さを嘆き涙を流す。

 

「…いや…諦めるのはまだ早い…!!」

 

咄嗟に涙を拭ったエスラはボウガンに特製の痺れ弾を装填し、争いが終わり隙が生まれるまで岩陰に隠れる事に決め身を潜めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

そのモンスターに理性などは存在しなかった。

 

あるのはただ純粋なる 『捕食本能』のみ。

 

光と共に現れたドス黒いモンスター『イビルジョー 』はその血の色の如く血走る狂気の目をバルファルクへと向ける。

 

その瞬間

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

何の前触れもなく、イビルジョーは巨体を支える強靭な脚を踏み締めるとバルファルクに向けて駆け出し、翼に向けて幾重にも生えそろった極悪な牙を剥いた。

 

向けられたその牙は一瞬にして距離を詰めるとバルファルクの龍気が溜め込まれている翼に牙を突き立てた。

 

「グルル…!!!」

 

だが、突き刺した牙は貫通することはなかった。音速に耐え得るほどまでに身体の甲殻がより硬度に進化している。それは翼も例外ではない。いや…むしろ、翼が最も硬く発達していると見ていいだろう。

 

「ギャァオオオ…!!!」

 

その鋼鉄な感触に戸惑っている隙をつき、バルファルクは喉を唸らせながらもう一方の翼を変形させるとガラ空きとなった脇腹に向けて翼の先端を突き刺そうとする。

 

 

だが、イビルジョーは既にその先の行動へと移っていた。

 

 

「…ッ!!!」

 

溢れ出る龍属性エネルギーの中から怪しく光る赤い目が更に輝くと、一瞬にしてバルファルクの翼を咥える首を横に振り下ろし、腕相撲の如くバルファルクを地面へと叩きつけた。

 

「ギェェエエエ…!!」

 

巨大な砂埃を巻き上げながら地面へと叩きつけられたバルファルク。その叩きつけはいくら硬い甲殻であろうとも完全に無効化する事は叶わず、肉体へダメージを受けてしまった。

 

それだけでは終わらない。

 

「ゴルル…!!」

口内から龍属性エネルギーが煙の如く溢れ出ると共に聞くものを畏怖させるかの様な唸り声をあげると、今度は倒れるバルファルクの脇腹へ牙を剥き喰らい付いた。

 

「ギャォォォォォ…!!!」

 

バルファルクの苦痛なる悲鳴が響く。腹は甲殻があまり発達していない箇所の一つ。即ち弱点である為に、幾重にも生えそろった牙が突き刺さり肉を食い破った。

 

そしてイビルジョー は反撃する余地を与えないかの様に、首を持ち上げると、バルファルクの巨大な身体を小型モンスターの如く持ち上げ、辺りへと叩きつけていった。

 

 

地面 壁 地面 地面 壁

 

順序などない。次々と首を振り回しバルファルクの息の根が止まるまで辺りへとその身体を叩きつけていった。すると、バルファルクの身体を覆っていた甲殻が外の衝撃かつイビルジョー の脅威的な顎の力によって所々がガラスの如く砕け散っていった。

 

それによりバルファルクの身体を守備する役割が失われ、更なるダメージを負っていった。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

その叩きつけが遂に20回へと達した時だった。 イビルジョー は巨大な咆哮をあげると共にバルファルクを咥えていた首を大きく振りかぶると、その首を振り回した。

 

「ギャァオオオ…!!」

振り回しと共にイビルジョー の口からはバルファルクの身体が引き剥がされ、その巨大な翼や鋼の甲殻を纏う身体がまるでボールの如く地面を跳ね転げながら吹き飛ばされていった。

 

「ギャァ……」

投げ飛ばされたバルファルクは弱々しい声と共に吹き飛ばされながらも、咄嗟に四肢に力を込め、空中にて体勢を立て直すと地面を抉りながらもその姿勢を保つ。

 

 

「ゴルル…!!」

バルファルクは全身を硬らせた。

自身をここまで追い詰めた相手は久方ぶりと言ってもいい。それにより、バルファルクの闘争心が湧き上がり気分を高揚させていったのだ。

 

“面白い…!!!”

 

久方ぶりに闘いへの楽しさに目覚めたバルファルクは地面に向けていた己の首を持ち上げ、こちらへと見つめるイビルジョーに目を向けた。

 

 

「__!!!」

 

だが、その瞳を直視した瞬間バルファルクの闘争心が一瞬にして大量に失せると共に一歩だが後ろへと後退する。

 

今まで幾千ものモンスターと会敵してきたバルファルク。中でもこの個体は歴戦を勝ち抜いてきた強者だ。そんな個体でも今回初めて会敵したイビルジョーの目を見た瞬間、闘争心に陥っていた自身を我に返らせる程の強い感情が湧き上がった。

 

 

それは___“恐怖”

 

イビルジョー の目は自身を“食物”としてしか見ていなかった。故に今まで感じた事もない“死”への恐怖が増幅し、それが自身の心をへし折り闘争心さえも失わせようとしていたのだ。

 

 

“逃げるべきなのだろうか…”

 

___否ッ!!!

 

ふと心の中で零した弱音。だが、天を統べる天彗龍としての己のプライドが許さなかった。

 

“邪魔する者は全て消せ”…!!!

 

脳内に浮かび上がるその言葉が自身の生み出した恐怖を打ち消し、失われた闘争心を掻き立てていった。

 

「ゴルル…!!!」

 

喉を唸らせると共に身体に赫いエネルギー“龍気”が駆け巡りバルファルクの自我を保つ役割を担う理性を全て闘争心へと変換していった。

 

 

発達した四肢、頭部、そして翼の先端部分に掛けて龍気が太いラインを形成しながら駆け巡り、体内から溢れ始める。

 

それにより、バルファルクの脳内からは恐怖が消え去った。

 

だが、それと引き換えにバルファルクは生物の正気を保つ心即ち“理性”というモノを失ってしまった。

 

すると、バルファルクの体勢が突然低くなり三叉に分かれた翼の先端部分にある龍気を発する噴気孔が全て前方に立つイビルジョー の方向へと向けられた。

 

今のバルファルクの頭の中にあるのは目の前のモンスターを“完全に殺す”という殺意だけである。それは恐怖心を全て飲み込む程まで増大していった。

 

“殺す…!殺す殺す殺す殺す殺す”…ッ!!!!

 

 

先程まで理性の残っていた鋭い瞳はまるで溢れ出る龍気に犯されるかのように目玉ごと赫く染め上がる。それと共に牙を軋ませながらバルファルクの全身から翼に向けて空気が擦れる甲高い音と共に龍気が溜め込まれていった。

 

 

 

 

その瞬間

 

 

 

「ギィィイイイオオオオッ!!!!」

 

巨大な咆哮と翼の先端部分に集められた龍気が輝くと共に空間を突き破る程の極太のエネルギー波が放たれた。

 

 

「…!!」

 

それを見たイビルジョーは即座に横に避ける。

 

すると、 放たれた高密度の龍属性エネルギー波はイビルジョー の身体スレスレを通り抜け、背後にて龍宮砦から脱出しようとしたナルハタタヒメに向かっていき、直撃し大爆発を起こした。

 

それだけでは終わらなかった。

 

イビルジョー に直撃した手応えが感じられないと判断したバルファルクは即座に龍属性エネルギーの放出を一時的に止め、イビルジョー へ向けていた翼を再び後ろへと回し元に戻すと、放出寸前であった莫大なエネルギーを一気に放出した。

 

 

 

 

キィイインッ!!!

 

空気が擦れる甲高い音と共に放出されたエネルギーが推進力となり、バルファルクの身体は斜め上へと上昇し一瞬にして大空へ向かって飛び立っていった。

 

 

短時間で超高空域へと到達したバルファルクは そこから龍気を弱め龍宮砦を旋回し始めた。その旋回する様子はナルハタタヒメとゲンジを襲撃した時と同じく赫い軌跡を残す彗星であった。

 

「グルル…」

龍宮砦を旋回する赫い彗星にイビルジョー は警戒し、構えを解く事はなかった。

 

 

その一方で 上空を旋回していたバルファルクは飛行する中 イビルジョー の身体の隙を捉えるべく一定の推進力で速度を保ちながら狙いを定めていた。

 

そこから見渡せるは広大な龍宮砦。そのフィールドにはこちらへと目を向けるイビルジョー 。そしてそのフィールドから海へと続く陸地には先程の放った龍属性エネルギーにより倒れているナルハタタヒメ。

 

バルファルクにとって、ナルハタタヒメの事などもはやどうでもよかった。ただ確実にイビルジョー を“葬るだけ”である。

 

旋回して、龍宮砦を一周したバルファルク。空を駆ける彗星は遂に地上に向けて軌道を変更する。

 

「…!!!」

 

開いていた目玉が一瞬だけギョロと音を立てると赫い目玉が一瞬だけ輝くと共にバルファルクは旋回していた軌道を変更し、イビルジョー へと向ける。

 

 

そして

 

 

 

大気を突き抜ける程の脅威的なスピードで一気にダイブした。その狙いはイビルジョー一点であった。

 

こちらに目を向けている。だが、急降下した時点で目が合っている様ではもう遅い。

 

バルファルクの急降下は龍気の一斉噴出だけでなく重力加速度も纏っている為に一時的ではあるものの、急降下するその速度は下手をすれば“音速”へと達する。

 

その音速による撃墜によって今まで会敵してきたありとあらゆる大型モンスターの命を刈り取ってきた。

 

故に人間の間でその彗星の如きダイブはこう名付けられた。

 

 

______赫耀彗星【星亡】

 

音速に近い速度から放たれる激突はモンスターに対して硬い甲殻による体当たりだけではない。着地したと同時に龍気を爆発させ相手に更なるダメージを背負わせる。

 

たとえ大型モンスターであろうと、これを喰らえば大抵は必ず重傷を負うだろう。

 

会敵した相手『イビルジョー 』は甲殻一つ纏わない『丸出し』の身だ。そのダメージは計り知れないモノとなる筈だ。少なくとも脚の一本はへし折れるだろう。

 

バルファルクは更に速度を上げていく。空気をつけ抜け、速度は更に増していった。

 

 

イビルジョー が何やら上半身を上げ首も持ち上がらせる体勢を取っているが関係ない。バルファルクは目を鋭くさせイビルジョー を見据える。

 

 

次々と空気の層を突き抜け加速していくバルファルク。それが遂に最高速度に達した時にはイビルジョー の目前まで迫っていた。

 

バルファルクの赫い目が怪しく輝く。

 

 

 

 

 

____終わりだ…ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間 赫く巨大な爆炎が巻き起こりイビルジョー と激突したバルファルクを包み込んだ。

 

 



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恐怖と絶望をもたらす龍

我は悪魔__古きを壊し喰らう者。

 

 ____大地を喰らう轟雷も___叢雲を薙ぐ烈風も___百竜を従えし淵源も__星に降り注ぐ赫き彗星も__我が前には全て餌__。

 

喰らえ喰らえ__。全てを喰らえ__。森羅万象を悉く喰らい尽くす事こそ我が生。

 

 

   我___絶対の捕食者なり__。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ぐぅ…!!」

 

バルファルクの急降下による激突。そして激突した瞬間に発生した爆風は岩陰に隠れていたエスラの場所にも届き、その激しい風圧にエスラは飛ばされない様に身を固めていた。

 

「ゲンジ…!!」

 

いくらイビルジョー へと変異し筋肉の塊に包まれようともあれほどの急降下を受けてしまえばひとたまりもないだろう。

身体の一部が損傷してもおかしくない。

 

爆発が収まると、エスラは様子を伺うべく、岩の隙間から顔を出した。

 

 

 

「__!!!」

 

 

その景色を見たエスラは 絶句してしまった。

そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

__一体何が起こったというのだ…?

 

爆炎の影響により発生した煙が辺りに舞う中 その中心地にいたバルファルクの身体は地面に伏せていた。それも身体を無理やり押し付けられているかの様に。

 

なぜ自身はこの状態なのか全く理解ができなかった。頭の中に渦巻いていた闘争心も高揚感も消え失せ、何も残っていなかった。

頭の中から狂気が消え失せたバルファルクは倒れる中、突然と戻った理性を用いて自身の身体へと目を向けた。

 

そこには煙で微かにしか見えないが、頭部と同じく地面に倒れ臥す自身の身体があった。

 

「…!」

 

バルファルクは身体を揺さぶり、何とか起きようとする。だが、その煙に包まれた部分だけはいくら動いても起き上がらせる事ができなかった。

 

まるで、何かに押さえつけられているかの様に。

 

そんな中、辺りに舞っていた煙が次第に晴れていき、視界を回復させていった。

 

「ゴルル…」

 

バルファルクは喉を唸らせる。一体“何が”自身の身体を押さえ込んでいるのだろう。警戒を抱きながらバルファルクは晴れていくその場を見つめていた。

すると、煙が晴れていき自身を押さえている状態が露わとなった。

 

 

その瞬間

 

バルファルクの目から勢いが消え失せ、絶望に染まった。

 

煙が晴れ、そこにあったのは__

 

____自身の胴体に牙を突き立てるイビルジョー の姿であった。

 

 

「…!!」

突然と広がった景色を見たバルファルクの闘争心と狂気に満ちていた赫い目玉は勢いを失ったかの様に元の色へと戻り、その白い目玉の中にある瞳は小刻みに震えていた。

 

自身の渾身の技である空からの襲撃は全くもってイビルジョー の身に届いていなかった。

その身に届くほぼ直前にイビルジョー は持ち上げた首を一瞬で振り下ろし向かってきた自身の身体を掴む様にして噛みつきながら地面に叩きつけたのだ。

 

 

「…!!」

 

バルファルクはようやく理解した。

自身が相手にしていたのはこの世のモノではない。身体を顎で挟み持ち上げるどころか何度も叩きつけた上に音速に近い速度の急降下を耐えるどころか真っ正面からカウンターを掛けるという常識を覆した行動を取る_

 

_____“悪魔”であった。

 

 

 

すると、イビルジョー の血走った不気味な目玉が此方に向けられジッと見つめてきた。

 

その目はバルファルクの龍気よりも更に濃い…正に“血の色”そこに映っていたのは全身を震わせるバルファルクの姿であった。

 

 

イビルジョーの腹に食い込んでいた口が離されると、バルファルクの頭部へと向けて大きく首を振り上げた。

 

自身の頭部がイビルジョー の影に覆われた瞬間 バルファルクの思考は抜け落ちもう何もかも考える事ができなくなってしまった。

 

 

__もはやこれまでか…。

 

イビルジョーの口が向かってくる中、バルファルクは死を覚悟した。

 

 

 

その時だった。

 

「ゴルル…!」

 

突然 イビルジョー の首がバルファルクとは全く違う方向へと向く。

 

「…!!」

絶望に陥っていたバルファルクは速度は即座に希望を見出し、逃げるチャンスと見て即座に身体をバタつかせ、起きあがろうとする。

 

 

だが、その身体は起き上がることが出来ない上に何故か

 

 

__引っ張られていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

バルファルクの放った龍属性エネルギー波の直撃を受けたナルハタタヒメは地面に倒れながらも、何とか意識を保っていた。

 

発達した前脚を用いて立ち上がり、ゆっくりと身体を上昇させながらナルハタタヒメは自身の股にある雷袋に宿っている卵へと目を向けた。

 

見るとその卵は潰れることもなく、今も尚 綺麗な輝きを放っていた。

 

それに対して安心したのか、ナルハタタヒメは即座に再び身体を浮き上がらせる。

 

「ゴルル…!!」

 

__自身の身に宿しやや子は対が残してくれた遺伝子。自身と対の生命の結晶であり、宝物でもある。決して死なせない__。

 

その使命感に酷似した愛情を原動力にナルハタタヒメは身体中に巡る磁気を操り、少しずつ上昇していった。

 

すると、磁気の操りが安定化し、ナルハタタヒメの身体は上昇していく。

 

 

背後からは 対と交わる直前に会敵したモンスターの気配を感じるが、奴は空を飛ぶ事は不可能だ。空に飛び上がってしまえば奴は成す術はない。

 

するとナルハタタヒメの身体はゆっくりと前進し始めた。やはり体力があまり残っていない為か、いつも飛行する速度よりも格段に遅くなってしまっている。これでは通常の飛龍種にも追いつかれてしまうだろう。

 

だが、あと少しだ。あと少しの辛抱だ。

 

そう自身に言い聞かせながらナルハタタヒメは高度を上げていく。

 

 

 その時だった。

 

__ズン…!!!

 

 

背後から大地を踏み鳴らすモンスターの足音が聞こえてきた。それは一定のリズムで聞こえてくるが、足音と足音の間のインターバルが通常よりも短すぎる。

 

 

____何なのだろうか?

 

 

飛行する中 ナルハタタヒメはゆっくりとその音が聞こえる後ろへと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

その瞬間 ナルハタタヒメの思考が一瞬にして消え去り 全て恐怖へと変換されてしまった。

 

 

ナルハタタヒメの目の先にあったのは___

 

 

「ヴゥォオオオオオアアアアッ!!!!!!」

 

バルファルクの尻尾を咥えその身体を引き摺りながら此方に向けて走ってくるイビルジョーの姿だった。

 

 

 

「グルル…グロォオオオオオオオ!!!」

 

イビルジョー は巨大な咆哮を上げながら身体を回転させると、掴んでいたバルファルクをまるでボールの如くナルハタタヒメに向けて投げ飛ばした。

 

イビルジョー の驚異的な回転速度と遠心力によって投げ飛ばされたその身体は空気をつけ抜け一直線にナルハタタヒメに向かっていく。

 

「ゴロォォオオ…!!」

ナルハタタヒメ自身は元々 体力がそこまで残っていなかった為に躱す事が叶わず、バルファルクの身体がぶつかると共に覆い被さる事によって、その重さと衝撃により地面へと落下してしまった。

 

ナルハタタヒメが落下していく様子を見ていたイビルジョーは涎を垂らしながらその場へ飛び降りていった。

 

 

__もうこの極悪な牙からは逃がれられない。

 

 



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長き夜が明ける時

長い長い夜が明け少しずつ明るくなり始めていく薄明の空。

里の受付場に腰を掛けながら皆の無事を祈っていたヒノエとミノトは自身らの夫であるゲンジの異名となったその空を見つめていた。

 

「…もうすぐ朝が来てしまいますね…ミノト」

 

「はい…」

 

今起きているのは彼女達やフゲン、ウツシだけである、他の皆はやはり夜通し起きているのが辛い故に眠ってしまっている様だ。

ヒノエはもうイブシマキヒコの気配を感じていなかった。それは即ちイブシマキヒコが討伐されたようなモノである。

だが、ミノトの感じる気配が今も尚 途切れる事はなかった。テオテスカトルやクシャルダオラの撃退報告は届いているもののナルハタタヒメの討伐報告は未だに来ていない。

 

それだけがとても気掛かりであった。

 

その時だった。

 

「う…!?」

 

突然 ミノトを頭痛が襲いその痛みによって彼女は頭を押さえ始めた。

 

「ミノト!?」

 

すると

 

 

「__助けて」

 

それだけ呟くとミノトの頭を抑えていた手がゆっくりと解かれていき、俯いていた顔を上げた。

 

「ミノト…大丈夫ですか…?」

 

ミノトの肩に手を添えてヒノエは安否を確かめるべく静かに声を掛ける。それに対して顔をあげたミノトはゆっくりと頷いた。今の様子は『共鳴』だろう。

だが、前とは異なり額からは汗などは出ていなかった。

 

「身体に異常はありませんか…?」

 

「はい…。ただ…声だけが聞こえてきました」

 

「声…?」

 

「___助けて。死にたくない。死にたくない…と」

 

「…え?」

 

ミノトの頭の中に響いた言葉。それは助けを請う声であった。その意味が分からずヒノエは首を傾げてしまう。

 

その時 集会所にて龍宮砦から新たな知らせが入りゲンジが再びモンスターへと変貌した事が知らされた。

 

◇◇◇◇◇

 

「グルル…!!」

 

崖から飛び降りたイビルジョーは立ち上がろうとするナルハタタヒメの背中を踏みつけると地面に押し付け、牙が生え揃った口を開けると決して逃がさない為に発達した両腕の内、右腕を咥えると脚で身体を押さえつけながら引っ張り出す。

 

「ギャォォォォォ…!!」

辺りに肉の細かい繊維が一本一本引き千切られていく音が響く共にナルハタタヒメの苦しむ悲鳴が響き渡る。

 

そして 強靭な右前脚が胴体から無理やり切り離された。

 

「__!!!」

一本 腕が引き千切られた瞬間 大量の血液が溢れ出しナルハタタヒメの巨大な悲鳴が響き渡った。

その悲鳴を聞いたイビルジョー はまるで喜ぶかの様にもう一方の前脚を咥えると更に引き千切った。

 

先程まであった両前脚の感覚が突然と途絶えると共に襲ってくる痛みと恐怖によってその不気味な目からはいつのまにか涙が溢れ出ていた。

 

子供を守れない無力な自分に対してなのか?いや、違う。ナルハタタヒメはどうしても逃れることのできない恐怖により涙を流していたのだ。

 

もう子供の事など頭の中には残っていなかった。あるのは少しでも生き長らえたいという生への願望だけである。

 

 

__やめろ!やめてくれ…!!殺さないでくれ…!!!

 

ナルハタタヒメは必死に訴える。だがそれは叶わなかった。

 

 

「グルル…!!!」

 

背後には涙を流すその頭部へ向けて首を持ち上げるイビルジョー の姿があった。口内から露出した鋭い牙が向けられその間から滴る涎が次々と降りかかってくる。

 

 

そして その首が振り下ろされた瞬間___

 

___百竜の淵源と成ったナルハタタヒメの命の灯が最大限に高まった恐怖心と共に消えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後 イビルジョー は動かなくなったナルハタタヒメを捕食する。ゴム質の皮を剥がしさらけ出された身を骨ごと喰らうと、その近くで気絶していたバルファルクの頭も踏み潰し命を断ち切ると捕食した。

 

 

その様子をイビルジョー を追いかけて来たエスラは見つめていた。

 

「…哀れ…としか言えないな…」

ようやく会えた対と長くは共にいられなかった上に吸収した力で守ろうとした子供も産めない。

たとえ百竜夜行の原因であったとしてもその不幸な運命には同情してしまった。

 

 

その時だった。その光景を見つめていたエスラの頬に温かい風が触る。それに気づいたエスラは海へ目を向けた。

 

 

「…もう朝が来たのか…」

 

そこから見える海の向こう側から朝日がゆっくりと昇り始め温かな陽光を放ちながら龍宮砦を照らす。空を見れば覆っていた暗雲も晴れていき、鮮やかな空が顔を出し始めていた。

辺りに吹き荒れていた激しい風もその勢いを収め温かく穏やかな風へと変わっていった。

ナルハタタヒメの存在の象徴が次々と消え去っていったのだ。

 

その一方で、腹が満たされたのか ナルハタタヒメとバルファルクの身を食い尽くしたイビルジョー はその身体を大地に預けるかの様にゆっくりと倒す。倒された身体からはあの日と同じく白い煙が沸き立ちその身を包んでいった。

 

 

「ゲンジ…!」

エスラはそこから飛び降りると、ゆっくりと白い煙に包まれていくイビルジョー に近づいていった。

 

沸き立ちその身を包み込んだ煙は次第に勢いを収めていきゆっくりと空気に溶ける様にして消えていった。

そして煙が晴れていき、その中心部には装備を纏いながらもその身を仰向けに倒しながら眠っているゲンジの姿があった。

 

「ゲンジ…」

 

煙が晴れていきゲンジの姿が顕となるとエスラはしゃがみ込み彼の胸に耳を当て鼓動を確かめる。

 

 

__ドクン

 

 

すると力強い鼓動が聞こえてきた。

 

「…よかった…」

ハッキリと聞こえた鼓動にエスラは安堵の息をつくと、その場に座り頭の装備を外し顕になった彼の頭を膝にのせた。

 

「ゲンジ…全て…終わったぞ…」

 

エスラは蒼い髪を撫でながら数百年続いた災害の根源を絶った事を伝える。眠る彼と自身の顔を朝日が照らし出しそれと共に温かい風がその身を包み込んだ。

 

「ほらゲンジ…見ろ。朝日だ」

 

そう声を掛けながら眠る彼の顔を撫でていく。けれども彼は目覚める事はないだろう。鼓動が聞こえたとしても前のように彼が目覚めるのは翌日か2日後になる。

 

「お前やシャーラと一緒に見れないのが悲しいよ…」

 

涙を溢しながらそう言葉を漏らした時だった。

 

 

 

「…んん…」

「!?」

突然 聞こえた唸り声と共に閉じられていたゲンジの瞼が震えるとゆっくりと開かれ目を覚ました。

 

「ね…え…さん…?」

 

「ゲンジ!よかった目が覚め……うぇ!?」

前とは違いすぐに目覚めた事にエスラは驚くが、開かれ向けられた瞳を見た瞬間 エスラは声を上げながら更に驚いてしまった。

 

「お前…目が…!」

 

朝日に照らされたゲンジの瞳は“蒼く輝いていた”のだった。

 

 



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狩人を照らす朝日そして英雄の帰還

暗闇の中で俺はずっと地面に座り込んでいた。

 

「…」

 

ずっと広がる闇の中で俺はただ終わる時を待っていた。自身の肉体の所有権を自身から譲渡した以上、大人しく待つしかなかった。

 

 

そんな時だった。辺りから声が聞こえて来た。

 

__頼む…やめろ!やめてくれ!殺さないでくれ!!

 

それは簡単に言えば悲痛を訴える女の声だった。だが、その声を聞いても何も感じる事はなかった。

 

悲鳴が聞こえていたのはほんの数十秒程度であった。少し時間が経てばその声は次第に遠のいていき遂には聞こえなくなっていった。

 

「(…終わった…のか…?)」

そう思っていると目の前の空間が突然 純白にに染まると目の前にはイビルジョー が立っていた。

 

『…』

 

突然と現れた奴は俺を見つめるだけで何も喋らなかった。ここに奴がいるという事はナルハタタヒメも現れた謎の古龍も喰い終わったという訳だろう。

 

「…別に礼は言わねぇぞ?」

 

「…」

そう声を掛けてみるも奴は答えなかった。ただ俺だけをじっと見つめるとそのままその場に倒れ込みいびきを掻きながら眠りについた。

 

その時だった。

 

「…!?」

奴が眠りについたと同時に辺りは暗闇に包まれ、奴の身体が溶ける様にして消えていき俺の意識も一瞬で途絶えた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

意識が途絶え 次に目覚めた時に目の前にあったのは自身を見下ろすエスラの顔だった。

 

「ね…え…さん…?」

 

「ゲンジ…!」

 

その金色の瞳と目が合うとエスラの目からは涙が零れ落ちてきた。

 

「良かった…目が覚めたんだな…!」

 

頬に温かい感触が伝わる。見れば海から太陽が昇り始めており、自身とエスラをその輝かしい陽光が照らしていた。

 

「俺は…」

 

状況を確認するべく一度、目を閉じながら状態を起こし再び目を開けるとエスラに向けた。

 

すると

 

「ゲンジ…お前その目…!」

 

自身と目が合ったエスラは突然とその言葉を驚きながら呟き固まっていた。

 

「…え?」

 

驚くエスラに首を傾げながらゲンジは手を当てる。

 

「何が…俺の目がどうなってるんだ…?んぉ!?」

触ってみても特に何も感じなかった。疑問に思ったゲンジはエスラに詳細を尋ねようとする。

すると エスラは満面の笑みを浮かべながら手を広げて抱きついてきた。

 

「お前の目が元に戻ったんだ!元の綺麗な目にな!」

 

「…え!?」

その言葉にゲンジは驚くと共にようやく意味を理解した。今まで不気味な黒色に染まっていた目玉が純白な色へと戻り元の蒼く水晶の様に輝く瞳へと戻ったのだ。

 

「本当…に…戻ってるのか…?」

 

「あぁ!」

 

その言葉を聞いたゲンジの目からは涙が溢れ出て来た。

 

「俺…ようやく人間に…戻れたんだ…!!」

 

「うん…!うんうん…!」

失われた人間としての部分が再び戻った事でゲンジは涙を流す。もう自身の無力感への怒りは消え去っていた。ただ人間としての目を取り戻せた事が喜ばずにはいられなかったのだ。

そしてエスラも頷きながらゲンジの頭を撫でていった。

 

それからゲンジとエスラは共に朝日が昇る光を浴びるとゆっくりと立ち上がった。

 

「さぁ帰ろう!皆の元に!」

 

「…あぁ…!」

 

ゲンジとエスラは手を繋ぐと朝日が照らす道を歩き途中で応援に来たトゥーク達と合流すると、飛行艇に乗り込み決戦の地である龍宮砦を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

ナルハタタヒメと乱入した古竜バルファルクの討伐報告は既にカムラの里へと届いていた。

フカシギによってその知らせは瞬く間に里中に知れ渡り、眠っていた里の皆は飛び起きるとすぐさま迎えるべく里の入り口にて待っていた。

 

だが、幾人かの里の者は不安を感じていた。

 

「ゲンジさん…またモンスターになっちまったみたいだぜ…?」

 

「大丈夫かな…」

 

喜ばしい情報とは別にゲンジがモンスター化してしまった事も知らされており里の皆はそれについて気に掛けていた。

 

それはヒノエとミノトも同じだ。モンスターへと変貌したとなると身体に広がる痣が更に広がり禍々しい風貌へと変わってしまうだろう。だが、たとえどんな姿で帰ってこようとも自身らは受け入れる覚悟はできていた。

 

その時だった。

 

「あ!帰って来たよ!!」

 

ヨモギの声に皆は反応すると目の前にある橋に目を向けた。

 

すると

 

コツ__コツ___コツ___

 

橋を渡りながらこちらに向かってくる足音が次々と聞こえてくる。

 

『…!!』

 

その姿はハッキリと見えて来た。橋の向こうからゆっくりと歩いてくるその姿を見たヒノエとミノトは涙を流した。

 

現れたのはエスラとシャーラ。その二人に挟まれる様に手を繋ぐゲンジであった。

更にその後ろからはトゥーク達ユクモ村のハンターも続いていた。

 

 

ヒノエとミノトはゲンジの姿を見つけるとその場から駆け出した。

 

「ヒノエ姉さん…!ミノト姉さん…!」

 

二人の姿を見つけたゲンジも彼女達へと駆け寄りながらその蒼く水晶のように輝く瞳を向けた。

 

その時にゲンジの脚がふらつきその場に崩れてしまった。それを咄嗟に二人は支えるようにして受け止めた。

 

 

「大丈夫ですか…!?」

 

 

「あ…あぁ…」

 

そんな中だった。ヒノエとミノトはゲンジの目が元の美しい青色に戻っている事に気づく。

 

「…あら?貴方…目が元に!」

 

「あ、これはな…」

それに対してゲンジは軽く笑みを浮かべながら答えた。

 

「起きたら戻ってたんだ…。身体に異常はねぇから大丈夫だよ。心配かけてすまなかったな」

 

ゲンジは二人に心配を掛けた事について謝罪すると二人の手をそれぞれの手で握り満面の笑みを向けた。

 

「でも二人が無事で本当に良かった…!」

 

「「…!!」」

その笑みは今まで見せたことがない程まで輝いていた。まるで無邪気に笑う少年のように。

その笑顔を見た二人は顔を真っ赤に染めながらもゲンジの身体に手を回し抱き締めた。二人の温かい身体に包み込まれたゲンジは嫌がる素振りを見せず、二人の身体に手を回すと抱き締め返した。

 

「「お帰りなさいませ…旦那様…!!」

 

「ただいま…!」

 

ヒノエは出会った時の事を思い出しながら頷き大粒の涙を流しながらゲンジの肩に顔を埋めた。

 

 

 

そんな時だ。

 

「ゲンジ!そしてエスラよ!」

 

「フゲンさん…!」

力強い声と共に人混みを掻き分けながらフゲンが姿を現した。現れたフゲンは熱く燃える猛々しい瞳を向けながら風神龍と雷神龍の討伐に成功したゲンジとエスラに手を差し出した。

 

「よくぞ災厄の根源を断ち里を救ってくれた。見事だ…そしてありがとう…!!」

 

フゲンの心の底からの感謝の意が込められた言葉と共に差し出されたその手をヒノエとミノトから肩を支えられながら立ち上がったゲンジとエスラは力強く握り締めた。

 

「あぁ」

 

「当然の事をしたまでさ」

 

二人の言葉にフゲンは頷くとトゥーク達へも目を向けた。

 

「そしてトゥーク達ユクモ村のハンター諸君。主らにも礼を言わせてくれ!よくぞ古龍達を撃退してくれた!本当に感謝する!」

 

ゲンジとエスラだけでなく、トゥーク達にも届いた感謝の言葉にトゥーク達は頷いた。

 

 

すると

 

「里長!」

背後にある集会所の屋根から大社跡の調査に向かっていたウツシが現れ、駆け寄ってきた。

 

「おぉウツシよ!調査任務ご苦労であった!どうだ?霞龍の方は」

 

「はい!大社跡に現れたオオナズチは遠くの地へと飛び去っていった模様!それに加えて辺境の地に現れたモンスター達も次々と元の住処へと戻っていく姿が確認されました…!!」

 

「おぉ…!!」

 

その報告を聞いたフゲンは驚くと皆に向けて叫んだ。

 

「喜べ皆の衆よ!!ゲンジ達の活躍により数百年続く百竜夜行が遂に収束へと向かい始めたぞぉぉお!!!!」

 

『『『『『『うぉおおおおおお!!!!』』』』』』

 

その瞬間 里の皆は大歓声を上げた。数百年と続いてきた百竜夜行の収束を耳にした皆は歓喜し、遂に訪れた平和にそれぞれ抱き合い、涙を流しながら喜び合った。

もう百竜夜行という恐ろしい災害に怯える事はない。災害が去った今 喜ぶ以外に何もないだろう。

平和が訪れた里を祝福するかの様に雲一つない限りなく続く青空に輝く太陽の温かい光が照らしていた。

 

 

 

そんな時であった。

 

「ではではではでは…役者も揃ったところで…」

フゲンの背後からゴコクが現れ、皆に目を向けると大きく両手を掲げた。

 

「ゲンジの処分が適用される前に準備に取り掛かるでゲコ〜!!」

 

「「「おおおお!!!」」」

 

「え…!?なに!?どういうこと!?」

フゲンの背後から現れたゴコクの杖を掲げながら放たれた一声が響き渡りそれによって里の皆は手を上げながら答えた。

突然と自身の名前を出された事でゲンジは戸惑ってしまう。

 

 

「ほんじゃハンターさん達は装備を脱いでいつもの和服に着替えて休んでてくれ!」

 

「「「「うぇ!?」」」」

そう言い複数の里の人々がトゥーク達ユクモ組を旅館へと連れて行った。

 

「エスラさんとシャーラさんも!ほらほら早く!」

 

「私達もか!?」

「ん!?」

一方でヒノエとミノトは里の女性達に背中を押されていった。

 

「はいはい!主役はこっちこっち!!」

 

「晴れ舞台だからね!」

背中を押されながら連行されていく二人の顔は幸せそうな笑みに満ちていた。

 

連行されていくのはゲンジも同じである。ハモンの弟子であるナカゴやイオリに加えてその他の里の男達に担がれながら集会所の近くにあるテントへと運ばれていった。

 

「お…おい!?何する気だよ!?」

 

「決まってるでしょゲンジさん!貴方とヒノエさんとミノトさんとの結婚式ですよ!」

 

「ええええ!?なんで知ってるんだ!?」

 

その場にゲンジの巨大な驚く声が響き渡った。

 



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晴れ晴れとした花嫁

集会所へと連れてこられたゲンジはすぐさまイオリに肩を掴まれ椅子に座らせられる。

 

「お…おい!?何する気だ!?」

 

「衣装ですよ衣装!晴れ舞台なんですからキッチリ決めないと!」

 

そう言いイオリはナカゴと共に次々と袴やら羽織やら色々と持ってくる。どうやらこれがカムラの里にて新郎が着用する衣装のようだ。

 

「因みに今、ヒノエさんとミノトさんも衣装を試着している頃ですよ。後で見に行きますか?」

 

「…いく」

 

「やっぱり」

まさかの即答にイオリは苦笑する。

その後、ゲンジはイオリとナカゴの協力の元、次々と着用していった。小柄な身であるために必然的に一番小さいサイズとなってしまったが、それは気にしない。

 

ちなみになぜイオリ達が知っているのかというと、風神龍と雷神龍の討伐に出かける日にゲンジがヒノエとミノトに帰還したら式を挙げると告白した場面をヨモギや他の子供達と共に聞いていたらしく其処から里中に知れ渡っていったらしい。

 

「……何か悪いな…」

 

「いえいえ。気にしないでください。貴方方はこの里を救ってくれた英雄です。これくらいどうって事ないですよ!」

 

それからようやく衣装を着用し終え、ゲンジは立ち上がる。

 

「ナカゴさん!鏡を!」

 

「へい!」

 

ナカゴは別の部屋から大きな鏡を持ってくると立ち上がるゲンジの前にドンと置く。そこに写っていたのは小柄な身にしっかりと引き締まる様に紋付袴を着用した自身の姿であった。

 

「ほぇ…」

 

初めて見る自身の袴姿にゲンジは何も言葉にする事が出来なかった。

 

「に…似合っているか…?」

 

「「もちろん」」

 

ゲンジの問い掛けにイオリとナカゴはほぼ同時に頷く。

 

「さて、ではゲンジさんの試着は終わったのでヒノエさん達のところに行きましょう!」

 

「え!?式はどうするんだ!?」

 

「夜に開く予定です。今夜は星々が綺麗に輝くと思いますからね!」

 

そう言いイオリとナカゴは素早い手つきでゲンジの紋付袴を脱がしていった。今の季節は桜が散ってしまっている故に昼間に行うよりも星々が輝く夜に行った方が良いと皆で決めたらしい。

 

それからインナー姿となったゲンジはヒノエ、ミノトが試着している場所へと案内された。

 

◇◇◇◇◇◇

 

案内されたのは集会所の中に設置された診療所である。その中から着物の布と布が擦れていく音が聞こえてきた。

 

「き…緊張するな…」

 

「何言ってるんですか。これから両隣に立つんですよ?」

そう言いながらイオリが扉をノックすると中から「どうぞ」というロンディーネの声が聞こえて来た。

 

 

「では、開けますよ」

 

そう言いイオリは扉をゆっくりと開けた。

 

「…!!」

 

そこには純白に統一された袴を履き頭にミツネ装備を被った『白無垢』姿のヒノエとミノトが座っていた。

お淑やかに座りながら白無垢を纏うその姿は天女と見間違う程 美しいものであった。

するとゲンジ達に気づいたヒノエは輝く琥珀色の瞳を向けた。

 

「あら?そちらはもう終わった様ですね」

 

「はい!ゲンジさんがどうしても見たいと言っていたので連れてきました」

 

「どうしてもとは言ってねぇだろ!?」

 

「でも見たかったんですよね?」

 

「うぅ…」

 

その様子にヒノエはクスクスと微笑むと隣に座っているミノトと共に立ち上がりゲンジに近づきその姿を見せた。

 

「どうですか?旦那様」

 

「似合ってますか…?」

 

「…//」

2人の輝かしい花嫁姿を目にしたゲンジはその美しさに顔を真っ赤に染めながらも何とか持ち堪えながら答えた。

 

「に…にに…似合ってる…綺麗…」

 

「ありがとうございます!」

「とても嬉しいです」

 

言葉を詰まらせ、カタコトで感想を伝えるゲンジにヒノエとミノトは笑顔で答えた。

 

すると

 

「…ッ//」

 

その笑顔を見たゲンジは更に顔を赤くさせると彼女達から逸らす。見るとヒノエはいつもと変わらず満面の笑みを浮かべているが、隣に立っているいつも無表情なミノトがヒノエと同じ程の明るい笑みを浮かべていた。初めて見るミノトの満面な笑みをゲンジは直視できなかったのだ。

 

「…む?なぜ私の方を見て顔を逸らしたのですか?」

 

「いや…その…」

 

一方で、やはりそれを見ていたのかミノトは顔を近づける。その一方でヒノエはその理由に気づいているのか微笑みながらミノトの肩をつつく。

 

「きっとミノトの笑顔が可愛くて照れているのですよ♪」

 

「…っ!!」

 

ヒノエから耳打ちされたミノトは目の色を変えるとゲンジの肩を無理やりガシッと掴み出し何が何でも逸らした顔を見ようとした。

 

「ゲンジ!今すぐその顔を見せてください!!そしてスリスリさせてくださいッ!!」

 

「やめろぉぉ!見るなぁぁ!!」

 

結局 真っ赤に染まった顔を見られミノトから気が済むまでスリスリされた。

 

そんな時だった。入り口からナカゴの声が聞こえてきた。

 

「おいゲンさん!ゴコク様が呼んでますよ〜!」

 

「分かった。じゃあ後でな」

ナカゴの声に返事をすると、ゲンジは二人に手を振りながらイオリと共にその場から去っていった。

 

ゲンジが去っていくと、辺りは再び静かになる。けれども、二人の笑顔が消える事はなかった。

 

「二人とも本当に嬉しそうだな」

 

試着を終えたヒノエの袴の紐を解きながらロンディーネは二人に声を掛ける。それに対してヒノエは答えた。

 

「えぇ。あれほど強く優しく泣き虫な方に嫁げるのですから嬉しい限りです。ね?ミノト」

 

「はい。あれほど勇敢で頼れる上に泣き虫な方に姉様と共に嫁げるなんて夢の様です」

 

二人とも『泣き虫』という謎の共通な特徴を述べているが、それには敢えて触れなかった。

まぁ確かにゲンジは二人の前でよく泣いていた。それほど2人はゲンジにとって心の許せる存在だったのだろう。

 

 

「それに…何度も助けられてしまえば…もう惚れるなと言われても無理ですよ。助けられた分これからは私達が彼を支えるんです」

 

「私も姉様と同じ意見です」

 

「…ふふ。そうか」

2人の覚悟にロンディーネは微笑むとヒノエの紐を解き終え、ミノトの方へと取り掛かった。

 

すると

 

「ここか?花嫁がいるのは」

「やっほー」

気迫のある声とやや気の抜けた声が聞こえると共に扉が開き和服を纏ったエスラとシャーラが入ってきた。

 

「義姉さん!シャーラ!」

 

「やぁ二人共。試着はもう終わったのかい?」

 

「えぇ。今解いてもらっているところです」

 

「そうか。見たかったが、仕方がない。本番で見せてもらおう」

 

そう言いながらエスラはヒノエとミノトに近づくと、2人の頭にポンと手を乗せ金色に輝く優しい瞳を向けた。

 

「2人ともこれまで何度もゲンジを救ってくれてありがとう。姉として弟をよろしく頼むよ」

それに続くかの様にシャーラは2人の手を取り握り締めた。

 

「ゲンジから離れないであげてね」

エスラとシャーラの希望を託すかのような瞳を向けられた2人は笑みを浮かべながら頷いた。

 

「「はい!」」

 

 

 

そんな時だった。

 

 

ギィィン…

 

扉が音を立てながらゆっくり開くと共に顔を俯かせたゲンジが入ってきた。その表情はとても暗く先程まで輝いていた瞳からは光が失われていた。

 

「む?どうしたゲンジ。やけに暗いじゃないか」

先程とは一変し顔から輝きを失っていたゲンジに驚いたエスラはそれについて尋ねた。

すると、ゲンジは懐から一枚の手紙を取り出した。

 

「……『ゲルド村』から手紙が届いた」

 

「「…!!」」

その話を聞いた途端 エスラとシャーラの目が血走ると共に頬から筋が湧き上がった。

 

「大型モンスターが現れたから今すぐ討伐を頼みたいってさ。……それだけだ。邪魔した」

ゲンジはそれだけ言い残すと扉に手を掛けながら出ていった。

 

扉が静かに音を立てながら閉まるとミノトとヒノエはエスラとシャーラに目を向けた。

 

「あの…ゲルド村…とは一体…」

ミノトはゲンジの表情と顔が怒りに満ちているエスラを不審に思いその表情の原因となった村について尋ねた。

 

エスラは怒りに満ちた表情を解くと額から汗を流し苦い表情を浮かべながら答えた。

 

「ここから少し離れた場所にある小さな村__

 

 

 

____私達とゲンジの生まれ故郷だ」

 

 

最終章 帰郷編__。

 



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最終章 帰郷編
村への出張 


すいません。改めてモンハン世界の地図見たらロックラックがほぼ大陸の端に位置していたので向かう場所を『ドンドルマ』に変更しました。申し訳ない…。


「出てけよこのバケモノ!!」

 

「ウチの妹に近づくな!!」

 

次々と向かってくる石や木の棒。それは全て自身に当たり傷を負わせてくる。

 

__なんで俺が………

 

 

「やめろッ!弟に手を出すと許さないぞ!!」

 

止めに入ろうとした金色の目をした少女と青色の目をした少女を村の少女達が手を引っ張るようにして抑える。

 

「エスラちゃんもシャーラちゃんもあんな奴に近づいちゃダメだよ!!」

 

「ふざけるな!ゲンジは大切な弟なんだぞ!!」

エスラの叫びが響いても村の子供達は止まらず次々と自身に向けて罵詈雑言を飛ばしてきた。

 

「このモンスター!」

 

「モンスター!!」

 

「モンスター!!!」

 

その言葉は自身の心と身体に傷を負わせていった。だが、何故か辺りの大人は誰一人として止めようとはしなかった。

 

そんな中 一人の桃色の長い髪を束ねた少女が倒れる少年の前へと歩いてきた。

 

「モ…モモカ…!!」

 

少年はその少女の名前を口にしながらゆっくりと手を伸ばす。

だが

 

「触らないで」

 

少女はその手を振り払う。自身を見下ろすその目はまるで自身を人として扱うことの無い“ゴミを見るような目”であった。

 

 

「それと気安く名前 呼ばないでよ。アンタのようなモンスターは生きてる価値なんてないんだからサッサと死んじゃえば?」

 

「…!!」

此方を見つめていた少女の放ったその言葉は少年の心に深い傷を負わせる。そして我慢の限界となった少年は涙を流し始める。

 

 

__何で…俺が…こんな事を…!!!

 

何故か分からない。なぜ何もしていない自身がこんな事をされなければならないのだろうか。なぜ、大人は止めてくれないのだろうか。

 

 

「うぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

 

その少年は涙を流しながら雲に覆われ灰色に染まった曇天に向けて叫んだ。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「ゲンジ!!」

「…!」

咄嗟に響いたヒノエの声によってゲンジは現実へと引き戻された。目を開けると目の前には曇天の空ではなく、ヒノエの顔があった。

 

「大丈夫ですか…?酷い汗ですよ…」

ヒノエの言う通り頬を触ると何故か湿っていた。額から汗が流れており、それが知らぬ間に頬に伝っていたのだ。

 

「すまん……昔の事を思い出してた…」

 

ゲンジは深呼吸しながら汗を拭い意識を統一させると現状を整理する。

 

エスラ達に手紙が届いた事を報告したあの後、ゲンジは試着が終わったヒノエ達と共に自宅へと戻り手紙の事について相談していたのだ。

 

だが、その話に深く入り込むにつれて頭の中にあの日の景色が思い浮かびあがり、ついには引き込まれてしまうほど鮮明に思い出してしまったのだ。

 

「ッチ…こんな時に都合の良い手紙寄越すとは…本当に腐った村だ」

 

舌打ちしながらエスラは手紙の内容へと目を通す。手紙の内容は

 

『村ノ付近ニテ手強イ火竜 出現。至急ゴ帰還願ウ 村長ブロン』

 

と言うものだった。火竜ならば、専門の自身らに頼むのは確かだが、一般的な火竜ならばレウス、レイア問わず上位の中級実力者または駆け出しG級でも十分 対応できる筈だ。なのになぜ自身らなのか、エスラやゲンジ達はそれが不思議で仕方がなかった。

 

手紙の内容に目を通したエスラはゲンジに問い掛けた。

 

「どうするゲンジ?お前が行くなら私達も行くが、もし行かないのならば私も行かない」

 

それに対してゲンジはエスラから手紙を受け取ると、再び目を通す。その蒼い三白眼が動くとゲンジは口を開いた。

 

「…俺としてはここで依頼を受けて村と正式に縁を切るのも悪くねぇと思ってる。…けど」

 

答えを出したゲンジは自身の隣に座るヒノエとミノトに目を向けた。

 

「…行くとなったら…2人との約束をまた破っちまう…」

 

ここからゲルド村はまず近くの街『ドンドルマ』からアイルー荷車で約1日かけてアルコリス地方にあるココット村へ直接赴き、そこから再びアイルーの荷車に乗りおよそ1時間揺られなければならない。

 

ゴコクによると、行くとなれば午後には出発しなければ間に合わないとの事らしい。

もしも行くとればヒノエとミノトとの式の約束を破ってしまう事になるだろう。その上、依頼が完了し、帰還したとしても1ヶ月間の自宅謹慎が待っている。そうなれば更に先延ばしとなってしまうだろう。

 

「ぐぅ…!!」

この依頼を受けないと心に決めようとすると腹の中に何かが残ったかのような感覚に見舞われてしまう。

どうすればいいのか。自身では何も分からない。そう思いながら歯を食い縛る。

 

 

そんな時だった。

 

「!?」

突然と肩を引かれ、頭がボスッと音を立てながら柔らかい感触に包まれた。

見上げるとそこには優しい笑みを浮かべるヒノエの顔があった。それに続くかの様にミノトの顔も映り込んでくる。

 

「私は貴方の判断に任せますよ」

 

その言葉と共にヒノエの柔らかい4本の指が髪を撫でる。

 

「貴方が引き受けたいのならば私達は貴方の意思を尊重し式を見送ります。ムシャクシャしたまま式を開いても落ち着きませんからね」

 

ヒノエの言葉にミノトも同意するかの様にうんうんと頷いた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…」

 

ゲンジは2人の言葉によって勇気と共に励まされるとようやく腹を決め、ヒノエとミノトの目に自身の瞳を向けた。

 

「俺の…我儘に付き合って欲しい…」

 

「えぇ」

「喜んで」

 

自身の答えにヒノエとミノトは笑顔で頷いてくれた。

 

「悪いな…」

 

「気になさらないでください。どんな我儘でも私達は付き合いますよ」

 

そう言いヒノエは膝に乗せたゲンジの額に顔を近づけると口付けをした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからゲンジはゴコクの元に向かい行く事を伝えると準備を整えて里の入り口に止まっているドンドルマへ行く荷車へと向かう。

 

入り口には里の皆が見送りに来ていた。

 

「皆にも悪かったな。せっかく準備してくれたのに」

 

「なぁに気にするな。謹慎が解けたら挙げればいいだけの話でゲコ。それよりもお主 1人で行く気でゲコか?」

 

「あぁ。百竜夜行が収束してもモンスターが出てくる可能性があるからな。流石に姉さん達には残ってもらう」

 

そう言いながらゲンジは荷物を背負う。エスラ達も行くと言っていたのだが、百竜夜行が収束したとしてもモンスターが現れる可能性がゼロになったという訳ではない。トゥーク達もいつまでも滞在している訳でもない。彼らもユクモ村が心配な為に夜には帰ってしまうらしい。

もしも現れた際は対処出来ないために彼女達には残ってもらう様になったのだ。

 

「だが流石にお前1人じゃ危険すぎる。先のトラウマもあるからな。だから2人ほど付き添いを用意したぞ」

 

「…は?」

 

エスラはそう言いながら後ろに目を向ける。

 

すると

 

「お待たせしました〜」

 

「おぉ。丁度いいタイミングだな」

その軽快な声と共に人混みを掻き分けながら弓とランスを背負った2人の女性が現れた。それは何とヒノエとミノトであった。

 

「はぁぁ!?何で二人が!?」

 

「付き添いと言っただろ?お前1人だと村の奴らから何をされるか分からん。だからハンターではないギルド関係者かつ、腕の立つ2人に同行を頼んだのだ」

 

そう言いエスラはフンと鼻息を放つ。本来の彼女ならばヒノエとミノトを押し除けゲンジを独り占めするべく自身が立候補する筈だ。だが、エスラはここしばらく外に出ていないヒノエとミノトを気に掛け、これを良い機会と見て2人に同行を頼んだのだ。もちろん、ゲンジの身も案じてだ。

 

「義姉さん大好きです!」

 

「一生ついていきます!」

久しぶりの遠出に2人はウキウキとしておりエスラに抱き着いていた。

 

「いや…里と集会所の受付はどうするんだ!?」

 

「そこはゴコク殿が代わりに行うから心配するな」

そう言われたゴコクはピースサインを送る。まさかのヒノエとミノトの同行にゲンジは驚く上に納得がいかなかった。

 

「いくらなんでも…下手すれば野宿する可能性だって…」

 

「ご心配なさらずとも、狩猟の知識も心得ております。貴方には迷惑を掛けませんよ」

 

そう言いヒノエとミノトは瞳をキラキラさせながらグングン前に迫ってくる。

だが、それでもゲンジは2人の同行を許すことが出来なかった。

 

「だとしても俺1人でだいじょ__んぐ!?」

 

その瞬間

拒否の声をあげようとしたゲンジの口をニコニコと笑みを浮かべたヒノエの手が掴むようにして塞いだ。

 

「私達にまた寂しい思いをさせるつもりですか?」

 

「もしくは…私達とは一緒にいたくないと…?」

 

「いや…そう言うわけじゃ…」

ヒノエは相変わらずニコニコと笑っているがその目は笑っておらず、ミノトに至っては目を血走らせており露骨に怒りを見せていた。

そして2人はゲンジの返答を待つ事なくグイグイと顔を近づける。

 

「旦那様が旅先で妙な女性に誘われないか私達は心配なんですよ…?」

 

「それ全く関係ねぇだろ!?」

 

「別に私とミノトが行って何かご迷惑なことでもあるのですか?あるのですか?ねぇ___あ・る・の・で・す・か・?」

 

迫り来るヒノエの超強烈な圧に耐えきれず、押し負けてしまったゲンジはアッサリと首を横に振る。

 

「………ありません…」

 

「では決定ですね♪」

 

その様子を見ていた里の皆は爆笑しており、次々と『女房に負けてるぞ〜!』や『だらしねぇな!』という野次が飛んでくる。

 

その後、ヒノエ、ミノト、ゲンジは荷物を乗せてロックラック行きの荷車に乗り込んだ。

 

「では、行ってまいります」

 

「あぁ2人ともゲンジを頼んだぞ」

「悪い虫がつかないようにね」

 

「「はい!!」」

 

エスラとシャーラの言葉に2人は笑顔で声を揃えながら頷く。

 

「お前もしっかりとお嫁さんを守るんだぞ」

 

「分かってる!」

エスラに余計なお世話だ!と言いながらゲンジも頷いた。

 

「では出発しますニャ〜!」

 

その言葉とともにアイルーの手綱を引く音が鳴ると荷車を引くポポが声を上げた。

 

 

「いってらっしゃ〜い!!!」

ヨモギの軽快な声に加えて手を振る皆にヒノエとミノトも手を振り返した。

依頼を受ける為に一時的に生まれ故郷に戻るべくゲンジとヒノエ、ミノトの3人はカムラの里を発った。

 

 

「これ…新婚旅行じゃね?」

 

「「「「「「確かに」」」」」」

 

セイハクのふと漏らした言葉に皆は頷く。

 

 



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ヒノエの子守唄

前回も書き加えましたが、向かう場所はロックラックではなくドンドルマに変更しました…。なにぶん ユクモ村 近辺からめちゃくちゃ遠いので…。


『ドンドルマ』

 

それはカムラの里から約数十キロ離れた場所に位置する巨大な都市である。

カムラの里、ユクモ村などといったこの地方の全ハンターズギルドを統括しているロックラックと同じく知らない者はいないとされており、ハンターズギルドの本部が置かれている。

また、商業の発展地としても有名であり、カムラの里で採掘された上質な鉄鉱石もここで高い額で取引されている。

 

その一方で他の地方よりも古龍の発見報告が比べ物にならない程多く、それを防ぐための砦が設置されており集められたハンターによって撃退作戦が行われる事があるらしい。

 

◇◇◇◇◇

 

「わぁ〜!初めて来ましたが凄い場所ですねミノト!」

 

「はい!姉様!」

里を発ちおよそ数時間。到着し、停車したアイルー荷車から降りたヒノエとミノトは久方ぶりに見る発展した都市を見て興奮し胸を高鳴らせていた。見渡せば辺りは建物ばかりであり、武器やら食材やら多くの物資が並んでいた。

その様子を見ていたゲンジは荷物を背負うと、はしゃいでいる2人に呼びかける。

 

「遊びに来た訳じゃねぇぞ。早いとこココット村に向かわねぇと」

 

「分かってますよ〜。あ、店主さん。このリンゴとビスケット全部ください」

 

「余計な荷物増やすな!!」

 

「あ、あとそちらの屋台の肉まんというモノとモスポークを…」

 

「おぃぃ!!!」

有り金を使い出店に並ぶリンゴやその他の食材を全て買い占めようとしたヒノエをゲンジは羽交い締めするようにして防ぐ。

 

すると突然 顔を赤くし興奮したミノトが駆け寄ってきた。

 

「姉様!ゲンジ!あちらに『ダラ・アマデュラ』という巨大なモンスターの絵が!見に行きましょう!!」

 

「だから遊びに来た訳じゃねぇ!!」

 

結局見に行った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから3人はココット村行きの荷車に乗り込む。時期が時期なのか、自身ら以外に乗る者はいないらしく、ガラガラで好都合であった。

 

「この後はどうしますか?」

荷車に揺られる中、結局購入したリンゴを齧るヒノエに尋ねられたゲンジは今後の予定を話す。

 

「取り敢えず今日は途中にある村で宿を取ってそれから朝一にゲルド村に向かう。このペースなら到着は夜中。それを5日間繰り返していく」

 

そう言いゲンジは荷車から空を見る。空は夕日に輝いており、山々の間に太陽が沈み込もうとしていた。

 

荷車の台に座る中、ゲンジの顔は少しずつ暗くなっていた。

 

「……」

 

「やはり落ち着きませんか?」

 

「あぁ…」

 

これから向かう場所は自身にトラウマを植え付けた因縁のある村だ。もう大人になったというのにそれが頭の中に根付き恐怖心を煽っていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから更に数時間が経過した。太陽は完全に沈み込み辺りは闇に包まれていた。

視界が鮮明ではない夜中に平原や山道を渡る事は夜行性のモンスターに襲われる危険性があるためにゲンジ達を乗せたアイルー荷車は途中にある村にて停車した。

 

アイルー荷車から降りるとゲンジは到着した村を見る。停車した村はよくこのような場合になった時の為の場所として有名であり、結構と言っていいほど発展していた。

その証拠に辺りには装備を纏った男女のハンター達やら商人が何人も歩いており話し声が聞こえてくる。

 

村というより少しばかり街に近いだろう。見れば村の中心部には集会所らしき場所があり、その周りにも宿などが多く設立されていた。

 

ゲンジはその中でも高そうな宿を指さす。

 

「今晩はあそこに泊まるぞ」

 

「「分かりました」」

 

ゲンジはヒノエ達と共にその宿へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「一泊頼む。部屋は空いてるか?」

 

「少々お待ちください」

 

受付に着くと褐色の肌の女性の係が出迎えた。係員は受け答えをスラスラとこなすと名簿をめくる。

 

「すいません…。一部屋しか空いていないのですがそれでもよろしいでしょうか?」

 

「一部屋にベッドはいくつだ?」

 

「1つです。大きめなので最大でも3人が一緒に横になれます」

 

受付係の言葉を聞いた瞬間 ヒノエとミノトの目がキラリンと輝き出す。

 

「じゃあ別の__むぐ!?」

 

「「それでお願いします!!」」

 

「か…かしこまりました…」

3部屋取れないと分かり、断ろうとしたゲンジの口をヒノエとミノトは塞ぐと顔を前に出し承諾する。その圧に係員は冷や汗を流しながらも承ると名簿に名前を書き記す。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから部屋へと入った3人はそれぞれ荷物を置くと長旅で疲れた身体をほぐすかのように捻る。

 

「なんでオッケーしたんだよ。3人別々のベッドの方がいいだろ…?」

 

すると

 

「何を仰っているのですか?」

 

「ひぐ!?」

突然 背後からインナー姿となったミノトの手が巻きつき自身の身体が抱き上げられると共にベッドに引き込まれた。

それに続くようにヒノエも受付嬢のコーデを脱いでいった。

 

「私達は夫婦なんですから一緒のベッドで寝て当たり前じゃないですか♪」

 

そう言いながらインナー姿となったヒノエも同じベッドへと倒れ込んでくる。彼女達の着用するインナーは女性が扱う者と同じであり凹凸のある魅力的な身体が強調されていた。

 

「それと…」

 

するとヒノエの顔が少し暗くなり、ゲンジの両頬を両手で挟み込む。

 

「先程からお顔が暗いですよ?あくまで目的はモンスターの狩猟。気をしっかり持って頂かないと命に関わる事ですから」

 

本気で心配しているのかヒノエは悲しそうな表情を浮かべながらゲンジの身体に更に身を寄せた。確かにゲンジは少しながら気分が落ち着かない上に今朝方ナルハタタヒメの討伐から帰還しており夜通し起きていたのだ。ここでしっかりと休まなければ悪影響が出てしまい依頼に支障が起きてしまうだろう。

 

「それと一緒のベッドで寝るのに何の関係が…」

 

「ゲンジの恐怖心と疲れをほぐしてあげようと思いまして♪」

 

その言葉と共にヒノエの手がゲンジの身体を抱き締めミノトと共に包み込んだ。

 

「……」

 

「何もしませんから。安心してちゃんと休んでください」

 

「…分かった…」

ミノトの言葉に頷くとゲンジの溜まり切っていた疲労が現れ始めゆっくりと目を閉じていく。

 

閉じていく中 ヒノエの子守唄が聞こえてきた。

 

____ね〜んね〜ん ころ〜り〜よ〜

 

その透き通るような優しい声が奏でる歌が聞こえてくると共に身体を優しくトントンと叩かれ、心の中に渦巻いていた恐怖心を打ち消していった。そしてヒノエの子守唄によってゲンジだけでなくミノトも段々と目を閉じていく。

 

「ぼうやは良い子〜」

 

「ガキ…扱い…す…る…」

 

すると 最後まで言い終える事なくゲンジの目はゆっくりと閉じられ子守唄と共に夢の世界へと誘われていった。

 

それに続くかのようにミノトも目を瞑るとヒノエは子守唄を止めて眠りについた。

 



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到着ゲルド村

そして。旅を続けて4日後の朝。

 

目を覚ました3人は起きると軽い朝食を取り、宿を後にするとこの宿のある村に泊まった際に乗っていたアイルー荷車へと乗り込んだ。

 

「どうですか?お身体の様子は」

 

「あぁ…眠れたからだいぶ調子が良いが、少し寝足りないな…」

 

荷車に揺られる中、ミノトに身体の調子を尋ねられたゲンジは腕を何度も握りながら答えた。

 

「でしたら私の膝下もしくは胸元にでも♪」

 

「赤ん坊か俺は!?」

 

ヒノエの茶化しに顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。そんな賑やかな様子で荷車は平原を進んでいった。

ちなみにだが、この荷車はゲルド村へと直接向かっていた。なぜココット村ではないのか。それはゲンジ以外に搭乗者がいないためだ。

本来ならばココット村に向かいそこから乗り換えなければならないが、今回は特別と言う事で直接向かってくれるようだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから数時間が経過し、正午に差し掛かった。ゲンジ達が乗る荷車は平原を進むとある地点で停車する。

 

「到着ですにゃ〜」

 

軽快な到着を知らせる声を聞いたゲンジとヒノエとミノトは荷物を担ぐとその荷車から降車し、着いた場所へと目を向けた。

 

到着したのは凹凸した平原の中にポツンとある小さな村であった。村の入り口らしき場所には『ゲルド』と書かれた木造の看板が建てられておりその入り口の向こうにはいくつもの木造の家が建っていたのだ。

 

「ここが…ゲンジやエスラさん達が生まれた場所…」

 

カムラの里とは全く違う村の形状や家屋の造りにミノトは感嘆の声を漏らす。

 

「あぁ。平原の端っこにある小さな村だ。近くには川も森もあるから栽培が盛んだし遊び場もある。狩場にも近いから俺たちはそこでよく訓練をしていたのさ」

 

そう言いゲンジは村の向こう側にある森の更に向こう側を指さした。その先にある場所はギルドでは【森・丘】と呼ばれており、狩場として認定されていた。

 

すると

 

「アンタら旅人かい?」

 

一人の薪を背負いながら歩いていた若い青年が自身らに気付き声を掛けてきた。この村の住人らしき人物に遭遇したゲンジは顔を暗くしながらも首を横に振り答えた。

 

「いやハンターだ。手強い飛竜が現れたと聞いて来た」

 

「…!」

ゲンジが事情を話すとその男性は驚きの目を向けるとゲンジの両手を握る。

 

「って事はお前…ゲンジか!?」

 

その表情はとても輝いていおり、まるでずっと待ち侘びていたかのようだった。それに対してゲンジは一才の喜ぶ感情を見せる事なく真顔で頷く。

 

「…あぁ」

 

頷くと青年は嬉しそうに手を握り何度も何度も振る。

 

「久しぶりだなぁ!よく帰って来てくれたなぁ!」

 

「んな事はどうでもいい」

 

ゲンジは握りながら振る手を強引に振り払うと青年に向けて鋭い視線を向ける。

 

「村長に合わせろ」

 

「お…おぅ。そちらの方は?」

 

青年に目を向けられたヒノエとミノトはそれぞれ簡単に自己紹介をする。

 

「ヒノエと申します」

 

「ミノトです。よろしくお願いします」

 

「これはどうも。じゃあ、お連れの方もどうぞどうぞ」

 

その青年は気さくに答えながらヒノエとミノトにも目を向けると中へと案内し始めた。

 

◇◇◇◇◇

 

それからゲンジ達が村の中へと入ると辺りから次々と村の住人らしき人達が自身らを見ようと顔を出してくる。

 

その人数はざっと見ればおよそ数十人程度だ。村としては普通に少ないと見ていいだろう。

その人々を見たヒノエは前を歩く青年に尋ねた。

 

「ここの村の人口はだいたいどれくらいなのでしょうか?見る限り随分と少ないようですが…」

 

「そりゃ赤ん坊合わせて40人程度だからなぁ。ウチの村からハンターになって出ていく奴はもう本当に数年に一人か二人程度だから顔振りがあんまり変わらないんだよ。俺も生まれた時からずっとここに住んでいてな。食べ物に困らないし大型モンスターもあまり現れないから良い場所だよ」

 

「成る程」

 

青年の説明にヒノエは頷く。彼の言葉が事実ならばゲンジを蔑んだ人々は今も尚この村に住んでいると言う事になるだろう。

 

「だから住んでる者達は硬い絆で結ばれているのさ」

 

ピキ

 

「絆…だと?」

青年がそう呟いた瞬間 骨が軋む音が聞こえた。ヒノエが目を向けるとゲンジの頬からは血管が隆起しており、手がまるで骨を鳴らすかのように唸っていた。まるでその言葉を偽りと捉えるかのように。

それを目にしたヒノエは即座に落ち着かせるべく肩に手を置いた。

 

「…落ち着いて」

 

「…あぁ」

青年に聞こえない声でヒノエはゲンジを宥める。幸いにもゲンジは何とか平常心を保てているのか、その露骨な怒りはゆっくりと収められた。

 

その声に青年は気づかず、村長の家へと到着した。

 

「さぁ着いたぞ。ここが村長の家だ」

 

着いた場所はこの村の中心に立つ一軒の大きな家だ。青年が扉を軽く叩くと中から髭を生やした初老の男性が姿を現した。

 

「おぉゲンジよ…!」

 

その男性はゲンジを見るや否や駆け寄ると手を握った。

 

「よくぞ帰って来てくれた…!いやぁ元気そうで何よりだ!」

 

「…」

手を握られるゲンジは村長を鋭い目で見下ろしていた。それに加えて再び頬からは筋が隆起しており怒りに染まっていることが分かる。笑いながら手を握るその男性についてもゲンジにとっては気に入らない相手であったのだ。

 

「それよりも本題の飛竜はどこで見かけた?場所を言え」

 

「まぁ焦るんじゃない。せっかく再開できたのだからもう少しゆっくりしていかないか?」

 

「は…?」

村長は手を握ったまま離そうとはしなかった。まるでゲンジを引き止めるかのように。その動作によって段々とゲンジの心の奥底に眠る怒りが込みあがり、遂には瞳が震え始めていった。

 

それを見たヒノエは咄嗟に前に出て村長に声を掛ける。

 

「村長様。時間は有限です。いつまた飛竜による被害が出るか分かりません。場所をお教え願えませんでしょうか」

 

「…」

ヒノエの言葉によって村長は正気に戻り事の重大さに気づいたのか、不思議と嫌悪感を抱くかの様な表情を浮かべながらその手を離した。

 

「ふむ…分かった」

ヒノエの言葉に頷くとゲンジから手を離し森の奥に聳える丘へと杖を向ける。

 

「あの丘の奥で見かけた。早いとこ頼むぞ」

 

「……行くぞヒノエ姉さん。ミノト姉さん」

「「はい」」

 

少し態度が変わった事が気になるもゲンジは触れずに二人に声を掛ける。それに二人は頷くと、先程入ってきた入り口へと向かおうと脚を進めた。

 

 

その時だ。

 

「お久しぶりですねゲンジ様」

 

「…あぁ?」

 

とても明るく高い声が聞こえてきた。自身の名前を呼ぶ声を聞いたゲンジは鋭い目を向けながら振り向く。

すると 村長の家から一人の小柄な女性が現れた。髪は桜色に染まりクリンとした瞳も同じ桜色に輝いていた。身長はゲンジよりもやや小さく身体もヒノエとミノトよりも細く華奢であった。

 

その女性を見たゲンジは目を鋭くさせる。

 

「テメェ…モモカか?」

 

「よくお気づきに」

その女性は笑みを浮かべながら優雅に一歩一歩と歩み寄るとゲンジに向けてミニスカートの様な形状の服の先端を摘みながらゆっくりとお辞儀をする。

 

「おかえりなさいませゲンジ様。……いえ。私の旦那様」

 

「は?」

 



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怒りの記憶と魅惑の花

「お帰りなさいませ。私の旦那様」

 

そう言いながらモモカと呼ばれた女性は桃色に輝く瞳をゲンジに向けた。

その一方でその言葉を聞いたゲンジの頬からは勢いを潜めていた筋が再び湧き立つと共に目をモンスターの様に鋭く変化させていた。

 

「俺がお前の旦那?寝言でもほざいてんのか?」

 

「いいえ。寝言ではありませんよ」

 

そう言いモモカは近づくとゲンジに向けてニッコリとした笑みを浮かべた。

 

「私は真剣です。貴方の事を心から愛しております」

 

その笑みは見る者を魅了してしまう程に可憐かつ美しいモノであったが、逆にゲンジは怒りを増していき、瞳と共に握り拳までもが震え始めていった。

 

「その道端のクソに等しい気持ち悪い笑顔を向けんじゃねぇよ。自然と殺意が湧いてテメェをグチャグチャにしてモンスターの餌にしてやりてぇ衝動に襲われちまうだろうが」

 

「あらあら。相変わらず血の気が多い方ですね。ですが、そこに痺れてしまいます♪」

 

その言葉と共にモモカの手がゆっくりと伸びてくるとゲンジの髪の間から飛び出す耳たぶに触れようとした。

 

「…!!」

それに対して限界に来たのかゲンジは手を掴むと振り払った。それによってモモカの身体は後ろによろけると共に地面に尻餅をついた。

 

「何をなさるのですか?」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

ゲンジは此方を見上げてくるモモカの瞳に向けて鋭い目線を向けると指を指す。

 

「気安く触るな。気安く名前を呼ぶな。テメェの旦那になる気なんざ毛頭ねぇ」

 

昔の事を頭に思い浮かべると共にその時に自身に残酷な言葉を言い放つ彼女の姿を重ねながらゲンジは吐き捨てると、ヒノエとミノトの手を引き、村の出口へと向かう。

 

「行くぞ二人とも」

 

「「!?」」

 

手を引かれたヒノエとミノトはあの女性の言葉に理解が出来ず混乱していた。

 

ゲンジが二人の手を引きながら狩場へと向かう姿を尻についた土を払いながら見ていたモモカは横にいるゲンジ達を案内した青年へと目を向けた。

 

「テイラ。あの二人だれ?」

 

「なんでも狩猟の助っ人らしいぜ?特にゲンジとは関係がなさそうだが」

 

「そう。ならサッサと帰してしまった方がいいわね」

ゲンジを見つめた瞬間モモカの目が鋭く変化した。それはまるで獲物を捕らえたモンスターであるかの様に。

そしてゲンジを見つめながら口元に手を当てるとその指先を舌で舐め取る。

 

「アンタだけは絶対に逃がさないわよ“モンスター”」

 

◇◇◇◇◇◇

 

村を出て狩場である森・丘のキャンプへと到着するとミノトは自身らの手を引き連れてきたゲンジへ先程の女性モモカについて尋ねた。

 

「ゲンジ…あの女性と一体何があったのですか?」

 

「…」

 

「あの…もしお辛ければ無理して話さなくても…」

 

「いや、話す」

ミノトに問われたゲンジは暗く悲しい表情を浮かべながら答えた。

 

「アイツは…俺の友達だった。あの案内した奴『テイラ』もな…」

 

そう言いながらゲンジはキャンプのベッドの上に腰を掛けると話し始めた。

 

ーーーーーーー

薬の効力が出る前。俺は肺が弱く訓練について行けずエスラ姉さんやシャーラ姉さんが留守の間、皆が遊ぶ姿をずっと遠くから見つめていた。

 

俺も皆の輪に入りたい。そう思っていた時に声を掛けて来てくれたのが『テイラ』と『モモカ』だった。

 

「ねぇねぇ!君も一緒に遊ぼうよ!」

 

そう言いながらモモカは俺の手を引き皆のところに引っ張り出した。あの二人のおかげで俺は皆と打ち解けて友達になることが出来た。父親が不在な時はエスラ姉さんとシャーラ姉さんを誘って皆で集まりよく遊んだ。

 

 

 

けど

 

俺が薬を打ち込まれ身体が変化してから皆は俺を避ける様になった。

 

「おはよう!」

 

俺が声を掛けた時に答えてくれる奴は誰もいなかった。何度も声を掛けても無視をされ、脚を進ませるとソソクサと避けられる。

 

その様子から俺はアイツらから嫌われていると確信した。

 

だから俺は訓練に熱を注いだ。皆に声を掛けることなく、強くなった身体を更に鍛え上げる為に。

 

 

強くなる。強くなる。強くなる。

 

 

目的もなくただただそんな思いを呟きながら訓練に打ち込んでも、俺の中にはアイツらともう一度 友達に戻りたいという感情があった。

 

ようやく出来た友達を失いたくなかった。

 

けれどもアイツらは俺を“仲間”としては見てくれていなかった。

 

そして

俺がイビルジョー に意識を乗っ取られドスジャギィを殺した時にはもうアイツらは俺を“人間”としてさえも見ていなかった。

 

前から無視していた奴らは急変し俺を見かけると無視するどころか罵詈雑言を飛ばし始めた。

 

「出てけよモンスター!!」

 

「村から出てけ!!」

 

「死ね!!」

 

エスラ姉さんやシャーラ姉さんが庇ってくれたとしてもアイツらは止めなかった。

 

俺はその時 モモカとテイラを頼ろうとしたが、あの二人も俺を見放しソイツらに混ざるどころか引っ張る様にして俺に罵詈雑言を浴びせて来た。

 

「アンタのようなモンスターは生きてる価値なんてないんだからさっさと死んじゃえば?」

 

「お前の様な奴なんか仲間にしなければ良かったわ…!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

全てを話し終える頃にはゲンジの声は細々となっていた。ミノトとヒノエは自身らを案内したあの青年も加担していた事に驚きを隠さなかった。

 

「あの案内してくれた方がそんな事を…」

 

「だからあの人が話していた時はあれ程まで怒っていたのですね…」

 

ヒノエとミノトはようやく理解した。それ程の過去があったならばあの青年テイラやモモカに対し怒りが湧くのも無理はないだろう。幸いにも今はその二人がいない為にゲンジが怒りに身を乗っ取られる事はなかった。

 

「ミテクレなんて誰でも繕えれるさ…」

 

正常な様子でゲンジは話し終えるとヒノエとミノトに真剣な眼差しを向けると指を指した。

 

「それとだ。俺との関係は絶対に口にするな。俺の関係者だと知ればアイツらは何をしでかしてくるか分からん」

 

「「はい…!」」

ゲンジの促しに二人は静かに頷いた。もしもあの村の者がゲンジに対して何かよからぬ事を考えていればその関係者であるヒノエとミノトにも被害が及ぶだろう。それを危惧したゲンジは二人に注意を促したのだ。

 

「それより…何でアイツは俺を婚約者だと………ん?」

 

 

その時だ。

 

ゲンジはふと自身が立っている岩場から見える日陰のない場所に目を向けた。

 

「どうしました?」

 

ミノトが尋ねるとゲンジはそれに答えずゆっくりと目を向けた場所へと歩いて行く。

 

そこにあったのは紫色の花弁が開き中には赤い花粉が詰まっている何とも毒々しい色の花だった。

その花の後ろに目を向けると続く黒い岩陰にその不気味な花が何輪も咲いており、不気味な花粉を輝かせていた。

 

「まぁ…綺麗なお花ですね」

 

その輝く花に目を向けたミノトは興味を示すと近づき、花びらに触れようと手を伸ばした。

 

「…!触るな!!」

 

「え!?」

ミノトが花に手を伸ばそうとした時。ゲンジは咄嗟に身体に抱きつく様にしてその手を止めた。

 

「どうしたのですか!?」

 

その様子を見て驚いたヒノエは駆け寄りながら尋ねるとゲンジは微量の汗を流しながら答えた。

 

「コイツは間違いない…“センノウカ”だ…!!」

 

「「“センノウカ”…?」」

 

聞いたこともない花の名前にヒノエとミノトは首を傾げる。ゲンジは昔、読んだ図鑑の中で見た絵を思い出しながら説明し始めた。

 

「暗くジメジメとした場所に偶に生えてくる花だよ…。その花の花弁は暗闇の中で紫色に輝き花粉も赤く光る…一見すれば綺麗な花だが…この花粉や茎には洗脳作用があるのさ…」

 

「「!?」」

 

ヒノエとミノトは驚くとその花『センノウカ』を見つめた。

 

「この花の花粉や茎を大量に吸う…または摂取すればしばらく思考が停止しその間に命令を下されれば言いなりになっちまうんだ。それに触れたりすればその花粉が手につく危険もあるからな…」

 

「「成る程…」」

 

ゲンジの説明にヒノエとミノトは納得すると共に花の危険性を理解してその場から後ずさる。

 

「あれ?何かおかしいですね…」

 

そんな中 ヒノエがセンノウカの咲いていた場所を見て首を傾げていた。見れば1箇所だけ土が撒き散らされておりその土の中から先端をもぎ取られた根っこの様な物が顔を出していたのだ。

 

まるでそこだけむしり取られているかの様に。

 

「あそこだけ不自然ですよ?誰かが収穫したかの様に土が掘り返されていますし…」

 

「…」

その地点に目を向けたゲンジは目を鋭くさせ何かよからぬ事が起きる事を予測すると共に睨みつけていた。

 

「それよりもいつまでミノトにだけ抱きついているのですか?」

 

「え……わあああ!!ご…ごめん!!」

 

「いえ…お気になさらず。できれば私はもうしばらくだけ…」

 

その後 3人は目的の火竜を討伐するべく森・丘のエリアへと進んだ。

 

 

 



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抱く疑念

あれから森・丘へと入りゲンジ達は目的のモンスターである火竜『リオレウス』を発見すると3人で協力の末に討伐する事に成功した。

 

だが、妙だった。

 

「…変だな。弱すぎる」

 

地面に倒れ臥すリオレウスの遺体をゲンジは睨みつけながらそう零した。ヒノエとミノトと共にリオレウスと会敵してから僅か数分。たった数分で空の王者と呼ばれるリオレウスは虫の息となったのだ。

明らかに弱すぎる。情報によれば手強いと聞いていたので上位またはマスターランク程の個体を予想し、数時間の攻防を覚悟していた。

だが、全くそれに及ばない程貧弱だったのだ。

 

「不思議ですね…。それにあまり飛ぶ事もありませんでしたし…まるで成体に成り立ての様に見えました」

 

「俺もそう思っていた…」

村の人の目が大袈裟に捉えていたのか、それとも情報と違ったのか。全く理解ができなかった。

 

そんな時だ。倒れ臥すリオレウスの身体を剥ぎ取っていたミノトが叫んだ。

 

「ゲンジ!姉様!」

 

ゲンジとヒノエは背中を剥ぎ取っていたミノトの方へと駆け寄る。すると、ミノトは剥ぎ取った背中の殻を掲げる様にして見せた。

 

「見てください!これは堅殻ではありません!甲殻です!!」

 

「は!?」

それに驚いたゲンジは即座にそれを受け取るとペタペタと触ったり握ったりしてみる。ゲンジはこれまで数十以上もの火竜を討伐してきた。故に甲殻や堅殻、果ては重殻の違いなど手に取ればすぐに読み取る事ができるのだ。

 

馴染んだ手に感じられたのはやや柔らかめで、未発達と呼ぶにふさわしい感触であった。

 

「本当だ…。てことはコイツは下位個体…ということか…?」

 

ゲンジは驚くと共に倒れ臥すリオレウスへと再び目を向けた。

 

「一体どう言う事なのでしょうか…手紙には強力な個体と書かれていた筈…」

 

「…」

 

ミノトの言葉にゲンジは黙り込んでしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「おい。これは一体どう言う事だ?全然話しと違ぇだろ」

 

討伐を終え、森・丘から帰還したゲンジ達は事情を聞くべく討伐報告と共に村長の家へと上がり込むとその村長へと詰め寄った。ゲンジは村長の胸ぐらを掴み上げながら手に入れた甲殻を押し付けると村長を睨みつけた。

 

それに対して村長は細々とした声で答えた。

 

「いやその…私達の見間違いだったかもしれんのぅ…まさか成体に成り立てだったとは…ぐぇ!?」

 

その答えにゲンジは眉間に皺を寄せると更に力を入れて掴み上げる。

 

「と言う事は確証もつかねぇ情報使って俺を“騙して”無理矢理 呼び寄せたって事か?」

 

「いや!決してそんな事は…!!」

 

村長は否定するが、ゲンジは信じる気はない。その上に何かを企んでいるかの様な仕草に怒りが湧き上がっており、目元からは再び筋が湧き出っていた。

 

「信用できねぇな…!」

 

「ひぃ!?」

その言葉と共にゲンジは筋が湧き立つと共に瞳を鋭くさせながら殺気を放つ。それによって村長の身体は次々と震えていった。

 

「ゲンジ、落ち着いてください」

 

咄嗟にヒノエはゲンジの肩に手を置き、ゲンジを宥めた。

 

「お怒りなのは分かります。ですが今は堪えましょう?」

 

「…あぁ…」

ヒノエの言葉に怒りに駆られていたゲンジは勢いを収めると、村長から手を離した。

 

ゲンジが離れるとヒノエはゲンジに代わるようにして村長に目を向けた。

 

「村長様。此度の依頼はこれでよろしいでしょうか?」

 

「あ…あぁ。感謝するよ…」

ヒノエの問い掛けに村長は頷く。ゲンジの気迫に完全に気圧されたのか、声が震えていた。

 

「では、もう残すはあと一つですね」

 

「そうだな」

そう言いヒノエは後ろで座るゲンジに目を向けた。それに対してゲンジは頷くと立ち上がり村長の前に立つ。

 

「な…なにかな…?」

 

「俺がここに来たのは依頼の為だけじゃねぇ。お前らと正式に縁を切る為にも来たんだ」

 

「な…!?」

 

その言葉に驚く村長に向けてゲンジは人差し指を突き付けた。

 

「俺はもう二度とここに来ねぇし立ち入らない。だからお前らも二度と俺に依頼を寄越すな。そしてその顔を見せるな…!!」

 

「な…なぜそこまで私達を嫌うのだ!?それに我々はこれから誰に依頼を…!!」

 

「近くにドンドルマがあるだろ。そこなら腕の立つハンターなんてウジャウジャいる。そこに頼め。それに俺がこんなにキレてる理由はお前も十分分かってるだろ?なぁモモカのお父さんよぉ…!!」

 

「…ぐぅ…」

 

ゲンジに言われた事により、村長は黙り込んでしまう。この村長はモモカの父親でもあったのだ。彼も娘であるモモカがゲンジにしてきた所業については知っていた。

 

「この条件は必ず飲んでもらうぞ?いいな?」

 

「……わかった…」

 

村長は提示された条件に息を呑み込みながらもゆっくりと頷いた。その頷きを確認したゲンジはゆっくりと立ち上がる。

 

「じゃあ二人とも…そろそろ帰るぞ」

 

「「はい!」」

 

ゲンジの過去への決着を見届けたヒノエとミノトも笑みを浮かべながら頷き、共に立ち上がる。

 

その時だ。

 

「ま…待ってくれ!!!」

 

突然 村長は呼び止めると、床に手をつき頭を下げた。

 

「今までお前にしてきた事…皆を代表して私が詫びる!!贖罪も兼ねて夕食だけでも食べていってくれないか!?」

 

「はぁ?何言ってんだ。この村の飯なんざ腹に入れたら見た目だけで人を蔑むクソ野郎になっちまうだろうが」

 

ゲンジは頭を下げながら懇願する村長に向けて過去の事を皮肉るかの様にして断る。

だが、それでも村長は引き下がる事はなかった。

 

「お願いだ…!!何なら宿も提供するから頼む…!!!」

 

「…」

今もなお懇願してくる村長に対しゲンジは苦い表情を浮かべる。時刻はもう夕刻。アイルー交通はもう通らない上に考えればここから近くのココット村まで歩くだけで数時間は掛かる。そうなれば夜行性のモンスターに襲われる可能性がある。

 

それを考えたゲンジは溜息をつくと、ヒノエとミノトに問い掛ける。

 

「今日は胸糞悪いがここに泊まる…いいか?」

 

「「大丈夫ですよ」」

 

ヒノエとミノトはゆっくりと頷く。それを確かめたゲンジは今もなお頭を下げる村長へと目を向けた。

 

「言っとくが俺は長い狩猟生活をしてきたから鼻がいい。たった一滴入れられた毒薬なんて普通に分かる。飯に毒薬なんて混ぜやがったらタダじゃおかねぇからな…?」

 

「そんな罰当たりな事する訳ないだろ!?よし…皆に声を掛けてくる!!」

 

そう言い村長は駆け出すと家を飛び出していった。

 

残ったゲンジはヒノエとミノトに目を向けると誰にも聞こえない様な声で伝えた。

 

「油断するなよ…?」

 

「「…」」

それに答えるかの様に二人は頷いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

それから夕食の時刻となった。村長宅の中で座るゲンジ達の前には多くの野菜や肉で作られた料理が置かれていた。

 

「まぁ!美味しそうですね!」

 

「あぁ。どれもウチの畑で取れた新鮮な野菜に活きの良いモスの肉だ。遠慮せず召し上がってくれ」

 

料理を見たヒノエの感嘆する声に村長は頷きながら答える。その料理はお盆に載せられており、ヒノエ、ミノト、ゲンジの分とそれぞれ分かられていた。

 

この地原産の野菜がたくさん添えられたサラダにカットされたモスポーク。そしてココットライスを使って作られた米粉のパン。更にスープ。誰も食欲を唆られる物ばかりである。

 

「……スンスン」

 

だが、やはり警戒が途切れないのか、ゲンジは二人の料理と自分の料理に鼻を近づけると毒物が入っていないか確認する。

その結果は『無し』

 

「…それらしき物は入ってないな」

 

「ではいただきましょう!」

 

ヒノエとミノトはゲンジの判断に感心し、お盆に乗せられた料理を口に運んだ。ゲンジの鼻の良さは二人がよく知っている為にその判断に安心感を抱いたのだ。

 

「…」

 

ヒノエとミノトは口に運んだ料理をジックリと味わう様に噛み締める。すると、口内には絶大な旨味が広がった。

 

「まぁ!美味しい!」

 

「こんなに瑞々しい野菜は初めてです…!」

 

原産地の野菜のその美味なる味にヒノエとミノトは再び感嘆の声を漏らすと次々と食べ進めていった。

 

「ゲンジ!美味しいですね!」

 

そう言いながらヒノエは横で食事に手をつけているゲンジへと目を向けた。

 

 

 

「_____あら?」

 

ゲンジを見た瞬間、ヒノエは食べる動作を止めてしまった。

 

「ゲンジ…?」

 

見るとそこにはゲンジがパンを片手に持ちながら固まっていた。見れば野菜やモスポークを既に平らげ、スープも飲み干していた。

 

「あの…ゲンジ?どうしました?」

 

ヒノエは何度も呼びかける。だが、ゲンジは答える事もなければ動く様子もなく、ただずっと虚空を見つめていた。

 

そんな時だ。後ろの入り口の扉が開き、酒が入った茶碗が乗せられたお盆を持ちながらモモカが入ってきた。

 

「あら、もう召し上がっていらっしゃるのですね」

 

ヒノエは現れながらゲンジの横に膝を付いて座ったモモカにゲンジの容態について尋ねた。

 

「あのモモカさん…。ゲンジが突然 動かなくなってしまったのですが…」

 

 

すると モモカの目の色が変わると共に口角が釣り上げられ三日月のように不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「ほぅ…。どうやら成功した様ですね…」

 

 

 

 

「「_!?」」

その瞬間 ヒノエだけでなく食べ進めていたミノトもその手を止めるとモモカを睨んだ。

 

一方でモモカはヒノエとミノトの動作に目を向けることなく虚空を見つめるゲンジを見つめると、ゆっくりゲンジの耳元に口を近づけ囁いた。

 

 

 

「ねぇゲンジ様……私と結婚して一生この村に残ってくれますよね…?」

 

 

その言葉が聞こえた瞬間 先程まで固まっていたゲンジの口元がゆっくりと動き出した。

 

 

「俺は__ここに残る…。お前と…結婚する…」

 

 

 



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洗脳された薄明

「俺は…ここに残る。お前と結婚する…」

 

静かに言い放たれたその言葉にヒノエとミノトは驚きのあまり言葉を発する事ができなかった。

その一方で、その言葉を聞いたモモカは笑みを浮かべると酒の入った茶碗を差し出した。

 

「あらあら。ようやくその気になってくれたのですね。モモカは嬉しゅうございます♪」

 

差し出された酒をゲンジは受け取ると苦手であるにも関わらず口内に流し込んだ。

 

「ちょっと待ってください…」

その様子を見たミノトは眉間に皺を寄せながら立ち上がった。

 

「貴方…ゲンジの料理に何を混ぜたのですか!?」

 

鋭い琥珀色の瞳をモモカへと向けるとモモカは口元に手を当てながら笑みを浮かべた。

 

「何も入れてなどございませんよ?」

 

「嘘をつかないでください…!!ゲンジの様子が明らかにおかしいじゃないですかッ!!」

 

ミノトは憤慨しながら立ち上がるとゲンジの頬を掴むと目を合わせた。

 

「ゲンジ!!私を見てください!!」

 

「…」

蒼く輝く瞳に向けてミノトは自身の瞳を向けると必死に呼びかけた。

だが、その声を聞いてもゲンジは口を開き返事をする事も答える事も無かった。

 

「ゲンジ!ゲンジ!!」

 

「やめてくださいまし。私のゲンジ様に何をするのですか?」

 

ミノトが必死に呼び掛けていると、モモカがその手からゲンジを取り上げる。

 

「貴方のゲンジ…だと…!?」

 

「えぇそうですよ。だってこの方本人が仰ったじゃありませんか。『私と結婚する』…と。それに…」

 

モモカの桃色に染まった目が向けられた。その目はゲンジとの関係性を調べんかの様に全身を隈なく見つめていた。

 

「貴方は先程からヤケにゲンジ様に突っかかってきますが、貴方方とゲンジ様は何か特別なご関係でもあるのですか?」

 

「…!!」

問われたミノトは怒りを募らせながら答えようとした。自身らはゲンジと婚約者であると。

 

 

「私達は…ゲンジの…!!___「ミノト」

 

その時だった。ヒノエの手が静かに肩に置かれた。ミノトは即座に答える事を止めると後ろを振り向く。見るとヒノエは悲しい表情を浮かべながら首を横に振っていた。

 

「姉様…」

 

「…気持ちは分かりますが…抑えて」

 

ヒノエのその表情と言葉からミノトは気持ちを抑え込み冷静になると、ゲンジから言われた事を思い出した。

 

“絶対に関係を口にするな”

 

狩りに向かう中ゲンジから言われた言葉だ。もしも今ここで婚約者だと言えば自身らも無事では済まないだろう。そうなればゲンジの注意が無駄になる上に、ゲンジも人質にされる可能性がある。

 

「…」

ミノトはヒノエの言葉に従うと必死に気持ちを抑え込み答えた。

 

「ただの友達です…」

 

「あらそうなのですか。申し訳ありませんね」

 

ミノトの答えに納得するとモモカはゲンジの手を取り立ち上がる。

 

「ではお食事の後は別の部屋でお話を。お父様。お二人を宿に案内してあげてください」

 

それだけ言い残すとモモカはゲンジを連れて出て行ってしまった。

ミノトは後を追いたい気持ちに駆られてしまうが必死になって押さえ込んだ。

 

「ミノト…辛いけど我慢よ…」

 

「…はい…」

 

ミノトは頷く。ミノト自身も理解していたのだ。辛いのは自分だけではなくヒノエもだ__と。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ゲンジを連れたモモカは村長宅とは別の家屋の中にゲンジを招き入れると、中にある椅子に腰を掛け、向かい合うようにして座った。

 

「貴方は私の婚約者。この村に帰ってきたハンター。あの二人は友達ではなくただの他人__」

 

目の前に座るゲンジの両頬を両手で挟みながら次々と言葉を掛けていく。それに続く様にゲンジはその言葉を繰り返した。

 

「俺は_貴方の婚約者…帰ってきたハンター…あの二人はただの他人…」

 

「そう…よく言えました__♡」

 

 

その瞬間

 

 

ゲンジの頬が歪むと共に床に倒れた。

 

「ご褒美にたくさんお仕置きしてあげる♪」

 

その様子を見ながら笑みを浮かべたモモカは無理やり髪の毛を掴み倒れているゲンジの顔を起き上がらせると、何度も何度もその顔へ向けて拳を放った。

 

「アハハ凄い凄い♪全然反撃してくる様子もない!これが“センノウカ”の効果なのね♪」

 

誰もいない部屋の中で次々と鈍い音が響き、遂にはその顔面は鼻から滲みでた鼻血に塗れてしまった。

 

「う〜わ。汚な」

自身の手に付着したゲンジの血を見るとモモカは気味悪がる様に、掴んでいた髪を離し付着した血を辺りに塗りつける様にして拭き取る。

 

 

「じゃあね。明日、あの二人が帰った後…もっとお仕置きしてあげるからね?“モンスター”」

それだけ言い残すと血のついた手を拭き取ったモモカは床に倒れるゲンジを残したまま、その家を出て行った。

 

ドアの閉まる音と共に灯りも家具もない。ただ埃まみれの家の中にただ一人ゲンジは取り残された。倒れてもなおその瞳は蒼く輝いていた。

 

 



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ミノトの涙

彼が彼女に連れて行かれてしまった。その姿を私は呆然と立ち尽くしながら見ることしかできなかった。

 

「ミノト…」

 

「大丈夫です…姉様…」

 

姉様が私の身を案じて声を掛けてきてくれるが、声の質からして姉様も私と同じくショックを受けているに違いない。

 

「姉様…ゲンジは戻るのでしょうか…」

 

「分かりません…。ただ祈るしかないでしょう…」

 

帰ってきた答えに私は頷く。頭の中にはゲンジの手を引っ張っていき連れ去ったモモカという女性の不気味な笑みが思い浮かんだ。

 

「姉様…あの女性が絶対に怪しいです…恐らくゲンジの料理に『センノウカ』を混ぜた張本人かと…」

 

「そうに違いないわ。ゲンジの様子を見たあの表情…あれは正しく何かを画策し成功した時の表情だわ」

 

頷く姉様の顔からはいつもの笑顔が消え去っていた。私と同じくあの女性に対して怒りの感情が湧き上がっているのだろう。

 

「ミノト…下手に動けば私達も危ないわ。だから今はじっとしていましょう…」

 

「…はい…」

 

それから私達は明日の朝に備えるべく布団を敷き横になった。

 

私と姉様がいる場所は大きな木造宅。やや広めであり、扉もない為に外での会話が普通に耳の中に入ってくる。

外から村の人達の話し声が聞こえてくる度に心の奥底から怒りが湧き上がってきた。

 

__耐えろ…姉様だって私と同じ気持ちなんだ…!!耐えろ…!!

 

何度も心に訴えながら私は聞こえてくるその声が入れないように耳を塞ぎ、眠りについた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからどれほど時間が経ったのだろうか。

 

眠っていたミノトはふと目を覚ました。

 

「…」

 

少し尿意を催してしまったのだ。隣で寝息を立てているヒノエを起こさないようにゆっくりと布団から起き上がると、その家に取り付けられている厠へと向かった。

 

それから用事を済ませると、ミノトは布団へと戻り横になった。起きてもなお浮かび上がるのはゲンジが連れて行かれる光景である。

彼は自身ら姉妹がようやく会えた生涯を共にする大切な婿。そして彼自身も自分達を大切に思ってくれている。

このまま彼を置いて帰ることなど決してできない。

 

「…(待っていてくださいゲンジ…。貴方は必ず私達姉妹がお迎えに参ります…)」

 

心にそう誓いながらミノトは再び眠りにつこうとした。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

____ア〜ハッハッハッハッ!!!

 

 

突然と外から笑い声が聞こえてきた。

 

「…!?」

 

その笑い声を耳にしたミノトは耳を研ぎ澄ませてその後に夜の静まった村に響く声を聞き取った。

 

聞こえてきたのは酒を飲んでいるのか、ややハイテンションな調子のモモカと村長そしてテイラの会話であった。

 

__おいモモカよ。少し飲み過ぎではないか?

 

___いいのよぉ!今夜はパァ〜っといきましょうやお父様〜!!なにせあのゲンジを手に入れられたんだかるさ〜!!

 

__そうだぜ〜!無礼講!無礼講!

 

「…!?」

 

聞こえてきた言葉にミノトは驚くと更に耳を立てて続きを聞く。

 

__それにしても本当に好都合だったよな〜!

 

___そうねテイラ。最近ここらでモンスターがメチャクチャ出てくるからどうしようかと思ってたけど、これで一安心ね。アイツがいればもう怖い者なし。その上、アイツはもう私の操り人形。これから使いに使いまくってやるわ…!!

 

「な……!!」

聞こえてきたその会話を聞いたミノトは驚きと同時に身体の奥底から怒りが湧き上がってきた。

 

__一緒に来た二人はどうするのだ?

 

__あぁ?お父様ったら…そんなの簡単でしょ?言葉巧みに言いくるめて帰らせればいいのよ。ゲンジと別に恋人関係でもないし。それに、仮に好きだとしても力に惹かれただけの浅い愛よ。あんなモンスターなんて“力”だけが取り柄なんだから_。

 

その後もモモカの笑い声が響いてくる。

 

 

 

ドン…ッ!!

 

突然とその場に拳を叩きつける音が響いた。ミノトの拳が壁へと突き立てられていたのだ。

 

「…(ふざけるな…ふざけるな…ふざけるな…!!!)」

 

ミノトの脳内には今朝方、自身らを案内したテイラの言葉が思い浮かんだ。

 

『硬い絆で結ばれている』

 

「(何が硬い絆だ…!!それに力だけが取り柄だと!?)」

壁を殴りつけたミノトの額と拳には筋が湧き立っていた。度を過ぎた身勝手な理由かつゲンジを道具としてしか見ていない醜悪に満ちた二人の本性にミノトは心の底から激怒していたのだった。

 

「くぅ…!!」

歯を軋ませたミノトは目に涙を溜めながらも拳を握り締めた。今動いてもどうにもならない。何もできない自分に腹が立って仕方がなかった。 

 

 

すると 

 

「んん…どうしました?ミノト」

壁を殴りつけた音が響いた事で眠っていたヒノエが目を覚ましてしまった。

 

「…姉様……」

 

◇◇◇◇◇

 

それから、ミノトは布団から起き上がったヒノエに近寄ると自身が聞いた事を全て話した。彼女達はゲンジを『道具』として扱うべく洗脳したことを。

 

「そう…」

 

話を聞いたヒノエの顔からは笑みが消え去り次々と怒りに満ちていくかのように険しくなっていった。

 

「本当に腹が立つ話ですね…。ゲンジがどんな気持ちで来たのかも知らずに…」

 

いつもよりも低く威勢のあるヒノエの声が静かに響くと共に握り締められていた拳が震え、眉間には皺が寄せられた。

その一方でミノトは涙を流していた。

 

「姉様…私…悲しくて仕方がありません…なぜいつもゲンジだけが傷付かなければならないのですか…?なぜゲンジが嫌われなければならないのですか…?

 

 

なぜ_____

 

 

 

 

 

 

 

 

______あれほど優しい彼がここまで不幸な目に遭わなければならないのですか…?」

 

「…」

その問い掛けにヒノエは首を振る。それもそうだ。誰も正解を知らない。たとえ不幸に見舞われようとその者の人生である故に仕方がない。ミノトはただ泣きながらヒノエにしがみついていた。

 

その一方で首を振ったヒノエの目からは何も迷いがなかった。

 

「ですが…そんな彼に手を差し伸べ救う事が私達の役目です」

 

その言葉と共にヒノエはしがみつくミノトの肩に手を置くと目を合わせた。

 

「明日の朝、村を立つ際に必ずゲンジを助けましょう。私達の声ならばきっと彼に届く筈です」

 

「…ですが…上手くいくか不安です…もしもゲンジに声が届かなかったら…」

 

「ミノトはゲンジの事が嫌いなのですか?」

 

「いいえ…!」

その問い掛けにミノトは咄嗟に否定するべく全力で首を横に振る。

 

「大好きです…!!姉様と同じくらい大好きです!」

 

「なら不安を持たず、自信を持ちなさい。良いですね?」

 

「はい…!」

 

それから心を落ち着かせたミノトはヒノエと共に策を考案すると明朝に備えるべく、再び布団に横になった。

 

 

「姉様は…お辛くはないのですか…?」

掛け布団を被る中、ミノトはふとヒノエに尋ねた。先程からずっとヒノエは冷静沈着であった。本来の胆力の賜物なのか、それとも痩せ我慢なのか。ミノトはずっと気になっていた。

 

それに対してヒノエは少し黙るとすぐに首を横に振りながら答えた。

 

「辛いですよ。彼がいない今…泣きたくて仕方がありません。ですが、今は耐える時です。そうしなければ感情に押し殺され不安が増すばかりですからね」

 

「姉様…」

 

辛い気持ちを押し殺し不安を抑え込んでいたヒノエにミノトは驚くと共に共感し、涙を抑え込んだ。

 

それからミノトはヒノエと共に目を閉じ再び就寝へと入った。夜明けが勝負だ。必ず彼の目を覚まし共にカムラの里に帰る。その決意を胸に抱いたミノトは目を閉じた。

 

その後 眠るミノトの横からは耐えきれずに啜り泣くヒノエの声が微かに聞こえていた。

 

 



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薄明の目覚め

夜が明け、ゲルド村を朝日が照らすとヒノエとミノトは同時に布団から起き上がった。

 

「行きましょう…姉様」

 

「えぇ。ミノト」

 

ヒノエとミノトは起き上がると壁に立て掛けてある武器を背負い外へと出た。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「あらあら。どうされましたのお二人とも?そんな険しい顔なんかして。もうすぐアイルー便が来る時間ではなくて?」

 

村の入り口付近にある村長の家の前にて、ヒノエとミノトを見送るかのように立っているモモカは眉を潜めながらもケラケラと笑っていた。

その顔を見る度にミノトは怒りを露わにしていく。

 

「一つ忘れ物がございまして」

 

「忘れ物?」

 

「えぇ。とても大切な大切な忘れ物です」

 

ヒノエはそう言い少し呼吸を整えると一尺置いてから目を向け答えた。

 

「ゲンジを返してもらいます」

 

「はい?」

ヒノエの言葉にモモカは首を傾げる。

 

「何を仰っているのですか?彼は自身で残ると言ったのですよ?」

 

「自身で残る?ならば本人の口からお聞きしたいですね。呼んでいただけませんか?」

ヒノエは目を細め鋭い視線を送りながら返す。すると、それに対してモモカは頷いた。

 

「えぇいいですよ。テイラ、ゲンジ様を連れてきてください」

 

「あぁ」

モモカから目を配られたテイラは頷くと、どこかへと歩いて行った。

 

「あら?貴方の家にはいないのですか?」

 

「ウチは狭いですからね。彼のために家を一軒用意したのですの。そちらとは違って窮屈でもないし寂しくもないですわ」

 

「……はい?」

モモカの言葉にヒノエの顔からは笑顔が消え去った。

 

「どう言う事ですか?まるで私達がゲンジに窮屈で寂しい思いをさせているように聞こえますが」

 

「えぇそうですよ。彼が貴方達は自身を利用するべく謀り非情な扱いをしてくる…。そう白状しました」

 

 

「まぁ…それはそれは…」

その瞬間 ヒノエの声が低くなると共に笑みを失った顔からは心の奥底から湧き上がっていた怒りが吹き出し表面化しようとしていた。

 

それはミノトも例外ではなかった。

 

「…彼がそんな事を…言う訳…!!」

昨日モモカが酔った際に現した本性に加えてゲンジが初めて笑顔を見せた里での生活を醜悪なモノへと塗り替えようとするその言葉にミノトは今にも激怒してしまいそうであった。

 

 

その時だった。

 

 

「お…おい!?なんで言う事聞かねぇんだ__ゴハァ!?」

 

『!?』

 

突然鈍い音が響いた。その音にモモカは驚きながら背後へ顔を向ける。そこにはゲンジを呼びに行ったテイラが住居の間から吹き飛ばされている姿があった。

 

すると

 

「う〜ん…。ようやく朝か…」

 

気だるそうな声と共に装備の独特な金属音を鳴らしながらテイラが吹き飛んできた場所から一つの影が現れた。

 

「…は!?」

 

その影を見たモモカは驚きのあまり硬直し立ち尽くしてしまう。 

そこに立っていたのは装備を身に纏いながら荷物を纏めた麻袋と共に背中に武器を担ぐゲンジだった。

その姿を見たモモカは先程までの笑みが一瞬にして顔から消え失せ、冷や汗を垂れ流し始めた。

 

「ゲンジ様…なぜ…装備を身に纏われているのでしょうか…?それに肩にかけてある荷物も…」

 

身体を震わせながら恐る恐る尋ねると、それに対してゲンジは「あぁ〜」と言いながら答えた。

 

「別にただ帰りの準備をしただけだが?」

 

「…は…!?なんで…!?お前は私の…命令を…!」

 

普通に答えたその様子にモモカは更に驚き、一歩後ずさってしまう。

 

「何だ?その動き…命令?あぁそうか…!」

 

その動きを見た瞬間ゲンジは突然と何も考えていない普通の真顔から突然と口角を吊り上げ、笑みを浮かべ始めた。

 

「そうだったな。俺はお前に洗脳されているって設定だったもんな。朝が来たからスッカリと忘れちまったよ」

 

「嘘…じゃあ夜のウチに意識が…!?」

 

「夜のウチ?」

 

ゲンジは笑みを潜めながらゆっくりと目を閉じると、再び目を開け血管が視認できるほどまで血走らせた目をモモカへと向けた。

 

「違う。俺は元々んなモンに掛かってねぇ」

 

そしてゲンジはその血走らせた恐ろしい目を向けながら再び口角を吊り上げ不気味な笑みを浮かべた。

 

「全部 演技だよ…ッ!!」

 

 

 



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決別と現れる本性

今回は少しばかり長いです。あと、お気に入りがたくさん増えて嬉しいです。ありがとうございます。


「…は…!?全部演技!?」

 

「そうだ」

 

モモカの問いにゲンジは笑みを解き元の表情に戻ると真相を語り始めた。

 

「狩場で摘まれた跡を見つけてからどうもクサくてな。センノウカの効果が適用されるのは花粉を嗅ぐ、もしくは花や茎を摂取するこの二つのみ。だから俺は村に帰った時からずっと警戒していたのさ。特に食事の時はな。まぁ案の定、スープに染み込んでたな」

 

「な…!!」

 

実際にスープに染み込ませていたのか、それを聞いたモモカは更に驚く。

 

「ス…スープに入れたって…どうやって気づいたんだよ!?」

 

「言っただろ?嗅覚が発達してるからスープに入れた毒物の判別なんて簡単だと。センノウカの匂いは独特だからすぐに分かった」

 

「じゃ…じゃあ洗脳はどうやって切り抜けたんだよ!?お前全部ガブ飲みしてたじゃねぇか!」

 

「ハッ!!それについても簡単さ」

 

まるでエスラのような笑い声を上げながらゲンジはセンノウカの摂取時の状態についても語り出した。それは昔の地震の記憶と共に吐き出すかように。

 

「ハンターになってから死を覚悟する危機的状況に立たされ、俺は何度もパニックになった。その時に必ず俺は自分を落ち着かせる為に精神統一を行なっていた。もちろん“コイツ”を抑える時もな。それが日常動作になって鍛え上げられたからセンノウカの花粉や茎なんざ通用しねぇんだよ」

 

そう言いゲンジは人差し指で自身の頭をつついた。ヒノエとミノトは理解している一方で村の人々は何なのかは理解できていなかった。

 

そんな中、ゲンジに殴り飛ばされ、起き上がったテイラはある事を問い掛ける。

 

「じゃ…じゃあ何でお前…わざわざ洗脳された振りをしたんだよ…!?」

 

それは辺りで聞いていた者達も同じように思っているだろう。食事を出された時点で看破していればそのまま食べなくて良かったものの、なぜ、アッサリと食べ、朝まで持ち越したのか。彼には何の利益もない筈だ。

 

それについてもゲンジは答えた。

 

「俺には効かないと分かればお前らはこの二人に目をつけるだろ?流石の俺もこの二人が洗脳されれば簡単には動けない。かと言って村から出て行こうとしても夜は真っ暗で危険だ。そう簡単には出られん。だから俺は自分が洗脳されればこの二人にお前らの目が向けられなくなると考えた。二人のスープからはセンノウカの匂いはしなかったからお前らの目的は俺だと看破できたからな。だから俺はワザと掛かったのさ」

 

「「「…!!!」」」

 

最初から全て見破られていた事を知った村の皆はゲンジの咄嗟の起点にも驚き、何も口に出すことができなくなった。

 

「何でワザワザそこまで…まるで後ろの二人を守ってるみたいじゃない…その二人とどんな関係があるっての…?」

 

「別にただの同行者だよ。同行者の安全第一なのは当たり前だろ?」

モモカから二人の関係を問われたゲンジは淡々と答えていく。仮に二人にの食事にも混ぜ込まれていたら、ゲンジは自身を抑えきれなかっただろう。

 

「(まぁ、二人の飯に混ぜてたら速攻で殺していたけどな…)」

 

それだけ心に呟くとゲンジは見渡す様にして辺りにいる村の皆へと目を向けると溜め込んでいた自身の思いを吐き出す。

 

「それよりもよかったよ。最後まで救いようのねぇ奴らだと分かってな」

 

目を鋭くさせながら血のこびり付いた口元を親指で拭い、動揺しているモモカや村の人々に決別の思いを込めた目を向ける。

 

「これでもう情が湧かなくなる」

 

「く…!!」

『…』

対してゲンジの言葉を聞いたモモカは自身の作戦が全て最初から破綻し利用されていた事をようやく理解し歯を軋ませる。その他の村の皆も唇を噛みながらゲンジから目を逸らす。

その一方でゲンジはゆっくりと歩き出す。

 

「じゃあな。もう二度と俺に関わるな。そしてその顔を見せるな」

 

◇◇◇◇◇

 

ゲンジは立ち尽くすモモカに吐き捨てながら横を通り過ぎ、後ろに立っていたヒノエとミノトの元へと歩み寄ると頭を下げた。

 

「二人ともすまなかったな…心配掛けて」

 

「いえいえ」

ゲンジからの謝罪の言葉にヒノエとミノトは首を横に振ると頭を撫でた。

 

「ご無事で何よりです。戻ってきてくれて安心しました…ん?」

 

そんな中 ゲンジの頭を撫でていたヒノエはふと顔を見て撫でる手を止めた。

 

「…ゲンジ…その顔の傷は…?」

 

「誰にやられたのですか…?」

見ればゲンジの顔にはいくつもの痣が出来上がっていた。右目付近は晴れており、口元には唇が切れた際に流れたと思わしに血痕も付着していた。

その顔の傷を見た途端にヒノエとミノトは表情を一変させながらゲンジの両肩を掴み問いかけた。

 

「モモカにやられたよ…。洗脳できたかどうか試すつもりだったか知らねぇが、あの後、別の家屋に連れ込まれて何発か殴られた。まぁ痛くは無かったがな」

 

「…そうですか…」

 

ゲンジが答えるとヒノエは頷きミノトは肩を強く掴んだまま、目の前で立ちすくんでいるモモカへと目を向けた。

不審に思ったゲンジは即座に二人に尋ねる。

 

「何をする気だ?」

 

「少し制裁を…。彼女達は一度、痛い目を見るべきです」

 

そう言いながら目を鋭くさせているヒノエはいつもの温厚な姿が完全に消え去り、ミノトと共に頬から筋が湧き立たせながらモモカへと向かおうとしていた。

ゲンジは即座に二人の手を掴む。

 

「やめろ。俺は気にしてないと言ってるだろ。早く帰るぞ」

 

「ですが…」

 

「あれほど馬鹿にされればいくら私達でも…!!」

 

「いいんだ」

モモカへと向かおうとするヒノエとミノトにゲンジは頬を緩めながら軽い笑みを浮かべた。

 

「早く帰ろう。皆が待ってる」

 

「「……わかりました」」

 

二人は頷くとゲンジの手を取り、帰りのアイルー便の待つ村の入り口へと向かおうとした。

 

だが、モモカはそれを許さなかった。

 

「おい待てよ…!!」

 

「あ?」

 

その鋭く怒気の混じった声を聞いたゲンジは振り返ると二人の前に出る。

 

「お前私達を見捨てるのか!?」

 

それに続くようにしてテイラも前に出る。

 

「頼むよゲンジ!俺たちはここを離れる訳にはいかねぇんだよ!!だから残って俺達を助けてくれよ!な!?_

 

 

____俺達の仲だろ!?」

 

「…ッ!!!」

 

テイラの放った言葉を聞いた瞬間 ゲンジの頭の中に自身を罵る二人の姿が思い返され、怒りを募らせていく。こんな時にだけ『俺達の仲』という都合の良い御託を並べるテイラに対しゲンジはもう殺意すらも覚え始めていたのだ。

 

一方で、テイラに続き、辺りにいる村の皆も次々と声を上げてくる。

 

「そうだよゲンジ!昔 よく遊んだだろ!?」

 

「友達のよしみで頼むよ!」

 

「こっちはもうすぐ子供も産まれそうなんだよ!!」

 

村の人々はゲンジを引き止めようと次々と言葉を投げ掛けてくる。中には妊娠している妻を出してくる者もいた。次々と都合の良い言葉を投げ掛けてくる昔馴染みの村の人々にゲンジは更に腹を立てていく。

 

「…」

だが、それでもゲンジは怒りを表面化させる事はなかった。それは彼の心の中に僅かながら慈悲が残っていたからだ。彼や彼女がいなければ自身はずっと独りである事は間違いなかった。

 

故にゲンジは彼らに対する情が無くなった今、怒りをぶつけることはなくただ首を横に振った。

 

 

「ダメだ。俺はもうここの住人じゃねぇんだ。だから__」

 

 

その瞬間 

 

「ゴハァ!?」

その場に鈍い音が響き渡ると共にゲンジの身体が頭からよろけながらヒノエとミノトのいる場所へと千鳥足で下がっていった。

 

「「ゲンジ!!」」

 

目の前にフラフラと倒れる様にしてよろけながら下がってきたゲンジをヒノエは即座に受け止める様にして支える。

 

「…!!」

 

見ると殴られたと思わしき頬は赤く染まっており、その拍子に口内を切ってしまったのか、口からは血が出ていた。

 

 

「ふざけんなよコラァ…!!」

 

その声が聞こえた方向にヒノエとミノトは目を向けた。そこには歯を軋ませながら拳を突き出しているモモカの姿があった。その顔はもう可憐とは言えるものではなくなっており、醜悪に満ちたモノへと歪み変化していた。

モモカはヒノエとミノトに支えられているゲンジへと目を向けた。

 

 

「モモカ…さすがにそこまで…」

 

「黙ってろテイラ。おいお前…誰のお陰で友達が作れたと思ってんだ!?」

 

その場にモモカのとてつもない怒声が響き渡った。

 

「故郷への“恩返し”として手と足になるのは当然の事だろうが!!テメェに居場所を作ってやろうとしてんのに何だよその態度は!!ふざけんじゃねぇぞ!この人間でも竜人族でもねぇ___

 

 

 

 

 

______『紛い者』がッ!!!」

 

 

「…!!」

 

その言葉が響き渡った瞬間 ヒノエに支えられていたゲンジの目が大きく開くと同時に心の中に雷の如く響き渡ると顔を俯かせた。

 

「紛い……者…」

 

自身に言い放たれたその言葉を口にしたゲンジ。その言葉は彼に自身の禍々しい姿へと変貌した時の容姿を思い返させていった。

 

 

一方でモモカは自暴自棄になりながら次々とゲンジを冒涜するかのような言葉を吐き出していった。

 

「テメェに裂いた私の時間を返せよ!ここまでの作戦の為にどれだけ時間使ったと思ってんだよ!テメェの汚らしい身体に触るのもどれだけ苦労したと思ってんだぁ!!!」

 

次々とモモカの口から吐き出されていく罵詈雑言。それはゲンジに容姿だけでなく忌まわしき少年時代の記憶さえも思い返させていった。

 

「…紛い物…汚らしい…」

 

俯きながら地面を見つめるその目からは涙が流れ出ていた。ゲンジにとってその言葉は自身の心の中にある傷跡を抉り開かせるのに十分であった。それによってゲンジの押さえ込まれていた怒りも外へと溢れ出そうとしていた。

 

 

「テメェ…」

遂に我慢の限界へと達し、怒りを表面化させたゲンジの声が静かに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

_____「ガハァ…ッ!!!」

 

先程よりも巨大な鈍い音がモモカの声と共に響き渡る。見るとモモカの顔面に向けて拳が突き刺さり、そのままモモカの身体を後ろに吹き飛ばしていった。

 

ゲンジ達から2メートル程離れた場所へとバウンドしながら倒れたモモカ。鼻は折れ、歯も何本が砕けちり、夥しいほどの鼻血が流出していた。

 

目の前にはその醜悪に満ちた顔を拳を握り締めながら見下ろす影があった。

 

「いい加減にしろ…!!」

 

その場に鋭い女性の声が響き渡る。

それはゲンジにとってとても馴染みのある声であり、ヒノエに支えられながらその声を聞いたゲンジは驚いていた。

目の前に立つ影を見ながらゲンジはゆっくりと言葉を漏らした。

 

「ミノト…姉さん…」

 

そこに立っていたのは琥珀色の瞳を更に輝かせながらも頬から筋を隆起させ、全身に怒りのオーラを纏っているミノトだった。

ミノトは釣り上がっている目を更に細めると倒れているモモカや他の皆へとその鋭い目を向けた。

 

「先程から大人しく聞いていれば都合の良いことを次々と…挙句の果てに貴様らの為に身を削ったゲンジを殴るだと…!?もうこちらの我慢も限界だ…ッ!!!」

 

 



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怒る月と太陽

今回も少し長いです。


「ハァ…ハァ…ハァ…!!」

 

モモカを殴り飛ばした右手を震わせているミノトは荒い息を吐くと共に怒りに満ちた琥珀色の瞳を倒れ臥すモモカへ向けていた。

 

「ひ…ヒィ…!?」

ミノトのその鋭い視線に殴り飛ばされたモモカはもちろん、辺りの村の皆も恐ろしさのあまり、一歩後ろへと下がった。

 

だが、ミノトはそれを逃さなかった。

 

「貴様…ゲンジが紛い物だと…?」

 

モモカを睨むミノトの目からは怒りと共に涙が溢れていた。ミノトの脳裏には不器用ながらも優しく、身を犠牲にしながらも里を何度も救った救った姿と過去のトラウマを思い出し身を震わせる姿が浮かび上がる。

 

「くぅ…!!ふざけるなッ!!!」

 

「ガハァ…!?」

ミノトは背負っていたランスを地面に下ろすと倒れるモモカの首を掴み、叫びながら再び拳をモモカの顔面へと放つ。鈍い音と共にモモカの顔面に拳が撃ち込まれると鼻血が飛び散り、辺りにはその際に折れた歯が散らばっていった。

 

「彼は紛い物ではない!!人間だ!!そして何度も何度も私達や里を救ってくれた英雄だッ!!何も見ていない貴様が知った様な口を聞くなッ!!!」

 

ミノトは涙を流すと共に次々と訴えながら拳をモモカへと打ち込んだいく。拳が打ち込まれていくモモカの顔は次々とと歪んでいき、端正な鼻は折れ、歯は砕け散っていった。

 

「や…やめてくれ…わしの娘を…!!おい!誰か止めてくれ!」

 

村長の声は皆に届こうとも、ミノトの激昂した姿に気圧され誰一人として動く事はなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

その様子を見ていたゲンジは驚き、一瞬ながらも身体を震わせていた。いつもは物静かなミノトがあれ程まで激昂した姿は見た事がなかったのだ。その姿は正に凶暴化したモンスターそのものであり、一心不乱にモモカを殴りつけていた。

 

拳が打ち付けられているモモカからは次々と悲痛な声が聞こえてくる。

 

「ミノト姉さん…!だめだ!」

 

ゲンジは即座に立ち上がり、ミノトを止めるべく向かおうと脚を進めた。

 

「待ってください」

すると、ヒノエがゲンジの肩を掴む様にしてその動きを止めた。

 

「ミノトだって加減くらいは分かっています。だから見守りましょう」

 

「…」

ヒノエに制されたゲンジは見た事がない程まで激昂し、モモカを殴りつけるミノトの姿をただ見つめていた。

 

そして それを見つめるヒノエの頬にもミノトと同じく血管が浮き出ていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ミノトの拳は遂に彼女の鼻血や口血に染まっていた。その拳を打ち付けられているモモカの顔も先程まであった中性的な面影はどこにもない程まで歪んでおり、まるで心を具現化したかの様な有り様となった。

 

「ふぅ…!ふぅ…!ふぅ…!」

 

ミノトはその顔を見つめながら打ち付けようとした拳を止めた。

 

すると

 

「お…おい!!もうやめてくれよ!!」

 

先程まで立ち尽くしていた村の一人が声を上げる。それに続く様に次々と声が上がってきた。

 

「これ以上やったら死んじまう!!」

 

「そうだよ!何もそこまでする必要ないだろ!?」

 

 

村人達の止める事を願う声が聞こえた瞬間__。

 

 

 

 

___「黙れッ!!!」

 

 

ミノトの叫び声が響き渡る。モモカを殴る手を止め、馬乗りから立ち上がると鋭い目を村人達へと向けた。

 

「別に殺める気など毛頭無いので御安心を…。それよりも自分達が何をしたか分かっていないのですか…?貴方達の為に身を削ったゲンジに対し…誰一人として御礼を言わない上に彼を騙し…毒を持ったのですよ…?おかしいと思わないのですかッ!!」

 

 

「そ…それは…」

「うぅ…」

「…ぐぅ…」

ミノトの怒りの問い掛けに村人達はそう思っていたのか、何も言えずに黙り込んだ。そしてミノトは更に続ける。

 

「それにゲンジから聞きました。幼い頃からゲンジと共にいた貴方達は彼の身体が変わった途端に蔑み始めたと…。先程からゲンジを罵るこの女性の口振りからして完全なる真実の様ですね…!」

 

それに対して皆は思い当たる節があるのか、口元を震わせていた。黙り込む彼らを見たミノトは額に青筋を浮かべながら問い掛けた。

 

「何故…誰も事情を聞かなかったのですか…?何故…誰も話を聞いてあげなかったのですか…?一人一人が“堅い絆で結ばれた家族”ではなかったのですか…?」

 

「「「「…」」」」

その問いかけに対し辺りの村の人々は冷や汗を流しながら答える様子はなく、還暦を過ぎている者達は目を逸らしていった。

その中で、ゲンジと交流があった者達は思い当たる節があるのか、言い訳の様な言葉を細々と溢していった。

 

「そ…それは…」

 

「俺たち…子供だったから…」

 

「確かに子供ならば奇妙な物を見て恐れるのは無理もないでしょう…。では…なぜ誰一人として今のゲンジに謝罪の言葉はないのですか…?この村に入ってから聞こえてくるのは『昔のよしみ』『友達』『家族』……どれも都合の良い物ばかり…ッ!!挙句の果てに料理に毒物を盛り付け彼を洗脳しようと画策…」

 

ミノトは再び怒りの目を辺りの者へと向けると自身の心の思いを叫ぶ。

 

「ハッキリと言わせてもらいます…。貴様らは“腐っている”ッ!!!貴様らの所為でゲンジがどれ程苦しめられてきたのか分かっているのですか!?」

 

『『『…!』』』

 

ミノトの叫んだその思いは再び村中へと響き渡り、先程まで細々と声を上げていた村人達は驚きながら静まり返った。

その様子を見ていたミノトは遂に怒りが口調にも浸透し荒々しいモノへと変貌する。

 

「身体の形が少し違うだけで一人の小さな子供を多人数で蔑み…罵倒した挙句、追い詰める__。たとえエスラさんやシャーラがいたとしても…下手をすればこの子は自ら命を絶っていたかもしれないんですよ…!?」

 

 

そして ミノトは腹に力を込めながら心の奥底にある思いを叫んだ。

 

「小さい頃から誰も寄り添わず蔑むことしかできなかった上に謝罪もできない貴様らが……今さら彼の『友達』を名乗るなッ!!絆を語るなッ!!_____

 

 

 

_________『家族』を名乗るなッ!!!」

 

 

 

『『『…ッ!!』』』

ミノトの心の底から思いを訴えるその叫び声は村全体に響き渡ると共に背後にある森の木々を揺らしていった。

その叫び声に村の皆は驚きのあまり何も言い返す事ができなくなると共に硬直してしまった。

 

 

「ミノト姉さん…」

ミノトの言葉を後ろで聞いていたゲンジは涙を流していた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

辺りが鎮まり返る中、思いを心の底から叫んだミノトは連続して叫んだ為に息を切らし始めた。

それを見ていたヒノエはゲンジの横を通り過ぎるとミノトの元に向かい息をつく肩に手を置いた。

 

「……ミノトお疲れ様です。もういいでしょう」

 

「はい…姉様。ですが、最後に一つだけ…」

 

ヒノエの指示にミノトは頷きながらも、立て掛けてあるランスを再び背中に背負う前にヒノエの横に立ちすくむゲンジに目を向けた。

 

「…」

 

「…え…?んぐ!?」

 

するとミノトは突然ゲンジの身体を胸に抱き寄せた。何の前触れもなく抱きしめられた事でゲンジは驚きのあまり固まってしまう。

その一方で、ミノトはゲンジを抱き締めながら硬直している村の人々へと目を向けた。

 

 

「ゲンジはもう貴様らの家族ではない。私達の家族だッ!!二度と彼に近寄るなッ!!!」

 

 

ミノトの叫び声が再び村全体に響き渡る。その叫びを聞いた村の皆はもう言い返す言葉がないのか、黙り込み、モモカを介抱しながら俯いていった。

 

 

「ふぅ…」

最後の言葉を叫んだミノトは息を吐くと、抱き締めていたゲンジとヒノエに振り返る。

 

「スッキリしました。では帰りましょう。ゲンジ、姉様」

 

「えぇ」

ミノトは抱き締めていたゲンジを離すと満面な笑みを浮かべたヒノエと共にそれぞれゲンジの手を握る。

 

「さぁゲンジ」

 

「行きましょう」

手を握る二人の笑みにゲンジは流れる涙を拭い、笑みを浮かべると頷いた。

 

「…あぁ!」

ヒノエとミノトと共に手を繋ぎながらゲンジは共に歩み出し、過去を振り切るかの様に村の皆へと背を向けながら入り口へと歩き始めた。

 

 

その時だ。

 

「お…おいお前!」

 

突然後ろからテイラの呼び止める声が聞こえてきた。だが、3人はそれに対して振り向く様な事はしなかった。ゲンジが振り向こうとしてもミノトやヒノエがさせなかった。

それでも尚も彼の呼び止める声が聞こえてきた。

 

「待てよおい!モモカをこんな姿にした責任はどう取るっていんだよぉ!?」

 

そう言いテイラはゲンジ達の後を追いかけてくる。が、それでも3人は止まる様子はなかった。

 

「おい!聞いてんのか!?」

 

とうとう追いついたテイラはモモカを殴り飛ばしたミノトの肩に手を置いた。

 

 

その瞬間__。

 

 

 

 

 

「ボボゲェ!?」

 

テイラの身体が突然、脆い音と共に後ろへと吹き飛んだ。その姿を見ていた村の人々は突然とテイラが吹き飛んできた事により驚きを隠さなかった。

 

地面に叩きつけられる様に数回バウンドしながら倒れたその顔は深く歪み、口内からは血と共に折れた歯がこぼれ落ちていた。

 

「お…おいテイラ!」

 

「しっかりしろ!!」

 

「お…おいおい!顔が変形しちまってるぞ!?」

皆は吹き飛ばされたテイラを揺さぶる。意識はあり、命に別状はないものの、歯が砕けている上に顎も若干ながらズレていた。

 

「私の可愛い妹に触らないでくれますか?」

 

その声が聞こえてきた方向へと皆は目を向ける。

そこには右拳を握り締めながら全身からオーラを放つヒノエの姿があった。テイラを吹き飛ばしたのはヒノエの拳から放たれたストレートパンチであった。

 

「貴方の事も全てゲンジから聞きましたよ。それに、モモカさんと共謀していた事も。これほど腹が立った事はありません」

 

ヒノエは丁寧な口調で拳を収めると、先程の優しい表情から一変し、まるで“ゴミ”を見るかの様な冷徹な眼差しをテイラ達に向け静かに言い放った。

 

「いいですか?もしまた私のゲンジだけでなく…ミノトに触れでもしたら…

 

 

 

 

 

____その手足へし折りますからね」

 

 

『『『『…!!』』』』

 

テイラを介抱した村人全員の背筋が凍りついた。ヒノエの身体からは先程のミノトよりも比べ物にならない程の強大な殺気が溢れていたのだ。

 

 

「では、失礼します」

誰も言い返してくる様子がなく、辺りが沈黙に包まれるとヒノエは再び笑みを浮かべ、辺りに撒き散らした殺気を身に収めるとそれだけ言い捨てた。

 

その軽い一礼と共にヒノエは再び村へと背を向けるとゲンジの手を取り、村の入り口へと歩いていった。

 

後ろに残り、二人を介抱していた村の皆はその姿を追いかける事ができず、ただ見つめる事しか出来なかった。

 

 



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夫婦の愛

今回は凄く甘い甘いです…!!コーヒーの準備を…。


村の入り口に待機していたアイルー荷車に乗り込むとゲンジ達はゲルド村を後にした。

 

「…」

荷車に揺られる中、段々と遠のいていくゲルド村。ゲンジは振り向かず、その景色を目に入れる事はなかった。完全に決別した事により、村に対する心はもう残っていなかったからだ。

振り返ることもせず、ただ風に吹かれながらゲンジは目の前で談笑する二人の姿を見ていた。

 

「先程のミノトはとても勇ましく格好良かったですよ♪」

 

「…そんな…!!ね…姉様に比べたら!私なんてまだまだです…!!」

 

ヒノエに褒められたミノトは頬を真っ赤に染めるとその顔を両手で覆い隠しながら首を振っていた。この二人がいなければ、自身は怒りに身を任せ、彼らを手に掛けていただろう。

 

「…ミノト姉さん、ヒノエ姉さん…」

ゲンジは目の前に座るヒノエとミノトに声を掛けると、言葉を詰まらせながらも先程の事に対してお礼を言った。

 

「ありがとな。二人がいなかったら俺…また自分を見失ってた…」

 

御礼を言われたヒノエとミノトは笑顔で頷くとゲンジの頭に手を伸ばし撫でた。

 

「いいんですよ。旦那様」

 

「貴方の事を馬鹿にした彼らに私達も腹が立っていましたから」

 

すると、ヒノエは撫でていた手をゲンジの後頭部に掛けると、そのまま抱き寄せて膝の上に乗せた。

 

「それよりも…言わなくて良かったのですか?」

 

横から顔を覗き込む様にしてミノトが尋ねると、膝の上からヒノエとミノトを水晶の様に輝く蒼い瞳で見つめていたゲンジは顔を逸らし空を見つめた。

 

「…別にいいさ…」

◇◇◇◇◇◇

 

その頃、ゲルド村ではゲンジが去ってしまった事で村を守る為の頼みの綱が失われてしまい、残された村の皆は後悔の念と恐怖に怯え始めていた。

 

「そんな…俺達はどうすれば…」

 

「死にたくねぇよ…!!」

 

「村長!何とかしてくれよ!」

 

「……」

モモカやテイラを介抱する皆から解決案を求められたが、村長も考えが浮かばず顔から汗を垂れ流しながら途方に暮れていた。

 

すると

村長の頭の中にまだ自身が青年の頃、娘や子供達に石を投げつけられているゲンジの姿が思い浮かんできた。

 

『オラァ!モンスター!』

 

『村から出て行け!!』

 

自身の娘とテイラが筆頭となり彼を追い詰めていく光景の中、自身は遠くから見て何もせずただ立ち尽くしていた。

 

その時に不意にゲンジと目が合った。その顔は涙でぐしゃぐしゃとなりながらも、ただ周囲に問い掛けていた。

 

“なぜ、自分がこんな目に…”

 

「ぐぅ…!」

悲しみと疑問を訴えるその目を思い出した村長は歯を食い縛ると、これまでの自分達の行動がこの結果を招いた事を理解した。

 

「(あの時に助けていれば…話を聞いていれば…ゲンジ…お前は私達を…)」

 

村長は後悔の念と共に涙をポロポロと溢しながら力が抜ける様にして地面に手をつく。

 

「ゲンジ…すまない…すまない…!!」

 

村長は今までの自身らの愚かな行動に対する謝罪をゲンジに向けて念じるように口ずさみ続けていった。

 

だが、その言葉と念は彼に届く事はなかった。

 

 

その時だった。

 

「村長〜!!!」

 

村の裏口から森・丘の調査に向かっていた村人が息を切らしながら走ってきた。

 

「村長聞いてください!以前から大量発生していた小型の肉食モンスターが周辺から姿を消しています!!」

 

『『『…!?』』』

 

その報告に焦っていた村の皆と地面に手をついていた村長は驚き、その動作を停止させた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「…備蓄や農場を荒らすのは大体が小型の肉食モンスターだ。奴らが増えればそれに釣られてオサイズチみてぇな奴が出てくる。そしてソイツらや、アプトノスを食うためにリオレウスの様な奴が近くで巣を作り始める。だから最も効果的なのは肉食モンスター共を追い払う事だった。あの村の周辺にいた奴だけを討伐したから…しばらくは大丈夫だろ」

 

そう言いながら空を見つめるゲンジの顔は話す事に抵抗があったのか、赤く染まっていた。その表情にヒノエとミノトは微笑むと頬に手を伸ばし撫でる。

 

「ゲンジのその優しさ…私達は大好きですよ」

 

それだけ言うとヒノエは膝の上で横になるゲンジの額に口づけをした。

 

そんな中、ミノトはゲンジに再び尋ねた。

 

「改めてどうですか?今のお気持ちは」

 

「とても清々しい」

ゲンジは胸の中から溜まり切った怒りや悲しみが消え去っていき、頭の中からは過去の記憶が消え去っていく様に感じていた。

 

「俺がこうなれたのは…二人のお陰だよ」

 

昔を思い出したとしてももう悩む事も苦しむ事もないだろう。二人のお陰でゲンジは過去を振り切る事ができたのだ。

二人に出会わなければ自身は過去にずっと縛られていただろう。

そう思ったゲンジは前に座る二人に向けて__

 

 

 

「本当にありがとな」

 

___心の底から笑った。

何の悲しみも苦しみもないただの喜びだけが映し出されたその満面な笑みは明るく輝いていた。

 

「「はい!」」

出会った頃に見せる事がなかったその満面な笑みを見たヒノエとミノトは一瞬ながらも驚くと頬を赤面させながら頷いた。

 

 

それと同時に。

 

…ドクンッ

 

ヒノエとミノトの今まで抑え込まれていた“何か”をパンク寸前まで増幅させてしまった。

 

「ミノト…」

 

「………了解しました。姉様」

 

「え?どうした急に…」

 

「なんでもありませんよ…♪」

 

◇◇◇◇◇

 

それから同じく数時間が経過し、夕日が沈み掛けている夜中、ゲンジ達は昨夜に泊まった大きな街へと到着した。

 

街頭が次々と灯されていく中、近くの食堂で夕食を済ませると、アイルー便の近い宿を取り、一室を借りた。

ドンドルマまであと少しではあるものの、道中は暗闇で危険な為に、一泊しなければならないのだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

「やはり何度見てもこのお宿には目がいってしまいますね」

 

「里とは違う造り…興味が湧いてしまいます…」

 

3人が借りたその部屋はレンガで頑丈に作られており、なんと防音機能を備えている様だ。木造建築が殆どのカムラの里とは全く違う造りに二人は興味を示していた。

 

その一方で、問題が一つあった。

 

それは…

 

「…え…なんで…ベッドが一つだけ…」

 

辺りには窓があり、荷物などが置く台がある中々の部屋だというのに、就寝場所である場所には大きなベッドが一つあるだけであったのだ。3人並んで寝られる程の余裕はあるものの、何故か不自然であった。

 

「はぁ…仕方ない。別の部屋を借りにいくか」

 

ゲンジは装備を脱ぎ、近くの椅子に置くと、インナー姿となり、フロントへと向かおうと後ろにいる二人に振り向いた。

 

「おい二人とも…わっ!?」

 

その瞬間

ゲンジの身体が突然ベッドの上に押し倒された。まるで誰かに押さえつけられる様に。柔らかいベッドの布団に押し倒されたとしても意外と衝撃が後頭部に伝わり、ゲンジは頭を押さえた。

 

「いつつ…なんだよいきなり……え…ヒェ!?」

 

目の前を見た途端にゲンジは固まると共に震えた。

そこには自身の肩を押さえつけながらのし掛かる様にして四つん這いになっているヒノエとミノトの姿があった。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…旦那様ァ…」

 

「私達…もう限界です…」

 

その顔はゲンジと同じく赤く染まっている…が、その染まり具合が完全に別方向のものであった。昼間まではいつものように整っていた目も力が無くなったかのように蕩けており、口元からは洗い息を何度も吐いていた。

 

「な…なな…なにが…?」

 

「決まっているではありませんか…」

ゲンジが恐る恐る尋ねると二人は声まで蕩けさせながら自身らのコーデに手を伸ばすと、次々と脱いでいった。

 

コーデの肩に掛ける装備が外され、腰当てが外され、コーデを縛る紐が解かれ、そして最後に全身を纏う白いコーデも外し、二人は豊満な身体を押さえ込むインナー姿となった。

 

「私達…貴方が龍宮砦から帰ってきた時からずっと我慢していたのですよ」

 

「貴方と交じりたいという欲望を…。ですが、途中からこの依頼が入り、私達は断念するしかありませんでした…。これが終わり里に帰れば貴方は1ヶ月間は家の中…なのでその間は思う存分できると思い我慢していたのですが…もう限界に近づいてきました…」

 

二人は胸に手を当て震える瞳を向けながら腰のインナーを脱ぎ捨てていく。

 

「な…////」

 

「幸いにもここにはエスラさんもシャーラもいません」

 

「だから二人の目を気にせずにた〜ぷりとできますよ♪」

 

その言葉と共に二人は胸を巻くようにして覆っているインナーに手を掛けるとゆっくりと上着を脱ぐかのように脱ぎ捨てた。

インナーを脱いだ事によって押さえつけられたヒノエとミノトの巨大な胸がぎゅうぎゅうに敷き詰められていた際に滲み出た汗と共にゆっくりと溢れ出た。

 

「それに貴方の先程の笑顔を見てから…その欲求が更に高まってしまったんです…」

 

そう言い二人は再び琥珀色の瞳を向けてくる。その瞳からゲンジの脳内に最大の危険信号が発令された。

 

「い…いや…!」

向けられるその視線に耐えきれなかったゲンジは即座に逃げようとするが、ヒノエがゲンジの身体に跨り、ミノトが胸を押さえつける様に手を置いていたのでそれはできなかった。

 

「あらあら、逃げてはいけませんよ」

 

「これから毎晩するのですからキチンと慣れて貰わないと…」

 

「ま…毎晩!?」

 

「えぇそうですよ♪」

ヒノエの手がゆっくりと伸びると震え始めるゲンジの頬に当てられる。

 

「災禍が去った今…私達がすべき事は貴方との愛を育み楽しい生活を送るだけです。毎日、義姉さん達と一緒にご飯を食べてお風呂に入って…毎晩3人で同じ布団で抱き合いながら寝て愛し合って…うふふ」

 

未来を予想しながら微笑むヒノエの姿は一人の夢見る乙女の様であった。

 

 

その瞬間

ゲンジの頬が真っ赤に染まると共に下半身が反応するかの様に脈打つ。大きくなった“それ”はその上に跨るヒノエの身体に通じて伝わった。

 

「あらあらミノト。この子ったら…もう大きくなっていますよ♪」

 

「まぁ…満更ではないという事ですね」

 

「こ…ここここれは!!」

 

「いいんですよ。誤魔化さなくても」

ゲンジは身体に現れたその気持ちを誤魔化そうとすると、その様子を見たミノトは手を反対側の頬に当てながら笑みを浮かべた。

 

「自分に正直になってください。もう何も我慢しなくてもいいんですよ?」

 

「違う!!ここ…こういうのは段階を踏まないと!!」

 

「関係ありません」

 

「むぐぅ!?」

ミノトは身を乗り出すと、拒否をしようとするゲンジの顔に覆い被さり、その頭に巨大な胸を押し付ける。

 

「一度したというのに何を言っているのですか?」

 

「そうですよ♪」

そう言いミノトは口を塞ぐかの様に乳房の先端部分を押し付けた。それに続く様にヒノエも身を乗り出すと、ミノトと共にゲンジの顔を胸で押し潰すかの様にのし掛かった。

ゲンジの顔全体に広がる柔らかい感触と乳房から放たれる汗と甘い香りが次々と理性を溶かしていった。

 

「むぐぁ…ふぁ…ふぁめ…!(や…やめ…)」

 

口元に広がる甘い香りによって理性が削られていく中、ゲンジは必死に静止を懇願するが、その表情を見た二人は更にヒートアップしてしまう。

 

「はぁ♡そんなに顔を真っ赤にさせながら嫌がられてしまわれては…もっと興奮してしまいます♪」

 

「旦那様のそのお顔…もっと見てみたいです…!!」

 

「ふぁぐぁ!?」

ヒノエとミノトはゲンジの下半身を覆っているインナーに手を掛けると強引に脱がし布一つ纏わない状態へとさせた。

そして二人は胸を退かせると、顔を真っ赤にさせながら口から唾液を溢すゲンジの顔を蕩けた瞳で見つめた。

 

「うふふ…今夜は私と姉様の身に埋もれながら存分に甘えてください…」

 

「そして体力が尽きるまでたくさん愛し合いましょうね♡」

 

その言葉と共に二人の唇がゲンジの唇へと迫っていった。

 

「「旦那様…♡」」

 

 

「いや…待って!待って待って!やめて!!!__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______いにゃぁぁぁぁぁぁ〜!!!!!!」

 

 

その夜 防音加工が施された部屋の中で一人の青年の高い叫び声と二人の女性の微笑む声が響いた。

 



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帰郷

「…ん…」

 

窓から差し込んでくる朝日の光が部屋の中を照らすと共にその光が顔に当てられた事により、ゲンジは目を覚ます。

目を覚ましたゲンジは自身が裸である事を認識すると、インナーを着るために起きあがろうとする。

 

だが、起きあがろうにも、上手く起き上がる事が出来なかった。

 

「動けねぇ…」

 

見れば両側からヒノエとミノトが覆い被さるように手を身体に巻きつけながら抱きついていた。

まるで抱き枕を抱いているかの様に、その手の力は若干ながらも強く、身体を揺さぶる程度では解けなかった。

 

「……」 

 

ゲンジは2人を起こさない様にゆっくりと手を退かし起き上がると、自身の両側で眠るヒノエとミノトへと目を向けた。

ゲンジが寝ていた場所が見えなくなる程まで、2人はすり寄っており、今もグッスリと寝息を立てながら眠っていた。

 

「う…!?」

その眠る姿を見た途端にゲンジの舌や鼻に甘い香りや味が蘇ってくる。

 

「…(うぅ…口の中がまだ乳臭ぇ…)」

 

口内に広がるミルクの様な甘味にグッタリとしながらも起き上がったゲンジは脱がされたインナーを着用すると2人の身体を揺さぶった。

 

「2人とも、そろそろ起きろ」

 

「「んん…」」

声を掛けられながら身体を揺らされた2人は少し唸りながら琥珀色の瞳を見せる様に目を覚ました。2人は口元に手を当て欠伸をしながら起き上がるとゲンジに笑みを浮かべた。

 

「「おはようございます。旦那様」」

 

「あぁ……ま…前を隠せ…!!」

 

「「え?」」

 

2人は首を傾げると自身の身体を見た。起き上がったことで掛けられていた布団が重力に逆らう様にして身から剥がれ、ヒノエとミノトの白い肌が顕になっていた。

 

「あらあら。うっかりです♪」

 

「これは失礼しました」

 

まるで頬を赤くしているゲンジをからかう様に2人は頬を緩ませながら笑みを浮かべると、インナーを着用した。

 

それから、インナー姿となったゲンジと、受付嬢のコーデを着用したヒノエとミノトは、帰る支度をし終え、部屋を片付けた。

 

「里から出て3日が経ちましたが、いま考えれば短くとも長かったですね」

 

「はい。その中で1日を除けば楽しい日々でした」

 

ヒノエとミノトが片付けながら談笑する中、2人の姿を見ていたゲンジは少しばかり笑みを浮かべた。

 

「…ふふ」

 

「どうしましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

それから荷物を整え、宿を出るとカムラの里へと向かうアイルー便に乗りドンドルマを後にした。

 

◇◇◇◇◇◇

 

山中。

 

荷車が凸凹のある道を進み、その拍子に車輪から荷車へと振動が伝わり荷車が揺れる。揺られながら山を登る事、およそ数時間。

 

「御三方、そろそろ着きますぜ」

 

「おぅ。やっとか」

 

カムラの里付近に差し掛かった事を知らせるアイルーの声を聞いたゲンジはミノトに預けていたその身を起こし、前の景色へと目を向けた。

 

「…まぁ…!姉様…!」

 

「え?…あら…!うふふ♪」

その横顔を見たヒノエとミノトは驚きながらも微笑んだ。

 

里の入り口がある方向を見つめるゲンジのその横顔はまるで子供の様に無邪気な笑みを浮かべていた。

 

まるで逸れた母を見つけた時に安心しながら駆け寄っていく子供の様に。

 

そしてその姿を見ている内に森を抜け、遂に里の鳥居が見えてくる様になった。その景色を見たゲンジの笑みは更に明るくなっていった。

 

◇◇◇◇◇

 

「到着ですニャ〜」

 

カムラの里の入り口である鳥居から離れた場所へと荷車は停車した。ゲンジ達は荷車から荷物を背負いながら降りると、目の前に聳え立つ鳥居へと目を向けた。

 

 

「…」

 

里の目の前に立っていた巨大な鳥居は3人を出迎えていたかの様に太陽に照らされながら塗られた漆を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

「お〜い!!ゲンジさ〜ん!ヒノエさ〜ん!ミノトさ〜ん!」

 

鳥居の向こう側から大きく手を振り、高らかな声を上げながら走ってくる天真爛漫な少女の姿が見えてきた。

 

「あれ…ヨモギ…!?」

 

「俺もいますよ!」

ゲンジが名前をこぼした途端に、ヨモギの横からは大量のアイルーやガルクを連れたイオリが現れた。

 

ヨモギとイオリが鳥居に現れると更に_。

 

「おぅ3人とも!無事に帰ってきたようだな!」

 

「ファ〜フォッフォッ。いやぁ何よりでゲコォ!」

 

イオリ達に続くかの様にフゲン、ゴコク、そして加工屋のハモンやナカゴ、更にセイハクと、次々と里の皆が門の前へ集まってきた。

 

そしてその中には『エスラ』と『シャーラ』の姿も。

 

「ゲンジ!ヒノエ!ミノト!無事だったか!」

 

「何か悪い事とかゲスい事とかされてない?」

 

「エスラ姉さん…シャーラ姉さん…!」

 

それに続くかの様に次々と人が増えていき、遂には里のほぼ全員がその場に集まっていた。

 

「ゲンジ!ヒノエ!ミノト!」

 

「ゲン!ヒノエさん!ミノト!」

 

エスラ、シャーラに続く様に自身らの名前を次々と呼ぶ声が聞こえてくると共に、皆の声が重なった。

 

 

『『『おかえり!!』』』

 

 

「…!!!」

 

その言葉を聞いたゲンジは目を大きく開きながらその場に立ち尽くしてしまう。

 

『おらぁ!モンスターがぁ!とっとと消えち__

 

『さっさと出て___

 

『この紛いも___

 

皆から聞こえてくる温かい声が胸の中に潜んでいたゲルド村の住人達の声を消し去っていき、それと共に頭の中に根付いていた忌まわしき記憶も完全に溶けていく。

 

「どうだ!後で茶屋で一杯!」

 

「あの村の住人は最後どんな顔をしていたんだ?飲みながら教えてくれよ!」

 

「あ!私も聞きた〜い!」

「私も」

 

フゲンの茶に誘う声、エスラの話を聞かせて欲しいという声に続くヨモギやシャーラの声。

 

里の入り口の前だというのに賑やかな雰囲気へと発展するその景色を見ていたゲンジは再び笑みを浮かべていた。

 

「さぁゲンジ」

 

「里に入りましょう」

 

 

___そうだ。ここが俺の帰るべき場所だ。俺の“たった一つの故郷”なんだ。

 

ゲンジは心の中で改めてここが自身が帰る場所である事を認識すると、手を振る皆へヒノエとミノトと共に手をあげ、答えた。

 

 

「ただいま」   

 

 

 




次回でいよいよ最終回となります…。因みに後日談みたいな奴も書きます。


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薄明と双子の姉妹

 

目を閉じれば里へ来た日から今日に至るまでの景色がシャボン玉の中に映し出され、次々と浮かび上がる様な光景が瞼の裏に映し出されていく。

 

ヒノエと出会い、皆のために溜まっていた依頼を全て受けると共に初めて被害を出す事なく百竜夜行を撃退しマガイマガドを討伐。

 

それからマルバ達との一件を超えた後、

ヒノエとミノトの二人から告白を受け、自身も彼女達へと好意を伝え晴れて両思いとなると共にエスラ達と再会。

そこから先は騒がしくも楽しい里での日々が続いていった。

 

だが、そんな時は長くは続かなかった。

その数ヶ月後に起きた2度目の百竜夜行において自身の内に眠る恐暴竜が目覚め、更にマルバ達が復讐の為に訪れヒノエとミノトを手に掛けようとした事で自身の精神が混乱し次々と人間である部分が壊れていった。

 

そして、イブシマキヒコが率いる百竜夜行の際に自身は遂にモンスターへと覚醒し完全に人間としての自身を失ってしまった。

 

 

それでも

里の皆は自身を蔑む事はなかった。ヒノエ、ミノトも少々強引ながらも手を差し伸べ、自身を絶望の底から掬い上げてくれた。

 

それからヒノエとミノトによって人間である事を失った自身への恐れを克服し、皆の期待を背負うと姉であるエスラと共に百竜夜行の淵源たるイブシマキヒコとナルハタタヒメへと挑んだ。

 

壮絶な戦いの中、バルファルクも乱入した上に自我が失われて再びモンスターへと変貌してしまったが、自身とエスラは目的であるイブシマキヒコとナルハタタヒメを討ち、勝利を収めた事でヒノエへの義理を果たした。

 

 

里へ来てまだ一年も経っていないというのに、立て続けに色んな出来事が起こっていった。これは神の悪戯なのだろうか、はたまた自身への試練なのだろうか…。

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

……ゲンジ。

 

暗闇から自身を呼ぶ二つの声が聞こえてきた。それは何度聞いても癒される美しい声であった。

 

その声が重なるようにして次々と自身を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

その声によって目の前に浮かんでいた景色が溶ける様に消えていくと自身の意識も闇の中へと落ちていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「「ゲンジ」」

 

「…!!」

 

暗闇から目を覚まし、目の前に広がっていたのはヒノエとミノトの顔だった。

 

「二人とも…どうした?」

 

「どうしたも何も、朝だから起こしたのですよ」

 

「そうか……」

 

ヒノエとミノトが自身を起こしに来たと分かると、ゆっくりと身体を起き上がらせた。見れば部屋の窓から見える空の景色が次々と明るくなっていった。

 

里へと帰郷してすぐにゴコクからマルバ達との一悶着の際の処分を言い渡され、その日から1ヶ月間の謹慎と一年間のクエスト受注禁止となった。

 

それに対して皆は残念そうな表情を浮かべていたが、誰一人としてゴコクを責めるような声をあげなかった。

それもそうだ。今回はハンターズギルド本部から直々に下されたのだから。

 

その日から1ヶ月間は家の中で毎日筋トレという無限ループの生活が始まり退屈な日々が続いた。

 

だが、毎日が暇という訳ではなかった。なぜなら日替わりに里の誰かが訪ねてきたのだ。イオリやヨモギはもちろん集会所のオテマエやナカゴ。更にロンディーネやウツシ。中でもロンディーネはミノトや自身と同じく姉がいるようで、その姉にも自身の事を話しているらしく、その人曰く近いうちに会いたいとの事だ。

 

それだけではない。

百竜夜行が収束へと向かっていく知らせが瞬く間に広がっていき、武者修行をしていたハンターや商人達が次々と戻ってきている様だ。

その中にはフゲンの姪やハモンの一番弟子、更にイオリの両親の姿もあり、里は大騒ぎになっているらしい。

 

今までこの時間帯はまだ静かだというのに、もう外では声が聞こえていた。

 

そんな里の音に耳を傾けている時だった。

 

 

「いよいよ今日ですね。……旦那様」

ミノトが頬を赤く染めながら切り出し、手を握った。それに続く様にヒノエも微笑むともう一方の手を握った。

 

「う…うん…そうだな…」

それに対して頷くと、自身の心の奥底が火が灯されたように段々と熱くなってくる。ミノトが何を示して言っているのか、自身が一番よく分かっていた。

 

 

それもその筈だ。今日が__

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____婚約の儀式の日であったからだ。

 

謹慎処分となったその日の夜に、ヒノエとミノトに謹慎期間が明けると共に式をあげる事を約束したのだ。

 

それを思い出すと更に心の底が熱くなってくる。

 

すると、その様子を見ていたヒノエがクスクスと笑った。

 

「な…何だよ急に…」

 

「いえ。貴方と出会ってまだ一年も経っていないというのに今日で結婚と思うと少し不思議に思いまして」

 

「姉様と同じく、私もです」

 

ヒノエに同意するかの様にミノトも頷いた。それについては自身も同じ気持ちであった。

 

「お…俺も…同じだ…。出会ってから早すぎるとは思ってる……けど…」

 

頬を赤く染めながらブツブツと呟きながらも、自身の手を握る二人の手を握り返しながら顔を上げた。

 

「俺は嬉しい…。二人と…二人と……ずっ…ずっと一緒にいられる…から…」

 

いい言葉が思い浮かばない為に自身の思いをそのまま口にしてしまった。自身の語彙力の無さに腹が立って仕方がない。

 

そう思いながら彼女達へと目を向けると、二人は満面な笑みを浮かべていた。

 

「うふふ。相変わらず口下手とは本当に旦那様は可愛いですね♪」

 

「いざと言う時に段取りが悪くなってしまいますよ」

 

「ぐぅ…う…うるさい…!」

 

二人に自身の短所を指摘されてしまった為に更に体温が上がってきてしまう。それでも、嬉しかった。自身が命を掛けてでも守りたいと思うようになった二人と結ばれる事が。

 

そんな時だった。

 

 

 

「…!」

 

窓の外から見える空が次第に明るくなっていき、山の間から顔を出した太陽の温かい光が差し込んできた。

 

窓から差し込んでくるその光はまるで今日という日を祝うかのようにゲンジとヒノエとミノトを照らし出した。

 

「…もう…朝日が…」

 

里に来てから毎朝、見る事が日課であったその眩しい御来光を目にしたゲンジは二人に目を向けた。

 

「二人とも…最高の式に…しような」

 

「「はい!」」

 

そして太陽の光が里全体を照らした時、里の皆が次々と目を覚ましていきカムラの里は今日も大きな産声をあげた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

そして

 

輝く太陽が里を照らす正午。その光が集会所の窓から差し込む中、多くの人達に見守られながらゲンジ達は待ちに待った婚約の式をあげた。

 

集会所の真ん中に植えられた大きな桜の木は春でないにも関わらず満開に咲き誇り、太陽の光に照らされながら辺りに多くの桜吹雪を吹かせていた。

 

美しく舞う花弁の雨が舞い落ちる桜の木の下で黒い和服に灰色の袴を纏うゲンジと、顔に装飾や口紅を施し白装束を身に纏うと共に白無垢を被りながらヒノエとミノトが座っていた

 

「綺麗だぞ。二人とも」

 

「旦那様もですよ」

 

「いつもより勇ましく見えます」

 

「そ…そうか…?」

ヒノエとミノトの言葉にゲンジは複雑に思いながらも自身の服装を見つめた。

 

それから儀式が始まった。

 

3人の目の前には、いつもの着物姿ではなく白銀の神官の様な衣装に身を包んだゴコクが立っており、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら祝辞を述べていた。

 

「ふぐぅう…!ヒノエ…ミノトぉぉ〜!!ゲンジぃ…3人共…幸せにのぉ…!」

 

「ハッハッハッ!泣きすぎですぞゴコク殿!」

 

「喜んでやりましょうよ!新郎新婦がドン引いてますよ〜!」

 

祝辞を述べるゴコクの後ろには珍しく和服を纏ったフゲンと相変わらず装備を纏ったままのウツシの姿があり、辺りにいる里の皆と共にボロ泣きするゴコクを茶化していた。

 

そんなゴコクの姿を見ながら3人は笑っていた。

 

 

それから婚約の儀式が終了すると、宴が始まった。

 

ヨモギとイオリの笛の音やアイルー達の太鼓の音に合わせて皆は手を叩きながらどんちゃん騒ぎを始め、大いに盛り上がっていた。

 

その様子を盃を手にしながらゲンジ達は見つめていた。皆の楽しむその光景を見ていたヒノエは再び笑みを溢していた。

 

「こんなに皆さんが楽しんでいる光景…初めて見た気がします」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。私達が生まれる以前から百竜夜行は続いていましたからね」

 

「そうか。生まれた時から大変だったんだな」

 

「ですが、もうそんな事を気にする必要はない様です。貴方や義姉さんのおかげで」

 

「う…ウインクするな!」

 

ヒノエはゲンジに目を向けると片目を閉じ、サムズアップすると、相変わらずゲンジは顔を真っ赤に染めて顔を逸らす。

 

 

 

すると

 

 

「うわぁぁぁん!!ゲンジィィィ!おめでどぉぉお!!」

 

「ギャァァァァア!!!」

 

「あ、義姉さん!」

「エスラさん」

和服に身を包んだエスラが泣きじゃくりながら飛び出し、座るゲンジの腰に抱きついた。

 

「やめろエスラ姉さん!!鼻水!鼻水つく!!おい!」

 

「やだぁぉ!!離れたくないぃぃ!!!」

ゲンジが離そうとすると、エスラは更に子供の様なトーンで泣き始める。すると、エスラと共に同じく里の着物を纏ったシャーラがやれやれと首を横に振りながら現れた。

 

「いいじゃんゲン。姉さんったら嬉しくてずっと泣くの我慢してたんだよ」

 

「だからってここまで…おい!鼻水!鼻水つく!!」

 

それから落ち着きを取り戻したエスラは、気を持ち直すと、ゲンジから離れた。

 

「ぐすん…すまん。弟の結婚式だから遂 嬉しくなってしまってな…」

 

「そ…そうなのか…」

 

今もなお鼻から零れ落ちようとする鼻水を拭うエスラに対してゲンジは心を落ち着かせると、二人に向けて頭を下げた。

 

「エスラ姉さん、シャーラ姉さん。二人がいてくれたから、俺は今生きて二人と出会い結婚する事ができた。本当にありがとう」

 

ゲンジは幼い頃から共に支え合いながら生きてきた二人の姉に向けて心から感謝の意を示した。

それに対してエスラとシャーラも頷いた。

 

「いや気にするな。それよりも本当におめでとう。ヒノエ、ミノト、ゲンジ。君達が結ばれる事…心から嬉しく思うよ」

 

「うん。ヒノエさん、ミノト、これからも私達の弟をよろしくね」

 

エスラとシャーラは3人の結婚を祝うと共にゲンジを託す。それに対してヒノエとミノトはゆっくりと頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

「私達にお任せを。それと、こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね」

 

ヒノエの御礼と共に出されたミノトの言葉に二人は一瞬驚きながらもすぐに笑みを浮かべ、頷いた。

 

それから二人は他の皆と話す為に立ち上がると離れていった。

 

すると、二人が入れ替わる様にして次々と里の皆が百竜夜行を収束に導いた事への感謝と結婚の祝言を伝える為にやってきた。

 

その中にはヨモギやイオリ、里中の子供達にアイルーやガルクの姿もあった。

 

「3人とも結婚おめでとう!」

 

「これからも末永くお幸せに!」

 

「「「「「おめでとう!!!」」」」」

ヨモギやイオリ、そしてコミツやセイハクといった里の子供達が次々と元気な声で祝福の言葉をあげていく。

 

「うふふ。ありがとうございます」

 

その言葉にヒノエやミノトは頬を染めながら子供達の頭を撫でていく。

 

「ゲンジさん。里を救ってくれて本当にありがとうございました」

 

「これからもエスラさん達やお嫁さん達と毎日ウサ団子食べに来てね!」

 

「あぁ」

御礼を言うイオリとヨモギの頭をゲンジは笑みを浮かべながらヒノエ達の様に撫でていった。

 

「じゃあね!」

 

「また今度!遊ぼうね!」

 

里の子供達が無邪気に手を振りながら去っていくと、それを境にどんどんと人が増えていき、集会所は更に賑やかさを増していく。

更にお祝いの言葉を伝える人々は途絶える事を知らず、ウツシやフゲンは勿論の事、何とハモンまで祝いの言葉を伝えに来たのだ。ゲンジはともかく、二人さえも驚いていており、フゲンも目を飛び出していたそうな。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから里中の皆から感謝の言葉と御礼を述べられた。気がつけば、もう数十分も経っているが、それでも里の賑やかさは収まる事はなかった。

 

「ありがとう…本当にありがとう…!」

 

「あぁ。それより今度、アンタが作った武器、試しに使わせてくれよ」

 

最後の加工屋の一人と手を交わしたゲンジは、その加工屋に手を振る。

 

 

すると

それに入れ替わる様にして二人の男女歩いてやってきた。その姿を目にしたゲンジは驚いた。

 

「…え?トゥーク!?」

 

「よぉ」

歩いてやって来たのはいつもの装備を纏わず、ユクモ村の普段着を着用しているトゥークであった。そしてもう一人の連れ添いらしき人物を見て更に驚く。

 

「それに…村長…!?」

 

「お久しぶりですゲンジ様。そしてヒノエ、ミノト」

そのトゥークの後ろにはユクモ村の村長の姿もあった。その姿を見たヒノエとミノトは驚きの声を上げた。

 

「「タツミ 姉様…!」」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからゲンジはトゥークと共に酒を飲んでいた。その横ではヒノエとミノトが久しぶりに会った村長と話していた。

 

「まさか、お前も来てたとはな」

 

「村長がどうしても行きたいと言っていてな。一人じゃ危ないから連れ添いで来たのさ」

 

そう言いトゥークはゲンジから注がれた酒を口に含む。

 

「いやぁ、それにしても結婚か。これからは3人で住むのか?」

 

「いや、これまでと同じ5人で住む。フゲンさんが言うには、今の家を使ってくれてもいいし、里の裏側に新しい家を建てて住むのも良いって言ってたからな。俺としてはすぐに動ける様にしたいから続けて今の家に住もうと思っている」

 

そう言いながらゲンジは酒を再び啜る。このお酒はあまり強くはないために苦手なゲンジでも少しずつ飲めば問題ないらしい。

酒を啜ったゲンジはトゥークにもこの後のことについて尋ねた。

 

「お前はこれからどうするんだ?」

 

「俺はモンスター図鑑をもっと大きくする為にしばらく他所の地方を回ろうと思ってる。バルバレやベルナ村とかな」

 

「へぇ。ベルナ村はまだ行った事ねぇが、バルバレならあるな。あそこはデカい市場な上に集会所が移動式だから地図に載らない場所で有名だろ」

 

「あぁ。村に戻ったらすぐに出発しようと思ってる」

 

「そうか」

 

「あ、そうだ。ナルハタタヒメとイブシマキヒコについて何か教えてくれないか?」

 

「いいぞ」

 

ゲンジは頷き、トゥークに自身が戦ったイブシマキヒコとナルハタタヒメについて話すと共に多くの事を語り合った。最初はヒノエとミノトがユクモ村の村長と気長に話せる様にする事が目的であったが、話していく内に自身も夢中となり、気がつけばヒノエとミノトが話し終えても喋り続けていた。

 

◇◇◇◇

 

それから話し終えたゲンジは去っていくトゥークと村長に向けて来てくれた事への感謝と共に手を振り見送った。

 

「たくさん話せた様ですね」

 

「あぁ。そっちもだろ?」

 

「はい!それにまた時間を見つけては来ると言っていました♪」

 

「そうか。それはよかったな」

 

ヒノエの言葉に頷いたゲンジは目の前の景色に再び目を向けた。

 

 

「…」

 

目の前に広がるのは酒に酔い顔を真っ赤にしながら踊る阿呆に見る阿呆。そしてそれを盛り上げる里の皆々。

 

自身が里へと来た頃と比べると、あの頃の面影は何処にも残っていなかった。暗い顔をする事なく、真の平和を祝うかの様に皆は楽しんでいた。

 

「どうしました?」

 

「いや、別に」

 

ミノトから尋ねられたゲンジは特に答えず、盃に再び酒を注ぐ。瓶の口から流れてくる透明な酒が小さな飛沫をあげながら盃に注がれていった。

 

「それにしても今日はよく飲みますね」

 

「お酒は苦手ではなかったのですか?」

 

「確かにそうだが…」

ヒノエとミノトはゲンジの酒の弱さを知っている為に尋ねる。いつもならば一口飲んだだけで酔い潰れるも、顔を赤くさせる事なく、ゲンジは頷くと瓶を向けた。

 

 

「今日は祝酒だ。ほら」

 

ゲンジから瓶を向けられた二人は頷くと、自身の盃を差し出した。差し出された盃にゲンジは瓶の口を傾けて中身の酒を注いでいくと、身体を二人に向け、告白した。

 

「ヒノエ。ミノト。これからも…ず…ずっと一緒に…いてくれよ…」

 

「あらあら。相変わらず肝心な所で言葉が詰まってしまいますね♪」

「貴方は何度、私達の心をくすぐるのでしょうか。どうしても撫で回したくなってきてしまいます」

 

「う…うるさい!」

 

ヒノエとミノトのからかいにゲンジは顔を真っ赤に染め上がらせるも、再び、2人の琥珀色に輝く瞳を見つめた。

 

「…で…どうなんだよ…」

 

その質問に対しヒノエとミノトは笑みを浮かべるとゆっくりと頷いた。

 

 

「勿論ですよ」

 

 

「我ら姉妹、この先ずっと貴方のお側に」

 

 

その言葉を聞いたゲンジは頷かずも盃を向けた。それに対してヒノエとミノトも酒の注がれた盃をゲンジに向ける。

 

そして

互いに向き合う様にして座る3人は生涯を共にする事を共に誓い合うと、ゆっくりとその盃を近づけ、中央で重ねた。

盃が重なると素材特有のカンッという木の音が静かにその場に響いた。

 

すると

 

3枚の桜の花びらが3人の盃にそれぞれ舞い降りゆっくりと波紋を浮かべた。

 

 

 




今回で本編は完結となります。いくつか描写や話の内容がグダグダになってしまったのが心残りですね…。まぁ…それについてのリメイクはもう少し先伸ばしして、それから上げようと考えております。
因みに本編は完結しますが、その後の話も投稿していく予定であります。

サンブレイクも来年の夏頃に発売予定の様です。また楽しいハンターライフを送りたいものですね。

応援してくださった方々にお気に入り登録してくださった方々、本当にありがとうございました!


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それぞれの後日談

この作品の主要キャラ、オリキャラのその後についてです。


ゲンジ

 

結婚後は今住んでいる家にそのままヒノエ、ミノト、エスラ、シャーラと共に住んでいる。

1年間はクエストが受注できない為に結婚してからは毎日毎日トレーニングに励む事が日課になっているが、最近になって今までの疲労が現れ、現在は療養中。腕は落ちていないらしい。

 

イブシマキヒコの討伐の際にヒノエとの約束を破った為に彼女から毎日一緒にウサ団子を食べる事を義務付けられている。因みに少しでも反抗すればヒノエが泣く素振りを見せる為に逆らう事ができず、渋々応じている。

 

ミノトからは毎日必ず集会所に来て1時間は一緒にいる事を強要されており、その間は彼女から顔を揉まれたり頬を擦り寄せられたりとおもちゃにされている。ヒノエが一緒ならばヒノエ共々、2人のおもちゃにされる。(万が一破ってしまえば夜にお仕置きされる)

 

2人とは毎晩一緒の布団で寝かされており、更にエスラとシャーラが寝付いた後は二人に犯されている。

勃たない場合は強引に幼児プレイをさせられ、それによって最近ではヒノエとミノトの3人しかいない場では無口ながらも彼女達に甘えるようになってしまった。

ヒノエとミノトから重たい愛を向けられながらも2人の事は大切に思っているらしく、前に彼女達がナンパされた際は鳥達が逃げ出す程の殺気を放ち、ナンパしたハンター達を失禁させてしまった。また、偶に自身の方から抱きつく事がある。

 

未だに背は伸びない事に悩んでおり、シャーラに抜かれた際は泣いていた。

今のところ他所の地方に行く予定はないらしいが、新婚旅行で、ユクモ村の温泉に行こうと考えている。

 

里の皆からは『良い旦那さん』と共に『尻に敷かれている情けない男』として見られている様でよく茶化されている。

 

イビルジョー

ゲンジの中で眠っているもう一つの人格。最後のモンスター化からずっと眠っており、現時点でも目覚めていない。

 

ヒノエ

結婚後も変わらずに里で受付を務めているが、あまりにも依頼が少ない為に集会所にてミノトの手伝いをしている。

マルバの一件からゲンジにベタ惚れであったが、イブシマキヒコの共鳴から救われてからはその愛は誰も手が付けられない域にまで達してしまい、ゲンジが少しでも頬を赤らめれば抱擁してしまう。

更に夜になればゲンジに対する愛情が最大限にまで達し、彼をミノトと共に無理矢理犯している上に幼児プレイまでさせている。

それでも夫婦仲は良好であり、喧嘩はないらしい。

最近は背丈が大きくなってきたらしい。

平和が訪れた事で今まで経験のなかった本格的な料理をミノトから教わり始めており、ミノトだけでなく、里の皆にも振る舞いたいと思い日々精進している。因みに試食によってゲンジやエスラ、シャーラが犠牲になっている。

 

最近では背が伸びているらしい。

百竜夜行が去ったとはいえ、未だに弓の訓練を怠る事なく続けている。

 

 

 

ミノト

 

結婚後も変わらず集会所で受付を務めている。

前までは無表情である事が多かったが、ゲンジとエスラがナルハタタヒメとイブシマキヒコを討伐してからは表情が穏やかになり、笑顔を見せる頻度が多くなった。それを見た里の子供達から『ヒノエさんが二人いるみたい』と言われ、その際には今まで見せた事がないほどまで歓喜の表情を浮かべたらしい。

彼女もヒノエと同じくゲンジに異常すぎる愛情を向けており、結婚してからは最低1時間は一緒にいる事を強要し、頬擦りや抱擁などしておもちゃにしている。

更に予定が無い時に自身とゲンジ、若しくはヒノエを入れた3人だけとなればヒノエと共に彼を襲う様になってしまった。

夜は更に激しくなり、毎晩エスラとシャーラが寝付けばヒノエと共にゲンジを無理やり犯している。その際に幼児プレイにハマってしまい、本格的にするべく、ゲンジを子供に戻す薬を探している。 

それでも夫婦仲は良好である。

最近はヒノエと共に背が伸びている。

ヒノエに料理を教えており、彼女から頼りにされている事が嬉しいのか教える時は終始笑顔である。

 

相変わらず絵は微妙だが、ほんの少しは上手くなっているとのこと。

 

 

エスラ

 

ゲンジとシャーラの義理の姉。ゲンジとシャーラの母親とは違う母親から生まれた為に異母姉弟という事になる。

相変わらずシャーラとゲンジを溺愛しており、結婚後も変わらない。ヒノエとゲンジとの3人での風呂場の一件からは、ゲンジの事を深く考えれば胸が熱くなってしまう様になったらしく、一線を越える事を画策している。

ゲンジがギルドの指令により、クエストが受注できない為に、シャーラと共に代わりに受けるようになったが、百竜夜行が終わってからモンスター達も勢いを納めた為に現在はゲンジと同じくトレーニングに励んでいる。

 

 

シャーラ

 

エスラと同じくゲンジの事を溺愛する双子の姉。前までは無口であったが、今はエスラより少し少ない程度でありながらも喋る様になった。エスラと同じく、処分によりクエストが受注できないゲンジの代わりに依頼を受ける事になっているが、未だに依頼が来ない為に実質、ゲンジと同じ状態である。

里の子供達から人気で、トレーニングが終わった後は皆とよく遊んでいる。

ゲンジに対して姉を超えた感情を抱いており、現在は我慢できている。

最近は背や胸が再び成長し始めてきたらしく、ゲンジよりも1センチ伸びたらしい。

 

 

カムラの里

 

フゲン

 

相変わらず元気なジジイだが、百竜夜行が収束へと向かっていった期に今までの疲労が身体に現れ始めたのか、少し老化が進んでいる。

だが、未だに復帰を諦めていないらしく、日課であるトレーニングを欠かさず行なっている。

 

ゴコク

 

何百年も生きている竜人族のおじいちゃん。カムラの里のギルドマネージャー兼長老であり、百竜夜行が終わってからも皆をまとめている。フゲンと共に復帰を目論んでいるが、体型からして少し考え直しているらしい。

 

 

ハモン

 

加工屋の頑固親父。ゲンジの結婚式では珍しく笑いながら祝っていたが、それ以降はいつも通り無愛想な親父へと戻ってしまった。因みにゲンジに渡した双剣の代金は受取済み。

 

ウツシ

 

カムラの里の教官。全ての鉄蟲糸技を編み出した達人である。今でも偵察任務などを請け負っている。フゲンから里長を継ぐ事を提案されているが、本人曰く、『今の自分には荷が重い』かつ『教官を辞めるわけにはいかない』と言い断っている。

本編ではほとんど、脇役でありロンディーネと共に登場できた際は涙を流していた。

 

ロンディーネ

 

変わらず交易を続けている。『エルガド』という拠点で親族が活動しているらしく、その者に手紙でよくゲンジの事を書いて伝えている。

 

 

ヨモギ&イオリ

 

カムラの里のマスコットキャラ。特に変わった事はないが、背が伸び始めており、あと5.6年もすればゲンジに追いつくとされている。

百竜夜行が収束してからはよく2人で遊んでいる。

 

 

トゥーク

モンスター図鑑を広げるべく、ユクモ村からジリス、セルエと共に他所の地方へと旅立った。着々と実力をつけてきており、あと数年すればG級もしくはマスターランクに到達するとゲンジは推測している。

ユクモ村から旅立ったとはいえ、数ヶ月程度で戻る予定らしい。

 

 

 

オリキャラ 

 

ラトル

 

マルバの父親。マルバと共に住んでいる村から旅立ちロックラックへと移住しそこでハンターとして生活している。マルバへの慈悲はあるものの、住まわせる以外は何も手助けしない程まで愛情が尽きており、ほとんど見捨てている。

 

 

マルバ

 

カムラの里から離れたロックラックへと父親と共に移住したが、左足以外は全て使い物にならない上にゲンジの顔が頭から離れず、現在は無職で引きこもっている。超が付くほどの美形な顔が今では崩壊しているらしい。

 

デン

 

親と共にロックラックへと引っ越した。彼は顎の骨と片脚が使い物にならない為に義足をつけて料理店で働いている。

 

レビ

 

砕かれた肋骨が修復すると完体となり、ゲンジに復讐するべく再びカムラの里へと向かっていったが、道中で謎のモンスターに襲われ死亡。

 

 

ゲルド村の住人

 

ヒノエとミノトの叱責によってようやく自身らの愚かさを知り、ゲンジに頼らず自身らで村を発展させていく事を決意した。

 

村長 

ゲンジに謝罪とお礼の手紙を書くと過去の行いを悔やみ責任を取る形で自害した。その手紙はゲンジへと届いたが、破り捨てられた。

 

モモカ

あれからは村の中で孤立。村長の娘であっても信用性を失い村長になれず、1人の村娘となってしまう。必死にイメージを戻そうとするも、結局戻らない上にミノトの鋭い視線が頭から離れず、眠れぬ夜を何日も過ごしていった。

そして遂にその眠気とストレスが爆発し発狂しながら村を出ていった。

その後は遠く離れた場所で遺体として発見された。

 

テイラ

ヒノエの殴られた箇所から痛みが引かない上にヒノエから向けられた目が頭から離れずトラウマとなり、昼夜問わず家の中に引きこもっている。

 

 

 



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カムラの里のほのぼの日常 月の乙女も風邪を引く

百竜夜行が去ると共に里を救ったハンター『ゲンジ』と受付嬢『ヒノエ』『ミノト』が無事に結婚して1ヶ月が経過した。

 

無事に結ばれた3人は幸せな結婚生活を歩み出した。

 

だが、その生活は新郎であるゲンジにとってはとてもとても災難なものであった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

季節は冬。カムラの里にも雪が降り始める時期となり、里を白く染めんとするべく、空から降る雪が燦々と降り積もっていく。そんな寒い日の早朝。

 

 

囲炉裏にくめられた薪が燃え尽き灰と煙だけがほんのりと空気へと溶けていく家の中で。その囲炉裏の傍にある段差のある畳の上には4つの布団が敷かれていた。壁側にある布団にはエスラとシャーラ。そしてもう一方の布団にはヒノエとミノトが一つの布団で密着し合いながら眠っていた。

 

 

「すぅ…すぅ…」

 

「…」

仲良く寄り添いながら眠るその姉妹の姿は美しく見えると共に幼く可愛げのある様にも見える。

そんな幸せそうに眠る姉妹を包み込む毛布の真ん中あたりが、何故かモゾモゾと動き出した。

 

 

すると

 

そのモゾモゾは一瞬だけ収まると、ヒノエとミノトの顔の間から勢いよく顔を出した。

 

 

「ぷはぁ…!!」

 

息継ぎをしながら現れたのはゲンジであった。姿が見えなかったゲンジはまるで息継ぎをするかの様に毛布から顔を出した。その顔はやや赤く染まっており、着物の隙間から見える身体は汗だくの上に、着物も若干ながら寝汗でシミまでもできていた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…熱かった…」

 

顔を出したゲンジは何度も荒い息を立てながら外の空気を吸い込む。

彼がなぜ、こんなに顔を真っ赤にそめているのか、それは簡単だ。ヒノエとミノトが毎日、彼を左右から抱き付きながら眠っているからだ。

 

これは結婚してから毎日である。たまにエスラとシャーラが交代する事があり、2人の場合はこの様な事にはならないが、ヒノエとミノトの場合は隙間が無くなるまで密着してくるのだ。

しかも左右から挟まれる上に布団も掛けられるので、前も後ろも体温や布団によって暑苦しくなってしまう。

たとえ寝る前に顔を布団の外に出していても翌朝になれば2人の胸に挟まれると共に布団に覆われており、もうどうする事もできないのだ。

 

「ようやく朝か…ふぅ…涼しい…」

 

目を覚ましたゲンジは窓の外から見える空を見ると、安心するかの様にホッと胸を撫で下ろし熱く蒸れた身体に当たる心地いい冷たい空気に身を任せた。

 

 

 

だが、そんな癒しも束の間だった。

 

 

 

「わ!?」

 

突然 身体が引き寄せられ、柔らかな敷布団の上に落とされると共に_

 

 

___もみゅ

 

顔全体に団子のような柔らかな感触が広がった。

 

すると

 

「おはようございます。旦那様♡」

 

「!?」

自身の顔全体に張り付く物体の向こう側から聞き慣れた声が聞こえてきた。

その声を聞いたゲンジは冷や汗を流すと共にゆっくりとそれを掻き分けながら声のする方向へと目を向ける。

そこには琥珀色の瞳を輝かせながら笑みを浮かべるヒノエの姿があった。

 

「ひ…ヒノエ…ねえさん…」

 

「はい。貴方の事が大好きなヒノエです♪」

 

朝の目覚めは大抵、ヒノエまたはミノトの抱擁から始まる。日替わりであるものの、時には連続でヒノエ、また時には連続してミノトと、いった感じでランダムである。酷い時には二人同時も…。

 

「今朝は随分と冷え込んでいますね」

 

「あ……あぁ…」

 

こちらを見つめながら尋ねてくるヒノエにゲンジは驚きながら答える。夫婦であってもやはり至近距離で見つめられる事に慣れないのか、ゲンジは目を途端に逸らしてしまう。

 

その様子を見たヒノエは目を一瞬だけ輝かせると共にゲンジの顔を見ながらゆっくりと両手を頬に当てるかの様に押さえつけると微笑んだ。

 

「なので…もう少し温まっていましょう♪」

 

「な…なん__んぐ!?」

 

ヒノエの微笑みと共にゲンジはそのまま着物の隙間から溢れそうな汗ばむ胸の谷間へと顔を押し付けられた。次々と顔に張り付く巨大な乳房が顔面を押し潰し圧迫するかのように押し付けられ、女性特有の甘い香りと汗の匂いが混ざった独特な匂いが鼻を刺激し、理性と意識を奪っていく。

 

 

「んぐ…ヒノ…ねぇざ…ん…ぐる…じ…!」

 

「苦しくてもこうでもしないと寒いじゃないですか。ほぉら…身体を冷やさない様にもっと身を寄せて…」

 

「むぐぅ!?」

 

 

その言葉と共にヒノエの胸の谷間へ更に顔が沈み、身体も取り込まれるかの様にヒノエの身体に密着していった。

 

「ひ…ヒノ…姉さ…やめ…」

 

「あらあら。何を遠慮なさっているのですか?」

 

すると ヒノエの手がもがくゲンジの後頭部に伸びると、まるで赤子をあやすかのように撫でた。

 

「もう私達は夫婦なんですよ?もう何も気にせず存分に甘えてください」

 

その言葉を掛けられた瞬間にゲンジの頭の中から何もかも消え去り真っ白になった。

 

「……」

 

すると先ほどまで嫌がるかの様にもがいていた手脚を落ち着かせるとまるで母親に甘えるかの様にヒノエの身体に手を回しそのまま身を寄せた。

 

「ヒノエ…姉さん…」

 

「二人だけの時は『お姉ちゃん』でしたよね?」

 

「ヒノエ…お姉ちゃん…」

 

「よく言えました♪」

 

子供の様に抱きつき甘えてくるゲンジにヒノエは微笑むとその頭を撫でながら髪を掻き上げて額に口付けをする。

 

「よしよし。ではもう少し一緒に寝ていましょうね。私とミノトの可愛い旦那様♪」

 

その後、ヒノエの抱擁によって再び眠りに落ち、目を覚ました直後にまたヒノエの過剰なスキンシップを受けると共に里での1日が始まる。

 

◇◇◇◇◇◇

 

灰色の雲が空を覆っている冬のある日。

 

カムラの里に雪が降り始めた。空から降ってくる雪は地面に燦々と降り積り地面や屋根を白く染めていく。

 

 

そんな雪の降る日の夕方。

 

「……」

「……」

ヨモギの茶屋にてお団子を食べていたゲンジは、団子を持ったまま食べる手を止めていた。それはヒノエも同じであった。

 

それは先程から隣から不可解な音が聞こえていたからだ。

 

 

「……グス…グス…」

そこには腰を下ろしてちるミノトが団子を手に取りながらも何度も鼻をすすっていた。

 

「グス…グス…」

ミノトの鼻は赤くなっており、いつも姿勢がしっかりと固まっている身体もフラフラと揺れており、明らかに普通の状態ではなかった。

 

「これ…確実に風邪じゃねぇのか…?」

 

「その様ですね…」

 

その様子を横で見ていたゲンジはヒノエに尋ねる。ヒノエも頷くと、鼻をすすり続けるミノトの隣に座り、背中に手を置く。

 

「ミノト、風邪を引きましたね?」

 

「……」

 

ミノトは無言で首を横に振る。

 

「引きましたよね?」

 

「…いいえ…」

 

ヒノエが顔を近づけてもミノトは首を振りながら目を合わせない様に顔を逸らすばかり。

それを見かねたヒノエは顔の影を更に強くしながら顔を近づける。

 

「ひ・き・ま・し・た・よ・ね・?」

 

「……いいえ…これは…違いましゅ…」

 

いくら尋ねても首を振る上に噛んでも変わらないミノトの頑固一徹な態度にヒノエはため息をつくと、顔を近づけ、ミノトの前髪を上げると額を当てた。

 

「ひょえ…!?」

 

「ん〜…やっぱり熱があるみたいですね」

 

ミノトの額に自身の額を当てたヒノエはいつもよりも高い温度を感じる。

その一方で、額にヒノエの額が突然と当てられた為にミノトの顔が一瞬にして真っ赤に染め上がっていた。

 

「ゲンジも当ててみてください」

 

「…そんなにか?」

 

「だ…旦那様…まで!?」

ゲンジはヒノエに言われた通りに顔を赤くさせているミノトに顔を近づけると、右手をミノトの額に当て、それと比べるかの様に左手を自身の額に付けた。

 

「…確かにひどい…。結構熱いな」

 

「そうですよね。ミノト、なぜ今まで我慢して…あら?」

 

ヒノエがミノトに理由を尋ねるべく目を向けた時には、ミノトは目を回しながら湯気を発し気絶していた。

 

「はにゃ…はにゃ…はにゃ…ね…姉様…旦那様…」

 

「お…おい!これマズイだろ!?早く家に運ぶぞ!」

 

「ではゲンジはミノトを家に!私はゼンチさんを呼んできます!」

 

ミノトをゲンジに任せたヒノエはそのままゼンチの元へと走っていった。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

その後、家にてヒノエが連れてきたゼンチから診察を受け、風邪薬を飲ませると静かに横にさせた。

 

「前々から思ってたんだが…集会所の仕事っていつもそんなに多いのか?」

 

「そうですね。近辺の村からの依頼が来ますからその量は多いですよ。私でも一苦労です。そんな大仕事をこの子は毎日、頑張ってやっているので本当に凄いですよ」

 

ヒノエは日々のミノトの仕事ぶりを思い出しながら彼女の頭を撫でると、その手を離し、なんとキュッとミノトの頬をつまんだ。

 

「ですが風邪であることを話さなかったのは別ですけどね〜」

 

「いや…俺にその顔むけられても…」

 

ゲンジはニコニコと笑いながらも青筋を浮かべるヒノエに引いていた。それからヒノエは立ち上がると、草履を履き、家の扉を開けた。

 

「では、私はミノトの仕事を片付けてきます。あとはよろしくお願いしますね?くれぐれも、ミノトから目を離さない様に」

 

「わ…分かった」

 

「あ、もし出ていきそうになったら羽交い締めしてでも止めてください。あと、私が凄く怒っていたも伝えておいてくださいね♪」

 

「羽交い締め!?」

ヒノエはサムズアップしながら集会所へと歩いていった。そのサムズアップの意味が分からないけれども、ゲンジは了承した。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

それからゲンジはミノトの看病に徹した。桶の中に水を入れてタオルを絞り、ミノトの額に置いた。

 

「…」

 

焚き火の火がパチパチと音を響かせる中、ゲンジは眠るミノトの顔を見つめていた。眠る時は必ず2人の胸に抱き寄せられる為に寝顔を見る事は無くなっていた。それ故に久々に見る自身の妻の寝顔に少し見惚れていた。

 

「…綺麗……って…何を考えてるんだ俺は!?」

 

一人だけだと言うのに意味もなく顔を真っ赤に染め上げながら頭をワシャワシャと掻きむしる。

 

 

 

そんな時だった。

 

 

____ガラガラガラ

 

「お邪魔するよ!」

 

玄関から足音と共に扉を開く音が聞こえ、陽気に手を挙げながらウツシが入ってきた。

 

「!?ウツシか…。どうした?」

 

「ミノトさんが風邪を引いたとヒノエさんから聞いてね。お見舞いをと思ってね。はいこれ」

 

そう言いウツシは木で巧妙に作られたカゴを差し出した。中には立派に育った5つの真っ赤なリンゴが詰められていた。

 

「リンゴか。確か『リンゴは医者入らず』って言われてたな」

 

そう言いゲンジはウツシからリンゴを受け取ろうとすると、ウツシはヒョイっと下げる。

 

「いや、リンゴは俺が切ろう」

 

「え?いやいいよ。俺が切る。それぐらいできる」

 

「まぁ待って待って」

 

ゲンジは再びリンゴを受け取ろうとするも、ウツシは再び下げ、人差し指を突き出しながら『チッチッチ』と言わんばかりに左右に振る。

 

「一度やってみたかったんだ…。病人の側で座りながらリンゴを剥くというのをね…」

 

「は……?」

 

それだけ言うとウツシは膝をつき、割烹着を着用するとナイフでリンゴの皮を切り落としていった。

 

「最近はどう?夫婦仲は円満かい?いやぁ…このご時世ね。浮気が結構問題に___」

 

「近所のオバハンか!?」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

突然と愛する姉と夫の顔が至近距離まで寄せられた時から視界が真っ暗に染まっていた。

沈み込んだミノトの意識は暗い世界を彷徨っていた。

 

そんな時だった。

 

『綺麗…』

 

「ん!?」

その言葉が聞こえたと同時に意識が覚醒し、今まで暗闇に染まっていた景色に光が差していき、段々と鮮明になっていった。

 

「……んん…」

ゆっくりと目を覚ますと目の前に入ってきたのはいつも寝ている家の天井であった。

 

そんな時だった。

 

「おぅ。起きたか」

 

シャキシャキシャキ

 

ゲンジの声と共に果物を飾る咀嚼音が聞こえてきた。一体何なのだろうと起き上がったミノトはその方向へと目を向ける。

 

「このリンゴ本当にうまいな」

 

「コミツちゃんが選んでくれたからね。いやぁりんご飴もいいけど素材のままというのもいいねぇ!あ、こらこら。ちゃんとよく噛んで。種は出すんだよ」

 

そこにはウサギに象られたリンゴを齧るゲンジと割烹着を着用し、リンゴを手に取りながらナイフでリンゴを切っているウツシの姿があった。

 

「えぇと…これは…」

 

「やぁやぁミノトさん。目覚めてなにより。さぁさぁこれを食べて!」

 

「え!?あ、どうも…って何で割烹着を!?」

 

「一度でもいいからこのようなシュチュエーションを体験してみたくてね…。ほら、ちゃんとよく噛んで。種は出すんだよ」

 

「え!?お母さんですか!?」

 

いつもはテンションが高くフランクなウツシであるが、いつも以上にテンションが高かった。

差し出されたリンゴをミノトは受け取ると齧る。齧ると甘酸っぱい蜜の味とシャキシャキとした食感が口の中に広がり、目覚めた直後の気だるさが吹き飛んでいった。

 

 

その後、

食べ終えたミノトはなぜ、自身が布団で寝ているのか尋ねた。

 

「えぇと…私は一体……」

 

「風邪で倒れたんだよ。覚えてないのか?」

 

「…風邪……__はっ!」

 

言われた途端にミノトは倒れる前の事を即座に思い出した。自身が茶屋で休憩しているときに突然と意識を失った事を。

 

そして、それを知られたくないためにヒノエから問い詰められても否定していた事を。

 

「ね…姉様は!?気づいていませんよね!?怒っていませんよね!?」

 

「既に気付いてるし怒ってたぞ」

 

「ひょえ…」

 

ヒノエが怒っている事を知ったミノトは血の気が引いていくかの様に全身が真っ白になる。

 

その一方で、ミノトが目覚めた姿を見届け、帰ろうとするウツシを見送っていたゲンジはすぐさまミノトの方へと顔を向けると、胡座をかき、頬杖をつきながら尋ねた。

 

「なんで言わなかったんだ?」

 

「それは……」

 

尋ねられたミノトは言葉を詰まらせ、抵抗していたが、すぐに降参して答えた。

 

「その…心配を掛けたくなかったのでつい…強がってしまいました…」

 

「はぁ…」

 

申し訳なさそうに細々とした声でミノトは理由を話した。彼女の自身の身を顧みずに率先して行う自己犠牲の性格を理解していたゲンジはため息をつくと、ミノトの頭に手をおいた。

 

「頼むから風邪とかだったら無理せず言え。それでぶっ倒れたら皆が心配するだろ…」

 

そう言い頭に置いた手を動かしミノトの頭を撫でた。

ゲンジにとって、ヒノエとミノトは恩人と共に掛け替えの無い大切な妻だ。倒れてしまった時は、まさか病気に掛かってしまったのかと思い、自身でも驚く程まで慌てていたのだ。

 

 

「も…申し訳ありません…善処します…」

 

鍵を指す様に声色を少し低くし、強く言うと、ミノトは俯きながらも頷いた。

その様子を見たゲンジは反省したと見たのか、緊張を解きその場から立ち上がる。

 

「さて、飯でも食うか。確か米が余ってたから粥でも作ってやるよ」

 

「でしたら私が!あう…!?」

 

またもや強がり立ち上がろうとしたミノトの額に向けてゲンジはデコピンを放つ。

 

「さっきの言ったこと忘れたのか?今日はもう休んでろ。ヒノエ姉さんがもっと怒るぞ?」

 

「それは嫌です!」

 

ミノトにとって、怒った時のヒノエは苦手らしく、すぐさま引き下がり応じた。

 

「確かに私が調理しては移してしまうかもしれませんよね!?でしたらここは仕方ないのでお言葉に甘えさせていただきます!」

 

「因みに何度も言うけど、凄い怒ってたぞ」

 

「うぅ〜…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

その後、家の真ん中にある囲炉裏に釜を起くと、米と水を入れる。因みに、見舞いに来てくれた際に多くの見舞い物を差し入れてくれており、作っているお粥には米だけでなく、消化の良いほうれん草などの緑黄色野菜に脂肪の少ないヘルシーな鶏肉も混ぜていた。

ゲンジはエスラよりも多少の料理の心得はあるために、作る際に不手際などは起こす事はなかった。

 

「えぇと…確かこんな感じだったな」

 

料理本に載っていたレシピを思い出しながら必要なモノを投入すると、蓋をする。

 

「いい匂いですね…」

 

「あぁ。俺の知り合いのハンターが出版してる本を参考にしたからな」

 

しばらくして釜の蓋が吹き出した泡によってコトコトと音を立てると、ゲンジは完成と見計らい、ゆっくりと蓋を取る。

 

「あっつ…」

 

できた粥に塩を少し振り掛けると、木製の匙で茶碗に盛り付け、布団で寝ているミノトに渡した。

 

「ほら」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

◇◇◇◇◇

 

それから食事を終えたミノトを再び布団に寝かせた。

 

「外はどうなっていますか…?」

 

「雪がまだ降ってる。今夜には積もるかもな。カムラの里って雪も降るんだな」

 

「はい。この季節は寒冷群島の方から風が吹くので…。雪もそれなりに積もりますよ」

 

「そうか。雪なんて久々だな。焼き芋ができそうだ」

 

「それ秋だと思いますが…」

 

そう談笑していると、

 

 

「…くっしゅん!」

 

突然とミノトは鼻を押さえると共に小さなくしゃみをする。それを見ていたゲンジはミノトの側によると肩に手を置く。

 

 

「またぶり返してきたか。食ったらもう寝ろ」

 

「はい…」

 

肩に手を置いたゲンジはそのままミノトを布団に寝かせた。

 

 

そんな時だった。

 

「……旦那様も…」

 

ミノトは起き上がり、隣の布団のスペースをパンパンと叩いた。それに対してゲンジは首を傾げる。

 

「なぜ俺まで…病人はお前だろ?」

 

「せっかく二人きりになれたので。それに…たまには私にも抱擁を…」

 

「うぅ…///」

そう言いミノトは瞳を震わせながらまるで子供の様に頼み込んでくる。それに対してゲンジは顔を真っ赤にさせながらも了承した。

 

「わ…分かったよ!変なことするなよ!?」

 

「はい!」

 

ゲンジが了承すると、ミノトはパァと笑顔を輝かせた。

 

 

 

それから布団に入ったゲンジはミノトと向かい合う様にして横になった。目の前には顔を赤くさせながらも笑みを浮かべるミノトの顔があった。

 

「うぅ…」

 

ゲンジは恥ずかしがりながらもミノトの身体に手を回し身を寄せた。すると、ミノトも手を回し、身を寄せてくる。

 

「旦那様」

 

「な…なんだよ…」

 

「おやすみなさいませ」

 

「お……おやすみ…」

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

___ガラガラガラ。

 

「ただいま戻りましたよ」

 

「ミノト〜大丈夫か?」

 

「一応、栄養ドリンク買って来たよ」

扉が開くとヒノエに続いてエスラとシャーラも帰宅してきた。

 

「2人とも、義姉さん達も帰って来たのでご飯にしま…まぁ…!」

 

「ヒノエが怒っているらしいが気にするな。次から気をつけれ………なぬ!?」

 

その光景を目にしたヒノエは微笑み、一緒に帰宅したエスラとシャーラのうち、エスラは言葉を詰まらせたと同時に驚く。

そこには布団の中で仲良く眠るミノトとゲンジの姿があった。まるでぬいぐるみを抱くかの様にゲンジを胸元に抱き締めながら眠るミノトの寝顔は風邪を引いていたとは思えない程、幸せそうであった。

その表情を見たヒノエは説教しようとしていた事を忘れてしまう。

 

「うふふ♪」

 

「ぐぬぬ…羨ましい奴め…!!私だってゲンジを…!!」

 

「はいはい。邪魔しないでヒノエさんと一緒にご飯の支度しようね」

 

その様子をしばらく見ていたヒノエは邪魔をしないように嫉妬し始めるエスラを引っ張るシャーラと共に料理の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日 

 

ゲンジは風邪が移った。

 

 



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カムラの里のほのぼの日常 太陽の乙女も風邪をひく

ある冬の日。

その日も空は薄く灰色の雲に覆われており、里には寒冷群島から運ばれた寒い風が吹いていた。

 

その日の正午過ぎ。お昼休みが終わり、皆が仕事に戻りゆく姿が目立つ頃、集会所にてマフラーを巻き羽織りを纏ったミノトだけでなく、ヒノエも書類の処理を行っていた。

 

2人は完璧なコンビネーションで次々と積まれた書類を片付けていく。大型モンスターの狩猟依頼は結婚式以降は全く届けられておらず、来るのは小型モンスターの討伐、もしくは採取程度である。

 

そんな中、書類を整理していたミノトはある不信感を抱いていた。

 

「えぇとこれは…ゴホン…!」

 

見ればミノトの横で作業を行っていたヒノエの動きが少しながら不自然であったのだ。顔を真っ赤にし、身体を時折ふらつかせており、咳もたまに吐いていた。

 

それを見たミノトは即座にヒノエに声を掛けた。

 

「姉様…体調がすぐれない様でしたら無理せず休んでください」

 

「大丈夫よミノト…ゴホンゴホン!これくらい!」

 

声を掛けられたヒノエは手を振りながらも更に咳を吐いた。ミノトから注意されようとも、耳に入れないヒノエの様子を集会所の中心で見守っていたゴコクも遂に痺れを切らした。

 

「これこれヒノエよ。ミノトの言う通りにせんか。お主最近働きすぎでゲコよ?」

 

「そうです!それに姉様が無理をしてもしも倒れてしまったら、私達だけでなく旦那様も悲しんでしまいます!」

 

「……」

 

ゴコクとミノトの注意が響くと、ヒノエはようやく聞き入れたのか、その手を止めた。

 

「確かに皆に心配を掛けさせてしまっては元も子もありませんね。すいません…では、お言葉に甘えさせていただきます…」

 

そう言いヒノエは最後の書類を片付けると、カウンターを出た。

 

すると

 

「あ…れ…」

 

 

ヒノエの身体が再びふらつくと共に前のめりになると、そのままゆっくりと地面に倒れた。

 

「姉様!」

 

「ヒノエ!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

ヒノエが倒れた話は瞬く間に里中に知れ渡った。それは修練場で修行をしていたゲンジ達の方にも届き、彼らはその知らせを聞いた途端、猛スピードで引き返していった。

 

バタン!

 

自宅へと戻ったゲンジは扉を乱暴に開くと、飛び込んだ。

 

「ヒノエ姉さん!?大丈夫か!?」

 

「しー!!声が大きいですよ…!」

 

「す…すまん…」

 

飛び込んだ途端にミノトから注意を受けたゲンジは落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと畳に上がる。

 

「ゼンチさんによると、仕事のお疲れと風邪との事です…。命に別状はありません」

 

「そうか…良かった…」

 

ミノトからヒノエの無事を伝えられたゲンジは安堵の域をつくと、眠る彼女を見つめた。

 

「ゆっくりと休めば治るとの事なので安心してください。エスラさん達は?」

 

「あぁ。栄養ドリンクや食材を買ってくるって。それよりも意外だな…ミノト姉さんならもうパニックになってるかと思ってたんだが…」

 

「倒れた当初はもちろん驚きましたよ。ですが、先程一度目覚められたので安心しました」

 

「そうか」

 

ゲンジはミノトの説明に納得すると、立ち上がる。

 

「じゃあ夕飯でも作ってやるか。ちょっと手伝ってくれ」

 

「もちろんです!」

 

それからゲンジはミノトと共に台所に立つと夕飯の支度を始めた。ミノトが食材を次々と鍋で煮ている中、ゲンジは釜に火を灯し、棒で息を吹きかけて火の勢いを上げていた。

 

「先程の慌てよう…もしかして私の時もあれほど慌てていたのですか?」

 

「そ…そうだよ…」

ミノトに尋ねられたゲンジは顔を赤くしながらも答えた。その様子を見たミノトは口に手を当て笑みを溢すと、ゲンジの頭を撫でる。

 

「よしよし。可愛いですね」

 

「やめろ!それに心配するのは……その…当たり前…だろ…」

 

「……抱き締めてスリスリしてもいいですか?」

 

「夕飯作ってるんだよな!?」

 

そんなやり取りをしながらも、2人は料理を続けた。部屋にはミノトが刻んだ食材が入れられた鍋が熱により沸騰し、釜がコトコトと鳴る音が響く。

 

そんな時だった。ミノトは何かを思い出す。

 

「ん?人参とじゃがいもが無いですね。ちょっと買い出しに行ってきます。姉様が起きたら布団から離れないよう見張っておいてくださいね」

 

「分かった」

 

ミノトは火を消すと、出掛けて行った。

 

その様子を見送ったゲンジは火を見る必要がないと見て、ヒノエの眠る布団に腰を下ろし、その寝顔を見つめた。

 

「はぁ…ミノト姉さんもそうだけど…本当に2人は似てるな…」

 

前もミノトが風邪を拗らし、寝込んだ時も同じであった。彼女もヒノエと同じく無理をして、結局、オーバーワークで倒れてしまったのだ。

 

「はぁ…」

 

なぜ、こうもこの姉妹は無理をするのか。それに対して呆れるように再び溜息をつく。

 

すると

 

 

ガラガラガラ

 

入り口が開く音が聞こえた。ミノト達が帰ってきたのかと思い、振り向くとそこにはミノトではなく、ガルクに乗ったヨモギとイオリがいた。

 

「「お邪魔しま〜す」」

 

「お前らか。どうした?」

 

「ヒノエさんが倒れたって聞いたからお見舞いに来たんだ。どう?」

 

ヨモギにヒノエの状態を尋ねられたゲンジは今の状態を伝えた。

 

「さっき一回起きたらしいから大丈夫だ。今はよく眠ってる」

 

「よかった〜…あ、そうだ」

 

ヒノエの無事に安堵の息をつきながら胸を撫で下ろしたヨモギは懐から1人前のウサ団子を取り出した。

 

「これヒノエさんに渡しておいて。お金はいらないから」

 

「それと、これはコミツちゃんから」

 

イオリはガルクが咥えていたバスケットを手渡してきた。その中身は薄々感じていたが、やはりリンゴであった。

 

「悪いな。わざわざ来てもらって」

 

「いえいえ。それよりも新婚生活はどうですか?」

 

「毎日 エッ○してるんだよね!?」

 

「デケェ声でやめろ!」

 

イオリとヨモギから尋ねられたゲンジは頬をポリポリと掻く。見れば2人は目をキラキラとさせていた。そこまで興味があると話さないのは悪いと思ってしまい、渋々ながらも話した。

 

「まぁ…楽しい。賑やかだし寂しくないからな。それとヨモギの質問にはノーコメントだ!」

 

「えぇ〜」

 

それからゲンジはここ1ヶ月間の新婚生活の内容を簡潔に2人に話し出した。いずれ通るであろう道に2人はその話を興味津々に聞いていた。

 

「2人と結ばれて幸せ?」

 

「あ…当たり前だろ…。退屈しないし…いると癒されるし…飯も美味いし……あと…」

 

ゲンジがヨモギの質問に対して答えると共に次々とヒノエとミノトを賞賛し始めていった事でヨモギとイオリは驚いてしまった。

 

「「(すごい褒めてる…)」」

 

ーーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

そして、話を終えるとイオリとヨモギは手を振りながら帰っていった。

 

「じゃあね〜!」

「また今度〜!」

 

「あぁ。気をつけて帰れよ」

 

その姿を見送ったゲンジは扉を閉めて、再び居間に上がった。囲炉裏にくめられた火が燃え尽きようとしているためにゲンジは近くに積んである薪を持ってくると、消えかけている炎にくめて再び火をつけた。

 

 

すると

 

「……んん…」

 

「!?」

 

火がパチパチと音を立てる音と共に寝ているヒノエが唸り声を上げながらゆっくりと目を覚ました。

 

「ふわぁ…よく寝ました…。あ、おはようございます。旦那様」

 

「…」

まるで一眠り終えたかのように軽く済ませるヒノエにゲンジは青筋を浮かべると額に向けてデコピンを放つ。

 

「ふん」

 

「あぅ!?」

 

デコピンを受け、その痛みが広がる額を抑えるヒノエに向けてゲンジは少し声を低くしながら尋ねた。

 

「おはようじゃねぇよ。なんでそうなるまで我慢してたんだ」

 

「すいません…。心配をお掛けしてしまったようですね」

そのデコピンを受けたヒノエはゲンジの心情を理解して申し訳なさそうに答えると理由を話し出した。

 

「里が平和になったからこそ、今までよりももっと頑張らなければいけないと思いまして…つい…」

 

「はぁ…アンタら姉妹は本当に似てるな…」

 

ヒノエの無理をした理由を聞いたゲンジは呆れたように溜息を吐くとヒノエの頭にそっと手を置いた。

 

「でも…頼むから無理はするな…。無理して寝込んだら…俺やミノト姉さんが悲しむから…」

 

「…!」

すると 頭を撫でられたヒノエは顔を真っ赤に染め上がらせながらも満面の笑みを浮かべながら頷いた。

 

「はい!」

 

それはまるで彼が自身とミノトを誰よりも大切に思ってくれているのを感じ取っているかのように。

そしてその笑みを浮かべ頷いたヒノエはゲンジの身体に手を伸ばし自身の身体に抱き寄せた。

 

「ふぎ!?な…なんだよ急に…!?」

 

突然と抱き寄せられた事により戸惑うゲンジをヒノエは決して離さず、微笑みながらその頭を撫でると、ある事を尋ねた。

 

 

「旦那様…初めて会った日の事…まだ覚えていますか?」

 

「え……?あ…あぁ…」

 

唐突にヒノエから尋ねられたゲンジは言葉を詰まらせながらも頷いた。すると、ヒノエは目を閉じ出会った日を思い浮かべる様に話し出した。

 

「貴方が来る前、私は手当たり次第にハンターさん達に声を掛けていました。頼んでは断られ、頼んでは断られの繰り返しによって、いつしか私もミノトと同じくハンターへの信用を失いかけていました」

 

「あぁ…確か何度も断られたって言ってたな…。俺に頼んだ時点で何人目だったんだ?」

 

「15人ぐらいでしょうか…?頼み続けている内に人数を数えるのも忘れてしまいましたからね」

 

そう言いヒノエはゲンジの頭を撫でながら頬を擦り寄せる。囲炉裏にくめられた火がパチパチと音を強めていき、部屋の中を強く照らしていく中、ヒノエは続けた。

 

「貴方に頼んだ時にはもう私は半信半疑でした。ですが、貴方は頷き一年も経たない内に私達を…里を救ってくれた。そして…私とミノトを受け入れてくれた…」

 

「ね…姉さん…!?」

その言葉と共に徐々に抱き締める力が段々と強まりヒノエの身体が着物越しに更に密着してくる。

 

「ねぇ…旦那様…私は貴方と出会えて凄く幸せです」

 

思い出と共に今ある生活への思いを告白したヒノエの顔はとても美しく、風邪である事を忘れているかの様であった。

 

すると

 

「ゴホン…!」

 

ヒノエの口からは再び咳が出始めた。それを聞いたゲンジはすぐに背中をさする。

 

「姉さん…そろそろ寝ろ。またぶり返してきてる」

 

「そうですね。では、旦那様も一緒に♪」

 

「うぇ!?」

そう言うとヒノエはゲンジを抱き締めたまま、布団に再び横になった。掛け布団を掛け、一つの布団の上で寄り添いながらヒノエは目の前にあるゲンジの顔を蕩けた瞳で見つめた。

それに対してゲンジも降参したのか、抵抗をやめた。

 

「お…い…頼むから変な事するなよ…」

 

「分かってますよ♪それは風邪が治ってから…」

 

「あぁもぅ全然分かってねぇ!」

 

ヒノエに忠告したゲンジは警戒心を抱きながらもゆっくりと目を閉じた。

その様子を見ていたヒノエは微笑みながら顔を近づけると、ゲンジの額に口付けをし、胸に抱き締めた。

 

「旦那様…先程のヨモギちゃん達にしていた話…凄く嬉しかったですよ♪」

 

それだけ言うと、ヒノエはあの日ゲンジと初めて会い初めて共に眠った日を思い出しながらゆっくりと目を閉じた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

ガラガラガラ

 

扉が開く音と共に買い出しに行っていたミノトと食材や薬を調達してきたエスラとシャーラが入ってきた。

 

「お待たせしました。お二人とも。ご飯にしましょ……う…」

 

「ヒノエ〜。大丈夫か?良い薬があったから買ってきた……ぞ…」

 

「ついでにスタミナがつく食材……も…」

 

帰ってきた3人は固まると共に言葉を詰まらせた。

 

「すぅ…すぅ…すぅ…」

 

そこには温かい布団を被りゲンジを抱き締めながら眠るヒノエの姿があった。心地のいい寝息と共にゲンジを胸に抱き締めながら眠るその姿からはもう風邪に掛かっているとは思えなかった。

その様子を見たエスラは血の涙を流し始める。

 

「うぅ…ヒノエめぇ〜!羨ましい奴めぇ…!!今度は私が風邪に!」

 

「はいはい。ご飯の準備しましょうね」

 

シャーラがエスラを引っ張っていく中、ミノトはその光景を見つめるとふと笑みを溢した。

まるで自身が風邪を引いた時と重なるかの様に。

 

「さぁ、ご飯にしましょうか。シャーラ、2人を起こしてください」

 

「うん」

 

 

その後、ヒノエが完治した代わりにゲンジはまた風邪が移った。本人は気づいていないそうな。

 

 

 



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カムラの里のほのぼの日常 強き狩人も風邪には勝てない。

早くこの小説の挿絵も描きたいな〜!!


冬は寒い。故に風邪も流行り出す。ヒノエとミノトが風邪を引きながらも回復してからおよそ一週間。体力が全開となったヒノエは忘れ物を取りに自宅へと1人戻っており、その際に一つの小瓶を手にしていた。

 

「うふふ♪(ようやく手に入れる事ができました♪ロンディーネさんには感謝ですね〜)」

 

ヒノエは不気味な笑みを浮かべながらステップを踏んでいた。その手に持つ小瓶の中には3粒の錠剤が入っていた。それを手に持ちながらヒノエは上機嫌に鼻歌を口ずさむ。

 

「ふんふんふ〜ん♪これさえあれば5回はできますね…。今夜も私とミノトの2人で旦那様を♪」

 

ヒノエはその小瓶を台所の隅に置くと再び外へと出て行ってしまった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

寒い冬の午後。訓練を終えて休憩するべく里に戻ってきたゲンジ、エスラ、シャーラは少し遅めの昼食を取るべくヨモギの茶屋へと脚を運んでいた。

 

「ヨモギ〜。ウサ団子3人前」

 

「は〜い!」

 

それから軽快なステップを踏みながらウサ団子を持ってきたヨモギからウサ団子を受け取ると、3人は手に取り食べ始めた。

 

「いやぁ…全然暖かくなるないなぁ。この調子だともっと寒くなるぞ?」

 

「そうなると訓練の時にホットドリンクが必要になってくるな」

 

「確かにね…そういえばカゲロウさんが大量に仕入れてた筈」

 

そんな話をしていると、集会所の方からミノトとヒノエが歩いてきた。その姿を見たエスラ達は軽く会釈する。

 

「ん?やぁ。2人も昼食かい?」

 

「いえいえ。おやつですよ」

 

それから合流したヒノエとミノトと共に5人はウサ団子を堪能した。いつもは茶屋の周辺には桜の木が並び見事な花びらを咲かせていたが、この季節では流石に咲くのには無理があるらしく、現在は美しい花びらは一枚もなく、ただ蕾だけがあった。

 

「この後はどうするのですか?」

 

「ん?また訓練に戻ろうと思う。依頼がなかろうとも訓練を怠れば鈍ってしまうからな」

 

「そう言う訳だ…。夕飯までには戻ってくる」

 

そう言いエスラ達は席を立つ。

 

だが、妙だった。エスラとシャーラと共に立ち上がったゲンジの身体の姿勢がやや不安定であったのだ。その上、少しだけふらついており、目もいつもより開きが悪い。

 

その時だった。

 

「あれ…」

 

「お…おい!ゲンジ!」

 

ゲンジの身体は地面に向けて倒れた。咄嗟にエスラは地面に倒れる前に受け止めると、不自然に思い額に手を当てた。

 

「…凄い熱じゃないか!?」

 

「ね…つ…?」

 

◇◇◇◇◇

 

それからゲンジはエスラに担がれると家に運ばれて布団の上に寝かされた。駆けつけたゼンチから診察を受けると、一粒の栄養剤を渡された。

 

「きっと疲れでも溜まっていてそれで風邪になったんだニャ。この栄養剤をしっかりと飲むニャ。起きた後もニャ!」

 

ゼンチは口酸っぱくしながら言うと台所の隅に分かりやすいように栄養剤を置き帰っていった。

 

一方でゼンチから治療を受けたゲンジは最初に渡された栄養剤を口に含み水と共に飲み込んだ。すると、少しずつだが、眠気が出始めてくる。

 

「ふわぁ…眠いな…。薬が効きはじめたのか…?」

 

「そうらしいな。そのまま目を閉じていろ。ゆっくり休むんだぞ」

 

「あ…あぁ…」

 

エスラにポンポンと叩かれながらゲンジはゆっくりと目を閉じた。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

それからどれ程の時間が経ったのだろう。眠気が失せ、目をゆっくり開けると次第に視界が鮮明になってきた。

すると、そこにあったのはエスラではなく、フゲンの顔であった。

 

「ん?起きたか」

 

「フゲンさん…?」

 

「おいおい。まだ寝ていろ」

 

起きようとした身体をフゲンの手が止めてそのまま布団に寝かされる。見れば辺りは暗くなり、囲炉裏の炎がパチパチと音を立てながら燃えていた。

 

「えぇと…皆は?」

 

「食材の買い出しに行っておる。お主も疲労が溜まっていたんだろ」

 

「そうか…。それよりも、なぜフゲンさんがここに?」

 

「見張りを頼まれてな。用を足す以外は絶対に布団から出すなと言われている」

 

そう言いフゲンは鼻をフンと鳴らす。恐らく他の里の者では自身を押さえつけられないからフゲンに頼んだのだろう。

 

「新婚生活はうまくいっているようだな」

 

「まぁ…振り回されてばっかだが…」

 

「いいじゃないか。嫁に振り回されるのもまた一興だぞ?」

 

そう言いフゲンはガッハッハと笑う。そんな中、笑い終えたフゲンはある事を尋ねた。

 

「そうだゲンジよ」

 

「ん?」

 

「子供はまだか?」

 

「何聞いてんだよクソジジイ」

 

「むむ?そろそろできてもいい頃じゃないのか?毎晩お盛んなんだろ?」

 

「誰から聞いた!?」

 

「勿論フカシギからだ。いやぁ…子供が出来てくれれば…孫ができたみたいで喜べるのだがな…」

 

「なんで俺がお前の息子みてぇになってんだよ…!?」

 

「フッ。親父と呼んでくれてもいいんだぞ?」

 

「誰が呼ぶか」

 

フゲンは再び高笑いする。確かにゲンジとヒノエとミノトは毎晩性行為(ほぼ強制)に励んでいるが、竜人族は妊娠する確率が低い為に中々子供ができないのだ。

ただ、流石にプライベートまで知られている事にゲンジは恥ずかしいのか、掛け布団に顔を埋めていた。

 

「それよりもだ。ほら、酒を持ってきたぞ。ゴコク殿や皆を呼んで一杯やるか」

 

「看病に来たんだよな!?」

 

 

そんな時だった。

 

「ん?」

 

フゲンは台所の上に置かれている小瓶に目がいった。立ち上がるとその小瓶を手に取りゲンジに向ける。

 

「おい。これは風邪薬じゃないのか?」

 

「え?」

 

「ミノトやヒノエが使っていた余り物に見えるんだが…」

 

フゲンはそう言いゲンジに向けて差し出した。それは何の変哲もないただの小瓶であり、中には数個の丸薬が入っていた。見れば自身が寝る前に服用していた栄養剤であった。

 

それを見たゲンジは寝る前のゼンチの言葉を思い出した。

 

「いや、確かそれはゼンチさんが用意してくれた栄養剤だ。それも飲めって言われたんだ」

 

「そうか。よし」

 

フゲンは小瓶とコップに汲まれた水をゲンジに差し出し、受け取ったゲンジは小瓶から全ての丸薬を取り出すと水と共に一気に流し込んだ。

 

 

「飲んだはいいが、まだ寝ていろよ。治った訳ではないのだからな」

 

そう言いフゲンは再びゲンジを布団に寝かせると毛布を掛け直した。

 

すると

ガラガラガラ

 

「ただいま戻りました〜」

 

扉が開きタイミング良くヒノエ達が戻ってきた。

 

「すいません里長。お時間を取らせてしまって」

 

「いやいや気にするな。ではなゲンジよ。ちゃんと治せよ」

 

フゲンは陽気に手を振りながらそう言うと自身の自宅へと戻っていった。その姿を手を振りながら見送った。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

そんな時だった。妙な感覚に見舞われた。何故か眠気が失せた上に身体が先程よりも熱くなっていたのだ。特に下半身が。

 

「なんだ一体…」

 

その熱は少しずつ上がっていくと共に何故か“ムラムラ”としてきた。そんな事に疑問を抱いていると___

 

「あら?旦那様、この小瓶に丸薬が入っていませんでしたか?」

 

「え?」

 

突然とヒノエが瓶を手に持ちながら尋ねてきた。見ればそれは先程フゲンが台所から見つけたモノだ。

風邪薬だと思って飲んだゲンジは正直に答えた。

 

「飲んだけど…ゼンチさんが渡した栄養剤…だよな……?」

 

「え?それはこちらですよ?」

 

「______は!?」

 

ヒノエが此方に向けてその瓶と台所に置かれているもう一方の瓶を向けてくる。中身は似ているが、栄養剤の錠剤の方が若干ながら薄い緑色である上にちゃんと瓶に『起きた際に服用』と書かれていた。

 

「じゃ…じゃあ俺が飲んだこれって…まさか……!!」

 

ゲンジは先程から妙なムラムラ感を思い出すと恐る恐る毛布を退かせ、熱くなっている下半身へと目を向けた。

 

そこにはなんと自身の“モノ”が立派に勃っていた。先程のムラムラ感と熱くなる身体。そして聳え立つ自身の下半身。

 

間違いなくこれは………『性薬』であった。

 

 

「あらあら。全部飲んでしまわれたのですか?」

 

「___うん…」

 

恐る恐る頷いたゲンジはゆっくりとヒノエの方へと目を向けた。そこにはヒノエが顔を真っ赤にさせながらも満面な笑みを浮かべており、ミノト、エスラ、シャーラが興奮し荒い息を吐きながら自身の股を見つめていた。

 

「旦那様…!!」

 

「ゲンジ…!ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

「ゲン…」

 

 

「ひぇ!?」

まるで飢えた獣の様な視線にゲンジは股間を押さえながら後ろに下がった。その様子を見ていたヒノエは不敵な笑みを浮かべながら小瓶を取り出した。

 

「これはロンディーネさんに頼んで仕入れてもらったモノなんですよ。しかも普通のモノよりも強めです」

 

「は!?なんでんなモンを!?」

 

「決まっているではありませんか。貴方がもっと気持ちよくなれる様にと思いまして…。はぁ…でも良かったです♪本来なら夕食に混ぜて発情した旦那様をミノトと共に襲うつもりでしたが、それをする手間が省けました♡」

 

その言葉を聞いたゲンジはヒノエ達を見ている際に何かを感じ取り、大きくなった股間を押さえながらヒノエ達から目を逸らした。

 

「あらあら。私達の身体もまともに見れないと言うことは惚れ薬の効果も出てきた様ですね〜♪」

 

「ち…ちがう!!これは…!!」

 

「いいんですよ言い訳なんて♪」

 

「言い訳じゃない!」

 

何度もゲンジは弁解しようとするが、既に4人は言葉を聞き入れられる程の状態ではなかった。

 

すると

 

ガチャン

 

何かを締める音が聞こえた。見るとミノトが玄関の扉の鍵を掛けていたのだ。

 

「ミ…ミノト姉さん!?」

 

「逃げるなんて許しませんよ?それを飲んでしまったからには…全部出さないと…」

 

「ナイスですよミノト。では私達で旦那様を治療してあげましょうか♪」

 

玄関の扉の鍵が閉められる音がすると共に、ヒノエやエスラ達はゆっくりと衣服を脱ぎながら近づいてきた。それを見たゲンジは全身を震わせると股間を押さえながら後ろに下がる。

 

「あら?」

それを見た4人はゆっくりと歩いてきた。

 

「逃げてはいけませんよ。ずっとそのままでは貴方が苦しいではありませんか♪」

 

「そうだぞ。それにそのまま人前に出る訳にはいかないだ……ろ!」

 

「わ!?」

ヒノエの言葉に同調するかの様にエスラは瞬時に近づくと肩に手を置き、無理やり布団の上に押し倒した。

 

「はぁぁ…!!ゲンジ…お前はいつも変わらずいい匂いだな…♪」

 

「い…いやぁ!やめろ!それ以上顔を近づけるな!余計興奮してくる!」

 

「ふふ…正直に言うとは可愛い奴め」

 

その様子にエスラは更に頬を赤く染め上げると、ゲンジの頭を両手で挟みインナーの間から見える胸の谷間に無理矢理押しつけた。

 

「ほ〜らぎゅうぎゅう〜♪」

 

「んぐ!?」

次々と顔面に押し付けられながら広がる柔らかな感触と甘い香りが顔を侵食し下半身を更に刺激させていった。

 

「だ…だめ…!!これ以上は下が…!下が…!!」

 

「おぉ?ようやくお姉ちゃんに欲情してくれたのか♪今夜は出なくなるまでお姉ちゃんがい〜っぱいギュ〜って挟んでやるからな♡」

 

「あらあら義姉さん私もいるんですよ?私が旦那様の溜まったモノをたっぷりと搾り取ってあげますからね♡」

 

その言葉と共に顔を赤くしたヒノエは背後に回り込むと、後頭部に胸を押しつけた。前後から2人が抱きついた事でゲンジの身体は2人の身に挟まれる様にして埋もれてしまった。

それに続く様に顔を赤くしたミノトとシャーラがゲンジへと抱きついた。

 

「んぐ!?」

 

「旦那様…私も今夜はいつもよりも激しくいきますからね」

 

「私も…今までのが溜まってるから…姉弟だけど…一緒にスッキリしよ」

 

押さえつけられた上に4人に囲まれた事でもう逃げる事が出来なかった。ゲンジを囲んだ4人は顔を真っ赤に染め瞳を震わせながらゲンジを見つめた。

 

「「旦那様…」」

 

「ゲンジ…」

 

「ゲン……」

 

 

目の前に広がる4人の顔が押し倒された自身へとゆっくり向かってくる。

 

 

「い…いやぁ!!!」

 

その後 4人に囲まれたゲンジは獣と化した彼女達から何度も何度も治療された事によって無事に元に戻った。だが、その反動は大きくゲンジはその後2、3日は起き上がれなかったそうだ。

 

 



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カムラの里のほのぼの日常 新婚旅行よユクモへと

カムラの里の冬は長い。いつものように里の子供達が雪遊びを楽しみ、鍛冶を営む者達は火を起こし、そして里を守る狩人達は訓練に勤しんでいた。

 

そんな寒い日のお昼時であった。

 

「ところでゲンジよ」

 

「ん?」

 

「そろそろ孫の顔を__ぶべらぁ!?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ところでゲンジよ…ブフゥ…。そろそろ行ってきたらどうだ?」

 

「え?どこに?」

 

訓練の帰りに里を歩いていた際に偶然出会した鼻から血を出したフゲンから尋ねられたゲンジは首を傾げた。それをフゲンは鼻で笑いながら答えた。

 

「決まっているだろう。『新婚旅行』だ」

 

「は…?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「では、行ってまいります」

 

「ですが、いいのですか?受付を空けてしまっても」

 

「気にするなでゲコ。何十年も里の中におったんじゃ。これを機に他所の地を見て回ってくるのでゲコ」

 

いつもの受付コーデではなく、普段の生活にて着用している赤色の着物とマフラーを着用したヒノエとミノトはゴコクに尋ねるが、ゴコクは陽気に首を振りながら答える。

 

そして その二人の間には…。

 

「なんで俺まで…」

 

同じく和服を着用しているゲンジの姿があった。

 

3人は新婚旅行として『ユクモ村』に行くことを提案されたのだ。百竜夜行が収束を迎えた事でユクモ村を繋ぐ通路も今ではモンスターが1匹も現れないようになっている。故にいつでもユクモ村へと行く事ができるのだ。それに今は寒い冬の真っ只中。寒冷群島以外にに住むモンスター達は殆どが冬眠している時期である。

 

一方でその新婚旅行をヒノエとミノトはすぐに了承。ゲンジは彼女らに詰め寄られ、同行する事となったのだ。

 

 

「では、行ってまいりま〜す!」

 

「お土産を買ってきますので!」

 

皆に見送られながら3人はユクモ村行きのアイルー便へと乗り込むと里を後にした。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

ゴロゴロと荷車が山道を進んでいく。荷台で揺られながら辺りの景色へと目を向けていたヒノエとミノトは初めてのユクモ村に心を震わせていた。

 

「随分と楽しそうだな」

 

「勿論ですよ!ユクモ村の温泉の効能はこの大陸では有名ですので!」

 

「それに姉様と私は温泉が好きなので」

 

ミノトの言う通り、彼女達は温泉が大好きなのだ。ゲンジが来る前も里付近にある温泉に何度も脚を運んでいたらしい。

 

「それにユクモ村は里よりも山菜が豊富なんですよ。温泉卵に山菜。は〜!想像しただけで涎が止まりません!」

 

そう言いヒノエはユクモ村の名物を想像しながら頬を紅潮させていく。彼女の食いしん坊ぶりにゲンジは呆れながらも、再び訪れるユクモ村を楽しみにしていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

それから 数時間後。荷台を引くポポの足が止まると、その背に跨りながら手綱を引くアイルーが声を上げた。

 

「到着ですニャ〜!!」

 

その声を聞いた3人は荷台から降りると、料金をアイルーへと渡した。アイルー荷車が去っていく姿を見送ると3人は目の前に映り込んできた景色を目に焼き付けた。

 

「はわぁ…!ここがユクモ村…!里とは一味違った場所ですね!早速行きましょう!」

 

そう言いヒノエはゲンジとミノトの手を掴むと引っ張りながら階段を登り始めた。

 

「お…はしゃぎすぎだぞ姉さん」

 

「はぅ…!姉様が私の手を…!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから3人は階段を上がっていった。ゲンジは前にも来た事があった為に慣れているかのようにグングンと階段を上がっていく。

その一方で、ユクモ村へ初めて来たヒノエとミノトは辺りの景色を見渡しながらゆっくりと、雪が両サイドに掻き分けられた階段を登っていった。

 

 

すると

 

「おやおや御三方。お久しぶりですね」

 

階段から自身らを呼ぶ声が聞こえてきた。見るとそこには番傘を差しながら優雅に立つユクモ村の村長『タツミ』の姿があった。

 

「村長か。久しぶりだな」

 

「「タツミ 姉様!」」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから村長と再開したヒノエとミノトは彼女と現在の生活の事などを楽しそうに話していた。

その一方でゲンジは来たついでにトゥークにも挨拶をしようと思い、彼の居場所を尋ねた。

 

「そういえば、トゥークはどこにいるんだ?さっきから姿が見えないんだが」

 

「トゥーク様なら1ヶ月程も前にジリスさんとセルエさんと共に他所の地方を回ってくると言い旅立たれましたわ」

 

「成る程」

 

その話を聞いたゲンジはなぜ村が前よりも静まりかえっていたのか理解できた。話によるとトゥークは数ヶ月間は帰ってこないらしい。ハンターの仲で、一度会って二度と会わない事は珍しくもない。

 

だが、今回は数ヶ月程度で戻るらしいので気にする必要はなさそうであった。

 

「なら、仕方ないか。温泉に入りたいんだが、どこに行けばいいんだ?」

 

そう尋ねると村長は目の前にある石階段の更に上に位置する大きな社へと手を向けた。

 

「この階段を登り集会所へ行けば入れますよ。今は人がいない時間帯なので丁度いいかと」

 

「…!」

それを聞いたヒノエはパァと顔を輝かせるとすぐさま立ち上がり二人の手を引っ張り出した。

 

「では行きましょう二人とも!」

 

「お…おい!?」

 

「タツミ 姉様。また後ほど」

 

タツミ に手を振るミノトと戸惑うゲンジの手を引っ張りながらヒノエは石階段を登っていき、村長はその微笑ましい光景に笑みを溢しながら手を振り見送った。

 

◇◇◇◇◇◇

 

集会所。それは文字通り多くのハンター達が訪れ交流し、強力なクエストへと挑む為の場所だ。

 

中へと入ると、カムラの里とは一味違った内装が施された景色が見えてきた。里に比べると若干狭いが、それでも十分に広い集会所である。見れば受付カウンターの目の前に巨大な露天風呂があり、濃密な湯気を発していた。

 

「あれが温泉か。さっそく入るか」

「「はい!」」

 

温泉を見た途端にヒノエとミノトの目が変わり、声を揃えながら頷いた。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからゲンジ達は衣服を脱ぎ捨てて腰や胸元にタオルを巻きつけると湯気の沸き立つ上がる温泉へゆっくりと脚をつけた。

 

「「「ふぅ…」」」

 

入ってきたと同時に感じられたのは丁度いい湯加減の温度と身体をほぐすかのような感覚。それを感じた3人はホワホワとしながら肩まで湯船に身を沈ませた。

 

「これがユクモ村の温泉…なんて気持ちいいんでしょう〜♪」

 

長年、待ち望んでいたユクモ村の温泉に浸かったヒノエは顔を蕩けさせながらその湯を堪能していた。それはミノトも同じであり、湯を手で掬いながら肌に掛けていた。

 

「ふぅ…」

ゲンジも湯に浸かり肌から感じる暖かい感覚に身を任せながら空を見上げていた。

 

 

そんな中だった。

 

「ねぇ…旦那様」

「…ん?」

 

空を見上げていると横からヒノエの声が聞こえ、目を向けると何か悩みを抱えていそうな難しい表情を浮かべていた。

その表情に首を傾げながらもゲンジは返す。

 

「どうした?」

 

「前々から考えていたのですが……貴方はもし、前のゲルド村のように貴方個人への依頼が来てしまった場合…里を出ていってしまうのですか?」

 

「え…?」

 

尋ねられたゲンジは驚き、少し口が詰まってしまう。

その一方で尋ねたヒノエの声は少し不安が掛かっていた。

 

「貴方は元々…実力が高い上に百竜夜行の原因を突き止め討伐してくれました。そうなれば多くの場所から貴方に声が掛かる事でしょう…そうなった時を思うと…とても不安になってしまうのです…」

 

「私も…姉様と同じ事を考えていました…」

ミノトもヒノエと同じ疑問を抱いていたのか、ゆっくりと肩を寄せてくる。

 

「……」

確かに実力が認められたハンターは前のように他の村や王国から声を掛けられる事があり、その際は現地へと向かう為に今いる村や里を出て行かなければならない。

特にゲンジは全世界でも数少ないマスターランクへと到達しているハンターだ。百竜夜行を収束へと導いた事でその声掛けは山の様に来るであろう。

 

 

「確かにそうだ。希少種でなくても依頼が来れば俺は必ず向かう。ハンターだからな」

 

「「…」」

 

そう答えると辺りは静まり返る。

 

 

「けど」

 

湯煙が沸き上がり温泉の流れる音が聞こえる中、ゲンジは俯く二人の頭に手を置き撫でた。

 

 

「けど、必ず帰ってくる。どんなに遠い場所でも、過酷な場所でも必ずだ」

 

すると、その言葉に反応するかのように俯いていた二人の顔がゆっくりと上げられた。

 

 

「約束…してくれますか?」

 

身を寄せながら尋ねてくるヒノエにゲンジは嘘偽りのない透き通った水晶のような瞳を向けながら迷わず頷く。

 

「あぁ。約束する。だからそんな事で一々悩むな。俺だって………その……」

 

「「?」」

 

頷きながらも顔を赤く染めながら後から出ようとする言葉を詰まらせるゲンジにヒノエとミノトは首を傾げた。

 

 

「お…俺だって二人と離れるのは……さ…寂しい…」

 

 

柄にもない小さな声は至近距離にいた二人の耳に確かに届いた。

 

すると

 

「んぐ!?」

 

突然とヒノエの手が頭に乗せられると共に胸元に抱き寄せられた。それと共にミノトの手が背中から回され身体を密着させてくる。

 

「な…なんだよ…!?」

 

「いえ。私達だけでなく貴方も寂しがっていると聞くと何故だか安心してしまいまして♪」

 

「貴方がそこまで言ってくれるのならもう不安には思いません。いつでも送り出せます」

 

ヒノエとミノトは先程の表情から一変し再び優しい笑みを浮かべるとゲンジの頭へと手を置いた。

 

「今の言葉、忘れないでくださいね旦那様」

 

「分かってる」

 

ヒノエの言葉にゲンジは頷いた。その後、ゲンジは彼女達と共に温泉を堪能し、日がゆっくりと沈み込み夜を迎えようとしている美しい山々の景色を眺めていた。

 

そんな中、ゲンジは彼女達と旅行に来た事を思い出すと頬を叩き、二人に笑みを向けた。

 

「さて、風呂上がりはもっと楽しむぞ」

 

「「はい!!」」

 

それからゲンジ達は温泉を上がると風呂上がりのドリンクを体験した後にユクモ村を観光した。幻想的な風景やユクモ村の特産品の料理。災害によって触れることのなかった体験をヒノエとミノトは満喫すると共に二人の笑う顔を見ていたゲンジも笑みを浮かべていた。

 

初めての夫婦で行く新婚旅行を3人は大いに楽しんだのであった。

 

因みにその後の宿にてゲンジがいつもよりも気分が昂っていたヒノエとミノトから“いつも以上に襲われた”のは別の話である。

 



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新章 サンブレイク編
不穏の幕開け


別の枠で投稿していましたが、やっぱりこちらで投稿する事に決めました。


カムラの里

 

それは数百年前から発生している大災害【百竜夜行】に悩まされている集落である。

 

災害が起きる度に皆は共に力を合わせ恐れる事なく総動員で群れを撃退していった。

行く度も続けられてきたモンスターの群れと小さな集落の人々との戦い。時にはモンスターの侵入を許し壊滅に追い込まれてしまう事もあった。

 

 

それでも人々は諦めなかった。何度追い込まれようとも立ち上がり何度も災害へと立ち向かった。

 

 

そして

 

里に流れ着いた一人の青年ハンターとそれに続く多くのハンター達によって“淵源”が討ち取られ遂に数百年間続いていた災いは収束へと向かい始めたのだった。

 

 

 

 

だが

 

 

これで終わりでは無かった。カムラの里から遠く離れたとある王国にて…多くのモンスター達が不可解な動きをしていた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

空に輝く太陽。眩しく放つその輝かしい光は暖かい風と共に山紫水明の里を照らしていた。

 

そんな里の中にある一軒の茶屋では二人の女性が一人の男性を挟み込むようにして腰を下ろしていた。

 

「はい。あーん」

 

三人のうち、男性に向けて団子を差し出している女性は髪飾りをつけるとともに耳は大きく尖り目は美しい琥珀色に輝いており、足も人間とは言い難い形状をしていた。

 

「あ…あ…ん」

 

「はい。偉い偉いですよ♪」

 

その女性は美しい笑みを浮かべると団子を口に入れた男性の頭を撫でた。そしてそのもう片方からもウサ団子を差し出す女性の姿があった。

 

「旦那様。こちらも」

 

その女性は先程の女性とまったく瓜二つの姿をしていた。髪の色も長さも身長も。そして目の色や顔の作りもだ。違う点ならば纏う衣服の形状と髪飾りの数。そして目の形くらいだろう。

 

「そ…そろそろ一人で食わせろよ…ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…」

 

「「絶対にダメです」」

 

笑顔で断った女性二人の名前は『ヒノエ』と『ミノト』彼女達は里に住む竜人族の女性であり双子の姉妹なのだ。髪飾りを片方につけ男性を撫でている女性が『ヒノエ』。髪飾りを二つつけウサ団子を差し出しているツり目の女性が『ミノト』である。

 

 

「うぅ…」

そしてこの二人に挟まれながらウサ団子を食べさせられている男性。肩に付く程までに均一に伸びた青い髪に透き通るような水晶の様な蒼い目。更に二人よりも小柄で背の低い身体。

 

一見すれば少年の様に見えてしまうだろう。だが、この青年の衣服の隙間からは強靭な筋肉が見えていた。

 

彼の名は『ゲンジ』 【薄明】という異名を持つマスターランクのハンターである。

 

因みに言うと、彼と彼女達は夫婦なのだ。共に闘い交流を深めている内に恋心が互いに目覚め、“淵源”を討伐したその1ヶ月後に式を上げ晴れて夫婦となったのだ。

 

「旦那様がウサ団子をモキュモキュと食べる姿…はぁ…何と可愛らしいんでしょうか♪」

 

両頬を膨らませながらウサ団子を頬ばるゲンジの様子を見ながらヒノエとミノトは頬を赤らめていた。

 

「もう我慢なりません…!スリスリさせてもらいます!」

 

「あ!ミノトだけずるいですよ!」

 

「んぐ!?お…おい!まだ口の中に入ってんだぞ!?」

 

それからゲンジは二人にもみくちゃにされた。その様子を見ていた茶屋のヨモギは大爆笑していた。

 

里から百竜夜行が去り数百年振りの平和が訪れると共に3人が結ばれた日から一年。

里はもう百竜夜行の恐怖に怯える事なく毎日活気立つ鉄の音が鳴り響いていた。それと共に3人の仲は良好であり喧嘩もなく平穏な毎日を過ごしていた。だが、相変わらず姉妹二人のいじり癖は治らず、それどころか更に悪化の一方を辿っていた。

 

「ほぉら…ぎゅう〜ですよ♪」

 

「私も…!」

 

「は!な!れ!ろ!」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「そういえば、今日ですよね?受注許可が降りるのは」

 

「確かそうだな」

 

ヒノエと別れ集会所にてミノトのいるカウンターの近くで座っていたゲンジはモンスター図鑑を見ながら頷く。

ゲンジはとある理由でギルドから1年間クエストの受注を禁止されていたのだ。その理由とは約1年半前に里に訪れた3人のハンターを殺害寸前まで追い詰めたからである。彼らに非はあったものの殺人未遂になったのは変わりない為にその罰が下されたのだ。

 

その刑罰が今日 解除されるのだ。

 

「取り敢えず1年振りに大社跡以外のクエストに行って来るか」

 

「えぇ。ご紹介しますよ」

 

ゲンジの言葉にミノトはにっこりと笑みを浮かべ頷いた。

 

 

その時だった。

 

 

「ゲンジく〜ん!!」

 

集会所の屋根から軽装備を纏ったウツシが現れ、バルコニーに着地すると、こちらに向けて走ってきた。

 

「ん?ウツシか。どうした?」

 

「緊急事態だ!大社跡に謎のモンスターが…!」

 

「は!?」

 

◇◇◇◇◇◇

 

時は遡ること数週間前。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!!」

 

カムラの里から遥か遠く離れた人気のない道を一人の男が走っていた。その男の身に纏うは『ハンター装備』駆け出しのハンターがよく身につける防具であり、カムラの里ではもちろん、モガの森やかつて大陸で最も巨大なギルドで栄えていたメゼポルタ、そしてドンドルマといった世界中で親しまれている防具である。

 

その男の表情は汗で塗れながらも怒りに溢れていた。

 

「(くぅ…!あの野郎…!!よくも俺様の顔に恥をかかせやがったな…!

)」

 

彼の名は『レビ』かつて他の二人と共に徒党を組みカムラの里にて横暴を働き里の皆からハンターの信用を奪い去った者である。彼らは怒ったゲンジによって重傷を負わされていたがレビだけは何とか完治したのである。

 

 

「(あの二人はダメだ…!もう俺一人であいつを殺してやる…!!)」

目の奥に潜むのは自身に恥をかかせたゲンジへの復讐。自業自得な上に3度目というその執着心は他者が見れば呆れ果ててしまうだろう。

 

だが、そんな罪悪感は彼にはない。あるのはただ強いプライドのみ。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「グルォオオオ!!!」

 

「___え…?」

 

 

どこからともなく巨大な咆哮が響き渡った。その身体の隅々にまでこだます咆哮を耳にしたレビは身を屈める。

 

 

「な…なんでだよ!?ここいらにモンスターはしばらく現れない筈じゃ…!!」

 

その咆哮によって取り乱したレビはゲンジに対する恨みを忘れてすぐに辺りを見回す。

 

 

__ザッ__ザッ__ザッ

 

 

その咆哮の正体は足音をたてながらゆっくりと姿を現す。

 

 

すると

 

「ひゃい!?」

何故か身体を凍る様な冷たい風が通り抜けていった。冷たい手で直接触られたかのようなヒンヤリとした感触に驚いたレビはその場から飛び退いてしまう。

 

「なんなんだよ…!?今は冬じゃねぇだろ!?」

 

 

その時だった。

 

巨大な影がレビを覆った。

 

 

「……!?」

 

自身を覆う影に気づいたレビは同時に感じた気配と更に一層強くなった寒気を辿りながら恐る恐る後ろを振り向いた。

 

 

そこには_

 

 

「なに……コイツ…」

 

____グルル…

 

_鋭い牙と蒼い甲殻を持つモンスターが立っていた。そのモンスターの姿はいわば獣竜種のような前のめりで尾骶骨辺りが少し盛り上がっており四足歩行をしていた。

 

「あ…あ…!!」

 

巨大な身体と発達した四肢。更に鋭い牙と眼光を向けられた事によってレビは身動きが取れなくなると共に頭の中が恐怖に侵食され始めれていった。

 

そして そのモンスターが口をゆっくりと開き涎の絡まった口内を見せたその瞬間にレビの脳内は恐怖によって支配された。

 

「ゔわぁあァアァアァア!!!!!!」

 

 

___グロォオオオオオオオ!!!!!

 

その直後 辺りに人の悲鳴とモンスターの咆哮が鳴り響いた。そして肉を噛み砕く音と共にその悲鳴は一瞬にして途絶えたのだった。

 

 

 



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月に吠える狼そして謎の戦士

それからゲンジはウツシから話を聞いた。話によるとそのモンスターはトビカガチのような発達した四肢が特徴的な獣竜種らしく、全身には氷を纏っていたらしい。

 

氷属性となると寒冷群島に生息しているモンスターだと推測できるが、そのモンスターが大社跡に来るなどまずありえない。

 

「百竜夜行に似た災害が起ころうとしてるとでも言うのか?」

 

「分からない。ただ、良い予感はしないね。取り敢えず今晩、調査に向かおうと思う。付いてきてくれるかい?」

 

「あぁ」

 

それから二人はタッグを組み今夜中にも探索へと向かうこととなった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

そしてその夜。ウツシと共に大社跡へと到着したゲンジはそのモンスターが発見された場所へとウツシの案内の元、向かった。

 

着いた場所は巨大な岩石やススキが揺れる月に照らされたエリアであった。この場所ではよくジンオウガが休んでいるが、百竜夜行が収束し始めてからは発見の報告はない。

 

「この場所なんだよな?」

 

「うん。間違いない」

 

二人は辺りを見回した。だが、それらしき気配が全く感じられなかった。辺りには緊迫した空気が流れていたが、それも段々と薄れ始めていく。

 

 

「ふむ…ゲンジくん。他の場所を探し___「待て」」

 

ウツシが緊張を解き他の地点への移動を提案しようとした時、ゲンジは即座に彼を制止させた。

 

 

気づいていたのだ。得体の知れない“何か”が近づいてきている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!!」

 

 

どこからともなく巨大な咆哮が響き渡った。その咆哮を聞いたゲンジとウツシは即座に聞こえた方向へと目を向けた。

 

「「…!!」」

 

目を向けた先には一体の巨大な四足歩行のモンスターがこちらに向けて突進してきていた。

 

その姿を見たウツシは即座に突進してくる軌道から外れる様に飛び退く。

 

その一方で、ゲンジは背中からゆっくりと双剣『禍ツ刃ノ幽鬼イステヤ』を抜き構えると天に向けて交差しながら掲げた。

 

すると ゲンジの身体からオーラが発して全身を包み込み鬼人化状態へと移行する。

 

「ふぅ…!」

鬼人化したゲンジは息を吸い酸素を肺に取り込むと目を極限まで開き突進してくるモンスターに目掛けて駆け出す。

 

そして

 

「はぁ…ッ!!!」

 

長年の狩りから得た技術とカムラの里における訓練で得た体術を活用し、そのまま跳躍すると迫り来るモンスターに向けて右手の剣の持ち手を変えると身体を回転させながら刃を振るった。

 

「……ッ!!!」

振われた刃は切先から紫色の炎を纏った軌跡を描きながらすれ違う際にモンスターの身体に纏われた蒼い鱗を斬りつけ、その直後に斬りつけた箇所から紫色の爆炎を発生させる。

 

 

「グルル…ッ!!」

突然の斬撃と爆発によって身体を刺激されたモンスターは怯みながら突進を止めるも、突然と唸り声を上げると前脚を振り上げ、一番近くにいたウツシ目掛けて振り下ろそうとした。

 

 

「まずい…!ウツシ!」

ゲンジは即座に救出に向かおうとするが、ウツシから距離が離れている為に間に合わなかった。

突然の奇襲にウツシも対処が間に合わない。

 

「ぐ…っ!」

 

ウツシが万事休すかと思い目を瞑った時だった。

 

 

 

「うぉ!?」

 

突然と誰かが飛び出しウツシを抱き抱えながらその場から回避した。

それによってモンスターの前脚は狙いであるウツシを外し、そのままその地点へと振り下ろされた。

 

 

突然の闖入者に驚いたゲンジは、自身の近くへとウツシと共に飛び込んできたその人物へと目を向ける。

 

「怪我はないか?」

 

ウツシに手を貸しながらゆっくりと立ち上がらせるその人物は所々に跳ね上がった髪に加えて所々に装甲を纏った女性であった。

 

その女性はゲンジ達の前へ出ると、背中から金属音を鳴らせながら盾と片手剣を取り出し構えた。

 

 

「ここは任せてもらおう。お前は仲間を」

 

その言葉と共に女性ハンターはモンスターに向けて駆け出していった。

 

 



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謎の剣士

その後、突如として現れた女性ハンターが加わり3人となった事で形勢が逆転。見事に謎のモンスターの撃退に成功した。

 

全身に傷を負った謎のモンスターはその後、身に受けた傷に悶えながら脚を引き摺り大社跡の山の向こうへと走り去っていった。その強さとタフネスに流石のゲンジ達も消耗してしまったのか、深追いはせずにそのモンスターを見逃す事となった。

未知なるモンスターを取り逃してしまった事は痛いものの、逃げる直前にゲンジは尻尾を切断していた為にそれが重要な材料として回収される事となり収穫なしにはいかなかった事が何よりである。

 

 

突如として現れたモンスターを撃退したゲンジは自身らの救援に来た謎の女性へと目を向けた。

 

「お前…誰だ?さっきのモンスターについて何か知ってるのか?」

 

目を向けられた女性は武器を仕舞うとゲンジ達へと目を向けた。

 

「私の名は『フィオレーネ』ここより少し離れた王国に仕える騎士だ。そして先程のモンスターは『氷狼竜 ルナガロン』詳しい話は里に戻ってから話そう」

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

里へと帰還したゲンジ達は集会所へと向かう。住居の明かりが消える中、集会所だけ灯りが灯されており、そこにはフゲンとゴコクだけでなく二人の女性ハンターの姿もあった。

 

「おぉ!よくぞ戻ってきた!」

 

出迎えたフゲンとゴコクにゲンジは手を上げながら答え、ウツシはいつものように頭を下げて軽く会釈する。

そんな中でゲンジは二人の女性ハンターを見ると首を傾げた。

 

「なんだ。シャーラ姉さん達もいたのか」

 

「うん。フゲンさんとゴコクさんに呼ばれたの」

 

「なるほどな」

二人の女性の内、ゲンジと瓜二つの容姿と装備を纏う女性『シャーラ』が答えるとゲンジは頷く。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから一同は集会所にある茶屋の席に座ると、現れた女性『フィオレーネ』へと目を向けた。

 

「取り敢えず話してもらおうか。なぜ、王国に仕える程の君がここへ来たのか」

 

「あぁ。全て話そう。私がここへ来た目的を」

 

金色の装備を纏う女性ハンターがフィオレーネへと尋ねるとフィオレーネは自身が遥々海を超えて里へと来た理由を話した。

 

彼女達は元々、ここより離れた場所にある狩場にて古城の跡地の調査を行っていたらしい。だが、調査中の狩場にて古龍が現れ調査は中断を余儀なくされてしまった。

 

古龍に何度も挑んだものの敗北の一途を辿るばかりであり、それどころか近辺のモンスター達が不可解な行動を取り始める様になった。本来中断されるべき事態は難航を極めていく事になり、王国の騎士だけでは対応しきれない状況となってしまった。

 

そんな時に王国から離れた場所にある集落『カムラの里』にて百竜夜行を撃退したハンター達の噂を耳にし、調査の協力を依頼するべく船に乗ってきたのだ。

 

「君達の事は以前から聞いていた。会えて光栄だ」

 

そう言いフィオレーネはゲンジとシャーラそして長い髪を後ろで束ねている金色の装備を纏う女性『エスラ』へ再び目を向けると頭を下げた。

 

ゲンジは里に来る前はエスラ、シャーラの3人で『金銀姉弟』というチーム名で活動していたのだ。その内容は全て希少種の狩猟である。希少種とは古龍種よりも更に目撃談が少ないモンスターの種類の事を指しており、相当な実力は勿論、運も持ち合わせていなければ出会う事ができない珍しいモンスターである。

ゲンジとエスラ、シャーラはその希少種を専門として依頼をこなしていたのだ。その実力は全世界にも知られており、フィオレーネも耳にしていた。

 

「君達の実力を見込んでだ…。3人の内、一人でもいい。どうか私達に力を貸して欲しい…!」

 

その言葉と共にフィオレーネは3人に向けて深々と頭を下げた。

それに対してゲンジは複雑な表情を浮かべていた。

 

「…古龍…か…」

 

ゲンジは“とある理由”から古龍を避けていた。故にフィオレーネの依頼に対して複雑な思いを抱いていたのだ。

 

その他にもエスラやシャーラも何か事情があるのか、難しい表情を浮かべていた。

 

「…一週間 返事を待つ…。もしも無理ならば遠慮せずに言って欲しい。そうなれば私は諦めて別のハンターを当たる事にしよう」

 

それだけ言い残すとフィオレーネは席を立ちゲンジ達に向けて頭を下げると集会所を出ていった。

 

 

「うむ…ゲンジよ。お主の中の“アイツ”は今、どうしておる?」

 

フィオレーネがいなくなり、6人だけとなるとフゲンはゲンジへと尋ねた。尋ねられたゲンジは自身の胸に手を当てる。

 

「…今のところは眠っている。けど、古龍が相手となると目覚めるかもな…」

 

「そうか…取り敢えず、今日は一旦解散といこう。明日、また招集をかける。その時に決めるぞ」

 

フゲンの指示にゲンジ、エスラ、シャーラの3人は頷くと集会所を出て行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「ねぇ。さっきの話はどう思う?」

集会所を出て虫の声が鳴り響く夜道を歩く中、シャーラは素朴な疑問をぶつける。それに対してゲンジとエスラは腕を組みながら首を傾げる。

 

「私は会っても間もない者との共同の狩りが苦手でな。ゲンジかシャーラ。二人のうち、どちらかが来てくれれば私はオーケーなのだが…」

 

「俺は古龍じゃなくてそこらの辺りにいる大型モンスターの掃討ならいいんだけどな…」

 

 

そんな複雑な思いを抱えていると、家の前に着いた。集会所と同じく中には灯りが灯されており、夕食の香りと煙が窓から漏れていた。

 

 

「取り敢えず、ヒノエ達にも話しておかないとな」

 

「あぁ」

 

エスラの見解にゲンジは頷くと玄関の扉をガラガラと開けた。

 

 

 

すると

 

 

「旦那様ぁ!!!」

 

「むぐぅ!?」

 

突然の叫び声と共に扉から誰かが飛び出しゲンジを抱き締めた。それによってゲンジの顔が柔らかな物体に包み込まれていく。

 

「凄く心配したんですよ!行く時はミノトだけでなくヒノエにも伝えると言ったじゃないですかぁ!」

 

その影は受付嬢のコーデではなく、私生活で用いる赤い和服を着こなしたヒノエであった。ゲンジの事を心配していたのか、力一杯抱き締めながら頭を撫でていく。

 

「ヒノ…姉さ…__」

 

「怪我はありませんか!?大丈夫ですか!?」

 

ヒノエは安否を確認しながら抱き締める腕の力を更に強めていき、それによってゲンジの顔は更に胸の中に埋れていった。

 

すると、後ろから見ていたミノトがヒノエの肩を叩く。

 

「あの…姉様…そろそろ離さないと旦那様が…」

 

「え?」

 

肩を叩かれたヒノエは抱き締めていた手の力を解く。見るとヒノエの胸元から離れたゲンジは目を回しながら気絶していた。

 

「あ」

 

 

 



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去りゆく里での日々。そしてヒノエとミノトの思い

あれから目を覚ましたゲンジは皆と夕食を済ませ、就寝の時間へと入ろうとした。

そんな中、ゲンジは布団を敷くとヒノエ、ミノトの2人に呼び掛けた。

 

「ヒノエ姉さん…ミノト姉さん…話しておきたい事がある…」

 

「「?」」

 

呼ばれた2人は当然首を傾げるだろう。二人に声を掛けたゲンジはエスラ、シャーラと共に向かい合うように布団に正座する。

 

「どうしました?いきなり___まさか…!」

 

何か思い当たる節があるのか、ヒノエは胸に手を当て乳房を持ち上げた。

 

「おっぱいでも飲みたくなってきたのですか?」

 

「しょうがないですね…でしたら今日はこのミノトの乳房から…」

 

「ちがぁぁう!!!」

 

それからゲンジは自身の妻であるヒノエとミノトへ先程のフィオレーネという女性から聞かされた事を全て話した。

 

ここから離れた場所にある王国周辺にてモンスターに異変が起こりそれを調査すべく3人のうち一人または二人が向かわなければならない事を。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

「以上が俺達が聞いた話だ。俺達の様なG級ハンター以外には頼めない程、調査は困難を極めるらしい」

 

話し終えたゲンジは再び2人に目を向ける。話を聞いた二人は驚くと共に眉を顰めた。

 

「必ず…なのですか?」

 

「いや、任意だ。だけど…俺は行く。そのモンスターの影響が里に及ぶ可能性もあるからな。現にそのモンスターが大社跡に来ていた」

 

「そんな…」

尋ねたヒノエにゲンジは自身の考えと答えを話す。それを聞いたヒノエは俯き、ミノトは顔を手で覆った。

 

「……」

 

ミノトの悲しみを抑え込むかのような苦しい声が聞こえてくる。隣に座っていたヒノエは身体を震わせる彼女の背中を撫でて慰める。その様子を見ていたゲンジは罪悪感を抱きながらも自身の言い分を再び話す。

 

「ミノト姉さん……俺は…」

 

「分かっています…全部分かっています…ですが…貴方達が一人でも居なくなる事が…」

 

そう言い彼女の悲しむ声が更に強くなる。彼女達は自身の意思を理解してくれているのだが、それが彼女達にとって辛い事なのだろう。

 

その様子を見ていたゲンジは自身に罪悪感を抱いてしまう。自身の為だけにまた彼女達を悲しませてしまったのだ。

 

だが、それでもゲンジは決断を曲げる事は無かった。人ならざる者となった自身を家族として迎え入れてくれた里を守るために。そして絶望に陥った自分を何度も救ってくれたヒノエとミノトを守る為に。

 

「姉さん達には悪いと思ってる…けど…俺は里や姉さん達を守りたい…だから行く」

 

「それに事態は一刻を争うらしい。だから頼む。今回は私達の我儘を許してくれ」

 

「…」

 

すると

 

ゲンジとエスラの言い分を聞き入れたのか、啜り泣く声が徐々に収まっていくと共にミノトは顔を上げ、涙を拭いながらそっと自身の右手を握った。

 

「……私も…子供みたいな事は…言っていられませんね…。悲しいですが…貴方達の意思を尊重します」

 

それに続くようにヒノエも手を取った。

 

「離れ離れになってしまうのは悲しいですが…私も笑顔で貴方方を送り出しますよ。だから約束してください」

 

その言葉と共にヒノエとミノトはゲンジに顔を寄せ美しく輝く琥珀色の瞳を向けると共に握った手を再び強く握る。

 

 

「必ず帰ってくると」

 

 

その瞳を向けられたゲンジは一才の迷いも見せずに彼女達の手を握り返す。そしてエスラ、シャーラもその手を握り3人は頷いた。

 

「あぁ」

 

「勿論」

 

「約束する。必ず俺達は帰ってくる」

 

ゲンジ達と約束を交わした事でミノトの目からは涙が止まり再び笑顔を見せた。そしてその横にいるヒノエもその言葉が聞けて安心したのかいつもの笑顔に戻っていった。

 

 

その後 ゲンジはいつものように彼女達に寄り添いながら眠りについた。

 

 

 

次の日。ゲンジは宿で休んでいるフィオレーネの元に赴くと、現在の向かうメンバーが決まった事を報告した。

 

「俺は行く事に決まりだ。だが後の2人はまだ分からん」

 

「そうか。いや、1人でも来てくれるのは本当にありがたい。感謝するよ」

 

そう言いフィオレーネは頭を下げた。

 

「そうとなれば私も準備を進めよう。出発は4日後だ。それまで残りの2人の事も決めると共に君も荷物をまとめて準備をして欲しい」

 

「あぁ」

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

フィオレーネと別れたゲンジは加工屋へと立ち寄る。

 

「…ん?なんだゲンジか。エルガドに行くんだったな。武器の新調か?」

 

「あぁ」

 

ハモンはゲンジの目的を察しているのか、背中に背負う双剣に目を向けた。それに対してゲンジも頷くと双剣を取り出しハモンに渡す。

 

「終わったら弟子に持たせる。それまで待っていろ」

 

「分かった。料金はここに置いとくぞ」

 

ゲンジは新調代金が詰められた麻袋を取り出すとハモンの水筒付近に置き加工屋を去ろうとした。

 

すると

 

「必ず…帰ってこい」

 

「え?」

 

不意に背を向けて作業に没頭するハモンから聞こえてきた声にゲンジは驚くと共に立ち止まり振り返る。

 

「…お前がいなければ儂の収入源が減ってしまうからな」

 

先程の言葉の意味を教えるかの様にそれだけ呟くとハモンは再び無言に戻り作業に没頭し始めた。

 

「勿論だ」

 

それに対して無駄な答えもなく一言だけ伝えるとゲンジは加工屋を後にした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

それからゲンジは茶屋へと趣き、偶然出会ったフゲンと共に桜舞う景色を見ながら団子を口にしていた。

 

「ゲンジよ。本当に行くのだな?」

 

「あぁ」

横で一つ目の団子を食べ終え茶を口にしながらフゲンが尋ねてくるもゲンジは答えを変える意思を見せずに頷いた。

 

「だが、大丈夫なのか?此度は必ず古龍と会敵する。その時のお主の中にいる“奴”が暴走する可能性もあるだろう」

 

「それについても覚悟の上だ。暴走したとしても奴はモンスターにしか興味がねぇから人には無害だ。それにどんな姿になっても俺を迎えてくれるアンタらがいる」

 

「ハッハッハッ!いよいよそう言ってくれる様になったか。俺は嬉しいぞぉ!」

 

フゲンは高笑いすると手に持った酒茶碗へ酒を注ぐと自身に向けた。

 

「ならば存分に暴れてくるといい。フィオレーネ殿から聞いた話だと王国近辺には成熟個体のモンスターが多いと聞いた。その強さはマスターランクに相当するらしい。お主のハンター稼業における本気がようやく出せる時が来たな」

 

「勿論だよ」

 

それに対して頷くとゲンジはフゲンから注がれた酒の入った茶碗を手に取りフゲンの酒茶碗に向けて掲げ喉に流し込んだ。マスターランクはゲンジでも手こずる個体がワンサカいる。里を離れる事が気掛かりでありながらも久々にG級改めマスターランクのクエストに心を震わせると共にハンターとしての血が騒ぎゲンジは興奮していたのだ。

 

ゲンジ「げふぅ〜…」

 

フゲン「まさか…ここまで弱い酒でも酔うのか…」

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

それからゲンジはフゲンと別れ、夜が来るまで里の皆と残り数少ない日常を過ごした。話した当初は皆、寂しそうな表情を浮かべていながらも、また帰ってくる事を伝えた時には笑みを浮かべていた。

 

 

そして里の皆と話している内に日が暮れ里で過ごす日々があと、3日になろうとしていた。いつものようにミノトが用意してくれた夕食を食べながらその料理を見つめていた。

 

「…この飯が食べられなくなるのもあと数日か…」

 

ミノトの作ってくれた晩御飯を食べながらそう呟くと、ミノトは茶碗にもう一杯 米を装い差し出した。

 

「そう悲しまず。出立までたくさん食べてください。戻ってきた時にはまた沢山作りますから」

 

「あぁ。ありがとうな」

その茶碗に詰められた米を受け取ると再び口に運ぶ。

 

そんな中、ゲンジはヒノエと談笑しているエスラ達へと目を向けると遠征について尋ねた。

 

「結局。どっちが行く事になったんだ?」

 

ゲンジが尋ねると2人のうち、彼の双子の姉であるシャーラが手をあげる。

 

「私が行く。ゲンと私のコンビネーションなら…調査なんてすぐに終わるよ」

 

「確かに!百竜夜行の時のお二人のコンビネーションは抜群でしたからね!」

 

シャーラの言葉にヒノエも同調すると共に百竜夜行の時に見たゲンジとシャーラの完璧なコンビネーションを思い浮かべる。

 

その一方で、ミノトはエスラに自身が赴かない事について不思議に思い尋ねた。

 

「お二人とエスラさんが行けば調査も難航に乗らず容易に乗り切れると思うのですが」

 

「いや、今回は辞退するよ。新しいモンスターに興味はあるが、ナルハタタヒメの際は皆に手間を掛けさせてしまったからね。ハンターが誰一人としていないとなると危険だ。だから今度は私が留守を守るよ」

 

その言葉を聞いたゲンジは頷くと、同行する事となったシャーラに目を向ける。

 

「じゃあ、よろしくな。シャーラ姉さん」

「うん。頑張ろうね」

 

それから食事を済ませると、いつものように暖かい布団を敷くと横になった。

 

 

だが、何故か違和感を感じていた。食事した後から異様に身体が熱く感じるのだ。

 

「どうしました?」

 

「…いや。なんでもない(緊張してるのか…?いや、まぁいいか)」

 

ヒノエに何もない事を伝えると布団を掛けて目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(やっぱりおかしい…!!!)」

 

そう心の中で叫ぶと共にゲンジは意識を目覚めさせる。

眠りについてから1時間が経過した時であった。少し寝た後にすぐに目が覚めてしまったゲンジは今も尚感じる熱に異常を感じていた。

 

いや、それだけではない。下半身が何故かムズムズとしてきたのだ。それを感じ取ったゲンジはデジャブも感じる。

 

「(うぅ…こんな時に…)」

 

即座に股間を抑える。自身の両脇にはヒノエとミノト。今の状況を見られれば確実に襲われてしまうだろう。彼女達は一度目覚めれば自身が疲れるまで止めないのでゲンジは警戒していたのだ。

 

ゲンジはゆっくりと目を開け、彼女達が寝ている事を確認すると起きあがろうとした。

 

 

 

すると

 

「どうしましたか?」

 

「ひゃい!?」

 

突然とヒノエの声が聞こえてきた。極度の警戒状態の中で聞こえてきた声にゲンジは身を震わせると共にゆっくりと目を向けた。

見るとそこには起きあがろうとしている自身に目を向けるヒノエの姿があった。

 

「ち…ちょっとトイレに…」

 

ゲンジは怪しまれないように誤魔化しながらそのまま立ち上がろうとした。

 

その時だった。

 

「うわ!?むぐ!?」

 

突然とヒノエに手を引かれ、布団へと戻されると共に自身の視界が闇に包まれ柔らかい感触に包まれる。

 

「〜!!!」

 

その感触はもう分かっていた。ヒノエの巨大な胸に押しつけられた事で下半身が更に刺激される。

 

「な…なにするんだ…ひぃ!?」

 

胸を掻き分け顔を出したゲンジは身体を震わせる。そこにあったのはいつもよりも荒い息を吐きながらほんのりと赤く染まったヒノエの顔であった。

 

「ま…まさか…」

 

その直後に更に後頭部にもムニュンと柔らかな感触が押し寄せ、再び自身を胸の谷間に押し付ける。

 

「ようやく効果が出たようですね姉様」

 

「えぇミノト。全然 表情を変えなかったので心配していましたが、問題ない様ですね♪」

 

その言葉と共に彼女達の喜ぶ声が聞こえてくる。ゲンジは再び胸から顔を出すと、背後にはヒノエと同じく顔を真っ赤に染め上げたミノトもいた。

 

「うぐ…!」

後頭部から感じる柔らかな胸の感触によって更に下半身が刺激され、ヒノエの太ももに当たってしまう。

 

「うふふ。旦那様のエッチ♪」

 

その顔を見る限り明らかに今の状況は彼女達の仕業である事を見抜く。そう。自身は彼女達に“性薬”を盛られたのだ。

 

「い…いつ飲ませたんだよ!?」

 

「夕食に混ぜました♪」

 

「またかよ!?って何でそんな事…!」

 

「決まってるじゃありませんか。私達の我儘にも付き合ってもらう為ですよ〜」

 

ゲンジが尋ねるとヒノエはその状況を楽しむかの様に答えた。すると、背後からミノトの手が伸び、股間を抑えようとする手を掴み出した。

 

「貴方の意思は勿論尊重します…ですが…そうなれば貴方も私達の我儘に付き合う事が当然かと…」

 

ミノトの言葉と共に2人は和服に手を掛けると着崩し胸を曝け出した。着崩された事で巨大な胸が溢れ落ち、更に彼女達の魅力を掻き立てていった。

 

「我儘…ってまさか…!」

 

「えぇ。そのまさかですよ♪」

 

「むぐぅ!?」

 

突然とヒノエの手が伸びるとゲンジの頭を掴み出し再び胸に抱き寄せた。それと共にミノトが後方から挟み込む様にしてゲンジに抱き着いた。

ゲンジの顔が2人の豊満な胸に飲み込まれ、息継ぎができなくなると共に下半身がいつもよりも強く刺激されていく。

 

「んぐ!?また身体が熱く…!?」

 

「あらあら。本格的に効き始めた様ですね♪」

 

そしてその状況を楽しむかの様にヒノエとミノトは頬を更に紅潮させると満面の笑みを浮かべた。

 

「私達の寂しさを少しでも和らげる為にたくさん愛し合ってもらいます♪」

 

ミノトの狙いを定めたモンスターを彷彿させるかの様な鋭い目にゲンジは顔を真っ赤に染め上げると共に身震いする。

 

「…い…いや!!やめて!」

 

「うふふ。慌てふためく旦那様可愛い♡出発するまでたっぷりとミノトと一緒に可愛がってあげますからね♪」

 

「い…!?」

ゲンジはすぐさま胸から顔を出し起き上がると後ろで寝ているエスラ、シャーラへと助けを求めた。

 

「エスラ姉さん!シャーラ姉さん!たすけ…え!?」

 

だが、既にそこには彼女達の姿はなかった。見れば置き手紙がポツンと置かれており、『ヨモギのところに泊まります。あとはどうぞ3人きりで』と書かれていた。

 

「…」

 

それを見たゲンジの顔から希望が消え去り、ヒノエとミノトは歓喜に包まれながら肩に手を置いた。

 

「これで何も気にせず愛し合えますね♡」

 

「今夜はいつもより…激しくいきますからね…」

 

「ま…まて!!帰ってきてから!帰ってきてからにして!!」

 

「そうは行きませんよ。貴方と私達姉妹のどっぷりとした絡みがこの作品の“たった一つの売り”なんですから、しばらく登場しない分ここでたっぷりと“ふんずほぐれず”しておかないと…♡」 

 

「サラッととんでもない事言うなぁ!!」

 

「それにそのギンギンとなった貴方のモノは誰が処理するのですか?まさか私達というものがありながら御自身で発散とは……言いませんよね…?」

 

ヒノエの興奮した瞳とミノトの鋭い瞳がゲンジを捉えると肩に置いたその手を身体に絡ませてくる。

 

「そ…それは…」

 

「無言とは図星という訳ですね?いいでしょう。今夜は貴方が私と姉様なしではいられなくなる程まで“交じって” “挟んで” “押し付けて” 搾って差し上げます…ッ!!!」

 

「貴方が止めてと言っても絶対に止めてあげませんからね〜♪」

 

その言葉と共に顔が2人の4本の手に押さえつけられると共に2人の唇が迫ってくる。

 

「お…おい待て!待て待て待て!!ま___」

 

 

その時だった。

 

突然と二人の迫る動きが止まった。

 

 

「……え?」

 

目を瞑りながら覚悟していたゲンジはゆっくりと目を開ける。

 

「……!」

 

そこには双眼から涙を流す二人の姿があった。その涙の量は凄まじく次々と頬を伝い胸元から布団に落ちていった。

 

「な…何で…泣いて…」

 

思わずそう零してしまう。するとヒノエとミノトは震える様な声で答えた。

 

「貴方とは…あと3日しか一緒にいられないんですよ…!!」

 

「貴方と離れ離れになる事が…どれほどの苦痛か…!!」

 

ヒノエとミノトはまるで心の奥底にしまっていた意思を吐き出すかの様に強く伝えると共に顔を手で覆い俯き出す。

 

「昨日は…何とか堪えたものの…本当は泣きたくて泣きたくて…仕方ないんです…!!ずっと一緒にいたい…!里を出ていって欲しくない…!!貴方なしの生活なんて…私達…とても…!!」

 

聞こえてくるミノトの悲痛な声にゲンジは先程の自身の態度と共に改めて彼女達と離れ離れになってしまう事を思い出す。

 

「…」

 

自身だって辛い。今までは彼女達がいたからこそ自身は人としての自分を保てていた。それが今度は辺りは初対面の者ばかり。下手をすればゲルド村の者達と同じように蔑まれてしまうかもしれない。

 

その不安を再び感じ出したゲンジは二人を見ると罪悪感と共に内に抑え込んでいた甘えたい欲望が現れ始めた。

 

「その…悪かった。お…俺だって寂しい…し…二人に会えないのは嫌だ…。今まで二人がいてくれたから俺も人間でいられたから俺も二人と離れたくない…。けど、二人を守る為に俺は行く。そこは変わらん。だ…だから…その…」

 

ゲンジは自身の態度に対して詫びると共に二人に向けて赤面しながらも両手を広げた。

 

「今夜…は…いい…////」

 

 

「「では遠慮なく」」

 

 

「へ…はぁぁ!?ハメられ__ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

それからゲンジは逃げる事ができず嫉妬と寂しさと性欲が混じり合い鴨と化した2人から何度も何度も愛された。

 

その激しい愛し合いは数時間にも及び、彼が力尽きようてしても彼女達は止まらなかったという。

 

 



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お手並み拝見

1夜明けた翌日。停泊していた船で寝ていたフィオレーネは目を覚ますと、装備を纏い外へと出た。

 

「…ロンディーネの言う通り…良い場所だな…」

 

王国とは違った風の強さと空気の味。そして山紫水明の風景を堪能しながら彼女はふと呟いた。

 

その時だ。停泊していたもう一方の船から同じく騎士としての装備を纏ったロンディーネが現れた。

 

「姉上…おはよう」

 

「あぁ。ここはお前の言う通り良い里だ。私も調査が終わったら是非プライベートで訪れたいよ」

 

「そうだろ?それよりも、同行するハンターは決まったのか?」

 

ロンディーネが尋ねるとフィオレーネは昨日のゲンジの事を思い出す。

 

「今のところは銀の装備を纏う彼が行ってくれる様になった」

 

「…!!」

 

フィオレーネが答えた瞬間 ロンディーネは驚いたのか、一瞬ながら目を大きく開かせる。

 

「…ん?どうした?」

それに対してフィオレーネは疑問に思い尋ねるも、ロンディーネは目を逸らし「別に何でもない」とだけ答えた。

 

「さて、私は彼らの所に行ってくるよ。彼らの狩りの腕を見たいからね」

 

それだけ言い残すとフィオレーネは少ししか昇っていない日に照らされている里の方へと向かっていった。

 

その姿を見つめていたロンディーネは何か複雑な表情を浮かべていた。

 

「ゲンジ……大丈夫なのだろうか…」

 

カムラの民と同じくゲンジの秘密を知っていた彼女はゲンジの事を思い出しながら彼の事を心配したのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

所変わり、里に着いたフィオレーネは人ひとりいない広場を通り抜けると水車に流れる川のせせらぎが聞こえるゲンジの家の前までやってきた。

 

「ここだな」

 

コンコン

 

彼の家に着くと軽く扉を叩いた後に手を掛ける。

 

「すまないゲンジ殿に皆。少し良いだろうか?」

 

そう言いながらフィオレーネは扉を開けた。

 

「お邪魔するぞ」

 

ガラガラガラ

 

 

「うふふ♪旦那様〜朝のミルクのお時間ですよ〜♪」

 

 

「ここも…凄く硬くなってきてますね…」

 

 

バタン!!

 

 

フィオレーネは即座に扉を閉める。気の所為だろうか、一瞬だけ二人の竜人族の女性が奥の布団の上で寄ってたかって青髪の少年の頭や下半身に胸を押し付けている光景が見えた。

 

「いや…そんなまさか…暗いとはいえもう早朝だぞ…?まさか…いや、ないない」

 

フィオレーネはその目で見たのかもしれない光景を即座に顔を振る形で否定すると再び扉を開けた。

 

「お邪魔す___」

 

 

「ほらほら〜早く吸わないと私とミノトに押し潰されてしまいますよ〜♪」

 

「んん…上手に吸えていますね。もっと強く…」

 

そこには先程とは全く変わりない光景が__。

 

 

「は…破廉恥なぁぁぁあ!!!!!」

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

それからヒノエとミノトは和服を着ると布団を片付け、今もなお煙の出る囲炉裏の側でフィオレーネと向かい合う様にして座った。二人の間に挟まれながら座るゲンジはハンターとしての勇ましい面影が消え失せ、1人の初心な子供の様に縮こまっていた。

 

「先程は申し訳ありませんでした。いつもは私達が朝一番に起きていたのですが、まさか貴方がこんなに早く起きてくるとは思わなかったもので…」

 

「い…いやいい…/////」

 

先程の光景がまだ頭から離れないのか、ヒノエ達と向かい合う様にして座っていたフィオレーネの顔からは険しい顔つきが無くなり真っ赤に染まっていた。その顔を強引に戻そうとしているのか、眉間に皺を寄せているものの、一向に頬の紅潮が収まる様子はなかった。

 

「き…君たちはいつもこんな感じなのか…?」

 

その質問に対してゲンジは頬を紅潮させながら頷いた。

 

「う…うん…」

「私達は夫婦なんですからこれくらい当たり前ですよ♪」

「…」

 

ゲンジが頷くと共に両サイドからヒノエとミノトが身を寄せながら答えるとフィオレーネはまるで虚を突かれたかの様な驚きの表情を浮かべる。夫婦の営みは夫婦の勝手であるためにフィオレーネはあまり口を出さずに話を終わらせるべく軽く咳払いをした。

 

 

「んん…2人に会うのは恐らく初めてだろう。私の名は『フィオレーネ』カムラの里で交易を行なっているロンディーネの姉だ。妹がいつもお世話になっている。今回は調査の助力を依頼するべく王国から参った」

 

それに対してヒノエとミノトの双子姉妹は驚きながらも胸に手を置きながら自身の名前を名乗った。

 

「私はヒノエと申します。カムラの里にて受付を務めさせてもらっております。旦那様を取ろうとするならば…問答無用で射殺します♪」

「ミノトです。里の集会所の受付を務めさせていただいております。私達の可愛い可愛い旦那様を誘惑すれば刺殺します」

 

「ド直球すぎるだろ!?しないしない!他人の夫に言い寄るなど騎士道に反する!!それに君らが夫婦である事も既にロンディーネから聞いている!」

 

ヒノエとミノトの初っ端からの殺害予告にフィオレーネは戸惑いながらも弁明した。

それに対してヒノエとミノトは首を傾げる。

 

「あらあら。ロンディーネさんとは文通でもしていらっしゃるのですか?」

 

「あぁ。情報交換も兼ねてな。彼がカムラの里に流れ着いた事も結婚した事もロンディーネから聞いていたさ。仲が良すぎる事もな」

 

「まぁ!では私達夫婦の“あんな事”や“こんな事”も知っているという訳ですね♪」

 

「は…!?はは…破廉恥な!!そんな君達個人のプライベートなど知る訳ないだろうが!」

 

「あんな事やこんな事とは主に一緒に食事やお散歩をする事ですよ。あらあら……一体何を想像していらしたのですか〜?」

 

「くぅぅ…///」

 

ヒノエに完全にハめられた?フィオレーネは自身が勝手に破廉恥な妄想をしていた事に気付き再び顔を真っ赤に染め上げる。

 

その一方で、ミノトはゲンジの肩を抱き寄せ、フィオレーネから遠ざける。

 

「姉様…やはりこの女…私達の旦那様を付け狙っているのでは?」

 

「可能性はありますね。先程から私達の旦那様を性的に見ている様に見えます」

 

「狙ってないし見てもない!!!」

 

 

 

それからフィオレーネは再び咳払いをし調子を持ち直すとゲンジに目を向ける。

 

「んん…今日来たのは他でもない。出発前に君や他の2人の実力を見てみたい」

 

「俺の実力?」

 

「あぁ。一昨日に拝見させてもらったが、もう一度見ておきたいのだ。既にマスターランクに到達している君達の実力を疑っている訳ではない。ただの興味本位と受け取って欲しい。華麗なる君達の双剣捌きや百発百中とされるボウガンの扱いを是非拝見させて欲しい」

 

「別にいい。けど、大社跡が狩場の大型モンスターの依頼はないだろ?」

 

ゲンジは頷きながらミノトに目を向けると、ミノトは首を傾げる。

 

「今日の分の依頼を確認しなければ分かりませんね…入り次第、お伝えいたします」

 

「そうか」

 

フィオレーネは頷くと、座っていた座布団から腰を上げる。

 

「では、また来る。それと、もう1人は決まったのか?」

 

「シャーラ姉さんが行く事になった」

 

「了解した。感謝するよ」

 

それからフィオレーネはゲンジの家を後にし、停泊している船へと戻っていった。

 

「さて、では…先程の続きを…♪」

 

「するかぁ!?それよりも朝飯の準備だ。ほら、今日は俺が作るから!」

 

フィオレーネを見送ったゲンジは背中まで伸びた髪を縛りポニーテールにすると米を炊こうとする。

 

その時だった。

 

「失礼する」

 

 

入り口から再び誰かが入ってきた。その姿は日が昇っていなくともシルエットだけですぐに分かった。

 

「ロンディーネさん?珍しいですね」

 

「…」

ヒノエの声と共にそのシルエットは鮮明になる。そこに立っていたのはフィオレーネの妹であるロンディーネであった。いつもは凛とした雰囲気を見せながらもヒノエと同じく笑みを絶やさない彼女であったが、今はそれと一変し何か複雑な悩みを抱えている様であった。

 

「ゲンジ……話がある」

 

 



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カムラの里のほのぼの日常 私の鳥は何処?

 

災いが去って初めて来る平和な春。そんなある日の事だった。

 

「オ〜イオイオイオイ…!!!」

 

集会所にあるクエスト受付場にて一人の大男がテーブルの上に顔を伏せながら声を上げて泣いていた。

 

その正体はなんと里長であるフゲンであり、いつもの威厳ある姿はどこえやら。今は旦那が不在の際に姑にいじめられた女房の様にワンワン泣いていた。

 

「えぇと里長…そろそろ落ち着かれた方が…それに私はこの後旦那様と…」

 

「うぉおおおおおん!!!!」

 

その様子を目の前のテーブル即ちカウンターの内側で困り果てていたミノトはそう言うが、フゲンは泣き止まなかった。それどころか更に大きな泣き声をあげ始めた。大男が顔を突っ伏しながら泣き喚くその絵面は恐ろしく、集会所に遊びに来た子供達が泣きながら逃げ出す程であり、終いにはゴコクは勿論、テッカちゃんも引いていた。

 

そんな時だった。

 

「ミノト姉さ〜ん」

 

集会所の入り口からゲンジが入ってきた。

 

 

「ウサ団子食った後でもいいから何か依頼ある……か…」

 

そして案の定。その光景を目にした瞬間にカウンターに近づく歩みを止めて固まってしまった。

 

「えぇと…何があったんだ…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

それからフゲンは泣きながら理由を話した。何でも飼育していたフクズク3羽の内、1羽が知らぬ間にいなくなっていたらしい。

 

「それ…小屋のどこかに隠れてたとかじゃないのか?」

 

「最初はそう思っていたのですが…」

改めてゲンジがそう言うとミノトは首を横に振る。

 

「先程、飼育小屋を見てみたのですが、何度数えても2羽しかおらず、残りの1羽はどこにも見当たりませんでした」

 

「成る程…となると里の何処か…最悪の場合 大社跡らへんにいるって事になるか」

 

「そうなりますね…」

ゲンジの見解にミノトは落ち込みながらも頷いた。フクズクが脱走してしまう事はごく稀にだがあり、大抵は里で見つかるのだが、ゲンジが来る前には大社跡まで飛んで行ってしまった個体がいたらしい。

 

「それにしても妙だな。フクズク…しかもフゲンさんのが脱走なんて」

 

「私も耳を疑いました。里長はフクズクをこよなく愛している上にフクズクからも懐かれています。なので脱走なんて…」

 

「本来ならまずありえんでゲコ」

 

ゲンジ、ミノト、ゴコクの3人は不思議そうに思いながらフゲンへと目を向けた。

 

 

すると泣き喚いていたフゲンは遂に装備を脱ぎ出すと背中から剥ぎ取り用のナイフを取り出した。

 

 

「うぉおおおお!!!愛するペット1匹も管理できないとは俺は里長失格だぁぁ!!!しからばここで腹を…!!」

 

 

「「「うおおおいいい!!!!」」」

 

感情昂り切腹しようとした瞬間 ゲンジとゴコクとミノトが咄嗟に飛びつきフゲンを静止させる。

 

「おい落ち着けフゲンさん!こんなとこで切腹するなよ!?」

 

「離してくれ3人共ぉおおお!!!こんなペットも管理できないジジイを早く死なせてくれええぇ!そして次の里長はお前だウツシぃ!!!」

 

「誰がウツシだぁ!?分かった!!分かったから!!俺が探してくるから!だから腹切るのはやめろぉおおお!!!」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

「逃げ出したのは…食いしん坊の『サンラ』か。デカデカ柿が好物らしい」

 

「でしたらまずそのエリア3か4に行ってみましょうか!」

 

「そうですね…」

地図に丸をつけながら確認するゲンジの両隣にはそれぞれ弓とランスを背負ったヒノエとミノトの姿があった。

二人の内ヒノエはご機嫌であったがミノトは不満爆発な表情を浮かべていた。それもそうだ。楽しみにしていたゲンジとヒノエとの食事を邪魔されてしまったのだから。

 

因みにエスラとシャーラは里でサンラを探しているらしい。

 

「それよりも、何で二人まで来てるんだ?別に里にいていいんだぞ?」

 

「何を言っているのですか?私達は貴方の妻なのですから何処へでもお供しますよ♪」

 

「その通りです…旦那様の行く先に我ら姉妹あり…」

 

「だったら頼むから怒りを抑えてくれ俺だって抑えてるんだから」

 

ヒノエはルンルンと身体を揺らしながら答える一方で、ミノトはドス黒いオーラを放っていた。今もなお完全にブチギレ状態であり、もしもフゲンが話しかけでもしたら確実に殴り飛ばしそうな勢いだあった。

 

「では行きましょうか」

 

そう言いミノトはズシズシと地響きが鳴る程の足取りで向かっていき、ゲンジ達は後を追っていった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

大社跡の巨大な鳥居が見える箇所。ゲンジがビシュテンゴを見つけた場所に到着した3人は辺りに巣食うイズチ達を討ち払うと辺りを探索した。

 

「う〜ん。この辺りの筈なのですが」

 

「見つかりませんね…」

 

「はぁ…」

そう言いヒノエ達は手当たり次第に柿の実る木々を探していったが、一向に見つかる様子はなかった。どこを探しても見つからない為にゲンジは溜息をついてしまう。

 

そんな時だった。

 

「…ん?」

一本の柿の木を見ていたゲンジはその木々の間から見える枝に止まる一つの影を見つけた。

 

「あ…あれは…」

 

目を凝らしてよく見てみる。カラフルな羽毛にクリッとした目玉。そして額にツノの様に逆立つ毛。紛れもない一羽のフクズクであった。フクズクを見つけたゲンジは後ろで探している二人に静かに声を掛けた。

 

「おい…見つけたぞぉ…」

 

「「?」」

 

ゲンジが小声で呼ぶと二人は同時に振り向き首を傾げながら耳に手を当てる。

 

「み・つ・け・た…!」

 

「「?」」

 

「だからみ・つ・け・た…!!」

 

距離が遠いためか何度も伝えても二人には一向に伝わらなかった。二人は耳を立てるばかりであった。

 

それに対してゲンジは勢いよく手の動きを加えながら再度伝える。

 

「み…!つ…!け…!た…!!!ここの…!木の…!上に…!いる…!!」

 

 

 

ミノト「…好き好き…お姉ちゃん愛してる…ですか?」

 

ヒノエ「まぁ♪」

 

 

ブチっ

 

 

遂にゲンジの堪忍袋の尾が切れた。

 

 

「ちがぁぁぁああああうッ!!!!___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____あ」

 

ゲンジの放った巨大な怒鳴り声はその場に轟き辺りの木々を揺らしていった。それによって案の定、フクズクは驚きその場から飛び立ってしまった。

 

「しまった!!」

 

木から飛び出したフクズクへと目を向けたゲンジは走り出した。すると、後ろの二人もゲンジの後を追いかけるかの様に走り始める。

 

「旦那様〜!あの愛の言葉をもう一度〜♪」

 

「木の上にいるって言ったんだよ!!何で伝わらなかったんだよぉ!!」

 

ゲンジは今もなお勘違いしているヒノエに叫びながらフクズクを追いかけていった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

それから数時間後。大社跡を飛び回るサンラをやっとの思いで捕まえたゲンジとミノトはくたびれながら里へと帰還した。

 

「はぁ…ようやく捕まえましたね…」

 

「あぁ…流石にあんなに走り回されるのはな…」

 

それもそうだ。なにせ休憩無しで数時間も動きっぱなしであったのだから。最後の最後でようやく自身らを認識して飛んで来てくれたのが唯一の救いだろう。

 

その一方でゲンジ達と共に走り回っていたヒノエは汗一つ垂らさず満面の笑みを浮かべながらゲンジに抱きついていた。

 

「うふふ〜♪旦那様旦那様〜♪」

 

「何でそんなに元気なんだよ…!?」

 

「あんなに嬉しい事を言われては喜ばずにはいられませんよ♪」

 

「だから聞き間違いだって言ってるだろぉ!?」

 

それから里へと帰還したゲンジ達はエスラとシャーラにサンラを見つけて捕獲した事を話すとそのままフゲン達の待つ集会所へと向かった。

 

そして 集会所に到着し、待っていたフゲンへとミノトは捕まえたサンラを差し出した。

 

「里長…見つけましたよ」

 

「おおおお!!」

 

帰ってきたサンラの姿を見たフゲンは感涙するとサンラを抱き締めた。

 

「よくぞ帰ってきてくれたなサンラぁ!!もう二度と勝手に逃げ出してはダメだぞぉ!!!」

 

「「…」」

 

一人の大男が涙を流して飛び回りながら1匹のフクズクを抱き締める凄まじい絵面にゲンジとミノトは怒りが引き下がる程まで引いてしまう。

 

ーーーーーー

 

それから騒動は収まり、無事にフクズクは元の小屋へと戻された。

 

だが、ゲンジ達はある事を疑問に思っていた。

 

「それよりも…何で脱走なんか…フゲンさんのフクズクだぞ…?」

 

「確かに…里長はフクズクをこよなく愛しておられますしフクズク達も凄く懐いている筈…」

 

「何とも不思議でゲコなぁ」

 

そんな事を疑問に抱いたゲンジ、ミノト、ゴコク、そしてその場にいたヒノエはフゲンへと目を向けた。

フゲンは里でも一番のフクズク好きであり、3羽も飼い慣らす程の技量と1羽ずつに注ぐ愛情が溢れている。そしてそれはフクズクも同じであり、放し飼いにしても小屋を開けっ放しにしても呼び出せば直ぐに戻ってくる程だ。

 

なのに何故なのだろうか。

 

「…あ」

 

そんな中、フゲンは何かを思い出したのか、パッと俯いていた頭を起こした。

 

「昨日…酔っ払っていて餌をあげるのを忘れていた…」

 

「「…」」

フゲンから出た言葉に辺りは凍りついた。それもそうだ。あれ程まで泣き喚いた挙句の果てに切腹までしようとし、辺りを騒がせた結果が自身の自業自得なのだから。

 

「いや〜アッハッハッ!いやぁすまなかったなぁ。よくよく思い出してみたら昨日は久しぶりに結構飲んだんだった!流石に少しは控えた方がいいなぁ!」

 

自身が原因である事を思い出すとフゲンは大きな声で高笑いし始める。

 

「はぁ…お主という奴は…本当に人騒がせな…」

 

「おっちょこちょいな所は変わりませんね」

 

フゲンの優柔不断かつ反省の無い様子にゴコクは呆れ果てヒノエも苦笑し始める。

 

 

 

それとは別に……

 

 

「ほぅ…?酔っ払って…」

 

 

「忘れていた…ですか?」

 

 

ポキ……

 

ポキポキ…

 

フゲンの背後から拳の音を鳴らす二つの影が。その影は全身からドス黒いオーラと共に真っ赤に染まった目をフゲンへと向けていた。

 

 

「ん?二人共どうし____

 

ドカ!バキ!グシャ__!

 

その後 里中にフゲンの叫び声が響き渡ったと言う。

 

 

 



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お手並み拝見その力。いざ、エルガドへ





 

「ロンディーネ…?珍しいな。お前がここに来るなんて」

 

「…」

 

突然と訪問してきたロンディーネに不思議に思いながらもゲンジは彼女を家にあげた。

 

◇◇◇◇◇◇

 

それから家へと上がり座布団の上に座ったロンディーネはゴモゴモとさせていた。それを不思議に思ったヒノエは事情を尋ねる。

 

「何かあったのですか?」

 

「あぁ…」

ヒノエが尋ねるとロンディーネは一度、深呼吸をするとゲンジに目を向けた。

 

「ゲンジ…私の姉上の任務を手伝ってくれるのはありがたい…。だが、それが君の負担となるならば遠慮せず断ってくれていい。事情は私から話す」

 

「ん?」

 

ゲンジはロンディーネの話に対して首を傾げると訂正も兼ねて首を横に振る。

 

「何言ってんだ。俺は別に無理なんかしてねぇよ。古龍とぶつかる事も承知の上だ」

 

「そうか…。だが良いのか…?エルガドは聞くところにのると多くの古龍だけでなく未知のモンスターが住まう場所…最近では閉鎖されたメゼポルタ地域に生息していたモンスターが発見されたという話も聞く…そうなると君の中にいる悪魔も目覚めてしまうのではないか…?」

 

メゼポルタ。それはかつて大陸に栄えた超巨大なギルドの名前である。登録するハンター達の実力の水準も工房も何もかも世界最大であるが対峙するモンスター達も他の大陸とは一戦を画す個体ばかりである。中には禁忌の古龍と同等の力を得たとされる『極み個体』なども存在していた。だがそのモンスター達も数多のハンター達によって無事に討伐され、それによりメゼポルタはモンスターの脅威から救われた事で閉鎖された。

 

そのメゼポルタに生息していたモンスターがこの地方にある王国付近の狩場にて発見されたのだ。

更にゲンジの中には“悪魔”が存在し古龍の気配を感じ取ると彼の人格を乗っ取るべく内側から出て暴走させるのだ。エルガドへと行く事はその可能性が高まるという事だろう。それに対してゲンジは頷く。

 

「別に問題ねぇ。奴が目覚めて意識を取られたとしても…帰る場所がある。それに依頼されたからにはハンターとして断る訳にはいかないしな」

 

「…そうか」

 

ゲンジの答えを聞いたロンディーネはその場に両手をつき深々と頭をさげた。

 

「すまない…そして頼む…どうか王国を救ってくれ…!!」

 

「あぁ」

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

その後、ロンディーネと別れ装備を整えた3人は今朝言われた通りフィオレーネと待ち合わせをし、昨日に大社跡に現れたリオレウスの狩猟クエストを受注して大社跡へと向かった。

 

 

ギャォオオオオ!!!!

 

大社跡にて巨大なモンスターの咆哮が轟く。有名な飛竜種『リオレウス』が現れた無法者達を追い払うかのように咆哮を上げながら空を飛んでいたのだ。

 

因みにこのリオレウスは偶々、大社跡へと迷い込んだ個体である。だがギルドが指定したその危険度は高く、軽く見てマスターランクに近い個体である様だ。

 

そんな空の王者相手に余裕を持ちながらゲンジ、エスラ、シャーラの3人は武器を持ち立ち回っていた。

 

 

「ふ…!!!」

 

吐き出された業火の如し火炎球を身体を回転させながら回避し、回避しながら『鳳仙火龍砲』の銃口を向けてリオレウスの顔面へと貫通弾を放つエスラ。それによって顔面から尻尾へとかけて弾丸の衝撃が貫通しリオレウスを悶絶させる。

 

「えい…!」

真正面から立ち向かい強靭な脚の間をすり抜けながら身体を回転させ刃を斬りつけるシャーラ。

手に持っていたのはジンオウガの双剣『王牙双刃』斬りつけられた際に発生した雷属性の蒼い稲妻が斬りつけられた部位からリオレウスの両足へと伝わり刺激させ更なるダメージを負わせる。

 

 

 

そして その頭上から太陽を背にゲンジが飛び降りてきた。

 

「ふぅ…!!!」

 

リオレウスの頭上から双剣の切先を重ね合わせ身体を回転させながら落下し、そのまま回転しながら螺旋状の風を纏い怯むリオレウスの胴体へと落下すると回転する先端部分で次々とリオレウスの堅固な甲殻を剥がし肉に血を混じらせながら抉り取っていった。

更に手持ちの双剣イステヤの特性である爆破属性が次々と発動し紫色の蓮爆の華を咲かせていった。それによって甲殻が剥がれた柔らかい内部が爆炎に焼き尽くされていきリオレウスのダメージを脅威的な勢いで削っていく。

 

「…!!」

 

そして最後の一押しとばかり傷口を強引にこじ開けるかのように重ねていた刃を広げながら肉を斬りつけるとその場から飛び上がり地面へと着地する。

 

その直後に血飛沫の雨と共にリオレウスの首が天に向かうと共に弱々しい声を上げながらゆっくりと地面に倒れた。

 

「終わったな。二人とも」

 

「あぁ」「うん」

 

ゴールドルナキャップのツバの部分を摘みながらサムズアップするエスラにゲンジとシャーラは頷いた。

 

3人の攻撃によってマスターランクに近い個体であるリオレウスは討伐されたのであった。

 

その光景を遠くから見ていたフィオレーネは想像以上の光景だったのか、唖然としていた。

 

「これが……金銀姉弟の力…」

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

それからクエストを終えた4人は里へと帰還するべく荷車に乗っていた。荷車に揺られる中、エスラはフィオレーネに自身らの評価を尋ねた。

 

「どうだ?私の弟と妹の力は」

 

「想像以上だ…流石はG級…いやマスターランクのハンターだ。あれ程の技術と立ち回りは見た事がない」

 

「ハッハッハッ!そうだろ!私の弟と妹は優秀だからな!」

 

フィオレーネが賞賛するとエスラは高笑いしながらゲンジとシャーラの肩を抱き寄せる。

 

その後、4人は里へと帰還しゲンジとシャーラはフィオレーネと出港の打ち合わせをすると解散となった。

 

そんな時だった。

 

「エスラ…少しいいだろうか…」

 

「ん?」

 

去り際にエスラはフィオレーネに呼び出され彼女と共に船の方へと歩いていった。その姿を不思議そうに見つめながらもゲンジとシャーラは家へと戻ったのであった。

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

そして2日後の朝。

遂に出港の日がやってきた。朝日が指す港にてフィオレーネの船の船員達が船出の準備をしていた。

 

その目の前では旅立つ二人を見送る為なのか、里の皆全員が集まってきていた。

 

「旦那様…もう行ってしまわれるんですね…」

 

「寂しいです…それにシャーラまで…」

 

皆が見守る中、ヒノエとミノトはやはり我慢が出来ないのか、ゲンジとシャーラを抱き締め頬を擦り寄せていた。それに対してシャーラは苦笑しながらミノトの肩を叩きゲンジは頬を赤く染めながらもヒノエを抱き止めていた。

 

 

すると、甲版からフィオレーネが現れた。

 

「よし。君達のBOXは全て船に積み終えた。いつでも出発できるぞ」

 

「じゃあ行くか」

「うん」

フィオレーネの言葉にゲンジとシャーラは頷くと後方から手を振り見送る皆に向けて手を振り返しながら船へと乗り込んだ。

 

「では出港するぞ!!」

 

「「「あぁ(うん)(お〜!!!)」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…ん?」」

 

突然と何故か3つの声が重なった。

 

「「……」」

その声は物凄く聞き覚えがあるのか、ゲンジとシャーラは不審に思うと共に顔の影を少し強めながらゆっくりと振り向いた。

 

「やぁ二人とも♡」

 

そこには笑顔で両手を振るエスラの姿があった。

 

「「はぁぁぁぁあ!?」」

 

 




サンブレイクのプレイ動画見たけど私の書いてた描写とラセンザンのモーションがピッタリでビックリしましたw


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エルガド到着

今回はオリキャラを出します。


 

その後、突然のエスラの同行に驚くと共に何の知らせも聞かされなかった事に腹を立てたゲンジはエスラを正座させシャーラと共に鋭い目を向けながら問い詰めていた。

 

「えぇと…何故私がいるのかはだな…ゲンジとシャーラがそこの女に喰われるか心配で…」

 

「なに私を餌にしようとしているのだ!?違うだろ!私が貴殿に頼んだのだぞ!!ヒノエ嬢もミノト嬢もそんな目を向けないでくれ!」

 

エスラから言い訳の餌にされそうになったフィオレーネはアタフタしながらもゲンジとシャーラそして無言で弓とランスの先端を向けてくるヒノエとミノトに説明した。

 

何でもリオレウスの依頼の後にやはりエスラの手も借りたくなり呼び出して交渉したらしい。エスラはゲンジとシャーラと共にいたいが為にミノトへ事情を隠しながら今後の依頼や里周辺の状況を尋ね、しばらくは安泰である事を確認するとその交渉を飲み込み同行を承諾したのだ。

 

「成る程。だからか」

 

「あぁ。事前に知らせていなかったのは申し訳ない…」

 

「別にいい。里にハンターがいないのは心配だが…」

 

フィオレーネの解答にゲンジは納得しながらも誰一人ハンターが不在となった里の事を考える。だが、先程のエスラとの会話の内容を思い出して頷く。

 

「まぁギルドからの情報ならしばらく留守にしても大丈夫そうだな…」

 

それからゲンジ達は再び船に乗り込んだ。全員が乗り込んだ船は錨を引き上げるとそのまま海に揺さぶられながらカムラの里を離れていった。

 

船が離れていくと見送りに来てくれた皆が次々と手を振り始めた。

 

「旦那様〜!義姉さ〜ん!シャーラ〜!ご武運を〜!!」

 

「お身体にも十分お気をつけください〜!!」

 

「頑張ってね〜!!」

 

「ご健闘をお祈りしてます!」

 

「無事に帰ってこいよ〜!!!」

此方に向けて手を振るヒノエやミノト、そしてヨモギやイオリにフゲンといった里の皆にゲンジ達は手を振り返していった。

 

振り返していくうちにその姿は段々と小さくなっていき、出航してから僅か数分でその姿は見えなくなった。

 

 

「あ…あの今更だがすまないな。円満な夫婦の生活に横槍を入れてしまって…」

 

「別にいい。ここのところ朝も夜も全然休めてないからな…」

 

「取り敢えず何があったのか分からないが詮索は遠慮しておくよ」

 

それからゲンジ達を乗せた船は一日中全速力で大海を進んでいき、新たなる舞台へと向かっていった。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

「見えたぞ」

 

「ん?」

 

里を出て翌日の昼。船の外で辺りの景色を見ていたゲンジにフィオレーネは声を掛ける。

彼女の目が向けられた先を見るとそこには巨大な塔が辺りに聳え立ち広大な地形が目立つ大陸が見えて来た。その大陸の港らしき場所には複数の船が停泊していた。

 

「あれが我らの拠点『エルガド』だ」

 

◇◇◇◇◇◇

 

船が港へと到着し、ゲンジ達は船から降りるとフィオレーネの案内の元、各地の施設を紹介された。

 

加工屋に教官。そして団子屋と、カムラの里と変わらない施設が設置されておりまるで遠くに来た感じがしなかった。

 

それから歩き最後にクエスト受付場を案内してもらう事となった。歩いていくとその先には一人の少女が机に腰を掛けながら必死に執筆していた。

 

「あれがエルガドの受付嬢か?」

 

「あぁ。だがあの子の…いや、あの御方本来の役職ではない」

 

「御方?」

 

すると 

 

「あ!フィオレーネに皆さん!」

自身らが近づいてくる足音に気づいた少女は即座に椅子から降りるとテトテトと駆け寄って来た。身長はゲンジよりも少し小さめ。ざっくり言えばヨモギと同じだ。その少女が自身らの目の前まで歩いてくるとフィオレーネは片膝をついた。

 

「ただいま戻りました…“チッチェ姫”」

 

「姫…?」

 

「そうだ。この方は国王様の御息女。時期王位継承者の姫君だ」

 

「フィオレーネ!ここでは受付嬢なのですから“チッチェ”と呼びなさいと何度言えば分かるのですか!?」

 

「申し訳ありません」

 

ゲンジ達に説明しているとチッチェと呼ばれた少女は腰に手を当てながらフィオレーネを叱りつける。

それからチッチェはフィオレーネを叱り終えるとゲンジ達に向けてお辞儀をする。

 

「初めまして!私はここエルガドで依頼の受付を担当しております“チッチェ”と申します!以後お見知り置きを」

 

「…俺はゲンジ…此方は俺の姉のエスラとシャーラです。挨拶が遅れて大変申し訳ありませんでした…」

 

彼女が自身の名を名乗るとゲンジはエスラ、シャーラと共にフィオレーネと同じく膝を突き、頭を下げ簡単に彼女らと自身の名を名乗った。

 

「うぇ!?ちょ…皆さんまで止めてくださいよ〜!!」

 

そんな時であった。

 

「ほう。君達が例のハンターか」

 

「ん?」

 

近くの階段から豪快な声と共に黒いギルドナイト装備を身に纏った青年が姿を現した。その青年はゆっくりと降りてくるとゲンジ達の元へと歩いてくる。

 

身長はハンターとしては普通の170後半といったところだろう。細く華奢な体型ではあるが背中に背負う武器から歴戦のオーラが漂っていた。

 

すると、その青年を見たフィオレーネは再び膝をついた。

 

「この人も王族なのか?」

 

「あぁ…。この方は『クレト』殿下だ。女王陛下の御子息でありチッチェ姫の兄君であらせられる…」

 

そう言うとクレトはゲンジ達へと目を向けると胸に手を当てた。

 

「ようこそエルガドへ。僕はチッチェの兄のクレト。君達の事はかねがね聞いているよ。希少種を数多く撃破し古龍さえも押し退ける無双の狩人とね」

 

その言葉に対してエスラはゲンジ達の前に出るとゆっくりと膝をついた。

 

「…お褒めに預かり光栄です。私はエスラ。此方は弟のゲンジ妹のシャーラです。殿下も調査へ参加されておられるのですかな?」

 

「あぁ。“王”として当然さ」

 

「…(王…だと?)」

そう言いクレトという青年は爽やかな笑みを浮かべた。それに対してゲンジは何か違和感を感じた上に彼を見るフィオレーネの複雑な表情に疑問を持ちながらも直ぐに立ち上がる。

 

 

 

 

 

それからクレトと別れた3人はフィオレーネの案内のもと、今度はこの拠点を立ち上げ指揮する司令官の元を訪れた。

 

チッチェのいる受付場から少し離れた場所にある大きめの広場。そこには大柄な男性とエスラと同じ背丈の同じく大柄な女性がボードに何かを書きながら議論していた。

 

「何だ…コイツら…」

 

「右側が私と同じ王国騎士のルーチカ。左がこのエルガドの司令官であるガレアス提督だ」

 

そう言いフィオレーネはゲンジ達へと説明すると未だに議論を止めない二人に伝えた。

 

「ガレアス提督。カムラからハンター達をお連れしました」

 

「おぉ!?そうだったか」

 

するとその男は女性との議論を中断すると此方へと顔を向けてきた。

 

「貴殿らが噂のハンター達か。よく来てくれた。私の名はガレアス。ここの拠点の指揮を担っている」

 

「ルーチカです。以後お見知り置きを」

 

「ゲンジだ……こっちはエスラとシャーラ。早速だがこの近辺ではどんな状況だ?」

 

「うむ…」

二人の挨拶に軽く会釈すると、ゲンジは現在の状況を訪ねた。尋ねられたガレアスは腕を組みながら答えた。

 

ガレアスによると、ゲンジ達が来る前からも調査を続けていたらしい。彼らが調査しているのは『メル・ゼナ』と呼ばれる古龍でありその古龍が不穏な動きをし、辺りのモンスター達…王域生物達を凶暴化させているらしいのだ。そして凶暴化されたモンスターの殆どはすぐに力尽き、その死体には謎の飛行型モンスターが大量に吸い付いていたという。

 

現在はその飛行型モンスターも視野に入れて調査を行なっているらしい。そしてもう一つ。拠点の近くには“大穴”と呼ばれる箇所があるらしく、そこが最重要調査地であるようだ。その理由は、50年も前に大穴にてメル・ゼナが現れ周囲へ甚大な被害を出していたからである。故にその大穴も調査対象なのだ。

 

「……現段階ではここまでだな」

 

「成る程。取り敢えずまずやる事はあるか?」

 

「そうだな……まずは貴殿らに………

 

 

 

________難航している『ガランゴルム』の狩猟を頼みたい」

 

 

 




オリキャラ

クレト (23歳)

国王の長男でチッチェの兄。整った顔立ちに癖のない黒髪を持つ爽やかな青年であるが女好きでもあり王宮では多くの侍女を抱えている。時期王国騎士長兼国王の補佐であり、今まで数多くの修羅場を潜ってきた故に狩猟の実力が高いが“プライドも高い”
武器は双剣を扱う。

サンブレイク編の重要人物となってくる。


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進みゆく調査

現在 リメイクは進んでおりますが、まだ差し替えには時間が掛かりますのでもう少しお待ちください。

因みにサンブレイク買った皆さん…もうエンディングまで行かれました?


 

ガレアスからガランゴルムの狩猟を依頼された3人はクエスト受注の為、早速チッチェの元へと向かった。

 

「あ!皆さんどうも!」

 

先程と同じく天真爛漫な振る舞いをする彼女に対してゲンジはお辞儀をするとクエストについて尋ねた。

 

「チッチェ姫……ガランゴルムのクエストはありますか…?もしあるのでしたら受注させていただきたく…」

 

「あ…あの本当に無理しなくてもいいですよ…ここでは受付嬢なので…」

 

「じゃあガランゴルムのクエストはあるか?」

 

「はい!」

ゲンジがいつもの口調に戻るとチッチェも気を取り直し天真爛漫な笑みを浮かべ書類をパラパラとめくり始めた。

 

そんな中、エスラはある疑問をぶつけた。それは彼の兄君であるクレトのことだ。

 

「チッチェ殿。一つお聞きしたい。姫君である貴方と兄君の二人は女王陛下がご退位された後はどうなるのだ?」

 

「…」

 

それについて尋ねるとチッチェは書類をめくる手を止め、先程とは表情を一変させ暗くなった。

 

「母上はご退位後…私が王位を継ぎ兄上様が軍の総司令官になる事を望んでいます…」

 

そう言いチッチェは物陰に隠れながら此方を除いているクレトに目を向けた。目を向けられたクレトは目があった瞬間に慌てると即座に逃げ去っていく。

 

「兄上様は何度も私を守ってくださいました。幾度となく…。この受付嬢の職に付けたのも兄上様の応援があってからこそです。なので私は王位を継ぐならば兄上様が相応しいと思っております……」

 

その言葉に3人は先程の彼の言動に何故か疑問を抱いてしまう。

 

『王だから』

 

あの言葉が今も頭の中から離れなかったのだ。

 

「まぁいい。取り敢えずガランゴルムのクエストに行かせてもらうぞ」

 

「はい!お気をつけて」

 

それからクエストを受注した3人は小船で狩場となる『城塞高地』へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

城塞高地。それはエルガドの付近にある調査対象の狩場である。そこは不思議な場所であり、いかなる時であろうとも2つの季節が存在しているのだ。たとえば北へ向かえば氷のある氷雪地帯。南へ行けば木々が生い茂る湖畔。更に古の時代に人類が築き上げてきた文明の一つでもある古城が存在していた。

 

「チッチェ殿の話によればガランゴルムはこの辺りにいるようだ」

 

「じゃあそのエリアに向かうとするか」

 

それから3人は城塞高地を探索し、ガランゴルムのナワバリであるエリアへと足を踏み入れた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「…!」

 

辺りに草木が生い茂り草原のような長閑な大地にそのモンスターはいた。

 

全身が巨大な岩のような甲殻に覆われ、肉ではなく石をすり潰す為に出来ているかのような人間と同じ形状の歯。全てが初めて見る形状のモンスターに3人は驚いていた。

 

「コイツがガランゴルムか…」

 

「早く済むと思っていたが…見る限り体力が高そうだね。しかもマスターランクの個体だ。骨が折れそうだ」

 

 

その時だった。

 

「ゴルル…」

 

地中から鳴り響く地鳴りの様な唸り声と共に横たわっていたガランゴルムはゆっくりと目を覚ました。

 

目覚めたガランゴルムはその巨体を剛腕を扱いながらゆっくりと起き上がらせた。

その姿を見たゲンジ達は武器を構える。

 

「来るぞ…!!」

 

「あぁ!」「うん!」

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

その後。初めて見るモンスターでありながらも何とか討伐に成功した。見たことも無い上に素早くトリッキーな動きをしていたが、その様な動作はナルガクルガやベリオロスで慣れていた為にゲンジとシャーラの翻弄する双剣捌きとエスラの遠距離からの的確なサポートによって被害は最小限に抑えられ無事に討伐することができたのだ。

 

「無事討伐できたな」

 

「あぁ」

 

ガランゴルムは動きは鈍いものであったが、体力が凄まじく何度も攻撃しても瀕死へと移行しなかったのだ。いつもの相手よりも長期戦を強いられた事により3人は少し息をついていた。

 

「マスターランクの相手はしばらくしていないから随分と鈍っていたな…」

 

「里にはあまり出ないからな」

 

エスラのふと漏らした言葉にゲンジは答える。その後、ガランゴルムの死体は派遣された調査隊によって引き取られると共にゲンジ達は城塞高地を後にした。

 

 

ーーーーーーー

 

「久し振りにいい仕事をした気がするよ♪二人とも今夜はお姉ちゃんがご馳走してやろう!」

 

「後から色々要求されそうだからやめとく」

「酔わされて色々されそうだからやめとく」

 

「そんなぁ!」

エルガドへと帰還し船から降りていく。そんな時であった。何故か広場から騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「…ん?なんかうるさいな」

 

 

 

その声の後を辿る様に広場へと向かうとそこには人だかりが出来ていた。

 

「僕の妹を狙うなんて随分と舐めた真似をしてくれたね」

 

「うるせぇ!何度言ったって認めねぇからなぁ!あの小娘が次期王だなんてよぉ!」

 

そこにはチッチェを守る様にして前に出ているクレトとガレアスの姿があった。捉えられているのは一般的なインナー衣装にモンスターの皮を模した装備を身に纏い腰に片手剣を納めているハンターらしき男であった。

 

「僕の妹になんて事を…!!」

 

「王子!おやめください!」

 

頭に血が上り男を蹴り上げようとしたクレトを咄嗟にガレアスの傍に立っていた騎士 ルーチカが止める。

 

 

 

「……何やってんだ?あれ…」

「うむ…話の内容から姫君に手を出そうとした輩が現れその者を拘束したのだろう。今は尋問している…ということか」

 

「エスラの言う通りだ」

ゲンジが首を傾げるとエスラは自慢の観察眼と話し声から内容を読み取る。すると、それを同意するかのようにフィオレーネが姿を現した。

 

「3人ともガランゴルムの討伐 見事だった」

 

「あぁ。一応聞くが、この騒ぎはなんだ?」

 

ゲンジが事情を尋ねるとフィオレーネはガレアス達に守られる様に後ろへと下げられているチッチェへと目を向けた。

 

「姫様を攫おうとした反乱分子が見つかってな。皆で捕らえた所なのさ」

 

「反乱分子?」

 

「あぁ」

ゲンジが首を傾げるとフィオレーネは頷き詳細を話した。

 

「姫様が王位を継ぐ事を良しとしない輩がいてな。ここ1ヶ月間、ごく稀に姫様の命を狙ってくるのだ。これで3回目だよ…」

 

「3回目…ソイツらは?」

 

「今、クレト殿下が全員を捕縛し連れて行った所さ」

 

「そうか…」

 

フィオレーネの説明にゲンジは頷くとエスラとシャーラの方へと目を向ける。それに対して二人もゲンジと同じ疑問を抱え始めたのか頷いた。

 

ゲンジは向き直るとフィオレーネへあることを尋ねた。

 

「一つ聞きたい。3回目とも誰がチッチェ姫を助けたんだ?」

 

「全てクレト殿下だ。あのお方は大の妹思いでな。今までは偶に顔を見に来る程度だったのだが、前々回の騒動以来、心配なのか去ったと思いきや物陰に隠れながら見守っているらしいのだ」

 

「ほぅ?それはそれは…。まぁ私のゲンジとシャーラへ注ぐ愛と比べればまだまだだな。私は二人を家族だけでなく異性同性として…」

 

「「黙れ変態姉」」

 

納得する間際に自身の愛情アピールをするエスラを辛辣に一蹴したゲンジはシャーラと共にフィオレーネへと目を向けた。

 

「そうだ。俺達の宿はどこにある?来て早々、狩場に向かったから分からん」

 

「おぉ!そうだったな。貴殿らには大きめの部屋を用意してある。こっちだ!」

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

案内されたのは一つの停泊船。中は居住地として改装されており大きめの部屋の中に三つのアイテムボックスが均等に置かれていた。更に里と違い馴染みのあるベッドが三つ置かれていた。

 

「自分の家だと思ってくつろいでくれ。ベッドも三つ用意させてもらった」

 

「助かる」

 

それからフィオレーネはガレアスの元へ向かって行った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

その後 3人はそれぞれのベッドの上で寝転がり窓から見える夜空を見上げていた。その夜空はカムラの里にいた時と同じであり、まるで里にいるかのような感じである。

 

そんな中だった。

夜空を見上げていたエスラはふとゲンジとシャーラへ尋ねる。

 

「二人とも。昼間の“アレ”はどう思う?」

 

尋ねられた二人は“アレ”について既に理解しているのか、悩む様な唸り声を上げる。

 

「別に特に違和感はねぇが、どうにも引っかかる」

「私もゲンと同じ…」

 

「だろうな。他人の王国事情に興味はないが、同じ拠点にいるから我々も目を付けられるだろう。しばらくはあまり目立つ様な行動は控える様にしようか」

 

「「あぁ(うん)」」

 

その後 3人は昼間の騒動の事が頭から離れる事なく就寝した。その晩、エスラがゲンジのベッドに潜り込み抱きついたのは言うまでもないだろう。

 

そしてその翌日。エルガドの調査はゲンジ達の活躍により更に加速していく事となった。

 



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王への疑念


前回のを修正して改めてゲンジを描いてみました。adobe frescoというアプリです。


【挿絵表示】


フィオレーネの身長予想……恐らく175以上。ムービー見たら男性ハンターよりデカい…


 

ゲンジ達がガランゴルムを狩猟してから事態は進み始める。調査隊も城塞高地の奥へ奥へと進んでいき次々と事態の痕跡が見つかり始めて行った。なんとガランゴルムを討伐した際に空に赤い飛行物体の群が出現したらしい。エルガドはこの生物を既に知っており生態も熟知していた。

 

名を『キュリア』各地に空いた大穴から大群で現れ狩場にて散らばりモンスターに吸い付き、精気を吸い取るらしい。そのモンスターはどうやら目標であるメル・ゼナと共生関係にあるらしく吸い取られた精気をメル・ゼナが受け取り成長したメル・ゼナの命をキュリアが栄養分として貰うようだ。

 

「んで、ソイツが現れればその近くにメル・ゼナがいると」

 

「あぁ」

 

ガランゴルムを討伐して数日。エルガドのガレアスのいる場所にてフィオレーネから話を聞いたゲンジ達は頷くと席を立ち上がる。

 

「じゃあソイツを討伐すればいいって事なのか?」

 

「そうだ。だが、奴は一筋縄ではいかない。現れた際は私も同行するよ。私だけでなくルーチカやジェイもな」

 

「ジェイ?」

 

ルーチカは分かるがもう一人の聞いたこともない名前を出されたゲンジとエスラとシャーラは首を傾げる。

するとフィオレーネは背後に立っている二人の騎士へと目を向ける。目を向けられた二人のうち、ルーチカはお辞儀をし、ツーブロックの活発な青年は拳を上げて挨拶をしてきた。

 

「ジェイ。挨拶を」

 

「おぅ!よろしくな3人とも!」

 

そう言い彼は手を差し出してくる。差し出された手をゲンジとシャーラは渋々握り、一方でエスラはうむうむと頷きながら手を握った。

 

「それよりも…俺達とお前らを加えたら6人だぞ?いいのか?」

 

彼の手を握る中、ゲンジは狩場にて脚を踏み入れる人数についての疑問を口にする。メゼポルタは例外として通常、狩場は特例がない限り4人以上の参加は認められないのだ。

それについてもフィオレーネは既に解決済みなのか頷いた。

 

「あぁ。ここら一帯の調査は我々エルガドに一任されている。その点については心配無用だ」

 

狩場の説明をフィオレーネがし終えた事でその後、集会は終了となり各自、解散となった。

 

そんな中だ。帰り際にフィオレーネがゲンジ達を呼び止めた。

 

「今後の調査だが、私も共に行こう」

 

「「「え?」」」

 

ーーーーー

ーーー

 

それから数日後。ガレアスの指示のもと、城塞高地にて現れたリオレウスとリオレイアの狩猟を言い渡されたゲンジ、エスラ、シャーラは狩場へと到着し、キャンプにて荷物の整理をしていた。その3人の中にはもう一人、フィオレーネの姿があった。

 

「君とクエストなど初めてだな」

 

「あぁ。里の時はただ見ていただけであったからな」

 

エスラの言葉に頷きながらフィオレーネはボックスの中からアイテムを取り出しポーチへと詰めていく。

 

「それとゲンジ…」

 

そんな中、フィオレーネは突然と表情を暗くさせるとゲンジに顔を向けて頭を下げた。

 

「此度の調査の件…本当にすまなかった」

 

「…?」

 

突然のフィオレーネの謝罪にゲンジは首を傾げると理由を尋ねた。

 

「なんだいきなり?」

 

「……ロンディーネから全て聞いた…」

 

「…!」

 

ゲンジは驚くと共に頬から一筋の汗を流す。彼の身体は異母姉弟のエスラは勿論だが、血の繋がっているシャーラとも異なる。それは簡単だ。彼が竜人族の血を体内に注入され身体が特徴を残しながら変化したからだ。

 

だが、ゲンジが衝撃を受けた理由はもう一つあった。それは体内に流れる“ドス黒い血”である。

数十年前、付近の王国やカムラの里、そしてユクモ村やタンジアの港が含まれる現大陸を恐怖の底へと陥れた史上最恐のモンスターがいた。名を『イビルジョー 』だが、件のイビルジョー は通常の個体とは異なり積極的に古龍やテリトリーの王者を狙う特異個体の中でも更に特異な個体である。自然そのものである古龍を喰らい尽くす事からその個体はギルドより、『古を壊し喰らい尽くすイビルジョー 』と名付けられた。

 

その恐暴なモンスターの血と意識が彼の中で今もなお生き続けており、意識は生前の特性を完全に受け継いでいる故に古龍を見かけた時は稀に意識を刈り取られ暴走してしまうのだ。

 

故にゲンジは幼い頃からこの身体やイビルジョー の血についてずっと悩まされながら生きてきたのである。

里に来てからこのトラウマから少しは解放はされたものの完治したわけではない。

 

そしてその事を里の外の者に知られた事にゲンジは驚きを隠さずにいた。

 

「……そうか」

 

ゲンジは落ち着きを取り戻しフィオレーネの話を聞くと頷きポーチを背負うとリオレウスがいるとされるエリアへと向かう。

 

「貴殿が辛い過去を背負っているにも関わらず無理を…」

 

「今はそんなのどうでもいい。狩りに集中しろ」

 

フィオレーネの謝罪をゲンジは一蹴すると狩場へと向かった。

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

その後。狩りは無事に終わった。リオレウスは無事に討伐され素材も大量に剥ぎ取り帰りの船に4人は乗り込んだ。

 

そんな中、ゲンジは気まずそうなフィオレーネへある事を尋ねた。

 

「おいフィオレーネ」

 

「あ…あぁ。なんだ?」

 

「俺の事に関しては気にするな。他の奴にあまり話さないようにしてくれればいい。それよりも…前にチッチェを攫おうとした奴らは…どうなっている?」

 

「え?」

 

ゲンジが尋ねたのはクエスト受付場で仕事に熱中するチッチェを攫おうとした反乱分子達の処罰である。毎回、クレトが拘束し連行していると聞いたがどうにも3回とも彼が連行している事が気になり、その後を聞くべく尋ねたのだ。

それに対してフィオレーネは腕を組みながら考え込むと答えた。

 

「確か…禁錮刑になったと聞いているぞ。過去の者達もだ」

 

「禁錮刑…それは誰から聞いた?」

 

「クレト殿下からだ」

 

「……」

 

その言葉を聞いたゲンジは想定内なのか黙り込んでしまう。それに対してフィオレーネは不思議に思い首を傾げた。

 

「どうしたのだ?」

 

「……いや。別になんでもねぇ。ただ、姫を攫おうとした奴は見せしめとして公開処刑とかされねぇのかと思ってな」

 

「か…考えが恐ろしすぎるぞ…。流石にそれ程までの罰は降らん」

 

 

それからエルガドへと到着した3人はフィオレーネと別れるとマイハウスへと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふぅ…。疲れた」

 

装備を脱ぎインナー姿となったエスラはベッドの上に飛び込むようにして寝そべると防具を整えたゲンジとシャーラへ目を向けた。

 

「フィオレーネの反応から、あまり気にはしていないようだな」 

 

「あぁ。それ程信頼してるって事だろう」

 

エスラの言葉に同調するかのようにゲンジとシャーラは頷いた。そんな中、エスラは昼間、フィオレーネへ秘密を知られた事に対して尋ねた。

 

「それとゲンジ。もしも皆にまで秘密を知られた場合はどうする…?」

 

「決まってる。向こうが不快だと思うなら里に引き返すさ」

 

「あぁ。そうだな」

 

何の迷いもなく里へ戻る事を選んだゲンジにエスラは笑みを浮かべながら頷いた。

 

それから装備を片付けた二人もベッドへと寝転がり就寝となった。

 

 

「彼が皆から信用されている間は…これ以上の詮索は控えよう。後々、面倒なことになりそうだ」

 

「あぁ」

「うん」

 

不信感を募らせながらもその件については保留にする事を決めた3人は眠りについたのだった。

 

 

 

その翌日。事態は更に加速していく。

 

 

「__ルナガロンの狩猟を頼みたい…!!」

 

 





遅れてしまいましたが、誤字報告をしてくださるえりのるさん本当にありがとうございます!まさかこんなに誤字があるとは…


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指令とエルガドの姉さん鍛冶屋

 

翌日。ガレアスから招集を掛けられたゲンジ達は広場へと向かう。集まるとガレアスは厳格な表情を浮かべながらある指令を出した。

 

「ルナガロンの狩猟を頼みたい」

 

「ようやくか」

それを聞いたゲンジは思わず声を漏らす。里にて自身らを襲ったモンスターの依頼がようやく出た事にゲンジは胸を高鳴らせたのだ。

 

「で、内容は討伐か?捕獲か?」

 

「いや、正確には今ではなく近々頼みたい。依頼についてはまだ検討中だ」

 

「どう言う事だ?」

 

ガレアスの言葉にゲンジは首を傾げ詳細を尋ねる。すると、ガレアスは背後にある板に貼られている城塞高地の地図へと目を向けると氷雪地帯のエリアを指差した。

 

「奴はまだ目立った行動はしていない。調査隊が発見したのはこの地点の更に奥。つまり狩場から離れた場所だ。狩場から遠く離れてしまえば更にモンスター達の縄張りの中へ入ってしまい奴らを刺激させてしまう。故に奴が付近に現れた時に依頼をしようと考えているのだ」

 

「成る程な。でも、今回の招集はそれだけじゃねぇだろ?」

 

「あぁ」

 

ガレアスは再び頷くと今度は岩場の多い渓谷エリアを指差した。

 

「モンスターの凶暴化と縄張り拡大に伴って…奴らを喰らうが為に『マガイマガド』も姿を現し始めて来た」

 

「…!!」

 

そのモンスターの名を聞いたゲンジは目を大きく開かせた。マガイマガドとは別名『怨虎竜』とも呼ばれる獣竜種でありまだ百竜夜行に悩む里を壊滅寸前まで追いやった怨敵である。だが、それもゲンジが来た際に最初に起こった百竜夜行にて討伐されており、百竜夜行を終えてからは里付近や大社跡には姿を現す事が無くなった。

 

今回の個体はマスターランクの成熟された手強い個体である。いくら希少種を大量に狩猟してきた自身らでも厳しい物となるだろう。

 

だが、これはゲンジにとって絶好のチャンスでもあった。ここに来てから数週間が経過しようとしており、その間にエスラとシャーラは自身らが持つ武器を強化してマスターランクに対応し始めているのだ。それに対してゲンジは未だに双剣が上位止まりである為に立ち止まっていた。今回のマガイマガドを狩猟すれば自身の武器もマスターランクへ対応できる武器へと強化する事が可能となるだろう。

 

故にゲンジは珍しく目を大きく開きながら拳を鳴らしていた。

 

その一方で、マガイマガドを見たことがないエスラとシャーラは首を傾げていた。

 

「ゲンジはともかく私達は初めて見るモンスターだな…。ガレアス殿、何か情報はないのか?」

 

「貴殿らの里の長であるフゲン殿によるとマガイマガドは鬼火を纏い攻撃してくるだけでなくその爆発を推進力として高速な移動も可能にすると聞いている。俺として答えられるのはここまでだ。後は直接対峙したゲンジに聞くといいだろう」

 

それからゲンジ、エスラ、シャーラの3人は皆と別れると調査のために準備へと取り掛かった。

 

ーーーーーー

 

「ねぇゲン。ゲンは一回、マガイマガドを討伐したんでしょ?どうだったの?」

 

「…」

 

ゲンジは一年前の里に来てから間もなく到来した百竜夜行の際に会敵し戦ったマガイマガドを思い出す。

 

「ガレアスさんの言う通りアイツは鬼火のような炎を纏ってたしそれを爆発させて移動してた。それだけじゃねぇ。尻尾も他のモンスターとは全く違う形状だ。まるでランスのように突き刺すのに特化したかのような」

 

「尻尾も危ないんだ…。なら…念入りに準備しないとね…」

 

「あぁ」

 

「それよりも、何で加工屋に向かうの?」

 

「俺の武器の強化について相談するためだ」

 

そう言いゲンジ達は広場を抜けた先にある加工屋へと向かった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

それから広場を離れた一同が加工屋へと差し掛かった時であった。

 

 

「お〜いゲンジちゃ〜ん!エスラちゃん!シャーラちゃん!」

 

加工屋の方から自身らを呼ぶ声が聞こえてきた。その声を聞いたゲンジは落胆しながらも目を向ける。

 

「その呼び方はやめろ…『ミネーレ』」

 

「え〜いいじゃん。その方が可愛いんだし♪」

その先にいたのは片手に金槌を持ち肩に掛かる逞しい女性がいた。その女性は所々露出が目立つが、その露出した白い肌は見る限り鍛え上げられており立派であった。

この女性の名はエルガドの加工屋である『ミネーレ』といい、ハンターや騎士も関わらず全員が必ずお世話になる加工屋だ。ミネーレはゲンジが来る前に里にしばらく滞在しており、その時はハモンの弟子として彼の技術をその目で盗み今に至るようだ。

 

ミネーレはニシシと笑うと金具で肩をポンポンと叩く。

 

「今日はどうする?武器の強化?生産?ところがどっこい防具の生産!?」

 

「違う。近々、マガイマガドの狩猟に行く事になった。だから俺の武器の強化について話がある」

 

「マガイマガド…ね。オッケー♪お姉さんに任せな!」

 

そう言い彼女は腕をまくりまるで力瘤を自慢するかのようにポーズを決める。彼女は肌が白く透き通っていながらも腕の筋肉は凄まじくポーズを決めた時には二の腕からしっかりと力瘤が盛り上がっていた。

 

「とりあえず武器を見せて」

 

「あぁ」

 

ゲンジはミネーレへ自身の武器であるイステヤを手渡した。ゲンジの双剣は他の双剣と違い刃の範囲が長い為にモンスターへ攻撃が当てやすい優れ者である。

 

手渡された双剣をミネーレはじっくりと鑑定すると、ペンを取り出し次々と紙に書いてゆく。因みに加工屋はこの様にして一時的に強化後のデザインやそれに必要な素材の大まかな数を算出していくのだ。

 

 

それからしばらくして___

 

 

___「うん!こんな感じかな!」

 

ミネーレは幼い少女のように興奮しながら、書いた紙をゲンジに手渡した。

 

「成る程な」

手渡された図面を見たゲンジは顎に手を当てる。

そこには強化後の図面や必要な素材が描かれており、この素材を用いた際のどれ程の強度が見込まれるのかも計算されていた。

形状はあまり変化は見られないが塗装や素材がマスターランクの個体な為に攻撃力の大幅アップや爆破属性の強化が見込める事が分かる。

 

名前は『禍業物・大幽鬼イステヤ』と書かれていた。

 

「素材は上位の個体と比べて形は違わないから前のと同じデザインにしてみたよ」

 

「そこまで見越してるのか…すごいな…」

 

「でしょ〜♪取り敢えず加工後はそんな感じでいいかな?」

 

「あぁ。素材が揃い次第、すぐに来る」

 

「オッケー♪」

 

それから加工屋と今後の強化について話し合うとマガイマガドを狩猟するべく城塞高地へと向かった。

 



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二度目の会敵 怨虎竜 

 

加工屋と話を合わせたゲンジ達はその後、フィオレーネ達と合流すると船に乗り城塞高地へと向かった。

 

城塞高地へと着いたゲンジは支給品ボックスから一つずつ支給品を取り出してポーチへと詰めていく。

 

そんな中、ゲンジは今回、初めて同行する騎士であるルーチカへと目を向けた。

 

「…」

 

初めて会った際は寡黙な雰囲気を漂わせ沈着冷静な印象を受けた。だが、今は全く異なっていた。

 

「はぁぁぁ!!いよいよ楽しい狩りの幕開けだぁ!ヒャッハァァアア!!!」

 

明らかにヤバい奴に変貌していた。物静かかつ寡黙な表情が印象的であったあの姿とは180度変化しておりその時の面影すらも消え去っていた。

 

 

気を取り直してゲンジは地図を開く。

 

「まずマガイマガドがいそうなこのエリアに向かうぞエスラ姉さん。…あと……」

 

「ルーチカだ。ちゃんと覚えろチビ」

 

「…」

 

ルーチカから罵られたゲンジは額に青筋を浮かび上がらせると近くに置かれていた巨大な石を持ち上げた。

 

「ままま待ってくれ!アイツは狩りになると人が変わってしまうんだ!」

 

「へぇ〜そうなんだ。俺、普通の女より低いからそういうの言われると相手に石を投げつける原始人になっちまうんだよな〜!!(怒り)」

 

そう言い傍から腕を通し止めるフィオレーネを引っ張りながらゲンジはルーチカへと迫っていく。

 

「うぉ!?力強!!待て待て!アイツには私から言っておくから気を抑えてくれ!!」

 

それから気を落ち着かせたゲンジは残りの4人と共に探索地を確定させるとその場へと向かった。

 

 

ーーーーーーーー

 

城塞高地の中でも特に木々が生え、地面には緑が広がる草原地帯。この狩場にて初めて相手をしたモンスターガランゴルムが眠っていた場所にターゲットであるマガイマガドはいた。

 

「…」

 

ゲンジはその姿を一年前に自身が戦った個体に重ねながら見つめた。外見の変化は特に見当たらない。それもそうだ。ゲンジが闘った個体は50年を生きる歴戦の個体であり言うなればマスターランクレベルの個体である。上位の個体としか会敵していないゲンジから見れば特に驚く点はないだろう。

 

その一方でエスラやシャーラは初めて目にするのか、少し瞳を震わせながら驚いていた。

 

「あれが…マガイマガド…か。一時は里を壊滅に追いやった存在だが…まさかこの地域にも出没するとはな…」

 

 

「あぁ。じゃあ作戦通りに行くぞ…!」

そんな中、作戦の序盤である相手の行動パターンを覚えているゲンジが悠々と歩いているマガイマガドへ向けて駆け出した。

 

「グルル…!!!」

 

マガイマガドは迫り来るゲンジを鋭い目で捉えると尻尾を振り回し始める。すると振り回された尻尾の先端から紫色の炎『鬼火』が溢れ出し尻尾の先端を包み込んでいった。

 

炎を纏った尻尾を振り回しまるで燃える槍の様に変化させるとマガイマガドは態勢を変化させながら一気に尻尾の先端部分を突き出した。

 

「…!!」

 

迫り来る炎の槍。それを見たゲンジは鍛え上げられた動体視力を用いると共に右手に持つ双剣の持ち方と体勢を変化させ跳躍した。

 

そして 

 

「ヴォァア!!!!」

 

迫り来る槍の先端部へ向けてイステヤの刃を突き刺すと共に身体を回転させた。それによってゲンジの身体は回転しながら火車の如くマガイマガドの長い尻尾の先端部から鋭い牙の顔面までを駆け抜けていき、紅蓮の爆炎を纏いながらその身の肉を切り刻んでいった。

 

「ギャァオオオ!!」

 

切り刻まれた事によりその場に鮮血が舞いマガイマガドは苦痛の声を上げながら身をよぎらせる。その様子を見ていたエスラ達も遂に参戦する。

 

「私にしっかりと合わせてくれたまえよルーチカ殿」

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ」

 

ボウガンを構え装填しながら駆け出した二人は別々の高台へと移動し、岩場の影へと隠れるとその場からゲンジと交戦するマガイマガドに目掛けて弾を撃った。

 

撃たれた弾はほぼ全てのモンスターに対して苦痛を与える『貫通弾』である。二人の銃口から放たれた貫通弾は空気を突き抜けていくとゲンジに向けて牙を剥こうとするマガイマガド目掛けその先端部を突き出しながら迫っていき、強靭な重殻で覆われている身体に突き刺さっていった。

 

 

「ギャァオオオ!!!」

 

突き刺さった貫通弾は体内へと侵入すると砕け更に内部に仕組まれていた弾が発射され、その身を貫いていく。その弾はエスラ達から次々と放たれていき、その痛みにマガイマガドは悶絶するかのような呻き声を上げ始めた。

 

「よし!このまま続けるぞ!」

 

「あぁ!!」

 

エスラとルーチカはそのまま弾丸を装填し打ち続けていく。

 

そんな中、先程まで待機していたシャーラとフィオレーネも同時に動き始めた。

 

シャーラと共に駆け抜ける中、フィオレーネは高台から援護射撃を放つ二人に向けて叫び出す。

 

「二人とも!麻痺弾を頼む!!」

 

その叫びに二人は頷くと、先程まで射出されていた貫通弾が麻痺弾へと変わりマガイマガドの全身に電撃を走らせていく。

 

そして遂に麻痺弾の効果が現れマガイマガドの全身に巨大な金色の稲妻が迸ると共に硬直させた。その隙をついたフィオレーネは片手剣の盾を取り出しマガイマガドの顔を殴りつけていく。

 

「ゼイャアッ!!」

 

フィオレーネの精錬された動きと共に鍛え上げられた片手剣の盾が振るわれる事で次々とマガイマガドの脳天へと当たり鈍い音を響かせると共に麻痺に苦しむマガイマガドのスタミナを奪い取っていく。

 

 

フィオレーネがマガイマガドの頭へと攻撃する中、その横を通り過ぎていったシャーラはゲンジとは反対方向から向かい双剣を構える。

 

「ゲン!いくよ!!!」

 

「あぁ…!!!」

 

シャーラの叫びにゲンジも答えるとシャーラとほぼ同時に翔蟲を取り出しマガイマガドの腹に向けて双方から放つと、その弾性力を利用して一気に飛び上がった。

 

 

飛び上がった二人はその場から空を飛び抜けると双剣の刃の先端部を向けながら回転していく。そして、その回転する刃をマガイマガドの腹に目掛けて押し込んでいった。回転する刃は重厚な重殻をその回転力によって次々と破壊していき内部の肉へと強靭な刃を抉り込ませていった。それと共にゲンジの双剣の属性が次々と発動し爆裂の華を咲かせると共にシャーラの双剣の水属性がマガイマガドの体温を奪い取っていった。

 

そして その回転力が弱まり回転が止まる瞬間にゲンジとシャーラは開いた傷口を更にこじ開けるが如く捩じ込ませていた刃を左右に開くとその場から飛び退く。

 

 

これで終わりなのだろうか?否___。

 

「ハァッ!!!」

 

「グロォオオオオオオオ!!!」

 

フィオレーネがマガイマガドの顔面を殴っていた事により麻痺が解けたと同時にマガイマガドの意識は朦朧としながらその場へと倒れる。ゲンジとシャーラ、エスラとルーチカの援護射撃によって体力を奪われた事で意識を保てる力が弱まり通常よりも早く混乱してしまったのだ。

 

「よし今だッ!!一気に叩き込めッ!!!」

 

エスラの叫び声に4人は頷き一斉に攻撃を放っていく。

 

 

ゲンジとシャーラとフィオレーネのスタミナを無視し強走薬による連撃によって外殻に続いて更に尻尾の先端や顔面の角が破壊されていきエスラとルーチカによる毒弾の援護がマガイマガドの体力を次々と奪っていく。

 

だが、マガイマガド自身も生きる為に必死に足掻き続ける。気絶が解けた後は即座に顔を振り回して意識を覚醒させ、別エリアへの逃走を図ろうとする。

 

それをゲンジは見通していたのか、斬撃を放つ前に逃げる航路を読み取りその場へと落とし穴を仕掛けていた。足場を見ておらず逃げる事に必死であったマガイマガドはアッサリとその穴へと身を落とし、再び身動きが取れない状態となってしまった。

 

マガイマガドが落とし穴に落ちた事により5人は更に奮起すると先程と同じく怒涛の勢いで攻撃を放っていく。

 

そして

 

「ヴォォァアアア!!!!」

 

ゲンジの叫び声と共に重ねられた刃がマガイマガドの身体を斬りつけた。それが決めつけとなり、遂にマガイマガドは落とし穴を出たと同時にその身体をゆっくりと地面に倒したのだった。

 

◇◇◇◇◇

 

その後。無事にマガイマガドは討伐され、剥ぎ取られた遺体もエルガドから来た調査員の荷車に乗せられ無事に運ばれていった。

 

それを見送ったゲンジ達も即座に帰りの船に乗り込み城塞高地を後にしエルガドへと帰還した。

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

そして 遂に念願の強化の時がやってきた。

 

ゲンジはエスラ、シャーラと共にミネーレの元へと訪ね、夜になっても尚、金具を手放さない彼女へと素材と武器を渡した。

 

「ん?やぁゲンジちゃん!その様子だと…揃ったようだね♪」

 

「あぁ。だから強化を頼む」

 

「オッケー♪腕が鳴るね!」

 

ミネーレは素材と武器を受け取ると早速作業へと取り掛かった。

 

「明日のお昼までには出来上がってると思うからゆっくり待ってて♪」

 

そう言い彼女はウインクをすると再び作業の手を進めた。やはりハモンの弟子であるのか、一度、作業を始めればその目は別人のように険しくなっていった。

 

「それじゃ頼むぞ。さて…」

 

それからミネーレに仕事を託し別れたゲンジはあと、もう一つの用事を済ませるべく、一時的にマイハウスに戻る。マイハウスへと戻ると、腰と脚以外の装備を脱ぎ捨てインナー姿となった。そして、ゼニーを取り出し簡単に食材を買うと袋詰めにする。

 

「どうして食材を?」

 

「フィオレーネとルーチカにやる為だ。アイツらには手伝ってもらったからな」

 

「ふぅ〜ん」

納得したシャーラは同じく脚装備以外を脱ぎ捨てたインナー姿のまま納得すると立ち上がる。因みにエスラは疲れてしまったのか、毛布に包まり爆睡していた。

 

「なら、私も付いて行っていい?」

 

「あぁ」

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

夜のエルガドは昼間と変わらず賑やかであった。それもそうだ。いついかなるモンスターの襲撃に備えなければならない上に見張りや船の誘導係もしなければならない。辺りには見張りは勿論、船の誘導係であるランプを持った隊員達が辺りに散らばっていた。

 

そんな中、ゲンジはガレアスの元を訪ねる。彼はいつもの場所におり、ルーチカと共に議論していた。

 

「よぅガレアスさん」

 

「ん?ゲンジとシャーラか。マガイマガドの狩猟ご苦労だったな。それに武器の強化も祝っておこう。これで貴殿の実力がフルで発揮されるようになったな」

 

「どうも。それよりもルーチカとフィオレーネはどこにいる?今日の礼として少ないが飯を買ってきたんだが」

 

二人の居場所について訪ねるとガレアスは「あ〜」と納得しながら答えた。

 

「ルーチカとフィオレーネならば自身のマイハウスにいる筈だ。あの塔に二人の自室があるから行ってみるといい」

 

そう言いガレアスは石積みで作られている建物の中でも高台にあり少し大きな建物を指差す。

 

「あそこか?」

 

「あぁ。フィオレーネやルーチカの他にもジェイや俺の部屋もある。いわば兵舎といった場所だな」

 

「分かった。助かる」

 

ガレアスから居場所を教えてもらったゲンジはそのままシャーラと共にエルガドの兵舎へと向かった。

 

「ゲン…お手手繋ご…」

 

「あ…あぁ…」

 

その後、手を繋いだ二人は兵舎へと到着し、ルーチカへと食材を届けると部屋を後にしフィオレーネの部屋を探した。

 

「えぇと…フィオレーネの部屋は…ここか」

 

ルーチカの部屋の前から彼女の部屋を探していると、すぐに近くの部屋の前に彼女の名前が記された部屋の入り口を見つけた。その入り口を見つけた二人は部屋の前まで歩いてくると、軽く扉をノックする。

 

コンコン

 

「フィオレーネ。俺だ。昼間の狩りの礼品を持って来た」

 

「私もいるよ〜」

 

 

扉をノックしながら二人はそう声を掛ける。

 

 

すると

 

_____『な…ななその声はゲンジとシャーラ!?すまん!ちょっと待ってくれ!』

 

 

「「__ん?」」

 

中から慌てふためく声が聞こえると共にドタバタと騒しい音が聞こえてきた。その不審な音に二人は不思議に思い首を傾げる。

 

「どうした?散らかってるのか?」

 

『そ…そうだ!すまない!書類が溜まりに溜まっていてな!すぐに片付けるから待っていてくれ!』

 

そう言い再びドタバタと音が聞こえてくる。それについてゲンジとシャーラは予想していた為にあまり驚かなかった。

 

「書類が溜まってるのか…騎士は大変だな」

 

「なら、手伝ってあげようよ。3人いれば直ぐに終わると思うよ?」

 

「あぁ。そうだな」

 

シャーラの提案にゲンジは納得すると扉の取手に手を掛ける。運が良いのか不明だが、鍵は空いていたようだ。取手に手を掛けるとゆっくりと扉が開いていく。

 

「書類の整理ぐらいなら手伝ってやる。お邪魔するぞ」

 

 

「あー!!!待て待て!!本当に待って!待ってくださ________

 

 

 

 

扉を開けた先にあったのは___

 

 

 

 

 

 

 

 

モンスターのモコモコなぬいぐるみとチッチェの似顔絵で溢れかえる部屋であった。そして二人の目の前にはぬいぐるみを抱きながら硬直している彼女の姿が__。

 

ゲンジ「…何だこれ…」

 

シャーラ「か…可愛い…♡」

 

フィオレーネ「アアアアアアアアアアァァァァ/////////」

 

 



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フィオレーネの秘密 そして念願の武器

 

それからゲンジとシャーラはぬいぐるみが蔓延る部屋の中心に座っていた。彼らの目の前には膝を抱えながら固まるフィオレーネの姿があった。

 

「……」

 

あれからずっと彼女は俯いたまま顔を上げようとはしなかった。その一方で部屋を見渡していたゲンジはフィオレーネが喋ろうとしない事情を察しながらも尋ねる。

 

「…つまり、こういうのが好き…と」

 

「う……うぅ…そうだ…。モコモコやフワフワの物が昔から大好きでよく集めていたのだ…」

 

その問い掛けにフィオレーネは返す言葉もないのか、その場で頷いた。フィオレーネは隠れて、色々なモンスターや生き物のぬいぐるみを自室に集めていたのだ。それに関してゲンジ達は特に嫌な反応を見せる事はなかった。

 

「別にいいんじゃねぇのか?趣味や好きなものなんて人それぞれだし」

 

「ゲンの言う通り。私達の希少種好きな姉さんに比べればフィオレーネさんのは普通だよ」

 

そう言いゲンジとシャーラは慰めるかのようにフィオレーネを宥める。すると、彼女は真っ赤に染め上げた顔を上げた。

 

「ほ…本当か…!?」

 

「本当だよ。逆に何で皆に言えないのか不思議なくらいだ。まぁ話して欲しくないなら黙っておくから安心しろ」

 

「かたじけない…」

 

その言葉にフィオレーネは感謝する。だが、ゲンジ達が疑問を抱いたのはぬいぐるみではなかった。

 

「それは良いとして…俺達が気になったのはこれだよ!!!」

 

そう言いゲンジは壁に貼られている絵へ指を向けた。そこには壁一面を覆い尽くす程まで貼られたチッチェの絵があったのだ。色々な姿の彼女が映し出されており、受付嬢としてでなく一人の女性として髪を纏めてラフな格好をした彼女の姿もあった。

 

 

「何だこれ!?ぬいぐるみなんて一瞬で消え去るくらい怖ぇぞ!?お前 アイツの何なんだよ!?ストーカーか!?ストーカーなのか!?」

 

 

「そ…それはだな…」

 

ゲンジが言及するとフィオレーネは頬を真っ赤に染めながらハァハァと荒い息を吐き始めた。

 

 

「毎日チッチェ姫を見ていると次第に目を離さずにいられなくなり…ある日を境に…見た途端に胸が熱くなってしまうようになってしまってな…。挙句の果てには少女を見てしまうだけで欲情し愛でたい衝動が溢れ出して…それを解消する為に壁一面に彼女の絵を貼っているのだ…」

 

 

話し合える頃には彼女の目は遂にチッチェの絵へと釘付けになっており、まるで絵と会話をしているようであった。

 

「おいコイツヤベェぞ」

 

 

「し…仕方がないだろ!!趣向は人それぞれだ!私が小さな子に興味を抱こうと問題ないだろ!」

 

 

「別にそうだがここまで来ると普通を通り越して“恐怖”なんだよ!!これ知られたら絶対取り返しがつかなくなるぞ!?」

 

 

壁に立て掛けてある絵をバンバンと叩きながら自慢げに言うフィオレーネに対してゲンジが声を荒げる中、フィオレーネは涙を流し始めてしまい、遂には泣き叫びながら腰に飛びついてきた。

 

 

「うわぁぁぁ!!!!誰にも言わないでくれ!知られてしまえば私は一生『ロリコン騎士』という肩書きを付けられそのまま生涯を終える事となってしまう!!頼むから言わないでくれ!!特に姫には!姫だけには言わないでくれ!頼む!あの人に嫌われてしまえば私はもう生きていく自信がない!!!」

 

 

「分かったから抱きつくなァァァァ!!!!」

 

 

「というか…もう素直に好きって言っちゃえばいいのに」

 

泣きじゃくりながらゲンジの腰にすがりつくフィオレーネを見ながらシャーラはそのまま呟くのであった。

 

それからフィオレーネから絶対に他言無用と釘を刺された二人は外に出ると、宿へと戻った。

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

そして 次の日。朝日が登り詰め遂に正午へと差し掛かる中、ゲンジ達はミネーレの元を訪ねた。用事は簡単である。武器の強化だ。

 

 

「ミネーレ。武器は出来てるか?」

 

「もっちろん♪」

ゲンジが訪ねると彼女はいつも通り意気揚々としながら頷くと風呂敷に包まれた武器をゲンジの前に差し出しその風呂敷を解く。

 

 

「さぁ!とくとご覧あれ!!」

ミネーレの掛け声と共に剥がされた風呂敷の中から現れたのは預けた時と同じ形状の双剣であるイステヤ。だが、感じられる武器の威圧感が前とは比べ物にならない程にまで達していた。

 

試しにゲンジは片方の剣を右手に取ってみる。

 

「…ん」

前よりも重さが軽減されたが、下がるどころか格段に上がっている切れ味と威力。少しでも切りつければ切れてしまうほどの鋭く鋭利で輝く刃がその強化された威力を物語っていた。手に取ったゲンジはそのまま空中に投げてキャッチし手に馴染ませる。

 

 

「どうだい?」

 

「……うん。いい感じだ。ありがとな」

 

「いいっていいって♪気に入ってもらえて何よりさ」

 

 

完全に手に馴染んだゲンジは頷くと双剣を肩に背負いミネーレへと礼を言った。

 

そんな時であった。

広場に続く道から1匹の手提げ袋を肩に下げたアイルーが歩いてきた。

 

 

「ニャ〜!!ゲンジさん、エスラさん、シャーラさんにお届けものですニャ!」

 

「「「え?」」」

 

 

駆け寄ってきたのはエルガドに在住している郵便受付のアイルーであった。彼の言葉に3人は首を傾げるその一方で郵便屋のアイルーは袋から数枚の手紙を取り出し3人にそれぞれ渡した。

 

 

「カムラの里からですニャ!」

 

「里から…!?」

 

 




フィオレーネ→皆の前ではクールに振る舞っているが極度の可愛い物好きでありぬいぐるみを集めて飾っている。
更にロリコン気質でありチッチェの写真や絵を大量に飾っている。


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故郷からの手紙

 

それから3人に手紙を手渡したアイルーが広場へと走り去っていく姿を見送った3人は、カムラの里から自身ら宛の便りに首を傾げる。そのうちの一枚ずつをエスラとシャーラは手に取ると裏面に書かれている届け元を見た。

 

 

「あ、ヒノエさんとミノトからだ」

 

「私もだ」

 

「あ…俺もだ」

 

 

出所はなんと里の受付嬢でありゲンジの妻でもあるヒノエとミノトからであった。突然の手紙をエスラとシャーラは不思議に思いながらも久しぶりの二人の執筆が嬉しいのか直ぐにその便りを開いた。

 

 

「…わぁ!2枚の手紙と写真が入ってる!」

 

 

中身を取り出したシャーラは驚くと共に笑みを浮かべた。中には一枚の写真と2枚の手紙が入っており、写真には満面の笑みを浮かべる里の皆が写っていた。

 

それを背後から見ていたミネーレはハモンを見つけると「おぉ!師匠も元気そうだ!」と喜びの声を上げる。

 

 

「何て書いてあるの!?」

 

「えぇと…」

 

 

ミネーレから尋ねられたシャーラは写真を仕舞うと一枚の執筆された文面を読み始めた。

 

 

『拝啓 私達の大切な家族へ。貴方方が里を立ってから早くも3週間が経ちました。体調の方はお変わりありませんか?此方では貴方方の活躍のお陰で未だに大型モンスターの発見が報告されておらず平和な日々が続いております。エルガドでの任務は大変かつ危険と隣り合わせかと思いますが貴方方ならば必ず全ての災禍を打ち払えるだろうと信じております。

早く任期を終えて里の入り口にある鳥居を潜りながら笑顔で帰って来てください。また皆と共に団欒とした暖かな日常を過ごせる事を心より願っております。

 

カムラの里一同より』

 

____だって」

 

「うぅぅ〜!!!」

 

 

まるで親からの手紙であるかのような内容にミネーレは感動のあまり涙を流し始めた。

 

 

「いいなぁ!!しかもその手紙の白い箇所に書かれている子供達の絵も尚いい!!」

 

「うん。確かに」

 

 

そう言われたシャーラは手紙の余白や裏面に目を向けた。そこには子供達が書いたのか、やや角張った字体で『頑張れ!』『早く帰ってきて!』『大好き!』『帰ったらウサ団子で祝杯!』などと書かれていた。

 

 

「私も同じ内容だが、書いてくれている子達が違うな。恐らく皆、私達3人がいつも一緒にいると思い別々の手紙に書いたのだろう。それにほら」

 

 

子供達の絵や字体にエスラも笑顔を浮かべると、封筒の中に入っていたもう一枚の手紙を取り出した。そこには丁寧な字体で書かれた手紙が入っており差出人を見るとなんと『ヒノエ』であった。

 

 

「ヒノエ自身が書いてくれた手紙もあるぞ!」

 

 

そう言いエスラは更にキラキラと笑みを輝かせた。それを見たシャーラも先程、写真と共にしまったもう一枚の手紙を取り出し差出人を見た。そこにはヒノエの妹である『ミノト』の名前が書かれていた。

 

 

「あ、私の方はミノトだ。えぇと…」

 

ミノトからの差出にシャーラは驚くとその文面を読み上げる。

 

 

『拝啓 私の大切な家族でもあり親友でもあるシャーラ並びに大切な二人目の姉君であるエスラ様。体調の方はお変わりありませんか?食事はしっかりと摂っていますか?貴方方ならば心配はないと思いますがやはり相手は最高峰の強さを誇る個体ばかり。命を大切に調査に臨んでください。遠い場所からでもミノトは貴方方が無事にまた鳥居の門を潜り帰ってきてくれる事を信じ願っております。

 

カムラの里 集会所 受付担当ミノトより』

 

 

「___だって」

 

「うぅ……ミノト〜……」

 

「それよりもそっちは?」

 

「え?あぁ」

 

 

シャーラから尋ねられたエスラは今度は此方の封筒に同封されていたヒノエの文面を読み上げた。

 

『拝啓 私の尊敬するエスラ義姉さんと大切な二人目の妹のシャーラ。貴方方が里を出立してから3週間が経ちました。速くもなく遅くもありませんが私やミノトはまだ貴方方がいなくなった里の日常には慣れておりません。ですがこれもまたハンターの妻にとっては避けては通れぬ道の一つ。悲しいものですが堪えながら私達は貴方方の無事を祈っております。

 エルガドでの任務は厳しいものと思われます。もしも辛く寂しくなってしまった時はいつでもいいですから遠慮せずに里に帰ってきてください。どんな時でも私達は貴方方を暖かく迎えられる準備ができております。

 

カムラの里 里の受付担当 ヒノエより』

 

 

「うぅ……ヒノエぇ…!!!」

 

ミノトに続きヒノエの手紙の内容を読んだエスラもミネーレに続くように感動の涙を流し始めた。

二人が泣き合う中、その状況をジト目で引きながら見つめていたシャーラはゲンジの方へと目を向けた。

 

 

「ねぇゲン。ゲンの方は何が入ってた?やっぱりゲンの場合は二人からかな?」

 

 

そう言いゲンジに届けられた手紙について尋ねた。妹である自身には同じく妹であるミノト。エスラの場合はヒノエ。ならばゲンジは二人の夫のため、二人からの温かな手紙が入っているのだろう。そう思いながらシャーラは此方に背中を向けるゲンジに近寄ると肩に手を掛ける。

 

 

「ねぇゲン……ん?」

 

見るとゲンジは何故だか震えていた。まるで手紙の中身が恐ろしいものであるかのように。

 

「わ!?どうしたの!?そんなに震えて…何か変なのでも入ってたの?」

 

シャーラが驚きながら尋ねるとゲンジは震えながら3枚のうち、2枚を取り出す。それは自身らと同じ里からの手紙と里の皆の写真であった。そしてそれを見せたゲンジはもう一枚の手紙を取り出した。

 

 

「俺にも二人から来てたよ…それ以外は同じで写真も入ってた。でもこの一枚だけ…」

 

そう言いゲンジは取り出した白い手紙を差し出した。そこには自身らとは異なり『貴方を愛する妻より』と書かれていた。手紙自体は何の変哲もない普通のものである。特に震える程の要素はどこにも無い。

 

「何が怖いの?」

 

「読んでみろよ…」

 

「ん?」

 

ゲンジがまるで幽霊でも見たかのように震え上がるその様子にシャーラは首を傾げながらも手紙を広げて内容を読む。すると、左右から気になったのかエスラとミネーレも覗き込んできた。

 

 

「えぇとなになに……

 

 

『拝啓 私達の心から愛する旦那様へ。貴方が二人と出立してから3週間が経とうとしています。お身体は大丈夫ですか?食事も摂っていますか?精神面での問題はありませんか?

相手は古龍。貴方が暴走してしまう恐れがあるかもしれません。ですがどんな姿になっても私達姉妹だけでなくカムラの里は貴方を暖かく迎え入れます。なのでどうか暴走し自我を失ったとしても自暴自棄にならずに思い出してください。里という貴方の居場所がある事を。調査の早期終了を願うと共に旦那様がお二人と共に鳥居の門を潜り帰ってくる事を心よりお待ちしております。__

 

___貴方を愛する二人の妻ヒノエ ミノトより』

 

__って普通のないようじゃん」

 

内容は自身らと同じ無病息災と帰還を願う温かい内容であった。それの何処に震える要素があるのか全く理解できずシャーラは再びゲンジへと尋ねる。

 

すると 彼は震えた声で答えた、

 

「その下…読んでみろ…」

 

「下?」

 

ゲンジに言われたシャーラはエスラ達と共に下へ目を向ける。そこには先程の続きと思わしき文章が激しい字体で二つ書かれていた。それを見つけたシャーラは読み上げる。

 

「えぇと……

 

 

『あれから3週間が経ちますが1通も手紙が届いておりません。何故、書いてくれないのですか?約束した事を何故破るのですか?何度約束を破れば気が済むのですか?まさか忘れてしまわれたのですか?ミノトはとても悲しんでおります。大切な妻であり私の掛け替えの無い妹でもあるミノトを悲しませた貴方を決して許しません。近々、そちらへ姉妹共々、伺わせてもらいます。もしも他の女性と性的に仲良くしているお姿をこの目に収めた場合_

 

 

 

 

____姉妹二人で貴方を呼吸ができなくなるまで○○○○します』

 

 

『貴方が出立してから3週間が経過しますが一向に手紙が届かないとは何事でしょうか?まさか私達との約束をお忘れになってしまったというのですか?手紙が届かず近況が分からない為にヒノエ姉様は心配のあまり2日間眠れぬ夜を過ごしました。大切な妻でもあり私の敬愛するヒノエ姉様を悲しませた貴方を決して許すことはできません。近々、姉様と共に其方へお伺いしますので もしも他の女性と不埒な関係を築いていた事を確認した場合___

 

 

 

 

____貴方が力尽きるまで姉様と共に○○○○します』

 

 

「「「…………」」」

 

その文面を読んだ瞬間 3人は石の様に固まった。見るからに先程とは全く様子が違う。何故だか赤く塗りつぶされており読めなかった箇所が見えるが、そこからは異様な気配が感じ取れ、明らかにヒノエとミノトが想像を絶する程まで激怒している様子が伺える。

 

その文面を見た3人はゆっくりと震えるゲンジに目を向けた。

 

「ゲン……何やったの…?」

 

「うぅ…」

 

シャーラが恐る恐る尋ねるとゲンジは心当たりがあるのか、話した。

 

◇◇◇◇◇◇

それは出立する際に二人から手紙を書く事を求められたのだ。理由は彼女達曰く体調を聞き安心感を得る事と悪い虫(女)が寄り付いていないか確認する為である。

 

当然、ゲンジは無理と断った。調査が難航を極めている為に毎日 手紙など書いている暇などない。

それについてはヒノエとミノトも納得しているのか、毎日書く事は不可能であると認めた。だが、それでもやはり不安なのか手紙を書いて欲しいと頼んできた。

 

彼女達がこれ程までに心配するのは、これまで何度もゲンジが約束を破り命の危機に晒されたり自身の身を犠牲にしようとしたからである。それによって彼女達はゲンジが遠くへ行く事に少しばかり抵抗が現れ始めたのだった。

 

「……分かった。書くよ」

 

彼女達を不安にさせやすい様にしたのは自身が原因である為にゲンジは1週間に1通を送る事を約束したのだった。

 

「「約束ですからね?」」

 

「う…うん…」

 

◇◇◇◇◇◇

 

「それで約束をほっぽり出していた事に気づいたと」

 

「う…うん…」

 

ようやくゲンジが青ざめている事を納得したシャーラと残りの二人は頷きながらゲンジに原因がある事を見抜く。

 

「…それって…明らかにゲンが悪いよね…」

「自業自得だな」

「うん。約束を破ったゲンジちゃんが悪い」

 

「うぅ…」

3人の言葉にゲンジは何も言い返せないのか、その場にしゃがみ込んだ。

 

因みに里から出された手紙がエルガドへ届けられるにはおおよそ2日は要する。つまり、もうすぐここに来るという訳だ。

 

「確か里からの距離だと…船で2日…。手紙が届くのも2日だから…少なくとも明日には着くと思うよ。2日前に確か里に向けて便が出発したからね」

 

「な!?」

 

ミネーレの言葉にゲンジは更に凍りつく。

 

「取り合えず言い訳でも考えておけ」

 

「うぇ!?どうすれば良いんだよ!?」

 

「そんな事は知ら_____う〜ん………うん。そうだな」

 

言葉を詰まらせたエスラは顎に手を当てながら考え込み、一瞬ゲンジを見つめると何かを閃いたのかニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

 

「久しぶりに……“アレ”をやるか♡」

 

その後、作戦を聞いたゲンジは背筋を震わせたのであった。

 



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奥の手

 

里から手紙が届いた後にゲンジ達は気を取り直し、城塞高地での状況を知るべくガレアスの元へと赴いた。再びモンスターの調査の指令が出されるかと思っていると、彼の口から出された指令は待機であった。彼曰く先日のマガイマガドの件の後に再び調査開始の指令が出ており、現在はゲンジ達とは違うハンター達に調査を任せているようだ。

「いいのか?ソイツらだけに任せておいて」

 

「貴殿らはマガイマガドに限らずこれまでのモンスターの調査で疲れている筈だ。事態は着々と進んでいる…他の強力なモンスターが現れた時の為に身体を休めておいて欲しい」

 

「了解した。調査隊が帰還するのはいつ頃になりそうなんだ?」

 

「少なくともまだ数日は掛かるだろう。マガイマガドが森を徘徊していた為なのかモンスターの殆どが奥地へと姿を消していったからな」

 

「成る程な」

 

その後。ガレアスの指令通り休暇を言い渡されたゲンジは武器の訓練をするべく近くの場所にある訓練所へと赴こうとした。

 

 

そんな中だった。

 

 

「やぁゲンジに皆。丁度いい。嬉しい知らせが入ったぞ。2日前に里へ向けて出立した船が今夜中にでも到着するそうだ」

 

「は…!?」

 

偶然にも出会したフィオレーネから今夜中に里の便が到着する事が知らされた。

 

 

「な…なんで急に!?明日じゃなかったのか!?」

 

「ん?」

それを聞いたゲンジは驚きの表情を浮かべながら固まり尋ねる。それに対してフィオレーネは不思議そうに思いながらも話す。

 

 

「いや、波が穏やからしくてな。客人らの要望もあってかスピードを上げて向かっているらしく、予定よりも早く到着するとのことなのだ」

 

「……」

 

 

その知らせを聞いたゲンジは咄嗟にエスラの方へと首を向ける。すると彼女はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら頷いた。

 

それを見たゲンジは再びフィオレーネへと目を向ける。

 

「わ…分かった…」

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

それから時が経ち、月が輝く深夜。里の船を迎え入れる為なのか、いつものように目印になるようにランプを手に持った船員達が小船で海へと出ていた。

 

そんな景色が見えるとある船の自室の中では…。

 

 

「こ…これで本当にいいんだよな…?」

 

「あぁ!」

 

 

全身に女物の服を着るゲンジと、それを見ながらにっこりと笑みを浮かべるエスラとミネーレ、そして頬を染めているシャーラの姿があった。

ゲンジが着せられているのは酒場のウェイトレスが着るような白いシャツとリボンのついた黒いスカートが特徴的なドレスであった。筋肉質な腕や脚もタイツで包み込まれている為にその威圧感を消し去っており、その上、長い髪を左右で纏められツインテールにもさせられている為に男としての面影が何もかも無くなってしまっていた。

ゲンジが顔を赤面させる中、その傍らではミネーレがその姿を見ながらうんうんと頷いていた。

 

 

「急だったからこんな物しか作れなかったけど…まぁ似合ってるじゃない♪」

 

「ぐぅ…」

 

 

ミネーレの言葉にゲンジは男としてのプライドが傷ついたのか項垂れる。この女装こそが、エスラが考えた作戦である。エスラはシャーラを抱き寄せると説明を始めた。

 

 

「いいかい?お姉ちゃん達がヒノエとミノトをここへ連れてくる。彼女達が最初に入るようにね。そしたらすぐに飛びつきこう言うのだ!『会いたかったよお姉ちゃん!来てくれてありがとう!だ〜い好き!』と。そしたら二人はメロメロになって怒りなんてものはすぐに消えてしまうだろう。いいかい?とにかく声を裏返し上目遣いで甘えろ!」

 

 

シャーラを扱いながら説明したエスラはキッパリと言い放つが、その作戦を聞いたゲンジは既に羞恥心でパンク寸前なのか、顔を真っ赤にさせておりミネーレも手を叩きながら大爆笑していた。

 

 

「本当にこれしか方法が無いのか…!?」

 

「勿論。下手に謝ろうでもすれば見返りを求められるだろ。例えば……3週間分の性欲発散とか…ね?」

 

「…ひぃ!?」

 

 

エスラのウインクをしながら口にした答えを耳にしたゲンジは身を震わせた。今の彼女達は不機嫌な上に3週間の鬱憤が溜まっている。もしも無理に落ち着かせようとすれば起爆剤となり猛獣と化した彼女達の餌食となってしまうだろう。

 

すると

 

ブォーン__。

 

船の到着を知らせる笛の音が聞こえてきた。その音を聞いたエスラとシャーラ、ミネーレは立ち上がる。

 

 

「さてゲンジ!私達が連れてくるから上手くやるんだぞ!」

 

「取り敢えず頑張りな♪あ、因みにそれ“なにして”汚しても大丈夫だからね」

 

「何がだ!?」

 

去り際のミネーレの言葉に驚きながらもゲンジはそのままフリフリのドレスを着たまましゃがみ込む。

 

 

「うぅ…」

 

 

それからしばらく沈黙が続くと共に辺りが静寂に包まれた。静かな空間の中で一人になり二人が来る事に震える中、ゲンジは改めてよく考えた。

 

「…」

 

考えてみれば自身が彼女達との簡単な約束を破らず、悲しませなければ良かっただけである。そうなるとこれは正に因果応報とも言えよう。機嫌が悪いのも自身を心配してくれた為である。ならば此方が恥を掻いたとしてもそのケジメはつけなければならない。

 

「…よし…!」

決意を固めたゲンジは頬を赤くしながらも立ち上がる。

 

すると

 

 

__サ…サ…

 

遠くから此方に向けて歩いてくる音が聞こえてきた。その音を耳にしたゲンジは入り口付近に立ち止まると、ゆっくりと両手を構える。

 

その足音は段々と近づき遂にマイハウスの入り口の目の前まで迫ってくる。その音を聞いた瞬間にゲンジは動き出す。

 

「…!!」

 

 

そして両手を広げながら駆け出し目の前に立っている者へと手を回しながら抱きつくと声を裏返し少女の様な声で叫んだ。

 

 

「会いたかったよお姉ちゃん!来てくれてありがとう!だ〜い好き!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抱きつく中、いつまで経っても返事がない事にゲンジは不思議に思い始める。その上、何故だか布の様なコーデとは異なった感触に違和感を覚え、顔には何故か柔らかめな板の感触があった。

 

「(あれ…何か変だな…)」

 

恐る恐るゲンジは抱きついた手を離しながらゆっくりと見上げた。

 

 

「!?」

 

その瞬間 ゲンジの全身が凍りついた。そこにいたのはヒノエでもミノトでもなく顔を真っ赤に染め上げながら震えるフィオレーネであった。

 

「あ…あ…!!」

 

その顔を見たゲンジの全身は固まった直後に震え始める。その理由は簡単だ。先日の夜に彼女からカミングアウトされた彼女自身の性癖である。それはロリコン。

彼女は自身よりも小さく幼い子供達を見ると母性が通常よりも倍以上に爆発してしまうのである。第三者から見ればゲンジの身体はチッチェよりも少し高い程度。更に四肢をタイツで覆われておりスカートで筋肉質な足元も隠れ、髪型も幼さを強調したツインテール、そして何よりも声を裏返していた為に正に当てはまっていた。

 

一方でゲンジは女装が趣味と受け止められてしまう事を危惧し咄嗟に訳を話そうとするが、もう遅かった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

「ひぇえええ!!!!」

 

 

顔を真っ赤にさせながら興奮したフィオレーネの両手が開くと共に一瞬で懐に抱き寄せられる。

 

 

「何て可愛らしい子なんだ!この柔らかい頬にツインテール…あぁ!!もぅ撫で回したくなってきてしまうではないか!」

 

 

そう言い抱き締めている相手がゲンジである事も知らずにフィオレーネは頬を擦り寄せ始めた。何度も何度も頬擦りされる中、ゲンジは必死に止める様に声を上げるもフィオレーネの耳には届く事は無かった。

 

 

「い…いやぁ!!やめ…やめろ!!離せ…離してよォ…!!!」

 

 

「あぁ…!!赤らめた顔もまた可愛いなぁ!心配するな!お姉ちゃんは怖い人じゃないぞ!そうだ!後で私の部屋に一緒に行こう!お菓子をたくさんあげようじゃないか!お父さんやお母さんはいるのかい!?もしいなければ今夜は私が君のお母さんになって一緒に寝てあげよう!」

 

 

そう言いフィオレーネは更に頬を紅潮させ興奮しながらゲンジの全身を撫で回し頬を擦り寄せていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら…お二人とも随分と楽しそうですね〜」

 

「ヒィ…!!」

入り口付近から聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声を聞いたゲンジは一瞬にして表情を青くさせながら声が聞こえた方向へと目を向けていく。

 

そこには全身から黒いオーラを放ちながらも笑みを浮かべているヒノエと鋭い目を向けるミノトが立っていた。

 



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とても怖い二人のお嫁さん

 

それは今朝の事であった。

 

ゲンジ達が居なくなってから3週間が経過したカムラの里はいつもよりも賑やかさを失っていた。

加工屋やたたら場はいつも通りであるが茶屋やイオリのオトモ広場そして里と集会所の受付場は静かでありイオリやヨモギといった里の子供達も退屈そうにしていた。

 

そんな中、ゲンジへと手紙を出したヒノエはミノトと共にコーデを纏い背中にそれぞれの獲物である『弓』と『ランス』を背負っていた。その目には隈が出来上がり、数日間は眠っていない様に見えるが、鋭く、まるで今からモンスターを討伐でもしにいくかの様な狩人の目であった。

 

腰に紐を巻き付け準備を終えるとヒノエはミノトに目を向ける。

 

「準備はよろしいですか?」

 

「はい。いつでも行けます姉様」

 

ヒノエの目が向けられた先にはランスを背負いながら旅行ケースを両手に持つミノトの姿があった。

 

そして二人は家を出るとイオリのオトモ広場が設置されている離れへと赴く。そこにはフゲン、ウツシ、ロンディーネの姿があったのだ。

 

 

 

何故、彼女や彼らがここにいるのか。それはエルガドへ向かうためである。フゲン自身も交易でロンディーネから世話になっている為にその恩義に応えるべく調査に名乗りを挙げたのだ。そしてそれはフィオレーネに助けられたウツシも同じである。

 

更にその話を聞いた彼女達も名乗りを挙げた。

彼女達が同行する理由は簡単である。3週間経っても手紙を返さないゲンジの状況を確かめるためだ。心配しすぎるあまりなのか、ヒノエとミノトはここ数日間睡眠をとっていない。更にヒノエに至っては必ず50本以上食べるウサ団子を10本程度しか口にしていないのだ。その結果、二人は酷くやつれ、目の下には隈が出来上ってしまっていた。

 

「お待たせしました…」

 

「こここ怖い!怖いぞミノト嬢!そんな顔の影を強くしないでくれ!!」

 

ロンディーネは不気味な表情を浮かべたヒノエとミノトが到着すると、彼らを船に乗せ、後から来た里の皆に見送られながら出港した。

 

「では向かおうか。エルガドへ」

 

ーーーーーーー

 

船に向かう中、ヒノエとミノトは直立したまま前進するその方向を凝視していた。その不気味な様子に後ろから見ていたフゲンやウツシやロンディーネは驚き、声を掛けるどころか近づく事すら出来なかった。

 

「あ…あの里長殿…二人は大丈夫なのか…?」

 

「いや…絶対に大丈夫ではないだろう…あれではまるで夫に夜逃げされたみたいなものだ…。ゲンジからの近況報告がない事がそれほどショックだったのだろうな。まぁ…心配しすぎとは思うが…愛する者に心配のしすぎもクソもないがな」

 

「俺もそう思います…全くゲンジ君は!大切なお嫁さんを放ったらかして何やっているんだか!いつからあんな子になったんだ!」

 

ウツシがプンプンと憤慨する中、船は進んでいった。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

それから海の上を渡る事、十数時間。辺りが暗闇に包まれ夜の海を進んでいると、目の前から光が見えてきた。

 

「お!見えてきたな」

その光を見たロンディーネは笑みを浮かべると船乗りへと指示を出し始めていく。その様子を見ていたヒノエとミノトも目の前の景色へと目を向けた。

 

「「…」」

 

二人は以前来たことがあるのか、その景色を見ても驚きを見せる事はなかった。ようやく着いたのだ。ゲンジやエスラ達のいるエルガドへ。

 

ーーーーーーーー

 

 

深夜のエルガドへと到着したヒノエとミノト。港では多くの兵士達が出迎えており、その中には王国の騎士と言われている敏腕なハンター達の姿もあった。

 

フゲンはその場から降りると、この拠点のリーダーであるガレアスの元へと挨拶をするべく歩いていった。

 

「二人はゲンジ達と会ってこい。なぁに心配するな。俺達邪魔者は行かないから久しぶりの夫婦水入らずの時間を楽しむと良い」

 

「「ありがとうございます!里長!」」

 

フゲンの言葉を聞き入れたヒノエとミノトは周りの皆に軽く挨拶を済ませると、ゲンジを探し始める。

 

 

すると遠くの方から金色の装備と銀色の装備を纏ったエスラとシャーラが手を振りながら歩いてきた。

 

 

「おぉ!ヒノエ!ミノト!久しぶりだな!」

 

「お手紙ありがとう。元気だった?」

 

 

彼女の姿を見たヒノエとミノトは先程まで不機嫌丸出しの表情をパッと明るくさせると彼女達へ抱きついた。

 

 

「義姉さ〜ん!会いたかったですよ!」

 

「シャーラ…変わりない様子で何よりです」

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

その後。彼女達と少しばかり談笑すると、ヒノエとミノトは本題へと移った。

 

 

「それで…ゲンジはどこですか…?」

 

「あ…あぁ!アイツなら二人にサプライズを用意したいと言って今朝からマイハウスに篭っているぞ!」

 

 

ゲンジについて尋ねるとエスラは額から冷や汗を流しながら歩き出し、ゲンジのいるマイハウスへと案内をし始めた。

 

船着場から少し離れた場所に停泊している船。そこは一つの家のように改装されており、入り口にはドアノブ式の扉が設置されていた。

 

 

「ここにいるぞ。私達は少しばかり用があるからこれで失礼するよ」

 

 

案内を終えると彼女達はそう言いながら先程の場所へと歩いて行った。目の前にある扉。その先に彼がいるのだ。

 

そして何よりも彼が『サプライズ』を計画している事に驚きを隠せなかった。

 

 

「ゲンジがサプライズ…珍しいですね…」

 

「姉様。ここは気持ちを抑えいつものようにするのが得策かと。彼も彼で反省して私達を迎えてくれようとしているのかもしれません」

 

「確かに…えぇ!そうですね!久しぶりに会いますから笑顔でいきましょう!」

 

 

ミノトの言葉にヒノエも同意すると、深呼吸をし心を落ち着かせた。久しぶりに会うのだ。いきなり問い詰めてしまっては可哀想だろう。いつもの太陽のように清らかな心と笑みを取り戻したヒノエはドアノブへと手を掛け、扉を開いた。

 

 

「旦那様〜!貴方の大好きなヒノエお姉ちゃんとミノトお姉ちゃんが来ましたよ〜!怒っていませんから再会の記念に私達の熱い抱擁と接吻を受け取ってくださ……」

 

 

扉を開け、中を見た途端、ヒノエとミノトは固まった。そこにあったのは自身らが会うのを楽しみにしていたゲンジが女装させられフィオレーネに抱きしめられる光景であった。

 

それを見た瞬間 二人の“我慢という鎖”が粉々に砕け散った。それと共に腹の底から怒りと抑え込まれていた欲望が一気に溢れ出し始める。

 

「随分と楽しそうですね〜お二人とも…」

 

ーーーーー

ーーー

 

それから二人を引き剥がしたヒノエはフィオレーネを床に正座させ、ミノトは顔を真っ赤にしながらゲンジを膝に乗せ何度も何度も尻へと平手打ちを放っていた。

 

パンパンパンパン!!

 

「いぃ…!!痛い!痛いよぉ!!」

 

「そんな事を言ってもやめてあげませんよ!!あれほど手紙を出すように言ったのに1通も出してくれないなんて酷いじゃないですか!それどころか私達とは別の女性とあんな事を!!!」

 

「きゃぁ!ひぎぃ!?いい"!?ご…ごめんなさ__ひゃぁ!!」

 

 

次々と響き渡るその痛々しい音の中、ゲンジは目元に涙を浮かべながら謝罪の言葉を口にしようとするが、ミノトは受け入れるつもりがないのか問答無用で次々と尻へと平手打ちを放っていく。

 

ゲンジが痛々しい声を上げる中、フィオレーネを問い詰めていたヒノエがその様子を見ると黒い笑みを浮かべる。

 

 

「止めてはいけませんよミノト。反省が足りていないようですのでもっと強めにいきなさい」

 

「はい…姉様…!」

「いやぁ!!!」

 

 

ヒノエの言葉にミノトは更に叩く力を強めた。それによって更にゲンジの目からは涙が溢れ出てくる。

 

ミノトがゲンジにお仕置きしているのを横目にヒノエは目の前で小さく縮こまりながら正座をしているフィオレーネに向けて拳の骨を鳴らす。

 

 

「さてフィオレーネさん…いえ泥棒猫さん。どうしてくれましょうか…?」

 

「ひぃ!?」

 

ヒノエの笑顔ながらも背後から感じられる覇気や巨大な剣幕にフィオレーネは完全に気圧され、慌て始める。

 

「あ…あの…!そのあれだな!つい…その…幼女だと思い好奇心が疼いてしまって!それに彼が私に抱きついて『お姉ちゃん』と!!」

 

「だからと言って人の旦那様に手を出して良い理由にはなりませんよね〜?私達だけが抱き締めて愛でてもいい旦那様をあんなに強く抱き締めて良い理由になんてなりませんよね〜…?」

 

その言葉と共にヒノエの目が輝き出し両手がうねりながらフィオレーネへと迫っていった。

 

「さぁ…御覚悟を…」

 

「あ…あわわわわ…!す…すまん!許してくれ!許してくださ___いやぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

「はいお終い♪」

 

あれから数十分後。ようやく気が晴れたのか満面の笑みを浮かべていたヒノエは手をパンパンと叩いていた。彼女の目の前には目を蕩けさせながら力が抜け、膝から崩れ落ちているフィオレーネの姿があった。

 

 

「あぅ…もう…お嫁にいけない……」

 

「自業自得ですよ」

 

 

ナニをされたのかはあえて触れないでおくが、確実にとてつもないナニかがあったのは間違い無いだろう。

 

そしてミノトの方ではゲンジも相当お仕置きされたのか目を回しながらグッタリとしていた。その一方でミノトは気が治まったのか彼の顔を膝へと乗せながら頭を撫でていた。

 

 

「さてと…」

「え…むぐ!?」

そんな中、フィオレーネへとお仕置きをしたヒノエは再び笑みを浮かべるとミノトの膝の上で寝ているゲンジの顔を両手で挟み込むと胸元に押しつけた。

 

 

「今度は貴方がお仕置きを受ける番ですよ〜♪」

 

「そ…そんな…!さっきあんな_んぐ!?」

 

「あんなもので終わると思っているのですか!」

 

 

ゲンジが反論しようとすると、その口を塞ぐかのように後方からミノトが手を回しながら抱きついてくる。前方からヒノエ、後方からミノトに抱き締められた事で彼の顔は二人の巨大な胸に前後から挟まれてしまった。

 

 

「うふふ…相変わらずアッサリと埋まってしまいますね♪ミノト、もっと押し付けて窒息させてしまいましょう♪」

 

「はい!姉様!」

 

 

その様子を楽しむかの様に見たヒノエとミノトは更にヒートアップし抱き締める力を強めた。ゲンジの身体は完全に二人の身体に包み込まれ、両腕の指の辺りしか見えなくなってしまう。隙間の無い密閉された胸の谷間に押し付けられるが、その空間が更に狭くなり終いには顔さえも動かす事ができなくなってしまった。

 

 

「やめ…!潰れ…!!」

 

「このままぎゅうぎゅうに押し潰してあげてもいいんですよ…それに…貴方に拒否権があると思っているのですか?この浮気者…♪聞けばしばらくはお休みの様ですね…?」

 

「罰として…その間は私達の溜まりに溜まった欲望が尽きるまでお相手して頂きます……!!」

 

 

その言葉と共に二人はゲンジを抱き締めながらベッドへと倒れ込むと即座に服を脱がせていき自身らはインナー姿になると彼の両肩をベッドへと抑え込み身動きを取れなくさせた。

 

 

「は…話をき…」

 

「わかってますよ。寂しかったんですよね?だからあんな事をしてしまったんですよね?安心してください…お仕置きが終われば今夜はた〜くさん私達が貴方を愛して愛して愛し尽くしてあげますからね…私とミノトなしでは生きていけないくらいに…♡」

 

「ち…ちがぅ…!!」

 

「ではまず…お仕置きの方から始めましょうか…」

 

 

その言葉と共にヒノエが胸を顔に押しつけ、ミノトが下半身へと移動すると下半身を持ち上げ膝の上へと乗せ一瞬にして衣服を剥がした。

 

「姉様と私で5回ずつ…二人で5回いきますのでお覚悟を…もし『やめて』と言ったらお仕置きの数を倍にしますからね…!!!!」

 

「あ…いや待っ__やめ…!!しまった…いぃ!?そ…そんなに…キツく挟まれたら…!!ァァアアアア!!!!」

 

 

その後、ヒノエとミノトは理性の鎖が外れた獣と化しゲンジへと襲い掛かると彼の全身を舐め回すように貪り尽くしていった。二人の柔らかな身体に飲み込まれたゲンジは必死に抵抗しようとするも彼女達には敵わずそのまま二人の柔らかな身体の中へと埋もれていった。

 

 

「ご…ごめんなさい!手紙書かなくてごめんなさ__むぐ!?」

 

「今更謝っても時すでに遅しです…ッ!!!」

 

「大人しく私とミノトのお仕置きを受けて反省してくださいね〜。ほ〜ら今度は私の番ですよ。凄くキツく挟んであげますからね♪」

 

「やァァアアアア!!!!」

 

 

 

「あわ…あわわわ/////」

 

目の前で二人の女性が一人の男性を襲うその光景を目にしていたフィオレーネは顔を両手で覆いながらも指の間から目を覗かせ真っ赤にしながら見つめていた。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

あれからどれ程の時間が経過しただろうか。少なくとも数時間は経っただろう。

ゲンジへの愛情を爆発させながら仕置きと夜伽を終え満足した彼女達はベッドの上で抱き合っていた。

 

「うふふ…こんなに愛しあったのは久しぶりね…」

 

「はい…姉様…」

全身が汗だくとなったヒノエとミノトは自身らの蒸れた空気と熱気が密閉されている胸の谷間に埋もれているゲンジへと目を向けた。

 

「…」

その目からはもう今日分の正気は残っておらず、まるで何かに取り憑かれているかの様にミノトの乳房を咥えていた。

 

「あらあら。お仕置きしすぎてゲンジが赤ちゃんになってしまったわミノト♪」

 

「ふふ…必死に乳房を吸ってらっしゃいます…」

 

その様子を見たヒノエとミノトは頬を赤く染めゲンジの頭を優しく撫でる。するとヒノエはミノトに目を向けた。

 

 

「ミノト…もっと寄り添って赤ちゃんになったゲンジを暖めてあげましょう♪」

 

「はい…姉様…♡」

 

 

ヒノエの言葉に誘われたミノトは頬を赤く染めると間にゲンジを挟んでいるにも関わらず更に身を寄せヒノエの身体に手を回すと抱きついた。二人の身体はもう隙間が無くなる程まで密着し彼の身体を覆い尽くした。

 

ゲンジを蹂躙し尽くし腹の中の鬱憤がスッカリと晴れた二人はいつもの表情へと戻るとゲンジの耳元で囁いた。

 

 

「旦那様…貴方は一生…私達のものですからね…」

 

「たとえ貴方が誰かに奪われたとしても…誰に靡こうとも…力ずくで奪い返します…何が何でも…。貴方はずっと私達と一緒です…」

 

 

毛布を被る自身らの間で埋もれていく彼の頭を撫でながらそう呟いた二人は黒い笑みを浮かべながらそのままゆっくりと目を閉じて眠りについたのであった。

 

 

後にフゲン達と別れ、戻ってきたエスラ達はヒノエやミノトがゲンジと共に熟睡し、その傍らでフィオレーネが気絶しているという光景を見た途端に驚いたのは言うまでもないだろう。

 

 



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夫婦との目覚めそして遂に現る氷狼竜

Switchとモンハン買えたぜいええええええ!!!しかもスイッチは有機EL!!こっから私のモンハンライフの始まりだぁぁ!!


 

「あれ…どこだここ…」

 

目を覚ますと辺りは桜の木に囲まれていた。咲き誇る桜は綺麗な花びらを満開にさせており、その花弁が雨の様に舞っていた。

 

そんな神秘的な光景に囲まれる中、背後から何かの気配を感じ取る。

 

「…ん?」

 

むにゅ

 

 

「ムニュ…?なんだこ__んん!?」

 

突如として背後から感じられた柔らかい感触。振り向くとそこにあったのは直径が軽く2メートルも超える超巨大なウサ団子であった。

 

「はぁ!?なんだこ…っええぇ!?」

 

更に辺りを見回せば残りの3方向にも同じ大きさのウサ団子があり、完全に取り囲まれていた。

 

「これ前に__むぐ!?」

 

すると 突然と辺りを取り囲んでいたウサ団子が自身を押し潰そうと押し寄せてきた。身体どころか顔面まで柔らかいその団子に沈み込み呼吸ができなくなってしまう。

 

 

「〜!!んぐぐ!!な…なんなんだよこれええええ!!!」

 

それから迫り来る団子によって呼吸ができなくなったしまったゲンジはその苦しさによって意識を失ってしまった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「んぐ…ぐぐ…ぷはぁ!!」

 

呼吸困難によって現実へと引き戻されたゲンジは即座に顔をウサ団子の様な柔らかいものから切り離しやっとの思いで呼吸をした。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!!(この感じ…前にもあったような…)」

何度も何度も空気を取り込んだゲンジは頬を赤くさせながら自身を窒息させようとしていた柔らかいものの正体へ目を向けた。

 

「ま…まさか…!」

 

薄々と思い出す中、目の前の光景に目を向ける。そこには気持ちよさそうに眠るミノトの姿があった。自身の顔を胸に抱き締め笑みを浮かべながら眠るその顔はとても懐かしいものであるが、気のせいか前よりも大きく見えている。

そして振り向けばそこには同じく眠るヒノエの姿があり、自身に顔を向け、ミノトと共に身体に手を回し抱きつきながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。彼女もミノトと同じくいつもより少しばかり大きく見えていた。

 

すると

 

「んぐ!?」

 

突然 後頭部に誰かの手の感触が感じられると共に再び顔面が目の前のミノトの胸へと押しつけられ柔らかい感触に包まれた。その直後に頭上から声が聞こえてくる。

 

「お目覚めですね。旦那様…」

 

その声を聞いたゲンジはゆっくりと胸を掻き分けながら見上げる。そこには相変わらず鋭い瞳でありながらも笑みを浮かべながらこちらを見つめているミノトの顔があった。

 

「み…ミノト…姉さ__むぐ!?」

 

「…ん…」

 

自身と目が合うとミノトは笑みを浮かべながら顔を迫らせ、唇を重ねてくる。口内に彼女の舌が侵入してくる事はなかったが、それでも柔らかいその感触は自身の力を容易く奪っていった。そして唇を離すと呼吸する間も無く彼女は再び身体に手を巻き付けてくると自身の顔を更に深い谷間へと押し付けた。

 

「ぷはぁ…!いきなりなにす___むぐぅ!?」

 

その直後に更に後方から同じ柔らかな感触が押し寄せ自身の顔をミノトの胸へと更に押し付けた。すると、再び聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「あらあら。ミノトに先を越されてしまったわ♪」

 

「!?ひ…ヒノエ…姉さ__」

 

それはヒノエの声だった。その声を聞いた直後に今度は肩を掴まれ無理矢理、方向転換させられるとヒノエの唇が押し付けられた。ミノトと同じ柔らかな唇の感触が伝わり活力を奪っていく。

 

「ぷはぁ…!はい!今度はハグですよ〜♪」

 

そして唇が離れると再びミノトに肩を抱き寄せられると共に胸元へと顔を押しつけられ顔全体が柔らかな感触に包まれた。

 

「〜!!!」

 

「ふふ♪やはり旦那様の反応…とても可愛いですね♡」

後方からヒノエ、前方からミノトが抱きついているために、その身体は完全に埋まりゲンジは首どころか顔を動かすことすら出来なかった。すると、二人の手が伸び自身の身体に巻き付くと逃すまいと抱き締め始めた。二人の柔らかな手の感触が所々から伝わり更に身体が刺激されてくる。

 

「く…苦しい…!少し離れ…!」

 

「嫌ですよ〜緩めれば逃げてしまうじゃないですか。このままミノトと一緒にぎゅ〜っとしててあげますからもう少し一緒に寝ていましょう♡」

 

「いや…もう朝日が…」

 

「何を言っているのですか?まだおねんねの時間ですよ。それとも……また“挟まれたい”のですか?」

 

「うぅ…」

耳元で囁かれたその言葉を耳にした瞬間 全身が悪寒を感じ取り震え出した。もう既に悟り始めていたのだ。彼女達に抵抗できないと。

 

「わ…分かったよ…」

 

それからゲンジは観念したのか、そのままゆっくりと二人に身体を預けた。すると今度は頭の上から彼女達の手の感触が伝わってきた。その手の感触はとても懐かしいものであり里での日々を思い立たせてくれる。

 

「暖かいですか?」

 

「あぁ…」

 

二人の声や頭を撫でられる感触、そして二人の鼓動に身を預けると里での日々が鮮明に頭の中に広がり、彼女達の温もりを感じる事で眠気に誘われてくる。それが凄く心地よく抵抗も無くなり終いにはゆっくりと目が閉じてきた。

 

「おやすみなさいませ旦那様」

 

「おやすみなさい旦那様」

 

「お…やす…み…」

里での日々の懐かしさを思い出すと共にヒノエとミノトに抱かれながら共に再び眠りについたのだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

それから数時間後。エルガドを太陽が照らした。起き上がったゲンジ達は装備を纏いガレアスの元へと赴くが、

 

「……」

 

フィオレーネの表情が冴えないものとなっていた。それもそうだ。目の前でヒノエとミノトがゲンジを襲っている様子を直視していた上にヒノエからあんな事をされてしまったのだから。

 

 

それからガレアスの元へと赴く。だが、そこにはいつもの様に議論を交わすルーチカとガレアスの他にもう一人、見たことがない竜人族の男性が立っていた。

 

「おぉゲンジ達よ。よく来てくれた」

 

「あぁ。それよりも、その横にいる人は誰だ?」

 

ガレアスに横にいる竜人族の男性について尋ねると、その男性はゲンジ達に気付いたのか、振り向き、陽気な笑みを浮かべながら手を振る。

 

「やぁ。君らが『金銀姉弟』か。俺はバハリ、ここエルガドでの研究と開発のエキスパートだ!」

 

そう言いやや黒色の肌を保つ竜人族の男性『バハリ』はフランクに軽く自身の名を名乗る。するとバハリを見たフィオレーネはゲンジ達へと捕捉するかの様に声を出す。

 

「因みに研究にしか目がない奴で3度の飯より研究と言われる程の変人だ」

 

「失礼な。睡眠と食事には気を使ってるぜ?まあ研究が俺の生きがいなのは否定しないけどな」

 

それから再び調査が再開される事となった。

 

 

だがこの数日後。事態は急変を迎える事となる。

 

ーーーーーーー

ーーーー

ーー

 

数日後。調査隊が帰還する。その報告は凄まじいものであった。マガイマガドが討伐された事で姿を消していたルナガロンが麓まで降りてきているらしく、氷原エリアにてその姿が確認されたらしい。

 

その報告を受けたガレアスは咄嗟にゲンジ達を招集する。

 

「遂にルナガロンが姿を現した。予定通り奴の狩猟へ向かってくれ」

 

ガレアスの依頼に招集されたゲンジ達は頷くと、ルナガロンを討つべく準備へと取り掛かった。新しく強化したイステヤを背中に背負うと、荷物をまとめて船へと乗り込む。

 

今回は王域三公の一角が相手である為なのか、人数もいつもよりも多めである。向かうのはゲンジ、エスラ、シャーラは勿論。騎士であるフィオレーネ、ジェイ、さらに里長であるフゲンも出撃するそうだ。

 

「フゲンさんまで行くのか?」

 

「あぁ。しばらく狩りを行なっていないからな。準備運動も兼ねて行こうと思う」

 

そう言いフゲンは自慢の大太刀を掲げる。更にハンターとは別にモンスターの回収作業員として複数の船員やバハリも同行するようだ。

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

数刻後。城塞高地に到着した皆は持ち物を確認すると地図を広げた。

 

「氷雪エリアはここか。奴がここにいるのは間違いないのか?」

 

「あぁ。今しがた、エルガドのフクズクが教えてくれたよ」

 

ゲンジの質問に答えながらエスラは偵察から戻ってきたフクズクを撫でる。エルガドのフクズクは懐きやすいのか、出会って間もないゲンジ達の前でも大人しい様だ。

 

それから一同はルナガロンが凄むエリアへと向かった。

 

その直後。彼らの目線から外れた上空では巨大な黒い影が群れを成す赤い飛行物体と共に彼らの向かう方向へと飛んでいったのだった。

 





ヒノエ・ミノト

身長 170cm

初登場時よりも何故だか身長と体格が少し成長しており胸も大きくなっている。身体能力や武器の扱いも初回の百竜夜行時よりも比べ物にならない程まで向上しており一人でもゲンジを完全に拘束する事が可能となった。(本人達曰く、修行と牛乳の摂取をしまくったらしい)


フィオレーネ
ロリコンでありチッチェ姫が大好き。また、ぬいぐるみ好きでもありロンディーネから異国のモンスターのぬいぐるみをよく貰っている。因みに二つともゲンジとシャーラに秘密がバレている。




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会敵 ルナガロン

ライズを始めて1週間…雷神が終わりマスターランクへの道が開かれたが、淵源を倒さないとスッキリしないからまだエルガドには行かない。


 

漏れ出でる光はかすかに

闇の中 彷徨は続く

地を踏み締め 歩みは止むことなく

その身の全てを研ぎ澄まし

  

いよいよだ 雲を分け月は姿を表し

地を山を 銀光が降り注ぐ

  

躍り 駆け出し 湧き出でる力に震え

歓喜の咆哮に 真なる姿を曝け出す___。

 

ーーーーーーー

 

ルナガロンの潜む氷雪エリア。雪原のあるその広大なエリアにその存在はいた。

 

大きな山の頂上まで駆け登りながら月へと咆哮しその身を月の光の如く白い氷の衣で包んでいた。

 

そしてルナガロンだけではない。離れた位置にはもう一体。なんとジンオウガの姿もあったのだ。

 

「な…!?なんでここにジンオウガが…!?」

 

「恐らく今まで身を隠してたんだろ。奴はモンスターの中でも特に警戒心が高い。だからフクズクでも探知できなかったんだろうな」

 

ジェイに答えながらゲンジはシャーラと共にポーチから強走薬を取り出すと口に含んだ。そしてその傍らでもエスラは弾丸をボウガンへとリロードしていた。

 

「取り敢えず予定通り作戦はプランBに変更だ。エスラ姉さんとジェイとフィオレーネはジンオウガの誘導。シャーラ姉さんと…あと…」

 

そんな中、ゲンジは作戦変更の趣旨を伝えるべく一人一人に顔を向けていったが、ある一人の顔を見ると言葉を詰まらせてしまう。そこにいたのはチッチェの兄であるクレトであった。

 

「普通に呼び捨てで構わないさ。気軽にクレトと呼んでくれ」

 

そう言いクレトは爽やかな笑みを浮かべながら手を横に振る。何故、フゲンではなく彼がここにいるのか。それは向かう寸前に同行を名乗り出たからであった。当然ゲンジは断るが、クレトの熱に負けたフゲンが自ら降り彼に譲ったのだ。

 

「じゃあクレト王子は俺と共にルナガロンの相手を頼む」

 

「了解♪」

因みに元はクレトは双剣という手数と身軽さがメリットであるためジンオウガの方へと回る予定であったが、本人がルナガロンと闘いたいと言ってきた為に仕方なく寸前で作戦を変えこの様になった。

 

 

「では、私は持ち場につかせてもらうよ」

そう言いエスラはその場から静かに駆け出し、高台にある茂みへと向かっていった。

 

「よし…私達も共に行こう…!」

 

「はい!」

 

そしてフィオレーネとジェイも別ルートからジンオウガを奇襲すべく離れていった。

 

「アンタはちゃんと安全な場所に隠れててくれよ」

 

「分かってる分かってるって」

 

3人が持ち場へと向かった事を確認するとゲンジは改めて同行したバハリへと注意を促すと、シャーラ、クレトへ目を向ける。

 

「行くぞ…」

 

「「…!」」

 

咄嗟にゲンジは双剣を構えると駆け出した。新調したばかりのイステヤの刃が月明かりに照らされ、鋭利な刃を輝かせる。

 

 

すると ゲンジの接近する足音に気付いたのか、体制をこちら側へと向けると、鋭い目を光らせ巨大な咆哮を上げた。

 

 

「グロォオオオオオオオ!!!!」

 

 

ジンオウガに勝るとも劣らない、聞くだけで全身が強張る程の恐ろしい咆哮を耳にしたゲンジは寸前に耳を塞いでいた為に難を逃れそのまま突き進んでいった。

 

そして 一瞬にしてルナガロンの腹部へと潜り込むとその腹に向けて双剣を振り回す。

 

「ヴァア!!」

 

振るわれたイステヤはゆっくりとルナガロンの強靭な甲殻へと入り込むとその身に傷をつけた。さすがマスターランクの個体から作り出された武器。切れ味や威力が以前とは全く比にならない。

 

だが、それだけで倒れる程甘くはない。ルナガロンは懐へと入ってきたゲンジを始末するべくその場から大きく後退すると巨大な顎を突き上げるようにして向かってくる。

 

 

「…!!」

 

その動きを呼び動作から予想していたゲンジは即座に横にステップする形で回避し、更に二体の翔蟲の糸を操るとそれを射出しルナガロンの身体の側面へと貼り付ける。そしてその場から後方へと体重を掛けると一気に飛び出した。

 

翔蟲の鉄蟲糸の弾性力によって飛び出したゲンジはすぐさま双剣を重ね合わせ全身を回転させるとその身を抉り取るかのようにルナガロンの身体の側面へと突き刺した。それによって突き刺さった部位の甲殻が次々と炸裂する爆破属性の破裂によって次々と剥がされていき、遂に甲殻の下にある肉片が見られると共に血液と混ざり合いながら辺りへと四散していった。

 

 

「グロォオオオオオオオ…!?」

 

脇腹から感じ取れた痛みにルナガロンは苦痛の声を漏らすと、その場からゲンジへと目を向けて上半身を持ち上げながら屈強な前脚を振り下ろした。

 

「…!」

 

振り下ろされた前足がゲンジへと向かっていくが、着地していたゲンジは咄嗟にそれを再び横に避ける形で回避する。

 

「ゼィヤァァァ!!!」

そして 後方から追いついたシャーラが鬼人化しながら駆け出し、前足を振り下ろした後に隙だらけであったルナガロンの足元へと入り込むとすり抜けるようにして双剣リュウノツガイを振り回した。それによって足元には乱れ咲く花のように炎が燃え上がり切り口からルナガロンの内部の肉を四肢ごと焼き尽くした。

 

「グルル……!?」

 

「二人ともすごいね〜!なら僕もいくよ!」

そしてシャーラの後方から追いついたクレトも背中から双剣を抜くと、駆け出しながら跳躍し、身体を回転させながらルナガロンの前半身を削っていった。クレトの双剣は雷属性であるためか、切り付けられた箇所から右脚全体へ稲妻が駆け巡りモンスターの神経を刺激させた。

 

その勢いをクレトは止めなかった。

「まだまだぁ〜!!!」

 

その言葉と共に双剣を振り上げ、斬りつけた箇所へ目掛けて次々と刃を振り回した。それによって雷撃が次々と発生し閃光と共にルナガロンの全身へと電撃が迸っていき、ルナガロンを“雷やられ”へとさせた。

 

「よし!雷やられだ!!このまま気絶まで持っていってやる!」

 

完全に勢い付き、目の前へと垂れ下がって来た頭目掛けてクレトは再び双剣を掲げた。

 

 

だが、それがルナガロンの狙いであった。

 

「ゴルル…!!」

 

頭目掛けて攻撃しようてして来たクレトを待っていたかのように鋭い牙が生え揃った口を一瞬にして開いた。

 

「あれ…?」

 

突然と目の前が牙の生え揃った口内の景色が広がった事で双剣を振り回そうとしたクレトは唖然としてしまう。

 

その時だった。

 

「…!!」

 

ルナガロンの不自然な動作から咄嗟に行動に気づいていたゲンジが駆け出しルナガロンに噛み砕かれそうになったクレトをその場からタックルするかのように突き飛ばした。それによってゲンジとクレトの身体はルナガロンの顔から離され、更にその直後にルナガロンの開かれた口がクレトのいた空気を噛み砕いた。

 

「助かったよ」

 

「あぁ。それよりも気をつけろ。アイツ、結構な知性を持ってるぞ」

 

「へぇ。モンスターも頭を使うんだね」

 

それからゲンジ達はルナガロンの迫り来る突進などを交わしながら双剣を振り回し少しずつダメージを与えていった。新調した武器を持った3人組であった為なのか、調子を保ちながら5分も攻撃を与え続けていればルナガロンは弱々しい声を上げ始めていた。

 

「…このままいけば何とか倒せそうだね」

 

「あぁ」

 

その様子を近くの三つの高台にそれぞれ立ちながら様子を伺っていたシャーラとゲンジは互いに頷く。

 

そんな中であった。息を上げていたルナガロンが突然と唸られせていた尻尾を後ろへ垂らしながら姿勢を変化させたのだ。

 

「な…!?」

 

変化させたその態勢を見た3人は瞳を震わせながら驚いた。なんと四足歩行が基本的な牙竜種であるルナガロンが___

 

 

 

 

 

_______2本脚で立ち上がったのだ。

 

「「「…!?」」」

 

上半身を前のめりの様に前へと突き出すと共に強靭な前脚はまるで剛腕の如く構えられていた。更にその全身が再び氷に包まれており全身に鋭利ない鎧を纏っていた。

 

 

「ゴルル…!!」

 

喉を鳴らしながら此方を睨みつけたルナガロンは両手を構えながらゆっくりと此方へ向けて態勢を低くさせる。

 

 

 

その瞬間

 

 

「グロォオオオ!!!!」

 

 

巨大な咆哮と共に後脚で駆け出しながらその剛腕を振り回して来た。それを見た3人は咄嗟に左右に避けた。3人がいた場所をルナガロンが通り過ぎ、足場としていた岩場が全て無惨に切り刻まれていった。

 

 

「ゲン!これって…!?」

 

「あぁ。コイツは驚いた…まさか2本脚で立ち上がるなんてな…まずいな」

 

「まずい…?どういうことだい?」

 

「牙竜種はそもそも二本足で上手く立てる骨格じゃねぇ。だから戦う時は絶対に2本脚で立たん。だがコイツは2本脚、しかもダメージを与えられ続けた今になってその態勢になった…つまり、ここから本番って訳だ」

 

そう言いゲンジはクレトに答えると再び双剣を取り出し天に掲げ鬼人化する。それに同調するかの様にシャーラとクレトも同じく鬼人化した。

 

それに対してルナガロンも此方を振り向き同じ様に両手の刃を構えた。

 

 

互いに睨み合い、両者の間にある空気が発せられる強大なオーラによって歪んでいく。

 

 

 

 

その時であった。

 

 

「待たせたな3人ともぉおお!!!!」

 

「「「!?」」」

 

巨大な叫び声と共に後方から凄まじい足音が聞こえて来た。その方向へと目を向けるとそこにはジンオウガの四肢を、その背に乗り操竜しながら此方に向かってくるエスラ達の姿があったのだ。

 

それを見たルナガロンは向かってくるジンオウガを操られているとはいえ“敵”と認識して巨大な咆哮を上げるとゲンジ達の横を通り過ぎジンオウガへと向かっていった。

 

「さぁ行くぞ…!反撃の時間だ!」

 

ーーーーー

ーーー

 

その後、エスラの操竜によるジンオウガの連続叩きつけ、ゲンジ、シャーラ、クレト、フィオレーネ、ジェイの4人による怒涛の連撃によってルナガロンは無事に討伐された。

 

「いやぁ〜コイツがルナガロンか。研究が楽しみだ。うんうん…成る程。筋肉を膨張させて二本足で歩ける様に……」

 

そう言いながら地面に倒れ伏したルナガロンをバハリは子供の様にはしゃぎながら調べていた。その様子をゲンジ、シャーラ、フィオレーネは後ろから眺めており、フィオレーネは呆れていた。

 

「はぁ…あぁなった以上は止められん」

 

「見た限りその様だな。まぁ研究者なんてそんなもんだろ。俺の知り合いにもいるさ」

 

「バハリみたいな奴が君の知り合いにもいるのか?」

 

「あぁ。『ヒューム』といってエスラ姉さんの親友でな。珍しい古龍種や希少種に目がない奴だ」

 

「はぁ…世界は広いものだな…」

 

フィオレーネはゲンジの話を聞くと額に手を当て呆れ果ててしまう。それから彼女はジェイに指示を出した。

 

「ジェイ、お前は先に戻って報告しろ。私はルナガロンの運搬を手伝う」

 

「了解っす!」

 

その傍らでゲンジも二人に言伝を伝えていた。

 

「シャーラ姉さんとエスラ姉さんは先に戻ってろ。俺はしばらく採取してく」

 

そう言いゲンジはエスラとシャーラに伝えると彼女達は頷き、ジェイに続く様に先に停泊してある船へと戻っていった。

 

そんな中、ゲンジはこの狩りにて目を光らせていたクレトへと目を向けた。

 

「殿下。此度のお姿…大変ご立派でした。貴方のお陰で我々も損害なく調査を進めることが出来ました。本当に感謝いたします」

 

「いや〜照れるな〜!まぁ気にしないでくれよ!」

 

クレトはフィオレーネと話しており、彼女の言葉に鼻を伸ばしながら照れていた。最初は彼をその身体から見掛け倒しかないと思っていたが、今回から見てみるとかなりの腕前である事が分かる。自身やフィオレーネ達と比べると多少の詰めの甘さが伺えたが、それでも一般のハンター以上であった。

 

「…」

 

 

一体、彼の目的は何なのか。自身らに損失を与えるものなのか。考えていくも謎は深まるばかりであった。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「ぐぅ…!?」

 

突然の頭痛がゲンジを襲う。その痛みにゲンジはその場に膝をついた。

 

「…ん?おいゲンジ!大丈夫か!?」

 

フィオレーネはゲンジの様子に気づくと咄嗟に駆け寄り膝をつくゲンジの肩に手を乗せて安否を確認する。

 

すると 

 

 

「「「「…!」」」」

 

その場に異様な雰囲気が漂うと共に周囲に謎の赤い飛行物体が現れた。その飛行物体を目にした一同は更に空から無数の気配を感じ空を見上げた。

 

 

「な…!?」

 

その景色を見たフィオレーネは目を大きく開かせる。そこには周囲を漂っていた物体と同じ物体が群れを成しながら飛行しており、上空を旋回していたのだ。そしてその群れは流れを変化させると、自身らが討ち取り荷台へと載せられたルナガロンの身体へと付着していったのだ。

 

それと共に強烈な威圧感が辺りを覆い尽くす。咄嗟にフィオレーネはバハリへ叫んだ。

 

「バハリ!調査は中断だ!!」

 

「え?なんでぇ!?」

 

「中断だ!早く逃げろ!!!殿下もお下がりを!!」

 

そう言いフィオレーネは辺りを見回し、感じられた威圧感の正体を探し出す。

 

 

 

 

 

その時であった。

 

 

 

空から黒い影が飛来しフィオレーネの背後へと巨大な地響きを立てながら降り立った。

 

「く…!」

 

「マジかよ…こんな時に現れやがって…!」

 

「…ッ!!」

 

そのモンスターを見たフィオレーネ、バハリは冷や汗を流しゲンジは舌打ちをする。目の前に降り立ったのはクシャルダオラと同じ細長い華奢な身体と骨格を持つ一体の古龍であった。

 

「フィオレーネ…コイツが…?」

 

「あぁ…奴だ。『メル・ゼナ』だ…!!!」

 

 

 



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爵銀龍 

早く盟友でヒノエとミノトと一緒に狩りにいきたいな…


 

___我が餌…久方振りの餌…!!

 

暗い暗い空間の中 地の底から響くような恐ろしい声が聞こえてくる。その声を聞いたゲンジは眉間に皺を寄せるとその声が聞こえた方向へと目を向けると胸を抑えながら叫んだ。

 

「出てくるな……引っ込んでろ…ッ!!!!!」

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

忽然と現れたメル・ゼナ。感じられる威圧感はこれまで見てきた古龍とは別格のものであった。辺りはメル・ゼナの放つ威圧感によって沈黙に包まれていた。だが、メル・ゼナだけが原因ではなかった。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!!」

 

「ゲンジ!しっかりしろ!」

 

フィオレーネに必死に肩を支えられながら声を掛けられているゲンジが変化を遂げていたのだ。全身からは次々と鬼人オーラと共に謎の黒いオーラが湧き始め全身を包んでいく。

 

「な…!お前…目が…!!」

 

更にゲンジの目元がひび割れの様な紋様が浮かび上がると共に両眼が漆黒に染まり始めていったのだ。謎の変化が再びこの地でも始まろうとしていた。

 

 

 

だが、ゲンジは一瞬ながらも凄まじい咳払いをすると、顔を両手から叩き、すぐさま立ち上がる。立ち上がると先程まで黒く浸食していた目が元の目へと戻っていた。

 

「だ…大丈夫なのか…!?」

 

「あぁ…」

 

フィオレーネに答えたゲンジは目の前で自身を凝視するメル・ゼナへと目を向けた。

 

「それよりも、まずは奴だな。状況が最悪だ。………よっと」

 

 

「ギャァオオ!!」

そう言いゲンジは懐から何かを取り出すとメル・ゼナ目掛けて投げつけた。投げつけられた物体がメル・ゼナの身体へと当たると突然とメル・ゼナは顔面を押さえながら苦しみ出した。

 

「な…!?今のは…」

 

「こやし玉だ。その内逃げるだろ」

 

「ならば…今のうちに撤退を」

 

メル・ゼナが臭いに悶絶している隙をついて辺りの飛行物体を振り払い、フィオレーネは撤退を提案する。それに対してゲンジも頷き後方で荷車を少しずつ押しているバハリ達の元へと向かった。

 

 

 

その時であった。

 

 

「アイツだ…アイツを…アイツを討ち取れれば…!」

 

「「…!?」」

 

先程から直立していたクレトが何かをぶつぶつと呟いており、見れば双剣を構えながらメル・ゼナへと歩いていったのだ。それを見たフィオレーネは咄嗟にクレトへと叫んだ。

 

「殿下!お下がりを!」

 

「アイツを僕が…討ち取れば…!!」

フィオレーネが静止の声を掛けるが、まるで耳に入っていないかの様に呟いたまま、クレトはメル・ゼナ目掛けて駆け出した。

 

「おいバカ!戻れ!!」

 

ゲンジの撤退を求める声さえも意に介す事なくクレトはメル・ゼナ目掛けて向かっていく。

 

「くたばれモンスターがぁ!!!!」

そして こやし玉に苦しむメル・ゼナへ目掛けて双剣を振り回した。

 

 

 

キンッ__

 

その瞬間 辺りに双剣をぶつけた金属音が響き渡る。クレトの振り回したその双剣の一撃によってゲンジ達へと興味を失いかけていたメル・ゼナの敵対心を完全に刺激させてしまったのだった。

 

 

「ゴルル…!!!」

 

「…え?」

 

攻撃されたメル・ゼナは先程まで嫌っていたこやし玉の臭いさえも意に介す事なく自身に一撃を見舞ってきたクレトへとその鋭い目を向けた。

 

「ッ!あのバカが…!」

その状況を見ていたゲンジは舌打ちをすると即座に駆け出した。

 

「な!?ゲンジ!こやし玉を当てたならば逃げ出すのではないのか!?」

 

「完全に怒った古龍には意味ねぇんだよ。あのまま放っておいたら人一人殺すまで治らねぇ!」

 

「なんだと!?殿下!!」

 

フィオレーネもゲンジと共にクレトを救うべく後に続く。

 

 

その一方で、攻撃を繰り出した瞬間にようやく意識が鮮明となったクレトは此方を睨みつけるメル・ゼナから放たれる威圧感によって完全に硬直していた。

 

「あ…」

 

「…!!」

その瞬間 メルゼナの血の色のような禍々しいオーラを纏った尻尾が唸り出しクレトを貫こうと迫ってきた。だが、寸前にゲンジが飛び出し、彼の身柄を抱き抱えながら右へと回避した事でその尻尾の一突きを凌ぐ事ができた。

 

「ったく。不用意に攻撃しやがって…!!」

 

クレトの身を確保したゲンジは即座に彼を立ち上がらせる。だが、クレト自身は目を震わせながらゲンジに向けて眉間に皺を寄せていた。

 

「な…何をやってるんだ…!?僕がアイツを討ち取ろうと…!!!」

 

「おい誰か!コイツを頼む!!」

 

眉間に皺を寄せながら言い放つクレトに目をくれる事なくゲンジは後方で荷車の運搬を行おうとしている調査員達に向けて叫んだ。その叫びに調査員の一人が頷き即座に駆け寄ると彼を担ぎながら走っていった。

 

「おい離せ!くそ!おい!ソイツは僕の獲物だぞぉ!!横取りするなぁぁ!!!」

 

彼の叫び声が聞こえてくるものの、その声に耳を貸す程、ゲンジには余裕などない。クレトを引き退らせたゲンジはクレトの攻撃によって興奮状態へと陥ったメル・ゼナを睨みつけた。そのメル・ゼナは自身らを標的として捉えているのか鋭い目を此方に向けていた。

 

「くぅ…どうすれば…このままでは…」

 

「…」

 

フィオレーネは目の前に自身ら騎士の長年の怨敵が現れた為に心が落ち着かず混乱し始めていた。現在の状況を打破できる作戦が思いつかない為に頭を抱えてしまう。

 

そんな中、フィオレーネの横で冷や汗を流していたゲンジはゆっくりと深呼吸をすると共にメル・ゼナへ目掛けて何かを投げつけた。

 

「目を閉じろ!」

 

「!?」

 

その瞬間 周囲一帯が閃光に包まれた。その発光が始まる寸前に目を塞ぎ直視を防いだフィオレーネはゆっくりと目を開く。見れば目の前にいたメル・ゼナが顔を抑えながら首を振り回しており、辺りの岩場に身体を打ち付けていた。

 

「こ…これは閃光玉…!?」

 

「そうだ」

 

横へと目を向けるとゲンジは背中から武器を取り出し砥石を使って武器の斬れ味を回復させていた。

 

「目的を一つに絞るぞ。まず、奴を仕留める事は諦めろ。奴が閃光玉から目を覚まする前にダメージを与えてここから追い払う」

 

「な…そんな…!ここで仕留めなければ…」

切れ味を回復させたゲンジはその切れ味を確かめるべく刃を見つめると目の前で、自身らとは反対方向へ攻撃を放つメル・ゼナへと目を向けた。

 

「ルナガロンとの戦闘でだいぶアイテムを消費しちまった。この状態で万全の古龍種との闘いは自殺行為だ。それに…俺もいつまで抑え切れるか分からん…正直…もう限界だ…!」

 

「な…!」

 

ゲンジの言葉にフィオレーネは驚き彼の顔を見た。シルバーソルヘルムの間から見えるその目は黒色へと再び染まり始めていた。

 

「ゲンジ…君はそんな状態でありながら…」

 

「余計なお世話だ」

 

フィオレーネの言葉を一蹴したゲンジは強走薬を飲み込んだ。

 

「俺が奴を斬りまくる。お前は奴の注意をひけ」

 

「…あぁ…了解した…!」

 

本来の目的を果たしたいと考えていながらも、状況が状況や為にフィオレーネはゲンジの作戦に頷きメル・ゼナの元へと駆け出した。

 

ーーーーーーーーー

 

 

その一方で、目の前が閃光に包まれていたメル・ゼナはようやく視界が安定してきた事で落ち着きを取り戻す。

 

そんな中、鮮明とした視界の中に最初に入ってきたのは此方を向きながら盾を構えるフィオレーネであった。

 

 

「…」

盾を構えながら走っていたフィオレーネはどこから攻撃が来ても備えられる様にメル・ゼナの目を見ながら走っていた。

 

「(コイツ…正確に私を追ってきている…やはり一番先に飛び込んできた奴を警戒するか…ならば好都合だ…!)」

 

そんな中 フィオレーネはメル・ゼナだけでなくその背後にも少しながら意識を向けていた。自身へと釘付けになっているメル・ゼナの背後には双剣を構えたまま体勢を低くさせているゲンジの姿があった。

 

「…」

 

ゲンジは鋭い目でフィオレーネを追っていくメルゼナを見据えながらゆっくりと右手の双剣の持ち位置を変えていった。

 

 

その時だった。フィオレーネへと目を向けていたメル・ゼナがゲンジの方へと振り向くと共に尻尾の先端に黒いオーラを纏わせ始めた。

 

「ゴルル…!!」

 

メル・ゼナ自身は既に気付いていたのだ。ゲンジが忍び寄ってきている事を。そして黒いオーラを纏わせた尻尾を振り回すと槍の如くゲンジ目掛けて突き刺した。

 

その光景を見たフィオレーネは驚き叫んだ。

 

「な…!!危ない!!!!」

 

 

その瞬間

 

 

「ヴォアァッ!!!」

 

ゲンジの叫びと共にその身体が回転し紫色の爆炎を纏いながら突き出された尻尾の先端部分の刃から付け根に向けて沿う様に斬りつけていった。

腰へと一瞬で到達するが、それだけでは終わらず、回転速度を加速させ遂には異形な頭部にまで到達しその頭に生える耳の様な突起物を斬りつけた。

 

更にゲンジが斬りつけた直後に斬りつけられた箇所が次々と紫色に爆発していきメル・ゼナの堅固な甲殻を次々と破壊していった。

 

「ギャォオオオオ!!!」

 

尻尾から頭頂部に掛けて斬られると共に斬りつけられた箇所が爆発した事でメル・ゼナは苦痛の声を上げる。

 

 

だが、ゲンジはその声を聞いても尚 ペースを下げるどころか上げ始めていった。

 

「ヴォラァ!!!」

 

着地してからメル・ゼナの目線が此方に向けられる前に四肢の間を翔蟲で移動し、発生した死角から更に双剣を振り回し尻尾や頭頂部だけでなく動体や四肢といった全身を斬りつけていく。

 

そして それを繰り返して行くうちにゲンジの刃を振るう姿は最早 捉えきれぬ領域にまで達してしまった。 

 

「__!」

 

その双剣捌きの速度はまさに“神速”と呼ぶに相応しい物であった。辺りの地形を利用しながら次々とメル・ゼナに向けて四方八方から刃を振るい傷を付けるだけでなく爆破属性によって銀色の甲殻で覆われた全身に傷を刻み込んでいったが、フィオレーネの目には周囲から紫色の刃と爆炎が次々とメル・ゼナを襲っている様に見えていた。

 

「(速い…!速すぎて防御すらできていない!里で見た時とは比べ物にならん…これが彼の本気だというのか…!?)」

 

 

 

そんな時であった。

ゲンジが一時的に斬撃の手を止め、メル・ゼナの背後に現れた事で斬撃の嵐が止んだ。

 

「…!」

見るとメル・ゼナは此方に背を向け舌を垂らしながらその場に佇んでいた。即ち完全に隙が出来たというわけだ。

 

それを見たフィオレーネは立ち止まり剣を引き抜いた。

 

「(背後が…狙える…!疲弊している…きっと動けない…!!!)」

 

そう考えたフィオレーネはメル・ゼナ討伐を最優先とする思考に頭が満たされてしまい、そのまま翔蟲を扱い背後からメル・ゼナへ向けて剣を振り下ろそうとした。

 

「(ここで少しでも奴にダメージを!!)」

 

それを近くの壁付近から窺っていたゲンジは血相を変え叫んだ。

 

「…!よせ!!」

 

だが、その声は届く事なくフィオレーネは疲弊しているメル・ゼナの背後から奇襲を掛けるべく向かっていく。

 

その時だった。

 

「ゴルル…!!」

 

背後を向けていたメル・ゼナが一瞬にして此方を振り向くと後脚で立ち上がると共に強靭な前脚を振り下ろしてきた。

 

「な__!?」

 

その直後。横からゲンジが現れフィオレーネを突き飛ばした。それによってフィオレーネはメル・ゼナの振り下ろしから逃れる事が出来たが、飛び込んできたゲンジが直撃を受けてしまう事となった。

 

「がぁ…!!」

 

「ゲンジ!!」

 

地盤を砕く程の強烈な一撃がゲンジを襲い彼の身体をそのまま地面へと叩きつけてしまった。それを見たフィオレーネは咄嗟に立ち上がると救援するべく駆け寄るが、それを行う前にメル・ゼナは叩きつけていた前脚を退けると巨大な翼を広げて岩場の向こうへと飛び去っていった。

 

 

メル・ゼナがようやく撤退した事に胸を撫で下ろしたフィオレーネは咄嗟にゲンジの方へと目を向けた。見るとゲンジはゆっくりと立ちあがろうとしていた。だがダメージが大きい為なのかその動きはふらついており少しでも押せば倒れてしまう程であった。それを見たフィオレーネは駆け寄ると彼の肩を支えた。

 

「ゲンジ!大丈夫か…!?」

 

「あぁ…ぐぅ…!?」

 

立ち上がったその瞬間にゲンジは苦痛の声を漏らしながら腹部を抑えた。それを見たフィオレーネは気に掛けるものの、ゲンジは即座にそれを振り払った。

 

「早く戻るぞ…じゃねぇと他のモンスターに見つかる…!」

 

「わ…分かった…!」

 

それからゲンジ達は騒ぎを聞きつけ駆けつけたエスラ達に肩を支えられながら調査を終え帰還した。今回の調査でルナガロンだけでなく謎の飛行物体の正体、更にメル・ゼナの欠けた素材などを獲得しそれは調査隊はこれまでにない程の大金星となったが、それと同時にゲンジの内なる魂を目覚めさせてしまったと共に“クレト”への不満を一部の者が抱き始めていったのであった。

 

 

 



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己の血の力と希望

 

「…ここは…」

何処までも白くその先も見えぬ程まで真っ白に覆われた空間の中。気が付けばゲンジはその中心に立っていた。なぜ自身がここにいるのか。その理由はすぐに分かった。

 

「そうか…目覚めたのか」

 

ここにいるという事は即ちついに再び目を覚ましてしまったのだ。自身の中に眠るもう一つの人格が。

 

すると目の前に血の様な赤い靄が現れ、地の底から響く様な恐ろしい声が聞こえてきた。

 

『餌…久方振りの餌…!!』

 

まるで飢えた獣の様な声を発しながら目の前の靄は形を変えていき、遂には全身から血飛沫のように龍属性エネルギーを放つ恐暴竜イビルジョーの姿となった。変化し顕現したイビルジョーは涎に塗れた巨大な口を開けると不気味な瞳を向けた。

 

『我に奴を…奴の血肉を喰わせろ…!!依代が喰らわぬのならば我に喰わせろ…!!!』

 

 

その声を聞いたゲンジは目を細めると声を荒げた。

 

「うるせぇ…!!こっちは取り込んでんだよ!!テメェなんかに合わせてたまるか!」

 

暗い暗い空間の中 目の前のイビルジョーを模った龍属性の靄と対峙していたゲンジは鋭い瞳を向け拳を握りしめ強く叫んだ。

 

___大人しく寝てろ…!!! 

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

「…!!!」

 

夢の中で叫んだ衝撃によって意識が覚醒し目が覚めた。目を覚ますとそこには木製の天井と此方を見つめるミノトの顔があった。

 

彼女と瞳を合わせた瞬間 ミノトは瞳を震わせた。

 

「ゲンジ…!!!」

 

「ミノト姉さ…うぐ!?」

 

するとミノトはそのまま身体を起こしたゲンジを胸元に抱き締めた。

 

「んぐ!?は…離せ…苦し…」

 

「嫌です…!!」

 

胸元に抱き寄せられたゲンジは咄嗟に抵抗するもミノトは更に抱き締める力を強めると今にも震えそうな声をあげた。

 

「心配していたんですよ…!!あの後…突然と倒れてしまったのですから…!」

 

「…」

その言葉にゲンジは昨日の出来事を思い出した。昨晩、メル・ゼナの襲撃を退け何とかエルガドへ帰還するも到着した途端に倒れてしまったのだ。その上、出迎えてくれたヒノエとミノトの前でだ。彼女達が慌てふためく様子が容易に想像できてしまい罪悪感が湧いてくる。

 

「す…すまん…」 

 

「…」

俯きながら謝罪するもミノトは目元に浮かべていた涙を拭くことなく抱き締める力を更に強くさせる。

 

「…お願いですから…少しは自分を大切にしてください…!」

 

その声はとても震えており本当に悲しんでいた。その声を聞いたゲンジは再び謝罪の言葉を口にした。

 

「本当にすまん…」

 

「いえ…私も取り乱してしまい申し訳ありません…」

ようやく落ち着いたのかミノトの抱き締める腕の力が解け、解放された。抱擁をやめたミノトは涙を拭うと再びゲンジを抱き締め頭を撫でた。

 

「目が覚めて…本当に…良かった…!!」

 

「!?」

そしてミノトは抱擁を止めるとゲンジの顔を挟み込み唇を重ねた。

 

「……ん…」

突然と接吻を受けたゲンジは驚きながらもそれを受け入れ彼女と唇を重ね合わせる。それからゆっくりと口を離すとミノトは頬を赤くさせながら笑みを浮かべた。

 

「ふふ…旦那様…顔が赤くなっていますよ?」

 

「うぅ…////」

 

すると

 

ガチャ

 

「ミノト、ウサ団子を買ってきたので一緒に食べまし…」

 

扉が開くとウサ団子が詰められた箱を手に持ちながらヒノエが入ってきた。入ってきたヒノエはゲンジを見た途端に動きを静止させる。

 

「ひ…ヒノエ姉さん…」

 

ゲンジがその姿を見て驚いた直後、

 

「ゲンジ!!!」

 

ヒノエはウサ団子をテーブルに置き、叫びながら彼に駆け寄るとその身体を抱き締めた。彼の目の前にはミノトがいた為に、それによってゲンジの身体が二人の身体に挟まれてしまう形となった。

 

それでもヒノエはゲンジが目覚めた事に安心したのか力強く抱き締めた。

 

「良かった…目が…覚めたんですね…!!!」

 

「んぐぅ…!?」

ヒノエは涙を流しながら抱き締める力を強めていき、更にそれに釣られる様にミノトも再び抱きついていった。それによって二人の間に挟まれたゲンジの顔は彼女達の豊満な胸の谷間に飲み込まれていった。

 

「やめ…苦し…!!つ…ぶれ…」

 

必死に抵抗するが二人の力が出会った当初よりも格段に強くなっている為に離すことが出来ず、ゲンジは涙を流した二人から離れる事ができないまま軽く30分に渡り抱擁された。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「あの…悪かった…心配かけて…」

 

「いえ…私も取り乱してしまい申し訳ありません…」

あの後、何とか解放されたゲンジは二人に心配を掛けてしまった事について詫びた。それに対して未だに涙が止まらず、微量ながらも目から流していたヒノエは首を横に振る。

 

「…」

何とか解放されたゲンジは心配を掛けてしまった事について詫びると、険しい表情を浮かべながら切り出した。

 

「あの…二人に話しておく」

 

それからゲンジは二人に自身のもう一人の人格が目を覚ました事について話した。その話を聞いた二人は難しい表情を浮かべる。

 

「とうとう目覚めてしまったのですね…」

 

「あぁ…」

 

ヒノエの言葉にゲンジは頷く。

 

「いつまた暴走するか分からん…だからその時は…逃げてほしい」

 

そう言いゲンジはあの日、暴走した事を思い出し表情を暗くさせながら自身から遠ざかる事を願った。

 

すると、それを慰めるかの様に彼女達の手が頬に添えられた。

 

「心配ご無用です。今度暴走しようものなら罪を重ねる前に私達が麻酔するなり麻痺させるなりして必ず止めます」

 

「そうです。そしてモンスターになり立ち去ってしまっても必ず見つけ出して連れ戻します。だから安心してください…」

 

そう言い彼女達は彼の身体をさする。

 

「…」

優しい言葉を掛けられながら背中をさすられたゲンジは頬を赤く染めると二人に目を向け背中に手を回すようにして身を寄せた。

 

「あら?どうしたのですか?」

 

「…」

 

珍しくゲンジ自身の方から抱きついてきた事に驚いたヒノエ達は首を傾げながら尋ねると、抱きついたゲンジは頬を赤くさせながら少し縮こまった様な声で答えた。

 

「す…少しだけ…このままでいさせて…欲しい…ヒノエお…お姉ちゃん…ミノトお姉ちゃん…」

 

「「…!」」

 

その言葉を聞いた瞬間 二人はゲンジが久しぶりに自身らに甘えてきたのだと言うことを認識した。それによって二人は顔を真っ赤に染め上げ満面の笑みを浮かべるとゲンジを抱き締めた。

 

「んぐ!?」

 

「よく言えましたね〜!偉い偉いですよ!」

 

「少しだけとは言わず心の底から思う存分に甘えてください…!!」

 

それから二人は先程まで嫌と言うほど抱擁していたにも関わらず自身らの身体に埋もれたゲンジを再びぬいぐるみの様に前後から抱き締めると頭を撫で始めた。

 

 

そんな中であった。

 

 

「……ん?」

頭を撫でるとともに身体を抱き締めていたヒノエはある違和感を感じた。

 

「旦那様…また、“硬くなってますね”」

 

「え…?」

ゲンジの身体に触れながら違和感を感じた箇所を揉んだヒノエはそう言いながら胸の谷間に埋もれているゲンジへ目を向けた。

 

目を向けられたゲンジは驚きの表情を浮かべる。その一方でヒノエは自身と同じくゲンジを抱き締めていたミノトに目を向けた。

 

「ミノト、旦那様にまた“あれ”をしましょう!」

 

「あれ…ですか!?……確かにこの“硬さ”は必要ですね…」

 

「…え…!?」

ヒノエやミノトの言葉にゲンジは一瞬忘れてしまうもの、彼女達の素振りから思い出したのか、冷や汗を流し始めた。

 

「ま…まさか…!?」

 

「えぇ。この硬さですのでいつもよりキツめにいきますからね♪」

ーーーーーーーーー

 

「…」

 

一方で騎士の駐屯所は暗い雰囲気に包まれていた。その理由は簡単だ。メル・ゼナの出現、更にゲンジの負傷である。中でもゲンジの負傷について重く受け止めていたフィオレーネの表情は曇り掛かるどころか暗雲に飲み込まれた程まで暗くなっていた。

 

 

その傍らでガレアス達も表情を曇らせていた。それはゲンジが負傷した事でもあるが、もう一つある。それはゲンジの血の色が人間や竜人族に見られるものでなかった事だ。

ゲンジが倒れた直後に即座に緊急治療が施されたが、体調検査の為に採血されたその血液がドス黒いものであったのだ。それを見た皆がゲンジの正体が何者であるのか分からず混乱してしまっていた。

 

「…直接話を聞かなければ分からんな…皆、今日はこれで解散してくれ。今回の事があったとなるといずれメル・ゼナも再び姿を現す時が近いだろう。その時の為に各々…準備を怠らぬように」

 

その後 不安を抱えたまま解散となりエスラとシャーラは自室へ戻る前に武器の調整のためにミネーレの元へと向かい、フィオレーネは彼女達の自室へと向かっていった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「はぁ…」

 

向かう中 フィオレーネは表情を曇らせながら深い溜息をつく。今回自身は狩猟中に自身の感情を優先させてしまい、大切な助っ人であるゲンジへと傷を負わせてしまった。幸いにも命に別状はない為に大事には至らなかったが、それは彼自身が頑丈な身体と装備があったからである。

 

「…私は…本当に未熟者だ…」

 

あの時の自身に恨みを抱き拳を握り締めるとフィオレーネは大きく息を吐き辿り着いたゲンジの自室の扉に手を掛けた。

 

 

すると

 

___こ…これ以上は…!

 

___まだまだいけます…!!

 

__ぎぃ!?いっ!?

 

「……ん?」

中からドタバタと騒がしい音と共に高い声で悲鳴をあげるゲンジとそれを楽しむかの様に笑うヒノエとミノトの声が聞こえてきた。その声はますます騒がしくなっていき、遂には喘ぎ声さえも聞こえてきた。

 

___やぁ!?ちょ…そこは本当に!!

 

____そんなに可愛い反応をされてしまわれてはもっと強くしたくなってしまうじゃないですか〜♪

 

___いぃつ!?

 

 

「な…ななな//////」

その声を聞いたフィオレーネは顔を真っ赤に染め上がらせるとバンッと扉を開いた。

 

「何を破廉恥な事をやっているのだ貴殿らは!?」

 

 

 

「「「?」」」

 

扉を開け中の光景をみた瞬間 フィオレーネは目を点にした。

 

「何だお前か」

 

「お疲れ様です♪」

 

「どうも…」

 

そこにはベッドの上でうつ伏せになっているゲンジと彼に跨りながら背中を揉んでいるミノトと彼の脚の指や足の裏を揉んでいるヒノエの姿があった。

 

「あの…破廉恥とは…?私と姉様はただ凝り固まった旦那様の身体をほぐしていただけですが…?」

 

「あ…いや…その…」

 

 

ーーーーーーー

ーーーー

 

それからフィオレーネが部屋へと入るとゲンジはミノトとヒノエに挟まれる様にして彼女と向かい合う様にベッドに座る。ベッドに座ったゲンジは目の前で正座するフィオレーネへと目を向けた。

 

「どうした?いきなり来て」

 

「…」

フィオレーネはゲンジへと目を向けると地面に頭を叩きつける程の勢いでその場に土下座をした。

 

「ゲンジ…貴殿の忠告を無視し…脚を引っ張った上に怪我を負わせてしまった…本当に申し訳ない!!」

 

「…」

その謝罪に対してゲンジは首を横に振ると自身が寝ていた間の事を尋ねた。

 

「別にいいさ。それよりもお前に聞きたい。俺が寝てる間 何があった?」

 

「それは…」

 

ゲンジから尋ねられたフィオレーネは頷き話した。

 

あの後、ゲンジは倒れた後に医務室へ運ばれて緊急治療を受ける事となった。その際にメル・ゼナと共に現れたキュリアの一体を捕獲し、研究していたバハリがキュリアの体内に毒が流れている事を発見し、メル・ゼナとの共生関係から攻撃を受けたゲンジの体内に流れ込んでいる可能性があると踏み血液を採取したらしい。

 

だが、採取された血液がドス黒い色のものであった為に、その場は凍りつきバハリはその血を用いて研究へ没頭しているがガレアスやルーチカ達は説明を求めているとの事だ。

 

 

その話を聞いたゲンジは続きを話そうとするフィオレーネに手を出して止めさせると額に手を当てる。

 

「…そうか。まぁエルガドの連中全員に知れ渡るのは時間の問題だろうな」

 

「……すまない…」

 

フィオレーネは再び謝罪の言葉を口にする。自身がゲンジの指示に従い彼が傷を負わなければもうしばらくは皆に知られる事は無かっただろう。根本的な原因は自身にあると捉えていた。

 

「別にいずれはバレる」

それに対してゲンジは首を横に振りながら答えると立ち上がった。

 

「もう話す事にする。いつまでも隠し通せるとは思ってなかったからな」

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

その後、ヒノエとミノトに支えられながらガレアスやルーチカ達が集まっている駐屯所へ向かったゲンジは自身の秘密を全て話した。自身の身体と寿命は竜人族のものでありその体内にはイビルジョー の血が流れ込み古龍の姿を見ると反応して意識を乗っ取ろうとしてくる事に加えてモンスターにも変異してしまう事を。

 

話を聞いていたガレアス達は当初は信じられないような表情を浮かべていたがエスラやシャーラだけでなくヒノエやミノト、フゲンやウツシといったゲンジの変化を目の当たりにした里の皆も話していった事で最終的には納得していた。

 

その一方でゲンジの血の宿主であるイビルジョー の事はこの国にも届いていたのか皆は驚きの表情を浮かべていた。

 

「まさか、あのイビルジョー が本当にいたとはなぁ。俺ぁただのデマかと思ってたぜ」

 

「あぁ…。古龍を獣竜種が喰らう事などまずないからな…」

 

エルガドの教官であるアルローの言葉に同意するかの様に頷いたガレアスはゲンジへと目を向けた。

 

「貴殿はそれ程の事情がありながら我々に手を貸してくれていたという事か…」

 

「別に調査への協力は俺が名乗り出たからアンタらが責任を感じる必要はない。それよりも…」

 

ゲンジは自責の念を抱こうとしていたガレアスに対して鍵を刺すと、ゲンジはある事を尋ねた。

 

「その前に一ついいか?」

 

「む…あぁ」

 

「クレト殿下はどこにいる?」

 

「…」

もう一人の忠告を無視した人物であるクレトについて尋ねるとガレアスは難しい表情を浮かべながらも答えた。

 

「あれから自室に篭ってらっしゃる様だ。チッチェ姫も中には入れてもらえていないらしい…」

 

「…」

 

それを聞いたゲンジは顎に手を当て苦い表情を浮かべる。ゲンジが最も気になっているのはクレトのあの変わり様だ。もともと出会った当初からマークはしていたが今回の件でクレトに何らかの事情と裏がある事が読み取れる。それを解明する事も重要となってくるだろう。

だが、彼が閉じこもっているのならば今は動けない。

 

「ん?クレト坊に何か用事でもあんのか?」

 

「あぁ。少しな。だが出てこないなら無理だ。また今度にする」

 

アルローに答えながらゲンジは話を終えようとした。

 

そんな時であった。

 

「ちょいとゲンジくん」

 

「…ん?」

実験へと没頭していたバハリが現れた。ゲンジが首を傾げると彼は懐からゲンジの血らしきドス黒い血が入れられた小瓶を取り出した。

 

「君の血、もう少し貰えないかい?キュリアから抽出されたメル・ゼナの毒と調合したら凄い事に、一瞬で取り込むかの様に無力化しちゃうのよ」

 

「「「!?」」」

 

その知らせに一同は勿論だが血の持ち主であるゲンジも瞳を震わせながら驚く。

 

「ど…どういう事だ…!?」

 

「つまりだ。君の血…いや、変異したイビルジョーの血は他のモンスターのDNAさえも取り込んじゃうって事よ。しかもこれ、応用して相手に使えば弱体化も期待できるよ」

 

そう言いバハリは小瓶を小刻みに揺らしながら答えた。その言葉にエルガドの皆は驚きの表情を浮かべると共に希望を抱いた。

 

その一方でバハリは表情を変えずにゲンジに目を向けた。

 

「君が良いって言うんなら是非、提供してもらいたい。ただ結構 貰う事になるけどもね。別に拒否してもらったって構わないよ。君の自由さ」

 

「「「「…!」」」」

バハリの言葉に皆の視線がゲンジへと集中する。当の本人は自身の包帯が巻かれた腕を見ていた。

 

 

「……」

 

今まで忌み嫌われていた力と穢れた血。自身にとって忌まわしい記憶しか残っていなかった。

 

だが、その力が遂に人の役に立とうとしていた。それは紛れもなく自身にとっては喜ばしいものであった。初めてこの身に受けた呪いが役に立つ事を知ったゲンジは腕を握り締める。

 

「分かった。だが、その分の食糧を頼む」

 

「了解…!」

 

 



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新たなる武器

傀異克服の更に上の状態とかって出ないのかな…


 

 

あれからゲンジはバハリから輸血を受け大量の血液を提供した。その量は凄まじく大瓶一本が丸々満たされてしまう程の量であった。

だが、その分ゲンジの体内から血液が無くなっているために貧血となってしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ…あぁ…」

 

ヒノエに肩を貸してもらいながらゲンジは自室のベッドへと横になる。体内の血が足りない為にゲンジは一人では動けないのだ。因みにミノトはよろず焼きを取りに向かっていた。

 

「試作品の完成…まで…2週間か…それまでは…回復に専念しねぇと…」

 

そう言いゲンジは試しに天井に向けて手を伸ばしてみるも血液が不足している為なのか力が出ずうまく腕が上がらなかった。

 

「そうだ…ガレアスさんが言ってた“薬師”は…?」

 

「シャーラ達が密林まで赴き探しに行っています。見つかり次第すぐ帰ると言っていたので早ければ数日後には帰ってくると思いますよ」

 

「そうか…」

 

ヒノエの言葉にゲンジは頷くと天井に目を向けた。

 

「色々あるが俺はしばらくこのままってことか…」

 

「うふふ。その分 前の様な事にならないので私は安心ですけどね♪」

 

そう言いながらヒノエはゲンジの頬に口づけをする。

 

 

 

すると

 

扉が開き大量のよろず焼きが包まれた箱を持ったミノトが入ってきた。

 

「お待たせしました」

 

そう言いながらミノトは全てのよろず焼きを部屋の中に運ぶとテーブルをベッドのそばに置きそのうちの一つを置いた。

アツアツで出来立てなのか香ばしい香りが漂いゲンジの鼻へと入るとその臭いに刺激されたゲンジはゆっくりと起き上がりよろず焼きへ手を掛けようとした。

 

「ようやくか…腹が減っ………え…?」

 

手を掛けようとしたその瞬間 そのよろず焼きをミノトが取り上げる。取り上げたミノトは素早い手つきで風呂敷を開けると敷き詰められたこんがり肉の一本を差し出した。

 

「旦那様…口を大きく開けてください」

 

「いや…一人でも食べられ…「ほらほら旦那様、ミノトの言う通りあーんしてください♪」……だから一人で食べ……

 

「「あーん・し・て・く・だ・さ・い…!!!!」」

 

「わ……分かっ…分かり…ました…」

 

それからゲンジは自分で食べる事を許されずヒノエとミノトに食べさせられたのだった。

 

「エルガドにいる間は私達がご飯を食べさせてあげますからね〜♪」

 

「は…!?待て!流石に体調が治ったら___

 

「食べさせてあげますからね………“ね”…?」

 

「は…はい…」

 

嫁には敵わない情けない夫だった。

 

ーーーーー

ーーー

 

それから、メル・ゼナの出現報告が出る事なく2週間が経過した。密林に赴き薬師である竜人族男性『ダドリ』を探していたエスラとシャーラは見事に見つけ彼と共に帰還してきた。そしてもう一方でゲンジの血を研究していたバハリも対抗策の試作品が完成していた。

 

2週間後過ぎた日の朝。採血した分の血液を取り込み完全に回復したゲンジはフィオレーネから招集を受けるとヒノエやミノト、エスラやシャーラ達と共に作戦本部へと向かった。そこには既に皆が集まっておりバハリの持っている器具を見つめていた。

 

「もうできたのか?」

 

「あぁ!」

 

ゲンジが尋ねるとバハリは徹夜明けだというにも関わらず変わらないテンションで頷くとテーブルの上に一つの石を置いた。

 

「コイツか?」

 

「そうさ。結構前に世間を騒がせた極限個体に対抗する為にドンドルマの狂竜症研究所で作られた『抗竜石』を参考にしてみたんだ。それに因んで『抗毒血石(こうどくけっせき)』とでも呼んでくれ」

 

そう言いながらバハリは抗毒血石を掴むと腰から抜いた一本の短剣と重ね合わせる。

 

「使い方は簡単。この抗毒血石で武器を研ぐだけ。すると刃物全体にゲンジ君から取り出した血液が染み付いて、斬りつけた箇所から体内へ侵入して毒を除去する」

 

「…だが俺の血が体内に入ればその血が増殖して更に凶暴化させてちまうんじゃねぇのか?」

 

「その点もぬかりないよ。血はあくまでも毒物の除去。適合したら白血球の様に消滅する様になっている」

 

ゲンジからの疑問もバハリはサクッと答えると懐から次々と先程とは色が異なる抗毒血石を取り出しテーブルへと置いた。

 

「さてさてさ〜てとだ。ただ攻撃を与えて弱体化させるだけじゃ芸がない…そこでもう一つ。血液に四つの特性を持たせてみた」

 

そう言いバハリはテーブルに置いた抗毒血石の内、一つを取り上げる。

 

「コイツは斬りつける度にモンスターの体内に潜む毒物だけでなく抗体を死滅させ免疫を低下させていく効果がある。即ち状態異常攻撃が通りやすくなるのさ。特に爆破属性ばっかり扱ってるゲンジ君にはうってつけだ♪」

 

「確かに…」

 

ゲンジが納得していく一方でバハリはもう止まらなかった。

 

「そして次が属性攻撃の通りやすさを高める。次が弾かれにくくなる。そして最後が単純に攻撃力を上乗せするやつさ」

 

全ての種類の説明を終えるとバハリは大きく欠伸をする。

 

「以上かな。因みにガンナータイプのエスラ君の場合の染み込ませた弾丸。そっちの姉方の受付嬢君の場合のビンも用意してあるからね」

 

バハリの納得のいく説明に皆は希望を抱き始めたのか石を見つめた。

 

 

そんな中であった。

 

「報告します!!」

 

けたたましい勢いで調査隊が駆け寄ってきた。その調査隊は即座にガレアスの前に立つと汗を流し息を吐きながらも報告する。

 

「_____城塞高地にて…エスピナスの姿を確認…!!!」

 

 

「「「「…!!!」」」」

 

 

その知らせを聞いた一同は驚きを隠せなかった。だが、バハリは違う。

 

 

「丁度いいねぇ。普通の奴にも効くのか試してみようじゃないか。この砥石の力を…!!!」

 

そう言いながら自身の開発した砥石を強く握り締めていたのだった。

 

 



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眠れる棘竜

 

エスピナス。それはメゼポルタ地域の樹海の奥地で発見された飛竜である。体格はリオレウスと同等であるが、その戦闘力はリオレウスどころか並の大型モンスターを遥かに凌ぎ、過去に樹海にてクシャルダオラと縄張り争いを繰り広げ、なんと退きナワバリを勝ち取ったという記録が残されているのだ。正にイビルジョーやラージャンと並ぶ数少ない古龍級生物の内の一体と呼ぶにふさわしいモンスターだろう。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「さて、じゃあ実験と行こうか。皆、武器は持ったかな?」

 

バハリの声に皆は頷く。この場にいるのはゲンジ、エスラ、シャーラは勿論だがヒノエやミノト、ウツシにフィオレーネ、ルーチカやジェイの姿もあった。

因みにフゲンは訓練の際に激しい運動による腰痛、アルローは拠点にて待機のために欠席らしい。その他のハンター達にも抗毒血石が支給されたが、彼らは別の日に試すようだ。

 

 

 

「取り敢えずだ。この場にはエスピナスの他にもう一体。トビカガチが確認されたらしい。だから人数を絞らせてもらうよ」

 

そう言いバハリは人数を選別していく。その結果、エスピナスはゲンジ、エスラ、シャーラ、そしてフィオレーネが当たる事となった。そして残りはトビカガチの相手である。

 

「俺は強力な個体のエスピナスの方を観察させてもらうから。そっちは任せたよウツシ教官」

 

「お任せを!さぁヒノエさん!ミノトさん!ルーチカさん!ジェイくん!元気に行ってみよう!!!」

 

「あらあら…」

 

「ひぃいい〜!!姉様…!!旦那様ぁ…!!」

 

バハリから任命されたウツシは相変わらずハイテンションかつ熱血ぶりを発揮した。それを見たミノトは酷く怯えながらゲンジとヒノエの背後に隠れてしまう。

 

だが、そんな中で二人だけ意気投合する希少種がいた。

 

「はぁぁぁ〜!!いいですね!!行きましょう!!!炎よりも熱くハイテンションに!!!」

 

「うぉおおおお!!!!燃えてきたっすぅううう!!!!気炎万丈!!」

 

それは狩りの時だけ性格が豹変するルーチカといつも熱血なジェイであった。別人となったルーチカとジェイはウツシと完全に意気投合してしまったのか、遂には発声練習もし始めてしまう。

 

 

それから一同は二手に別れそれぞれが担当するモンスターの元へと向かっていった。

 

ーーーーーーー

 

 

トビカガチ狩猟チーム。

 

二手に別れ、毒性の樹液を抽出する木が生えているエリアを通り過ぎたエリア11にて。そのモンスターは周囲を見渡しながら鎮座していた。

 

「見つけた…!さ!みんな武器を研いで!」

 

先頭についていたウツシの合図に皆は頷くとヒノエはビン、ルーチカは弾丸を、それ以外の皆は砥石を取り出して武器を研いだ。

 

その瞬間

 

ウツシの双剣、ジェイのスラッシュアックス、ミノトのランスの先端が赤く輝き始めた。更にルーチカの持っていた弾丸やヒノエの装着したビンも同じく輝き始めていく。

 

「これは…!?」

 

その輝きに驚きの声を上げたミノトはゆっくりとランスを持ち上げる。先端から見るその輝きはまさにダイヤの如く美しいものであった。

 

「さぁ…みんな行くよ…!!」

 

ウツシの合図と共に皆はトビカガチへと向かっていった。

ーーーーーーー

 

所変わり、エスピナス狩猟チーム。

 

エスピナスの狩猟へ向かったゲンジ達は城塞高地の雪原地帯へ向かい、雪山の奥地の崖を登り詰めた先にある頂上へと上り詰めていた。

 

崖を登りきり辿り着いた場所を目にした途端、先頭を歩いていたエスラは目の色を変えると手を前に出して皆を静止させる。

 

「止まれ…いたぞ」

 

エスラの静かな声と共に指が示した方向へと目を向けるとそこには全身から棘の様な針が生えた甲殻を身に纏い、頭部の先端からモノブロスの様な一本の角を生やした飛竜が眠っていた。

 

それを見たフィオレーネは息を飲む。

 

「間違いない。エスピナスだ…!」

 

「あれが…か。メゼポルタ地域でしか確認されなかった奴がまさかこの地域で見られるとはな…」

 

エスピナスの姿を初めてこの目で見たゲンジは驚いた。その一方でフィオレーネが助言する。

 

「奴の吐くブレスには気をつけろ…火だけじゃなく体内で分泌された猛毒と全身を痺れさせる麻痺も混ざってるからな」

 

「ブレスに三つの属性やられがあるのか…厄介だな…」

 

フィオレーネの言葉に苦い表情を浮かべたゲンジはそこから立ち上がると皆と共にエスピナスの元へと向かう。

 

 

その時であった。

 

___ゴルル…!!

 

 

寝ていたエスピナスが喉を唸らせる声と共に目を覚ました。その声を耳にしたエスラは叫ぶ。

 

「全員砥げ!!」

 

エスラの指示の元、全員は武器を研ぎ、エスラ自身も弾丸を装填した。

 

 

すると 砥石と擦れ合わされた事によって発生した摩擦熱と火花が飛び散ると共に研がれた武器の刀身が赤く輝き始めた。

 

「これは…!?」

 

「凄い…まるで宝石みたい…」

 

研がれた武器はまるで龍属性を浴びているかの様に赤く輝きゲンジの中に住まう恐暴竜の力をその身に帯びている様にも見えた。

 

武器を研ぎ終えた全員は向かってくるエスピナスに向けて構え、先頭に立っていたゲンジは叫んだ。

 

「行くぞッ!!!!」

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー

 

その後。ゲンジ達は無事にエスピナスとトビカガチを捕獲。バハリの開発した抗毒砥石の絶大な効果が示され、バハリもご満悦の表情を浮かべ、さらなる研究への意欲を示すのであった。

 

 

そしてエスピナスとトビカガチを捕獲した全員は合流して無事にエルガドへと帰還したのだった。

 

だが、何も無かった訳ではない。エスピナス狩猟チームでの狩りは想像を絶するほど激しく、剣士タイプであるシャーラ、フィオレーネ、そしてゲンジは酷く消耗しており1人では歩けない状態となっていた。それゆえに今はそれぞれエスラ、ルーチカ、ミノトが支えていた。

 

 

「今回はキュリアは見当たらなかったな」

 

船から降りて皆と共に中央広場に向かう中、ミノトに支えられながら進んでいたゲンジが前回のキュリア発見と共にメルゼナが現れた日の事を思い出しながらルーチカに支えられているフィオレーネへと尋ねると、彼女も頷いた。

 

「あぁ…。メルゼナ特有の気配も感じられなかった…恐らく姿をくらましたのだろう。だが、いずれ姿を現す筈さ」

 

 

その時であった。

 

「…」

ゲンジは歩いていた足を止めた。それによって、後から続いていた皆もぶつかる形で止まり、そのうち、フィオレーネがゲンジへと尋ねた。

 

「おいどうした?急に立ち止まって…」

 

尋ねたもののゲンジは答えることはなく、目の前を見つめており、フィオレーネや皆もゲンジの目線の先へと目を向けた。

 

「な…貴方は…!」

 

そこに立っていたのは しばらく行方を絡ませていたクレトであった。

 

「殿下…!?」

 

「……僕が不在の間に随分と調査が進んだようだね…」

 



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湧き上がる疑念

 

 

「僕がいない間に随分と調査が進んだようだね…」

 

突如として失踪したクレトが現れた事でその場は沈黙に包まれていた。

 

「殿下!いままでどこに……エスラ?」

 

そんな中、彼の身を案じていたフィオレーネは前に歩き出し、クレトへと駆け寄ろうとすると、それをエスラは止め、代わりに前へと出た。

 

「えぇ。大変進みましたよ。それよりも殿下の方こそお忙しい様子とお見受けしますが……この数日間、どちらへ行かれていたのですか?」

 

「…」

 

エスラは調子を崩す事なく明朗快活に彼へと尋ねていく。それに対してクレトは先程までの怒りが消え、口を開かなくなった。

 

「まぁ、事情があることはお察し致します。では質問を変えましょう。我々の調査が進んだことに何かご不満でも?」

 

「いや…」

 

次々とエスラが彼へとたたみかけていくかのように質問をしていく。その質問自体に答えられる度胸も言い分もないのか、クレトは何も答える事は無かった。

 

「ないのでしたら、今後はどうかご協力をお願いしますよ。調査が進まなければ被害を被るのは_____其方ですからね?」

 

「あ…あぁ…」

 

その言葉が決め手となり、クレトは完全に言い負かされてしまったのか、エスラの言葉に同意した後は何も言うことはなかった。

誰もが、最初はエスラの行動から彼女が過激な行動に出るのではないかと心配していたが、何とか丸く収めたことに皆は安堵の息を吐くのであった。

 

 

だが、エスラはそれだけでは終わらせなかった。

 

 

「それと、一つ忘れていた事が。貴方は一つ…謝罪する事があるでしょう…?」

 

「は…?」

 

エスラは後ろでミノトに抱き締められているゲンジへと指を向けた。

 

「以前、貴方の身勝手な行動が、メルゼナを刺激しゲンジに傷を負わせた原因となったのですよ?忘れたとは言わせません」

 

「ま…待てエスラ!」

 

フィオレーネが制止しようとする声が聞こえてくるものの、それを聞き入れずエスラは続けた。

 

「当然ながら、相手のモンスターは古龍。下手をすれば命にも関わっていた…一つ一つの行動が命取りである事はご存知なはずです」

 

淡々と述べていくエスラの目は金色に輝いているものの、その輝かしい光とは裏腹に声色はとても低く完全に怒り心頭に達している事が分かる。

 

その目にクレトも屈したのか、頭を下げる。

 

「そ…それは…すまなかった…」

 

「その言葉をもう少し早く頂きたかったものですね」

 

それから一同は解散となり、クレト自身も兵舎へと戻って行ったのであった。

 

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーー

 

 

しばらくして、エルガドに夜が来ると、周囲には松明を持った見張りの者が小舟を出し始めていった。恐らく交代制で見張りをするのだろう。

 

そんな中で、エルガドの茶屋では狩りを終えたヒノエやミノト達が足を運び、近くの長椅子に二人並んで座り団子を頬張っていた。

 

「う〜ん♡ここのウサ団子は少し硬めで歯応えがありますね!味も里とは一味違うので別の美味しさが…!」

 

「姉様…少し食べ過ぎでは…いえ何でもありません」

 

 

そんな中、ミノトはやや違和感を感じたのか周囲を見渡した。

 

「…3人とも遅いですね」

 

周囲の人々が行き交う中、そこにはゲンジとシャーラとエスラの姿がなかったのだ。

 

ーーーーーーーー

 

 

「なぁ。やっぱりおかしくねぇか?」

 

「ん?」

 

茶屋から離れたマイハウスにて、和服姿となったエスラとシャーラにゲンジは疑問に抱いていたことを吐露する。

 

「あのクレト…って奴、どうも臭う。アイツがいなくなってからチッチェ姫を狙う奴が現れてねぇ」

 

ゲンジの言葉にエスラやシャーラも頷く。数週間も前に、クエストから戻ってきた時、チッチェを手にかけようとしていた者があの日から現れなくなっていたのだ。しかもそれはクレトが不在となった時と同じ日である。

 

 

故にゲンジは、初めて会った時とメルゼナへと向かって行った時のクレトの台詞と、彼が不在になった間のチッチェの身の安全からある仮定を導き出した。

 

「多分だが……」

 

ゲンジは自身の頭に思い浮かんでいた事を二人へと話した。

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

「……お姉ちゃんもそう思っていたところだ」

 

「私も…」

 

ゲンジから話を聞いたエスラとシャーラは頷く。どうやら、二人もゲンジと考えていた事は同じであった様だ。

 

 

すると

 

「やぁやぁ3人とも!いくら待っても来ないから呼びにき……ふが!?」

 

扉を開けてウツシが現れると、ゲンジは素早い動きで彼を部屋の中へと引き入れて扉を閉めた。

 

「な…何だいいきなり!?」

 

「…誰にもつけられなかったか…?」

 

「う…うん…」

 

「なら…手短に話す…」

 

慌てふためくウツシにゲンジは先程、エスラとシャーラへ話した事を同じく彼へと話した。

 

 

その話を聞いていたウツシは最初は顔を傾げていたが、途中からは目を鋭くさせながら聞いていた。

 

「…という訳だ。あくまで憶測だがな」

 

「成る程…」

 

そして、話し終えるとウツシは静かに頷く。更にそのウツシに対してゲンジは周囲を見渡しながら懐から白い封筒を取り出し彼へと渡す。

 

「コイツをフゲンさんやガレアスさん“だけ”に見せて欲しい」

 

「うん…」

 

「あぁ…。それともう一つ…」

 

「ん?」

 

ゲンジはこの場にいる者以外の耳には届かない声で静かに伝えたのであった。

 

 



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事態の進展


【挿絵表示】


AI作成 主人公


 

その翌日__。朝日が照らすエルガドにて、カムラの里行きの船を見送るべくフィオレーネやゲンジ達は港へと来ていた。

 

「旦那様!寂しかったらすぐ呼ぶんですよ!

 

「私達がすぐさま駆けつけますからね」

 

「分かってるから、離れろ…」

そう言い2人が差し迫るとゲンジは頬を染めながら頷く。

 

それからゲンジ達と抱擁を交わしたヒノエ、ミノトはウツシ、ロンディーネと共に船に乗り込んでいった。

 

そんな中であった。

 

「ゲンジよ…」

皆が乗り込み残りはフゲンのみとなると彼はゲンジ達へと近づきヒノエ達に聞こえない声で話す。

 

「ウツシから話はきいた……今のところガレアス殿以外には話しておらんが…くれぐれも気をつけろよ…」

 

「あぁ…一応出航する前に積荷もくまなく調べた方がいい」

 

「うむ…」

 

その後、調べた結果、何の異常も見当たらなかった為に船は無事に出航していったのであった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

船が去っていくとゲンジは意識を入れ替えガレアスの元へと向かい調査について尋ねた。

 

「いまのところどうなってる?」

 

「うむ」

 

ゲンジが尋ねるとガレアスは地図を広げながら説明を始めた。

 

「昨晩の調査隊からの報告によるとこの地点にてキュリアの大群が目撃されたらしい。だが、本体であるメルゼナの姿は見当たらなかったようだ」

 

そして、ガレアスは地図から目を離し、目の前のボードへとこれまでの事項を整理し始めた。

 

「連日の大量発生したキュリア…そして連続して襲われる大型モンスター。メルゼナは明らかにこの近辺にまだ潜んでいる」

 

「なるほどな。つまり奴が潜伏している今が好機…ということかな?」

 

「そうだ」

 

エスラの言葉にガレアスは頷くと、皆へと目を向ける。

 

「奴の位置が確定しだい…すぐに討伐司令を送る。それまでに準備を整えておいてほしい」

 

「了解した」

 

「それと、こちらも同時並行ですすめているのだが」

 

ゲンジが頷く中、ガレアスは今度は懐から一枚の設計図を取り出し、ボードへと貼り付ける。

 

「これは…船…?」

 

そこに書かれていたのは、巨大な撃龍船であった。見れば、船のみならず撃龍槍の設計図もあり、従来の突き刺すものではなく、火薬を利用して発射するという前代未聞の構造であった。

 

「この妙な構造…ぜってぇハモンさんだろ?」

 

「その通りだ。もしもの時に備えて、海上でも奴を迎え撃てるようにエルガドとカムラの里で共同制作することとなった。今回、フゲン殿に来ていただいたのはその打ち合わせのためでもあるのだ」

 

「なるほど。んで、今その話題を出すってことは、素材が足りねぇのか、その素材の採掘場所にモンスターが居座ってる…かのどっちかだろ?」

 

「察しが良くて助かる。貴殿らには、必要素材となるビシュテンゴ亜種の狩猟を頼みたい」

 

ゲンジの見解にガレアスは再び頷くと、ビシュテンゴ亜種の絵が書かれた本を皆へと見せた。

 

「撃龍槍の開発のために奴の爆破を誘発させる成分が必要不可欠…。頼んだぞ」

 

「了解した」

 

 

ガレアスの依頼にゲンジ達は頷き、すぐさま城塞高地へと向かうのであった。

 

 

 

だが、その頃、城塞高地では、キュリアの姿は一体も見えず、変わりにエリア全域に黒い靄が舞っていたのであった。

 

 

 



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