ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー (No 77777)
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ベータテスト ソードアート・オンライン
運命の出会い(前編)


 2022年、人類は遂に仮想世界を作り上げた。それを可能にした民生用フルダイブ型VRマシン――ナーヴギアには多くの関心が寄せられていた。

 しかし、やがてその期待は悲劇へと変わることになる。

 ソードアート・オンライン。通称、SAOと呼ばれる史上初のフルダイブ型VRMMORPGとして注目を集めていたこのゲームは、サービス初日にナーヴギアの開発者――茅場晶彦の手によってデスゲームへと変えられた。よって、一万人ものプレイヤーがゲーム世界の虜囚となってしまう。

 ゲーム内でHPがゼロになることでナーヴギアに脳を焼かれ、現実の肉体も死へと繋がるこのゲームは三五〇〇人近くの死者を出し、後にSAO事件として語り継がれることとなる。

 

 

 

 

 

2025年5月4日

 

「うーん、着くのが早かったかな」

 

 大勢の人々が行き来する駅の入り口で、スマホの画面を見ながら立っている少女は呟いた。

 セミロングの黒髪で清楚さを感じさせるそのルックスは、道行く人々の視線をちらつかせる。

 少女の名は本多小春。かつてデスゲームと化したSAOに捕らわれていたプレイヤーであり、その世界から脱出したSAO帰還者(サバイバー)の一人である。

 そんな彼女は今日、向こうの世界で出会った恋人と初めて、帰ってきた現実でデートするのだ。

 今いる上野駅は待ち合わせ場所であり、遅れないようにと余裕を持って来たはいいが、彼氏が指定した時間より二〇分早い。遅れて相手に迷惑をかけるよりはいいのだが、待っている間は暇である。

 SAOがクリアされてから、二年四ヶ月の間に落ちてしまった筋力を日常生活ができるほどのレベルにまで戻すために、帰還者達は二ヶ月近くに渡って過酷なリハビリをしてきたのだ。

 小春は何度か音を上げそうになったが、恋人を始めとするSAOで出会った仲間達とLINEで励まし合い、無事に退院することができた。仲間達と連絡先を交換することができたのは、SAO事件対策チームの中心人物を通じてのことだが、コハルはそれに関しては感謝していた。

 早く到着したのは、向こうで愛を誓いあった人と離れ離れになっていたのが恋しかったのもあるだろう。現実での再開を待ちきれない小春はスマホを操作する。慣れた手付きでタップ、スワイプを行い、目的のメールを見つけて中身を確認した。

 

 今日、ついに退院だ。コハルも頑張れよ。

 

 だだそれだけのシンプルな文章。さらにその下には、病院の前で左拳を握りしめ、満面の笑顔で自撮りしている彼氏の写真が添付してある。

 

(この笑顔、初めて見たときと変わらないな)

 

 昔のことを思い出し、小春の顔からは自然と笑みが溢れた。

 

 

 * * *

 

 

2022年10月1日

 

 ソードアート・オンラインという仮想世界に小春が入ったのは八月に入ってすぐのことだった。ただし、プレイしていたのは正規のものではない。

 フルダイブマシン初のVRMMORPGという謳い文句に惹かれてちょっとした好奇心で応募し、見事にベータテストの権利を得たのだ。

 そして開始日、プレイヤー名を自身と同じ名前である《コハル》にして、SAOの舞台――浮遊城アインクラッドへ降り立った……まではよかった。

 SAOは自らの体(正確には仮想世界で活動する仮想体(アバター))を動かして戦うことを前提にしているのは前もってネットで調べていた。体を動かすのには自信があったし、MMORPGの情報もある程度予習してある。トッププレイヤーにはなれなくても、自分なりにいい線は行くだろうと思っていたのだ。

 しかし実際にはなかなかうまくはいかなかった。mobと戦っても攻撃は思うように当たらず、HPが危なくなったら逃げる。最悪、逃げ切れなかったり、逃げた先に新たな敵と遭遇して殺られる。そんなことを繰り返しているうちに、他のプレイヤーと差がついてしまったのだ。

 それでもなんとか頑張ってきたが、ついにベータテストは最終日を迎えてしまった。

 この日コハルは森の中にいた。そこはSAOのスタート地点である『はじまりの街』から少し離れた所にあり、今まで戦っていた場所よりも少し強いモンスターが生息しているのだが、未だにmobを倒せないド素人が行ったとしても太刀打ちできないのは目に見えている。

 それでも、ほとんど何もできずに終わりたくなかったコハルは思い切って森の中に入ることにしたのだが、結局現れたmobに対応できずに逃げ回ってしまう。

 やがて森の中を彷徨っている内に開けた場所にたどり着き、コハルは「……はあ」とため息をつきながら、真ん中にあった大きな岩にへたり込んでしまう。

 そして右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に振る。効果音とともに紫色に発光する半透明の矩形――ウインドウを出現させると、タップ、スワイプして操作。やがて1つの項目を指でタッチすると、右手に液体の入ったガラス瓶――回復ポーションが出現。蓋を開けて一気に飲み干した。

 過去に何度か飲んだが、やっぱりマズイ。それが今の気分を表しているみたいで、さらにコハルを憂鬱にさせた。

 自身を追い詰めれば少しはまともになるかと思っていたが、対して変わらない。勇気を出したと思ったら、ただ意地を張っただけ。コハルは自分が情けなかった。

 

(せめて戦い方のコツが分かればいいんだけど)

 

 が、そんなことを思っていても仕方がない。だが行動を起こさなければ何も変わらない。どうしようか迷っていると……

 

「大丈夫か?」

 

「ひゃぁぁぁぁぁ!」

 

 いきなり声をかけられ、顔を上げた。少し距離はあったが、目の前に人が立っていたので、つい悲鳴を上げてしまった。

 頭の上に緑色のカーソルが浮いているので、プレイヤーで間違いない。相手の外見はエッジの効いた茶髪で、凛とした表情に端正な顔立ちである。性別は体格と低い声からして男性だろう。

 

「ああ、悪い。脅かすつもりはなかった。見かけた以上は無視するのもどうかと思ったし、元気そうに見えなかったから」

 

 男性プレイヤーは申し訳無さそうに言った。どうやらこっちの気分が沈んでいるのを心配していたようだ。

 

「あ、いえ、こっちが勝手に驚いただけだし、大丈夫ですから」

 

 コハルは優しく返すと、相手は「そうか」といって距離を取り、同じ岩に背中を預けて座り込むとメニューウインドウを出現させて操作し始める。

 数秒間、コハルは彼を横目に見ながら思った。

 

(この人に戦い方、教えてもらおうかな?)

 

 もっと早く誰かに教わっていればよかったが、自分が教わったとおりにできず、相手に嫌な顔をされるのが怖かったのだ。

 でもこのままじゃダメだと自分を奮い立たせ、勇気を出して声をかけた。

 

「あ、あの……」

 

「うん?」

 

 反応した。重要なのはこの先だ。

 

「迷惑でなければ、戦い方を教えていただけませんか?」

 

「……え?」

 

 相手はキョトンとしたが、コハルは続ける。

 

「こ、こんなこと言うのは恥ずかしいんですが、実は私ゲームが下手なんです。それもものすごく駄目なんです」

 

 そこから先はベータテスト初日から今に至るまでのことを大まかに話した。最後まで話を聞き終えた男は「おいおい」と少々呆れ気味だったが、後に微笑んで付け加えた。

 

「でも、お前はお前なりに頑張ったんだな」

 

「未だにmobは倒せていませんけどね」

 

 男に嫌味は感じられなかったコハルだが、自虐的な発言をした。

 

「今日で最後だけど、このまま終わりたくないの。ダメですか?」

 

 僅か数秒の沈黙の後、男の答えは、

 

「分かった。俺でよければ」

 

 笑顔でのOKだった。

 

「ありがとう。よろしくおねがいします」

 

「ところで、自己紹介がまだだったな」

 

「あ、そうでしたね」

 

 緊張してすっかり忘れてしまっていた。たとえ今日一日だけの出会いであっても、ちゃんと教えてもらう以上は相手の名前はちゃんと知っておかなければならない。

 

「俺はリク。よろしくな」

 

 男性プレイヤーはそう名乗ると、右手を差し出す。

 

「コハルです」

 

 こちらも名乗って相手の手を取り、握手を交わす。そして共に行動するためということでリクはパーティー申請を行い、コハルはそれを承諾したのだった。

 

 

 




 初めまして。今回、初めて二次創作の小説を書きました。
 まだ稚拙な部分はあるかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

 IFでは、コハルはダンジョンみたいな所にいましたが、この作品では素人でも何とか行けるような場所に変えました。

 このように、あとがきではIFとの変更点についても書いていきたいと思います。

 どうか、宜しくお願いします。


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運命の出会い(中編)

「さて、まずは戦い方を見ないとな」

 

 リクはそう言うと立ち上がって移動し、コハルも後に続く。

 やがて一分もしないうちに、青い毛をしたイノシシのモンスターを一体発見した。《フレンジー・ボア》、SAOにおけるザコ中のザコである。

 

「まずはいつものように戦ってみてくれ」

 

「は、はい」

 

 不安になるコハルだが、HPはすでにほぼ全回復しており、多少攻撃を受けても大丈夫だろうと思って前に出る。

 そのまま戦闘を開始するが、やはり攻撃はうまく当たらず、しまいには「あぁぁぁぁぁ!」と可愛い叫び声を上げて尻もちをついてしまう。

 イノシシはそこに突進攻撃を仕掛けて来たが、リクが割り込んで剣で防御。相手に勢いがあったため、左手で刀身を押さえつつも両足で踏ん張っている。

 

「一旦、下がってろ」

 

 コハルは言う通りに離れた。一旦イノシシは飛び退き、今度はリクに向かって突進してくる。

 リクは慌てる様子もなく、左へサイドステップして回避。と同時に素早く剣を横右上に突き出す。すると刀身は仄かな水色の光を放ち始める。

 そして、高速で左下へ剣を振るう。ソードスキル《スラント》はイノシシの首を切り裂いた。

 ポリゴンで構成されたデータであるが故に出血はしないが、イノシシはぷぎー! と苦悶の声をあげる。

 表示されたHPバーはみるみる減少し、緑から黃、赤へと変化、やがてゼロとなって消える。イノシシは体から青い光を発してガラスの様に砕け散り、幾千ものポリゴン片となって消滅した。

 リクが繰り出したソードスキルとは、簡単に言えば敵に大ダメージを与える必殺技であり、これこそがSAO最大のウリなのだ。

 SAOには様々な武器が存在し、ソードスキルは全ての武器に存在する。

 さらに攻撃すればするほど武器の熟練度が上がり、一定数に達するとより強力なソードスキルが使えるようになり、発動速度や射程も上昇するのだ。

 発動方法は規定された位置と角度で武器をホールドするだけ。そうすれば武器から色のついた光――ライトエフェクトが発生し、体がシステムに則って高速で武器を振るう(公式ではこれをシステムアシストと呼んでいる)のだ。

 例えば先程リクが発動した片手直剣ソードスキル《スラント》は、(右手で出す場合)片手直剣(ワンハンドソード)に属する武器の剣先を横右上に向けるように構えるのが発動の体勢である。

 コハルもソードスキルを繰り出す練習をし、発動させること自体はできるようになった。しかし、それをモンスター相手に出そうと思うとうまく行かない。

 ソードスキルは強力だがリスクもある。放った後は必ず技後硬直(ポストモーション)が課せられ、一時的に動けなくなってしまう。

 技の種類によって時間に差はあるが、外せば相手にスキを見せてしまうため、コハルは使うタイミングをなかなか見つけられずに躊躇ってしまうのだ。

 

「その様子だと、基本ができてないな」

 

 振り返ったリクの表情に軽蔑さは微塵もなく、優しげである。

 リクが言うには、モンスターとの戦いは行動パターンを見極めることが基本とのこと。

 相手がどんな恐ろしい姿をしていようと所詮はプログラムされたデータの塊でしかない。相手の動きをよく見て防御・回避していけば、やがては初動で攻撃を見切れるようになり、攻撃のチャンスも分かるようになるそうだ。

 話を聞き終えたコハルはリクと共にmobを探すために再び移動。すぐに青イノシシ一体を発見し、今度こそはと意気込んだ。

 

「さっき言った通りにすれば大丈夫だ」

 

 リクはそう励ますとコハルと距離を取る。ターゲットがリクに向いてしまうと訓練にならないからだ。

 

「……ふう」

 

 大きく深呼吸したコハルはジリジリとイノシシに近づいていく。やがて敵はこちらの存在に気づき、右前足で床を掻く。目の前のザコにすら逃げていたコハルだったが、その行動には見覚えがあった。

 

「――っ‼」

 

 思った通り、三度床を掻いた後に突進してきた。それをコハルはよろけつつも横に走って避ける。

 攻撃を外したイノシシは急ブレーキで止まり、Uターン。再び獲物を視界に捉えて再び床を掻いて突進してきた。今度は慌てることなく避ける。

 

(もしかして……)

 リクのアドバイスもあって、ようやくコハルはあることに気づいた。それを確かめるべく、今度はあえて敵の視界に自ら入る。

 するとイノシシは右前足で三度床を掻いて突進してきた。だがコハルは慌てることもなく、サイドステップで余裕を持って躱す。

 そして確信した。今更になって。

 

(このモンスター、攻撃方法これしかなかったんだ)

 

 こんなワンパターンな行動しか取れない相手に苦戦していたのかと思うと、コハルはついバカバカしくなってしまった。

 だったら、と次の攻撃に備えて気を引き締め、イノシシを注視する。敵は目が合うや否や、お決まりの行動から突進してくる。それをタイミング良く左へ飛んで回避し《スラント》を放つ。

 

(やった‼)

 

 攻撃は見事に命中、イノシシの脇腹を切り裂いた。

 敵のHPはまだ残っているが、あと一、二回ヒットさせれば倒せる。そう思って相手の突進を先ほどと同じように避けて再び《スラント》の構えをとるが……

 

(あれ、なんで?)

 

 ライトエフェクトが発生しない。敵は勢いよく通過していく。

 コハルはハッと気づいた。全てのソードスキルには冷却(クーリング)タイムという制約が設けられており、一度使用すると一定時間が経過するまで同じソードスキルが使えないのだ。

 公式サイトのプレイマニュアルにも書かれていたことだが、コハルは初めてソードスキルをヒットさせた喜びのあまりつい忘れてしまっていた。

 イノシシはすでにコハルに向かって突進してきたが、今度はリクが自分を守ったときと同じ方法で防御。踏ん張っているうちに視界下部にあるソードスキルの冷却待ちアイコンが消滅した。これで再び《スラント》が使える。

 

(次は一撃で倒さないと!)

 

 コハルは自分を奮い立たせる。リクの情報によると、《フレンジー・ボア》の弱点は首の後ろ。そこにタイミングを合わせて技を打ち込めば敵のHPを削り切れる。

 ド素人には簡単ではないかもしれないが、先程のリクの動きをイメージすればできるはず。

 やがてイノシシは飛び退き、七回目の突進をしてくる。それを再び左へ飛んで躱す同時に《スラント》の構えをとる。刀身は仄かな水色の光を発し、コハルは斬撃を放つ。

 

 ズサッ‼

 

 見事、攻撃は首の後ろに当たった。叫ぶイノシシのHPはゼロとなり、そのまま消滅した。コハルの初勝利の瞬間だった。

 

「……倒した」

 

 その喜びの声は呟くような小ささだった。今まで散々逃げたり殺られたりしていただけに、コハルは正直まだ信じられなかった。だがその事実を証明するかのように紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がっている。

 

「やったな、コハル」

 

 リクが初勝利を祝うと、コハルは歓喜の声を上げる。

 

「……すごい……すごいよ! こんなにちゃんと戦えたの初めて!」

 

 ついに自分の手でモンスターを倒した。できなかったことができるようになった喜びは何であっても大きい。

 自分のことのように嬉しそうなリクの元へ、コハルはダッシュで近づいた。

 

「ようやくこれで一歩前進だな。おめでとう」

 

「ありがとうリク。本当にありがとう」

 

「これでコハルもまともに戦えるようになったけど、これからどうする? まだ不安なら、付き合ってあげてもいいぜ」

 

「えっ、いいんですか? それならお願いします。でもその前に……」

 

 コハルは急に頬を赤くし、リクから目をそらす。そして再び目を合わせる。

 

「あの……リクさえよければ、私と友達になってほしいな」

 

「…………え?」

 

 突然の申し出により、リクは固まってしまった。その様子にコハルは恥ずかしそうに尋ねる。

 

「……ダメですか?」

 

「……いいぜ、俺でよければ」

 

「ありがとう‼」

 

 爽やかな笑顔で返したリクにとコハルは感謝した。

 しかし彼女のそんな喜びもつかの間、思いもしないハプニングが起きた。

 

「えっ⁉」

 

「なっ⁉」

 

 いきなりモンスターが出現したのだ。

 通常、mobは一定の時間にポップするのだが、現れたのは全く違うモンスターである。二足歩行で灰色の肌に屈強な体、右手に片手棍を持ったその人外は、明らかにイノシシより強そうだ。

 敵は三体。しかも悪いことに囲まれている状況だ。

 

「どうしよう、このままじゃ……」

 

 コハルは不安に駆られた。レベル1で、ようやくキング・オブ・ザコを倒せるようになった彼女に倒せる敵でないことをリクは勘で悟った。

 

「コハル、俺がmobを引きつけてスキをつくる。その間に逃げろ!」

 

「で、でもっ!」

 

 リクの自己犠牲ともいえる指示をコハルは躊躇った。

 

「大丈夫だ。俺一人でも何とかなる」

 

「リク……」

 

 コハルを安心させるために落ち着いて言葉を返したリクだったが、彼女は納得しきれていなかった。

 実際リクは内心、コハルとは別の意味で不安だった。相手は初めて見るモンスターであるため、敵に関する情報は少ない。さらにコハルを逃せば一対三になるため、明らかに不利である。

 だが、それでも戦うしかない。ゲームとはいえ、自分と友達になりたいと言った女の子を無様に死なせたり見捨てたりすれば男が廃る。覚悟を決めたとほぼ同時に、敵の一体がリクに接近してきた。敵は片手混を構えたが、リクはその体勢に見覚えがあった。

(あれは《パワー・ストライク》だな)

 それは片手混ソードスキルの基本技である。今の自分なら防ぎきれると思ったリクは剣で受け止める。

 

 ガキィィィン‼

 

「――っ‼」

 

 しかし、振り下ろされたその一撃は思ったより重く、片膝をついてしまった。

 

「リク‼」

 

 コハルの悲痛な叫び声が響き渡る。

 AIが高いのか、既にリクに近づいていたもう一体の敵がスキありと言わんばかりに片手混を構え、《パワー・ストライク》の体勢に入っていた。

 相手は第一層のモンスターだが、ある程度レベルの高いリクが通常の攻撃を防ぎきれないほどである。まともに喰らえばHPが大幅に削られることは想像に難くない。最悪の場合、この一撃で殺られてしまうかもしれない。

 万事休すかと思われたその時だった。

 

 ウガァァァァァ――‼

 

 今まさに一撃を加えようとしていた人外の化け物が森に響き渡るほどの叫び声をあげた。さらに敵の片手混を見ると、ライトエフェクトが段々と弱くなり、やがて消える。しかも相手に表示されているHPゲージが急速に減っており、敵はそれがなくなると同時に消滅した。

 最初、二人は何が起きたのか理解できなかった。だが、モンスターが消滅したその先を凝視していたため、答えはすぐに分かった。

 視線の先にはプレイヤーが立っていた。髪は黒く、表情はツリ目のイケメンである。

 その人物が、リクを倒そうとしていたモンスターを背後から攻撃して倒したのだ。

 

 

 



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運命の出会い(後編)

 モンスターは残り二体。黒髪のイケメンは臆することなく前へ出た。

 

「下がって」

 

 黒髪のイケメンはそう指示し、二人は言われた通りモンスターから離れるように距離を取った。

 リク達から見て、敵は左右に並行するように立っており、まず左の敵が構えて突進ソードスキルを放ってきた。

 だが黒髪のイケメンは右にサイドステップして余裕で回避。空かさず右手の片手剣を振りかぶり、ソードスキルの体勢に入る。前かがみになった敵の首めがけて単発の水平斬り《ホリゾンタル》を放った。

 首と胴体が離れたため、そんな状態で生きていられるはずもなく、敵のHPは一気になくなって消滅した。

 仲間が殺されて憎悪値(ヘイト)が増加したのか、最後の一体が黒髪イケメンに向かってきた。

 対して対象となった本人は技後硬直にも関わらず落ち着いていた。やがてそれが解けると、今度は担ぐように剣を構える。剣にライトエフェクトが発生した時、敵は走りながら片手混を振りかぶっていた。

 相手が武器を振り下ろす前に、黒髪イケメンは前方に飛び、上段突進技ソードスキル《ソニック・リープ》を放つ。頭部を斜めに分割された敵は呆気なく消えた。

 

「……マジか」

 

「強い……あっという間にやっつけちゃった」

 

 リクとコハルは黒髪イケメンの圧倒的ともいえる実力に驚きを隠せなかった。恐らく、ベータテスターの中ではトップクラスのプレイヤーだろう。

 

「これで一安心だな」

 

 黒髪イケメンはそう言うと、二人に歩み寄る。

 

「ここは決まった時間で強ザコがポップするんだ。レベリングするなら、他の場所にしたほうがいいよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 リクは自分の迂闊さを思い知らされた。

 ベータテスターの中では中層プレイヤーであるため、攻略の最前線にいたわけではないが、一層なら高いレベルと自身の技術でどうにかなると思っていたのだ。

 だが実際は一体相手に押される始末。自己犠牲でコハルを逃がすどころか、無様に殺られるところだった。

 リクは思った。同じ失敗を繰り返さないためにも、正式版がリリースしたら情報収集はしっかりしておこう、と。

 

「あ……ありがとうございます! 助かりました!」

 

「ああ、おかげで命拾いした」

 

 コハルとリクは自分達を助けてくれたヒーローに感謝の意を述べた。

 

「別に、通りかかっただけだから。それじゃあ」

 

 黒髪イケメンは飄々とした感じで言うと、背を向けて去っていこうとした。

 

「待って下さい、せめてお名前を!」

 

「……は?」

 

「私はコハル、こっちはリクです」

 

「リアルでそんな台詞を聞くとは……いや、ここはVRの中だけど……」

 

 助けた女の子に呼び止められて振り返った黒髪イケメンは、一方的に自己紹介されてやや困惑気味である。

 無理もない。二次元でよくあるシチュエーションが、まさか本当に起こるとは思いもしないだろう。とはいえ、黒髪イケメンも悪い気はしなかったので「まあ……いいか」と了承した。

 

「俺はキリト、よろしく」

 

「キリトさん。ありがとうございました!」

 

「ありがとう。恩に着る」

 

「どういたしまして。じゃあな。最後まで楽しもうぜ」

 

 二人は改めてお礼を言うと、颯爽と現れたヒーロー――キリトは笑顔で返し、森の奥へと消えていった。

 

「いまの人、強くてカッコよかったね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ヒーローが去っていった通路を羨望の眼差しで見つめていたコハルの一言に、リクは内心を悟られないように返した。

 助けてもらった事は素直に感謝しているリクだが、自分と友達になりたいと言った女の子に注目されたキリトに少し嫉妬してしまった。

 

「とにかく、まずは場所を変えるか」

 

「うん、そうだね」

 

 ここに長居すればまたさっきの強ザコと戦う羽目になってしまうかもしれない。キリトの助言通りにリクとコハルは移動することにした。

 

 

 

 

 

 やがて、『はじまりの街』の近くにあるフィールド『原始の草原』で訓練を再開。コハルは基本を押さえたこともあって戦い方が様になって来ており、今もちょうど青イノシシを余裕で倒したところだ。

 

「ねえ、今の良かったよね⁉」

 

「ああ、尻もちもつかなくなったしな」

 

「もう、それは言わないでよーっ」

 

 リクが少し誂うと、コハルは可愛らしく顔を赤らめていじけた。森の中での失態を意外と気にしていたようだ。

 

「ところで今更だけど、リクはどれくらい強いの?」

 

 コハルはふと気になったことを聞いた。リクは「うーん、そうだな」と言いながら考えた。

 

 MMORPGで純粋にプレイヤーの強さを示すのはレベルだが、それを言ってもド素人だったコハルにはピンと来ないはず。ならば、自分の実力がどこまで通用するのかを伝えた方が分かりやすい。

 

「第七層のモンスターを五分五分で倒せるくらいかな」

 

「ええっ、すごいよリク!」

 

「いや、攻略の最前線に立っていたプレイヤーと比べれば大したことないって」

 

 コハルは驚きの表情であったが、リクは苦笑いで対応した。

 ベータテストでは第九層までが攻略されており、キリトの様なトッププレイヤーはきっとそこのmobを余裕で倒せるくらいの実力を身に着けているはず。でなければ森にポップした強ザコを簡単に倒せるはずがない。リクはそう考えていた。

 

「でも一緒に努力すれば、もっと上を目指せるよ。私はそう思ってる」

 

「それじゃ、正式版が待ち遠しいな」

 

「ふふ、楽しみにしてる」

 

「ああ、俺も楽しみだ」

 

 リクはコハルの気持ちを否定せず、笑顔で対応した。キリトみたいに強くなれるのかは分からないが、楽しみにしてるという言葉は嘘偽りではない。トッププレイヤーになれなくても、一緒に楽しむことができればそれでいいのだ。

 やがて、カララン、カラランとベルの音が鳴り響き、アナウンスが流れる。

 

『《ソードアート・オンライン》ベータテストにご参加いただきありがとうございました。本日、午後五時をもちましてベータテストを終了いたします。ベータテスト終了に伴い、全てのプレイヤーデータはリセットされます。正式版のご参加を心よりお待ち申し上げております』

 

「もう終わりかぁ。……最後にリクに会えて、本当によかった」

 

「ああ、俺もコハルに会えてよかった」

 

 互いにそう言った二人は、表情には出さないが寂しい気持ちだった。

 もうすぐこの世界から強制的に現実へと戻される。二人は当分の間、顔を合わせることなく、それぞれの日常に戻るのだ。

 だが二人とも正式版をプレイすると決めている。だからまた会えると信じて互いに笑顔で告げた。

 

「リク、またね」

 

「またな、コハル」

 

 やがて二人の視界は真っ白になり、意識は現実へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 長いようで短かった二ヶ月。なかなか思うようにいかなかったコハルだが、最終日には友達ができた。再開の約束もした。

 しばしの別れであっても、近いうちにあの浮遊城でまた会える。その時はまだ見ぬ地へ踏み入れ、向こうの世界で初めてできた友達、これからできるかもしれない仲間達と共に、ワクワクしつつもドキドキした冒険をするのだろう。それはきっと楽しい思い出になる。

 

 

 

 コハルはそう信じていた。

 正式版がリリースされた翌日、あの宣告を聞くまでは。

 

 

 ***

 

 

「よっ、待たせたな」

 

「ひゃぁぁぁぁぁ!」

 

 急に肩をポンと叩かれたコハルはびっくりして意識を現実へと引き戻され、可愛らしい悲鳴を上げながら振り返った。

 そこにはさっきまで見ていた写真と同じ笑顔をした茶髪の男性がいた。彼こそ、浮遊城アインクラッドで出会った恋人にして、SAOの虜囚達を開放へと導いた二大英雄の一人――緑の勇者・リクである。

 

「もう、脅かさないでよ!」

 

「ああ、悪い。脅かすつもりはなかった。 ……って、あれ?」

 

 可愛らしく起こるコハルに弁明するリクだったが、ふと気づいたことがあった。

 

「俺達、初めて会った時と似てないか? 悲鳴の上げ方とか、さっき俺が言った事とか」

 

「あ、言われてみれば」

 

 コハルは顔を赤くしつつも、最愛の人を愛おしそうに見つめた。

 

「……覚えててくれたんだ」

 

「当たり前だろ。俺達の運命の出会いだからな」

 

「う、嬉しいけど、恥ずかしいな。人もいるし」

 

 横目になったコハルに言われてリクが視線の先を見ると、人の行き通りが激しい中で、三人組の女子がこちらを見ながら面白そうに立ち話をしている姿を見つけた。 きっとアツアツのカップルだとか言って茶化しているのだろう。いつまでも見られていてはこちらも恥ずかしくなってしまう。

 

「……とりあえず、移動しよう」

 

「そ、そうだね」

 

 コハルは恋人の漠然とした提案を受け入れ、手をつないで歩きだした。行き先は既に決めてある。到着する予定までまだ時間はあるが、デートも兼ねて辺りを見て回ればいいだけだ。

 愛する人へのサプライズを楽しみに、コハルはリクと共に上野駅を出た。

 

 

 



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ダイシー・カフェにて

 2025年5月4日

 

 アンティーク感漂う飲食店の店内で、顎髭を生やしたガタイのいい男が雑巾でカウンターの台を拭いていた。肌の色はチョコレートのようで、頭部はスキンヘッドである。

 男の名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ。アフリカ系アメリカ人の黒人で、このダイシー・カフェのマスター、そしてエギルという名前を持つSAO生還者でもある。

 既婚者であり、ネトゲで慣れはじめた妻と共にこの御徒町で店を開いたのだが、その矢先にSAOに囚われてしまった。

 それからVRの中にいた二年四ヶ月とリハビリの二ヶ月間は妻に店を任せっきりになってしまったが、共に戦った仲間達と共に現実へと帰還し無事に復帰するに至った。

 

 カラン、カラーン。

 

 ドアーベルが店内に鳴り響く。開店にはまだ時間があるのだが、それ以前に今日は店が休みなのだ。本来なら鍵をかけるなりするのだが、

 

「おお、来たか」

 

 エギルは愛想よく、入ってきた人物達を出迎えた。四人組で一人は男子、三人は女子である。みんな十代後半の若者であり、エギルの仲間なのだ。

 

「やあエギル、朝から拭き掃除とはな。随分、精を出してるじゃないか」

 

 最初に答えたのは唯一の男子だった。黒髪をした女顔で、華奢な体つきは強そうに見えないが、彼こそSAOをクリアしたもう片方の二大英雄――黒の剣士・キリトなのだ。

 本名、桐ヶ谷和人(きりがやかずと)。かつてはただのネトゲ廃人だったが、SAOに囚われた後は様々な困難を仲間達と共に立ち向かい、ラスボスを倒して現実へと帰還したのだ。

 

「当たり前でしょ、キリトくん。お店の中が汚かったら、誰も食べに来ないわよ」

 

 呆れながら言ったのは、栗色のロングヘアをハーフアップにした美少女だ。

 結城明日奈(ゆうきあすな)。プレイヤー名も下の名前と同じアスナである。

 元々はゲームとは縁遠い人種であったが、興味本位でSAOにダイブして囚われてしまう。

 当初はかなり無茶をしていたが、キリトとの出会いをきっかけに攻略を目指し始め、やがて攻略に大きく貢献し、キリトと相思相愛になったのだ。

 

「その通りだ。特に今日は特別な日だからな」

 

 エギルが朝早くから掃除をしているのも、キリト達が休みであるはずの店に来たのも、今日の主役を祝うパーティーに参加するためである。

 

「それにしても、素敵なお店ですね」

 

 店内を見渡していた残り二人の内、黒髪おかっぱの巨乳少女がそう言うと、もうひとりの眼鏡を掛けた少女が賛同した。

 

「そうね。この店の雰囲気、私は好きよ」

 

 おかっぱの巨乳少女はキリトの妹で、名前は桐ケ谷直葉(きりがやすぐは)。SAOでは妖精の異名を持つリーファというプレイヤーであった。

 本来、キリトにとって彼女は従妹の関係なのだが、彼は物心が付く前に両親を失ったため、直葉の母である叔母に養子として引き取られたのだ。

 一方、眼鏡を掛けた少女は朝田詩乃(あさだしの)。SAOでのプレイヤー名はシノン。アインクラッドでは数少ない弓使いであり、狩人の異名を持つ。クールな性格である。

 

「そうか。お嬢さん方に気に入って貰えて何よりだ」

 

「ところで、今日のパーティーには他に誰が来るんですか?」

 

 厳つい顔のエギルが微笑んでいると、アスナが尋ねてきた。

 

「ああ、都合が良かったのはZとKとアルゴ、GVにシアン、クラインとサチにクロウ、ザ・ファントムからはジョーカー、スカル、パンサー、フォックス、オラクルの五人、あとデスティニー・スターズは初期メンバーの六人だ」

 

「へえ、思ったより集まったじゃないか」

 

「そうね。明後日は帰還者学校に入学するから、みんな準備でバタバタしてると思ったけど」

 

 キリトとシノンは意外に思った。

 事件が解決した時に懸念されていた問題の一つが、事件発生当時にSAOに囚われた学校の生徒達の教育をどうするかということだ。

 帰還者学校とは、そんな生徒達に最低限の教養を身に着けさせるために政府が用意した施設である。場所は西東京市で、都心部から離れた場所に住んでいる人達は、そのために一人暮らしの準備をしていて忙しいのだ。

 

「それでも、二十人以上も来てくれるなんて、すごいですよ」

 

「けど、店のスペースを考えると、来すぎたらそれはそれで大変だけどな」

 

 リーファは感嘆すると、キリトが水を差す発言をしたため、エギルはやや険しい表情になった。裏を返せば店が狭いと言っている様なものなので当然だが。

 

「エギルさん、まだ時間はありますし、私たちに何かできることはありますか?」

 

 アスナが尋ねた。

 

「そうだな。料理ができる奴は俺と一緒に仕込みを手伝ってくれ。他の奴等は掃除を頼む」

 

「それじゃあ、私とシノのんは仕込みの手伝いで、キリト君とリーファちゃんは掃除をお願いね」

 

「あ、ああ……」

 

 役割は決まったが、キリトはやや憂鬱そうな声で返してしまい、それを察したシノンが怪訝な表情で問い詰める。

 

「アナタ、もしかして時間まで寛ぐつもりじゃなかったんでしょうね?」

 

「い、いや、そんなこと」

 

「キリトくん」

 

「お兄ちゃん」

 

「おい、キリト」

 

 困惑したキリトを見つめる周囲の目は険しい。やや重そうな空気にしてしまった張本人はなんとかこの状況を脱するべく、無理やりテンションを上げる。

 

「よーし、それじゃあ頑張って店の中を綺麗にしよう! エギル、掃除道具はどこだ?」

 

「裏口を出てすぐ左だ」

 

「わかった、今日のパーティーを成功させるぞー!」

 

 その場から逃げるようにダッシュで裏口へと向かうキリトを見て、全員ため息をついた。あんな感じでも、彼は列記としたヒーローなのだ。

 

 

 

 

 

 キリトが掃除道具を持ってきて、皆それぞれの役割をし始めてから三〇分が経過した。掃除担当のキリトとリーファの兄妹が全ての窓とテーブルを拭き終えた時、再びドアーベルが鳴った。パーティーの招待客が新たにやって来たのだ。

 男女二人で、男の方はむさ苦しい無精ひげをした野武士面をしており、額に悪趣味な柄のバンダナを巻いた二〇代の男性。女の方は小柄な体格をした少女で、髪型はくしゃっとしたショートボブで髪色が少し抜けている。

 

「よう、おめぇら」

 

「久しぶりだナ」

 

「おお、二人とも!」

 

「お久しぶりです!」

 

 キリトとリーファはSAOからの付き合いである二人の再開を喜んだ。

 

「ああ、ホント久しぶりだよな。別れてからまだ二ヶ月近くしか経ってねえってのによう、懐かしい気分だぜ」

 

「俺達も同じだよ、クライン」

 

 キリトがクラインと呼んだ男の名は坪井遼太郎(つぼいりょうたろう)。義理堅い気さくな好青年で、SAOでは攻略組ギルド風林火山のリーダーである。

 キリトがサービス開始の初日で、最初に友達になったプレイヤーだ。額に巻いている悪趣味な赤いバンダナはリアルでも健在である。

 

「いやー、正しく感動の再開だナ」

 

 茶化すようにそう言った小柄な少女は帆坂朋(ほさかとも)。SAOでは情報屋のアルゴ。

 キリトとはベータテスト時代からの付き合いであり、彼女の情報にはよく助けられていた。

 

「それにしても、何で二人は一緒に来たんですか?」

 

「いや、たまたまここに来る途中でばったり会ってよ」

 

「まあ、成り行きってやつダ」

 

 リーファの疑問に、二人はただの偶然だという答えを返した。そして今度はクラインが尋ねる。

 

「ところでお前ら、何やってんだ?」

 

「見ての通り掃除だよ。店が汚かったら客が来ないし、本日の主役に失礼だろ?」

 

「まあ、そりゃそうだよな」

 

 前半は見れば分かるのだが、後半は納得のいく答えだった。

 

「ほう、キー坊は立派だナ。オネーサン、感激だゾ」

 

「ま、まあな……」

 

 アルゴの褒め言葉にキリトが苦笑いで返すと、リーファが呆れた口調でツッコむ。

 

「それ、ほぼアスナさんの受け売りなんだけど。それにお兄ちゃん、最初は寛ごうとしてたよね」

 

「ふーん、そうなんダ」

 

「おいおい、キリの字」

 

「あ、あはははは……」

 

 アルゴとクラインの痛い視線をキリトは苦笑いしながら目を逸らす。すると丁度、エギルが調理場から出てきた。

 

「おっ、クラインとアルゴも来たか」

 

「おう、エギルの旦那」

 

「そっちも元気そうだナ」

 

 互いに懐かしい顔を確認すると、エギルは二人に頼んだ。

 

「来てもらって悪いんだが、お前らにも掃除を手伝ってほしいんだが」

 

「おう、任せろ」

 

「わかっタ」

 

 アインクラッドで共に生きた仲間だけあって、二人は快く了承したのだが……

 

「それじゃ、アルゴはキリトとリーファを手伝ってやってくれ。クラインはトイレ掃除を頼む」

 

「はあ、何で俺だけトイレ掃除なんだよ⁉」

 

 自分だけがそんな場所を掃除することにクラインは不満だが、エギルは淡々と返す。

 

「ここはもう三人で十分だ。残っているのはそこしかないんだよ」

 

「け、けどよ、せめてじゃんけんして決めるとかあるだろ⁉」

 

「おいクライン。お前はレディーにそんな不衛生な場所を掃除させる気カ?」

 

 それでもクラインは食い下がらなかったが、アルゴに怪訝な顔で言われてしまう。

 

「クラインさん。ここは女性優先ですよ」

 

「男なら潔く諦めろよ、クライン」

 

 さらにリーファとキリトにもレディーファーストを勧められ、観念した。

 

「……はあ、わーったよ」

 

 こうしてクラインは憂鬱な気持ちでトイレへと向かって行き、やがてキリト達も床掃除へと移るべくモップの用意をした。

 主役を迎えるパーティーの準備は、着々と進んでゆく。

 

 

 



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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第0回  MOREDEBANは関係ない

注意 これは本編の時間軸とは関係ない番外編です



シリカ「……と、いうわけなんですよ」

 

リズベット「はあ、相変わらずキリトは――はっ!」

 

シリカ「リズさん、どうかしましたか?」

 

リズベット「まずいわよシリカ! もう本番始まってるわよ‼」

 

シリカ「ええっ、どうしましょう⁉」

 

リズベット「と、とにかく、タイトルコールよ‼」

 

 

 

シリカ「シリカと!」

 

リズベット「リズベットの!」

 

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

 

リズベット「え~、開始のタイトルコールから少し間があったような気がする読者もいると思うけど、多分気のせいだから!」

 

シリカ(リズさん、それすごい無理がある気がしますけど……)

 

リズベット「それじゃあまず最初に、このアイメモラジオ――通称メモラジをやるに至った理由を説明するわね」

 

シリカ「理由、ですか?」

 

リズベット「ええ、まず本作ソードアート・オンライン インテグラルファクターX ーアインクラッド・メモリーズー(以降はSAOIFX)、通称アイメモについて説明するけど、この作品はタイトルから分かると思うけど、現在配信中のアプリゲーム《ソードアート・オンライン インテグラルファクター》をにしたベース二次創作なの」

 

シリカ「はい、それは分かりますけど」

 

リズベット「まあ、元になったゲームも原作と違うシナリオや設定があるんだけど、さらに言えば本作も独自設定とか原作と違うところがあるから、読者が混乱すると思うの。だからラジオ形式であたしたちが補足するために、メモラジをやることになったわけ」

 

シリカ「なるほど。でも、どうしてあたしたちが選ばれたんでしょうか?」

 

リズベット「そ、それは、あたしたちが仲良くて、掛け合いがいいからじゃないかしら? まだ本編に登場してないからとか、MOREDEBANは関係ない……はずよ!」

 

シリカ「何で間が空くんですか⁉」

 

ピナ「きゅる~」(元気なさげ)

 

 

 

 

 

 知りたい聞きたいあんなこと

 

 

 

シリカ「メモラジでは、ラジオでもよくある質問コーナーを設けています。タイトルは《知りたい聞きたいあんなこと》です。でも今回は……」

 

リズベット「まあ、初回だからね。さすがに読者からの質問なんてあるわけないわよね。なので今回は投稿者が予め読者の気になることを二つ予想しておいたから、それを説明するわね」

 

シリカ「まず一つ目は、今回が第1回じゃなくて第0回になってる理由ですね」

 

リズベット「今回はあくまでメモラジについて説明するのが目的なので、次回から本格的に始まるという意味で第0回にしたみたいよ」

 

シリカ「二つ目は、投稿者がSAOIFXを書くに至った理由についてです」

 

リズベット「投稿者は前から、小説を書いてみたいって思ってたそうよ。まだ0からオリジナルを書く自信がなかったみたいだから、まずは二時創作を書いてみようってことになったみたい」

 

シリカ「何で《ソードアート・オンライン》を選んだかっていうのは、アニメをたまたま見て、興味が湧いたので原作を読んでみたら、ハマってしまったそうです」

 

リズベット「しかも投稿者は二次創作もいくつか読んでたみたいだけど、中でも鈴神さんの《ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-》にインスパイアされたみたいなのよ」

 

シリカ「名前出してる時点で、宣伝してますね」

 

リズベット「だから注意書きにもある通り、他作品のパロキャラが登場するから、そこのところは理解してね。さらに言うと、オリキャラも出すつもりよ。投稿者って、ハードル上げてるって言うか、欲張りっていうか……」

 

シリカ「質問については、感想に知りたいこと、疑問に思ったことを書いていただければ結構です。ただ、全部はさすがに無理みたいですので、そこは投稿者の判断に委ねることになります。ご了承ください」

 

リズベット「あと、本編に関わるネタバレもダメだから。まあ、当然よね」

 

ピナ「きゅる~!」

 

 

 

 

 

 知りたい! あの人たちの異世界活動

 

 

 

シリカ「まず最初に、メモラジでは次回から、本編に登場する人たちゲストでお招きします」

 

リズベット「本作は、原作のパラレルワールドの関係なのよ。さっきも言ったけど、パロキャラも登場するし、あたしたちから見れば原作の人たちは平行世界の存在なのよね」

 

シリカ「なので、ゲストの人たちが別世界に存在する自分や仲間たちの登場する作品を紹介したいと思います」

 

リズベット「今回は初回だから、平行世界の私たちを知る方法について説明するわ」

 

シリカ「その方法ってなんですか?」

 

リズベット「後ろにスクリーンがあるじゃない。あたしたちが合図を出せば、映し出されるそうよ」

 

シリカ「そうなんですか。でも、何が移し出されるんですか?」

 

リズベット「話によると、作品のPVみたいで、あたしたちがそれを説明したり、感想を話したりするみたい」

 

シリカ「それで、合図っていうのは?」

 

リズベット「こう言うのよ。レッツ・スタート‼」

 

シリカ「シ、シンプルですね……」

 

ピナ「きゅる~」

 

 

 

 

 

 SAO攻略全書 大丈夫、アルゴの攻略本だよ。

 

 

 

リズベット「SAOにはいろんな武器やスキルがあるけど、このコーナーはそれらの情報を私たちが説明していくわよ」

 

シリカ「でもリズさん、どうしてメモラジのレギュラーじゃないアルゴさんの名前が出てくるんですか?」

 

リズベット「……実はと言うと、このコーナーで出てくる情報って、アルゴから提供されたのよね。さらに言うと、見返りに名前を出してくれるように頼まれちゃって……」

 

シリカ「つまり、宣伝みたいなものでしょうか?」

 

リズベット「たぶんそうよね。それから、本作に出てくるスキルや情報は非公式設定だから、原作と違う部分もあることは分かってね」

 

シリカ「本編でもスキルの説明はありますけど、全てを紹介することはできませんので、このコーナーは補完する意味合いも込めています」

 

リズベット「まあ、原作でもたくさんの種類の武器があるみたいだけど、出てくるのは一部だけなのよね。投稿者はなるべくいろんな武器を出すみたいよ」

 

シリカ「皆さん、楽しみにしていてください」

 

ピナ「きゅる~」

 

 

 

リズベット「まあ、今回はこんなところかしらね」

 

シリカ「コーナーの説明だけだったのに、あっという間に時間が来ちゃいました」

 

リズベット「でも、次回からが本番よ。何せゲストが来るんだし、今回よりもプレッシャーは大きいわよ」

 

シリカ「そうですね。気を引き締めないといけないですね!」

 

ピナ「きゅる~!」

 

シリカ「ピナも応援してくれるんだね。ありがとう」

 

リズベット「それじゃ、最後にもう一つだけコーナーがあるんだけど、シリカお願いね!」

 

 

 

 

 

IFXコソコソ噂話

 

 

 

シリカ「リクさんは元体育会系だけあって、年上だと分かる相手には敬語なんですけど、クラインさんは呼び捨てでいいと言われたから、そうしているそうですよ」

 

リズベット「はい、オッケー!」

 

シリカ「リズさん、このコーナーって、どう見ても大人気作品のパクリなんじゃ……」

 

リズベット「まあ、言いたいことは分かるけど、投稿者は本編じゃ書けない豆知識を補完するためのコーナーを作りたかったみたいで、どうしてもノリでやってみたかったみたい」

 

シリカ「そ、そうなんですか(後でファンから苦情が来なければいいんですけど……)」

 

リズベット「それじゃシリカ、みんなとお別れよ!」

 

シリカ「はい!」

 

シリ・リズ「「次回も、お楽しみに!」」

 

ピナ「きゅる~!」

 

 

 



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第一層 デスゲーム開始
正式サービス開始


 2025年5月4日 

 

「……はあ、調子に乗ったな」

 

「うん、思ったより疲れたね」

 

 今、リクとコハルはベンチに腰掛けて休憩中である。

 二人は上野駅を出た後、予定通りデートで上野恩賜公園を見学することにした。 様々な建物や偉人の像を見て回った後に不忍池でスワンボートに乗ったのだが、ノリに乗ってペダルを力いっぱい早く漕いでしまい、バテてしまったのだ。無理もない。帰還者は二年以上も寝たきりで体力が落ちており、ようやく日常生活ができるレベルになったのだ。疲れやすくなったのは当然である。

 

「ちょっと喉乾いちゃった。何か飲み物買ってくるけど、リクは何か飲みたいものある?」

 

「そうだな。スポーツドリンクを頼む」

 

「うん、分かった。ちょっと待ってて」

 

 コハルはベンチから立ち上がると、飲み物を買いに行った。

 

(あ、こういう時って、彼氏の方が行くべきだったんじゃ……)

 

 コハルの姿が見えなくなってからリクはふと思った。だが、もしかすると今日は特別な日だから気を使ってくれたのかもしれない。それなら少しは彼女に甘えてもいいだろうと思い、ポケットからスマホを出して時刻を確認する。

 十二時二十五分。午後一時まであと、三十五分であった。

 

「あの日サービスが開始したのも、一時だったな」

 

 リクの口から、そんな言葉が溢れた。

 

 * * *

 

 2022年11月6日

 

 時刻は十一時半、少年が自宅のリビングで昼食を摂っている。メニューはカップ麺とサラダ。昨日予めコンビニで買っておいたものだ。

 なぜそんなに早い時間帯に食べるのか? なぜそんな簡素な食事なのか? それはやりたいことのために、時間に余裕を持っておきたいからだ。

 ソードアート・オンライン。通称SAOと呼ばれる世界初のフルダイブ型VRMMORPGが今日の午後一時にサービスを開始する。このゲームを遊びたい人達は、初回ロットの一万本の内の一本を手にするために必死になっていたのだ。見事に手にした人々はさぞ幸運であろう。

 今昼食を取っている少年――大地駆(だいちかける)も購入したのだが、大して苦労して手に入れたわけではない。なぜなら、徹夜で店に並んでいた人たちよりも更に幸運に恵まれているからだ。

 SAOは八月上旬から十月上旬の二ヶ月間にベータテストが行われており、それをプレイする権利が応募した人たちの中から抽選で千人に与えられる。しかも正式版パッケージの優先購入権を得られるという特典付きである。

 駆はMMORPGが好きなわけではない。体を動かすゲームはプレイしているが、SAOは仮想世界に入って体を動かすという、今までにないものだった。そこに惹かれてダメ元で応募してみたが、見事に当選した。

 応募はネットで一人一回のみ。総数は十万人近くに上る。当たる可能性が運だけで左右される上に百人に一人の確率なので、難関大学に合格するよりも厳しい。まさかその狭き門を掻い潜ることになるとは駆自身もビックリであった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食事を終えた駆は手を合わせて言うと、手際よく片付けを始める。

 現在、家にいるのは駆一人だけ。駆は両親と双子の姉の四人暮らしで、両親は揃って買い物へ、姉は気晴らしで友達と遊びに出かけている。仮に誰かいたとしても、食事の後片付けは最低でも自分で台所の流しまで持っていくのが大地家のルールなのだ。とはいえ今は、カップ麺のスープを流しに、割り箸や器をゴミ箱へ捨てるだけなので手間は掛からないのだが。

 片付けを終えた駆はトイレに向かおうとしたが、リビングの棚に飾られた数々のトロフィーと優勝カップに目が行く。

 駆は、姉と共にプロを目指していたテニスプレイヤーであった。姉弟揃って才能に恵まれ、かつては互いに励まし合い、共に大会を優勝して栄光を手にしてきた。

 だが今はもう、それを手にしているのは姉だけである。

 三年前の学校の帰り、テニス部の仲間たちと共に途中にある公園の前を通ろうとした時であった。

 入口からサッカーボールが転がってきたのだ。それはそのまま道路へと向かっていった。

 駆は何か嫌な予感がした。それは的中し、ボールを追うように子供が出てきたのだ。まだ幼いこともあって、左右を確認せずに道路に飛び出した。明らかにボールしか見えていない。さらにタイミングの悪いことに、車が子供に向かってくる。

 

 気づいたときには、駆の体は勝手に動いていた。

 

 通学用カバンとテニスラケットを投げ捨て、車にぶつかりそうになる子供に向かって走った。やがて姿勢を低くして子供を歩道の方へと素早く押し出した。そして……

 

 駆の右肩に衝撃が走った。

 

 その場にいた仲間たちが呼んだ救急車で、駆は病院へと運ばれた。命に別状はなかったが、後に医師から残酷な事実を突きつけられた。

 右肩はもう、元には戻らない、と。

 もう過去のことだと割り切ったつもりでいた駆だったが、なぜか今日に限って昔の栄光の象徴が気になってしまった。気がづけば、元に戻らない右肩を左手で触っている。

 高校に入ってからは普通の高校生になろうと思って今どきの若者らしいことをしていたが、心から楽しむことはできなかった。

 本当は分かっているのだ。ただ夢を諦めざるを得ないことから目を背けていることを。これからVRの世界に入ろうとしているのもそうなのだ。

 

(いや、ネガティブになるのはよそう)

 

 駆は気持ちを切り替えた。ベータテスト時代、仮想世界での未知なる体験で感じた、久しぶりにワクワクしたあの気持ちに偽りはない。

 それに、もしかすると……

 

 ふふ、楽しみにしてる。

 

 最終日に出会ったあの少女が今日、向こうの世界で待っているかもしれない。あの日戦い方を教えてほしいと頼まれて指導し、初めてモンスターを倒したときの彼女の笑顔は今も覚えている。

 別れ際に再開を期待する言葉を交わしてから一ヶ月、彼女と浮遊城を冒険するこの日を心待ちにしていたのだ。たとえ現実から逃げているのだとしても、今は楽しむことにしよう。

 トイレを済ませ、時間潰しにリビングでコッップ一杯分のジュースを飲みながらテレビを見ると、丁度ニュースでSAOの話題が取り上げられていた。

 数日前の映像だろう、ソフトを購入できた人たちが集まって嬉しそうにパッケージを自身の笑顔と共にテレビカメラに向けている。他にもスタジオにゲストとして呼ばれた芸能人やコメンテーターが和気あいあいとしたトークを聞いているうちに、時刻はサービス開始の一五分前になっていた。

 体調は万全、不調でログアウトする事態にはそうそうならないはず。そう判断した駆はテレビの電源を切ってコップを片付けると廊下に出て階段を上がり、自分の部屋へと向かう。

 中に入ると、予め自分の勉強机の上に置いてあった濃紺の流線型のヘルメット――ナーヴギアを両手で取ってベッドに腰掛ける。電源を入れて被ると顎の下でハーネスをロックしてシールドを下ろし、そのままうつ伏せで横になって開始時刻を待つ。

 シールドの左上に表示されている時間は午後十二時五〇分。残り十分の間に駆は思った。あの少女は約束通りに来てくれるのか? もし再開できたら、まずは何をしようか? どんな冒険が待っているのか? 自分はどれほど向こうの世界で強くなれるのか? そんな期待と不安の感覚を感じているうちに、時は来た。

 午後一時。ソードアート・オンライン、正式サービス開始の時刻である。

 駆は待ってましたと言わんばかりにナーヴギアの内側で笑いながら瞼を閉じ、仮想世界へ旅立つための言葉を唱えた。

 

 

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 言った途端、視界が真っ暗闇になった。この時点で視神経からの入力はキャンセルされたのだ。目の前はすぐに真っ白になり、奥から色とりどりの光の棒がこちらに向かってくる。否、まるでこちらが向かっているような感じである。向こうの世界へ引っ張られているのをイメージして作られたエフェクトだろう。

 それが終わると各種感覚の接続テストの画面が一つ一つ出現し、それぞれOKマークが表示される。一つでも異常があるとゲームのプレイに支障が出てしまい、最悪の場合はダイブすらできないこともある。

 だが駆はベータテスト時に何度も行っており、その度に異常なしという結果になっているため、当然問題はなかった。

 次に言語の選択だが、当然日本語。選ぶとログイン画面が表示され、出現したホロキーボードでアカウントとパスワードを入力する。

 最後に待っているのはキャラクター登録であり、ここでSAOで活動する借りの肉体――仮想体(アバター)を生成するのだが、駆の前に表示されているメッセージは特別なものだった。

 

 βテスト時に登録したデータが残っていますが、使用しますか?

 

 ベータテスト時のステータス自体はリセットされてしまったものの、使用していたアバターだけは引き継げる。また一から作るのは面倒なので、これも当選した人たちの特権である。

 何より、外見が違っていては目的の人物に見つけてもらえない。なので駆は迷わずYESを選択した。

 ウインドウが消えて画面が灰色になると、

 

 Welcome to Sword Art Online!

 

 と表示された。仮想世界に入るための準備が終わったということだ。青白い光と共に吸い込まれるようなエフェクトが発生し、それがしばらくの間続いた。大方、駆と同じように開始時刻とほぼ同時にログインしているプレイヤーが多いせいで回線が混雑しているのだろう。

 やがて真っ白になって瞬時に風景へと変わった。視界に映るのは広大な石畳、周囲を囲む街路樹、瀟洒な中世風の町並みであった。更に正面遠くには黒光りする巨大な宮殿が見える。ベータテスト時に見慣れた第一層の主街区『はじまりの街』である。

 ついに浮遊城アインクラッドに戻ってきた。

 

 SAOのプレイヤー、リクとして。

 

 

 



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再開(前編)

「…………はあ、簡単には見つからないか」

 

 リクはため息をつきながら、中央広場の真ん中にあるモニュメントに立ってもたれていた。

 SAOにログインした時、リクはまずベータテストの最終日に出会った少女を探してみることにした。

 浮遊城に降り立った時にも既にたくさんのプレイヤーがいたが、ほぼ全員がベータテスターであるとリクは推測した。彼らはベータテスト時代のアバターをそのまま引き継ぐことができるため、キャラクター作成の時間を省略できるからだ。

 もし目的の少女がサービス開始時刻と同時にログインし、ベータテスト時代と同じアバターを使用しているならば、今のタイミングが見つけやすい。リクはそう思って早速行動に出たのだが、十五分広場を歩き回ってもなかなか見つからなかった。

 無理もない。サービス開始時刻にログインしたとはいえ、その時既に八百人近くのプレイヤーがいたのだ。リクもザッと周りを見渡したが、正確な数が分からなくとも、それだけの集団の中で一人を見つけるのが簡単でないことは察していた。

 だが、こちらはベータテスト時代と同じアバターであるが故に、向こうがこちらを見つけてくれるかもしれないという期待もあったため、そんなに時間は掛からないだろうとも思っていたのだ。

 都合よく考えれば、ベータ時とは違うアバターにしているか、外せない予定ができて遅れているか、あるいは今日はログインできない状況にあるということになる。だが、悪く考えればただの口約束だったのかもしれない。

 

(さてと、どうしようか……)

 

「あの、すみません。もしかして……」

 

「うん?」

 

 リクが次の行動を考えていた時だった。声がした方向に視線を向けると、そこには少女がいた。セミロングの黒髪で、清楚さを感じさせるルックスである。

 その姿は正しく、リクが探していた少女の姿そのものであった。

 

「やっぱりリクだった!」

 

「コハル!」

 

 ベータテストで出会った二人が、一ヶ月の時を経て再開した瞬間であった。互いに喜びで溢れている表情で走り寄る。

 

「もうプレイヤーがわんさかいるっていうのに、よく見つけられたな」

 

「ベータのときとおんなじアバターなんだもん。すぐわかったよ」

 

「まあ、それもそうだな。見つけてもらうために、前と同じ姿にしたんだからな」

 

「私もリクがわかるように、ベータと一緒にしてたんだ」

 

「そりゃ良かった。互いに姿が変わってたら、見つけるまでに日が暮れるところだったな」

 

「もう、リクったら」

 

 二人は笑い合いながら言葉のキャッチボールを交わし合う。その様子は、周りから見れば仲のいいカップル以外の何物でもない。

 

「それじゃ、改めてよろしくな、コハル」

 

「うん。よろしくね、リク。それで、えっと……さっそくなんだけど……」

 

 コハルは歯切れが悪くなってしまう。リクは何か問題があるのだろうかと思いつつも、次の言葉を待つ。

 

「またバトルのやり方を教えてもらっていい? 久しぶりで自信がないの」

 

「なんだ、そんなことか。構わないぜ」

 

「ありがとう!」

 

 リクは笑顔で承諾し、コハルは嬉しそうに感謝を述べた。ベータテストの最終日でようやくまともに戦えるようになったのだ。そんな素人が一ヶ月ものブランクがあれば、不安になるのも仕方がない。

 

「その前に、まず店で武具と回復アイテムを買いに行くか」

 

「…………あ」

 

「どうした?」

 

 何かを思い出して固まったコハルに、リクは心配そうに声を掛ける。

 

「リク、ごめん。私、お金持ってない!」

 

「…………え?」

 

 頭を下げたコハルの衝撃発言に、リクは唖然とした。

 ベータテスト開始時には、所持金は千コルだったはず。仮に正式版で変動があったとしても、流石にゼロになることはないはず。ちなみにコルとは、SAOの通貨単位である。

 

「何に使ったんだ?」

 

「……これに」

 

 コハルが申し訳なく指を指したのは、自分の服の襟に付けているブローチであった。Pの文字と鍵盤が合体したような見た目で、鮮やかな虹色をしている。

 

「この街のアクセサリー屋で見つけてね、一目見て気に入っちゃったんだ。これ一つにほぼ全額使ったの」

 

「まあ、気に入ったものがすぐ欲しいっていうのは分かるけど、ここは我慢して、お金に余裕ができてからのほうが良かったんじゃ……」

 

「ごめんね。でもこれ、店に一つしかなかったんだ。ベータテスト時代がそうだったから」

 

「そうだったのか」

 

 つまり、コハルがそのブローチを見つけたのはベータテスト時代で、当時も購入して身につけていたということになる。一つしかないと知っていたのも、その時の情報なのだ。

 リクも思い返して見ると、初めて出会った時にコハルは虹色のブローチを身につけていた。余程のお気に入りで、正式版が始まったら真っ先に買いに行こうと思ったのだろう。サービス開始時間と同時にログインしたにも関わらず、再開するまでに時間が掛かったのはそういう理由もあったのだということが分かった。

 

「まあ、過ぎたことは仕方がない。コルは後で稼げるからな。しばらくは俺がフォローするから」

 

「うん、本当にごめんね」

 

「いや、謝るよりも礼を言ったほうがいいって。その方がこっちとしても嬉しいから」

 

「そうだね。ありがとう」

 

 これからパーティーを組むというのに、自分の都合のために足を引っ張ってしまったと思うと申し訳無さを感じてしまうコハルだが、明るい表情で許してくれて気持ちが軽くなった。

 

「そうだ。まずは所持品を見てみるか」

 

 リクはメニューを開くと、アイテム欄をタッチ。コハルも同じ操作をする。

 確認したところ、二人が共通して持っているのは、初めてログインしたプレイヤー全員の初期装備である片手直剣のスモールソードと三つのポーション。他にリクは防具である革製の胸当て、コハルは短剣のスマート・ダガーを所持している。

 

「俺の防具はいいとして、コハルの分はそうだな……よし、奢りだ。ベータテスト時代のmobを倒した祝いとして」

 

「いいの? ありがとう」

 

「それとスマート・ダガーはどうする? 売ってコルにするっていう選択もあるけど、他の武器も試してみたほうがいいんじゃないか?」

 

「じゃあ、せっかくだし使ってみる」

 

「よし。そうと決まれば買い物に行くか」

 

 二人はまず必要なものを揃えるべく行動を開始。コハルの革の胸当てといくつかの回復アイテムを購入した後、遂にフィールドへと出たのだった。

 

 * * *

 

「ぬおっ……とりゃっ……うひええっ!」

 

 《はじまりの街》の外にある《原始の草原》で、一人の男性プレイヤーが奇妙な掛け声を出しながらmobと戦っている。

 相手はSAOのキング・オブ・ザコ《フレンジー・ボア》なのだが、まだ戦闘に慣れていないせいで攻撃がまともに当たらない。

 剣の振り方は無茶苦茶で、虚しく空気を切るだけ。やがて突進攻撃をまともに受け、勢いで床を転がっていく。

 その様子を見ていたもう一人のプレイヤー――キリトは「ははは」と笑い声を上げるが、優しくアドバイスする。

 

「そうじゃないよ。重要なのは初動のモーションだよ。クライン」

 

「ってて…… にゃろう」

 

 額に赤いバンダナを巻いた男――クラインは毒づきながらも立ち上がるが、チラリとキリトの方を見て、情けない声を投げ返す。

 

「ンなこと言ったってよぉ、キリト……アイツ動きやがるしよぉ」

 

「動くのは当たり前だ、訓練用のカカシじゃないんだぞ。ちょっと見てろ」

 

 キリトはそう言うと、足元に落ちていた小石を左手で拾い上げる。そのまま肩の上でぴたりと構えると、小石は仄かな緑色に輝く。投擲スキル《シングルシュート》の体勢に入ったのだ。そうなれば、後はシステムアシストに身を任せればいい。

 キリトが自動的に小石を投げると、それは緑のラインを引きながら真っ直ぐ青イノシシの額に飛んでいき、命中した。

 敵はぶきーっ! と怒りの声を上げると、キリトの方に向き直って突進してきたが、《スラント》で逆転の首を切られて返り討ちにされ、ポリゴン片となって消滅した。

 

「さっき俺がやったように、ちゃんとモーションを起こしてソードスキルを発動させれば、あとはシステムが技を命中させてくれるよ」

 

「なるほどな。モーション、モーション……」

 

 説明を聞いたクラインは呪文のように呟く。今ので本当に分かっているのかどうかは怪しい。キリトがどう説明すればいいのかと考えていると……

 

「きゃあああ!」

 

 丘の向こうから悲鳴がした。二人は反応して聞こえた方角を見ると、クラインは首を固定したままキリトに確認する。

 

「おい、キリト。今、女の悲鳴が聞こえたよな?」

 

「ああ、確かに聞こえたな」

 

 嫌な予感がしたキリトはクラインの顔を見たが、案の定、赤いバンダナを額に巻いた男の顔は下心のありそうな笑みを浮かべていた。

 

「よーし、女のピンチに駆けつけなきゃ、男が廃るってもんよ。待ってろ、今助けに行くからな!」

 

「おい、クライン! お前まだmobすら倒せてないじゃないか!」

 

 キリトの静止を聞かずにクラインは悲鳴が聞こえた方へと走っていった。「はあ」とため息をつきながらも、仕方なくキリトは後を追いかけたのだった。

 

 

 




 原作では《投剣》になっている武器スキルを《投擲》に変えました。理由は少しネタバレになってしまうので、今は伏せておきます。ですが、ちゃんと理由はあるため、いつの日か解説できる日を楽しみにしていただけたら幸いです。


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再開(後編)

「きゃあああ!」

 

 青イノシシ相手に短剣ソードスキル《サイドバイト》を放ったコハルだが、空振った挙げ句に転んでしまう。

 敵はコハルに向かって再び突進してきたが、リクが割り込んで剣で防御。とりあえず《スラント》を首に放ち、葬る。ベータテスト時代と全く同じ状況になってしまった。

 リクはコハルに歩み寄り、微笑んで手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。ありがとう」

 

 リクの手を掴んだコハルは引っ貼られる勢いに任せて立ち上がったが、困り顔になってしまう。

 

「どうして攻撃が当たらないのかな? 教わったことは覚えてるのに」

 

「やっぱり、武器を変えたからだろう」

 

「うん、そうだよね」

 

 これは間違いないと二人は確信していた。

 そもそも、コハルがベータテスト時代に使っていた片手直剣と今使っている短剣では性能が全然違う。短剣は片手直剣と比べてリーチが短く、軽い。使い手に求められるのは、機動力を重視した戦い方なのだ。

 

「もし短剣が扱いづらいなら、片手直剣に戻すのも手だぞ?」

 

「ううん。まだ慣れてないけど、悪い感じはしないから。もう少し頑張ってみる」

 

 助言するリクだったが、コハルはまだ諦めずに使い続ける意思を示した。

 テニスプレイヤーだった頃に、自分に合った重さのラケットを選ぶことは重要であった。そんな過去の経験からのアドバイスだったが、まだ自分のスタイルに合わないとは思っていないようだ。

 とはいえ、ベータテスト時代は片手直剣と両手剣のソードスキルしか使っていないリクに、短剣による戦い方を教えるのは難しい。

 片手直剣でも機動力は大切だが、リーチの短い短剣ではそれがさらに重要になってくる。こればかりはコハルが経験を積んで学んでいくしかない。

 

「わかった。慣れるまでは俺がサポートしてやるから、頑張れよ」

 

「うん。ありがとう」

 

(せめてそれくらいの手助けはしよう。それが今の俺にできることだ)

 

 コハルのためにリクがそう思った時だった。

 

「おぅおぅ、お二人さん。初日から中がいいねぇ」

 

 突然、二人の前に青年が現れた。

 長身で顎髭を生やしており、額に赤いバンダナを巻いている。

 

「この人、コハルの知り合いか?」

 

「ううん。ベータテストの時には見かけなかったけど」

 

 リクとコハルは互いに囁き合いながら確認するが、二人にとって青年は赤の他人の様だ。

 

「まあ、そう警戒すんなって。俺、クライン。よろしくな!」

 

 クラインは親しげに自己紹介をした。

 警戒すんなと言われても、知らない人がいきなり話しかければ何か裏があるのではと思ってしまって仕方がない。

 

「で、俺達に何の用だ?」

 

「いや、女の悲鳴が聞こえたんでな。助けに行こうと思って全力疾走で向かったんだけどよ、まさかパートナーがいて、助けっちまったとはな。結局、俺の出る幕がなかったってことよ」

 

「は、はあ……」

 

「そ、そうですか」

 

 内心、リクとコハルは呆れていた。

 つまり、女性の前でカッコつけたいという下心でこちらに来たということだ。

 

「おーい、クライン!」

 

「「――――っ!」」

 

 別の男性の声が聞こえた。その方向を見たリクとコハルは、思わず目を見開いた。

 今こちらに近づいてくる男性プレイヤーは、かつてベータテストの最終日に二人を助けた恩人だったからだ。

 

「お前、まだmobも倒せないのに何一人で突っ走ってるんだよ」

 

「ああ、悪ぃ悪ぃ」

 

 呆れながら言う黒髪イケメンに対してクラインは軽い感じで謝罪すると、二人に向き直る。

 

「お前らにも紹介するぜ。こいつは」

 

「キリト!」「キリトさん!」

 

「…………え?」

 

 クラインよりも先に二人は黒髪イケメンの名を言った。当の本人は面食らう。

 

「なんだお前ら、知り合いだったのか?」

 

「お前たち、何で俺の名前を?」

 

「いや、何でって……ベータテストの最終日に、俺たちを強ザコから助けてくれただろ?」

 

「去って行く際、『待って下さい、せめてお名前を!』って私が呼び止めたんです。思い出せませんか?」

 

 キリトはリクとコハルのことを覚えていないようだったので、二人は記憶を呼び起こさせるために必死になった。

 

「……ああ、あの時の! それで、ええっと……名前は……」

 

「リクだ」

 

「コハルです」

 

 名前だけは思い出せなかったようなので、改めて名乗った。

 二人は少しがっかりしたが、あの時の状況は思い出してくれたので良しとした。

 

「何だお前ら、知り合いだったのか?」

 

「ああ、実はな……」

 

 クラインが予想外の急展開についていけないため、リクは自分たちの出会いについて簡単に説明した。

 特訓中に突然現れた強ザコに苦戦する二人のもとに颯爽と現れ、華麗に敵を瞬殺して去っていく。窮地に駆けつけたヒーローの如く登場したキリトの活躍を聞いたクラインは、悔しそうな声を上げる。

 

「んだよそれ! そんなアニメや特撮に出てくる主人公の様な活躍しやがって! 羨ましいぞ!」

 

「いや、あくまでそういうロールプレイだから!」

 

「あ、ところでキリトに相談があるんだけど、いいか?」

 

 クラインに詰め寄られるキリトに助け舟を出す形で、リクは話を逸した。

 内容はコハルが短剣を使いこなせていないことだ。片手直剣で戦ったときは上手く攻撃を当てられていたことも伝える。

 一通り話を聞いたキリトは少し考えた後、答えた。

 

「戦い方をまだ見たわけじゃないから、はっきりとは言えないけど、攻撃モーションが合ってないんじゃないか? 短剣は軽いから、力を入れすぎないように調整して、システムのアシストに合わせてみたらどうだ?」

 

 説明を聞いたリクとコハルは少し納得した。

 武器が変われば技も変わるのは当然だが、ソードスキルは武器の特徴を生かしたものが多い。

 基本、重量級の武器は初動と動きが遅い分、一撃が重くて威力が高い。逆に軽量級は一撃が軽い分、初動と攻撃スピードが早い。

 通常攻撃でもソードスキルでも、武器の特徴を理解して力加減をコントロールすることが、攻撃を当てる上で大切なのだ。

 

「わかりました。次に戦う時は、少し力を緩めてみます」

 

 コハルが話を理解したので、リクはとりあえず安心した。

 ベータテスト時にキリトが使っていたのは片手直剣であったため、性質の違う短剣の扱い方についてアドバイスができるのかどうかという不安があったからだ。だが説明には説得力がある上に、コハルならできそうな気がしたので大丈夫だろう。

 

「よーし、こうして会えたのも何かの縁だ。キリト先生のバトル講習会を開くとするか!」

 

「いいですね。そうしましょう」

 

「え? いや、何勝手に」

 

 クラインの提案にコハルは喜んで受け入れるが、話が勝手に進んでいる。キリトは止めようとするが、リクに肩を掴まれる。

 

「いいじゃないか。みんなでワイワイやるのも悪くない」

 

「……ま、それもそうか」

 

 結局、折れたキリトは承諾し、四人でバトル講習会を始めることになった。

 まずパーティー申請とフレンド登録を済ませ、その後は出現したmobと一対一で戦闘。短剣を使いこなせていないコハルと、未だmobを倒していないクラインを交代させながら極力攻撃させ、危なくなったらリクがサポート、キリトは戦い方を見て的確にアドバイスする。

 途中で休憩を挟んだ時は安全な場所に移動し、ポーションを飲んで(その時クラインが「うわっ、まっず!」と言った時のしかめっ面に三人はつい笑ってしまった。)回復しつつ、互いにどういう経緯で出会ったのかを話した。

 クラインはたまたま路地を走っていくキリトを見かけ、迷いのない表情と行動っぷりから、彼がベータテスターであると判断し、追いかけて呼び止めたとのこと。「ちょいとレクチャーしてくれよ!」と頼み込み、パーティーを組んだそうだ。

 リクもベータテストの最終日にコハルと出会い、彼女に戦闘の手ほどきをし、その後は先程話した通りキリトに助けられたことを話す。

 一通り話し終えたところで、四人は倒したmobがリポップしたのを確認すると、訓練を再開。

 夢中になっている内に、やがて夕日が沈む時間帯になった。

 

 

 



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異変

 周囲は夕焼け色に染まり始めている。ここまでの間にリクはベータテスト時代の感覚を取り戻し、コハルとクラインは基本を段々と身につけてきた。

 戦い方が様になってきたと感じたキリトは、三人に単独でmobを倒すよう指示を出した。

 最初にリクが戦い、余裕で撃破。

 次に短剣を使うことに決めたコハルが時間を掛けつつも、ダメージを殆ど受けることなく勝利。

 最後はクラインの番で、途中で技を外して敵の反撃を受けたものの体勢を立て直し、戦いは終盤へと差し掛かる。

 

「りゃあっ!」

 

 ぷぎー!

 曲刀ソードスキル《リーバー》が青イノシシの首に見事ヒット。青イノシシは苦悶の声を上げ、敵はHPが0となって消滅した。

 

「うおっしゃあああ!」

 

 クラインは雄叫びを上げながら派手なガッツポーズを決めた。見守っていた他の三人も歩み寄ってくる。

 

「単独での初勝利おめでとうございます。クラインさん」

 

「おう。ありがとよコハル」

 

 女の子のお祝いの言葉で浮かれるクラインに、キリトは水を差す。

 

「でも、今のイノシシ、他のゲームだとスライム相当だけどな」

 

「えっ、マジかよ! おりゃてっきり中ボスかなんかだと」

 

「いやいや、流石にそれはないから」

 

 驚くクラインに、リクは苦笑いでツッコんだ。

 もし序盤のフィールドでそんなレベルのモンスターが定期的にポップすれば、ゲームバランス崩壊もいいところだ。

 

「それで、三人ともどうする? 勘が掴めるまで、もう少し狩り続けるか?」

 

「そうですね。まだ不安もあるので、もう少し続けます」

 

「それじゃ、俺もコハルに付き合うよ」

 

「よーし、そんじゃ俺も! と言いてぇところだけど……」

 

 コハルとリクはこのまま狩りを続行する気でいるが、クラインは途中から声のトーンを落として、目元をチラッと右方向に動かした。

 プレイヤーの視界の右側には現在時刻が表示されており、それを確認したのだ。

 

「……そろそろ一度落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」

 

「準備万端だなぁ」

 

 キリトは呆れたが、リクは内心では理解を示していた。

 リクも万全を期してSAOにログインするために、前日にコンビニでカップメンとサラダを購入し、今日の十一時半に早い昼食を取ったのだから。

 

「ほんじゃ、俺ぁここで落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。リクとコハルも、これからも宜しく頼むぜ」

 

「こっちこそ、宜しくな」

 

「ああ、宜しく」

 

「はい! またよろしくお願いします」

 

 キリト、リク、コハルに「おう!」と威勢よく返したクラインはメニューウインドウを開き、現実へと帰還するための操作を行う。

 キリトは近くの岩に腰掛けてアイテム整理を行い、リクとコハルは沈んでいく夕日を見つめるのだが……

 

「…………あれっ?」

 

 頓狂な声に反応し、リクとコハルはクラインの方に視線を向ける。キリトも途中で手を止めて顔を上げている。

 

「どうかしたのか?」

 

 リクが尋ねると、帰ってきたのは予想だにしない言葉だった。

 

「なんだこりゃ。ログアウトボタンがねぇよ」

 

「……へ?」

 

「「…………」」

 

 リクは拍子抜けした。コハルとキリトも固まってしまっている。

 

「そんなはずないだろ。つまらない冗談はやめろって」

 

「いや、冗談じゃねぇよ。本当にどこにもねぇんだよ。おめぇらも見てみろって」

 

 リクは半笑いしながら言うが、クラインが頑なに言い張ったため、仕方なくリクとコハルはは自分たちのメニューウインドウを開き、キリトも右側に開いていたアイテム欄(ストレージ)を閉じる。

 ウインドウが初期状態である三人は、右側の一番下を確認した。本来なら、仮想世界から出るための《LOG OUT》と書かれたボタンが存在するのだが……

 

「……ねぇだろ?」

 

「うん、ない」

 

「私の方もないですね。リクは?」

 

「ないな」

 

 確認するように聞いたクラインに、三人は素直に答えた。

 とりあえず冗談ではないことは証明されたが、僅かに静まり返った。

 

「ま、今日はゲームの正式サービス初日だかんな。こんなバグも出るだろ。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろなぁ」

 

 クラインはのんびりした口調で静寂を破るが、本人にとって肝心なことを忘れている。

 

「そんな余裕かましてていいのか? さっき、五時半にピザの配達頼んであるとか言ってなかったか」

 

「冷めちゃいますね?」

 

「うおっ、そうだった! 冷めたピッツァなんてネバらない納豆以下だぜ……」

 

「確かに、チーズは冷えると固くてまずい……って、いやいや、そういう話をしてる場合じゃなくてだな」

 

 キリト、コハル、クラインの会話に、リクはついノリツッコミをしてしまった。

 

「とりあえず、GMコールしてみたらどうだ。システム側で落としてくれるかもしれないだろ?」

 

「そうだな。他の奴らもそうしてるだろうしよ。しばらくすりゃ、向こうもどうにかするだろ」

 

 クラインはリクの提案を呑気に受け入れ、とりあえず言われたとおりメニューウインドウからコールボタンを押した。

 時間が経てば運営は何かしらアクションを起こすだろうと、この時ばかりは四人とも思っていた。

 

 

 

「んだよ、うんともツンとも言わねえじゃねえか!」

 

 しかし、数分経っても緊急ログアウトの兆しが見えないことは疎か、対応のメッセージすら来ない。さすがに苛立ってきたクラインはコールボタンを連打するも、何も起きなかった。

 

「えっと時間は……ああっ、もう五時二十五分じゃん! チキショー、オレ様のアンチョビピッツァとジンジャーエールがぁー!!」

 

「ボタン以外ににログアウトする方法ってないんでしょうか?」

 

 クラインが喚いている間、コハルに尋ねられたキリトは表情を強張らせ、少し考える仕草をした後に答える。

 

「いや、マニュアルにもその手の緊急切断方法は一切載ってなかった」

 

 それをを効いた三人は、得体のしれない不安を感じた。キリトも同じ気持ちだろう。

 無理もない。ナーヴギアは体を動かす命令信号を、仮想世界のアバターを動かす信号へと変換している。

 つまり現実世界で横たわっている肉体は全く動くことがないため、自力でギアを外すことができないのだ。

 

「……じゃあ、結局のとこ、このバグが直るか、向こうで誰かが頭からギアを外してくれるまで待つしかねぇってことかよ」

 

 クラインの言う通り、他力本願ではあるが、現時点で仮想世界から脱出する方法はその二つしかない。しかも後者に関しては、一人暮らしをしている人にとっては絶望的である。

 そんな中、リクは今の状況に恐ろしい違和感を感じていた。

 自力で出られないということは、仮想世界に閉じ込められたと言い換えることもできる。誰かの手を借りなければ脱出できないなら、不安にもなるのは当然だ。

 そんな人達の気持ちを考えれば、こんなバクは起きてはならない。

 なのに起きてしまっているのはどういうことなのだろうか?

 

「なあ、いくら何でも異常じゃないか?」

 

「お前もそう思うのか」

 

 リクは自身の不安を打ち明け、キリトも賛同した。

 

「そりゃ異常だろ。バグってんだもんよ」

 

 そう言うクラインに、キリトは説得力のある説明で事態の深刻さを告げる。

 

「ただのバグじゃない。《ログアウト不能》なんて今後のゲーム運営にも関わる大問題だ。それなのに、運営からのアナウンスも緊急対応の動きもないのは奇妙すぎる」

 

「問い合わせが殺到して、対応が遅れてる、とか?」

 

「それなら原因が分かるまで、一度サーバーを停止させて、全ユーザーを強制ログアウトさせるのが筋だ」

 

 コハルの推測をキリトは正論で否定した。

 SAOの運営元である《アーガス》は、ユーザー重視の姿勢で名前を売ってきたゲーム会社である。キリトの言う対応をしなければ、会社の信用にも関わる。

 さらにSAOはVRMMOというジャンルの先駆けでもあるため、最悪の場合にはジャンルそのものが規制されかねない。

 だが少なくとも、四人がログアウトボタンがないことに気づいてから既に十五分近く経っている。にも関わらず、この状況を未だ放置しているのは普通ではない。

 

「一体、どうなってるんだ?」

 

 リクの口から不安の声が漏れる。

 その時だった。

 

 

 

 リンゴーン、リンゴーン

 

 

 

「「――っ⁉」」

 

「んなっ⁉」

 

「何だ⁉」

 

 突然、大きな鐘の音が大ボリュームで響き渡り、その場にいた全員が反応した。

 さらに、四人の体を青白い光の柱が包み込んだ。彼らのいた草原の風景は段々と薄くなっていき、光が強くなったと同時に視界から消えた。

 

 

 

 時刻は午後五時三〇分。悲劇の始まる時間であった。

 

 

 



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茅場晶彦

 光が弱まると、周りの風景は一変していた。

 リクたちは、それぞれ仲間の姿を確認しつつ周りを見渡すが、そこは紛れもなく《はじまりの街》の中央広場であった。しかも自分たちを包み込んだ青白い光が次々と出現し、そこから他のプレイヤーが現れている。

 これは転移(テレポート)による現象だが、それは転移碑のある場所、あるいは専用のアイテムを掲げて転移! と叫んだ後に行きたい場所を言うことで起こるものだ。

 しかし、四人にはそのどちらも当てはまらない。リクとキリトはプレイヤーたちの困惑した雰囲気からして、強制的にテレポートさせられていることを察した。中央広場は段々と出現したプレイヤーたちで埋め尽くされつつある。恐らく、現在ログインしている全てのプレイヤーが集められているのだろう。

 現象が収まると、ざわめきと喚き声が散発し始める。そして……

 

「あっ……上を見ろ‼」

 

 誰かがそう叫ぶと、この場にいた全てのプレイヤーが反射的に上を向ける。

 百メートル上空に見える第二層の底が、真紅の市松模様に染まっていく。模様にはそれぞれ《Warning》《System Announcement》という英単語が綴られている。

 

(運営のアナウンス……なんだよな?)

 

 大半のプレイヤーは肩の力が抜きかけ、広場のざわめきが終息しつつあるが、リクは異様な風景のせいか、安心できなかった。

 続いて、市松模様の中心から血液のような赤い雫がどろりと落ちる。それは空中で静止すると形を変え、真紅のフード付きローブを着た人の姿となった。遠くから見ても、かなり巨大であることが分かる。二十メートルはあるだろう。

 服装自体は、リク、コハル、キリトの三人には見覚えがあった。ベータテスト時にアーガスの社員が務めるGMが纏っていたものである。

 しかし、男性なら長い白髭の老人、女性なら眼鏡の女の子のアバターがフードの中に収まっているはずなのだ。なのに、今空中にいるフードを被った人物の顔は、例えるなら漆黒の闇であり、視認できない。

 リクの不安はさらに大きくなった。ログアウトボタンの消滅、事前の説明もない強制テレポート、それらの状況下での不気味な演出、運営がサプライズで仕組んだにしては普通ではない。

 やがて、ローブの人物から言葉が発せられた。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 まるでSAOが自分のモノ、自身こそがこの世界を作った創造主とでも言うようなニュアンスだ。そうなると、ローブの人物はSAOの開発に関わった人物である可能性が高い。

 

「私の名前は、茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

 

(茅場晶彦だとっ!)

 

 内心、リクはその名前に反応した。なぜならその人物は、SAOの開発ディレクターと同時に、ナーヴギアの基礎設計者である天才ゲームデザイナーなのだ。今ここにいるプレイヤーなら、一度は聞いたことのある名前だろう。

 そんな大物が、なぜこの世界に現れたのだろうか?

 

「諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない。これは《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」

 

 その言葉で、一万人近くのプレイヤーは動揺した。

 馬鹿げている。仮想世界から唯一脱出するための手段がないことが、不具合以外の何だというのだ? そんな不安をよそに、茅場は淡々と説明を続ける。

 

「諸君は今後、この城の頂を極めるまでゲームから自発的にログアウトすることはできない。外部の人間によるナーヴギアの停止、あるいは解除もありえない。それが試みられた場合……」

 

 僅かに間が置かれる。プレイヤーたちが次に聞いたのは、正気を疑うような発言だった。

 

「ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

「なっ‼」

 

 広場にいた全員に戦慄が走った。誰もがその意味を分かっている。

 

 

 

 ストレートに言えば、死ぬということだ。

 

 

 

「何、言ってるんだ? ナーヴギアに――ただのゲーム機にそんなこと、できるはずがない」

 

「そ、そうだよね」

 

「だよなぁ、頭おかしいんじゃね」

 

 リクは押し殺した声で否定し、コハルとクラインも引きつった表情になりながらも同意する。

 

「……いや、できるかもしれない」

 

 しかし、キリトだけは重く受け止めていた。

 

「信号素子のマイクロウェーブは、確かに電子レンジと同じだ。たとえ電源を抜いたとしても、ナーヴギアには大容量の内蔵バッテリがあるから、リミッターさえ外せば脳を焼くことも可能だ」

 

「「「――――っ‼」」」

 

 キリトの説明を聞いた三人は目を見開いた。

 少なくとも、ナーヴギアで人を殺すことができると分かってしまったのだ。

 

「ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人らが警告を無視してナーヴギアの除装を試みた例がすくなからずありその結果……」

 

 プレイヤーの気持ちなどお構いなしに話しながら、茅場は自身の近くにいくつものウインドウを出現させる。

 写っているのはテレビのニュースだった。多少の違いはあれど、共通しているのは、オンラインゲーム、死者という言葉である。

 

「残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーがアインクラッドおよび現実世界からも永久退場している」

 

「……うそ……でしょ」

 

 二百人以上が死んだ。あまりの衝撃に、コハルの口から怯えるような声が漏れる。 リクは心臓の鼓動が高鳴っているかのような感覚に陥り、キリトもがくがくと足が震えている。他にも細い悲鳴が上がったり、薄ら笑いを浮かべたり、放心状態になっている人達もいる。皆、突きつけられた現実に理解が追いついていないのだ。

 

「信じねぇ……信じねぇぞオレは……こんなのイベントだろ全部……オープニングの演出なんだろ……そうだろ……」

 

 クラインは嗄れた声を絞り出した。だが、今の状況を否定したい気持ちはみんな同じだ。

 

「今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間の内に病院その他の施設に搬送され、厳重な介護態勢の下に置かれるはずだ。諸君には安心して……ゲーム攻略に励んでほしい」

 

「何を言ってるんだ! ゲームを攻略しろだと⁉ ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか⁉ こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが‼」

 

「キリト……」

 

 無責任な言葉に、ついにキリトは叫んだ。リクは怒りに満ちたその形相を見て思った。彼はきっとゲームが大好きなのだ。だからこそ、ゲームで人を殺すという暴挙が許せないのだ。

 

「しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》はもう一つの現実と言うべき存在だ。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」

 

「なん……だと?」

 

 茅場の宣告を聞いたリクの目線は、自然とHPが表示されている左上に動いていた。これが0になったとき、ベータテスト時は《黒鉄宮》の中で蘇生していた。

 

 

 

 だが今は、本当に死ぬ。

 

 

 

「このゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部――第百層まで辿り着き、最終ボスを倒してゲームクリアすれば良い」

 

「クリア……第百層だとぉ!? で、できるわきゃねぇだろうが!! ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!」

 

 茅場が今のこの世界から脱出する唯一の方法を告げると、クラインが喚いた。

 二ヶ月のベータテストの間に到達できたのは十層までだった。しかも千人のうち、攻略の最前線に立っていたのは百人近く。ド素人だったコハルは勿論、リクはその中に含まれていない。

 現在、既に死亡したプレイヤーを除いた九千八百人近くの中に、この状況下の中で攻略しようと思う人達が果たして現れるのか? 仮に出たとしても、百層までどれくらいかかるのかなど、見当もつかない。

 

「それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう」

 

 茅場はメニューウインドウを出して一連の動作を行うと、プレイヤーたちの手元に手鏡が出現する。

 リクは鏡を覗き込むが、そこにはエッジを効かせた茶髪と、端正な顔立ちで凛とした表情をしたアバター姿の自分の顔が映っているだけだった。手鏡自体はいたって普通のようだ。

 

「――っ! 何だ⁉」

 

 しかし突然、プレイヤーたちの姿が白い光に包まれた。

 

 

 



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キリトの旅立ち

 リクの視界は一瞬ホワイトアウトしたが、数秒経って元に戻った。

 だが、周りの風景に何か違和感を感じた。コハルは近くにいるのだが、クラインとキリトがいなくなっている。二人がいた場所に立っていたのは、彼らと同じ格好をした人物だった。赤いバンダナを巻いた男は野武士面であり、もう片方はリクより背が低くて中性的な顔立ちである。

 

「あ、あなたたち、誰ですか?」

 

 コハルに困惑した表情で尋ねられ、リクと見知らぬ姿の二人は唖然とした。他の二人はともかく、なぜ自分にまでそんな事を言うのか、すぐに理解できなかった。

 

「おいおい、冗談きついぜ、コハル。クラインに決まってんだろ」

 

「「「えっ⁉」」」

 

 野武士面の男が仲良くなったばかりの友達を名乗り、三人は驚いた。

 

(まさかっ!)

 

 リクは再び手鏡を覗き込んだが、映っていた顔がさっきと違う。髪型はエッジがなくなり、顔も端正さと凛とした感じが失われている。

 紛れもなく、現実の自分の顔だった。

 

 

「そんなあっ! 一時間も掛けて作った私のボン・キュッ・ボンなスタイルがあああっ!」

 

「ああ、俺の長身イケメンの姿が、リアルのむさ苦しい姿に……」

 

「あんた、男だったの?」

 

「十七ってウソかよっ」

 

 リク達は周りを見渡すが、聞こえてくる内容からして、みんな現実と同じ姿にされたことが推測できる。中には性別、年齢を偽っていた者もいたようだ。

 

「そ、それじゃあ……」

 

「ああ、俺はリクだ」

 

「キリトだ」

 

「さっきも言ったけど、俺ぁクラインだ」

 

 格好からして予測はできるが、リク、中性的な少年、野武士面の男は、それぞれ確認のために名乗った。

 

「ところで、何でコハルは殆ど変わってないんだ?」

 

「何でって、これが私の顔だから」

 

 リクは思っていたことを口にすると、本人は当たり前のように答えた。

 

「私、普段ゲームやらないから、ナーヴギアはVRショップモールのために買ったの」

 

「ど、どういうこった?」

 

 クラインが尋ねる。

 

「自分の顔じゃなきゃ、似合う服を選べないでしょ? もともとは、VR試着用のアバターなんです。ベータ時のゲームを始めようとしたら、コンバートしますかって聞かれて、よくわからないままOKしたらこの姿で……」

 

「だけど、そんなに簡単に自分を再現できるのか?」

 

 リクの疑問はもっともだ。体を立体スキャン装置にでもかけない限り、それは不可能に近い。

 

「えっと、高密度の信号素子? っていうのでギアの内側をスキャンして、自分そっくりのアバターが作れるんです」

 

 コハルの言う通り、頭部はそれで再現できたとしても、体格はどうだろうか? 先ほど見渡したところ、プレイヤーの身長にはバラつきがあった。

 

「あ、ああ、そういうことか……」

 

 だがキリトはスキャンという単語を聞いて、既に理解していた。

 

「身長も体格も、初回セットアップの時に計測されてる」

 

「そうか、キャリブレーションか!」

 

「そりゃ、自分の体をあちこち自分で触らされたアレか?」

 

 リクとクラインの確認にキリトは「ああ」と肯定した。

 キャリブレーションとは本来、較正、校正、調整などの意味を持つ英単語だが、ナーヴギアのセットアップでは、《手をどれだけ動かしたら自分の体に触れるか》の基準値を測る作業である。ナビゲーションの指示どおりに体に触れたことで、自身の現実の体格はナーヴギア内にデータ化されていたのだ。

 

「だからこれは、数値化されていても本物の体であり命なんだと強制的に認識させるために、俺達の現実の体を再現したんだ」

 

 それがキリトの推測だった。しかし、そうであったとしても、なぜテロリスト紛いの行いをするのか? そんなことをしてもメリットなど全く無いはず。

 その理由は、事件を起こした本人の口から語られた。

 

「この世界を作り出し、鑑賞するためにのみ、私はナーヴギアを作り出し、SAOを作った。そして今、全ては達成せしめられた」

 

 つまり、自分の自己満足のためだと言うことだ。

 

「以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の……健闘を祈る」

 

 言い終えると、真紅のローブ姿のアバターは上昇し、空のメッセージに溶け込むように消え、それらもまたすぐに消滅した。

 プレイヤーたちが呆然とする中、市街地のBGMが空気を読むことなく流れ始める。やがて……

 

「ふざけんな‼」

 

「出せよ‼ 出してくれよ‼」

 

「この後約束があるんだ‼ 出してくれよ!」

 

「嘘だ……嘘だと言えよ‼」

 

「いや……いやぁああああああああっ!」

 

「お母ちゃ――――ん‼」

 

「なんですとぉ――――‼」

 

「ウソダドンドコドーン‼」

 

「おのれ、茅場ぁ――――‼」

 

 悲鳴。怒号。絶叫。罵声。懇願。咆哮。様々な負の感情が広場を飛び交った。今の状況を言い表すなら混沌だ。

 

「クライン、リク、コハル、ちょっと来い」

 

 そんな中、三人はキリトに呼びかけられた。クラインはキリトに腕を掴まれ、そのまま共に人垣を縫いながら広場の外へと早足で向かい、リクも泣きそうなコハルの手を引っ張って後を追う。彼らのいた場所は集団の外側付近であったため、すぐに人の輪を抜けることができた。

 その後、街の街路の一本へと入り、キリトは他のプレイヤーがいないことを確認して立ち止まって振り返る。そして、真剣な面持ちで言った。

 

「いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の街に向かう。お前たちも一緒に来い」

 

「「「――――っ!」」」

 

 三人は突然の発言に目を見開いた。先程、茅場がデスゲームの開始を宣言したばかりだというのに、今の事態を受け入れているのだ。

 キリトは茅場の言葉が全部本当だと仮定した上で、これからSAOで生き延びていくためには、ひたすら自分を強化しなければならないと説明した。

 MMORPGは結局のところ、プレイヤー間のリソースの奪い合いであり、システムが供給する限られた金とアイテムと経験値をより多く獲得したプレイヤーだけが強くなれるとのこと。いずれ《はじまりの街》のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされてすぐに枯渇し、モンスターのリポップをひたすら探し回ることになってしまうそうだ。

 

「だから、今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺は、道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全に辿り着ける」

 

 その提案は、SAO以前からMMORPGをプレイしているベテラン故の経験とベータテスト時代の知識から来ているのだろう。合理的に考えれば、キリトに付いていったほうが他のプレイヤーより有利である。しかし……

 

「ごめんなさい、キリトさん。私、まだ今の状況を受け入れきれなくて……」

 

 コハルは力なく、申し訳無さそうに言った。そんな彼女を横目で見ていたリクの返事は、

 

「悪いキリト。俺もまだ、覚悟を決められない」

 

 同じく断った。

 だが本心では、半分はウソである。リクは百層突破を目指すにせよ、いずれ外部から助けがくるにせよ、今できることを精一杯やるつもりだ。

 だがキリトの提案を受け入れなかったのは、コハルを放って置けなかったからだ。彼女に自分のせいでやりたいことができない、お荷物だと思わせたくなかったのだ。

 

「おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらも、もうログインしてさっきの広場にいるはずだ。置いて……いけねえ」

 

 クラインは、できれば仲間と一緒に行きたいという意思表示を示した。

 三人の返事を聞いたキリトは、気付かれないように唇を噛みしめる。

 リソースについてわざわざ話したのも、次の村へ一緒に行こうと提案したのも、三人とは友達になったからというシンプルな理由だ。それに、才能のあるリクはもう青イノシシに余裕で勝てるし、彼と強力すればコハルとクラインは守り切れると思っていた。

 だが、リクとコハルは街に残る。この場合クラインだけならなんとかなるが、彼は他に仲間を連れていくことを望んでいる。キリトはその気持ちに答えたい気持ちはあるものの、ためらってしまう。

 素人が一人増えただけでも、背負う命を守る責任は重くなる。そんな逡巡を悟ったのか、野武士面の男は言った。

 

「いや……、おめぇにこれ以上世話んなるわけにゃいかねえよな。オレだって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。大丈夫、今まで教わったテクで何とかしてみせら」

 

「……そっか。なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ、リク、コハル、クライン、またな」

 

 キリトは掠れた声で出来たばかりの友達に別れを告げると、振り向いて背を向け、そのまま走り去ろうとした。

 

「キリト!」

 

 そんな彼を、リクは呼び止めた。

 外には死の危険が付きまとう。もしかすると、もう二度と会えなくなるかもしれない。だから、正直で大切な思いを大声で伝えた。

 

「死ぬなよ! また生きて会おう‼」

 

 キリトは足を止める。数秒の間を置いた後、精一杯の笑顔で振り向いて叫び返した。

 

「ああ、また会おう‼」

 

 そして、リクとコハルにとってのヒーローは再び前を向き、走っていく。リクはその背中がどこか寂しそうに感じた。

 やがて姿が見えなくなると、コハルはポツリと言った。

 

「行っちゃったね」

 

「……ああ」

 

 このまま行かせて良かったのか? キリトはせっかくできた友達を置いてでも、最善の道を選んだが、説得して思いとどまらせることもできたのではないのか? 力を合わせて、乗り越えるという選択肢もあったかもしれない。今更思ったところで仕方のないことだが。

 

「オレもそろそろ、ダチの所に行くぜ。広場で待ってるだろうからな」

 

 クラインともここでお別れだ。こんな状況でも友達のことを心配している。本当に気のいい人間である。

 

「そう……ですよね……」

 

「ンな心細そうな顔すんなって、コハル。なんかあったらオレを呼べよ。すぐ駆けつけてやるからよ。いつでも頼りにしていいぜ!」

 

「ああ、いろいろとありがとな」

 

「んじゃあ、またな!」

 

 リクがお礼を言うと、クラインは笑顔で別れを告げ、広場へと戻っていった。

 あそこはまだ混乱が収まっていない。中にはヤケになって八つ当たりしてくる者もいるだろう。クラインが無事に仲間たちと再開できることを祈るばかりだ。

 

「――っ!」

 

 コハルはガクリと膝を床についた。突然の事態にリクはすぐに片膝を床につけ、彼女と同じ目線になるよう顔を覗き込む。

 

「大丈夫か――っ!」

 

 リクが見たのは、涙が頬をつたっている少女の顔だった。

 

「私たち、帰れないんだ……閉じ込められちゃったんだ……」

 

「…………」

 

 コハルの悲痛な声に、リクはなんて返せばいいのか分からなかった。

 唯一分かっているのは、コハルは普通の女の子だということだ。そんな子がSAOという名の牢獄に囚われ、当たり前のように共に生きてきた家族・友人から引き離された挙げ句、生きて帰れるかどうかも分からないデスゲームに巻き込まれてしまった。

 そんな彼女のために何ができるのか? 考えるよりも先に――

 

「……え?」

 

 リクはコハルの頭を胸に抱えるように、抱きしめていた。

 

「辛いよな、コハル。なのに、今まで泣かないで、耐えてきたんだな。よく頑張った。でも今は誰もいない。だから好きなだけ泣いていい。弱さを見せたっていいんだ」

 

 優しい言葉も、自然と出てきた。

 コハルは彼の胸に温もりを感じた。それに甘えるかのように、胸の奥から我慢していた気持ちがどっ、と押し寄せてきた。

 

「うっ……うっ……うあぁぁぁぁぁ‼」

 

 子供が母に縋るかのように、コハルはリクの胸の中で泣きじゃくった。それは日が沈むまで続いたのだった。

 

 

 




 補足すると、リクのリアルの姿は、IFのタイトル画面やプロローグコミックと同じ姿です。文章で書いてあるように端正さと凛とした感じが失われても、リクはイケメンの部類だと思います。僕としては、こちらのほうが親しみやすい感じだと思います。

 タグをオリ主にするか否かで迷いましたが、性格がIFやコミックと違うので、オリ主にしました。


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リクとコハルの決意

「どうだコハル、少しは落ち着いたか?」

 

「……うん」

 

 デスゲームが開始してから数時間が経った。空は既に暗くなっている。リクとコハルはキリト、クラインと別れた場所から少し離れたベンチに座っていた。

 

「ごめんね。こんな時だからしっかりしなきゃいけないのに、迷惑かけちゃって」

 

「迷惑じゃない。コハルを放ってなんて置けなかった。俺のやりたいことをやっただけだ」

 

 リクは優しい声で素直な気持ちを告げながら、片手をコハルの頭にポンと置いた。

 事故が起きたあの日、結果としてテニスプレイヤーとしての生命が絶たれたが、子供を助けたいと思ったから助けた。リク――大地駆という人間は、その時からずっと変わっていないのだ。

 

「ありがとう」

 

 コハルは感謝の言葉を伝えた。すると……

 

「こんな時に人助けとは、余裕だナ」

 

 突然、女の声が聞こえた。二人が声のした方に視線を向けると、こちらに人影が歩み寄って来ている。

 やがて街灯に照らされたその姿は、フード付きのコートを着た小柄な少女であった。

 

「まー、そう警戒するなっテ」

 

 少女に無邪気な顔でそう言われたが、リクは気を緩めない。クラインと初めて会った時もそうだが、見ず知らずの人に声を掛けられたら、どうしても警戒してしまう。

 

「オイラはアルゴだヨ。よろしくナ」

 

「俺はリクだ」

 

「コハルです」

 

 向こうから自己紹介をしてきたので、リクとコハルも名乗った。

 

「言っておくけど、俺だって余裕じゃない。俺達よりも覚悟を決めてる友達がいるんだ。そんな彼を見ていたから、自分にできることを精一杯やろうと思っただけだ。お前だって、こんな事態になった割には落ち着いてるな」

 

「周りがパニックになると、逆に冷静になるんダ」

 

「なるほどな」

 

 アルゴの発言に、リクは納得した。

 

「ところで、二人はこれからどうするか、あてはあるのカ?」

 

「あては…………ない」

 

「私たち、これからどうしたらいいのか何も分からなくて」

 

 尋ねられたリクとコハルは、まだ自分達が今後どうするかを決めていないことを告げる。できることを精一杯やるとか言いながら、リクは情けなく思った。

 

「外から助けは来ないんでしょうか?」

 

「その可能性は低いナ」

 

 コハルの希望的観測に対して、アルゴはキッパリと言った。

 

「プレイヤーがログアウトできなくなってから、かなりの時間が経ってるダロ? 外部からの介入が可能なら、とっくに解決してるサ」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか? 私たち、ここからずっと出られないんですか?」

 

「それをオレっちにきかれてもナァ……」

 

 不安な表情で尋ねるコハルに、アルゴは困り顔になった。

 

「今分かってることは、第百層を突破すればこのゲームは終わる、それだけサ。外からの助けが来ないなら、そうするしかナイ。悔しいけどナ……」

 

「あ……アルゴさんも被害者なのに……私……ごめんなさい」

 

 コハルは謝った。自分のことに必死で、相手の気持ちを考えていなかったことを申し訳なく思ったのだ。

 

「いいヨ。こういう時は、自分の気持ちを吐き出したほうが楽になれるもんダ。それで、ダ。これからどうすル? どうしたイ?」

 

 アルゴは許した上で、話を本題に戻す。

 

「街に閉じこもったまま来ない助けを待つカ、脱出するために動くカ、二つに一つだヨ」

 

 リクは少し考えた。茅場の決めたルールに従うのは癪だが、デスゲームと化したSAOからログアウトするには、浮遊城のラスボスを倒す以外にない。自分達が動かなくても、誰かが攻略に乗り出すだろう。

 しかし、だからといって人任せにする気はない。

 

「少なくとも、俺はいつまでも閉じこもるつもりはない」

 

 リクの覚悟を聞いたアルゴはニヤける。

 

「それなら、最初に必要なのはコル――金だナ。『とにかく生き延びること』を目標にして、装備を強化するといいヨ」

 

 アルゴのアドバイスは実にシンプルだった。RPGで強くなるには、レベルを上げる以外にも装備が重要であり、購入にはお金が必要なのは言わずもがなだ。

 

「せっかくだし、難易度低くて稼ぎのいいクエスト教えてやるヨ。とはいえ、命が掛かっている以上、油断はできないけどナ。どうすル?」

 

 お金稼ぎにはいくつか方法があるが、常道なのはひたすらモンスターを倒し続けるか、クエスト報酬で手に入れるかの二つである。

 デスゲームが始まる前にキリトの指導でモンスターを何体か倒してはいるが、所詮はザコ中のザコなので入手できる金額は少ない。しかも入手したコルはパーティー・レイドで自動均等分配されるため、稼いだのはその半分だけなのだ。

 そのため、アルゴの提案は好都合である。あとは二人次第だ。

 

「俺はやるよ」

 

 リクは既に覚悟を決めている。問題はコハルの方だ。

 

「コハルはどうする? 嫌なら俺一人で」

 

「ううん。私も手伝う」

 

「え、大丈夫なのか?」

 

 意外であった。今まで泣き崩れていたコハルが、死の危険を伴うフィールドに出ようとするなどとは思ってもいなかったのだ。

 

「私もリクと同じように、今できることをやってみたい。ここに閉じ込められて、何もしないままじっとしてたって、なんにもならないから……」

 

「分かった。でも無理はするなよ」

 

 どうやら、コハルという少女はリクが思ってた以上に芯の強い女の子らしい。だからリクは、その思いを受け入れようと思った。

 

「そうこなくっちゃナ!」

 

 すぐにアルゴはズボンのポケットからメモ帳とペンを出し、真っ白な紙の上に文字を書いてちぎり、それをリクに渡す。

 

「これがクエストの情報ダ。ついでに近くの安い宿屋の情報も書いておいたゾ。本当なら情報料を取るところだけど、今回はタダにしておいてやるヨ。じゃあナ」

 

 そう言ってアルゴは背を向け、街の夜闇の中へと消えていった。

 

「なあコハル。あの人のこと、どう思う?」

 

「うーん、私は悪い人じゃないと思うけど」

 

「……そうだな。夜の活動も警告してくれたし、まずは信じて見るか」

 

 リクは初対面の人に対しては慎重に接しがち(キリトの様な例外もある)だが、とりあえず今は信頼することにした。

 そして二人は、メモに書かれた近くの安い宿屋で一晩を過ごしたのだった。

 

 

 * * *

 

 

「始まってから二年四ヶ月かけてクリアしたんだよな、俺達」

 

 コハルとキリトに再開し、デスゲームが始まった日の事を思い出していたリクはそそう呟いた。

 結局、外から助けが来ることはなかった。

 後に聞いた話によると、二〇二四年の五月あたりに警察庁は事件被害者の一斉救出を検討していたらしい。

 その方法とは、外から一瞬でバッテリーを破壊し、装着者の脳を損傷させるほどの電磁波を出せなくさせるというものだ。

 しかし、それはあまりにも無謀な計画だ。茅場が各所に出した声明文の中には、ナーヴギアを破壊すれば他のプレイヤーの安全を保証しないという一文もあった。被害者全員を救出するには、日本中の全てのナーヴギアを一秒のズレもなく破壊しなければならないのということであり、どう考えても不可能だ。

 大方、上層部が自分達の面子を気にしたが故の苦肉の策だろうが、行われなかったのはSAO事件対策チームが必死で説得したからとのこと。もし強行すれば、リク達は今こうして生きていることはなかっただろう。

 大したことはできなかった対策チームであったが、リク達はその点と仲間達の連絡先を教えてくれたことに関しては、素直に感謝していた。

 

「リク、おまたせ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 丁度、飲み物を買って戻ってきたコハルに礼を言ったリクは缶ジュースを受け取った。 コハルが隣に座ると、二人一緒に蓋を開けて飲み始める。スワンボートを漕ぐという運動の後もあって、スポーツドリンクの冷たさが体に染み渡ってくる気がした。

 

「あ、そうだコハル。お金は」

 

「いいよ。今日は私が奢るから」

 

「……そうか」

 

 甘えてばかりで申し訳ない気持ちになったリクだが、今日だけは特別だと思うことにした。

 

「ねえ、もうすぐ一時になるし、そろそろエギルさんのお店に行かない?」

 

「そうだな。腹も減ったし、どんな料理か気になるからな」

 

 今は丁度、昼食を取る時間。共に戦った仲間が経営する店は、今いる場所から三〇分近くで行ける距離にある。

 SAOでもエギルの作った料理を食べたことのある二人だが、なかなか美味い。リアルでも店を開くほどなので、きっと美味いはずだ。

 

「うん。じゃあ、行こっか」

 

 二人は立ち上がって缶を近くのゴミ箱へと捨て、ダイシー・カフェへと向かったのであった。

 そこで何が待ち構えているかなど、この時のリクは知る由もない。

 

 

 




 次回の本編は、早速パロキャラが登場します。最初に登場するのは、既に名前が出ている人物です。お楽しみに。


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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第1回 いきなりヒーロー

注意 これは本編の時間軸とは関係ない番外編です


第1回 いきなりヒーロー

 

シリカ「シリカと!」

リズベット「リズベットの!」

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

リズベット「今回からアイメモラジオ――略してアイラジ、本格スタートよ!」

シリカ「ううっ、今回から本格的に始まると思うと緊張してしまいます」

リズベット「しかも第1回からあの二人がゲストだからね。しかもサブタイで想像できるし」

シリカ「と、いうわけで、記念すべき第1回目のゲストは、リクさんとキリトさんです!」

リク「よっ、読者のみんな。リクだ」

キリト「やあ、俺はキリト。よろしく」

リズベット「いやー、まさかいきなり本編と原作の主人公が出てくるなんてね」

リク「ははっ、確かにな(苦笑い)」

キリト「それにしてもサブタイ、明らかに某飲食店の名前からきてるよな」

シリカ「投稿者さん、ノリノリですね」

リズベット「じゃあまずは、このコーナーからいくわよ!」

 

 

 

 知りたい! あの人たちの異世界活動

 

リズベット「このコーナーは、平行世界に存在するゲストの活躍を、後ろのスクリーンを見て語るわよ」

シリカ「記念すべき第1回目は、《ソードアート・オンライン》です!」

キリト「いや、俺たちの出ている原作じゃないか!」

リク「しかも俺、出てないし!」

リズベット「まあ、まずは原作の話からってことになったらしいわよ」

シリカ「ごめんなさい、リクさん。今回はIFとの違いも話題にするので、そこのところは大目に見てください」

リク「……はあ、仕方ないか」

キリト「リク、ドンマイ」

リズベット「それじゃあ、後ろを見て。このスクリーンに原作アニメのPVが映るから、まずはみんなでそれを見ましょ」

シリカ「リクさん、キリトさん、準備はいいですか?」

リク「ああ、いいぜ」

キリト「こっちもオッケーだ」

リズベット「それじゃ、いくわよ」

四人「「「「レッツ・スタート‼」」」」

 

 TVアニメ《ソードアート・オンライン》PV第1弾 視聴開始、そして終了

 

リズベット「それで、どうだった?」

リク「いや、どうだったって言われても……(困惑)」

キリト「まあ、お前は出てないからな」

リズベット「ちょっとキリト!」

リク「…………」

キリト「あ、ああ、悪い」

シリカ「リクさん、そんなに落ち込まないでください! アイメモでは主役なんですから、これから活躍の場はありますから!」

ピナ「きゅる~!」

リク「そ、そうだな。今回は不憫な扱いでも、本編の主役は俺だからな。そ、そうだ。俺は緑の勇者なんだからな」

リズベット(な、何だか自分に言い聞かせてるように見えるけど……)

キリト「と、ところで、PVを見てて気になったことが……」

シリカ「え、何ですか?」

キリト「いや、メニュー・ウインドウが、PVと実際のアニメじゃ違うだろ?」

リズベット「あ、それはあたしも気になってたけど」

リク「まあ、大人の事情ってヤツじゃじゃないのか? ただ俺にしてみれば、PVのウインドウは見にくく感じるな」

キリト「確かにな。俺たちがアニメのウインドウに慣れてるっていうのもあるけど、PVのはアナログっぽい気がするし、画面が青っぽくて、項目が敷き詰められてて見にくい気がするんだよな。装備フィギュアだってないし」

シリカ「キリトさん、辛口ですね」

キリト「そりゃ、俺はゲーマーだからな。そういうところにはこだわるのは(さが)みたいなものだし」

リク「ははっ、キリトのゲーム愛を感じるな」

リズベット「まあ、キリトらしいといえばらしいけど……ん?」

 

 カンペ『皆さん、そろそろ次のコーナーに進んでください』

 

リズベット「はあ……仕方ないけど、次のコーナーいくわよ!」

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

 SAO攻略全書 大丈夫、アルゴの攻略本だよ。

 

リズベット「さーて、このコーナーで作中に登場する武器の紹介をするわよ!」

シリカ「ですが、その前に《武器スキル》について説明します」

 

 武器スキル

 

 プレイヤーがソードスキルを発動するためのスキル。

 戦闘中、習得したスキルの規定の種類の武器で敵にダメージを与える、または武器の耐久値が下がることで熟練度が上昇し、ダメージが大きければ大きいほど上昇率も大きくなる。

 熟練度が上昇すると新しいソードスキルとスキルmodを習得でき、発動速度や射程も上がる。

 

リズベット「プレイヤーにとって、基本中の基本とも言える情報よね」

キリト「SAOには、二十種類以上の武器スキルがある。素手でソードスキルを放つ《体術》も、一応この武器スキルに入っている。あと、これは武器スキルに限った話じゃないけど、中には一定の条件を満たすことによって習得できるエクストラスキルが存在する。さっき話した《体術》もその内の一つだ」

リク「アレを習得するのは本当に大変だった。条件のクエストのクリアが過酷だからな」

シリカ「それって、確か――」

リズベット「ストーップ! そこから先はネタバレになるからダメ!」

シリカ「そ、そうですね。原作を読んでない方々もいらっしゃいますし」

キリト「なら、そろそろ武器の紹介をしたほうがいいんじゃないか?」

リズベット「そうね。じゃあ、今回紹介する武器はこちら!」

 

 片手直剣(ワンハンドソード)

 

 鋭さ:A 速さ:B+ 正確さ:B+ 重さ:B 丈夫さ:B+ 射程:B

 

 SAOにおいて、基本的な片手武器。攻撃力が高く、バランスが取れている。

 片手持ちの武器全てにおいて言えることだが、逆手に盾を装備することができる。

 ソードスキルは主に斬撃系。

 

リク「やっぱり、最初はコレだよな」

キリト「ああ、SAOプレイヤーが最初に使う武器だからな」

リズベット「最初に言っておくけど、ここに書いてあるステータスは公式じゃなくて、投稿者が勝手に作ったものだから、誤解しないでね。ちなみに書いてある通り、情報提供者はアルゴよ」

キリト(後で金をぼったくられそうだな)

リク(このコーナー、大丈夫なのか?)

シリカ「補足としてステータスですけど、詳しい説明はこちらです」

 

 鋭さ:一撃でどれだけダメージを与えられるかの基準

 速さ:ソードスキルによる攻撃がどれだけ早いかの基準

 正確さ:ソードスキルがどれだけ狙った場所に正確に当てられるかの基準

 重さ:武器がどれだけ重いかの基準

 丈夫さ:相手の攻撃を受けた際、どれだけ耐久値が減るかの基準

 射程:一撃でどれだけの当たり判定が出るかの基準

 

リズベット「射程以外は、鍛冶師に鍛えてもらえれば上げることができるわよ」

シリカ「射程と速さは、それぞれ武器の長さや使うソードスキルである程度決まっていますが、速さは鍛えると攻撃の速度が上がりますし、射程は武器スキルの熟練度が上がれば上昇します」

リク「重さに関しては、高いと重いことになる。一撃が重ければ、相手の盾や装甲に大きなダメージを与えられるからな。場合によっては、破壊もできる。ただ、その分STRに振らなきゃいけないし、軽い武器に関してはそれ自体が長所でもある。一概にメリットとも言えないな」

キリト「鋭さと丈夫さは純粋な強化だけど、他はソードスキルの加減が変わってくる。あと、正確さは武器の種類によって違ってくるけど、プレイヤーの技量で補える」

リズベット「……って、これじゃ武器のステータスの説明じゃない! 他に言うことないの⁉」

リク「いや、基本的な武器だからな……あ、そうだ。派生武器として、射程の長い片手長剣(ロングソード)や、一撃の威力が高い幅広剣(ブロードソード)が存在する。片手直剣より重みがあるけどな」

リズベット「うんうん、武器の説明らしくなってきたじゃない」

キリト「後は、横からの衝撃に弱い。最悪の場合、耐久値が一気に無くなって消滅もあり得る。そこは俺たちも気をつけていたからな」

シリカ「リクさんは、途中から兼用武器の片手半剣(バスタードソード)に変えたんですよね?」

リク「ああ、あれは片手直剣と両手剣、二つのソードスキルが使えるんだ。兼用武器は……」

リズベット「ストーップ! 今回はここまで‼」

リク「おっと、いけね。これ以上話したら、楽しみがなくなるな」

シリカ「そうですね。兼用武器については、またの機会に」

ピナ「きゅる~」

 

 

 

リズベット「さて、今回のアイラジはこんなところかしらね」

シリカ「長いようで、短かったです」

ピナ「きゅる~」

リク「そうだな。楽しい時間ほど、短く感じるって言うしな」

キリト「確かに、俺もネトゲに没頭したときは、いつの間にか夕食になってたからな」

リズベット「本編に関する質問は、感想に書いてくれれば『知りたい聞きたいあんなこと』で取り上げるから、待ってるわよ」

シリカ「リクさん、キリトさん、本日はお越しいただき、ありがとうございます」

リク「ああ、礼には及ばない」

キリト「短い時間だったけど、楽しかった」

リズベット「それじゃあ、最後はこのコーナーで締めるわよ!」

 

 

 

 IFXコソコソ噂話

 

シリカ「リクさんの家族――大地家の休日の昼食は当番制ですが、リクさんの担当は麺料理だそうですよ」

リク「ああ、そうだ」

キリト「いや、本人が認めたら噂じゃないだろ!」

リズベット「ま、まあ、細かいことは気にしない。さてみんな、お別れの時間よ」

シリカ「それでは皆さん」

四人「「「「また、次回で‼」」」」

ピナ「きゅるっ!」



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第一層 蒼の少年
少女は、少年と出会った


2025年5月4日 ダイシー・カフェ

 

「ふう、終わった終わった」

 

 キリトはそんな気怠げな言葉を発しながら、リーファ、クライン、アルゴと共にテーブル席の椅子に腰掛けていた。

 四人は掃除および片付けを、たった今終えたのだ。決して重労働なわけではないのだが、二年四ヶ月に及ぶ寝たきりで筋力が落ちてしまっているせいで、かなり疲れを感じている。他の三人の表情にも疲労の色が少し見える。

 

「みんな、おつかれさま」

 

 そんな四人に労いの言葉を掛けたのは、厨房にいるはずのアスナだった。片手にはグラスに入った人数分のウーロン茶を丸いトレイに乗せており、それを一杯ずつ前に置いていく。

 

「サンキュ、アスナ」

 

「ちょうど喉が乾いてたんです。ありがとうございます」

 

「気が効くナ、アーちゃん」

 

「流石はキリの字の将来の嫁さんだぜ」

 

「ううん、エギルさんが様子を見に来たときに、ちょうど片付けてるところを見ていたらしくて、飲み物を出してやってくれって頼まれたの」

 

 キリト、リーファ礼を言い、アルゴ、クラインが褒めると、アスナは遠慮がちに返した。

 

「それじゃ、さっそく飲むとしますか」

 

 クラインの言葉で四人ウーロン茶を飲み始めた。男性陣は片手でグラスを持ち上げてゴクゴクと勢いよく飲み、女性陣はストローで吸い上げる。

 

「ぷはぁー、生き返るなー」

 

「お兄ちゃん、言ってることがおじさんっぽい」

 

「そ、そうか?」

 

「でもよぉ、キリの字の気持ちは分かるぜ」

 

 キリトは妹に親父臭さを指摘されてしまうが、クラインは同情した。

 

「働いた後に冷たい飲み物をグイっと飲むのはいいよなぁ。これがビールだったら最高なんだけどよぉ」

 

「お前、昼間から飲むつもりなのか……」

 

「呆れたナ」

 

「うわー、クラインさんのほうがおじさんだった」

 

「別にいいじゃねえか! 今日はお祝いだしよ。それに、明後日から仕事なんだ。飲まずにやってられっかよ!」

 

 キリト、アルゴ、リーファから冷ややかな目で見られたクラインは開き直って強く主張した。

 

「でも祝うのはあくまでもリク君であって、クラインさんじゃないから」

 

「うっ……そりゃそうだけどよぉ」

 

 しかし、アスナから正論でたしなめられて言葉に詰まってしまう。

 カラン、カラーン!

 丁度その時、新たな客を知らせるドアーベルの音が鳴り響いた。

 キリト達は反応して出入り口に顔を向ける。店内に入ってきたのは少年少女の二人組。少年はツンツン頭の金髪の長い髪を三編みにしており、凛とした雰囲気を感じさせる。少女の方はショートヘアで華奢な体つきをしており、大人しそうな感じである。

 

「GV、シアン!」

 

「二人とも、いらっしゃい」

 

「みんな、久しぶり」

 

「久しぶりです」

 

 キリトとアスナが笑顔で歓迎し、やってきた少年少女も再開を喜ぶように返した。

 GVと呼ばれた少年はガンヴォルト。本名、十文字雷斗。SAOでは雷撃の二つ名を持つ攻略組の一員であった。

 因みにGVとは、gun voltを略した呼び名である。

 少女の方はシアン。本名、深見葵。SAOがデスゲーム化した初日にGVと出会い、彼に心を救われた。

 戦闘力は低いが、生産職となってGVや仲間達をサポートした。

 

「ちょうどいい所に来たな。見ろよ、俺達で店内をピッカピカにしたんだぜ!」

 

「クラインさんはトイレ掃除でしたけどね」

 

「いや、トイレだって列記とした店内だろ」

 

 リーファにツッコまれたクラインは弱々しくも反論した。

 

「そ、そうですか。僕達が来る前に頑張ったんですね」

 

「お、おつかれさまです」

 

 クラインも働いたことに変わりはないので、内心では困惑しながらもGVとシアンは労いの言葉を掛けた。するとクラインは上機嫌になって、右親指で後ろにあるトイレの方を示す。

 

「おう。後で俺の働きっぷりを見てきてくれよ!」

 

「「は、はい……」」

 

 二人はとりあえず返答した。見てくるとしても、手を洗いに行ったり、用を足しに行く時ぐらいだが。

 

「それじゃあ、GVとシアンちゃんの飲み物も持ってくるから」

 

「待ってください。僕にも何か手伝える事はありませんか?」

 

 一旦、調理室に戻ろうとしたアスナを呼び止めたGVは応援を願い出た。

 

「うーん、そうね。いまエギルさんたちが料理中だから、作れるならお願いしたいけど」

 

「それなら任せてください。リアルでも家事はしていましたので」

 

「助かるわ。それならお願いね」

 

「はい。シアン、君はキリト達とゆっくりするといいよ」

 

「う、うん……」

 

 シアンは寂しそうに返答すると、GVはそのままアスナと共に調理室へと向かっていった。

 

「おいおい、あいつリアルでも料理スキル持ちかよ」

 

「ははっ、相変わらずGVは真面目だなあ」

 

「う、うん。そうだね。(もうっ、GVくんは本当に鈍感なんだから!)」

 

 クラインとキリトは苦笑いで感心の言葉を述べ、リーファは心の中で悪態をつき、アルゴはため息をついている。

 GVは優しくて正義感の強い人物である。浮遊城にいた時から人助けを積極的に行い、時には危険な所にも踏み込んでいった。アスナに手伝いを願い出たのも、みんなが今日のために頑張っているのに、自分だけが寛ぐのを申し訳なく思ったからだ。

 しかし、女性が自身に向ける恋心に鈍感な部分もある。仲間達がシアンのGVに向ける好意を分かっているのに、本人は未だに気づいていない。この日もシアンはGVにリアルで会えるのを楽しみにしていたのに、相手は厨房へと向かってしまったのだ。浮遊城にいた頃は、危ない目に遭って心配をかけさせたことだって一度や二度ではない。

 とはいえ、危険を顧みなかったことに関してはGVに限った話ではなく、キリトやリク、一部の仲間達も同じことなのだが。

 

「……えっと、シアン。とりあえず、座ったらどうだ?」

 

「あ、はい」

 

 キリトに促され、シアンはリーファの隣に腰掛けた。

 

「じゃ、じゃあ何かおしゃべりでもしませんか? 面白い話とかあるかな?」

 

 リーファはやや強引に提案した。だがシアンの沈んだ気持ちを何とかするためとはいえ、すぐに話しのネタが思いつくとは限らない。

 と、思われたが、アルゴは顔をニヤけさせて提案した。

 

「そうだナ。せっかくだし、GVとの出会い話でも聞きたいナ。おねーさん、興味あるシ」

 

「え、ええっ!」

 

 突然の発言にシアンはつい驚き、頬を赤くしてしまった。

 

「お、そりゃ確かに気になるな」

 

「おいおい二人とも、少し落ち着けって」

 

「そうですよ。シアンちゃん困ってるじゃないですか」

 

 

 クラインは乗り気だが、桐ケ谷兄妹は冷静に窘める。

 

「じゃあ、キー坊とリーファっちは全く興味がないんダ?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

「少しは、気になりますけど……」

 

 二人は言葉に詰まってしまい、シアンから目を逸してしまう。GVとの出会いはシアンにとって大切な思い出である。それを無理に聞き出すのもどうかとも思ったが、無関心だというのも彼女に失礼な気がしたのだ。

 

「と、いうわけで、もう話すしかないゾ」

 

「……じゃあ、ちょっとだけなら」

 

(さては、この流れを狙ってたな)

 

 シアンが観念する中、キリトの内心は関心半分、呆れ半分であった。

 全く興味がないのかと聞かれれば、さっきのような曖昧な言葉は『少しだけどある』ということになってしまう。つまりYESかNOならば、YESと言っているのと同じなのだ。

 そんなアルゴの意図など知ることもなく、シアンは恥ずかしそうに語りだした。

 

「あれは、デスゲームが始まった夜のことでした」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2022年11月6日

 

 ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される。

 

 そんな恐ろしい言葉をSAOの創造主――茅場晶彦が告げてから、二時間近くが経過していた。

 その時、シアンは街の街路の壁に背をつけて座っていた。

 HPが0になったら死ぬ。脱出するには第百層のボスを倒してゲームをクリアするしかない。そんな残酷な事実を突きつけられた少女は、チュートリアルが終わると同時に広場から出た。

 ただ逃げたかった。絶望した少女はそれだけしか考えられなかった。とにかく街の外に向かって走り続けた。

 だが、ふと思った。どこへ逃げればいい? 街の外にはモンスターがいる。襲われてHPがなくなれば終わり。簡単に分かることだ。

 結局、どこにも逃げられないと思い知らされ、走るのをやめた。

 何をすればいいのか分からないから、適当にフラフラと街の中を彷徨っていた。でも途中、何だか疲れたからどこかに座りたくなった。近くにベンチがなかったから、街路の壁にもたれて座り、思い返していた。

 父がナーヴギアとSAOの優先購入権を営業のお土産にと手に入れた時、最初は興味がなかった。だが父から仮想世界の話を熱く語られるにつれて好奇心が芽生えていき、未知なる世界に入ってみたいと思ったのだ。

 父はSAOを購入して自分がダイブする予定だったが、サービスが開始する日に急な用事ができてしまった。だからログインする許可をもらって浮遊城にやってきた。

 初めはワクワクしていた。見たことのない景色に町並み、まるで小説のように異世界へ転移したみたいだった。

 だが、茅場晶彦の手によってSAOはデスゲームと化した。

 いつでも現実に戻れるはずだったのに、もう帰れない。普通に過ごしていた日常に戻れない。現実にいる両親、友達に会えない。

 そう思うと、涙が溢れてきた。自分はこの世界で一生を終えてしまうかもしれない。滲んだ目では未来も希望も見えなかった。しかし……

 

「君、大丈夫かい?」

 

 優しそうな声が聞こえた。見上げると、そこには人が立っている。涙で視界がぼやけて姿がよく見えなかったが、シアンにはその姿が自分を救ってくれる存在に見えた。

 

「……あなたは、天使?」

 

 だから、ついそんな言葉が漏れてしまう。

 

「いや、そんなんじゃないよ」

 

 優しく返されたシアンは、手で涙を拭う。

 今度ははっきりと見える。ツンツン頭の金髪ロングを三編みにした少年だった。

 

「僕はGV――ガンヴォルト。君の名前は?」

 

「わたしは……シアンです」

 

 これが、後に雷撃の異名で呼ばれるプレイヤーと少女の出会いであった。

 

 

 



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自分と誰かのために

2022年11月7日 はじまりの街

 

「確か、掲示板の前だったよな」

 

 翌日、リクとコハルはコルを稼ぐべく、アルゴから渡されたメモに書かれた通りにクエストの受注場所に向かっていた。

 昨晩はメモに書かれていた格安の宿で食事を取り(腹が減るという生理現象には抗えなかった)、二人部屋を借りて過ごした。

 就寝前にはお互いにステータスを確認したが、問題はコハルのスキルであった。彼女は片手直剣と短剣で既にスロット2つを埋めていた。今のところ、武器スキルについては使い慣れている武器一つに絞り込んだほうがいいとリクは考えたのだ。

 攻撃を当てる上で大切なのは、武器の特徴を理解して力加減をコントロールすること。武器を使い分けるということは、攻撃による力加減を変えるというこということでもある。今のコハルにそれができるとは思えなかったのだ。

 仮にできたとしても、二種類の武器を強いものに更新していかなければならないため、金銭面で問題が出てしまう。それならどちらかを消去して、生き延びるために戦闘補助か探索補助のスキルを入れたほうがいいと話し、コハルも納得した。

 どちらの武器を使うのかに関しては、短剣に決まった。使い慣れればそっちの方が自分に合っている気がしたらしく、さらに言えば、互いに別の武器を使ったほうが様々な敵に対応できるとのことだ。

 それを聞いたリクは少し関心した。夕方には自分の胸の中で泣きじゃくっていた少女が、今後のことを考えた上で選択したのだ。彼女は思った以上に芯の強い女の子なのかもしれない。

 やがて二人は街の南端へと到着した。デスゲーム開始宣言から半日以上は経過しているため、流石に昨日のような混沌とした空気は落ち着いている。

 その代わりに、普通ではない違和感を感じていた。

 

「ねえ、リク。あそこ、人が均一して立ってない?」

 

「ああ、そうだな」

 

 コハルが指をさしたのは、アインクラッドそのものの最外周を構成する展望テラスの高い柵であった。彼女の言う通り、その前には人が一定の間隔を開けて存在している。

 リクは自身の記憶を遡ってみたが、ベータテスト時もアインクラッドに降り立った直後もこのような光景はなかった。だとすれば、彼らはプレイヤーということになる。

 ならば、一体何をしているのか? 彼らの表情を見る限り、リクは何か強いプレッシャーみたいなものを感じていた。

 

「あの、すみません」

 

 コハルはたまたま近くを通りかかったプレイヤーに声を掛けた。

 

「はい、何でしょう?」

 

 声に反応して振り向いたのは、ツンツン頭の金髪ロングを三編みにしている、青い服を着た少年だった。

 

「あそこにいる人たちは、何をしているんですか?」

 

 展望テラスを指差しながらコハルは訪ねた。

 

「あの人達は、見張りをしているんです」

 

「見張りって、どういうことだ?」

 

 意味を理解できなかったリクは更に尋ねる。二人が何も知らないことを察した少年は真剣な面持ちで答えた。

 

「……実は、あのテラスから飛び降りて、自殺を図ったプレイヤー達がいたんです」

 

「「――――‼」」

 

 あまりの衝撃的な発言に、二人は驚愕した。

 

 

 

 

 

 少年の話によると、それはデスゲーム開始から三時間後に起こった。ある一人の男性プレイヤーがこんな持論を展開したそうだ。

 ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り離された者は自動的に意識を回復するはずだ、と。

 男は柵を超えようとした際、一部のプレイヤー達にバカな真似はよせ、死んだらどうするんだと説得されたが聞く耳を持たず、その身を空という名の奈落へと投げ出した。男は絶叫を上げながら、吸い込まれるかのように姿を小さくしていき、やがて消えた。

 HPが0にならなければシステムの穴を突けると思ったのかもしれない。だが、それはあまりにも強引な推測である。そんな簡単な方法で脱出できるのなら、すぐに全員が外部から回線切断・救出されてもいいはずなのだ。第一、天才である茅場晶彦がそれを許すはずがない。

 だが、男の悲惨な最後を見たにも関わらず、同じように飛び降りようとしたプレイヤーが散発的に現れ初めたのだ。一部の善良なプレイヤーは必死で説得、阻止したが、それでも全ての人を止めることはできなかった。追い詰められた人ほど都合のいい方向に考えてしまうものだが、そうなってしまったもう一つの原因は、HPが0になる=死という実感を持てなかったことだろう。

 なぜなら、実際のRPGではHPが無くなってもゲームオーバーであり、本当に死ぬわけではないのだから。

 その後は一旦は落ち着いたものの、また飛び降りる人達が現れる可能性はゼロではない。善良なプレイヤー達は話し合った結果、交代で見張りをすることにしたということだ。

 

 

 

 

 

「そう、だったのか……」

 

「知らなかった。私たち、すぐに広場を出たから……」

 

 リクとコハルは愕然とした。自分達のことで必死になっている間にそんなことが起きていたとは思わなかったのだ。特にコハルは、自分がもっとしっかりしていれば、自殺したプレイヤーを一人でも多く助けられたのではないかと、やりきれない気持ちになってしまう。そんなコハルの思いを察したのか、少年は言った。

 

「僕もあの場にはいなかったので、今日の朝の食事中に他のプレイヤーの話を偶然聞いたときは、あまりの衝撃に言葉が出ませんでした。でも起きてしまった事実は変わりませんし、失った命も戻っては来ません。生きている僕達にできるのは、自分と誰かのために何をすべきか考えることだと思います」

 

「……そう、ですね」

 

 コハルは弱々しい声で納得した。

 果たして何ができるのか? 自分のことで精一杯で、リクに甘えていた自分が誰かのためにできることなんてあるのか? そんな不安は消えなかった。

 

「話してくれてありがとな。それで、お前はこれからどうするんだ?」

 

 リクはお礼を言うとともに、少年の先の行動を訪ねた。

 

「僕ですか? とりあえず狩りに行くつもりですけど」

 

「一人でですか? できるなら、誰かと一緒に行ったほうがいいんじゃ」

 

 コハルの心配は最もであった。命が掛かっている以上、一人でも信頼できるプレイヤーと共に行動したほうがいい。キリトは一人で旅立ってしまったが。

 

「僕はベータテスターですから戦闘経験はありますし、街の周りにいるイノシシなら簡単に倒せますよ」

 

 少年は微笑みながら言ったが、万が一ということもある。だからリクは更に訪ねる。

 

「ベータテスト時代に知り合った人はいないのか?」

 

「いるにはいますけど、みんな現実の姿に変わっている上に、《はじまりの街》の広さもあって探すのは難しいかと」

 

「そうか……なら、俺達と一緒にクエストをやらないか?」

 

「……え?」

 

 リクの急な提案に、少年は固まった。

 

「お前の実力を疑ってるわけじゃないけど、安全を考えるなら人数は多いほうがいい。報酬はコルだけだから、山分けできるしな」

 

「いいんですか?」

 

 入手するはずだったコルの三分の一が減ってしまうことになるが、安全を考えれば腹に背は変えられない。少年もそれを分かっていたから訪ねた。

 

「私はいいよ。こういう時に助け合うのはいいことだと思うから」

 

「それに、俺達もベータテスターだからな。こうして会えたのも何かの縁だと思うんだ。どうする?」

 

 コハルの了承も得た上で、リクは再び少年に尋ねる。

 

「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 返事はOKであった。

 

「よし、それじゃあ自己紹介だ。俺はリク、よろしくな」

 

「私はコハル、よろしくね」

 

「僕はガンヴォルトです」

 

「がん……」

 

「ゔぉると……?」

 

 少年のアバター名を聞き、今度はリクとコハルが固まった。

 ガンは拳銃、ヴォルトは電圧のボルトを二人はイメージした。アバター名をどうするかは人の勝手だが、後者はともかく前者は重火器が存在しないSAOにはどうも不釣り合いである。

「まあ、銃のない世界だと違和感ありますよね。ベータテスト時代はGVと呼ばれてましたので、そちらで呼んで頂いても構いません」

 どうやら本人も自覚していたようだ。彼にもきっとこだわりというものがあるのだろうと、二人は思うことにした。

「それなら、GVって呼ばせてもらうか。それと、俺達に敬語は使わなくていい。堅苦しいのは無しにしようぜ」

「分かった。リク、コハル、よろしく」

 こうしてGVはリクとコハル、それぞれと握手を交わし、パーティー申請を受け入れたのだった。

 

 

 



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最初のクエスト

 GVをパーティーに加えたリクとコハルは、クエストを受注するために掲示板の前までやってきた。三人はそこにいるフードを被った男性のNPCに近づく。

 

「ああ、どうしようか」

 

 男が弱々しげに呟く声が聞こえた。それから数秒経つと、金色のクエスチョンマークがそのNPCの頭上に出現。クエストが発生した証だ。

 クエスト発生のヒントの一つは、いかにも困ったようなセリフなのだが、最初の街で発生するだけあって簡単にわかる。早速、リクは声を掛けた。

 

「何かお困りですか?」

 

 このセリフはNPCクエスト受諾フレーズの一つである。反応したNPCの男性は三人に顔を向けた。その頭上には《?》マークがピコピコと点滅している。他にもパターンは幾つか存在するのだが、だいたいはこれでいいことをベータテスターであるリクとGVは知っていた。コハルはmobを倒すのに必死だったため、知らなかったが。

 

「旅の人ですか? 実はですね……」

 

 話によると、男性は装飾品店を営んでおり、自らが生産したものを販売しているとのこと。原材料は商人から購入したり、他の人を雇ってモンスターを狩ってもらうようだが、今回は贔屓にしていた戦士が怪我で来れなくなってしまい、必要な猪の牙が手に入らなくなってしまったらしい。このままでは商品が作れず、どうしようか悩んでいたということだ。

 内容を聞いた三人は、リクが代表して返事をした。

 

「分かりました。任せてください」

 

「ありがとうございます!」

 

 引き受けると、NPCの男性は感謝した。

 別に最初の一言だけでよいのだが、これは気分の問題である。ベータテスト時代には、試しに変顔をしたり妙なポーズを取ったりと、ふざけた対応をしたプレイヤーがいたらしい。しかし所詮はプログラム。怒ったり困惑したりもせず、決められた言葉を返すだけだ。

 そんなことはともかく、これでクエストの受注は完了した。三人はメニューを開いてクエストのログを確認すると、細かい内容とクリア条件を確かめた。条件は《猪突の牙》というアイテムを三つ、依頼主に渡すことである。話の内容から予測すると、恐らく《フレンジー・ボア》がドロップするアイテムだろう。

 

「いよいよフィールドに出るんだね」

 

 コハルの表情は真剣だが、手が少し震えているのをリクは見逃さなかった。無理もない、楽しむはずだったゲームは今や命を懸けた戦いとなったのだ。不安に決まっている。彼女は死という恐怖を、元からある芯の強さで押し付けているのだ。

 

「練習の時だって、ちゃんと戦えたんだ。きっと大丈夫だ。それに、いざという時は俺がコハルを守るから」

 

「それに、僕もいるからね。死なせはしないよ」

 

「……うん。二人とも、ありがとう」

 

 リクとGVの温かい言葉を掛けられ、コハルは少し安心した。

 

「よし、行くか‼」

 

 こうしてデスゲームと化したアインクラッドで、リクとコハル、そしてGVの最初のクエストが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、あまり狩れてないな」

 

「うん、サービス開始時刻はけっこういたのに……」

 

「思ったよりガラガラだったね」

 

 リク、コハル、GVは草原に腰掛け、憂鬱そうな声で話していた。

 現在、《フレンジー・ボア》を思ったよりも倒せず、クエストをクリアするためのドロップ品はまだ手に入っていない。

 原因は他のプレイヤーがmobを狩りまくっているからだろう。昨日と比べると、目当ての青イノシシは明らかに少なかった。すぐさま街を出ていったキリトの言葉が現実のものとなりつつあるのだ。

 リクはそのプレイヤーの大半が自分達と同じベータテスターだと予想していた。彼らは戦闘、知識が他の九千人よりも優位に立っている。特にキリトのような攻略の最前線に立っていたプレイヤーは尚更である。

 リク達もそれは予想していたが、みんな昨日のデスゲーム化宣言でショックを受けているため、動き出すのはまだ時間が掛かるだろうと思っていたのだ。しかし既に現状を受け入れ、行動を起こしているプレイヤー達が少なくなかったことを、mobの少ないフィールドを見て思い知らされた。

 生き残るためのサバイバルは既に始まっているのだ、と。

 

「……なんか、腹減ったな」

 

「……そうだね」

 

 リクの気の抜けた発言に、コハルは同意した。

 

「じゃあ、一旦街に戻って食事にしよう。その時に、現状をどうするのかも話し合おう」

 

「そうするか。腹が減っては戦はできぬ、って言うからな」

 

「それに、もうすぐ正午だしね」

 

 GVの提案をリクとコハルは受け入れ、帰還することにした。リポップしたmobとの遭遇も期待半分、不安半分といった感じだったが、結局現れることなく街に到着した。

 その後、どこで食べようかという話になり、GVは「せっかくだし、紹介したい人がいるから、僕が泊まった宿で食べよう」と言ったので二人は同意。向かう途中、リクは「その人はGVの恋人だったりするのか?」と誂ったが、コハルから「もう、茶化さないの!」と窘められたりと、愉快な会話であった。ちなみにGVの答えは、「いや、ここで初めて会った人だけど」だった。

 更に詳しく話を聞くと、茅場のチュートリアルが終わった後にすぐその女の子が目に入ったようで、辛く泣きそうな顔で広場から逃げるように走り去っていくその姿が気になり、追いかけたらしい。最悪の場合、街を出てフィールドに飛び出してしまうかもしれないと思ったらしく、探し回って何とか見つけることができた。その時には街路の壁にもたれて座り、泣いていたそうだ。その後は共に近くの安い宿屋で一泊したとのこと。

 

「はははっ、お前もキリト並のお人好しだな」

 

「キリト?」

 

 またしても誂うリクの言葉に、GVは初めて聞く名前に反応した。

 

「キリトさんは、私たちの恩人なんです」

 

 コハルはキリトについて話し始めた。ベータテスト最終日に強ザコから助けてくれたこと、昨日のデスゲーム開始前に再開したことや一緒にいたクラインと共に友達になったこと、そしてそれぞれの目的をもって別れたことを。

 

「そうか、その二人はやるべきことを見つけているんだね」

 

「……まあな」

 

「…………」

 

 リクの返事はどこかぎこちなく、コハルは少し罪悪感を感じていた。

 キリトは攻略のために早くもアクションを起こした。朝クラインから送られてきたメールによると、仲間達と無事に合流し、とりあえずみんなで特訓を始めているそうだ。

 だが、自分達はどうだろうとリクとコハルは思った。

 リクはコハル一人のためだけに街に残ることを選んだ。コハルは自分がリクを縛り付けている気がした。

 二人は同じことを考えている。自分はこのままでいいのか? 誰かのために、他にできることがあるのではないか、と。

 

「あそこが、昨日泊まった宿屋だ」

 

 GVが目的地を指差しながら言うと、リクとコハルは我に返った。

 二人は宿屋の看板を見ると、あまりのボロさに表情が固まってしまう。GVには悪いが、昨日泊まった場所と対して変わらない気がした。宿泊料が安いと聞いているので贅沢を言うつもりは無い。しかし、せめて料理は昨日と違うものであってほしいと願ってしまう。

 

「まあ、料理の味は悪くないから。それじゃ、中に入ろう」

 

 二人の表情を見て内心を悟ったのか、GVは弁明しながら促してドアを開けた。入って見渡すと、やはりボロかった。フローリングの床に壁、天井の至る所が煤けている。特に壁には少しヒビが入っている。これがリアルなら、建物の耐久性に不安を感じるところだ。

 

(まあ、値段と質は比例するってことか)

 

(安いのがウリだから、仕方ないよね)

 

 リクとコハルは内心、そう割り切ることにした。昨日の宿屋と同じくらいのボロさなので、安ければこうなのだろう。コルを節約するなら、これからも覚悟しなければならない。

 ちょうどその時、受付の右側にある階段から人が降りてきた。体つきが華奢な女の子である。向こうもこちらに気づくと、パッと表情が明るくなる。

 

「GV、おかえり」

 

 少女は早足で階段を降りて、金髪の少年の前までやって来る。GVも「ただいま、シアン」と笑顔で返した。

 これがリクとコハルの、シアンとの出会いであった。

 

 

 



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食事中の作戦会議

「GV、その子がお前の紹介したかった人か?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 リクが金髪の少年に尋ねると、正解であった。そして少女もリクとコハルに気づいた。

 

「この人たちは?」

 

「ああ、僕と一緒に狩りを手伝ってくれた友達だよ。二人とも、この子が話していたシアンだ」

 

「俺はリクだ」

 

「私はコハル。よろしくね」

 

「シ、シアンです。よろしくおねがいします」

 

 二人は元気よく自己紹介したのに対し、他者との会話に慣れていないのか、どこかぎこちない。だがGVとは普通に話せていた。だとしたら、彼はよほどコミュ力が高いのだろうか?

 

「シアン、せっかくだから、これからみんなで食事をしようと思うんだ。いいかな?」

 

「う、うん」

 

 シアンはやや固くなりながらも頷いた。

 こうして四人は食堂へと移動。中は昼食を取る時間帯にも関わらず、ガラガラであった。プレイヤーが指で数えられるほどの人数である。GVを疑っているわけではないが、食事がマズイのかと不安になってしまう。

 とりあえず適当な席を選び、長方形の木製テーブルにリクがGV、コハルがシアンと向き合う形で座った。テーブルの真ん中に立て掛けられたメニューをGVが開いて、何にしようかと迷った挙げ句に全員オムライスを頼んだ。一口食べてみると、味は至って普通。GVの言う通り、不味くはない。少なくとも、ボロいから不味いというのはただの偏見のようだ。

 食べ物の味が悪いとプレイヤーのモチベーションが下がるというスタッフの配慮かもしれないが、それならポーションの味も何とかならなかったのか。良薬口に苦し、ということわざがあるが、仮想世界にまでそんな理屈を持ち込まないでほしい。

 

「それで、狩りはどうだったの?」

 

 食事を進める中、シアンに尋ねられたGVはやや重々しくも素直に答えた。

 

「そうだね……正直いいとは言えないかな」

 

「うん、他の人たちにモンスターをほとんど狩られちゃったから」

 

「動いているプレイヤーはまだ少ないと思うけど、それでこの状況だからな。クエストが今日中に終わるのかどうかも怪しい」

 

 コハルとリクが食べながら状況を説明すると、シアンがキョトンとした感じで尋ねる。

 

「ねえ、クエストって何?」

 

「あ、そうか。シアンはSAOが初めてのMMORPGだったね」

 

 昨日の夜、GVはどういった経緯でシアンがSAOを始めたのかを聞いていた。今の会話に専門用語が入っていたがために、彼女にとってはよく分からないだろう。

 

「クエストっていうのは、NPC――ゲームの中のキャラクターがプレイヤーである自分達に頼む依頼のことだよ。目的を達成して依頼主に報告すれば、クリアと見なされて報酬が貰えるんだ」

 

「俺達が今やってるのは《フレンジー・ボア》がドロップする《猪突の牙》を三つ集めて持ってくる簡単なクエストだけど」

 

「え、どろっぷ?」

 

 今度はリクの説明に聞き慣れない単語が出てきてしまったので、コハルが補足する。

 

「ドロップっていうのは、モンスターを倒してアイテムを入手することを言うの。でも基本は一定確率だから、まだ目的のものは手に入ってなくて」

 

「せめて、敵を探しやすくするスキルでもあれば……あれ?」

 

「そういえば……」

 

 つい口から出た言葉にリクはふと何かに気づき、GVも彼のセリフから自身の記憶を遡った。

 かつてベータテスト時代、ソロプレイが中心だった二人は戦闘こそ慣れてきたものの、狩りに関しては効率が悪かった。原因は、リクもGVもMMORPGに関しては素人だったことである。その世界がリソースの奪い合いであることを知らなかったため、他のベテランプレイヤーにモンスターを狩られてしまったのだ。攻略の最前線に立っていたプレイヤーとそうでない中層プレイヤーを分けた理由の一つはそこにある。

 そんな中、二人はとあるプレイヤーに出会い、教えてもらったのだ。ソロプレイで狩りの効率を上げるための、スキルの存在を。

 それを思い出した二人は互いに顔を見合わせ、笑った。

 

「そうだ、あったな!」

 

「確かにあった。索敵(サーチング)が!」

 

「え、なにそれ?」

 

「…………?」

 

 リクとGVだけで突破口を見出した気になっているため、コハルとシアンは置いてけぼりだ。

 

「《索敵》スキルは、モンスターへの反応距離を増加させる効果がある。これがあれば、より遠くにいるmobを見つけられて、狩りの効率を上げるられる」

 

「しかもその特性上、戦闘中にいち早く他のmobを察知できるから、ソロプレイ時の生存率も上がるんだ」

 

「ベータテストの頃、なかなかモンスターが見つからなくて困ってな。そんな時に、親切なソロプレイヤーがこのスキルを教えてくれたんだよ」

 

「奇遇だね。僕も他のプレイヤーに教えてもらったんだ」

 

「何だ、GVもそうだったのか。すっかり忘れてた。ははは」

 

「いや、そんなこと、どうして今まで忘れてたの⁉」

 

 コハルは二人を叱咤(特に呑気に笑っていたリクは、プレッシャーを強く感じている)した。無理もない、情報はこの浮遊城で生きるための生命線の内の一本なのだ。

 

「悪い。昨日の衝撃でつい」

 

「同じく、僕も」

 

「あ、そうだよね」

 

 二人は申し訳無さそうに謝り、コハルはあっさり納得した。

 デスゲーム開始宣言をされ、誰もがショックを受けているのだ。そういう見落としもあるだろう。この早いタイミングで思い出すことができただけ、まだいい方である。

 

「…………」

 

 三人だけで会話が進む中、コハルはシアンが黙ったまま俯いていることに気づき、声を掛ける。

 

「シアン、どうかしたの?」

 

 華奢な少女は慌てた感じで「え?」と反応した。

 

「いや、その……みんな話し合って、真剣に考えてるし、フィールドに出てるから、ベータテスターってすごいなって思って」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

 あたふたしながらも褒めるシアンに対し、コハルはやや自虐的に返した。

 

「私はベータテスターだったけど、ものすごく下手だったの。最終日にリクとキリトさんに出会って、その日と昨日、戦い方を教えてもらわなかったら、フィールドに出ようなんて思わなかったと思う」

 

「きりと?」

 

「あ、シアンにはまだ話してなかったな。簡単に言えば、俺とコハルの恩人だ。最終日のピンチの時に、ヒーローのように助けてくれたんだ。昨日再開してな、そいつなんかデスゲームが始まってすぐに街を出たんだぜ。俺達よりもよっぽどすごいぞ」

 

「……そう、なんだ」

 

「シアン?」

 

 華奢な少女は平常に見えるが、GVにはどこか苦しそうに見えた。

 

「あ、早く食べないとごはんが冷めちゃうよ」

 

「はっ、しまった!」

 

 シアンは思い出したかのように言うと、リクも慌てだした。話に夢中になっていたせいで、途中からすっかり食事が止まってしまっていたのだ。

 

「え、でもここは仮想世界だから、料理が冷えることなんて」

 

「コハル、冷えるとかそういう問題じゃない。SAOは料理にも耐久値があってな、ゼロになったら消滅するんだぞ!」

 

「ええっ、それを先に言ってよ!」

 

「いや、ベータテスターだから知ってると思って」

 

「私、モンスターと戦うのに必死だったから!」

 

「そうだったのか。とにかく早く食うぞ!」

 

「うん、そうだね!」

 

 そんな必死な二人のやり取りを見て、シアンは微笑ましい表情になった。

 

「…………」

 

 たがGVは、さっきの彼女の儚い感じが、どうにも忘れられなかった。きっとSAOがデスゲームになって不安なのだろうと、この時はそう思っていた。

 

 

 



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シアンの覚悟

 昼食を終えたリク、コハル、GVの三人は、食後はドリンクを飲みつつ、誰が《索敵》を使うのかを話し合った。その間、シアンは殆ど喋らなかったが。

 《索敵》は安全かつ便利なスキルだが、安全性の高いパーティープレイでは必要性が薄い。戦闘中に他のmobを察知しても、仲間がいれば対処できる上、モンスターを探すにしても、多人数では目での索敵範囲が広いからである。これも親切なプレイヤーが教えてくれたことだ。

 それを考えれば、今後ソロプレイをする可能性の高いプレイヤーが習得すべきなのだが、リクにはコハルを守りたいという気持ちがあり、コハルの方もリクと共に行動したいと思っている。つまり二人は共に行動することを考えていたため、自分達の都合をGVに押し付けていいのか迷ったのだ。

 必要が無いと分かった時に消せばいいじゃないかという人もいそうだが、そんな簡単な話ではない。どんなスキルを習得するかによって自分のプレイスタイルが決まってくる上に、スキルの熟練度を上げるのも時間をかなり費やす。よほどのことがない限り、鍛えたスキルを捨てるのは覚悟が必要なのだ。HPが0になったら死ぬこの世界なら尚更である。

 思いついておきながら情けなく思ったリクであったが、GVは自分が習得すると言った。コハルは「本当にいいの?」と不安ながらも確認したが、彼は「僕なら大丈夫だよ」と強い意思で返したため、甘えることにした。

 こうして《索敵》スキルはGVが習得することに決まり、作戦を立てた三人はシアンを宿に残し、狩りを再開すべく《原初の草原》へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、作戦開始だ」

 

 フィールドに出ると、リクは気を引き締めて言った。コハルとGVも頷く。

 立てた作戦はこうだ。まず、モンスターを探す際はリクとコハルの二人組、GV一人の二手に別れることにした。これなら前者は目での索敵範囲の広さを、後者は増加した反応距離を活かすことができる。

 ただし戦力を分散させるため、死亡するリスクも上がってしまう。パーティを解消しなければ右上にメンバーの名前とHPが表示されるため、仲間が大丈夫か否かが分かるものの、すぐに駆けつけられるとは限らない。その対策として、互いに定期的にメッセージを飛ばし、現在地を報告することにした。これなら目印になりそうなものを伝えれば、ピンチになった時に見つけやすくなる。面倒だが、身の安全を考えれば仕方がない。

 

「それじゃあ二人とも、気をつけて」

 

「ああ、GVもな」

 

「うん、また後で」

 

 それぞれ無事を祈った後、リクとコハルはGVと別れて行動を開始。それから十五分後、

 

「コハル、いたぞ! 準備はいいな?」

 

「うん、大丈夫!」

 

 リクとコハルは獲物を見つけるとダッシュで向かった。モタモタしていると他のプレイヤーに狩られてしまうため、早いもの勝ちである。リクはヘイトを自分に向けた後、相手に突進させた後に回避し、弱点の首の後ろを《スラント》で斬り裂く。僅かにHPが残ったため、再び行った突進を今度は片手直剣でガード。抑えている間にコハルが《サイドバイト》で斬りつけて仕留めた。時間は一分も掛からなかった。

 倒すだけならリクの通常攻撃で十分だが、あえてコハルにトドメを刺させたのは、彼女に経験値ボーナスを与えるためだ。パーティーを組んでいる場合、コルと経験値は自動的に分配されるが、後者はラストアタックを決めたプレイヤーに多く入るのだ。

 しかし、この方法だとコハルの短剣スキルの数値が上がりにくい。武器スキルの熟練度は敵に武器でどれだけのダメージを与えたかで上昇する。先程は僅かなHPを削っただけなので、期待はできない。今は安全と目的を優先しているので仕方がないが、近いうちに効率よく上げられるようにしなければならない。

 早速、二人はウインドウを開いてアイテム欄を確認する。SAOでは、ドロップしたアイテムは誰かのストレージに入っているのだ。

 

「俺のところにはないな。そっちはどうだ?」

 

「ううん、ダメ」

 

 リクが尋ねると、コハルは首を横に振って答えた。残念ながら、午後の最初の戦闘では《猪突の牙》は手に入らなかった。

 落胆するコハルに、リクは励ましの声を掛ける。

 

「まだ再開したばかりだ。これからだよ。あ、ちょっと待て」

 

 丁度その時、リクにメッセージが届いた。GVからである。周りにモンスターがいないことを確認し、メニューウインドウを出現させて内容を確認すると、リクの表情が明るくなる。

 

「いいニュースだ。GVが《猪突の牙》を一つ手に入れたそうだ」

 

「ホント? やった!」

 

 コハルの表情が明るくなった。早速、習得した《索敵》スキルが生かされたようだ。

 

「俺達も負けてられないな!」

 

「うん!」

 

 リクはウインドウを閉じ、再びコハルと共に次の獲物を探しに走り出した。

 それから休憩を挟んで四時間、作戦が功を奏して、必要なアイテムは集まった。リクとコハルは待ち合わせしていた街の中央広場でGVと合流。依頼主にアイテムを渡し、最初のクエストを達成したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、仮想世界でも疲れを感じるのは不便だね」

 

「確かにな」

 

 シアンの待つ宿へ向かう途中、コハルが気だるい感じで言うと、リクも同じ気持ちで返した。

 プレイヤーの今の体は、生身の代わりとなるアバターであり、肉体的な疲労はない。ただ、精神的な疲労はどうしても出てしまう。アバターを動かすのも、結局は現実にある生身の脳から送られてくる信号なのだ。

 

「今日は早く寝よう。疲れを取るなら、それが一番だよ」

 

「そうだな。明日の朝は、装備を新調しに武具店に寄ることだし」

 

 GVの最もな意見に、リクはついでに予定を確認するように答えた。

 生き延びるためにも、装備は更新する必要がある。リクとコハルがログイン時に購入したのは、コハルの革の胸当てだけである。クエスト達成の報酬で手に入れたコルなら、最低でも鉄製の胸当てぐらいは買っておいたほうがいいだろう。武器はあまり経験値と熟練度を稼いでいないコハルのために買ってあげようとリクは決めていた。

 やがて昨日泊まった宿に到着。中に入ると、それぞれの部屋へと向かうべく二階へと続く階段を登った。

 

「あれ、シアン?」

 

 先頭にいたGVが彼女に気づいて立ち止まると、後ろの二人も足を止めた。

 てっきりGVと同じ部屋で待っていたと思っていた少女は、壁に背中を預けて立っていた。

 

「あ、三人とも、おかえり」

 

 シアンもGV達に気づき、こちらに向かって早足で歩いてきた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「うん、GVにお願いがあるの」

 

「お願い?」

 

 いったい何なのだろうか? 何か欲しい物でもあるのか? それとも今の宿が不満だから、別の宿にしてほしいということか? だが、シアンはそんな我儘な女の子に見えないというのは、三人の共通の印象だった。

 

「……あのね……私にも戦い方を教えて!」

 

「「「…………え?」」」

 

 GVだけでなく、リクとコハルも突然の発言に目を見開いた。華奢でひ弱そうな女の子がそんなことを言うなど、思いもしなかったのだ。

 

「……理由を聞かせてくれるか?」

 

 真っ先に冷静になったリクが訪ねた。

 

「……GVもリクもコハルも、今できることをがんばってる。でも、私は何もできてなくて、GVに世話になりっぱなしで、宿のお金も払ってなくて。だから私も力になりたくて」

 

(……そういうことだったのか)

 

 GVはシアンの気持ちを理解した。昼食の時に彼女から感じたのは、自分がお荷物になっていることによる無力さだったのだ。

 

「シアン、気持ちは分かるけど、今のSAOはHPが0になったら、本当に死ぬかもしれないんだよ。私もベータテスト時代はモンスター相手に何度も殺られて、短剣でまともに戦えるようになったのは、昨日のデスゲームが始まる前の時間なの。素人じゃ危険すぎるよ」

 

 コハルは落ち着いて説得した。同じ素人でも、彼女はまだ運がいい方だ。リクとキリトと出会い、戦い方をレクチャーしてもらい、他のプレイヤーと比べても恵まれている。

 

「わかってる。でも、自分だけ何もできないなんてイヤなの。この世界で自分にできることを見つけたい」

 

「「「…………」」」

 

 今のシアンからは強い意志を感じる。そんな彼女の瞳を見ていると、三人は反論できなかった。

 

「……分かった。できる限り教えるよ。ただ、第一層も危険な所は少なくない。この街から遠くへは行かないって、約束してほしい」

 

「うん、約束する!」

 

「…………」

 

 GVは条件を出した上でレクチャーすることにし、シアンも笑顔で承諾した。

 しかしコハルは内心、不安を拭いきれない。GVがついているとはいえ、シアンが上手く戦えるようになるという保証はないのだ。そんなコハルの気持ちを察したのか、リクは言った。

 

「シアンがそうしたいって言ってるんだ。今はできる限りのことをしよう」

 

「……うん、そうだね」

 

 コハルは、とりあえずシアンの意思を受け入れることにした。

 アインクラッドに閉じ込められたプレイヤー達の未来はまだ不透明であるが、リク、コハル、GVの三人には一つだけ分かることがある。

 

 

 

 一人の少女が今、小さな一歩を踏み出したということだ。

 

 

 



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更なる一歩

 2022年11月8日 はじまりの街

 

 朝、リク達は予定通り武具店へと立ち寄った。ベータテスターである三人は中に入ったことがあるが、初めてのシアンは実際に武器と防具が並んでいるのを見て驚き半分、好奇心半分といったところだ。

 まずは防具である鉄の胸当てを四人分購入し、その場で装備。当然、革製より重みがあるが、生き延びるためにも慣れるしか無い。

 武器の購入に関しては、今回は見送ることにした。元ベータテスター三人は、街の近くにいるmob相手ならまだ今の武器でいいと判断した。シアンはまだどの武器を使うのか決めていないため、まずは初期装備の片手直剣――《スモール・ソード》を使わせることにしたのだ。

 その後、GVはまずシアンに戦い方の基本とソードスキルをレクチャーすべく、一旦パーティーを解消して中央広場へと向かった。リクとコハルは二人を見送った後、次のクエストを決めるためにとりあえず近くにあったベンチに座り、アルゴから貰ったメモを眺めた。

 

「次は、このクエストなんてどうだ?」

 

 リクは気になったクエストの情報が書かれた場所を指差すと、コハルは不安そうな顔をした。

 

「うーん、でも他のモンスターと戦わなきゃいけないんだよね?」

 

「まあ……そうだな……」

 

 リクは口ごもった。メモにはクリアするために倒すべきモンスターの出現場所が書かれており、場所は《原初の草原》とは違う所である。

 コハルの気持ちは理解できる。彼女はまだ《フレンジー・ボア》しか倒したことがない。最初のクエストで臆することがなかったのは、ある程度戦い慣れていたからだ。それ以外の敵と戦うとなると、コハルにとっては情報が少ないため、怖くもなる。

 

「でも、防具を鉄製に変えて防御力は上がっただろ」

 

「パラメータは上がったみたいだけど、数字だけじゃ強く慣れた実感がなくて……思ったより心細いな」

 

「うーん、それはモンスターと戦ってみなきゃ、確かめようがないからな」

 

「そう……だよね……」

 

 コハルは今にも消え入りそうな声を出して俯いた。どれだけ装備を強化しても、死という恐怖をゼロにすることはできないのだ。

 一部の例外を除けば、一度クリアしたクエストを再び受けることもできるため、安全を優先するなら、昨日と同じクエストを受けるという手もある。だが同様のことを考えている人達はきっといるし、これから行動を起こすプレイヤーは時間が経てば増えていく。《原初の草原》の青イノシシは彼らによって借りつくされるため、装備やアイテムの購入は疎か、生活するためのコルを稼げるかも怪しくなる。

 キリトのように次の街を拠点にするというほどではないが、リスクを侵さなければサバイバルを生き延びることはできない。コハルもそれは分かっているが、今いる場所から更なる一歩を踏み出せずにいる。リクはそんな彼女に、優しくも心強い言葉をかけた。

 

「大丈夫だ。いざという時は、俺がコハルを守るよ」

 

 シンプルで言うのは簡単だが、重い一言。だがコハルは、自然と信じることができた。

 

「ありがと……リクが言ってくれると、防具よりも頼もしいよ」

 

「ははっ、それほどでも」

 

 安心したのか、コハルの表情が穏やかになる。笑顔で返したリクだが、言った以上は責任重大である。

 

「立ち止まってても、なにも変わらないもんね。戦い方はわかってきたし、ちょっとだけ遠くに行ってみてもいいかも」

 

「それじゃ、決まりってことでいいよな?」

 

 リクは確認すると、コハルは「うん」と頷いた。

 

「よし、行くか!」

 

 二人は立ち上がり、メモに書かれた依頼人のいる場所へ向かおうとしたが……

 

「あいや待たれよ! そこのご両人、装備を見るにかなりのつわものと見た!」

 

 歌舞伎の様なノリで声を掛けられた。視線を向けると、男が二人立っている。

 

「「…………」」

 

 一人は小太りの青年だったが、もう一人の男の姿を見た二人はあまりの衝撃に固まってしまった。何故か? それはスカートを履いていたからだ。しかも顔はただの冴えない青年で、男の娘と言われるような可愛さなど全く無い。

 リクとコハルは少し思考を働かせた結果、その理由に行き着いた。この女装男は性別を女性に設定してゲームを始めたのだ。予習のためにMMORPGのことをネットで調べていた二人は、ネカマと言うのはこの人のようなプレイヤーを言うのだろうと思った。まさか性別を偽ったツケがこんなところで来るなど、昨日のチュートリアルまで思いもしなかったはずだ。

 

「えっと……なにかご用ですか?」

 

 ようやくコハルが口を開いた。

 

「あたし……じゃなくて、オレはみゆりん。見ての通りの一般市民よ」

 

「俺はウルリック。みっちゃんの相棒ってとこかな。よろしくね」

 

 二人組はまずは無難に自己紹介から入った。ネカマの方がみゆりんで、小太りの相棒がウルリックである。

 

「私はコハルです。隣の彼はリクといいます」

 

「どうも。それで、何で俺達に声を掛けたんですか?」

 

 リクは明らかに自分達より年上の二人に丁寧語で訪ねた。

 

「実はちょっとしたお願いがあるんだ。俺らが挑戦中のクエストをほんの少し手伝ってほしいんだよね」

 

 ウルリックがそう言って頼むと、リクは「うーん」と唸った。内容によっては、コハルを危険に晒すことになる。自分達が受けようとしていたクエストも、今の彼女の実力を考えて選んだのだ。

 

「コハル、どうする?」

 

「まあ、話ぐらいは聞いてもいいんじゃないかな?」

 

「分かった。まずは話を聞こう」

 

 ネカマとその相方は、まずクエストの内容について説明した。

 クリアする方法は、NPCから預かった手紙を届けるだけというものだ。だがこのクエスト、内容だけ聞くと簡単ではあるが、この広い《はじまりの街》の中をあっちこっちたらい回しにされるため、だいぶ面倒くさい。しかもその割には報酬がしょぼく、ほとんどのプレイヤーがスルーするらしい。

 だが一定の条件下で配達を成功させるとさらにクエストが進行し、ちょっといい報酬を受け取ることができるそうだ。クリアするための追加条件はドロップ品を集めるだけ。それを聞いたリクとコハルは、なぜ二人が自分達に声を掛けたのかを察した。さらに話を聞くと、問題は目的のアイテムをドロップするモンスターの場所とのこと。必要なアイテムは二種類で、片方は《原初の草原》で手に入る《猪突の牙》だが、もう片方のドロップ品――《豺狼の爪》はその先の《探求の草原》に生息する《ダイアー・ウルフ》からしか手に入らないのだ。思ったとおりであった。

 

「つまり、自分達の装備と実力じゃ危険だから、俺達ににヘルプを求めたということですか」

 

「あっちは無理! オレ達の紙装甲じゃあ死んじゃう」

 

 みゆりんは女々しく言った。確かに、二人が身につけているのは革の胸当て。鉄製を身に着けているリクとコハルの装備と比べても、心もとない。

 

「他のプレイヤーにも手当り次第声を掛けてたんだけど、断られ続けてさ。モンスターを倒せば強くなる! って、普通のゲームなら当たり前すぎる話だけどさ、ここじゃそれが命がけなんだもんな……」

 

「こんなゲームに閉じ込められて、オレ達この先どうなっちゃうんだろう。いつまで生きられるんだろ……あ、ご、ごめんね、暗い話しちゃって」

 

「どうにもならないことなんだから、くよくよ考えるのはやめだ! 俺らは今まで通り、明るくやろう! そう決めたんだけどね……なかなか切り替えられないや」

 

 表情に不安が滲み出ているウルリックとみゆりんに、コハルは同情した。

 

「その気持ち、わかります。私もまだ……助けが来るんじゃないかって、心のどこかで期待してるから。でも、だからって怖がって立ち止まってたら、何も始まらないし、終わらないんですよね」

 

「そうよ。どんなにどん底の状況でも、せいいっぱい頑張って生きなきゃね!」

 

 コハルの言葉でみゆりんは明るくなった。

 

「お互い助け合ってやっていこう! というわけで、改めてクエストの協力のこと、考えてもらえるかな? 報酬は山分けでいいからさ」

 

 ウルリックは二人に訪ねた。偶然にも、受けようとしていたクエストのターゲットも《ダイアー・ウルフ》である。SAOのキング・オブ・ザコ《フレンジー・ボア》の次に弱く、ベータテスターであるリクは攻撃パターンも熟知しているので、コハルへの危険も低い。

 

「俺はいいけど、コハルはどうする?」

 

「うん。私もいいよ」

 

「よかったぁ。それじゃあ行こう! 途中で別れるけど、お互い数が集まったら転移門広場に集合ってことで」

 

「分かった」「うん」

 

 ウルリックは今後の方針を簡単に説明し、リクとコハルも納得して二人と共にフィールドへと向かい、更なる一歩を踏み出したのであった。

 

 

 



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勇気と不安

 途中でみゆりん、ウルリックの二人組と別れ、リクとコハルは《探求の草原》へと向かった。目的の場所に到着して目的のモンスターを見つけると、まずリクが戦い方の見本を見せてコハルに覚えてもらうことにした。

 ここまで来る途中でリクは《ダイアー・ウルフ》の攻撃パターンを簡単に説明している。攻撃手段は飛びついてからの噛みつきと爪による切り裂きの二種類。どちらも初動で見切れる攻撃なのだが、コハルはまだ戦い慣れて間もないため、実際に敵の動きを見た方がいいと判断したのだ。百聞は一見に如かずである。

 一体目を余裕で倒した時は目的のアイテムがドロップしなかったが、コハルはもう相手の行動を把握したらしく、二体目からは上手く連携して倒すことができた。その調子で狩り続け、十四体目を今まさに倒そうとしているところだ。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 リクは裂帛した気合いで、右からの水平斬りによる片手直剣ソードスキル《ホリゾンタル》を《ダイアー・ウルフ》の顔めがけて放ち、口から頭部を横真っ二つにしてトドメを刺した。オオカミがポリゴン片になって消えると、リクとコハルはウインドウを開いて《豺狼の爪》がドロップしているかを確認する。

 

「よし、あった。これで五つだ」

 

「ふう、終わった」

 

 コハルは胸を撫で下ろす。初めて戦うモンスター相手に緊張して、疲れたのだろう。

 ちなみに《探求の草原》では《ダイアー・ウルフ》は一体だけであったが、少し先に行った所では二・三体の群れで襲ってくる。基本、オオカミは群れで行動するため、こちらのほうが自然である。一体だけなのは初心者への配慮なのだろうが、NPCの話によると、遠い場所から迷い込んできたとのことだ。それを成立させるための設定に違いない。

 それはともかく、多数の敵相手に戦うことも今後はあり得る。その辺も考えておく必要がありそうだ。

 

「それじゃ、戻るとするか」

 

「うん、最後まで油断しないようにしないと」

 

 こうしてノルマを達成した二人は《はじまりの街》へと戻るべく歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所である転移門広場へ到着すると、既にみゆりんとウルリックが待っていた。さっそく依頼主の元へと向かい、アイテムを渡してクエストはクリア。報酬を受け取ると、みゆりんは「みゆりん、とっても大感激!」と嬉しそうに言うのを呆れたウルリックに突っ込まれ、リクとコハルも苦笑いした。本人曰く「オレに絡みついた運命の鎖は……もといネカマの習性は、簡単には抜けないのよね」とのこと。ちなみに報酬は、約束通り山分けとなった。

 

「二人とも、ありがとう。おおげさだって思うかもしんないけど、前に踏み出す勇気がついたわ」

 

「どういたしまして」

 

 みゆりんの感謝の言葉に、リクは嫌味のない笑顔で返した。すると、ウルリックは語り始める。

 

「俺らはさ、他のゲームもけっこうやり込んでて、こういう状況でならヒーローになれる! なんて思わなくもなかったんだよ。でも甘かったよな。本当に死ぬかもしれないって思うと、足が竦んでどうしようもなくてさ。街のすぐ近くでできるだけ安全に戦って、ちょっとでもHPが減ったらすぐ戻ってきて……」

 

「本当は《探求の草原》にだって行けなくはなかったはずなのよ。でもね……いざとなるとやっぱり怖いのよね。けど、あんた達はすごいよ。オレ達の頼みなんて断ることもできたのに、まっすぐ外に出ていって、ちゃんと戻ってきた」

 

「俺らもこれから頑張ってみるよ。死なない程度にね。それじゃ、もう行くよ」

 

「ああ、それじゃ」

 

「そちらも、気をつけて」

 

 こうしてリクとコハルの前から、ネカマとその相棒のコンビは去っていった。

 

「なんか、強烈な人たちだったね」

 

「ああ、個性的だったな」

 

 二人は苦笑いで素直な感想を述べた。特にみゆりんの姿にはものすごい衝撃を受けた。本人は気づいているのか分からないが、会話の所々に女らしい話し方があった。本人の言う、ネカマの性というものなのだろう。

 とにかくあの二人には明るく、精一杯頑張るという目標がある。例え死ぬのが怖くても、今行動を起こしている人達はできることを考え、必死になっているのだ。そこにベータテスターもそうでないプレイヤーも関係ない。

 

「それより、もうすぐ正午になるな。シアンとGVの様子を見に行くか」

 

「うん。そろそろお昼にしないといけないしね」

 

 二人はそう言うと、すぐに中央広場へと向かった。そこには何十人となるプレイヤーがソードスキルを放つ練習をしていた。広場は一昨日のチュートリアルで一万人のプレイヤーが集められただけあってかなり広い。練習するにはもってこいの場所だ。

 

「リク、あそこ」

 

 辺りを見渡すと、コハルが先に探している二人を見つけた。声を掛けるべく歩み寄ろうとするが、リクは肩を掴んで止める。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 ちょうどシアンが《スラント》の構えを取ろうとしているところだった。GVが見守る中、やがて剣が淡い光を放ち「えいっ!」という掛け声で技を放つと、彼女は少しよろめいた。

 技を見終えたリクはコハルの肩から手を離し、二人で近づいて声を掛ける。

 

「よう、がんばってるな」

 

「お疲れ様」

 

「あ、ふたりとも」

 

 シアンは二人に気づき、GVも笑顔で返す。

 

「ソードスキルの練習はどう?」

 

「うん、GVが教えてくれたおかげで、技は出せるようになったんだ」

 

 コハルが尋ねると、シアンはそう答えた。無理に取り繕っている笑顔で。

 

「じゃあコハル、シアンのソードスキルをちょっと見ててくれ。GVと話したいことがあるんだ」

 

「……うん」

 

 コハルはリクの意思を悟り、頷いた。

 

「GV、ちょっと来てくれ」

 

「……うん」

 

 GVは真剣な表情で答えると、コハルにシアンを任せてリクについていく。女子二人から少し距離を取り、リクは訪ねた。

 

「なあ、お前から見て、シアンはまともに戦えそうか?」

 

「……正直、難しいと思う」

 

「はあ、やっぱりか……」

 

 言いにくそうに答えたGVに、リクはため息をついた。

 リクは服の上からでも分かるシアンの華奢な体つきを見た時から、体を動かすのが得意でないことを察していた。先程ソードスキルを放つ姿も、全体的に動きがぎこちない。戦いで生き残れる気がしないのだ。

 

「……どうしようか?」

 

「……飯食ったらもう二時間ぐらい練習して、フィールドでmobと戦わせてみよう。俺達がいれば安全だし、やっぱり危ないからやめようって言うのは酷だからな」

 

「じゃあ……まずはそうしてみよう」

 

 とりあえずGVはリクの提案を受け入れることにした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 同じ頃、一人の男性プレイヤーがベンチに座っていた。前髪をオールバックにしており、どこか飄々とした雰囲気を醸し出している。

 男は隣に置いてある大きめの瓶――メイソンジャーから小さなあげせんをつまんで取り出しては口に入れ、ポリポリと食べているところだ。

 そのプレイヤーの名は迅悠一(じんゆういち)。浮遊城の虜囚となる前から様々なゲームで活躍してきた人物だ。SAOでのアバター名はZ。呼び方はゼットではなくジーである。

 元ベータテスターで、当時も攻略の最前線に立っていた。MMORPGもベテランであり、正式サービスが開始したSAOでも協力したり競い合ったりするのを楽しみにしていたが、デスゲームとなった今は浮遊城を攻略すべく行動している。

 そのためにまず、ベータテスト時代、現実で知り合いの仲間達を探している。それぞれの今後の方針を確認し、情報を共有するためだ。もちろん、狩りによるレベル上げも怠ってはいない。今は休憩中である。

 

「相変わらずあげせんが好きだナ」

 

 突然、声を掛けられた。相手はベータテスト時代からの付き合いである小柄な女性プレイヤーが不敵な笑みを浮かべており、顔には三本ひげがペインティングされている。

「よう、アルゴ。お前もあげせん食う?」

 

「じゃあ、遠慮なくもらうヨ」

 

 とりあえずアルゴは隣に腰掛けると、差し出された瓶からあげせんを一つ取り出して口に入れ、味わった。

 幼い頃から大のあげせん好きであるZにとって、それがSAOに存在していたのは意外であった。スタッフの中に好きな人がいたのか? ならその人とあげせんの魅力について大いに語り合いたいとZは思ったが、現実に帰還できなければ話にならない。

 

「それで、そっちの方はどうだ?」

 

「ああ、お金稼ぎは順調ダ。攻略本を作る目処も立ちそうだヨ」

 

 アルゴは既に、この浮遊城で自分のすべきことを見つけている。彼女は情報屋として、敵の倒し方、フィールド、クエストといった情報等を載せた攻略本を作ることで、犠牲者を一人でも多く減らそうと考えているのだ。

 

「そっちの方はどうなんダ?」

 

「ああ、大体は再開できたな。ベータの時に出会った仲間は、姿が変わっても俺だって分かったよ。あげせんのおかげでな」

 

「そりゃ仮想世界に入ってまでそれを食うのは、お前ぐらいだからナ」

 

 アルゴは呆れながら言った。生きるために必要なコルを、この男は呑気に好きなお菓子を買うために使っているのだから仕方がない。

 だがあげせんの入った瓶を抱えて歩いたり、休む時も隣に置いて食べていたこともあって知人に見つけてもらえたのも事実なのだ。馬鹿にはできない。実際、アルゴもベータテスト時代からのトレードマークである三本ひげのおかげで自分だと分かってもらえたのだ。

 

「とはいえ、ここで時間を掛けてたら、攻略に乗り遅れるからな。あと数日したら、ここを出るつもりだ」

 

「そうカ。ならせっかくだし、オイラの気になるプレイヤーに会ってみたらどうダ?」

 

「……ほう、どんな奴だ?」

 

 Zは笑みを崩さないまま食いついた。アルゴの目にかかるとは、よほど見どころのあるプレイヤーなのかもしれない。

 

「初日に偶然見かけて声を掛けたら、なかなか威勢のいい奴らでサ。男女の二人組で、名前は確か……リクとコハルだったナ」

 

(……そうか、リクか)

 

 片方は知っている男性プレイヤーの名前だったが、Zは表情には出さなかった。

 

 

 



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実力派プレイヤーとの再開

 昼食後、リク達は予定通り二時間シアンの稽古に付き合った。ソードスキルは何とか形にはなり、三人の付き添いのもと、シアンはフィールドに出て青イノシシ相手に実践を開始する。しかし……

 

「シアン、敵の動きをよく見るんだ!」

 

「う、うん、わかってる!」

 

 GVの言うとおりにしようとするシアンだったが、どうも落ち着かない感じだ。無理もない。現実では一般人がイノシシと戦うことなどありえない。どうしても怖くなってしまう。デスゲームと化したSAOなら尚更である。

 突進をぎこちない動きで回避したシアンは、すれ違いざまに「えいっ!」と可愛らしい掛け声で《スラント》を放ったつもりだったが、剣は光らず、ただの通常攻撃となってしまう。発動体勢が上手く決まってなかったのだ。故にダメージも小さい。

 

「落ち着いて、もう一度!」

 

 コハルに励まされ、シアンは気を引き締めた。次こそは成功させる、きっとうまくいくと自分に言い聞かせて。

 内心では怯えながらも、向かってくる青イノシシを見つめ、何とか回避。特訓でのモーションを意識し、武器を素早く構える。今度は剣が光り、そのまま《スラント》を放つ。

 

「…………あ」

 

 シアンの口からか弱い声が漏れる。外した。技を放つタイミングが大きく遅れたのだ。技後硬直によって動けなくなり、青イノシシは獰猛な声を上げながら、恐怖で引きつった表情の少女に突進を仕掛けようとする。

 

「シアンっ!」

 

 GVが間に割って入り、敵の攻撃を武器でガードする。青イノシシは飛び退いたが、距離とタイミングを計算していたリクが《スラント》で首の後ろを切り裂いて倒した。

 

「シアン、大丈夫?」

 

「……うん」

 

 駆け寄ってきたコハルの気遣いに、シアンは元気無く答えた。

 実戦での訓練は基本、シアンが一人で戦うことにしており、ピンチにならない限りは助けに入らないことにしている。彼女のHPはまだグリーンゾーンだが、あと一撃受ければイエローゾーンに突入するほどのところまで来ていた。ポーションをなるべく節約するためでもあり、死への恐怖を少しでも減らすためでもある。

 

「まあ、最初は誰でも初心者なんだ。上手く行かないのは仕方ないよ。次は頑張ろう」

 

「……うん」

 

 歩み寄ってきたGVの言葉にも、シアンは弱々しく返した。

 シアンはその後、渡されたポーションで回復。フィールドを移動して青イノシシを発見しては戦闘、危なくなって仲間に助けてもらうのを二回繰り返した。気がつけばもう夕暮れであり、夜の戦闘は危ないとシアンを説得して街へ帰還。コハルはGVに、シアンを元気づけるために街を見学してきたらと助言して、一旦別れた。

 現在、リクとコハルはベンチに座りつつ、夕焼けに染まる街並みを見つめていた。そこにはNPCもいれば、下を向きながら歩いているソロプレイヤー、今後の事を話しながら歩いているパーティーと様々である。

 そんな中、リクが口を開いた。

 

「……どうする? この調子じゃ、シアンが《フレンジー・ボア》を倒せるのは当分先だぞ」

 

「……そう言われても……」

 

「……だよな」

 

 かつてド素人だったコハルに聞いても、どうすればよいのか分かるはずもなかった。

 今日一日だけでは流石に判断材料が少ないが、元テニスプレイヤーとして様々な選手と戦い、プロ・アマ問わず多くの試合を見てきたリクには分かっていた。

 残念ながら、シアンには近接戦闘の才能がない。HPが無くなる=死ということを抜きにしても、全体的に動きがガチガチだった。テニスの試合とVRでの戦闘では多くの違いがあるものの、シアンの動きは運動が苦手なタイプだとリクは思っている。コハルは最初こそ尻もちをついたりしていたが、動き自体は酷いものではなかった。

 正直、この問題はかなり大きい。普通に生活していくにもコルは必要となる。それを稼ぐにはやはり戦闘でモンスターを倒さなければならない。今はGVがシアンの面倒を見ている状態だが、それもいつまで続くか分からない。続いたら続いたで、自分がお荷物になっていると思ってしまうかもしれない。

 

「せめて、戦闘以外で経験値を上げられたらいいんだけど……」

 

「いや、そんな方法あったら、みんなやってるって」

 

「……そう、だよね」

 

 リクはコハルの希望的観測を否定した。

 基本、RPGは戦闘で経験値を稼ぐものである。ただ、一九九〇年代からシリーズ化しているモンスター育成ゲームではレベルを一つ上げられるアイテムがあるのだが、レアであるため手に入れられる数が限られている。第一、そのようなアイテムがこの浮遊城にあるかどうかさえ定かでない。少なくとも、ベータテスターであるリクとコハルの記憶には存在しなかった。

 そんなことはともかく、このままではシアンがアインクラッドで生き残れる可能性が極めて低くなってしまう。だがMMORPG初心者のリクとコハルの知識では、解決策が思い浮かばない。二人が真剣に悩んでいると……

 

「あげせん食う?」

 

「……え?」

 

 さっ、と横から口のあいたメイソンジャーがリクの目の前に差し出される。その中には小さな煎餅が半分ほど入っている。視線をその大きな瓶から腕を伝うように移動させていくと、やがて相手の顔が見えた。前髪をオールバックにし、メガネを掛けている男性プレイヤーである。その人物は飄々とした感じの笑みを浮かべてこちらを見ている。

 リクは自身の記憶を遡る。前にもこんなことがあった。ベータテスト時代にモンスターを他のプレイヤーに狩りつくされ、経験値稼ぎに悩んでベンチに座っていた時に、今と同じように突然あげせんを差し出されたのだ。

 そんなことをするプレイヤーを、リクは一人しか知らない。

 

「よう、また会えたな」

 

「……ははっ、相変わらずだな、Z」

 

 Zの親しい友と再開するかのような言葉に、リクは少し間をおいて、自然と笑って返した。

 

「おっ、お前も俺だって分かるのか」

 

「当然。この世界でいきなりあげせん差し出して現れるのは、Zしかいないからな」

 

「ま、それもそうだな」

 

「ね、ねえリク、この人と知り合いなの?」

 

 コハルは訪ねた。二人が知り合いで、今日再開したということは一連の会話で察したが、置いてけぼりなのだ。

 

「おっといけない。昨日、ベータテスト時代に他のプレイヤーが《索敵》スキルのことを教えてくれたって話しただろ。この人がそうだ。Z、紹介するよ。彼女は友達のコハルだ」

 

「どうも、実力派プレイヤーZだ。よろしくな、カワイコちゃん」

 

「コ、コハルです。よろしくお願いします」

 

 握手を求められ、笑顔で手を握ったコハルだったが、内心では困惑していた。みゆりんとは違った意味で個性の強そうな人物だったからだ。

 

「それにしても、Zはよく俺のことが分かったな。みんな現実と同じ姿にされたっていうのに」

 

「なに、お前の特徴はアルゴから聞いてるからな」

 

「え、アルゴと知り合いだったのか?」

 

「ああ、ベータテスト時代からの付き合いだからな。アイツは情報屋をやっていて、攻略の最前線にいたやつらは贔屓にしてたよ。俺も含めてな」

 

「一応聞くけど、向こうがお前に気づいたのは、やっぱりあげせんのおかげか?」

 

「御名答」

 

「やっぱりな」

 

「あ、あの、盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 

 男同士の会話にコハルは割って入った。リクが肝心なことを忘れている気がしたからだ。

 

「リク、シアンのこと、ちゃんと考えないと」

 

「あ、ああ、悪い! 忘れてた!」

 

「もう、しっかりしてよ!」

 

 コハルはリクを叱咤した。友達の今後に関わることを片隅に追いやってしまったので仕方ない。とはいえ、リクはどれだけコハルと一緒に考えても答えは出そうな気がしなかった。

 

「……じゃあせっかくだし、Zにも相談しよう」

 

 それがリクの出した結論だった。もしかしたら、ベテランのMMORPGプレイヤーなら何かいい案を出してくれるかもしれない。ダメ元である。

 

「何だ、悩み事か?」

 

「ああ、実は友達の事でな……」

 

 自称、実力派プレイヤーは訪ねると、リクはシアンの今後の方針について悩んでいることを話し始めたのであった。

 

 

 



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Zの提案

「なるほどな。それで行き詰まってるってことか……」

 

 話を聞き終えたZは難しい顔をした。

 やはり無理な相談だったかもしれないと思ったリクとコハルだったが、少しの間の後に答えは帰ってきた。

 

「……まあ、無いこともないけどな」

 

「そ、そうなのか⁉」

 

「本当にあるんですか⁉」

 

 リクとコハルは意外そうな顔をして確認し、Zは「まあな」と返した。

 

「方法は二つある。まず一つは、圏内で完結するクエストをクリアすることだ」

 

「ああ、そういえばあったな」

 

 リクは思い出したように納得した。

 ベータテスト時代にも経験したことがある。記憶では、預かったものを目的の場所まで運ぶお使い系、目的のアイテム・人物を探す捜し物系、家の掃除やペットの散歩などがあったはず。

 当時のリクからしてみれば面倒で退屈なクエだったが、まだまともに戦闘ができないシアンにとって、その手のものはありがたい。

 

(リク、また忘れてたんだ……)

 

 コハルは内心そう思いつつも、もう呆れてツッコむ気にもなれなかった。

 

「じゃあ、その圏内でクリアできるクエだけやれば問題ありませんね」

 

「いや、そんな単純じゃない」

 

「えっ?」

 

 安心したコハルに、Zは水を差した。

 

「クエストは無限にあるわけじゃない。一度クリアすれば二度とできないやつは少なくない」

 

「けど、一日一回できるデイリークエストもあるだろ。それを繰り返せば、生活費ぐらいは何とかなるんじゃないのか?」

 

「そういうのは噂ですぐ広がる。死に怯えるプレイヤーにとっては喉から手が出るほどやりたがるから、最初は良くてもいずれは受けるだけで待たされて時間を食う。結果として、早いうちに圏内クエは枯れる。おれのカンがそう言ってる」

 

「なるほどな。いずれは効率が悪くなるってことか……」

 

 リクは自分の考えが安易だったことを悟った。

 収入が安定しなければ、いずれシアンは路頭に迷うことになってしまう。だがそれは、他の戦えないプレイヤーも同じことなのだ。

 

「それで、もう一つの方は?」

 

 コハルは訪ねた。圏内クエをやり続ける方法がすぐに限界を迎える以上、もう一つの方法だけが希望なのだ。

 Zは少し間を置いて、答える。

 

「……戦闘職がダメなら、生産職になることだ」

 

「せ、生産職っていうのはアレだよな? 武器やアイテムを作るっていう」

 

「ああ、SAOでは生産系スキルで装備品を作っても経験値が手に入る。《はじまりの街》の周りにいるイノシシやオオカミなら、いずれは圧倒的なステータス差で倒せるから、生活に必要なコルは稼げる」

 

 アマチュアのリクとコハルにとって、生産職という道は盲点であった。流石はベテランのMMORPGプレイヤーだと二人は感心した。

 

「それなら、なんとかなりそう」

 

「いや、まだ問題がある」

 

「またですか⁉」

 

 コハルは再び水を刺された。

 

「生産系スキルの修行には金が掛かる。まず必要な道具を揃えなきゃだめだ。さらに熟練度を効率よく上げるには、素材アイテムを戦闘で入手するだけじゃなく、購入する必要もある。結局のところ、戦闘は必要だってことだ」

 

「そんな……」

 

「いや、それじゃ駄目だろ!」

 

 コハルは落胆し、リクはツッコんだ。シアンは戦闘が苦手だから、どうにかできないかと相談しているのに、これではなぜ生産職を提案したのか理解できない。

 

「まあ待て。その問題を解決するには、道具や素材を支援してくれるプレイヤーが必要になる」

 

「そういうことか」

 

 リクは納得した。確かに、誰かに頼れば生産職で生きていくということも不可能ではない。

 だがそれは、悪く言えばシアンに縛られるということでもある。

 

「そのシアンって子には、ここに知り合いはいないのか?」

 

「まあ、いるにはいるけど……」

 

 リクとコハルが真っ先に思いつくのは、GVことガンヴォルト。シアンを助けた恩人であり、デスゲーム化した後で最初にパーティーを組んでフレンド登録もした友達だ。

 

「なら、そいつと話し合って決めるといい。俺が言えるのはそれだけだ」

 

「……分かった。Z、ありがとな」

 

 リクは再開した仲間にお礼を言った。

 

「役に立てたのなら何よりだ。そうだ二人とも、俺とフレンド登録しないか?」

 

「ああ、そうだな」

 

「じゃあ、私も」

 

 三人はウインドウを開くと、慣れた手付きで操作してフレンド登録を済ませた。リクにとってMMORPGに詳しいZと情報交換ができるようになるのは大きなメリットなので、再開できたのは幸運である。

 

「それじゃ、俺はまた知り合いを探しに行ってくる。またな」

 

 そう言ってZは去っていき、二人はその背中を見つめながら会話をする。

 

「なんかZさんって、強烈な人だね」

 

「ああ、個性的だな(あれ、昨日も同じようなこと言ってなかったか?)」

 

 このやり取りにデジャブを感じたリクだったが、別にいいか、と気にせず続ける。

 

「Zは実力派を自称するだけあって、その強さは伊達じゃない。何度か戦いを見てたけど、動きを予測しての攻撃と回避は、まるで未来を見ているようだった」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 いくらなんでも大袈裟だと思ったコハルだが、小さくなっていくZの背中を見つめるリクの目は、彼に対する尊敬や憧れを感じさせる。

 

「それはそうとリク、生産職のこと、GVに話したほうがいいのかな?」

 

「…………」

 

 コハルの問いに、リクは難しい表情で黙っていた。

 内心、二人には同じ迷いがあった。GVがこれからどうするのかはまだ聞いていない。彼に先程のZの提案を話せば、シアンをサポートすることを選ぶだろう。しかし、もしアインクラッドの攻略を考えているなら、ここで時間をかければ他のプレイヤーとの差が開くことになってしまう。つまり、シアンのことをGVに押し付けることになってしまうのだ。

 

「……話さなきゃ、問題は解決しないだろ」

 

「そう、だよね」

 

 僅かな沈黙の後に発したリクの言葉に、コハルは仕方なく納得したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「「ただいま」」

 

 夜、宿屋のリクとコハルの部屋にGVとシアンがやって来た。だがシアンは元気がない。訓練で思うようにできなかったことをまだ気にしているようだ。

 

「来たか。まずは座ってくれ」

 

 コハルと共に椅子に座ってスタンバイしていたリクは、机の向かいの席にGVとシアンに席につくよう促し、二人はそれに従った。

 

「それで、僕たちに話っていうのは?」

 

 椅子に腰掛けたGVはさっそく本題に入る。宿に戻る前にリクからメッセージを受け取っていたが、『シアンの今後の事で話があるから、できるだけ早く帰ってきてほしい。俺達の部屋で待ってる』としか書かれていなかった。落ち着いてはいるが、早く内容を知りたいのだ。

 

「その前にまず、シアンに確認したい事があるんだ」

 

 リクはGVを言葉で静止し、シアンに向き直る。

 

「シアン、正直に答えてくれ。お前は、モンスターと戦うのが怖いのか?」

 

「リク、それは――!」

 

「GV、落ち着いて!」

 

 今後のことに悩む少女にとって、一番気にしているであろうことをストレートに尋ねるリクにGVは慌てるが、コハルに諭される。彼女の顔を見たGVは、その真剣な表情がリクを信じてほしいという無言のメッセージであることを悟り、冷静さを取り戻した。

 

「…………」

 

「大丈夫だ。怒ったりしないって」

 

 俯いたまま答えないシアンに対し、どこか暗い感じに見えたリクは優しく言った。

 

「……うん……やっぱり、怖い」

 

 ようやく、弱々しく本音をさらけ出したシアンに、リクは「そうか」と返した。

 戦闘を教えてと自分で言っておきながら、恐怖によって自分が三人の足手まといになってしまっていると思い込んでいるが故に、やっぱりダメだと言い出せなかったのだろう。

 本心を聞き出すことはできたが、本題はここからだ。

 

「じゃあ、提案がある。戦闘職がダメなら、生産職をやってみるか?」

 

「せいさんしょく?」

 

 リクの口から出た、MMORPG未経験者に聞き慣れない言葉をシアンはオウム返しで発した。

 

「まあ、簡単に言えば、アイテムを作るプレイヤーだ」

 

 そこからリクは説明した。SAOは生産職でも生産系スキルで武器やアクセサリーを作ることで経験値を貰えること。作り続ければ、いずれは圧倒的なステータスで『はじまりの街』の周りにいるモンスターを倒せること。

 そしてそのためには、お金が掛かることも。

 

「だから、シアンが街の周りのmobを倒せるようになるには、他のプレイヤーが必要な道具や素材を支援する必要があるってことだ」

 

「「…………」」

 

 話を聞いていたGVは真剣な表情を崩さなかったが、シアンはまた俯いている。

 

「それでGV、私たち三人でシアンをサポートしようと思ってるんだけど、どう?」

 

 コハルは訪ねた。宿に戻る途中、リクと話し合って決めたのだ。三人で支援したほうが一人に掛かる負担は減らせる。

 一方、GVはシアンを横目で見た。俯いている彼女は暗く見える。結局、一人ではどうにもできず、自分のせいで友達の足を引っ張ってしまうのが情けなく思っているのだろう。

 GVは少し考え、決断した。

 

 

 

「……いや、そのサポートは僕一人でやる」

 

 

 



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GVの選択とシアンの道

「……いや、そのサポートは僕一人でやる」

 

「「「……え?」」」

 

 あまりにも意外な答えに、周りの三人は僅かな間の後に意外な目を見開いた。

 

「僕は当分の間、シアンを支えるって決めてる。でも二人はまだ、これからどうするのかまだ決めてないんだろう?」

 

「そ、それは、そうだけど……」

 

 確かに、コハルもリクもアインクラッドでこれからどうするのかを具体的に決めたわけではない。三人でサポートするという案も、SAOがデスゲーム化して最初にできた友達一人に押し付けたくはないと思うが故の意見であった。

 

「GV、お前はいい奴だから、シアンをサポートするってことは分かってた。だから三人で、って思ってたんだ。俺達のことを考えてくれるのはいいけど、本当にそれでいいのか? この浮遊城から脱出するには、現時点じゃ攻略するしかない。もしそれを考えているなら、お前は出遅れることになる。それを分かって言ってるのか?」

 

「うん、分かってる」

 

 リクはGVの意思を尊重しつつ、冷静に説明した上で意思を確認したが、本人は真っ直ぐな瞳でハッキリと言った。

 

「昨日の朝、僕をクエストに誘ってくれた君たちを、僕は友達だと思ってる。だからこそ、自由に選択してほしいんだ。それに……」

 

 GVはシアンの顔を見る。今にも泣きそうな表情をした少女の肩に優しく手を置き、優しい笑顔を向ける。

 

「攻略も大事だけど、SAOがデスゲームになって、絶望して泣いていた一人の女の子を笑顔にすること、希望を与えることが、僕が今したいことなんだ」

 

「GV……う、ううっ!」

 

 気づけばシアンは、GVの胸の中に顔を埋めて泣いた。ただ一人の少女のために選択した少年は、優しく彼女の頭を撫でる。その光景を見ていたリクとコハルは微笑ましくなった。

 

「分かった。ここは甘えさせてもらうとするか」

 

「そうだね。でもGV、困ったことがあったら遠慮なく言ってね。私たちだってあなたのこと、友達だって思ってるから」

 

「二人とも、ありがとう」

 

 GVはリクとコハルに感謝した。

 それから数分間、三人はシアンが泣き止むのを待っていた。だがいざ治まると、当の本人はあまりの恥ずかしさに部屋を勢いよく出ていき、しばらく部屋に籠もってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、生産系スキルは……おっ、あったあった」

 

 遅い夕食の後、四人はGVとシアンの部屋で生産系スキルについて調べていた。

 メニューウインドウの一番下にはSAOに関する情報――リファレンスヘルプがあり、SAOで何か分からない事があれば、ここから調べたい情報を知ることができる。かつてその下にはログアウトボタンがあったが、もう存在しない。

 現在、リクのウインドウを四人で見ており、目当ての情報を見つけたところだ。

 生産系スキルと言っても、種類はいろいろである。《片手武器作成》《両手武器作成》《盾・防具作成》といった鍛冶スキル、《革細工》等、多岐に渡る。

 

「けっこうあるね……」

 

「ねえ、これ」

 

 コハルがつぶやいていると、シアンは一つのスキルを指差した。

 《細工》。説明文を見たところ、道具類やアクセサリーを作るスキルのようだ。

 

「RPGだと、アクセサリーはステータスを上げる装備品だ。道具類も、作ればフィールドで役に立つかもしれない」

 

 GVは説明に、シアンは嬉々として尋ねる。

 

「それって、GVやみんなの役に立てるってこと?」

 

「ああ、そういうことだよ」

 

 笑顔で答えるGV。生産系スキルの中には戦闘に関係ないものもあるので、そちらより有用なのは確かだ。シアンも反応からして、習得する気満々である。彼女も女の子なので、オシャレなアクセサリーに興味を持つのも当然だろう。

 

「でも、作成するための道具は鍛冶よりも多いぞ。ハンマーとか、ピンセットとか」

 

「もう、そういうこと言わないの!」

 

 リクの水を差す発言でシアンはしゅんとなってしまい、コハルは注意した。

 

「ああ、悪い。習得するなって言ってるわけじゃないんだ。使う道具が多いってことを伝えたかっただけで――」

 

「それがいけないの!」

 

 弁明しようとしたが、コハルにツッコまれてしまう。作成に使用する道具が多いということは金が掛かるということなので、間接的に足を引っ張ると言ってるようなものだ。

 

「あの、ちょっといいかな?」

 

 やや空気が悪くなってきたところにGVが割って入った。

 

「《細工》に必要な道具って、全ての道具が必要なのかな?」

 

「どういうことだ?」

 

 質問の意味が理解できず、リクは詳しい説明を求める。

 

「SAOのアクセサリーの中には宝石のない指輪があるんだけど、それだけを作るなら、必要な道具はそんなに多くないんじゃないかな?」

 

「……言われてみれば、そうだな」

 

 リクは納得した。だがあくまでGVの推測であって、確証はない。一度シアンに習得してもらって確認するしかないのではないかと思っていたところ、コハルが提案してくる。

 

「ねえ、Zさんかキリトさんにメッセージを飛ばして、確認してもらうのはどうかな?」

 

「ああ、それがいいな」

 

 コハルの言う通りだとリクは思った。ベータテスト時代に攻略の最前線に立っていた二人なら、その辺のことを知っているかもしれない。

 

「二人とも、Zさんとは知り合いなのか?」

 

 リクとコハルが浮かれている中、目を丸くしたGVが尋ねてきた。

 

「あ、ああ、俺はベータテストの頃に会ってな。前に狩りで悩んでいた時に《索敵》スキルを教えてくれたプレイヤーのことは話しただろ? それがZだ」

 

「私は今日の夕方に初めて会ったの。何か悩んでるのかって聞かれてシアンのことを話したら、生産職のことを教えてくれたの」

 

「そうだったんだ」

 

 GVは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「実は僕も、ベータテスト時代にZさんから《索敵》スキルを教えてもらったんだ」

 

「「…………ええっ‼」」

 

 リクとコハルは驚いた。ベータテスト時代の同じ恩人を持つ二人が、SAOがデスゲーム化した次の日に出会い、友達になるとは。

 

「と、とんだ偶然だな」

 

「ああ、僕も驚きだよ」

 

 リクとGVは自分達の間に何か強い縁を感じた。運命を感じずにはいられないのだ。

 

「あ、あの、相談は?」

 

「おっと、そうだったな」

 

「ああ、ごめん」

 

 シアンの一言でリクとGVは現実に引き戻された。

 話し合ったところ、まずはZに伝えることにした。戦闘職ではあるが、生産職の話を出した彼のほうが知っている可能性が高いと判断したのだ。

 さっそくリクはZにメッセージを飛ばし、数分後に答えは帰ってきた。

 

「リク、Zさんはなんて?」

 

「……GVの言ったとおりだ。『宝石なしの指輪なら、ハンマーとアンピルと芯金棒だけでいい』ってさ。あと、制作するときは装飾店や細工店で『工房を貸してください』って頼めばいいらしいし、低レベルたけど道具も借りることができるそうだ」

 

「そうか。よかったね、シアン」

 

「うん!」

 

 GVが安心して言うと、シアンは元気に返した。まずは宝石なしの指輪を作ってスキルを上げ、必要な道具を徐々に揃えればいい。

 

「それじゃ、決まりだな」

 

「うん。シアン、スキルを習得する方法を教えるから」

 

「あ、その前に……」

 

 《細工》スキルを習得する方向で話が進んでいたため、リクとコハルはその気でいたのだが、シアンは何故か待ったをかけ、立ち上がる。

 

「GV、リク、コハル、戦えない私のために考えてくれて、本当にありがとう」

 

 その感謝の言葉に、三人は微笑んだ。

 

「いいよ、シアンを放っておけないし、僕がそうしたかっただけだから」

 

「ああ、俺も同じだ」

 

「うん。それに私たち、友達だから」

 

 自分達は当然のことをしただけ、困っている誰かを助けるのは当たり前だと言わんばかりの言葉をGV、リク、コハルは返した。シアンは涙目になりながらも、その優しさに嬉しくなる。

「それじゃあシアン、スキルを習得しよっか」

 

「うん!」

 

 それからコハルの指示通りにシアンはウインドウを操作し、《細工》スキルを習得。

 その夜、一人の少女が細工師としての一歩を踏み出したのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「なるほどナ。そうしてシアっちは細工師になったってことカ」

 

 GVとの出会いから《細工》スキルを習得するまでの話を聞いたアルゴの顔はニヤニヤしており、シアンは恥ずかしそうにしている。

 

「んにしてもよぉ、『絶望して泣いていた一人の女の子を笑顔にすること、希望を与えることが、僕が今したいことなんだ』ってか。GVのヤツ、イケメンすぎるだろーが!」

 

(クライン、お前はまず下心を表に出さない努力をしたらどうなんだ)

 

 キリトは内心、嫉妬心丸出しで泣きそうな声を上げる仲間の一人に辛辣なツッコミを入れた。いい奴ではあるが、モテたい願望が表に出るせいで女性陣から引かれてしまうのが彼の欠点である。

 

「それを言うなら、お兄ちゃんも似たようなどのですけどねー」

 

「よせよ、スグ。俺はそんなカッコいい人間じゃない」

 

 妹の呆れながら誂う言葉に、キリトは自分を卑下する言葉で返した。

 黒の剣士と呼ばれた英雄になっても、サービス初日にできた三人の友達を《はじまりの街》に置いてきたことに変わりはない。特に、今ここにいるクラインに謝罪するのには、かなりの時が経ってしまった。その時まで、ずっと後悔していたのだ。

 

「そんなことない」

 

 だがシアンはそんな自虐的な発言を否定した。

 

「リクからキリトのことは聞いてるよ。辛いことを一人で背負って、みんなのためにがんばってたんだよね? そんなキリトがいたから、SAOだってクリアできたんだよ。だから、私たちのために戦ってくれて、ありがとう」

 

 そう言われると、黒の剣士と呼ばれた英雄は少しだけ気持ちが和らいだ気がした。

 

「そっか……シアン、ありがとな。俺達のために、アクセサリーを作ってくれたことも含めてな」

 

 今度はキリトが感謝を述べ、シアンは遠慮しがちに返した。

 

「お、大袈裟だよ。私にできることなんて、それくらいだし、戦っているGVたちと比べたら、大したことないよ」

 

「僅かなステータスの差が命運を左右するのはよくある話だからな。シアンが俺達にアクセサリーを作ってくれたのは、本当に助かったよ」

 

 キリトの言うことは単なるお世辞ではない。実際、SAOでは攻撃力や防御力がほんの少し低いか否かで生死を別けることも少なくなかった。黒の剣士ですら、危うく死にかけたことは一度や二度ではない。他の攻略組も同じである。

 シアンはGVの支援のおかげで《細工》スキルの熟練度を上げ、リクを始めとした一部の攻略組や中層プレイヤーのためにステータスを上げるアクセサリーを作ったのだ。攻略やプレイヤーの生存に貢献したのは間違いない。

 

「ああ、俺のギルメンも喜んでたぜ!」

 

「シアンちゃんは十分みんなの役に立ってるよ!」

 

「……うん」

 

 クラインとリーファからもお礼を言われ、シアンは照れくさくなって俯いた。その微笑ましい様子にキリトとアルゴの表情からも笑みが溢れる。

 カラン、カラーン!

 丁度その時、ドアーベルが鳴った。新たな来客が現れたのだ。

 キリト達は音に反応して出入り口の方を向いた。今度の人数は六人で、男性が四人、女性が二人である。

 その内の一人は、前髪をオールバックにした男性で、先程の話に出てきた人物だった。彼はSAOにいた頃と変わらない、掴みどころのない笑顔で名乗った。

 

「どうも、実力派プレイヤーZこと迅悠一、ただいま到着」

 

 

 



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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第2回 まだ(ほとばし)らない蒼き雷霆(アームドブルー)

注意 これは本編の時間軸とは関係ない番外編です


シリカ「シリカと!」

リズベット「リズベットの!」

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

リズベット「アイラジ第2回、スタートよ!」

シリカ「なんだか、今回もゲストが予想できてしまうサブタイですけど……」

リズベット「っていうか、もう言ってるも同然じゃない。しかもまだ迸らないって、投稿者ネタにする気マンマンじゃない」

シリカ「と、いうわけで、本日のゲスト!」

リズベット「GVことガンヴォルトとシアンよ!」

GV「やあ、みんな。迸れ、蒼き雷霆! のGV、ガンヴォルトだ」

シアン「こんにちは、シアンです」

リズベット「GV、あんたいきなり原作の決めゼリフで登場してんじゃない」

GV「まだ本編じゃ言う機会がないから、つい……」

シリカ「それじゃあ、いつかは言うってことですか?」

GV「ああ、そのつもりだけど……」

シリカ「でも、ソードスキルを出すたびに言うのも、なんか目立ちそうですけど……」

GV「まあ、それはタイミングや状況を考えて……」

リズベット「でも、いちいち言うことに何のメリットがあるわけ?」

GV「えーっと、それは……」

シアン「あ、あの、そろそろコーナーに進まないと」

シリカ「あ、そうでした。投稿者さんはなるべく、話を四百字詰め原稿用紙十枚から十五枚分に話を収めようとしてますから」

リズベット「そうね、次に進まないと」

GV(助かったよ、シアン)

 

 

 

 知りたい! あの人たちの異世界活動

 

リズベット「さーて、第2回目となるこのコーナー、ゲストで分かる人もいると思うけど、紹介するのは《蒼き雷霆 ガンヴォルト》よ!」

GV「事前に読んだ資料だと、僕が第七波動(セブンス)能力者で、雷撃の能力で敵を倒して、『迸れ、蒼き雷霆‼』って叫ぶゲームだよね?」

シリカ「はい、そのとおりです」

シアン「このスクリーンに異世界のGVの活躍が映るんだよね? 早く見たい!」

リズベット「それじゃあ、シアンも待ちきれないみたいだし、行くわよ」

四人「「「「レッツ・スタート‼」」」」

 

 蒼き雷霆(アームドブルー) ガンヴォルトのPV第一弾 視聴開始、そして終了

 

GV「迸れ、蒼き雷霆‼」

リズベット「GV、もうこれで三回目じゃない」

GV「ごめん、言いたくて仕方がないんだ」

シリカ「なんだか、シアンさんが囚われのお姫様みたいですね」

シアン「そ、そう言われると、恥ずかしいな……」

GV「ところで気になったんだけど、僕が出ている原作は、銃撃(ダートリーダー)っていう銃型の武器を使ってるよね?」

シリカ「はい、それがどうかしましたか?」

GV「どうして投稿者は、銃を使う僕を剣による戦闘がメインの本作に登場させたのかな?」

リズベット「そのことなら投稿者が、読者はみんなそう思うだろうと思って、答えを用意してたみたいよ。この紙に書いてあるから、今読むわね」

 

『個人的にGVが好きだったのもありますが、SAOの世界でスパーキングカリバーを振るうが如く戦う姿を想像してしまい、登場させたくなりました。あと少しネタバレになりますが、ダートを飛ばすかのような闘い方をさせるつもりですし、アームドブルーも登場させます。読者の皆さん、お楽しみに』

 

シアン「つまり、投稿者さんの個人的な理由なんだね」

リズベット「それよりなんか、サラッと重要なこと書いてるわね!」

GV「つまり、僕が『迸れ、蒼き雷霆‼』って叫ぶ時がいつか来るってことだね」

シリカ「GVさん、もう四回目ですよ」

リズベット「それじゃあ、そろそろ次のコーナーに移らないと」

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

 SAO攻略全書 大丈夫、アルゴの攻略本だよ。

 

リズベット「さーて、前回はこのコーナーで武器を紹介したけど……」

シリカ「今回は《生産系スキル》と《細工》について説明します」

 

 生産系スキル

 

 集めた素材アイテムで、新しいアイテムを作るためのスキル。

 ステータスを上げるアイテムもあれば、ただのファッションやインテリアのものもある。

 アイテムを作るには、素材はもちろん、加工するための道具が必要になる。

 

 細工

 

 アクセサリーや小物を作るためのスキル。作成するものは指輪、腕輪、イヤリング等、多岐にわたる。

 使用する道具……ハンマー、アンピル、芯金棒、ピンセット、ヤスリ、接着剤

 

リズベット「まあ、本当は私の鍛冶スキルから説明したかったんだけど……」

シリカ「今回はSAOで細工師だったシアンさんが来てますからね」

シアン「……なんか、ごめん」

リズベット「いや、謝んなくていいから。また機会を待てばいいことだし」

シリカ「それにしても、ホントに道具が多いですね」

GV「まあアクセサリーは、インゴットを叩いて作るだけの武器とは違うからね。細工師よりも鍛冶師が多かったのも、そういうことじゃないかな」

リズベット「でも、その道具もGVがシアンのために、コルを稼ぐなりして集めてきてくれたのよね? その甲斐あって、マスターもできたみたいだし」

シアン「リズさん、恥ずかしいよ……」

シリカ「マスターしたってことは、《永久保存トリンケット》も作れるんですよね?」

シアン「うん!」

リズベット「マスタークラスの細工師だけが作成できる耐久値無限の保存箱ね。アスナとコハルにも作ってあげたのよね?」

シアン「二人とも、大切な小物を中に入れて、大事にするって言ってたよ」

リズベット「まあ、何を入れてたのかは、だいたい想像つくけどね」

GV「リズ、あまりからかわないようにね」

リズベット「わかってるわよ。じゃあ、もうこの辺で」

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

リズベット「さて、もうそろそろお別れね」

シリカ「GVさん、シアンさん、今回は来ていただいてありがとうございます」

GV「なに、礼には及ばないよ」

シアン「私も楽しかったよ」

リズベット「まあ、GVが決めゼリフを四回も言ったのは、呆れちゃったけどね」

GV「ごめん、自分でも分かってるんだけど、つい……」

シアン「大丈夫だよ、GV。きっといつか、本編で言える日がくるよ!」

GV「ありがとう、シアン」

リズベット「それじゃあ、締めはこのコーナーよ!」

 

 

 

 IFXコソコソ噂話

 

シリカ「SAOに囚われる前のリクさんはリズムゲームが好きで、太鼓を叩くゲームでは高得点を叩き出していたそうですよ」

GV「つまり、リズム感がいいってことだね」

シアン「リクって、本当にすごいんだね!」

リズベット「それじゃ、また次回で‼ って言いたいところだけど……せっかくだし、今回はGVの決めゼリフでお別れにしない?」

GV「えっ……でも、すでに四回も――」

シアン「うん、せっかくだし、そうしよう!」

シリカ「確かに、そういうのもいいですね」

GV「じゃあ、みんながそういうなら……」

リズベット「決まったわね。それじゃあ、いくわよ!」

シリカ「せーの!」

四人「「「「迸れ、蒼き雷霆‼」」」」

ピナ「きゅるっ!」



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第一層 七日目の旅立ち
仲間がいるから


「うわー、ゴールデンウィークだけあって人通りが多いな」

 

「うん。お店も多いし、目移りしちゃいそう」

 

 リクとコハルは活気に満ちた周りや立ち並ぶ店を見て、互いに感想を述べた。

 Zがダイシー・カフェに到着したその頃、二人はアメヤ横丁に入ったところであった。通称、アメ横と言われるこの場所は地元の人から観光客まで、多くの人が訪れるグルメ・ショッピングスポットであり、約四百軒もの店がひしめく商店街である。目的地であるダイシー・カフェに向かう途中、デートも兼ねて通ることにしたのだが、つい寄り道してしまいそうになってしまう。

 

「SAOにいた頃も、攻略の合間に街を見て回ったり、おいしいもの食べたりしたの思い出しちゃった」

 

「ああ、俺もだ」

 

 コハルの昔を懐かしむ趣旨の発言にリクは同情した。

 とはいえ、『はじまりの街』は流石に広すぎた。ベータテスト時代も何度か道に迷ったものだ。なぜあそこまで広いのかと愚痴をこぼすプレイヤーもいたが、SAOの初回ロットが一万本であること、茅場がそれだけのプレイヤーを中央広場に集めていたことを考えれば納得である。スタート地点が小さいと、人数を超えてパンクしてしまうからだ。

 

 

 

 そんな『はじまりの街』を、リクとコハルはデスゲーム開始から七日目の朝に出ていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2022年11月13日

 

「ふう、とりあえず全部終わったな」

 

 リクはそう言いながら、メモに書かれたクエスト名に赤鉛筆でチェックを入れた。

 浮遊城に閉じ込められてから六日目、リクとコハルは転移門広場のベンチで休憩していた。メモに書かれたおすすめのクエストを全て消化し終えたところである。

 SAOがデスゲーム化して四日目から現在、GVは別行動を取っている。シアンが《細工》スキルを上げられるよう、そのサポートをするために素材アイテムを入手するべく、狩りと金稼ぎに性を出しているのだ。

 コルに関しては最初にクリアしたクエストを繰り返せばいいとして、素材集めに関するクエストはメモには書いてなかった。なので再びZにメッセージを送ったところ、その手のクエストを教えてもらい、今もGVは何度か周回している。

 シアンもスキルを上げる傍ら、Zからリクを通して教えられた圏内クエをこなしている。

 だが、最近は圏内クエのことも噂になり始めている。デイリークエストが時間待ちになるのもそう遠くはない。

 早い段階で生産職を志し、自分を支えてくれる友達がいるシアンは、恵まれているようだ。

 

「ねえ、せっかくだし何か食べない? 少しおなか空いちゃった」

 

「そうだな、少し小腹を満たすか」

 

 コハルの提案にリクは乗った。ひとまずクエストをやり遂げたことに安堵したのか、急に腹が減った気がしたからだ。

 

「あ、でも俺、食べ物持ってないぞ」

 

「大丈夫。こんなこともあろうかと、昨日パンを買っておいたの」

 

「おっ、流石だなコハル」

 

 リクは気が利くパートナーに感心した。最近は空いた時間に気晴らしで『はじまりの街』を見て回るのだが、昨日立ち寄ったNPCベーカリーで買ったのだろう。コハルはウインドウを操作してアイテム欄からパンを二つオブジェクト化し、一つをリクに渡した。

 

「おいおい、何の変哲のなさそうな黒パンだな」

 

「それでも、立派な非常食でしょ」

 

「……悪い」

 

 リクは憂鬱そうに言うとコハルに窘められ、謝った。てっきり調理パンを想像していたのだが、今の状況で贅沢は言ってられないと思い直す。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「いただきまーす」

 

 さっそく二人は黒パンにかじりつくのだが、

 

「――がっ!」

 

「なにこれ、固い」

 

 とても噛み切れるようなものではなかった。フランスパンでも流石にここまで固くはない。

 嫌な予感がしたリクはウインドウを出現させ、アイテム欄を見た。コハルからパンを受け取った時点でアイテムは彼のものになっている。一覧の中から、リクは《乾ききったパン》を見つけた。

 

「そんな、昨日まで《黒パン》だったのに」

 

「どうやら時間が経ちすぎて、食べられる代物じゃなくなったみたいだな」

 

 落胆するコハルにリクは説明した。

 

「いくらゲームの中だからって、こんなのひどすぎるよ!」

 

「だよな! コンビニの調理パンでも二、三日は賞味期限あるのにな! たった一日近くで食えないってあんまりだろ!」

 

「ふふふっ……」

 

 ゲームのシステムに文句を言っていると、穏やかな笑い声が聞こえてきた。声の主は、コハルの近くに座っていた少女だった。黒髪のショートヘアで、泣きぼくろと落ち着いた雰囲気が印象的である。

 

「笑ったりしてごめんなさい。君たちが賑やかだから、なんだか嬉しくなっちゃて」

 

「ああ、悪い。うるさかったよな……」

 

 リクは頭を抱えながら謝り、コハルも恥ずかしそうに俯いている。周りから見れば大人気なかったかもしれないと、二人は内心で反省した。

 

「そんなことないよ。モンスターやクエストじゃない会話を聞くと、なんだか落ち着くんだ」

 

 優しい笑みで言う少女にリクは「そうか」と返した。確かに、今のSAOでは戦闘と関係のない会話は尊いものなのかもしれない。

 

「あなた、いつもここにいる子だよね。ずっと一人なの?」

 

 コハルは気になって少女に尋ねた。それはリクにとっても同じである。最近、二人は今の場所でよく休憩するのだが、その度に少女を見かけている気がするのだ。

 

「ううん、仲間はいるよ。今はちょっと別行動だけどね」

 

 少女は何気なく答えたが、二人はどこか苦しそうに感じた。

 

「あの、少しだけお話してもいいかな」

 

「うん、いいよ」

 

 少女の頼みに、コハルは快く答えた。

 

「君って、私たちの間で噂になってるんだよ。私たちと同じくらいの女の子なのに、前線でがんばってるすごい子がいるって。私もね、遠くから見かけて本当にすごいなあって尊敬してたの」

 

「な……なんか照れるな」

 

 コハルは頬を赤くした。彼女としてはリクのお荷物にならないために必死でついてきただけなのだが、一部の人達だけとはいえ、他の人に影響をあたえていたなど想像してなかったのだ。それなら自分がこの浮遊城にいる意味はあるのかもしれないと、コハルは思った。

 

「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はリク。そんでもって、お前達の間で噂になっているこの女の子はコハルだ」

 

「よろしくね」

 

「私はサチ。こちらこそよろしくね」

 

 それぞれ簡単に自己紹介を終えると、リクはもう一つ気になっていることを尋ねる。

 

「ところで、仲間は別行動を取ってるんだよな? サチは一緒に行かなかったのか?」

 

「……うん。私怖がりだから、モンスターが来るとどうしても足が竦んじゃって……それなら敵と距離を取れる長槍を買おうって話になって、みんなはそのために稼ぎに行ってくれてるんだ……私、みんなに迷惑かけてる」

 

 話すサチの表情はどこか申し訳無さそうだ。そんな彼女をコハルは元気よく励ます。

 

「怖いのは当たり前だよ。少しずつでもがんばればいいよ」

 

「コハルも怖いの?」

 

 サチは目を丸くして驚いた。自分が尊敬する少女にもそんな気持ちがあったことが意外だったのだろう。

 

「今でもすっごく怖い。一人じゃ何もできないけど、仲間がいるからがんばれる」

 

 その言葉はコハルの嘘偽りない気持ちであった。今隣にいるリク、細工師の道を進み始めたシアンとそれを支えるGV、サービス開始初日に友達になったクライン、そしてベータテスト最終日に出会ったキリト。彼らと出会えたから、自分の足で歩くことができたのだ。

 もしこの中の誰とも出会えなかったら、今の自分はいなかったに違いない。

 

「……そうだよね。仲間がいれば、私もいつかは……」

 

 サチの表情が穏やかになった。コハルの言葉に勇気を貰ったのか、二人にはその瞳が輝いて見える。

 

「そうだ。私たちにもなにか手伝えることある? サチの仲間は稼ぎに行ってるんだよね?」

 

「うん、草原のあっちこっちに行って、クエストをがんばってくれてるみたい。四人で回ってるからあんまり危ない目には遭わないって言うけど、けっこう苦戦してるみたいで……」

 

「お、おい」

 

 勝手に話を進めないでくれとリクは言いかけたが、コハルは止まらない。

 

「それなら、時間をくれないかな? 私たちが戦ってきたモンスターの情報を手帳に書くから。それなら敵の行動が分かって戦いやすいんじゃないかな?」

 

「い、いいの?」

 

「うん。こうして会えたのも、何かの縁だと思うしね」

 

(俺はまだ何も言ってないんだけどな……まあ、いいか)

 

 コハルがイキイキと積極的になっているところを見てると、リクは自分が置いてけぼりになっていることなどどうでもよくなってしまった。

 ネットで前もって調べたところ、MMORPGの人工の男女比は男のほうが圧倒的に多いらしい。フルダイブ型のSAOでもきっとそうだろう。だとするとコハルは、数少ない同性の友達を作りたくてたまらないのかもしれない。

 

 

 



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ヒーローの行方

 サチと別れたリクとコハルはさっそく宿屋へと戻り、食堂で作業を始めた。手帳は生き残る上で必要な情報を書き留めるために二つ買っておいた。予備はまた買い直せばいい。

 二人は自分達の記憶を元に、モンスターの行動パターン、弱点と攻撃を当てるコツをどうすれば分かりやすく伝わるかを話し合いながら書き込んだ。昼食を食べに来たGVとシアンに言われるまで食事を忘れてしまっていたが、それほどまでに熱中していたのだ。

 昼食を終えた後も作業は続いた。GVは手伝おうかと気にかけてくれたが、二人は丁寧に断った。気持ちはありがたいが、自分達だけでできる事なので、彼にはシアンのサポートに集中してほしいのだ。

 やがて必要な情報を書き終え、二人はサチのいた場所へと戻った。『はじまりの街』は広いが、そこを待ち合わせ場所にしておけば互いに困らない。

 待ち合わせの時刻は午後三時。宿泊している宿屋から目的地までの道はもう慣れたため迷うこともなく、五分前に到着した。そこにはサチは勿論、男四人が一緒にいる。彼女が言っていた仲間だと悟った。

 

「サチ!」

 

 コハルは名前を呼ぶ。サチと仲間達が反応して手を振ると、二人は歩み寄った。

 

「悪い、待たせたな。その四人が話していた仲間か?」

 

「うん。私たち、リアルでも同じ高校に通ってるの」

 

「始めまして、僕はケイタ。よろしく」

 

 リクと年の変わらない短髪の少年が名乗ると、他のメンバーもテツオ、ササマル、ダッカーと続いた。リクとコハルも自己紹介し、それぞれ握手を交わしたのだった。

 

「それで、約束のこれ。モンスターの情報の他にも、効率のいいクエストとか書いておいたから」

 

 コハルは持っていた手帳をサチに渡した。「ありがとう」とお礼を言うと、サチは開いて仲間達と共に内容を確認する。

 

「かなり詳しく書かれていて、分かりやすい。これなら安心して狩りができそうだ。本当にありがとう」

 

 ケイタの称賛にリクは「ああ」と笑顔で返したが、その流れで気になっている事を尋ねる。

 

「ところで、戦闘の方は大丈夫なのか? サチから苦戦してるって聞いたけど」

 

「そうなんだ……みんなソードスキルは出せるようになったけど、なかなか当たらなくて。テツオが盾で防いでる間に、他のみんなで敵を叩いて倒してるんだ」

 

 やや不安げな声でケイタは打ち明けた。他のみんなも俯いたり、苦笑いをしている。

 

「でも盾だって耐久値があるし、途中で無くなって消滅したら危ないよ。鍛冶屋でメンテナンスするにしても、お金が掛かるし」

 

「うーん、そう言われてもなあ……」

 

 その戦い方の問題をコハルに指摘され、ケイタは困り顔になる。

 破壊不能オブジェクトという例外を除けば、SAOに存在する物には耐久値というHPが存在する。武器と防具、盾にも設定されており、主に敵の攻撃を受けることで減少してしまう。

 ケイタ達がビギナーである事を考えれば、青イノシシを倒すのにも時間を掛けているはず。攻撃を受けることが盾の宿命だとしても、今の戦い方では盾の耐久値は早くなくなる上に効率も悪い。これではサチの長槍を買えるのもいつになるか分からない。最悪の場合、命を落とすことだってあり得る。

 リクはそんな彼らを見かねて、提案した。

 

「だったら、俺達が戦い方を教えようか?」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「ああ。ここまで来たら、できる限りは付き合ってやるよ。コハルもいいよな?」

 

「うん。リクがそう言うなら」

 

「ありがとう、助かるよ!」

 

 ケイタが歓喜の声を上げると、他のメンバーも「やった、ラッキー!」「よっしゃー!」と大いに盛り上がる。

 早速リクとコハルはケイタ達の中に加わり、六人の即席パーティーを結成。彼らはまだクエストが途中だったらしく、その続きも兼ねて戦闘をレクチャーすることにし、サチを街に残してフィールドへと出たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、おつかれさま」

 

 日の沈みかけた夕方、サチは帰ってきた六人に労いの言葉を掛け、リク達も笑顔で返した。

 訓練の内容については、ソードスキルはキリトから教わった通り、システムのアシストに合わせるように力を調整するよう説明。近くに味方がいる際は攻撃が当たらないよう、横に薙ぎ払うソードスキルは避けて、縦に振り下ろす・振り上げるソードスキルを使うようアドバイスした。

 その後、ケイタ達がある程度コツを掴んだと判断したリクは彼らに実践をさせた。青イノシシは手帳の情報もあったとはいえ、四人は上手く連携して撃破。これでテツオと盾の負担は前より軽くなるだろう。

 ケイタ達は前より強くなったことを実感して大いに喜び、リクはその士気の高いうちに彼らのクエストを続行することした。

 内容自体は《ダイアー・ウルフ》を十体討伐するというもの。苦戦していたケイタ達だったが、リクとコハルがサポートしたこともあってノルマは無事に達成した。後は依頼主に報告するだけである。

 

「君達には感謝してるよ。この調子なら、サチの長槍が買える日も近いし、ここでの生活もなんとかなりそうだ。本当にありがとう」

 

 ケイタは改めてリクとコハルにお礼を言った。

 

「どういたしまして。それじゃリク、私たちはパーティーを解消しよっか」

 

「えっ、ちょっと待て。まだ依頼主に報告してないだろ」

 

「パーティー組んだままじゃ、報酬が私とリクにもいくでしょ。私たちはお金に余裕があるからいいけど、サチたちは五人だから、少しでも多いほうがいいじゃない」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 コハルの案にリクは納得した。まさかそこまで考えていたとは思ってなかったのだ。

 確かにリクとコハルは、今日クリアしたケイタ達のクエストよりも報酬の良いクエストをこの数日間でこなしているため、コルはかなり稼いでいる。今回の分け前を貰わなかったところで支障はない。

 

「……なんか、何から何まで悪いね」

 

「こんな時だから、助け合いは必要でしょ。それに、お礼はいつか返してくれればいいし」

 

 色々と手を煩わせたことを申し訳なく感じたケイタだが、コハルの優しい言葉で気持ちが和らいだ気がした。

 

「ああ、そうするよ。じゃあ、せっかくだし僕達とフレンド登録しないかな? もちろん、無理にとは言わないけど」

 

「私はいいけど、リクは?」

 

「俺も構わないぜ」

 

 フレンド登録の申し出をコハルとリクは受け入れた。自分達の間で話題になっていた女の子と知り合いに慣れたのが嬉しかったのか、他の男子達はめちゃくちゃ喜んでいた。その光景にサチは呆れていたが、とりあえず出現させたウインドウを操作して登録を済ませる。

 

「それじゃ、僕達はもう宿に戻ることにするよ。これからの予定をみんなで話し合わないと」

 

「二人とも、今日は本当にありがとう。じゃあね」

 

「ああ、じゃあな」

 

「じゃあね」

 

 サチ達に別れを告げ、リクとコハルも宿へと帰っていった。

 今日もまた、新たな出会いがあった一日であった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、今日も一日終わったな」

 

「うん、新しい友達もできたしね」

 

 夕食を食べ終えたリクとコハルはそう言いながら、それぞれのベットに横になった。午後は暇になりそうな気がしていたが、サチと仲間達に出会ったおかげで充実した一日となった。

 アインクラッドの虜囚となってから、明日でちょうど一週間になる。その間に、フレンド登録をしている者からそうでない人まで、様々な出会い、再開があった。今日友達になったばかりのサチと仲間達、ベータテスターのZ、ネカマのみゆりんとその相方のウルリック、GVとシアン、アルゴにクライン。

 そしてベータテスト最終日に助けてくれたヒーロー。

 

「キリト、今頃どうしてるんだろうな?」

 

「……やっぱり、心配?」

 

「……まあな」

 

 何気なくリクはコハルに聞くが、質問を質問で返され、不安げに答えた。

 二人にとってキリトのことは気がかりであった。彼はチュートリアルが終わり次第、自分達にちょっと来いと言ってクラインの腕を引っ張り、リクとコハルも後に続いた。人気のない路地まで来たところで合理的な説明をした後、三人に言った。お前たちも一緒に来い、と。

 だが現状をまだ受け入れきれてないコハルは街を出る覚悟ができなかった。リクはそんな彼女を放っておけなかったから、まだ覚悟を決められないと嘘をついて残ることにした。そしてクラインも他の仲間達を置いていけないから断った。

 三人の意思を聞いたキリトは別れを告げ、『はじまりの街』を出ていった。リクはその時の寂しそうな背中を今でも覚えている。だから、今でも思う。

 キリトはきっと、共に歩む仲間を求めていたんじゃないか、と。

 あれからたまにメッセージを送っているが、返事は帰ってこない。それが意味するのは、自分達を置いていったことへの罪悪感なのか? それとも、友達としての縁を切ったということか?

 リクが物思いに耽っていると、コハルは上半身を起こし、ベットに腰掛けたままパートナーに視線を向けて尋ねる。

 

「ねえ、キリトさんを追いかけない?」

 

 

 



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旅立ちの時

「ねえ、キリトさんを追いかけない?」

 

「……え?」

 

「だって、心配なんだよね?」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

 確かに、キリトのことはどうも気になってしまう。だが彼は今、自分達よりも危険な場所へと進んでいるはず。未知なる敵もいる上に戦い慣れたモンスター達も複数で襲ってくるため、死の危険は増してくる。更に言えば、コハルが自分の気持ちを察しているがために無理をしているのではないかとリクは思っていた。

 リクは上半身を起こし、コハルの目を見ながら真剣な表情で言った。

 

「分かってるのか? キリトは攻略を目指して動いている。あいつを追いかけるってことは、この近くよりも強いモンスターと戦うことになる。死のリスクは今よりも高くなるんだぞ?」

 

「うん、怖くないって言ったらウソになるけど、リクが一緒に戦ってくれるなら大丈夫だから。私もキリトさんのことが心配だし、放っておけない。それに、ここに閉じ込められてから今まで出会った人たちを手伝って思ったの。私ががんばることで、他の人たちに勇気や希望を与えられるんじゃないかって」

 

「コハル……」

 

 パートナーの目は真剣だった。たとえリクに支えられているとしても、この一週間の行動と触れ合いが彼女を成長させたことをリクは感じ取った。

 

「分かった。なら善は急げだ。明日の朝に必要なものを揃えて街を出よう。それでいいな?」

 

「うん。みんなにも伝えないと」

 

 リクとコハルは旅立ちを決心した。ならば街にいる仲間達には、しばしの別れを告げなければならない。

 コン、コン。

 ちょうどドアをノックする音が聞こえた。向こうから「二人とも、いるかな?」と少年の声が聞こえると、コハルは「うん、いるよ。入って」と答える。

 ガチャっとドアノブが回る音がすると、ドアが開いてGVが入ってきた。

 

「GV、丁度良かった……って、どうかしたのか?」

 

 大事なことを話そうとしていたリクだったが、デスゲーム化して最初にできたツンツンヘアの金髪三編みの友達は、やや困った表情をしていた。シアンの《細工》スキルの熟練度上げに何か問題が起きたのだろうか?

 

「ちょっと二人に相談があるんだけど、まず僕達の部屋に来てくれないかな?」

 

「あ、ああ」

 

「うん」

 

 GVの頼みにリクとコハルはとりあえず返事をした。隣のGVとシアンの部屋へと向かい、中に入る。

 

「シアン、調子はどう……だ……」

 

「……ええっと、これって」

 

「夢中になってたら、こんなに作っちゃった」

 

 リクとコハルの視界に入ったのは、机の上にある数多くの指輪だった。作るのに没頭し、できたものをストレージにしまうのを繰り返した挙げ句、全てオブジェクト化したら結構な数になってしまったということだろう。熟練度を上げるためとはいえ、シアンも困ってしまっている。

 

「ちなみに、今の《細工》スキルの熟練度は17だ」

 

「そうか、頑張ってるな」

 

 GVが補足すると、リクはとりあえずシアンを褒めた。

 生産スキルの熟練度は作成したアイテムのランクに応じて上昇する数値が違ってくる。シアンが作成した指輪は《メタルリング》で、使用した素材のレベルの低さと序盤の装備であることを考えれば最低レベルであることは間違いない。実際、初めて作った時は1しか上がらなかったのだ。

 熟練度に関しては地道に上げるとして、問題は机の上にある指輪をどうするかだ。GV、リク、コハルも出来上がったものを装備しているが、それらを除いても十四個はある。

 売ってコルにしようとは誰も言わなかった。三人とも、健気な女の子が懸命に作ってくれた指輪を金にしようという冷酷な人間ではないのだ。

 

「それなら、私たちのフレンドにあげるのはどうかな?」

 

「それがいいな。せっかくだし、みんなを転移門広場に集めて、その時に配るか。別れの挨拶も兼ねてな」

 

 コハルの提案にリクは賛同した。

 《メタルリング》はステータスを上げるアクセサリーである。被ダメージを僅かながら軽減するという効果だが、その微々たる差が命を左右するため、馬鹿にはできない。

 

「リク、別れの挨拶っていうのはいったい……」

 

「あ、悪い。さっき話そうと思ってたけど、実はな……」

 

 肝心な事をまだ話してなかったリクは反省した。

 二人はまずGVとシアンに、明日の朝『はじまりの街』を出ていく事を伝えた。キリトのことが心配だから追いかける事、この浮遊城で他の人たちのためにできることを探す事も含めて。

 

「……そっか。リクとコハルも、やりたいこと見つけたんだね」

 

 そう言うシアンの表情は無理に笑顔を取り繕っているようで、不安な気持ちが滲み出ていた。二人が街を出れば死ぬかもしれない。そんな気持ちを察したのか、GVはシアンに歩み寄り、その肩に手を添える。

 

「大丈夫だよ。二人は強い。死んだりなんかしないよ」

 

「……うん、そうだよね」

 

 失う恐怖が消えたわけではないが、GVの強くて優しい声にシアンは少し前向きになれた。大丈夫だと信じられた。

 そんな二人を見て、リクとコハルは微笑みつつも思った。

 自分達を思ってくれる人達のためにも、死ぬわけにはいかない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 2022年11月14日

 

 朝、リクとコハルは朝食を済ませ、GV、シアンと共に必要なものを買い揃えた。

 回復アイテムは当然だが、情報を書き込むためのメモ帳、装備は防御力を上げるために茶色いハーフコート二人分を購入し、コハルは武器を《スモール・ダガー》から《スマート・ダガー》に、リクは胸当てを鉄製に更新した。

 リクの武器は買い換えず、武具店でメンテするだけで済ませた。それにはちゃんとした理由がある。

 《はじまりの街》を出た後は、《ホルンカの村》を目指すことにしている。そこには序盤最強クラスの片手直剣武器である《アニール・ブレード》を入手するクエストがあるという情報を、リクはベータテスト時代に知ったのだ。

 最も、知ったのは攻略が第四層まで進んだ辺りで遅かったのだが。

 そのクエストをクリアするためにはかなり根気が必要らしく、そこでコルと経験値を稼いでおくのがリクの算段である。

 そうして準備を終え、四人は街道を歩いて《転移門広場》へと向かっていた。目的地が見えると、リクは多くのプレイヤー達の中から見覚えのある顔を見つけた。初日に出会った、赤いバンダナを頭に巻いた野武士面の男である。近くには彼と年のさほど変わらない男達が集まっている。話していた仲間達だろう。

 

「クライン‼」

 

「おおっ、リク、コハル‼」

 

 リクが手を振りながら名前を大声で呼ぶと、向こうも反応して手を振った。

 昨日の夜、クラインは二人が旅立つ主旨のメッセージを受け取り、仲間達との自己紹介も兼ねて待ち合わせ場所にやって来たのだ。

 

「まだ別れてから一週間しか経ってねーってのに、懐かしい気分だぜ。お前ら、元気だったか?」

 

「ああ、何とかな」

 

「はい、クラインさんも元気で何よりです。その人たちが、前に話していた友達ですか?」

 

 三人は再会を喜ぶ中、コハルはクラインに尋ねる。

 

「ああ、他のゲームでダチだった奴らだ。せっかくだしよぉ――」

 

「リク、コハル!」

 

 クラインが仲間達を紹介しようとした矢先、少女の声が聞こえてきた。振り向くと、泣きぼくろの少女が少年四人と共にこちらに駆け寄ってきている。

 

「サチ、みんな、来てくれたんだ!」

 

「うん。二人が街を出ていくなら、見送らないとって思って」

 

 これでメッセージを送ったプレイヤー達が、一人を除いて全員集まった。唯一来なかったZは、街を既に出たことを送り返したメッセージに書いていた。キリト同様、彼も本格的に攻略に乗り出したのだろう。

 

「よし、俺達がこうして会えたのもなにかの縁だ。自己紹介といくかぁ!」

 

 クラインが言い出したのをきっかけに、集まっているプレイヤー達の間で簡易的な自己紹介をし、シアンは作成した《メタルリング》をみんなにプレゼントした。

 三個余ってしまったが、リクとコハルは残りを誰に渡すかを既に決めている。自分達にとってのヒーローであるキリト、シアンのことでアドバイスをくれたZ、デスゲームが開始した初日に情報をくれたアルゴ。三人に再開した時には、この指輪を与えて恩を返すつもりだ。

 

「それじゃ、俺達はもう行くよ」

 

「みんな、見送りのために集まってくれて、本当にありがとう」

 

 指輪がみんなに行き届いたことを確認したリクは出発の意を示し、コハルはみんなに感謝を伝えた。名残惜しいが、いつまでもここにいては決意が揺らいでしまいそうだ。

 

「そんじゃな。キリトによろしくな」

 

「二人とも、元気でね」

 

「また会えるって、信じてるから」

 

「リク、コハル、生き延びるんだ。絶対に」

 

 クライン、サチ、シアン、GVがそれぞれ一言伝えると、リクとコハルは彼らの思いに応えるかのように頷いた。

 

「じゃあみんな、またな」

 

「またね」

 

 お別れではなく再開を約束する言葉を告げて、リクとコハルは街の出口へと歩いて行く。門をくぐってフィールドへ出るとBGMが変わるが、今までとは違って寂しく感じた。もしかすると、キリトもそうだったのかもしれない。

 しばらく歩いて、リクとコハルは来た道を振り返った。『はじまりの街』はだいぶ小さくなった。一週間留まっていた安全地帯からかなり離れただけあって、コハルはつい心細くなってしまう。だが、左手の中指に填めた指輪――シアンの作ってくれた《メタルリング》を見つめて気を引き締め、自分に言い聞かせた。

 

(だいじょうぶ。どんなに離れていたって、みんなと繋がってる。それに……)

 

 コハルは、遠く離れた街を見つめるリクの横顔を見る。寂しそうな感じはするが、覚悟を決めた強い意思を感じる。

 

(リクと一緒なら、どこへだって行ける!)

 

「コハル、絶対に生き延びるぞ」

 

「うん!」

 

 決意に満ちた声で言うリクに、コハルは笑顔で返した。

 そして再び、次の街を目指して歩き始めたのであった。

 

 

 

 後に二人は、アインクラッド攻略の中心人物となり、それぞれ緑の勇者、魔術師の通り名で浮遊城にその名を轟かせることになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 現在、リクはドラッグストアの前に一人で立っている。コハルが急にトイレに行きたいと言い出したので、待っているのだ。

 

(アメ横も悪くはないけど、アインクラッドと比べたらなあ……)

 

 リクは辺りを見渡しながら、申し訳無さそうに辛辣なことを思ってしまう。

 二人は新しい街や村に着くと、必ずといっていいほど観光していた。街の景色を眺めたり名物料理を堪能したりと、数少ない楽しみを満喫していた。そんな浮遊城と比べると、現実はどこか物足りない気がするのだ。

 SAOをクリアして現実に帰って来たとき、ずっと会えなかった家族と再開できたのは確かに嬉しかった。だが、仲間達と共に歩んだあの浮遊城へ二度と戻れないという喪失感も感じていた。いい思い出ばかりではないが、少なくともリク達にとって、アインクラッドは掛け替えのない人生の一部なのだ。

 

「リク、おまたせ」

 

「ああ、それじゃ行こうか」

 

 丁度、コハルがドラッグストアの自動ドアを抜けて出てきたので、共にダイシー・カフェに向かって再び歩き出した。

 

(もうすぐ二時だからな。昼飯がこれ以上遅くなったら、晩飯に響きそうだ)

 

「ふふっ」

 

 コハルは意味ありげに微笑んでいたが、時間を気にしていたリクが気づくことはなかった。

 

 

 



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第一層 星の名を持つ三人組
新たな来客


 リクとコハルがドラッグストアに立ち寄る少し前、丁度ダイシー・カフェに新たな来客が現れたところであった。人数は六人で、男性が四人、女性が二人である。

 

「どうも、実力派プレイヤーZこと迅悠一、ただいま到着」

 

 その内の一人、前髪をオールバックにした男性は掴みどころのない笑顔で挨拶した。

 

「そしてアインクラッド一のカタナ使い、Kこと太刀川慶(たちかわけい)も到着だ」

 

 後に続くように、灰がかった癖のある茶髪をした顎髭の男性も飄々とした感じで挨拶すると、皆が微妙な表情になる。

 ZとKは攻略の中盤からナルシスト的な自称をするようになったのだが、脱出した後も相変わらずのようだ。

 しかし、二人ともSAOトップクラスの実力者なのは確かである。Zはまるで未来を見ているかのように相手の行動を予測して攻撃することから預言者(プロフェッサー)の二つ名を持つようになった。

 Kは自称する通り、誰もが認める最強のカタナ使いであり、いつの日か《神刀》の異名で呼ばれるようになった。攻略組にもクラインを始めとしたカタナ使いがいたが、彼らと比べても実力は群を抜いており、互角に渡り合えるのはキリトやリク、Zといった一部のプレイヤーだけであった。

 なお、Zとはライバル関係であり、SAOに囚われる以前から交流がある。

 

「せっかくの再開なのに、変な空気になっちゃった」

 

「その通りだけどさ、あのマイペースっぷり何とかならない?」

 

「いや、無理だと思うぜ。っていうか、姉貴も人のこと言えないだろ」

 

 泣きぼくろのある黒髪のショートヘアの少女――サチが言うと、長身の少女は長身の少年に訪ね、相手は諦めの答えを返した。

 長身の少女と長身の少年は、それぞれ星野玲奈(ほしのれな)星野大輝(ほしのだいき)の姉弟。浮遊城にいた頃、玲奈はエトワール、大輝はスバルという名前で活躍していた。

 姉弟は身長の高さから異性に好かれており、姉の方は明るくてマイペースな性格。本人曰く、カッコカワイイを極めているとのことで、髪は明るい茶色のショートヘアで、顔はどこか可愛くてモデル体型であるため、同性にもモテている。

 弟の方も背が高くてかっこいいルックスをしているが、姉とは違って普通の性格である。異性にはモテているものの、恋人にしたいと思えるような女の子を見つけられずにいたが、SAOでサチと出会って両思いとなった。

 

「お前達、辛辣だな」

 

 呆れて姉弟にそう言うのは、黒髪のソフトモヒカンをした男であった。シャツの上からでも分かるほどのイイ筋肉をした細マッチョのイケメンは獅子戸雄悟(ししどゆうご)。エトワールとスバルの幼馴染だ。

 落ち着いた性格をしているが、兄貴肌で人々から慕われやすく、SAOにいた頃も男女問わず人気があった。

 

「おう、お前らもよく来たな」

 

 丁度、エギルが厨房からカウンターに出てきた。ドアーベルの音で、かつての仲間が新たにやって来たことに気づいたのだ。

 Z達も店主に気づくと、こんにちは、と挨拶した。普段は飄々としたZとKも、年上に礼儀正しく挨拶するほどの常識はある。

 

「それでエギルさん。準備のほうはどうなんですか?」

 

「ああ、順調だ。料理は俺以外にもアスナとシノン、GVが手伝ってくれてるからな。店内もキリト達が掃除してくれた。まだ連絡が来ないことを考えれば、主役が来る前には間に合うはずだ」

 

 Zは気になっていることを尋ねたが、予定に問題はなさそうだ。もし猫の手も借りたい状況なら皆と手伝うつもりでいたが、残りの時間はゆっくりできそうだ。

 ちなみに、Kには大人しくさせるつもりでいた。彼は日常では残念な人であることを、付き合いの長いZは知っているのだ。最悪の場合、状況が悪化してしまうと勘が告げていた。

 

「ああ、それとだな、さっきジョーカーから連絡が来たんだが、ザ・ファントムの五人とクロウは予定より遅れてくるそうだ。実家から届いた荷物をギルドの仲間と一緒に整理してたみたいだが、かなり時間が掛かったらしい」

 

 エギルがかつての仲間の遅刻を伝えると、キリトは「そうか。分かった」と理解した。

 ザ・ファントムのリーダーであるジョーカーは、他のメンバーと違って実家が都心部から離れている。SAOに囚われる前、ある理由でジョーカーは喫茶店の屋根裏部屋で一年を過ごすことになった。事件に巻き込まれたのもその八ヶ月目である。

 ゲームをクリアして退院した後は実家で過ごしていたが、帰還者学校の設立及び入学に伴い、喫茶店を経営する人物の温情で再び居候する許可を得たのだ。

 

「それじゃ、適当な席に座っててくれ。ドリンクを持ってくるから、ちょっと待ってな」

 

 エギルはそう言うと、再び厨房へと戻っていった。皆が後ろ姿を見届けた後、キリトはふと気になったことを訪ねた。

 

「ところで、マーベラスたちは? レグルスたちがいるから、てっきり一緒に来るって思ってたけどな」

 

「アイツらと俺達は家が逆方向だからな。LINEで話し合った結果、ここで落ち合ったほうがいいということになった」

 

 レグルスは冷静に説明した。

 マーベラスとは、SAOでレグルス、エトワール、スバルの所属していたギルドのリーダーである。三人は結成時の初期メンバーなのだ。

 

「あ、ごめん。ちょっと待って……おっと、噂をすれば」

 

 エトワールは手に持っている明るいピンク色のバッグからメールの受信音の鳴るスマホを取り出し、画面をタッチして内容を確認する。

 

「マーベラスたち、もうすぐこっちに着くって。せっかくだし、からかっちゃおう。『私たちが先に着いたよ。残念でしたー』と」

 

「いや姉貴、最後は余計だろ。もうちょっと大人の対応しろよ」

 

「別にいいじゃない。私たちの関係なんだし」

 

「いや、けどよ……」

 

 モデル体型でカッコイイ姿とは裏腹に、子供のような対応でメールを返そうとするエトワールに弟はツッコんだが、本人は聞き入れない。

 

「スバル君、同じギルドの間柄だから、あまり気にしすぎちゃだめだよ。それに、エトワールさんのそういうところが魅力だと思うから。他のみんなも同じだと思うよ」

 

「……まあ、サチがそういうなら」

 

 恋人の説得にスバルは何とか引き下がった。

 

「うんうん。サチは分かってるねー」

 

「あ……」

 

 そう言いながら目の前に寄ってきたエトワールが笑顔でサチの頭を撫でると、本人は思わず顔を赤くしてしまう。

 エトワールが同性にモテるもう一つの理由は、この無自覚に人をたらし込む行為にある。そのせいで弟と幼馴染、ギルドのメンバーはいろいろ苦労してきたのだ。

 

「おい、やめろ! 俺のサチに手を出すな!」

 

「えー、ただ頭を撫でてるだけじゃん。まるで私が恋人を奪おうとしてるみたいじゃない」

 

「姉貴にそのつもりがなくても、いろいろ面倒なんだよ! いい加減、自分が天然のタラシって自覚を持てよ!」

 

「いやー、そんなこと言われてもねー」

 

 スバルが注意してもエトワールには反省の色が無い。

 

「レグルスさん。どうしよう」

 

「放っておけ。よくある姉弟ゲンカだ」

 

  困惑したサチはレグルスに助けを求めるが、彼は止めようとはしなかった。この状況を見慣れた幼馴染は、いずれケンカ疲れで落ち着くということを知っているのだ。

 

「わ、わかりました」

 

 サチは納得し、レグルス、Z、Kと共にケンカ中の姉弟をスルーしてキリト達のところに向かい、近くの席に腰掛ける。

 

「にゃははは。トワっちは相変わらずだなー」

 

「すまない。せっかくの再開だというのに、騒がしくなってしまった」

 

 アルゴが愉快に笑う中、レグルスはキリト達に謝罪した。

 

「気にすんなって。むしろエトっちとスバルがいつも通りで、賑やかになったぜ」

 

「うん、微妙な空気が良くなったかも」

 

 だがクラインとシアンは、むしろ場の空気を変えてくれたことに感謝していた。

 

「微妙な空気? 別に息苦しくはないけどな」

 

「いや、太刀川さん。そういう物理的な意味じゃないから」

 

「むしろ、そういう空気にしたZさんとKさんが謝るべきだと思いますけどね」

 

 頭が残念なだけに微妙な空気の意味を理解できないKにZがやんわりとツッコむ中、リーファがやや険しい表情で言った。そんな光景を見てキリトは「あ、あはははは……」と苦笑いした後、視線を今もケンカ中のエトワールとスバルに移す。

 キリトは二人を見て、SAOで姉弟とその幼馴染に初めて出会った日のことを思い出していた。

 

 

 




ワートリより太刀川慶、参戦!

そして本作のオリキャラも参戦!

なぜオリキャラを作ったのかは、そう遠くない日に説明するので、その日までお待ち下さい。


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指輪を巡る諍い

 2022年 11月29日

 

 RPGの定番の一つは、ダンジョンの攻略である。そこにいるボスを倒すのは勿論、探索でレアアイテムを入手したり、他所で受けたクエストをクリアすることにゲーマー達は喜びを感じるのだ。

 とはいえSAOがデスゲームと化してからは、そんな余裕も無いだろうが。

 SAOはそんなダンジョンの中でも重要なところがある。全百層で構成されているアインクラッドは、上下のフロアを繋ぐ階段の存在する《迷宮区》というダンジョンが存在し、上の層に進むためにはその階段を守るボスモンスター――フロアボスを倒さなければならないのだ。

 一万人近くのプレイヤーがアインクラッドの虜囚となってから三週間が過ぎた頃、キリトはその迷宮区に最も近い街――《トールバーナ》にいた。つまり、攻略の最前線にいるということだ。

 初日に《はじまりの街》を出て以降、キリトはベータテスト時代の知識を生かして行動してきた。より早く有益なクエストをクリアし、より早く効率のいい狩場で経験値を稼ぎ、自身をひたすら強化してきたのだ。

 

 

 

 まるで友達を置いていった負い目から逃げるように。

 

 

 

 この日、キリトはレベル上げと武器強化の素材集めのために午前から迷宮区でひたすら狩りをしていたが、疲れを感じたところで切り上げ、トールバーナへ帰ってきた。昼食を取るために、巨大な風車塔が立ち並ぶのどかな町を歩いていると……

 

「はあ、ふざけんじゃねーぞ‼」

 

 急に怒鳴り声が聞こえてきた。発生したと思わしき場所に視線を向けると、プレイヤーの集団が揉めているところであった。人数は八人だが、五対三に分かれて言い争っているようだ。

 五人組の方は野郎ばかりであり、リーダー格と思わしき男は髪を立たせた金髪で、チンピラの様な風貌である。

 対して三人組の方は容姿の整ったプレイヤーが揃っており、中でも紅一点の女性プレイヤーは身長が高く、モデル並みの体型をしている。全体的に見てもカッコイイが、明るい茶髪のショートヘアをしているからか、どこかカワイさも感じる。そのルックスにキリトも思わず目を見張ってしまうほどだ。

 

「何よ、怒鳴らなくたっていいじゃない!」

 

「俺達は攻略目指してんだ! 生き延びるために、僅かなステータスでも貴重なんだよ! 攻略するかどうか迷ってる貴様らより、俺達の方が優先だろーが‼」

 

 金髪男の怒声に女性プレイヤーは抗弁するが、相手は横暴に反論する。すると「まあまあ、アニキ」と言って金髪男の仲間が割って入る。

 

「俺達、別に寄越せって言ってるわけじゃないんだってー。あなたからその指輪を買いたいって言ってるんでしてー。全てのプレイヤー達のためにも、ジェネラルの兄貴に売ってくださってー」

 

「こういうのって早いもの勝ちでしょ! 言っとくけど、売るつもりはないから!」

 

 猫なで声で説得する男に女性プレイヤーは毅然と言い返した。

 キリトは女性の右手の中指にはまっている、リングに筆記体のような文字が刻まれた指輪をチラリと見た後、会話の内容から状況を推測した。

 指輪には見覚えがある。ベータテスト時代にこの街の装身具店で見かけたオンリーワン商品だ。効果は敏捷力を+2するというものだが、かなり高いので購入する気にはなれなかった。現に今も生き残るために慎重なため、まだ残っていたとしても買わない。コルを回復アイテムに当てたほうがまだいいというのがキリトの考えである。

 恐らく、背の高い女性プレイヤーが先に指輪を購入したが、同じく指輪を狙っていた野郎五人組は先を越され、目当ての指輪を身に着けている彼女を見かけたことで今の事態になったのだろう。

 

「いやー、そこを何とかー」

 

「いい加減にしろ」

 

 なかなか食い下がらないジェネラルの取り巻きと思われるプレイヤーに、女性プレイヤーの味方と思わしき男の一人が厳かな声で言った。その黒髪のソフトモヒカンをした男の半袖から出ている二の腕はかなり鍛えられている。

 

「お前達が何を言おうが、指輪は先に購入したエトワールのものだ。そうだろ、スバル」

 

(スバルだって⁉)

 

「ああ、レグルスの言う通りだ。俺達も生き延びるのにステータスを上げてるんだ。攻略のためだからって、売るわけにはいかねえ」

 

 もう一人の背の高いイケメンは黒髪のソフトモヒカンの男――レグルスに同意したが、様子を見ていたキリトは彼のアバター名に反応していた。なぜなら、ベータテスト時代にスバルと知り合っていたからだ。

 キリトはベータテスターの中でもトップクラスの実力者だった。故に難易度の高いクエストに挑む他のプレイヤー達にその能力を見込まれ、ヘルプを求められたことが何度もある。それをきっかけに交流を持ったプレイヤーもいたが、スバルもその一人なのだ。

 あの時のスバルのアバターは普通の男子の様な雰囲気だったが、まさかリアルがあんな長身でカッコイイとは、キリトは今日まで思いもしなかった。

 

「そういうこと。大体、あんたたちにこの指輪は似合いそうにないし」

 

 エトワールは言い争いの原因でもある指輪を見せつけて言った。似合うか似合わないかはともかくとして、レグルスとスバルの言うことは正論である。卑怯な手を使わない限り、欲しいものは先に購入した人のものであり、三人も生きるのに必死なのだ。ジェネラルらの言い分は、大義名分を掲げてエゴを押し通そうとしているようにしか見えない。

 

「攻略してゲームクリアしなけきゃ、ここから出られねーだろーが! そんなことも分かんねーのか、あぁ⁉」

 

(まだ言うのか……)

 

 キリトはなおも食い下がらないジェネラルに呆れてしまい、エトワール達の表情も険しくなる。

 ジェネラル達は何が何でも指輪を手に入れたいようだ。このままでは埒が明かない上に、いずれジャンケンで決めようとか言い出しかねない。もしそうなった場合、エトワール達が負けて(代金を払うとはいえ)指輪を奪われることになれば、さぞ悔しいだろう。普通ならそのまま立ち去るキリトだったが、巻き込まれているのが知り合いだと分かった以上、見て見ぬ振りをする気にはなれなかった。

 キリトは少し考えた。ジャンケン以外でこの問題に決着をつける方法は、無いこともない。ただ強引である上に双方が合意をしなければならず、デスゲームと化したアインクラッドでは躊躇われる方法なのだ。どうすれば心理的ハードルを下げられるかも考えてはいるが、後で噂になる可能性は高い。

 やがてキリトは一呼吸置いて、割って入る覚悟をきめた。

 

「悪い、ちょっといいか?」

 

「あァ⁉」「……え?」

 

 ジェネラルは不機嫌な声を上げてキリトの方を向いた。一方、エトワールは知らない少年の介入に唖然としている。

 

「話を聞く限り、アンタ達は指輪を手に入れたいけど、そっちは売るつもりはないってことでいいんだよな?」

 

「うん」

 

「そうだ! だからなんだってんだ⁉」

 

「だったら、この問題に決着をつける方法がある」

 

 エトワールもジェネラルも互いに意思を曲げるつもりがないことを確認したキリトは、驚くべき提案をした。

 

 

 

「デュエルをするんだ」

 

 

 

「な、何だとっ⁉」

 

 最初に驚いたのはスバルだった。彼はベータテスト時代にデュエルも経験済みなので当然の反応だが、レグルスも表情を険しくし、ジェネラル達も困惑している。

 

「えっ、SAOってそんなのがあるの?」

 

 唯一、エトワールだけがそのシステムを知らなかったため、スバルに尋ねる。

 

「ああ、デュエルは一対一のHPの削り合いだ」

 

「…………マジ?」

 

 エトワールは顔が引きつった。ようやく、キリトの提案がとんでもないことだということを理解したようだ。

 

「お前、正気なのか? HPが無くなれば死ぬんだぞ」

 

 レグルスは何とか冷静さを保ちつつ、キリトに言った。だが本人はこの反応も想定内であった。次にどう言えば納得してもらえるのかも分かっている。

 

「心配ない。デュエルには三種類のルールがある。その中から《初撃決着モード》を選べばいい。それなら一撃がヒットした時点で終わるから、HPがイエローゾーンに突入することはない」

 

「な、なるほど。その手があったか」

 

(確かにな。けどこいつ、やけに詳しいな)

 

 レグルスは何とか納得したが、スバルは女顔の少年がSAOのデュエルのルールを細かく知っていたことに疑問を感じていた。二人は顔見知りなのだが、当時とアバターの姿が違う。そのため、向こうは名前を聞いて知っていても、スバルの方はキリトだと気づいていない。

 

「へっ、じゃあそうするか。そっちの方が手っ取り早い」

 

「そうね。これ以上は話してもムダだと思うし」

 

「それじゃ、ルールはさっき言ったように《初撃決着モード》に加えて、代表者一人の一本勝負でいいな?」

 

「ああ!」「うん!」

 

 ジェネラルとエトワールはキリトの提案を飲んだ。これで双方が合意したことになる。

 

「なら、こっちは俺が出るぜ!」

 

 野郎五人組はジェネラルが名乗りを上げた。

 

「私たちはどうする? 一応、私が出ようと思ってるんだけど」

 

「いや、姉貴。ここはやっぱり、少しでもデュエルに慣れている奴が出るべきだ」

 

 エトワールは自分が賭けの対象である指輪を装備しているので、責任を持って戦おうとしているが、スバルは勝利するために合理的な意見を述べる。

 

「だから、俺が ――」

 

「ちょっと待て」

 

 デュエルの経験者であるスバルが出る意思を表示しようとしたところ、キリトが止める。次に言い出したのは、またしても予想外の言葉であった。

 

 

 

「お前たちの代表は、俺だ」

 

 

 

「「「…………え?」」」

 

「「「「「はぁぁぁぁ⁉」」」」」

 

 エトワール達は唖然とし、野郎五人組は驚きの声を上げる。

 

「ちょっと待て! テメェは関係ねーだろーが‼」

 

「俺は言い出しっぺだし、こっちの意見に賛成だから、味方しないとな」

 

 本来なら問題に無関係なプレイヤーが敵の代表になることにジェネラルは声を荒げるが、キリトはすました顔で返した。こればかりはジェネラルの言いたいことも分かるが、何とか自分とデュエルさせる方法もキリトは考えている。

 

「それとも、俺に負けるのが怖いのか?」

 

「なっ、言わせておけば! なら、その減らず口を二度と叩けないようにしてやらぁ‼」

 

「決まりだな」

 

 ジェネラルはキリトの澄ました顔での挑発に、いとも簡単に乗った。相手の粗暴な口調からして、上手くいくだろうと思っていた。これで向こうが負けたとしても、部外者だから無効という言い訳はできまい。

 こうして、キリトとジェネラルの指輪を賭けたデュエルが成立したのであった。

 

 

 



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デュエル、スタンバイ

 SAOには、プレイヤー同士が一対一で戦うデュエルがあり、三種類のルールが存在する。一つ目はどちらかのHPが0になるまで戦う《完全決着モード》。二つ目は先に相手のHPを半分以下にした方が勝つ《半減決着モード》。そして三つ目の《初撃決着モード》は、相手に強攻撃をヒットさせるか、相手のHPを半分以下にした方が勝者となる。

 デスゲーム開始が宣言された後、皆がHPに気を配っていた。当然、命を削り合うデュエルをしようとは誰も考えなかったし、それで物事を解決しようなどとは思わない。キリトが提案したように《初撃決着モード》を選べばHPが尽きるということはほぼない。しかし、命の生命線ともいえるゲージが減ってしまうという不安が誰もその考えに行き着かせなかったのだ。

 この日トールバーナの街道でキリトとジェネラルによる、デスゲーム化したSAOで(多分)最初のデュエルが始まろうとしていた。キリトはウインドウを出現・操作し、対戦相手にデュエルの申請を行う。相手の前には受諾するか否かのシステムメッセージが出現し、ジェネラルは【YES】の文字を指でタッチした。

 そして、デュエルが始まるまでのカウントダウンが始まった。時間は六十秒である。

 

「へへっ、俺の力を見せてやるぜ」

 

 ジェネラルはヘラヘラと笑いながら、背中の鞘から剣を引き抜いた。

 

(武器は両手剣(ツーハンデッドソード)。防具は鉄製の胸当て、か)

 

 相手の装備を確認するキリト。武器と防具は鍛えられていると、その分だけ輝きを放つ。両方とも少し光沢があるのを見る限り、ある程度は強化されているのだろう。

 しかし、武器を鍛えている回数はキリトの方が上である。ベータテスト時代に攻略の最前線にいただけあって、どんなモンスターを狩ればドロップするのか、どんなクエストを攻略すれば手に入るかといった、強化に必要な素材を効率よく集める方法を熟知している。現に昨日も鍛冶屋でアニールブレードを鍛えたばかりなのだ。

 問題は相手の実力である。武器のカテゴリを特定できたのは、ただ単に剣の形をしていることと、ベータテスト時代に見たことのあるものだったからだ。

 両手剣はその名の通り両手持ちの武器である。片手直剣と比べてやや重量があり、ソードスキル速さ・正確さに欠ける分、一撃が重いのが特徴だ。両手武器の中でも扱いやすく、ベータテスト時代も人気の高い武器だった。

 鍔迫り合いにでもなれば武器に重さのあるジェネラルが有利だが、機動力なら武器が軽くてステータスがAGI寄りのキリトに分がある。とはいえ、まだ相手の戦い方を知らないので一概には言えないが。

 それにしても、残り三十秒だというのにジェネラルは余裕綽々と言った感じでやや重い両手剣を片手で振り回している。何かを考えたり、作戦を立てたりしているようには見えない。人を馬鹿にしたような表情から感じ取れるのは、いかにも自分を舐めた相手を早くぶった斬りたいという邪な感情だけだった。

 そこからキリトは、相手のステータスがSTR寄りであること、対して強くなさそうだという予想をたてる。

 

「精々、俺を馬鹿にしたことを後悔するんだな!」

 

 開始まで残り十秒。ジェネラルはようやく剣を両手で持って構え、キリトも戦闘態勢に入る。エトワール達のためにデュエルという解決策を提案し、代表として戦う以上、負けるわけにはいかない。

 エトワールら三人とジェネラルの仲間、いつの間にか集まっていたギャラリー達が見守る中、遂にカウントは0になった。

 

「うおぉぉぉぉぉ‼」

 

 デュエルが始まると同時に、ジェネラルは雄叫びを上げながらキリトに向かって来た。そのまま薙ぎ払うように振るう刃を、キリトは一歩下がりつつ片手直剣を両手で持って防御した。

 

「オラオラオラッ‼」

 

 ジェネラルは勢いに任せてそのまま乱暴に切り下ろし、袈裟斬りを何度も繰り返してキリトの剣を打ち付けまくり、その度にキリトは後ずさっている。

 

「ははっ、ジェネラルのアニキを挑発した割には大したことないな!」

 

「女の子の前でカッコつけようとしたのが間違いだったんですってー」

 

「いっけー兄貴!」

 

「そのまま畳み掛けろ!」

 

 ジェネラルの仲間達はリーダーが押していると思っている。

 一方、真剣な眼差しでデュエルを見ていたスバルは、エトワールとレグルスに問う。

 

「なあ、黒い髪の奴の戦い方、見ててどう思う?」

 

「うん、何だか……焦ってるようには見えない」

 

「確かに、戦いを諦めた男の目ではないな」

 

「やっぱり、そう思うか」

 

 スバルから見ても、キリトはまるで相手を見極めている様な感じであった。

 キリトが防御に徹しているのは二つの理由がある。一つは相手の実力を計るためだ。ベータテスト時代にピンからキリまで様々なプレイヤーとデュエルをしてきたが故に、だいたい相手の実力は分かるようになった。

 相手の猛攻を剣で受け止め続ける中、キリトはジェネラルの実力を理解した。

 

(こいつ、弱いな)

 

 剣の振り方は稚拙で力任せ、ただ単に押すことしか考えていない。対人経験のないビギナーであることは明らかだった。mobを倒すことには慣れてきたのだろうが、デュエルの相手は考えて動く人間である。アルゴリズムで動くモンスターとは違うのだ。

 相手の力量は分かったが、防いでばかりではデュエルは終わらない。決着をつけるには、こちらもアクションを起こす必要がある。

 

「「「――――っ‼」」」

 

 エトワールら三人は驚きのあまり目を見開いた。ジェネラルの攻撃を受け続けていたキリトが後ろに仰け反ったのだ。

 ジェネラルは相手に隙ができたことに口元を歪め、両手剣を剣先を後ろに向けて横に構え始めた。両手剣基本ソードスキル《ブラスト》の発動体勢だ。

 

「もらったぁぁぁぁぁ‼」

 

 刃がライトエフェクトで輝き、ジェネラルは勝利への一撃を放つ。

 

「――ふっ!」

 

「なっ――!」

 

 しかし、強力な薙ぎ払いをキリトは華麗なバックステップで避けた。

 これが防御に徹していた二つ目の理由である。キリトは相手に自分が押していると思い込ませて調子に乗らせ、わざと隙を見せて相手にソードスキルを使わせるように誘発した。後ずさっていたのは、いつでも技を避けられるよう距離を取るためだ。相手が退路を断つために、こちらを壁際に誘導する可能性も考えて周りにも気を配っていたが、そんな心配は無用であった。

 

(くそっ、動けねぇ‼)

 

 ジェネラルはソードスキルの代償である技後硬直に襲われ、さっきまでの余裕とは真逆に焦り始める。当然、キリトはその隙を逃すはずがない。地に足を着けるとすぐダッシュでジェネラルの方に向かい、そのまま勢いよく片手直剣の剣先を突き出す。

 

「ぐっ――‼」

 

 見事にジェネラルの腹に突き刺さった。手応えを感じたキリトは剣を勢いよく引き抜く。

 

【WINNER / Kirito 0:53】

 

 巨大なシステムウインドウが、勝者を称えるファンファーレと共に出現した。《デュエル勝利者(ウィナー)宣言メッセージ》にはキリトの名前と試合時間が表示されている。周りからはギャラリー達の拍手が鳴り響く。

 

「勝負あったな」

 

「……クソっ、覚えてやがれ! 行くぞ、お前ら!」

 

 キリトが凛と勝利宣言すると、ジェネラルは捨て台詞を言い放ち、仲間達と共に不快な表情を隠す気もなく去っていった。潔く負けを認めたわけではなさそうだが、難癖をつけられなかっただけましだろう。

 ふう、と一息つくキリトに、エトワールら三人が歩み寄ってくる。

 

「キミ、ありがとね。ホント助かったよ!」

 

「どういたしまして。それじゃ、俺はこれで」

 

「ちょっと待て」

 

 お礼を言うエトワールにキリトは何気なく返してその場を去ろうとしたが、スバルに呼び止められる。

 

 

 

「さっきのデュエルを見て、対人戦に慣れていた様子から俺と同じじゃないかとは思ってたけどよ、まさかお前だったとはな、キリト」

 

 

 



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ベータテストの強者

「さっきのデュエルを見て、対人戦に慣れていた様子から俺と同じじゃないかとは思ってたけどよ、まさかお前だったとはな、キリト」

 

「…………はあ、やっぱり覚えてたか」

 

 キリトは観念した。デュエルに勝てばメッセージが出現するのは分かっていた。それでバレる可能性が大きいことも承知の上でエトワール達を助けたのだ。

 

「その様子じゃ、俺がスバルだと分かってたようだな。いつから気づいてた?」

 

「……口論で、お前の仲間が名前を言った時からだ」

 

 気まずそうに答えるキリトに、今度はスバルは「はあ」とため息をついた。

 

「ったく、分かってて助けておいて、終わったらすぐに消えるってのは、水臭いだろ」

 

「…………」

 

 キリトは目を逸らした。スバルとは交流を持ったときから何度かゲームについて語り合ったことがあったが、人付き合いが不慣れなキリトは、内心では彼が自分をどう思っているのか不安であった。それは他のプレイヤー達との関係でも同じである。

 そして何より、キリトは自分が人と深く関わる資格がないと思っている。デュエルが終わってすぐに去ろうとしたのも、そういう理由だ。

 

「あのさ、スバルはこの人と知り合いなの?」

 

 話についていけないエトワールが割って入ってきた。

 

「ああ。昔、クエやったときに助けてもらって、それが縁で何度かパーティーを組んだ。フロアボス戦でも一緒に戦ったことがある」

 

「へえ」「ほう」

 

 エトワールとレグルスは興味深そうに相槌を打った。ちなみにスバルの言う昔とはベータテスト時代のことである。現在、ベータテスターは訳合ってその事実を口にできないのだ。

 

「キリト、紹介する。こっちの背の高いカッコカワイイ女子は俺の姉貴のエトワール。そっちの細マッチョで物静かな男はレグルスで、俺と姉貴の幼馴染だ」

 

「よろしくっ」

 

「以後、宜しく」

 

 エトワールは屈託のない笑みで、レグルスは落ち着いた感じの声で挨拶した。

 

「俺はキリト。スバルとは……さっき本人が言った通りの仲だ」

 

「つまり、友達ってことでしょ?」

 

「まあ……そう、なるかな……」

 

 スバルのことを友達だと言い切れる自身が無かったキリトは、エトワールの言葉を曖昧に返した。

 

「ところで、キリトはお昼もう食べた?」

 

「え……まだだけど……」

 

「じゃあ、今日のお昼はさっきのお礼として、私たちがおごってあげる」

 

「いや、ちょっと待て姉貴。その指輪を買って、かなりお金を使ったはずだぞ。奢る余裕なんてあるのか?」

 

「まあ、それは私たちがワリカンすれば何とかなるでしょ。レグルスもいいよね?」

 

「……構わない」

 

「……はあ、仕方ないな。ま、俺もキリトに礼がしたいとは思ってたしな」

 

(何か、この二人も大変だな)

 

 マイペースなエトワールに振り回されるスバルとレグルスを、キリトは気の毒に思った。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「いやー、ごめんねー。安いハムサンドぐらいしか奢れなくって」

 

「いや、選んだのは俺だからさ」

 

(俺達に気をつかってくれたんだな)

 

 昼食を食べ終えたキリトにエトワールは笑ってごまかすように謝罪するが、彼は最もな理由をつけて許した。だがスバルは自分達の財布を考えてメニューの中で安い料理を選んだのだと察していた。

 ちなみにエトワール達が選んだのも、キリトと同じものである。

 

 一連の騒動が終わった後、四人は適当な店に入って食事をした。食事中はベータテスト時代の話で盛り上がるが、キリトは勇者プレイや失敗談といった、自分の話題をスバルが出る度にあやふやになったり抗弁したりして気疲れしてしまう。おかげでキリトは飯を食べ終えるのが一番最後になってしまった。

 

「ところで、あのデュエルは実に見事だった。相手に隙ができたと見せかけて、攻撃を誘って隙を作らせるとはな」

 

 食事中、自分から会話に入って来なかったレグルスがデュエルの話を切り出した。するとキリトは、好きな分野に夢中なオタクのように笑顔で語りだす。

 

「ああ、デュエルはプレイヤー同士の戦いだからな。mobと戦う時のようにはいかない。勝つために必要なのは、まず相手がどんな戦い方をするか考えることだ。そのために、開始までの六十秒間に相手の装備を見る必要がある。例えば、さっきのジェネラルって奴は両手剣を持っていたから、一撃の重さを重視するタイプだと予想できる。次に、デュエルが始まったら相手がどう出るかを見ることだ。ジェネラルはただ闇雲に剣を振り回していたから大したことない。でも実力者同士だと駆け引きが重要になってくるし、場合によってはこちらから攻める必要も出てくる。それから、後は――」

 

「ちょっと待って。話が長いんだけど」

 

 途中、エトワールが遮った。表情には疲労の色が見える。デュエルなどしたことのない上に話の内容が細かいため、彼女の頭がついていけなかったのだろう。

 

「ああ、悪い」

 

 つい夢中で一方的に話してしまったことにキリトは謝罪し、スバルは姉の様子を見てつい笑ってしまった。

 そんな中、普段は落ち着いているレグルスは僅かに口角を上げた。そして、興味津々でキリトに尋ねる。

 

「それで、過去にお前が戦った中で強いプレイヤーはいたか?」

 

「えっと、そうだな……」

 

 キリトは腕組みして記憶を遡る。

 

「強い奴はけっこういたけど、印象に残ってるのは剣捌きが早いクロムと、盾で防いでからの突きが正確なヒロに、トリッキーな動きで翻弄するジョーカー。それから、一番厄介だったのはZだな。まるで未来を見ているみたいに攻撃を避けられて、何度も反撃を食らったよ」

 

「確かにな。けど俺的には、ポルックスやシエルも引けを取らないぜ。アイツら、今頃どうしてるんだろうな?」

 

「……ああ……そうだな……」

 

 何気ないスバルの言葉に、キリトの心がチクリと痛んだ。

 自分が『はじまりの街』置いていったのは、リクとコハル、クラインだけではない。ベータテスト時代に、共にゲームを楽しんだ仲間やライバル達も見捨ててきたということが、今になって分かったのだ。

 そんなキリトの気持ちに気づいたのか、スバルは言う。

 

「キリト、みんな生きていくのに必死なんだ。あまり思い詰めるなよ」

 

「スバル……」

 

 かつての仲間の言葉で、キリトは少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

 そんな中、レグルスが静かに立ち上がった。

 

「……キリト、助けてもらっておいて何だが、一つ頼みがある」

 

「レグルス?」「おい」

 

 真剣な表情をするレグルスに、エトワールとスバルは何か嫌な予感がした。幼馴染の姉弟は、レグルスがSAOを初めた理由と話の流れからして、キリトに何を頼もうとしているのかを察しているのだ。

 少しの間を置き、物静かな細マッチョの男は両手をテーブルにつけて頭を下げ、口を開いた。

 

 

 

「……俺とデュエルしてくれ」

 

 

 

「……は?」

 

 突然の申し出に、キリトは間抜けな声を出してしまった。

 

「先程のデュエルを見て、更にお前の話を聞いてウズウズしてきたんだ。俺はお前と戦ってみたくなった」

 

「い、いや、ちょっと落ち着けって」

 

 レグルスは冷静さを保っているように見えるが、キリトはどこか並ならぬオーラを感じていた。

 その隣でスバルは「はあ」と、本日何度目か分からないため息をついた。

 

「キリト。悪いけどよ、レグルスの我儘に付き合ってやってくれないか?」

 

「レグルスって、一対一のバトルを見るのもするのも好きなんだよねー。SAOだって、デュエルがあるからやりたくなったみたいだし」

 

「そ、そうなのか」

 

 エトワールの苦笑いの弁護にキリトはとりあえず納得したが、内心では困惑している。

 SAOはMMORPGなので、本来ならモンスターを狩りつつフィールド・ダンジョンを探索し、ボスを倒すのを楽しむもの。なのにデュエルをやるためにプレイするのは珍しい方である。

 キリトは「うーん」と少し考えた。レグルスが自分から申し出たことを考えれば、よほど腕に自信があるのだろう。三人はまだ攻略を決めたわけではなさそうだが、そうなった時のために、レグルスの才能と実力をここで確かめておくのも悪くない。

 

「分かった。相手になるよ」

 

「ありがとう。よろしく頼む」

 

 既に顔を上げていたレグルスが快く手を出すと、キリトは笑顔でその手を握って握手を交わす。

 こうして、キリトとレグルスのデュエルが成立したのであった。




 今回、新たなパロキャラとオリキャラが出てきました。
 パロキャラはキリト、オリキャラはスバルの方が名前を挙げています。パロキャラあ出た原作のヒントは、クロムがアトラス、ヒロはクローバー・ワークス、ジョーカーはその両方です。


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K・O農家の決闘

「ふーん、キリトはここで寝泊まりしてるんだ」

 

「ああ、この農家の二階を八十コルで借りてる。ちなみに、ここを見つけてすぐに家賃を十日分前払いした」

 

 母屋の二階を眺めながら言うエトワールにキリトは説明した。

 昼食後、キリトは三人を連れてトールバーナの東に広がる小さな牧草地沿いに移動した。そこにはキリトが寝床にしている農家があり、その近くでデュエルをするという話になったのだ。

 農家の名はK・O農家。明らかにスタッフがナントカ牧場という西部劇の映画から名付けたとしか思えない。ここで行われるデュエルの敗者は名前の通りK・Oされるのだが、この流れは偶然なのか運命なのか、考えるだけ野暮である。

 なぜ場所を変えてデュエルを行うのかは、単純な理由だ。前に行われたキリトとジェネラルのデュエルはかなり目立ってしまった。

 さらに助けたプレイヤーとまたやるとなると、変な噂が立つ可能性は高い。そのリスクを避けるためだ。

 

「さてと、デュエルする場所は……よし、あそこがいいな」

 

 キリトは周りを見渡し、母屋の庭と思わしき場所を指差した。そこはデュエルをするには十分なスペースがあった。

 四人は移動すると、キリトとレグルスは真ん中で向かい合い、エトワールとスバルは少し離れた場所にある木製のベンチに腰掛けて見守る。

 先程と同じように、キリトはウインドウを出現・操作し、レグルスにデュエルの申請を行う。もちろん、ルールは《初撃決着モード》だ。

 申し込まれた本人は前に現れたシステムメッセージを確認すると、画面の【YES】をタッチ。ここから開始まで六十秒のカウントダウンが始まる。キリトは背中の、レグルスは腰の鞘からそれぞれ得物を抜刀した。

 キリトはレグルスを観察する。武器は短剣。防具は鉄の胸当て。どこを攻撃すればいいのかはジェネラルの時と変わらないとして、違いは武器のリーチである。短剣は攻撃範囲が短い分、ソードスキルによる攻撃が早く、技後硬直・冷却タイムが短い。攻撃力もそこそこあるため、使いこなせば強い。

 とはいえ、ルールが初撃決着モードなら、隙ができるソードスキルは使わないだろう。ならば、相手はこちらの隙をついて一撃を打ち込むしかない。だとすれば、AGI寄りである可能性が高い。

 筋肉質なのでSTR寄りに見えるかもしれないが、それはただの偏見である。SAOはVRの世界、戦い方はステータスが影響するのだ。

 

「ねえスバル、さっきのデュエルでも思ったんだけどさ、開始まで六十秒って長くない?」

 

「姉貴の言いたいことは分かるけどよ、文句は運営に言ってくれよ」

 

 開始まであと四十秒、エトワールの不満をスバルは淡々と返した。キリトもベータテスト時代は同じことを思っていた。だが強いプレイヤーに負け、リベンジするために勝つ方法を何度も考えた時、ふと気づいたのだ。

 六十秒という時間は、対戦相手を見て作戦を考えるための猶予なのだ。

 実際、どうやってレグルスに勝つかを今も考えている。武器のリーチはキリトの方が上、ならばその優位性を生かして相手を牽制しつつ、隙を見て一撃を叩き込む。まずはそんなセオリーに従うことにした。

 残り十秒。キリトとレグルスは互いに身構え、戦闘態勢に入る。

 五、四、三、二、一、ゼロ。

 

「なっ――!」

 

 開始と同時にキリトは目を見開いた。レグルスは恐れずキリトの向かって勢いよくダッシュしてくる。

 向こうは武器のリーチが短いため、隙を見つけるために慎重になると思っていたが、レグルスはそんなキリトの心理を予測して逆手に取ったのだ。

 しかも予想以上に早い。キリトは突き出された刃をサイドステップで回避する。

「くっ!」

 キンッ!

 突きは躱したものの、レグルスは素早く横に薙ぎ払うように切りつけ、キリトはそれを片手直剣で何とか防いだ。しかし、間髪入れずに腹めがけて再び突きを放ち、今度はバックステップで回避する。

 予想通り、レグルスはAGI寄りであった。だが予想以上の果敢な攻めと速さにキリトの表情は険しくなる。このまま相手のペースに飲まれたらマズい。直感でそう判断したキリトは、相手を寄せ付けないよう早い剣さばきで対応した。そこからは、キリトが相手に間合いを詰めさせないよう牽制し、対してレグルスは隙あらば突く、その繰り返しである。

 その間にキリトは思った。レグルスはビギナーではあるもののセンスはいい。キレのある動きからして、リアルでは何かスポーツをしていたのかもしれない。もし彼が攻略に加わるのならば、大きな戦力になるだろう、と。

 だが、それはあくまで理性である。キリト自身の感情は、今のSAOがデスゲームであるにも関わらず、ワクワクしている。ベータテスト時代のデュエルでは、相手にどうやって勝つかという駆け引きを楽しんでいた。その時の気持ちが、呼び戻されているのだ。

 

 

 

 

 

「うーん、なかなか決着つかないね」

 

「ああ、ここまで長引くとはな」

 

 デュエル開始から五分、黙って勝負の行方を見守っていたエトワールとスバルは口を開いた。

 

「ねえ、スバルはどっちが勝つと思う?」

 

「……普通に考えたら、キリトだな」

 

「いや、そこはウソでもレグルスでしょ!」

 

 エトワールは弟の正直さにツッコんだ。

 

「仕方ないだろ。SAOでの対人経験は、ベータテスターのアイツに分がある」

 

 スバルの言うことは最もだ。リアルのレグルスは黒帯の空手家であり、試合でも駆け引きは得意である。

 しかし、武器での戦闘はまだ完全には慣れていないのが問題なのだ。対してキリトは、ベータテストの期間に片手直剣の戦い方に慣れている。デュエルでも様々なプレイヤーと多く戦っているため、駆け引きも上手い。

 ならば、二人の差を分けるのはステータスと経験である。前者に関しては、ソロと少数パーティーでの行動という理由でレベルに多少の差はあれど、まだ第一層である上に、攻略の最前線であるトールバーナにまで来るほどだ。今回のデュエルに大きな影響はない。

 だが後者はスバルの言う通り、ベータテスターとビギナーの差が出てしまう。更に武器のリーチでは明らかにレグルスは不利である。

 だからこそ開始と同時に一気に攻めたのだが、失敗に終わった。もしかすると、勝利するための最初で最後のチャンスを逃したかもしれないのだ。

 しかし、だからといってキリトも油断はしていない。実力ある短剣使いとのデュエルでは、相手を近づけさせないよう闇雲に剣を振ったのだ災いし、僅かな隙を突かれて大ダメージを受けたことが何度もあった。

 しかも今は初撃決着モードであるため、一撃でも受けたら敗北はほぼ確定である。故に最小限の動きで剣を早く振るうのだ。

 現在、双方ともに攻めあぐねている。決着をつけるには何らかの方法で相手の隙を作るしかない。

 互いにどうやって一撃を与えるか考えている時、レグルスは思い出した。それはまだ《はじまりの街》にいた頃のことだ。夕食を食べている時に、スバルがベータテスト時代にある検証をしたプレイヤーがいたという話をしだしたのだ。世の中にはそんな物好きなヤツがいると言っていたが、今のレグルスにはその時の話が、勝利への道標かもしれない。

 

(ここだっ‼)

 

 キリトが振った剣をバックステップで躱したレグルスは、ついに行動を起こした。

 

「「「――――っ‼」」」

 

 対戦相手であるキリトは勿論、見ていたエトワールとスバルですら驚きを隠せない。レグルスはキリトの片目めがけて短剣を投げつけたのだ。狙ったのは、キリトから見て右目。咄嗟に逆方向へサイドステップして回避したキリトだったが、それを予測していたレグルスは高速で向かって来る。

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




 原作の名もなき農家(SAOP1巻)は僕がK・O農家と名付けました。理由はただのノリとウケ狙いです。


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勝利への一撃

 モンスターを素手で殴ったら、どれだけのダメージを与えられるのか?

 

 ベータテスト時代、そんなことを考えた物好きなプレイヤーがいたらしい。その人物が検証したところ、こういう結果になった。

 

 少しはダメージを与えられる。

 

 しかし武器を使うよりリーチが短い上に、ソードスキルにあるノックバックも発生しない。故に、素手での戦闘は実用的ではないというのがベータテスター達の見解であった。

 そのことについてはキリトも知っている。だがスバルからその話を聞いていたレグルスは、今まさにキリトの腹に拳を打ち込もうとしている。

 初撃決着モードなら、この一撃で勝敗は決する。

 

(駄目だっ、避けられないっ!)

 

 距離と速さからして、キリトは瞬時に判断した。もう受け止めるしかない、と。

 

 ドカッ!

 

「「「――――っ‼」」」

 

 拳による攻撃がヒット。鈍くて低い音がすると同時に、レグルスは疎か、見ていたエトワールとスバルは目を見開いた。

 三人とも、この一撃で決着がつくと思っていたのだ。だがつかなかった。

 

 なぜなら拳が当たったのは、()()()()()()()()()()からだ。

 

 キリトは決して勝負を諦めたわけではなかった。瞬時に膝を曲げて体勢を低くすることで、攻撃の位置を腹から胸当てのある場所にずらしたのだ。

 結果、キリトへのダメージは微々たるもの。鉄の防具の上に叩き込んだ拳は強攻撃と認識されなかったため、レグルスの勝利にはならなかった。

 

「はああああっ‼」

 

 キリトは裂帛した気合いとともに、剣による突きで反撃する。ゼロ距離である上に、相手の想定外の防御で精神的な隙が生じていたレグルスは、その攻撃を避けられなかった。

 片手直剣の剣先は、レグルスの腹へと突き刺さる。HPが少し減少したのを確認したキリトは、剣を引き抜いた。

 

【WINNER / Kirito 5:57】

 

「……フッ、参った」

 

 レグルスは清々しい表情で負けを認めた。そして緊張が解けたのか、両者はドンッと地面に座り込んだ。

 

「二人とも、おつかれさま。すっごい白熱したデュエルだったよ!」

 

「ああ、あんな接戦、ベータテストの時でも指で数えるほどしかなかったぜ!」

 

 いつの間にか歩み寄っていたエトワールとスバルは両者を讃え、二人は笑みを返す。

 エトワールはレグルスに、スバルはキリトに手を差し伸べ、それぞれその手を掴んで立ち上がらせてもらった。

 そして、先程までデュエルしていた両者は互いに顔を見合わせる。

 

「キリト、礼を言う。できなかったデュエルで、全力を出して戦えた。SAOがデスゲーム化して不謹慎かもしれないが、楽しかった」

 

「……ああ、俺も楽しかった」

 

 感謝の意を述べるレグルスに、キリトは自分も同じだと返した。

 

「俺は今まで、生き残るために誰よりも早く、効率よくステータスを上げることに費やしてた。でも、お前とのデュエルじゃ闘いに夢中になってた。ベータテスト時代にゲームを楽しんでいた時の気持ちに、僅かな間だけ戻れた気がしたんだ。俺の方こそ、ありがとう」

 

「そうか……ふふっ、ははははは!」

 

「ははっ、ははははは!」

 

 さっきまで闘っていた両者は、なぜか自然と笑いが込み上げてきた。

 リアルではゲーマーと空手家という対極な二人だが、どこか似た部分があるのかもしれない。そんな二人を見ていたエトワールとスバルは、互いの顔を見て微笑み合うのだった。

 

 

 

 夕方、スバル達は借りているNPCベーカリーの二階の部屋へと帰ってきた。

 RPGでは寝泊まりできる施設は宿屋が一般的である。SAOでは【INN】の看板が出ている店がそうだが、そこは低層フロアでは最安値でとりあえず寝泊まりできる店という意味合いが強い。故に料理や設備は大したことがないのだ。

 だが、宿屋以外にもコルを払って借りられる部屋は意外にあることを、ベータテスターであるスバルは知っていた。キリトが借りているKO農家の二階もそうなのだ。

 スバルら三人組は二階をまるごと借りており、三部屋にシングルベッドが一台ずつ。ベーカリーを営むNPC夫婦によると、元々は子供達が使っていた部屋だったのだが、成人して親離れしたので、旅人に使わせているとのことだ。

 食事は夫婦に頼めば部屋に運んできてもらえるし、安い宿屋よりもうまい。中でも、一階のバスルームを自由に使えるのはエトワールを大いに喜ばせた。スバルは「VRじゃ汗掻かないし、入らなくても大丈夫だろ」と呆れたが、「気分の問題なの‼」と反駁した。女の子にとって、お風呂はリアル・VR問わず癒やしの一つなのだろう。

 キリト同様、スバル達もこの部屋を借りた時に宿賃を十日分前払いしている。現在、トールバーナには攻略を目指すもの達が数十人単位で詰めかけている。当然いい部屋から埋まっていくため、スバル達は運がいい方である。

 現在、スバルは夕食を終えてベッドに仰向けで寝転がっている。そんな時だった。

 

 コン、コン。

 

「スバル、入るよー」

 

 ドアをノックする音が聞こえてすぐ、姉の呑気な声が聞こえてきた。

 ドアが開くとエトワールが部屋に入ってくる。レグルスも一緒だ。

 

「どうかしたのか?」

 

 上体を起こし、スバルは尋ねる。

 

「私さ、考えたんだけど、やっぱり攻略しようと思うんだ」

 

「俺も右に同じだ」

 

「……そうか」

 

 スバルは落ち着いた声で返した。

 三人はデスゲームが開始した時から早く動いていた。

 スバルはキリト同様、時間が経てば『はじまりの街』の周りのリソースが枯渇すると予測しており、二人はそのアドバイスに従った。まず生き延びることを優先したが、そこから先はまだ深く考えてなかった。

 牢獄と化した浮遊城から脱出するためには、攻略するしかない。スバルとレグルスはその気でいたが、エトワールが迷っていたので強く言えず、先送りにしていた。

 姉が今になって攻略したいと言い出した理由については、察しがついている。

 

「キリトのこと、心配なのか?」

 

「……うん」

 

「まあ、俺もアイツの事は気になってた。ベータテスト時代、暇つぶしでアイツとゲームについて語り合ったことがある。あの時は楽しそうに話してたけどよ、今は人と距離を作りたがってる感じなんだよな」

 

「でも、悪い人じゃないと思う」

 

「同感だ。でなきゃ、いくら知り合いとはいえ、諍いに割って入ったりはしないだろ」

 

「俺のデュエルがしたいという我儘も聞いてくれたからな」

 

 キリトはイイやつ。それがエトワール、スバル、レグルスの共通の見解だった。デュエルが終わった後にスバルは訪ねた。お前はSAOを攻略するのか、と。

 

 

 この浮遊城を脱出するには、それしかないだろ。

 

 

 そう答えた時の目は真剣だったが、どこか辛そうな感じもした。エトワールがパーティーに誘っても、『俺はソロプレイの方が向いている』の一言で断った。どうにも放っておけないのだ。

 

「なら、明日から攻略に向けて動くってことでいいな?」

 

「もちろん!」

 

「そのつもりだ」

 

「よし、なら経験値とコルを効率よく稼げるクエを受注しよう。それから――」

 

 スバルは姉と幼馴染の意思を再確認したスバルは、ベータテスターとしての知識を活かし、今後の方針を一晩話し合ったのだった。

 

 

 

 スバル、エトワール、レグルスの三人は、キリトとの一日がきっかけとなり、ついに攻略へと動き出した。

 

 

 * * *

 

 

「キリト、どうかしたのか?」

 

「ああ、レグルスたちと出会った時のことを思い出してた」

 

 レグルスの声で現実へと意識を引き戻されたキリトは、素直に答えた。

 

「そうか。確か、俺達とジェネラルの諍いにお前が割って入ったんだったな。それからデュエルになってお前が俺達に味方して勝利。お礼に昼食を奢って、そこから俺がお前とデュエルしたいと言い出して、我儘を聞いてくれた。今にして思えば、お互いとんでもない事を言ったものだ。若気の至りというやつか」

 

「俺たちはオッサンか!」

 

「フッ、そうだな。俺達はまだ若い」

 

 キリトにツッコまれるが、レグルスは落ち着いた笑顔で返した。

 リーファ、サチ、アルゴ、シアンはガールズトークに花を咲かせ、クライン、Z、KがSAO時代の思い出話で盛り上がっている中、エトワールとスバルは未だに口ゲンカの真っ最中である。

 そんな光景を見ていたキリトの表情は自然と穏やかになり、それを横目で見ていたレグルスは笑みを浮かべた。

 昔のキリトは人の心を理解しようとせず、ひたすら他人を遠ざけ続けていた。それは家族に対しても例外ではなく、《人が誰だか解らなくなる感じ》がかつてのキリトの中にはあったのだ。

 その根本的な原因は、人を恐れる心である。故にキリトにとって、ネットゲームの人工の仮想体を使ったコミュニケーションはとても自然に思えた。そこでなら、この人は本当は誰なのか? などと悩まなくて済んだのだ。

 だがアバターが現実の姿と同じになり、デスゲームが開始した時、キリトは他人の内面に一切の関心を持とうとしなくなった。故に攻略の序盤では、コミュニケーションも最低限のもので成立させてきた。

 なのにキリトはスバル達を助けた。なぜそうしたのかはキリト自身も分からない。

 あの日の夜、彼はそのことについて考えた。少しの時間とはいえ、ゲームについて語り合ったから? スバル達が攻略の力になるなら、貸しを作っておいたほうがいいと思った? それとも、ただの気まぐれ? しかし、明確な答えは出なかった。

 ただ、はっきりと分かることがある。パーティーの誘いを断ったのは、『はじまりの街』に友達を置いていった自分にスバル達と仲良くする資格はないと思ったからだ。

 だが見捨てたはずのリクとコハル、クラインはそんなことなど気にせずに接してくれた。最初は自分が生き残るために行動していたはずなのに、その過程で共に戦う仲間もできた。

 そして何より、愛する人――アスナと結ばれた。

 キリトは思った。みんなイイやつだ。自分が変われたのは、そんな仲間達と出会えたから、支えられてきたからだ。自分は人との出会いに恵まれていたのだ、と。

 

 

 

 みんな、本当にありがとう。

 

 

 

 今はまず、心の中で仲間達に感謝するキリトだった。

 

 

 




 次の章も新たなオリキャラが登場します。お楽しみに。


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第一層 星を束ねし者と双子座の兄弟
金髪の紳士と腐れ縁の双子


「マーベル様、目的地までもうそろそろかと」

 

「わかった。ありがとう」

 

 車の後部座席の右端に座る金髪の青年は、微笑んで運転手に礼を述べた。

 少年の名はマーベル・S(スターライト)・ノーズ。アメリカのシアトルに本社を持つ大手企業の社長の甥であり、社長の弟である父は日本の支社長をしている。

 彼もまたSAOサバイバーの一人であり、アバター名はマーベラス。攻略の最前線にいたギルド、デスティニー・スターズ(通称D・S)のリーダーを努めていた。

 メンバーは皆、トッププレイヤーに相応しい実力を持っている上にルックスがいい。故に応援するファンも多く、アイドルギルドとも呼ばれていた。

 かつては何百人ものプレイヤーがイケメン・美少女と一緒にいたいという理由でギルドに加わろうとしていた。

 だが加入を認めるテストとして同性のギルドメンバーとデュエルによる手合わせをさせても、邪な気持ちを持つ人達に限って実力が伴っておらず、実にあっけなかった。

 明らかに足手まといになるようなプレイヤーを加えるほどマーベラスは馬鹿ではないので、上手く言ってギルドへの加入を諦めるよう話術で誘導したのだ。

 現在、マーベラスは同じギルドのメンバーでもある二人の腐れ縁と共に、執事の運転するリムジンでかつての仲間達との集合場所――ダイシー・カフェに向かっているところだ。

 

「もうすぐ仲間たちと感動の再開だね。ギルドのメンバー全員が揃わないのは残念だけど」

 

「みんな入学の準備で忙しいんだ。俺達だって、何とか時間を作れたんだからな。それに、全員で帰ってこられたんだ。帰還者学校に入れば、また会えるさ」

 

 笑顔でありながら少し寂しそうに言うマーベラスに、黒みがかった茶髪を左横分けしたメガネのイケメンは落ち着いた感じで元気づける。

 彼の名は二見智(ふたみさとし)。SAOでのアバター名はカストル。D・Sの財布役で、商売による資金稼ぎと盾・鎧の作成でギルドを支えたアイドル商人である。

 

「ま、会えたら会えたで、いろいろ面倒だけどな」

 

 一方、困り顔でそう言うのは、カストルと瓜二つの顔をした少年であった。ただし髪は右横分けで、メガネは掛けていない。

 二見浩(ふたみひろし)。カストルの双子の弟で、SAOでの名はポルックス。戦って武器の作成もできるアイドル鍛冶師である。

 この双子の兄弟は、ギルド全体をサポートするための非戦闘スキルを持ちながら戦闘も強く、兄弟揃って《双璧》の通り名で呼ばれた名タンクなのだ。

 ちなみに星座は双子座であり、アバター名の由来もそこから来ている。

 

「……まあ、確かに」

 

 カストルは弟に同情した。なぜなら、兄弟揃ってリアルの女性が苦手だからだ。

 D・Sは最終的に女性プレイヤーの方が多くなった。否、カストルとポルックスにとっては、多くなってしまったと言う方が正しい。MMORPGは男が圧倒的に多いにも関わらず。

 しかも女性陣はクセの強い人物が多く、二人はかなり苦労した記憶がほとんどだ。カストルは女子の出費の多さに頭を悩ませ、ポルックスは武器の作成で失敗しないようくどく言われた上に、八つ当たりの対象にされて散々だった。

 更にみんな美少女だったこともあって、野郎達から嫉妬の眼差しを向けられたことも多い。

 その度にポルックスはそいつらに言いたかった。こっちはお前達が思っているほどイイ思いなんてしてねーんだよ! むしろストレス溜まって大変なんだよ! と。

 

「二人とも、そんな風に言うものじゃないよ。僕たち、共に困難を乗り越えてきた仲間じゃないか」

 

「そう言われても、かなり振り回されたのは事実だし……」

 

「だいたい、オレ達がリアル女子苦手なの知ってて、女子を受け入れっからだろ」

 

 苦笑いで言うマーベラスに、カストルとポルックスはげんなりと返した。

 マーベラスは十歳の頃、父の仕事の都合でカストルとポルックスの家の近くに引っ越してきた。その時から交流が始まり、やがて腐れ縁となったのだ。

 そのため、双子の兄弟が女性に苦手意識を持つことも、その原因が怒ると怖い母、何かと理由をつけてプロレス技で八つ当たりしてくる姉であることも知っている。

 なのに、紳士的なプレイボーイは女子をギルドに入れた。この世の全ての女性を平等に大切にするイイ男なのだが、SAOではそのせいでリアル以上に精神的に疲れてしまった。

 

「まあ、それは否定しないよ。おっと、メールだ」

 

 受信音に反応したマーベラスはズボンのポケットからスマホを取り、メールを確認する。

 

「……エトワールからだね」

 

 そう言うと、マーベラスは双子の兄弟にスマホの画面を見せる。

 

『私たちが先に着いたよ。残念でしたー』

 

「……はあ、たったそれだけか」

 

「ったく、いちいちそんなのいらねーっつーの!」

 

 カストルはため息をつき、ポルックスはうんざりした。SAOで二年以上の付き合いだけあって、明らかに自分達を誂うのが目的だと分かっていたからだ。

 

「ははっ、彼女らしいね。まあエトワールもそうだけど、戦闘面ではレディたちに助けられたことも何度かあったじゃないか」

 

「そ、それを言われると……」

 

「否定できねーな……」

 

 マーベラスに事実を言われ、双子の兄弟は観念した。

 カストルとポルックスは顔がイケメンであるため、自然と女子がやってくる。だが苦手意識があるせいで口論になったことも少なくない。そんな時にマーベラスは女性とのコミュニケーションのとり方を教えてきたのだ。

 確かにカストルとポルックスに色々と苦労させてしまったことは否めないマーベラスだが、エトワール達がいなければ脱する事のできない窮地もあった。

 もし仲間達がメンバーにいなければ、こうしてリムジンの中で昔話をすることもできなかったかもしれない。

 なんだかんだ言って、女性との接し方でも浮遊城の戦闘でも、双子の兄弟は腐れ縁のマーベラスに助けられているのだ。

 

「仕方ない。せっかくの再開だし、気持ちを切り替えよう」

 

「そうだな。共に戦った仲間とまた会えるのは楽しみだしな」

 

「うん。僕も楽しみだよ」

 

 カストルとポルックスは昔の苦い思い出よりも、今を楽しむことにした。

 こうしてマーベラスは、上手く腐れ縁の双子を誘導したのであった。

 

 * * *

 

「……はあ、なんか疲れた」

 

「……そうだな」

 

 エトワールとスバルの口ゲンカはレグルスの言ったとおり、ケンカ疲れで終息した。

 現在、ダイシー・カフェでは、生還者達が入院中に何をしていたかという話題になっていた。

 多かったのは動画鑑賞で、リーファは剣道、シアンはアニメ、クラインはネットで話題になっていた時代劇、ZとKは人気の格ゲーのバトル、レグルスは最近のボクシングやプロレス等といったスポーツの名試合と、様々である。

 あと、アルゴはネットサーフィンで情報収集をしていたが、キリトはアスナと、サチはスバルとLINEで励まし合っていたらしい。そのラブラブっぷりをアルゴに茶化されたり、クラインに至っては「チキショー、リア充爆発しろーっ!」と泣きそうな声を上げていた。

 実はここに来るリクとコハルもそうだった事をキリトは知っていたが、クラインのために敢えて言わなかった。

 

 カラン、カラーン!

 

 丁度、話で盛り上がっていた時、金髪の外国人みたいな容姿をした人物が店に入ってきた。顔が瓜二つの双子も後から続く。

 

「やあ、みんな。久しぶりだね」

 

「おっ、来たかマーベラス!」

 

 爽やかな笑顔で現れたD・Sのリーダーの名を、スバルは嬉しそうに呼んだ。カストルとポルックスも「久しぶり」「よう」と挨拶し、キリト達も「やあ」等と返した。

 

「会えてよかったー。元気にしてた?」

 

「うん。リハビリは大変だったけど、レディたちの応援もあって、ご覧の通りさ」

 

 先程の口ゲンカによる疲れなど嘘のように朗らかに尋ねるエトワールに、マーベラスは腕を広げて自身の健康をアピールした。

 

「はぁー、相変わらずキザな野郎だなぁ……」

 

「あれ、クラインさん、どうかしたんですか?」

 

 いかにも元気なさげな野武士面の男に、マーベラスは心配そうに尋ねる。

 

「気にしなくていいゾ。男の嫉妬ダ」

 

「まあ、マーベラスさんたちが来る前に、お兄ちゃんやサチさんが入院中のアツアツ話をしたので……」

 

「そう、だったんだ」

 

 アルゴとリーファの言葉で、マーベラスは原因をなんとなく察した。

 金髪の紳士はリアルでも多くの女の子と交流がある。入院中も事件に巻き込まれる前から交流のある女子達がお見舞いに来ていたことを、先程のセリフで言ったも同然であるため、嫉妬しているのだ。

 SAOでは野武士面の男はモテなかったのに対し、金髪の美形は自然と女性達が寄ってきた。故にクラインはマーベラスをライバル視しているのだ。

 マーベラスもその事は自覚している。かつては何度かデュエルもしたことがあるのだが、クラインは一度もマーベラスに勝った事がなかった。

 決して見下している訳ではない。クラインの実力自体は認めている。

 だが、マーベラスにとって一番の好敵手(ライバル)はたった一人。キリトやZ等といった強者がいても、それは金髪の紳士にとって変わらない事実である。

 

「ところで、まだ全員集まっていないみたいだけど……」

 

 カストルは話を逸らすために、気になっている事を訪ねた。それに答えたのはZである。

 

「アスナとシノン、それからGVはエギルさんと一緒に料理を手伝ってて、もう少しで終わる。あと、クロウとザ・ファントムのメンバーは遅れて来るそうだ」

 

「それじゃ、後は緑の勇者と魔術師のおしどり夫婦を待つだけってことでいいんだな?」

 

「ああ、来るタイミングはコハルが教えてくれる」

 

 今度はポルックスが確認の為に聞くと、キリトは予定通りだと言わんばかりに伝える。

 今回の集まりは、ただ再開を祝うだけではない。二大英雄の一人――リクにとって大きなサプライズでもあるのだ。

 

「……もうすぐ、リクに会えるんだね」

 

 マーベラスは感慨深げに言った。

 彼はダイシー・カフェにいる女の子達よりも、戦友でもある一番の好敵手との再開を心待ちにしているのだ。

 

 

 

 




 新たなるオリキャラ、参戦!
 と、スマブラ風に書いてみました。

 彼らの活躍をお楽しみに!




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死の恐怖

 11月30日 トールバーナ

 

 リクとコハルがトールバーナにたどり着いたのは昨日の夕方であった。

 危険を承知の上で攻略の最前線となるこの町にやって来たのは、デスゲームが開始した日に別れた友達――キリトの行方を追うためだ。

 本当なら町に着き次第、すぐにでも彼を探すはずだったが、二人は今そんな気分ではなかった。

 宿屋で一泊し、リクは気分転換にコハルを町の散歩に連れ出したが、彼女の気分は優れない。リクもそうだが、昨日の夕食も進んでなかった。

 現在、ベンチに腰掛けて休憩中である。

 

「コハル、大丈夫か?」

 

「……うん、なんとか」

 

 心配そうに尋ねるリクにコハルはそう返すが、俯いたままで元気がないのは明らかだった。

 

 

 

(大丈夫なわけないよな。目の前で人が死んだんだからな)

 

 

 

 

 

 昨日トールバーナにたどり着く途中、男性プレイヤー達がダイアー・ウルフの群れに襲われている場面に出くわしたのだ。

 しかもプレイヤーの一人が爪攻撃で顔面を抉られた直後であった。

 

 うあぁぁぁぁぁ――‼

 

 男の断末魔をあざ笑うかのように、頭上にあったHPバーがゼロとなった。その姿はポリゴン片となって砕け、消えた。

 あまりの突然の事態にリクとコハルは驚愕した。

 消えた男のパーティーメンバー二人も、仲間の消滅にショックを受けたのか、表情が恐怖で引きつっていた。一人は腰を抜かし、もう一人は来るな、来るな! と金切り声を上げながら片手直剣を闇雲に振るっていた。

 このままではマズイと思ったリクは、突進系ソードスキル《ソニックリープ》を発動させ、三体の狼の一番近い奴を斬り倒した。

 だが、それと同時に一人が二匹の狼に襲われて消滅した。

 技後硬直から開放されたリクはすぐさま走り出して斬撃を放ち、もう一匹を倒したが、残りの一匹は逃げようとした最後のプレイヤーの背に向かって飛び込み、爪で引き裂いた。

 HPが無くなった男は泣き叫びながらアバターを飛散させ、SAOからいなくなった。

 誰も助けられなかった。だがリクはその事実に打ちのめされている場合ではなかった。

 残された狼は、足がすくんでいたコハルに襲いかかろうとしていたのだ。

 すぐさまリクは再び《レイジスパイク》で、今まさにパートナーに飛びかかろうとした狼を串刺しにし、レッドゾーンに達していたHPを削り取って消滅させた。

 コハルにダメージは無かったが、ついへたり込んでしまう。その時、コハルの表情は蒼白で涙目だった。

 リクにできたのは、その手を取って立ち上がらせ、共に町へ走る事だけだった。

 

 

 

 敵を倒すことはできたものの、実際に目の前で、プレイヤーがHPを全損させて消えた。

 

 

 

 SAOでそれが意味するのは……死。

 

 

 

 

 

「昨日のプレイヤーさんたちって……本当に死んじゃったのかな?」

 

「……ログアウトできない現実から考えて、恐らく……」

 

 か細い声で尋ねるコハルに、情けなくもリクはそんな確定的な可能性しか言えなかった。

 昨日の夜にベッドで横になった時、リクは考えた。

 あのプレイヤー達は、なぜ狼の群れに殺されたのか? 恐らく原因は情報不足だろう。

 《探求の草原》にポップする《ダイアー・ウルフ》は一体だけだったが、群れで行動する際は連携して攻撃するというアルゴリズムがあるのだ。

 既に倒しているモンスター相手に油断していたため、連携に関する情報が抜けていたのだろう。

 だが、原因を考えたところで失われた命は戻ってこない。茅場はチュートリアルで、既に二百人近くがナーヴギアで脳を焼かれたとプレイヤー達に伝えた。次の日に出会ったGVは、投身自殺を図ったプレイヤーがいると言った。

 しかし人が死ぬのを聞いたのと、実際に人が死ぬのを見たのとでは感じ方は違ってくる。後者の方が、胸に刻まれる死の恐怖は大きい。

 最悪の場合、自分達もそうなるかもしれないのだ。

 

「血も出ないし怪我もないのに……エフェクトで消えていくなんて……」

 

(確かに、あんなの普通の人間の死に方じゃない。これが『現実』だって分かっていたのに、俺は何もできなかった)

 

 パートナーの不安そうな声音と己の無力さに、リクは歯を食いしばる。その腕は力み、プルプルと震えていた。

 

「私たちも、ああなっちゃうのかな……」

 

 こんな時、どう答えるのが正解か?

 なるかもしれない、と言うのは答えとして正しい。だがパートナーの不安を取り除く上では駄目だ。コハルにかけるべき言葉は、そんな正論ではないはず。

 だから、リクは強い意思を持って、コハルの目を見て言った。

 

「ならないし、させない。コハルは俺が守る。そのためにも、一緒に強くなろう!」

 

「リク……」

 

 コハルはリクの偽りない真っ直ぐな目を見て、少しだけ不安が和らいでいった。

 口で言うのは簡単だが、リクの言葉はどこか力強く、自然と信じられる気がしたのだ。

 

「あ、そうだ。ベータテストの時に聞いた話だと、この近くに美味いミックスジュースが一日に数量限定で売ってたんだ。せっかくだし、買ってくる」

 

「あっ、ちょっと……」

 

 コハルが止める間もなく、リクはさっさと走り去ってしまう。

 少しでも元気づけようという彼なりの気遣いだとコハルは察しているが、一人になるとまた心細くなってしまう。

 再び不安になったコハルは「はあ」とため息をつくのだった。

 

 * * *

 

「何とか、無事に帰ってこられたね」

 

 フィールドからトールバーナへと帰還した三人組のプレイヤーの内、金髪の外国人みたいな少年――マーベラスが穏やかに言った。

 

「ま、ベータテスターのオレがいるからな」

 

「ポルックス、それはZさんから口に出さないよう言われてただろ」

 

「おっと、いけね」

 

 メガネを掛けた双子の兄――カストルは弟の失言を注意した。

 確かにあらゆるモンスターに対応できたのは、ベータテスト時代に対処法を覚えていたポルックスのおかげだが、他のプレイヤーにその事実が知られれば面倒事になるからだ。

 三人はデスゲームが開始した次の日に攻略を決め、三日目に『はじまりの街』を出た。

 彼らがここまで早く行動できたのは、やはりポルックスがベータテスターだった事が大きい。おかげでログインして三人で集まった時には、すぐソードスキルの練習をすることができた。

 しかもビギナーであるマーベラスとカストルは、ポルックスのコーチがあったとはいえすぐにコツを覚えたのだ。特にマーベラスは一時間もしないうちに単独で蒼イノシシを倒せるまでになった。

 現在、序盤最強の軽量盾を手に入れるためのクエストのノルマを達成して帰って来たところだ。

 手に入れた盾はマーベラスが使うことになっている。双子の兄弟も盾使いだが、装備しているのは重量盾のタワーシールドである。

 軽量盾は面積が小さくて防御できる範囲が少ないが、取り回しがしやすくて動きやすい。

 対して重量盾は面積が広くて強度も高いが、重くて動きが鈍く、大きさ故に視界が制限される。

 種類は違えど、三人とも盾を装備しているので防御は高く、今回のクエストも大きなダメージを受けることなく帰還できた。

 後は報告して報酬を受け取るだけ。依頼主のところに向かう途中、マーベラス達はたまたま他のプレイヤーの立ち話が耳に入る。

 

「なあ、知ってるか? 昨日、デュエルなんかしたプレイヤー達がいたらしいぜ」

 

「ああ、店のオンリーワン商品を巡って揉めたんだってな」

 

「んなもん、ジャンケンで決めれば済む話だろ。いくら《初撃決着モード》だからって、HP減らすデュエルするなんて正気じゃないぜ」

 

「だよな。きっとそいつら、短気で血の気の多い奴らだぜ」

 

 そんな歯に衣着せぬプレイヤー達の話し声は、歩きながら聞いていたマーベラス達には距離が遠くなるにつれて小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

(デュエルか。SAOで一度はやってみたかったな……)

 

 マーベラスは過去にフェンシングをしていたことがあり、SAOにプレイヤー同士のデュエルがあると知った時には密かに楽しみにしていたのだ。

 もっともHPが無くなれば死ぬ今となっては、もう諦めてしまっているが。

 

(こんなことなら、デスゲームが始まる前にカストルかポルックスと一戦やっておけばよかった)

 

 そんなことを考えていたマーベラスは、やがて噴水のある広場へとたどり着くが……

 

「……うん?」

 

「どうした……って……」

 

 急に立ち止まったマーベラスにカストルは尋ねるが、その理由はすぐに分かった。

 双子の兄弟はマーベラスの視線を追うと、その先には俯いてベンチに座っている女の子がいた。黒髪のセミロングをしており、清楚さを感じさせるルックスだ。

 

「……はあ、コイツがどうするのか、もう分かるな」

 

 ため息をつき、ポルックスは呆れながら言った。

 長い付き合いだけあって想像は難くない。案の定、マーベラスは少女に向かって歩み寄り、双子の兄弟も後に続く。

 そして、少女の目の前まで来た紳士は少女に優しげな声を掛ける。

 

「やあ、お嬢さん。そんなに辛そうな顔をしてどうしました?」

 

 

 

 




 マーベラスが使用するカイト・シールドは、本作では軽量盾という扱いにしています。
 原作ではどういう扱いなのか分かりませんが、たとえ違っていたとしても、アイメモでは軽量盾という扱いにします。


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火花、散る

「やあ、お嬢さん。そんなに辛そうな顔をしてどうしました?」

 

「……え?」

 

 黒髪セミロングの少女は顔を上げてキョトンとしてしまう。突然、知らない人に声を掛けられれば当然の反応だろう。

 

「ごめん。君の気持ちは分かるけど、彼は紳士だから、困った女性を見ると放っておけないんだ」

 

 戸惑う少女にカストルは弁明した。

 

「初めまして、僕はマーベラス。後ろの双子の兄弟は、メガネを掛けている方はカストルで、掛けてない方はポルックスだ」

 

「いや、なに一方的に自己紹介しちゃってるわけ? それにオレ達、メガネ以外にも区別する方法あるだろ! 性格ちげーし、横分けした髪はカストルは左横分けで、オレは右横分けだろ!」

 

「いや、初めて会った時は性格と似た髪型じゃ分からないよ。パッと見で区別できるのは、メガネの有無じゃないか」

 

「「うっ……」」

 

 ポルックスは不満を言うが、事実を指摘されると兄弟揃って反論できなかった。

 実際、過去に間違えられたことは何度もある。区別されるようになったのは、カストルが視力の低下によってメガネを掛けるようになってからだ。

 しかし、それ以外に見分ける方法がないのは兄弟としても複雑である。VRでは視力は端正されるのでメガネを掛ける必要はないため、カストルにとっては双子の弟と間違われないためだけのアイテムでしかない。

 ちなみに、はじまりの街からこのトールバーナのNPCショップにはオシャレのためのメガネしか売ってなかったが、ポルックスによればステータスを上げるものも存在するらしいので、カストルは少し期待していたりする。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、ごめんね」

 

 声を掛けてきた少女に、マーベラスは爽やかな笑顔で謝った。

 表情には不安が滲み出ている。無理もない。向こうは一人なのに対して、こちらは見知らぬ男三人なのだ。

 まずは、警戒心を少しでも取り除かなくてはならない。

 

「二人とも、先に依頼主に報告に行ってくれないかな。僕はしばらくこの子と話すから」

 

「分かった」

 

「はあ、仕方ねーな」

 

 マーベラスの意図を悟った双子の兄弟は応じた。

 ポルックスはすぐに去ろうとするが、その前にカストルは少女に歩み寄る。

 

「マーベラスは優しいから、辛い事があったのなら、遠慮なく話すといいよ。それじゃ」

 

 それだけ伝えると、今度こそカストルは弟と共にその場を離れた。

 気を利かせたカストルに心の中で感謝したマーベラスは、続いて装備していたカイトシールドをベンチに置いた後、少女の隣に腰掛けた。ただし人ひとり分の間を開けている。

 

「大丈夫だよ。もし僕が君の体に触ったら、ハラスメント防止コードが発動するから」

 

 ハラスメント防止コードとは、異性のプレイヤー及びNPCへの《不適切な接触行為》を行うことで発動するシステムである。

 最初は警告とともに反発力が発生して手を弾かれる。被害者がプレイヤーなら、相手の前に強制転移の発動の有無を問うウインドウが現れ、YESを選択した場合に加害者ははじまりの街にある《黒鉄宮》の牢獄エリアに強制転移させられるのだ。

 さらに被害者が何らかの理由で選択できない状況の中、加害者が何度も《不適切な接触行為》を繰り返した場合は問答無用で転移させられる。

 

「それで、君の名前を教えてほしいな」

 

 マーベラスはさり気なく尋ねた。

 ある程度は心の壁を取り除くことができたはず。あとは、少女次第だ。

 

「…………コハルです」

 

「いい名前だね。日本の立春を彷彿とさせる」

 

 少しの間を置いて少女が名乗ると、マーベラスは感慨深げに言った。

 

「私、二月生まれなんです。両親も子供の名前には頭を悩ませてたみたいなんですけど、二十四節気(にじゅうしせっき)の立春――小さな春が来た月に生まれたことから、小春って名付けたんです」

 

「そうだったんだ……あれ、そうなると……君のアバター名は、リアルと同じってことになるのかな?」

 

「……あっ!」

 

 コハルはいかにも、しまった! と顔に出た表情で目を見開いた。

 オンラインゲーム(に限らずネットワーク全般)では、リアルの情報を出すのは危険なのだ。

 そのせいで悲惨な事件が起きたという事例は、枚挙にいとまがない。

 

「ごめん、悪気はなかったんだ」

 

「いえ、私が一方的に話したので」

 

 落ち着いていながらも、申し訳無さそうに頭を下げて謝罪するマーベラスに、コハルは誠意を感じた。

 実際、マーベラスに落ち度はない。コハルはリアル情報を出す危険性を分かっていながら、何故か自然と話してしまったのだ。

 それはきっと、カストルの言う通りマーベラスが本物の紳士であり、女性を放っておけない性格だからである。

 

「とにかく、これからはリアルに関する情報は迂闊に出さないほうがいい」

 

「そ、そうですね」

 

「それで、さっきはどうして辛そうな顔をしていたのかな?」

 

 マーベラスはようやく本題に入った。

 

「……昨日、この町に来る途中で、他のプレイヤーたちがモンスターの群れに殺されるのを見かけたんです。何とか敵は全滅したんですけど、もし自分のHPが無くなって、あの人たちと同じ運命を辿ったらと思うと……」

 

「そうか、辛かったね」

 

 自分も死ぬかもしれない。SAOがデスゲーム化してから誰もが抱えている不安だが、目の前で悲惨な光景を見れば、怖くなるのも仕方がない。

 マーベラスは、真剣な表情でコハルの目を見ながら言った。

 

「コハル、今からでも遅くはない。君ははじまりの街に戻って、大人しくしていたほうがいい。怖いなら、僕達が送っていってあげるから」

 

「マーベラスさん、気持ちは嬉しいんですけど、私たちは友達を探しにここまで来たんです。だから、まだ帰るわけには」

 

「えっ、ちょっと待って。()()()ってことは、もしかして仲間がいるのかい?」

 

 マーベラスは目を丸くして尋ねる。

 

「はい。さっき飲み物を買いに行ったので、もうそろそろ戻ってくるんじゃないでしょうか?」

 

「そうだったのか……」

 

 確かに、死の不安に怯えていた少女が現在の最前線であるこの町に一人で来るとは考えがたい。仲間がいたからこそ、ここまでたどり着いたのだろう。

 

「だったら、友達を探しだしたら仲間と話し合って――」

 

「おい、ちょっといいか?」

 

「えっ」「あっ!」

 

 マーベラスとコハルは話に集中してたせいで、今ベンチの前にいる少年の存在に声を掛けられるまで気づかなかった。

 

「リク、遅かったね」

 

「ああ、店が混んでたからな。ほら」

 

 リクはコハルにジュースが入った瓶を渡したが、表情はどこか険しそうだ。

 そして冷たそうな視線をマーベラスに向ける。

 

「おまえ、コハルに何してるんだ?」

 

「いや、何って……ただ落ち込んでたから、話を聞いてあげようと思っただけだよ」

 

「そうか……」

 

 落ち着いて説明するマーベラスに、リクは冷淡に返した。

 二人のやり取りに、コハルは空気がピリピリするのを感じた。特に今のリクの声は、孕んでいる怒気を理性で抑えている気がするのだ。

 恐らく、リクはコハルに近づいてきた外国人みたいな男にいい印象を抱いていない。最悪の場合、何か誤解をしている可能性もある。

 

「リク、マーベラスさんは悪い人じゃ――」

 

「女を丸め込む男なんて、いくらだっている。いくぞ」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 コハルの言葉に耳も貸さず、リクはその右手を取って立ち上がらせ、共にその場から立ち去ろうとした。

 が、マーベラスは素早くコハルの左手を掴み、引き止める。その弾みで手に持っていた瓶を落とし、中身と共にポリゴン片となって消えた。

 リクは振り向きざまに睨みつけると、穏やかだったマーベラスも険しい表情で見つめ返した。

 

「女の子の手を無理やり引っ張るなんて、紳士のすることじゃないよ」

 

「なんだと」

 

 漫画やアニメでは、睨み合う両者の対立を表すために、間に火花が散る表現が用いられる。いくらVRでもそんなエフェクトは発生しないが、少なくともコハルには、自分が原因でリクとマーベラスの間に見えない火花がバチバチと弾けている気がした。

 少しの間を置いて、何とか冷静さを保っているように見えるマーベラスの口から出たのは、驚くべき発言だった。

 

「確か、リクだったね。僕とデュエルをしよう」

 

「デュ、デュエルって!」

 

 HPを減らす行為を紳士なマーベラスが提案したことにコハルは驚きを隠せなかった。

 トールバーナでデュエルが行われたという話は、昨日の晩の夕食時に他のプレイヤー達の雑談で聞いていた。しかし紳士的なマーベラスがそんな手段に出るなど思っても見なかったのだ。

 

「何だ、俺を打ち負かして、コハルの気を引こうっていうのか?」

 

 リクはマーベラスの意図を、邪な可能性を仮定した上で聞き出そうとする。

 

「そんなんじゃないよ。ただ、君のような女の子の手を乱暴に引っ張る男に、コハルのことを任せられそうにない。だからこうしよう。君が勝ったら、コハルとパーティーを組んでもいい。だけど僕が勝ったら、もうコハルとは関わらないでくれ」

 

「なんだそれは!」

 

「ちょっと、マーベラスさん!」

 

「それとも君は、コハルの前で負けるのが怖いのかい?」

 

「…………いいだろう。受けて立つ」

 

 僅かな逡巡の末、リクは話に乗った。

 正直、二度とコハルと組めないというのは嫌だ。だが一方的な条件とはいえ、ここまで言われては逃げるという選択肢は無かった。

 かつてのリクは、テニスプレイヤーというスポーツマンだったのだから。

 一方でコハルは「はあ」とため息をついた。

 今の二人はまともに話を聞いてくれる状態ではない。デュエルが終わったら、ちゃんと話をして和解へと持っていかなければ。

 そんな中、突然ファンファーレが聞こえてきた。クエストをクリアした際に流れる音楽である。

 

「な、なんだ?」

 

「あ、ちょっと失礼」

 

 男二人はコハルから手を放した。

 マーベラスはカストルとポルックスが報告を終えたことを察し、メッセージを送るべくウインドウを出現させ、素早く操作。人差し指でタップする動作をすると、「これでよし」と一人納得し、ベンチに置いていたカイトシールドを左手に装備した。

 

「それじゃあ、改めて」

 

 再びマーベラスはウインドウを動かすと、やがてリクの方にウインドウが出現する。

 リクはそれがデュエルの申請だとすぐに分かった。システムメッセージを見て、イエス・ノーボタンの上を確認する。

 そこには、デュエルのモードを決定するチェックボックスがあるのだが、ベータテスト時代にデュエルをしたことがあったので、もう見慣れている。

 既に三つ並ぶ選択肢の下、《初撃決着モード》にチェックが入っていた。マーベラスが申請する際に入力していたのだろう。安全性を考えれば当然だが。

 ふう、と一呼吸置き、リクは意を決して【YES】をタッチした。もう後戻りはできない。

 開始まで六十秒のカウントダウンが始まる。既に周りには、こちらの騒ぎが気になった野次馬が集まってきていた。

 リクは背中の鞘からアニールブレードを、マーベラスは左腰の鞘からウインドフルーレを抜き、互いの顔を見合わせて構える。

 今ここに、コハルの未来を賭けた(かもしれない)男の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 



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元祖・二刀流

「マーベラス、一体どうしたんだ?」

 

「クエストをクリアしたと思ったら、それからすぐに『先に宿に帰ってて』ってメッセ飛ばして来っし、何考えてんだよ!」

 

 カストルとポルックスは依頼主に報告して報酬の軽量盾と経験値を受け取ったまでは良かったが、腐れ縁からの突然のメッセージに困惑していた。

 間違いなくあの少女が関係している。長い付き合いである双子の兄弟は確信していたが、なぜ先に自分達を帰らせようとするのかが理解できなかった。

 嫌な予感がした二人は、マーベラスの指示を無視して再び広場に向かっていた。やがて目的地にたどり着いたのだが……

 

「ポルックス、あそこ……」

 

「……人集り、できてんな……」

 

 カストルが指を指した場所には、多くのプレイヤー達が集まっている。

 彼らはまるで何かを見物しているようだった。そして遠くから見えてしまったのだ。

 

 

 

 自分達のよく知る金髪の紳士が、他の男性プレイヤーと剣を交えているところを。

 

 

 

「「…………」」

 

 目の前の光景から現実逃避したかった二人だが、とりあえず状況を確認すべく、カストルは近くにいたプレイヤーに尋ねる。

 

「あの、すみません。何かあったんですか?」

 

「何だか、プレイヤー同士でデュエルしてるらしい。しかも争いの原因が女の取り合いだそうだ。他の奴から聞いた話によると、女に恋人がいたらしくてな。他の男が取ろうとして口論になって、それでデュエルに勝った方が女を自分のものにするだとか言ってたらしい……」

 

「「ソ、ソウデスカ……」」

 

 双子の兄弟はげんなりした。

 プレイボーイなマーベラスだが、他の男から女を取るようなマネはしないことを、双子の兄弟は知っていた。

 故に伝聞の過程で事実が湾曲していることは察していたが、それでも女に関する揉め事でデュエルをしていることに変わりはないのだ。いたたまれない気持ちである。

 

「カストル、逃げるぞ」

 

「いや、止めなくていいのか⁉」

 

「あのな、止めに入ったら俺達があの金髪と知り合いだって分かるだろ! ギャラリーに攻略目指してる奴らがいたら、フロアボス攻略とかで一緒に白い目で見られるに決まってるって!」

 

「……それもそうだな」

 

 カストルはあっさり納得した。

 金髪の腐れ縁はデュエルに集中しており、こちらには気づいていない。その内に双子の兄弟は、こっそりその場から離れるのであった。

 

 * * *

 

(くっ、上手く攻め込めない!)

 

 デュエルが開始してから既に五分が過ぎているが、リクは勝利の一撃を与えられずにいた。

 開始までの六十秒の間に、リクはマーベラスのレイピアとカイトシールド、軽金属の鉄の胸当てという装備からして、ステータスはAGI寄りではないかと予想していた。

 盾を持つには、STRをある程度上げておく必要がある。だが軽量盾はその名の通り軽く、取り回しのしやすさがメリットなので、素早く正確な防御ができるのだ。

 デュエルが始まると、その予想は的中した。マーベラスはソードスキルを使ってないにも関わらず、高速の突きを放ってきたのだ。

 リクは何とかその攻撃を躱して相手の腹にカウンターで突きを返すが、盾で防がれてしまった。

 その後も華麗な剣捌きを回避しつつ反撃を試みるも、盾持ち相手のセオリーに従って逆手側へ回っても防御され、意表を突くつもりで利き手側へ回っても早い剣捌きで近づけない。

 マーベラスがAGI寄りだということは証明されたが、攻撃も防御も想定以上の速さ。元テニスプレイヤーだったリクは、それがステータスを上げただけではないと直感で感じていた。

 

「……一ついいか?」

 

「何だい?」

 

「お前、リアルでスポーツでもやってるのか?」

 

 デュエル中であるにも関わらず、リクは訪ねた。

 リアルの話題を出すのは不躾であることは分かっているが、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。

 一方、マーベラスは澄ました顔をしながらも内心では警戒していた。

 リアルに関する話を持ち出して、こちらを動揺させる作戦かもしれない。もしかすると、話の途中で攻撃をしかけるという卑劣な手を使う可能性もある。

 だが、リクの真剣な表情を見て話すことにした。

 

「昔はフェンシングをやってた。でも、利き手の健を痛めてしまってね。辞めざるを得なかった」

 

「なるほどな。どうりで早いわけだ」

 

 事情を知ったリクは納得した。

 

「俺も昔、テニスプレイヤーだった。でも、事故で利き腕を負傷してな。治った後も努力したけど、結局ダメだった」

 

 リクは自身の過去をマーベラスに打ち明けた。

 リアル情報を出会ったばかりの、しかも自分とコハルを引き離そうとしている男になぜ話したのかはリクにも分からなかった。

 

「お前は、プロを目指してたのか?」

 

「将来の可能性の一つとして、考えてた」

 

 そう返したマーベラスの目は、どこか遠くを見つめているようだった。

 華麗な剣捌きから才能はあったはず。きっと、目の前の金髪の男と自分を重ねてしまったのだ。故にリクは同情せずにはいられなかった。

 お互い、プロの可能性を絶たれてしまったのだから。

 

「それじゃ、話は終わりだ。続きを始めるか」

 

「……そうだね」

 

 両者は再び武器を構えた。

 たとえ過去がどうであれ、今は互いに刃を向ける敵同士なのだ。これ以上感傷に浸っていては、掴める勝利も掴めない。

 とはいえ、リクは自分が段々と追い詰められている気がしてならなかった。

 早い剣捌きの理由を知ったところで、状況が変わったわけではない。だが、勝たなければコハルと離れ離れになってしまう。絶対に負けられない。

 

(……こうなったら、やってみるか!)

 

 構えてから五秒近く、リクは決断した。

 少し前、討伐系クエストでmobとの戦いを有利に進めるために、ある手段を試したことがある。

 コハルには驚かれたが、現時点では自分にしかできない方法であり、リアルでも貴重な人材なので無理もない。

 しかし、ただ単に使うだけでは駄目だ。上手く相手の意表を突かなければならないので、多少の工夫を凝らす必要がある。

 やったことはないが、マーベラスの防御をすり抜けるには、覚悟を決めるしかない。

 

「来ないのかい? なら、こちらからっ!」

 

 先にマーベラスが仕掛けてきた。助走をつけた鋭い突きである。

 リクの中には既に勝利のイメージが出来上がっていた。

 避けるためにサイドステップで飛んだ方向は……逆手側。

 

(何度やっても同じだよ!)

 

 この場合、リクが取る行動パターンは二つ。腹に剣を突き刺すか、足を狙うかである。

 前者は盾で弾き、後者は盾が届かないため、バックステップで避けている。

 どちらであれ、反撃で真横に切り払い、その度にリクは片手直剣で防御している。フェイントを織り交ぜて来る時もあるが、マーベラスはそれすらも上手く対応しているのだ。

 今のマーベラスはウインドフルーレを持つ腕を伸ばしきっている。だが、パターンは既に覚えているため、どんな攻撃も受けない自信があった。

 今回はどちらか? 攻撃の体勢に入っているリクは、右手のアニールブレードの切っ先を斜めに地面に向けていた。

 

(足かっ!)

 

 マーベラスは後方に軽く飛んだ。反撃できるよう距離を調整しているため、利き手の手首を返して同じように切り払おうとしたが……

 

 カキンッ‼

 

(なっ――‼)

 

 マーベラスは驚きを隠せなかった。

 リクは剣で攻撃を防いでいた。それは先程までと同じである。

 だが今回は、片手ではなく()()()()()()()()()()

 片手直剣はその名の通り、片手にしか装備できない。しかし、だからといって両手で握れないわけではないのだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ‼」

 

 裂帛した気合と共に、リクはマーベラスの斬撃を弾いた。

 マーベラスがAGI寄りのステータスなのに対し、リクはSTR寄り。しかもリクは両手で剣を持っているため、押し返されるのも当然である。

 勢いよく弾かれたせいで体勢を崩しかけたマーベラスは目を見開くが、すぐに冷静さを取り戻した。

 今のリクは両手で剣を持っている。そのまま両手で突きを放つにしても、右手に持ち替えて攻撃するにしても対処できる。

 そう、思って盾を前方に持ってきたのだが……

 

(何っ、盾を掴んだだとっ‼)

 

 接近してきたリクが取った行動はまたしても予想外だった。

 マーベラスから見て盾の右側を右手で掴んだリクは、固い扉をこじ開けようとするかのように動かしている。

 それに抗うように、マーベラスも逆方向に力を入れる。これを許せば、真ん中が無防備になってしまうからだ。

 だがリクにしてみれば、この時点で勝敗は決していた。

 

 ザクッ‼

 

「……え?」

 

 一瞬、マーベラスは自分の身に何が起こったのか理解できなかった。分かるのは、自分の腹に何かを感じたということだった。

 マーベラスが目線を下に向けると、自分の右脇腹にアニールブレードの切っ先が刺さっていた。

 しかもその柄は、()()()()()()()()()()()()

 

【WINNER / Riku 7:03】

 

 ファンファーレと同時に巨大なシステムウインドウが出現。この時点で、デュエルは終了した。

 

「……ゲームセット」

 

 リクは勝ち誇るように言うと、すぐに剣を引き抜いた。

 こうして、一人の女性プレイヤーを巡る(とギャラリーから思われている)男の戦いは、リクの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 このデュエルをきっかけに、リクは二刀流の使い手として他のプレイヤーから一目置かれることになる。

 やがて、アインクラッドの攻略が後期に差し掛かった頃、そのシステム外スキルはこう呼ばれるようになった。

 

 

 

 元祖・二刀流、と。

 

 

 

 

 



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雨降って地固まる

 右肩はもう元には戻らない。医師から残酷な事実を突きつけられても、リクは夢を諦めきれなかった。

 そこで考えたのが、左手を使えるようになることだった。そうすれば、またプロを目指せると思ったのだ。

 そのために、まずは左手で歯を磨くことから始めた。

 慣れてきたら、次に箸を使って小豆を皿から皿に移した。

 そこまでできたら、文字を丁寧に書けるようにした。

 そして、左手でラケットを使うところまで来たのだ。

 ……だが努力したにも関わらず、リクは結局テニスをやめてしまった。

 いざボールを打つとなると、納得のいく速度が出ない、コントロールが微妙にズレる等、右手を使う時よりも違和感を感じてしまうのだ。

 さらに、リハビリの過程で他のプレイヤーと差がついてしまったのが大きかった。同じテニス部のメンバーとの試合で負け続け、それを思い知らされたのだ。

 だから、中三の時にリクは決断した。もうテニスはやめよう、と。

 夢は絶たれてしまった。だが両利きにはなったおかげで、デュエルに勝てたのは事実。

 あの時の努力は無駄じゃなかった。たった今、リクはそう思った。

 

 

 

「……まいったよ。僕の負けだ」

 

 マーベラスは素直であった。

 悔しさこそはあるものの、やってみたかったデュエルを全力でできた充実感を感じていた。

 何より、相手を知ることができたのだ。

 だがリクの方は無表情でアニールブレードを右手に持ち替え、背中の鞘に収めた。

 

「コハル、行くぞ」

 

「待っ――」

 

「待ってくれ!」

 

 リクはその場から離れようとするが、コハルよりも早くマーベラスが引き止める。

 金髪の紳士はコハルの方に視線を向けて訪ねた。

 

「コハル、教えてくれ。君は自分の意思でここまできたのかい?」

 

「はい。友達を探すためにはじまりの街を出ていったのは、私自身の意思です。リクに無理してついていってるわけじゃありませんし、私の方から提案したんです」

 

 真っ直ぐな瞳で尋ねられたコハルは、見つめ返して答えた。

 

「そうだったのか」

 

「……どういうことだ?」

 

 マーベラスは納得し、やがて話についていけないリクの方に向き直る。

 

「すまない、リク。コハルが怖い思いをしてるから、てっきり君に振り回されてるんじゃないかと思ってたんだ。でも全力でデュエルをしている君は、強い意思に溢れた目をしていた。途中でリアルの話を切り出したときは、卑怯なやり方で隙をつくんじゃないかと疑ったけど、君の方から話を切り上げたからね。何か誤解をしてるんじゃないかと思ったんだ。さっきコハルが僕の疑問に答えてくれて、確信したよ。どうやら、僕の勘違いだったみたいだ」

 

「……そう、だったのか……」

 

 リクは心の中に罪悪感が湧き上がってきた。

 本当は、デュエルしているうちにリクも感じ始めていたのだ。

 戦っている時のマーベラスの目からは、自分に対する悪意を感じなかった。相手と真剣に向き合うスポーツマンの目であった。

 だがジュースを買って戻ってきた際、コハルが他の男と話しているのを見て、何故か怒りが湧き上がってきた。気づいた時には、コハルをマーベラスから引き離すことばかり考えていた。

 向こうが誠意で謝るのなら、自分も意思を伝えねばならない。そう思ったリクは、さっきまで嫌っていた金髪の紳士に歩み寄る。

 

「……俺の方こそ、ムキになって悪かった……ごめんな」

 

 心からの謝罪を口にし、マーベラスの前で手を差し出した。

 

「…………フッ」

 

 僅かな間を置いて、マーベラスは紳士に相応しい笑顔を見せた。

 

「分かればいいんだよ。君とのデュエル、楽しかった」

 

 そう言って、金髪の紳士は差し出された手を握り返した。

 相手が許してくれた。俺もデュエルが楽しかった。そう思うとリクは、自然と笑みが溢れる。

 成り行きを見守っていたコハルも安堵して穏やかになり、デュエルが終わっても結末が気になって残っていたギャラリー達からも拍手が沸き起こった。

 まさに、『雨降って地固まる』である。

 

 

 

「キミたちは素晴らしいな。実力もあるうえに、デュエルの後はお互いを称え合う。まさしくプレイヤーの鑑だ」

 

 

 

 突然、声が聞こえてきた。

 三人はその方向に首を向けると、青い髪の男が爽やかな笑顔でこちらに近づいてくる。

 いきなり知らない人から声を掛けられたので、リク達はキョトンとしてしまう。

 

「すみませんが、あなたは?」

 

「これは失礼。オレはディアベル。以後よろしく!」

 

 マーベラスが尋ねると、男はそう名乗った。

 

「それで、私たちに何かご用ですか?」

 

「オレはいま、フロアボスに挑戦するメンバーを集めて回ってるんだ。よければ、君たちも参加してくれると嬉しいんだけど」

 

 コハルの質問に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにディアベルは答える。

 つまり、先程のデュエルで接戦を繰り広げたリクとマーベラスの実力を見込んでの誘いということだ。

 

「僕は仲間たちと、そのつもりでここにきたので構いませんが……」

 

「……悪いけど、俺とコハルは別れた友達を探しにここまで来たんだ。すぐには決められない」

 

「……そうか」

 

 マーベラスは承諾したが、リクが丁寧に断るとディアベルは少し残念そうな顔をした。

 この牢獄と化した浮遊城を脱出するために攻略するしかないのは分かっている。自分ひとりだけなら、攻略を選んでいただろう。

 だが、リクにはコハルがいる。しかも彼女は昨日、目の前で他のプレイヤーが死ぬというショックを受けたばかりなのだ。

 そんな状態でフロアボスとの戦いは疎か、フィールドに連れ出すことは出来ない。だからといって、コハルだけ置いて一人で行くつもりもない。

 

「まあ、無理強いはしないよ。ただ、近いうちにオレたちのパーティーが迷宮区の最上階にたどり着きそうなんだ。そのときは攻略会議を開こうと思ってる。少しでも気になるなら、参加してほしい。それじゃ、このへんで」

 

 ディアベルは伝えたいことを伝え、去っていった。

 未だに残っていたギャラリー達は会話が聞こえていたのか、ざわめき始めた。

 無理もない。SAOがデスゲームと化してから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。絶望の中、ようやくフロアボスと戦うところまで来そうなのだ。

 倒すことができれば、果てしなく長い百層クリアに一筋の光明が生まれるに違いない。

 

「……マーベラスは、攻略するって決めてるんだな」

 

「うん。そのために、僕はリアルでも腐れ縁の友達と一緒に、この町に来たんだ。あ、そういえばリクはまだ会ってなかったね……」

 

 マーベラスは少し考える仕草をすると、少しの間をおいて提案した。

 

「じゃあ、せっかくだし今からお茶でもどうかな? その時に紹介するよ」

 

「そうだな。デュエルした後だから、何か飲みたい気分だしな」

 

 せっかくの申し出をリクは受け入れることにした。

 仮想世界なので飲まなかったところで脱水症状にはならない(ただし、喉が渇くという生理現象は発生する)が、リアルからの影響で運動後は水分補給をしたくなってしまうのだ。

 

「コハルはどうする?」

 

 リクはパートナーの意思を聞くが、コハルの反応はない。

 

(攻略、か。ここから出るなら、そうするしかないよね……)

 

「おーい、コハル」

 

「えっ……ご、ごめんね。なんだっけ?」

 

 リクの呼びかけでコハルは現実に引き戻された。

 

「いや、マーベラスがせっかくだから一緒にお茶でも飲もうかって……」

 

「う、うん。私もいいけど……」

 

「分かった。じゃあ、連絡するから待ってて」

 

 マーベラスはメニューウインドウを出すと、すぐさま双子の兄弟にメッセージを送る。

 返事は一分近くで来た。ポルックスからだ。

 

【お前、デスゲームでデュエルって何考えてんだよ! 後で話を聞かせてもらうからな!】

 

「…………」

 

 マーベラスは固まった。

 文面からして、リクとの試合を見ていたようだ。相当怒っているに違いない。

 

「……どうかしたんですか?」

 

「いや、何でもないよ。それじゃ、行こうか」

 

 コハルは心配して尋ねるが、マーベラスは澄ました顔で返して歩き始める。

 リクとコハルはその様子が気になったが、とりあえず後に続くのだった。

 

 

 



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ポルックスの知るキリト

 デュエルの後、場所を喫茶店へと移動したリク、コハル、マーベラスの三名は建物の中に入って適当な席に座り、店員にドリンクを頼んだ。

 その後、マーベラスは双子の兄弟に居場所をメッセージで伝え、頼んだドリンクがテーブルの上に置かれた数分後には、気難しそうな顔をしたカストルと呆れ顔をしているポルックスが現れた。

 

「やあ、来てくれたんだね」

 

「来てくれたんだね、じゃねーよ! 知らない女の子に関わるから、面倒なことになったんだろ‼ 揉め事でHP減らすなんてバカじゃねーの‼」

 

 苦笑いのマーベラスにポルックス怒りをぶちまける。

 無理もない。初撃決着モードとはいえ、HPが無くなれば死ぬというのにデュエルをしたのだ。

 しかも原因が女性絡みなので尚更だ。

 

「ポルックス、少し落ち着くんだ」

 

 カストルは双子の弟を宥めた。

 落ち着いたのを確認すると、今度は冷静にマーベラスに尋ねる。

 

「それで、何でデュエルなんてしたんだ? ちゃんと理由を話してくれ」

 

「ああ、ちゃんと話すから、まずは席に座りなよ」

 

 とりあえず双子の兄弟は、マーベラス達の隣の席にある木製のイスに腰掛けてドリンクを注文。飲み物が来ると、マーベラスは別れた後の出来事を話し始めた。

 無難に自己紹介から始まり、辛そうな理由を聞いたこと。はじまりの街に戻ったほうがいいと説得したところでリクが現れ、互いの勘違いから口論となってマーベラスがデュエルを提案。激戦の末にリクが勝利し、互いの誤解が解けて今に至るどころまで説明した。

 

「ったく、面倒事起こしやがって。悪いな、コイツが迷惑かけてよ」

 

 ポルックスは呆れつつ、リクとコハルに謝罪した。

 

「いや、もう過ぎたことだ。ところで、俺達は初対面だったな。俺はリク、よろしくな」

 

「メガネを掛けてる俺はカストル。よろしく」

 

「で、掛けてないオレは双子の弟のポルックス。そして、お前達に迷惑をかけたこの金髪の女ったらしは、腐れ縁のマーベラスだ」

 

「あれ、僕の紹介だけ随分憎ったらしい感じがするんだけど……」

 

「さあな、気のせいじゃねーか?」

 

 惚けるポルックスにマーベラスは「あ、あははは……」と乾いた笑いを漏らした。まだ怒っているようだ。

 

「ところで、二人は友達を探すためにここまで来たんだな?」

 

「ああ、そうだ」

 

 カストルの問いにリクは肯定の答えを返した。

 

「それなら、俺達も力になる。迷惑をかけたお詫びもしないと」

 

「だな。マーベラスもいいよな?」

 

「もちろんだよ」

 

 双子の兄弟と金髪の紳士は、リクとコハルの友達探しを手伝いたいと申し出た。

 だが、リクとコハルはその善意を素直に受け取っていいのか迷っていた。

 三人は攻略を目指している。だとしたら、貴重な時間を人探しよりもクエストの攻略や狩りに当てたほうが合理的だ。

 僅かな逡巡の末、リクは丁寧に断ることにした。

 

「いや、気持ちは嬉しいけどよ、お前達は攻略目指してるんだろ? だったら――」

 

「あれ……カストル、オレ達攻略目指してるって言ったか?」

 

「いや、言ってなかったはずだ」

 

「あ、それは僕が言ったんだ」

 

 頭に疑問符を浮かべる双子の兄弟に、マーベラスはデュエル後に現れたディアベルというプレイヤーについて話し始める。

 リクとマーベラスのデュエルを観戦していたディアベルは、フロアボスに挑戦するメンバーを集めて回ってると説明し、二人の実力を見込んで参加してほしいと頼まれた。

 その時にマーベラスは参加の意を示したため、リクとコハルが知っているのは近くにいたからだと付け加えた。

 最後に攻略会議が近いうちに開かれることを伝えると、双子の兄弟は揃ってげんなりしてしまう。

 

「つまり、フロアボス戦に参加するプレイヤーに、あのデュエルを見られたということか……」

 

「はあ……オレ達ぜってー白い目で見られるぞ……」

 

「……そ、それよりリク、コハル、確かに僕たちは攻略のために時間は使うけど、その合間に聞き込みをするだけなら、そんなに時間は使わない。そもそも、僕がコハルに話しかけたのが事の始まりなんだから、協力させてくれないかな?」

 

 マーベラスは強引に話を戻し、自分達が負担にならない程度に手伝うと説得する。

 

「……分かった。そこまで言うなら、頼む。コハルもいいよな?」

 

「うん。お願いしよっかな」

 

「よし、それなら、君たちの力になることを約束するよ」

 

 リクとコハルがOKの返事を出すと、マーベラスはディアベルにも負けないほどの爽やかな笑顔になった。未だ気持ちが沈んでいる双子の兄弟を差し置いて。

 

「それで、友達の名前は何ていうのかな?」

 

「はい、キリトっていうんですけど」

 

「――っ! キリトだとっ‼」

 

 マーベラスの問いにコハルが答えると、ポルックスが大きく反応し、隣にいたカストルもびっくりしてしまう。

 

「何だ、ポルックスはキリトのこと知ってるのか?」

 

「ああ。ベータテスト時代、キリトは攻略の最前線に立っていたプレイヤーの一人だ。攻略の難しいクエに、ヘルプで助けてもらったこともある。フロアボス戦もほぼ常連で、デュエルでも勝率は高かった。オレから見ても、アイツの実力はトップクラスだ」

 

 真剣に話すポルックスの表情からして、リクはキリトが相当の実力者であることを感じた。

 最終日に自分とコハルを襲った強ザコを簡単に倒した事から只者ではないと予想していたリクだったが、そんなに強いとは恐れ入る。

 

「それで、当時のキリトさんはどんな人でしたか?」

 

 リクに続いて、今度はコハルが尋ねる。

 二人はキリトのことを友達だと思っているが、まともに話をしたのは初日に出会ってから三時間だけ。キリトという人間をまだ深くは理解していないため、ベータテストの頃のキリトを知りたいのだ。

 

「そうだな……勇者プレイしていて面白い性格してたけどよ、なんか飄々としていて、何考えてるか分からないヤツだったな。何度かゲームについて楽しそうに話したことはあったけど、どこか人と距離を置きたがってる感じだった」

 

「なるほどな……」

 

「そうですか……」

 

 リクとコハルは今日、自分達の知らないキリトの一面を知った。

 何考えてるか分からない、人と距離を置きたがっているとポルックスは言うが、それでもリクとコハルはキリトが悪い人だとは思えなかった。

 SAOがデスゲームと化した初日、キリトはリクとコハル、クラインに自分と一緒に来いと誘った。結局、三人ともはじまりの街に残ることにしたが、別れ際のキリトの寂しそうな背中を二人は今でも覚えている。

 

「……で、お前らはキリトとどういう関係なんだ?」

 

「ああ、俺達が初めて会ったのは、偶然でな……」

 

 ポルックスに尋ねられ、今度はリクとコハルの方から語り始める。

 まずド素人だったコハルが、半ば意地で『はじまりの街』から少し遠い森まで行ったが、結局はmobから逃げ続けてしまったことを話す。

 次に、安全地帯で休憩しているときにリクと出会い、戦い方を教えてほしいとコハルの方から頼み、特訓を開始。基本が出来たところで強ザコがポップし、リクが苦戦している際にキリトが現れて助けられ、去り際にコハルが呼び止めて名前を聞き出した。

 その後、安全なところで特訓を再開し、ベータテスト終了間際に再開の約束をしたところまでがベータテストの頃の話。

 それから一ヶ月後、午後一時にナーヴギアを被ってダイブし、SAOの中で再開。ベータテスト時代の勘を取り戻すためにまた特訓するが、コハルは武器を短剣に変えたこともあって苦戦する。

 そんな時、クラインというプレイヤーと出会い、彼を追いかけてきたキリトと再開。四人で特訓をしていたが、夕方になって事件に巻き込まれた、というところまで話したのだった。

 

「はははっ、ロマンチックな話だね」

 

「確かに、運命的な出会いって感じだな」

 

「「…………」」

 

 話を聞き終えたマーベラスとカストルは楽しそうであったが、リクとコハルは少し恥ずかしくなって頬をほんのり赤く染めた。

 

「そういや、お前らが出会った森っていうのは、もしかして『狩猟の森』か?」

 

 突然、ポルックスに聞かれたリクは「ああ、そうだ」と答える。

 

「ってことはリク。お前もあそこに来た目的はアレか?」

 

「多分、ポルックスの思ってる通りだと思うぜ」

 

「え、どういうこと?」

 

 コハルは二人の話についていけなかった。マーベラスとカストルは既に察していたが。

 

「知ってると思うけど、ベータテストは終わりまで第九層までクリアされた。俺はともかく、攻略の最前線にいたキリトが、最終日に第一層にいるなんておかしいと思わないか?」

 

「あ、そうだよね……」

 

 リクに言われたことで、コハルは今更ながら気づいた。

 確かに、トッププレイヤーが第一層のフィールドにいたのは疑問だ。狩りをするにしても、より強いモンスターのいる上の層の方がコルや経験値を稼げるはず。

 

「ま、最前線にいたヤツらはmobの強さや残された期間を考えた結果、終了までに攻略はできないって判断した。だから終わりまで、それぞれやりたいことをし始めたんだよ。そんな中、最終日が近づいてきた時にこんな噂が出始めた。第一層にレアアイテムがあるかもしれないってな」

 

 そこからポルックスが語りだしたのは、一部のベータテスター達の欲望・執念とも言える内容であった。

 

 

 



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コハルの意思

 ベータテスト終了日の数日前、とあるトッププレイヤーが第一層で必死になって動き回っているという噂が流れた。

 そのプレイヤーの知り合いが詰め寄ったところ、他の層で探索から主街区に戻ってきた時に偶然見つけたらしい。

 

 輝かしい光沢を放ったブレスレットを身に着けている、大して名の知られていない中層プレイヤーを。

 

 とあるトッププレイヤーはブレスレットを見た途端、直感でレアアイテムと判断。すぐさま訪ねると、他のプレイヤーから貰ったものとのことで、その人物は第一層で手に入れたとだけ言っていたそうだ。

 ブレスレットのプロパティを見せてもらった際、第五層あたりまで使えそうな性能らしく、知り合いはとあるトッププレイヤーや一部の仲間と共に、そのレアアイテムがあった場所を探し始めたのだ。

 だが、その動きを他のトッププレイヤー達も怪しみはじめ、理由がレアアイテムだという情報を情報屋から買い取り、行動を起こした者も現れた。

 手に入る場所に目星をつければ、正式サービス開始時に有利になる。攻略でトップに立ちたいプレイヤーにそんな欲望が芽生えるのは自然なことなのかもしれない。

 とはいえ、第一層というざっくりしたヒントでは見当をつけるのも簡単ではない。クエストに特別な条件があったのではないか? ダンジョンに隠し部屋があったのではないか? そんな憶測が飛び交う中、キリトはある場所に目をつけた。

 狩猟の森。初期のレベルでは倒せない敵が決まった時間でポップするその場所は、プレイヤー達の間では迷い込んだ者を怪物が狩るからスタッフがそんな名前をつけたのではないかと言われていた。

 強いmobが出てくる場所は他にもあるが、狩猟の森の強ザコは第一層のフィールドで出現するモンスターの中では間違いなく最強なのだ。

 故にベータテスト開始当初は多くのプレイヤーが殺られ、探索を後回しにしていたプレイヤーも多い。

 だから後で気になったプレイヤーが森の中に入り、レアアイテムを見つけたとキリトは考えた。

 一部のトッププレイヤーもキリトが狩猟の森で探索していることを知り、同じように探し始めた者もいる。ポルックスもその一人なのだ。

 

「もしかして、リクもそのレアアイテムがあった場所を探してたの?」

 

「あ、ああ……最終日にログインした時、他のプレイヤーの立ち話を偶然聞いてな。そのレアアイテムを、初日に俺が手にできるかもしれないって思うとな。ははは……」

 

 ポルックスの話を聞き終えたコハルは呆れながらリクに尋ねると、本人は苦笑いで答えた。

 

「まあ、そのレアアイテムの情報のおかげで、コハルは運命的な出会いができたけどね」

 

「も、もうっ! マーベラスさんったら!」

 

 金髪の紳士のキザな発言に、コハルは顔を赤くしてしまう。

 

「けどよ、そのレアアイテムの情報のせいで命を落としたヤツらだっているぜ」

 

「「……え?」」

 

 そんな中、ポルックスの重々しい発言でリクとコハルも固まってしまい、マーベラスとカストルも神妙な面持ちになる。

 

「隅々まで探索して、空の宝箱は見つかったからな。その中に目的のレアアイテムがあったのかは分かんねーけどよ、少なくともアイテムのある位置は分かった。それで他のプレイヤーより優位に立てるって思うだろうな」

 

「……まさかデスゲーム化した後、森に行ったプレイヤーがいたのか?」

 

「そのまさかだ……」

 

 リクが恐る恐る最悪の可能性を口にすると、ポルックスは苦々しく肯定した。

 

「後で知り合いの情報屋から聞いた話によると、一部のベータテスターは狩猟の森で命を落としたらしい。大方、強ザコがポップする前にアイテムを手に入れようって考えだ」

 

「で、でもそのmobは決まった時間帯に出現するんですよね? どうして……」

 

「その時間帯がベータテストの時と変わってたらしいぜ」

 

 コハルの疑問は、そんなシンプルかつ残酷な答えでハッキリしてしまった。

 自身を有利にするはずのベータテスト時代の経験が、逆に命を落とすことになってしまったのだ。

 

「……不躾なこと聞くけどよ、ポルックスは森のアイテムを手に入れたいと思わなかったのか?」

 

「……まあ、少しは思ったな」

 

 リクが尋ねると、ポルックスは僅かに間を置いて答えた。

 

「オレさ、SAOの前にもいろんなMMORPGやっててさ、ベータテストと正式サービスの違いでミスやらかしたこと何度もあってな。ここがデスゲームになったら、流石にそれはマズイと思った。カストルとマーベラスもいるから、尚更だ」

 

「情報屋から話を聞いたときは、俺も背筋がゾッとした。ポルックスが慎重になって、森へ行こうとか言わないでくれて良かったと思うよ」

 

「それなら、ポルックスが欲をかかなかったのは僕たちのおかげかな?」

 

「まあ、そうともいえるな」

 

 そんな風に会話をしていた三人はどこか安心したように笑っていた。

 ポルックスと森で命を落としたプレイヤー達。彼らの明暗を分けたのは、過去の失敗による経験と仲間の存在だろう。

 しかし、生き延びるためにアイテムを独り占めしようとしたそのプレイヤー達の死を、リクとコハルは自業自得という一言で片付けることはできなかった。

 デスゲーム開始が宣告されたあの時、大なり小なり自分達のことで必死だったプレイヤーばかりなのだ。

 その気持ちは、『生きたい』と思う人間の本能から来ているはず。

 

「ところで話を戻すけど、リクとコハルは攻略会議には参加するのか?」

 

「ああ、俺達は――」

 

 やめておく。リクはそう答えるはずだったが……

 

「私、参加してみようと思う」

 

「「……え?」」

 

 先に返答したコハルにリクとマーベラスは目を見開いてしまう。

 

「おい、本気なのかコハル? 昨日、怖い目にあったばかりだろ」

 

「うん、いろいろ話しているうちに、怖くなくなっちゃった」

 

 リクは心配そうに尋ねるが、コハルの表情には恐怖や不安が感じられなかった。

 

「それにキリトさんが攻略を目指してるなら、会議に来る可能性はあるでしょ?」

 

「でもコハル、会議に来るプレイヤー達は本気で攻略を目指している人たちばかりだ。もしかすると、参加を強要されるかもしれない。キリトを探すだけなら、僕たちに任せておけばいい」

 

 無理をしているのではないかと思い、マーベラスは合理的に説得する。

 だが、コハルは強くて真っ直ぐな瞳で金髪の紳士と目を合わせて言った。

 

「私、ときどき考えてたんです。キリトさんを見つけた後はどうしようって。そんな時、はじまりの街で過ごした一週間を思い出すんです。戦闘ができないから細工師になって誰かの助けになろうとした友達に、その子を支えるって決めた男の子ことを。二人は悩んだり考えたりして、自分のやりたいことを決めたんです。私もシアンとGVのように、自分が誰かのためにできることを探したいんです」

 

「コハル……」

 

 サービス開始の初日にデスゲーム開始を宣告され、自分の胸の中で泣いていた女の子がそこまで考えていたことに、リクは内心驚いていた。

 リクは今まで、自分がキリトのことを気にしているから、コハルは追いかけることを提案したと思っていた。

 だがそれだけではない。コハルは探しているのだ。この浮遊城に囚われた人々のためにできることを。

 そう思えたのは、はじまりの街でGVとシアン、みゆりんとウルリック、サチと仲間達との交流があったからだ。

 

「……分かった。会議には僕たちも参加するから、いざというときには君を守るよ」

 

 コハルの意思を感じ取ったマーベラスは微笑んだ。

 

「いや、それは俺の役目だろ!」

 

「レディを守れるナイトは、多いに越したことはないだろう?」

 

「そ、それは……そうだけどよ……」

 

 キザなセリフにリクはツッコむが、マーベラスにやんわりと返された。

 

「そのナイトには、俺達も含まれてるんだろうな……」

 

「はあ、オレらリアル女子苦手だけどな……」

 

 一方でカストルとポルックスは弱々しく声を漏らしてしまう。

 そんな光景を見ていたコハルは、自然と微笑ましくなったのであった。

 

 

 * * *

 

 

(あの日から、もうすぐ二年半か……)

 

 マーベラスはリクとの初めての出会いを思い出し、心の中で懐かしんでいた。

 出会いこそ最悪だったが、あの時のデュエルで和解してからは共に百層を目指す戦友、そして互いに実力を認め合うライバルとなったのだ。

 クエストやボス戦では協力し合い、どれだけ強くなったかを確かめるデュエルも数え切れないほどした。

 マーベラスにとってリクは、かけがえのない存在なのだ。それはギルドメンバーや、キリトといった他の仲間達も同じに違いない。

 特にコハルとっては、最愛の人と一心同体ともいえる関係なのだ。

 

「あら、マーベラスさんたちも来てたのね」

 

 丁度、アスナが調理室から姿を現し、シノン、GV、エギルも続いて出てきた。

 

「おっ、料理のほうはできたのか?」

 

「ああ、お嬢さん方二人と金髪のイケメンが手伝ってくれたからな。準備万端だ」

 

 キリトが尋ねると、エギルは大丈夫と言わんばかりの表情で答えた。

 その時、ピロロン! とスマホの効果音と思わしき効果音が店内に響き渡った。

 エギルは「おっと、悪いな……」と断り、ズボンのポケットからスマホを出す。タッチ・スワイプを手短に終えて開いた画面を見ると、口角を上げた。

 

「グッドタイミングだな。コハルからの連絡じゃ、本日の主役はもうすぐここに来るらしい。あと十分といったところか」

 

 エギルからそう聞いた帰還者達は、揃って笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ、後はクラッカーの準備だけですね!」

 

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 リーファが期待に満ちた声を出すと、エギルは腰を低くしてカウンター席の裏側から置いてあった紙袋を掴んで立ち上がる。

 

「一人につき一つだ。ここにいる奴らの分はちゃんとあるからな」

 

 そう言いながらエギルは紙袋を開け、中に入っていた五つのクラッカーが入っている袋を取り出してはアスナ、シノン、GVとそれぞれ渡す。そして、エギル自身も含めた四人で袋を開けて中のクラッカーを近くにいる仲間達に配った。

 

「みんな、クラッカーは持ってるな?」

 

 キリトは仲間達の姿を見渡しながら確認のために聞くと、全員、うん、ああ、といった声で頷いた。今この場にいるみんなの顔は、期待に満ちあふれている。

 

「それじゃ、今日の主役のためにもサプライズを絶対に成功させるぞ!」

 

「「「「「「おーーーーーっ‼」」」」」」

 

 黒の剣士――キリトの掛け声に合わせて、浮遊城で戦った帰還者達は心を一つにするかのように声を上げ、拳を天井に突き上げた。

 それはまるで、フロアボス戦に挑む攻略組の掛け声みたいに、熱くて強い。

 このダイシー・カフェにいる誰もが、そう感じたのだった。

 

 

 



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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第3回 星々を束ねし金髪の紳士

注意 これは本編の時間軸とは関係ない番外編です


シリカ「シリカと!」

 

リズベット「リズベットの!」

 

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

 

リズベット「アイラジ第3回、スタートよ!」

 

シリカ「何だか、前回からかなり間が空いた気がしますけど……」

 

リズベット「まあ、言いたいことはわかるけど、そこは投稿者の考えに左右されるから。もう少し執筆スピード上げてくれたらいいんだけどね」

 

シリカ「あたしたち、まだ本編に出番がありませんから……」

 

リズベット「……あーもう、ネガティブな話はやめやめ! とにかく、ポジティブな空気で進行させるわよ!」

 

シリカ「そうですね。本日のゲストですけど、今回も――」

 

リズベット「シリカ、もういつものことだから、サブタイについてとやかくいうのはやめよ! 毎回同じこと言ってたら、読者に飽きられるわ!」

 

シリカ「は、はい。それでは本日のゲスト!」

 

リズベット「マーベラスとコハルよ!」

 

マーベラス「やあ、アイラジを見ている皆さん、こんにちは。世界中のレディの味方、マーベラスです。以後、お見知りおきを」

 

コハル「こんにちは、コハルです」

 

 

リズベット「世界中のレディの味方って、よくそんなキザなこと言えるわね、マーベラス」

 

マーベラス「僕の心意気だよ。それに、レディに対しては紳士的にって、父からしつけられてるからね」

 

シリカ「それにしても、もう一人のゲストがコハルさんなのは意外ですね。出るときは、リクさんがまた呼ばれたときに一緒だと思いました」

 

コハル「まあ、自分で言うのもなんですけど、私は本編のヒロインなので、投稿者さんに早く出そうって意識があったんだと思います」

 

リズベット「リクは何か言ってなかった?」

 

コハル「『そうか』って一言だけでしたけど、かなり複雑そうな顔してました」

 

リズベット「無理もないわね。マーベラスって、いい人だと思うけど、どこか罪深い気がするのよね。SAOの女性プレイヤーの大半はキャーキャー言って夢中だったから」

 

マーベラス「それは……否定できないかな」

 

リズベット「第一、そういう魅了するオーラ放ってるから、リクとも一触即発になったんじゃない」

 

シリカ「聞いた噂によりますと、ファンの人たちとの間で諍いになった際は、デュエルにまで発展したとか」

 

リズベット「知ってるわよ。バレンタインデーに、どっちがレアアイテムをプレゼントするかで揉めたとか」

 

シリカ「あと、誕生日を知るために、D・Sのメンバーや知り合いのプレイヤーに詰め寄ったとか」

 

リズベット「あったわね、そんなこと」

 

シリカ「さらには、マーベラスさんを見たいがために、攻略会議にファンが集まったとか」

 

リズベット「アスナの話だと、追い返すのに苦労したそうよ。そういう問題が起きる度に、本人が出てきて穏便に解決してるんだけど……」

 

マーベラス「…………」

 

コハル「あの、そろそろ次に進みませんか? 今回は特別コーナーを用意してるって聞いたんですけど」

 

シリカ「あ、そうでした」

 

リズベット「いけない。危うく、今回がマーベラスの罪状を暴露するだけに終わってしまうところだったわ」

 

シリカ「それでは、D・Sのマーベラスさんが来ているということで、特別に用意したのはこちらのコーナーです」

 

 

 

 これぞ僕ら、デスティニー・スターズ

 

 

 

シリカ「このコーナーでは、アイメモのオリキャラであるD・Sの皆さんを紹介します」

 

リズベット「簡易的なデータもここで出すから、本編で明らかになってない情報がこのコーナーで分かることもあるわよ」

 

マーベラス「それは嬉しいね。読者に僕たちD・Sをもっと知ってもらえるなんて」

 

コハル「ところで、何で投稿者さんはオリキャラを出そうと思ったんでしょうか?」

 

シリカ「はい。その前に、まずD・Sのコンセプトを皆さんに伝えたいと思います」

 

リズベット「それはズバリ、ライバルギルドよ‼」

 

コハル「ライバルギルド、ですか」

 

リズベット「ただIFを小説で書くだけじゃ面白くない。ならば、キリトたちのライバルを登場させようって投稿者は考えたみたい」

 

コハル「まあ、少年漫画にライバルの存在は、王道といえば王道ですけど……」

 

マーベラス「さらに、パロキャラまで入れてるからね……」

 

リズベット「ホント、投稿者ってハードル上げすぎよね」

 

シリカ「それでは、今回はマーベラスさんに加えて、この場にいないカストルさんとポルックスさんの情報を見てみましょう」

 

 

 

 マーベラス / マーベル・S(スターライト)・ノーズ

 

 D・S(デスティニー・スターズ)の初期メンバーにしてリーダー。SAOサービス開始当初は高校二年生。

 SAO時代の通り名は守護者(ガーディアン)

 アメリカ人の父と日本人の母のハーフで、日本在住のアメリカ人。十歳の頃に父の仕事の都合で日本へとやって来た。カストル、ポルックスとは近所の付き合いで腐れ縁。

 中学時代はフェンシング部のエースであったが、利き腕の健を痛めてしまったことで挫折した過去を持つ。

 ポルックスからSAOの話を聞いて仮想世界に興味を持ち、カストルと共にナーヴギアとSAOのソフトを購入。正式サービス開始日にダイブした矢先、浮遊城の虜囚となる。

 心優しい穏やかな人物だが、全ての女性を平等に愛するプレイボーイでもある。

 

  外見:金髪、茶色の瞳、長身

  装備:細剣、軽量盾(カイト・シールド)、軽金属防具

  ライバル:リク、クライン

 

 

 

 カストル / 二見 智(ふたみ さとし)

 

 D・Sの初期メンバーにして財布係。ポルックスの双子の兄。SAOサービス開始当初は高校二年生。

 SAO時代の通り名は(ポルックスと合わせて)双璧。アイドル商人。

 最初はVRMMORPGに興味がなかったが、ポルックスの勧めでSAO(ベータテスト)にダイブして仮想世界の魅力に惹かれ、ナーヴギアとソフトを購入してダイブした。

 冷静な性格で、人を宥めたり落ち着かせるよう努める。

 怒ると怖い母、何かと理由をつけてプロレス技(関節技・絞め技のみ)で八つ当たりしてくる姉のせいで女性に苦手意識を持っている。

 反面、二次元の美少女が好きな二次元オタクでもある。

 

  外見:右横分けしたダークブラウンの髪、メガネ

  装備:片手混、重量盾(タワー・シールド)、重金属防具

  ライバル:エギル

 

 

 

 ポルックス / 二見 浩(ふたみ ひろし)

 

 D・Sの初期メンバー。カストルの双子の弟。SAOサービス開始当初は高校二年生。

 SAO時代の通り名は(カストルと合わせて)双璧。アイドル鍛冶師。

 元ベータテスターで、攻略の最前線に立っていた時にキリトとも面識があった。

 当時、生産型MMORPGをプレイしていた経験と好奇心で鍛冶スキルを習得。自分で作った武器で攻略する快感を知ったことから、正式サービス開始時も戦闘職と生産職の両立を考えていた。

 ベータテスト時代はスバル、シエルとパーティーを組んで行動していた時期がある。

 兄のカストルとは対象的に陽気な性格だが、同じギルドのメンバーによくツッコむことから、周囲からはツッコミ担当と認識されてしまっている。

 カストルと同様の理由で女性に苦手意識を持っており、同じように二次元の美少女が好きな二次元オタク。

 

  外見:ダークブラウンの髪を左横分けしている

  装備:片手直剣(幅広剣)、重量盾(タワー・シールド)、重金属防具

  ライバル:リズベット

 

 

 

シリカ「情報は以上です」

 

リズベット「いやー、こうして見てみると、投稿者はキャラクターをかなり作り込んでるわねー」

 

コハル「本編にはまだ書かれていない情報もありますし、カストルさんとポルックスさんの使用する武器については、読者の皆さんはこのコーナーで初めて知りましたからね」

 

マーベラス「ちなみに、最初期のメンバーは僕を含めて五人が盾持ちだったからね。だから防御による連携が持ち味だったんだ」

 

シリカ「そこからアタッカーやデバッファーも加わって、攻略組の中では最強クラスの小規模ギルドになったんですね」

 

リズベット「さらに容姿のいいプレイヤーが集まったから、アイドルギルドなんて呼ばれてるしね。しかもメンバーの半分以上が美少女だし」

 

マーベラス「誤解されがちだけど、それは成り行きだよ。狙ってたわけじゃないんだ」

 

コハル「まあ、カストルさんとポルックスさんはリアル女子が苦手ですからね。二人は反対してたんじゃないんですか?」

 

マーベラス「まあね。最初は迷ったけど、実力は申し分なかったし、他のギルドよりもD・Sを選んでくれたから。二人には苦労をかけさせたけど」

 

コハル(それ意外に、エトワールさんがギルドに入れるのを押したっていうのもありますけどね)

 

 

 

リズベット「えーっと、悪いんだけどさ、そろそろお別れの時間よ」

 

シリカ「えっ、でも今回はコーナー一つだけですよ?」

 

リズベット「いいたいことは分かるけど、特別コーナーをやるだけでかなりの文章を入力したみたいで、最後のコーナーをやるだけの余裕しかないみたい」

 

マーベラス「うーん、僕としてはまだ話を続けたいところだけどね……」

 

リズベット「悪いわね。いつものコーナーまでやってると、原稿用紙二十枚分の量を超えちゃうみたいで、こればかりは投稿者の意思だから」

 

コハル「それなら仕方ありませんね。でも、今日は楽しかったです」

 

マーベラス「そうだね。機会があれば、また呼んでほしい」

 

シリカ「はい。コハルさん、マーベラスさん、本日は来ていただいてありがとうございます」

 

リズベット「それじゃあ、このコーナーで締めよ!」

 

 

 

 IFXコソコソ噂話

 

シリカ「カストルさんとポルックスさんのお姉さんの得意なプロレス技は、アイアンクローだそうです」

 

コハル「えっと……どういう技ですか?」

 

リズベット「相手の顔つかんで、指先の握力で締め上げる技みたいよ」

 

マーベラス「二人から聞いた話によると、今まで受けたどの関節技や絞め技よりも痛かったらしい。一瞬、あの世が見えた気がしたとか……」

 

コハル「……いったい、どれだけの握力なんでしょうか?」

 

シリカ「想像するのも怖いです……」

 

リズベット「じゃ、じゃあお別れよ。最後は明るくいきましょ!」

 

シリカ「そ、そうですね。それでは皆さん」」

 

四人「「「「また、次回で‼」」」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 



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第一層 最初の攻略会議
ハッピー・バースデイ


「コハル、ここでいいのか?」

 

「うん、間違いないよ」

 

 台東区御徒町(だいとうくおかちまち)の裏通り。リクとコハルは煤けたような黒い木造の建物の前に立っていた。

 Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)。それが小さなドアの上にある、二つのサイコロを模った金属製の飾り看板に刻まれた店名。かつての仲間であるエギルの経営する店だ。

 

「リク、入ろう」

 

「いや、ちょっと待て。あれを見ろ」

 

 ウキウキした気分で店に入ろうとしたコハルをリクは引き止め、ドアに掛かっているオープンプレートに向けて指を差す。

 表示はclosed。つまり本日はやっていないということになる。

 

「大丈夫だって。ほら、早く」

 

「お、おい!」

 

 しかしコハルはそんなことお構いなしと言わんばかりに、ドアを開けて中へ入っていく。止めようとするリクの言葉など聞く耳を持たない。

 そんなコハルの行動に違和感を感じつつも、考える間もなくリクも続いて空いたままのドアから店内へと入った。

 中に入ったリクは、カラン、カラーン! とドアーベルを鳴らしつつ律儀にドアを閉め、周りを見渡した。

 店内は木造で、壁、四つのテーブル、カウンター席の革張りのスツール、目に見える全てが艶を放っている。手入れが行き届いている証拠だ。

 

「おう、お二人さん。よく来たな」

 

 懐かしい張りのあるバリトンにリクは反応した。

 声のした方に視線を向けると、カウンターの向こう側には店主と思わしき巨漢のチョコレート肌をした黒人男性がいた。

 

「エギルさん、こんにちは」

 

「すみません、休みなのに勝手に入ってしまって……」

 

 コハルが朗らかに挨拶するのとは対象的に、リクは休日に勝手に店に入ったことを謝罪するが、エギルの表情は怒るどころか笑みを浮かべている。

 

「構わんさ。むしろタイミングが良かった」

 

「え、どういうことです?」

 

 エギルの意味深な言葉に、リクが困惑した時だった。

 

 

 

 パーン‼ パーン‼ パーン‼

 

 

 

 カウンターからいきなり人影が出てきたと同時に、何かが弾ける音が不揃いに重なりつつも連続で店内に響いた。

 

 

 

「「「「「リク、誕生日おめでとう‼」」」」」

 

 

 

「……………………」

 

 突然の事態に、リクは目を丸くしながら呆然としてしまう。

 人影を見てみると、その正体は共に浮遊城で戦った仲間達だった。

 キリト、アスナ、リーファ、シノン、アルゴ、クライン、サチ、GV、シアン、Z、K、マーベラスを始めとするD・S初期メンバー六人。そうそうたる顔ぶれだ。

 

「みんな、ありがとう」

 

「ああ、大成功だな」

 

 コハルが感謝の意を述べると、キリトはサムズアップして返した。

 五月四日。この日は『みどりの日』と呼ばれる祝日と同時に、リクの誕生日でもある。

 SAOにいた時に誕生日を聞いていたコハルは、今回のサプライズを仲間達と共に計画していたのだ。

 

「にゃハハ、まさかエギルの店でオイラたちが待っているなんて思いもしなかったダロ?」

 

「……ああ、思わなかった……」

 

 アルゴは愉快に笑うが、リクは未だ呆然としていた。

 だが、今思えば納得だ。

 誕生日だというのに、コハルはその事に関して何も言ってこなかった。

 後でプレゼントを渡して、お祝いの言葉でも贈るのかと思っていたのだが、まさかここでサプライズを用意していたとは。

 

「けど、いつから企画してたんだ?」

 

「一週間前かな」

 

 リクの疑問に答えたのはアスナだった。

 話によると、コハルは誕生日に何を送ればいいか迷っていた時に、LINEでアスナに相談していたそうだ。

 なぜ真っ先に相談したのがアスナかというと、彼女はSAOでキリトと(システム上で)結婚していたため、愛する人にリアルでどんなプレゼントをしたほうがいいか分かるかもしれないと思ったからとのこと。

 アスナも少し悩んだそうだが、考えた末にあるアイデアが浮かんだ。

 それが、浮遊城で出会った仲間達との再開というサプライズであった。

 それ自体がみんなからリクへのプレゼントにもなるし、仲間達もリクに会える。互いに喜びあえるということで、リクに知られないよう密かにLINEで計画していたそうだ。

 二日後には帰還者学校で会える者達もいるが、初日はオリエンテーション等で忙しいため、再開を喜ぶどころではないだろう。

 何より、緑の勇者の誕生日という特別な日に再開した時の方が嬉しさは大きい。

 しかし残念ながら、全員というわけにはいかなかった。予定が入っていた仲間達はどうしても来られなかったため、後でLINEにお祝いの言葉を送ってくれるらしい。

 

「みんな、わざわざ俺のために……」

 

「あったりめーよ。みんな、おめぇのことが大好きなんだ。ダチの誕生日、祝いたくもなるだろ」

 

 友達なら当たり前とでも言いたげにニヤッと笑うクラインに、微笑む仲間達を見たリクは、感慨深くなって笑みを溢す。

 現実に帰ってきても、自分と仲間達の強い絆を感じた瞬間だった。

 

「それじゃお前ら、クラッカー片付けて、料理運ぶの手伝え」

 

 エギルがタイミングよく指示すると、みんな一斉にパーティーの準備を始めた。

 厨房から様々な料理が運び出され、テーブルに並べられていく。その光景を見ていたリクにコハルが「お店の名物は、スペアリブとベイクドビーンズだって」と耳打ちして教えてくれた。

 それからアスナら料理組がカウンターにガラスコップを置いていくと、キリトら掃除組がみんなに回していく。

 コップが全員に行き渡ると、エギルが冷やしておいたコーラの栓を開け始め、Zら何もしていない組がコップに注いでいった。

 ちなみにKはボトルとコップの距離を開け、カッコよく真上から注ごうとしたが、Zに止められた上に周囲から普通にやるよう咎められた。

 やがて、コーラが全員に行き渡ると――

 

「それではみなさん。リクの誕生日と、SAO攻略を祝って――かんぱーい‼」

 

「「「「「かんぱーい‼」」」」」

 

 コハルの音頭で、店にいる全員が大きく唱和したのだった。

 それからはみんな、取皿を持ってテーブルの料理を取り分けたり、グラスに飲み物を注いだりして食事を楽しんだ。

 みんながおしゃべりしながら食している中、キリトは本日の主役よりも食べていたのをリーファに突っ込まれたり、Kはスペアリブを取り分けたり食べたりする際に汁をこぼすのをエギルやアルゴに注意されたりと、なかなかに賑やかだった。

 

「ねえ、リク。思ったんだけど……」

 

「どうした?」

 

 みんなの様子を見ていたコハルは、この場にいる人々の大半が一つの共通点を持っていることに気がついた。

 

「パーティーに参加しているほとんどの人たちって、第一層のフロアボス戦に参加していたプレイヤーだよね?」

 

「……ああ‼ 言われてみれば」

 

 確かに、リクとコハル以外にも当時の参加者がここにいる。

 キリト、アスナ、エギル、Z、K、D・Sの初期メンバー六人。あと、エギルによると遅れてくるメンバーがおり、その中のジョーカーとクロウもその時のメンバーだ。

 

「えっ、そうなんですか?」

 

 そう声を挙げたのは、たまたま近くにいたリーファであった。隣にはシノンもいる。

 

「ああ。ジョーカーとクロウ、それからKは会議の前の親睦会で初めて顔を合わせて、アスナとエギルさんは攻略会議で出会ったんだ」

 

 リクは過去を懐かしむように説明した。

 彼らがいかに強いプレイヤーでも、最悪の可能性が起こるのがSAO。攻略のために危険なクエストに挑んだり、危うく命を落としかけたこともある。

 そんな中で第百層のボスを倒し、リアルに帰って仲間達と再開できたのは奇跡のようなものだ。

 

「確か、ディアベルが率先して動いていたのよね。でも攻略会議もボスを倒した後も、ギクシャクしていたって噂で聞いたけど……」

 

「……まあ、そのとおりだ」

 

 シノンはぎこちない表情で話すと、リクは重々しく答えた。コハルの表情も少し暗い。

 

「攻略のために一致団結するのが理想だけどな、簡単にはいかなかった。特に、攻略後はキリトが汚名を背負ったこともあるからな……」

 

 そこからリクは、リーファとシノンに話し始める。

 まず最初に話したのは、Zが集めたベータテスターとその仲間達を集めた親睦会と目的、そして最初の攻略会議で起きた諍いについてだった。

 

 

 




 リクの誕生日については『正式サービス開始』と『リクとコハルの決意』でちょっと伏線を張ったつもりですが、今になって思えば、まだまだ未熟でした。

 それを考えると、伏線を張り巡らす作品はすごいなと思わずにはいられません。

 皆さんにとって、伏線とその回収が印象に残っている作品はなんですか?


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Zの暗躍

11月30日 トールバーナ

 

 ポリ、ポリ、ポリ、ポリ。

 とある宿屋の一室。Zは相変わらず好物のあげせんを食べていた。

 時間が空いた時にはいつもそうしている。ベータテスト時代から彼を知るプレイヤーからは呆れられているが、本人は大して気にしない。

 宿屋以外にもコルを払って借りられる部屋があることを、ベータテスターであるため知っている。

 しかし、Zは他の最前線のプレイヤーと違い、これから先のことも考えた上で、SAO全体のために第一層を動き回っていた。

 多忙の末にトールバーナに戻ってきた時には、既にいい場所は他のプレイヤーが押さえており、仕方なくボロい宿屋の狭い部屋に止まっているのだ。

 だが問題ない。Zは大好物のあげせんさえあれば、大体のことは大丈夫なのだから。

 既に夕食を食べ終え、時間は午後十時五分前。

 今日の狩りやクエで手に入れたアイテムの整理、ステータス・スキルの確認も済ませている。

 精神的な疲労を回復するために早く寝るのもいいが、Zはまだ起きていなければならない。

 コン、コン。

 ドアをノックする音が聞こえた。この時間に会う約束をしていたお客がやって来たのだ。

 

「ディアベルだ」

 

 ドアの向こう側にいる人物が名乗った。

 Zはボロい椅子から立ち上がると、ドアに近づいて施錠(ロック)を解除する。

 ドアを三十度ぐらい開けると、Zの視界に爽やかな笑顔をした青髪の男が写った。

 

「待ってたぜ」

 

 笑みを浮かべたZは更にドアを開き、ディアベルを中へと誘う。

 部屋の真ん中に長方形のテーブルが置かれており、Zが長辺のあたりにある椅子に座ると、ディアベルは向かい側の席に腰掛けた。

 

「あげせんもあるから、どうぞ」

 

 テーブルの真ん中に置いてあった蓋の開いたメイソンジャーをZは手で示した。中に入っているのは、先程まで食べていたあげせんだ。

 

「ははっ、相変わらず好きだね」

 

 爽やかな青髪の男は、愉快に笑いながら中のあげせんを一つ摘み、口の中に入れて味わった。

 Zとディアベル。ベータテスターである二人が再開したのは、デスゲームが開始して数日のことであった。

 見つけたのはディアベルの方だが、最初Zは誰だか分からなかった。外見が違うだけでなく、当時と名前すら違っていたからだ

 向こうが見つけた理由はもちろん、あげせんを食べていたのを目撃したから。その際にフレンド登録もした。

 Zが話を聞いたところ、ディアベルは仲間達と話し合った結果、攻略を目指すことに決めたそうだ。

 キリトと比べて『はじまりの街』を出ていくのに数日は掛かったものの、ベータテスターとしての知識と仲間達との連携で最前線まで来ることができた。今では、一番早く迷宮区を駆け上がっている実力者である。

 そんなディアベルとZが、宿屋の一室で密談の約束をしていたのは、情報交換のためだ。

 

「早速で悪いんだけど、迷宮区の攻略はどれくらい進んでる?」

 

 Zが最初に切り出す。

 

「十八階まで来て、上の階に続く階段を発見した。この調子なら、あと数日でボス部屋の最上階に辿り着けそうだ」

 

「なるほど」

 

 第一層の迷宮区は全二十階であり、既に九十パーセント近くがマッピングされたことになる。Zから見れば、早いペースだ。

 

「それで、仲間集めはどうだったんだい?」

 

 今度はディアベルが訪ねてきたが、Zは難しい顔をする。

 

「うーん、悪いけど十人ぐらいだな」

 

 その答えにディアベルは「そうか」と残念そうに返した。

 Zが第一層を駆け回っていた理由の一つは、知り合いのプレイヤーと再開してフレンド登録をすることだった。

 最初はベータテスターを中心に当たったが、当時と姿が変わっているせいで見つけるのは簡単ではなかった。

 あげせんのおかげでZだと分かっても、デスゲーム化の影響で協力を拒んだプレイヤーは多い。

 自分や仲間のことを優先してベータテスト時代の知識を独占する者もいれば、ただ単に死に怯えて『はじまりの街』に籠もっている者もいた。

 最悪の場合、プレイヤーが既に死亡していることもあった。かつてHPが0となったプレイヤーが蘇生していた場所――黒鉄宮(こくてっきゅう)には一万人全てのプレイヤーの名前が記された石碑が置かれており、今では既に二千人以上の名前に、その人がもう存在しないことを意味する横線が刻まれている。

 かつて攻略の最前線に立っていた何十人ものベータテスター達も、その中に入っているのだ。さらにアルゴの推計によると、そうでない中層プレイヤーも含めれば、その数は三百人近くにも登るらしい。

 

「ボス戦の攻略に応じてくれたベータテスターは、ジョーカー、ヒロ、クロム、ポルックスにスバル、そしてキリトの六人だ」

 

「うん、実力としては申し分ないね」

 

 指を折り曲げながら、かつてボス戦で活躍したベータテスターの名前を挙げたZに、ディアベルは頷いて返した。

 

「それから、ポルックスとスバルはリアルでも交流のある仲間が、それぞれ二人いる。ジョーカーの仲間からも一人、後は俺がよく知るプレイヤーが一人参加する。これで十二人だ」

 

「その人たちは、大丈夫なのかい?」

 

「一昨日、ステータスを訪ねたけど、ちょっとレベルは低いかな。ただ、あれからレベリングを続けてれば安全マージンは取れる。それに、ここまで来たなら実力はあるはずだ。おれのカンがそう言ってる」

 

 ベータテスターでないプレイヤー――ビギナーの適正を心配ながら訪ねたディアベルだったが、Zがそう言うなら問題ない気がした。

 だが、それでも気を引き締めて行かなければならない。参加者を誰も死なせないためにも。

「それじゃあ、この辺で――」

「待ってくれ、ディアベルさん。一つ確認したいんだけど……」

 椅子から立ち上がろうとしたディアベルだったが、Zに止められた。

 互いに情報は教えたはず。一体、他に何があるのか?

 

 

 

「アンタ、LA(ラストアタック)狙ってるだろ?」

 

 

 

「……どうして、そう思うんだい?」

 

 ディアベルは質問を質問で返す。

 LAとは、その名の通り敵に止めを刺すことだ。

 それには大きな意味がある。最後の一撃をあたえて敵を倒したプレイヤーは、経験値・スキル熟練度が他のプレイヤーよりも多く配分されるのだ。

 だが、ボスの場合はそれだけではない。LAに成功したプレイヤーは、貴重なレアアイテムを確実に獲得することができるのだ。

 

「アンタのパーティーは、最前線にいるプレイヤーの中で一番攻略を進めているし、時間さえあれば、フロアボス戦に参加するプレイヤーを募っている。つまり、リーダーとなって攻略を指揮するつもりでいるってことだ。だとしたら、指揮官として死ぬわけにはいかない。ドロップアイテムを手に入れて自身を強化し、自分・仲間共に生存率を上げようって思うはずだ」

 

「…………ははっ、まいったね。その通りだよ」

 

 ディアベルは観念した。Zは思ったより知恵の回る男だったようだ。

 

「まあ、安心しろ。俺はLAを取りに行く気はないよ。ベータテストの時から、アンタの指揮を評価している奴は多い。だから、攻略の中心になってほしい」

 

「Z……」

 

 そこまで期待しているのなら、責任は重大だ。ディアベルは太腿に乗せていた両手を無意識に力ませる。

 

「あと、キリト以外のボス戦に参加するテスター達にも聞いたけど、みんなLAは取らないってさ」

 

「じゃあ、彼は取りに行くつもりなのか……」

 

 内心、ディアベルは慌てた。

 かつて共にボス戦に参加したプレイヤー達は、同じ敵を倒す仲間であると同時に、LAを狙うライバルでもあった。

 特に、ほとんどをZとキリトに持っていかれたのだ。

 

「いや、この話が終わった後に、キリトの意思を確認しにいく。もし狙っているつもりなら説得する。ダメならデュエルを仕掛けてでも止める。俺が勝てば、向こうもさすがに従うさ」

 

「……強引だね」

 

「不安要素は取り除いておきたいからな」

 

 SAOに囚われた全プレイヤーのためとはいえ、ディアベルは少し引き気味になってしまった。

 だが、今日の朝も揉め事をデュエルで解決したプレイヤー達を目撃した上に、そんな彼らを攻略会議に誘ったのだ。今更だろう。

 

「じゃあ、話はこれで終わりだ。迷宮区の攻略、がんばれよ」

 

「そっちも、キリトのことは任せたよ」

 

 こうして、二人の密談は終わった。

 ディアベルが部屋から去った後、Zはウインドウを開いてメッセを飛ばす。

 相手から返信が来ると、確認してから宿を出たのだった。

 

 

 




 Zこと迅悠一、原作でも暗躍して組織に貢献していた彼ですが、ようやくアイメモでも描写できました。
 今後も上手く書けたらと思います。

 あと、名前が出てきた他のパロキャラもそう遠くないうちに登場します。お楽しみに。


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初めての恋

「……はあ」

 

 時を同じくして、道端のベンチでリクはため息をついていた。

 時刻は既に十時を回っており、コハルには「ちょっと外の空気吸ってくる」と伝えてある。

 リクは一人になりたかった。今日の自分の態度を反省するために。

 これからの話の後は少し早めの昼食を取り、マーベラスも先程の非礼を侘びたいという意思もあって、共に迷宮区でのレベリングをポルックスの提案ですることになった。

 即席でパーティーを組んだとはいえ、連携は中々のものだった。

 マーベラスはmob相手でも迅速かつ的確な防御で仲間を守ったため、おかげでほぼダメージを受けることなく帰還。五人はレベルを上げることができた。

 盾で敵の攻撃を防いでいた時のマーベラスの横顔は、仲間を守ろうと真剣だった。結局のところ、あの金髪の紳士はイイ人なのだ。

 

(……情けないな、俺)

 

 冷静に話し合えば理解し合えるのに、角を立たせたせいで面倒な事になってしまった。リクは自分の未熟さが恥ずかしくなって頭を抱えてしまう。

 

「よう、リク坊」

 

「うわっ‼」

 

 気づけば、リクの隣にはいつの間にか小柄な少女が座っている。

 

「アルゴか。脅かさないでくれよ」

 

「別に驚かせるつもりはなかったゾ」

 

 少女は悪びれる様子も無くにゃハハ、と笑う。

 リクが情報屋のアルゴと再開したのは、ホルンカの村にたどり着いて次の日の朝で、丁度アニール・ブレード獲得クエの続きをしようと思っていた矢先に出会ったのだ。

 その時には、初めて出会った際には無かった三本ヒゲのペインティングが顔になされていた。

 その理由を尋ねると、笑みを浮かべてこう言った。「その情報は十万コルだナ」と。

 ここから先の情報は挨拶がてらタダで教えてくれたことなのだが、アルゴはベータテスト時代から情報屋をやっており、正確な情報を提供する代わりに高い金を取るそうだ。

 更にタダで教えてくれたのだが、アルゴは一人でも多くのプレイヤーが生き延びられるよう、雑貨屋に攻略本を無料で置いているとのこと。

 再開した時は、タダでコルを稼げるクエストの情報を教えてくれた礼として、シアンが作ってくれた指輪をプレゼントした。それは今、アルゴの右中指に収まっている。

 ちなみに、リク坊とはアルゴがつけたあだ名であり、コハルの場合はコハっちだ。

 

「それデ、何か悩み事でもあるのカ?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

「もしかして、今日の朝にデュエルしたことと関係あるのカ?」

 

「なっ――‼」

 

 リクは目を見開いて驚く。

 

「図星だナ。何で知ってるんだ、って顔してるケド、もうこの街じゃ噂になってるゾ」

 

「…………」

 

 事件が既に知れ渡っていることにげんなりしてしまう。あの時、冷静になれなかった自分が恨めしい。

 

「で、どうなんダ?」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 リクは事の顛末をアルゴに話し始める。

 昨日の夕方にトールバーナへ向かう途中で他のプレイヤーの死に直面し、コハルはショックを受けた。

 今日はコハルを元気づけるために限定ジュースを買ったのだが、離れている間に他の男――マーベラスと会話しているのを目撃した時、とにかくこの男からコハルを引き離そうという気持ちが湧き上がってきたのだ。

 だが正論を述べた上でコハルの手を引っ張っても、マーベラスは掴み返した。

 更には「女の子の手を無理やり引っ張るなんて、紳士のすることじゃないよ」などと言われ、それがカンに触った。まるで自分がコハルを大切にしていないみたいだったから。

 挙句の果てにデュエルという流れになり、勝利こそしたものの、向こうの思い違いだったことが判明した。

 

「それからはお茶することにして、あいつの仲間も交えていろいろ話をした。その後は一緒に狩りもして、思ったんだよ。マーベラスはイイ奴なんだってな」

 

「つまり、自分の行いを恥じてるってことカ」

 

「ああ……まあ、な……」

 

 アルゴに悩みを言い当てられてしまった。更に『鼠』の異名を持つ情報屋は、「にひひ」と意味深に笑う。

 

「リク坊、オマエがマーベラスに突っかかった理由は、たぶん嫉妬ダ」

 

「…………は?」

 

 リクは理解できない。一体、何に嫉妬しているというのだ? リクはルックスのいい方だが、それよりも容姿の整ったイケメンは過去にも見かけた。

 周りの同級生は、そんなイケメンと自分を比べて嘆いていた人もいたが、少なくともリクは自分よりもカッコイイという理由で嫉妬した覚えはない。

 自分は自分、他人は他人だし、外見よりも内面が重要だという考えなのだ。最も、まだ恵まれているが故の考えかもしれないが。

 だとしたら実力だろうか? だが、マーベラスの防御の凄さはデュエルして初めて分かったのだ。

 テニスプレイヤーだった頃は、実力をつけるにつれて相手を見て力量を感じることはできるようになったものの、SAOでは今の自分にまだそれができるとは思えない。

 いかにも何も分かってなさそうなリクに、アルゴは説明する。

 

「いいカ。オマエが少し離れている間に、自分よりもカッコイイ男がコハっちに話しかけてきタ。他の男に取られるんじゃないかという不安を感じたから、引き離そうと思ったんダ」

 

「……どういう事だ?」

 

「はあ、まだ分からないのカ」

 

 あまりにも鈍感なリクに、アルゴはため息をついて呆れてしまう。

 

 

 

「たぶんリク坊は、コハっちに恋をしているんダ」

 

 

 

「…………え?」

 

 恋。思わぬ単語が出てきたことで、リクはつい間抜けな声を出してしまう。

 

「なあ、アルゴ。恋って、あれだよな? 特定の異性のことが好きになるっていう……」

 

「それ以外に何があるんダ? 言っておくケド、こんなんで情報量取ったりしないからナ」

 

「…………」

 

 アルゴに指摘されても、リクにはいまいち実感が湧かなかった。

 過去にも女の子に告白されたことは何度かあった。だが、『君に俺は似合わない。もっと相応しい男はいるはずだ』と、相手を傷つけない最もらしい理由をつけて断っていた。

 昔のリクは、双子の姉と共にプロテニスプレイヤーになることばかり考えていた。

 女の子とデートして、二人きりの時間を楽しむというイメージができなかったのだ。

 俺は好いてくれる女の子を笑顔にすることはできない。そう思ったから、異性との付き合いを避けてきたのだ。

 

「マア、あくまでオレっちの予想だからナ。だからリク坊にとって、コハっちがどういう存在なのかを考えてミロ」

 

 そう言ってベンチから立ち上がったアルゴは、「じゃあナ」と別れを告げて去っていった。

 情報屋の後ろ姿がある程度小さくなると、リクはベンチの背に体重を預けて夜空を見上げる。

 

(……恋、か……)

 

 アルゴから言われ、リクは自分にとってコハルは何なのか、と考え始めた。

 初めて出会ったのは、ベータテストの最終日。狩猟の森でレアアイテムがあった場所を探していた時、安全地帯で休憩中に声をかけられたのだ。戦い方を教えてほしいと。

 必死の頼みを了解したリクは、レクチャーを開始。初めて蒼イノシシを倒した時のコハルの笑顔は、今も忘れていない。

 それからコハルに、気恥ずかしながらも友達になってほしいと頼まれ、リクはそれを受け入れた。

 ベータテスト終了の別れ際には再開を約束し、一ヶ月の間は時々コハルのことを思い出し、考えていた。再開したその時はどうしようか? 『はじまりの街』を見て回ろうか? それとも一緒に狩りをしようか? 楽しみでならない。

 それから正式サービス開始日に再開した。だが、その日の夕方に茅場晶彦からのデスゲーム開始を宣言され、全てのプレイヤーが絶望のどん底に叩き落とされる。

 再開したキリトに一緒に行こうと誘われるも、その時のコハルはまだ行動を起こすことができず、放っておけなかったから街に残ることにした。

 結局、キリトは一人で次の村に向かい、友達になったクラインも仲間を探しに行き、コハルはとうとう床に膝を着いてしまう。そんな彼女のためにできたのは、気の済むまで自分の胸の中で泣かせることだけだった。

 その後、二人はまず自分達のできることから始めた。その過程で友達もでき、一週間後にはコハルから言い出したのだ。「ねえ、キリトさんを追いかけない?」と。

 だから『はじまりの街』を出ていく決心をした。フィールドに出ても、コハルを死なせまいと努めていた。

 初めて出会ってから別れ、再開を楽しみにしていた。

 SAOがデスゲーム化した際、コハルのために『はじまりの街』に残った。

 モンスターと戦う時、コハルを守ることを考えていた。

 コハルがマーベラスと話していた時、引き離そうと思った。

 また会いたい、放っておけない、守りたい、奪われたくない。

 

(もしかして、その思いは……恋、なのか?)

 

 その夜、リクは自分の中にある、コハルへの恋心を自覚したのだった。

 

 

 




 タイトル通り、いよいよリクの恋が始まります。
 恋の描写はまだ自身がありませんが、頑張って書こうと思います。


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Zとキリト

「とりあえず、あげせん食う?」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 Zがオブジェクト化したあげせん入りのメイソンジャーを机の真ん中に置くと、キリトは蓋を開けて食べ始めた。

 現在、ZとキリトはK・O農家の二階の部屋で、向かい合う形で座っている。

 ベータテスターである二人が再開できたのは、あげせんのおかげ、ではない。

 SAO正式サービス開始日、Zはリアルでも知り合っているゲーム仲間と集まる約束をしており、出会えた一部の仲間達と共にフィールドでレベリングをしていた。

 しかし午後五時、鐘の音がなってすぐに強制テレポートが発動し、全てのプレイヤーが中央広場に集められ、それからすぐに真紅のフードを被った人物――茅場晶彦が出現、SAOがデスゲームとなった事を伝えられた。

 更にはプレイヤーのアバターをリアルと同じ姿にされ、全ての説明が終わると、怒号や絶叫などが飛び交う中、Zは冷静に考えた。

 恐らく、外部からの助けは来ない。天才である茅場は、この日のために念入りに準備を重ねてきたはず。安々と警察にしっぽを握らせはしないだろう。

 ならば、真っ向から攻略するしかない。そのために、優秀なプレイヤーの協力が必要不可欠なのは言うまでもない。

 故に、まずはベータテスト時代に攻略の最前線に立っていたプレイヤーと情報交換できるよう、フレンド登録するべきだと思った。

 Zはさらに考えた結果、いずれ《はじまりの街》のフィールドはmobを狩りつくされてすぐに枯渇するため、それを分かっているベータテスターは、早く次の村を拠点にすると結論づけた。

 だから仲間達には自身の考えを伝え、さらにショックで投身自殺を図るプレイヤーが現れることを説明。悪いと思いつつも、自殺の防止とパニックの収拾を任せ、一人で『ホルンカの村』へ向かったのだ。

 村に着いた後はアニール・ブレード獲得のクエストを受け、達成に必要なアイテムが手に入るフィールドの先でキリトと再開。途中、ハプニングはあったものの無事にフレンド登録をすることができた。

 その後も次の日の朝まで村に留まって他のベータテスターにも協力を頼んだが、全員に断られてしまった。

 仲間達のことも気がかりな上に、これ以上は無駄だと自身の勘が告げていたため、仕方なく『はじまりの街』に戻ることにした。しかし、それでもキリトと登録できたことは大きいとZは思っている。

 

「……で、話っていうのは?」

 

 キリトは本題に入る。

 やることを終えて早めに寝ようかと思った矢先、Zからメッセが来たのだ。『悪い。お前と会って大事な話がしたいけど、いいか?』と。

 Zのことだから、重要な事なのだろう。そう思ってOKを出し、居場所も教えたのだ。

 

「キリト、単刀直入に聞くけど、お前はこの層のフロアボス戦で、LA取るつもりはあるか?」

 

 何気ない感じで訪ねたZだったが、キリトはそんなことかよ、とでも言いたげに「はあ」とため息をついた。

 

「ないよ。そんなことしたら、目の敵にされるだろ」

 

 予想した答えにZは「そうか」と返した。

 他のMMORPGでも、数少ないレアアイテムを持っているというだけで嫉妬され、場合によってはPKまで仕掛けられるというケースをZは知っている。

 特に、本物の命が掛かっているSAOでは、余計な恨みを買うリスクはなるべく避けなければならない。最前線のプレイヤー達との間に亀裂が走れば、攻略に悪影響が出てしまう。

 最悪の場合には、非人道的な行為に走る者も……

 

「……Z、お前まさか……」

 

「いやいや、俺もキリトと同じだよ。確認のために聞いただけだ」

 

 訝しむキリトに、Zは慌てることなく答えた。どうやら誤解を招いてしまったようだ。

 とはいえ、流石にディアベルにLAを譲ってくれとは言えない。彼にそれを個人的に許しているのは、人を率いていくカリスマ性があるからだ。

 優れた統率者がLAボーナスを取れば、わだかまりも最小限で済むだろうとZは考えている。

 

「まさか、そのためだけに俺のところに来たのか?」

 

 キリトは疑惑と不満が入り混じったような複雑な表情を浮かべて尋ねる。

 

「いや、もう一つだけある。キリト、俺から提案があるんだが……」

 

 Zは飄々とした態度を崩さずに話す。

 キリトのところに来たのは、何もディアベルの目的のためだけではないのだ。

 そんなZの提案とは……

 

 

 

「親睦会、開かないか?」

 

 

 

「……は?」

 

 キリトは素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

「何でそんなことをする必要があるんだ? 大体、誰とやるっていうんだ?」

 

 キリトの疑問は最もだ。

 近いうちに第一層のフロアボス攻略が行われるかもしれないという時に、何を呑気なことを言っているのか?

 

「俺さ、第一層を動き回って、フロアボス戦に参加してくれる元ベータテスターを探してたんだ。五人が応じてくれて、更にその仲間達五人と俺の知り合い一人、そして俺とお前を加えて、再開を祝う親睦会を明日の夜にこっそりするのさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なるほどな」

 

 最初は頭の中が能天気なのかと思ったキリトだったが、Zが真顔で最後に話した部分を聞いて納得し、真剣な面持ちになる。

 キリトも近い内に攻略会議が開かれることは既に情報屋から聞いていたが、滞りなくいくとは思っていない。

 元ベータテスター達の存在がその原因となる。Zとキリトはそれを懸念しているのだ。

 

「けど、場所はどうするんだ?」

 

 キリトの言う通り、十人以上のプレイヤーが集まるには、それなりに広い場所が必要になる。Zが泊まっている二十五平米の安い宿では狭苦しい。

 レストランや酒場なら十分なスペースがあるものの、他のプレイヤーも出入りするため、話を聞かれると面倒事になってしまう。

 

「それなら心配ない。たった今、見つけた」

 

「……おい、まさか」

 

 キリトは嫌な予感がした。そんな彼の気持ちなどお構いなしに、Zは右人差し指を下に向ける。

 

「ここだ」

 

「…………はあ」

 やっぱり、と言いたげにキリトは再びため息をついた。

 確かに、今キリトが借りている牧場の母屋の二階は二十畳ほどの広さがあり、十人近くの人数を入れることができる。

 しかもコルを払って借りている部屋であるため、内側から鍵を掛ければ部外者が入ってくることはない。さらに(『聞き耳』スキルという例外はあるが)外から盗み聞きをされる心配もない。

 

「わかったよ。この部屋を貸してやるよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 図々しく思ったキリトだったが、最終的には承諾した。

 ベータテスト時代にも、こうしてZに乗せられた事が何度もあった。

 人付き合いの苦手なキリトは、そういうところはZに一生勝てる気がしない気がした。

 

「それじゃ、時間は十時でいいか?」

 

「ああ、構わないぜ」

 

「よし、そうと決まれば人数分のあげせんを買わないとな」

 

「買うのは勝手だけど、俺は一コルも出さないからな」

 

「つれないなあ」

 

「場所は提供しただろ」

 

「それもそうだな。あ、そうだ、飲み物は――」

 

「飲み放題のミルクがある」

 

「なるほど。それ以外にも食べたいもの・飲みたいものがあるなら『各自持参』って伝えておくか」

 

「Z、一番の目的は攻略会議に関しての懸念材料を話すことだろ」

 

「そりゃそうだけどさ、せっかくみんなで集まるんだ。暗い話だけじゃつまらないだろ? それに一人女の子も参加するから、アタックしてみたらどうだ?」

 

「合コンかっ! お前、SAOがこんな状況だっていうのに余裕だな」

 

「こういう状況だから、時には楽しみを探すのもいいだろ。せっかくだし、この浮遊城で運命の出会いでも探したらどうだ?」

 

「あのな、MMORPGの男女比なんて圧倒的に男が多いだろ。そんな都合よく見つかるわけ――」

 

「少なくとも、キリトは見つかるな。おれのカンがそう言ってる」

 

「またそれかよ!」

 

 キリトはZに会話の主導権を握られつつ、そんな愉快な会話を三十分も近くも続けたのだった。

 なにはともあれ、再開を祝う親睦会の日時は決まった。

 誰しもが浮遊城の未来に不安を抱いているが、それでも最前線のプレイヤー達は戦う。

 希望を勝ち取るために。

 

 

 




 今度はZとキリトの密会です。後半のセリフだけのやり取りは書いていて楽しかったです。

 さて、キリトがリクとコハルに再開するまでもうすぐです。お楽しみに。


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親睦会への招待

 2022年 12月1日 トールバーナ

 

「このピザ、なかなか旨いな」

 

「生地がもっちりしていますね」

 

「だろ? チーズの味も悪くないしな」

 

 リクとコハルが感激すると、今いるレストランを勧めたポルックスは、気持ちを分かち合えた気分になる。

 時刻は正午。現在、リクとコハルは昼食中。マーベラス達も数日前に食べたピザを再び味わっている。

 午前は迷宮区で狩りをしていて、マーベラス達とは昨日から引き続きパーティーを組んでいた。その理由は、迷宮区のmobとの戦い方をコハルが知らないからだ。

 昨日もコハルにとって未知のモンスターと戦ったため、その点では同じである。だからリクは安全のために、また周辺で狩ろうという案を出した。

 だが双子の兄弟は、周辺の効率のいい狩場は既に他のプレイヤーに押さえられているので、経験値・武器スキルの熟練度を上げるなら、迷宮区に行かないと効率が悪いと主張したのだ。

 理解しつつも躊躇うリクだったが、マーベラスの「大丈夫だよ。誰も死なせはしないから」と真っ直ぐな瞳で言われ、コハルと共に了解したのだ。

 敵は五階までは周辺のmobと同じだったものの、それより上からは、第一層の迷宮区でのみ出現するモンスターだ。

 リクとポルックスはベータテスターで、マーベラスとカストルは既に戦っているため対応できるが、コハルにとっては初めて戦う敵なので、そこがリクにとっての不安要素であった。

 だが事前のアドバイスとマーベラス達の防御による連携が良かったことを除いても、コハルは上手く敵の攻撃に対応し、倒してみせたのだ。

 かつてソードスキルを空振りし、尻もちをつくほどのド素人っぷりが嘘みたいに。

 

「それにしても、これほどの味を再現するなんて、本当にすごいよ。もしかしたら僕達は、未知なる体験しているのかもしれない」

 

「いや、マーベラス。ナーヴギアを被って仮想世界に来た時点で、既に体験している」

 

「あ、ああ……そうだったね。ははは……」

 

 最先端のテクノロジーに感動しているマーベラスだったが、カストルにやんわりとツッコまれて苦笑いしてしまい、他の三人もつい笑ってしまう。

 そんな中、ふとリクはコハルを横目で見る。微笑んでいるその横顔は可愛くて、愛おしくなってしまう。

 昨日の夜、アルゴの一言を聞いてからリクはコハルを異性として意識し始めた。ただ、コハルの方はどう思っているのだろうか? 少なくとも、嫌われてはいないはず。

 コハルとの関係が今後どうなっていくのかは分からないが、今のリクには一つだけ確かな思いがある。

 命を懸けて、コハルを守る。シンプルだが、そんな強い意思だ。

 

「おっと、メッセが来たな」

 

 受信の知らせに、ポルックスが反応した。メニュー・ウインドウを出すと、慣れた手付きでメッセージ・ウインドウに切り替え、送り主を確認する。

 

「相手は……Zか」

 

 知っている名前にリクとコハルは反応した。

 

「えっ、ポルックスさん、Zさんと知り合いなんですか?」

 

 訪ねたのはコハルだ。

 

「ああ、前からの知り合いだ」

 

 ポルックスの言う前とは、ベータテスト時代のことだとリクとコハルはすぐに察した。

 昨日の狩りの休憩中、ポルックスはリクに訪ねたのだ。お前はもしかして、ベータテスターだったのか、と。

 恐らく、mobに上手く対応しているところを見て気づいたのだろう。誤魔化しても無駄だと悟ったリクが正直に打ち明けると、向こうも「俺も同じだ」と正直に話してくれた。その時にコハルもそうだと伝えた。ド素人だったことも含めて。

 現状では、元ベータテスターであることを軽々しく話せない。きっとポルックスは、その事実を黙っていなければならない苦しみを、他のテスターと分かち合いたかったのだろうと、リクは思っている。

 メッセを読み始めたポルックスは最初こそ困惑した反応を見せたものの、段々と真剣な表情になり、やがてウインドウを閉じた。

 

「ポルックス、メッセには何て?」

 

 カストルが尋ねると、陽気なポルックスにしては珍しく冷静に答える。

 

「悪い、ここじゃ話せない内容だからな。メシ食ったら、オレたちの泊まっている部屋で話す」

 

 

 

 昼食後、リク達はマーベラス達の泊まっている部屋へと移動した。

 場所は雑貨屋の二階で、移動には五分も掛からなかった。中は三人分のベットがあってバスルーム付き。特別広くはないものの、今リクとコハルが泊まっているボロい宿屋より狭くはない。

 

「それでポルックス、メッセの内容は何だったんだ?」

 

 カストルは改めて尋ねる。

 わざわざ場所を自分達の部屋に変えたということは、他のプレイヤーに聞かれたらマズいというのは誰もが察していた。

 故に緊張していたのだが、最初にポルックスから出た一言は以外なものであった。

 

「親睦会やろう、ってさ」

 

「「「「…………は?」」」」

 

 四人は拍子抜けしてしまう。

 

「ま、そうなるよな。とりあえず、メッセを見てくれ」

 

 反応を予想していたかの口ぶりで、ポルックスは再びウインドウを出現させてメッセージ・ウインドウにすると、右端のボタンで可視化。窓の上下を両手の人差し指でタッチし、くるりとひっくり返して画面が四人に見えるようにする。

 

 

 

 このメッセは一部の元ベータテスターに送っている。できれば、信頼のおける人物以外には他言無用で頼む。

 近いうちに第一層のフロアボス戦の攻略会議が開かれる。おれのカンがそう言ってる。

 なので、せっかくだから今日、元ベータテスター達を集めて親睦会を開くことにした。大事な話もあるから、信頼する仲間と共にぜひとも来てほしい。

 場所はトールバーナの東にあるK・O農家の二階。時間は午後十時。

 牛乳は飲み放題。あげせんもたくさん用意しておく。それ以外にも食べたいもの・飲みたいものがあるなら各自持参してくれ。

 

 

 

「簡単に言えば、元ベータテスターとその仲間達だけで親睦会をやるってことですよね?」

 

「それにしても、ずいぶん限定的だな」

 

 先ほどまでの反応とは打って変わって、コハルとリクは真剣な面持ちになる。

 

「ま、メッセには『このメッセは一部の元ベータテスターに送っている』って書いてあったからな。それに、心あたりがないわけじゃない。三日前に偶然、Zに会って聞かれたんだよ。『お前達は、フロアボス戦に参加するのか?』ってな。オレ達はイエスって答えた」

 

 ポルックスがそこまで説明すると、マーベラスはある推測に行き着いた。

 

「それじゃあZは、元ベータテスター達にフロアボス戦に参加するかどうかの意思を訪ねて、希望したプレイヤーにのみメッセを送ってきたってことかな?」

 

「多分な。ただ、憶測でさらに条件を加えると、ベータテスト時代に攻略の最前線に立っていたヤツらだな」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「簡単な話、リクとコハルには、Zからオレと同じメッセは送られて来なかっただろ」

 

「ああ、そうか」

 

 ポルックスの受け取ったメッセが対象となった元ベータテスターに送られたのなら、過去に最前線にいなかったリクとコハルに送られなかったのも頷ける。リクの疑問は解消された。

 

「……で、カストル、マーベラス、どうする?」

 

「大事な話があるなら、参加するべきだと思う」

 

「そうだね。他のベータテスターにも興味があるし」

 

 ポルックスは双子の兄と腐れ縁の金髪紳士に問うが、二人が参加の意思を表明したので「じゃ、決まりだな」と返した。

 

「えっと……」

 

「私たちは……」

 

「せっかくだから二人も来ればいいんじゃないかな? リクもコハルも、僕にとっては信頼できる仲間だし」

 

 メッセが来なかったこともあって、リクとコハルは遠慮しがちになっているが、マーベラスは参加を勧める。

 

「それに、最前線にいる元ベータテスターが来るなら、キリトに会えるかもしれないよ」

 

「「――――‼」」

 

 探している友達の名前が出てきたことで、リクとコハルは反応する。

 二人が参加しない理由はなくなった。

 

 

 

 夜、リク達は親睦会が開かれるK・O農家へと向かう。

 トールバーナの東は牧草地であり、道行く先で何度もNPCの農民や牛を見かけた。

 だが、今のところはプレイヤーを見かけない。そのことについてコハルがポルックスに尋ねると、「この辺りはいいアイテムがもらえるクエが少ないからな」と答えた。

 もしかするとZの大事な話というのは、『信頼のおける人物以外には他言無用で頼む』とメッセに書かれていたことからして、他のプレイヤーに聞かれてはいけない内容なのかもしれない。それなら、人通りの少ない場所を指定するのも頷ける。

 リクがそんな推測をしているうちに、一同は目的地へと到着した。

 現在の時刻は九時五十分。集合時間より十分早い。

 目の前の建物の二階に、初日に別れた友達がいるかもしれない。リクとコハルはそう思うと、居ても立っても居られない気分なのだ。

 

「それじゃ、入るか」

 

 リクが先頭に立ち、一同は農家の母屋へと入っていった。

 

 

 

 




 トールバーナは多分、オランダがモデルになっているのではないかと僕は思います。
 なので、ちょっとググって見て、料理を軽く調べてみました。

 あと、Zこと迅悠一の一人称ですが、俺ではなくて『おれ』だったというミスをしてしまったので、この話から修正します。あと、勘も『カン』にします。

 ワートリファンの皆さん、申し訳ございませんでした。


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集結、元ベータテスター

「…………はあ」

 

 椅子の背もたれに背中を預けていたキリトはため息をついた。

 攻略会議に参加するテスター達にその日に起こりうる事態を伝えるため、Zの提案した親睦会をこの部屋で開くことになった。

 だが今更ながら、承諾したことを後悔しているのだ。

 SAOがデスゲームと化したあの日、キリトは『はじまりの街』を一人で出ていく決断をしたのだ。

 その時点で、自分が生き延びることを優先した。サービス初日に親しくなったリクとコハル、クラインを切り捨てたも同然だと思っている。

 ベータテスト時代にクエストやボス戦をクリアして喜びを分かち合った仲間達に対しても、それは同じ。どんな顔をして彼らと会えばいいのか分からない。

 

 キリト、みんな生きていくのに必死なんだ。あまり思い詰めるなよ。

 

 二日前に再開したスバルの言葉が頭の中で再生される。

 聞いた当初は少しだけ気持ちが和らいだものの、スバルは実の姉と幼馴染守っている。自分とは違う。

 

 コン、コン。

 

 自虐的になっていると、ドアをノックする音が聞こえた。どうやら、Zに招待されたプレイヤーがやってきたようだ。もう腹を括るしかない。

 

「カギは開いてる。入ってこい」

 

 キリトが入室を促すと、ドアが開く。

 

「失礼します」

 

「別にかしこまらなくても――っ!」

 

「「…………あ」」

 

 部屋に入ってきたプレイヤーを見て、キリトは固まってしまう。入ってきた男女二人も唖然としている。

 なぜなら、お互いに知っている顔だったからだ。

 

「失礼するよ……うん?」

 

 後からマーベラス達も入ってくるが、キリトとリク・コハルの顔を交互に見て微妙な空気を察した。三人とも呆然とした表情ではあるが、内心では戸惑っている。

 

「リク、コハル……」

 

 少しの静寂の後、ようやくキリトの口から、切り捨てたはずの友達の名前が弱々しく溢れる。

 いかにも困惑した表情を読み取ったリクは微笑み、元気よく一ヶ月ぶりに再開した友の名を呼ぶ。

 

「久しぶりだな、キリト。一番乗りはお前か」

 

「あ、いや――」

 

「お前、キリトなのか⁉」

 

 あやふやになっていると、ポルックスが驚いた声で尋ねる。

 

「ああ、確かに俺はキリトだけど、お前は誰だ?」

 

「ポルックスだ。ベータテスト時代にクエ手伝ってくれたり、ボス戦で協力しあったりしただろ」

 

 そう言われてキリトは少し考える仕草をする。やがて、思い出したように「ああ!」と目を見開いた。

 

「お前なのか! 昔は細マッチョなアバターだったのに、面影ないな」

 

「みんな同じだっての。今のお前だって、キリッとしたイケメンとは正反対の女顔だろ」

 

「でもお前のアバターは、リアルの姿と全然違うだろ」

 

「リアルばれ防ぐためだから、仕方ないだろ」

 

「それもそうだな。あ、でも髪を左横分けにしているところは唯一、面影があるな」

 

「こればっかりは、そうしねーと落ち着かねーんだよ」

 

 キリトとポルックスのアバターに関する賑やかそうなやりとりに、リク達はついクスリと笑ってしまう。部屋に入った時の微妙な雰囲気が嘘みたいだ。

 

「あ、そうだ、紹介するぜ。こっちのオレと瓜二つで髪を右横分けにしているのは、双子の兄のカストル。んでもって、そっちの金髪の紳士は腐れ縁のマーベラスだ」

 

「カストルだ。ベータテストの時はポルックスが世話になった。宜しく」

 

「僕はマーベラス。以後、お見知りおきを」

 

 ポルックスはそれぞれ親指で後ろにいる仲間達を指しながら紹介すると、二人も挨拶した。キリトも「ああ、よろしくな」と返す。

 

「それにしても、Zはイベントのためにこんな部屋まで用意するとはな」

 

 カストルは驚き半分、呆れ半分といった感じで周りを見る。

 

「いや、この部屋は俺が借りてる。アイツの方から、使わせてくれって頼んできたんだ」

 

「なるほどな。道理で一番なわけだ」

 

 キリトが説明すると、リクは納得した。部屋を借りてる本人も参加者なら、いるのは当たり前だ。

 

「うわっ、私たちより早く来てるひといるじゃん」

 

 開けっ放しのドアの向こうから、女の子の声が聞こえてきた。その背の高いカッコカワイイ少女と後ろにいる背の高いイケメンと細マッチョなイケメンも、キリトの知っている人物だ。

 

「エトワール! それに、スバルとレグルスも!」

 

 キリトが驚くように声を上げるとエトワールは笑顔で手を振り、スバルは「よう」と挨拶。レグルスも笑みを浮かべる。

 この時、キリトは悟った。この三人がここに来たということは、フロアボスの攻略に参加するつもりなのだと。

 

「……で、どっちがスバルだ?」

 

「俺だ。それで、お前は?」

 

 ポルックスが尋ねると、背の高いイケメンは右手を上げて尋ね返す。

 

「ポルックスだ」

 

「はあ⁉ アバターの姿と全然違うじゃねーか!」

 

「いや、お前だって同じだろ!」

 

「そうだけどよ、あまりにギャップが大きいっていうかよ」

 

「リアルと外見が同じだったら、いろいろとマズイだろ」

 

「確かにな。唯一同じなのは、髪を左横分けにしているくらいか」

 

「そうしねーと、どうも落ち着かねーっていうか……」

 

「……ねえ、さっきの状況と似てない?」

 

「似てるというより、ほとんど同じだろ」

 

 デジャヴを感じたコハルはリクの耳元で囁くが、やはり気のせいではない。キリト、カストル、マーベラスも同じ気持ちだろう。

 

「すまない。ちょっといいか?」

 

 そんな中、空いたままのドアの向こうから新たな来客が顔を出す。今度は四人組の男性プレイヤーだ。

 見た目からして全員、十代の若者に見える。年は今ここにいるプレイヤー達と大して変わらない感じだ。

 

「Zの言っていた親睦会の会場は、ここで合ってるか?」

 

 四人組の一人――黒髪のパーマをした少年が尋ねる。

 

「うん。ここで間違いないよ」

 

 マーベラスが答えると、四人組は遠慮せずに中へと入ってくる。

 

「へえ、思ったより広い部屋だね。親睦会にはうってつけだ」

 

 いかにも穏やかで物腰の柔らかそうな少年が周りを見渡しながら言った。髪は薄い茶色で耳が隠れており、首下まである毛先が少しくせ毛だ。

 

「みんな、久しぶり。ベータテスト時代にいなかった人たちは、初めましてだね」

 

 青みがかった黒髪の少年が挨拶する。一見すると平凡な感じだが、リクとマーベラスは彼に不思議な魅力を感じた。

 

「ところで、Zの姿が見えないけど」

 

 その疑問を口にしたのは、四人組の最後の一人――黒髪の少年だ。キリトと同様に黒髪で中性的な容姿だが、彼よりも背が高い。

 

「アイツは友達を迎えにいってる。遅れるってメッセも来ないから、もうすぐ来ると思うぜ」

 

「発案者が遅刻したら、シャレにならないけどな」

 

 キリトが答えると、ポルックスは苦笑いしながら言った。

 

「もう十人以上は集まったね。思ったより多いじゃん」

 

「それほど、ベータテスター達は攻略会議やフロアボス戦を重要視しているということだろう」

 

「だね。早く始まらないかなー」

 

「……言っておくが、俺達の目的はZのメッセに書いてあった大事な話を聞くことだからな」

 

「分かってるって。でもせっかくの親睦会だし、楽しまなきゃ」

 

「…………」

 

 緊張感のないエトワールに困り気味のレグルスだが、彼女のマイペースっぷりは今に始まったことではないことを幼馴染は良く知っている。

 

「私もそう思います。Zさんの話も重要ですけど、こうして会えたのも何かの縁ですし、みんなでおしゃべりしたりして交流するのも同じくらい大切じゃないでしょうか?」

 

「俺もコハルの言う通りだと思う。今夜は何でもいいから語って、楽しい時間を過ごそうぜ」

 

 片思いの女の子の意見にリクは賛同した。

 思えばリクも、ベータテスト時代は仮想空間での戦闘やMMORPGの環境に慣れることを優先したために、他のプレイヤーと深く交流できてなかった気がした。

 SAOはデスゲームとなってしまったが、今ここにいるプレイヤー達を知りたいという気持ちがリクにはある。

 ベータテストの最終日に出会ったコハルとキリト、SAOに入ってから交流した仲間達と出会ったから、そう思うのだ。

 リクの意見に全員が頷いたその時、

 

「おっ、みんな集まってるな」

 

 突然、声が聞こえてきた。

 全員、出入り口に視線を向ける。そこには、今回の親睦会を計画した張本人がいた。

 他にも情報屋のアルゴに顎髭を生やした男性、鎌を背負った少女が後ろに立っている。

 

「実力派プレイヤーZ、ただいま到着」

 

 ベータテスターの誰もが認めるトッププレイヤーは、飄々とした感じで言った。

 

 

 




 後のデスティニー・スターズ初期メンバー(オリキャラ)、パロキャラと続々集まってきました。

 あと、Zと共に現れた少女……彼女も登場します。
 劇場版プログレッシブを見た人なら、分かるはず。


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ミトの憂鬱

「悪いナ。時間ギリギリになっタ」

 

「いや、別にいいよ。さっき来たばかりのヤツらもいるからさ」

 

 アルゴは侘びるが、キリトは全く気にしていない。他のみんなも同じ様子だ。

 そんな中、Zはリクとコハルの姿を見ると、「おっ」と反応する。

 

「よう、Z」

 

「こんばんは」

 

「リク、コハルちゃん。来てくれたのか。悪い、二人には招待状を送らなくて」

 

 二人が挨拶すると、Zは申し訳無さそうに謝った。仲間はずれにしたと思われているかもしれないと思ってのことだが、リクもコハルも不快な表情など見せていない。

 

「別にいいよ。俺とコハルは攻略の最前線にいなかったんだ。それに、マロメで再開した時点じゃ、まだ攻略するか決めてなかった。そんな俺達のことを考えてのことなんだろ?」

 

「まあな。無闇にフロアボス戦に参加させるわけにもいかなかったし、意思を聞こうにも動き回っていて会えなかったしな。お前達がこの街にいるって知ったのも、たった今だ」

 

「そうか。でも、このフロアボス戦には参加するぜ」

 

「はい、まだ本格的に攻略するかは決めてませんけど、私とリクはこの浮遊城で誰かのためにできることを見つけようと思ったんです。だから、まずはできることをします」

 

「なるほどな」

 

 Zはリクとコハルの強い意思を感じ取り、納得した。

 この二人は、アインクラッドにおいて重要な存在となる。Zの勘はそう言ってた。

 

「ほう、大したやつだな」

 

 そう言って近づいてきたのは、顎髭を生やした男だ。Zと一緒に来たプレイヤーである。

 

「えっと、あなたは?」

 

「俺は太刀川慶だ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 明らかにリアルともいうべき名前を聞き、その場にいた全員が唖然としてしまう。

 

「いや、Kさん。ネトゲで本名言うのはダメだって」

 

「おっと、悪い。頭じゃ分かってるんだが、仮想世界じゃ体動かすから、ついリアルと錯覚してな」

 

 Zにやんわりと注意されるが、太刀川慶はリアルばれしたらまずいというのに、かなり緩い。

 

「今のは聞かなかったことにしてくれ。俺はKだ」

 

「いや、もう遅いだろ!」

 

 太刀川慶、改めKは何事もなかったかのように振る舞うが、リクにツッコまれた。

 こんな人がフロアボス戦に参加して大丈夫なのか? そんなみんなの不安を察したのか、Zはフォローに入る。

 

「俺とKさんはリアルでも知り合いでな。こういう人だが、実力は確かだ」

 

「まあ、Zがそういうなら確かだろうな。それより……」

 

 キリトはベータテスト時代の戦友にしてライバルだった男の言葉をとりあえず信じることにして、目線をZと共にやってきた少女に移す。

 

「その女の子は誰なんだ?」

 

 少女の外見はポニーテールに結わえた薄紫のロングヘア、赤い瞳、そして濃紫の服。

 だが、リクとコハルを除いたベータテスター達は初めて会う気がしなかった。

 ベータテスト時代にも似たプレイヤーがいたような……。

 

「ああ、ここに来る途中で見かけてな。誘っても頑なだったから、説得するのに時間が掛かった」

 

「大事な話をするっていうから、仕方なく来たのよ」

 

 Zの説明で時間ギリギリになった理由は分かったが、返す少女は辛辣そうだ。

 

「それで、誰だと思ウ?」

 

 アルゴが顔をニヤけさせて参加者達に聞くが、みんな焦れったくなってしまう。明らかに『鼠』の異名を持つ情報屋は少女の正体を知っている感じだ。

 そんな中、代表して答えたのはスバルであった。

 

「……もしかしてミトか?」

 

「ピンポーン。正解ダ、バル坊」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 少女の正体を知ったベータテスターの猛者達は目を見開いて固まってしまう。ミトという少女も横目になっている。

 

「みんな、どうしたんだ?」

 

「ミトさんのこと、知ってるんですか?」

 

 リクとコハルは状況が理解できないので尋ねた。他のビギナー達も同じく気になっている。

 

「まあ、確かに知ってるけど……」

 

 中性的な容姿の少年が先に話し始めるが、どうも歯切れが悪い。その続きを答えたのは、平凡そうな少年だった。

 

「ミトはキリトやZ同様、攻略の最前線にいたベータテスターの中でもトップクラスのプレイヤーだったんだ」

 

「えっ、そうなの? すごいじゃん!」

 

 エトワールは同性のプレイヤーが実力者だと知り、食いついてくる。レグルスも「ほう」と興味津々に笑みを浮かべる。

 ならばZが誘ったのも頷ける。リクとコハル、マーベラスとカストルもミトという少女に尊敬の念を抱くような気持ちになってしまう。

 しかし、黒髪パーマの少年から出たのは驚きの発言であった。

 

「ただ、俺達の知っているミトの姿は……長身のギョロ目に、厳つい風体の男だった」

 

「……つまり、性別を偽ってたってこと?」

 

「そういうことだな。ネカマの逆、ネナベってやつだ」

 

 穏やかで物腰の柔らかそうな少年が確認のために聞くと、ポルックスは気難しそうに答える。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 そして、遂にあまりの衝撃に全員が固まった。

 

「にゃハハ、予想通りの反応だナ」

 

「はあ……こうなると思ったから、本当は来たくなかったのよ」

 

 アルゴが愉快に笑うが、ミトはため息をついた上に頭を抱えてしまう。

 そんなベータテスト時代の実力者である少女から、リクとコハルはどこか哀愁漂うオーラを感じたので、フォローすることにした。

 

「ま、まあ、昔の事だから、もういいだろ」

 

「そ、そうですよ。どんなプレイをするかは、人それぞれじゃないですか。ですよね、キリトさん?」

 

「え……そ、そうだな」

 

 話を振られたので、キリトはとりあえず賛同した。

 

「いい人たちに出会えたな、ミト」

 

「余計なお世話よ」

 

 Kは慰めたが、ミトは不機嫌そうに返す。

 やっぱり来るんじゃなかった、と思っていても手遅れだ。

 

「それじゃ、みんな集まったところで親睦会を始めるか」

 

 ミトに申し訳なく思いつつも、Zは開催を宣言する。

 まずは、ここで初めて顔を見る者同士もいるだろうということで、それぞれ自己紹介から入ることになった。

 最初は親睦会の発案者であるZ、場所を提供したキリト、そしてベータテスト時代にネナベプレイをしていた鎌使いのミトという順番で、アルゴ、マーベラス、カストル、ポルックスと、前半はミトを除けばリクとコハルも知っている人物だ。

 それから後は今回の親睦会で初めて出会った人達で、黒髪パーマは短剣使いのジョーカー、穏やかで物腰の柔らかそうな人物は細剣を武器とするクロウ、中性的な容姿は最前線でも珍しい片手用突撃槍使いで盾持ちのヒロ、そして平凡そうな少年は片手直剣使いのクロムと続いた。

 後半は片手槍使いの盾持ちスバル、短剣使いのレグルス、サーベル使いの盾持ちエトワールと紹介は続くが、エトワールは一昨日の指輪を巡る諍いでキリトに助けられたことを公表。もちろん内容にはデュエルをしたことまであるため、助太刀した本人は慌ててしまい、スバルとレグルスは心の中で恩人に謝罪した。

 部屋にいたプレイヤーの内、初めて知った半分近くは微妙な表情(Kだけは面白そうにしていたが)をしていた。デスゲームである今のSAOでHPを減らす行いをしたのだから、無理もない。

 一方でコハルはリクを、双子の兄弟はマーベラスを横目で見ていたが、やはり顔が引きつっていた。

 キリトは人助けをしたのだからマシだが、二人はコハルを巡って衝突したのだ。褒められた行為ではない。

 リクはチラリとアルゴの方を見るが、目が合った上に相手は「ニシシシ」と笑い顔だった。有能な情報屋は既に知っているが故に余裕なのだろう。

 だから心の中で祈らずにはいられなかった。この黒歴史が金で売られませんように、と。

 それから曲刀使いのKの紹介に入った。しかし自分の好物がうどん、餅、コロッケであること、ゲームで勝つのが好きで、リアルでのゲームの功績とやたら自分の事を話す上に、顎髭を生やしている理由が「その方が頭よさそうって言われた!」等と聞いてもないことまで言うので、周りはうんざりしてしまっていた。

 空気を察したZは「Kさん、もうその辺で」と強引に終わらせてリク、最後にコハルで自己紹介は終わった。

 

「さてと、みんなの紹介も終わったところで……」

 

 飄々としたZは真剣な面持ちとなり、他のみんなも表情が険しくなる。

 

「まず話しておく。知ってるヤツもいるだろうけど、攻略の最前線に立っているパーティーが、もうすぐ迷宮区の最上階に辿り着こうとしている。そのリーダーであるディアベルってプレイヤーが、近いうちに攻略会議を開く。お前たちをここに集めた本当の目的は、その時の懸念事項を伝えるためだ」

 

「…………やっぱり、そういうことなのか……」

 

 スバルが息苦しそうに言う。他のプレイヤー達も顔に不安の色を滲ませている。

 ベータテスター達は予測しているのだ。攻略会議で起こりうる最悪の事態を。

 

 

 

「会議は、ベータテスターのせいで荒れる。おれのカンがそう言ってる」

 

 

 




 劇場版プログレッシブより、ミト参戦!

 映画を見ていないので、出そうかどうか迷っていました。
 でも、IFやアンリーシュのイベントでキャラクターを知ることができたので、何とか出すことができました。

 それと、パロキャラについて一部答え合わせをすると、ジョーカー、クロウはペルソナ5のキャラクターです。ヒロとクロムもそうですが、彼らの活躍に乞うご期待!




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謝罪と嘘

「うーん、牛乳おいしかったー。意外と楽しかったじゃん」

 

「楽しかったのは、姉貴のおかげみたいなもんだけどな」

 

「おっ、さすがは私の弟。おだてるのがうまいねー」

 

(いや、半分は皮肉だけどな)

 

 伸びをしながら呑気に言うエトワールに、スバルは内心ツッコんだ。

 現在、親睦会の参加者達は帰路についている。

 集まった目的である『大事な話』をZから聞いた後、親睦会は始まった。

 だが一同は、現実味を帯びた最悪の可能性を想像すると、とても楽しめる気分ではなかった。

 しかし、そんな重い空気をエトワールは破った。Zにあげせんを出すよう指示し、キリトに「牛乳飲み放題って書いてあったけど、おいしいの?」と聞いたりした。

 聞かれた本人も「ああ、うまいぞ」とつい普通に返すと、ゴクゴクと美味しそうに飲んで他のみんなにも勧めた。

 釣られてKが飲むと「うまいな。仮想世界なら、いくら飲んでも腹壊さないな」と言ってガブガブと遠慮なく飲んでいるところを見ると、他のみんなもつい笑いだしてしまい、雰囲気が和やかになったのだ。

 それからは各自が持参したものを出し、雑談しながら菓子をつまんだ。話の内容はSAOに興味を持った理由、ベータテスト時代から今に至るまでの話などが主であった。

 最後にはエトワールの提案で、明日は更に親睦を深めるために狩りやクエストをしようという話になり、話し合いの中で編成を決めた後はそれぞれの待ち合わせ場所と時間を打ち合わせて解散となった。

 全員、攻略会議当日への不安はあるものの、Zには対処する作戦を伝えられている。それが上手くいくことを祈るしかない。

 

(あ、しまった。指輪を渡すの忘れてた!)

 

 リクは失念していた。

 『はじまりの街』を出ていく際、シアンが大量に作った指輪のあまりを三つストレージに入れていた。渡す相手は決めており、その内の二つはトールバーナに着くまでに再開したアルゴとZに渡している。後はキリトだけなのだ。

 

「コハル、先に帰っててくれ。用事を思い出した」

 

「えっ、ちょっと――」

 

 コハルが止める間もなく、リクは来た道を猛ダッシュで引き返した。気づいた他のみんなも呆然としている。

 やがて一分もしないうちに農家へ着き、階段を駆け上がってドアの前まで来た。

 リクはまず、気持ちを落ち着かせるために深呼吸する。

 指輪を渡すだけならチャンスはいくらでもあるが、キリトには謝らなければならないことがあった。二人きりになれるのは今が絶好の機会であり、逃せば次はいつになるか分からない。

 意を決して、リクは閉じているドアをノックする。

 コン、コン。

 

「リクだ。入るぞ」

 

 予め断ってからドアノブを回して中へ入ろうとするが、開かない。既に内側から鍵を掛けられているのだ。

 もう寝てしまったのかもしれない。この場を去ろうと思った丁度その時、ガチャっと音がした。ドアが開くと、隙間からキリトが顔を覗かせる。

 

「リク、いったいどうしたんだ?」

 

「悪いキリト。お前に用があって、どうしても二人っきりになりたかったんだ。中に入れてくれるか?」

 

「あ、ああ……」

 

 キリトは困惑しつつも、真剣な表情のリクを部屋の中へ入れた。

 やがて、互いに向かい合うように席に着く。

 

「それで、俺に用ってのは?」

 

「その前にまず、言っておきたいことがある」

 

「…………」

 

 僅かな静寂の間、キリトは思った。もしかすると、リクは自分達を置いていったことに不満があったのではないか? みんなの前で言えなかったことを今ここでぶちまける気で戻ってきたのかもしれない。

 だが、自分が生き延びるために見捨てたも同然なので仕方ない。ならば、どんな罵倒も受けよう。そう覚悟を決めたキリトだった。

 

「キリト、俺はお前に謝らなきゃいけない」

 

「…………は?」

 

 しかし、意外な言葉にキリトは気の抜けた声を出してしまう。自分が責められなければならないのに、なぜリクの方が謝罪するのか理解できない。

 

「お前に一緒に来いって誘われた時、俺はまだ覚悟を決められないって言った。でも、あれは半分は嘘なんだ。少なくとも、自分ができることはやるつもりだった。俺が街に残ったのは、コハルを放っておけなかったからだ。俺はお前の提案よりも、一人の女の子を優先した。ごめん」

 

 リクは頭を下げた。

 あの時、どちらかを選ばなければならなかった。だとしても、都合のいい嘘をついたことに変わりはない。

 更に言えば、キリトを思い留まらせる説得を思いつかなかった。必死だったから仕方ないというのは、リクにとっては言い訳なのだ。

 

「……顔を上げろよ」

 

 キリトは優しくも辛そうな声に、リクは顔を上げる。

 

「謝る必要なんかない。一人の女の子のために残るっていう選択は正しい。俺が最善だと思ったことをお前たちに押し付けて、断られたら一人だけさっさと街を出ていく薄情な俺よりも、お前はイイやつだよ。だから、謝るのは俺の方だ……ごめん」

 

「キリト……」

 

 ベータテストの最終日に助けてくれた英雄の謝罪でリクは察した。

 キリトもまた、自分達を置いていった事に負い目を感じていた。本当に薄情な人間なら、そんな顔はできない。

 きっと、同じく早い段階で街を出たポルックス、スバル、ミトも同じ気持ちのはずだ。

 

「それで、俺に用ってのは?」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 リクはウインドウを出現させると慣れた手付きで操作し、一つのアイテムを手元にオブジェクト化させ、テーブルの上に置く。

 

「キリト、お前にこれを渡したかったんだ」

 

「これは……」

 

 キリトはそれに見覚えがあった。ベータテスト時代に他のプレイヤーが身につけていた鉄の指輪――メタルリングだ。

 

「街でシアンっていう女の子と親しくなってな。彼女が作ったんだ」

 

「へえ、もう生産職を目指してるプレイヤーがいるのか」

 

 キリトは興味深げに言った。

 

「シアンは戦闘が上手くなかったから、それで悩んでた時にZと再開して、生産職に転向させればいいって教えてくれた。それで細工スキルを習得して、この指輪を作ったんだ」

 

「でも、生産職のスキルを上げるのは金が掛かるだろ? 素材を集めるのだって、戦闘は必要になってくるし」

 

「ああ、それらがネックだった。Zは誰かが道具や素材を支援するって案を出してくれて、同じ頃に友達になったGVがシアンのサポートをするってことになった。あ、GVっていうのはあだ名で、本名はガンヴォルトだ」

 

「そうか……」

 

 キリトはメタルリングを見つめる。

 戦闘が苦手な少女が一人のプレイヤーに支えられているとはいえ、名前の知らないプレイヤーのために作った指輪。

 この指輪を身につける資格はあるのだろうか? 未だに負い目を感じているキリトは、そう思わずにはいられなかった。

 

「まあ、被ダメージをちょっとだけ軽減する程度だけどよ、何も装備しないよりはマシだろ。今のところ、キリトは指輪を身に着けてないしな」

 

 リクはそう言うと、椅子から立ち上がる。

 

「それじゃ、俺はもう行く。フロアボス戦、絶対生き残ろうぜ。じゃあな」

 

「ああ、じゃあな」

 

 こうして、謝罪と指輪を渡すという用事を終えたリクは部屋から出ていった。

 

(絶対生き残ろうぜ、か……)

 

 キリトは少しの間、友達が置いていった指輪を見つめた。

 少なくとも、リクはキリトが生きることを望んでいる。ならば、その期待に応えるべきではないのか?

 そう思ったからこそ、テーブルのメタルリングを左手で取り、右中指にはめた。

 

 

 

 




 次回は遂にキリトの嫁が登場します。お楽しみに!



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もう一つの運命の出逢い

 2022年 12月2日 第一層 迷宮区

 

「はあぁぁぁ‼」

 

 雄叫びを上げながら、リクは亜人系モンスターである《ルインコボルド・トルーパー》に突進系ソードスキル《ソニックリープ》を放つ。

 キィィィィィン‼

 攻撃は抵抗するかの如く振りかざした手斧に阻まれた。

 だが、想定の範囲内である。

 

「ジョーカー、スイッチ!」

 

「分かった!」

 

 リクの合図で前に出た黒髪パーマのイケメンは、技後硬直で動けないにリク代わって素早く前に出る。

 敵はリクの技を何とか相殺できたものの、重い一撃を防いだために硬直時間を課せられてしまう。

 隙をついてジョーカーは短剣ソードスキル《サイドバイト》で敵の腹を横一線に薙いだ。

 ガァァァァァ‼‼

 武装獣人は苦悶の雄叫びを上げながら、ポリゴン片となって消えた。

 

「ふう……これで十体ぐらいは倒したかしら?」

 

 ミトは一息ついてから、パーティーメンバーに尋ねる。

 

「正確には十二体だね」

 

「クロウさん、正確ですね」

 

 物腰の柔らかそうなイケメンが訂正すると、コハルは素直に関心した。

 

「そろそろ休まないか? 確か、近くに安全地帯があったはずだ」

 

「そうだね。ドロップ品が集まったのかも気になるし」

 

 スバルの提案にヒロが賛成し、他のメンバーも頷いた。

 現在、リクとコハルはキリト、マーベラス達とは違うプレイヤーとパーティーを組んでいる。メンバーはジョーカー、クロウ、ヒロ、スバル、ミトだ。

 昨日の夜、エトワールが他のプレイヤーとパーティーを組んでみようと提案したのだが、難色を示すプレイヤーもいた。だがZは「攻略を目指すなら、仲間のことは知っておいたほうがいい」という助言で、最後は全員が賛成したのだ。

 編成には時間を掛けており、組みたい相手、装備、ステータス、人数、ベータテスト時代の経験を考慮したうえで何とか決まった。

 リクはキリトと組みたかったのだが、エトワールと取り合いになったためジャンケンで決めることになり、敗北。

 ちなみにレグルスはデュエルで決めることを提案したが、室内でやるには狭い。外でやるにも、万が一他のプレイヤーに見られたら色々と面倒になると周りから説得されたため、断念した。

 スバルがリクと同じパーティーにいるのは、盾持ちのヒロが一人だけだとバランスが悪いこと、キリトの友達であるリク、コハルとも交流したいからという理由だ。

 キリトの方はマーベラス、カストル、ポルックス、エトワール、レグルス、クロム、Kの七人と共に行動している。金髪の紳士もキリトに興味があったため、組み合わせに悪い気はしていない。

 Zはソロで行動しているが、何をしているのか分からない。アルゴの方も相変わらず一人で情報収集をしている。

 それぞれが目的を持って行動している中、リク達は街で受注したクエストを受けている最中だ。

 達成条件は、先程倒した《ルインコボルド・トルーパー》のドロップするアイテムを五つ集めて届けるというものだ。

 リクとコハルが最初に受けたクエスト同様、収集系の中に討伐系が混ざった面倒なものだが、コル、経験値が稼げる上に報酬も良い。

 問題は倒すモンスターの強さだけだが、リクとコハルはマーベラスと組んでいた時にジョーカー、ヒロ、スバル、ミトはベータテスト時代に戦い方を覚えており、唯一初見だったクロウも早く対応できた。

 安全地帯までたどり着くと、それぞれ壁に背中を預けて腰を下ろす。

 ヒロの言った通り、全員ウインドウを開いて目的のアイテムがあるかどうか確認し、それぞれが持っている分を合計した。ギリギリ五つある。

 

「よし、後は依頼主のところに持っていけばクリアだな」

 

 リクが言った途端、メッセージの受信音が聞こえた。他のみんなも同じような反応を見せる。

 まさかと思い、まず送信元を確認する。

 

「アルゴからだ」

 

「え、私も来たけど……」

 

 リクが送り主の名前を出すと、どうやらコハルも同じだったようだ。仲間達も「俺もだ」「僕も」「私も」と手を挙げた。

 ここにいるメンバーが同時に情報屋からメッセが来た。考えられる理由は一つしかない。

 全員、ほぼ同時にアルゴからのメッセを開く。

 

 

『攻略会議が今日開かれることになっタ。開始時刻は十五時ちょうどダ』

 

 

 

 * * *

 

 

 

「今日の夕方か。随分と急だな」

 

 同じ頃、キリト達もメッセの内容を確認していた。

 リク達と違って道中だが、モンスターを倒したばかりで、次にポップするまで読む余裕ぐらいはある。

 

「たぶん、最前線のパーティがボス部屋にたどり着いたか、その手前まで来たってことだろ」

 

 ポルックスの予測は当たっているだろうと、誰もが思った。

 

「SAOがデスゲームになってから、一ヶ月近くになるからね。一日でも早くプレイヤー達に希望を与えようって考えかもね」

 

 マーベラスの言う通り、第一層の攻略が未だにできていないが故に、百層クリアなんて無理と思い込んで絶望している人達は少なくない。

 現に攻略の最前線に立っているプレイヤーは、今生き延びている八千人の中で一割にも満たないのだ。

 長期的に見れば、攻略にはもっと多くのプレイヤーが必要になる。だからこそ、SAOは攻略できることを証明しなければならない。

 

「じゃあ狩りはこれくらいにして、そろそろ町に戻った方がいいんじゃないかな? もうすぐ正午だし」

 

「うん、丁度お腹空いてきたところだしね。ごはんは何食べる?」

 

「それは町に着いてからでもいい」

 

 クロムの提案をエトワールはすぐさま賛成したが、後のマイペースな発言にレグルスはツッコんだ。

 

「俺はもう少しイケるけどな」

 

「K、これ以上はマナー違反だからな」

 

「じゃあ、仕方ないか」

 

 Kはまだやる気マンマンだが、カストルに正論で注意されて納得した。

 

「それじゃ、帰るか……」

 

 見切りをつけ、キリト達は踵を返した。

 

 はぁぁぁぁぁ‼

 

 ちょうどその時、裂帛した声が迷宮区の廊下に響き渡る。

 さすがにキリト達は反応した。声の大きさからして、そう遠い場所ではない。

 

「ねえ、今女の人の声聞こえなかった?」

 

 エトワールが尋ねると、他のみんなも頷く。

 甲高い声質からして、声の主は女である可能性が高い。

 

「見に行かない? ちょっとだけ」

 

「い、いや、そっとしておいた方がいいんじゃないか?」

 

「そうだぜ。邪魔しちゃ悪いだろ?」

 

 エトワールの提案をカストルとポルックスはオブラートに包んで反対した。リアルの女性に苦手意識のある双子の兄弟は、本心ではあまり関わりたくないのだ。

 

「けど、そのプレイヤーがどんな状況なのかは分からないだろ。もしピンチなら、助けることも考えて行ったほうがいいと思う」

 

「確かに、キリトの言う通りだね」

 

「うん、俺もそう思う」

 

「同感だ」

 

「ああ、俺もそのプレイヤーを見ていたい」

 

 キリトの考えにマーベラス、クロム、レグルス、Kも賛成し、双子の兄弟は互いに顔を見合わせ「はあ」とため息をついた。

 

「決まりだな。声はあっちからだな」

 

 キリトが剣で示した方へ、メンバー達は歩いていく。

 聞こえてくる女性の声、モンスターの叫び、武器同士がぶつかり合う金属音を頼りに進んでいくと、曲がり角で遂に見つけた。

 武装獣人と戦う、フード付きのケープを羽織った細剣使いのプレイヤーを。

 

「ふっ……はぁぁぁ!」

 

「ねえ、あの人かな?」

 

「多分、そうだと思う」

 

 エトワールに尋ねられたキリトは答えた。百パーセントとは言い切れないが、さっきまで聞こえていた声と同じはずだ。

 見るかぎり、戦っているのはそのプレイヤー一人だけ。他に仲間がいる様子ではない。

 

「みんな、あれ!」

 

 クロムが声を上げた頃には、女性プレイヤーの細剣はライトエフェクトによる輝きを放ち始める。

 ソードスキルの発動体勢に入ったのだ。キリトは剣を体の中心に構えている状態から、細剣の基本技《リニアー》だと分かった。他のみんなもベータテスト時代や公式サイトの動画で見ている。

 

「「「「「「「――――――‼」」」」」」」

 

 女性プレイヤーが放った一撃に、その場にいた全員が目を丸くし、思わず見とれてしまった。

 視認を許さないほどの凄まじいスピード、技を出した時の美しさ。元ベータテスターのキリト、クロム、ポルックスの三人から見てもその完成度は高い。

 

 

 

 これがキリトと、後に《閃光》と呼ばれる女性プレイヤーの運命的な出会いであった。

 

 

 




 タイトルの通り、遂にキリトが未来の正妻と出会います。
 次回は彼女とエトワール達の間で一悶着ありますが、果たして?




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その名はアスナ

「はあ……やれやれだな」

 

 ポルックスはため息をつき、森の木に背中を預けて座り込んでいた。キリト達も似たような格好だったり、地べたに腰を下ろすなどしてくつろいでいる。

 今、双子の兄弟は憂鬱な気分だった。原因は木陰で横たわっている女性プレイヤーにある。

 この女性プレイヤーは先程まで迷宮区で狩りをしていて、たまたま近くにいたキリト達は多数決で見に行くということになった。

 mobとの戦いを見たところ、実力はありそうだった。しかし戦闘の運び方の危うさが気になったキリトは、モンスターが倒された後にそれを注意すると「問題あるの?」と反発。しかも話をしていくうちに、彼女は三日か四日も安全地帯で野宿して狩りをしていたことが判明した。

 さすがに度を越していると誰もが思った。そんな戦い方をしてたら死ぬとポルックスは警告したが、「どうせ、みんな死ぬのよ」と吐き捨てる始末だ。

 そして無理が祟ったのか、遂には倒れてしまった。その場に置いていくわけにもいかず、片手武器を使うキリト、レグルス、クロムの三人でジャンケンをし、負けたキリトがおんぶして運ぶことになった。

 なぜこの三人かといえば、他のメンバーは盾持ちで両手が空いておらず、更に言えば、不測の事態に備えて防御できるプレイヤーは多いに越したことはないというのが理由だ。

 現在、トールバーナに帰る途中の道中の森で、キリト達は休息中である。

 

「……ったく、なんなんだよコイツは……」

 

 横たわっている女性プレイヤーをポルックスは不機嫌そうに見る。

 正直、ポルックスは彼女に好印象を抱いてはいない。数日にも渡って無茶なレベリングをした挙げ句、倒れて他人に迷惑を掛けるとは。あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 いくら双子の兄弟でも、リアルの女性に苦手意識を作る原因の一部となった母と姉に迷惑を掛けてしまったことはあっても、掛けようと思ったことは不思議と無かった。

 とはいえ、デスゲームに閉じ込められた時点でもう心配を掛けさせてしまっているが。

 

「う、うーん……」

 

 ちょうど女性プレイヤーが小さな声を上げ、上体を起こした。目が覚めたようで、他のみんなもそれに気づく。

 

「やあ、目が覚めたかい?」

 

 最初に声を掛けたのは、キリト、クロムと雑談をしていたマーベラスだった。

 反応して金髪の紳士の方を向いた女性プレイヤーは、ゆっくりと辺りを見渡す。

 自分の状況を確認しているのだろう。迷宮区で倒れた自分が運ばれてきたことは察するはず。口は悪かったが、これくらいは感謝すると思っていたキリト達だったが……

 

「余計な……ことを」

 

 低く掠れた声だが、確かにそう聞こえた。

 流石にポルックスはカチンときた。

 

「お前――!」

 

「ちょっと、アンタね‼」

 

 だが言いたいことを言う前に、立ち上がったエトワールに先を越される。

 

「あのまま床に倒れたままだったら、ポップしたモンスターに殺されてた。それくらい分かるでしょ⁉」

 

「助けてなんて頼んだ覚えはないわ」

 

 エトワールは正論を唱えるが、女性プレイヤーは冷たく返す。だが、長身の美少女は食い下がらない。

 

「それでも、私たちは放っておけなかったの! 自分の命ぐらい、大切にしなさいよ‼」

 

「自分の命なんだから、どう使おうと勝手でしょ」

 

「その命は、親から与えられた命じゃない! なおさら無駄にするべきじゃない‼」

 

「私のことなんて何も知らないくせに、偉そうに言わないで‼」

 

 女子二人の口論に、周りの男子達は引き気味になってしまう。それを余所に、女性プレイヤーは立ち上がって踵を返す。

 

「ちょっと、まだ話終わってないんだけど‼」

 

「私は話すことなんて何もないわ。それじゃ」

 

 エトワールに呼び止められても、女性プレイヤーは振り返ることなく去ろうとする。

 方角は、天蓋まで届く巨大な塔――迷宮区だ。

 

「おい、そんな状態でまた狩りに行くのか⁉」

 

 まさかと思いながらも、カストルは慌てて尋ねる。

 

「私が何をしようと、あなたたちには関係ない」

 

 女性プレイヤーは言い切った。あまりの異常さに、キリト達は固まってしまう。

 これでは何のために助けたのか分からない。ここで彼女を行かせてしまえば、次は死ぬ可能性が高い。何としてでも止めなければならないと誰もが思った。

 だが、力ずくで止めようとすれば女性プレイヤーは細剣で抵抗するに違いない。そう思わせるほどの雰囲気なのだ。

 ならば、どうやって思い留まらせればいいか? その方法を思いついたプレイヤーが一人いた。

 

「待てよ、フェンサーさん。せっかくだし、今日の攻略会議に出てみたらどうだ?」

 

「……攻略会議?」

 

(よし、ナイスだキリト!)

 

 迷宮区に向かおうと歩み始めていた女性プレイヤーの足を、キリトの言葉が止めた。そんな彼をクロムは心の中で褒めた。

 

「噂によると、もうすぐ攻略の最前線にいるプレイヤーが、迷宮区の最上階まで到達するらしい。つまり、近いうちにフロアボスの攻略が始まるってことだ。状況を確認するために出てみても損はないと思う。時間は十五時から、場所は噴水広場だ」

 

 彼女がみんな死ぬと思っているのは、攻略に希望が見いだせないからだとキリトは思っている。

 ならば攻略が進んでいることを証明すれば、考えが変わるかもしれない。

 

「……………………」

 

 女性プレイヤーは黙っている。その間、キリト達も何とか引き返してくれと祈った。

 

「……よっぽど私を行かせたくないようね」

 

 数秒間の静寂の後、諦めにも似た声が女性プレイヤーの口から出た。踵を返すと、キリト達には目もくれずにすたすたと歩いて行く。トールバーナのある方角へと。

 

「ちょっと待って!」

 

「……何?」

 

 急にエトワールに呼び止められ、女性プレイヤーは不機嫌そうに返す。

 

「名前、何て言うの?」

 

「…………アスナよ」

 

 僅かな間を置き、女性プレイヤーは名乗った。

 アスナはもう話すことはないと言わんばかりに再び歩き出す。

 やがてその姿が小さくなると、キリト達は緊張が解けて「ふう」と大きく息を吐いた。

 

「何とか思い留まったようだな」

 

「うん、行ったらどうしようかと思った」

 

 レグルスが言うと、クロムは疲れた感じで返す。

 

「攻略会議が今日で良かったな。明日以降なら、止められなかった」

 

 Kの言う通り、現在の時刻は十三時。会議まで残り二時間近くであることを考えれば、また迷宮区に戻れば時間までに間に合わない。

 人騒がせな女性プレイヤーだったが、少なくとも会議には参加するはずだ。

 

「けどよ、会議だって順調にはいかないぜ。Zの言ってた問題が起きるだろうしな」

 

「それに、フロアボス戦に参加するなら、他のプレイヤーと上手くやっていけるのかどうかも分からない」

 

 ポルックスとカストルの言いたいことは他のみんなも理解している。

 アスナが会議で起こりうる事態をどう思うのかも分からないし、ボス戦ではパーティーの連携を乱すかもしれないのだ。

 

「……それでも、会議を引き合いに出すしか方法はなかった。不安なのは分かるけど、少なくともあいつには希望が必要だ」

 

「そうだね。それに本当に諦めてるなら、最前線でレベリングなんてしないと思うよ」

 

 キリトの言葉にマーベラスも賛同した。

 誰もが希望を求めて戦っている。最前線にいるプレイヤーはもちろん、浮遊城で必死に生きている者たちも同じだ。

 きっと、先程の女性プレイヤー――アスナも。

 その後、キリト達は数分後にトールバーナへと戻り、パーティーは解散となった。

 

 果たして、どれくらいのプレイヤーが集まるのか?

 

 

 




 原作ではキリトとアスナだけでしたが、アイメモでは他のキャラクターもいるため、それぞれにどういうセリフをどのタイミングで言わせるのか、悩みました。




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攻略会議、始まる

 十四時五十分。アインクラッド最初となる攻略会議まで残り十分となる中、噴水広場にはキリトを始めとするプレイヤー達が集まっていた。

 キリトの隣には、迷宮区で出会った細剣使いの女性プレイヤー――アスナもいる。

 パーティーが町に入ってから解散した後、キリトはエトワールら三人の泊まっているNPCベーカリーで共に昼食をご馳走になった。

 それでもまだ少し時間に余裕があったため、エトワール達は迷宮区で手に入れた素材で武器を強化すべく鍛冶屋へ、キリトはポーションを購入するために店に立ち寄ることにしたのだ。

 用事を終えたらそのまま広場へ向かうことにして別れたのだが、買い物を終えたキリトは行く途中でベンチに座っているアスナを見かけたのだ。

 町中でもフードをかぶっていたアスナは、ちょうど黒パンを食べようとしていたところだった。おせっかいがしたくなったキリトは隣に座り、前の村のクエスト報酬で手に入れたクリームを分けてあげたのだ。

 黒パンに塗って食べたアスナは、かじりつくように早く食べていた。口では言わなかったが、無我夢中で食べていた様子を見るに美味しかったに違いない。

 それからは共に噴水広場へと向かい、今に至る。親睦会に参加していたメンバーは既に到着していた。

 ただ、アルゴだけは離れた場所の物陰から様子を伺っている。アルゴは攻略には参加こそしないが、事の成り行きは気になるようだ。

 キリトは周りを見渡し、参加者の人数を数える。

 

(五十五人、か……)

 

 キリトから見れば少ない数だった。

 SAOは最大七人までの一パーティーを八つまで束ね、最大五十六人までの連結(レイド)パーティーを作れる。死者をゼロにすることを考えるなら、もう一レイド作って交代制を敷ければ良かったのだが、そう都合よくはいかない。

 

(……こんなに、たくさん……)

 

 一方、アスナはこの人数を多いと認識していた。

 誰でも死ぬのは怖い。だから死のリスクが大きいフロアボス戦に参加するのは少ないと思っていたのだ。

 キリトとは対象的だが、少なくともアスナは少しだけ希望を感じられた。

 とりあえず二人は階段に腰掛ける。キリトはリクと目が合ったが、互いに目を反らした。

 親睦会では、会議では知り合いだとバレないようにするため、話しかけないことを事前に打ち合わせている。元ベータテスターだとバレる可能性を少しでも下げるためだ。

 

「ハッ、お前ら来てたのか」

 

 キリトは聞き覚えのある声に反応した。だが、それは自分に向けられたものではなかった。

 

「三日前、迷ってたって聞いたからな。ビビって来ないのかと思ってたぜ」

 

「あれから考えて、攻略するって決めたの」

 

 どうやら、ジェネラルとエトワールが口論している最中のようだ。ジェネラルの挑発的な発言に対してエトワールの声は不機嫌そうで、一緒にいるスバルとレグルスも表情は険しい。

 

「そいつは良かった。せっかくの高価な指輪が腐っちまうかと思ってたぜ」

 

「そうならなくて、よかったね」

 

 エトワールのそっけない態度にジェネラルはチッと舌打ちをする。そんな光景を見ていたキリトは「はあ」とため息をついた。

 

「兄貴、そいつらを助けたヒーローも来てるぜ」

 

 仲間の一人が右親指でキリトの方を示すと、ジェネラルはそちらに視線を向けて近づいてくる。

 

「テメェも来てたか。ま、あれほどの実力者なら、来てもらわなきゃ困る」

 

(お前は大して強くなかったけどな……)

 

 偉そうなジェネラルに、キリトは無言のまま心の中でツッコんだ。

 デュエルしたことをストレートに言わないのは、当事者の一人だという事実が周りにバレないようにするためだろう。

 デスゲームでデュエルした自分がどう思われているかを気にしているのか、ただ単に負けたことを知られたくないのかは分からない。あるいは両方かもしれない。

 

「言っておくが、強いからって調子に乗って、足引っ張んじゃねえぞ」

 

「……ああ、善処するよ」

 

 キリトが穏便に返すと、ジェネラル達は空いている階段へと移動して座り込んだ。

 

「あの人達、知り合い?」

 

「あ、ああ、数日前にちょっとな……」

 

 アスナに尋ねられたキリトは、曖昧に答えた。

 詳しく話すと、デュエルしたことまで話さなければならなくなる。今のSAOでそんなことをしたなんて知られたら、正気の沙汰ではないと思われてしまうかもしれない。

 

「随分と上から目線で、生意気な人たちね」

 

 アスナの言う通り、それはキリトも感じていた。

 

 現在、SAOで最前線に立つプレイヤーは一割未満。そういう現実がジェネラル達を驕らせ、自分達が勇者なのだと思いこんでいるのだとキリトは推測している。

 やがて攻略会議の開始時刻――十五時となった。青髪をした一人のプレイヤーが立ち上がり、噴水の前にやって来る。

 

「はーい! それじゃ、始めさせてもらいます!」

 

 その人物こそ、攻略会議を計画した張本人だ。その場にいた全員が気を引き締める。

 

「みんな。オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! オレはディアベル。職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

 爽やかな笑顔で言うと、周囲から「ははは」と笑いが沸き起こる。

 

「ジョブシステムなんてねーだろ!」

 

「勇者志望かぁ⁉」

 

「かっこいいぞ、ナイト様ー!」

 

 茶化されても、ディアベルは嫌な顔一つしない。参加者の緊張を解くことが彼の狙いなのだ。

 ディアベルとはイタリア語で悪魔を意味する言葉だが、爽やかさといい、名前に似合わず騎士っぽい雰囲気をしている。

 

「それじゃ、まず最初にみんなに伝えたいことがある」

 

 青髪のナイトは先程の笑顔から、真剣な表情に変わった。

 

「……今日、オレたちのパーティーが迷宮区の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」

 

 その事実を聞き、「おおっ!」と感嘆の声を出す者、ざわめき出す者、いよいよかと言わんばかりに表情を引き締める者と様々な反応を見せる。

 

「ここまで来るのに一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリアできるって、プレイヤーみんなに伝えなくちゃならない。それが最前線にいるオレたちの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 非の打ち所がない立派な演説にパチパチ! と拍手が鳴り響く。

 ディアベルのおかげで参加者達の士気は高まっている。攻略という一つの目的のために、今ここにいるプレイヤー達の思いがまとまっていることをキリト達は感じていた。しかし……

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 そんなプレイヤー達の気持ちに水を差すかのように、最前列で座っていた一人のプレイヤーが声を上げる。

 広場にいる全員がその人物を注視した。男性プレイヤーで、小柄だがガッチリした体格、中でもサボテンのように尖ったような茶色の髪が印象的だ。

 男は立ち上がると、数歩前へ出る。親睦会に出たメンバーは、嫌な予感がしてならない。

 

「わいは《キバオウ》ってもんや。ボスと戦う前に、言わしてもらいたいことがある。こん中に、今まで死んでいった二千人のプレイヤーにワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

 

 キバオウは名乗ると、参加者達を見渡しながら濁声で言い出した。

 それによって、会場は先程の盛り上がりから一転し、緊迫した空気になる。

 

「……キバオウさん、君の言う《奴ら》とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」

 

「決まってるやないか!」

 

 ディアベルが厳しい表情を浮かべながら尋ねると、キバオウは断言した。

 今、元ベータテスター達の恐れていることが現実になろうとしているのだ。

 

 

 

 




 パーティーの上限ですが、原作では六人までですが、アイメモでは七人までにしています。そのため、レイドの上限も増えてます。

 あと補足なのですが、アスナがフードを被っているため、ミトはアスナの存在に気づいていません。
 いつ気づくのかはいずれ書きますので、お待ち下さい。




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波乱の攻略会議

「会議は、ベータテスターのせいで荒れる。おれのカンがそう言ってる」

 

 親睦会の夜、Zは断言した。

 会場にいるプレイヤー達も、その理由を察している。だが、情報を共有するためにZはあえて説明した。

 

「まず初めに、もう既に知っている人もいると思うけど、デスゲームが始まってから一ヶ月の間に、二千人近くの死者が出た」

 

「なっ――!」

 

「そ、そんなに……」

 

 初めて知ったリクとコハルにとっては、あまりにも衝撃的だった。たった一ヶ月で、一万人の虜囚の二十パーセントが、もうこの世にいないのだ。

 他のプレイヤー達も内心では動揺している。Zも残酷な事実を告げていることは自覚しているが、会議当日のためにも、更に恐ろしい可能性を言わなければならない。

 

「それで今、ビギナーたちの間である噂が流れている。『二千人のプレイヤーが死んだのは、元ベータテスターたちのせい』だってな」

 

「そ、そんな……どうして……」

 

 コハルの口から不安の声が漏れる。

 

「SAOがデスゲーム化した初日、多くのベータテスター達は生き残るために行動を起こした。早く次の町に向かうヤツらから、《はじまりの街》の周りでmobを狩るヤツらまでな」

 

「……………………」

 

 自分を生かすために、リクとコハル、クラインを置いていったキリトは、後ろめたい気持ちになった。

 

「ベータテスターは知識面ではビギナー達よりも優位だ。それを利用して生き延びたいって気持ちは分かる。ただ、中にはタチの悪いテスターもいてな。狩場を荒らしてレベリングを妨害したり、クエストを独占したりする身勝手な連中までいる。そのせいで、他のプレイヤーたちは強くなれないんだ。最悪の場合、無理してフィールドに出た挙げ句に命を落とす。会議の当日は、誰かが元ベータテスター達にその責任を追求する可能性が高い」

 

「でも、死んだプレイヤーがみんなビギナーとは限らないだろ」

 

 現状を説明するZに対し、リクは気持ちを落ち着かせて尋ねる。

 

「ああ、その通りだ。アルゴに調べてもらったところ、元ベータテスターの死者は推計三百人前後。おれは、そいつらが死んだのはベータテストと正規版の違いが原因だと思ってる。一部のダンジョンには、ベータテスト時代には無かったトラップがあったそうだしな」

 

「マジかよ……」

 

 ポルックスは血の気が引く思いだった。過去のMMORPGでも、同じ理由で失敗したのだ。もし慎重にならなかったら、自分と双子の兄、腐れ縁の金髪紳士も二千人の犠牲者の中に入っていたかもしれない。

 

「だったら、悪く言う人たちに言い返せば。テスターも悪い人たちだけじゃないとか、死んでるのはテスターも同じだとかさ」

 

「トワっち。正論を言ったって、その場は収まらないヨ。最前線のビギナーの大半は、噂を信じてル。逆効果にしかならなイ」

 

 エトワールの単純な意見に、アルゴは困った感じで返した。

 

「だけど、もしZの言う状況になったら、元テスター達が黙ってても解決しない。なんとかしてその場を収めないと、会議は進まないと思うよ」

 

 クロウの発言は最もだ。最悪の場合、痺れを切らして犯人探しならぬテスター探しが始まり、装備がいいという理由だけで疑われ、吊るし上げられるかもしれない。

 その場にいた全員が不安になる中、キリトは真剣な表情で、実力派プレイヤーを自称する男に尋ねる。

 

「Z、お前もしかして、何か考えがあるから俺達を集めたのか?」

 

「ああ、実はと言うと、会議の混乱を治めるための作戦を考えた。それをおまえたちに伝えるために、親睦会を開いたんだ」

 

 参加者達は関心した。特に最前線にいた元ベータテスター達は、Zが頭のキレる人物だと知っているため、流石としか思えない。

 

「いいか、作戦はこうだ……」

 

 それからZは、当日どうするのかを伝えた。

 とはいえ、実際に行動を起こすのは一人のみで、他のみんなは黙っているだけなのだが。

 

 * * *

 

「ベータ上がりどもはなぁ、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや」

 

 この場にいる元ベータテスター達の不安などお構いなしに、キバオウは主張を続けた。

 キリトは複雑な気持ちだった。内容の一部は理解している。自分も生き残るために、リク達や他のプレイヤーを置いてきたのだから文句は言えないし、トールバーナに着くまでは他のプレイヤーのことなど考えていなかった。

 だが、さすがに狩場やクエストを独占するといったマナー違反はしていない。一部の悪しき者達のせいで、他のテスターまで悪く言われるのは見当違いだ。

 だから、本心ではエトワールが言っていたように言い返したかった。元ベータテスターにだっていいヤツはいる、と。

 Zとアルゴは、アインクラッド全体のために動いていた。リクとコハルは置いてきたにも関わらず、自分を心配してここまで来てくれた。キリトにとっては、それが何よりの証明なのだ。

 

「こん中にもおるはずやで、ベータ上がりの奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムを差し出してもらわな共同戦線なんて夢のまた夢や!」

 

(そこまで言うのか!)

 

 キバオウの強引な要求に、キリトは息を呑んだ。

 それ自体は親睦会でZが予測していた懸念材料であったが、分かっていても元ベータテスターやその仲間達は不安で仕方がない。

 言う通りにしたとしても、納得できないビギナー達が淘汰する動きを見せるだろう。更に、テスター達は親睦会に参加したメンバーが全員ではないのだ。彼らが反駁する姿勢を見せれば、ビギナーとテスターの溝はより大きくなってしまう。

 

(K、そろそろじゃないのか⁉)

 

 キリトは横目で、少し離れたところにいる顎髭の男を見た。

 Zがキリト達に話した作戦、一つはどれだけ悪口を言っても我慢して黙っていること、もう一つはKが元ベータテスターが悪者ばかりではないことを論理的な事実で伝えることだった。話す内容に関してはZが伝えてある。

 Kも深刻そうな表情をしており、頃合いかと言わんばかりに立ち上がろうと両手を膝につけた時だった。

 

「発言、いいか?」

 

 Kが腰を上げる前に、一人のプレイヤーが手を上げた。

 全員、視線はその人物に向く。性別は男で筋骨隆々、チョコレート色の肌にスキンヘッドといった外見は厳つくて堂々としている。

 男は立ち上がってキバオウへと近づく。周りが見比べても、身長は男の方が高い。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪と賠償をしろ、ということだな?」

 

「そ……そうや」

 

 キバオウは一瞬気圧されながらも答えた。

 するとエギルは、ポケットから一冊の手帳を取り出す。それは、参加者全員がよく知っているものだった。

 エリア別攻略本。詳細な地形、出現モンスター、ドロップアイテム、クエストに関する情報までが細かく記載された、お手製のアイテムだ。

 

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。道具屋で無料配布してるんだからな」

 

「――――もろたで。それが何や?」

 

 キバオウは素直に答えるが、なぜそんな話をするのかが理解できていなかった。

 

「このガイドは、オレたちが新しい村や街に着くと必ず置いてあった。情報屋が早く行動するにしても、早すぎる。つまり、元ベータテスターたちが情報を提供していなければ、これほど迅速にはできないってことだ」

 

「なっ――!」

 

 エギルの主張にキバオウは目を丸くし、プレイヤー達がざわめき始める。

 攻略本は、アルゴがキリトやZ、知り合いの元ベータテスター達からの情報を元に、仲間達と共同で作ったのだ。

 ちなみに、キリトとZだけは攻略本を一冊五百コルで買っている。アルゴがそのお金を元手にしたからこそ、攻略本は最前線にいるプレイヤーはもちろん、まだ他の場所にいる人達にも行き渡ったのだ。

 

「いいか、情報は誰でも手に入れられたんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、どうボスに挑むべきなのか? それがこの会議で論議されると、オレは思っているんだがな」

 

「…………」

 

 エギルの至極真っ当な発言に、キバオウは返す言葉もなかった。

 

「キバオウさん、エギルさんの言う通り、今は前を見る時だ。たとえ元テスターでも……いや、だからこそ、その戦力はボス攻略に必要なものなんだ」

 

 ディアベルはキバオウを諭すように説得すると、ぐるりと階段に座る参加者達を見渡す。

 

「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、今だけは、この第一層を突破するために力を貸してほしい!」

 

「…………ええわ、ここはあんさんに従うといたる。いずれ白黒はつけさしてもらうけどな!」

 

 フン! と鼻息を鳴らすと、キバオウは元いた場所へと戻り、腰掛けた。

 

(何とか、乗り切ったな)

 

 キリトは心の中で安堵すると、再びKを横目で見た。作戦の重要人物だったはずの男は片方の眉毛をピクピクさせ、いかにも「俺の活躍の場を取られた」と言いたげに苦笑いしている。本来、エギルの発言はKが言う予定だったのだ。

 Kを気の毒に思ったキリトだったが、Zの考えた作戦は意外な形で成功……ということになった。

 

「会議を中断してすまなかったな。続けてくれ、ナイトさん」

 

 エギルは謝罪すると、自分の席へと戻った。

 キリトはそんな巨漢の男へと視線を移す。今まで、最前線にいるビギナーの多くが元テスター達への怒りを原動力として強くなったのだと思っていた。だが少なくとも、エギルというプレイヤーは噂に惑わされず、見た目より理知的な人物のようだ。

 予想どおり一悶着あったものの、最悪の自体は回避された。その後の会議は、ディアベルが明日に同じ時間帯で再び会議を行うことを伝えてお開きとなった。

 

 

 




 アイメモ、一周年を迎えました。他の二次創作に比べて読者は少ないと思いますが、これからも頑張っていきます。

 今回、ようやくZが親睦会を開いた真の目的が明らかになりました。
 騒動が収まった決め手は原作同様、エギルの発言(アイメモではKが言う予定だった)ですが、親睦会では参加者同士がフレンド登録をしたり等で、十分意味はあります。特にマーベラス達とエトワール達はD・Sを結成する要因の一つとなっています。




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結成、レイドパーティー

 2022年 12月3日 第一層 トールバーナ

 

 昨日の最初の攻略会議によって、プレイヤー達の士気は大きく高まった。そのためか、第一層迷宮区の最上階はキリトら元ベータテスターの予想を超えるスピードでマッピングされた。

 そして、昨日と同じ時間帯に二回目の攻略会議が始まる。参加者は昨日と同じ五十五人。誰一人欠けてはいない。

 ディアベルは自分の率いているパーティーがボス部屋を発見し、扉を開けて主の顔を拝んできたことを参加者達に報告。プレイヤー達は「おお!」と感嘆の声を上げ、中には自分の事のように喜ぶ者もいた。

 そして、とうとう明日の午前にボスを討伐することを会議の参加者達に伝えたのだ。今回の会議の内容は、戦うための作戦を立てることだ。

 

「それでボスに関する情報だが、実は先ほどガイドブックの最新版が配布された」

 

 青髪のナイトがそう言ってオブジェクト化したのは、羊皮紙三枚を閉じたパンフレットだ。

 アルゴの攻略本・第一層ボス編。その名の通り、この層のフロアボスに関する情報が細かく記載されている。親睦会の参加者達はZからの情報で即座に道具屋で手にしており、アスナも入手済み。もちろん、値段はタダ。

 

「ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》、取り巻きに《ルインコボルド・センチネル》がいる。ボスの武器は片手斧とバックラー。四段あるHPバーが最後の一段になると、曲刀カテゴリーのタルワールに持ち替え、攻撃パターンが変わるそうだ。取り巻きについては、武器は長柄斧(ポールアックス)。最初は三体だが、全て倒すたびに湧いてくるそうで、リポップの回数は三回、計十二体と戦うことになる」

 

 ディアベルが読み上げる内容は正確だが、キリトを始めとする元ベータテスター達には分かる。

 情報は、ベータテスト時代そのものだ。

 

「なお、最後のページには『情報はベータテスト時のもので、変更されている可能性がある』と書かれている。当日はその点も踏まえて、慎重に戦おうと思う」

 

 以上が、攻略本に書かれている内容の全てだ。

 他の親睦会の参加者達も既に攻略本を手にしているので知っている。しかし最後のページに赤ペンで書かれた一文は、元ベータテスターである可能性が高いと思わせるため、キリト達はアルゴの身をどうしても案じてしまう。またビギナーと元テスターの間に不和が生じれば、アルゴが真っ先に非難の対象となるからだ。

 昨日の夜、キリトは部屋にやってきたアルゴからベータテスト時代のボス情報を出すことを予め聞いていた。Zからも了承を得ているそうだ。

 キリトも大丈夫なのかと心配したが、「オレっちなりの覚悟だヨ」と返された。攻略に参加しないアルゴの、犠牲者を出させないために役立ててほしいという意思表示なのだろう。

 確かにベータテスト時の情報だと書いたおかげか、ディアベルの安全策には誰も反対していない。ならば、アルゴの覚悟を無駄にしないためにも犠牲者ゼロでクリアしなければ。

 

「ボスの情報は以上だ。次は当日のボスとの戦い方について話そうと思う。だけどその前に、レイドの形を作らないと役割分担もできないからね。みんな、まずは仲間や近くにいる人と、パーティーを組んでみてくれ!」

 

(……ま、そうなるよな)

 

 キリトは落ち着いた感じで、ディアベルの提案を受け入れていた。

 ソロのままだったら慌てていただろうが、今は違う。

 

「キリトーっ! 私たちと組もうよ!」

 

 案の定、エトワールが大声で手を振って近づいてきた。他のプレイヤー達も反応し、視線は長身の美少女に向く。明らかに目立っており、ついてきたスバルとレグルスも頭を抱えている。

 

「あ、ああ……」

 

 キリトは苦笑いで応じるが、気になるのは視線をキリトに移した野郎どもだった。その眼差しは嫉妬に満ちており、キリトは居心地の悪い気分になってしまう。そんなキリトを見た親睦会の参加者達も苦笑いしたり、目を背けたりしている。

 

「よう、キリト」

 

「私たちも入っていいですか?」

 

 そんな中、何気なく声をかける二人の人物がいた。リクとコハルだ。

 

「ああ、いいぜ」

 

「よしっ、これで六人だけど、あとは…………あ」

 

 最後の一人を探して辺りを見渡すエトワールは、階段に座っている女フェンサー――アスナを見つけた。

 

「今日も来てくれたんだ。もしかして、あぶれちゃった?」

 

「…………あぶれてないわよ。周りがみんなお仲間同士みたいだったから遠慮しただけ」

 

((((((明らかにあぶれてる…………))))))

 

 何気なく聞いたエトワールだが、癇に障ったのかアスナは不機嫌そうに返した。何だか強がっているようにも見える。

 

「だったら、私たちのパーティーに入らない?」

 

 それでもエトワールは嫌な顔一つせずアスナを誘う。キリトは少々不安はあるものの、悪い気はしていない。スバルとレグルスは反対しても無駄な気がしたので、諦めてしまっている。リクとコハルはアスナと初対面だが、受け入れる気だ。

 

「…………じゃあ、そうさせてもらうわ」

 

 迷いながらもアスナは受け入れた。

 こうしてキリト達は七人でパーティーを組むことができたのだった。

 

 

 

「よし、パーティーを組むことに関しては問題ないかな」

 

 会議の参加者達の様子を見ていたディアベルは、安心した感じで呟いていた。

 開いた本人はもともと六人組で、そこにZを加えて完成している。昨日の会議で目立ったキバオウとエギルも七人揃えたようだ。

 

「なあ、ディアベルさん、あそこ……」

 

 突如、Zが声を掛けてきた。彼が指を差した方向には、白地のフーデッドコートを着た銀髪のプレイヤーが階段に座り込んでいる。雰囲気からしてあぶれていることは確かだ。

 ディアベルのパーティーはもう七人でいっぱいなため、仲間に入れることはできない。だが、どうも気になったので青髪のナイトは声を掛けることにした。

 

「キミ、ちょっといいかな?」

 

「…………俺のことか?」

 

 反応した。中性的な顔立ちで性別は分からなかったが、声の低さと一人称からして男のようだ。

 ディアベルは頷き、問いかける。

 

「攻略には参加するのかな?」

 

「一応、する意思はある」

 

「仲間はいないのかい?」

 

「いない。ソロだ」

 

「パーティーには入らないのかな?」

 

「人数の少ないところに入る」

 

 男性プレイヤーはどの質問にも淡々と答える。

 ディアベルとZは、このプレイヤーを不思議に思った。彼は生粋のゲーマーでもなければ、仮想世界に興味本位で入ったド素人とも違う。何か独特の雰囲気を纏っている気がしたのだ。

 

「よければ、名前を教えてくれないかな?」

 

「……アキュラだ」

 

「アキュラ、あそこなんてどうだ?」

 

 Zがそう言って指差したのは、ジョーカー達のパーティーだ。親睦会に参加したメンバーで構成されており、人数は六人。一人分の空きがある。

 アキュラの性格や実力は不明だが、上手くやっていけるだろう。Zのカンはそう言ってた。

 

「分かった」

 

 何の文句も言うことなく、アキュラはジョーカー達のところへ向かって行った。

 その後、ディアベルはそれぞれのパーティーを検分。一部のプレイヤーを別のパーティーと入れ替えさせてもらい、それぞれを攻撃(アタッカー)部隊、(タンク)部隊、支援(サポート)部隊と、目的別に再編成することにした。

 攻撃部隊は高機動高火力をコンセプトとし、片手武器、両手武器の使い手が中心だ。壁部隊は盾、両手武器による防御、支援部隊は長柄武器による敵の行動の阻害を目的としている。尚、ヒロはジョーカー率いるパーティーから支援部隊に移動させた。パーティーを守らせて支援をサポートしてもらおうというのがディアベルの考えだ。

 こうしてレイドは完成。それぞれ役割を与えられたパーティーは、部隊を指揮するリーダーの名前をつけて呼ばれることになり、それぞれのリーダーが簡単な挨拶をし、ディアベルは当日の作戦を伝えた。

 最後にコルは全員で自動均等割り、経験値はモンスターを倒したパーティーのもの、アイテムはゲットした人のものというルールをディアベルが提案し、全員異存はなかったので無事に採用され、二回目の攻略会議は終了した。

 

 

 




 祝! アイメモ本編、五十話達成‼

 ちなみにアイラジは数に含まれておりません。

 さらに、アキュラが参戦! アイメモのGVとは上手くやっていけるのか?

 これからもアイメモをよろしく!




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思いがけない再開

「うーん、終わった終わった」

 

「ったく、姉貴は呑気だな。明日は命がけのボス戦だってのによ」

 

 伸びをしながら言うエトワールに、スバルは呆れながら言った。

 

「まあ、怖くないって言ったらウソになるけど、みんながいるから、だいじょうぶって思えるし」

 

「ふふっ、エトワールさんが言うと、何だか安心しますね」

 

「確かに、ムードメーカーって感じがするな」

 

 コハルとリクも長身の美少女の明るい笑顔を見ていると、自然と気持ちが落ち着いてくる。

 

「けど、姉貴は素直なせいで無駄に人を引きつける。特に同性はな」

 

「ああ、過去にはエトワールを巡って、女子達の間で諍いも起きた」

 

「そ、そうなのか……」

 

 エトワールの実の弟と幼馴染の発言で、キリトは困惑した。リクとコハルも「あはははは……」と苦笑いだ。

 長身でモデル体型に憧れる女の子は多いが、エトワールの頭部は宝塚の男役のようなイケメンではなく、どちらかといえばカワイイ系だ。まだ分からないが、彼女の場合は中身に同性を引きつける魅力があるのかもしれない。

 

「キリト、みんな」

 

 ジョーカーと同じ部隊のメンバーがキリト達の前にやってきた。

 キリトとジョーカー、二人が率いる部隊に与えられた役目はルインコボルド・センチネルの排除。大半は親睦会の参加者なのだが、同じ目的を持つ部隊なので、交流のために話していても怪しまれない。

 

「いよいよ明日だな」

 

「ああ、お互い頑張ろうな。ところで、そいつは?」

 

 キリトが気になったのは、一番後ろにいる白地のフーデッドコートを着た銀髪のプレイヤーだ。

 

「彼は俺達のパーティーに入れてくれって頼んできたプレイヤーだ」

 

「アキュラだ、よろしく」

 

 ジョーカーが紹介するとアキュラは名乗り、キリトも「よろしくな」と返した。

 

(ん、待てよ。こいつ、どこかで見たような……)

 

 キリトはどうも、アキュラの顔を初めて見た気がしなかった。少なくとも昔の友達や同級生ではなかったはず。だとしたら、テレビに出たことのある有名人だろうか?

 

「ところで、そこのフードを被ったプレイヤーは?」

 

「え……あ、ああ、コイツか」

 

 アキュラのことを思い出そうとしていたキリトは、突然クロウに尋ねられて反応が遅れた。

 

「昨日、迷宮区でmobと戦ってるところを見かけてな。細剣使いで、実力は確かだ」

 

「確かその時は、クロムとKもキリトと同じパーティーだったな?」

 

 ジョーカーは同じ隊のメンバーに尋ねる。

 

「うん。俺から見ても、あの《リニアー》の完成度は高かった」

 

「mobに攻撃する時も、弱点を正確に突いてた。命中精度は申し分ない」

 

「……………………」

 

 高く評価されているにも関わらず、アスナはだんまりである。目深に被ったフードからは目元がよく見えず、口元は固く閉じたままだ。

 

「ほーら、アスナもなにか喋りなよ。褒められてるんだしさ」

 

(アスナ?)

 

 朗らかなエトワールの口からでた細剣使いの名前に、ミトは反応した。

 

「強くなるために練習しただけよ。褒められたかったわけじゃない」

 

「……随分素っ気ないね」

 

「ま、まあな」

 

 冷たい態度のアスナにクロウとキリトはやや困惑気味である。おかげで周りも微妙な空気だ。

 

「やあ、みんな」

 

 ちょうどヒロがキリト達のところにやってきた。一人で来たことから、移動先である支援部隊は既に解散しているようだ。

 

「ヒロか。明日は頼りにしてるぜ」

 

「うん。ところで、みんなはこれからどうする? 僕は鍛冶屋に行って、盾を強化しようと思うんだけど」

 

 リクの励ましの言葉に頷くと、ヒロは自分の予定を話した上でキリト達に訪ねた。

 

「そうだな……どうする?」

 

「狩りをするのはどうだ? 俺達の役割は取り巻きの殲滅だからな。少しでも部隊同士の連携に慣れておいたほうがいい」

 

 キリトがジョーカーに振ると、納得のいく案を出してくれた。

 確かに、今回は昨日の一パーティーと違って二レイドであるため、人数が多くなるので連携の難易度は上がる。何より、新顔のアスナとアキュラもいるのだ。二人のことをよく知るにもちょうどいい。

 

「じゃあ、そうするか。みんなもいいよな?」

 

 キリトは賛同し、他のみんなにも確認したところ、全員頷いた。

 

「……………………」

 

 ただ一人、ミトはアスナの方ばかり見ていたために話を聞いていなかった。

 

「ミトはどうだ?」

 

「……え、な、何?」

 

 Kに声を掛けられ、ようやくミトは我に返る。

 

「明日のために、今から狩りに行って連携の訓練をしようって話だけど……」

 

 クロムはミトが話を聞いていなかったことを察して説明した。

 

「そ、そういうことね。私もそれでいいと思う」

 

「なら、これで全会一致だな」

 

 ジョーカーは全員の意思を確認した。

 とはいえ、狩りができる時間はせいぜい二時間近くで、狩れる数はそんなに多くないだろう。

 トールバーナの周辺は、夜になると強力なモンスターがポップする。安全のためにも、日没までには街に戻らなければならない。狩場を探すにしても近くに限定されるし、他のプレイヤー達と取り合いになれば、明日の戦闘での連携にも支障が出る。早いもの勝ちと考えた方がいい。

 現に、解散した後は他の攻撃部隊と壁部隊は既に広場を去っており、エギルと組んだマーベラス達ですらもういないのだ。

 

「よし、じゃあ――」

 

「待って」

 

 キリトが声を上げようとすると、ミトは途中で遮った。彼女はすぐに細剣使いの女性プレイヤーの元へと近づき、目の前に立つ。

 

「ねえ、そのフードを取ってくれる?」

 

「…………え?」

 

 突然ミトからそんなことを言われ、女フェンサーは動揺する。周りにいる仲間達も黙ったままだ。

 

「……………………」

 

 僅かな沈黙の後、アスナはフードを取った。

 そこには美しい顔とハーフアップにした綺麗な栗色のロングヘアがあった。その美貌は仲間達も目を見開くほどだ。

 

「やっぱり、アスナだったのね!」

 

 ミトは笑みを浮かべるが、当のアスナはキョトンとしてしまう。

 

「ほら、私の顔を見て。わかるでしょ?」

 

「…………あ、もしかして……兎沢(とざわ)さん⁉」

 

 ハッとして思い出すアスナだが、リアルと思わしき名前を言われたミトは慌てて右手でアスナの口を塞ぐ。

 

「アスナ、MMORPGでリアルの名前を言っちゃだめだから!」

 

 驚いていたとはいえ、さすがに失言だったと悟ったアスナはうんうんと必死で頷き、ミトは手を離した。

 

「あの、ふたりは知り合いなんですか?」

 

 コハルが疑問に思っていたことを訪ねた。周りのみんなも、ミトとアスナがリアルでも関わりがあったことは先ほどのやり取りで察している。

 

「ええ、私たち友達なの。今日までSAOにいるなんて知らなかったけど」

 

「わ、私も……あなたがここにいるなんて、ビックリしたわよ」

 

 ミトは何気なく答えたが、アスナは思いがけない再開にまだ少し狼狽えている。

 

「そ、そうなのか……」

 

 キリトだけではなく、一昨日から今日までミトとアスナに知り合った親睦会のメンバー達も、二人が友達だったとは驚きである。

 

「ねえ、悪いんだけど、私とアスナはパーティーを抜けていいかしら? 色々と話したいことがあるから」

 

「わ、私からも、おねがい……」

 

 ミトはアスナと二人きりの時間がほしいと仲間達にお願いし、更には先ほどまでの人を寄せ付けない雰囲気だった女フェンサーの方からも頼まれてきた。

 

「いいんじゃないか? せっかくの再開だし」

 

「俺も構わない」

 

「俺もいいぜ。みんなは?」

 

 キリトとジョーカー、双方の部隊長は許可した。リクも賛成し、みんなの意見を聞く。

 

「私もいいよ。友達との時間も大切だし」

 

「私もオッケーだよ」

 

「俺もいいぜ。無理強いも良くないしな」

 

「ああ、攻略も大事だが、長らく離れていた友との語らいも大切だ」

 

 コハル、エトワール、スバル、レグルスの四人も賛同した。

 

「俺も、二人がそうしたいなら」

 

「右に同じだ。クロウとアキュラはどうだ?」

 

 クロムとKも答えはイエス。後は残る二人だ。

 

「……はあ、ダメだって言える空気じゃないね」

 

「俺はどちらでもいい」

 

 本心ではノーだったクロウは観念し、アキュラはどっちつかずの答えだが、ミトとアスナはほぼ全員から許可をもらうことができた。

 

「なら、決まりだな。せっかく再開できたんだ。一緒にいる時間を大切にしろよ」

 

「ありがとう」

 

 リクの温かい言葉にミトはお礼を言い、アスナと共にパーティーを離脱してその場を去った。キリト達はそんな二人の背中を見つめる中、クロウは言った。

 

「君たちは、本当にこれでよかったって思うのかい?」

 

 どうやら、まだ納得しきれていないようだ。

 メンバー達も分かっている。これから行う狩りは連携の訓練も兼ねており、明日ボス戦に参加するプレイヤー二人が抜けると、戦いに響いてくる影響は小さくない。

 

「俺はこれでよかったって思うけどな」

 

 だが、それでもキリトは後悔はしてなかった。

 

「アスナってさ……なんか必死になって周りが見えてない気がするんだよな。そんな時に、自分のことを知ってる友達がいれば、精神的に余裕もできるんじゃないか?」

 

「なるほどね。つまり頑ななアスナも、友達のミトのおかげで明日は上手く連携してくれると」

 

 合理的に解釈するクロウにキリトは「ま、まあな」と返した。

 

「アスナのことはミトに任せればいいだろ。それより、早く狩場に行こうぜ」

 

 Kに促され、キリト隊とジョーカー隊のメンバーはフィールドへと向かい、ヒロも盾を強化すべく鍛冶屋へと向かった。

 ミトがアスナの心を開いてくれると信じて。

 

 

 




 アスナとミトはようやくお互いがSAOにいることを認識しました。

 次回は二人のやり取りに関する話ですが、ほぼ本作オリジナルです。お楽しみに。



 お詫び

 すみません。この日が投稿する第三日曜日だということを忘れてました!
 なので投稿する時間帯が大幅に遅れました。申し訳ございません‼


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女子校のお嬢様二人

「…………おいしい」

 

「よかった。アスナの口に合うみたいね」

 

 アスナはミトに菓子屋の二階の一室に連れられ、テーブルに置いてある丸くて大きな一粒のアーモンド乗せクッキーを勧められて食べていた。

 部屋に入った際に「ここが私の借りている部屋よ」と聞かされた時、アスナは驚きを隠せなかった。今まで宿泊できると思っていた部屋は【INN】の看板が出た宿屋だけだと思っていたが、この部屋は一晩九十コルで借りられ、しかも食事、お風呂付き、紅茶も飲み放題という贅沢さだ。

 現在、アスナとミトは椅子に腰掛け、向かい合う形で紅茶を啜りながらクッキーを食べている最中だ。

 この二人はリアルで同じ学校――私立エテルナ女子学院の生徒である。とはいえ、最初から仲がよかったわけではなく、クラスメイトで互いに顔を知っている程度の関係だった。

 アスナとミトが友達になったのは、ある日の出来事がきっかけだった。その日ミトは駅前のゲームセンターの大会に出場していたのだが、その様子を通りかかったアスナに見られてしまったのだ。

 ミトは大会の途中でアスナに気づき、『終わるまで待っていて』と懇願したが、用事があるからと帰ってしまった。

 お嬢様校に通う一生徒がゲーセンの大会に出ていたことが学校中に知られれば、内申書に何を書かれるか分からない。焦ったミトは早急に問題を解決すべく、次の日アスナに『放課後に屋上で話がある』と伝えて呼び出した。

 アスナは学年一の優等生。風紀の乱れを指摘されることを覚悟の上で、大会に出ていたことを黙っててほしいと頼むつもりだったが、彼女は注意するどころか、「おらおらおらー!」と雄叫びを上げていたミトをかっこいいと言い出したのだ。

 更に話を聞くと、私もああなりたい、憧れるとのことで、大会のことは内緒に内緒にしてくれると約束してくれた。そのかわり、ゲームのことを教えてほしいと頼まれ承諾。その日から、アスナとミトはゲームを通じて交流するようになったのだ。

 

「アスナもMMORPGに興味を示すなんてね。やっぱり、仮想世界に関心があったから?」

 

「…………」

 

 クッキーを美味しそうに食べていたアスナの顔が暗くなる。

 ミトは自分の迂闊さを悟った。浮遊城にやってきた理由を聞けば、SAOにダイブした後悔を思い出させるということに考えが及ばなかったのだ。

 

「あ、ごめんね。嫌なこと聞いたね。言いたくなかったら……」

 

「ううん、だいじょうぶだから」

 

 友達に余計な心配を掛けさせまいと、アスナは無理に笑顔を取り繕い、話し始める。

 

「兄さんがコネでナーヴギアとSAOを手に入れてね。その日に目を輝かせながらVRMMOの話をして、それで少し興味が湧いたのよ。本当は兄さんがこの世界に来るはずだったんだけど、急に海外の出張が決まって……だから頼んだの。一日だけ貸してほしいって」

 

「そう、だったの……」

 

 ミトには運命の悪戯としか思えなかった。兄は出張のおかげで事件に巻き込まれずに済んだが、逆に妹は興味本位にダイブしたせいで浮遊城の虜囚となってしまったのだから。

 

「この世界がデスゲームになった後も、すぐに外から助けが来るって考えて、宿屋の一室に籠もってた。でも全然来てくれなくて、日が経つに連れて焦ったの。数学の課題を片付けなきゃいけないのに、もうすぐ受験なのに、新学期が来るのに……挙げ句に、私の人生終わったって思った」

 

「…………」

 

 どんな言葉を掛ければいいのか、ミトには思いつかなかった。

 自分達の通う学校には将来を有望視されている生徒は多いし、それをプレッシャーに感じている人もいる。優等生であることから、アスナもその一人なのだろう。こんな事件に巻き込まれたせいで躓き、将来を悲観するのも無理はない。

 

「だから最初は、ゲームのクリアに貢献して英雄になろうって思ったの。そうすればリアルに帰っても、私を見る目は少しは変わるんじゃないかって思ったから」

 

「それで、がんばってここまで来たのね」

 

「うん。準備をして狩りに行こうとしたら、他のプレイヤーに呼び止められたの。『塾』をやってるから、初心者なら参加したらって」

 

「……塾?」

 

「親切なプレイヤー達が、初心者がSAOを生き延びることができるようにって始めたみたい。MMOの専門用語から、スキルについての説明、ソードスキルの出し方からダメージを与えるコツまであって、全て必死に覚えたわ」

 

 初日から『はじまりの街』を出たミトには初耳だった。

 塾を開いた人達の中には元ベータテスターもいるに違いない。SAOのスキルや戦い方を上手く教えるには、経験者が必要不可欠だからだ。

 しかし、デスゲーム化の影響でショックを受けているにも関わらずボランティアをしているプレイヤーがいるとは思わなかった。自分は生き残ることに必死だったというのに。

 ミトは話を聞いているうちに罪悪感に駆られ、口から一言こぼれ出た。

 

「…………ごめんね」

 

「え?」

 

 急に頭を下げたミトにアスナは呆然とした。

 

「SAOがデスゲームになったその日、私は自分が生き残るために街を出たの。あなたがこの世界に来ていたのを知らなかったけど、それでも……あなたを含めた街に残っているプレイヤー達を見捨てた」

 

「そ、それって……」

 

 アスナはその行動が何を意味するのか想像できた。

 ミトは頭を上げ、アスナは次の言葉で絶句した。

 

「そうよ……私は……元ベータテスターなの」

 

「…………」

 

 噂には聞いている。一ヶ月で二千人も死んだのは、元ベータテスター達が初日早々から他のプレイヤー達を見捨ててリソースを独占したからだと。

 まるで身勝手なように言われる彼らだが、アスナはその噂をまともに信じるほど単純ではない。塾で講師と思わしきプレイヤーが元テスターだと察していたし、攻略本が迅速に無料配布されているのは情報を提供したからだと昨日の会議でエギルが言ったばかりなのだ。

 

「……ミト、自分が生き残るためだったとしても……私は、あなたを許すわ」

 

「でも、他人よりも自分を優先したのよ?」

 

「もしあなたが自分のことしか考えない薄情者なら、こうして謝ったりはしないでしょ? それに、生きたいって気持ちは悪いことじゃないから。数日前の私なんて、まだ最初のフロアを突破できてないって知ったときは、攻略を諦めてどう死ぬかを考えてたくらいだから」

 

「…………」

 

 今度はミトが絶句する番だった。

 目の前の友達は閉じ込められて自分の未来が不安になっただけでなく、攻略を始めたら始めたで絶望して自殺願望を抱くようになっていた。

 自分が強くなって生き延びることしか考えてなかったミトは、アスナのために何ができるかなどすぐには思いつかなかった。

 それでも、伝えたい言葉はある。だからミトは椅子から立ち上がってアスナの側に寄り添い、優しく友の体を抱きしめた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「本当にごめんね。今まで苦しんでいたあなたのために何ができるか分からない。でも、これだけは言わせて」

 

 アスナが驚くのも関係なく、ミトは言葉を続ける。

 

「クリアしても、リアルに帰ったらどうなるかわからないけど、私にとってアスナは大切な友達だから死んでほしくない。だから、一緒にクリアを目指そう。そして……一緒に帰ろう」

 

「…………うん」

 

 友達の思いを聞いたアスナの目には、自然と一粒の涙が流れ落ちた。

 

「じゃあ、約束して。私は死なないから、ミトも絶対に死なないって」

 

「もちろんよ」

 

 ミトは優しく返す。ようやく、心の重荷が少しばかり軽くなった気がした。

 浮遊城に閉じ込められてから、アスナには絶望ばかりだった。しかし、その心に希望の光が差し始めているのを、彼女自身が感じ始めている。

 自分が生きることを望んでいる友のためにも死ぬわけにはいかない。この日、アスナは強くそう思った。

 

 

 




 最初に出てきたクッキーは、オランダのへフルデクークをイメージしています。
 SAOの街には外国の文化を再現しているものがあり、スタッフの中に世界旅行を趣味としている人がいたり、他国の文化を知るのに貪欲な人がいるのでしょう。

 さて、『最初の攻略会議』は次で最後となります。お楽しみに。


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フロアボス戦前夜

「…………ふう」

 

 アスナは椅子に腰を降ろし、クッキーを食べながら紅茶を飲んで一服していた。その一方でミトはお風呂で入浴中である。

 まさかSAOに風呂があるとは、アスナは今日まで思いもしなかった。安い宿屋には無かったし、仮想世界では体を洗う必要がないので期待してなかったが、ミトが「せっかくだし、お風呂に入る?」と言った時は衝撃が走った。しかも先に入らせてくれたので、今は気分がいい。

 

(クッキーもいいけど、あのクリームを乗せた黒パンもいいかも…………あ)

 

 そんなことを考えていると、ふとキリトのことを思い出した。

 迷宮区で出会い、攻略会議に出る切っ掛けを与えた少年剣士。会議に出る前に偶然再開し、小腹を満たすために食べようとした黒パンにクリームを乗せて分けてくれた。

 そんな彼は、食べ終わった後に「すまない」と謝った。その後も責任を感じているようなことを言っていたが、その時は分からなかった。だが、最初の攻略会議で起きた諍いを考えれば、キリトも元ベータテスターなのかもしれない。

 だから、自分と彼が生き残ったら時はそのことについて聞こうと思っている。決して責めはしない。ただキリトのことを少し知りたくなっただけだ。

 アスナはまだ中身の入ったティーカップを受け皿の上に置いた。メニューウインドウを出現させると、アイテム欄から武器をオブジェクト化させて両手で受け取る。

 武器の名はウインドフルーレ。ミトからお詫びの印にもらった新しい細剣である。彼女によると、迷宮区のあるモンスターがドロップするアイテムで、序盤最強クラスの武器とのこと。

 今まで使っていたのはアイアンレイピアだが、友達が『はじまりの街』でも買える武器を最前線で使用していたのを知ったミトからは「よくそんな武器でここまで来れたわね」と呆れられてしまった。

 一応、『塾』でも武器を更新することの重要性は教わっていたが、時が経つにつれて絶望感が増していったアスナはすっかり忘れてしまっていたのだ。

 鞘から引き抜き、刀身が顕になる。淡く輝く刃はまだ強化していないにも関わらず、今まで使っていたアイアンレイピアとは比べ物にならない。

 友が与えてくれた細剣を見つめ、アスナは強く思う。

 

(必ず、生き残ってみせる‼)

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ようやく、ここまで来たね」

 

「ああ、最初の会議で予測できた問題は何とか切り抜けられた」

 

 夜、ディアベルとZは密会していた。もちろん、Zの借りている部屋でだ。

 

「まず、ありがとな。アンタが教えてくれて助かったよ。キバオウさんが元テスターに不満を抱いてるってな」

 

 Zが親睦会を開いたのは、そういうことだ。

 ディアベルはこのトールバーナでキバオウと出会い、意気投合した。親しくなった際に酒場で飲み交わしていた時、彼の中にある元テスターに対する愚痴を聞いたのだ。ディアベルも同じだと知らずに。

 Zは密会の際にそれを予め聞いていたからこそ、仲間達にも危機感を持つよう伝えることができたのだ。

 

「いや、オレの方こそ礼を言いたい。攻略本の迅速な無料配布が、元テスターの情報提供のおかげで成り立っている。それをビギナーであるエギルさんが伝えることでその場を収める。見事な作戦だった」

 

「違うよ」

 

「……え?」

 

 予想外の発言に、ディアベルは唖然とした。

 

「攻略本の話を引き合いに出す作戦は仲間と一緒に立てていた。昨日まで名前も知らなかったエギルさんがそれを言うのは、想定外だったよ」

 

「そうなのか」

 

「ああ。とはいえ、嬉しい誤算だった。仲間に言わせてたら反論する可能性もあったからな。ある意味、賭けだった。でもエギルさんは堂々としていて迫力があったから、雰囲気的に言い返せなかっただろうな」

 

「そうだね。エギルさんのようなプレイヤーは貴重だ」

 

 フロアボスを倒した後は、そんな理知的な人が更に攻略に加わってくれれば心強い。ディアベルがそう思っていると、Zはメニューウインドウを出現させ、一連の動作で十本の瓶とあげせんの入ったメイソンジャーをテーブルの上にオブジェクト化する。

 

「これは?」

 

「おれの仲間たちと、攻略に参加しない元テスターからの選別だ。あげせんはおれの奢りな」

 

 あげせんはともかく、貴重な回復ポーションを明日の攻略に参加するプレイヤーのために分けてくれるとは。ディアベルはありがたみを感じずにはいられなかった。

 

「あと、もしおれがLAを取ったら、そのアイテムはアンタにやる、ってことでいいな?」

 

 確認のために聞いたZにディアベルは「ああ」と返し、ポーション十本とあげせんを自身のストレージに入れた。

 

「じゃあ、そろそろ失礼するよ」

 

「ああ、また明日な」

 

 こうして、ディアベルとZの第一層最後の密会は終わったのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……とまあ、最初の攻略会議はホント冷や汗もんだった」

 

「思ったより張り詰めた感じね……」

 

 リクから話を聞いたシノンは表情が引きつっていた。当時の状況を知る元ベータテスターから見れば、気が気でないことは想像できる。

 

「…………リクさん、ちょっといいですか?」

 

 途中から険しい顔をして聞いていたリーファは尋ねる。

 

「元テスターのみんなを会議で非難したのがキバオウさんだってこと、初めて知ったんですけど」

 

「……え、知らなかったのか? てっきり、誰かから聞いてるって思ってたけど……」

 

「ん――――っ」

 

 リーファは唸り声を上げる。リクは嫌な予感がした。

 

「ごめん」

 

 断りを入れ、持っていたグラスをテーブルの上に置いたリーファは案の定キリトのところへと向かっていく。

 

「ちょっと、お兄ちゃん!」

 

(……悪いな、キリト)

 

 リクは戦友に心のなかで謝罪した。リーファは今日まで、一時期は同じく攻略していたプレイヤーの一人がキリトとその仲間達を糾弾していたことを知らなかったのだ。兄妹なのにどうして話してくれなかったのかと怒るのも無理はない。

 

「と、ところで、ミトさんも本当は来るはずだったんだけど、三日前に熱を出しちゃったみたいで、親から家で休むように言われたみたい」

 

「そうか……残念だな」

 

 コハルに言われ、リクは紫色の髪をしたロングポニーテールの鎌使いを思い出した。共に最前線で活躍した仲間が体調不良で来られないのは残念な気がしてならない。せめて、明後日の帰還者学校の入学式には健康な状態で会えるのを願うばかりだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ピピピピッ! ピピピピッ!

 

「…………三十七度一分、か……」

 

 部屋のベッドで横たわっていた少女は、体温計に表示された数字を見てホッとする。

 

 兎沢深澄(とざわみすみ)――SAOでミトというプレイヤーだった彼女は、三日前に風を引いてしまった。

 その日、昼食を買いに近くのコンビニに出かけたのだが、帰りの大雨でずぶ濡れになって体が冷えたのが原因だ。

 

(…………みんなに会いたかったな……)

 

 はあ、とため息をつきながらミトは体温計を枕元に置いた。

 事前に天気予報を見ていれば。曇り空を見た時に予め傘を持っていけば。なんとなく寄った雑誌のコーナーで、人気シリーズの格ゲーの特集をやっていたゲーム雑誌を十五分も立ち読みせずに思い切って買っていれば。僅かな手間とお金を惜しんだ結果がこれだ。ミトはどうしても悔やんでしまう。

 明後日の帰還者学校で仲間達とは再開できる。だが当日は教員達の説明やクラス分けで忙しくなるため、再開を喜ぶどころではないだろう。

 更に言えば、今日はリクの誕生日パーティーであり、エギルはリアルでも料理ができると聞いていたため、豪華なご馳走を期待していたのだ。

 

(アスナたち、今頃楽しんでるだろうな……)

 

 そんな嫉妬にも似た気持ちで落胆していると、ピロリン! と勉強机に置いてあったスマホが鳴った。

 ミトはベッドから起き上がると、スマホを手に取って液晶に触れ、画面を表示させる。アスナからLINEが届いたのだ。

 

 アスナ「ミト、体調はどう?」

 

 ミト「大丈夫よ。あさっての入学式には間に合うから」

 

 アスナ「よかった。実は伝えたいことがあってね」

 

 ミト「何?」

 

 アスナ「みんなで話したんだけど」

 

 アスナ「SAOをクリアした記念パーティーを、別の日にやろうってことになったの」

 

 アスナ「まだ正確な日程は決まってないけど、楽しみにしていて」

 

「…………ふふっ」

 

 先程の沈んだ気持ちが嘘のように、ミトは笑い出した。

 きっとアスナは、パーティーに来られなかったのを友達を気にして、メッセージを送ったのだ。

 そんな気遣いができる友達に、ミトは一言メッセージを送る。

 

 ミト「教えてくれてありがとう」

 

 

 

 




 『最初の攻略会議』は今回で最後です。

 ここまで書くのにかなり時間をかけた気がします。原作とどう差別化を図るか、最初は登場させる予定のなかったミトをどうやって登場させるかを試行錯誤した分、話が長くなりました。でも後悔はしてない。

 次回はアイメモ第4回、その後はいよいよ最初のフロアボス戦です。ここでもなんとか差別化を努めます。

 あと、活動報告で書いた通り、総集編を並行して書いていきます。時系列はフロアボス戦の前夜(今回の話)で、コハルとリクがそれぞれベータテスト時とSAOに閉じ込められてからの一ヶ月を思い出す流れです。

 これから読むのに五十話なんて長い! と思う新規の読者に見てもらうことを前提にしていますが、これまでの話をザッと復習したいという既存の読者にも楽しんでいただけたら幸いです。




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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第4回 星の少女としし座の幼馴染

注意 これは本編の時間軸とは関係ない番外編です


第4回 星の少女としし座の幼馴染

 

シリカ「シリカと!」

 

リズベット「リズベットの!」

 

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

 

リズベット「アイラジ第4回、スタートよ!」

 

シリカ「それはいいんですけど、今回の章は長かったですね」

 

リズベット「ホント、そうよね! ストーリーの中で重要な話だっていうのは分かるけど、おかげでまたわたしたちの出番が来るまで間が空いちゃったじゃない!」

 

シリカ「出番といっても、おまけのコーナーですけど」

 

リズベット「さあ、さっさとゲストを呼ぶわよ!」

 

シリカ(リズさん、強引に進めちゃいました)

 

リズベット「それじゃあ、本日のゲスト!」

 

シリカ「エトワールさんとレグルスさんです!」

 

エトワール「こんにちはー、エトワールだよ! よろしくね!」

 

レグルス「レグルスだ。以後、よろしく」

 

シリカ「以外でもないですけど、てっきりエトワールさんはスバルさんと出てくるって思ってましたけど」

 

エトワール「いやー、私も誘ったんだけどさ、この日はサチとデートの約束してたみたいで」

 

シリカ「デート…………」

 

リズベット「デート…………」

 

エトワール「あれ、もしかして気になる相手とかいるの?」

 

シリカ「い、いえ、うらやましいなって思っただけです!」

 

リズベット「そ、そうそう、ふたりはリア充ねー!」

 

エトワール「ふーん」

 

レグルス「誂うのはそれくらいにしておけ」

 

エトワール「わかってるって」

 

リズベット「そ、それじゃあ早速こちらのコーナー」

 

 

 

 

 

 これぞ僕ら、デスティニー・スターズ

 

シリカ「前回に引き続き、このコーナーでD・Sの皆さんを紹介します」

 

エトワール「待ってました!」

 

シリカ「エトワールさん、ノリノリですね」

 

エトワール「だって、読者のみんなに私たちのこと知ってもらう機会だから」

 

レグルス「本編ではまだ分からないこともあるからな」

 

リズベット「とにかく、今回紹介するのはエトワールにレグルス、この場にいないスバルよ!」

 

 

 

 エトワール / 星野 玲奈

 

 D・Sの初期メンバー。スバルの姉で、レグルスとは幼馴染。SAOサービス開始当初は高校一年生。

 SAO時代の通り名は双刃の戦乙女(通称:双刃)。

 カッコカワイイにこだわりを持つ長身の女の子。そのルックスとフレンドリーな性格で男女問わずモテている天然タラシ。

 スバルからSAOの話を聞いて仮想世界に興味を抱き、ナーヴギアとソフトを購入してダイブ。デスゲーム化した際は明るく振る舞っていたものの、内心ではショックを受けていた。

 トールバーナの店で購入したオンリーワンの指輪を巡る諍いで、助けてくれたキリトに好意を抱いていた時期がある。

 

  外見:明るい茶髪のショートヘア、顔はカワイイ系、長身、スレンダー体型

  3サイズ:B・控えめ W・細い H・引き締まっていて小さめ

  装備:曲剣(サーベル)、軽量盾(カイト・シールド)、軽金属防具

  ライバル:アスナ

 

 

 

 レグルス / 獅子戸 雄悟

 

 D・Sの初期メンバーにしてエース。SAOサービス開始当初は高校二年生。リアルでは黒帯の空手家。

 SAO時代の通り名は拳聖。

 スバルからSAOの話を聞き、その中に出てきたデュエルに興味を抱いてSAOにダイブし、やがて囚われる。

 物静かで冷静沈着。賢く、ある程度の慎重さも兼ね備えているが、デュエル目的でSAOにダイブしたり、キリトからベータテスト時代のデュエルの話を聞いたことでデュエルがしたくなる等、戦闘バカな一面もある。

 ちなみに学校の成績は優秀で、幼馴染の姉弟や自身を慕う連中にも勉強を教えている兄貴肌。

 

  外見:細マッチョ、鋭い目つき、ソフトモヒカン、身長は平均値

  装備:短剣→ナックル、軽金属防具

  ライバル:キリト

 

 

 

 スバル / 星野 大輝

 

 D・Sの初期メンバー。後に月夜の黒猫団に移籍した。SAOサービス開始当初は中学二年生。

 SAO時代の通り名は月夜の騎士(ムーンナイト)

 元ベータテスターで、キリト、ポルックス同様、攻略の最前線に立っていた。当時、キリトとはゲームについて語り合ったことがあったが、どこか人と距離を作っていることに感づいていた。

 世話焼きで人を見る目がある。一方で外見が目立ちやすい姉の影に隠れがちである上に、周りが実力のあるプレイヤーであるため、コンプレックスを抱いている。

 

 装備:片手槍、軽量盾(バックラー)、軽金属防具

 外見:明るい茶髪、長身(レグルスより1センチ低い)

 ライバル:ノーチラス

 

 

 

リズベット「今回もなかなか細かい情報が出てきたわね」

 

シリカ「あの、思ったんですけど……」

 

エトワール「どうかしたの?」

 

シリカ「エトワールさんだけ、3サイズが出てますけど」

 

エトワール「あ、これね。事前に聞いてたけど、数字は出ないって言っても、やっぱり恥ずかしいかな」

 

リズベット「確かにね。男子ってそこ気になるひと多いから。特にクラインとか知りたがりそうだし」

 

レグルス「否定できんな」

 

シリカ「ところで、レグルスさんの武器が短剣からナックルになってますけど……」

 

レグルス「これはネタバレになるが、俺は序盤の早い段階でメイン武器を変えて《体術》スキルを使用する。短剣も時々使うがな」

 

シリカ「それと、前回はマーベラスさんたちに聞くの忘れてたんですけど、D・Sの皆さんには通り名があるんですね」

 

エトワール「うん、私たちが名を上げたときに、ファンの人たちがいつの間にかそう呼ぶようになっちゃって」

 

リズベット「まあ、レグルスとズバルは武器で分かるけど、エトワールが双刃っていうのは、読者はピンと来ないわね。でも、あたしたちは知ってるわよね、シリカ」

 

シリカ「はい。ランタン・シールドというものがありまして、盾の中では珍しく刃が付いてるんですよ」

 

リズベット「盾の中ではマイナーな方よね。詳しく知りたいなら、ググってみて」

 

エトワール「使うのは攻略の中盤だから、読者のみんな、待っててね」

 

レグルス「俺の《体術》スキルもな」

 

 

 

シリカ「それでは、そろそろお別れの時間です」

 

リズベット「次の話は、いよいよフロアボス戦ね!」

 

エトワール「私たちD・Sやキリトたちが大活躍するから、読者のみんなも楽しみにしてね!」

 

レグルス(今回もコーナーが一つだけというのは、誰も言わないな。いや、次で二つか)

 

リズベット「それじゃ、最後はこのコーナーで!」

 

 

 

 

 

 IFXコソコソ噂話

 

シリカ「エトワールさんとスバルさんのお母さんは某歌劇団の元男役トップスタアで大人気の女優だったそうで、後輩たちからも慕われた姉御肌だそうですよ」

 

エトワール「そうなんだよねー。あ、私の性格は父親似で、スバルは母親似だよ」

 

レグルス「娘が認めたら、もう噂ではなく事実だがな」

 

リズベット「じゃあ、スバルの世話焼きも母親譲りってわけ?」

 

エトワール「うん。家事とかもしてくれるよ」

 

シリカ「エトワールさんは何をしてるんですか?」

 

エトワール「暇な時に裁縫してるよ。お父さんはファッションデザイナーだから、その影響でね。服を作ることに興味があるんだ」

 

リズベット「両親揃ってすごいわね」

 

シリカ「それでは、そろそろお別れです」

 

リズベット「じゃあ、みんな」

 

四人「「「「また、次回で‼」」」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

 



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総集編・1 仮想世界のデスゲーム
コハル、入浴中に回想する


今回の話は、これまでの話をザッと振り返る総集編になっています。
今更50話以上も読めないという新規の読者向けに書いていますが、既存の読者も読んでいただけたら幸いです。

なお、今回は久しぶりの2話まとめての投稿で、この話は総集編の前半です。


 2022年 12月3日 第一層 トールバーナ

 

「うーん、気持ちいい!」

 

 バスルームの湯船に浸かるコハルは伸びをしながら声を上げる。

 現在、コハルはキリトが借りている部屋にあるバスルームで入浴中。風呂に入るのは一ヶ月ぶりだが、本当なら体が酷く臭うし、女の子であるコハルだってそんなのは嫌に決まってる。だが今いる世界で悪臭の心配は無用だ。

 今コハルがいるのは現実ではなく、仮想世界なのだ。故に匂いも酷くなることはない。とはいえ、リアルで毎日お風呂に入る習慣がついている日本人にとっては理屈ではない。特に女性にとっては。

 

「まさか、仮想世界にもお風呂があるなんてね」

 

 コハルが初めて仮想世界に入ったのは今年の八月――四ヶ月前だ。

 ソードアート・オンライン。フルダイブマシン初のVRMMORPGのベータテストをプレイする権利を得てダイブしたのが最初だった。

 予めMMORPGについて予習はしていたが、全くと言っていいほど実力はつかず、あっという間に二ヶ月が経過して最終日となった。途方に暮れていたコハルは意を決して、たまたま近くにいた一人のプレイヤーに頼んで教えを請うことにしたのだ。

 その人物こそ、現在のパートナー――リクである。

 リクの指導もあって、ようやくコハルはまともな戦い方をマスターしたのだが、強ザコがポップしたことで共にピンチに陥ってしまう。

 偶然にも通りかかったプレイヤーに助けられて事なきを得るが、コハルは去ろうとするヒーローに名前を訪ね、彼は名乗った。

 

『俺はキリト、よろしく』

 

 その後、サービス終了の時刻となり、コハルとリクは再開を約束してリアルへと戻っていったのだ。

 

「帰れなくなってから、もう一ヶ月経つんだね……」

 

 コハルの口からか細い声が漏れる。

 今年の十一月六日。ついにソードアート・オンラインは正式サービスを開始した。

 コハルはその日に仮想世界へダイブし、リクと再開。ブランクによる不安から再び指導を受けるが、武器をベータテスト時代の片手直剣から短剣へと変えたため、うまく戦えなくなっていた。リクが悩んでいると、後に友達となるクラインが現れ、彼を追いかける形で現れたキリトと再開したのだ。

 そのままクラインの提案でバトル講習会を開くこととなり、キリトの的を得たアドバイスでコハルは上達していった。全員がmobを倒せるようになった頃、クラインが夕食を取るためにログアウトしようとした時、初めて異変に気づく。ログアウトボタンが消えていたのだ。

 四人が得体のしれない不安を抱える中、鐘の音と共に強制テレポートが発動。プレイヤー全員が《はじまりの街》の中央広場へと集められた。そして、上空に現れたのだ。SAO開発ディレクター――茅場晶彦が。

 真紅のフード付きローブを着たGMのアバターの姿をした茅場は、ログアウトボタンの消失がSAO本来の仕様であると告げた上で言い始めた。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまでゲームから自発的にログアウトすることはできない。外部の人間によるナーヴギアの停止、あるいは解除もありえない。それが試みられた場合……ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

『諸君にとって《ソードアート・オンライン》はもう一つの現実と言うべき存在だ。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

『このゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部――第百層まで辿り着き、最終ボスを倒してゲームクリアすれば良い』

 

 残酷な事実を突きつけられたプレイヤー達はアバターをリアルと同じ姿にされ、絶望へと叩き落される中、キリトはリクとコハル、クラインを連れて移動し、提案した。お前たちも一緒に来い、と。

 既に事実を受け入れていたキリトは、生き延びるには自己を強化すること、『はじまりの街』の周りのリソースがすぐに枯渇するから次の村を拠点にしたほうがいいことを説明した。しかし、コハルは状況を受け入れられないせいで覚悟ができず、リクはそんなコハルを、クラインは共にゲームを買った友達を見捨てられないという理由で街に残ることにした。

 キリトはその意思を尊重して三人の前から去り、『はじまりの街』を発った。クラインも友達を探しに広場へと戻り、その場にはリクとコハルだけが残された。その時、リクの胸の中で泣きじゃくったことをコハルは今も覚えている。

 落ち着いて日が沈んだ後、そこにアルゴというプレイヤーが現れた。これからどうしたらいいのか分からない中、どうするのか、どうしたいのかを聞いてきたアルゴにリクはこう答えた。

 

『少なくとも、俺はいつまでも閉じこもるつもりはない』

 

 リクの覚悟を理解したアルゴは、生き残るためには金を稼いで装備を強化することだとアドバイスし、クエストの情報と安い宿屋が書かれたメモを渡した。コハルも今できることをやってみたいから覚悟を決めた。

 こうして、リクとコハルのサバイバルは始まったのだ。

 

「そうだ。『はじまりの街』で出会ったみんなは元気にしてるかな? GVとシアンはがんばってるかな?」

 

 コハルは初日の出来事を振り返ると、ふと出会った友達のことが気になった。

 SAOがデスゲーム化した次の日、動き出したリクとコハルはガンヴォルトことGVと出会い、初日に彼に保護された少女――シアンとも友達となった。

 二人はGVと協力してクエストをクリアするが、突然シアンは戦い方を教えてほしいと頼んできたのだ。シアンが自分だけ何もできないことに無力さを感じていたことを察していたGVはそれを承諾。しかし全体的に動きがぎこちなくて訓練は捗らず、実戦でも攻撃が上手く当たらない、ソードスキルが発動しないでピンチになっては助けるの繰り返しだった。

 落ち込むシアンをGVに任せて今後の方針を考えるリクとコハルだが、そんな時に横からあげせんを差し出すプレイヤーが現れた。

 その人物の名はZ。リクがベータテスト時代に知り合ったプレイヤーで、当時の最前線プレイヤーの中でトップクラスの実力者である。

 そんなZと再開したリクは早速シアンの抱えた問題について相談すると、Zは二つの提案を出した。一つは圏内で完結するクエストをクリアすること、もう一つは生産職になることだった。そうすれば生活に必要なコルは稼げ、生産スキルを上げれば経験値も得られるので、いずれ街周辺のmobは圧倒的ステータスで倒せるとのことだが、問題はあった。

 前者は一度クリアすれば二度とできないクエも存在し、デイリークエストもいずれは他のプレイヤーが手を出して時間待ちになり、いずれ圏内クエは枯渇するとのこと。後者は生産スキルを上げるにはお金が掛かり、結局は戦闘が必要になってしまうため、道具や素材を支援してくれるプレイヤーが必要になるそうだ。

 話を聞いたリクとコハルはZと別れ、シアンを支援しようという結論を一度は出した。宿に帰って二人にZの提案を話すと、驚くことにGVは一人でシアンを支援すると言った。既にシアンを支えると決めていたGVにとって、これから先どうするのかをまだ決めていないリクとコハルのことを思っての決断だった。

 本当にそれでいいのか? と問うリクに対し、GVは真っ直ぐな瞳でこう答えた。

 

『攻略も大事だけど、SAOがデスゲームになって、絶望して泣いていた一人の女の子を笑顔にすること、希望を与えることが、僕が今したいことなんだ』

 

 その言葉を聞いたリクとコハルはGVの強い意思を受け入れ、シアンは数ある生産スキルの中から《細工》スキルを選び、細工師としての一歩の踏み出したのだった。

 

「サチと出会えたから気づけたんだ。私も他の人たちに勇気や希望を与えられるって」

 

 その後もリクとコハルは狩りとクエの攻略に勤しんだ。そんな中、サチという少女に出会ったのはデスゲームが開始してから六日目だった。

 リクとコハルは休憩でベンチに座って《黒パン》を食べようとしたが、《乾ききったパン》になって食べられなくなってしまったことに文句を言っているところを、隣に座っていた少女が微笑ましい顔で見ていた。それがサチである。

 少しだけお話してもいいかな? と尋ねられたコハルの答えはイエス。サチの話によると、仲間達の間でコハルのことが噂になっており、自身も照れていた。更に話を聞くと、仲間達は怖がりなサチのために敵と距離を取れる長槍を買うべく稼ぎに行ってくれているみたいだが、けっこう苦戦しているらしい。

 そこでコハルは自分達が戦ってきたモンスターの情報をリクと共に話し合いながら手帳に書き込んでサチに渡し、仲間達にも戦い方を教えた。

 その夜、キリトのことが気がかりだったリクにコハルは言った。

 

『ねえ、キリトさんを追いかけない?』

 

 コハルの真剣な目を見たリクは一週間の行動と触れ合いによる彼女の成長を感じ取り、共に旅立つことを決心。クラインを始めとするフレンド登録したプレイヤーに『はじまりの街』を出ていくというメッセを送る。

 次の日の朝には待ち合わせ場所である《転移門広場》で初対面同士で自己紹介をし、シアンがたくさん作った《メタルリング》をおすそ分けした。そして仲間達に見送られ、リクとコハルはキリトを追いかけていったのだ。

 デスゲームが始まってから明日でちょうど一ヶ月になる。成り行きでフロアボス戦に参加することになったが、コハルはきっと大丈夫だと思えた。不安はあるが、このトールバーナで出会った仲間達がいるし、何より信頼できるパートナーがいる。

 

「今日一日ぐらいは、この気持ちよさに浸ってもいいよね……」

 

 それからしばらくコハルは温かい湯に身を委ね、安らぐのであった。

 

 

 

 




次の話に続きます。


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リクとキリト、ここ最近を振り返る

総集編の後半です。


「…………暇だな、キリト」

 

「ああ……暇だな」

 

 リクとキリトは互いに気の抜けた感じで言った。

 現在、コハルがキリトの部屋のバスルームで入浴中。待っている男二人は時間を弄んでいる最中だ。

 こうなったのは夕方の狩りを終えた時、パーティーメンバーの一人であるエトワールが「明日に備えて、おふろで疲れを癒やそっと」と言ったのがきっかけだった。それを聞いたコハルは「SAOにお風呂があるんですか⁉」と驚いて詰め寄り、対してエトワールは、借りられる部屋の中にはお風呂がついているところもあるという話を弟のスバルから聞いたと答えた。

 コハルは自分も入らせてもらおうと一瞬思ったが、同じ部屋にいるスバルとレグルスも使うことを考えると迷惑ではないかと考え、言えなかった。そんなコハルの気持ちを悟ったリクは、親睦会でキリトの借りている部屋に入った時に『Bathroom』と書かれた部屋があったことを思い出して口に出すと、コハルはキリトに「お願いです、お風呂貸してください!」と必死に頼んだので、キリトはそれを承諾したのだ。

 レディーファーストということでコハルが一番に入ったが、男二人は明日に向けてしていたアイテム整理も終えてしまっている。リアルならスマホでチャットやらゲームやらで時間を潰せるが、浮遊城にそんなものはない。せめてトランプでもあればとリクは思ってしまうが、部屋にそれらしきものは見当たらない。

 

「キリト、明日はフロアボス攻略だけどよ、ここまで来るのにいろいろあったな」

 

「……ああ、そうだな」

 

 何気ないリクの言葉で、キリトは共にこの町に来てからの出来事を振り返り始める。

 キリトはトールバーナにたどり着いてから今いる部屋を借りた。それからは報酬にいいクエをクリアしたり、効率のいい狩場で経験値を上げたりしていたが、ある日町に帰った際にエトワール達とジェネラル達のオンリーワン商品を巡る諍いに遭遇したのだ。

 先にエトワールが購入したにも関わらず、ジェネラルは俺達に売れと迫ってきたらしい。雰囲気からして話し合いでは埒が明かないと思い、口論の中で同じ元テスターのスバルがエトワール側にいることも知ったため、エトワール達を助ける形で間に割って入ったのだ。

 キリトは問題を解決する方法としてデュエルを提案し、双方ともに承諾。ジェネラル側からはリーダーのジェネラルが、エトワール側は助っ人としてキリトが名乗りを上げた。理由はエトワール側の意見に賛同し、言い出しっぺでもあるからだ。互いに驚く上に、ジェネラルからは「ちょっと待て! テメェは関係ねーだろーが‼」と文句を言うが、キリトは軽い挑発で怒らせて了承を得させた。

 ルールは《初撃決着モード》の一本勝負で始まり、結果はキリトの勝利。ジェネラルは去っていった。

 エトワールにお礼を言われたキリトはその場を離れようとするが、スバルに呼び止められる。

 

『さっきのデュエルを見て、対人戦に慣れていた様子から俺と同じじゃないかとは思ってたけどよ、まさかお前だったとはな、キリト』

 

 結局、正体がバレてしまう。スバルは姉のエトワールと幼馴染のレグルスを紹介し、エトワールはお礼に昼食を奢ると言ってキリトをレストランへと連れて行った。食事中はベータテスト時代の話で盛り上がるが、食後にレグルスがデュエルの話を切り出す。

 

『それで、過去にお前が戦った中で強いプレイヤーはいたか?』

 

 キリトは特に印象に残ったプレイヤーの名を上げると、レグルスは俺とデュエルしてくれと申し出る。困惑するキリトだったが、彼の才能と実力を確かめるために受け入れた。

 場所をこのK・O農家の母屋の庭へと移し、デュエルを開始。ジェネラルの時とは違って接戦となり、やがてレグルスの思わぬ手で危うく敗北しそうになるも、キリトは咄嗟の判断で何とか防御して反撃し、勝利を掴んだ。

 生き残るために誰よりも早く、効率よくステータスを上げることに費やしてたキリトだったが、レグルスとのデュエルに夢中になってた間だけは、ベータテスト時代にゲームを楽しんでいた時の気持ちに、僅かな間だけ戻れた気がした。

 一方リクはその日の夕方、コハルと共にトールバーナを目指している最中であった。しかし、途中で男性プレイヤー達がダイアー・ウルフの群れに襲われている場面に出くわしてしまう。

 リクとコハルは助けようとしたが、三人のうち一人がすぐに攻撃を受けてHPバーがゼロになってしまう。その人はポリゴン片となって消え去り、コハルはあまりの衝撃に足が竦んでしまう。残る二人も殺られてしまい、必死に戦うリクは何とか敵を全滅させてコハルを守り切った。

 コハルの手を取って立ち上がらせ、何とかトールバーナにたどり着くが、次の日もコハルはショックで元気を出せなかった。リクはそんなコハルのためにベータテスト時代に美味しいと評判だったジュースを買うために離れるが、その間にコハルに話しかけてきた人物がいた。

 

(初めてアイツと会った時は、コハルの事でギクシャクしたな……)

 

 マーベラス。俯いたままのコハルが気になったその金髪の紳士は、話を聞いて『はじまりの街』に戻ったほうがいいと勧めるが、悪いタイミングで戻ってきたリクと一触即発の状態になってしまう。誤解していたマーベラスはデュエルを提案し、勝ったらコハルと関わらないという条件をリクに叩きつける。スポーツマンだったリクは承諾し、デュエルをすることになった。

 リクはマーベラスの軽量盾による正確かつ素早い防御と早い剣さばきに苦戦するが、両利きであることを活かした相手の意表を突く作戦で勝利を収めた。

 マーベラスは剣を交えた事で相手を知り、誤解していたことを伝えて謝罪。リクも納得して和解した。

 丁度その時、デュエルを見ていたディアベルに声を掛けられる。フロアボスに挑戦するメンバーを探しており、リク達をスカウトしに来たとのことだ。マーベラスは参加の意を示すが、キリトを探しに来たリクとコハルはすぐには決められないと返事を保留にする。

 その後、マーベラスはリアルでも腐れ縁である双子の兄弟――カストルとポルックスを紹介。迷惑を掛けたお詫びとしてキリトを探すのを手伝うことを約束した。コハルもこれから先の事を考えた上で、攻略会議に参加することを決意したのだ。

 

(それから親睦会に参加して、ようやくキリトに会えた)

 

 リクとコハルはマーベラス達としばらくパーティーを組み、キリト探しと平行して狩りをしていたが、ポルックスはZから元テスター達を集めて親睦会を開く趣旨のメッセを受け取る。何かあると察したポルックスは仲間達と話し合った末、参加することにした。

 夜、マーベラス達と共に集合場所であるK・O農家へと向かったリクとコハルはそこでついにキリトと再開した。さらにキリトに助けられたエトワール達にベータテスト時代に最前線にいたジョーカー、クロム、ヒロ、ミト、浮遊城でジョーカーと友達になったクロウ、リアルでもZと知り合いのK、情報屋のアルゴ、そしてZが集まってきた。

 自己紹介を済ませたところで、Zは親睦会を開いた目的を伝える。それは、元テスター達のせいで攻略会議が荒れるというもので、その対策を伝えるというものだった。

 

『それで今、ビギナーたちの間である噂が流れている。二千人のプレイヤーが死んだのは、元ベータテスターたちのせい、だってな』

 

 ベータテスターは知識面ではビギナー達よりも優位。タチの悪いテスター達はそれを利用し、狩場を荒らしてレベリングを妨害したり、クエストを独占したりしている。そのせいで、他のプレイヤーたちは強くなれず、最悪の場合には無理してフィールドに出た挙げ句に命を落とす。会議の当日は、誰かが元テスター達にその責任を追求する可能性が高いとのことだった。

 その後、最初の攻略会議ではZが危惧した通り、キバオウというプレイヤーが怒りの声を上げて主張したのだ。

 

『ベータ上がりどもはなぁ、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや』

 

 更には会議に参加している元テスター達に謝罪と賠償を要求する始末だった。

 Zが考えた作戦は、アルゴが作った攻略本が、元テスター達の協力によって作られていることをビギナーのKが伝えるというシンプルなものだ。

 作戦が実行されようとした時、それを先にエギルという黒人のプレイヤーが主張した。キバオウは反論できずに引き下がり、最悪の事態は避けられたのだ。

 それからは順調に進み、いよいよフロアボス戦は明日に迫っている。

 

(あ、そういえば、アスナは大丈夫なのか?)

 

 リクはふと、同じく攻略に参加する女性フェンサーのことを思い出した。

 二回目の攻略会議ではボス戦に挑むためのパーティーを作り、リク、コハル、キリトの三人はエトワールと同じパーティーに入らせてもらった。アスナは最後の一人で、あぶれていた(本人は否定していた)ところをエトワールに誘われたのだ。

 

「なあ、キリト。エトワールとアスナは知り合いなのか?」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「いや、エトワールは親しげにアスナに話しかけてきた感じだったから、会議の前から面識があったのかって思ってな」

 

「まあ、会議の前に会ってはいたけど、出会った頃はケンカしてたからな。俺もあの場にいたけど」

 

 キリトはリクに、アスナに出会った時の事を語り出す。

 親睦会の次の日、キリトは参加者のみんなで予め決めておいたパーティーメンバー(エトワール、レグルス、マーベラス、カストル、ポルックス、クロム、K)と共に迷宮区で狩りをした。その帰りに裂帛した声がダンジョン内に響いたので、気になってその方向へ向かって行くと、一人のプレイヤーがmobと戦っている最中だった。そのプレイヤーこそアスナなのだ。

 細剣から放たれるソードスキル《リニアー》は元テスターのキリト、ポルックス、クロムから見ても完成度の高いものだったが、戦闘の運び方が危うかった。キリトが注意すると、アスナは「問題あるの?」と反発。更にアスナは三日か四日も安全地帯で野宿して狩りをしていたようで、やがて倒れてしまった。

 ジャンケンで負けたキリトがおんぶして運ぶことになり、やがて町に戻る途中の森で休憩中にアスナは目を覚ました。しかしお礼を言わず、冷たい態度のアスナにエトワールは遂にキレて口論となってしまう。エトワールの説教にも耳を貸さず、アスナは懲りずにまた迷宮区へと向かおうとしたのだ。

 そんなアスナを止めるために、キリトはこの日に攻略会議が開かれることを伝えた。アスナは自分を引き止める意図があると理解しつつも、町へと方向を変えた。

 キリト達もしばらくしてから町に着き、パーティーを解散。キリトは昼食を取り、店でポーションを購入してから広場へと向かったが、ちょうど黒パンを食べようとしているアスナと偶然にも再開。キリトは隣に座ると、前の村のクエスト報酬で手に入れたクリームを分けてあげた。黒パンにクリームを塗って食べるアスナは、無我夢中だったそうだ。

 

「そんなことが……」

 

 一連の話を聞いたリクは、アスナが精神的に追い詰められていたことを悟った。今も生きている八千人近くのプレイヤー達の中にも、きっとそういう人達はいるだろう。だとすれば、フロアボス戦に参加する自分達の責任は、彼らに希望を与えることを考えれば、より重大である。何としてでも、ボスを討伐せねばなるまい。

 

「でもまさか、アスナとミトが友達だったとはな」

 

「キリト、何でミトは最初の攻略会議でアスナに気づかなかったんだ?」

 

「うーん……アスナはフードを被ってた上に後ろの席だった。対してミトはそれより前の席にいて、アスナから見れば後ろ姿だ。互いに友達だとは気づきにくい」

 

「なるほどな」

 

 アスナの友達あるミトは元ベータテスターで、当時は屈強な男性のアバターであった。つまりネナベである。親睦会でミトが女性だったと知ったときは、参加していた元テスター全員(誘ったZは例外)が驚きを隠せなかった。

 そんなミトがアスナに気づいたのは、二回目の攻略会議が終了した後だった。編成したパーティーにはそれぞれ役割が与えられており、キリト隊とジョーカー隊はボスの取り巻き――ルインコボルド・センチネルの排除を任された。ジョーカーの提案で、少しでも部隊同士の連携に慣れるために狩りをしようという話になり、全員が賛成してさっそくフィールドに出ようとしたところ、急にミトはアスナにフードを取るよう要求したのだ。

 アスナは言う通りにすると、互いに顔を見合わせたことでリアルの友達だと認識した。話の過程でエトワールがアスナの名前を出したのがきっかけになり、感づいたのだろう。さらにミトは色々と話したいことがあるからという理由でアスナと共にパーティーを抜けさせてほしいと仲間達に頼み、ほぼ全員からOKをもらって離脱した。

 

「まあ、今頃は女子二人で色々と語り合ってるんじゃないか。SAOにダイブしてから今日までのこととかさ」

 

「ああ、アスナの事はミトに任せておけばよさそうだな。それよりキリト、一つ提案がある」

 

「ん、なんだ?」

 

 話をしている内に、リクは暇を潰す方法を思いついた。少し躊躇ったせいで間が空いたが、意を決して言った。

 

「俺とデュエルしないか?」

 

「ぶ――――――っ‼」

 

 牛乳を飲んでいたキリトはつい吹きこぼしてしまう。

 

「お前、いきなりなに言ってるんだ!」

 

「暇だから体を動かしたいんだ。それに、キリトも一回やってるだろ」

 

「いや、あれはエトワール達を助けるために仕方なくだな……はあ」

 

 キリトは観念した。どんな理由であれ、デュエルしたことに変わりはないのだ。実際には、レグルスの分も含めて二回なのだが。

 

「分かったよ。俺も暇だったし、お前がどれくらい強いのか確かめたいしな」

 

「なら、決まりだな」

 

 こうしてキリトはリクと共に、レグルスとデュエルした母屋の庭へと移動。後に二大英雄となるプレイヤー二人の最初のデュエルが始まったのである。

 しかし、風呂から上がったコハルが部屋に誰もいないことに気づき、外から金属がぶつかり合う音がして降りてきたところでデュエルを目撃。両者一歩も譲らない接戦だったが、注意されてデュエルは中断となってしまった。

 

 

 




総集編、いかがだったでしょうか?

 書くためにこれまでの話を読み返しましたが、書いた自分が忘れていた部分があったり、間違いを修正したりで大変でしたが、僕自身もリクとキリト、仲間達の歩みを振り返ることができました。

 次回はいよいよ初のフロアボス戦です。楽しみにしていてください。


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第一層 イルファング・ザ・コボルドロード
出発の朝


 皆さん、お久しぶりです。

 四ヶ月も経ってしまいましたが、モチベーションを回復して何とか投稿できました。

 これからも間が空いたりするようなことがありますが、どうかよろしくお願いします。


「ちょっと、お兄ちゃん!」

 

「……は?」

 

 仲間達と談笑している最中、突然訝しげな顔で近づいてきたリーファにキリトは目を丸くする。

 

「リクさんとコハルさんから聞いたよ! 最初の攻略会議でお兄ちゃんたちを非難したの、キバオウさんなんだって⁉」

 

「あ、ああ……」

 

 詰め寄られたキリトは、困惑しながらも正直に答えると、リクとコハルの方を横目で見る。二人もこちらの視線に気づいたようで、リクは目を逸らし、コハルは申し訳無さそうに笑顔を取り繕う。

 

「まあまあ、リーファちゃん。過去のことは水に流して」

 

「Zさんは黙ってて‼」

 

「…………はい」

 

 Zは苦笑いしつつもキリトを擁護しようとするが、リーファの剣幕に押され引いてしまう。

 

「あの時は大変だったな。ボス戦が終わった後も、他のプレイヤーがキリトに無茶苦茶なこと言って怒るわで――」

 

「おいっ‼」

 

「お兄ちゃん」

 

 何気なく話したKをキリトは止めたが、遅かった。ただでさえ起こっている妹の顔は更に険しくなる。

 助けを求めるように周りを見渡すキリトだったが、みんな気難しそうに黙っている。そんな中、GVとクラインが口を開いた。

 

「キリト、僕は話すべきだと思う。僕は後からリクとコハルに話を聞いたけど、リーファは今まで詳しく知らなかった。他のみんなも心配していたし、同じ攻略組で、何より君の妹じゃないか。SAOをクリアしたとはいえ、知る権利はあるんじゃないかな」

 

「そうだぜ、キリの字。オレもそこんとこ、ちゃんとおめぇの口から聞いてねぇしな」

 

「…………はあ、わかったよ」

 

 キリトにはもう、話すという選択しかなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2022年 12月4日 第一層 トールバーナ

 

「いよいよだな」

 

「……うん」

 

 フロアボス討伐決行の朝、リクとコハルは宿屋を出て噴水広場へと向かっていた。

 もし自分達が失敗すれば、今生き残っているプレイヤー達は、SAOはクリア不可能と思い込み、絶望するかもしれない。責任は重大だ。そんなことを思いながら歩いている二人は、やがて目的地へとたどり着く。

 

「おはよう」

 

「みんな、おはよう」

 

 リクとコハルが既に来ていた仲間たちに挨拶すると、キリトは「やあ」と返す。見渡す限り、別部隊のZとヒロはすでにいる。ジョーカー隊のメンバーはミトが、キリト隊はアスナがまだ来ていない。

 

「リク、コハル、おはよう」

 

「おはよう、マーベラス」

 

 優しく声を掛けて近づいてきたマーベラスに気づき、リクは挨拶を返す。カストルとポルックス、同じ部隊のメンバーも一緒だ。

「よう、今日はよろしくな」

 バリトンのある声で挨拶するのは、マーベラス達の部隊のリーダーを務めるエギルだ。

 

「こちらこそ宜しくおねがいします、エギルさん」

 

 リクは明らかに自分より年上のエギルに対して敬語で挨拶した。

 エギル隊はリーダーを含めた四人の両手武器使い(他の三人もエギル同様に厳つい体をしている)と盾を装備する金髪紳士と双子の兄弟で構成された壁部隊である。

 ボスの攻撃を防ぐという立場からかなりの胆力が必要だが、彼らなら役目を果たせると親睦会のメンバー達は信じている。

 特にエギルがリーダーなら安心感が増す。怒りのキバオウに対して、冷静に対処したのだから。

 

「それにしても、みんな早いな」

 

「うん、もうこんなに集まってるんだね」

 

 リクとコハルは周りを見渡している。集合時間まで二十分近くあるにもかかわらず、既に四十人を超えるプレイヤーが集まっている。

 

「昨日はなかなか眠れなかったから、起きるのも早くてな」

 

「準備は昨日の内にしておいたし、朝食を食べること以外にやることがないから早く来たけどよ、他のヤツらも同じらしいな」

 

「ははっ、俺たちもだ」

 

 リクは笑いながら双子の兄弟に同感した。

 

「みんな、早いわね」

 

 ちょうどその時、女性の声がした。ミトがアスナと共にやって来たのだ。

 

「まだ二十分前なのに、もうこんなに……」

 

 優等生であるアスナは遅刻をする性分ではないが、自分達より早く来ている人がこんなに多いとは想定外だった。ここに来た人達はそれだけ真剣に攻略を考えているのだと思うと、少し安心した。

 

「うーん」

 

 いつの間にかアスナの近くにいたエトワールが、アスナの顔を覗き込む。

 

「な、なによ……」

 

「いや、アスナってなんか、昨日より雰囲気よくなったかなって」

 

「ああ……確かにそんな気がするな」

 

「そ、そうかしら?」

 

 エトワールとスバルの兄弟に言われてアスナはやや困惑気味になってしまう。ミトが「ふふっ」と微笑むと、リク達は穏やかな気分になる。

 今日のアスナには頑なさが感じられない。様子を見る限り大丈夫そうだ。ミトに任せたのは正解だった。

 

「ハッ、逃げずによく来たな」

 

 そんな雰囲気の良い中、逆毛の金髪をしたチンピラ風の男――ジェネラルがキリトに近づいてくる。

 五人組パーティーのリーダーであるジェネラルだが、やってきたのは彼一人だけ。同じ部隊の二人、支援部隊の片方にいるもう二人は遠くからキリトを険しい目で見ている。

 

「まあな」

 

 キリトは臆さず返すが、エトワールとアスナは無表情ではあるものの内申では不機嫌だった。リク達も親睦会で聞いた諍いや、会議初日でのキリトに対する態度からあまりいい印象を抱いてはいない。エギルら四人のアニキ達も同じ気持ちだ。

 

「いいか、お前らの役目は取り巻きをぶっ倒すことだからな。俺たちとキバオウの旦那の邪魔すんじゃねえぞ」

 

「旦那?」

 

 キバオウを旦那と呼んだ事に反応したキリトだったが、ジェネラルは言いたいことだけ言うと元いた場所へと戻って腰かけた。

 

「なあ、キリト。ジェネラルがお前に釘を刺しに来たってことは……」

 

「ああ、きっとそうだろうな……」

 

 近くにいたスバルは難しい顔をしてキリトに耳打ちした。

 恐らく、ジェネラルはキリトを元テスターと察しているかもしれない。

 だがジェネラル自身は単純そうだ。恐らくデュエルの後に感づいた仲間が吹き込んだのかもしれない。こいつ、元テスターかもしれねえ! と言って事を荒立てないのは、ディアベルの意を汲んでいるからだろう。

 

(でもジェネラルのヤツ、キバオウのことを旦那呼びとはな……)

 

 それは、単にキバオウ率いる部隊にいるというだけではないだろう。もしかすると、元テスター達を強く非難した彼に尊敬の念を抱いているのかもしれない。

 それから二十分の間に他の参加者も集まり、全員が揃ったことを確認したディアベルは前に出る。

 

「みんな、今日はありがとう。全パーティー五十五人が一人も欠けずに集まった。オレ、すげー嬉しいよ!」

 

(ディアベルさん、少し持ち上げすぎなんじゃ……)

 

 ディアベルの感嘆に大勢のプレイヤー達が拍手する中、Zは内心やや不安を感じていた。

 キリトを初めとする元ベータテスター達やエギル隊のメンバーも、引き締めていくぐらいが丁度いいのではないかと思ってしまう。

 そんな前置きの後、ディアベルは自らが自腹を切って用意した二十二本にZから受け取った十本――計三十二本のポーションをオブジェクト化し、四本ずつ各部隊に分け与える。その後はボスの情報と作戦、各部隊の役割を再確認した。最後は、ディアベルの一言。

 

「みんな……もう、オレから言うことはたった一つだ! ……勝とうぜ‼」

 

 鬨の声が上がると、ついに攻略組はフロアボスの待つ迷宮区を目指して出発するのであった。

 

 

 

 




 ついに最初のフロアボス戦が始まりました。少しでも原作と差別化できるよう頑張ります。

 あと、過去の設定の変更、文章を修正した際は、既読の読者のために後書きで報告するようにします。

 設定の変更

 レグルスの通り名は鉄拳から拳聖。

 
 スバルの通り名は槍士から月夜の騎士(ムーンナイト)



 修正した文章

 《ルインコボルド・センチネル》の武器を長柄斧(ポールアックス)に修正。
 アニメを見た際、見た目で棍棒だと思いこんでたのですが、原作プログレッシブ1巻に書かれていたのを最近になって気づきました。原作ファンの皆さん、混乱させてすみません。




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獣人の王

 トールバーナを出てから二時間半、攻略組は迷宮区の最上階のボス部屋へと到達した。

 誰も犠牲にならずにここまで来ることたできた。しかし、それでもリクはどうも漠然とした不安を感じてしまう。

 道中、何度かヒヤリとした事態も起きたが、ディアベルの指揮によって事なきを得た。彼の指揮能力のおかげなのに、だ。

 

「リク、なんだか緊張してきた」

 

 リクがボスのいる巨大な扉を見つめていると、ふとコハルからか細い声が漏れる。その表情からは緊張と不安が入り混じっているのが分かる。

 無理もない。ただでさえ命懸けの世界に閉じ込められてしまった上に、自分を含めた全てのプレイヤーを開放するために自らの命を懸けようとしているのだ。他の攻略組のプレイヤーも同じ心細さはあるはず。

 だからリクは、コハルの左手を空いている右手で優しく握る。

 

「大丈夫だ。コハルは、俺が守る」

 

 いざというとき、片思いの女の子のためにを命を懸ける覚悟の言葉と勇ましい笑顔に偽りはない。

 

「ありがとう。だけど……」

 

 リクの思いが伝わったのか、コハルも先ほどの表情から一転して引き締まった表情に変わる。

 

「私も、あなたを守るから」

 

 一瞬、リクは驚いた。どうやら、サービス初日で泣きじゃくっていた女の子は思っていたほど弱くない、芯の強い女性なのだと察した。

 

「……じゃあ、みんなで生き延びようぜ!」

 

「うん!」

 

 互いに笑顔で返し、リクは気持ちを切り替えた。

 この日のために作戦も立ててきたし、できる限りのことをしてきたのだ。たとえ不安要素があろうと、コハルと仲間達がいればきっと上手くいく。そう信じて。

 やがて、ディアベルが八パーティーを綺麗に並ばせ終える。青髪のナイトは長剣を掲げて頷くと、他のみんなもそれぞれの得物を掲げて頷き返す。全員、準備万端であることを確認し振り向いた。目の前には灰色の石材でできた巨大な二枚扉。その先に、倒すべき強敵がいる。

 ディアベルは意を決して、左手で大扉の中央を力強く押す。プレイヤー達の目に写ったのは、長方形の空間だった。入り口から百メートル先にいるのは、青灰色の毛皮を纏った二メートル近くもある体躯、隻眼をした獣人の王。第一層のフロアボス――《イルファング・ザ・コボルトロード》だ。

 

「――――行くぞ‼」

 

 ディアベルが一言叫ぶと、掛け声と共にキリト隊とジョーカー隊、キバオウ隊が青髪のナイトを追い越していく。

 グルルラアアアッ‼

 獣人の王は威嚇するかの如く雄叫びを上げる。それが合図と言わんばかりに、前にいた三匹の重武装のモンスターがプレイヤー達に迫ってくる。取り巻きの《ルインコボルト・センチネル》だ。

 作戦は最初に飛び出した三部隊がそれぞれ一匹ずつ相手をし、他の部隊がフロアボスと戦うというシンプルなものだ。打ち合わせ通りキリト隊は左、ジョーカー隊は右、キバオウ隊は真ん中の敵へと向かっていく。

 キリト隊に向かってきた取り巻きは長柄斧(ポールアックス)を横に構えてライトエフェクトで輝かせる。両手斧ソードスキル《スマッシュ》の構えだ。

 

「スバル、エトワール‼」

 

「ああ‼」「まかせて‼」

 

 立ち止まったキリトの合図で長身の姉弟は前方に出て盾を構える。

 ガキィィィィン‼

 重武装の獣人が放った横薙ぎはかなりの衝撃だったが、見事に防いだ。《スマッシュ》の構えを取った際は、姉弟が守るように打ち合わせている。取り巻きは今、技後硬直に晒されている最中だ。

 

「レグルス、スイッチ!」

 

「コハル、スイッチ!」

 

 姉弟の合図ですぐさま前に出たコハルとレグルスは、敵の太腿に短剣の刺突系ソードスキルを放つ。この時点で敵に30%のダメージを与えた。

 ボスの取り巻きである《ルインコボルド・センチネル》は十分な強敵。頭と胴体の大部分を金属鎧で覆っているため、ただ単にソードスキルで攻撃しただけでは有効的なダメージは与えられない。覆われていないのは二の腕と太腿、そして弱点である喉元だけだ。

 やがて取り巻きは体勢を立て直す。現在、ダメージを大きく与えたのはコハルとレグルス。敵のヘイトは二人のどちらかに向くのだが……

 

「――――っ‼」

 

 向かってきたのはコハルだった。デジタルとはいえ、あまりの気迫に一瞬たじろいでしまう。

 タゲを引き受けようとしたキリトだったが、行動に移す前に一筋の閃光が敵の首に刺さる。

 

「こっちだ!」

 

 リクが左手で投げ放った投擲用ピックがヒットしたのだ。更に腰のベルトからもう一本引き抜き、それも投げつけて二の腕に当てる。

 武器スキルは習得して熟練度を上げなければ、新たな技を覚えない。だが、基本技だけはヘルプで発動体勢を覚えれば使えるのだ。リクが《投擲》スキルを持っていないにも関わらず《シングルシュート》を放てるのはそういうことだ。

 流石に二回も生身の部分に攻撃を受けたからか、取り巻きはリクの方に首を向ける。

 ダメージは少ないものの、ヘイトはコハルからリクに移ったようだ。走りつつ縦に斧を構えて振り下ろす敵だったが、リクはサイドステップで躱す。

 

(ここだ‼)

 

 縦に斧を振る時が一番大きな隙だというのはアルゴの攻略本で既に把握している。リクはここぞというタイミングで右斜め下からの《スラント》で斧を跳ね上げた。敵の武器は回転しながら真後ろに飛んでいく。

 

「アスナ、スイッチ‼」

 

「はあぁぁぁぁぁっ‼」

 

 リクが叫ぶと、タイミング良くアスナが敵へと向かう。激しく仰け反った無防備な相手の喉元に《リニアー》を放った。

 大ダメージを受けた上に大きくノックバックした取り巻きは、後ろを向いて自身の武器を拾うべく駆け出すが、既にキリトとスバル、エトワールが先回りしていた。キリトとエトワールは二の腕に、スバルは喉元にそれぞれソードスキルを放ち、敵のHPを全損させてポリゴン片にした。

 

GJ(グッジョブ)

 

 キリトが称賛の声を掛けると、仲間達は笑顔で返した。

 隊のリーダーであるキリトだが、なるべく他のみんなに経験値とスキル熟練度が行き渡るようにするために、今回はサポートに徹すると決めていた。少しでも、初日に仲間を見捨てた償いになるなら、と。

 次の取り巻きがリポップするまでタイムラグがあるため、キリト隊は他の部隊の様子を見始める。ジョーカー隊は細剣使いのクロウ、キバオウ隊は短剣使いを要として上手く立ち回っている。

 取り巻きの弱点が喉元である以上、刺突系のソードスキルを使うプレイヤーがいれば有利だが、二部隊ともその条件を満たしているのが良かった。

 肝心のボスと戦っている他部隊は、キリトとスバルからみても戦い方は安定している。壁部隊と攻撃部隊のスイッチ、POTローテーションは余裕があるし、レイドパーティーも残りHPが八割近くからそれ以下にはなっておらず、タイミングよく交代してポーションで回復している。

 ディアベルが出発前に持ち上げた時は不安があったものの、考え過ぎだったかもしれない。キリトがそう思っていると、左側の壁の高い位置にある穴から取り巻きが現れた。

 

「みんな、二体目が来たぞ!」

 

 リーダーが敵に剣の切っ先を向けながら叫び、メンバー全員が再び武器を構える。

 一体目はノーダメージで倒せたが、戦いが長引けば精神的な披露が溜まっていき、そこから大きなミスにも繋がり兼ねない。最後まで油断は禁物だ。

 

 

 

 




  今回は原作と違ってキリトがアスナ以外のプレイヤーともパーティーを組んでいるため、隊のリーダーとしてどう考えて動いているのかを書くため、リクとコハル、オリキャラを活躍させるために書きました。

 あと、投擲(原作では投剣)スキルですが、原作でクラインに指導するために《シングルシュート》を放っている描写がありますが、それを成立させるための文章を書きました。
 とはいえ過去の設定ですので、プログレッシブでは今のキリトができないよう書かれてしまっていますが、気にしないでいただけると幸いです。

 あと、リクは剣を持ちながら逆手で放っていますが、原作でそれができるかは分かりません。なので、IFXではできるということにしておいてください。

 展開遅いな、と思ってる読者も多いと思います。ですが、どうしても書かずにはいられませんでした。それでも、これからもよろしくお願いします。




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ディアベルの決断

 攻略組五十五名と獣人の王の戦いは、終幕へと近づきつつあった。

 四本あったボスのHPゲージは二本削りきり、三本目も無くなる寸前だ。計十二隊の取り巻きを任せていた三部隊はそれぞれ四体ずつ敵を片付け、今ポーションを飲んで回復中である。

 しかし彼らが最前線に加わることはない。ベータテストからの変更で取り巻きがそれを超えて出てくる可能性が無いとはいいきれないと事前に知らせておいたため、いざというときのために様子見で待機し、出てきた際に対処してほしいとディアベルは頼んでいたのだ。

 だが、理由はもう一つある。LAによって手に入るアイテムを手に入れ、これからも攻略組を率いていくためにディアベル自身を強化すること。ベータテスト時代に活躍していたプレイヤーに取り巻きの対処を任せているのも、その可能性を上げるためだ。

 その事実を唯一知っているのは同じパーティーに加わっているZだけだが、彼は狙うどころか協力的だ。何か裏があるのではないかと疑ってしまったディアベルだったが、ベータテスターに反感を持っていたキバオウを鎮めるために手を回していたのだ。だから今は信じることにした。

 後はLAの取り方についてだが、武器を変えたボスは曲刀カテゴリの縦斬り系のソードスキルしか使わないため、見慣れてしまえば回避は簡単である。HPバーをギリギリまで削ったら、隙をついて止めを刺せばいい。

 もっとも、ベータテスト時代と何も変わっていなければ、だが。

 

「ふっ――――!」

 

 髪を中分けしたディアベルの仲間――リンドが放った曲刀ソードスキル《リーバー》がボスの足にヒット。この一撃により、とうとうHPバーの三本目を削りきった。

 

「ディアベルさん、慎重にな」

 

「うん、分かってる」

 

 Zが警告すると、青髪のナイトははつらつと答える。

 グルルラアアアッ‼

 ボスは怒りの雄叫びを上げた。問題はここからだ。

 ディアベルが指示を出し、隊の七人はボスの周囲をぐるりと取り巻く。一方で獣人の王は手斧とバックラーを真横に投げ捨てた。

 ここは情報通りだ。もう一度吠えると、腰の後ろにある湾曲(タルワール)を鞘から勢いよく引き抜いた。しかし……

 

(あの剣、刃がベータテストの時より細いな……)

 

(俺の記憶にあるヤツより、輝いてないか?)

 

 Zとキリトはボスの武器を見て違和感を感じた。刀身が緩く沿っているのは同じだが、違う武器のように見えてしまう。

 あれはまるで、かつて最前線にいたプレイヤー達を苦しめたモンスター達が使っていたものと同じような……

 

(――――っ‼)

 

(まずい‼)

 

「みんな、射程の長い縦斬りのソードスキルに気をつけるんだ!」

 

 二人はボスの武器が変更されていることを見抜いたが、ディアベルは気づいてなかった。

 

「違う、ディアベルさん、あれは――」

 

「下がれ‼ 全力で後ろに飛べ――――っ‼」

 

 Zは警告しようとし、キリトも大声で叫ぶ。

 しかし、残念なことに二人の声はボスのソードスキルのサウンドエフェクトにかき消されてしまう。獣人の王は垂直に飛び、武器を両手に持って水平に構え、体を(ひね)らせる。

 ディアベルを含めて、その体勢を見た他の元最前線テスター達は唖然とした。まさかと思いつつも、彼らの脳裏には恐ろしい技が思い起こされたのだ。

 やがてそれは、ボスの着地と同時に現実のものとなる。獣人の王が竜巻の如く回転し、近くにいたディアベル隊に襲いかかった。

 

「「「「「「うわあぁぁぁぁぁっ‼」」」」」」

 

 危険をいち早く察したZは後方に大きく飛んだことで回避できたが、他のメンバーは大ダメージを受けて吹き飛ばされた。彼らのHPは一気に五割を下回り、イエローゾーンへと突入してしまう。

 カタナソードスキル《旋車》。第十層のmobが使っていたこの技は、範囲攻撃でありながら威力は凄まじく、盾持ちでも重装備のタンクでなければ防ぎきれない。

 更に厄介なのは、敵を一時的な行動不能状態――スタンにさせる効果まであることだ。そうなってしまえば、十秒ぐらいは動けなくなってしまう。さらに発動が即時的で回復手段が存在しない。

 だからZは素早く周りを見渡した。最善なのは、回復するまで他のプレイヤーがタゲを引き受けることだが、突然の事態にみんな固まってしまっている。

 綿密な作戦を立てたことと出発前に持ち上げすぎたことが裏目に出てしまった。ディアベルが倒れたことで、プレイヤー達は眼の前で起きた事態を理解しきれないでいる。

 ならば自分が行動するしかない。Zは自身の片手直剣を右手から左手に素早く持ち替えると、技後硬直が解ける寸前のボスへ向かって走り、右腰からスローイングナイフを抜いた。射程内に入ったことを確認すると、ちょうど硬直が解けた敵に向かって《シングル・シュート》を放つ。

 ナイフは腕に命中。獣人の王は目線をZに移すと、野太刀の先端を後ろに向けて構えながら向かってきた。構えからして放つソードスキルは《浮舟》、スキルコンボの開始技だ。故に技後硬直はかなり短く、まともに受けたら浮かされた後に他のソードスキルが襲いかかる。

 既に武器を右手に持ち直したZは《スラント》の構えを取った。敵の技を迎え撃つ気でいるが、ステータスは獣人の王が圧倒的に高いため、単にシステムアシストに任せてこちらの技をぶつけただけでは打ち負けてしまう。

 だがZには、ソードスキルの発動時に体を意図的に動かして技の速度と威力を上げるテクニック――ブーストがある。これなら何とか敵の技を相殺できる。彼のカンがそう言ってた。

 獣人の王は吠えると野太刀で高く切り上げ、Zは右斜め上から左斜め下へと切り下ろす。

 ガキィィィィン‼

 野太刀と片手直剣のぶつかり合う金属音がフロア全体に響き渡る。

 両者、共に衝撃でノックバックし、両足で踏ん張った。勝負は互角。ブーストがなければ、Zは転倒(タンブル)状態になっていてもおかしくはなかった。

 

「ディアベル、大丈夫か⁉」

 

「ああ、済まない」

 

 その間にキリトは隊のメンバーと共にディアベルの元へとたどり着く。ジョーカー隊とキバオウ隊も一緒だ。

 ディアベルはスタンから開放され、立ち上がるところだった。他のディアベル隊のプレイヤーには、近くにいた隊が駆けつけた。

 

(くっ……まさか、武器がカタナに変わってたなんて!)

 

 ディアベルは自身が節穴だったことを悟った。

 カタナスキルがどれほど恐ろしいかは最前線のテスターだった彼も分かっている。攻略組を率いて百層をクリアするという使命感と責任、今までが順調だったが故の油断、LAを取りたいという欲望、様々な要因が重なったことで目を曇らせてしまったのだ。

 

「ディアベル!」

 

 ちょうど、近くにいたリンドも合流した。彼の表情には不安が滲み出ている。

 

「あんなソードスキル、攻略本には書かれてなかった。戦うにしても、どう対処すればいいんだ?」

 

 リンドの言う通り、情報と違っていたことに未だ動揺しているプレイヤーは少なくない。そんな中、さらなる追い打ちが掛かる。

 

「おいっ、取り巻きが出てきたぞ!」

 

「しかも今度は四体じゃねーか‼」

 

「「なっ――――‼」」

 

 キリトとディアベルだけでなく、全てのプレイヤーが驚きを隠せなかった。

 取り巻きを任せられた三部隊が四体ずつ倒したことは間違いない。しかし壁の穴から出てきたmobが地面に着地し、近くのプレイヤーに襲いかかっている光景が、確かに目の前に広がっている。ここもベータテストの時と違う変更点だ。

 現在、状況は最悪だ。ボスはZが何とか凌いでいるものの、いつまでも持たないだろう。他の部隊が相手をしている取り巻き達も、あとどれくらい出てくるのか分からない。最悪の場合、ボスを倒すまでということもあり得る。

 

「ディアベル、俺もZに加勢して時間を稼ぐから、その間にレイドを立て直してくれ! スバル、隊の指揮を代わりに頼む!」

 

「お、おいっ‼」

 

 キリトはすぐにZの元へと向かっていった。今この場でカタナスキルに対応できるプレイヤーは限られている。だからキリトはディアベルの指示を待たずに行動を起こしたのだ。

 ならば、ディアベルもレイドを指揮するものとして決断しなければならない。青髪のナイトは表情を引き締める。

 

「みんな、聞いてくれ! キバオウ隊、ジョーカー隊は引き続き取り巻きの相手を頼む。残りの二体はディアベル隊、ハフナー隊が引き受ける。支援部隊の二組は、そのサポートに回ってもらう。ボスの方はキリト隊とエギル隊、Zに任せる!」

 

「ちょっ、待てやディアベルはん。取り巻きはともかく、何でボスはそやつらに任せるねん⁉」

 

「たった十五人で、ボスを倒せるわけないだろう!」

 

 レイドリーダーの判断に、キバオウとリンドは疑問を感じずにはいられなかった。

 その理由については、キリト隊、エギル隊にはそれぞれスバル、ポルックスといった最前線テスターがいるからだ。彼らはビギナーとは違い、カタナスキルに対抗できる存在だが、それを話せばディアベル自身もベータテスターであることを証明してしまうようなものだ。

 この状況で信頼を失えばレイドの士気は更に下がってしまうが、責められるとしても今ではない。

 

「キバオウさん、リンド、オレの判断に疑問を持つのは分かる。詳しい理由は後で話す。だから、今はオレを信じてくれ!」

 

「「…………」」

 

 必死で強く言われれば、二人とも言い返せなかった。結局のところ、ディアベルを慕っているのだ。

 

「キリト隊のみんな、いいかな?」

 

「私はいいよ!」

 

「俺もだ。レグルスは?」

 

「勿論だ」

 

 エトワールとスバル、レグルスは了承した。

 

「俺も行く。コハルとアスナはどうする?」

 

「リクが行くなら、私も行く。だって私は、あなたのパートナーだから!」

 

「私は、死ぬわけにはいかない。だけど、キリト君だって死なせない!」

 

 アスナはそう言うと、ミトの方を見た。案の定、不安そうな目をしている。そんな友達を少しでも安心させるために、強くて優しい笑みを返す。

 

「みんな、行くぞ‼」

 

 リクは一声叫び、キリトとZの元へと向かう。他のメンバーもそれに続いた。

 

(みんな、頼んだぞ!)

 

「…………フン!」

 

 ディアベルがキリト隊の背中を見つめる一方、キバオウは勇敢に獣人の王と戦い続ける二人の男を忌々しく見つめていた。

 

 

 

 




 遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

 前回の話ですが、コハルとレグルスが取り巻き相手に使ったソードスキルを《ケイナイン》と書きましたが、原作を読み返した際に下段からの突き上げ技という風に書かれていたため、別の技(名前は未定)を使ったことにしました。基本技です。


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ラストアタック

 キリトとZは、何とか獣人の王が放つ技をソードスキルで受け続けていた。

 二人は合流すると、すぐにZは『ブーストしたソードスキルなら、ボスの技を相殺できる』と伝えた上で、戦いながら作戦を話した。タゲを向けられた側がボスの技を迎え撃ち、もう片方が技後硬直中を狙って通常攻撃するというシンプルなものだ。

 すぐに了承したキリトだが、この作戦には問題があることも理解していた。一つは通常攻撃で与えられるダメージが小さいことだ。HPを効率よく削るならソードスキルの方が良いが、技を向けられた際に冷却中だと迎え撃つことができない。連続で向かって来られたら危険だ。

 実際、獣人の王は二回連続でキリトに技を仕掛けて来た時もある。Zがディアベルを助けるためにスローイングナイフを投げつけてタゲを取ったが、運が良かっただけだ。ダメージを与えたからといって、必ずしもヘイトが与えた側に向くとは限らない。

 もう一つは、ボスの技を相殺するのがシビアであることだ。ブーストは少しでも動きをミスしてしまうと、逆にシステムアシストを阻害してしまうリスクがあるのだ。最悪の場合、ソードスキルが中断してしまう。

 だからこの作戦は時間稼ぎに過ぎない。ディアベルがレイドを立て直し、こちらに援軍を送ってくれると信じて、二人はギリギリの綱渡りをしているのだ。

 

(次は……こうだ!)

 

 獣人の王がカタナを上段に構えると、キリトは片手直剣を真上に構えて《バーチカル》で迎え撃とうとした。

 ……が、ボスの刃はくるりと半円を描いて動き、真下に回った。

 

「しまった‼」

 

 出そうとした技が《幻月》と予想したのは良かった。だが、同じ技でも発動体勢が二種類以上あるものも存在するのだ。つまり、ボスはフェイントを仕掛けたのだ。

 キリトは発動しかけた技をキャンセルするために武器を引き戻したが、タイミングが遅かったせいでガクンと不快なショックが全身を迸り、動きが止まってしまう。そして、真下から跳ね上がってきた野太刀による攻撃をまともに受けてしまった。

 

「ぐっ――‼」

 

 HPが一気に三割以上も減少し、吹き飛ばされるキリト。仰向けになった自身の体を起こそうとするが、高く切り上げられたままのボスの刃が血の色のライトエフェクトを放ち始めていた。

 

(マズい。《緋扇》だ‼)

 

 三連撃の刺突技であるあれを食らえば死ぬとキリトは思った。

 Zもキリトの身に危険を感じて駆けつけるが、距離が空いてしまったせいで間に合うかどうかギリギリだ。しかし……

 

「うおぉぉぉぉぉっ‼」

 

 裂帛した気合と共に敵の刃に立ち向かう人影がキリトの前に現れる。その人物は《ソニックリープ》を放つために跳躍しており、獣人の王が勢いよく刺突を放つのに対し、彼は敵の刃の先端に斬撃を放つ。

 双方の刃は絶妙なタイミングでぶつかり合い、互いに衝撃でノックバックした。獣人の王は今まで以上に後退り、その相手も後ろへ吹き飛ばされたものの、バランスを取りつつ着地。前かがみで中腰になりつつも、倒れぬよう踏ん張った。

 自身の窮地を救ってくれたその人物を、キリトは知っている。

 

「リク‼」

 

「待たせたな!」

 

 かつて自分とコハルをベータテスト最終日に助けてくれたヒーローに対して、リクは獣人の王から視線を外さずに言った。

 カッコつけたものの、リクは内心ではヒヤヒヤしていた。キリトが敵の刃を受けてピンチになった際、気づけば《疾走》スキルで加速して隊の仲間達を追い越し、技の体勢に入って敵の攻撃を迎え撃とうとしていたのだ。

 リクが相殺勝負に勝てたのは、ブーストと突進系ソードスキルによる跳躍力があったからだ。SAOがデスゲーム化する前、コハルとクラインがソードスキルの練習をしている間にキリトからブーストを教わっていた甲斐があった。

 

「ありがとう、助かった」

 

「二人とも、次が来るぞ!」

 

 キリトは礼を言うが、駆けつけたZが警告する。獣人の王はもう次のソードスキルを放とうとしており、野太刀を左腰に構え、刃を緑色に輝かせる。

 ソードスキルの名は《辻風》。直線かつ射程が長く、居合切りの如く早いこの技は、発動を見てから相殺しようとしても間に合わない。だからZは二人の前に出て、ダメージ覚悟で直剣を両手で構え、防御の体勢を取った。

 ガキィィィィン‼

 しかしZの前に出て、攻撃を盾で受け止めた二人のプレイヤーがいた。エトワールとスバルだ。

 

「キリト、おまたせ!」

 

「お前ら、無茶するなよ……」

 

 エトワールははつらつとした声を発し、スバルは三人の命懸けの行動に呆れつつも間に合ったことに安心した。

 さらに、他のキリト隊のメンバーも合流。コハルはリクに駆け寄った。

 

「もう、リクったら! すごく心配したよ!」

 

「全くね。今の、ホントに危なっかしいわ‼」

 

「ああ、悪いな……」

 

 片思いの人を不安にさせ、アスナにも咎められて申し訳ない気持ちになるリク。そんな間にも、長身の姉弟は獣人の王の技を防ぎ続けている。カタナソードスキルを知っている弟が姉に指示を出しているものの、中々の連携だ。

 

「キリト、今のうちにお前はポーションを飲んで回復しろ」

 

「だ、だけど……」

 

 レグルスの言う通りにしたいところだが、キリトは躊躇った。盾を持つ姉弟なら攻撃を受け止められるし、ソードスキルで相殺するという危険な手を使わなくても良い。

 だが、それでも二人だ。せめて他にも壁役がいてくれればと思っていた時だった。

 

「俺達も加勢するぜ!」

 

 野太い声が聞こえてきた。エギル隊のリーダーだ。マーベラスを始めとした他のメンバーも一緒だ。

 

「エギル隊、どうして……」

 

「青髪のナイトさんが、君たちと一緒にボスを倒してほしいって頼まれたからね」

 

 マーベラスが爽やかな笑顔で言うと、キリトは「そ、そうか……」と困惑気味に返した。

 このタイミングで壁部隊が味方になってくれるのは心強いが、キリトはなぜ二部隊のうち彼らなのかが疑問だった。同じ最前線テスターであるポルックスがいる部隊に協力を頼むのが偶然だとは思えない。

 だが、今はそれを考えている時ではない。キリトは横目で今も攻撃を防ぎ続けているエトワールとスバルを見る。二人ばかりにボスの攻撃を任せるのは危険だ。

 

「それじゃ、頼む。HPを回復している間は、俺が指示を出す。キリト隊のみんなも、上手くスイッチして連携してくれ」

 

 キリトが必要な事だけ言うと二部隊とZは頷き、長身の姉弟の元へと向かった。

 さっそくキリトはポーションを飲んで回復を図る。SAOにおけるポーションの回復は時間経過と共に一ドットづつ増えていくため実にじれったいが、キリトは完全回復するまで指示を出し続けた。『ボスを後ろまで囲むと全方位攻撃が来る』『盾や武器でキッチリ守れば大ダメージは食わない』というアドバイスから始まり、キリトが技の軌道を言うたびに正面の壁役が受け止めた。

 一方で、アタッカー達はボスが硬直する度にソードスキルを叩き込んでいた。ヘイトが溜まって危なくなった時は、エギルらアニキ四人組が《威嚇》スキルで大声を出してタゲを取ってくれる。

 キリトとZだけで戦っていた時よりはマシだが、少しでも連携が崩れれば危うい。そんな戦闘が五分ぐらい続き、もうすぐボスのHPが残り三十パーセントになろうかといった時だった。

 

「誰か、ポーション分けてくれ! 俺の分がなくなった‼」

 

 部屋中に大声が響いた。キリトは振り向かなかったが、かなり焦っていることは分かる。

 

「俺が行く。みんな、少しだけ待っててくれ!」

 

「分かった、クロムも気をつけろ!」

 

 ジョーカーから許可を貰ったクロムは、助けを求めているプレイヤーの元へと向かった。

 

(ヤバいぞ。誰かがポーション切れになったなら、他のプレイヤーも近いうちにそうなる。レイドが崩れる前に、早くボスを倒したいところだけど……)

 

 キリトはボスの技後硬直時に全員で総攻撃をかけるべきか迷ったが、もしHPを削り切れなければ反撃を食らってしまう。安全性を考えるなら、もう少し削ってからのほうがいいと思った時、ゾッとする出来事が起きる。精神的疲労が溜まっていたせいか、スバルがボスの技を上手く受け止めきれずに転倒してしまったのだ。

 

「スバル、待ってて!」

 

「エトワール、だめだ‼」

 

 姉は実の弟を助けるために駆け出すが、マーベラスは大声で呼び止める。

 

「あっ――――」

 

 エトワールが気づいた時には遅かった。走っていった位置は、獣人の王の真後ろだったのだ。

 ボスは周囲を囲んだと認識し、垂直に飛んだ。再び《旋車》を放とうとしている獣人の王に対し、一か八かキリトはボスの技を止めるために剣を右肩に担ごうとした。

 しかし、その前に獣人の王に向かってZが跳躍していた。キリトと同じ事を考えていたらしく、彼よりも早く、軌道を上にも向けられる《ソニックリープ》を発動したのだ。

 ざしゅうっ‼

 既に体を(ひね)らせていた獣人の王は、黄緑色の光に輝くZの刃で左腰を切り裂かれた。しかも斬撃音は重く鋭い上に、血が大量に吹き出したかのような赤いライトエフェクトが傷口から迸る。クリティカルヒット特有の演出だ。

 獣人の王は体勢を崩し、そのまま床へと落ちていく。そんな中、キリト達はまだ空中にいるZが微笑みながら仲間達を見ている姿を捉えた。それが何を意味するのかはすぐに分かった。

 Zはこのままボスが転倒状態になると予測している。仕掛けるなら、今しかない。キリトがそう思った時、ちょうどZは上手く着地し、対して獣人の王は床に叩きつけられた。

 

「全員、全力攻撃(フルアタック)‼ 囲んでいい‼」

 

 キリトが大声で叫ぶと、仰向けになって手足をばたつかせる獣人の王に近づいたエギル隊はそれぞれ縦斬り、刺突のソードスキルを放つ。猛攻を受けても獣人の王は立ち上がろうとしたが、今度はキリト隊がスイッチの一言でエギル隊の隙間を抜け、即座に技を仕掛ける。

 最後にキリトの二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》の二撃目がヒット。レッドゾーンに入っていたボスのHPは減っていく。

 

(頼む、決まってくれ‼)

 

 キリトはそう強く祈った。赤くなったボスのゲージが減少していく様子をキリト隊、エギル隊、Zが固唾を呑んで見つめる。

 残り十ドット、五、三、一。

 やがて、HPバーは消える。

 グルルルル……

 獣人の王は苦しそうな声を上げて後ろへ倒れ、ポリゴン片となって消滅。同時に取り巻きも同じようになり、ボス部屋は少しの間だけ静寂に包まれる。そして……

 

【Congratulations】

 

 プレイヤー達の前に大きく文字が表示され、勝者を称えるファンファーレが部屋中に鳴り響く。

 第一層が攻略された瞬間であった。

 

 

 

 




 原作と差別化するのにかなり苦労しました。

 内容は原作プログレッシブをベースにしています。今更ですが、ファンから見たディアベルの印象は、アニメを先に見た人と既に原作を読んだ人とでは違うのではないかと個人的には思っています。


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ビーター

 獣人の王と取り巻きが打ち倒され、ボス部屋はその場にいたプレイヤー達の歓声に包まれた。

 今、彼らの視界には獲得した経験値や分配されたコル、取得アイテムが表示されている。キリトが手にしたアイテムは《コート・オブ・ミッドナイト》。第一層のフロアボスをLAした証だ。

 ふう、と安堵の息を吐くキリトだが、不意に背中をポンと叩かれる。

 

「やったな、キリト!」

 

 振り向くと、そこには笑顔のリクがいた。

 

「お疲れ様、キリト君」

 

「やりましたね」

 

 アスナ、コハルもそれぞれ労いの言葉を掛ける。共にボスと戦ってくれたマーベラス達も笑顔で答え、キリトも精一杯の笑みを返した。

 とうとう終わったのだ。キリトが周りを見渡すと、肩を組み合っている者から拳を軽くぶつけ合っている者まで、それぞれ喜びを表現している。少し離れたところでは、ジョーカー隊のメンバーが手を振っている。アキュラだけは剣を鞘に収めながら無表情だったが。

 

「コングラチュレーション、この勝利はあんたのものだ」

 

「エギルさん、俺も忘れないでくださいよ」

 

 エギルがキリトを称賛すると、最初に命がけでタゲを引き受けたZが苦笑いで言うので「おっと、おまえもな」と付け加えた。

 そんな中、安堵したかのような表情をした青髪のナイトの姿をキリトは見つけた。 ディアベルについては色々と気になることがある。なぜ最前線テスターであるZがディアベル隊に入ったのか? なぜポルックスのいるエギル隊を応援に向かわせてくれたのか? 

 

(ディアベル、もしかしてあんたは……)

 

 キリトが一つの可能性に至ったその時――

 

「なんでや! なんでディアベルはんを、ワシらを騙したんや!」

 

 キバオウの怒声が歓喜なムードを打ち破った。キリトもZも、その場にいる他のプレイヤー達も意味が分からず困惑する。

 

「い、いったい何を言って……」

 

「そこのジブンら二人、ボスの使う技を知っとったやろ‼ 最初から情報を伝えとったら、ディアベルはんやワイらが危険な目に遭うこともなかった‼」

 

 ディアベルが宥めようとしていることなどお構いなしに、キリトとZを交互に指さしながらキバオウは不満を言い放つ。

 キリトとZはそこまで言われて気づいた。カタナソードスキルは、ビギナー達にとっては初見殺し。知っていなければ対応などできない。つまり、キバオウは二人を元ベータテスターだと疑っているのだ。

 

「まさかアイツら、ボスが武器を持ち替えた時の攻撃パターン熟知してたってことか?」

 

「知ってなきゃソードスキルの相殺なんてできねーよな……」

 

「でも攻略本の情報とは違うぞ」

 

 その場にいるプレイヤーの半分近くはざわつき出し、二人に疑惑の目を向けている。キリト隊、エギル隊、ジョーカー隊、Z、そしてレイドのリーダーであるディアベルはマズイ状況になっていることを嫌でも察した。

 不穏な空気が立ち込める中、突然キバオウ隊の短剣使いが叫んだ。

 

「オレ知ってる‼ その二人、元ベータテスターだ‼ ボスの攻撃パターンも全部知ってて隠してたんだ‼ LA取るために伝えなかったんだ‼」

 

「じゃあディアベルさんやオレ達は、囮にされたってことか⁉」

 

「おい、マジかよ!」

 

「なんて奴らだ!」

 

 とうとう、キリトとZは元ベータテスターである事を暴露されてしまった。しかも誤解を招く発言で、リンドを始めとするプレイヤー達に罵詈雑言を浴びせられてしまう。

 

「ちょっと、なに二人を悪者扱いしてるわけ⁉」

 

「キリトさんとZさんは、ボスを引き付けるために戦ったんですよ‼ 私たちが来るまで時間稼ぎしたから、誰も死ななかったんじゃないですか‼」

 

「そんなの結果だけの話だろ‼」

 

「ディアベル隊はボスの範囲技に巻き込まれたけどよ、Zってやつだけ後ろに飛んで避けてたじゃねーか‼」

 

「あのキリトってやつも、ディアベルさんの命令が出る前に勝手にボスのところに行きやがったしな‼」

 

 キリトとZを罵り始めるプレイヤー達に対してエトワールとコハルは反駁するが、非難は止まらない。

 犠牲を出さないために必死になっていたキリトとZの印象は、勇敢なヒーローからプレイヤー達を出し抜いた悪人へと変わりつつある。プレイヤー達の間で悪い憶測が飛び交う中、エギルが声を上げた。

 

「落ち着け、お前ら! 攻略本には『情報はベータテスト時のもので、変更されている可能性がある』って描いてあっただろ。こいつらが本当に元テスターなら、むしろ知識はあの攻略本と同じじゃねえのか?」

 

「そ、それは……」

 

 バリトンのある冷静な声で説得されたキバオウ達は反論できず沈黙。ディアベルとキリト達は、たとえ不和が解消されなくとも今はこれで納得してほしいと願ったが……

 

「攻略本の情報に嘘が混ざってたんじゃねえのか! そいつらにLA取らせるために、作った奴らがでたらめ書いたんだろ‼」

 

「つまり、情報屋もグルだったってことか!」

 

「やっぱ元テスターはろくでもないってー!」

 

 アルゴや攻略本の制作に関わった元テスター達まで共犯者扱いするジェネラルの思い込みとも言える反論に、同じキバオウ隊の仲間二人も同調した。

 

「このエセヒーローが‼」

 

「自分達さえ良ければいいのかよ‼」

 

「ろくでなしテスター共め‼」

 

 プレイヤー達の怒りは最高潮に達している。せっかくフロアボスを倒したというのに、状況は最悪だ。

 このままでは元テスターとビギナー達の溝は決定的となってしまう。キリトとZ、その仲間達とディアベルは何とかしなければと思うが、穏便に済ませる方法が思いつかない。

 プレイヤー達の被害妄想とも言える暴言にリクとアスナの我慢は限界に達し、顔を険しくして同時に声を上げる。

 

「お前ら……」「あなたたちね……」

 

 

 

「元ベータテスター、だって? 俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

 

 

 しかし突然、キリトは元テスター達を軽蔑するかの発言をした。ボス部屋にいるプレイヤー達は目を丸くするなり、表情を引き締めるなりして黙り込む。

 キリトは、今この場で取れる最善手を見つけたのだ。それが、自分を追い詰めると分かっていながら。

 

「SAOのベータテストの抽選は、とんでもない倍率だったんだぜ。当選した千人のうち、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? ほとんどはレベリングのやり方もしらない初心者だったよ。今のあんたらのほうがまだマシさ。でも、俺はあんな奴らとは違う。俺はベータテスト中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使う雑魚と散々戦ったからだ」

 

 最もらしいことをふてぶてしく笑いながら話すキリトは、左親指でZを指した。

 

「それについてはこいつも同じだけど、自分を有利にするための情報を、他の奴らを活かすために情報屋に教えるほどのお人好しだからな。でも俺は、そこのナイトさんを助けようとしたヒーローや情報屋が知らないことも色々と知ってるぜ。効率のいい狩り場とか、うまい報酬が貰えるクエとかな」

 

「なんや、それ……そんなん、ベータテスターどころやないやんか! もうチートや、チーターやろ、そんなん!」

 

「調子に乗りやがって、チート野郎!」

 

「ベータのチーターだから、ビーターだ!」

 

 キバオウ達はキリトの言葉を真に受けた。これで最悪の事態は避けられ、Zに怒りの矛先が向くことは最小限に抑えられるはず。

 

「ビーター……いい呼び方だな、それ」

 

 キリトがウインドウを出現させて一連の操作をすると、小さな光が体を包み込み、光はすぐに漆黒のロングコートへと変わった。LAで手に入れたアイテム――《コート・オブ・ミッドナイト》を装備したのだ。

 

「そうだ、俺はビーターだ。これからは元テスターごときと一緒にしないでくれ」

 

 漆黒のコートをなびかせながら振り返ったキリトは、そのまま部屋の奥にある小さな扉へと向かって歩いて行く。

 

「二層の転移門は俺が有効化しといてやる。ついてくるなら、初見の敵に殺される覚悟しとけよ」

 

 扉の前にたどり着いたキリトはそれを両手で押し開け、奥にある螺旋階段を上って行く。その寂しそうな背中を見ていた仲間達は、ただ見ていることしかできない。特にリクは、デスゲームが開始した時の別れを思い出さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




 今回の話も差別化に苦労しましたが、何とか書けました。

 。IFの通り主人公がディアベルを助ける展開にすれば楽だったのではないかと何度も思いました。でも、誰一人として動けなかった中でZ(迅悠一)がいち早く動かなければ彼らしくない気がしましたし、僕自身はこれで良かったのかもしれないと、書き終わった今なら自然と思えてきます。

 第一層の話も次回でラストです。お楽しみに。


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たとえ離れていても

「キリト、なんであんな嘘ついたの?」

 

「うん、あれじゃキリトさんが悪者になっちゃうよ……」

 

「……悪者になることが、全体にとって最善だと思ったからだ」

 

「ああ、あいつが《汚いビーター》にならなければ、全ての元テスターが他のプレイヤーから目の敵にされかねないからな」

 

「しかも、おれをヒーローにした上で、自分のほうが誰よりも情報アドバンテージがあることを強調して、おれとアルゴたちから目を反らさせた」

 

 悪のビーターとなった隊長がいなくなってからエトワールとコハルが当然の疑問を口にすると、リクとエギル、Zは重々しい口調で答えた。

 

「つまり、キリトは元テスターに向けられる悪意を一人で背負ったということですか……」

 

「……くっ、キリトの奴!」

 

 マーベラスとスバル、他のキリト隊とエギル隊のメンバーは理解したが、やりきれない気持ちでいる。

 しかし、キリトとZがLA狙いでボスに向かったと誤解された上に、攻略本を作ったアルゴたちまで疑われた時点で、丸く収まる段階は過ぎてしまったのだ。

 

「でも、逃げ場のない命懸けの世界で他人から敵視されるのは……」

 

「ええ、自分の死に繋がる可能性もある」

 

 アスナの言葉の先は、リク達の方へ来ていたミトが代わりに言った。ジョーカー隊のメンバーと支援部隊にいたヒロも一緒だ。

 

「無事でよかった、アスナ」

 

「うん、ミトもね」

 

 互いに笑顔で言葉を交わすが、共に陰りがある。無理もない。アスナにとっては同じ隊の仲間であると同時に恩人、ミトにとってはベータテスト時代に関わった者が孤独となる事態へと陥ったのだから。

 

「まさか、こんなことになるとはな……」

 

「ああ、キリトのおかげで、俺たちも仲間も白い目で見られなくて済むけど……」

 

「あんなこと、誰でもできることじゃない……」

 

 最前線テスターだったジョーカー、クロム、ヒロもキリトの事が心配でならなかった。難しいクエストを手伝ってもらった恩もあるし、フロアボス戦ではLAを巡るライバルでもあったのだ。

 それぞれがキリトの行く末を思う中……

 

「リーダーをやめる⁉ なんでや、ディアベルはん!」

 

 キバオウの大声が部屋中に響いた。他のプレイヤー達も動揺している。

 

「……すまない、オレにはもう、君たちを率いる資格がない」

 

 それは青髪のナイトの本心だった。本当なら自身も元テスターであることも打ち明けたかったが、元テスターへの怒りがぶり返す事態になれば、キリトの決断が無駄になってしまう。それが分からないほど馬鹿ではない。

 

「隊列が崩れたのは、ディアベルのせいじゃない! ボスの武器が違っていたからだ!」

 

「リンド、攻略本にもその可能性は書かれていただろう。武器の違いも冷静に観察すれば見抜けたはずだ。慎重に戦おうとか言っておきながら、オレはLAボーナスにこだわって判断を誤ったから状況が悪化した。結果論とはいえ、あの二人がボスを引き付けていなければ確実に犠牲が出ていた」

 

 だから自分はリーダー失格。集団のトップが利己的な感情で命令するなどあってはならないとディアベルは思ったから、攻略を降りるのだ。

 

「ディアベルはんは私利私欲でボーナスを欲しがったわけやない。みんなを守るために必要や思うとったんやろ」

 

「あなたは攻略に本気だった。自分だけが強くなればいいというビーターとは違う」

 

「……理由はどうあれオレは我欲を優先し、オレを信じてくれたみんなを危険に晒した。それが事実だ」

 

 キバオウとリンドは尚もディアベルの正義を信じるが、慕っている青髪のナイトの真剣な目を見て意思の固さを悟った。

 

「それなら、この先どうすんだよ? ディアベルの旦那がいなくなったら、誰が率いてくんだよ……」

 

 ジェネラルの不安は最もである。今ここにいるプレイヤー達がフロアボス討伐に乗り出したのは、ディアベルの影響が大きい。パーティーの仲間達と共に迷宮区を踏破し、トールバーナにいた者に声を掛けたから、やっと実現できたのだ。

 

「攻略組のまとめ役は、キバオウさんとリンドに頼みたい」

 

 自分を慕っているし、まだ信じてくれている。だからこそ意思を引き継いでくれると思うが故の判断だった。二人は迷いながらも「分かった」と答える。

 

「それとキリトのことだけど……君たちの気持ちはどうあれ、貴重な戦力だ。彼が望むなら、攻略に加えてやってくれ」

 

「ちょっ、いくらなんでもそりゃ――!」

 

「ジェネラル、黙っとけや!」

 

 キバオウは同じパーティーの仲間を一喝した。

 ジェネラルが納得できない気持ちは分かっている。だが実力が確かなのは事実なのでディアベルの頼みを断る理由はない。

 

「分かったわ。ただ、あの黒ビーターを嫌う奴もおる。利用するって形でええな?」

 

「ああ、構わない。それじゃ、後は頼んだよ」

 

 信頼する仲間達に後を託し、ディアベルは身を翻して第二層へと続く扉へと向かって歩いてゆく。

 

「ディアベル‼」

 

 だがリンドに呼び止められて一旦は立ち止まった。

 

「いつか……いつかまた、戻って来るよな⁉」

 

「…………ああ、いつかきっとな」

 

 そう返すと、再び歩を進める。Z、キリト隊、エギル隊、ジョーカー隊のメンバーとすれ違う際に彼らの困惑した表情を見たが、ディアベルは心苦しそうに横切り、扉の向こうへと消えた。

 その後、残されたプレイヤー達は今後の攻略の方針について話し合った。時折キリトを侮辱する発言もあったため、キリト隊、アキュラを除くジョーカー隊、エギル隊のマーベラスと双子の兄弟はうんざりして先に第二層へと向かうことに。

 こうして最初のフロアボス戦は終わった。戦死者は出なかったものの、後味の悪い結末であった。

 

 

 * * *

 

 

 第二層の入り口の扉を開けたキリトは、端から端まで連なっているテーブル状の岩山が見える絶景を少しの間だけ堪能した後、階段を下って主街区へと向かっていた。

 周りは乾いた荒れ地。所々に生えている柔らかい緑の草。そんなサバンナ地帯をキリトは歩いている。

 その時もキリトは考えていた。これから自分が浮遊城で孤立することは容易に想像できる。どこも自分を受け入れはしない。

 だがベータテスト時代も、サービス初日ではじまりの街を出てからトールバーナに来るまでも一人(ソロ)だった。その時に戻るだけだと言い聞かせた。

 やがて、第二層の主街区《ウルバス》へと辿り着く。南のゲートから入ると、【INNER AREA】の表示が浮かんでBGMも変わるが、ほぼ同時にメッセージが届く音声が耳に響く。

 ウインドウを開いて確認すると、リクからだった。すぐに内容を確認する。

 

 

 

 お前が嘘をついた理由、俺達は分かってる。正直、これからお前とどう接していけばいいのか、まだ分からない。けど、これだけは伝えておく。

 俺達は、キリトの味方だ。

 

 

 

 メッセを読み終えたキリトは口を僅かに綻ばせた。ウインドウを閉じると、有効化(アクティベート)するべく街の転移門のある場所へと歩き始める。

 

 

 * * *

 

 

「…………まあ、こんなところだ」

 

「おいおい、マジかよぉ……」

 

 キリトが話し終えると、クラインは困惑気味になってしまう。

 SAOで初めてできた親友はかなり危なっかしいことをしてきたのは知ってるが、敵意をあえて自分に向けさせるなどできるものではない。

 

「……なんで黙ってたの?」

 

 リーファは聞かずにはいれられなかった。元テスター達がリソースを独占していたという噂、大事な兄がビーターとして新規プレイヤー達に敵意を向けられていたことは聞いていたが、そこにキバオウが関わっていたことを今日まで知らずにいたのだ。

「もし言ってたら、キバオウに食って掛かってただろ。そうなったら、また色々と面倒だったから。もうクリアしたとはいえ、黙ってたのは悪かったって思ってる。でもスグだって、俺を追いかけるためにSAOにログインして、母さんと父さんに心配かけさせたじゃないか」

 

「うっ……」

 

 そこまで言われたリーファは言い返す言葉がなかった。さらにマーベラスとエトワール、スバルは畳み掛けるように諭す。

 

「最悪の事態を回避するために、キリトはビーターという汚名をあえて被った。そのせいで苦しい思いをしてきたけど、たとえ離れていても一人じゃなかった。戦い続けてこられたのも、君やみんながいたからじゃないか」

 

「私だってキリトのことは心配だったし、キバオウやジェネラルのこと許したわけじゃないよ。でも最後はみんなで百層クリアしたじゃん」

 

「ああ、最後は黒の剣士っていうヒーローとして認められただろ」

 

 そこまで言われ、リーファは「はぁ」とため息をついて観念した。

 

「だったら、これからは無茶しないでよ」

 

「……ああ、分かってる」

 

 キリトはふてくされる妹に笑顔で返したが、内心では我ながらズルく言い返したと反省する。

 

「みんなー、新しいお肉が焼けたよー」

 

 話の途中でエギルに呼ばれたアスナが、ちょうどスペアリブの乗った皿を持ってきてテーブルの上に置いた。焼きたてだけあって、肉からは香ばしい香りが漂っている。

 

「おっ、うまそうだな! 焼色も良さそうだし……」

 

「お兄ちゃん、話を逸らそうとしてない?」

 

 半眼になるリーファに周りのみんなは苦笑いだ。そもそも同じ肉をさっき食べたばかりである。

 

「よし、肉は熱いうちに食べないとな!」

 

「そうだな。じゃあ、俺はこれで」

 

「オレはこれだな」

 

「あ、カストルさんにポルックスさんずるい! それ大きい肉じゃないですか!」

 

 それでも強引に食べ物の事に持っていこうとするキリトに便乗する形で双子の兄弟は肉を先に選び、リーファは抗議する。しかし周りのみんなも続くように「オレっちはこれデ」「俺ぁ、これだな」と続いて選び始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ――――‼」

 

 それからリーファは肉選びに気を取られ、先程の話をそっちのけにしてしまったのだった。

 

 

 




 第一層編、これにて完結! 何とかアイメモ二周年に投稿できました。

 色々と書きたい事はありますが、まず本編の内容を補足します。

 ・『キリトの旅立ち』で「ウソダドンドコドーン‼」、「おのれ、茅場――――‼」と叫んだのはパロキャラではなく、原作のシリーズの熱烈なファン二人組です。もうお分かりの読者もいると思いますが、アイメモは時折シリアスをぶち壊すセリフもありますので、それも含めて楽しんでいただけたら幸いです。

 ・原作でディアベルがキリトのアニールブレードを、キバオウを仲買人として39800コルで買い取ろうとする場面がありますが、アイメモではその代金の一部はポーション代に使われています。少しネタバレになりますが、残りの代金も青髪のナイトさんは陰ながら支援するために使います。

 ここからは修正箇所です。

 ・『獣人の王』でコハルとレグルスが取り巻きに放った短剣の刺突系ソードスキルの名前は《スティング》になりました。

 ・『ディアベルの決断』で、Zがディアベルを助けるべくタゲを取ろうとスローイングナイフをボスに向かって投げつけますが、その前の動作を《片手直剣を鞘に収める》から《右手から左手に持ち替える》に変えました。後に気づいたのですが、利き手で投擲スキルを放つためとはいえ、いちいち武器を背中の鞘に収めるのは効率が悪い気がしたのです。

 至らないところもありましたが、アイメモは何とか続けられています。
 それと、かなり遅れましたがIFは(まだキリトと主人公の戦いは続いていますが)百層クリアされました。アイメモでは違うラストを考えています。
 次回は久しぶりのアイラジです。リズとシリカのやり取りを久しぶりに楽しんでください。




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シリカとリズベットのアイメモラジオ 第5回 閃光剣士と大鎌戦士の冒険回想

注意 『シリカとリズベットのアイメモラジオ』を読む際、以下の点にご注意ください。

 ・これは本編の時間軸とは関係ない番外編です
 ・アイメモの独自設定あり
 ・原作、及び本作のネタバレを含む場合あり

 なお、今回はミトに関して『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』のネタバレを少し含む上に、行動が異なります。ご了承ください。


シリカ「シリカと!」

 

リズベット「リズベットの!」

 

シリ・リズ「「アイメモラジオ~‼」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

シリカ「みなさん、こんにちは」

 

リズベット「アイラジ第5回、スタートよ!」

 

シリカ「キリトさん、これから辛い道のりを歩くんですね」

 

リズベット「そうね。キバオウやジェネラルのこと、まだ許せてないっていうエトワールの気持ち分かるわ。実際に身勝手な元テスターはいたみたいだけど、リクたちや塾でいろいろ教えてくれた人たちみたいないい人もいること考えると、怒れてくるわ!」

 

シリカ「ホントですね! 塾の人たちにはわたしもお世話になりましたし、そこから攻略に貢献したプレイヤーもいたことわけですし」

 

ピナ「きゅる――――!」

 

シリカ「ピナもそう思うんだね!」

 

リズベット「たくさん文句もいいたいところだけど、そろそろゲストを紹介しないと」

 

シリカ「はい、本日のゲストは、とうとうあのお二人が登場です!」

 

リズベット「アスナとミトよ!」

 

アスナ「みんな、こんにちは」

 

ミト「こんにちは」

 

シリカ「来ました! 原作と劇場版のWヒロインです‼」

 

リズベット「二人とも、第一層のフロアボス戦は大変だったわね」

 

ミト「そうね。元テスターの私たちが蔑まれると思うと、気が気でないわ」

 

シリカ「それでも、ボス戦には参加したんですね」

 

ミト「ええ、私も生き残るために狩り場を先行してレベリングしてたから、それで他のプレイヤーを追い詰めてしまった。せめて最前線に来たから少しでも罪滅ぼしになればと思ってね。まさかログインしていたアスナに出会うなんて思ってなかったけど」

 

リズベット「でも、二人はリアルでも友達だったんでしょ? 落ち合う約束とかしてなかったの?」

 

アスナ「誘われたんだけど、お母さんが厳格だから許してくれないって諦めてたの。でも兄さんがナーヴギアを手に入れたって聞いたから、ミトに内緒で当日にログインしたんだけど……」

 

リズベット「デスゲームに巻き込まれたってわけね……」

 

アスナ「それで絶望して、やけになってレベリングして最前線までいったら攻略会議で再開したってこと。ミトのことは時々思い出してたけど、まさか最前線まで来てたなんて思わなかったから。まあ、冷静になって考えれば情報屋に依頼して探してもらうっていう手もあったけど……」

 

ミト「自分のことに必死になってたのは私も同じだから、あなたを責めたりはしないわ」

 

シリカ「第二層の攻略の途中から、キリトさんも加えてしばらく三人で一緒だったって聞きましたけど……」

 

ミト「ええ、でも一緒だから不安がなかったって言ったら、嘘になる。自分のせいで誰かが――特にアスナが死んだらって思うと、最前線から降りたいって気持ちはあった。だけど、それはリクやみんなも同じ。仲間たちが失う恐怖と戦いながら前へ進んでいるところを二人と一緒に見てきたから強くなれた」

 

リズベット「序盤の最前線じゃ珍しく戦闘職と生産職を兼用してたみたいだけど?」

 

ミト「私が習得したのは防具やアクセサリーを作るためのスキルだけど、デスゲーム化したSAOで生き延びるためにもダメージを減らしたり、デバフを防ぐためのアイテムを作ってあげたかったの。アスナは大事な親友だし、キリトもよく無茶をするから」

 

リズベット「血盟騎士団に入ったときも一緒だったわよね」

 

アスナ「ええ、部隊は違ったけどね。私は最前線で指揮して、ミトはアイテムの生産で素材集めに回ってたから」

 

シリカ「別々に行動するなら、不安だったんじゃ……」

 

ミト「全くなかったって言ったら嘘になるわね。でもギルドのホームでは顔を合わせることもあったし、お互いに実力は分かっていたから死なないって信じてた。それに、何かあったときは駆けつけるって決めてたから」

 

アスナ「うん、ありがとね」

 

リズベット「さーて、話が長くなっちゃったけど、このコーナーに入るわよ!」

 

 

 

SAO攻略全書 大丈夫、アルゴの攻略本だよ。

 

リズベット「さーて、このコーナーもなんだか久しぶりね!」

 

シリカ「第1回以来ですからね」

 

アスナ「今回も武器の紹介って聞いてたけど……」

 

ミト「アスナがいるなら、次はあの武器ね」

 

リズベット「そうよ。今回紹介する武器はこちら!」

 

 

 

 細剣(レイピア)

 

 鋭さ:B+ 速さ:A+ 正確さ:A 重さ:B- 丈夫さ:B- 射程:B+

 

 突きの速さに特化した武器種。片手直剣に比べて軽く、速さ、正確さが高い。強度が低い。

 ソードスキルは刺突系が多く、中には斬撃系と刺突系が混ざったものもある。

 

リズベット「アスナが出てきたなら、やっぱりこの武器よねー!」

 

シリカ「正確かつ早い刺突で敵を仕留める《閃光》のアスナさんの得物です!」

 

アスナ「説明の通り刺突系のソードスキルが多いから、その分だけ速さと正確さと射程は片手直剣より高くなってるわ」

 

ミト「だけど引き換えに一撃の重さは軽いから、装甲の硬い相手に力押しはできない。あと丈夫さも高くないから、重攻撃を受け止めたら一気に耐久値を持っていかれる」

 

シリカ「つまり、細剣使いはヒット・アンド・アウェイを意識した戦い方が重要だということですね」

 

アスナ「うん。マーベラスのように盾を装備していれば話は別だけどね」

ミト「ただ、敵が同じように早い相手なら多少は剣で受け止めることも必要になってくるけど」

 

リズベット「まあ、早い敵って一撃が軽いやつ多いからね」

 

シリカ「それと正確さが高いおかげで、ソードスキルで攻撃した際は敵に当たりやすくなっています。弱点を狙ったときは、システムアシストで補正してくれます」

リズベット「アスナは武器を鍛えるとき、速さと正確さを重点的に上げてたわね。まあ、武器にも適した強化があるけど」

 

アスナ「速さは細剣ならセオリーだし、正確さは攻撃を当てやすくするためよ。小さい敵だと攻撃が当たりづらいし、刺突系は前方の射程はあっても横の範囲が狭いから」

 

リズベット「せっかくだし、ソードスキルの属性についてもここで説明しましょ」

 

 

 

 ソードスキルの属性

 

 斬撃系:敵に当てやすいシンプルな攻撃。

 刺突系:前方への射程が斬撃系・打撃系より長い攻撃。

 打撃系:他の二属性より威力が高い攻撃。

 

ミト「どの属性のソードスキルを使えば有利に戦えるかは、モンスターによって決まってるものもある。打撃系は装甲を持つ敵、スライム系の敵に有効なものが多いわ。逆に刺突系はガイコツ系の敵にダメージを与えにくい。体が骨だから、当たり判定が小さいの。それでもアスナは当ててたけど」

 

アスナ「ソードスキルの中には、別の属性が含まれたものもあるわ。例えば、私が使う細剣の《スピカ・キャリバー》は最初の二連撃が斬撃で、最後の一撃が刺突よ。あと、キリトくんが使う《メテオブレイク》も斬撃の他に打撃系の体当たりも含まれるわ」

 

シリカ「え、《メテオブレイク》ってなんですか?」

 

リズベット「私も初めて聞くソードスキルだけど……」

 

アスナ「ソードスキルの中には、本来のスキルとは別のスキルを上げることで習得できるものがあるっていうのは二人とも知ってるわよね? 《メテオブレイク》は《片手直剣》以外にも《体術》スキルを上げることで使えるの」

 

リズベット「ああ、だから攻撃の中に体当たりがあるのね」

 

ミト「あと、属性別に特徴を説明したけど、これらに当てはまらない例外的なソードスキルも存在するわ。例えば、正確さの高い短剣の四連撃ソードスキル《ファッドエッジ》は速さを重視してるから正確さにやや欠ける。突撃槍の刺突系は横にも範囲が広いから、そのせいでパーティープレイに不向きな面があるわ」

 

シリカ「でも、ヒロさんは片手用突撃槍の使い手ですけど、パーティーで行動してたはずじゃ……」

 

アスナ「ええ。でもベータテスト時代にパーティーで運用する方法を友達と一緒に考えたみたい。ちなみに恋人は両手用突撃槍の使い手だけど、ヒロ君は彼女のために上手く活躍させる作戦を作ったのよ。それはね――」

 

シリカ「そこまでです、アスナさん!」

 

リズベット「その先はネタバレよ! それに、時間も押してるし」

 

アスナ「そ、そうね」

 

ミト(都合のいいこと言って、無理やり話を終わらせたみたいに見えるけど……)

 

 

 

リズベット「さーて、あっという間に時間が来たわね」

シリカ「アスナさん、ミトさん、本日はありがとうございました」

アスナ「ううん、私も楽しかったから」

ミト「うん、昔のことを振り返るいい機会だったわ」

リズベット「じゃあ、最後はこのコーナーよ!」

 

 

 

 IFXコソコソ噂話

 

シリカ「コハルさんが『はじまりの街』で買った《ピアノ・ブローチ》はお店のオンリーワン商品なのですが、装備者の幸運を上げる効果があるそうですよ」

 

リズベット「幸運っていうのは、SAOの隠しパラメーターで、運に関わる要素に影響するそうよ」

アスナ「例えば、ドロップ率の低いアイテムが手に入る可能性が高くなるとか、武器の作成や強化の成功率が上がるとか、あとは真クリティカルが出やすくなるわね。キリトくんは攻略の中盤からよく出してたけど」

 

リズベット「まあ、それにはシステム的な理由があるけど、これもネタバレになるからまた次の機会ということで」

 

ミト「ちなみに、真クリティカルはどうすれば出やすくなるのかをベータテスト時代に探究していた人たちがいたけど、中にはオカルトじみたものもあったわね。満月の夜に起こりやすいとか……」

 

アスナ「どうしてそんなことを考えるのかしら?」

 

ミト「きっと、その時に偶然にも真クリティカルが出たから、そうかもしれないと思ってしまったんだと思う。本当かどうかは今も分からないけど……」

 

リズベット「それ、本気で調べたら時間かかりそうね……それじゃあ、お別れの時間よ」

 

シリカ「それではみなさん!」

 

四人「「「「また次回で‼」」」」

 

ピナ「きゅるっ!」

 

 

 

 




 本編ではありませんが、ギリギリ四月中に投稿できました。

 今回の修正箇所は以下の通りです。

 ・『K・O農家の決闘』は獲物を得物に修正
 ・第1回アイラジにおいて、《速さ》は鍛えると攻撃の速度が上がると修正

 ちなみに今更ですが、K・O農家というのは原作の正式な名称ではなく、ノリでつけました。

 次回から話は第二層に移りますが、本編の前にD・Sの外伝を投稿します。お楽しみに。


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D・S外伝 金髪の紳士からの誘い(前編)

2022年 12月4日

 

 第一層攻略後、キリト、アキュラがそれぞれ抜けたキリト隊、ジョーカー隊メンバー、マーベラスと双子の兄弟は螺旋階段を登りきり、第二層へとやってきた。

 出口は断崖の絶壁の中腹で、みんなはそこから少しの間だけ絶景を楽しみ、近くの階段を降りて主街区《エルバス》へと向かった。到着したあとは解散し、キリトが気になるエトワールはスバル、レグルスと共に街の観光を楽しみつつ探し始める。

 

「うーん、キリト見つかんないなー」

 

 エルバスの街をある程度歩き回ったエトワール達だったが、目当ての黒髪の少年剣士は見つからない。

 

「多分、もうこの街にはいないかもな」

 

 今後、ビーターの悪名を持つキリトの噂が広がっていくことを考えれば、スバルの言う通り、次の街を拠点にするのが最善だろう。周囲から冷たい目で見られるのを少しでも避けるためにはそれしかない。

 エトワールもそれは分かっている。だが、アインクラッドの今後のために悪者になったキリトをどうしても一人にはできない。街についた後、リクから「みんなはどうする?」と尋ねられた際、迷わず「キリトを探してくる」と言って別れたくらいだ。

 ジョーカー、クロム、ヒロもそんなエトワールの気持ちは理解している。親睦会では、三人も《メダイ》まで仲間達と一緒だったと話していた。だが再開したZに「フロアボス戦に参加してほしい」と頼まれた時、悩んだ上でみんなを街に置いて参加を決意したのだ。

 だが、どうして仲間達を置いていく必要があったのか? みんなも一緒に連れて来れば良かったはず。

 それに関しては、ジョーカーによるとZは、口では実力不足だと言っていたそうだ。しかし、本当は違う気がするとのこと。最初の攻略会議で起きた元テスター達への糾弾を考えれば、そこに本当の理由があるのかもしれない。

 とにかく、ジョーカー達も置いてきた仲間達の事が心配なのだ。三人も昨日の夜に『はじまりの街』で待ち合わせするメッセを送っており、再開するために転移門広場へと向かったのだ。犠牲がなければ、今頃は互いの無事を確かめあって喜んでいることだろう。

 

「姉貴、何か食わないか? 流石に腹減ったぜ」

 

 弟に言われて、エトワールはまだ昼食を取ってなかったことを思い出した。時刻はもう十四時になる。このまま夜まで飲まず食わずなのは流石にきつい。

 

「そうだね。で、何にする?」

 

「あそこにしようぜ」

 

 スバルが迷わず指を差した方向は、『B・B cafe』と書かれた看板が立て掛けてある店だった。

 

「いいけど、どういう店なのかな?」

 

「ハンバーガー屋だ。ベータテスト時代に寄ったんだけどよ、美味かったぜ。肉の味はもちろん、チーズはとろけてるし、トマトの酸味も効いてる。当時のプレイヤー達の間でも人気の店だった」

 

(道理でタイミングがいい上に、すぐに指を差せたはずだ)

 

 腹が減ったところで、ちょうど視界に美味い飯がある店を見つけたのだ。絶好の機会と言わんばかりにスバルが食事の話を切り出したのだとレグルスは察した。レグルス自身も空腹だったのでありがたいが。

 

「よし、じゃあ何か食べよ! あ、ところでお店のBってどういう意味かな?」

 

「ハンバーガー屋だからな。それぞれbeef、bunsの頭文字から取ってるんだと思うぜ」

 

 店名の意味をスバルから聞いたエトワールは、聞いておきながら「へえー」と相槌を打ち、店へと入っていった。スバルとレグルスも後に続く。

 中に入って「いらっしゃいませ」と声がすると、エトワール達は店内を見渡す。一般に昼食を取る時間帯を過ぎていたこともあって、所々に空席がある。第二層が有効化してからまだ間もないのもあるが好都合であった。そう思っていた三人は偶然、店の隅にあるテーブル席に見覚えのある三人組の男を見つけた。

 一人は金髪の優男、残りの二人は瓜二つの顔をしており、片方は眼鏡を掛けている。見間違いようがない。

 

「やあ、奇遇だね」

 

 やがて三人がこちらに気づき、優男が笑顔で声を掛ける。

 

「マーベラス。それにカストルとポルックスも。やっぱりここで食事?」

 

「食事はもう終えたから、今はコーヒーを飲みながら今後の事を話し合ってたところだよ。あ、隣のテーブルが開いてるよ」

 

 マーベラスに勧められて、エトワールは「じゃあ、遠慮なく」と返してスバル、レグルスと共に席に着いた。

 

「それで、話していたのは攻略についてか?」

 

 レグルスが訪ねると、マーベラスは「まあね」と肯定した。

 

「僕らが攻略に乗り出したのは、最前線にいたプレイヤー達の勢いに影響されたところもある。第一層を攻略した後に続けるかどうかは深く考えてなかった。でも、続けることにしたよ。キリトのことが気になるから……」

 

「キリトはアインクラッド全体のために悪役になった。間近でそれを見たら、どうしても無視することができなくて……」

 

「特にオレは、同じ元テスターだからな。アイツに守られたこと思うと、このまま借りを作ったままにできねえ」

 

 金髪の紳士と双子の兄弟の表情は真剣だ。この浮遊城では自分の事で手一杯になる人が多い。だから情報を独占して生き延びようとする元テスターが現れた。それなのに、一人のために最前線で戦い続けようとする三人は本当にいい人なのだとエトワール達は思った。

 

「でも、キリトが攻略を続けるって限らないじゃん。周囲から疎まれるのは目に見えてるし……」

 

 ビーターの噂はすぐに広がっていくだろう。エトワールの言う通り、これから大多数のプレイヤー達が噂を信じてキリトを敵視することは容易に想像できる。そんな茨の道を歩き続けるなんてできるだろうか?

 

「それでも、彼は攻略を続けると思う。僕はそんな気がする……」

 

 マーベラスの可能性にはなんの根拠もない。だが他の五人もそんな予感がしていた。

 かつてエトワール達は、店のオンリーワン商品である指輪を巡ってジェネラル達と諍いになり、こっちが先に購入したにも関わらず、向こうは俺達に売れと迫ってきた。周りにいたプレイヤーはきっと面倒事に関わりたくなかったはず。

 なのにキリトは介入してきた。ベータテスト時代にスバルと知り合いだったというのも理由だろうが、それだけで人助けなどしない。フロアボス戦の時も、一人で獣人の王を引き付けていたZに加勢しにいったのだ。

 だから、キリトはどんなに苦しくても攻略を続ける。

 

「それで、君たちはどうするんだい?」

 

「私は…………」

 

 マーベラスに尋ねられ、エトワールはスバルとレグルスに視線を向ける。彼女の気持ちを察してか、実の弟と幼馴染は微笑んで頷いた。俺達も気持ちは同じ。言葉に出さずともそう言ってるのが分かる。だから再びマーベラス達の方を向き、エトワールは自分の決意を告げた。

 

「攻略を続けたい。私は、キリトを助けたい」

 

「姉貴ならそう言うと思ったよ。俺も同じ気持ちだ」

 

「デュエルをしてほしいという俺の我儘を聞いてくれたキリトは、俺にとって友だ。見捨てることはできんな」

 

 エトワール達も覚悟は決まっている。一人過酷な道を進もうとしている少年剣士の味方であるために戦う。それが六人全員の意思であった。それを感じたのか、マーベラスは微笑んだ。

 

「カストル、ポルックス、さっそく僕らの戦力が増えそうだよ」

 

「「…………へ?」」

 

「え、なに……?」

 

 双子の兄弟は間抜けな声を出して固まってしまい、エトワールも状況が飲み込めていない。だが、そんなことなどお構いなしにマーベラスは話し続ける。

 

「実はね、攻略をする際に戦力を上げようかっていう話になってたんだ。そのためにギルドを作って、攻略を志すプレイヤーを集めようっていう案が出た。エトワール、スバル、レグルス、僕たちと組まないかい?」

 

「あ、そういうこと」

 

 エトワール達にとっては悪くない話だ。フィールドに出るにしても戦力は多いほうがいいし、同じ思いで攻略する気の合う仲間ならなお心強い。しかし……

 

「マーベラス、勝手に話を進めないでくれ!」

 

「お前、オレたちがリアル女子苦手なの分かってるだろ!」

 

 双子の兄弟が待ったをかける。今までそんな弱点があるとは知らなかったエトワール達は目を丸くする。

 

「え……そう、だったの?」

 

「親睦会の時は黙ってたけど、二人は母と姉の影響で女性に苦手意識があるんだ」

 

「でも、攻略のときはそんな様子なかったじゃん」

 

「エトワールがそう思うのは、それを感じさせないほど二人が成長したってことだよ。昔は女子に対してまともに話せなかったり、最悪の場合には口ゲンカにもなったりしたからね。そこのところは分かってあげてほしい」

 

「親睦会で他のプレイヤーとパーティーを組もうという話になった際は、そのことを打ち明けようとも思った。けど女の子を差別しているように思われるのも嫌だし、あの時はミトとコハルもいたからな。三人まとまるよりはいいかと思ってたんだ」

 

「まあ、アイツらがいいヤツだっていうのは分かってるけどよ、おふくろと姉の植え付けたトラウマのせいで、どうしてもな……」

 

 げんなりと話す双子の兄弟を見てると、エトワール達はどうしても憐れみを感じてしまう。

 

「けどポルックス、そんなの初耳だぞ。それでよく《クロス・ロード》でシエル、ジュンとうまくやっていけたな」

 

 スバルの言う《クロス・ロード》とは、かつてベータテスト時代にポルックス、スバルが所属していたギルドである。メンバーは先の二人に加えてリーダーのジョーカー、サブリーダーのクロム、他のメンバーはスバルの口から出たシエルとジュン、そしてヒロの七人だ。

 命名したのはヒロで、元々は違う道を歩んでいたプレイヤー達が仮想世界を通じて出会ったことを『道が交差した』と例える感じで名付けたのだ。

 

「まあ、あの時は性別を偽ることもできたからな。ネカマプレイをしているって勝手に思うことにしたから、大丈夫だった」

 

「いや、さすがに中身が男だってこと前提にするなんて酷くない⁉」

 

「MMORPGの人口は男が圧倒的に多いんだよ。実際、かわいい女の子が実は冴えない男だったっていうのは、初日で分かっただろ」

 

「ま、まあ……確かに」

 

 ポルックスの歯に衣着せぬ言葉にエトワールは抗議するが、事実を言われて言い返せなかった。あの日、エトワールも《はじまりの街》の中央広場へ強制テレポートされた時にスバルとレグルスが近くにいるか確かめるために周囲を眺めたが、近くにルックスのいい女性が何十人かいた。しかしリアルの姿と同じにされた際、代わりにそこにいたのは野郎共だったという衝撃は今も頭から離れない。

 

「……それで、マーベラスは何でエトワール達を誘うんだ? ただ単にレディだからっていう理由なら怒るぞ」

 

 カストルに尋ねられた金髪の紳士は「そうだね……」と言いながら、冷静に説明する。

 

「理由は三つある。一つ目は、パーティーを組んだことのある君たちなら上手く連携できると思ったから。二つめは、単純に三人とも強いから。キバオウさんのように攻略を掲げるプレイヤーが、志を同じくする人々を集めることを考えれば、優秀な戦力は早く確保しておきたいんだ」

 

「まあ、キバオウとは絶対に組まないけどね」

 

 辛辣な物言いのエトワールにスバルとレグルスも頷く。元テスターである身内と仲間を避難した人と組めるはずがない。

 

「それで、三つ目なんだけど……その前にエトワール……」

 

「な、なに…………?」

 

 マーベラスの優しそうで真っ直ぐな瞳に見つめられたエトワールは、緊張しながら次の言葉を待っている。

 やがて出てきたのは、意表を突くものであった。

 

 

 

「君は、キリトのことが好きなんだよね?」

 

 

 

「……………………」

 

 突然の一言に、しばらく固まってしまう。やがて段々と顔は赤くなっていき、エトワールの思考回路は暴走を始める。

 

「ななな、なに言ってるの⁉ わわわ私はキリトに助けられてから気になったし、ししし親睦会にいたときは再開できて嬉しかったし、かかか彼とパーティー組みたかったし、いいい一緒に攻略したいって思ったし、だだだだからキリトが責められるの許せなかったし、ななな何もできなかった自分が情けないし、だだだだから街を探してたし――」

 

「姉貴、落ち着け!」

 

「思っていたことが口から漏れてるぞ!」

 

「――――はっ!」

 

 弟と幼馴染に肩を揺らされ、エトワールはようやく我に返った。

 

「い、いや、違うのみんな! 私は――」

 

「気づいてた。何年、姉貴の弟やってると思ってんだ」

 

「一人の男に積極的になるなど、少し前までなかったからな」

 

「うぅっ……」

 

 男女問わずモテる長身の美少女は、恥ずかしくなってしまう。まさか弟と幼馴染にもバレてたとは。

 エトワール自身も感じていたことだ。どんなに男が寄ってきても、誰か一人が気になるということはなかった。キリトに助けられたあの日までは。

 今日、エトワールは初めて分かった。自分はキリトが好きという気持ちが意外と周囲に分かりやすいものだと言うことを。

 

 

 




 1話で完結させるはずが、前後編になってしまいました。理由は、思ったより長くなってしまったこと、さらに前から考えていたエピソードをこのタイミングで書こうと思ったからです。

 あと活動報告でも書きましたが、『新たな来客』においてスバルの説明を以下のように書き換えました。

 弟の方も背が高くてかっこいいルックスをしているが、女性には口べたで、SAOの囚われる前は姉としかまともに話せなかった。しかしサチとの出会いをきっかけに変わり始め、やがて両思いとなったのだ。

 ↓

 弟の方も背が高くてかっこいいルックスをしているが、姉とは違って普通の性格である。異性にはモテているものの、恋人にしたいと思えるような女の子を見つけられずにいたが、SAOでサチと出会って両思いとなった。

 理由

・今までの話でスバルが女性には口べたという表現がされていなかったから

・書いた当初は色々と話を考えていたが、月日が立つにつれて忘れてしまった。

・これから先書いていく話は、最初に考えていたころのものとは違うものになっているから。

 以上のことから、修正へと踏み切りました。



 さて、次の話を少しだけネタバレさせてもらいますと、後のD・Sとなる6人に新たな出会いが訪れます。お楽しみに。



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D・S外伝 金髪の紳士からの誘い(後編)

「それで、エトワールはキリトが好きっていうことがどう関係しているんだ?」

 

「まさか、恋を応援してあげようってことじゃないだろーな?」

 

 カストルは疑問を口にしてポルックスは訝しむが、マーベラスは首を横に振る。

 

「いやいや、合理的な理由だよ。エトワールはキリトが絡んだら、冷静さを失いそうだからね。彼女自身が無茶をするかもしれないし、そこをフォローしようってことだよ」

 

「え、私ってそんなに危なっかしい⁉」

 

「まあ、最近の姉貴はな……」

 

「キリトとパーティーを組んだ時のお前は、どこかいいところを見せようという雰囲気が強かったからな」

 

「……まあ、スバルとレグルスがそう言うなら、そうなんだろうね…………」

 

 戦闘時にも心配されていたとは。エトワールは恋にうつつを抜かす自分が情けなく思えてきた。

 

「マーベラス、俺はお前らと組むのに賛成だ。レグルスは?」

 

「俺も構わない。エトワール、どうする?」

 

「……じゃあ、組むことにする」

 

 全会一致で金髪の紳士の提案に乗ることにした。三人とも今のままで攻略を続けたら、本当に命を落としかねない気がしたからだ。

 エトワール達の意思を確認したマーベラスは、今度は双子の兄弟に確認する。

 

「三人ともOKみたいだけど、どうする?」

 

「……まあ、一人ぐらいならいいだろう。お前は女性を助けたがる紳士だからな……」

 

「ま、顔見知りになったヤツが危なっかしいって分かった以上、死んじまったら気分が悪いからな……」

 

 諦めたように賛成した。この時双子の兄弟は、後にギルドを結成して仲間を増やすにしても、女性がたくさん増えることはないだろうと思っていた。

 お互いに手を組むことになったマーベラスとエトワールは席を立ち、互いに向き合う。

 

「それじゃ、エトワール。これからよろしく」

 

「こっちこそ、よろしくね」

 

 二人は共に右手を前に出して手と手を握り合い、握手を交わした。

 これが、後にD・Sと呼ばれるギルドの初期メンバーが揃った瞬間である。

 

「姉貴、そろそろ飯食わないか?」

 

「あ……そうだね」

 

 そもそも、エトワール達がここに来たのは昼食を取るためだ。マーベラス達と攻略の話をしていたので、すっかり忘れてしまっていた。

 それから三人は店のオススメであるチーズミートバーガーを注文。とろけるチーズを載せた肉の上にミートソースがかかっており、その上に輪切りにしたトマトが乗っかり、それらをまとめてバンズで挟んである。一口食べると、それらが上手く合わさって絶妙な味わいを出していた。

 エトワール達は昼食を取りながら、マーベラス達とこれからの方針、フィールドに出た時の作戦、明日の行動を話し合う。食後は道具屋でポーションや携行食類、入荷の早い攻略本(こちらはタダ)を購入し、目ぼしいクエストを受注して同じ宿に宿泊。こうして一日を終えたのだった。

 

* * *

 

2022年 12月5日

 

「うわー、みんな必死で狩ってる」

 

 サバンナ地帯でプレイヤーの集団がモンスターを倒している。そんな光景を見ていたエトワールは何気なく言った。

 

「それほどまでに強くなりたいってことだ」

 

 スバルの言う通り、ベテランのMMORPGプレイヤーは得られるリソースが限られていることを知っている。恐らく情報を独占する悪いテスターか、キバオウ達のような攻略を掲げるプレイヤー達だろう。

 現在、マーベラス達は昨日の食後に受注した討伐系クエストのターゲットがいる場所に向かっている最中だ。目当てのモンスターは《ウインドワスプ》という全長五十センチの蜂型モンスター。出現場所はウルバスの西門から出て南西へ向かった場所で、草原を分断する広い峡谷に架かった石橋を渡り終えたその先にいる。

 橋を渡って歩くこと数分、先頭にいたマーベラスが盾を装備した左手を横に出して列を止める。

 前方に見えるのは、黒地に緑色の縞模様をしている人間の頭部より大きい蜂だ。羽を高速でばたつかせながら宙に浮いて動いており、所々にいる。

 

「ポルックス、スバル、あれかい?」

 

 攻略本に特徴は書かれていたが、確認のため元テスターの二人に尋ねるマーベラス。それぞれ「ああ」「間違いない」と確信を持って答える。

 

「よし、なら作戦通りに行こう」

 

 みんな頷くと、三組に分かれてそれぞれ得物へと向かっていく。マーベラスはエトワール、カストルはスバル、ポルックスはレグルスがパートナーだ。

 この二人一組(ツーマンセル)には意味があり、片方は盾持ちのタンクで、もう片方は武器の正確さを強化しているアタッカーである。タンクがおしりの毒針による攻撃を防ぎ、その隙にアタッカーが弱点である腹の付け根を攻撃するというシンプルな作戦だ。更に六人のパーティーを三組に分けることで、狩りの効率化も図れる。

 さっそくマーベラスとエトワールは蜂の反応圏(アグロレンジ)に入ると、敵はこちらに気づいた。蜂はすぐに高度五メートルまで上昇し、マーベラスとエトワールは盾を構えながら敵を見つめる。

 攻略本と元テスターの仲間二人の情報では、その後に振動音を響かせてから急降下するのだが、ここから攻撃パターンは二種類に分けられる。蜂の体がまっすぐなら大顎による噛みつき攻撃、くの字に曲がっていれば毒針による刺突攻撃、それを見極める必要がある。

 蜂はマーベラスの方に顔を向ける。体は……くの字型だ。

 

(……来た‼)

 

 蜂はおしりの針を突き出して突進してくるが、金髪の紳士は多少の恐怖に抗いながら勇敢に盾で受け止める。蜂は一.五秒の攻撃後硬直(ディレイ)に陥るが、これも攻略本及び元テスター二人の情報。マーベラスはその隙を逃さず、細剣ソードスキル《リニアー》を放つ。攻撃は見事に弱点である腹の付け根にヒット。HPの五割近くを奪った。

 正確さを鍛えた武器で弱点を狙う際、ソードスキルなら弱点に当たるようシステムが起動修正してくれる。だがマーベラスは、かつてフェンシングの将来を有望視されていただけあってプレイヤー個人の動体視力が高い。敵に隙さえあれば、ほぼ確実に刺突を相手の急所に当てられる。

 ノックバックで後ろに飛ばされたウインドワスプは再びホバリング。今度は体をまっすぐにしているため、噛みつき攻撃だ。これもマーベラスは盾を使って防ぐ。

 

「エトワール!」

 

「オッケー!」

 

 マーベラスは合図とともに大きくバックステップし、高身長の美少女が前へ出ながらサーベルを右斜上へ構える。武器がライトエフェクトを放つと、蜂に向かって左斜め下へと切り下ろし、そのまま流れるように右斜め下へと斬撃を放つ。二撃目は弱点に当たった。

 曲刀二連撃ソードスキル《アルファ・ドロー》。名前の通りαの文字を描くかのような技は華麗に決まり、ウインドワスプのHPは0になって飛散した。

 

「見事だね」

 

「うん、この調子で倒していこ!」

 

 それからマーベラス達は勢いよくワスプを狩っていった。三組とも同じくらいのペースで進んでいき、それぞれ七匹倒した時点でストップ。ノルマの二十匹をあっという間に超えた。誰かがピンチになった時はすぐ駆けつけるよう事前に話していたが、今回は大丈夫であった。

 

「とりあえず目標は達成できたね。一旦、引き上げよう」

 

「そうだな。情報のおかげで問題が起きなかったとはいえ、慣れてない敵との戦いは精神的な疲労が溜まる。欲張るのは危険だ」

 

「だね。針攻撃を防いだり、弱点にソードスキル当てるのって神経使うし」

 

「ああ、レベルも上がったしな。これで十分だろ」

 

 マーベラスの判断にレグルスとエトワール、スバルも同意し、双子の兄弟も頷く。ウルバスへ戻ってノルマ達成の報告もしなければならないし、ここに留まり続ければ、たちの悪い元テスターが現れて狩り場を独占している、などといちゃもんをつけられてしまう可能性もなくはない。

 蜂がリポップする前にこの場を離れよう。皆がそう思った時だった。

 

「みんな、逃げろ――――っ‼」

 

 少年と思わしき叫び声が南側から聞こえた。振り向いたマーベラス達の視界に入ったのは、全力で走っている少年四人と少女一人、地面を潜ったり出たりを繰り返しながら彼らを追いかける巨大ミミズだ。ミミズは薄い茶色の体色をしており、大きな口の周りには三本の触手が均等に生えている。

 巨大ミミズの正体は《ジャグド・ワーム》。口から出す酸性の体液攻撃は盾と金属防具の耐久値をかなり減らすため、第二層のmobの中では強敵だ。

 

「みんな、助けよう! スバル、ポルックス、どちらか指示を出してくれないかな?」

 

「俺がやる。ポルックス、いいよな?」

 

「ああ、任せた」

 

「よし、行こう!」

 

 マーベラスの指示で、全員が襲われているパーティーに助太刀すべく巨大ミミズに向かっていった。

 

 * * *

 

「助かったよ、本当にありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 パーティーのリーダーと思わしき少年にお礼を言われ、マーベラスは爽やかな笑顔を返した。

 とはいえ、《ジャグド・ワーム》との戦闘は大変だった。弱点は口元なのだが、高さと敵の移動手段のせいで攻撃を当てるチャンスが限られており、そこに当てるのにかなりの神経を使った。スバルの指示で、斜め上へ突く細剣ソードスキル《ストリーク》を使えるマーベラスと下段から突き上げを放つ短剣ソードスキル《ケイナイン》を習得しているレグルスを主軸に戦ったため長期戦にはならず、体液攻撃を受けても盾と防具を消失せずに済んだ。

 

「とりあえず、まず主街区まで戻ろっか。せっかくだし、送ってあげる」

 

 エトワールの一言で、みんな来た道を引き返す。石橋を渡り、しばらく歩いてウルバスへと帰還した。助けたパーティーから再び「ありがとう」とお礼を言われたが、スバルは思っていた疑問を口にする。

 

「それで、どうしてあそこで狩りをしていたんだ? 《ジャグド・ワーム》が出てくることは、攻略本に書かれていただろ」

 

「いや、最初は主街区の周りでレベル上げをしようって話だったんだ。でも既に他のプレイヤーが陣取っていて、俺達が狩ってるから他所にいけ! って言われてしまって……それで、あそこまで来たんだけど……そこも君たちがいたから場所を移動して……」

 

「いつの間にか、あの場所まで来てしまったということだね……」

 

 マーベラスは頭を抱えた。帰る途中もまだ同じ連中が居座っていたことを考えると、狩り場を独占しているとしか思えない。盾と防具の耐久値が減少していたので戦闘は避けたいと思ってたが、そのおかげで敵と戦わずに帰ることができたのは皮肉なものだ。

 

「ところで、皆さん強かったですね。もしかして、攻略組ですか?」

 

「え……まあ、僕たちはフロアボス戦に参加してるし、これから攻略を目指すから、そうなるかな」

 

 突然聞かれて少し戸惑ったマーベラスだったが、落ち着いて答えると少年達はパッと明るくなる。

 

「そうだったんですか! 実は俺たちも攻略を目指してるんです!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 マーベラスと仲間達は複雑な気持ちだった。攻略のために戦力が増えるのはいいが、プレイヤーが命を危険に晒すリスクも大きくなるからだ。

 

「今はまだ未熟ですけど、いつかは最前線で戦いたいって思ってるんです! SAOに閉じ込められたみんなのために戦っている最前線プレイヤーの皆さんの力になりたいんです!」

 

「なるほど……それなら君、僕とフレンド登録をしないかい?」

 

「えっ?」

 

 マーベラスの突然の申し出に、少年はもちろん周囲も目を丸くする。

 

「こうして会えたのも何かの縁だし、僕たちから最前線の情報も聞ける。悪くないと思うけど?」

 

「そ、それならお願いします! 今はまだお金が無くて大したお礼ができませんけど、いつかは返したいと思ってますので、ぜひ!」

 

 こうしてマーベラスは、自己紹介でケイタと名乗ったプレイヤーとフレンド登録をしたのだった。

 

 * * *

 

 ケイタ達を別れた後、マーベラス達は近くのカフェでコーヒーを飲んでいたが、突然カストルが尋ねる。

 

「マーベラス、何でフレンド登録をしようって言ったんだ?」

 

「……単純に、彼らが心配だったからだよ」

 

 口につけていたコーヒーカップを静かに置いたマーベラスは、至って真剣な表情で答えた。

 

「ケイタ達は、フロアボス戦に参加した僕たちをヒーローのように見ている。そこがどこか危なっかしい気がするんだ」

 

 攻略の際、目標を同じくする仲間達と団結しようという理想ばかりではないことをマーベラス達は分かっている。最初の攻略会議で起きた元テスター達への糾弾、攻略後のキリトとZへの非難、ああいった諍いはこれからも起きていくような気がした。

 

「交流を持つことで相談にも乗れるし、最前線の現状を教えることもできる。その上で自分たちが本当に攻略を目指すべきかどうかを考えてほしいんだ」

 

「そうは言うけどよ、マーベラス。あのサチって女の子は他の奴らと違って、攻略に乗り気って感じじゃなかった」

 

「うん。見た感じ、進んで戦うタイプじゃなかったね」

 

「ああ、僕もそんな気はしてたよ」

 

 スバルとエトワールがサチに抱いていた不安そうな印象は、マーベラスも同じだ。みんなが攻略する気でいるから、本当はしたくないと言い出せないのかもしれない。

 

「でも、僕たちの思い違いっていう可能性もある。そこのところも踏まえてコミュニケーションを取っていこうと思う。もし思った通りで、ケイタ達がサチの意思を無視するなら、その時は引き離すことも考えよう」

 

「さすが、どの女性も平等に愛する紳士は大胆な事を言うなあ」

 

 ポルックスの皮肉な言葉に、マーベラスは「まあね」と嫌味なく返した。

 

「とはいえ、あまりホイホイとフレンド登録を持ちかけないほうがいい。世の中には、有名人と知り合いになった事をひけらかす輩もいるからな」

 

「うん、忠告ありがとう、レグルス」

 

 こうしてマーベラス達は、後にギルド《月夜の黒猫団》を結成するメンバーと交流を持つようになったのだった。

 

 

 

 

 




 思ったより長くなってしまいました。前回は中途半端に区切った気がしましたが、400字原稿用紙18枚分になったことで、より一層強くなった感じです。

 なお、曲刀二連撃ソードスキル《アルファ・ドロー》は本作オリジナルのソードスキルです。


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