ウマ娘との日々 〜あなたは彼女のトレーナーです〜 (柊龍)
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スペシャルウィークとの日々

あなたはスペシャルウィークの担当トレーナーです。


「おーい、スペ〜 。どこにいるんだー 」

 

「…… 」

 

「ここにもいないか、食堂にでもいんのかね 」

 

とある日のこと。あなたはスペシャルウィークを探して、トレセン学園内を歩き回っていた。

かれこれ昼近くになるが、今日はその姿を一度も見ていない。まあ、なまけ癖からトレーニングをサボタージュしているわけではないので、急を要することでもないのだが。

 

あなたは今居る、自分のチームにあてがわれている会議室から去る……ふりをして、扉だけ閉めてテーブルへと歩み寄る。

 

「ここにいるのかなぁあああ⁉︎ 」

 

「わっ、ぎゃぁああああ⁉︎ 」

 

そして立った状態から腕立て伏せの姿勢になる要領で、高速でテーブルの下を覗き込む。すると何故かテーブルの下に隠れていたスペシャルウィークが驚き、女の子が出しちゃいけないような声を出した。

 

「──痛っ‼︎ 」

 

驚いた拍子に頭を上げたスペシャルウィーク。艶やかなキューティクルを纏った頭部をテーブルに強打し、うごうごと芋虫のように悶絶している。

 

あなたは若干、悪いことをしたなと思いながら立ち上がる。

 

「全く…… こんなに露骨に避けられるほど信頼関係がなかったなんて俺は悲しいよ、スペ 」

 

「うぅ、違いますよぅ…… 原因はトレーナーさんの持っているそれです 」

 

頭をさすりつつ、空いている手でスペシャルウィークはあなたの胸元を指さす。そこには、大部分に×が記されたテスト用紙があった。早い話、スペシャルウィークの赤点解答である。

 

「分かってるなら話は早い。勉強するぞスペ 」

 

「うぅ…… 確かに勉強が大切なのは知っているんですけど、私はレースの理解を深めるより、実践するトレーニングの方が良いと思うんです‼︎ 」

 

拳を握りしめて、居丈高に主張するスペシャルウィーク。

 

あなたもスペシャルウィークの性格と走りのスタイル上、そちらを優先した方が良いのは知っている。実際、ビワハヤヒデやアグネスタキオンのように、研究や分析をトレーニングの主体にして勝利を得られるのはほんのひと握りだろう。

 

だからこそなかなか自分の意見を言えなかった出会った時より、自分のスタイルを理解してそれに合う練習方法を主張するスペシャルウィークの姿勢は尊重したい。したい、のだが……

 

「スペが引っかかってるとこ、中学生レベルの共通教養科目だからな? 」

 

「へぅぅ…… 」

 

先程までの堂々とした姿はどこへやら、悲しみからか耳を垂れ下げて、萎びた植物のようにヘナヘナとスペシャルウィークは膝をついた。

 

そう、今までの会話、全くもってトレーニングとは関係ないのだ。そもそも本日はトレーニングを休みにしており、レースにおける賢さを追求するならばもっと必死に探している。

 

「で、でもっ、トレセン学園に入ったからには、勉強で優秀な成績を取るよりも、レースで活躍する方が大切だと思うんです‼︎ 」

 

「……スペ、スペ。ちょっと来なさい 」

 

「え? ──いたぁい‼︎ 」

 

トコトコと無防備に近づいてきたスペシャルウィークの額に、あなたはデコピンを放った。バチコンと小気味の良い音を立てて、再びスペシャルウィークは地面で悶える。

 

「ト、トレーナーさぁん……? 」

 

うずくまったままおでこを押さえ、涙目であなたを見上げるスペシャルウィーク。あなたは呆れた顔をして彼女の前に屈んだ。

 

「スペ。君は何かの逃げ道にしたようなレースを楽しめるか? 」

 

「楽しむ……って、それは…… 」

 

「確かに実績を残すことは大事だけどさ。多分、秋川理事長やたづなさん、トレセン学園が望んでるのは、それだけじゃない思うんだ 」

 

レースに特化する結果主義が悪いわけではない。ただ、それに拘るわけではないのに逃げるように選択肢を狭めてしまうのは、もったいないような気がしてならないのだ。

 

「それに何も、絶対に優秀な成績を取る必要はない。スペには勉強をするって行為自体と、それで深められる交友関係もあることを知っておいて欲しいんだ 」

 

「勉強をすることの意味……ですか? 」

 

「そう。勉強なんて好き好んでできるやつの方が少ない。俺だってできることならやりたくなかった。

でも生きていると、嫌なことだって成果を出すのに必要なこともある。学生の時の勉強なんてそのための予行練習みたいなもんだ 」

 

だから、と一息置いてあなたはできる限り穏やかな表情を作った。

 

「結局のところこれは勉強をするための方便で、俺のエゴでしかないかもしれない。けど日本一のウマ娘になるって目標を持つお前に、できる限り高い可能性でその未来を掴ませてやりたい。この思いだけは本当だって知ってて欲しいんだ 」

 

ぽんぽんと、あなたはスペシャルウィークの頭を撫でる。実際、あなたはスペシャルウィークの日本一のウマ娘になるという目標が、絵空事だとは思わない。それだけのポテンシャルを彼女は秘めている。

 

なにより夢を語る彼女の姿が見惚れるほどに眩しかったからこそ、持てる手の全てを使ってスペシャルウィークを応援してやりたいのだ。

 

「トレーナーさん、そこまで私の夢を…… 分かりました。苦手な勉強だって、夢を叶えるための糧となるなら頑張ってみます‼︎ 」

 

「うん、良い心構えだ。でも単純に勉強するんじゃ長続きしないだろうから、こっちでちょっとした手を考えた 」

 

「え? 」

 

拳を握りしめながら立ち上がったスペシャルウィークは疑問符を浮かべるが、あなたは構わずに部屋の扉に入ってきてくれ、と声をかける。

するとぞろぞろとウマ娘たちが入室してきた。

 

「え? えぇ? 」

 

「勉強お手伝い三銃士を連れてきたよ 」

 

「勉強お手伝い三銃士⁉︎ 」

 

「まずはスペシャルウィークの総合監督、サイレンススズカ 」

 

「スペちゃん…… あれほど勉強は大丈夫か聞いてたのに…… 」

 

栗色のサラサラな髪をなびかせ、悲しそうな目をしながらスペシャルウィークを見つめるサイレンススズカ。

罪悪感からかわずかにスペシャルウィークはたじろぐ。

 

「どんどん行きます。2人目、研究と考察の達人、ビワハヤヒデ 」

 

「まあ、人に教えるというのは、自分のやり方を見直す機会になるからな。私も自分のためにビシバシ行かせてもらう 」

 

眼鏡をかけ、白い豊かな毛量の髪をもったビワハヤヒデは、いつにもましてストイックな様子だ。

スペシャルウィークはさらにたじろぐ。

 

「なお、アグネスタキオンさんは勧誘の際に変な注射器を刺してこようとしたので、残念ながら断念しました。あー怖かった 」

 

あなたはスペシャルウィークと出会う前に行った、アグネスタキオンとのチキンレースを思い出して身震いする。

実はあなたの背中には一本、注射器が刺さっているのだが、その部分が黄緑色に発行しているため誰もツッコめなかった。

 

「気を取り直していきましょう。圧倒的、飴。甘やかしの擬人化。スーパークリークさんです 」

 

「うふふ、お姉ちゃんがお勉強をみてあげる♪ 出来なくても何度でも付き合ってあげるから、頑張りましょう? 」

 

グラマラスな体型を持ったスーパークリークは、聖母のような笑みでスペシャルウィークを抱きしめる。

その甘やかしに屈してしまいたくて、スペシャルウィークは脱力する。

 

「甘やかしてばかりではそいつのためにならんだろう 」

 

「えっ? 」

 

「それでは最後の1人。頼れる副会長。後輩から相談される率No. 1。圧倒的スパルタ女帝。エアグルーヴさんです 」

 

「本人の頼みではないとはいえ、学業を疎かにするなど看過できないからな。ビワハヤヒデ同様、徹底的にやらせてもらう 」

 

スーパークリークとスペシャルウィークを引っぺがし、氷のような眼差しを向けるエアグルーヴ。

その厳しさは学園内でもよく知られるところで、もはやスペシャルウィークは生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた。

 

「あれ、三銃士なのに4人いますよトレーナーさん⁉︎ 」

 

「……駄目ですか、4人いちゃ 」

 

「えぇ…… なんで不機嫌そうなんですか…… 」

 

「大切なのは肩書きじゃなくて中身だって、おばあちゃんは言ってた 」

 

「トレーナーさんのお婆さんが言いたかったのは多分、肩書きを詐称して良いということではないと思いますよ⁉︎ 」

 

そこまで言って、スペシャルウィークは後ろから肩を掴まれる。振り向くと、喜怒哀楽の表情をした4人がいた。

 

「スペちゃん…… もう、赤点なんてやめましょう? 」

 

「ふふふ、自分のデータがどのように活用出来るか、今から興味深いよ 」

 

「ゆーっくり。ゆーっくりでいいからお姉ちゃんと頑張りましょう? 」

 

「教えてもらう立場で早速与太話をするとは、随分と余裕だな。お望み通りスパルタで叩き込んでやろう 」

 

あなたは机と椅子を6人が座れるように整理し、呆然としているスペシャルウィークを座らせた。

 

「それじゃあスペ。お勉強の時間だ 」

 

「お、お手柔らかにお願いしますぅ…… 」

 

「今のスペの学力次第かな 」

 

その後、スペシャルウィークの心身を削りながら勉強会は行われた。

数日後、やつれたスペシャルウィークが満点のテスト用紙を持って、あなたに言った。

 

これからは勉強を疎かにしませんと。

 

 

 

※実際のお馬さんに刺激を与えるのは大変危険です。彼らは脚力で、人間のあばら骨を簡単に砕けます。デコピンなどもってのほか、絶対にやめましょう。

 




初めて読む側から書く側になってみましたが、物語を織りなすのは楽しいと同時に難しいですね。小説を投稿している先駆者の皆さまは、本当に尊敬できる存在だと思いました。


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ダイワスカーレットとの日々

あなたはダイワスカーレットの担当トレーナーです。


ダイワスカーレット

 

「スカーレット……? 」

 

ダイワスカーレットがあなたのお腹に顔を埋めるように抱きついてくる。今までになかった事態に、あなたは思わず戸惑うような声を出した。

 

「アタシは何が何でも1番になれば良いって思ってた。だけど違かった 」

 

顔が見えないためダイワスカーレットの表情は分からない。しかしその声は少し震えているように思える。

 

「……夢を見たの。アタシが世界のレースで1番になって、皆から褒められる夢 」

 

それは常日頃から1番を目指すダイワスカーレットにとって、とても素敵な夢に違いない。だが彼女の今の様子を見るに、素敵なだけでは終わらなかったのだろう。

 

「皆がおめでとう、おめでとうって言ってくれたわ。トレセン学園の友達も、ファンの人たちも。……だけど、皆は遠くにいたの 」

 

それは夢の中での世界のレースで海外にいるから、という物理的な遠さではないのだろう。彼女の言葉の端々には、寂しさが感じられるのだから。

 

「そして夢の中でアンタは何故かいなかった。側には誰もいない。アタシは暗闇の中で1人スポットライトを浴びて、周りからお祝いの声を浴び続けた 」

 

ようやく、ダイワスカーレットが顔を上げた。その瞳からはボロボロと涙が溢れており、いつもの勝気な表情はなく、眉を八の字にした不安な表情をしている。

 

「1番なのに全然嬉しくなかった……‼︎ そばに誰かいて欲しかった‼︎ 結果だけじゃなくて、努力も見て一緒に喜んでくれる人がいなきゃダメだったのよぉ……‼︎ 」

 

ダイワスカーレットのあなたを抱きしめる力が強くなる。あなたは至極真剣に、ダイワスカーレットの次の言葉を待った。

 

「だからこれからも一緒にいて……‼︎ アタシの人生を、ずっと一緒に見つめ続けて、アタシのトレーナー……‼︎ 」

 

感情をそのままに吐き出すように、だからこそ強い思いが込められた言葉をダイワスカーレットは叫んだ。あなたは…… 泣きそうになる程困った顔をしながら、ダイワスカーレットの肩を掴んで引き離した。

 

「スカーレット…… ごめん 」

 

「‼︎ 」

 

信じてたのに、とダイワスカーレットはショックを受けたように目を見開いた。

 

あなたもできることなら、人生をかけて彼女の生き様を見続けていたい。その思いは本物だ。だが今回ばかりは、彼女の願いを聞き届けることはできない。なぜなら……

 

「……さすがに歯医者の付き添いは待合室までにしてくれ 」

 

「なんでよぉぉおおお‼︎ 」

 

ダイワスカーレットが慟哭とともに崩れ落ち、拳と膝をつく。場合が場合なら大真面目になるようなシーンだったが、今回はそんなドラマチックなことにはならなかった。

 

あと先ほども言ったがここは歯医者の待合室。ダイワスカーレットのリアクションに、先ほどまで泣いていた子供もドン引きである。

 

「アタシのことずっと見てくれるって言ったじゃない‼︎ 」

 

「実際にずっと見てたから、虫歯だって気づいたんだけどね? 」

 

うぐ、とダイワスカーレットはバツの悪そうに眉を寄せた。

発端は数週間前のこと。ダイワスカーレットが練習中や学園生活で、よく不機嫌な顔をするようになったことだ。これは普段から優等生を目指している彼女には、考えられないことだ。

 

それからよく見ると、特に食事中に顔を歪めていることが多いことにあなたは気づいた。

すぐにダイワスカーレットに歯が痛いのか尋ねたあなただったが、その時の彼女の様子はまあ酷いものだった。

 

『え、虫歯? おほほ、まさかアタシがそんなものあるわけないじゃない? ほら、今だって普通に食事できてるし? 歩く振動で痛んでるわけじゃないし? 寝るときも痛いから寝不足になっているわけでもないし? ぜーんぜん問題なんてないわ……よ? 』

 

やたらと早口で、目が泳ぎまくっており、やけに汗をかいているダイワスカーレットの言葉に説得力というものは存在しなかった。

 

その後、偶然通りかかったアグネスタキオンの助けを借りて、やはり虫歯があることが判明したのだが、その後が大変であった。

 

『歯医……者? あの高速回転する刃物を口内に入れてこようとする場所? 自分の体の一部が削れる音を長時間聞かされる場所にアタシを連れて行くつもりなの⁉︎ 』

 

ダイワスカーレットの歯医者に対するイメージは最悪だった。

『アタシはこの痛みを背負って生きていく‼︎ 』と、虫歯じゃなければかっこよかったセリフを吐くダイワスカーレットに、後日買い物に付き合うという条件でやっと歯医者に連れてきて、またぐずりだしたとこで現在へと戻る。

 

「アタシが戦っている間に手を握っててよぉ‼︎ 」

 

「何と戦うつもりだ。それに歯医者の先生の邪魔になるだろ 」

 

「じゃあ足でいいから‼︎ 」

 

「俺はわいせつ行為で捕まりたくない 」

 

気が動転してるのかとんでもないことを言い出すダイワスカーレット。あなたはやれやれと思いながら、使いたくはなかった奥の手を使うことにした。

 

「……ショッピングモールのスイーツバイキング 」

 

あなたがぼそりとつぶやいた言葉に、ダイワスカーレットの耳がピンっと立つ。

 

「もしも虫歯をちゃんと治療してきたら、次の調整期間中に俺のおごりで食っていい。その後にショッピングをするなら、もちろんそれも付き合う 」

 

「…… 」

 

無言ですっと立ち上がるダイワスカーレット。ちょうどその時受付のお姉さんがダイワスカーレットの名前を呼んだ。

 

「……行ってくるわ 」

 

背を向けたまま歩き出し、親指を立てた手を横に伸ばすダイワスカーレット。あなたからは見えなかったが、きっとその表情は覚悟を決めたものであったのだろう。

 

あなたは大切な担当ウマ娘が精神的に成長したことと、これからの自分の財布が軽くなるであろう未来に、胸の中で様々な感情が入り混じって天井を眺めることしか出来なかった。

 

『ママ。僕、ちゃんと歯が痛いの治してもらってくるよ 』

 

『ええ、そうね…… 』

 

同じ待合室にいた親子の言葉は、ダイワスカーレットに良い意味で触発されたものだとあなたは思い込むことにした。

 

◇ ◇ ◇

 

「燃え尽きたわ、真っ白にね…… 」

 

「お疲れさん、今度からは早めに言ってくれよ? ……それにしてもスカーレットがあんなに歯医者嫌いなのも何か意外だな 」

 

治療が終わり、トレセン学園へと戻る途中の河川敷。あなたはふとした疑問を口にした。答えを求めるものではなかったが、ダイワスカーレットはぽつり、ぽつりと話しだす。

 

「アタシが子供の時、同じように虫歯になったことがあったの。その時も隠し続けていたんだけど、ママにはバレてたみたいで、アンタみたいにすぐに歯医者に連れて行こうとしたのよね 」

 

「いい親御さんじゃないか 」

 

「それでも歯医者が嫌だった私は、ずっと治しに行かなかった。でもある時ママに『いい場所に連れて行ってあげる』って言われて、歯医者に連れて行かれたの 」

 

虫歯は悪化するばかりなので放っておく訳には行かない。それは母親にとっても苦渋の決断だったに違いない。この時ばかりはあなたは親心というものが理解できる気がした。

 

「当然、いい場所だと思ったら嫌がっていた歯医者だったから、当時の私はママに向かって『バカ‼︎ 』って叫んだわ。その時ばかりは尊敬してたママが大嫌いになった 」

 

「……それは今でも許せてないのか? 」

 

「引きずってる訳じゃないけどね。あれはちょっと理不尽すぎたように思うから、いくらママでもそればかりは納得してないわ 」

 

「スカーレット 」

 

いつになく真剣な表情で名を呼ぶあなたに、ダイワスカーレットはきちんと向き直る。ダイワスカーレットは、あなたが真剣な話をすると今までの体験から察した。

 

「君が子供の頃、虫歯で苦しんでいる時。一番泣きたかったのは誰だと思う? 」

 

「それは痛がってる本人の私…… 」

 

「違うよ。1番泣きたかったのは多分、君のお母様だ 」

 

怪訝に眉を八の字に傾けたダイワスカーレット。彼女はまだ、虫歯になっていた本人の視点からしか物事が見えていないのだろう。

 

中等部に入るほどの年齢しか生きていないのだから、自分以外の視点を想像できないのは無理はない。しかしそれでは彼女と彼女の母の2人にとって、多大な意味で不幸なような気がする。だからあなたは話を続けた。

 

「君のお母様は、これ以上痛い思いをしてほしくないから、泣く泣く君を歯医者に連れて行ったんだと思う。そんなお母様は、本当に君の言うようにバカなのか? スカーレット 」

 

言われてハッとしたように目を見開くダイワスカーレット。

 

あなたは当時のダイワスカーレットの母の気持ちを、完全に知ることはできない。だがそこに悪意など存在するわけがないと思った。

親が子供の不幸を望むわけがないのだから。

 

だからダイワスカーレットが慕っている母の善意を、幼いとはいえ彼女自身が罵倒で払いのけた事実を、そのまま記憶の奥へと埋もれさせることはあまりに悲しいことの気がした。

 

「ごめんトレーナー。ちょっと外すわ 」

 

ダイワスカーレットはそう言って川辺へと歩き出し、携帯を手に取る。

 

彼女が電話をかける先と内容を、あなたはなんとなく想像ができた。だがそれをあえて文字にするのは無粋というものである。

 

「──ありがとう 」

 

かすかに聞こえたダイワスカーレットの言葉。その言葉を最後に通話を終えたらしい彼女が、あなたの元へと歩み寄ってくる。

その表情はどこか清々しく、晴々としていた。

 

「ママに歯医者に連れて行かれた時のことを話したら、驚くほどはっきり覚えていたわ。私にバカって言われたこと、ずっと気にしてたみたい。だから── 」

 

「内容は言わなくて大丈夫だよ、スカーレット。電話して、話をできて良かったんだろ? 」

 

「ええ、このまま言葉にしなかったら、私は気づかないまま後悔をしていたかもしれない。……ありがとう、私のトレーナー 」

 

「どういたしまして。それに免じてショッピングでは手加減してくれると嬉しいんですが…… 」

 

「あら、それとこれとは話は別よ? スイーツバイキングもショッピングも、気が済むまで楽しむんだから‼︎ 」

 

通るとは思っていなかったが、淡い希望を打ち砕かれたあなたは節約生活の覚悟を決めた。

 

「帰りましょう、私のトレーナー‼︎ 」

 

だけどこんなに眩しい笑顔を見せてくれるダイワスカーレットのためなら、たまにはこんな事も悪くない。そしてこれからも彼女と過ごす日々は続いていくのだろう。あなたは微かに微笑む。

夕日が作る2人の影は、長く長く伸びていた。

 

 

◇おまけ  〜アグネスタキオンの手助け〜

 

「おやダイワスカーレット君。虫歯があるのかい? 」

 

「い、いえ、私の歯は全部真っ白で健康です‼︎ 」

 

「そうかい、それは良かった。ところでこれはこの前見かけた、虫歯を放置した際の画像なのだがね。見たまえ。放置した期間に応じて黒い部分がどんどん広く、深く侵食していくのがわかるだろう? 」

 

「ひっ…… 」

 

「やがては歯の硬質な部分を溶かして、原型も留めずにボロボロにしてしまうらしい。ネット上の画像のみなので、実際にはその様子を拝めていないがね。もしも虫歯になって、放置する予定があるのなら私にも言ってくれ。それもそれで興味深いデータになり得るからね 」

 

白衣をヒラヒラと仰ぎ、アグネスタキオンは立ち去る。その後ダイワスカーレットは青ざめ、泣きそうな表情であなたに歯医者に行くと言った。

 

 




ゴールドシップ、ハルウララ、キングヘイロー編を書いていたんですが、妖怪コレジャナイ感が出てしまい破棄することに……
特にゴールドシップが制御不能でボーボボネタに走ってしまうことがしばしば。精進します。


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