ハイエナのゴッドイーター (火星で1,000往復)
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第1章 アフリカ大陸遠征編
プロローグ


ゴッドイーター3の二次創作ものです。
独自設定多数あるので、ご了承ください。


 欧州最南端の辺境。

 そこに存在するミナト、アルゴノウト。

 

 その郊外の濃い灰域が広がる地にて、アルゴノウトを目指して進行している複数の小型アラガミと一体の中型アラガミからなるアラガミの群れが存在していた。

 構成はネヴァン堕天種が一体、アックスレイダー通常種が五体、ザイゴートが四体である。

 通常のゴッドイーターでも相応の実力があれば1小隊で討伐可能な決して強大な存在ではない。

 だが、このアラガミの群れを迎撃するには、戦場となる舞台の灰域濃度が非常に濃いことが問題であった。

 

 潜行可能灰域濃度レベルが最低でも4クラスは必要なほどの濃度の濃い灰域。

 限界灰域や紅煉灰域を除けば、人間や従来型のゴッドイーターはもちろんのこと、通常のAGEでもまともな活動や戦闘を行うことすらままならないほどの危険地帯である。

 

 だが、そんなあらゆる者を喰らい尽くす死の広がる世界に1人。

 アラガミに対抗する手段、そして灰域に対抗する手段を有するゴッドイーター、通称AGEに属する人類の守護者を担う者が、ネヴァン堕天種の率いるアラガミの群れを迎撃するために立っていた。

 

 コートのフードを深くかぶったそのAGEの顔は窺い知れない。

 ただし、手足や外套越しから見える体格、190cmはありそうな長身から見て、おそらく男性と思われる。

 

 大型の腕輪を両手首にはめられているその手に握るのは、青色の刀身と側面に黒緑色の人の手が描かれているような装飾らしきものを宿す巨大な剣。

 近接武器形態、銃形態、捕食形態、装甲展開の4つの形態を有する。

 パーツのタイプはそれぞれバスターブレードタイプの刀身と、レイガンの銃身、タワーシールドの装甲を装備している。

 アラガミに対抗できる人類の兵器、形態可変が可能なタイプの新型神機と呼ばれる武器、神機があった。

 

 この世界におけるゴッドイーターの役目は2つ。

 人類の生存拠点であるミナトをアラガミから神機を持って防衛すること。

 そして、神機を使用しアラガミを討伐することでミナトを発展させるアラガミのコアや素材を入手することである。

 

 今回、このAGEに与えられている命令は所属するミナト、アルゴノウトの防衛。

 ネヴァン堕天種の率いる群れを迎撃し、討伐することである。

 

『目標はミナトに接近するネヴァン堕天種一体を含めるアラガミの群れの殲滅だ』

 

 AGEの装備する通信機に、ミナトから通信が入る。

 任務内容を冷たい声で告げたオペレーターは、嫌悪感を隠さない様子で通信先のAGEに向かって吐き捨てるように言う。

 

『いけ、薄汚いハイエナ。同じ化物同士で殺し合え。ただしミナトには一歩たりとも近づけるんじゃねえぞ』

 

「……了解」

 

 同じ人として扱っていない冷たい態度。

 ハイエナと呼ばれたAGEは、神機を手に戦場に降り立つ。

 気づいた小型のアラガミの一部、優れた聴覚でゴッドイーターたちを補足するザイゴートがAGEへと向かってきた。

 

「……迎撃開始」

 

 何の感情も感じさせない声でそう告げると、見るからに重そうなその神機を易々と振り回し、瞬く間に飛行するアラガミであるザイゴートを撃破する。

 

 そしてすかさず撃破したザイゴートの死骸を神機の捕食形態で捕食する。

 通常ならばアラガミのコアを取り出せばそれで十分なのだが、そのAGEの神機はザイゴートを構成するすべてのオラクル細胞を捕食し尽くした。

 

 戦闘に気づいたのか、続々とやってくるアラガミ。

 小型のアックスレイダーと、群れのリーダー格である中型のネヴァン堕天種である。

 

「……目標確認」

 

 それに対し、ハイエナと呼ばれたAGEも神機を構えて迎撃を開始した。

 

 

 

 

 灰域によって絶望が満ちる世界。

 ハイエナと呼ばれるAGEの所属する辺境のミナトに、絶望の世界を夢を抱き駆け抜けた者たちの乗る船が向かっていた。

 彼らが出会うとき、また1つ物語が動き始める。




オリ主の神機パーツ

刀身:罪業剣マモン(バスターブレード)
銃身:アクシオン(レイガン)
装甲:悟鏡シャカ(タワーシールド)



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欧州の最南端

※ゴッドイーター3のネタバレを多々含みます!


本作の時系列は、ゴッドイーター3のストーリーから約6年後の世界が舞台です。
ハウンドの面々はクリサンセマムと共に、彼らの夢であるAEGもゴッドイーターも人間も、誰もが何にも縛られず虐げられることも無い自由を謳歌できる自分たちのミナトを造るため、ダスティミラーのユーラシア大陸横断計画に協力しています。



 時は21世紀末期。

 オラクル細胞の集合体が形成する存在“アラガミ”によって、地上が荒廃した世界。

 アラガミを屠る者。オラクル細胞の結合を破壊できる唯一の兵器である“神機”を駆使し、この荒ぶる神を倒す人類の守護者であるゴッドイーターが戦う世界。

 その世界は今、さらなる脅威によって絶望が広がる世界と化していた。

 

 突如として欧州のフェンリル本部を中心に発生した“何か”。

 黒い雲をまとった嵐のようなそれは、世界に広がりようやく希望の差し込めていた人類を絶望へ叩きおとす。

 人の目に見えない微細な“喰灰”と呼ばれる微小なそれは、触れる物を生物無機物関係なく捕食し破壊するアラガミのような性質を持つ。

 厄災の日とのちに呼ばれることになったその日。

 世界規模で大量に発生したその喰灰は、やがて従来のアラガミも人間もゴッドイーターさえも喰らい、彼らの生存権を剥奪して“灰域”と呼ばれる彼らの世界で地表を支配した。

 

 アラガミは自ら進化を果たし灰域に適応する種が多数生まれ、人類は生活拠点を地上から地下へと移す。

 ミナトと呼ばれるその拠点は欧州各地に建てられ、またレトロオラクル細胞から作られる“P73–c偏食因子”を用いた灰域に適応できる新型ゴッドイーターである“対抗適応型ゴッドイーター”、通称AGEが生まれたことで、人類もまた灰域に覆われた世界に対応し生き残りを図った。

 

 AGEの多くは、厄災の日によって生まれた孤児たちを半ば強制的に危険な適合試験に当て作られている。

 その扱いも非人道的なものが多く、神機との多重結合が可能であったり灰域に適応できる能力から“アラガミにより近いゴッドイーター”など、多くのミナトから化物のような扱いを受け続けた。

 世界は灰域によって絶望に覆われ、人は人らしさを見失い、虐げられる者たちがいる時代となった。

 

 その絶望の世界を終わらせるべく、フェンリルの一個師団から生まれた組織で現在の欧州の人類を統括する勢力であるグレイプニルが打ち出した、灰域を世界から抹消する“灰域捕食作戦”。

 フェンリル本部より得た兵器であるオーディンを使用したこの作戦は、通称オーディン計画と称され、多数のAGEたちを生贄にして人類の平和を勝ち取る非道な作戦だった。

 それに対し、多くが奴隷のごとき扱いを受けてきたAGEたちは反発。

 AGEの自由と人権を謳うテロリスト“朱の女王”に集い、グレイプニルに反旗を翻す。

 更には欧州でも屈指の経済力を有する大規模ミナト“バラン”が朱の女王へ協力を表明し、2つの勢力は自らの生存を勝ち取るための血で血を洗う全面戦争に発展した。

 

 その戦端が開かれてしばらくは互角の戦いが繰り広げられたが、突如としてバランが朱の女王から造反。

 グレイプニルに朱の女王のアジトなどの機密情報を漏らしたことで、戦況は一転することとなる。

 追い詰められた朱の女王のAGEたちは最後の抵抗として高密度の灰域が作り出す灰域による天災“灰嵐”を多数引き起こし、グレイプニルの本拠地となったフェンリル本部に向けて大灰嵐を発生させた。

 

 オーディンを用いてその大灰嵐に対抗しようとするグレイプニル。

 灰嵐に触発を受けるように活性化し欧州各地で猛威を振るうアラガミ。

 憎悪が爆発し己の命すら差し出して厄災を生み出す朱の女王。

 

 その悲惨な戦いは、しかしクリサンセマムというミナトに属する者たちがおこした小さくも大きな奇跡によって終止符を打たれることとなる。

 世界中に、人もゴッドイーターもアラガミもAGEも、誰もがエンゲージで繋がった現象。

 それは“エルヴァスティの奇跡”と呼ばれ、多くの者が1人の少女の姿をした幻影を目の当たりにし、エンゲージで繋がった銃口と牙を向けあった誰かの想いを目の当たりにし、大灰嵐は消失し、そして一瞬であったが生きとし生けるものすべての者たちが繋がったことでこの悲惨で不毛な争いに終止符を打つこととなった。

 

 それから約6年後。

 エルヴァスティの奇跡を起こしたクリサンセマムとハウンドの面々は、自分たちの夢と未来を勝ち取るために辺境のミナト“ダスティミラー”と共同で新たな事業である“ユーラシア大陸横断計画”を進めていた。

 

 そんな折、グレイプニルが新たな計画を打ち出す。

 

 欧州の情勢の安定化に伴い、増加する人口とミナト。

 将来的にそれらを欧州で支えるにはあらゆる資源が足りず、いずれ資源の不足問題が発生することとなる。

 そうなれば限られた資源を巡り生存を賭けたミナト同士の武力衝突という悲惨な時代の到来が来るのは避けられない。

 その将来的な資源不足問題を解決するため、フェンリル本部奪還とオーディン計画により計画立案の段階で凍結されていた、あるミナトが提案した計画を実行することに決めたのである。

 

 それは、地中海を渡り欧州の南に広がる大陸へ進出し、新たな人類の生息圏と経済圏を築き大陸の資源を獲得するという計画。

 その名も“アフリカ大陸進出計画”である。

 

 広大なアフリカ大陸の資源を獲得すれば、将来的な資源の枯渇問題を一気に解消することが可能。

 このアフリカ大陸進出計画にて大きな功績を上げれば、今後築かれていくアフリカ大陸の経済圏の設立成功の功労者として大きな発言力と繫がりを手にすることができる。

 多くのミナトが新たな人類の経済圏に魅力を感じて参加を表明し、アフリカ大陸進出計画を立案した欧州最南端のミナト“アルゴノウト”へ集結。

 クリサンセマムとハウンドもまた、ユーラシア大陸横断計画に際し中継地として多数建設することになるミナトの建造のための資源を獲得するために、この計画へ参加することを決意。

 クリサンセマムの所有する長らく彼らの航海を支えてきた世界初の対抗適応型装甲を搭載した灰域踏破船“クリサンセマム”と共に、ハウンドからは絶望の世界を駆け抜けてきた初期からのメンバーである“ジーク・ペニーウォート”と“ルル・バラン”、彼らの後輩で次代のハウンドを担う期待の新人“マール・ペニーウォート”と“リル・ペニーウォート”、元グレイプニル所属の従来型ゴッドイーターである“クレア・ヴィクトリアス”、そしてフェンリル本部奪還作戦の立役者にして灰域種アラガミや灰煉種アラガミの討伐数において他の追随を許さず名実ともに誰もが世界最強のAGEと讃える“クリサンセマムの鬼神”こと“ルカ・ペニーウォート”が、アフリカ大陸進出計画の第一陣としてアルゴノウトに入港しようとしていた。

 

 しかし、入港を直前にして事件が発生する。

 アルゴノウト近郊に灰域種アラガミ“ヌァザ”が出現。

 多くのキャラバンが突如として襲来した厄災のアラガミに混乱し、入港どころではなくなったのである。




説明文だけでプロローグの文字数を抜いてしまった……

原作主人公である“ルカ・ペニーウォート”。
この世界では女性主人公で外見は初期設定(フェイス、髪型などは“1”)、ボイスは17をイメージしています。
装備の方は以下の通り。

刀身:冥輪ネフティス極(ヘヴィムーン)
銃身:煉骸帝獅銃(アサルト)
装甲:シリウス極(バックラー)

トップス:F製支給戦闘服
ボトムズ:F製支給戦闘服



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灰域種アラガミ

本作の灰域踏破船クリサンセマムですが、ゴッドイーター3のストーリーにも登場した灰域踏破船クリサンセマムと同船です。
あらゆる種類の灰域に対応し対灰域隔壁装甲を自己変化させることができる“対抗適応装甲”を世界で初めて搭載した灰域踏破船として、改装が施されています。

主なクルー
イルダ・エンリケス(クリサンセマムのオーナー兼船長)
ルカ・ペニーウォート(原作主人公)
ジーク・ペニーウォート(ハウンドの特攻隊長)
ルル・バラン
クレア・ヴィクトリアス
フィム
マール・ペニーウォート(期待の新人1)
リル・ペニーウォート(期待の新人2)
エイミー・クリサンセマム(オペレーター)
リカルド・スフォルツァ

……ユウゴやキースたちはユーラシア大陸横断計画に動いているため、アフリカ進出計画の第一陣には不参加です。


 アフリカ大陸進出計画のため、新たな航路を開拓する大陸への玄関口となる欧州最南端のミナト“アルゴノウト”に集結した数多のキャラバン。

 そのキャラバンたちを構成する灰域踏破船の多くは、広大な地中海とアフリカ大陸の航路を開拓していくために灰嵐種アラガミから獲得された灰域の性質変化に対応することが可能な装甲である、灰域の超長距離航行を可能とする新技術“対抗適応型装甲”が施されている。

 グレイプニルの中心であるアローヘッド、商工業が盛んで数多あるミナトの中でも屈指の経済力を有するバラン、欧州全土が注目するクリサンセマムの鬼神を有するクリサンセマム。

 広く名を知られるミナトに属するキャラバンも多く見られる。

 

 しかし、彼らはアルゴノウト入港を目前にして想定外の事態に見舞われる。

 灰域の発生以降、世界各地で確認されるようになった“厄災のアラガミ”の異名を持つ“灰域種アラガミ”が多くのキャラバンが集まるアルゴノウトの近郊に出現したのである。

 

 当然その事態はアルゴノウトの方も把握しており、入港目前のキャラバンから多数の救難信号と緊急入港を求める要請が発信されてきていた。

 念願の事業の開始の期待に胸を踊らせる高揚から一転、不足の事態の対応に追われることとなったアルゴノウトの出入港管制局は大混乱に陥っていた。

 

「感応レーダーにて灰域種アラガミを補足! 入港予定のキャラバンから多数救援と緊急入港の要請が出ています!」

 

「落ち着け! とにかく状況を知らせろ! 何のアラガミだ!」

 

 非常事態に慌てるオペレーターに、アルゴノウトのオーナーである“ユリウス・ディンギル”が状況の把握が最優先だと、接近中の灰域種アラガミの識別が何に該当するかを尋ねる。

 オーナーの言葉に混乱は未だ落ち着かないもののひとまずやるべきことを与えられたオペレーターは、感応レーダーにて補足した急速接近中の灰域種アラガミの識別をデータベースへと照合した。

 

「照合できました! 対象は“ヌァザ”、中型の灰域種アラガミです!」

 

 データベースに補足した灰域種アラガミに合致する項目を発見、オペレーターが解析して識別できた灰域種アラガミを報告する。

 

 その灰域種アラガミの名称は“ヌァザ”。

 背中に光背と呼ばれる高密度のオラクルエネルギーを蓄える器官を有し、動く銅像のような隻腕に二足歩行を外見的特徴とする中型に該当する灰域種アラガミである。

 

 中型と言っても厄災のアラガミと呼ばれる存在。

 その強さは尋常ではなく、わずか一体に一個中隊のAGEがやられキャラバンが灰域の底に沈められた事例もあるほどの脅威の塊である。

 

 即死不可避とまで言われる灰域種アラガミ。

 特殊な偏食因子を投与しなければ灰域ではろくに戦えない従来型のゴッドイーターはもちろん、灰域における戦闘を得意とするAGEでもその脅威の前には赤子同然に屠られるだろう。

 アルゴノウトにもAGEは所属しているが、流石に灰域種アラガミとの戦闘を任せられる技量ではない。

 

 かつてはAGEに対する非道な扱いもしてきたユリウスだが、エルヴァスティの奇跡を経て彼らもまた人であることを知ったことで、その考えは改めた。

 今では彼にとってAGEはミナトに共に生きる仲間であり、自分の力の及ぶ限り全力で守らなければならないアルゴノウトの住人となっている。

 そんな彼らを死を約束されているような灰域種アラガミとの戦闘に出すわけにはいかない。

 ユリウスは即座にアルゴノウトが有する最強の戦力であり、欧州に1人しかいない灰域種とも戦える特殊なAGEを使用することを決断した。

 

「直ちにハイエナを出せ! キャラバンは大事な顧客でありアフリカ大陸航路開拓の要となる存在だ、傷1つ付けさせるな!」

 

「了解!」

 

 オペレーターがユリウスの命令に従い、欧州に数少ない灰域種アラガミの討伐実績も有するアルゴノウトの最強戦力を出撃させる。

 

「管理番号AN–02506、直ちに出撃せよ! 目標は灰域種アラガミ“ヌァザ”の迎撃! さっさと出ろハイエナ!」

 

『……了解。出撃します』

 

 オペレーターの通信機に、“ハイエナ”と呼ばれたAGEから応答の通信が入る。

 切迫している事態に苛立ちを見せるオペレーターとは対照的に、何の感情も込められていないような冷たい返答である。

 

「貸してくれ」

 

 するとユリウスがオペレーターのところに行き、彼の使用しているマイクにてを伸ばす。

 そしてハイエナと呼ばれたAGEに繋がっているその通信機を利用して、嫌悪感を隠そうともしない声で重要な事項を告げた。

 

「いいかハイエナ、最優先するべきは入港予定のキャラバンの防衛だ。彼らに傷の1つでも付けてみろ、生きていることを後悔させてやるからな」

 

『……了解』

 

 ユリウスの命令にも、ハイエナから帰ってきたのは無機質な返答である。

 

「化物は化物同士で殺し合っていろ」

 

 管理番号AN–02506、彼らがハイエナと呼ぶAGEが出撃したログを確認すると、ユリウスはそれまでの態度を変え真剣な表情に戻った。

 ひとまずはこれで灰域種は対応できる。幸いヌァザとキャラバンたちとの間には距離が少しあり、キャラバンへの被害が出る前にハイエナがヌァザに接敵できそうである。

 

 ならば今この場で行うべきは、アフリカ大陸進出計画のために集まってくれた数多のキャラバンの安全の確保である。

 

「誘導ビーコンを発信! 緊急事態につき、オーナーの権限に基づき全キャラバンの即時入港を許可する! 彼らを早く収容するんだ!」

 

「了解!」

 

 ユリウスの指示に従い、出入港管制局のメンバーも動く。

 

 ひとまず何とかなる。

 そんな空気が広がりつつあった中で、しかしさらなる緊急事態が発生したことを告げる入電が、入港を待つキャラバンの中の一隻の灰域踏破船からもたらされることとなる。

 

「……緊急通信、クリサンセマムから?」

 

 オペレーターの元に入ってきたのは、アフリカ大陸進出計画参加に集まった数多のキャラバンの中でもひときわ強烈な輝きを放つ実績を上げてきたミナトに所属する灰域踏破船“クリサンセマム”からの緊急通信であった。

 

 救援要請の類ではない。

 それがかえって目立った為、オペレーターはその緊急通信に応答した。

 

「こちらアルゴノウト出入港管制局、灰域踏破船“クリサンセマム”どうぞ」

 

『こちら灰域踏破船クリサンセマム!』

 

 通信機から聞こえてきたのは、可愛らしい女性の声。

 しかしその口調は灰域種の襲来によるものか、かなり緊迫した様子である。

 

「落ち着いてください、どうかなさいましたか?」

 

『当船の感応レーダーがアルゴノウトに向けて新たに接近するアラガミの群れを補足しました! クアドリガ神属の接触禁忌種アラガミとネヴァンが中心の群れです!』

 

「なっ!?」

 

 そしてオペレーターは、クリサンセマムから耳を疑う情報を得た。

 

「オーナー、緊急事態です! 灰域種アラガミとは別方向からもアラガミの群れが接近中! クアドリガの接触禁忌種です!」

 

「何だと!?」

 

 オペレーターからもたらされた新たな情報に、ユリウスが驚愕の声を上げる。

 

 接触禁忌種。

 その名の通り、接触することが禁忌とされるほどきわめて強力な力を持つアラガミである。

 灰域種アラガミと比べればマシな相手とはいえ、これもまた犠牲なくしては撃退することも困難と言えるほどの脅威である。

 

「どうすれば……!」

 

 接触禁忌種はアルゴノウトのAGE部隊には荷が重い相手だ。

 それ以前に、新手の群れが接近してくる方面は灰域濃度が非常に濃い。潜行可能灰域濃度のレベルが最低でも4クラスは必要となる戦場である。アルゴノウトのAGEたちは、ユリウスたちがハイエナと呼ぶAGEを除いて潜行可能灰域濃度は1〜3であり、とても戦闘などできない場所であった。そんな死地にAGE部隊を送ることはできない。キャラバンを危険にさらしてしまっても、やはりミナトの住人たちを進んで死地に送る命令は出せなかった。

 

 苦悩するユリウスに、オペレーターがつないでいる通信機の先、クリサンセマムからの通信が入る。

 

『灰域踏破船クリサンセマムよりアルゴノウトへ。灰域種と接触禁忌種の群れは当船所属のAGE部隊“ハウンド”で対応します、皆さんはキャラバンの誘導をお願いします!』

 

「なっ──宜しいのですか!?」

 

 クリサンセマムからの通信は、アルゴノウトにとっては願ってもいない内容であった。

 本来ならばアルゴノウトが対応しなければならないアラガミの迎撃をクリサンセマムのAGE部隊で請け負ってくれると言ってきたのである。

 

 しかし相手は大型の接触禁忌種アラガミ。

 クアドリガ神属といえば、地中海を発生源とする生贄を求め無尽蔵のミサイルを放つアラガミ“テスカトリポカ”である。

 

 それほどのアラガミに対応できるのか。

 そんな不安がユリウスの頭をよぎるが、続いてもたらされたクリサンセマムからの通信はその不安を払拭する心強いものであった。

 

『お任せ下さい! 出撃するのは何といってもハウンドの誇るエース、“クリサンセマム鬼神”ですから!』

 

「あの、クリサンセマムの鬼神……!? それは心強い!」

 

 クリサンセマムの鬼神。

 それは、フェンリル本部奪還作戦、エルヴァスティの奇跡、灰嵐種アラガミ討伐など、灰域によって絶望に沈んに世界に光を照らし数多くの偉業を成し遂げてきた人類最強のAGEの異名である。

 

 それならば安心して任せられる。

 ユリウスはこの幸運とクリサンセマムの協力に心から感謝し、キャラバンの収容に全力を傾ける。

 

「感謝します、クリサンセマム……よし、総員正念場だぞ! アルゴノウトの威信にかけて、キャラバンには1人のけが人も出させるなよ!」

 

「「「了解!」」」

 

 灰域種アラガミの襲来という緊急事態に浮き足立っていたアルゴノウトは落ち着きを取り戻し、キャラバンの受け入れに全力を尽くすべく動く。

 

 ──そして、この先の物語を紡ぐことになるアルゴノウトとクリサンセマムから出撃したAGEたちが、共通の標的であるヌァザとの戦闘区域で邂逅を果たそうとしていた。




次回、灰域種アラガミとの戦闘。

ストーリー終了の6年後。マールとリルは14歳です。
ゴッドイーター2時点のエリナと同い年。期待の新人ですね!


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迎撃開始!

 灰域種アラガミと接触禁忌種アラガミの襲来。

 アフリカ大陸の進行路開拓を目指してアルゴノウトに集結した多数のキャラバンを襲った非常事態。

 その未曾有の事態に多くのキャラバンが混乱する中、誰もが対峙することをためらう厄災のアラガミに立ち向かうべく灰域踏破船から出撃するAGEたちがいた。

 

 彼らの名は“ハウンド”。

 かつてフェンリル本部奪還作戦において数多の灰域種アラガミを撃破してその航路を切り開き、大灰嵐発生の際にはエルヴァスティの奇跡を起こし事態を収め、生きる灰嵐とすら言える灰嵐種アラガミを討伐し灰域の超長距離航行を可能とする画期的な新技術“対抗適応型装甲”の開発を成功させた、欧州に生きる誰もが認める世界最強のAGE“クリサンセマムの鬼神”を擁するチームである。

 

 灰域踏破船クリサンセマムのハッチが開かれ、厄災のアラガミさえ手玉にとるAGEたちが戦場へと降り立った。

 

『対象は北西方面に灰域種アラガミ“ヌァザ”が一体、東方面から接触禁忌種アラガミ“テスカトリポカ”一体と中型種アラガミ“ネヴァン”一体、小型種アラガミ“オウガテイル”六体と“マインスパイダー”五体並びに“ドレッドパイク”五体で構成される群れになります。尚、現在東方面では極めて高い濃度の灰域が発生しており、行動には潜行灰域濃度レベル4以上の適性を持つ方が必要です』

 

「了解です! では、えーと……」

 

 クリサンセマムのオペレーター“エイミー・クリサンセマム”からの通信で、キャラバンに迫る脅威となっているアラガミの情報を伝えられるハウンドの面々。

 長い銀髪を後頭部にひとくくりにまとめ、鬼神の異名に似合わない綺麗な顔立ちとコバルトブルーの瞳を持つ、ハウンドの絶対的エースであるAGE“ルカ・ペニーウォート”は、通信から状況を聞き迎撃の方針を決めようとしていた。

 

 クリサンセマムの鬼神というその異名に違わない、高度な戦闘技術と高い感応能力。そして的確な判断のもと、厄災のアラガミすら手玉に取りチームを勝利に導く戦術眼。

 それらを併せ持つ彼女は、まさにゴッドイーターとして最高レベルの能力を有する存在である。

 ……ちょっと抜けているというか、彼女の時折というかかなりの頻度で見せるアホな面に目をつむれば、であるが。

 

「ではでは、皆さん! 今日も張り切っていきましょう!」

 

 エイミーから状況の説明を受けた彼女だが、的確にチームを編成して誰がどのアラガミに対応するかを決定しなければならないこの状況において、その指示は少し悩んだ末に非常にざっくばらんなものとなった。

 

 その的確というか、適当な指示に対し、出撃したハウンドの面々は慣れているのか各々でどちらのアラガミを迎撃に向かうかを判断しチームが編成される。

 

「……いや、雑!?」

「マールうるさい」

「灰域種は荷が重い。マールとリルは群れの対応を頼む」

「んじゃあ、灰域種は俺が頂くぜ!」

「フィム、東に行くね!」

「私のレベルだと東は無理かな……」

「群れの方はおじさんに任せて貰おうかな」

 

 エースのざっくばらんな指示に真っ先に反応したのは、ハウンドの2人の新人、マール・ペニーウォートとリル・ペニーウォート。

 マールは先輩の雑な指示に思わずツッコミを入れ、リルがうるさいと注意する。

 

 その2人の師とも言えるハウンドのベテランメンバーであるルル・バランとジーク・ペニーウォートは、付き合いが長いこともありその雑な指示にいちいち反応せずチームの編成をすぐにまとめる。

 偵察のエキスパートであるルルは新人たちに遭遇戦で挑む灰域種は流石にまだ荷が重いと冷静に判断し、特攻隊長のジークは灰域種は俺が倒すと自信溢れる声で叫ぶと速攻で出て行った。

 

 腕輪もなく神機を操り高い濃度の灰域も物ともせずに戦える不思議な少女、フィム。

 彼女は濃い灰域の戦闘となる東方面を自分が担当するのが最適だと的確に判断して、東からくる群れの迎撃に出ることを宣言する。

 

 そして本来灰域ではまともな戦闘がこなせないが特殊な偏食因子を投与することで一時的に灰域に順応している従来型ゴッドイーターである2人、クレア・ヴィクトリアスとリカルド・スフォルツァ。

 クレアはいくら灰域に適応できるようにしているとはいえ流石に高い濃度の灰域が広がる東の戦場では足を引っ張りかねないと判断し灰域種との戦闘に参加することを選択、リカルドのほうは東の群れに対応する人員に1人はベテランの手が必要だと判断し多少の無理を承知の上で濃い灰域の広がる東の群れの迎撃に参加することを表明した。

 

 こうして出撃したハウンドたちの編成がエースのざっくばらんな指示ではなく各々の判断で決まった。

 

 北西方面より接近中の灰域種アラガミ“ヌァザ”には、ルル、ジーク、クレアが対応。

 接触禁忌種アラガミ“テスカトリポカ”には、最強のAGE“クリサンセマムの鬼神”ことルカが単独で対応。

 ネヴァンを中心とする群れには、マールとリルの新人2名、高い灰域濃度でも万全な戦闘が可能なフィム、そして彼らをサポートするためベテランのリカルドが入る4名で対応する、という編成となった。

 

『皆さん、お気をつけて! サポートは任せてください!』

 

「そ、そそ、それでは、緊張感を持って臨みましょう!」

 

 エイミーからの応援を受け、ハウンドが出撃する。

 多数のキャラバンに注目されている緊張感と、後輩に受けたツッコミに若干傷ついたことで声の震えているルカのなんとも締まらない戦闘開始の号令に、ハウンドの面々が力強く返事を返した。

 

「「「了解!」」」




ハウンドの紹介とチーム編成だけで終わってしまった……
申し訳ありません、ヌァザ戦まで入れると視点変更もあり中途半端なところで終わりそうだったので、ここで一旦区切りました。

次回こそヌァザ戦になります。
その後、オリ主とハウンドの初邂逅になります。


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ヌァザ迎撃戦

ジャストガードの設定などは筆者の独自解釈です。
「こういう設定だろう」という意見等がありましたら、感想欄までお願いいたします。


 灰域種アラガミと接触禁忌種アラガミの出現により、アルゴノウトは緊急事態へ陥っていた。

 未だに混乱収まらないキャラバンがヌァザの襲撃を受ければ、被害は甚大なものとなる。

 それを阻止するべく、キャラバンに接近中のヌァザの前にアルゴノウトから出撃した1人のAGEが立ちふさがった。

 

 厄災のアラガミと呼ばれる灰域種アラガミ。

 小型ですら大隊を投入してようやく討伐できるほどの脅威。いかにAGEといえど中型の灰域種アラガミ“ヌァザ”は、立ち向かうにはあまりにも大きすぎる存在である。

 

 そんなヌァザに対し、たった1人で対峙するAGE。

 矮小な人間を視界にとらえたヌァザは、明王の像を彷彿とさせるその威容と何の感情も見受けられないような無機質な目でそのAGEを見下ろすと、羽虫を踏み潰すようにその巨体を支える片方の足を持ち上げAGE目掛けて振り下ろした。

 

「……目標補足」

 

 脅威とすら認識していない排除を目的とする行動。

 それに対し、AGEは身の丈を超える巨大な青い刀身を持つ神機を片手に素早くその踏みつけ攻撃を回避する。

 すかさずステップで踏み込み距離を詰めると、油断しているヌァザの無防備な足に“バスターブレード”の刀身を横殴りに叩きつけた。

 

 通常のAGEが放つ一撃では、歯牙にも掛けない矮小な生物の攻撃。

 避ける価値もないと馬鹿にするように反撃を警戒していなかったヌァザであるが、しかしその青い刀身のバスターブレードから放たれた一撃はヌァザの巨体を揺るがすほど重厚な攻撃だった。

 

「……迎撃開始」

 

 予想外の重い攻撃に怯むヌァザ。

 その隙を見逃すことなく、AGEは畳み掛けるように神機の捕喰形態を展開する。

 

 ゴッドイーターは、神機の捕喰形態を展開し利用することでアラガミからオラクル細胞の一部やコアと呼ばれるアラガミの中心となるオラクル細胞を剥奪することが可能である。

 さらに生きているアラガミからオラクル細胞を奪えば、それを利用して神機の潜在能力を解放し感応能力を高める“バースト”と呼ばれる状態を起動することができるのである。

 

 とはいえ、捕喰形態を展開するにはある程度の時間が必要であり、それはゴッドイーターにとって隙につながる。

 そのためバースト状態を発動させる利点があるとはいえ、生きているアラガミに対し捕喰を行うにはゴッドイーターに相応の技量が求められるのだ。

 

 だがそのAGEが行った捕喰行動は、ヌァザの怯んだわずかな隙に捕喰を終えバースト状態を起動できた。

 クイック捕喰という素早い動作で展開されるその捕喰は、対象のアラガミから得られるオラクル細胞が通常の捕喰行動よりも少ないためバースト時間が短くなる欠点があるものの、通常よりも素早く神機の捕喰形態を展開することができるものである。

 

「……神機解放」

 

 クイック捕喰を利用してヌァザから灰域種のオラクル細胞を獲得したそのAGEは、早速神機のバースト状態を起動した。

 

 神機が光るとともに、それを操るAGEの身体能力も跳ね上がる。

 加えて神機との多重結合ができるAGEには、このバースト状態になると神機のさらなる潜在能力を解放し、“バーストアーツ”と呼ばれる強力な攻撃を繰り出すことができるようになる特性がある。

 

 鬱陶しいと腕を振り回すヌァザの攻撃をバックステップで躱したAGEは、すぐに反撃と踏み込んで距離を詰めると、再び巨大な刀身を持つバスターブレードを横一文字に振り回す。

 それに対しヌァザは今度は油断しないと身構えてその一撃を受け止めようとする。

 

「……バーストアーツ、発動!」

 

 だが、それは同じ横殴りの一撃であっても、先ほどの一撃の比ではない破壊力を持つバーストアーツを発動した一撃であった。

 

 潜在能力を解放された神機が発するオラクルが光の刃となり、青い刀身をまといヌァザの両足に直撃する。

 強力なバーストアーツの一撃は、今度は油断しなかったとはいえやはり人間など矮小な存在と見下す意識があったのか避けるではなく受け止めるという選択をしたヌァザの両足を砕き、強固なオラクル細胞の結合を破壊する結合崩壊を発生させた。

 

 予想外のダメージに、ヌァザの生存本能が警鐘を鳴らす。

 それが怒りとなって現れ、ヌァザのオラクル細胞を昂らせ活性化を起こした。

 

 アラガミの活性化現象。

 アラガミの中には生存本能に危険が迫った時、怒りという感情を利用して体内のオラクル細胞を活性化させる能力を持つ存在がいる。

 主に中型〜超弩級のアラガミ全般に見られるこの活性化は、アラガミを構成するオラクル細胞に変化を起こすこともあり、急激に動きが活発になったり表皮が硬化するなどといった様々な現象を起こす。

 

 そして、ヌァザをはじめとする灰域種アラガミ。

 この灰域種に該当するアラガミの活性化は、他のアラガミのものとは違う。

 灰域種が厄災のアラガミとして別格視される最大の所以。

 それは活性化の時に起こる。

 

 活性化したヌァザに対し、しかしAGEはまるで恐怖心が麻痺しているかのようにさらに踏み込み神機を叩きつける。

 青い刀身を持つバスターブレードの一撃は強力だが、活性化を果たしたヌァザはその攻撃を耐え、反撃と言わんばかりに片腕から無数の赤黒い触手を出してそれをAGEに振り下ろした。

 

 厄災のアラガミ、即死不可避と呼ばれるその所以。

 それが灰域種アラガミに見られるこの攻撃。“捕喰攻撃”と呼ばれる捕喰行動である。

 

 普通のアラガミには見られない捕喰であり、この灰域種の捕喰攻撃を受けるとゴッドイーターは感応能力を奪われ“侵蝕状態”と呼ばれる感応能力を著しく損なう状態に陥ってしまう。

 それに対しゴッドイーターの感応能力を奪った灰域種はオラクル細胞を活性化させ、ゴッドイーターたちのようにバースト状態と同じ現象を起こすことができるようになるのだ。

 こうなった灰域種アラガミはもはや人の手に負えるものではない文字通りの荒ぶる神と化す。

 侵蝕状態に陥ったAGEなど格好の餌となり、活性化を上回るバースト状態とかした灰域種アラガミは厄災と呼ばれる猛威を遺憾無く振るう状態となるのだ。

 

 その上この捕喰攻撃、神機の装甲でも強力すぎて普通の展開ではタワーシールドですら防げない。

 即死不可避と呼ばれるには十分すぎる力を持つ攻撃である。

 

 ヌァザの捕喰攻撃は、この腕に生えてくる無数の触手である。

 ただでさえその体躯に対して巨大な腕からさらにリーチを伸ばせる触手を叩きつけたり振り回したりすることで、触れたゴッドイーターから感応能力を奪いバーストすることができるのである。

 

 その脅威に対し、1人で立ち向かうAGEはあろうことか距離を取るどころかヌァザの触手が伸びた腕の届く範囲に踏み込んできた。

 ここぞとばかりにAGE目掛けて振り回されるヌァザの腕。

 

 ──だが、その普通では防ぎようがなく避けることすら困難なその捕喰攻撃を、AGEはタワーシールドを振るわれる瞬間に展開し弾いた。

 

 防がれるとは思わなかったのか、シールドに弾かれ怯むヌァザ。

 触手も引っ込み、捕喰行動は中止されてしまった。

 

「…………」

 

 その隙を見逃さず、再度クイック捕喰を行うAGE。

 ヌァザが捕喰攻撃でバーストするはずが、再度AGEの方がバーストを発動させた。

 

 AGEがヌァザの捕喰攻撃を防いだのは、ジャストガードと呼ばれる技術である。

 神機の装甲は展開された直後に限り、神機が形態を変える時に結合の構造が変わるオラクル細胞の結合が強固なものとなる。それを利用すれば通常の装甲展開では相殺しきれない衝撃に至るまでアラガミの攻撃を完全に防ぎきることが可能となる。

 それを利用した装甲による防御の技術が、ジャストガードだ。

 このジャストガード。使いこなすには神機の装甲の特性とアラガミの行動を見極める高度な技術が必要となるが、通常の展開では装甲を貫いてくる灰域種アラガミの捕喰攻撃すら防ぐことが可能である。

 

 AGEはそれを利用してヌァザの捕喰攻撃を弾いたである。

 

 しかし、灰域種の捕喰攻撃をジャストガードで防ぐのは相当な技術を必要とする。

 タイミングを間違えれば途端に侵蝕状態に陥れられるのだ。その命の危機を間近に控えるプレッシャーの中でジャストガードを狙うのは、技量だけでなく強い精神力も必要である。

 

 それをAGEは難なくこなした。

 まるで、幾度も戦ってきた相手であるかのように。

 

「……神機解放」

 

 アルゴノウトが保有する最強の戦力。

 それは幾度も厄災のアラガミと呼ばれる灰域種アラガミとさえ戦い、単独でミナトを危機にさらす全てを屠ってきた欧州に1人しかいない特別なAGE。

 彼の神機を構成する青い刀身パーツは、ヌァザとは別種だが同じ灰域種アラガミを討伐しそこから得た素材で加工された物である。

 灰域種を幾度も屠ってきた、欧州に未だに知られていない隠れた実力を示す証であった。

 

「……バーストアーツ、発動!」

 

 その彼にとって、ヌァザの捕喰攻撃は恐れるものではない。

 晒されたゴッドイーターの多くが足をすくめて受けてしまうその攻撃を難なくジャストガードで弾いた彼は、逆に捕喰してバーストを発動させた神機を振り回し再度ヌァザに向けてバーストアーツを叩きつけた。




オリ主のプロフィール(設定)その1

ギスト・バラン(18)
管理番号≫AN–02506
潜行灰域濃度レベル≫5以上
神機≫新型神機(バスターブレード・レイガン・タワーシールド)


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壊仏毀神

 アルゴノウト防衛のため、灰域種アラガミ“ヌァザ”と接触禁忌種アラガミ“テスカトリポカ”、中型アラガミ“ネヴァン”を中心とする群れの迎撃のため、緊急出撃をすることとなったハウンド。

 キャラバン並びにアルゴノウトの安全のため、テスカトリポカ及びネヴァンを中心とする群れとヌァザにそれぞれ同時に対応するべく、3つのチームに分かれる。

 そのうち、ルル、ジーク、クレアの3人で編成されたAチームは、北西方面より単独でキャラバンへ向け接近しつつあるヌァザの迎撃へと向かった。

 

『ジークさん、ルルさん、クレアさん、聞こえますか?』

 

「応よ!」

「問題ない」

「大丈夫です!」

 

 その3人の元に、灰域踏破船を次々にかわしながら移動中、エイミーから通信が入る。

 東方面に比べて灰域濃度が比較的薄く無線の障害もなかった3人がそれぞれ応答をすると、エイミーは3人の向かう先にいる灰域種アラガミ“ヌァザ”の現状を伝えた。

 

『対象のヌァザですが、現在アルゴノウトから出撃したAGE1名が交戦中です。そのおかげで足止めされキャラバンへの被害を避けられているのですが、できる限り急いでください!』

 

 エイミーから伝えられたのは、灰域種アラガミであるヌァザにたった1人で立ち向かい足止めを図っているAGEがいるという情報。

 それを聞いた3人は、散々灰域種と戦ってきた経験から普通のAGEが1人で立ち向かうのがどれほど危険なことであるかを察し、足を速めた。

 

「マジかよ、急がねーとやべえぞ!」

「回復の用意をしておきます!」

 

 ジークは持ち前の無尽蔵とすら言えるスタミナを駆使して先を急ぎ、クレアは即座に救援できるように回復アイテムの用意をする。

 

「……起動。先行する!」

 

 そしてルルはかつてバランにて開発されハウンドにて改良された、自身とハウンドをつなげてくれたとも言えるシステム、ゴッドイーターの潜在能力を引き出す装置“アクセルトリガー”を起動させて一気に加速した。

 

 アクセルトリガーを起動させたルルは、もともと身軽で素早い機動をこなせるAGEであるがその機動をさらに加速させ、超人的な速さでヌァザのいる戦闘区域へと走った。

 

「気をつけろよ!」

「すぐに追いつくから!」

 

「ああ、任せろ……!」

 

 2人の仲間の声援を背中に受け、戦闘区域へと急ぐルル。

 

「到着した、これより戦闘に──なっ!?」

 

 単独で先行しヌァザとアルゴノウトのAGEがいるという戦闘区域へ到達した彼女は、そこで予想外の光景を目撃した。

 

 普段も物静かで戦闘ともなれば感情が表に出ることが極端に少なくなるルルだが、その光景にはおもわず驚く。

 

 彼女の目に映ったのは、キャラバンを守るためにたった1人で無謀にも灰域種アラガミに立ち向かっている普通のAGE、などではない。

 厄災のアラガミの異名をとる灰域種に該当するヌァザを相手に、互角どころかむしろ優勢に立ち回り逆にヌァザの方を押している、自分たちに匹敵するかもしくはそれ以上の強さを見せつけて戦う、外套で体を覆い青い刀身のバスターブレードの神機を振るうAGEの姿であった。

 

『おい、どうした!?』

 

 普段狼狽することなどないルルのただならぬ様子を通信機越しに聞いたジークが、何か深刻な問題でも起きたのか走りながらルルに尋ねる。

 そのジークの声は思わず呆然となったルルを現実に引き戻した。

 

「あ、いや……問題ない。大丈夫だ」

 

 通信機から聞こえてきたジークの声によって現実に引き戻されたルルは、問題がないことを告げる。

 

 ……そう、問題はない。

 アルゴノウトから出撃してきたAGEは、足止めどころか単身でヌァザを相手に優勢に立ち回り、このまま1人で討伐してしまうのではないかというほどの強さを見せつけて戦っていた。

 ヌァザは、目の前で戦闘を繰り広げるAGE1人だけで対応できていたのである。

 

 ヌァザの攻撃を装甲を駆使してことごとく相殺し、僅かでも怯めばバーストアーツをたたき込み、それで隙を作ったところを捕食してバーストを維持する。

 活性化して捕喰攻撃を行っても、それすら軽々とジャストガードで弾き、すかさず反撃を叩き込む。

 そのAGEは、たった1人で灰域種を押していた。

 

「一体何者なんだ……?」

 

 アルゴノウトは辺境のミナトだ。

 欧州最南端に位置し、アフリカ大陸にも広がる灰域より襲来する多様なアラガミに対応し、欧州への侵入を阻み続けている南の防護壁である。

 

 だが、いくら中央から遠く離れた辺境といえど、灰域種アラガミすら単身で手玉にとる実力者というならば欧州に名前が知られているだろう。

 少なくとも各地から指名の依頼を請け負う為、欧州全土を駆け巡る日々を過ごしてきたハウンドの1人であるルルでも、ルカとニール以外に1人で灰域種アラガミを圧倒する実力者の話などは聞いたことがなかった。

 

 そうこうしているうちに、ジーク達が追いつく前にそのAGEはヌァザの莫大なオラクルエネルギーを蓄積する器官である光背を破壊した。

 力の源である器官の結合崩壊を受け、ヌァザの巨体が地に倒れ伏す。

 光背を破壊されて力が抜けたのだろう。あの状況では、昏倒から立ち直るのに時間を必要とするはずだ。

 

 そしてその絶好の好機をアルゴノウトの凄腕AGEは見逃さない。

 ヌァザのオラクル細胞を削り取るべく、それまで多用してきたクイック捕喰ではなく、通常の神機を正規の操作で可変させ捕喰形態を作り出すチャージ捕喰にて、倒れるヌァザを神機で捕喰した。

 

「世界は広いな……」

 

 名前は知られずとも、確固たる実力を持つ強者がいる。

 鮮やかな手際でヌァザを圧倒するそのAGEの戦いに、ルルは思わず見入ってしまう。

 

 神機に捕喰されたことで、片腕のオラクル細胞の結合も破壊されて結合崩壊を起こすヌァザ。

 そこへ、止めとばかりに攻撃準備に入るAGE。

 バスターブレードの刀身を振りかぶり、活性化しているオラクルエネルギーを刀身に集めていく。

 降り下ろされようとする神機。それもまた、バーストアーツの1つである。

 それはバスターブレードの強力無比な一撃“Charge Crash(チャージクラッシュ)”、略してCC。

 バーストモードとなったAGEが自身の活性化したオラクルエネルギーを用いて新たな刃を作り上げ、通常よりもリーチの長いチャージクラッシュとしてアラガミに打ち込む技。

 

「──CC・オリジン!」

 

 その一撃はヌァザの命を削り取り、厄災のアラガミを骸へと変貌させた。

 

 介入する場面などどこにも無い。

 顔も名前も知らないその凄腕のAGEの手によって、ヌァザは討伐されてしまった。

 

「俺、参上! ……って、何やってんだよお前?」

「戦闘区域に到着しました! ……どうしたの?」

 

 厄災のアラガミが屠られた直後に、ジークとクレアが到着した。

 2人は通信越しに問題ないと返答したルルが、戦闘に参加せずに突っ立っているだけという状況に困惑。

 しかし灰域種アラガミが相手となれば油断できないと、戦闘区域に足を踏み入れたことを自覚してすぐに立ち直る。

 

「それより灰域種は──って、はぁ!?」

「とにかく救援を──そんな!?」

 

 そして何もせずただその戦いに見入っていたルルに並んでヌァザが暴れているだろう場所を見た時、そのヌァザがすでに討伐され倒れ伏している惨状に揃って驚愕した。

 

「ルル、お前1人で倒したのか!?」

「あんな短時間で!?」

 

 当然、そんな光景を目の当たりにした2人は、それが灰域種とも戦い慣れている自分たちのチームの一員、ルルの手によるものではないかと疑う。

 だが、それをルル本人が首を横に振って否定した。

 

「……いや、私じゃない。あそこにいる彼が、1人で倒してしまったんだ」

 

 ルルが示した先には、ヌァザの骸を前に神機を捕喰形態にしてそのコアを回収しようとしている様子のAGEが1人。

 外套に身を包みフードを被っているため顔は識別できないが、ダスティミラーのオーナーであるアイン並みの長身と外套越しに見える体格から見て男と思われる。

 

「あれって、アルゴノウトのAGE……?」

 

 そう呟くクレアの声は、困惑の色を隠せないものだった。

 

 それもそうだろう。

 ルルの言うことが本当ならば、灰域種アラガミを単独で討伐するほどの実力者。

 そんなAGEがアルゴノウトにいるなどという情報、聞いたこともない。

 

 だが、ルルは確かに見た。

 たった1人でヌァザを圧倒し、さも当たり前であるかのように討伐してしまった姿を。

 

 彼ら3人が揃って驚きの視線を向ける先にいる当のAGEはといえば。

 ヌァザの骸を神機の捕喰形態で捕喰し、コアの剥離だけにとどまらずヌァザというアラガミを形成していたオラクル細胞のほとんどを喰らい尽くした。

 

 そして一息いれることもせず、その場から走り出す。

 向かう方角は東。テスカトリポカとネヴァンを中心とする、キャラバンを危機にさらすもう1つの脅威がひしめく戦場である。

 

「……って、それどころじゃねえ! いやあのAGEもめっちゃ重要だけど、まだルカたちの方が片付いてねえぞ!」

 

 アルゴノウトのAGEが走っていく方向を見たジークが、我に返った。

 その声でルルとクレアもまだアラガミの襲撃は終わっていないことを思い出す。

 

 今は戦闘中だ。

 あのAGEに関して知りたいことは山ほどあるが、それよりも最優先するべき事柄がある。

 

「クレアは先に戻ってろ!」

「ここから先は任せろ!」

 

 AGEであるジークとルルは、東の戦場の高い濃度の灰域が広がる戦場でも戦えるため、踵を返しそのまま直行。

 

「2人とも気をつけて!」

 

 そして緊急出撃だったため偏食因子の調整が間に合わなかったことにより東の灰域では活動が困難なクレアは離脱し、2人に後を託して先にクリサンセマムへと帰還した。

 

 




オリ主のプロフィール(設定)その2

ギスト・バラン(18)
欧州最南端のミナト“アルゴノウト”所属のAGE。
灰域に対する高い耐性を持ち、その潜行灰域濃度レベルは5以上と推定される。
7年前にバランより転属。
旧管理番号≫BN–04861
※当該AGEの情報は機密事項となるため、以下詳細については閲覧権限が必要となります。


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鬼神VS禁王

鬼神ことルカ視点、VSテスカトリポカ戦です。

ディアウス・ピターやカリギュラといった他の禁忌種、通常種であるクアドリガが灰域の世界でも生き残っているなら、テスカトリポカも残っていても不思議はないかなと。
クアドリガの発生源は地中海だし、ヨーロッパ南部に出てきても矛盾はないかなと思い、登場して頂きました。



 ルル達が急行した先で灰域種アラガミであるヌァザをアルゴノウト所属のAGEが単独で撃破するという衝撃の光景を目の当たりにしたときから、少し遡る。

 ヌァザ迎撃のために北西へ向かったルル達Aチームとは別にクリサンセマムから出撃した、ルカを筆頭とするハウンドのメンバー達。

 彼女達は東方面から接近するアラガミの群れに対応するため、リカルドが補佐につくフィムとハウンドの新人達で構成されるBチームと鬼神の異名で知られるルカ1人で構成されるCチームに分かれて、それぞれアラガミに対応するべく非常に濃い灰域の広がる東の戦場へと向かった。

 

 Bチームは、厄災以降に発生してきた灰域に対応している中型アラガミの一種“ネヴァン”と多数の小型アラガミで構成される群れに対応。

 ルカは接触禁忌種にカテゴライズされている非常に危険な大型アラガミをBチームから引き離して撃破するべく、単身で先行突撃を仕掛けてアラガミの群れを撹乱すると、スタングレネードを使い的確に接触禁忌種のみを引きつけて残りをBチームに任せ離脱。

 アラガミの群れを見事に分断して、予定通り単独でクアドリガ神属の接触禁忌種アラガミとの戦闘に入った。

 

 ハウンドの絶対的エース。

 “クリサンセマムの鬼神”、“ハウンドの鬼神”の異名で欧州に名を広く知られるルカ・ペニーウォートは、灰嵐種の暴れる戦場でも十全に動けるその高い灰域への耐性を活かし、限界灰域などの一部を除けば極めて濃い灰域と化している東方面から来るアラガミを迎撃するべく移動。

 それぞれ迎撃に動いたチームの仲間たちと別れ、単独で接触禁忌種である“テスカトリポカ”の迎撃に向かった。

 

 クアドリガ神属接触禁忌種アラガミ“テスカトリポカ”。

 通常種のクアドリガと同じくミサイルを攻撃手段として放つという異質なアラガミであるが、そのミサイルの物量と威力は通常種のクアドリガをはるかに上回る。その無尽蔵のミサイル攻撃を駆使し、常に生贄を求めるように苛烈に破壊と殺戮を繰り広げる凶暴な性質を持つ。

 厄災前から存在していた地中海を発生源と考えられているアラガミで、接触禁忌種の名に恥じずその凶暴性と強さによって並大抵のゴッドイーターでは相手にならない脅威である。

 それに単独で挑むのは、いかに神を喰らう力を得たゴッドイーターでも無謀だ。

 

「だぁっしゃーい!!」

 

 だが、そこは灰域種アラガミすら容易く屠る鬼神の異名をとるAGE。

 テスカトリポカの放つ大量のミサイルをかいくぐって距離を詰めると、隙を晒したテスカトリポカの前面装甲へ攻撃をたたき込み、瞬く間にその強力な装甲を破壊、結合崩壊させてテスカトリポカを昏倒させる。

 

「今なのです!」

 

 その絶好の機会に、彼女の扱う神機に備えられた刀身パーツ“ヘヴィムーン”の変形機構を使用し、通常の輪刀のような形状から巨大な鋸を兼ね備えた斧の形状“斧月展開状態”に移行して強烈なバーストアーツを叩き込む。

 

「バーストアーツ行きますよ! ふぬぬぬぬぬぬぬぅん! よっこいせっと!」

 

 斧月展開状態となったヘヴィムーンを横へ独楽のように振り回し、自身の体を軸にしてアラガミに対して連続で神機の刃を叩きつける技。

 彼女が得意とするヘヴィムーン専用のバーストアーツの1つ“苛超風月”である。

 バースト状態により活性化したルカのオラクル細胞が形作る竜巻、バーストアーツに合わせて発生する余波とも言える攻撃であるバーストエフェクトが形成する“狂風”と呼ばれるオラクルエネルギーの生み出す追撃がテスカトリポカの頑強な装甲を破壊していく。

 

「やったのです!」

 

 ……掛け声のつもりなのか、接触禁忌種をボコボコにするほどの強烈なバーストアーツを繰り出す中で発している声は、なんとも締まらないというか鬼神らしくないというか、ポンコツな雰囲気漂うハイテンションでおバカっぽいものであるが。

 全力を出して一所懸命に戦っているというのは伝わってくる掛け声である。

 

「どうです? 参りましたか!」

 

 バーストアーツを叩き込まれ、結合崩壊を起こし、オラクル反応が大きく減衰するテスカトリポカ。

 接触禁忌種であっても、クリサンセマムの鬼神の相手を務めるには力不足であるようだ。

 

 そして弱ったテスカトリポカの姿を見て、すぐに調子に乗ってえっへんと胸を張るルカ。肩にかけて袖には腕を通さず前を開けている上着の下に見える自己主張の強い豊かな双丘が震えた。

 

 アラガミを相手取る戦場であっても慢心を許されるほどの実力があるとはいえ、どれほどの凄腕ゴッドイーターでも油断は禁物。

 起き上がったテスカトリポカは活性化し、見事に油断しているルカの頭上に自身の活性化したオラクルエネルギーで強引に作り出したミサイルを落とした。

 

「おや? ──だっはぁぁあああ!?」

 

 テスカトリポカは活性化時、自らの無尽蔵とすら言えるオラクルエネルギーを使い何もない空間にいきなりミサイルを出現させることができる。

 この注意事項が頭から抜け落ちていたルカは、テスカトリポカの奇襲攻撃を直撃で食らってしまった。

 絵に描いたような油断大敵である。

 

 吹っ飛ばされて地面を転がるルカ。

 しかしそこはクリサンセマムの鬼神。灰域種から食らう捕喰攻撃に比べれば大したことはない。

 すぐに起き上がると、生贄に甚振られた怒りを燃料にして突進してきたテスカトリポカに対して装甲を慌てて展開。

 

「イタタ……ってどわ!?」

 

 それは運良く完璧なタイミングを掴んだことでジャストガードを決めることができた。

 

「おお! 見切ってしまいましたぁ!」

 

 そして運に助けられたというのにまたすぐに調子に乗る。

 テンション上げ上げとなり、怯んだテスカトリポカに対して捕喰形態を使用。

 

「喰らってください!」

 

 クイック捕喰でテスカトリポカからオラクル細胞の一部を分捕ると、バーストモードへと移行。

 

「やってやるのです!」

 

 すぐさま斧月展開状態に神機を変形させ、“苛超風月”を叩き込んだ。

 

 本人のテンションが神機の状態にもダイレクトに伝わるのか、クイック捕喰にもかかわらずバーストレベルが上昇するルカ。

 それに合わせてバーストアーツもさらに威力が上がり、前面装甲だけにとどまらずテスカトリポカの前足であるキャタピラや頭部に伸びる装飾にも見える器官などを次々と破壊。

 すでに瀕死に近い重傷に追い込まれていたテスカトリポカはその攻撃に耐え切れず、反撃もできないままに鬼神の攻撃に削り取られ力尽きた。

 

『オラクル反応消失! 流石ですね!』

 

「……あれ? お、終わりですか?」

 

 テスカトリポカのオラクル反応消失を観測していたエイミーから、対峙していた接触禁忌種が討伐されたことを通信機で教えられたルカ。

 エイミーはルカが油断してテスカトリポカから一撃を喰らった時は別の場所をモニターしていたため、完勝したものだと思っている。

 テスカトリポカのミサイルの直撃を食らってもピンピンしているほどに彼女が頑強なので、バイタルサインにも異常がなんら見られなかったのも、完勝したと思われる要因の1つだ。

 

「へっへーん、余裕でしたね!」

 

 一方のルカ。

 このおバカ、何事もなく圧勝だと思っているエイミーに褒められたことで、油断していい一撃を喰らっていたことも忘れて調子に乗りだす。

 

「ふっ……灰域種キラーとは、私の事です」

 

 そして、もうすでに自分が戦ったアラガミの分類も忘れる。

 ヌァザが討伐されたこともあり余裕があったエイミーは、その間違えを見逃さずしっかりとツッコミを入れた。

 

『テスカトリポカは灰域種ではありませんよ』

 

「…………!!」

 

 調子に乗ってポーズまで決めていたルカの顔は、途端にリンゴのように真っ赤になった。

 

 こうして、ヌァザとテスカトリポカの巨大な2つの脅威は、凄腕のAGEたちによって犠牲を出すことなく早期に撃破することに成功した。

 その間に混乱していたキャラバンの誘導も進み、順調にアルゴノウトへ収容されていく。

 

 ネヴァンの群れの方も、Bチームが上手く立ち回って対応している。

 ヌァザ討伐を終えたアルゴノウトのAGEと、ジークたちが増援に向かっているので討伐は時間の問題だ。

 

「うわあああん! 忘れてください……忘れて下さーい!!」

 

 問題があるとすれば、恥ずかしさから1人で悶えているクリサンセマムの鬼神だろうか。




次回はフィムたちBチームとネヴァン率いる群れの戦闘です。
現在ジーク、ルル、オリ主がその現場へ急行中。
視点は前半がオリ主を予定しています。


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ネヴァン迎撃戦

ギストに主観を置いたネヴァン迎撃戦になります。


 アフリカ大陸進出計画。

 利権、欲望、夢……様々な思惑が交錯し、グレイプニル主導のこの一大事業に参加するべく計画の発端となった欧州最南端のミナト“アルゴノウト”に集結した数多のキャラバン。

 しかし、アルゴノウトへの入港を前にして厄災のアラガミと呼ばれる灰域種アラガミ“ヌァザ”と接触禁忌種アラガミ“テスカトリポカ”を中心とするアラガミの群れが襲来。

 キャラバンはこの非常事態により混乱に陥った。

 

 この未曾有の事態に対し、アルゴノウトは彼らが“ハイエナ”と呼んでいる灰域種に対抗できるミナトの最強戦力のAGEを出撃させ、キャラバンへ近づく前にヌァザを迎撃することを決定。同時にミナトの保有するAGEたちを出撃させ、出入港管制局の指揮の下、各キャラバンをアルゴノウトへ避難させるべく誘導を開始した。

 キャラバンの方からは、灰域踏破船クリサンセマムから協力の申し入れがあり、彼らと協力関係にあるAGE部隊“ハウンド”が出撃してテスカトリポカの群れに対応。

 両者の迅速な対応により、キャラバンの避難は被害を受けることなく進み、ヌァザとテスカトリポカはそれぞれ対応したAGEによって早期の撃破に成功した。

 

 ヌァザの迎撃のために出撃したアルゴノウト所属のAGE、青い刀身パーツのバスターブレードタイプの神機を携える“ギスト・バラン”は、目標であるヌァザを撃破。

 キャラバンへの灰域種の襲撃を未然に防ぐことに成功した。

 

 ヌァザを形成するオラクル細胞群を神機にて喰らい尽くしたところ、まだテスカトリポカら東から襲来してきたアラガミの群れの情報を把握できていなかったギストの元に、アルゴノウトから通信が入る。

 

『おい、ハイエナ応答しろ!』

 

「此方、管理番号AN–02506」

 

 ハイエナ呼ばわりが自分を指していることを承知しているギストは、その管制からの通信に対して感情の窺い知れない無機質な声色で応答する。

 通信が繋がったことを確認したアルゴノウトのオペレーターは、灰域種を単独で圧倒し討伐して見せたギストに労いの言葉1つかけることなく次の命令を出した。

 

『東方面にもアラガミの群れが接近中だ、すぐさまその現場に向かえ! 当該区域ではキャラバンから迎撃に協力してくれたAGE部隊“ハウンド”が交戦中だ。急いで彼らを救援しアラガミを殲滅しろ! いいか、1人の犠牲者も出すな! 貴様の命に代えても、キャラバンとハウンドを守れ!』

 

「了解」

 

 まるで貴様などの安否など関係ないと言わんばかりの冷たい口調で怒鳴りつけられながら与えられた命令。

 それに対しても無機質な声で了解の応答をすると、ギストはすぐに神機を手に濃い灰域の広がる東の戦場へと駆け出した。

 

 ゴッドイーターは体内のオラクル細胞の影響により、人間とは思えない非常に高い身体能力を獲得している。

 しかし、ギストの全力疾走はそのゴッドイーターたちと比べてもなお圧倒的な速度があった。

 空気抵抗を受けて外套のフードが取れるが、ギストは気にせず兎に角ハウンドを救援するために疾走した。

 

 ギストの後方からは、ヌァザの迎撃に来たものの先に撃破されてしまったことに驚きつつもまだ戦闘中だったと思い直し仲間の元へ急ぐハウンド所属のAGE2名が追ってきている。

 しかしアクセルトリガーでも使っているのかと言わんばかりのギストの全力疾走にはついていけず、その距離はぐんぐん引き離されていた。

 

 ギストはその2人の存在には気づいていたが、彼らを脅かすアラガミは近くにいなかったことから救援対象の優先順位としては低いと判断し、放置して東の戦場へ急ぐ。

 

「…………」

 

 その2人のAGEのうちの1人、バイティングエッジの刀身を持つ赤い神機を携える右の眉のところに傷のある女性のAGEにギストは見覚えがあった。

 あれから8年──あの頃からお互い、月日が経過したこともあり外見の変化が少なくない様子である。

 きっと、彼女の方は今の自分を見ても気づかないだろうと。

 

 ──ルル・バラン。

 二度と会うことはないと思っていた相手。

 彼女と一瞬のすれ違いの再会を果たした時、ギストは一目で相手がルルだと気付くとともに、この異常な身体能力を獲得する発端となった日のことを思い出した。

 

「…………」

 

 だが、今は命令が最優先だったためそのことに意識は向けないようにし、ハウンドの救援へ急ぐ選択をする。

 ルルの方は、距離がある上に後ろ姿しか見られていないとはいえ、ギストを見ても何も反応がなかった。

 彼女の方が気づいていないなら、それで終わりだと。

 

 濃度の濃いアルゴノウト東部の灰域に侵入する。

 此方に対応したハウンドは、二手に分かれており、すでに片方は相対するアラガミを撃破したという情報がオペレーターからもたらされる。

 これにより、優先するべき救援対象は確定した。

 

『敵はネヴァン一体と複数の小型アラガミだ。ハウンドの方々については、撤退しアルゴノウトに入港するように此方から調整をしておく。決して傷つけさせるな、貴様の命に代えてもだ』

 

「……了解」

 

 アルゴノウトのオーナー、ユリウスからの命令を受け、ギストはハウンドBチームの交戦している戦闘区域へと足を踏み入れた。

 

 

 

 到着したギストの目にまず最初に目に飛び込んできたのは、鳥と騎士を融合したような外見を持つ赤紫色の体色と両手の先に備えられた剣のような突起が特徴の中型アラガミである“ネヴァン”。

 灰域の発生以降、各地で遭遇・目撃例が出るようになった、灰域の発生に伴い現れた比較的新種のアラガミである。

 両腕の突起を用いた遠距離からも一気に距離を詰める突進攻撃や、高熱を帯びた羽を銃弾のように飛ばしてくる遠距離攻撃を仕掛けてくる遠近両方に対応できるアラガミだが、一方で動きそのものは予備動作が大きく直線的であるため挙動に注目していれば決して対処が困難な相手ではない。

 

 そのネヴァンが、ハウンド所属と思われるショートブレードの刀身の神機を操る金髪の少女のAGEに対して、突進攻撃を繰り返し仕掛けているところであった。

 

 そのAGEはまだ実戦経験が乏しいのか、大ぶりの動作が大きいとはいえ瞬間的な機動は目を見張るものがあるネヴァンの繰り返される突進攻撃に、必死で回避を繰り返すが対応が追いつかなくなりつつある様子。

 他にもハウンドのメンバーはいるが、銃形態にて神機を展開している従来型のゴッドイーターの男性は灰域濃度に適応できていないのか膝をついており、腕輪もなくヘヴィムーンの刀身パーツの神機を操っている不思議な少女は小型アラガミに集られており援護に近づけず、ブーストハンマーの刀身パーツの神機を振り回している赤毛の少年のAGEは膝をつく男性ゴッドイーターを守りながら機動力を封じられた状態で複数体の小型アラガミに包囲攻撃を受けている。

 誰もが手一杯で、ショートブレードの少女の援護に入れない様子だった。

 

 この一帯の灰域の濃度は、非常に高い。

 いくらAGEであっても、全快で活動できる時間は限られる。

 ギストはある事情により極めて高い灰域への耐性を有するので支障はないが、この場で戦うハウンドのメンバーはヘヴィムーンの少女を除けばこの濃度の灰域で戦うのはさすがにきついらしい。

 

 ショートブレードの少女は、ネヴァンの動きをよく見て攻撃の軌道を見極めているが、高い濃度の灰域のせいで全快の動きができないようである。

 体の方が付いてこられなくなったのか、スタミナを切らし躓いてしまった。

 

 そこにネヴァンが突進を仕掛ける。

 

 命令はハウンドの救援。自らの命に代えても守れと命令を受けている。

 すかさずギストは持ち前の身体能力でショートブレードの少女とネヴァンの間に割り込み、装甲を展開する余裕もなかったので己の身体を盾にしてネヴァンの突進攻撃を受け止めた。

 

「えっ……?」

 

 被弾を覚悟していたショートブレードの少女ことリル・ペニーウォートは、ネヴァンの突進が来たのになんともないことに困惑し、そして次の瞬間には自分をかばってネヴァンの刃に身体を貫かれている見知らぬAGEが背を向け立っているという光景を目の当たりにした。

 

「なんで……?」

 

 そのAGEが誰なのか? あのタイミングでどこから現れたのか? 

 そんなことよりも前に、リルが口に出した疑問は“なぜ自分をかばったのか?”であった。

 

「救援対象及び目標確認」

 

 だが、その長身のAGEはリルの言葉に返答はせず。

 ネヴァンの刃に胴体を貫かれながら、まるで何事もないかのように通信機に救援対象であるハウンドの一隊と合流したことを報告し、巨大な青い刀身のバスターブレードの神機を振り上げる。

 

 ネヴァンの突進攻撃は回避されるたびに繰り返し追撃を仕掛けられるが、装甲などで受け止めることができればその場で止まってしまう欠点がある。

 その際には元来挙動が大きいアラガミであるため、大きな隙が生まれる。

 ギストはその隙を見逃さない。

 ハウンドを脅かす存在を排除するべく、己の怪我も厭わずリルに代わってネヴァンを迎撃する。

 

「……迎撃開始」

 

 振り上げたバスターブレードの刀身を、自分に剣を突き刺しているネヴァンの頭めがけて振り下ろした。




作中でマールがブーストハンマー、リルがショートブレードの刀身を使用しているのは、作者の独自設定です。

マールは性格も師匠に似てきたジークの一番弟子で、ブーストハンマーを使って豪快に戦いつつ、細かい狙いを決めるのが面倒なので撃ちながら標準を修正できるレイガンを銃身に、装甲はバランスの優れたシールドを。
リルは観察眼に優れた才能を見せているという設定から、ショートブレードの細かい動きで立ち回り、的確に弱点を狙えるスナイパーで狙撃、相手の動きに敏感に対応できるため展開速度よりも防御力に比重を置くタワーシールドを。
……ということにしてみました。

以下2人の神機のパーツ構成(設定)です。

マール
刀身:アメミト戦鎚型 壱(ブーストハンマー)
銃身:アメミト照射型 壱(レイガン)
装甲:アメミト大盾型 壱(シールド)

リル
刀身:レシェフ短剣型 壱(ショートブレード)
銃身:レシェフ狙撃型 壱(スナイパー)
装甲:レシェフ壁盾型 壱(タワーシールド)


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謎のAGE

リルたちハウンドを中心に見たネヴァン迎撃戦です。

……ルカが駆けつければ万事解決だったんだけど、ハウンドが謎のAGEであるギストに注目するきっかけを作るためにも、Bチームが苦戦するこの展開が必要でした。
リルちゃんには申し訳ないことをしたと思っています。


 戦う前に目標が撃破されたAチームと、問題点もあったが順当に接触禁忌種の速攻撃破を達成できたCチーム。

 その一方で、ネヴァンを中心とするアラガミの群の迎撃を担当することになったBチームは劣勢に陥っていた。

 

 常時であれば、決して苦戦するほどのアラガミではない。

 だが一帯の灰域濃度が高い戦場に、突然の襲来だったこともあり十全な偏食因子の調整などができずに出撃することになったため、高濃度の灰域の影響を受けてしまった。

 

「ぐっ……流石にキツイか……!」

 

『リカルドさん!? バイタル異常値、誰か救援を!』

 

「おっさん!」

「リカルドさん!」

「リカルド!」

 

 最初に高濃度の灰域の影響が現れたのは、従来型ゴッドイーターであるリカルドだった。

 元々引退してもおかしくない年齢で今も神機を握り現役のゴッドイーターを続けているリカルドは、肉体に徐々にガタがきていることもあって、AGEたちに比べ灰域の影響を受けやすい。

 そのことは本人も承知していたから、リスクの高い近接戦闘を避け銃身パーツによるレイガンを用いた遠距離攻撃に徹していた。

 

 だが、それでも偏食因子の調整も満足にできなかった中での出撃。

 ついに灰域の影響を受け、膝をついてしまった。

 

 弱った獲物を見逃してくれるほど、アラガミは甘くない。

 その不調を敏感に察知した二足歩行の小型アラガミ“オウガテイル”が複数体、リカルドを攻撃するべく向かっていった。

 

「どいて! うぅ……!」

 

 フィムが援護に向かおうとしたが、それを他の小型アラガミが許さない。

 死亡時に体内のオラクルエネルギーを暴発させる撃破しても危険性のある小型アラガミ“マインスパイダー”や、甲虫を思わせる二本足と緑の体表が特徴の小型アラガミ“ドレッドパイク”に取り囲まれ、もともと前衛で突出した位置にて戦っていたこともあり分断させられてしまった。

 

「マール、行って!」

 

「わかった! リルも無理するなよ!」

 

 フィムが動かないとなると、自分たちがやるしかない。

 群れの中心となっている中型アラガミ“ネヴァン”と連携して交戦していたハウンドの新人AGEたちが動く。

 ショートブレードの刀身パーツの神機を扱う金髪の少女“リル”がすぐに状況判断を下し、スタングレネードを投げつけてネヴァンに隙を作り、隣で戦っている赤毛の少年“マール”にリカルドの救援へ向かうよう指示を出した。

 

「今行くぞおっさん!」

 

 そしてマールはブーストハンマーの神機が持つ機能である“ブースト”を起動。

 全刀身パーツの中でも随一と言われる機動力を駆使し、一気にリカルドの元へ駆けつける。

 

「やらせるかこの野郎ォォオオオ!」

 

 そしてリカルドに噛みつこうとしていたオウガテイルめがけ、背中から神機を叩きつけた。

 

 間一髪のところでオウガテイルを撃破し、リカルドの窮地を救うことに成功したマール。

 しかし後続のマインスパイダーやオウガテイルが襲来。たちまち包囲され、ハウンドBチームはすっかり分断されてしまった。

 

「すまない、マール……!」

 

「ハァハァ……いいって、気にすんなよおっさん!」

 

 マールは強がって言うが、正直なところ彼もリカルドのことを責められる状態ではなかった。

 本来は潜行灰域濃度レベルが4以上を推奨される高い濃度の灰域。しかも、十分な準備がない中での出撃である。

 限界灰域にも赴いたことのあるハウンドの面々だが、それでも体への負荷は相当に大きい。

 マールの方はブーストハンマーを駆使した近接戦でネヴァンと戦っていたこともあって、スタミナの回復が上手くいかずまだ戦えることには戦えるが体が重く感じるなどの異変が現れつつあった。

 

「うっ……!」

 

 そしてそれはリルの方にも。

 単独でネヴァンと交戦しなければならなくなったことで、彼女に対してのみ攻撃が集中するように。

 そのため回避や防御を取り息つく暇がなくなり、急速に疲労が蓄積。高濃度の灰域の影響による不調が早い段階で現れ、スタミナが切れやすくなり動きが重くなってきた。

 

「だめー!」

 

 この濃度の灰域でも唯一全快で動けるフィムも、多数の小型アラガミに囲まれておりリルから離れ分断されてしまっている。

 自分の身を守りながら戦う分には大丈夫だが、援護に駆けつけるにはまだ時間を必要とした。

 

 そんな中、ネヴァンの繰り返される突進攻撃を前にして、リルが躓いてしまう。

 

「あっ……!」

 

 すぐにスタングレネードを使おうとしたが、手持ちを切らしてしまっていた。

 格好の標的となったリルめがけて、ネヴァンが剣先を一直線に走らせる。

 タワーシールドの展開も間に合わない。

 

「リルッ!」

「リル……!」

「リル! やめて!」

 

(避けられない……!)

 

 被弾を覚悟したリル。

 リカルドもマールもフィムも援護に駆けつけることができない。

 

 ──しかし、そのネヴァンの突進攻撃はリルに届かなかった。

 

「えっ……?」

 

 見上げると、そこに立っていたのは青い刀身が特徴のバスターブレードタイプの神機を携え、リルを庇うようにネヴァンに立ち塞がりその剣のような爪を自らの身体で受け止めている見知らぬAGE。

 おかげでリルはネヴァンの突進攻撃を受けずに済んだ。

 

 だが、リルは助かった一方で彼女を守ったAGEはその代償を受けている。

 ネヴァンの剣は明らかにそのAGEの心臓、胸部の中心を貫いていた。

 

 だというのに。

 そのAGEはまるで怪我などしていないかのように平然としており、決してこれ以上その剣を進ませないとネヴァンが押し込もうとしても一歩たりとも踏み込ませない。

 

「救護対象及び目標確認」

 

 先輩やマールらに助けられたことはある。代わりにマールやショウを助けたこともあったし、任務先で見ず知らずのAGEを助けることも何度かあった。

 だが、何の縁もゆかりもない赤の他人であるAGEに助けられた経験はリルにはなかったし、今まで身を挺して助けられたことはあっても自身の体そのものを盾にするという形で守られたことはなかった。

 

「なんで……?」

 

 だから、リルの頭には“なんで、そこまでして私を助けたの?”という疑問が浮かんだ。

 

 しかし、謎のAGEは答えない。

 ダスティミラーのオーナーであるアインに匹敵するだろう長身に比べなお巨大な神機を持ちあげると、見るからに重傷であるにもかかわらずまるで何事もないかのようにバスターブレードを振り下ろす。

 

「……迎撃開始」

 

 それは一撃でネヴァンの頭部を破壊、結合崩壊を発生させる強烈な攻撃であった。

 

 悲鳴をあげるネヴァン。

 謎のAGEは構うことなく神機を捕喰形態へ移行させると、ネヴァンの空いている方の腕を喰い千切らせた。

 

 ネヴァンの羽が舞い散り、コアから離れたことでただのオラクルの残骸に変わって消えていく。

 血色のネヴァンの羽が舞い散る光景は、甲高い悲鳴も相成り猟奇的に感じる光景であった。

 

『リルさん! 御無事ですか!?』

 

 そこに焦った声色のエイミーの通信が入る。

 そこに来てようやく、リルは窮地に陥ってから謎のAGEに守ってもらったことで気が動転し呆然となっていたことに気づく。

 それが戦場ではいかに危険であるか。師であるジークやルルに散々叩き込まれてきたというのに、立ち止まっていた己の失態を恥じる。

 

「──はい、大丈夫です!」

 

 気になることは多々あるが、今は戦闘中。

 気を取り直してエイミーの通信に返答し、神機を握って立ち上がる。

 

「あれ……?」

 

 すると、先程と比べ体が軽くなった。

 息も整っている。

 

「灰域が、薄くなっている……?」

 

 体調が回復した理由。

 冷静で観察眼の優れているリルは、すぐにその正体に気づく。

 いつの間にか、一帯の灰域濃度が薄くなっているのだ。

 

「…………」

 

 謎のAGEが一瞬リルの方を向く。

 そして彼女が立ち上がり回復した様子を確認すると、バスターブレードを自分の体に突き刺さっているネヴァンの腕の突起に叩きつけて破壊し、横殴りに神機を振り回してネヴァンの巨体を力ずくで吹き飛ばした。

 

 ネヴァンの剣は体に突き刺さったままだ。

 どこか滑稽にも見える姿だが、笑い事ではない。明らかに重傷だ。

 

「…………」

 

 だが謎のAGEは負傷などないかのように平然と神機を銃形態に移行し、マールを取り囲むアラガミたちに向けレーザーを照射する。

 的確に遠距離攻撃を仕掛けるマインスパイダーのみを狙い撃ちにしているので、撃破後の自爆もマールたちを襲うことはない。

 

「いい加減にしてもらおうか……!」

 

 さらに灰域濃度の低下にともない復活したリカルドがマールとともに反撃。

 見事に小型アラガミを殲滅した。

 

「おっさん、大丈夫か!?」

『リカルドさん、大丈夫なんですか!?』

 

「ああ、もう大丈夫だ。なんだか急に楽になってきてな……」

 

「…………」

 

 リカルドたちの無事を確保した謎のAGEは、休むことなく銃形態の神機を再度近接形態へ移行。

 一瞬だけフィムの方を見て彼女が自力で小型アラガミの包囲を破ったことを確認すると、怪我などしていないかのように躊躇いなくネヴァンの追撃へと向かっていった。

 

「あっ……!」

 

 助けてくれた相手に、まだお礼を言えていない。

 思わず伸ばしたリルの手は、とんでもない速さでかけて行った謎のAGEに触れることなく空を切った。

 

「リルッ!」

「リル!」

「リルぅ!」

 

 そして謎のAGEが追撃のためにリルの側を離れた後。

 それぞれ相対する小型アラガミを殲滅したフィム、マール、リカルドが駆けつけた。

 

「大丈夫かよお前!?」

 

「う、うん。私はなんとも……」

 

 あの謎のAGEは幻だったのではないか? 

 そんな感覚がするほどに、あっという間の出来事であった。

 心配するマールの声に、リルは謎のAGEの去って行った方向を見ながら、半分上の空で返事をするのだった。




灰域種を単独で討伐可能、しかも無名。
人間離れした異常に高い身体能力。
胸部をネヴァンの剣に貫かれても平然と戦闘可能。
周囲の灰域濃度が低下する。

これだけ不可解な要素があれば、アフリカ大陸の遠征計画を前にしても流石に興味を持つはずかなと。


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散羽血鴉

キャラバン防衛戦も大詰めです。
前半はギスト、後半はハウンドにアングルを当てます。


 ショートブレードの少女を救援し、ネヴァンを一時撃退したギスト。

 結合崩壊などを受けたネヴァンは後退。後ほど追撃を必要とするが、今はハウンドの他のメンバーの救援を優先すると判断。

 救援する際にネヴァンから攻撃を受けたが、脳さえ無事ならばギストにとってあらゆる負傷に意味はなく、戦闘にも支障はないため問題はないと戦闘を続行する。

 

 その後、他のAGEとは違う“ハイエナ”や“化物”と蔑まれる所以となった自身の性質を利用し周囲の灰域濃度を低下させた。これにより一帯の灰域濃度レベルは一時的に3レベルにまで低下したことで、高濃度の灰域に苦戦している面々は楽になるはず。

 

 次に小型アラガミに攻撃されているブーストハンマーの少年とレイガンの男性を救援するため、神機を銃形態に移行しレイガンで攻撃。撃破後に自爆する危険があるマインスパイダーのうち、自爆してもハウンドには被害を及ぼさない距離にいる遠距離攻撃を仕掛けている個体を優先的に攻撃し撃破する。

 これにより鬱陶しい支援攻撃がなくなったこと、灰域濃度の低下に伴いレイガンの男性が復活してきたことでブーストハンマーの少年は反撃に転じた。

 危なげなくオウガテイルらを撃破する。

 

 ブーストハンマーの少年とレイガンの男性はもう大丈夫そうである。相対するオウガテイルの殲滅も時間の問題だ。

 残るは腕輪もなく神機を操る不思議な少女。

 戦闘技術が優れている上に灰域に対する耐性が高いのか、小型アラガミに包囲されながらも全快で動き単独で交戦している。

 ショートブレードの少女とレイガンの男性の窮地に焦っていたことで苦戦していたのか、2人の救援ができたことで余裕が生まれたらしく小型アラガミを押しており次々に撃破している。

 その様子を確認したギストは、彼女は問題ないと判断。

 ハウンドの安全は粗方確保できたので、キャラバンの方に向かう危険性もあるネヴァンの追撃戦へ移った。

 

 その際、ネヴァンの追撃に走り出すときにショートブレードの少女が手を伸ばしてきたが、それを躱す。

 この身体の特異性を知らないのだろう。ゴッドイーターは決して触れてはいけない、化物の身体であることを。

 救援したハウンドのメンバーを自ら傷つけることがあっては、アルゴノウトの威信に関わる大問題となる。

 当然ギストは処分となるし、化物になった自らを大金を支払って人として扱わなくても人のために戦える場所を与えてくれたアルゴノウトの面目を潰すことになる。

 ギストとしては自分が死ぬのは構わないが、アルゴノウトへ受けた恩に対して仇を返すようなことはできなかった。

 

 ハウンドとクリサンセマムは、アフリカ大陸進出計画に参加しているキャラバンの1つだ。

 今回の計画の要とも言える、広大な大陸の超長距離航行を可能とする技術“対抗適応型装甲”の開発を成し遂げた組織でもある。

 彼らはアルゴノウトが欧州の南の防壁から、欧州とアフリカ大陸の経済圏を結ぶ要衝となる、今後のアルゴノウトの発展の次第を握る存在だ。その上グレイプニルの中枢や、ダスティミラー、バランなどの大勢力のミナトともパイプがあると聞く。

 それほど重要な存在に、ユリウスが化物である自分の接触を許可するとは、ギストは思えなかった。

 

 だから、ここで別れれば終わりだ。

 もし面会が許されるとしたら。もし彼女が自分を覚えているとしたら。

 ギストはルルには1つだけ伝えたいことがあったが、それも叶わないこと。

 そもそもあの“ゴウ・バラン”の下にいたルルが、途中で廃棄同然となった自分のことを覚えているはずがないだろう。

 

「…………」

 

 余計なことを考えるのは止め、ギストはネヴァン追撃のために胸に刺さったままのネヴァンの刃を引き抜いて神機に捕喰させてから、戦場を疾風のように駆け抜けそして、その血色の羽を持つ鴉騎士の背中を視野にとらえた。

 

「目標補足」

 

 ギストの気配を察したのか、振り返るネヴァン。

 それが自分の両腕を破壊したAGEだと分かると、再度背中を見せて走る。

 もはやギストを餌ではなく、自分を狩る天敵として認識しているようである。

 

 そのネヴァンの無様にさらされる背中へ、ギストは青い刀身のバスターブレードを叩きつける。

 その際に見えたネヴァンの刃が突き刺さっていた胸の風穴だが、いつの間にか塞がっており血の一滴も流れていない。

 

 重い刀身のバスターブレードを最大限活用した、上からの叩きつけ攻撃。

 その一撃はネヴァンの頭部のオラクル細胞の結合を破壊し、首元までバスターブレードの刃が食い込んだ。

 

 ネヴァンを死に至らしめる攻撃。

 血鴉は羽を散らしながらその場に崩れ落ち、絶命する。

 

「……討伐完了」

 

 骸となった中型アラガミを構成するオラクル細胞をことごとく神機にて捕喰するギスト。

 すでにハウンドの方で最後の小型アラガミも殲滅し終えており、彼らはクリサンセマムへと帰還をしている。

 周囲にアラガミの影はない。

 

「……状況終了」

 

『周囲を偵察してから帰還しろ。二度とキャラバンへの襲来をさせないためにもな』

 

「……了解」

 

 オペレーターからの新たな命令に了解の返答をし、周囲の偵察に着くギスト。

 アルゴノウトから彼にもたらされる通信には、その身をネヴァンに貫かれたことに対する身命を気遣う言葉や、ハウンドを含めたキャラバンの無事を守り抜いたこと、灰域種を討伐した偉業などをねぎらうものは1つもない。

 まるでギストを道具としてみているような、冷たいものばかりであった。

 

 ──こうしてアルゴノウトを襲った灰域種アラガミ、接触禁忌種アラガミの襲来は、人的被害を出すことなく収束することに成功した。

 

 

 

 一方で、ギストがネヴァン追撃のために離れた事で取り残されたハウンドBチーム。

 突如乱入してきた謎のAGEによってリルは無事。フィムとマールもそれぞれ相対する小型アラガミを殲滅し、危険な場面はあったがなんとか無事に切り抜けることができた。

 

『サポートが至らず申し訳ありません……』

 

 アラガミの脅威が去り一息つくことがてきた彼らの通信機に、クリサンセマムのオペレーターのエイミーから謝罪の通信が入る。

 先ほどのリルがネヴァンに危うくやられそうになった場面のことを指しているのだろう。

 だが、その責任がエイミーにあるかと問われれば、Bチームの面々は揃って首を横に振る。

 

「いや、エイミーのせいじゃないさ。元はと言えば、俺がこの灰域にやられてなきゃリルが1人でネヴァンと戦うなんてことにはならなかったしな」

 

 真っ先にフォローを入れたのは、やはり年長者のリカルドである。

 実際、彼は濃い灰域での戦闘になることを承知の上で東の戦場に向かい、影響を受けにくくするために銃形態で安全に立ち回っていたにもかかわらず膝をついてしまった。

 とはいえ、アラガミの分断を指揮し新人2人の援護に徹したリカルドがいなければ危なかった場面もあった。今回のような急な出撃、従来型のゴッドイーターでも灰域に耐性を獲得できる偏食因子の調整が急ごしらえで間に合わなかったので、誰が悪いかと責めることはできない。

 

「おっさんは悪くねえよ! 俺が、もっと早くネヴァンを倒せれば……」

「リカルドさんは悪くない。私が、ちゃんとネヴァンと戦えていれば……」

 

 2人の新人も責任を感じており、リカルドをかばう。

 万全の状態ならば、2人で力を合わせればネヴァンの討伐は十分に可能だった。

 リカルドとフィムでうまく小型を分断してくれたことでネヴァンに集中できていたのに、早期に撃破できなかったのが悪いのだと自分達に非があると主張する。

 

「それを言うなら、フィムも……」

 

 心優しいフィムは彼らを見ていられず、自分にも責任があるという。

 小型アラガミの分断を買って出て、リカルドを気遣いそのほとんどを引き受けて単独で戦闘し分断してくれていたフィムは特に今回問題はなかったので責められるいわれはないが、この辺は彼女の無垢な優しさだろう。

 

『大丈夫よ、あなた達は誰も悪くない。キャラバン防衛のためとはいえ、私が無茶な出撃を承認したのがそもそもの間違えだったのよ』

 

 最後はクリサンセマムのオーナーであるイルダ・エンリケスが責任は自分にあるとして締めくくった。

 

「オーナー……」

「……ごめんなさい」

「イルダ……ごめん……」

 

『そんなに落ち込まないで、あなた達はよくやってくれたわ。彼……アルゴノウトのAGEには感謝しなければね』

 

 イルダの気遣いに落ち込む子供達。

 彼女達を励ましてから、イルダはネヴァンの攻撃からリルを守ってくれた恩人と言えるアルゴノウトより出撃してきたと思われる謎のAGEに向く。

 

 ネヴァンの攻撃から文字通り己の肉体を盾にしてリルを守り、明らかに重傷を負ったにもかかわらず平然とそのネヴァンを撃退した上、銃形態に移行した神機で的確にマールを追い詰めるアラガミから彼の安全も考慮した援護を行って、今は追撃したネヴァンを倒してしまった。

 状況判断が優れているとともに、AGEにしても異常なほど高い身体能力と、胴体に風穴を開けられても瞬く間に傷が治る回復力を持つ。

 特に傷に対する回復速度は常軌を逸している。

 

 それだけでも驚愕するが、それに対してはあまり驚かなかったのはこのAGEが見せたさらなる驚愕の事態があったから。

 エイミーとともに戦場を感応レーダー越しに見ていたイルダは、単独でこのAGEがヌァザを討伐する姿を目撃していた。

 あの灰域種アラガミを、である。

 イルダはもはや灰域種が討伐される光景を見慣れていたが、それでもハウンドという欧州最強のゴッドイーター達が成し得た討伐だからこそ見慣れてきた光景だ。

 今でも灰域種の討伐は並大抵の事ではない偉業である。

 ましてそれを単独で討伐するなど、ハウンドの鬼神2人以外にやってのける人物の情報など聞いたこともなかった。

 

 その上、不可解な現象が。

 アルゴノウトのAGEが到着して以降、戦闘区域の灰域濃度がその彼を起点に急速に低下したのだ。

 おかげでリカルド達が本調子を取り戻し、逆転できた。

 自然現象にしては明らかに不自然な現象だった。

 

 灰域種を討伐する実力者なのに、聞いたこともない存在。

 明らかに“あのAGE”は普通のAGEではない。

 

 アルゴノウトから緊急入港の許可が出ている。

 周囲にアラガミは残っていない。

 疑問は多数あるが、今はハウンドと無茶をさせてしまった右腕の収容を優先するべきだろう。

 

『ハウンドは帰還して。アルゴノウトへの入港準備を』

 

 その後、ジークとルルと合流したフィムたちは、イルダの指示によりハウンドの鬼神とともにクリサンセマムへ帰還。

 クリサンセマムは乗組員の間で様々な疑問が抱かれているモヤモヤした状態でアルゴノウトに入港。

 グレイプニル主導の一大事業、アフリカ大陸遠征計画がスタートした。




アンケートも実施しているので、興味のある方は投票をお願いします。


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アルゴノウト

※ゴッドイーター3のネタバレ要素があります!ご注意ください。


 欧州最南端に存在するミナト“アルゴノウト”。

 目立つ産業はなく、ミナトの規模に対して経済基盤が脆弱な中規模のミナトである。

 グレイプニル傘下のミナトの一つで、元々欧州の南から侵攻してくるアラガミからの防衛を担ってきたことから、アルゴノウト自体が産業面よりも軍事要塞としての機能を追求した形で発展してきたミナトであり、アローヘッドを始めとする他のミナトからの支援がなければ立ち行かない側面を抱えてきた。

 

 オーナーは“ユリウス・ディンギル”。

 かつてはグレイプニル元総督で初代議長であるエイブラハム・ガドリンの部下の1人であり、厄災以降のグレイプニルによる欧州の復興に尽力した人物で、その功績と能力から若くしてアルゴノウトのオーナーの立場を任せられてきた。

 職務に厳格で決してAGEに対する差別思想が強かったわけではなかったが、10年ほど前にAGEの自由と解放を主張していたテロ組織“朱の女王”の過激派による襲撃を受けた際に妻と娘を殺害されたことからAGEを激しく憎むようになる。

 それからのアルゴノウトは、当時グレイプニル傘下の数あるミナトの中でもかなりAGEに対する待遇が劣悪なものとなり、アラガミの襲来する頻度が立地上他のミナトよりはるかに多かったこともありグレイプニル勢力の中でもAGEの戦死数が最大のミナトとなった。

 

 しかし、エルヴァスティの奇跡をきっかけとしてユリウスの中に何か変化が起きたらしく、それまでのAGEに対する憎悪が静まりAGEたちに対する待遇も大幅に改善。

 以後アルゴノウトは欧州最南端の防護壁としての役目を果たしながらもこの6年間アラガミに対する犠牲者を1人も出していない、安全を確立されたミナトとして徐々に発展する。

 それまでのAGEたちに対する冷遇を償うかのようにユリウスはAGEの人権確立と擁護の活動に動くようになり、アルゴノウトはグレイプニル傘下に置いてもっとも多くのAGEを殺してきたミナトから一転、欧州の数あるミナトの中でもAGEの待遇が良好なミナトとして知られるようになる。

 ユリウスもAGEの擁護と人権の確立を進めるべく灰域航行法の改善を進める組織“灰域航行法改正検討委員会”の代表メンバーのひとりとして活躍していた。

 

 灰域航行法改正検討委員会のメンバーとして、イルダやクレアともユリウスは面識がある。

 妻を殺された悲しみにより豹変していた時期はあったが、ユリウスはフェンリルにいた頃から守るべき人々のために心を砕く人格者であった。今でもその心根は変わっておらず、アルゴノウトと欧州の人類の安寧のために精力的に活動している。

 むしろエルヴァスティの奇跡後に復讐の亡霊から解放され本来の性格を取り戻したように見え、父の友人で復讐にとらわれる前の自分に厳しく他者を思いやる強くも優しい心を持っていた時期に対面したこともあったクレアは、灰域航行法改正検討委員会で再会を果たした時には感動を覚えたものである。

 ユリウスはハウンドの代表として顔を合わせたユウゴにもAGEではなく1人の“人間”として接していた。

 過去はどうあれ、イルダも今のユリウスには人間として信頼がおける人物という印象を抱いている。

 

 そのユリウスが統括するミナト“アルゴノウト”。

 以前訪れた時には、人間とゴッドイーターとAGEが“人”として各々協力し合っている理想的な姿をしたミナトであった。

 入港してもその光景は変わっていない。

 

「…………」

 

 だが、先ほどの灰域種の襲来を受けた時にアルゴノウトから出撃してきた謎のAGE。

 あの異質なAGEの存在を知ってから、イルダの目には信頼できる人物の経営する裕福ではなくとも美しかったミナトの景色は、表だけを美しく見せようと白いペンキで塗りその下に深く不気味な影を根付かせた様な不穏な気配の漂う景色に移り変わってしまった。

 

(全く、誰彼構わず疑うようになるなんて我ながら醜くなったものね……)

 

 権謀術数渦巻く主要港安全保障理事会の空気に慣れてきたせいか、信頼できる人物の経営するミナトにすら不信感をすぐに抱いてしまうようになった己の変化に、イルダは内心で自己嫌悪の溜息を零した。

 

(大丈夫、ディンギル氏は信頼できる人だわ。少し調べて潔白を証明できればそれでいいのよ……)

 

 今までアルゴノウトに灰域種アラガミを単独で討伐できるAGEがいるなどという話は一度も聞いたことがなかった。

 しかし、ユリウスは自分の手柄をことさら喧伝するような人物ではなく、どちらかというと謙虚な面が多い。

 それにクリサンセマムがアルゴノウトの援軍などに赴いたことはなく、今までアルゴノウト所属のAGEについては必要性が少なかったこと、AGEにもプライバシーはあるという共通の観念から、わざわざその内情を探ることはなく、またお互い踏み込んだ会話をしたこともなかった。

 単に知らなかっただけ、ということのはず。

 そう自分に言い聞かせ、イルダは最も信頼している右腕のリカルドに1つの仕事を依頼する。

 

「リカルド、少しいいかしら?」

 

「あのAGEのことですね。わかりました、調べてみましょう」

 

「……ごめんなさい。帰還したばかりだというのに」

 

「気にしないでくださいよ。いつものことですし、俺もあのAGEは気になりますからね」

 

 リカルドは長年の付き合いからイルダの気にしていることをすぐに察する。

 ゴッドイーターとしての活動限界も迫っており灰域内の活動可能時間も短くなりつつある、年齢が現れてきた体に鞭を打って立ち上がり、アルゴノウトの謎のAGEについて調べ始めた。

 

 何事もない、普通の──というのは無理があるか。

 不審な点はない、ただ辺境という立地故にその実力が知れ渡っていないだけと凄腕のAGEというだけであってほしい。

 個人の心情としては信頼できる人物を疑いたくないと思いながらも、フェンリル本部奪還作戦中に起きた“バランとのあの一件”もあるためハウンドとクリサンセマムのクルーの安全のためにイルダはその思いを押し込めて、アルゴノウトのAGEに関する調査をする。

 

 今回のアフリカ遠征計画。

 ハウンドが夢に進む一歩として成功させたがっている、そしてこの世界で貴重な信頼をおける人物であるとともにお互い個人的にも友人と認め合った相手であるユリウスがミナトのため夢を託しているこの計画を実現させるためにも、アルゴノウトとの信頼関係にヒビを入れたくはない。

 

「……マジかよ。やっぱり悪い予感っていうのは当たるもんだ」

 

 だが、そんなイルダとリカルドの願いをあざ笑うかのように。

 先ほどの戦闘中に感応レーダーで確認した謎のAGEの管理番号“AN–02506”で検索したところ出てきたのは、機密情報だと閲覧規制がかけられたバリバリに怪しいAGEのプロフィールであった。

 

 本名は“ギスト・バラン”。

 旧管理番号とその経歴、そして名乗っている姓からやはりというべきか、黒い噂の絶えないあの大規模ミナト“バラン”出身のAGEであった。

 しかもバランのデータから照合すると、こちらの経歴も怪しい雰囲気が漂う閲覧規制が多数ある内容となっている。

 

 わかっているのは名前と年齢、バラン出身で7年前にアルゴノウトが大金をはたいて購入したということくらい。

 その金額も莫大なもので、AGE1人に掛けるような価格ではなかった。

 具体的に言うと、かつてハウンドのメンバーが所属していたペニーウォートから彼らを買い取るためにクリサンセマムが出資した“ハウンド全員の購入額”とこのギストの購入価格がほぼ同額である。

 

「……オーナーになんて言おうかな」

 

 出てきたのは、怪しさ満点すぎる経歴を持つ謎のAGE。

 何事も怪しいところがないことを祈って調べたところ、怪しさ満点の項目が出てきた。

 イルダにこのことをどういう風に知らせればいいのか。信頼しているユリウスのアルゴノウトには、怪しさ満点のバラン出身のAGEがいるなどという事実。

 リカルドはこのことを聞いた彼女の抱えることになるだろう苦悩を想像して、厄介なことに手を伸ばしてしまったなと頭を抱えたくなるのだった。

 

 

 

 一方、クリサンセマムへ帰還を果たしたハウンドの面々は、アフリカ大陸遠征という一大事業を前にしながらも先ほどの戦闘の話題で持ちきりであった。

 灰域種を単独で屠った謎のAGEは一体何者なんだ!? という話題か。

 最初はそうだったが、すでに話題はずれていた。

 

「お前、テスカトリンパを灰域種って……ぶははは! まじかよこいつ、やっぱバカだわ!」

 

「わー! 忘れてください忘れてください!」

 

「テスカトリンパじゃなくて“テスカトリポカ”。ジークも人のこと言えないでしょ」

 

「なぁ!? い、いや、わざとだし! テスカトポリス(また間違えている)だろ、ちゃんとわかってるわ!」

 

「ジークがバカじゃないですか! やーいやーい!」

 

「てめーよりはマシだコラァ!」

 

「……師匠はこういうのを“目くそ鼻くそを笑う”と言っていたな」

 

 ルカがテスカトリポカを撃破した際に灰域種と間違えたことがバレ、それをジークが笑いいじったがジークもジークで間違えておりそれをクレアに指摘され、それをルカが煽ってと、おバカ同士の小学生のような喧嘩が勃発していた。

 それを隣で聞いていたルルは、バランに所属していた頃に戦い方を叩き込んでくれた師匠が似たような状況を称した極東の諺のことを思い出す。

 

 そんなおバカの喧嘩を繰り広げる先輩のいつのも光景を見て、ハウンド所属で神機の適合が成功し最近初めてAGEとしてデビューを果たした新人の2人、マールとリルは複雑な表情を浮かべていた。

 

「師匠……もうアルゴノウトに入港してるんすよ。恥ずかしいからやめてほしいんすけど」

 

「戦闘では頼りになるんだけど、ルカ先輩とジーク先輩っていつまでも子供なところが抜けないよね」

 

 2人の新人は、おバカな先輩2人よりすでに人としては大人であった。

 

「ジークなんて今回何もしてないじゃないですか! このニート!」

 

「お前なんかアラガミが出てこなきゃ他に何もできない穀潰しだろうが! 俺様はトレジャーハンターというロマンあふれる立派な職を手に持っているんだよ!」

 

「ジークの小遣い稼ぎなんて私の灰嵐種討伐に比べれば大したことないじゃないですか! 10回に1回くらいしか当たりを引けないですし!」

 

「う、うるせえ! 失敗もあるからロマンあふれるものだろうがよ!」

 

「……全く、いつまでも子供なんだから」

 

「それが2人の色だ。いいじゃないか」

 

 そして、先輩2人は年上の威厳が失せる子供の喧嘩を続けている。

 その様子を見ていたハウンドの先輩女性陣2人(おバカは除く)は、クレアの方は呆れて溜息をこぼし、ルルの方はこれがハウンドだろうと微笑ましい様子で眺めるのだった。

 

「おーい。ルル、ちょっといいか?」

 

 リカルドがルルを訪ねて現れたのは、そんなおバカなやりとりが繰り広げられている時であった。




アルゴノウト(設定)
ギストの所属する欧州の最南端に位置する中規模のミナト。グレイプニル傘下のミナトの1つであり、産業面よりも欧州以南から侵攻してくるアラガミに対する防護壁としての機能を優先する要塞としての発展を遂げたため、アラガミからの防衛機能は高い一方、経済基盤が脆弱なため他のミナトからの支援などがなければミナトの維持が困難な面がある。オーディン計画などの際には欧州南部の防護壁としての機能を重要視され、AGEの徴用を免除された。かつてはAGEを使い捨ての道具にしていたが、エルヴァスティの奇跡を経てオーナーであるユリウスの意向によりその待遇は劇的に改善されており、今では欧州の各ミナトの中でも上位にくるAGE擁護派のミナトとして知られている。人口は約350人、現有戦力となるAGEはギストを含め14人、従来型のゴッドイーターは連絡要員としてアローヘッドから出向している人員を含め148人が所属している。


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その名を何処で

アフリカ大陸遠征計画に参加しているキャラバンのほとんどは、ハウンドとダスティミラーが開発した対抗適応型装甲を装備しています。
大陸の灰域を踏破し航路を開拓するので、この装備は必須ですね。


 リカルドがデータベースで照合した結果判明したのは、リルを救援してくれたアルゴノウト所属の謎のAGEは“ギスト・バラン”という名前で、かつてバランに所属しており7年前にアルゴノウトが購入したことで転属したということ以外に関しては、プロフィールの詳細に閲覧規制がかけられている怪しさ満点のAGEであるということだった。

 辺境故に無名の実力者であるならば、このような事はない。

 逆に言えばアルゴノウト、そしてこの謎のAGEがかつて所属していたバランがプロフィール情報に閲覧規制かけてまで隠したい何かを持っている存在だということになる。

 

 アフリカ大陸の遠征は、長期間にわたって灰域を移動し未開の航路を開拓していくことになる。

 それだけ様々なリスクがある計画であり、各ミナトの思惑も多数絡んでいる。

 人類の未来をかけた一大プロジェクトとはいえ、やはり大事業というだけありそういった黒い面というのも付きまとうことになる計画だ。

 それにこれから参加するにあたって、クリサンセマムのクルーとハウンドの安全のために懸念事項は1つでも減らしておきたい。

 アルゴノウトのオーナーであるユリウス・ディンギルは信頼できる人物ではあるが、イルダとリカルドは謎のAGE“ギスト”の正体を調べることにした。

 

 ひとまず、データベースにて閲覧規制がかけられていなかった項目からえられた箇所を頼りに情報を集めることに。

 幸い、ハウンドにはギストがアルゴノウトに転属する前の時期にもバランに所属していたAGEがいる。

 バランほどの大規模なミナトともなれば顔を一度も合わせなかった可能性はあるものの、同時に知り合いだったという可能性もあるので、リカルドはひとまずルルにギストの名に聞き覚えがないかを尋ねてみることにした。

 

 そして帰還したばかりのハウンドがいるロビーを訪れたのだが。

 彼らの通常運転というべきなのか、最初はリカルドの調べているギストに関して灰域種を単独で屠るその強さに強い関心を抱きその正体に関してあれこれと議論していたはずなのに、いつの間にかハウンドのおバカさんことジークとルカの2名による下らない喧嘩が始まっていた。

 

(後輩が白い目で見てる中でよくやるよな、こいつら……)

 

 ハウンドの新人で2人の後輩でもあるマールとリルが冷めた目で見つめている中でも、2人はやかましく外聞を恥じることなく子供のようなの喧嘩をしている。

 クレアはいつまでも落ち着きのない2人に呆れ、ルルは微笑ましいと優しい眼差しで眺めていた。

 

 普段ならば、これだけ多くのキャラバンが集っている舞台。

 クリサンセマムとハウンドの威信を保つためにも年長者として面倒だが仲裁をするところではあるが、今回は別に目的がある。

 

(ルルは……お前さんは止めてくれないのかよ)

 

 目的の人物であるルルはすぐに見つかった。

 この場に集っている面々では、一応は1番の年長者であるルル。

 ハウンドのリーダーであるユウゴがいない今、年長者として彼女に是非ともその役目を果たしてほしいところなのだが。しかしあの表情を見る限り喧嘩の仲裁をする気は無さそうである。

 

 ジークとルカはこの際放置することに。

 リカルドは自分の勤めを果たすために、おバカ2名のことは無視して入り口からルルに声をかけた。

 

「おーい。ルル、ちょっといいか?」

 

「……どうした?」

 

 リカルドに声をかけられたルルは、ハウンドの中でアラガミ関連の指名依頼が絶えないルカやお宝発掘のスペシャリストで有力者の顧客も多数持つジークではなく、自分に声がかけられたことに少し意外そうな表情を浮かべながらリカルドの方に来た。

 

 表情が乏しいが決して無感動な人間ではなく、むしろその内面は慈愛に溢れている。

 言葉数は少ないが聞き慣れたものには決して冷たく感じることはないその声で、リカルドに用件を尋ねる。

 

 ルルは今から6年前、ある任務に従事していたところ灰域にて遭難。

 その際に偶然救難信号を受け取ったクリサンセマムに保護され、成り行きから船に同乗することとなる。

 そして直後に、バランに一方的に切り捨てられ帰還先を失った。

 行くあてをなくした彼女はクリサンセマムの一員、そしてハウンドのメンバーとなり、フェンリル本部奪還作戦やオーディン計画からの逃亡劇、灰嵐種との戦いなど、この6年間を共に戦い続けてきたかけがえのない仲間となった。

 

 ヌァザを討伐した謎のAGE、ギスト・バランがアルゴノウトへ移籍したのは7年前。

 クリサンセマムに拾われるまではバランに所属していたルルは、ギストというAGEと面識がある可能性がある。

 バランは大規模なミナトなので会ったことはないかもしれないが、名前だけでも聞き憶えがあるかもしれない。

 そう思ったリカルドは、おバカ2人が騒いでいるハウンドの面子から呼び出して、ルルにその件を尋ねた。

 

「なあ、覚えていたらでいいんだが。バランにいた頃、“ギスト・バラン”というAGEの名前を聞いたことはないか?」

 

「ギスト……?」

 

 リカルドとしてはミナトの思惑が渦巻く世界の話題に当たる質問だし、ルルにとってバランにいた頃の記憶は辛いものが多いことを知っていたので、余計な心労をハウンドにはかけないようにその意図は伝えずに世間話のようなノリで尋ねた。

 なのでその名前に聞き覚えがあるか無いか、あったとしたら面識があるかないか、あったとしたらどんな人物でアルゴノウトに転属することになった理由などを知らないか。

 そういったことを聞ければよかったと思っていたのだが。

 

 ルルはギストの名前を聞いた時、最初は心当たりがないのか考え込むようにその名前をつぶやき。

 

「──ギスト、だって?」

 

 そして、次の瞬間何かを思い出すように、はっきりとリカルドの尋ねた人物の名前を口にした。

 

 忘れていた記憶が蘇ったのか。

 ルルの表情にはっきりとした変化が訪れる。

 

「な、なんで……リカルドが、その名前を……!?」

 

 だが、その変化は懐かしい記憶を思い出すものではない。

 まるで記憶の奥底に封じ込めていたよからぬ記憶を思い起こしたかのように、たいていのことでは動じないはずのルルの表情を真っ青にさせる、見るからに良くないだろう変化だった。

 

「……ど、どうした?」

 

 心配になったリカルドが声をかける。

 だが、ルルはギストの名を思い出してから明らかに尋常ではない様子で動揺しており、リカルドから距離を取ろうとあとずさって、しかし足元がおぼつかずその場に転んでしまった。

 

「ルル!?」

 

 明らかにルルの様子がおかしい。

 転んだ時に出た音と心配になったリカルドの声に、他のハウンドのメンバーもルルの方に目が向く。

 そしてただならぬ様子になっているルルの異変に気付き、慌てて駆け寄ってきた。

 

「ルル!? ど、どうしたんですか!?」

「おい大丈夫かよお前!?」

 

 やかましくも純粋に心配するルカとジーク。

 

「おっさん何したんだよ!」

「リカルドさん、まさか──」

 

 そしてリカルドを疑うマールとリル。

 

「いや、違うから!? 待ってくれ、おじさん潔白!」

 

 あらぬ疑いをかけられたことをすぐに否定するリカルド。

 

「ま、待ってくれ。何でもないんだ」

 

 ちょっとした騒ぎになってきたことで、慌ててルルが何でもないと否定した。

 だが、彼女の顔は明らかにおかしい。顔は青ざめており、何かに怯えているように震えている。

 それに足に力が入らないのか、立ち上がれないようだった。

 

「何でもないわけないでしょ」

 

「……すまない」

 

 強がるルルを諌め、クレアがルルが立ち上がるのに手を貸す。

 

 ルルの反応は、明らかにギスト・バランのことを知っている様子だった。

 だがこの反応。軽々しく踏みこめる内容ではなさそうである。

 

「……悪かったな、変なことを聞いて」

 

 ルルから聞くことは難しいかもしれない。

 そう判断したリカルドは、一度下がることにした。

 

「……いや、私の方こそすまない」

 

 クレアの手を借りながら椅子に座ったルルは、気を使わせてしまったことに謝罪する。

 リカルドがなぜその名を知ったのか、どうして自分に訊いてきたのか、それはわからない。

 だが、ギストの名はルルにとって心に呪いのように縛り付けられている名前だった。

 

「…………」

 

 誰にも知られたくない。

 コアエンゲージを結べるようになった仲間たちにも知られたくない過去。

 でも、自分は決して忘れてはいけない罪の記憶。

 

 ハウンドの仲間となり激動の日々を送っていたことで、辛いバランの数々の記憶とともに一時とはいえ忘れてしまっていた。

 その名をきっかけに全てを思い出したルル。

 それに対する自己嫌悪と、リカルドが名前を知っていたことに動揺し、ショックから目の前が一瞬真っ暗となりその場に崩れてしまったのだ。

 

「……本当に大丈夫?」

 

「……ああ、もう大丈夫だ。すまない、今は何も聞かないでほしい」

 

 精神的なショックからくる立ちくらみ。

 リカルドとの会話でよほど嫌な記憶を思い出したのか、ルルの精神状態はひどく不安定になっている。

 

 家族のような間柄になった仲間の様子にクレアは心配だったが、ルルは何でもないと言う。

 クレアもハウンドのメンバーには知られてしまったが、本人すら封印した辛い過去がある。隠しておきたい記憶というのは誰にでもあるだろうと、それ以上むやみに踏み込むことはしなかった。

 

「ギスト……」

 

 俯きながら、その名をつぶやくルル。

 その声はかつて同じミナトに属していた仲間の名前を口にする声ではなく。

 過去に怯え懺悔をするかのような震えた弱々しい声だった。




ストーリーから6年後のハウンドらの設定年齢を比較してしました。

ルル→25歳
ジーク→23歳
クレア→24歳
フィム→?歳
リカルド→33歳
エイミー→23歳

イルダさんはリカルドさんの1つとs(作者は退却しました)


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罪の記憶

 ──その後、ルルは心配するハウンドの面々にただ「今は1人にしてほしい」と告げ、アルゴノウトに碇泊しクリサンセマムを降りた主だったハウンドの仲間たちとは分かれ艦内に残留。しばらく1人となる。

 

 ハウンドの方は、ルルのことは心配だったがアフリカ大陸遠征計画のための会議へ出席するためにもアルゴノウトに降りる必要があり、イルダたちとともにクリサンセマムをあとにした。

 

 リカルドはルルにギストの名を尋ねたときの反応をイルダに報告。

 ルルの状況からおそらく何らかの繋がりがあったと推測したイルダは、しかしきっと何らかの深い事情があるのだろうと推察して、本人が語ってくれるまでは踏み込まない方針にした。

 

「……深刻に考えすぎているだけかもしれないのだけど」

 

「クルーの安全のために疑うのは必要なことですよ。ディンギル氏に直接聞いてみるか、もしくは答えてくれなさそうですがバランのキャラバンに接触するという手もあります」

 

 考えすぎかもしれない。

 謎のAGEの正体を知らずとも、アフリカ遠征は順調に進むかもしれない。

 

 それでもやはり不安が拭えなかったイルダ。

 この遠征に参加するにあたり、クルーの安全のためにもやはり不明瞭な事柄は明確にしておきたい。

 ルルから話を今すぐ聞くのが無理そうならばと、アルゴノウトのオーナーであるユリウス、そしてギストというAGEが過去所属していたバランに直接尋ねてみることにした。

 

 

 

 そしてハウンドのメンバー。

 こちらも1人にしてくれという要望からクリサンセマムに残してきたが、ルルのことが心配だった。

 

「ルルのやつ、どうしたんだ……?」

「心配よね……」

「倒れたりしませんかね……? うう、自分で言ったら余計に心配になってきました!」

 

「先輩、不吉なこと言わないで下さいよ!」

「ホントに倒れたらどうするんですか!」

 

「ご、ごごごめんなさい〜!」

 

 不吉なことを零すルカに、新人2名から鋭いツッコミが即座に入る。

 即座に謝罪するルカ。鬼神の威厳など見る影もない。

 

 普段は冷静なルルがあそこまで取り乱すことだ。

 ハウンドのメンバーはやはりルルのことが心配となる。

 

「──なあ、ルカ。お前、なんか心当たりあるんじゃねえのか?」

 

 ジークが珍しく真面目なトーンでルカに尋ねる。

 おそらく、コアエンゲージの検証試験を行ったときのことを尋ねているのだろう。

 

 ルカはコアエンゲージの検証試験の際、ルルの感応領域に入り彼女の過去を知った。

 感応領域にある被観察者の記憶は、辛いものや誰かに知られたくないという感情など、あらゆる面がさらけ出された空間だ。

 例え家族の一員であっても、知られたくないことはある。

 

「ダメです。私からは何も言いません」

 

 そのため、ルカは口を噤んだ。

 ……とはいえ、実際のところルカもルルの感応領域内では師である“ゴウ・バラン”やルルに戦闘以外の様々なことを教えてくれた姉弟子とのバランにおける辛い日々を垣間見たものの、ギストの件は何も見ていないため知らない。

 

「本人が喋ってくれるのを期待するしかねえか……」

「……そうだね」

 

 同じく被観察者だった経験のあるジークとクレアもその辺は理解があるため、感応領域における記憶がプライバシーの塊であることを承知している。

 ルカが黙秘するなら突っ込むことはできないと、追及はそこまで。

 理由があるなら本人が語るのを待つということにした。

 

「ルル……」

 

 ルルが残ったクリサンセマムを一度振り返るルカ。

 彼女の名前をつぶやく声は、気遣うとともにどこか漠然とした不安を感じている色がにじみ出ていた。

 

 

 

 そして、船に残ったルルは──

 ギストの名前をリカルドに尋ねられ、今まで忘れていた過去を思い出した。

 そして、一度落ち着いたところでなぜリカルドがギストの名前を知っていたのかが気になった。

 

(リカルドは何処でギストのことを知ったんだ……?)

 

 リカルドの態度から、本当に名前とバラン所属だったことくらいしか知らなかった様子である。

 なぜリカルドがギストの名前を尋ねてきたのかはわからない。

 クリサンセマムに拾われて以降、ルルは激動の日々を過ごしてきた。その中でバラン時代の過去を聞かれたことはあるが、ギストの名前を出したことは一度もなかった。

 

 リカルドがギストのことを知ったきっかけは何だったのか。

 そして、なぜリカルドはギストについて調べルルに尋ねてきたのか。

 

 データベースにアクセスできるターミナルは乗組員室にもある。

 ルルはそこに何かないかと思い、データベースから“ギスト・バラン”の名前とバラン時代の管理番号である“BN–04861”にて検索する。

 

 データベースに出てきたのは、現在アルゴノウトに所属しているという情報のみ。

 ほとんどのプロフィール情報に閲覧規制がかけられている。

 バランの旧情報でも、まるで後からそうされたかのようにかつてともに任務をする時のためにと確認したことがあったギストのプロフィール情報のほとんどに閲覧規制がかけられていた。

 

「……やはり」

 

 不審点ばかりのAGE。

 その閲覧規制ばかりの情報を見れば、大抵のものはそう勘ぐるような怪しさ満載のプロフィール。

 

 だが、ルルにはこれだけの閲覧規制をかけられる事になった“事情”に心当たりがあった。

 

「生きていたのか……」

 

 ホッとするような、しかしどこか不安を帯びたような声でつぶやきを漏らす。

 

 8年前のあの日、ルルは許されざる罪を犯した日のことを思い出す。

 最後に見た姿は、ギストが技術研究部の方に実験道具として連れて行かれた場面だった。

 戦えなくなったAGEを体良く廃棄処分にするために非道な人体実験が繰り返され、誰1人生還してきたものがいなかった冷たい建物へ移送された光景。

 

 もう、死んだと思っていた。

 生きて会うことは二度とないと思っていた。

 

 ……だが、ギストは生きていた。

 そして今、このアルゴノウトに現役のAGEとして所属しているという。

 

 それはつまり、バランが行った実験から生還したということ。

 彼が送られた先については、ルルの師匠であったゴウ・バランから数ある人体実験の中でも最も生存率が低いとされる“新型偏食因子”の研究部門になったと聞いた。

 道具のごとき扱いを受けようと人間としてAGEの多くが死ぬ中にあっても、その人の形で死ぬ事すら許されなかった最悪の部門。

 送り込まれた者全員が例外なくアラガミ化を起こし、それに耐えられず死ぬか失敗作だとアラガミとして処分されたという場所である。

 

 だが、ギストはそこで生き残った。

 そこから考えられるのは、バランが開発した安全性を全く考慮していないだろう新型偏食因子の適合に成功し生き残ったということ。

 

「…………」

 

 ギストが生きていたこと。

 それはルルにとって死んだと思っていたかつての仲間と再会できるかもしれない希望が生まれるとともに、あの罪を償える機会が得られたかもしれないと思えた反面、自分のことを絶対に恨んでいるだろう彼と会う、つまりかつての罪と向きあうことになる可能性が出てきた恐怖を同時に感じることだった。

 

 手が震えている。

 この8年間。ルルはギストが死んだと思い、そして決して忘れてはいけなかったその存在を記憶の彼方に置き去りにしてしまっていた。

 会わなければいけないと思う反面、今更どの面下げて会えばいいのかという不安が湧き上がる。

 

 管理番号は、あの時のAGEのものだった。

 この目で見た、灰域種を単独で屠ったアルゴノウト所属の謎のAGE。

 ルルは、すれ違いとはいえ一度ギストと会っていたのだ。

 

 リカルドがギストを調べたのはこれが理由だろう。

 灰域種を単独で屠る無名のAGE。気にするなという方が無理な案件だ。

 

 心の奥底に封じ込め、忘れてしまっていた罪の記憶。

 クリサンセマムの皆の安全のためにもリカルドに知っていることを話さなければならないという義務感と、自分の醜さを露呈させることになる過去を知られたくないという感情がぶつかる。

 

「私は……」

 

 打ち明けたくない。知られたくない。

 2度とあの罪を繰り返したくはなかった。ハウンドの仲間が同じ状況に陥ったとき、今の自分は必ず助けると言える。

 仲間たちに打ち明ければ、彼らのことだ。誰1人としてルルを責めることはないだろう。

 だが、あの過去を悔いているとともに恐れているルルにとって、それはとても辛いことだった。

 

「ギスト……」

 

 その名を呟き、立ち上がるルル。

 女性乗組員室を出た彼女は、重い足取りでクリサンセマムを降りる。

 

 ──彼に、会わなければいけない。

 そう思い、ルルはアルゴノウトの中を1人歩き始めた。




新型偏食因子なるものは作者の独自設定の産物です。
バランだったらこんなものの開発でもやってそうかな、という独自解釈。


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8年越しの再会

前半はギスト、後半はルルにアングルを当てています。


 周辺の灰域を偵察し安全を確保した後、ギストはアルゴノウトへ帰還した。

 すでにアフリカ大陸遠征計画に参加するために多数のキャラバンが碇泊している。

 この中にルルが所属している“クリサンセマム”という船もあるのだろう。

 多数の灰域踏破船を眺めていると、通信機からオペレーターの冷たい声が響いた。

 

『おいハイエナ、貴様がキャラバンに接触することは許されていない。さっさと己のいるべき場所に戻れ!』

 

「……了解」

 

 化物である己をキャラバンに接触させるわけにはいかない。

 アルゴノウトの判断は妥当であると、自分がキャラバンに接触していいはずがないと理解しているギストは、一切の反論をすることなくキャラバンに背を向ける。

 そして神機を収納したケースを手に、手錠のように“連結された”腕輪によって拘束された状態で、神機保管庫のある施設へ貸し与えられている神機を返却するべく向かった。

 

 AGEの両手首にある二対一組の大型の腕輪は、従来のゴッドイーターと同じく本来体内のオラクル細胞や神機の制御のために使われる、一度装着すれば生涯外すことのできなくなる機械である。

 従来型のゴッドイーターと違い、対抗適応因子を含む“P73–c偏食因子”と灰域に対する耐性を獲得するための喰灰による侵食を制御するために、AGEのはめる腕輪は従来型のゴッドイーターの装備よりも大型でなおかつこのように2つで一組となっている。

 

 そして、この腕輪には連結状態と呼ばれる一組の腕輪を連結させる機能がある。

 これは従来型のゴッドイーターに比べよりアラガミに近いオラクル細胞を持つAGEは危険であるため屋内においては安全を確保するためにという名目で使われた拘束具であった。

 実際のところは適切な事前の適性検査と、対象に見合った適正な偏食因子の管理を行えば、アラガミ化のリスクは従来型ゴッドイーターと大差ないなど、本来であれば警戒する必要のない危険性を警戒したものであったが。

 AGEの待遇改善が進んだ現在では、故意の虐待、身体的拘束を強要する人権侵害に当たる行為であるとされ、改正された灰域航行法にて犯罪者のAGEに対する刑事執行を目的とした拘束以外の理由で使用することが全面的に禁止された機能である。

 

 それが、AGEの人権保護を謳う団体の有力者が経営するミナトで、犯罪者ではないギストに対して使用されている。

 不可解な光景であり見つかれば問題視されかねないことだが、キャラバンからは離れた位置にいるため外部の人間で見たものはほとんどおらず、アルゴノウトの職員は同乗するどころかむしろそれが当然の措置であるかのような視線をギストに向けていた。

 

 そして、ギストもその待遇には何1つ反論することはない。

 おとなしく拘束された状態で神機保管庫に神機を返却すると、アルゴノウトを形成する町から離れた位置にポツンと佇む、寂れた入り口だけが見える、より深い地下に通じている建物へと入っていった。

 

 そこは、ギストにのみ与えられた居住空間。

 他のミナトの住人とゴッドイーター、そしてAGEたちからも隔絶された場所。

 入り口には立入禁止の標識がかけられており、中にはギスト以外誰もいない。

 

 階段を降りた先、ほとんど照明もない暗い空間を進んだ先にある一室。

 猛獣を閉じ込めておくかのような鉄格子とコンクリートの冷たい壁で覆われた部屋にたどり着いたギストは、腕輪の認証機能を使って重厚な扉のロックを開け、その中に入ってから自ら扉を閉める。

 オートロック機能が付いている扉は、閉まると同時にロックがかかった。

 

 誰もいない孤独な空間。

 その中にある牢獄のような一室でギストは床に座り込むと、外套のフードを深くかぶり、そしてベッドも何もない、あるのはミッションを受諾できるターミナルが一台だけある無機質な空間で、1人壁にもたれかかるようにして休みに入った。

 

 あとは次の出撃まで待機するだけ。

 いつもならばそうなるところだったが、その日は違った。

 

 誰かが、この建物に入ってきたのか。

 地上の扉を開く音、そして階段をゆっくりと下りる足音が聞こえる。

 

「…………」

 

 その音に反応し、顔を上げるギスト。

 アルゴノウトの人間の中にここを訪れるものは一人もいないはず。

 地上の扉をしっかりと閉めなかったとかで、一般人が知らないうちに迷い込んでしまったのだろうか。

 

 そう思ったギストだったが。

 顔を上げた際に見た、鉄格子の扉の前にいたその来客は、彼にとって予想外の人物だった。

 

「……ギスト、なのか?」

 

 赤い装束と、右目の上に走る傷。

 自分と同じ両手首に取り付けられた、しかし自分とは違う真っ当な人間であるAGEを示す腕輪。

 そして8年前とほとんど変わらない済んだ鈴のような音色の綺麗な声。

 

「……お久しぶりですね、ルル」

 

 一度は再会を果たしたが2度と会うことはないと思っていた人物。

 ──ルル・バランがいた。

 

 

 時間は少し遡る。

 クリサンセマムを降りたルルは、キャラバンを見つめている外套を身につけ青い刀身のバスターブレードの神機を持つ1人のAGEの姿を見つけた。

 

(ギスト……!?)

 

 それは、あの時ルルの目の前でヌァザを1人で討伐したアルゴノウト所属のAGE。

 フードが取れ、素顔が露わになっている。

 190cmはあるだろう長身、生気を感じさせない真っ白な肌と髪、見るものすべてに人間の瞳だとは思えないような神秘的な輝きを感じさせる金色の瞳。

 ……そして、最後に見た時はなかったはずのズボンとブーツで素肌が全て隠されている両脚。

 

 その姿は8年という月日がいかに長いかを物語るように、ルルの記憶にあるギストとは大きくかけ離れたものだった。

 だが、それでもルルはそのAGEに対し、直感だけだが彼女の知るギストだという強い確信を得た。

 データを見た上で、神機と外套という特徴からつなぎ合わせたものではない。

 明確な根拠などないが、とにかくルルは直感でそのAGEがギストだと感じたのだ。

 

 ギストは、刑事執行目的以外の使用が許可されていないAGEの腕輪の連結を施されている状態でキャラバンをしばらく眺めた後、何らかの通信を受けてその場を離れていく。

 

(ギスト……!)

 

 ルルは追わなければならないという衝動に駆られ、立ち去ったギストの後を追いかけた。

 

 ──その後、ギストは神機を返却し、ミナトの中心から離れていった。

 彼が腕輪で拘束されているにもかかわらず、すれ違うアルゴノウトの住人は目線をむけても誰1人としてそれを当然の光景として受け入れているかのように振舞っている。

 露骨に距離を取り、嫌悪感を隠そうともしない表情を見せ、中にはギストの姿を見ただけで逃げ出すものまでいた。

 

 AGEに対する差別が強いのかといえば、明らかに違う。

 同じAGEの証である二対一組の腕輪をしている、その上よそ者のルルには、誰1人としてギストに向けるような顔は見せない。

 すれ違えば会釈をし、笑顔で手を振る者もおり、子供達は「ゴッドイーターさんだ!」と無邪気に目を輝かせてはしゃぎ、ただならぬ様子の表情を浮かべているルルを心配して声をかけてくれる人までいる。

 AGEだからと言って差別しない、むしろよそ者であっても“人間として”好意的に接してくれる素晴らしいミナトだ。

 

 きっと、住めば理想的なミナトなのだろう。

 暖かく接してくれるアルゴノウトの住人たちに申し訳なさを感じながらも振り切り、ギストの後を追う。

 不自然なのは、ルルにはこれだけ好意的に接してくれるアルゴノウトの人々が、ギストのことは露骨に避けている様子だった。

 

(一体、何があったんだ……?)

 

 この8年間、ルルはギストを死んだものと思っていた。

 だが彼は生きていた。

 そして、AGEを差別しない理想的なミナトでただ1人、奴隷のようにAGEが扱われていた時代の待遇を未だに受け続けている。

 

 やがて人気のない場所にポツンと1つだけ建つ頑丈なコンクリート製の建物にギストは辿り着く。

 地下につながっているのか、ギストが入っていったその建物の中は階段が下に続いていた。

 照明はほとんどなく、奥底は見えない。

 

「…………」

 

 ギストに会わなければと、ここまで追いかけてきた。

 だが、ルルの中には受けて然るべきこととはいえ、自分を恨んでいるだろうギストから負の感情をぶつけられることとなるだろう対面することを恐れている感情もある。

 

 それでも、この8年間──

 ルルはギストを死んだものと考え、しまいには忘れてしまっていた。

 今更あってどうするんだという思いもある。謝罪したところで許されるはずがないだろうと。

 

 だが、彼がどうしてアルゴノウトに転属することとなりこの欧州の最南端で戦ってきたのか。

 どうやって灰域種すら倒せる強さを手に入れたのか。

 そして、どうしてあのような冷遇を受けているのか。

 全てのきっかけを作った者として、それを知らなければならないと。知って、彼に罪滅ぼしをしなければならないという思いにかられている。

 

 ルルはその暗闇に足を踏み入れ、そしてその奥底の牢獄のような部屋に1人座り込むギストと対面した。

 

「……ギスト、なのか?」

 

 顔を上げたギストが、フードの奥から金色の瞳でこちらを見つめている。

 いきなり襲われても文句は言えない。再会に罵詈雑言を浴びせられても仕方がない。それだけの罪を自分は犯したのだから。

 

 彼が生きていたという感動とともに、背中を向けた過去の罪と再び向き合うことに対する恐怖を噛み締めながら、ルルは8年ぶりの再会を果たす。

 

 ルルに気づいたギストは、少し間を置いてから。

 

「──お久し振りですね、ルル」

 

 彼女が予想した何れの反応でもなく。

 再会を純粋に懐かしむような、声は低くなっていたがそれでも慈愛と優しさに溢れたあのころと全く変わらない穏やかな口調で、ルルの名前を口にしたのだった。




二人が最後に会ったのは本作品時系列の8年前。ゴッドイーター3のストーリー時系列から換算すると、2年前。
つまりルルさんは当時17歳、ギストは当時10歳でした。

……いや、そら後ろ姿見ただけじゃわからないよ。


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ルルとギスト

ルルとギストの過去編です。
ここは完全にオリジナルの展開です。


 ──8年前。

 ルルとギストが当時所属していたミナトである“バラン”は、商工業が盛んであり数あるミナトの中でも屈指の大規模な勢力であった。

 そして同時に、時には灰域航行法に抵触しかねない危険な実験も行われ、とりわけAGEに対する待遇が劣悪なミナトでもあった。

 

 バランにとって、保有するAGEはすべて道具。

 濃度の高い灰域に耐性の見合っていない者を送り出したり、アラガミに対抗し戦闘本能を高めるためにという名目で闇賭博も兼ねたAGE同士の殺し合いをさせたり、さらには非人道的な新薬や新規兵装など実験台として利用することもあった。

 

 ルルとギストもまた、その過酷な環境で必死で生き抜いていた。

 

 女性ゆえに体力面をはじめ様々な面でルルは周囲の他のAGEと比較しても不利であり、その逆境を跳ね返すためにも自分以外の相手を気遣う余裕はなかった。とにかくその日を生き抜くことが精一杯であった。

 

 対して、ルルの7つ年下だったギストは違った。

 生き抜くことに必死であったが、一方で彼は自分のことを後回しにして誰かを助けるということをしており、その性格を利用されることはあったがそれでも人を気遣い助け続けた、優しさと強さを兼ね備えていた。

 

 当時のルルはとにかく生き残ることに精一杯であったため、誰かを助けながらでもバランで生き残ることができていた強い心を持つギストのことを妬ましく思っていた。

 だからギストの優しさにつけ込み騙し出し抜くこともしたが、ギストはその全てを許容した。ルルはそんな自分が最初に捨ててしまった優しさと強さを持ち続けていたギストに、同時に憧憬の念も抱いていた。

 

 そんな日々を過ごしていた中。

 8年前のあの日、当時既に神機を握り実戦にも参加するようになっていたルルは、ある任務に従事していた際に戦闘区域内でまだ神機の使用許可をバランから与えられておらず灰域内のゴミ拾いに出て食いつないでいたギストたちAGEの子供達と遭遇した。

 

「何をしているんだお前たちは!」

 

 その任務は中型アラガミ“ネヴァン”の討伐。

 戦闘区域内に非武装のAGEの子供が迷い込んでいたことに驚くとともに、この危険地帯に迷い込んだ彼らに対して思わず強い口調で叱責してしまった。

 

 それが痛恨のミスだったのだろう。

 ネヴァンにルルの声が聞こえてしまったらしく、奇襲を仕掛ける予定だったのだが感付かれてしまったのである。

 AGEの子供達は襲来してきたネヴァンにパニックとなり、ルルは彼らを守るためにネヴァンとの戦闘に入った。

 

 だが、当時のルルはまだ実戦経験が乏しく、子供たちを守りながら中型アラガミを単独で討伐できるだけの強さはなかった。

 ネヴァンの突破を許し、AGEの子供達がその鋭利な爪に晒されることとなる。

 

 ほとんどの子供達は我先にと逃げ出す中、彼らの中で1番幼かった少年が転んでしまい逃げ遅れた。

 ネヴァンにとってそれは絶好の的である。

 こうなったらその子を餌にして、その隙に逃げるしかない。

 我が身を最優先にして逃げるAGEの子供達。

 

 ──だが、その中でギストだけはやはり自分以外の誰かを見捨てなかった。

 

 転んだ子のところに駆け寄ると、その子を突き飛ばし身を挺してネヴァンの攻撃から間一髪のところで守ったのである。

 

「うぐあああぁぁぁ!?」

 

 だが、無力な人間がアラガミの目的を阻害すればどうなるか。

 その高い代償は、助けられた子供の命を狙ったネヴァンの爪を右足の脹脛(ふくらはぎ)に受ける形でギストが支払うこととなった。

 

 それにより、ネヴァンの獲物の標的がギストに移る。

 この場で足をやられるというのは致命的なことだった。

 

「やめろ──!」

 

 妬ましく思うこともあったが、それでもルルはギストに死んで欲しいなんて思ったことはない。

 その強さと優しさを見てきたから、生き抜くことに必死になっていたこの世界で、尊敬する姉弟子を亡くしてからも人らしさとして最低限のことを捨てずに生き抜くことができた。

 

 だが、ルルの伸ばした手は届かない。

 ネヴァンはまるで新たな獲物を嬲るように雄叫びをあげると、ギストの左足の太ももにもその鋭利な爪を突き立てたのだ。

 

 バランで受けたどんな拷問よりも苦痛となる、アラガミからの攻撃。

 それを受けたギストが悲鳴をあげる。

 いくら心が強くても、10歳の少年にその苦痛はあまりにも残酷なものだった。

 

 急いで助けようとするルルだが、それを止めたのはギストの声だった。

 

「……に、げて」

 

「何を……言って……!?」

 

「その子を連れて、逃げて……!」

 

 ルルは最初、ギストが何を言っているのか理解できなかった。

 彼は逃げろと言ったのだ。神機も持たない無力な身の上で、助けを求めず自分以外の人を助けてくれと。

 

 幸か不幸か、ネヴァンはギストを痛めつけるのを気に入ったのか執拗に足に爪を突き刺しては、それを楽しむかのように咆哮を上げている。他の子供達を追いかける様子はない。

 だからその隙に逃げてくれと、ギストは最後まで自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとしたのだ。

 

「────ッ!」

 

 ルルは、ギストの助けた子供を抱えてその場を離脱した。

 子供をかばいながらではネヴァンには勝てない。1人の犠牲で他の皆を助けられる。それをギストも望んだのだから、それが最善なんだと、そう自分に言い聞かせながら。

 ……ギストを見捨て、逃げてしまったのだ。

 

 ネヴァンの討伐に失敗した上、勝手に撤退してしまった。

 命令違反を受け、廃棄処分にされるだろう。

 それでも、せめてギストの腕輪だけは回収しておきたい。

 そんな思いを抱えて、子供達を安全な場所に逃がした後にルルはあの場に戻る。

 

 ──すると、そこには何故かギストではなくネヴァンの死体が転がっており、それにオウガテイル種が食らいついているという信じられない光景があった。

 

 困惑しながらも、ルルはオウガテイルを撃破。

 目的であるネヴァンのコアも回収に成功し、任務そのものは問題こそあったものの無事に成功となり何のお咎めもなかった。

 

 ギストがどこへ消えたのか? 

 別のアラガミが襲撃し、ネヴァンを倒して腕輪も残さずにギストを食べてしまったのか? 

 

 疑問は尽きなかったが、ルルはそれ以上に罪の意識に苛まれていた。

 

 助けられなかった上に見捨ててしまい、遺品の腕輪すら回収できなかった。

 深い後悔と罪の意識に押しつぶされそうになったルル。

 

 だが、その日の夜。

 信じられないことに、ギストはバランへ帰還する。

 ──両足を失った状態で。

 

 戦えないAGEがバランでどうなるか。

 それを知っていた上で、ギストはそれでも帰るべき場所がバランしかなかったから死に物狂いで帰還してきた。

 

 この奇跡の生還に対し──バランは冷酷な対応をする。

 ギストをバランのAGE達にとっての墓場である研究機関の実験台として使用することにしたのだ。

 

 止められる力などない。

 それでも、自分が生き残るために見捨ててしまったことを後悔したルルは一目会って謝りたいと、移送されるギストの元へ向かう。

 

 恨まれても仕方がないことをした。

 どんな罵倒も甘んじて受けよう。

 そう思いながら、ギストとバランにおいて最後となる対面を果たす。

 

「──みんなが無事でよかった」

 

 だが、ことここに至っても、ギストは最後まで誰かのためにという心を失わなかった。

 ルルを一切恨むことなく、純粋にあの時の他のAGEの子達を、そしてルルのことを案じていたのだ。

 

 想定外の言葉に固まっているうちに、ギストは研究施設へ移送されてしまった。

 

 結局、ルルはギストに対して何も謝ることもできず、何も返すことができないまま別れることとなった。

 

 ──その後、ルルはアクセルトリガーの被験者となり、そして6年前に任務中バランに切り捨てられ、ハウンドと運命の出会いをすることになる。

 ギストはバランの研究施設にて実験動物として過ごし、バランにて開発された“新型偏食因子”の唯一の適合成功例となって生き残り、欧州に1人しかいない“新型AGE”としてアルゴノウトに大金で購入された。

 

 そんな2人は、あの日に別れてから別々の歩みを進め。

 ルルはハウンドのメンバーの1人として、夢を勝ち取るために仲間とともに絶望の世界を駆け抜けたAGEとなり。

 ギストは辺境の地でたった1人、化物扱いされながら人知れず灰域種アラガミすら屠りながらアルゴノウトを守り続けてきた。

 

 そしてこの時。8年越しの再会を果たすこととなったのである。




ギストがバランにてどうなったのか、その詳細をルルは知りません。
ただ、師であるゴウからギストの送られた先については聞いており、その正体にも感づいています。

バランでその後ギストに何があって、アルゴノウトに買われたのか。
そして人格者であるユリウスの経営するミナトで何故“ハイエナ”や“化物”と呼ばれ蔑まれているのか。
この辺りは物語の中心に関わることなので、今後の展開にお付き合いいただければ。
どうか宜しくお願い致します。


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伝えたかった言葉

ネヴァンというと、作者はヴァンガードの“髑髏の魔女 ネヴァン”が真っ先に思い浮かびます。
そう、敵より味方によって退却させられることが多いあの方です……


 重厚な鉄格子の扉を挟んで、8年越しの再会を果たしたルルとギスト。

 あの日が運命の分かれ道だったというかのように、ルルは自由を勝ち取り、ギストは牢獄の中に取り残されていた。

 

「……お久しぶりですね、ルル」

 

 普通ならば、恨んでいるだろう。

 あの時、ルルはアラガミに抗う武器もないのに仲間を命がけで助けたギストを見捨て、神機を既に手にしていたのに自分だけが生き延びるために逃げ出した。

 

 その後、ギストは自力で奇跡の生還を果たしたのに、モルモットとして殺される施設に送られた。

 それをルルはただ見送った。……あの時も助けず、バランに逆らうことを恐れ我が身可愛さでギストをもう一度見捨てたのだ。

 

 そしてギストはその施設でもまた生き延びた。

 辺境のミナトで人知れず戦い続け、奴隷のようなかつてのAGEの冷遇を受け、それでもアラガミと戦い続けてきた。

 それを知りもせず、ルルは勝手にギストが死んだものと思い込んで、自分だけ拾われた身でAGEの冷遇から抜け出して、こうして自由の身となり生きている。

 ……また、目を背けていた。どう言い訳をしようと、事実としてルルは何度もギストを見捨ててきた。

 

 私がギストの立場だったら、恨んでいるだろう。

 だから、恨んでいいはずなのに。

 

 8年越しの再会を経たギストは、しかしあの頃と変わらない優しさの溢れる微笑みを浮かべ、穏やかな声でルルの名を呼んだ。

 ただ純粋に、懐かしさを感じる年月を隔てた仲間との再会を喜ぶように。

 

「なんで……?」

 

 ルルは、困惑していた。

 

 どんな恨みを向けられるのか。どれほどの憎悪を向けられるのか。

 バランにいた頃、どれだけ辛い目にあい仲間に出し抜かれても一度も誰かに怒りをぶつけたことがなかったギストが、どのように怒り恨みをぶつけるのか想像もつかなかったから。

 彼に負の感情をぶつけられるのが、怖かった。

 

 だから、一切の恨みを向けずあの頃と変わらない優しい表情と穏やかな声を向けられたことに、困惑していた。

 

「何で、そんな顔を……? 私は、お前を見捨てたのに……!」

 

 恨みや怒りをぶつけられることは怖い。

 でも、それは仕方のないことであり、自分が受けなければいけない報いだとわかっていたから、怖くても受け止める覚悟はあった。

 

 でも、こんな風に恨んでいないとでもいうかのような、穏やかな感情を向けられるとは思っていなかった。

 

 だから困惑した。

 そして震える声で思わず問いかけていた。

 

「私を、恨んでいないのか……?」

 

 恨んでいると言ってほしい。

 罵詈雑言をぶつけてほしい。

 何度も何度も、今まで見捨て続けたことを恨んでもらわなければ、この心に突き刺さった罪を償う道標を失ってしまう。

 

 ギストに恨みをぶつけられることに恐怖を感じていたが、しかし彼からそんな感情を感じさせない穏やかな声を向けられたルルは、困惑とともに逆に許されるかもしれないことにも恐怖が湧き上がってきた。

 

 許されてはいけないことを許されると、自分を最優先にしていたバランにいた頃の醜い面が浮かび上がってくる。

 許されることを受け入れると、その醜さが浮き出てきて、いつかハウンドの大切な家族たちも自分のために利用する、克服したはずの弱かった頃の自分に戻ってしまう。

 そしていつか、大切なものを取りこぼしてしまう。

 

 そんな、ギストから恨みを向けられるよりもはるかに恐ろしい未来に向かって進み始めてしまうような恐怖が湧き上がってきたのだ。

 

 だから、その問いかけはギストに次の瞬間手のひらを返したような罵詈雑言を叩きつけられることに対する恐怖ではなく。

 どこか、頷いて恨んでほしいという懇願が混じったような震える声で出てきた。

 

「…………」

 

 ルルの弱々しく震える声。

 それを聞いたギストは、フードを外して立ち上がり、ルルとの間を隔てる扉に少し近づく。

 そして2メートルほどの距離をとって、今では見下ろす形になってしまったルルの目を見て答えた。

 

「恨みなど、ありません。ルルは、私では守れなかったヨシュアを、あの子を助けてくれた」

 

「ち、違う……私は、あの時お前を見捨てた……!」

 

 ギストの声は穏やかなもので。

 そして、ルルが望むものとは正反対の答えを紡ぐ。

 

 許すどころか、恨んでもいない。

 そんなこと、あっていいはずがない。

 なら、私は一体どうすれば彼を見捨て続けた罪を償える!? 

 

 聞きたくないというように首を横に振り、あとずさるルル。

 見捨てた相手を忘れ、運に助けられた拾い物のような幸せに浸っていたことを罪だと言い、悔いるように。

 

 震えながら後ずさるルルに、ギストはあの時伝えられなかった言葉を伝える。

 

 8年前のあの日。

 自分には守れなかった仲間を守ってくれたルルへ、ギストは一度として恨みなど抱いたことはなかった。

 しかしルルは自分を見捨てたと思い、8年間も罪の意識に苛まれて苦しんできたのだ。

 

 だから、ギストは再会を果たした彼女へ8年前には伝えられなかった言葉を伝える。

 そうすることが、抱える必要のない罪の意識を拭い去る手助けになればと思いながら。

 

「……8年前、私はルルに助けられました」

 

「ギスト……」

 

「……ありがとう、私たちを守ってくれて」

 

「……ッ!?」

 

 息を飲む声が聞こえる。

 ルルは、バランにいた頃はあまり表情が変わらなかったので、その驚く表情はギストにとって新鮮だった。

 

 あの時、バランに帰還した後に施設に送られる際、彼女と一度だけ対面した。

 ギストはルルが無事だったならばそれだけで嬉しかったが、ルルにとってあの別れはギストを見捨てたことになったらしい。

 そんなことは決して無いというのに。

 

 だが、そのせいでルルは8年もの間、自分を責め続けてきたのだろうとギストは推測する。

 そして同時に、恩人にそんな苦悩を与えることになった己を不甲斐ないと恥じた。

 

 ギストにとって、ルルは紛れもなく恩人であった。

 不用意にアラガミの生息域に足を踏み入れた非力な自分たちをルルはあの時、たった1人で守ってくれた。

 仲間を守るという選択。あのバランで、それがどれほどの負担になるかを承知の上で。

 

「私に、感謝される謂れなど……!」

 

 ギストの感謝を拒絶するルル。

 ここで頷き、ギストの優しさに甘えれば、自分は一生醜いままになる。

 その恐怖が、ギストの感謝を受け入れることを拒絶した。

 

「それでも──」

 

 そんなルルに、ギストは膝をついて彼女を見上げることになる位置にまで目線を下げてから、言葉を紡ぐ。

 

「あなたがそれを認めなくても、私はルルに感謝しています。だから、もう……自分を責めるのはやめてください」

 

「……やめてくれ」

 

 命の温かみというものが感じられない肌の色と瞳だが、ギストがルルに向ける表情は慈愛に溢れた穏やかな微笑みだ。

 自分の両手で耳を塞ぎ、ギストの優しさを拒もうとするルル。

 しかしギストの声はルルの拒絶を受け付けないかのように、大きな声ではなかったが不思議と塞いだ耳にも届いた。

 

「もしも、私を見捨てたと悔いるなら……それで自らを責めて苦しむことが、私にとっての苦痛になる。私に、恩を仇で返す真似をさせないでくれませんか?」

 

 恨んでいないから、もう自分を責めるのはやめてほしい。

 後悔と自責の念で苦しむことを贖罪とするなら、それが救われた自分にとっての苦痛になる。

 ギストのその言葉が、ルル自身が解くことを拒む心に突き刺さっていた罪の意識という名の鎖を解き放った。

 

「ギスト……私は、お前を見捨てて……1人で、幸福に浸っていた……!」

 

 崩れ落ち、涙を浮かべるルル。

 

「自分しか守れない……! 自分が生き残るために、仲間を見捨てた……! そのお前のことすら、私は一時忘れてしまっていたんだ……!」

 

 溜まっていた感情が、つたない言葉となって嗚咽とともに吐き出される。

 

「お前に目を背けて……バランに捨てられたなどと、お前の受けた苦痛に比べれば生ぬるい事に絶望し……生きる希望を見失った……!」

 

「…………」

 

「仲間に……家族に会えて、私はバランを捨てた……! 捨てられたんじゃない、忘れてはならないことから目を背け私が捨ててしまったんだ……! 私は、自分の身が1番大事で……自分だけが幸福に浸ったことに満足する……醜い心の……最低の、人間なんだ……!」

 

「…………」

 

「こんな私が、お前に感謝されていいわけがない! 恨まれる、べきなんだ……ッ」

 

 ルルの吐き出したすべての言葉を、ギストは一切口を挟むことなく無言で聞く。

 だが、それは決して冷たいことではない。

 心の中に蓋をした自分の醜い面を吐き出し懺悔を求める迷える子羊を、あらゆる罪の独白を許すと穏やかに聞き役に徹する神父のような。

 温かい眼差しを向けた、やさしい沈黙だった。

 

 仲間には見せられない、弱い面、醜い面。

 泣きながらそれらをさらけ出したルル。

 

「……それでも」

 

 ギストは、その吐き出された全てを受け止めたうえで。

 

「それでも私は、ルルに感謝します。ルルは醜くない。そうやって誰かのために後悔し苦悩することができる、美しい心の持ち主だから」

 

 ルルが貶す自分自身の醜さを否定して、恨むことは決してせず変わることがない恩人に向ける感謝を口にした。

 



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ハウンドのルル・バラン

ちなみに、今作においてハウンドは既に最初のミナトを完成させて所有している設定となっています。
社長、もといオーナーはもちろんユウゴです。


 ギストと8年越しの再会を果たしたルルは、己の胸に溜め込んでいた物を心を縛る罪の意識という名の鎖とともに全て吐き出した。

 重厚な格子の扉を挟んだ中にいるギストは、ルルが吐き出しぶつけてきた全ての感情を受け止めた上で、やはりルルのことを恨まなかった。

 

 その後ルルはしばらく泣き続け。

 そして現在、ようやく落ち着いたかと思えば先ほどまで7つも年下の相手にみっともなく泣き喚いた姿を見せつけた羞恥から、涙の跡がくっきりと残る顔をリンゴのように真っ赤に染め上げていた。

 

「……忘れてくれ」

 

 罪の意識から、恨んでほしいと願った時とはどこか違う、純粋に恥ずかしくて仕方がないからという感情からくる懇願。

 顔を真っ赤にしながら小さな声でそう願うルルの姿は、身長差も相成り扉越しに穏やかな笑みを向けるギストと比べるとどちらが年下なのか一瞬分からなくなる愛らしさを感じるものがある。

 

「頼む。そして誰にも話さないでほしい」

 

「……わかりました」

 

 ギストは一応そう了承の意思を示したが、実際には忘れられない記憶として刻んでいる。

 かつて別れ、8年の歳月を経てお互いにありえないと思っていた再会を果たし、そして伝えられなかった言葉を伝えることができた思い出である。簡単には忘れられないし、ルルから請われても忘れようなどとは思わない。

 

 普段は冷静なルルが羞恥で顔を赤くしている姿は、バランで過ごした日々の中では一度も見たことがなかった。

 それが可愛らしく、あえて忘れられないことを告げてさらに恥ずかしがらせて困らせるのも面白そうだと思ったが、しかし身勝手な意地悪で彼女を困らせるのは本意ではないとギストは嘘をつくことにした。

 

「……すまない」

 

 冷静さを欠いているせいか、ルルはギストの嘘をあっさりと信じた。

 バランにいた頃は誰も信用してはいけないことが生き残る為の最善でありそれを実践していたルルだが、バランの頃を知るギストとしては今の彼女は随分と丸くなったように感じる。

 

「……あなたもアフリカ大陸進出計画に参加するために来たのですか?」

 

 少し妙な空気になってしまったので、ギストは話題を変えるためにルルに話を振った。

 ルルは基本的に口数は多くない。バランにいた頃から基本的に会話は聞き役、受け役に徹することが多かった。

 対してギストの方は、今は口数が少ないもののバランにいた頃はどちらかというと自ら他人に話しかけるタイプであった。

 なので自然と、2人の会話は一度途切れるとギストの方から切り出す形で再開する。

 

「ああ、今私が所属している“ハウンド”としてな」

 

 ギストの問いに返事をするルル。

 自分の所属が“ハウンド”だと告げる時、その声は少し誇らしそうな色を帯びていた。

 

 ルルの所属している“ハウンド”の名は、辺境で過ごすギストも聴くほどに有名だ。

 フェンリル本部奪還作戦の立役者、グレイプニルと朱の女王との全面戦争を止めた“エルヴァスティの奇跡”を起こした者達、アフリカ大陸進出計画の要とも言える長距離大陸航行を可能にする“対抗適応型装甲”の開発といった偉業を成し遂げてきた。

 灰域種アラガミや灰煉種アラガミといった危険なアラガミを数多屠ってきた“クリサンセマムの鬼神”、“ハウンドの鬼神”の異名を持つ最強のAGEを有し、世界で初のAGEが代表を務めるミナトを保有する組織。

 そして今現在はダスティミラーと共同でユーラシア大陸横断計画を推進している、その動向をグレイプニル全てが注目している組織である。

 

 ハウンドにルルが所属していることは、ギストも知っていた。

 様々な意味で欧州全土がその動向を注目している組織だ。その中でアラガミの偵察を主任務とし、灰域内においてその生態を数多く解明し航路開拓やAGEたちの生存率の向上に大きな貢献を果たす“アラガミ調査部門チーフ”の名は、本人が思っている以上に有名である。

 

 ハウンドは独自の灰域踏破船を保有しているが、おそらくそれはユーラシア大陸横断計画に使用しているのだろう。

 クリサンセマムやダスティミラーと協力関係にあることも有名であり、彼らがクリサンセマムの灰域踏破船へ搭乗し同行していたことも不自然ではない。

 

「ハウンドの名はアルゴノウトでも有名です」

 

「……そうか」

 

 きっと、今の彼女はバランで過ごしたようなあの過酷な日々とは全く違う幸福を得られたのだろうと思う。

 どのような経緯でバランを離れ、今や欧州全土に名を轟かすことになったハウンドの1人となったのか。それをギストは知らないが、それでも今のルルの非常に良い変化を見れば決して楽な道のりではなくともそれ以上に幸せを感じる日々を過ごしているのだろうということは推測できる。

 誰かの喜ぶ姿を見るのが嬉しく思い、誰かの幸福を享受している姿を見るのが幸せに感じるギストにとって、ルルのその姿を見るのはとても嬉しく感じることであった。

 

「……何がおかしい?」

 

 感情が顔に出ていたギスト。

 背は抜かれたが、それでも7歳も年下の相手が微笑ましく見つめてくるのは納得いかなかったのか。

 ギストの表情に気づいたルルが、気にくわないというような少し不満げな表情を浮かべた。

 

 ルルのことをあまり知らない者からすればその表情はほとんど変化していないように見えるが、ギストから見ればその小さな変化だけでも推し量ることができる。

 バランにいた頃よりも、表情が豊かになった。

 彼女が敬愛していた姉弟子がまだ存命だった頃に戻ったよう、いやそれ以上に幸せそうだった。

 

 いい仲間と巡り会えた様子である。

 そんなルルの様子を見てギストは嬉しく思うとともに、後悔と罪の意識を与えてルルと仲間が無事でよかったなどと自己満足に浸り何も返すことができず別れた己には、彼女にこんな幸せそうな日々を過ごさせることは絶対にできなかったと痛感する。

 

 仲間を守ってくれたルルに感謝をしているのは確かだが、感謝しているだけで結局ギストはその恩に何も報いていない。返すことができていない。

 そして2度と会うことがないと思っていたルルとの再会。

 この機会を逃せば、きっとギストはルルに恩を返す機会がなくなるだろう。

 そう考えれば、化物になった自分に受けた恩に報いる機会を与えてくれた幸運と思える。

 ルルと引き合わせてくれることとなった“アフリカ大陸進出計画”。それを立案したアルゴノウトには、また大きな恩ができた。

 

 8年もの間、必要ない苦悩を恩人であるルルに与えた。

 化物の身体となり、そのせいで苦しめた仲間もいる。

 周囲を不幸にする、身も心も存在も化物。本来ならばバランのあの実験で、殺処分されていたはずなのに。

 それでも自分は生き延びて、人のために戦うことのできる場所を与えられ、かつて受けた恩に報いる機会も与えられた。

 

「……あなたが幸せそうにしている。それが、私にとって喜ばしいことです」

 

 幸運を与えてくれた人々のために、恩に報いる相手のために、この化物の力を命をかけて全力で使う。

 ルルも、彼女の仲間も、アルゴノウトの人たちも、参加した全てのキャラバンの人々も守り抜き、この計画を成功させる。

 微笑みながらルルに答えるその表情の下に、ギストはこのアフリカ大陸進出計画に向け1人静かに固い決意を誓う。

 

「……変わらないな、お前は」

 

 対して。

 ギストがそんな決意を抱いたことなど知らないルルは、バランにいた頃から変わらず誰かのためにあり続ける強さと優しさを持つギストのその言葉に、懐かしさを感じ自然と口角が上がった。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れ、静かになる2人。

 ルルは溜め込んでいたものを吐き出し、ギストは無いと思われていた再会で彼女と言葉を交わし8年間伝えられなかった言葉を伝えることができた。

 

 ギストの方は予期せぬ再会とは言え、この機会を得たことが満足だったと思えるほどにルルと言葉をかわすことはできた。

 ルルがどうしてここに来たのかはまだ分からないが、しかしアルゴノウト側がギストとルルの接触を許すとは思えないのでおそらく誰にも告げずに来たのだと推測する。

 ならば長居させるわけにはいかないと判断し、ルルに帰るよう言おうとした時。

 

「……聞かせてくれないか」

 

 ほぼ会話は受け手側に徹する印象が強いルルが、自分からギストに話しかけてきた。

 

 それは、ルルがここに来た当初の目的のため。

 どうしてギストがアルゴノウトに居て、灰域種すら屠る力を手にし、そして灰域航行法が改正されAGEの待遇が改善された現在の欧州において未だにあの頃のような扱いを受けているのか。

 あの日の別れの後、ギストに何があったのか。

 その真相を知るためである。

 

「…………」

 

「私がここに来た目的だ。お前に一体、何があったんだ?」

 

 真剣な表情を向け、格子扉を挟んだ先に腕輪を連結された状態でいるギストに尋ねるルル。

 

 そしてその問いを受けたギストは、少し間を置いてから頷いた。

 

「……愉快な内容ではありませんが」

 

「茶化さないでくれ。私は知らなければいけない」

 

 聞いて気分のよくなる話では無い。

 自分のことを誰かに話すのは得意では無いが、しかしギストはこのままルルが何も知らなければハウンドに危害を加えてしまうかもしれない危険性を危惧し、自分が化物であることを説明する必要があると判断した。

 

 この話を聞いた後、ルルは自分を見る目が変わるだろう。

 それはギストにとって辛いことだが、化物と知らず人として接した結果彼女たちが傷つく方がより辛かった。

 だから、ギストは自ら化物となりアルゴノウトで戦ってきた経緯を語る。

 

「では……8年前、私がバランの開発した新型偏食因子の被験体として研究部門へ引き渡されたところから話します」

 

 身の上話を終えた時、ルルもまた自分を化物として“正しく”接することとなる。

 そうなれば、もう2度と笑みを向けてくれたり会話をすることはなくなるだろう。

 だが、本来はそれが正しいことである。

 

 最初の一言で別れの日のことを思い出したらしいルル。

 その表情がこわばる。

 しかし聞かなければいけないと、口を挟んではこない。

 

 その様子を確認してから、ギストは己の過去を語り始めた。




次回はルルと別れた後のギストの過去編です。
ゲームではほとんど明かされなかったバランの内情について作者が勝手に想像した要素を盛り込んだ話です。多少重たい内容になると思います。


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新型AGE

ギストの過去編その1になります。
ヨシュアはオリキャラで、ルルとギストの過去編に登場したギストがネヴァンの攻撃から庇った少年です。


 8年前、ルルのネヴァン討伐任務中に誤ってその戦闘区域内に入ってしまったギスト。

 そのせいでルルと仲間たちを危険に晒し、ギストはネヴァンの攻撃からその仲間の1人であるヨシュアをかばったことで脚を失うこととなった。

 ネヴァンが動かないことをいいことにギストを嬲っている間に、せめて仲間だけでも助けてほしいとルルにヨシュアたちを託して逃げるように懇願し、ルルは子供たちを保護して離脱した。

 

 残ったギストには、抵抗する術も逃げる術もない。

 ネヴァンはギストを痛めつけて悲鳴を聞くのがよほど気に入ったらしく、ギストの脚を執拗に爪で攻撃し、結果ギストの両脚は太股から下を切り裂かれ、ネヴァンの腹の中にギストの目の前で収まった。

 

 ただ、それが幸か不幸か。

 鼠を嬲る猫の様に、ギストを痛めつけて笑う様に咆哮を上げていたネヴァンの声が別のアラガミを呼び寄せた。

 

 まるで皮膚を剥いた様な赤い筋肉と血管の露出した巨体から伸びる頭に、その頭のほぼ半分の面積を埋める巨大な眼球と口の中にもびっしりと牙が詰まった異形の口が2つ。長い6つの硬質な表皮で覆われる黒い脚で体を支え、背中には内臓なのか複数の丸いゼリー体を背負っている、異形と称するのがふさわしい見たこともない大型のアラガミだった。

 

 そのアラガミはまるで五月蝿いと言わんばかりに足の一本を伸ばしてネヴァンを殴りつけると、たった一撃でその中型アラガミの頭部を首に埋め込んでいともたやすく残酷な手段で殺害してしまった。

 その光景は今でもまぶたの裏に焼き付いている。

 無力で、ルルですら誰かを庇いながらでは倒せなかった脅威である中型アラガミ。

 そのネヴァンをそれこそ虫けらの様に、その大型アラガミは一撃で屠ったのだから。

 あれはまさにアラガミたちの中でも格が違う、まさに人類を絶望の底に突き落とす脅威であるアラガミだった。

 

 そのアラガミは本当にネヴァンの声が鬱陶しかっただけなのか。

 あまりの恐怖に声も出なくなっていたギストのことなど気づいてすらいない様子で、死体になったネヴァンを放置し灰域の中に去っていった。

 

 とても救世主とは言えないが、結果的にそのアラガミのおかげで命を救われたギスト。

 恐怖のあまり失禁してしまったが、今はとにかく生き残らなければと判断し、ネヴァンに喰われた両脚をベルトで縛って止血して、とにかく生きたいという強い生存欲求に突き動かされて灰域の中を這いつくばりながら移動を始めた。

 

 だが、ギストにはバラン以外に帰る場所などない。

 灰域の中を動き回ったところで、いずれ脚の怪我が悪化するか偏食因子が切れて死ぬかアラガミの餌になるのが約束された末路になる。

 バランが脚をなくして戦えなくなったAGEをどうするのか。それをギストはわかっていたが、それでもバランしか帰る場所がなかったからバランに向かってひたすら這いつくばって動き続けた。

 

 バランに帰ることができたのは、奇跡と言えただろう。

 だがもちろん、バランは使えなくなったAGEの世話をしてくれる様なミナトではない。

 奇跡の生還を果たしたギストは、当時バランが進めていた新型偏食因子の開発を行う研究機関へ実験用の被験体AGEとして送られることとなった。

 それは殺処分同然の決定であり、新型偏食因子の研究部門に送られた被験体は安全性を一切考慮していないその新型偏食因子によりアラガミ化をはじめとした人の形で死ぬことすら許されない悲劇に遭うという地獄の様な処刑場であった。

 

 ギストが送られた時、バランは灰域種アラガミのコアを利用した新型偏食因子である“P82–c偏食因子”を開発していた。

 その莫大な資金力を利用して、当時グレイプニルが大隊を投入してなんとか討伐に成功していた小型の灰域種アラガミを小隊規模で撃破し限界灰域に生存権を獲得していた強力なAGEが多数所属するテロ組織“朱の女王”から灰域種アラガミのコアを入手しそれを利用する形で極秘に開発していた偏食因子である。

 

 灰域種アラガミの持つ灰域への耐性を獲得できる“対抗適応因子”と、灰域種アラガミの特徴である対象の感応能力を奪い自身のオラクル細胞の活性化へ利用し還元する“捕喰”に特化した能力を得られると考えられる新型偏食因子。

 理論上は、適応に成功したゴッドイーターはその強力な捕喰能力を獲得し、アラガミのオラクル細胞を喰らうことで自身のオラクル細胞を活性化させるだけでなく自らの肉体の構成物へオラクル細胞を還元して再構築させることができる様になるため、従来のゴッドイーターをはるかに上回る身体能力と自己治癒能力を獲得する他、アラガミを捕喰すれば自前で偏食因子を生成できる様になる不死身のゴッドイーターを作り出すことができると考えられていた。

 ただし偏食因子そのものの開発は成功していたが、その強力すぎる捕喰能力により、被験体は例外なく急速なアラガミ化が発生するか、灰域に喰われた人間のように新型偏食因子の暴走により体内からオラクル細胞に喰らい尽くされ灰になって消滅するという末路を迎えており、未だに成功例がなかった。

 

 研究機関に送られたギストは、そのP82–c偏食因子の被験体にされた。

 失敗してアラガミ化すればもともと処分するつもりだったので殺処分すれば良し、適応すれば不死身のゴッドイーターという理想的な“駒”が生まれ研究の成果を証明できる。

 ギストのことなど一切考慮されていない、AGEを道具としてしか見なさないバランのやり方。

 だがそのバランの冷遇も、目の前でアラガミの脅威に晒される恐怖と絶望を経験したギストにとっては、あまり恐怖心を感じることではなかった。

 

 そんな気の持ちようと言うものが理由かもしれないが、実際のところ本当の理由は不明だ。

 両脚を無くしたせいかもしれない。ギストが元々持っていた素質が成した偶然かもしれない。もしくは、あの未知の大型アラガミとの接触が理由になったのかもしれない。

 だが、新型偏食因子の適合実験を受けたギストは、今まで適合者のいなかったそのP82–c偏食因子に対する適合に成功した。

 灰域の世界が生み出したアラガミから得られたオラクル細胞によって作られた、灰域の世界が生み出した新たなゴッドイーターとなったのだ。

 

 P82–c偏食因子に適応したのは、ギストただ1人。

 新たなゴッドイーターとして生まれ変わったギストは“新規対灰域捕喰特化型対抗適応型ゴッドイーター”、通称“新型AGE”または“NC.AGE”と命名され、次にその能力と理論の整合と証明のための実験段階へと移ることになる。

 

 新型AGEが獲得できる能力で理論上考えられたのは、もともとAGEが獲得している灰域に対する耐性を得られる対抗適応因子の他に、アラガミからオラクル細胞を奪取しそれを自己に還元できる強力な捕喰能力と、それによる偏食因子の自己生成と強力な身体能力及び自己治癒能力である。

 そこでバランはまず、ギストに神機を握らせ実際にアラガミを捕喰させてみた。

 AGEが討伐したアラガミのまだコアの残る死体を捕喰させることで、そのアラガミからオラクル細胞を摂取できるかを試してみたのである。

 バランとしては例え道具にすぎないAGEであっても、ギストは初めての新型偏食因子の適応に成功した検体である。流石に両脚がないままいきなりアラガミとの実戦に投入し失うことは避けたかったらしく、それほどの無茶を最初から強いることはしなかった。

 ……温情と呼ぶにはあまりにも冷酷な理由からだったが。

 

 AGEの適合試験の際に、神機との適合は果たしている。

 もともと固有の神機以外との結合も可能なAGEだったので、神機の制御に関しては初めて取り扱うことになっても問題はなかった。

 そしてアラガミの死体を捕喰したギスト。

 するとコアだけを摘出すれば良かったはずなのだが、ギストの神機はそのアラガミを形成していた全てのオラクル細胞を捕喰しつくしてしまったのである。

 

 アラガミはオラクル細胞の群体である。

 そのアラガミの個体を成形し制御する司令塔の役目を果たすコアと呼ばれるオラクル細胞と、そのコアの制御によってアラガミの個体を作るオラクル細胞によって構成されている。

 コアを摘出すればそのアラガミは群体から分解されるが、オラクル細胞そのものが消えるわけではない。やがて別のコアが生まれ、その下にオラクル細胞が集まり新たなアラガミが生まれる。

 そのためアラガミを殲滅することは不可能とされていた。

 

 だが、ギストの神機はアラガミの死体を残らず捕喰して構成していたオラクル細胞を全て取り込んだのだ。

 そして、その結果ギストの肉体に変化が起きる。

 死んだアラガミから獲得したオラクル細胞が神機を通してギストの肉体に流れ、そこで別のオラクル細胞として還元されギストの欠損した肉体を修復し始めたのだ。

 バランが新型AGEの能力として仮説を立てていた、アラガミからオラクル細胞を奪取しそれを自己に還元することで獲得できる強力な捕喰と自己治癒能力が証明されたのだ。

 

 さらに、それだけではない。

 ギストを中心に、周囲の灰域の濃度が低下を始めたのだ。

 

 これも新型AGEの能力の1つ。

 オラクル細胞で構成される微細なアラガミである“喰灰”もまた、新型AGEは捕喰対象にすることが可能だったのである。

 神機を通さずともオラクル細胞を摂取することが可能であるこの能力は、バランの新型偏食因子の研究機関でも予測できていなかった新発見であった。

 自ら喰灰を捕喰するこの能力は、それまで灰域への耐性の獲得が限界だったAGEすら凌駕し、灰域への完全耐性を超えた灰域の無効化が可能かもしれないというこの世界の常識を覆しかねない大発見であった。

 

 灰域を構成する喰灰を捕喰することにより、ギストはそこからオラクル細胞を獲得して両脚を完全に回復することに成功する。

 さらに通常の人間と違い、オラクル細胞から再構築されたギストの両脚はアラガミの様な桁違いの身体能力を与え、仮説とされていた通常のAGEを凌駕する強力な身体能力の獲得を証明することとなった。

 

 バランは新型AGEの研究を次の段階に移す。

 護衛を付けながらではあるが、ギストを実際に生きているアラガミと交戦させた。

 喰灰に至るまで、アラガミには偏食傾向というものがある。それを利用してミナトの外壁や灰域踏破船の装甲を作っているのだが、それが新型AGEにもあるのかを確認する検証だ。

 どのアラガミのオラクル細胞が摂取可能であるか、摂取できないオラクル細胞はあるのかという検証。

 そのために、脚を取り戻したギストを容赦なく実戦へと送り込んだ。

 

 結果、ギストは実験対象として交戦した“アックスレイダー”、“マインスパイダー”、“ザイゴート”、“シユウ”、“ウコンバサラ”、“ネヴァン”、“コンゴウ”、“ヴァジュラ”、“クアドリガ”とあらゆる神属のアラガミを捕喰することができた。

 ギストは文字通り“アラガミを喰らうゴッドイーター”となったのである。

 

 検証は進む。

 この捕喰の後に検査した際、ギストの体内にはP82–c偏食因子の生成が確認された。

 アラガミを捕食する必要はあるが、ギストは偏食因子の自己生成能力も獲得したのである。

 ギストにとってオラクル細胞はあらゆる栄養源となった。

 

 一方で、人間の本来の食べ物は受け付けなくなった。

 食べられないわけではない。しかしそれが新型AGEとなった副作用なのか、オラクル細胞の捕喰に特化した身体に作り変えられたらしく、オラクル細胞を持たない食べ物は消化できなくなってしまったのである。

 その影響か、ギストの肌や髪は生気を失った様に白くなり、瞳は金色になるという外見の変化も発生した。

 表皮などにはオラクル細胞の結合が見られ、これによりギストはアラガミと同様にオラクル細胞を持たない存在の攻撃で結合を破壊することができない、つまり傷をつけることができなくなるという変化が確認された。

 

 また、ギストのオラクル細胞にも偏食傾向があるらしい。

 アラガミのオラクル細胞はすぐに還元することができるが、アンプルは還元に時間がかかったのだ。

 

 新型AGEは、肉体がゴッドイーターと比較しても人間と大きく逸脱した存在であり、まるでアラガミの様だった。

 その後もギストは秘匿されながら、新型AGEという名の化物としてバランの元で検証実験を受けながら実験動物として扱われていくこととなる。

 

 その内容は、人間に対しては絶対に行われない非道なものばかりであり、そしてギストが己を人間ではなく化物であることを認めさせることになる事件を含んでいた。




新型AGEは、アラガミ側から見れば対抗適応型アラガミにさらに対抗して人間側で生まれた新たなゴッドイーターという感じです。
周囲の灰域に感応現象を及ぼし灰域を活性化させる対抗適応型アラガミと、周囲の灰域を捕喰しその濃度を下げる新型AGE。
どちらも環境を構成する灰域に影響を及ぼし、戦場そのものを自分たちにとって有利な形にして地の利を味方につける存在、というイメージで作りました。
利用の仕方は真逆ですけど。


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化物

ギストの過去編その2(バラン)です。
次回はアルゴノウトにおける過去編に移ります。


 バランの検証試験は、次にギストの身体欠損すら修復する自己治癒能力の検証へ移る。

 ギストが抵抗できない様に、対象となるアラガミのコアやAGEの脳に干渉しその制御能力を阻害することで、意識を人為的に混濁させることで対象を無傷で制圧・拘束できる装置。

 それをギストに取り付けて無抵抗の状態にした上で、神機で身体に傷を与え、その後オラクル細胞を投与して回復する経過を観察するという実験である。

 

 しかし、ギストの表皮はオラクル細胞の結合が守る箇所も多くなっており、通常のメスなどでは傷をつけることができない。

 そこでバランはAGEの戦闘意欲と技術向上の訓練を兼ねて、まだ神機を握り始めて間もないギストとほとんど同世代の子供と言えるAGEたちを使い、神機で目標──すなわちギストの指定した箇所を正確に攻撃させるという、“人を傷つける”非人道的な訓練を並行して行ったのだ。

 

 これによりギストは検証のために肉体に傷を受けることとなる。

 そしてギストに神機を振るうAGEたちは、アラガミだけでなく人間を攻撃することにすら躊躇いをなくしていく。

 その様子を嬉々として観察するバランの研究員たちは、無抵抗で傷つけられる化物や、仲間を傷つけることを強要され泣きながら神機を振るうAGEの少年少女たちよりもよほど怪物じみていた。

 

 手足の欠損、胴体や内臓への損傷、骨格の破断。

 様々な欠損を与えられたギストに、それらを修復するためのオラクル細胞を与える。

 欠損に対しその修復のためどれほどのオラクル細胞が必要なのか。摂取するオラクル細胞の元となるアラガミや喰灰、アンプルなど種類によって修復の程度や可不可の差はあるのか。どれほどの欠損なら修復可能なのか。

 神機の切断・破砕・貫通によって受ける損害に差はあるのか。銃身によっても受ける損害はあるのか。アラガミの様に新型AGEに各種属性の有効性はあるのか。回復弾などは有効なのか。

 そして、新型AGEの体内の構造はどの様になっているのか。

 まともな研究者ならマウス相手にも躊躇いを抱く研究をバランの研究員たちは嬉々として行い続け、様々なデータを獲得していった。

 特に胴体の表皮を切り裂かれたギストを標本の様に開いて臓器などを観察する研究者たちの姿は、AGEを人とすら見なさないバラン所属のゴッドイーターたちですら吐き気を覚えたほどおぞましい光景だった。

 

 こうして様々な検証を進めていった結果。

 貴重な検体を損失することになる可能性を考慮して脳に対する攻撃だけは避けられたが、新型AGEの肉体はオラクル細胞を摂取すれば腕や足だけでなく内臓に至るまでの欠損を自己治癒で回復することができるという、アラガミ以上の自己治癒能力を有していることが判明した。

 幸いにもバランの装置のおかげでギストにはその悪魔の実験の記憶はほとんどなかったが、ぼんやりと泣きながら自分に対して神機を振り回す仲間の辛そうな顔は少ない記憶の中に残っていた。

 

 次にバランが行った検証は、新型偏食因子であるP82–c偏食因子の研究である。

 それまでバランにて製造されていたこの偏食因子は、生体用に向けた改良や調整がほとんど行われていないという安全性を一切考慮していない代物である。

 しかしギストという適合に成功した上に偏食因子の自己生成能力を獲得した新型AGEの誕生により、バランの研究者は“新型AGEの中で生成されたP82–c偏食因子”ならば、生体に適合しやすいのではないかと考えた。

 

 ギストの身体能力や自己治癒能力、何より灰域を捕喰できる能力は、極めて有用性が高い代物である。

 この新型AGEの量産に成功すれば、バランに莫大な富をもたらすとともに灰域の脅威に人類が打ち勝つことができるかもしれない。

 そう考えたバランの研究者たちは、早速ギストの体内から生成されたP82–c偏食因子を採取し、別の被験体となるAGEに投与した。

 

 ──結果は、散々であった。

 何度やっても成功しない。それどころか、ギストから採取されたP82–c偏食因子の方がバランにて製造される物よりもはるかに捕喰能力が高く、アラガミ化すらほぼ起こらずに投与されたAGEの体内で暴走しその肉体を瞬く間に灰に変えてしまったのである。

 

 そこからバランの研究者たちの狂気はさらに加速する。

 適合に成功したAGEが居る以上、第二、第三の新型AGEを製造することは可能だと。新型偏食因子に問題はないのだから、被験体となるAGEの方を適合に成功したギストの条件に合わせれば成功するはずだと考えた。

 実際には投与するP82–c偏食因子の方に生体投与のための改良が施されていないという重大な欠陥があったので、ギストを除けば生体に適合するはずがなかったのだが。

 しかし、バランの狂気の研究者たちにとってそんな正解など御構い無しであった。

 

 まずバランの研究者たちは、ギストと同じ様に被験体となるAGEの両脚を切り落としてから投与してみた。

 しかし結果は変わらない。オラクル細胞に体内から喰われ、脚を失ったAGEは命も奪われた。

 

 次にバランの研究者たちは、ネヴァンを誘き寄せてからそれに襲撃させた被験体のAGEにP82–c偏食因子を投与しようとしてみた。

 しかし、投与する前に被験体のAGEがネヴァンに食われて死亡してしまったことで、中止となった。

 

 そこに来て、被験体用のAGEが不足してきたために、それ以上の直接投与の実験は行えなくなった。

 新型AGEの開発に成功したとはいえ、それはギスト一例のみ。そこから新型AGE量産化計画を進めるものの一向に成果の上がらない狂気の研究者たちの度重なるAGEを使い捨てる実験に、バランの経営者側がそれ以上の“資源”の投資を渋ったのである。

 やむ終えずP82–c偏食因子の直接的なAGEへの生体投与実験は中止となり、研究者たちは別のアプローチから新型AGEの量産計画を進めることとなった。

 

 次に研究者たちが試みたのは、ゴッドイーターチルドレンと呼ばれるゴッドイーターを親に持ち胎児段階でオラクル細胞を肉体に宿して生まれる子供を利用することだった。

 ゴッドイーターチルドレンは偏食因子に対する適合性が普通の人間に比べて高く、危険なP82–c偏食因子にも適応できるかもしれない可能性があったのだ。

 しかし従来型のゴッドイーターを親に持つゴッドイーターチルドレンでは、AGEすら適合に失敗続きのP82–c偏食因子に適合できる可能性は低い。

 ならばと、研究者たちは新型AGEの成功例であるギストを片親に持つゴッドイーターチルドレンならば適合できるかもしれないと、ギストから採取した精子を人工授精させることで子供を作りそれを被験体にしようとしたのである。

 

 しかし、ギストから精子を採取することが困難だった。

 ギスト自身の年齢が10歳と幼かったこと、またアラガミ化と言ってもいい強固なオラクル細胞の結合が守る表皮が採取を阻害したのである。

 ならばと研究者たちの狂気は加速する。

 ──人工授精が無理なら、新型AGEを別の女性のAGEと交配させればいいではないか。

 

 それが最悪の結末となる実験だった。

 新型AGEの肉体は、灰域種アラガミから得られたコアにより生まれた新型偏食因子に適合し、喰灰などのオラクル細胞を捕喰することができるほどの高い捕喰能力を得ている。

 偏食の影響と考えられるが、ギストの肉体は神機を捕喰することはないため神機を操作することは問題ない。

 アラガミとは違いオラクル細胞を捕喰することに特化しているためか、生体であれ無機物であれ、オラクル細胞を持たない物を捕喰することもない。

 

 だが、ゴッドイーターは違う。

 ギストの肉体は、オラクル細胞を宿す人類であるゴッドイーターを捕喰対象にできた。

 交配実験を試みた際、ギストが触れただけで相手側のAGEは感応能力を著しく損ない、灰域種アラガミに捕喰された時に見られる侵蝕状態を発症したのだ。

 幸い命は助かったものの、触れるだけで仲間を傷つける体になったことを知らしめるこの出来事はギストの心に深い傷を与え、己が半分迷信で化物呼ばわりされている通常のAGEと違い、正真正銘の化物であることを示し、否が応でもギストにその事実を突きつけ自覚を与えた事件となった。

 

 その時の苦痛に悲鳴を上げギストを恐怖の対象として見る、ギストが傷つけた仲間の表情は記憶に深く鮮明に刻まれている。

 決して許されてはならない己の罪として。

 この事件を機に、ギストは自分のことを人間ではない正真正銘の化物、アラガミの仲間と言っても過言ではない存在であると認識する様になったのだ。

 

 こうして、新型AGEの量産計画は暗礁に乗り上げることとなった。

 折しも同時期にアクセルトリガーの開発が佳境を迎えたこともあり、バランの研究機関に関しては新型AGEよりもアクセルトリガーの開発に力が入る様になったことで、ギストを使った悪魔の実験の数々は一旦の中断を迎える。

 

 新型AGEは灰域すら捕喰して周囲の環境を人間側に有利な戦場に作り変えることができる存在。

 だが、触れるだけでゴッドイーターを侵蝕状態に陥れるその異常体質はギストを化物扱いすることへの抵抗を消す危険な要因となった。

 極秘裏に開発した事もあり、結局バランは新型AGEを持て余すこととなる。

 

 そんな中、辺境のミナトであるアルゴノウトから打診があったのだ。

 ──新型AGEを当ミナトにて買い取らせて欲しい、と。

 

 極秘である新型AGEの情報がどこから漏れたのかは不明だったが、新型AGEの研究が暗礁に乗り上げ予算も削減されていたことにより実質的に中止状態になっていたバランとしては、持て余している新型AGEを手放すいい機会ではないかという結論に至る。

 

 こうして、1人のAGEにかけるには法外なレベルの大金を引き換えに、ギストはバランから捨てられアルゴノウトへと転属することになったのだった。

 

 アルゴノウトがどうして極秘のバランの新型AGEのことを嗅ぎつけたのかはわからない。

 だが、度重なるアラガミの襲来によりAGEの消耗が激しくなり、周辺灰域の濃度も上昇の一途をたどることで、重要な欧州南部の防護壁であるミナトの放棄も検討しなければならないほど追い詰められていたアルゴノウトにとって、灰域濃度を問わず戦える強力な新型AGEの存在は喉から手が出るほど欲しい存在であった。

 

 両ミナトの利害が一致したことにより、ギストは中型以上の灰域種アラガミも確認され始めた欧州最南端のミナトに移った。

 ──そして、そこから無名で灰域種アラガミすら単独で屠る実力を手に入れることとなる、化物による人間を守るためのアラガミとの命を削り合う狩りの日々が幕を開けることとなる。




補足になりますが、ギストの持つ捕喰能力にも偏食傾向があり、特に神機に関しては大嫌いなため触れても捕喰の影響はほとんどありません。逆に神機の刃はアラガミの様にギストの表皮を守るオラクル細胞の結合を破壊する作用があるため、ギストを神機で傷つけることが可能であり、ギストが神機を握っても取り込んでしまうということがないのです。
ちなみに好物に該当するのは神機を除くアラガミ全般です。
性質が極めて変化しやすい喰灰に対しても、高い捕喰能力で全般にわたり対応可能なため、どんな灰域でも捕喰が可能です。


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アルゴノウトのギスト・バラン

ギストを無抵抗にさせた装置は、犬飼博士愛用のフィムの首輪と同系の装置です。
……ギストにも有効な点に関する細かな設定などは作者の勝手な解釈で補完していますので、ご了承ください。


 仲間を傷つけたことに深いショックを受けていたギストは、もともと拒否権などなかったとはいえ茫然自失となりほぼ無抵抗のままアルゴノウトに移送される。

 新型AGEの運用に関する危険性についてはバランからアルゴノウトへ説明が及んでいたらしく、ギストは当初から他のAGEと隔離されたミナトの外れの地下にある厳重な牢獄の様な建物の内部に閉じ込められることとなった。

 そこで管理番号の更新を行った後、アルゴノウトの保有する神機の中から最適の神機を貸与され、まだ11歳だったが早速濃い灰域の広がる戦場に送り出された。

 

 新型AGEは喰灰を逆に喰らい灰域濃度を低下させることができる。

 その特異体質から灰域に対する完全な耐性を獲得するだけでなく、周囲の灰域濃度のレベルを下げる能力も持ち合わせる。

 これによりギストは灰嵐の中ですら一切の支障を受けることなく通常の活動に限らず戦闘行為すらも可能とし、潜行灰域濃度レベルが5以上と推測される、希少な甲判定のAGEすら軽く凌駕する灰域潜行能力を獲得している。

 その他、オラクル細胞が構成する肉体は通常のゴッドイーターと比べてそれをはるかに凌駕する身体能力、防御力、そして身体的欠損すら回復できる異常な自己治癒能力を有していた。

 ゴッドイーターに触れることが許されないためリンクエイドによる救援や、他のAGEとのエンゲージの使用許可が下りないなど、AGEとしての運用にはデメリットを抱えていたが、それを補って余りある強力なメリットがあった。

 

 基本的に単独で行動をすることとなったギスト。

 与えられた命令は単純明快。

 

「アラガミを殲滅し、ミナトを守れ」

 

 AGEとして誰もが受ける命令だったが、アルゴノウトの者たちがギストを見る目はAGEに至るまで全員が、まさに化物に向けるものであった。

 

 それでも、自分が化物だという自覚を持ったギストにとって、それは何の苦にもならなかった。

 ギストにとっての幸せは自分以外の誰かが幸福を享受できることであり、ギストにとっての苦痛は自分以外の誰かが不幸に遭うことだったから。

 己が蔑まれ、化物扱いされようと、自分以外の誰かの無事が獲得できて、それに喜びを感じる人がいるならそれでよかった。

 化物である自分が人のために働けることが、ギストにとっての幸福だったから。

 

 仲間を守るどころか傷つける化物になった己に、アルゴノウトは大金を積んで化物であることを承知の上で買取り、実験動物でもアラガミでもなく“人間を守るために戦える”場所を提供してくれた。

 どれほど冷酷な扱いを受け、アラガミを骸すら残さず喰らう姿から“ハイエナ”と呼ばれるようになっても、この戦場で化物の力を誰かを守る為に振るえることはギストにとって心の傷を癒せる幸福だった。

 

 だから、ギストはアルゴノウトに恩を感じている。

 それに報いる為に、自分の体がどれだけボロボロに傷つけられアラガミに喰らいつかれようとも、命がけで命令に従い戦い続けた。

 

 戦場に出れば、避難民やアルゴノウトの人間、そして守るべき仲間──いや、人間であるAGEをアラガミから何度も助けた。

 触れることはできないから、文字通り自身の体を肉盾にして、死んでもおかしくない怪我を受けながら何度も助けた。

 その度に受けるのは感謝ではなく恐怖と「化物」「ハイエナ」「アラガミ」などといった罵声ばかり。時には石を投げつけられるのもあった。

 それでも誰かを守ることができたという実感を得られたギストは、どれだけ冷遇されても命がけでアルゴノウトの者たちを守り続け、何度でも助け、そして傷つき続けた。

 

 異常な回復力を持つギストは、灰域種アラガミの捕喰攻撃を受けてもすぐに立て直して戦うことができた。

 誰の助けも受けず、ただひたすらに誰かを守り助けそしてミナトの為にたった1人で戦い続けた。

 

 アルゴノウトは辺境であり、欧州の最南端の防護壁。

 グレイプニル傘下のミナトの中では最高クラスでアラガミの襲撃を受け続けているミナトであり、昨今は周囲の灰域濃度が上がることも多く戦場には事欠かなかった。

 休みなどろくに与えられることはなく、いくらでも灰域で活動できるギストは無茶な任務にも容赦なく駆り出され続けた。

 

 そんな世界で戦い続けたギストは、やがて死を厭わないアラガミとの命を削り合う戦いを通じ、灰域種とすら渡り合う力を手に入れるまでに至る。

 命がけの実戦で研ぎ澄まされた戦闘能力は、他のAGEの追随を許さない高度なものへと昇華して行った。

 

 ギストが無名だったのは、グレイプニルに対してアルゴノウトがその新型AGEの情報を秘匿していたからだ。

 禁忌種や感応種、灰域種といった極めて脅威の大きいアラガミの襲撃が絶えなかったアルゴノウトにとって、灰域を問わず戦える高度な戦闘能力を持つギストという戦力は必要不可欠であり、これを失うわけにはいかなかったためである。

 たとえ、灰域航行法に抵触することになろうとも。

 

 そしてフェンリル本部奪還作戦、オーディン計画によるAGEの徴用。

 その際にもグレイプニルから欧州最南端の防護壁という戦略上必要不可欠な存在であることから、わずかな時間の戦力低下も危険だったと判断され、作戦への不参加を許された。

 

 ギストはエルヴァスティの奇跡が起きた時、誰かが繋がろうとしてくるエンゲージを感じ、かつて仲間を傷つけたこの特異体質の恐怖からそれを拒絶した。

 そのためギストはエルヴァスティの奇跡を経験することはなく、フェンリル本部奪還作戦などの立役者としてバランを離れたルルの存在を確認こそしたものの、あのアラガミすら入れた奇跡の輪の仲間に入ることはなかった。

 

 エルヴァスティの奇跡を経てから、ユリウスは憑き物が取れたようにAGEに対する冷遇を改善するようになった。

 それまで復讐の対象と見做していたAGEを保護し、人として受け入れた。

 

 ──だが、当然のように化物であるギストはその輪に入れてもらえなかった。

 むしろ、それまで他のAGEにも負担させていた危険な戦場を全てギスト1人に押し付けるようになった。

 灰域種、接触禁忌種、感応種、そして対抗適応型アラガミ。

 その全てをギストは命がけで迎え撃ち、倒し続けた。

 どれほど無茶であろうと、ユリウスの変化とそれに伴うミナトの人々に増えて行った笑顔が喜ばしくて、殺し合うのは化物だけで済むように、“人間”が誰も死ななくていいように、彼ら全員を守るために自分の苦痛を無視して戦い続けた。

 

 それから6年。

 ゴッドイーターに触れるだけで相手を侵蝕状態に陥れる危険な体質を警戒され、ギストは未だにこの牢獄にとらわれている。

 アルゴノウトの方も、ギストだけは例外と判断し、隠している存在だったこともあって、灰域航行法の改正に伴い正当な理由がない限り禁止された筈の腕輪の連結機能の運用を続けた。

 

 アラガミを喰らい、ゴッドイーターを傷つける化物。

 人類を守護し、アラガミという脅威を屠り、灰域すら取り込み、命をかけて戦場で戦う。

 しかし本人の意思など関係なく触れるだけで人々を傷つけ、人の輪の中に存在するだけで不幸と悲しみを撒き散らす。

 

 ゴッドイーターでありながら、人類に利用されることはあっても受け入れられることは決してない存在。

 しかしアラガミになることもできず、人の心を宿したまま化物の肉体に至った存在。

 

 化物。ハイエナ。ゴッドイーター、そして人類の敵。しかしアラガミの敵でもある。

 中途半端でどちらでもない、そしてどちらにも受け入れられない化物。

 

 そう蔑まれ、散々利用され、冷遇され、それでもギストはアルゴノウトのために戦い続けている。

 化物だけど、アルゴノウトはこの化物を処分することも実験道具にすることもなく、人間のために戦える場所を提供してくれた恩がある相手だから。

 それに報いるためにも、ギストは命をかけて戦い続けている。

 

 ──絶望の世界を駆け抜けたAGEたちが、ついに自由と権利を勝ち取った世界で。

 新型AGEという名の化物になったギストは、たった1人で冷遇された時代に仲間だったAGEたちからすらも“化物”と呼ばれて取り残されることとなった。

 

 それでも、仲間を傷つけた自分にとって化物と呼ばれるのは当然の報いだ。

 あの日、新型AGEとなったせいで傷つけたAGEがいた。

 化物の子を宿すことになるかもしれなかった“人”がいた。

 それを忘れてはならない。

 ──化物ならば、せめて化物らしく化物と殺し合い、人間を守りつづけなければならない。

 

 

 

「──以上が、この化物の経緯です」

 

「…………」

 

 8年間の空白。

 その全てを語り合えたギストは、最後に自らをあざ笑うような口調で化物と称し、身の上話を終えた。

 

 これでルルも、この牢獄に囚われた存在が化物であることを理解してくれたことだろう。

 再会の感動はこれまで、化物に過ぎた幸せは必要ない。

 ルルが自分を見る目が変わることを承知の上で、しかし彼女の心に植え付けた澱を拭い去ることができればと、ギストは自身の新型AGEという名の化物に至った経緯を語った。

 

 こんな化物ならば、もう見捨てたことを後悔する必要はない。

 ルルが守ってくれたのは“人間”であり、見捨てたのは“化物”だったから。

 

 ルルももう、ギストを“人間”としてみることはないはず。

 一度も口を挟むことなく黙って聞き続けていたルルの様子から、ギストはきっと彼女の自分を見る目が変わったのだと推察する。

 

「……昔話は終わりです。ここは化物を捕らえる牢獄、あなたのような“人間”がむやみに足を踏み入れていい場所ではありません」

 

 アルゴノウトのオーナー、ユリウス・ディンギルは人々を守るために心を砕く、荒廃した世界には貴重な人格者だ。

 その彼が、ギストの牢獄にゴッドイーターの立ち入りを許可するはずが無い。

 きっとルルは無許可でここに足を踏み入れたのだろう。

 

「お帰り下さい。あなたには、帰りを待つ家族と仲間がいるはずです」

 

 2度とここには来ないでほしい。

 もう、誰かを傷つけたくない。

 そんな願望とともに、すでに自分を仲間ではなく化物と見ているだろうルルに帰るように告げる。

 

「……ギスト」

 

 最後まで口を挟むことがなかったルルが、帰そうとするギストの名を呼んだ。

 彼女も自分を化物と見て、それで終わり。

 

「──ふざけるな!」

 

 だがそう思ったギストの予想に反し、ルルは感情がほとんど出ないはずの顔を憤怒の色に染め上げて、2人を隔てる鉄格子の扉につかみかかってきた。

 

「何を……?」

 

「お前はここに居るべきじゃない! 牢獄から出ろ、ギスト!」

 

 ルルは扉の格子の隙間に片手を入れると、困惑しているギストに手を伸ばしてきた。

 そして、この牢獄から出てこいと言ってきたのである。




バランの開発した技術の中で、未だに人為的に灰嵐を発生させる装置だけが分かりません。
アクセルトリガーやフィムの首に取り付けられた装置はわかる。アクセルトリガーはAGEの戦力向上のためだし、装置の方は人型アラガミを無傷で拘束させておくことができるので。
……本当にあれ、何のために開発した?AGEを使って制御不可能な天災を起こしても、大損害しか生まないと思うのだが。


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牢獄の中

ヌァザの原典調べてみたら、ケルト神話の主神だそうで。
しかもネヴァンとその姉妹が妃とな。
……ネヴァンはヌァザのヒロインでしたか。なるほどなるほど。


 ギストの8年間。

 それを本人の口から語られたルルは、もうギストを仲間ではなく化物であると認識を改める──ということはなく。

 自分でも驚くほどに強い激情が、腹の底から怒りが湧き上がってきた。

 

 化物になったギストが仲間を傷つけたと告げた“罪”に対してではない。

 AGEではなく化物になって生きながらえている新型AGEという存在に対してでもない。

 

 生きたいと願い両脚を失いながらもバランに生還を果たしたギストを躊躇いなく捨てて廃棄同然に研究施設へ送ったバランの経営者たちに対して。

 ギストを人として扱わず弄び、化物と自らを蔑むに至った“新型AGE”に作り変え、モルモットのように扱いギストの心に深い傷を植え付けたバランの研究者たちに対して。

 あの絶望の日々の中で人らしさを見失わず手助けをしてくれたギストを肉体が多少変質しただけで化物扱いし、自分たちが最も受けて苦痛だった“同じ人として扱わない”待遇を与え仲間から外したバランのAGEたちに対して。

 ギストを物として扱い金で買取り、大人のAGEたちにとっても苦痛のような濃い灰域の広がる戦場で、たった1人で戦わせて命の危機にさらしたアルゴノウトの経営者たちに対して。

 ギストが命がけで助け守っているお陰で安寧を得られているのに、それを感謝するどころか化物だからと偏見に固まった目で見て罵声を浴びせ石を投げつけるアルゴノウトの人間たちに対して。

 ギストによって命の安全を保障され危険な戦場から離れ自由と権利まで得られたというのに、ギストだけをかつての冷遇の時代に置き去りにしたアルゴノウトのAGEたちに対して。

 ギスト自身には何の非もないというのに化物として牢獄に身も心も縛り付けて閉じ込める、この2人を隔てる牢獄の存在に対して。

 誰かのために身を削り苦痛を味わいながら、それでも見返りすら求めずに孤独になっても戦い続けた、誰よりも報われるべき優しくて強い生き方を捨てることなく貫いてきたギストに対して、どんな醜いやつよりも悲惨な運命を押し付け続けるこの理不尽極まりない絶望に満ちた世界に対して。

 

 ──そして何より、助けてもらいながら自分が助かるために見捨て、ギストを死んだものとして置き去りにした上に忘れてしまい、彼の受けた苦痛に比べればぬるま湯のような世界に浸り、仲間も名誉も家族も暖かな家も手に入れてその幸せを享受していた自分自身に対して。

 

 自分でも驚くほど、ルルの中に火山のように猛烈に吹き上がる怒りが湧いてきた。

 

「──ふざけるな!」

 

 気づけば、ルルはギストを閉じ込める牢獄の扉を構成する重厚な格子につかみかかっていた。

 

 ここは、ギストを化物として閉じ込める理不尽の塊である牢獄だ。

 化物だから、1人で戦うのが当たり前だ? 

 仲間はいない中途半端な存在だと? 

 化物と、ハイエナと呼ばれるのが当然の報い? 

 

 触れただけで仲間を傷つけてしまう身体に変えたのは、バランの奴らだ。

 仲間に傷をつけてしまうこととなった事件を作ったのも、バランの奴らだ。

 彼の内面を無視して化物と蔑み迫害し孤独にしたのは、アルゴノウトの奴らだ。

 ギストをそんな化物の体に変えられる実験場に送らせてしまったのは、私だ。

 

 ギストは仲間が傷つくことに、自分が傷ついたように悲しむ。

 仲間だけではない。誰かのためなら命もかけられる、自分のためにしか生きられなかった私とは違う、清く美しくとても強い心を持った紛れもない“人間”だ。

 そんな奴が、化物のはずがない。

 この牢獄に繋がれて、この世界の理不尽を押し付けられ続けていいはずがない。

 

「お前はここにいるべきじゃない! 牢獄から出ろ、ギスト!」

 

 感情にかられるままに、ルルは2人を隔てる格子に片手を入れて、ギストにその手を伸ばした。

 

 ──私は自分が助かるために、何度もギストを見捨てきた。

 家族として迎え入れてくれたハウンドとクリサンセマムの皆には知られたくない過去の罪。

 でも、ギストはそれを恨んでなどいなかった。恨んでいいはずなのに、その理不尽を受け入れ、それどころか己の境遇を嘆くよりもルルたちの身を案じてくれていた。

 

 きっと、ハウンドの皆はこんな境遇にある仲間を前にした時、見捨てるなんて選択肢はしないはず。

 私がハウンドの一員であるために、あいつらに家族として胸を張れるために。

 何より、何度も見捨てたのにその私を心配してくれるくらい優しかったせいで、醜かった私が受けるべき理不尽を押し付けられてきたギストをもう絶対に見捨てないと決めた己の心に従うために。

 

 だから、化物として縛りつけるこの牢獄から、ギストを救い出す! 

 

 ギストに理不尽を強いる全てに対する怒りから、ルルは普段の冷静さからかけ離れた感情をむき出しにした表情とともに、ギストに手を伸ばして叫んだ。

 

「私の手を掴め! お前は化物なんかじゃない、“人間”だ!」

 

「────ッ!?」

 

 ギストの表情は、ルルのその叫びに確かな反応を示した。

 黄金の瞳を宿す目が見開き、息を飲む音がルルの耳にも届く。

 

 ……ルルは、ギストを人間と呼んでくれた。

 この身の上話を聞いた上で、もはや自分がAGEではない正真正銘の化物となったことを知った上で、それでも“人間”だと言ってくれた。

 それは、化物と散々蔑まれ続けたギストにとって予想外の反応であり、牢獄に縛られるようになった心の奥底に染み渡る言葉だった。

 

「……ルル」

 

 この身体では、涙はもう流せない。

 だが、ギストの心は喜びに満たされ、今までの苦難が報われたと感じることができた感動するものだった。

 

 ──彼女なら、もしかしたら化物の自分でも居てもいい居場所をくれるのではないか? 

 

 そんな、淡い希望が一瞬でもギストの心に浮かぶ。

 その願望が、ルルの名をつぶやく形で口から一瞬とはいえ漏れた。

 

 どれほどの苦痛を自分に受けても弱音を吐かず決して自身を省みることなかったギストの鋼のように強い心に響きわたるほど、ルルのその感情をむき出しにした言葉と伸ばされた手は感動を与えるものであった。

 

 ──だが。だからこそ、ギストはすぐに思い直す。

 ルルは、こんな化物にも手を差し伸べることができる美しい心の持ち主だ。

 その彼女に、自分のような化物が近づくことは許されないと。

 

「……やはり、あなたは優しい方だ」

 

 困惑と驚き、そして感動が表に出ていた口元が、再び微笑みの形に戻る。

 

「言ったはずです、ルル。私はゴッドイーターを傷つけ苦しめる化物だと。あなたの手は家族の温もりを受けるためにあるものです。化物に触れて傷つくためのものじゃない」

 

 それは、ルルの優しさに縋り人間の世界に戻りたいと願う、彼女の伸ばしてくれた手を取る意思を示すものではなく。

 ルルが怒り救い出そうとしてくれていることを承知の上で、だからこそ彼女を傷つけるわけにはいかないと己を化物と扱い牢獄に囚われ続けることを選びその手を拒む意思を示す意味の微笑みだった。

 

 伸ばした手を取ることなく、再び牢獄の奥に引っ込むギスト。

 その姿に、ルルは自分を傷つけないために苦しみ続ける選択をギストがしたのだとすぐに理解する。

 

 伸ばしている手を拒まれたのは、自分たちのことを思ってくれた彼の優しさによる選択だ。

 ギストの話が本当ならば、彼が手を取ればルルが傷つく事になる。

 だから牢獄に囚われ続ける選択をしてくれたのだ。

 

「拒まれても私は諦めないぞ。この手を取れ、ギスト!」

 

 それでも、ルルは手を伸ばす。

 彼を散々傷つけ苦しめ続けたのは、我が身可愛さに彼を何度も見捨てた自分だ。

 ギストをその苦しみから救い出すために傷つかなければならないというなら、そんなもの当然の報いであり、どんな苦痛になっても受け止める覚悟はある。

 そのようなむしろ受けるべき苦痛を味わうよりも、ここでまた彼を見捨てる方が何倍もの苦痛になるから。

 

「私の手が傷つくだと? そんなことはどうでもいい!」

 

 ギストは言った。

 私の手は、家族の温もりを受けるためにあるものだと。

 

 だが、ギスト(こいつ)は分かっていない。

 私の家族は、どんな絶望にあっても家族を手放さないし、仲間も見捨てない。

 そんなかけがえのない彼らの温もりを、苦しむ仲間を見捨てた私が受け取る資格があるはずがない。

 仲間を助けるためならこの手はいくら傷ついても構わないし、傷ができたくらいでその手を拒絶するほど冷たい奴は私の仲間にいないのだから! 

 

「私の手を掴め! この牢獄を開けろ! お前は化物なんかじゃない!」

 

「……私は」

 

「──お前は、私なんかよりもよほど優しくて温かみのある“人間”だ!」

 

 自重する笑みをこぼしながら、また自分を化物と蔑もうとしたギストの言葉を遮り。

 ルルはその言葉を否定して、ギストを人間だと叫んだ。

 

 牢獄から出ろと、私の手を取れと、そしてお前は人間だと訴える。

 ルルの言葉は、ギストの心に深く染み込んでいく。

 本気で彼女は自分を人間だと言ってくれているのだと、その必死な表情と声から、ギストは理解できた。

 

 

 

 ──だが、世界はどこまでも理不尽で、神はどこまでも残酷だ。

 

『応答しろ、管理番号AN–02506。仕事の時間だ』

 

 ルルとギストを隔てるのは、牢獄の扉だけではない。

 アルゴノウトのオペレーターからの突然の通信。

 それは、牢獄から連れ出そうとするルルの願いを否定し、その機会を踏み潰すかのように発生した出撃命令。

 

「……此方、管理番号AN–02506」

 

『飯の時間だぞハイエナ。アラガミが出現した、さっさと出撃して化物同士で殺し合え』

 

 ルルがギストに向けたものとは雲泥の差。

 ギストを人間とは思わない、ハイエナと呼び化物と蔑むアルゴノウトのオペレーターからの出撃命令である。

 

「……了解」

 

 それは、2人の再会が終わりの時間を告げる知らせ。

 現実に、本来の自分に向ける正常な“化物扱い”する声によって現実に引き戻されたギスト。

 出撃のために冷たい床から立ち上がるとミッションをターミナルより受注。それによりロックの解かれた扉を開き、あまりにも冷たいアルゴノウトのオペレーターが発した声に思わず固まるルルの横を通り過ぎる。

 

「ま、待て──!」

 

 我に返ったルルが、その横を通り過ぎるギストに触れようとするが、ギストは持ち前の身体能力を生かしてそれを交わすと一瞬にして階段を駆け上がり外に飛び出していった。

 アルゴノウトに報いるため、アラガミと戦うために。

 

「待ってくれ、ギスト……!」

 

 ──ルルの伸ばした手は、ギストに届かなかった。




 ──人工授精が無理なら、新型AGEを別の女性のAGEと交配させればいいではないか。

↑○通もできてない10歳のガキだから採取が無理だって、自分たちが調べてわかった事なのに……バランのマッドたちは一周回らずともバカだ。

……下ネタを失礼しました。
次回はキャラバンとアルゴノウトの場面に移ります。


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バランの輸送屋

時間は少しさかのぼり、アルゴノウトに入ったハウンドの一行にアングルを当てた話になります。


 アルゴノウトに入港した後、今回のアフリカ大陸遠征へ参加する“ハウンドの代表”として、クレアやジークらハウンドのメンバーとともに今作戦に参加する他のキャラバンの代表たちが集まる舞台へと向かうのは、長い銀髪を後ろで一括りにしたAGE“ルカ・ペニーウォート”。

 数多くの灰域種アラガミ、灰煉種アラガミの討伐実績を持ち他の追随を許さない欧州最強のAGE、“ハウンドの鬼神”の異名を持つ。

 そんな彼女は今──

 

「緊張が……ウエェ、戻しそう……」

 

 ──緊張で顔を青くしていた。

 

「マジで止めろ!」

「マジでやめて欲しいっス!」

「吐いたら追放しますよ!」

 

 本音が溢れた瞬間、同期と後輩から強烈なツッコミが入った。

 いつになってもこういう場面に慣れてくれないおバカのエースに対して飛ぶのは、もはや気遣いではなく叱責である。

 

「皆さん、酷くないですか!? リルなんか最近私に対して当たり強すぎませんか!?」

 

 あんまりだと涙目で抗議するが、ジークたちには届かない。

 

「思ったより元気じゃねーか」

「先輩、黙って立ってるだけでいいっスから」

「先輩、クレアさんと同い年でしょ? 24にもなってこんな無様だと、私たちが恥ずかしいんですけど」

 

 ジークはやれやれといった感じで両手を腰に当てて首を横に振り、マールは一応ルカを気遣って気負わないように楽な役目であることを説明して、そしてリルは辛辣に切って捨てた。

 

「…………」

 

 前を歩くクレアは今回おバカの代わりに実質的なハウンドの代表を務める立場にあるため、ユリウスとの再会やアフリカ大陸遠征計画の懸念など、考えることが山のようにあり、ある意味平常運転のルカにまで気を回せないため無視している。

 

 この中で1番ましなのは、良くも悪くもまっすぐに育ってきたマールだろう。

 彼は一応、先輩であるルカのことをいつものことだと最近は呆れて助けてくれなくなったジークらと違い、飽きずに毎回ちゃんと気遣ってくれるのだから。

 

「マール……君とフィムが私の心の支えですぅ……!」

 

「いやいやいや、先輩くっつかないでほいしっス! 俺、もう子供じゃ無いんすよ!?」

 

「マール……最低。死んでしまえ、ケチャップヘアー」

 

「酷くね!?」

 

 唯一の味方と言っていいマールに毎度のように甘えるルカ。

 そしてでるところは出て引っ込むところは引っ込んでいる体だけは立派に育った(頭は成長していない)彼女に抱きつかれ、マールは思わず顔をリンゴのように真っ赤にした。

 もう彼は子供では無いのだ。

 

 そしてそんなマールを冷めた目で見つめるリル。

 先の戦闘ではあわや大怪我、下手をすれば死んでいたかもしれない危機に見舞われたストレスもあってか、ルカだけでなくマールに対しても非常に辛辣だった。

 というか、同い年で1番付き合いが長いこともあり、マールに対して最も容赦無い毒を吐いた。

 

「リル、さすがにそれは言い過ぎじゃね……」

 

 ハウンドにおいてルカと同格のおバカことバナナヘアー、もといジークがさすがにまずいだろと感じてなだめに入る。

 しかし子供の頃と違い思春期に入ってからというもの、リルは情緒不安定になる機会が増え、リカルドも引くほどの毒舌が出るようになっている。戦闘面の師匠であるジークに対しても、学業面においてはむしろマールと揃って教え子にしていることもあり、割と容赦ない毒を吐くようになっていた。

 

「ジークさん、あなたに文句言う資格があると思いますか? このバナナヘアー」

 

「おっ、お前、師匠に向かってなんつーこと言いやがる!? つーか、誰がバナナ頭だコラ!」

 

 最近容赦無い毒舌が連発する愛弟子にショックを受けるジーク。

 余談だが、この6年間を通してピアノに絵にケーキ作りにと様々な面で才能を見せ著しい成長を遂げているフィムなのだが、彼女の描く似顔絵ではなぜかいつもジークは頭にバナナをのせて描かれているのだ。

 しかも人物と果物、両方上手くなっているのでどんどんリアル調になっている。

 そのことを揶揄して、リルは師匠であるジークを貶す時には必ずと言っていいほど“バナナヘアー”と呼んでいた。

 

 マールに対して言っている“ケチャップヘアー”は、その派生である。

 ただし生来の髪色をバカにしているのであって、フィムの描く絵ではマールの頭にケチャップが乗ったりぶっかけられたりしたことは無い。

 

「フィムの絵だといっつもバナナ頭に乗せてますよね、師匠──痛ててて!?」

 

「生意気言うのはこの口か、オイ?」

 

 マールが茶化すと、若干ブチ切れているジークがすかさずマールの側頭部に両手の拳を押し当て挟むように力を加えてお仕置きをした。

 いわゆる頭グリグリの刑である。

 

「マール、私の子になりませんか!?」

 

「師匠に向かって生意気いうやつはこうしてくれるわ!」

 

「頭に硬いのが、背中に柔らかいのが──って、なんすかこのカオス!? 先輩に関しては聞き捨てならないこと言われた気がするんすけど!?」

 

「ねえ、あなた達はこの大切な時に一体何やっているの?」

 

 結局あまりの騒がしさに無視できなくなったクレアが振り向いて、ほんの数分で出来上がったこの状況に対し理解に苦しむと冷たい一言をぶつけるに至った。

 これが欧州全土の注目する“ハウンド”の、良識派であるユウゴとニールがいない状況で出来上がる普段の光景である。

 

 

 

 そんな感じでガヤガヤと傍から見たら騒がしいやら呑気やら、様々な受け取られ方をするだろうやり取りをしながらアルゴノウトの通路を進むハウンド一行。

 やがて目的地であるアルゴノウトの司令部である戦略指揮所の扉の前に到着した。

 この扉の奥には、今回の作戦に参加する数多くのキャラバンの代表と、そしてこのアフリカ大陸進出計画を最初に提示した人物でありこのアルゴノウトのオーナーを務めるユリウス・ディンギルがいる。

 

「うう……扉越しにも重い空気が伝わってきます」

 

「フェンリル本部奪還作戦以来の招集だからね……」

 

「そうか?」「そうすか?」

 

「……この師弟、鈍感すぎるよ」

 

 いよいよ大舞台に足を踏み入れるだけあって、クレアとルカは緊張している。

 そして鈍感の師弟コンビは特に何も感じていない様子。……今回の実質的なハウンドの代表はクレアであり、2人に関してはルカと同様居るだけでいいので気楽なのだろう。

 そしてその鈍感師弟コンビを冷めた目で見るリルという構図となっている。

 

 ちなみに、イルダとリカルドはすでに先んじてこの扉の向こうにいるはずである。

 フィムはルルとエイミーとともにお留守番だ。人型アラガミをこの魑魅魍魎跋扈するだろう各ミナトの思惑が交錯する魔窟に入れるのは、危険すぎる。

 

(大丈夫……私はヴィクトリアス家の当主で、ハウンドの代表なんだから)

 

 深呼吸をしてそう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせるクレア。

 準備は整ったと、ハウンドはその大きな扉を開き中に足を踏み入れた。

 

 

 

「──おっと、危ねッ! 悪いな嬢ちゃん、驚かせたか?」

 

 しかしその第一歩。

 タイミングが悪く、ちょうど部屋から出て来ようとしていた人物と鉢合わせになってしまった。

 

 危うくぶつかる直前だったが、相手方が気づいてくれたおかげで正面衝突は避けられた。

 

「い、いえこちらこそ不注意を……」

 

 危うくクレアにぶつかりそうになったのは、黒髪黒目に中肉中背の黄色人種の男だった。

 20代後半から30代前半といったところか。

 黒緑色の膝丈コートの下に、旧フェンリル欧州圏の戦闘員に支給されていた青と黒の制服を身につけている。

 そして、右の手首にクレアと同じ赤い腕輪──従来型ゴッドイーターの証をつけていた。

 

「ああっと……転んだとか無えなら良かった。俺邪魔だろ? 悪いな」

 

 そのゴッドイーターはクレア達を驚かせてしまったことを謝罪し、軽薄ながらも人柄の良さを感じさせるだろうフランクな口調で彼女達に中への道を譲った。

 

「ありがとうございます」

 

「謝るのは俺の方なんだけどな……まあ、別に怪我がなかったら良いわ。気にすんなって」

 

 道を譲ってくれたその男性に会釈をしてから、クレアは会場に入る。

 そのあとに続いて一人一人その男性に頭を下げつつ、ハウンドのメンバーは会場入りを果たした。

 

 先ほどの男性。

 軽薄そうながらも、年下相手でも見下すことなく道を譲るなど人柄の良さを感じる。

 

 だが、その上着の胸に描かれていたエンブレムを見て、ハウンドの面々は表情が強張っていた。

 

 歯車と馬首の横絵。

 それは、かつてルルの所属していた商工業の盛んな欧州屈指の規模を誇るミナトであり、数あるミナトの中でも最もAGEに対して冷酷な待遇を施し灰域航行法に抵触する危険な実験も数多く行ってきた黒い噂の絶えない“バラン”の所属を表すエンブレムであった。

 

(今のって、まさか……)

 

 そして、その中でもクレアは男性の特徴に思い当たる節があった。

 

 バランの所有する複数の船団の中で、主に取引のある各ミナト間の運送業を執り行っている最大規模の船を所有する“第三船団”のトップ。

 その業務内容から“バランの輸送屋”という異名で知られている人物は、黒髪黒目の黄色人種が特徴のとある極東の島国が出身地の現役のゴッドイーターであるという話を聞いていた。

 

 今の男性は、まさにその“バランの輸送屋”の異名に当てはまる人物だった。

 

 ルルの一件、そしてフェンリル本部奪還作戦、さらには朱の女王の武力蜂起。

 ハウンドが直面した様々な試練において、多くの場面において“バラン”は出てきた。

 彼らにとって因縁浅からぬ存在である。

 

 そのバランがこのアフリカ計画に送ったであろうキャラバンの代表と思わしき人物との接触。

 予期せぬ遭遇に、ハウンドの面々の間に緊張が走った。

 

 そんな中で、彼らは静まり返り新たな来場者の姿へ好奇の視線を集中させる各キャラバンの代表達の集う場を歩む。

 

(バランの代表者……)

 

 そして、その中でルカは。

 先ほどすれ違った男性に対して、何の根拠もないただの感に過ぎないが、あの男性とハウンドが関係する今回のアフリカ遠征計画になんらかの事件が起きるのでは無いか? という漠然とした不安が頭をよぎった。

 

 男性の方を一瞬振り向く。

 すると、その男性は背筋に寒気の走るような先程までのフランクな態度とはかけ離れた、猛禽類のような鋭い視線に不敵な笑みを浮かべ、ルカとジークの方を見ていた。

 

 バランの男性と、ルカの視線が重なる。

 直後、その怪しい表情は消え、先程までと同じ軽薄ながらも人懐っこさを感じるフランクな笑顔を浮かべていた。

 

「…………」

 

 ルカの目には、それが歪な仮面を乗せ本性を隠す顔に見えた。



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ユリウス・ディンギル

バランの輸送屋はオリキャラです。
本名は“桜庭 ユウイチロウ”といいます。


 アフリカ大陸遠征計画。

 この一大事業に参加するべくミナトを代表して集った各キャラバン。

 その代表が揃う舞台。言い換えれば、それだけのミナトの思惑が渦巻くまさに魔窟というべき部屋に足を踏み入れたハウンド。

 緊張する彼らに、数多の灰域種アラガミを屠ってきた欧州最強のAGE“ハウンドの鬼神”とは如何なる者かと、各キャラバンの代表者達から好奇の視線が集中する。

 

 そんな重々しい空気が漂う中、ハウンドのメンバーの先頭を歩くクレアは、ハウンドと強い信頼関係で結ばれる“クリサンセマム”の代表としてこの場にいるイルダと、このキャラバンを集めたと言ってもいいアフリカ大陸遠征計画の発案者である“アルゴノウト”のオーナーであるユリウス・ディンギルの姿を見つけた。

 

 2人は何か重要なことを話していたのか、入ってきた当初はハウンドに気づかなかった様子。

 クレア達が近づいてきたことで、周囲の空気が変化したことを察知したらしく、クレアが声をかけようとしたところでハウンドに気づき話を中断して顔を向けた。

 

 2人の会話の内容は聞き取れなかったが、仮にハウンドに関係することならばこの後イルダかユリウスから話題を振るだろう。

 特に気にせず、クレアは2人に会釈をする。

 それに続く形で、マールとリルがペコリと2人のミナトのオーナーを前にして緊張気味にお辞儀をし、公の場にも関わらず片手を上げて挨拶をしようとしたおバカ2名が後輩達のしっかりした姿を見習う形で慌てて礼をした。

 

「お待たせしましたオーナー」

 

「あなたはハウンドの代表よ。イルダで良いわ」

 

「はい、イルダ。ディンギル氏、お久しぶりです」

 

「3ヶ月ぶりになるかな、ヴィクトリアス氏」

 

「はい。お元気そうで何よりです」

 

「君の方こそ。困ったことがあったらいつでも頼ってくれ、力になろう」

 

「ありがとうございます」

 

 AGEの待遇改善をはじめとした目標を掲げる組織である灰域航行法改正委員会でも見知った仲である3人。

 特にユリウスはクレアの父であるグレイプニルの創設者“ランダル・ヴィクトリアス”の元部下でもあり、幼少期のクレアとも面識がある人物で、20年近い交流がある間柄だ。

 10年前の悲劇によって一時期豹変していたことがあったものの、今も昔も変わらず守るべき人々のために心を砕く人格者であり、今ではともにAGEの待遇改善に向けて協力し合う、ヴィクトリアス家を継いだ当主となったクレアを支える支援者であり、最も頼りになる味方の1人、親子ともに盟友といえる存在であった。

 

 エルヴァスティの奇跡を経てAGEに対する待遇改善に向けて動き出したユリウスは、ともに世界の理不尽と戦う仲間としてイルダとも信頼関係がある。

 公の場なので礼儀をわきまえたお堅い口調ではあったが、クレアとユリウスは純粋に再会を喜び合い、イルダも交えてこの魔窟の重苦しい空気から一時でも逃れられるオアシスのような穏やかな会話となった。

 

「彼らが“ハウンド”か」

 

 そんな中、ユリウスの目線がクレアの後ろに並ぶAGE達に向けられる。

 

「はい。“ハウンドの鬼神”の名は、お聞きしたことがあるはず」

 

「ああ、当然知っているとも。そうか、彼らが……」

 

 かつて復讐の亡霊に取り憑かれ狂っていたユリウスは、AGEを捨て駒同然に扱っていた。

 だが、今の彼は違う。

 エルヴァスティの奇跡を経て復讐を捨てることができたユリウスは、AGEも人間もゴッドイーターも、誰であれ平等に対等な“人”として敬意と親愛を持って接する。

 ハウンドの面々を見る眼差しに、かつての冷たい怒りを携えていたものはなく。

 半分は同じミナトを運営する組織の代表同士としてのオーナーという立場に立ち、もう半分は我が子同然の盟友の信頼する友を微笑ましく見る優しげな目線を向けていた。

 

「初めまして、ハウンドの方々。私は此処アルゴノウトのオーナーを務めている、ユリウス・ディンギルという」

 

 そして、既に封印されているがゴッドイーターの証である赤い腕輪が装着されている右腕をルカ達に差し出した。

 他意はない。

 純粋に欧州最強と謳われる英雄達に向けた初対面の挨拶だ。

 多少の好奇心は入っているが、その目に侮蔑や差別の黒い感情はない。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 そのユリウスの対応は、ルカも直感でこの人は信用できると判断する要因となった様子。

 初対面の目上の相手にはほぼ緊張しまくりで、ユウゴらが間に挟まなければまともな会話ができなくなるルカだが、今回は表情が固まり多少言葉には詰まったものの、いつかのロボット見たく固まったりという無様は晒すことなく握手を交わすことができた。

 

「今は時間がなくてね。すまないが、私はこれにて失礼する」

 

「お忙しい中、時間を取らせました」

 

「彼らと後でゆっくり話したい。お互い積もる話もあるからね。エンリケス氏も同席してもらうとありがたい」

 

「ええ、ご一緒させていただきます」

 

 ルカとだけ握手を交わしたユリウスは、今回の計画の立案者でもあるし多忙な身らしく、後ほど対話の機会を設ける旨をクレア達に伝えてからその場を離れていった。

 

「……良い人そうっスね」

「……うん」

 

 別のキャラバンの代表との会話をしているユリウスの背中を見ながら、クレアやイルダが信頼していること、そして自分たちAGEを一切差別視していない先ほどの態度から、マールとリルもユリウスは信用できる人間であると感じた様子。

 

「もうすぐ会議が始まるわ。席につきましょう」

 

 イルダがそう締めくくり、ユリウス・ディンギルとの初めての対面を果たしたハウンド。

 その後彼らは、アフリカ大陸遠征計画の会議に臨むこととなる。

 

 イルダとハウンドが着席した頃に、先ほどすれ違ったバランの輸送屋とイルダより遅れて現れたリカルドが並んで入ってきた。

 

 

 

 イルダからの指示で、アルゴノウトの隠している灰域種アラガミを単独で討伐して見せた“謎のAGE”について調べていたリカルド。

 名前と所属、潜行灰域濃度レベル、7年前にバランからアルゴノウトへ転属したと言った情報くらいしかデータベースでは確認できなかった。

 他の詳細情報については、バランの旧情報ですら軒並み閲覧規制がかけられている。

 アルゴノウトのオーナーであるユリウスは信頼の置ける人物だが、バランが絡んでいることとフェンリル本部奪還作戦の時の一件があったこともあり、クルーの安全のためにもイルダ達としてはこの不穏な件については明らかにしておきたかった。

 

 リカルドはまず手近なところから情報を集めようと、7年前は当時バランに所属していたルルにこの謎のAGEについて知っていることを尋ねてみたのだが、ルルはその謎のAGE“ギスト・バラン”の名前を聞くと顔を青くしその場に座り込んでしまった。

 明らかにこの名前に心当たりがあるのだろう。

 何か知っているようだったが、彼女の只ならぬ様子はとてもすぐに事情を聞けるような状態ではなかった。

 

 当人には隠しておきたい過去もある。

 特にあのバランの過去ともなると。

 

 リカルドはルルから事情を聞くことは時間をおく必要がありそうだと判断し、ならばと今回のアフリカ大陸遠征計画の舞台を利用して最も事情を深く知るだろう“バランの代表者”に接触を試みたのである。

 バランが過去のデータに至るまで、閲覧規制をデータベースにかけているほどだ。知っているとしても、簡単に事情を明かしてくれるとは思っていない。

 それどころか機密情報を嗅ぎ回っていると判断されれば、危害が及ぶ恐れもある。

 その手の危険な役目はさすがにイルダにさせることはできないと、万が一のことがあっても良いようにバランとの接触に関してはリカルドが単独で動いていた。

 

 アフリカ大陸遠征計画にバランが送ってきたのは、商工業や新規技術開発が盛んな大規模なミナトであるバランの生み出す産業を取引先につなげる重要な事業である灰域航路の運送を担う、バランでも最大の船数を保有する“第三船団”である。

 バランの事業の血管とも言える重要部門である輸送を担うこの第三船団を率いるのは、極東出身の現役のゴッドイーターである“バランの輸送屋”こと“ユウイチロウ・サクラバ”という人物である。

 バランの各船団のトップ達の中では最年少。船団のトップに就任したのは5年前。ただしバランには10年近く前から籍を置いており、出世速度を考えれば内情を深く知ることができる地位に昔からいたとしてもおかしくない。

 バランの経営に直接関与こそしていないもののバラン管轄のミナトの一つである造船部門のミナトを任されているなど、素行に悪い噂が飛び交っているが能力は高いらしく現経営陣から一定の信頼を置かれている様子である。

 

 なんともキナ臭い人物だが、リカルドとしても手札がないわけではない。

 このバランの輸送屋だが、かつてフェンリル本部奪還作戦においてクリサンセマムとの間に一悶着起こしてくれたバランの船団の代表者がその一件で逮捕された後、バランからも捨てられグレーどころか完全にブラックになっていたその男の脱獄に手を貸したことがあるのだ。

 いつか脅しのネタになるかもとバランの経営陣にはバラさなかったが、その証拠もクリサンセマムは抑えていた。

 これを引き合いに出せば、堅い口を割る可能性もあった。

 

 そしてリカルドはバランの輸送屋サクラバが1人になったところを狙い、接触を試みた。

 ちょうど、ハウンドがバランの輸送屋をすれ違うこととなったすぐ後のことである。

 

 会議の場から一度出てきたバランの輸送屋。

 極東の人間だと一目でわかる黒髪黒目の黄色人種に、現役のゴッドイーターであることを示す赤い腕輪とバランのエンブレムが描かれている上着。

 周囲に人がいないことを確認した上で、すれ違いざまにリカルドはバランの輸送屋にだけ内容を聞き取れるほどの声で話しかけた。

 

「“バランの輸送屋”殿、ちょっとお時間よろしいですか?」

 

「おん? おう、良いぜ」

 

 見ず知らずの男からいきなり声をかけられれば突っぱねられるかもしれなかったが、バランの輸送屋は意外にも何の気負いもなさそうな、バランの人間か疑いたくなるほど軽薄な声でリカルドに応じた。

 

「…………」

 

「……ん、ひょっとして俺の顔になんかついてるのか? いや、ラズが確認してくれたから変なことにはなってねえはずなんだけどな」

 

「──あ、いや失礼。かのバランの代表者、もう少し厳格な方が多い印象を受けていましたもので」

 

「そうか? あ、いや、そうだわな。結構入れ替わっているけど、バランの経営陣の連中って基本狐か狸だし、そういうイメージあるわな。あ、狸はヨーロッパの人知らないんだっけ?」

 

 バランの輸送屋の意外な態度に、腹の探り合いに挑もうとしたリカルドは思わず面食らった。

 そんなリカルドの表情に何を思ったのか、バランの輸送屋は自分の顔に何か付いているのかと疑いだす。

 想像していたバランの幹部との差に、一瞬言葉を失ったもののリカルドは慌てて取り繕った。

 

 予想外の対応に、思わずペースが乱される。

 そんなリカルドの心情など御構い無しに、バランの輸送屋は初対面とは思えないような口調で言葉を紡ぐ。

 

「狐はキュウビって言えば伝わるけど、狸って何になるんかな……? あ、アックスレイダーとか──って、これじゃ狸じゃなくて豚だわ。角あるし、イノシシ? いやあれは牙だ。ならサイか?」

 

「…………」

 

「ん? あ、すまねえ1人でペラペラと」

 

 口を挟めずにいるリカルドに気づいたバランの輸送屋が、そこでようやく一旦おしゃべりを停止する。

 この1分にも満たない対面で、完全にペースを乱されたリカルド。

 もしも狙ってやっている演技ならば、バランの輸送屋は相当な役者だろう。

 

「──で? クリサンセマムのオーナーであるイルダ・エンリケスの右腕であり、かつてフェンリル本部じゃかなり名の知れていた精鋭部隊のエースであった“リカルド・スフォルツァ”なんて方が、わざわざ俺みたいなバランの人間に何で接触してきたんだ?」

 

「──!」

 

 相手のペースを乱してから話を振るのがスタイルなのか。

 今になって気づいたよという白々しい態度か、もしくは天然でそれをやっているのか。

 バランの輸送屋は一旦1人でペラペラと喋るのをやめてから、半分あっけにとられていたリカルドに一転して場の空気を変える真剣な口調になって話をふってきた。

 

 そう、ここにいるのはあのバランの幹部の1人。

 その言葉だけで“そっちの素性は調べてある”と言われたリカルドは、一瞬で気を引き締め直した。



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バランの隠し事

まずはリカルドさんと桜庭の腹の探り合い(笑)からになります。
ちなみに桜庭はバランの輸送屋のことです。ユウイチロウ・サクラバの本名を漢字表記したら“桜庭 悠一郎”になります。


 お前の素性は調査済みだ。

 その言葉の裏に、牽制の意味が込められている。

 それを鋭く察知したリカルドもまた、気を引き締める。

 一見フランクな態度だが、この男はあのバランにおいてキャラバン一つを預かる幹部の1人である。決して油断ならない相手であると再認識させるのに、その言葉は十分すぎる効力を持っていた。

 

 戸惑いが消え、口元は笑っているが目元は一切笑っていない表情に切り替わったリカルド。

 

「……バランの輸送屋殿に知っていただけるとは光栄ですねぇ」

 

「そりゃ“元第二船団”とこのデブが散々迷惑かけることになった相手だからな。あぶねえ橋渡ってまで逃がしてやったのに、それをあれだけボコボコにしてくれたんだ。興味持つなっていう方が無理だぜ」

 

「あの方の暴走にバランは無関係だと聞きましたが?」

 

 バランの輸送屋の言う“デブ”というのは、フェンリル本部奪還作戦の際にクリサンセマムと一悶着を起こしたあのキャラバンの団長のことを指しているのだろう。その呼び方からして、バランの輸送屋は個人的にかなり嫌っているようすだ。

 どう見てもバランの総意に従っていただけだが、あの男は朱の女王との件に至るまで独断によるものとして処理され全ての責任を押し付けられる形でバランから切り捨てられた。

 その後、当局に拘束されていたが有力者の手引きにより保釈を勝ち取り、懲りずにアインとの一件でまた灰域航行法を違反した。

 今度こそ有罪となり獄中に囚われているが、表面上はバランの経営陣は無関係であの男単独の犯行とされて決着がついたはずである。

 

 バランの輸送屋がその保釈に関して手引きしていた1人であることを自ら暴露した発言。

 リカルドはここで地雷を踏めば本題に入らせてもらえないと聞き流そうとしたが、クリサンセマムに対してこれらの件で腹に抱えるものができているのかバランの輸送屋は逃さなかった。

 

「表面上はな。だがよ、お前さんらも分かっているんだろ? 俺が手引きして保釈を勝ち取ったこと、そして“フィムちゃん”を手に入れるためにバランがあのデブに指示してフェンリル本部奪還作戦の時に足引っ張ったことをよ」

 

「……お認めになるんですね?」

 

 ここで引けば見逃してやる。

 だが、認めるなら本当に敵とみなし今後は容赦しない。

 そう警告するように、口元の笑みも消して低い声で尋ねるリカルド。

 

 だがその重圧を受けても、バランの輸送屋はまるでどこ吹く風だと言わんばかりの飄々とした態度で往なした。

 

「証拠掴んでからなら、認めてやるよ」

 

 逆に言えば、“この一件の明確な証拠”を掴んでいないならば、これだけ言っておいても尚バランとしては認めないということ。

 それ以上踏み込めばクリサンセマム側の言いがかりとなり、場合によってはバランとも全面対決に発展しかねない。

 流石に追求できないと、リカルドは退くことにした。

 

「……では、今の話はなかったことに」

 

「おう。悪いな気を使わせて」

 

 リカルドが引くと、バランの輸送屋もそれまでのどこか鋭利な印象を受ける態度を崩して素直に頭を下げた。

 

「いや、誰もいねえから言うけどさ。“バランの輸送屋”としては何も言えねえが、個人的にはあの件はマジで申し訳ねえって思ってんだ。あのデブと上が迷惑をかけてお前らを危険にさらしたことは、“桜庭 ユウイチロウ”として謝罪する。すまなかった」

 

「…………」

 

 リカルドたちにしてみれば、とてもそれで許せることではなかった。

 しかし、彼の立場でできる精一杯の誠意というやつなのだろう。

 剣呑な雰囲気を引っ込め、1人の人間としてバランの輸送屋──いや、サクラバという男は真剣な表情で謝罪した。

 

 その態度に、リカルドも圧を解く。

 流石にあの件に関して彼を責めるのはお門違いだろう。それに、あの件に関しては実行犯であるあの男を追い落とし獄につなぐことで、バランとクリサンセマムは手打ちにした件だ。

 もうほじくり返すつもりはない。

 

 リカルドの纏う空気が緩んだのを感じたのか、顔を上げた桜庭の表情はすでに“バランの輸送屋”のものへと戻っていた。

 

「……ところで、だ。俺は便所行くために出ただけだが、会議までの時間が無い中で俺を呼び止めたのには理由があるんだろ?」

 

「その通りですね。では、お言葉に甘えて」

 

 お互い会議の参列者である以上、人がいない廊下なので盗み聞きされる心配はしなくて良いが時間がない。

 リカルドは早速本題に切り込むことにした。

 

「“ギスト・バラン”という名に、聞き憶えはありませんか?」

 

 7年前にバランからアルゴノウトへ送られた、謎のAGE。

 その名を聞いた時、一瞬だが桜庭の片方の眉がつり上がった。

 

「……アルゴノウトといい、何なんだよお前ら? どうやって嗅ぎつけやがる? スパイでも紛れ込んでいるのか? 聞いても答えてくれなさそうだけどな」

 

「ノーコメントで」

 

「だろうよ。ったく、諜報部の連中は何してんだよ、この杜撰セキュリティでよくもまあ“あれ”をグレイプニルに隠してこれたな、おい」

 

 桜庭の愚痴とも取れるその言葉は、明らかに謎のAGEの正体を知っている態度である。

 後頭部をかきながら文句をたれたのち、桜庭はリカルドの方を見て答えた。

 

「その質問の答えは“YES”だ。専門家じゃねえから詳細の性質については知らねえが、そのAGEが“どんな化物”なのかについては知っているぜ」

 

 ビンゴである。

 リカルドは表面上に取り繕った腹の探り合いのための笑みを顔に貼り付け、追求を仕掛ける。

 

「詳しく教えてもらえませんかねえ?」

 

 受けるか蹴るか。

 たとえ蹴られたとしても、リカルドには桜庭に対して口を割らす為の脅しの材料のなる切り札もある。

 

 リカルドの言葉に対し、バランの輸送屋は。

 

「断る──って言いたいところだけども、答えさせる為のカードはあるんだろ? ばれてるなら隠すほどの事じゃねえし、“この詳細をアローヘッドと議会に上げずにお前らが知るだけで留め置く”って約束するなら、時間を作って俺が知るそのAGEの全てを教えてやっても良い」

 

 ……さすがに最低限の保険はかけるか。

 しかし蹴られる可能性が高かったところ、条件付きとはいえ話しても良いという返答を得られたのだ。上々の成果である。

 今回の件はアルゴノウトにも被害が及ぶかもしれない案件なので、リカルドとしては詳細を知りクルーの安全を確保できるのであればグレイプニルまで巻き込んだ大事にする気はないので、その条件で手打ちにすることとした。

 

「わかりました。その条件で構いません」

 

「交渉成立ってところか? まあ、この件については話せば長くなる。まずは会議に戻るか」

 

 こうしてリカルドは当初の目的を果たし。

 バランの輸送屋と並んで、最後の参列者としてアフリカ大陸遠征計画の会議の場に足を踏み入れることとなった。

 

 

 バラン、アローヘッド、ケイルナート、クリサンセマム、レイズ、ペニーウォート……

 ──そして、ハウンド。

 

 大小様々なミナトから送られたキャラバンの代表者たち。

 その錚々たる面々を前に、アルゴノウトのオーナーであるユリウス・ディンギルが立った。

 

「改めてご挨拶させてもらいます。私は、今回の“第一次アフリカ大陸遠征計画”の全権をグレイプニル本部より委任されたユリウス・ディンギルといいます」

 

 あらゆるミナトの思惑が交錯する一大プロジェクト、アフリカ大陸遠征計画が始動した。




次回はハウンドたちとユリウスの対話と、リカルドと桜庭の腹の探り合い(笑)第二弾になります。


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第一次アフリカ遠征計画

まずはユリウスとハウンドの対話から。
その前に、アフリカ大陸進出計画の第一歩である第一次遠征計画についての会議になります。


 第一次アフリカ大陸遠征。

 人口増加に伴う資源不足解消のために、莫大な資源を有すると言われるヨーロッパ南部に広がる大陸、アフリカ大陸への進出を目指す“アフリカ大陸進出計画”の第一歩となる遠征である。

 それぞれのミナトの思惑が交錯する中、このプロジェクトに参加するキャラバンの代表者たちが一堂にアルゴノウトに集まった。

 

 面々を見渡し、今回のアフリカ大陸進出計画の立案者にして第一次遠征の総指揮をとることとなったアルゴノウトのオーナー、ユリウス・ディンギルが自己紹介を終える。

 そして挨拶もそこそこに、本題となる第一次遠征計画の概要の説明に入った。

 

 ハウンドの面々も含めたキャラバンの代表者たちの視線がユリウスの後ろにある大画面のモニターに集まる。

 そこには地中海を超えた先にあるアフリカ大陸北部を表す地図が表示されている。

 欧州の最南端である現在キャラバンが集う場所のアルゴノウトとアフリカ大陸の位置関係などの概要を説明した後、ユリウスは第一次遠征計画の詳細についての説明に入った。

 

「まずアフリカ大陸とヨーロッパを隔てる地中海の渡海だが、これは欧州とアフリカ大陸の支部を繋ぐためにかつてモロッコ=ジブラルタル間の海底に建造されていた“ジブラルタル海峡海底トンネル”を利用して渡海を行う。厄災発生以降、灰域種アラガミ“ドローミ”が出現し海底トンネル内部を占領、ここを拠点としたことにより放棄されアフリカとの連絡網が完全に分断されていたが、海底トンネルは4年前に奪還に成功している」

 

 最初の段階である、アフリカ大陸への渡海。

 厄災以降、需要の低下もあり海路の移動手段に関する技術は大きく衰退した。

 そんな中で、アフリカ大陸とヨーロッパを結ぶ海底トンネルは今となっては貴重な灰域踏破船のような大型陸上船が海を渡る手段となっている。

 

 だが、アフリカ大陸に進もうとする人類を欧州に閉じ込めるように、この海底トンネルにはあるアラガミが住み着いた。

 厄災のアラガミと呼ばれる“灰域種アラガミ”。

 その中でも一際危険であり、クリサンセマムの鬼神が現れるまで一度も討伐の事例がなかった大型の灰域種アラガミ。

 AGEを執拗に狙うその偏食傾向から“AGE喰い”の異名を持つ三頭の大型灰域種アラガミ“ドローミ”である。

 

 海中に喰灰はほとんど侵入することがない。

 その影響か、海底トンネル内には灰域が広がっていない。

 だが灰域種アラガミの存在がアフリカ大陸への進出を妨害し、アルゴノウトも時には他のミナトと連携して過去幾度となくこのAGE喰いに対して討伐部隊を派遣したが全て返り討ちに遭ってきた。

 

 だが、4年前に事態が変わる。

 公表されていないためキャラバンの面々は誰も知らなかったが、アルゴノウトに所属するとあるAGEがこの“ドローミ”をたった1人で討伐し海底トンネルを取り戻したのである。

 その証拠は討伐を成し遂げたAGEの扱う神機の刀身パーツに加工される形で今も残されているため、隠されてきたがまぎれも無い真実であった。

 

 ドローミが海底トンネルを占領していた件は有名であり、ユリウスの公表に衝撃を受ける者も多い。

 一方でドローミ討伐を成し遂げる他とは根底が異なる強さを持つそのAGEのことを知るバラン代表の桜庭や、ドローミ討伐作戦に参加し他のミナトでは唯一この事実を目の当たりにしていた欧州南方の中心的存在であるケイルナートの代表者は、海底トンネルの使用に納得している様子で特に驚いてはいない。

 

 そしてイルダとクレアもまた一度もユリウスからこのことを聞いていなかったため、アルゴノウトが灰域種アラガミ討伐を可能とする隠れた実力者を有していたことは目の当たりにしたもののその情報には衝撃を受けていた。

 

 AGE喰いの異名を持つ大型の灰域種アラガミであるドローミは、ヌァザのような中型の灰域種アラガミとはさらに段階が異なる強さを持つ。

 灰域種アラガミの中でも特にAGEとの戦闘に特化した能力を有しており、ハウンドの鬼神たるルカですら単独での討伐には苦戦を強いられることが多く、彼女曰く“ワンワンの灰煉種より手こずるんですよね〜”とのこと。

 

 ちなみにワンワンの灰煉種というのは、狼のような容貌をした大型の感応種アラガミである“マルドゥーク”が灰域に対応して灰域種アラガミ以上の強さを持つ“灰煉種アラガミ”に進化した“メラム・マルドゥーク”のことである。

 ミナト一つを容易く壊滅させる灰煉種を相手に、その名称を覚えきれないからといって“ワンワン”や“ニャンニャン”と称するのは彼女だけだろう。

 

 ハウンドの絶対的エースすら、灰煉種アラガミ以上の脅威と捉える灰域種アラガミであるドローミ。

 それを小隊単位どころか単独で討伐する。驚くなという方が無理な話だ。

 

 会議の舞台がユリウスから突如齎された衝撃の情報により騒めき立つ中、ユリウスはいちど「静粛に!」と言って議場を落ち着かせてから、次に話を進めた。

 

「まずはこちらに注目してくれ。海底トンネル奪還後、ケイルナートと共同で部隊を派遣しすでにアフリカ大陸側のトンネル出口に拠点を建造している。第一段階はこの拠点に各キャラバンを集結させ、その後本部をこの拠点へ移してからアフリカ大陸の灰域航路の開拓に入ることになる」

 

 海底トンネルの奪還後、アルゴノウトはケイルナートの支援を受けながらトンネルの先、アフリカ大陸にすでに最初の拠点を建造していた。

 しかし大陸に広がる灰域はヨーロッパの灰域とは更に異なる性質を持っており、対抗適応型装甲が登場するまではそれ以上の大陸航路を作るための進出ができなかった。

 その上、先行させたAGEが複数の灰域種アラガミの生息地を近辺に確認したことで、アルゴノウトのキャラバン単独で大陸航路を開拓することは不可能と判断された。

 

 だが、あらゆる性質を持つ灰域に対応して装甲を変化させる対抗適応型装甲が発明されたことで、この大陸の灰域を進む手段を獲得した。

 さらに今回は鬼神を有するハウンドを含めた多くのキャラバンが参加するなど、灰域種へ対抗できる戦力もある。

 

「第一段階は大陸の仮説拠点に各キャラバンを移動。第二段階は周辺灰域の調査結果をもとにこちらで立てた3つの予定航路を進み、航路のビーコンを設置していく。第三段階はこの3つの予定航路が交錯する合流ポイントにキャラバンを集合させる。ただし、第二段階にあたる3つの航路は2つが灰域種の生息エリアを突き進むことになる」

 

 ユリウスが立てた航路開拓の計画は、この十全な戦力を利用して周辺に生息する灰域種アラガミをはじめとするアラガミを駆逐し、予定航路の先にある合流ポイントであるアフリカ大陸最初のミナトの建造ポイントと拠点間の航路及び周囲の地域の安全を確保するというものであった。

 今までは感応レーダーをはじめとする索敵システムを利用し接敵そのものを避けていた灰域種アラガミに対し、積極的な攻撃を仕掛けて撃破を狙うという大胆な作戦である。

 

「確認されている灰域種アラガミだが、Aルート航路に中型灰域種アラガミである“ラー”が、Bルート航路には大型灰域種アラガミである“バルムンク”が生息している。Cルート航路には灰域種アラガミの生息圏は確認されていないが、不測の事態も考慮されるだろう」

 

 この場に集った面々で、灰域種アラガミに対抗できる戦力を保有しているのは“ハウンド”、“バラン”、“ケイルナート”、“アローヘッド”、そしてドローミ討伐の実例を先ほど公表した“アルゴノウト”である。

 そのうち中型以上の灰域種アラガミに対しては、ケイルナートとアローヘッドはキャラバンの総力を持って何とか討伐に成功したことがある程度。

 中型以上の灰域種アラガミの小隊規模での討伐実績を持つキャラバンともなれば、誰もが知る鬼神を有するハウンドと1人だけだが討伐を可能とする力を持つAGEが所属するアルゴノウト、そしてバランである。

 

 この実績を考慮し、ユリウスは各航路を進むキャラバンの編成を行った。

 

 ラーが確認されるAルート航路はバランの第三船団を先頭として進み、ラーを撃破後に“レイズ”をはじめとするその他のキャラバンが後続として出航。

 バルムンクが確認されているBルート航路はハウンドを先頭として進み、バルムンクを撃破後に“アローヘッド”をはじめとするその他のキャラバンが後続として出航。

 そして灰域種は確認されていないものの、灰域種アラガミの生息域から外れていることであらゆるアラガミが侵入するため不測の事態も考慮される、ある意味最も危険と言えるCルート航路はアルゴノウトが先頭として進み、“ケイルナート”をはじめとする他のキャラバンが随時後続として出航する。

 

 3つのルートに分散したキャラバンは、先遣隊がアラガミを撃破して航路を切り開く精鋭が担い、後続の船団がそれぞれ合流ポイントに拠点を作る資材を供給するための輸送部隊が中心となる編成だ。

 いずれかひとつの船団でも到達できれば仮説拠点を設営することができるだけの資材を有する。

 全キャラバンが無事に合流ポイントに到達できれば理想的だが、いずれかのルートを進むキャラバンが壊滅したとしても航路の開拓という最低限の目標は達成できるようにリスクを分散するため、あえて遠征隊は3つのルートに分かれることとなる。

 

 ハウンドはクリサンセマムとともにこの3つのルートの中では、確定している情報を考慮すると最も危険な“バルムンク”の生息域を突き進む航路を開拓するBルート航路担当となる。

 しかし、ハウンドの鬼神を有する彼らにとっては、バルムンクという強大なアラガミの存在がほかのアラガミを寄せ付けない状況となっているこのBルート航路、それほど困難な道のりにはならないだろう。

 

 この第一段階から第三段階、アフリカ大陸最初のミナトを建造する拠点を確保するまでの計画に関してはある程度予想もできていたらしく、特にキャラバンから異論が出ることはなかった。

 それよりも彼らの興味は、大陸上陸のための第一段階における要となったドローミの撃破による海底トンネルの奪還を成し遂げたAGEのことに集中している。

 クレアとイルダもまた、そのAGEが誰を指しているのか予想はできているが、この初耳の情報には驚きを禁じ得ない。

 

「海底トンネル奪還に関して公表しなかった件については、隠していたことはすべて私の一存であり、それが大きな影響を与えることになることも承知もしていた。私に聞きたいことが多々あることも承知している。だが、それはこの第一次アフリカ大陸遠征計画を成功させてから、説明させて欲しい。まずはこの計画の実現のため、皆さんの力を貸していただきたい!」

 

 ユリウスは会議をそう締めくくった。

 キャラバンの代表者たちは納得できないという表情を浮かべるものが少なくなかったものの、それでもユリウスの言葉通り今はアフリカ大陸進出計画の実現に向けて動く事が重要だという理解はある。

 モヤモヤしたものを残しながらもひとまず解散となり、各代表者たちはキャラバン出航準備を進めるために各々のキャラバンへと戻っていった。

 

 そんな中、クリサンセマムに戻ろうとするクレアとイルダの元にアルゴノウトの職員が声をかけてきた。

 

「エンリケス様、ヴィクトリアス様並びにハウンドの皆様。オーナー、ディンギルが皆様に対談の機会を得たいとのことです。差し支えなければ、こちらに来ていただけませんか?」

 

 用件は、ユリウスが会議の始まる前に言っていた彼らとの対談の機会を設けたので来て欲しい、という内容だった。

 ドローミ討伐の事実を聞いてからは少々複雑な感情も入ったが、もともと会議の後に会う約束をしていたこともあり、イルダとクレアは了承する。

 ハウンドの面々も招待したいとのことだったので、最後まで真剣に内容を聞いていた後輩の隣で途中からユリウスの説明が頭を素通りしていたおバカ2名を含めたハウンドも同席することとなった。

 

 職員の案内により、アルゴノウトのオーナーであるユリウスの執務室に到着したハウンドとクリサンセマムの一行。

 

 ちなみに、リカルドは会議後イルダとも合流せずにバランの代表とともにどこかに行ったため、不在である。

 イルダはその理由を承知しているのか、ジークとリルが気になってリカルドが桜庭とどこに行ったのかについて尋ねてみたが野暮用だとはぐらかされてしまった。

 相手がバランの代表ということもありリルは隠し事をされていることに気づいたが、イルダに全幅の信頼を寄せているとはいえそれだけで納得したジークはバカである。

 

「失礼します。オーナー、エンリケス様とヴィクトリアス様、ハウンドの皆様をお連れしました」

 

「ああ、来てくれたか。すまないね、どうぞかけてくれ」

 

 職員が扉が開かれた音に気付かず書類と格闘しているユリウスに声をかけると、それでようやく気づいたユリウスが書類から顔を上げて立ち上がり出迎えた。

 ユリウスに促され来客用のソファに座る一同。

 アルゴノウトの職員は役目を終え、一礼すると執務室を後にした。

 

「少し待ってくれ、すぐにコーヒーを淹れよう。安物で申し訳ないがね」

 

「わ、私も手伝います!」

 

「君たちは客人だ、手を煩わせるわけにはいかないよ」

 

「じゃあ、このお菓子食べてもいいですか!?」

 

「ちょっと、ルカ!」

 

「ハハハ、構わないよ。ケイルナート産のケーキだ、味は間違えない」

 

 最低限書類を片付けたユリウスは、ソファに座る彼らのためにコーヒーを用意する。

 慌てて手伝いを申し出たクレアを止め、直後に遠慮という言葉を忘れたおバカの要求が飛んできたがこれにも一切怒ることなく穏やかな笑みで対応した。

 クレアが思わず注意するも、あまり効果はなさそうである。

 

 ユリウスの部屋に用意されていたお菓子は、欧州で唯一畜産業を行っているケイルナートの本物の牛乳から作られたケーキだ。

 生産量が少なく北欧ともなれば流通がほとんどないためかなり高価な代物であり滅多に手に入らないが、味と品質は間違えない。食の嗜好品としては、最高級の代物だろう。

 もう部屋に入ってからそれを見てよだれが止まらなかったルカは、ユリウスから許可を得るなり満面の笑顔でそれに口に放り込んだ。

 

「おいひぃ……今なら灰嵐種でも1人でぶっとばせそうです!」

 

「……なんつーだらしねえ顔だよ」

「先輩が言うと冗談に聞こえないっすよね」

 

「……美味しい」

 

「ジークとマールも食べてみればわかりますよ!」

 

「単なる菓子だろうが──なんだこれ、うまっ! え、美味すぎだろ!?」

 

「先輩も師匠も……もっと上品に食べて欲しいっす。リルを見習ってくださいよ、こいつリスみたいに──イテッ!?」

 

「煩いケチャップ」

 

「お前本当に俺にだけは毒舌に加えて暴力振るうの躊躇わねーよな!?」

 

「お騒がせしてすみません……」

 

「構わないよ、この程度」

 

 騒がしいハウンドの面々。

 仲間たちの醜態に恥ずかしそうに謝るクレアに、ユリウスは本当に気にしていない様子で許容し、そしてかつては虐げてしまっていた子供達のはしゃいでいる姿を穏やかで、しかしどこか哀愁を感じさせる笑顔で見つめた。




次回はハウンドたちとユリウスの会談の続き、そしてリカルドと桜庭によるおっさんたちの腹の探り合いの続きになる予定です。


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対談

前半はユリウスとハウンドの会談、後半はおっさんの黒い会談になります。


 ユリウスはリスのように頬を膨らませて幸せそうな表情で用意されたケーキを食べるハウンドの面々を見て、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 それはまるで我が子を愛しむ父親のようであったが、僅かに影を帯びている。過去を後悔する哀しそうな色も混じっていた。

 

「……ディンギル氏、お気分が優れないのですか?」

 

 最初は仲間達の遠慮を知らない行動に恥ずかしさを感じながらユリウスに謝罪したクレアだが、ユリウスが浮かべる笑顔に哀愁の色が帯びてあることを長い付き合いから見抜き、心配そうに声をかける。

 それで現実に引き戻されたユリウスは、クレアの声に一瞬驚いてから首を横に振った。

 

「体調の問題ではないさ、気にしないでくれ。それから此処は公の場ではない。昔のように“ユリウス”と呼んで構わないよ」

 

「そ、そういうわけにはいきません……」

 

 今度は自分自身の恥ずかしい過去を思い出し、クレアが俯向く。

 ユリウスはかつて、クレアの父である先代のヴィクトリアス家当主であるランダルの部下であった。

 その縁で幼少期のクレアとも面識のあったユリウスは、当時はまだ子供だったクレアに“ユリウス”と呼び捨てにされ我儘の相手をさせられていたことがある。

 無知ゆえの無礼だったこの過去は、クレアにとって黒歴史の1つになっていた。

 

 ユリウスがクレアに向けるのは、まるで我が子を愛おしく思う親のような目であった。

 彼には10年前、グレイプニルに反抗するAGEのテロ組織である朱の女王の過激派の襲撃による事件で亡くした愛娘がいた。

 年齢が近かったこともあり、クレアを娘と重ねて見てしまうこともあるのだろう。

 

 事件によりそれまで守るべき人々のために尽くす人格者だったユリウスは豹変し、AGEを激しく憎んでいた。

 

「……私は、目が曇っていた」

 

 おバカたちの喧騒から離れて傍にいたイルダとクレアにしか聞こえない声で溢れた呟き。

 それは、かつて復讐心に取り憑かれていたことを後悔する言葉だった。

 

 だが、今は違う。

 ハウンドのメンバーを見る目にも、もうAGEに対する憎悪は残っていない。

 ユリウスはエルヴァスティの奇跡を経て、己の間違えを認識し改めてそしてそれを償えるように、不条理を押し付けてきたAGEたちを救済し彼らが自由と権利を獲得できるように尽力してきた。

 既に復讐の亡霊は消えた。

 AGEであり、直接の仇ではないとはいえ愛する家族を奪った“朱の女王”にかつて所属していた者も仲間にしているというハウンドのメンバー。

 そんな彼らを見つめるユリウスの目は、クレアにも向ける子を慈しむ大人の優しい瞳であった。

 

 3ヶ月前に対面した時と変わらないユリウスの様子に、彼に対する疑念を抱いていたイルダは安堵する。

 隠していることがあるとしても、やはり彼は信頼の置ける人物であると。

 

 だが、信頼できるとはいえやはりあの件については明らかにしておきたい。

 ユリウスは信頼できるが、あの意図的に隠されている謎のAGEの正体はクルーの安全が関わることかもしれないので知っておきたかった。

 

 ヌァザを単独で討伐した件だけでも驚きだが、先の会議の場ではそれ以上の衝撃を受けることを伝えられた。

 あのハウンドの鬼神も灰煉種より手こずると評する“ドローミ”を4年前に討伐した実績があった。

 灰域種アラガミを倒せる腕を持つAGEが1つのミナトに何人もホイホイいることなど考え難い。よく知るハウンドがその灰域種アラガミを倒せるAGEがホイホイいるミナトなのだが、しかしやはり灰域種アラガミを倒せる実力者がホイホイいるとは思えない。

 

 おそらく、ドローミを討伐したというのもその謎のAGEの筈。

 6年前から戦死者が出ていないアルゴノウトが4年前にドローミの討伐を果たしたというなら、その戦いでは戦死者を出さずにAGE喰いに勝利したということになる。

 4年前でドローミを討伐できた実力者ならば、ヌァザをあれほど容易く撃破できたというのも納得できる。

 

 だがしかし、あれはやはり辺境ゆえに無名の凄腕AGEというだけでは納得できる強さではない。

 意図的にプロフィール情報を隠していることも不審さに拍車をかけている。

 

「ディンギル氏──いえ、ユリウスさん。1つだけ、あなたにお聞きしたいことがあります」

 

 作戦に命を預ける1つのキャラバンの代表として、そしてクルーの安全のため。イルダはアルゴノウトが明らかに意図的に隠しているその謎のAGEのことについて1番知っているだろうユリウスに切り込んだ。

 

「……何でしょうか?」

 

「────ッ」

 

 イルダの雰囲気が変わったことに、ユリウスもまた表情が真剣なものに変わる。

 2人の変化を察知したクレアもまた、ドローミ討伐とあの謎のAGEの件について話し合うのだろうと察し、表情が真剣なものになる。

 

「お前も食えば分かるって!」

 

「そうですよ! ほらマール、“あーん”なのです!」

 

「ちょっ、先輩!? いや、普通に自分で食べますんでイイっすよ!」

 

「ルカ先輩にマールが“あーん”してもらってる。そうユウゴさんにメールしようか?」

 

「ストップ! 何でも言うこと聞くからそれだけは勘弁してくれリル! 物理でぶっ殺されるから!」

 

「おくれよリル、あいつが何分で飛んでくるか賭けようぜ!」

 

「この師匠最低だッ!」

 

「今なのです!」

 

「あむッ……え? いや、すげーうまいっす……」

 

「でしょでしょ? そうですよね〜! ──パクッ」

 

「あ」

 

「……マジかよ。コイツ、すげー自然にマールの食いかけを食べやがった」

 

「ユウゴさんに報告しよ。間接は伏せて“キスした”ということで」

 

「リルゥゥウウウウ!?」

 

「はうぅ……幸せですぅ……」

 

 ──すぐそばで繰り広げられているハウンドのおバカなやりとりが、その雰囲気をぶち壊しにかかっているが。

 

 だがしかし、ユリウスは気にせず続ける。

 そして、イルダも気にせずに続ける。

 

「想像はつく。ドローミを討伐したAGEのことだろう?」

 

「ええ。そして、アルゴノウトに入る際にはヌァザを討伐した“彼”のことです」

 

「同一のAGEであると見抜いているか。いや、結び付けない方がおかしな話だな」

 

(……え? この状況でその真面目な会話を進めるの?)

 

 クレアも何とか2人の真面目な空気に従いたかったが、しかしハウンドを横目にお互い向かい合って会話をするイルダとユリウスに対し、位置的にクレアは2人の横顔の先にハウンドの喧騒がしっかりと見えている。

 シリアスをぶち壊すハウンドのおバカな騒ぎを視界に入れながら、シリアスな空気の会話に耳を傾ける。

 クレアはこの状況に困惑せずにはいられなかった。

 

 

 

 ユリウスの執務室でそんなやり取りが繰り広げられていた頃。

 会議を終えたリカルドは、バランの輸送屋こと桜庭に連れられてバランのキャラバンが碇泊する場所に来ていた。

 周囲にはバラン所属の職員などが出港準備を進め、慌ただしく動き回る光景が見える。

 

「こっちだ、こっち! 話はこの船の中で、だ」

 

 そんな中を進んだ桜庭は、バランのキャラバンの中でも一際目立つ巨体を持つ第三船団の旗艦を務める灰域踏破船“秋津洲(あきつしま)”にリカルドを案内した。

 

 彼が明かすという“謎のAGE”に関する真実。

 それを話すといい、ここまで案内されたリカルド。

 いくらアルゴノウトの中とはいえ、バランのキャラバンの旗艦に1人で足を踏み入れるとなると、下手をすれば生きて帰れなくなるかもしれない危険がある。

 

(まあ、そんな危ない綱の上は慣れちまうくらいに渡ってきたけどな……)

 

 しかし、黒い噂の絶えないバランの根城という危険地帯といえど。

 リカルドは内心では緊張しながらもそれを表に出すことなく、桜庭に続く形で1人で船の内部に足を踏み入れた。

 

「へえ……バランの船だと承知の上で中に入るのか」

 

「おや、何か驚きの仕掛けでもあるのですか?」

 

「いや、別にびっくり箱とかはねえよ。単純に驚いただけだ」

 

 桜庭は船に乗り込むことをリカルドが躊躇すると思っていたのか、足を踏み入れたことに驚いた様子。

 冷静に返すリカルドに、冗談交じりに答えながらも予想外だったという本音を明かして、そのまま案内に戻る。

 取り繕わない素を時折見せながらも腹芸をこなす桜庭に、リカルドは油断しないように気を引き締めつつその後をついて行く。

 

 桜庭がリカルドを伴って到着したのは、秋津洲の感応レーダーをはじめとする重要機器が揃っているブリッジだった。

 

「……こんな場所で秘密を明かしてくれるので?」

 

 さすがにブリッジに来るとは思わなかったリカルドは、若干困惑気味である。

 だが周囲で何人ものバランのクルーたちが作業をしている中で、桜庭は普通に頷いた。

 

「おう、“百聞は一見に如かず”と言うしな。まあ、あんたらにこの意味はわかんねえか」

 

「…………」

 

 リカルドはその諺を極東にいた過去があるという、とある人物から教えてもらっているため、その言葉の意味はわかっている。

 だからこそ、いったい何を見せるというのかという疑念が湧く。

 

「レーダー動かすぞ」

 

「了解しました!」

 

 そんなリカルドの心情を知ってかしらずか、桜庭は近くの職員に一声かけてから手首に腕輪の付いている右手を感応レーダーに置くと、それを起動させた。

 

 感応レーダーを動かす、キャラバンの目を担う航海士のゴッドイーター。

 それをこの第三船団はトップである桜庭自らが勤めている。

 ルカには及ばないものの、当たり前のように平均的なキャラバンの出す数値を大きく上回る80マイル四方に観測を伸ばして見せた桜庭の高い感応能力とともに、その事実を見てリカルドは内心衝撃を受けた。

 

「知りたいなら、見せてやるよ。“新型AGE”って名付けられた、化物の隠された真実ってやつをな」

 

 リカルドの方を振り向き。

 桜庭はそう前置きをして、バランの隠してきた謎のAGEの正体について話し始めた。




次回は出撃したギストの戦闘になります。


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化物の戦い方

ヌァザ&ネヴァンの原典、ケルト神話と言ったらクーフーリンが有名。
(青タイツの兄貴)
……クランの猛犬といえば、真っ先にこの方のイメージが浮かぶ作者です。


 ルルとの再会の時間を終わらせたのは、ギストに齎された出撃命令。

 アルゴノウト近辺に確認されたアラガミの討伐であった。

 

 ユリウスをはじめとするアルゴノウトの経営陣は、キャラバンの代表と顔合わせをした後アフリカ大陸遠征計画に関する打ち合わせを進め、最初の大陸航路を作る第一段階から第三段階のビーコン設置のための3つの航路の選定及びキャラバンの編成したのだが、その後の上陸に向けた先遣隊の出発計画を進めようとしたところでアルゴノウトの近辺にアラガミが襲来してきたのである。

 

 確認されたのは、中型アラガミに該当する“グウゾウ”二体と“ネヴァン”一体、小型アラガミに該当する“マインスパイダー”八体と“コクーンメイデン”七体である。

 ただしグウゾウのうちの一体が通常種に比べ極めて危険な攻撃性を持つ雷属性を有する堕天種であり、マインスパイダーも全ての個体が氷属性の堕天種であった。

 

 このアルゴノウトに接近する脅威に対し、ミナトの防衛を司る管制局はギストの出撃を決定。

 当然ながら、一般的なAGEであれば中隊規模が必要となるこの群れに対しても単独の出撃命令である。

 

「……目標確認」

 

 ルルを振り切るように出撃したギストは、早々に接近しているグウゾウを中心とするアラガミの群れを捕捉。

 

「……迎撃開始」

 

 青い刀身が特徴のバスターブレードの刀身を持つ神機を手に、躊躇うことなくアラガミの群れへと突撃した。

 

 ギストの接近に最初に気づいたグウゾウの堕天種が、威嚇するように防御形態を解きその無機質な顔を見せて咆哮をあげる。

 それにより周囲の青いマインスパイダーと通常種のグウゾウ、ネヴァンもギストの接近を知覚した。

 

 グウゾウは灰域発生後に出現するようになった中型アラガミである。

 その姿は時に動物、時に植物、時に昆虫、時に機械と多様な進化を遂げるアラガミの中でもかなり異質であり、およそ生物らしからぬ浮遊する像のような外観をしている。

 どちらも無機質な白磁の像を彷彿とさせる二つの白く無機質な顔を持ち、それぞれの顔を現す二つの形態を有する。

 

 一つ目は中央に浮遊する巨大な頭部を身体を覆う装甲の中にしまいこんで固め、籠城するように閉ざしている防御形態。

 グウゾウの装甲は極めて強固であり、この形態時には神機の銃撃が全くと言っていいほど聞かず、近接武器をふりまわそうにも触れるだけでゴッドイーターを弾き飛ばしてしまう強力なオラクルエネルギーの形成するシールドを装甲の上に展開する事で接近する事すら許さなくする、まさに鉄壁と言える防御体制の形態である。

 しかしグウゾウにこちらの攻撃が効かない中、グウゾウはオラクルエネルギーの形成するシールドをぶつけるように動いたり、上部に見える小さな頭部から巨大な風船爆弾ともいうべき触れるだけで爆発を起こす浮遊するオラクルエネルギーの球を放出したりと、無数の攻撃手段を放つため、ほぼワンサイドゲームを強いられる事となる。

 

 二つ目は装甲の展開を解き、内部に隠されている命核と中央の巨大な頭部をさらけ出す攻撃形態。

 怒り状態の時にこの形態に変化する事が多く、この形態の時は防御形態よりも軽快に動き回る事が可能となるほか、攻撃形態と呼ばれる通り防御形態の時には隠されていた中央の頭部と命核から無数のオラクルエネルギーの光線を放ったり、堕天種は受けた相手をスタン状態にして無力化してしまう強力な雷撃を発生させたりする事ができるようになる。

 防御形態と違い装甲が解かれているため攻撃の余地はあるが、グウゾウの方も防御形態の時には見られなかった非常に射程距離の長い苛烈な攻撃と高い機動性を持って攻撃してくるため、非常に攻撃的であり危険な形態である。

 

 この二つの形態を駆使するグウゾウは、攻防ともに隙の無い中型アラガミといえど熟練のゴッドイーターでも苦戦する強力なアラガミである。

 

 加えて、マインスパイダーとネヴァン。

 さらに戦場に多数地下より出現したコクーンメイデン。

 

 マインスパイダーは遠距離からの攻撃、そして死の直前に起こすオラクルエネルギーの暴走による自爆が厄介な蜘蛛型の小型アラガミで、今回確認されている氷属性の堕天種は触れるか数秒経過すると破裂し氷の破片をばら撒く糸玉のトラップを設置してくる通常種には見られない行動もとる。

 

 コクーンメイデンは中世の拷問器具である“アイアンメイデン”を模したような棺型の蛹のような小型アラガミで、頭部からホーミング性能を持つオラクルエネルギーの光弾を放ち、近づいてくる敵には棺の蓋を開き内部から無数の棘を伸ばして攻撃してくる。

 

 これら二種類の小型アラガミも遠距離攻撃を得意とし、近距離戦闘でも脅威となる攻撃手段を持つ、グウゾウばかりに気をとられる事ができない厄介な存在である。

 

 突撃を仕掛ければ乱戦になる事必至であったが、ギストは躊躇しない。

 グウゾウの発する光線、マインスパイダーの放つ光弾を次々に回避し、戦闘中は基本的にその場を動かないコクーンメイデンに狙いを定めてバスターブレードを叩きつけた。

 

 巨大な刀身の重量も生かした一撃は強力であり、攻撃を受けたコクーンメイデンが怯む。

 コアの制御に異常をきたすダメージだった様子で、一撃で昏倒してしまい、常時は閉ざされて隠してあるコアが露出するように棺の蓋がだらしなく開かれ動かなくなった。

 しかし昏倒しただけ。時間が経てば復活してくる。

 そのためすぐにもう一撃を叩き込む必要があるのだが、四方より放たれるほかのコクーンメイデンやマインスパイダー、グウゾウの攻撃が次々にギストに襲来してきた。

 

 コクーンメイデンを倒す絶好の機会だが、アラガミ一体に対してとどめをさす事に執心して仕舞えばたちまちほかのアラガミの無数の攻撃にさらされ蜂の巣にされる危険な戦場。

 普通のゴッドイーターならば生きてさえいればいずれ倒すチャンスも巡ってくるだろう昏倒したアラガミにとどめをさすよりも、まずはこの状況を打破するために回避を優先する場面。

 

 だが、ギストは普通のゴッドイーターでは無い。

 神機のみがアラガミに対抗する手段である“人間”のゴッドイーターではなく、肉体そのものが灰域すら取り込む強力な捕喰能力を有しているまるでアラガミのような“化物”のゴッドイーターである。

 脳以外に対する攻撃を受けても喰灰やアラガミなどのオラクル細胞を捕喰することでどんな重傷でも回復し復帰してくる体質を持つギストは、それを活かした負傷を無視する捨て身と言える攻撃を得意とする。

 

 四方からアラガミの攻撃が迫る中、ギストは回避をせずに神機のタワーシールドを最も危険な攻撃を繰り出してくるグウゾウの光線の防御に展開すると、マインスパイダーの攻撃は無視してその身に受けつつ、昏倒しているコクーンメイデンに神機を握っていない方の手を押し当てた。

 

 ギストの肉体は、神機を通してアラガミのオラクル細胞を捕喰するが、その捕喰能力はギスト自身の体にも存在している。

 ギストの手を触れた場所から、コクーンメイデンを構成するオラクル細胞がまるで波にさらわれる砂の城のように、一見何をしても破壊できないようなその肉体の構成を破壊して分解するとギストの手へと次々に吸い込まれていった。

 

 コクーンメイデンが悲鳴を上げるが、もう遅い。

 コアだけでなく、コクーンメイデンを構成していた全てのオラクル細胞がギストの体に飲み込まれ、存在そのものが消失する。

 それとともに、飲み込まれたコクーンメイデンを構成していたオラクル細胞がギストの体内でその強力な捕喰能力により還元され、マインスパイダーの攻撃で穿たれた傷を元どおりに修復していった。

 

 アラガミ同士には仲間意識と呼べるものなどほとんど無い。

 同神属の種同士ならば行動をともにすることもあるが、異なるアラガミが形成する群れは基本的に“ゴッドイーター”という共通の脅威を排除すること以外で足並みをそろえることは無い。

 強力な感応能力を有し他のアラガミに様々な影響を及ぼす感応種の制御下にあればある程度まとまりがあるかもしれないが、基本的にアラガミ同士は同じ世界で食うか食われるかの生存競争を繰り広げる存在である。

 

 それに、アラガミに人間の常識は通用しない。

 コクーンメイデンが神機を通さずに人間に喰われたからと言って、ほかのアラガミに言わせてみれば“それが何か?”である。

 ……もっとも、そんな感性を持つアラガミがいればの話ではあるが。

 

 そのため、マインスパイダーやグウゾウ、ほかのコクーンメイデンといったアラガミは、ギストが早々にコクーンメイデンを撃破したからと言って動揺することなど無い。

 その砲撃が緩むことはなく、四方からの攻撃は続く。

 

 その苛烈な攻撃の嵐の中を最低限の防御でギストは突き進み、次の標的であるマインスパイダーへ肉薄した。

 マインスパイダーはそこまで俊敏なアラガミでは無い。いきなり飛び跳ねるなどトリッキーな動きを見せることはあるが、基本的にオウガテイルやザイゴートはもちろん、アックスレイダーと比べても鈍足なアラガミである。

 そのため距離を詰めて反撃の隙を与えない攻撃を叩き込めば、苦戦する敵では無い。

 

 とはいえこの乱戦。

 グウゾウやコクーンメイデンの攻撃も飛来する中でその距離を詰めて一撃を叩き込むというのが困難だ。

 

 だが、ギストはそれをやる。

 通常のゴッドイーターをはるかに凌ぐ身体能力と、オラクル細胞を捕喰すれば多少どころかほとんどの負傷を瞬く間に修復し復帰できる異常な回復能力。

 この二つを持つため被弾のリスクをほとんど無視して前進できる新型AGEにとって、乱戦は苦難の戦場では無い。

 

 バスターブレードを横殴りに振り回し、三体のマインスパイダーをまとめて斬り刻む。

 マインスパイダーは絶命の瞬間に体内のオラクルエネルギーを暴走させて自爆する能力があるため、撃破したからと言って油断できる敵では無い。

 だが、ギストはその最後の抵抗となる自爆攻撃すら上等だと言わんばかりにマインスパイダーを接近戦で撃破して、オラクルエネルギーの爆発を受けながらもその負傷を無視して瞬く間にその骸を食らいつくし、瞬時に負傷を完治させた。

 

 もはや人間の戦い方では無い。

 まるで化物の自分を殺してくれる存在を探すかのように、死地を求めるかのように捨て身と言える攻撃を仕掛けアラガミの群れの数を順調に減らしていくギスト。

 体に氷が突き刺さろうが、光線で腹を撃ち抜かれようが、コクーンメイデンの繰り出すトゲに串刺しにされようが、アラガミを喰らい灰域を喰らいその怪我を治してまた傷つきながらアラガミへ向かっていく。

 

「──神機解放」

 

 さらにアラガミのオラクル細胞を捕喰し、バーストモードへ移行。

 バーストアーツを次々に放ち、小型アラガミをほぼ殲滅し、狙いが移ったことを察知して防御形態をとるグウゾウにもオラクルエネルギーのバリアによる被弾をやはり無視して立ち向かっていった。

 

 ギストは確かに強い。このままいけば、アラガミの群れの駆逐されるだろう。

 ──だが、その戦い方はいつ切れてもおかしく無い一本の頼りない糸に支えられているような、見る者の不安を煽る危うい綱渡りのような戦いだった。



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偶像崇廃

グウゾウは拝まずスクラップへ。
VSグウゾウ等編の続きになります。


 浮遊するアラガミであるグウゾウに攻撃対象を移しても、ギストの戦い方は変わらない。

 グウゾウから繰り出される攻撃に対し、頭部以外の被弾を無視して突き進む。

 防御形態を取られれば銃撃が効かなくなるグウゾウに対し、ギストはバスターブレードを振り回し接近戦を仕掛けた。

 

 浮遊するグウゾウに対し、神機の捕喰形態を展開。

 装甲に神機を噛みつかせ、持ち前の身体能力を生かしグウゾウに取り付いた。

 オラクルエネルギーのバリアがギストを振り落とそうと展開されるが、体が破壊されても無視してギストは上部にあるグウゾウの頭を横一文字に振り回しバスターブレードにて切断した。

 

 文字通りの斬首。

 結合崩壊を受け、たまらず防御形態を解除し装甲の中から顔を見せて悲鳴をあげるグウゾウ。

 ギストは切り落としたグウゾウの首に齧りつくと、神機も通さずに自分自身の口でそれを喰らいオラクル細胞を獲得して受けた怪我を瞬く間に治癒した。

 

 タバコのようにグウゾウの頭を咥えながら、バスターブレードを振り上げる。

 その刀身にオラクルエネルギーを溜め、重厚な刀身を存分に活かした一撃を叩き込む技。

 バスターブレードのチャージクラッシュだ。

 

 危険を察知したグウゾウが装甲を閉じてコアを守ろうとするが、遅い。

 

「──CC・オリジン!」

 

 AGEのみが使えるバーストアーツ。

 強力無比な一撃により、通常種のグウゾウはコアを含めた命核、中央の頭部をその一撃により両断され、絶命した。

 

 グウゾウの死体を神機で残らず捕喰し、そのアラガミを構成していた全てのオラクル細胞を獲得。

 これで残るはネヴァン、コクーンメイデン、そしてグウゾウの堕天種である。

 塵も残さず食い尽くされた同族の死に、同じ神属のアラガミともなれば多少の仲間意識はあるのか、堕天種のグウゾウが怒りをあらわにして中央頭部を剥き出しにした攻撃形態に転じた。

 

 咆哮をあげるグウゾウ堕天種。

 攻撃形態に転じたグウゾウの堕天種は、通常種とは桁違いの苛烈な攻撃を発揮する。

 上部の頭より無数の雷撃を放ち、さらに命核から蛇状に伸びる雷を帯びたオラクルエネルギーをギストに向かって直線上に発射してきた。

 

 まともなゴッドイーターならば、その強烈な雷撃で意識を断つスタン効果のある雷撃には真正面からぶつかるなどという愚行は冒さない。

 だが、ギストは無視して突撃を仕掛ける。

 グウゾウ堕天種の雷撃に身体を貫かれるが、まるで効いていないかのように痺れて動かなくなるはずの身体を動かして足を止めることなく肉薄。

 

「──バーストアーツ発動!」

 

 ステップで至近距離に詰め、飛び上がり中央頭部へオラクルエネルギーを纏うバスターブレードを叩きつけた。

 

 結合崩壊にまでは至らなかったものの、攻撃形態の状態でバーストアーツを受けたグウゾウの堕天種は衝撃を殺しきれずに後退する。

 その際、雷撃の誤射を受けて麻痺していたコクーンメイデンを押しつぶしてしまう。

 アラガミの攻撃でコアを潰されたコクーンメイデンが絶命するが、もともと仲間と呼べる存在でもない。

 グウゾウ堕天種もネヴァンもコクーンメイデンの死には何の感慨も抱かない様子で、グウゾウ堕天種はコクーンメイデンの死骸を利用して体勢を立て直し、ネヴァンは隙と見て突進攻撃を繰り出してきた。

 

 ネヴァンの突進攻撃に対し、ギストは神機の装甲を展開しながら空中を駆ける“ダイブ”を敢行。

 目標は体勢を立て直したばかりのグウゾウ堕天種。

 ネヴァンの突進を躱しながらグウゾウ堕天種に肉薄し、防御形態に移行される前に捕喰形態に神機を可変させてグウゾウの装甲へ捕喰を行いバーストモードへ移行した。

 

「──神機解放」

 

 通常種と同じように浮遊する巨体に取り付き、神機を銃形態に移行して中央頭部に至近距離からレイガンを発射。

 グウゾウは防御形態の時には銃撃に対して高い耐性を持つが、攻撃形態となると装甲以外の露出した箇所に対して銃撃が極めて有効的となる。

 

 ギストが外さない距離で狙ったのは、防御形態時には装甲の中に隠されている中央頭部。

 さらにオラクルエネルギーの属性もグウゾウ堕天種にとって効果的となる“炎属性”を使用しているため、瞬く間に中央頭部のオラクル細胞を破壊、結合崩壊を発生させた。

 

 結合崩壊に苦痛と怒りから咆哮をあげるグウゾウ堕天種。

 その上に立つギストに、ネヴァンが弾丸のように無数の羽を発射してくる。

 

 それに対しギストはスタングレネードを両アラガミの視界が重なる場所に放り、グウゾウ堕天種の上から退避。

 直後に二体のアラガミの視界を潰す強烈な閃光が発生し、グウゾウ堕天種とネヴァンが怯む。

 

 一方で二体のアラガミの動きを止めたギストはその間に地上に降り立ち、神機を捕喰形態へ移行。

 背中を晒すグウゾウを捕喰すると、奪ったオラクル細胞を用いて神機をバースト。バスターブレードの刀身にオラクルエネルギーをまとわせたバーストアーツ、強烈な横殴りに振り回す刀身を叩きつける。

 

「──バーストアーツ発動!」

 

 その攻撃はグウゾウ堕天種の左側を守る装甲を砕き、鉄壁の装甲表面に結合崩壊を発生させた。

 

 装甲の破壊にバランスを崩し、浮遊状態が維持できず崩れ落ちるグウゾウ堕天種。

 まだ絶命していないその巨体を物陰として利用し、ギストは神機を銃形態へ移行して雷属性にエネルギーを変更。

 スタン状態から復帰したはいいものの、ゴッドイーターを見失ったネヴァンに向かってそのレイガンを発砲する。

 

 雷属性はネヴァンに対して効果抜群というわけではない。

 だが、この攻撃を受けたネヴァンはグウゾウ堕天種の攻撃を受けたと誤認。怒ったネヴァンはまだ倒れているグウゾウ堕天種に対して爪を用いた突進攻撃を敢行した。

 

 それが倒れていたグウゾウのコアを守る最後の砦、命核を貫く。

 命核がネヴァンのフレンドリーファイアによって結合崩壊を起こし、コアが露出してしまった。

 

 その隙をギストは見逃さない。

 装甲の破壊によってバランスが崩れながらもなんとか浮き上がったグウゾウ堕天種がネヴァンに怒る背後から出て、近接形態に変形させたバスターブレードをネヴァンの脚に叩きつけた。

 

 バーストアーツによる攻撃。

 ドローミのオラクル細胞を加工して作られた青い刀身パーツは、ネヴァンにとって苦手とする氷属性を帯びている。

 それが放つバーストアーツの攻撃はネヴァンにとって効果絶大であり、一撃で両足に結合崩壊を発生させて昏倒させた。

 

 グウゾウ堕天種がネヴァンもろとも雷撃でギストを焼こうとするが、ギストはそれを無視して倒れるネヴァンの頭を足場にしてダイブを敢行。

 グウゾウ堕天種の無数に放たれる雷撃がギストの脚を貫くが、苦痛を無視して肉薄し大きく振り上げたバスターブレードをグウゾウ堕天種めがけて振り下ろす。

 装甲を閉じようとしたグウゾウ堕天種だが、先ほどの結合崩壊の影響により防御形態へ移行できない。

 そしてその無防備な中央頭部と命核に、ギストのバスターブレードが叩きつけられその身体を両断。コアも破壊して絶命に至らせた。

 

 グウゾウ堕天種の死体を神機によって捕喰、そこから得たオラクル細胞でボロボロとなった肉体を再度修復する。

 これで残るアラガミの群れはネヴァンのみである。

 

 いつの間にか群れが殲滅され、残るは自分一体のみとなった惨状に、ネヴァンは捕喰者としての本能よりも生存欲求が勝ったらしい。

 立ち上がったネヴァンはなりふり構わずといった様子で背中を見せ、ギストから逃走を始めた。

 

『逃すな!』

 

「……了解」

 

 すぐにオペレーターから追撃命令が出る。

 それに頷き、ギストはダイブで距離を詰め、逃走するネヴァンに対し背後からバスターブレードを振り下ろす。

 身の危険感じたネヴァンが振り向いた直後、その頭部は青い刀身を持つバスターブレードによって破壊され、そして昏倒した直後にはギストの神機によってコアも含めたすべてのオラクル細胞を捕喰され遺体も残さずに消え去った。

 

「……任務完了」

 

『ならばさっさと帰投しろ。これからアフリカ大陸への遠征が始まる、貴様は露払いの仕事があるだろうが!』

 

「……了解」

 

 命を削るような戦いで短時間のうちにアラガミの群れを殲滅したギスト。

 しかしその功績を労る者はいない。人間が化物を利用することはあっても、受け入れることは決してないから。

 

 両手首の腕輪の連結が作動し、アラガミを殲滅したとはいえまだ戦場だというのに手錠のようにギストを拘束する。

 だがそれにもギストは一切反応することなく、神機をケースに収納してからアルゴノウトへ帰還するため歩き始めた。

 

 

 

 ──そして、アルゴノウトの他にそのギストの戦闘を観測している存在がいた。



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正しい冷遇

リカルドと桜庭のおっさんによる黒い会話(笑)の回です


 ──そして、そのギストの戦闘の模様を監視する者たちがアルゴノウトの他にいた。

 

「……相変わらずの化物っぷりだな」

 

 それは、本来アルゴノウトに譲渡されたはずのギストに付けられている腕輪の情報を観測用として破棄せず保持していることで、戦闘模様や現在位置などを随時把握し観測しているバランのキャラバンである。

 

 グウゾウ二体を中心に形成される群れを単独で、かつ短時間で殲滅して見せたギストの強さ。

 それを秋津洲のブリッジより感応レーダーを通して観測していた桜庭は、驚きとともに嫌悪感も混じった声でギストの戦い方を評した。

 

「…………」

 

 そして、もう1人その戦闘の模様を見せつけられていた人物。

 クリサンセマム所属の従来型ゴッドイーターであり、イルダの右腕として活躍するリカルドは、その余りの強さと常識はずれの回復能力を駆使した捨て身の戦い方に言葉を失っていた。

 

 新型AGE。

 桜庭はそう評しているが、あれはもうAGEとは呼べない。

 アラガミを神機を通さずに自身の口でも捕喰し、普通ならば致命傷と言える攻撃を無視して受け、それを瞬く間に回復させて復帰し、雷撃のスタンも無視して動き、獣でもしないような戦い方でアラガミを駆逐する。

 そのデタラメな戦い方はAGEも、いや人間どころかアラガミでもやらないだろう死を全く恐れない鬼気迫るものだった。

 

 あんな戦い方をするなど、まともじゃない。

 桜庭は新型AGEを化物と評したが、リカルドもギストの強さと戦い方を目の当たりにして同じ感想を抱いた。

 

 その強さに対する畏敬を込めた“化物”という感想ではない。

 人間とは異なる存在。そのものの意思など関係なく、人類にとって脅威であり異物である、そういう嫌悪と恐怖の対象として見做す“化物”に向ける感想だった。

 

 黄金色の瞳と、真っ白な表皮もその化物の印象に拍車をかける。

 外見だけではない。能力そのものが人間と異なる存在だ。

 

「信じられるか? あれ、元は普通のAGEだったんだぜ」

 

「──人間だったのか!?」

 

「ははは! やっぱり驚くか?」

 

 人型アラガミと言われた方が納得できる。

 モニター越しに見る化物は、桜庭が言うにはもともと普通のAGE、つまり人間だったとのこと。

 桜庭の告げた事実に衝撃を受けるリカルド。

 

 そのリカルドに期待通りのリアクションだと桜庭は笑い、新型AGEの経緯を説明し始めた。

 

「まあ、あんなの見せつけられればAGEは普通の人間に見えるわな。実際、バランの研究機関が極秘で開発した新型偏食因子を投与して適合するまでは、あいつもまともなAGEだった。その名残か、あれでも心だけは人間のままっていういびつな存在になっていやがる。その方が都合いいけどな」

 

「新型偏食因子……? 灰域種アラガミのコアから製造される偏食因子の噂は聞いていたが、完成していたのか!?」

 

 バランの黒い噂の中に、それはある。

 灰域種アラガミのコアから開発された、適合すればそれまでのAGEをはるかに超える能力を獲得できるという新型偏食因子。

 バランの極秘情報のため噂程度しか聞いたことはなかったが、桜庭の話によればその存在は本当であり、開発に成功したバランは適合した新型AGEもすでに生み出したのだという。

 その唯一の適合に成功した新型AGEが、あの謎のAGEである“ギスト・バラン”とのこと。

 

「全然完成してねえよ。量産化計画は失敗続き、適合者もあいつだけ。あれこれやったが全て失敗だった。何十人ものAGEを生贄にしたが、正真正銘の“化物”に昇華できたのは“アレ”だけだった」

 

 詳しく聞かなくてもわかる。

 バランのやる実験だ。悲惨な結果も多く出たのだろう。

 明らかに灰域航行法に抵触する案件だが、話しぶりからして過去の事業だ。証拠も消されているだろうし、何よりリカルドはこの件について何を聞いてもグレイプニルに上申せずクリサンセマム内で知るにとどめることを約束している。

 犠牲になったAGEたちを思うと胸が苦しくなるが、リカルドはその感情を出さないように努める。

 

 そんなリカルドの心情に気づいたのか気づかないのか、桜庭は当時の話を続ける。

 

「7年も昔の話だけどな。人権派連中が変えた灰域航行法の改正に伴い、バランも膿を出し切るためにその手の実験とか司っている連中に今までの暗部の全責任を押し付けて処罰している。1番腐っている経営陣の首には届かなかったが、今はその手の実験はやってねえよ。そこだけは安心しろ」

 

「……だからと言って許せる話ではないですけどね」

 

「ハッ! 処断したけりゃ証拠を持ってきてからにしろよ。新型AGEの保有権もすでにアルゴノウトに移してある。お前さんらにとって大きな支援者である“ディンギルさん”にまで責任が波及するぜ? マッドな研究者連中をブタ箱に叩き込んで一応の解決を見た問題なのに、犠牲者の親族でもないお前らはまだやりあうつもりか?」

 

「……痛いところをつきますねぇ。わざわざ藪蛇に手を伸ばすつもりはありませんよ」

 

 トカゲの尻尾きりだが、バランにおけるAGEの冷遇と非人道的な実験の数々に関する責任問題はすでに解決したことになっている。

 本当に責任を取るべきものたちの首を取っていないが、蒸し返せる問題ではないしバランの輸送屋を責めても何もならない。

 ここは我慢するべきところだと、リカルドは退くしかなかった。

 

「そうしておけよ。うちの狸どもは手打ちにするなら寛容だが、本気で怒らせるのは勧められねえからな」

 

「ご忠告、痛み入ります」

 

 リカルドに釘を刺してから、桜庭の話は新型AGEに戻る。

 新型AGEの持つ特色。強靭な身体能力と、灰域種アラガミの持つ強力な捕喰に特化した能力と、それが生み出す回復力。

 そして、灰域の影響を無効化するどころか、灰域そのものを取り込みその濃度を下げることができるという能力。

 いずれを取っても新型AGEの能力は既存のAGEを超えるものであり、バランが生み出した化物は人類に大きな貢献も果たせる力を有していることが判明した。

 

 それだけ聞くと、確かに化物だが非常に頼りになる存在にも思える。

 内面も人間の心を待っているので意図して人類に刃向かうことはしないというし、その力を恐れる気持ちも理解できるがだからと言ってユリウスが“化物”と呼び禁止されている腕輪の拘束をするだろうかという疑問も浮かぶ。

 

「……おい、今強いだけで頼りになる味方みたいな風に感じたのか? 甘いな」

 

「どういうことですか?」

 

 だが、そんな甘い考えを持つリカルドを表情から読み取った桜庭は、冷たい声でその甘い考えを切り捨てさせるように新型AGEの持つ最大のデメリットを説明した。

 

「ユリウス・ディンギルの化物に対する対応は正しい。あいつは人型アラガミのフィムちゃんなんかともまた違う、心がどうあれ正真正銘の化物だ。人間に害を為す、自由なんか与えちゃいけねえ存在だ」

 

「……その言い方はおかしいと思いますが」

 

「いや、正しいね。あいつの捕喰能力はゴッドイーターにも及ぶ。あいつの心がどうあれ関係無い、あの化物には触るだけで灰域種アラガミに喰いつかれた時と同じ状態に陥るんだよ」

 

「────ッ!?」

 

 リカルドが衝撃を受けて目を見開く。

 それが事実だとすれば、ユリウスが冷遇する理由も納得できる。

 本人の意思に関係なく触れるだけでゴッドイーターを侵蝕状態に陥れる。あまりにも危険すぎる特性だ。

 

 リカルドの表情の変化を見て、その危険性を納得したらしい。

 桜庭は嘲笑するように感応レーダーの観測する先、モニターに映るギストの姿を見て言う。

 

「アラガミでもねえし、人間でもねえし、ゴッドイーターでもねえ。あれはこの世界でたった一体だけの、他のすべてに害を為す利用しても受け入れることは絶対あっちゃいけねえ化物なんだよ」

 

「…………」

 

 言葉が出ないリカルド。

 あの謎のAGEは、彼の目の前でリルの命を救ってくれた恩人だ。

 その体質からリルを傷つけないように退避させず、わざわざ自分の体を肉盾にしてまで庇ってくれた。

 そのことには感謝しているし、きっと心は優しい人物なのだろうと推測できる。

 

 だが、人型アラガミのフィムの時とは違う。

 桜庭の言うことは、冷酷だが正しい。

 たとえバランの悪魔の研究の被害者だとしても、リカルドたちが最優先するべきはクルーの安全だ。ゴッドイーターにとって、ギスト・バランという存在はあまりにも危険すぎる。

 

 だからこそ、リカルドは自由を束縛し冷遇することが正しい措置であると理解できる。できてしまう。

 あれは明確に人を傷つける、人の輪に受け入れてはいけない“化物”なのだ、と。

 

「……納得できねえ顔だな」

 

「当たり前だろ……ッ!」

 

 思わず本音が溢れるリカルド。

 そのリカルドに対し、桜庭はため息をつきながらバランの人間でありながら全く悪びれる様子はなく、しかし反論できない正論を叩きつけた。

 

「納得できなくても、お前らには何もできねえよ。それだけ危険でも利用価値はある。殺処分にしないでアラガミとの戦いに使ってやることで生かしているだけ、温情ある措置だぞ」

 

「…………」

 

「ま、お前さんのオーナーには伝えておけよ。そして、仲間の安全を第一に考えるなら絶対あの化物を触れさせるんじゃねえぞ」

 

 桜庭は最後にリカルドの肩に手を置いてそう忠告してから、感応レーダーを停止させ観測映像を遮断した。

 

 真実を知ったリカルドは、重い足取りで秋津洲を後にする。

 

(まさか、ルルはこのことを知っていたのか……?)

 

 世界の不条理を知ったリカルドは、ギストの名を出した時のルルの動揺について新型AGEの性質のことを思いだしたことであのような反応になったのではと推測した。

 

 もしも辛い境遇を強いられたバラン時代において彼女が信頼を置いた知り合いだったとすれば、この話は残酷すぎる。思い出した瞬間、ショックを受けたとしてもおかしくはないだろう。

 

「……とりあえず、オーナーには報告しておくか」




ユリウスがギストを牢獄に閉じ込めるのは、アルゴノウトの“人間”を守るための必要な処置だからです。
……ちなみにバランのマッドたちは因果応報、受けるべき制裁をトカゲの尻尾切りとはいえ受けました。


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黒獣討伐

グウゾウをスクラップにしてアルゴノウトに帰還するギストにアングルを当てます。
サブタイトルでわかるかと思いますが、今回はクロちゃんが出ます。


 グウゾウを中心とするアラガミの群れを殲滅したのち、アルゴノウトに帰還したギスト。

 だが、帰還ゲートに到着したもののまるでギストの入港を拒むようにゲートが開かない。

 化物である自分を閉め出すのは構わないが、これでは神機が返却できない。アルゴノウトの意図がわからず困惑するギストに、そのアルゴノウトのオペレーターから通信が入った。

 

『おい、応答しろハイエナ』

 

「……此方、管理番号AN–02506」

 

 オペレーターの通信に応答する。

 ギストの応答を聞いたオペレーターは、声を聞くのも虫唾が走ると舌打ちをしてからこのような命令を出した。

 

『貴様の声なんぞ……チッ! おいよく聞けハイエナ、貴様は外で待機しろ。キャラバンのゴッドイーターに接触し、怪我人が出たら一大事だ。貴様は存在するだけで周りの人間に危害を加える“化物”だからな!』

 

「……了解」

 

 その後、オペレーターの通信が切れる。

 アルゴノウトは他のキャラバンのゴッドイーターたちの安全を考慮して、ギストをアルゴノウトに入れないことにした。

 それについては、ギストも正しい判断だと納得する。

 

 灰域に出ていても、ギストにとっては餌場に出ているようなもの。灰域内における活動限界時間が実質的に存在しないため、ミナトの外にいても問題はない。むしろ栄養源となるオラクル細胞を存分に獲得できるため、調子がよくなるほどである。

 神機も握ったままだ。腕輪の拘束はされているが、戦う手段はある。アラガミに無抵抗で食われることもない。

 だから、これは正しい措置である。

 

「…………」

 

 神機の入ったケースを地面に置き、ミナトの外壁に背中を預けるように座り込む。

 普段であれば、常に自身を化物として卑下しているためミナトから閉め出される程度の冷遇は受け入れるギストだったが、その時はこの壁の先にルルがいる事が頭に浮かんで少し表情に影が下りた。

 

 彼女はもう、自分の仲間と家族を得ている。

 バランの中で誰も信用せずに孤独に戦い続けていたルルが、仲間と家族を得て幸せを享受している。

 壁を隔ててミナトへの帰還も許されない一人きりの己との差に、慣れたはずの孤独に少しだけ寂しさを感じた。

 

(羨ましい……)

 

 牢獄から出してくれると言ってくれていたが、それは彼女や大切な仲間たちを傷つけることにつながる。

 本来ならば化物になった時、再会することすら許されなかった。

 

 だから、仲間を求めるのは過ぎた願望だ。

 化物には守る人間はいても、仲間はいない。いてはならない。

 寂しいという感情は、任務の障害にしかならない。

 

「…………」

 

 この醜い感情を忘れるように。

 フードを深くかぶり、1人で静かに休息に入る。

 自分は化物だと、仲間などすぎた願望であり彼女達とはもう違う存在であると、決して人の輪に入ってはいけない存在だと言い聞かせながら。

 

 だが、その休息を許さないかのように通信機にオペレーターの声が響いた。

 

『おいハイエナ、起きろ! 仕事の時間だ。アルゴノウト近郊にアラガミが出現した、直ちに出撃して撃破しろ。キャラバンの露払いだ、急げ!』

 

「……了解」

 

 ギストが通信に返答すると、腕輪の拘束が解除される。

 立ち上がりフードを外した時、すでにギストの表情に陰りはなくなっていた。

 

 ケースから神機を取り出し、指令を受けた戦闘区域に向かう。

 今回の任務は、アフリカ遠征へ出陣するキャラバンの予定航路に出現したアラガミの撃破である。

 

 内容は大型アラガミである“クロムガウェイン”一体。

 シユウのような巨大な爪を生やす長い腕を持つ、黒い体表が特徴の四足獣のヒョウを模したような大型アラガミである。

 遠距離攻撃の手段を有さないが、俊敏な動きと腕を用いた広い攻撃範囲によりそれらを補い余りある強さを持つ危険なアラガミである。

 

「……目標確認」

 

『行けハイエナ。化物同士で殺しあえ!』

 

「……攻撃開始」

 

 通信機から響くオペレーターの怒鳴り声に応答して、ギストはクロムガウェインへ向かっていった。

 

 クロムガウェインは、非常に獰猛で攻撃的な性質を持つ。

 餌であれ敵であれ、視界に入った他の神属のアラガミやゴッドイーターを積極的に攻撃し排除を試みる。

 相手構わず攻撃を仕掛けるその性質は、相手に対して常に捕食者の地位に立つ強者の特権とも言えるものであり、このアラガミの強さは接触禁忌種と拮抗するほどである。

 

 接近する化物の気配に気づいたのか、クロムガウェインがギストの方を向き咆哮を上げた。

 仕込み刃のような双腕にそれぞれ1本だけある鋭利な爪を伸ばし、待ち伏せが基本の豹とは違い自ら襲いかかってきた。

 

 それに対し、ギストは装甲を展開することなく神機を捕喰形態に切り替える。

 持ち前の俊敏さで一気に距離を詰めてきたクロムガウェインがすれ違いざま、爪を横一線に薙ぎ払いギストの腹部に大きな傷をつける。

 内臓を破壊する強烈な一撃。深さも十分。

 捕食者の本能が、その一撃が獲物に確実な致命傷を負わせたと確信できた。

 

 だが、その予測に反しクロムガウェインの腹部に傷がつく。

 ギストの神機がすれ違いざま、クロムガウェインの腹に喰らい付きオラクル細胞を捕喰したのである。

 

「──神機解放」

 

 振り返るクロムガウェイン。

 獲物が捨て身の攻撃でこちらにも一撃を与えたのだとすぐに理解する。

 だが、与えた傷はこちらの一撃が確実に重傷となっているはず。ギストが与えた傷はクロムガウェインにとってかすり傷のようなものだが、クロムガウェインが爪によってつけた傷は内臓を切り裂いた手応えのある一撃である。

 確実にこちらが競り勝った。

 そう確信したクロムガウェインであったが、その目が見たのは既にこちらに向けて神機を振りかぶり突撃してきている“無傷の”ギストの姿であった。

 

 内臓に届く致命傷となる一撃だったはず。

 今までにない事態を目の当たりにしたクロムガウェインの動きが止まる。

 狩人として獲物を知り尽くすクロムガウェインは、自身の放つ攻撃がどの程度獲物に通ったのかを手応えで理解することができた。

 そして、アラガミといえど不死身というわけでもなければ、一瞬で致命傷のような大きな傷を治せるほどには化け物ではない。

 それらを知る獰猛で賢い狩人だったからこそ、クロムガウェインはあの一撃を与えた獲物が次の瞬間には無傷で立ち向かってきていることが信じられず、硬直してしまったのである。

 

「──バーストアーツ、発動!」

 

 狩人として、いや命を削り合う戦いの舞台に立つ戦士としてその隙は致命的だった。

 相手は獲物であっても、戦場で命を賭け合う敵でもある。

 その敵が、驚いたからといって動きを止める隙を見逃すはずがない。

 

 ステップで距離を詰めて肉薄したギストが、青い刀身のバスターブレードを振り上げる。

 灰域にしろアラガミにしろオラクル細胞を獲得すればあらゆる負傷を回復し復帰できる新型AGEにとって、すれ違いざまの相打ちとなる攻撃は捨て身ではない。確実に敵にダメージを与えられる、“戦術”だ。

 

 捕喰によりバーストモードへ移行していたギストが放つのは、AGEだけが扱える“バーストアーツ”の一種。

 ステップから飛び上がり、振り上げた神機にオラクルエネルギーを纏わせ敵に唐竹割りのように強烈な一撃を振り下ろす攻撃である“ディストラクション”である。

 神機の纏ったオラクルエネルギーは敵に直撃したのち、その場でさらなる追撃となる波紋状に地面を広がるオラクルエネルギーの衝撃波“インパクト”のバーストアーツエフェクトになる。

 

 二派からなるバーストアーツの繰り出す攻撃。

 それをまともに食らったクロムガウェインの頭部はその頑強なオラクル結合に亀裂を走らせ、結合崩壊につながった。

 

 頭部に強烈な攻撃を受けたことで、昏倒するクロムガウェイン。

 常に狩人であるクロムガウェインにとっても、ギストのような敵は初めてであった。

 

 昏倒したクロムガウェインに、ギストはさらなる追撃を仕掛ける。

 結合崩壊により脆くなった頭部を狙い、バスターブレードを振りかぶる。

 その刀身にオラクルエネルギーを溜め込み、重厚なバスターブレードの刀身を存分に生かした強烈な一撃を叩き込む攻撃であるチャージクラッシュである。

 

 しかもギストはバーストモードの状態。

 ただのチャージクラッシュではない。活性化したオラクル細胞のエネルギーがさらなる集約を見せ刀身を纏うことで、オラクルエネルギーの刃を追加したよりリーチの長いチャージクラッシュとなるバーストアーツ“CC・オリジン”である。

 

 頭に食らった一撃により昏倒からまだ立ち直れないクロムガウェインは、その獲物が振り上げる刃を睨みつけることしかできない。

 コアにまで衝撃の伝わった先の一撃の影響で身体が動かせず、躱せないのだ。

 

「──CC・オリジン!」

 

 立ち上がれないクロムガウェインへ、ギストの強烈なバーストアーツの一撃が叩き込まれた。

 

 その一撃を受けたクロムガウェインはたまったものではない。

 それまでの狩人の戦意を高ぶらせる咆哮から一転、CC・オリジンを受けたクロムガウェインは苦痛に対する悲鳴となる咆哮をあげる。

 立ち上がれないならせめてこの命を奪いにくる敵を遠ざけようと、死にたくないという本能が双腕を動かす力を与え、クロムガウェインは普段ならば狩人の一撃で獲物の命を削り取る洗練された一撃を放つ腕を今回に限っては泥臭くても生きたいという本能からただ我武者羅に振り回した。

 

 爪を全て展開し出鱈目に振り回されるその双腕は、鋭さを感じない。

 だが本人も所構わず振り回しているため、近づくことさえ困難である。

 普通ならば距離をとろうとするだろう。

 

 だが、ギストは違う。

 頭部にくる攻撃だけを神機で防ぎつつ、この爪による斬撃が無作為に振り回されるため人の足では回避などできない場に踏み込み、体を切り刻まれながらもクロムガウェインに肉薄した。

 

 死の恐怖に抗う、とにかく自分の命だけを守ろうとして放つ我武者羅な攻撃すら、ギストには通用しない。

 どれだけ傷ついても接近をやめないギストに、クロムガウェインの中で恐怖が湧き上がる。

 これは獲物でも敵でもない。傷を負うことを一切恐れず、その傷すら回復して突き進む。

 自分ですら目の当たりにすれば恐ろしくてたまらない死というものを全く恐れずにこちらの命を奪いにくる奴は、敵ですらない。

 ──化物、だと。

 

 来るなと言わんばかりの咆哮とともに、ギストめがけて双腕を突き出すクロムガウェイン。

 その巨大な爪がギストの胴体をえぐり、破壊する。

 肋は砕け、内臓も穴だらけになる明らかな致命傷だ。

 

「…………」

 

 だが、それでもギストは倒れるどころか足すら止めない。

 進むごとにより深く突き刺さり、傷口が広がるのも厭わず、痛みなど感じていないかのように歩みを進める。

 

 そして、もはや狩人の尊厳を無くし化物と怯えるクロムガウェインの頭に、振りかぶった神機を叩きつけた。

 

 ──クロムガウェインの意識は、そこで闇に消えた。

 

「……討伐完了」

 

 身体をクロムガウェインの爪によって串刺しにされながら、通信機を通してアルゴノウトへ討伐が完了したことを報告するギスト。

 満身創痍といったところだが、肉体の修復はできるためねぎらいを受けることはないし、それで休ませてもらえるわけでもない。

 

 クロムガウェインを捕喰し、塵1つ残さずその身を構成したオラクル細胞を取り込む。

 それによりボロボロとなっていた身体の傷が消えていく中、ギストの通信機にオペレーターから通信が入った。

 

『おいハイエナ、休む暇などないぞ。次は海底トンネルの確保だ。観測隊より内部にアラガミが侵入したとの報告があった。それらを発見し排除、キャラバンが来る前に海底トンネルの安全を確保しろ』

 

「……了解」

 

 労いも感謝もない。命を削ってアラガミを倒した彼に与えられるのは、人間から化物へ向けた罵倒と嘲笑と利用するための命令のみ。

 新たな命令を受け、ギストは次の戦地へと向かう。

 

 アフリカ大陸進出計画に向けた露払いは、まだ続く。



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海底トンネルの攻防

今回もギストにアングルを当てています。
キャラバンの安全な通行のために海底トンネルに侵入したサリエル神属の撃破を目指します。


 海底トンネルはジブラルタル海峡の海底を通る、前時代に作られアフリカ大陸とヨーロッパを結ぶ重要な交通手段として用いられてきた建造物である。

 厄災の後、この海底トンネルに住み着いたとある灰域種アラガミが原因となり長らくアフリカとヨーロッパを分断していたが、それを4年前にギストが撃破したことで海底トンネルの奪還に成功した。

 その討伐した灰域種アラガミを用いて、ギストの神機の青い刀身パーツが作られている。

 

 その海底トンネルに、アフリカ大陸の第一次遠征を前にアラガミが侵入してきた。

 海底トンネルの奪還を命令されたギストは、直ちに戦場に向かう。

 

 情報によれば、海底トンネルに侵入してきたのは水棲の中型アラガミである“ウコンバサラ”一体と、サリエル神属に該当する接触禁忌種アラガミが率いる群れとのこと。

 灰域と接触禁忌種アラガミから追い立てられる形でウコンバサラが海底トンネルに侵入、それを追って多数の“ザイゴート”を率いたサリエル神属接触禁忌種アラガミ“アイテール”が侵入してきたという。

 

 ウコンバサラはワニのような外見をした中型アラガミである。

 背中にタービンを備えており、それを利用して雷属性のオラクルエネルギーを生成し、それを利用して戦闘を仕掛けてくるのが特徴である。

 

 だが、ウコンバサラはそれほどの脅威ではない。

 基本的に攻撃の前には隙の多い予備動作が見られ、動きそのものも鈍足であり、時折こちらの意表をつく素早い飛びかかりなどの攻撃を仕掛けることはあるものの、多少腕に覚えのあるAGEまたはゴッドイーターであれば単体ならば小隊規模で十分に対応できるアラガミである。

 

 だが、アイテールは違う。

 接触禁忌種というだけあり、通常のサリエルを大きく上回る戦闘能力を持つ極めて危険なアラガミである。

 

 通常のサリエルは、青い体表に蝶と女性が融合したような神秘的な外見をした美しいアラガミだ。

 グウゾウと同じように常に浮遊しており、頭部に光る巨大な目から放たれるオラクルエネルギーの光線や光弾、腕を形成する羽から放たれる毒の鱗粉といった多様な攻撃手段を用い、肉弾戦こそ強くはないもののトリッキーな攻撃と毒で敵を追い詰めるアラガミである。

 

 アイテールは通常種のサリエルをはるかに上回る強力な毒を多用した攻撃を得意とする。

 外見はサリエルの男性体と呼ぶべき灰色の体表に蝶と男性を融合したような、神秘的な美しさを醸し出すサリエルと違い不吉さを感じさせるどこか不気味に見える外見が特徴のアラガミである。

 しかしオラクルエネルギーのレーザーの破壊力、手数の多さはサリエルの比ではなく、また多様な毒を獲物に与える攻撃手段を有しており、それらを万全に活かせるようにサリエルよりも打たれ強く長期戦に向いている。

 通常種をはるかに上回る戦闘能力を持ち、ゴッドイーターを上回る戦闘能力を持つAGEでも手に負えない、接触禁忌種の名に恥じない強力なアラガミである。

 

 そのアイテールがアフリカ大陸の方から多数の同神属にあたるザイゴートを率いて群れを形成し、ウコンバサラを追い立てて海底トンネルへと侵入してきたという。

 単体でも脅威である接触禁忌種が群れを率いて侵攻してきた。

 アルゴノウトは遠征前にキャラバンの力をこれ以上現段階で頼るわけには行かず、アイテールの群れに関してはギスト以外に対応できる戦力はないと判断。

 ウコンバサラに対しては現有戦力のAGEで小隊を組み出撃して対応。

 ギストには単独でアイテールの率いる群れに対する迎撃を命令した。

 

 アイテールたちに追われているウコンバサラは、人間にいちいち構っていられるかという鬼気迫る表情で海底トンネル内を走っており、先行して到着したギストとすれ違ったが逃げることに必死だった様子でその横を素通りしていった。

 

 ウコンバサラには対応する部隊がいる。

 逃げることに夢中なウコンバサラを横目で見送ってから、ギストはその後方より接近してくる灰色の魔神に対して神機を銃形態に移行して先制攻撃を仕掛けた。

 

「……迎撃開始」

 

 アイテールは非常に広い視覚による索敵範囲を持つ。

 その怪しく光る大きな瞳はすでにギストを認識しているだろう。

 射程に入ったアイテールに、ギストはレイガンのレーザーを照射し始めた。

 

 レーザーのバレットの種類は、アイテールに対して効果を認められる神属性である。

 銃による攻撃に弱いサリエル神属だが、アイテールは通常のサリエルに比べ打たれ強い。

 基本的に遠距離攻撃を主体としているため肉弾戦こそ苦手としているが、多様な状態異常を誘発する攻撃手段を用いて安易な接近を許さないなど、簡単には攻略できない。

 

 頭部の目を狙ってレーザーを照射するギスト。

 それに対し、アイテールもひらりと舞うように移動しつつホーミング性を持つ光弾をばら撒き、さらに配下のザイゴートを指揮して突撃させた。

 

 ザイゴートは敵に接近すると、奇声をあげて仲間を呼びながら毒を撒き散らすなどの攻撃を行う。

 飛行するアラガミということもあり小型アラガミの中では屈指の機動力を持つため、分断が容易ではなく早期の撃破が必要なアラガミである。

 

 ザイゴートの接近とアイテールの攻撃により大したダメージを与えられずにレーザーの照射を中断したギストは、神機を近接形態へ移行する。

 アイテールの光弾はギストの脳天を狙って放たれてきた。

 さすがにギストも脳をやられれば回復できるかどうかわからない。

 神機の装甲を展開してアイテールの攻撃を防ぎつつ、接近してきたザイゴートに対してバスターブレードを振りまわす。

 

 バスターブレードの攻撃は、鈍重ゆえに一撃一撃が重く強力だ。

 その上、このバスターブレードの刀身はかの“AGE喰い”、ハウンドの鬼神が時に“灰煉種アラガミ以上の強さ”を持つと評する灰域種アラガミである“ドローミ”から加工された刀身である。

 中型以上のアラガミともなればさすがに一撃で倒れることはほぼないものの、小型アラガミ、それも機動力を取っているため肉質自体は脆くオウガテイルらに比べ打たれ弱いザイゴートでは一撃ですら当たれば過剰な威力となる。

 

 振るわれたバスターブレードを食らってしまったザイゴートは、表皮を破壊されコアもろとも身体を両断され絶命に至った。

 

 しかし、アイテールにしてみればザイゴートなど消耗品である。

 構わず後続を繰り出し、自身は能力を最大限生かしてギストから距離を取り遠距離からレーザーなどを放つ徹底したアウトレンジ攻撃を仕掛け続ける。

 

 対してギストはザイゴートが邪魔をしてくるため、攻勢に転ずることができない。

 防御するだけで手一杯であり、それでも手が足りず体に負う傷が増えていく。

 やがてジリ貧となりくたばるはず。

 

 だが、そのアイテールの予想を裏切り、ギストは足を踏み出した。

 ザイゴートの撒き散らす毒を無視して突き進み、アイテールに対して突撃して行ったのだ。

 

 それに対し、アイテールは冷静に対応する。

 頭を狙っての被弾覚悟の乾坤一擲の攻撃を狙ったのだろうが、突撃するなどいい的である。

 毒で動きも鈍くなるはず。この距離を詰めることはできない。

 正確に敵の急所である“心臓”を撃ち抜けば、矮小な人間は絶命するはずだと考えた。

 

 アイテールは狙いを正確にするためにその場にとどまり、レーザーを放つ。

 狙いは敵が重点的に防御する頭ではなく、無防備にしている急所の心臓。

 

 アイテールのレーザーはギストの心臓を正確に撃ち抜いた。

 

 勝利を確信したアイテール。

 だが、心臓を撃ち抜かれたギストは──止まらなかった。

 

「…………」

 

 無言で、しかし一切足を緩めることなく突撃するギスト。

 スタングレネードをその場に放り、後ろから追いかけるザイゴートたちの目を纏めて潰す。

 さらに閃光を背に向けたギストと違い、心臓を撃ち抜いたにもかかわらず突撃をやめない獲物に驚くアイテールもまたその閃光をまともに受け一瞬だが視覚を封じられる。

 

 そこにギストは肉薄し、高度も下がっていたアイテールの頭上まで飛び上がると、捕喰形態に切り替えた神機を食らい付かせ目をかばっているアイテールの羽を宿す腕を食い破った。

 

 結合崩壊を受け、アイテールが悲鳴をあげる。

 そのアイテールに、ギストが追撃を仕掛ける。

 目眩しから復帰したアイテールの目に、神機の刃を突き立ててから捕喰形態に移行。巨大なアイテールの眼球を内部から神機に食い破らせた。

 

 頭部の結合崩壊に、たまらず暴れるアイテール。

 主の悲鳴を聞き、閃光から復帰してしたザイゴートたちがギストに群がる。

 毒の吐息やブレスをぶつけてくるが、ギストは御構い無し。

 そんな攻撃など知らんと言わんばかりに無視して、神機を結合崩壊したアイテールの目の残骸に再度突き立て、中に守られているコアまで捕喰形態の神機を伸ばし生きているコアを喰らった。

 

 コアを失ったアラガミは、肉体を構成するオラクル細胞の制御を失う。

 アラガミとしての命を終わらせ、それは骸となりやがてオラクル細胞単位で分解されて消える。

 

 地面に落下するアイテール。

 消えるのみとなった死体とかしたアラガミだが、しかしギストはその肉体を構成するオラクル細胞を再度神機を用いて喰らい尽くして行った。

 

 司令塔を失ったザイゴートたちは、しばらく統制を失ったことで呆然となり、骸すら残らず食い尽くされるかつての主を襲う惨劇を見ることしかできなかった。

 

『管理番号AN–02506、1匹たりとも生かすな!』

 

 戦意喪失状態のザイゴート。

 だが、指令を受けたギストはアラガミの戦意の有無など関係なくなる。

 

 アルゴノウトの夢のために、その障害となるアラガミを排除する。

 それを目的とし、そのために命も捨てる。

 刃の届くザイゴートはバスターブレードで沈め、逃げるザイゴートはレイガンで撃ちぬき、立ち向かうザイゴートは逆に自らの歯で喰らい尽くしていく。

 

 やがて、アイテールの死に遅れて数分後にAGEたちのチームがウコンバサラを撃破した時。

 ギストの方もザイゴートの討伐と、海底トンネルの安全確保を完了した。

 

 ウコンバサラの討伐を成し遂げたAGEたちには、アルゴノウトのオペレーターたちから惜しみない歓声が送られている。

 中型アラガミのウコンバサラは単体ならば苦戦するほどではないが、それでも1人の負傷者もなく勝利したのは紛れもなく彼らの実力がなした功績である。賞賛に値するのだろう。

 

 そして、それをはるかに上回る脅威を1人で討伐したギストは──

 

『何をしているハイエナ、周囲の索敵に入れ。潰れるまで人類のために働き続けろ、化物が!』

 

 賞賛とは無縁の罵倒と新たな指令を齎され、そして通信を切られた。

 

「……了解」

 

 オペレーターによりAGEチームへの賞賛の輪に入るために通信を切られたことでもう何も聞こえない通信機に向け了解の返事をしてから、神機を握り直して索敵に移る。

 

 まだ、アフリカ大陸第一次遠征計画の露払いは終わっていないのだ。




というわけでアイテール戦になりました。
次回もギストにアングルを当てます。キャラバンのための露払いはまだ続きます。


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許されない願望

前半と後半はギストに、真ん中はルルとアルゴノウトのオペレーターにアングルを当てています。


 海底トンネルに侵入してきたサリエル神属の接触禁忌種アラガミであるアイテール率いるアラガミの群れを殲滅したギスト。

 その討伐直後に、アルゴノウトから次の命令がもたらされた。

 内容はトンネル内部の安全確認と、アフリカ大陸側のトンネル周辺の安全確保である。

 

 連戦により消耗品のアイテムは既に底をつきかけている。

 スタングレネードは使い切り、トラップはアラガミの動きを一時的に止める“ホールドトラップ”が2つのみ。

 オラクル細胞の摂取により肉体を修復できる特性を持つギストにはもともと回復錠などの通常の回復アイテムは効果がないため支給されておらず、手持ちの“回復球”や“回復柱”などは味方の負傷者の治療に利用するために支給されているアイテムなので無許可で使うことはできない。

 

 新型AGEの性質により、喰灰を捕喰することで灰域内部ならばどこでも負傷を復帰することができるギストであったが、この海底トンネルは普通の人間でも外で活動できる場所である。

 空気中に存在する喰灰は限りなくゼロに近い濃度であり、逆に言えばアラガミを捕喰することでしか負傷を回復することができなかった。

 

 しかし、侵入したアラガミはすべて撃破してしまった。

 そしてザイゴートのオラクル細胞では足りないのか、負傷を完全に治療するのにオラクル細胞が足りておらず怪我が残っている。

 

「…………」

 

 怪我は治せる。半分不死身に近い。

 それでも受けた傷は普通の人間と同様に痛む。

 苦痛は何度も受けてきたから慣れた。耐えられる。だが、痛みがないわけではない。

 

『──おいハイエナ、仮設拠点内にシユウが侵入した! 急いで迎撃に向かえ! 絶対に死人を出させるな!』

 

「……了解」

 

 そして、労りなどないアルゴノウトからの冷たい通信。

 先ほど声も聞きたくないと切られた通信が繋がりもたらされたのは、海底トンネルの先にあるアフリカ大陸側の仮設拠点にアラガミが侵入したという情報。

 絶対に死人を出すなというオペレーターの命令には、確認せずともわかる。

 仲間とみなされていないギストは、その出してはいけない死人のリストに入っていない。

 つまり、死んででもアルゴノウトの人間は守れという命令である。

 

 化物と冷遇するアルゴノウトのオペレーターの指令。

 それでも、ギストは弱音を吐くことなく神機を手に海底トンネル内部を走り始めた。

 

「…………」

 

 肉体の傷は、耐えられない痛みではない。

 海底トンネルを抜ければ灰域が広がる世界だ。修復のためのオラクル細胞がいくらでも手に入る、人間にとっては死の広がる世界だが化物にとっては餌に溢れた世界となる。

 

 ただ、ギストが走る理由は濃い灰域に出て傷を早く治すためではない。

 ルルと再会して、彼女に“お前は人間だ”と言われてから、過ぎた願望が湧き上がってきていた。

 化物と呼ばれ、1人だけ隔絶されているこの境遇が寂しいという、仲間を得て幸せを享受しているルルのことを羨ましいと思う感情が。

 ──自分にも、1人でいい。仲間が欲しいという願望が。

 

 その身に過ぎた願望を振り払うように走る。

 化物が仲間を欲する。それは、この孤独に生きなければならない化物をもう1人産んでほしいという、誰かの人生を壊す最低の浅ましい願いに他ならない。

 それは、望んではいけない願いだ。

 

 海底トンネルを抜けた先、アフリカ大陸に作られた人類の拠点。

 そこに襲来しているのは、中型アラガミのシユウ。

 

「……迎撃開始!」

 

 ギストはその醜い願望を振り切るように。

 青い刀身の神機を振りかぶり、ゴッドイーターの登竜門と呼ばれているアラガミへと挑みかかっていった。

 

 

 

 ──時間は少し遡る。

 アルゴノウトの命令を受け、アラガミの殲滅のために出撃していったギスト。

 化物として隷属を受ける境遇から、閉じ込めている牢獄から引っ張り出そうと伸ばした手が空を切り、走っていったギストを見送ることしかできなかったルル。

 

「何で……!」

 

 ギストは、ルルの手を交わして戦場に走っていった。

 ゴッドイーターに触れれば侵蝕状態を誘発する肉体。その苦痛をルルに与えないために、もう誰にも与えないためにこの手を振り切った。

 ギストの優しい人格を知るルルは、この手を取らなかったのは自分を守るためであるということが理解できる。

 

 それでも、納得できない。納得したくない。

 ギストは牢獄から飛び出して行ったが、それは任務のためだ。化物として理不尽を強いてこの牢獄につなぎとめる鎖は、戦場に出ていったギストを縛り付けている。任務が終わればこの牢獄に帰ってくるはずだ。

 

 そして、この手はまたあいつを救うことができなかった。

 そのことが悔しくて、悲しくて、やるせなくて……そんな感情がぐちゃぐちゃに入り乱れている。

 そして、恩人1人助けることができなかった自分の無力さが虚しくて、ルルはその場にへたり込んでしまった。

 

「ごめん、なさい……!」

 

 涙がこぼれる。

 泣いていいのは私じゃないのに。辛い思いをしているのは私じゃないのに。あいつは一滴の涙も弱さも見せずに耐えているのに。

 心の弱い私は、涙が出るのを止められなかった。

 

 

 

 ギストの牢獄には、脱獄されないように監視カメラが備えられている。

 アルゴノウトに刃向かう意思をギストは持たないとはいえ、ゴッドイーターの安全のためとはいえ冷遇していることをアルゴノウト側も自覚していた。

 通常のゴッドイーターをはるかに上回る身体能力を持つギストが本気で脱獄を行えば止める術などないのだが、気休めとはいえ監視はしてある。

 

 そして、この時。

 アフリカ大陸への第一次遠征計画が始まることもありアルゴノウトは非常に忙しく、灰域種の襲来という事態などもあり、普段はおとなしく牢獄に繋がれていることを許容しているギストにまで監視の目が届かなかった。

 それがようやく一段落したところで、アルゴノウトのオペレーターが出撃命令を出したことで空となったギストの牢獄の監視カメラの映像を確認した時。

 そこに涙を流してうずくまるルルの姿を確認したのだ。

 

「なっ!?」

 

 アルゴノウトの人間が差別視するのは、化物であるギストだけである。

 元々豹変したユリウスやグレイプニルの方針に従っていたのみであり、それらが改善された今、AGEに対し差別視する人間は1人もいない。

 

 そのアルゴノウトのオペレーターから見れば、開かれた牢獄の扉の前にひとりのAGEがうずくまって泣いているという状況はギストが何かをしたと考えてしまう光景だろう。

 

(あの化物、まさか……! くそ、本性を見せやがったな!)

 

 オペレーターはギストが帰還した時、キャラバンの方を見ていたことを確認し叱責した。

 そのときのギストの不自然な行動から、キャラバンのAGEに手を出したのだと推測する。

 実際にはルルの方が勝手にギストをつけて牢獄に入り込んでしまっただけであり、ギストは会話こそしたもののルルには一切危害を加えてはいないのだが。

 

 しかし、ギストを化物と見なしているオペレーターには関係ない。

 

「衛生兵、直ちに化物の牢獄に急行を! どこかのキャラバンに所属していると思われる女性AGEが牢獄にいます! ハイエナの侵蝕を受けた可能性あり、至急衛生兵を!」

 

 ギストがあのAGEに何かをしたと思っているオペレーターは、直ぐに衛生兵に牢獄へ向かうように要請。

 ルルの無事を祈るとともに、出撃したギストに対する怒りが湧き上がった。

 

(ふざけるなよあの化物……!)

 

 ルルは無事であり、彼女自身が駆けつけた衛生兵に自分が迷い込んだだけであることを伝えたためギストの嫌疑は晴れたが。

 当然アルゴノウトが何の危害も加えていなかったとはいえ、ギストを許すはずがない。

 キャラバンのゴッドイーターとの接触が万が一にもあれば危険だと判断し、ギストはキャラバン出発までの間はアルゴノウトへの入港を禁止する方針が決定されることとなる。

 

 さらに、先遣隊の出発準備中の中、アルゴノウトに接近してくる新たな大型アラガミを感応レーダーが確認。

 この大型アラガミ“クロムガウェイン”の対応のために、帰還すら許されなかったギストへ連戦に近い形で迎撃命令を発令。

 さらにアフリカ大陸側の海底トンネル出入り口に設営されている仮設拠点から、アイテール率いる群れとウコンバサラの海底トンネル侵入の報告がもたらされる。

 

「何でキャラバンが集まっている時に、こんなにアラガミの襲来が……とにかく、接触禁忌種をハイエナに迎撃させ、ウコンバサラにはAGE小隊を対応させよう。頼むぞ!」

 

 アフリカ大陸への第一次遠征。

 そのために多数のキャラバンが集まっている中、まるでそこにアラガミを引き寄せる何かがいるかのように、普段からアラガミの襲来が多いアルゴノウトにおいても稀に見る頻度でアラガミが襲来してくる異常事態がこの日は発生していた。

 

 さらに、接触禁忌種の群れでもまだ終わらない。

 大陸側の仮設拠点から、救援要請が入る。

 

『アルゴノウトへ救援要請! こちら、アフリカ大陸側海底トンネル出入口観測部隊! 仮設拠点にシユウが侵入した! 至急救援を!』

 

「こちらアルゴノウト、了解。海底トンネルに“ハイエナ”がいる、急行させるから何とか持ちこたえてくれ!」

 

『すまない……』

 

「任せておけ。──おいハイエナ、仮設拠点内にシユウが侵入した! 急いで迎撃に向かえ! 絶対に死人を出させるな!」

 

『……了解』

 

 通信機を通して帰ってくるのは、無機質で何の感情もうかがい知ることができない化物の返答。

 何事もなく無事だったというが、しかしあの女性のAGEに何かしでかそうとしていたかもしれないことを考えると、オペレーターはハイエナに対してやはりこいつは人間ではないという差別意識と、怒り、そしてかすかな恐怖が湧き上がってくる。

 

 あの化け物がミナトに有益な存在であることはわかる。

 だが、それにしても外見も、能力も、そして中身も醜いあの化物は、存在しているだけで虫唾が走る思いだ。

 

「クソッ……アラガミとの殺し合いで、死んで仕舞えばいいものを……!」

 

 シユウを圧倒し、瞬く間に仮設拠点に侵入した脅威を駆逐する姿を見ながら。

 注文通りにひとりの被害者も出さずにアラガミを撃破して拠点を守った化物に、オペレーターはいまいましげにギストの死を望む願望を吐き捨てるようにつぶやいた。

 

 

 

 ──世界はどこまでも理不尽で、神はどこまでも残酷だ。

 望まぬ形で化物となった新型AGEは、どれほど命がけで人類に尽くしても。

 その功をねぎらわられることは決してなく、むしろアラガミと一緒くたに死を望まれているほどである。

 

 世界の異物となったその化物は、利用されることはあっても受け入れられることはない。

 仲間は1人もいない。人間にも、アラガミにも。

 

「……討伐完了」

 

 誰1人犠牲を出すことなく早急に駆けつけ、そしてシユウを撃破。

 そのシユウの骸を残らず捕喰してから、通信機に討伐の完了を報告する。

 

『化物が……周辺を索敵しろ! 人間の前に化物の姿をいつまでも晒すな!』

 

 その返答は、いつも以上に冷たいものだった。

 

「……了解」

 

 そのオペレーターの声に、化物の鋼のように強い心は。

 少しだけ、寂しさと悲しさを感じていた。




戦うことで、守れた人が、救えた人がいる。彼らの平穏と笑顔を守ることができる。
でもそれは、決して兵器に向けられることはなく、命を奪う悪として扱う人間の代わりに忌み嫌われる。
どう使おうと、兵器は人を傷つけることしかできない“悪”だから。

次話はルカたちとユリウスの対談になります。


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アルゴノウトの隠し事

ルカたち、というかクレア&イルダとユリウスの対談の続きになります。


 シリアスな空気を全力でぶち壊しにかかるハウンドのやり取りを横にしながら、イルダから謎のAGEについて問われたユリウスはその存在について話し始める。

 ユリウスが最初にイルダに向けたのは、謎のAGEの正体に関する質問だった。

 

「イルダさん、貴女はバランの“新型偏食因子”についてご存知だろうか?」

 

「噂程度なら」

 

 ユリウスの質問に答えるイルダ。

 

 ──バランが極秘ルートで手に入れた灰域種アラガミのコアを利用した“灰域に対する絶対的な耐性”を獲得できるゴッドイーターを作るための新型偏食因子を作っている。

 

 バランの数ある黒い噂の中に、そんなものがある。

 灰域種アラガミのコアを用いることで、従来のAGEに使われる“P73–c偏食因子”とは異なる極めて強力な対抗適応因子を獲得し、灰域に対する一定のではなく完全な耐性を獲得できる新しいAGEを作る、という研究はアローヘッドでも行われていた。

 ただし、検体となる灰域種アラガミという存在そのものを討伐することが極めて困難であったため、肝心のコアが圧倒的に不足したことで研究そのものは早々に破棄されたはずであった。

 

 ただ、その灰域種アラガミのコアを独自の極秘ルートで大量に手に入れ、この新たなAGEを作るプロジェクトをバランが行なっているという噂が出てくるようになったのだ。

 とはいえ他のバランの黒い噂同様に明確な証拠はなく、グレイプニルすら大隊を投入し多大な犠牲を払うことになる戦いを経てようやく小型を討伐できるというほどの強さを持つ灰域種アラガミのコアを大量に確保するという事がいくらバランでも不可能だと考えられたため、単なる眉唾物の噂でしかないと聞いたもののほとんどが判断した話である。

 イルダもこの噂は耳にしていたが、周囲と同様に他のバランの噂に比べ信憑性が薄いと判断していた。

 

 この場でそのような信憑性の薄い話を出してきたという事は、あの謎のAGEに深く関わることだということ。

 閲覧規制のかけられた不審なプロフィール情報、バランへ出した1人のAGEに掛けるには莫大な購入金額……そして、何よりも灰域種アラガミをたった1人で倒す通常のAGEとは明らかに違うその強さ。

 ユリウスがこの噂話を出したことと、謎のAGEを結びつける答え。

 イルダとクレアの頭に浮かんだのは、同じ結論だった。

 

「……彼は、バランの開発した“新型偏食因子の適合者”ということですか?」

 

「正確には“唯一の”適合者だ。アレ以外に新型偏食因子の適合者はいない」

 

 イルダの半分確信を得ているストレートな質問に、ユリウスは頷いた。

 その新型偏食因子の適合者があの謎のAGEただ1人しかいない事実とともに。

 

 それが、謎のAGEの正体。

 閲覧規制のかけられた情報、“ギスト・バラン”という名のAGEのプロフィールに隠されている内容は、バランが開発した新型偏食因子、灰域種アラガミから得た極めて強力な対抗適応因子を持つ“灰域に対する完全な耐性を獲得した”AGEであった。

 

 ユリウスが手元の端末を操作し、アルゴノウトとバランによって閲覧規制がかけられているそのプロフィールの隠されているページを開き、イルダとクレアの前に出す。

 そこには謎のAGE“ギスト・バラン”のプロフィールが、新型AGEと名付けられた存在が記載されている。

 潜行灰域濃度レベル5以上。この数値の理由、それは新型偏食因子の適合者だからであった。

 

「バランの開発した新型偏食因子、正式名称は“P82–c偏食因子”だが、それは単なる噂ではなく実在する偏食因子だ。灰域種アラガミの持つ強力な“対抗適応因子”と他者のオラクル細胞を捕喰し感応能力を奪いバーストなど自らに還元させる“捕喰能力”を持つ極めて強力な新しいAGEを作り出す。それが、新型偏食因子開発プロジェクトの目的だったらしい」

 

 ユリウスは当時グレイプニルも恐れる灰域種アラガミのコアをバランがどのようにして大量に確保したのかは知らない。

 ユリウスがこの情報を知ったのは、このプロジェクトに参加していたというバランのある研究者との接触に成功し、この新型偏食因子と適合に成功した既存のモノとは違う強力な“新型AGE”の存在を知されたためである。

 

 当時すでに完成していたという新型偏食因子“P82–c偏食因子”は生体投与の調整が未完成な状況であり、多数のAGEを実験台としたがギストを除いて適合に成功したものは1人もいなかったという。

 新型偏食因子そのものは完成したが、その量産を行うための生体投与に適する改良品が完成せず、アクセルトリガー開発が完成間近を控えていたこともあり新型AGEプロジェクトは実質的に中止になっていた。

 その研究者は独自にこの新型AGEの開発を進めたかったことから、その研究資金確保のために新型偏食因子の情報と唯一の適合成功例であったギストを材料とした取引をアルゴノウトへ持ちかけてきた。

 

「アルゴノウトは当時、海底トンネル奪還作戦の失敗と周辺灰域の濃度上昇という問題を抱えており、放棄も検討されていた。だが、放棄したところで難民となったアルゴノウトの人々を受け入れてくれるミナトは無い。私はアルゴノウトと此処に住まう人々を守るために、バランから持ちかけられたその取引を受けることにした」

 

 灰域航行法に抵触する危険な実験によって生まれた新型AGEの取引を行うことは問題だったが、アルゴノウトを守るためにはどんな灰域でも戦えるAGEが必要だった。

 そして、ユリウスは大金を引き換えにギストを購入し、詳細を隠すためにあの不信感の塊と言える閲覧規制をギストのプロフィールのほとんどにかけた。

 

 ユリウスにとって、灰域航行法に抵触している新型AGEの保有は苦渋の決断だったのだろう。

 彼がこの隠し事をしていた真相を知ったイルダとクレア。

 彼はアルゴノウトを守るためにバランと取引をして新型AGEを入手した。

 バランがグレイプニルに隠していたことの大きさを考えれば看過するべき問題では無い。

 しかし、その心情を思えばこれを追求するのは酷である。

 そして、やはり彼は法を犯すことがあっても人々の平和のために心を砕く人物であることを再認識することができて、クレアは安心することができた。

 

 そして、イルダもまた安心した。

 偽りの平和に見えていたアルゴノウトの景色。その不信感が払われた気がする。

 しっかりとした納得できる理由があったのだ。

 バランは警戒するべきだろうが、アルゴノウトにクリサンセマムのクルーを危険にさらす意思は無かったのだ。

 

「私は君たちに隠し事をしたくない。この情報を知って、主要港安全保障理事会に私を告発するかどうかは君たちが決めてくれ。その結果どのような裁可を下されても、それは報いであると受け入れるつもりだ」

 

 ユリウスが、閲覧規制のかけられた新型AGEのプロフィール情報を開示する。

 2人の目的、ヌァザ、そしてドローミを単独で討伐した新型AGE。

 その隠された詳細が記された、本当のプロフィール情報。

 

「嘘……!?」

「何、ですか……これは……!?」

 

 ユリウスの提示したその詳細。

 灰域に対する完全耐性にとどまらずそれを取り込むことで灰域濃度を下げる能力、アラガミや喰灰からオラクル細胞を獲得することで発揮できる不死に近い自己治癒能力と偏食因子の自己生成能力、通常のAGEをはるかに超える強力な身体能力、それらを用いた灰域種アラガミをはじめとする7年で積み重ねたアルゴノウトを守ってきた討伐実績、そして新型AGEの抱える最大のデメリットにして欠陥であるゴッドイーターの天敵のような体質。

 それが、バランで確認された実験の数々とともに全て記されていたのである。

 

 ユリウスが新型AGEを購入したこと、そしてその取引内容からグレイプニルに隠していたこと。

 それが全てアルゴノウトを守るためだったことを知ることができ、安心することができたイルダとクレア。

 だが、バランの闇が生み出した新型AGEの詳細を記した情報は、そんな2人の表情を一瞬にして愕然としたものに変える内容だった。

 

「こんな……ユリウス! 貴方はこんな危険な存在を! ミナトを守るためとはいえ、こんな“化物”を受け入れたんですか!?」

 

 新型AGE。

 それは灰域を駆逐することができる可能性であり、灰域種アラガミに対抗できる可能性。

 だが同時に、ゴッドイーターと、そしてクリサンセマムの乗員の1人となった種族を違えど大事な家族となった人型アラガミの少女にとって危険すぎる存在である。

 

 バランから非道な実験の数々とともにあらかじめこの情報は提示されていたはず。

 それを承知の上で、悪魔のような研究の末に作られた“化物”を受け入れたユリウスに、先程までの信頼を裏切られた気分となったクレアはおもわず感情的になり怒りをあらわにした。

 

「うおっ!? なんだよクレア、どうした?」

 

「び、ビックリした〜……心臓止まるかと思いました」

 

「いきなりどうしたのクレアさん?」

 

「────ッ!! (喉に菓子をつまらせた)」

 

「──って、マール!? しっかりして下さい! とりあえずコーヒー飲んで!」

 

「た、助かった〜……あざっす、先輩」

 

 突然声を荒げたクレアに驚くハウンドの面々。

 そのおかげでおバカなやりとりが止まり、ようやく彼らもユリウスたちのシリアスな空気に気づく。

 因みにマールは驚いたタイミングが悪く、菓子を喉に詰まらせてしまった。ルカがすぐに気づいてくれたおかげで、ゴッドイーターらしからぬしょうもない死に方をせずに済んだが。

 

 一方、感情的になっているクレアはハウンドのことが目に入っていない。

 灰域の消滅。それは人類の、そして厄災を生んだと後悔しているアインの悲願である。

 それを叶えられるかもしれない新型AGE。

 だが、灰域の捕喰という手段がどうしてもオーディン計画を思い出させてしまう。

 

 それに、この新型AGEの抱える最大のデメリット。

 触れただけで相手を、アラガミどころか同じ人類であるはずのゴッドイーターのオラクル細胞を捕喰し、命の危険すらある侵蝕状態に陥れる。

 新型AGEのゴッドイーターチルドレンを作るために行われそうになったという“交配実験”というおぞましい実験とその結末、実際に起こった詳細まで記されたその特性は、自分だけでなく多くの仲間を不幸に陥れる可能性のある危険がある。

 AGEを差別せず、すべての人々を等しく守るべき“人間”として受け入れてくれるユリウスが、いくらミナトを守るためとはいえこんな“化物”をバランと取引してアルゴノウトに取り入れたことが、クレアには理解できない、否理解したくなかった。

 

「貴方もゴッドイーターだったならわかるはずです! 戦場で最も頼りになるはずの味方が、そんな危険な存在であった時、どれほどの絶望を受けるか!」

 

「……もちろん、理解している。言い訳をするつもりはない」

 

 命懸けで戦うことになる灰域の戦場。

 その灰域濃度を下げ、灰域種とすら渡り合う。確かに、表面上だけ見れば頼りになる味方かもしれない。

 

 だが、触るだけでゴッドイーターを侵蝕状態に陥れる。そして、ゴッドイーターを含めたオラクル細胞を取り込めば再生ができる。

 その特性は、味方を攻撃から庇う、負傷兵を退避させる、リンクエイドの救援……そういった、戦闘能力よりも必要となる行動全てが死の危機に直結することになる存在である。

 しかも、新型AGEの方は時に味方からすらもオラクル細胞を奪い取ることで自分の怪我を治せるという特性を持つ。それを考えると、戦場で背中と命を預ける味方に信頼が置けなくなるのだ。

 そんなもの、まさに“化物”ではないか。

 

「たとえ死者が出ないとしても、灰域濃度を下げ戦いやすい環境を作れるのだとしても、新型AGEは戦場にいるだけで味方の精神的負担を増やします。そんな戦場で貴方は部下に、バランと取引してまで守ろうとしたアルゴノウトの人々に戦うことを強いてきたというのですか!?」

 

 クレアから見れば、ユリウスはその“化物”と足並みをそろえて命がけの戦場にゴッドイーターを送り込む人物になってしまっている。

 味方を信用できないというのが、戦場でどれほどの恐怖に、精神的な負担になるのか。

 今までは運よく死者が出てこなかっただけ。でも、いつその悲劇が起きるかもわからない。

 それが味方によって齎されたとしたら……。

 その悲劇を想像するだけで、クレアは“新型AGE”の存在が許さなかった。

 

「…………」

 

 一方、イルダはそれだけ危険な存在である新型AGEの最大のデメリットを知って。

 しかしクレアとは違い、冷静にユリウスに見せてもらったデータを見ていた。

 

 そして、その新型AGEの討伐実績の内容を見て気づく。

 そのほとんどが、しかも危険なアラガミになればなるほど、新型AGEは単独で戦い討伐を果たしてきたのである。

 

(まさか、ユリウスさんは他のゴッドイーターを守るために敢えて新型AGEを単独で活用しているというの?)

 

 新型AGEの大きなメリット。

 それは灰域濃度を低下させ、人間側にとって有利な戦場を作る能力だ。

 最大限そのメリットを活用するならば、クレアの危惧する事態が隣り合わせとなっても他のゴッドイーターと連携させるのが効果的のはず。

 

 だが、新型AGEの戦歴を確認するとユリウスは敢えて新型AGEを単独で活用している。

 それはつまり能力の高い新型AGEに犠牲者が出かねない危険な戦場を対応させるとともに、他のゴッドイーターたちを新型AGEのメリットを潰してでも味方を信用できない戦場という危険から遠ざけているということになる。

 

 効率よりも、AGEをはじめとするゴッドイーターたちの安全と心情を考慮した使い方をしているということ。

 それは、やはり彼が人々のために尽くす人物であることの証明でもあった。

 

「落ち着きなさいクレア」

 

 ユリウスが自己弁護をしないからとはいえ、クレアの怒っている問題は杞憂である。

 イルダは立ち上がったクレアをなだめるように、その手を掴んだ。




これで、ハウンドとクリサンセマムの面々のほとんどが新型AGEことギストの正体について知ることになりました。
次話も対談の続きになります。


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化物が守るミナト

前回の続き、ハウンドが加わったユリウスとの対談です。


 新型AGEの討伐実績の情報から、クレアが憤り危惧している事態をユリウスが起こさないようにしていることを見抜いたイルダ。

 感情的になっているクレアに落ち着くよう、立ち上がった彼女の手を掴む。

 

「す、すみません……」

 

 クレアの声に驚き、何事かと興味を持ってようやくこちらに参加してきたおバカ2名含めるハウンドの面々の注目もあり、クレアもようやく落ち着きを取り戻した。

 

 ユリウスは、言い訳はしないといった。

 どのような事情があれ、これほどの危険因子をグレイプニルに秘匿して運用し灰域種アラガミなどの討伐も行っている。

 新型AGEを導入した時点で、ユリウスはクレア達にどう責められようと自分を弁護する主張を取らないつもりだったのだろう。

 

 説明すればクレアも納得したはずなのに。

 損をする性格のユリウスに、しかし彼らしいと思いながら、イルダはまだ納得がいっていない様子のクレアに新型AGEの討伐実績のページを示した。

 

「クレア、ここを見て頂戴。新型AGEの討伐実績の項目を見れば、あなたの危惧していることが起こらないように彼が配慮していることがわかるはずよ」

 

「それはどういう──え? この新型AGE、出撃のログがほとんど単独になっている……?」

 

 イルダの言葉と示されたページを見て、クレアも理解できたらしい。

 ユリウスはアルゴノウトのゴッドイーターたちの安全を可能な限り配慮してくれているということを。

 

 新型AGEのメリット、灰域の捕喰能力による支援を敢えて利用せず、極めて高い戦闘能力を単独行動によって発揮させる。

 他のゴッドイーターは新型AGEとほとんど関わらせずに、灰域種や接触禁忌種に該当する犠牲者が出かねない危険なアラガミの討伐を全て新型AGEに行わせ、可能な限り安全を確保する。

 

「……これが、6年間もの間1人の戦死者も出さなかった理由ですか?」

 

「その通りだ」

 

 イルダの言葉に頷くユリウス。

 この欧州最南端の防護壁は、灰域種アラガミや接触禁忌種アラガミが出現することも珍しくない最前線でありながら、この6年間ゴッドイーターの戦死者を出していない。

 それは犠牲が出るかもしれない危険なアラガミの対応を全て新型AGEが担い、他のAGEを含めるゴッドイーターたちの安全を確保しているからであった。

 

「臆病者と罵られるかもしれないが、私はもう戦場で年端もいかない若者たちが喰い殺された報告を聞きたくはなかった。だからこそ、灰嵐の中でも戦闘ができる新型AGEが必要だった」

 

「ユリウス……」

 

 彼に対して思わず感情的になってしまったことを反省するクレア。

 落ち着きを取り戻し、ソファに再び腰をかける。

 もう、ユリウスに対する不信感はなくなった。

 

 一方、先程までの会話を聞いていなかったハウンドの4名は。

 新型AGEであるギストの閲覧規制のかけられた箇所全てが開示されているプロフィールの画面、そしてその討伐実績の欄に釘付けとなっていた。

 

「いや、意味わかんねえ……」

 

「灰域種がこんなに……嘘、これルカ先輩以上じゃね……!?」

 

「これ、ほとんど1人で倒している……!?」

 

「ま、マジっすか……!? 嘘でしょ、どんな化物なんですかこの人」

 

 揃いも揃って驚きとともにドン引きしている。

 それもそうだろう。

 何しろこの新型AGE、単独の討伐であることを考慮すれば、個人としてはルカよりも多くの功績を上げているのだ。

 鬼神以上の戦果を上げる化物など、引くなという方が無理な話である。

 

 そして、ユリウスの配慮を知ったクレアとは対照的に。

 

「…………」

 

 イルダは、新型AGEの討伐実績を見て、その記録の中にある“ギスト・バラン”という1人の人間が背負わされている苦悩を感じていた。

 

 確かに、ユリウスは正しい。

 アルゴノウトの人々のため、新型AGEという危険因子を取り入れそれを使っている。

 その結果、アルゴノウトはこの6年間平穏が保たれてきた。

 

 だが、アルゴノウトの平穏は今たった1人のAGEによって守られているようなものである。

 イルダはギストの人柄を一切知らないが、おそらく新型AGEに望んでなったわけではないということは予想できる。

 バランのプロフィールを見れば、両足を失ったことで検体が悉く死亡してきた新型偏食因子の被験者となったという。彼は新型AGEとなって生き残ることができたが、実質的には戦えなくなったAGEに対する殺処分宣告であった。

 拒否権すら与えられなかった悪魔の実験の被験者とされた。その結果手に入れることとなったその強さも、仲間を触れるだけで傷つけてしまう性質も、望んで手に入れたものではないだろう。

 

 この新型AGEは、ギスト・バランという人間は、1人の肩にこのミナトすべての人々の命を背負い、孤独に戦い続けてきた。

 それがアルゴノウトの人々を守ることとはいえ、負担が大きすぎる。

 ユリウスが守る人々の中に、1人だけギストというAGEが入っていないのだ。

 

(ユリウスさんの立場を考えれば、仕方がないこと。彼を責めるのは酷ね。せめて新型AGEの彼には負担に見合う待遇がユリウスさんから与えられていれば良いのだけど)

 

 負担を強いられるギストが見合う待遇を受けていることを願うくらいしか、所詮は部外者に過ぎない自分にできることはない。

 しかしユリウスなら今やアルゴノウトの守護神と言えるギストを冷遇することはないだろう。

 

 イルダにとっては何の縁もゆかりもない新型AGE。

 だが、灰域と絶望が広がる世界でもAGEを決して差別することなく、ユリウスすらも一時捨ててしまった確かな倫理観を持ち続けていたイルダは、危険な新型AGEでも1人の人間としてみることができる。

 だからこそ、イルダはギストのことを慮っていた。

 

 そしてハウンドの面々は。

 ルカとジークとマールは興味津々といった様子で新型AGEの詳細を見ている。

 ユリウスにとっては大きな弱点となる機密情報なので、それを見せてくれるのは信頼の証でもあるのだが。おバカたちはそのことを多分理解していない。言いふらすことはしないだろうが、釘を刺しておく必要がある。

 

 そして、そのおバカたちの横で。

 金髪の少女リル・ペニーウォートは、新型AGEのその全てが記されたプロフィール情報を見て、ネヴァンの攻撃から身を挺して自分をかばってくれた謎のAGEであることに気づいた。

 

(灰域の捕喰、オラクル細胞の摂取による強力な自己治癒能力……あの時起きた現象と同じだ。間違えない。この人が、あの時私を助けてくれたAGEなんだ……)

 

 まだお礼を言えていない恩人。

 その名前を知ることができたリルは、助けてもらったときのことを思い出す。

 

(……カッコよかったな)

 

 目の前で人の胸をアラガミの巨大な爪が貫いた光景。

 命を守る対価に、トラウマになってもおかしくないその光景を見せつけた相手。

 だが、リルにとってはそれが身を挺して助けてくれた恩人の姿だった。かつてペニーウォートで過ごした日々にいつも受けていた悪意に比べれば、命をかけて助けてくれた姿は優しさと強さを感じる姿だった。嫌悪感も、恐怖心も、抱くことはない。

 

(名前は、“ギスト・バラン”……バラン出身のAGEということは、師匠と知り合いかも?)

 

 リルの師匠の1人であるハウンドの先輩AGE“ルル・バラン”。彼女もバラン出身のAGEであり、ギストがプロフィール上所属していた7年前にもバランにいた過去がある。

 もしかしたらルルとギストは知り合いかもしれない。

 そんな予想が浮かんだ。

 

 もう一度、このギストというAGEに会ってみたい。

 そして、言い損ねたお礼を伝えたい。

 そう思ったリルは、端末の情報を見るのに夢中になっている師匠、先輩、そして同期を放置して、ユリウスに近づきギストと一度合わせてほしいことを伝えようとする。

 

「あの──」

 

 その時、ユリウスの通信機からコール音が響いてきた。

 リルが話しかけようとしていたことに気づいていたユリウスは申し訳なさそうに頭をさげる。

 

「……ごめんよ。用事ができたようだ」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

「本当にすまない……。クレア、エンリケス氏、申し訳ないが少し外させてもらう」

 

 タイミングの悪さに落ち込むリル。

 ユリウスは落ち込む彼女の姿に罪悪感を抱えながら、イルダとクレアにも断りを入れて席をはずす。

 

「大丈夫?」

「すぐに戻ってくるはずだから気にしないで」

 

 ユリウスが席を立った後、落ち込むリルをフォローしてくれる2人。

 

「ありがとうございます……」

 

 2人の優しさを受け、リルは少し立ち直ることができた。




オリ主のプロフィール(設定)その3

ギスト・バラン(18)
バランにて開発されたP82–c偏食因子の第一適合成功検体。“新規対灰域捕喰特化型対抗適応型ゴッドイーター”、通称“新型AGE”。アラガミなどのオラクル細胞を摂取することにより自己の構成物、活動資源、神機制御のための偏食因子として還元・再構築することが可能であり、高い身体能力と自己治癒能力を持つ。この捕喰能力はあらゆる種類の喰灰も対象とし、灰域に対する完全耐性にとどまらず周辺の灰域濃度を低下させることを可能とする。オラクル細胞の摂食に特化した形に肉体が作り変えられているため、通常の人間の食料をはじめとするオラクル細胞を持たない物質を消化することはできない。また、瞳孔が金色に変化する、表皮や髪色が白色に変化する、肉体そのものがオラクル細胞を取り込んだ形状を作る半アラガミ化と言える状況が確認されるなどの変化も確認される。新型AGEにも偏食傾向があり、人間や無機物、オラクル細胞を有する神機や対アラガミ装甲壁を捕喰対象とすることはない。但し、ゴッドイーターは捕喰対象とされることが確認されているため、AGEを含めるゴッドイーター並びに人型アラガミとの接触は基本的に禁止事項となっており、接触する際には十分な警戒を要する。
※以上の情報はアルゴノウトの重要機密になります。
(オーナー権限に基づくクリサンセマム並びにハウンドへの閲覧を許可)


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見えない鎖

今回はルルにアングルを当てます。
牢獄の前で落ち込んでいたら衛生兵が突入してきた場面になります。


 アルゴノウトからの命令を受けたギストが牢獄から出撃した後。

 伸ばした手を躱されたルルは、同郷のかつての恩人を牢獄から助けることができなかった、そしてまたかつてのように見捨ててしまった自らの無力さに打ちひしがれ、その場にへたり込んでしまった。

 

 ──あの日、アラガミに負けそうになった時に見捨て、そしてバランに廃棄処分同然の研究施設へ送られる時にも見捨て、8年間もの間苦しませ続けることになった。

 再会して、あの時のことを恨んでいないとはっきりと言われた。

 かつてバランに虐げられていた時代とは違う。AGEは人としてこの世界に受け入れられるようになった。バランの使い潰されるだけの道具でしかなかった時と違い、今の自分にはあの時憧れることしかできなかった自由が、暖かな家族がある。

 

 それなのに、もう十分に仲間を救えるだけの力を得たはずだったのに。

 また、私は何もできなかった。

 

 牢獄に隔てられていた中で、ギストに伸ばした手に偽りはない。理不尽を強いるこの牢獄の扉をこじ開けて、絶対にあいつを今度こそ見捨てずに助けると決意した、はずだった。

 

 だが、任務を受けギストが扉を開いた時。

 ──私は、手を伸ばすのをためらった。

 

 ギストの身体能力は十分に理解していたはずだった。

 ヌァザを討伐した姿を見て、フィムたちの救援に向かう背中を追いかけた姿を見て、そしてギスト自身が語った通常のAGEを遥かに超える身体能力を獲得できる新型AGEのことを聞いて、知っていたはずだった。

 本気で止めたければ、選択肢はいくらでもあった。アクセルトリガーを起動させるなりしてその背中を力ずくにでも止めることができた。

 

 なのに、それをしなかった。

 ただ反射的に手を伸ばしただけで、足は一歩も動かなかった。

 

 心の奥底から、不気味な声が聞こえる。

 それは薄暗い牢獄の中で、先ほどまでいた“彼”が、ルルに対して本物は決して発しない冷たい声で詰問してくるような幻聴。

 

 触れれば侵蝕状態に陥る。それが恐ろしかったのだろうか? つまり、“自分が傷つかないために、化物に触れたくなかったのか?”

 

「ち、違うッ……」

 

 アルゴノウトのオペレーターの冷たい声が、かつての冷遇されていた時代を思い出させた。そこに取り残されたギストにショックを受けた? それとも、“ギストを庇うことであのモノとされる境遇に再び自分まで落ちたくなかったのか?”

 

「違う……!」

 

 否定するなよ。お前は結局、醜い自分が助かるためにもう一度コイツを、ギストを“見捨てて自分を守った”んだよ。

 

「──違うッ! 違う違う違う違うッ! 私は……私はッ……!」

 

 許されると思ったのか? 散々見捨ててきたルル(お前)が、今更ギスト(此奴)を助けられると思ったのか? 

 

 幻聴は、躊躇うことなくルルを責める。

 リカルドの言葉を聞いて思い出した存在が、ギストに対する罪悪感という負の感情が、本人に許されたことでルルの中で清算する機会をなくして澱のように溜まったそれが、贖罪を求めた彼女の心に“望むもの”を言葉の刃にしてつき立てる。

 聞かなければならない、でも聞きたくない。

 耳を塞いで否定するルルに、しかし“その声”は事実を突きつけて頭の中に直接響くような声で糾弾をした。

 

「違う……ッ! 私は、もうあいつを見捨てないと──」

 

 思い上がるなよ。自分を助けるために他人を蹴落とすことさえしてきたお前が、今更此奴みたいに誰かを助けられるなんて偽善を振りかざすな。思い上がりも甚だしい! 

 

「違う……もう、あの頃とは違う……ッ」

 

 違わねえよ。お前はまた、自分可愛さのあまり助けられるはずだった此奴を見捨てたんだよ。まあ、成長しようとしまいと、誰かを助けられるようになったとしても、お前は必ず此奴を見捨てるだろうがな! 

 

「違う……違うって……いってくれ……!」

 

 否定するなよ。お前の内面はバランにいた頃から変わっちゃいねえ、いつまでもその本質は醜い。何しろ今回のことで、此奴だけは何度見捨てても許されるってわかってしまったんだからな! 

 

「私は、あの頃とは……」

 

 何も変わってねえよ! 変わったのはお前の周りだけだ。お前は“バラン”の頃から、此奴を見捨てて自分だけ助かった頃から、何も変われてねえんだよ! 

 

「あ……あああアァァァ────!!」

 

 薄暗い牢獄に響き渡る、かすれた声の悲しい悲鳴。

 

 切り捨てられ、全てに決別を果たした少女は。

 まだ、あの薄暗い人を人として扱わぬ悪意のこもった巨大な“バラン”が伸ばす見えない鎖に縛られていた。

 

 ルルの悲鳴は、途切れ途切れで声もかすれていたので、決して大きくはなかった。

 だが、心の底から他者に悲しみと苦痛を訴える緊迫さがあった。

 

「い、急げ!」

 

 牢獄に続く建物に足を踏み入れようとしていたアルゴノウトの衛生兵たち。

 それを聞いた彼らは、明らかに只事ではない事態を感じ取り、普段は内部に飼っている化物に若干の恐怖を覚えていることもあり躊躇う内部へ急いで駆け込んだ。

 

 その下で見たのは、開かれた扉の前で蹲り、耳を両手でふさぎながら正常な精神状態ではない様子で泣き噦る赤い装束が特徴の1人のAGE。

 

「要救護者確認! 君、大丈夫──」

 

「違うッ!」

 

「──ぐあっ!?」

 

 明らかに様子がおかしい彼女に、すぐさま救護が必要と判断。

 近づこうと試みた隊員は、錯乱したルルに突き飛ばされてしまう。

 突き飛ばされた先が牢獄だったせいで、格子に頭をぶつけ少し切ってしまった。

 

「ぁッ……!?」

 

 そして人を突き飛ばし怪我をさせてしまったことでようやく冷静になれたのか、先ほどまで錯乱していたルルが止まる。

 

 彼女の耳に響く幻聴は止まっていた。

 だが、代わりに全く無関係の人を傷つけてしまった。

 

 かつての仲間を見捨てた時もそう。

 今の仲間と出会えた時もそう。

 

(私は、誰かを傷つける事(このやり方)しか知らない。バランにいた頃から、何も変われていない……)

 

 呆然となるルル。

 幸い相手は頭を少し切っただけ。大した怪我ではなかった。

 むしろ、アルゴノウトの衛生兵たちからギストから何かされたと勘違いを受け、先の錯乱の事もあり侵蝕を受けていないか、ルルの方こそ命に別条はないかなどを散々に心配されて迷惑をかけてしまった。

 ギストの牢獄には迷い込んだだけ、触れていないので侵蝕は受けていない、など事実と混ぜながらごまかし通した事でギストに冤罪をかけられる事態も避ける事はできた。

 

 その後冷静になれた彼女は、クリサンセマムを無断で降りていた事が発覚。ユリウスが受けた緊急通信を通じて、ハウンドとイルダに新型AGEとの接触の事実を知られ、ここでも散々に心配された上で説教を喰らう事となる。

 その頃にはルルの気分も落ち着き、表面上はなんとかいつも通りの状態に戻る事ができた。

 

 ……だが、心についた傷は治る事はなかった。

 彼女の心には、“またギストを見捨てた”という重りと、“自分自身は何も変わらず、ただ与えられた幸運に浸って変われたと錯覚していただけ”といえ負の感情が、バランの過去という見えない鎖によって傷をつけて絡みついてしまった。

 

 

 

 一方、ユリウスの元に入った連絡。

 ハウンドのメンバーの1人である金髪の少女リルが、何かを決意するような真剣な表情でユリウスに話しかけようとしたところで入った緊急通信である。

 申し訳ないと思いつつも、ハウンドたちに断りを入れて席を立つユリウス。

 

「何事だ?」

 

『オーナー、緊急事態です!』

 

 緊急通信を入れるのだから緊急事態だろう。

 切羽詰まった様子のオペレーターの声にそんな冷静なツッコミを頭の片隅に浮かべながらも先を促そうとしたユリウスだが、よほど慌てているのかオーナーの声を遮ってオペレーターがその緊急事態を説明した。

 

『は、ハウンド所属の女性AGEである“ルル”さんがハイエナの牢獄に!』

 

「なんだと!?」

 

 キャラバンに所属するAGEが、新型AGEの牢獄にいる。

 その内容に、思わずユリウスも驚愕し、廊下から執務室の中にまで響く大声をあげてしまう。

 クレアたちに対する謝罪の念、あのハウンドに所属するキャラバンのAGEがハイエナに接触してしまったという事態。

 そういった事も頭に浮かんだが、ユリウスが何よりも優先したのはそのAGEの安否だった。

 

「衛生兵をむかわせろ! 彼女は無事なのか!?」

 

『は、はい! すでに衛生兵を派遣し保護、幸い侵蝕などは受けておらず怪我などはありませんでした!』

 

「そ、そうか……」

 

 衛生兵がすでに保護し無事が確認されている。

 その最悪の事態は起きていなかった報告に力が抜けたユリウスは、壁に背を預けてその場に座り込んだ。

 

「……ハウンドの方には私から連絡する。怪我がなくともハイエナと接触した可能性がある以上精密検査を受けさせたほうがいいだろうな」

 

『こちらの方で手配します。B病棟に搬送するよう衛生班に指示を出しておきます』

 

「頼む」

 

 オペレーターにルルというAGEの事を任せ、彼女の仲間たちであるハウンドのいる執務室の方を見る。

 するとユリウスの声に何事かと顔を覗かせているクレア、ルカ、ジーク、マールの姿が。そしてマールの頭を殴り戻そうとしているリルの姿が見えた。

 

「ハイエナは外に出しておけ」

 

『了解しました』

 

 最後の指示を伝えてから、通信を切る。

 そして好奇心旺盛なハウンドたちに向かって苦笑いを浮かべながら、とりあえず一度部屋に戻るように促した。




リルのお願いを聞けなかった時のユリウスの通信に入ってきたのが、このルルの非常事態です。
所属は明確になっているので、すぐにイルダたちにもユリウスから連絡が行き、無事保護できました。
次はルルとイルダたちの場面になります。


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保護

ルル無事保護&身元確認→ユリウス謝罪と説明→ルルの元へ
触れるだけで侵蝕状態になる危険な新型AGEと接触していた可能性があると知れば心配になるでしょう。

前半はハウンドたちとユリウス、後半はギストにアングルを当てています。


 命の恩人であるギストにお礼を言いたくてリルがユリウスに面会をお願いしようとした時。

 タイミング悪くかかってきた通信機のコール音に対応するため、ユリウスは一旦席を外した。

 アルゴノウトのオーナーであるユリウスは、決して時間に余裕のある立場ではない。最前線のミナトのオーナーとして、そして今回のアフリカ大陸進出計画の立案者として多忙なスケジュールとなっている。

 

「なんだと!?」

 

 話しかけようとしていたリルに申し訳なさそうにしながら通信に対応するため廊下に出て行ったユリウスだが、その後先ほどまでの穏やかな彼の発したものとは思えないような大きな声が聞こえてきた。

 

「!?」

「うおっ!? ビックリした……」

「な、何事!?」

「んぐっ……!? (菓子を喉に詰まらせた)」

 

「先輩が喉詰まらせたっス!」

「コーヒーぶち込め!」

「バカなの!? 吐き出させるからどいて!」

 

「────!」

「戻って!」

「オエェ! ゲホゲホッ! た、助かった……」

 

「…………(怒)」

「お、落ち着けリル。緊急事態だったんだからな、な?」

「──イテッ!? なんで俺!?」

 

「クレア……ありがとうございますぅ……」

「もう、子供じゃないんだから。喉に詰まらせるほどほおばらないようにしてよね」

「それより謝ることないんですか? ルカ先輩」

「え? ……あわわわ! ご、ごめんなさい〜!」

 

 ルカが驚いて菓子を喉に詰まらせ、真っ先にその異変に気付いたマールが慌てて、ジークがコーヒーで流し込めばいいと脳筋とバカの発想から被害が拡大する可能性の高い方法で助けようとし、クレアがそれを止めて直ぐに応急処置で詰まった菓子を吐き出させて、しかしその戻したモノが運悪くリルにかかり無言でブチ切れて、ジークが直ぐに察知して緊急事態だったんだからと宥めるも、怒りの収まらないリルにマールが足を甲を踏みつけられ、ルカは命の恩人であるクレアに抱きつきながら感謝してから怒るリルに気づき慌てて平謝りする、という一連のやりとりはともかく。

 

「衛生兵を向かわせろ! 彼女は無事なのか!?」

 

 廊下から聞こえてくるユリウスの声は、かなり切迫している物だ。

 声だけでもただならぬ事態が起きたのだと容易に推測できる。

 

「何かあったのか?」

「覗いて見るっスか?」

「止めてよ2人とも。……でも、気になるわね」

「死んでしまえケチャップ」

「俺今回は何もしてねえよな!?」

「……代わりのお洋服買うので許して下さい、お願いします」

 

 ただならぬ様子のユリウスの声に、ハウンドが野次馬根性を発揮する。

 扉をこっそりと開けて覗き見を試みるジークとマールの2人。それを注意しつつも、やはり気になってしまい一緒になって覗くクレア。お気に入りの服を汚されて怒りが収まらずマールに八つ当たりするリル。そして、怒るリルをなんとかなだめようと謝り続けるルカ。

 

「気になるのは分かるけど、盗み聞きは失礼に当たるわよ。戻りなさい」

 

 そしてハウンドたちを引率の教師よろしく注意するイルダ。

 イルダに注意されて大人しく部屋に戻るハウンドの野次馬たち。

 ユリウスは通信がひと段落したのか落ち着き、ジークらが覗き見するべく廊下に顔をのぞかせたあたりで彼らの存在に気付いて好奇心旺盛な若者たちの姿に苦笑いを浮かべた。

 

「すまなかったね」

 

 その後途中で腰を抜かしていたユリウスが、通信を終えてハウンドらが待つ部屋に戻ってきた。

 野次馬根性を発揮したバナナ&ケチャップをはじめとするハウンドのメンツは、ユリウスの焦った声と安堵する声は聞いたが詳しい内容は聞き取れていない。

 機密情報かもしれないのでこういう場合はむやみに詮索するべきではないのだが、やはり気になって仕方がなかったらしく戻ってきたユリウスにクレアが何かあったのか尋ねる。

 

「ユリウス、何かあったのですか?」

 

「クレア──」

 

「いえ、大丈夫ですエンリケスさん。彼らにも関わる案件だ」

 

 昔の癖でユリウスをファーストネームの呼び捨てにしてしまっているクレアに、さすがに注意しようとしたイルダ。

 だが、それをユリウスの方が制止した。

 ユリウスはその通信の内容がハウンドに関わる事案であるため、彼らにも説明する必要があると判断した。

 

 自分たちが関係していると聞かされ、各々反応するハウンドの面々。

 彼らを前に椅子に座ったユリウスは、その通信の内容──ハウンドの1人であるルル・バランが新型AGEの牢獄にて発見され保護されたことを伝える。

 

「君たちの仲間である“ルル・バラン”氏が新型AGEを収容している施設にて発見され、当ミナトの衛生班が保護したという連絡が入った」

 

「なっ!?」

「マジっすか!?」

「えっ……!?」

「……どーゆーことです?」

「何だそれ?」

「…………」

 

 ユリウスから告げられたその事態に、各々反応を示す一同。

 ちなみに新型AGEのことをプロフィールを開示されてそれを見たというのに理解できていないおバカ2名は、それがどういう事態であるかを理解していない。

 マールとリルも新型AGEの項目を見た際にゴッドイーターにとってどれほど危険な体質を有しているかを確認したというのに。

 鬼神と師匠はもう少し勉強もできるようにならなければいけないだろう。

 

 おバカはともかく。

 驚くハウンドの面々に、ユリウスは落ち着くようにルルの無事を伝える。

 

「命に別条はないから、ひとまずは安心してくれていい。侵蝕を受けた痕跡や外傷などは見られないが、新型AGEと接触した可能性があるのでこちらの方で医療区画に搬送している」

 

 ルルの無事を伝えられ、ひとまずは安堵するハウンド。

 だが、触れるだけで灰域種アラガミの捕喰攻撃を食らった状態“侵蝕状態”に陥る新型AGEと接触した恐れがある以上、実際にその目で無事を確認するまでは安心できない。

 

「彼女を保護した病棟に案内しよう。ついてきてくれ」

 

 保護した後に検査のためルルを搬送した“B病棟”。

 そこへ仲間を心配するハウンドのメンバーを案内するため、椅子を立ち上がるユリウス。

 ハウンドの面々とイルダはユリウスの案内のもと、ルルが保護されているという医療区画へと向かった。

 

 

 

 ジブラルタル海峡トンネルを潜った先にある、アフリカ大陸側仮設拠点。

 人類の確認出来る唯一のアフリカ大陸の拠点であるこの仮設拠点は、第一次アフリカ大陸遠征の最前線基地として各キャラバンの受け入れ態勢を進めていた。

 しかし、その最中に中型アラガミの“シユウ”が侵入。

 アルゴノウトに発せられた救援要請により、海底トンネルに侵入したサリエル神属の接触禁忌種アラガミ“アイテール”を中心とする群れを迎撃し殲滅した新型AGEがこの仮設拠点に派遣される。

 

 ギストは仮設拠点に到着後、直ぐにシユウと交戦。

 これを迅速に撃破し、犠牲者を出さずに制圧を完了した。

 

 その後、シユウの撃破を報告したのだが。

 1人の犠牲も出すなという命令通りの結果を出したギストに対し、アルゴノウトのオペレーターは冷たく仮設拠点を出て周辺の索敵を行うように命令を出してきた。

 

 ──化物の姿を人間の前に見せるな! 

 

 オペレーターのその言葉は、ルルとの予期せぬ再会を果たし久しぶりに“人”として接してもらったことに感動を覚えていたギストに化物であることを容赦なく突きつけ現実を再認識させる物だった。

 

 世界にたった1人だけの化物。

 改めて自分の立場を示されたギストは、孤独に少しだけ寂しさを感じる。

 

 だが、この世界は孤独な化物にも──否、化物にこそ残酷である。

 仮設拠点に備えられた感応レーダーが、新たなアラガミの接近を確認。

 直ぐにギストに対して迎撃命令がアルゴノウトからもたらされた。

 

『おい、応答しろハイエナ』

 

「此方、管理番号AN–02506」

 

『新たなアラガミが仮設拠点に接近している。グボロ・グボロ神属の感応種を中心とする群れだ、直ちに迎撃に向かえ。化物は化物らしく化物と殺し合え!』

 

「……了解」

 

 アルゴノウトからもたらされた新たな命令。

 内容はグボロ・グボロ神属の感応種である中型アラガミ“カバラ・カバラ”を中心とする群れが仮設拠点に接近中であり、これを迎撃しろというものである。

 内訳は群れの統率者である“カバラ・カバラ”が一体、中型種アラガミの“グボロ・グボロ”が二体と“コンゴウ”が一体、小型アラガミの“ドレッドパイク”が六体と“オウガテイル”が五体となっている。

 さらに後方より大型アラガミである“ボルグ・カムラン”が一体接近中。

 周囲のアラガミに感応現象を及ぼし他神属のアラガミすら支配下における“感応種アラガミ”らしく、かなりの規模の群れを形成していた。

 

 聴覚に優れるコンゴウを含めたこの規模の群れともなれば、複数の部隊を編成して群れを分断し交戦する必要がある。

 しかし乱戦が必至となるこの群れに対しても、ギストは1人で対応する。

 

「……迎撃開始」

 

 アラガミの群れの先頭を進むグボロ・グボロを捕捉したギストは、コンゴウに音を拾われ乱戦となることを承知の上で神機を構え、群れへと突撃を開始した。

 

 人間を傷つける化物は、人間に利用されることはあっても受け入れられることはない。

 しかし化物ではあってもゴッドイーター、アラガミにとっての敵であるためアラガミに命を狙われることはあってもいかなる神属であれ仲間として受け入れられることはない。

 

 化物は孤独に戦い続ける。

 彼をハイエナと蔑み、罵倒し、差別し、感謝するどころか死すら望んでいるミナトのために、人間のために戦える戦場を与えてくれたそのものたちに恩を返すために命を懸けて。

 他者のために自己をすり減らして戦う人の心を宿す化物は、決して報われることはない。

 ──どれほど取り繕っても、その身は本来存在を許されない化物なのだから。



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感応種

感応種カバラ・カバラ戦です。
プラスαでボルグ・カムランが接近中。


 感応種アラガミ。

 このアラガミは、欧州よりはるか東方に存在するユーラシア大陸の最果て、極東にて初めて確認された“接触禁忌種”に該当する存在である。

 赤い雨と呼ばれる自然現象が発生するようになった頃に確認されたアラガミで、当初は極東のみに出現していたが後に世界各地に広がり、灰域の発生後は急速に数を減らしていたがそれでも絶滅しなかった。

 

 この感応種アラガミ。

 ハンニバル神属、サリエル神属、ガルム神属などに該当する種が確認されているアラガミであり、他のアラガミとは違う特徴を持つアラガミの総称である。

 その特徴が当時は極めて危険であり、本体の戦闘能力にかかわらず該当種が接触禁忌種に指定される所以ともなった。

 

 ラーヴァナ、アイテール、テスカトリポカなどの通常種をはるかに上回る強さを有するその戦闘力から接触禁忌種に指定されたアラガミたちと違い、感応種アラガミは戦闘力に関しては問われない。

 そもそも、感応種アラガミはその特徴ゆえにゴッドイーターにとって天敵と言える能力を有する。

 その能力により、例え接触禁忌種を撃破できる実力を持つゴッドイーターたちですら対抗手段を持たなければ無力化されてしまう。

 

 感応種アラガミの特徴。

 それは、感応種アラガミの持つ強力な感応能力にある。

 感応種アラガミは他のアラガミと違う強力かつ特殊な感応能力を有しており、それを用いて独自の偏食場パルスを発生させ周囲のアラガミに感応現象を及ぼし、自らの制御下に置くことができるという能力を持つ。

 これにより他の神属のアラガミも支配して、アラガミを統制し戦うという他のアラガミに見られない戦い方を仕掛けることが可能である。

 

 この感応種アラガミの感応現象。人工アラガミとも言える神機に対しても影響を及ぼすことができる、つまり神機を制御下におくことが可能であり、アラガミに対する武器を人類から奪いゴッドイーターを無力化出来るのである。

 神機がなければ、人類はアラガミに対応できない。

 どれほどの凄腕ゴッドイーターでも無力化し一方的な戦いを強いることができるこの能力が、感応種アラガミが戦闘能力を問わず接触禁忌種に指定される所以である。

 

 しかし、感応種アラガミ。

 当初は極めて強力かつ危険なアラガミとされていたのだが、神機と多重結合が可能なため感応種アラガミの感応現象の影響を神機に対して及ばせずに戦うことができるAGE、対抗適応因子と強力な感応能力によりその制御下に置くことができない灰域種アラガミなど感応種アラガミのその感応能力に対抗できる存在の台頭に伴い相対的に脅威度が低下している。

 特に神機の制御権を感応種アラガミに渡さない上に従来のゴッドイーターを上回る能力を持つAGEの存在が大きく、灰域に適応できなかったこともあり大きくその勢力を減衰させることになった。

 

 だが、それでも他の神属のアラガミを支配下に置き大規模な群れを形成することができる感応能力が失われたわけではない。

 今回仮設拠点に向けて侵攻してきたグボロ・グボロ神属感応種アラガミ“カバラ・カバラ”が率いる群れもまた、複数の神属のアラガミが入り混じる大きな規模となっていた。

 

 カバラ・カバラが発する偏食場パルスは、周囲のアラガミのオラクル細胞を敵味方問わず活性化させ、ゴッドイーターであればアラガミのオラクル細胞を捕喰していない状態でもバースト化させるというものである。

 この影響を受けたグボロ・グボロとコンゴウ、そしてオウガテイル。

 これらの活性化したアラガミを前に、神機をバーストモードに移行させられたギストは戦闘に突入した。

 

 グボロ・グボロとの接敵に、その優れた聴覚で戦闘を察知したコンゴウが急速に接近。

 活性化したグボロ・グボロとオウガテイルたちの攻撃を受けて傷だらけになりながらも肉薄し一撃を加えようとしていたギストに対して、横から乱入して胴体のパイプ器官を用いた空気砲と言えるオラクルエネルギーの砲弾を撃ち出してきた。

 

「────!」

 

 コンゴウのオラクルエネルギーの空気砲の直撃を喰らい、吹き飛ばされるギスト。

 そこにグボロ・グボロが嚙みつき、活性化の影響でより強力な力を発揮したその大きな顎でギストの右脚を食い千切った。

 

 太ももの半ばから脚を食われ、その場に転がるギスト。

 オラクル細胞により構成されるギストの肉体はすでに形以外は人間のものとかけ離れたアラガミに極めて近いものであり、出血しているがその負傷の程度は人間の基準が当てはまらなくなっている。

 痛みはあるが、命を奪える負傷にはならない。

 

 しかし、それでも獲物が弱っているのは事実。

 すかさず屍肉に群がるハイエナのようにオウガテイルたちが殺到し、脚をなくして地面に倒れる人間に嬉々とした表情を見せてコンゴウが接近する。

 

「──バーストアーツ発動」

 

 普通であれば、脚を食われて倒れたゴッドイーターなどアラガミのいい餌だ。

 その負傷に呻くことしかできず、戦うことなどできるはずがない。

 

 だが、無力化したと信じて接近したコンゴウの目の前で。

 ギストは倒れた状態から活性化しているオラクルエネルギーを纏わせた巨大な青い刀身のバスターブレードの神機を振り回し、オウガテイルたちを一撃で切り裂いた。

 

 まだ戦えたのか!? 

 驚くコンゴウの目の前で、オウガテイルたちが瞬く間に三体切り裂かれ神機に食い尽くされる。

 そして、その奥からグボロ・グボロに脚を食われたはずのギストが神機を手に“2つの足”で地面を蹴りコンゴウに急速に接近してきた。

 

 先ほど確かに脚を食われたはず。

 アラガミであっても、失った身体の一部を作り直すことはできる場所とできない場所がある。

 そもそも、オラクル細胞の増殖で再構築できる場所であったとしても、脚一本をこの短時間で修復するなどできるはずがない。

 人間は当然、アラガミでもできない回復力ですぐに負傷を回復し復帰してきたギストの姿に、驚愕するコンゴウ。

 

「──バーストアーツ発動!」

 

 その隙を晒したコンゴウの脳天に、神機を振りかぶって飛び上がったギストがバーストアーツを叩き込んだ。

 

 頭部の結合崩壊を起こすコンゴウ。

 バーストアーツによりオラクル細胞の結合を破壊され、顔面が砕ける。

 あまりの激痛に悲鳴を上げてうずくまるコンゴウに、さらにギストがオラクルエネルギーを纏わせた神機を横殴りに叩き込んでその巨体をボールのように吹き飛ばした。

 

 コンゴウを吹き飛ばしたギストの足元。

 そこから地中を進んだドレッドパイクの奇襲攻撃が突き刺さる。

 

「──!?」

 

 一体はツノが顔をかすめる程度で済んだが、もう一体のドレッドパイクのツノはギストの右腕に突き刺さった。

 さらにコンゴウなど知らんとばかりにグボロ・グボロの発射した巨大なオラクルエネルギーの形成する水の砲弾がギストに直撃する。

 畳み掛けるようにギストの頭部を狙ったオウガテイルの尾から発射される針の弾丸が飛来してきた。

 

 休む暇など与えない連続される攻撃の数々。

 オウガテイルの攻撃は無視できず神機の装甲を展開して防御するギストだが、その隙を突くように背後を取ったもう一体のグボロ・グボロが巨大な顎で食らいついてきた。

 

 胴体に噛みつかれたギスト。

 背中に噛み付いてきたグボロ・グボロに一瞬目を向けた直後、その巨大な牙が脊椎や内臓の一部など、ギストの背中の部分を大きく抉った。

 

 脚ならば、まだ生命維持に直結するまでは至らない負傷で済ませられる。

 それでも脊椎動物にとって多くの神経が集中している脊椎をほぼ全て失う負傷ともなれば、明らかに致命傷だ。

 肉と壊れた臓器、背骨をなくし壊れた肋骨の姿を覗かせる抉れた背中を晒して倒れるギスト。

 ゴッドイーターであっても普通ならば動くことなどできず、そのまま死に至る負傷である。

 

「…………」

 

 それでも、ギストは立ち上がった。

 背骨を食われたというのに、臓器を食われたというのに、神機を杖代わりにして立ち上がった。

 人間の体であれば絶対に立ち上がれない負傷をしながらも、それでも立ち上がったのである。

 

 その背中は、既に修復が急速に進行している。

 ギストの肉体を構成する新型AGEのオラクル細胞が、灰域そのものすらも捕喰して肉体の構成物となるオラクル細胞に変換し還元することにより負傷箇所を修復していく新型AGEにしか出来ない強力な回復能力。

 それを利用し、ギストの肉体は瞬く間にグボロ・グボロに食われた箇所を元どおりに修復した。

 

 アラガミから見ても異常な回復能力。

 それを目の当たりにしても、しかし人間は所詮餌としてしか見なさないアラガミは攻撃の手を止めない。

 立ち上がったギストにドレッドパイクが、オウガテイルが、グボロ・グボロが食い殺そうと殺到する。

 

 それに対し、ギストは金色の目で戦況を冷静に見てから神機の形態を銃形態に移行。

 レイガンを発射し、グボロ・グボロに対して牽制射撃を行う。

 スタングレネードは切らしているため、グボロ・グボロの頭部、正確には目に対してレーザー照射を集中することでグボロ・グボロの脚を止めた。

 

 そして接近する小型アラガミに対しては、神機を使わずに対抗する。

 右腕にまだ突き刺さっており、脚がつかない状態なのでジタバタしているドレッドパイクにまるでアラガミを食らうアラガミのように食らいついてオラクル細胞を直接摂食すると、その右腕を引き絞り飛びかかってきたオウガテイルに向けて拳を叩き込んだ。

 

 オルガテイルは小型アラガミとはいえ、人間から見れば巨大であり重量も上回る。

 その巨大に拳をぶつけたところで、骨折した上ではね返せずにそのままのしかかられて食い殺されるだけだろう。

 だが、ギストの肉体は強力な捕喰能力を持つオラクル細胞で構成されている。

 触れるだけでオラクル細胞を捕喰し対象を侵蝕するその特性はゴッドイーターにも影響を及ぼすため危険視され化物呼ばわりされる所以になっているが、その対象はアラガミも該当する。

 

 飛びかかってきたオウガテイルは、ギストの拳に触れた箇所のオラクル細胞を喰われることで重量を生かしたのしかかり攻撃ができず、まるで早贄にされたようにギストの腕によって串刺しにされた。

 

 悲鳴をあげるオウガテイル。

 しかしギストの侵蝕は悲鳴をあげても止まらない。

 それは右腕に突き刺さるドレッドパイクも同じであり、自慢にして唯一の攻撃手段である頑丈なツノのオラクル細胞の結合も長時間の侵蝕には耐えきれずに崩壊を始めた。

 

 二体の小型アラガミが、本来は獲物であるはずの人間に──否、姿は人間でも既に人間とは違う存在となった化物の右腕によって喰われ、最後には跡形もなく飲み込まれていった。

 

 さらに、グボロ・グボロもレーザーの集中攻撃によって頭部が結合を崩壊を起こした。

 これにより、アラガミの攻撃の手が緩む。

 地面から出てきたドレッドパイクを交わしてグボロ・グボロに肉薄したギストは、オラクルエネルギーを纏わせた青い刀身の神機を振り上げて飛び上がり、バーストアーツを叩き込んだ。

 

「──バーストアーツ発動!」

 

 グボロ・グボロの頭頂部に存在する砲台に直撃したバーストアーツ。

 それにより、さらに砲台も結合崩壊を起こす。

 耐えきれずにコアの制御に異常を起こしたグボロ・グボロが昏倒する。

 その倒れたワニに似たアラガミに対して捕喰形態に移行した神機を振り下ろし、グボロ・グボロの巨体をチリも残さずに神機に飲み込ませた。

 

 中型アラガミも撃破したギスト。

 それでもやはり仲間意識など疎いアラガミの攻撃は止まらない。

 一部のドレッドパイクはさすがにこれはもう普通の人間ではないと恐れをなして逃げ出したが、オウガテイルは獲物を前に満たされることない空腹を満たすために挑みかかることをやめない。

 だが、ギストの晒された背中に飛びかかったオウガテイルは、その背中から生えてきた無数の赤い人間の腕らしき謎の物体、さながらヌァザがバーストした際に作り出すもう1つの腕のような存在に掴みとられ、逆にギストの肉体に飲み込まれてしまった。

 

 オウガテイルを飲み込んだ腕は、ギストの背中に収まりまるで何もなかったかのように元の白い肌を貼り付けた人間の背中の形に戻った。

 流石にこれはもう人間の域を逸脱している。

 顔面を壊されたコンゴウもその異形の姿を目の当たりにした時、ついに獲物であるはずの人間に恐怖を感じて背中を晒して逃走を始めた。

 

 だが、それは許されない。

 カバラ・カバラの偏食場により強制的に活性化させられるコンゴウ。

 生きる為に背中を晒して逃げようとしていたコンゴウは、活性化により怒りで我を忘れ進行方向を反転、恐怖の対象となったはずのギストに向かって突撃してきた。

 

 体を丸めて突撃してくるコンゴウ。

 コンゴウ神属のアラガミの得意とする攻撃手段である“転がる”攻撃。

 見た目だけは茶目っ気も感じるものだが、実際は自身の体重を存分に生かした危険な質量攻撃である。

 

 それに対しギストは。

 神機を振り上げてオラクルエネルギーを刀身に集めると、タイミングを見極めてCCのバーストアーツによる強力な一撃で迎撃した。

 

「──CC・オリジン!」

 

 オラクルエネルギーが刀身に集まり刃を形成することで、通常のCCよりもリーチを長くすることができるバーストアーツ。

 突撃してきたコンゴウを捉え直撃したその一撃により、コンゴウは胴体部分のパイプ期間も破壊され結合崩壊を起こし、バランスを崩してその場に転倒した。

 

 倒れたコンゴウに対して捕喰形態に神機を移行したギストが、その身体を喰らいコンゴウを構成するオラクル細胞を残らず神機によって捕喰する。

 オウガテイルは全滅。グボロ・グボロ一体とコンゴウも喰われ、ドレッドパイクの生き残りは逃亡。

 形成された群れは既に壊滅に近い状態となり、後続のボルグ・カムランを除けばグボロ・グボロが一体と群れの統率者である感応種カバラ・カバラ一体のみとなっている。

 

 たった1人で感応種により活性化した複数の中型アラガミが存在する群れをここまで破壊したギスト。

 そこに至って、ついに戦場に群れの統率者である感応種“カバラ・カバラ”が到着した。

 

「……目標捕捉」

 

 戦闘態勢に入ったことで偏食場が解除され、活性化状態が落ち着いたグボロ・グボロ。

 それを隣にしながらギストに対し威嚇の咆哮をあげる、黄色い体表にグボロ・グボロと違い赤青白の鮮やかな羽をヒレに生やし天狗のような鼻を持つ特異な外見をしたグボロ・グボロ神属感応種アラガミ“カバラ・カバラ”。

 群れの統率者である今回の最優先目標を確認したギストは、感応種に対して神機を構えた。



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新型AGEの捕喰能力

ゴッドイーターが対象であり普通の人間を捕喰することは無い新型AGE。
それでもやはり化物と呼ぶには十分すぎる力を持つ。

オウガテイルを食べた腕の正体に関する説明と戦闘の続き、カバラ・カバラ迎撃戦の後半になります。


 新型AGEの持つ捕喰能力。

 ゴッドイーターも対象にするため、触れるだけで人間に危害を加える危険性を持つこの捕喰能力だが、元をたどれば灰域種アラガミから獲得した能力の1つである。

 

 オラクル細胞の群体であるアラガミは、捕喰した存在の特性を取り入れ進化する性質を持つ。

 自らの進化の方向性を決める為に偏食傾向に直結するこの特性は、当然灰域種アラガミも有しているため、バルムンクのような無機物や機械も取り込みレーダーのような目を手に入れる進化を遂げた存在もいれば、ドローミのようにAGEを狩る対GE戦闘能力に特化する進化を遂げた存在もいる。

 

 そしてこの能力は、新型AGEにも現れた。

 

 アラガミと違う点をあげれば、ギストの捕喰は“オラクル細胞”を捕喰することに特化し他を取り込むことを拒絶する偏食傾向に進化したという点だろう。

 ギストの場合、オラクル細胞を捕喰対象とみなす偏食傾向となったことで人間であれ穀物であれ無機物であれオラクル細胞を有さない物体はそもそも捕喰対象とすることはなく、オラクル細胞の結合を破壊する神機に対しては天敵とみなすためか捕喰を拒否する傾向を見せた。

 この偏食傾向は逆に言えばゴッドイーターを含めるアラガミ全般を捕喰対象とする偏食傾向であり、それらを取り込む傾向が強いということになる。

 

 先述の通り、灰域種アラガミの捕喰もまた、捕喰した対象の特性を取り込み進化する性質がある。

 それは新型AGEの捕喰も同様であり、ギストはアラガミを捕喰することでその特性を取り込み自らの肉体を進化させるという能力も手に入れていた。

 

 それが背中から発生しオウガテイルを取り込んだあの腕である。

 これはヌァザから取り込んだ性質をもとに手に入れた能力であり、触れた対象を侵蝕しヴェノム化を付与する毒の腕と称するに相応しい存在を形成して敵対者への攻撃に利用するというものである。

 

 ギストの肉体は、そのほとんどがオラクル細胞によって構成されている。

 さらに今までの戦闘を積み上げてきた中で取り込んだアラガミの特性を反映させ進化を続けてきた。

 桁違いの身体能力と回復能力に加え、喰ったアラガミの力も獲得し反映させる。まさに人間離れした化物と呼ぶにふさわしい存在となっていた。

 

 しかしその制御は完璧ではない。

 アラガミから取り込んだ性質の多くは基本的にギスト自身の意図に合わせて動作するが、どちらかというと捕喰と生存の本能に従う傾向が強いため、ギスト自身もどうしても手が回らないときでなければ表に出すことができず使用する機会が少ない力である。

 

 外見こそまさしく異形そのものであるが、この斃したアラガミから取り込んできた能力は人の域を逸脱した芸当を可能とする様々な面で大きな効果を生み出す存在であり、単独では到底勝てないアラガミ相手にも白星の戦歴を作り出し、この6年間想定外の事態で危険にさらされることがあっても必ずアルゴノウトの人類を守り通し1人の戦死者も作らなかった要因の1つとなっている。

 

 カバラ・カバラを前にして、破けて背中がむき出しとなった外套とその下の戦闘服を脱ぎ上半身を晒すギスト。

 死体のように生気を感じさせない真っ白の肌で覆われたその体は、巨大な刀身を持つバスターブレードを振り回し人間の域を大きく上回る曲芸のような機動をみせるには不足しているように見える、無駄な脂肪は削ぎ落とされ鍛え抜かれているものの常人の域は出ない程度の体つきとなっている。

 

 しかしそれを構成するのはたんぱく質ではなく、オラクル細胞。

 外見に特別な威圧感を見せつけるものはないが、その身が発する身体能力は通常のゴッドイーターのものを遥かに上回る。

 

 ギストは脱いだ外套をその場に置くと、神機を脇に構えて地面を蹴り二体のグボロ・グボロ神属のアラガミたちへと向かっていった。

 

 向かってきたギストに最初に反応したのは、グボロ・グボロの方である。

 砲台を起こし、オラクルエネルギーの形成する巨大な水の大砲で攻撃する腹積りである。

 

 ギストは神機の装甲を展開して前面に持ってくると、その場で地面を蹴り、カバラ・カバラへ向けてダイブを敢行。

 グボロ・グボロの放つ砲撃をタワーシールドで防御しつつ、カバラ・カバラとの距離をいっきに詰めた。

 

 派手な外観を持つカバラ・カバラだが、感応種としての能力は確かにゴッドイーターにとって大きな脅威となるものだ。しかし、本体の戦闘能力は通常のグボロ・グボロとさほど変わらない。

 個のアラガミとしてみた場合、感応種に神機の制御を奪われることの無いAGEであれば中型を討伐できる程度の腕を持つならば十分に対応可能な相手である。

 

 距離を詰めてきたギストに対し、ところどころ欠けている不揃いな牙の並ぶ大きな口を開いて噛み付いてくるカバラ・カバラ。

 頭は狙われていない。

 ならば神機を確実に当てられるタイミングを逃してまで避ける必要は無いと判断し、青い刀身を持つ巨大なバスターブレードの神機を片手で持ち上げて、回避することなくカバラ・カバラの牙を受ける。

 不揃いな牙の並ぶ巨大な口が、外套と上の戦闘服を脱いでむき出しとなっているオラクル細胞で形成されたギストの上半身に食らいついた。

 

 そのまま腰から下と首から上を残し、体を喰われて死ぬ。

 普通のゴッドイーターだった場合はそうなるだろう。

 だが、カバラ・カバラの牙はギストの体を食い破ることができなかった。

 

 牙は通る。肉に食い込み、骨格を砕き、強力な顎の力がその白い肉体を破壊する感触はある。

 だが、喰い破れない。

 牙は確かにギストの身体に刺さっているが、破壊する側から壊れたオラクル細胞の結合が再構築されていきカバラ・カバラの牙を止め、逆にその牙を構成しているカバラ・カバラの方のオラクル細胞を侵蝕してきたのである。

 

 触れるだけで他者のオラクル細胞を侵蝕し捕喰する、新型AGEの肉体。

 それに直に触れることがあれば、アラガミの方が場合によっては無事では済まない。

 ドレッドパイクのツノ、ネヴァンやクロムガウェインの爪、グボロ・グボロの牙、シユウの翼腕など、攻撃に使うために他の箇所に比べ強固な結合をしているオラクル細胞に対しては触れた程度の侵蝕は効かないことが多い。

 

 だが、カバラ・カバラの牙は他のアラガミを制御する感応種として進化をした際に捨てた、本体そのものの戦闘能力の一部であり、この不揃いな牙はグボロ・グボロに比べオラクル細胞の結合が弱いのである。

 グボロ・グボロの牙であれば、ギストの背中を抉ったように食い破ることはできただろう。

 それでもその人の形をした化物を絶命させることはできないが、少なくともこの絶好の攻撃の機会を与えてしまうという事態にはならなかったはずである。

 

 修復するオラクル細胞が牙を侵蝕し癒着したことで、牙を進めることも抜くこともできなくなってしまったカバラ・カバラ。

 その目の前で、振り上げた神機にカバラ・カバラのオラクル細胞を侵蝕して獲得したオラクルエネルギーを利用し溜めていくことで、青い刀身の上にオラクルの巨大な刃が形成されていく。

 

 これはまずいと感じたカバラ・カバラが、慌てて側にいるグボロ・グボロに、そして自分を侵蝕しようとするギストに対して感応現象を広げて支配下に置こうと試みる。

 

 だが、カバラ・カバラの思惑が形になることは無い。

 感応種アラガミへ至ったことで獲得した他のアラガミを制御する強力な感応能力は、捕喰対象の感応能力を奪う灰域種アラガミの捕喰能力を獲得しているギストの侵蝕を受けたことでカバラ・カバラから失われていた。

 

 いつも喰らう側だったはず。

 捕喰者としての絶対的な地位を獲得していたはずなのに。

 その地位を引きずり降ろされ、カバラ・カバラは捕喰される側に追い落とされていた。

 

 灰域が広がる世界で、感応種アラガミはその最大の強みを潰すことができる灰域種アラガミの餌にしかなり得ない。

 適者生存。

 アラガミもその絶対的な世界の輪から逸脱することはできないのだ。

 彼ら感応種が赤い雨に適応し生き残ってきたのと同じように、灰域の広がる世界においてこの環境に適応できなかった存在はすべからく淘汰されていく運命にある。

 

 ギストが神機を振り下ろす。

 それはカバラ・カバラの頭部の飾り、そして天狗のように伸びた鼻と砲台を破壊し、コアを露出させる。

 それを捕喰形態に変形させた神機を持って捕喰。

 さらに神機の捕喰を広げ、自身の持つ捕喰の特性とともにカバラ・カバラを形成していた全てのオラクル細胞を食い尽くしていった。

 

 後に残るのは、急速に身体に穿たれた穴を埋めていき元の姿へ回復していく、神機を携えた化物のみ。

 群れの統率者は淘汰された。

 

 カバラ・カバラの感応能力の制御から逃れたグボロ・グボロは逃亡する。

 その方角は仮設拠点の方ではない。戦意を失ったあのアラガミを無理に追撃する必要はないだろう。

 

 周辺の灰域が活発化している。

 ギストが喰灰を取り込み続けているので濃度レベルの急激な上昇はなく拮抗しているが、彼がこの場にいなければ陽の光を遮る高い濃度の灰域に至っていただろう。

 

 そして、その戦場に最後のアラガミが姿を現す。

 カバラ・カバラの制御下から離れたとはいえ、既に仮設拠点とそれを守るために立ちふさがるギストに近づきすぎてきた。

 手頃な餌を前にして帰るほど、アラガミという存在は慈悲深くない。

 

 銀色に輝く甲殻に覆われたサソリ型の大型アラガミ。

 ボルグ・カムランが襲来した。




次は迎撃戦の最後、ボルグ・カムラン戦になります。


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ボルグ・カムラン迎撃戦

カバラ・カバラの率いる群れの迎撃戦の最後になります。


 ボルグ・カムラン。

 グレートブリテン島南部を発生源とするこのアラガミは、全体的なシルエットはサソリの形を模し、さながら騎士のような全身を鎧の如き金属質の甲殻に覆われている進化を遂げた大型のアラガミである。

 

 無機物、特に金属類を好んで摂食するアラガミであり、非常に堅牢で高い硬度を持つその外殻は特に斬撃による神機の攻撃に強い耐性を持つ。

 姿形は騎士を彷彿とさせるがその性質はアラガミらしく獰猛かつ好戦的であり、無機物を好む偏食傾向から人間を捕喰することはないと思われるかもしれないが、一方で人間に対しても積極的な攻撃及び捕喰も行う。

 先端部に鋭く尖るフルーレのような剣状の長い尾を持ち、クロムガウェインと比べれば劣るものの高い機動力とそれらを利用した長大なリーチによる攻撃を得意とするアラガミである。

 少なくとも、単独で挑むのはベテランの神機使いでも危うい難敵だ。

 

「目標確認」

 

 その大型アラガミを相手にしても、ギストは退かない。

 青い刀身のバスターブレードを構え、胴部にある巨大な口を開いて威嚇するボルグ・カムランに向かっていった。

 

 ボルグ・カムランの尾が、ギストを貫こうと突き出される。

 巨体に見合わぬ俊敏な動作をするボルグ・カムラン。その尾が繰り出す刺突攻撃は、地上を走り回るゴッドイーターの視点からは鎧に覆われる巨体が障害となり、繰り出される瞬間まで見えない。

 そのうえ尾の攻撃は長いリーチを活かし鋭い一撃を繰り出してくるため、回避するにも防御するにも対応するのが困難である。

 しかし全く前兆がないというわけではなく、尾の攻撃を繰り出す際には大抵予備動作を行うため、ボルグ・カムランとの戦闘に慣れているゴッドイーターは尾そのものの攻撃よりもその挙動を見極めて対応することが多い。

 

 ギストもまた、ボルグ・カムランの尾を操る際の前兆となる挙動に注目する。

 捕喰者の本能か、ボルグ・カムランはギストの頭部に狙いを定めており、心臓を貫かれようと戦えるギストもその攻撃はさすがに看過できず回避する。

 

 鋭く突き出される剣状の先端の尖った尾。

 それを回避した直後、ボルグ・カムランは盾を模した甲殻が表面に形成されている前足の片方をギストに向かってぶつけてきた。

 

 回避した直後の隙を狙った攻撃。

 シールドバッシュで獲物の脳震盪などを誘発することで昏倒させ、尾で確実に仕留めてくる流れ。

 

 それに対してギストは、迫るボルグ・カムランの前足めがけて装甲を展開し地面を蹴って跳躍、ダイブを敢行して後退するのではなく逆に突進を仕掛けた。

 

 人間としては大柄だがアラガミから見れば矮小な存在であるギストを突き飛ばそうとしたボルグ・カムラン。

 だが、質量の上回る前足はギストの展開したタワーシールドに弾かれた。

 

 予想外の衝撃に怯むボルグ・カムラン。

 アラガミの構成するオラクル細胞の結合を破壊することに特化した神機という物は、一部を除きアラガミのオラクル細胞にとって共通の天敵であり、捕喰対象として最も忌み嫌う存在でもある。

 偏食傾向からくる本能的な忌避感もあり、ボルグ・カムランはギストの身体能力に発揮された予想をはるかに上回る強さの衝撃と合わせて反射的に前足を引っ込めたことも弾かれた後の怯みにつながる要因となる。

 

 一、二歩と後退するボルグ・カムラン。

 だが、相手の間合いから逃れる退避ならばともかく、怯んで後ずさるなど敵に絶好の攻撃の機会を与える愚行だ。

 

 人間という矮小な存在を見下していたこともあるのだろう。

 大型アラガミともなれば、人間を餌としてしか見なさない。例え対抗手段である神機を携えたゴッドイーターであろうとも、人間はアラガミに比べ生物としての強さがはるかに劣る弱者である。常に強者は、捕食者はアラガミであるからだ。

 

 アラガミから見れば人間の大半は無力な餌だ。対抗手段を持たず、道具に頼らなければ逃げかくれすることもできない。

 アラガミから見ればゴッドイーターも大抵は餌だ。対抗手段を持っているとしても、アラガミにとっての脅威は神機であり人間ではない。そして、使い手であるゴッドイーターはやはり人間。幾度も神機で切りつけてコアを剥離しなければこちらを絶命に至らせることができないゴッドイーターに対し、アラガミの牙はほとんどが一撃でゴッドイーターたちの命を刈り取る強さを持つ。

 

 だが、例外はある。

 人間は学習し、情報を共有し、自らと道具を進化させる。生物として弱者であるが故に、他の生物と違う“人類だけの進化”を見せる生物である。

 幾度もアラガミとの交戦を経て、その生態を、行動パターンを、弱点を学習し、効率化された対抗手段を研究する。

 神機を発展させ、偏食因子を発展させ、アクセルトリガーや対灰嵐種戦術弾といった新技術を作りアラガミに対抗する。

 そして、ごく稀に強力なアラガミも片手間で屠る凄腕の天才という存在を生み出す。

 

 その中で、ギストはさらに異質な存在だ。

 人類の新技術によって作られた兵器としての強さと、幼少の時より実戦に投入され同世代と比べると豊富な戦闘経験が培った人間としての強さを併せ持つ。

 時に脚を失い、時に手を失い、時に内臓を失い、時に骨を失い、時に心臓を失った。

 人間ではそこで確実に終焉を迎える危機を幾度も経験しながら、己の身体に刻まれる苦痛を対価として戦闘経験を積み、アラガミたちとの命を削り合う戦いを通じて敵に対する効率的な対抗手段を学んでいった。

 

 新型AGEという化物となったことで、吸収できた強さ。

 ゴッドイーターとしては元々常人レベル以下の適性しか持たなかったが、人間ではなくなったことで得られた力によって常人ではたどり着けない世界に立つ天才たちと並ぶことのできる実績を作り出す力を手に入れた。

 

 高潔さを是とする騎士の外見に不釣り合いな傲慢で獰猛な性質を持つボルグ・カムランは、そのゴッドイーターがただの餌となる人間ではなくアラガミから見ても異質な化物であることを知らない。

 その油断が、怯んだ状態であとずさるという愚行につながる。

 どうせ対抗手段などないと、己の存在を脅かす程の存在にはなり得ないという油断。

 

 そして、傲慢な騎士はその油断が命取りとなることを直後に知る。

 己の命という対価を払うことで。

 

 怯んだボルグ・カムランに対して、ギストは神機を捕喰形態へ移行し金属質な甲殻に覆われたその胴体を食い破らせた。

 

 一部のオラクル細胞を剥離し、神機をバーストモードへ移行させる。

 そのまま怯みから立ち直り反撃しようとしてきたボルグ・カムランに対し、自らの体を軸としてその場で回りオラクルエネルギーを纏わせた青い刀身の巨大な神機を叩きつけた。

 

 バーストアーツの一撃が、ギストを貫こうとしていた尾を弾き飛ばす。

 想定外の衝撃に尾を弾かれてボルグ・カムランに隙が生じる。

 

 対してギストはさらに体をもう1回転させると、今度は神機を振りかぶって斜めに振り下ろした。

 

 バスターブレードはその巨大な刀身を生かした、オラクル細胞の結合を断ち切る斬撃の効果だけでなく、オラクル細胞の結合を打ち砕いて破壊するという破砕の効果を持つ。

 この破砕の効果はボルグ・カムランの甲殻ような斬撃に対して耐性を持つオラクル細胞の結合に極めて有効である。

 

 自慢の頑強な甲殻のオラクル細胞の結合にヒビを走らせる攻撃に、ボルグ・カムランが嫌がり後ろに下がった。

 

 再び訪れる後ずさる隙だけ作るという好機。

 それをギストは見逃さない。

 

 叩きつけたバスターブレードを持ち上げ、刀身にオラクルエネルギーを纏わせる。

 ステップでボルグ・カムランに肉薄し、そのまま跳躍してバーストアーツをボルグ・カムランへと叩きつけた。

 

 バーストアーツ“ディストラクション”。

 ステップ後にその勢いのまま跳躍して振りかぶった神機を叩きつける攻撃である。

 加えてオラクルエネルギーがBAエフェクト“雷走”となり、地面を這い進みボルグ・カムランを追撃する。

 

 バーストアーツの攻撃は強力である。

 2度に渡ってその強烈な攻撃を受けたボルグ・カムランの前足を覆う盾は、オラクル細胞の結合がついに耐えきれなくなり砕けて結合崩壊を招いた。

 

 自慢の盾が壊され、その盾を壊す衝撃を本体にも余波として叩き込むバーストアーツに、ボルグ・カムランが崩れ落ちる。

 衝撃に揺さぶられたコアの制御が不安定となったことで昏倒し、尾も持ち上げられなくなったことで、普段は高い位置にあるため攻撃を届かせることができないボルグ・カムランの最大の武器である尾の先端が地面に降りてきた。

 

 すかさずその脅威を削り取るために踏み込むギスト。

 神機の捕喰形態を展開して尾を喰らい、バーストモードを維持する。

 そして神機を振りかぶり、その刀身にオラクルエネルギーを溜め込んでいく。

 

 バスターブレード特有の攻撃。

 重い刀身を利用した強力無比な一撃。

 その上バーストアーツによってその刀身を上回る間合いを作り出している。

 

「──CC・オリジン!」

 

 ギストの扱うバーストアーツの中でも最大威力を持つ一撃を、ボルグ・カムランの尾へと叩き込んだ。

 

 自慢の甲殻は尾も覆っていたが、この強力な一撃を受け切れるほど頑強ではない。

 先端部の剣もろともそのオラクル細胞の結合を打ち砕かれ、ボルグ・カムランの尾が中ほどから叩き斬られた。

 

 自慢の盾である前足の甲殻に続き、自慢の鉾である尾を破壊され、悲鳴をあげるボルグ・カムラン。

 昏倒から立ち直り、自慢の鉾と盾を破壊しあまつさえ目の前で切られた尾の残骸を神機に食べさせるという煽りを見せるゴッドイーターに、ボルグ・カムランの怒りが沸点を突き破った。

 

 怒りの咆哮を上げて活性化するボルグ・カムラン。

 盾も鉾も破壊したというのに、容姿はまだ人間であるギストに傷つけられたのがよほど腹立たしかったらしく、砕かれてボコボコとなった役目を果たせない盾に覆われる前足をがむしゃらに振り回してきた。

 

 モグラ叩きのように、苛立ちをそのままぶつけるように、ギストに対して前足で殴りかかってくるボルグ・カムラン。

 それに対してギストは冷静にその攻撃を見極めて、一撃を躱し、一撃にはバスターブレードを上に向かって振り下ろし肘の部分を破壊する。

 今度は前足の一本が中ほどから結合を破壊されて本体から切り離された。

 

 ギストの神機がその残骸を空中で捕喰する。

 自らの体の一部が切られ、それを目の前で食われていくという光景。

 普通ならば恐怖を抱いたとしてもおかしくないのだが、ボルグ・カムランにとってはそれが煽っているように見えた。

 

 人間に見下される。

 道具がなければ餌にしかならない矮小な生命体が、自分を圧倒し体を切り刻んでは、捕喰者であるはずの自分の体を食らっていく。

 その光景は、ボルグ・カムランの怒りに冷水ではなく油を注いでいく。

 

 激怒するボルグ・カムラン。

 さらに胴体の口も開いて、残った前足と自らの牙でギストを殺そうと仕掛けてくる。

 

 だが、怒りに我を忘れた単調な攻撃などにあたる化物ではない。

 普段は甲殻に守られている口の中という弱点を自ら晒してきたボルグ・カムランの動きを冷静に見極めて、叩きつけてくる前足をわずかに体を横に動かす最低限の動作だけで躱し、下がって間合いを逃すことなくボルグ・カムランの開かれた口の中に青い刀身の神機を突き刺して、力任せに横に振り回した。

 

 バスターブレードの刀身に喰い裂かれて、口を破壊されるボルグ・カムラン。

 オラクル細胞の群体という分類的には単細胞生物にあたるアラガミだが、多くはコアの制御を的確にして生存確率を上げるために、環境の対応を進めるために痛覚を獲得している。

 故に神機の攻撃に怯み、悲鳴を上げ、昏倒することがある。

 

 ボルグ・カムランもまた痛覚を獲得しているアラガミだ。

 それは確かにアラガミの寿命を延ばすものとなる。戦闘時にも大いに役立つ必要な進化だったのだろう。

 だが、戦闘において時に致命的な隙を生み出してしまうことになる感覚であった。

 

 破壊された口を大きく開き悲鳴をあげるボルグ・カムラン。

 弱点をむき出しにしているその動作は、命の奪い合いをする戦場において致命的な隙だ。

 そして、ギストはその隙を見逃さない。

 

 その場で飛び上がりボルグ・カムランの大きく開かれた口に接近、コアを狙い神機を捕喰形態に移行する。

 

 そのまま神機にコアを食わせれば、ボルグ・カムランはアラガミの形を保てなくなり、アラガミとしての“死”を迎えることになる。

 そうすれば最後の目標も討伐が完了する。

 化物を人間だと侮り、攻撃に怯んでも隙を晒すだけで間合いすら取ろうとしなかったボルグ・カムランは、餌と見下す傲慢の代償を払うこととなるのだ。

 

 だが、その決着がつく瞬間。

 ボルグ・カムランの上に立ちコアを狙っていたギストの身体に衝撃が走る。

 

「────!?」

 

 巨大な水の砲弾に突き飛ばされ、ボルグ・カムランの上から弾き落とされるギスト。

 直撃を食らいながらも、しかしすぐに立て直して地面に着地する。

 

「…………」

 

 ギストの視線の先、砲弾の飛んできた方角には、先ほど背中を見せて逃げていったはずのグボロ・グボロが砲塔を上げた状態で立ち、その周囲に複数のドレッドパイクたちが集まっていた。

 

 ボルグ・カムランの悲鳴を聞き、漁夫の利を狙ったのか。

 それとも一時とはいえ同じ群れとして過ごしたことで芽生えた仲間意識が、カバラ・カバラの制御下を離れてからも苦しむ仲間を見捨てられないという行動につなげたのか。

 

 いずれにせよ、後一歩のところでボルグ・カムランの危機に駆けつけたグボロ・グボロがギストを攻撃しその窮地を救った。

 

 神機を構えるギスト。

 立て直したボルグ・カムランは、近くやってきたグボロ・グボロとドレッドパイクを一瞥してから、より脅威となるギストを先に始末するべきと判断したのか威嚇することもなく共闘を受け入れた様子。

 両者は一定の距離を保ち、今度は油断しないと意識を改めたアラガミが群れで対峙する。

 

 アルゴノウトのオペレーターからは、グボロ・グボロが戻ってきた情報などもたらされなかった。

 仮設拠点さえ無事ならばアルゴノウトはそれで良いのだろう。

 そして、おそらくは人の形をして人の心を持ってはいるがやはり化物となったギストを忌み嫌い、死を望んでいるのだろう。

 

 他の神属であっても、アラガミはともに手を取り合い共通の脅威となる敵に立ち向かい、こうして命を助け合うことすらある。

 それに対して、ギストはいつも1人。背中に守る者たちからバックアップを受けることなく、ひたすら利用され続けている。人間が死なないように、化物には命を削って戦わせている。

 

 これは、化物の受けるべき“正しい”境遇だ。

 人間が手を取り合うように、アラガミも仲間同士で手を取り合うことがある。

 でも、それは仲間だからこそ。

 化物であるギストは、人間の仲間ではない。仲間を求めてはいけない。

 

「……ッ」

 

 孤独に慣れたはずだった。

 孤独でいるのは報いであると受け入れたはずだった。

 ギストが人間を守るべき対象としてみても、人間は決して仲間として受け入れてくれない。

 その現実を、人間を傷つけてしまった自分のような化物にはあるべき報いであると、覚悟を決めたはずであった。

 

 それなのに、心が悲鳴を上げている。

 1人が寂しいと嘆いている。

 仲間が欲しいと、“2人目”が欲しいという願望が、アラガミを見て羨ましいと思う醜い願望が湧き上がってくる。

 

 歯をくいしばる。

 絶対に、望んではいけない。

 その願望は、絶対に望んではいけないことだ。

 

 化物は化物として、孤独に生き、利用され、使い潰されて、人類のために戦い、そして孤独の中で死ななければいけない。

 

 そう言い聞かせても、心のざわつきが収まってくれない。

 あの言葉が、化物であることを知った上でなお人間だと言い、差し伸べてくれた優しい手が。

 赤い装束の恩人を思い出し、仲間を欲する醜い願望が止まることなく湧き上がってくる。

 

「……私は、化物」

 

 仲間を求めてはいけない。

 あの手をとってはいけない。

 もう誰も傷つけたくない。人間を傷つけたくない。

 

『何をしている、さっさとアラガミを始末しろ化物が! 人類のために戦えハイエナ!』

 

 睨み合うこう着状態に痺れを切らせたオペレーターから、攻撃命令が発せられる。

 それが、ギストのざわつく心を凍りつかせて、冷静にさせてくれた。

 

「──了解」

 

 そうだ。私は、化物だ。

 人類に利用されることはあっても、受け入れられることは絶対にない存在。

 騒めく心に蓋をする。

 今はアラガミを殲滅する。アフリカ大陸進出計画の成功のために。

 

 鋼の心は、強固ではあるが頑丈ではない。

 表面を磨き上げているだけで、中身はすり減りさびつきボロボロだ。

 その強固な表面につく小さな傷を消すために磨くたび、朽ちた中身がさらけ出されるカウントダウンが、決壊の時にまた一歩進む。

 

 青い刀身のバスターブレードを振りかぶり、ギストはアラガミの群れへと突撃する。

 そしてまたハイエナはミナトの脅威となるアラガミを殲滅し、その功績を労われることなく次の命令を出される。

 

 それでもハイエナは拒否しない。

 身も心も強いように表面を磨くだけ。だから誰も気付かない。

 もう、その中身は壊れる寸前にあることを。




ボルグ・カムランの窮地をグボロ・グボロが助けて、ドレッドパイクたちが逃げ出した戦場に戻り、お互いボロボロながらも神属の隔たりを乗り越えて肩を並べ強大な敵に立ち向かう。
……アラガミたちの方がむしろ主人公してる。

最後の戦いは、省略しました。このアラガミたちがオリ主に敗れて食べられる描写は流石に……。
次はルルにアングルを当てます。


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ラズ・バラン

今回はルルにアングルを当てます。
アルゴノウトに無事保護され、精密検査でも特に異常はなかったとのことで、アルゴノウトのゴッドイーター専門医療機関であるB病棟にて連絡を受けた仲間たちが来るのを待っているところからになります。


 ギストの牢獄で保護された後、アルゴノウトの医療機関に送られたルル。

 本人は接触していないと主張し外傷などが無いとはいえ、それでも万一ということはあり得る。

 念のため精密検査を受けることになったルルは、アルゴノウトに存在する医療機関の1つ、ゴッドイーター専用の医療設備を整えている“B病棟”にいた。

 

 精密検査の結果も良好、異常は無し。多少会話をしたのみであり、接触はしていないので当然と言えば当然だが。

 彼女の所属するハウンドのメンバーに連絡を入れたとのことで、仲間の迎えをベッドの上で待つこととなった。

 

「…………」

 

 仲間の迎えを待つルル。

 その時、部屋の扉が開かれた。

 

 仲間が来たのかと思い、扉の方を向いたルルだが。

 そこに立っていたのは彼女の仲間ではなく、予想外の知り合いだった。

 

「久しぶりだな、ルル」

 

「ラズ……何故お前がここにいる?」

 

 ルルがラズと呼んだ訪問者。

 ダークグリーンの瞳を宿す顔、その半分を覆う火傷の跡がある凶悪な面構えが特徴の、身長180cm程の濃い茶髪と焼けた浅黒い肌を持つ男。

 両腕の手首にはルルと同じAGEの証である大型の腕輪を装着している。

 

 そして何より、ルルの顔見知り。

 友好的な意味の顔見知りではなく、因縁のある間柄であるという証。

 その男の旧フェンリル制式の青と黒の戦闘服の上にまとった上着には、背中と肩に歯車と馬首の横絵が描かれた特徴的な“バラン”のエンブレムが描かれていた。

 

 男の名前は“ラズ・バラン”。

 バラン所属のAGEで、第三船団専属護衛AGE部隊の小隊長を務める人物。

 対抗適応型アラガミ出現時にはハウンドと連携をとったこともあり、灰域種アラガミなど強力なアラガミとの戦闘経験も豊富。何よりこの男の率いる部隊は小隊規模での中型灰域種アラガミの討伐を死者を出さずに成功させた実績がある。

 第三船団の現団長である桜庭の懐刀として、灰域内の対アラガミ戦闘面において船団の活動を支えてきた、現在のバランに置いて現役のAGEの中では間違えなく最強クラスの実力を持つ凄腕のAGEである。

 

 そしてこのラズというAGE。

 ルルとはバランの訓練生時代からの同期であり、彼女がハウンドの面々と出会うより前にゴウの元で共に修行し研鑽し合ってきたライバルでもあった。

 元々戦闘面において卓越した才能を持ち、それを開花させた実力も持っていたラズは、早い段階でバランから高く評価されており運輸事業を担う第三船団の専属になったため、実戦で肩を並べていた時間は短い。

 だが、訓練生の頃から同い年の間柄。第三船団にラズが転属になってからも何度か顔を付き合わせる機会はあったし、弱肉強食のあのミナトの中にあって同年代で常にトップを競い合うライバルであったラズは、ルルの中で深く印象が残っている同胞の1人である。

 

 約10年ぶりの再会。

 長い時間会わなかった間に、お互い大人になった。

 だが、その人目をひく顔の半分を覆う一生消えることのない大火傷の傷跡。その特徴的な面貌から、ルルは一目で男がラズであることに気づいた。

 

「覚えていたのか、俺のことを」

 

「その目立つ顔を忘れられると思うか?」

 

「人のこと言える顔かよ」

 

「……何の用だ?」

 

 気心知れた友人ならば、10年越しの再会には感動を覚えるだろう。

 たとえ喧嘩別れしたような相手であっても。

 

 だが、ルルとラズの関係はいつもバランに最も価値を認められているという1つの席をめぐり命を削って競い合ったライバルである。

 同じ施設に収容され、同じ施設で育ち、同じ師を仰ぎながら、常に隣り合う相手を“競合相手”として見なしてきた者同士である。

 馴れ合いなどできるはずもなく、それは時間を隔て競い合う理由をなくした今も同じであった。

 

 そのため、2人の間に和やかな雰囲気などない。

 今にも斬り合いが始まるのではないかという剣呑な空気が漂う。

 

 ルルを見下すように挑発的な態度を言動と表情ににじませるラズと、手を出すというのであれば真っ向から対応するという気迫が見えるルル。

 

「……そんな状で横になっているお前は相手をする価値も無え」

 

 緊迫した両者のにらみ合いは、ラズの方が先にその敵意を霧散させたことで消えた。

 さすがに病人のようにベッドに横になるルルを相手に荒事を起こすほど血気盛んというわけではないらしい。

 捉え方によってはルルを挑発しているような台詞だが、ルルもアルゴノウトで荒事を起こすほど短慮ではない。大人の対応でその言は聞き流し、緊張感ある態度を緩めた。

 

「何の用だと聞いている。それとも、私をあざ笑いに来るほど暇なのか?」

 

「お前の方こそ暢気に寝ていられるほど暇なのか? 相手がいないなら俺がやってやるぞ」

 

「その薄汚い口を閉じろ」

 

「チッ……冗談の通じねえ女だな相変わらず」

 

 もう一度ここを訪ねた要件を問うルル。

 どこで情報を入手したか知らないが、バランの情報網は広い。ルルの所在を確認し、1人でいるところを狙うのは容易である。

 ラズが訪れたタイミング、この部屋にルルがいても驚いた様子がないことから、ルルはラズが自分に対して何らかの要件があって接触してきたのだと推測した。

 

 ラズは冗談を交えたが、この男の軽口が昔から癪にさわると感じていたルルは仲間たちが来る前に部屋からバランの人間を追い出したかったため、先を促す。

 それに対して相変わらず堅物だと溜息を零しながら、ラズは本題に入ることにした。

 

「キャプテンからお前に訊きたいことがあるらしい」

 

「キャプテン……“輸送屋”のことか?」

 

 ラズの言う“キャプテン”が指すのは、彼が専属しているバランの第三船団のトップのこと。

 第三船団はバランのあらゆる交易の運輸業を司るキャラバンである。

 その業務内容から、第三船団の現団長は“バランの輸送屋”という異名で知られていた。

 

 ラズが訪ねてきた要件。

 それは、バランではなく第三船団からの接触であった。

 

「…………」

 

 バランからというならともかく、ルルは第三船団から接触を受ける心当たりはない。

 おそらく、問題が露呈した際にはキャラバンに責任の全てを押し付けてトカゲの尻尾切りとする何時ものやり方。キャラバンの意思と見せて実際にはバランの総意であると見る。

 

「言っておくがタヌキどもの思惑の埒外だぞこの案件は。そもそも俺があいつらのためにメッセンジャーなんてやると思うか?」

 

 だが、そんなルルの考えを見透かすかのようにラズは否定した。

 ラズの所属する第三船団は他のミナトと接触する機会も多く、以前よりバランの総意、つまり経営陣たちの意思にそぐわない独立色が強い船団であった。

 そのためラズも第三船団移籍後はバランへの忠誠心が急速に冷めていき、当時の上司であり現第三船団のキャプテンとなっている人物の影響を受けバランの意思に従わない色を見せてきた。

 

 第三船団のトップ、バランの輸送屋は立場もあり一応バランの利益のために動いている。

 しかし、バランの経営陣を嫌っているラズが大人しくその意志に従いメッセンジャーを引き受けるとは確かに考えにくい。

 そもそも開拓事業を担う第二船団ではなく、運輸業を担う第三船団がここに派遣されてきたのも驚きではあったが。

 

 どうやら、本当にルルに接触してきたのは第三船団からの要件であったらしい。

 黒い面も知っているためそれなりに勝手のわかるバランではなく、ほとんど関わったことのない輸送屋からの接触。

 不信感を募らせるルルに、ラズはこの場に現れた理由を告げた。

 

「単刀直入に言うぞ。今回の遠征の間だけでいいからお前、こっちの船団に雇われて見る気はねえか?」

 

「────ッ!?」

 

 ラズの口から出てきた輸送屋の要件というのは、ルルにとって驚くべきものであった。

 

 一度バランが切り捨てた者を雇いたいという要求。

 確かにルルはハウンドの一員として数多くの戦歴を重ねている。そこらのAGEとは比べ物にならない実力を持っているし、こと偵察能力に関しては他の追随を許さない。未開の大陸の航路開拓を進める上では、喉から手が出るほど欲しい人材だろう。

 

 だが、ルルは一度バランから切り捨てられた。

 バランの総意、経営陣たちの意思によって捨てられたAGEである。

 それを多数のミナトのキャラバンが集う今回の計画の舞台で雇うなど、そのバランの経営陣に喧嘩を売っているような挑発行為に等しい。

 師であるゴウから新しい第三船団のトップはかなりの暴れ馬な人物と聞いていたが、その噂を肯定するような案件であった。

 

「……断る」

 

 第三船団のトップに会ってみたい気もするが。

 しかし今回のアフリカ大陸進出計画はハウンドの悲願であるユーラシア大陸横断計画の実現に向けた大きな一歩を踏み出すための重要なものだ。個人的な興味でハウンドを離脱するわけにはいかないし、第三船団とはいえバランの勢力と接触するとなればハウンドの皆にも余計な負担をかけてしまう。

 

「そうかよ。悪い話じゃねえと思ったんだがな……」

 

 明確な拒絶の返答を受けたラズは、あっさりとした態度だった。

 輸送屋はともかく、ラズ個人としてみればルルと同じ船に所属して肩を並べて戦うということは複雑なのだろう。それはルルの方も同じだが。

 

「キャプテンにはフラれたって伝えておくわ」

 

「誤解を招く言い方をするな」

 

「実質ラブコールみたいなもんだろ。確かに、身体はそそるけどな」

 

「……その舌をこの場で切り落とせないことが悔しく思える」

 

「お前に切り落とされるほどノロマじゃねーよ」

 

 お互いに若干殺気をにじませながら、軽口を交わす。

 会話は仲よさげだが、それを語る2人の目は相手に対して友好的な意思は一切宿していない。

 

 要件は済んだと部屋を後にするラズ。

 だが、部屋を出る寸前に立ち止まるとルルの方を見ずに短い言葉を残す。

 

「……辛気臭い顔が少しは晴れたんじゃねえのか? 仲間に会うなら、弱った表情はしまいこんでおけよ」

 

「えっ……?」

 

 その言葉に困惑するルルを放置して、ラズは去っていった。

 どうやら、ルルの表情をみてライバルとして元気付けたかった様である。

 

「余計なことを……」

 

 久しぶりに会ったライバルに心配をかけてしまうほどに弱っていたらしい。

 面倒な性格のライバルがくれた分かりにくい優しさを理解して、ルルは少し心が晴れた気がした。

 

「ルル、ご無事ですか!?」

 

「大丈夫だった!?」

 

「怪我はないっすか!?」

 

 そして、ラズと入れ替わる様に彼女を心配して駆けつけてくれた仲間たちが騒がしく病室に入ってきた。




次回はリカルドと桜庭のおっさんズになります。


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新型偏食因子

前半はリカルドと桜庭のおっさん同士の会話、後半は桜庭と帰還したラズの会話になります。


 バラン第三船団旗艦“秋津洲”。

 遠征に参加している第三船団のキャラバンにおいて指揮官である団長の桜庭が乗船する司令塔であり、また感応レーダーを搭載している、キャラバンの頭脳であり目であり耳である灰域踏破船である。

 アフリカ大陸という広大な未開の地を開拓するにあたり、ハウンドとダスティミラーが共同で開発した対抗適応型装甲を施されている。

 全長166.8m。乗員73名。

 

 その秋津洲のブリッジにて、第三船団団長の桜庭に招待された異なるミナトに属する人物、クリサンセマム所属のゴッドイーターであるリカルド・スフォルツァがいた。

 

 新型AGEの情報。

 それを戦闘状況の観戦というやり方、まさに百聞は一見に如かずという言葉通りに桜庭に見せつけられたリカルド。

 桜庭の知る新型AGEの情報を得た彼は、このことをオーナーであるイルダに報告するため秋津洲を後にする。

 

「おい、待てよ」

 

 しかし、そのリカルドを船から降りたところで桜庭が呼び止めた。

 

 足を止めて振り向くリカルド。

 秋津洲を降りたが、ここはバランのキャラバンの只中だ。周囲は全て桜庭の配下の者ばかり、取り囲まれることになればリカルドはひとたまりもない。

 

 取引により桜庭が了承したとはいえ、バランの機密事項である新型AGEについてリカルドは詳細を把握することとなった。

 もしも約束を破り新型AGEの件をグレイプニル、そして主要港安全保障理事会に上げれば、バランはこの悪魔の研究を晒すこととなる。他のミナトからの糾弾は避けられない。

 

「……私は身内以外に今回知ったことを話すつもりはありませんよ?」

 

 口封じ、ということか。

 警戒するリカルドに、桜庭は心外だと言わんばかりに首を横に振った。

 

「いや、別に殺したりしねーよ。んな物騒なことするか、失礼なおっさんだな」

 

「……あなたも人のこと言えないのでは?」

 

「俺はまだ29だ、おっさんじゃねえ!」

 

 リカルドの指摘に、さらに心外だとツッコミをかます桜庭。

 先ほどまでの冷たいバランのキャラバンのトップのイメージが崩れる様な笑いを誘うセリフである。

 

「ったく……変な空気にするんじゃねえよ」

 

 どこか弛緩した空気を引き締める様に、ため息をつく桜庭。

 ノリが良いのは素の性格からの様だが、弛緩した空気に変えたのは桜庭のツッコミだろう。

 リカルドにしてみれば、緊迫した空気の中で冷静さを保つために自然と出た冗談交じりの返しだったが、桜庭には一定の効果があった様子。

 

「手土産の1つもないと示しがつかねえだろ。これ、お前らにやる」

 

 後頭部をかきながら、桜庭は手にもつジュラルミンケースをリカルドに差し出した。

 手土産と称するが、バランからの土産だ。中身はろくなものではない気がするのだが。

 

「これは、なんでしょうか?」

 

 受け取らずに中身を尋ねるリカルド。

 それに対し、桜庭は口元に薄っすらと不気味な笑みを浮かべてその中身をリカルドにしか聞こえない声量で告げた。

 

「化物を作る素材だ。新型偏食因子さ、1回分のな」

 

「ッ!?」

 

 その手土産は、一級の爆弾であった。

 

 

 

 ルルと接触した後、秋津洲に帰還したラズ。

 本来はバランからハウンドに対する交渉という名の脅迫をする予定だったのだが、その病人の様な弱りきった顔を見て、このあと仲間たちとの再会もあるのにそんな表情をされるのが気に入らなかったからと、ライバルとして励まして立ち直らせることに時間を使った。

 その後はハウンドのメンバーが接近していたため撤収。バランの総意を無視する行為だが、帰還したラズを出迎えて報告を聞いたバランの輸送屋こと桜庭は、特に咎めることはしなかった。

 そもそもその桜庭の方が、ラズには遠征中の雇用の提案をしてバランからの要求は場合によっては無視してもいいと言っていたからなのだが。

 

「俺のラブコールの方は?」

 

「蹴られましたよ。ついでに俺のラブコールも」

 

「マジか〜! いや、わかってたけどよ」

 

 遠征中の雇用契約の提案。

 それを断られたことを聞いて落胆する桜庭。

 ラズを懐刀としている桜庭は、面識こそないもののバラン随一の腕前のAGEであるラズがライバルと称しその実力を高く評価しているルルに対して興味を持っており、以前より船団の一員として是非とも迎えたいと考えていた。

 

 一度切り捨てて存在すら抹消したAGEをバランの勢力に再び入れるというこの要求。

 バランの上層部からしたら憤慨ものだが、独立色が強く良くも悪くもバランの主流から離れている桜庭は関係ないと言わんばかりのスタイルである。

 

「仮にあいつが承諾したら、バランの上層部に泥を投げつけることになったと思いますがね」

 

「ドス黒いので汚れきっているところに泥玉の1、2発投げつけて汚しても大して変わんねえよ。たまには屈辱も味わったほうがいいな、あいつらは」

 

 その上、桜庭は現在バランの総意を無視している。

 接触してきたリカルドにもその案件を一切触れずに秋津洲から降ろしたし、交渉役として派遣したラズにもルルに対しては勧誘だけさせて最優先事項であるはずの件は伝えさせなかった。

 もともとそういう気質の持ち主とはいえ、桜庭はバランの命令を無視して自分の都合に合わせて動いている様な現状である。

 

「しかし、良かったのか? バランの経営陣の要求は“人型アラガミの接収”だったはず。俺はあいつらのメッセンジャーになるなんざごめんだが、脅してでも手に入れろと言われているんだろ?」

 

 バラン上層部から与えられた命令。

 ハウンドとの交渉という名の脅迫の件についてラズが触れるが、桜庭は知るかと切り捨てた。

 

「はっ! タヌキどもの思惑なんざ知ったことじゃねえよ、気にするな。今更フィムちゃん攫うなんて気乗りしねえし……まあ、するとしても遠征が終わってからだな」

 

「上層部から催促が来るぞ?」

 

「無視だね、そんなもん。その手の通信が来たら、灰域濃度の上昇による通信不良とか言って切ればいいし。そもそも今回の遠征は俺の船団に任せることになってる、口出しさせる気はねえよ」

 

 桜庭は人型アラガミ──フィムの奪取に関しては否定的である。口では遠征が終わればやるかもしれないという意図をにじませている様だが、口調からはやる気が微塵もないのがわかる。

 バラン上層部の意向を無視し、ルルを雇おうとして、催促が来ても受け付けない気満々。

 散々に暴れているが、これでも桜庭はバランの経営陣たちから一定の信頼を獲得している。

 

「第一、フィムちゃんは理事会で各理事港が正式にクリサンセマムの所属として認めた存在だぞ? 誘拐なんぞしたら、それこそすぐにバレてバランの不利益につながる。あのタヌキども、殆どがもう時代が変わったということをわかってねえ」

 

「そこまで来るともう老害だな」

 

「言い得て妙だな。タヌキというか、もう老害だなあいつら」

 

 言いたい放題である。

 船内の会話をバランの経営陣たちに聞かれれば、すぐに首が飛びかねない。

 バレないことがわかっているから、桜庭もラズも言いたい放題言っているが。

 

 




一級品の爆弾、P82–c偏食因子。
適合に成功すれば、偏食因子の自己生成が可能になるため1人用は1回分で十分。
しかし、使用は極めて危険であり適合できたとしても化物に生まれ変わってしまう呪いの品。

本編に関係ない閑話“王様ゲーム”を挟んだ後、次はクリサンセマムの一行にアングルを当てる予定です。


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閑話 バラン陣営で王様ゲーム!

ストーリーとは関係のない閑話になります。
キャラ崩壊している場面もあります。ご了承ください。

丸テーブルの席順
①ルル
②ラズ
③ローハイツ
④ゴウ
⑤ギスト
⑥桜庭
⑦デブ(バランの元船長)
⑧シャルロッテ

台詞
ル→ルル
ラ→ラズ
桜→桜庭
シ→シャルロッテ
ギ→ギスト
ゴ→ゴウ
ロ→ローハイツ
デ→デブ
全→全員

王様ゲームのルール
クジは王と①〜⑦の計8つ。
王のクジを引いた人が、一つだけ指定した数字の平民に命令できる。
王の命令は絶対。ただし、その場限りで行える命令にすること。
一度に命令できる内容は1つまで、『2つ命令をする』などは禁止。
一度の命令で指名できる対象の数は、王を含めても最大4人とする。
平民になった人は、王が命令を行使するまで数字を公表してはならない。
指定するのは数字であり、個人を指名することはできない。


 バランの第三船団旗艦である秋津洲にて。

 その日、バランに関わる者たちが一室に集結し丸テーブルを囲んでいた。

 

 

 桜「本編から一旦離れて王様ゲームやるぞ!」

 

 ラ「いきなり何言い出すんだこの人」

 

 シ「ついに壊れた」

 

 ル「一応、これでも忙しいのだが」

 

 桜「本編には関係ないって言っただろ! 仕事のことは忘れて良いんだよ、この場ではな!」

 

 ゴ「普段以上に馬鹿なテンションはそれが理由か」

 

 桜「さりげなくディスるなゲロおでん職人。久しぶりに弟子たちに会って、なんで俺にまずコメントする」

 

 ゴ「もう一度言ってみろ小僧」

 

 ラ「待て師匠。あなたとキャプテンがやり合ったら、誰も止められない」

 

 ゴ「……命拾いしたな小僧」

 

 桜「そりゃこっちの台詞だっつーの! ケッ」

 

 ゴ「……(怒)」

 

 ロ「煽るのはもうやめろ桜庭。和を乱すその癖、すぐに直せ」

 

 桜「俺はこれでも空気読む方だからな! どちらかというと諍い起こすの此奴だろ!」

 

 ゴ「宣戦布告と受け取るぞ」

 

 ル「師匠、もうやめて下さい。話が進みません」

 

 ゴ「命拾いしたな小僧」

 

 桜「そりゃこっちの──」

 

 ロ「だから止めろ。貴様が煽ってどうする」

 

 ラ「キャプテン自重しろ」

 

 ル「全くだ。それでバランのキャラバンを担うなど」

 

 ロ「恥を知れ」

 

 桜「酷くね!?」

 

 デ「おい、良い加減──」

 

 桜「黙れデブ!」

 

 ロ「引っ込んでいろデブ!」

 

 ゴ「口を出すなデブ!」

 

 シ「牢に戻れデブ!」

 

 デ「な、なんだとテメエら! この俺を誰だと──」

 

 桜「黙れデブ!」

 

 ロ「引っ込んでろデブ!」

 

 ゴ「部外者だろうがデブ!」

 

 シ「死ねクソデブ!」

 

 デ「……(泣)」

 

 ギ「クジを用意してきました」

 

 ル「よくこの状況で用意できるよなお前は」

 

 ギ「では、始めましょう」

 

 ラ「いや聞いてやれよ」

 

 ギ「では、王様──」

 

 桜「お前が仕切んなや! ここは言い出しっぺの俺だろ、普通!?」

 

 ロ「全員クジは選んだか?」

 

 ル「ああ」

 

 ゴ「ああ」

 

 シ「うむ」

 

 ギ「はい」

 

 ラ「いつでも」

 

 デ「と──」

 

 桜「うるせえデブ!」

 

 ゴ「口を出すなデブ!」

 

 ロ「黙っていろデブ!」

 

 シ「息くせえんだよデブ!」

 

 ラ「死んどけデブ!」

 

 デ「……帰らせてくれ」

 

 

 なんだかんだあって、全員着席。

 そしてここに秋津洲を舞台とするバラン陣営のメンバーによる王様ゲームが幕を開けたのである。

 

 

 桜「よし、全員持ったな? 行くぞ」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ギ「……私ですね」

 

 ラ「1番ましなやつだ」

 

 シ「……(怒)」

 

 ロ「落ち着けシャリー」

 

 ゴ「それで、何を命令する?」

 

 ギ「では、②と④の方は席を入れ替わってください」

 

 桜「地味だなー」

 

 ラ「いや、平和で良いだろ」

 

 ル「②は私だ」

 

 デ「俺が④だな」

 

 ゴ「……ラズ、新しい椅子を用意しろ」

 

 ラ「了解だ、師匠」

 

 デ「……泣いて良いか?」

 

 

 というわけで、ルルとデブが席を交換することに。

 その際、汚らわしいとゴウの指示によってラズがデブの座っていた椅子を撤去。新しい椅子を用意し、ルルはその椅子を使うことになりました。

 デブ涙目。

 

 

 桜「おっしゃ次行くぞ!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ル「……私だ」

 

 ラ「横乳かよ」

 

 ゴ「……(怒)」

 

 ロ「落ち着けゴウ。ラズもその手の発言はやめろ」

 

 ラ「……うっす」

 

 シ「それで、命令は?」

 

 ル「そうだな……①は王のクジを引くまで立っていろ」

 

 桜「地味な嫌がらせだな……」

 

 デ「それで、①は誰なんだ?」

 

 ロ「私だな」

 

 桜「いやそこはデブだろ!」

 

 デ「もう本当に泣くぞ!」

 

 

 というわけで、ローハイツさんがしばらく立たされることになりました。

 ゴッドイーターがこれだけ揃う中で立たされる一般人……さりげない嫌がらせのようです。

 

 

 桜「次行くぞ次! もっと面白え命令にしろよな!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ラ「……ギヒヒ! 俺様だな」

 

 ル「……(怒)」

 

 ロ「落ち着けルル。……なんでいつも私が宥めることになる?」

 

 ギ「損な性格だからでは?」

 

 ロ「君にだけは言われたくない台詞だ」

 

 ゴ「それで、貴様は何をさせる?」

 

 ラ「ケケッ! ③と⑦はキスをしろ!」

 

 ル「相変わらず最低の発想だな!」

 

 桜「さすがだな、お前やっぱわかってるわこのゲーム!」

 

 デ「おい、新型が当てられたらマズイだろ!」

 

 ギ「お気になさらず。私は②です」

 

 シ「なら誰?」

 

 ル「私は⑤だ」

 

 デ「俺は①だな」

 

 ロ「……⑦」

 

 ゴ「……③」

 

 ラ「あっ……いや、こういうつもりは」

 

 シ「王の命令は絶対、それがこのゲーム。……ねえ?」

 

 

 その後、おぞましい光景が繰り広げられることとなりました。

 強面のおっさんと白衣のおっさんのキスになんの需要があるのです!? いや、一部にあったわこの需要! 

 

 

 桜「あー面白えもん見れたわ。そんじゃ、気を取り直して次行くぞ!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ロ「……私か。もう座ってもよさそうだな」

 

 ル「その……」

 

 ロ「ゲームの結果だ。気にしなくて良い」

 

 ラ「ヒュ〜大人だねぇ」

 

 ロ「言っておくがあのようなふざけた命令をするつもりはないからな」

 

 桜「なんだよ、つまんねー」

 

 ゴ「……良い加減殴るぞ小僧」

 

 桜「やってみろよ、クソゴリラ」

 

 ゴ「覚悟は良いな小僧!」

 

 ロ「止めろ! 両者待て。暴力沙汰は禁止とする!」

 

 ギ「数字の指定はしなくても?」

 

 ロ「もうこれが命令で構わん!」

 

 桜「つまんねー」

 

 ラ「真面目か」

 

 ロ「第三船団組はいい加減にしろ」

 

 シ「これではクジを引いた意味がない」

 

 デ「……次行くか?」

 

 

 ローハイツさんの命令は桜庭とゴウは喧嘩禁止となりました。

 数字の指定をしていないのでルール違反にあたりますが、今回はこれでOKということで。キャラバンのキャプテン同士の喧嘩など、秋津洲が沈みかねませんから。

 

 

 桜「白けたけど、もういっちょ行くぜ!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 デ「俺様だ!」

 

 ラ「ウゼェの来たな」

 

 シ「よりにもよって……」

 

 ゴ「牢獄に閉じ込めておくべき奴が王とはな」

 

 デ「もう良い加減泣くぞ俺」

 

 ロ「良いからさっさと命令しろデブ」

 

 シ「そして死ねデブ」

 

 ラ「醜い顔いつまでも晒すなよデブ」

 

 桜「バランの老廃物がまともな人間ヅラするんじゃねえよデブ」

 

 デ「テメエら……ええい、AGEの虫ケラの分際で!」

 

 ル「口を閉じろデブ」

 

 シ「虫ケラは貴様だデブ」

 

 ラ「転生して出直してこいデブ」

 

 ゴ「営巣に閉じ込めるぞデブ」

 

 桜「もう絶対助けねーからなデブ」

 

 デ「……①から④の人、俺を慰めてくれ」

 

 ギ「悲痛ですね……④です。了解しました」

 

 ロ「私が②だ」

 

 シ「……③」

 

 ラ「①……クソ、俺もかよ」

 

 ゴ「王の命令は絶対だ。慰めろ」

 

 ラ「あー、生きてるくらい良いんじゃないか? デブ」

 

 ロ「転生すれば必ずましになるぞ。何しろ貴様には下がるポイントが残っていない」

 

 シ「二段顎は愛らしさを少しだけ感じるかもしれないけどやっぱりダメだなデブ」

 

 ギ「第二船団のキャプテンに上り詰めた人生に誇りを持ってください」

 

 デ「も、もう心が折れそうだ……新型、お前とっても良いやつだな〜!」

 

 桜「よーし次行くぞ」

 

 

 残念ながらデブには褒める要素が少なすぎたようです。

 ローハイツさんすらお手上げとは、自業自得というもの。それでもここまでいじめられると少し同情が……しませんね、ハイ。

 

 

 桜「今度こそ王を引いてやる……ふはは!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ゴ「……俺だ」

 

 桜「チクショウが!」

 

 ゴ「覚悟は良いな小僧」

 

 ロ「喧嘩はやめろと言っただろうが! この船を沈める気か」

 

 ル「師匠と輸送屋、本当に相性が悪い2人だな」

 

 ラ「で? 何を命令するんだよ、師匠」

 

 ゴ「②、④、⑥、⑦の平民は俺の特製おでんを食べてもらう」

 

 桜「最悪だぁ!」

 

 ル「死人を出すつもりですか師匠!?」

 

 ラ「作ってきてたのかよ師匠!?」

 

 ゴ「さあ、指定したぞ。数字を公表し、当たったものはこの俺特製おでんを食え」

 

 シ「いきなりどうした、ラズたちは?」

 

 ロ「ゴウは極東の出のはず。本場の味だ、美味いのだろう?」

 

 桜「お前ら知らないからそんなこと言えんだよ。って、④だし俺!?」

 

 ラ「俺は……②だ、悪夢だ!」

 

 ル「ろ、⑥……なんで、引いてしまうんだ」

 

 ギ「⑦です」

 

 デ「王の命令は絶対だろうが」

 

 ラ「このデブあとで絶対ェ潰す!」

 

 ギ「いただきましょう」

 

 ル「止めろギスト、毒物だぞ!」

 

 ゴ「師の作ったものを指して何を言うか!」

 

 ラ「毒物だろうがそれ!」

 

 桜「全国のおでん職人に謝れ!」

 

 ギ「……美味しいですよ?」

 

 ル「何だと!?」

 

 ラ「食えんのか!?」

 

 桜「まさか、あのゴウが上達したというのか!?」

 

 ゴ「小僧、貴様は必ず潰す」

 

 ル「……ぐえぇ!」

 

 ラ「ブゴッ!」

 

 桜「クソマズじゃねえか!」

 

 ギ「……美味しいと思いますが?」

 

 桜「お前、味覚どうかしてるぞ!」

 

 ル「むしろ前食べた時より悪化している!」

 

 ラ「……お前、普段むしろ何を食えばこれを美味いと感じるようになるんだよ」

 

 ギ「アラガミですね」

 

 ラ「なら納得」

 

 ゴ「ラズ、お前に稽古をつけてやる」

 

 ラ「俺だけかよ!? ガッデム!」

 

 

 ゴウのおでんの腕前は一切進歩しておらず、むしろ悪化していました。

 一応レシピ通りに作っているはずなのですが……。

 

 

 桜「クソゴリラ……王になる気満々だったのかよ、悪魔のおでん作りやがって」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 シ「……来た」

 

 ロ「よりによってシャリーか」

 

 ギ「……(汗)」

 

 シ「ふひひ……化物く〜ん」

 

 ロ「数字を指定しろ」

 

 シ「……わかった。⑤、王の椅子になれ」

 

 ギ「……!」

 

 ラ「……新型が⑤だ。見せてないのに何で分かるんだよ」

 

 桜「シャリーさん、そいつに触るのは──」

 

 シ「うるさい黙れ」

 

 桜「はいごめんなさい!」

 

 ゴ「椅子になれと言ってもだな──」

 

 シ「眼球くり抜くぞ」

 

 ゴ「はいごめんなさい!」

 

 ル「師匠まで……」

 

 ラ「諦めろ新型」

 

 ギ「……では、失礼します」

 

 シ「ふひひ……」

 

 ラ「……さすがに今回ばかりは弄れねえぜ」

 

 

 こうしてギストはシャルロッテの椅子になりました。

 侵蝕を受けないのかって? シャリーさん気にしないよ、むしろギストからの侵蝕ウェルカムだよ。

 ギャグ回のはずなのに、一気に空気が冷たくなりました。

 

 

 桜「し、仕切り直しだ! 行くぞ次!」

 

全「王様だーれだ!?」

 

 ル「……私だ」

 

 桜「流れ的にそこは俺じゃねーのかよ!?」

 

 ロ「ゲームの結果だ諦めろ」

 

 ゴ「それで、命令は何にするつもりだルル?」

 

 ル「……考えてないな」

 

 桜「なら王を俺に譲れ!」

 

 ル「嫌な予感がする……断る」

 

 桜「何だと!?」

 

 ラ「普段の言動思い出せよキャプテン」

 

 ゴ「貴様が最も王にふさわしくないだろうが小僧」

 

 桜「オイ悪魔のおでん職人、その口縫い付けてやろうかオイ?」

 

 ロ「喧嘩はやめろと命令したはずだぞ」

 

 シ「それで……なにを命令する気だ?」

 

 ル「そうだな……」

 

 ラ「パ○パ○」

 

 ル「……②と③、⑥を殴れ」

 

 ラ「え? なんで俺が⑥だと分かった!?」

 

 ゴ「了解した」

 

 シ「全力で行かせて貰おうか」

 

 ラ「よりによってこの2人かよ!?」

 

 ゴ「歯を食いしばれラズ」

 

 シ「その歯を全部へし折ってやる」

 

 ラ「待ってください、俺心の準備──ブゴッ!?」

 

 

 セクハラ野郎は成敗されました。

 今回の王様ゲームはここまで。

 

 

 桜「待てや、俺まだ王様になってねーぞ!?」

 

 

 知りません。




……以上、秋津洲で繰り広げられたバラン陣営のメンツによる王様ゲームでした。


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決意

ハウンドと合流したルルにアングルを当てます。


 かつての恩人に続き、かつてのライバルとの予期せぬ再会。

 不本意ながらそのライバルに励ましを受けたことで心が軽くなったルル。

 そのラズ(ライバル)はルルの表情が良くなったことを確認してから、遠征中に限りバランの第三船団と雇用契約を結ぶという提案を突っぱねられたにもかかわらずどこか嬉しげな表情を浮かべながらルルに背を向けて病室を後にした。

 

 そして、それと入れ替わる様にハウンドのメンバーがルルの病室に突入してきた。

 

「ルル、ご無事ですか!?」

 

「大丈夫だった!?」

 

「怪我はないっすか!?」

 

 ルカ、クレア、マールの順に突入してきたハウンド一行。

 今は殆ど患者がいないゴッドイーター用のB病棟だが、いくら仲間が心配だからとはいえこのかなり焦った様子の3人はもう少し場をわきまえて静かにするべきである。

 それだけ新型AGEと接触した可能性があると言われ、ルルの容体を心配したのだが。

 

「あ、ああ……大丈夫だ」

 

 一方、身体は特に何事もない健康体で、乱れていた精神の方もラズの励ましのおかげで立ち直ることができたので、もう何も問題がなくなったルルとしては、この3人が大げさすぎるというのもあるが心配をかけたことに対して申し訳なさを感じた。

 驚きと困惑と後ろめたさから、返事の声が小さくなる。

 だが、本人の口から大丈夫という言葉を聞けたことで、ルカとクレアとマールは安堵することができた。

 

「よかったですぅ……!」

 

「もう、心配したんだから!」

 

「いやもうマジでビックリしましたから!」

 

 3人が落ち着いたところで、もう一度病室の扉が開き残りのハウンドのメンバーが入ってきた。

 道中で精密検査の結果を通信から受け取ったユリウスが説明したことで、最も懸念された新型AGEによる侵蝕を受けていないことが判明したので、心配性な3人以外のこちらの面々は落ち着いている。

 

「思ったより元気みてえだな」

 

「……むしろ顔色良くなった?」

 

「無事で何よりだわ。これなら心配かけた分のお説教もできそうね」

 

「…………」

 

 ジーク、リル、イルダ、そしてユリウスの順に病室に入ってきた。

 

 ジークは病室に運ばれたとはいえしっかり者のルルを信頼している分そうそうヘマをするとは思っていないため、元気そうな姿を見ても特に慌てたりする様子はない。

 

 リルはリカルドからギストの名を聞き激しく動揺していた時のルルを見ていたので、精神面でも立ち直れた今の彼女の様子にむしろ顔色が良くなったという印象を受けた様である。

 

 そしてイルダはルルの容体を第一に考えておりその無事を自身の目で確認できて安堵しながらも、やはり無断でクリサンセマムを降りてこの様な大事を起こしたことはきっちり締めておくつもりの様子。

 とはいえ、それもルルのことを心配しているからこその鞭であるため、ルルも反論できない。

 

 最後に入ってきたユリウスは、ルルとは初対面である。

 だが、例えルルが艦を降りて勝手な行動をとりギストの牢獄を訪ねたとはいえ、新型AGEとの接触は極めて危険でありその危険に他のミナトのAGEを晒したことには責任を感じていた。

 

 ユリウスはルルの正面に立つと、まだ自己紹介もしていないため名前も知らない人物がいることに少し困惑するルルに対し、その場で深く頭を下げた。

 

「──申し訳なかった」

 

「えっ? いや、その……」

 

 見ず知らずの相手に、いきなり謝罪される。

 この状況に困惑せずにはいられないルル。

 

 そして、ルルを保護してくれたユリウスを責めるつもりなど毛頭なかったハウンドの面々。

 その彼がルルに対して最初に謝罪をしたことに、各々反応する。

 

「ユ、ユリウス!? 待って、あなたが謝ることじゃないから!」

 

「ディンギルさん!? 大丈夫です、頭をあげてください!」

 

 灰域航行法改正委員会などユリウスに様々な場面で助けられているクレアとイルダにとって、彼は恩人でもある。

 そのユリウスが、非があるわけでもないのにルルが危険にさらされたのは自分たちの管理不行き届きによって起きたことだと謝罪したのである。

 これにはクレアはもちろん、イルダも動揺し、慌ててユリウスに謝罪を求めてはいないことを伝えて頭を上げてもらった。

 

「……こういう人も居んのか」

 

 そして、ユリウスのAGEに対して差別意識が無いその対応にジークはおどろく。

 ペニーウォートの生活が長く、オーディン計画の時のこともあり、やはりクリサンセマムやダスディミラーが例外で権力者に該当する大人たちに対して全員がAGEを差別視している連中ばかりだという印象が拭えていなかったのだろう。

 イルダやアイン以外に、AGEの事を本当に人間として対等に扱う権力者が居る。

 ルルに対して謝罪したユリウスの姿は、ジークたちにとって本当の意味で彼がAGEを差別視していない人間であることを示す光景だった。

 

 顔を上げたユリウスは、穏やかな表情で困惑しているルルと向き合い、改めてと自己紹介をした。

 

「突然謝られても混乱するか。すまなかったね。初めまして、になるかな。私はユリウス・ディンギル、此処“アルゴノウト”の代表を務めている」

 

 アルゴノウトのオーナーと、ユリウスがルルにそう名乗った時。

 

「……お前か」

 

 ルルの表情が、強張った。

 

 ユリウスに向けるその目は、AGEを対等の人間として扱うイルダと同じこの荒廃した世界に貴重な良識ある人に向けるものではない。

 驚きでも戸惑いでも喜びでもない。

 

 ギストをあの牢獄に閉じ込め、現在進行形で彼を苦しめている張本人。

 AGEを差別視しない人物だろうが、人格者だろうが、そんなことルルには関係なかった。

 ユリウスの名前と立場を聞いた瞬間にその目に浮かんだのは、明確な怒りの感情だった。

 

 ──お前が、ギストをあの牢獄に閉じ込めたアルゴノウトのオーナーか! 

 

「ル、ルル!? ドドドどうしたというのです!? お、落ち着いて!」

 

 怒鳴り散らすことはしなかった。

 だが、その目は身内の仇に向ける様な怒りに満ちている。

 普段冷静なルルが激怒している事に、真っ先にそれに気づいたルカが慌てて宥める。

 

「どうどう、抑えて抑えて。落ち着きましょう、この人そんなに悪い人じゃないですよ。そうだ、お菓子食べます?」

 

 何とかなだめようと必死になるルカだが、あまり効果はなさそう。

 そしてそのルカの様子から、他のハウンドの面々も静かにユリウスを見つめるルルが普段の冷静さを捨ててしまうほどに激怒している事に気づく。

 

 明らかに様子がおかしい。

 歯を食いしばり、拳を握りしめ、ユリウスを怒りで満ちた目で睨みつけている。

 

「……ルル? 待って、落ち着こう?」

 

「……バカ、お前そんな目を向けんなよ」

 

 尋常ならざる様子のルルをなだめようとするジークとクレア。

 ハウンドたちの様子から、ユリウスもルルが自分を睨みつけていることを察する。

 

 命の危険にさらされた事に気づいたのか、それとも新型AGEであることを知らずこのミナトでAGEが差別されていると思ったのか。

 いずれにせよ、何らかの理由でルルが初対面であるはずのユリウスに対して怒りを覚えているのは事実。

 この場に自分は居るべきではない。彼女が冷静になるまで距離をおいた法が賢明だと判断し、ユリウスは一旦部屋を後にする事にした。

 

「……この場に私はふさわしくない様だ。エンリケス氏、また後ほど」

 

「ディンギルさん……申し訳ありません」

 

「いえ……それでは」

 

 ユリウスに気を使わせたことに、申し訳なく思うイルダ。

 無許可で降船し散々仲間たちに心配をかけ、その上保護してくれたユリウスに対し失礼を通り越すこの態度。

 本来ならば看過できないが、それ以上に今日は様子がおかしいことが多すぎるルルに、イルダは彼女を叱責する気が起きなかった。

 

「……ルル、アルゴノウトに来てからの貴女は不自然よ。話したくない事なのかもしれないけど、そろそろ私たちに説明してくれないかしら」

 

「…………」

 

 イルダの言葉は、ハウンド全員の総意であった。

 アルゴノウトに入港してから、あの時リカルドに声をかけられ何かを尋ねられてから明らかにルルの様子がおかしい。

 誰にも告げずにクリサンセマムを降り、新型AGEの牢獄に赴き、侵蝕を受けたわけでもないのに保護された時には錯乱していたという。

 そして、初対面で何の因縁もない、むしろクリサンセマムとハウンドにとっては支援者の1人でもあるユリウスに対して異常な敵意を見せた事。

 ルルが仲間たちに何かを隠しているのは明白だった。

 

 イルダの問いを受け、顔を伏せるルル。

 彼女たちが気になるのは当然のこと。話すべきだ。

 だが、それはバランの過去を明かすという事。仲間を見捨てたあの罪を告白する事だ。

 

「……いや、向き合うべきだな」

 

 自分の醜さを知られるのが怖い。

 だが、真実を知った。ギストと再会して、空白の7年間を知った。

 もう、あの過去から逃げるべきじゃない。

 

 顔を上げたルル。

 ベッドを囲む仲間たちを一人一人見てから、神妙な面持ちで口を開く。

 

「──皆に、聞いてほしいことがある」

 

「……話してくれるのね?」

 

「ああ……」

 

 ルルの表情から、彼女が隠している事を語る意志を感じたハウンドの面々。

 

 ──さっきは、醜い自分の過去を知られるのが怖かった。

 だが、ギストと再会してその境遇を知り言葉を交わした。

 ラズと再会して、ライバルとして励まされた。

 家族に隠し事をするのは、弱くて醜い自分の面を隠すのは止めよう。

 

 あいつを牢獄から救い出すと決めた。

 自分の過去の罪に向き合い、もう逃げないと、あいつにだけ理不尽を押し付けないと、絶対に見捨てないと誓った。

 

 己の罪と過去、そしてあいつの境遇と真実。

 そのすべてをハウンド(家族)に明かす。

 

 ルルは自分の隠して忘れて蓋をした醜い面が詰まった罪と、そんな身勝手な自分を助けるために犠牲となった優しい化物の真実を語ることを決意した。

 過去に犯した許されない罪を清算するために。

 ──そして、ギスト(あいつ)を化物という名の牢獄から救い出すために。

 

「私が船を降りたのは、あいつに……ギスト・バランに会うためだった」

 

 ルルは、仲間たちに話し始めた。

 自分の罪を。犠牲となった化物を。バランの作り出した、悪魔の研究の産物と悲劇を。



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告白

「私が船を降りたのは、あいつに……ギスト・バランに会うためだった」

 

 ルルの口から最初に出た言葉。

 それは、新型AGEの名前である。

 

「えっ……何で新型AGEの名前をルルが!?」

 

 新型AGEのことをユリウスから聞いていないはずのルルがその名前を知っている。

 その事に驚いクレアだが、イルダはクリサンセマムと出会う前にルルとギストが同時期にバランに所属していた事を調べてあるため面識がある可能性も考慮していたので、ルルがギストの名を知っていた事に関しては特に驚く様子はない。

 

「バランにいた頃の古い知り合いだからな」

 

「──あ、バランの姓」

 

「……私はむしろ、お前たちが新型AGEのことを知っていることが不思議だが」

 

 新型AGEについてクレアたちがユリウスから話を聞いた事をルルは知らない。

 リカルドから名前を尋ねられた事からイルダとリカルドはすでに知っていると思っていたが、新型AGEはバランにおいて師であるゴウすら存在を知らなかった機密事項だった。

 

 規制情報の塊であるプロフィールだが名前は公開されているので、調べれば“ギスト・バラン”の名前を知る事は可能だろう。

 だがその危険性からグレイプニルに隠されており、ルルも偶然再会できたギスト本人の口から詳細を聞くまで知らなかった“新型AGE”について仲間たちが既に知っていることが驚きだった。

 

「ユリウス──さっきのアルゴノウトのオーナーから教えてもらったから」

 

「あいつが……?」

 

 新型AGEを知っている理由。

 その情報源をクレアから教えてもらったルルは、先ほど病室を後にしたユリウスの方、正確にはドアの方を見る。

 

 グレイプニルに報告を上げれば、ただでは済まないはず。主要港安全保障理事会からの制裁だけでなく、機密情報の漏洩によるバランからの報復もあり得る。

 それを承知の上でイルダたちに“新型AGE”の情報を開示した。

 ユリウスにはほとんど言葉も交わしていないため、自分たちの安全のためにギストを利用し冷遇しているという印象しか受けていないルルにとって、身の破滅につながりかねない真実をイルダたちに開示していたという事は予想外だった。

 

 一方、ユリウスの人柄を知っているクレアたちにしてみれば、ルルがユリウスに対してここまで敵愾心を持つ理由がわからない。

 AGEを冷遇していたことはあるが、それは過去の話だ。そもそもバランに所属していたルルに対して直接その冷遇をぶつけていたことはないはず。

 それに、妻子を殺されて正気を失っていたという悲しい理由がある。AGEを使い捨ての奴隷として扱うペニーウォートの経営陣に比べれば、許すことはできなくとも同情できる面もある。

 少なくとも、今のユリウスに対して初対面でありながらあれほどの敵愾心を抱く理由が思いつかなかった。

 

「……ルル、いったい何があったの? ディンギル氏は信頼できる人物、その彼に貴女が怒りを覚える理由を教えて」

 

 ユリウスはアフリカ大陸進出計画に参加するにあたり今後顔をあわせる機会も必ず出てくる人物だ。

 ルルがユリウスに対して憎悪と言っても過言ではない怒りを見せる理由。

 それを知っておかなければ、接触させることも難しくなる。

 

「……すまない。話の途中だった」

 

 イルダの質問に、ルルは中断させられていた話を続ける。

 彼女たちが疑問に思うユリウスという人物に対する心象の差。その疑問に答えるには、ギストから聞かされた話について語る必要がある。

 

「新型AGEについて知っているなら話は早い。私は、ギスト本人からそのことを聞いた。……あいつが8年もの間、どれだけの理不尽に苦しんでいたのかも」

 

「待って! ルル、貴女あの“化物”に接触したの!?」

 

 新型AGEのついて、ルルが詳細を知っている理由。

 それは新型AGEに直接接触して話を聞いたから。

 それを聞いた瞬間、こちらはギストにたいしてデータ上、つまり“新型AGE”としてのみでありその人柄を知らないクレアがルルの身を案じるあまり無神経な言葉を口にしてしまった。

 

「──ッ!」

 

「──クレア、やめなさい。ルルも落ち着いて」

 

 化物。

 それはギストの心を苛ませ、自己を否定しあの理不尽を受け入れることになった言葉である。

 それを仲間の口から言われたことに思わず激昂しかけるルル。

 

 だが、クレアも悪気があったわけではないこと、そしてルルの言葉から彼女がギストを新型AGEではなく“人間”としてみていることを察したイルダがすかさず仲裁した。

 

 ルルの身を案じてのことであるし悪気がないとはいえ、流石に化物呼ばわりはクレアが悪い。

 

「……クレア、今のは貴女が悪いわ」

 

「お、オーナー? しかし──」

 

 イルダに窘められたことで、流石に今の発言は無神経だったことに気づいたクレア。

 だが、AGEたちやフィムと違い、実際に新型AGEはゴッドイーターに危害を加えることができる危険性を持つ。

 自分が悪かったことは理解できたが、第一に考えるべきは仲間たちの安全としているクレアはやはり新型AGEに対して化物であるという印象を抱いているため、たとえルルの旧知の相手であったとしても納得まではできず反射的に反論しようとしてしまう。

 

「──取り消してくれ」

 

 だが、そのクレアの言葉を今度はルルが遮った。

 それも、とても仲間に向けるものとは思えない底冷えするような声で。

 

「ルル……? 待って、私は貴女の身を案じて──」

 

「取り消せと言った! アイツを化物と呼ばないでくれ!」

 

 普段は冷静なルルの叫びが、室内に響き渡った。

 激しい怒りと、同じくらい悲しみをたたえた悲痛な叫び声が。

 

「……ごめんなさい」

 

「……私の方こそすまなかった。突然怒鳴ったりして」

 

 そのただならぬ剣幕に、クレアも“化物”という呼び方がどれだけAGEたちを傷つけてきたのかを思い出したのか、非を認めて謝罪する。

 そしてクレアの謝罪でルルもまた冷静になることができた。

 

(何が“アイツを化物と呼ばないでくれ”だ……ギストを見捨てた私がそんな事を言う資格はない)

 

 こんなもの、仲間に対してやるせない感情をぶつけているだけだ。

 怒る権利を持つのはギストであって、自分ではない。

 八つ当たりをしたことに後悔を念を抱くルル。

 

「…………」

 

 場に沈黙が降りる。

 おバカたちも黙ってしまう気まずい空気となった中、その沈黙を破ったのはルルだった。

 

「……続きを、話したい」

 

 彼女の言葉に対する返事は、全員が無言の肯定。

 それを続きを話して欲しいという返答として受け取ったルルが、話を再開する。

 

 最初に語るのは、ギストが新型AGEとなった経緯。

 彼に助けてもらいながら、我が身可愛さのあまり2度も見捨てた罪を犯した日のことだ。

 

「……お前たちと出会う2年前、私はある任務に出ていた。訓練生を卒業し、師匠とともに戦場に出てアラガミと戦う日々が続いていた中、私は単独で中型アラガミの討伐を命じられた」

 

 ネヴァンの討伐任務。

 そのさなか、ゴミ拾いに出たギストを含める子供達が戦闘区域に入ってしまったこと。

 それをネヴァンに見つけられ、彼らを守るために戦ったこと。

 しかし非戦闘員を守りながら中型アラガミと単独で戦えるほど強くなかったため、力及ばず子供たちを危険にさらしてしまったこと。

 その中で、ギストだけは自分の命も顧みずに仲間たちを助けたこと。

 その結果、脚を失ったことを。

 

「……あいつは、昔からそういう奴だった。皆ミナトに捨てられないように価値を示すため、自分が生き残るために精一杯だったあのバランで、あいつは常に自分を二の次にして誰かを助けていたんだ。私はそれが羨ましく、そして妬ましくて……騙したこともあったけど、あいつはいつも許してくれた」

 

 ルルの知るギストはそういう人物である。

 新型AGEだろうが、ゴッドイーターに触れるだけで危害を加える存在だろうが、誰かをいつも助けそのせいで利用されることはあっても決して恨むことをしない底抜けの善人だった。

 

 自分が生き残るために他人を利用し、バランのための戦闘兵器として生きたルルにとって、バランというミナトで生き残るために誰もが捨てた優しさを持ち続けたギストという存在は眩しくて、妬ましくて、羨ましかった。

 優しさを捨てなければいけなかったことに理不尽を感じ、そのやり場のない怒りをギストにぶつけた。

 嫉妬していたが、心の底ではその強さに憧れていた。

 

 だから、妬んだことはあっても死んで欲しいと思ったことは一度もなかった。

 この荒廃した世界には、アイツのような優しい人間が必要だと思ったから。

 

「……だが、私はあいつを見捨てた」

 

 それしかできることがなかったなど、何の言い訳にもならない。

 神機を握りアラガミと渡り合う力を手に入れた自分と違い、ギストは戦う道具もすべも持たない。

 それでもギストはルルたちを助けるために無力でありながらアラガミに立ち向かい……そして、ルルはアラガミと戦える力を持ちながら自分たちが確実に助かるためにギストを見捨てて逃げたのだ。

 

 ネヴァンに脚を切り裂かれ逃げる術すら失った中で、それでも仲間たちを守ろうと全力を尽くしたギスト。

 結果、ルルは一度撤退することに成功した。

 子供達は、ギストを除いて全員無事だった。

 

「「「…………」」」」

 

 ルルが過去を明かす形で話したギスト・バランという人物。

 命がけで仲間たちを助けたその人柄を初めて知り、ハウンドの面々は言葉が出なかった。

 自分たちには果たして同じことができたのだろうか、と。

 

 特に自分たちを逃がすために目の前で惨劇に遭った兄2人を知るジークには、思うところがあったらしい。

 2人の兄も、“肉親”である自分たちを助けるために犠牲になった。

 来るとは思わないし、来たとしてもそう簡単にあきらめるつもりはないが、もしもの時には自分も弟たちを守るためなら命を投げ出すこともできる。

 だが、命をかけて時には騙されることもあった“他人”を助けることはできただろうか、と。

 

「…………」

 

 AGE喰いと初めて対峙した時は、自分たちをオーディンの贄にしようとしていたあのグレイプニルの連中を助けたが。

 それでも、同じ立場だったなら難しいかもしれない。

 神機もないのに、まだ子供なのに、他人を助けるためにアラガミに立ち向かうなんてことは。

 

 そして、クレアはルルが怒った理由を理解できた。

 その話が本当ならば、ルルにとってギストは恩人である。それを化物と呼ぶことがあれば、怒りを覚えるだろう。

 

「ごめんなさい、ルル。私、何も知らなくて……」

 

「良いさ。それに、私には怒る権利なんてない」

 

 そして、実際にギストに助けられたリルは。

 何の躊躇もなく命をかけて他人を助ける人物なのだと改めてルルの過去を聞いて知ることができた。

 

 それはマールも同様である。

 最も身近で最も長い付き合いと言えるリルを助けてくれた恩人。

 リルとマールは新型AGEの特性を知りながらも、恩人であるという印象の方が先に来るため、新型AGEに対する偏見がクレアほど固まってない。

 

「…………」

 

 そして、ルカは。

 この面々の中で唯一、ルルの感応領域でバランというペニーウォートとは違う地獄のような世界を見ている。

 そのため、誰よりもその環境でルルのいう誰かのために生きることができるというのがどれほど困難であるかを実感できる。

 

 ペニーウォートでは、多くの仲間を失った。

 自分たちが助かるために見捨てて犠牲にした仲間もいた。

 無力で助けることができなかったものたちがいた。

 

 それを拾い上げて、優しさを捨てることなく理不尽に戦い続けるものがいたとすれば。

 それはきっと、決して希望を見失わなかった自分の相棒に抱いた感情と同じなのだろう。

 

「……羨ましかったです?」

 

「……そうだな。羨ましかった」

 

 ルカの言葉に、ルルはこの感情を表すのにとても似合うと頷く。

 そして、目を伏せる。

 

「羨ましかった。でも、私は……」

 

 ──アイツを、見捨てた。

 

 ネヴァンに脚を食われ、動かなくなったギストを見捨てて。

 彼が襲われている隙に、逃げたのだから。

 

「ルル……」

 

 ルルは罪を告白した。

 その告白を受けて、ハウンドのメンバーたちは。

 

「……お前が悪いわけじゃねえだろ!」

「その……仕方がなかったス。その人、多分恨んでないっすよ」

「私も恨まないと思います」

「私に言う資格は無いかもだけど、あまり思い詰めないでね」

「ですです! 私なんか、多分食べられながらもルルたちのこと心配したりしそうですね!」

「いや、先輩それは流石に呑気すぎるっす!」

 

 誰1人、彼女を責めることはなかった。

 

「……ありがとう」

 

 特に、ルカの言葉はギストから聞いたものと同じだった。

 家族の暖かい言葉に、ルルは顔を上げて穏やかな笑みを浮かべたのだった。




バランの船団
 
第一船団
バランの技術開発を担うキャラバン。旗艦は“スレイプニル”。灰域の研究、新規技術の開発、実験など、バランが行う様々な新規事業の開発運用をしている。バランの機密情報の塊と言えるキャラバンであり、対外的には予備戦力の船団ということになっている。
 
第二船団
バランの航路開拓を担うキャラバン。旗艦は“バラン”。灰域の航路開拓およびグレイプニル主導の事業への参加を主任務とする、キャラバンの花形と言える事業を引き受ける船団。最新鋭の技術を搭載した艦艇が所属しており、バランにとって虎の子の戦力を有する。外交面の顔も務める。
 
第三船団
バランの運輸事業を担うキャラバン。旗艦は“秋津洲”。バランと他のミナト間の技術、資源、物資、そして人とあらゆる取引を運ぶ、バランの血管ともいえる事業を担当している。在籍する艦艇の数と人員が最も多い船団でもある。

第四船団
バランの治安維持を担うキャラバン。旗艦は“ドレッドノート”。バランの警備部門を担当しており、犯罪者の取締や勢力圏のミナトの防衛戦における援軍として派遣されることが多い。


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ウロヴォロス

ウロヴォロス(実物)は出ませんよ。
タイトル詐欺とか言わないでくださいお願いします。


 それが、ルルの知る過去。

 ギストに助けられ、戻った時、そこにはギストではなくネヴァンの死体が転がりそれにオウガテイルが群がっていた。

 

 当然だが、脚を失ったギストが倒せるような敵ではない。

 そもそもギストは当時神機を持っていなかった。オラクル細胞の結合を破壊できる兵器がなければ、アラガミを傷つけることはできない。

 ルルは当初、ギストはネヴァンに殺され死体も残さずに喰われそのネヴァンが別のアラガミに殺されたのではないかと推測した。

 

 任務内容はネヴァンの討伐とコアの確保。

 幸い、まだネヴァンは死んだとはいえ形を保っていた。

 オウガテイルに食い尽くされる前にコアだけは回収しなければと、ルルは神機を振るいオウガテイルを撃破。その後、ネヴァンのコアを確保してバランを誤魔化し任務を成功したものとした。

 

 その後、奇跡が起こる。

 両足を失っていたギストが、バランに体を引きずりながら生還を果たしたのだ。

 この奇跡の経緯について、ルルはギスト本人に聞いている。バランも知らない真実を。

 

 ギストの話によると、ルルたちが撤退した後に後はネヴァンの餌になるだけとなった段階にあって、見たこともない弩級アラガミが襲来しネヴァンを一撃のもとに屠ったのだという。

 そのアラガミは殺したネヴァンのことも、死にかけのギストのことも眼中になく、そのまま去って行ったという。

 ギストは後ほど類似するアラガミがいないか検索したが、確認できなかった。

 この一例のみの遭遇例しかないアラガミは、その後確認されていない。

 ギストの嘘かもしれないが、奇跡の生還にむしろ信憑性を与えるような内容であったため、その謎の未確認弩級アラガミについては事実と推測される。

 

「……今、すごいさりげなく重要な話をされた気がするのだけれど」

 

「未確認アラガミって、デカかったのか?」

 

「私が見たわけではないからわからないが、ギストの話によればクアドリガを上回る巨体であり、観測史上最大の大きさを誇る大型を上回る分類とされた超弩級アラガミ“ウロヴォロス”に匹敵する大きさに見えたそうだ。一応、本人も誇張した記憶になっているとは言っていたが、かなり巨体だったのは間違えないらしい」

 

「うろぼろす、って何です?」

 

「“平原の覇者”と言われた世界最大のアラガミよ。ほとんどの個体は極東に出現していたらしいからヨーロッパで確認されることは稀だったそうだけど、歩くだけで地震を発生させてしまうほどの巨大なアラガミだったらしいわ」

 

「マジかよ……」

「ひょえ〜……想像できないです」

「何スカその歩く自然災害みたいなアラガミ……」

 

 ルルが聞いたという、ギストの見たネヴァンを倒したアラガミ。

 その話を聞いた時に出てきた、ウロヴォロスというアラガミに関して話がそれる。

 灰域の発生以降は未だに目撃例もないため、ハウンドの面々はウロヴォロスを知らない。

 

 だが、かつて一体でも襲来すれば人類の終わりと言われたほどに恐れられた“平原の覇者”の異名を持つ超弩級アラガミのことをイルダはデータ上でのみだが知っている。

 その巨体故に存在すれば目撃例の1つもあるはずだが、灰域の発生以降は全くないため適応できずに絶滅したと言われている今では伝説上となったアラガミのことを説明する。

 

 平原の覇者と言われるウロヴォロスだが、討伐例がなかったわけではない。

 かつて人類の最前線と言われた極東支部においては襲来することも度々あり、歩くだけで地震を発生させるこの超弩級アラガミの討伐に成功することも何度もあった。

 それらから入手されたコアがフェンリル本部にもわたっているためヨーロッパにも存在したし、また欧州でも1度だけ討伐に成功したことがある。

 そのコアは未だに使用されず、話によれば欧州唯一の討伐の実例であるウロヴォロスのコアはバランが保管していると言われていた。

 

 ルルやギストにしてみれば、生きている個体に遭遇したことはないがコアを見たことはあるのかもしれない。

 大きさを想像しやすかったのか。

 

 本人は誇張されて見えたのかもしれないと言っているらしいが、それでもウロヴォロスに匹敵する大きさに見えたというならば大型アラガミを上回る巨体を持つアラガミであることは確実だろう。

 

「……話が逸れたな」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「良いさ。さすがに、これは誰でも気になるだろうからな」

 

 ルル本人がそのアラガミを見たわけではないから、詳しくは知らない。

 ギストによれば信用されないだろうからとバランにも報告を上げていないとのことなので、この未知のアラガミに関して調べたければギストから話を聞くしかなさそうである。

 

 ルルの話がウロヴォロスから戻る。……そもそも、影も形もなかったウロヴォロスに話が逸れているという不思議な事態となっていたが。

 

「ギストはその後、死にたくないという一心だけでバランに帰還した。バランは戦えなくなったAGEに対して非常に冷たいミナトだが、アイツにはバラン以外に帰る場所がなかったし他のミナトの位置などわからなかった。死にたくなければ、帰るしかなかったんだ。私も死んだと思っていたから、生きていたと聞いた時には驚いたよ」

 

 まさに奇跡といえる生還だった。

 だが、そのギストに対してバランが与えた待遇は、冷酷なものだった。

 

 歩けなくなったAGEに価値はない。

 だが、廃棄処分にするくらいならば有効活用すれば良い。

 この冷酷な判断が下され、ギストは当時生きて帰るものがいないと言われていたAGEの研究機関に人体実験用のモルモットとして移されることになった。

 

 生きて出ることができない道具としての死刑を受けるその建物に収容される直前、ルルはギストと再会した。

 その時ルルはミナトに逆らい自分に危険が及ぶのを恐れるあまり、もう一度ギストを見捨ててしまう。

 だが、ギストは助けを求めることはなく、むしろルルの無事を確認できたことに安堵したという。

 脚を失い、死ぬほうがマシな目に会う非人道的な実験場に収容されるということになっても。その元凶を作ったと言っても良い、あの時ギストを見捨てたルルと再会しても。一切の恨みを見せなかった。

 

「……強いんだな、そいつ」

 

「ああ。私よりも、ずっと強くて……優しいやつなんだ」

 

 幸運のおかげで死をかろうじて免れて生きて帰ったのに、さらに非道な仕打ちを受ける。

 そうなってもなお、他の人のことを心配しそしてその無事を見て安堵する。

 どこまでも自己を犠牲にし、それに仇を返すような輩にも決して恨みを向けることがない。

 強くて優しくて、そして悲しい生き方だ。

 

「ルル……ごめんなさい! 私、彼のこと何も知らなくて……!」

 

 そんなギストのことを化物と呼んでしまった。

 ルルが怒るのも当然であるし、自分に非があることは明白だった。

 後悔の念に、ルルに対して深く頭をさげるクレア。

 

「良いんだ。それに、私にクレアを責める権利はない」

 

 クレアに対して、責めるつもりはないと首を横に振るルル。

 そもそも我が身可愛さにギストを見捨てた自分には、クレアを責める権利はない。

 許す許さない以前の問題であり、この謝罪を受けるとしたらそれは自分ではなくギストだとルルは思っている。

 

「……その後は、皆も承知していると思う」

 

 師であるゴウから1度だけ聞いた、ギストの送られた先。

 そこはバランが極秘裏に開発している灰域種アラガミのコアを用いた“新型偏食因子”の研究機関であった。

 被験体のAGEが例外なく内側から喰われて適合できずに死ぬか、アラガミ化を発症し体が耐えきれずに崩壊して灰になるか。

 いずれにせよ、人として死ぬことすら許されなかった最悪の部署である。

 

 ギストはそこで新型偏食因子の適合に成功し、世界でただ1人の新型AGEとなった。

 AGEとしての適合率は高い方ではなくP73–c偏食因子が馴染むにも時間がかかったギストの感応能力は平均よりも下であった。被検体にはギストを上回る感応能力を持つAGEも多数いた。

 だから当初は成功するとは思われなかったらしく、ギストの話によれば実験よりも処分のための投与だったと感じたらしい。

 

 改めてルルの口からバランの非道な実験のことを聞き、怒りを覚えるハウンドたち。

 灰域航行法の改正に伴いバランも膿を出すべく実験を主導した研究者たちを逮捕し制裁を与えたというが、誰の目から見ても認可をした経営陣たちの首を守るためのトカゲの尻尾きりであった。

 

「あいつら……看守どもくらいぶん殴りてえぜ! 会ったことねえけど!」

 

「……いや、ジークは一度ボコボコにしましたよね。ほら、あのフィムをさらうって言った時の船の人たち」

 

「あんな下っ端で満足できるか!」

 

「気持ちはわかるけど、ダメよ。何の証拠もなく殴ろうものなら、私たちが傷害罪で訴訟を受けることになるわ」

 

 ルルから話を聞き、義憤からバランの経営者に怒りをあらわにするジーク。

 それを見てルカがフェンリル本部奪還作戦の時に第二船団の旗艦でジーク達が大暴れしたことを指摘するが、キャラバンの幹部ではジークは満足できないらしい。

 しかしそんなことで暴れさせるわけにはいかないと、イルダが窘める。

 

 自分たちには関係ないバランのことだというのに身内のことのように怒ってくれる彼らに、ルルは暖かな家族の優しさを感じる。

 そして、やはり孤独の中にいるアイツにもこんな思いを知ってもらいたいと思う。

 

「……ありがとう、ジーク」

 

「おう、殴り込む時はいつでも相談しろよな!」

 

「ああ、是非とも頼む」

 

「止めなさい」

 

「……お二方、冗談で済ませて。もしやらかしたら、オーナー本気で怒ると思うから」

 

 本気かもしれない2人の師匠にリルが注意したところで、ルルも話の路線を戻した。

 

 ギストが新型AGEとなった理由は、本人もわからないらしい。

 その後も新型偏食因子の投与実験はギスト同様に脚を切断してから投与をするなどして悍ましいやり方で続けられたが、結局最後まで適合に成功するAGEは現れなかった。

 そして、新型AGEのゴッドイーターチルドレンを被検体にしようとした悪魔の交配実験が行われ、ゴッドイーターに触れるだけで相手を侵蝕状態に陥れる危険体質が判明することとなった。

 

「アイツは、今でもその実験のことを後悔している。バランに無理矢理やらされたのに、アイツは自分が傷つけたからと……だから、自分のことを化物だと言い、もう誰も傷つけたくないと……たった1人で戦っている」

 

 化物にされ、そして仲間を傷つける化物の体となったことを自覚させられた。

 結果傷つけてしまったかつての仲間に“化物”と呼ばれたことで、自ら孤立の道に進み始めた。

 

 その後、バランの新型AGEの研究は適合の第二成功例ができず暗礁に乗り上げることとなった。

 アクセルトリガーの開発が同時期に佳境に入ったことにより、新型AGEの研究は一度中止されることとなる。

 その結果、その危険な研究内容からグレイプニルに秘匿されていた新型AGEを持て余すこととなり、その後アルゴノウトへ取引されることとなった。

 

 ユリウスのミナト。

 そこは、今のアルゴノウトとは違う。

 AGEに家族を奪われ、そのAGEに激しい憎悪を抱いたことで、グレイプニルで最も戦死者数が多いミナトとなった欧州の最前線。

 

「……7年前、ということは」

 

「私たちがルルと出会う前、ね」

 

 それはつまりエルヴァスティの奇跡の前。

 AGEを前線で殺し続けることを目的に復讐の亡霊にとりつかれたころのユリウスが取り仕切るアルゴノウトであった。



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人の心を宿した化物

ルルの語るギストの過去についての続きになります。



 7年前にアルゴノウトに移籍したギストは、当時11歳。

 本来神機の使用許可が下りる年齢ではないはずだが、すでにバランの実験で神機を装備し実戦を経験していた。

 何よりギストには新型AGEとなったことで獲得したあらゆる灰域を戦場として戦える極めて高い灰域潜行能力と身体能力、そして喰灰をはじめとするオラクル細胞を摂取すれば無限に戦える回復能力があった。

 

 灰域濃度が上昇の一途をたどり、日々襲来する大小様々なアラガミに対応することとなる最前線のミナト、欧州の南の防護壁であったアルゴノウト。

 ミナトの放棄も検討されていた中、灰域濃度を問わず無限に戦える上、戦場の灰域を捕食することでその濃度を低下させることで他のAGEの戦闘支援もこなせる新型AGEという存在は救世主のようであった。

 

 そして、当時毎日のようにAGEの死者と補充を繰り返し、どんなに弱くてもどれほどの負傷をしていても容赦無く前線に出してアラガミとの殺し合いに動員し、最前線であのペニーウォートすら上回る犠牲を出してAGEを戦わせていた、かつてのアルゴノウトの戦場に即座に繰り出された。

 

 AGEの扱いは、バランが道具、ペニーウォートが奴隷というなら、当時のアルゴノウトは囚人という表現が最も似合う。

 それも三十年戦争以降の欧州の戦場で普及した戦列歩兵、補充が容易でありいくら失っても構わないというまさに消耗品の兵隊として犯罪者を使っていたに近い扱いだった。

 

 アローヘッドからの多大な支援のおかげで、神機とAGEは多数配備されている。

 それをとにかくアラガミとの戦闘にろくな支援も与えずに無策で突撃させ、彼らが戦死すれば次を延々と繰り出し続ける。

 アルゴノウトはAGEを人として見なさず、その生存を拒絶し戦死することを望んでいる戦場の広がるミナトだった。

 

 まだ少年だったギストもこの戦場に配備されてから、ひたすらアルゴノウトの命令を聞いてアラガミとの戦いを続けた。

 接触禁忌種や灰域種アラガミが出ても、被害がどれほど膨れ上がっても、一切温情を示さなかった。

 

 そんな、バランとは違う残酷なミナトだったアルゴノウトに対しても、ギストは恨みを一切抱かなかったという。

 

「むしろアイツは、アルゴノウトに恩を感じていると言った。アラガミとして処分するのではなく、化物でも“人間のために戦える戦場”で働かせてくれるからと……」

 

 自己犠牲の精神というよりも、それはまるで贖罪のために死に場所を求めているような痛々しい姿だった。

 仲間を守るために、ミナトを守るために、人間を守るためにアラガミと命懸けで戦い続けた。

 新型AGEとなったことで通常のAGEと比べ桁違いの戦闘能力を獲得したギストは、戦場に事欠かないアルゴノウトで実戦を通じその強さを磨き続けたという。

 

 しかし戦い方もまだ満足に教わっていない子供。

 その強さを濃い灰域の広がるバックアップもろくに得られない戦場の実戦を通じて獲得するというのは容易なことではなく、死にかねない怪我を何度も負わされながら、文字どおり身を削ってアラガミとの最適な戦い方というものを学んでいくこととなった。

 

「そんなギストを見て、アルゴノウトのAGEたちも彼のことを化物と認識するようになったらしい。死が広がる世界で1人でも多くの仲間を救いたいと助けた者に、アイツはいつも罵声をぶつけられたそうだ」

 

 AGEだろうが、致命傷を受ければ死ぬ。

 それなのに、ギストだけはどれほどの負傷を受けてもその強力な回復能力で復帰してくる。

 他のAGEたちの目には、たとえ命の恩人であっても化物として映ったらしい。

 

 望んでなったわけではない新型AGE。

 その体質から、苦難を共有し励まし合う仲間からも孤立する。

 ギスト自身は悪くないのに、化物だからと差別される。

 想像するだけでも胸が苦しくなる孤独である。実際にそれに直面していたギストの絶望はどれほどのものだったのだろうか。

 

「…………」

 

 その孤独、自分たちだったならば耐えられない。

 自決を選んでもおかしくないほど追い込まれていたことだろう。

 ペニーウォートの過酷な境遇を経験してきたルカたちですら、ルルの語るギストの過去の話を受けて、同じ境遇だったならば耐えられなかったと感じる。

 あの牢獄で数少ない心の支えだった仲間すら、ギストにはいなかったのだ。

 

 だが、そんな絶望でもギストは捨てなかった。

 例え化物と呼ばれようと、仲間を助けるという優しさを。

 

 優しさというよりも、それは贖罪の念に近かったという。

 バランの非道な実験で傷つけた人間がいた。失ったかけがえのない命があった。

 その元凶となった化物として、その罪を一生背負い、化物と蔑まれることを受け入れてひたすら人間のために戦い続けるという贖罪の念を心の支えにして。

 

 その生き方は、悲しすぎる。

 優しさを通り越している。狂人と言ってもいい。

 その生き方は、どれだけ他人に尽くしてどれだけ多くの他人を救っても、絶対に自分自身だけは報われることがない悲惨すぎる生き方である。

 ギスト・バランという人物は、自分を一切顧みない人間としての生存本能が欠落した異常者と言ってもよかった。

 

「……なんだよ、それ! 納得いかねえよ!」

 

 感情的になりやすいジークが、もう聞いていられないと叫んだ。

 

「…………」

 

 ユリウスの苦痛と豹変を最も知っているクレアは、悲惨すぎる運命の巡り合わせに言葉が出なかった。

 贖罪を求める優しい化物にとって、復讐にとりつかれたユリウスの経営する頃のアルゴノウトはあまりにも都合が良すぎた。

 人が人を傷つけ苦しめ、それが次の誰かの苦しみに繋がる負の連鎖。

 不運が重なっただけ。それでも、あまりにも救いがなさすぎる話ではないかと。

 

「ルル……」

 

 イルダは、その話を聞いたことでユリウスに向けるルルの異常な敵愾心の理由がそこにあると察した。

 ルルにとってギストは恩人という名の呪いに近い存在である。ルルはギストを見捨てたと思い込んでおり、ギストの受けている苦痛が本来自分が受けるべきだったものだと思いつめてしまっている様子だ。

 そのため、ギストを苦しめる存在全てに対して敵愾心を抱いてしまっている。

 ギストからその話を聞いたならば、AGEを抹殺することに執心していたユリウスはルルの目にギストを苦しめている存在として映ったのだろう。

 

 だが、今のユリウスは違う。

 エルヴァスティの奇跡を経て、フィムの心優しいエンゲージを受けたことで、復讐の亡霊から解放された。

 AGEもゴッドイーターも等しく同じ人として見る今の彼は、ギストのことを決して不当には扱っていないだろう。

 誤解を解かなければと、今のユリウスのことを伝えようとしたが。

 

「なのに……あの男は、アルゴノウトはギストを今も苦しめている……!」

 

 ルルの目の色が変わった。

 拳を握りしめ、思い出すだけでもはらわたが煮えくりかえると、目に怒りの感情を灯して続きを、変わったはずのアルゴノウトでもただ1人へ冷遇され続けているギストの現状のことを話す。

 

「6年前、フィムを取り戻したあの日。あの日を境に、アルゴノウトは変わったらしい。……ギストだけを牢獄に閉じ込め、すべての危険な戦場をアイツ1人に押し付けて、アイツだけに全ての苦痛を背負わせて平和を手に入れたんだ!」

 

「ど、どういうことなの……?」

 

 すべての苦痛をギスト1人に押し付けて、平和を手に入れた。

 ルルの言葉に困惑するクレアとイルダ。

 今の人格者のユリウスが、新型でもAGEを冷遇するはずがない。

 

 そう思っていたが。

 ルルの語ったギストから聞いた現状は、その希望を覆す内容だった。

 

 危険因子だからと。化物だからという理由から。

 ギストの人格を否定し、その優しさを利用し、アルゴノウトを襲う全ての危険な灰域の戦闘とアラガミの対応をギスト1人だけに負担させ、他のゴッドイーターたちの安全を守るために1人だけ牢獄に閉じ込めたのだという。

 

 6年間アルゴノウトが最前線でありながら1人の戦死者も出さなかった理由。

 それは死者が出る可能性のある戦場全てをギストに負担させ、その彼に見合う待遇を与えず牢獄に閉じ込めて冷遇し続けたことで得てきた平和だった。

 

「アイツは、それを受け入れている……自分は化物だからと、人間が誰も死ななくていいように自分だけが戦えばいいと……アイツだけを犠牲にして平和を手に入れたこのミナトのやり方を!」

 

 己を蔑み、自己の価値を否定する、人の心を宿した優しい化物は。

 人間が誰1人死ななくていいように、人間が誰も戦わなくていいように、全ての戦場を化物である自分だけが負担すればいいと理不尽を受け入れ。

 絶望を駆け抜けAGEたちが自由と権利を手に入れたこの世界で、たった1人だけかつての冷遇を引きずり孤独に戦い続けていた。

 

「「「…………」」」

 

 ルルの話を聞き、新型AGEの境遇を知ったルカたち。

 その悲しい話に、誰も言葉が出なかった。

 

 ルルは誤解していたわけではなかった。

 ギストの境遇を聞き、本人が受け入れた苦痛をルルは認められず、その元凶であるユリウスに対して激しい怒りを抱いたのだ。

 

 新型AGEは危険な存在だ。エルヴァスティの奇跡を経ても、ユリウスが待遇を改善しなかったとしても、他のゴッドイーターたちを守るためには致し方のない決断だったのかもしれない。

 そして、その相手が理不尽を受け入れることのできる、悲しいほどに優しすぎる人物だった。

 

 ユリウスは復讐の亡霊から解き放たれ、アルゴノウトの人々は平和を享受できるようになった。

 最前線でありながら、死の恐怖が付きまとう危険な戦場からAGEたちは遠ざかり、仲間との死別がなくなった。

 

 だが、その平和をたった1人で守っているギストは? 

 彼だけは、いつまでたっても救われない。多くの人々を守ってきた彼だけが、誰にも守ってもらえず誰からも手を差し伸べられずにいる。

 自身を化物と責め続け、冷遇を仲間を傷つけた報いであると受け入れ、“人間”を守るために“化物”としてアラガミと戦い続けている。

 1人だけ、人間ではないからという理由でユリウスが守る輪から弾き出されていた。

 

 灰域種アラガミを単独で屠り、自らを盾にしてリルを救った恩人。

 彼のその体は、誰かを守るためにいつも傷つき続けている。

 

「これは私の我が儘だ。だけど……私は、アイツを助けたい……」

 

 彼を救うと決意したルルは、仲間たちに自分の醜さの詰まった罪を告白した上で、彼らに協力を仰ぐ。

 

「どうか、皆の力を貸してほしいッ……!」

 

 夢に向かって走り出した英雄と、ハイエナと呼ばれるゴッドイーター。

 2人の再会がきっかけとなった物語が、アフリカ大陸を舞台に動き始めようとしていた。




次はアフリカ大陸に舞台が移ります。
ようやくアフリカ大陸への遠征の開始となります。


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抜錨!

 アフリカ大陸進出計画。

 欧州を上回る莫大な資源の眠る大陸へ進出し新たな経済圏の確立を目指す、アルゴノウトが提案しグレイプニルが主導したこの計画。

 様々な思惑が交錯するこの大規模事業に参加するべく、多くのキャラバンが欧州最南端のミナトであるアルゴノウトに集結した。

 

 そして、その大事業が始まりの時を迎える。

 進出の第一歩。アフリカ大陸に最初のミナトを建造するため、第一次遠征が始まろうとしていた。

 

 遠征の第一段階は、ミナトの予定建設場所に至るための灰域種アラガミも確認されている3つの航路を第一陣の先発隊で進み障害を排除。航路を確立した後、遠征隊の本隊となる第二陣が出航し、ミナトの予定建設場所に資材を持って集結するというものである。

 そして、遠征に出発する第一陣の先発隊の出航準備が整った。

 

 中型の灰域種アラガミである“ラー”が確認されているAルートを進むのは、桜庭率いるバランのキャラバンである。

 第三船団の旗艦“秋津洲”のブリッジにて、桜庭は秋津洲を含めた今回の遠征に連れてきた第三船団の各船より出航準備が全て整ったという報告を聞く。

 3つの先発隊の中では最も数の多いキャラバンだが、出航準備が完了するのは一番乗りであった。

 

「キャプテン、各船ともに出航準備が完了しました」

 

「秋津洲もいつでも発進できます!」

 

「よーし、アルゴノウトに出航許可を申請しろ。それと──って、そこは俺の特等席だろラズ!」

 

「キャプテンは感応レーダーを動かすし、ここ空くだろ?」

 

 キャラバンの出航準備が整ったことを確認した桜庭が、最後にアルゴノウトへ出航許可の申請をするようにオペレーターへ指示を出す。

 そして自身の特等席である秋津洲の船長の椅子を一瞥してから、直後に二度見してそこにさりげなく座っているラズに鋭いツッコミを入れる。

 

 とはいえ、それはいつもの光景。

 第三船団の旗艦であり感応レーダーを搭載する秋津洲において、航海士を担う感応レーダーの制御を担当するのは桜庭の仕事であり、航路に出る秋津洲において基本的に船長の席は空いているのだ。

 上等な椅子を開けておくのは勿体無いからと、ラズを含め誰かしらにいつもこの席は占領されている。

 

「お前……だあアアァァァ! もういい、勝手にしろ。感応レーダー動かすぞ!」

 

 怒鳴りつけたところで、まあこいつらには大して効果はないだろうなと諦めの溜息を零しながら、特等席ではなく感応レーダーの管制官の席に座る桜庭。

 鉄のカーテンに覆われる冷酷なバランのキャラバンを率いる団長とは思えないが、これが桜庭という男であり、良くも悪くもバランの総意から独立している第三船団の空気である。

 

 桜庭が感応レーダーを起動させる。

 従来型ゴッドイーターでありながら、神機との適合率が高く非常に強い感応能力を持つ桜庭の扱う感応レーダーは、半径40マイルをゆうに見渡すことが可能である。

 

「感応レーダー起動を確認。予定航路上にアラガミ、船影確認せず」

「対灰域隔壁装甲展開。対抗適応型装甲、外界の灰域に順応を確認」

「メインエンジンよりエネルギー充填、集約完了。システムオールグリーン」

「各船よりの誘導ビーコンをキャッチ。秋津洲の感応レーダー情報、通信接続状況良好」

「アルゴノウトより出航許可を受諾。開門します!」

 

 各オペレーターから、状況報告がもたらされる。

 アルゴノウトから出航許可が降り、ドックのハッチが開かれた。

 

 すべてのキャラバンに先んじて出航準備を完了した秋津洲にて、桜庭が第三船団の出航命令を出す。

 

「行くぞ野郎ども! 全船、抜錨だ!」

 

 秋津洲を先頭として、大小合わせ計10隻の灰域踏破船で構成されるキャラバンがアフリカ大陸の灰域を目指し、海底トンネルへ向けてアルゴノウトより出航した。

 

 

 

 バランの第三船団の出航後。

 それに続くように、アルゴノウトのキャラバンも出航する。

 こちらは3つの航路のうち、灰域種アラガミの生息が確認されていないCルートの航路を進むこととなる。

 

 灰域種アラガミは人類にとって特に大きな脅威であるが、同時に他のアラガミにとっても大きな脅威である。

 灰域に対応し、強力な戦闘能力を持つ種として進化した灰域種アラガミの生息域を犯すことは、他のアラガミたちにとっても自殺行為に等しい危険な行いだ。

 そのため灰域種アラガミの生息圏に他のアラガミが足を踏み入れることはほぼない。

 

 故に、灰域種アラガミの生息圏というのは対抗手段を持つ者たちにとっては脅威が限定されるため、想定外のアラガミによる襲撃の可能性が少ない、遭遇するアラガミを想定しやすいため対策を立てやすくある意味では安全といえる航路となる。

 逆に言えば、灰域種アラガミの生息圏を通らないCルートの航路は不確定要素の多くどのようなアラガミが立ちふさがるのか予測を立てづらいという危険性を持つ航路である。

 

 そのCルート航路に進むアルゴノウトのキャラバン。

 大小合わせ計4隻の灰域踏破船で構成されており、バランの第三船団に比べればその規模は小さい。

 盗賊船に対する対抗手段となる武装は一通り揃えており、AGE部隊も3個小隊を配備し、予備戦力となるゴッドイーターも多数乗船している。

 数は少ないものの、最前線のミナトのキャラバンらしく未踏航路の開拓に向けての必要な戦力は揃えていた。

 

 このキャラバンの指揮は、ユリウスの信頼する部下の1人でアルゴノウトのキャラバンの団長を務める“エドモンド・ヴァラス”が執ることとなっている。

 

 そして、アルゴノウトはキャラバンに先んじてCルートの航路に偵察要員として新型AGEを派遣していた。

 

「…………」

 

 荒れ果てた大地を1人、索敵を続けるギスト。

 視界いっぱいに、まるでこの世の最果てのような何もない砂漠の光景が広がる。

 

 人間はおろか、アラガミの気配すらない。

 サハラ砂漠と呼ばれるこの広大な砂漠は、アラガミの発生前は世界最大の広さの砂漠だったという。

 人が住むに適さないだろう荒廃した地にも文明を広げていた前時代の人類の遺物が今も残っており、北アフリカに生息するアラガミもまた独自の生態系を確立していたという。

 

 しかしそれも過去の話。

 砂すらも喰らい尽くして広がる灰域により、アフリカ大陸のアラガミの生態も大きく変化した。

 

 とはいえ、それはギストの知らない過去の話だ。

 灰域の発生する前の世界をギストは知らない。

 

『管理番号AN–02506、予定航路上の状況を報告せよ』

 

 荒廃した世界を見渡していたギストの通信機に、キャラバンから通信が入ってきた。

 周囲を見渡すが、相変わらず一帯には砂漠以外には何もない光景が広がるのみである。

 

「此方、管理番号AN–02506。予定航路C、ポイントα(アルファ)からδ(デルタ)異常無し」

 

 ギストが通信機に状況を報告する。

 予定しているCルートの航路、前半は砂漠が広がるばかりで小型アラガミの影も見られない。

 

『偵察を継続しろ』

 

 ギストの報告を受けたキャラバンのオペレーターは、引き続き偵察を続けるように指示を出す。

 今回は何もいなかったとはいえ、何が出るかわからない未開の航路を単独で潜行しキャラバンの安全のために危険な偵察任務を遂行しているギストに対し労う様子は一切ない。

 

 そして、ギストもまたその冷遇を当たり前のものとして受け止めている。

 

「……了解」

 

 感情のこもっていない声で短く返答すると、その返答をまともに聞いたかは不明だが無言で通信を切断された。

 耳元の通信機から手を離し、再び荒野に目を向けるギスト。

 その目に映る先の景色は、相変わらず砂漠が広がるのみ。

 

「…………」

 

 その何もない大地へ、ギストは再び神機を手に偵察を続けるべく歩みを進め始めた。

 

 

 

 アルゴノウトのキャラバンが出航した後。

 それからさらに10分ほど遅れ、3つの航路の最後の1つであるBルートの先発隊を務めることとなるハウンド及びクリサンセマムのキャラバンが出航する。

 

 2つのミナトによる共同のキャラバンだが、実際には灰域踏破船“クリサンセマム”1隻のみで構成されている。

 大型船ながら船自体の武装を含めたあらゆる装備の軽量化と自動化による人員削減の改装を施されているこの船は、旧式ながらもかなりの高速を出すことができる。

 一方でその戦力を所属するゴッドイーターに依存しており、船自体の武装は一切ないため、自衛手段を持たず盗賊船と遭遇した際には自慢の速力を持って逃げるしかないという欠点も持つ。

 

 クリサンセマムの旗艦であり、世界で初めて対抗適応型装甲を実装した灰域踏破船であり、フェンリル本部奪還作戦を始め長きに渡り彼らの航海を支えてきた船である。

 

 ユリウスとの会談、ルルとの合流を果たした後、バランのキャラバンから帰還したリカルドを迎えて人員が揃ったクリサンセマムは、先発隊としては最後の出航となった。

 

 ブリッジの中央にある感応レーダーを担当するのは、勿論“ハウンドの鬼神”の異名で知られる最強のAGEである“ルカ・ペニーウォート”である。

 感応レーダーの操作に集中し目を閉ざすルカ。

 彼女に呼応するように、感応レーダーが索敵を拡大していく。

 その索敵範囲は実に300マイルにも及ぶ。

 

「これより発進シークエンスに移行します」

「メインアキュムレーターからのエネルギーフロート確立。対灰域隔壁閉鎖を開始、外部灰域への対抗適応型装甲の適応完了」

「感応レーダー、ナビゲーターと接続完了。同調率30……60……100%。オラクル探知システム、正常。進路上の灰域濃度0.11ppm、許容範囲内」

「対灰域隔壁の閉鎖完了。アルゴノウトより出航許可の申請受諾を確認」

「全システムオールグリーン、灰域踏破船“クリサンセマム”出航準備完了」

 

 エイミーとリカルドから全ての出航準備が整った報告が届く。

 予測進路上の航路にも障害はない。

 

 ルルのこと、新型AGEのこと。

 考えるべきことはあるが、今はこのアフリカ大陸進出計画に向けた遠征の第一段階を成功させることをに集中するべき時である。

 

 この航路に立ちふさがる灰域種アラガミ“バルムンク”の討伐と、それによる航路の確保を目指して。

 イルダは出航の号令を出した。

 

「……灰域踏破船“クリサンセマム”、発進!」

 

 

 

 アフリカ大陸進出計画に向け。

 大陸の最初のミナトを建造するための予定ポイントに向けた航路を開拓するべく、遠征の第一陣を務める3つのキャラバンが出航した。




オリキャラのプロフィール(設定)

ユリウス・ディンギル(40)
グレイプニル傘下のミナトの1つ、アルゴノウトのオーナー。かつてクレアの父であるランダル・ヴィクトリアスの部下としてグレイプニルの最前線で戦っていた、元第二世代型ゴッドイーター。その縁でクレアとも幼少の頃から面識がある。10年前(GE3本編の4年前)、妻と娘を朱の女王のAGEに殺されたことで復讐に取り憑かれAGEの事を激しく憎悪しアルゴノウトで冷遇してきたが、本来は良識ある人物でありミナトの住人たちに対しては最前線であっても何とか幸福な日々を送れるようにと心を砕く人格者だった。エルヴァスティの奇跡の影響を受け、AGEもまた人間であると再認識したことでその待遇を改善し、経済的に厳しい状況が続いているものの新たなミナトとして再出発をしている。現在は灰域航行法改正委員会の主要メンバーの1人として、クレアらとともにAGEの待遇改善のために活躍している。一度人と見なせば子供を戦場に送るなどできないとして、ギストに欧州最南端の防護壁を負担させAGEたちを戦場に送ることはほぼなくなったことで、6年間アルゴノウトは1人の戦死者も出さないミナトとして知られるようになった。


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策謀の陰

 バラン、アルゴノウト、クリサンセマム。

 アフリカ大陸第一次遠征の先発部隊を務める各キャラバンが出航した報告を受けたユリウス。

 

 彼の見上げる先には、アフリカ大陸側に建造する最初のミナトのための資材を次々を積み込み、先発部隊キャラバンに続こうと準備を進める後続のキャラバンの姿がある。

 

 将来の資源の枯渇や人口増加の問題を解決できるだろう、人類の未来が懸かっている計画。

 その発案者であり、第一次遠征の責任者でもあるユリウスは、様々な利権や思惑が絡んでいるとはいえこの1つの目的を達成するべく多くのミナトのキャラバンが手を取り合う光景を見て、亡くなった今も尊敬しているかつてグレイプニルを率いた人物を思い浮かべていた。

 

「師団長……」

 

 アラガミと生存圏をかけて戦い続けた日々。

 灰域が発生した厄災の日、人類は一度滅亡の危機に瀕した。

 それを立て直し、欧州の人類をまとめ上げ、今日に生きる未来に繋ぐ礎を築いた人物。

 

 雲の上に立つ上官であったが、親友だった彼の長子が同期にいたことで懇意にしていただいた。

 灰域という未曾有の脅威に、団結して立ち向かった。

 最前線で、余計なしがらみにとらわれることもなく、尊敬する上司の指揮下で同世代の好敵手達とともにアラガミを相手に人々を守る理想を胸に抱いて戦い続けた日々。

 今では眩しい思い出である。

 

 歳を重ね、活動限界を迎え前線から退き、様々な利権の絡む世界で日々を過ごしてきた。

 家族を失い、復讐にとりつかれ、大切なものを見失い、為政者として許されない罪を犯した。

 生存を賭けて人類同士が分裂し殺しあう戦争を経験した。

 錆びつき、汚れ、盲目になった心に、あのまぶしかった日々を思い出させる、人類が1つの目的に向かって一致団結する姿。

 

 親友であった好敵手も、尊敬した上司も、すでにこの世にはいない。

 しかし、ヴィクトリアス家には幼少の頃からは想像もつかなかった成長を遂げた立派な当主がいる。

 彼女達の世代に、大人の汚い利権で反目し合う世界は渡したくない。

 

「師団長、エドリック……ヴィクトリアス家に受けたご恩は必ず。お嬢様は……いえ、当主様は私が全霊を持って支え守り抜きます」

 

 すでに故人となった者達に、彼らが遺した者を守ることを誓う。

 

 ユリウスは真実を知らない。

 ヴィクトリアス家を襲った、悲しい結末を生んだ隠された真実を。

 

 

 

 

 バランの第三船団に続き、Aルートの航路を進む予定となっている後発隊のキャラバン。

 彼らは欧州北西に位置する、医療分野において優れた技術を有することで有名なミナト“レイズ”から派遣された船団である。

 派遣されたこの船団は大小合わせ7隻の灰域踏破船から構成されるキャラバンであり、約100人の人員が在籍している。

 彼らを率いるキャラバンの責任者を務める男性“ローハイツ・ボアソン”は、いかにもレイズの幹部を務めているだろう研究者らしい印象に違わない白衣を羽織りメガネをかけた、痩せこけた頬と目の下のクマが目立つ痩身の人物である。

 

 着々とキャラバンの出航準備は進められており、方々から上がる報告の数々に耳を傾けながら書類を処理していくローハイツ。

 その傍らには、両手首に神機使いの証である一組の大型の赤い腕輪を装着した、首元まで伸びる緋色の髪をサイドテールにまとめている1人の女AGEが立っている。

 

 まるで彫像と見間違うほどのシミの1つもないきめ細やかな色白の肌と、呼吸する動作以外一切動かない表情。

 彼女の名は“シャルロッテ・バラン”。

 このキャラバンの目となり耳となる感応レーダーの管制官であり、名乗る姓からわかるようにラズやルルと同じくかつて“バラン”に所属していたAGEである。

 

 2人はともに、かつてバランに所属する者達だった。

 ローハイツは研究者として、シャルロッテはAGEとして。

 

 だが、ある事情によりローハイツはバランを追放されることとなり、“ある機密情報”を取引材料としてレイズに亡命することとなった。

 シャルロッテの方はバランに所属するAGEとして戦う日々を過ごし、灰域航行法の改正によりAGEたちが所属するミナトを自由に選択することができるようになってからレイズへの転属を選択して、バランを離れ今のミナトに来たという経緯がある。

 

 レイズのキャラバンでバランに所属した過去があるのはこの2人のみ。

 今回の遠征にてバランと同じ航路を進むことになったローハイツは、複雑な感情があった。

 

 もしも、バランに自分が生きていることを知られたら暗殺を仕掛けられる可能性もある。

 ローハイツがレイズに受け入れてもらう為に持ち出した“機密情報”は、灰域航行法に抵触しかねない案件であり、バランにとって外部に持ち出されるわけにはいかないものだった。

 名を変え、顔を変えたが、それでも勘の鋭い人間ならば身元が判明する可能性もある。

 

「…………」

 

 緊張から、唾を飲み込むローハイツ。

 その姿を傍で見ていたシャルロッテは、しかしレイズに転属する際に頼った恩人であるローハイツのことなど全く心配していない。

 

 彼女の感情が欠落している昏い瞳が見据える先にいるのは、かつて同じバランに所属していた1人のAGEのみ。

 ローハイツが身柄と引き換えに売り払ったバランの機密情報、今はアルゴノウトに所属している世界にたった1人しか存在しない“新型AGE”という名の人の形をした化物。

 服の下に隠れている、一生消えることのない胸に刻まれた傷を与えた存在である。

 

「船長、資材の搬入が完了しました。これより発進シークエンスに移行します」

 

「ああ、始めてくれ」

 

「了解!」

 

 オペレーターから資材の搬入を終えた報告を受け、キャラバンが出航準備へと移行する。

 ローハイツから承認を受けたことで発進シークエンスに移行し、灰域踏破船の出航準備とアルゴノウトへの出港に関する申請手続きを進めるオペレーター。

 

「シャリー、頼む」

 

 ローハイツは傍らに立つ感応レーダーの管制官を担当するシャルロッテに声をかける。

 愛称で呼ばれたシャルロッテは、無表情のまま小さく頷き感応レーダーの管制用の席に座り、レーダーを起動させた。

 

「アルゴノウトからの出港許可を受諾。ゲート開きます」

「感応レーダー、予定航路上にアラガミなどの障害確認せず。各船に通信接続、感応レーダー観測情報を共有」

「対抗適応型装甲、灰域への順応完了」

 

「よし……全船発進せよ」

 

 また1つ、策謀を陰に潜めて大陸への進出計画に参加するキャラバンがアルゴノウトより出航する。

 彼らの遠征が向かう先にあるのは、果たして栄光の結末かそれとも悲劇の結末か。

 それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 ──アフリカ大陸某所。

 広大なサハラ砂漠が広がる大地に、そのアラガミはいた。

 

 山と見間違う巨体は、生物であることを主張するように、皮を持たずむき出しとなった筋肉繊維に覆われ、血管が脈打っている。

 肉体の中身をさらけ出した胴体とは逆に、その巨体を支える脚は岩のような硬質な表皮に覆われている。

 そして胴体より伸びる首の先には、その頭部の半分を占める巨大な眼球が1つ。そしてそれを挟むように位置した、喉奥まで無数の牙が生えた異形の口が2つ。

 およそこの世のものとは思えない、歪で奇怪、そして何よりその巨大な体躯を持つ外見を持つアラガミ。

 

 異形の周囲には、死が広がっている。

 所狭しと絶命したアラガミたちの骸が広がっている。

 ヴァジュラ、ラーヴァナ、プリティヴィ・マータ、果ては“帝王”の異名で恐れられる第一種接触禁忌種“ディアウス・ピター”まで。

 灰域以外に恐れるものなどない、災害と言えるほどの大規模なヴァジュラ神属が構成する群れが、ただ一体のアラガミによって殲滅されていた。

 

 異形のアラガミが天に向かって首を上げ、2つの口を開く。

 

ぐおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 その咆哮は、聞くもの全てに苦痛と絶望を振りまく、悍ましい音色。

 まるで地獄の底から這い上がってきた魔物が現世に産声をあげるような音であった。

 

 コアが死んだことで、オラクル細胞の群体としての制御を失い消えていくアラガミたちの骸。

 その只中に立つ異形は、歩き出す。

 その巨体を作る質量は、大地を一歩踏みしめるだけで小規模な地震を発生させた。




第1章『アフリカ大陸遠征編』終了です。
次回から、第2章『灰漠種アラガミ編』になります。


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第2章 灰漠種アラガミ編
骸帝と焔禽


第2章『灰漠種アラガミ編』になります。

前半はハウンド、後半はバランにアングルを当てています。


 アフリカ大陸進出計画の第一歩となる第一次アフリカ大陸遠征計画。

 その第一段階は、アフリカ大陸における最初の人類のミナトを建造するポイントに向けた航路の確立と資材の輸送である。

 アルゴノウトは灰域種アラガミの生息域を進むルートを含めた3つの航路を選定し、それぞれ航路の確立のための先発隊となるキャラバンを出航させた。

 

 その1つ。

 3つの航路のうち、確定している情報では最も危険度の高い大型の灰域種アラガミ“バルムンク”の生息域を突き進むこととなるBルート航路を担当するのは灰域踏破船“クリサンセマム”である。

 海底トンネルを出て、大陸側の仮設拠点に立ち寄った後、彼らは予定航路に進路を進めた。

 

 航路確保のための先発隊の目的は、後続となるミナト建造のための物資搬送のキャラバンの安全を確保するための航路の露払いである。つまりBルートを進むクリサンセマムの場合は、“バルムンク”の討伐となる。

 Bルートの後続を務めるキャラバンはアローヘッドの船団が担当している。

 グレイプニルの中心として機能しているフェンリル本部を除けば最大勢力のミナトが派遣したキャラバンというだけあり、多少の小型〜中型アラガミならば単独の迎撃も可能な戦力を保有しているため、クリサンセマムはバルムンクの討伐に専念し余計なアラガミの討伐まで請け負う必要はない。

 

 灰域種アラガミの生息圏というだけあり、進路上にアラガミの姿は少ない。

 予定航路を順調に開拓していったクリサンセマムは、ついに目標であるバルムンクの姿を感応レーダーにて確認した。

 

「感応レーダーに反応を確認! ……対抗適応因子の反応を検知しました! データベースに該当するパターンを確認! これは……間違いありません、灰域種アラガミ“バルムンク”です!」

 

 大型の灰域種アラガミ“バルムンク”。

 機械的な部位が随所に形成されている青白い獅子の形状を取るこのアラガミは、あらゆる物質を捕食し独立した神属として進化を遂げてきた灰域種アラガミである。

 獅子の形を模しながら、あらゆる物質を無差別に捕喰し続け、様々な人類の遺物である機械を多く取り込んだ影響により、電気を発する器官を有する進化を遂げたアラガミ。

 発電機関を用いた電撃を駆使した攻撃や、後背のブースターを用いた高い機動力を持つ。

 またレーダーのように熱源や生体反応を検知する右目は遠方からでも獲物を検知し、どこまでも追うことができる執拗な追跡を可能とする。

 形状は生物をベースとしているため機械には再現できない動きを可能としながらも、生物では及ばないロボットのような能力をも獲得するに至ったアラガミである。

 

 この灰域種アラガミ。

 当然ながら“ラー”や“ヌァザ”とはさらに段階の異なる強さを持つ“大型の”灰域種アラガミということもあり、現在の欧州において討伐を成功させた人物は数えるほどしかいない。

 

「へっ、ここで名を上げてやるぜ!」

「腕の見せ所なのです! 頑張りますよ!」

「初めてバルムンクと対峙したときのことを思い出すな」

 

 その数少ない討伐の成功を果たした者達。

 犬飼からフィムを取り戻すために戦った、グレイプニルに初めて灰域種との戦いを、自分たちの強さを見せつけた日を思い出す。

 ハウンドのメンバーが、待ってましたと言わんばかりにブリッジに神機を手に集結した。

 

 バルムンク討伐に向け、今回出撃するのはルカ、ジーク、ルルの3名である。

 アフリカ大陸の灰域濃度は欧州に比べ平均的に高く、灰域種との戦いの経験が不足している新人のマールとリル、従来型のゴッドイーターであるリカルドとクレアは今回はお留守番となる。

 

「皆さん、お気をつけて」

 

「応よ!」

「任せてください!」

「ああ、任せろ」

 

 出撃する際、エイミーの言葉にそれぞれ返事を返すAGEたち。

 ギストの一件で不安定になっていたルルも、立ち直った様子である。任務に支障はなさそうだ。

 

 バルムンクはクリサンセマムをすでに捉えているらしく、縄張りに侵入してきた敵を排除するために自慢のブースターを用いて高速で接近中である。

 並の観測主が扱う感応レーダーでは、発見した時にはすでにかわせないほどに距離を詰められているところだが、そこはハウンドの鬼神が航海士を務めるクリサンセマムである。

 広い範囲の索敵を可能とする感応レーダーにより早い段階でバルムンクを捉え、余裕を持ってAGE部隊を出撃することで船に近づかれる前の迎撃が可能であった。

 

 出撃したルカたちは、感応レーダーを元に目標のバルムンクの所在を確認。

 エイミーのオペレートに従い、縄張りに侵入した異物を感知してクリサンセマムに接近してくるバルムンクを迎撃するべく灰域の中を進む。

 

「ルル、お願いします!」

 

「起動……先行する!」

 

 まずは偵察のエキスパートであるルルが先行。

 アクセルトリガーを起動して一時的に高い機動力を獲得し、バルムンクを捉えるべく飛び出していった。

 

「私達も行きましょう、ジーク!」

 

「応! ジーク様の活躍見てろよ、特に最近生意気な弟子2人!」

 

 そして、ルルに続くように2人のAGEも戦場に向かう。

 このグレイプニル主導の一大事業に参加するために集まった多くのキャラバンが見ている中で、欧州各地から使命依頼が絶えない灰域種アラガミ討伐のエキスパートである“ハウンド”の面々が自分たちの価値を示すべく灰域種アラガミの討伐に挑む。

 

「それでは、緊張感を持って臨みましょう!」

 

 

 

 

 

 一方、こちらはAルート航路の開拓をするべく、ラーの討伐を目指してアフリカ大陸を進むバランのキャラバンである。

 今回のアフリカ大陸進出計画に参加した数多のミナトの中でも、この大規模なミナトが派遣してきた“第三船団”は一際規模の大きいキャラバンである。

 

 そして、この第三船団。

 小隊で厄災のアラガミの異名を持つ中型の灰域種アラガミの討伐を戦死者を出さずに成功させた実績を持つキャラバンであり、その討伐実績を持つAGEはバランにおいて現役のゴッドイーターでは最強クラスの実力者として知られている。

 

 キャラバンの旗艦である大型の灰域踏破船“秋津洲”を始め、バランの最新技術で作られた兵装が充実している船団。

 所属するゴッドイーターも船団のエースを張るAGEを始め、実力者が多く揃っている。

 規模もそうだが、質の面から言っても今回の遠征に参加する多数のキャラバンの中では最高クラスの戦力を保有する船団である。

 

 先陣を切りアフリカ大陸への上陸を果たしたバランの第三船団は、感応レーダーにより航路の安全を確保する上で討伐する必要のある、遠征の第1段階において最大の脅威である中型の灰域種アラガミ“ラー”を確認していた。

 

「キャプテン、灰域種アラガミを確認しました。データ照合の結果、中型の灰域種アラガミ“ラー”とパターンが一致しています。間違いありません、討伐目標です!」

 

 感応レーダーにてラーを確認したオペレーターから、第三船団のトップである“バランの輸送屋”こと桜庭に目標発見の報告が入る。

 ラー発見の報告を聞いた桜庭は、本来は彼の特等席である秋津洲の船長席を占領する船団のエースを務めるAGE“ラズ・バラン”に声をかけた。

 

「だとよ、ラズ! おら仕事だ、さっさと出撃しろ。つーか、いい加減俺の席返せよお前は!」

 

「了解だ、キャプテン。しょうがねえ、帰ってくるまでお返ししますよ」

 

「帰ってからも使うなアホ!」

 

 討伐したことのあるアラガミということもあり、灰域種アラガミと聞いてもラズには気張ったり怖気づいたりする様子はない。

 さすがに油断しても勝てる相手ではないので緊張こそしているが、上司である桜庭に対して冗談交じりの軽口を叩きツッコミを引き出す会話をするくらいの余裕はあった。

 

 本来の持ち主がいる中で勝手に占拠していた最も上質な席を桜庭に明け渡し、神機を取りにブリッジを後にする。

 ラズが出て行った後、桜庭は空席となった船長席に座った。

 

「各灰域踏破船を停止させろ! AGE部隊をいくつか出して周囲の警戒に当てろ! A班はラズを小隊長に、予定通りラーの撃破に向かえ!」

 

「「「了解!」」」

 

 船長席に座った桜庭は、船団に対して次々に指示を出していく。

 彼の指揮により、混乱することなく船団は停止し、AGE部隊を展開。周囲の索敵に映るとともに、ラーを撃破するべくラズを隊長とするバランの最強クラスの戦力で整えられた小隊を出撃させた。

 

 ラズの神機の各パーツは、チャージグライドとバックフリップを駆使することでヒットアンドアウェイを得意とする立ち回りが特徴の刀身“チャージスピア”と、射程は短いが弾が炸裂することで高い破壊力を獲得することが特徴の銃身“ショットガン”、そして展開速度とダメージカットの効率のバランス良い装甲である“シールド”で構成されている。

 その神機を構成するパーツの中で、一際目を引くのが刀身のパーツだろう。

 

 ラズの神機の刀身は、彼が討伐を成し遂げた中型の灰域種アラガミ“ヌァザ”から獲得した素材を加工して作成されている。

 紫色と金色が目立つその槍は、アラガミを蝕む“ヴェノム化”を誘発する神属性を宿している。

 

「ハッチを解放しろ。灰域種が相手だ、気張っていくぞお前ら!」

 

 




次回はハウンドVSバルムンクを予定しています。


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バルムンク討伐戦

今回はハウンドにアングルを当てます。


 先行したルルから得た情報を元に、バルムンクと会敵を果たしたハウンド。

 ルルと合流したルカとジークは、3人で足並みをそろえて骸帝に挑む。

 

 厄災のアラガミ、灰域が広がるこの世界における絶対強者。

 愚かにも縄張りを犯す敵に制裁を加えるべく向かった先にいたのは、矮小な人間どもだった。

 脆弱な下等生命体が縄張りを犯したことに、バルムンクは激怒の咆哮を上げる。

 

 だが、船への道を阻むべくバルムンクの前に立ち塞がったのは、その“脆弱な下等生命体”とは違う。

 人類の誰よりも早く灰域種アラガミの討伐という偉業を成し遂げ、派生種に至るまで多数の灰域種アラガミを屠ってきた実力を持つ者たちである。

 彼らは、今更バルムンクの咆哮ごときに身をすくめる弱者ではなかった。

 

「俺様を見て逃げなかった勇気は褒めてやる!」

 

「……来るぞ」

 

「どーどー、抑えて抑えて」

 

 1人は尊大な態度で神機を構え、1人はその挙動に注視し、そして他の2人を率いるように中央に立つ1人は何故か宥めようとしていた。

 

 怯えることもない。逃げ惑うこともない。そんな人間たちの態度が癪にさわったらしい。

 バルムンクが前足を中央に立つ銀髪の小娘に叩きつけた。

 

「おっと!」

 

 だが、即座に展開された神機の装甲がそれを阻む。

 天性の鋭い勘を頼みに、タイミングを完璧に見切ったジャストガード。

 一息に潰して終わるはずだったバルムンクの振り下ろした前足は、ルカを潰すことができなかった。

 

「ルル! ジーク!」

 

「任せろ!」

「応よ!」

 

 そしてバルムンクが前足を振り下ろしたことを合図にするかのように、ルルとジークがそれぞれ左右に展開。

 体躯は圧倒的に勝っているにもかかわらず圧し潰すことができず、終いにはうまく力を逸らされて前足の爪を往なされたバルムンクの側面を狙い、同時に神機を振り下ろしてきた。

 

 矮小な下等生物から、予想外の攻撃を受けたバルムンク。

 本来オラクル細胞で構成される自らの肉体に傷をつけられたという事態に驚く。

 このバルムンクは灰域でフェンリルの統治体制が完全に崩壊したアフリカ大陸にて生きてきた個体であり、神機使いという存在に遭遇したことがなかった。

 他のアラガミならばいざ知らず、人間には抵抗する術しか持たない脆弱な存在という認識しかなかったため、攻撃を受けるという可能性を一切考慮していなかった。

 

 人間に傷をつけられることはないと思っていたバルムンクは意表を突かれ、損傷は命を奪うには程遠い小さなものであったがそれでも一瞬の隙につながる。

 その瞬間を見逃さず、そらされて地面を叩いたバルムンクの前足を足場にして跳躍してきたルカが、バルムンクのスコープ機能を獲得した右目を切りつけた。

 

 バルムンクの右目が切断され、その機能を破壊される。

 怯みあとずさるバルムンク。

 

「今なのです!」

 

 その絶好の隙に、ルカは空中で、ジークとルルは地上で、前方と左右からそれぞれ神機を捕喰形態に移行してバルムンクに食らいつかせた。

 

「たまにはいいとこ見せないと!」

「俺の本気見せてやらァ!」

「この力で!」

 

 3人揃ってバルムンクのオラクル細胞を捕食し、神機をバーストモードに移行。

 すかさず三方向からバーストアーツを叩き込む。

 

 この怒涛の攻撃にはたまらずバルムンクも怯む。

 

「こっから畳み掛けましょう!」

 

「任せろ!」

「了解!」

 

 バーストアーツを放ちながら着地したルカが、怯むバルムンクを見てすかさず攻撃を指示する。

 ジークとルルも慣れた様子で返事をして、ジークはブーストを起動、ルルはバイティングエッジを合体させて薙刃形態に移行して、怒涛の追撃を仕掛けていった。

 

「ベタですぅ!」

 

「ブーストォ!」

 

「そこだッ……!」

 

 活性化させる暇さえ与えない。

 ルカがバルムンクを正面から攻撃して引きつけ、ジークがバーストアーツで側面から打撃を与えることで体勢を崩し立て直しの暇を与えず、ルルが目にも留まらぬ連撃を打ち込み好機と見れば銃形態ですかさず脆い箇所を正確に撃ち抜いていく。

 灰域種アラガミを相手にしても真っ向から戦える強力な感応能力を有するルルが正面戦闘を、無尽蔵のスタミナを駆使してブーストを継続して機動力を維持しながら打撃を叩き込むジークが切り崩しを、そして手数で神機のオラクルエネルギーを回復しつつ相手の状態を正確に見抜き弱点に的確な射撃を打ち込むルルが部位破壊を担い、それぞれのスペックに適するポジションと長い付き合いがなせる息の合ったコンビネーションを駆使して、的確にバルムンクを追い詰めていく。

 

 一方、人間に対して弱者という印象しか抱かないアフリカ大陸出身のバルムンクからすれば、人間に追い詰められているという理解不能な状況となっていた。

 反撃を試みようにも、ハウンドの苛烈な攻撃はその隙すら与えない。

 ブースターは砕け、前足は切り裂かれ、後ろ足は撃ち抜かれ、その身を構成するオラクル細胞の結合が次々と破壊されていく。

 

 絶対的な捕食者だったはずの立場を引き摺り下ろされたバルムンクが感じたのは、死の恐怖。

 それが生存本能を刺激し、オラクル細胞に活性化が起こる。

 

『バルムンク活性化! 皆さん、警戒してください!』

 

 灰域種アラガミの活性化。

 厄災のアラガミの異名を遺憾なく発揮する真の力を解放しようとしている状況に、戦闘の様子とバルムンクの状況に目を光らせていたエイミーからすぐにハウンドへ通信が送られる。

 

「了解なのです!」

 

 活性化したバルムンクが咆哮を上げる。

 怒りで痛覚が鈍ったのか、攻撃を叩き込んでも怯まなくなった。

 その状況に、すぐさまルカがジークとルルヘ指示を飛ばす。

 

「活性化です! 一旦、離れて!」

 

「了解!」

「気をつけろ!」

 

「へへん! 私を誰だと思っているのですか!」

 

「……不安だ」

 

 ルカがバルムンクの注意をひくから、一旦退避してくれという指示。

 活性化して捕喰攻撃を繰り出すようになる灰域種アラガミはかなり厄介な存在である。

 ジークとルルはルカの指示に従い、一旦バルムンクから距離をとる。

 

 そして1人バルムンクの前に残ったルカは。

 咆哮を上げて捕喰攻撃の前兆となる構えを見せるバルムンクを前に、仲間たちにはしっかりと警戒を促して退避命令をしたのだが、一方的にボコる展開に調子付いてきたのか灰域種アラガミに今更手こずる私ではないと自信満々に胸を張って隙を晒した。

 

 ハウンドの絶対的エース、鬼神の異名を持つ彼女の強さを信頼しているが、一方で調子に乗りすぎて手痛い反撃を食らうというポカをやらかすことも多いので、その油断している姿にルルは不安を感じる。

 

「気いつけろバカ!」

「ルカ、捕喰攻撃が来るぞ!」

 

『捕喰攻撃です! ハウンド1警戒してください!』

 

 エイミーが警告するが、調子に乗ったルカの耳にはあまり聞こえていない。

 

「私の見切りにかかれば、ニャンコの捕喰攻撃なんて──だっはアァァァ!?」

 

 そして、案の定油断しきっていたところにバルムンクの捕喰攻撃の直撃を食らった。

 

『バルムンクがバースト! ジークさん、ルルさん、援護を!』

 

「何してんだよバカ!」

「…………」

 

「うぅ……体重いよぉ……」

 

 油断しきっていたアホの子に捕喰攻撃を喰らわせる事に成功したバルムンクは、その極上の感応能力を奪取する事に成功し一気にバーストモードへと移行する。

 咆哮を上げて、バーストによりより強力な電撃エネルギーを走らせるようになり、それが赤と白の入り混じった閃光となって壊れたブースターなどから体外にまで溢れ出てきた。

 

 そして油断大敵という言葉を自ら体を張ってクリサンセマムより観戦している仲間たちにまで見せたルカは。

 侵蝕状態に陥り、フラフラと立ち上がって神機を構え直す。

 

 ジークとルルが援護するべく駆けるが、バルムンクの方が速い。

 やっとこさ立ち上がったルカを弱った獲物と見て、好機とばかりに突進してくる。

 バースト状態となったバルムンクの突進攻撃は、通常時とは桁違いの速度を誇り、まるで瞬間移動したかのように見えるほどである。

 

 弱ってフラついている状態のルカには、この攻撃はかわせないだろう。

 という大方の予想。

 だが、ハウンドの鬼神はそんな大衆の予想などひっくり返す。

 

「ニャンコのくせに生意気なのです!」

 

 誰が悪いかといえば、本来ならば対応できた捕喰攻撃を油断で食らったルカの自業自得なのだが。

 ヘヴィムーンの神機を斧月展開状態に変えると、灰域種からの侵蝕を受けて重くなっているはずの身体でそれを振り回し、高速の突進を仕掛けてきたバルムンクの顔面にムーンストームを叩き込んだ。

 

 その際、自業自得を棚に上げて全部バルムンクが悪いとやつあたりじみた叫びを上げたが。

 

 ともかく、カウンターとなり顔面へのクリーンヒットとなったその一撃は、バルムンクの顔を破壊して頭部に神機の刃を喰い込まれせる強烈な反撃となった。

 

 悲鳴を上げて仰け反るバルムンク。

 バースト状態となっていても、この強烈な一撃はかなり堪えたらしい。

 オラクル反応にも大きな乱れが起こった。

 

「くたばれぇ!」

 

 そこに駆けつけたジークの振りかぶったブーストハンマーが叩きつけられた。

 背中に強烈な一撃を受けたバルムンクは悲鳴を上げ、昏倒する。

 

「幼気な女子に何するんですか、このニャンコは!」

 

 そして、昏倒したバルムンクに逆ギレしているルカが神機の刃を叩き込む。

 実年齢はもう24歳と立派な大人のはずなのだが、中身が子供っぽいせいか“幼気な女子”という自称にさほど違和感を感じない。

 因みに、伴侶が意外とヘタレな面もあるユウゴなので手をつけてもらっていない。

 

 ……それはともかく。

 ルカがポカをやらかす場面はあったものの、このあと順当にバルムンクを危なげなく討伐する事に成功した。

 アフリカ大陸に比べて狭い地域であること、大規模な人類の生存圏がある事などから、他の灰域種アラガミや強力なAGEといった脅威と接触することも多く灰域種アラガミといえど生存競争を戦い抜いているヨーロッパの個体に比べて、今回討伐したアフリカ大陸のバルムンクは弱かったこともあり、慣れたハウンドにとっては危なげない勝利となった。

 

 ただし、油断と慢心で負傷したルカは、お気に入りの服をバルムンクの牙で破かれてしまった。

 

「うう、私のお気に入りなのに……ルル、あとで繕ってくれませんか?」

 

「それは構わないが……今回の事に懲りたら戦闘で気を抜くのは慎め」

 

「反省してます……」

 

 ルルは服の修繕のお願いを承諾しつつ、しっかりと反省も促した。

 拳骨が飛ばないだけ、彼女はユウゴよりかなり甘いが。

 

 クリサンセマムへ帰還後、ルカはクレアとイルダからもしっかりとお説教を食らうこととなる。

 

 ともかく、ハウンドは無事Bルート航路の安全を確保。

 後続のアローヘッドを中心とするキャラバンへバルムンク討伐成功の連絡を入れた後、遠征の第一段階の終着点となる合流ポイントへ向けてクリサンセマムを進め始めた。




次回はバランのキャラバンにアングルを当てる予定です。


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流出源

今回はバランのキャラバンにアングルを当てています。



 Aルート航路。

 バランのキャラバンが先陣を切るこの航路は、中型の灰域種アラガミである“ラー”が縄張りとしていることが確認されている。

 そのため通常のアラガミはこの航路の一帯にほとんど近づくことがない。

 つまり、ラーを排除することができれば航路の安全をほぼ確立することができる。

 

 バランの第三船団の任務は、航路の安全を確保する上で必ず討伐しなければならないラーの討伐である。

 ラーを確認した第三船団は、周囲の警戒のための部隊を派遣して余計なアラガミの乱入を防ぎ、ラズ・バランの率いる精鋭部隊をラー討伐の主攻として出撃させた。

 

 金と紫のひときわ目を引くチャージスピアを刀身パーツとする神機を手に灰域に降り立ったラズと、彼が率いる欧州において未だに数少ない灰域種アラガミの討伐実績を持つ小隊。

 

 戦場に立ったラズは、まず感応レーダーを搭載している秋津洲と通信機の端末を無線接続させ、レーダーの情報を共有する。

 これにより感応レーダーにて観測した灰域種アラガミの所在をリアルタイムで確認できるようになる。

 

『通信状況ならびに体調の報告を願います』

 

 秋津洲のオペレーターから通信が入る。

 通信状態の確認と体調チェックは出撃するたびに行う恒例行事だが、隊員の安否を左右する極めて重要な事だ。

 ラズは自身の通信機の状況を確認してから、小隊のメンバー全員の体調と通信機も確認して、その状態が大陸の灰域の影響下においても支障をきたしていないことを確認した。

 

「こちらラズ・バラン。A班、通信感度良好、灰域への適合も問題ない」

 

『秋津洲、了解。灰域種アラガミ討伐作戦を開始します。どうかご無事で』

 

「任せておけ。予定ポイントに一番乗りでキャラバンを送ってやる」

 

 自信みなぎる口調で秋津洲のオペレーターに返答し、神機を握り直す。

 ラズ率いる小隊が、灰域種アラガミ“ラー”へ挑むべく、灰域の中を走り始めた。

 

 

 

 ラズの出撃後。

 オペレーターの受けた通信でラズたちの小隊に異常がない事を確認した桜庭。

 そのまま船長の特等席にて指揮をとるかと思いきや、席を立つ。

 

「少し外す」

 

「どちらへ?」

 

「おまえらが知る必要はない。ラズのバックアップをしっかりな」

 

 オペレーターが席を立った桜庭に行き先を尋ねたが、桜庭はその答えを口にするのを拒否した。

 そこにあったのは、普段のフランクな人当たりの良さそうな明るい男の目ではない。バランの幹部としてキャラバン1つを率いる男の目である。

 

 その目が警告している。

 この先の問題に下の人間が首をつっこむべきではない。

 これは桜庭からの警告であり、慈悲だ。普段はふざけている面もある桜庭だが、バランの幹部の1人という事もあり締めるところは締める。

 そしてこの警告をしてきたという事は、この先に踏み込めば命の保証はないという事。

 オペレーターは身を滅ぼす事になる好奇心を押しつぶして、桜庭の命令に従いそれ以上は何も訊かなかった。

 

 ブリッジを後にした桜庭は、人気のない甲板の一角に赴くと、普段使いとは別の端末を取り出し起動させた。

 画面に通知が表示される。

 何処からか、画像フォルダの入ったメールがその端末に届いていた。

 

 差出人は今回のアフリカ遠征計画に参加している、欧州南部の中心的ミナト“ケイルナート”の派遣してきたキャラバンからのものであった。

 

 画像フォルダを開く桜庭。

 その中には、バランの後続でこのAルート航路を通る事となっている“レイズ”のキャラバンの責任者であるローハイツ・ボアソンの顔写真が入っており、メールにはその画像を解析した結果が記されている。

 

 ローハイツの写真を使い何を調べていたのか。

 それは、かつてバランに所属していた、戸籍データの上ではすでに死亡した事になっているはずの、新型偏食因子の開発に携わっていたとある研究員の顔写真との照合である。

 結果、整形の痕跡を認められたものの瞳孔からその研究員とローハイツが同一人物であることが判明した。

 

 その結果を見た桜庭の表情が変わる。

 

「……そういう事かよ。貴様が元凶だったんだな、ケビン」

 

 桜庭の調べていた事。

 それは、バランの機密事項である新型偏食因子を利用した新型AGEの情報の流出源である。

 

 灰域航行法に反する危険且つ、非人道的な実験によって生まれた“化物”。

 その情報の流出は間違えなくバランの不利益につながる事項であり、この情報をアルゴノウト、そしてクリサンセマムに流したと思われる流出源の特定を桜庭は進めていたのである。

 

 ローハイツ、本来の名前は“ケビン・パージェン”。

 この男はかつてバランに所属し、新型偏食因子の研究に携わっていた1人であった。

 イカれた欲望を満たそうとしていた他の研究者たちと違い、ケビンは灰域捕食能力を新型AGEが有する事がわかるとそれを利用して本気で灰域の撲滅を目指していた、バランの研究者としてはかなり浮いている理想主義者であった。

 

 途中で研究に対する姿勢の違いからチームを追放されてからはバランによって暫く幽閉されていたが、灰域航行法の改正に伴い経営陣の決定により暗部の研究の責任を押し付ける生贄の1人とされ、最終的には口封じに殺されたはず。

 桜庭が知るケビンという研究者の経歴は、既に死んだ事になっているはずであった。

 

 だが、名前をローハイツと変え、顔まで変えてケビンは生きていた。

 瞳孔は整形で変えられるものではない。

 この照合結果は信用していいだろう。

 ケビンは生きており、おそらくアルゴノウトに新型AGEの情報を取引材料にしてレイズに亡命したと推測される。

 

 レイズのオーナーはユリウスの義兄である。この手の要望を通す事は可能だろう。

 そしてレイズというミナトはバランから位置的に離れたミナトであり、交流がほぼない。欧州各地を回る桜庭たち第三船団すら入港した事がないミナトだ。バランの目を逃れるにはうってつけの亡命先といえた。

 

「……そして、クリサンセマムの連中はおそらくアルゴノウトから新型AGEの情報を聞き出した、といったところか」

 

 新型AGEの情報の流出源。

 それを見つけた桜庭は、口元にのみ笑みを浮かべ、目は隠しきれない怒りがにじみでる表情となった。

 

「大人しく本当に死ねばよかったものを……バランにケンカを売る事がどういう事か、レイズに逃げて忘れかけているあいつに教えてやる必要があるな。授業料は、当然テメエの命だ」

 

 証拠を残さないように、その裏取引のメールを受け取った端末を握りつぶして破壊する。

 

 その後、桜庭は神機を手に、1人で秋津洲を後にした。

 ラズたちにとっては一歩のミスが命取りとなる極限の戦いに挑む中、キャラバンの団長が船を留守にする。

 指揮をとらないのは桜庭がラズに対して自分がいなくても灰域種アラガミの討伐を任せられるほど絶対的な信頼を置いている証である。

 また、彼らが知る事はないバランの幹部という立場ゆえに1人で背負っている影の仕事を、部下たちに知られないところで全うするためでもあった。

 

 桜庭が出て行った事を秋津洲の乗組員たちは気にしつつも、今は灰域種アラガミの討伐を支援する事を優先する。

 一方で、ラズたちはついに灰域種アラガミ“ラー”との会敵を果たす事となる。

 

 

 

 

 

 灼熱の炉が、近づく敵対者をことごとく焼き尽くす。

 地に着く足を持たず、宙に浮いている2つの腕を持つ鳥頭のアラガミ。

 他のアラガミとは一線を画す存在感を発し、灰域の戦場に威嚇の咆哮を響かせた。

 

 戦闘体制への移行。

 ラーが武器とする2つの巨大な炎のオラクルエネルギーの球体を掌上に出現させ、ラズたちの小隊に向かってまずは小手調べとばかりに突進攻撃を繰り出してきた。

 

「躱せ!」

 

 ラズが指示を出すと同時に、小隊は後方と左右に跳びのきラーのその攻撃を躱す。

 左右に分かれてラーの視界から逃れた隊員たち。

 ラーはただ1人、後方に回避したことでその視界の範囲内に未だにとどまっているラズに標的を定めた。

 

「シモン、B.Bは背中と脇を突け! バッカスは銃撃支援! 鳥頭の正面は俺が受け持つ! 行くぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 火球を振り回すラーの攻撃をバックフリップで回避しつつ、ラズは班員たちに指示を出す。

 すぐにその指示に従い動く班員達。

 ラズは空中からラーの頭部めがけてチャージスピアの穂先を突き出した。

 

「くたばれ!」

 

 頑丈な炉と違い、ラーの上半身の肉質はやわらかく攻撃が通りやすい。

 ラーとは別の灰域種アラガミから作り出した槍は、頭部に傷をつけアラガミにとって毒となるヴェノムの侵蝕を与えた。

 

『対象、ヴェノム化を確認』

 

「見ればわかる!」

 

 オペレーターの報告に怒鳴り声で返しながら、着地するラズ。

 手元で回して構え直した槍を手に、仲間たちとともに灰域種アラガミの首をとるべく本格的な戦闘に突入する。

 

「行くぞ鳥頭!」



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ラー討伐戦

Aルート航路の開拓を進めるバランの第三船団。
行く手を阻む中型の灰域種アラガミ“ラー”の討伐を目指し、ラズ率いる小隊が交戦中。

というわけで、バランのキャラバンによるラー討伐戦の後半になります。


 ラズの率いる第三船団のエースを張る小隊“A班”。

 第三船団所属のAGEの多くは、バランにおいて訓練生の頃から戦闘センスに光るものを見出すAGEを速い段階で船団に引き取り育ててきた者たちが多い。

 ミナトの近郊で活動することが多い大半のAGEと違い、第三船団所属する者たちは各ミナト間を動き回るキャラバンの護衛というその業務内容から欧州各地の様々な戦場で多種多様なアラガミと交戦して経験を積んでいる。

 

 その中でも卓越した才覚を持っていたラズは、灰域種アラガミの討伐を成し遂げるなどの実績を示し、精鋭ぞろいの第三船団のAGEたちの中でも頭ひとつ飛び抜けた実力者となり、名実ともにエースとして活躍している。

 

 そのため第三船団の最高戦力であるA班は隊長のラズがひときわ目立つが、その卓越した戦闘能力を持つ小隊長と轡を並べているだけあり他のメンバーもかなりの強者が揃っている。

 

 その彼らと連携し、即死不可避の看板を持つ灰域種アラガミであるラーを討伐するべく、ラズはチャージスピアを鳥頭から引き抜いて着地してから、メンバーに方針となる指令を飛ばした。

 

「ラーの注意をひく! 活性化されるまえに上半身の結合を壊すぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 ラズの指示に、小隊のメンバーが了解の返事を返す。

 そして真っ先にその指示を遂行する下準備をするため、ラズが注意をひく間に1人のメンバーが動き出した。

 

 彼の名は“シモン・バラン”。

 ラズの後輩にあたるバランに所属するAGEであり、ラズと同様に同期の中で一際目立つ高い戦闘センスを見せていたことで、桜庭が直々に第三船団に引っ張ってきた人材の1人である。

 

 青みを帯びた短髪と白人らしい色白の肌、目尻のつり上がった鋭い目と鼻の上を横一文字に走る傷、耳元にはドクロのピアスが光っており首元からは蛇のタトゥーが見えるなど、外見はガラの悪さを感じる出で立ちが特徴であり、近寄りがたい雰囲気が漂っている。

 実際、となりにラズがいるのでそれほど目立たないがかなり粗野な性格をしており、口を開けばすぐに憎まれ口や暴言が出てくるなど人柄も決していいとは言えない。

 

 感応能力は際立つ才能を持つ者たちに比べると一段劣る平均的な光るほどのものではなかったが、本人もそれを自覚し才能の差を埋められるよう人一倍アラガミの生態の学習や鍛錬を重ね、適正という才能で差をつけていた上の者たちを瞬く間に追い抜き、優れた戦士となった。

 

 素早く的確な状況判断と、アラガミの動作を見極める観察眼に優れており、ラズと並ぶ小隊の司令塔の一角を担っている。

 神機のパーツは“バイティングエッジ”、“アサルト”、“シールド”で構成されており、中近距離戦において素早い立ち回りによる連撃を叩きこむことを得意としているアタッカーである。

 

「トラップ仕掛けるぞ! こっちに追い込め!」

 

「スタングレネード!」

 

 ラズがラーの注意をひく間に、シモンがホールドトラップを仕掛ける。

 それを見たラズがすかさずスタングレネードをラーの眼前に投げつけ、閃光でその目を眩ませた。

 

 そして、そのひるんだラーの背中に銃形態の神機を手にしたAGEが銃撃を叩き込んだ。

 ラーの身体を盾にしてスタングレネードの閃光を交わし、立ち直るまえに今度はホールドトラップにラーを追い込むための注意をひく銃撃である。

 スナイパーの銃身から放たれる弾丸が、ラーの背中に直撃。

 閃光で視界を潰されラズを見失ったラーが、その攻撃に反応して振り向きシモンと銃撃のヌシであるAGEの方に標的を移した。

 

「来い、鳥頭」

 

 ラーに通じない言葉による挑発をするスナイパー。

 彼もまたこの小隊のメンバーの1人で、名を“バッカス・ペニーウォート”という。

 その姓から分かる通り、彼はバランの出身ではなくかつてルカたちが所属していたミナト“ペニーウォート”にいたAGEである。

 

 ペニーウォート時代に戦闘で潰れた右目を眼帯で覆い、左目にはコバルトブルーの瞳を宿し、スキンヘッドに蜘蛛の巣柄のタトゥーが描かれている、シモンに負けず劣らずの如何にも素行不良そうな外見をしているバッカス。

 ルカ達とは牢獄も違うことから面識もほとんどなかった彼は、約7年前にペニーウォートからバランに売られて転属した過去がある。

 もともとペニーウォートという過酷な環境で生き抜いてきたこともあり、無茶な装備でアラガミと殺し合いをして生き残ってきたこともあり即戦力として十分な相応の実力を持っていた。

 バランに転属後も困難な任務でも達成してみせる実力を評価され、桜庭がラズやシモンと同様に第三船団へ引っ張ってきたことで、ラズと轡を並べて戦うこととなった。

 

 彼の場合、特に生き残る事に対する能力が高く、ラズやシモンに比べ近接戦となると一段劣るが、鋭い直感を駆使して仲間や自身の危機を察知することを得意としていた。

 その見た目に似合わない小隊の命綱となる衛生兵としての役目を兼任しており、軽傷ならば罵声をぶつけるだけでろくに回復してくれないというケチくさい面があるものの、それはもしもの時のために常に回復アイテムの余剰を残すことで物資不足による負傷兵の死という不幸を同行する仲間達に決して出させないようにする、生存に重点を置く彼なりのやり方からである。

 ラズ、そしてシモンに比べて口数は少ないものの、その性格は粗暴で口を開けば大抵罵声が飛び出てくるが。

 しかし、性格はともかく能力は戦士として、そして衛生兵として優秀な人材である。

 

 彼の神機のパーツは“バスターブレード”、“スナイパー”、“バックラー”で構成されている。

 しかし近接戦において優れた能力を持つメンバーが多いため、前衛に来る機会は少なく、神機は銃形態で運用し遠距離攻撃をすることが多い。

 特に刀身に関しては、バスターブレードというその重量ゆえに隙の大きくなりやすいパーツのため、衛生兵の役目も担う自分が誰よりも負傷することを避けなければならないというやり方から、アラガミが昏倒した時などといったよほどの好機でもなければ使われることはない。

 

 そのため銃撃戦を主とする戦闘スタイルを使用しており、戦闘に必要なオラクルのアンプルもほとんど支給されなかったペニーウォート時代の実戦経験を通してケチくさい性分が染み付き、1発の無駄すら命取りとなる過酷な環境でスナイパーという正確な狙撃を求められる銃身パーツを愛用してきたことから、磨き上げられたその射撃の精度は極めて高い。

 時に仲間を支援するため敵に対して牽制射撃を、時に不利に陥る味方を救援するため回復弾を行い、広い視野で常に敵味方の様子を見て的確な判断を瞬時に下す彼は、目立つ活躍はほとんどしないがチームの生命線としての役目を担い、支えている。

 

 アラガミの注意をひく挑発フェロモンを使用した上に、目くらましから立ち直った直後に背中へと直撃弾を食らわせたバッカス。

 すぐさまラーの目標はバッカスに向き、忌々しいとばかりに攻撃するべく突進してきた。

 

 だが、そのやすい挑発に乗せられた先に待っていたのは、先ほど仕掛けられたホールドトラップである。

 それが目に入っていなかったラーはトラップに引っかかり、オラクル細胞の活動を阻害させるホールド効果を持つトラップによって動きが停止してしまった。

 

『ラー、ホールド化!』

 

 オペレーターの方でも、ラーがトラップに寄ってホールド状態に陥ったことが確認される。

 秋津洲のオペレーターの通信に、そんなこと聞かずともわかっているとラズ達は返事もせず、各近接形態に移行した神機を手にアクセルトリガーを起動させ動きの封じられたラーへ突撃した。

 

「行くぞ暑苦しいの!」

「くたばれトリ頭!」

「好機!」

「朽ちろ!」

 

 小隊4名の一斉攻撃。

 特に肉質の柔らかい上半身への攻撃が集中し、ホールド状態から復帰する前にラーの頭部、そして上腕部が結合崩壊を起こした。

 

 いかに灰域種アラガミといえど、バランの第三船団における最高戦力の小隊がバランの開発したGEの戦闘能力を腕輪を介した体内のオラクル細胞へ干渉し一時的に高めるアクセルトリガーによって底上げされた攻撃を集中して仕掛けられれば、無事では済まない。

 ホールド化から復帰した時、もはや上半身の方は各所がオラクル細胞の結合を破壊され、相応のダメージを負っていた。

 

 だが、このまま押し込んで勝てるならば厄災のアラガミとは言えない。

 オラクル細胞の結合崩壊、度重なるダメージに、ついにラーは怒りの咆哮を上げた。

 

 灰域種アラガミの活性化。

 それがどれほど恐ろしいものか、幾度も相対したことのある彼らはよく知る。

 

「活性化だ! 全員散開!」

 

「「「了解!」」」

 

 すぐにラズが指示を出し、小隊が散開する。

 ホールド状態のラーに対する猛攻を仕掛けていた時とは打って変わっての離脱。

 灰域種が活性化時に行う捕喰攻撃のリスクを考えれば、密集する状態は非常に危険だからである。

 

『ラー、活性化を確認! 奴の捕喰攻撃は瞬間移動後に行われます、レーダー情報からその行方を見逃さないように!』

 

「分かってる! 背中取られないようにしろよお前ら!」

 

「テメエもな!」

「言われるまでもないわ!」

「了解!」

 

 ラーの捕喰攻撃は、その場からの瞬間移動後に死角から仕掛けられる遠距離攻撃である。

 普段は攻撃手段として用いられる灼熱の火球が形態変化を起こし、熱が収まる代わりにパッ◯マンのように口の開いた球状となり、それを投擲することによって食いついた相手の感応能力を奪い自らに還元するというもの。

 特に前兆となるワープは人間の目に追える速度ではなく、一瞬にして死角に移動してからこの奇襲攻撃を仕掛けてくるので、回避や対応が困難な危険な攻撃である。

 

 バースト化したラーは、通常形態の時と段違いの熱量を発するようになり、接近戦が困難となる。

 その上通常形態ではオラクルエネルギーの消耗が大きいため活性化しなければ行わないワープも多用するようになる他、通常時を圧倒する熱量を駆使した範囲攻撃を多用してくるため、距離を取ればワープで詰められ装甲展開の間もなくその攻撃を喰らい、接近しようにも範囲の広い灼熱の攻撃にさらされることとなるなど、その脅威度は大きく高まることとなる。

 

 捕喰攻撃に備えるラズ達。

 活性化したラーは、捕喰攻撃に移行するべく瞬間移動した。

 

「どこに──」

 

 そんなことを言う余裕もない。

 司令塔であり最も強烈な攻撃を仕掛けるエースがラズであることを見抜いたラーは、挑発フェロモンの効果がまだあるバッカスを無視してラズの背中に移動。

 火球を捕食形態に切り替え、ラズ目掛けて投げつけてきた。

 

「ラズ、テメエだ!」

 

「あ──」

 

 避けきれない。

 距離が近かったことと仲間への注意喚起のために一瞬気づくのが遅れてしまったラズは、眼前にラーの捕喰攻撃が迫る中で目の前の時間が遅く流れるような錯覚に陥る。

 だが、それでもやっぱり避けきれないと思い、その口が食らいつく寸前。

 

「──ふん」

 

「ガッ!?」

 

 ラズの身体にラーの投擲したパッ◯マンが食いつく寸前に、その脇腹へ小隊のメンバーの1人が銃撃をたたき込みラズの身体を吹き飛ばした。

 おかげで捕食攻撃をまぬがれたラズだが、その元凶が本来仲間の命を守る衛生兵ならば、たとえ正しい判断だったとしても文句を飛ばさずにはいられなくなる。

 

「バッカス、このゴミ──」

 

「ブースト!」

 

 ブチ切れるラズ。

 しかしラーの捕喰攻撃から結果的にだが守り、灰域種のバースト化という危機を未然に防いだバッカスはその苦情を無視する。

 そして、ラズの罵声をもう1人の小隊のメンバーが横から割り込んでブーストで加速した神機でラーに一撃を与えることで遮った。

 

 ラズをはじめとする小隊メンバーからB.Bと呼ばれているAGE。本名は“ボーデン・バラン”で、イニシャルから“B.B”のあだ名で呼ばれている。

 西アジアに見られる浅黒い肌と彫りの深い顔立ちが特徴の彼は、A班では1番の新参者であり、他のメンバーと違い目立つ傷跡やタトゥーなどはなく顔立ちも目つきが鋭いなどない、どちらかというと人当たりの良さそうな垂れた目尻が温和な印象を与える顔をしている人物である。

 実際粗野な面もある者の他のメンバーに比べて穏やかな性格の持ち主であり、アラガミ相手でも罵声を飛ばすことは少ない。

 口調も性格も素行も乱暴なA班の中では唯一の常識人といえる存在である。

 

 彼の神機の各パーツは、刀身が“ブーストハンマー”、銃身が“レイガン”、装甲が“タワーシールド”で構成されている。

 第三船団の最高戦力が揃うA班において、高い機動力を持つブーストハンマーと高い防御力を持つタワーシールドを駆使し、前衛を担うパワーファイターである。

 

 A班に所属となったのは1番後だが、第三船団所属となったのはかなり早い段階である。

 元々は桜庭の前任のキャプテンが灰域で拾ってきた孤児で、適合試験を受けさせた後にバランではなく第三船団で引き取った経緯から、バランというよりも第三船団のAGEという意識が強い。

 幼少期から第三船団の下働き、そしてのちに護衛のAGEとして働いてきたこともあり、欧州各地を渡っておりさまざまな戦場で戦ってきた豊富な経験を持つ。

 どちらかというと単独でアラガミと交戦することが多かったため、どんな戦況にも1人で対応できるようにと突き詰めた結果、生粋のパワーアタッカーとして成長したのである。

 

 彼は他のミナトとの交流が多かったこと、下働として第三船団の先達たちとの交流があったことから、他の粗暴な面々に比べて比較的穏やかな性格に育った。

 しかしながら豊富な実戦経験に裏打ちされた実力は伊達ではなく、この第三船団の最高戦力であるA班に所属してからは新参ながらその実力を見せつけ、アラガミの攻撃に最もさらされることとなる前衛のポジションを獲得するに至った。

 

 ラーに対して突貫し、さらに打撃を加えて行くB.B。

 それに続くように、大した負傷はしていないラズには回復弾を撃たず、結合崩壊した頭部へ狙撃を仕掛けるバッカス。

 

「無駄口を叩く暇があるなら戦え!」

 

「誰のせいだと思って──」

 

「邪魔だ!」

 

「何しやがるシモン!」

 

 ラズに対して自分の襲撃で吹き飛ばしたことを棚に上げて叱責という名の罵声を飛ばすバッカス。

 それに逆上するラズだが、わざわざその背中を足場にして踏みつけたシモンが、バッカスの銃撃とB.Bの攻撃に押され気味となっているラーへと突撃する。

 

「死ね鳥頭!!」

 

「危ねぇ!?」

 

 そしてお前が全ての元凶だと、ラーに対する逆ギレをしたラズがシモンの背中ごと貫こうとチャージグライドを繰り出して突進。

 間一髪のところでシモンは躱した一方で、そのシモンが完全に障害物となっていたラーは死角からいきなりラズのチャージグライドを食らうこととなった。

 

「ブースト起動! 畳み掛けるぞ!」

 

「援護してやる、感謝しろ!」

 

 ラズの強烈な一撃に思わず怯むラー。

 すかさずB.Bが頑丈な下半身の炉を破壊しようと、ブーストを起動させて怒涛の攻撃を仕掛ける。

 バッカスもそこが攻め時だと瞬時に判断。B.Bを援護するため、もろくなっているラーの頭部に銃撃を次々と打ち込んでいく。

 

「くたばれ鳥頭!」

「死ね鳥頭!」

「砕けろ!」

「いちいち暑苦しい!」

 

 バースト化の移行も失敗したラーは、彼らの猛攻に押され続け。

 ……そして、ついに荒れ果てたアフリカの砂漠に倒れその骸を晒すこととなった。

 

 こうしてAルート航路も危なげなくバランの船団が灰域種を相手に勝利を収める結果となった。

 この後、バランの第三船団はキャプテンの桜庭からの“無線による指示”に基づき合流ポイントに進むこととなる。

 結果、この合流ポイントへはラズの宣言通りバランの船団が最初に到着した。




ローハイツですが、桜庭は幽閉されたのちに口封じの生贄になったとバランの経営陣より聞かされていたのですが、実際には新型偏食因子による新型AGEの量産計画の頓挫の責任を押し付けられて幽閉ではなく追放され、アルゴノウトにギストの情報を条件にレイズへの亡命の手引きをしてもらい生き残ったという経緯になっています。
バランのマッド研究者達の中で方針に逆らい追放された後、残った連中が結局バランのトカゲの尻尾切りにされる中で、別のミナトで出世を果たしたローハイツの方が、結果的に勝ち組となったといったところでしょうか。


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合流ポイント

AルートとBルートを其々開拓したバランとクリサンセマムが合流ポイントに集まった場面になります。


 3つの航路を進んだ先。

 それは、このアフリカ大陸進出計画の第一段階となる第一次遠征の終着地。

 アフリカ大陸に灰域によって分断された人類が再進出を果たす最初の地である、アフリカ大陸初のミナトの建設予定地である。

 

 その終着地点に、ミナト建造の資材を運搬するキャラバンに先んじて出発した、航路開拓とそれを阻む灰域種アラガミの討伐による安全確保を終えた先発隊のキャラバンが到着した。

 そのキャラバンは大型の灰域踏破船が1隻のみで構成されるキャラバン。

 クリサンセマムとハウンドの合同キャラバンであり、彼らの旅路を最も長くともにする灰域踏破船“クリサンセマム”である。

 

 クリサンセマムの感応レーダーは、終着点である合流ポイントに彼らに先んじて到着しているキャラバンの姿を確認した。

 

「合流ポイントを確認しました。当該地に灰域踏破船の反応を複数確認。識別コードの照合を完了、“バラン”のキャラバンです」

 

 クリサンセマムのオペレーターを務めるエイミーが、そのキャラバンの識別コードの照合を行い、盗賊船などではない味方であることを確認。その所属を報告する。

 彼らはクリサンセマムとは別の航路を開拓して進んできた“バラン”のキャラバンであった。

 

 欧州屈指の勢力を誇る一大組織“バラン”。

 大規模な商工業を営むミナトであり、表向きには潤沢な資金と資源を有し、それらを活用した様々な新規技術の開発を盛んに進めているという。

 実際、ミナトの規模、経済基盤、人口、戦力……あらゆる面において小規模なミナトであるクリサンセマム、そして新興勢力のハウンドとは、2つのミナトを合わせても足元にも届かない大きなミナトだ。

 それを物語るように、このアフリカ大陸進出計画にも参加しているミナトの中では最大規模の10隻の灰域踏破船で構成される船団を送り込んできている。

 キャラバンの構成人員も200名以上おり、自動化を多数施し人員を削減してもなお手一杯の人数で運用しているクリサンセマムとは人的資源だけでも雲泥の差があった。

 

 そして、このバランというミナト。

 裕福なミナトとしての陰に裏の顔を持っている。

 

 新規事業の開発を進めているが、その中には灰域航行法に抵触するような極めて危険な実験を行うことが度々あり、周辺海域の活性化を起こしたりといった問題を幾度も起こしているのだ。

 その度に資金力と軍事力に物を言わせて真実を隠蔽しているが、黒い噂は絶えない。

 

 そして、かつてはクリサンセマムとハウンドのメンバーたちとはフェンリル本部奪還作戦など様々な場面で因縁を作った間柄でもある。

 今回派遣されているバランのキャラバンは彼らと直接的な因縁を持たない船団だが、それでもクリサンセマムの面々の間には緊張が走る。

 バランのキャラバンはともにアフリカ大陸を開拓するこの計画の協力者であり味方だが、クリサンセマムにとっては味方といえども信用できない警戒するべき相手であった。

 

 アフリカ大陸遠征計画を始動する前。

 アルゴノウトの会議室にてこの第一次遠征計画の概要の説明を受けるブリーフィングに出席した際、ルルとフィムを除くクレアたちハウンドのメンバーとリカルドは、このバランのキャラバンのトップを務める男と接触していた。

 クレアたちは偶然で、リカルドは意図的な接触だったという違いはあるが。

 ともにその男には表の顔はフランクで愛想のいいものという第一印象を抱いたが、クレアたちはバラン所属であることを知ってから、リカルドは暗部にも関わるバランの幹部の顔を見せられたことから、裏の顔を持つ面を察しており警戒心を抱いている。

 

「……オーナー、バランが今回派遣したのは“第三船団”でしたよね?」

 

「ええ。バランに置いて各ミナト間の様々な取引を運ぶ“運輸事業”を引き受けるキャラバンと、表向きにはそうなっている。バランの収益に直結する事業を担うことから所属する灰域踏破船と人員が最も多い船団で、様々なミナトと交易している……そして、そのトップは“バランの輸送屋”と呼ばれていて、バランだけではない彼らだけの独自のコミュニティを持つほど広い人脈を有する人物らしいわ」

 

「名前は“ユウイチロウ・サクラバ”。極東を出自とする現役の第二世代ゴッドイーターで、少なくとも15年以上前からあのバランに所属しており、船団のトップを任される幹部の1人。幹部の中では最年少ながら、バランの幹部としてだけでなく、その広い交友関係により多数のミナトに人脈を持っていると聞きます。私見ですが、一言で表すなら……“くえない男”ですね」

 

 クレアが目の前にいる船団の所属を確認するようにイルダに問いかけ、イルダはそれに頷き船団の表向きの情報を語り、そして直接そのトップの男と接触したリカルドがプロフィールを補足して接触したときに受けた印象を口にする。

 

 桜庭 ユウイチロウ。

 バランの第三船団を率いる“バランの輸送屋”の異名で知られる男。15年以上前からバランに籍を置き、船団1つを任される幹部の1人にまで成り上がった極東を出自とする現役の第二世代ゴッドイーター。

 現幹部の中では比較的古参とはいえ、若くして船団のトップとして幹部を任されるほどにあのバランの経営陣から信頼を獲得しているという。

 

 ただし、プロフィールの経歴について過去に遡るほど情報が少ないという不審な点もある。

 15年前にはすでにバランの第三船団に籍を置き活動していたというが、それ以前の経歴が不明で、なぜ極東を出自とするゴッドイーターがバランに入りその幹部の1人にまで上り詰めたのか、そういった過去の記録がほとんどない。

 

 そして、ハウンドと直接的な因縁のあるかつてフェンリル本部奪還作戦でフィムを強奪しようとした当時の第二船団の船長だった男をギリギリの手管とグレーゾーンの手段を用いて裁判にて釈放に持ち込み、後にダスティミラーを巻き込んだ対抗適応装甲技術の利権をめぐる対立を起こす原因を作った人物である。

 

 一連の事件が主要港安全保障理事会の知るところになったことで、第二船団の元船長は今度こそ逮捕された。

 そういう意味だと、バランに置いてこの男が今のハウンドと1番の因縁がある間柄と言える。

 

 一方で、桜庭という人物は他のバランの幹部格とは毛色が違う。

 その業務柄、常に欧州を走り回っているためバランにいることが少なく、その総意から外れやすい面がある第三船団は独立色が強い。

 噂ではバランの経営陣とはそりが合わず、表立って反抗することはなく命令には忠実ながら時折その意向に従わないこともあり、一部の経営陣からは扱いにくい暴れ馬と敬遠されているらしい。

 バランの幹部の立場があるため公にはできないが、一個人としてリカルドに対しフェンリル本部奪還作戦におけるフィムの強奪の件を謝罪したほどである。

 

 それに、個人的には元船長のことを相当毛嫌いしている様だった。

 あくまでもバランの幹部という立場から外れた一個人としてであるが、クリサンセマムの方を支持する意向も示していたし、AGEに対する差別意識もほとんどないという。

 

 バランの幹部としてその命令には冷酷な面を見せても忠実に従い、バランの利益を優先した行動をし不利益をもたらす敵には容赦しないが、個人の人柄は真っ当な情と倫理観を持っている人物。

 そういう二面性を持つ人物。

 リカルドが桜庭に抱いた印象は、本心でありながら表面的な顔を貼り付け、本心とは外れた立場としての裏の顔を持つ、そんな2つの面を使いこなす人物であり、それを指して“くえない男”と評したのである。

 

 あらかじめリカルドから桜庭との接触後に新型AGEの件に関する報告とともにその印象に関することを聞いていたイルダは、映像越しに見えるバランの第三船団を見て、それを率いる男に対して一定の警戒心を抱いた。

 

「あまりバランとは関わりたくないのだけど……」

 

 彼らにとってアキレス腱となりかねないバランの発明した新型偏食因子を渡した相手。

 

 ブリッジが緊張感に包まれる中。

 接触は、パランの方からもたらされた。

 

「──ッ! オーナー、バランより通信が入ってきました!」

 

「……つないで。それと念のため通話の録音を」

 

「はい。……応答します!」

 

 因縁ある間柄とはいえ、今回の遠征では味方。

 その船団が合流したから通信を飛ばしてきたとしても、不思議はない。

 逆にここで拒絶すれば、それこそ失礼な行為であるとともに、クリサンセマムの方が無用な疑いをかけられることになりかねない。

 

 念のため通話を記録する様に指示を出し、バランからの通信に応じるイルダ。

 ハウンドとクリサンセマムの面々の間に緊張が走る中、モニターに通信相手の映像が映し出された。

 

 

 

 

 

 ──第三船団船長が、クリサンセマム並びにバランの方々に挨拶をしたいので、一時乗船許可を欲している。

 

 バランから接触してきた通信。

 その際に出てきた向こうのオペレーターからの用件は、要約すると上記の通りとなる。

 

 因縁のある船に乗船許可を求める。

 クリサンセマムの面々は、バランにいい印象を抱いていない。バランの輸送屋の出してきたこの要求は、言ってしまえば敵地にトップ自ら乗り込む様なものである。

 

 その様な危険を冒してまで、わざわざクリサンセマムに直接接触を求めてきた輸送屋。

 その真意を探る意味でも、イルダは彼らのクリサンセマムへの乗船許可を出した。

 

 そして、一台のトレーラーがバランの船団の旗艦“秋津洲”より出てきて、クリサンセマムに入ってきた。

 バランが相手なだけに何があるかわからない。

 案内をよこしてブリッジで待つ、という安全策もあったが。

 向こうは自らこちらに乗り込んできたのだから、ここで格納庫まで行かなければ臆病者と見縊られるかもしれない。

 対等である姿勢を見せるためにも、リカルドとハウンドの面々という心強い護衛をつけながらではあるがイルダ自らトレーラーの入ってきた格納庫にバランからきた彼らを出迎えるために向かった。

 

 トレーラーの扉が開かれる。

 運転席から現れたのは、ルルのみがこの面々の中でその顔を知る人物。

 両手首にAGEの証である大型の腕輪を装着している、顔面の半分を覆う火傷が特徴の子供には見せられないだろう恐ろしい容貌をした男、ラズ・バランである。

 

 トレーラーの助手席には、明らかにラズのものだろう神機を収納しているケースが見えたが、道中のアラガミの襲撃に対応するために持ってきただけらしい。

 神機のケースを見て警戒するクリサンセマムの面々を無視して、トレーラーの座席にそのケースを置いたままラズは降車し、二列目のスライドドアを開いた。

 

「おい、ついだぞキャプテン。さっさと降りろ」

 

「なんつー態度の悪い運転手だよ!」

 

 そして同僚に向ける様な軽口で中の人物に降りる様促す。

 ラズのかなり無礼な言い様に、トレーラーの中からリカルドとハウンドの面々にとって聞き覚えのある抗議の声が聞こえてきた。

 

「クソ野郎……やっぱシモンを運転手にするべきだったわ。お前のせいでクリサンセマムの俺に対する第一印象、絶対変な方向に行ってるからな」

 

 文句を垂れながらトレーラーからでてきたのは、今朝対面したばかりの人物。

 黒髪黒目の黄色人種に、従来型のゴッドイーターである証の右手首に光る赤い腕輪。

 フェンリルにて支給されていた青と黒の制服の上に、肩と背中に歯車と馬首の横絵が描かれたエンブレムのある上着。

 

「お出迎えありがとうございます、オーナー・エンリケス。それとハウンドの方々」

 

 バランの幹部であり、第三船団のトップ。

 

「俺の名前はユウイチロウ・桜庭。“バランの輸送屋”って名前で通っている、今回のアフリカ遠征計画に参加するバランの船団の代表を務めている者だ」

 

 バランの輸送屋こと、桜庭 ユウイチロウであった。



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6年前の借り

引き続き、合流ポイントに到達したクリサンセマムとバランの接触の場面になります。


 クリサンセマムの一室。

 オーナーであり船長であるイルダが普段仕事をしている執務室は、クリサンセマムの応接室を兼ねている。

 イルダは桜庭とラズをまずは執務室へ案内した。

 

「今朝のブリーフィングがあったから、“はじめまして”は不適格だな。改めまして、オーナー・エンリケス。自己紹介は……しとくか? 面倒くさいなら省くが」

 

 そして向かい合った桜庭が最初に発した言葉が、これである。

 あのバランの幹部、しかも浅からぬ因縁がある間柄。開口一番に威圧する様な態度を示されることを予想していたが、クリサンセマムとハウンドの面々の予想と異なり桜庭はよく言えば壁を作らない、悪く言えば初対面から軽薄で失礼な挨拶をしてきた。

 

 一瞬、言葉を失うクリサンセマム側の面々。

 その中ですでに面識がありこういう軽薄な態度を表の顔として使ってくることを知っていたリカルドが、すかさずイルダの代わりに返答をした。

 

「できればお願いしたいですね。私はともかく、オーナーとハウンドはあなた方とほぼ初対面ですから」

 

「それもそうか。オーケー、では“初めまして”だな。俺はユウイチロウ・桜庭、バラン第三船団の団長を務めている者だ。見ての通り第二世代のゴッドイーターで、ロングブレードとアサルトを使っている。神機使いとしてのキャリアはかれこれ15年以上になるな。出身は極東で、あんたらも面識のある第四船団キャプテンのゴウ・バランと同郷だ。まあ、バランとは過去に色々あったから難しいだろうけど、俺は今回の遠征ではちょっかい出す予定は無えから、そこは安心してくれ。見ての通り従来型だがゴッドイーターとしては現役なんで、一応前線に出ることもある。できれば遠征中は仲良くしてくれ」

 

 代表者であるイルダとクレアを差し置いて割り込んできたリカルドにも特に桜庭は嫌な顔をすることもなく、すんなりと受け入れて自己紹介をしてきた。

 そして隣にいるラズを指して、ルル以外は素性を知らない右腕のAGEを紹介する──

 

「そこに立っている面と態度の悪いのは単なる運転手だから紹介するまでもないだろ。そちらの自己紹介を聞かせてくれ」

 

「…………」

 

 かと思いきや、ラズの紹介をせずにクリサンセマムの方へバトンを渡した。

 当人のラズは桜庭にスルーされたことに関して特に文句はないのか、それともクリサンセマムとよろしくするつもりが元々ないのか、口を挟む様子はない。

 

 確かに単なる運転手ならば紹介の必要はないかもしれないが、初対面とはいえ灰域種の討伐実績を持つAGEを単なる運転手として流すことは出来ない。

 言葉を交わしたことはない。実際に面と向かい合った機会も今回が初めてである。

 だが、それでもバランにおいて最強と噂されるAGEは有名であり、クレアたちハウンドは知らなかったが、イルダとリカルドはラズのことを知っていた。

 

 バランの幹部らしからぬ桜庭の態度に一度は驚いたものの、リカルドのおかげでそれを悟られることなく気を取り直したイルダが今度は口を挟んだ。

 

「あら、彼は灰域種アラガミの討伐実績を持つ船団のエースではなくて? 腕の立つAGEと知り合いになる機会をふいにしたくはないし、できれば紹介してほしいのだけれど」

 

 桜庭の態度に、初対面ながら年下が相手ということもあって無闇に壁を作ることはやめ、砕けた態度をとってみる。

 

「コイツのこと知っていたの? ハウンドと提携している御方に腕の立つとか言われても困るけど、まあ良いぜ」

 

 イルダの予想通り、桜庭は特に彼女の態度には突っ込むことをせず、全く気にしていない様子で頷いた。

 

「コイツの名前は“ラズ・バラン”。ミス・エンリケスが言ったとおり、灰域種アラガミの討伐実績を持つ船団のエースを張るAGEだ。戦力としては申し分ないやつだけど、口と態度が悪くて顔が怖いから子供に近づけるのはオススメしない。さっき出たけど、ゴウがコイツの師匠。神機は大抵“チャージスピア”と“ショットガン”を使っている。無愛想だけど……仲良くできそうか? こいつ顔怖いだろ?」

 

 素をさらけ出しながらも、その奥に腹黒い裏の顔が存在している様にも感じる。

 リカルドが“くえない男”と称した様に、権謀術数渦巻く主要港安全保障理事会を経験しているイルダとクレアですら、桜庭のタイプは初めて見る手合いであり読みにくかった。

 

 桜庭が紹介と称して自身の情報を次々と暴露するのが気に入らなかったのか、スルーされた時には表情1つ変えず無反応だったラズが口を挟んできた。

 

「キャプテン、ベラベラ喋りすぎだ。脳天貫くぞ、ハゲ」

 

「できねえことは脅し文句にならねえぞ、バカ。つーか禿げてねえわ!」

 

「額広がってきているだろ。あと、眉毛に円形脱毛症が出てるぞ、ボトルキャップ」

 

「眉毛のハゲはそんなに広くねえよ! このクソガキ、その首切り落としてやろうか!? ハァ……口悪いだろ?」

 

 口の悪さはどっちもどっちである。

 それはともかく、それが第三船団の空気なのかエースとはいえAGEであり部下であるはずのラズが団長である桜庭に対し躊躇なく侮辱を飛ばし、桜庭もそれに対して激怒するわけではなくまるでコントのように罵声を飛ばしてツッコミを入れた。

 ちなみに桜庭は禿げてはいない。眉毛には確かに円形脱毛症が出ているが、頭はまだ髪がある。

 ……額が広がっているので、将来は保証できないが。

 

「……やっぱりお前黙っていろ。クリサンセマムには余興のコント見せるために来たわけじゃねえんだよ」

 

 もう手遅れだが、繕おうとする桜庭。

 ……もう手遅れだが。

 

「もう手遅れですよ?」

 

「うん、俺もそう思った。……いや、思っても黙っててくれよ! もう取り繕えねえよ!」

 

 ルカがついポロリと全員が思ったが口にはしなかった言葉をこぼしてしまう。

 それを拾った桜庭は一度頷き、一拍遅れてツッコミを入れた。

 ルカが天然で出したボケだが、他のミナトのAGEを相手にも見下すことなる乗ってくれる辺り、桜庭の人柄は本当にバランの幹部らしからぬ善人のようである。

 

「なあ、お嬢ちゃん。いや、ハウンドの鬼神さんだな。思っても言わないでおいて欲しかったぜ、今のは」

 

「そうなのですか?」

 

「そうだよ。まあ、鬼神ちゃんは可愛いから許すけど。ファーストネームで呼んでも良いか?」

 

「別に良いですよ! ルカ・ペニーウォートです!」

 

 ルカの方を向いて、まるで子供に言い聞かせるような口調で諭す桜庭。

 子供扱いされるような年齢ではないが、彼にとっては年下のルカは子供のように見えるのだろうか。

 

 さりげなく自己紹介を引き出し、ファーストネームで呼ぶ許可まで得ている。

 ユウゴが見たら桜庭に切り掛かっていただろうと、弛緩した空気に当てられたリカルドはそんな一歩間違えれば戦争になりかねない事態を想像した。

 

 ルカの笑顔を見て、桜庭も優しげな微笑みを浮かべる。

 本来は年上だが、見方によっては人種もありルカよりも年下に見える桜庭。

 そして、そんな上司を見てラズが一言こぼす。

 

「ロリータコンプレックス」

 

「立派なレディだぞ、鬼神ちゃんに失礼だろうが! それと、俺の性癖を暴露すんじゃねえよ!」

 

「「「…………」」」

 

 もはやバランの幹部の威厳はどこかに吹き飛んだ。

 そしてロリコンに関しては堂々と肯定した桜庭に対して、意味を知らない面々はともかく“ロリコン”の意味を知る面々はドン引きすることとなった。

 初対面の相手にここまでさせるのは一種の才能だろう。

 

 それでも警戒を解ける相手ではないが。

 しかし、人柄を直感で感じ取ったのだろう。身体はともかく、頭は確かにそういう括りに入れられても文句は言えないだろうと周囲に思われているルカは、淑女と呼んでくれた桜庭に対し早々に警戒を解いた。

 

「へへん! 聞きましたかクレア、私は立派なレディなのですよ!」

 

「……ここで私に振るのは止めて」

 

 頭痛がしてきたクレアはルカの話し相手になるのを拒否する。

 一方、ルカのセリフを拾った桜庭が今度はクレアの方に目を向けた。

 クレアと桜庭はアルゴノウトにて一瞬の偶然とはいえ、面識がある。会議室の前でぶつかりそうになった時の相手の顔を思い出したのか、桜庭は合点がいった様子でクレアに声をかけてきた。

 

「そう言えば、お嬢さんは今朝にも会ったな。クレアってことは、君がミス・ヴィクトリアス?」

 

「はい。クレア・ヴィクトリアスといいます」

 

 桜庭に声をかけられたことで、真面目な顔つきに戻って名乗るクレア。

 イルダとリカルドを差し置き、ハウンドのメンバーとの会話を楽しみ始めている。

 

「ファーストネームで呼んでも良いか?」

 

「止めてください」

 

「親しみこめた呼び方は仲間の特権だしな。じゃあ、ミス・ヴィクトリアスで」

 

 クレアの名前を聞いて、一度ファーストネームで呼ぶ許可を求めたがロリコンは無理と拒絶された桜庭は、次にルルへ視線を向けた。

 

「君は正真正銘、“初めまして”だろ?」

 

「……ルルだ」

 

 ルルと桜庭はお互いの素性も、顔と名前も知っている。

 とはいえ面と向かって言葉を交わしたのは初めてである。

 ラズを使者に立てた勧誘のこともあり、ルカに比べルルは桜庭を警戒しており、対応も冷たいものとなる。

 

「……ファーストネームで呼んでも?」

 

「好きにしろ」

 

「オーケー、ならルルで」

 

 しかしルルの冷たい対応も、桜庭は特に気にしていない様子。

 ルルの対応が冷たくなる理由も承知の上らしく、ルカとクレアに比べ淡白な会話となったが、自己紹介を引き出しファーストネームで呼ぶ許可も獲得した。

 

 次に桜庭が視線を向けたのは、リカルドである。

 お互い名前も交換した仲なので自己紹介は不要だと、リカルドに対しては別口から会話を切り込んだ。

 

「おう、今朝ぶりだなリカルドさん。トレーラーに土産があるから、みんなで食べてくれ」

 

「……ありがたく頂戴しましょう」

 

 土産という言葉に、リカルドはおもわず秋津洲で手渡された“あの手土産”を連想して表情がこわばる。

 バランにとって爆弾だが、実際のところ周到に指紋などの証拠が残らないようにして渡してきた代物だったので、バランが出どころであるという物的証拠があの“手土産のケース”には無い。

 新型偏食因子も表においては所詮眉唾扱いされているものであり、グレイプニルも確たる証拠を握っていない。

 出どころを明確に示す証拠の無いオーパーツのため、バランを糾弾する証拠には使えない“手土産”だった。

 

 その辺りは後ろ暗いことの多いバランである。抜かりは無い。

 新型AGEを運用しているアルゴノウトにも波及しかねない問題であるため理事会に上げるつもりは無いが、出したところでバランにはぐらかされ、場合によってはクリサンセマムとダスティミラーに疑惑が向くかもしれない“爆弾”である。

 

 この件があるため、リカルドは桜庭からの“土産”を警戒せずにはいられなかった。

 しかし、その警戒は杞憂となる。

 

「……いや、普通の土産だぞ。ケイルナート産のケーキ」

 

「本当ですか!?」

「マジで!?」

 

 桜庭が用意したのは、ケイルナート産のケーキである。

 ユリウスが出してくれたケーキの味を思い出したのか、ルカとジークが真っ先に反応した。

 

「……やめてよ」

 

 クレアは再度頭痛を覚える。

 リカルドは2人の素直すぎる反応を見て緊張が解けたのか苦笑いを浮かべ、イルダは隣に座る最近気苦労の絶えなくなってきたクレアを労わるように背中をさすった。

 

 その中でルルだけは相変わらず桜庭を警戒しており、そしてルルの挙動を護衛役でもあるラズが薄ら笑いを浮かべながら監視していた。

 

 そして桜庭はといえば。

 ケーキに反応した2人に目を向け、最後にこの場でまだしっかりと言葉を交わしていなかった人物であるジークに声をかけた。

 

「君も今朝会ったよな、少年。いや、ジーク・ペニーウォート君」

 

「へっ、俺様の名前も当然知ってるみてえだな」

 

 バランの幹部とはいえ、他所のミナトの人間である桜庭に顔と名前を知られていたことに、気分が良くなったのか生意気さを感じる挑発的ながらやや嬉しそうな表情を浮かべるジーク。

 だが、次の瞬間──

 

「当然だ。6年前はデカい借りを作ったからな、その顔はバランじゃ有名だぜ。最新鋭船を数名で鎮圧してくれた要注意人物として、な」

 

 一瞬だけだが、それまでの弛緩した空気を凍りつかせ、この男がバランの幹部であることを思い出させる猛禽類のような鋭い目つきに変わった。

 

「「「────ッ!?」」」

 

 その一瞬に放たれた敵意に、クリサンセマムとハウンドの面々が即座に反応する。

 

 だが、桜庭が表情を変えたのは一瞬のみ。

 室温が数度下がったような錯覚すら覚えたその敵意はすぐに消え去り、いつの間にか元のフランクな態度に戻っていた。

 

「……そんな怖い顔するなよ」

 

 桜庭はそう言ったが、その言葉を間に受けるほどクリサンセマムとハウンドの面々は愚かではない。

 もう、弛緩した空気は戻らなくなっていた。

 

 一瞬で思い知らされたからだ。

 ──この男は、あのバランで船団1つを任される幹部であることを。




次回は時間軸を少し戻してCルート航路のギストにアングルを当てる予定です。


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暗影

Cルートをキャラバンのために先行して進むギストにアングルを当てています。
また、前半部分に新種のオリジナルアラガミが登場します。


 世界が一変した“厄災の日”。

 この日を境に世界各地に灰域が発生した以降、灰域という環境に適応する進化を遂げたアラガミが多数出現するようになった。

 筆頭は灰域種アラガミだが、小型・中型には灰域種以外にも灰域への適応を成功させる進化を遂げた新種のアラガミが多数確認されている。

 

 小型種アラガミであればアックスレイダー、マインスパイダー。中型種であれば、グウゾウやネヴァンが該当する。

 これらのアラガミは灰域種アラガミへの進化の途上で派生し生まれたアラガミと考えられており、対抗適応因子を持ち灰域への高い体制を獲得しており、やがて灰域種アラガミに至る可能性が高いと目されているアラガミたちである。

 

 アフリカ大陸の広いサハラ砂漠を彷徨するこの中型アラガミもその一種である。

 両腕が剣、両足がブースターとなっている、姫武者のような兜を被った女性の胴体を持つ人型の中型種アラガミ。

 このアラガミは“ハバキリ”。

 雷属性のオラクルエネルギーを駆使し、その極めて強力なエネルギーを駆使したブースターによる高い機動性と光線を放つことのできる剣という高い攻撃力を有する、中型アラガミの中では極めて強力な戦闘力を持つアラガミである。

 

 そのハバキリが単独でサハラ砂漠を進んでいた。

 周囲にはただ砂だけで何も無い砂漠が広がっている。

 時折風が吹き砂塵を舞い上げるその砂漠を、ハバキリは餌を求めて戦闘時にみせる機動力とは打って変わって緩やかな速度で進んでいた。

 

 このハバキリがいる地点は、欧州の人類が新たな資源を求めてアフリカ大陸への遠征を行う予定航路の1つに重なっている。

 そのためもうすぐこの航路を進むキャラバンがハバキリと接触する可能性が高い。

 ハバキリはコンゴウのような敏感な聴覚やサリエルのような広い視覚を持つわけでは無い。

 それでもハバキリは狩人としての直感でこの地にいれば新たな獲物と遭遇すると感じており、一帯を徘徊していた。

 

 そうして獲物を待ち構えながら徘徊していたハバキリ。

 だが、キャラバンがハバキリの徘徊するポイントに差し掛かる前に、その地に別のアラガミが姿を見せる。

 

 ハバキリが気配を察して振り向く。

 何処からともなく現れたそのアラガミは、四足歩行の中型に分類されるだろう大きさのアラガミである。

 鹿を彷彿とさせる細身のシルエットに、頭部には木の枝のように分岐して伸びる立派なツノを持つ。

 巨大な鹿にしか見えないそのアラガミは、しかし一点だけ普通の鹿と明らかに違う特徴として全身の色が青白く輝いていた。

 

 砂漠の中ですら自己主張の極めて激しい、体躯以上に目立つその発光する身体。隠れることを一切考慮しないのは、他のアラガミの餌になるよりも他のアラガミを餌とする強者の特権といえる進化を遂げた証である。

 ハバキリを見据えて動かないそのアラガミには、不思議な存在感があった。

 

 鹿型のそのアラガミと目線が重なったハバキリは、剣を構えようとする。

 未知のアラガミといえど、出会えば全て敵。

 自らの進化へ至る糧とするべく、臨戦態勢に入る。

 

 剣を構えたハバキリに対し、鹿型のアラガミはただハバキリを見るばかりで動きは無い。

 明らかに敵対する意思を見せるアラガミを前にして動かないのは、そんなこともわからないほど生存本能が劣っているのか、或いは承知の上でなお戦闘の意思に応じる構えを見せるほどの価値も無いと彼我の戦力差を見ているのか。

 

 何れにせよ隙だらけであることには変わりが無い。

 ブースターを噴かせば一度の跳躍で届く距離である。

 自らの高い機動力に自信を持つハバキリは、先手必勝の元一撃で仕留めるべく、その鹿型のアラガミに斬りかかろうと跳び上がった。

 

 一閃。

 跳び上がり、斬りかかるハバキリに対し、鹿型のアラガミはそれでも動くことなくただその動きを目で追うのみ。

 その隙だらけの首を切り落とそうと、ハバキリは一瞬で距離を詰め鹿の首めがけてすれ違いざまに両腕の剣を交差させるように切りつけた。

 

 その鋭い剣戟は鹿型のアラガミの首を完璧にとらえた。

 ──そして、ハバキリの両腕刀を構成する硬質なオラクル細胞の結合が砕け散った。

 

 反撃どころか、防御するようなそぶりも見せなかった。

 機械のような装甲を形成する硬質なオラクル細胞を持つ己と違い、鹿型のアラガミは見るからに肉質が硬さよりも柔軟性を求めた進化を遂げた柔らかそうな構成をしていたはず。

 しかし、2種のアラガミのオラクル細胞がかち合った結果は、ハバキリのオラクル細胞の結合が一方的に破壊され鹿型のアラガミのオラクル細胞には傷1つつかないというものに終わった。

 

 驚愕するハバキリ。

 横を見ると、そこには傷1つ無い鹿型のアラガミが未だに一歩たりとも動かず、ただ顔だけをハバキリの方に向けている。

 青白く光る頭部に宿る2つの目が、ハバキリを見据えていた。

 

 ──そう、ただひたすらに見据えているだけ。

 ハバキリの兜の下にある目と視線が重なった先にあるその目からは、ハバキリを脅威とも餌とも見ておらず、それどころか一切の関心も興味も無い、本当に動くハバキリを目で追っているだけという何の感情も宿らない目線だけが向けられていた。

 

 その目を見たハバキリは、確信する。

 このアラガミは何もしなかったのでは無い。

 このアラガミは、()()()()()()()()()()()のだと。

 そもそも、自分のことを喰らい喰われる同じ“アラガミ”とすら認識していない。本当に何の価値も無い、それこそ路傍の石ころのような存在としてしか見ていなかったということを。

 

 何の脅威にもならなければ、鬱陶しいハエという認識すら持たない。

 ただ存在するだけの、脅威になることは決して無い“何か”。

 わざわざ排除することすら労力の無駄だからと、無視しても何の問題も無い存在。

 鹿型のアラガミにとって、ハバキリはそういう存在だった。

 

 そして、ハバキリの方は時として灰域においてアラガミに喰われることもある存在だ。決して無敵のアラガミでは無い。

 ゆえに生存本能を持っており、戦いを挑むことを許される敵かどうかを認識できる程度の知性も持つ。

 そして、ハバキリの本能は両腕の刀が何の役にも立たなかった時点で全力で警鐘を鳴らしていた。

 

 ──このアラガミは決して喧嘩を売っていい相手では無い。ハバキリなど、気分の1つを害しただけで潰される、戦える土俵にすら立っていない絶望的なまでに彼我の力の差がある絶対的な強者であると。

 

 ひたすら本能が、このアラガミの気分が変わる前に逃げるよう警告を発していた。

 それに従い、ハバキリは背中を見せて全力でブースターを噴射させて逃亡する。

 己の武器であり誇りでもある両腕の刀を何もせずに破壊したという屈辱を叩きつけられても、それよりもとにかくこのアラガミから少しでも距離を取らなければ殺されるという生存本能に従い、己の命を守るために全力で逃げた。

 

 そしてその無様な逃走を見せたハバキリを見据える鹿型のアラガミは。

 ただただその姿を見るだけで、追うそぶりすら見せなかった。

 

 路傍の石に興味など無い。

 腹が減っているわけでも無いのに、傷の1つをつける手段すら無い“何か”を狩るなど労力と時間の無駄である。

 そう断ずるかのように、ハバキリの姿を見ているだけだった。

 

 灰域が広がる世界で。

 そのアラガミは、近づきつつある別の“何か”の存在を感じ取り、逃げた“何か”への興味を完全に失う。

 ブースターを噴かせて遠ざかるハバキリの背中から目線を外すと、接近してくるその別の“何か”へと意識を移した。

 

 

 

 

 Cルートの航路を進むギスト。

 灰域種アラガミの生息域から外れており、大型の船でも通過できる大きな道が形成されているため、後半は多様なアラガミの侵入が確認されていた。

 多少の傷を負いながらもそれらを随時接敵とともに駆逐していき、キャラバンの為に航路の安全を確保していく。

 

 ラーヴァナといった接触禁忌種アラガミも確認されたが、灰域種アラガミすら討伐して見せる強さを手に入れた新型AGEであるギストにとっては倒せない敵では無い。

 航路上のアラガミの掃討はほぼ完了し、他の先遣隊キャラバンとの合流予定ポイント──即ちアフリカ大陸に初めて建造されるミナトの建設予定ポイントが目視で確認できる位置まで到達した。

 

 既にAルート航路を進むバランのキャラバンが確認できる。

 先ほどの通信でBルート航路でハウンドが灰域種アラガミ“バルムンク”の討伐に成功した連絡が入ったという話が通信の向こうから聞こえてきたので、間も無くクリサンセマムのキャラバンも到着するだろう。

 

 しかし、化物である自分が真っ当な人類であるゴッドイーターたちが多くいる合流ポイントにこのまま入るわけにはいかない。接触など以ての外だろう。

 航路の安全を確保したところで先行する自身の任務は半分達成されている。

 今後の方針を確認する為に、ギストはアルゴノウトのキャラバンに通信を飛ばした。

 

「此方、管理番号AN–02506。合流ポイントを確認」

 

『──カガッ……ガッ──……』

 

「…………」

 

 通信不良だろうか。

 灰域の濃度は高いが、キャラバンとの距離はそれほど離れていないはず。

 しかし通信機から聞こえてくるのはノイズばかりであり、反応しているのかすらわからない状態だった。

 

 さすがに許可なく合流ポイントに入るわけにはいかない。

 ひとまずキャラバンとの通信ができる場所まで向かうべく、進んで来たルートを引き返すことにする。

 アラガミを討伐しながら進んできた道を、通信機の反応を確認しながら引き返すために歩き始めたギスト。

 

『──……ッ──……ガッ……──』

 

 最後に討伐したラーヴァナとの交戦したポイントまで引き返したギストだが、それでも通信の不良は変わらなかった。

 灰域の濃度はさほど変化していない。

 キャラバンの現在位置はここから1kmほど離れた地点である。

 当初はこの倍の距離でも通信は繋がっていたはずなのだが、それでも通信の状況は回復しなかった。

 

「…………」

 

 計画に何らかの変更があったか、もしくは灰域踏破船に機材トラブルなどの止む得ない事情が発生したため、アルゴノウトのキャラバンが引き返したのだろうか? 

 通信可能な距離まで接近しているにもかかわらず未だに通信の回復する様子が無いことに、ギストはキャラバンが移動したのでは無いかと考える。

 この場合ギストを灰域内に1人放置するという非情な判断が下されているということだが、化物である自分を見捨てる判断などあったとしても不自然さは無い、むしろキャラバンがわざわざ拾ってくれる方が可能性としては低いだろうとギストは考えているため、その可能性をギスト自身は最悪のものとはとらえずにむしろあり得る可能性だと捉えていた。

 

 ひとまず、最後にキャラバンが確認できた地点まで引き返すこととする。

 その場にキャラバンがいなければ、ギストを放置して撤退したということ。その場合は後発隊のケイルナートのキャラバンのために、再度航路の確保を進めることとなるだろう。

 当然、このキャラバンにも接触は許されない。

 

 今後の方針を決めるためにも、アルゴノウトのキャラバンを探すギスト。

 そして最後の通信で確認したキャラバンの現在位置まで戻ったところで、ギストはアルゴノウトのキャラバンを確認する。

 

 だが、そのキャラバンの姿はギストが想定していたものではなかった。

 ギストの通信を無視して留まっていたわけでも無い。ギストを見捨てて撤収したことで影すら残っていないわけでも無い。

 

「────ッ!?」

 

 ギストの表情が、驚愕で凍りつく。

 その場所には、灰域踏破船だったものと思われる残骸が散らばり、一部には生々しい血痕が付着している惨状が広がっていた。

 

 それは、航路上のアラガミを排除して安全を確保した上でギストの後を追い進んでいたはずのアルゴノウトのキャラバンが全滅していた姿だった。




オリジナルアラガミ(設定)

灰漠種アラガミ①
アフリカ大陸にて初めて確認された新種のアラガミ。対抗適応因子を有することから、灰域種アラガミから進化したアラガミと推測されている。灰域種アラガミ同様、捕喰攻撃の動作が見られ、これを他のアラガミやゴッドイーターが受けた場合には感応能力を一部剥奪し、バーストする行動が確認される。灰漠種アラガミの構成するオラクル細胞には他のオラクル細胞の群体には見られない異質な結合構造が存在しており、これにより他のアラガミ、喰灰、神機など、他のオラクル細胞の捕喰に対し異常な耐性を有しており、神機の攻撃が一切効かないという特徴を持つ。詳細は不明であり、その他にも未確認の性質を備えていると思われる。

アメノカク①(属性:雷、弱点:炎)
アフリカ大陸で初めて確認された、実質的にグレイプニルの初めて確認することとなった灰漠種に該当する中型のアラガミ。鹿のような容姿をしており、内部のオラクルエネルギーにより常に青白い光を発している。落雷を操るような能力が確認されている他、自らの肉体を雷光状に変化させて瞬間移動の如き高機動能力が確認されている。他のアラガミと比較すると非常に珍しい非好戦的な性質で、己にとって脅威となる存在以外は捕喰目的でしか襲うことはせず、脅威とならない存在と接触した場合は例え攻撃されても反撃すらしないという行動をとる。


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救援要請

 ギストが先行して航路上のアラガミを排除し安全を確保した航路を進んでいたはずのアルゴノウトのキャラバン。

 このキャラバンにはギストが航路の安全を確保した上に、キャラバンにも護衛のAGEの小隊を備えていた。今回の遠征に際してギストが確保した航路にさらに侵入するアラガミにも対応できるように万全の態勢を整えており、そのアラガミが想定外の強さを持っていたとしても新型AGEを召喚してすぐに対応できるように、対策を万全に整えていたはずだった。

 しかし、そのアルゴノウトのキャラバンは──いつの間にか壊滅していた。

 

 航路の終着点である合流予定ポイントに到達した後にギストは指示を仰ぐためにキャラバンへ通信をつなげたが、通信障害によりキャラバンとの連絡が取れなかったため、一度合流するために航路を引き返す。

 そして最後に通信をとったキャラバンの位置まで戻ったところで、壊滅したキャラバンの姿を見つけたのであった。

 

「な、んで……?」

 

 航路上に存在したアラガミはすべて討伐した。

 キャラバンとは定期的に連絡を取っていた。仮にアラガミが航路の外から来たとしても感応レーダーで補足可能、護衛のAGE部隊もいる。彼らに対応できないキャラバンを壊滅させることができる強力なアラガミならば、ギストにも招集命令が飛ぶはず。

 だが、キャラバンからは何の音沙汰もなかった。

 考えられるのは、ギストを招集する間も無く感応レーダーが補足する領域外から一瞬で移動してきたアラガミに壊滅させられたという可能性。

 ラーのような瞬間移動能力を持つアラガミの襲撃を受け、ギストを招集する間もなくキャラバン1つが壊滅したということ。

 

 もしもそれが真実ならば、極めて危険なアラガミが出現しているということに他ならない。

 

「…………」

 

 キャラバンの残骸が広がる惨状に降りたギストは、己を化物と恐怖しハイエナと蔑み差別してきたアルゴノウトの人間たちの死が広がる現場で、生存者を捜し始める。

 そのアラガミがどういう存在なのか、どこに向かったのか。

 被害を食い止めるために、そのアラガミを迎撃するために、正確な情報を入手する必要があった。

 

 それが建前。

 本音は、生存者がいると信じたかったからだ。

 

 化物になった日に、アルゴノウトに転属した日に立てた誓い。

 人間がもう誰も傷つかなくていいように、人間がもう誰も死ななくていいように、アラガミとの殺し合いは化物である自分だけが請け負い誰1人として死なせないと誓った。

 それがこの化物によって傷つけられた人に、バランの悪魔の研究の犠牲者となったかつての同胞たちに対する償いになると信じて。

 7年間、どれだけ傷ついても、どれだけ後ろ指を指されても、どれだけ差別されても、人間を守るために戦い続けてきた。

 

 その誓いが、あっけなく壊された。

 彼らを守らなければいけなかったのに、キャラバンがこのような惨状になる中で自分は盾にすらなっていなかった。

 そして、死なせてしまった。

 

 その現実を否定したくて、そして純粋にこの絶望の中でも生存者が1人でもいると信じて。

 キャラバンの残骸に駆け寄り、瓦礫をどかして生存者を捜した。

 

「誰か……誰か! 生きている方は!?」

 

 瓦礫を退ける。

 ブリッジの残骸の中に、人の手があった。

 それは制服の袖を羽織っており──そして、肩から先が血の跡のみとなりなくなっていた。

 

「生存者は!? 返事を、して下さい!」

 

 トレーラーの格納庫に、人の手があった。

 神機を握り手首に赤い大型の腕輪を装着した腕が見え──そして、肩から先が血の跡のみとなっていた。

 

「誰か……! 誰か! お願いです……1人、だけでも!」

 

 祈るように叫んで、返事が聞こえない残骸を退ける。

 残骸を退けると、人が入れそうな空間にヘッドホンと髪の毛が見えた。

 ギストを何度も罵り、人としてみなさなかったオペレーターのものだとすぐに理解できた。

 

「お願いです……!」

 

 生きていてください。

 そう強く願って、近寄る。

 そこにあったのは──身体が潰れ黒焦げになった“人の形をしたモノ”だった。

 

「……ッ!」

 

 生存者は、いなかった。

 キャラバンは文字どおり全滅していた。

 命をかけて守ると誓った人々は、ギストの知らないところで殺されていた。

 

「まだ……ッ」

 

 身体の震えが止まらない。

 その場に崩れ落ちて、己の無力さと罪なき人々を殺した現実の非常に対して嘆きの声をあげたい。

 折れそうになっている心を押さえつけて、立ち上がる。

 

 泣いている時間など無い。

 アルゴノウトのキャラバンは守れなかった。

 死んだ人々を悼み涙を流すことは、後からでもできる。

 その前に、彼らをこのような惨状に陥れた存在がいる。それに対応し、これ以上の被害を出さないように尽くさなければならない。

 

 機材も軒並み破壊され、生存者もおらず、何も情報が無い中での捜索となる。

 この情報が無い中でキャラバンを一方的に破壊できるアラガミを捜索し接敵するなど、自殺行為だ。接敵できる可能性すら低く、接敵したとしても勝てる保証など無い。

 

 それでも、やらなければならない。

 キャラバンを壊滅させられれとなれば、ギストはその責任の追及を免れることはできず殺処分されるだろう。

 だがたとえ殺処分される未来しかないとしても、その前にこれ以上誰かが死なないように、彼らを襲った理不尽な死に潰される犠牲者を出さないように、人間を1人でも守るために、この惨状を生み出したアラガミを倒さなければならない。

 

「急がなければ……」

 

 アルゴノウトのキャラバンの残骸を後にするギスト。

 周辺に足跡などが無いかを捜索しつつ、別のキャラバンが襲撃を受けていないかの情報を探るために通信機をつなげる。

 

『──ガッ……! ──ガガッ……!』

 

 すると、その通信機にノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

 どこかのキャラバンがギストの通信機に、というよりも周辺のキャラバンに向けて救援要請の通信を飛ばしているようである。

 

 似ている。

 不自然な通信障害を受けた、アルゴノウトのキャラバンに通信を飛ばした時と。

 距離は決して多くないはずだが、まるで通信妨害がされているようなひどいノイズが入っている。

 

『──ちら……ア……ヘッド──……キャラ……謎の──襲撃を──交戦ちゅ……!』

 

 かろうじて聞こえる音声に耳を集中させる。

 それは、Bルート航路を進む後続隊のキャラバンである“アローヘッド”の派遣したキャラバンからの救援要請だった。

 

 ノイズ混じりでも切羽詰まっている様子がわかる声である。

 何らかのアラガミと接触し、交戦状態となっているらしい。

 

 グレイプニル本部の派遣してきたアローヘッドのキャラバンは、今回の遠征に参加する各ミナトのキャラバンの中でもバランの船団とほぼ同格の最大規模の船団となっている。

 当然規模に応じて戦力も多大であり、灰域種アラガミのような強力なアラガミ以外ならば十分に単独で対応できるはずである。

 そのアローヘッドが救難信号を出すほどの事態。

 

「…………ッ!」

 

 アルゴノウトのキャラバンをこのような状態にした元凶のアラガミがそこにいる。

 瞬時にそう感じたギストは、Bルート航路へ向かって走り出した。

 

 もう、間に合わないなんてことはさせない。

 1人でも多く、守り抜いてみせる。

 化物との殺し合いは、化物である自分の役目。人間にこの負担をさせ、不幸を生み出すわけにはいかない。

 

 今度こそ誓いを果たしてみせると。

 足がちぎれても構わないという気概で、アローヘッドのキャラバンのもとに急ぐギスト。

 

 ──だが、世界はどこまでも残酷だ。

 そこでギストを待ち受けていたのは、欧州の人類が未だ邂逅を果たしたことがない新種のアラガミと、それがもたらす災厄の惨状が生み出す結末であった。




次回も引き続きギストにアングルを当てます。

未知のアラガミがアローヘッドのキャラバンを襲う!
ハイエナはその惨劇を止めることができるのか!?



オリジナルアラガミの設定

アメノカク②
必要最低限の捕喰以外で自ら他の生物に対する攻撃を仕掛けない大人しい気質のアラガミであるアメノカクだが、神機に対しては非常に攻撃的な性質を見せており確認次第積極的に神機使いの排除を試みる性質がある。通常ならば傷1つ付けられないため灰漠種アラガミであるアメノカクにとって神機は脅威にはなり得ないはずだが、何故神機に対して攻撃的になるか詳細は不明である。灰域種アラガミから進化したと思われる灰漠種アラガミの一種であるアメノカクは、体内に対抗適応因子を有しており、灰域種アラガミに見られる捕喰攻撃の動作を行うことが確認されている。その動作は自身の身体を雷光に変化させ、人間の目では捉えられない瞬間移動のような高速起動により8度の突撃を繰り出しゴッドイーターを捕喰するというもの。人間の目はもちろん、レーダーによる観測でもその動きを捉え切ることは不可能に近く、ジャストガードで防いでも怯むことなく次の突撃を繰り出してくるため、対応は極めて困難。また、強烈なオラクルエネルギーは通信障害を一帯に発生させ、一度活性化すれば電子機器の破壊する膨大な電撃を放つようになり、灰域踏破船の制御システムを破壊してしまう。これによりアメノカクの襲撃を受けたキャラバンは救援要請を出すことも逃げ出すこともままならなくなる。


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接敵

 アローヘッドのキャラバンからの救援要請を受けたギストは、その戦場へと急行した。

 もう誰も死なせない。

 必ず守ってみせるという誓いを遂げるために。

 

 新型AGEの身体能力は、既存のAGEと比較して極めて高い。

 肉体を構成する物質の大半をオラクル細胞が占めているため、実質的にアラガミ化しているとも言える状態となっている。

 そんなギストの肉体はオラクル細胞で構成されながら、それぞれのオラクル細胞はギストの脳をコアのように扱いその意思に従う、制御されたアラガミ化を発症しているような状態となっており、ギスト自身の意思でなければ人を襲い暴走することがない。

 

 そして、オラクル細胞で構成される肉体は通常のゴッドイーターと比べはるかに高い身体能力を発揮する。

 このアラガミのような肉体は人間を超越した動作を易々と可能とし、単純な身体スペックならば他のゴッドイーターとは隔絶した身体能力を獲得している。

 ギスト自身の肉体を構成するオラクル細胞も捕喰する能力を獲得しているため、通常兵器では傷1つつかず、アラガミと素手で殴り合って倒す事も可能とし、灰域を構成する喰灰を逆に捕喰して自身の糧にしてしまう灰域捕喰能力も獲得している。

 

 そんなギストの全力疾走は、アクセルトリガーを起動したAGEのトップスピードすら軽く凌駕する。

 自慢の脚力で瞬く間にBルート航路に進入すると、救難信号を受信したポイントを目指してさらに疾走した。

 

 そして到着したギストが見た光景は──

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

「クソッ! なんで、神機が効かないんだ!?」

「くたばれ化物──グギャアアアアァァァァ!?」

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 ──巨大な鹿のような容貌をしたアラガミが、アローヘッドの大規模キャラバンを一方的に蹂躙している姿だった。

 

 見たところ、全ての灰域踏破船が停止しており黒煙を吹いている状態となっている。

 中には完全に破壊され、火柱を上げている船の姿も確認できる。

 いずれにせよ、船団の足となる船を全て破壊され機能が停止しているらしい。

 アローヘッドのキャラバンはまだ可能性のある船を復帰させようと作業員が駆け回り、その時間を稼ぐためにAGEもゴッドイーターも一般兵も問わず、とにかくキャラバンを襲撃する鹿型のアラガミを何とかして押しとどめようと戦闘をしている状況だった。

 

「負傷兵の保護を優先しろ! 機関の再起動まで、何としても時間を稼げ!」

 

 キャラバンの司令官らしき人物が指示を飛ばしている。

 自ら陣頭指揮をとりながら、ゴッドイーターでもないのにアラガミが嫌がる傾向のあるアンプルを発射できる改造銃を手に防護マスクを装着して灰域の中に立ち、懸命に鹿型のアラガミを止めようと奮闘していた。

 

 その指揮官の指揮のもと、キャラバン所属のAGEやゴッドイーターも、神機を駆使して必死で鹿型のアラガミに立ち向かっている。

 

 だが、その彼らの奮闘をあざ笑うかのように。

 鹿型のアラガミは神機による攻撃を物ともせず、近場の兵士は蹄で踏み潰し、距離を取る兵士は角からオラクルエネルギーで形成される雷撃を放ち、作業員まで届かせる雷撃の余波により黒焦げにして、次々にアローヘッドの隊員たちを骸へと変えていた。

 

「それ以上は──!」

 

 アローヘッドのゴッドイーターたちは神機を手に応戦するが、鹿型のアラガミには全くと言っていいほど効いていない様子。

 一方的な殺戮の現場に、それ以上やらせるわけにはいかないと、ギストは神機を手に鹿型のアラガミへ一直線に突撃した。

 

 鹿型のアラガミが、斬りかかる神機使いを前足で蹴り上げる。

 蹴られた神機使いは装甲を展開させようと試みたが、間に合わずに衝撃で空中に突き上げられた。

 

「くっ……!」

 

 そこに狙いを定める鹿型のアラガミ。

 電撃を帯びたオラクルエネルギーで光るツノを使い、空中で無防備になっているゴッドイーターを砕こうと地を蹴る。

 

「──させない!」

 

 ──その瞬間、到着したギストがダイブで空中に投げ出された神機使いと鹿型のアラガミの間に飛び込み、突撃してきた鹿型のアラガミのツノを装甲を用いて軌道をそらすことによりゴッドイーターへの直撃を防いだ。

 

「やっ……やられてねえ!? え!?」

 

「…………」

 

 拾うことはできないが、あの程度の高さから落下したところで神機使いにはかすり傷程度にもならない。

 アラガミの突進を受けるはずだったゴッドイーターは地面に受け身も取れずに落下、直後に悲鳴を上げたがアラガミの攻撃がなかったことに気づき驚く。

 そしてギストは問題なく着地すると、鹿型のアラガミに対して地面に落ちたゴッドイーターをかばうようにその前に立ち塞がり、未知のアラガミを見上げた。

 

「だ、誰……?」

 

「──支援します」

 

 ギストに助けられたアローヘッド所属のゴッドイーターは、自分を助けてくれた乱入者の背中に困惑した様子で誰何する。

 それに対し、ギストは短く援軍であることを伝えると名乗る間も惜しいと神機を構えて鹿型のアラガミへと向かっていった。

 

 鹿型のそのアラガミは、未知のアラガミだった。

 少なくとも、ギストにとってそのアラガミは初めて見る敵である。

 だが、対峙したときに感じる威圧感で分かった。

 間違えない。この鹿型のアラガミが、アルゴノウトのキャラバンを壊滅させたアラガミであると。

 

 8年前の記憶が蘇る。

 あの時、ギストにとって人生の分水嶺となったあのアラガミ。

 ネヴァンを一瞬で屠り、結果的にはギストの命を救いこの化物としての人生を与えるきっかけを作った、あの超弩級アラガミ。

 その鹿型のアラガミは、あの時の記憶に刻まれているアラガミを思い出させた。

 

 大きさも、容姿も、宿すオラクルエネルギーの属性も、何もかも違う。

 だが、ギストは直感でこの鹿型のアラガミがあのとき遭遇した超弩級アラガミに極めて近い存在のように感じた。

 

 あのときは、視界にすら入っていなかった。

 死にかけの人間など、強大なアラガミにとっては何の脅威にもならない存在だった。視界にすら入らなかったのは、人間にとっては屈辱ではなく幸運であった。

 

 だが、今は違う。

 神機を手にした。化物となった。

 その力で神機を振るい、人間を守るために様々なアラガミと渡り合ってきた。

 もう、己は無力ではない。

 

 これ以上は、誰も死なせない。

 このアラガミは、間違えなく脅威となる存在である。

 野放しにしては、この大陸でいずれ別のキャラバンを襲撃し、新たな死者を出す。

 

 それをギストは認めることができない。

 誓ったから。もう、人間は誰も死ななくていい世界にすると。

 化物と戦うのは人間ではなく化物である己の役目、その命が危機にさらされる戦場は人間ではなく化物である己が戦うべき世界にすると。

 

 この大規模キャラバンすら圧倒する強さ。

 このアラガミには、何の情報もない。

 それでも、人を守るために化物は立ち向かう。

 

「待て! そいつは普通のアラガミじゃ──」

 

 ギストの背中に、アローヘッドのゴッドイーターが声をかけようとする。

 普通のアラガミではない。その言葉を受けても、ギストは止まらない。

 

 この鹿型のアラガミが普通のアラガミではないことくらい、ギストは承知している。

 それでも今は人間を守るために、キャラバンに犠牲者をこれ以上出さないために、鹿型のアラガミを引きつける必要があった。

 たとえ倒せずとも、キャラバンが安全圏に離脱する時間くらいは稼がなければならない。

 

 青い刀身のバスターブレードを振り回し、鹿型のアラガミの前足に叩きつける。

 情報が少なすぎるが、積極的に攻撃すればこのアラガミもギストに注意を向けるだろう。

 外見から見て、俊敏な動きをするアラガミのようだがその表皮は決して硬くはないと推測される。

 足に傷を与えれば、キャラバンの離脱もやり易くなるはず。

 

 灰域種アラガミのコアを利用して加工されたギストの神機は、極めて強力な刀身となっている。

 禁忌種すら砕く刃だが──

 

「──!?」

 

 鹿型のアラガミの細い足に叩きつけたとき、ギストの手に返ってきたのは今まで感じたことのない強い反発だった。

 

(神機が弾かれた……!?)

 

 神機の刃が通らない。

 そのアラガミの表皮は、神機の刃を耐えることも跳ね返すこともなく、()()()のである。

 

 刃が一切通らない。

 まるで己の握る武器が、アラガミのオラクル細胞を捕喰する神機ではなく、無力なただの鉄塊を使ったような感覚だった。

 

 神機の刃はオラクル細胞を捕喰しその結合を破壊する特性を持つ。

 偏食傾向による差異はあれど、同じオラクル細胞ならば捕喰することで大なり小なりアラガミに対して傷をつけることは可能なはずだ。

 

 だが、その鹿型のアラガミは神機の攻撃を一切受け付けなかった。

 

「──!?」

 

 困惑し一瞬動きが止まるギスト。

 それに対し、鹿型のアラガミがツノからヴァジュラの扱うような球状に形成された雷撃を放ってくる。

 気づくのが遅れたギストは雷球の直撃を受け、吹き飛ばされた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 地面を転がりながらも、すぐに体勢を立て直したギスト。

 アローヘッド所属のゴッドイーターたちが雷球の直撃を受けたギストを心配して声をかけるが、鹿型のアラガミを警戒しておりうまく近づけない。

 直撃を受けたギストが倒れていれば事情を知らない彼らは救援のために危険を冒しても近寄ってきただろうが、ギストが体勢を立て直してすぐに立ち上がったため大丈夫と判断し自身の安全を優先したのだろう。

 

「…………」

 

 キャラバンの安全を確保するためには、ゴッドイーターが触れてはいけないギストの肉体のリスクも考慮しなければならない。

 鹿型のアラガミを引きつけ、なおかつキャラバンからも距離を取るべきだろう。

 

 そう判断したギストは、神機を銃形態に変形させると鹿型のアラガミに対して挑発するようにレーザーを照射し注意を引きつけ、キャラバンのゴッドイーターたちから離れるように移動を開始した。

 

「時間を稼ぎます、退避を!」

 

「救援感謝する!」

 

 ギストの声を聞いたアローヘッドのキャラバンの指揮官は、すぐに大きな損害を受けているキャラバンの立て直しの指揮にとりかかった。

 新型AGEのことを知らないとはいえ、アルゴノウトでは久しく聞いていなかった助けた相手からの感謝の言葉を聞くことができたことに、戦場の只中でありながらギストは不覚にも感動を覚える。

 

「…………」

 

 必ず守ってみせる。

 誓いを胸に、ギストは己を追ってきた未知の鹿型の中型アラガミに対し神機を再び近接形態に移行して相対した。




オリジナルアラガミ(設定)

灰漠種アラガミ②
他の灰域種アラガミの派生種である対抗適応型アラガミや灰嵐種アラガミは周囲の喰灰に対し感応現象を広げ干渉、灰域を存在するだけで活性化させるという、通常の人間はもちろんAGEらにも極めて危険な特性が見られる一方、灰漠種アラガミにはそのような特性は見られない。灰漠種アラガミはその名の由来にもなっている特徴があり、灰嵐種アラガミと対象的に周囲の灰域そのものを捕喰し取り込むことで急激に灰域濃度を低下、浄化させるという“灰域を枯らす”という能力を持つ。アラガミを含めたあらゆる存在を捕喰し大地を更地に帰す灰域を逆に餌として取り込めるのは、環境変化に極めて高い対応能力を持つ対抗適応因子と他のオラクル細胞の捕喰に対する異常なほど強固な耐性持つ結合を有する灰漠種アラガミならではの能力である。ただし恐ろしいのはこの捕喰行動であり、これには喰灰を大量に取り込んだ灰漠種アラガミはそのオラクル細胞を自らに還元することで、“ゴッドイーターを捕喰せずともバースト化する”という特性を有する。捕喰攻撃を凌いでもバースト化することを可能とするこの特性は非常に危険。神機の攻撃が効かないという特性も相成り、現在の人類には灰漠種アラガミへ対抗する手段は無いに等しい。


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絶望

鋼鉄の装甲に見える精神だが、その装甲が覆っているのは1番外側だけ。
化物の心は人間のままであり、ガラス細工のように脆く、歪な半生からさびつき歪んだ形となっている。
メッキを剥がした途端、その脆弱な部分は顕となるだろう。

──果たしてそうなった時、化物は正気を保っていられるだろうか?


 鹿型のアラガミに神機をぶつけるが、やはり刃が通らない。

 弾かれた神機を通してギストの肉体に来る衝撃に、体勢が崩れ隙ができる。

 

「──ッ!」

 

 その瞬間を狙い、鹿型のアラガミが蹴りつけてくる。

 それをギストは即座に装甲を展開させてしのぐが、衝撃を殺しきれず飛ばされてしまう。

 

 こちらの力を測っているのか、それとも排除を急ぐ相手と思っていないのか。

 先ほどから距離を詰めては弾かれて引き離されるという展開を繰り返していた。

 

 ギストの攻撃を受ける鹿型のアラガミは積極的な攻撃には出ず、距離を取れば雷球を放ち、接近して斬りかかれば神機を弾かれる隙に蹴りつける攻撃を仕掛けるだけで、深追いや明らかに致命傷を狙う殺気を感じる攻撃は仕掛けてこない。

 そのためキャラバンから距離を取らせようにも、鹿型のアラガミ自身はほとんどその場を動かず、ギストが距離を取っても遠距離からの雷撃を仕掛けるやり方に切り替えて挑発に乗ろうとしてこなかった。

 

 捕喰形態を展開し神機に捕喰させようと試みるが、やはりこのアラガミには神機の刃が通らず捕喰形態による攻撃も弾かれてしまう。

 神機の攻撃に対して高い耐性を持つアラガミはいるが、神機の刃が一切通らないアラガミというのは初めて相対する存在である。

 

 単純に頑強というわけではない。

 鹿型のアラガミは、どこか他のアラガミとは根本的に異なる性質を持つ人類が未だに知らない何かを持つ存在のようである。

 

「危ねえ!」

「ぐあっ!?」

 

 鹿型のアラガミは、ギストの挑発に乗ってこない。

 つまりキャラバンから離れようとせず、ギストをあしらいながらもキャラバンに対して雷球などによる攻撃を仕掛け続け、復旧を急ぐアローヘッドのキャラバンに対してさらなる被害を与え続けていた。

 

「くっ──!」

 

 鹿型のアラガミ自身、神機の刃が通らないこと、神機使いが脅威になり得ないことを理解しているらしい。

 ギストが小突いても挑発に一切動じない。

 挑発を無視されてキャラバンに対しても攻撃を仕掛けるならば、キャラバンから引き離して彼らの安全を確保する作戦は使えない。

 やむを得ずギストは鹿型のアラガミに対する攻撃を中断し、鹿型のアラガミがキャラバンを襲う攻撃に対する盾として駆け回る方針に変更して雷球攻撃の対応に走り出した。

 

 ギストが飛ばす雷球を妨害して防いでいる様子を、鹿型のアラガミはただ見ているのみ。

 特に苛立つような様子も見せず、淡々と雷球をキャラバンの仕留められそうな手薄になっているところへ発射するばかりで、接近するような行動には出なかった。

 

 アローヘッドのキャラバンを壊滅させたとはいえ、鹿型のアラガミは人類に対して積極的な敵対の意思を示してはこない。

 雷球攻撃を飛ばしてきているが、接近されなければそれ以上のことはせず、なんとなくだが縄張り意識からくる敵対行為や捕喰のための攻撃というよりも、単に降りかかる火の粉が鬱陶しいから追い払おうとしている攻撃のように感じる。

 

 それでも一撃一撃はヴァジュラの放つ雷球の比ではなく、通常のAGEをはるかに上回る身体能力を獲得しているギストですら負傷者の救援をさせる暇も与えず、その重く強力な攻撃を受け止めて走り回るのが精一杯であった。

 

「……ッ」

 

 だが、受け止めるだけならば何とかなる。

 幸い、鹿型のアラガミは人類に対して他のアラガミほど強い敵意を示さない。

 単純に腹が膨れているからなのか、それとも脅威たり得ない存在に本気で攻撃するほど好戦的では無いからか。

 理由はどうあれ、本気で襲ってくればキャラバンを守れる自信がなかったギストとしてはその消極的な攻撃はキャラバンを防衛する上で好都合だった。

 

「無茶するな!」

 

「アラガミの攻撃は対応します! 今のうちに!」

 

「……すまん!」

 

 アラガミを引き離せないことを確認するなり、すぐにキャラバンの防衛に専念したギスト。

 その様子を見ていたギストの正体を知らないアローヘッドのキャラバンの指揮をとるグレイプニルの士官が気遣う声をかける。

 それを背中に受けつつ復旧までの間のキャラバンの防衛は引き受けることを返答としたギストに、そのグレイプニルの士官は申し訳なさそうに声をかけてからキャラバン復旧のための指揮に専念した。

 

 あとはキャラバンが復旧するまでの間、ギストが鹿型のアラガミの攻撃を凌ぎ続ければ被害を抑えられる。

 神機の効かない未知のアラガミという脅威を前にアルゴノウトのキャラバンを壊滅させられたことで、ギストは一度膝をつきそうになる深い喪失と絶望、そして無力を味わったが、この場においては人類を守るための光明が見えた。

 

 鹿型のアラガミを無闇に刺激せず、ひたすらアローヘッドのキャラバンが離脱するまでの時間を稼ぐ。

 神機は効かずとも、これならば人類を守ることができる。

 

 アラガミ討伐など二の次で構わない。

 この場で何を最優先にするべきか、自分が何を誓いそれを守れなかった事実に絶望したのか。

 それを把握すれば、“人間を死なせずに済む”のだから。

 

(必ず守ってみせます! もう、誰も死なせない!)

 

 鹿型のアラガミの放つ雷球は、一撃が重い。

 神機のシールドを支える腕や足に、体にその攻撃の余波が響く。

 普通のゴッドイーターならば、2、3防ぐだけでも膝をつくだろう。

 

 だが、腕が折れようが腹を焼かれようがすぐに立て直すことができるギストならば、それを1人で防ぎ続けることは防御に徹すれば不可能では無い。

 シールドの展開が間に合わなければ、自分の身体を盾にしてキャラバンを守る。

 その結果破壊されようと、灰域を取り込みすぐにその体を再生させてまた防ぐ。

 

「……ッ」

 

 自分は化物だからいくら傷ついても構わない。

 人間を傷つけられるよりはよほど良い。

 我が身を省みないギストの捨て身の防御は、雷球を1つとしてキャラバンへ通すことなく防ぎ続けた。

 

「お、おい……」

「何だよ、アレ……!」

「ば、化物……!?」

 

 そして、その姿は人間では真似できない化物にのみ許された戦い方。

 それを人間が見れば、たとえ守られている立場であっても目の色は変わる。

 我が身を顧みず自らの身を削って、そしてそれを瞬く間に再生させて、人間離れした速度で駆け回り雷球を防ぐギストの姿に、最初は心配げに作業の合間に見ていたアローヘッドのキャラバンの面々は、明らかに人間では無いその芸当をこなす姿に恐怖を覚えた。

 

 当然、その声は敏感な聴覚を持つギストの耳にも届いている。

 感謝と心配。それが恐怖と嫌悪、そして敵意に変わる声。

 

 だが、それはギストにとって聞き慣れたものだった。

 

 ──化物。

 人間の目に、己はそう映る。

 

 人間でも無い、アラガミでも無い、この世にたった1人だけの存在。

 利用されることはあっても、攻撃されることはあっても、受け入れられることだけは決してあり得ない存在。

 

 それを苦痛と感じる日は、すでに遠い過去。

 ギストの中には化物である自分のせいで死なせた、傷つけた人がいたという十字架と、故に人類のために戦い続けなければならない化物としての使命しかない。

 ギストにとって人類からどう見られるかではなく、彼らを守ることそのものに意味があるのだから。

 故に、ギストはその声が届こうとも、鹿型のアラガミの攻撃からキャラバンを守り続けることは止めようとしなかった。

 

「機関、再起動確認!」

 

 灰域踏破船の復旧に成功した声が、恐怖と嫌悪の声に混じりギストの耳に届く。

 機関の再起動ができたとなれば、もうすぐ灰域踏破船を始動させて離脱ができるということ。

 

 あと少し。

 あと少し耐えれば、キャラバンが離脱できる。

 キャラバンが離脱できれば、このアラガミの脅威から彼らを守り通すことが叶う。

 

「スゥ────」

 

 目の前に差した希望の光明。

 それに向け、小さく息を吸い込んでより一層鹿型のアラガミが放つ雷球の迎撃に集中する。

 

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その息を吐き出す前に、ギストの目には砕かれた自分の体の破片が映った。

 

「えっ────?」

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 

 自分の体が砕け散ったのに、意識が現実を理解できてないのか痛みが無い。

 時間がゆっくり流れるような錯覚に陥り、間抜けな声が小さく溢れてすぐに消える。

 

 血飛沫の代わりに、結合を破壊された自分の体を構成していたオラクル細胞のかけらが飛び散る様が見える。

 

 その代わり、視野の神経を集中して雷球1つ見逃すまいと決めていた鹿型のアラガミの姿は見えなくなっていた。

 

 体の感覚が無い。

 足も胴体も砕かれたことで、支えを亡くした頭がゆっくりと地面に落ちる。

 手前には青い刀身を持つ神機を握る赤い大型の腕輪を手首につけた自分の両腕が転がっていた。

 

 ……何が起こったのか? 

 

 混乱するギストの頭に次に響いてきたのは、阿鼻叫喚の数々だった。

 

「ぎゃ、ぎゃあああああ!?」

「な、何なんだよこいつ──ぐああああ!?」

「捕喰もなしにバーストするなんて──うぎゃああああ!?」

 

「何で──?」

 

 それは、先ほどまで希望の光明が見えていた、守っていたはずのキャラバンが蹂躙される声。

 ギストを嫌悪し、恐怖し、そして灰域踏破船の復旧により離脱できそうになった希望に歓喜する声をあげていた、アローヘッドのキャラバンの人々の悲鳴だった。

 

「た、助け……ないと……」

 

 その声に、混乱するギストの頭は“助けないければならない”という使命感を浮かべる。

 

 人類を守り、アラガミと戦う。

 化物と戦うのが化物だけで済むように、人間が戦わなくて済むように、人間が死ななくて済むように。

 そのために、化物である自分が戦わなければならない。

 

 もう、絶対に人間を死なせない。

 蹂躙されることを許容してはならない。

 たとえこの身を、この命を削ってでも。

 

 そんな、贖罪か呪いと言える感情が混乱するギストの真っ白な頭を埋め尽くしていく。

 

 この悲鳴を止めないと。

 人間を守らないと。

 

 だから、立って戦わなければいけないのに。

 

 灰域で無限に再生できるはずの化物たるギストの身体は……何故か、全く再生できなかった。

 

「な、何で……!?」

 

 掠れた声を上げ、再生させるために喰灰を取り込もうと試みる。

 

 だが、何も取り込めない。

 人類にとって脅威であり、化物にとって餌となる喰灰が、灰域を構成する極小のアラガミが、いつの間にか一帯から消えていた。

 

「な゛ん゛て゛……!」

 

 灰域が浄化された空間。

 餌がなければ化物は再生できない。

 砕かれた体では神機を握ることも、立ち上がり人間を守るための盾となることもできない。

 

 ──それは、何もできない無力な存在だった。

 

(やめて……!)

 

 ギストの目にその様相は見えない。

 だが、ギストの耳には先ほどまで生きていたアローヘッドのキャラバンが蹂躙されていく、数多の悲鳴と断末魔と破壊音が聞こえてきていた。

 

 人が死ぬ。

 なのに、守れない。

 

 人間が殺されていく。

 なのに、変わり身にすらなれない。

 

 尊い命が失われていく。

 それを自分は止めることができない。

 

 生きる権利を持つ人間が死ぬ中で、存在を許されてはならない化物であるはずの自分がそれを止めるための生贄にすらなれず、無力に倒れていることしかできない。

 

 

 

 人を死なせたくないという、傲慢でちっぽけで利他的だった、化物の誓いは──

 

 ──あっけなく崩れた。

 

 

 

 あ……あああアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!! 




次回はクリサンセマムとバランのキャラバンにアングルを当てる予定です。


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提案

輸送屋とクリサンセマム&ハウンドの会談の続きからになります。


 1人のゴッドイーター、“桜庭 ユウイチロウ”としての顔。

 バランの幹部の1人、第三船団の団長“バランの輸送屋”としての顔。

 

 桜庭が一瞬だけ見せた、バランの幹部としての顔。

 クリサンセマムとハウンドの面々はそれまでの和やかな雰囲気から一転、警戒を露わにし、特に最初から桜庭を疑っていたルルは殺気すら見せた。

 

 対してバランの側も黙っていられないと、ラズがルルへ敵意をむき出しにした視線を叩きつける。

 これにより、執務室の中には戦場のような張り詰めた空気が満ちることとなる。

 

「……ラズ、抑えろ」

 

 そんな一触即発の事態となる中、その緊迫する空気を破ったのはこの場にいるラズを除く全員から敵意を向けられる緊迫した場を作った元凶である桜庭だった。

 ラズを諌め、その敵意を押さえ込ませる。

 

「キャプテンの命令なら仕方が無い。命拾いしたな、ルル」

 

「……減らず口を」

 

 桜庭に諌められたことで、ラズもルルに向ける敵意を収めた。

 

 すでに桜庭は敵意を消しており、ラズも荒事の意思を取り下げた。

 ならばむやみな戦いをする必要は無いと、冷静になったルルも殺気を解く。

 それによりハウンドとクリサンセマムの面々も、桜庭達を警戒しながらではあるがひとまず緊迫した気を収めた。

 

 悪ふざけにしては、たちが悪すぎる。

 6年前のフェンリル本部奪還作戦の時のジークが見せた大立ち回り。

 当時の第二船団の船長に責任を取らせる形で決着がついたはずの問題をほじくり出した上に、それを“借り”と称して敵意まで見せた。

 さすがに目にあまる横暴だと、イルダが真剣な眼差しで桜庭に抗議する。

 

「……今のはどういう意図があったのか教えていただけるのでしょうね? そちらが事を構えようというならば、私たちにも考えがあるわ」

 

 クルーの命を危険に晒すかもしれない行いは、さすがに看過できなかったらしい。

 珍しく本気の怒りの感情を見せて抗議するイルダに、桜庭はそれでも軽薄な態度を崩すことなく両手を上げて本気とは思えない謝罪をした。

 

「反応が面白そうでからかっただけだ。申し訳ない。6年前のデブが受けた屈辱なんぞ晴らすつもりは無いからそこはあんしんしろよ。()()()()クリサンセマムとハウンド(あんたら)にちょっかいかけるつもりも危害を加えるつもりもねえよ」

 

 だが、桜庭はルルが殺気立つ中でラズを抑え、上辺だけだろうが謝罪もしてきた。

 荒事を起こすために今の態度をとったのではないらしい。

 どこまで本心かは定かではないが、“遠征中は”という言い回しが気にかかるもののバランとしても今すぐにクリサンセマムとことを構える意思はない様子。

 

「その言葉を信用するとでも?」

 

「できねえならこの場で俺を切ればいいんじゃねえの? 今なら丸腰さ」

 

 剣呑な雰囲気で問いただすも、桜庭の軽薄な対応は変わらない。

 桜庭の言う通りバランの船団が信用できないのであれば、そのトップを殺してしまうのは手っ取り早い手段ではある。

 ただし、それはすぐに周囲の圧倒的な数で囲むバランの船団から報復を受けることになる最悪の手だ。

 

 神機を置いて敵地の只中にあってその態度をとる胆力。

 軽薄な態度で錯覚したが、やはりバランの幹部。侮った対応をしていい相手では無いと思い知らされ、ハウンドとクリサンセマムの面々の空気は張り詰めた。

 

「バランの船団に囲まれたこの場で無益な戦争の口実を与える馬鹿な真似をするつもりはないわ」

 

「グレイプニルのトップにも顔が効くのにか? 暴走したAGEの復讐劇に書き換えれば、1人の犠牲でミナトを守りバランに損害を与えることができるというのに──」

 

「あなたたちと一緒にしないで。私は絶対に家族を捨てない」

 

 最初から信用していないが、遠征中はちょっかいをかけるつもりがないと先程言った割には随分と挑発を繰り返してくる。

 中でも仲間を切り捨てて利益を得ればいいと誘うような挑発だけは看過できず、冷静に対応していたイルダが明らかに怒った様子で桜庭の言葉を遮った。

 

「……今のは俺が悪かったな。申し訳ない」

 

 イルダの怒りを受けて桜庭にも輸送屋として(自分)の発言に思うところがあったのか。

 その時は先ほどの上辺だけのものではない、それまでの軽薄とした態度を改めた謝罪を口にした。

 

 それにより少しだけ緊迫した空気が落ち着きを見せる。

 

「場の空気が弛緩しすぎた。いがみ合いたいわけじゃねえが、さすがにバランの幹部として相手をしてもらわないとこっちの沽券にかかわる。それが理由でご納得できる?」

 

「……場の緊張感を破壊したのはそもそもキャプテンだろうが」

 

ラズ(お前)黙ってろ」

 

 イルダの求めた挑発の意図をそう説明した桜庭。

 

 ヨーロッパに名声を轟かせる“鬼神”を擁するとしても、ミナトの規模には超えられない差がある。

 侮るような真似をすれば容赦するつもりはないという、ジークとハウンドに対するバランからの警告。

 

「さてと……まあ、土産は好きに食ってくれ。俺は船に戻ろうかなと」

 

 用件は済んだのか、立ち上がる桜庭。

 挨拶だけが目的だったのか。バランならフィムを要求するくらいの事はしてきそうではあったが、桜庭は特に何かをするわけでもなく土産だけを置いて執務室を後にする。

 

 だが、部屋から出たところで唐突に立ち止まる。

 

「──ハンニバルか」

 

「え……?」

 

 船の外に広がる大陸の方向を見上げながら、かつてこの地に存在した国家に仕え世界戦史に名を轟かせた有名な偉人の名前を呟いた桜庭。

 その小さな声はイルダやリカルドには聞こえず、辛うじてAGEたちの耳に届いた程度。

 

 すると、直後にクリサンセマムに警報が響いた。

 

『感応レーダーに反応あり! 南方180kmより大型のアラガミが接近中! みなさん、ブリッジにお願いします!』

 

 大型アラガミ接近を告げる警報。

 エイミーの声に、ハウンドの面々が急いで切り替えブリッジへ向かう。

 

「……すげえな、この船の感応レーダー。この距離でアラガミを探知できるのかよ」

 

「キャプテンもこのくらいは探知範囲広げろよ」

 

「無茶言うな!」

 

 ブリッジへと駆けていくハウンドの面々の背中を見ながら、桜庭はその広範囲の探知を可能とするクリサンセマムの感応レーダーとそれを駆使するゴッドイーターの能力に、同じく感応レーダーを動かすものとしてその力量に感心する。

 ついでにラズから余計な一言を受けてすかさずツッコミを入れた。

 

「今ならまだ間に合うでしょう、すぐに船に戻られた方がいいのでは? なんなら護衛しますが」

 

 アラガミとの距離はまだあるため、桜庭たちも今のうちに秋津洲に戻ることは可能である。

 戦闘となれば、バランの船団にも指揮を執る者が必要だ。

 

 あまり良い印象がある相手ではないが、それでも彼らは人間であり、バランの船団は今回の遠征を共にする同志である。

 安全面の考慮からも、アラガミとの接敵前に秋津洲に戻ることを勧めるリカルド。

 

「ん〜……いや、いい機会だ。お互い遠征の成功を目指す同志、ここは1つ共闘してみねえか?」

 

 すると桜庭は顎をさすりながら何かを考えると、リカルドたちの方に振り向いて共闘を申し出てきた。



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共同チーム

ハンニバル戦直前になります。
前半はクリサンセマムのブリッジより見守るイルダたちに、後半は迎撃部隊にアングルを当てます。


 クリサンセマムの感応レーダーにて発見した接近中の大型アラガミは“ハンニバル”。

 極東にて初めて存在を確認され、現在ではヨーロッパなどにも分布している二足歩行の竜を模したような体躯が特徴の白い表皮を持つ、その大きさに反して俊敏な動作をするアラガミである。

 片腕に発達した籠手を有しており、自らの属性である炎を駆使して、火焔を噴いたり地面から炎の柱を発生させたりするほか、人間のような体術を駆使して戦うことも多い。

 そして最大の特徴として、ほかのアラガミと比較してコアを剥離されても再生するという極めて強力な自己治癒能力を有しており、“不死のアラガミ”という別名を持つ。

 

 そのハンニバルがまっすぐにクリサンセマムとバランの船団が集まるこの地を目指して接近してきていた。

 

 幸い、クリサンセマムの感応レーダーがその存在を早期に発見したことによりクリサンセマムは余裕をもって迎撃態勢を整えることが出来た。

 迎撃のためにハウンドよりルカ、ルル、マールの3名が出撃。

 ハンニバルの進行予測ルートを計算し、キャラバンとの接敵前の迎撃をするべく南方に展開した。

 

 そして、ハンニバル迎撃のために出撃したメンバーはもう1人いる。

 ハンニバルの発見時、クリサンセマムに同乗していたバランの船団の団長を務める桜庭の提案によりバランからも1名のAGEがハンニバル迎撃のためにハウンドに同行して出撃した。

 

 ハウンドとバランの共闘。

 このような大事業で同行することがなければ考えられなかったような状況に、クリサンセマムのブリッジから迎撃部隊を見守る面々は各々不安などの様々な感情を抱いていた。

 

「バランと共闘は、フェンリル本部奪還作戦以来ですか」

 

「大丈夫、ですよね……?」

 

「不安になるのはわかるけど、大丈夫よ。間もなく後続のキャラバンも到着するこの状況でことを構えるほどバランは愚かではないはずだわ」

 

 クルーを落ち着かせるためにそういったイルダだが、内心では彼女もまたフェンリル本部奪還作戦の時のこともありバランの第三船団を疑っていた。

 念のためにジークたちもクリサンセマムに残している。

 可能性は低いが、もしもバランが鬼神のいない隙に強硬策に出たならばクルーを守るために受けて立つつもりである。

 

「もしもの時は俺様がもうひと暴れしてやるからな!」

 

「ふふ、頼もしいのね」

 

「いや、頼る状況になるのがダメでしょ」

 

 そんな不安を覚えずにはいられないクリサンセマムの面々をよそに、ブリッジの通信の先にいる秋津洲からは能天気とも取れる相変わらず軽薄な桜庭の声が聞こえてきた。

 

『北アフリカでハンニバルと戦うとか、俺たち地中海を渡ったスキピオのローマ軍みたいだな』

 

 桜庭はヨーロッパの歴史にもある程度精通している様子。

 かの有名なザマの戦いでは、騎兵と歩兵で地中海を渡りカルタゴに迫ったスキピオのローマ軍の前に立ちふさがったハンニバルの軍勢には多数の戦象がいたと言われている。

 かつてローマ人たちがハンニバルの率いる巨大な獣を見たという意味ならば、確かにヨーロッパよりアフリカに渡ったゴッドイーターの前に現れた巨大なアラガミという構図は似ているのかもしれない。

 

「なるほど、ザマの戦いか……面白い例え方をしますねぇ」

 

『相手がハンニバルだし、ローマの栄光にあやかろうかなと。根拠も繫がりもないけど、こんなゲン担ぎだけでも勝てそうな気がしてこないか?』

 

「……何言ってんだあいつ?」

 

「私が知るわけないじゃないですか」

 

 無学なジークはこの話に全くついていけていない。

 そして歴史に関しては苦手なリルもまた、リカルドと桜庭の会話が理解できなかった。

 

 

 

 クリサンセマムのブリッジでそんな会話が繰り広げられている頃。

 アフリカ大陸の最初のミナトを建設する予定箇所である合流ポイントを目指して北上してくるハンニバルを迎撃するべく出撃したハウンドの面々は。

 ハンニバルと接敵する前に、今回初めてハウンドと轡を並べて戦うこととなった急造の共同チームの4人目のメンバーであるバランが出したAGEであるラズと共に戦う仲間として言葉を交わしていた。

 

 ラズ・バランは現在のバランにおいて最強のAGEとも言われている実力者である。

 その際たる所以が、厄災のアラガミの異名をとる灰域種アラガミ、それも中型の灰域種アラガミを1小隊で、しかも死者を出すことなく討伐した偉業である。

 180cmの長身という見る者に威圧感を与えるだろうその容貌は、子供に見せれば確実に泣かれるだろう顔面の上半分を覆う火傷の跡からくる凶悪な面構えと相成り、バランのAGEらしい風貌とも言える。

 その容姿らしく性格も荒いもので、優しい言葉などほぼ出ないその口からは大抵罵詈雑言が飛ぶ。

 

 同期のルルとは性格の上でも能力の上でもすこぶる相性が悪く、その関係は久しぶりに会うことになろうと変わらず好敵手というよりも宿敵と書いて“ライバル”と読むような間柄であった。

 

 因縁浅からぬバランのAGEということもあり、ルカたちとラズの間の空気は剣呑とした者に陥ると思われたのだが……

 

「私、ルカ・ペニーウォートって言います! よろしくなのです!」

 

「お、おう……よろしくな。ラズ・バランだ」

 

「自分、マール・ペニーウォートっていうっス!」

 

 容姿も因縁もいい意味で暢気というかおバカというかとにかくあまり気にしないルカと、そもそも個人的にはバランとの間にわだかまりを持っていないマールが何の気兼ねもなく接してきたので、早い段階から第三船団に慣れ親しんできたラズもまた毒気を抜かれることとなった。

 そのおかげでルルとラズがいるチームだというのに、剣呑な空気にはならず意外にも穏やかな雰囲気となっていた。

 

「……ハハッ、能天気な連中だぜ。ルルがあんなに丸くなるわけだ」

 

「どういう意味だ」

 

「自覚あるだろ」

 

「……変わったのは環境だけだ」

 

 ラズの言葉に、ギストとの再開の時を思い出したルルは否定を口にする。

 変わったのは自分自身ではない。周囲の環境だ。

 本質はバランにいた頃と何ら変わりのない醜いものだと、反りが合わないからこそ暗い本音を言える相手であるラズに対して仲間には言えないことをぶつける。

 

「……環境だけが変わったお前が、あんなことをするわけがないだろ」

 

 きっとくだらない悩みだとかといって切り捨てるだろう。

 そうルルは思っていたのだが、ラズから投げかけられた言葉は予想外のものだった。

 

「えっ……?」

 

 その予想外の言葉に驚くルル。

 ラズの方へ思わず振り向くと、そこにはいつも顔をあわせるたびに向けてきていた相手を威圧し見下すような挑発的な表情ではなく、理解の足りない相手を嗜めるようなラズらしくない表情であった。

 

「何を驚いている? 師匠から聞いているぞ。あの師匠にはいつも臆病だったお前が、仲間を守るためにたった1人で立ち向かってきたってな。バランにいたお前にそんな真似ができたのか?」

 

「…………」

 

 ラズの言葉に、ルルは言葉が出なかった。

 気に食わない男だが、その指摘は確かに的を射ていた。

 バランにいた頃の自分と今の自分。それが変わったことは自分でもわかるし、変えてくれたのは間違えなくクリサンセマムの仲間たちだった。

 

 あの時、フェンリル本部奪還作戦においてバランから脅迫を受けた時。

 ルルは仲間たちを守るためにたった1人でバランのキャラバンに立ち向かった。

 今まで一度も勝てた試しがない自身の師であるゴウ・バランに、命をかけた決闘を挑んだ。

 それは()()()()()()ためではなく、確かに()()()()()()ための選択だった。

 バランにいた頃は自分が生き残ることに精一杯で仲間を助けることなどできなかった、しなかったはずの自分が。

 

「……ほらな、自覚あるじゃねえか」

 

 そんなルルの表情を見て、ラズが凶悪な人相に似合わない優しげな笑みを浮かべる。

 同じ師を仰ぎ、バランに価値を最も認められる一つの席をめぐって相争ってきたライバル。

 神機も握れなかった、火傷のない顔だった、まだ幼い子供の頃に見せた事のあった、敵でも競争相手でもない“同胞”に向けていた笑顔。

 

「……ラズ、お前」

 

「よし、そろそろハンニバルが戦闘区域に入る。行くぞ」

 

 だがそれは一瞬のこと。

 すぐにいつもの凶悪な人相にもどったラズは、灰域種アラガミの素材を使って改造されているチャージスピアの神機を肩に担ぐと、すでに戦う前から帰還した後の桜庭からの土産を楽しみにしているルカたちの方へと歩いていく。

 

「……減らず口を」

 

 その背中に向け、ルルは小さく悪態つく。

 その言葉と裏腹に、彼女の表情は戦場に立っているとは思えないほど穏やかなものとなっていた。




GE版ザマの戦い

アラガミのハンニバルは極東が出自ですが、名前の元ネタとなったカルタゴの将軍“ハンニバル・バルカ”は今のチュニジアが出身地。主に北アフリカやイタリアを戦場として、ローマ帝国の前身である共和制ローマを相手に第二次ポエニ戦争を戦った、世界戦史に名高い名将です。


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真竜気鋭

ハンニバル迎撃戦です。


 ルカ、ルル、マール、そしてラズ。

 因縁浅からぬ間柄であるミナトに所属する者同士の即席チームは、目標であるハンニバルを捕捉。交戦を開始した。

 

 即席チームとはいえ、“ハウンドの鬼神”を筆頭に、全員が灰域種アラガミすら手玉にとる実力者揃い。“不死のアラガミ”と言われるハンニバルが相手とはいえ、戦力的には申し分ない。

 問題があるとすればハウンドとバラン、やはり拭えない蟠りのある者同士の連携になるだろう。

 

 ハンニバルの前に、数体のオウガテイルで構成される小型アラガミの群れと接敵する。

 おあつらえ向きの前座となるオウガテイルたちに対して、ルカが先頭になって即席共同チームは突撃した。

 

「肩慣らしですね! 私に続いてください!」

 

「オッシャアアアァァァ!」

 

「援護する」

 

「少しは楽しませろよな」

 

 バランの幹部としての立場もある桜庭と違い、ラズは独立色の強い第三船団に早い段階から所属していた。

 バランの意向にさほど興味はなく、自身もハウンドとは何の因縁もない。

 ルルとは個人的なライバル関係があった間柄とはいえ、同じ師を仰いだ者同士ということもあり互いの癖などを相応に承知しているため、心情面でも技術面でも連携には何ら問題はなかった。

 

 ルカはダイブを敢行して突撃するとともにオウガテイルの群れの裏手まで飛び、マールとラズが正面からオウガテイルの群れに攻撃。3人で挟撃しつつ、ルルが銃形態に変形させた神機で後方より援護射撃を行い、逃げる間も与えずオウガテイルを素早く殲滅していった。

 

 戦場を俯瞰して敵味方の様子に常に気を配る小隊のリーダーとしての経験も長いラズは、チャージスピアによるヒット&アウェイを得意とする。

 その彼にとって敵の群れに対して正面から挑みぶつかるルカやブーストハンマーを大きく振り回して戦うマールは、それぞれ普段から共闘している同じ小隊のメンバーのシモンとB.Bに近い近距離戦を主体としている戦い方ためその動きが読みやすく、相性が良かったということもある。

 一撃離脱によりオウガテイルの隙を見せる背中を突き確実に致命傷を与えながらも、マールのブーストドライヴやルカのムーンストームの軌道を阻害しないように立ち回り、無傷のまま確実にその数を減らしていった。

 

「私達なら余裕ですね!」

 

「オウガテイルなんか相手にならないっての!」

 

「片付いたな」

 

「前座にもなりゃしねえ」

 

 小型アラガミの群れには過剰戦力と言える共同チーム。

 連携に関しても問題はなく、十全にその力を発揮することができればこのあと接敵するハンニバルの討伐も苦戦することはないだろう。

 

 そして肩慣らしを終えオウガテイルのコアの剥離も終わったところで。

 真打とばかりに、その白い竜は小隊の前に姿を現した。

 

「……来たな」

 

『ハウンド1討伐目標に接触。皆さん、気をつけてください』

 

「やってやるのです!」

 

「かかってきやがれ!」

 

「相手にとって不足なし、だな」

 

 大型のアラガミ“ハンニバル”。

 かつて“アラガミの動物園”などと揶揄された戦場である極東にてその存在を初めて確認されたトカゲと恐竜の狭間にあるような“竜”と呼ぶのが相応しい体躯が特徴の大型のアラガミであり、大型でありながら非常に俊敏な動作を取る特徴がある。

 さらに不死のアラガミの異名の所以である、コアを摘出しても復活するほどの極めて強力な生命力を持つ。

 

 名前の由来は第二次ポエニ戦争にて活躍したカルタゴの将軍“ハンニバル・バルカ”。

 世界戦史に名高い“カンネーの戦い”などでローマ軍を相手に勝利を重ねた、北アフリカを出身とする古代の実在した人物である。

 

 史実においては雷光の名を冠するハンニバルだが、アラガミのハンニバルは炎のオラクルエネルギーを宿すアラガミだ。

 背中にある逆鱗と呼ばれる部位を破壊されると活性化する、結合崩壊によってより強力になるという不思議な性質を持つ。

 

 そのハンニバルを相手に、ルカは共同チームのメンバーへと基本的な戦闘方針となる指示を出す。

 

「私が正面を受け持つので、マールは隙を見て横から攻めてください! 籠手を壊してくれるとありがたいです!」

 

「了解っす!」

 

「ルルは駆け回って遊撃をお願いします! できたらヴェノムをしてください!」

 

「任せろ」

 

「ラズさんは開いたところに一撃離脱戦法して削って欲しいのです!」

 

「良いだろう」

 

 ラズは別に個人的にハウンドと因縁があるわけではないので、ルカからの指示にも特に反論せず同意してくれた

 正しい判断ならば年下相手だろうが小隊のリーダーの指示には素直に従うらしい。

 

「それではみなさん、張り切っていきましょう!」

 

「おー!」

 

 ルカの掛け声に返ってきたのは、マールだけ。

 他の2人はもうすでに戦闘態勢に入ったハンニバルに向かってそれぞれ神機を構えて向かって行っていた。

 

「お、置いてかないでくださいよ〜!」

 

 そしてそれに遅れてルカもハンニバルに向かってダイブで突撃を仕掛けていくのであった。

 

 

 

 そんな感じで、始まったハンニバルとの戦闘。

 ハンニバルは持ち前の俊敏さと体重を組み合わせた攻撃に加え、地面を通してオラクルエネルギーを飛ばし火柱を上げる遠距離攻撃などを駆使する。

 しかしそれに対してハンニバルの正面を受け持つルカが容易にそれらの攻撃を回避したり装甲でガードするなどして相殺し、それで生まれた隙を狙ってマールがブーストハンマーで突進して攻撃を加え、それに気をとられると今度はラズが脚や尻尾を狙いチャージグラインドをぶつけ、それに気をとられると今度はルルがアクセルトリガーも使いながら素早い機動で側背に回り込んで攻撃を加えていき、対応が追いつかなくなると正面のルカが強烈なバーストアーツを叩き込んで大いにハンニバルの生命力を削り取るという、初めての共闘とは思えないチームワークでハンニバルを逆に追い込んでいった。

 

 追い詰められ怒るハンニバルが活性化するが、それでも多少素早く攻撃が重くなる程度。

 灰域種のバーストに比べればおとなしい活性化など、この戦場にたどり着く前に灰域種アラガミたちを屠ってきたハウンドとバランのAGEには通用しない。

 

 籠手、頭部と次々にその身を構成するオラクル細胞の結合を破壊され、より一層追い詰めれていく。

 

 ならばまとめてなぎ払ってやると言わんばかりに、両手に炎のオラクルエネルギーの構成する刃を顕現させてがむしゃらに振り回す。

 ハンニバルの素早い動きと相成り危険な範囲攻撃となる剣戟だが、それもやはり彼らには通じない。

 

「ニャンコの方がはやいですね!」

 

「鳥頭に比べれば見え見えなんだよ!」

 

 すかさずその剣戟を見切ったルカとラズに攻撃を掻い潜られ、それぞれが扱う強烈なバーストアーツを胴体に叩き込んだことで、ハンニバルは崩された。

 

『対象、ダウン! 好機です!』

 

 もうハンニバルが討伐されるのは時間の問題と言えるだろう。

 ハンニバルのオラクル反応も弱まってきている。

 それに対しルカたちの方は未だに被弾らしい被弾を受けていない。

 

「オマエハモウ、オワリダ〜!」

 

 そしてルカが調子に乗り始めた。

 それはよくないことが起きる前兆だが、目の前のアラガミを確実に追い込んでいる証でもあった。

 窮鼠猫を噛む。死にかけのアラガミから予期せぬ強烈な反撃を受けなければ、問題なく討伐できるだろう。

 ……ちなみにこういう時の反撃をルカはだいたい食らってしまう。

 

「…………」

 

 調子にのるルカを見て、ルルはバルムンク戦において予期せぬ反撃を食らった時に与えたはずの忠告が既に忘れらていることに気づくが、いつものことだと半分諦めの入った呆れた視線を向けるが、ルカは気づかない。

 

『逆鱗の結合崩壊を確認! みなさん注意してください!』

 

「逆鱗壊すなよ!」

 

「これで3つ目の結合崩壊なのです! へっへーん、私たちの勝利──ダッハアアアァァァ!?」

 

 そして案の定、なんとか立ち上がったハンニバルが活性化。

 エイミーとラズの忠告を無視して距離を取らず装甲も展開せず調子に乗って胸を張って無防備をさらしていたルカだけが、ハンニバルの放った熱波にさらされて被弾した。

 

『ハウンド1バイタル低下! 救援を!』

 

「いたた……」

 

「先輩!? す、すぐに助けるっす!」

 

「やはりこうなるか……」

 

 マールがすぐに回復球を使用したことでことなきを得たが、お約束のような流れにルルはため息をつき、そしてラズは鬼神の無様な姿を見て戦場であることも一瞬忘れるほどに困惑した。

 

「……ハウンドの鬼神って、双子なのか?」

 

「いや、本人だ」

 

「……人間誰しも欠点はある、か」

 

 第三船団の一員として欧州各地を巡るゆえに様々な人物と対面する機会を持つラズは、悟った。

 こういう奴もいるのだと納得しなければついていけないのだろう、と。

 

 途中からグダグダになりつつも、その後立ち直ったルカが激怒。

 

「トカゲのくせに生意気なのです!」

 

 己の不覚を棚に上げてハンニバルに八つ当たりのような攻撃を仕掛けたことで、逆鱗を破壊されて活性化したハンニバルをごり押しで追いつめるという鬼神の名に違わぬ怒涛の攻勢を仕掛けたことで、他の3名を置き去りにして1人でハンニバルを倒してしまった。

 

『対象、ダウンしました』

 

「あれ? もう終わりですか?」

 

「……勝ったな」

「そうだな」

「そうっすね」

 

 ハンニバルを一度倒した共同チーム。

 だが、まだ一度倒しただけ。

 不死のアラガミの異名を持つハンニバルはこの程度で崩れるほどヤワなアラガミではない。

 

 背中の逆鱗を壊された箇所に再度翼のような炎のオラクルエネルギーを形成して、白い竜は立ち上がった。

 

『オラクル反応弱まっています。もう一息ですよ!』

 

 しかし弱まっていることは確かである。

 あと一息だと、ルカ達は神機を握り直してハンニバルに相対する

 

 

 

 ──だが、そこにそのアラガミは現れた。

 

『──感応レーダーに反応あり、新手です!』

 

 その時、共同チームの面々の通信機に新手のアラガミの接近を知らせるエイミーの声が届く。

 

『対抗因子の反応を検知!? 皆さん、警戒を! 正体不明の灰域種と思われる未確認のアラガミが接近中!』

 

「なっ──!?」

 

「ちっ……!」

 

「か、灰域種!?」

 

 それは、想定外の灰域種と思われるアラガミの乱入であった。




オリキャラのプロフィール(設定)

ラズ・バラン(25)
桜庭の部下の1人で、顔の半分が火傷に覆われているという恐ろしい容貌をしているバラン所属のAGE。ゴウに師事を仰いだこともあり、バラン時代にはルルの同期でありライバルだった。第三船団の最強戦力であり、小隊規模で死者を出さずに中型の灰域種アラガミを撃破した実績を持つ、バランの現役のAGEの中では最強の一角と言われるほどの実力者。自他共に認める子供に見せられない凶悪な外見の上に、その中身も口を開けば罵詈雑言を飛ばし他人を見下す人格者からは程遠い不遜な乱暴者。船団の専属としての活動期間が長いため、劣悪だった扱いも相成りバランの経営陣に対する忠誠心が非常に低く、本人はミナトというよりも第三船団に従っているため、バランの命令にも平気で反発する。粗暴な言動をとる一方で、落ち込むライバルを励ましたり、率先して危険な役目を引き受けたり、分かりにくいが気に入った相手に対する彼なりの優しさを持っている。神機はチャージスピア、ショットガン、シールド。バックフリップやチャージグラインド、ラッシュファイアを使用したヒット&アウェイを得意とする。


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新種

共同チームによるハンニバル迎撃戦……?の続きになります。


『対抗因子の反応を検知!? 皆さん、警戒を! 正体不明の灰域種と思われる未確認のアラガミが接近中!』

 

 エイミーから唐突にもたらされた、新手のアラガミの進入を知らせる通信。

 

『そんな!? 速い……! 戦闘区域に侵入します!』

 

 その後、すぐにそのアラガミが到来したことが告げられる。

 

 広範囲の索敵を可能とするルカの駆使する感応レーダーですら、捕捉からわずかな時間で戦闘区域への侵入を許すほどのとんでもない速さで接近してきたアラガミ。

 何より、対抗適応因子が確認されたという情報。

 その未確認のアラガミは、今までクリサンセマムが……否、欧州の人類が遭遇したことのない新種の灰域種アラガミであった。

 

 その異常なアラガミの急速な接近に感づいたのか、交戦中だったハンニバルすらもルカたちから一時的に目線を外し正体不明のアラガミが接近してくる方角へと振り向く。

 ルカたちもまた、ハンニバルとの戦闘を中断して警戒する。

 

 大型のアラガミと交戦していたにもかかわらず、ルカ達はハンニバルから意識をそらし、直ちにフォーメーションを組み直してその白い竜と同じ方向を向いた。

 接近してくるアラガミの気配は、今までに感じたことのない心臓を見えない手で鷲掴みにされているかのような、動かずとも呼吸が乱れ疲れを感じるほどに重苦しい圧力(プレッシャー)を受けるものだったからだ。

 

 意識を外せば、次の瞬間死んでいる──

 そんな得体の知れない、しかし濃密な恐怖を覚える重圧。

 灰域種アラガミとのことらしいが、姿も見えない中ですら感じる重厚な圧力が、自分たちの知っている即死不可避が鉄板()()のアラガミとは格が違うことを示していた。

 

「何が──」

 

 青白い閃光とともに、雷鳴が轟く。

 未知の灰域種と思われるアラガミの接近に、ルカがそれを感じ取り漏らしたつぶやきを遮りそのアラガミは彼の前に降り立った。

 

 頭部に伸びる2本のツノから青白く光る稲妻を発する、四足獣中型のアラガミ。

 丸く黒い目は、良く言えば無垢な、悪く言えば無機質な印象を与える。

 その容姿は鹿と称するのがふさわしく、そしてそれ以外に表現のしようがない、捕食者というよりもおとなしい草食動物のような印象を受ける姿。

 だがその体躯を支える4本の足は見るからに機敏な動きを可能とするだろう、余計なものをそぎ落としている引き締まった細い脚をしている。

 

「鹿……?」

 

 それは、ルカたちにとって初めて見るアラガミであった。

 ヨーロッパで戦ってきたアラガミと、広大なアフリカ大陸で進化を遂げてきたアラガミでは、それぞれの地域の固有種が発生することはあり得る話である。

 この大陸で未知のアラガミと遭遇することも、不思議ではない。

 

 だが、そのアラガミはルカたちにとって知らない姿をしているというだけではない。

 一目見ただけで、重圧に生存本能が警鐘を鳴らしていたその理由が理解できたような感覚を覚える、自分たちの知る今までのアラガミとは根本的に“何か”が異なるような、アラガミのようでアラガミではないような、言葉では形容しがたい異質な存在感を受けるアラガミだった。

 

 突如戦場に降り立ったその未知の灰域種アラガミは、ハンニバルとそれに相対するルカたちに黒い瞳を向ける。

 全力で警戒する相手に対し、その鹿型のアラガミが向ける目に映る色には敵意がまるでない。

 

 ただ、自分たちのことを観察しているだけ。

 どういう動きをするのか。

 特に何かを思うわけでもなく、昼下がりにふと空を見上げて目に映った雲の流れをなんとなく見ているような、さしたる興味もないと言わんばかりの目だった。

 

 ハンニバルが咆哮を上げる。

 狩りの邪魔をされた。戦いに水を差された。なんの感慨もないその目を向けられることが気に食わなかった。

 ──もしくは、生存本能の警鐘に忍耐の限界がきてしまったのか。

 理由は分からないが、そのアラガミを前にして全力で警戒し動けなくなったルカたちを放置して、真っ先にその未知のアラガミに対して宣戦布告をするような咆哮をぶつけた。

 

 だが、そのハンニバルの咆哮に対して鹿型のアラガミが返したのは、ただ目線をハンニバルに移すだけという淡白なものだった。

 

 自分よりも体の大きなアラガミに、見るからに捕食者の地位にある大型のアラガミが向ける宣戦布告に、鹿型のアラガミはなんの興味もないかのよう。

 臨戦態勢に移るわけでもない。警戒するわけでもない。

 その動きは、声が聞こえたからその方向を見ただけというかのようであった。

 

 ハンニバルが疾走する。

 あれほど追い詰めたルカたちのことなど、もはや眼中にすらないらしい。

 その俊敏な動作を可能とする足で駆け抜けて瞬く間に鹿型のアラガミに接近すると、両手に作り出した炎のオラクルエネルギーで形成される剣を切りつける。

 

 それにも鹿型のアラガミは反応しない。

 ハンニバルを見ているだけで、反撃したり躱そうとしたりする素振りもない。

 

 ならばその剣戟は鹿型のアラガミに直撃し、その体を焼き切ることになる。

 灰域種アラガミというならばその程度で倒れることはないだろうが、それでもやはりオラクル細胞の群体であるアラガミの攻撃は多かれ少なかれ傷をつけられることになるはず。

 

 だが、そんな大方の予想とは裏腹に。

 ハンニバルの剣戟は決して強固には見えない鹿型のアラガミの表皮を焼き切ることはできず、一方的に振り回した炎の剣の方が消えるという結果になった。

 

「何ッ……!?」

 

 鹿型のアラガミは、全くの無傷だった。

 アラガミを攻撃するオラクル細胞の結合は、同じオラクル細胞でしか傷つけることができない。

 それは逆に言えば、神機や他のアラガミといった同じオラクル細胞の構成する存在ならば、いかなるアラガミでも多かれ少なかれ傷を与えることはできるということである。

 

 なのに、ハンニバルの剣戟は鹿型のアラガミに全く効かなかった。

 ハンニバルの剣だけが、一方的に鹿型のアラガミに触れた箇所から消失したのである。

 

 驚愕するラズの声。

 それに反応した鹿型のアラガミの目が、今まさにその命を狩ろうとしているハンニバルから、AGEたちの方に移る。

 

『──警戒して下さい! ハウンド1、狙われています!』

 

 その時、エイミーの慌てたような声が通信機に入る。

 ルカたちもまた、その鹿型のアラガミの目が変わったことを察知した。

 

 ラズの声に反応して鹿型のアラガミがハンニバルからルカたちに目線を移した時、その目の色が変わったのだ。

 ……いや、正確には彼らの姿を見てから、その握る武器を目にした瞬間に。

 神機を目に入れた瞬間、それまでなんの興味もなさそうだった目の色が変わり、それまでの無関心が一転して明確な敵意を宿す目の色に変化したのである。

 

 すぐに神機を構えるルカたち。

 だが、その時にはいつの間にか鹿型のアラガミがその場から消えていた。

 

 わずかに遅れてすぐ側に聞こえる雷の音。

 ラーの瞬間移動──否、それ以上の速さで鹿型のアラガミは移動していた。

 

「なっ──」

 

 振り向くルカだが、到底間に合わない。

 神機を振る余裕すらなく、鹿型のアラガミの角がルカの身体を吹き飛ばした。

 

「あぐっ──!?」

 

 かろうじて神機は手放さなかったものの、強烈な一撃に吹き飛ばされなんども地面に叩きつけられ転がるルカ。

 速度が殺されてようやく止まった時、彼女の神機を握る右腕のところから彼らが見慣れた捕喰攻撃を受けた時の証である黒い靄のようなものが立ち上がり、ルカは立ち上がれなくなっていた。

 

「ルカッ!」

「先輩!?」

 

 とても目で追い切れるものではない鹿型のアラガミの動き。

 捕喰攻撃を受けたルカに、仲間を思う心からルルとマールの視線が思わず鹿型のアラガミから一瞬外れてしまう。

 

「余所見するな!」

 

 その一瞬だが、驚異の速度で動ける鹿型のアラガミを相手にするには致命的な隙。

 その隙に鹿型のアラガミはルルに一瞬で接近し、前足を振り下ろす。

 しかしその攻撃は彼らの中で唯一、吹き飛ばされたルカを無視して鹿型のアラガミに注視していたことですぐに次の標的を察知したラズが横から槍を叩き込んだことで、踏み潰そうとする蹄の軌道をそらし阻止することに成功した。

 

「何!?」

 

 そして、ラズもまた驚愕を受ける。

 鹿型のアラガミに向けてチャージスピアを突き出したラズだが、その手に返ってきたのは今まで戦ってきたどのアラガミの表皮よりも強い反発。

 神機が()()効いていないことを示す反動だったからである。

 

 それは“頑丈”などという生易しいものではない。

 鹿型のアラガミを構成しているオラクル細胞の結合は“異常”だった。

 

 だが、驚いている暇などない。

 鹿型のアラガミの標的はそれでラズに移り、素早く振り回された頭部のツノに突き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

「ラズ!」

 

 かろうじてシールドの展開が間に合ったものの、空中という不安定な場所で受けた衝撃を殺すことはできず、吹き飛ばされるラズ。

 そしてラズを追撃しようと鹿型のアラガミが首の向きを変えたところで、させじとルルがバイティングエッジで切りつけた。

 

「──!?」

 

 そのルルの手にもまた、ラズが先ほど受けた強烈な反発が返ってきた。

 

 今まで受けたことがない反発。

 それに驚くルルだが、どうしてそうなるのか、このアラガミが一体何者なのか、そんな考察に意識を割く暇などない。

 鹿型のアラガミはすぐに標的をまたルルの方に向け、細い足からには似合わない強烈なキックを放ってきた。

 

 それを回避するルル。

 この想定外のアラガミを前に、討伐でも迎撃でもない最善の選択肢を素早く思考する。

 

 ルカは捕喰攻撃を受けた形跡が見えた。

 一瞬ルカの方に目を向けると、体を丸めて呻いておりとても立ち上がれる状況ではなくなっている。

 ハウンドの鬼神は灰域種アラガミの捕食攻撃を受けても立ち上がることができるほどのタフさを持つ戦士だが、この鹿型のアラガミから受ける捕喰攻撃は他の灰域種アラガミのものとは違う様だ。彼女ですら立ち上がれないとなると、自分を含めた他の者があの鹿型のアラガミの捕喰攻撃を受ければ気を失うほどの重症になる可能性が高い。

 

 鹿型のアラガミはルルに対して次々に蹄を叩きつけてくる。

 距離が近いとルカに対して行った瞬間移動のような動きを見せないのか、蹄を叩きつける攻撃は確かに速いがルルにとって躱せないほどのものではない。

 

 この場にはハンニバルもいる。

 神機が効かなければ、アラガミを倒すことは不可能だ。何よりこの鹿型のアラガミは情報が少なすぎる。

 ここは撤退するしかないとルルは短い時間で最善の選択肢となる結論を導き、実戦経験の不足からあまりの事態の急転についていけずにいるマールに指示を出した。

 

「マール! ルカを連れてクリサンセマムに退け!」

 

「えっ!? で、でも師匠──」

 

「ここは私が受け持つ。急げ!」

 

「うっす!」

 

 ルルの命令で現実に引き戻されたマールは一瞬ためらうものの、自分がいても足手まといになるだけと理解したらしく、ルカの方へと急ぐ。

 ルカをマールに任せたルルは、撤退の時間を稼ぐために鹿型のアラガミに立ち向かう。

 

『ルルさん、無茶です!』

 

「撤退まで持ちこたえるだけだ。任せろ!」

 

 エイミーの心配そうな声に、ルルは心配無用だと返す。

 鹿型のアラガミは未知の面が多すぎるが、少なくとも足が届く範囲にいる相手には蹄を叩きつけキックを繰り出す単純な攻撃を仕掛けてくるばかりのようなので、倒すことはできずとも撤退まで持ちこたえることはできそうだった。

 

 鹿型のアラガミはルルをうるさく飛び交うハエとでも認識したのか、ルルに標的を移す。

 ルカとマールのことは目に入っていないらしい。

 

「先輩、大丈夫っすか!?」

 

「ごめん、マール……」

 

 マールは無事にルカと合流できた。

 

『マールさん! ハンニバルがそちらに!』

 

 だが、そこに弱った獲物に標的を移したハンニバルが接近してきた。

 ハンニバルの方は先ほどまで鹿型のアラガミに挑みかかっていたのだが、鹿型のアラガミがルルに標的を移したことで目的を変えたらしい。

 

 弱い獲物から確実に潰す。

 自然界の鉄則に従い、捕喰攻撃を受けて動けなくなったルカと1番実戦経験の乏しいマールに標的を定めたのである。

 

「──させねえよ!」

 

 しかし、それをさらに阻止する槍がハンニバルを貫く。

 ラズがハンニバルの動向にすぐさま反応して駆けつけ、チャージグラインドを叩き込むことでルカを背負うマールをハンニバルの攻撃から庇った。

 

ハンニバル(こいつ)は俺が受け持つ。早く行け!」

 

 ラズの攻撃にハンニバルが怯み、 顎に拭いながら立ちふさがった敵を睨む中、ルカを背負うマールに背中を向けながらラズは退避するように促す。

 

「……頼みますッ!」

 

 マールはその背中に向かって一言礼を告げ、この場ではルカを連れて自分が一刻も早く退避するのが最善だとクリサンセマムに向かって走って行った。

 

「──すまない」

 

「勘違いするな、“鬼神を殺させない”のはキャプテンの意向だ。……すぐに片付けて援護する、持ち堪えろよ」

 

 鹿型のアラガミの蹄を回避しながら、その心遣いに感謝を伝えるルル。

 それに対してラズはライバルからの感謝を素直に受け止められずにひねくれた返事をしながら、ハンニバルに対してチャージスピアを構えて立ち向かっていった。

 

 後顧の憂をなくしたルルは、鹿型のアラガミとの戦闘に集中する。

 とにかくこのアラガミを相手に出し惜しみをする余裕はない。

 

「──起動」

 

 アクセルトリガーを起動。

 一気に加速し、鹿型のアラガミの攻撃をかわしながら隙があれば神機の刃を脚に切りつけていった。



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雷轟閃鹿

ハンニバル&アメノカク迎撃戦の続きになります。
前半はラズ、後半はルルにアングルを当てています。


 ラズの援護により鹿型のアラガミに集中できる様になったルル。

 アクセルトリガーによる機動を活かし、鹿型のアラガミの周囲を小うるさいハエの様に飛び回っていく。

 それを目で追う鹿型のアラガミは、蹴りを叩き込む隙を伺いながらもルルの攻撃は無視しても構わないという様にその場を動かず隙をさらしていた。

 

「舐めるな──クッ!?」

 

 少しでもその鹿型のアラガミの注意を引こうと、無防備な体に神機で切りつけるが。

 しかしルルの手に返ってくるのは強固な反発のみ。傷を与えている感触がまるでない。

 

 そして神機が弾かれたところの隙をついてくる形で、鹿型のアラガミが蹄を振り下ろしてくる。

 それを持ち前の俊敏さで躱し、そしてまたは駆け回って切りつけるというその繰り返しであった。

 

 相手には全く攻撃が効いていない。

 それでも、攻撃を避け続けることはできる。

 お互い決定打のないような状況だが、しかしその均衡は相手はたとえ無抵抗でもやられることがないのに対して此方は一撃でも攻撃がかすめた瞬間に天秤が崩れるだろう、ルルにとって圧倒的な不利を強いられる均衡であった。

 

 それでもルルはマールとルカを退避させるために立ち向かっていく。

 この戦場に飛び込んできたとき、そしてルカを攻撃した時。

 この2度はまるで目に追えない速度で動いてきた鹿型のアラガミだが、攻撃のモーション自体は動きを注視すれば十分に躱せる速度である。これならば逃げる時間を囮となって稼ぐことは可能だ。

 

 理由は分からないが、この鹿型のアラガミは神機に対して異様な反応を見せた。

 傷つけることはできずとも、引きつけることはできるらしい。

 確かにゴールが見えない命がけの綱渡りの様な戦いではあったが、それでも数多くの死線をくぐり抜けてきたルルにとっては無理だと断じて逃げるほどの戦況ではない。

 

 なんとか活路を見出してみせる。

 その光明を見出すために、ルルは囮となって鹿型のアラガミの注意を惹きつけながらも、様々な場所に向かって神機を切りつけて鹿型のアラガミの弱点を探ろうとしていた。

 

 そんな中、鹿型のアラガミが動きを止める。

 ルルに対して振り下ろしていた脚の動きが止まり、無機質な目がルルではなくもう一体のアラガミと交戦する神機使いへと向けられていた。

 

 しかしルルはその目の見据える先に気づいていない。

 好機とばかりに眼球に向けて神機をつきだそうとして……急いでその場から飛びのいた。

 

「──ッ!?」

 

 青白く光る鹿型のアラガミの角。

 そこにオラクルエネルギーが集中し、強烈な閃光を発したからだ。

 

 目くらましかと思い退避した直後──

 

 

 

 

 

 逆鱗を破壊されたハンニバルは、通常時と比べはるかに苛烈な攻撃を繰り出してくる。

 それでもオラクル反応などからわかるように、先の攻防で大きなその生命力を削ったことで確実に弱らせることができていた。

 もう一息で倒せる。

 それは、攻撃しようにもオラクルエネルギーの不足で中断してしまう様子からも見て取れる。

 

「さっさとくたばれ白蛇野郎!」

 

 死にかけのハンニバルにかける時間などない。

 ラズは持ち前の機動力を持ってハンニバルの攻撃を躱しつつ、チャージスピアとショットガンの2つの形態の神機を使い分けながら細身の巨体へ次々に攻撃を打ち込み、容赦なくその残り少ない生命力を削りとっていく。

 

 それでもハンニバルは負けじともはやコアの制御もおぼつかなくなるほど不足しているオラクルエネルギーを身体中からかき集めて、両手に剣を作り出して振り回す。

 死に抗う本能がリミッターを解除させたのか。

 その剣戟は今までこのハンニバルが繰り出す中でも最速のものだった。

 

「その程度で──」

 

 だが、それでもラズには届かない。

 次々に振るわれるその剣戟をハンニバル自身の動きやオラクルエネルギーの流れなども感じ取り、完璧に見切ったラズはかすり傷1つ受けることなくかい潜り、充分なチャージを終えた状態でハンニバルの心臓部を狙える位置にたどり着く。

 

 そこから繰り出すチャージグラインド。

 それはハンニバルのコアを確実に狙い撃つことができる、確実な致命となる一撃。

 

「──ッ!」

 

 しかし、そのチャージグラインドは放たれなかった。

 ラズの直感が全力でその場を退避するように警告してきたのである。

 

 その直感に従い、ラズは攻撃を中断。

 絶好の止めをさせる位置どりだった場所を捨て、ハンニバルの前から退避する。

 

 直後──

 

 

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 

 

 まばゆい閃光が貫くと、ハンニバルの巨体を一瞬で飲み込み……そして、跡形もなく消し飛ばした。

 

「なっ……!?」

 

 いくら死にかけだったとはいえ、ハンニバルは不死のアラガミの異名を持つ。

 たとえ雷属性という弱点をついたとしても、その生命力と頑丈さは伊達ではない。

 ましてや、その身を細胞の破片すら残さずに一瞬にして消し飛ばすことなど、少なくともラズの知るアラガミでその芸当を行える存在はいなかった。

 

 だが、この戦場にはそれを成し遂げるアラガミがいる。

 異常な出力のオラクルエネルギーを駆使した、極太の雷の光線。

 ラーの放つ熱線すら霞むような破壊力を生み出したアラガミ。

 

 未知の鹿型のアラガミ。

 その姿はルカを捕食した影響なのか、青白く体表全体が光っており、2つの角の間には同じく青白い稲妻が音を立てて散っている。

 

(冗談じゃねえぞ……!)

 

 ルルと戦いながらこちらに狙いを定めたとでも言うのか。

 鹿型のアラガミは未だにルルと戦闘中であったが、まるで獲物が油断するのを待ち構えていたかのようなタイミングでラズとハンニバルに向けて今の光線を放ってきた。

 あのまま目の前の餌に釣られハンニバルに止めを刺していれば、ラズは確実に逃げ遅れ今の光線の餌食になっていただろう。

 もしも狙って仕掛けてきたのであれば、鹿型のアラガミには一定の狩人としての知能もあるということになる。

 

 冗談では済まされない最悪の想定が頭に浮かび、冷や汗が流れるラズ。

 しかし、一方でハンニバルの脅威が片付いたとも言える。

 ならば2対1。予定は多少変更になるが、このままルルの援護に回るべきだろう。

 

 ハンニバルを消しとばした光線から直ぐに思考を切り替え、ラズは神機を手にルルと交戦中の鹿型のアラガミに向かって走り出す。

 

「ラズ! 生きていたのか!?」

 

「勝手に殺すな、くたばり損ないめ! 援護に入る!」

 

 悪態をつきながらもルルに合流し、チャージグラインドを突き出す。

 避けようとしない鹿型のアラガミに直撃するも、やはり帰ってくるのは一切効いていないという神機を弾かれた強い反発だけだ。

 

「クソが……!」

 

 そして攻撃しても神機が効かないことによってできる隙に、鹿型のアラガミは攻撃を繰り出してくる。

 細い足に似合わない強烈なキックや、その頑丈な蹄で潰さんとする踏みつけ攻撃など。

 四足獣ゆえハンニバルほどの鋭さはないが、一撃の破壊力は中型アラガミとは思えないほど強烈であり、地面に叩きつけられるたびに窪みを作ってはまるで小規模の地震のような揺れを発生させてくる。

 

「距離が近ければ単調な攻撃だけしかしかけてこない様だ!」

 

「そうかよ!」

 

 ルルの言葉を受け、ラズは鹿型のアラガミの懐に入り込む様に動く。

 反りは合わないが能力は認めているルルの見解なので信頼できると判断。

 あの様な強烈な光線を撃たれでもしたら堪ったものではないので、ルルとともに鹿型のアラガミの至近距離で立ち回り、強烈なキックや踏みつけ攻撃を側面や背後へと回ることで最低限の距離の移動で回避をしていく。

 ……それでも傷1つ付けられないので、いずれジリ貧になる不利な戦いではあるが。

 

「なら、こいつでどうだ!?」

 

 ルルに対して後ろ脚を蹴り上げる攻撃を仕掛け、それを躱された鹿型のアラガミ。

 もともと2人の攻撃が効かないことは理解しているのか、隙の多い大振りの攻撃になっても構わないと言わんばかりの立ち振る舞いのため、攻撃を仕掛けられる隙は多い。

 ラズはその瞬間の1つであるこのタイミングを狙い、鹿型のアラガミの頭上に跳躍。

 それとともに銃形態に切り替えた神機より、散弾を鹿型のアラガミの顔面に向けて発射した。

 

 眼でも、鼻でも、角でも、どこかに効果が認められればそこが突破口になる。

 探りを入れる一撃だったが、しかし着地したラズの方を向いた鹿型のアラガミの顔に書かれていた答えは眼も鼻も耳もツノも一切効いていないという結果のみ。

 

「チッ……間抜けそうなツラのままかよ!」

 

 それに悪態つきながらも、自分の方に注意が向いたからと急いで距離を詰めようとするラズ。

 

 だが、その瞬間。

 鹿型のアラガミはなんの前兆となる動きも見せていない中で、ラズの頭上から落雷が落ちてきた。

 

「がっ……!?」

 

「ラズッ!」

 

 この快晴の中においての落雷など、偶然のはずがない。

 鹿型のアラガミには空にオラクルエネルギーを飛ばした様な動作も見られなかった。

 落雷という頭上の死角からくる攻撃、そしてその速さも相成り、まさに回避困難な奇襲攻撃だった。

 

 直撃を受けたラズが崩れ落ちる。

 たったの一撃でバラン最強と目されているAGEが倒れた。

 

 だが、それに驚いている暇などなかった。

 

 それまで近場の敵には足で攻撃してきていた鹿型のアラガミが、突如としてその行動パターンを変化させる。

 角の間にヴァジュラが作り出すような雷球を作り上げると、それをルルに向かって発射してきたのである。

 

「くっ……!?」

 

 間一髪装甲の展開を間に合わせたものの、不安定な体勢で受けてしまったことにより飛ばされるルル。

 だが、鹿型のアラガミの攻撃はそこでは終わらない。

 雷球は1つでは収まらず、続けざまに3発の雷球がルルに迫ってきた。

 

 退避しようとするルルだが、後ろには倒れたラズがいる。

 躱せば無防備となっているラズに直撃するだろう。

 バランにいた頃のルルならば、ためらいなくこのライバルを見捨てただろうが──

 

「──させない!」

 

 今はライバルではない。同じ戦場で共闘する仲間だ。

 その仲間を見捨てることは、“ハウンドのルル”にはできなかった。

 

 装甲を展開して雷球を受ける。

 だが、ルルの装甲はあくまで展開速度を優先している取り回しのしやすい“バックラー”。

 仲間も守るために使われる強固な防衛力を持つ“タワーシールド”とは対照的に、強力な攻撃の防御には向いていない。

 

 その上、鹿型のアラガミの放つ雷球はヴァジュラのそれとは威力が大きく違う。

 3発もの雷球を耐えられるわけもなく、1発めで体勢が崩れ、2発めでバックラーを突破され、3発めがルルの体に直撃した。

 

「ぐあっ──!?」

 

「バカが……!」

 

『ルルさん!』

 

 たったの一撃。

 それを食らうだけで天秤をひっくり返される戦い。

 雷球を受けたルルはラズの目の前へと転がされ、立ち上がれない重傷を負った。

 

 そこに迫る無慈悲な目のアラガミ。

 動けないルルに向け、止めと言わんばかりに蹄を振り上げる。

 それがルルの体を潰そうとした時──

 

「──その人だけは、させないッ!」

 

 ──異形の化物が体当たりを仕掛け、鹿型のアラガミを押し倒した。




次話は少し時間を遡り、オリ主にアングルを当てます。


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異形仏心

人型アラガミは、アラガミとはいえ人の姿。モルモットにするのは良心が痛む。
新型AGEは元人間だが、危険因子で異形の化物。兵器にして利用しても良心は痛まない。

──結論、人間を傷つける異形の化物だから、新型AGEはどれほど残酷に扱っても許される。“人間”が死なない戦場を担う、実に人道的な兵器である。


 ──悲鳴が聞こえた。

 

 死にたくないと嘆く声が聞こえた。

 殺さないでくれと命乞いをする声が聞こえた。

 なぶられ、苦痛に呻く声が聞こえた。

 己の不幸と世界の不条理を呪う声が聞こえた。

 

 ──人が殺される声が聞こえた。

 

 鹿型のアラガミが活性化した直後、周囲の灰域濃度が急速に低下。

 これによりギストは鹿型のアラガミの攻撃を受けて身体を破壊されてから、新型AGEとしての不死に近い回復能力を活かすことができず、ただアローヘッドのキャラバンが蹂躙される音を聞くことしかできなくなった。

 

 悲鳴は聞こえなくなり、雷鳴も止み、鹿型のアラガミは去っていった。

 

 そして喰灰がこのオアシスのように開けた場所に外から広がってきて、再びこの場を灰域の中に沈めた。

 

 ギストは流れ込んできた喰灰を摂取し、肉体を再生させ、すべての蹂躙が終わってからようやく立ち上がる。

 そして振り向いた時、そこにはアローヘッドのキャラバンが壊滅し1人残らず守るべきはずだった人間が殺されている地獄の惨状を目の当たりにすることとなった。

 

「あ……あぁ……!」

 

 ──また、守れなかった。

 

 人を守るために盾となり、兵器となり、アラガミと戦うべき、人類のために使い潰されるべき、本当ならば生きていることが許されないはずの化物である己は生き残り。

 命ある限り必ず守らなければならない、かけがえのない尊い命、家族や仲間がいる、まっとうな生きる権利を持っているはずの人間が誰1人生き残ることなく殺された。

 

「何、で……ッ!」

 

 涙は化物となった日に失った。化物の体となったギストには、どれ程悲しくとも、どれ程悔しくとも、涙を流すことはできない。

 それでも、こんな化物でも心はある。

 その心が感じているのは、深い絶望と悲哀だった。

 

 息が苦しい。

 悲哀は苦痛となってギストの心をざわめかせる。

 痛みと苦しみの元を、胸を抑える。

 

 苦しくてたまらない。悔しくてたまらない。

 人が殺されているのに生き残ってしまった事実が苦しくてたまらない。人を傷つけるくせに、人を守らないくせに、なおも己は生き残ることができるこの体が。

 何もできなかった己の無力さが悔しくてたまらない。人の為に戦うと、人間が誰も死ななくていいように化物である自分が戦うと、この身と命を燃やし尽くしても絶対に人間を守るという誓いを果たせなかった己の無力さが。

 

「ああああ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……ッ!」

 

 人間を死なせ、化物が生き残った。

 自身の命を顧みずに人間を守ることを化物としての贖罪として、希望として生きてきたギストにとって、その最も拒絶したかった結末は心を壊すのに十分だった。

 

 鍍金を重ねて誤魔化していた、さびつき歪んだ脆弱な弱い部分がさらけ出される。

 悲しみに明け暮れ、立ち上がる気力すら湧かなくなる。

 ──辛く苦しい“生きること”から逃げ、自らの人生の終幕を望みたくなる。

 

 自分の身体がどれだけ傷ついても、自分の心がどれだけ擦り切れても、何1つ報われず利用され命を削って守ったものたちから蔑まれ差別される日々を過ごそうとも、その程度の苦痛はいくらでも耐えられた。

 

 だが、人が死ぬ、人が守れなかった苦痛は──耐えられるものではなかった。

 

 虚ろとなった瞳で見上げた空は、灰色の霧──目視できるほどの高い濃度の灰域で覆われている。

 その灰域が、命を亡くした者たちの躯を喰らい、この世に彼らが生きた証である遺体を抹消していく。

 

 視線を下ろして灰域に飲まれるアローヘッドのキャラバンをもう一度見る。

 守る誓いを果たせず、死なせてしまった人々の死体を。

 

 心の中に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。

 灰域を喰らい、彼らの遺体を攻めて守る。そんな気力すらわかなくなっていた。

 

(人を守れなかった化物()に、生きる資格など……)

 

 このまま彼らのように自分の身体を喰らい尽くし、この世から存在そのものを抹消してほしい。

 灰域に願うも、ギストの肉体はそれでも自らの生存を望み灰域を逆に食らって糧とするばかり。ギストの肉体は彼の絶望の底で願った暗い諦めの望みを叶えることを拒否した。

 

(私に生きる資格なんてないのに……)

 

 自分の終焉くらいは自由に決めさせて欲しいと思った。

 空洞のできた心は、身体と対照的に生を拒絶していた。

 

 ギストの目が、赤い大型の腕輪を装着した手に握る武器に向く。

 そこにあるのは、青い刀身を持つ“AGE喰い”から得たコアを利用して作られた神機。

 

(そうだ……)

 

 神機なら、オラクル細胞の塊である自分の命を絶つことができる。

 それに気づいたギストが、神機を握る手を上げて己の喉元に突き刺そうとする。

 

 ──だが、突き刺そうとした直前に()()()止まった。

 

「……私に、この化物に生きろというのですか?」

 

 ギストの意思ではない。

 ギストの握る神機が、ギストを殺すことを拒んだのだ。

 

 死を望む手に握る神機は、ギストを殺すことを拒絶し使い手の意思に反して刀身の捕喰能力を抑え込んでいる。

 今の神機ではオラクル細胞を喰い破れず、そしてギストの命を絶つことができない。

 

 神機が意思を持っているかのように、使い手を殺害することを拒んでいた。

 

 自分を殺してくれない神機から、ギストの空虚な目が移る。

 その視界の先には、先ほどと同じくアローヘッドのキャラバンの壊滅した惨状がある。

 

「…………」

 

 その中で、ギストの視線が止まった。

 

 それは、アローヘッドの名も知らぬAGEの死体だった。

 両の手首に二対一組の腕輪を備え付けられた、数年前まで人間でありながら人間として扱われなかった時代の犠牲者たち。

 化物に落ちた己と違い、真っ当な人間であった者の死体。

 

 ──そして、その絶望の時代を駆け抜け希望を勝ち取った、かつては仲間だった者たち。

 

「……そう、ですね」

 

 その死体を見た時、ギストの目に光がもどった。

 

 ──ああ、そうだ。

 こんなところで死んで何になる? 

 この場で絶望し己の命を己で閉ざすならば、アルゴノウトのキャラバンの惨劇を見たときに自分は死んでいたはずだ。

 

 ならばなぜ生きてこの場に来た? 

 なぜあの惨劇を見て、絶望に膝をついたときに、全てに諦めをつけて動くことを放棄しなかった? 

 

 ──それは、理由があったから。

 誓いを破られても、それでも果たさなければならないことがあったから。

 ……もう、決してこの惨劇を生まないと。()()惨劇を止めるために動かなければならなかったからだ。

 

 それは、再びギストに立ち上がる力を与えた。

 

 諦めることこそ、許されないことだ。

 この惨劇を作ったアラガミは未だ健在であり、この大陸には未だに生きている人間がいる。

 彼らを守らなければならない。

 たとえ砕かれ絶望を叩きつけられようとも、守るべき人間がいる限り化物である自分はその盾にならなければならない。

 惨劇をこれ以上繰り返さないように、どれだけ深い喪失を味わっても立ち上がらなければならない。

 

 ……そんな簡単なことを忘れ、己の使命を放棄しようとしていた。

 守るべき人間がいて、その脅威となる化物がいる限り、化物()の役割は終わらない。

 

 耳をすませる。

 鹿型のアラガミはここに来る前に一度確認していた、アフリカ大陸に初めて建設するミナトの建造予定地、つまり第一次遠征の終着となる合流ポイントを目指して移動している。

 

 ──そしてそこにはクリサンセマムとバランのキャラバンがいる。

 

「──必ず止めなければ」

 

 もう誰も死なせない。

 今度こそ、守ってみせる! 

 

 合流ポイントに急ぐギスト。

 鹿型のアラガミには神機が効かなかった。アローヘッドのキャラバンを守ろうにも、盾になることすらできなかった。

 

 それでも、どれだけ望みが薄くても諦めていい理由にはならない。

 人間の生きる権利を奪われるくらいなら、人間を守れないくらいなら! 

 

「────ッ!」

 

 どうせ元から化物である。

 人間を守れる可能性を少しでも得られるなら、化物の姿をさらけ出してもいい。

 どれだけ醜い姿になっても、どれだけおぞましい姿になっても、どれだけ蔑まれる姿となっても、誰かを守れず殺されるよりは遥かにマシだ。

 

 大地を疾走するギストの容姿が変わっていく。

 人間の形から、アラガミの形へ。

 今までその手に握る神機を通して、そして自らの肉体を駆使して喰らってきた、進化の糧にしてきた化物たちのオラクル細胞の記憶した情報を反映した姿へと。

 

 そして、化物は視界にとらえた。

 人の生きる権利を剥奪し、蹂躙を繰り返し、そして今度はかつて自身の無茶な願いを叶えてくれて、そしてそのことで傷ついていた強くて優しい生涯の恩人を蹄の餌食にしようとしていた、鹿型の未知のアラガミを。

 

「その人だけは──させないッ!」

 

 小さな身体を潰そうとする蹄。

 化物は両者の間にギリギリでたどり着き、異形と化した自らの肉体を鹿型のアラガミの巨体にぶつけて吹き飛ばした。




次回は化物vsアメノカクになります。


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閃鹿VS化物

アメノカク戦の後半になります。


 鹿型のアラガミを突き飛ばしたのは、人にもアラガミに見えない、まさに異形のような存在だった。

 形は人間をベースにしながら、まるで帝王の異名を持つ“ディアウス・ピター”の有するようなマントを背中に生やし、灰域種アラガミの一角たる“ヌァザ”がバースト時に出現させるような無数の人間の腕が生えたような巨大な左腕を持ち、不死のアラガミとも呼ばれる“ハンニバル”のような白くしなやかな恐竜に近い脚で駆け、頭部には灰域発生に伴い現れるようになった新種のアラガミである“ネヴァン”のような赤い羽根を宿す、複数のアラガミが人間に融合したような姿をしていたのだ。

 

 鹿型のアラガミは突き飛ばされたものの、すぐに立て直そうとする。

 その意識はすでに無力な弱者どもから新たな挑戦者へと移っていた。

 

キシュアアアァァァァァ!」

 

 その鹿型のアラガミに向かっていく異形。

 ハンニバルのような脚で空高く跳躍すると、ヌァザのような腕を伸ばし鹿型のアラガミを殴りつけた。

 

 それを受けた鹿型のアラガミはわずかに体勢を崩すものの、何事もなかったかのように首を持ち上げてお返しとばかりにツノから雷撃を走らせる。

 それは異形の腕を遡り、肉を焦がしオラクル細胞の結合を破壊して、肩まで進み閃光と爆発を起こした。

 

 やはり、鹿型のアラガミには神機による攻撃だけではない。

 最初のハンニバルの剣戟といい、今の異形が殴りつけたヌァザの腕といい、他のオラクル細胞の捕喰がまるで通っていない。

 体勢を崩したのも単純な質量の塊に押し込められただけのこと。肝心のその身を構成するオラクル細胞の結合には傷1つ与えられていなかった。

 

「────ッ!」

 

 だが、異形もまた鹿型のアラガミの攻撃にひるまなかった。

 瞬く間に腕を再生させると、ヴェノムをまとった腕を広げて鹿型のアラガミに再度叩きつける。

 雷撃で焼かれようと御構い無しに急速にその身を再生させながら殴りつけ、鹿型のアラガミを強引に押していった。

 

 その異形の猛攻が、身体を砕かれても瞬く間に再生していく活性化した灰煉種アラガミを上回る回復力が、鹿型のアラガミの意表をついた様子。

 もともと他者の攻撃に対して無敵ゆえに無関心という性質も災いした。

 瞬く間に再生して再度振るわれた腕の攻撃を鹿型のアラガミは無防備に受け、再度その巨大な質量にバランスを崩して、ついにはその場から突き飛ばされた。

 

 人間にはとても出来ない、化物だからこそできる芸当。

 それはアラガミのようでアラガミではない、人間のようで人間ではない、しかし確かに人間の枠からはみ出た化物である。

 

 離れた鹿型のアラガミ追撃し、異形がさらに攻撃を仕掛ける。

 ルルにとどめを刺そうとしていた蹄の主は動けぬ獲物から引き離された。

 

 ルカたちに異形は気づいていないのだろうか? 

 それでもキャラバンの姿は確認できているはず。

 人間よりも鹿型のアラガミを脅威と認識しているのか、それとも偏食傾向によるものか。

 いずれにせよ理由は不明だが、異形の化物はルカたちに目もくれず、ひたすらに鹿型のアラガミを敵と見なしているかのように攻撃していく。

 

 方やいかなる攻撃ものともしない、新種の灰域に生きる対抗適応因子を宿したアラガミ。

 方や人とも化物ともとれぬアラガミの特徴を蓄えた、尋常ならざる再生力を持つ異形。

 2体の化物の戦いは、人の介入を許さぬ苛烈な様相を見せる。

 

 

 突如として現れた正体不明の異形。

 人間に近いような形をしていなくはないが、しかしあれを人間と呼ぶことはできないだろう。

 アラガミ化したゴッドイーターのような、人と魔の間に立つ歪んだ存在と見るのが似合うように思える。

 

 だが、その異形には明確に1つだけその正体を知らせる存在があった。

 

 ──その右手に、輝く青い刀身を持つ灰域種アラガミのコアを用いて加工されたバスターブレードと、怪しく光る黒緑色の対抗適応型アラガミのコアで加工されたタワーシールド、グウゾウの堕天種のコアを利用したレイガンで構成される神機が握られていたのである。

 

 それは、ルルの知る人物が貸し与えられている神機だった。

 

「まさか──ギスト、なのか……?」

 

 異形は神機を手に鹿型のアラガミに立ち向かっていく。

 刃が弾かれても、ならばとヌァザの腕で殴りつけ。

 その腕を焼かれ弾かれても、ならばとマントよりオラクルエネルギーの砲弾を放ち。

 それも効かないとなると、脚で蹴りつけ自らの牙で食らいつく。

 

 アラガミ化の真っただ中にあるような、人間のようなアラガミのような姿。

 だが、その手に握る神機が──そして羽の間より垣間見えた顔が。

 ルルの目にその異形が“ギスト・バラン”であることを知らせた。

 

「ギスト……ギストなのか!?」

 

 痺れる体では立ち上がれない。

 やむ終えず倒れ伏したまま異形に問いかけるルル。

 

 その言葉を背中に受けた異形。

 とても人の言葉を解するとは思えないその外見は何の返答もしないと思われたが……

 

「逃げて下さい! ──今のうちに!」

 

 異形は──確かな人間の意識を持って、ルルの問いに返答をした。

 まぎれもなく彼女の知る、アルゴノウトで再会を果たしわずかな時間だが交わしたときに聞いた、ギスト・バランの声で。

 

「──ッ!」

 

 驚きに声が出なくなるルル。

 どうして彼がここにいるのか。どうしてそのような姿になっているのか。

 それら重要なことよりも、彼女が真っ先に感じたのは感動だった。

 

 ──そうだ。こいつは過去と何1つ変わらない。

 悲しいくらいに誰かのために動き、誰かのために戦う、羨ましくなるくらいに他人のために己を犠牲にできる底抜けの優しいやつなんだ、と。

 

「ギスト……だと!?」

 

 ルルの言葉を聞き、そして返事をしたギストの声を聞き、驚愕の表情を浮かべるラズ。

 いくら新型AGEが人間離れしているからといって、アラガミのキメラのような姿となるなど想像などつくはずもなく、聞いたこともなかったのだから無理もない。

 

「うぅ……!」

 

 捕喰攻撃を受けた傷に苦しみながらも、何とか1人で立ち上がったルカ。

 彼女の目にも、先ほどまで自分たちを圧倒し、そして大事な家族に手をかけようとしていた鹿型のアラガミを突き飛ばし、立ち向かっている異形の姿が目に入る。

 

「ど、どういうことだよ……!?」

 

 ボロボロとなったルカを支えながら退避していたマールもまた、その異常な光景に足を止めて困惑を隠さずにはいられなかった。

 

 そんな彼らを尻目に、異形の姿を持つギストは鹿型のアラガミへと立ち向かっていく。

 帝王のマントを鋭い刃を持つ翼に変え、ヌァザの腕を黄色い雷光を纏う対抗適応型変異種“ナヴァト・ヌァザ”のものへと変え、鹿型のアラガミに切りつけ叩きつける。

 

 鹿型のアラガミに対抗し、強烈な雷撃を走らせる腕。

 掠るだけでもAGEの身を削りその意識を飛ばすナヴァト・ヌァザのその攻撃を持ってしても、しかし鹿型のアラガミには届かない。

 質量で押し込もうとするナヴァト・ヌァザの腕を圧倒的に上回る青白い閃光を宿す雷撃で蹴散らし、鹿型のアラガミはギストの肥大化したその腕を風船を壊すように粉々に打ち砕いた。

 

「この程度──」

 

 だが、それでもギストは止まらない。

 砕かれた腕の代わりに、すぐに新たなアラガミを模した肉体を形成する。

 

 ナヴァト・ヌァザの腕に変わって作られたのは、鈍色の甲殻に覆われた蠍の尾。

 騎士とサソリが融合したような外観が特徴の大型アラガミであるボルグ・カムランが持つ最大の攻撃手段の、先端に槍のような針を持つ甲殻に覆われた尻尾であった。

 

 その新たに生み出した尾を鹿型のアラガミに向けて突き出す。

 背中の翼からも竜巻状のオラクルエネルギーを飛ばし、加えて頭の翼からもネヴァンと同様の炎のオラクルエネルギーを宿した羽根を弾丸のように一斉に飛ばした。

 

 苛烈な火力による飽和攻撃。

 それに対し、鹿型のアラガミもまた正面から迎え撃つように自らのオラクルエネルギーを展開。巨大なドーム状に雷撃のオラクルエネルギーを広げて、その全てを相殺していく。

 

「くっ──!」

 

 ピターの放つ竜巻も、ネヴァンの放つ弾丸も、その体を貫こうとしたボルグ・カムランの尾も、その圧倒的なオラクルエネルギーの防壁に触れたそばから消されていく。

 鹿型のアラガミには傷1つつくことはなく、ギストが自身の身体に作り出す多様なアラガミの全てが弾かれ破壊されていく。

 そのままさらに範囲を広げ、ボルグ・カムランの中程まで削られた尾と神機のタワーシールドを使って構えたギストの身体も吹き飛ばした。

 

 おそらく、異形と化したギストがその身に作るアラガミが実際に立ち向かったとしても結果は同じことになるのだろう。

 あの鹿型のアラガミの表皮は、人類と既存のアラガミが知るオラクル細胞の結合とは何かが違う。

 人類の脅威として絶滅に追いやらんとしてきたアラガミ達。それらの武器を、力を、再現して異形と化して攻めかかるギストの数々の攻撃を、鹿型のアラガミは傷1つつけられることなくはじき返した。

 

 鹿型のアラガミが雷球を作り出し、お返しと言わんばかりにギストへと飛ばす。

 作り出した腕を再度破壊されていたギストはその雷球の直撃をくらい、頭部の片翼と腹部を穿たれ、背中に宿すピターの翼も破壊されて吹き飛ばされた。

 

「ギストッ!」

 

 雷撃によってボロボロにされたギストが吹き飛ばされたのは、ルルの目の前。

 その身を構成していたオラクルの破片を血の代わりに散らしながら、ルルの前に異形が落ちる。

 それにルルは手を伸ばそうとするが、まだ身体が動かず、その名前を呼ぶことしかできなかった。

 

「ぐぅ……!」

 

 ルル達は1発受けただけで倒れて動けなくなった、鹿型のアラガミの放つヴァジュラのそれをはるかに超える強烈な雷球。

 それを多数受けて身体を破壊されながらも、ギストは倒れ伏すことを良しとせず立ち上がった。

 

 ルルを守るように、彼らに背を向けて鹿型のアラガミを見据えて立ち上がるギスト。

 神機を地面に突き立て大きく息を吸い込み灰域を取り込むと、それを糧としてい瞬く間に傷を修復させてから、神機を握っていた右腕の上から赤いミサイルポッドを出現させた。

 

 クアドリガのミサイルポッド。

 砲門が開かれ、文明の利器を食らって進化を果たした特異なアラガミの獲得した能力であるミサイルが鹿型のアラガミに向けて多数発射された。

 

 爆音が鳴り響く。

 アラガミにも効くオラクル細胞から作られるミサイルの攻撃を食らった鹿型のアラガミは、しかしその黒い煙を角より発する青白い閃光となる雷撃で消しとばし、無傷の姿を露わにした。

 

 青白い雷光は空へと上がり、敵対者には神の裁きを与えんとでも言わんばかりの落雷となって降り注ぐ。

 ギストだけではない。ルルやラズ、退避しているルカたちも標的にした、広範囲にわたるさながら絨毯爆撃のような落雷の嵐。

 

「──させません!」

 

 その落雷による飽和攻撃に対し、ギストもまた守るべき人々を守るために全力で対抗する。

 クアドリガのミサイルポッドの砲門を開きミサイルを多数発射。

 ピターのマントから赤く光る無数の球体を作り、次々と空へ飛ばす。

 さらに胸部にサリエル種、その中でも禁忌種であるアイテールに見られる巨大な赤紫色の目を作り出し、オラクルレーザーを照射。

 落雷による飽和攻撃にそれらの無数の攻撃を漏らすことなく当てることで、1つとして雷を地上に届かせることなく相殺して見せた。

 

 それを見た鹿型のアラガミが、ならばと角に巨大な雷のオラクルエネルギーを溜め込んでいく。

 

「あれは……!?」

 

 それは見覚えのある姿。

 最初に共同チームの前に姿を現した鹿型のアラガミが、不死のアラガミであるハンニバルの巨体をその再生力すら一切追いつけなくなるほどの圧倒的な出力で消しとばした攻撃の前兆である。

 

 あんなものを受ければひとたまりもない。

 人間相手には使う価値もないと判断したのかルル達には一度も使ってこなかった、あの鹿型のアラガミが使う現状確認できる限り最大の破壊力を持つ攻撃手段。

 

「逃げてくれ……ギスト!」

 

 その攻撃の前兆を見て、逃げるようにギストの背中に訴えるルル。

 

 ルルに促されたギストだが、しかしその場を動くことなく異形の身体に新たなアラガミを作り出した。

 

「──もう、誰も死なせません」

 

 俊敏な動作を可能とするハンニバルを模した脚は、デミウルゴスの持つような重厚な表皮に覆われた脚へと。

 砕かれたボルグ・カムランの尾だった腕は、ハンニバルと同様の籠手を纏った白い腕へと。

 かろうじて人の形を残していた胴体は、クアドリガに見られる前面下部を覆い守る装甲へと。

 

「ルル……ッ!」

 

「──逃げて!」

 

「師匠!」

 

 仲間の声が聞こえる。

 閃光が迫り来る。

 すべての音を消し去る強烈な青白い閃光。

 

 それから自分をかばうように立つ、異形の姿の恩人がいる。

 砕かれてボロボロになったディアウス・ピターに見られる翼を宿す背中を見せ、動けない自分を守ろうとしてくれている。

 

 そしてルルは閃光に目を焼かれて瞼を強く閉じた──

 

 

 

「…………」

 

 光が収まり、自らの心臓の鼓動と自分の身体を動けなくするしびれを感じて未だに生きていることを実感した彼女が目を開けると。

 

 そこには、異形の身に作り出した多くのアラガミの部位をことごとく破壊され満身創痍となりながらも、その身に光線の全てを受けて全力で自分以外の者達全てを守り抜いたギストの背中があった。

 

「ギスト……」

 

 自分が生きていたこと、自分を守ってくれた恩人が生きていてくれたことに対する喜び。

 その恩人がボロボロになった姿と、そうなった原因が動けなかった自分を庇ったためであることに対する悲しさと悔しさ。

 事態についていけないこともあり、複数の感情が混ざり合ったルルは、異形の背中に彼の名をつぶやくことしかできなかった。

 

 そして、ギストの耳は破壊されたことによりその声を拾うことができなくなっていた。

 

「──今度こそ、守ると。必ず誰も死なせないと」

 

 それでも、彼らを……人間を守ることができたのは分かった。

 

 鹿型のアラガミが、自身の攻撃が作り出した惨状を見て、しかし誰1人死んでいないことに気づく。

 無機質で自分以外の全てを路傍の石としてしか見なさなかったその目は……少しだけ揺らいでいた。

 

「化物ならば──」

 

 ギストの握る神機に、光の輪が浮かぶ。

 絶望に膝をつき望んだ、化物の自死の願いを否定した青い刀身を持つ神機。

 

 その神機が、まるで使い手の声に道具としてではなく“自らの意思”を持つ存在として応えるかのように──

 

「──せめて人のために!」

 

 ギストの失った腕に、白い毛で覆われガントレットを纏ったアラガミの腕が代わりに宿る。

 感応種アラガミ“マルドゥーク”の前脚。

 そのアラガミだけが持つ、特殊な偏食場パルスを駆使した“他のアラガミを制御する”感応能力が、ギストの握る神機に干渉し繋げた。

 

「あれは……!?」

 

「まさか──エンゲージ!?」

 

 その光景に、ルカ達が目をみはる。

 

 AGEに授けられた、他者と繋がる絆の力。

 それが本来自我などない、道具にすぎないはずの神機につながったのである。

 

 そして、神機とエンゲージをつなげたギストの姿に驚いたのは彼らだけではない。

 鹿型のアラガミが、それまでの無機質な姿から一変、まるで人間のように驚愕し目を見開いたのである。

 

 

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 

 

 まるで何かに焦るかのように、神機とのエンゲージをつなげたギストに雷撃を放つ鹿型のアラガミ。

 それに対し、ギストは砕けた脚の表皮を剥がしてその内側から再度ハンニバルを模した白い足を作りしてから走り出す。

 ルルたちを守るためにも一切その雷球を躱すことなく、ことごとくをその身に受けながら、正面より鹿型のアラガミに距離を詰めていく。

 

「ギストッ!」

 

 あんな攻撃を受ければ無事では済まされないはず。

 

 だが、ルルの心配を他所に、ギストは雷球を受けながらもまるで効いていないかのように足を止めることなく進んでいく。

 

「何ッ!?」

 

「嘘だろ!?」

 

 鹿型のアラガミの雷球はエンゲージを繋げて仲間の力を得たからと言って、それで相殺できるような生やさしい攻撃ではない。

 それは鹿型のアラガミに圧倒された共同チームのAGEたちがその身に受けたことでよく知っている。

 

 だが、ギストはその攻撃を受けても一切足を緩めなかった。

 

「神機がつながっているから……?」

 

 ただ1人、ルカだけは何となくだが、その理由がわかったように感じる。

 誰よりも高い感応能力を持つ彼女だからこそ感じ取れたのだろう。

 ギストの握る、そしてエンゲージのつながっている神機が、使い手に力を貸すようにアラガミの攻撃を防いでくれているように見えたのだ。

 

 鹿型のアラガミは雷球が効かないと分かると、角と全身にオラクルエネルギーを蓄えて迎撃の構えをとった。

 それまで傷つけられないのだから防ぐ価値もないとゴッドイーターたちの攻撃を無視していた鹿型のアラガミが、明確にギストの攻撃を脅威と認識して構えたのである。

 

 そして、神機の届く間合いに入ったギストに向け、蹄を振り下ろす。

 

「────ッ!」

 

 紙一重でギストはその蹄による攻撃を躱す。

 その場で人間離れした跳躍をしてアラガミの頭上まで上がり、神機を横振りに鹿型のアラガミの頭部へと叩きつけた。

 

 

 

 使い手とエンゲージを繋いだ青い刀身を持つ神機は、その願いに応えるように。

 

 神機が一切効かなかった鹿型のアラガミの角を──半ばより切り飛ばした。



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トライ・エンゲージ

場面を移して、秋津洲で戦闘の様子を眺めている桜庭にアングルを当てます。


 未知のアラガミの襲来。

 そして、ハウンドとバランの精鋭で構成された共同チームの壊滅。

 その報告を受け、クリサンセマムと秋津洲はすぐに救援のために動こうとした。

 

 索敵は桁違いの探知能力を発揮するハウンドの鬼神が運用する感応レーダーを搭載したクリサンセマムが担っているが、戦闘区域の確保は数の多いバランの第三船団が担っていた。

 未知の灰域種アラガミにそれを突破された上に、それが原因で人類の希望であるハウンドの鬼神を傷つけられたという事態は、人類の希望を失いかねない大きな損失であり、バランの面子をつぶす大失態である。

 

 この状況下でさらにルカの命まで失うわけにはいかない。

 秋津洲のブリッジでは、桜庭が指揮をとりそれ以上のアラガミの侵入を許さないように船団による防衛線を構築し、すぐに旗艦である秋津洲を動かしていた。

 

「ハウンドの鬼神は人類の希望だ! 彼女だけは絶対に死なせるな!」

 

『了解。だが、長くは保たねえぞ』

 

 桜庭はとにかくハウンドの鬼神だけは死なせないようにラズに厳命し、ハンニバルの攻撃からルカとマールを守らせる。

 

 その後ラズとルルの奮戦でハンニバルは撃破、新種の灰域種アラガミの攻撃からルカの命を守ることは成功した。

 クリサンセマムが急いで収容に向かう中、秋津洲も援護のために戦闘区域に急ぐ。

 

 だが、未確認の新種の灰域種アラガミ──鹿の形態をとる中型アラガミは人類が今まで遭遇してきたアラガミとは明らかに異なる存在であった。

 ハンニバルの攻撃だけではなく、神機の刃が一切通らない。

 ボルグ・カムランの外殻のような堅牢さに比重を置く進化を遂げているとは思えない柔軟そうな表皮は、その外見に反し神機をはじめとする他のオラクル細胞から受ける捕喰攻撃に対して異常と言える耐性を有していた。

 

 神機の効かないアラガミを前に、ルルとラズはかつてない苦戦を強いられることになる。

 さらには正体不明の落雷攻撃によりラズが戦闘不能に陥り、2人は絶体絶命の状況になった。

 

 そんな中、船団の防衛線をすり抜けるように突破し侵入してきたアルゴノウト所属の新型AGE。

 その姿は明らかに人から逸脱したアラガミ化の真っただ中にあるような異形の姿であり、到底理性の残っている状態とは思えない。

 

 ここに至っての新手のアラガミの侵入により2人の生存は絶望的に思えたが、ギストは迷うことなく鹿型のアラガミへと攻撃しルルの窮地を救ったのである。

 

 絶望の中に差し込んだ一筋の光。

 だが、新型AGEを持ってしても鹿型のアラガミに傷を与えることはできなかった。

 

 異形の身に宿す多様なアラガミの器官を用いてGEにはできない苛烈な攻撃を仕掛けるギストだが、そのことごとくを鹿型のアラガミは傷1つ受けることなく弾き、逆にギストを圧倒的な力を持って追い詰めていく。

 ついにはルルとラズを守るために鹿型のアラガミの強力な光線をその身に受けたことで、ギストも半ば戦闘不能状態に追い詰められることとなる。

 

 アフリカ大陸で遭遇した新種の灰域種アラガミ。

 それは欧州のアラガミとは異なる進化を遂げた、人類にとってまさに未知の性質を宿すアラガミである。

 

 その圧倒的な強さを前に、絶望的に思われたルルとラズの生存。

 

 ──だが、その絶望を前にしてもギストは屈しなかった。

 

 エンゲージ。

 AGEに与えられた、仲間と繋がる絆の力。

 それをギストはあろうことか自我など存在しないはずの自らの振るう神機に繋げ、それを持って何をしても傷1つ与えられなかった鹿型のアラガミに対して初めて攻撃を通し、そのツノを半ばより切り落としたのである。

 

 その光景を目の当たりにした桜庭は、驚愕に目を見開いた。

 鹿型のアラガミに傷を与えたこともあるが、それ以上にその攻撃を生み出すこととなったギストの扱った通常とは異なるエンゲージに対して。

 

「“トライ・エンゲージ”だと……!? 実在していたのか!?」

 

 トライ・エンゲージ。

 それは、ダスティミラーで研究されているといわれている新たなエンゲージの可能性。

 桜庭も噂程度しか聞いたことがないが、生体兵器とはいえ自我など存在しないはずの神機と使用者の間に、絆と意思を力とするエンゲージをつなげるという代物である。

 

 付喪神という物に魂が宿るという極東にかつて存在した島国に存在した伝説になぞらえて、長年にわたり使用者に愛用された神機には魂が、自我が宿ることがあるというオカルト的な考え。

 それに基づき、神機をGEに見立ててAGEと神機の間にもエンゲージを成立させることができるのではないかという発想から生まれたのが、“トライ・エンゲージ”である。

 

 バランの上層部は馬鹿馬鹿しいと一笑に付した代物だが、桜庭はかつて極東に実際に自我を持った神機が存在したという噂話を耳にしており、またダスティミラーが本気でこのトライ・エンゲージに関する研究をしているという情報から、眉唾物と考えながらも有り得るかもしれないと実在を疑っていた技術である。

 

 トライ・エンゲージの利点は、主に2つ。

 1つ目が、AGE1人でエンゲージを発動することができるということ。

 使用者と神機の間に発生するエンゲージであるため、単独行動のAGEでは不可能だったエンゲージを1人で発現させることができるようになる。

 さらに自我を発生させるほどに適合率の高い神機であれば感応現象の共鳴を起こすことにより、通常のエンゲージを上回るコア・エンゲージに近い感応現象を生み出すことが可能となり、最大レベルのバースト状態への移行が可能となる、らしい。

 

 もう1つが、名前の由来にもなっている本来不可能とされる三者間のエンゲージを可能とすること。

 神機に自我が宿るとはいえ、人間ではない生体兵器である神機は他のAGEとのエンゲージに比べAGEの脳への負担が少ない。

 そのため強力な感応能力を持つAGEであれば、もう1人のAGEともエンゲージをつなげる許容が生まれるため、これまで不可能とされてきたAGEと神機とGEという三者間のエンゲージを発現させることができるかもしれないというのである。

 

 実在を疑っていた技術だが、実際に秋津洲の感応レーダーはギストが神機との間にエンゲージを生み出す現象を観測していた。

 そしてそれが感応現象の共鳴を起こし、理論上考えられていたという通常のエンゲージとは比べ物にならない強力なオラクルエネルギーの活性化を生み出していることも確認していた。

 

 そしてそのトライ・エンゲージが、ラズとルルが手も足も出なかった鹿型のアラガミに対し攻撃を通し、その身を傷つけることに成功したのである。

 

 

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 

 

 ギストの一撃をうけ、ツノを破壊された鹿型のアラガミ。

 今までその身を構成するオラクル細胞の結合を破壊されたことがなかったのか、明らかに動揺し悲鳴を上げている。

 

 だが、ツノを切られたとはいえ鹿型のアラガミはまだ十分に余力を残しているのに対し、ギストは満身創痍だ。

 トライ・エンゲージで身体を活性化させて無理やり立っているような状態であり、一歩踏みだすだけでも倒れそう。

 

 だが、それでも絶対に引かないというかのような強い意志を宿した目で、鹿型のアラガミを見上げている。

 

「──────」

 

 それに何を感じたのか。

 鹿型のアラガミは満身創痍と戦闘不能の獲物を前にしながら、諦めたように踵を返し、まるで瞬間移動のように雷光を一度放つと直後には感応レーダーの探知圏外にまでその身を飛ばして立ち去っていった。

 

「も、目標、ロスト……感応レーダー索敵圏外に、離脱していきました……」

 

 誰もが呆然とする中、秋津洲のオペレーターが鹿型のアラガミの反応が消えたことを報告する。

 

「……ラズとルルを収容してくれ。鬼神ちゃんは、クリサンセマムに任せるわ」

 

 桜庭もまた呆然としてしまっていたが、10秒ほどで立ち直ると冷静さを取り戻した声で指示を飛ばす。

 それを聞き、秋津洲の乗組員たちも動き始めた。

 

「……訳わからねえことが多すぎるぜ」

 

 疲れた溜息を零しながら、艦長席に座り込む桜庭。

 

「でもまあ……誰も死なずに済んでよかったわ」

 

 天井を見上げて今回の戦闘で確認したイレギュラーの数々の対応を考えながらも、ひとまず胸中を占めていたのは死者を出さずに済んだ結末に対する安堵であった。




オリジナル設定

トライ・エンゲージ
ダスティミラーにて研究されている新たなエンゲージの可能性。神機に対して感応能力を及ぼしエンゲージを結ぶ、神機とのエンゲージ。これにより神機とゴッドイーターの間に感応現象の共鳴を起こし、両者の潜在能力を最大限に発揮しさらに共鳴させて増幅することで、限界を超えた能力を発揮できるようになる。さらに別のゴッドイーターとの間にもエンゲージを同時に結ぶことで、最大で3種類のエンゲージ効果を発揮することができるようになる。神機と相手と自身をつなぐ、線ではなく三角形に繋がる新たなエンゲージ。本来人間の脳で3人分の情報を処理することは不可能であることから三者間にエンゲージを発揮させることはできないが、人間ではなく生体兵器に過ぎない神機からのエンゲージは思考面の干渉がGEに比べ希薄なため、神機と使用者とGE間であること、高い感応能力を持つ者であることが絶対的な条件となるが、三者間のエンゲージを可能とする。共鳴、増幅して生まれたトライ・エンゲージの力は、神機とゴッドイーターの潜在能力を引き出した上で共鳴させて増幅させた限界を超える力を獲得するため、他のオラクル細胞の捕喰に対し桁違いの耐性を持つ灰漠種アラガミにも有効打を通せるという極めて強力な力を発揮する。感応種アラガミに見られるにように、感応現象は兵器である神機もアラガミ故に受けることがある事(例としては感応種により無力化される通常のGEの神機)。そして神機の中には使い手の愛情を受け、一種の付喪神のように本来存在しない自我となる心を獲得する存在がある事(例としてはレンが挙げられる)。そしてエンゲージはAGEや人型アラガミだけではなく、ヴァジュラなど通常のアラガミにも繋ぐことができる事実をエルヴァスティの奇跡が証明した。それらの観点からアラガミの一種である神機の中に使い手の愛情を受け心を得た神機があれば、その心にエンゲージをつなぐことが可能では無いかという理論から生まれた、兵器と人間の枠組みを超えた絆の力。現状唯一の灰漠種アラガミに対する有効な対抗手段となる。


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人間と化物

因みに、アラガミや喰灰などのオラクル細胞を捕喰すれば偏食因子の自己生成ができるため、ギストの腕輪は新型AGEになってからは飾り同然であり、実質的に監視や拘束としての運用以外は使われていないです。


 突如として戦場に乱入し、欧州最強のAGEたちを死の一歩手前まで追い詰めた鹿型のアラガミは、突如として戦場に乱入してきた新型AGEによって撃退された。

 ツノを切られた鹿型のアラガミは、今まで傷を与えられるという経験がなかったのか、ハンニバルを脅威とすら見なさずその攻撃を無視する希薄な反応をしていたアラガミと同個体とは思えないほどの動揺を見せ、弱り切っていた獲物を前にしながら去っていった。

 

「…………」

 

 それを見届けて、戦闘が終わった事を確認した事で気が抜けたのか。

 エンゲージが解けたギストは、気を失いその場に倒れこんだ。

 

「ギスト!」

 

 何とか立ち上がれる程度には回復できたルルが、倒れたギストに急いで駆けつけようとする。

 

 彼の姿を異形たらしめていたアラガミの器官は鹿型のアラガミの攻撃により既にほとんどが破壊されており、生気を感じさせない白い肌とはいえ化物ではなく確かに人の形をとる身体はルルたちを守るために受けた攻撃の数々によって、生成して間もないマルドゥークの前脚の形を模す右腕以外はボロボロである。

 傷の再生のために無意識下で喰灰を摂取しているのか、灰域濃度がこの一帯だけ低下しており、またその傷もオラクル細胞が埋めて修復を図っている。

 ギスト本人は気を失っているが、化物らしく死んでもおかしくない負傷を受けながらも命に別状はなさそうである。

 

 だが、ギストに駆け寄ろうとするルルの前にその行く手を阻むように神機が下ろされた。

 

「──なんのつもりだ、ラズ」

 

 ルルの足を止めたのは、ラズのチャージスピアである。

 その神機の使い手である相容れないライバルを、苛立ちを隠す事なく睨みつけルル。

 だが、それを受けてもラズは神機を下ろさなかった。

 

「それはこちらのセリフだ。お前、今何をしようとした?」

 

 新型AGEは触れたオラクル細胞を捕喰して自らの糧とする。

 そしてそれはアラガミに限らず、ゴッドイーターといえども例外ではない。

 新型AGEの捕喰を受けたゴッドイーターは、灰域種アラガミに捕喰攻撃を受けた時と同様の状態に陥る極めて危険な性質を有している。

 

 そしてルルは、ギスト本人には制御できないこの体質を承知の上で駆け寄ろうとした。

 ルカだけではない。

 桜庭から可能な限り人類の希望であるハウンドのメンバーを守るように指示を受けているラズからすれば、たとえ恩人であっても放っておいても灰域の中であれば自力で回復できる新型AGEを心配することはなく、むしろ駆け寄ったところで何もできないどころか餌にされかねないルルを守るためにその進路を妨害するのは当然の判断であった。

 

「新型AGEの性質は本人から直接知らされているだろ。くだらねえ手間をかけさせんじゃねえ」

 

「──そこを退け」

 

「断る。それとも、お前は感情に任せてギスト(あいつ)に触れて、そしてギスト自身が最も望まない“人間を傷つけた”十字架を背負わせるつもりか? ギストのお人好し度合いはよく知ってるだろ」

 

「そ、それは……」

 

 ラズの言葉で冷静さを取り戻したのか、ルルは口をつぐんだ。

 自分が何をしようとしていたのかを。そして、その結果1番傷つくのが誰なのかを。

 

「理解できたなら、素人は引っ込んでいろ」

 

「……ッ」

 

 自分にできることは何もない。

 その現実を突きつけられ、悔しげに歯を噛み締めるルル。

 

 彼女たちにとって、ギストは未知の面が多すぎる。

 対してバランは新型AGEを開発したミナト。新型AGEに関しての知識は、クリサンセマムよりもはるかに深い。

 この場でルルにできることはなく、ギストのことは専門家であるバランに任せるしかなかった。

 

 2人の近くに秋津洲が到着し、数名のゴッドイーターたちが周囲の安全を確保するために展開し、その後桜庭がギストを回収するために用意したらしい灰域内でも活動できる防護服を着用した一団が降りてきて倒れた化物のもとに向かう。

 新型AGEは餌となるオラクル細胞を持たない普通の人間を捕食対象にすることはないため、ギストを捕獲するには彼らのようなGEではない普通の人間の方が安全である。

 

 そしてある程度回復できたとはいえ、未知のアラガミとの戦闘により満身創痍となっていた2人の元には神機を携えた衛生兵でもあるラズの部下のAGE、バッカス・ペニーウォートが駆けつけた。

 

「立てたのか、くたばり損ない。ならば回復錠は不要だな」

 

「相変わらずだな貴様は。これでも立ってるだけでやっとなんだよ、クソが!」

 

 出会い頭に罵声をぶつけ合う2人。

 衛生兵の肩書きもあるバッカスだが、やはりケチくさい性分は自力で立つことができる仲間に回復アイテムを譲る選択肢を削除するらしく、どう見てもボロボロのラズにすら辛辣な対応である。

 

「…………」

 

「……すまない」

 

「おいこらハゲ。何で満身創痍の隊長を無視して、そいつに回復弾を撃ち込む?」

 

「キャプテンの命令だからだ無能」

 

 だが桜庭の命令があるため、ラズは無視したがルルには無言で回復弾を撃ち込んだ。

 あくまでも上官の命令。馴れ合いをするつもりはないため、隻眼の衛生兵はルルの発した礼の言葉には何も返さない。

 ラズ以上に無愛想なこの男はバランにおいてルルとは面識がないため、ルルにとっては初対面となる。

 

「そして、そのキャプテンが貴様を招集している」

 

「……わかったすぐ行く」

 

 バッカスが伝えた桜庭からの呼び出しに応じるため、神機を担ぎ秋津洲に向かおうとするラズ。

 しかし歩き出した直後にルカたちを回収したクリサンセマムがこちらに来ていないことを不審に感じたのか、足を止めてバッカスの方をむきなおり尋ねた。

 

「おい眼帯野郎。ルルは、クリサンセマムに回収任せるのか?」

 

「黙れ火傷野郎。彼女もこちらで一時的に保護する。未知のアラガミと接触した件で話を聞きたいらしい」

 

 バッカスからの返事は、ルルも秋津洲で保護するというものだった。

 バランをクリサンセマムが警戒していることを知っているラズにとってはルルの乗船を許可するのは意外な判断だったので、表情こそ変えなかったものの内心驚く。

 

「先方の許可取れたのかよ? バランの船に仲間を託すような連中じゃねえはずだろうがハゲ」

 

「こちらは伝えたはずだぞクズ。通信無視したのは貴様だろ、その頭には蛆でも湧いているのか?」

 

「あ゛? こちとら何も聞いてねえよ、てめえの目は両方節穴になったのか? それとも理解できる頭がねえのか?」

 

「言い値で買うぞその喧嘩。たまには散財もしなければな」

 

「やんのか雑魚?」

 

「やる気かゴミ?」

 

 ルルの保護をクリサンセマムが了承しているのかの確認一つで、戦闘後だというのに喧嘩勃発の一歩手前まで発展するとはいかなることか。

 逆に言えばそれだけ仲がいいのかもしれないが。

 それはともかく、喧嘩腰になる2人の隣でルルはクリサンセマムに通信を試みようとして気づく。

 

「……故障か?」

 

 彼女の通信機がいつの間にか壊れており、クリサンセマムとの通信ができなくなっていたのだ。

 考えられるのはあの鹿型のアラガミが無数の雷撃を放った時だろうか。

 そういえばラズも落雷攻撃を受けていた。彼の通信機も破損している可能性が高い。

 同僚と額を突き合わせて喧嘩腰になっているライバルの耳についている通信機を外して確認すると、やはりというべきかラズの通信機も壊れていた。

 

「ラズ、通信機が故障している。おそらく、あの新種のアラガミの攻撃を受けた時だ」

 

「は? ……まじかよ、本当に壊れてやがる」

 

「原因が判明したならさっさと来い」

 

 アラガミとの戦闘も考慮して作られている通信機は、そう簡単に壊れる代物ではない。

 それでも破損したことを考えると、やはりあの鹿型のアラガミが扱うオラクルエネルギーは他のアラガミとは一線を画す出力を有するのだろう。

 

「ルル、キャプテンがお前にも話を聞きたいそうだ。クリサンセマムの方には話をつけているから来い」

 

「……了解した」

 

 ギストが秋津洲に回収されたことを確認し、ラズとバッカスの後に続いて秋津洲に乗り込むルル。

 そしてこの後案内された船長室にて、この船団を仕切るバランの船長と二度目の邂逅を迎えることとなる。



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閑話 グレイプニル学園!球技大会、第1試合前編

本編とは関係ない閑話になります。
登場人物たちがアラガミのいない世界で学生となり、グレイプニル学園の生徒として青春を謳歌している設定です。
※キャラ崩壊多数あり!

球技大会のルール
種目はドッヂボール。
参加者は5名、補欠は1名まで登録可能。初期ポジションは、内野4名、外野1名。
制限時間は6分間。どちらか一方の内野の人数が0になるか、制限時間を超過した時点で決着となり、内野に残っている人数が多い方が勝利となる。
中立のボールの保持はジャンプボールで決定する。
相手選手の投擲したボールに当たった選手はアウトとなり、外野に移動する。
ジャンプボールを担当した選手への第1投の攻撃は無効とする。
ボールを当てられた際、バウンドまたは敵選手の捕球前に内野の選手がボールのキャッチに成功した場合は、セーフとなる。バウンドによる無効は、両コートの床、壁、天井、敵味方の選手が該当する。
外野の選手が敵の内野の選手にボールを当てアウトにした場合、当てた外野の選手は内野に復帰できる。(アウトとなった選手は外野に移動する。内野の選手が当てた場合、外野の選手の移動はない)
バウンド・キャッチ前に複数の内野選手にボールが当たりアウトとなった場合、最初に当たった選手のみアウトとする。
内野同士、外野同士のパスは可能。ただし、パスは3回までとし4回以上のパスが行われた場合は相手チームの内野にボールが送られる。
敵選手に対する首から上への投擲は無効とする。その投擲が選手を負傷させた場合、または悪質と審判が判断した場合はイエローカードとなり、1分間強制的に退場となる。
イエローカード2枚でレッドカードとなる。
乱闘、暴力行為、審判への暴行は一回でレッドカードとなり、レッドカードを受けた選手はゲームから退場となる。
(明記されていないので、味方選手に対する顔面への投擲はルール違反には当たらない)
ルールを守って、怪我に注意し、競技を楽しみましょう!

ポジション

クリサンセマム組
監督
イルダ、リカルド
内野
①ルカ
②ユウゴ
③クレア
④ジーク
外野
⑤エイミー
補欠
⑥ニール

バラン組
監督
桜庭、ゴウ
内野
①ラズ
②シャルロッテ
③ルル
④ギスト
外野
⑤ボーデン
補欠
⑥シモン

審判
ヴェルナー

台詞
主→ルカ
ユ→ユウゴ
ジ→ジーク
ク→クレア
エ→エイミー
イ→イルダ
リ→リカルド
ニ→ニール
桜→桜庭
ル→ルル
ラ→ラズ
シ→シャルロッテ
ギ→ギスト
ゴ→ゴウ
B→ボーデン
モ→シモン
ヴ→ヴェルナー
全→全員


 私立グレイプニル学園の球技大会。

 スポーツの秋に相応しい、グレイプニル学園で開催される大会である。

 2年クリサンセマム組の面々は、この球技大会にて優勝を目指すべく、一回戦の対戦相手である2年バラン組との勝負に臨む。

 

 参加者は、ルカ、ユウゴ、クレア、ジーク、エイミーの5人。

 相手のバラン組は、ルル、ラズ、ボーデン、シャルロッテ、ギストの5人である。

 それぞれ外野及び内野のポジションを決定し、審判の教師であるヴェルナーからルールの説明が行われた。

 

 ヴ「──ルールは以上だ。質問がなければ一回戦を開始する。くれぐれも怪我には注意するように」

 

 そう締めくくるヴェルナー。

 昨年も経験しただけあり、両チームともにルールは理解している。

 特に質問はなかったので、一回戦が開始されることとなった。

 

 ヴ「それでは、両者ともに礼!」

 

全「お願いします!」

 

 ヴ「では、外野の選手はポジションについてくれ。ボールだが、両チームの代表者のジャンプボールで決めよう」

 

 先攻のボールを獲得するチームについては、代表者のジャンプボールということに。

 最初のゲームの流れを左右するこの重要な役目を担う代表者を決める両チーム。

 まずバラン組の方は、監督の鶴の一声で即座に決定した。

 

 桜「ギスト行けぇ!」

 

 シ「……(怒)」

 

 ギ「……了解」

 

 ラ「別にいいけどよ、シャリーがブチ切れそうだぞ」

 

 ル「気持ちはわかるが、落ち着け」

 

 シ「……貴様に何が分かる?」

 

 桜「シャリーさん? 落ち着こうか」

 

 シ「あ゛?」

 

 桜「ゴメンナサイ何でもないです!」

 

 多少のやり取りを通して、代表者は1番身長の高いギストに決定。

 シャリーさんブチ切れそうだが、暴れては下手をするとレッドカードになるのでなんとか抑えてもらうことに。

 そして、一方のクリサンセマム組はというと……

 

 主「私行ってもいいですか!?」

 

 ユ「お前じゃ身長差がありすぎるだろ。俺が行く」

 

 主「ユウゴのケチんぼさん!」

 

 ユ「なんとでも言え」

 

 ジ「イチャイチャしてないで、早く決めろ!」

 

 ユ「よし、俺が行こう」

 

 ルカが一度立候補したが、ギストとの体格差がありすぎるため彼女には任せられないとユウゴが行くことに。

 その際、カップルがイチャついているようにしか見えない一幕があり、ジークが切れて強制終了となった。

 ちなみに本人たちはイチャついているわけではないとのこと。ユウゴ談。

 

 ジ「実際のところ、あいつ彼女が他の男と触れるのが嫌だから立候補したんだろ」

 

 ユ「聞こえているぞジーク」

 

 ク「でも、ユウゴが私たちの中で1番背が高いのは事実だし」

 

 ジ「クレア、お前! さりげなく俺様のことチビだってディスってるよな!」

 

 ク「でも事実だし……」

 

 主「確かに、ジークは態度はデカいですけど背はちっちゃいですよね!」

 

 ジ「てめえルカ! このやろ、表に出ろ!」

 

 主「へっへーん、私はやろうじゃないのです!」

 

 リ「おい、無駄口叩いてないでポジションについてくれ! 相手チームが待っているから!」

 

 ユ「そういうことだ。ここは任せておけ」

 

 主「はい! 頑張ってください!」

 

 ユ「……(照)」

 

 ジ「いちゃついてんじゃねえ!」

 

 拳を握って応援するルカに照れるユウゴ。

 顔を赤らめならが、若干たるんだ表情となって出てきた彼女持ちに、ジークのみならずラズと桜庭も嫉妬にこもった怨嗟の視線を向けていた。

 もはや標的は決まったようである。

 

 桜「お前ら! あの黒髪が最優先目標だ、イエローカードになってもいいから潰せぇ!」

 

 ラ「任せろキャプテン!」

 

 シ「ギストに向けられない恨み、奴にぶつけてくれる……!」

 

 B「あれほど幸福なら多少の不幸があってしかるべきだな!」

 

 ユ「待て待て待て、なんで俺だけこんなに恨まれなきゃいけないんだよ!」

 

 ヴ「桜庭さん、生徒を煽るのはやめてもらえないか」

 

 桜「黙れ校長のボンボンが! てめえこそイルダさんなんて美人と付き合って許さねえぞ!」

 

 ヴ「な、何故それを……!?」

 

 リ「ヴェルナー、あんた……どういうことか説明してもらおうか!」

 

 ヴ「待て2人とも、これには深い事情が……!」

 

 イ「……(苦笑)」

 

 エ「も、もう誰でもいいからこの状況をどうにかしてください……」

 

 桜庭の暴露でユウゴのみならずヴェルナーも非モテ連中の憎悪を受けることになるしょーもない修羅場が発生して混沌と化したが、それはともかく。

 本編を進めるために事態を強制的に収集し、ゲームを開始します。

 

 ポジションの方ですが、バランは外野にボーデンが立ち、その他4人は内野に。ジャンプボールの担当は、監督兼担任である桜庭の鶴の一声で1番身長の高いギストが担当することに。

 クリサンセマムは外野にエイミーが、その他4人が内野に入り、ジャンプボールの担当は相談の結果1番身長が高いユウゴが担当することになった。とはいえ、さすがにギストに比べれば低い。最初のボール獲得は厳しいものになるだろう。

 

 コートの中心、両陣地の境目に立ったギストとユウゴ。

 向かい合う2人の間に、ヴェルナーがボールを持って立つ。

 そして周囲からは、彼女持ちのユウゴとヴェルナーに対する敵意の視線がギャラリーの男子を含めあらゆる方向から突き刺さっていた。

 結果、なんら恨まれる要因のないギストまで巻き添えでこの視線にさらされることとなり、3人揃って胃が痛い思いをする羽目に。

 

 ユ「……なんか、俺たちのせいで巻き込んだみたいだな。スマン」

 

 ギ「……お気になさらず」

 

 ヴ「君は背も高いし、モテると思うがな」

 

 ギ「恥ずかしながら、この色白の肌と瞳の色で同級生たちには“化物”と呼ばれている身の上ですので」

 

 ヴ「……嫌な思いをさせたな。申し訳ない」

 

 ユ「……ヴェルナー先生、もうバランチームにボールを渡してくれ」

 

 バラン組の闇を見た2人は、話し合いの結果ジャンプボールを無視してギストにボールを渡すことになった。

 当然、この結果には会場からブーイングの嵐。ユウゴに2割、ヴェルナーに2割、そして労せずしてボールを獲得したギストに6割のブーイングが飛ぶこととなった。

 自陣営に戻ったユウゴは早速納得いかないとメンバーに詰められる。

 

 ジ「なにしてんだよバカ!」

 

 主「ホントですよ! ユウゴのあんぽんたん!」

 

 ユ「仕方ねえだろ! あんなこと聞かされた上にボールまで取りに行くとか、鬼みたいな真似できねえ!」

 

 ク「一体なにを聞かされたの……?」

 

 そして一方の話し合いだけでボールを獲得したバランは。

 ボールを手に戻ってきたギストに、シャリーがボールを要求。

 

 シ「寄越せ」

 

 ギ「どうぞ」

 

 桜「行けシャリー!」

 

 ラ「ぶちかませ剛腕!」

 

シ「……死ねぇぇぇえええええ!

 

 ギ「!?」

 

 桜「えええええぇぇぇぇ!?」

 

 ル「ぎ、ギスト!?」

 

 B「なにしてんの!?」

 

 ラ「お前、どんだけギストのこと嫌いなんだよ……」

 

 第1投の標的は、あろうことかギストの後頭部である。

 怨念がこもった強烈なシャリーの一撃をくらい、ギストは1発でダウンした。

 バランチームは驚愕と唖然に包まれ、会場は歓声の嵐が吹き荒れる。

 

 観衆A「いいぞー!」

 観衆B「くたばれモテ男!」

 観衆C「てめえにはお似合いだ!」

 

 桜「なんか、ギストもいつの間にか非モテの恨みの矛先に含まれているようだな」

 

 ラ「いや、これ完全に冤罪だろ……」

 

 桜庭とラズはもはや完全なとばっちりで観衆の恨みを買ったギストに同情するしかない。

 とはいえ、助けるつもりもないが。

 何故かって? シャリーさんに殺されるからです。

 ギストには生贄になってもらいましょう。不幸にあってもそういう星に生まれたのです、同情しつつも見捨てたところで良心の痛むやつではないので。

 

 一方試合の方は、一時中断するべきなのだが。

 ギストを倒されたことに、昔の恩から彼と親しくしているルルが激怒した。

 

 ル「よくも……! 覚悟しろ、ユウゴ!」

 

 無論、その矛先はギストをこんな目に合わせた元凶の彼女持ちの幸せを享受しているデキる男である。

 

 ユ「待て待て待て、なんでそこの女でなく俺に怒りの矛先を向ける!?」

 

 ラ「モテる男の宿命だ。諦めろ」

 

 ユ「意味わからねえから!」

 

 主「ユウゴをやるというなら、私が止めますよ!」

 

 ル「どいてくれ、ルカ! 私はギストをこんな目に合わせたやつを許すわけにはいかない……!」

 

 ユ「俺はなにもしてないからな!」

 

 主「そうなのですか? ……わかりましたのです、ルルを信じます」

 

 ユ「はあ!?」

 

 ル「くたばれぇ!」

 

 ユ「お前キャラ変わっている──グエッ!?」

 

 ルルの投げたボールは、ユウゴの腹部に直撃。

 ルール上、狙っていい場所ではあるが。悲鳴と顔色から明らかに当たりどころが悪い一撃であった。

 ユウゴが膝をつき、再び観衆から歓声が上がる。

 

 観衆A「サイコー!」

 観衆B「よっしゃくたばれモテ男!」

 観衆C「ルルさんの球、顔面に是非とも喰らいたいです!」

 

 一部変態がいるのだが。

 それはさておき、2人も倒れてはさすがにまずい。

 

 ヴ「ストップ! 一時ゲームは中断!」

 

 ヴェルナーがゲームを一時中断する。

 ギストとユウゴが倒されたことで溜飲が下がったのだろう、観衆もこのゲームの中断にはブーイングを飛ばさなかった。

 

 ヴ「ひとまず怪我人を下げてくれ。代理の選手として、補欠登録しているメンバーはそれぞれ1名ずつゲームに入りたまえ」

 

 ヴェルナーの的確な指揮によって、ゲームの中断の原因である2名の脱落者は保健室へ。

 ローハイツ先生ならしっかりと対応してくれるだろう。

 

 そして、補欠メンバーが代わりに其々1名ずつ入ることとなった。

 補欠メンバーは其々、クリサンセマム組がニール・ペニーウォート、バラン組がシモン・バランである。

 

 ヴ「ボールはクリサンセマムの内野から。ユウゴがルール上アウトになっているためニールは外野に、ギストはルール上アウトにはなっていないためシモンは内野にて再開する」

 

 ニールは外野から、シモンは内野からスタート。

 そしてボールはクリサンセマム組の内野に落ちたため、ルカからとなる。

 では……試合再開! 

 

 主「行きますよ! ユウゴの仇なのです!」

 

 

 

 

 ……後半戦に続く。




……後編に続く。


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閑話 グレイプニル学園!球技大会、第1試合後編

閑話 グレイプニル学園!球技大会、第1試合前編の続き、クリサンセマム組対バラン組による球技大会第1試合の後編になります。


 ユウゴ、アウト。(ルルの腹直撃ボールでノックアウト)

 ギスト、ダウン。(シャリーのフレンドリーファイアで撃沈)

 

 クリサンセマム組とバラン組。アクシデントという名のルールの穴を突いた私怨に満ちた巧妙なラフプレイにより、双方のチームに脱落者が発生したため、試合は一時中断。

 その後、控えメンバーであるニールとシモンがそれぞれのチームに入り、クリサンセマムチームのボールで試合が再開された。

 

 主「行くですよ! ユウゴの仇なのです!」

 

 自分がルルにノックアウトの一撃を許した先ほどの言動をすっかり忘れ敵討ちに燃えるルカが、ルルに標的を定めてボールを投げる。

 

 主「必殺! ルカスペシャル!」

 

 ジ「ダッセェ名前だな!」

 

 ク「恥ずかしいからやめて!」

 

 モ「!?」

 

 ネーミングセンスはともかく、クリサンセマム組随一の体力お化けであるルカの投げるボールは、その立派な二つのお山以外は華奢な体躯からは想像つかない速度が込められている。

 必殺技とするだけのことはある、怪我人がでるかもしれない強烈な球だ。ネーミングセンスはクソダサだが。

 

 そして、体力はお化けだが頭の中身は非常〜に! 少々残念なポンコツちゃんのルカの場合、投げるボールは速いがコントロールがダメダメなのである。

 それはもう、本当にダメダメなのである。

 その豪速球名付けてルカスペシャルは、ルルを狙うという宣言を自らぶち壊してシモンめがけて飛ばされた。

 間一髪伏せてシモンは回避に成功したが、驚愕からその場に腰を抜かして座り込んでしまった。見た目は厳ついのに、案外ビビリな奴なのだ。

 

 ニ「……隙だらけだな」

 

 しかし、ルカのボールを交わすことに成功したとはいえ、クリサンセマムチームからの攻撃が終わったわけではない。

 外野にいたニールがボールを拾い、腰を抜かすシモンに狙いを定めて投げつける。

 

 ゴ「早く立て、シモン!」

 

 ラ「ボサッとするんじゃねえ!」

 

 モ「危ねっ!」

 

 担任教師とラズの叱咤に反応したおかげで間一髪、ニールの投げるボールの回避に成功するシモン。

 床を転がりかなり滑稽な姿で逃げ回っているが、アウトにはならなかった。

 

 ラ「オラ行くぞ!」

 

 すかさずシモンの避けたボールを拾い確保したラズが、クリサンセマムチームの内野に向かってボールを投げる。

 標的はこのメンツの中で1番弱そうなクレアだ。

 

 ラ「理事長の娘でも容赦しねえからな!」

 

 ク「父は関係ありません!」

 

 グレイプニル学園の創設者にして理事長であるランダル・ヴィクトリアスの娘。

 出自はお嬢様のクレアだが、本人は家柄にこだわり高飛車な態度をとるようなことはなく、いたってフランクな──って、閑話でこんな話はどうでもいい! 

 

 ゲスなラズはお嬢様だろうが容赦なし。

 クレアめがけて手加減なしにボールを投げた。

 

 ク「きゃっ!」

 

 クレアは受けて立つとやる気満々で挑むも、そこはやはりお嬢様。

 ラズのボールを受け止める実力はなく、ボールは胸に当たってしまい、本人は衝撃にその場で尻餅をついてしまった。

 ボールは高く上がったが、転んだクレアにボールを拾う余裕はなくこのままではアウトになるだろう。

 

 ジ「ここで颯爽、俺様参上!!」

 

 だが、ヒーローの登場がクレアを救った。

 頭にバナナを乗せた小さな巨人がクレアのおっぱいに当たって跳ね上がったボールが床に落ちる前にキャッチに成功し、クレアのピンチを救った。

 ヒーローは遅れて登場するとはよく言ったものである。

 

 ジ「おい、誰だ俺のことチビって言った奴は!」

 

 イ「ジーク、ナイス!」

 

 ニ「誰も言ってないぞ」

 

 ラ「はよ投げろよチビ」

 

 ジ「テメエかああアァァァ!」

 

 短気なヒーローはチビと呼ばれるとプッツンするらしい。

 ラズの挑発に速攻で乗ったジークは、クレアが立て直す前にボールをラズに投げた。

 案の定、ラズには通用せず呆気なくキャッチされてしまう。

 

 ラ「バカだなあいつ」

 

 ル「ああ」

 

 主「そうなんですよね〜」

 

 ニ「兄貴……」

 

 リ「おーい、落ち着けジーク」

 

 B「なら、あだ名はBK(バカ)ということで」

 

 ジ「何なんだよテメエら!」

 

 全方向からバカ呼ばわりされるジーク。

 まあ、否定はできない。グレイプニル学園では、ルカと並んで赤点の常連なので。

 

 主「私主人公なんですよ! バカじゃないもん!」

 

 ジ「テメエの方がバカだろうが!」

 

 ヴ「地の文と会話するな! 閑話といえど限度がある!」

 

 ごめんなさい。

 気を取り直して試合再開といきましょう。

 

 ジークの投げたボールのキャッチにあっさり成功したラズは、やはり弱い獲物に狙いを定めてお嬢様にロックオンしている。

 

 ラ「B.B!」

 

 B「あいよ!」

 

 目線だけでラズが指定する標的を察知したボーデンが、ラズから投げられたボールの先に移動しクレアの背中に接近する。

 そしてラズからのパスを受けるなり、流れるように振り向く間も与えずクレアにボールを当てることに成功した。

 

 B「悪いねお嬢様!」

 

 ク「くっ……無念です……!」

 

 クレア、アウト。(B.Bの外野からの攻撃により)

 

 これでクレアが外野に、ボーデンが内野にそれぞれ移動することとなる。

 内野選手はクリサンセマム組がジークとルカの2人に対し、バラン組は5人全員となり、クリサンセマム側が圧倒的不利な状況に追い込まれた。

 

 主「諦めませんよ! ここから逆転勝利、目指しましょう!」

 

 ジ「へっ、当たり前だろ!」

 

 主「おー!」

 

 拳を振り上げるルカ。あら、可愛らしいこと。

 そして肩を軽く回すと、本日二度目のルカスペシャルを発射した。

 

 主「必殺! ルカハイパー!」

 

 ラ「威力エグッ!」

 

 ジ「ダセェ名前つけるのやめろ!」

 

 ル「ルカスペシャルじゃないのか?」

 

 威力はすごいが、コントロールはダメダメの『必殺ルカハイパー』は見事に外れ。

 冷や汗を流すラズの横を通り過ぎ、誰もアウトにできず外野へ。

 

 そのボールは壁にぶち当たってから、外野の陣地に落ちる。

 それをすぐに拾ったニールが、バランチームの内野選手たちが立て直す前にエイミーに向かってパスを投げた。

 

 ニ「エイミー!」

 

 エ「は、はい!」

 

 ニールのパスを受け取ったエイミーが、反射で腰を抜かして動けなくなったシモンにボールを投げた。

 

 エ「えいっ!」

 

 モ「……しまった!」

 

 腰を抜かしていたシモンは、ニールのパスにも何とか反応した。

 そして、視線を移した先にいたエイミーの非力ながら仲間からもらったチャンスを生かそうとする健気で可愛い姿に見とれ、ボールをキャッチすることができずに痛恨のアウトを受けてしまった。

 

 桜「何してんだボケ!」

 

 ラ「バカか貴様!」

 

 シ「一発殴らせろ!」

 

 ゴ「たるんでいるようだな、シモン……!」

 

 モ「……返す言葉がない。ラズ以外には申し訳ないことをした」

 

 ラ「んだとゴラァ! このゴミ、ぶちのめすぞ!」

 

 シモン、アウト。(エイミーの外野からの攻撃により)

 

 シモンは外野へ、エイミーが内野へ移動し、これでクリサンセマム組は劣勢を少し改善することに成功した。

 現在の内野選手は、クリサンセマム組がルカ、ジーク、エイミーの3人。対するバラン組はルル、ラズ、シャリー、ボーデンの4人と、なかなかの好勝負になってきた。

 

 ボールは現在、シャリーが確保。

 1番弱いエイミーから容赦なく狙うかと思いきや、ギストが絡まなければ卑劣な行いを嫌うシャリーは向こうの内野で唯一の男であるジークをターゲットにした。

 

 シ「女子を攻撃するなどという卑劣をする気はない」

 

 桜「味方の後頭部に豪速球投げつけたやつのセリフじゃなくね?」

 

 桜庭のツッコミは届かなかった様子。

 投げられたボールをジークは小柄な体を生かして機敏に回避することに成功した。

 

 ジ「当たらねえよ!」

 

 リ「調子にのるなよジーク!」

 

 シャリーのボールを躱すことに成功し調子付くジークに、リカルドが警戒するように注意する。

 その背中をシモンが狙い、外野からボールを投げつけた。

 

 主「いただき!」

 

 しかし、そのボールは横から体力お化けによって掻っ攫われる。

 ジークをアウトにすることもできず、ルカハイパーを投げてくる体力お化けにボールを取られてしまった。

 

 イ「ナイスよ、ルカ!」

 

 桜「テメエら備えろ!」

 

 主「行くのです! 私とジークの必殺技! バナナクラッシュ!」

 

 ジ「ヤメろてめえ!」

 

 ダサい名前の必殺技に巻き込まれたジークの抗議が聞こえていない。

 それはともかく。

 

 ジ「おいスルーするな!」

 

 このチビうるせ〜な。

 それはともかく、ルカのコントロール皆無の豪速球がラズの脛に直撃した。

 

 ラ「グウオオオオォォォォォ……!!」

 

 ラズ、悶絶。

 安全に配慮された柔らかいボールとはいえ、ルカの馬鹿力で投げられるボールの威力は恐ろしいものがある。

 怪我はしなかったものの、弁慶の泣き所にバナナクラッシュを受けたラズは1人で立ち上がらなくなってしまった。

 

 ラズ、アウト。(ルカのバナナクラッシュが脛に直撃)

 

 ついに、内野の人数が並んだ。

 両チームとも3名ずつ。一時はかなり劣勢だったクリサンセマムチームがここにきて追い上げてきている。

 

 そして──

 

 ル「シモン!」

 

 モ「そこだ、B.B!」

 

 B「おいっす! いただき!」

 

 ジ「うおっ!?」

 

 ルル、シモン、そしてボーデンと、内野から外野、外野から内野へ流れるように渡ったバランチームのパスに振り回され、晒した背中を狙い撃ちにされ、ジークがアウトとなってしまった。

 

 ジーク、アウト。(ルルとシモンとボーデンの三角アタックにより)

 

 ジークのアウトにより、再び劣勢に陥ったクリサンセマムチーム。

 もはや内野はインドア派でこの手の競技は不得手なエイミーと、頼みの綱である体力お化けのルカの2人だけである。

 対してバランチームは、ルカやジークと渡り合えるルル、怒らせると本当に怖いシャリー、そして仲間との連携に強いボーデンの3人。実質ルカ1人で戦っているクリサンセマムチームに比べ、球技対決では質が上だ。

 

 ボールは現在、体力お化けの手にある。

 必殺技が炸裂するか。

 

 主「ジークの仇なのです!」

 

 B「ブゴッ!?」

 

 イ「こら、ルカ!」

 

 ヴ「ストップ! 顔面への攻撃はルール違反だ!」

 

 しかし、ここで炸裂したのは必殺技ではなく、ポカの方だった。

 あろうことかノーコンの豪速球はボーデンの顔面に直撃してしまったのだ。

 敵選手に対する首から上の攻撃は安全面からルール違反であり、何よりラズが脛に受けて悶絶するレベルの豪速球を顔面に受ければただでは済まない。

 ボーデンは鼻血を出してぶっ倒れ、頭にひよこが飛び回り気を失ってしまった。

 

 試合中断! 

 

 ル「大丈夫か? ……大丈夫、ではないな」

 

 桜「おーい、B.B? ……だめだ、ひよこが飛んでやがる」

 

 ゴ「退け、水をかければ起きる」

 

 桜「却下だアホ! 脳筋! 壊れたテレビじゃねえんだから、何でも強引に叩きおこすんじゃねえ!」

 

 ゴ「この俺に楯突く気か小僧」

 

 ル「師匠が間違っている。少し引っ込んでいただきたい」

 

 ゴ「…………(精神に大ダメージ)」

 

 一命は取り留めたが、ボーデンはもう試合に参加することはできないようである。

 リタイアが妥当だろう。

 さりげなく心に大ダメージを受けている人もいるが、彼は置いておく。

 

 さて、いくらノーコンでもやってはいけないことはある。

 

 ヴ「ルカ君、レッドカードだ!」

 

 主「あんまりだよぅ!」

 

 ボーデンを物理的にノックアウトしたことにより、ルカがレッドカードの判定をもらって一発で強制退場となってしまった。

 さすがに被害者が出ている現状、イルダやリカルドも庇いようがなく……。

 

 ボーデン、リタイア。(ルカスペシャルが顔面に直撃して気絶)

 ルカ、レッドカード。(相手選手の顔面攻撃により)

 

 ここにきて、クリサンセマムチームが圧倒的不利に追い込まれることとなった。

 内野はエイミー1人。対してバランチームは、ルルとシャリーに加えて復帰してきたギストが加わったことで、3人のままである。

 

 ジ「卑怯だろ!」

 

 ク「卑怯です!」

 

 ニ「そんなことないと思うぞ、兄貴……」

 

 桜「こっちのリタイアはテメエらの体力バカのせいだろうが!」

 

 ル「どういう状況だ……?」

 

 ボーデンをローハイツのいる医務室に運んで戻ってきたルルは、喚くジークとクレア、そしてそれに同じ精神年齢で対抗する桜庭の姿を見て現状が理解できず混乱していた。

 

 試合はバランチームの内野ボールからである。

 

 ギ「それでは──」

 

 シ「よこせ」

 

 ル「止せ、そいつには渡すな」

 

 桜「普通に向こうの嬢ちゃんに投げろ。シャリーはダメだ、うん」

 

 ギ「……では」

 

 シ「死に晒せ!」

 

 ギ「!?」

 

 桜庭とルルの忠告に従い、あえてシャリーの要求を拒否してエイミーに向けてボールを投げようとしたギスト。

 しかしその程度のことで鉾を収めるシャリーではなく、ギストの背中に飛び蹴りを食らわせてぶっ倒した。

 

 桜「何しとんねん!」

 

 ラ「フレンドリーファイア再び」

 

 モ「……女って怖い」

 

 ラ「誰かシャリーを縄で縛れよ」

 

 ル「おのれユウゴ……!」

 

 ギストは背中を蹴りつけられてダウン。

 そして投げ損ねたボールはクリサンセマムチームの内野に転がり、苦労なくエイミーはボールの獲得に成功した。

 

 リ「パスだ、エイミー!」

 

 エ「はい! 行きますよ、ジーク君!」

 

 ジ「よっしゃ任せろ!」

 

 リカルドの指示に従い、ジークにパスを出すエイミー。

 その間内輪揉めでガヤガヤを続けるバランチームはそのことに気づかず。

 

 ジ「スキありだぜ!」

 

 シ「あ?」

 

 シャリー、アウト。(ジークの外野からの攻撃により)

 

 これによりジークが内野に復帰、内野選手はお互い2名ずつとなった。

 正に拮抗している試合展開である。

 

 ジ「よっしゃ、俺様が来たからには安心しろよ!」

 

 エ「頼りにしていますよ、ジーク君」

 

 シ「油断した私の負けだ。潔く外野に向かうとしよう」

 

 ラ「いや、ギストを蹴ったお前が元凶だからな。フレンドリーファイアしなきゃ普通に勝ててたんだよ」

 

 お互いの移動してきた選手に対する出迎えの対応は対照的ではあるが。

 

 それはともかく、ここからさらに白熱するだろう試合展開を見せることとなる。

 そう、ギャラリーも熱くなってきたところで。

 

 ヴ「……試合終了だ」

 

 まさかのタイムアップとなってしまった。

 

 リ「お互い内野は2名か……」

 

 ジ「そんなのありかよ!?」

 

 ラ「終わりかい!」

 

 シ「締まらない終わり方」

 

 ニ「兄貴落ち着け」

 

 ゴ「誰かギストを起こしに行ってこい」

 

 桜「雰囲気ぶち壊すなよ校長のボンボンがよお!」

 

 ヴ「桜庭先生、いい加減にしていただけないか?」

 

 イ「訴えますよ?」

 

 桜「ゴメンナサイ」

 

 ク「この場合はどうなるんですか?」

 

 エ「内野の人数は同じですから……その他の要素で決めるしかないのでは?」

 

 ヴ「エイミー君の言う通り、両チームの内野選手の人数が同じ場合は他の要素で決まる。レッドカードの枚数などだな」

 

 イ「つまり……」

 

 ヴ「うむ。クリサンセマムチームはレッドカードを受けた選手がいる。よって、今試合の勝者は『バラン組』のチームだ! おめでとう」

 

 決着はルカのレッドカード。

 体力お化けのポンコツちゃんは、見事に戦犯となった。

 ここに、勝敗は決し勝利の栄冠はバラン組が獲得したのである。

 

 ラ「釈然としねえな」

 

 シ「そう言うな」

 

 ラ「お前のせいだからな! そして間接的にギストの野郎のせいだからな」

 

 ル「ラズ、それは冤罪だ」

 

 桜「お前らマジでよくやった! 優勝候補のクリサンセマム組を撃破したぞ!」

 

 勝利に沸き立つバランチーム。

 それを羨ましそうに見ながら、敗者となったクリサンセマムチームが退場していく。

 

 ジ「覚えてろよ!」

 

 ク「三下の捨て台詞はやめて」

 

 ニ「小物感漂うからやめろ」

 

 エ「ありがとうございました!」

 

 

 

 

 ……二回戦編に続く。

 

 



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眠る化物

通信障害により、回復までの間ルルは秋津洲に一時的に搭乗することになりました。


 商工業が盛んな欧州屈指の経済力を持つ大規模ミナト“バラン”。

 このミナトにて生み出される様々な“モノ”は、欧州のほとんどのミナトに使われている。

 灰域踏破船に用いられる部品や装甲、各種精密機器、通信設備。

 装甲車やトレーラーの完成された車両から、それらに用いられるタイヤ、エンジンオイル、ハンドル、座席、ドアや窓などの部品。

 量産型神機、感応レーダー、大規模設備で改良されたパーツや新たに開発された新型モデルの機械。

 GEが命がけで勝ち取ったアラガミのコアや灰域で拾われる資源、彼らの命をつなぐ偏食因子や神機に用いるオラクルアンプル。

 フェンリルクレジットの硬貨、および紙幣といった貨幣の現物から、取引の主流であるデータ上のフェンリルクレジットのやり取りに用いられる端末、サーバーといった装置。そして金銭ではない、それらカネに変換される貴金属類や貴重な文化財、そしてそれを保管するためのカプセルやコンテナといった容器。

 アラガミのオラクル細胞の活動を阻害させる捕獲装置、ホールドトラップやヴェノムトラップ、スタングレネードなどといった戦闘などに用いるアイテム。

 回復錠や回復柱といった回復アイテムや、応急手当を行うための医療キットとその中身。そしてそれら医薬品類に加工される元となる薬草や菌類などの素材。

 糧食プラントにて製造されるトウモロコシやレーションといった食料から、ビガーやワインといった嗜好品。

 戦闘用に製造される強化繊維で編まれた戦闘服から、式典などに出るための礼服や軍服、普段着使いに向いている衣装や、寒冷地にて活躍する防寒服、そしてその下に着込む肌着類や水着。

 物ではない情報や金融、AGEを含めた人材の斡旋、新たな神機のパーツの設計図、様々な新規技術。

 果てはコーヒーサーバー、懐中時計、バレッタ、ソファ、再生紙、サングラス、電子機器、トランプや携帯ゲーム機にクレヨンまで。

 それこそこの欧州で手に入るもので、バランで手に入らないものは殆どないと言ってもいい。

 無いものといえば、バランが唯一劣る事業である食糧供給に関する最大手を担うケイルナートでのみ手に入る畜産業の産物くらいだろうか。

 

 そして、それらバランが生産するあらゆるモノを欧州各地に運搬する運輸事業を担っているのが、バランの各船団において最大規模の人員と船数を有する“第三船団”である。

 

 その第三船団の旗艦。

 船名を“秋津洲”とするこの船に、ルルは一時的に乗船することとなった。

 

 秋津洲は時として旗艦自らも運輸事業を担うために、最大で150t規模の積荷を積載可能である。

 船自体も巨大であり、大型船であるはずのクリサンセマムと比べても尚倍以上の大きさを誇る。

 盗賊船やテロリストからの自衛のための武装や、感応レーダーを始めとする各種通信・観測設備、そして全員の居住設備やGE用の医療設備などなど、様々な設備を搭載しているため同型の輸送船と比べると積載能力は劣るがその巨体故に単艦でクリサンセマムを上回る輸送能力を保有する大型の灰域踏破船である。

 

 その秋津洲に積載されたコンテナに、ルルはいた。

 

「…………」

 

 彼女が見つめる先にいるのは、このコンテナ内部を改造して作られたアラガミ捕獲用の設備に拘束されている、1人のAGE。

 新型AGEと呼ばれるバランが生み出したその化物は気を失って以降、秋津洲に回収されてから未だに目覚める様子は無い。

 

 ギストが拘束されている区画と、研究員などが出入りするための今ルルがいる区画は透明な防護隔壁によって分断されており、触れることはおろか近づくこともできなかった。

 

 ギストの首には、オラクル細胞の活動を阻害しアラガミの動きを制限させるためのバランにて開発されたアラガミ捕獲用の首輪が取り付けられている。

 その上で封印装置に縛られている姿は、フィムをアローヘッドに移送していた時の拘束よりもなお厳重であり、彼を人間でもAGEでもなく正真正銘の化物として扱っている証であった。

 

 しかし、それは必要な措置。

 触れた相手を癒す能力のあるフィムと違い、ギストは触れた相手をGEであれば侵蝕状態に陥れてしまう危険な体質の持ち主だ。

 それに、彼の身体はAGEと比べて遥かにアラガミに近い。

 時として生存欲求を優先するオラクル細胞は、制御を担う本人の意識によらず周囲のオラクル細胞の捕食に走る可能性もある。

 明確な危険因子であるからこそ、非人道的といえる厳重な拘束をされているのである。

 

 だが、頭では理解できても感情では理解できない事がある。

 隔壁の向こう側にいるギストを見るルルの表情は、影がさしていた。

 

 8年前と同じ状況。

 自らを犠牲にして助けてくれた彼に過酷な運命を押し付け、自分は安全を享受している。

 鹿型のアラガミを撃退してみせたギストはコンテナの中に囚われ、そして鹿型のアラガミに手も足も出なかった己が自由でいるこの状況が、ルルに自分自身を責めさせていた。

 

「…………」

 

「おい、クリサンセマムとの通信が繋がったぞ」

 

 沈痛な面持ちで隔壁の向こう側を見ていたルルに、顔の半分が火傷に覆われているという凶悪な人相の持ち主であるラズが声をかける。

 ルルとラズの故障していた通信機の修理も終わり、船の通信設備に頼らずともクリサンセマムとの通信が回復したので、それをルルに伝えるために来たところであった。

 

 秋津洲に乗船してから、ルルはコンテナに向かいかれこれ1時間以上ここにいる。

 よくも飽きることなく拘束されて動かず寝ている化物を見ているものだと思いながら、ラズはルルの隣に立った。

 

「いつまでここにいるつもりだよ。お前がここにいてできることはねえぞ」

 

「……ああ、分かっている」

 

 ラズの冷たくも事実である言葉に、ルルは静かな声で同意の返事をした。

 ここにいてもできることは何もない。

 まさにラズの言葉の通りであった。

 

「あんまりあの化物に感情移入するのは止めろ」

 

 ラズの場合はルルほどの接点がギストに対してなかったことも相成り、ギストに対しては人間の心を持つとはいえ化物であり兵器であり、決して人間の仲間ではないというドライな認識がある。

 薄情というよりも、自分が今日生き残ることだけで精一杯であり他人に向ける優しさを持つ余裕がなかった幼少期をバランで過ごした故の人格形成の影響である。

 

 クリサンセマムという家族として受け入れてくれた居場所を得たルルと違い、ラズにはそういった出会いがなかったことが今の2人の違いとなっている。

 鹿型のアラガミを撃退し命を救ってくれた恩がある相手であっても、人間として見ていないからルルと違い後ろめたい気持ちも感謝する気持ちも抱いてはいなかった。

 

「…………」

 

 自身の言葉を受けても上の空でいるルルの隣に立ち、ラズもまた彼女が視線を向ける先にいる隔壁の奥に囚われている化物に目を向ける。

 そこにいるのは厳重な封印措置に不釣り合いな、白い肌の新型AGEが1人。

 外見は確かに人間だが、しかしあの鹿型のアラガミとの戦闘中に見せた姿、人類の敵であるアラガミを体に宿す姿を見た後では、人間の姿形などまやかしの化物にしか見えない。

 

「やはり、テメエと相互理解することは無理だな」

 

「……今更のことだろう」

 

「……フン」

 

 ライバルは、友ではない。

 かつての競合相手は、属するミナトの対立により一度敵となり、そして今は同じアフリカ大陸の遠征に挑む共闘相手となった。

 それでも、ルルとラズ。お互いがお互いのライバルに抱く認識は、やはり変わらず『この相手と理解し合える日は来ないだろう』というものであった。

 

 化物に対する認識一つすら、合致することはない。

 ルルが白といえば、ラズは黒という。

 分かり合えないならば、この場で話し合うことはもう残されていない。

 ラズは隔壁の向こう側にいる化物から目線を外すと、ルルを置いてその場を離れていった。



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孤立の危機

クリサンセマムの面々にアングルを当てます。


 想定外の新種の灰域種アラガミの襲撃を受け、さらなる想定外の化物の乱入によりその鹿型のアラガミを撃退することに成功したクリサンセマムとバランのキャラバン。

 負傷者が複数出たものの、幸い死者は出ず、AGEたちの終了も無事に終えることができた。

 現在はあの新種の灰域種アラガミの再度の襲撃を想定し、秋津洲の感応レーダーだけでなくバランの灰域踏破船から数隻を巡回に当てて警戒態勢を敷いている状態である。

 

 今の所アラガミの接近は確認できていないが、2つのキャラバンには別の問題が発生していた。

 

『アローヘッドのキャラバンと通信が繋がらないって? どういうことだよ、バルムンクを撃破したならBルートの脅威なんて残ってねえはずだろ』

 

「アローヘッドだけではありません。先ほどから通信を試みていますが、Cルートの先発部隊であるアルゴノウトのキャラバンとの通信も繋がりません」

 

『こっちでもレイズのキャラバンに旗艦で機関トラブルが発生したから遅れるって連絡を最後に、全くの音信不通状態だ。合流予定時刻はとっくに過ぎているのに、一つならともかくこれだけのキャラバンと連絡が取れなくなる事態なんて明らかに異常だ』

 

 それは、本来の合流予定の時間を過ぎているというのに、後続のアローヘッドとレイズ、そしてCルートを進んでいるはずのアルゴノウトのキャラバンとの連絡が一切取れなくなっているという異常事態であった。

 

 そもそも、今回の遠征の目的は現在クリサンセマムとバランのキャラバンがいるこの合流予定ポイントにアフリカ大陸における人類の最初の拠点となるミナトを新設することである。

 そのために航路を確保するための先発部隊のキャラバンと、新設ミナトの建造のための資材を運搬する輸送船団を中心とする後続部隊のキャラバンが、3つの航路に分かれて進むというのが計画であった。

 

 バランが進んだAルート、クリサンセマムが進んだBルートはそれぞれ灰域種アラガミの生息域を突き進む航路であり、他のアラガミが恐れて近寄らないため灰域種アラガミの排除に成功すれば安全を確保できる航路でもある。

 バランはラーを、クリサンセマムはバルムンクを撃破し、それぞれの航路の灰域種アラガミを排除し安全を確保してこの合流ポイントに到着した。

 他所からアラガミが迷い込むことがあっても、アローヘッドのキャラバンもレイズのキャラバンも独力で撃退できる戦力をそれぞれ有している。

 今更障害になるものはなく、順当に開拓された航路を進みこの合流ポイントに到着していてもおかしくはなかった。

 

 何があるかわからないCルートの航路を進むアルゴノウトのキャラバンには何らかの不測の事態が発生して足止めを受けているという可能性もあるが、後続のキャラバンとは合流ができず通信もできないという状態は異常だった。

 

 それに、アルゴノウトのキャラバンにしてもある意味異常である。

 キャラバンに同行しているはずの化物が──ギストがこの場にいる。

 クリサンセマムとバランはすでに事情を承知しているが、順当に進んでいれば本来ここには彼らが最も化物の存在を知られたくないはずのアローヘッドのキャラバンが到着しているのだ。

 だが、ギストを回収にも来ないし、合流もしていないし、通信も繋がらない。

 彼らにとって隠したいはずの存在である化物を野放しにしている状態なのである。

 

 クリサンセマムとバランはそれぞれキャラバンへの連絡を試みているが、いずれも通信ができない。

 新種の灰域種アラガミの襲来、ギストの単独行動、相次ぐ後続キャラバンとの通信の途絶。

 重なる不測の事態は、否が応でも彼らにとって最悪の想定をさせる不穏な空気となっている。

 

「……後続のキャラバン、そしてアルゴノウトと連絡が取れない現状で、新種の灰域種アラガミの襲撃を受け、そして本来アルゴノウトのキャラバンに属しているはずのギスト・バランが救援に駆けつけてくれた。この現状、最悪の想定が──」

 

『ああ、最悪な上に1番可能性が高い想定だな』

 

 あの新種の灰域種アラガミがCルート航路に侵入しアルゴノウトのキャラバンを襲撃して壊滅させ、ついで北上してアローヘッドのキャラバンとレイズのキャラバンを順次襲撃、その後ギストの追跡を受けながらこの合流ポイントに襲来した。

 そんな、最悪のシナリオが。

 

 この場合、後続のキャラバンが壊滅しているためクリサンセマムとバランのキャラバンは孤立しているということになる。

 未知の大陸の灰域の只中で、援軍も見込めず、開拓済みの航路もすでに安全ではなくなった中で、取り残されてしまった。

 考えられる限り1番最悪な事態であり、そして状況を鑑みるに1番可能性の高い事態であった。

 

 仮にあの鹿型のアラガミのような灰域種が多数生息しているというならば、ルカが負傷しているこの合同キャラバンにはまともに対抗できる戦力は残っていない。

 ギストがいるが、化物は戦力として運用するには危険要素が多すぎる不安定な存在だ。

 それに先ほどの戦闘も綱渡りのような戦いだった。2つのキャラバンにとって恩人と言える彼にもう一度あのような戦いをさせるのはイルダにはできなかった。

 

『頼みの綱と言ったら、ケイルナートのキャラバンだが……』

 

 桜庭が希望的観測で口にした、Cルート航路の後続のキャラバンであるケイルナートの存在。

 アローヘッド、レイズのキャラバンが壊滅している想定をした場合、頼みの綱となるのはケイルナートのキャラバンだが、先発部隊と通信が途絶している現状ではリスクを冒してまで彼らが来てくれる可能性は高くない。

 そもそも不測の事態が発生しても対応できるように、3つの航路に分かれて各キャラバンが進むというのが今回の計画だった。

 アルゴノウトのキャラバンが壊滅したとなれば、ケイルナートのキャラバンは他の航路を進むキャラバンに託して撤退している可能性が高かった。

 

「可能性は低いと思います。彼──ギスト・バランがここにいる状況でアルゴノウトのキャラバンの姿が見えず通信も繋がらない。先ほどの新種の灰域種アラガミの襲撃によりアルゴノウトのキャラバンが壊滅しそれを彼が追撃してきたと仮定すれば、あのアラガミを追うように彼が駆けつけたことにもその音信不通の状態にも説明がつきます」

 

『先遣隊のアルゴノウトのキャラバンが壊滅した惨状を見た暁には、ケイルナートのキャラバンは踵を返して撤退するだろうな。あいつらのキャラバンはマジの輸送船団だから戦力は貧弱だし』

 

 後続のキャラバンが来なければ、孤立したこの2つのキャラバンはいずれ物資が枯渇するか未知の大陸の強力なアラガミの襲撃に遭い壊滅する。

 いずれにせよ、援軍が来なければここまでの航路を放棄してアルゴノウトに撤退するしか選択肢がなくなる。

 それは、あの鹿型のアラガミのような未知の灰域種アラガミとの遭遇を警戒しなければならない危険に満ちた命がけの撤退だ。

 そして、撤退に成功したとしても得られるのは遠征の失敗という不名誉だけ。ここで壊滅するよりマシというだけの無残な結果しか残らない。

 

『一応、ケイルナートに通信をつないでみる。これだけの濃い灰域となると、ケイルナートに繋げるだけでも無理そうだけどな』

 

「お願いします」

 

 感応レーダーの性能ならば航海士のゴッドイーターの感応能力も相成りクリサンセマムの方が上だが、通信機器に関しては秋津洲に搭載されている物の方が遥かに高性能である。

 それで繋がらなければ、ケイルナートの後続も見込めないということになり今度こそ撤退するしかなくなるだろう。

 

「通信がつながったとしても、彼らをどうこの合流ポイントに導くかという問題がありますが……」

 

 リカルドの言葉通り、通信がつながったとしてもケイルナートのキャラバンをどの航路で合流ポイントに導けばいいかという問題がある。

 彼らの開拓した2つの航路も安全とは言えなくなっているし、ケイルナートのキャラバンが現在いると思われるCルート航路に至っては未開拓の状態だ。

 ケイルナートの進む航路も危険なものとなるのは間違いない。

 

 秋津洲が通信を試みる。

 その結果は──

 

『朗報だぜ、ミス・エンリケス! ケイルナートのキャラバンに通信が繋がった』

 

「本当ですか!?」

 

『ああ。アルゴノウトのキャラバンが壊滅していたのを確認したが、アローヘッドからの通信が入っていた形跡が残っていたらしい。バルムンクの討伐の情報は入手していたから、Bルート航路に入ってこっちに向かっているってよ! もうすぐ到着するらしい』

 

「確かに、朗報ですね」

 

「はっはっ……これは、大逆転といったところですかね……」

 

「良かった……!」

 

 通信は繋がった。

 その上、ケイルナートのキャラバンは撤退せず航路を変更して向かってきているとのこと。

 クリサンセマムはバルムンク討伐後にその討伐成功の一報とともに航路データをアローヘッドに送っており、それをアローヘッドがBルート航路の確保を成功したとしてアルゴノウトにも送っていた。

 アルゴノウトのキャラバンは想定通り壊滅していたが、ケイルナートは残骸からそのデータの回収に成功しており、合流ポイントに向かうためにBルート航路に変更してこちらに向かってきていたのである。

 時間はかかったものの、間も無く合流ポイントに到着するという場所まで来ていた。

 

 これで孤立無援の状況は打破した。

 その上、ケイルナートのキャラバンが入ればこの場所に計画通りミナトの建造物資を搬入することができる。

 それは同時にもはや失敗と思われていたこの遠征の成功につながる、大逆転と言っていい朗報であった。

 

『確実にケイルナートのキャラバンを導きたい。秋津洲を動かして向こうのキャラバンと合流し、ここに誘導する。悪いけど、Bルート航路の情報を貸して欲しいのと、おたくのルルさんだが乗せたままここを離れさせてもらいてえんだが、構わねえか?』

 

 向こうもこの朗報に歓喜しているのだろう。

 桜庭の通信の向こう側から秋津洲内の歓声が聞こえてくる中、桜庭はケイルナートのキャラバンを確実にこの合流ポイントに導くために秋津洲を動かしたい旨を言ってきた。

 

 現在の秋津洲にはルルが乗船している。

 急ぐためにも彼女をクリサンセマムに下ろす暇はないため一緒に連れて行くことになるが構わないかと、イルダに確認を取る。

 

 バランは信用できないが、もしも何らかの企みを持っているとすればわざわざこのような確認はとらないはず。

 それにこの状況下ではいくらバランといえども同じ人間、同じこのアフリカ遠征の成功を目指す同志を疑いたくなかったし、バランという組織としてならばともかく、イルダは個人的にはAGEに対する差別意識がほとんどない桜庭をある程度信頼できる相手と見ていた。

 

「大丈夫です。どうか、よろしくお願いします」

 

『船団は残す。アラガミの襲撃があった際には、貴女の指揮下で戦うように言っておくから遠慮なく使ってくれ』

 

「わかりました。桜庭さんもお気をつけて」

 

『分かってますって。ああそれと、前借りする航路の情報料はバランに請求してくれよ』

 

「ちゃっかりしてますねぇ」

 

 リカルドとも軽口を交わしつつ、桜庭は秋津洲の発進準備に入るに通信を切った。

 

 秋津洲との通信を終えたクリサンセマムのブリッジに集う面々は、安堵の息を漏らした。

 

「いやぁ……一時はダメかと思いましたが、ツキが回ってきましたね」

 

「ありがとうリガルド。貴方のおかげだわ」

 

「こうなるとは思ってなかったですけどね」

 

 ケイルナートのキャラバンをBルート航路に導くこととなった、アルゴノウトに残されていたBルート航路の情報。

 バランには半分嫌がらせを込めて送らなかったが、今後アフリカ大陸遠征の最前線を担うこととなるアルゴノウトのために必要だろうとBルート航路も利用できるようにリカルドがアローヘッドのキャラバンにアルゴノウトへの航路情報の開示を依頼していたのである。

 

 大金になる航路の情報を無償で開示するなど自らの功績をドブに捨てるような行為だったが、今回はそれが功を奏してアルゴノウトにもアローヘッドから航路の情報が渡り、そしてそれを回収したケイルナートのキャラバンがBルート航路に入ることができたのだ。

 リカルド自身も友好関係にあるアルゴノウトに必要な情報を渡しただけのつもりで、このような幸運につながるとは思っていなかった様子。このような結果になったことに本人が1番驚いていた。

 

 不運が続くように幸運も続くらしい。

 エイミーに医務室のクレアから通信が入り、クリサンセマムにさらなる朗報が齎された。

 

「オーナー、ルカさんが目を覚ましたようです! 後遺症もなく、体調も良好とのこと!」

 

 新種の灰域種アラガミの撃退後、侵蝕を受けていたこともあり気を失ったルカが目を覚ましたという。

 その上、後遺症などもなく健康状態も良好とのこと。

 帰還後にクレアとフィムがつきっきりで治療してくれたこともあるが、やはりハウンドの鬼神が持つ人間離れした回復力によるものだろう。

 

「ここは自分に任せて、迎えに行ってあげてくださいオーナー」

 

「……ありがとうリカルド。何かあったら」

 

「ええ、その時は存分に頼らせてもらいますよ」

 

 イルダとエイミーが医務室に向かい、ブリッジにはリカルドだけが残される。

 

「……さてと」

 

 残されたリカルドは、自分にできることをするために感応レーダーにアクセスして先ほどの戦闘の記録を確認していく。

 未知の灰域種アラガミ。

 先ほどの戦闘では唐突な襲撃だったことやルカがいきなり戦闘不能に追い込まれたことなどの事態が重なったことからろくに解析もできなかったこの鹿型のアラガミの情報を、落ち着いたこの状況で詳しく調べ少しでも情報を得るために解析を始めた。



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捻じ曲げられた事実

秋津洲のラズとルルにアングルを当てています。


 クリサンセマムとの通信後、ケイルナートのキャラバンを合流ポイントに導くため発進した秋津洲。

 クリサンセマムから借りたBルート航路の情報を基に、ケイルナートのキャラバンと合流するために開拓された航路を逆方向に進む中、ブリッジで艦長席を占領していたラズはあることに気づく。

 

「キャプテン、この航路──」

 

「ん? ああ、落雷みたいな跡があるな。あの鹿型のアラガミが通ったのはここのようだ。アローヘッドのキャラバンを潰したとなれば、消耗してあの強さってことになるな」

 

 ラズの気づいた点。

 それは、Bルート航路にあの鹿型のアラガミが通ったと思われる、落雷のような痕跡が多数残されているということ。

 それが示すのは、あの鹿型のアラガミが通った道はアルゴノウトのキャラバンを壊滅させてから北上してこのBルート航路を進んできたという足跡である。

 

 つまり、通信が未だに繋がらないアローヘッドのキャラバンもあのアラガミの襲撃を受けた可能性が高い。

 そして襲撃を受けたということは、今回の遠征で最大戦力を有していたアローヘッドの派遣したキャラバンがあの鹿型のアラガミによって壊滅したということを示唆している。

 

 中型以上の灰域種アラガミとも戦える最大戦力を持つアローヘッドのキャラバンと交戦し壊滅させた。

 それがあの鹿型のアラガミというならば、その最大戦力を有するアローヘッドのキャラバンと交戦した後であれほどの余力を残していたということになる。

 そうなればまさに未知数の力を持つアラガミとなるだろう。

 

 だが、ラズが感じた疑問はそこではない。

 実際に交戦したラズ自身が理解していた。あのアラガミは2つのキャラバンを壊滅させたくらいで消耗するような存在ではない、今まで交戦したアラガミと一線を画す存在だと。

 

 だから、そんなことは今更だった。

 ラズがおかしいと感じた異変は、その鹿型のアラガミがこのBルート航路を通って合流ポイントに襲撃を仕掛けたということ。

 Cルート航路に侵入してアルゴノウトのキャラバンを壊滅させてから北上してBルート航路に侵入したとなれば、明らかにおかしい点があるのだ。

 

「キャプテン、俺が聞きたいのはそんなことじゃねえ」

 

 先ほどのクリサンセマムとの通信で、桜庭は言った。

 Bルート航路よりも北を走るAルート航路の後続部隊であるレイズのキャラバンも、このアラガミの襲撃にあったせいで通信が効かなくなったのではないか、と。

 

「Bルート航路をあの鹿が走ったとすれば、なんでそれより更に北のルートを進んでいたレイズとの通信が途絶したんだ? ラーを撃破したあの航路の危険の排除は完了したはずだ」

 

「………………」

 

 ラズの問いに、感応レーダーの管制をする桜庭は無言だった。

 

 このキャプテンは何かを隠している。

 無言を返答とされたことにイラついたラズが、声を荒げてもう一度問いかけた。

 

「おいキャプテン答えろ! なんでレイズのキャラバンと通信がつながらねえんだよ! 鹿の足跡はAルート航路に向かってねえはずだろ!」

 

 ラズが声を荒げる中、ブリッジに集うオペレーターたちは誰1人として口を開かない。

 ラズが明確に疑問を口にしたのに、誰1人としてキャプテンに真意を問いただそうとしない。

 

 不穏な空気が漂っている。

 桜庭だけではない。自分がラーの討伐のために出撃していた間に、このブリッジで何かがあった。

 そう直感したラズに、桜庭がゆっくりと振り向いた。

 

「…………ッ!」

 

 そして、その桜庭と目を合わせた時、ラズは思わず息を飲んで口を閉ざした。

 

 振り返った桜庭の顔は、ラズが知る普段の飄々とした“桜庭 ユウイチロウ”の顔ではない。

 そこにあったのは、見る者を黙らせる無表情という名のどんな強面が出す威圧よりも重い威圧を与える“バランの輸送屋”が見せる顔だった。

 

「……ラズ、レイズのキャラバンはアラガミの襲撃により壊滅したんだ。()()が示されたことに、いちいち変な仮説を立てるな。分かったな?」

 

 底冷えするような、聞く相手に心臓を鷲掴みにされているかのような錯覚を覚えさせる声。

 桜庭の言葉に、ラズはただ無言で頷くしかない。

 

 その反応に満足したのか、桜庭はラズに背を向けて感応レーダーの観測結果が表示されている中央のスクリーンに目線を戻す。

 

「二度とレイズの行方に疑問を持つんじゃねえ。遠征に集中しろ」

 

 その言葉を皮切りに、冬空の下に置かれていたような錯覚に陥っていた空間に熱が戻る。

 桜庭の纏う雰囲気も元に戻っており、先ほどのことは幻だったのではないかとすら感じる時間。

 もう、この問題を追及する者は秋津洲のブリッジにいなかった。

 

 

 

 その頃、秋津洲が動き出してもコンテナに留まり隔壁越しにギストを見ているルルの元に、1人のAGEがやって来る。

 足音に反応してその方向に目を向けたルルの前に立っていたのは、ラズではない。

 鼻の上を横一文字に走る一条の傷と、青みを帯びた短髪に、耳にドクロ柄のピアスをつけ首元にヘビ柄のタトゥーが見える、ラズほどではないが凶悪そうな人相をしている、ラズの後輩にあたる第三船団所属のAGEである“シモン・バラン”であった。

 

「お前は、確かラズの部下の──」

 

「訂正しろ。俺はあいつの部下じゃねえ」

 

「……そうか」

 

 反論の仕方がラズと全く同じだったが、そこを突っ込むとラズの同じタイプの場合面倒なことになるのでスルーすることとした。

 

 見てくれもラズの後輩らしい。

 物言いも同じであることを考慮すると、ラズの弟のように見えてしまい、なんとなく可愛らしく見えた。

 とはいえルルの表情は多少口角が上がるだけでほとんど動かず、またルルとの面識が少ないシモンにその小さな変化を見抜くことはできず気づかれることはなかった。

 

「……私に何か用か?」

 

 ギストを化物と見ているバランの関係者の場合、特にGEでこの場に来るような物好きはいない。

 ここに来たということは、ギストではなくルルになんらかの用件があるということなのだろう。

 そう考えて用件を尋ねたルルに、シモンは目線を横にそらしながらその用件を伝える。

 

「ラズから聞いていると思うが、キャプテンがあんたと話がしたいから船長室に来て欲しいと。案内するから、ついて来い」

 

「承知した」

 

 ルルの返事を聞いたシモンは、背を向けて歩き始める。

 ルルはもう一度隔壁の中に囚われているギストの方を見てから、シモンの後に続いてその場を離れていった。

 

 先導しているシモンだが、チラチラとルルの方に目を向けながら歩いている。

 付いてきているかを確認するというよりも好奇心から来るような目線に感じたルルは、自分の右目の傷のことを見ているのかと思ったが、それが間違いだったことをすぐに認識することとなる。

 

 コンテナを後にしてブリッジなどに向かう道すがら、シモンだけではなくすれ違う船員たちから必ずと言っていいほど目線を向けられるのだ。

 それも右目の傷など眼中にはなく、顔に、髪に、胸に、背中に、脚にと、身体中に。

 

 そして気づく。

 乗船してからというもの、すれ違う秋津洲の乗組員は誰もが男性ばかりであり、女性乗組員の姿を一度も見ていないのだ。

 

「女性乗組員はいないのか?」

 

「ウェイ!?」

 

 単純な疑問として口にしたところ、ルルの声にシモンはまるでアラガミの奇襲を受けたかのように大げさな反応をした。

 そしてルルの方を振り向くと、またすぐに目線を横に向けて答える。

 

「あ、ああ。第三船団の船旅は長いものになるし、下らねえ諍いの元になるし、バカやらかす輩が出れば感染症の温床になりかねないし、そもそも設備を整えてねえしな」

 

「そういうことか」

 

 秋津洲だけではなく、第三船団にそもそも女性乗組員がいないとのこと。

 不慣れな上に欲求不満だから自分に視線が集中していたというわけか。

 シモンの答えと、そしてこの目線を横に反らせる反応から、自分に向けられる目線の正体を理解したルル。

 

 とはいえ自分にそういう経験はなかったが、バランにいた頃に唯一心を開いていた姉弟子から女のAGEは時に慰み者にされることもあった話は聞いていた。

 醜い欲望を隠すことなく向ける目線とはいえ、こちらを道具と見なし躊躇なく舐め回すようにむけてくる輩に比べれば彼らの視線などかわいいものである。

 

「いや、だからってあんたに手を出そうとするバカはさすがにいねえからな! 俺も含めて!」

 

 言い訳するように、そこまでは誰も言っていないというのに声を荒げるシモン。

 その反応がルカの無自覚な誘惑に翻弄されるユウゴやマールに見えて、思わずルルは笑ってしまった。

 

「ふふっ……意外と可愛らしいところがあるな」

 

「可愛い言うな!」

 

 顔を真っ赤にして反論するシモン。

 ラズに似ているからか、初対面とは思えない。

 

「と、とにかくついて来い!」

 

 強引に話を切り上げて先を急ぐシモン。

 周囲の視線を一身に集めながらその後ろをルルは続き、桜庭の待つ船長室へと向かっていった。



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取引

 シモンに案内に従い、秋津洲の応接室に到着したルル。

 扉の横には衛兵よろしく神機を担いだ浅黒い肌色のAGEが立っている。

 同じ船団に所属するAGE同士というだけあり知り合いの様子だが、子供に見せたら泣かれるであろう凶悪な人相のラズやシモンと違い、その衛兵AGEは目尻が垂れた穏やかそうな印象を受ける顔立ちをしている。

 

「キャプテンは中か? B.B」

 

「もう中で待ってるよ、()()も一緒にね」

 

「了解した」

 

 シモンはB.Bと呼んだその衛兵AGEと言葉をかわしすでに中に桜庭がいることを確認すると、扉をノックする。

 B.Bと呼ばれたAGEの口にした『先客』というものが気にかかったルルだが、中で待っているというならばその答えはすぐにわかるだろうと判断し、B.Bたちに尋ねることはせず先に部屋に入っていったシモンの後に続いて扉の先へと足を踏み入れた。

 

「キャプテン、ルル・バランを連れてきました」

 

「おう、助かるわ。こうして顔合わせるのは2度目になるな」

 

 室内にいたのは、2人のGE。

 1人はテーブルを挟み扉から1番遠い席に座っている、2度目の邂逅となる第三船団のトップ。

 黒目黒髪が特徴の黄色人種、バランの輸送屋こと“桜庭 ユウイチロウ”。

 

「…………」

 

 そしてその桜庭とテーブルを囲み左側にもう1人。

 外套に身を包みフードを目深にかぶっているため顔は見えないが、隠せていない胸部のふくらみからおそらく女性と思われる、テーブルに投げ出している足の上に置かれた両手首に取り付けられた二対一組の大型の赤い腕輪が光るAGEがいた。

 

 そのAGEはルルの方に一度目線を向けると、何も言わず再び桜庭の方を向きなおる。

 

「いや、なんか言えよ……まあいいや。とりあえず、その辺に適当に座ってくれ。多分、長話になると思うから」

 

 顔も見せず無言でいるAGEに対して困ったようにボヤいた桜庭は、立ち上がりルルに座るよう促した。

 促され、その謎のAGEとテーブルを挟んだ位置に座るルル。

 対面のルルには興味など無いと言わんばかりに、AGEは見向きもしない。

 

 このAGEが、シモンにB.Bと呼ばれていたAGEの言っていた“先客”なのだろうか。

 第三船団は男所帯であることをシモンから聞いていたルルは、テーブルの上に無作法に置かれているそのAGEの脚に、そして対面になったことで該当の隙間から見えたAGEの服に目を向ける。

 その胸元には、ルルも見覚えのある波打つ水平線と向日葵のエンブレムが描かれていた。

 

(レイズのAGE……? なぜ、秋津洲に?)

 

 それは、医療・製薬分野において欧州屈指の科学力を持つミナト“レイズ”のエンブレム。

 クレアが開発したAGE適合試験における後遺症の治療薬開発にてクリサンセマムと協力し、現在は供給を担っている。

 レイズは今回の遠征にもキャラバンを派遣しており、本来はバランが開拓したAルートの後発隊として現在クリサンセマムがいる合流ポイントに向かう予定だったが、あの鹿型のアラガミの襲撃を受けたのか通信ができない状況に陥っているという。

 

 そのレイズ所属のAGEが秋津洲に搭乗している。

 レイズとバランは交流が無いミナト同士。親密というわけでもなければ、対立しているわけでも無い。

 交流が今までなかったミナト同士なのだから遠征における連絡要員というならば特に不自然な点はないが、連絡要員という重要な役目をほとんどが灰域により大量に発生した孤児が占める無教養なAGEに任せるとは考えにくい。

 別に連絡要員がおりその護衛を務めているAGEだとしても、ならばこの場に1人でいる理由が無いので、不審な点が多い。

 

 場違いなレイズのAGEがいることに困惑するルル。

 そしてこの2人をこの場に招いた桜庭は、ルルに見惚れて動かないシモンに呆れたような目を向けて、話が始まらないと異性慣れしていないシモンに退出を命令した。

 

「シモン、お前な……馬鹿面晒すなら出て行け。というか、お前が聞く内容じゃ無いから出て行け。ほら、はよ、回頭180度して廊下へゴー!」

 

「りょ、了解!」

 

 桜庭の声で我に帰ったシモンが退室する。

 その姿を桜庭はため息まじりに、そしてルルは滅多に動かない口角を少しだけあげて見送る。

 レイズのAGEはシモンにも何の興味も無いらしく、終始彼のことを無視していた。

 

「さてと、帰投したばかりで休んでいたいところを急に呼びつけたりして申し訳ないな」

 

「別に構わない」

 

「若いな〜、おっさんは任務終わったら身体中痛くてもう1日働きたくなくなるわ。コーヒー淹れるからちょっと待ってくれ」

 

 場が3人になると、桜庭はまずルルを気遣う謝罪をしてから軽口を交えつつコーヒーを用意する。

 そしてカップをルルと自分の前に置くと、早速と言わんばかりにルルにある提案をしてきた。

 

「さてと。君を呼んだのは、ケイルナートのキャラバンと合流する前にもう一回勧誘したかったからだ」

 

「バランに戻れと?」

 

「いやいや、ラズの誘いと内容は同じ。この遠征中だけで良いからさ、うちの船団に雇われてくんね?」

 

 それは、この遠征が始まる前にアルゴノウトにて接触してきたラズが出した提案。

 遠征中、バラン第三船団の傭兵として雇わせて欲しいというもの。

 内容は同じだが、今回はキャラバンのトップ自らの勧誘である。

 

 だが、その返答を誰に誘われようとルルは変えるつもりはない。

 拒否しようと口をつけようとしたコーヒーカップを置いたところ、ルルが返事をするよりも前に桜庭がこの件に関して条件の提示をしてきた。

 

「もちろん、タダとは言わねえよ。ハウンドと君個人に対して相応の報酬は支払うし、バラン全部とはいかねえがハウンドの進めるユーラシア大陸横断計画に船団から支援をさせてもらう。バランの輸送屋のコミュニティ舐めんなよ、人脈だけなら経営陣のタヌキ共以上のもの持ってるからな、絶対損はさせねえ」

 

「…………」

 

 桜庭の提示してきた条件に、拒否の答えが止まるルル。

 恩人であるダスティミラーの経営者、アインの悲願である“ユーラシア大陸横断計画”。

 欧州のほぼ全土に表裏の人脈を築いているだろうバランの輸送屋からの協力を得られるという条件は、この計画を推し進める上で非常に大きな力となるだろう。

 

 だが、それでも夢は自分たちの手で掴むとハウンドは決めた。

 桜庭はバランの幹部でもある。そして、大きな支援者となる存在であってもバランを信用することはできない。

 ユーラシア大陸横断計画はまだ達成に多くの課題があるものの、それでもバランの力を借りなければ届かないような叶わない夢ではなくなっている。時間はかかっても、きっと到達できるという希望が見えている。

 

 ならば、やはりルルの答えが変わることは無い。

 再び拒否の返事をしようとするルル。

 

 だが、桜庭はそんな彼女の意思をほとんど変わらない表情から汲み取り、その上でさらに交渉のためのカードを切ってきた。

 

「おっと、対価はまだ用意するぞ!」

 

「条件次第でも私は──」

 

「──新型AGE。君さ、あの化物と知り合いなんだろ?」

 

「「──ッ!?」」

 

 今、この秋津洲のコンテナに隔離されている新型AGE。

 すなわちこの船のトップである桜庭が今はその命を握っているギストのことを口にした途端、ルルとレイズのAGEの表情が明らかに変わった。

 

「ギスト、とか言ったっけ。アルゴノウトの下で使い潰すには勿体無さすぎる存在なんだよなぁ、灰嵐の中でも戦える上に“トライ・エンゲージ”を発動させたあの新型AGE。あいつの境遇、知ってるよな?」

 

「貴様ッ……!」

「…………」

 

「おうおう、2()()()()すげえ反応」

 

 シモンとの会話を通じて得た和やかな雰囲気は、もうルルから完全に消えていた。

 敵を見るかのように桜庭を睨みつけながら、ルルは目の前のバランの幹部の一角である男と自分の鈍っていた警戒心に怒りを抱いていた。

 

 この船はあのバランの領域であり、そしてバランというミナトがどれほど目的のために手段を選ばない組織だったのかを今更になって気づかされた。

 愚かすぎる。

 

「さてと、ルル君。その力、この船団に貸してくれねえかな?」

 

 ギストを見捨てることはできない。

 悔やんでももう遅い。

 クリサンセマムと離され単身となったこの場で、この交渉を受けたルルに拒否する選択肢はなかった。




レイズは設定上、クリサンセマムとハウンドに友好的なミナトの一つとなっています。


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離別

桜庭との契約を受けたルル。
一時的にとはいえ、バランの船団に戻る決断をした彼女が仲間たちにその事を伝える回です。


 桜庭から提示された契約。

 その書類にサインしたルルは、これにより遠征期間中という短い間とはいえ再び勝手の古巣であるバランのAGEとなる。

 

 現行の改正された灰域航行法において、AGEは所属するミナトを自らの意思によって決定、変更する権利を有している。

 AGE本人の意思が最優先されるため、所属の変更に際して当人が決めたならばミナトの方は口を出すことができない。

 

「契約は果たしてもらう」

 

「ああ、無理言ってるのはこっちだしな。そちらに支払う対価はきっちり用意するさ」

 

 敵意を隠すことなく睨みつけてくるルルの視線を受けながら、桜庭は飄々とした態度を崩さない。

 ルルがサインした契約書を受け取ると、書類の内容に不備がないか、そしてお互いが出している条件についての項目などを1つずつ確認する。

 

「よし、問題なさそうだな。どうする? クリサンセマムには俺から伝えようか?」

 

 相談もなく突然別れることになったと仲間に伝えるのは心苦しいだろうという桜庭からの気遣いに、ルルは首を横に振る。

 

「必要ない」

 

「そうか。だが、どうせ後からオーナー殿から苦情が俺のところにくるだろうし、同席はさせてもらうぞ。面倒ごとはその場で早めに片付けておいたほうがいいからな。プライバシーは配慮するから、聞かれたくない話になったら言ってくれ」

 

「……ああ」

 

 取引材料にギストを出して半ば強引にこの契約を結ばせたというのに、桜庭の態度はあっけらかんとしたものだ。

 恨まれている自覚はあるのだろうか。

 バランの幹部らしく面の皮は厚いらしい。

 

 ルルとの契約がまとまった桜庭は、ギストのことが出た時に反応したもののそれ以外は無関心を貫いているレイズのAGEの方に目を向ける。

 

「お前さんはどうする?」

 

「…………」

 

「いや、なんか言えよ。雇われんのか、雇われねえのか?」

 

 レイズのAGEもまた、桜庭から雇用契約を持ちかけられているらしい。

 だとしてもなぜルルを呼び出したこの場に同席させたのか。先ほどの件、明らかにレイズのAGEは無関係の話題だった。

 新型AGEという単語に反応していたが、あれはバランガ極秘裏に開発しアルゴノウトに引き渡した存在である。この件に一切関わりがないレイズのAGEには知る由もない話題のはず。

 

 レイズのAGEは席を立つと、結局桜庭には何も言わず部屋を出て行ってしまった。

 

「オイオイオイ! シモン、シャリーを船室に引き止めてろ! まだ話は終わってねえ!」

 

「了解! おい待てそこのフード!」

 

 慌てて外にいたシモンに指示を出した桜庭。

 結局、先客と称したレイズのAGE──シャリーという名のようだが──、なぜあの場に同席させていたのかルルには何もわからなかった。

 

「……なぜ、あのAGEを同席させた?」

 

「いやー、あの鹿みたいな新種のアラガミのことを聞きたかったんだけどなぁ……」

 

「…………」

 

 新型AGEという単語に反応していたので、もしかしたらギストと何か関わりがあったのかもしれないという仮説が一瞬浮かんだルルであったが、尋ねたところ桜庭から返ってきた答えはアラガミについて聞きたいことがあったというものだった。

 

 鹿みたいな新種のアラガミ。

 それは先ほど襲撃してきたあの新種の灰域種アラガミのことを指しているのだろう。

 そういえば、バランのキャラバンの後続で来ているはずのレイズのキャラバンと通信が途絶したとラズは言っていた。

 レイズのキャラバンもあのアラガミの襲撃を受け壊滅したということなのだろうか。

 

「それじゃ、クリサンセマムにつなぎますかね」

 

 疑問が出て解決しない中、話題をそらすように桜庭がクリサンセマムとの間に通信をつなげる。

 ルルとの雇用契約について連絡を入れるためだ。

 

「一時とはいえ、向こうの船には帰れなくなる。短い間の別れの挨拶だな」

 

「…………」

 

「おいおい、そんなに睨むなよ。悪い内容じゃないだろ」

 

 桜庭に殺気を込めた目を向けてから、通信が繋がった先であるクリサンセマムのブリッジの様子が映し出されたビデオ通話の画面に向き合う。

 

『ルルさん? 桜庭さん、これは一体……?』

 

 通信を受けたエイミーが困惑の顔をみせる。

 緊急措置として一時的に秋津洲に預けているルルと、キャラバンを率いる桜庭が揃って、突然クリサンセマムに通信を飛ばしてきたのだ。

 クリサンセマムにしてみれば、今の秋津洲と話すことはケイルナートのキャラバンとの合流についてのことだけ。合流できたかなどといった連絡をするのに、ルルが同席する必要などないからである。

 

「……イルダにつなげてほしい。話がある」

 

『ルルさん……? 分かりました、少々お待ちください』

 

「おう、よろしくな」

 

 後ろで薄気味悪さを覚える軽薄な笑みを浮かべている桜庭とは対照的に、ルルの表情は沈んでいる。

 その様子に異変を感じたエイミーは、イルダに連絡を取るとともに平静を装いながらリカルドにも気づかれないようにアイコンタクトと画面に映らない場所でハンドサインを送って異変を知らせた。

 その意図にすぐさま気づいたリカルドが席を立つ。

 

『すまんエイミー、少し任せていいか?』

 

『どこか具合でも?』

 

『いや、少しトイレに行くだけだよ。すぐ戻る』

 

『分かりました』

 

 多少小芝居を挟みつつ、裏で動くためにリカルドが席を立つ。

 ただし、桜庭には見抜かれたらしい。

 

「トイレねぇ……別に大層なことしてねえのによ」

 

 小声でぼやいた内容はルルの耳には届いたが、マイクは拾わなかったためクリサンセマムの面々には聞こえない。

 

『お待たせしました』

 

 少ししてから、クリサンセマムのブリッジにイルダが現れた。

 その後ろにはリカルドから何かあったことを聞いたのだろう、ルカを始めハウンドの面々もいる。

 

「そんなかしこまらないでくださいよ、今回話があるのは俺の方じゃないんで」

 

「……イルダ、話がある」

 

『……人払いをした方がいいかしら』

 

「いや、ハウンドにも聞いてほしい内容だ」

 

 

 

 

「私は一度バランに戻ることにした。相談もなく勝手に決めたことは謝る。必ず戻るから、今は何も言わず認めてほしい」

 

 

 

 それを聞いたクリサンセマムの面々は、一堂に表情を驚きのものに変えた。



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灰漠種アラガミ

シカシカシカシカ……と、散々鹿呼ばわりしてきた新種のアラガミの名前がようやく作中にも登場します。


 無事、ケイルナートのキャラバンとの合流に成功した秋津洲。

 アフリカ大陸に初めて人類が築くこととなるミナト。その建造物資を満載したケイルナートの輸送船団を先導し合流ポイントに向かう秋津洲にて、ルルとの会話に一区切りがついた桜庭は通信でケイルナートのキャラバンとの対話をしていた。

 

『なるほど、新種の灰域種アラガミに……』

 

「アルゴノウト、アローヘッド、レイズ……俺たちは実際に蹂躙されているところを見たわけではないから明確な表現は出来ないが、その後にこちらも襲撃を受けたし、航路に痕跡も残っているし、間違えないとは思っている」

 

『しかし、流石ですな。未知の灰域種アラガミの襲撃に遭いながら、見事撃退してみせるとは』

 

「いや、クリサンセマムと鬼神ちゃんがいなければ俺らも今頃砂漠のチリだったろうさ。そしてこうして貴殿のキャラバンと合流できなければ、孤立無援の中で干あがることになっていた。本当に感謝しています」

 

『我々としてもこの大事業に置いて失敗の烙印をミナトに与え、不名誉の帰還を果たすところでした。灰域種アラガミに立ち向かい、こうして航路を確立していただいたあなた方のご活躍に助けられた身です』

 

「その感謝は私よりも命をかけて道を切り拓いた英雄たちに贈ってください」

 

『そのように。それでは、先導をお願いします、桜庭氏』

 

「お任せ下さい。次は、この大陸における最初のミナトにて直にお会いしましょう」

 

 桜庭が通信を終え、再びルルとテーブルを囲む位置に戻ってくる。

 一方のルルは、桜庭から持ちかけられた提案を受けた時に見せていた親の仇に向けるような敵意を隠さない目線は既になく、落ち着いる様子。

 彼女の前に置いてあるコーヒーカップは2杯目が空となっており、3杯目は要らないと断られていた桜庭はケイルナートから手に入れたバウムクーヘンを出していたが、まだ手つかずの状態であった。

 

「あれ、食わねえの? ひょっとしてバウムクーヘンは苦手?」

 

「……今は良い」

 

「貴重品なんだけどなぁ……まあ、好きな時に食べてくれよ」

 

 ルルやレイズのAGEが両腕につけるものと比べると小型の赤い腕輪が装着された右手にパソコンを持ち腰を下ろした桜庭は、それをテーブルに置いて起動させるとあるフォルダを開いた。

 

 桜庭がルルと対面した最たる目的は、ハウンドが誇る灰域における偵察のエキスパートたるルルを船団に一時的にでも雇い入れるためである。

 だが、もう一つ。

 すでにラズから話を聞いていたが、今回初めて確認された新種の灰域種──鹿型のアラガミについての情報を得るために、実際に交戦したルルからも話を聞きたかったのである。

 

「さてと、次の話題──というか、シモンには元々その目的で君を呼んでくるように言った案件なんだが、ハンニバルとの戦闘中に乱入してきたあの新種のアラガミについて実際に交戦した君から直に話を聞いてみたくてな」

 

 桜庭がパソコンの画面をルルの方に向ける。

 桜庭が開いたフォルダの中身は、戦闘中の周辺区域における灰域濃度の計測データのログであった。

 

「……これは」

 

「気づいた? 明らかに不自然な点があるよな」

 

 そして、それを見たルルはすぐに不自然な点に気づく。

 ルルも新種の灰域種アラガミとの戦闘に集中していたため後から気づいたことだったが、鹿型のアラガミを中心とした一定範囲の灰域における大気中の喰灰の数が少なく、まるで砂漠の中に点在するオアシスのように灰域濃度レベルが1段階下がるほどに薄まっているのである。

 

「鹿のアラガミからは対抗適応因子の反応が確認されていた。灰嵐種や対抗適応型アラガミといった灰域種の派生種に該当するのは間違えない。だが、全く異なる方向に進化して灰域に適応したアラガミだっていうのがこの灰域のデータからだけでもわかる」

 

 桜庭の言葉の通り、この不自然な灰域濃度の低下は鹿型のアラガミの周囲のみに局所的に発生している。

 鹿型のアラガミが移動すれば、その低濃度灰域の範囲もそのまま移動する。

 原因が鹿型のアラガミにあるのは間違えないだろう。

 そして、その性質は今まで周辺の灰域を()()()()()()灰嵐種アラガミなどとは真逆のもの。

 鹿型のアラガミは自らの周辺の灰域を()()()()()()性質があると推測されるのである。

 

「灰域を構成するのは“喰灰”と呼ばれる、極めて性質や偏食傾向が変化しやすい微細なアラガミたちだ。微生物型アラガミとか、超小型アラガミとか呼ばれることもある、他のアラガミとはまた違う存在であり、そしてどれだけ小さくてもオラクル細胞が構成するアラガミの仲間だ」

 

 桜庭の言葉通り、灰域を構成する微細なアラガミとも言える喰灰はオラクル細胞を持つ。

 オラクル細胞で構成されるならば、オラクル細胞の感応現象の影響を受ける。

 特に強力な感応能力を持つ灰嵐種アラガミなどは、自らの感応能力により灰域を構成する喰灰に感応現象を広げ、灰域を活性化させる性質を持つ。

 

「そして、オラクル細胞で構成されるアラガミである以上、喰灰にもオラクルエネルギーが存在する」

 

「その通り。灰嵐種アラガミは自ら生み出す感応現象によって活性化させた灰域からオラクルエネルギーを獲得し、自らのさらなる強化を図る性質がある。範囲内の無数に存在する喰灰に対して広げられる感応現象は感応種アラガミ見たく他の小型以上のアラガミを操るほど強力な偏食場パルスを作り出すことはできないから俺たち第2世代以前のGEの神機を支配下に置くことはできないが、微細で単体では極めて弱くそして環境などの外的要因などの影響を受けやすく性質の変化が非常に起こりやすい“喰灰”が相手ならば有効だ」

 

「こうして自らに適応する灰域を生み出す灰嵐種アラガミは、自らの支配下に置いた灰域からオラクルエネルギーを獲得し、空間の支配者と言える力を有するようになる」

 

「その灰域の支配権を握られている限り灰嵐種アラガミは無敵と言っていいほど強力な存在であり続けるんで、対抗するための対策としてその灰域を沈静化させることで性質をさらに上書きし変化させることで空間の支配権を奪い取る形をとることができる“対灰嵐種戦術弾”が必要になるわけだ。君たち“ハウンド”によって開発された、な」

 

 桜庭の言葉に、実兄のジークに「俺の弟って何者だよ……」と恐怖さえ与えてしまうほどの意味不明な天才発明家ことハウンドのエンジニアであるキースの功績“対灰嵐種戦術弾”と、アインの協力のもとハウンドが成し遂げた“灰嵐種アラガミ討伐”の偉業を振り返るルル。

 

「そして“灰域を構成する喰灰に対して感応現象を及ぼす事ができる”灰嵐種アラガミのコアから獲得したのが、性質が極めて変化しやすい灰域に対して自らの偏食場を変化させ適応することであらゆる性質の灰域に対応することができる、生きた対灰域隔壁といえる“対抗適応型装甲”だな。……この船も使わせてもらっているが、長距離の無補給灰域航路の踏破には絶対に欠かせない代物だよ。ホント、君らってどれだけ凄まじい偉業を積み重ねていくのよ。しかも、これフェンリル本部奪還作戦から1年も経たない内に全部開発して完成させやがったよな!?」

 

「……正直、あの天才には私も怖くなることがある」

 

「…………」

 

 つらつらと桜庭が並べたキースの発明の数々に、ルルはおもわずジークと同じく時折恐怖心すら抱くことがあるキーズの天才ぶりに対する感想を吐露してしまい、そして今まで興味がなさげだったレイズのAGEはこの話を聞いたことでフードの中から見える口を開けていた。

 開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。無理もない。

 

「……あー、話が脱線したから戻すぞ」

 

 桜庭が灰嵐種アラガミの件にそれた話を戻す。

 もともとこの話は対抗適応因子を獲得した灰域種アラガミの派生種と思われる鹿型のアラガミの進化の傾向の推測をするために、比較対象として灰嵐種アラガミに話が広がっていたのだ。

 今回の話題の中心にいる鹿型のアラガミの性質は、この灰嵐種アラガミの性質とは真逆と言っていい“灰域を沈静化させる”ものがある。

 

「一方で、この鹿のアラガミは灰域濃度を下げる。灰嵐種アラガミと違う、というか真逆と言っていい形で灰域に影響を及ぼしている。灰嵐種アラガミの性質を考えれば、これではむしろオラクルエネルギーの供給源を自らふさいでいるようなもんだが……周囲の灰域濃度を下げて強くなる存在に心当たりがあるよな」

 

「…………」

 

 数多くのアラガミを観察しその生態の研究をしているルルは、この新種のアラガミが持つ性質に対する答えとなるだろう仮説が既に浮かんでいた。

 

 それは、かつてフェンリル本部を舞台に繰り広げられた家族を取り戻すための戦いでグレイプニルが掲げたあの計画を彷彿とさせるものであり、この遠征に参加するにあたって偶然から予期せぬ再会を果たした“彼”の抱える特質を彷彿とさせるもの。

 

「灰域を活性化させるのではなく、灰域を構成する“喰灰を捕喰して直接そのオラクル細胞を取り込み自らを強化する”。感応現象で活性化した灰域からオラクルエネルギーを獲得するのではなく、単純に喰灰というアラガミを喰らい自らの力とする、捕喰に特化した進化形態」

 

 ──それは、まさしくオーディン、そして新型AGEの持つ“灰域捕喰能力”であった。

 

 性質が極めて変化しやすい上に、“生物”という群体ではなく“天災”という群体を作り上げる喰灰の捕喰は、偏食傾向がある普通のオラクル細胞には不可能な芸当である。

 

 だが、例外は存在する。

 

 一つはさながら白血球のように自らを構成するオラクルを用いてあらゆる性質を持つ灰域を捕喰し中和、やがて訪れるオラクルの供給源である操縦者のGE自身の消滅を引き換えに灰域を取り込むことができる生体兵器“オーディン”。

 

 そして、もう一つが“環境に適応する”という一つの性質に特化した特別なオラクル細胞“レトロオラクル細胞”から生み出された、灰域に適応できる対抗適応因子。

 その性質を自らオラクル細胞に獲得し、そしてアラガミとして捕喰に特化した形に進化させた灰域種アラガミのコアを利用し生み出された、オラクル細胞を捕喰しそれを直接自らを構成するオラクル細胞に還元することができる“アラガミ捕喰能力”を獲得した存在“新型AGE”である。

 

 新型AGEが獲得する、自らの肉体を構成するオラクル細胞は“あらゆる性質のオラクル細胞に対応し捕喰する”という捕喰傾向に特化したオラクル細胞に進化した。

 あらゆるオラクル細胞の捕喰にだけ進化したその性質は、他のオラクル細胞の捕喰に強い耐性を持つ。

 それは遠方からの灰域も合流するため性質の変化が他の灰域よりもさらに多様な形となった紅煉灰域はおろか、全てを喰らい尽くす活性化した灰域である“灰嵐”の中ですら一切の支障なく戦闘が可能なほど。

 むしろ灰域を構成する喰灰すらも餌として喰らい、自らの糧として自身のオラクル細胞を活性化させたり、神機の制御に必要な偏食因子を生成したり、オラクル細胞で構成される肉体の修復を行ったりすることが可能であり、喰灰の数そのものを減らすことで結果的に灰域濃度を下げてしまう。

 

 そして、鹿型のアラガミはこの新型AGEと同じ性質を持つ進化に至ったと考えれば、灰域濃度の低下をはじめとする現象の数々に説明がつくのだ。

 

 それが、ルルの浮かんだ仮説であり、桜庭もまた思い至った仮説でもある。

 

 灰域を捕喰する灰域種アラガミ。

 様々な性質のオラクル細胞を餌とするため、オラクル細胞同士の捕喰に打ち勝つ形に特化した進化になる。

 必然的にその偏食傾向はオラクル細胞に向かうし、灰域相手にもオラクル細胞の喰らい合いで打ち勝つその身を構成するオラクル細胞は神機の捕喰に対してもその強靭さを遺憾なく発揮するだろう。

 神機すらも弾き傷一つ負わないあの頑強さにも説明がつく。

 

「新型AGEのアラガミバージョン……考えたくないが、現状のあらゆる情報に説明がつくな。何より新型AGEに至る“P82–c偏食因子”自体が灰域種アラガミのコアから発明されたものだ。元が同じなら、アラガミが似た性質を持つ存在へと進化していったとしても、何らおかしく無い」

 

「…………」

 

 適応できたと言ってもあくまで耐性。完全ではない故に、身の丈に合わない高い濃度となればたちまち自分たちAGEすらも喰らい尽くされる灰域。

 それが活性化しまさにオラクル細胞がもたらす天災の形をとった“灰嵐”。

 そして、それを喰らい尽くして餌とする存在。

 それがあの鹿型のアラガミ。

 そんな相手に、人工アラガミに過ぎない神機の刃が通るはずもないだろう。

 

 人類が唯一アラガミと戦える手段として獲得した武器である“神機”。

 それが一切効かないアラガミの出現は、かつてのアラガミ相手に無力だった神機を未だ持たなかった人類の時代に逆戻りすることを示唆しており、一方的な狩られるだけの餌に落ちることを意味していた。

 

「灰域を餌にしてしまうアラガミか……」

 

 灰域すら喰らい、全てを喰らう天災も枯らしてしまうアラガミ。

 桜庭の言葉に、このアフリカ大陸の北に広がる大地を、そしてバランの近郊に広がる荒廃した世界を連想したルル。

 彼女の口から、新種のアラガミの性質を表現するのに似合う呼称が自然と出てきた。

 

「“灰漠種(かいばくしゆ)アラガミ”……」

 

「……なるほど」

 

 ルルのつぶやきを拾った桜庭が、しっくりくるなという表情を浮かべる。

 

「灰域を枯らして、喰灰にとっての砂漠を作り上げるから“灰漠種アラガミ”か。的を射ている呼称だな。以後、あの鹿と類似する性質を持つアラガミは“灰漠種”として分類するようにグレイプニルに打診しておくか」

 

 ──灰漠種アラガミ。

 ルルが名付けたこの呼称は、このアフリカ大陸に進出して初めて人類が遭遇することとなった新たなアラガミの区分として正式に分類されることとなる。

 

「じゃあ、俺は生まれ故郷の神話の“アメノカクノカミ”からとってと。外見だけは鹿以外の何物でもないし、あの鹿のアラガミは“アメノカク”と呼ぶことにするか」

 

「……任せる」

 

 そして、人類が初めて確認した鹿型の灰漠種アラガミ。

 このアラガミは桜庭が名付け親となり、欧州方面で発見された新種のアラガミでは極めて珍しい日本神話から引用した“アメノカク”の名称がつけられることとなった。




桜庭の会話に出てくる喰灰についてや、灰嵐種アラガミ、対抗適応型装甲に関しては、GE3の追加ストーリーと設定をベースとして、根本は外れないようにして細かいところの補足を作者の独自設定で追加してみました。
あくまで作者の勝手な独自設定なので、皆様の方で訂正や反論などのご意見があれば教えて頂きたいです。


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テリウス・メイガード

今回はルルにアングルを当てます。


 バランの各キャラバンにおいて、最大の規模を持つ第三船団。

 その旗艦である秋津洲は現在、予期せぬ新種のアラガミである灰漠種アラガミ“アメノカク”の襲撃を経てから、本来の目的であるケイルナートのキャラバンと合流を果たし、クリサンセマムとの合流ポイントを目指して荒廃した砂漠の海を移動していた。

 

 その秋津洲にて。

 赤い装束が特徴のAGEルル・バランは、ハウンドに出会う前に所属していたこの古巣と言える勢力を示すバランのエンブレムが背中に刺繍された上着を羽織り、第三船団に所属するAGEラズ・バランの案内のもとキャラバンのトップの招集を受けて応接室に向かって歩いていた。

 

「バランの空気は久しぶりだろ?」

 

 秋津洲の内部を歩きながら、ラズがルルに問いかけてくる。

 彼女にとって決して幸せとは言えなかった、AGEとなり幼少期を過ごしたミナト。

 

 ルルの知るバランは人を人と見なさない、利益のためならばどれほど非難浴びることも、非人道的なことも行う組織だった。

 命には何の価値もない。

 実験動物、ミナトの道具として過ごす日々が続いた世界。

 

 だが、ラズが“古巣”と呼んだこの船の中は、ルルの知るバランの世界ではない。

 

「4番船と連絡つかねえ!」

「通信機がまた故障してるぞ!」

「整備班何してんだよ!」

「エンジントラブルに総動員中だ!」

「いい加減新調しろよ、オンボロエンジン!」

「予算がねえんだから仕方無えだろ!」

「第二船団の再構築に忙しいからな、上は」

「それよりケイルナートの客迎える準備は!?」

「終わってるわけねーだろそんなの!」

「あ、ラズだ! あの野郎女連れてやがるぞ!」

「おいこら火傷野郎! 1人でいい思いしてんじゃねえよてめえ!」

「うるせえな! 黙って仕事できねえのかお前ら!」

「できると思うかこの船団に!」

「騒がしいのがこの船団の気風だろうが!」

「それと野郎ばかりのむさ苦しいのもな!」

「それをラズ、お前というやつは女を連れ込みやがって!」

「死ねクソ野郎!」

「誰だ今死ねつったの! 脳天に風穴開けるぞテメエ!」

 

 バランにいた頃は、生存の意思と明日への希望を見失い虚ろな目をしているか、死と苦痛の恐怖に怯えているものたちで溢れていたが。

 少なくとも、この“秋津洲”の中にいる者たちに、その様子は見られなかった。

 船にいる者たちは口々に罵声をぶつけつつも、そこにはバランにあった恐怖や絶望の色は無く、むしろ誰もが喧嘩をする余裕があるほどに活き活きと働いている。

 

「……騒がしい船だ」

 

「お前のところも大概だったぞ」

 

「そうだな」

 

 ラズの返しに、思わず口元をほころばせながら答えるルル。

 なるほど、彼の言う通りクリサンセマムの騒がしさもなかなかのものだ。

 

 そして気づく。

 バランにいた頃は決して心を許すことがなかったライバル。同じ師を仰いだ仲とはいえ、常に険悪だったはずのラズとこのような会話を交わしたことはなかったはずだ。

 ルルだけが変わったとしても、ラズの方がバランの忠実なコマのままであったならば警戒していただろう。

 

 クリサンセマムに拾われたことで初めて自分を人として受け入れてくれる世界を知り変わったルルと同じように、ラズもこの船団に拾われて変わったのかもしれない。

 こちらを振り返ったラズの顔を見る。

 顔の半分を覆う火傷により子供に見せられる人相ではないラズだが、よく観察すると絶望の中で周囲を受け入れず鬱ぎ込むルルが知る故郷のバランにいた頃の目ではなく、明日への希望を抱き生きている光の宿る目をしていた。

 

 そのラズの目を見て、ルルはかつて師匠にかけられた言葉を思い出しその時の心情をようやく理解できた。

 家族と呼べる者達と出会ったことで変わったもの。

 

 ──“人の心を知ったな”──

 

「何だよ」

 

 ルルに見つめられ、ラズが怪訝な目を向ける。

 それに対し、ルルはきっと師匠と再会したらかつて自分がかけられた言葉をラズも言われるだろうと思いつつ、何でもないと首を横に振る。

 

「……いや、何でもない」

 

「……何でもないならその目を向けるのは止めろ。なんかムカつく」

 

「相変わらずだな」

 

「うるせえな」

 

 ルルの返事に対して怪しむような目を向けながらも、ラズは特に掘り下げることもなく先導を再開する。

 そして応接室に到着し、ラズとともに中に入ると、そこにはルルを待っていた2人の人物がいた。

 

「お、来たな。改めてよろしくな!」

 

 1人はこの船団を率いる責任者であり、バランの幹部でもある東洋人のGEである桜庭。

 今はルルとの間に雇用契約を結んだ一時的な雇い主でもある。

 

「なるほど、彼女がハウンドの……」

 

 もう1人は左の頬に一条の古傷が走る、短く角刈りに揃えられた銀髪が目を引く見知らぬ顔の、しかし声は聞き覚えのある30代後半と思しきグレイプニルの白い軍服に身を包む白人の男性。

 顔は知らないが、その声は桜庭と通信機越しに会話をしてきたケイルナートのキャラバンの団長のものだった。

 

 銀髪の男の右腕には、桜庭と同じくGEの証であるルル達AGEに備えられているものよりもひとまわり小さい赤の腕輪が装着されている。

 しかし、現役の桜庭と違いその腕輪は封印処置をされており、神機を使える腕輪ではなかった。

 

 男の軍服の上着の胸の部分には、グレイプニルの総本山であるフェンリル本部のエンブレムである『主神殺しの狼の顔(フェンリル)』ではなく、ケイルナートの所属を示す『羊の頭部と双葉のソテツ』のエンブレムが刺繍されていた。

 

 その出で立ちと声から、ルルは銀髪の男をケイルナートのキャラバンの代表と認識する。

 

 銀髪の男はソファから立ち上がると、ルルに腕輪をつけていない方の手を差し出してきた。

 

「初めまして。私はテリウス・メイガード。今回のアフリカ遠征計画にケイルナートのキャラバンの代表として参加させている者です」

 

 そう名乗った銀髪の男──テリウスは、穏やかな表情をルルに向ける。

 そこにGEの多くが見せるAGEに対する差別意識や蔑みのようなものはなく、英雄とはいえキャラバンを率いる船団長と一介のAGEというむしろ格付けとしては下の地位にいるはずのルルに対して頭ごなしの態度をとることもなく、誠実さと謙虚さを感じる紳士的な態度で接してきた。

 

「……ルルだ」

 

 この船団にいる間は、苗字はあまり名乗りたくない。

 もともと口数が少なく愛想のいい方ではないルルは、バランの船団に帰ってきたこともあり警戒心が高まっている。

 バランの幹部である桜庭と親しげという時点で、見てわかる表面上の態度からだけでは信用できないと判断し、GE相手に初対面からこのような対応をされることに慣れていないことによる困惑も少なからずあってか、テリウスに対して名前だけを口にして最低限の礼儀として握手を返すだけというかなり無愛想な対応をする。

 

「あえて光栄です。以後お見知り置きを」

 

 しかし冷たさを感じるルルの対応にもテリウスは怒ることもなく笑顔で流すと、次にその隣に立つラズに左手を差し出した。

 

「久しぶりですね、ラズ。面と向かって会うのは半年ぶりになりますか?」

 

「8ヶ月くらいになるんじゃねえの? そっちこそ相変わらず古傷が痛むこともなく元気そうだな、キャプテン・メイガード」

 

「そうですね。最近は事務仕事ばかり請け負う立場になったせいか、傷よりも関節の痛みに悩まされる日々を過ごしていますよ」

 

 他所のミナトのキャラバンを率いる幹部だろうと構うことなく砕けた口調で返し、テリウスの手を握り返すラズ。

 皮肉を飛ばしているようにも見える言葉だが、意外なことにラズの口調には攻撃的な様子はない。

 桜庭が注意する素振りもないから、テリウスもラズの態度を認めているということなのだろう。2人はそれなりに親しい間柄なのか、砕けた口調にテリウスも特に機嫌を損ねるようなことはなく、純粋に友との再会を喜ぶような笑顔を見せた。

 

 バランの第三船団は欧州各地を回っている。

 彼らの船団は他のミナトと共闘することも少なくないし、ケイルナートはバランとそれなりに交流のあるミナトだ。

 外の世界に戦友となる人物がいたとしてもおかしくはない。

 

 ラズとの再会を喜び自己紹介も済んだところで、桜庭がルルとラズにソファへ座るように促す。

 合流したケイルナートのキャラバンのキャプテンにわざわざ秋津洲へ来てもらってする話といえば、あの件しかないだろう。

 ラズもルルも自分たちが呼ばれた時点であらかた見当がついている。

 

「取り敢えず、2人とも座れ座れ。もうすぐクリサンセマムが待っているポイントに到着する頃だし、いろいろと共有したい情報があるからな」

 

 2人が座ったのを確認した桜庭は、このアフリカ大陸で確認された人類の新たな脅威となる存在『灰漠種アラガミ』の現時点で把握している情報をまとめたページをタブレットに開いて4人が囲むテーブルの上に置いた。

 

「さてと、合流ポイントに到着するまでに共有したい情報があったんでわざわざ秋津洲まで来てもらった件だが……」

 

 そう切り出した桜庭。

 アローヘッドのキャラバンが壊滅した惨状はケイルナートのキャラバンも確認している。

 その元凶となった新種のアラガミがいるという予想はついていたのか、初めて見る灰漠種アラガミ『アメノカク』の情報をまとめたタブレットを覗き込むテリウスはそこまで大きな驚きを表に出すことはしなかった。

 

「灰域種アラガミの派生種に該当すると推測される、新種のアラガミですか……」

 

「便宜上『灰漠種アラガミ』って名付けているが、まあこいつらの現時点で分かっている特徴をとらえた呼称だし、正式な名称として採用されるだろ」

 

「アローヘッドのキャラバンを壊滅に追い込んだのも、このアラガミが?」

 

「同一個体とまでは断定できていないが、可能性は高い。というか、こんなのがポンポンいて欲しくないし、むしろ同一個体であってほしい」

 

「アローヘッドの派遣したキャラバンの規模を考えれば、全滅する前に救援要請を打診したとしてもおかしくはないと思いますが」

 

 テリウスたちは他のキャラバンが受けた灰漠種アラガミの襲撃を一切察知できていなかった。

 その点に関しても、交戦した時に第三船団の灰域踏破船にて灰漠種アラガミの特徴かアメノカクの固有の能力なのか、通信機器の故障が相次いで発生しており、アメノカク自身の移動速度もあったがそれが原因で接近に対応できなかった。

 同様のことがアローヘッドのキャラバンに発生していたとすれば、救援要請がまともに出せず察知できなかった点にも合点が説明がつく。

 

「こいつが現れた周辺では一部の通信機器に異常が発生していたし、アラガミとの戦闘にも耐えられるGE用の通信機器もぶっ壊されたものがあった。人知れず2つのキャラバンが全滅させられたことについての説明はこれでつきそうだろ」

 

「特定範囲における通信障害……なるほど、それならば救援要請がまともに発信されなかった点も説明がつきますね」

 

 このご時世、新種のアラガミに驚いていては生きてなどいられない。

 その点、テリウスは見たことも聞いたこともない灰漠種アラガミの存在を疑うこともなく信じているようである。

 

「これだけの情報を集めるならば、交戦したということですか? もしや、討伐できたのですか?」

 

「俺たちが生き残っているのが何よりの証拠となるかもだが、討伐はできてねえ。かろうじて撃退して生き残っただけだ」

 

 桜庭の言葉に、ラズとルルの表情が側からは分かりにくいが影を帯びる。

 

 そう、撃退にかろうじて成功した。

 それも、自分たちだけではそれすら叶わなかったところを救援に駆けつけてくれた化物がいたからという幸運で。

 

 灰漠種アラガミは神機で傷をつけられない、GEでは対応できないアラガミ。

 灰域さえも餌とする、オラクル細胞同士の喰らい合いで打ち勝つことに特化した進化を果たした“絶対的な捕喰者”。

 現在の人類に対抗手段のない新たな脅威である。

 

「灰漠種アラガミの研究だの対抗策だの諸々、この遠征でやることが大量に積み上がった。もう、単なる新天地開拓事業じゃない」

 

 拠点の設営、アフリカ大陸における最初のミナトの建造とともに生き残った者達で身を守るために、やるべきことがある。

 灰漠種アラガミの存在をケイルナートにも通知し、クリサンセマムとも合流してこの新たな脅威に対する対抗策を講じる。

 

 桜庭はそのためにテリウスをこの秋津洲に乗せて、直に顔を合わせて情報の共有を図った。

 そして、実際に灰漠種アラガミと交戦した彼らとも協議するためにラズとルルを招集したのである。

 

「灰漠種アラガミへの対応はミナトの建造と並んで最優先で行うべき案件だ。クリサンセマムの人たちとも協議するとしても、事前にここにいる面子だけでも色々と照らし合わせるのは必要な手間だな。何度も説明させて悪いけど、テリウスもいるこの場でもう一回アメノカクと交戦したお前達の感じたことを聞かせてくれよ」




オリキャラのプロフィール(設定)

テリウス・メイガード(34)
アフリカ大陸遠征事業にて、欧州南方にあるミナト“ケイルナート”から派遣されてきたキャラバンの代表。角刈りの銀髪と左の頬に走る一条の傷が特徴の元第二世代GE。桜庭達バランの第三船団やアルゴノウトとも交流がある。いかつい見た目に反して穏やかな気性の人物であり、下の身分の相手にも礼節を持って対応する人格者。欧州の食料庫として大規模な農業プラントを有する裕福なミナトであるケイルナートが元々AGEに対する差別意識の薄い気風だったこともあってか、例え相手がAGEであってもその対応は変わらない。桜庭から依頼を受けて新型AGEに関する情報の流出源を探っていた。ルカ達を虜にした洋菓子類も、元は彼が桜庭に売った代物である。


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