かっこいいと言われるのは嫌。なのに付き合った (月島柊)
しおりを挟む

Heart.1 名前なんて分からない

第一話となりました!
Heart.1とは、第1話のこと


 高校に進学したら、何か特別なことがあるんだろう。そう思っていた。

 

 俺は、市の北側に位置する、幸総北高校に入学した。偏差値もそれなりに高く、学校内の治安も良かった。

 

 しかし、唯一の弱点があった。それは……

 

 俺がちやほやされることだった。

 

 こんな高校だったら、平凡に過ごせるだろうと思った。しかし、こうなるんだったら中学と同じだ。

 

 中学でも、俺は女子にキャーキャー言われていた。何故か?知らん、そんなこと。ただ、かっこいいとか言うのは聞いたことがある。鏡を見てみても、そこまでイケメンじゃない。いや、ブサイクだろ。かっこよくない。

 

 それなのに、高校でもこうだなんて……嫌でしょうがない。なんでこうなるんだよ……

 

 結局、部活は文化系、吹奏楽部にした。中学のソロコンクールで金賞を取るほどの実力。入っても困ることはなかった。

 

 一瞬で先輩を追い越し、いつの間にかアドバイスするようになった。この高校だって、数年前に銅賞や銀賞を取ってるのに。なんで今はこんなことになっている。

 

 暇になり、コンクールでは賞すらなかった。だが、その後にあったソロコンクールでは、圧倒的な差をつけ、金賞を取った。

 

 みんな何を言っているんだ。自分は成績優秀、運動抜群。そんなわけない。何か劣るものはある。中学の成績は

国語4

数学5

英語4

理科5

社会5

音楽5

美術3

家庭科3

技術5

保体4

まぁ、得意教科だけいい感じ。絵心ないから美術は3。料理できないから家庭科も3。保体は微妙。何で4取ったんだっけ。

 

 そんな考えてる暇はない。

 

 冬になり、雪が降り始めた。雪は嫌いだ。滑るし、寒いし、冷たいし。大嫌いだ。

 

 春は大好き。暖かく、ちょうどいい気温だ。嫌いな虫もいないし(というか元々虫は嫌いじゃない)、桜が綺麗だ。

 

 おっと、春ってことは新入生。ちやほやされてるさ。俺は。自転車通学もあるんだろう。ちなみに、片道1時間半。遠すぎる。

 

 というわけで、春から電車通学にした。

 

 電車通学にしても憂鬱だった。毎日潰され、クタクタになって学校に着く。

 

 そして今に至る訳だが、もう死にたい。死んだ方がいっそ楽なんじゃないか?こんなちやほやされないし、憂鬱なこともなくなるわけだ。死にたい、楽に。

 

 そのまま家から俺は登校した。電車は、ラッシュ時間帯なのにも関わらず、1番長い15両ではなく、短い方である6両だ。なんでこんな時間に6両が走ってるんだ。

 

「いつもと違う号車にしよう」

 

俺はいつもの4号車ではなく、3号車に移動した。車内は4号車ほど混んでいなかった。

 

「あっ…!」

 

俺はドアにもたれ掛かっていた女子生徒を押し潰すような形になってしまった。

 

「ごめん……」

「……」

 

女子生徒はうなずくだけ。コミュニケーションが苦手なんだ。俺と同じじゃないか。

 

 制服をよく見ると、女子生徒の胸元に「SOUTH」と書かれていた。ということは、南高校の生徒か。ちなみに、俺の制服には、胸元に「NORTH」と書かれている。

 

「南高校……」

「北高校……」

 

俺と女子生徒が同時に言った。

 

「……どうも」

「……」

 

またコクりとうなずくだけ。それが1番いいかもしれない。

 

「苦しく……ない、か」

 

片言の日本語。日本人だけどさ。

 

「……」

 

またうなずく。

 

「よかった……」

「……」

 

女子生徒は俺の顔をまじまじと見る。なんだ、なんか付いてるか?

 

「…北高の…イケメン…」

「……あ、うん……」

 

この子も同じか。

 

「……どうでも、いい…」

 

女子生徒は目をそらす。そして、俺と同時に降りていく時に、紙を渡された。

 

 その紙には、こう書かれていた。

 

「あした、7:30発判田行き3号車1番ドア」

 

乗ってろってことだろうか。7:30に3号車か。

 

 俺は今日、帰りが遅くなった。吹奏楽部員は比較的、広報委員会や風紀委員会、そして、生徒会に入っていることが多い。ちなみに、俺は生徒会長。2年生が生徒会長をやるのだ。後期なのも影響しているかもしれない。

 

 生徒会長、副会長、書記の2年生は全て吹奏楽部員が占めている。結構やりやすいが、なんか、気まずい。

 

 さらに、生徒会がある場合、吹奏楽部員が一気に3人いなくなることになる。顧問からしてもそれは困るだろう。ただ、しょうがないことではある。

 

 

 

 翌日、朝に昨日言われた電車にのった。1番ドアに女子生徒はいた。俺は昨日とは違う体勢で立った。

 

「君、なんで今日俺と一緒に」

「……痴漢……襲われない」

 

護衛ってことだよな。なんだ、俺ってそういう役目するんだな。

 

「あと……会いたかった」

「へ?」

 

俺は疑問だった。なんて?会いたかった?俺に?

 

「俺に?」

「……」

 

女子生徒はうなずく。話す回数はなるべく少なくか。

 

「今日、17:00に幸総駅」

「え、怒られる?」

 

女子生徒は首を横に振る。

 

「怒りはしない」

「分かった。17:00だな」

「……」

 

女子生徒はまた頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heart. 2 くっつける

今回の登場人物
黒島秋人
木山楓
黒山曙
以上3名


 俺は学校が終わってから17:00に駅前に行った。俺はあの女子生徒を探す。時間がジャストだったからか、まだいなかった。

 

 30分過ぎただろうか。まだ女子生徒は来ない。俺は気になって、そわそわしながらスマホを眺めた。

 

「……」

「……君」

 

俺はすぐ後ろから話しかけられた。

 

「……?」

「……遅れた……」

 

遅れた?じゃああの女子生徒なのか?

 

「あ……あの……」

「うん……どうかしたの」

 

いや、服装も制服じゃなかったし、髪型もあの電車の時とは全く違う。

 

「いや……服……」

「時間あったと思った……ごめん」

「いや……なんというか、新鮮……」

 

俺は女子生徒の服装に驚いていた。

 

「あんまり見ないで。恥ずかしい」

「あ、ごめん」

 

俺と女子生徒はとりあえず帰り道を辿った。

 

「今から帰る」

「え?帰るのに着替えてきたのか?」

 

俺は好きだからいいけど……いや、()()()()()()()()()()()んだけど。

 

「……」

 

またうなずくだけ。俺は「そっか」と息を吐くように言い、電車に乗った。

 

「帰宅ラッシュは少し後か?」

「この時間は混まない。17時半から混む」

 

ギリギリ回避した感じか。

 

「席はさすがに空いてないな……」

「……」

 

なるべく声を出さないようにしているっぽい。

 

「あ、そういえば、名前は」

木橋(きのはし)(かえで)

 

木橋さんか。

 

「よろしく、木橋さん」

「楓でいい。それより、あなたの名前が気になる」

 

俺の名前、知らないのか?北高のイケメンってのは知ってるのに。

 

「黒島秋人」

「よろしく、秋人」

 

楓は早速呼び捨てで呼ぶ。心なしか、少し笑顔だった気がする。

 

「名前知らなかったのか」

 

楓はコクりとうなずく。興味無かったのかな、あの噂に。

 

「秋人は普通の人。可もなく不可もない」

 

なんか一瞬傷ついたんだが?

 

「なんだそれ……まあ嬉しいけど」

「嬉しいの」

「イケメンって言われるよりは」

 

楓は少し恥ずかしくなったらしい。なんでだろう?

 

「どうかしたか?」

「いや、少し緊張した」

 

なんで?俺と楓、朝より距離を取ってるから、緊張するところじゃないと思うんだが。

 

「どうして」

「だって、秋人が近くにいないから」

 

近くにいた方が安心するって感じなのか。

 

「それは……明日までお預けだな」

「……最寄りどこ」

「へ?いつも乗ってる新幸田に決まってるだろ」

 

逆にそこじゃないんだったら別のところから乗った方がいい。

 

「私、違う」

「え、じゃあどこなの」

「場池」

 

場池駅は新幸田駅の1つとなり。だが、5分かかるから結構な距離ある。

 

「どうして場池から乗らないの」

「7:19の次7:31までない。それに、判田行きは6:49の次が7:31」

「本数が少ないのか。だけど、だったら新幸田だって、7:18快速のあと7:30区間快速までないよ」

 

この時間、ラッシュなのに本数が少なすぎる。

 

「私はいい」

「なんで」

「秋人とくっつける」

 

さっきも言ってたな。だったら楓からしたら今のままがいいかもしれない。

 

「はぁ……もいそろそろ着いちゃうな」

「楽しかった。また明日」

 

新幸田に着くと、俺と楓はその場で離れた。橋上駅舎で、西口と東口がある。俺は東口、楓は西口だ。

 

「お~い、秋人!」

「げ……(あけぼの)……」

 

曙は俺の2つ上の兄。今日も車で駅に迎えに来ていた。

 

「いつも来るよな」

「いいだろ、お前、どんくさいし」

 

どんくさい言うな。そんなに転ばねぇし。

 

「母さんは」

「まだ帰ってねぇ。つーか、お前、今日も帰ってくるのおせぇな」

「そうか?もう慣れたろ」

 

今は19:00。いつもこのくらいだし。

 

「お前も来年卒業か。修学旅行はいつなんだ」

「南高校に合わせるからまだ先。んだよ、さっさと行ってほしいか」

 

曙は別にいいだろうけどな。

 

「南高?どうして合わせるんだよ」

「知らないのか?今年から北高と南高は合同になったんだよ」

「ほぉ……ずいぶん不便になったな」

「男女一緒なのが嫌だけどな。南高の生徒会長、アホなやつしかいないのかね」

 

北高の生徒会長は俺だし、問題は南高。恋愛感情を高め、青春を味わうために男女一緒で男女1人ずつ。とか言ってるし、どうなってんだ。

 

「反対すればよかったじゃないか」

「したさ。ねじ曲げれなかった」

「ありゃりゃ……まぁ、頑張れよ」

 

んにゃろ……南高の生徒会長だれだよ……

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heart.3 生徒会

 俺は南高の生徒会長を特定できないまま、いつもより1時間早く学校へ向かった。生徒会のデータ整理があるからだ。全部南高の合同修学旅行のせいだけどよ。

 

「朝早くありがとうございます、生徒会長」

「おう。大丈夫だから。それより、残りの資料を」

「はい。えっと、明日、北高と南高の会議があるんですが、それを生徒会長か副会長のどちらかにしたいんですが」

 

会議かぁ。俺が行くのも面倒だな。内容だけだけ書いて副会長に渡すか。

 

「副会長に行かせる。俺、行くの面倒だから」

「あ、はい。資料を副会長に渡しておきますね」

「それで頼む」

 

俺は椅子に座った。副会長と書記、会計が来ると、俺は資料を配った。

 

「ああ、こういう感じなんだな。会長、また俺に任せるんだな」

「南高はね……」

「嫌なの?」

「嫌っていうか、不安っていうか?」

 

不思議な感じだけど、伝われ。

 

「とりあえず資料もらってるからいいけど」

「じゃあよろしくな」

 

俺は生徒会室の生徒会長が座る椅子で寝た。あと30分もあるんだ。少しくらい……

 

「生徒会長、ズルいよ」

 

会計から言われた。ぐぬぬ……

 

「分かったよ。ああ、ねみぃ」

「休むくらいだったらいいんじゃないの?」

「美山会計、そんなことないんだぞ」

 

寝ないと疲れはとれない。そんなの、俺だけじゃ……

 

「そうだ!寝ないととれないだろう!」

 

そこに現れたのは橋本先生だった。生徒会担当の先生だ。

 

「かといって、寝るのはダメだぞ」

 

なんだよ、味方してくれるかと思ったのに。

 

「だから、今寝なさい」

「え?」

 

思わず声が出た。そりゃあそうだろう。今寝ていいとか言うんだから。

 

「ね、寝ていいんすか」

「授業中に寝られちゃ困るからな!今寝とけ」

 

おぉ、いい学校だ。

 

「じゃあ、寝ます」

 

俺は机に腕を乗せ、その上に顔を置く。ふぅ、ゆっくり休めそうだ。

 

 俺は美山会計に起こされた。投稿時刻の数分前で、挨拶運動の実施が待っていた。俺は制服を整え、正門前に立つ。

言いたくはないが、みんなが挨拶してる理由は俺にある。かっこいいからとりあえず挨拶しているんだろう。

もちろん、そう言われるのは嫌。ただ、理由なんてそんなもんだろう。

 

「おはようございます!」

「おはよう。いい天気だね」

 

俺はいつも囁くような声で一言付け足す。

 

「おはようございます」

「おはよう。勉強頑張れ」

 

この学校、男女比が年々変わっていっている。今は一応男子が4、女子が6だ。男子が440人、女子が660人で合計1100人。増えてきてはいるが、女子が多くなってきている。

一方、南高はというと、男女比は6対4。男子が570人、女子が380人で950人。男女比は南高が理想。最終手段として、南高と人数を調整する場合も考えている。北高と南高で、男女比5対5を目指すのだ。

しかし、そんなこと簡単にできるわけがなく、5年経った今でも実行されていない。

女子が増えてくると、男子の割合が減り、女子校になってしまう可能性が高い。それだけは避けたいのだ。

 

「おはようございます」

「おはよう。今日は暑いね」

 

みんな笑って昇降口に向かうが、今までの3人、全て女子だ。やっぱり割合が増えた。

 

「おはようございます」

「おはよう。熱中症気をつけてね」

 

美山会計は大体男子の対応。俺が女子の対応だ。

 

「おはようございます!生徒会長!」

「おはよう。暑いねぇ」

「暑いですよね。溶けちゃいそうです」

「熱中症には気をつけろよ。指数超えたら放送するから」

 

暑すぎる。最高気温が41度だ。高すぎる。

 

「おはようございます、今って何度ですか?」

「あっと……30度くらいか」

 

二酸化炭素排出量削減が効いてきて、少しずつ、気温は下がっていっている。ここも、去年は44度だったが、今は41度まで下がった。

 

「暑いですね」

「熱中症には気をつけろよ」

 

俺はそう言って送り出した。

 

「会長、暑い~」

「生徒会室行くか?」

「挨拶運動は?」

「いいだろ、そんなの」

 

俺はホワイトボードに「暑さのため挨拶運動中止」と書き、生徒会室に美山会計と一緒に戻った。

 

「美山は俺に普通な感じで接するよな」

「うん。だって会長、そんなかっこよくないもん」

 

それはそれで傷つくが、多分慰めの気持ちがあったんだろう。

 

「そうか。そう言われたら確かにそうだけど」

「あとは、そんなに意識してないもん」

 

意識の問題か。まぁ、確かに意識しなければそうでもないよな。

 

「ほら、さっさと行こう。もう暑すぎ」

「はいはい。ってか、Yシャツ仰ぐな。見えてる」

「あ、うそ。ごめーん」

 

軽い感じなのが美山の特徴だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heart.4 楓

 「今日の体育倉庫当番だれだ?」

 

体育の授業が終わり、俺は手を挙げて体育倉庫に向かった。バスケが終わった後だからか籠ごと持って行くことになった。

 

「かいちょっ」

「あ、美山。体育の当番か」

「うん。会長、バスケうまいね」

 

なんか呼び方が慣れない……けど、しょうがないんだろうけど。

 

「秋人」

「え、あ」

「こっちの方がいいでしょ」

 

心読まれてた?なんかそういう気がするんだけど。

 

「秋人、今日って部活なしで帰る?」

「無いからね。そのまま帰るかな」

「そっか。明日、放課後生徒会あるからね」

「おっけ」

 

俺は体育倉庫にバスケットボールの入った籠を入れて体育倉庫から出た。

 

 

 

 俺は帰り、楓と一緒に家に帰ることにした。

 

「楓、最近調子どう?」

「秋人と会う回数少なくなって寂しかった」

 

ありゃ、大変なことになってるな。

 

「もっと会いたい?」

 

楓は頷いた。そうか。じゃあ、なんか定期的に会いに行こうかな。

 

「今度いつ空いてる?」

「土曜日。それが何」

「デートしない?」

「デート……っ」

 

楓は少し俺から離れた。

 

「え、嫌だった?」

「嫌じゃ、ない」

 

変なところで区切る。なんか話し方に違和感感じるな。

 

「そう?ほら、電車来たよ」

「空いてる」

「夕方のラッシュ前だしね」

 

やってきた電車の中は涼しくて、かつ空いていた。

今更にはなるが、当然北高と南高は制服通学。この時期は衣替え後だから、半袖での登校になっている。北高ではジェンダー平等のため、男女の服装は制限していない。女子でもズボンの着用は可能だ。

一方南高では、ジェンダー平等の取り組みは始まっておらず、白い半袖のYシャツに、女子はスカート、男子はズボンになっている。女子はスカートの下に着用するのは夏だけ禁止らしく、それに習って楓もスカートの下はパンツらしい。見せてはくれないけど。

今まで汗だくでいたが、電車の中で汗は引き始めた。

 

 

 しかし、今日は不幸なものだ。暑さのせいだろうか。電車の電気を送る変電所がショートし、駅の間で電車が止まってしまった。電車によっては非常電源を搭載している電車もいるらしいが、この電車は古い分類のため、非常電源は搭載していない。

さらに、前の駅から定員人数くらいの人が乗ってきたため、今の車内はまぁまぁ混雑している。

停電のため、冷房は切れ、乗客は扇子や手持ちの扇風機、手で仰いだりして暑さをしのいでいた。

だが、それも限界がある。電車は2時間しても動かない。車内への避難もまだ進まない。放送によると、暑さによるショートで無線が通じないようだった。それで許可が出ないんだろう。

楓は白いYシャツがだんだん透けてきた。その透けたところを見ると、乳首が丸見えだった。

 

「え、おい、楓。下着は」

「水泳で暑くて着てない。って……」

 

ようやく気づいたらしく、楓は前を隠した。しかし、暑すぎる。窓を開けているが、風もない。

気温は一向に上がっていく。今は43度。限界だ。

 

「暑い……透けてる……」

「楓、とりあえず生きよう」

 

俺がそう言うと、ようやく外への避難が開始された。俺は最後の方に降りて、4時間ぶりに外に出た。

 

「楓、大丈夫か?」

「死にそう……気持ち悪い……」

 

ここから俺の家まで何分くらいだろう。風呂を貸してあげたい。汗をかいて気持ち悪いんだと思うから。

 

「10分か」

「どうしたの」

「あ、いや。なんでもない」

 

俺は家に向かって歩き始めた。うげぇ、Yシャツが肌にくっついて気持ちわりい。

 

「バスねぇかな」

「混んでる」

 

その発言通り、通り過ぎたバスは身動きがとれないほどの大混雑。

 

「歩くか」

 

俺は再び歩き出す。

 

 家に着くと、俺は先に母さんの許可をもらいに行った。

 

「楓は少し待ってて」

 

俺は母さんのところに走る。

 

「母さん、彼女を風呂に入れたい。いいか」

「あら、また優男復活かしら?いいわよ。そうねぇ、もう彼女ができる年だものね」

「そうだな」

「反抗期が無くて、お母さん安心だわ」

「母さんは俺を産んでくれた人だ。大切にする」

 

俺は楓のことを呼びに行く。すると、周りの不良に絡まれていた。

 

「かわいいね、嬢ちゃん。遊んでいかね?」

「あのさ、この近くにカラオケあんだけどよ、一緒に行こうぜ」

 

ああ、楓が1番苦手なタイプだ。

 

「楓、ごめん。行こうか」

「おい待てやコラァ」

「話してる途中だろうがよ、やんのかオラァ」

 

昭和のヤンキーかよ。やってもいいけど、俺の場合、「やる」じゃなくて「殺る」になるぜ。

 

「悪いがだる絡みしてる時間はないんだ」

「だる絡みとはいい度胸じゃねぇか」

 

もういいや。3mくらい飛ばしとこ。俺は蹴飛ばした。

 

「うおっ」

「さいなら。あんまり家に迷惑かけると父さんが怒るぜ」

 

俺は家の中に入る。一応父さんはまだ若い。まだ40代だし。

 

「母さん、風呂って沸いてるか?」

「えぇ。入ってきていいわ」

 

俺は一回脱衣所に向かおうとしたが、楓にどういう順番で入るかを聞いた。

 

「楓、先に入る?」

「うん」

 

楓は脱衣所に歩いて行った。俺が先に行ってたから分かったんだろう。

 

「秋人?」

「ん?なんだ」

「一緒に入る。だから先」

 

うお、マジすか。一緒に入るってもうそんな関係まで行ってたんか。

 

「え、もうそういう関係?」

 

楓は頷く。おぉ、俺はいつの間に成長してたんだ。

 

「あ、そうか」

 

変態じゃないし、裸でグヘヘなんて言わない。俺が心配しているのはその後の噂。あんまり嫌な噂が広がらないといいが。

 

「秋人、元気ない」

「え、あ、元気がないわけじゃないんだ。あの、な」

 

楓は不思議そうにして浴室の中に入った。ああ、ばれないといいなぁ。週刊誌やパパラッチがいるわけではないが、不安だ。

 

「秋人、背中洗って」

「おけ」

 

俺は楓の背中を洗う。思ったよりちっちゃい。

 

「かわいい」

「なんか違和感」

 

なんだ?

 

「絶対背中小さいからで言った」

「うげ、そ、そんなんじゃ……」

「汗かいてるから早く洗って」

 

なんか少し怒ってる?ごめん、楓。

 

「楓、怒ってる?」

「口より手動かして」

 

やっぱり怒ってる気がする。俺のせいだけどさ

 

「楓──」

 

楓は振り払って風呂に潜る。きっと弱いところをつかんじゃったんだろう。

 

「……楓は俺のこと嫌ったか」

「んん」

 

そう言いながら頷く。そうか、そうか。嫌っちゃったか。確かにそんな人嫌だもんな。

 

「本当か」

 

楓はうなずく。もう決まりだ。嫌われる行動をしてしまったんだ。俺は。知らず知らず悪口を。本当に悪かった。

 

「どうにか、機嫌直してくれないか」

「秋人がずっと一緒にいてくれるんだったら」

 

俺は楓に抱きついた。

 

「許す」

「よかった」

 

俺は短い会話で済ませた。

一緒に風呂に入り、俺たちの会話は学校の活動についての話になった。

 

「そっちの生徒会長って誰なの?」

「私」

「へぇ、そうか……」

 

ん?待てよ、私って、楓が!?

 

「楓が!?」

「そ」

 

マジかよ……風呂あがったら南高との会議俺に交代してもらおう。

 

 

 

「北高は」

「楓が知ってる人だよ」

 

遠回しに言うが、俺のことだ。

 

「そうなんだ」

「そ」

 

楓は笑った。久しぶりに笑った顔を見た。楓は普段、無感情。感情を表すことはそんなにない。いや、ほとんどない。

 

「秋人が生徒会長だったらいいな」

「そうか?ま、楽しみにしとけ」

 

俺は楓に近づいた。風呂は2人はいるともう窮屈だが、俺と楓にとってはくっつけてちょうどよかった。

 

「秋人、肌白い」

「そうかな」

 

楓は俺の頬を触る。

 

「うん、白い」

「関係あるか?触ったりして」

「分かんない」

「わかんないんかい」

 

俺は風呂に少し深く入った。

 

「あがる」

 

普通に考えて「あがる!」という意味に聞こえるだろうが、楓の場合は「あがる?」になる。あがるときは勝手にあがるだろうから。

 

「あがろっか」

 

俺は浴室のドアを開けた。籠の上側に楓の着替え、下側に俺の着替えがあった。

 

「楓、明日って生徒会の仕事あるか?」

「ないけど、朝練ある」

 

朝練かぁ。ってことはバスケ部とか、運動系?

 

「部活何入ってるんだ?」

「吹奏楽」

 

ありゃ、同じか。関係性ありすぎじゃないか?

 

「楽器は」

「ユーフォニアム」

 

おっ、一緒!

 

「俺もなんだ。吹奏楽」

「ユーフォニアム」

「そう。今、コンクール曲やってるのか?」

「うん。難しい」

 

コンクール曲っていうと、「バビロン川のほとりで」とかかな。北高はこの曲だ。

 

「バビロン川のほとりでって曲。北高と同じ」

「そうだな。今度、そっち行ったとき教えるよ」

 

俺は着替え終わると、脱衣所から出た。楓もすぐ後ろをついてくる。

 

「母さん、上がった──」

「秋人!これ見て!」

 

母さんが慌てて俺にスマホを見せる。

そこには、北高の男子生徒が北高の女子生徒と乱交している姿があった。ニュースに取り上げられ、明日の学校は休みらしい。

 

「何だよ、これ……」

 

俺はその場に固まってしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heart.5 南高へ

 翌日、休校中に、乱交していた人物は全員退学処分となった。人数はこの事態の前と比べて60%ほど減少。その他、東、西、南高でもそれぞれ0~5%ほどの減少はあった。

多くは男子生徒が退学処分となったが、一部女子生徒も退学処分となった。自分からしてほしいと願ったんだろう。

教員も例外ではなく、男性教諭一部が退職となった。これは全国のニュースで取り上げられ、投稿再開になった当日からマスコミが騒いだ。生徒会と先生で必死に止めていたが、結構長引いた。

 

 退学処分になった以外の人も結構休んでいた。理由は多分言われるのが嫌だったんだろう。

 

「美山、大変だな」

「うん。このままじゃ、修学旅行も」

 

確かにそうだ。修学旅行が危うい。どうすればいいんだ。

 

 

 

 

 楓はしばらく俺の家に泊まることになった。楓は今回のことに関して話し始めた。

 

「秋人、悪くない」

「分かってるさ。ただ、ね」

 

すっかり落ち込んでいた。修学旅行が無くなるのだから。

 

「私、どうにかする」

「どうするんだよ」

「全部仕切る。根拠出して無くならせない」

 

楓が強気だった。どうしてもなくしたくないんだろう。

 

「俺も手伝うよ」

「生徒会じゃないと」

 

俺は制服の中から生徒会長のバッジを取り出した。

 

「北高生徒会長の、黒山秋人だ」

 

楓は少し驚いた表情をする。しかし、すぐにいつもの無表情になる。

 

「じゃあ2人でやる」

「何からするんだよ」

「とりあえす今の意向聞きたい。校長に聞いて」

 

校長、いないんだよなぁ。教頭でいっか。

 

「教頭しかいないんだが」

「じゃあそれでいい」

 

俺はスマホを開いた。新しいメールが来ているかもしれない。

すると、そこにはこう書かれていた。

 

 北高校の不適切な行動に伴う措置

 

 北高校では先日、生徒と及び教員が不適切な行動をするという、あってはならない事象が発生しました。そこため、教員の人数確保、残った生徒の精神ケアを促すため、当分の間、オンライン授業とします。オンライン授業は、参加を任意とします。

生徒会については、南高の生徒会と合同で行います。

 

生徒会は南高と合同か。やれるだけいいだろうけど。

 

「楓、南高と生徒会合同だって」

「じゃあ明日一緒に通学」

「そうだね」

 

修学旅行は南高が主催で決められるかな。合同でやるんだったら。

 

「そうだ、秋人、私たち、一回でもデートしたっけ」

 

言葉の区切り方に違和感があるが、きっと聞くのが恥ずかしかったんだろう。

 

「ないね」

「じゃあ、次の土曜日デートする」

 

随分急な話の展開だったが。

 

「おう、分かった」

 

多分話し合いは明日、南高で行うんだろう。

 

 俺は楓と一緒に家を出た。いつもより遅い電車になって、通勤ラッシュ真っ只中だった。

いつもはまだ間が少し空いている状態だったが、今日は全く違う。体の隅まで他の人とくっついている。

 

「秋人……苦しい……」

「学校に着くまでの間だけだから。我慢しよう」

 

楓は両手を俺に当てて、頬を俺の腹にくっつけている。

 

「秋人、ぎゅー」

 

無表情だが、頬がほんのり桃色になるのが見えた。無表情を貫きたかったが、多分耐えられなかったのだろう。

 

「する?」

 

楓はこくりと頷いた。

 

「ぎゅっ」

 

楓はピクリと動く。そして、力を極限まで抜いた。ああ、もう安心しきってるんだ。

 

「秋人、もう少し顔近づけて」

 

そ、それはいくら何でも……しかも電車の中だぞ?いや、見えないか?

 

「あ、こ、これでいいか?」

「うん。チュッ」

 

楓は唇同士をくっつけた。離すとして糸のようなものが垂れる。

 

「楓……」

「秋人……」

 

なぜから楓が色っぽく見える。何でだろう、ものすごく愛おしい。けど、耐えないと。

 

「秋人、耐えないと」

「分かってる。けど、あんまりいると……」

 

すると、もうすぐ最寄り駅というアナウンスが流れ始めた。結構理性ギリギリだった。

 

「秋人、修学旅行の計画一緒にしたい」

「え、あ、うん」

 

楓は静かに手を握った。そして、そこまま電車から降りた。北高はこの後徒歩だが、南高はバスになる。

 

「秋人、この時間女子生徒多いけどいい」

「ああ……いいよ。ただ、座れるんだったら楓の隣がいいな」

 

楓はこくりと頷いた。なんだ、そんなに恥ずかしくなかったか。

 

「生徒会長……と、北高の生徒会長?」

「うん。彼氏」

「ども、彼氏です」

 

楓は真っ先にバスに乗り、座席に座った。2人席だった。

 

「彼氏さんとはいつ知り合ったの?」

「満員電車の中で、ちょっと前」

 

懐かしいなぁ。そういえばたまたま俺が乗る号車変えたんだっけ。

 

「いいなぁ、私も彼氏ほしいーっ」

「いい相手見つかるといい」

「えへへっ、ありがと」

 

そういいながらも、楓はぎゅっと手を握っていた。そして、楓は小声で言う。

 

「がんばって」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Heart.6 傷

「──ですので、北高との合同修学旅行は実施の方向で進めたいと思います」

 

楓の言葉を頼りに、俺は北高の方針を自信を持って話した。

内容としては、「北高のふしだらな行為については、無視できないことであるが、今登校している生徒には関係していないため、それを理解していただきたい。そして。前々から進めてきました計画であるため、予算面、タイミングから考えても、実施する方向でいる」と伝えた。

会議が終わり、俺は廊下に出た。角で曲がるところにある壁の前に辿り着き、曲がろうとした瞬間、俺は壁に押しつけられた。

 

「おい、さっきの会議でお前となんつった」

「え、あ、実施の方向で検討すると」

「その前だ!」

「あ、北高の乱交については今いる生徒には関係ない」

「それだ!何したかわかってんのか!?」

 

厄介な捉え方をされたか。一応誤解を解かなければ。

 

「何も関係していないということではなく、被害を受けていないという意味で──」

「言い訳は要らない!」

 

突然ナイフを取り出される。そして、俺に向けて刺そうとする。

 

「ほう、これでびびってんのか。まだ子供だな」

 

そう言うと、半袖だった俺の腕をナイフで斬った。

 

「っ!」

 

俺は声が出そうになる。ただ、声を出したらまた面倒なことになる。それだけは避けたい。

 

「そこ、何してるんだ」

 

そう言うことを話す声が聞こえると、俺を押しつけていた人たちは

腹部にナイフを刺したまま去って行った。

 

「黒山、大丈夫だったか」

 

北高の生徒会担当の上西先生だ。

 

「あ……」

 

声が思うように出ない。なぜだろう。

腕を見ると、赤い液体が重力に従って下に垂れていて、服に同じであろう液体が滲んでいる。そこに、さっき刺されたナイフがある。上西先生はそっとナイフを抜く。

 

「血が出てるな。南高の保健室を借りよう」

 

冷静な先生でよかった。俺は上西先生について行った。

 

 南高の保健室。というか、保健室は落ち着く感じがする。匂いもいい感じだし、何より静か。

しかし、今回は違う。苦しく、思うように話せず、事情を聞いてきても、上西先生が代わりに答える感じだった。分からないところは、上西先生が「はい」か「いいえ」で答えられる質問にしてくれた。それで、首を動かすだけで答えられた。

 

「ちょっと傷の状態見ますね」

 

保健室の先生は傷口を見てくれた。すると、黙って電話をし始めた。

 

 約10分後、救急車だかパトカーだか消防車だかのサイレンが聞こえた。だんだんと近づいてきて、1番大きくなったところで止まった。そして、金属同士があたる音が聞こえた。聞き慣れない音だ。

 

「状態は!」

「会話しづらい状態です!」

 

俺は水色のシートの上に寝かせられ、救急車の中へ。

 

 なぜだろう。目覚めたのは病院の中だった。点滴がなされていて、それまでの記憶はほとんどなかった。

 

(俺、どうなるんだ)

 

そんなことを思っていると、看護師が1人やってきた。

 

「起きましたか。よかった。退院は4ヶ月後になります」

 

4ヶ月か。そこまで長くないだろう。

 

「あ、はい」

 

いつの間にか話せるようになっていた。きっと治ったんだろう。

 

「あと、言いづらいんですが」

 

看護師は俺が頷いた後、深刻そうに言った。

 

「このまま何もしないと、余命は1年です」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Life.1 決断

 急な言葉に、俺の脳は理解できなかった。

 

「余命」ってなんだ

「1年」とはどのくらいだ

俺の「命」はどこまで持つ

 

考えて、考えて。時間が経ってからようやく意味が分かってきた。

俺が生きられるのはあと「1年」。「365日」である。それ以上は……

ん?待てよ、「何もしないと」って言ってたよな。じゃあ、「何か」したら生きられるのか?

俺はそれが分かるとすぐに聞いていた。

 

「どうすれば、生きられますか」

「……魔術系統の施術を行えば、今までと同じように生きられますが、成功率は……」

 

言うまでもなかったのだろう。しかし、言ってくれた。

 

「40%ほどで、失敗するとそのままの余命です」

「施術はどのくらいかかるんですか」

「大体8ヶ月程度です。施術が終わっても4ヶ月は様子見ですね」

 

要するに結局1年ってことだ。

 

「一回、彼女のところに行っていいですか」

「いいですよ。明日、昼頃に戻ってきて下さいね」

「分かりました」

 

俺は許可をもらって病室から出た。ふらつくことなく歩くことができた。

 

 俺の家に楓はいて、俺は楓に相談があると言って、個室に招き入れた。楓は何を話されるのか分からないままいつも通り無表情な顔だった。

 

「……楓、運命の決断をしてもらいたい」

 

俺は2つの選択肢を与えた。

 

「1、このまま俺が家にいて、1年間一緒にいる」

「1年経ったら」

 

楓は真剣な表情で言った。俺も深刻だが、真剣な顔で言った。

 

「死ぬ」

「……どうして」

「余命だよ。1年」

 

俺はもう一つの選択肢を言った。

 

「もう一つは、1年会わないで、来年からずっと一緒にいられる。手術みたいなのを受けるんだ」

「成功する」

「分からない。それはやってみないと。でも、4割くらいだってさ」

 

要するに、1年一緒にいて、それ以降会えないか、1年会わないで、来年からずっといられるか。ただし、成功するかは分からない。

 

「……お見舞い、行ける」

「手術が終わったら。どうする?」

 

楓は黙ったまま考えていた。そうなるはずだ。生死が関わってるんだから。

 

「……しばらく1人で考えさせて」

「いいよ。考えて」

 

俺は部屋から出た。楓がどうしたいのか。俺はそれに従いたかった。

俺は階段を降りて母さんと話した。

 

「母さんは手術を望むか」

「まぁ、そうねぇ。秋人はもとから魔力はあるし、大丈夫だとは思うけど……」

 

心配なのには変わらないそうだ。

母さんは昔から俺のことをよく思ってくれた。だから一層心配なのだろう。

 

「あとは、楓の判断ね」

「あぁ」

 

母さんも楓に委ねていた。

自分一人で判断するんだったら、余命の方を選ぶ。複雑だが、おそらくそっちを選ぶ。

 

「……」

「秋人」

 

階段の途中から楓の声がした。

 

「決めた。手術受けて、ずっと一緒にいたい」

 

そうか。意見は尊重しなくては。じゃあ、明日病院に行って結果を報告しよう。

 

「修学旅行、行きたかった」

 

楓は俺の隣に座って言った。そうか、1年だから修学旅行もなしか。

 

「そうだなぁ。感想教えてくれよ」

「ん。そうだ、お見舞いいつから」

「明日の8ヶ月後から」

 

それで、急に会話は途切れてしまった。部屋全体の音が何も聞こえなくなった。まるで世界から音が消えたかのよう。

 

「今日、もう寝る」

「私も」

 

俺と楓は母さんにそう告げると、少しゆっくりと寝室に向かった。

 

「楓、ありがとう」

「どうして」

「俺だったら正しい判断できてなかったと思う」

 

俺はそう言って、寝室に入り、鍵を閉めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Life.2 秋人のファイル

 私は秋人の入院当日、病院まで一緒に歩いていた。呼吸がしづらいのか、すぐに過呼吸や息切れになってしまうため、何回か休憩しながらだった。

秋人の施術を担当する先生は若い先生で、多分30代くらい。けど、慣れていそうだった。

 

「秋人、施術頑張ってね」

「分かってる。楓も、元気で、何事も起こすなよ」

「何その言い方」

「最後かもしれないから」

 

なんか急に悲しくなった。なんで、そんなこと言っちゃうかな。まだ死んじゃうか分からないのに。

 

「黒山さん、行きましょうか」

 

担当の先生が言った。そっか、もう時間なんだ。

 

「はい……楓、修学旅行の感想、10分話してもらうからな」

 

そう言って秋人は行ってしまった。私の部屋、1人になっちゃうのか。修学旅行。

 

「ファイト、秋人」

 

私は振り返らずに家に突き進んだ。振り返ったらないてしまいそうだから。

 

 私は秋人が入院を始めた2日後から学校に行った。秋人が入院している間は自分の家にいることにした。こっちの方が電車に座れそうだったから。

実際座れて学校に行けた。私が学校に着くと、生徒会担当の先生が言った。

 

「楓だけか。秋人は入院か」

「はい。しばらくは」

 

生徒会は北高書記の美山さんと、私だけで活動していた。一気に人数が減ったのは、少し前の事件が関連していた。

 

「楓ちゃん、お見舞いっていつから?」

「8ヶ月後」

 

美山さんは「ふーん」と意味ありげな声を漏らした。何かあったんだろうか。けど、美山さんと秋人はそんなに関係はないはず。

 

「それより、修学旅行の件だよ。秋人が犠牲になっちゃったけど、実施できるんだから」

 

そう、秋人が自分の命を賭けてでも実現させたかった行事だ。修学旅行があるのは秋人のおかげと言っても過言ではない。

 

「人数調整は?」

「しない。私が一人で寝る」

 

そうした方が楽だと思った。けど、なんか不安。一人で寝るなんて。家じゃないし。

 

「そう?だったらいいんだけど……」

 

いいんだ。これで。秋人がいるって少しでも思いたい。

 

「寂しい?」

「……分かんない」

 

なんかここまで来ちゃうと何が何なのか分からなくなってくる。寂しいって何だろう。泣いたら寂しいってこと?

しかし、私は直感で答えた。

 

「帰ってきたら泣きそう」

「そっか。それが普通だよ」

 

そう言うと、美山さんはパソコンを持ってどこかに行ってしまった。

 

「何だったんだろう……」

 

私もすぐに仕事を始めた。秋人の分までやらないと。今日は授業無いんだし。あ、言い忘れてたけど、今日は生徒会だけがある日だから授業はない。

 

「あ、フォルダ……」

 

私は秋人のデータにあったファイルを見つけた。

 

(開いちゃおうかな)

 

私は好奇心で押してしまった。

そこには、いろいろな楽譜と、私のかわいい(自分で言いたくない)写真が入っていた。

 

(なんだろう。あ、これ一緒にいたときの)

 

それは私が楽器を吹いている姿が映った写真だった。いつの間に撮っていたんだろう。

 

(先生にお願いしたのかな……ん?なんだろう、この長文)

 

「Shazaibun」と書かれたファイルは、丁度北高がこっちに来たときに更新されていた。

そのファイルの中身は、思いもよらないほどの長文だった。

 

「今回、北高が創立して初めてとなる問題が発生した。これは今までに無かったことから見ても、絶対にあってはならないことである。そのため、北高生徒会長(以下私)は生徒会長を退任することを考えた。しかし、周囲からの声もあり、退任することは反省していることにならないと考え、引き続き就くことにした。しかし、今回の問題は私にも関係があり、してないとはいえ、同じ学校の生徒としては関係があると考えた。そこで、私は以後、この」

 

長文はここで終わっていた。中途半端な終わり方だったことから、おそらく制作途中で不要になってしまったんだろう。

 

(秋人、辞めようとしてたんだ)

 

何もしないと思ってたら、こんなことをしようと思ってたんだ。なんか悲しい。

 

(秋人……責任負わないといけなくなって、つらかったよね)

 

しかし、この長文の一番最後に、あるものが書かれていた。

2A15

 

(なんだろう。これ)

 

2A15。なんかの暗号かな。でも、何のために暗号化したの?なにか知られたくないことがあるのかな。

 

(2A15……アルファベット順?)

 

Aは最初だから、2+1+15=18?18に何の関係があるんだろう。

 

「なんだろう。分かりやすそう」

 

ボソッとつぶやいた。A……画数?それでも20。数に関係あるのかな。

 

「2、A、15」

 

声に出して言ってみた。

2年A組かな?それでも、15は何だろう。

 

「出席番号……?」

 

私はA組の名簿を出した。15番は、里中美幸。性格はおとなしいはずだけど、何かあった?それとも違うのかな。

 

「違うよね」

 

私は自分の仕事に戻った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Life.3 修学旅行

とうとう来てしまった修学旅行当日。来てほしかったが、少し来ないでほしいとも思っていた。

私は「修学旅行のレポート」として、カメラの持参を許可してもらった。レポートももちろんだが、秋人にも見せてあげたい。そんな気持ちだった。

13:50頃にホテルに着くと、ホテルの中に入った。1人部屋で、中は広々としていた。ここに秋人がいたと思うと、少し寂しい。

18:00からキャンプファイヤーがあり、まずはそれを収めないと。の前に、まずは部屋の写真。

 

「秋人、退院したら来ようね」

 

私はそう言って写真を撮った。

 

【黒山秋人視点】

 

 病院の生活は暇すぎる。毎日美人ナースと仲良く一緒に話しているが、安心してくれ。楓じゃない。当たり前だが。

それほど暇すぎるわけじゃないのか、美人ナースと話してるのは苦痛ではない。最近まで麻酔で眠っていたから苦痛になれてるのかもしれないが。

これが楓だったらなぁ。とつくづく感じる。

 

「秋人さんは趣味とかあるんですか?」

「無いですかね。無趣味です」

 

いかにも違和感がある会話。敬語だからだろうか。俺は相手が年上だから。相手は多分俺が患者だからだろう。

 

「あなたはあるんですか?」

「そうですね……旅行とかでしょうか」

 

旅行か。あ、そういえば

 

「修学旅行……」

「……行けなかったですもんね」

 

修学旅行、行きたかったなぁ。今頃バスの中なんだろうな。楓たちは。

 

「水沢さんは修学旅行の思い出とかありますか」

「思い出ですか?……特にないですね。結構無名な保健委員だったので」

 

保健委員ってそんなに目立たない委員会だっけ。目立つと思うけど。

 

「重要じゃないですか。保健委員」

「そうなんですけど、修学旅行は保健委員が別部屋だったので、そんな楽しめてないんです」

 

そんな事情があるのか……俺はもし行けてたら楓と2人部屋だったか……

 

「あ、秋人さん。お見舞い可能時期早めますか?」

「あ、なるべく。できればあさってあたりからお願いします」

「分かりました。楓さん、来るといいですね」

「え、けど分からないんじゃないんですか」

「それがですね、楓さん、毎日来てたんです。お見舞い」

 

会えるはず無いのに……無茶なことをするな、楓は。

 

「そうでしたか。だったら来ますよ。きっと」

「……どうしてですか?」

「楓は多分、俺のことを忘れてないでしょうから」

 

楓だったら来るだろうと信じていた。というか、来る。来なかったらどうするだとか、何も考えていない。

 

「そうですか。じゃあ、木橋さんの家に連絡しますね」

 

水沢さんは病室から出て行った。そういえばナースの名前、水沢さんだったな。自然に呼んでたかもしれないが、今更改めて気づいた。

 

「楓……」

 

俺は力の抜けた自分の足を見てつぶやいた。声も弱くなっているのだろうか。楓は、どういう反応をするんだろうか。

俺の中で、不安と期待が入り交じっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Life.4 何があっても

 私はたった一人の修学旅行から帰るためにバスに乗ろうとしていた。すると、先生から私に連絡が来た。

 

「木橋さん、病院から電話」

「あ、はい」

 

私は先生のところに向かった。病院から電話?

何か電気が走ったようにビリッと反応した。病院。秋人。電話が来る……

 

「もしもし!」

 

焦って電話を取った。

 

《あ、木橋さん?あの、お見舞い可能時期をあさってからにしたので、ご相談で》

 

よかった。病状が悪くなったわけじゃないらしい。

 

《黒山さん、木橋さんが来るの待ってますよ》

「はい」

 

私は電話を切った。そっか、楽しみなんだ。

 

 バスに乗っている間は暇だった。いや、暇じゃないのかもしれない。だって……

 

「黒山がいないと何もできないの?ザーコw」

 

私は髪を引っ張られていた。もう諦めていたけど、きっと私を殺そうとしてる。もしくは、秋人を奪うため……

 

「なんか言ったらどうなの?せ、き、ぞ、う!」

 

これを見て先生も何もしない。もう嫌だ。こんなこと、もう嫌だ。

 

 学校に着いた頃には、頭がずっと痛み、傷も少しあった。もう、学校行きたくない。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。今日の学校は──」

 

まただ。嘘つかないと。

 

「楽しかった。修学旅行」

「そう。よかったわ」

 

毎日嘘つかないといけない。早く、秋人に会いたい。

 

 秋人の病院に着いた。ここに秋人がいるんだ。私は病院の中に入って秋人の病室に行った。

 

「あ、木橋さん。今、黒山さん、早く退院したいからってリハビリ行ってますよ」

 

リハビリって、まだ退院まであるのに。私はリハビリをしているところに行った。すると、秋人が手すりにつかまりながら歩いているのが見えた。

 

「秋人」

「ん?」

 

秋人は私の方を見た。すると、秋人は私に向かって車いすを走らせた。

 

「楓。やっぱり来るよな。ごめん、病室にいなくて」

「大丈夫。それより、車いすになったの」

「あぁ。南高ってバリアフリーだっけ」

「エレベーターある。どうして」

 

バリアフリーなんて聞く必要無いと思うけど。

 

「車いすで学校行こうかなって」

 

そっか。ちょっと嬉しい。

 

「秋人」

 

私はあのことを言おうとした。

 

「どうした」

「あの、いじめ」

「楓が受けたの?」

 

私は頷いた。秋人は私の座っている椅子の横に来て言った。

 

「分かった。明日、学校に行って俺が調べる。楓は自分から俺に言うなよ」

「どうして」

「気付かれてたりしたら危ないからな」

 

秋人、私のこと本気で守ってくれてる。そう感じた。秋人の目は見る見るうちに赤いものが見えてくる。魔力が宿ってきてるけど、どういう魔力なんだろう。

 

「秋人」

 

私が近づくと、秋人は小さく低い声でつぶやいていた。

 

「楓をいじめた奴殺す、楓をいじめた奴殺す」

 

怖い。真っ先に思い浮かんだのがそれだった。いやだって、ずっと殺すとか言ってるんだもん。

 

「秋人、怖い」

「え?あ、ごめん」

 

秋人はやっと戻ってきてくれた。

 

「今日中に車いすで退院するから、明日、ちょっと早めに出よう」

「うん。大好き」

 

私はそう言って病院をあとにした。

 

【黒山秋人視点】

 

 俺は今日のうちに退院できた。車で送ってもらって、家では楓が補助してくれた。俺も少しだったら歩けるが、1分も持たない。

 

「楓、悪いな」

「大丈夫。んっ」

 

楓は不意打ちに口を付けてきた。キスだ。

 

「ちゅっ、ちゅ」

 

舌が絡まる音が鮮明に聞こえる。

 

「ぷはぁ、楓、不意打ちするなよ」

「ごめん。久しぶりだから」

 

楓は手を振って言った。まだ寝る場所は別々だから。

なんか不自由な生活だな。

俺はネットに仰向けになって思った。もう少し楽に暮らしたいけどな。

 

「楓……いじめた奴絶対殺す」

 

楓を傷つけるなんて考えるやつが悪いんだ。絶対に──

 

「秋人、入っていい」

 

楓か。

 

「いいよ。入って」

 

楓はゆっくり入ってきた。部屋着のままだったが、いつもより大きいサイズっていうか、ゆとりがある。

 

「秋人、着替えないの」

「今から着替えようと思ってた。別に来たっていいけど」

 

楓は少し笑っていた。そんなに笑顔は見せないんだが。

 

「なんか楽しいことあったか?」

 

楓は首を横に振った。

 

「なんだろう、何となく笑った」

 

なんだそれ。意味も無いのに。

 

「それで、何のようだ」

「あ、そう。今度、吹奏楽部が幸田市ショッピングモールで演奏するんだけど、そのレッスンで秋人に来てほしい」

 

レッスン?ああ、そういうことか。

レッスンの先生を呼ぶと金がかかるから俺を呼んだのか。同じ高校生だからかな。

 

「ごめん、無理かも。多分楓に贔屓する」

「なんで」

「かわいいから」

 

俺は即答だった。すると、楓はいつもの表情で言った。

 

「じゃあダメ」

 

さすがにそうだろうな。

 

「じゃあ、用はそれだけか」

「うん。じゃ、休んでね」

 

楓は俺の部屋から出て行った。さて、何しようとしてたんだっけ。

 

「そうだ、着替え」

 

俺は真っ黒のTシャツと真っ黒のズボンを速やかに履いた。サイズはジャストくらい。ちょっと大きいかな?

 

「うん、しっくりくる」

 

俺はその服にして、楓の部屋に用も無いのにむかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Life.5 変わった楓

 俺は学校に着くと、楓から距離を取って状況を見守った。朝だから、みんな俺がいることには気付いていない。

すると、教室から少し暴力で問題になったことがある、中学からの同級生、草花が出てきた。楓に近づいていて、何か体に触れていた。何をする気だろう。

 

「秋人?いたのか」

「あ、上西先生」

 

上西先生は横から話しかけた。

 

「楓がどうかしたか」

「気になることがあった」

 

上西先生は目を閉じて、耳を澄ませた。

 

「どうやら『まだ何もできない雑魚なの』とか言ってるな」

「なるほど。ありがとう、上西先生」

 

俺は車いすのタイヤを自分回して楓のところまで行こうとした。

 

「秋人、無理すんな。俺が押すから」

「すまん。楓のところまで」

 

上西先生と俺の仲だ。結構仲良く話している。それが良かったんだろう。

草花は俺が来たのに気付くと、作り笑顔をした。あきらかに良いことをした後ではないことは表情から分かる。

 

「草花、さっき楓に何してた?」

 

俺が聞くと、草花は衝撃のことを言った。

 

「黒山くんがかっこいいって話をしてたよ」

 

もう嘘ってことは分かってる。しかも、冷や汗が出ている。どうにかして言わせよう。

すると、上西先生が言った。

 

「汗だくだな。話しただけなのに」

 

上西先生が追い打ちをかける。

 

「なによ!楓をいじめるのが悪いって言うの!」

 

お、本性をだしたな。

 

『悪いだろ』

 

俺と上西先生が同時に言った。

 

「ほら、草花、早く行くぞ。教育室」

「は!?ちょっ」

 

草花は連れて行かれてしまった。あ、上西先生、車いすを押してはくれないんですか。

 

「秋人、押す」

 

楓は俺の車いすを押してエレベーターに歩く。

 

「秋人、ありがと」

「あぁ」

 

俺は親指を上に突き出す。グッドサインだ。

 

「優しい」

「そうか?まぁ、ありがと」

 

楓は一階まで俺を連れて行き、生徒会室に入れた。俺は車いすのまま黙っていた。

 

 家に帰ると、楓が補助してくれた。楓は俺にずっとべったりくっついていて、なぜかを聞いても「補助」と答えるだけだった。きっと好意なんだろうけど。

 

「楓、もういいよ。一人でできる」

「だめ。まだ補助する」

 

楓はぎゅっと俺を抱きしめると、ベットにゆっくり寝転ぶ。

 

「秋人、好き」

 

急にどうしたんだろう。

 

【木橋楓視点】

 

 私がリビングに行くと、コップに薄いピンクの飲み物が置いてあった。桃ジュースかな。私はそうだと思い、飲んでみた。

 

「楓ちゃん!?それ飲んだの!?」

 

私が頷くと、お母さんはふふっと笑った。

 

「今から秋人に会ってみなさい。きっと面白いことが起こるわ」

 

 

 こう言われて今に至るわけだが、なぜかとても秋人が好きになってくる。くっついていたい。一緒にいたい。好き。大好き。

 

「楓?お前どうしたんだ」

「なんか、好き」

 

私は秋人にべったり。離れたいって思えない。

 

「秋人……」

「楓……」

 

秋人は抵抗することなく、私に抱かれていた。抱き心地がいい。抱きまくら。

 

「秋人……抱きまくらみたい」

「なんだそれ。褒めてるのか」

「私は満足してる」

 

秋人は不安そうな、焦っていそうな顔だった。

 

「秋人、キスしたら怒る」

「怒らないよ」

 

楓は俺に口を近づける。

 

「秋人、楓ちゃんどうなってる?」

 

母さんが入ってきた。俺は楓から離れた。タイミング悪かったな。

 

「なんかべったりなんだが」

「惚れ薬飲んだからね」

 

なんて物飲ませたんだ。けど……

 

「ぎゅーっ、ぎゅーっ」

 

手を伸ばして俺にしがみつこうとする。普通にかわいい。このままで良いかもしれない。

 

「かわいい」

「あら、じゃあそのままでいい?」

「いい」

 

母さんは部屋から出て行った。楓は首を小さく傾げた。

 

「キャラ変わったな」

「ぎゅーっ」

 

手を伸ばす。俺はその手を握った。

 

「ぎゅーは?」

 

キャラが、がらりと変わった。前まで冷静と言うより無口だったのに、今は所謂「デレデレ」の感じになってる。口調も変わり、感情があるというか、疑問の時がハッキリしていた。

 

「手はダメか」

「うん。ぎゅー」

 

俺は楓に近づき、手を楓の後ろにやった。

 

「ぎゅーっ、すきぃ」

「分かったから。一回着替えさせて」

「離れないとダメ?」

「1分だけ。な?」

 

楓は渋々部屋から出て行った。楓はいつでもかわいい。天使だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

shortage. 1 足らないもの

 楓は俺と相性がどんどん合っていった。その割に、それ以外からの信頼は失い始めていた。なぜだろう。確かに、楓に信頼されていればいい。ただ、少し気に食わない。

 

「秋人、先行く」

「いってらっしゃい」

 

楓が先に出ていった。俺はリビングに取り残された。

 

「秋人、なんか背中が悲しいわよ」

「そうか?」

「楓ちゃんがいないから?」

 

そうなのか……?もう、よく分からない。

 

「分からない」

「そう。ゆっくりでいいんじゃない?考えるのは」

 

ゆっくりでいい、か。何でも早とちりに考えすぎてたか。

 

「そうだな。ちょっと部屋で考えてみるよ」

 

俺は部屋に戻った。俺に足りない物は何か。それを考えたかった。

 

 

 

 見捨てられていた時期、俺には足らないものだらけだった。生きる意味、必要な人、そして、心の一欠片。

心の一欠片だけは、見捨てられなくなってから、また1つ無くなった気がした。しかし、楓に出会ってから、必要な人、心の欠片は見つかった。

それでも見つかっていない、生きる意味が足らないのだろうか。そんなことはない。気がする。理由を問われても答えられない気がするが。

 

 

 

 結局、何も分からないまま学校に行っていた。何が足りないんだろうなぁ。

 

「おっと、秋人。なんか考え事?」

 

美山だ。美山は空いてる車内にも関わらず、わざとぶつかってきて言った。それに、俺は冷静に言った。

 

「そんなとこ」

「ほへぇ、秋人が悩むことあるんだねぇ」

「そりゃああるだろ。ロボットじゃないし」

「じゃあ何で悩んでたの?」

 

俺は美山に正直に全て言った。

そして、美山は共感するように言った。

 

「そうだよねぇ。秋人、確かに物足りないところはあるもんね。けど、私も何かは分からないんだよね」

「なんかあるだろ。美山が分かるんだったら見えるものなんだから」

 

美山は悩みに悩んで言った。

 

「スポーツできて、スタイルよくて、頭よくて、冷静で、生徒会長。もう悪いとこ無くない?」

「そうなんかなぁ、気のせいか?」

「そうかもしれないよ。だって、秋人感情あるじゃん」

 

それは関係あるのか?

 

「関係あるのか」

「あるよ。だって、秋人、私にはすごいフリーに接するじゃん」

 

言われてみれば確かに。それ以外にフリーに接する女子は楓くらいかもしれない。

 

「そう、だな」

「うん。秋人、これからもよろしくね」

 

美山は笑って言った。

 

 俺たちは学校に着くと、違うクラスのため別々に行動した。いつも通り女子の視線を集め、視線を痛く感じながら席に座る。

 

「秋人、おはよ」

「あ、おはよ。今日も痛いな」

「視線」

「そう。お前はいいよ。優しい視線で」

 

俺がそんなことを言うと、先生が入ってきて言った。

 

「ほーら、始めるぞー」

 

俺は前を向き、楓は自分の席に戻った。

 

 

 

 無事部活まで来ることができた。唯一と言っていってもいいほど、居心地がいいのがこの吹奏楽部。キリキリと痛い視線じゃなく、ふわりと優しい視線。

 

「黒山先輩、この11小節目なんですけど」

 

自分のパート、ユーフォニアムの後輩、七瀬もも。

 

「おう。バビロンのここはユーフォが出していいとこだぞ」

「ここ、スラーかけた方が良いですか?なめらかな感じで」

「ここはタンギングを使って力強く表現しよう。ただ、3拍目からあんまり音量を出しすぎないでね」

 

ももは俺のかわいい後輩だ。2年生の後輩で、1年生はこの子の妹、七瀬ゆみ。名前をひらがなにする癖でもあったんだろうか、この子たちの親は。かわいいからいいけど。

 

「あと、73小節目、先輩どうするんですか?」

 

本当はバリトンが吹くんだが、この吹奏楽部には居ないからユーフォが吹くことになっている。

 

「そうだな……俺が吹くよ。あと、ゆみに言っといてほしいんだけど、2小節目から5小節目まで俺だけ、そこから10小節目までは俺ともも、11から73まで3人、74から76が俺だけ、74から98まで俺ともも、99から115まで2人、116と117がももとゆみ、118からCODA行って最後まで3人。いい?」

 

ももはメモ帳にメモしたものを読み上げた。

 

「2から5は先輩だけ、6から10まで私と先輩、11から73まで3人、74から76が先輩だけ、77から115まで私と先輩、116と117は私とゆみ、118からCODA行って最後まで私と先輩。いいですか?」

「完璧。それでお願いね」

 

俺はもも肩を2回優しくたたいてそこから歩いて行った。いろんなところに調整しに行きたいからだ。

 

「楓」

 

楓は、今回のコンクールメンバーから外れてしまった。

 

「なに」

「この曲のCのとこ、練習してくれないか?今度やるときに楓から教わりたい」

「うん」

 

楓にショックを与えないように、俺たちに役立つことをさせている。

 

結局、足りないものって何だろう。

 




休止から明けまして、不定期投稿になります。これから休止するものが多くなると思いますが、気長に待っていてくださいね。
次回は一週間後くらい。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

shortage. 2 見つかる?

第三章「Shortage」は部活中心の章になります。足らないものを見つけられるか、楽しみですね。
今回から前書きを復活させようと思います。結構面倒ですけど、頑張ります!
さて、前回登場した新メンバー、七瀬もも、七瀬ゆみ。この2人がキーになってきたり……
この2人、秋人に好意は無いんですが、すごく信頼を置いていますから、べったりくっついてることが多いです。
ですが、秋人はもうすぐコンクールで、かつ引退です。この2人が足りないことを見つけてくれるのか……
これが第三章の内容です。
それでは本編へどうぞ!


 俺は部活にいち早く来ると、すぐに準備室に行ってユーフォを出した。うん、いい色してる。

 

「こんにちは……」

 

音楽室に部員が来たようだ。俺は楽譜とユーフォを持って音楽室に戻った。

 

「こんちゃ。おっ、ももだったか」

 

ももは俺に一礼してから言った。

 

「ユーフォ、マウスピースはまってないですよ」

「え!?嘘!」

 

男子とは思えない字面をして言った。確かに、マウスピースだけはまってなかった。

 

「ああ……こんなミス久しぶりだなぁ、1年生の時だったかな」

「高校ですか?」

「中学の頃。まだ始めて3ヶ月くらいの頃以来かな」

 

そう考えると、ここまで6年間続けてきたのか。長かったな。

 

「あとコンクールまで1週間。いつも通り、ね」

「はい」

 

ももはユーフォを取りに行った。俺は教室を確保するため、4階の3年生の教室から見た。

 

「4階は空いてないか……」

 

俺は諦めて音楽室に戻った。結構部員が集まっていて、俺はすぐ3階の教室に向かった。

 

「先輩、待ってくださいよ」

 

ももが後ろをついてくる。俺はそのままのスピードで2年生の教室に入る。

 

「先輩、基礎練を」

「あぁ。チューニングしてて」

 

俺は音楽室にとんぼ返りした。

 

「先輩っ、こんにちは」

「うっす」

 

ゆみだった。ゆみはユーフォを抱いて持つのが癖らしく、毎回抱きかかえている。

 

「楓、練習行くぞ」

 

俺は音楽室にいた楓を呼んだ。楓は小走りでこっちに来て、俺の手を握る。

 

「行く」

「よし。行くか」

 

 

 練習が終わり、いつも通り楓と一緒に帰っていた。新路線ができて、上町高校ができ、そこから南小歌で乗り換え、雑賀江まで行き、新幸田まで行く。

 

「空いた」

「そうだね。終日10両だし、これで通学も楽だ」

 

楓はボックス席に座り、俺が隣に座ると、楓は肩を俺に乗せた。

 

「秋人、おやすみ」

「寝るのかよ」

 

俺がそう言ったときには、もう楓は眠っていた。ずっと考えてる、足りないものなんてない気がするが。俺の気のせいだったりするんだろうか。

 

「この電車は、快速、大西行きです」

 

楓はその放送に起きてしまった。

 

「楓?」

「……止まるか」

 

楓はぎゅっと俺の腕を掴んだ。

 

「着いたら起こして?」

 

少しデレてるんだろうか。

 

「どうしよっかな」

 

俺は少しもったいぶった。

 

「秋人、起こしてくれたら今度デートしてあげる」

「うし、南小歌で起こしてやる」

 

俺はデートという言葉に誘惑されて許可してしまった。なんで俺はそういうのに弱いんだろう。足りないものってもしかしてこれかな。気のせいだと思うんだけどなぁ。




こんばんは。今は9/1、23:05です。投稿3日前ですが、今更書いてます。
いかがお過ごしでしょうか。話すことがないんです。
コロナの話をしてもしょうがないんでね。あ、まだワクチン1回目です。
2回目がある関係で、忙しいんですよ。ワクチン接種日を超えるように小説を予約しないと。3日分は予約しておかないと困りますからね。
大体次にお会いするのは9月7日くらいかと。
それでは!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

shortage. 3 後輩

 今日の部活はOFF。週に1回のOFFだ。

俺は教室から出て真っ先に昇降口から出た。美山は部活だし、楓は先生の手伝い。俺が先に帰るしかなかった。

時間は17時過ぎ。次の電車は17:05発快速だから……!

 

「まずい!」

 

俺は走って上町高校駅に向かった。あと3分。歩いて2分ごろだからギリギリだ。

危機一髪、出発30秒前に飛び乗った。俺は勢い余って前の人にぶつかった。

 

「きゃうっ」

「すみません!」

 

俺が謝ると、そこにはももとゆみがいた。

 

「先輩?」

「もも。ゆみも」

 

なんか恥ずかしかった。後輩に敬語なんて……

 

「先輩、今日はもう帰るんですか」

「うん。もう用事無いから」

 

ゆみは俺にくっついて言った。なんか柔らかいなぁ。あ、胸か。

 

「先輩っ」

 

ももが一緒にくっつく。

 

「あの、あんまりくっつかれると」

「いいじゃないですか。だって好きですし」

 

多分恋愛感情ではないと思うんだけどな。

 

「ひゃっ」

 

2人が俺に密着する。電車の中が急に混み始めたのだ。この電車は快速。終点大西まではもちろん、大傘や南小歌までも先着する。帰宅時間も被っていることから、かなり人がいた。

 

「むぎゅう……くるちい……」

「せんぱぁい……」

 

2人とも上目遣いで俺を見る。かわいすぎる姉妹だ。瑞浪を思い出すじゃないか。

 

「せんぱぁい、もうちょっと詰めて貰っていいですか?」

「ああ、分かった」

 

俺が少しゆみに寄ると、なんかなんとも言えない体型になってしまう。

俺の後ろからは人が押してきて、前はももとゆみが密着している。

 

「先輩……苦しいです……」

「分かってんだけど……」

 

ももとゆみはかなり苦しそう。うつむき気味なのもあったし。そしたら、次で一回降りて後続に乗り換えた方がいいんじゃないか。そう思い、俺は次の高町で降りることにした。

 

「2人とも、次で1回降りよう」

「はい……」

 

幸いにも、こっち側が開き、すぐに降りれた。快速が混んでいるだけで、各駅停車は空いている。先に着きたいんだったら快速に乗るだろうし。

 

「もも、ゆみ。大丈夫か」

「はい。今度は空いてますね」

「そうだな。座れたし、楽だろう?」

 

俺はこの2人が来てくれて嬉しかった。

 

中学2年のとき、俺は今と変わらずユーフォ担当だった。俺の1つ上の先輩は、俺が後輩として入ってきた。しかし、俺の下には、1年生が入ってこなかった。それどころか、入ってきた1年生はわずか2人で、チューバ、ホルンにそれぞれ入り、俺は1年間個人連だった。

さらに、俺が3年生になってようやく入ってきたが、中学3年の引退は受験もあって、7月後半にあるコンクールを最後に引退する。8月からは俺は部活に行かなくなり、後輩に会えたのはわずか4月後半からの3ヶ月。

俺は悲しかった。ショックだった。

しかし、高校2年になってももが入り、3年になってからゆみが入ってきた。後輩が2人もいる。俺にとってはこれまでに無い喜びがあった。

 

そんな部活も、俺はあと1ヶ月ほどで引退。10月後半のコンクールで引退だ。

 

「ゆみ、もも、引き継いでね」

「はい。絶対」

「継ぎます、絶対」

 

信頼できる後輩で良かった。最後のコンクールで金賞を取りたいけど、俺たちだったらできる気がしてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

shortage. 4 足りなかったもの

 それから1ヶ月、コンクールの日を迎えた。コンクール会場は自分が想像していたより大きかった。しかし、緊張はなかった。俺たちだったら、できる気がしていたから。

 

「先輩、あと1分ですよ」

「あぁ。金賞、取ろうな」

 

俺はももと約束した。

 

「秋人、頑張って」

 

楓が俺に言ってくれた。

 

「応援、頼むよ」

 

俺は楓に笑顔を見せて言った。

俺が学生として出る最後のコンクールだ。やってやろうじゃないか。

 

 

(コンクールの様子はいずれか投稿予定!お楽しみに!)

 

 

 「それでは、各校の成績を発表いたします。金賞の場合、銀賞と区別するため、『ゴールド金賞』と発表いたします」

 

いつものフレーズ。

2つ前の学校は、「銀賞」。1つ前の学校は、「金賞」。

そして、俺たちの順番が回ってきた。ついに発表となるのだ。今まで頑張ってきたんだから、できるはずだ!

 

「上町高校吹奏楽部……」

 

 

 

 

 

 

 記念撮影の時間だ。

俺たち3年生が下段となり、記念撮影が始まった。俺と楓は、生徒会長ということもあり、賞状を持って撮影することになった。

 

「もっと笑って!」

「笑えって言われても……」

 

こんな成績で、笑えるはずがない。

賞状の冒頭には、こんなことが書かれていた。

 

上町高校吹奏楽部 銅賞

 

告げられたときはかなりショックだった。銅賞なんて、賞の1番下だった。

 

「撮るよ!」

 

俺は作り笑顔をした。あぁ、最後が銅賞か。来年、ももたちは金賞を取ってきてくれるかな。

 

 俺は記念撮影が終わり、足早にバスに向かった。

 

「先輩」

 

ももがそこにいた。

 

「もも……」

 

俺はももに、最後の約束をした。

 

「来年のコンクール、絶対金賞とってこいよ」

「はい。取ってきます。それで、先輩に見せます」

「そうか。楽しみにしてるよ。金賞の賞状」

 

こんな感じで、俺の部活人生が終わるなんてな。思ってもいなかった。けど、俺の足りない物は見つかったかもしれない。

 

「もも、来年こそは、満点だよな」

「はい!満点超えます!」

 

足りない物は、案外近くにあったのかもしれない。

 

「足りなかったもの、代わりに取ってきてよ」

「思いの欠片、ですか」

「……あぁ。代わりに、ね」

 

欠片はももが取ってくれるだろう。思いが、俺には足りなかった。楓への思い、部活への思い、賞への思い。

これなどが俺には足りていなかった。

 

「いやぁ、疲れた」

「先輩、変わりましたね」

 

ももが唐突に言ったしかし、すぐに意味は分かった。

 

「変わったよ。かなり」

 

俺はももの頭を撫でて言った。

 

「今度はももが変わって」

「……はい!」

 

今まで以上に気があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Love. 1 デート

 部活も引退して、本当の暇人になった。大学進学はなしで、成績も上の下。何もしなくたっていい。

さて、今日は待ちに待ったデートの日。楓との待ち合わせで駅を選んでいた。俺はすぐに立ち上がり、駅に向かった。

 

 駅に着くと、駅前広場の木で楓が待っていた。楓の服はいつも見ている制服とは全く違う私服だった。肩が出ていて、水色がかった服で、かわいい。

 

「待った?」

「待った」

 

普通は「今来たところ」と言うだろうけど、楓と俺の場合は正直なことが多い。お世辞もなく、かわいくなかったら「それかわいくない」、かわいかったら「それかわいい」とハッキリ言う。楓だってそうだ。

 

「ごめん」

「楽しめたら許す」

 

楓は俺の手を握って言った。

 

「つれてって」

「あぁ」

 

俺は近くのバス停に向かった。

遊園地まで行くバスで、今の時間帯は20分に1本来る。

 

「次は……」

「10:40」

 

楓が教えてくれた。

 

「じゃああと5分くらいか」

「秋人、後ろ、結構並んでる」

 

たしかに、後ろに結構並んでいた。俺たちは仕方なく1番後ろに並んだ。

 

「秋人、手」

 

楓は俺の手を握る。

 

「あぁ、そうだったな」

 

楓が少し笑っていたような気がした。

 

 遊園地では、いかにもカップルのような振る舞いをした。手をつなぎ、アトラクションに乗ったりして。あ、俺はアトラクションが得意でも苦手でもない。それに対して楓は……

 

「キャーッ」

「ヒャーッ」

 

……

 

怖がっていた。ジェットコースターどころか、まずアトラクション全体が苦手らしい。

 

「ふぅ……」

「楓、大丈夫かよ」

「無理……」

 

楓は近くのベンチに座った。そんなにダメなんなら乗らなければいいのに。とも思ったが、よく考えたら1人では流石にいないか。俺が乗った時点で乗らないといけない使命感にあるんだろう。

 

「じゃあ、お化け屋敷行くか?得意とか言ってたよな」

 

楓は頷いた。お化け屋敷は得意なのかよ……

 

「行くよ」

「待って、1人にしないで」

 

楓はトコトコとついてきた。

 

 お化け屋敷は怖くない感じで楓は進んでいた。しかし、上から降ってくる仕掛けで、楓は珍しく叫んだ。

 

「キャーッ!!」

 

楓は俺に後ろから抱きついた。

 

「楓、もう大丈夫だぞ」

「嫌っ、まだいるもん」

 

もう怖くなっちゃったか。たしかにここまで来ると怖いけど。

 

「じゃあ、ゆっくり歩くぞ?」

「私はこのままでいるから」

「はいはい」

 

俺はゆっくり歩き始めた。

 

「ひゅっ!」

 

変な声が出た。楓か。

 

「やめてーっ!何も出ないからーっ!」

 

楓じゃない。誰だろう、怖がってるのは。

 

「美山さん」

「美山?」

 

そこにはうずくまった美山がいた。

 

「何してんだ、美山」

「秋人!?」

 

美山は少し顔を上げて言った。

 

「1人で挑戦してたら、怖かったのっ」

 

美山は前から抱きついた。

 

「ちょっ、胸、当たってる」

「いいじゃん!」

 

よくない。と思いながら、俺は仕方なくお化け屋敷から出た。

 

「秋人、離れたくない」

「なんで?」

「だって、いいんだもん」

 

楓は俺に抱きついたままでいた。

 

「楓ちゃん、随分と好きそうだね」

「そうだな。好きだし」

「じゃあ私は違うの乗ってくる。じゃね」

「じゃあな」

 

美山は違うアトラクションに乗りに行った。

 

「秋人、観覧車」

「乗るか」

「うん」

 

俺と楓は観覧車に向かった。

 

観覧車は空いていて、すぐに入ることができた。俺は楓の横に座って、楓をじっと見つめていた。

 

「外は」

「興味ない」

「何に興味あるの」

「楓」

「感想は」

「綺麗」

「それ以外」

「好き」

 

短い会話がずっと続いてくる。

 

「感想じゃない」

「知らない」

「知ってるでしょ」

「知らない」

「綺麗以外は」

「好き」

 

楓はやっと諦めたようで、俺の肩に寄りかかってきた。

 

「私も」

「知ってる」

「それは知ってるの」

「これだけは知ってた」

 

楓は俺に甘えた。すると、たまにしか出さない性格をしてきた。

 

「秋人、大好きっ」

 

2人きりで、機嫌がよく、安心してる時じゃないとこんな性格にはならない。

 

「俺も」

「知ってるっ」

 

楓は甘えたままだった。どっちも景色なんて見ていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Love. 2 楓と秋人

 楓が好きすぎた。

 

 ある日、俺は生徒会の仕事で、学校内の見回りをしていた。17時半を過ぎ、少しずつ暗くなってきていた。

すると、会議室奥の防音室のドアが閉まった音が聞こえた。こんな時間に防音室なんて行かないはずだ。俺はそのあとを付け、ドアに耳をつけて音を聞いた。

 

「君、付き合ってる人いるんだって?」

「……それが何」

「いやぁ、俺が──」

 

そこからはなんと言っているのか分からなかったが、楓がこう言ったのには気付いた。

 

「嫌!」

 

何があったんだろう。俺は続きを聞いた。

 

「そんなこと言うなって。ただするだけだろ?」

「絶対嫌!秋人がいる!」

 

俺が関連してるっぽい。俺は入ることにした。

 

「俺はいるよ」

 

楓はこっちを向くと、突進してきた。

 

「秋人!助けて!」

 

楓は今まで見たことが無いほど必死だった。

 

「ん?なにしてんの?弘人」

「え、あ、いや。楓と話をね」

「聞いてたけど、なんか嫌だとか言ってたよな」

「あの、ほら、あれだよ。手伝いとか」

 

言い方に違和感がある。特に、「あの」とか「え」とかの焦っているときの言葉。

 

「とかってなんだよ。それに、楓はよく手伝いするぜ」

 

きっとなんかあったんだろう。

 

「何した?」

「……」

 

黙るか。俺は久しぶりにイライラし始めた。

 

「黙るな。話せ」

 

弘人は俺に言った。

 

「楓を奪おうしたんだよ!」

 

俺はついに耐えられなくなり、怒りが爆発した。

 

「お前に興味ねぇだろ。バーカ」

「あ?そんなこと──」

「興味ないっしょ」

 

俺は楓の肩に手を置いて言った。

 

「楓は俺のだから。他の奴に渡さない」

 

俺は楓を連れて会議室を出た。全く、楓は俺のだっつーの。

 

「秋人、さっき」

「楓は俺の。それ以外の何でもないから」

 

俺は楓を連れて見回りを始めた。

 

 18時頃、見回りが終わった。楓と一緒に最寄り駅から電車に乗って帰る。帰宅ラッシュ前の静けさといったところだろうか。各駅停車だけになり、座席が全て埋まる程度の混雑。

 

「座れないか、さすがに」

「うん」

 

俺は仕切り板に寄っかかった。少しでも楽な姿勢を維持したいからだ。

 

「私、秋人のもの」

 

質問してきた。

 

「“もの”って言い方が鼻につくが、まぁ、人」

「秋人のための人」

「そういうこと」

 

俺は楓を抱き寄せた。

 

「俺の近くに居て」

「いるよ」

 

相変わらずクールな返し。でも、なんとなく感情はこもっていた。

 

 体育の授業になり、俺は脇でずっと休んでいた。楓がたまにこっちを見ると、微笑んで手を振ってくれていた。ほんのり頬を赤くして、ピンクになっていた。

やがて授業が終わると、楓はこっちに来た。

 

「おつかれ」

「ずっと見てたでしょ」

「あ、気付いた?」

「秋人の視線感じた」

 

俺の視線って他の人と違う物なのか?

 

「秋人、手繋いで」

「おう」

 

楓の手を俺は握った。

 

「次、秋人呼ばれてる」

「え、あ、行ってくる」

 

俺は仕方なくコートに出ていった。体育が嫌いなわけじゃないのだが、体育の授業だと力が出すぎて嫌だ。

 

「秋人、攻めていいから」

「分かった」

 

俺はバスケの試合を始めた。

 

結果は圧勝。みんなが詰め寄ってくると、丁度チャイムが鳴り、俺は駆け足で外に出ていった。

 

「待って」

 

楓が呼んだ。

 

「ん?」

「一緒に戻る」

「……仕方ないな」

 

俺は楓と一緒に教室に戻った。

 





 みなさん、お久しぶりです。

今作品、かなりの期間が空いてしまいましたね。大体5ヶ月ほどでしょうか。
気付けば2022年になって、時間が経ちましたね。
失踪はしてないです。安心して下さい。この作品は忘れかけていましたが。
さて、次回はまた時間軸がずれると思います。恐らく休日とかに。
さ、終わりにしますか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Love. 3 日常

 

 生徒会室で俺が美山と仕事をしていた。唐突だが、いつもこれだ。

 

「美山、したの名前なんなの」

「楓花ー」

 

ふうか、か。

 

「ふーん」

「興味なさそうだね」

「あぁ。全く」

 

仕事に集中しているからだろう。会計報告も俺が全部やってるせいで、もう終わりそうにない。

 

「あ?なんか1万違う」

「どうせどっか忘れてるんでしょ」

 

おっかしいなぁ、ちゃんと確認したはずなんだが。

 

「あ、文化祭の装飾費」

 

168,00と入力する。合計で……

 

「12万7千650円で、前年度の余剰から来るから……」

 

前年度は2万8千円少なくなった。今年度の予算は13万。

 

「3万350円マイナスか」

「予算減らしていい気がするけどね」

「毎年13万って多すぎるんだよな」

 

このままだと余裕を持って12万円まで予算を減らしたっていい。

 

「1番かかってたのは?」

「文化祭運営費」

「何万?」

「6万」

 

正確には6万5500円だが。

 

「やっぱり予算減らしていいよねー」

「ま、あとは先生たちに任せよう。さ、俺たちは帰るぞ」

「はーい」

 

俺は生徒会室から出た。美山も後ろをすぐにつけてくるが、俺たちを取り囲んだのはとんでもない冷気。

 

「さむっ」

「会長、上着いります?」

「そんな呼び方しなくて結構。あと、いらん」

 

美山がブーブー言いながら歩く。楓のだったらいいが、美山のはいらん。

 

「今日って楓いないんでしょ?」

「ん?いないけど」

「じゃあ途中まで一緒に帰ろーよ」

「いいけど」

 

楓は休み。今日は来ていない。

 

「秋人ってさ、なんかハマってることとかないの?」

「無いと思う。楓がいればいいし」

 

楓、今元気かな。

 

「あーあ、私も彼氏作ろっかなー」

「それはお前の自由だろ」

 

俺は楓のことが頭の中から離れなかった。早く帰ろ。

俺はさっきより歩くペースを速めた。

 

「いい人いないんだもん」

「それを探すんだろ」

「勝手に寄ってこないかな」

「虫か」

 

俺は思わず言い返した。

 

「勝手にイケメンが寄ってきたら楽じゃない?」

「性格とかは」

「もちろんそれでも決めるよ?」

 

そうだよな。

楓ってどんな性格だろう……無口、クール……そのくらいか。

 

「そんなにいい人中々いないんだけどね~」

「クラスとかにいないのかよ」

「いても1人じゃない?」

 

同じクラスだが、結構いいやついそうだけどな。以外と中身がダメだったりするのかな。

 

「あ、楓ちゃん」

「あ、ホントだ」

 

楓は俺の方に歩いてきた。性格も性格だから手を振ったりはしないが、向かってきてるだけで天使のように見える。

 

「秋人、おかえり」

「ただいま。じゃ、また明日。美山」

「はーい」

 

俺は楓と一緒に家に帰った。同棲してから何ヶ月かな。そんなのどうでもいいんだけどさ。だって一緒にいれればいいんだから。

 

「手繋ご」

「珍しいね」

「さっき、美山さんと歩いてたから」

「嫉妬?」

「違うもん」

 

「もん」だってさ。かわいい。ちょっと俯きながら言ってたから図星だけど、かわいい。嫉妬してくれてるんだなぁ、楓。

 

「そう?じゃあ美山と手繋いでもいいのか」

「それはダメ。秋人は私のだもん」

 

また同じ言い方。

 

「やっぱ嫉妬じゃない?」

「むぅ……そうだけどさ……」

 

認めた。あっけなく認めた。

 

「ごめんね、楓。俺は楓のことを1番に思ってるよ」

「じゃあいい」

 

楓は俺と一緒に駅に向かった。手をつないでいるが、もう自然だった。

 

「体育祭何やる?」

 

南高校でやっている体育祭は冬に行う伝統がある。3年生の受験が終わったあとで、全員の気が楽になってからだ。なぜ冬なのかは知らないが。

北高校でやっていたときは春に行っていた。種目は基本的なものと、男子は棒倒し、女子はチアダンス。あとやってきたのは騎馬戦だろうか。男女共同で行う騎馬戦は評判がよかった。

 

「南高校と北高校の2つをトレードしたいな」

「うん。借り物競走とかってやってた」

「いや、やってない。騎馬戦ってやってたか?」

「ううん。じゃあ、この2つ入れたいね」

 

人気種目はやはり入れた方が良いだろう。

 

「あ、チアダンスは」

「みたいだけ?」

 

楓が言った。

 

「んなわけないだろ。北高校でやってたからだ」

「じゃあやる」

 

楓はスマホに入力した。まぁこれくらいだよな。

 

「あとは実行委員会やって採決取ってって感じか」

「うん。そういう感じ」

 

楓はスマホに入力し続ける。

 

「おい、前!」

 

楓は足下に気付かずに階段でこけた。俺は楓が離したスマホを片手で、楓自身をもう片方の手で支えた。

 

「大丈夫か」

「うん。ありがと」

 

俺はスマホを渡した。周りからは拍手が起こり、なんか照れくさかった。

 

 俺は電車から降りて、楓と分かれた。明日、また学校で会う約束をして。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 25~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。