春を導くは偉大な赤いアイツ (ヒヒーン)
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偉大な赤いアイツ、日本行きを決める

 俺は子供の頃から競馬が好きだった。

 

 爺さん、父さん、叔父さん、兄貴、そして俺。我が家に生まれた男児は遠い祖先を含めて何故か皆して競馬にハマるという謎現象が起きていた。

 

 1度不思議に思い爺さんに何でなのか尋ねてみたら、何でもうちの家系を辿っていくと1番最初の御先祖様が馬の調教師だったらしいので、御先祖様の馬好きが受け継がれているのだろうと笑いながら教えてくれた。

 

 それが本当であれ嘘であれ、俺は大人になってもずっと競馬のことが好きだった。

 

 可愛い馬が、凛々しい馬が、素敵な毛並みの馬が、カッコイイ馬が、俺達の夢を乗せてターフやダートを駆けていく姿はいつ見ても心を踊らされた。

 

 好きになった馬が何頭も居た。逆に嫌いになった馬も何頭も居た。けれど、彼ら彼女らが1度レースで走り出すと、そんな子供じみた好き嫌いなんてどっかに吹っ飛んで純粋に頑張れ! って気持ちでいっぱいになった。

 

 どの馬が1着になっても、最後には笑って祝福する。それがどれだけ大事なことで、幸せなことなのか。分かるのはきっと俺と同じ競馬バカぐらいだろう。

 

 出来ることならば死んでからもずっと競馬を楽しみたいと、ある意味で言えば競馬に魂を虜にされちまった俺はある日……交通事故に遭った。

 

 一瞬だった。信号無視した車に轢かれ、天地がひっくり返ったかと思えば次の瞬間には激しい痛みが全身を駆け巡り、地面が俺の血であっという間に染まっていくのが見えた。

 

 明らかに出血の量がヤバい。このままではすぐに失血死してしまうのが素人目から見ても理解出来た。

 

 ───こんな所で終わるのか。俺はまだまだ競馬を楽しみたいのに、こんな呆気なく人生が終わってしまうのか。

 

 そう思った途端、俺はふざけるな! と内心で激高する。こんな終わりなんて認めてたまるものかと思いの限り叫んだ。

 

 けれど、どれだけ嫌だと吼えた所で現実は非情。凍えるような寒気と共に俺の意識は徐々に闇の中へと落ちていく。

 

 もはや死は免れない。その事実を受け入れるしかなくて、俺は諦めきった心で瞳を閉じる。

 

 あぁ、願わくばまた競馬を楽しめる人生を送れますようにと。居るかも分からない神様にそう祈りながら俺は完全に意識を手放し、二度と目覚めはしない……筈だった。

 

「見て! 目を開けたわ!」

 

「おぉ! なんとも綺麗な目をしておる! この子は将来アメリカを背負って立つウマ娘になるぞ!」

 

 次に意識を取り戻した時、俺は赤子の姿になっており、ウマ娘という珍妙な生き物へと生まれ変わっていた。

 

 ……どうしてこうなった? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───セクレタリアトというウマ娘が居る。

 

 ウマ娘にしてはかなり大柄な体格に、炎が燃えているかのように赤みがかった長い栗毛というかなり特徴的なそのウマ娘はアメリカにおいてとても目立つ存在であった。

 

 デビュー当時はそこまで人気という訳ではなかったが、彼女が頭角を現し始めたのはその次のレースからだ。

 

 2着のウマ娘を6バ身差で千切って快勝すると、セクレタリアトは次々と圧倒的なバ身差で以てレースを勝利し始めた。

 

 時折アクシデントに見舞われたりして敗着することもあったが、ほとんどのレースで勝利を手にしてきた。

 

 だが、彼女が本当に畏怖されるようになり始めたのはクラシックになってからである。

 

 日本における皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3つのレースを制したウマ娘を三冠ウマ娘と呼ぶのと同じように、アメリカではケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSの3つのレースを制したウマ娘を三冠ウマ娘と呼ぶのだが、セクレタリアトはこの3つのレースでとんでもないことをしでかした。

 

 なんと、彼女は栄えある三冠レース全てのレコードを塗り替えて勝利したのだ。

 

 しかも、ベルモントSにおいては2着のウマ娘から31バ身という圧倒的大差をつけてゴールし、従来の記録から2.6秒も縮めた2分24秒0で駆け抜けたことでダート12ハロンの世界レコードを大幅に更新している。

 

 普通のウマ娘ではどれだけ頑張っても26秒台が限界、運が良ければ25秒台のタイムを出せるかもしれないが、24秒というのはもはや次元が違いすぎていて、この記録は永久に更新不可能とさえ言われるぐらいにはずば抜けていた。

 

 勝ち時計を全てレースレコードにし、その実力を全米へと見せつけたセクレタリアトは紛うことなき怪物としてその名を広め、彼女を畏怖する者達からその容姿と圧倒的な強さからアメリカにおいて伝説とされるマンノウォーというウマ娘と同じ「Big Red」という異名を付けられた。

 

 彼女はその後も様々なレースに出続け、圧倒的なバ身差の勝利と共にレコードを容易く塗り替えまくった。

 

 唯一抜きん出て並ぶ者なし。ウマ娘達の祖先とも言えるエクリプスと同じように、レースに出ては1人勝ち続ける彼女は正に生きる伝説であり、それは引退する最後の時までずっとそのままであった。

 

 数々のレースを総ナメし、引退してからはあっという間に殿堂入りを果たしたもののその人気は衰えることなく、現在でもアメリカにおいて史上最も偉大なウマ娘として名高いセクレタリアト。

 

 そんな彼女は今───

 

「お、ようやくオグリキャップが引退したか」

 

 自分の部屋で呑気にパソコンをカタカタと打っていた。

 

「う〜ん、やっぱり時系列がおかしいな。オグリキャップが引退する頃にはもう亡くなってる馬も居たはずなのに、生きてるどころか元気に走りまくってる奴らも居るし……これもウマ娘になったことが影響してるのか?」

 

 パソコンの画面には日本のとあるネットニュースが映っており、そこには一面に大きく芦毛のウマ娘の写真と共に『オグリキャップ引退!』の文字が書かれている。

 

 マウスを操作して画面を動かし、違うネットニュースを開いてみるもほとんど似たり寄ったりな内容ばかりであり、いくつかの記事を読んでいたが暫くして興味を失ったセクレタリアトはパソコンの電源を落とした。

 

「ん〜……この世界に生まれ変わってからもう大分経つけど、相変わらずよく分からん世界だなぁ……」

 

 固くなった身体を解すため大きく背伸びをすると、彼女の胸に着いている豊満なソレもブルンと大きく揺れた。

 

「ちっ、邪魔くせぇなこれ。男だった頃は大好きだったけど、いざ自分に出来たら邪魔でしかねぇな。肩もこるし」

 

 そう言って恨みがましく自分の胸を睨むセクレタリアト。彼女は今聞く人によっては殺意の眼差しを向けられてもおかしくない発言をしたのだが、当の本人はそのことに気づいた様子は無かった。

 

「はぁ〜……ん?」

 

 気落ちしたセクレタリアトがため息を吐いていると、パソコンのすぐ横に置いていたスマホからピコンピコンという着信音が鳴った。

 

 何だ? と思い彼女がスマホを手に取って画面を確認してみれば、そこには【TS】という名前の下に【新着メッセージがあります】と書かれているトークアプリの通知が来ていた。

 

「お、タイキからじゃん」

 

 気落ちした様子から一転してどこかワクワクとした様子でセクレタリアトがスマホを操作してトークアプリを立ち上げると、そこには英文で【今日はオグリの引退パーティ! とっても大盛り上がりしてます!】という1文と共に大勢のウマ娘達がバーベキューをしている写真が載せられており、その写真の中には先程のネットニュースで一面を飾っていたオグリキャップの姿もあった。

 

「いいなぁ……」

 

 写真を眺めながらポツリと呟く。セクレタリアトが食い入るように写真を眺めていると、次々にメッセージと新たな写真が送られてくる。

 

【オグリとっても大食いです! お肉を焼いているタマが泣いちゃいそう】のメッセージと共にご飯大盛りどころかライスタワーとでも呼ぶべきぐらいに白飯をお椀に盛って、お腹を大きく膨らませていてもなお肉を食べているオグリキャップと、そのすぐ近くで涙目になりながらも沢山の肉を焼いている芦毛のウマ娘の写真。

 

【ウマアネゴがスズカに大食いタイマン勝負を仕掛けてます! スズカ頑張れー!】のメッセージと共に勝気な顔をした褐色肌のウマ娘が引き攣った笑みを浮かべるウマ娘に向けて箸を突きつけている写真。

 

【ルドルフ会長達は今日もとても凛々しくてカッコイイです! いったい何の話をしてるのかな〜?】のメッセージと共に三日月のような白い前髪がトレードマークのウマ娘が右目が隠れ気味なショートに目元の化粧が目立つウマ娘の背後に立って何かを囁いている写真。

 

 どれもこれも見ていて実に楽しそうだ。そのパーティに参加することが出来ればとても楽しいこと間違いなしだろう。

 

「いいなぁ……いいなぁ……!」

 

 送られてくる何枚もの写真を見て、セクレタリアトはワナワナと震え出す。

 

 遠い日本の地にて現在進行形で行われている楽しいパーティに、不躾とはいえ楽しそうであれば参加したくなる気持ちは誰にでもあるだろう。

 

 だからこそ、彼女は思う。

 

「いいなぁ! 俺もルドルフ達と会いてぇなぁ! 馬の方もリアルでもう一度会いたいけどウマ娘の方も直接会いてぇよちくしょー!!」

 

 パーティよりもそれに参加しているウマ娘達に会いたくて会いたくて仕方が無いと。ベッドの上に身を放り投げて、子供のように駄々を捏ねてジタバタと暴れる。

 

 何を隠そう、実は彼女は前世とも呼ぶべき世界にて日本の競走馬の中でも特にシンボリルドルフやオグリキャップといった有名馬の大ファンであった。

 

 彼らが現役だった頃はレースの度に仕事を休んでまで馬券を持って競馬場に赴いて応援していたし、引退してからは定期的に各地の牧場へ足を運んで元気かどうか様子を見に行くぐらいには大好きだったのだ。

 

 応援していた馬が美少女になってしまったものの、彼女達が成し遂げたその功績は紛れもなくセクレタリアトが愛してやまなかった名馬達と同じもの。ならば、前世からの1ファンとして実際に会ってみたいと思うのは自然だろう。

 

「あぁ〜俺も日本に行きてぇなぁ〜」

 

 足をバタバタと動かし、ゴロゴロと転がるその姿を他の者が見れば、彼女がアメリカにおいて史上最も偉大と謳われるウマ娘だとは到底思えないぐらいには威厳が無かった。

 

 むしろ、身体だけ大きくなった駄目な子供のようにしか見えないこと間違いなしだった。

 

「別にもう引退したから行っても問題ないだろうけど、それはそれとして仕事がなぁ……」

 

 煩わしそうに顔を歪めるセクレタリアト。彼女は既にレースから引退しているものの、その人気っぷりと抜群のプロポーションからテレビやモデルの仕事などで引っ張りだこなのだ。

 

「あ〜あ、俺もタイキみたいに日本へ行けたらなぁ……ん? 待てよ?」

 

 気ダルそうに願望を垂れ流していたセクレタリアトだが、ふと何かに気付いたようで頭の耳がピンと跳ね上がった。

 

「ほぼほぼ仕事のせいで通えてないとはいえ、一応俺もまだ在籍してたはずだ……理由もちゃんと筋が通るはず……」

 

 彼女の思考を表現するかのように、髪と同じ色の尻尾がグルグルと回っていたが暫くして急にスンと止まった。

 

 そして次の瞬間、セクレタリアトはガバリ! とベッドから身を起こす。その顔には先程までと打って変わって笑みが浮かんでいた。

 

 ……悪いことを思いついたと言わんばかりの、ニヤリとした笑みが。

 

「よし、日本へ行こう!」

 

 その決断が後にとあるウマ娘の運命を大きく歪ませることを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって日本のトレセン学園にて。オグリキャップの引退を盛大に祝うパーティの立役者の1人であるタイキシャトルは数時間経っても今なお大盛り上がりするパーティを目にしつつ自前のスマホで写真を撮っていた。

 

「タイキ、さっきから何してんだ?」

 

「Yeah! アメリカのフレンドにパーティの写真を送ってマス!」

 

 パシャパシャとパーティの会場の至る所を撮りまくっていると、パーティが始まってからずっと写真を撮り続けているタイキシャトルのことを不審がったヒシアマゾンが近付いてきた。

 

 ちなみにその遥か後ろには青い顔をして椅子に座っているサイレンススズカの姿があることから、大食い勝負はどうやら彼女が勝ったようだ。

 

「へーどれどれ……って、ほとんど変な写真ばっかじゃねぇか。こんなの送りまくってその友達は怒ったりしねぇのか?」

 

 ヒシアマゾンがタイキシャトルのスマホを横から覗くと、そこには人参ジュースの飲み比べをするマルゼンスキーとスーパークリークの写真や、肉を片手に水晶玉で占いをしているマチカネフクキタルの写真、変顔をしているゴールドシップの写真などなど……まともそうな写真が数枚ぐらいしかないぐらいには酷い写真ばかりだった。

 

「ノープロブレム! 彼女もパーティが大好きデス! 楽しい写真を送るといつも喜んでくれマース!」

 

「そうか……えらく優しい友達なんだな……」

 

「YES! 自慢のフレンドデース!」

 

 ヒシアマゾンとしてはもしも自分の友達がこんな変な写真ばかり送ってきたら何かの嫌がらせか? と思ってしまうが、タイキシャトルがそう言うのならばきっとそうなのだろう……ということにした。

 

 ヒシアマゾンとタイキシャトルがそんな風に話していると、タイキシャトルの持っていたスマホからピコンという音が鳴る。

 

 その音に釣られて2人がスマホの画面を見ると、そこには【ST】という名前と共に新着のメッセージが届いた通知が入っていた。

 

「Oh! アメリカのフレンドから早速メッセージが返ってきたヨ!」

 

「お、よかったな」

 

 無邪気に喜ぶタイキシャトルを少しばかり可愛いと思いつつ、流石にメッセージのやり取りを覗き見するのは不味いと思いヒシアマゾンはその場から離れようとした。

 

 だが、メッセージを確認した途端、タイキシャトルが目どころか口まで大きく開いて驚愕している姿を晒したことに野次馬根性を刺激されたヒシアマゾンは離れるのをやめて再びタイキシャトルへ話しかける。

 

「タイキ、どうした? めっちゃ驚いてるみてぇだけど」

 

「Wow……信じられないデース……」

 

 手を口に当て、スマホの画面をガン見するタイキシャトルの姿は常の彼女とはとてもかけ離れており、何やら只事ではないと確信したヒシアマゾンはマナー違反ではあるがタイキシャトルの持つスマホを覗き見する。

 

 そこには英語で【俺も日本に留学することにした。だいたい4月ら辺でお前の居る学園に行けると思うから、日本で会えることを楽しみにしていてくれ】という文章が書かれていた。

 

「留学って……タイキ、お前の友達が日本に来るのか!?」

 

「アンビリバボー……そうみたいデース」

 

 驚いたヒシアマゾンがタイキシャトルに確認すると、当の本人の方がよっぽど驚いているようで、今でも信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「冗談……って訳じゃないのか?」

 

「それはNOデース! 彼女は嘘をつくのだけは絶対にしまセンッ!!」

 

「わ、悪い。なら、本当に留学するつもりなのか……?」

 

 急すぎる話にヒシアマゾンが驚いていると、タイキシャトルはようやく脳が現実を受け入れたようで、みるみると頬を緩ませる。

 

 そして────

 

「Yeahhhhhhhhhhhh!!」

 

 火山が噴火したかの如く、嬉しさを爆発させたタイキシャトルはその場で大きくジャンプして身体全体で喜びを表現した。

 

 突然のタイキシャトルの奇行に近くに居たウマ娘達がなんだなんだ? と視線を向ける最中、タイキシャトルは興奮冷めやらぬ様子でスマホをブンブンと振り回す。

 

「ヤッタヤッタヤッタ────!! フレンドがジャパンに来てくれマース!! WHOOOOOOOO!!」

 

「おい! 落ち着けタイキ! スマホぶん回すのは危ねぇって! 嬉しいのは分かるけど一旦落ち着け!!」

 

 テンションが天元突破したタイキシャトルがスマホを持ったまま踊り出し、すぐ傍に居たせいで危うく攻撃されかけたヒシアマゾンはタイキシャトルを落ち着かせるために声を掛けるがあまり効果は無いようだ。

 

「くっそ! 落ち着けってんだ!!」

 

「What!?」

 

 強行手段としてタイキシャトルを落ち着かせるためにヒシアマゾンはタイキシャトルの後ろから羽交い締めにし、腕に力を入れて絞めていく。

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

「NOOOOOOO!! ギブ! ギブ!! 腕がミシミシいってマス!!」

 

 普通の人間よりも遥かに力のあるウマ娘による全力の拘束技を受けて、さしものタイキシャトルも音を上げるしかなかった。

 

 ……数分後、ようやくヒシアマゾンから解放された頃にはタイキシャトルは完全に気絶間近になっていた。

 

「おい、何か言うことは?」

 

「ソーリー……誠にすみませんでした……」

 

「おう、分かりゃいいんだ」

 

 さすがは寮長ということもあって、叱るのに慣れているヒシアマゾン。死にかけているタイキシャトルの謝罪の言葉を聞いて彼女は満足気に頷いた。

 

「それはそうと、お前のその友達の名前はなんていうんだ? この学園に来た時には、特別にこのヒシアマ姐さんが場所案内してやるぞ!」

 

「Oh! センキュー! やっぱりウマアネゴは優しいネ!」

 

「誰が『ウマアネゴ』だっ!!」

 

「Ouch!」

 

 タイキシャトルの脳天にヒシアマゾンのチョップが突き刺さった。

 

「んで、ソイツの名前は?」

 

「セクレタリアト、デース」

 

「……は?」

 

 一瞬、告げられた名前を聞いてヒシアマゾンは自分の耳を疑わざるを得なかった。今、タイキシャトルはなんと言った? 

 

「すまん、もう一度言ってくれ。なんて名前だって?」

 

「マイフレンドの名前はセクレタリアトと言いマース!」

 

 聞き間違いではなかった。確かにセクレタリアトと発言したタイキシャトルに、ヒシアマゾンは声を震わせて確認する。

 

「セクレタリアトって、あのセクレタリアトか? 全米で伝説的なあの?」

 

「そうデース! 昔ながらのフレンドデース!」

 

 ホラ! と、スマホを操作して1枚の写真を画面に出すタイキシャトル。

 

 ヒシアマゾンが見ると、そこにはタイキシャトルとセクレタリアトがツーショットで映っていた。

 

 あのセクレタリアトだ。見間違えるはずも無い、アメリカにおける偉大なウマ娘の姿を知らない者はこのトレセン学園にほとんど居ないだろう。

 

 無論、ヒシアマゾンも本人と会ったことは無いもののその姿は当然知っている。だからこそ、タイキシャトルのこの写真が偽物だとは到底思えなかった。

 

 つまり、セクレタリアトはタイキシャトルの友達であり、今度日本へ留学しにやって来るという訳だ。あのセクレタリアトが。

 

「……ハァァァァァァァァァ──────!?」

 

 全てを理解してしまった時、ヒシアマゾンは叫ばずにはいられなかった。

 




ハルウララに有馬記念を勝たせてやりたすぎて生み出してしまった妄想小説です。

スキルも欲しいけど、因子をくれるサポカとかあってもいいと思うの。


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偉大な赤いアイツ、来日する

 オグリキャップの引退から数ヶ月後。厳しかった冬も過ぎ去り、麗らかな春の陽射しと共に暖かい風が優しく吹くようになったある日、トレセン学園の生徒会室にて数人のウマ娘達が思い詰めた表情を浮かべながら集まっていた。

 

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、フジキセキ。生徒会メンバーに寮長2人という何とも豪華な面子が揃って何をしているのか。それは彼女達が囲うようにして机の上に置かれている1枚の紙面が原因だった。

 

 そこには【セクレタリアト、日本へ来たる!!】という大きな文字と共にセクレタリアトの写真が見出しに飾られていた。

 

「……さて、本日諸君らに集まってもらったのは他でもない、セクレタリアトについてだ」

 

 重苦しい空気に包まれた生徒会室の中、静寂を切り裂くようにしてシンボリルドルフが口を開いた。

 

「単刀直入に聞こう。彼女の目的はなんだと思う?」

 

 紙面にトンと指を1本立てて強調しつつ、シンボリルドルフがそう聞くと全員が悩ましい表情を浮かべた。

 

 数ヶ月前、オグリキャップの引退があった日にタイキシャトルから言伝で知らされたセクレタリアトの留学。それを最初シンボリルドルフ達は冗談だと思っていた。

 

 セクレタリアトは誰もが知る全米一のスターウマ娘だ。その人気っぷりは凄まじく、テレビやモデルだけでなく映画や舞台と多種に渡る仕事を常にこなしている。

 

 彼女は1度受けた仕事は必ず成し遂げる仕事人であることは周知の事実であり、そんな多忙の人物が日本へ来るなんてどう考えてもありえないことだった。

 

 だが、そんなシンボリルドルフ達の考えと反してセクレタリアトは少ししてから休業することを発表し、記者会見を開いてマスコミ達に以下のコメントを残した。

 

『私はこれまで皆様の期待に応えるために一生懸命レースや仕事を頑張ってきました。しかしながらそもそもの話として私の身分は学生であり、本来ならば学業に専念しなければならない立場です。私の家族も勉学に励ませるために学園へと入学させたのですから、その思いに私は応えたいのです。しかしそうなると仕事と学業の両立は非常に難しい為、一考した結果、今受けている仕事を全て終わらせた後に卒業するまでの間だけ休業するという決断に至りました』

 

 ウマ娘と言えど普通の人間と同じ権利は全世界共通で与えられている。ゆえに、彼女の言っていることは間違ってはいなかったが、アメリカの大スターがその発言をしたことで各地で物議が醸されることとなった。

 

 同じウマ娘や未成年の子を持つ親として彼女を擁護する者も居れば、スターとしての責任感が無いとしてここぞとばかりに叩く者も居る。

 

 突然の出来事に誰も彼もが大混乱となり、その混乱を巻き起こした張本人であるセクレタリアトの住まいや通っている学園に日夜マスコミ達が新たなコメントを求めて押しかけたらしい。

 

 それを受けてセクレタリアトは事務所を通して抗議文を出し、これ以上周りに迷惑を掛けたくないと思ったようで今通っている学園から知り合いの通う日本のとある学園へと留学する意向を発表した。

 

 世間的にはどこの学園に通うかまでは明かされなかったが、アメリカのスターが他国に行ってしまうという事実に、流石にやりすぎたマスコミは彼女のファン達を含め大勢の一般人からも迷惑で非常識な行動として白い目を向けられ、マスコミ達は今も肩身の狭い思いをしているらしいが……まぁそれは置いておくとして。

 

 世間は知らずともシンボリルドルフ達は知っている。なにせ、セクレタリアトの友達であるタイキシャトルから知らされたし、トレセン学園の理事長からも直々に留学してくることをつい最近伝えられたからだ。

 

「この状況、私から見たらどうにも作為的としか思えない」

 

「と、言うと?」

 

 シンボリルドルフがそう告げると、ナリタブライアンが興味深そうにしつつ言葉の先を促した。

 

「彼女が日本に留学すると発言したのは休業を発表した後だが、私達はタイキシャトルからそれよりも以前の段階で日本へ来る旨を知らされていただろう? つまり、彼女は日本へ来るためにこの騒動を起こしたんじゃないかと思えてしまうんだ」

 

「いや、それはどうなんだ?」

 

 シンボリルドルフが自分の推測を語ると、ヒシアマゾンが疑問の声を上げた。

 

「別にこんなやり方しなくたって、日本に留学するなら方法はいくらでもあるだろ? わざわざこんなめんどくさい騒動起こす必要なんてねーじゃねぇか」

 

「そこなんだ。私にもそこが分からない」

 

 そう、ヒシアマゾンが語った通り、日本に留学するのであれば幾らでも穏便な方法は取れるのだ。

 

 セクレタリアトと比べれば量は違うかもしれないが、シンボリルドルフもまたレースを引退した後は三冠ウマ娘として生徒会長の仕事とテレビなどの仕事で追われる多忙な日々を送っている。

 

 それ故に、セクレタリアトの忙しさも少しは理解出来るのだが、如何に仕事で忙しいとはいえちゃんと話を通せば仕事はどうとでも調整はできるはず。なのにそれをせず、こうして騒動を起こす理由というのがシンボリルドルフ達には皆目見当もつかなかった。

 

「案外、仕事が忙しすぎて嫌になっていたとかは?」

 

「ふむ、無いとは決して断言できないが……彼女は記者会見で卒業したら仕事に戻ることを明言していた。仕事が嫌なら辞めればいいのに、それをしないのだから恐らくそれは無いに近いだろう」

 

「なら、やはり本人の言う通りに学業を専念したいと思ったからでは?」

 

「ならばわざわざ日本に来る必要は無い。マスコミが騒ぐというのであれば、暫く自宅謹慎してから学園に通うなり転校するなり方法はある」

 

 推測を上げては消えていく。セクレタリアトが日本に留学する目的がどうにも明確にならない。

 

「……私達の実力が知りたい、とかはどうだ?」

 

 誰も彼もが頭を悩ませている中、ナリタブライアンがポツリと呟いたその言葉は全員に聞こえた。

 

「ブライアン、どういうことだ?」

 

「セクレタリアトが日本に留学する意志を見せたのはオグリキャップが引退した時だ。なら、彼女がオグリキャップの引退レースを見て日本のウマ娘に興味を持ち、その目で実際に日本のウマ娘の実力を測りたいと思った……そういう考えもあるんじゃないか?」

 

「なら、あんな騒動を起こした理由はどう考える?」

 

「目で見るだけじゃ分からないこともある。私達ウマ娘は実際に走ってみないと実力が見えてこない奴も居る。だから、学業を口実にして仕事を休み、十全な体制で私達に模擬レースのような勝負を仕掛けるつもりじゃないかと私は思う」

 

 ナリタブライアンの推測を聞き、シンボリルドルフ達はその考えを一様に切り捨てることは出来なかった。

 

「それなら話は通る……のかな?」

 

「いや、本当にセクレタリアトがオグリキャップの引退レースを見てるかどうかは怪しいところじゃないか?」

 

「だが、別に日本のウマ娘に興味を持つなら他のレースでも名勝負はいくらでもある。その中の1つでも偶然見たとしたら充分に考えられるだろう」

 

 先程までと一転して、盛り上がりを見せ始める会議の様子を見つつ、シンボリルドルフは1人口を閉ざす。

 

(本当にそうなのか? 私達と勝負をしたいと、あのセクレタリアトが望んでいるのか……?)

 

 シンボリルドルフとセクレタリアト。同じ三冠ウマ娘同士であれど、ウマ娘レース後進国である日本とウマ娘レース先進国であるアメリカではその名の重みが違ってくる。片田舎の三冠と世界の三冠ではまるで意味が違うだろう。

 

 だが、シンボリルドルフは世界でも通用するウマ娘であることを本人も自負している。その実力は決してセクレタリアトにも引けを取るつもりは無い。

 

 もしも本当にセクレタリアトが勝負をしたいというのであれば───

 

「受けて立とう。『皇帝』の名に懸けて逃げはしない……!」

 

 誰にも聞かれないように小さく呟き、されど胸の内に焦がす闘志は天を焦がす勢いでどこまでも大きく膨れ上がらせる。

 

 そこに居たのはトレセン学園の生徒会長ではない。見果てぬ強敵との勝負に燃える『皇帝』シンボリルドルフの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日。そのウマ娘はとうとう日本の地へと降り立った。

 

【ん〜! やっぱ日本の空気はいいなぁ!!】

 

 空港から出てきた一際体格のデカい赤みがかった栗毛のウマ娘。擦れ違う人々が思わず振り返ってしまう程の美貌を持つそのウマ娘を見間違える者は誰も居ない。

 

「おい、アレってセクレタリアトじゃね!?」

 

「うっそ、本物!?」

 

 周囲のざわめきも気にせず、そのウマ娘───セクレタリアトはその手に荷物を持って歩き出す。

 

【いやぁ〜なんだろうな、日本がめっちゃ久しぶりすぎてテンション上がりまくるなぁ!!】

 

 鼻歌を歌いつつルンルン気分で歩く彼女に何人かの人々が話しかけようとするが……そのすぐ近くに居る黒スーツ姿のスキンヘッドの大男を見て後ずさった。

 

【……また前世の話か?】

 

【おうよ。トレーナーには前にも話したけどよ、やっぱ元が日本人だからいざ母国に帰ってくると何か落ち着くっていうか、嬉しいんだわ】

 

【……お前の母国はアメリカだぞ】

 

【魂の母国だ】

 

 見るからにセクレタリアトのボディーガードだと周りから思われているその寡黙な男、実を言うとセクレタリアトの専属トレーナーであった。

 

 名をクリストファー・チェネリー。セクレタリアトが生まれた時から一緒に居る、いわばセクレタリアトにとって父親同然の男であった。

 

【さて、どっから行こうかな〜! 折角日本に来たんだから色々と行きてぇなぁ〜!!】

 

【……16時までには学園に到着する必要があるからな】

 

【分かってるって。ガキじゃあるめぇし、ちゃんと時間は守るわ】

 

 タクシー乗り場でタクシーを捕まえ、荷物をトランクに詰め込んでセクレタリアトとトレーナーはタクシーに乗り込んだ。

 

 タクシーの運転手は最初、抜群のプロポーションと美貌を持つセクレタリアトと黒スーツでどう見てもカタギには見えない大男の組み合わせに目を白黒させたが、ベテランのプライドで精神を立て直した。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

 運転手がそう聞くと、セクレタリアトは流暢な日本語でこう答えた。

 

「とりあえず秋葉原までお願いします」

 

 このウマ娘、遊びまくる気満々であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませご主人様!」

 

 秋葉原にあるとあるウマ娘メイド喫茶店。そこに少女は今日も来た。

 

「は〜〜〜〜〜やっぱりここは天国ですなぁ!」

 

 店の中で働いているメイドの姿をしたウマ娘達を恍惚とした表情で眺めている大きなリボンがトレードマークのウマ娘。名をアグネスデジタル。

 

 ウマ娘を目当てに日本一と名高いトレセン学園に入学するほどの真性のウマ娘オタクである。

 

「あ〜~〜~~今日も皆可愛いよぉ♡」

 

 ヨダレまで垂らしてメイドさん達の一挙手一投足に至るまでジッと見ているアグネスデジタルの姿は控えめに言って不審者以外の何者でもないのだが、お金を払っている上に何回も店に通っている常連客ということで耐性の付いているメイドさん達は華麗にスルーしていた。

 

 色んなお客さんで店内が賑わう中、チリンチリンとベルを鳴らしながら店の入口のドアが開き、新たな客の到来を知らせる。

 

「おかえりなさいま……せ?」

 

(受付さんの困惑した声ッ!?)

 

 受付に居たメイドさんが声を掛けようとして、その言葉が途中で止まったのが声音からして困惑しているのが原因であることを一発で察したアグネスデジタルは咄嗟に入口の方へ視線を向ける。

 

 メイドさんを困惑させるとはどんな客が来たのかと見てみれば……そこには何かのアニメのキャラクターを模した派手なサングラスに帽子を着けた赤い栗毛のウマ娘と大男が立っていた。

 

「2名です」

 

「あ、はい! 只今ご案内致します!」

 

 いつものメイド口調も消え、思わず普通のウェイトレスのような接客をしつつ受付が席を案内すると、その2人は堂々と店の中を歩いて席へと座った。

 

 周りの客とメイドさん達はなんだアイツら? と言わんばかりに困惑した様子で視線を向けていたが、アグネスデジタルだけが目を見開いて驚愕していた。

 

(せ、せせせ、セクレタリアトォ!!!!????)

 

 あの体格、あの髪の毛、なによりあの声。如何に奇抜な格好をしていても、真性のウマ娘オタクであるアグネスデジタルには彼女が何者なのかすぐに分かってしまった。

 

 だからこそ驚愕。だからこそ困惑。あのセクレタリアトがメイド喫茶店に居る。しかもめっちゃ変な格好で。それっていったいどういうことだってばよ? と、アグネスデジタルの脳内は混乱の極みにあった。

 

【……おい、日本にまで来てお前のやりたいことはこんなことなのか?】

 

【勿論本命はちげぇけど、折角日本に来たならやっぱりこういうの堪能してぇじゃん?】

 

【……アメリカにも同じのはあるだろ】

 

【それはそれ、これはこれってやつだ。なんだよ、別にそんな怒んなくてもいいじゃんか】

 

 英語で話す2人の会話を耳にしつつ、アグネスデジタルは心底後悔した。英語もっと話せるように勉強しておけばよかったと。そうすればセクレタリアト達が何を話しているのか理解出来るのにと。

 

【というか、あんな騒ぎ起こしてまで折角めんどくせぇ仕事を全部休みにして日本に来たんだからトレーナーももっと楽しもうぜ? なんならいい所紹介するよ?】

 

【……余計なお世話だ。それに、お前と違って俺は遊びに来た訳じゃない。お前の体調管理と日本のウマ娘の力量を見に来たんだ】

 

【へいへい、相変わらず仕事熱心なこって……というか、トレーナーも日本のウマ娘に興味があったのか?】

 

 何を話しているのかさっぱり分からん。帰ったら本気で英語を勉強しよう。アグネスデジタルはそう思った。

 

「おかえりなさいませご主人様! こちらメニュー表です♪ お決まりになりましたらベルを鳴らしてね♡」

 

 セクレタリアト達が話していると、メイドの1人がメニュー表を持ってきた。

 

 明らかに変な2人組に対して店内の同じメイドさん達からメニューを持ってきたメイドへ心配そうな目を向けていたが、そんなことなど露知らずにメニュー表を受け取ったセクレタリアトはパラッと開いてメニューの一覧を一瞥した後、すぐに閉じた。

 

「じゃあこのあつあつドキドキご主人様へのハートでいっぱいのニンジンハンバーグ☆とグッと苦味が染みるけど男は黙ってブラックコーヒー! でお願いします」

 

「はや……あ、畏まりました! 少々お待ちくださいニャン♪」

 

 セクレタリアトのあまりにも早いメニュー決めにメイドさんはつい本音が漏れたが、すぐに口調を戻して去って行った。

 

【……何を頼んだ?】

 

【俺がハンバーグ。トレーナーはいつも昼抜いてるからコーヒーだけ】

 

【……助かる】

 

 相変わらずセクレタリアト達が何を話しているのかは分からないが、それはそれとしてだ。

 

「あのセクレタリアトが……あのセクレタリアトが……!!」

 

 全米のスターウマ娘が真面目な表情でメイドさんに注文するという、ある意味で一生の内にあるかないかも分からない光景を目撃してしまったことで、アグネスデジタルは思わず声を押し殺して身悶えてしまう。

 

 普段は真面目な人物が思ってもみなかった可愛い行動を起こした時に感じる感情……いわゆるギャップ萌えによってアグネスデジタルは内から沸き起こる感情を叫びそうになっていたのだ。

 

【んで、話を戻すけどよ。トレーナーも日本のウマ娘に興味あったのかよ?】

 

【……お前がよく語っていただろう。それで興味を持ってレースを見てたりしていた】

 

【あー……んで、トレーナーから見て日本のウマ娘はどうよ?強そうに見えたか?】

 

【……何とも言えんな。レースを見た限りでは特にそこまで強そうには見えなかった。だからこそ実際に見てみたいとも思ったがな】

 

【なるほどな。俺は強いヤツらばっかりだと思うがねぇ。シンボリルドルフとかナリタブライアンとか、世界でも通用すると思うんだが……】

 

【……だがお前には勝てんだろう】

 

【分かんねぇよ? 勝負したら意外と負けるかもしんねぇじゃん】

 

(え、バトルって言った今……?)

 

 アグネスデジタルには英語が分からぬ。されど、単語だけであれば彼女でも理解することはできた。

 

【……走ってみれば自ずと分かる事だ】

 

【まぁそれもそうか。とりあえずこの後どうする? 原宿とか行ってみる?】

 

【……ダメだ。これ以上時間をかけては到着に遅れが生じる。異国とはいえ日本ウマ娘トレーニングセンター学園は日本一の学園と聞く。初日から遅れるのは流石に不味いだろう。少しは余裕を持て】

 

【へいへい、じゃあ飯食ったらボチボチ向かいますか】

 

(今、ジャパンウマムスメトレーニングセンターって言った!?)

 

 セクレタリアト達の会話を盗み聞きしていたアグネスデジタルの脳内に電流が走る。

 

(そういえば、セクレタリアトさんが日本に留学するって確かどっかのニュース番組で流れてたよね。どこかまでは分からなかったけど……もしかしてウチの学園!?)

 

 聞こえてきた単語に自分の持っていた情報を繋ぎ合わせ、アグネスデジタルは推測を立てていく。

 

(それでさっき聞こえたバトルって言葉……もしかして、セクレタリアトさんはウチの学園のウマ娘達と勝負しに来た!?)

 

 それが合ってるかも分からないというのに、彼女はそう決めつけてしまった。

 

(なんてこった……すぐに皆に知らせなきゃ!!)

 

 間違った推測をしているという事実に気付くことなく、焦りと正義感に突き動かされた彼女は急いで店を飛び出す。

 

「みんな〜~~~~~~!! 大変だよぉ〜~~~~~~!!」

 

 学園に急いで戻り、その話を広めるアグネスデジタルはまだ知らない。

 

 それによって多くのウマ娘達の勘違いがさらに大きくなり、とんでもないことになっていくのだとこの時の彼女は知る由もなかった。

 

【……苦っ!!】

 

【あ、やっぱり苦かったか?】

 

 ……ついでに、呑気に飯を食べているセクレタリアト達も自分達の知らないところでそんなことになっているとは知る由もなかった。




たった1話投稿しただけでお気に入り登録数と評価がめっちゃ来てビビるぅ……(震え声)

皆様ありがとうございます!素人丸出しの小説ではありますが、どうかこれからも応援よろしくお願いします!

追記:アグネスデジタルがアメリカ出身ということを知らなかった為、英語を話せないという設定にしてしまいました。
作者の知識不足によってこのような事態が起きてしまったことを大変深くお詫び致します。
二次創作ということで、このアグネスデジタルちゃんは英語は出来ないというオリジナル設定でいきますので、皆様どうかご理解賜りますようお願い申し上げます。


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偉大な赤いアイツ、春と出会う

 日が沈み始め、世界がほんのりと暗みを帯び始めた頃、セクレタリアトとそのトレーナーであるクリストファーはようやくトレセン学園へと辿り着いた。

 

【おぉ、校門バカでけぇな! さすが日本一なだけはあるわ!】

 

【……はしゃぎすぎだ。みっともないぞ】

 

【むっ……これぐらい別にいいだろ。これから暫く世話になる学校なんだから少しは堪能させてくれよ】

 

【……ダメだ、そういうのは後にしろ。あといい加減そのサングラスと帽子は取れ】

 

【えー、これ結構イカすのになぁ……分かった。外すからそんなに睨むなって】

 

 実際に見るトレセン学園の規模に驚きはしゃぐセクレタリアトを言葉と無言の視線でクリストファーが軽く嗜めていると、校舎の方から緑色の服を着た女性がセクレタリアト達の方へと駆け寄ってきた。

 

「セクレタリアトさんに、クリストファー・チェネリーさんですね?」

 

「えぇ」

 

「ハイ、ソウデス」

 

 女性の問いにセクレタリアトは流暢に、クリストファーは少し片言な日本語で返事をした。

 

「お待ちしておりました。ようこそ、日本ウマ娘トレーニングセンター学園へ! 私はこの学園の理事長秘書を務めている駿川たづなと申します。今日は私がこの学園の案内をさせていただきますので、よろしくお願い致します!」

 

「ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

 

「オネガイシマス」

 

 そう言ってたづながペコリと一礼すると、セクレタリアトも素を見せないようにするために仕事用の仮面を被りながら丁寧に言葉を返しつつ頭を下げ、クリストファーもそれに倣って頭を下げた。

 

「セクレタリアトさん、とても日本語お上手ですね。今まで日本へ来られたことがあるんですか?」

 

「いえ、まぁ、来たことは無いですね」

 

 前世で住んでましたとは流石に言えず、内心で苦笑しながら言葉を濁して答えるセクレタリアトとは反対に、たづなの胸の内は驚愕で包まれていた。

 

(セクレタリアトさん本当に日本に来たことないのかしら……?)

 

 容姿からして見るからに日本生まれではないのは明らかであるが、その話し方や態度はどこからどう見ても日本慣れしすぎていた。

 

 トレセン学園にも外国生まれのウマ娘達は居るが、彼女達は幼い頃に日本へとやって来て日本で育った者ばかりだ。それならばまだ日本語に慣れていたり日本の文化に通じていたりしても話は分かる。

 

 だが、セクレタリアトはアメリカのウマ娘だ。日本のウマ娘から生まれた訳でもなく、日本で育った訳でもない、生粋のアメリカウマ娘である。

 

 だというのに、日本語もペラペラで丁寧な態度も自然に出来ている。それが逆にたづなにとって違和感でしかなかった。

 

 基本的に海外から来たばかりの外国の方というのは3通りのタイプに分かれる。日本語が全く出来ないタイプ、日本語は少し出来るけど気を抜いたら母国語で話し出すタイプ、日本語はかなり出来るけど難しい表現が分からずたまに片言になってしまうタイプ。この3つだ。

 

 例えば、セクレタリアトのトレーナーであるクリストファーは2つ目の日本語は少し出来るタイプだ。片言にはなってしまうが、挨拶だとか簡単な表現であれば問題なく話せるだろう。

 

 では、セクレタリアトは? と聞かれると、答えとしては彼女はそのどれにも当てはまらないのだ。

 

 日本に来たことも無いのに日本語がかなり出来る上にマナーも守れている。これまで理事長秘書として数多くの外国の方とも知り合ってきたたづなにとって、そんな人物は初めてと言えた。

 

 たづなからしたらセクレタリアトとの会話は日本人と話しているような奇妙な感覚さえ覚えた。

 

「ちなみに差し支えなければ日本の勉強はいつ頃から始めたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「えっ、と、そうですねぇ……」

 

 疑問を感じ、たづなが思わずそう聞いてみればセクレタリアトは考えるフリをして露骨に視線を逸らした。

 

(なんでそんなこと聞く!? 別に俺が日本語話せるからといって何か問題でもあるのか!?)

 

 中身が元日本人だからこそ、セクレタリアトにとっては日本語は出来て当然のことだと思っている。

 

 それ故に、彼女は日本語が出来すぎていること事態が不可解なのだということに気付けなかった。

 

「まぁ、もう正確には覚えてないので、小さい頃からとしか……すみません、ちゃんと答えることが出来なくて」

 

「い、いえいえ! こちらもいきなり変なことを聞いてしまって申し訳ございません!」

 

「いえいえ、こちらこそすみませんでした」

 

 セクレタリアトが申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げるとたづなも慌てて謝罪した。

 

 勿論、内心ではさらに驚愕していたが。

 

(子供の頃から日本の勉強をしていた!? なんのために……?)

 

 セクレタリアトが子供の頃から日本の勉強をしていたなんて初耳であるが、そんな時からずっと日本を勉強していたら日本のマナーも詳しくなって日本語もペラペラになれる……かもしれない。

 

 だが、それにしたって何かしらの目的が無ければ続けられないだろう。子供の頃から日本の何に興味を持っていたのか。たづなはその答えと思わしき情報を一つだけ持っていた。

 

(まさか……セクレタリアトさんはずっと前から日本のウマ娘と勝負をしたかった?)

 

 セクレタリアト達が到着するよりも数時間前に学園へと駆け込んできたアグネスデジタルによるセクレタリアトの留学目的についての噂話。

 

 日本のウマ娘に興味を持ち勝負しに来たとアグネスデジタルは言っていたが、もしかするとセクレタリアトは子供の頃からずっとそう思っていたのではないだろうか? 

 

 何がきっかけでそうなったのかは分からないが、今の時代ネットやテレビでいくらでも情報を収集することは出来るのだから何かしらのレースでも見て興味を持ったのだろう。

 

 そしてずっと日本のウマ娘達と勝負したかったが日本に渡るための伝手が用意できなかったせいで留学することが出来ず、代わりにアメリカで三冠を成し遂げてから引退したことでネームバリューを持ちつつ実質的にフリーとなった今だからこそ勝負できると踏んでやって来たのではなかろうか。

 

 それが本当かどうかは分からない。全てはたづなの妄想でしかない。だが、どうにもたづなはこの推測が外れているようには思えなかった。

 

 何故なら───

 

「まぁそれはそうと、そろそろ施設を紹介してくれませんか? 日本のウマ娘達がどんな日常をここで送っているのか是非ともこの目でじっくりと拝見させて頂きたいので」

 

 朗らかに笑うセクレタリアトの瞳には熱意が篭っており、単なる留学だけが目的の者とは明らかに違うプレッシャーを伴っていたからだ。

 

「は、はい! では校舎から案内致しますので私の後を着いてきてください!」

 

 セクレタリアトの視線に晒されたことで緊張感が増し、ドキドキとする心臓を抑えながら学園紹介を始めるたづなは内心で憂う。

 

(理事長……これは大変なことになるかもしれません……)

 

 ……ちなみに。

 

(やっとだ……やっと日本のウマ娘達と会える! 待ってろよルドルフ達ィ〜!!)

 

 このウマ娘、ようやく会えるかもしれない日本の名ウマ娘達との邂逅に期待で胸を膨らませ、溢れ出る熱情という名のファン魂が瞳に現れるぐらい迸っているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園は名実共に日本一のウマ娘育成学校である。

 

 日本一という名に恥じぬように、トレセン学園にはプール、スタジオに練習用屋外ステージ、ジム、実寸大のコースを数種類備えたグラウンドなどなど……ウマ娘にとって必要な物や場所が全て揃っている。

 

 一流のトレーナーも何十人と在籍していることから、ウマ娘にとっては一流になるに当たって絶好の環境が整っていると言っても過言ではない。

 

 そのため、毎年全国から数多くのウマ娘達が入学を志望し、今や在籍生徒数は2000人を超えている。

 

 生徒数で見れば日本屈指の超マンモス校だ。しかし、その中から一流のウマ娘になれるのは一握りの生徒だけである。

 

 何故ならば、レースの勝者は常に1人だから。どれだけ頑張っても、どれだけ思いが強くても、レースで勝てなければ一流のウマ娘にはなれない。

 

 レースに敗れ、夢も敗れたウマ娘は後を絶えない。そういった心の弱い者達から順番にこの学園を去って行く。

 

 そして今日もまた、一流のウマ娘になれる者となれない者の篩にかけられようとしていた。

 

『では只今より、チームリギルの選抜模擬レースを始めたいと思います! 参加者の方は各コース場の受付に並んでください!』

 

 グラウンドに大きくメガホンで拡張した声が響き渡る。内側のダートコースから外側の長距離用ターフコースにかけて、今年になって入学してきた新入生達のほとんどが集められていた。

 

 彼女達がどうしてこんなにも集まっているかというと、今日はチームリギルというトレセン学園においても最強のチームが新メンバーを募集するという大事な日だったからだ。

 

 ウマ娘がレースに出るにはチームに入る必要がある。そして、チームに入るにはチームトレーナーにスカウトされなければならない。

 

 よって、ウマ娘としては何とか自分をアピールしてトレーナーにスカウトされる必要があるのだが、誰だって三流のトレーナーよりも一流のトレーナーに鍛えられたいと思うもの。

 

 トレーナーの中でも最強と名高いチームリギルのトレーナーである東条ハナはシンボリルドルフを始めとしてマルゼンスキー、ナリタブライアン、テイエムオペラオーという天下にその名を轟かせる名ウマ娘達を育て上げてきた一流のトレーナーであり、彼女に指導されればまず間違いなく一流のウマ娘になれること間違いなしとまで言われている。

 

 つまるところ、今この場に集まっている新入生達は全て東条ハナの目に止まってチームリギルに入りたいと切実に思っている者ばかりなのであった。

 

「さて、今年は何人ぐらいおハナさんの目に止まっかな?」

 

「さてな。走ってみない限りには何とも言えんよ」

 

 模擬レースを走る前にストレッチをしたり、深呼吸をしたり、はたまた独特な方法によって緊張をほぐしている新入生達を眺めながら、ヒシアマゾンとナリタブライアンの2人は監督役と審査役としてコースに立っていた。

 

「ただ、おハナさんの目には止まらなくても、他の奴らの目には止まるかもしれないがな」

 

「あぁ、それもそうだな」

 

 コースの外からグラウンドを眺めている沢山の人集りを見て、ヒシアマゾンはナリタブライアンの言葉に同意した。

 

「今年も来てんな。お零れ狙いのトレーナー達が」

 

「毎年のことだ。今更気にすることでもないさ」

 

 コースの外に居る人集り。それが何かというと、彼らはチームリギルに選ばれなかったウマ娘の中から良さそうなのをスカウトしようと企むトレーナー達であった。

 

 ベテランも新人も含めて、チームで面倒の見れるウマ娘の人数はトレーナーの個人差によって大きく変わってくるのだ。

 

 東条ハナのチームリギルのように大人数のチームも居れば、1人だけの弱小チームだって居る。

 

 限られた人数しか育成できないのだから、トレーナー達とてウマ娘達と同様に三流のウマ娘よりも一流になれる素質を持つウマ娘を育成したいと思っている。

 

 そこで、このチームリギルの模擬レースに託けて素質のありそうなウマ娘をスカウトしようと虎視眈々と狙っている訳だ。

 

『現時点を持ちまして受付を終了させていただきます! 10分後に模擬レースを始めるので監督役と審査役、並びに第1レース走者の新入生は整列してください!!』

 

「おっと、そろそろか」

 

「あぁ、準備しよう」

 

 司会役の声を聞き、ヒシアマゾンとナリタブライアンはそれぞれゴール地点とスタート地点の場所に分かれた。

 

「では第1レースの走者は各員ゲートの中に入れ!」

 

 ナリタブライアンがそう言うと並んでいた新入生は続々とゲートの中に入り、全てのコースで第1レース走者のゲート入りが完了すると、グラウンドが静寂に包まれる。

 

 物音一つさえせず、新入生達は集中力を高めて前だけを見て、コースの外に居るトレーナー達の誰もが固唾を飲んで見守る───

 

『それでは! 模擬レース……スタートォ!!』

 

 そして、スタートの合図が切られゲートが開いた瞬間、新入生達は一斉に駆け出した。

 

「いけぇー!!」

 

「頑張れー!!」

 

「ぶっちぎれー!!」

 

 同じクラスメイトか、それとも友達なのかは知らないが、新入生同士でレースを走る仲間を大声で応援する。

 

「おぉおおおおおおお!!」

 

「絶対に勝つ!!」

 

「負けるかぁあああああ!!」

 

 その声援に背中を押され、全身全霊を賭けてゴールを目指す。その姿を見て、ナリタブライアンは自分が新入生だった頃を思い出した。

 

「私もあんな感じだったかな……?」

 

 ポツリと呟いたその言葉はヒシアマゾンの「ゴール!!」という大きな声で掻き消され、虚空へと消えた。

 

「やったぁー!!」

 

「くっそぉー!!」

 

「あと少し、あと少しだったのに……!」

 

「ちくしょー!!」

 

 ゴール地点で大きく喜ぶ勝者と、崩れ落ちて悔しがる沢山の敗者達。

 

 残酷だが、これがレースだ。

 

「結果はまた後日知らせる。走り終えたらレースの邪魔にならないようにコース外へ出て整列して待機してろ」

 

 ヒシアマゾンの案内に従ってコースの外へと出ていく新入生達の姿を見送った後、ナリタブライアンはこれから走る新入生達へと視線を向ける。

 

(負けても這い上がってこい。ここが終わりなんじゃないんだ、諦めなければいつかきっと……)

 

「第2レースの走者はゲートに入れ!」

 

 レースで勝つために、これから幾重にも及ぶ試練に挑むこととなる新入生達のことを思いつつ、ナリタブライアンは声に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてレースも順調に進み終盤に差し掛かってきた頃だった。

 

「ねぇ、見てよあの子」

 

「何あの変な走り」

 

「おっそぉ〜!」

 

 どこからともなくクスクスと聞こえてきた誰かの嘲笑うかのような声。それはダートコースを走る1人のウマ娘に向けられていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……み、みんなはやいよぉ〜!!」

 

 両手を前に突き出して、息も絶え絶えになりながら懸命にコースを走るピンク髪のウマ娘。その走りはとてもウマ娘のものとは思えず、普通の人間の早歩きと同じぐらいの速度しか出ていなかった。

 

「何だあのウマ娘おっそ!?」

 

「おいおい、ダートとはいえ距離は800メートルだぞ」

 

「半分を過ぎた段階で息切れとは……あのウマ娘は無いな」

 

 コース内からもコース外からも聞こえてくるピンク髪のウマ娘を貶すような言葉の数々に、一部のウマ娘達が眉を顰めた。

 

(コイツらはあんなにも頑張って走ろうとしているウマ娘を応援しようとさえ思わねぇのか……!)

 

 どれだけ遅くとも、走っている本人は一生懸命なのだ。ならば、応援してやることこそがするべきこと。息を切らしても走り続けるウマ娘に嘲笑ではなく敬意を示すことが正しい行動だ。

 

 そう思ったからこそ、ヒシアマゾンは声を張り上げた。

 

「頑張れ! ゴールはもう少しだぞ!!」

 

「そうだ! 頑張れ!!」

 

 ヒシアマゾンが応援すると、それに呼応するかのようにナリタブライアンも声を張り上げた。

 

「頑張ってー!!」

 

「諦めないでー!!」

 

「走りながら息を整えるんだー!!」

 

 1人、また1人と声援を飛ばす。それに答えるかのようにピンク髪のウマ娘は大きく「ありがと────!!」と感謝の声を上げたが、声援に釣られてしまったことで足元を疎かにしてしまったのだろう。

 

「あっ!?」

 

 誰もが見守る最中で足をもつれさせてしまったピンク髪のウマ娘は体勢を大きく崩してしまい、息切れしてることから体勢を立て直す力も残っていないのは見て分かることであり、このままでは顔面から地面に転ぶのは明白だった。

 

「不味っ!」

 

 いくらダートコースとはいえ転んでしまえば怪我もする。慌てたヒシアマゾンは急いで動き出そうとし───その横を一陣の赤い旋風が通り抜けた。

 

「は……?」

 

 目の前の光景に思わず呆然とするヒシアマゾンの口からそんな声が漏れる。

 

 いや、ヒシアマゾンだけでない。その場に居た全員が同じ気持ちだった。

 

「よぉ、お嬢ちゃん。見事なガッツだったぜ!」

 

 先程までポツンとピンク髪のウマ娘の1人しか居なかったダートコースにて、いつの間にか現れたその人物は倒れかけていたピンク髪のウマ娘の身体を支えていた。

 

 真っ赤に燃える赤い栗毛。男と見間違う程の巨躯。日本人には無いクッキリとした顔立ちの美貌。そして頭と腰から生えている耳と尻尾。

 

「ぜぇ……ぜぇ……だ、誰……?」

 

「おっとお嬢ちゃん、名を尋ねるならまずは自分から名乗りな」

 

 間違えるはずがない。間違えようがない。それほどまでの特徴的なウマ娘など、1人しか居ない。

 

「ぜぇ……わたし、ハルウララって……いうの」

 

「ハルウララ……やっぱりか! 何となくそんな気はしてたぜ!」

 

 アメリカ史上最も偉大。星の如く輝き、数々の伝説を残し、三冠ウマ娘として頂点に君臨する最強。

 

 その名は───

 

「じゃあ、礼には礼だ。俺の名はセクレタリアト。ただのウマ娘ファンだよ」

 

 当代における全米最強が、日本のコースに降り立った。




2話投稿でお気に入り件数1000超え……日刊ランキング1桁……ヒェ。

皆様本当にありがとうございます……1話、2話とそれぞれ名前ガバや設定ガバをやらかしつつも、それでも応援してくれる皆様には感謝の思いで胸がいっぱいです……!(感無量

ようやくプロローグが終わり本編に入ることが出来ましたので、ここから先も頑張って投稿を続けていきたいと思いますので、何卒応援よろしくお願いします!


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偉大な赤いアイツ、春の師匠となる

「セクレタリアト!? どうして!?」

 

「マジでか!?」

 

「え、本当に!?」

 

 突如コースに現れたアメリカ三冠ウマ娘であるセクレタリアトの姿にその場に居た全ての者達が驚き、ざわざわと群衆がにわかに騒ぎ始める。

 

「セクレタリアトさぁ〜ん!! 急に走り出さないでください〜!!」

 

 ざわめく群衆を掻き分けて、学園の案内をしていたたづなとクリストファーがコースに居るセクレタリアトへ駆け寄ってきた。

 

【……おい、セク。急に駆け出してどうし───いや、そういうことか】

 

【おう。間違いねぇ】

 

 セクレタリアトが急に走り出した理由をクリストファーは尋ねようとしたが、セクレタリアトがその手で支えているハルウララの姿を一目見てすぐに状況を理解した。

 

「駿川さん、保健室ってどこにありますか?」

 

「はぁ……はぁ……ほ、保健室ですか?」

 

 急に何で保健室の話が出てきたのか分からず、たづなは一瞬困惑したがセクレタリアトが抱えるハルウララの様子が普通ではないことにすぐに気付く。

 

 走った後とはいえ一向に収まる気配の無い荒い呼吸に、茹で上がったかのように赤く染まった顔、汗が噴き出し続けとても苦しそうな表情を浮かべている。

 

 明らかに普通ではない。ハルウララに何かトラブルが起きていた。

 

「恐らく熱発です。意識はかろうじてありますが、状態が酷い。これ以上悪化させる前に休ませるべきです」

 

 セクレタリアトはそう言いつつ、ハルウララの身体を大事に取り扱いながら背負う。

 

「私が運びます。保健室への案内はお願いします」

 

「わ、分かりました! こちらです!」

 

 事態が一刻を争うことを理解したたづなは慌てて保健室に向かって先導し、セクレタリアトとクリストファーもそれに続いてコースの外へと去って行く。

 

 その様子を人々は呆然と見送るしかなかった。

 

「……あれがセクレタリアトか」

 

 コースから立ち去ったセクレタリアト達の姿が見えなくなった頃になって、ようやく落ち着きを取り戻した群衆の内の1人であるシンボリルドルフはポツリと呟く。

 

 初めてその目で見たアメリカの三冠ウマ娘。同じ三冠という称号を持つシンボリルドルフであっても、正直に言って垣間見えたセクレタリアトの力量は化け物と言えた。

 

(これだけの人数が居る中で誰にも気付かれることなく、コース外から中央のダートコースまで駆け抜ける……言葉にするだけでも荒唐無稽すぎるな)

 

 もし同じことをやれと言われても、シンボリルドルフは出来ないと首を横に振るだろう。

 

 普通に考えてそんなことは不可能なのだ。どれだけ頑張っても限界というのは存在する物なのだから。

 

 故にこそ、その限界を軽く超えて不可能を可能にしたセクレタリアトの実力は到底一目見ただけでは推し量ることが出来ない程であった。

 

 ただ、一つだけ言えることがあるとすれば。

 

「悔しいが、今のままでは……」

 

 そうやってシンボリルドルフが密かに考えを巡らせていると、不意にダートコースの方から怒声が鳴り響いた。

 

「おい、スズカ! 何で体調不良のウマ娘を走らせた!?」

 

「ごめんなさい……どうしても走りたいって言うから、つい走らせてしまいました……」

 

 シンボリルドルフがダートコースに視線を向けてみれば、そこには審査役であるエアグルーヴが監督役であるサイレンススズカに対して詰め寄っており、サイレンススズカは心から反省しているようで肩身を縮こませていた。

 

「エアグルーヴ、その辺にしておけ。走らせたサイレンススズカもそうだが、受付段階で見逃してしまった我々にも責任はある」

 

「しかし会長! これでは生徒達への示しが!」

 

「構わん。それにもう手遅れだ」

 

 過程はどうであれ、結果的にシンボリルドルフ達は体調不良のウマ娘をレースで走らせ、危うく怪我までさせかけてしまった。

 

 それに対してセクレタリアトはシンボリルドルフ達が動き出すよりも早く誰よりも真っ先に動き出し、その後の状況判断も的確というのだから、セクレタリアトとシンボリルドルフ達を比較するとどちらが優秀と言えるのかは火を見るよりも明らかだろう。

 

「……醜態を晒してしまったな」

 

 自分達の無能っぷりをこんな大衆の前で、しかもあのセクレタリアトにも見られてしまったという屈辱にシンボリルドルフは無意識の内に血が滲み出る程に拳を強く握り締める。

 

 大事になるかもしれなかった所をセクレタリアトに救われた。本当なら自分達がその役目を担わなければならないというのに。

 

 シンボリルドルフは自分の無能っぷりに腹が立って仕方がなかった。

 

 だが、それ以上に、シンボリルドルフにとって許せないのは。

 

「やば、生セクレタリアト激写成功〜!」

 

「マジ!? 見せて見せて〜!」

 

「あ、私も私も!」

 

「いや〜まさかセクレタリアトをこの目で見れるとはね〜」

 

「見ただけでアメリカの三冠ウマ娘は伊達じゃないって分かりましたね!」

 

「それな〜!」

 

 先程は走るハルウララのことを嘲笑し、今はセクレタリアトの登場に浮かれ、ハルウララのことを一欠片も心配していない一部のウマ娘達とトレーナー達だ。

 

「会長……」

 

「……心配するな、ちゃんと分かっている」

 

 エアグルーヴから心配する目を向けられ、シンボリルドルフは深呼吸することで気持ちをひとまず落ち着かせる。

 

「これ以上醜態を晒す訳にはいかない。今日の模擬レースは現時点で中止とする。参加出来なかった者はまた後日に執り行うものとする。エアグルーヴ、君は参加出来なかった者達のリストを作ってくれ」

 

「畏まりました。会長はどうされるので?」

 

「ん? 私か?」

 

 エアグルーヴの問いに、シンボリルドルフはニッコリと微笑んでこう言った。

 

「私はこれから不合格者のリストと理事長から提出するように頼まれていたトレーナー評価リストを作るよ。なに、一度見た人物の顔は絶対に忘れないからな。間違えることは無いさ」

 

 この日、エアグルーヴは笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点であるということを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラウンドから保健室へと場所を移し、セクレタリアト達は保健室の先生を頼り熱発で苦しむハルウララに処置を施した。

 

「これでもう大丈夫です。安静にしていればすぐに良くなります」

 

「ありがとうございます! 助かりました!」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」

 

 奇抜な赤いドレスの上から白衣を身に纏い、緩やかでふわりとしたカールを巻いている金髪の先生へセクレタリアトが頭を下げると、先生は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ただ、ハルウララさんのこの様子だと1人で寮には戻れないと思うので、私は今から寮長のフジキセキさんに迎えの連絡をしてきますね。その間、誰かハルウララさんの様子を見て頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、それでしたら私が見ておきますよ! 乗りかかった船ですし、途中でほっぽり出すのも悪いんで」

 

「ありがとうございます。ではよろしくお願いいたします」

 

「あ、では私も理事長にこのことを報告してくるので少しばかり席を外しますね。すぐに戻ってきますのでここでお待ちください!」

 

 そうして、セクレタリアト達を置いてたづなと保健室の先生が部屋から出て行った。

 

【……おい、セク】

 

【なんだ?】

 

 氷枕に冷えピタで冷ましつつベッドで横たわるハルウララを除き、2人だけになった保健室でクリストファーがセクレタリアトへ話しかけた。

 

【……お前あの時、やっぱりって言ったよな。その子がお前の言う前世から好きだった馬ってやつの1人なのか?】

 

【あぁ、そうだよ。走る姿を見てて何となくそんな感じはしてたんだ】

 

 セクレタリアトはそう言ってハルウララへ目を向けるが、その瞳はどこか遠くを映していた。

 

【ハルウララ。デビュー戦から引退するまで通算113連敗を記録した馬で、勝てる方が珍しいとまで言われた馬だ。身体も小柄で性格も飽きっぽくて我儘なんだがそこがまた可愛い馬でな。マスコミ共は連敗記録を面白がって記事にしてたが、俺にとっては負けても負けても一生懸命に走り続けて、ファンからの応援に応えるために最後までずっと勝つことを諦めなかった最高の名馬さ】

 

【……このウマ娘がか?】

 

【姿形は全然ちげーけどな】

 

 セクレタリアトは苦笑した。彼女の思い浮かべるハルウララと目の前のハルウララのあまりにも違いすぎる容姿に思わず笑うしか無かった。

 

 まぁ馬と人なので違っていて当たり前なのだが。

 

【けど、中身は一緒だった。レースでポツンと1人だけになっても、最後まで走ろうとするその意思は紛れもなく俺の知るハルウララと同じさ。トレーナーもあの光景見たろ?】

 

【……そうだな】

 

 熱発の影響もあったとはいえ、走るフォームはてんでダメ、スタミナはすぐに無くなってバテバテになり、お世辞にも走る速度は全然速くない。

 

 普通のウマ娘なら走るのを諦めてゴールまで歩くか、もしくはレースを棄権するという状況なのに、それでもなお懸命に走るあの姿は思わず応援したくなるぐらいに胸を熱くする『何か』を秘めていた。

 

【……凄い奴なんだな】

 

【あぁ、今も昔もだ】

 

 クリストファーの言葉にセクレタリアトは強く同意する。彼女にとってハルウララはそれ程までに好きな存在であった。

 

【……しかし、なんだって熱発してる状態でレースに出たんだ?】

 

【さぁな。それは……本人に聞いてみようぜ?】

 

 セクレタリアト達が視線を向ける中で、ハルウララはゆっくりと目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(頭がクラクラする……身体も重たい……あ、でも何か頭がひんやりしててきもちぃ〜)

 

 初めて体験する不可思議な感覚に思わずそんなことを感じながらハルウララは目を覚ました。

 

「よぉ、眠り姫。ぐっすり寝れた気分はどうだ?」

 

「うぅん……?」

 

 横から聞こえてきた声に釣られ、ハルウララがそっちへ顔を向ければそこにはコースで会ったセクレタリアトの姿と、見たことの無いスキンヘッドの大男の姿があった。

 

「あれ、ここは……?」

 

「保健室だ。俺がレース中に熱でぶっ倒れかけたお前さんをここまで運んできた」

 

「熱……? ウララこれまで風邪なんてひいたことないよ?」

 

「おっと、そりゃ残念。今回が人生初めての風邪になっちまったな。まっ、人生そんな日もあるさ!」

 

 そう言って快活に笑うセクレタリアトを見つつ、ハルウララは自分が今置かれている状況を段々理解し始める。

 

 そして、記憶も徐々に思い出したことで、ハルウララは思わず飛び起きる勢いで身体を起こした。

 

「あれ、レースは!?」

 

「棄権だ。あれ以上走ってたら怪我してたかもしれねぇからな」

 

「そんな〜……」

 

 セクレタリアトの言葉を聞き、ハルウララはしょんぼりと項垂れた。

 

「おいおい、そんな残念がるなよ。レースはまた今度走ればいいだろ?」

 

「あっ確かに、それもそうだね! ウララ次のレースもがんばるよ!!」

 

「いや、俺が言っといて何だがめっちゃ前向きだなおい」

 

「えへへ」

 

「褒めてる訳じゃないからな?」

 

 セクレタリアトから褒められたと思ったハルウララは嬉しそうな笑みを浮かべ、セクレタリアトは苦笑した。

 

「とりあえずまだ横になって安静にしてろ。そのうち迎えも来るらしいからそれまで寝ててもいいぞ」

 

「大丈夫! わたしもうへっちゃらだよ!」

 

「あっおい!」

 

 元気な証拠を見せるために、立ち上がろうとしたハルウララをセクレタリアトが押し留めた。

 

「無理はすんな。まだ頭もクラクラしてるだろ? 身体だってダルいだろうし」

 

「えっ!? すごい! なんでわかるの!?」

 

 自分が今感じている感覚をズバリ言い当てられ、ハルウララはビックリした顔でセクレタリアトを見る。

 

「ん? そうだな……実は俺はウマ娘の神様なんだ。だからお前のことは何でも分かっちゃうぞ〜?」

 

「そうなの!? ウララのことなんでも分かっちゃうの!?」

 

「君ちょっと純粋すぎない……?」

 

 凄い凄い! と騒ぎ立てるハルウララにセクレタリアトは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 これ以上話をややこしくするといつまでも続きそうだ。そう思ったセクレタリアトは話を変えるためにコホンと咳鳴らしした。

 

「それはそうと、お前さん何だってそんな状態でレースに出たんだ? 走るのも辛いだろ今」

 

「え?」

 

 急にそんなことを聞かれるとは思っておらず、ハルウララはパチリと目を瞬かせる。

 

「熱発してる状態で走ろうとするウマ娘なんてよほどの奴じゃない限り居ねぇのさ。皆1度のレースよりも自分の身体の方が大事だからな」

 

 だが、ハルウララは模擬とはいえレースにでた。碌に走ることさえ難しいという状態でゴールを目指して走ったのだ。

 

 何故そこまでしてレースに出たのか。その答えを聞かれたハルウララは首を小さく傾げた。

 

「レースがたのしいからだよ?」

 

「────」

 

 その答えに、セクレタリアトは息を飲んだ。

 

「ウララが走るとね、皆が応援してくれるんだ! 頑張れー! って! それがとてもうれしくて、がんばろー! っていう気持ちがドンドン湧いてくるの! でね、頑張ってゴールしたら皆がよくやった! ってほめてくれるの! それがとってもたのしいから、ウララはレースに出るの!」

 

 ハルウララがレースに出る理由。それはなんてことは無い、応援してくれる人達に応えたいという人として当たり前な感情だった。

 

 大勢の人から頑張れって応援してもらえるから、自分も頑張って一生懸命レースを走れる。

 

 遅くてもいい。息が切れてもいい。最後まで諦めず、ゴールまで走り抜けることを目指す。

 

 勝者と敗者しか生まないレースにおいて、勝ち負けを超えたレースを楽しむという感情。それがどれだけ大事なことなのか、セクレタリアトは知っている。

 

 知っているからこそ、ハルウララの答えを聞いた彼女は。

 

「は、ははは、あはははははは!!」

 

 笑った。豪快に。楽しそうに。面白そうに。盛大に笑い出した。

 

「あー笑った! そうだよな、よく考えればその通り! レースが楽しけりゃそりゃ風邪引いてでも出たくなるわな!」

 

「うん!」

 

「くはは! そりゃそうだ! 当たり前のことだわ!!」

 

 自信満々に頷くハルウララを見て、彼女の笑いはより大きくなる。

 

 楽しみを前にしたらたとえ風邪を引いていようが苦しさを我慢してまで楽しみを優先する。それは人にとって当たり前のことだ。

 

 やらなければいけない夏休みの宿題を放置してでも友達と遊びに出掛けたり、仕事をして疲れ果てた身体でも好きなゲームをして遊ぶのと同じだ。

 

 人は娯楽に弱い。そんな当たり前のことを真面目な顔をして聞いていた自分に気付いたからこそ、彼女は思わず笑ってしまった。

 

「まぁだけどよ、お前さんはレースで勝ちたいとかは思わねぇのか?」

 

 暫く笑い続け、ようやく落ち着いた後にセクレタリアトはハルウララにそう聞いた。

 

「うーん、よくわかんない。ウララね、いっつもゴールするとき1番うしろだから」

 

「ほう……なら、少し想像してみろ。お前さんを応援してくれるファンの人達が、お前さんがまた最下位になってガッカリしてる姿を」

 

「? うん」

 

 セクレタリアトに言われるがまま、ハルウララは目を閉じて想像する。

 

『ハルウララまた最下位か……』

 

『残念だな……』

 

『はぁ……』

 

 いつも通りに一生懸命レースで走ってゴールした後、いつもなら褒めてくれる応援してくれた皆がガッカリしている。

 

 その光景を想像し、ハルウララは胸がキュッと縮まったように感じた。

 

「どうだ? ガッカリするファンの姿を想像してどう思ったよ?」

 

「えっと……かなしい?」

 

 自分を応援してくれた皆がガッカリしている。その姿を想像するだけで、ハルウララは皆の期待に応えてあげれなかったことがとても悲しく思えた。

 

「じゃあ今度は逆にお前さんがレースで勝って1着になったとしよう。お前さんのファンが大喜びしている姿を想像してみろ」

 

「うん!」

 

 今度は先程と逆の想像。セクレタリアトに言われたままハルウララはイメージする。

 

『おぉ! ハルウララ1着だぁ!!』

 

『おめでとうー!!』

 

『やったな!!』

 

 諸手を挙げて喜ぶ人達。それを想像しただけで、自然と喜びの笑みが溢れてくれる。

 

「さぁ、負けた時と勝った時。どっちの方が嬉しいと思えた?」

 

「勝った時!」

 

 迷いなく即断で答えたハルウララにセクレタリアトは満足そうに頷いた。

 

「だが、今のお前さんの走りじゃレースで勝つのは夢のまた夢だ。お前さんも自分が他のウマ娘と比べて遅いってことぐらい理解してるだろ?」

 

「うん……」

 

 セクレタリアトの言葉にハルウララは再びしょんぼりと項垂れた。

 

 その言葉が事実であるからこそ、頷くしかなかった。

 

「そこで、だ」

 

 ズイっとハルウララに顔を近付け、両肩をガッシリと掴みつつセクレタリアトは告げる。

 

「俺にお前さんのことを鍛えさせちゃくれねぇか!? お前さんがレースで勝つところを見てみたいんだ!! 必ずレースで勝たせてやるから頼む、この通り!!」

 

「うん! いいよー!」

 

 頭を下げて頼み込むセクレタリアトに、あっけからんと頷いたハルウララ。

 

「……え、いいのか?」

 

「もちろん!」

 

 あまりにも呆気なさすぎる返答にセクレタリアトが思わずそう聞くと、ハルウララはむん! と胸の前に両手で握り拳を掲げた。

 

 目の前のウマ娘がアメリカの三冠ウマ娘であるセクレタリアトだからこそ、迷わず申し入れを受け入れる……という訳では無い。

 

 そもそもの話として、ハルウララはセクレタリアトを知らない。日本のウマ娘ならともかく、ニュースとかでしか流れない海外のウマ娘のことまで把握してる訳では無いのだ。

 

 ならば、何故ハルウララはセクレタリアトの頼みを受け入れたか。それは実に単純明快だ。

 

「ウララもね、勝てるようになりたいもん!」

 

 勝たせると言ってくれた。だから信じる。それだけのことであった。

 

「……よっしゃああああああああああ!!」

 

 暫く彫刻のように固まった後、現実を理解したセクレタリアトは思わず立ち上がってガッツポーズを決めた。

 

 前世からの推しウマ娘の育成権ゲット。それは彼女にとって今日1日で1番嬉しいと感じた瞬間であった。




お気に入り件数5000超え……評価数160件超え……前話投稿してから一気に5倍ぐらい増えてらぁ……(震え声

皆様ありがとうございます!これからもプレッシャーに負けないように頑張って執筆を続けていきますので、応援よろしくお願いいたします!

追記

心優しい方達が誤字報告として熱発を発熱と直してくれますが、熱発は競馬用語の1つとして使われるものなのでウマ娘的にもこちらの方が合っていると思いますのでそのままにしております。

報告していただき皆様ありがとうございます!決して誤字ってるとかガバってる訳では無いのでご安心を(遠い目


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偉大な赤いアイツ、不屈の王を落とす

 キングヘイローがそのことを伝えられたのはトレーナーとの毎日のトレーニングが終わり寮へと帰ってきた後のことだった。

 

「キングヘイロー。実はハルウララが今日の放課後にあったリギルの選抜模擬レースの最中に熱発を起こしてしまってね。症状としては軽い風邪のようだが、移ったら大変だ。そこで、突然ではあるが暫く君とハルウララで部屋を分けようと思うんだが……あ、おい!」

 

 寮長のフジキセキからハルウララのことを聞かされて、キングヘイローは話の途中だというのにその場から駆け出した。

 

 向かう先は勿論自分の部屋だ。

 

(なんてこと……私としたことが……!)

 

 彼女の胸の中で後悔と自責の念が渦巻く。実を言うとキングヘイローはハルウララが熱発を起こしていることについては気付けていなかったが、朝から何か調子がおかしいことには気付いていたのだ。

 

(いつもなら、いつの間にか私のベッドに潜り込んで寝ているウララさんが今日に限っては自分のベッドで寝ていた。この時点でもうおかしかったのよ……!)

 

 甘えん坊で小さな子供をそのまま身体だけ大きくしたような性格のハルウララは同室ということもあってキングヘイローに常日頃からよく甘えてくる。

 

 例えば同じベッドで一緒に寝たり、ご飯を食べる時は好きなおかずをおねだりしてきたり、勉強してる最中に抱き着いてきたりと、事ある毎にハルウララはキングヘイローに構って欲しいアピールをしてくるのだ。

 

 それが嫌かと聞かれれば、キングヘイロー本人の面倒見のいい性格やハルウララの天真爛漫な姿もあって実のところはそこまで嫌っていないのだが、恥ずかしいのでキングヘイローは決してそのことを口には出さないようにしている。

 

 それはともかくとして、あの甘えたがりのハルウララが今日に限っては朝から甘えてこず、起きてもどこかボーッと意識が薄れていた感じがしていたのをキングヘイローは思い出した。

 

 変だなとは思いつつ、寝ぼけているだけだと考えたキングヘイローはそのまま朝のトレーニングに向かってしまったのだが、この時点で違和感は感じていたのだ。

 

 その違和感をもっと強く突き詰めていればハルウララに苦しい思いをさせることは無かった。つまり、これはハルウララの異常を見逃したキングヘイローにも責任があると彼女自身はそう思っていた。

 

 他人の体調なんてそう簡単に分かるはずが無いのだから、ハルウララが熱発を起こしたことにキングヘイローが責任を感じる必要なんて勿論無いのだが、プライドが高く何事にも真面目に取り組む気質を持つ彼女にとっては無関係というだけで話を終わらせられなかった。

 

「ウララさん! ご無事ですか!?」

 

 自分の部屋に辿り着き、扉を勢いよく開ければそこには。

 

「あっ! キングちゃん!」

 

 キングヘイローの姿を見て嬉しそうな満面の笑みを浮かべるベッドの上で横たわる元気なハルウララの姿と。

 

「あっ、どうもお邪魔してます」

 

 そのベッドの傍らに腰掛け、軽く手を挙げるアメリカ最強ウマ娘のセクレタリアトの姿があった。

 

「…………は?」

 

 ハルウララはともかくとして、あの全米で有名なセクレタリアトがどうして自分の部屋に居るのか全く理解することが出来なかったキングヘイローは、現実を受け入れるまで暫くの間フリーズするしかなかった。

 

「……あれ? おーい、大丈夫か?」

 

 勢いよく入ってきたと思ったら急に動かなくなったキングヘイローを心配に思いセクレタリアトは彼女の目の前で手を振ったりしてみたが、ちっとも反応がなかった。

 

「へんじがない。ただのしかばねのようだ……なんちゃって」

 

「えぇー!? キングちゃん死んじゃったの!?」

 

「あ、違う違う! 単なるネタだから! マジで死んでる訳じゃねぇからな!?」

 

 分かる人には分かるネタを呟いていると、それを聞き取ったハルウララが驚愕の声を上げ、セクレタリアトは慌てて否定した。

 

「というか、やっぱり突然来るのは不味かったかね? 自分の部屋に戻ってきたら知らない人が居ましたとか、誰だってビビるだろうし」

 

「でも、キングちゃんに師匠のこと紹介したかったもん……」

 

 固まって完全に動かないキングヘイローを心配しつつ、セクレタリアトはどうしてこうなったと内心で思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡ること少し前。セクレタリアトがハルウララの育成権をゲットした後のこと。

 

「それじゃあ、改めてよろしくなウララ!」

 

「うん! よろしく師匠!」

 

 育成することになったことで、少しでも距離感を縮めるためにセクレタリアトはハルウララのことをウララと呼び、ハルウララはセクレタリアトのことを師匠と呼び改め、熱い握手をその場で交わした。

 

【……おい、セク】

 

 そこへ割って入るように、セクレタリアトとハルウララが話している光景をずっと黙って見ていたクリストファーが声を掛けた。

 

【あ、すまん。紹介するの忘れてたわ】

 

 テンションが上がりすぎて回りが見えていなかったことを自覚し、少しばかり恥ずかしい気持ちを感じたセクレタリアトはコホンと咳払いして誤魔化した。

 

「ウララ、このスキンヘッドのおじさんは俺のトレーナーのクリストファーだ。気軽にクリスって呼んでいいぞ。これから先で結構お世話になることが多いと思うから挨拶してくれ」

 

「こんにちはクリスさん!」

 

「コンニチハ」

 

 ペカーと太陽のように明るい笑顔で挨拶をするウララは見てるだけでとても微笑ましくなるのだが、クリストファーは表情を変えずに挨拶を返した。

 

【んで、トレーナー。コイツはさっきも紹介したけどハルウララ。今日から俺が面倒を見ることにした】

 

【……正気か?】

 

 そして今度はクリストファーにハルウララのことを紹介しつつ先程の会話の要点だけを話すと、クリストファーは信じ難いものを見る目でセクレタリアトを見た。

 

 実力的にも才能的にもほとんど底辺と言っていい程のハルウララを育成する……ということに対してではなく。

 

【……お前、日本のトレーナー資格持ってないだろ】

 

 そもそもの話として、セクレタリアトはトレーナーの資格を持っていなかったのだ。

 

【あぁ、だから力を貸してほしい】

 

【……まさか、俺がこの子のトレーナーをやれと?】

 

【いや、面倒を見るって言ったのは俺だ。俺がやる。トレーナーには名前だけを貸してほしいんだ】

 

 セクレタリアトは三冠ウマ娘として数々のウマ娘達を見てきた。自分含めてトレーニングの仕方は大体理解しており、アメリカに居た頃には何度かテレビの企画で新人を育てたこともあった。

 

 それ故に育成には自信があるのだが、許可が取れればすぐにトレーナーになれるアメリカと違って日本でウマ娘を本格的に育成するにはトレーナーの資格が必要不可欠だ。

 

 けれど、これまで仕事で多忙だったセクレタリアトはトレーナーの資格を手に入れる時間が無かったのだが、代わりにクリストファーはその資格を先立って手に入れている。

 

 そこで、セクレタリアトは自分のトレーナーであるクリストファーに名前を借りて書類的にはハルウララのトレーナー役として任せ、トレーニング自体は自分が受け持つつもりでいた。

 

【……ダメだ。そんなことは許さん】

 

 しかし、クリストファーはそれを許可しなかった。目が鋭く細まり、力強い眼差しがセクレタリアトを捉えて離さない。

 

【なんでだよ。俺がトレーナーの真似事をするのは気に食わねぇのか?】

 

【……それもある。だが、お前も見ただろう? この子が走ってる時の観客達の姿を】

 

 クリストファーの一言であの時の光景が脳裏に蘇る。一部の者達は一生懸命に走るハルウララを応援していたが、ほとんどのウマ娘達とトレーナー達はそうではなかった。

 

【……日本のウマ娘の底も知れた。仲間を侮辱するような奴らの前でお前がその子を育成してみろ。必ず妬まれお前も、その子もやっかみを受けることになる】

 

【……だからやめとけってか? 見て見ぬふりをしてろってか?】

 

【……そうだ。お前はただのウマ娘じゃない。アメリカの星なんだ。こんなことで名声を汚す訳にはいかない】

 

 感情を見せないようにするためか真顔のまま淡々と、されど迫力を感じさせる力強い言葉でクリストファーは告げた。

 

 普通に考えれば正にその通り。セクレタリアトは名実共にアメリカのスターウマ娘であり、その一挙手一投足には多くの人々からの注目を浴びている。

 

 ただでさえ日本へ来るためについ最近騒動を起こしたばかりなのだ。そんな中で日本の無名の新人ウマ娘を弟子にしたなんてことがマスコミにでも漏れればまた炎上することは間違いなしだろう。

 

 セクレタリアトの名は彼女だけのものでは無い。アメリカに居る何百何千万人ものファン達にとってセクレタリアトという名はもはや理想のウマ娘像として定着されているのだ。

 

 たとえそれが本人とは遠くかけ離れた眉唾もののイメージでしかなくても、誰もがセクレタリアトに理想という名の夢を見ている。それを壊してしまえば待っているのは悪意に満ちた民意だけだ。

 

【……いい加減わきまえろ。お前はこんな島国で終わっていいような存在じゃない。いつまでも輝き続ける一等星で在り続けなければならないんだ】

 

 セクレタリアトを守るため、クリストファーは敢えて厳しい言葉をぶつける。

 

 たとえセクレタリアトに嫌われようとも、この一線を越える訳にはいかなかった。

 

【…………】

 

【……分かってくれ、セク。俺はお前が傷付くのを見たくない】

 

 ハルウララには悪いが、クリストファーにとって今日会ったばかりのウマ娘と生まれた時からずっと一緒に居た家族同然とも言える大切なセクレタリアト、どちらが大事かと言われれば間違いなく後者だ。

 

 クリストファーの思いを聞き……セクレタリアトは笑った。

 

【……分かった。だったら、見せつけてやればいいんだな(・・・・・・・・・・・・・)?】

 

 傲岸不遜に、我に敵う者無しと言わんばかりに不敵に笑う。

 

【日本の頂点にウララを立たせる。そうすれば、バカにしてきた奴ら全員を見返してやれる。俺の名も日本一のウマ娘を鍛えたことで更に上がる。違うか?】

 

【……本気で言っているのか?】

 

【あぁ、本気だ】

 

 目を爛々と輝かせ、荒唐無稽な夢を語るセクレタリアト。しかし、彼女は正気であった。

 

【正直に言ってな、ウララが走ってる時にバカにしていたあの観客共に俺は今でも腹が立ってんだ。あの場で今すぐぶっ殺してやろうかと思ったぐらいにはな。けどよ、こうも思ったんだ。コイツらは使えるってな】

 

 拳をギュッと握り締め、セクレタリアトは獲物を前にした猛獣のような獰猛とした笑みを浮かべる。

 

【ウララが日本一になれば、アイツらは将来の大スターをバカにした見る目のねぇボンクラ共ってことになる。そうなりゃよ、思いっきりざまぁみろバーカ!! って言ってやれるだろ? いや、そう言ってやりたいんだ俺は】

 

 弱くて、遅くて、ダメなウマ娘が日本一という名の頂点を握った時、果たしてあの場にいたウマ娘達とトレーナー達はどんな表情を浮かべるのか。それを想像するだけでもう楽しくてたまらない。モチベーションを上げるのにこれ程役に立つとは当人達も思っておるまい。

 

【ウララを日本一にする。バカにしてきた奴らを全員見返す。その2つを達成するためなら、俺は何だってしてやる】

 

【……どうしてそこまでその子に肩入れするんだ。前世から好きだったとは言え、実際には今日初めて会ったばかりのウマ娘じゃないか】

 

だからこそさ(・・・・・・)

 

 浮かべていた笑みを引っ込め、真剣な眼差しでセクレタリアトはクリストファーを見遣る。

 

【前世から馬のファンではあったが、今日ウララの走りを見て心が震えたよ。コイツを支えてやりたいと、本気でそう思えたんだ】

 

 そして、一瞬だけ間を空けて。

 

【俺は今日────ウララのファンになったんだ】

 

 前世のハルウララという馬ではない。今ここに居るハルウララというウマ娘のファンになったのだと、セクレタリアトは誇らしげにそう語る。

 

【大好きな人を輝かせたい。1番にしてやりたい。そう思うってのがファン魂っていうもんよ。トレーナー……いや、クリスおじさんも分かるだろ?】

 

【……ここでその呼び方は卑怯でしょ】

 

 にししとイタズラを成功させた悪ガキのような笑みを浮かべるセクレタリアトに釣られ、クリストファーはため息を吐きつつ頑なに変えようとしなかった表情を変えた。

 

 手を焼く子供の世話をする気苦労なおじさんの顔へと。

 

【……あぁ、そうだね。その気持ちはとても理解できるよ。だって、僕はセクのファン1号だからね】

 

 厳しかった口調を崩し、本来の素の口調で優しくそう言いつつクリストファーは痛む頭を抑えるかのように額へ手を置いた。

 

 そう、彼はセクレタリアトのファンなのだ。アメリカ最強のウマ娘になる前から、それこそ生まれた時からずっと、セクレタリアトの傍で彼女を応援し続けてきた大ファンだった。

 

【はぁ……全く、引く気は全然無いんだね?】

 

【おう。これっぽっちも無い】

 

 セクレタリアトがそう言い切ると、クリストファーは暫く考え込むようにして黙り込んだ。

 

 そして……。

 

【……ダメだ。やっぱり許可できない】

 

【えぇ〜!?】

 

 やはり許可を出そうとしなかったクリストファーにセクレタリアトは思わず驚きの声を上げ、何でかと詰め寄ろうとしたが、そんな彼女に向けてクリストファーは人差し指だけをピンと上に立てながら突き付ける。

 

【僕もその夢に1枚噛まさせてくれよ。仲間外れにされて、セク達だけで夢を掴む光景を指をくわえて黙って見てるなんて我慢できないからね】

 

【て、いうことはつまり……!?】

 

【あぁ、特等席で一緒にその夢を見せてくれるなら許可しよう】

 

【やったー!! おじさんありがとうー!!】

 

 喜びを爆発させ、思わず抱き着いてきたセクレタリアトをクリストファーは苦笑しながら受け止めた。

 

【いつまで経っても子供のままだね、セクは】

 

【おうよ! 男は大きくなっても少年の心を忘れないものなのさ!】

 

【前世はそうでも今は女の子でしょうが】

 

【あいてっ!】

 

 クリストファーに軽くチョップされ、痛がってはいるものの嬉しそうにセクレタリアトは微笑んだ。

 

【それと、ちゃんと僕のことはトレーナーって呼ぶこと。何度もそう言ってるだろう?】

 

【え〜たまには別にいいじゃん。というか、前から思ってたけどクリスおじさん無口キャラ似合わなすぎるからやめた方がいいと思うよ?】

 

【そういう訳にもいかないよ。僕が下に見られたらセクまで下に見られちゃうからね。威厳ってのは目に見える形で程々に必要なんだよ】

 

【そんなもんかねぇ……】

 

 口調を完全に崩し、素のままで会話をするセクレタリアトとクリストファー。

 

 彼らはウマ娘とトレーナーという関係である前に、大切な家族としてちゃんと思い合っていた。

 

【それはそうと、ウララちゃんの前でこんな風にしてて大丈夫なのかい?】

 

【あ、やべ】

 

 クリストファーを説得するのに集中しすぎて途中からハルウララのことをすっかり忘れていたセクレタリアトが慌ててクリストファーから離れてハルウララの方へ視線を向けると。

 

「すぅ……もう食べられないよぉ〜……」

 

 ベッドの上でぐっすりと熟睡しているハルウララの姿がそこにはあった。

 

「い、いつの間に……」

 

 家族との団欒というちょっと他人に見られたら恥ずかしい場面を見られなかったという点では助かったものの、気付いた時には寝ているハルウララの自由っぷりに思わず乾いた笑いが出た。

 

【よかったねセク、子供っぽい所をウララちゃんに見られなくて】

 

【うっせぇ! 誰のせいだ! 誰の!】

 

【あはは!!】

 

 セクレタリアトは顔を真っ赤に染めてポコスカとクリストファーを殴るも、完全に手加減をしているせいで全く痛みを感じないクリストファーはたづな達が帰ってくるまで愉快そうに笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、施設紹介はまた翌日に行うこととなり、セクレタリアトはこれから住む学園の寮に荷物を置くべく寮長のフジキセキと共にハルウララを抱っこしながら栗東寮へと向かったのだが、寮に着いた途端にハルウララが目を覚まし、自分のルームメイトに是非ともセクレタリアトのことを紹介したいと言って聞かず、仕方なく荷物を置いた後にハルウララの部屋でルームメイトをのんびりと待つことになったのだ。

 

 そして、現在へと至る。

 

「なぁ、ウララ。これどうすりゃいい?」

 

「う〜んとね〜……」

 

 いつまで経っても固まったままでいるキングヘイローを困惑しながらセクレタリアトは指をさし、ハルウララは頭を悩ませる。

 

「あっ! 抱きついたりするといいかも! キングちゃんいつも寝てる時に私が抱き着くとすぐに起きたりするから!」

 

「ほほう……ちょいとその話は後で詳しく聞かさせてもらうとして」

 

 セクレタリアトはベッドから降り、キングヘイローと近付く。

 

 そして軽くキュッと抱き締めた。

 

「こんな感じか?」

 

 痛みを感じないように優しく包み込むようにして抱き締めるセクレタリアト。ではこの時、肝心のキングヘイローは何を考えていたかというと。

 

(え? え? 何で? どうしてセクレタリアトが部屋の中に? え? これって夢? は? まさかずっと夢を見てた? そんなことある? いやいやいや、ないない。もしそうならリアルすぎて逆に怖いわ。でもそうしたらセクレタリアトが現実に私の部屋に居るということで……というか抱き締められてる? え? やっぱり夢? その割にはとても抱き締められている感覚がしますしでも夢の可能性もいやいや現実ではいやでも夢あぁ〜めっちゃいい匂いする〜あぁああああああ!!)

 

 思考があちらこちらへと飛びまくり、現実か夢かの区分も付けれなくなった結果。

 

「きゅう……」

 

 キングヘイローはセクレタリアトの腕の中で気絶した。

 

「…………」

 

「…………」

 

 静寂が部屋を包み込む。ハルウララは呆然とセクレタリアトを見つめ、セクレタリアトは冷や汗を滝のように流す。

 

「……へ、へんじがない。ただのしかばねのようだ?」

 

「キングちゃ──────ん!?」

 

 栗東寮にハルウララの悲鳴が響く。

 

 不屈の王キングヘイロー、彼女が一流のウマ娘になるにはまだまだ先のようであった。



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偉大な赤いアイツ、宣戦布告?する

 気持ちの良い朝の日差しが窓から差し込み、チュンチュンという小鳥たちの囀りがキングヘイローを眠りから優しく起こす。

 

「んぅ……ん……?」

 

 微睡んだ意識の中、周りへ視線を向ければそこは見慣れた自分の部屋。特に何もおかしいような所は無いが、だからこそ違和感があった。

 

「あれ、私いつの間に寝て……?」

 

 寝る前に何かこの部屋で起きたような気がするが、はていったい何だったのか? とキングヘイローは眠気で閉じようとする目を擦りながら身体を起こす。

 

「あら?」

 

 身体を起こしたことでパサッと退かされた掛布団の下から着慣れた寝巻きのパジャマが現れ、キングヘイローは自分の今の服装を見て小首を傾げる。

 

「私、昨日パジャマに着替えたっけ……?」

 

 どうにも記憶があやふやだ。昨日何か起きたのは間違いないのだが、その肝心な何かを忘れてしまっている。

 

 1度気付いてしまえば違和感は徐々に大きくなり、不安に思ったキングヘイローはその違和感の正体を掴む為に部屋の中を見渡し……ふと、気付く。

 

「ウララさん……?」

 

 いつも寝る時には引っ付いてくるハルウララが居ない。それどころか、部屋の中にハルウララの姿自体がどこにも無かった。

 

 ベッドの上はもぬけのから。私物のほとんどはそのままにハルウララだけが綺麗に居なくなっている。

 

 あやふやな記憶に、消えたハルウララの姿。まるで狐にでも化かされているような気分にキングヘイローはまだ自分が夢でも見ているのかと錯覚しそうになる。

 

「どういうこと……?」

 

 試しに頬を抓ってみるが痛みはしっかりと感じる。ならばこれは現実なのだが、それにしては実感が無い。

 

「思い出さなきゃ……昨日何があったのかを……!」

 

 まるで記憶喪失にでもなってしまった感覚に慌て、キングヘイローは何とかして違和感の正体を掴む為に覚えている記憶を1つずつ辿っていこうと思考を回そうとしたその時、ガチャリと部屋の扉が開く。

 

「あっ! キングちゃんおはよー!!」

 

 そう言って部屋に入ってきたのはハルウララだ。彼女の髪と同じピンクのパジャマと花柄のマスクを着けて、パタパタと袖をはためかせながら元気に挨拶してきた。

 

「ウララさん……いったい何処へ行ってたの? それにそのマスクはどうしたの?」

 

「ほへ?」

 

 ハルウララの姿を目にしたことでホッとしたキングヘイローは安堵の息を吐きつつそう聞くと、ハルウララはきょとんとした顔で首を傾げる。

 

「どこって、隣の部屋だよ? 昨日から別室になったからね!」

 

「え? そうなの?」

 

「え? そうじゃないの?」

 

 お互いに顔を見合わせて困惑するキングヘイローとハルウララ。どことなく噛み合っていない会話をしていると、部屋の外からひょっこりと1人のウマ娘が顔を出す。

 

「おい、ウララ。病人なのに勝手に出歩いてんじゃねぇよ」

 

 そう言って現れたのはセクレタリアトだ。トレセン学園の制服を身に纏い、いつもは纏めていない赤く長い髪の毛を今日は一纏めにしている。

 

「あっ師匠! おはよう!」

 

「おう、おはようさん。んで、お前さんの部屋は隣だろうが。フジキセキさんに見つかって怒られても知らねぇぞ?」

 

「はーい! 忘れ物持ったらすぐに戻るよー! あっ、キングちゃんもまたね!」

 

 ハルウララは机の上に置いてあった自分のスマホを手に取ると駆け足で部屋を出て行った。

 

「朝から邪魔してすまんな。昨日は全然話せなかったから、また後でゆっくりと話そうや」

 

「えっ、あっ、はい」

 

 そう言い残してセクレタリアトは部屋の扉を閉めた。

 

「…………」

 

 自分以外には誰も居なくなった部屋の中で、セクレタリアトの姿を見たことでキングヘイローは昨日自分に何が起きたのかを徐々に思い出す。

 

 ハルウララが熱を出したこと。トレーニング帰りに慌てて自分の部屋へ帰ってきたこと。そして、そこでセクレタリアトと出会い緊張のあまり固まっていたらセクレタリアトに突然抱き締められて気絶してしまったこと。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!??」

 

 その全てを思い出した瞬間、顔をボンッ! と一瞬で赤く染め上げたキングヘイローは枕に顔を押し付けながら身体をクネクネと悶絶させつつ声にならない叫び声をいつまでも上げ続けた。

 

 ……この日、キングヘイローは見事に遅刻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい! HRを始める前に、皆さんに1つビッグニュースです! 今日からなんとアメリカからの留学生が1人うちのクラスに入ってくることになりましたー! 拍手!」

 

 わーパチパチと1人虚しく拍手する担任を他所に教室は生徒達のざわめきで満たされる。

 

「転入生ってやっぱり……」

 

「えぇ、間違いないわよきっと」

 

「やだ、緊張してきちゃった……!」

 

 転入生と聞かされて、どんな人物が入ってくるのか想像するウマ娘はこの場に1人も居ない。

 

 何故なら、彼女達は既にもう知っているからだ。入学式も少し前に終わり今の遅れた時期になってやって来たアメリカからの留学生なんて、昨日のグラウンドでその姿を見せつけたあの人物しか思い当たらないのだから。

 

「おい、ブライアン」

 

「あぁ、言われなくても分かってるさ」

 

 隣の席から話しかけてきたヒシアマゾンにナリタブライアンは小さく頷く。

 

(アメリカ三冠ウマ娘……その実力を見極める)

 

 シンボリルドルフと同じように三冠ウマ娘の称号を持つナリタブライアンは静かに己の内から闘気を燃やしていた。

 

「ぐすっ……誰も拍手してくれない……えぇい! いいやもう! そんなことより紹介です! どうぞ入ってきてください!」

 

 1人で拍手していることにメンタルが折れかけた担任は涙目になりながらヤケクソ気味にそう叫ぶ。

 

 すると、間もなくして教室の扉がガラガラと開き、1人のウマ娘が入ってくるのと同時に一瞬でざわめいていたクラスが静かになった。

 

「皆さんもご存知な方は多いと思います! アメリカのウマ娘のセクレタリアトさんです!」

 

「ご紹介に預かりましたセクレタリアトと申します。皆様よろしくお願いいたします」

 

 壇上に上がったセクレタリアトがそう言って小さく礼をするのをクラスの全員が黙ったまま呆然と見つめるしかなかった。

 

(昨日は遠目からだったが……近くだとこんなにも大きいのか……!)

 

 姿形の話ではない。セクレタリアトから感じる風格とも呼ぶべきもの。それはただそこに立っているだけで凡百のウマ娘とはまるで違うことを確信させるぐらいに巨大であった。

 

 “Big Red“とは言い得て妙だ。彼女程にその名が似合うウマ娘はそう居ないことだろう。

 

 自分とセクレタリアトの間にある力の差を肌で感じ、ナリタブライアンは無意識の内に口角を吊り上げた。

 

 ……ちなみにこの時、当のセクレタリアトはと言うと。

 

(おぉ!? あれナリタブライアンじゃね!? あっちはヒシアマゾン!? うおっ、スーパークリークも居るやん!! すっげ、さすが日本ウマ娘トレーニングセンター学園! 日本の名ウマ娘勢揃いすぎじゃね!?)

 

 日本へ来る前にネットで見たレースにて活躍した日本の名ウマ娘達の一部が同じクラスに居ることにテンションが爆上がりし、顔が無意識の内にデレッとしないように気力を振り絞っていた。

 

「はい! 自己紹介ありがとうございます! では早速ですが、HRの時間を使って今からセクレタリアトさんへの質問コーナーを設けたいと思います! 好きな食べ物とか好きなお洋服とか、何でも聞いちゃってください! はい、質問のある人は挙手!」

 

(え、マジで?)

 

 質問コーナーをやるなんて一切聞かされておらず、セクレタリアトは内心で冷や汗をかく。

 

 古来より海外からの留学生や転校生というのは入学初日にクラスメイト達から質問攻めにされやすい。

 

 それは何故かというと、人間は自分と同じ種類の人間と群れを作りやすい本能を有しているからであり、得体の知れない人物を自分と似ているのかどうか判別して群れという名の仲間に引き入れるかどうかを判断する為と言われている。

 

 それを踏まえて、アメリカの大スターでありウマ娘にとって頂点に近しいと謳われているセクレタリアトはどうなるかと言えば。

 

「おぉ……皆さん凄いやる気ですね。まさか全員手を挙げるとは……」

 

 まぁ当然こうなる訳だ。

 

「えぇと……全員当ててたら時間が足りないので、4人ぐらいに絞っていきましょうか。セクレタリアトさん、お好きな方を指名してください!」

 

「あ、ハイ」(マジかァァァァァァ!?)

 

 担任からのキラーパスを受け、セクレタリアトは漏れそうになる悲鳴をグッと堪えて、重い手を持ち上げた。

 

「えっと、では3列目の後ろから5番目の貴女」

 

「はい! では当てられた方は名乗りと一緒に質問どうぞ!」

 

 この担任さっきからテンション高ぇなおい。セクレタリアトは内心で静かにそう思った。

 

「ゴールドシチーです。セクレタリアトさんは普段からどんな化粧水とか使ってますか?」

 

(え、化粧水?)

 

 尾花栗毛と呼ばれる珍しいプラチナブロンドの髪色を持つゴールドシチーの質問を聞き、セクレタリアトは目を瞬かせた。

 

 アメリカに居た頃もよくこんな風にテレビや雑誌で質問をされてきたことはあるが、ほとんどレースのこととかトレーニングのことばかりであり、てっきり今回も同じようなことを聞かれると思っていたからこそセクレタリアトにとってその質問は予想外だった。

 

「えっと、化粧水は仕事だとスタッフさんが用意してくれた物を使ったりしますが、匂いとかちょっと苦手なので普段ではまず使っていませんね」

 

つまり、その美貌は生まれつき……!? あっ、いえ、何でもありません。ありがとうございます!」

 

 セクレタリアトの答えにゴールドシチーを含めたクラスの何人かはかなり驚いた様子でセクレタリアトを凝視し、質問者のゴールドシチーはセクレタリアトには聞こえないぐらいの小声で何かを呟いた後に慌てて礼をして席に座った。

 

 何か変なことでも言っただろうか? とセクレタリアトが疑問に思っているのを他所に質問コーナーは続く。

 

「ゴールドシチーさんありがとうございました! では次の方どうぞ!」

 

「じゃあ、今度は4列目の前から2番目の貴女で」

 

「ナリタタイシンです。好きな曲とかありますか?」

 

 化粧水の次は曲と来た。あまりにも普通すぎる質問にセクレタリアトは内心で首を傾げつつ答える。

 

「好きな曲ですか……そうですね、ボン・ジョヴィのIt's My Lifeとか好きですよ」

 

古っ……

 

(おい、聞こえてんぞ! そこまで古くないだろ!?)

 

 質問したナリタタイシン本人は小さく呟いたつもりだろうが、壇上から席が近いということもあってしっかりと聞き取れてしまったセクレタリアトは内心でそう叫ぶ。

 

 もちろん表面上はずっと取り繕った真面目顔のままであり、セクレタリアトがそんなことを思っていることなど露知らないナリタタイシンはそのまま席へと座った。

 

「では次の方ー!」

 

「それでは、5列目の前から3番目の貴女」

 

「ヒシアマゾンだ。タイマン勝負は好きか?」

 

「はい?」

 

 普通どころか斜め上を行く質問にセクレタリアトは思わず答える前に疑問の声を返してしまったが、いきなりそんな質問をされれば誰だってそうなるだろう。

 

「タイマンだよ、タイマン。勝っても負けても恨みっこ無しの1対1のガチンコ勝負! そんな勝負は好きかって聞いてるんだ」

 

「あぁ……えぇ、好きですよ。そういう勝負は手に汗握りますからね」

 

「よし!」

 

 何がよし! なのだろうか。セクレタリアトには質問の意図が全く分からなかったが、ヒシアマゾンはその答えで満足したらしく力強く頷きながら席へと座った。

 

「それではラストー!」

 

「えぇ、では……」

 

 最後の一人を決めるべく、セクレタリアトはクラスメイト達を見渡し……睨みつけるような力強い眼差しと共にプレッシャーを向けてくる1人のウマ娘の姿に人知れず冷や汗を流す。

 

(なにこれ、何で俺こんなにも睨まれてんの……?)

 

 向けられている視線から絶対に当てろという強い意志を感じる。むしろこれで当てなかったら何をされるか分からないため、セクレタリアトはそのウマ娘───ナリタブライアンを当てることにした。

 

「4列目の前から3番目の貴女」

 

「ナリタブライアンだ。単刀直入に聞くが、貴女が日本に来た目的はなんだ?」

 

 その質問が出た瞬間、教室の空気が一気に引き締まるのをこの場に居た全員が感じ取った。

 

 セクレタリアトが日本に来た表向きの理由としてはマスコミ達の迷惑行為に抗議して、ほとぼりが冷めるまで知り合いの居る日本の学園に留学するというものだが、このトレセン学園に居るほとんどの者がそれは嘘の理由だと感じていた。

 

 学園中に流れている噂と昨日グラウンドに登場したことから、セクレタリアトが日本に来た本当の目的は日本のウマ娘の実力を計り勝負することであると誰もがそう思っていた。

 

 ……まぁ、本当はというと。

 

(前世から好きだった馬と同じ名前のウマ娘を見たくてやって来ました! ……なんて言えねぇ〜!)

 

 行動力のある競馬オタクが好きな馬と同じ名前のウマ娘を見るために突発的に行動を起こしただけなのだが、当然ながら正直にそのことを話せばまず間違いなく頭の心配をされるに違いない。

 

 かと言って、嘘をついたところですぐにバレてしまうだろう。そこでセクレタリアトは正直に話しつつ前世のことは触れないことにした。

 

「私が日本へやって来た目的ですか……それは勿論、貴女達日本のウマ娘に会うためですよ」

 

「ほう……いつから私達に会いたいと思ったんだ?」

 

 セクレタリアトがそう告げるとナリタブライアンの瞳が鋭く細まった。

 

 ナリタブライアン達が思っていた通り、セクレタリアトはやはり日本のウマ娘に興味を持っている。

 

 興味を持つようになった切っ掛けは何なのか。何を見て日本へ来たいと思ったのか。それを探るべくナリタブライアンは質問を重ねた。

 

「ずっと前からですよ。ずっと昔の……それこそ子供の時から私は貴女達に会いたくて会いたくて堪らなかった」

 

「なに……?」

 

 しかし返ってきたセクレタリアトの言葉にナリタブライアンは困惑した。

 

 ナリタブライアンとしてはセクレタリアトはオグリキャップなどのつい最近のレースを見て日本に興味を持ったのだと考えていたのだが、子供の時から興味を持っていたのだとしたら話が変わってくる。

 

「一度見たあの素晴らしいレースをもう一度この目に見たくて、ずっと日本に来れる日を待ち遠しく思ってました。そして、ようやく最近になってその思いを叶えられるチャンスを手にしたので、つい居ても立っても居られなくなって留学することにしたのです」

 

 そう語るセクレタリアトからは嘘をついているような感じは全くしない。だからこそ余計にナリタブライアンは困惑してしまった。

 

(セクレタリアトはこれまで日本に来たことがなかったんじゃないのか……? あの口振りだとまるで日本に来てレースを直に見たことがあるみたいだ)

 

 前世で日本に住んでたから、なんて理由を知る由もなくナリタブライアンは思考を巡らせるが、当然ながらその答えが出てくる筈も無い。

 

(分からないな……だが、セクレタリアトが子供の頃にあったレースと言えば……)

 

 あのセクレタリアトが素晴らしいと絶賛し、日本に興味を持つようになったと思われるレース。それが何なのかと思い返していると、ふとナリタブライアンの脳内にとあるウマ娘が参加したレースが思い浮かんだ。

 

 ナリタブライアン達が子供の頃に行われ、テレビで見ていたにも関わらず今なお鮮明に思い出すことが出来るぐらいに1人のウマ娘による奇蹟的な勝利を見せつけたそのレース。それをセクレタリアトが見ていたのだとしたら、知っているはずだ。

 

 当時日本最強ウマ娘と謳われ、今も伝説として数々の逸話を語り継がれているウマ娘の名を。

 

「───シンザン」

 

 試しにその名を口に出せば、表情は変わらなかったもののセクレタリアトの耳がピクリと反応し、ナリタブライアンは自分の読みが当たったことを確信した。

 

(え、何でシンザンの名前が出てくんの? まさかこの学園に居るのか!? もしそうならサインとかくれねぇかな?)

 

 ……本当は思いもよらないビッグネームが飛び出したことで驚いていただけだったのだが分かるはずもなかった。

 

「なるほど、それで日本のウマ娘と勝負をしたいと……」

 

 ようやく納得のいったナリタブライアンは難解なパズルを解き明かした後のような爽快感を感じつつ思わずそう呟かずにはいられなかった。

 

 あのシンザンのレースを見たのであればセクレタリアトのその気持ちも納得ができる。それ程までにシンザンの魅せたレースはウマ娘にとって見るだけで滾るものばかりなのだ。

 

 シンザンに興味を持ったからこそ、日本のウマ娘自体に興味を持つようになったとしてもなんらおかしいことでは無い。むしろ、シンザン以外にもどんなウマ娘が居るのか気になって当然のことだろう。

 

 だが、ただ見るだけでは実力を正確に測ることなど出来はしない。実際にレースで走ってみない限りには分からないのだ。

 

 だからこそセクレタリアトが日本のウマ娘の実力を知るために勝負を望むのも当然であり───

 

「え、勝負? いえいえ、そんなことはしませんよ?」

 

 しかし次の瞬間、きょとんとした顔をしつつ呟かれたセクレタリアトの言葉に、教室の空気が凍り付いた。

 

「私は皆さんのレースを見れるだけでもう満足ですよ。それに私は既に引退した身ですから、勝負なんてそんなとてもとても……」

 

 苦笑しながら続けるセクレタリアトの言葉を聞き、ナリタブライアン達は一瞬何を言われたのか理解することが出来なかった。

 

 額面通りに受け取ればそれはただの謙遜の言葉でしかなかったが、しかしナリタブライアンはすぐにその言葉の意味を理解し、一気に自分の頭に血が上っていくのを感じた。

 

(勝負をするつもりが無いだと? レースを見れるだけで満足だと!?)

 

 セクレタリアトのその言葉は、ナリタブライアン達のようなレースで生きるウマ娘にとって侮辱でしかなかった。

 

 普通の生活を送るウマ娘ならともかく、レースという勝負の世界で生きるウマ娘というのは強い敵と勝負するのを本能的に求めている。

 

 レースでただ1位を取るよりも、強敵と戦い手にした勝利の方が何倍もの価値がある。それはどんな勝負事にも言えることだろう。

 

 闘争心とも呼ぶべきその本能は天下に名を轟かせるウマ娘程強い傾向がある。かくいう三冠ウマ娘であるナリタブライアンも強い敵との勝負はいついかなる時も待ち望んでいる。

 

 引退したとは言えアメリカ三冠ウマ娘であるセクレタリアトにもその本能は少なからずあるはずだ。強い敵との勝負を、手に汗握る勝負を、魂を燃やすような熱い勝負を求めているはずなのだ。

 

 なのに、それを日本のウマ娘には求めていないということはつまり。

 

私達を格下に見てると言うことか(・・・・・・・・・・・・・・・)……!!)

 

 お前達では勝負にならないと。言外にセクレタリアトは宣戦布告してきたのだと、ナリタブライアン達はそう感じ取った。

 

 いつからセクレタリアトがそう思っているのかは定かではない。日本に来る前からなのか、それとも昨日の模擬レースでそう思ったのかは分からない。

 

 だが、少なくとも今この段階でそう思っているのは間違いないと、ナリタブライアンはそう感じたからこそ悔しさのあまり強く拳を握り締めた。

 

 ……いや、ナリタブライアンだけでは無い。この教室に居たほとんどの生徒達が同じ思いをしていた。

 

(見ていろアメリカ最強……すぐに見返してやるぞ……!!)

 

 セクレタリアトの来日の目的が何であれ、日本のウマ娘は世界に通用するのだと。それを見せつけてやると心の底から深く誓うナリタブライアン達。

 

 その光景を前に、セクレタリアトは思う。

 

(前世で好きだった馬と同じ名前のウマ娘に会えるだけじゃなくて、一度見れた色んなレースの名勝負をもう一度リアルタイムで見れるとか、それだけで満足すぎるわ……それに、もう引退してるから好きなだけ好きなウマ娘を応援できるし、やっぱ日本来て正解だな!)

 

 このウマ娘、いつまで経ってもファン気分のままであった。




・今週のシンデレラグレイが休載
・レジェンドレースのお嬢が強すぎて全敗
・カレンチャン爆死
・ハルウララ有馬記念にて最後の直線で差され2着
・覚醒するキャラを間違えてマニー消失

燃え尽きたぜ……真っ白にな……(遠い目


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偉大な赤いアイツ、久しぶりに遊ぶ

 授業が全て終わり、放課後になった後ナリタブライアンは生徒会室にて今朝にあったセクレタリアトについての話をシンボリルドルフとエアグルーヴと暇潰しに遊びに来ていたマルゼンスキーの3人に話していた。

 

「なるほど、私達は勝負相手に見られていないと……」

 

「あぁ、間違いない」

 

 セクレタリアトが日本のウマ娘を格下に見ているということにエアグルーヴは悔しげな表情を浮かべながらギリッと奥歯を強く噛み締めた。

 

 日本はウマ娘レース後進国ということもあって、世界的に見れば日本のウマ娘は下に見られることは多いとは言え、それでもその実力は世界に通ずるものがある。

 

 しかし、あの世界的にも有名なセクレタリアトが格下に見ているという事実が今の世界にとっての日本のウマ娘の位を示していた。

 

「相手が誰であれ、一方的に侮られるのは看過できん。会長、ここはやはり我々の実力を直接見せつけるしか……会長?」

 

 悔しさを胸に強く抱き、エアグルーヴが血眼をシンボリルドルフの方へと向けると、シンボリルドルフは何かを考え込んでいる様子だった。

 

「……マルゼンスキー。お前はどう思う?」

 

「そうねぇ……一言で言うなら不可解かしら。ルドルフもそう思ってるんでしょ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 シンボリルドルフから問われたマルゼンスキーもまた何かを考え込みながらそう答え、シンボリルドルフは共感するように頷いた。

 

 いったい何が不可解なのか。エアグルーヴとナリタブライアンが疑問を感じて顔を見合わせているのを見て、シンボリルドルフは顎に指を添えながら口を開いた。

 

「疑問点は2つ。まず1つ目にセクレタリアトは何故わざわざクラスメイトの前でそんな発言をしたのか。一人で居る時に呟くならともかく、何故大勢の前で発言したのかだ」

 

 シンボリルドルフの話を聞き、ナリタブライアンとエアグルーヴの2人もようやくシンボリルドルフ達が感じていた不可解な点について気付く。

 

「確かに言われてみればそうですね……これから一緒に過ごすクラスメイト達の前でわざわざそんな発言をしてしまえば心証が悪くなるのは当然のこと。そうすればこれから先の学園生活で何かしらの支障が出てしまうかもしれないことは少し考えれば子供でも分かることなのに……」

 

 誰だって見下されるのは嫌いなはず。それもほぼ会って初対面の人物から言われれば何だコイツ? と嫌悪感を感じずにはいられないだろう。

 

 一般常識で考えればとても非常識な行為をセクレタリアトが何故に行ったのか。それが1つ目の疑問点だった。

 

「次に2つ目だが、彼女が日本に来たのは日本のウマ娘達に会いたかったからというが、そもそもその日本のウマ娘達とは明確に誰のことを指している? 私はそれが1番分からないんだ」

 

「ん? シンザンさんじゃないのか? セクレタリアトはシンザンさんの名前に反応していたぞ」

 

「それだったらシンザンさんに会いに来たって言うでしょう? なのに彼女は日本のウマ娘達に会いに来たと発言したんだから、多分だけどシンザンさん以外にも会いたいと思うウマ娘が居るはずよ」

 

「むっ、確かに……」

 

 マルゼンスキーの補足を聞き、ナリタブライアンは自分の考えていたことが間違っていることを理解した。

 

 ナリタブライアンとしてはてっきりセクレタリアトの来日目的はシンザンと会って勝負することだと思っていたが、それならば日本のウマ娘達だなんて遠回しな言い方をする必要はない。

 

 ましてや、わざわざ日本のウマ娘″達″と付けている以上、セクレタリアトが複数人のウマ娘と会いたがっているのは明らかだ。

 

「シンザンさん以外……トキノミノルさんとかか?」

 

「いや、恐らく違うだろう」

 

 子供時代だった頃に見ていたレースで活躍した有名なウマ娘の名をナリタブライアンが思い出していると、シンボリルドルフは首を横に振った。

 

「ブライアン、昨日の選抜模擬レースでセクレタリアトが助けたウマ娘が居ただろう? あの時、彼女は助けたウマ娘の名前を聞いて嬉しそうにしながら確かに『やっぱりか』と言っていたんだ」

 

「そういえば、そうだったか……?」

 

 セクレタリアトの突然の登場によるインパクトが強すぎて忘れてしまっていたが、セクレタリアトがそんな発言をしていたのをナリタブライアンはなんとなく思い出した。

 

「初めて会ったデビューさえしてない新人ウマ娘の名前を聞いてやっぱりかと言うのは普通に考えて有り得ん。予め先に知っていなければそんな発言は出てくるはずが無いんだ」

 

「つまり、その子のことをセクレタリアトへ事前に伝えている人物が居るってことね」

 

「あぁ、そういうことだ。念のためタイキシャトルに確認したが、彼女もあのハルウララというウマ娘についてはあの場で初めて知ったと言っていた。セクレタリアトに教えたのは彼女ではない」

 

「では、セクレタリアトと繋がる人物がこの学園にタイキの他にも居ると……?」

 

「……そういうことになるな」

 

 シンボリルドルフの話を聞き、生徒会室に重苦しい空気が流れる。

 

 セクレタリアトと繋がる人物。それが何人居るかも、どんな人物が居るかも分からないのだから、どれだけの情報がセクレタリアトに流れているのか全く不明だ。

 

 トレセン学園は一流のウマ娘ばかりの日本一の学園。つまり、在籍する一流の日本のウマ娘の詳細情報がセクレタリアトのアメリカだけでなくそれ以外の他国にも筒抜けになっているかもしれないことに対してシンボリルドルフ達は危機感を感じていた。

 

 一流のウマ娘を育てるノウハウや秘密のトレーニング方法だけでなく、技術を持ったトレーナーやウマ娘の情報が抜かれているということは他国に引き抜きされやすくなるということだ。

 

 ただでさえ技術を持ったトレーナーやウマ娘というのは数が少ない。それを根こそぎ引き抜かれてしまっては日本のウマ娘育成の歩みは更に遅くなってしまうだろう。

 

「……早急に情報網を見直した方がいいな。私から理事長へこの話はしておこう」

 

 満場一致で全員が頷いた。

 

「さて、話を戻すがセクレタリアトが他の者から日本のウマ娘についての情報を得ているとすれば、何人か気になるウマ娘が居てもおかしくない。それを踏まえて、1つ推測を立ててみた」

 

 シンボリルドルフはそう言いながら執務机の上にあった1枚の白紙を手に取り、懐から取り出したペンで書きながら順序立てて説明を始めた。

 

「まず、順番的にはこうだ。直接なのかネットで見たのかは分からないが、セクレタリアトが子供の頃にシンザンさんのレースを見て日本のウマ娘に興味を持つ。次に仲間を使ってトレセン学園の情報収集を行い見込みのあるウマ娘の情報を手に入れる。そして最後に勧誘するために日本へ直接赴いた」

 

 今説明したことを大きく矢印も使って分かりやすく紙に書くと、シンボリルドルフは次に矢印の隣にて空いているスペースにペンを走らせる。

 

「セクレタリアトが勝負せずにレースを見るだけで満足と言ったのも、そもそも勝負をする必要も無いぐらいに詳細な情報を手に入れているからであり、私達の力量自体を既に測り終えているからだ。つまり、格下として見ているという意味ではなく純粋に勝負をする意味が無いから大勢の前でそのような発言をしたのだろう」

 

「では引退した身という発言はそもそも勝負を断るための方便ということでしょうか?」

 

「いや、恐らくは違う。だが、それこそが彼女の真の目的に連なる1つの要因なのではないかと私は思っている」

 

 シンボリルドルフはそこまで話すと、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して操作し、とあるネットニュースの記事を開いてその画面を全員に見えるように机へと置く。

 

 そこには英文で【セクレタリアト引退宣言!?】と書かれていた。

 

「彼女が引退したのは今から1年ほど前。記事によると、彼女が引退した理由は不明であり本人の口からは決して明かされることがなかったと書かれているが……もしもその引退した理由が怪我や故障だとしたら? そして、自分の代わりになるウマ娘をずっと探しているとしたら?」

 

 そこまで聞かされて、ようやく三人もシンボリルドルフが何を言いたいのか理解した。

 

「つまり、会長はセクレタリアトが何らかの故障で走れなくなったから後継者を探していると考えていると?」

 

「そうだ。走れなくなったとまではいかないが、タキオンと同じように走ることが難しくなったのではないかとは睨んでいる」

 

 トレセン学園の中でもずば抜けた奇人ことアグネスタキオン。自らのトレーナーを研究のための実験体や助手として扱うマッドサイエンティストな彼女は左足に爆弾を抱えているせいで満足に走ることの出来ない身体を持っている。

 

 セクレタリアトも同じように何かしらの爆弾を抱えてしまったのではないか。だから引退したのではないかとシンボリルドルフはそう考えていたのだ。

 

「けど、それならなんでアメリカで探さないんだ? 後継者を見つけるならわざわざ日本に来る必要は無いと思うが……」

 

「……アメリカでは見つからなかった。けど、日本では見つけたということじゃない?」

 

「なに……?」

 

 ナリタブライアンの疑問に答えつつ、マルゼンスキーは自分の考えを語る。

 

「彼女が何を基準としているのかは分からないけれど、日本のウマ娘の情報を手に入れた時に自分の後継者となれる人物を見つけた。けど、他人からいきなりセクレタリアトの後継者になってほしいって言われたところでその話を信じる人は誰も居ないでしょう? だから留学と託けて仕事を休業してまでセクレタリアト本人が日本へ来日して直接勧誘することにした。そういうことじゃないかしら?」

 

「なるほど……」

 

 セクレタリアトがアメリカで起こしたマスコミ騒動。選抜模擬レースでの嬉しそうなテンションの高さ。朝のHRでの発言。その全てが繋がっていく。

 

「セクレタリアトは……もうレースに出れないのか……」

 

 その事実に気付いてしまった時、ナリタブライアン達の胸になんとも言えない虚しさが広がった。

 

 Big Redと呼ばれアメリカの三冠ウマ娘として謳われたあのセクレタリアトでも怪我や故障には勝てないのだ。そしてそれはシンボリルドルフ達も決して他人事ではない。

 

 怪我や故障が起きてしまえば明日にでも走れなくなってしまうのはウマ娘にとって誰にでもありえる可能性なのだから。

 

「後継者、か……」

 

 シンボリルドルフはポツリと小さく呟く。

 

 今でこそレースに出ることは無くなったが、シンボリルドルフとてレースで数々の栄光を掴んできたウマ娘だ。その偉業は並大抵のウマ娘では決して並び立つことが出来ないだろう。

 

 だが、もしも並び立つことの出来る後継者とも呼ぶべきウマ娘が現れたとしたら……それはとても喜ばしいことだ。

 

 自分の後を託せる、自分と同じ同類(・・)が出来るのだから。

 

「テイオー……」

 

 ふと脳裏に思い浮かんだのは彼女を憧れだと公言し、日々努力を重ねる可愛らしい自慢の後輩の姿。

 

 後輩が自分の跡を継ぐ。その光景を想像しただけで、シンボリルドルフは思わず笑みが浮かびそうになった。

 

「セクレタリアトが選んだ後継者……楽しみだな」

 

 いったいどんな人物が選ばれたのか、それを知るのがシンボリルドルフは今から楽しみで仕方がなかった。

 

 ……所変わって。

 

「はっくしゅん! あ〜鼻水が止まらないよぉ〜!!」

 

「あっこら! 布団で拭こうとしない! ちゃんとティッシュで鼻をかみなさい! ほら、チーンってしてあげるから貸してみなさい!」

 

 とある弟子は同室の不屈の王の看病を受けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが照らす薄暗い夜道を1人の男が歩く。

 

 赤のロングコートを身に纏い、白銀の髪が光を帯びて怪しく煌めくその男の背には成人男性一人分ぐらいの刀身を持つ大きな大剣が背負われており、両手には既存品とは比べ物にならないぐらいにバカでかい二丁拳銃が握られている。

 

 どこぞの映画の主人公のような格好をしているその男は楽しそうに鼻歌を歌いながら砂埃の舞う道を歩く。

 

 周りにあるのは倒壊した建物や崩れかけの建物ばかり。生きた物の気配はどこからも感じられない。

 

 ……そう、()()()()()()()()

 

『AHAHAHAHA!!』

 

 どこからともなく響き渡る笑い声。楽しそうに、残虐そうに、生命を冒涜するかのようなその声を聞き、男は歩みを止める。

 

 そして次の瞬間、黒い靄のような物が男の目の前に現れると、その靄の中から異形の存在が姿を現す。

 

 黒を基調にした傷んだローブを身に纏った人間の白骨。瞳の消えたその目には青く薄く光る炎が宿っており、その手には刀身が紫色で染められた巨大な大鎌が握られていた。

 

 その姿は正しく死神。殺意と狂気を向けてくる異形の存在を前にして、男はただ楽しそうに笑いながら煽るように腕を伸ばす。

 

「Come and get me!」

 

 捕まえてみな! と明らかに挑発している男の言葉を受け、異形の存在は嘲笑の声を上げながら大鎌を振り上げる────

 

【よっしゃ来いよオラァ! リズムゲー開始の時間だァ!!】

 

【イェーイ!! やっちゃえセクさん!!】

 

 テレビの画面の向こうで起きているその光景を見ながらセクレタリアトは手に持ったコントローラーを操作し、隣に居るタイキシャトルは手を大きく振り上げて楽しそうに応援している。

 

 彼女達が何をしているのかと言えば、タイキシャトルの部屋でテレビゲームをしている真っ最中であった。

 

【しかし驚いたなぁ。まさかお前がDMCシリーズ買ってるとは思ってもみなかったわ。タイキって見るのは好きだけどあんまりゲームとかやらない派じゃなかったっけ?】

 

【そうだけど、セクさんってこういうゲーム昔から好きだったでしょ? だからこういうのなら一緒に遊べるって思ってついついテレビごと買っちゃった♪】

 

【テ、テレビごとって……そんな金どっから出したんだよ? というかよく寮長が許可したな】

 

【お金はパパにお願いしたの。セクさんと久しぶりに沢山遊びたいからお願い! って頼んだらすぐにくれたよ! 許可に関してはヒシアマさんが折れてくれるまで頼み続けたよ!】

 

【あぁ、お前って昔から甘え上手というか絶対に相手が折れるまで諦めねぇもんな……今度ヒシアマゾンとお前の親父さんに何かお礼の品でも送っとこう】

 

 会話をしつつもしっかりとプレイは続けており、セクレタリアトはタイミングよくボタンを押して敵の攻撃をガードし続け、右上のゲージがずっとSSSランクを維持していた。

 

【ところでタイキ、今日はトレーニングとか大丈夫なのか? いつもトレーニングで忙しい〜ってアプリで嘆いてたけど】

 

【今日は大丈夫! 昨日の選抜模擬レースの続きをおハナさんとヒシアマさん達がしてるから、余ったチームメンバーは休養になったの!】

 

【あぁ、そういやなんか途中で中止されてたな】

 

 ガキィン、ガキィンという甲高い音が鳴り続け、テレビゲームの音が非常に五月蝿いが2人は気にした様子もせずに会話を続ける。

 

【なぁ、タイキもチームリギルに入る時にあんな試験みたいな模擬レースやったのか?】

 

【そうだよー! ダートのコースで他の子をぶっちぎって1位になったよ!】

 

【お、マジか。日本のダートとアメリカのダートだとコースの材質が違うから結構走りにくいって話を聞いたことあるけど、そんなでもなかったのか?】

 

【んー、ちょっとは走りにくいかも。日本の方はコースが砂で出来てるから結構力強く踏み込まないといけないんだよね。アメリカの土と比べるとあんまりスピードは出しにくいかな】

 

【ほうほう、なるほどなぁ……】

 

 Break Down! という掛け声と共に操作していたキャラが敵キャラを撃破し、ステージクリアした所でセクレタリアトはコントローラーを置いて腕を伸ばしたりして固まった身体を解す。

 

【……珍しいね、セクさんがそういうの聞くって。何かあったの?】

 

【ん〜? あぁ、実は昨日弟子が出来てな。どんな風に育てるのか考えてる最中なんだ】

 

【ふ〜ん、そうなんだ……え、弟子!?】

 

 セクレタリアトの話を聞き、すんなりと頷きかけた所で今聞いた言葉を思い返してセクレタリアトを二度見した。

 

【セクさんに弟子!? え、どんな子どんな子!? 私の知ってる子!? 会ってみてもいい!?】

 

【落ち着かんかい】

 

【いてっ】

 

 詰め寄ってきたタイキシャトルにセクレタリアトは慣れた手つきでタイキシャトルの頭をべしりと叩いた。

 

【ほら、昨日俺がレースの途中に保健室へ運んだウマ娘が居たろ? ソイツを鍛えることにしたんだ。熱発起こしてまだ体調悪いから会うにしても治ってからだな】

 

【へ〜……昨日のあの子が……】

 

 セクレタリアトに叩かれて落ち着きを取り戻したタイキシャトルは昨日の選抜模擬レースの光景を思い出した。

 

【ねぇ、セクさん。どうしてその子を弟子にしたの? いつもだったらテレビの企画とかでもない限り面倒くさがって絶対にそんなことしないじゃん】

 

【ん、まぁ、そうなんだけどな……】

 

 身体を解し終えたセクレタリアトはどこか気恥しそうにしながら再びコントローラーを握る。

 

【ウララの走りを見てたらついつい支えたくなっちまってな。あの子を日本一にしてやりてぇって思っちまっただけさ】

 

 そう言いつつ、セクレタリアトはゲームを再開させテレビ画面へと意識を向けた。

 

 ……だからこそ。

 

【ふ〜ん……そうなんだ】

 

 この時、タイキシャトルの雰囲気が変わっていたことにセクレタリアトは気付かなかった。




前話にて沢山の感想を送っていただきまして皆様ありがとうございます!

レジェンドレースの対策を皆様から教えて頂いたのですが……ほとんどバクシンばっかりじゃねぇか!(汗

おかげさまでバクシンしまくった結果、レジェンドお嬢とタイキシャトルに勝つことが出来ました!やはりバクシン……バクシンは全てを解決する……!!(バクシン教入信済み

スキル構成やステータス構成など参考にさせて頂いた皆様誠にありがとうございました!

あっ、それはそれとしてお気に入り件数7000いきました。ありがてぇ……ありがてぇ……(感涙


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偉大な赤いアイツ、指導を開始する

「キングちゃんただいま〜!!」

 

「お邪魔しまーす」

 

 熱発を起こしてから数日後の夜、ようやく体調が戻ったことで同室へと戻ることをフジキセキから許されたハルウララはすぐに荷物を纏めてセクレタリアトに運ぶのを手伝ってもらいながら自分の部屋へと戻ってきた。

 

「おかえりなさいウララさん。あと、今は夜なんだからあんまり騒いではダメよ?」

 

「そうだぞ。うるさすぎると他の奴らに迷惑をかけちまうからな」

 

「はーい!」

 

 分かったのか分かってないのか、とにかく明るく元気な挨拶を返すハルウララにセクレタリアトとキングヘイローは同時にため息を吐いた。

 

「全く、この子は……もっとしっかりしないと一流のウマ娘にはなれないわよ?」

 

「まぁそう言うなキング。これもウララの長所の一つだ」

 

「もう、セクさんってば些かウララさんに甘すぎじゃないかしら?」

 

「それは……あるかもしれん」

 

 まるでどこぞの夫婦のような会話をするキングヘイローとセクレタリアト。これが出会った初日で気絶した人物と気絶させた張本人とはとてもじゃないが思えないだろう。

 

 この数日間、見舞い目的でセクレタリアトが何度かハルウララに会いに来たこともあって、必然的にハルウララから頼まれて仕方なく世話を焼いていたキングヘイローとも面を合わせる機会が多くなり、最初の頃は何度か同じように固まったりしたものの、その度にセクレタリアトが持ち前のフレンドリーさとファン魂を発揮させてキングヘイローとの距離を詰めたのだ。

 

 そして、ハルウララの「キングちゃんキングちゃん! 師匠ってとっても優しいんだぁ〜!」の言葉と共に繰り出されるセクレタリアトとのエピソード語りという名のサポートによって、セクレタリアトの内面を知ったキングヘイローはこうして気さくな会話を出来るようになったのだ。

 

「セクさんがそうやって甘やかすからウララさんが怠けるのよ? 師匠と言うからには弟子に厳しくする必要があるのではなくて?」

 

「や、それはそうなんだが……厳しく叱ろうとするとすぐにウララが涙目になっちまうもんだから、ついつい甘くなっちまうんだよなぁ」

 

「甘くしすぎよ。叱る時はしっかり叱らないと、人はいつまで経っても成長しないわ。そこのところちゃんと理解してるかしら?」

 

「はい……すみません……」

 

 ……距離を詰めすぎた結果、キングヘイローの面倒見の良さがこうして自分への説教にまで繋がるとは微塵も思っていなかったセクレタリアトであった。

 

 アメリカの三冠ウマ娘を説教するデビュー前の新人ウマ娘という見る人によっては目が飛び出すぐらいに驚く光景を前に、ハルウララは二人が出会った頃と比べて格段に仲良くなっていると思い嬉しそうに笑った。

 

「ウララさんも、師匠だからと言ってあまりセクさんに迷惑をかけてはダメよ? 一流のウマ娘になりたいなら、自分のことはちゃんと自分でやれるようにならないと」

 

「うん? う〜ん……うん、分かった!」

 

「その反応は絶対に分かってないわね!?」

 

「いひゃいいひゃい! ひんぐちゃんいひゃいよ!」

 

「2人ともほんと仲良いな。よっこいっしょと」

 

 キングヘイローにほっぺを右へ左へみょいーんみょいーんと引っ張られてハルウララが涙目になっているのを微笑ましそうにしながらセクレタリアトはハルウララの荷物をテキパキと部屋の中へと運び入れた。

 

「う〜! ししょ〜!!」

 

「お〜よしよし、痛かったなぁ〜」

 

「こら、セクさん! そうやって甘やかさない!!」

 

「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着こうぜ。近所迷惑になるからさ」

 

 泣き付いてきたハルウララを抱きしめて頭を優しく撫でるセクレタリアトを叱るキングヘイロー。

 

 この一連のやり取りを見た時、誰もがきっとこう思うだろう。どこからどう見ても家族の会話でしかないと。

 

「あ、それはそうとウララの体調も戻ったことだし、明日からトレーニング始める予定だけど、何だったらキングも一緒に来るか?」

 

「え、ご一緒してもいいのかしら? 私、部外者よ?」

 

「大丈夫大丈夫。最初は軽めのトレーニングから始めるつもりだし、本格的なトレーニングはまだまだ先の予定だから全然OKよ」

 

「そういうことなら是非とも参加させてもらうわ」

 

 セクレタリアトから突然振られた話にキングヘイローは少し驚きつつも二つ返事で参加を決める。

 

 あまりにも即断すぎる回答に逆にセクレタリアトの方が驚いてしまった。

 

「え、いいのか? トレーナーとかに相談しなくても」

 

「えぇ、構いませんわ。元々明日は休養日で1日ヒマしておりましたし」

 

 口ではそう言いつつも、キングヘイローは内心でガッツポーズをしていた。

 

 内面はどうであれ、セクレタリアトはアメリカの三冠ウマ娘。その称号は決して軽はずみに取れる物ではない。

 

 才能、運、そしてなにより並外れた努力によるトレーニング。それらが無ければ三冠という称号を手にすることは出来ないのだ。

 

 そんな三冠という称号を取った伝説のウマ娘直々によるトレーニング。それはウマ娘にとって1カラットのダイヤモンドよりも価値のある物だからこそ、キングヘイローはこのチャンスを逃すつもりは毛頭なかった。

 

「え!? 明日キングちゃんと一緒に練習できるの!?」

 

「えぇ、そういうことになるわね」

 

「やったー! キングちゃんと一緒だー!」

 

「きゃっ、もう! 急に抱きついてきたらビックリするでしょう!?」

 

 キングヘイローと一緒に練習出来ると分かった途端、ハルウララは喜びを露わにしてキングヘイローに抱き着き、キングヘイローは口では叱りつつも本人も無意識の内に嬉しそうに耳と尻尾をピコピコと動かしている。

 

 そんな光景を目にして、セクレタリアトの頬はさっきからずっと緩みっぱなしだった。

 

「んじゃ、とりあえず2人とも明日の朝5時にグラウンド集合な。遅れたら叩き起しに来てやるからよろしくな!」

 

「「……え?」」

 

 2人の返事も待たずにセクレタリアトはそう言い残して部屋を去って行った。

 

 後に残されたのは呆然としているキングヘイローとハルウララ。2人は無言のまま一度だけ顔を見合わせると、慌てて寝巻きへと着替え始め寝る準備へと移る。

 

 この後めちゃくちゃ早く寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春になったとはいえまだまだ冬の冷たさは残り、日がようやく出始めたということもあってかなり寒い気温の中、キングヘイローとハルウララはジャージの上から防寒着を身に纏って薄い霧が張っているグラウンドに立っていた。

 

 校舎の大時計が指している現在時刻は4時50分。こんな時間帯に起きている生徒はそう居らず、ましてや大事なレースも特に無いこの時期だとグラウンドで朝練しているウマ娘も居ないため、グラウンドには彼女達しか居なかった。

 

「うぅ、寒いよぉ〜」

 

「ほら、ウララさん。カイロ貸してあげるからそれで温まりなさい」

 

「わぁ、いいの!? キングちゃんありがとう!」

 

 キングヘイローは持っていたカイロをハルウララへと渡すと、カイロを受け取ったハルウララは顔に当てたりしてカイロの温かさを感じ取り、気持ちよさそうな表情を浮かべた。

 

 しかしこの時、ハルウララは知らなかった。実はキングヘイローが防寒着の裏側に大量の貼るカイロを付けていることを。それによって彼女が全く寒がっていないことを。

 

 素知らぬ顔でぬくぬくとしている防寒着を着込んでいるキングヘイローとカイロを使って温まるハルウララが寒空の下で待つこと5分。2人の立つグラウンドに2つの人影が近寄ってきた。

 

「2人ともおはよう。5時集合とは言ったけど、5分前にはもう既に集まってるとか真面目だな」

 

「オハヨウゴザイマス」

 

 そう言いつつやって来たのはトレセン学園のジャージ服を身に纏い、その手に大きな黒い鞄を持ったセクレタリアトといつもと同じスーツ姿でいるクリストファーだ。

 

「師匠達おはよう! 今日とっても寒いね〜!」

 

「おはようございます。それと、一流のウマ娘は10分前行動が基本だと私は思うのだけど?」

 

「そりゃ間違ってるな。5分前行動でも充分一流になれるわっと」

 

 キングヘイローのちょっとした小言に軽くそう言い返しつつ、セクレタリアトは手に持っていた鞄を2人の前に降ろした。

 

「セクさん、その鞄は?」

 

「あぁ、この中には俺が現役時代にトレーニングで使ってた機材や器具が入ってるんだ。要らんとは思ってたけど念の為持ってきてて助かったわ」

 

「そ、そうなんですの……」

 

 微かに自慢気な顔をしながらグッドサインをするセクレタリアトにキングヘイローが少しばかり困惑していると、セクレタリアトはふとあることに気が付きクリストファーへと振り向く。

 

【あ、そういえばトレーナーはキングと初めて会うよな? 軽く自己紹介しといた方がいいか?】

 

【……あぁ、出来ればそうしてくれると助かる】

 

「あいよ。キング、この人は俺の専属トレーナーのクリストファー・チェネリー。ガキの頃からずっと世話になってる人で、現役時代もずっとトレーナーをしてもらってたんだ。これからは俺と一緒にウララのトレーナーにもなってもらうつもりだ」

 

「っ! この方が……」

 

 セクレタリアトからの紹介を聞き、クリストファーを見るキングヘイローの目が変わる。

 

 セクレタリアトを三冠にまで導いた立役者。ある意味で言えば、セクレタリアトという伝説を生み出した張本人と言っても過言ではない人物を前にして、キングヘイローは緊張で震えそうになる身体をグッと堪えて口を開く。

 

【初めまして、クリストファーさん。私の名前はキングヘイロー。いずれ一流のウマ娘として頂点に立つつもりだから覚えておいて損は無いわよ?】

 

【……ほう】

 

「え、キングって英語喋れるのか!?」

 

 傲岸不遜にそう自己紹介するキングヘイローにクリストファーは目を鋭く光らせ、セクレタリアトは英語で話し出したキングヘイローに驚愕した。

 

「えぇ、子供の頃からそういう勉強はしっかりさせられてきたもの。書き取りは苦手だけれど話すだけなら英語、ドイツ語、中国語、オランダ語はいけるわ」

 

「おー! キングちゃんすごーい!!」

 

「当然よ! 何せこの私はキングなのだから! おーほっほっほっほ!!」

 

「お、おう。そうか」

 

 ハルウララに煽てられたことでキングヘイローが突如として高笑いし出したのを若干引いた目で見つつセクレタリアトは鞄を開けると、中にあったノートパソコンやタブレットなどの機材を取り出しつつある物をキングヘイローとハルウララへ渡す。

 

「とりあえず練習始める前にキングとウララはこれを着けてくれ」

 

「師匠、それなにー?」

 

「これは……心拍計ですか?」

 

「お、正解だ」

 

 キングヘイローが言った通り、セクレタリアトが2人に渡したのはただの心拍計だ。ランニングをする時に付けるのと同じリストバンド型の物である。

 

「トレーニングを始める前に、まずは2人の今の現状を知っておきたい。軽くストレッチして身体を温めた後に800メートルのターフを走ってもらうぞ」

 

「いきなりですわね……ですが、キングに死角などありませんわ! 何時いかなる時であろうとも最高の走りを見せて差し上げますわ!」

 

「キングちゃんやる気いっぱいだね! よーし、ウララも頑張るよ〜!」

 

 着ていた防寒着を脱ぎ捨て、心拍計を着けて仲良くストレッチを始めた2人からセクレタリアトは脱ぎ捨てられた防寒着を回収してからクリストファーの方へと離れた。

 

【トレーナー、荷物頼むわ】

 

【……なぁ、セク。本当にアレ(・・)を教えるつもりなのか?】

 

【あぁ、勿論だ】

 

 セクレタリアトから荷物を受け取りつつクリストファーがそう問うと、彼女は強く頷いた。

 

【……アレはお前だからこそ出来ることだ。他のウマ娘ではとても真似出来ん】

 

【いや、案外やってみないと分からねぇよ。もしかしたら、出来るかもしれねぇじゃん?】

 

【……だといいがな】

 

 そんな不穏な会話をしているセクレタリアトとクリストファーに気付くことなく、ストレッチを終わらせたキングヘイローとハルウララはコースに立ち、セクレタリアト達も準備に取り掛かった。

 

「んじゃ、まずはターフからな。ゴールはトレーナーの立っている所までだ。タイムも計測してるから、なるべく全力で走るようにな」

 

「はい!」

 

「分かりましたわ」

 

「それじゃ、位置について! よーい、スタート!!」

 

 スタート役であるセクレタリアトが合図を出した瞬間、キングヘイローとハルウララは同時に飛び出した。

 

 自分を一流のウマ娘と豪語するだけあってキングヘイローのその走りはとても堅実な物で、自分の中にあるペースを守りながらスタミナをキープしつつ余力を残した状態でゴールラインを通過した。

 

 そして、ハルウララだが。

 

「はぁ……はぁ……ゴール!!」

 

 走るフォームは相変わらずの両手を前に出す謎走法であり、この前の選抜模擬レースと違って最後まで完走することは出来たが明らかにスタミナが切れる寸前といった様子でキングヘイローより10秒ほど遅れてゴールした。

 

【……お疲れ様。水分補給だ】

 

「ふぅ……私は大丈夫よ。これぐらいでバテるような体力はしてないわ。ただ……」

 

「ぜひゅー……ぜひゅー……」

 

 キングヘイローが軽く息を整えながらチラッと隣へ目を向ければ、そこには芝の上に寝転んで息を切らすハルウララの姿があった。

 

「ウララさん、意識ある? ほら、これでも飲んでゆっくりしなさい」

 

「あ、ありがとう、キングちゃん……」

 

「あ、こら。そんなに勢いよく飲んではダメよ。ゆっくり少しずつ飲まないと噎せちゃうわ」

 

 クリストファーが持っていた水筒を受け取るとそのままキングヘイローはハルウララへと渡し、受け取ったハルウララはすぐさま水筒に入っていたスポーツドリンクを飲み始めた。

 

「2人ともお疲れさん。いい走りだったぜ」

 

 ハルウララとキングヘイローが休憩し始めて暫くするとスタートラインに立っていたセクレタリアトがそう言いながら歩いてやって来た。

 

「キングはちゃんと自分のペースで走れてたな。あの調子ならデビュー戦も楽勝だな」

 

「えぇ、キングなんだから当然よ! おーほっほっほっほ!!」

 

「んで、ウララだが……うん、まぁ、最後まで完走出来て偉いぞ」

 

「えへへ、ありがとう師匠!」

 

 セクレタリアトに褒められてテンションが上がったキングヘイローは再び高笑いし、少しの休憩でスタミナを回復させたハルウララは嬉しそうに笑った。

 

「さて、んじゃタイムも測って2人の走行中の心拍数も測れたことだし、今から早速トレーニングを始めて行くぞー!」

 

「おー!!」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 セクレタリアトが右手を大きく上に突き上げると、ハルウララもそれに倣って右手を大きく突き上げ、キングヘイローはペコリと軽く頭を下げた。

 

「じゃあ早速だけどまずは2人に見てもらいたい映像がある。トレーナー、頼む」

 

「ウム」

 

 セクレタリアトの指示に従いクリストファーはノートパソコンを操作した後、キングヘイロー達へと画面を見せる。

 

 そこには2つのレースを見やすいように二分割化され比較しやすくされた動画がフルスクリーンで映っていた。

 

「今から比較化したとある2つのレースを2人には見てもらうが、最終直線に入った後の選手達の走るフォームを注目しながら見てくれ」

 

 セクレタリアトがそう言い終えると、クリストファーが再びパソコンを操作して動画が始まる。

 

「わ〜! みんなはやいね!」

 

「しっ! ウララさん静かに!」

 

 動画の中で走るウマ娘達を見てハルウララが興奮したように目を輝かせ、キングヘイローは食い入るように動画を見つめる。

 

 そして、動画の中のレースは進み続け両方とものレースでウマ娘達が第4コーナーを曲がって最後の直線に入った瞬間、明らかに走り方が変わった。

 

 左の画面のウマ娘達は足を大きく出して歩幅を広げているのに対し、右の画面のウマ娘達は歩幅を狭めて足を速く回転させている。

 

「2人とも知ってると思うが、ウマ娘には2つの走り方がある。脚を広く伸ばして歩幅を大きくとるストライド走法と、逆に歩幅を短くして足の回転を速くするピッチ走法だ」

 

 動画を一旦止め、セクレタリアトは解説を始めた。

 

「ストライド走法はトップスピードに乗るまで時間がかかる分、体力消費を少なく抑えてトップスピードを長く維持できることから長距離のロングスパート向けとされ、ピッチ走法は足の回転数を上げなきゃならないことから体力消費がかなり激しいが、すぐに加速してトップスピードになれる分、半径の小さい小回りのカーブや雨で濡れた不良馬場やダートコース向けとされている。この2つを使いこなせればどんなウマ娘でも格段と速く走れるんだ」

 

「あの、そんな分かりきったことを何故今更……?」

 

 分かりやすく動画に映っているウマ娘達の足元を拡大してセクレタリアトは解説するが、それを聞いてキングヘイローは少しばかり困惑した表情を浮かべる。

 

 ストライド走法とピッチ走法。この2つは学校の授業でも最初の方で習うことであり、ウマ娘にとっては知っていて当然の知識と言えた。

 

 それを何故わざわざ説明するのか、キングヘイローには理解出来なかったのだ。

 

「何故も何も、お前さん達の走り方が全然下手だからだけど?」

 

「な、なんですってェ!?」

 

「ほへ?」

 

 セクレタリアトが端的にそう言うと、キングヘイローは怒鳴り声を上げハルウララはキョトンと首を傾げた。

 

「ウララの走りはそもそも論外として、キングは一見フォームこそ良いものの走ってると体幹がたまにブレる時があるし、何よりストライドでも歩幅が狭すぎるしそもそも足の回転数が遅い。それじゃあ見ていて上手い走りは出来ても速い走りは出来ねぇよ」

 

「んな……!?」

 

 自分の走りは遅いと告げられ、キングヘイローは反論しようと口を開いたが自分でもそう思っていた節はあったため、口をパクパクとさせて何も言い返すことが出来なかった。

 

「キングは徹底的に体幹の強化と歩幅の拡張と足の回転数を上げろ。俺のトレーナーがトレーニング方法を教えてやるから、それをこなしてみせろ。そうすりゃ間違いなく今よりも格段と強くなれるぞ」

 

【……付いて来れるか? 未来のキング様とやら。まぁ、無理なら諦めても構わんがな】

 

「っ!! 上等じゃない……! このキングの辞書に無理や諦めなんて言葉は存在しないことを見せつけてあげるわ!!」

 

 クリストファーに煽られたことでプライドを刺激されたキングヘイローは自分をより高みへと至らせる為に、クリストファーの後を着いてセクレタリアト達から離れた。

 

「……んで、ウララ。お前にはまず走り方を変えてもらうつもりだが……正直に言う。お前に普通のストライド走法とピッチ走法は合わん」

 

「えぇー!!??」

 

 セクレタリアトから告げられたその言葉にハルウララは思わず驚愕の声を上げた。

 

 ウマ娘の基本とも言えるストライド走法とピッチ走法がダメだと言われれば誰だって驚くだろう。

 

「お前の体格的にストライド走法はまず難しいし、ピッチ走法だとスタミナを消費しすぎて今のままだとレースの完走さえ怪しくなる。ハッキリ言ってかなりお手上げだ」

 

「じゃあ、どうするの? ウララこのままだとレースで勝てないよ……」

 

「大丈夫! 心配すんな!」

 

「わ、わわっ!?」

 

 今のままではレースで勝てないことを悟り、ハルウララがしょんぼりと落ち込むと、そんな彼女の頭をセクレタリアトはガシガシと乱暴に掻き撫でた。

 

「普通の走り方じゃダメでも、普通じゃない走り方なら出来るかもしれねぇ。お前に教えるのはその普通じゃない走り方の方だ」

 

「普通じゃない走り方……?」

 

 それはいったい何なのか? と目で問いかけてくるハルウララを見つつ、セクレタリアトはイタズラを企てる悪ガキのようなニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「お前に教えるのは俺のストライド───等速ストライドだ」

 

 この日を境にして、春はゆっくりと、だが確かに胎動を始めた。




友人から「おい、お前の小説Twitterで紹介されてるぞ」と言われ、まさか〜と思いつつ調べてみたらマジで何人かの方達に紹介されるとるやないかい……!?

ただの妄想小説ではありますが、沢山の方々からこうして応援を頂くことで本当に感謝で胸が一杯になる思いです……皆様ありがとうございます!

これからもマイペースではありますが頑張って執筆していきますので、応援よろしくお願いします!

……いい加減そろそろデビュー戦書かないと怒られそう(ボソッ


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青雲、春と不屈の王の秘密を知る<前編>

 セイウンスカイは子供の頃からずっと自由奔放に生きてきた。

 

 青空に浮かぶ白い雲のように何事にも縛られない自由な生き方を信条としている彼女は昔からやりたいことは全力で事に当たり、やりたくないことは必要最低限だけかもしくはやらないようにしてきた。

 

 しっぽの向くまま、気の向くまま。自分がしたいことを我慢せずに行うマイペースなセイウンスカイはその性格もあってほとんど1人で居ることが多かった。

 

 友達が居ないという訳では無い。少ない数ではあるが確かに友達は居るものの、なるべく自分のしたいことだけをしたいセイウンスカイにとって多少なりとも他人に合わせなければならない友達付き合いというのは少しばかり苦手な部類に入った。

 

 遊びの約束だったりとか、一緒にご飯を食べる約束だったりとか、そういった約束という名の縛りで自分の行動を決められてしまうのがどうにも嫌だと感じてしまい、いつも適当に誤魔化して断ってしまう。

 

 そういうこともあってセイウンスカイと一緒に居てくれる人物はまず居らず、セイウンスカイ本人もそれでいいと思っているのだが……どうにも世の中には奇特な人物というのが何人か居るようで。

 

「あっ! セイちゃんまた寝てるー!」

 

「スカイさん! さては貴女また授業をサボったわね!?」

 

 ハルウララとキングヘイロー。トレセン学園に入学してからというもの、この二人は特に常日頃からセイウンスカイと一緒に居ることが多かった。

 

 セイウンスカイが何かしている所をハルウララが見つけ、それに釣られたキングヘイローがやって来て説教を始める。このパターンがほとんどだ。

 

 授業をサボって木陰の下でのんびりと寝ている時も、練習をサボって川辺で釣りをしている時も、食堂で独りで静かにご飯を食べている時も、二人は揃ってどこからともなくやって来た。

 

 そんな二人に釣られ、さらに他のウマ娘達もやって来て、気付けばいつもセイウンスカイの周りには多くの人達が居た。

 

 皆が皆知り合いという訳では無いが、少なくとも気心の知れた仲間であることには違いなく、友達のように気楽に話せつつ約束事などが一切ないこの関係がセイウンスカイにとって何よりも心地よかった。

 

 出来ることならこの毎日が続けばいいのに、と心の底で願うぐらいには大切な日常。しかし、チームリギルの選抜模擬レースが行われた日からちょうど1週間が経った頃から、セイウンスカイは毎日の日常の中でふと違和感を覚えるようになった。

 

 最初に違和感を覚えたのはいつものように授業をほとんど居眠りして過ごしてしまった後の休憩時間中のことだった。

 

「ふぁ〜……あれ?」

 

 大きな欠伸をしながら机から身体を起こす。いつもならこのタイミングでクラスメイトであるキングヘイローが寝てばかりで授業をまともに受けていないセイウンスカイを叱りに来るのだが、どういう訳か全然やって来ない。

 

 不思議に思いキングヘイローの席へ視線を向けてみれば、キングヘイローは席に座ったままこっくりこっくりと船を漕いでいる。

 

 キッチリとした性格で優等生の見本と言っても過言ではないぐらいに真面目なキングヘイローにしては珍しい姿にセイウンスカイは目を引かれたが、きっとトレーニングとかで疲れているんだろうと思い、今日は叱られなくてラッキーと内心でしめしめと思いながら寝直した。

 

 ……なお、この後に休憩時間だけでなく次の授業になっても寝過ぎたことで教師から叱られることになってしまった。

 

 次に違和感を覚えたのはまた別の日の休憩時間だ。

 

「あれ? ねぇキング、今日ってウララ休みー?」

 

「いえ、普通に登校してるはずよ? 今日の朝も私がちゃんと起こしたもの」

 

 違うクラスだというのにわざわざいつも遊びに来るハルウララが一向に教室へ遊びに来ない。

 

 不思議に思ったセイウンスカイがハルウララと同室のキングヘイローにそう聞いてみれば、サラッと毎朝ハルウララを起こしていることを告げられたもののキングヘイローの面倒見の良さは既に身をもって体感してるのでそこは別にどうでもよかった。

 

 この前の時のように風邪を引いた訳でも無い。なのに毎日のように遊びに来ていたハルウララがやって来ないことに疑問を感じたセイウンスカイは昼休みの時間に食堂で昼食を取るついでにハルウララに直接聞いてみることにした。

 

「ウララ〜。今日こっちの教室に来なかったけど何かあったの?」

 

「別に何もないよ〜! ただ、トレーニングで疲れちゃったからずっと自分の席で寝ちゃってたんだよね〜。気付いたら授業中も寝てたから先生に沢山怒られちゃったよぉ」

 

「あぁ〜……ドンマイドンマイ、そういう日もあるよー」

 

 よよよと泣き崩れるハルウララを軽く慰めつつ、たまにはそういうことがあっても不思議じゃないとセイウンスカイは思った。

 

 だが、日が経つに連れて二人のこういった行動はさらに頻度を増し、いつしかキングヘイローは授業中でも寝るようになり、ハルウララは数日間も遊びに来なくなった。

 

 日常生活の中で明確に表れるようになった違和感。トレーニングを頑張っているにしても明らかにおかしい2人の様子に、セイウンスカイは次第に怪しさを感じるようになった。

 

 もし2人が本当にトレーニングを頑張っているせいでそうなっているのならさり気なくトレーニングを見直すように言うつもりだが、それ以外の理由で疲れているのだとしたら。

 

 そう考えてしまえばもう疑問は止まらない。難解な問題が解けない時のような胸の中でモヤモヤとした感情が渦巻き、それを煩わしいと思ったセイウンスカイはそのモヤモヤを解消するべく行動に移す。

 

「最近さー、2人とも日に日に疲れていってない? 毎日どんなトレーニングしてるの?」

 

「それは、その……ひ、秘密ですわ!」

 

「秘密のトレーニングだよ! 師匠からトレーニングのことを聞かれたらそう言えって言われてるんだー!」

 

「ちょ、ウララさん!? それは言っちゃダメでしょう!?」

 

「もがっ!?」

 

 ある日セイウンスカイが直接トレーニングのことを聞いてみれば、ハルウララの口から師匠という言葉が飛び出し、キングヘイローが慌ててハルウララの口を塞いだ。

 

「ねぇ、師匠って誰のこと〜? キングもなーんかウララと一緒に隠し事してるみたいだし……最近2人とも本当は何やってるの?」

 

「な、何のことかしら? 私達はトレーニングを真面目にやってるだけよ。おーっほっほっほ」

 

「むー! むー!!」

 

「…………」

 

 冷や汗を滝のように流しながら何とか誤魔化すキングヘイローと口を塞がれて何も話すことの出来ないハルウララをセイウンスカイはジーッと無言で見つめる。

 

「あ、私達そろそろトレーニングの時間だからもう行くわね。ほら、ウララさん行くわよ!」

 

「むーむ!」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 セイウンスカイの無言のプレッシャーに負け、キングヘイローは即座に戦略的撤退へと移りハルウララを脇に抱えて、制止するよう手を伸ばしてくるセイウンスカイからダッシュで逃げた。

 

 本人の生真面目な性格もあって嘘をつくのが下手にしても、あのキングヘイローの慌てっぷりは明らかに何かを隠している。そして、それを指示しているのは師匠という謎の人物。

 

 謎が更なる謎を呼び、セイウンスカイの中で次第にキングヘイローとハルウララの秘密を暴きたいという欲求が湧き上がってきた。

 

 自分のしたいことには素直に従う。それがセイウンスカイというウマ娘であるが故に、入学してからちょうど1ヶ月という月日が経った頃、セイウンスカイは更なる行動に出る。

 

「ねぇ、フラワー。今日の放課後に私と一緒にキングとウララの尾行しない?」

 

「いきなり何の話ですか?」

 

 昼休みの時間、セイウンスカイは食堂にて本日の日替わり定食を食べつつ一緒に食卓を囲むニシノフラワーを巻き込もうとしていた。

 

「ほら、あの2人ってば最近怪しいじゃん? トレーニングしてるって言うけど本当にトレーニングしてるのか確かめたいんだよねー」

 

「だからと言ってそんな不審なことしなくても……直接キングさん達に聞くとかじゃダメなんですか?」

 

「前に直接聞いたけど、秘密って言われて逃げられたんだよね〜。だから、今度はコッソリと隠れてキング達の後をつけようかなって。フラワーもキング達の様子がおかしくなった原因気になるでしょ?」

 

「それはそうですけど……でもプライベートなことかもしれませんし……」

 

 キングヘイローとハルウララの様子を見て心配し、何が原因なのか気になる所ではあるが、キングヘイローと同じく真面目な性格をしているニシノフラワーは尾行という個人のプライベートを踏みにじりかねない行為に渋る。

 

 だが、そのことはセイウンスカイも百も承知。ニシノフラワーの性格を知っているからこそ、彼女が必ず食いつく次の手を打つ。

 

「キング達がもしも危険なトレーニングとかしてるのなら、止めてあげるのが大人のお姉さんとして正しい行動だと私は思うけどなー?」

 

「大人のお姉さん……!」

 

 大人のお姉さんという言葉に反応し、耳をピンと立たせ目をキラキラと輝かせるニシノフラワー。

 

 素敵な大人の女性になる事を夢見ている彼女にとって、その言葉は決して聞き逃せるものではなかった。

 

「分かりました! 私、頑張ってキングさん達を止めます!」

 

「ありがとう、フラワーならきっとそう言ってくれると信じてたよ」

 

 拳を握りやる気を出すニシノフラワーの姿を見つつ、思った通りの反応にセイウンスカイは内心でニヤリと笑った。

 

「じゃあ、私がキングを尾行するからフラワーはウララを尾行してもらってもいい? 同じクラスだから授業終わってもすぐに後をつけれるでしょ?」

 

「はい! お任せ下さい!」

 

 これで万が一片方が失敗してももう片方が成功すれば大丈夫になり、自分の想定通りに物事が進んでいることにセイウンスカイは悪い笑みを浮かべる。

 

 セイウンスカイがこうしてニシノフラワーを巻き込んだのも、自身の尾行がバレた時のための保険作りや、彼女がハルウララと同じクラスだから尾行しやすいという理由もあるが、何よりも安定して仲間に引き込みやすいということが1番の理由だった。

 

 これがエルコンドルパサーやグラスワンダーになると彼女達はノリや勢いだったりとか、そもそも自分のトレーニングで忙しいという理由で断られかねない懸念があるが、ニシノフラワーはまず間違いなく釣れる。

 

 大人のお姉さんになるためならどんな努力でもする。それはニシノフラワーの長所でもあり、短所でもあった。

 

「……フラワーも、もうちょっと気を付けたほうがいいよ〜?」

 

「はい? 何がですか?」

 

「ん〜、いや、何でもないよ」

 

 自分で利用しておきながら何だが、チョロすぎるニシノフラワーの先行きが不安になるセイウンスカイであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は進み放課後。セイウンスカイとニシノフラワーはキングヘイローとハルウララの尾行を開始した。

 

「こちらセイウンスカイ。キングは今下駄箱でローファーを履き替えてる最中。オーバー」

 

『こちらニシノフラワー。現在ウララさんは購買でおやつを買っています。オーバー』

 

「お、フラワーも意外とノリノリだねー。さてはこういうの少し憧れたな〜?」

 

『えへへ、実を言うとちょっとだけ憧れてました♪』

 

 物陰に隠れ、トランシーバーの代わりにスマホを耳に当てながらスパイ物の映画やドラマでよく見るシーンを再現して遊びつつ、セイウンスカイ達はキングヘイロー達の後をつける。

 

「キングは校門の方に向かってるよ。そっちは?」

 

『ウララさんも同じくです。買ったにんじんアイスを食べながら校門の方へと向かっています』

 

「いいなぁ、私もにんじんアイス食べたいなぁ〜」

 

『食べたいなら今度作ってあげましょうか? 最近アイス作りのレパートリーがいくつか増えたので、その味見をしてくれるなら全然作りますよ〜!』

 

「お、本当? フラワーの作る料理って何でも美味しいから期待して待ってるねー!」

 

『ふふっ、もうスカイさんったら! 褒めても何も出ませんよ?』

 

 和気藹々と会話しながらセイウンスカイとニシノフラワーが尾行を続けていると、キングヘイローは校門の前で誰かを待つようにして立ち止まり、暫く経ってからハルウララもキングヘイローの所へとやって来ては2人して何かを話しながら校門で立ち尽くしている。

 

「2人とも何してるんでしょう?」

 

「さぁ……?」

 

 図らずもキングヘイローとハルウララが同じ場所にいるということで、セイウンスカイ達も合流して同じ物陰から2人のことをひっそりと暫く観察し続けていると、校門の前に1台の黒い車が止まった。

 

「車……?」

 

「何の車でしょう?」

 

 セイウンスカイ達がその黒くて怪しい車を不思議そうに見ているのを後目にキングヘイローとハルウララは何事も無いかのようにその黒い車へと乗り込むと、車はすぐに発進してしまった。

 

「「えっ!?」」

 

 キングヘイロー達の行動に驚きつつセイウンスカイ達が慌てて物陰から校門の方へと飛び出せば、黒い車は既にかなり遠くの方まで移動しているのが見えた。

 

「くっ! 追いかけるよフラワー!」

 

「えぇ!?」

 

 まさかの事態ではあるがここまで来たら意地でも秘密を暴きたいセイウンスカイは車の後を全速力で追いかけ始め、ニシノフラワーも驚きつつ一緒になって追いかける。

 

 キングヘイロー達がどんな秘密を隠しているのかは知らないが、先程の怪しい車や師匠という謎の人物が関わっていることから、どうにも真っ当な秘密とは思えない。

 

 もしもキングヘイローとハルウララがイケないことに手を出していて、それを第三者に口止めされているというのであれば、仲間として見過ごす訳には行かない。

 

 ビコーペガサスのように正義の味方になったつもりは無いが、少なくとも悪い奴らの手から2人を必ず取り戻してみせると、そう義憤を燃やすセイウンスカイはレースさながらの真剣さで街中を駆け抜ける。

 

 ウマ娘の身体能力ならば車並みの速度を出して走るのは容易いこと。遠くに見える黒い車を見失わないようにしながら、セイウンスカイはキング達にバレない距離を保つ。

 

 だが……。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「フラワー!?」

 

 1キロを超えた辺りから、ニシノフラワーの呼吸が徐々に荒くなり始めたことにセイウンスカイはようやく気付いた。

 

 ステイヤーであるセイウンスカイは長距離を走ることに慣れているが故にスタミナもまだまだ残っているが、短距離をメインにして走るスプリンターであるニシノフラワーにとって長距離を走るのはかなり不得意だ。

 

 走る車を追いかけるとなればそれなりの速度を常に出さなければならず、如何にウマ娘と言えど速さは出せてもずっとその速度を維持できる訳では無い。スタミナが切れれば速度は自然と落ちていく。

 

 ましてやセイウンスカイ達が今履いている靴はレースで使うような専用靴ではなく、普通の靴だ。普段のレースや練習と違って走りにくくて仕方がない。

 

 何度か赤信号に捕まってスタミナ回復することが出来たとしても微々たるもの。そんな状態でニシノフラワーが長距離を走れる訳もなく、彼女は既にスタミナが切れかけていた。

 

「はぁ、はぁ……! スカイ、さん! 私に構わず先へ!」

 

「フラワー……でも……!」

 

「大丈夫、です! 必ず後から追いつきます!!」

 

「くっ……ごめん!」

 

 こんなことになるとは完全に誤算だった。自分の考えで巻き込んでおきながら、いざとなったら置いて行ってしまうことに申し訳なさと罪悪感を感じながら、セイウンスカイはニシノフラワーを置いて車の追跡を続ける。

 

 これで車を見失ってキングヘイロー達の秘密を知ることが出来なければ、頑張ってくれたニシノフラワーに合わせる顔が無い。絶対にキングヘイロー達の秘密を突き止めてみせるとセイウンスカイは意気込む。

 

 そして暫く走り続けて、セイウンスカイはふと周りの景色が段々都会から離れていることに気が付いた。

 

 尾行に夢中になりすぎて気が付いていなかったが、セイウンスカイはいつの間にか広大なビル群が立ち並ぶ街中から、豊かな自然が溢れた長閑な田舎風景の中へと立ち入っていた。

 

 こんな所まで来ていったい何をするのか。キングヘイロー達の隠している秘密の予測が全然つかず、困惑するセイウンスカイを置いて車は遂に山の中へと入っていく。

 

「うわぁ……山かぁ……」

 

 山の入口を前にして、セイウンスカイの口から心底嫌そうな声が漏れる。

 

 平地と違って山は坂ばかりだ。走りにくさは段違いに上がり、急坂にもなれば容赦なくスタミナを削られる。つまるところ平地で走るよりも格段に疲れるのだ。

 

 そのことから坂は多くのウマ娘にとって苦手とされており、例に漏れずセイウンスカイもその1人であった。

 

「仕方ないか……!」

 

 いくら苦手でも登らなければならないならば、やるしかない。ここで退いてはここまで頑張って追いかけてきた意味が無くなる。

 

「よーし、行くぞー!!」

 

 覚悟を決めたセイウンスカイはそのまま山登りを始めた。




ここ数日の作者に起きた出来事(という名の奇行)

うまよんまとめ動画を一気見してセイウンスカイとニシノフラワーがてぇてぇ過ぎて尊死する→スカイとフラワー登場させたい意欲を滾らせて執筆する→Twitterにてウマ娘二次創作騒動を知る→泣く泣く1から書き直す→再びTwitterにて全年齢対象ならスカイとフラワーの二次創作許可を知り馬主さんに感謝しながら話をまた書き直す→文字数多くなりすぎたから分割しなきゃ(震え声

尊死したり憤死したりファンアートと支援絵もらって歓喜しすぎて発狂もしましたが、私は元気です(白目

今回は色々とあって文字数が増えすぎてしまったので前編と後編で分けます!

後編についてはまた数日したら投稿するのでよろしくお願いします!!

あと、馬主さんに迷惑をかけるのは絶対にやめましょう。もれなく私のような妄想オタクが泣きます(般若顔


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青雲、春と不屈の王の秘密を知る<後編>

 街が黄昏色に染まり、どこからともなく聞こえてくる子供達へ帰宅を促す情感あふれるメロディーの放送を耳にしながら、ニシノフラワーは街中をトボトボと歩いていた。

 

「全然既読がつかない……」

 

 セイウンスカイと別れた後、ゆっくりと休憩することでスタミナを回復させたニシノフラワーは後を追いかける為にセイウンスカイの現在地をトークアプリを使って確認しようとしているのだが、いくらメッセージを送ってもセイウンスカイからの反応が全くない。

 

 まだ追跡中ということでスマホを見てる余裕さえ無いのか……もしくはスマホを操作することが出来なくなってしまったか。

 

 例えば、追跡してた車の中に本当に悪い人達が乗っていて、尾行にバレたセイウンスカイがその悪い人達に捕まってしまったとか。

 

「いやいやいや、まさかそんなドラマみたいなことが……!」

 

 そんなことはありえないとニシノフラワーは口にしつつも、一抹の不安がどうにも胸中から消えてくれなかった。

 

「ど、どうしよう……」

 

 セイウンスカイと連絡が取れなくなったことで困り果てたニシノフラワーはスマホを片手に移動だけは続けるが、これからどうするべきか何も考えが思い浮かばなかった。

 

 如何に飛び級でトレセン学園に入学した天才ウマ娘と言えど、彼女は年齢的に言えばまだまだ子供。様々な経験をしてきた大人と違っていざ非常事態に自分が遭遇した時にどうすればいいかなんて分かるはずもなかった。

 

「うぅ……」

 

 1人では何も出来ない情けない自分にニシノフラワーは思わず涙が込み上げてきそうになる。

 

 こんなことならもっと長距離を走れるように練習しておけばよかったとニシノフラワーが後悔していると、そんな彼女に1つの人影が近付く。

 

「おい、お嬢ちゃん。なんか泣きそうな顔してっけど大丈夫か?」

 

「え……?」

 

 突如話し掛けられたことでビックリしたニシノフラワーは反射的に声が聞こえてきた方へと視線を向ける。

 

 そこに居たのは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃあー……こりゃまいったね〜」

 

 木々の生い茂る山の中をセイウンスカイは1人歩く。その足取りは街中を駆けていた時よりも遥かに重くなっていた。

 

 ただでさえかなりの長距離を走っていた状態でさらに山登りなんて無尽蔵のスタミナを持つ化け物でもない限りさすがに無理だ。

 

 如何にステイヤーのセイウンスカイと言えどその例には漏れず、スタミナが切れたことで走るのが辛くなった彼女はゆっくりと山道を歩きながらスタミナの回復に勤しんでいた。

 

 幸いにも山道には先程通ったばかりの車のタイヤの跡が残っているおかげで行先に迷うことは無いが、しかし時間は容赦なく過ぎていく。

 

 徐々にとはいえ暗くなっていく辺りにセイウンスカイは焦りを覚える。さすがに山に来るなんて想定していなかったが為に登山道具などは何一つとして持ってきておらず、完全に暗くなった山の中を歩くのは山登り素人であるセイウンスカイでも危ないということは分かっていた。

 

 自分の身の危険、キングヘイローとハルウララの秘密。この2つのどちらを優先すべきかでセイウンスカイの心は天秤のように揺れ動いていた。

 

「う〜ん……行けるところまでは行こう」

 

 引き際を見誤らないように細心の注意をしながら、セイウンスカイは山の中を歩き続ける。

 

 そして、暫くすると木々や草花という代わり映えしない光景の中に変化が生じた。

 

「あれは……?」

 

 セイウンスカイの目指す先に見えた何かの建物のような物。暗くなり始めていたこともあって遠目からではそれが何なのか最初は分からなかったが、近付くに連れてセイウンスカイはそれが学校の校舎であることに気が付いた。

 

 より正確に言うなら廃校舎だ。コンクリートで作られている今の時代の校舎とは違い、木造建てで壁の至る所に穴が空いているところから察するにかなり昔に建てられた校舎のようだ。

 

 なんだってこんな所に校舎が……? とセイウンスカイが疑問を感じていると不意に彼女の耳に声が届く。

 

「きゃあ────!?」

 

 校舎の方から聞こえてきた悲鳴。その聞き慣れた声は間違いなくキングヘイローのものだとセイウンスカイは一瞬で確信した。

 

「キング!?」

 

 あのキングヘイローが悲鳴を上げるなんてよっぽどのことがあったに違いない。そう思ったセイウンスカイは急いで校舎の方へと近付きつつ、自分の姿をキングヘイローとハルウララをこんな所に連れてきた第三者に見られないようにするために山道から逸れて木々の中に姿を隠す。

 

 音を立てないようにコソコソと移動しつつ、充分に近付いたセイウンスカイが恐る恐る木々の隙間から校舎の前にあるグラウンドを覗くとそこには───

 

「ほら、キングちゃんも触ってみようよ!」

 

「ムリムリムリ! ぜぇったいに嫌よッ!!」

 

 イモムシを大事そうに両手で抱えているハルウララと、そんなハルウララから必死に距離を取ろうとしているキングヘイローの姿があった。

 

「どうしてこのキングがそんな気持ち悪い虫なんかに触らないといけないの!? 見るだけでも怖気が走るわ!!」

 

「えー? そんなことないと思うけどなぁ……ほら、足とかウネウネしてて可愛いよ?」

 

「ち、近付けないで! それ以上私に近付いたら本気で怒るわよ!?」

 

 ハルウララの持つイモムシを見て涙目になっているキングヘイロー。彼女はその尊大な性格に見合って、生粋のお嬢様育ちということも合わさり虫とかは大の苦手なのだ。

 

 前にセイウンスカイがイタズラで虫の形をした玩具をキングヘイローの机の中にコッソリと入れたことがあるのだが、玩具を見つけたキングヘイローは一瞬で顔を真っ青にして悲鳴を上げながら玩具を思いっきり床に叩き付けて壊した。

 

 その後、予想以上の反応に申し訳なさと罪悪感を感じたセイウンスカイはキングヘイローにネタバラシをしたのだが、その時にされた説教は普段のそれよりも遥かに厳しく、セイウンスカイは二度とキングヘイローに虫系統を使ったイタズラはしないよう心に誓っていた。

 

 それほどまでに虫嫌いなキングヘイローに対してハルウララがとても残念そうな顔をしているのを見ながら、セイウンスカイはふと気付く。

 

(2人とも何でジャージに着替えてるんだろう……それにあのテントは……?)

 

 キングヘイローとハルウララの着ている服装はトレセン学園の制服から上下ジャージ服へと変わっており、彼女達のすぐ側には先程まで追い掛けていた黒い車と二つの大きなテントが張られて設置されていた。

 

 一見するとまるでキャンプでもするみたいだが、こんな廃校舎と山しかないような所でわざわざキャンプする理由がセイウンスカイには分からなかった。

 

「とにかく! さっさとその虫を私の目に映らないどこかへとやってちょうだい!!」

 

「どこかって……どこに?」

 

「どこでもいいでしょう!? なんならあそこの木の所にでも持っていきなさい!!」

 

「はーい……」

 

 ビシィッとセイウンスカイが隠れている木の方を指さしたキングヘイローの指示に従い、耳まで垂れて明らかにしょんぼりとしているハルウララがセイウンスカイの方へとトボトボとした足取りで近付いてくる。

 

(ちょ、まずいまずい!?)

 

 偶然とはいえ、まさか自分の今居る場所をピンポイントで指定されるとは想定外にも程がある。ここでバレてしまっては尾行した意味が無いし、何よりセイウンスカイの存在が謎の第三者に気付かれてしまうだろう。

 

 今すぐこの場所から移動しようにも、ここで動いてしまえば間違いなくキングヘイロー達に気付かれてしまう。かと言ってこのまま留まっていてもハルウララに気付かれる可能性は高い。

 

 まさかまさかの事態にセイウンスカイが内心で慌て果てていることなど露知らず、ハルウララは徐々に近付いてくる。

 

(くっ……このままじゃ……!)

 

 近付いてくるハルウララの姿を見つつ、何か方法は無いかとセイウンスカイは視線を巡らせ……ふと、違和感を覚えた。

 

(あれ、そういえばキング達以外に誰も居ない……?)

 

 この場にキングヘイローとハルウララを連れてきたはずの第三者の姿がどこにも見当たらない。そのことに気が付いたセイウンスカイに電流が走る。

 

(これひょっとして……チャンスじゃない?)

 

 この場を離れているのか、それとも車の中に居るのかは分からないが、第三者の目がキングヘイロー達に向けられていないのであれば、それはキングヘイロー達と接触する絶好の機会とも言える。

 

 ピンチという逆境に苦しむ者には必ず何かしらのチャンスが訪れる。それを掴み取れるかどうかで天と地が決まると言っても過言ではない。

 

 そして、セイウンスカイはチャンスを掴み取れるウマ娘であった。

 

「イモムシさん元気でね……」

 

 手に持っていたイモムシを木の枝に下ろすハルウララに向けて、セイウンスカイは最低限のカモフラージュとして両手に葉っぱのついた木の枝を持ちつつ小さく声を掛ける。

 

「ウララ!」

 

「えっ!? セイちゃむがっ!?」

 

「しっ! あんまり大きい声出さないで!」

 

 セイウンスカイの姿を見つけたハルウララがビックリして大きな声を上げそうになったのをセイウンスカイは咄嗟に持っていた枝を突き付けて防いだ。

 

「ぺっぺっ、も〜急に何するのー? というか、何でセイちゃんも此処に居るの?」

 

「ごめんごめん、実はウララ達の後を追ってここまで来たんだよねー。ほら、2人とも最近コソコソと何か隠し事してたからさ、つい気になってね」

 

 ここで嘘を言う必要も無いので正直にハルウララの質問に答えつつ、攻守交替と言わんばかりに今度はセイウンスカイから質問を投げ掛ける。

 

「それで? 2人はこんな所で何してるの?」

 

「今日はキャンプしに来たんだー! 師匠がね、最近トレーニングのし過ぎだって言うから、今日はトレーニングをお休みして皆でキャンプすることにしたの! バーベキューもする予定なんだ〜!!」

 

「……はい?」

 

 ハルウララの答えを聞き、セイウンスカイは思わず固まった。テントが張ってあったからまさかとは思ったが、本当にこんなキャンプ場でも無いところでキャンプするつもりなのか。

 

「あっそうだ! セイちゃんも折角だから一緒にキャンプして行こうよ! きっと楽しいよ〜!」

 

「わっ! ちょちょっ!?」

 

 呆けるセイウンスカイの腕を引っ張って、ハルウララはキングヘイローの元へと戻る。

 

「スカイさん!? どうしてここに!?」

 

「あはは……実は───」

 

 セイウンスカイの姿を見て驚くキングヘイローに、セイウンスカイが苦笑しながら事情を述べようとした瞬間、停まっていた車のドアが突然開き2人の人物が中から降りてきた。

 

 スキンヘッドにグラサンをかけた大男と、坊主頭にグラサンをかけた男。

 

 見るからに堅気には思えない格好をしているその男達は───『ウマ娘LOVE』と大きなハートマークの中に可愛らしく書かれているTシャツを着ていた。

 

 ……厳つい男達がそんなクソダサTシャツを着ているのを見て、うら若き乙女であるセイウンスカイは叫んだ。

 

「ふ、不審者だ───────!!??」

 

 このあと、スマホで警察に通報しようとするセイウンスカイをキングヘイロー達は全力で止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 キングヘイロー達とセイウンスカイが合流してから暫くして、事情を説明されたことでセイウンスカイの誤解はようやく解かれた。

 

「えーと……つまり、その丸坊主の人はキングのトレーナーさんで、そっちの大きな男の人はセクレタリアトさんのトレーナーさんで、ウララはセクレタリアトさんに弟子入りしてて、キングはウララのついでにその人達とセクレタリアトさんに毎日トレーニングを見てもらってて、朝練以外はこの場所でいつもトレーニングを行っていると?」

 

「えぇ」

 

「それで、今日はトレーニングの休養日っていうことで皆でキャンプすることになって、セクレタリアトさんはここに来る前から別行動で食材の買い出しに行ってて、トレーナーさん達はキャンプの準備をしたことで汗をかいたからキング達に許可を取ってから車の中でその格好に着替えていたと?」

 

「そうだよー!」

 

「……全然意味が分からないんだけど!?」

 

 ……誤解が解かれたからと言って、謎が全部解けたという訳ではなかったが。

 

「ウララがセクレタリアトさんに弟子入りしたとか初耳なんだけど!? しかもキングまで一緒に面倒を見てもらってる!? え、なんで!? むしろどうして!? Why!?」

 

「落ち着いてスカイさん! 気持ちは分かるけどキャラ崩壊してるわよ!?」

 

「わー! セイちゃん英語じょうずー!!」

 

 キングヘイロー達の口から齎された特大級のスクープを耳にしたことで、完全に理解が追いつかなくなったセイウンスカイは軽くキャラ崩壊を起こした。

 

 そんなセイウンスカイを落ち着かせるという意味も込めて、キングヘイロー達はセイウンスカイの感じていた疑問について1つずつ説明を続けた。

 

 まず、キングヘイロー達がここ最近疲れ切っていた理由。それについては本当にトレーニングが原因だ。

 

 毎朝5時と放課後の山の中でのトレーニング。その計2回のトレーニングの密度が凄まじく、これまで体感したことの無いハードさにキングヘイロー達は疲れが積み重なっていった。

 

 だが、それは身体がまだトレーニングに慣れきっていない最初の頃だけで、軍人や消防員のように毎日同じトレーニングを繰り返せばその内身体はトレーニングに慣れていき、疲れも軽くなるということだった。

 

 ……まぁ、だからと言って授業中に寝たりするのはさすがにダメだということで、キングヘイローとハルウララは休日に寝ていた授業の分をセクレタリアト達から補習として勉強させられているらしい。勉強が苦手な2人はそれが何気に一番辛いとキングヘイローとハルウララは語った。

 

 ちなみにハルウララはともかく、トレーナーが既に付いているキングヘイローが他のトレーナーの指導を受けるというのはさすがに不味いんじゃないかとセイウンスカイは思ったが、ウマ娘が2人のトレーナーから指導を受けてはならないなんてルールは無く、キングヘイローのトレーナーもアメリカの三冠ウマ娘を育て上げたクリストファーの手腕を少しでも自分の物にしたいということで、今ではキングヘイロー共々クリストファーの世話になっているとの事。

 

 次にこんな山奥でトレーニングをしている理由だが、これはセクレタリアトに原因があった。

 

 セクレタリアトがトレセン学園に来てからというもの、日本のウマ娘と勝負しに来たという彼女の噂は既に全生徒の耳に届いており、彼女は学園の中で常にアメリカからの刺客として視線を集めていた。

 

 最近だとそこに加えて日本のウマ娘を格下に見てるだとか、勝負する相手とさえ見られてない等々……噂だけを聞けば完全に日本のウマ娘を侮辱しているアメリカの高飛車なウマ娘としか思えないぐらいには酷くなっていた。

 

 キングヘイロー達曰く、どうやらセクレタリアト本人としてはそんなつもりは毛頭無いようで、噂が一人歩きしていっただけとのことらしいがトレセン学園に居るほとんどの者達はそれを聞かされたところで信じまい。

 

 かく言うセイウンスカイも学年が違うということもあってセクレタリアトに直接会って話したことが無いため、セクレタリアトのことは噂から想像した人物像を頭に描き、それを信じ込んでいた。

 

 そういうこともあってセクレタリアトは学園の中において常に誰かからの視線を向けられるぐらいに注目を浴びており、そんな状況でハルウララ達の指導なんて集中できる筈もなく、ましてや師弟関係がバレることでハルウララ達にまで注目が集まり何かしらのアクシデントが起きる可能性をセクレタリアトは危惧した。

 

 実績を持つ強いウマ娘ならともかく、まだデビュー前の無名の新人であるハルウララ達にとってそれは非常によろしくない。そこで、セクレタリアトは人の居ない早朝にトレセン学園のグラウンドを使い、人が居る放課後ではタイキシャトルからかつてトレセン学園の分校として使われ今ではすっかり廃校となってしまったこの場所を勧められたことでグラウンドの整備など行いつつトレーニングをしている。

 

 これがこの場所でキングヘイロー達がトレーニングをしている理由。キングヘイロー達がセイウンスカイに対して秘密と答えたのもそれが原因であった。

 

 以上のことから、キングヘイロー達は健全にトレーニングを毎日こなしているだけであり、人に言えないようなやましいことは何も無かった。

 

「うあうあうあ〜……!」

 

 何事も無くて良かったと安堵する反面、勝手な勘違いをしていた自分を自覚したことで、セイウンスカイは真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠しながら地面にヘナヘナと崩れ落ちた。

 

「まさかあのスカイさんがここまで仲間思いで優しい方だったとはね〜?」

 

「えへへ、セイちゃんってトレーニングをすぐにサボったりするけど、やっぱり優しくていい子だね♪」

 

「う、うるさいなぁ〜!!」

 

 キングヘイローからはニヤニヤとした笑みを、ハルウララからは純粋にそう思っている笑顔を向けられ、恥ずかしさで胸がいっぱいになったセイウンスカイは思わず怒鳴った。

 

「こうなったら、私も沢山焼肉を食べてやる……!」

 

「それは構わないけれど、その前にフラワーさんはどうしたの? アナタの話だと一緒に私達の後を追ってたのよね?」

 

「あっ」

 

 恥ずかしさを紛らわす為に食欲の闘志を燃やすセイウンスカイであったが、キングヘイローからの言葉を聞いて動きを止めた。

 

「…………」

 

 無言のままスマホを取り出し、トークアプリを開いてみればそこにはニシノフラワーからのこんなメッセージがあった。

 

『スカイさん今どこに居ますか?』

 

『スカイさん?』

 

『おーい』

 

『スカイさん大丈夫ですか?』

 

『どこに居るのか教えてください』

 

『スカイさん見てたら反応してください』

 

『街中で偶然キングさんとウララさんの行先を知ってるって言う人に会えました! キングさん達の所まで案内してくれるということなので、今から私もそちらに向かいますね!』

 

 ……それを最後にニシノフラワーからのメッセージは途切れていた。

 

「…………」

 

 ニシノフラワーからのメッセージを確認したセイウンスカイは顔を真っ青にし、無言のまま震える手でキングヘイロー達に自分のスマホの画面を見せると、メッセージを確認したキングヘイロー達も同じように顔を青ざめた。

 

「あ、あはは……どうしようこれ」

 

「お、おおおおお落ち着きなさい!? ま、まずは深呼吸して落ち着くべきよ!?」

 

「わー! フラワーちゃんもここに来るのー!?」

 

 能天気に喜ぶハルウララを除き、セイウンスカイ達の思考は完全に一致していた。

 

 即ち、ニシノフラワーがキングヘイロー達の知人を装った不審者に連れてかれてしまったかもしれない、と。

 

「ど、どうすればいいの……と、とりあえず救急車!?」

 

「落ち着けキング! まずは警察に通報だ!!」

 

「いや、先にフラワーの安否を確認するべきじゃない!?」

 

【……電話をかけてみた方がいい】

 

 キングヘイローとセイウンスカイは慌てふためき、大人であるトレーナー達は冷静に優先順位を考える。

 

 そして、話し合った結果まずはニシノフラワーに連絡を取る事になり、正にセイウンスカイがニシノフラワーに電話を掛けようとした瞬間だった。

 

「おーい! お前らそんな所で集まって何してんだー!?」

 

「あっ! スカイさーん!!」

 

 遠くの方から2人分の声が聞こえ、一同が声の聞こえてきた方へと振り向くと、そこに居たのは大きなビニール袋を片手に持ったセクレタリアトと、セイウンスカイに向かって大きく手を振るニシノフラワーの姿があった。

 

「……いや、どんな偶然!?」

 

 セクレタリアトに弟子入りしたハルウララと言い、街中で偶然出会ったニシノフラワーと言い、まるで神にでも愛されているかのような強運にセイウンスカイはそう叫ばずにはいられなかった。




とうとうお気に入り件数が8000、評価数が300を超えました!わーい!

……いや、ここまで来るとなんかもう現実味がマジでないですはい(白目

最近はお気に入り件数が減っては増えるという謎現象を起こしていたり、評価数が伸び悩んでたりしたのに、まさかここまで来るとは私自身夢にも思いませんでした。

皆様本当にありがとうございます!これからもマイペースに執筆していきますので応援よろしくお願いします!

ところで今週のシンデレラグレイはまた休載なのだろうか……ヤンジャンで代わりにジョジョ読んでたせいで文章がジョジョに引っ張られそうだ……!(震え声

あ、あとナリタタイシン60連爆死しましたHAHAHAHA(死んだ目


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偉大な赤いアイツ、星空の下で語る

「すみません! まさかそんな有名な方だとは露知らずに気軽に話しかけてしまって……!」

 

「はは、いいっていいって。むしろ変に畏まられるとこっちも困るから気軽で全然構わねぇよ」

 

 ハルウララ同様にセクレタリアトのことを詳しく知らなかったニシノフラワーはキングヘイロー達からセクレタリアトについて聞かされ、顔を真っ青にしながら頭を下げたが当のセクレタリアトは朗らかに笑いながら気にしてない様子だった。

 

「ほれ、そんなことより肉食え肉。沢山食べねぇと大きくなれねぇぞ〜?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 焼きたてホヤホヤの肉の山がドンと乗っている紙皿と大盛りの白米が添えられているお椀を渡され、折角の厚意を無下にできないニシノフラワーは引き攣った笑みを浮かべながら受け取るしか無かった。

 

「バーベキューと言うからてっきりアメリカンスタイルで大きなお肉が出てくるかと思ってたけど、普通の方なのね」

 

「いや、本当は超でけぇブロック肉でも買ってこようと思ったんだけど、普通のスーパーにそんなの売ってなくてな。業務用スーパーならあるかもしれねぇけど、わざわざ探しに行くのもめんどくせぇから普通の肉にするしかなかったんだわ」

 

「ひひょー! おふぁわり!」

 

「あいよ! ドンドンおかわりしろよー!」

 

 上品かつ優雅に焼肉を食べるキングヘイローと、ガツガツと米と一緒に肉を口の中にかき込んでハムスターのように頬を膨らませるハルウララに囲まれながら楽しそうに肉を焼くセクレタリアトを見て、セイウンスカイはセクレタリアトが噂のような人物ではないことを実感した。

 

 キングヘイロー達から事前にそう伝えられていたとはいえ、心のどこかでは疑っていたセイウンスカイだが、この光景を前にすればさすがに受け入れざるを得ない。

 

 噂は所詮噂でしかない。そのことを改めて痛感したセイウンスカイだった。

 

「ウンスもおかわりいるか?」

 

「あ、どうも〜……って、ウンス?」

 

 セクレタリアトに自分の紙皿を受け渡したセイウンスカイは、急に渾名で呼ばれたことに対して少しばかり驚いた表情を浮かべる。

 

「あっ……すまん、呼びやすかったからついウンスって呼んじまったが嫌だったか?」

 

「あ、いえ、全然大丈夫ですよー」

 

「そりゃよかった、ははは」

 

 口では喜びつつも気まずそうな笑みを浮かべていることから、セクレタリアトは恐らく内心でやってしまったと思っているのが誰の目から見ても明白だった。

 

 今日会ったばかりにも関わらず渾名を付けてきたセクレタリアトに対して、やっぱりアメリカ生まれということもあってかなりフレンドリーなウマ娘なんだな、とセイウンスカイはセクレタリアトへの人物評価を上げた。

 

 フレンドリーさはあるとは言え、ちゃんと常識の範疇には収まっているし、他人に対してちゃんと気遣える優しさも持っている。

 

 話せば話すほど噂のセクレタリアトと目の前のセクレタリアトがセイウンスカイには別人のように思えてきて、むしろこんなにいい人なのにどうしてあんな噂が流れるのか不思議ですらあった。

 

 ……首を傾げるセイウンスカイとは裏腹に、当のセクレタリアトは実を言うとこの時前世で呼び慣れていた渾名を咄嗟に口に出してしまっただけであり、意図せずやってしまったことに対して内心でヒッソリと冷や汗をかきまくっているのだが、彼女が前世の記憶を持っていることを知っているクリストファー以外は誰もそのことに気付いていなかった。

 

 安易に前世の記憶と今世を混同しようとするなという意味を込めてクリストファーが無言の視線を向けてくるのをしっかりと受け止めつつ、セクレタリアトは誤魔化すようにして肉を焼き続ける。

 

「ほらほら、お肉を食べたい腹ペコな子は居ねぇが〜!?」

 

「ふぁーい!!」

 

「いや、どこのなまはげよ……ウララさん、おかわりはちゃんと食べ終わってからにしなさい。一流のウマ娘としてみっともないわよ?」

 

「そろそろお野菜も焼きませんか? お肉ばかりじゃなくてお野菜もちゃんと取らなきゃ栄養バランスが悪いですよ」

 

 包丁の代わりにトングを両手に持ち、カチカチと鳴らすセクレタリアトにハルウララが元気一杯に手を挙げ、ツッコミつつ行儀の悪いハルウララにキングヘイローが注意し、ニシノフラワーがセクレタリアトからトングを借りて人参や玉ねぎなどの野菜を焼き始める。

 

 その光景を見てて、セイウンスカイはふと閃いた。

 

「おかーさん♪ 私キャベツ食べたいな〜」

 

「ふぇっ!?」

 

 セイウンスカイに突然お母さんと呼ばれたニシノフラワーは驚きのあまり危うく持っていたトングを落としそうになった。

 

「きゅ、急に何言い出すんですかスカイさん!?」

 

「いやさ〜、完全にこれ一家団欒のバーベキューとしか見えなくてね〜」

 

「ほう……?」

 

 セイウンスカイのその発言を偶然にも耳にしたセクレタリアトは一瞬何かを考え込むと、すぐにニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「キングお姉ちゃん(・・・・・)もウララの面倒ばかり見てないで沢山食べろよ〜?」

 

「ッ!? ぶっぐっ!?」

 

 ちょうど肉を食べている最中にからかわれたことでキングヘイローは危うく口の中の物を吹き出しそうになり、慌てて紙コップに注いであったお茶を飲んで口の中の物を胃へと押し込んだ。

 

「誰がお姉ちゃんよ!? いきなり変なこと言わないでくれないかしら!?」

 

「ははは! キングならウララのお姉ちゃんにピッタリだからな! ウララもキングがお姉ちゃんになったら嬉しいだろー?」

 

「え!? キングちゃんウララのお姉ちゃんになるの!?」

 

「なりません!!」

 

「その割には結構満更でもなさそうな顔してないか?」

 

「うるさいわね! 気のせいよ気のせい!!」

 

 セイウンスカイの撒いた種はセクレタリアトが乗っかる形で一気に飛び火し、被害を大きく被ることとなったキングヘイローは顔を真っ赤に染めてセクレタリアトに噛み付く。

 

「あはは、キング顔真っ赤じゃん! そんなに嬉しかったの〜?」

 

「ぐぬっ……も、元はと言えばスカイさん! アナタが急に変なことを言い出すのがいけないのよ!!」

 

「え〜? 私はただ見たまんまの感想を言っただけだし、からかったのもフラワーだけだから、直接キングをからかい出したセクレタリアトさんが悪いんじゃない〜?」

 

「いやいや、そもそもウンスがフラワーをお母さん呼ばわりしたから俺も便乗しただけであって、一家団欒とか言い出したウンスの方が悪いんじゃないか?」

 

「どっちもどっちよ────!!」

 

「キ、キングさん落ち着いてください!?」

 

 のらりくらりと責任を擦り付けようとするセイウンスカイとセクレタリアトに対し、ついには地団駄を踏んでキレ始めたキングヘイローにニシノフラワーはアワアワと慌てる。

 

 楽しそうに笑いながら娘をからかうお父さん(セクレタリアト)。純粋無垢で元気一杯な末っ子(ハルウララ)。手のかかる妹の面倒を見る真面目な長女(キングヘイロー)。イタズラ好きの次女(セイウンスカイ)。困った顔でオロオロしているお母さん(ニシノフラワー)

 

 傍目から見れば配役としてはこんな感じだろうか。

 

【……やはり大勢で食べる飯は良いな。遠い異国の地であってもこうして楽しむことが出来る】

 

【そうですね。こうやって食を楽しむことに生まれも育ちも違いなんてありませんからね。楽しい会話と一緒に美味い飯を食べれば誰だって笑顔にもなりますよ】

 

【……違いない。だが、我々にとってはあと1つ大切な物を忘れてないか?】

 

【おっと、こりゃ失敬。楽しい会話に美味い飯、あとは美味い酒があれば最高ですな】

 

【クク……分かってるじゃないか】

 

 缶ビール片手に少女達の楽しそうな喧騒を遠巻きから眺めている2人の大人達は、目尻を緩めながらゆったりと美味しい肉を食べ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして宴もたけなわとなり、全員の腹がいい具合に膨れてきた頃だった。

 

「ん……?」

 

「おや……?」

 

 全く同じタイミングでニシノフラワーとセイウンスカイの2人のポケットに入れていたスマホが着信音と共に振動し、2人は揃って首を傾げながらスマホを取り出す。

 

 そして、画面に出ているヒシアマゾンとフジキセキの名前を見た瞬間、2人は一気に血の気の引いた顔になった。

 

「やっばい……そういや学園になんも連絡してなかった……!」

 

「いつの間にかもうとっくに門限も過ぎてる時間じゃないですか……!」

 

 ヒシアマゾンとフジキセキの寮長達からの連絡となればもはや言われることは1つ。即ち『こんな時間までどこをほっつき歩いているんだ』と問い質されるに違いない。

 

「いやぁ〜……こりゃ説教確定コースかな……」

 

「そう、ですよね……」

 

 いつもは優しい寮長達だが、こと寮のルールに関してはとにかく厳しい。

 

 門限を破っての帰りなど、余程の理由でも無い限り絶対に許してはくれない。絶対に怒られるに決まっている。

 

 そのこともあって余計に電話に出づらくなっているセイウンスカイとニシノフラワーがスマホの画面を見たまま固まっていると、その様子に気が付いたセクレタリアトが2人に声をかける。

 

「2人とも急にどうした? なんかこの世の終わりみてぇな顔してるけど」

 

「あぁ、実は───」

 

 セイウンスカイがセクレタリアトに事情を説明すると、セクレタリアトは苦笑せずにはいられなかった。

 

「あ〜、すまん。さすがにそこまでは考えてなかったわ……よし、代わりに俺が事情を説明しとくから2人ともスマホ貸しな」

 

「え、いいんですか?」

 

「おう、勝手にバーベキューに誘っちまった俺達も悪ぃしな」

 

 そう言いつつセイウンスカイとニシノフラワーからスマホを受け取ったセクレタリアトはセイウンスカイ達から少し遠くへ離れた後、数分通話した後に帰ってきた。

 

「寮長達に説明は済んだから、2人とも今から荷物持って学園に帰るぞ。ただ、本当は車で送っていきたいところだが……」

 

 チラッとセクレタリアトはこの場に居る大人達へと目を向けるが。

 

【……zzz】

 

「うぇへへ……もう食べられねぇよぉ……」

 

 どちらも完全に酔い潰れ、見るも無惨な姿で夢の世界へと旅立っていた。

 

「チッ、ダメだこりゃ……」

 

 トレーナー兼保護者として来ている大人達が完全に使い物にならなくなっていることにセクレタリアトは一瞬苛立たった表情を見せたが、ため息を吐きながら頭をガシガシと掻き毟って気を落ち着かせた。

 

「2人には悪いが学園まで歩いて帰るぞ。って言ってもさすがに2人だけで夜道を帰るのは不味いから、俺も見送りとして同行する。すまないがウララとキングは俺が帰ってくるまでそこのおっさん共の面倒を見てやってくれ。最悪何か起きそうだったらトレーナー達をどんな方法で叩き起しても構わん。俺が許す。あと、車の中に熊よけスプレーとか色々と置いてあるから有事の際には使ってくれ」

 

「分かったわ」

 

「りょーかい!」

 

 キングヘイロー達にちゃんとそう伝えてから、セクレタリアトはセイウンスカイ達を連れて学園への帰路についた。

 

 辺りはすっかりと暗くなり、満天の星空と大きな満月がセイウンスカイ達の頭上に浮かんでいるが、そんな光景を見て感嘆を感じていられる程、セイウンスカイ達の心に余裕は無かった。

 

「はぁ……今度は何を言われるかなぁ……ヒシアマゾンさん説教長いんだよなぁ……」

 

「スカイさんはまだ怒られ慣れてるからいいじゃないですか……私なんて初めて門限を破ったからフジキセキさんに何を言われるか全く予想がつきませんよ……」

 

 誘われたからバーベキューに参加したとはいえ、それを決めたのはセイウンスカイ達自身だ。

 

 ならばこそ、学園に帰れば待ち受けているであろう寮長達の説教を想像し、揃ってため息を吐いた。

 

 しかし次の瞬間、話を聞いていたセクレタリアトの発言により2人は目を見開くこととなる。

 

「あぁ、それなら大丈夫だぞ。俺がお前達を強引に誘ったからってことにしといたから怒られるのは俺だけだ」

 

「「え……?」」

 

 あっけからんとそう言い放ち、いやぁ〜参った参ったと言いながら軽く笑っているセクレタリアトにセイウンスカイとニシノフラワーは驚きのあまりポカンと口を開いて固まった。

 

「な、なんで……?」

 

「ん? いや、そうした方がお前達もありがたいだろ? それに、実際に誘ったのはこっち側だしな」

 

 セイウンスカイの口から咄嗟に出てきたその言葉に対し、セクレタリアトはあくまで悪いのは自分達の方だと告げる。

 

「まぁ後輩を遅くまで連れ回した悪い先輩みてぇな噂は立てられるかもしれねぇが……今更だから別にどうってことねぇわ」

 

「そんな……悪いのは私達の方で───!」

 

「気にすんな……って言っても無理か。んじゃ、代わりと言っちゃ何だが、これからも仲良くしてくれや。また今度でいいから今日みたいに一緒にウララ達も含めて遊ぼうぜ。それで手打ちってことにしようや」

 

 軽い口調で何ともなさげに呟かれたその言葉にニシノフラワーが声を荒らげるも、セクレタリアトはニシノフラワーの言葉を一蹴した。

 

「……今日会ったばかりの私達に、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

 罪悪感で胸がいっぱいになったニシノフラワーが口を閉ざすや否や、我慢し切れなくなったセイウンスカイは自分の中の疑問を吐き出す。

 

「それだけじゃない。ウララ達の指導を受け持ったのも、あんな噂が学園で蔓延ってるのを放置してるのも、そもそも日本に来たのだってどうして……!?」

 

 まるで濁流の如く流れ出る疑問の嵐。セクレタリアトの為人を理解しても、その目的が明瞭にならないが故に、1度堰き止めていたものの決壊してしまったその感情をセイウンスカイはもはや止めることが出来ず、矢継ぎ早にセクレタリアトへ問いかける。

 

「……俺はな、日本に会いたいウマ娘達が居たんだ」

 

 自分達以外には誰も居ない夜道に立ち止まり、セクレタリアトは静かに語り始めた。

 

「最初はただ会えるだけでよかった。あわよくば話も出来たらとは思ってたが、最悪遠巻きに一目直接見れればそれで良かった。けれど、この学園にやって来た初日、ウララの走ったレースを見て気が変わった」

 

 見てみろ、と。セクレタリアトは懐からスマホを取り出し、少し操作をしてからセイウンスカイ達に画面を見せつける。

 

 映し出されていたのは数枚のスクリーンショット。ウマッターと呼ばれる国民的有名なアプリに載せられていた数々の呟きだった。

 

『【速報】トレセン学園一の非才(笑)現る』

 

『トレセン学園って一流のウマ娘しか入れないって入学前に聞いてたけど、全然そんなことないのね』

 

『足遅すぎワロタwww』

 

 上記は数ある呟きの中のほんの1部にしか過ぎないが、その全てはチームリギルの選抜模擬レースが行われた日に呟かれた物であり、誰に対して言ってる言葉なのかは明白だった。

 

「必死に頑張って走るウララを応援してくれた奴らも居るが、こうして陰口を叩くバカどもがこの学園には多いんだよ。俺にはどうにもそれが許せなくてな。全員見返してやりてぇと思ったんだ」

 

「ッ、だからウララを弟子に……!」

 

「そうだ。幸いと言っちゃなんだが、ウララはこういうのを全然見ないから、アイツはまだ自分がどんな風に思われてるのか知らねぇ。だが、これから先レースに出るようになれば自ずと人の悪意は見えてくるようになる。人ってのは自分よりも劣っている奴を叩くのが大好きだからなぁ」

 

 なにせ、この俺がそうだったんだから、と。セクレタリアトから告げられたその言葉にセイウンスカイ達は再び目を見開いた。

 

「セクレタリアトさんが……ですか?」

 

「あぁ、今でこそアメリカのスターだとか言われてるけど、こう見えて俺はかなりの面倒くさがり屋でな。練習をよくサボっては一日中昼寝や散歩と自由気ままにのんびりと過ごしていたせいで、デビュー前の時は『のんびり屋』って呼ばれて大勢からバカにされたもんだ」

 

「「え!?」」

 

 とても頼れるお姉さんとばかり思っていたセクレタリアトがそんな風に言われていたことにニシノフラワー達は驚きを隠すことが出来なかった。

 

 ましてや、セイウンスカイにとっては自分と同じような行動をあのセクレタリアトが取っていることに対して人一倍驚いていた。

 

「まぁそんな練習も碌にしてねぇ状態でレースに出れば1着なんて夢のまた夢。俺のデビュー戦は4着に終わったよ……っと、そこまでだったら昔の俺にとっては別にどうでもよかった。レースなんて楽しく走れれば順位なんて関係ないと思ってたからな……だが、レース後に周りの連中からなんて言われたと思う?」

 

 想像だにつかないその問いに2人は何も答えることが出来ず、セクレタリアトは淡々と答えを告げる。

 

「走るポニー、一流の親から生まれた無才の落第お嬢様、みかけ倒しの赤いデカブツ……まぁ、他にもまだあるが今思い出すだけでも散々な言われようだったな」

 

 そう語るセクレタリアトの表情に笑みはもう浮かんでいない。あるのは凪いだ海のように静かな表情だけがそこにあった。

 

「実を言うと、俺もキングに負けず劣らずのお嬢様として育てられたんだが、生憎とお嬢様なんて生活は性にあわないからトレーナー……クリスおじさんに頼んでおじさんの所に住まわせて貰ってたが、うちの両親はそれでも元気に育ってくれるなら構わないって言ってくれたんだ。こんな親不孝な奴を、あの二人はそれでも愛してくれたんだよ」

 

 だからこそ、自分だけならともかく大切な家族をバカにするような発言を耳にした時、セクレタリアトは今生で初めてブチ切れた。

 

「俺がバカにされるのはまだいい。だが、両親を、育ててくれたおじさんを、俺の大切な人達をバカにするのは断じて許せなかった。だから、俺はバカにしてきた奴ら全員を死んでも見返すことにした」

 

 その果てに掴み取ったアメリカ三冠ウマ娘という称号。それがどれだけの血反吐を吐いてまで手に入れた物か、セイウンスカイ達には想像すらつかなかった。

 

「ウララの師匠になったのも、アイツの周りが俺の周りに居たクソ野郎共と似ていて、つい自分と重ね合わせちまったからってのもある。だが、それ以上に俺はアイツの絶対にゴールまで諦めず、仲間からの声援を背負ってなおレースを楽しんで走る姿に見惚れちまってな」

 

 それを見たらもうダメだった、と。セクレタリアトは苦笑しながら白旗を上げるかの如く両手を挙げヒラヒラと軽く振った。

 

「ウララの走りが周りのクソ共のせいで穢される訳にはいかねぇ。だからこそ、俺はウララを強くすることに決めたんだ。どんな悪意に晒されようとも全てをねじ伏せられる力を手に入れさせるために」

 

 そして、その為に学園に蔓延る噂をも利用しているのだ、と。セクレタリアトは暗に語る。

 

「ウララが俺の弟子になったことはいずれバレる。その時までにウララに力を付けさせなきゃ、とち狂ったバカどもがウララに何をするか分からねぇ。だから、その時までに準備が要る。そのために生徒会に無理言ってまで『裏』でコソコソとしている奴らの人数把握を徹底することにした」

 

「生徒会に……?」

 

「あぁ、実は少し前にブライアンから生徒会として今の学園の空気は見過ごせないから噂を抑えるように尽力するって内密に言われたんだがな、俺としては今のままの方がバカどもを管理しやすくて丁度いいんだ。下手に抑えちまうとそういう姑息な奴らは表には出てこようとせず、コソコソとウマッターのような場所で陰口を呟き続けるんだ。そういったSNSだと個人を特定しようにもかなり難しいが、現実世界ならちょっとした視線や仕草で大体は分かる」

 

 あとは目に付いた連中をマークして、しかる後に片っ端から″お話″するだけだ、と。獰猛な笑みを浮かべながら拳をパキパキと鳴らすセクレタリアトに2人はかなりの本気度合いを感じた。

 

「ただ、そんなことしてたら今度は俺と関わったばかりにウララが孤立しちまう。自分を支えてくれる仲間ってのはレースに出る以上、思ったよりも力になるんだ。それをウララから奪う訳にもいかねぇから、今のうちにウンスやフラワーのようなアイツと仲良くしてくれる一定の人物が必要なんだ。まぁ、それとは別にして単純に俺も気に入ったから仲良くなりたいってのも本音だがね」

 

 これが理由の全てだと。そう締めくくったセクレタリアトにセイウンスカイ達は言うべき言葉を見失っていた。

 

 見せつけられた人々の悪意。セクレタリアトの思惑、そしてその目的。全てがセイウンスカイ達にとって予想を遥かに超えていた。

 

 セクレタリアトが本気でハルウララを育成している理由の重さ、そして彼女の宿す全てを見返してやるという意志の強大さ、それらを全て飲み込むというのはまだうら若き純粋な乙女である2人にはとても出来なかったのだ。

 

「さて、いつまでも立ち話してたら寝る時間が遅くなっちまう。さっさと行こうぜ」

 

 何かを言わなくてはと思う反面、何も言葉が出てこない2人にセクレタリアトはそう言いつつ前へと歩き出す。

 

 呆然と立ち尽くす2人と歩き続けるセクレタリアト。その距離はドンドン開いているというのに───その赤い背はいつまでも大きく見えた。

 

 ……なおこの時。

 

(やっべぇ喋りすぎたか……? いやでも、さすがにウララの友達を誤魔化す訳にもいかないし……かと言ってファン魂爆発させたから日本に来ました! って言う訳にもいかねぇからそこは少し濁したけど……ギリセーフだよな? 引かれてねぇよな? ドン引きされてねぇよな俺?)

 

 このウマ娘、内心でとても冷や汗をかいていた。

 




今日からスマートファルコン実装され、早速爆死しましたが代わりに世紀末覇王様が来て顔の良さに惹かれ速攻で育成を始めた結果、気付いたら1日が終わりかけていましたが私は元気です(死にかけ

いやね、アカンて……顔も良くて声も良くて更にキャラの組み合わせとイベントがエモすぎてマジでもうね……(語彙力死亡

ドンドン書きたいキャラが増えてくるのに、執筆が全然進まねぇ無力な私を許して欲しい……(泣

これからもマイペースで頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!


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日本総大将、一流を知る

 生まれ故郷を離れ、単身で大都会である東京へとやってきたスペシャルウィークにとって、東京は正に未知で溢れかえった場所であった。

 

 どうしてスペシャルウィークが東京へと来たのかというと、それはまず彼女の生い立ちから語る必要がある。

 

 彼女が生まれ育ったのは北海道のとある牧場。実の母親はスペシャルウィークが産まれたと同時に亡くなってしまっており、代わりに育ての親の"お母ちゃん"と一緒に彼女は暮らしていた。しかし田舎すぎてスペシャルウィーク以外にはウマ娘が誰も居らず、必然的にスペシャルウィークは普通の人間と同じように育てられてきた。

 

 ウマ娘でありながら人間の学校に通い、牧場の手伝いをしながら毎日のんびりとした生活を過ごしていたスペシャルウィークであったが、育ての母親であるお母ちゃんはその生活に危機感を抱いていた。

 

 どれだけ普通の人間と同等に育てようとも、スペシャルウィークはウマ娘だ。その身体能力は普通の人間と比べるまでもなく隔絶している。

 

 幼い時はまだいい。しかし、大人になった時もしもウマ娘としての力をセーブ出来ずにスペシャルウィークが意図せず誰かを傷付けてしまったら? 

 

 その懸念は年々大きくなっていき、スペシャルウィークが中学生になってからというもの体力測定などで普通の人間と比べたら明らかにおかしい記録を叩き出したという話を本人から聞き、お母ちゃんは確信した。

 

 ……この子いつか力を加減出来ずに思いっきりやらかしかねない、と。

 

 そう思ったお母ちゃんは、家からかなり遠いもののスペシャルウィークにウマ娘としての教育を施すために北海道のトレーニングセンター学園に入学させようと思っていたのだが、その話をした所スペシャルウィークは是非ともテレビや新聞で見た日本一のトレーニングセンター学園に入学したいと口にした。

 

 1度も碌に他のウマ娘と関わったことの無いド田舎のウマ娘が一流だらけの超名門校に入学する。それがどれだけ荒唐無稽な夢物語か考えるまでもないだろう。

 

 普通に考えれば絶対にありえない。だが、愛娘の願いを無下にするのも親として心苦しい。

 

 まぁ、折角だからやってみるか。そんな軽はずみな考えをしつつ、お母ちゃんはスペシャルウィークの願いを受けて通るはずも無いと思いつつも日本ウマ娘トレーニングセンター学園に編入希望届けを出してみた所……何故か通ってしまった。

 

 これには2人ともビックリ。スペシャルウィークは本当に憧れの学園へ入学できることに驚きつつも喜び、日本一のトレーニングセンター学園にうちの子が入学出来るなんて微塵も思ってなかったお母ちゃんは腰を抜かしつつも自分の娘の将来が明るくなったことに歓喜の涙を流した。

 

 結局最後には2人して狂喜乱舞して1時間近く踊りまくっていた。血は繋がっていなくても同じ行動をする2人の間には間違いなく親子としての絆があった。

 

 こうしてスペシャルウィークは日本ウマ娘トレーニングセンター学園へ訪れるべく東京へとやって来た訳なのだが、田舎に住んでいた彼女にとって東京の人口密度や建物の大きさは正に想像以上だった。

 

 しかし、それらよりもスペシャルウィークにとって想像以上だったのは、実際にその目で初めてレース場で見たウマ娘のレースだ。

 

 ウマ娘のレースはテレビで何度も見たことはある。だが、レース場で1度も生のレースを見たことの無かったスペシャルウィークにとって、生のレースの光景はまるで別世界でも見てるかのように感じられた。

 

 ターフの上を一生懸命に走るウマ娘達。鼓膜が破れるかと錯覚してしまう程の観客達の声援。テレビで知っていたはずのそれらは、実際に生で体験した物とは全然違っていた。

 

 レース場には″熱″と″輝き″があった。テレビの前で自分だけが興奮していた時とはまるで違う。水分の1滴をも費やして全力でゴールを目指すウマ娘達の走りには″輝き″が込められており、その走りを一喜一憂しながら見る大勢の人々の感情が″熱″を生み出し、その″熱″は一人また一人と伝わっていき誰もを熱狂させる。

 

 画面越しではない。これぞ本物のレースを目の当たりにしたことで、スペシャルウィークの中にも″熱″が宿る。

 

 自分もレースに出たい。レースに出て、自分の走りで人を励まし、勇気付け、夢を与えられるようなウマ娘になりたい。そして何より、自分もレースで勝ったサイレンススズカのようにキラキラと輝きたい。

 

 ただの観客としてではない、レースで走る1人のウマ娘としての本能に火が着いたスペシャルウィークだったが、彼女はこの時肝心なことを忘れていた。

 

 ……レースに熱中しすぎて、トレセン学園から言い渡されていた門限を完全に忘れてしまっていたのだ。

 

 その結果、どうなったかというと。

 

「ごめんくださーい!! スペシャルウィークですー!! 怪しいウマ娘じゃないですー!! 開けてくださーい!!」

 

 まぁ、当然ながら寮から閉め出された。

 

「すみませーん!! 誰か居ませんかー!?」

 

 辺りがすっかり暗くなった中で、鍵のかかっている寮の扉をガンガンとノックしつつ大声で叫ぶも、寮の中から一向に誰も出てくる気配が無い。

 

「うぅ……どうしよう……」

 

 予め門限を伝えられていたというのに、転入初日でそれを破ってしまうなんて不真面目にも程がある。ましてやその理由がレースで夢中になっていたからというあまりにも自業自得すぎることにスペシャルウィークは耳をペタッと伏せて泣きそうになる。

 

 頼れる人物が誰も居ないという状況。上京したての寂しさも相まってスペシャルウィークの中でお母ちゃんと会いたいという欲求が湧き上がってくるが、どうしようもならないという現実に絶望感さえ感じ始めた……そんな時だった。

 

 コツコツ、と。寮の方へと近付いてくる複数の足音と誰かの話し声が微かに聞こえ、スペシャルウィークは伏せていた耳をピンと立たせた。

 

 渡りに船とは正にこのこと。誰かは知らないが事情を説明して助けてもらおうと考えたスペシャルウィークは聞こえてきた話し声の方へと駆け出す。

 

 最初は暗くてよく見えなかったものの、段々と声が近付くにつれてスペシャルウィークの視界に校門の方から歩いてくる5人のウマ娘の姿が見えた。

 

「すみませーん!!」

 

 トレセン学園の制服を着た5人のウマ娘達。間違いなくこの学園の関係者だと確信したスペシャルウィークはパッと明るい笑みを浮かべて大きく手を振りながら5人へと駆け寄った。

 

「あの、私今日からこの学園に転入してきたスペシャルウィークっていうんですけど、実は学園に来る途中にあったレース場でレースを見ていたせいですっかり門限のことを忘れてしまってて、急いでここまで走ってきたんですけど寮の扉に鍵がかかっていて、ノックしたり大声で呼び掛けたりしても誰も反応してくれなくてそれで私どうすればいいのか分からなくなっちゃってそれからえっと」

 

「OK、少し落ち着け。そんなオウムみたいにペラペラと喋られても早口過ぎて何言ってるのかさっぱり分からん」

 

 自分は怪しい者じゃないという説明と、どうしてトレセン学園に居るのかという説明に、初めて自分以外のウマ娘と話すという緊張感から頭の中がパニックになったスペシャルウィークは頭に浮かんだ言葉を深く考えずに次々と早口で語ってしまった。

 

「すみませんすみません!?」

 

「そんな謝らなくてもいい。とりあえず、名前のとこからゆっくりもう一度話してくれ」

 

「は、はい!」

 

 背の高い赤い栗毛のウマ娘に促され、スペシャルウィークは今度はゆっくりと先程と同じ内容を語った。

 

「あぁ、今日やって来るはずの転入生っていうのは君のことか。時間になっても全然来ないからとても心配していたけど……まさか道草を食っていたとはねぇ」

 

「す、すみません……」

 

 スペシャルウィークの話を聞き、どうして彼女がこの場に居るのか得心がいった黒髪のウマ娘が頭を痛そうに抱え、その様子を見てスペシャルウィークは思わず頭を下げた。

 

「転入初日から遅刻するたァいい度胸してんじゃねぇか。私ならそんな真似は二度と出来ねぇようにしてやるぜ?」

 

「ひぃ!?」

 

「うるさい、これは栗東寮の問題だ。君には関係ないだろう。あと転入生が怖がるからそれやめろ」

 

 拳をパキポキと鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべる褐色肌のウマ娘に危険を感じたスペシャルウィークは小さな悲鳴を上げながら距離を取り、黒髪のウマ娘は疲れた様子でため息を吐いた。

 

「まぁ、言いたいことは色々とあるが……もう遅い時間だし、とりあえず寮へ戻ろうか」

 

「だな。じゃあ私達はこっちだから、お前らも気を付けて戻れよ〜」

 

 褐色肌のウマ娘はそう言い残すと芦毛のウマ娘を引き連れてこの場を去って行った。

 

 後に残されたのはスペシャルウィークと黒髪のウマ娘と赤い栗毛のウマ娘とカチューシャを着けた背の低いウマ娘の計4人。

 

「さて、それじゃあ私達も戻ろうか。寮の鍵は私が持っているからちゃんと入れるよ」

 

「あ、ありがとうございます! えっと……」

 

「ん? あぁ、自己紹介がまだだったね。私の名前はフジキセキ。このトレセン学園にある栗東寮の寮長を務めているよ。今回は初回だから見逃すけど、寮のルールを破ったり、門限を破ったりする悪いポニーちゃんには容赦なく罰を与えるからちゃんと覚えておくんだよ? いいね?」

 

「はい! 気を付けます!」

 

 ニッコリと微笑みつつ、目だけは完全に笑っていないフジキセキの表情を見て、スペシャルウィークは返事をしつつ背筋をビシッと正した。

 

 逆らえば何をされるか分からない。今のフジキセキからはやると言ったからにはやる『スゴ味』のようなものをスペシャルウィークはビシビシと感じ取れた。

 

「うん、素直でよろしい。じゃあ、これから一緒に暮らす仲間として折角だからフラワーちゃん達も挨拶だけしておこうか」

 

「分かりました」

 

 フジキセキの言葉を聞き、カチューシャを着けたウマ娘がスペシャルウィークの方へと一歩近寄った。

 

「初めまして、ニシノフラワーです。今年入学したばかりの新入生ですので、どうか仲良くしてください。よろしくお願いします」

 

「えっ、あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 自己紹介をすると共に軽くニシノフラワーと握手をするスペシャルウィークだったが、彼女は内心でとても驚いていた。

 

 ニシノフラワーの見た目はどう見ても幼い。ぶっちゃけて言ってしまえば子供としか思えないのに、自分と同じ学年であるということが俄には信じがたかったのだ。

 

 スペシャルウィークのそんな考えが彼女の表情に出てしまい、それを目敏く感じ取りスペシャルウィークの考えていることを察したニシノフラワーは苦笑した。

 

「ふふ、本当に同じ学年なの? って顔に出てますよ?」

 

「えっ!? 嘘っ!?」

 

 考えていたことを当てられ、ペタペタと自分の顔を触るスペシャルウィークにニシノフラワーはクスクスと笑う。

 

「確かに学年は同じですけど、飛び級してこの学園に入学したので年齢的に言えば私はスペシャルウィークさんや他の皆さんよりもかなり年下ですよ」

 

「へ〜、そうなんですね〜……って、飛び級!?」

 

 ニシノフラワーの容姿が年齢通りであることに納得したものの、ふとそのまま流しかけたとんでもない単語にスペシャルウィークは再び驚く。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園は日本一のウマ娘育成学校だ。一流のウマ娘ばかりが在籍しているのは周知の事実だ。

 

 そんな中で飛び級して入学するなんて、余程の天才でもない限り不可能に近いということはいくら田舎者と言えどスペシャルウィークにも分かる。

 

 それをやってのけたというニシノフラワーの異常性。それがどれほどのものか、スペシャルウィークには想像もつかなかった。

 

「ニシノフラワーさんとても凄い人なんですね!」

 

「いえいえ、そんなことないですよ! 皆さんと比べたら私なんかまだまだですし……えへへ」

 

 スペシャルウィークが素直に賞賛すると、照れたニシノフラワーは顔を少しだけ赤くしながら嬉しいそうにはにかみつつ、挨拶を終えたことで元の位置へと下がった。

 

「さて、それじゃあ次は───」

 

「俺の番だな」

 

 フジキセキの言葉を遮り、赤い栗毛のウマ娘が前へ出る。

 

 遠目から見てもかなり大きく見えたのに、改めて間近から見ることでスペシャルウィークの目には更に大きく映った。

 

 ざっくりと見ただけでも180センチはあるだろう。それ以外にも日本人ののっぺりとした顔立ちとは違い、外国人特有の肌の白さに美しく整った顔立ち、黒髪や茶髪がほとんどの日本では中々見れない赤みがかった栗毛といい、何かと特徴に困らないそのウマ娘は、スペシャルウィークの前に立ってジッと無言のまま視線を向けている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言。ただひたすらに無言。スペシャルウィークの前に立っただけで赤い栗毛のウマ娘は何も言わず、何とも居心地の悪い時間だけが過ぎていく。

 

 スペシャルウィークとしては自己紹介されるのを今か今かと待っており、フジキセキとニシノフラワーも概ね思っていることはスペシャルウィークと一緒だ。

 

 一向に自己紹介しようとしない赤い栗毛のウマ娘。微動だにせず仁王立ちする姿に疑問を抱いたフジキセキが声をかけようとした瞬間、赤い栗毛のウマ娘は決死の戦いを前に覚悟を決めたような表情をしつつようやく口を開いた。

 

「俺の名前はセクレタリアト……すまん、とりあえず握手してもらってもいいか?」

 

「……へっ?」

 

 自己紹介をされたと思えばいきなり握手を求められ、スペシャルウィークは思わず呆けた声を出してしまった。

 

「…………」

 

「えっ、と……?」

 

 今度は右手を差し出した状態のまま無言で動かなくなったセクレタリアトに、スペシャルウィークは困惑しながらも恐る恐るセクレタリアトの手を握り……目を見開いた。

 

(え、なにこれすっごく硬い!?)

 

 先程握手したニシノフラワーは少女らしい手つきでとても柔らかかったのに対し、セクレタリアトの手つきはとても硬く、柔らかさなんて皆無であった。

 

 握った感触から伝わるセクレタリアトの手。それはとても人間とは思えない程に硬く、まるで硬い石でも握っているかのような感覚をスペシャルウィークは覚えた。

 

 いったいどれほど鍛え上げればここまで硬くなるのか。子供の時からお母ちゃんと一緒に農作業や牧場の手伝いをしてきたことで筋肉には少しばかり自信のあったスペシャルウィークだが、握手だけでセクレタリアトの筋肉は明らかに自分を超えているのをすぐに自覚した。

 

(凄い……これが一流のウマ娘なんだ……!!)

 

 トレセン学園を飛び級で入学してきたニシノフラワーといい、鍛え上げた筋肉を持つセクレタリアトといい、さすがは一流のウマ娘が数多く在籍している日本一の学園。並大抵の学園とは訳が違う。

 

 入学する前からそんなことは分かりきっていたこととはいえ、改めて一流のウマ娘という壁の高さを認識したスペシャルウィークは興奮を隠すことが出来なかった。

 

 故郷を離れる時に約束した『日本一のウマ娘になる』というお母ちゃんとの誓いを果たすために、スペシャルウィークは闘志を燃やす。

 

 ……なおこの時。

 

(おぉ、この子がスペシャルウィーク! やっべ、興奮しすぎて汗が出てきそう。思わず何も考えずに握手要求しちゃったけど大丈夫かな? というか、あの日本総大将がこんな可愛い子になってるとかマジか! キングとウララの話からセイウンスカイだけじゃなくてグラスワンダーやエルコンドルパサーも居ることは知ってたけど、遂にスペシャルウィークも来たからとうとう黄金世代が揃ったなこれで! いかん、胸アツすぎてマジでヤバい。あの黄金世代のレースをもう一度見れるとか興奮止まんねぇわマジで)

 

 このウマ娘、ファン魂を爆発させて突発的に行動したものの、後先のことは何一つとして考えていなかった。

 

 ……ちなみに。

 

「あの2人、さっきから握手したまま睨み合ってるけど……どうしたんだ?」

 

「さぁ……?」

 

 握手したまま固まってお互いに見つめ合ってるスペシャルウィークとセクレタリアトの様子をフジキセキとニシノフラワーは不思議そうに眺めていた。

 




今週のシンデレラグレイも良かったですね……アニメのオグリも好きだけど怪物オグリもほんとすこ。

それはさておき、今回少しだけ短くなってしまい申し訳ございません。サラサラっと書ける時は普通に書けるのに、言葉が思い付かないと全然書けないもんですね……(遠い目

最近だと全然書けない→ウマ娘をやる→ライブでテンション上げる→執筆するを無限ループしまくってる気がします(震え声

なるべく週一更新を心掛けてマイペースにこれからも頑張っていきますので、どうか応援よろしくお願いします!

……それはそうと、オグリセンターの本能スピードいいよね。怒涛の4段カメラズームと音ハメが気持ちよすぎて最高(小並感


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偉大な赤いアイツ、バレる

 トレセン学園は毎日が騒がしい。

 

 在籍する生徒はもちろんのこと、学園に勤めている教員やトレーナー達を含めるとその総数は数千人にも及ぶ程の超マンモス校であるが故に、それだけの人が居れば千差万別な話題が飛び交い、騒がしくなってしまうのは当然のことなのだが、しかしその日のトレセン学園ではとある話題で持ち切りになっていた。

 

「ねぇあの噂聞いた? 今日転入生がやってくるんだって!」

 

「あ、それ聞いたわ! この時期に転入してくるとか地方で活躍してた子なのかなぁ?」

 

「いや、もしかしたら海外とかで活躍してた有名ウマ娘かもよ!?」

 

 朝っぱらから生徒達が頻りに話題にしているのはとある噂話。入学式もとっくに過ぎた時期になって、今更このトレセン学園に転入してくる謎のウマ娘について廊下や教室と場所を問わずに話が繰り広げられていた。

 

「キングちゃんキングちゃん! 転入生だって! どんな子なのかなー?」

 

「私も噂しか知らないから何とも言えないけれど、一流のウマ娘であるキングの敵ではないことだけは確かね! おーほっほっほ!!」

 

「わー! キングちゃんすごいなー!!」

 

 セクレタリアトとの休養日を終え、体力と疲労がある程度回復したことで久しぶりにスッキリとした体調で登校したキングヘイローとハルウララは生徒達が噂する話を耳にしながら教室にて雑談していた。

 

「それにしても、スカイさんは今日どうしたのかしら? いつものこれぐらいの時間なら既に自分の机で寝てることが多いのに……」

 

「もしかしたらまだ起きてないのかも! ウララも楽しい夢を見てたりすると起きれなくなっちゃうもん!」

 

 時計をチラリと見てみれば、時刻はHRの始まる10分前だ。

 

 如何に自由奔放な性格をしているとは言え、根は結構真面目であるセイウンスカイは常ならばとっくに登校している筈なのだが、今日に限ってはまだ来ていない。

 

 まさか寝坊しているのではないか。2人がそう思い心配し始めた頃、教室のドアがガラガラと開いた。

 

 音に釣られてそちらの方を見てみれば、そこには瞼を擦りながらいかにも眠そうな雰囲気をしているセイウンスカイの姿があった。

 

「ふぁ〜……2人ともおはよー」

 

「あ、セイちゃんおはよー!」

 

「おはようスカイさん。とても眠そうだけれど、昨日はよく寝れなかったの?」

 

「あぁ、うん……ちょっと考え事してたらね〜」

 

 あはは、と軽く笑いながらセイウンスカイは教室の中へ入ってくると、自分の机に荷物を置く時に一瞬だけハルウララの方へと視線を向け、直ぐに気まずそうに目を逸らした。

 

 トレセン学園へ戻る夜道にてセクレタリアトから語られたハルウララを取り巻く悪意の数々。当の本人がそれに気付いてないことで心を痛めてたりしないことが幸いとはいえ、逆を言えばハルウララは常に無防備で居ることになることにセイウンスカイは危機感を抱き思い悩んでいた。

 

 友達として何とかしたいとは思う。しかし、ハルウララの現状をどうにか出来るほどの力も知恵もセイウンスカイには無く、また人々の悪意に立ち向かう勇気も持ち合わせていなかった。

 

 ハルウララを擁護することで次は自分が目の敵にされるかもしれないし、そのせいで自分以外の大切な誰かにも迷惑が及んでしまうかもしれない。

 

 そう考えてしまうだけで恐怖で身がすくんでしまう。友達を助けたいのに、踏み出そうとする足が言うことを聞いてくれない。

 

 誰だって人に嫌われるのは怖いし、悲しいし、何より寂しいのだ。

 

 だからこれも仕方の無いことではある……と、割り切ることが出来ればどれほど楽か。

 

 か弱い少女1人の力ではどうにもすることが出来ず、ただただ見ていることしか出来ない己の無力さに嫌気が差す。

 

 自己嫌悪と自己擁護の狭間に包まれながら、帰ってから寝るまでずっとそのことを考えていたせいで、セイウンスカイはロクに眠ることも出来ずに朝を迎えてしまったのだ。

 

「ごめん……」

 

 聞こえないように小さくそう呟き、セイウンスカイは2人の視線から逃れるようにして自分の机に荷物を置くと腕を枕にして顔を突っ伏した。

 

「セイちゃん……?」

 

「ちょっと、本当に体調悪いなら保健室行った方がいいわよ?」

 

 常のセイウンスカイとはかけ離れた様子に2人が心配して声をかけたと同時、ガラガラ! と先程よりも大きな音を立てて教室のドアが開く。

 

 あまりにも大きな音を立てたことに驚いたキングヘイローとハルウララを含めたクラスメイト達が入口の方を見てみれば、そこには見た覚えのないウマ娘が1人立っていた。

 

 白い前髪と同色の三つ編みのハーフアップが特徴的なそのウマ娘はまるでレース直前のような鋭い視線をクラスメイト達へと向けながら、ゆっくりと息を吸い込み───

 

「皆さんこんにちは初めまして私スペシャルウィークって言います北海道から来て今日からこのクラスに転入することになったんですけどわひぁ!?」

 

 一息かつかなりの早口で自己紹介をしつつ教室の中へと入ってきたそのウマ娘は教壇に躓いて見事に転倒してしまった。

 

 ……教室の空気が死んだように静まり返る。誰もがこの事態に困惑し、言葉を無くしてしまっていた。

 

 え、なにこれ? とその光景を目撃していた全員が顔を見合わせるしかなかった。

 

「大丈夫!? 怪我してない!?」

 

 そんな空気を引き裂いて、ハルウララが倒れたウマ娘へと駆け寄ると、それにつられて他のクラスメイト達も心配して駆け寄って来た。

 

「あらあら、派手に転びましたね〜」

 

「コメディアンもビックリな登場デース!」

 

「まさか、アナタが噂の転入生? 思いっきり顔から倒れたけど大丈夫かしら?」

 

「あっはい! 大丈夫です! ありがとうございます!」

 

 ハルウララの手を借りて立ち上がったスペシャルウィークは特に何の怪我もしてないらしく、快活な笑みを浮かべて元気さをアピールした。

 

「いきなり転んじゃったからビックリしちゃったよ〜! あ、私ハルウララって言うの! これからよろしくねスペちゃん!」

 

「よ、よろしくお願いしますってスペちゃん!?」

 

「こら、ウララさん。いきなり人を渾名で呼ぶだなんて失礼じゃないの。ちゃんとそういうのは許可を取ってからにしなさい」

 

 急に渾名を付けられたことに驚くスペシャルウィーク。その様子を見てキョトンと首を傾げて不思議そうにするハルウララの姿にため息を吐きながらキングヘイローは話に入り込んだ。

 

「初めまして、スペシャルウィークさん。私の名前はキングヘイロー。ウララさんが急に失礼したわね。この子ってば誰に対してもこんな感じだから、悪く思わないでちょうだい」

 

「あ、いえ! ちょっと驚いちゃいましたけど、むしろ渾名で呼んでもらえて嬉しいです!」

 

「そういうことなら私もスペちゃんって呼んじゃいマース!」

 

「では、私もよければ〜」

 

 キングヘイローの次にスペシャルウィークへ話しかけたのはプロレスラーが着けているような覆面を被ったウマ娘とおっとりとした雰囲気を持つ大和撫子のようなウマ娘だ。

 

「はじめまして! アタシはエルコンドルパサー! アメリカ生まれの帰国子女デース!」

 

「初めまして、グラスワンダーと申します。以後お見知りおきを〜」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークがキングヘイロー、エルコンドルパサー、グラスワンダーと握手を交わし、自己紹介を終えると同時にHRの時間を知らせる予鈴が鳴り響いた。

 

「あっ! 私クラスに戻るから後で話そうねー!!」

 

「同じクラスじゃないんですか!?」

 

 慌てて教室から出て行くハルウララに驚くあまり声を上げてしまったスペシャルウィークを見て、クラスメイト達が面白げにクスクスと笑う。

 

 いつもよりも騒がしい一日がこうして幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「え、じゃあセイちゃんはスペちゃんのこと昨日から知ってたの!?」

 

「そうだよ〜」

 

 時刻は進み昼休憩の時間。お昼時ということもあって転入してきたスペシャルウィークと親交を深めるべくキングヘイロー達は食堂でご飯を食べながら談笑していた。

 

「まぁ、昨日の夜に偶然顔を合わせただけでロクに話してもないから初対面とほぼ変わらないけどね〜」

 

「そうだったのね……それにしても、まさか近くでやってたレースに夢中になって道草してた挙句、遅刻して寮から締め出されてるだなんて……」

 

「うっ、す、すみません……初めての都会や生で見るレースについウキウキしちゃったんです……」

 

 田舎に住んでる娘が都会に来て羽目を外すというのはよくある話とはいえ、さすがにそれで遅刻していては自業自得でしかない。

 

 そのことをしっかりと自覚しているスペシャルウィークはキングヘイローからの呆れるような視線を受け、反省して肩をすぼめるしかなかった。

 

「スペちゃんってばおっちょこちょいなんだね〜!」

 

「ウララさんは人の事を言えないでしょう! ほら、頬にご飯粒付いてるからじっとしてなさい!」

 

「わわっ、キングちゃんありがとうー!」

 

「ふふっ、2人とも仲良しさんなんですね♪」

 

 子供のように純粋無垢なハルウララとその世話を焼くキングヘイローの姿を見て、スペシャルウィークは子供の頃の自分もあんな風にお母ちゃんに世話をしてもらってたことを思い出し、優しく微笑んだ。

 

「……アレ?」

 

 微笑ましい光景を見つつ、エルコンドルパサーはスペシャルウィークの話を聞いていてふと疑問を感じ、セイウンスカイの方へと顔を向ける。

 

「どうしてセイちゃんはスペちゃんと会ってるんデース? スペちゃんがここに来たのは門限を過ぎてからデショー?」

 

「あら、言われてみれば確かに……セイちゃんも昨日の夜は外出してたんですか?」

 

 エルコンドルパサーのその指摘を受け、セイウンスカイはピシリと動きを止めた。

 

(やばっ! やらかした!)

 

 なぜ昨日の夜に外出していたか。それを素直に語るということは即ちハルウララ達とセクレタリアトの関係を公表するに等しい行為である。

 

 セクレタリアト当人からもなるべく自分達の関係はまだ秘密にしといてほしいと頼まれていたにも関わらずこの醜態にセイウンスカイは内心で冷や汗を滝のように流す。

 

 ハルウララ達とセクレタリアトが師弟関係を持っていることを知っているのは極小数の人数だけであり、当然ながらエルコンドルパサーとグラスワンダーはそれを知らない。

 

 ハルウララの友達でもあるこの2人ならば教えても特に問題は無いかもしれないが、キングヘイローとハルウララの師匠であるセクレタリアトに何も伝えずにそれを勝手に決める訳にはいかないだろう。

 

「あ〜……ちょっと野暮用があってね〜」

 

「野暮用……そんな夜中にですか?」

 

 セイウンスカイは何とかして煙に巻いて逃げようとするが、グラスワンダーは更に追求してきた。

 

「ムッ、なんだか怪しいデース! さては私たちに何か隠してますネ〜?」

 

「いやぁ〜、そんなこと全然ないよぉ〜」

 

 そこにエルコンドルパサーも加わり、2人からの追求にセイウンスカイは表情ではなんともない様子を繕うが、内心では悲鳴を上げていた。

 

 何とかして誤魔化さなければ。頭を必死に回転させて、どうにかして現状を切り抜けようと考えていたその時、セイウンスカイの隣に座っていたスペシャルウィークが急にガタッと席を立った。

 

「あっ! すみません! ちょっと私行ってきますね!」

 

「スペちゃん!?」

 

 食べかけのご飯はそのままテーブルの上に置き去り、どこかへと駆けていくスペシャルウィークの姿を目で追っていると、彼女の行く先には1人のウマ娘の姿があって───

 

「セクレタリアトさん! 昨日の夜はお世話になりました!!」

 

 昼食を取っていたセクレタリアトに向かって、頭を下げつつ大きな声でスペシャルウィークがそう告げると、食堂に静寂が訪れた。

 

 あれだけワイワイガヤガヤと生徒達の話し声で騒がしかった食堂が一瞬で静まり返り、全員がスペシャルウィークとセクレタリアトの方へと視線を向けていた。

 

「……あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 

「………………はぁぁぁぁぁ」

 

 急に静かになったことと周りに居た人達がこちらに注目を向けていることに疑問を感じたスペシャルウィークは不思議そうに周りをキョロキョロと見回り、セクレタリアトは憂鬱と言わんばかりに深くため息を吐いた。

 

「あのなぁスペ。せめてお礼を言うにしても時と場所を考えようぜ……」

 

「あ……お食事中にすみません! 早くお礼を言おうと思ってて……」

 

「いや、それもそうなんだがな……まぁ、うん、どういたしまして。お礼は気持ちだけ受け取っておくから早く飯食ってきな」

 

「はい! ありがとうございました! 失礼します!」

 

 頭を抱えるセクレタリアトにもう1度だけ頭を下げた後、スペシャルウィークはキングヘイロー達の居る元の席へと戻ってきた。

 

「突然席を立っちゃってすみません。実は昨日の夜に寮で寝る場所が無くて困ってた所をセクレタリアトさんが快く自分の部屋のベッドを貸してくれまして、そのお礼をまだ言えてなかったのでついつい言いに行っちゃいました」

 

「おー! スペちゃんってば師匠とも知り合いなんだねー!」

 

「師匠……って、ウララさんセクレタリアトさんのお弟子さんなんですか!?」

 

「うん! そうだよー!」

 

「ちょ、ウララさん!?」

 

 静まり返った食堂にて響き渡るハルウララの爆弾発言に、キングヘイローは慌てて立ち上がり周囲の人々はざわざわと静かに騒ぎ始める。

 

「それは言っちゃいけないって約束でしょ!?」

 

「ん? あっ! そうだったー!? どうしよー!?」

 

「あぁもうこの子ってば本当に……!!」

 

「あはは……」

 

 アワアワと慌てるハルウララに、頭を抱えるキングヘイロー、そして先程まで頑張って思考を巡らせていたことが全て無駄になり乾いた笑いをするセイウンスカイ。

 

 先程までの和やかな食事風景が一変し、混沌と化した現状にオロオロとするスペシャルウィークを他所に、エルコンドルパサーとグラスワンダーは互いに顔を見合わせ、同時に力強く頷くと2人でキングヘイローの肩にポンと手を置いた。

 

「ヘイ、キングゥ……」

 

「説明……していただけますか?」

 

「……セクさんも呼んでくるからちょっと待ちなさい」

 

 全てを諦めたキングヘイローの顔には、綺麗な笑みだけが浮かんでいた。




皆様活動報告への沢山のコメントありがとうございます!

皆様の意見一つ一つを参考にさせて頂き、やはり自分が楽しみながら書くことが1番大事だということに改めて気付くことが出来ました。

これからも頑張って執筆を続けていきますので、応援よろしくお願い致します!

……まぁ、それはそれとして。

Q.嘘予告だけ消そうとしたら間違えて前話の方を消してしまった時の気持ちを答えよ

A. ふざけるな!!ふざけるなっ!!馬鹿野郎!!!うわぁーーーーー!!!!(全泣き

という訳で、本当だったらスズカと絡ませるつもりだったけれど消えてしまったのでプロット変更するしかなくなったぜ……ははは(白目

追記:バックアップってところに残っていることを教えて頂き、確認したところちゃんと残ってました!

ただ、この話を消して再投稿したら皆様にも話がややこしくなると思うので、プロットを変更したままで進めていきます!

ご教授いただき誠にありがとうございましたm(_ _)m


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不屈の王、出走する

 生きていれば人はいつしか必ず『障害』に出会う時がある。

 

 テスト、試験、就職、結婚……逃げては後々になって自分にデメリットが降り掛かってくる『障害』を目の前にした時、後先のことを考えない愚者を除いて大勢の人は必ず立ち向かうことになる。

 

 そして、『障害』を乗り越えるために誰しもが少なからず努力をするのだ。

 

 テストや試験でいい点数を取れば成績が良くなる。だから勉強をする。

 

 就職でいい会社に入れば安定した生活を送ることが出来るようになる。だから自己の長所を延ばそうとする。

 

 結婚をすれば愛する人を手に入れることが出来る。だから自分の良い所を愛する人に見せつけようとする。

 

 自分の望む未来を手に入れるためにはそういった『障害』を乗り越えるための努力が必要であり、その努力を怠ったかどうかで世間で言う人生の勝ち組と負け組が生まれるのだ。

 

 アイツは勝ち組だからとか、アイツは生まれた時から凡人とは違う素質を持っているだとか、アイツみたいに努力しても報われる保証なんて無いからとか、そんな言葉は怠け者の戯言でしかない。

 

 何故なら、努力をすれば必ず報われる訳ではなくても、努力しなくては報われる未来なんて何一つ訪れる筈が無いのだから。

 

 それがこの世界の全てとは決して言わないが、しかしあながち間違ってもいないであろう世界のその有様をキングヘイローは少なくとも子供の頃から見てきた。

 

 GⅠレースを勝ち抜いた一流のウマ娘としてのみならず、今では一流のファッションデザイナーとして世間から注目を浴び続けている母親と、そんな母親を羨望の眼差しで眺めているだけのその他のデザイナーやウマ娘達。

 

 果たしてどちらが勝ち組で負け組なのか、子供でも分かることだった。

 

 例え才能が無くとも、自分も母親のように一流になりたい。その夢を叶えるために、キングヘイローは周囲から聞こえてくる反対の声を押し切ってまで数々の『障害』を死に物狂いで努力して乗り越えてきたし、今もそれは続いてる。

 

 そう、例えば───

 

『では、只今よりチームリギル入部テストの模擬レースを開始します!』

 

「ヘイ、キング! 今日は絶対に負けないからネ!」

 

「わ、私も勝てるように頑張ります!」

 

 憧れの人と同じチームに入ることを目指す一部を除き、闘志を燃やす他のウマ娘達から注目視されてる中で『チームリギルの入部テスト』を受けることになったこととか。

 

「……どうしてこうなったのよ」

 

 夕焼け色に染るターフの上で、キングヘイローは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───事の発端は数時間前。キングヘイローとハルウララがセクレタリアトの弟子だとバレた後のことだ。

 

「……いつかはバレるとは思ってたけど、まさかこうなるとはな」

 

「ごめんなさい師匠……」

 

「私も何かやっちゃったみたいですみません……」

 

 多くの視線と耳を向けられている中、予定が完全に狂ったことに死んだ魚のような眼差しをしながら天井を仰ぐセクレタリアトにハルウララとスペシャルウィークはしょんぼりとしながら謝っていた。

 

「まぁ、こうなっちゃしょうがねぇさ……さて、と」

 

 魂が半ば抜けかけていたものの、いつまでもこんな様で居る訳にはいかないと思い、セクレタリアトが意識を切り替えて視線を元に戻すと彼女の対面側に座っているグラスワンダーとエルコンドルパサーはビクリと身体を震わせた。

 

「そう警戒しなくていい……って言っても無理か」

 

 自分でそう言っておきながら、いざロクに話したことも無く顔や名前ぐらいしか知らない先輩が目の前に座って話しかけてきたら誰だって警戒するに決まっていると思い当たり、セクレタリアトは小さく苦笑した。

 

「まずは軽く自己紹介だな。既に知ってるかもしれないが、俺の名前はセクレタリアト。アメリカじゃちょいとした有名人だったが、ここではただの留学生の1人だ。気軽にセクさんかセク先輩とでも呼んでくれ」

 

「いえ、そんな恐れ多いことはとても……」

 

「デース……」

 

「はは、そんな畏まらなくていいさ。気楽にいこうぜ気楽に」

 

 ガチガチに固まってるグラスワンダーとエルコンドルパサーを見て、セクレタリアトは朗らかな笑みの裏で(俺ってそんなに怖い顔でもしてんのかな……?)と思ってたりするのだが、グラスワンダー達から見れば天上人とも言える三冠ウマ娘を目の前にして緊張するなという方が無理な話であった。

 

「それで、2人の名前はなんて言うんだ?」

 

「グラスワンダー、と申します」

 

「エルコンドルパサー、デス!」

 

 2人が名乗りをした瞬間、セクレタリアトの雰囲気が一変する。

 

「ほう……?」

 

 先程までの気楽そうな姿はなりを潜め、代わりにレース直前さながらのような鋭い眼差しをエルコンドルパサーとグラスワンダーへと向け、その眼差しに威圧感を感じた2人はさらに身体を硬直させた。

 

(エルコンドルパサーとグラスワンダー……え、マジ? てことは今ここにあの黄金世代が全員揃ってるってこと? 何それ胸熱すぎねぇ? めっちゃ今すぐレースで走ってる姿見てぇんだが?)

 

 ……実際はただ単にオタク魂が爆発しかかってただけなのだが、それを知るのはセクレタリアトだけである。

 

「セクさん、急に怖い顔してどうしたの? 2人とも怖がってるわよ」

 

「あ、すまんすまん! ちょっと考え事をな!?」

 

 キングヘイローから指摘され、ハッと我に返ったセクレタリアトが慌てて謝るも、当の二人からは無言の苦笑いを返されてしまった。

 

 警戒を解くはずがより警戒を強めてしまったことに内心で後悔しつつ、セクレタリアトはとりあえず話を続けることにした。

 

「えっと、そうだな……まず俺がウララとキングの師匠になってるのは事実だ」

 

 セクレタリアトがそう告げた瞬間、聞き耳を立てていたウマ娘達からザワザワと声が漏れる。

 

「んで、なんで俺が2人の師匠になったかというと、だ……」

 

 そこまで言葉を発しておきながら、セクレタリアトは途中で口を閉ざした。

 

(どうすっかなぁ……師弟関係をバラすのはともかく、その経緯とか理由を素直に言ったら変な輩とか湧いてきそうなんだよなぁ……)

 

 下手に誤魔化して疑惑を残してしまえば密かにハルウララとキングヘイローの後を付け回したり、直接言質を取ろうとして自分に突っかかってくるウマ娘達が現れることを想定したが故にすんなりと肯定したが、その理由まで語るとなると慎重にならざるを得ない。

 

 もう既にこれから先に起こる出来事に対して嫌な予感しかしないが、過去の経験からしてここで下手に答えるとさらに厄介なことになるのは明白だ。

 

 さて、どうするべきかと悩んでいると、セクレタリアトの視界にふと1枚のポスターが目に入り、それを見た彼女は思わずニヤリと笑う。

 

 言うべきこと、そして起こすべき行動は決まった。ならばあとは実行するのみ。

 

「……折角日本に来たんだ。なら、ちょいと気に入った後輩達の指導でもしてやろうかと思っただけだ」

 

 真意や経緯は隠しつつ、嘘ではない一部だけの真実をセクレタリアトが告げると、ザワザワとした騒めきは瞬く間に静まった。

 

 なんで一気に静まり返ってしまったのか理解出来ず、内心で少し困惑しつつもセクレタリアトは次の行動へ移ることにした。

 

 包み隠さず全部言えば今は陰口で済ませてる奴らがヘイトを増して直接危害を加えてくる可能性があるため論外、誤魔化そうとした場合は前述した通り、ならば取れる最善手としては嘘は言ってない発言で場を濁すこと。

 

 だが、言葉だけでは足りない。これだけで終わらせてしまっては言い詰められる可能性がある。ならばこそ、全員の意識を別のことに向けさせる必要性があった。

 

 故に、セクレタリアトはチラリとだけキングヘイローに対して申し訳なさそうな目を向けてから席を立ち上がる。

 

「日本に来てから1ヶ月近く……本当はもうちょっとだけ秘密にしておきたかったが、まぁバレたなら遠慮はいらねぇな」

 

 1人そう呟きつつ、セクレタリアトは壁に貼ってあった1枚のポスターを剥がすと、それをそのままキングヘイローの前に置いた。

 

「キング、ここ1ヶ月のトレーニングの成果を見せる時だ。このレースに出て色々と実感してこい」

 

「……は?」

 

 突然のその行動にキングヘイロー含めてその場に居た全員がポカンと口を開いて呆然としているのを他所に、セクレタリアトは傲岸不遜な笑みを浮かべながら何処かへと歩き去って行った。

 

 ……その場に取り残されたキングヘイローの前には『チームリギル緊急入部テスト!!』という文字がデカデカと書かれたポスターが置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り放課後の現在。何故か参加することになったチームリギルの入部テストの会場であるターフはそれはもう数えるのもアホらしくなる程の多くのウマ娘とトレーナー達による観客でごった返っていた。

 

「どうしてこうなったのよ……!!」

 

 思い返してみても意味が分からない。模擬とはいえどうして自分がレースに、しかもリギルという超有名なチームの入部テストを受けなければならないのかキングヘイローにはこれっぽっちも理解出来なかった。

 

「ねーねー師匠ー! ウララもレースに出たいよぉ〜!」

 

「お前さんはまだダメ。だが、もう暫くしたらデビュー戦で思いっきり走らせてやるから今はキングの応援してやろうな。ほら、手ぇ振ってやれ」

 

「うん! キングちゃん頑張れー!!」

 

「気張っていけよキングー!!」

 

「一流の走りを見せてやれー!!」

 

【……特に問題は無さそうだな】

 

 こんな事態を引き起こした諸悪の根源の方へと目を向ければ、そこには純粋にとても楽しそうに応援しているハルウララと、どこから持ってきたのかペンライトを振って応援しているセクレタリアトと同じくペンライトを振りながら達筆な文字で『キングヘイロー』と書かれたハチマキを額に巻いた自分のトレーナーといつものスーツ服を着たクリストファーの姿があった。

 

 実にいい空気を吸ってそうでなによりである。ハルウララとクリストファーはともかくとして、セクレタリアトとトレーナーはあとで必ず説教するとキングヘイローは心に強く誓った。

 

「普通こういうのってダメだと思うのは私だけなのかしらね……」

 

 セクレタリアトに言われるがままに参加してしまったが、流石に担当しているウマ娘が何も言わずに他のチームの入部テストを受けるっていうのは不味いだろうということで自身のトレーナーに連絡を事前に入れていたのだが、どうやら昼休憩の間にセクレタリアトが色々と手を回したらしく、

 自分のトレーナーの許可とチームリギルのトレーナーである東条ハナの同意を得てキングヘイローは無事にレースに出ることが出来るようになっていた。

 

 いつもはのんびりとしてるクセに、こんな時だけ無駄に手を回すのが早いのは如何なものか。普段からもっとシャンとしてろとキングヘイローは人知れずそう思った。

 

『では、只今よりチームリギル入部テストの模擬レースを開始します!』

 

「ヘイ、キング! 今日は絶対に負けないからネ!」

 

「わ、私も勝てるように頑張ります!」

 

 アナウンスが流れると会場から大きな歓声が湧き上がり、共に走るウマ娘達のみならず会場に居るほとんどの者達から視線を向けられていることをキングヘイローはビシビシと感じていた。

 

 ただの模擬レースだというのにこの賑わい、そしてこのアウェー感。原因は勿論昼間のセクレタリアトの発言だ。

 

 事実無根な噂と普段の言動も相俟って、トレセン学園の生徒から見たセクレタリアトの印象はマイナスのイメージばかりが先行している。

 

 例えるなら、余所者のクセに実績で裏付けされた実力を持っていることでロクに口出しすることのできない超エリートとでも言うべきか。

 

 本人の性格を知れば少なくとも悪い人物ではないことは直ぐに分かるのだが、話す機会のない者やそもそも話す気すら無い者にとってそれを理解しろというのは中々に難しいことだ。

 

 人というのは自分の信じたことを簡単には曲げようとしない不器用な生き物であるが故に、セクレタリアトのイメージは学園に来てから現在に至るまで変わりなかった。

 

 そんな中で現れたセクレタリアトの弟子。しかも片方は一流のGⅠウマ娘の娘と来たのだから、良い意味も悪い意味も含めて注目が集まること間違いなしだろう。

 

 ましてや、その弟子が模擬レースとはいえ実際に走りを見せるとあっては、その注目度は倍以上にもなる。

 

 そんな中でレースをするなんて、普通のウマ娘ならばとてもではないがまともな精神状態で走ることは難しいだろう。

 

 ……そう、普通のウマ娘ならば。

 

「まぁ、いいわ。このキングの走りを見せるのだから、これぐらいのオーディエンスは必要不可欠よね」

 

 大勢からの注目? アウェーな空気? そんなものはキングヘイローにとって当たり前のものでしか無い。

 

 一流のウマ娘とは常に注目を浴びる存在。数がどれだけ増えたところで関係ない、視線に晒された程度で怯むようでは一流では無い。

 

 空気だってそうだ。一流のウマ娘たるもの、常に大勢から応援されている訳では無い。

 

 時には自分よりも違うウマ娘が大勢から応援されることもあるし、ブーイングを浴びせられることもあるだろう。

 

 ならばどうするか、なんて決まっている。自分の走りで観客を魅せることで応援をこちらに向けさせてしまえばいいのだ。

 

 文句も何も言わせない、完璧な走りをして観客を魅了させるのも一流のウマ娘ならば出来ること。それらを踏まえてみれば、何を恐れることがあるだろうか。

 

「見てなさい、全員キングの走りに釘付けにしてあげるわ!!」

 

 観客達を前にして、キングヘイローは王者の如く威風堂々と高らかに宣言した。




始まってから10話以上経ってようやくまともなレースが書かれる小説があるらしい(なおデビュー戦もまだ終わっていないという

……亀進行過ぎて自分でも驚いてしまった(汗


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不屈の王、掴み取る

《さぁ、遂に始まりますチームリギル入部テスト! 距離800メートルのターフを最速で駆け抜け、最強と名高いチームへと入るのはいったい誰になるのか!? 実況解説は私サクラバクシンオーとシンボリルドルフ会長がお送り致します! 会長、本日はよろしくお願いします!》

 

《あぁ、こちらこそよろしく頼む》

 

《はい! さて、本日のレースはチームリギルに欠員が出た為、急遽執り行われることになりましたが会長としてはどのウマ娘が勝つと予想されますか?》

 

《ふむ……今年の新入生は有智高才なウマ娘達が非常に多い。その中から誰が勝つか予想するのは難しい所ではあるが……そうだな、私の予想としてはエルコンドルパサーかキングヘイローのどちらかだな》

 

《ほほう! ズバリお聞きしますが、なぜその2人を選ばれたのでしょう!》

 

《現段階での話にはなるが、エルコンドルパサーは新入生の中でも秀でた才能を持っている。長ずればGⅠウマ娘になることも夢ではないだろう。そのポテンシャルをこのレースでも発揮出来れば恐らく勝てるだろうが……キングヘイローはセクレタリアトの弟子だ。更にはGⅠウマ娘の実子でもある。これまでどのようなトレーニングを積んできたのか分からない以上、実力は未知数。用心するに越したことはない》

 

《なるほど! 才能のエルコンドルパサーか、実力のキングヘイローか! この2人の対決が見所になりそうです!》

 

 随分と気に入らないことを言ってくれるわね、とキングヘイローはゲートの中でスタートを待ちながら流れてくる放送を聞き心の中でそう思う。

 

 エルコンドルパサーは個人に対する才能を見られているに対し、キングヘイローの方は個人ではなくあくまでセクレタリアトの弟子やG1ウマ娘の子供という付加価値で見られている。

 

 それは言い換えれば、キングヘイローという存在はあくまでオマケ程度でしか見られていないということだ。それがキングヘイローにとってはとても気に食わなかった。

 

 しかし、それも今だけのこと。

 

(一流のウマ娘足るもの、劇的且つ鮮やかなキングの走りで全員の視線をこの私に釘付けにしてあげるわ!!)

 

 燃え盛る闘志を胸に抱き、視線を前へと見据えるキングヘイローの顔には本人も知らず知らずのうちに笑みが浮かんでいた。

 

《チームリギル入部模擬レース───今、スタートしました!》

 

 ガコンッという音と共にゲートが開いた瞬間、キングヘイローはすぐさま飛び出た。

 

《さぁ、始まりました模擬レースうぉっと!? スペシャルウィークがゲートから出遅れました! この短距離で出遅れたのはかなり致命的でしょう! さて、ゲートを飛び出し真っ先に先頭へ躍り出たのはエルコンドルパサー! ゴール目掛けてとても快調に飛ばしております! そしてそこから1バ身ほど離れてキングヘイロー! 虎視眈々とゴールを狙っている様子だ! さらにキングヘイローから2バ身ほど後ろに集団が形成されています!》

 

 コンマ数秒にも満たない、自分の中でも割と絶好のスタートを切った筈なのに、平然と自分を追い抜いて先頭に立ったエルコンドルパサーの姿を見て、キングヘイローは悔しげな表情を浮かべ───なかった。

 

(800メートルの短距離コース。こんなところで先頭を譲っていてはまず勝てない……って、前の私ならそう思ったでしょうね)

 

 距離800メートル。普通の人間からしたら少し遠い距離だが、ウマ娘からしたら数十秒で駆け抜けられるあっという間の距離だ。

 

 そんな短い距離で先頭から離される。ましてや先頭を走るのは天才のウマ娘だ。たった少しの遅れが致命傷に繋がる可能性が高いと言えるだろう。

 

 そしてさらに言えば、天才に負けたくないという意地や、キングヘイローは所詮この程度かと見限られたくない恐怖と焦りも相俟って、以前までのキングヘイローならば無理をしてでも先頭を取りに行こうとした。

 

 だが、その先に待っているのは敗北だ。無理に先頭を奪いに行ったことでスタミナが切れ、ゴール前までに失速した所をエルコンドルパサーに差される未来が容易に想像できた。

 

(やっぱり……エルコンドルパサーさんは私よりも速い(・・・・・・)

 

 先頭を走るエルコンドルパサーの後ろ姿を見遣りつつ、キングヘイローは冷静に分析をする。

 

 エルコンドルパサーの走りは独特だ。体勢を低く前傾にし、ストライドを広く取る彼女の走りはまるでコースの上をコンドルが飛んでいるようなイメージを湧かさせる。

 

 練習して身につけたものでは無い。生まれながらにして持った天性の走法、凡人では決して真似出来ない走りだ。

 

 時折居るのだ、こういうウマ娘が。何だってそんな走り方が出来るのか謎でしかないのに、そういう変な走り方に限ってとてつもなく速い。

 

 そして、人は必ずそういうウマ娘に対して『天才』という特別な称号を付けるのだ。

 

 凡人ではそんな異才とも呼べる才能を持つ天才に敵わない。凡人がどれだけ自分を磨きあげた所で、努力する天才は更に天高く飛翔する。追いつくことは出来れども追い抜くことは出来ない。

 

 ならばこそ、凡人でしかないキングヘイローではエルコンドルパサーには敵わないのは当然のことと言えるが……キングヘイローにとってそんなことは百も承知だった。

 

 それでもキングヘイローの瞳から闘志が消えることは無い。何故なら彼女は既に知っているから(・・・・・・・)

 

(凡人でも天才に勝てるやり方……今から見せてあげるわ!)

 

 400mを走り残り半分となったタイミングで、キングヘイローはターフを強く踏み込んで加速した。

 

《おっと! キングヘイローここで加速した! エルコンドルパサーとの距離を一気に詰める! やはりこの模擬レースはこのまま2人の勝負になってしまうのか!?》

 

 自身のすぐ後ろから迫ってくる足音と場内を流れる実況を耳にして、キングヘイローが仕掛けたことを理解したエルコンドルパサーはチラリと後ろを確認すると、先程まで1バ身はあった距離が半バ身まで縮められていた。

 

(来ましたねキング! 絶対に負けないデース!)

 

 レースも後半へと差し掛かったこのタイミングで先頭を取るためにペースを上げてきたのだと察したエルコンドルパサーはキングヘイローに先頭を取らせないべく更にスピードを上げ距離を離しにかかる。

 

 そして、先頭の2人から距離を置かれてしまった集団のウマ娘達もワンテンポ遅れて慌ててペースを上げ、固まっていた集団は一気に解け隊列が縦長となった。

 

《さぁレースも終盤へと差し掛かってきた! 依然としてエルコンドルパサーが先頭! その後ろに1バ身離れてキングヘイロー! さらにその後ろには序盤で出遅れたスペシャルウィークが怒涛の追い上げを見せて迫っているぞ!!》

 

 先頭のエルコンドルパサーがレーステンポを変えたことで一気に激化したレースの最中、キングヘイローは走りながらも冷静に周りを見渡し状況を把握する。

 

(ゴールまで残り200mと少し……ペースを上げたことでエルコンドルパサーさんはそろそろゴールを見据えてスパートを仕掛けるから、後ろのことを気にかけることが出来なくなるタイミングの筈。スペシャルウィークさんは……あの様子だと完全に前のことしか見てないようね。その後ろに居る子達は息も上がっていて恐らく前までは出て来れない……なら、こうするべきね)

 

 現状を素早く整理したキングヘイローは次の瞬間、身体の力をフッと抜いた(・・・・・・・・・・)

 

《あっ!? キングヘイロー失速! キングヘイロー急に失速しました! その隙を突きスペシャルウィークが2着に浮上! キングヘイローは急にどうしたのでしょうか!?》

 

「なっ!? くっ!」

 

 急にペースを落としたことでスペシャルウィークに抜かされ、順位を落としたキングヘイローにエルコンドルパサーは驚いたが、もうすぐゴールということもあって後ろを気にかけるよりもゴールを優先してスパートを掛ける。

 

 そして当のキングヘイローは何事も無かったかのようにスペシャルウィークのすぐ後ろに着いて走る───さながらそれは影のようにピッタリと。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠ー! キングちゃん急に遅くなっちゃってどうしちゃったの!? 足でも怪我しちゃったのかな!?」

 

「いや、落ち着けウララ。あれはキングの作戦だ」

 

 急にキングヘイローが失速したことでザワザワと騒ぐ会場と心配で慌てるウララを他所に、セクレタリアトを含めた一部の者達は冷静にレースを俯瞰していた。

 

「見てみろ、キングは今スペの真後ろにピタッと着いてるだろ? あぁしてるとスリップストリームって言って前の人を風避けにして進めるんだ。俺達ウマ娘は車並みのスピードをレースで出すからな、風の抵抗を少しでも減らすことが出来ればそれだけ体力を温存することが出来るから、キングは今スペを利用して体力を溜めてるんだ」

 

「おぉ〜!! キングちゃん賢いね〜!!」

 

 セクレタリアトからキングヘイローの目的を聞き、ハルウララは素直に賞賛の声を上げたがふと1つ疑問が湧き首を傾げる。

 

「でも師匠、それならどうしてキングちゃんは最初からエルちゃんの後ろに着いてスリップストリームってのをしなかったの?」

 

「それについてはまぁ理由は色々とあるんだが……1番の理由はキングの作戦のためだな。な、トレーナー?」

 

【……あぁ】

 

 セクレタリアトから話を振られたクリストファーは静かに頷いた。

 

「キングちゃんの作戦?」

 

「あぁ、キングが勝つためには正直に言って作戦を立てなきゃ今はまだ難しいからな。だから、俺とトレーナーとキングのトレーナー達で幾つか作戦を考えてあるんだ。まぁ詳しいことは見てりゃそのうち分かるからキングの動きを見逃すなよ」

 

「うん! 分かった〜! じ〜!」

 

 セクレタリアトの言葉通り、ジッと集中してキングヘイローの動きを見つめ出したハルウララに微笑みつつ、レースへと視線を戻したセクレタリアトは静かに口ずさむ。

 

「さぁ、よく狙えよキング。勝機はすぐそこだ。絶対に掴み取れよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースも残り100mを切り、2バ身ほど離れた位置で前を走るエルコンドルパサーの背中を見つつスペシャルウィークは思う。

 

(凄い、これが本物のレース! ただ走るのとは全然違う……!!)

 

 自分以外の同年代のウマ娘が故郷には居なかったせいで、誰かと本気で走った経験の無いスペシャルウィークにとって、この模擬レースはある意味初めての経験が沢山詰まっていた。

 

(肺が苦しい、足が痛い、心臓がドキドキして今にも破裂しちゃいそうなのに……今、とっても楽しい!!)

 

 全力を出して走るのがこんなにも辛く、苦しく、痛いのに……風を切って前へと進むこの感覚が気持ちよくて、誰かと競走するのが何よりも楽しい。

 

 そして、これだけ全力で走っているのにそれでもなお前を走るエルコンドルパサーの凄さをスペシャルウィークは改めて理解し、闘志を燃やす。

 

(勝ちたい、エルコンドルパサーさんに! 勝って、私もサイレンススズカさんと同じチームに!!)

 

 憧れの人の側へと近付くために、スペシャルウィークはゴールのある前だけを見つつさらに力を振り絞ろうとして───

 

「……今ね」

 

 すぐ後ろから微かに聞こえてきた誰かの声を耳にし、スペシャルウィークは思わず振り返り目にする。

 

「さぁ、刮目なさい!」

 

 そこに居たのはキングヘイロー。だが、その姿はスペシャルウィークの記憶にあるレース前のそれと大きく違っていた。

 

 いや、正確には姿形は変わっていない。けれど、身に纏うオーラと呼ぶべき物、並の者では決して放つことのできない……言うなれば強者のオーラをキングヘイローは身に纏っていたのだ。

 

「───」

 

 いつからそこに居たのか。走ることに夢中になりすぎて全く気づいていなかったスペシャルウィークだったが、キングヘイローのその姿を目にした途端、小さく息を飲み込んだ。

 

 獰猛な笑みを浮かべ、目線を鋭くし、気高く虎視眈々とゴールだけを狙うその姿はまるで百獣の王のようで───

 

「これがキングの走りよ!!」

 

 キングヘイローが足を強く踏み込んだ直後……気付けば彼女はスペシャルウィークを躱して前へと出ていた。

 

「ぁ……」

 

 一瞬だった。言葉を交わすことも無く、何をする暇もなく、まるで時が止まったかと錯覚してしまう程にキングヘイローのスパートは鋭く速かった。

 

 抜き去ったスペシャルウィークのことなんて見向きもせず、キングヘイローは恐ろしい末脚で先頭を走るエルコンドルパサーへと迫る。

 

「くっ!? はああああぁぁぁぁ────ー!!」

 

 迫り来るキングに気付き、エルコンドルパサーもさらにスピードを上げようと気迫の声を上げるが、もはやもう遅い。

 

 如何に空を速く飛翔するコンドルであっても、疲れを負った翼では大地を駆ける王者に叶う通りなど無し。

 

「───獲った!!」

 

 クビ差でエルコンドルパサーを躱し、キングヘイローはゴールを掴み取った。



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偉大な赤いアイツ、チームを作る

《キングヘイローゴール!! 1着を取ったのはやはりこのウマ娘キングヘイロー! 最後は見事な末脚を見せてエルコンドルパサーを躱して行きました! いや〜会長、とても凄い物が見れましたね!》

 

《あぁ、確かにキングヘイローの末脚はとても素晴らしい物だった。だが、それ以上に今回のレースは彼女の作戦通りに動かせていたのが私的にはとても素晴らしかったと思う》

 

《おぉ、作戦通りとはいったいどういうことでしょうか!?》

 

《恐らくにはなるが、私が思うにキングヘイローが今回のレースで用意した策は2つ。400mを切った時点での仕掛けと、終盤の減速だな》

 

《ほうほう、何故その2つがキングヘイローの策だと思いになられたのですか?》

 

《まず、400m地点を切ったところでハナを奪いに行こうとしたシーンだが、これは明らかにタイミングがおかしい。スタートを切った直後ならまだしも、隊列もほぼ決まったレースの半ばでエルコンドルパサーから先頭を奪った所で既にもうレースのペースは作られてしまっている。自分のペースでレースを作りたいにしても、もう手遅れなこの段階で前に出ようとする理由なんてまず無いだろう?》

 

《なるほど、しかし実際としてはキングヘイローは仕掛けたようですがこれはどういうことでしょう?》

 

《いや、キングヘイローは最初から先頭を奪う気なんて毛頭無かったのだろう。その証拠に、彼女はエルコンドルパサーがペースを上げた時に対抗しようとせずすぐに諦めたのだから恐らく違いない》

 

《ふむふむ、しかしキングヘイローは何故そのような行動を取ったのでしょうか?》

 

《そうすることでエルコンドルパサーのペースを乱すと共に、後ろで集団になっていたウマ娘達を先頭の方へ移動させる。2つ目の策を使うためにはどうしてもそれが必要だったのだろう》

 

《2つ目の策というと、先程仰っていた減速のシーンですか?》

 

《あぁ、後ろに居たウマ娘が先頭まで上がってきたのを減速して風避けとして利用し、一呼吸入れてスパートをかける。しかも上手いことに体格を使って重なればエルコンドルパサーからの視界も外れて油断も誘える。エルコンドルパサーからしてみれば、最後の直線でいきなり何処からともなくキングヘイローが現れたかのように見えたことだろう》

 

《そして炸裂した見事な末脚! 一瞬の内に伸びてエルコンドルパサーを差し切ったのはとても素晴らしかったですね!》

 

《うむ、まさに困知勉行。エルコンドルパサーのように光る才は無くとも、練習を積み、作戦を練り上げ、冷静沈着にそれを実行してレースの展開を支配したキングヘイローはとてもデビュー前の新人とは思えないほどに素晴らしい。流石はGⅠウマ娘の実子であり、セクレタリアトの弟子と言えるだろう。今後とも目の離せない注目ウマ娘だな》

 

 ゴールを駆け抜けた後、軽く息を整えつつ会場のスピーカー越しに流れてくるシンボリルドルフの解説を耳にしてキングヘイローは少しだけ頬を引き攣らせた。

 

「ほ、ほとんどバレてるわね……」

 

 今回のレースで用いた作戦はシンボリルドルフが語った内容の正にその通り。これから先エルコンドルパサーのような才能のあるウマ娘に勝つためにセクレタリアトやトレーナー達と考えた策の一部ではあるが、ここまで筒抜けにされているとなると、やはり三冠ウマ娘の観察眼というのは伊達では無いことをキングヘイローは実感した。

 

「キングー!! よく勝ったなー!!」

 

「キングちゃんとっても速かったよ〜!!」

 

「強かったぞキングー!!」

 

「キング最後の差しきりとっても凄かったよー!!」

 

「やったねキングー!!」

 

 シンボリルドルフの凄さを人知れず感じていると、不意に人々の声でざわめく会場を割ってあちこちからキングを賞賛する声が響き渡る。

 突然の声援に驚いて周りを見渡せば、そこには嬉しそうに手を振るセクレタリアト達や、また違う場所にはキングヘイローのクラスメイト達や取り巻き達が立っていて、皆誰もが嬉しそうな笑顔を浮かべてキングヘイローのことを見ていた。

 

「キングヘイローさん! 私、最後のゴール前の所でキングヘイローさんが後ろからいきなり飛び出てきてとってもビックリしちゃいました! 負けちゃったのは悔しいですけど、キングヘイローさんと走れて私とっても楽しかったです!」

 

「ヘイ、キング! 今回はエルが負けましたが、次にレースする時は必ず勝利するから覚悟しておくデース!!」

 

「ぷっ、ふふ!」

 

「ちょ、何を笑ってるんデース!?」

 

「私達何か変なことでも言っちゃいましたか!?」

 

 そして、息を整え終えたスペシャルウィークとエルコンドルパサーもキングヘイローの下へ近付いてくるや否や自分の感情をさらけ出し、2人の言葉を聞いたキングヘイローは思わず笑みが溢れた。

 

 とても楽しそうな笑顔を浮かべるスペシャルウィークと、逆にとても悔しげな表情を浮かべるエルコンドルパサーの対比が見てて面白くて思わず吹き出してしまったというのもあるが……それ以上に嬉しかったのだ。

 

 このトレセン学園に入る前から実の母親から『無理だ』『貴女には出来っこない』『レースで勝つなんてさっさと諦めた方が身のため』と散々に言われていた自分が、今こうして勝者の立場として立っていること……こんな才能のない自分でも、才能あるウマ娘に勝つことが出来ることに、キングヘイローは嬉しさが止まらなかった。

 

「ふふっ、ごめんなさい2人とも。何でもないわ」

 

 内心に溢れ出る嬉しさを噛み締めつつキングヘイローは観客席側へと身体を向ける。

 

 そして、息を深く吸い込み───

 

「さぁ、全員注目なさい!! 私こそがキング!! 一流のウマ娘として私がこれからもレースで勝つ姿を目に焼き付ける権利をあげるわ!! おーっほっほっほ!!」

 

 マイクが無くとも会場中に響き渡る程の声量で、キングヘイローは高らかにそう宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れたわ……」

 

「お疲れさんキング、今日は突然悪かったな」

 

「キングちゃん大丈夫? 疲れてるならウララがマッサージしてあげるね!」

 

 レースが終わった後、制服に着替えたキングヘイローはセクレタリアトとハルウララと一緒に自室へと帰って来たが、ベッドの上で力尽きていた。

 

「ありがとうウララさん、けど大丈夫。一流のウマ娘はちゃんとレース後の身体のフォローもバッチリだから平気よ。この学園に来てからあんな大衆の前で走ったことが無いから今は緊張した気疲れが来てるだけ。すぐに元に戻るわ」

 

「それなら良かった〜! ウララもね、子供の頃の運動会で沢山の人の前で初めて走った時はとっても緊張しちゃったけど、走ってたら皆から応援されたりしてすっごく嬉しかったなぁ〜!」

 

「そう……ウララさんは強い子ね」

 

 褒められてえへへと嬉しそうに笑うハルウララに、優しげな笑みを浮かべるキングヘイロー。

 

 見てるだけで自然とほっこりとする光景をしばらく眺めつつ、セクレタリアトは少ししてからコホンと喉を鳴らした。

 

「そういやキング、一応今回のレースなんだがチームリギルに入る選抜レースってこともあって勝ったお前はリギルに入ることも出来るがどうする? お前はまだどこのチームにも入っていないし、もし入るってんなら事前に東条トレーナーやお前のトレーナーには話してあるから、俺から2人に伝えとくが……」

 

「あぁ、そういえばそういうレースだったわね……」

 

 トレセン学園において最強のチームリギル。数々のGⅠウマ娘を輩出した東条トレーナーの腕前は確かであり、入れば栄光は約束されたようなものだが───

 

「その話をした時、トレーナーはなんて言ってたの?」

 

「んーと……『キングの意見は尊重する。だが、もし彼女がリギルに入るつもりなら俺も東条さんのサブトレーナーだろうが雑用係だろうが何をしてでもリギルに関わって彼女の一流ウマ娘としての行く末を見届けるつもりだ。一流のトレーナーなら、1度でも担当を持ったウマ娘を放ったらかしにはしない』だってよ」

 

「そう……ふふっ、トレーナーもおばかね。リギルに入るつもりなんて最初から無いのに。私には既に一流のトレーナーが居るもの。今更他のトレーナーに任せるつもりは無いわ」

 

「……本当にいいんだな?」

 

「えぇ、一流に二言は無いわ」

 

 キングヘイローは迷いなくリギルに入る選択を捨てた。普通なら1度も実績を積んだことのない新人トレーナーよりも、既に輝かしい実績を幾つも手にしているトレーナーを選んだ方が良いに決まっているが、それでもキングヘイローは自分の意思を曲げるつもりはなかった。

 

「お前もトレーナーも似た者同士だなぁ」

 

「一流のウマ娘と一流のトレーナーだもの。お互いに一流なのだからどこかしら似もするでしょう?」

 

「そういうもんかねぇ……」

 

 柔らかく微笑むキングヘイローの表情を見て、セクレタリアトは苦笑しながら呟いた。

 

「そういうものよ。セクさん達だってそうでしょう? お互い変なところで頑固になってどっちかが折れるまで意地を張ったりしてるじゃない。私、セクさんとクリスさんでトレーニング方法やら作戦を練るので何回も口論してたの見てたわよ」

 

「あっ! ウララもそれ見たことあるよ!」

 

「いやそれはトレーナーが俺の話に全然納得しねーから仕方なく……あぁもう、この話はやめやめ! これ以上話してたらこっちまで恥ずかしくなってくるわ!」

 

「あ〜! 師匠照れてる〜! かわいい〜!」

 

「ふふっ、セクさんも可愛らしいところがあるのね」

 

「うっせ!」

 

 頬を少しばかり赤く染めながらセクレタリアトが顔を明後日の方向に向けて話をぶった切ると、その姿を見たキングヘイローとハルウララは優しく笑った。

 

「あぁ〜というかそんなことよりも、実際問題としてキングはチームとかどうするんだ? トゥインクル・シリーズのレースに出るためにはチームに加入する必要があるが、キングのトレーナーはチームを作ってないんだろ?」

 

「そうね……チームを作るためには最低でも3人以上必要だけれど、トレーナーは私以外のウマ娘を同時に担当するような器用な真似は出来ないでしょうから、自分達で作るにしても難しいわね……最悪、名前だけを借りて私1人だけのチームを作ることも出来るけど、そんなことしたらバレた時がタダでは済まないし何より一流のウマ娘としてそんな行為は受け入れられないわ」

 

 あくまでも一流のウマ娘として正々堂々とした行いを好むキングヘイローはそう語ったが、その顔には悩ましげな表情が浮かんでいた。

 

 ウマ娘である以上レースには出たい。しかし、レースに出るためには前提条件としてチームに加入する必要がある。

 1番手っ取り早い解決策としてはどこかのチームに加入することだが、それをすると今契約しているトレーナーとは契約を破棄し、そのチームの担当トレーナーと契約を新しく結ぶ必要があった。

 

 キングヘイローとしては今のトレーナーから他のトレーナーに鞍替えするつもりは毛頭ない。ならば逆に自分でチームを作ればいいという話になるが、キングヘイローのトレーナーはまだ誰も担当のしたことの無い新人トレーナーである為、そんなトレーナーのお世話になりたいというウマ娘はまず居ない。

 

 クリストファーから教わっているものの、キングヘイローのトレーナーに複数のウマ娘の面倒を見る技量まだ無い。その点を踏まえてどうするべきかキングヘイローが悩んでいると、セクレタリアトはニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「なぁ、キング。それとウララ。俺達でチームを作らねぇか?」

 

「えっ……?」

 

「ほぇっ?」

 

 突然の誘いにどういうことかとキングヘイローとハルウララはセクレタリアトへ顔を向けた。

 

「前から思ってたんだ。キングがどこのチームにも入ったりしないなら、俺とウララとキングの3人でチームを作りたいって。チームトレーナーをクリスおじさんにして、サブトレーナーをお前のトレーナーにすればチームとしては登録できる。練習も今まで通りにすれば特には何も問題無いしな」

 

「それはそうだけど……そもそもセクさんは既に引退しているのでしょう? なのにチームを作ることが出来るの?」

 

「あぁ、それについて前に確認してみたら色々とめんどい条件はあるが登録自体は出来るそうだ……それで、2人ともどうする?」

 

 いつにもなく真剣な表情でそう語るセクレタリアトにキングヘイローとハルウララは───

 

「師匠とキングちゃんと一緒にチーム作れるなんてとっても嬉しいよ〜! うっらら〜♪」

 

「そういうことなら是非ともよろしくお願いするわ」

 

「はやっ」

 

 即答でそう返し、あまりの早さにセクレタリアトは一瞬だけポカンと口を開けて呆けたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「よし、そうとなれば今からチーム名決めっぞー!」

 

「おー!!」

 

「えぇ、キングに相応しい名前を付けてあげるわ!」

 

 そうして、3人は夜遅くまでチーム名を考え続けたのだった。




ちなみに作者は今回のキングの取った作戦を学生の頃のマラソン大会で友達と勝負した時にゴール前でやられ、悔しかった思い出が10年近く経った今でも覚えてます……いや、後ろに居たやつの影に隠れてたらパッと後ろ振り向いたぐらいじゃ分からんから油断するて……。

あと最近ウマ娘のゲーム配信からVTuberを知って沼りました。ストーリーとか既に知ってるのに人が泣いてる所見ると釣られて泣けるの何なんでしょうね……某魔女さんほんとすこ

追記

今作のチームを作るための最低人数ですが、原作の5人以上必要から変更してあります。
カノープスも4人なのにチーム作れてるので正確な設定はよく分からないですけど……とりあえず今作では3人以上が必要ということにしてありますのでよろしくお願いします。


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偉大な赤いアイツ、呼び出しされる

 トレセン学園の教師というのはとても大変な仕事である。

 

 たとえ日本一を誇るトレセン学園といえど学校は学校。在籍するウマ娘達にはレースに関することだけでなく世間一般的な基礎知識も教えなければならないのだが、超マンモス校であるトレセン学園の生徒数は半端ではないほどに多い。

 

 そのため、教科ごとにある程度は分かれているがそれでも教師に対して受け持つクラス数が多く、クラス毎で授業計画を立てたりプリントの準備などで毎日が大忙しなのだ。

 

 それに加え、クラスの担任教師ともなると更に別の仕事も発生する……クラスの運営である。

 

「うぅ……しんどい〜……」

 

 職員室にて割りあてられた作業机の上に突っ伏し、1人の女教師が苦しげな声を上げており、それを近くで見ていた他の教師達は可哀想なものを見るような目を向けるも誰も声をかけようとはしなかった。

 

 一見すると薄情と思われるかもしれないが、しかしそれも彼女を苦しめている原因を聞けば誰しもが答えに詰まるため、今では話しかける人物が誰も居なくなってしまっていたのだ。

 

「セクレタリアトさんが来てからというもの、クラスの空気がずっと重いぃ……!」

 

 少し前に留学してきたアメリカの三冠ウマ娘、セクレタリアト。そんな大スターが在籍するクラスを受け持ってしまった彼女はセクレタリアトが来てからというものずっとクラスの空気が冷えきっていることに頭を悩ませ続けていた。

 

 原因は言わずもがな、セクレタリアトが自己紹介の時に話した内容が切っ掛けだ。あれ以来クラスは常に緊張感でピリッとしており、誰もがセクレタリアトに対する闘争心を胸に抱いているせいかクラスで和気藹々とした空気が生まれようとしないのだ。

 

 ナリタブライアンやヒシアマゾンなどの一部のウマ娘はたまにセクレタリアトと話したりすることもあるらしいが、それでも大多数のウマ娘はセクレタリアトに対して話しかけたりするようなことがほぼ無い。

 

 そりゃ初対面で自分のことを格下に見てくるような気に入らない相手に話しかけるつもりなんてよっぽどのことがない限り起きないのは重々承知だが、担任教師としてそんなクラスの状況を見過ごせる訳もなく、彼女は何とかしてクラスの空気を良くしようと努力してきたのだが結果は尽く失敗。

 

 どうやったらクラスの雰囲気が良くなるのか同僚や先輩教師に聞いても笑顔で「頑張れ!」と励まされるだけ。そんな応援よりも的確なアドバイスをくれ! と何度キレ散らかそうと思ったか分からないぐらいに彼女は疲れきっていた。

 

「セクレタリアトさんも悪い子では無いんですけどねぇ……ちょっと天然な所はあるけども」

 

 あの自己紹介の後、セクレタリアトと個人面談をしてみれば意外と気さくで話しやすいし、アメリカで仕事をしていたからなのか目上の人間と話す時のマナーもしっかりしているし、発言自体も本当に裏の意図などはなくただ額面通りにそう思ってるだけということがすぐに判明したことから、セクレタリアト自身は特に悪い人物では無いことを彼女はすぐに理解していた。

 

 それをクラスの皆にも分かってほしいと頑張ってきたものの、年頃で多感な時期の少女達の誤解を解くことは出来ずに今に至ってしまう。

 

「胃が痛い……薬飲も……」

 

 どうすれば皆にもセクレタリアトのことを理解してもらえるのか。その解決策が全然分からず、胃痛で苦しむ毎日を何とか胃薬で我慢しながら彼女は今日も仕事を頑張っていた。

 

 ……そんな彼女の所に、1人のウマ娘が近付く。

 

「あ、居た居た。先生おはようございます」

 

「へぁっ!? セ、セクレタリアトさん!?」

 

 悩みの種の元凶ことセクレタリアトが始業前だというのに朝からやって来たことで、完全に油断しきっていた彼女は驚きのあまりガタッと大きな音を立てながら机から身体を起こして立ち上がった。

 

「こ、こんな朝早くからどうしました? ま、まさかクラスで何か起きたとか!?」

 

「クラス? いや、別に何も無かったですよ?」

 

「そ、そうですか……では、何の用でここに?」

 

 クラスで何か問題が起きた訳じゃないことに彼女はホッとため息をつくが、しかしそれならセクレタリアトが何の用で職員室に来たのか疑問に思いそう聞いてみれば───

 

「あぁ、実は俺とキングヘイローとハルウララの3人でチーム作ることになったんで、申請用紙が欲しいんですけど何処で受け取れるのか聞きたいんですけど……先生がその用紙持ってたりします?」

 

「……アッハイ、モッテマス」

 

「お、本当ですか! それならちょうど良かったです!」

 

 あのセクレタリアトがチームを作るというとんでもない爆弾を投げ返されて、今日はいつもよりも多く胃薬を飲むことにしようと彼女はチームを作成するために必要な申請用紙を手渡しながら決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進み放課後。ほとんどの生徒達が帰宅するかトレーニングに励む頃、セクレタリアトとそのトレーナーであるクリストファーは2人以外誰もいない夕焼け色に染まる廊下を歩いていた。

 

【……チームを作るってだけでなんで俺達は生徒会に呼び出しされてんだろうな】

 

【……お前がもう既に引退している身なのにチームを作ろうとしているからじゃないか?】

 

【いや、それはそうなんだろうけど……一応事前に確認はしたんだぜ? 引退したウマ娘でも条件によってはチーム登録可能かって】

 

 そう言って心底不思議そうに首を傾げるセクレタリアト。そもそもどうしてこうなったかというと、事の発端は早朝に担任教師からチームの申請用紙を受け取ってからクラスで記入欄を書いている時のことだった。

 

『……ん? セクレタリアト。その用紙は何だ?』

 

『あぁ、おはようブライアン。チームを作ることにしたから今は申請用紙に記入してる最中だぞー』

 

『なに……!? ちょっと待て!』

 

 たまに話し合う程度には仲良くなれたナリタブライアンにセクレタリアトがチームを作るということを語るとストップがかかり、すぐさま何処かへと連絡を取ると『今、会長と話した。チームの事で話し合いたいことがあるからトレーナーを連れて放課後に生徒会室へ来い。ここだと人目が多すぎる』と言われ、その有無を言わさない気迫に負けてあれよあれよと流されている内に気付けば放課後に生徒会室へ呼び出されていたのだ。

 

【ん〜……まぁでも、引退したウマ娘がチーム作ろうってしてんだから普通に考えたらそりゃ止めるよなぁ。チーム作るってなったらレースで走りたいんだろうなって誰でも思う訳だろうし】

 

【……アメリカではカムバック制度がしっかりしてるおかげで1度引退しても実力さえあれば現役復帰出来るが、日本ではそういう事例が無いからな】

 

 海外と日本においてウマ娘に関することは幾つか違いがあるが、その中の大きな1つとして引退したウマ娘の現役復帰に関するルールがある。

 

 海外においては故障などで引退したウマ娘であっても、身体が完治すれば現役復帰してGⅠレースに出走することが出来るのだが、日本においては1度引退してしまうと地方のレースならともかく、中央のレースでは現役復帰することが出来なくなってしまうのだ。

 

 これは昔現役を引退してから復帰したウマ娘が中央のレースに出るためのトレーニングに身体が耐えきれず故障を起こしてしまったことが原因であり、その事件があって以来日本では引退したウマ娘が中央のレースに出ることは出来なくなってしまった。

 

 そのこともあって引退したウマ娘に関しては日本はかなり厳しいのだが、セクレタリアトはあくまで海外で活躍して引退したウマ娘。

 

 それが日本においてどのような裁定をされるのかは非常に曖昧な所であり、気になったセクレタリアトが事前に確認を取った所『中央レースには出走できないが、身体能力に対する試験と診査を受けレースにいつでも出られる程の能力を有していると学園から判断されればチーム登録自体は可能』という回答を受け取った。

 

 引退はしたものの、身体を鈍らせない為にもトレーニング自体は現役時代と比べるとかなり減らしてるとはいえある程度は続けているし、そのこともあって全然ピンピンしているセクレタリアトからしてみればその条件は受けるのがめんどいものの余裕で合格できるような物でしかなかった。

 

 だから気楽にチームを作ろうと考えていた訳なのだが……。

 

【俺、レースに出る気はサラサラ無いんだけど……もしかしてそこら辺勘違いされてんのかなぁ】

 

【……かもしれんな。ましてやお前はアメリカの三冠ウマ娘。それがチームを作るってなれば誰だってお前が日本で現役復帰をするつもりだと思って話も大きくなる】

 

【やっぱりか……もう俺はレースで走るつもりなんて無いんだけどなぁ……はぁ……】

 

 ガクッと肩を落としてため息をつきながらセクレタリアトはとぼとぼと歩き続けようとしたが、隣で歩いていたクリストファーが突然足を止めたのを見て自然と足を止めてクリストファーの方へと身体を向けた。

 

【トレーナー? 急に立ち止まってどうし───【ねぇ、セク】】

 

 急に足を止めたクリストファーを不審に思い声をかけると、言葉を遮ってセクと呼び掛けられたことでセクレタリアトは眉を顰めた。

 

 クリストファーがセクレタリアトを愛称で呼んだ。それは決まってトレーナーとその愛弟子としてではなく、家族として話したい時だけだ。

 

【もう一度だけでいい。レースに復帰してみないかい?】

 

 先程までの無表情で威圧感を纏っていた姿から一転し、クリストファーは物悲しげな表情を浮かべながらセクレタリアトに優しい口調でそう語りかけた。

 

【……その話はもうずっと前から何度もしただろ、クリスおじさん。俺はもうレースには復帰しないって2人で話し合って決めたはずだ】

 

【あぁ、けど僕はその選択を受け入れた訳じゃない。僕はトレーナーとして、1人の叔父として、そして1人のファンとして君が走る所をもっともっと見ていたいんだよ】

 

【……どうして今になって急にその話をしたんだ?】

 

 クリストファーの話を静かに聞いていたセクレタリアトは視線を鋭くしながら問いかける。もう話し終わったはずの話をぶり返してきた切っ掛けはなんなのかと。

 

【昨日の模擬レースを見て思ったんだ。キングは素晴らしい素質を持っている。状況を常に把握できる冷静な判断力。大抵のウマ娘ならば最後の直線で必ず差し切れる末脚。そして何よりもどんなトレーニングだろうと絶対に逃げ出さない根性。特別な才能は無くとも、彼女の走りならこれからも沢山のレースで勝つことが出来るだろう。だが、彼女は───絶対に越えられない壁(・・・・・・・・・・)という物を知らない】

 

 キングヘイローは幼少期から母親に憧れ、一流のウマ娘となるべく様々な『障害』を乗り越えてきた根性のあるウマ娘だ。

 

 だが、キングヘイローはまだデビューさえしていない新人。故に、彼女はまだ本当の意味での『障害』という物に出会った事がないとクリストファーは語った。

 

【どれだけ練習を積んでも、どれだけ作戦を練ったとしても、絶対に勝てないウマ娘が世の中には居る。ウララもキングもこれから先もっと強くするのなら、戦う場所は自然と日本ではなく世界になる。そんな時……彼女達が本当の意味での『障害』とぶつかってしまった時に、その心が折れないかどうか……】

 

【……なるほどな。だから事前に俺が2人に対するその『障害』になれってことか?】

 

 セクレタリアトがそう問うと、クリストファーは首を縦に振った。

 

【確かにおじさんの話には一理ある。だが、それなら別に俺がレースに復帰しなくても2人と併走トレーニングでもすりゃいい話じゃねぇか?】

 

【いいや、それじゃあダメだ。セクも分かっているだろう? トレーニングとレースじゃ全然違う。絶対に負けられないからと全力を出し、汗の一滴まで燃やし尽くして勝利を目指して走るレースと、本番に近いとはいえあくまで練習の一環でしかないトレーニングとでは実感が違いすぎる】

 

【……俺じゃなくてもいいじゃないか。日本にだって強いウマ娘は沢山居るだろ】

 

【あぁ、確かに居るね。だが、キング達なら努力すれば勝てる程度の実力(・・・・・・・・・・・・・)だ。それでは『障害』とは言えない】

 

 クリストファーは日本に来てからというもの、ずっと日本のウマ娘達のことを調べていた。トレーナーとしての見る目も一流である彼がそう語る以上、その言葉は決して間違っていないのだろう。

 

【セク、君だ。君だけなんだ。彼女達の『障害』として立ち塞がれる"世界最強"は君しか居ないんだ】

 

【ッ……!】

 

 自分だけしか居ないと言われ、セクレタリアトは何かを言おうと一瞬だけ口を開くもすぐに閉じ、苦しげな表情をしながら拳を強く握り締めた。

 

【……俺はッ、レースに出ない】

 

【セクッ!】

 

【来んなッ!】

 

 まるで何かを吐き出すかのようにそう呟き、背を向けて歩き出したセクレタリアトにクリストファーが手を伸ばそうとすると、強い拒絶の言葉をぶつけられ思わず動きを止めた。

 

【……生徒会室には俺一人で行く。おじさんには悪いがもう帰ってくれ】

 

【セク、僕は……】

 

 立ち去ろうとするセクレタリアトになんと声を掛けるべきか、口に出す言葉が思い浮かばず迷うクリストファーに対しセクレタリアトは背を向けたまま歩き───

 

【おじさん、俺はもう……誰も壊したくねぇんだよ……】

 

【───】

 

 その囁くような小さな言葉にクリストファーは遂にかける言葉を無くし、セクレタリアトはそのまま歩き去っていった。

 

 後に残されたクリストファーは暫くそのまま立ち尽くしたままだった……伸ばした手は何も掴むことは無かった。



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偉大な赤いアイツ、皇帝と邂逅する

「はぁ……何やってんだ俺は」

 

 クリストファーと分かれ、1人で生徒会室へと向かうセクレタリアトは道すがらにため息をついた。

 

「いい歳してキレかけるなんてほんとみっともねぇ……後でおじさんに謝らねぇとなぁ……」

 

 先程までは少しばかりイライラしていたものの、1人になったことで大分頭が冷えて思考が正常に戻ってきたセクレタリアトはクリストファーに向けて放った言葉を反省しつつ、少しばかりの自己嫌悪に苛まれていた。

 

「それにしても……レースに出て欲しい、か」

 

 クリストファーにどうやって謝るべきか思考を回してる最中、ふと先程の言葉がセクレタリアトの脳裏を過ぎった。

 

 レースに出て欲しい。走るところをもっと見たい。そう言ってもらえるのは正直に言って1人のウマ娘として非常に嬉しい言葉ではある。

 セクレタリアトとて走るのは好きだ。自分が走ることで誰かが喜んでくれるというのであればいくらでも走ってあげたいという気持ちはある。

 

 だが───

 

『セクと走るの……もう嫌になっちゃった』

 

 三冠を取ったあの日から、ずっと頭にこびり付いて離れない言葉があった。

 

「……分かってるさ、シャム。俺みたいなヤツはレースに出ない方がいい」

 

 誰に告げる訳でもなく1人そう呟きながら歩き続けると、暫くしてセクレタリアトはようやく生徒会室へと辿り着いた。

 

 コンコンとノックをすると中から低い女性の声で「どうぞ」という声が聞こえ、セクレタリアトは「失礼します!」としっかり声を掛けてから扉を開いて部屋の中へと入った。

 

「よく来た、セクレタリアト。急に呼び出してしまって申し訳ない」

 

 そう言って語りかけて来たのはこのトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフだ。部屋の中には彼女だけしか居らず、生徒会長の机の前に立ってセクレタリアトへと視線を向けていた。

 

「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。シンボリルドルフ会長」

 

 いつもならば(生シンボリルドルフだぁあああああああ!? ウマ娘になってもめっちゃ凛々しくてカッケェ! イケメンすぎる! しかもなんか実物ってこともあるせいかめっちゃオーラみたいなの感じて半端ないな! ウヒョオオオオ!!)などと考えたりするものだが、この時ばかりはテンションが下がりきっていたこともあってセクレタリアトは特に変なことは何も考えることなく自然体でシンボリルドルフと接していた。

 

「おや、トレーナーと一緒に来て欲しいと伝えてあったはずだが……君1人か?」

 

「えぇ。勝手ながらではありますが諸事情によりトレーナーには少しばかり席を外してもらいました。自分だけでは話せないということであれば、また後日トレーナーと揃ってお話をお伺いさせて頂きますが……」

 

「いや、大丈夫だ。君のトレーナーに関しては出来れば一緒に来て欲しかったが、最悪居なくても問題は無いよ」

 

 シンボリルドルフはそう言いつつ机の前から離れ、セクレタリアトの方へと近付く。

 

「お互いこうして話すのは初めてだな。君がこの学園に来た時からずっと話し合いたいと思っていたんだが、生憎と今日は時間が無くてね。早速君のチーム結成についての話をしたいからソファーにかけてくれ」

 

「えぇ、失礼します」

 

 対面するようにセクレタリアトとシンボリルドルフは部屋の中に置かれているソファーへと腰掛けた。

 

「ふっ、そんな畏まらなくていい。生徒会長という立場ではあるが、同じ学び舎の友として気楽に接してくれて構わない」

 

「畏ま……いや、分かった。そういうことなら気楽に話させてもらうぜ」

 

「あぁ、是非そうしてくれ。君に畏まられるのは少しむず痒い気がするからな」

 

 アメリカの三冠ウマ娘と日本の三冠ウマ娘。同じ三冠ウマ娘ではあるがシンボリルドルフはこの学園の生徒会長ということもあってセクレタリアトは目上の人間に対する姿勢で居たが、シンボリルドルフ的にはそれがおかしく見えたようだった。

 

「それで、会長はどうして俺を呼び出したんだ? 何かチームを作ると不味いことでもあったのか?」

 

「いや、そんなことは無いさ。ただ、引退したはずの君がチームを作りまたレースに出走するつもりだという話をブライアンから受けてね。世界的にも活躍した君が日本で現役復帰するなんて話が本当なのか事情を詳しく確認する必要があったからこうして呼び出したんだ」

 

「…………」

 

 やっぱりか、とセクレタリアトは無言のまま内心でそう思う。レースになんて出る気は無いというのに、シンボリルドルフ達はセクレタリアトがレースに出て現役復帰するのだと勘違いしている。

 

「あ〜……シンボリルドルフ会長。俺は別にレースに出るつもりは───」

 

「あぁ、みなまで言わなくても分かっている。君は現役復帰するつもりだなんて無いのだろう?」

 

「へっ……?」

 

 シンボリルドルフの誤解を解くべく、レースに出る気は無いと伝えようとした瞬間にそう言われ、セクレタリアトは思わず呆然とした。

 

「君に話を聞くだけじゃなく、事前に他の人にも聞いてみたら君は以前レースに出ずにチーム登録する方法があるのか担任の教師に相談していたことがあるそうだね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「なら、そんなことを聞いている人物がわざわざレースに出ようとする筈が無い。君がチームを作ろうとしているのはキングヘイローとハルウララを含めたウマ娘達をレースに出させるため……違うかな?」

 

 自分の思っていたことを全て言い当てられ、セクレタリアトはコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。

 

(……やはりか)

 

 そして、その様子を見ていたシンボリルドルフの中である仮説が組み立てられていく。

 

(事前に得られた情報からして、セクレタリアトは最初からレースに復帰するつもりなどない。だが、それでもチームを作ろうとしたのはキングヘイローとハルウララ……そして、それ以外にも目に付いたウマ娘の勧誘が目的か)

 

 一見、今回のチーム結成騒動に関して言えばセクレタリアトが現役復帰するために作ろうとしていると見られるが、以前にもセクレタリアト故障説を考えていたシンボリルドルフからしてみれば今回の騒動はまた別の見え方をしていた。

 

(セクレタリアトが日本に来たのは後継者を探すため。それがどのような基準の元に誰が目に付いたウマ娘なのかは皆目検討もつかないが……昨日の模擬レースで凡才だったキングヘイローがエルコンドルパサーに勝利した走りを見せ、それをアピールにしてチームを作り有力なウマ娘を囲い込もうとしているのだろう)

 

 シンボリルドルフから見て、キングヘイローはそこまで走りに才能があるタイプでは無かった。にも関わらず、昨日の模擬レースにおいてキングヘイローは1位をもぎ取った。

 

 レースで勝利するためには努力を積み重ねるのは勿論のことだが、生まれた時から有する才能の有無が天と地程の差を生む。

 

 才能を持つ者と持たざる者。この両者では圧倒的に前者の方が勝者になりやすく、後者の方が敗者になりやすい。

 

 これを当て嵌めるのであれば、前者がエルコンドルパサーで後者がキングヘイローだ。

 

 エルコンドルパサーは誰が見ても才能を感じさせる走りを持っていた。それに対してキングヘイローの走りはフォームこそ綺麗なものの特に秀でた才能は見受けられなかった。

 

 にも関わらず、先の模擬レースで勝ったのはキングヘイロー。凡才という言葉を跳ね除け、作戦によって勝利を手にした彼女の立役者は誰かといえばそれは間違いなくセクレタリアトとそのトレーナーだろう。

 

 セクレタリアトが学園に留学してきてから僅か1ヶ月程度。たったそれだけの短い期間で凡才だったキングヘイローを天才のウマ娘相手にでも勝てる術を身につけさせつつある。

 

 目敏い者であればその育成手腕に目を見開き、どのようなトレーニングをしたのか聞きたくなるぐらいにはセクレタリアト達は凄いことをしでかしたのだ。

 

(凡才でも天才に勝てる。そのことを証明した以上、より更なる高みへと登ることを望むウマ娘達がセクレタリアトの元へと訪れようとするのは自明の理だ)

 

 誰だってレースに出るなら勝ちたいに決まっている。だからこそ、多くのウマ娘がセクレタリアトの指導を受けたいと願うのは当然のことだ。

 

 しかし、セクレタリアトはトレセン学園においてはあくまでただのウマ娘。トレーナーでもなんでもない以上、頼んだからと言ってトレーニングを付けてもらえるかは分からない。

 

 だが、今回セクレタリアトがチームを作ったとなれば、あくまで同じチームメイトとして色々と教えてもらえることは出来るかもしれないのだ。

 

(セクレタリアトがチームを作ったとなれば、どんな事をしてでも強くなりたいウマ娘達は我先にと志願することだろう。後はその中から目に付いたウマ娘を選び、チームのメンバーとして囲い込んで離さなければいい)

 

 正に一石二鳥。キングヘイローを使って見出した弱者から強者へなるための可能性を餌にして勧誘をしやすくすると共に実力のあるウマ娘をチームメンバーとして縛り付けれるのだ。

 

(これが全て計画され尽くした上での行動であるならば、これまでの私達は全て彼女の掌の上で踊らされていたことになるな……)

 

 元々この学園に居たと思われるセクレタリアトと繋がるタイキシャトル以外の人物の特定も出来ていない。その人物を特定しようにも、セクレタリアトがチームを作ってしまえばチームに殺到する志願者達の中に紛れて姿をくらませる事がシンボリルドルフには容易に想像できた。

 

 学園に留学してくる前からここまでの未来図を描き、実行し、完遂させつつあるというのであればセクレタリアトは正真正銘の化け物でしか無かった。

 

「チームを作るのは別に構わない……が、しかし、念の為私の方でも確認をしてみたのだが、残念なことに君をチームの1人として登録するのは結構難しいようだ」

 

「は、はぁ……?」

 

 どういう事なのか事態を飲み込めず目を白黒させるセクレタリアトに対して、シンボリルドルフは畳み掛ける。

 

「海外で引退したウマ娘が日本に留学してチームの登録だけするなんて事例は過去に無くてね。それに近しい規定はあっても明確な規定が作られていないんだ。だから、君をチームの1人として登録するならば規定を作る所から始めなければならないため、申し訳ないが時間が非常にかかることになってしまう」

 

「あぁ、なるほど……ちなみにどれぐらいの時間がかかりそうなんだ?」

 

「そうだな……早く見積もっても1ヶ月。下手すると数ヶ月近くはかかると思う」

 

「なっ!?」

 

 シンボリルドルフの話を聞き、セクレタリアトは驚きのあまり目を見開いたが、しかし考えてみればそれもある意味当然のことと言えた。

 

 チームというのはあくまでレースに出るウマ娘のためにある。チーム内同士で競い合い高め合い、実力を付けて他のウマ娘達と競い合う為の大事なシステムだ。

 

 それを海外で活躍したとはいえ既に引退したウマ娘がレースに出る気も無いのに登録だけしたいだなんてのはよくよく考えてみれば筋が通らない話と言えた。

 

 しかもそんな話はこれまで前例が無かったこと。前例が無いから何をしてもいいという訳ではなく、どうするべきかの明確な規定を作り上げなければならないのは仕方の無い事だった。

 

「数ヶ月って……もっと早めることは出来ないのか?」

 

「それに関してはトゥインクル・シリーズを運営しているURAに聞いてみない限りにはなんとも言えないが……少なくともどうにもならないだろう」

 

「マジかよ……」

 

 シンボリルドルフの話を聞き、セクレタリアトは額に手を置いて天を仰ぐ。

 

 レースに出るのにチームの参加は必要条件。数ヶ月も規定が作られるのを待っていてはデビュー戦の時期なんてとっくに終わってしまう。

 

 デビューするのが遅ければ遅くなってしまう程、その分だけ出場できるレース数は減ってしまうためGⅠレースに挑む機会がどんどん遠くなってしまうだろう。

 

 規定が出来上がるのを待つためだけにキングヘイローとハルウララのデビューを遅らせてしまうぐらいなら、他のチームに入れてもらうかもしくは誰か他のウマ娘を勧誘してセクレタリアトを除いたチームを作った方が早かった。

 

「あ〜、分かった。わざわざ教えてくれてありがとうな、シンボリルドルフ会長。今のことを踏まえてチームのことについてトレーナー達とも話す必要があるから、もう一度深く考えてからどうするか決めるよ」

 

「あぁいや、早とちりしないでくれ。話はまだあるんだ」

 

 チームを作れない以上他の手立てを考える必要が出てきたことでセクレタリアトは頭を悩ませながら席を立とうとしたが、シンボリルドルフはそれを止めた。

 

「私としても君達が折角作ろうとしたチームが作れないというのは心苦しい。そこでだ、1つ提案があるんだ」

 

「提案……?」

 

 怪訝そうに見てくるセクレタリアトに向けて、シンボリルドルフは人差し指を立てながらニヤリと笑った。

 

「私の知り合いに1人、どこのチームにも入っていないウマ娘が居るんだが───君の代わりにその子をチームに入れてもらえないだろうか?」




後書きとかで雑談するぐらいならそれ用のTwitterアカウントでも作った方がいいんじゃない?というメッセージを頂いたので折角と思い作って見ました。
基本的にはネタ帳代わりとして使ったりとかする予定なので、興味があったりする方はユーザーページにID載せておいたのでフォローしてみてください!

また、皆様からの感想や評価等は今まで通りハーメルンの方でお受付致しますので、沢山頂けると励みになりますので何卒よろしくお願いします!


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