マジックでは理解できない本物の魔法を使いたいのでINTに極振りしてみました (ディスタブ)
しおりを挟む

プロローグ

突発的にかいてしまったお話。
モチベが続く限りかけるよ。


NewWorld Online

 

最新のVRMMOとして発売されたゲームは瞬く間にゲーム界を震撼させた。

停滞していたVRMMOのグラフィックの一新、味覚エンジンの調整、ありとあらゆるものが細かく作り込まれたVRMMOは、多くの人々を魅了していった。

 

『VRMMOもとうとうここまできたか!』とまで言わせしめる渾身の一作。

 

ゲーム情報誌や一部のニュース番組で大々的にスクープされ、ゲーマーだけでなく、今までゲームに触れてこなかった人々さえものめり込むように魅入っていた。

その影響もあり、ゲームショップや家電屋で販売されていたVR機はソフト発売前に品切れ手前まで陥ったという。

 

公式の生放送では、公式の想定を超える視聴者によって配信トラブルが起こるほどまでにいたった。

 

誰しもが憧れていた剣と魔法の世界が、そこにはあったのだ。

 

星河悠(ほしかわゆう)もまた、このゲームに心動かされた人間の一人だった。

高校1年生にして、大成を為しつつある1人のマジシャン。

世界的に有名…どころか日本にも知っている人間はほとんどいないが、業界の中ではダークホースとして若くして注目を集め始めた。

 

大事な時期は、正にこれから!というはずなのだが、悠の心は完全にこのゲームに魅了されてしまった。

 

流れるような動作で杖から小さい青い球を発生させ、攻撃する魔法使いのプロモーションビデオを見て、悠は歓喜した。

 

タネも仕掛けもない本当の魔法が、この世界にはあるのだと。

 

マジックは、人々に魅せるものだ。

 

驚かせ、喜ばせ、湧かせる。

 

だが、マジシャン自身はどうだろうか。

 

もちろん、反応を見て楽しむことはできる。むしろ、ここに楽しみを覚えなければマジシャンは務まらない。

 

だが、悠は他のマジシャンのショーを見ても、どうしても楽しめなかった。

 

どういうトリックがあり、どういう内容で、どう誘導しているのか。なんとなくだが、理解できてしまうのだ。

もしかすると、悠だけでなく、ほとんどのマジシャンがそうなのかもしれない。

 

だからこそ、現実世界では理解できない本物の魔法を悠は求めていたのだ。

 

今までもVRMMOで魔法のゲームは多くあったが、どれもグラフィックやシステムがイマイチ。どうしても不自然な点が多く、購入前から気になってしまうことがあった。結果として、悠は一切VRMMOに触れることはなく、現在までいたる。

 

ゲーム機本体を買う必要があったが、悠自身が滅多に我儘を言わないこともあり、両親も承諾。

 

ゲーム機本体の値段は大分張るのだが、多少の稼ぎがあったこともあり、ことなきを得た。

 

予約が開始と同時にNewWorld Onlineを予約注文に成功した。

 

 

 

そうして正式なサービス開始から数ヶ月。

 

 

星河悠の分身とも呼ぶことのできるアバター…ウィザードは原初の魔法使いと呼ばれることとなる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初戦闘

ゲームを起動した悠が初めに降り立った場所は、西洋風な建物が並ぶ町でも、モンスターがいる草原でもなく、空色を基調とした不思議な空間だった。

どこまでも続く青は、まるで現実世界の空のように、途方もなく果てまで広がっているように思えた。

 

あたりを見回してみれば、自分の周りにはホログラムのように浮かび上がっている透明な武器があった。

 

大剣、メイス、杖、短刀、大楯…どうやらプレイヤーが一番初めに選ぶことのできる初期装備らしい。

武器を触ってみると新しく透明なウィンドウが飛び出し、説明文が表示される。全ての武器に触れ、説明文を読み終えると、悠は迷うことなく杖を選択した。

 

実をいうと、最初から悠の中では杖を初期装備として選ぶことは決まっていたのだ。魔法を使いたいが為に、このゲームを買ったと言っても過言ではないのだから。

杖はMPを使用して、ありとあらゆる魔法を駆使して戦うことができる。そのMPの値も、ある程度INTと関係があるらしい。故にステータスの割り振りでも迷うことなく、全てのポイントをINTに入れる。

 

MPに振り分けることがなくても、INTに振り分けることによって多少はMPの最大値を増やすことができる。増やすことはできるといえど、限度はあるが…。

 

INTに極振りした理由は単純明快。

 

『INTに全部振った方が、超常的な派手な魔法が使えるでしょ?』…こういうことである。

実際のところ、MPがあってこその魔法だが、そこまでゲームをしてきたことのない悠には理解ができていなかった。

 

最後にプレイヤーネームの登録を終えると役目を終えたと言わんばかりに浮かんでいたホログラムとウィンドウが姿を消す。同時に、どこまでも続くこの世界までも小さな輝きとともに消滅していく。

 

その奇跡のような光景に思わず感嘆の声を上げる。

 

小さな粒子となって散っていく世界。やがて目の前が光で見えなくなるまで、悠はその光景に見惚れ続けた。

 

こうして、プレイヤーネーム、ウィザードはNewWorld Onlineでの第一歩を踏み出した。

 

 

▼ ▼ ▼

 

街では多くのプレイヤーが青い光とともに姿を現し、興奮した様子で歩き回っていた。

自分の姿を確認する者、道に置いてある物や建物のグラフィックに感動する者、我先にと装備を整えフィールドへと向かって走っていく者。

 

人それぞれに行動しているが、どれも決して間違った反応ではないだろう。

 

斯くいうウィザードはというと、自身のステータス画面をマジマジと確認していた。

 

ウィザード

Lv.1

HP20/20

MP40/40(+9)

STR0

VIT0

AGI0

DEX0

INT100(+28)

 

装備

頭 【空欄】

体 【空欄】

右手 【空欄】

左手 【初心者の杖】

足 【空欄】

靴 【空欄】

装飾品 【空欄】

【空欄】

【空欄】

 

スキル

なし

 

見事なまでのINT極振りである。

しかし、よくよく考えてみると、このステータスでどうやってモンスターと戦えばいいのか。魔法使いの職業だけあって、初期の攻撃でも杖を振るうことで小さな青い光の球を放出することができる。

 

それだけである。

 

防御の魔法は覚えていなければ、高速で動くような魔法を覚えているわけでもない。近接戦闘に持ち込まれれば一瞬のうちに負けるだろう。

 

その事実に気づき、絶望しかけるウィザードだったが、近づかれずにとにかく遠くから一方的に攻撃することを決意することで立ち直る。

 

そう、当たらなければどうということはないのだ…多分。

 

透明なウィンドウを閉じ、大きく伸びをすると多くの人が走っていく方向へとウィザードも歩いていく。

西洋風の街並みを見ていると、まるで海外にいるかのような気分になってくる。日本のようなコンクリートで作られた道ではなく、石を敷き詰めたような道。時折綺麗なアーチを描くように水を放出する噴水。

父親に幾度となく連れていってもらったイタリアやスペインはこういった雰囲気の街並みが非常に多かった。

 

改めてこのゲームのグラフィックの良さを実感する。

 

流れに乗って歩いていくと、予想通り、モンスターが溢れるフィールドへと繋がっていた。

ゲームで最初のフィールドといえば、草原を連想する者が大多数を占めると思うが、NewWorld Onlineの最初のフィールドは森林だった。森といえば、序盤のダンジョンで出てくることが多い。NewWorld Onlineでは街から一歩出れば、そこはもう森の入り口であった。

 

森林の中へと入ると早速、草むらからウサギが飛び出してきた。

 

こちらに気づいている様子はなく、背を向けたまま耳をピョコピョコと動かす様子は現実世界のウサギと何ら変わることはない。

ウィザードにとっては千載一遇のチャンスである。音を立てないように杖を構え、狙いを定めて杖を振るう。

 

振われた杖からは、小さな青い球が放出され、一直線にウサギへと向かっていく。ウサギに触れたと同時に青い球弾け、ウサギを吹き飛ばすとそのままウサギはノイズがかかったようにグラフィックを揺らし、消えていった。

 

自分にEXPが入ってきたことを確認したウィザードは、手に持った杖をぼんやりと見つめる。

 

この杖からは、確かに青い球が飛び出していった。現実世界の手品のように、タネがあるわけでも、杖そのものに仕掛けがあるわけでもない。自分自身のMPというステータスを使用して、無から魔法を繰り出した。

 

その事実にウィザードは目を輝かせた。

 

▼ ▼ ▼

 

草むらをかき分け、開けた場所で次に出会ったモンスターは、雑草だった。

 

小さな足に丸い胴体。頭にはこの森に適応して生きていけるようになのか、長い草が生えていた。

 

つぶらな瞳と小さな口が実に可愛らしい。

 

モンスター名をマジマジと見つめる。

 

《謎の草モンスター》。

 

 

ポケットなモンスターの房草タイプ擬きがそこにはいた。

 

著作権はいいのかと内心疑問が残るが、正式に販売しているのだから、大丈夫なんだろう。

 

きっと。

 

 

振るわれた杖からは、小さな青い球が敵に向かって直進していく。

ほぼ同時に、謎の草モンスターは身体を震わせ、口から紫色の禍々しい球体状の塊を吐き出した。

その塊は、杖から飛び出した青い球体とぶつかると、弾けるように周りの地面を紫色に染め上げた。

 

今度は謎の草モンスターが、口から先程の塊を2回吐き出す。直後、ウィザードが2回杖を振るう。

紫色の塊と青い球体が、惹かれ合うようにぶつかり、弾け、辺りを紫色に染め上げる。

 

ある時はウィザードから。

その次は謎の草モンスターから。

 

2人は暫くの間、この攻防を繰り返した。

 

5分、10分、15分。

 

延々と終わらないかのように思えた頃、ウィザードに変化が訪れた。

 

突如として透明な窓がウィザードの眼前に現れる。

 

現れたのは、システムメッセージだった。

 

唐突に現れたシステムメッセージに驚いた隙から、2つの紫色の球体がとうとうウィザードの眼前まで迫る。

 

慌てて杖を振おうとしたウィザードだが、もう遅い。

 

咄嗟に杖を横にし、両端を持って目を瞑る。

 

バケツの中の水をぶち撒けたような音とともに、ウィザードの身体に衝撃が………走らなかった。

 

恐る恐る目を開けたウィザード。

 

目に入ったのは朧気に揺れる薄く、黄色い膜。

 

目を何度か瞬かせ、マジマジとシステムメッセージを確認する。

 

スキル【魔法壁(ボルグ)

魔力を自身の周りに纏わせることで魔法攻撃、物理攻撃を防御する。魔法壁に状態異常の耐性が付与される。貫通した場合では状態異常効果を発揮しない。防御力はINTに依存する。INT値がプラス2倍される。STR値がマイナス2倍される。

 

取得条件

一時間の間、敵の遠距離攻撃を杖系統、遠距離基本攻撃で弾き続ける。かつダメージを受けないこと。かつ魔法、武器によるダメージを与えないこと。

 

驚くべき内容だった。

謎の草モンスターが、毒攻撃を放ってきても無視し続けるほどに驚愕する内容であった。

チラリと自身のHPを確認してみるも、減っている様子は全くない。

 

無傷である。

 

現在、ウィザードのINTは100+28=128。

 

その倍増えるということは、128×2=256

 

とんでもない数値が、パラメーターに加算されることとなる。

もともとSTRが0の遠距離型の魔法使い職であるウィザードには困ることなどない。強いていえば、プレイングの時、重たいものが持てなくなる程度のもの。

 

しかし、あまりあるメリットをこのスキルは与える。

 

なにせHPが低く、紙装甲かつ、防御力皆無なペラペラ魔法使いの生存率を爆発的に上げることに成功したのだ。

 

何度も毒攻撃を食らっても薄い膜にぶつかり、無効化できていることを確信したウィザード。毒攻撃を正面から受けながら、ゆっくりと謎の草モンスターに近づいていく。

AIのアルゴリズムのせいか、躊躇うことなく意味もない攻撃を繰り返す謎の草モンスター。

 

何もすることができずにウィザードの攻撃を数回受け、その身体を爆散させた。

 

 

▼ ▼ ▼

 

【NWO】やばい魔法使い見つけた

 

 

1名前:名無しの魔法使い

訳がわからない

 

 

2名前:名無しの大剣使い

kwsk

 

 

3名前:名無しの槍使い

どうやばいの

 

 

4名前:名無しの魔法使い

房ポケットなモンスター擬きの謎の草の毒球弾を延々と弾き続けるキチガイプレイヤー

 

5名前:名無しの槍使い

は?あり得なくね

幾らなんでも弾き続けるは無理だろ

 

 

 

6名前:名無しの弓使い

>1

それって物理?

杖で弾いてたってこと?

 

 

7名前:名無しの魔法使い

杖の基本遠距離攻撃

あの小さい青い球出すやつ

時間見てたけど15分くらいは無傷で弾き続けてた

え?それってどれだけリアルでの器用さ必要?

挙げ句の果てになんかよくわからない膜展開して攻撃防いでたんだが?

 

8名前:名無しの大剣使い

プレイヤースキルだとしてもきつくね?

曲芸師かなにかかよ

 

 

9名前:名無しの槍使い

そんなこと出来るか?

 

 

10名前:名無しの弓使い

そんなこと検証しようとしたやついないんじゃない?

タンクでパリィしまくるならまだしも…

 

 

11名前:名無しの槍使い

肉ダルマ大作戦とよべ

因みに発案者は俺

膜の件kwsk

 

12名前:名無しの大盾使い

お前かよ

 

 

13名前:名無しの槍使い

あれお前かよ

マゾかよ

 

14名前:名無しの魔法使い

膜に関しては理解不能

とにかく攻撃をプレイヤーに当たる前に遮ってた

Iフィールド的な感じ

プレイヤーネームは知らんが身長160cmくらいの茶髪の少年

歩く速度からしてAGIはほぼゼロ

 

なんか追加情報あったらよろ

 

15名前:名無しの大剣使い

やっぱ極振りか?

まあ、でも隠しスキルでも見つけたとかかも知れんぞ

魔法使い歓喜やな

 

 

16名前:名無しの槍使い

あーそれっぽいなって言うか少年…少年と言ったか貴様

 

 

17名前:名無しの弓使い

ほうそこに目をつけましたか

私も

 

 

18名前:名無しの大剣使い

>17 お巡りさんこっちです

 

 

19名前:名無しの魔法使い

幼い顔立ちだったからショタコンは歓喜

実物見てるから保証する

 

 

20名前:名無しの槍使い

情報提供感謝します!

早速探してくる

 

21名前:名無しの大剣使い

だめだコイツらどうにかしなきゃ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見知らぬ少女

ぶっ壊れスキル習得後(あれから)暫くの間、捨身で兎に角杖を振るいまくりただ只管にモンスターを爆散させてきたウィザード。

 

気がつけば数日で、新たな領域(ぶっ壊れ)へと足を踏み込んでいた。

 

ウィザード

Lv.9

HP20/20

MP96/96(+9)

STR0

VIT0

AGI0

DEX0

INT120(+28)

 

装備

頭 【空欄】

体 【空欄】

右手 【空欄】

左手 【初心者の杖】

足 【空欄】

靴 【空欄】

装飾品 【空欄】

【空欄】

【空欄】

 

スキル

【魔法壁】(ボルグ) 【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

【ファイアーボール】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】【アースインパクト】

 

【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

HP、MP以外のステータスのうち四つ以上が戦闘相手よりも低い値の時にHP、MP以外のステータスが二倍になる。

取得条件

HP、MP以外のステータスのうち、四つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること。

 

非常に問題のスキルである。

HP、MP以外の4つとなると極振り構成のウィザードには全ての敵が当てはまると言って良い。仮に、極振りの相手と対人戦することとなると話は別だが、この世界を単に攻略している分にはメリットしかない。

 

極振りステータスのモンスターなんていないでしょ?

 

こういうことである。

 

【ファイアーボール】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】【アースインパクト】の4つの技は魔法使いなら誰しもが覚えることのできる基本スキル。魔法使いではなくても、複数個覚えられることもある。火、風、水、土の4つの元素を操る初歩的なものだ。威力は基本的にINTに依存するため、INTが高いほど強力となる。

 

そんなウィザードの目の前では、不思議な光景が広がっていた。

 

ムカデや芋虫などの雑魚からちょっと強そうな狼まで、無抵抗な少女に攻撃しようとまとわりついていた。

身体と同じ大きさの盾と短剣は少女の装備だろうか。地面に置かれた状態になっている。

 

その数、なんと16匹。

 

そんな状況でいても少女は身動きひとつ取ることはなく、仰向けになって倒れている。

 

とても気持ちよさそうに、まるで眠っているかのように。

 

唖然としながら暫く見守っていると、少女の瞳がカッと見開かれた。

 

「きゃああああああッ!?」

 

叫び声を上げた少女に『なにを今更?』と呆れたウィザードは、決して間違ってはいない。飛び跳ねるように起き、盾と短剣を握りしめた少女。そのままブンブンと短剣を振るう。

 

だが、モンスターの数が多すぎる。

 

このまま見て見ぬふりをして去ることに罪悪感を覚えてしまう。ウィザードはそれなりに離れた距離から杖を振るう。

 

発動させるのは、風の初期魔法ウィンドカッター。

 

房格闘漫画のキエンザンの如く、円形に放出された風の刃。

凄まじいスピードで回転し、甲高い音を立ててモンスターを斬り裂く。

 

残っているモンスターの視線が一斉に集まったのと同時に、例の如く透明なウィンドウが眼前に現れた。

 

【挑発】

モンスターの注意を一点に引き寄せる。

 

取得条件

十体以上のモンスターの注意を一度で奪うこと。

 

 

なぜかスキルを獲得した。

 

タンク向けのスキルだ。

大楯を装備しているプレイヤーに使えそうなスキルである。

 

「挑発」

 

早速、スキルを発動させると少女に群がっていたはずのモンスターたちが一斉にこちらに向かって突撃してくる。

中に蜂型のモンスターから鳥型のモンスターもおり、空中から毒素や真空波らしきものを放ってくる。

 

しかし、ウィザードが焦ることはない。

 

どれだけ群れて向かって来ようが、この初期フィールドでINT592の壁を越えられるモンスターなど存在するわけないと確信していたからだ。

 

どの攻撃も例外なく魔法壁の薄い膜に阻まれ、その身をもって突進してきたモンスターたちはノックバックを受け、致命的な隙をウィザードに与えることになった。

 

…本来ならば、INTが防御力の数値ではないのだが。

 

「ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」

 

隙を見逃すほど、甘くはない。

明らかにガラ空きな身体にファイアーボールを放つ。1体1体、的確かつ迅速にファイアーボールが次々とモンスターたちを焼き焦がしていく様子は、さながらホラー映画のようだ。

 

INT592が放つファイアーボールは、もはやファイアボールなどという生やさしいものではない。見た目こそ、小さな炎の球体だが、内に秘められた力は最早業火である。

 

全てのモンスターを燃やし尽くした時、またしてもウィザードの前に透明なウィンドウが表示された。

 

【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)

追尾性のある3つのファイアーボールを一度に放出する。

追尾する性能はINTに依存する。複数体の敵にロックオンすることが可能。

 

取得条件

ファイアーボール10回以上使用する。かつ、ファイアーボールを使用後3秒以内にファイアーボールを10回以上使用する。かつ、外すことなく一撃で撃破する。

 

「えぇ…」

 

 

ポカーンとこちらを見ている黒髪の少女に軽く御辞儀をして、ウィザードはその場を後にする。

『待って待って〜』と声がした気がしたが、ウィザードは振り返ることはない。むしろ歩くスピードを上げたい気分だ。

 

AGIが0のため、早くなんて歩けないが…。

 

何を隠そうウィザードこと星河悠、度がつくほど人付き合いが悪い。リアルの学校でもほとんど口を開かず、教師から指された時くらいにしか口を開かない。

人付き合いが本当に面倒くさいだけで、実際、必要に迫られれば話すことは苦ではない。

 

だがまあ、悲しいかな、友達なんて当然いない。

 

▼ ▼ ▼

 

 

【NWO】やばい魔法使い見つけた

 

 

31名前:名無しの魔法使い

カオス、ここに極まる

 

 

32名前:名無しの大剣使い

kwsk

 

 

33名前:名無しの槍使い

 

 

34名前:名無しの魔法使い

狼やらムカデやら10体以上のモンスターに襲われる中、身動きひとつ取らずに眠り続ける美少女とその10体以上の攻撃をIフィールドで無効化しちゃう少年のお話

 

35名前:名無しの槍使い

どっちも化け物で草

 

 

 

36名前:名無しの弓使い

>31 盾の美少女別スレ立ってるわ

 

 

 

37名前:名無しの大剣使い

>36 サンクスみてくるわ

 

38名前:名無しの魔法使い

このゲーム大丈夫かよww

 

 

39名前:名無しの槍使い

少女はともかく、少年のほうの新情報kwsk

 

 

40名前:名無しの魔法使い

美少女の件の後、後をつけてたんだが、なんか一度にファイアーボールを3つ作ってた。

しかも、えげつない追尾性あり

ついでに言うとマルチロックオン可

 

41名前:名無しの槍使い

>40 お巡りさんストーカーはこっちです

 

42名前:名無しの大盾使い

えげつないってどれくらい?

 

43名前:名無しの魔法使い

当たるまで永遠に追い回すイメージでおけ

ぶっちゃけ測定不能

因みに全部ワンパン

 

44名前:名無しの弓使い

なにそれ恐ろしすぎるんだが?

 

45名前:名無しの槍使い

>36

大楯といい魔法使いといい隠しスキル見つかるの早すぎね?

というか勝てんのこれ?

 

46名前:名無しの魔法使い

まあ、結局極振りだし、弱点わかれば…

(勝てるとはいっていない)

 

47名前:名無しの大剣使い

>46 今すぐ見てこい

こっちもえげつなくて草生える

 

誰も知らないところで、2人の少年少女の話題は少しずつ大きくなっていく…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法使いと巨木

またお仕事の1週間が始まりましたね。
少し空くかもしれないです。


青春溢れる若者の都、高等学校。

人呼んで高校。

基本的に余程、成績不良でない限りは、僅か3年しか滞在できないとされるこの都。

若者たちは、皆一生懸命に趣味や部活、恋に勉学に励んでいる。

 

そんな高校の最上階の1室で、悠もまた部活動に勤しんでいた。

 

実のところ、部活動ではなくたった1人の同行会なのだが…。

 

テーブルの上に置かれているものは杖と大きめのハンカチ、そしてコイン、トランプ。

欠伸を噛み殺しながら、ぼーっとそれらを見つめると悠は徐にトランプを手に取った。

 

トランプを半分に分け、親指と人差し指でトランプの束を曲げる。そのまま左手に持った束と左手に持った束が折り重なるように弾いていく。流れるような動作でアーチを作るように曲げ、離す。

 

するとトランプはサーッという軽い音とともに綺麗に混ざっていき、最初のトランプの束に戻った。

 

トランプの一番上を表にして机の上に置いた時、コンコンと軽いノックの音が悠しかいない教室に響き渡った。

 

「し、失礼しま〜す…」

 

「??」

 

「え、えーっとマジック同行会?の人でいいんだよね?」

 

教室に入ってきたのは、アホ毛が立った黒髪の少女だった。男子の中でも小さい部類に入る悠よりも、更に数十cm小さい少女。

 

「これを先生から頼まれて持ってきました」

 

悠が少女の言葉に頷くと、少女はホッとした表情で一枚の紙を手渡した。

 

A4サイズの紙を受け取り、内容を確認する。

同行会として活動を認める旨が書かれた書類のようだった。

 

マジック同行会。

 

その名の通り、マジックが好きな人やマジックに興味がある人が集まり、魅せたり魅せられたりする同行会だ。

 

メンバーはいまのところ、悠1人。

 

他メンバーは現在進行形で募集中である。

この高校では、生徒の自主性を重んじることを提唱している。その最たる例が部活動ではなく、同行会の設立である。

基本的に、他の高校では複数人集まらなければ作ることができない同行会も、倫理からズレていなければ活動することができる。

 

改めてA4サイズの用紙を見てみると注意書の箇所に、危険なマジックの練習は、都度申請を行い、許可証が発行されてから行うこととある。

 

…許可証があれば出来ることの方が驚きである。

 

しかし今は、それよりも気になることがある。

 

「…なに?」

 

目の前にいる少女が、こちらをじっと見て、うんうんと唸っているのだ。

その様はまるで、大事なことをどうにかして思い出しているかのようだった。

 

「あ、あの、どこかで、会ったことないかな?」

 

「???」

 

首を傾げる悠にハッとした様子で手を叩いた少女だったが、すぐ様再び考えるような素振りを見せる。

 

「いや、でも、流石に気のせいだよね…うん」

 

「????」

 

そうして最後には、少女はぶつぶつと言いながら教室から出て行ってしまった。

 

首を傾げたままの悠だったが、数秒後には何事もなかったように再びトランプを弄るのだった。

 

▼ ▼ ▼

 

場所は変わってNewWorld Online。

 

ウィザード

Lv.11

HP20/20

MP98/98(+12)

STR0

VIT0

AGI0

DEX0

INT130+(28)

 

装備

頭 【空欄】

体 【空欄】

右手 【空欄】

左手 【初心者の杖】

足 【空欄】

靴 【空欄】

装飾品 【魔力の指輪】

【空欄】

【空欄】

 

スキル

【魔法壁】(ボルグ) 【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

【ファイアーボール】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】【アースインパクト】【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)【挑発】

 

現在のウィザードのステータスである。

 

レベルは未だに11程度だが、そのステータスとスキルはやはり異常である。

特筆すべきはやはり【魔法壁】(ボルグ)である。

 

物理攻撃や魔法攻撃はおろか、状態異常の攻撃まで、ほぼほぼガードしてしまう。その性能は異常である。

 

実際にプレイしてみて、やはり魔法は面白い。

 

言葉を口にするだけで、炎や水が出てくる。

タネも仕掛けもない杖からである。

 

もちろん、ゲームなので本当のことを言ってしまえば、システムに則っている。しかしそれでも、自分で仕掛けを考え、手品を披露するのとは全く感覚が違った。

 

声を出し、杖を振るうことによって飛び出る魔法にウィザードは感激した。

 

特に近日では、【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)なんて理解不能な魔法を使えるようになった。最近のウィザードの楽しみは、この魔法を連続して放つことである。

 

挑発スキルを用いて、モンスターの注目を一身に集め、複数体の敵を同時ロックオン 【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)で放つ。

 

飛び出していく炎の連弾は一つ一つが意思を持っているかの如くモンスターを追尾していく。

 

これがなんとも面白い。

 

右に曲がったり、左に曲がったり、急上昇急降下を繰り返してモンスターに食らいつき、爆発する様にモンスターを消していく。

魔力の消費事態もそこまで大きくなく、連続して撃っていっても基本的に問題はない。

モンスターがいなくても、何気なく杖を振るいファイアーボールやウォーターボールを壁に向かって放ってみたり、ウィンドカッターで木々を薙ぎ倒してみたりとやりたい放題である。

 

そんなことをしながら探索していたウィザードが出会ったのは、行き止まりだった。

 

正確には、あたり一面を覆う壁と、その前に聳え立つ巨大な大樹だった。

 

今まで切り倒してきた木とは明らかに違う巨木に、ウィザードは何気なくウィンドカッターを放つ。

甲高い音をたてながら超速で回転する風の刃は、確かに巨木へとヒットした。

 

だが、巨木は切り倒されることなく、悠然とその場に聳え立っていた。

 

今度はファイアーボールを放つ。

『切れないならば燃やしてみよう』…こんな発想である。

 

まずもって、巨木をどうにかして消滅させるという選択肢がどこからきたのか。

 

そこから不思議でたまらない。

 

ファイアーボールを数回受けて尚、傷一つない巨木の姿に、ウィザードは延々と魔法を放ち続けた。

 

5分、10分、15分。

 

意地でもこの巨木を消し去ってみせるとばかりに、ゲームを始めたときの初期ゴールドで買ったなけなしのMPポーションまで使用する。

 

MPの限界まで魔法を撃ち続け、0になってはMPポーションを割り、再び魔法を撃ち続ける。

 

ギリギリまで魔法を撃ち続けられるように、魔法の順番を守り、きっちりMPを0にしてからMPポーションを割るあたり、がむしゃらに撃ち続けているわけではないらしい。

 

表情がいつもと変わらないので、楽しんでいるのかムキになっているのかはわからないが…。

 

やがて、その時は訪れた。

 

巨木から響く轟音。

 

ファイアーボールが直撃したと巨木の幹が爆発するように砕け散ったのだ。

 

同時に、システムメッセージを告げる透明なウィンドウが例の如く現れる。

 

【オート回復(MP)】

MP回復の時間を1/2にする。MPの値を2倍にする。

STRを1/2にする。

 

【取得条件】

MPをぴったり0にし続ける。かつ、オブジェクトに使用し続ける。かつ、その間モンスターにダメージを与えない。かつダメージを受けない。

 

魔法使いとして、メリットしか無いスキルである。

このスキルが有れば、ウィザードをほぼほぼ魔法を制限なく打ち続けることができる。

 

無論、MPが0になれば撃たなくはなるのだが、回復スピードが2倍早くなるのならば、絶対的な量が変わってくる。

 

巨木の幹に穴が空いているような、どう見ても不自然な形で光の膜はあった。大きさからして、子ども1人が入れるかどうかくらいの大きさだ。大人が入ろうとするならば、屈んでみれば入れるかもしれない。

 

虹色の光を放つその膜におっかなびっくりに手で触れてみる。

 

驚くべきことに、ちょっと触れるだけのつもりで差し出した手は腕までも光の膜の中に入っていく。驚き引き抜こうとも試みたウィザードだったが、底無しの沼のような引力が身体全体を襲う。

 

気がつけば、身体は完全に光の膜の中へと飲み込まれ、森林からウィザードの姿は消えてなくなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原初の妖精

まともな戦闘描写は今作初めてかも。


ウィザードが立っている場所は、巨大な切り株の上だった。

 

深い青色の空に眩い光を放つ太陽。

青い空と白い雲が広がっており、地面から余程高いのか、下を覗いてみても見えるのは青い空と白い雲だけだった。

 

ウィザードが立っているこの場所は、巨大な切り株の塔といっても過言ではない。

 

周囲に目立ったものは何もない。

 

草が生い茂っているわけでも、木が立ち並んでいるわけでもない。

やすりがけがされたかのように、ざらつき一つない切り株の上に立っていた。

 

誰もいない場所に、ただ一人、ウィザードだけがこの場所にいるかのように思えた。

 

だがこの静寂も終わりを告げる。

 

ガラスが割れたような音とともに、空間が割れる。

 

青い空がひび割れ砕けるその様は、ウィザードが巨木の幹を砕いた時と全く同じだった。

その証拠に、空に空いた穴から巨木と同じような光の膜が揺らめいていた。

 

 

 

 

 

何かがくる。

 

 

 

 

直感的に悟ったウィザードが、足を片幅に開き、杖を器用に回し、構える。

魔法は発動しない。だが、いつでも魔法を放てるように心構えだけは決めておく。

 

光の膜が更に眩く、虹色の輝きを放つ。

その輝きは徐々に増していき、ウィザードの視界さえも真っ白に染めてしまうほどにまで大きく広がっていく。

 

一瞬のことに思わず瞳を閉じる。

 

「Laaaa」

 

光が止んで瞳を開く。

眼前にいたのは、女の姿だった。

 

身長は165cmほどだろうか。

ウィザード(星河悠)よりも数cm高い身長をしたエメラルドグリーンの長い髪の妖精だった。

耳は鋭く、背中からは小さな透明な羽が生えており、髪と同じ色をした宝石のような瞳がこちらを真っ直ぐと射抜いていた。

 

妖精が、音もなく羽を羽ばたかせる。

 

「ッ!!!」

 

急速に接近し、近距離で放たれた緑色の光の球がウィザードに直撃するすんでのところで魔法壁(ボルグ)が働き、薄い膜で防御した。

 

驚いような表情を浮かべた妖精が、今度は右腕を横凪に振るう。

 

ウィザードに向けて襲いかかるカマイタチのような風の刃。無数にも分離した複数回の風の刃が断続的に魔法壁(ボルグ)にぶつかっていく。

 

しかし、魔法壁(ボルグ)は実に強固な守りだった。

 

どれだけ妖精がカマイタチを放とうが、緑色の球を放とうが、ウィザードの身体を360度すっぽり覆う薄い光の膜は割れることなく防ぎきる。

 

反撃とばかりにウィザードから放たれたウィンドカッターだが、妖精の動きは尋常ではない動きと速さで、難なく回避していく。それはファイアーボールでもウォーターボールでも同じことだった。

 

音速の速さとも呼ぶべきスピードで急接近しては、緑色の球を放つ妖精。

 

だがそれは、魔法壁が難なく防ぐ。

 

やがて少しずつパターンが読めてきたウィザードが、タイミングを合わせてウィンドカッターを放る。

 

風の刃と爆発的な力を秘めた球が衝突し、爆風と共にに煙をあげる。

 

強い爆風に思わず片腕で視界を覆う。

 

体感に数秒。

 

そうして煙が晴れた光景にウィザードは目を奪われた。

 

「Laaaa〜♪」

 

光り輝く小さな蝶のような形をした何かが妖精の周りをヒラヒラと飛んでいた。

 

その数は30を超えるのではないだろうか。

 

歌うように、呼びかけるかのように、透き通るような声をあげる妖精の姿。

 

余りに幻想的な光景だった。

 

魔法使いとは『こうあるべきだ』と妖精が諭しているかのように空からウィザードを見下ろしていた。

 

妖精が徐に左手を天に掲げる。

同時に、周りを飛んでいた蝶のような何かが甲高い音を上げながら、小さな光を放つ。

 

光は荒々しく、しかし細い管のように妖精へと集中していた。

 

肌で感じるほどの力の激流。

 

MPを分け与えているようにも見えた。

 

高威力の魔法は間違いなく、今までの魔法とは桁違いのものが放たれる。

 

そのことを物語るように、広げられた左の掌の上にエメラルドグリーンに輝く球体が荒々しく乱回転していた。

 

AGIが0のウィザードに回避の選択肢はない。

 

ただ、横にした杖を力一杯握りしめ、来るべき衝撃に備えるのみ。

 

 

次の瞬間、妖精の姿がぶれる。

 

「はやッ!?」

 

気がついた時にはウィザードの眼前に立ち、エメラルドグリーンの球体が伸びるように弾け、極太の緑色の光線を放った。

 

「ッ!?」

 

ウィザードの視界が眩い緑に覆われる。

 

叫ぶ余裕すらもウィザードにはなかった。

 

弾き飛ばされるかのように、ウィザードの身体は極太の光線によって切り株の端まで追いやられる。

 

落ちるかと思ったその時、背中に何かがぶつかった。

 

後ろを振り向いたが、何もない。

 

見えない壁だった。

恐らく、フィールドから落ちないように製作者が設定した、戦闘フィールドの端。

 

落ちていたら終わっていたかもしれない。

 

このゲームをプレイしてから初めて魔法壁(ボルグ)の形が大きく歪んだ。

だが、ヒビが入ったり割れたりするようなことはなかった。とてつもない衝撃に魔法壁(ボルグ)が耐え切れず、ノックバックを起こしたようだった。

 

本物の魔法を見た気がして、ウィザードの心は踊った。

 

魔法壁(ボルグ)を歪ませるほどのノックバックと極太光線に驚嘆と歓喜、2つの感情が入り混じる。

 

やはり年頃の男の子。

こういった派手なタイプの魔法は、心を燻るらしい。

 

しかし、今は戦闘だ。

冷静になって現状を分析し直す。

 

AGIが0のウィザードに機動力は全くない。

 

反撃をしようにも、初期魔法は簡単に避けられ、擦りすらもしない。

 

故に、とるべき選択肢は決まっていた。

 

【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)!!」

 

ウィザードは魔法壁(ボルグ)の要塞となり、ひたすらに【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)を放ち続ける。

 

そう、要は放たれた魔法に追尾性能があればいいのだ。

 

放たれた3つの炎の連弾が、一つ一つ意思をもっているかのようにそれぞれが別の挙動を取りながら妖精に追尾していく。異常なスピードで連弾の裂け目を縫うような動きで避け、ウィザードに魔法を放つが、魔法壁は易々と防御する。

 

【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)

 

更に新しく3つの連弾を生成し、妖精に向かって放つ。

 

どんどんと数を増やしていき、MPの全てを【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)に費やすつもりで生成していく。

作り始めた連弾の数が20を超えた時、ようやく妖精の身体に炎の塊が爆発するようにヒットした。

 

この間も連弾は増え続ける。

 

1つの連弾が当たってからは、早かった。

ジェット機が墜落するように回転しながら落ちて行く妖精に、群がるように炎の塊が襲いかかる。

炎の塊が当たるごとに、視界に表示されていた妖精のHPゲージが急激に減って行く。

オートMP回復のおかげもあり、普段よりも節約しながら【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)も使える。そのため、半永久的に生成し続けることができた。

 

MPが10減るのと同時に5回復するようなイメージだ。

 

地面に倒れ伏した妖精に容赦なく浴びせられる炎の塊。

ウィザードのMPが0になり、【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)が生成できなくなるのと妖精のHPゲージが消え去ったのは、同時だった。

 

しかし、妖精の身体は消えなかった。

 

よろめきながら立ち上がり、ふらふらとウィザードの前へと立つ。

 

そうしてウィザードに向かってゆっくりと手を伸ばす。

 

両手が頬に添えられた。

不思議なことに魔法壁(ボルグ)は反応しなかった。

 

呆気にとられるウィザードに妖精がクスリと微笑む。

そのままゆっくりと目を閉じて、今度こそ妖精は消えていった。

 

入れ違いに光と共に現れた大きな宝箱を見て、ウィザードはその場にへたり込んだ。

 

魔法壁が反応しなかったことに驚いたのだ。

そして、やられると思った。

 

妖精といえど設定されたモンスター。

 

物理攻撃をも防御する魔法壁が反応しないということは、攻撃ではない行動だったのだ。

あらかじめ決められた攻撃ではないのであれば…つまり、システムが攻撃と判断しなければ、魔法壁は反応しないのだ。

 

大きく息を吐くウィザードに何度も聞いたシステムメッセージが現れる。

 

【ルフの加護】

ステータス状の最大MPの半分以上の魔力を使用して魔法を発動するとき、一定時間加護を受けることができる。加護時、INTを4倍にする。加護時、魔法の攻撃範囲を2倍にする。

 

【取得条件】

オート回復(MP)、魔法壁を所持した状態で原初の妖精を魔法のみで倒す。かつ、ダメージを受けない。かつ、パーティを組まずに一人で倒す。

 

 

 

【原初の妖精】(オリジン)

原初の妖精の魔法を習得する

光線(フラーシュ)鎌鼬(アスファル)

 

【取得条件】

原初の妖精に認められる

 

 

全てのスキルを確認し終えたウィザードは、次に宝箱に向かう。

一人で空けるにはとても大きな箱だが、杖を無理やり押し込むようにしてなんとか空ける。

視界を埋め尽くす光の後にそこにあったのは、緑色の植物が先端で丸くなった金色の杖と白いローブ、水色のサルエルパンツ、金色の指輪と赤い宝石のネックレスだった。

 

ユニークシリーズ

単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる、攻略者だけの為の唯一無二の装備。

1ダンジョンに1つきり。取得したものはこの装備を譲渡できない。

 

【原初の衣】

MP+30

《原初の魔法使い》

魔法壁の状態異常耐性を状態異常無効にする

スキルスロット空欄

 

【原初の杖】

INT+30

《ルフの導き》

ルフの加護時のINTを2倍にする

MPを2倍にする

スキルスロット空欄

 

【原初の指輪】

MP+15

《ルフの加護》

HPを3秒に1回復する

 

【原初のネックレス】

MP+15

《重力魔法》

MPを使用して空中移動を可能にする

スピードはINTの1/3となる

 

この日、ウィザードは人間をやめた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

告知と修正

とある高校のとある教室。

 

そこでは2人の少女が机をくっつけて、弁当を広げながら、話に花を咲かせていた。

 

「へぇ、イベント」

 

「うんっ! 今日、第一回のイベントやるんだって。プレイヤー同士のバトルロイヤル!」

 

花を咲かせていたが、それは決して色恋の関係ではなくゲームの中の話である。

最近、ネットを騒がせ始めた謎の大楯使いメイプルこと本条楓。

当時渋っていた楓にゲームを勧めた張本人、白峯理沙は目を細めてタコさんウィンナーに楊枝を刺す。

 

「ふーん。最初のイベントからバトルロイヤルか〜。結構シビアなことしてくるね、運営さんも」

 

「う〜ん…そうなのかな?でもでも、上位に入ると特別限定の記念品がもらえるんだって!」

 

理沙の言うとおり、多くのプレイヤーは第一回イベントは討伐イベント、ないし、採取系のイベントを想定した。討伐系イベントならば、パーティーを組んで遊ぶことができる。採取系のイベントならば、レベルの差が顕著に現れるようなことがない。

 

まさか、プレイ時間とスキルが顕著に現れるPvPが第一回イベントだとは思い浮かべもしなかった。

 

仮に運営が、虚をつくことを目的としたならば、それは成功といえる。

 

「あ〜、そういえば楓、限定品とかそういうの好きだったね。それにしても、予想以上にゲームにハマっているようですな〜か・え・で・さん?」

 

「いやぁ…私もびっくりだよ〜。特にイベントの告知がされてからは限定品のことばかり考えちゃって」

 

「ま、楓さんが楽しんでくれるなら、わたしも勧めた甲斐があるってもんよ」

 

「うんうん!感謝してるよ! あ、そういえばね、少し前に不思議な魔法使いの人に…」

 

件の魔法使いとメイプルが再び出会うまで、もう少し。

 

▼ ▼ ▼

 

ゲームを運営するものたちのみが入ることのできる空間。

ゲーム内に特別な部屋で彼らは、それぞれの業務に勤しんでいた。

 

バグが起きていないか。

ゲーム内で問題が起きていないか。

各プレイヤーのログアウト、ログイン時間等々、logの管理。

 

やることは様々だ。

 

部屋の中にはいくつもの画面が表示されており、各プレイヤーが現在何をしているかが、わかるようになっていた。

 

「はああぁぁああぁぁあああ!? 妖精がやられた!?」

 

そんな中、1人の男が叫ぶ。

 

「は?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

1人が叫んだ言葉は、周りにいた者たちを驚かせるには十分すぎた。

 

なぜなら、その可能性が限りなく低いことを彼等は充分に理解していたからである。

 

「んなバカな。妖精ってあれだろ、お前の悪ふざけの僕の考えた厨二魔法使いだろ?」

 

「そもそも、ふざけすぎてキチガイみたいな行動しなきゃ戦闘フィールドに移動すらできないんじゃなかったか?」

 

「しかも、特殊スキル持ちじゃなきゃ開かないんだろ?」

 

「だから!? いたんだって、そのキチガイが!?」

 

叫んだ1人の男が、空中に浮かび上がったコンソールを慌てた様子で操作する。

直後、現れたのは1人の魔法使いの様子を映した巨大な画面だった。

 

「…マジ?」

 

再生された映像を見つめていた1人が唖然とした様子で口を開く。

 

映像では、妖精の全ての攻撃を魔法壁(ボルグ)が防ぎ切り、【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)が妖精を蹂躙する様子が映し出されていた。

 

しかも、【ルフの加護】状態の魔法でさえも、魔法壁で受け止め切ったのだ。

 

灼熱の連弾にいたっては、誘導性能があることから、威力自体は低く設定されているはずだった。

 

というよりも、そもそも、あそこまで異常な追尾性能にした記憶は微塵にもなかった。

 

「おいおい、しかも魔法壁持ってるってことは【ルフの加護】と原初装備一式、あいつに持ってかれたのか!?」

 

「おいおい、あいつ今無敵なんじゃねえか?」

 

「…申し訳ないが、流石に修正かけるか。手の空いてるやつはイベント前に俺の黒歴史を精算するの手伝え〜」

 

こうして、ウィザードの知らぬところで、修正が入ることとなった。

 

 

 

▼ ▼ ▼

 

新しい装備に身を包んだウィザードの姿は、正に魔法使いという風貌だった。

 

上半身と下半身とで色が違う不思議なローブ。腰の部分が赤い縄のような部材がベルトの代わりをしている。胸元がはだけるような形になっているのは、自分で直すことは出来ず、こういう使用なのだと諦めた。

首元には真紅も宝石が嵌められたネックレスを下げ、左手の人差し指にはエメラルドグリーンの指輪が嵌められている。

 

少なくとも、現代の日本には確実にいない服装なのは間違いない。

 

海外…特にアラビアの方に行けば、着ている人がいそうだが…。

 

ウィザード

Lv.30

HP20/20

MP100/100(+60)

STR0

VIT0

AGI0

DEX0

INT195+(30)

 

装備

頭 【空欄】

体 【原初の衣】

右手 【空欄】

左手 【原初の杖】

足 【装備不可】

靴 【装備不可】

装飾品 【原初の指輪】

【原初のネックレス】

【空欄】

 

スキル

【魔法壁】(ボルグ) 【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

【ファイアーボール】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】【アースインパクト】【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)【挑発】【オート回復(MP)】 【原初の妖精】(オリジン)【ルフの加護】

 

原初の妖精(あの戦闘)から数日。

 

ユニークシリーズである原初シリーズに身を整えたウィザードは、行き交う人々の視線を集めることとなった。

魔法使いの装備にも様々なものがあるようだが、ショップでも販売されていない装備は良くも悪くも視線を集める。それは、プレイヤーメイドのものでも同じようで、別の魔法使いも同じように視線を集めていた。

 

…その魔法使いが美少女だったことも要因の一つになるかもしれないが。

 

さて、ウィザードのレベルもとうとう30の大台を超えた。

 

現在の最高レベルは48というが、一体どれだけの時間を費やせばそこまであげられるというのか。

 

ウィザードは疑問で仕方がない。

 

ウィザード自身も、朝学校に行き、終わり次第こちらの世界に潜っている。プレイ時間だけはそれなりに溜まっていく。

 

実際のところ、壁に魔法を放ったり、レベリングせずに魔法を混ぜてみようとしているあたり、レベルが上がらないのは当然といえる。

 

むしろ、どうしてレベル30の大台を超えられたのか、そちらの方が疑問である。

 

しかし、ログインをしてから変わったことがいくつかある。

 

 

【魔法壁】

MPを消費して(・・・・・・・)魔力を自身の周りに纏わせることで魔法攻撃、物理攻撃を防御する。魔法壁に状態異常の耐性が付与される。貫通した場合でも状態異常効果を発揮しない。

防御力はINTに依存する。INT値がプラス2倍される。STR値がマイナス2倍される。

 

魔法壁が下方修正されていた。

 

MPをどれだけ消費するのか記載がないのが、尚のこと不安だが、ゲームバランスを考えた結果なのだろう。

 

いつものように、ぼーっとするわけでも魔法で遊ぶわけでもなく、ウィザードは確かな足取りでフィールドへと向かっていく。しかも、目指していく先にある場所は【毒流の迷宮】である。

 

攻略サイトでも既に取り上げられているほど、有名なダンジョン。

 

ウィザードは珍しく真面目にレベリングをするつもりだった。

 

その理由はずばり、第一回イベント入賞でゲットできる限定品である。

 

限定品とあれば、もしかすると強い魔法スキルや魔法使い向きの武器、アクセサリーが手に入るかもしれない。ならば、参加せずに後悔するわけにはいかなかった。

 

既に原初シリーズを装備しているというのに、この図々しさである。

 

なにせ、原初シリーズはゲーム序盤の第一層で入手できる装備。

 

これからもっと強い武器が手に入ると考えることは仕方がないと言える。

 

開発陣以外、ウィザードも含めて原初シリーズの異常さをまだ理解できていないのである。

 

…というより、この装備がゲーム序盤の第一層で入手できてしまうことこそが異常なのだが。

 

魔法壁が下方修正されたこともあって、レベル上げに励むウィザードの気迫はまさに鬼神の如し。

 

果たして第一回イベントでは、一体何人のプレイヤーがウィザードに倒されることになるのか。

 

兎にも角にも、ウィザードは毒流の迷宮を意図も容易く攻略することになるのは、余談である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベントと検証

とうとうやってきたイベント当日。

 

最終的なウィザードのステータスは、このような状態だった。

 

ウィザード

Lv.32

HP20/20

MP100/100(+60)

STR0

VIT0

AGI0

DEX0

INT200+(30)

 

装備

頭 【空欄】

体 【原初の衣】

右手 【空欄】

左手 【原初の杖】

足 【装備不可】

靴 【装備不可】

装飾品 【原初の指輪】

【原初のネックレス】

【空欄】

 

スキル

【魔法壁】(ボルグ) 【大物喰らい】(ジャイアントキリング)

【ファイアーボール】【ウィンドカッター】【ウォーターボール】【アースインパクト】【灼熱の連弾】(ハルハール・ラサール)【挑発】【オート回復(MP)】 【原初の妖精】(オリジン)【ルフの加護】

 

あれから毒流の迷宮をソロで攻略したこともあり、ウィザードのレベルは一気に2レベ上がった。その時に入手したポイントは、無論INTに振られている。

 

魔法壁があることもあり、不安なことはほとんどなかった。

 

不安なことがあるとするならば、自分の知らない未知のスキルと超人的なプレイヤースキルを有する者との対決。

あとは、格上のレベルのプレイヤーとのぶつかり合いのみである。

 

AGIが0で機動力が無い点は、原初のネックレスの《重力魔法》が解決してくれているし、MP切れの件はオート回復(MP)が解決してくれる。

 

MP値が100となったウィザードだが、未だMPを50も消費する魔法は覚えていない。故に、【ルフの加護】を使用した加護モードになれないが、それでも基本的には4倍されたINTが有れば相手の防御を溶かすことができるだろう。

 

仮に加護モードに入れるようになれば、4倍×4倍で16倍。

考えただけでも恐ろしい。

 

もはやボスの火力がゴミにすら感じる。

 

「ガオーーー!」

 

定刻になった途端、突然どこからとなく不思議な赤い生き物が姿を現した。

ドラゴンのような赤い鱗、頭から伸びる一本の角、何故か頭から生えているドラゴンのような羽。

 

「それでは、NewWorld Online、第一回イベントを開始するドラー!」

 

これを不思議と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 

ドラゴンの部位がちょくちょくあるが、もはやぬいぐるみである。

 

「ステージは、イベント専用マップ。制限時間は3時間!ちなみにボクは、このゲームのマスコット、ドラぞう! 初めての人は以後よろしくドラ!」

 

『シャキーン』というSEと共にポーズを決めるマスコットキャラクターことドラぞう。その姿を多くのプレイヤーが唖然として見つめていた。

 

チラリと隣を見てみれば、ウィザードよりも数十cm背の低い少女も唖然とした表情でドラぞうを見ていた。

 

どこかで見たことがあるような、しかも最近見たことがあるような…ちょっとしたデジャヴを感じながらウィザードは少女から視線を逸らした。

 

「それではカウントダウン…」

 

ドラぞうを囲むように、4つのウィンドウが現れ、カウントダウンが始まった。

 

「3…」

 

考えるべきことは、如何にして上位に入賞するか。

 

「2…」

 

魔法壁がMPを消費するように修正された件も、今回の戦闘で色々と検証ができるだろう。

 

「1…」

 

なにはともあれ、自身のやるべきことは、たった1つ。

 

「0!!!」

 

それ即ち、サーチアンドデストロイである。

 

 

▼ ▼ ▼

 

『みんな頑張って、ガオーーーー!!』

 

もう姿も見えないドラぞうの激励を聞き流しながら、イベント専用マップに転送されたウィザードは、行動を開始した。

首から下げられたネックレス、真紅に染まるような赤い宝石が一際輝くとウィザードの足が地面から離れる。身体を縮こませ、バネが伸びるように身体を一気に伸ばす。

 

次の瞬間、文字通りウィザードの身体は空へと打ち上げられた。

 

瞬く間に遥か上空へと飛び立ったウィザードが、凄まじいスピードで青空を駆ける。

下を見下ろしてみれば、プレイヤーたちの小さな姿をウィザードの視界が捉えた。

 

少し高度を落とすもスピードはそのまま。

 

杖を器用に左手で回転させ、杖の切先を視界に捉えた小さなプレイヤーたちの方へと向ける。

 

光線(フラーシュ)

 

刹那、光が弾けた。

 

ウィザードの構えた杖の切先から、眩い光の光線が照射される。照射された光線は、地面を抉りながら意志を持っているかのようにプレイヤーがいる方角へと走る。

 

「うわぁぁぁぁッ!?」

 

まさに地獄絵図。

 

地上では叫び声を上げながらも光に飲み込まれ、イベント開始1分も満たずに消滅していった哀れなプレイヤーが続出していく。

 

たっぷり数秒間照射された光線は、地上にいたプレイヤーを絶望の淵へと追いやった。

 

誰しもが思った。

 

どこの古代兵器だと。

 

空を仰ぎみれば、そこには浮かんでいるウィザードの姿。

 

地上にいた魔法使い職の放つ、苦し紛れに放たれた魔法も、空中を自在に駆けるウィザードには当たるはずもなく虚しく空を斬るのみ。挙句の果てには、避けもせずに謎の黄色い膜が、全ての攻撃を受け止めて見せた。

 

光線(フラーシュ)

 

再び、太陽の光が如き光線が地上に向けて放たれる。

 

原初の妖精が見せた【ルフの加護】モードのものよりも格段に範囲が狭いが、それでも攻撃を受ける側からすれば、たまったものではない。

 

あんなもの、一体どうやって防げというのか。

 

結果、放たれた光線を止めることは誰にも出来なかった。

 

ウィザードにロックオンされたが最後、レベルを問わず、全てのプレイヤーがポリゴンの塵と化し、あえなくイベントマップから姿を消していく。

 

魔法壁(ボルグ)とネックレスの《重力魔法》を使い続けているとはいえ、MPの消費はさほどなかった。それはひとえに、オート回復(MP)の効果を発揮し続けているからである。

 

MPは時間が経てば、自然に回復していくような仕様になっている。通常ならば数十秒で5回復するとすれば、ウィザードの場合、半分の時間で5回復することができる。

検証してみた結果、《重力魔法》のMP使用率の激しい部分は、空中を移動している場合のみ。移動している場合のMP消費率は、オート回復(MP)の回復速度よりも早い。

 

オート回復(MP)で1回復する間に、《重力魔法》で3消費するようなイメージだ。

 

オート回復(MP)のリターンを鑑みた結果として移動中は2のMPを消費し続けることになる。

 

ただ空中に停滞しているのみならば、オート回復(MP)の回復でリターンが返ってくるほど効率は良い。

 

魔法壁に関してのMPの使用率は、一概にはいえない。

 

だが、少なくとも今回魔法壁で防御した限りでは、一つの攻撃で1〜5程度しか減っていなかった。

STRやINTに応じた威力に合わせて減るように設定されているようである。

 

今後、複数の敵と戦う時は注意が必要だ。

 

あたりにいた全てのプレイヤーらしきものを光線で消滅させたウィザードが、ゆっくりと降下し、その足を地面につける。

 

5分の間に消滅させたプレイヤーの数は、100を超えるだろう。

 

要因としては、空からの一方的な攻撃であることが挙げられるだろう。なにせ最悪のパターンは、こちらのことを認識もできずに光線によって焼かれていくのだ。

 

理不尽にも程があった。

 

しばらくの間、消費されていたMPを回復させると。

 

再びウィザードは空へと飛び立った。

 

▼ ▼ ▼

 

イベントに参加しなかったプレイヤーが集まる主街区では、イベントの様子を誰しもが見守れるよう、特大のウィンドウが用意されていた。

 

心躍るような接戦。

 

プレイヤー同士のスキルと駆け引き。

 

「…嘘だろ」

 

そんなものなど、当然見れるはずもない。

 

「噂の某掲示板で話題になってた奴こいつかよ…」

 

空中に投影されたウィンドウに映し出されているのは、1人の魔法使いが、光の膜で全ての攻撃を防ぎ、縦横無尽に空を駆け、杖から放たれる光線をもってして全てを呑み込む、蹂躙の様子だった。

 

「プレイヤー? ボスの間違いじゃなくて?」

 

その様子は、魔法使いというより、もはやボスであった。

 

それも中ボス程度の生半可なものでなく、ラスボスレベルの。

 

「いやでも、ちょっと待てって、こんなことできるなら俺魔法使いで作り直してくるわ」

 

しかも腹が立つことに、ウィザードの立ち振る舞いは多くのプレイヤーの目を輝かせた。

 

ド派手な光線に、空を駆ける姿。

 

こういったゲームにのめり込む人種には、やはりこういったロールプレイを好むものが、一定数いるのである。

 

無論、ウィザードの様子だけでなく他のプレイヤーの姿も映し出されるのだが、他は他で、違った意味で地獄絵図であった。

 

「…こっちはこっちで意味不明だな」

 

美少女がニッコリしながら、大楯を押し付け、プレイヤーを消滅させていく。ある時は、状態異常を用いて、倒れなくなったプレイヤーに大楯をおしつける。

 

またある時は、相手の攻撃を大楯でガードする。

 

おかしなことにガードした途端、相手は消滅するのだ。

 

もう訳がわからない。

 

挙句の果てに、攻略サイトで有名なボスモンスターである毒龍が猛毒を纏った姿で少女の後ろから姿を現し、襲ってくる始末。

 

こちらはこちらで理解不能な展開になっていたのだった。

 

第一回でこの有様。

このゲーム、本当に大丈夫だろうか。

 

プレイヤーの誰しもが、運営を疑った瞬間であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

規格外と規格外

第一回イベントは運営が予想していた以上に、地獄と化していた。

 

無論、ウィザード(規格外)の出現を事前に把握していたこともあり、ある程度こうなることは予測していた。だが、その予想を悪い意味で上回る衝撃的な映像が運営監視ルームでは映し出されていた。

 

「いや、バグ…完全にバグやんけこれ」

 

運営の1人が、げんなりとした様子で呟くと周りにいた者たちも同じくげんなりした様子でがっくりと肩を落とした。

 

何せ、この強者たち。

 

考えに考え抜き、イベント開始前までになんとかウィザードのスキルを修正していた不眠不休(強者)である。

 

漸く終わったと思ったら、次はバグである。

 

「悪食が異常なんだなー」

 

「これ、ウィザードでも勝ち目ないんじゃないか?」

 

「バカ、どっちもどっちだろ。どんぐりの背比べってやつだ」

 

「これがどんぐりって…どんぐりって古代兵器か何か?」

 

いってしまえば、こちらもまたメイプル(規格外)であった。

 

最初の者が口にした通り、問題は大楯の少女ことメイプルの【悪食】が原因であった。

 

【悪食】

あらゆる物を飲み込み糧に変える力。

魔法や攻撃、アイテムを自分のMPに変換することができる。

容量オーバーの魔力は魔力結晶として体内に蓄えられる。

 

取得条件

致死性の劇物を一定量口摂取すること。

 

魔法壁(ボルグ)も十分異常だが、こちらも同じように異常である。

 

悪食の場合、全ての攻撃を無効化するだけでなく、その力そのものを自身の力へと還元することができる。さらに、オーバーした分は貯蔵することができ、いつでも引き出すことができる万能っぷり。

 

魔法壁では攻撃を防ぐだけであり、自身に還元することはできない。

その分、魔法壁の場合は全方位からガードしてくれる仕様になっているため、こちらもやはり異常である。

 

「はい、イベント終わって少し睡眠とったらメンテナンスで修正かけるぞー」

 

「えー、リーダーそれ労働基準法に違反してまーす」

 

「だから少し仮眠とるって。修正案考えるからイベント終わるまでに各自で案考えとけー」

 

どうしようもないことを察した運営陣一同が、ガックリと肩を落とす。無論、リーダーと呼ばれた者もまた、同じように消沈している様子である。

 

しかし、ゲーム自体、まだ始まったばかり。ここで対応を遅らせるわけにはいかなかった。

 

今後のNewWorld Onlineの為、運営達は手を取り立ち上がる。

 

…気が休まることがない、運営サイドであった。

 

▼ ▼ ▼

 

所変わってイベントエリアでは、プレイヤーたちを一掃しては魔力を回復させ、別の空域へと飛び立つ一連の行動を繰り返すウィザードがいた。

その有様は、イベント外主街区でもありのまま放送されてたおり、すでにチャットと掲示板を騒がせている。

 

もちろん、当の本人はそんなことは梅雨ほど知らず。

 

すでに1000人を超えるプレイヤー達をデータのポリゴン片へと変化させてきた。

 

そんなウィザードが次に辿り着いた場所は、廃墟らしき場所だった。

 

石のレンガで出来た古風な廃墟。天井が崩壊し、太陽の光が差し込む2階部分にプレイヤーらしき者の姿。

 

人数は1人。

 

効率を考えてみると、1人を狙うよりも大人数が集まっている箇所を狙った方が圧倒的に良い。そのため、ウィザードは廃墟を素通りしようと考えた。

 

しかし、次の瞬間。

 

流し目で見つめていたウィザードの視界に、数多の魔法陣が展開される。

 

驚き、思わず急停止したウィザードは杖を構えたが、放たれた魔法はウィザードではなく、先程見えた1人のプレイヤーへと向けられていた。

どうやら、1人のプレイヤーを狙い、示し合わせたように全員で魔法を展開したらしい。

 

先程まで視界に入らなかったあたり、廃墟の中に潜んでいたのだろう。

 

鎌鼬(アスファル)

 

その光景を見たウィザードは、好都合とばかりに高度を落とすと杖を右から左へと思い切り振り切った。

 

放たれたのは、巨大な三日月状の風の刃。

ウィンドカッターの3倍程の大きさがある風の刃。1度の詠唱で放たれるその数、なんと5つ。

風の刃は魔法使いが潜んでいた箇所に寸分違わず直撃し、廃墟の一部を真っ二つに切り裂いた。

 

眼下で叫び声が響き渡る中、ギョッとした様子で1人のプレイヤーと目があった。

 

アホ毛が立った黒い髪に、全身紫がかった黒の鎧を着込んだ少女の姿。

 

イベントが始まる前、すぐ近くにいた少女であった。

もっと言うならば、なんだかモンスターに囲まれて、動かなくなっていた謎の少女であった。

 

漸くそのことを思い出したウィザードだが、正直それだけである。

 

何も興味もなかったこともあり、ウィザードは再度杖を廃墟へと向ける。

 

灼熱の連弾(ハルハールラサール)

 

紡ぎ出す詠唱が、3つの炎の塊を生成する。

光線(フラーシュ)を使う選択肢はウィザードにはなかった。理由は単純、すでに廃墟で生き残っているプレイヤーなど、ほとんどいなかったからである。

 

見た限りでも、偶々魔法が当たらなかった2人とアホ毛の少女の計3人しかいなかった。

 

故に、丁度3つ生成することができ、尚且つ複数隊ロックオンすることができる灼熱の連弾を選択した。

 

あと、MPの節約にもなる。

 

杖を振るい、それぞれが狙うべき獲物を支持すると炎の塊たちはそれぞれが自立した軌道を描き、別々の標的へと襲いかかる。

 

修正されたこともあり、誘導性能は大分下がったことをこれまでの戦闘で実感したが、それでも十分な性能を誇っている。外れることはないとウィザードは確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

故に、防がれるとは微塵にも思っていなかった。

 

「…防がれた?」

 

ウィザードの表情が、珍しく目に見えて変わる。

ゲームを始めて以来、妖精との戦闘以来のことであった。

 

灼熱の連弾を防いだのは大楯の少女のみ。他の2人のプレイヤーは、今までのプレイヤーと同じように消えていった。

 

余程、防御力が高いのか、それともこちらの火力が足りなかったのか。

 

今度は少女の意表を突くべく、目にも止まらぬスピードで少女の眼前に急接近。

その様は、数日前に戦った加護モードの妖精がウィザードにしたことと全く同じである。

 

少女とウィザードの距離、数値にして僅か1m程度。

 

「鎌鼬!」

 

至近距離で放たれるのは5つの三日月状の風の刃。

 

避ける暇などありはしない。

少女は驚愕した直後、目を瞑って大楯を身体の前へと押し出した。

 

そして、不可解な現象が起きる。

 

大楯と風の刃が衝突した途端、風の刃がポリゴンの欠片へと姿を変えた。そしてそのまま、ポリゴンの欠片は少女の大楯へと吸い込まれるかのように消えていった。

 

それは残りの4つの風の刃も同じ。

 

同じように大楯に直撃した直後、同じように大楯へと吸い込まれていった。

 

「???」

 

「な、なんとかなった…??」

 

蒸気機関車が溜まり切った蒸気を吹き出すかのように、勢いよく煙を吐く大楯。

 

その大楯には、先程まではなかったひし形の宝石が5つ。

 

この時、ウィザードは自身の攻撃が防御されたのではなく、吸収されたことを理解した。

 

「びっくりしたけど、今度はこっちの番だよ!」

 

安堵した様子だった少女が、ドヤ顔しながら腰に下げられていた短刀の塚に手を添える。

 

「パラライズシャウト!!」

 

キンッと小気味いい音が鳴り響くと同時、バチリと電流のようなものが地面を走る。

だがそれは、ウィザードを完全自動で守り続ける魔法壁が容易く防御する。

 

直後、多々の赤い結晶がパリンという音とともに砕け散った。

 

 

「???」

 

「???」

 

お互いが目を丸くしながら、言葉を発さずに同じように首を傾げる。

 

お互い首を傾げたまま動かない。

 

目を丸くし、張り付いたような笑みを浮かべたままである。

 

「はっ」

 

先に立ち直ったのは、ウィザードである。

 

「光線!」

 

現在使うことのできる最大火力を誇る光線を少女に向けて放つ。

杖に溜まり切った光の球体から、眩い光と共に光線が放たれる。

 

未だ、少女との距離は1mのままである。

 

避ける暇などありはしない。

 

ギョッとした少女が、先程同様に目を瞑って盾の後ろに隠れるように身を隠す。

 

 

 

そして再び、不可解な現象が起こる。

 

 

 

光線は未だに杖から放たれ続けている。

だというのに、大楯にぶつかった途端、光線の先端部分はポリゴンの欠片となり大楯に吸い込まれていくではないか。

 

光線を出し切った後、残ったものはお腹いっぱいとばかりに煙を吐き出す大楯と大楯の表面に増える結晶だった。

 

「……」

 

魔法を吸収するこの少女に対して、なす術はなかった。

魔法を吸収されてしまえば、ウィザードに攻撃手段はない。STRが0のウィザードでは、杖でポカポカ叩いたとしてもダメージなど通らないだろう。

 

まして大楯使いということは、他の職業よりも防御力が高いことは明白である。

 

「きゅ、急に攻撃してくるなんて、怒ったんだから!今度こそこっちの番、毒竜(ヒドラ)!!」

 

肩をふるふると震わせた少女が、腰に下げていた短刀を振り上げる。

次の瞬間、少女の背後に猛毒を纏った3つ首の毒竜が姿を現す。ボスモンスターが突然現れたのかと飛翔して大きく後ろに下がるウィザード。

 

だが、よく見れば少女が召喚した毒竜は以前対峙した毒竜とは違うようだった。

 

まず、色が違う。

むしろボスモンスターよりも毒毒しい。

 

そしてなにより、透けて見えていた。

 

確証はないが、魔法であるということをウィザードは想定した。

 

3つ首の毒竜はこちらに遅いかかってくるわけではなく、それぞれが別の方向を向き、禍々しい瘴気を上げる毒を吐き出す。

 

その範囲は、あまりに広い。

 

ここに先程の魔法使いの集団がいたならば、恐らく誰1人として避けることは叶わなかっただろう。

 

杖の端と端を両手で握りしめ、横に持つ。

 

防御体勢をとるのと毒が魔法壁にぶつかるのは同時だった。

光線と同じく、照射時間がある毒竜のブレス。

 

魔法壁によって弾かれ、標的を失った毒がウィザードの周りに撒き散らされる。

 

数秒間もの毒竜のブレスを魔法壁は、難なく防ぎきった。

 

それもそのはず、この魔法壁、ぶっ壊れクラスの妖精の加護モードの魔法ですら受け止め切ったのである。

しかも、魔法壁には状態異常無効が付与されているため、毒の効果は意味をなさない。

 

圧倒的な攻撃力を持ってでしか、現状では魔法壁を壊すことはできない。

 

「……」

 

「???」

 

唖然とした様子の少女と首を傾げるウィザード。

 

もはや、この戦いに勝者はいなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

結果

次は少し空きそうです。
誤字報告、本当に感謝です。ありがとうございます。


【MWO】第一回イベント観戦席3

 

241名前:名無しの観戦者

やっぱ優勝はペインか?

ゲーム内最高レベルだし無双してんな

 

242名前:名無しの観戦者

あれはやばい

動きが人間辞めてるw

 

243名前:名無しの観戦者

いーや、あの魔法使いやろ

 

244名前:名無しの観戦者

あの黄色い膜おかしくね?

てかなんで空飛んでの?

 

245名前:名無しの観戦者

ランキング上位陣、どいつもこいつもやばいだろ

 

246名前:名無しの観戦者

うっわ映ってる奴ら強っ

 

247名前:名無しの観戦者

暫定成績ランキング

メイプルっていう大盾

680人潰して被ダメなんとゼロ

 

248名前:名無しの観戦者

ふぁっ!?

 

249名前:名無しの観戦者

チート?いや…無いか

 

250名前:名無しの観戦者

あー、剣とアバター食ってたやつか

 

251名前:名無しの観戦者

こいつか?今映ってる

ほんとにアバター食ってるの草

 

251名前:名無しの観戦者

お、魔法使い合流

 

252名前:名無しの観戦者

ランキング上位同士ぶつかるか?

 

253名前:名無しの観戦者

やっぱ上空から一掃したな

盾生き残ってるの笑う

 

254名前:名無しの観戦者

硬すぎだろ…は?

 

255名前:名無しの観戦者

は?

 

256名前:名無しの観戦者

は?

 

257名前:名無しの観戦者

あいつ何で瞬間移動してんの?

 

258名前:名無しの観戦者

え?魔法使いってそうなの?

真面目な話そんなことできんの?

 

259名前:名無しの観戦者

出来たら皆やるわ

 

260名前:名無しの観戦者

というより、何で盾4んでないの?

 

261名前:名無しの観戦者

吸収した…?

 

262名前:名無しの観戦者

お、盾反撃するぞ

 

263名前:名無しの観戦者

…状態異常効いてなくね?

 

264名前:名無しの観戦者

お互いに首傾げんなwwww

 

265名前:名無しの観戦者

完全にお見合いしてて草

 

266名前:名無しの観戦者

問 規格外と規格外がぶつかり合った場合の勝者は?

 

267名前:名無しの観戦者

答 勝敗などない

 

▼ ▼ ▼

 

廃墟では、未だ平和な時間(お見合い状態)が続いていた。

 

膠着状態とは、まさにこの事である。

 

ウィザードにしても、大楯使いの少女ことメイプルにしても、打開策などありはしなかった。

 

当たり前である。

 

どちらの攻撃も、悉く無効化されてしまうのだから打開策があるはずもない。

 

故に、もはや攻撃することすらしなくなった。

 

ウィザードに至っては、MPの完全回復が終われば廃墟を去るつもりであった。

 

こちらの攻撃は吸収される。

相手も攻撃が無意味なことを理解し、攻撃をしてこない。

 

ならば、消耗したMPを回復することに努める方が賢明である。

 

少し離れたところで何故か正座している少女。

何故かこちらをチラチラと見てくる。

 

視線を時折感じながらも、ウィザードはぼーっと空を見つめるだけ。

 

「魔法使いってすごいんだね。びっくりしちゃった」

 

不意に、少女が小さな声で語りかけた。

 

「こちらの台詞」

 

短い言葉で返すと少女は、言葉が通じたことが嬉しかったのか、急にこちらへと近づいてきて楽しそうに口を開く。

 

「私、メイプルっていいます」

 

「星河悠」

 

黒髪アホ毛の少女から自己紹介を受けたウィザードも当たり前のように自己紹介をする。

 

 

 

リアルの方の。

 

 

 

「へ?」

 

「???」

 

 

無論、その場が凍った。

 

メイプルの驚いた表情が凍ったのも束の間、次第に焦った様子で手をブンブンと振りながら、あたふたとしはじめる。

 

ウィザードからしてみれば、どうしてメイプルがそこまで焦っているのか理解が出来なかった。

 

挨拶をされたから、挨拶を返した。

 

ウィザードの中ではその程度の認識であった。

 

「だ、ダメだよ!? ゲームの中では、リアルの名前じゃなくてプレイヤーネームを言うの!」

 

心の中で『あぁ〜』と納得したウィザードは、軽く握りしめた左の掌を開いた右の掌にポンと軽く打ちつける。

 

「ウィザード」

 

「うん、よろしく! もう遅いけどね!」

 

思い出しても見てほしい。

 

ゲームを始めて以来、ウィザードが他人と喋ったことなど一度もない。

今この瞬間が、初めての会話であった。

 

しかも、オンラインゲームなどやったこともないウィザードからすれば、オンラインゲームの中での常識など理解しているはずもない。

 

メイプルから指摘された今でも、『どうせ現実世界のこと話してもわかるはずないし、大丈夫だろう』などとウィザードは考えている。

 

しかし、その認識は甘い。

 

業界を多少知っているものならば、星河悠という名前は聞き覚えがある。しかも悲しいことに、メイプルこと本条楓とは悠と同じ学校の同じ学年である。

 

クラスが違うため面識はあまりないが…。

 

つい先日、同行会をしていた教室でバッチリ会っちゃったりしていたわけである。

 

世界は狭いとはよくいったものだ。

 

リアルで見知った仲とは梅雨知らず、ウィザードとメイプルは気がつけば、多少の会話をするようになっていた。

会話とはいっても、基本的にメイプルがウィザードに一方的に問いかけ、ウィザードが端的に答えるだけのものではあるが。

 

そんな中、急に大音量でアナウンスが響き渡った。

 

直後、イベント開始の時に登場したドラぞうが、ウィザードとメイプルの前に姿を表す。

 

「イベント残り時間も僅か1時間! 現在1位はペインさん、2位はウィザードさん、3位はドレッドさん、4位はメイプルさんドラー!」

 

残り時間が1時間を切った。

つまり、1時間後にこのイベントの勝者が決定する。

 

聞いてみれば、ウィザードは2位。

メイプルは4位。

 

2人とも大分上位にいるようだ。

 

ウィザードは半目になり、メイプルを睨んだ。

 

「納得」

 

あの強固な守り、そして毒竜のスキルを操る力、状態異常、戦法は中々類を見ないタイプだろう。

 

しかし、強いことは間違いなかった。

 

現に、ウィザード自身にも打つ手はなかったのだから。

 

「すごい! ウィザードくん2位なんだ! そっか〜状態異常も効かないわけだ〜」

 

メイプルはメイプルで、自分よりランキングが高い者は皆状態異常が効かないなどと盛大な勘違いをしている始末。

 

偶々、規格外(ウィザード)規格外(メイプル)がぶつかっただけである。

 

「これからタイムアップまで、上位4名を倒した際、得点の3割が譲り渡されるよ。4人の位置は、マップに表示されるドラ!」

 

チラリとMAPを確認してみる。

 

すると確かに、ドラぞうの言う通り、MAPに黄色い点が4つ浮かび上がっている。

因みにいうと、ウィザードがいるこの場所には、メイプルもいるため、黄色い点は2つ重なり合うように浮かび上がっていた。

 

耳を澄ましてみれば、『ドドド』という地面を走る音が聞こえてくる。その音は、どんどんと近くなっていくように感じた。

 

どうやらイベントは、クライマックスへと向かっていくようだ。

 

「みんな私たちを狙ってくるということ? あれ、ウィザードくんがいない…ってわぁぁっ!?」

 

突然、メイプルの頭にウィンドカッターが直撃する。

 

ウィザードは、足音が聞こえてきた時点で空へと退避しており、攻撃の対象にはされていなかった。

上空から廃墟の周りを確認してみれば、森からわらわらと群がるように走り、集まってくる様子が見てとれる。

 

虫が光に集まるようである。

 

ウィザードは、地上でプレイヤーと対峙しているメイプルに心の中で合掌をすると杖を器用に回転させ、その切先を廃墟へと向ける。

 

幸い、MPは先程の間にほぼ回復していたため、MP切れの心配はない。

 

思う存分、キルすることができるだろう。

 

しかし魔法を放ったところで、メイプルを倒すことはできないのだろう。

 

実際、先程盾を使わず頭でウィンドカッターを止めるという、離れ業を見せてきた。

 

「ここからは、恨みっこなし」

 

杖の先から眩い光の線が照射された。

 

▼ ▼ ▼

 

『ガオーー! 第一回イベント終了ーー!』

 

こうして、第一回イベントは終了した。

 

2人しかいなくなった廃墟では、大楯を地面に置いたメイプルが、力ない拳でペシペシとウィザードを叩く。

 

「空からなんてずるい! 卑怯! 卑怯者ーー!」

 

「メイプルにだけは言われたくない」

 

無論、メイプルの拳は悲しいことに魔法壁(ボルグ)に阻まれている。

 

確かにウィザードの攻撃は全て空から放たれ、廃墟に存在したプレイヤーたちを一層していった。

 

しかし、メイプルも負けてはいなかった。

 

毒竜スキルを用いてありとあらゆるプレイヤーを状態異常に陥らせ、短刀を使ったスキルで相手を麻痺させ、次々と行動不能にしていった。しかし、攻撃スキル自体をほとんど有していないメイプルでは、ウィザードの攻撃速度を上回ることはできなかった。

 

更にいってしまえば、メイプルはただ敵を状態異常にしただけであり、とどめを刺していくのはウィザードの範囲攻撃であった。それ故に、メイプルの撃破数はあれから対して増えず、ウィザードの撃破数がぐんぐんと伸びていった。

 

『結果、1位から4位までの順位変動はなかったドラ。それでは4位から順にインタビューをしていくドラ。まずは4位のメイプルさん、振り返ってみてどうだったドラ?』

 

横を向いてみれば、いつの間にか現れたドラぞうが、メイプルにマイクのようなものを向けてインタビューしていた。

本当に突然として現れたらしく、インタビューを受けるメイプルも突然の質問に真っ赤な顔をしている。

 

「え、えっと、いっぱい耐えれてよかったでしゅ」

 

噛んだ。

 

『ガオー! おめでとう! それでは記念のメダルをどうぞ!』

 

「あ、ありがとうございましゅ」

 

噛んだ。

 

メイプルのインタビューが終わるとドラぞうは一瞬にして姿を消す。

 

それから3位のプレイヤーのインタビューが終わると再び突然としてドラぞうは姿を表した。

全く、同じ質問が来るとするならば、ウィザードの答えは決まっていた。

 

この世界に来て、やりたいことはたった1つ。

 

『…続いて2位! ウィザードさん、振り返ってみてどうだったドラ?』

 

「魔法は楽しい」

 

『ガオー! おめでとう! それでは記念の銀メダルドラ!』

 

記念品を受け取ったウィザードは、そこでメイプルと別れ、空を飛んで別のフィールドへと帰っていった。

 

その日以降、掲示板では真の魔法使いスレとメイプルちゃん可愛すぎスレが立ち上げられ、大いに盛り上がったんだとか。

 

とにもかくにも、第一回イベントは、大きな波乱を残して終了したのである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再修正

お気に入りが100件突破!
評価してくださった方ありがとうございます。

少し空くかもと言ったな、早く上げてしまってもいいのだろう?


イベント後、緊急メンテナンスと称されたメイプルとウィザードの下方修正が行われた。

 

【悪食】

あらゆる物を飲み込み糧に変える力

魔法や攻撃、アイテムを自分のMPに変換することができる

変換されるMP量は、大楯で受けた攻撃量の2倍となる

容量オーバーの魔力は魔力結晶として体内に蓄えられる

1日に10回のみ使用可能(・・・・・・・・・・・・)

 

 

光線(フラーシュ)

収束された光を照射する

照射している間はMPを持続的に消費する(最大5秒まで)

 

 

 

 

 

メイプルは【悪食】のスキル、ウィザードは【光線(フラーシュ)】が修正されることとなった。

 

悪食については、わかりやすい。

 

回数制限である。

いってしまえば完全防御のため、回数制限でもつけない限りメイプルにダメージを与えることが不可能だからである。

しかも、常時発動のスキルのため、攻撃の大小に関係なく大楯で10回受けてしまえばおしまい。メイプルの闇夜ノ写は本当にただの大楯になってしまうのである。

 

吸収できるMP量は、2倍になっているため、ある程度の魔力タンクにはなるだろうが、実質的な弱体化である。

 

そして【光線(フラーシュ)】。

 

文面には記載されていないが、攻撃範囲が大きく修正された。

今までの光線では、プレイヤー3人〜5人ほどを一気に殲滅できる大きさの光の収束砲を放っていた。その収束砲の範囲が、1人〜3人程度を呑み込む大きさのまで縮小された。

 

なにより重要なのが、照射時間の修正である。

 

今までは、一度放ってしまえば、MPを消費せずに5秒間撃ち続けることができた。放った後の曲げ撃ちも可能であった。

今回の修正で、照射する時間は任意となった。しかもMPを消費し続けるため、これからの照射時間はMPの残量と要相談という、なんとも世知辛い仕様となった。

 

ポジティブに考えるならば、任意で照射をやめられるようになった分、隙が大幅に減った点だろう。

それでも結局、空を自在に駆けるウィザードからすれば、実質的な弱体化であった。

 

そんなウィザードは、地底湖と呼ばれるフィールドにいた。

 

「〜〜♪」

 

ウィザードの機嫌は悪くない。

むしろ、とてもよかった。

 

それもそのはず、最近になってウィザードは新たなスキルを入手していた。それも、いかにも魔法使いらしい攻撃魔法である。

 

地面を蹴るように、ゆっくりと浮かび上がり、ウィザードは湖の上へと移動する。器用に杖をくるくると回し、腕を天へと伸ばし、掲げるように構える。

 

招雷

 

そうして、ウィザードは新しく覚えたスキルを発動させた。

 

▼ ▼ ▼

 

「おー! 町はこんな感じなんだ!」

 

初めて町に降り立ったサリーが、周りを見渡し、感動したように声を上げた。

その様子は、初めてゲームを始めた時のメイプルと全く同じであった。

 

このサリーという少女。

 

メイプルこと本条楓にNewWorld Onlineを進めた張本人、白峯理沙である。理沙を逆さまにして読んでみるとサリーになるため、このプレイヤーネームにしたようだ。

因みに本条楓が、プレイヤーネームをメイプルにしたわけは、楓を英語に変換したらしい。

 

ウィザードは言わずもがな、魔法使いになりたかったからである。

 

サリー

Lv1

HP 32/32

MP 25/25

 

【STR 10〈+11〉】

【VIT 0】

【AGI 55〈+5〉】

【DEX 25】

【INT 10】

 

装備

頭 【空欄】

体 【空欄】

右手 【初心者の短剣】

左手 【空欄】

足 【空欄】

靴 【初心者の魔法靴】

装飾品 【空欄】

【空欄】

【空欄】

 

スキル

なし

 

そんなサリーのステータス。

これが本来のステータスの振り方である。

 

STR極振りやINT極振りのようなロマン砲が流行りつつあるものの、実際に成功しているプレイヤーはメイプルとウィザードのみである。

 

「そういえば、事前にいろいろ調べてみたんだけど、行きたいところがあるの」

 

「行きたいところ?」

 

「うん、ちょっと気になってね。とりあえず、メイプルは私におぶられなさい!」

 

「え、えぇ!?」

 

レベル1の時点でなぜかSTRが負けているメイプル。サリーに抗えるはずもなく、突然として身体をがっちりとホールドされると、何故かサリーにおぶられることとなった。

 

どういう動きをしたらおぶられるのか、わからないが、巧みな素早い動きで気がついたらメイプルはおぶられていた。

そうして、サリーはメイプルでは考えられないスピードで地底湖と呼ばれるフィールドがある方面へと爆走し始めた。

 

始めて初日だというのに、俊敏な動きを見せるサリー。

 

ゲーム…特にVRMMOにはVR酔いが激しい。これはもはや慣れていくしかないのだが、サリーのVR適正値は異常なまでに高い。脳がどれだけ上手く対処するかによって、反応速度やスタミナなどが反映されるこの世界において、適正値は非常に重要視される。

 

ちなみにウィザードの適正値も非常に高い水準を叩き出しているが、サリーとはまた違う。ウィザードの場合、サリーのような反応速度というより、リアルのマジックで培った器用さが強みのプレイヤースキル。

 

似ているようで、プレイヤースキルとしては若干の差異がある。

 

「前方から狼系モンスター! メイプル、噂の攻撃やっちゃって!」

 

「任せて! 【パラライズシャウト】!」

 

腰に下げられた短刀の鍔を鳴らした途端、『バチリ』という音とともに目の前に迫っていた狼系モンスターが一斉に動きを止めた。そのまま、大楯のスキルである【悪食】を3回分消費して、狼系モンスターを跡形もなく消しさった。

 

パーティーを組んでいたため、経験値は自動的に半分に分けられ、溜まっていく。

 

幸いなことにその後はモンスターと遭遇することはほぼなく、メイプルの【悪食】を消費することなく地底湖の入り口へと辿り着いた。

 

実際のところ、モンスターと遭遇したとしても、【パラライズシャウト】を使用して麻痺させたところを見逃して走りさればいいので、モンスターなど全く問題ではなかった。

 

「で、どうして地底湖にきたの? サリーまだレベル1だし、普通にフィールドでさっきみたいなモンスター倒した方が…」

 

思い出したように問いかけてきたメイプルに、サリーは何故か胸を張ってドヤ顔をする。

いつのまにか、サリーの手には木の枝と蔓で作られた、いかにもゲーム序盤で使いそうな釣竿があった。

 

「ふっふー! この世界では、なんと釣りをすることによってレベルを上げることができるのだ!」

 

「釣りでレベルあげ?」

 

「もちろん、釣るだけじゃないよ? 正しくは、釣った魚にダメージを与えて倒すことでレベルを上げる…かな」

 

「なるほど!」

 

納得したメイプルが、掌を打ちつける。

そんなメイプルに軽く微笑むとサリーは地底湖の入り口をくぐる。

 

地底湖というだけあって中は、薄暗い。現実世界の鍾乳洞のように、滴る水滴のような小さな物音でも反響し、何ともいえない不気味さを感じさせる。

 

大きく息を吐いて、ゆっくりと歩き出したその時、湖の上に(・・・・)杖を持った少年がいたのが見えた。

 

招雷(ラムズ)

 

突然、空から轟音が地面へと降り注ぎ、視界を黄色い閃光が覆った。

 

だが、それも一瞬のことだった。

 

これからこのゲームでの冒険が始まる。

 

そんなサリーの感情を目の前の光景が、嵐のように吹き飛ばした。

 

黄色い光が収まった地底湖。

サリーとメイプルの2人は、目の前の光景に唖然とした。

 

水の底から、湖の表面を埋め尽くすほどの大量の魚が、プカプカと浮いてくる。湖の水は、バチバチと電気のようなものが走っており、サリーは魚たちが感電死したことを理解した。

 

雷が落ちた。

 

恐らくは、雷を放つ魔法なのだろう。

目の前に次々と浮かんではポリゴンの欠片へと姿を変えて消えて無くなる魚たちの姿。

 

ゲームの中のため、感電死というものが本当にあるわけではない。だが、現実世界の理通り、水は電気を通すという性質はそのままのようだった。

 

その数はもはや、数十などという生易しい数ではなかった。

 

…ということはだ。

 

サリーは、拳はゆっくりと握る。

 

この瞬間、サリーが考えていた釣りでレベル上げ大作戦は、始める寸前で頓挫してしまったのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。