今日も龍驤はかわいい (黒野コゲ)
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今日も龍驤はかわいい
朝、フライパンをお玉で叩く音で目が覚める。今どきそれをやるのも珍しいものだ。秘書艦を務める龍驤は、わざわざ毎朝起こしに来てくれる。
「はよ起きやー。起きんと部屋ん中入るでー」
私室の扉越しに龍驤が話す。いつもは龍驤が来た時点で起きるのだが、今日はまぶたが重い。夜遅くまで作業をしていたからだろうか。眠い。
「まったく…。ほら、さっさと目え覚まさんかい!」
龍驤が部屋に乗り込んでくる。眠い。いつもの服装に、右手にお玉、左手にフライパンを持っている。眠い。
「お姫様がキスでもしてくれれば目覚めるかもしれない」
「アホなこと抜かすな。このまま目覚めなくさせてもいいんやで」
二度と目覚められなくなるのは困る。龍驤の姿を拝めなくなってしまうではないか。観念して上体を起こす。
「やっとこさ起きたか。ウチが着替え持って来たるから、はよ着替え」
面倒見が良い龍驤はやっぱりかわいい。
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トントン、という包丁の音を聴くと、なんだかまた眠くなってくる。寝ぼけ眼をこすりながら、間宮で朝食をとる。
「んー!やっぱ間宮さんの料理の腕は流石のモンやなあ。朝から元気出るわ」
そう言っておむすびを頬張る龍驤はかわいい。頬におむすびを詰め込み、頬を少し膨らませている様を見て、何か既視感を覚える。ハムスターだろうか。
「でもウチも料理は得意な方やねん。そや、今日のお昼、ウチが作ったる!何が食べたい?」
そうか、わかったぞ。
「…たこ焼き」
「ほな、腕によりをかけて作ったる!」
…いつの間にやらお昼ごはんがたこ焼きになっていた。
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紙をめくる音と、紙に文字を書く音が執務室を包む。
執務は面倒だが、苦ではない。執務が面倒なものであるというのは、周知の事実だろうが、執務に集中している龍驤がかわいいのも周知の事実だろう。
そもそも執務の多くは提督である私の仕事なのだが、
「キミ、寝不足なんやからあんま、無理はいかんよ?そのせいでもっと寝不足なったら効率も悪くなるし」
と言って龍驤が手伝ってくれている。優しい。天使か、神か。あれ、龍驤の背後になんか見えるような気が。なんだ、ただの天使の羽か。
そんな幻覚が視えるほどに龍驤を拝んでいると、ジーッと眺める視線に気がついたのか、書類と向き合っていた龍驤が、こちらに顔を向けた。
かと思うと、目があった瞬間すぐさま顔を逸し、サンバイザーを深くかぶり直して、書類に目を向けた。よく見ると耳が赤くなっているように見える。
やはり天使か。いい目の保養になった。寝ぼけ眼もシャッキリ。龍驤の背後の羽は、さらに輝いて見えた。
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背もたれにもたれかかり、椅子が軋む音がする。
執務が一段落ついた頃には、龍驤は何事もなかったかのように振る舞っていた。
「ちょうどお昼の時間やし、今朝言ってた、たこ焼き作ったる!」
そう言い、龍驤が持ってきたのは家庭用のたこ焼き器。なぜ、ナチュラルにたこ焼き器が出てくるのか。いつ、手に入れていたのか。はたして、いくらしたのか。
聞きたいことは山ほどあったが、仮に何かあったとしても彼女には世話になっている手前、怒れない。ゆえに、言葉を飲み込む。
「龍驤はたこ焼き作るの得意なのか」
「もちろん、関西の料理やし。たこ焼きなら任しとき!」
そう言う龍驤は横須賀出身である。それはそうとして、自慢気な龍驤はかわいい。
「ただ、タコ切ったりとかウチそういうんは出来ひんから助っ人を呼んどいたで」
執務室の扉がノックされ、扉が開けられる。
「失礼します、提督。りゅーちゃんに呼ばれて来ました」
どうやら助っ人は鳳翔さんらしい。しかし、鳳翔さんがタコを切ったりするんであれば、龍驤の役割はなんだろう。
「ちなみに、龍驤は何をするんだ」
「そりゃ、たこ焼きを焼く係やろ。あとは鳳翔に頼むけど」
たこ焼きを焼くだけ。
それは料理なのか?
という疑問が浮かんだが、彼女には世話になっている手前、言い出しづらい。ゆえに、言葉を飲み込む。
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ジュー、というたこ焼きを焼くいい音。空腹が刺激される。
「…ん、美味しい」
いろいろと述べたが、なんだかんだ龍驤はたこ焼きを焼くのが上手だった。鳳翔さんの仕込みが良かったのもあるだろうが。
「ふふん、ウチのピック捌きに惚れ惚れしたやろ〜!」
「やっぱ鳳翔さんなんでも出来ますね」
「あら、ありがとうございます、提督」
そっちかい、という龍驤のツッコミを聞き流し、たこ焼きを頬張る。外カリ中トロ。陳腐な表現だが、生憎提督に必要なスキルとして食レポの技術はなかったため許してほしい。
「ちなみに一個だけアタリがあるで。誰がわさび入り食べるんかな〜?」
と龍驤はニヤつきながら言っていた。
そんな龍驤は今、床で転げ回っている。
「龍驤。良かったな、アタリで」
「りゅーちゃん。今お水持ってきてあげますからね」
まあ、自業自得というか、因果応報というか。涙目になりながら顔を赤くしている龍驤を見て、タコを思い浮かべた。
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自分がペンを置くのと同時に、龍驤もペンを置く音がする。
「んー、ようやく終わったなー」
伸びをしながら龍驤は言う。
「だいぶ任せて悪かった。だが、おかげで助かった」
「かまへんかまへん。それよりも…その、ウチが手伝っても良かったん?」
なぜか申し訳無さそうに龍驤が言う。
「なぜだ?」
「ほら、ウチ、ケッコンカッコカリの指輪も貰ってるし、せっかくだから出撃したほうがええかと思って」
なんだ、そんなことか。そんなことは微塵たりとも思っていない。
「龍驤が好きだから指輪は贈ったんだ。出撃云々の話ではない」
ケッコンカッコカリには燃費向上などの効果もあるらしいが、自分は特に気にせず、龍驤とケッコンカッコカリをした。なぜならかわいいから。
しばらくの間があった後に、
「はぁー、キミは良くもまあそんなクっサイセリフを言えるもんやね」
と言われた。
サンバイザーを深くかぶり直した龍驤は、半ば呆れたような素振りを見せた。
やはり龍驤はかわいい。再確認する。
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夜、私室で布団に入る。龍驤はこの後、隼鷹たちと飲み会があるらしい。参加したかったが、睡眠をしっかりととるように言われた。
扉の向こうで龍驤が言う。
「ほな、おやすみ」
「おやすみ」
龍驤の声で一日を終える。
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