Muv-Luv UNTITLED (厨ニ@不治の病)
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Muv-Luv UNTITLED

1999年 3月 ―

 

春の帝都、陸軍技術廠。

巌谷榮二中佐は多忙な軍務の合間のひととき、茶飲み話として耳の良い部下の話を聞いていた。

 

「面白い新兵がいるって話を聞きました」

「ほう」

「基地配備の撃震で、教導に来た富士の部隊の不知火を2機食ったそうです」

「…なんだと?」

 

巌谷はいわゆる強面だ。衛士として軍においては知らぬ者とてない輝かしい武勲の持ち主で、壮年を過ぎ前線を退いた現在でも節制と最低限の鍛錬は欠かしていない。そして海外での戦傷である顔の傷を消すこともなく、普段は武断的な印象が強い。しかしその一方で、近しい者たちには稚気に富んだ面があることも知られていた。

 

「それもその新兵、まだガキなんだとかで。徴兵前の志願兵で、14、15だったかな?」

「本当か? 末恐ろしい話だな」

「さすがに小隊同士の模擬戦自体は教導隊が勝ったらしいですが…面目丸潰れだそうですよ」

「だろうな…」

 

その少年兵の才能もあろうが、いくらなんでもいくつかの幸運と偶然とが重なった結果なのだろう。にしても、教導隊の連中にとってもたまには良い薬だ。

 

「それで、どうなった」

「は、元々その基地では腕がいいのは知られてたそうなんですが、富士からも引き抜きの話が出たりして…それで試しにとシミュレーターで不知火に乗せたら乗るなりモノにした上、あくまで仮想上ということで設定を好きにいじらせたところ…その数値が試製98式に酷似していたとか」

「……偶然か?」

「…どうでしょう…で、たまたま遠田の技術屋が居合わせたらしくて」

「斯衛か」

「ご明察です。そこから話が流れて、一本釣りされちゃったそうです」

 

遠田技研が、富嶽重工と共同で斯衛用の新鋭機を開発しているのは周知の事実だ。

まさにその試作機がすでに実戦試験に入っている、試製98式。

その開発に有用そうな衛士が見つかったとなれば、放っておく手はないだろう。

 

しかし帝国軍の、しかも指導部としては手放しで喜べない話だった。

 

斯衛は五摂家それぞれの色があるにせよ、全体的にはやや閉鎖的で秘密主義的だ。

士気も練度も高く戦場では頼りになるがそれゆえにプライドも高く、巌谷本人にしても自らの古巣とはいえ、現状とこれからの時代とを考える上ではそうした部分が害になる可能性を憂慮していた。

 

「どこが拾った?」

「斑鳩公の、ところだそうです」

 

五摂家の一、斑鳩家の若き当主・斑鳩崇継。

眉目秀麗にして文武両道、才気溢れる ― 傑物といってよい男。

しかしどこか飄々としてつかみ所がなく、武断一辺倒に走りがちなここ最近の斯衛の中では、最有力でありながらも異彩を放つ。

 

英雄というよりは、どこか梟雄というような。

 

個人的に親交があるわけではないが、巌谷はそういう印象を抱いていた。

また最近は、先の京都防衛からの撤退戦で負った損耗の補充として、家や格式といったものに縛られず才ある者を貪欲に集めているとも聞いた。

 

「なるほどな…まあ、良いさ」

「は…しかしなんにせよ、次の作戦を生き延びられれば…ですか。16大隊で黒なら、最前線でしょうし」

「だろうな…」

 

いくら才能があろうと、初陣で大規模作戦。

しかもその最前線で、そこで長らえたとしても万が一のときには殿。常に兵を導き、常に戦場に在り、常に兵を見捨てず。それが斯衛のありようだからだ。

 

しかし一兵卒で全体の状況がどうにかなるものではないのだから、その彼もしくは彼女が、あたら若い命を散らさないことを願いたい。

 

そもそもその新兵に限らず、今夏に迎える横浜ハイヴ攻略 ― 明星作戦においては、どれほどの損耗が出るのか。いや、果たして成否すらどうなのだろう。

常にこちらの予想を上回ってくるBETAの物量。帝国・国連・大亜連合、そして米国と、各軍のそれぞれの思惑ゆえの不統一な指揮系統…

 

楽観論をとなえる連中もいる。しかしとるべき手段、果たすべき責務には全力を尽くしているが、それで届くかどうかは、巌谷にしてもわからないのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2000年 5月末 ―

 

西日本・中国地方に再上陸したBETA群を撃退すべく、帝国軍・斯衛軍は激戦を繰り広げていた。

 

夜間戦闘。BETAによって均されてしまった瑞穂ノ国、その昏黒の夜を照らすのは擱座炎上する味方機と銃火のマズルフラッシュ。

 

「うっ…うぉぉおおお!」

 

乗機・山吹の瑞鶴の管制ユニットの中で、篁唯依は独り落涙し咆哮した。

激情のまま突撃砲の連射を周囲に襲い来るBETAに浴びせる。

 

大恩ある、憧れの人でもあった、五摂家当主が一、崇宰恭子。

その乗機のマーカーが、先ほど消えた。

 

「な、何故ッ、こんな…! 恭子様…ッ!」

 

まだ幼さも残る整った顔を悲しみと怒りとに歪め、そのすべてをBETA共にぶつけんと操縦桿を操る。

同世代、同部隊の衛士の中でも、唯依の力量は図抜けていた。

それは持って生まれた才もあるが、常に厳しく ― あの、京都での惨劇と明星作戦で父を喪って以降はさらに ― 自らを鍛えてきたからでもある。

そして常に冷静であれと自らを戒めてきたのも。内に秘めた激情を自覚するがゆえ。

 

しかし ― 友を。父を。そして敬愛する恩人までも。次々とBETAに奪われ続け。

 

「クッ…、ううっ…!」

「退きましょう篁さんっ! もう限界でしてよ!?」

 

損傷を受けつつも残存する僚機からの通信に、退くなら退けと言ってしまいそうになった。

生き残れ、という恭子の言葉に背いて。

 

歯を食いしばりながら了解、と返すもBETA群は続々と押し寄せ続ける。ここで放置して撤退したとして、後詰めの部隊はどうなっているのか。CPの壊滅によってそれすらもわからないのだ。

 

安全圏まで思い切り後退を ― 譜代の山吹が? ― 敵に背を向けて?

 

許される行為なのか。忙しく操縦桿を操りBETAを屠りながら。

残弾も2割を切った。

 

その焦燥と逡巡、その間隙に。黒い嵐が舞い降りた。

 

「 ― 援護する」

 

低空からの侵入。

側方からやって来たのは、夜の闇に疾る黒。

 

両の腕には逆手に構えた戦術刀。

背面2門の突撃砲を自在に操り、敵中に降り立ったそいつは颶風と化した。

 

なっ…なんだ…!?

 

唯依の驚愕、それは時間にしてわずか数秒の出来事。

その見慣れぬ漆黒の戦術機により一息で5体の要撃級が斬り倒され撃ち抜かれ、その足下では無数の戦車級が踏み潰された。

 

そして続いて同色の瑞鶴が3機到着すると、それら4機の小隊は鮮やかな連携を見せて周囲のBETAを駆逐し、わずかとはいえ戦場に空白を作り出した。

 

「こちらは斯衛軍第16大隊第3中隊第3小隊、小隊長佐々木勇中尉であります。崇宰公はこちらに?」

 

開かれた回線、後着3機の瑞鶴のうちに長機がいたらしい。

 

「っ……公は…殿を引き受けられ…敵中に突入されました…」

「なんと…申し訳ございません、我ら大隊長斑鳩公より崇宰公の後退支援として分遣されましたが、間に合わず…」

 

共有した近接データリンクから、彼らにも崇宰機のロストが確認できたようだった。

すまなさそうな小隊長の声音、唯依の網膜投影にその小隊の衛士たちが浮かぶ。

 

皆、若い。

小隊長は20代半ばほどか、沈痛な面持ちで。

ひとりは油断なく周囲を警戒するようで、もうひとりはどこか皮肉げな表情で。

 

そして残るひとり…最先鋒だった、あの見慣れない戦術機の衛士。凄まじい技量のわりにとりわけ若く ― 自分と同じくらいだろうか ― なのにほとんど感情を感じさせることがない。

 

あの機体は…

 

00式戦術歩行戦闘機《Type00》 武御雷 ―

 

唯依には篁の者として、戦術機には並ならぬ思いがある。

ゆえにその見慣れぬ機体が未だ五摂家当主とその傍役までにしか配備されていない、最新鋭機ということに気づいていた。

 

「…いえ…支援に感謝致します」

「恐れ入ります…では後退を。我ら殿を引き受けますゆえ」

「はい…頼みます」

 

黒の小隊長が階級も年齢も上なのに、丁寧な姿勢を崩さないのは自分が山吹だからだ。

だからといって居丈高に振る舞う気には、唯依はなれなかった。

自分はまだともかく僚機は機体も衛士も限界だったし、忸怩たる思いを抱きながらも素直に受け容れる。

 

「友軍の集結はこのポイントで…よろしいか。ではお気をつけて」

「はい…」

 

唯依は跳躍ユニットに出力を入れ、損傷ゆえ片肺飛行となる僚機を支援する。

光線種はいないはずだが、それでもの低空飛行。炎の光源に照らされ、去り際にようやく全体を観察できた、その支援部隊。

 

手練れ、という言葉がこれほど相応しい部隊もないと感じた。

とりわけ最先鋒として現れたあの一機は…

 

「クロウ01よりクロウズ、かかるぞ」

「了解」「了解」「…了解」

「クロウ04、崇宰公のご遺品を回収したい。可能か?」

 

なッ…

 

「…了解、やってみる」

 

オープン回線でのそのやりとりに、唯依は耳を疑った。

そしてその、抑揚のないクロウズ04の応答内容にも。

 

「無茶を…! クロウズへ、要塞級が多数確認されています!」

 

気持ちは嬉しい、というより…彼らは命じられてもいるのだろう。

実質ロストよりさほど時間は経っていない。五摂家当主の遺体もしくは遺品、さらには貴重なR型の武御雷も回収できるなら…斯衛とはいえ、彼らは黒。一般出の彼らの損耗などは対価ということか。

 

「ご安心を。生き汚いのが平民出でしてね」

「口を慎め、クロウ03」

「支援するぞ、クロウ04」

「了解…支援は突入の120秒後に。流石に周りを見てられない」

 

クロウ04 ― 最先鋒の武御雷の衛士はぼそりと言うやいなや、跳躍ユニットに火を入れて敵中へと突入していった。

 

また、私は…!

 

クロウ01からお早く、という促しの言葉、悔しさに歯噛みしながら唯依は傷ついた僚機を支えて帰投し、無事集結ポイントへと到着した。

 

そこには決して多くはないが崇宰一門の生き残り部隊も集まっており、しかし自分たちの生命こそ助かれども一門の長を喪った衝撃はやはり大きかった。

 

そこに現れたのは、強化装備姿が勇ましくも美々しい斑鳩公崇継だった。

 

「そうか、崇宰の鬼姫がな…」

 

その挺身に救われた身として、唯依はその最期を報告した。

時に対立関係ともなる五摂家とはいえ、崇宰の恭子様と斑鳩公は、一定以上の敬意を持った間柄だったと唯依は認識していた。

 

「その異名も誇りたるかな。武人かくあるべし、とは言うが……其方らは死ぬなよ。恭子殿が悲しむ」

「は…」

 

秀麗な眉をわずかに寄せての崇継の言葉に、唯依は畏まった。

 

「お言葉とご支援に感謝申し上げます…しかし畏れながら斑鳩公、殿の彼らは、その…」

「いや、結果的とはいえ間に合わなかったのは連中が悪いわけではない。分遣を指示した私の判断が遅かったのだ。責めないでやってくれまいか」

「は、いいえ、そうではなく、その」

 

若すぎる譜代武家の当主、いかに身の丈に合わずとも懸命に勤めんと励んできた唯依とはいえ、流石に五摂家の斑鳩公相手では格の違いを必要以上に意識せざるを得ない。

そういう今ひとつ要領を得ない唯依の言葉にも、崇継は聡く察したようで。

 

「ああ、成程。篁殿は優しい方なのだな」

「は?」

「案ずるな。アレが還ってこないほどの戦場では、なかったろうよ」

 

にやり、とこぼされる笑み。

 

そしてその20分後。

崇継のその言葉通りに、損傷機こそあったものの大破した青い武御雷を抱えて、クロウズは全機帰投した。

 

 

 

 

 

同年 8月 ―

 

帝都・篁邸。

客間にて、巌谷は唯依の応接を受けていた。

 

彼女の父であり、自分の無二の友であった祐唯の一周忌。

そして遅くなってしまったが彼女の中尉への昇進祝いと。

 

京都の本邸には幾度となくお邪魔したものだが、こちらには祐唯の葬儀以来。

互いに軍服。巌谷は帝国軍、唯依は山吹の斯衛。和服姿の母の栴納は当主同士の話として一線を引き、今は下がっていた。

 

「励んでいるようだな」

「は」

「壱型丙の改善案、見せてもらった。なかなかの成果といっていい」

「は、恐れ入ります。ですが…」

「拡張性はとうに限界か」

「は。仰る通りかと」

「わかっていたことだがな…まあ、それについては次期主力機についての話にもなる」

「は」

 

装備制作に熟達した譜代という家系だけでなく、その優れた操縦技術と適性とを買われて開発衛士となった、篁唯依中尉のまなざしに揺らぎはなく。

軍人とはいえまだ年若い彼女のことは、それこそまだはいはいをしていた頃から巌谷は知っている。まだまだの部分はあれど、大きくなったと感慨もある。

 

「で…例の報告…というよりは要望だな? 読んだぞ」

「は、恐れ入ります。運用に難点はありますが、非常に有効かと愚考します」

 

試製99型電磁投射砲。120mm砲弾を分間800発もの高速で連射し、掃射すれば射線上のBETAをその弾体が大気摩擦で燃え尽きるまで薙ぎ払うという超兵器。

 

電磁投射砲自体の原理は古くからあったものだが、その動力確保が問題となって未だ実現していなかったのだが…

 

「政治的な配慮が必要なことは存じております。ですが、数が揃えば使いようによっては戦況を一変させることができる装備かと愚考します」

 

ですので、何卒。

 

出撃回数こそそこまで多くはないとはいえ、唯依もまた実戦とその厳しさを知る者だ。

きりり、とこちらを見つめる瞳に甘えはない。

 

「ふむ…」

 

巌谷とて、戦果が挙がることも被害が減ることも当然やぶさかではない。

新装備が有効ならば、まだシミュレーション上でしか試験できていないそれをさっさと実射させて、データをより多く集める必要がある。

しかし99型砲にまつわる主に政治的なあれこれは、技術廠を預かる巌谷にとっても容易な課題ではなかった。

 

電磁投射砲。その心臓たる機関部の生産は、あの悪名高い「横浜の魔女」が一手に握っているのだ。

 

「なんとかかけあってみよう」

「是非に、よろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」

 

今日のこの日のこの場にかける、唯依の意気込みには気づいているつもりだった。

だからそれに応えてやるのが、上官としてもまた同じく国を憂う者としても、さらには大人として父親代わりの端くれにともひそかに自認する巌谷としては、親友の忘れ形見へ果たすべき当然の責務だった。

 

「さて、それはともあれ…00式、届いたんだろう。どうだ、最新鋭は」

「は、なんとか…とはいえ、自分の未熟を思い知ります」

「難物だそうだな」

 

上申と陳情に手応えを感じて肩の荷が下りたのか、少し雰囲気の和らいだ唯依に巌谷は自然に笑みを零した。

 

「斯衛向きとはいえるかと。ですが、開発任務上乗らねばならない壱型丙とは方向性が違いすぎて……いえ、弱音でした。申し訳ございません」

「ははは、いいさいいさ、たまにはこぼせ。部下に、とんでもないのがいるんだろ?」

「ご存知でしたか…」

 

ため息をつく唯依は、笑う巌谷に倣って茶を口にした。

 

唯依が中尉への昇進と共に斯衛軍の開発部へ異動したのが先月のこと。

そこで新たに知り合った何人かの同僚のうちに、かの「クロウ04」 ― 斑鳩公の16大隊に所属し、唯依とは同い年で同大隊でも最年少ながらも最精鋭のひとり、という凄腕の少尉がいた。

 

「F型で94式相手に一勝もできないんです。たまりませんよ」

「ほうほう」

 

剣技「だけ」ならば負けてはいない、とは口に出さないのは唯依の意地。

しかし心底悔しげなその唯依、巌谷は若人はいいなあとつい意地悪な思考にもなってしまう。

もっとも自分にしても、あと10若ければなにするものぞと張り合っただろうとも思う。

 

「実はな、件の少尉の話は前から聞いていたんだ。なんでも新兵の頃から撃震で教導隊をノしたとか、初陣のときから顔色一つ変えずに死線を越えてくる逸材だと」

 

時代は変わったのかねえ、などと巌谷はからから笑うも。

 

「少尉からデータは見せてもらってますし、どう動かしているのか、理解は…できるんですが」

 

おそろしく繁雑かつ小刻みな操作を、超がつく精密性で。

練習用複座機に同乗しての戦術機動を見せてもらったが、開発部隊で一番耐えた唯依ですら降りたときには立っているのがやっとの有様なほどの絶え間ないGとの戦い。その環境下で精緻極まる操縦を平然と行っているのが、その件の少尉だった。

 

 

その少尉は ― 2年前のBETA本土侵攻により、住んでいた横浜が壊滅。一人生き残り廃墟で倒れていたところを撤退中の部隊に拾われたのだという。

本人もその前後の記憶がややはっきりしないらしいが、生き残っていたこと自体が奇跡的 ― 周りの人間は、すべてBETAに喰われたはず ― なのだから、その衝撃からすれば無理もない話だった。

 

身寄りも一切なかったため、養護施設へ送られるも徴兵年齢前に志願入隊。

 

訓練校では当初体力的には訓練未修の年齢相応にごく普通、しかし訓練態度は非常に真面目で、かつ座学や各種技術に関しては任官水準をすでに満たしており。戦術機適性に至っては最優も最優で、操縦技術はその頃から神がかっていたらしい。

 

その後3ヶ月の促成ながら身体ができてくると、来る時節も踏まえて繰り上げ任官。

そこで富士教導隊との一件となったという。

 

そして斯衛入隊後に初陣となったのが、あの明星作戦。

 

唯依と巌谷からしても父そして親友を喪った忌まわしき作戦だったが、そこでその少尉は危なげないどころか殿だ光線種吶喊だと大回転の活躍をし、斑鳩公直々にお言葉を頂戴するほどの戦果を上げたという。

 

まさに腕一本でのしあがった、気鋭の若き衛士。

 

しかし当人はそれを鼻にかけるところはまるでなく…というかそもそも口数もあまり多くなく、任務以外では進んで他人と交わろうとはしない…要するに、すこし暗い人間である、というのが唯依の彼に抱いている印象だった。

 

けして大柄ではないが厳しい訓練と強烈に過ぎるGに耐えうる肉体は一切の無駄を削ぎ落とされており、少し色が薄く茶に近い髪は適当に伸ばされ、今時の男性衛士としてはやや長いか。

容姿はまあ、それなりに整っている方だといっていい。

 

ただそれらすべてを台無しにしているのが、あまりに虚無的な瞳だった。

なにか、すべてに絶望してしまっているような。

 

なのにその戦いぶりは捨て鉢とはほど遠く、非常に冷静かつきわめて効率的。

 

BETAを殺す機械というのがあるなら、彼のような感じなのかも。

そう呟いた自分の小隊員を唯依は咎めたが、内容自体にはほとんど同意だった。

 

 

「しかし、少尉から得られたものも多いだろう?」

「はい。壱型丙の改善に関して、少尉の意見は貴重でした。99型砲についても同様です。しかしながら少尉は、戦術機自体の開発強化はもとより衛士全体の底上げをなんとか、と常々希望しています」

「ほう…?」

「少尉曰く、00式までいかずとも94式程度の性能でもさらなる戦果を…いえ、もっと『戦死者を』減らせるはずだ、と」

「…どうやってだ」

「未習熟者、とりわけ初陣時の新兵などですが、際立って高いその死亡率を抑制するため緊急時の誤操作防止に特定状況下での無秩序な操作を無効化する、熟達者…たとえば少尉本人ですが、その機動パターンを大量に予め強化装備もしくは管制ユニットに記憶させ、単純な操作で呼び出せるようにしてはどうか、などだそうです」

「…処理が膨大になりすぎる。記憶領域も足りないだろう。それに熟練兵にはあまり意味がないのではないか? ともすれば大規模に再訓練ともなりかねん」

「は、申し上げた通り前述はとりわけ未習熟者向けの内容かと。具体的には任官前の訓練より、戦術機の操作はそうした前提のもの、として躾けるものになるでしょう。また熟練兵向けには、現在の機動制御の仕様をさらに洗練させるほか、繁雑かつ複雑に過ぎる高機動操縦の方法を簡略化するなどの方策も提案されています。またお言葉の通り現状の処理装置ではこれらの試案はほとんど実現不可能です…が、富嶽はともかく遠田の技術陣が興味を示しています」

「フム…」

 

腕自慢のいくさバカかとも思っていたが…

 

巌谷はまた茶を飲んで考えた。

 

「貴様はどう思う」

「は。個人的には、検討に値する案かと愚考します。現実的に戦術機の性能向上による損耗率の低下を、衛士の質の低下が相殺してしまっています。BETAの物量は圧倒的に過ぎますし、実現可能性のある改善案はとりいれるべきではないかと」

「つまり帝国軍としても動いてほしいと?」

「…ご一考頂ければと」

 

話の流れから唯依の希望は概ね見えていたから。

あえて堅い口調で問いかけて確認をとってみた。

 

その少尉とやら、若さ、そして技量と実績。にもかかわらず、「死人を減らす」ことを言い出すあたり、悪くない。

また旧知の仲の唯依嬢ちゃんにしても、武断一辺倒で力ずくの正面突破しか考えないカチコチの堅物になりかけていたのが、怪物に出会って多少なりとも違う角度からのものの見方を考えるきっかけくらいにはなったのだろう。

 

「いいだろう。遠田とも連絡をとってみよう」

「は! ありがとうございます!」

 

ぴしりとした敬礼。

思えば任官以降、常に厳しくあろうとする唯依の姿は巌谷にとっても好ましくはあったが、まだはたち前の少女の範疇に残る年齢だ。

時と場合はあるにせよ、余人のいない場所では今しばらく気を許してもらっても良いようにも思う。

 

「なに、他ならぬ唯依ちゃんのお願いだしな」

「え、いえ、自分はそのような」

「昔のように巌谷のおじさまと甘えてくれれば良かったのだ」

「ちゅ、中佐殿!」

 

意味のない軽いからかいに赤面するあたり、まだまだだなと巌谷は軽く笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

先年8月、横浜ハイヴ攻略は成った ― 結果的には。

米軍による、予告なき新型特殊爆弾・G弾の投下によって。

 

これによりBETA上陸時の一方的な同盟破棄から険悪化していた日米関係はさらに悪化し、そうして奪還された横浜にも米国の傀儡と通説される国連軍の基地が建設されるとあっては ―

 

そんな政軍織り交ぜた軋轢の傍ら、急ピッチで建設された横浜基地。

 

司令パウル・ラダビノッド准将を頂点とするこの基地は、極秘計画「オルタネイティヴ4」の本拠であり。

その推進者たる副司令香月夕呼大佐待遇博士こそが、真の権力者であった。

 

先頃の基地完成式典以降の、お歴々の来訪スケジュールも一段落した頃。

先日来の懸案のひとつを、夕呼は解決すべく動いていた。

 

横浜基地・地下。副司令執務室 ―

 

派手な色の髪は長く、妖しく艶やかだが硬質の美貌。その肢体は強く女性らしさを強調するも、彼女の怜悧極まる知性はむしろ性を超越している。

人呼んで「横浜の魔女」、その夕呼はデスクにて、書簡を手に組んだ長い足を揺らしていた。

 

「さて、どうしたものかしら」

 

そして同室にてソファに座るのは、白皙の肌に大きな瞳、長い銀の髪は兎耳の髪飾りをつけた無表情な少女。ある意味夕呼の腹心中の腹心ともいえる、社霞だった。

 

ちら、と霞を見やってから。

夕呼はその形の良い顎にそっと指を添えた。

 

帝国軍に、斯衛まで食いついて来るとはね。

 

日本帝国と現在の国連の一部の支持を取りつけているのが「オルタ4」、夕呼が主導する計画だ。対してこれに反対…いや、敵対的といっていいのが「オルタ5」。主に米国にその主勢力及び支援母体をもつ連中。

 

政軍両面から、常に楽観的な状況とはほど遠く。

そのための政治的なエサ…とまでいえば言葉が悪いが、供犠として差し出したのが例の電磁投射砲だった。

 

コアモジュールにG元素が必要なため、日本ではここ横浜でしか造れない。

いち早くG元素を入手しながらあの爆弾程度にしか活かせていない米国には、少しとはいえ時間がかかろう。

夕呼にしてみれば「つまらない」仕事の範疇なのだが、やるだけの価値を見出したがゆえの選択だったわけだが…

 

「ちょっと見誤ってたのかしら」

 

まだ温かいコーヒーを含む。

べっとりと口紅がカップについた。

 

XG-70に比べれば、あんなのはオモチャ以下の価値しかない。

昔からある発想を、異星種由来の物質と技術でカタチにしただけ。

 

夕呼は世の人間の大多数…というかほとんどすべてが、救いようのないバカだと思っている。だが同時に、自分が全能だとも思っていない。

だから知識として各種戦術やら兵器のデータは把握しているだけで、自分が軍事のプロだとまで自惚れるつもりはなかった。

 

あの理解不能な異星起源種どもの企みを暴き出し。

強大無比な超兵器で、雲霞の如くのBETA群も、あの目障りな地表構造物も、きれいさっぱり吹き飛ばす。

 

前段の情報戦よりもさらに、後段部分は軍事行動の色が濃い。

XG-70は予期できる物理的破壊力もさることながら、「アレ」をハイヴ最奥まで送り届ける任務がより重要なのだ。

 

電磁投射砲などと御大層な名前のわりに、突撃砲なぞよりはよほど強力とはいえ、一撃で戦局を決定することなど望むべくもない。そんな程度のものはテッポウが大好きなアホを釣るエサくらいの思いだったのだが。

 

夕呼に届けられたその書簡は、帝国陸軍技術廠と斯衛軍開発局。さらに遠田技研の連名にて、詳細な仮想試験の詳細な結果までもが添付されていた。

 

成程、蟷螂の斧とて使いよう、ってわけね。

 

その戦果きわめて大なりと期待す。

伏して希くは、女史の寛大なる御措置を。

厳正なる誓約を我らお誓い申す。

 

コアモジュールのブラックボックス化も、自壊装置の設置すらも問題視せず。

斯衛 ― というか五摂家の雄、斑鳩公が「夕呼を」支援するとのこと。

 

悪くはない取引だった。

電磁投射砲に必要なG元素量は、XG-70に比べれば微々たるものでしかない。

過度の期待はしないが ― うまくすれば、スケジュールの遅れを多少なりと埋め合わせることができるかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 1月 ―

 

佐渡島。

先年BETA支配地域となって久しいこの地に、今や日本帝国軍を中核とした大戦力が雪崩れ込んでいた。

 

総兵力60万。

大規模水雷作戦からの艦砲による援護、軌道爆撃後に海兵部隊の強襲上陸による橋頭堡の確保。

そして揚陸兵力の展開と共に、昨年秋以降の間引き作戦にて試験運用を重ねられた電磁投射砲 ― 99型砲の掃射戦術が始まった。

 

すごいわね…

 

閃光に衝撃、そして轟音。

該当大隊に数門ずつ配備された99型砲、その2交替での掃射。

 

搭乗する国連軍仕様の94式戦術機・不知火の管制ユニットの中で、特務部隊A-01の伊隅みちる大尉はすでに有視界内にBETAの存在がないのを確認した。

 

「大隊5000前進ッ! ゲート付近へBETA共を押し込め! 迂闊に跳ぶなよ!」

「了解!!」

 

オープン状態の無線にCP及び他部隊の通信が流れ込む。

最前線からやや距離をとるA-01から遠く、突出していく部隊 ― 斯衛軍だ ― とそれに続かんとする帝国軍の戦術機部隊を臨んだ。

 

今回の作戦、中心は帝国陸軍、そして斯衛。

国連軍と米軍とは、それぞれの思惑があっての参加だ。なかでもA-01は香月博士直属の特務部隊として、独自の立ち位置があった。

 

 

発足時には連隊規模108機による編成だったというA-01だが、みちるの着任時にはすでに定数を大きく割り込んでいた。それがさらに今では実働は20機を下回り大隊としてすら事実上の壊滅に近い状態で、任官数年でしかないみちるが最先任として指揮を執るありさまだ。

 

補給や装備、待遇こそは優遇されて。

しかし与えられる任務は総じて過酷…それも度を過ぎていて、戦力を勘案しての妥当性が疑われるようなものばかり。

損耗補充はおぼつかなく、やってくるのは民間人に毛が生えた程度の促成教育の坊っちゃん嬢ちゃんばかりで、来るなりそのほとんどがBETAのエサになっていく。

 

まあ補充に関しては今や帝国軍でも似たようなものらしいが、ド素人のオモチャにされている、あのクソ女いつか犯してやる、というのがみちるの先任たちの遺していったボヤキだった。

 

 

そんなA-01には、今回は最初はヨイヨイ終わりは地獄、という任務が与えられていた。

 

曰く、ゲート確保までは避戦。のちハイヴへと突入せよ。

最終目標は、反応炉の破壊。そして ―

 

 

「右翼、左翼の部隊は誘引を開始せよ」

「投射砲はBETA共に大人気だ! 引っ張ってサービスしてやれ、直掩はアイドルを喰わせるなよ!」

「北西より突撃級多数!」

「北、ハイヴ方面から戦車級、要撃級続きます! 師団規模!」

「CPより斯衛第16大隊。ホーンド01、北よりの敵勢力N01迎撃を求む」

「ホーンド01了解。掃射隊形、 3、5、7番」

「ッ…、待ってください! 光線種です!! 3次砲撃迎撃率92%!」

「投射砲の射程距離外…! 再掃射すると光線種の射線が開きます!」

「AL弾装填っ! 重金属雲形成急げ!」

「ホーンド01よりCP。是非もなし、北正面から切り崩す。光線種吶喊だ。グレイオウル中隊、思うように埒を開けよ」

「グレイオウル01拝命致しました。各小隊、遅れるなよ。クロウ小隊のカラス共に手柄を総取りされたくなきゃな」

 

そして艦砲のAL弾による重金属雲形成とほぼ同時に、斯衛軍部隊が敵中へと突入していく。

 

信じられない…!

 

遠望するみちるにすれば、その白と黒の武御雷で構成された部隊の練度たるや、精鋭を自認するA-01をして白旗を揚げざるを得ない程の疾く鋭い機動。時に乱数回避よろしく散らばったかと思えば、次の瞬間にはコンマ数秒違わず統制のとれた回避と突破のラインを描く。

そしてその最先鋒には、長刀を2振り逆手に構えた黒い武御雷 ―

 

「なんだぁ、ありゃ…!」

 

同中隊、突撃前衛の速瀬水月中尉の声が届く。

それは呆れたような…或いは驚嘆したかのような。

 

紙一重、いや当人からすれば余裕すらあるのか。

すれ違いざまに必要なだけ、それも後続が通れるだけの要撃級の急所を寸断しながら。さらには時折おそらくは故意に高度を上げ、光線種の発振を誘発しては即座に降下。照準の正確ささえ逆手にとって、重ねた長刀で自機の胸部や跳躍機を守ってから数度の防御で劣化したそれらを敵に投げつけ放り捨てれば、小型種を適当に駆逐しつつ追いすがる列機から新たな長刀が投げ渡されている。

 

言葉にするのは簡単だ。そして現代の新鋭機ならば、光線種の照射にも数秒なら耐えられる。

しかしそれを実戦の中で、突撃機動中に他種を排除回避しながら、さらにはほとんど正確に照射間隔をカウントしていると思しきタイミングで。そして光線照射はほぼ回避しきっている。防御は保険、或いは追随する味方機のため。ヤツを追う味方機は、ヤツを先導機にしているのだ。

 

「すっ…ごい…!」

 

その驚嘆には、畏怖すら入り混じり。

衛士というより、「戦術機乗り」として。

あの機体の主が、隔絶した領域に在るのをまざまざと見せつけられた。

 

そして第3種光線照射警報の領域から、40kmの距離を蠢くBETAの海を切り裂き斬り開いて。

最後に列なす壁の如く立ち塞がった要塞級の群れすらも、超高速の触腕を難なく回避し潜り込み、躊躇なく一方の脚を斬り飛ばすなり腹下をくぐって跳躍のための足場にするようにして蹴り倒し。隣の要塞級へとぶつけてさらに足下の中型小型種を押し潰させつつ、自らは逆側の要塞級へと斬りかかる。

そして後続の同じく黒い武御雷数機が他の要塞級へと挑みかかり、その隙をついて吶喊部隊の列機がさらに後方の光線種の砲列へと躍り込んだ。

 

「隊を分けるぞ! クロウズ、東はくれてやる!」

「クロウ01了解。クロウ04、食べ放題だぞ!」

「…了解」

「全力戦闘許可! 中衛は散弾装填っ、遅れるな」

 

蹂躙。

 

翻る長刀が、仕込みの短刀が、火を吹く突撃砲が。

この時点での戦力分散が愚策となり得ない、最大効率で想定より多数であったろう光線種を殲滅すると鮮やかに離脱していった。

 

なに、あの部隊…!

 

これが、帝国斯衛か。

装備は最新鋭なのだろう、しかしてあの凄まじい練度。

数年前までお飾りのお公家様部隊と言われていたはずだ。それが、見ている者に寒気さえ感じさせるほどの。

 

みちるは我知らず身震いし、いてもたってもいられなくなっているだろう、水月を抑えるべく回線を開いた。

 

「我々の出番はまだだぞ! 落ち着け、おすわりっ」

「誰に言ってんだコラぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、夕刻 ―

 

 

『反応炉ノ破壊ニ成功セリ。煌武院悠陽殿下万歳』

 

 

回線は、歓呼の声に満たされていた。

 

 

「うおお! やった、やったぞ!!」

「やっと、やっとだ…! 万歳、万歳ッ!」

「煌武院悠陽殿下万歳っ!」

「斑鳩公だ、16大隊がやったぞ!」

「斑鳩公万歳っ! 武家の威光を讃えよ!」

 

フェイズ4ハイヴの攻略は、慎重に進められた。

兵站の確保、隠蔽路の発見と排除。

 

無論損害も大きく、随伴した米軍部隊はかなりの勇戦を見せたが突入から7時間後に半壊して後退、兵站の確保に移行。

国連軍は特務部隊A-01を除いて壊滅状態。帝国軍も6割が損耗、ほぼ全滅判定ながらも最後まで戦い抜いた。

そして作戦中大半の部分で先鋒を担った斯衛軍もまた、甚大な被害を受けていた。

 

よく、これで…

 

ハイヴ外、侵入ゲート。

その外気に晒されながら、激戦を終えて異星種の返り血で赤黒く汚れた山吹の愛機の足下、篁唯依中尉は黄昏に染まりながら続々と帰還してくる友軍機の列を見上げていた。

 

帰還機には、損傷のない機体も多い。

それは激戦でなかったことの証左ではない。損傷機は早めに後退させたのもある一方で、被弾すれば還ってはこれないという事実の裏返しでもある。

 

そんな中で最後尾集団の中の、主腕を片方失った青い武御雷がゲートから現れると、出迎えの群衆はそれぞれの作業すら忘れて歓喜の声を上げた。

 

「斑鳩公だ!」

「斑鳩公!」

「斑鳩公っ!」

「斑鳩公万歳!」

 

その、乾いた返り血で染まった青い巨人は地響きを伴う歩みを止め。

携えていた電磁投射砲をあたかも太刀を立てるかのように、その銃床を地に着けた。

 

「皆の尽力に感謝を。余は生涯忘れぬことを誓う。煌武院悠陽殿下万歳」

 

さすがにやや疲れを感じさせもする、外部への音声。

しかしそれを吹き飛ばして余りある歓喜の渦が、偉業を成し遂げた英傑へと向けられた。

 

「…」

 

殊更に、将軍殿下の御名を讃えるのは。

要するに、配慮ということなのだろう。

この期に及んで、とは唯依の正直な思い。

 

結局また、自分はハイヴへの突入組から外された。

兵站・退路の確保も重要な任務とはいえ。崇宰一門の、戦力回復も捗っていなかったから。とはいえ。とはいえ。

 

周りの空気に水を差さぬよう、そっと息をつく。

 

ハイヴ深層、その最奥にて。

中枢たる反応炉と並んで、最重要目標とされるのがG元素貯蔵庫・通称アトリエ。

BETA由来の特殊かつ希少なその素材の所有権を巡って、作戦前から米国・帝国そして国連の間で丁々発止のやりとりがあったことは、一定以上の立ち位置にある人間にとって周知の事実だった。

 

ハイヴ攻略とその鹵獲物について、各国の独占を禁止するバンクーバー協定の発案者である米国自体が、ハイヴ攻略が現実味を帯びるやいなや大国のエゴをむき出しにしてそれを事実上無視しようとすることは、日米関係のさらなる悪化を招くこと必定の行いだ。

 

もっとも米国にしてみれば、協定により鹵獲物の所有権を優先的に有する国連が、例の「横浜の魔女」の意図を汲んで動いていること自体が予想外かつ許せないはずで。

今作戦の前、実証実験を兼ねた漸減作戦の頃からその驚異的な有効性を示した電磁投射砲も魔女の手によるものであり、その核心にはG元素技術があるとあっては座視黙認することなどできるはずもない。

 

ゆえに監視の意味で横浜からは魔女直属の特務部隊がハイヴ突入に参加し、場合によっては交戦すらやむなしかとすらされていた。

さらには強硬手段に出た米国が魔女の部隊を打ち破った場合…外界にてそれを押しとどめることを、唯依の部隊は斯衛として密命を受けていた。

 

緑なす瑞穂の國を取り戻したことには大きな喜びがあるものの。

この状況下ですら政治的思惑が入り込むことへの釈然としない思いと、最前線でのいくさ働きを願ったのは自らの欲に過ぎないのだと自戒しつつも満たされない想いを抱えて。

 

あ…

 

しかし唯依は、BETAによって変えられてしまった環境、悪臭すら入り混じる風にその長い黒髪をなびかせ。

そして斑鳩公の機体に続き、本当の最後尾にて帰還してきた黒の武御雷を見つけた。

 

「…こちらホワイトファング01、クロウ04」

 

一瞬迷ってそれでも呼びかけたのは、中破した赤い機体 ― 傍役の真壁どのか ― を支えて現れた、黒の衛士。

こちらクロウ04、とわずかな間の後にいらえが返る。

 

「無事の帰還と、戦果に感謝を。よくやってくれた」

「…了解」

「ああ、本当に……」

「…残ったのは、俺だけです。小隊の仲間、は……」

 

唯依の空白に、黒の衛士は彼にしては珍しく感情を揺らしていた。

そうか、と応えるのがやっと。あれほどの手練れが……

 

「皆の者、聞いてくれ。我らはついに、この地を異星種共より奪還した。これは多くの輩の、その凄烈な散華の末に成された偉業である。九段へ赴いた先達を称えよ! そして前を向け! 我らは今、新たなる英雄武傑の誕生を目にした!」

 

駆動音と共に、斑鳩機が黒の衛士の機体に向き直る。

 

「我ら斯衛、我ら日の本の民、そして将軍殿下の忠勇なる刃! 常に最先鋒を努めては我らを導き、ハイヴ最奥にても血路を開いてBETA共の首魁へと迫りし破邪の剣!」

 

斑鳩機が手にしていた投射砲を黒の機体へと手渡した。

そして続いて背負っていた長刀もまた、外して下賜するかのように受け渡す。

 

「その名を称えよ! 彼こそは我らの剣! 彼こそが我らの切っ先!」

 

 

「我らの英雄、白銀武少尉である!!」

 

 

嗚呼、彼はきっと、そんなこと望まないだろうに。

 

斑鳩公の演説を聞きながら、唯依はただその機体を見上げていた。

 

 

 



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Muv-Luv UNTITLED 02

続いてしまいました


2001年 1月末 ―

 

日本帝国横浜。

国連軍横浜基地訓練校、そのグラウンド。

 

雲も少ない青い空、肌を刺す冬の冷気。

荒い息を落ち着けるためそれを大きく吸い込みながら、鎧衣美琴は小柄なその身をグラウンドへ投げ出した。

 

訓練が始まって数週間。少しは慣れてきたとはいえ、10km走はキツめのメニューのひとつ。かじかむ指先に反してBDUタートルタンクトップ下の身体は汗だくで、5分休憩の許可と共に周囲には同じ訓練小隊 ― 207Bの面々が座り込んでいる。

 

「壬姫さん、大丈夫?」

「っ、な…なんとかぁ…」

 

美琴よりさらに短躯で、体力的には訓練小隊で一番劣る珠瀬壬姫はへたり込むどころか仰向けに寝転がっていた。

そんな壬姫の大きく激しく上下する、しかし慎ましい胸元を見て。仲間だと思う一方で、負けてしまっているのも自覚する。

 

「とはいえ、なんとか走りきれるようにはなってきたではないか」

 

すでに呼吸が整いかけているのは、御剣冥夜訓練兵。

艶やかな長髪を結わえ、すらりと長い手足をBDUから惜しげもなく晒し。

剣のたしなみなら昔から少々、と言っていた彼女は基礎体力もかなり高い。

 

お武家さまは違うなあと言いかけて、美琴はそれを飲み込んだ。

 

わけあり揃いのこの小隊で、たぶん彼女は一番の「特別」だろうからだ。

 

 

無言でちら、とこちらを見ただけの、ざっくりとした手入れの黒髪、彩峰慧。

息を整えながら次の訓練を確認しているのは、眼鏡に長い三つ編みの榊千鶴。

 

「光州作戦の悲劇」の彩峰元中将、現内閣総理大臣・榊是親、その娘たち。

親同士が曰く因縁がありすぎるこの二人に、国連事務次官・珠瀬玄丞齋の一粒種と。

加えて御剣という譜代らしいが聞いたことのない家名の一方、あのやんごとなきお方と瓜二つという武家の娘。

 

でもそれなら…なんでボクもなんだろう…...やだなあ…

 

あまり深刻ぶらないのが持ち味だと思っている美琴だが、深掘り勘ぐりすぎるとろくなことにはならない予感しかしない。

 

まあたぶん、貿易会社課長だと言っている父親は…嘘つきなんだろうとは思った。

 

 

「あうあう…なんとか、ですぅ…」

「斯衛はこんなものではないと言うぞ」

「はぅ…」

 

軽く笑んだような冥夜の軽口に、壬姫がへこたれる。

 

 

ハイヴ攻略成る ―

 

過日のその朗報は、世界を駆け巡り。

 

外部の情報を遮断された訓練校にも、当然届いていた。

 

聞けば民衆は沸き立ち、国内は盛大な祝賀の雰囲気に満たされているらしい。

将軍殿下もお出ましになり、臨時の参賀が催されお言葉を述べられたそうだ。

 

そのいわばお祭り気分がまだ市中に続いているという。

 

そして新聞ラジオの報道では、帝国軍そして斯衛の功績と貢献とが讃えられ、その象徴のひとつとして、若き黒衣の斯衛少尉が扱われていた。

 

BETA戦災の孤児。志願兵からの叩き上げ。

 

ハイヴ突入前には光線種吶喊、突入後も先陣を切り続け。

斯衛総指揮官であった斑鳩公を支えて、反応炉破壊まで成し遂げたという。

 

これにより世間では斯衛人気が非常に高まり、それを目指さんとする若者が増えているのだとか。

そして国連軍に入隊後だった壬姫も、同じく触発されたひとりだった。

 

斯衛軍は基本的に武家の集団であり、黒を纏う一般出はよほどのコネがあるか、或いはかの巌谷榮二のように当代無双とされる名声が必要とされてきた。

その意味ではかの少尉も後者の流れであり、その才を見いだされて青田買いされたようなものだ。

 

とはいえ熱しやすい市井の空気は、時におかまいなしに高まっていくもので。

 

 

「でも被害もだいぶ出たという話よ。それを忘れちゃいけないわ」

「…へそ曲がり」

「なにか言った!?」

「別に」

 

深刻ぶる千鶴の言葉に慧がぼそりと茶々を入れ。

沸点低く千鶴が怒るのも、小隊結成から一月経たないにも関わらずすでにおなじみの光景。

 

「まあまあ…でも同い年なんだってね、ボクらと」

「うむ…それにこれは知り合いに聞いたのだが、生半な業前ではないそうだ」

「すごいです…」

 

汗が引き始めて身体を冷やさないようにか、冥夜がジャケットを羽織る。

慧とのにらみ合いを、鼻を鳴らして終えた千鶴が声をかけた。

 

「さて、次は格闘訓練よ」

「あぅ…」

「はは…がんばろうね壬姫さん」

「御剣…今日は負けない」

「望むところだ...とはいえ無手と短刀術では私の負け越しではないか」

 

 

 

少女たちは知らない。

 

運命か宿命か、或いは呪いか。

 

その荒波が、やがて巨大な波濤となって自分たちに襲いかかることを ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 2月 ―

 

アメリカ。グルームレイク基地。

周囲を荒涼とした砂漠に囲まれ、「エリア51」の名で知られる元は空軍の基地だった場所。

現在は米陸軍戦術機戦技研究部隊の基地として稼働している。

 

その衛士用ブリーフィングルームのひとつに、基地所属のトップチームが集められていた。

楽にしろ、と正面に立つ隊長のスヴェン大尉が声をかける。

 

「喜べ、お前ら。今日はスペシャルメニューだ」

「…隊長、もしかして」

「ああ、やっと来たぞ。例の『ハイヴ潰し』のガンカメラだ」

 

おぉ~、と隊員から歓声に近いざわめき。

日本軍はもとより国連軍からもまだ出てないから我が軍の参加機のものになる、しかしハイヴ攻略を成し遂げた連中に同行した部隊のものだ、と。

 

ただし途中までだがな、と肩をすくめての隊長の付け足しに皆が苦笑交じり。

米軍部隊がハイヴ最奥に辿り着く前に後退したことくらいは、知っていたからだ。

 

「忌憚のない意見が聞きたい。楽に見ていい。だがある程度にまとめてはあるが、なにしろ長いらしい。ビールは許可できんがポップコーンくらいなら良いぞ」

 

笑い声とブーイングが混在する中、このチームにおいて「孤立したエース」であるところのユウヤ・ブリッジス少尉は、さっさと始めてくれと思っていた。

 

 

顔も知らない父親は、日本人で、母と自分を捨てたろくでなしだ。

そのせいで母親は、南部の名門一族出身にもかかわらずと、祖父や叔父からいじめ抜かれた。

そして自分もまた、家にも学校にも居場所がない人生を送ってきた。

 

見返してやる。誇れる…いや誰もが認めざるを得ないような、米国人になって。

 

そのために血のにじむような努力を重ねて、衛士になった。

そして幸いにして、戦術機にまつわるおおよその物事は、自分には合っていた。

 

 

日本は、嫌いだ。

興味がないのではなくて、嫌いだ。

 

しかしその日本から、先月とんでもなくデカいニュースが飛び込んだ。

 

ハイヴ攻略に成功。

しかもあの、ヨコハマで使われたという新型爆弾もなしに、地下深くへと戦術機部隊で突入して。

 

人類の敵・BETAに一矢報いた喜びよりも…驚きと、やられた、という感覚が強かった。

攻略作戦は日本軍中心だったというが、それも本当かとやや疑いつつ。

 

離れた席で「誇りあるルーツの偉業」にすでに鼻息荒くしてそうなレオン・クゼ少尉と、その隣に座るチームの紅一点 ― ふわりとした金髪に活発な青い瞳のシャロン・エイム少尉の方は見ないようにして、ユウヤは席を立ってトイレを済ませた。

 

10分後。

 

室内の照明が少し落とされ、ブリーフィングルーム正面の大画面に作戦に参加した米軍機のガンカメラの映像が映し出される。

 

 

「艦砲射撃と軌道爆撃、上陸したのは…ありゃA-6の改造機か?」

「セオリー通りだな」

「ステイツの参加部隊はF-15Eと…海兵共のF-18か」

「JAPの連中は、Type-94…だっけか」

「あっちはF-15の現地版か? …F-4もまだ使ってんのか」

 

隊長の許しを得て、スナックや飲み物など持ち込んでいる隊員も。

 

米軍は作戦当初後発組であったらしく、映像自体は遠くから眺める形になっていた。

 

 

録画映像の中に揚陸した部隊が現れると、整然と布陣した日本軍機のうち数機が装備した砲から、幾条もの閃光と轟音。それが掃射されると、カメラの主であるところの米軍機から見える範囲のBETA共が凄まじい勢いで薙ぎ払われていく。

 

「……オイオイ、なんだありゃ。ニンジュツってやつか?」

「リニアレールガン、だそうだ。ヨコハマ発の最新トレンドだとよ」

「正確には国連軍の装備だそうだ」

 

日本通でなるレオンの注釈が入る。

いやいや反則だろ、あんなのありゃ楽勝じゃねえか、などと口笛やBooの音。

 

 

レオン・クゼは日系だ。祖父の代から米国に軍人として奉仕して、それを認められている。そしてレオンも、それをプライドにしている。腕も立つ。

 

なにからなにまで、ユウヤの気に食わない相手だ。

 

そしてその傍のシャロンにしても…

「色々あった」にも関わらず、接する態度を変えてこないのがこちらとしては気まずいし、なんというかやりにくい。

 

 

一方映像の作戦は、そのまま順調に進むも。

 

「…光線種吶喊の映像はないんですか」

「ない。我が軍が参加しなかったからな」

 

ユウヤの質問には隊長が答える。

映像内の交信から、それが行われたことがわかったのに。

 

衛士としちゃ、そこが重要だろうが…

 

舌打ちをしたいのを堪える。

自分も含め、ここにいる衛士の大半は米軍のエリートを自認しながら、実戦経験がないのだ。

戦訓をとりいれるためにも、映像だけでもシミュレーションではないものを見ておきたかった。遠巻きの映像でも、かなり迅速に敵陣を突破して光線種を殲滅してのけたように見えたのだ。

 

「吶喊したのは斯衛の部隊だったようです」

「インペリアル・ロイヤルガード、って連中か」

「装備機はF-4改修機のType-82 ズイカクと、Type-00 タケミカヅチです」

「ずうぃ…、てゃけぇみ…? 言いにくい名前だな」

「ゼロはあまり数はないのね」

「ああ、正式配備自体が去年から…だったかな?」

 

再度のレオンの解説とシャロンとのやりとりにこっそり鼻を鳴らし、ユウヤは頬杖をつく。

 

 

そして作戦は、ゲートの確保からいよいよハイヴ内への進入へ。

 

押し寄せるBETAの群れ。

交替でのレールガン掃射。

横坑から広間に抜ければ、通信と兵站地点の確保。

そして縦坑横坑複数方向へ斥候を出して、前進。

 

進軍は、序盤かなり慎重だ。

日本軍よりむしろ、国連軍となにより米軍の方が積極的に見えた。

先鋒を務める帝国斯衛の部隊機が、幾度か急ぐな、といった動作を見せる。

 

 

「バンザイ突撃とかするんじゃないのかよ」

「スリーパー・ドリフトに注意してるようだな。レールガンも燃費が良くはなさそうだ…ユニット化してコンテナで順次補給してるようだが、乱戦になれば使えないだろうしな…」

 

あまり代わり映えのしない映像とその中の光景が続く。

ここらあたりはしかし、ある程度編集されてもいるようだった。

 

 

状況が変わり始めたのは、いくつかの広間と縦坑を経て ― 中層より奥へ潜った頃だった。

 

凄まじいまでの、BETAの物量。

まるで巨大なTSUNAMI。

 

それが、慎重を期して構築してきた兵站路の能力を易々と超える。

 

ある程度は予期していたのか、戦闘回避の優先度を高めて進軍速度を早める。

しかし長時間に及ぶ作戦行動に、衛士が疲弊し始め。

偽装横坑の発見漏れが多くなりだし、やがて補給路は各所で寸断されて後方との連絡が途絶えがちに。

 

最初に音を上げ始めたのは、それまで景気よく弾をばらまいていた米軍部隊だった。

BETAの物量に押され、残弾が心許なくなって乱戦が多くなると1機、また1機と撃墜 ― いや、BETAの海に呑まれて見えなくなってしまう。

 

立て直せ、と帝国と斯衛、国連軍が敵中に突入して時間を稼ぐ。

 

 

「…白兵なんて、マジでやるんだな。部隊規模で」

「昔見た欧州勢より間合いが近いな…あれで関節はもつのか?」

「機体も対応はしてるそうですが…習熟は、必要ではあるようです」

 

他国での実戦経験がある隊長に、レオンが答える。

 

「Type-82、F-4なんだろ? よく動くな」

「94も聞いてたよりやる…が、00、すげえな」

「黒いゼロ、あの先鋒のヤツとか…おいブリッジス、お前アレに勝てるかよ?」

「…」

「クゼ。機体か、衛士か?」

「両方かと。精鋭ですよ、斯衛は」

「サムラーイの末裔か…」

 

 

奮戦する帝国軍に斯衛軍、そして国連所属機。

青く国連カラーに塗装されたType-94中隊も、連携のとれた動きを見せる。

 

しかしそんな各軍の勇戦奮戦すら。

 

BETAは単純にその物量で押し潰す。

 

通信回線には悲鳴が増えだし、脱落機が出るペースが速まる。

米軍と国連軍は損害が3割を超えた。

 

次に到達した広間では、当初発見したBETA群を掃討後、一挙に10を越える偽装横坑が口を開いた。こぼれ出るように戦車級に要撃級、要塞級までが次々と姿を現す。

瞬く間に突入部隊は包囲され、乱戦に陥る。

 

そして ― ケツロヲヒラク、と叫んで主腕も武装も失った黄色いType-82が敵中深くに突っ込み。

 

 

「おいおい…」

 

 

閃光。

小型戦術核に匹敵する特殊爆弾・S-11。

帝国・斯衛軍機装備の、自爆・自決用の特殊装備。

 

違う方向にもう1機、白い82。

さらに別の方向にもう1機、今度は帝国軍機の94だったろうか。

 

 

「クレイジーだな…」

 

 

素早く耐爆姿勢をとっていたらしきロイヤルガードと帝国軍が、その間隙を縫って布陣を整え、残敵を掃討していく。

 

S-11は数発携行されてはいるが反応炉破壊用で、その威力と閉所での扱いの難しさから、戦術には組み込まれていないらしい。

爆発には指向性を持たせられるというが、投擲もしくは設置による使用となるため...乱戦状態などではあのように使うほかないのだろう。

 

そうして進軍を再開し、続く横坑の向こう、次の広間。

 

見ているだけでもう何度目かもわからなくなった、BETAの巨大な海。

 

レールガンの掃射。偽装横坑からの奇襲。乱戦。

そしてまた、巨大な閃光。

 

そんな光景が、さらに数度も繰り返され。

すでに4軍の損耗は4割を超えた。

 

そして生まれたわずかな戦場の空白に、

 

これじゃ全滅しちまう…

 

オープンの回線に流れ出た呟き。恥ずべきことに、英語だった。

映像でですら、地獄の底へと潜らんとする突入部隊を包む空気が変わってしまったのがわかった。

 

 

訓練された軍人、それも衛士ならば、敵地では、それが死地ならなおさら絶対に口に出してはならない言葉。英語が公用語とはいえ、漏れ出してしまったそれは母語とする者からだろう。国連軍か、それとも…米軍か。そこまでは、わからなかった。

 

 

全軍止まれ、と。

先頭集団の青いType-00が主腕を挙げた。

 

どう思うかね?

…大幅にヴォールク・レコードも更新している、BETA及びハイヴのデータも多く収集できた。オプションの突撃作戦に移るにも、予定深度に到達していない

…撤退も、視野に入れるべきではないか。損耗は想定をとうに上回っている

 

思いのほか流暢な発音の斯衛の指揮官、応えたのは米軍と国連軍の指揮者。

ふむ、と考え込むような青い斯衛のわずかの間。

 

退かれるがよろしかろう …いや失礼、退路の確保をお願いしたい

…貴軍はどうする

ふむ…今少し進むとしよう

…我々が抜けて、どうなる。プライドで死ぬ気か?

なになに、九段へ往くにもまだまだな…ソナタラハ、ドウスル?

オトモイタシマスゾ、イカルガコウ!

ふ…両軍には損傷機の後送をお願いしたい

……了解した

 

米軍と国連軍の申し出で、自衛のための最低限を残して武器と弾薬が帝国軍と斯衛に渡された。

 

感謝する これまでの助太刀にも 帰路にも気をつけあそばされよ

 

サムライの末裔達は、そうしていっそ爽やかに。

さらなる地獄の奥へと進んでいった。

 

 

「…」

 

結果を知っていてもなお、言葉を失う。

ブリーフィングルームで映像を見つめる面々にもすでに笑いはない。菓子をつまんでいる者もいない。

 

「ブシドーとは死ぬことと見つけたり、か」

「無駄死にを推奨する言葉ではありません。事実、このあと彼らは成し遂げました」

 

隊長とレオンのやりとりに、そりゃ結果論じゃねえかとユウヤ。

ハイヴを攻略し得なければ、連中は無駄死にだったのだ。

 

「やはり国土のかかる前線国家は…いや、そうか」

「は、日本は米国とは違います。前線国となっており人口自体も減っていますし、生産力を東南アジアへ逃がしたとはいえ、この時点ですら喪失戦力の補充にはかなり時間を要するかと」

「ギャンブルだったわけか。そもそもなんで今だったんだ」

「…確かに急ぎすぎた感はあるが…お前は日本の状況をわかってない。首都トーキョーから250マイルでハイヴがあるっていうのは、ワシントンーニューヨーク間と大して変わらないんだぞ。サドガシマを排除してチョルォンまで従深がとれるだけでもずいぶん違う…攻略の可能性があるなら、一刻も早く解決すべき問題なんだ」

「…」

「ソ連と統一中華戦線は潜在敵国だ。東アジア連合もオペレーション・ルシファーの損耗から回復してないし、元々多くは望めない。地理的に欧州は遠すぎるし、同盟は解消されたとはいえ友邦のアメリカと国連以外に支援の手立てがないんだよ。それに―」

「G弾だな」

「そうです。日本にはアメリカへの不信が根強く、ハイヴを放置するか、攻略に失敗…どころか手間取れば、またG弾を落とされるかもしれない…ヨコハマは、重力異常で草も生えなくなったそうです」

 

無礼講をいいことに割り込んだユウヤに答えたレオンの表情は、隊長の言葉で曇った。

 

G弾への嫌悪は、ユウヤとて同じだ。

重力異常で云々はゴシップの域を出ないとも思うが、そもそも戦術機不要論の元凶がG弾なのだ。

 

 

やがて映像では、米軍と国連軍の部隊がひたすらに戦闘を避けながら最後に構築した兵站拠点へと辿り着いていた。BETAに襲われず残っていたそれらを活かし、さらに後方へ。

損傷機として随伴していた帝国・斯衛で戦闘が可能な機体はそこに残った。彼らは、友軍が目標を達成して戻るまでここを堅守するのだという…

 

 

これが、実戦か。

座学やシミュレーションは、やはり情報でしかない。

ハイヴ攻略成功という華々しいニュースの裏側の、凄惨な現実。

 

「でも…これじゃ、損失が大きすぎるんじゃないかしら」

「…たしかにな。BETA戦での損耗率は大戦・冷戦期の軍事常識は通用しないが…クゼ、お前はその点に関してはどうだ」

「同盟解消以降、日本軍の詳細な配備数等はわかりませんが、かなりの痛手になることは間違いないかと。日本の軍事的プレゼンスの低下によって極東地域が不安定化する可能性は…なくはないと思いますが、他所もそう余裕はないですからね」

 

アメリカとは比べるべくもないにせよ、日本は有数の軍事大国だ。

精強な軍に高い士気。そして優秀な技術者たちと勤勉な国民性。

 

その日本をして、ひとつのハイヴを攻略するのに、この有様。

 

 

だから結局は、G弾しかないのでは ―

 

 

重いものを飲み込まされた気分に一様に皆が押し黙る。

 

「強い戦術機を。もっと強い戦術機をつくればいい」

「…おまえ、本当にバカだな」

「なんだと!」

 

わかっていたことだろうが、今さら何を悩む。

そのためにやってきたんだろうがと言うユウヤには、レオンの心底呆れた視線。

シャロンは処置なしと苦笑しながら肩をすくめて首を振り、スヴェン大尉も一瞬毒気を抜かれた表情を見せて、そうだな、と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 3月 ―

 

帝都郊外。城内省斯衛軍基地。

広大な格納庫は機密保持の意味合いもあって入口こそ閉じられているが、多くの整備兵・要員たちが忙しく行き交ってなお、彼岸前の寒気。

 

吐息もまだわずかに白い。無駄口を叩く人員はいないが相手に聞こえるよう怒鳴りあう整備兵と、工具が奏でる騒音に格納庫内は満たされており、その喧噪の中を帝国陸軍中佐・巌谷榮二は歩を進めていた。

 

ふと見上げるハンガーには固定された巨人・00式 武御雷。装甲色は白…なのだが、現在外装はほとんど外されていた。

この格納庫には現在18機の同機種が並行して修理作業を受けており、携わる要員は500人を超えている。

 

 

甲21号作戦 ― 佐渡島ハイヴ攻略の成功は内外にとって概ね吉報といえたが。

 

各国軍はいろんな意味で目の色を変えており、帝国軍・斯衛軍共にその上層部は、そろって頭を抱えていた。

 

損耗が、やはり大きかったのだ。

 

常に予想を超えてくるBETAを相手に、想定の最大値をやや超過した程度で済んだともいえる。実際のところハイヴ内のBETAの総数は会敵したものだけでも想定の倍近くにも及んでおり、突入部隊がいかに奮戦したかがわかる。

 

にしても…ちと浮かれていたと、誹られても反論できんな。

 

経験も実績も豊富で、常に楽観を戒める質の巌谷をして、そう自省する。

作戦前の実証試験段階からその有効性を大きく示した電磁投射砲の威力に、軍部に楽観論が漂ってしまっていたのも事実だった。

それが現実としては、ハイヴ突入を敢行した戦術機甲部隊はほとんど壊滅的といっていい損害。精鋭部隊を抽出して投入したがため、それゆえに攻略自体は成ったともいえるがその損失は実数以上に重くのしかかる。

ゆえに反応炉破壊後に甲20号 ― 鉄原ハイヴを目指して退いていくBETA群を、大挙追撃掃討することも困難であった。

 

戦術的に誤りだった…とは言い切れんが…

 

 

これまでのハイヴ攻略は、周辺のBETAを駆逐した後入口とするゲートを確保。

ハイヴ内突入後は速戦即決を旨として、一気呵成に反応炉を目指すというもの。

 

しかし内部の情報はほとんどなく、目標の位置も深度も概算程度。

 

要するに、ほとんど特攻である。

 

これは、23年前のパレオロゴス作戦において、二ヶ月もの期間を要して多大な被害を出しつつ周辺を制圧。その後ミンスクハイヴへと突入したヴォールク連隊が史上初めてのハイヴ侵入を果たして貴重なデータを遺すも3時間半程で全滅したことからハイヴ戦での兵站確保の困難さが露わとなり、そこから逆算的に導き出された方策にしかすぎない。

 

 

しかし今回は電磁投射砲の投入により、損耗を抑制しながらハイヴ突入までこぎ着けることが期待されていた。そしてその後も可能な限り組織的戦闘を行いつつ深部を目指し、突撃戦法はそれが困難となった場合の補足的手段とすることと決まっていた。

 

中層を過ぎるあたりまでは、予想を超える会敵BETA数ながらも作戦は概ね順調に進行。

 

しかしその後、さらに増加した出現BETAにより突入部隊が疲弊損耗。

士気の低下も著しかったため、意気を保った帝国・斯衛両軍での突撃へと移行。

 

そして3時間後、両軍は当初戦力の4割以下にまで損耗しながら反応炉の破壊に成功した。

 

実際には最深部反応炉室の手前、大広間主縦坑内に極大規模のBETA群が観測されたため斯衛16大隊の残存機に加えて斯衛帝国両軍から志願抽出した24機による突破誘因を敢行。

誘因BETAを残留部隊が背撃すると共に、突破部隊が反応炉に設置した携行S-11全弾の起爆によって反応炉諸共釣りあげたBETA群を撃滅。

 

その後突入部隊は主縦坑経由で横坑を使い、退路を確保していた先行退却組と脱出した。

 

なお、S-11起爆は損傷擱座したものも含めて帝国斯衛併せて5名が志願により反応炉室に残留して実行した……

 

 

せめて英霊として忘れることなく語り継ぐのが、供養であり手向け…

 

今までも多くの部下、戦友を見送ってきた巌谷は瞑目する。

 

かように甚大な損耗の上に終了した甲21号作戦だが、ただ海上戦力と砲兵がほぼ無傷で済んだのが不幸中の幸いともいえた。

鉄原発朝鮮半島からの潜行渡海BETAへの対処は、砲雷撃の従深もとれるゆえ喫緊とまではいえないからだ。

 

とはいえ帝国軍参謀本部は国防計画の見直しに奔走し。

斯衛上層の「老中」連は実戦力の減少に伴う影響力の低下を懸念し、若年の五摂家当主たちの蛮勇だと青くなったり赤くなったり忙しい。

一方で当の五摂家 ― 当主陣で突入に参加したのは斑鳩と斉御司だが ― たちは、どこ吹く風で通しているらしい。

 

 

時節を考えれば、恵まれたといっていいと思うが…

 

民を想う煌武院、そして内心はともかく武に殉じた、最有力家の斑鳩と前将軍家の斉御司。

歴史を顧みれば摂家間での権力闘争に明け暮れた時代とてあったのだから、今の当主連はよほどまともだと言っていいと巌谷は考えていた。

 

そしてそこに、白を引き連れた赤の斯衛を見つけた。

 

「これは、巌谷中佐殿」

「久しいな、真壁少佐。負傷したと聞いたが、もういいのか」

「はは、お恥ずかしい。部下のおかげで命拾いしましたよ」

 

細面に、するりとした細身の体躯。

急所を一突きする鋭い刀といった印象そのままの男。

 

真壁介六郎。

名門・真壁家の六男で、斑鳩崇継の傍役かつ腹心。

 

巌谷が介六郎と直接の面識を持ったのは、例の投射砲の一件からだった。

介六郎は才気走るところがやや目立つが有能には違いなく、若さのわりに腹芸も裏働きもそれなりにできる質ゆえに、崇継にも重宝されているのだろう。

 

「それで、本日は」

「横浜からの帰りでな、これを渡しておこうと。まあついでだ、気にするな」

「は、恐れ入ります。して、魔女殿のご機嫌はいかがでしたか?」

「相当にお忙しいようだ。まさにハイヴは宝の山なのだな」

「はは、それはそれは…」

 

提げていた鞄に入ったままの書類を渡す巌谷は、ぞんざいに過ぎる扱いだった昼頃を思い出して軽く笑った。

 

「回収できた投射砲の数が合わないことにも、寛恕いただけた」

「重畳ですね。中佐殿は、どうお考えで」

「我々ではない。斯衛でもなかろう? 国連軍は魔女殿の隷下だ」

「ふむ…もっとも、対策は十全だと聞きましたが」

「ああ、物理的・電子的な多重の施錠に加えて核心部は例のML理論とやららしくてな。無理に開ければ…極めて小規模ながら、あの忌まわしきG弾と同じようなことになるらしい」

 

おお、それは恐ろしい、と。

大げさな身振りで赤い斯衛は悪い笑みを見せる。

 

 

作戦中喪失した投射砲の心臓部分で、未回収のものがまだいくつかあった。

 

広大なハイヴ内でのこと。BETAに喰われたのかもしれないし、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。

しかしながらどこかしら海の向こうの大国などで、秘密の研究所が貴重な要員と共に吹き飛んだとしても、それが明らかになることはないだろう。

 

いずれにせよ、「半年もありゃ、あいつらも同じモノ造るわよ」とは魔女殿の言。

だからといってすぐばらまくのも得策ではなく、そんなことをすれば「同じ人類に向けるバカが、すぐに出る」とも。

 

 

しかし、こやつら…「アレ」を見たのだろう…

 

米軍・国連軍と別れ。

両軍の監視役である魔女殿の特務部隊も退かせた斯衛と帝国軍は、魔窟の深層でそれを見た。

 

巌谷もまた、階級を度外視して枢機に触れられる立場ゆえにその記録を見せられた。

 

 

大深度地下に拡がり、薄暗くも緑がかった謎の発光に照らされる広大な空間。

そこにはその広さに比して細く見える、高く高く伸びる柱状構造物が林立し。

 

その頂点近くには ― 青白く光る生物的な容器に収められた、人間の脳髄。

 

聞けば、横浜ハイヴでも確認されていたものらしい。

高度な機密として伏せられていただけで。

 

 

異星種共がなにをしていようが、今さら驚かんな ―

 

斑鳩公崇継は、それを見て大して興味もなさそうにそう言っていた。

BETAに殺された人間の数など、もう誰も数えていないしわからないのだ。

 

 

その犠牲者たちがどこの誰で、どのようにハイヴ深層まで連れ去られたのかはわからない。

 

ただ一つ確かなことは、それらを含めて佐渡島ハイヴ跡地はすべて、国連の名の下「オルタ4」 ― 香月博士の管理下に置かれることになったということだった。

 

 

あの魔女殿が、なにを考えているのかはわからない。

紛うことなき天才の部類、凡人に過ぎない己に測れる範疇にはいないことは確かで。

 

ただ、軍人であれ。ならばできることをする。

そう自らを規定するのが巌谷榮二という男。

 

「で、状況はどうだ」

「順調、とは言えませんね…00式は元々手がかかりすぎますゆえ。まあ壊した私が言うのもなんですがね。衛士も同様です」

 

ひょい、と介六郎は肩をすくめる。

 

「それに再編によって全体数が減ってもかまわない、というのが当主方の方針ゆえ」

「ほう、貴様にとっては不満だな」

「まさかまさか」

 

韜晦して笑う若人。

斑鳩公崇継は時としてむしろ世捨て人的というか、退嬰的な一面をもつことを先年からのつきあいで巌谷は知った。そしてその崇継に、権力への道筋を使嗾するようなのが目の前の介六郎なのだということも。

 

「日の本の民が無事なら良い、それは我が主も煌武院殿下と変わりありませぬ」

「鉄原からの縦深を得て一段落とすると」

「なにしろ我らには艦も砲兵もありません。この八洲より異星種共をたたき出した以上、当面は遅々としてでも戦力の回復に努めるほかありません」

「陸軍にも時間が必要だ。人員はもとより、撃震の耐用年数の問題と甲21号作戦で喪失した94式の補充は急務となる」

「ほう…そこで例の計画ですか」

「そうだ。それに関して頼みがあるが、良いか」

 

伺いましょう、と介六郎に促されて巌谷は格納庫の簡易応接間へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 5月 ―

 

衛士という人種は、ある意味単純だ。

究極的には、ひとつの価値観に支配される。

 

 

すなわち、腕が立つか否か。

 

 

「ちぃっ…クソっ…!」

「…」

 

わざとオープンになっている互いの回線、毒づくのは目の前の敵機 ― F-15Eの衛士、ユウヤ・ブリッジス少尉のもの。

 

統合仮想情報演習システム・JIVESによる都市を模した戦域の中。

唯依の操る97式戦術歩行高等練習機・吹雪は、ユウヤ機にはりつくように立ち回る。

 

乗機の個人設定は、持ち込んでいた零式強化装備により。

急ごしらえでも文句のない仕上がりになっているのは、整備陣の優秀さだ。

 

F-15Eは第2世代機とはいえ世代最強と讃えられる名機で、ユウヤにとっては乗り慣れた機体。

一方97式は ― 第3世代相当とはいえ練習機であり、ユウヤが酷評し否定までしたもの。

 

しかし ― 、フフっ、愚かな。

 

今少し、唯依は意地悪な気分になっていた。

先ほどまでの最悪な気分から、久方ぶりの戦闘機動が自らを高揚させていく。

 

 

 

 

三十分程前 ―

 

 

 

 

アメリカ。アラスカ州ユーコン国連軍基地。

各国混成のアルゴス小隊、ブリーフィングルーム。

 

初対面から悪かった印象が、最悪に至るまでさほど時間はかからず。

 

日米合同新型戦術機開発計画・通称XFJ計画の日本側開発主任・篁唯依中尉は、首席開発衛士であるところのユウヤ・ブリッジス少尉の睨む視線を、内心の憤怒を完璧に押し隠して受け流した。

 

ジャパニーズ・ドールめ、と毒づいたのも聞こえた。

 

 

なんでこんな男が選ばれたのだろうと思う。

 

聞けば「戦術機の鬼」とまでの異名をとる、フランク・ハイネマン博士から計画参加の絶対的条件とまで求められたらしいが。

 

確かに腕は立つ。操縦技量は素晴らしい。

経歴を見ても目覚ましい業績を残してきている。

 

しかし彼が当初から不必要に個人的な日本への悪感情を持ち込み過ぎなのは明らかだったし、礼儀を重視しないのが米国流だったとしても、時にそれは度を過ぎていた。

 

極めつけにはこれまでの自分の経験がうまく活かせない日本機の特性を頭から否定してかかって、「こういう機体を作れ」と言われているのに「オレはそれは気に食わない」と内容を変えてしまおうとするのは、開発衛士の職分を明らかに越えている。

 

素晴らしく腕が立つのに、あまりにも精神が未熟。

 

 

個人的な事情など...言い出すなら私とて...

 

まったく先が思いやられる、斯衛からの転属までして受けた任務なのにどうしようかと内心に小さくため息をついた時。

 

「アメリカ軍を盾にしてハイヴ攻略しといて、偉そうに」

 

―――!

 

「おいユウヤ…」

「訂正しろ、ブリッジス少尉」

 

ぼそりと言われたブリッジスの捨て台詞、周囲のマナンダル・ジアコーザ・ブレーメルの3少尉がさすがに慌て、同席していたドーゥル中尉もまた咎めた。

 

しかしそれらは、もう半分ほども唯依の耳に入っていない。

 

「……貴様、我が軍の英霊を愚弄するのか」

「…事実だろうが、卑怯者の日本軍だろ」

 

もし今この手に緋焔白霊あらば、すでに鯉口を切っていたろう。

そして負けじと言い返したブリッジスなど、抜き放って一息に両断していた。

 

卑怯、だと......?

 

どの口でそんな。

そんな剣気が放たれ、心得のない少尉たちも何かを感じて小さく息を呑む。

 

 

忘れることなどできようもない、2年前のあの日。

 

 

「っ…だいたいあんただってハイヴには入ってないんだろっ。それにイチかバチかの作戦にアメリカを巻き込んだのは日本じゃねえか、たまたま攻略が成功したからって別にそれは日本の功績じゃないだろうがっ」

「……いつ、誰が、日本の功績と、言った」

「単独で戦術機も開発できないから泣きついてきたクセして、なあ!」

「おいユウヤ、やめろって!」

「言い過ぎよ…! ドーゥル中尉っ」

「ブリッジス! いい加減にしろ、貴様は子供か! タカムラ中尉も、ここは」

 

先任中尉の大きな手が肩に置かれる。

少しばかりは、唯依の頭も冷えた。

 

「…私の知る、米軍の衛士たちは、皆勇敢だったがな…」

「ッ…」

「撤退は合理的な判断だった。彼らが退いたことを恨んでいる日本人は…皆無とは言えないが、私の知る限りでは世論とてそうなってはいなかった」

 

搾り出すように。

 

 

思い出す。いや、脳裏にこびりついて離れない。

 

嘆願かなわず前線より遠く配置されたあの時。

 

南東の夜空を圧してなお漆黒に拡がっていく巨大な虚無。

 

あの、中には ―

 

 

「撤退間際に米軍が供出してくれた弾薬で命をつないだ者もいた…それこそ我が身を省みない行為だったと、私は思う。日米の歴史には…不幸もあるが、絆とてある」

 

貴様の存在自体が。そうではないのか、とは。

到底受け容れざるだろうから、敢えて口にしない。

 

 

だがそうだろう。

その、はずだ。でなければ。

 

 

しかし ― 貴様たちは知るまい。知ることもあるまい。だが ―

 

 

父様は、米軍が無断で投下した、G弾に巻き込まれて死んだのだ!

 

 

「貴様や私の個人的な感情で、計画が左右されることはあってはならない。内容に影響を及ぼすなど言語道断、しかし……ドーゥル中尉、ひとつ許可をいただきたく」

 

 

黙して秘すのみ。唯依の内心の慟哭などは、誰にも気づかれず。

 

 

そんなブリッジス少尉もまた、その条件を呑んだ。

 

 

 

 

そうして唯依は、ユウヤと相対した。

 

 

 

 

戦いに、興を見出す質などでは、ないと思っていた。

 

しかしてここは、父の仇敵たる米国の地。

そして不慣れな仕事、不慣れな同僚。そも、渡米前から。

 

当面BETAは日本におらず、また戦力も疲弊して戦いどころではない。

そうやって、戦いの中と、そうでなければそのすぐ隣に身を置き続けてきた日々から、急に突き飛ばされて。

 

仇討ちの思いはない、ならば平穏に飽いたとでも? いや、余念が過ぎる…っ

 

距離を離されれば、ブリッジスの指摘通り主機出力に大きく劣る97式では為す術はない。

また高機動下の砲撃戦では、彼の方が遥かに上手だ。

 

ゆえに唯依は、ユウヤを逃がさない。

 

ほとんど密着状態、97式右主腕の長刀さえ振れない距離。

しかし嫌って間合いをとろうとするブリッジス機の「起こり」を、ほとんど唯依は見透かしていた。

 

腕は立つ。対人戦の経験こそも、豊富なのだろう。

しかしこの領域は、「術」の世界だ。幼少期より身体を使った鍛錬により積み上げてきたそれを、まさに人機一体にて現出する。

 

 

そもそも ― 彼がいう「日本的な」もの…ともすればどこか非合理的で、伝統主義的なもの。それを否定するのなら。

 

米国式の合理主義で、だらりと長刀を提げて待ち受ける唯依機を狙撃すべきだったのだ。

 

しかし彼はそうしないと、唯依は踏んだ。

 

そして、その通りになった。

 

読み勝ちである。

 

 

焦りからか、ユウヤは強引にF-15E膝部から短刀を取り出そうとし。

それを待っていた唯依機の短刀が閃き、左主腕を破壊認定。

負けじと振り払おうとした右主腕の動きに逆らわず97式はその背面に回り込み、背部懸架の突撃砲を破壊。続いて左跳躍機を蹴り歪める。

 

「くッ…クソぉぉおお!」

 

最期のあがきとばかりに、ブリッジス機が破損認定にて出力低下処置を受けた跳躍機も合わせて全開にする。でたらめな機動、低空での接近戦から一気に地表へと。

刹那、激突を回避できたのはユウヤの卓越した技術とセンスゆえ。

 

しかし向き直ったその瞬間 ― 長刀を大上段に構えた唯依の97式が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

「いやーはっは、負け負け♡」

「まあ、ぐうの音も出ないわな」

 

ハンガー。管制ユニットの外。

うなだれる強化装備のユウヤの下に、タリサとVGそしてステラがやってきた。

 

「どーよ? まっ・ぷ・た・つ・w」

「…うるせえ…」

「しっかし思った以上にやるなー、タカムラのやつ」

「そうね…でもどうかしら。作戦負けって気もするけど」

「だな」

「それに、ユウヤも言い過ぎよ。…死んだ戦友を侮辱されれば怒るのは当然」

 

視線をそらさず、指摘するステラの声も一段下がる。

彼女の意地が悪ければ、実戦経験のないあなたにはわからないでしょうけれど、と加えただろう。

 

「大体な、ユウヤお前、サドガシマ・ファイル観てないのか?」

「…見たさ…」

「かーっ、アレ観て白兵戦しようと思ったのか? 自信過剰にもほどがあるだろ」

 

中尉はロイヤルガード出身って言っただろ、あの「ツイン・ブレード」のお仲間だぜ、と。

 

 

誘いに乗った。その自覚はある。いや、演習中からあった。

それでも食い破る自信があった。いや、食い破るつもりだった…のだが。

 

 

嫌っている日本が出した成果。

米国も負けまいと、いや自分がその一助にとそれまで以上に励んで。

 

最新鋭の、F-22のテストパイロットにまでこぎつけ。

自分のすべてを以て、完璧な機体に仕上げようとし。

 

しかしその中で、自分を理解しようとしてくれていたスヴェン大尉を喪った。

 

自分のせいではないと…思ってはいる。

しかし結果、隊を追われた。そして流れ流れて、このユーコン。

 

 

強烈な敗北感。屈辱。怒り。後悔。

ここまでいいようにやられたのは、初めてF-22と模擬戦をした時以上。

 

しかし ―

 

すげえ動きだったな…

 

あんな風に、動かせる機体だったのか。いや、あんな風に動くんだな、戦術機って。

 

その驚きもまた、強かった。

 

 

巧みに操縦する衛士は、幾人も見てきた。

強烈なGに耐え、殺人的な機動を繰り出す凄腕たち。

しかしその中には、あんな風に…しなやかに? 戦術機を動かすヤツは、いなかったと思う。

速くはない。パワーもない。それなのにどうしてか、まるで敵わなかった。

 

 

「マーシャルアーツ…ブジュツってやつ、なのか」

「カタナを使うからなあ、日本軍は重視してるらしいぜー」

 

アタシも長刀の間合いじゃやりたくないね、と。

白兵戦を得意と自認し、豊富な実戦経験を持つタリサさえ。

 

「でも実際は非効率じゃないのかしら。リスクも高いし、機体も消耗するわ」

「そこんとこはあちらさんも、偏重を戒めてるそうですよ、っと」

 

ファイル片手に、ヴィンセントがやって来た。

金髪の白人男性。ユウヤとは長い付き合いで、その極めて優れた整備調整の技術と高いコミュニケーション能力で、陰に日向に彼を助けてきた女房役。

 

「いやいやいや、負けたねえ」

「…ああ」

「おー、素直素直。じゃあ約束は守んのか?」

「…ああ」

 

今さら、非礼を詫びるくらいはどうってことない。

自分でも、間違いだとは思わないが言いすぎたとは思っているし、弁解の余地がないほどに負けたのは事実だった。

 

「お前さんはホント、妙なトコひねくれてて妙なトコ真っ直ぐだよなあ」

「うるせえ」

「そんなユウヤ君に、コレ。タカムラ中尉のログ、見たいか?」

「っ、なんでオレが……、…いいのか?」

 

本人がいいって言ってきたんだから、いいんじゃないか?

年下の女のコに気ぃ遣われて、だっせえよなあ。

 

明るく笑うヴィンセントの言葉を、ユウヤはもう半分聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 6月 ―

 

 

アメリカ。

アラスカ、ユーコン国連軍基地。

 

JIVESによりハイヴ内を再現したフィールドを、ユウヤ・ブリッジス少尉が駆るXFJ-01a Type-94 sec. 不知火 弐型 は高速で駆け抜けていく。

カラーリングはType94-1C 壱型丙に似た、日本軍機仕様。

 

「ちょっ…ユウヤ、早っ」

 

随伴機として追随するF-15ACTVの管制ユニットの中、ステラ・ブレーメル少尉は襲い来るGに言葉を切った。

 

近く配備されるXFJ-01bがタリサ・マナンダル少尉機となることが決まり、空くACTVはステラへと回ってくる予定。そのための慣熟も、兼ねているのだが。

 

乗り換えた時期なんて、そう変わらない。

しかもこっちは、乗り慣れたF-15系統だというのに。

 

才能の差を見せつけられる現実に、ステラは内心で軽くだが舌打ちした。

 

 

先の一件以来 ― まるで乾いた砂が水を吸収するように、ユウヤは日本機に習熟していった。速度は出るが強引で力任せの機動から、疾く鋭く無駄の少ないそれへと。

 

 

まったく、まるで新しいオモチャをもらった子供ね。

 

歳はそう変わらないが…変・わ・ら・な・い が、年齢以上に幼いところがあるユウヤなど、ステラにとっては後輩分というか弟のような印象だ。

 

 

同じく年少で直情的かつ問題児なタリサは、しかしてその出自から容易に想像できる過酷な歩みと実戦経験からか、一方では冷徹な一面を持っていることも知っている。

また嫌みでない程度に何くれとちょっかいをかけてくるVGとは同僚づきあいがしやすく、この隊が解散になる時には一度くらい寝てあげてもいいかな、とも思う。

 

そしてタカムラ中尉は、なんというか、可愛い。

 

サムライは掟に縛られるもの。昔どこかで聞いた、そんな時代錯誤な話。それを地で行くようなことが、現代でも続いているなんて。

気の毒だと思った。

生まれたときからその個性に関係なく、「斯く在る可し」として固めていけば、彼女のような人間ができあがるのだろう。故郷を追われてけして贅沢とはいえない日々を送るスウェーデンの同胞たちですら、少なくとも精神においては彼女より自由だろう。

 

最初は、そう思っていたのだが。

 

 

ステラは、高G機動を元々そう得意とも思っていない。

 

衛士としての才のうち、高速機動のセンスに関してはこの試験小隊中でおそらく最低。

持ち味は広い視野と冷静で素早い判断力に射撃力。それで少なくない実戦をくぐり抜けてきた。

 

無理せず的確にユウヤ機の軌跡を追い、鋭角に過ぎるあたりはアレンジを加えて。

ニュー・レコードで帰着した01aに遅れることしばし、ステラ機もゴールへと辿り着いた。

 

「中尉、聞きたいことが。主腕部のパラメータを…」

 

管制ユニットから降りるなり、ハンガーのキャットウォークで待っていた唯依にユウヤは詰め寄り。無言のまま視線で促されて、敬礼する。

 

「…パラメータを、変更したのか?」

「ああ。前の状態だと高機動時の空力上は安定性が増すだろうが、ん…たとえば長刀をこうしてこう…と切り返したときにな」

「ほぅ……なるほど、そうか、なら確かに…なるほど」

 

軽く実演するように。無手のまま唯依がなめらかに型を取り、それをユウヤが得心がいったとばかりに頷きつつ、何かを考えている。

 

仲良いわねえ…

 

ユウヤの戦術機大好きぶりは出会ってしばらくでわかったが、唯依の仕事熱心ぶりもある意味それに似通っているような。

微笑ましさを覚えつつ、同じく降りてきたステラは唯依に敬礼した。

 

 

例の一件以来、アルゴス試験小隊の雰囲気は、少しだが確実に変わった。

 

首席開発衛士のユウヤがあまりに頑なだったその態度を改めたことが、主たる要因。

その彼とことあるごとに角突き合わせていた唯依は、自分のような堅物はいない方がいいだろうと任務外でまでつきあうことはあまりないものの、時折の雑談程度には応じてくれるようにもなっていた。

 

 

シャワーを浴び、デブリーフィングへ。

ラフにBDUの衛士たち、制服姿の唯依。

 

「以上が今回による改善点となる。整備班に回しておく」

「は。お疲れ様でした」

「ああ、皆もご苦労だった」

 

ぴしりとした、タカムラ中尉の答礼。

 

「中尉ー、アタシのニガタはいつ来るんだよ」

「…マナンダル少尉……まあいい…まだもう少しかかる。今しばらく待て」

「へーい…いいな、ユウヤ。楽しそうじゃん」

「お前な…遊びじゃないんだぞ、チョビ」

「チョビってゆーな! つーか中尉、あのゼロは使わねーの?」

 

アルゴス小隊のハンガー、その最奥部。

専門のスタッフたちと共に日本からやってきたのは、Type-00 武御雷 だった。

 

 

サドガシマ・ハイヴ攻略に大きく貢献した殊勲機。

戦闘映像が一部とはいえ公開されると、リニア・レールガンと並んで各国軍の耳目を集めることになった。

 

まるで工芸品よね…

 

先日ユウヤが頼み込む形で小隊の面々と一緒に、とりあえず見るだけは。

各国の戦術機は、F-4以来航空機に戦車が少々といった風情にロービジ塗装が大抵だが、Type-00は精強かつ精緻な中世のサムライの如き佇まい。

もっともド派手なブライト・イエローのカラーリングは、搭乗衛士の趣味ではなくて、家格を表す識別色なのだという。

 

 

「ああ。弐型に目処がつき次第比較試験をする可能性も、なくはないが…XFJ計画にあたり、ハイネマン博士が見たいと仰ったのでな。少ない斯衛の財布を叩く羽目になった」

「つーかさー、あんな機体があってニガタがいんのか?」

「ン…まあな」

「タリサー、中尉にも話せないことだって、あるんだぜ?」

「へいへい」

 

攻守共にバランスがとれ、しかも近接戦では無類の強さを発揮する。

なのにロイヤルガード専用機ということは。

 

生産性か整備性、そのどちらかあるいは両方に問題があるってことね…

 

今日び戦後を見据えて覇権主義的な動きを隠さないのはアメリカくらいのものだが、それでも各国には軍事機密はある。人間は、人間を信用していないのだ。

 

「そいや中尉、お尋ねしますけど」

「なんだ、ジアコーザ少尉」

「かの『ツイン・ブレード』とはお知り合いで? 黒いゼロに乗ってる」

「Twin...? ニトウリュウということか?…、ああ」

 

唯依は少し小首をかしげて考えたあと、ぽむ、とその手を合わせた。

 

「知っているぞ、彼はそんな風に呼ばれているのか? 部下、いや元部下だ。危ないところを助けてもらったこともある」

「…ほー」

「…へー」

 

心なしか得意げになった唯依にVGとタリサが薄ら笑いを浮かべ、ステラもまたわずかに目を細めた。

 

「中尉は、その彼と男女の仲なのかしら?」

「……は?」

「つきあってんのか、って聞いてんだよー」

「んなッ…! ばばばバカを言うな…っ、な、ないぞ、断じてないぞ!」

 

歳相応どころか、とんでもなく初心な反応。

あらら、また可愛いところ見つけちゃったとステラはほくそ笑む。

 

「あら、先だってのエアメール…がんばって書いてらしたのに」

「み、見たのか!? だがあれはただの返事で…っ、そもそもブレーメル少尉、貴様上官の…!」

「見てはおりません、サー。書かれたことも今知りました、サー」

「~~~ッッ!!」

 

ついに耳まで赤くなった唯依は恥辱のあまりプルプルと震えて、今にも涙をこぼしそうだ。

 

 

中尉への昇進を聞いて、祝い状を書いた。

 

最初は簡潔に。しかし思い直してつらつらと近況なども書いたら、長くなりすぎた。

そしてああでもないこうでもないと書き直しているうちに、予定よりずっと長く時間を費やしていたことに気づいて。おまけに殿方に手紙を書いたことなど、篁家当主として以外でははじめてだと思い至ってひとり煩悶。

 

結局は簡潔に、祝辞に短く近況とを添えた。

 

しばらくして、返事が来た。

誰かに教えてもらったのか、斯衛としての例文そのままといった文面があまり上手ではない字で、しかし丁寧に書かれていた。

そして文末には、少しくだけた言葉で近況と、こちらを気遣う様子が並んだ。

 

なんでもない内容だったがなぜかひどく嬉しくなって、大事に畳んで机に仕舞った。

 

それへの返事を、見られたらしかった。

 

 

語るに落ちるとはまさにこのこと。

あんまりいじめ過ぎちゃかわいそうね、とステラは自分が最初に爆弾を投げたことはさておいて、はやし立てるタリサとVGをなだめに回った。

 

一方で、唐変木極まるユウヤといえば。

なにやってんだかとまるで興味なく、頬杖を突いて眺めていた。

 

 

 

 

 

「と、とにかく今日は以上だ! 解散ッ!」

 

逃げるように。敬礼するなり唯依は一番にブリーフィングルームを出た。

 

なんだというのだなんだというのだ…ッ

 

茶化しおって、と肩を怒らせ足早に進みながら。

 

色恋などと。

そんなことに、うつつを抜かしている暇などはない。

 

たしかに人口の激減と若年適齢期層の減少は問題とされているが…っ

 

斯衛たる自分が、と戒めた次の瞬間、一足飛びに交際結納結婚出産と突き進んだ思考を頭を振って振り払う。そこへ、

 

「タカムラ中尉」

「ぅひゃッ、は、し、失礼しました!」

 

後ろからかけられた声に飛び上がるほど驚きつつ、唯依は振り向き敬礼。

そこには精悍かつ謹厳な、ドーゥル中尉。この色々緩いアラスカ基地とアルゴス小隊において、数少ない尊敬できる軍人と感じるひとり。

 

「順調のようだな」

「は。恐れ入ります」

 

さらした醜態は、見ないふりをしてくれたらしい。

 

ブリッジス少尉の挽回により、遅れかけていた計画は順調に推移している。

 

元々唯依は、少尉の能力自体は高く評価していた。

戦術機開発における各種技能や知識、そして情熱。

 

「ブリッジスも中尉に鼻っ柱を折られていい経験になったようだ。ロイヤルガードは伊達ではないな」

「いえ、そんな…」

 

 

過日の模擬戦においても、勝敗は明白だったが実際は紙一重だった。

 

決着の瞬間。地表への激突をすんでで回避したブリッジス機は ― 唯依の想定を越えた疾さで振り向き銃を向け、その照準はぴたりと唯依機の胸部へと向いていた。ゆえに刹那、唯依は大上段の打ちおろしを機体から主腕突撃砲へと変更し、返す刀を跳ね上げて管制ユニットを斬撃したのだ。

 

あと寸毫遅れれば、相打ちになっていた。

いや、機械での判定上は負けにされたかもしれない。

 

 

「謙遜はいい。経験を積むに越したことはないのだからな…生きているうちは」

「は…」

「ところで中尉...雑談として聞いてくれ。…日本は、他国を助けてくれるか?」

「...人類存亡の危機です。誠意ある相手ならば、帝国は助力を惜しまないでしょう」

「教科書通りだな。…国元からの情報だが、欧州連合を中心にリヨンハイヴ攻略が検討されているらしい」

「…時期は?」

「遅くとも…年内、だそうだ」

「……成算がある…のですか?」

「各国軍は慎重らしいが…世論がな」

 

心持ち、声を潜めての会話となる。

 

佐渡島攻略には成功するも、投入戦力にはかなりの痛手を被った国連軍。

そしてまた、それら情報を持つゆえに慎重になる各国軍に対して。

 

 

極東の島国にできたことを、なんでうちの政府と軍はやらない?

 

様々な実情を無視して、世論は沸騰する。

 

冷戦期の東側、いまだ政府機構の統制が著しく強いソ連や統一中華。そして独裁政権下もしくは民主主義体制が未成熟な、大東亜戦争後に欧州から独立した東アジア連合の諸国。

 

これら以外…すなわち、後方国であり危機を感じつつもどこか遠く、利益すら享受できる北南米と豪州、アフリカ連合を除外した、欧州連合と王政と民主制とが入り混じる中東連合においては。

 

軍を統制する立場の政府は、民衆の声を無視できない。

 

さらにはその民衆とて、対BETAの軍備を支えるための重税、大量に流入する難民問題から社会の各層に不満はくすぶり続けて。

 

 

「しかし…リヨンは推定フェイズ5です。4の佐渡島であれだけの損失が…詳しくはお話しできませんが、前言を翻すようながら帝国は現状すぐに海外への大規模な戦力投射などできないでしょう。そもそもアジア圏にならともかく欧州となると…かつての日米安保により外洋航行能力がある戦術機輸送艦がありませんので参加は軌道降下兵団に限られるかと」

「そうか…レールガン装備の部隊を国連が出すのが前提だが、欧州の影響が強いアフリカ連合も戦力を出すだろうがな…」

 

ドーゥル中尉自身は、帝国から国連に提出された映像資料も観ているはずだ。

ゆえにハイヴ内戦闘の、想像を超える過酷さも認識しているはず。

 

もっとも、国連軍・米軍離脱後の事柄については「機密上の問題」として公開されていない…

 

「いや、すまない。まだ決定事項とはいえないのだがな」

「は…小官も国元へ『噂話』として伝えさせて頂きます」

「助かる。他念を挟んですまんが、当面は計画に精励してくれ」

「は。了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

過日、国内及び国連の第4計画支持派の協力をとりつけ。

それらの働きかけの甲斐あって、米国議会にてHi-MAERF計画とその産物の第4計画への接収が承認された。

 

横浜基地。地下執務室。

本来なら香月夕呼博士は、笑いが止まらないわぁと言えるはずだったのだが。

 

「バカどもめ…」

 

持ってこさせたコーヒーは、一口も飲まないまま冷めた。

イライラと組んだ長い足を揺らす。

 

 

接収に伴う雑務なんかは、ピアティフに任せておけばいい。

バラして輸送されてくるXG-70系も護衛はA-01で事足りるし、スタッフごとの接収だから組み立てさせればいい。スペースは元ハイヴのこの基地にはいくらでもある…というか、先日ようやくの基地完全稼働に先立たせてまで用意がしてあった。

 

予定外の収入として、佐渡島攻略のおかげで手持ちのG元素も大幅に増えた。

 

しかし、肝心のアレの方が進まない。

どうしたこんなものなのか、と自分を叱咤したり逆に褒めそやしたりしても一向に進まないのだ。

むしろその副産物的な装置の方が、斯衛と遠田からやって来ていた案件に役に立ちそうだったので回しておいた。

 

 

そんな折だ。

 

国連経由で、欧州連合の情報が伝わってきた。

そして少し遅れて、通達が来る。

 

今年秋から冬を目処に、リヨンハイヴ攻略作戦を実行する。

電磁投射砲量産の準備を整えよ。

 

 

いやバカでしょ?

 

夕呼は眉間の皺に拳を当てる。

 

「オルタ4」推進者として時期尚早と反対したが、各国の政治屋どもの突き上げに、国連は早々に白旗を揚げやがったらしい。

 

元々国連は各国から軍事力と資金を吸い上げて成立する組織。

欧州連合に中東、そして加盟国数も多いアフリカ連合がGoサインを出してしまうと、少なくとも表側での抵抗などできなくなってしまう。

 

そうした有象無象の連中が、目先の戦果と票欲しさに馬鹿げた行為に突っ込もうとしている。

 

 

たしかに、純軍事力でハイヴは攻略できた。できてしまった。

ただその損耗は、かなり大きく重い。

 

フェイズ4ハイヴ攻略であの被害、リヨンはフェイズ5だ。

BETAは常に想定を超えてくるし、よしんば次回も成功したとして。

 

そこでさらに喪われる戦力、対して世論の沸騰が…収まるか?

そして戦力の相対減。その補填までじっとしているわけもないBETAの増殖。

再侵攻を止められなくなる可能性の方が、遙かに高い。

 

日本においては、その地理上の理由から佐渡島を排除するメリットがあった。

渡海に大きなコストを要するBETAに対して、一定の距離を海峡で確保すれば漸減も迎撃も地続きの場合より遙かに容易になるからだ。

その意味で、ドーバー海峡にてユーラシアに「封じ込めている」という状況を正しく理解するのは…火がついてしまった民衆の大勢には、難しいのか。

 

 

人類にはもう、あとがないと思っていた。

 

それを佐渡島の攻略によって。半年から1年は、稼ぎ出したと思った。

 

だが人類の反撃の狼煙は、破滅への突撃の合図になったのかもしれない。

 

 

この流れはマズい。非常にマズい。

 

なのに遅々としてアレ…00ユニットの開発が進まない。

 

なにか、違うアプローチが必要なのだろうか。

 

 

そも、なぜ00ユニットが必要なのか。

 

BETAとの対話のため。

そこに至るための方舟かつ戦艦、XG-70の運用のため。

 

対話して。和平があり得る? それとも母星へお帰り願う?

 

どちらも考えにくい。

 

星の海を渡る技術を持ちながら。知性を欠片程度にしか見せないのがBETA。

そんな連中と対話したとして、平和的な結末があるのだろうか。00ユニットのプロジェクションでこちらに戦う意思はないことを示したとして、通用するのだろうか。

 

この広い宇宙のどこかで発生した、ああいう存在なのか。

種子なりが風に乗って辿り着いた先で増える植物のような。

それとも異星人の超技術で造られた、自律自己増殖型兵器あたりなのか。

それこそリヨンあたりの地表構造物からなにかをどこかへ打ち上げている、くらいしかわかっていない。

 

いや、対話自体はともかく。

それが不成立だとしても、そのためのXG-70。でもある。

 

XG-70が…いや細々と開発されてきたその発展型こそが、00ユニットによってカタログスペック通りの働きをすれば。

ハイヴ攻略はかなり容易になるはず。それこそ、電磁投射砲なんて目じゃない。

 

だから待てと言っているのに。

あのバカ政治屋どもは!

 

 

「この際…重きは、XG-70の方…でもいいわけよね」

 

XG-70系の運用自体に、目を向ければ…

 

だが間に合うか?

 

ちら、とソファの方を。

今ここに社霞はいない。

 

「そっちの手も…検討すべきか…」

 

手札が多いに、越したことはない。

自分のリソース配分を再検討する必要がありそうだ。

 

そう結論づけて夕呼は、難しい顔のまま再びデスクへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




矛盾ツッコミどころなどございましたら優しく指摘して下さいw


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Muv-Luv UNTITLED 03

 

 

2001年 9月―

 

旧フランス。マルセイユ付近。

 

地中海を経て欧州連合を中心とする戦力が上陸を開始した。

 

オール・TSF・ドクトリンにより戦術機中心に編成された部隊群は展開力に優れ、艦砲射撃による支援を受けつつ今次作戦より投入されたリニア・レールガン掃射戦術による面制圧力を活かして迅速に橋頭堡を築いた。

 

そして待機していた戦力を含め、続々と各勢力が集結し展開。

 

目標はリヨンハイヴ、甲12号。

欧州各国の悲願・ユーラシア奪還の口火を切る作戦である。

 

 

日本帝国政府に欧州連合より、来たるべき攻勢作戦に援軍の要請があったのは7月。

 

甲21号による損耗激しく、また遠洋渡海戦力投射能力を持たない帝国軍は、軌道降下兵団の派遣を決定。そして斯衛軍との協議の上、その第1大隊に斯衛軍より搭乗機変更に慣れた開発衛士隊から抽出した1個中隊を増強した。

 

 

訓練通りで良い。光線級も確認されていない。

日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団・第1大隊斯衛遊撃中隊 中隊長雨宮鞠子中尉はそのように自分に言い聞かせ、外地での運用が困難な00式ではなく今回の作戦参加のため特別に山吹色に塗り替えられた89式 陽炎 の管制ユニットの中で降下の手順を進める。

 

「…ホワイトファング01。先に行く」

「…01了解、ブラックファング01、気をつけて」

 

心の中でだけ、お礼を。

開発衛士隊から、気づけばけっこうなつきあいになる。

 

久しぶりの実戦。臆することはないが中隊長などを拝命しても軌道降下の経験なぞはないのだし、他の斯衛衛士たちもそれは同様。

彼もそのはずなのだがさっさと手順を進めては、管制官に「先に出る」とだけ告げて了解を得ていた。

 

 

斯衛が誇る、帝国と日本の剣。

 

今回の派遣に際しては彼にもまたF-15改修機である89式が用意されたのだが。

悪い機体じゃない、との彼の言葉に奮起したのは、00式に携わっていない河崎と光菱。

試製98式以来遠田と富嶽に凄腕の開発衛士をとられっぱなしだった連中にしてみれば、その面目にかけてもとあれこれと手を入れ。果ては跳躍機の燃料噴射ポート内部まで手作業で研磨するなど、職人気質で鳴る遠田の悪癖が伝染したかのような有様だった。

 

汎用機たる戦術機に、本来は勧められない。それでもそこには彼らの意地だけではなく。

かの衛士に十全に力を振るってもらった上で、生きて帰ってきてもらうため。

 

 

軌道上の装甲駆逐艦より、本職の降下兵に続いて降下。

光線級なし、高度40km。規定高度で再突入殻を切り離す。襲い来る凄まじい減速Gに歯を食いしばって耐え、さらに降下。高度2kmを切ったあたりで装甲カプセルも切り離し、地表の様子が見えた。

 

なにもない。

 

風光明媚、歴史ある煉瓦造りの建物と緑と水とが織りなす美しい町並みも。

起伏に富んで地の恵みを約束した丘の連なりも。

 

いや、その代わり、茶褐色の大地に黒くざわめくなにか。

 

BETA共だ。

総てが均されて不毛の大地へと変貌したこの地もまた、彼奴らが我が物顔で闊歩している。

そして南、海側からはその異星種共を討ち果たさんと挑む人類。

 

借り物のコールサイン01を返すまで死ぬつもりはないし、斯衛の使命も果たす。

 

「中隊続け、BETA共を駆逐するぞ! 欧州軍にも武家の威光を知らしめよ!」

「了解ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 10月 ―

 

帝都。城内省斯衛軍第16大隊駐屯地。

残暑がようやく去り行き始め、しかし今日の日中はまだ汗ばむ陽気。

 

その中できっちりと赤の斯衛服を纏う、するりとした長身痩躯の真壁介六郎はノックの後名乗って大隊長室へと入った。

 

「閣下…」

「ああ、なにかな」

 

大隊長室。

重厚な執務机に椅子に書棚という洋風の設えのうち、その一角に畳が二畳。

 

そこに大隊長たる斑鳩公崇継は青い斯衛服のまま寝そべり、眉目秀麗な面立ちに眠たげな眼。その彼に膝枕をしているのは、流れる黒髪も艶やかな白服の女性斯衛。手には耳かき。照れる風もなくこちらにも流し目を送ってくるあたり、肝も据わっている。

 

「少し外してもらえるか」

「は…崇継様、よろしくて?」

「ああ、すまないな。また頼む」

 

今源氏と囁かれていた昔と変わらず。

崇継は起き上がりながらほんの軽く女性斯衛に触れ、それを受けて彼女も艶然と笑んでからどこかとろみのある挙措で敬礼。退室していった。

 

「やれやれ無粋な…」

 

そして大隊長殿はどこまで本気かわからないぼやき、椅子へと移動しながら。

 

詩歌に優れ茶華に通じ、文筆を嗜みつつ剣を握れば無双の腕前。

兵どもを自在に操り万の敵にも果敢に抗す、貴人であり武人。

 

今や日本に知らぬ者とてない英雄だが、その実この半年はほとんど仕事もしていない。

斯衛軍の仕事も斑鳩家の仕事もその大方を介六郎に投げつけて、調練も適当に済ましては気ままに日々を過ごしている。

 

「時折、閣下は実はおふたりいらっしゃるのかと思いますよ」

「ほう」

「作戦時にはもうおひとりの方が戦陣に立たれているのでは」

「であれば良かったのだがな。残念ながら我が家はどこぞのように双子ではなかった」

「左様ですな」

 

本当に悔やむように嘆息する崇継、皮肉げに笑う介六郎。

手にしていた書類を机へと。

 

「そういえば、どうしている?」

「は、変わらず横浜基地で飼い殺しです。月詠の独立警護小隊がついております」

 

榊彩峰に鎧衣や珠瀬の娘やらと共にと付け加える。

 

「難儀な。長じたのならなおさら、はっきり影武者として使えばよかろうに。瓜二つなのだろ」

「正しく。今さらながら、煌武院の老人どもも機転が利きません」

「機械の塊が空を飛んで異星の生き物と戦う世だ。千切れた手足も繋がるのだぞ。忌み子もなにもあるか、どちらもとうに元服を無事終えておいてな」

 

くだらぬ、と一蹴。

 

「ところで閣下。件の新装備、御裁可を頂きたく」

「やっておって今更」

「なに、斑鳩公あっての大隊です。御裁可を」

「ふむ…其方、柳沢吉保という男を知っているか?」

「中世期の人物ですな……そこはせめて、田沼あたりになりませぬか?」

 

仰々しい正規の押印事務、とはいえそれをするのすら面倒がる崇継と軽口を交わし、先ほど出した書類に決済印をもらう。

 

「道具の発展は発想によるもの、それを実現するのは技術の問題とはいえ。よくやる」

「然り。道具が在ればそのように使う、改善はすれども。身体を合わせろとまでは言いませなんだが、それでも古い考えだったのですね」

 

ますます横浜には足を向けて寝られんな、と嘯く崇継に、「彼女」に対する奇妙な信頼感のようなものを感じ取って、介六郎はごくごく小さくだが羨望ともいえる感情を抱いた。

 

 

発端は、斯衛開発衛士隊から出た試案。

 

帝国軍技術廠の協力の下、旧来戦術機生産の中心となってきたものだけでなく、甲芝・大日本電気といった国内有数の電子電気関連会社の技術者の参加を経て。

 

戦術機の各種操作及び挙動に関し、既存のものより一歩も二歩も進んだ調整と制御。

操縦にあたり違和感なく衛士を補助している間接思考制御技術のさらなる洗練。

 

そしてそれらを可能にするための、新型の高速演算処理装置と大容量の記憶装置。

 

10年は進んでいると参加した電子技術者に言わしめたそれを提供してくれたのは、またしても「横浜の魔女」殿とそのお抱えの要員。

 

その装置は数度の試作を経て、米国発で日本でもライセンス生産されている戦術機操縦のための管制ユニットへ問題なく搭載できるサイズへと辿り着いた。

 

 

「我が隊でも先行試験運用が始まっています。魔女殿のところでも同様のようで」

「人機一体とは言ったものよ。しかし本領はそれこそ中尉のような軽業師もかくや、といった挙動になるのかな」

「慧眼恐れ入ります。しかしあのように使いこなすには、逆に旧来の経験がない方が良いのかもしれません」

 

 

戦術機は、人型をしている。

兵装の汎用性を求めた結果でもあるが、ゆえに空を飛びこそすれ概ね10倍化したヒトの延長として捉えられがちだった。

 

此度の新装置により、武術を修めた者が多い斯衛においてはより生身での動きを再現することが可能になり、特に近接戦においては相当な戦力向上が見込まれた。

しかしその一方で操作系の応答性即応性が大幅に増した結果、「人間には到底不可能だが戦術機には可能」という機械への理解と発想の柔軟さが求められる段階ともなってきた。

 

 

「帝国軍でも導入は決定しております。次に欧州派遣部隊ですが」

 

末の弟が征きたがっていたが、今少し背丈が伸びねばなと告げると。

いつもの開いた手で顔を覆う仕草 ― なにかの病気らしい、不治だとか ― で考え込んだ後、やおら普段より多めに牛乳(合成)を飲んでいたことが思い起こされる。

 

それはともあれ。

 

「作戦経過は順調、損害も軽微。されど多少士気の低下がみられると」

 

帝国軍はもとより、斯衛軍においてさえ。

 

「やむを得まいな。心情の問題ゆえ」

「元より国論が割れての派遣ということもあり…かかる事態をみるにつけ、不本意ながら米軍のすさまじさを見せつけられますな」

 

嘆息しつつ。

 

 

派兵から4週間程。里心がつきだすには十分な時間。

そして元来、斯衛は将軍家と武家、何より神州護持こそが主眼の集団。

 

ましてや日の本はBETA共を国から叩き出し、目先の平穏を手に入れてしまった。遠く離れた地球の半周裏側で、目も肌も違う人間のために荒野で身命を賭せと言われても、それが続けば意気軒昂とは言い難くなる。

 

一方米軍は世界中に兵力を展開し、それぞれの現地で問題がないとは言わぬまでもそれなりに管理運営してのけているのだ。

そしてこれまた魔女殿の予測通り、甲21号から半年。米軍は今次作戦より電磁投射砲を開発どころか先行量産にまでこぎ着けて、実戦投入してきていた。

 

 

「確かにな。しかし連中、存外祖国防衛のつもりなのやもしれぬぞ。あまねく世界おしなべて、総て自分たちのものだと思う故にな」

「ありそうな話です…あと、現地から些事ながら深刻な問題として、『食事が不味い』と」

「ははは。で、あろうな」

 

それは深刻よ、と。

しかし崇継が笑みをこぼしたのも一瞬、改善の方策を検討するよう命じた。

 

固形の戦闘糧食などはどこの国でも似たようなものにせよ、駐屯地等での食事などは後発の輜重部隊の持ち込み分を食い尽くせば現地で調達するほかない。日本の合成食品の質の高さは各国が認めるところであるし、そもそも日本人の舌に合うようにつくられている。

 

「その点も米軍の強味やもしれん」

「元が不味いですからね。して閣下、その米国からは続報が」

「どうなった」

「篁中尉は生存しておりました。本人からも、連絡が」

「…」

 

さすがに面白くない情報に。

表情を変えないままながら崇継も不興を示す。

 

「生存は喜ばしいが」

「は」

 

二転三転した情報。

 

 

アメリカは国連軍ユーコン基地にて発生した、大規模テロ。

基督教恭順派と難民解放戦線とが連携して企図・実行したとみられている。

そしてその鎮圧後、XFJ計画日本側主任の篁唯依中尉が基地内にて何者かに狙撃され。

 

死亡したとの情報が入ったのが、二週間ほど前のこと。

 

テロ鎮圧に功績大であった篁中尉への報復の可能性が高かったというが、斯衛所属の譜代当主が外地で害されたとあって、城内省から国連軍への派遣を主導した帝国軍までかなりの騒ぎになり。

篁中尉とはその幼少期から交誼のあった「鬼の巌」とあだ名される帝国陸軍 巌谷中佐は、表情がより険しくなった一方で一挙に前髪に白いものが混じり。

篁家ではすでに夫君に先立たれ、さらに今回ひとり遺されることになる母君が気丈にも葬儀の段取りをはじめ。崇宰を介して遺体の移送などに斑鳩も助力を申し出た。

 

それが一転、死亡通知は欺瞞。

本人の安全確保と狙撃犯捜査のためであったというが。

 

その報を受け取った母君の栴納殿も、安堵からとはいえさすがにへなへなとへたり込んだという。

 

 

「新機種開発計画を潰したい輩でしょうか。しかし94式弐型はほぼ完成したと…迂闊に藪をつついて蛇を出すような真似は、避けたいところです。外地の情報に疎いのはまこと我が国の泣き所ですな…」

 

愚弄されていると介六郎でも思う。

米国にせよ国連にせよ、本音のところでは我が国など歯牙にもかけていないのだ。

 

テロリスト風情が、多少混乱していたとはいえ国連正規軍基地に侵入して、遠距離から軍人を狙撃。そのまま誰にも見つからず逃走。などと、いくら後方とはいえ。結局未だ下手人は不明のまま。

 

「帝都の怪人などと属人的な能力に頼っていては、いつまでも」

「真壁、それは斯衛の職分を越えている」

「は…失礼しました」

 

さらりとだが釘を刺され、介六郎もすぐに引き下がった。

 

本来なら、この方こそが、この日の本を率いるべきだと思うのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

ユーラシア。旧フランス、ボールペール付近。

 

リヨンハイヴの建設から15年。すでに旧フランスの大半はすでに地形すらBETAにより平坦に均され、動物植物問わず生物の痕跡すら乏しい不毛の大地へと変わり果てている。

 

ひでえ有様だぜ…

 

乗り出して半年以上、すっかり慣れきった愛機・89式のシートに身を預け、小柄だが俊敏そうな体躯に活発な瞳の龍浪響少尉は周囲を見渡した。

 

ハイヴがあっても、日本はここまでひどくはなかった。

横浜以西は、わりと荒れてしまっているらしいけれど。

 

 

今作戦の目標たるリヨンハイヴまで、あとおよそ50km。

 

推定フェイズ5のリヨンハイヴは、その地下茎が半径30km程度まで伸長していると予測されている。すでに警戒範囲内。戦術機の足ならば、指呼の間と言ってもいい。

 

今回の作戦開始から1ヶ月、進行はほぼ予定通り。

 

総兵力70万。パレオロゴス作戦以来の大兵力。

 

地中海から上陸し、北上する主攻部隊は欧州軍を中心に、国連にソ連と旧ワルシャワ機構国を加え。これには米国・豪州と日本帝国が支援。

そしてアフリカ連合・統一中華戦線は東へ、中東連合・東アジア連合は西へ、それぞれ陽動・牽制を兼ねて進軍を開始した。

 

 

元々が多分に各国内的な政治的思惑が絡んだ作戦。

参加勢力が増えるにつけやがて国家間の綱引きが軍事的合理性を無視し出す。

事実上各方面軍にはそれぞれの勢力ごとの指揮系統が存在し、そのため政治的友好もしくは対立関係によって配置が決まるなど、バンクーバー協定に基づく国連主導のハイヴ攻略という前提はすでに形骸化しつつある。

 

 

今年の春先 ― 龍波響は訓練校からの同期2人と共に、新米少尉として隊に着任した。

 

甲21号での損耗の補充だったが、隊長曰くくじ引きに当たり、すぐに交流事業に選ばれて小隊ごと欧州へ。以来日本の土を踏んでいない。

小規模な間引き作戦で初陣を経験し、休暇を挟みながら沿岸部を転戦。そして今次作戦の発動に際して、来欧する帝国軍派遣部隊へ合流する旨の命令を受けて北上する部隊に同伴し―

 

 

3日前、駐屯地がBETAの奇襲に晒された。

 

震度計が感知し警報が出、慌てて緊急搭乗したときには大深度地下に伸びていた ― と思われる ― 横坑から垂直上昇してきたBETA群が至近に出現していた。

今次作戦より顕著に見られるようになったこのBETAの出現パターン、めでたく何番目かの被害地となったらしい。

 

混乱する戦場でなんとかBETAを排除したものの、まだヒヨコ扱いの自分たちを生き残らせようとしてくれていた小隊長はKIA。新米3人だけの半壊小隊となってしまった。

これにより今まで面倒を見てくれていた仏軍部隊からも厄介払いの如くに本国軍との合流を勧められ。3機でおっかなびっくり200km程東進し、無事帝国の欧州派遣部隊と合流できた。

 

 

しっかし驚いたぜ…

 

聞いてはいたが、合流した帝国軍は軌道降下の精鋭部隊。

しかもそこには。

 

おおお…「終の双刃」、本物かよ…!

 

格納庫にて居合わせ、紹介を受けたのは斯衛の選抜部隊。

みんな女性の黄色が一人であとは白の武家衛士、だがただ一人の黒の斯衛こそは。

 

日本出立前、甲21号作戦成功の立役者のひとり。

名前だけしか知らなかったが、本当に若くて自分と変わらないくらいだ。

 

しかし、

 

「アンタが『討魔の黒き剣』かい?」

 

とバカの浅葱が面と向かって尋ねると、無表情な鉄面皮らしい本人はともかく、後ろに居並ぶ白の斯衛たちが一様に顔を背けたり下を向いたり、もっとあからさまに笑いを隠すために両手で顔を覆ってプルプル震えたりと、とても微妙な空気になってしまった。

 

 

ともあれ帝国軍との合流により、調達が難しかった74式長刀も替えることができた。

大隊の隅っこに配置され、要は大人しくしていてくれということだ。正直な話、多数の味方、しかも同国人と一緒というのはやはり安心してしまう。

 

仮設とはいえハイヴ攻略の拠点のひとつとする予定の駐屯地。

ある程度は連携できる距離に他国の同様の拠点もあるはずだ。

衛星と偵察機による索敵が終わり次第前進を ―

 

「ゲートよりBETA出現! 師団級と推定!」

 

CPからの報に緊張が走る。

突撃級の速度なら15分ほどで接敵する。

 

「まわせーっ」

「投射砲隊形! 砲撃小隊は手順通りやれよ!」

「引きつけろ、びびるなっ」

 

整然と、だが素早い布陣。

自分たちオマケのドレイク小隊は、邪魔にならないようにやや下がる。

 

深窓のお嬢様然とした千堂と、下町の不良女じみた浅葱 ―

2人とも、訓練校からの同期で今は3人だけの小隊の仲間だ。

 

 

今回の作戦から米軍も持ち込みだした電磁投射砲、あちらさんのがつくりは雑だが数と耐久性には勝っているそうだ。

だが少なくともこいつのおかげで、北上する主攻部隊は想定以上の会敵BETA数ながら、以前までとは比べものにならないくらい損耗が抑制できているらしい。

 

 

はるか前方に土煙が見え出す。遮蔽物がなにもないため距離感が掴みにくいが ―

 

最初に、微震。そして地鳴り。続く。

次に震動、すぐに激震へと。

 

「な、なんだ!? ドレイク01よりCP!」

「震源特定不能っ!」

「全機急速噴射上昇! 飛びすぎるなよ!」

「浅葱、千堂、遅れるな!」

「了解っ」「あいよ」

 

経験したことがない揺れの大きさ。

すぐに戦術機のオートバランサーの限界を超える、察知した連隊長からの命が飛んだ。

 

近づいてきていた重低音が連続した轟音になり。

場所は遠い気がするのに、凄まじい音量。そして ―

 

「な、んだ…ありゃ…」

 

見晴るかす距離、東だ。レーダーに感、20km?

なにかが、ある。いや、いる?

荒れ果てた地面から突き出て斜めに、横倒しになるように。

 

この距離であの大きさ、凝視に網膜投影システムが反応して望遠。

 

赤黒い巨大な円筒形の…BETAだ!

 

「CP、CP! 応答せよ! っ全隊、まずは正面に応戦せよ! 降下!」

「了解ッ」

「各隊長級は部下をまとめろ! 味方を撃つなよ!」

 

大地震でCPとの連絡が途絶、連隊長の命令一下揺れが収まりつつある地上へ降下。投射砲掃射での最大効率は水平射撃、崩れてしまった陣形を ― 間に合うか?

 

「ゲートより後続来ます! 師団規模!」

「ハイヴに近づきすぎたのか!? 」

「照準内! 掃射開始!」

 

完全とは言いがたいが整う陣形、始まる掃射。

フィルタリングされた閃光と轟音が視覚と聴覚に及ぶ。

 

「有効射と認むっ!」

「2番槍続け! 各大隊から抽出してコンテナを運ばせろ、交換砲身と弾倉!」

「…っちらCP、連隊長、メテオール01、聞こえますか」

「応! 無事か、補給コンテナを!」

「了解、なお指揮所は地震により被害甚大、衛生班…連絡途絶っ…」

「誰か行って…、ドレイク小隊、急行せよ!」

「っ、了解!」

 

急にお鉢が回ってくるも、そこで戸惑うほどじゃない。

列機を引き連れ噴射地表面滑走で指揮所へ。救助と救援に向かう。けが人こそいるが、機材を除けば被害はそこまで大きくはない ―

 

「戦域警報! 出現した新種と思しきBETAより、要塞級多数排出!」

 

聞き慣れない声の警報、さっきのデカブツ近くからか?

 

「さらに要塞級から光線級出現!光線級警報!」

「CPより各機、当地域は第3級光線照射危険地帯です!」

「出やがった、こんな近距離で、遮蔽物もなにもないぞ!? 後方砲兵隊に支援砲撃要請! AL弾!」

 

空が光った。

 

「東側の西独軍です! 被害甚大の模様!」

「早く支援砲撃を! 畜生、欧州軍にゃ砲兵が…!」

「再照射予想まで5、4、3…!」

「糞ったれ!」

 

閃光。目を閉じる間も、なかった。

しかし自分にはなにもなく。

 

「え…?」

 

隣の、ドレイク03 ― 浅葱機の胸部が灼熱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照射が自分に来なかったのは、運でしかない。

 

あちこちで溶解し爆発、あるいは崩れ落ちる味方機。

斯衛中隊長・雨宮鞠子中尉は、長い黒髪を冷や汗で額に張りつかせながら操縦桿を握った。幸いというか、失禁はしていない。

 

光線級警報が出るや否や、伏せるか突っ込めと声をかけて一直線に掃射から生き残っていたBETA群へ向かっていったのは黒の衛士。だがまだ距離はあったはず ―

 

「ホワイトファング01、ホワイトファングス!」

「02健在っ!」「03同じく!」

 

中隊からは残らず応えが。

 

「ブラックファング01っ」

「…光線級吶喊を進言する」

 

先任は自分だが階級は同じ。同じ中隊の列機。

 

しかし彼だけコールサインが違うのは、誰も彼と並び立てないゆえ。

 

分隊規模から真価を発揮するはずの戦術機。

しかし集中しての彼の全力機動についていける者が隊にいない。

かつての16大隊クロウ小隊が如くに、彼を十全に支えてその真価を発揮させることができない。

 

篁中尉がいれば…!

 

しかし彼の僚機を務め、さらに指揮しつつの吶喊などいくら彼女でも荷が重い。

そして現実として、今ここにいない。

 

ならば―

 

「連隊長、こちらホワイトファング01。只今より光線級吶喊を敢行する」

「ッ…行ってくれるか!」

「任されよ、中隊各機楔壱型!ブラックファング01、先鋒を務められませいっ!」

「…了解。遅れるな」

 

まだ熱を持つ電磁投射砲を切り離し。

 

やるしかない。いや、やる。

 

今ここで征かずして、なんのための衛士。なんのための斯衛か。

 

たとえ、力が足りずとも――!

 

高まる跳躍機の出力。

噴射地表面滑走から速度を高める。

飛び出していく黒の機体に続いて。

 

「ホワイトファング01より各機、特殊装置制限解除っ」

「了解!」「了解!」「了解ッ!」

 

外地任務ゆえの機密指定を限定解除。

 

管制ユニット内、右側コントロールパネル。

素早く指を滑らせコードを入力。

 

― eXecute and Massacre alien Monsters Maneuver ―

 

山吹の89式陽炎、そのゴーグルアイが橙に光る。

 

「XM3、起動――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盾 ― 追加装甲 ― 持ってない!

両主腕 ― 突撃砲 ― 誘爆する ― !?

間に合わ ― ッ!

 

刹那か寸毫か。いやそこまでは短くはなく。

しかし思考の稲妻に応じて龍浪機の右主腕は浅葱機を押しやり――

 

大質量に押されて動いた浅葱機、しかし胸部を灼く光柱は外れなかった。

 

「ひびッ…キ、ァンッッ!」

 

あの時のような声を、耳に残して。

対L蒸散膜と耐熱装甲を貫いた光線、それが起こす灼熱の中に浅葱は消えていった。

 

「あ、さ…ッ、! う、うわああ!」

「伏せて少尉!」

 

追加装甲を持った千堂機が前に出、ゆっくりと仰向けに倒れていく浅葱機。

間接思考制御の介入を妨げるほどの感情の爆発、しかし訓練された挙動操作は心中を余所に龍浪機に膝をつかせた。

 

なっ…! 糞ッ…! 糞ォ!

 

 

5秒あるんじゃなかったのか!?

なんで助けられなかった!?

なんで浅葱も動かなかった!?

 

 

別に、恋人ではなかった。

いつも強気で、少し誕生日が早いってだけで姉貴風を吹かせて。

 

いや、わかってたはずだろ。

ホントにヤバいときは、固まっちまうヤツだったんだよ!

 

「畜生…ッ」

 

涙は出ない。まだ。

怒りだけがある。

 

指揮所は丸裸だ。

戦術機ほどに高さはないから、光線級には大丈夫。たぶん。

 

だが正面BETA群、第2陣。その先頭の突撃級が見える。

投射砲の掃射がない。データリンク、その第2陣の横腹へ回る部隊がいる。

超高速の匍匐飛行、斯衛部隊だ。

 

敵のど真ん中…!、光線級吶喊か!

 

「指揮所は放棄! 要員は緊急退避だ!」

「突撃級はやり過ごせ、後ろからケツを抉ってやれ!」

「ゲートから近い! すぐに要撃級共が来やがるぞ」

「ドレイク小隊は指揮所の退避を手伝ってやれ!」

「っ…、了、解…っ」

 

命令に従い、退避要員の車両の付近につく。

といっても、いるだけだ。逆に戦術機が光線級に狙われて危ないかもしれない。

 

前線の方へ。ズームになる視界。

はるか小さくしか見えないが突撃級の大波の向こう、要撃級の荒波を縫うように吶喊していく部隊がある。

 

漆黒の89式を先頭に、山吹と純白の同型機が計12機。

うじゃうじゃいる要撃級の間を地を這うように。

 

すげえ…!

 

怒りと恐怖すら一瞬忘れ、我知らず操縦桿を握り締める。

いくらBETAに均されて平坦な荒れ地とはいえ、全高12m程度の要撃級から頭を出さずに回避しながら突撃機動を描くなんて正気の沙汰とは思えない。

 

「こちらドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊、救援に感謝する。こちらからも吶喊を開始する」

 

呼応して東側の西独軍が動き出す。

 

少し散発的だが西独軍のいるあたりから砲撃が ― 戦術機の中隊支援砲か ― 始まり、緩く放物線を描くそれが光線級に迎撃される間隙を縫って突進したらしい。

 

指揮所の要員がようやく退避を始めた。はるか後方の支援砲兵からAL弾の斉射。

光線級対策が機能し始めた。

 

西独軍も精鋭のはず、44大隊といえば ― ツェルベルス!

ドーバーの「地獄門」にいた番犬共だ!

 

「こちらドレイク01、指揮所の待退避開始っ」

「了解、いいぞヒヨッコ共、そっちに行かせるつもりはないが、突撃級に送り狼をさせるな。退避の高機動車はまっすぐ逃げるな、横だ横!」

「了解っ」

「投射砲小隊は乱戦を避けて東西へ展開、遅れてお出ましの要撃級連中にはたっぷり120mmをご馳走してやれ。直掩は大事なサオを囓られないように守れよ!」

「―こちらホワイトファング01、光線級の、排除に成功…っ」

 

その無線に歓声が湧く。

普段冷静な斯衛中隊長は少し荒い息の下、負傷ではなくただ息があがっているだけか。

 

「こちら第44戦術機甲大隊、大隊長アイヒベルガー少佐。支援に感謝する、こちらも光線級の排除を終えた。さすがはライヒス・ヴァッハリッター、噂に違わぬ手並みだ」

「恐縮です、――ッ!?」

「巨大BETAからさらに要塞級多数ッ! また口が開いて!」

「デカすぎる! 120mmでも話にならんぞ!」

「対地ロケットを集中してぶちこんでやれ!」

「要塞級からまた光線級が! 第2陣!」

 

光線級吶喊を終えて離脱を図っていた斯衛が鋭角にターンし、さらに高度を下げて再度の吶喊をかけ ― 爆光が2つ、開いた。

 

「くッ…怯むな!」

 

吶喊、光線級の排除、離脱後に対地ロケット。

次々に起こる着弾の爆炎と爆風、もうもうとした土煙が風に吹きさらわれると ―

 

そこには、要塞級すら楽に通れるサイズの「口」をぴったりと閉じて。

傷ついた素振りさえ見えない新種らしき巨大なBETAが横たわる。

そしてまた、がぱりと「口」が開いていく ― どんだけいるんだ!?

 

「くそッ、艦砲があれば…」

「投射砲でなんとかならんかっ」

「装備機は機動性がっ…、有効距離に近づくには要塞級を突破しないと!」

「…内部から破壊する必要がある」

 

少し任せる、無理はするな、と。

異星種の返り血に染まる列機たちと離れて、黒の89式が。

地を這う高速での噴射地表面滑走、乱戦となっている前線を避け、なにかを探してる? ような素振りでこちらの方へ来る。

 

そして、これがいい、と言わんばかりに。

 

退避する指揮所要員の高機動車を支援するため少し後退していたドレイク小隊 ― といってももはや2機 ― の前方、仰向けに倒れる帝国軍色の89式。

 

「――ッ、おい!」

 

それは、浅葱の―!

 

そのすぐ傍に長刀を突き立て、膝部から短刀を取り出す黒。

躊躇う素振りは一切なく。倒れる浅葱機の前腰部 ― S-11を斬り取った。起爆状態にないとはいえ、小型核並の特殊爆弾を、なんの迷いもなく。

 

まるで、手慣れた作業の様に。

 

さらに短刀を収納した主腕マニピュレータがおそろしく細密に動く。

起爆できるようにしたのだと、直感的に判った。

 

―やるつもりだ。

 

「――俺がやる」

「! 龍浪少尉!」

「そいつは俺の小隊員のだ。中尉、俺がやります」

「…」

 

仇討ちだ。それもある。

 

だが同時に、今一番手が空いてるのはドレイク小隊。

連隊は師団級BETA群と乱戦に突入し、斯衛中隊も2度の吶喊で疲労損耗している。

いま時間はこちらの味方じゃない。あのデカブツからまた要塞級と光線級が湧いてくるだろうし、退けば後方の指揮所と砲兵は壊滅する。

 

そして投射砲はハイヴ攻略の虎の子でもある。

数がそろってきたとはいえ損耗は避けたい。

そしてS-11は今この戦域で帝国軍しか装備していない。

 

危険な任務。感情に流された判断。

生還の可能性は高くな…いや、低い。

 

だがブラックファングを1機で征かせて、彼がどうかなれば?

帝国軍の士気はガタ落ちだ。

 

なんとかあのデカいのに近づいて、S-11を放り込むくらいなら―!

 

「千堂少尉は残れ。指揮要員の支援だ」

「そんなっ!」

「命令だ。…お願いします、中尉」

 

機体ごと向き直り。黒の89式を見る。

 

わずかな間 ―

 

「…いいだろう」

 

ひょい、とS-11が投げ渡された。ちょ!

 

「ついてこい、龍浪中尉」

「え? いや俺…ッ、りょ、了解!」

 

言い間違いを確認する前に。

噴射浮上からぬるりと180度向きを変え、飛び出す黒の89式。

疾え! 同じ機体だよな!?

 

慌てて左主腕の突撃砲を除装、S-11を小脇に抱えて後を追う。

一直線にあのデカブツへ。

 

「…高度を上げすぎるな」

「りょ、了解!」

 

確かに光線級が出てきたら即死だ。

しかし厚く布陣するのは要撃級、その向こうに要塞級。一体何匹いやがる?

 

「―――っ!」

 

こっちだ。そう黒い背中が告げる。

背部担架の突撃砲が2門とも前を向き、正面ではなく少しだけ脇へ斉射されていく。

 

続く俺のスペースがわずかに空く。

こっちは突撃砲を撃つ余裕はない、必死に食らいつく。

浅葱のS-11を抱えて。

 

撃ち抜かれた要撃級、その向こうから新たな1体。

振り下ろされる前腕衝角、前機は下へ俺は上へ。

正面にももう1体、すれ違いざまの2刀の斬撃が人面めいた尻尾を切り裂く。

続けてなにもない虚空にまた2刀が振るわれ、寸断されて後方へすっ飛んでいったのは ― 要塞級の触腕か!?

 

すげえ…! クッ、Gが…!

 

強化装備の上限ギリギリ。

こんな機動が89式で…!

 

要撃級の防御陣、そして要塞級の壁すら越えて ―

 

見えちゃいたが…でけえ!

 

そびえ立つ新種BETA、その円筒形の直径が200mはある。

鋭い機動でその正面に回り込む。放射状にびっしりと生えた棘、棘といっても大きさは小型種なんかよりもデカい。

 

しかし「口」は閉じたまま、黒の89式が120mmをぶち込んでもヘコみもしない。

それもそうだ、あの大きさで地面の下の岩盤やらを掘り進んできたんだ。

 

「支援する。側面だ、一斉射撃」

 

回線に飛び込むドイツ語なまりの英語、高G旋回をかけつつなんとか視線を送るとEF-2000中隊が侵入経路とは別方向 ― 東の西独軍側から接近、中隊支援砲が叩き込まれる。まだ開かない。

 

「ブラックファング01、支援砲撃を要請した、カウント5!」

「…了解」

 

正気かよ!?

あの冷静な山吹の斯衛女隊長の声が入って、黒の89式が滑るように新種BETAの側面ギリギリで再度の高G旋回。なんとか続く。

 

3、2、1 ― !

 

火を噴いて落ちてくるロケット弾の群れ、網膜投影で一瞬だけ後方を確認。

爆炎と爆風、視界を閉ざす土煙。だが――

 

「…征くぞ」

「了解ッ!」

 

鋭角にターン、しかし速度は殺さず。黒に続いて噴煙に突入する。

そうだ、ヤツは砲撃を受けて取り巻きが減ると「口」を開けて追加BETAを出していた、今しかない!

 

視界はほぼなく、データリンクも当てにならない。

しくじれば激突、体感のタイミングで――

 

目の前が光に ― 光線級 ― ! 「口」から直に ― ダメだ!

 

――するり、と。

交差させた2刀を構えて。眼前に黒い影が、こちらに背を向けて。

 

「―――!!」

 

なんであんたが ― いや、そうか ― !

 

 

そうだ、俺は、避けるだけでいい。

 

こんなのは、ガキの頃から悪さして下町の近所のおっさんに追っかけられて。

チビだとバカにしたヤツをぶん殴ったら群れて追いかけ回されて。

だから、逃げ回って、跳んだり跳ねたりするのは。

 

こういうのは――

 

「得意なんだよッッ!!」

 

強引に跳躍機の角度を変える。

軋む機体、悲鳴に近い噴射音。

そして目の前の黒の肩を足場にして ― 上へ。

瞬間、背部兵装担架のロックを解除、長刀を2振り共分離。

少しでも軽く ― そして、きっと、アンタなら!

 

上昇して粉塵と土煙を突っ切った、見える巨大BETAの上部、「口」が開いて――閉じる!?

 

突っ込む。

 

「口」の縁、光線級!

 

そこに2刀を振るう黒い嵐。俺の長刀!

 

「喰らい――やがれッッ!」

 

S-11を投げ込んだ、浅葱の仇!

 

「カウント5! 中尉!」

 

離脱をかける。

黒い89式は閉じかけた「口」の外縁を蹴って、Gを無視した機動で巨大BETAの後ろ側へ。光線級がいても死角、必死でそれに続く。しかし周囲にはまだ要塞級に要撃級。

 

前面装甲を灼かれて変色した黒の89が、丸腰のこちらの前に出て何度目かの颶風となる。片脚を斬り飛ばされて傾ぐ要塞級、撃ち抜かれる要撃級。そこに飛来する中隊支援砲、黒が離脱をかけ―

 

カウント0、どぉん、と籠もった音と同時に。

 

膨れあがる巨大BETAが、次の瞬間すさまじい勢いで破裂した。

赤黒い体液を伴う猛烈な爆風と共に吹き飛ばされ、きりもみ状態で宙を舞わされ。

 

巨大BETAの体液が赤黒い驟雨となって大地に降り注ぐ中、残余のBETA群を黒一色のEF-2000を長機とする部隊が薙ぎ払っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

世の中は、予想外のことに満ちている。

ゆえに「その時」に際し、過たぬよう、日々精進を重ねて。

 

全霊を以て当り、その結果こそは従容として受け容れる可し。

 

 

そう心がけて邁進してきた篁唯依にしても、この米国で起きた様々のことは驚きを超えて衝撃に値することだらけだった。

 

アメリカ。アラスカ国連軍ユーコン基地。

白夜の時期も終わり、窓からの残照が差し込む唯依の自室。

 

「すまないな、呼び出して」

「ああ…いや、は」

「…敬礼はいい」

 

初めてここへと招いたXFJ計画首席開発衛士 ユウヤ・ブリッジス少尉は怪訝な様子ながらも少しばかりは緊張しているように見えた。

女の部屋にしては殺風景だな、と小さく呟いたのは聞き流して。

 

 

彼は腹違いの兄だと。

ハイネマン氏から聞かされて。

先刻急遽、日本の巌谷中佐にも確認したが…事実であるようだった。

 

海を隔ててのやや粗い画像の通話。

それでも中佐殿のご様子には、安堵と増えた気がする白髪と。

ご心配をおかけしましたとお詫びを入れても、聞かなければならなかった。

 

ただ巌谷中佐にしても、ユウヤの存在を知ったのはXFJ計画が始動してハイネマン氏が強く彼を首席衛士に推してからのこと。

中佐殿がフランク奴と憤っていた通り、当時から父・祐唯とミラ・ブリッジス女史との交際…というよりむしろ秘やかに情を交わす関係には気づいていたものの、父と同じく突如失踪した女史が妊娠していたことまでは知らなかったらしい。

 

時期的には母様との婚前だ。

そのとき鳳の家とは、どういう関係だったのかまではわからない。

 

 

ハイネマン氏に見せられた、ユウヤの母君は ― 綺麗な、方だった。

 

誰にも言わず。誰にも知らせず。

ひとりですべてを抱え込んで、息子と、そして愛した男を守ろうと。

 

それには、応えるべきだろう。

ゆえに唯依も。誰も恨むつもりもないし、告げるつもりもない。

 

―少なくとも、今のところは。

 

 

「…貴様の…いや、少尉の尽力でXFJ計画は成功した。その、礼を言いたくてな」

「なんだ、改まって…でもな」

「比較性能試験の結果は気にする必要はない。…まあ、負けろとも言わないが」

「当たり前だ」

 

笑みを含んで告げれば、鼻を鳴らして応える。

この気性の激しさは、父にはなかった…と思う。

 

「でもありゃ異常だぜ、中尉はどう思うんだ」

「…純粋な意味での戦術機本体の性能ではなかろう。…衛士も、合わせてなのだろうな。だがそもそもこちらは次期主力汎用機の開発、あちらは高コストの局地機だ。比較する意味が…ないとは言わないが、あまり重要ではないな」

 

ソ連開発部隊・イーダル小隊のSu-47 ビェールクト。

各国特有のドクトリンがあるにせよ、以前のS-37UB チェルミナートル も同様、基本複座で貴重な衛士を通常の倍必要とする上、時折常軌を逸した ― という意味ではどこかの誰かも同じだが ― 機動を見せるなど、不透明なところがあまりに多い。

 

「XFJ計画の所与の目標は十分に達成した。新しく届いた試験部品もあるが、そもそもカムチャツカからの帰還後、フェイズ2への換装で94式弐型は完成だったんだ。…しかしまあ、色々あったからな」

「…あんたも相当大変だったよな…」

 

確かに、と笑うしかない。

 

あわや大規模核爆発を伴って世界を巻き込むようなテロは起きるし、撃たれて死にかけるしで。

経験といえば経験だろうが、正直生きているのが不思議だ。

 

「…日本に帰るのか?」

「そうなる。細かい日取りはまだだが、近いうちにな」

「そうか…」

「なんだ、寂しいのか?」

「…ああ」

 

慣れない軽口を肯んじられて。

しかし目をそらしてのユウヤは、照れているようで。

 

「…勝ち逃げだろ、あんたの」

「……ふふ…」

 

そういえば、そんなこともあった。

なら日本に来い、そう言いそうになった自分も。

 

そこで唯依は、傍らに用意しておいた包みを開けた。

 

「そりゃ…カタナ、か?」

「ああ。緋焔白霊、篁家当主代々の証。持ってみるか?」

「え、いいのか?」

「ああ。ただ、抜き放つなよ。少しならいいが」

 

本来なら、貴様が…いや、兄様、あなたが持つべきもの。

 

そして刀を抜き放つ時 ―

それは相手を斬ると同時に、自らも斬られる覚悟を決めたということ。

 

渡されたユウヤはまずその重さに驚き、続いてそっと五寸ほどだけ引き抜いた。

刃文は湾れ刃、剛健なつくりの中にも流麗さが匂い立つ。

 

「…なんか、すげえな」

「以前、剣を教えてくれと乞われ、私は断った」

「ああ。ナマビョーホーハ、だとかなんとか」

「そうだ。私もまだまだ未熟なゆえもあるが…少尉、貴様には才能がある。おそらく私よりも遙かに。それを惜しいとは思うが、貴様はその道を選ぶつもりはあるまい。それに本格的な修練を始めるには、残念ながら遅きに失している」

「今さらサムライになれって言われても、なあ」

「…衛士としてなら、斯衛でも十分にやっていけると思う」

「そうか? あんたみたいなのがゴロゴロいるんだろ、どんなジャック・イン・ザ・ボックスだよ、日本は」

 

ゴロゴロはいない、と笑う。

未だに皆が皆、刀を差して歩いているとでも思っているのか米国人は。

 

「ま、正直…もう一回本気でやってみたいけどな」

「やめておこう。近接戦のみならともかく、もう私では相手になるまい」

「なんだ、剣なら勝てるってか?」

「当たり前だ。もって四合だな」

 

謙遜でも自慢でもなく。

00式を持ち出しても、機動砲撃戦では勝ち目がないだろう。

しかしいくらユウヤの資質が優れているとはいえ、素人剣法相手に不覚を取るほど衰えても慢心してもいない。

 

なんだよ、と納刀しつつ不貞腐れてみせるユウヤへ。

 

「頼みがある」

「なんだ」

「それを、預かっていてくれないか」

 

ユウヤの手にあるままの、緋焔白霊。

 

「は? いや、当主の証なんだろ」

「そうだ。ゆえにだ。少尉、貴様は開発衛士を続けるのだろう」

「ああ、…まあそのつもりだ」

「私は帰国後、また戦陣に立つ」

 

今この時も、輩たちは欧州の戦場で、その血を灼いて戦っている。

 

ゆえに私も、共に征く。

異星種共を駆逐し日の本の旗を高く掲げて、殿下と武家の威光を世に示さんがために。

 

軽々に死ぬつもりなどないが、いくさ場に絶対はない。

 

だから万が一の時には。そこに入れてある文を読み、「しかるべき人」にそれを「渡せ」。

 

「…死ぬつもりじゃ、ないんだな」

「当たり前だ。なに、預けるだけだ。時が来れば受け取りに行こう…信頼できる衛士と見込んで頼みたい」

 

売り飛ばしたりするなよ、「わかる」からなと釘を刺すと。

どうやってだよと言いつつも、ユウヤは了承してくれたらしい。

 

ならば、心残りはあとひとつ。

 

こちらは、受け取って欲しい、と。唯依は壊れた懐中時計を取り出した。

 

父の形見。自分の生命を救ってくれた。

時間は ― 8時16分を指して止まったまま。

 

「いやこれは…前に言ってなかったか、形見だって」

「そうだ」

「ってもなあ…そういや止まってる時間、撃たれたときとも違うよな。日本時間? いや……おい、まさか」

「…聡いな。これは父様の形見。明星作戦で戦死した。G弾の爆発に、巻き込まれて」

「――! じゃ、あんた、中尉…、それじゃ今まで」

 

立ち上がってしまったユウヤへ、頭を振って。

 

「米国への恨みはない。結果論になるが、G弾の投下がなければ横浜は奪還できなかったろう。そうなれば帝都もBETAの手に堕ちていた」

 

米国人に、知ってもらいたかったわけではない。

貴方たちの行為で、父を喪った女が、いたことなどと。

 

 

これはあなたの母君が愛した、ひとの形見。

そしてあなたの父の、最期の時間。

 

私はもう、たくさんのものを父様からもらって。受け継いでいるから。

篁の名。篁の家。そして母様。

 

 

ほんの少しの押し問答で、なんとかユウヤに納めてもらう。

明日も頼むぞ、と送り出し、唯依はその閉じた扉へと向かったまま。

 

「これで……私に何かあったとしても、篁の血脈は……父様…」

 

 

 

 

 

 

この日の夜。ユーコンの歓楽街 ― リルフォートにて。

アラスカの寒さにはやや足りない、コート姿に帽子を被った東洋人男性が目撃されている。

 

そして ― ユウヤ・ブリッジス少尉はこの一週間後、ソ連軍衛士と共に出奔した。

 

 

 

 

 

 




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Muv-Luv UNTITLED 04

 

2001年 10月 ―

 

ユーラシア。旧フランス、ボールペール付近。

 

更夜。

BETA支配域となって以降、人工の灯りなど消え果てていたこの地域。

今、それが一時的かもしれぬにせよ再び灯っていた。

 

地球上12番目のハイヴ ― 甲12号リヨンハイヴにほど近く、約50kmを隔てたこの地に日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団+オマケの駐屯地はあった。

それはBETAによって均された荒野の中に仮設の格納庫と複数の大型天幕によって構成され。人間の可視光とはまるで無関係なBETAの習性ゆえに、必要なだけの光源・照明が準備されていた。

 

そしてその一角。

なかなかの達筆で入口に「璃四之湯」と掲げられた大型天幕は、野外入浴装備一式弐型。

内部はやや薄ぼんやりとした照明、湯気に満たされた空間。

湯船は詰めれば30人ほども入れる大きさ。

軍務上は男女の別なく過ごすとはいえ、現在は、女子の時間である。

 

そこで第1大隊付属臨時予備分隊 千堂柚香少尉は、ひそかに楽しみにしていた湯浴みの時間を迎えていた。

 

欧州を転戦しているときはシャワー程度は使えたが、そもそも湯船につかる習慣のない欧州では、日本の入浴習慣とはかなり違っていて。まして清潔な水の確保が容易でないBETA大戦大陸戦線において、こんな機会はそうそうない。

 

「…」

 

しかして今は、柚香は共に湯につかる同大隊斯衛遊撃中隊の武家女子たちと一緒に、微妙な気分を共有している。

 

やれ、どこぞの大尉は愛撫が巧かっただの。

やれ、誰それの……は、大きいが早かっただの。

せっかく近くにいるんだから、外国のオトコはどうなんだとか。

 

洗い場から聞こえてくるそんな赤裸々な話は、現在洗体中の軌道降下兵団第1大隊第3中隊の女性衛士陣。姦しいことこの上ない。

 

 

ハイヴ突入戦の開始からすでに5日。

合成食品の成分により過剰な代謝や排便の量が抑えられているとはいえ、2交替12時間シフトの合間に身体を拭くのが精々の衛士。交代の際もハイヴ内を警戒しながら退き、帰投後も整備班への乗機引き渡しと報告書の作成などを済ませるとあとは糧食をかきこんで寝るくらいが関の山。

 

ゆえに湯船に入る前に髪と身体を洗うのは当然の常識で、先んじて入浴に臨んだ柚香と斯衛中隊はすでにそれを終えている。

 

柚香の隣、斯衛中隊長の雨宮中尉は変わらずの冷静さだが、その向こうの斯衛中隊の05などは半分程度まで顔を湯船に沈めてぷくぷくと泡を立てている。

その顔が赤く見えるのは、薄暗い照明のせいか湯のせいか。

 

 

衛士には、若年者が多い。

それだけ死傷率が高いということで、とりわけ斯衛軍は元々の絶対数が少ないことに加えて光州作戦から日本本土防衛戦・京都防衛戦に至る戦役の損耗著しく。生き残っていた熟練者の多くも明星作戦と先の甲21号にて九段へと赴き、英霊に列せられているという。

 

そのためばかりでないにせよ開発衛士隊が前身となる斯衛遊撃中隊は、柚香と同い年程度の二十歳近辺の子女ばかり。そして皆また、才あるとはいえ例外なく斯衛軍付属の女子衛士訓練校で…要するに、家格の上下に関係なく世間ずれしていない初心な者が多い…らしい。

 

 

「…」

 

無言の雨宮中尉、しかしわずかに嘆息したかような。

やれやれ破廉恥な、とでも思っていそう。

 

でもそれを口に出したりはしないところが、中尉らしいと思う。

 

共に轡を並べる者同士、同じ釜の飯を喰う者同士。

何より我々は軒先を借りている身だと、矜持を保った堅い口調ながらいつも帝国軍との協調を重視している。

 

でも…

 

「…先日は、恥ずかしいところを見られたな」

「え。あ、ああいえ…」

 

突然ぽつり、と小さな声で告げられて。

 

 

新種の巨大BETA ― 母艦級と名がついたらしい ― との戦闘、その残務処理が一段落した夜。明くる朝にはハイヴ突入を控え。

 

駐屯地の立ち並ぶ天幕の間、その暗がりで。

雨宮中尉と、あの黒の中尉がいるのを見かけた。

 

戦死2名。負傷後送2名。先の戦闘で斯衛中隊はその1/3を失った。

もっと自分がうまくやれれば、もっと自分に力があればと雨宮中尉は部下を喪ったことを悔いていて…きっと、心の中では泣いていたのだろう。

 

黒の中尉は黙って聞くだけで。

最後に雨宮中尉の肩に手を置くと、雨宮中尉はそっとその手を両手で覆った――

 

 

湯船につかる雨宮中尉は、簡単に髪を結い上げ手拭いでまとめている。

うなじにかかる後れ毛と湯の水滴とが重なり合って、白い肌を流れる。

少し硬質な中尉の雰囲気とはまるで逆の、妙な艶めかしさ。

 

「元々私は、2番手なのだ。開発衛士隊の頃から隊長は別の方で、私はその補佐役としての能力を買われた…のだと思っている。ゆえに今も、あくまで代理のつもりだ」

「そうなんですか。でも、失礼ですが十分ご立派におつとめかと」

「そう言ってくれるか。だが事実として、衛士としての力も本来の隊長には到底及ばなくてな。彼の脇を守ることすら覚束無いとは…情けない話だ」

 

自嘲すらも淡々と。

 

「その意味では驚いたぞ、貴様のところの龍浪少尉。いい腕だな」

「はあ、ですがあまりおだてないでいただけると」

 

こちらの方が、生きた心地がしなかった。

 

戦術機操縦は、腕はいい方だろうと思ってはいたけれど。

あんなムチャクチャをして。

 

「私が言うのも烏滸がましいが、彼はいい衛士になるだろう。…貴様もな」

「は…」

「そのためにも生き残れ。日本には優れた衛士がいくらでも必要だ」

「は、でもそれは中尉も」

「ああ、当然だ。借り物の隊長の座を返すまでは死ねん」

「また美味しいものも、食べたいですしね」

 

ふふ、違いないと。

小さく笑う中尉と自分たち部隊の皆には、先日ハイヴ突入の前に特別食が配給された。

 

米国産の、本物の牛肉。

 

それに世界に冠たる日本帝国陸軍需品科の当番兵たちが腕を振るって、さらに本国からの指示で改善を図られた糧食が並んだ。

欧州の…とりわけ英国のお世辞にも美味しいとはいえない合成食品すらも味わってしまった舌には強烈すぎる一撃で、荒くれ者の降下兵団はもとより慎みを旨とする斯衛の面々も楚々とした挙措の中にも抑えられない食欲が透けて見えたほど。

 

「糧食の改善が成ったことも大きいが…やはり、天然物は違ったな」

「お武家様でも、そうなんですか?」

「ああ、私の家は譜代などと言ってもな、古くて名前があるだけで…数代前から倹約倹約が家訓な程だからな。先の大東亜戦争の後も米国からの配給品が口惜しくも美味かったと、亡くなった祖母がよく話していた」

 

天然物などそうそうお目にかかれんよ、と。

柚香としては、雨宮中尉にそうなんですかと返しつつ、複雑な思い。

合成食品とは大分異なる、食後の体臭やお通じの問題とはまた別に。

 

 

千堂家 ― 柚香の父は、河崎重工の重役だ。正確には専務。

だから生活はかなり裕福で本物の肉や魚などを口にすることもあったし、それは他一般の家庭と比べるときっと多かったのだろう。しかし母や兄弟はそんな暮らしを当然だと思っていたし、自分も幼い頃はそうだった。

しかし父の主たる仕事は技術畑より対外折衝などのようで…世間からは甘い汁を吸う政商と陰口を利かれていることを、長じるごとに知るようになった。それが事実の一側面を捉えていることも。

 

徴兵免除も、望めば得られたろう。

実際兄弟は二人ともそうしたし、母もそれを望んでいた。

 

自分は反発した。

 

 

そこへ、大声で笑い合いながら身体を洗い終わった衛士たちが湯船へやって来た。

 

「…と、これは、中尉どの」

「いい、少尉。こういう場だ、楽でいい」

「あは、そりゃどうも」

 

二十代半ばくらい。

少し蓮っ葉で、まさに猛者揃いの軌道降下兵団ずれ。

わりにしっかり中尉の顔を覚えている当り、如才のなさも。

彼女は濡れた手拭いを肩にかけ、足を開いて湯船の縁に腰掛ける。

 

だが少しくらいは、慎みを持ってもらってもいいんじゃないか。と思う。

 

そのやや長身の女性衛士の張り出した胸は大きく、その頂点はかなり濃く色付いて。くびれた腰から連なるお尻にも量感があり、開いた脚の奥には整えられたと思しき茂みまでが見えた。

 

浅葱少尉も、きっとこんな衛士になったんだろうか。

 

 

光線級に灼かれた彼女は、しかし管制ユニットの中で原型を留めていた…といっても、見た目で個人の判別がつく状態ではなかった。

 

溶融した操縦装置に囲まれる黒焦げの、人間だったらしき物体。

吐き気を催す悪臭の中、それでも龍浪少尉は、彼女だったその物体から認識票を取り上げ。

それを握り締めると、遺体を担ぎ出して死体袋へと入れた。

 

涙は、見せなかった。

 

 

自分は、彼のことが好きだ。柚香は自覚している。

 

そして彼は、浅葱少尉とはそういう関係があったことも。

 

欧州交流事業での休暇中など、浅葱少尉は同室の柚香にはなにも言わず前晩からふらっといなくなったり、同期3人で食事に出たりしても、どちらの場合も彼女が明朝のベッドにいないことはよくあった。朝は大して強くないのに。

そういう時は決まって、翌日は妙に浅葱少尉と彼との距離感が普段よりさらに近かったりしていて、正直な話、幾度人知れず嫉妬に胸をかきむしったか知れない。

 

いなくなって欲しいと思ったことは、何度もある。

 

でもだからといって、死ねばいいなんて思ったことはなかったから。

 

それに彼が悲しんでいるのは、自分にも辛い。

 

 

「どうです、中層の先は」

「とにかく数は多いな。欧州軍司令部の腹積もりは私などでは判らんが、予定よりは遅れているだろう。損害が少ないとはいえ、浅層も気を抜いてくれるなよ」

「了解ですって。んで正直な処、欧州軍の連中ってどんなもんです?」

「技量という意味でか? 一般の部隊は、貴様らの方が練度はずっと上だろう」

 

おぉ~、と、縁に腰掛け話の中心になっている女性少尉の周囲の面々も会話に入ってくる。

 

「だが精鋭…私が実際に見聞したのはかの44大隊のみだが…口惜しいが、同数でも我が中隊では話にならんだろうな」

「ええ…そうなんですか」

「相手は西独最高だ、我らは日本有数ですらないのでな」

「あの中尉さんを入れてもですかね?」

「そう変わらんだろう。彼を活かし切る技量が我らにない」

 

淡々と事実を告げるような誇り高き武家とも思えない言葉に、逆に聞いている方が毒気を抜かれた風になる。

そうなんですかねの追従を兼ねたような問いにも、見ていたらわかるだろう?とのあっさりとした答え。

 

「中尉、中尉」

「なんだ」

「あの中尉さんには、いい人っているんですか」

「なに、あんた気になるの?」

「えー、ちょっといいかなって。英雄さんだよ、いっしょの部隊なんてないよ?」

 

横から話に入ってきた、少し小柄で悪戯げな表情の。

無言の雨宮中尉の向こうの05が、ちらちらと視線だけ動かしたのに柚香は気づいていた。

 

「でもだいぶ暗そ…、し、失礼しました」

「構わん。恋人や婚約者がいるという話は、聞いたことがないな」

 

おぉ~、と。周囲が湧く。

05はなぜか少し得意げに目を閉じた。

 

「そもそも彼は一般の出だ。斯衛とはいえ、交際や婚礼に際して武家のしきたりなどとはあまり関係がない」

「中尉どのご自身としちゃ、どうなんです?」

「私は不調法者でな。そういう話には乗らないことにしている」

 

えぇー、と不満げな声にも雨宮中尉は取りあわず目を閉じたまま。

しかし05は疑わしげな視線を自分たちの隊長へと向けていた。

柚香もまた、あの夜のことを思い出して。

 

「お武家さまがたもお堅いのはいいんですけどね、たまには積極的に迫るのも必要っすよ」

「そうそう、そういえば第3大隊の人気の二枚目、落としたコが言ってたんだけど!」

 

やれ野戦外装の下になにも着ないで迫っただの。

やれ上着に下着一枚で枕を抱えて忍んでいったら結ばれただの。

 

再開された女子的会話に適当に相づちを打ってから、柚香はのぼせる前に風呂を上がり。

 

 

その夜、とある男性斯衛の天幕の前に、枕を持った女子斯衛が何人現れたかは不明である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 同月 ―

 

アメリカ。アラスカ、ユーコン国連軍基地。

 

日米合同新型戦術機開発計画・通称XFJ計画の日本側開発主任・篁唯依中尉がそれを見つけたのは、近づいてきた日本への帰国へ向けての雑務を片付け、普段よりさらに遅く宿舎へ戻った時だった。

 

宿舎内、自室の扉前に。

 

見慣れた ― だが、もう手元にあるはずがないはずの、紺地の正絹に金糸で少しの刺繍を施された長い包み。

 

「!?」

 

驚愕に疲れと眠気が吹き飛び。

慌てて駆け寄り取り上げると、自分宛の封筒が添えてある。

 

 

すまない

これは返す

本当にすまない

 

 

一筆箋と、除隊申請 ―

 

あ、の――!

 

「大馬鹿者め!!!」

 

本気で唯依は、激怒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

人はそれぞれに、色々なことを言う。

 

自分に利益を誘導するため。

あるいは、自分でない誰かのために。

 

俺は、騙されたくない。

 

だが俺は、俺が自分で思っていたよりもずっとバカだということも知った。あらゆる意味で。

 

だから俺は、自分が信じたことを、やるしかないと割り切った。

 

たとえそれが、誰かに迷惑をかけることになっても―

 

 

DIAのエージェントと別れ。

宿舎に戻って準備を整えた。

 

タカムラ中尉から預かったカタナも返しておいた。懐中時計も。俺にはどちらも、資格がない。

 

ドレッシングルームで強化装備を。銃。

エイドキットや戦闘糧食を詰め込んだバッグ。

そして格納庫へ向かう。

 

そこには―

 

「よう、どしたこんな夜に」

 

ヴィンセントがいた。

 

アルゴス小隊ハンガー内、管制ユニット搭乗用キャットウォークの上。

照明も、ついたままだった。

 

長い付き合いの相棒。

俺は、こいつの信頼や協力も裏切る。

 

「いや…」

「……行くのか?」

「! …ああ」

 

詳細を、知っているはずがない。

だが俺がここ最近開発任務の傍らクリスカのことを気にかけていて、彼女の方がなにやらトラブっていることくらいはこいつなら気づいているだろう。

 

「そうか…」

「…まさか、待ってたのか?」

「おーう、戦術機バカのお前さんのことだ、なんかやらかすならここからだと思ってなァ」

 

一昨日から泊まり込みだ、と、その明るさが、つくりものなことくらいは俺にも分かっていた。

だが俺は、もう決めた。

 

「……本気、なんだな」

「ああ」

「そうか……タンクか、武装か?」

「タンクだな。武装はいらないくらいだ」

「OK、でも丸腰ってのもなぁ」

 

頭をかきながらヴィンセントが格納庫管制の端末を操作する。

背部担架換装のドロップタンクはすでに燃料が満たしてあったのか、すぐさま装着シーケンスに入る。

俺は管制ユニットを操作して開き、バッグを投げ入れ固定してからヴィンセントへ向き直った。

 

「すまねえな」

「…気にすんな」

 

ドロップタンクの装着が終わる。

ふたりしかいない格納庫に大きな金属音が響く。

さらに左右主腕に突撃砲と長刀。

 

黙って見ている俺に、ヴィンセントが近づいて。

正面から、肩を掴まれ。

 

 

数瞬、黙って視線を交わした。

 

 

「あばよ、大バカ野郎の相棒。お前さんといると最高だったぜ。…達者でな」

「ああ、じゃあな、大間抜けのお人好し野郎。…お前こそな」

 

ヴィンセントの青い目が、わずか緩む。

 

日系で、しかも自分から孤立を呼び込む俺を、ずっと支えてくれたお人好し野郎。

その大きすぎる恩を返すことは、結局できないまま。

 

 

最期の別れだ。

 

もう会うことはない。

 

 

管制ユニットに乗り込み、弐型を起動。

すまねえな、お前にはつきあわせちまう。

 

あえてクレーンを破壊し、鳴り響く警報。

管制ユニットから目を配ると、退避したヴィンセントはずっとこちらを見ていた。

手も振らず、目もそらさず。

 

「幸せにやれ、ロシア美女によろしくな」

「ああ。俺には脅されたって言っとけよ」

 

集音器が拾った言葉に外部音声で返すと。

言われなくてもそうするぜ、といつものように朗らかに笑う、親友。

 

「ユウヤ・ブリッジス、94 sec.出るぞ!」

「グッドラック!」

 

あばよ、生涯最高の相棒。

そのサムズアップに見送られて、俺はアラスカの夜空へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

XFJ計画の首席開発衛士 ユウヤ・ブリッジス少尉がその試験1番機・XFJ-01a Type-94 sec.不知火弐型 を盗み出し、ユーコン基地内ソ連軍施設から同軍クリスカ・ビャーチェノワ少尉を拉致して脱走。

 

脱走機はレーダー網を高速匍匐飛行により掻い潜ったとみられ、また今夏のテロ事件の影響から北米司令部の衛星情報の遮断が継続されていた為、事実上失探。

 

皮肉にも同計画の開発衛士の技量の高さと、増槽装備とはいえ燃料効率が低下する極低空飛行の連続で逃走に成功したType-94 sec.の燃費性能の優秀さを実証する事態となった。

 

同計画試験小隊並びに要員は即座に基地憲兵隊に拘束され、引き渡しを要求する米ソ両軍に対しプロミネンス計画総責任者ハルトウィック大佐は国連の独立性を盾に峻拒。また同計画日本側研究開発主任篁唯依中尉は、容疑者は米軍派遣の衛士であり彼が帝国の資産である試験機を盗み出したこと、ソ連軍衛士に抵抗の痕跡が無く共謀の可能性が否定出来ないとして真っ向から抵抗した。

 

これを受け米ソ両軍は各機関の綱引きもあり、表面上は国連軍に対処を一任。

その一方でブリッジス少尉を基督教恭順派及び難民解放戦線との関与が疑われるテロリストとして認定、自国内で発見した場合においては自衛権の範疇にて撃墜をも可能なものとする判断を下した。

 

そしてハルトウィック大佐により拘束を解かれ、脱走兵追討の任に当たったXFJ計画アルゴス試験小隊がソ連領内でブリッジス機を発見するも、同機追撃に当たるソ連軍試験部隊イーダル小隊と「相互連絡の欠如から」交戦状態に突入。

 

同時刻、同空域にてソ連軍イーダル小隊特務機がブリッジス機と交戦するも、撃墜され―

 

 

逃亡犯 ― ユウヤ・ブリッジスは、その消息を絶った。

 

 

 

 

 

「あの、大馬鹿者め…!」

 

山吹の零式強化装備。

もう何度目かも判然としないその悪態を、唯依は愛機00式Fの管制ユニット内で呟いた。

 

外は猛吹雪。視界は悪い。

 

主機出力全開。

左右主腕には87式突撃砲、74式近接戦闘長刀。

背部には兵装担架に換わって推進剤増槽。

しばらく動かしていなかった00式の調整に手間取ったのが痛い。

 

 

何があったか、詳細には判らない。

 

だがおそらく ― 基督教恭順派やら難民解放戦線やらが背後にある、といった。

 

「難しい」話では、ない。

 

ローウェル軍曹やアルゴス小隊の面々は先んじて種々感づいていたようで。

 

 

ビャーチェノワ少尉に、関することだろう。

 

彼女の様子が ― そもそも以前から ― 色々とおかしいことには気づいていた。

 

軍務以外の事物での年齢にそぐわない言動や、常識の欠如。

 

自分のように、武家のある種の箱入りとはまた違って。

 

まともな育ちではないことは、すぐに判った。

 

 

要するに、駆け落ちである。

 

 

「あの、大馬鹿者め…!」

 

再度。

 

立場のある人間のやることではない。

 

甘い考え、甘い行動、甘い責任感。米軍は、あんな衛士を許容できるとは。

アルゴス小隊の連中といいローウェル軍曹といい、情ゆえの判断なのだろうが線引きを間違えすぎている。小隊員は実戦経験豊富な連中のはずだったが、余りに緩い米国の雰囲気に呑まれたか。それとも外国の軍隊は元々みんなこうなのか。

 

奴が身勝手な都合で持ち出したのは、帝国臣民の血税で購われた戦術機。しかも高価な試験機だ。94式弐型1機を建造するのに、幾らかかるか自覚しているのか。

軍用機を自己都合で好きに使い回すなど、法的にも倫理的にも許容される事ではない。

 

父様といい…篁の男は乳の大きい外人女に弱いのか?

 

愚にもつかない思考が混じる。

 

そして何より。見誤った、という自戒が強い。

 

血縁という贔屓目。

そしてその燦然と輝く衛士としての才能に目が眩んだか。

監督不行き届き以外の何者でもない。

 

94式弐型の次期主力機選定はほぼ確実だった情勢に、とんでもない落ち度。

 

プロミネンス計画総責任者で、戦術機によるハイヴ攻略の実績を高く評価して下さるハルトウィック大佐の御裁可で米ソ並びに憲兵からは解放されたものの、アルゴス小隊の解散は確実。ドーゥル中尉の責任問題も不可避。

自分のことなどどうでも良いが、自分を選ばれこれまで散々に骨折りを頂いた巌谷中佐殿には申し開きの仕様がない。

 

斯く成る上は――

 

まずは手心を加えたに違いないアルゴス小隊の報告地点へ。

 

そして個体識別により追跡も可能だった緋焔白霊は置いていかれてしまったが、94式弐型に搭載されたままの新型装置 ― 斯衛開発部発 ― には、機密漏洩対策用の発信機が組み込まれている。

ブリッジスの詰めの甘さに救われた格好だが――

 

絶対に許さん…!

 

斬る。その上で腹を切る。

 

もうすぐだ。待っていろ。

 

 

激情に駆られ、しかし冷えていく思考の唯依機の上空。

その漆黒の電波吸収塗料に包まれた、戦術機輸送機から。

 

 

「――! なんだ!? 空挺!? どうなってる!?」

 

落下傘降下の戦術機。中隊規模。6機か?

最大望遠で追いかけるが、吹雪の影響もあるのか判然としない機影。

 

ちッ―!

 

すでに最大戦速。戦術機としては十分に過ぎる速度だが、それでももどかしい。

 

見る間に降下し来る不明部隊、こんな状況だ。

しかも隠密作戦。間違いなく目標は同一。

 

「―何者だ」

 

信号の発信源はまだ数km先。

しかして降下部隊から4機の戦術機がこちらへ。

滑らかな機動で半包囲に…手練れだ。

 

見たことがない機体。装甲色は闇色。

 

「応えろ。こちらは日本帝国斯衛軍篁唯依中尉である。現在逃亡犯追討の任務中につき、道を空けてもらいたい」

「…」

 

応答なし。英語で二度尋ねた。

 

「ならば、是非もないな」

 

唯依機は増槽を落とした。

 

雪が、止み始める。

 

 

 

 

 

 

 

面倒な…!

 

黒い不明機 ― 外装に偽装を施した94式 ― の管制ユニットにて、国連軍特務部隊A-01隊長 伊隅みちるは唇を噛んでいた。

 

山吹色の00式。斯衛軍。

作戦にかかる関係者資料にあった、XFJ計画主任の斯衛衛士だ。

 

 

遅きに失しながらも、結果タイミングとしては最上のはずだった。

 

最初ボスの命令が出たとき古参連中は肩をすくめたり天を仰いだりで済ませたが、先日の例の新装置の実戦テストを兼ねた鉄原の間引きから生き残れた新任共は、顔を真っ青にしていた。

 

隊の愛機たる青色塗装の94式に偽装を施し。簡易とはいえステルス技術を投入。

実は米軍のステルス機に関しても電子機器の一部は日本製なんだとか。

 

その上で目標「白雪姫」の入手のため、最悪国連軍ユーコン基地遠隔地の演習場にて演習中のソ連軍機を強行拿捕せねばならないという。

 

どう考えても裏仕事に汚れ仕事。

死して屍拾う者なし。

 

こんなことするために国連軍に入ったんじゃないと叫んで逃げたくなるがそれをすれば冗談抜きですぐに自分は行方不明になり、近々姉妹に死亡通知書が届くだろう。

 

しかし「怪人のおじさま」の情報により米国DIAの手引きの成果を横からかすめ取るだけで済みそうとなって、少し楽観的になった。最悪から最低になったくらい。

 

米国ソ連国連が三竦み的に牽制し合い潰し合い、その網をすり抜けるようにした「白雪姫」。その居場所は、仕立てた後席に乗せた「全滅しても必ず生かして帰せ。傷一つつけるな」とボスに厳命された特別ゲストの「妖精」さんには何故かわかるそうで、残る「ご説得」も「妖精」さんに一任というから。

 

 

そうそう都合良くは進まないとはいえ…

 

「ならば、是非もないな」

 

日本語。低く響いた。

 

4対1、数的には圧倒有利。

しかし臆する風もなく、山吹の00式は増槽を落とした。

 

「隊長、向こうさんはやる気みたいよ」

 

今にも飛びかかりそうなのは、前衛隊長速瀬水月機。

突撃砲に追加装甲、兵装担架は長刀が2本。

例の新装置の配備と習熟以来、間引きだけじゃ物足りなくてやりたくてやりたくて仕方がないと日々うずうずして過ごしていたのをみちるは知っている。

 

死人を出すと面倒なことになる。

しかも向こうはバックボーンも色々おありのお方だ。

相手が00式だろうがなんだろうが、新装置での機動に習熟してきた自分たちにはそう問題にはならないだろう。

 

「…仕方ない、殺すんじゃないぞ」

「了、解っ!」

 

嬉々として水月機がつっかけた。

 

 

そして、唖然とする羽目になった。

 

 

水月機が突撃砲の斉射、当然これは牽制。

左へわずかに動いて避けた00式へ、水月機は砲を放り捨てて背部長刀を火薬式ロック解除の勢いも乗せて上段から渾身の一刀。

 

受けられ――いや、打ち落とされ。

 

「――ッ!?」

 

確かに機体性能は00式が勝る。しかし加速度をつけての打ち込みを、片手で。

水月機の体勢が崩れた瞬間、切り返しの刃。

 

怒濤の勢いで襲う。

 

「くッ―っ、く、このッ、ッ、ッ、うわ、わッ、うわッ、ッ――!?」

 

受け、受け、受け、受け、受け、弾かれ、右、右脚、左脚。

 

一息での九太刀。四合目からは両手持ちに替えられて。

止めとばかりに00式の左仕込み短刀が水月機の頭部を貫き首を獲った。

 

「は、速瀬!?」

「嘘!?」

「速瀬中尉!」

 

左主腕と追加装甲を残し、水月機が達磨状態で地に転がる。

 

「そんな殺気のない剣で…舐められたものだ」

 

向こうはオープンの回線。底冷えのする声。

血糊を払うかのように短刀が振られ、突き刺されていた偽装94式の頭部が飛んでいった。

 

水月のバイタルは…問題ない。

斬撃の衝撃に加えかなりの恐怖を感じたようではあるが。

 

だが仰天したのはみちるも同じだった。

水月の能力はよく知っている。それをこうまで圧倒的に屠るとは。

しかし。

 

いや――そうか―

 

 

 

 

 

そのみちるの洞察は、まさに正鵠を射ていた。

水月機を一方的に撃破したかに見える唯依にも、そう余裕はなかった。

 

かなりの手練れだな…

 

動きに戦術機特有の「繋ぎ」がなかった。

これはまるで。

 

しかもこれは94式ではないのか…?

 

ごく初期の挙動で練度を知り、初手全力でまず一機。

今見た近接戦に限っても、五合まで受けてのけてさらには反撃の気配まであったことから、ブリッジスは元より本気になったマナンダル少尉をも上回る技量と見た。

 

ただ ― 兵士、だな。

 

よく鍛えられている。資質も高い。

対BETA戦などの隊員としては、自分より余程巧く立ち回るかもしれない。

 

だが「剣で人を斬る」 ― そのためだけに代々業を磨き続けてきた術理にその領域で態々単身挑むのは、無謀とまで言わずとも蛮勇の範疇。

 

 

元々、斯衛とは「人間から」将軍家を守る組織。

 

さらに言えば、近年の唯依の戦術機動剣技はある男を破るためのもの。

常識外れの機動で翻弄し、虚と疾さとを高次元にて織り交ぜたそれを、研ぎ上げた「理」にて打ち破らんとするため鍛え上げたもの。

 

短刀を用いる業などは本来の篁の技からすれば外式に属するが、彼奴を越えるためだけに唯依が自ら踏み込んだ領域だった。

 

 

さて、どうする…

 

向こうはこちらの意図を見抜いたようで、微妙ながら遠巻きに牽制する意思を感じる。即座に動き出さないのは、足下に転がる味方機が気にかかるからか。

 

腕は立つが…非正規戦部隊というわけではない…か?

 

どこか、甘さがある。

ならば多少強行にでも突破してその先にいるであろうブリッジス機を討ち果たすか。

それができれば、その後包囲射殺されようが別に構わない。

 

ならば、佳し。

 

九段へは往けそうもないが、身から出た錆故のこと。

割腹自刃など許されず、獄門とされても文句は言えない立場。

死に花を添えるのも悪くはない。

 

 

覚悟を決めた唯依が一歩を踏み出し、闇色の部隊機が緊張を高めた時。

 

「――待ってください」

 

その高く澄んだ少女の声が解放回線 ― 闇色部隊の長機か? ― から聞こえ。

 

正面からは、白基調の戦術機 ― 94式弐型が噴射地表面滑走にて接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 11月 ―

 

リヨンハイヴ攻略作戦は終盤に差し掛かっていた。

 

政治上の都合により、主攻部隊に加わっていたソ連を始めとする旧東側諸国軍はミンスクハイヴからの来援BETA対策としてリヨンハイヴ外北東方面へ展開となり、また核心部まで最短距離と思われる地表構造物近辺のゲートは出現BETA数が極めて多く、陽動と漸減を兼ねて戦力が割かれた。

 

突入を開始した欧州米日豪国連の連合部隊は甲21号での戦訓により、戦力を分散しすぎないようかつ複数経路から慎重に慎重を期して重層的に兵站網を構築。

入念に偽装横坑を探査しながら進められていくそれは、衛士の疲弊を考慮に入れた輪番交代制に加えて即応部隊用の停滞睡眠と、豪州とアフリカ連合、そして米国が供出する圧倒的な物量によって支えられていた。

 

会敵BETA数はフェイズ5ハイヴという状況も加味して大幅に上方修正されたものすらやや上回っていたが、米軍が装備しまた貸与を開始した電磁投射砲により、局所的には損耗を出し時間的にも遅延しつつも、突入戦開始9日目には最先鋒が最深度横坑の主縦坑側出口 ― 底部、すなわち大広間まで約600mの高度 ― に至り、反応炉に迫っていた。

 

概ね順調に作戦は進行。

 

少なくとも、現場はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅葱が死んだ日、その日は泥のように眠った。

 

逆に翌日から、あまり眠れなくなった。

 

持ち味は明るさだと思っているから、残る分隊員に心配させるのもよくない。

でも空元気を出すたび、千堂少尉が辛そうな目で見るのが苦しかった。

 

すぐに忘れるとか、吹っ切るなんて、やっぱり無理だ。

死んじまった小隊長には悪いが、浅葱とは、一緒だった時間が違いすぎる。

 

 

でもな、浅葱。俺はもう悲しまないぜ。

お前のような死人を出さないためにも、BETAを叩く。徹底的にな。

 

 

…とはいえ、正直、きつい。

 

肉体的なものより精神的なものか、と自覚しながら、日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団・第1大隊付属臨時予備分隊分隊長 龍浪響少尉は愛機89式陽炎の操縦桿を操る。

 

分隊での制圧地帯哨戒任務。

別にオマケだからとイジメを受けているわけではなくて、持ち回りのルーチンだ。

浅層および中層部では、各国軍がある程度の割り当て区域を決められて哨戒行動を続けている。

 

薄暗く青いような緑がかった空間がハイヴ内。

訓練校時代もシミュレーターでさわり程度の経験しかなかった。

それが今、フェイズ5ハイヴの中層付近。深度にして地下1kmほど。

空間としてはかなり広大なのに地下特有の閉塞感のようなものがずっと付きまとい、どこにBETAが潜んでいるかもしれないとなれば衛士の疲弊が加速するのも無理はなかった。

 

「少尉…眠れて、ますか?」

「ああ、おかげさまでな」

 

網膜投影に浮かぶ、こちらを気遣う千堂少尉。

2日前…時間感覚の狂いからそうだと思うが、素直に軍医から軽めの睡眠導入剤をもらった。自分の体調不良が原因で、仲間を死なせることはできない。

 

オマケのドレイク分隊は部隊編成外ということで停滞睡眠を使用した警戒待機から除外されている。

外様ながら前線の押し上げにつれて進んできた帝国軍部隊に割り当てられた領域から地上の駐屯地まではそう近いとはいえないものの、ベッドで眠れるだけそうとうに恵まれている。

 

「前に出てるあの中尉殿には、悪いけどな」

「水先案内人ですから。光栄なことだと、雨宮中尉も」

「そりゃあの人は真面目だからなあ」

「そういう言い方だと、あの中尉殿は不真面目みたいですけど」

 

連日にわたる地下空間での作戦。かかるストレスは尋常ではない。

だから任務に支障がない範囲ならば私語が見逃される程度には、規律が緩められていた。

 

「こ、怖いこと言うなよ。…そろそろ、始まる頃か」

「そう、ですね…」

 

 

帝国斯衛軍部隊から甲21号の実戦経験者が招聘され、形ばかりとはいえ水先案内人を務める欧州連合軍中心の最前線部隊 ― 深奥へと到達した後の斥候及び探査の結果、想定通りに主縦坑下部大広間には甲21号と同様かつさらに多数のBETA群が確認され。さらに偽装横坑の存在も予想されるため、作戦司令部はあくまで予備計画とされてきた、主縦坑へのS-11の大量投入もしくは核兵器の使用によるBETA殲滅を提案。

 

これが、紛糾の元となった。

 

S-11配備数及び生産能力自体が非運用国である欧州米国では高くない上、運用国である日本帝国及びソ連も今作戦への配備量自体は多くなく、本国での備蓄にも余裕はなかった。

その備蓄を繰り出して本国より輸送するにせよ日ソ両国は作戦遠隔国であり、仮に日本からでは海上輸送では1ヶ月以上、軌道輸送でも宇宙港のある英国から地中海経由の海運からの陸送になる為現地着は最短1週間以上。危険を冒しての空輸でもBETA支配地域であるユーラシアの大半及び中央アジア経由は論外で、北回り航路から英国に入る他なく、そこから以降は軌道輸送と変わらない。

そもそも欧州連合にはハイヴ制圧後ないしBETA戦後の政治的パワーバランスの問題から、最初からソ連に頼るという選択肢はなかった。また頼みの綱の日本も甲21号により疲弊著しく、供出による国防力低下の懸念から与党内でも意見が割れ、さらに目下生産を急ぐ戦術機への搭載需要増大から供給備蓄両面に問題があった。

そして欧州では政治指導部のみならず世論にもアジア蔑視は未だ根強く、常任理事国入りや甲21号の成功に続いての日本の国威拡大により戦後のイニシアチブを握られることを忌避する動きもあるなど、S-11の集中運用作戦は暗礁に乗り上げた。

 

また核兵器使用については、欧州連合の中ですら意見がまとまらず。

英国は賛成。西独は第二次世界大戦での被爆国でもあることから世論が二分。そしてハイヴ所在国のフランスは強硬に反対した。

フランスはBETA大戦勃発以前独自技術で米ソ英に続く4番目の核保有国となったが、しかし自国本土では一度も核実験を行っておらず、本土での核兵器使用に対する忌避感が強かった。またハイヴ深奥大広間は通常の地下核実験に比較しても相当な大深度であるにも関わらず、「奪還した領土が放射能汚染されていては意味がない」という世論の後押しを受けた政府も引けず。これにケベック州に広大な仏租借地を抱えるカナダと、フランスの影響が強いアフリカ連合内の数カ国が同調し、核兵器による攻略作戦立案も頓挫。

 

米国は基本G弾戦略に基づき、そもそも今作戦には有志による国際協調という建前での参加のため静観の構え。保有核の大半をBETAによる国土失陥で失っているソ連もS-11を出すに出せず。日本は今作戦そもそもの参加戦力が小さいため発言力もその意図もなく、豪州は英国を見つつ日和見、統一中華戦線と中東連合は核使用賛成ながら東アジア連合は影響力を持つ日本の顔色を伺って沈黙した。

 

その一方で作戦日程の遅延による戦費増大の財政への圧迫が、以前より前線国であった国々にはまだ許容できても後方国のアフリカ連合及び豪州などでは世論の反発を生み始めており、制圧作戦の早期決着を求める空気も醸成されつつあった。

 

そしてこれら参戦各国の絡み合う事情、本来それらを纏めるべき国連は、米英仏ソ中の旧来からの常任理事国にナウル決議によるまだ拒否権のない新常任理事国である日豪を入れてもなお意見が纏まらず、事実上の機能停止状態に陥ってしまった。

 

そもそも各国軍は作戦以前から甲21号の分析によりハイヴ深層攻略には大量破壊兵器に属する装備が相当程度有効だとの認識でほぼ一致していた。しかしそのための予算も整備も議論すらも間に合わないまま、沸騰する世論の後押しとそれに迎合する政治の圧力に作戦は見切り発車。現実的目線からハイヴ攻略は時期尚早とする少数の政治家や識者の意見は押し潰されるか黙殺された。

 

元来今作戦の発端が軍事的合理性よりもむしろ各国内の政治的都合に重心があり、そもそも対BETA戦は外交の延長としての戦争ではなく種の生存を賭けた闘争であったはずが、軍事力の行使に際して政治と世論とを排除できないという近代以降の人類政体の構造的特徴が弱点として露呈してしまったのである。

 

結果、現地作戦司令部は有効策を取り上げられた上早期制圧を迫られ。

苦渋の選択として日本帝国軍とソ連軍に無人状態で爆弾として使用するため戦術機の供出を求めたが、ソ連は機密保護とS-11搭載機がスラブ系ロシア人乗機に限られていることから拒否。欧州連合政府も元々ソ連へは忌避、日本へは無償供与が条件と言い出したため日本側も難色から反発に転じる始末。

 

 

3日間。全軍の進行が止まり。

 

結論。ハイヴ突入部隊は現状採り得る総ての手段で可及的速やかに反応炉を破壊せよ。

 

砕いて言えば、投射砲でなんとかしろ。

 

 

一気に全部吹っ飛ばすのはダメ、突っ込んで死ねってか?

 

戦地における衛士の心情、しかし当の欧州連合軍の方はさらに複雑か。

 

基本難しいことはあんまり考えたくない龍浪少尉にしても、かかる現状は自分と分隊員と他の仲間の生死に直接関係してくるとあっては。

 

 

投射砲は確かに強力な装備だ。長大な射程に凄まじい貫通力を備える。

 

しかし装備機の運動性低下は単機での生存をほぼ絶望的なものにし、基本1射(米軍製2射)毎の砲身交換が推奨され、背面弾倉も撃ち切り。

照準から射撃開始まで時間を必要とする上当然ながら射線は開けなければならない。つまり発射前は無防備。

掃射角度も殲滅性を優先して連射性を上げるとそう広くはとれず、また誤射は絶対に許されない。

そして利点にも弱点にもなり得るのが、BETAに狙われる、という点。核心部がBETA由来技術のためというのがもっぱらの噂で、真相は不明ながら実証実験段階から所与の前提として扱われるようになっている。

ある程度の数を揃えられた今、陣地防衛や外部での戦闘、大軍を擁してのハイヴ侵攻などでは極めて有効な一方、狭隘部にBETAがひしめきかつ偽装横坑が多数存在するであろう主縦坑大広間などでは乱戦が必至となり、最初期の犠牲は避けようがない。

 

 

「ったく…」

「ぼやかないで下さいよ」

 

並んで緩く飛行。

進んできた横坑から、折り返し点の広間へ入る。

設置センサーはここまで、機載センサー類を最大に――

 

「ん?」

 

大きめの広間。その出口付近、正面右方向。

ぽっかりと口を開けている横坑の入口、全力噴射で5秒の距離。

 

そこに入っていく、なにか…跳躍ユニットの噴射炎だったような。

 

「千堂少尉、見えたか?」

「え? すみません、なにかありましたか?」

「見間違いか…?」

 

疲れてるからな、と口には出さず。

レーダーにもセンサーにも感はないまま。

 

一応確認しておくか、と―

 

「センサーに感! 横坑内にBETA!」

 

件の横坑内、掃除済なのはこの広間までだが規模の確認だけでもしておく必要はある。

千堂機にいくぞと声をかけ鋭角にターンして横坑内へ。

 

偽装横坑があったのか坑内に湧き出る戦車級と要撃級――その、向こう。

 

急速に遠ざかっていく―噴射炎。中隊規模。

 

「ステルス機!」

「はあ!?」

 

千堂少尉の叫び、たしかにセンサー類にはBETAのみ。戦術機は探知していない。

そしてBETAの噴出が続く横坑からはさらに要撃級がなだれ込んで来る。

 

「くっ…後続も不明だ、退くぞ!」

「了解っ」

 

後進噴射で後退をかけつつ、2機で36mmをばらまく。

後方の広間の味方部隊に連絡、分隊で無理をする必要はない。引き込んで始末すれば良い。

 

ステルス、米軍? 特殊部隊、秘密任務?

BETA群を誘引しつつもそんな単語が思考に飛び交い。

 

報告して…なにやってんだ、こんな時に!

 

「ああもう、なんなんだよ一体!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄への降下となる。

 

 

フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊所属のベルナデット・リヴィエール中尉は、ハイヴ最下層横坑にずらりと並んだ僚機たちと共に、愛機ラファールの管制ユニットの中装備の確認に余念がなかった。

 

やや色の濃い金の髪は長く、青い瞳は強気の光。

その身は短躯で凹凸に乏しく、それが少し前米兵の揶揄いの対象になったが「四丁拳銃」「前衛砲兵」とあだ名される彼女の戦いぶりを見て自ら引っ込めたという逸話も。

 

まったく、このままじゃ予備マガジンあたりはアンクルサムの世話になりそうね…

 

愛機ラファールの4本の牙たる突撃砲・FWS-G1。アメリカ軍のAMWS-21をモデルに開発されたがゆえに、元々互換性には融通が利く戦術機装備の中でも問題なく使用可能。とはいえ。

 

配給糧食といい、銃使いでも前衛配置の自分には縁がないがあのリニア・レールガンといい、今作戦はアメリカの協力と物量なしでは成り立っていないだろう。

 

緊張は…特にない。強がりでなく。

 

祖国の地を―フランセーズを、取り戻すための戦いだ。

 

この少し先、そこで薄暗く青緑に浮かぶハイヴ壁の連なりが途絶えて、ぽっかりと口を開けている。

 

主縦坑側出口。

600m下には確認されているだけで5個軍団規模―15万を超えるBETAが待ち受け、壁面にまでびっしりと戦車級が集って今以上に近づくと察知されて登ってくる危険性すらある。

突入に参加する戦力は欧州国連米豪合わせて4個連隊相当。しかし広大とはいえ主縦坑広間は400機を超える戦術機が同時に展開するには狭隘で、逐次投入の愚を承知で初期2個連隊の降下、その後損傷損耗部隊の後退を交えての波状攻撃となる。

 

ベルナデットは第1陣。

 

西ドイツは例の番犬部隊みたいだし、アメリカ軍も精鋭か。

 

降下突入に先立ち、日本軍から提供されたF-15を5機 ― 現地司令独断で負傷後送衛士の乗機を融通したとか。本人は背任横領の責任を取って辞職したらしい ― オート・カミカゼに使用して戦端を開き、反応炉室と目される方面の壁面に降下して戦線を維持しつつ反応炉破壊を目指す。

 

「できれば『ニンジャブレード』の戦いぶりをこの目で見たかったけど」

 

自分に、新たな発想をくれた人間だ。

その当人はあくまで水先案内人とされて、お付きの白いF-15 1機と一緒に前線司令所付近に固定されている。

 

政治がどうとかは、ベルナデットにはどうでもいい。

気にしないわけではないが、「ただ、一振りの剣たれ」 ― その家訓のままに。

 

 

時間だ。自律稼働のF-15が動き出した。

 

 

自由・平等・博愛、しからずんば死を。

 

何か演説をぶとうかとも思ったが、そういうのはあのゲグラン大尉あたりにやらせておけばいいだろう。

 

「行くぞ! 中隊続け! クラウツ共に後れを取るなよ!」

「了解ッ!」

 

気分は殺到、しかし序列は保って。

列なす機械の巨人の群れ、轟音と震動、爆風が初弾カミカゼの着弾を告げる。

 

列機を引き連れ、虚空へと飛び出す。

 

 

深淵。

 

 

ほんの一瞬足らず、網膜投影の明度調整タイムラグ。

そして眼下、跳躍機を全開にして赤く燃える地獄の底へ。

 

「着底ッ」

「降着成功!」

「戦線構成! 前線維持! 押し上げて投射砲陣形だッ!」

 

網膜投影内の作戦マップに従い、各持場へ友軍機が次々と降下してくる。

その中で、ベルナデットはいち早く敵中に躍り込んだ。

 

ハイヴ内では光線級は、存在しても照射しない。

その戦訓を受け、低空ながら宙を舞う。

 

オートジャイロOFF ― 左跳躍ユニット全開下方30°!

 

疾風の名そのままにラファールが空中で角度を付け回転。ベルナデットはその中で眼球のみをめまぐるしく動かし高速で視界を過ぎていくBETA共を次々と網膜投影システムで設定、間接思考制御でロックオン。CPUとメモリ上限を超えた分は自らの空間識に残置。

主腕2門兵装担架2門の突撃砲が各1体、計4体の要撃級を捉え――

 

オープンファイア!

 

着地前、いまだ空中に在りながら。

回転しつつ射撃を開始したベルナデット機、その間にも次々とその主は視界に入るBETAを照準候補に入れていく。

そして着地、小刻みな噴射地表面滑走にターンを加え、36mmに時折120mmを交えてばら撒きながら計4門それぞれの射撃間隔にわずかに差をつけ ― 弾倉交換。

交換に伸びる補助腕、右側のそれが用を成す間は兵装担架と左主腕がそれぞれ違う獲物を求めて動き回り、左側を給弾中には右主腕が斉射をかける。

這い上ろうとする戦車級は両主腕固定の炭素短刀で切り裂き排除、時にはその両主腕を交差させて銃撃と斬撃とを織り交ぜ ―

 

 

サドガシマ・ファイルで観た、黒いType-00。

 

その動きから着想を得た戦術機動銃術。

 

 

小規模とはいえ面制圧さえ単機で成し遂げる。

密集戦で掻き乱し、味方機の展開時間を稼ぐ意味では十分な働き。

 

周囲に集るBETAを削り取るように、円を描いて殲滅していく。

 

「張り切ってますね、フランス人」

「フン、お飾りのデカブツ背負ってやられるんじゃないわよ」

 

近接データリンク、英軍ライトグリーンのEF-2000。

その背中にはBWS-3「要塞級殺し」の異名を取る大剣。

 

「騎士の嗜みですとも。フロッギーには理解できませんか」

「後ろで大人しくマーマイトでも舐めてなさい!」

「間借り人が実に興味深いご意見で。いつも最初は威勢が良い」

 

悪態混じりの軽口を交わし合う。

 

言うほどに余裕がないのはお互い様、無駄弾は撃たない技量とはいえ消費が激しいのもまた事実。中隊内に連絡し、確保エリアに投下された補給コンテナを確認。

 

いち早くBETAに躍り込んだ彼女は、いち早く補給に戻る羽目に。

やるべき事は十分やっているが、ほら見なさいというライミーの嫌味は無視するもクイーンズの発音も含めて腹立たしい。

 

間借り、ね……取り戻してみせるわ!

 

ベルナデットだけでなく、欧州軍、とりわけフランス部隊の士気は高い。

 

 

集められたのは精鋭。

しかし誰もが、彼女や番犬共程に練度が高い訳はなく。

 

 

 

 

 

 

戦力比はおよそ1:400。

投射砲掃射戦術が機能すれば、覆せない差ではなかった。

 

 

 

 

 

大広間での降下開始から2時間。

 

出現した偽装横坑は30を超え、損耗が拡大する中。

 

反応路室前の横坑を確保し、護衛部隊と共に工兵隊が侵入。

 

 

 

 

「反応炉の破壊に成功!!」

 

その報に応えたのは歓呼の声でもラ・マルセイエーズでもなく。

 

ハイヴを揺るがす激震だった。

 

 

 




なんか…迷走してきましたw

厨二成分足りず


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Muv-Luv UNTITLED 05

 

2001年 11月 ―

 

帝都。帝国軍技術廠。

 

寒風が染みる季節。

落葉樹が少なくなった帝都では、ただ寒々しさだけが。

 

今年初頭の戦勝気分こそは落ち着いてはきたものの、欧州派遣軍の動静は可能な範囲で日々伝えられ…国民の自意識を煽っている。

 

危険な兆候だ、と巌谷は思う。

 

そもそも秋口の軌道降下兵団派遣決定にしても、国内右派の中ですら派兵による国威発揚派と国防力維持のための慎重派に割れ、左派もまた国際貢献と軍費削減で意見は分裂。

結果甲21号での勝利に沸く大衆の支持を最も集めた最強硬論へと傾いた。

 

現実を知る軍の大半と、時に強引だと誹られる榊総理は慎重派で、大衆の支持を得られなかった。

 

それが一転、先日のS-11増派に関しては国防力の低下云々と論調が変わるのだから目も当てられない。

もっともそれは高まる第3世代戦術機量産配備への期待と、欧州の余りに上から目線な外交姿勢への反発が強かったのだろうが…

 

 

「ご苦労だったな」

「は…」

 

こうして直接顔を合わせるのは、実に半年ぶり。

空路帰国したばかりのXFJ計画主任・篁唯依中尉は国連軍の制服のまま。

その顔には疲労と困惑が隠せない程度に現れてしまっていた。

 

「案ずるな、貴様の功績は大きい。94式弐型の完成、見事だ」

「は。ですが」

「試験機盗難は米国人衛士の犯罪だ。帝国は被害者、若しくは巻き添えだ」

「は…しかし、中佐殿…」

 

表情こそ必死で取り繕っているのだろう、それでも唯依が内心でしょげ返っていることはありありと判った。

 

 

日米合同での次期主力機開発計画は、一応の成功に終わった。

 

留保がつくのは計画の最終段階で米国人主席開発衛士が試験機を盗み出した上追っ手を撃墜してまで逃亡、結果開発主任自らが討手となりけじめをつけた。

 

 

巌谷は耳の側でくるくると指を回してから、唯依を外へと誘った。

恐縮する唯依を車の後席へ促してから自らハンドルを握り、郊外へと走らす。

 

「中佐殿…」

「なにがあったかは大体聞いたよ。災難だったな、唯依ちゃん」

「は…はあ…」

「思い詰め過ぎだぞ、生まれてくる時代を間違えたか?」

 

切腹だの首を届けてくれだのと、同じ日本人でも国連軍の隊員たちが驚いていたと聞いた、と。

 

「しかしおじ…いえ、中佐殿。私の見誤りがなければ…」

「我々の常識では、というより米軍の常識でも私情で戦術機を盗み出すなど想像もできん。敵国衛士との悲恋などと、シェイクスピアかね」

「は…ただ、ソ連の非道が過ぎるのも事実です。人間を、あのように…」

「それはそうだが、共産圏の国というのは元々ああだ。一歩間違えれば我が国もそうなっていた」

「はい、それは。今回の件でも肝に銘じました」

 

崩す気がなさそうな唯依に合わせて。

しかし室内鏡でちらりと見やる唯依の瞳の色には、明らかな疲れが見えた。

 

 

 

 

 

あの時 ― 停止した94式弐型から昇降索条で降りてきたのは、シェスチナ少尉だった。

 

何故、まさか本当にソ連と、と続いて降りてきたブリッジスの姿に。

緋焔白霊を掴み取り、勢い自らも降りてしまったのが痛恨の過ち。

 

「ブリッジス!」

 

叫び、駆け出し、鯉口を切り。

雪を踏み抜き放つその一瞬前に、足下に弾痕が穿たれた。

 

「動くな」

 

硝煙棚引く銃口を向ける強化装備の女。

青みがかる長い髪を結い上げ、勝ち気な瞳は怒りに燃えて。

 

そして次々に周囲の闇色の戦術機から衛士が降りてくる。

最初の女の銃口は、こちらの眉間へと正確に向けられていた。

 

「その物騒な刀を置いてもらえるかしら、斯衛の衛士さん」

「…貴様ら、何者だ」

「名乗るわけにはいかないが…少なくとも敵ではない」

「刃を向けておいて、よく」

「不幸な行き違いだ」

 

途中から割り込んできたのは赤っぽい癖毛の女。こいつが隊長か。

後ろで銃を構える連中も、女衛士。しかも日本人。

 

「ユイ!」

「シェスチナ少尉、なぜ貴様がここに」

「タカムラ中尉、それは」

「貴様は黙っていろ!」

 

大喝、口を噤むブリッジス。周囲の女衛士、しかし女隊長は動じず。結い上げは肩を竦めた。銃口は、残る衛士が離さなかった。

 

「――お取り込み中、すみませんが…」

 

さくり、と雪を踏みながら進み出てきたのは、痩身小柄な ― 少女か?

黒一色の強化装備に気密装甲兜。透過率が低くされて顔は見えないが、先ほどの声の主か。

 

そして害意ない動作で装甲兜が外されると、ぴょこんと兎の耳を象った装置が飛び出。

どうやって入っていたのかと疑う間もなく、現れた流れる銀色の髪、白皙の頬と無表情な大きな瞳。

 

「わあ、イーニァもおねえさんだ」

「…姉は、わたしです」

「ええ? イーニァだよぅ」

 

間の抜けたやり取り。初対面ではないのか?

そして印象はまるで違うが同じ白い肌に銀の髪。

そういえば、

 

「ビャーチェノワ少尉はどうした」

「…クリスカは……死んだ」

「…なんだと?」

 

強い視線と共に問いかければ、搾り出すようなブリッジスと会話をやめて寄り添うシェスチナ少尉。

戦闘に巻き込まれでもしたのか? 94式弐型は計器搭載の為複座に換装してあったが、シェスチナ少尉までいる所を見ると3人で乗り込んでそれで?

 

「…長くはなかった…そうだ。前から」

「…なんということだ…」

 

知人の死に衝撃もあるが、これではソ連軍が黙ってはいまい。

やはり今この場でブリッジスを斬って捨てて、あくまで個人の犯行ということにして米ソの対立を余所に帝国は素知らぬ顔を決め込む他ないのか。

 

「でもね、しあわせだ、って。クリスカが」

 

だった、ではなく。

衛士として、道具としてではなく。女として、なのだろうか。

 

ただ――

 

「貴様、自分が何をしたのか判っているのだろうな」

「…ああ」

「貴様の軽率な行動は多くの者を巻き込んだ。ローウェル軍曹は、最大良くて、もう軍には居られまい。あれだけの才能を持つ男が」

「…」

「試験小隊は解散。ドーゥル中尉もどうなるか」

「…あんたも、だよな」

「私のことなどどうでも良い。直に果てる身ゆえ」

「!? なんでそうなる!?」

「XFJ計画は軍の―すなわち殿下の下された命。それを賜っておきながらこの為体、我が身の非力非才故とはいえ許されん。腹を切って御詫び申し上げる」

「ハラキリ!? 時代錯誤も甚だしいぜ!」

「貴様が仕出かした事はそれ程のことなのだ!」

「ッ…」

 

再びの一喝、黙り込むブリッジス。

が。

 

「…兄妹ゲンカは、それくらいで…」

「!?」

「はあ?」

 

割り込む銀色の少女、周りには着いて来られず呆れた風の女衛士たち。

 

な…なぜそれを!?

 

「わあ、ほんとだ、そうなんだ」

「…はい…」

「でもユイのいろ、すっごいきれい…まっくらなのにかがやいて、『にっしょく』みたいだね」

 

相変わらずころころと機嫌が変わり。笑みを浮かべるシェスチナ少尉の言が意味不明というかあやふやなのは、今に始まったことではないとはいえ。

 

「…私たちは、この人たちを連れてくるように言われています」

「誰からだ」

「…博士から」

「…それは、誰だ」

「…今はお話しできません…ただ、イワヤ中佐には話をつけると…」

「!」

 

人形のような少女から、想像の埒外の名前。

 

帝国軍が絡む話なのかこれは。

あの偽装された94式と思しき機体といい。

とすると自分は帝国の兵を斬りかけたのか?

 

ブリッジスにもまた予想だにしなかった事態のようで。

狼狽えこそはしていないが戸惑いは隠せていない。

 

この男の人も、一緒に連れて行きます。

「必要」なようなので、と言う無表情な銀の少女。

シェスチナ少尉にも拒否する意思はまるでない様子、うんうんと頷いてはブリッジスの腕を取っている。

 

 

今、数歩先にいるブリッジスを斬るのは ― おそらく不可能。

 

女隊長と結い上げは、緊張を解いたように見せているだけだ。

 

 

 

「…軍や、斯衛に迷惑はかからんのだろうな」

「…それはお約束します…貴方にも」

「私のことなどどうでもいい…」

 

情けない話だ。気が抜けると肩が落ちて。

 

 

役目の為に、斬ると決め。

其れを果たせず、遣り場のない憤りと。

なのに斬らずに済んだと、僅か安堵する己に。

 

 

荒事の空気が途絶えたのを敏く察して、女衛士たちは機敏だった。

 

94式弐型の自爆の準備、撃破された偽装機の回収。

こちらの00式の記録ですら、銀の少女が容易く改竄せしめて見せた。

貴女のおかげで余計に時間がかかったと、やや長身で中性的な女衛士に皮肉られても敢えて言い返しはしなかった。

 

そして湖畔の小屋からは ― ブリッジスがビャーチェノワ少尉の遺骸を抱いて。

 

その顔は、安らかだった。

 

丁重に死体袋へと納める前。自然、皆で手を合わせ…ブリッジスとシェスチナ少尉は不思議そうな顔をしていたが、死者を悼み弔う日本の風習だと教えると、無言で二人も倣った。

 

 

そして哨戒に当たっていた偽装部隊の2機と上空を旋回待機する輸送機が遠方に接近するソ連軍部隊を発見。

ブリッジスとシェスチナ少尉、そして物言わぬビャーチェノワ少尉の亡骸は偽装部隊と共に機上の人となった。

 

 

 

 

なにが最善だったのか、今でも唯依には判らない。

 

全速でS-11の爆破影響範囲外へ逃れて手塩に掛けた94式弐型が爆発の中に消滅するのを見届け。

その後現れたソ連軍中隊 ― 驚いたことに旧知の中佐殿だったが…偶然ではなかろう… ― には追い詰められたテロリストが自爆したとだけ答えた。

 

ユーコン基地へ帰還し一通りの米ソ両軍の聴取に応じ。

取り調べは執拗だったが、国元からの圧力も相応にあったようだ。

 

アルゴス試験小隊は解散した。

不祥事には違いがなかったし、XFJ計画・F-15ACTVの試験課程は共に完了していた。

ソ連軍イーダル小隊との性能比較試験も双方担当衛士の不在により中止となった。

 

別れを告げた時、ジアコーザ・ブレーメル両少尉とローウェル軍曹は表向き変わらなかったが、マナンダル少尉だけは明確な嫌悪と憎悪の視線をこちらへ向けていた。

そしてドーゥル中尉は辛い役目だったなと声を掛けて下さったが、彼ら皆に事実を伝えるわけにもいかなかった。

 

ハイネマン氏は内密にこんなことになるとはとお悔やみの言葉を。そしてハルトウィック大佐と共に丁重な餞別の辞を下さって、将来の戦術機開発の際にも協力し合う意思を確認した――

 

 

 

 

 

「常に政治がついて回る。衛士の本分はBETAと戦うことだが、責任ある者はそれだけではいかん」

「は…」

「祐唯も随分悩んでいたよ、何の因果か長刀を振り回していた俺の方が今やこんな立場だがな」

 

ハンドルを握って、巌谷は戯けるように一旦笑う。

 

「言えた義理ではないが、恨まないでやってくれ。男ってのは、バカな生き物でな」

「は、いえ。恨む気持ちはございません。…中佐殿は、全部ご存知なのですか」

「いや、はは。大体な。知っての通り祐唯は真面目な奴でな、ミラも同じさ。好き合ってそうなっているのは隠しているつもりだったんだろうが…」

「ご存知だったと」

「まあ、フランクの奴も気付いていなかった様だし、子供まで出来ているのは…考えなかったと言えば嘘になるが、まさかの範疇さ」

 

流れていく車窓の外、行き交う人々。

 

「まあ…祐唯も、可能性くらいは考えたんじゃないか。あいつも馬鹿じゃない、だから手を尽くして探しもした…だが見つからなかった。ゆえに私人として何処までも去って行った女を追うよりも、自らが担うべき者たちの事を考えた」

「…ブリッジス女史は、匿われていたと」

「ああ、俺もフランクから聞いた。あの時祐唯がそれを知っていたらあいつのことだ、万難を排してミラと子を迎えるなり…或いは米国へ行くなりしたかもしれん。それこそ鳳との縁談を蹴ってでもな。それを知っていたから、ミラも何も言わずに姿を消した」

 

互いに愛するが故、愛したが故の判断と結末。

 

それに巻き込まれた息子は、長じて自らが周囲を巻き込んで愛に走った。

 

「ま、息子の方は…軍人には、不向きだったのだろうな。才あるだけに尚難しい」

「彼奴の衛士の才は、あの彼をも上回っていると思います」

 

それが、今や斯衛帝国軍合わせて尚、衛士としての個の力は上位に入るであろう篁中尉の評価。

 

「ただ、心が甘すぎます」

「手厳しいな。兄だぞ、一応」

「だからこそです…衛士にせよ剣にせよ…幼少から然るべき鍛練を積んでいれば、当代一だったやもしれません」

 

揶揄う巌谷に、唯依も本心を。

篁の名を、さらに高められたかも知れなかったと。

 

「兄と知って実は一度は、私に有事の際は家督をと思いましたが…過ちでした」

「会いたくはないのか」

「…母は知っているのでしょうか」

「知らんだろう。知ったとしてもあの栴納殿だ、小揺るぎもせんだろう」

 

質問に質問で返す非礼を、巌谷は咎めなかった。

会うつもりなどないと、言わなかったがゆえ。

 

「…しばらく、考えたいと思います。日本に、いるのですか?」

「ああ。横浜だ」

「横浜…」

 

この近年、戦術機なり新技術なりで物事を追っていくと、多くの場合に出てくる地名。

 

横浜には、現在帝国軍の基地はない。

 

その跡地に建設された、国連軍横浜基地。

 

「これからは縁が出て来る」

「は、横浜に、でありますか?」

 

唯依もすでに気付いていた。

 

単なる一衛士としての道を外れ、時に枢機に触れて人を騙し後ろから刺すことも厭えぬ領域へ踏み込んだことを。

 

 

お前が征くのは地獄の道だと、誰かが言った。

 

元から自分は其処に居た、と応えた気がする。

 

 

あの時は所詮、斬った張ったの命のやり取り程度のつもり。

だがこれからは、異星種ではなく人類種との干戈交えぬ闘争にまで牙を研ぐ必要があるというのか。

 

「ああ。本来予定されていた昇進は取り消しになったが、貴様にかかる期待は大きい。欧州派遣部隊が帰還し次第、斯衛開発衛士隊も再編となる。これには従前以上に軍との連携が見込まれる、貴様が隊長だ」

「は。微力を尽くします」

 

そしてこれに目を通しておけ、と。

運転中前方から視線を離さぬままの巌谷から、渡された厚い資料。

 

それは開発中の兵器群。

 

「――これは…凄いですね」

「すでに試案から試製に入っているものもある。近日中に視察に行くぞ」

「は。了解しました」

「まあ、とりあえず今日はちゃんと家に帰れ。母親孝行も、必要だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年 同月同日 ―

 

旧フランス、リヨン。リヨンハイヴ最下層。

 

 

突然の震動。

 

「な、なんだ!?」

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊第2中隊第2小隊所属のヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉は――周囲を埋め尽くすBETAの死骸と損傷擱座大破した友軍機の残骸の中、補給コンテナからGWS-9突撃砲の120mm弾倉を取り出している時、それに遭遇した。

 

ここまで損傷がなかったのは、奇跡に近いと思いながら。

傍らには地に突き立つ、刀身部が劣化し欠けてしまった斧槍 ― BWS-8 フリューゲルベルデ。

それを振るい続けてきた愛機EF-2000 タイフーン の右主腕の肘と手首は、あとどれくらい保つだろうか。

 

 

2時間と少し前、リヨンハイヴ攻略連合軍は最深部主縦坑大広間への攻撃を開始した。

 

薄暗くも青緑に発光する地下空間内、確認されたBETAは最低5個軍団およそ15万。

対するは最新鋭の第3世代戦術機を中核とする精鋭部隊約4個連隊。

 

強襲降下・橋頭堡の確保構築・反応炉室への侵入と破壊。

 

手順とすれば単純ながら、恐怖も躊躇も疲労も弾切れもなく押し寄せるBETAは、最新鋭の装備も強力無比なリニア・レールガン戦術も人類の懸命な尽力も単純にその数の暴虐で押し潰した。

 

要撃級3体を相手に一歩も退かずに立ち回れる強者が、間合いの外から要塞級に溶解液を浴びせられて最期の悲鳴を上げた。

不規則に次々と口を開ける偽装横坑からは無尽蔵とも思える小型・中型種が雪崩れ込み、要塞級を打ち倒す精鋭が背によじ登っていた戦車級に喰い殺された。

一斉射で千の単位のBETAを葬るリニア・レールガンの射手もまた、掃射前のチャージ中に忍び寄る戦車級に纏わりつかれ要撃級に飛びつかれ要塞級の触腕に貫かれて斃れ、掃射後の後退中に直掩を突破され撃破された。

 

押し、押され、押されて、押し返して。

 

ようやくに護衛大隊と共に工兵部隊を送り出しその後反応炉破壊成功の報を聞いた時、交代を挟みつつも長く最前衛を担った西独44大隊・ツェルベルスもまた、激しく戦い続けたが故に他部隊以上、定数の半分以下にまでその数を減らしていた。

 

 

「震動を検知、CP!」

「こちらでも探知しました…現在…震源探査中…」

「…こちら中層CP…こちらでも感知しました…」

「……こちら…外CP……らで……知しました……」

 

戦闘は終わり、勝利した ― はず。

 

「なんだおい爆薬の量が多すぎたのか?」

「バカ言え、自然地震だろ」

「ジャポンじゃねえんだぜ!」

「反応炉を破壊すりゃBETA共はおねんねじゃねえのかよ」

「崩れてお陀仏ってのは勘弁して欲しいな」

「一回潰れりゃその顔も多少はマシになるんじゃねえか」

 

残存BETAの活動レベルは、確実に低下していた。

ごく短時間ながら小・中型種は動きを止め、大型種もまた屹立した岩山のようになっている。

しかし掃討戦はまだ続いており、歓呼の叫びも途中で絶たれ。

銃把ならぬ操縦桿を握る衛士たちの軽口にも強がりの欠片。

 

「よくわからんが一旦撤収するぞ! 生存者の確認と救助急げ!」

「ベルゲ・ティーガーなんざまだ無理だ! 後にしろ! 後!」

「まだBETA共は多い、気をつけろ」

「投射砲はできるだけ回収してくれ! ヤンキー共に返さにゃならん」

「『お宝』担当は国連だろ? さっさと行け」

 

継戦可能な戦力は各軍を糾合してもすでに2個連隊を下回る。

敵地の深淵にて死線を越え、生き延びた安堵と疲労から座り込みたくなる身体を衛士たちは叱咤して動き出し、残存機が統率され生存者の確認と損傷機や消耗機の後送を急ぐ。

 

 

…! …! …!…!…!…!!!

 

 

これは…!

 

そしてこの揺れ、ヘルガローゼ ― ヘルガには覚えがあった。

もう随分前のことにも感じてしまう、つい10日と少し前の事。

 

震動。そして地鳴り。

管制ユニットの遮蔽機能がなければ地底が放つ重低音ですでに何も聞こえないはず。

揺れの大きさは自律機構の制御範囲を超え ― 疲労があるとはいえ突入部隊は精鋭の集まり、転倒機はない。飛び上がる機体もある。

 

「こいつはレポートにあったアレか?」

「ここで出てくるかよ…」

 

友軍機が各指揮機に従い空中で隊列を組む、しかし停止飛行は燃費が悪い。

ハイヴ内壁は相当に強固で未だ崩落の兆しはない…が…

 

 

新種の巨大BETA ― 母艦級が出現した場合、状況に応じての撤退が認められている。

 

しかしハイヴ突入前に日独軍が一度会敵した限りでその後確認されていないことから、相当な希少種だったのではとの見立てもあったのだが ―

 

 

「甘い見通しだったというわけだな…」

 

急ぎ慌てず補給を終わらせ、ヘルガは愛機を立ち上がらせた。

すでにルーキーという言い訳と甘えが通じる戦歴ではない。

 

「各機、母艦級の出現に備えろ 」

 

上昇して隊列を組む。

この状況下でも冷静な大隊長アイヒベルガー少佐が直卒。その漆黒に染められた乗機もまた、常の如く傍らに寄り添う副官ファーレンホルスト中尉の本来純白のはずの機体色と同様に、赤黒くBETAの返り血に染まっていた。

 

しかしすでにハイヴ内の激震は空中からの視界ですら大きく揺れているのが判る。

地中ゆえなのか前回の会敵時よりさらに凄まじい揺れ。

大広間底面の友軍機の残骸と重なったBETAの死骸が崩れ落ちた。

 

「――来るぞ!」

 

轟音。破砕音。大量に落ちてくる岩塊と土砂。

 

「う、上!?」

 

目の前に居た国連軍機に大岩が当たり上半身を潰されて落ちて行った。

 

視えはしないが壁面に「口」を出したのだろう、センサーに感。

 

「4体いるぞ!?」

「来るぞ備えろ!」

「土煙で見えねえ!」

「急いで下がれッ! 増援を!」

「呼べんのかよそんなもんっ!」

 

頭上からは戦車級、要撃級に要塞級までが次々と落下してくる。巻き込まれ衝突した機体がBETAと共に落ちて行き、回避機動中に友軍同士で衝突する機体も続出して回線に悲鳴が充満する。

しかし混乱を見せつつも対応を急ぎ、練度に優れた部隊から反撃。

 

ヘルガの隣、フォイルナー ― イルフリーデ少尉機が物持ち良く担いでいた中隊支援砲を上空へ向ける。

 

「ッ…安定しない…っ」

「ローテ12、最大仰角超えてるぞ!」

「隊長級は部下を統率しろ!」

「こちらCP! 母艦級が中層付近に3体地上に2体出現っ!」

「なんだと!? こちら大広間、こっちにもデカいクソが4本出やがった!」

「推進剤がない! 残弾もだ!」

「余裕があるヤツは上がれ! アタマを抑えられると潰されるぞ、上から叩く!」

 

その米軍中隊長機が列機を統率しながら上昇を試み――降ってきた要塞級の装甲脚に貫かれて墜ちていった。

戦術機はその運用上、上方向への対応はほとんど検討されていない。

 

「侵入口から撤収するぞ。第3第4中隊が先行、損傷機、第1第2中隊で殿」

「了解!」

 

アイヒベルガー少佐の冷静さは損なわれないが、精鋭と名高い番犬部隊ももはや臨時混成2中隊で1中隊定数がやっと。

 

そしてわずかに前後するもCPからも撤退命令が出――

 

「中層CP交信途絶!」

「撤収急げ!」

 

退路を塞がれる、それは言わずとも。

 

小中大型問わずBETAが降る地獄の中、半ば以上運任せの上昇機動。

侵入口へたどり着けたのはどれくらいか。

とうに予備兵力も払底し指揮所の退避も始まっている。

 

頼まれずとも侵入口の崖っぷち、深淵からの脱出口を守るべく番犬たちは砲を構えた。共に並ぶは健在の仏軍機。通り過ぎる友軍機たちを見送る。

もっとも降りしきるBETAを撃ち殺した所でその質量がなくなる訳もなく、死骸となったBETAですら道連れを欲するかのように未だここへ辿り着けない味方機を地の底へと引きずり込んでいった。

 

「…残存機確認できず。撤収する」

「…了解」

 

踵を返す。先んじて後退した損傷機等を除けば、1個連隊相当が脱出できたかどうか。

網膜投影に映される地上への最短ルートが隊内で共有されるが、その途上には狭隘な横坑も複数存在する。立体的な戦闘機動が、困難な程の。

 

そこへ。

 

「…殿へ同行を希望します。許可を」

 

するり、とした機動で黒いEF-2000 大隊長機に同じく黒のF-15が接近 ― 右肩に白縁赤円の徴。

 

「『ザ・シャドウ』!」

「…ローテ8、落ち着け」

 

網膜投影の通信ウィンドウ、臨時中隊の列機となるヴィッツレーベン ― ルナテレジア少尉機から場に全くそぐわない歓喜の声。

疲労困憊だったはずだが、果たして。

 

「貴官、残っていたのか」

「…は」

「…よかろう。分隊として独自行動を許可する」

「…は」

 

あちらにも、黒に追随する白が1機。肩には「白牙05」。

しかし中隊内の交信には、

 

貴官の機体どうなっていらっしゃるのかしらそれは日本軍のF-15改修機ですわよねああごめんなさい申し遅れましたわたくしルナテレジアヴィッツレーベンと申しますのそれでアメリカの機体は本来わたくしあまりなのですけれども日本の改修機はよろしいですわよねとりわけ貴官の機体ばかりはなんと申しましょうかパーツの合いがまるで線を引いたように美しくって特に関節の滑らかさはまるでカカオシュトゥーベのようですしバーニャの噴射もまるで綺麗で整っていてそれはどのように調整なさっておられるのかしらああ本当はあの音に聞こえたゼロを見てみたかったのですけれども今回は本当に残念なお話ですがあのゼロは海外へお持ちになるお話はございませんの?接近戦重視の機体ということは一見して判る事実ですけれども足端爪先が二叉になっておられるのはどういった理由なのでしょうかそれに射撃管制等についても気になりますわ貴官は兵装担架につけたままよくお使いになられておりますし他の方もやはりカタナが多いようでしたがあちらは仏軍中華軍などのものとはずいぶんと異なるようですわよねああそれにわたくしどもの栄たる白騎士EF-2000なんですけれどもそちらのライヒから技術協力があったという噂についてはどうお考えですのご存知でしたら教えて頂きたいですわそれと貴官のお隣白いF-15の方々の方も時折機動が突然お変わりになりますわよねふふ当然気付いておりますともええその時なんて運動性はほとんど第3世代じゃありませんこと推力速度は変わっておりませんのにいったいどんな秘密がおありなのかと思いますとわたくし夜も眠れませんのそれから

 

病気が発症していたが、44大隊機は無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最下層横坑、そこから縦坑を1レベル上へ。

撤収ルート上。予想された難所、そのうちの一つ。

 

幅100m延長700mのその横坑は、上下方向には30m程しかなく。

要塞級が出ないのは幸いとはいえ。

 

ハイヴ内戦闘においては、戦術機の死の廻廊とも言える場所。

 

そしてそこは、すでにBETAに満たされていた。

 

 

「突破しろ! 突破!」

「レールガンはどうしたァ!」

「こいつでカンバンです大尉!」

「モタモタしてると後ろからケツを喰われるぞ!」

「回り道しちゃ推進剤が保たねェ! 戦闘機動も噴かしすぎるな!」

 

 

反応炉破壊後最初期に撤収を開始した部隊はすでに通過していたが、殿を含む後発部隊はこの横坑先の広間に「口」を開けた母艦級からのBETA群と遭遇していた。

 

 

こりゃ、さすがに…マズい、わね…っ

 

フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊ベルナデット・リヴィエール中尉は、愛機ラファールの中で疲労から鈍くなってきている自分の反射速度を自覚していた。

 

水平機動でBETA群に突っ込み、円軌道で突撃砲を叩き込む。

しかし当初と比べればその精度は落ち、逆に戦車級に取り付かれる頻度は上がっていた。

 

偶然弾薬推進剤を母艦級出現前に補給していたものの、その時点ですでに脱落損傷機は連隊の半数近く。その後あの「所により急なBETA雨」で10機近く持って行かれた。

先発して撤収した隊機を除いて、この死地には中隊規模しかフランス軍の衛士はいない。

 

人間同士の前大戦から、国土は二度目の失陥。

だがその時だって、取り返した。

 

だから今回も取り返す。取り返した。取り返した…はずだった。

 

親玉らしき反応炉とやらは破壊したし、撃ち殺したBETAの数などもうカウンターを見てすらいない。

 

大広間での戦闘開始、その当初から戦い続けて今も戦陣に立つのは、癪に障るあのボッシュ共の番犬部隊と自分を除けば両手で数えるほどもいないのかも。

 

ちょっと、もう…、限界、か、な…っ…

 

決して誰にも、他人にも、自分にさえも見せなかった弱気が――

 

反応速度をさらに落とし、機動に緩みを生み。

 

回転しながら正面のBETAを撃ち抜き、さらに半回転したそこには兵装担架でし損じた要撃級が前腕衝角を振り上げて――

 

「ぁ…」

 

刹那呆然とする、その長大な時間の中――

癖のある金の長髪、ふわりと拡がるその向こうに見た死の。

 

 

陰を討ち破る、さらに黒い影。

 

 

人面を象ったかのような要撃級の尾節、それが首を刎ねられるように寸断され。

 

それが地に墜ちる間を待つこともなく、漆黒の颶風が吹き荒れる。

 

数多の戦車級を踏み殺しながら要撃級の主腕衝角を長刀で擦り上げるように受け流し。

背面から尾節を分かつ斬撃、その勢いのまま機体を翻してその後ろの新たな要撃級の全面部を断ち割る。漆黒のF-15のゴーグルアイがオレンジに光った。

 

立体ではなく平面の。

ベルナデットが思い描いた、ただ一振りの剣たる機動術。

 

「――や、る…じゃ、ないの!」

 

青い瞳に精気が戻る。

掲げた主腕の突撃砲に、補助腕から弾倉が込められる。

 

まだ、動く。まだ、戦える。

 

再びベルナデットの眼球が忙しなく動き、次々にBETAを目標として照準。

疲れ果て摩耗し薄くなりかけていた空間識が最後の力で再起動を果たし、機械の上限を補うように働き出した。

 

撃つ。打つ。討つ。

 

あの黒と同じように円の軌道を描きながら、その回転を攻撃と回避に同時に利用して4門の突撃砲が自在に動き回る。

 

 

瞬間、黒と背中合わせに。

 

この戦場、鉄火場にほんの一瞬の静寂 ―

 

 

「…ガン=カタか」

「…はン?」

 

いいだろう、と聞こえた。

そして伝わる背中の動き、戦術機を、コネクトシートを、強化装備を通して伝わるそれに、合わせるように動き出す。

 

右回転、時計回り。

兵装担架の2門も前へ、背中合わせのF-15も同じく。

 

両主腕長刀の黒よりこちらの方が間合いは長い、しかるに極至近の要撃級の主腕衝角は背中の黒に受け流させてするりと回転後のこちらが前腕炭素短刀で切り裂き、止めを黒が刺す間にこちらで遠間のBETA共に36mmを叩き込む。

 

残弾レベルレッド、その瞬間背後の黒が落ちていたGWS-9を長刀で掬い上げ。宙空に舞うそれが回転して入れ換わったこちらの眼前に、応じて空弾倉を排出しつつ手にしていたFWS-G1を僅か放り上げ。掴み取ったGWS-9からすかさず36mmをばら撒く間に補助腕が空中のFWS-G1に新弾倉を叩き込む。

 

「暴発するわよ」

「…」

「ハン!」

 

知っている、と言わんばかりの沈黙に。

 

さらに新たなのBETAの波、後ろの黒が長刀を順手に持ち替え拡げ。合わせてこちらも両主腕の突撃砲を交差させて狙いをつけ。共に回転、斬撃、斉射。飛びかかる戦車級は炭素短刀が切り裂いた。

 

BETA共に死を齎す円舞曲、そうして血路を斬り開いて。

 

遅れて殿から駆けつけた番犬部隊がその突破口を押し拡げていく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中層に出現した母艦級BETAの一体は、横坑を潰してある広間の壁面にその「口」を開いた。

奇しくも其処は、日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団・第1大隊斯衛遊撃中隊が詰めていた広間よりほんのわずかに上層。

 

激震と轟音、CPとの交信が不能に。設置センサーからの信号も次々途絶える。

これらが指し示す事実に、中隊長雨宮鞠子中尉は決断を迫られた。

 

基本的には、通信途絶の場合各指揮官の判断によりハイヴ外を目指して上層へ向かう。途中合流する部隊があれば情報を交換し対処を検討するが、基本は脱出となる。

 

しかし今回は、すでに反応炉破壊成功の報を受け取っている。

棲息ハイヴの反応炉を破壊されたBETAはごく短時間だが活動停止ないしは低下させ、その後大半は近傍別ハイヴへと撤退の動きを見せると言われている。

 

ゆえに深層から撤収してくる傷ついた友軍の退路を守るためにここに留まるか。

或いは基本通りハイヴ外への脱出並びに浅層の友軍との合流を目指すか。

CPによる連携が途切れた今、最前線部隊がここを通るか否か不明。

しかしそうであった場合、退路確保がなされていなければ徒に損耗を招く。

 

しかし―

 

「上層からBETA! この先の縦坑です!」

「ち…迎撃するぞ! 掃射隊形!」

 

考える間もなく、後背にしていた横坑の向こうの広間 ― 全力噴射で、12秒か ― にはその上方の縦坑から群体を成すかのようなBETA共が噴きだしてきた。

 

引きつけて、発射!

 

交換砲身・弾倉共にあと1射分。

 

「全機XM3起動! 次の1射後に突破、上層へ向かうぞ」

「了解!」

 

射て、撃ち、斬り払って。

 

脱落なく隊を導くことが、今の自分の役目。

 

篁中尉ほどの剣の才もなければ、黒の衛士ほどの機動の冴えもない。

指揮の妙にしても自信なぞは欠片もないし、中隊規模ですら覚束無い。

 

それでも、やるのが、斯衛たる、私の使命だッ!

 

74式長刀で要撃級を斬り付け、部下を指揮して要塞級の体節部に120mmを撃ち込む。

 

 

詰めていた広間は補給地点ではなかったから、推進剤はともかく弾薬に余裕はない。

 

そして遅々とした進行、疲弊し傷ついていく列機。

打ち捨てた投射砲、その核心部は回収すべく持っていたがBETAを呼ぶ為仕方なく捨てた。

 

 

「07、後ろだ!」

「っ、きゃあッ! …った、助かりました!」

「気を抜くな!」

 

部下を叱咤しながら自らも叱咤して。

 

浅層と言える区域まで来た時、しかし絶望が待っていた。

 

前方から押し寄せるBETA群。

そして同時に感知した微震。

 

「う、嘘でしょ…」

「くッ…ッ」

 

その意味が判らぬ列機ではない。

諦めを戒めようとする自分にも、その弱気が。

 

勝った。勝って、勝っていたはず。その慢心が、この状況を導いたのか。

 

 

ああ、そうだ。

 

そういえば、大規模といえる実戦なんて、いつも彼がいてくれたのだ。

 

単独で動きながらもその実、私などよりよほど全体を見ていて。

気がつけば彼の動きを追っていて、行動の指針にしていた。

 

 

そう、だから――

 

 

「隊長ッ!」

「! っ、ぐぅっ!」

 

遠間、まだ射程外の筈。

関わらず閃いた要塞級の触手鞭撃。

 

回避できたのは僥倖、だがその先には。

 

「ぐッ!」

 

要撃級がその顎を構えて待っていた。

追加装甲ごと左主腕が吹き飛んで管制ユニットが軋む。衝撃に揺さぶられながら残る右主腕突撃砲で36mmを返礼、肉塊に変える。

 

「た、隊長っ」

「く、なに、大丈夫だ…」

「…こちらブラックファング01。追いついた」

「――!」

 

繋がった回線、近接データリンク。

後方上ってきた縦坑から、黒と白の89式が姿を見せ。

さらに満身創痍の風情ながらも数十機の欧州軍らの戦術機が続く。

 

「――無事、だったか。こちらホワイトファング01、中隊脱落なし」

「…了解した。……そちらは」

「ああ、問題ない。ちと不覚を取った」

「…継戦は可能か」

「まだ多少は。残弾2割。前方に旅団規模BETA」

「……了解。俺が前に出る」

 

言い様、止まることなく眼前を行き過ぎる黒の89式。

 

「待てブラックファング01、単機で…!」

「…策はある。護衛と損傷機、殿の順で抜けてくれ。120秒」

 

なんだと…?

 

滑るような機動で離脱、黒い機体の胸部になにかが固定されて――投射砲の核心部!?

 

 

黒い89式がBETA群へ飛び込んだ。振るわれる2刀、薙ぎ払われる異星種。

 

「…装甲排除…出力制御装置解除…」

 

同時に両肩、主腕、膝部から下の装甲が弾け飛ぶ。跳躍機からの噴射炎が輝きを増した。

 

「…XM3通常駆動停止…入力予測演算停止…余剰演算出力を強化装備へ…」

 

橙に光っていた89式の機械の眼、その光量が一瞬落ち。

 

「…感覚欺瞞最大…加速剤投与…ッ!」

 

網膜投影の通信画像、その無表情な瞳がカッと見開かれ――

 

「XM3・コード108…起動!」

 

89式 陽炎 の眼遮光板が、禍々しく紅に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですのあれは…」

 

疲弊したEF-2000の管制ユニットの中。

同じく疲弊している、緑がかったショートに女性的な身体つきの衛士 ― ルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉。

 

制圧支援たるひとつの装備、Mk-57 中隊支援砲はすでに失って久しい。

手持ちのGWS-9に合わせ、途中で拾った被撃破機のAMWS-21にて前衛を支援する。

 

そしてその前衛、旅団規模 ― 5000体に及ぶBETA群に突撃をかけたのはわずか1機。

 

敵中深くへ斬り込んで、その先の広間の奥へ ― 撤収部隊が目指す縦坑のさらに向こうへと ― BETA群を誘引していく。

 

 

日本軍、その中でもライヒス・ヴァッハリッターが駆る「ティープ・ナインウントアハツィヒ カゲロウ」は、他と違っていた。

 

確かに黒の機体は特別仕立てで、他の黄色と白はそうでもない。

ただその黒の機体にした所で、恐らくは部品一つ一つに至るまで微に入り細を穿って汎用品を点検組立整備した、極めて高度なファインチューンの類いだろうと。

 

しかしその他の黄と白の機体群が、時折極端にその運動性を向上させていることにルナテレジア ― ルナは気づいていた。

 

なにか特別な処置が――そうは考えていたけれど、これは。

 

 

自ら装甲を排除したのは、軽量化と冷却の為か。

 

赤く燃える跳躍ユニット。ロケットの炎。

それが左右バラバラに、小刻みに動いて。

 

出鱈目に見える高速機動。しかし計算ずくのように一挙動で必ず一体要撃級が葬られ。

 

合間を縫って叩きつけられる要塞級の鞭撃、刺突を。

時として斬り払い、時として去なし擦り上げて隣の要塞級へと突き刺す。

 

読んでる!? なんて鋭角な機動…! でも身体は!?

 

 

「シィィィィィッ!!」

 

中隊内、繋がったままの回線。鋭い呼気。

鉄面皮だったその表情、だが今は睨み付ける眼は血走り。

高Gに薄い頬の肉は歪み、食い縛る歯がそれに耐える

 

 

「急げ、抜けろ!」

「ツェルベルス02、第3第4中隊は先行。進路確保急いで!」

「了解!」「了解ッ!」

 

狼王と后狼の指揮の下、損傷機を導く番犬達が宙を駆ける。

ルナもまた支援攻撃を続けて無防備に背を向けるBETA共を撃ち倒すが、母艦級の接近を告げる震動、空中に在ってもハイヴ内壁の揺れが視認できるほどすでに激震の域に入っている。

 

その向こう、誘引を続ける黒の89式に――

 

覆い被さる要撃級2体、その間隙すら埋めるが如くに集る戦車級。

 

「カァアッ!」

 

銀色の光条が八閃、瞬きの間の斬撃に細切れの肉塊。

そしてまた次の瞬間にはロケットの赤い炎と共に紅い89式のバイザー光が青緑のハイヴ内に軌跡を描いていく。

 

あれがF-15の機動なんですの!? まるで――

 

 

鬼。いや、東洋に言う、戦場に舞い降りた ― 黒い鬼神。

 

 

雲霞の如き小中型級、立ち塞がる大型級すらまるで寄せ付けず。

2刀が閃き血風を巻き、火砲が唸り血煙を貫く。

 

 

でもあれがいつまでも保つはずは――!

 

 

たった1機で時を稼ぐ鬼神、その間に救われて死の魔窟から脱する友軍機。

そして殿の地獄の番犬たちが、フランスの銃士に黒の列機たる白たちが。

 

「ブラックファング01! 中尉、退くぞ! 我々で最後だ!」

 

しかしその山吹色の89式が声をかけた時。

 

その付近の内壁が爆発するように弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁぐ…っ!?」

 

衝撃。

 

激震が続いていたハイヴ内、左手の内壁が内側から弾け飛んで。

距離はあったはず。だが飛散する岩塊をまともに受けて、山吹の89式 雨宮中尉機は吹き飛ばされた。尻餅をつく形でハイヴ内に降着する。

 

只の岩とはいえその質量が大きすぎた。

戦術機を覆う耐熱対弾複合装甲は元より内部構造にまで大きな損傷を負って網膜投影の機体状態表示が総て赤く点灯した。

 

な、に、が――っ、!?

 

見えたのは壁。いや、開く前の「口」。

 

中央部に血のように赤い牙が円形に並び、そこから放射状に伸びる青紫の棘。

ただその大きさは人間の想像力を圧する程で、30m程離れていても壁にしか見えない。

 

そしてそれが、今まさにぎちぎちと立てる音すら幻聴させて。

巨大な円筒その先端外縁周辺部分が後退するにつれて、閉じられていた中央の赤い牙が開いていく。

 

い、かん――!

 

迷わなかった。

 

すでに失われていた左手腕、残されていた右手腕の突撃砲を――動かない!

 

迷わなかった。

 

「ッ…!、うぉおおおお!」

 

咆哮して跳躍機を全開、前へ。

開き始めた「口」へと突撃する。

 

すでに18mの89式が通るだけの空間が、噴き出ようとしていた戦車級の群れに文字通り飛び込んで――

 

 

最大の衝撃。一度、二度。

 

 

「ぐはッ…!、…!」

 

何か致命的なものが砕ける音がした。

網膜投影への外部カメラ自体が破損したのか機能視界は完全に消えた。計器の大半が死んだ暗い管制ユニット内を、各部から上がる火花が僅かに照らす。

 

 

仰向けになっている。

 

右腕が、折れているようだ。

左腕は…感覚がない。

 

「ぐ、ぅ…っ」

 

身を起こそうとすると激痛が走った。体中が痛む。

こみ上げてきたものを少し吐き出すと、熱く鉄錆びた味。

 

そしてがりがりと音がする。

外、装甲。戦車級が囓っているのか。

 

最も多くの衛士を殺したBETA、その名の通りに。

 

「くっ……ふ、ふふ…悪いが、貴様らなぞに、貞操は…やれんな…」

 

口の端から流れる朱。

折れていると思しき右腕。激痛から動かすのもひどく困難、力が入らず震える指でなんとか操作盤を。

 

 

あと少しで撤収――いや、脱出できるだろう。隊の皆は。

 

満身創痍の彼らを、今この新たな母艦級のBETA共に追撃させるわけにはいかない。

 

 

そして―――彼も。こんな態を晒して、ぐずぐずしていれば、きっとやって来てしまう。

 

 

「っ…ふ、はは…っ」

 

 

笑みがこぼれた。

 

 

ああ、そうか。

 

あの、手のぬくもり。

 

そしてこの、胸の奥の。

 

身体の傷みとは、違う痛みが。

 

 

 

「はは、まったく、たしかに…、」

 

 

安全装置が解除された。

 

 

「とんだ不調法者だ、わたしは……」

 

 

操縦席正面、「SDS」の文字が淡く光った。

 

 

「枕を持って、忍んでいけば…良かったかな」

 

 

折れた右腕を叩きつけて。

 

 

 

篁中尉、お先に 九段にて、お待ちしております

ただあまり急いでおいでになりませんよう

 

 

 

次の瞬間、雨宮鞠子中尉の肉体は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年11月 ―

 

 

旧フランス・甲12号リヨンハイヴの攻略作戦は成功した。

 

これにより欧州連合は悲願であるユーラシア奪還の初戦を勝利で飾った。

 

英国に退避中の各国民は戦勝の報に沸き、政治家達は胸を撫で下ろした。

 

 

共に、瓦礫の山と化して復興の目処などついていないかつての都市と。

 

戦場となった国土にばら撒かれた劣化ウラン弾とAL弾の汚染と。

 

草木一本鳥一羽生えず飛ばないハイヴ周辺という祖国の現状からは目を反らして。

 

 

そして、各国軍関係者は頭を悩ませていた。

 

各軍により編成は異なるものの、今作戦に参加し主攻部隊の前線を担った戦術機甲師団はおよそ12。うち戦術機は1200機を超え、また損害はそこに集中しおよそ4割近くを損耗。

 

甲21号比では割合として大きく減少したものの、しかしこの損害の大半はハイヴ最深部主縦坑大広間攻略に際してと、反応炉破壊後に出現した、9体の母艦級BETAの「奇襲」による一時撤退戦時のものだった。

 

ハイヴ最深部まで攻め入った精鋭に多く損失が出たことは、実際の数字以上の損害を意味する。事実欧州連合における名だたる精鋭部隊の多くが半壊状態となり、即時の新たな作戦行動への参加は不可能な状態に陥った。

 

またハイヴ内に出現した母艦級群は、制圧後の調査によっても甲12号棲息個体だったのかは不明であり、同反応炉破壊後にも活発な活動を続けたことから、近傍5号ミンスク・11号ブダペストもしくはさらに他のハイヴより発したBETAであった可能性が否定できなくなった。

 

これに軍関係者や識者は慄然とした。

 

これまでにもBETA群は同一戦場内では複数個体の光線級による時間差攻撃や要撃級要塞級が光線級の前壁となる等の戦術的行動が確認されてきたものの、ハイヴ単位での謂わば援軍を送り込むと言った行動は確認されてこなかった。

 

従来BETA及びハイヴ間の戦略・戦術的情報のやり取りについては、個体BETAの収集情報が棲息ハイヴへ持ち帰られた後約450時間で同一ハイヴ内及び同一派生系のハイヴへ伝播すると考えられてきたものの、動的な連携として大規模に確認されたのは今回が初となる。

 

尤も大陸所在のハイヴ攻略にて深層へ辿り着いたのも今作戦が初めてであり、甲21号の際には海峡を越えての援軍派遣が不可能だったのか、或いは短時間による制圧であったため単に間に合わなかった可能性が考慮されるが、後者であった場合は制圧完了の数日後甲21号付近に母艦級が出現した筈の為説得力に欠ける。

 

いずれにせよ、現在の対BETA戦略術は、先人たちの膨大な血の犠牲と極秘計画オルタ3の成果を元に組み立てられている。しかしそれらには推測推論を現状が追認しただけの具体的根拠に欠けるものや、そもそもまったく原因が判っていないものも多い。

例えば1973年の紅旗作戦開始時には当初姿を見せなかった光線級が突然出現、そしてその光線級も圧倒的探知照準照射能力を備えながらも低軌道衛星や他ハイヴへの降着を目指す落下物は一切攻撃しないという不可解な現象―

 

要は「BETAのご機嫌次第」で、現状所与とされる前提が如何様にも覆されるものだと再確認することになったのである。

 

また母艦級自体以前よりその存在が推測されていた ― 今夏のソ連・カムチャツカにおけるBETA侵攻時の地下隧道等 ― が今回の急激な会敵増に関し、元々長く占領下にあったユーラシアにはある程度棲息していた説と、今作戦のハイヴ突入前その有効性を確認した為との説とで、海峡を越えることが可能なのかどうかも含めて、BETAの戦略・戦術的思考の有無や程度を巡る幾度目かの議論の元となった。

 

中には母艦級BETAの死骸を撤去し、その造り上げた隧道を逆に辿ればその出生出発地に行き着くはずで調査及び強襲作戦に使用できるとの案も出たが、その調査突入部隊はBETAの逆撃のみならず崩落の危険から決死隊となるのはほぼ確実な上、そもそも母艦級の容積があまりに膨大に過ぎるため分解撤去にも相当な手間と時間とが必要とされる為、地上にて撃破した個体のみが細々と作業されることになった。

 

 

ともあれ地中から突如連隊若しくは旅団規模のBETA群を伴って出現する母艦級は防衛戦略上の悪夢以外の何者でもなく。

震動計の多数配置による比較的早期の探知を図る以外、有効な対策は現状存在しない…

 

 

 

 

 

日本帝国欧州派遣臨時編成軌道降下兵団は、所定の任務を終えて帰還の途についた。

 

BETA征伐成ったユーラシア西部、それを北上しての英国行き。

 

中核であった軌道降下兵団第1連隊はおよそ2割の損耗を出すも、ハイヴ突入前のみならず撤収戦においてもハイヴ外ゲート防衛戦にて母艦級を討ち取るなど赫々たる戦果を挙げ、堂々の帰国。

 

 

そして精鋭中の精鋭とされた、第1大隊斯衛遊撃中隊は――

 

 

 

 

 

英国。ドーバー基地群。海峡を望む丘。

その日は晴れで。海は、穏やかだった。

 

 

彼の姿を ― 管制ユニットの外で ― 見るのは、初めてだった。

 

「Hallo」

「…」

 

結い上げた金色の髪に碧い瞳。

イルフリーデ・フォイルナー少尉が声をかけると、佇む戦士は首だけで振り返った。

 

肩にかけた黒い制服が海風に揺れる。

首元からは痛々しく白い包帯が覗いていた。

 

 

突撃前衛を目指す ― 未だに ― 彼女からすれば、世に言う強襲前衛スタイルとはいえ、彼は彼女が知る限りで前衛配置その個人的技量としてほぼ頂点にいると感じた。

 

軌道経由での帰国まで既に日はなく、多忙な軍務からすれば最初で最後の機会。

 

 

無言で敬礼した彼に、慌てて敬礼を返す。

 

「失礼しました、中尉殿。…お怪我は、如何ですか」

「…問題ない」

 

素っ気ない回答。

知っている日本人は多くはないけれど、とっつきにくさはあの子…「子」じゃなかったんだっけ、とにかく以上。

 

 

そういえば、昨日出会った日本帝国の衛士も小柄で。

 

一緒にいたルナの胸ばかり見ていたから連れの女性衛士に横腹を小突かれていた。

 

悪気なくやっぱり日本人は小柄なのかしらとヘルガやルナと話していると、「悪口ならドイツ語でもわかるぞ!」と憤慨していたっけ。

 

 

 

「アメミヤ中尉は、残念でした。お悔やみを」

「…」

 

小さな頷きだけが。

反らさずこちらを見る、感情のない瞳。

あの小柄少尉は別として、日本人は、本当にわからない。

 

 

 

彼らの中隊長が、あの母艦級に飛び込んだとき。

 

ほんの、ほんのわずか一瞬だけ、彼もまた停まっていた。

 

そしてすぐに、自隊と私たちに退くように促して。

 

一番最後に縦坑に飛び込んできた彼の機体は、被弾でなく酷使によりボロボロで。

 

ゲートまで保たず、墜落する機体から05番機が慌てて管制ユニットを引き出し。

 

同じく酷使し過ぎた彼の肉体も、かなりのダメージを負っていたらしい。

 

 

 

クダンへ行く、というのだそうだ。

 

国のために戦って死んだ者は、そこで祀られて英霊となる。

 

私たちがヴァルハラで会おうというのと同じような意味らしい。

 

 

ただ、集団における自己陶酔の連鎖と同調圧力とでも言うのか、カミカゼを過度に美化する傾向には、忌避感も覚えてしまう。

 

長い冬を耐え、春先に短く咲いて。儚くも潔く散りゆくサクラという花を好む日本人。

 

日本好きのヘルガあたりに言わせれば、偏見だとでも言いそうだけれど。

 

「…でも、中尉と…彼女のおかげで、我々は助かりましたわ。ありがとうございました」

「……ああ」

 

その時だけわずかに目線が反らされて。

彼女の分だけは、受け取っておくと、言った。

 

「実は中尉に、お聞きしたいことが」

「…」

「私、いつか突撃前衛を担いたいと思っているのです」

「…」

「今となっては砲撃支援にも馴染んではいますわ…でもこう申し上げてはなんですけれど、今回の作戦で……欠員も、出てしまいましたし」

 

イルフリーデも少し目線を落とす。

 

 

グレート・ブリテン防衛の七英雄は流石、負傷者こそ出しすれ全員が生還。

 

最近、メグスラシルの娘などと分を過ぎて古の伝説から異名を戴く自らと同期たちも。

 

一方で、猛者揃いだった隊の仲間達は…半数近くが、還らなかった。

 

 

「それで中尉は…どのように技量を高められたのか、教えていただきたくて」

「…訓練」

「それは当然ですけれど」

「…実戦」

「は、はあ…」

 

なにか心得というかコツというか。

なのに当然と言えば当然ながら、素っ気ない答えに素が出そうになる。

 

 

彼が所属しているライヒスリッター。

七英雄方直卒の隊ならともかく、それ以外では我が番犬部隊ですら危うい精鋭。

 

その皆が、自分と変わらない年頃の女性ばかり。

目の前の中尉にしても、年齢については同じくらいのはず。

 

 

「そういえば、中尉はベルナデット中尉とは親しくしていらっしゃるのですか?」

「…」

 

無言。

こちらを見る眼は変わらず澱んで無表情な。

 

あんなに息の合った連携を見せていたのに。

仏軍の、前衛で銃使いの、と説明すると漸く合点がいったようで。

 

「…いや」

「そ、そうですの」

 

スイッチの入ったルナとはまた違った意味で、やりにくい相手だ。

 

「……動きは知っていた」

「え?」

 

それだけ言って、立ち去ろうとしてしまう。

 

まだ何も教えてもらえていない、ふと――もう1年半も前になる、そのフランス人に問われ答えに窮した問いが。

 

「で、では中尉――貴方は、一体何のために戦われるのです?」

 

 

死線を別つ、最後の一歩。

踏み止まれるか否かを決める、魂の在り様。

 

今なら自分は答えられる。

 

 

ドイツァー・オルデンの裔として。

ドラッヘン・ヘルツの後継者を目指す者として。

 

そして何より、友と人々を守るため。

 

 

しかし、その問いに黒の衛士はひたりと足を止め。

 

掛けられた黒い制服が、一陣の風に棚引く。

 

そして肩越しに振り返り、顔の片側だけから刺されたその視線。

 

「――!」

 

その、暗い憎悪の炎に満ちた、睨めつける眼差しに息を呑まされ。

 

刹那立ちすくむイルフリーデに、一言が投げつけられた。

 

 

 

 

 

「…BETAを殺す為だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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Muv-Luv UNTITLED 06

 

Ich kann die Spitze immer noch nicht sehen

 

 

 

Immer noch nicht aufhören dürfen

 

 

 

Dann lass uns gehen

 

 

 

Zum idealen Ort, den wir wollen

 

 

 

 

 

2001年 11月 ―

 

アメリカ。アラスカ、ユーコン国連軍基地。

昼下がり、プロミネンス計画総責任者クラウス・ハルトウィック大佐のオフィス。

 

ドア一枚隔てた隣室の給湯システムからだろう、芳醇なコーヒーの香りが室内に漂う。準備をしている秘書官レベッカ・リント少尉の煎れるコーヒーには文句のつけようがない。

 

「お待たせしました」

「ああ、ありがとう」

 

鷹揚に頷き、執務デスクの上に差し出されたそれを一口。

香り、温度、苦味の奥に上品な甘味すら。カップの口触りも素晴らしい。

 

それらすべてが、ささくれ立つ心を多少は宥めてくれる。

 

「美味い」

「恐れ入ります」

 

少しだけ鼻にかかったような声。わずか嬉しげに。

薄い色合いの金髪をショートにし、知的な美貌には細フレームのフォックスグラス。

歯に衣着せぬところが少しばかり行き過ぎる彼女だが、有能さには疑いがない。

 

厳ついいかにもドイツ軍人といった風貌の自分がそんな彼女を引き連れているものだから、穿った見方をする者がいるのも事実。ただその程度の見識と眼力しかない者は無視しておけば良い。

 

 

今年は戦術機によるハイヴ攻略成功というこの上ない朗報から年が明け。

 

夏の大規模テロは「予定」よりは被害が大きかったものの、米国から寄越された首輪の鈴たる基地司令ブレストン准将を排除し、その肩書きにex-を付けることに成功したのは成果と言えた。

 

そしてつい先日舞い込んできた、フランスはリヨンハイヴ攻略成功の報。

これもまた戦術機による。

 

祖国西ドイツ領域の解放すら夢物語ではない…とはいえ。

 

 

「続報はあったかね?」

「はい、およそジュネーヴ-ダンケルク案で落ち着きそうです」

「なんとか拡げずに済んだか…」

 

わずかだが、胸を撫で下ろす。

ドイツ人としては色々と引っかかる所がないではないが、現状をそこに落ち着かせられそうなのはまだ吉報と言えた。

 

 

現在欧州連合を中心に、リヨンハイヴ攻略後の戦線の展開が協議されている。

 

以前から複数のプランが提示されてはいたが、最強硬論は戦線南端をアルプス東端旧オーストリア・ウィーン、北端を旧ポーランド・グダニスクに設定しブダペスト・ミンスク両ハイヴを両睨みにするという過激なもの。そしてブダペスト攻略の後に返す刀でミンスクを陥落せしめようという。

 

どう考えても、不可能だった。

 

戦力が足りない。長くなり過ぎる戦線に、広漠に過ぎる解放域。

残留BETAの危険も増加し、例の新種母艦級に後背を衝かれでもしたら薄く拡がった戦力では対応し切れず戦線が瓦解しかねない。

 

 

「軍を統制すると息巻く文民の方が過激に走るというのはよくある話とはいえ、これは…」

「攻略軍の損耗が抑制できていたからな。政府の発表もいきおい勇ましくなっていた所で、よく止めたと言っていい」

 

対BETA戦の報道は、ほぼ総ての国で政府発表による。

情報統制の側面が強いにせよ、戦場記者という存在がきわめて希少になったのは、BETAは「PRESS」の腕章やベストなど見てくれないからで。彼らはまだ戦術機が登場する前 ― 歩兵が最前線で戦って、隊ごとの壊滅全滅当たり前・十把一絡げ一山幾ら的に使い潰される中で、一緒にBETAの腹の中に収まってしまった。

 

「イタリア半島はアルプスが障壁になりますので、入域を検討して欲しいと」

「イタリア軍単独で域内の残留BETAを掃討できるのか? できたとしてその後の防衛線の構築はどうする気だろうな」

 

北からだけでなく、BETA共がアドリア湾を越えてこない保障がどこにある?

厚かましいイタカ共め、とまでは口にせず。

 

総ては、度を過ぎて沸騰した民意を汲んだが故の結果。

 

ハルトウィックは、ハイヴ攻略自体に反対などでは決してない。

しかし今次作戦に関してはその時期と内容とに大きな問題があると考えていた。

そしてその懸念は、概ね危惧した通りになってしまった。

 

 

戦術機の可能性は信じている。発展性は、まだまだある。

 

だがその一方、あくまで兵器は兵器。

対BETA戦という事態下でなければ、戦術機は空戦においては戦闘機に速力・航続力で劣り、地上戦では戦車に単発火力で劣る。さらにコスト面ではその双方に大きく劣る。

欧州連合が掲げるオール・TSF・ドクトリンにしても、展開力に優れるという謳い文句の裏にはその実戦術機をBETA侵略による国土の失陥に際して喪失した機甲砲兵力等陸戦能力の代替とする苦肉の策であり、その能力はともすれば糊塗され過大評価されている。

 

要は使い方の問題であって、戦術機は光線級吶喊といった特殊状況やハイヴ内という閉所での機動戦には適しているが、その深層大広間のようなBETA犇めく地獄の釜に、貴重な衛士と機体とを無策にぶちまける必要など本来ないはずだった。

 

サドガシマ攻略前までは速攻による突撃戦法での反応炉破壊が企図されていたが、それはハイヴ内での兵站が確保できないという前提に基づいていたもの。現在のように深層大広間前まで兵站を確保できるとなれば、それこそ核なりS-11なりの大規模破壊兵器を放り込んでやればいいだけの話のはずだ。

 

 

そしてアメリカ軍が企図する、G弾による全ハイヴ一斉攻撃。

 

成功したところでユーラシアは荒廃する。

AL弾と劣化ウラン弾による重金属・放射能汚染はまだ既存の人知の及ぶ範囲であり、除染の方策も限界はあれど確立している。しかしG弾はまだ不明な点も多い上に、判明している限りでさえ、想定威力を大幅に下回ったというヨコハマですら爆心地付近は重力異常で草一本生えなくなった。

これが一斉に大量投下され想定通りの威力を発揮した場合、可能性としては一部の学者共が言うようにユーラシア全領域が死の世界と成り果てるかもれない。

 

リヨンハイヴ攻略によりその計画に一穴を穿ったはずが、人類戦力の漸減によりBETAの再侵攻を止められないような事態に陥れば元の木阿弥どころか却って悪くなる。

 

 

これではなんの為に綱渡りをしているかわからんではないか…

 

自分は衛士上がり。

後ろから人を刺すことが常套手段の軍政の世界にそう向いているとは思っていない。

しかし戦場と同じく360度注意を払い、気配り目配りにはリント少尉のような有能かつ有用な部下を得ることでなんとか対応してきた。

 

まったく…

 

「とにかく、続報も頼むよ」

「承知しております」

「で、なにかね」

「は。こちらをご覧下さい」

 

内心の嘆息を察したが如くに。その有能な彼女が端末の画面を示す。

時刻座標などの説明に続いて、ガンカメラの映像が映し出される。

 

撮影者は Rote 11 : Wolfgang Brauer

 

「リヨンハイヴ攻略に関して、対新種BETA含む戦闘記録です」

「概要は聞いている。早いところ持ってきたな」

「大佐のお名前を出しましたら、二つ返事で」

 

リント少尉は小さな笑みと共に。

 

特に話した覚えはないのだが、地獄の番犬部隊には設立時からの知己もいる。

ギリシャ陸軍出身のリント少尉は公開情報を集めて整理分析する能力に長け、加えてある程度は独自の情報網すら構築しているらしい。

 

すでに一部編集されている映像は戦闘の推移と共に、主に見慣れぬ黒や黄色や白に塗装されたF-15を追っていた。

リント少尉の説明によると、日本のロイヤルガードの部隊らしい。

 

「装備機にF-15はあったか?」

「いえ、今回の派兵に関しての措置のようです。Type-00は見合わせたとか」

「使えんのだろう。あれはそういう機体だ」

 

 

自らが主導するプロミネンス計画の協力企業・ボーニングからやって来たフランク・ハイネマンたっての希望で、XFJ計画に付随する形で渡米してきた「ゼロ」。

 

秘匿兵器とまでは言わずとも、ハンガーの最奥に常に幾人ものスタッフに囲まれて。

自ら見ることは叶わなかったハルトウィックだが、ハイネマン曰く、「あれは、駄目だね」とのことだった。素晴らしい機体だがねと。

 

日本人の特徴と特長、美点と欠点と悪癖とがそのまま顕れた戦術機。

 

微に入り細を穿つが如く研ぎ澄まされ、精緻を極めるその性能は折紙付き。

 

しかしその代償は、低い生産性と劣悪な整備性。

そしてそのどちらも高度な技術を備える「ショクニン」の存在なくして成り立たない。

さらにはその高性能とて、衛士の技量次第という条件がついて回る。

 

空飛ぶ工芸品などと称される戦術機だが、本当に工芸品では困る。

超がつく精密さではあっても、機械による工程で再現運用できる工業品でなければならないのだ。

 

 

もっとも、最初から国内運用前提の精鋭部隊向けといった機体なのだろうがな…

 

「ふむ…F-15Cの改修機なのだろう、F-15Eではなく。に、しても…」

「よく動きます。推力や最高速自体はカタログ通りといったところなんですが、こう…各種挙動からロスが省かれていることによって、結果運動性が上がっています。180°ターンの折など優に第3世代機の水準を満たしていますし…帝国軍の軌道降下部隊、こちらも精兵なのでしょうが…同型機ながら、明らかに」

 

ハイヴ突入前、駐屯地付近で戦闘に入ったらしい。

 

カメラ主のドイツ兵は、自らの戦闘をしつつもなかなか巧妙に光線級吶喊に突撃したロイヤルガードを映している。

あの妙に軽い男も一端の番犬になった上、こういう如才の無さも上達したか。

念の為確認すれば、このカメラ機の主も負傷こそしたが作戦からは生還したらしい。

 

そこで、次はこちらをと。

別の端末にリント少尉が映像を出す。

 

「こちらは先月、チョルォンハイヴ付近で実施された漸減作戦において確認されたType-94…国連軍、ヨコハマ基地所属です」

 

あそこか、とつい舌打ちをしたくなる。

 

 

第5計画も受け容れがたいが第4計画は人類史上最大の詐欺行為だ。

 

第3計画からの怪しげな技術を引き継いで、オカルトじみた研究に巨額の国連予算をつぎ込んでいる、魔女の伏魔殿。

 

唐突にリニア・レールガンなる戦術機向けの装備を寄越した思惑もよくわかっていない。防諜においては完全な劣等生であることについて定評がある日本の中で、あの基地だけは中で何が行われているのかまるで判っていないのだ。

 

尤も、その第4計画の存在が為に第5計画への移行が行われていないのだから、痛し痒し。

 

 

「こちらの94も従来とはかなり…」

「確かにそうだな」

 

ハイヴ近辺、荒野と化した朝鮮半島にて。

中隊規模の青いType-94が数機を除いて見事な動きを見せる。

 

「00並だな。今一つなのもいるようだが」

「新兵かと思われます。こちらの2機は、このあと高度を取り過ぎ」

「そうか」

「はい。で、ここです。そして、こちら」

 

上司の不機嫌は素知らぬ振りで ― 本当に振り、だろう ― リント少尉は端末に二つの静止画像を並べた。

 

要撃級の攻撃を小さく噴射跳躍して回避する青い国連仕様のType-94。

要撃級の攻撃を小さく噴射跳躍して回避する白い斯衛仕様のF-15。

 

「各部の関係性が示すディメンションの数値が全く同じです。そしてこの後、次目標へ噴射降下して攻撃に移るまでも。この映像以外にも、類似例が複数」

「…ふむ」

「近似状況で挙動が似るのは当然ですが、次の攻撃行動開始まで各衛士ごとの個性がまるでなく主腕と脚部及び頭部や胴部までがぴったりと同一関係になるというのは…」

「つまり、プログラムされた回避パターンだと?」

 

はい、と答えるリント少尉。静止映像からまた動き出す。

 

「このように酷似した機動は多岐に渡り、同一挙動を使い回しているわけではないようです。推測になりますが…衛士の手動操縦及び間接思考制御の入力を、予め記録されている熟練兵のありとあらゆる機動モーションに都度最適化しつつ即座に置き換えているのではと」

「…そんなことが可能なのか?」

 

俄には信じ難い話だ。

それは、突き詰めていけば無人の戦術機すら実現可能になってくる技術。

 

「従来の演算処理装置や記憶領域装置では不可能です…が」

「…ヨコハマか」

「はい」

 

またしても、そこに行き着く。

 

「ハイヴ攻略の帝国軍F-15にも、漸減作戦の帝国軍94にもこのような挙動は見られませんでした。解析の結果、空力を重視する日本製戦術機において、回避機動中のこちらのヨコハマ94は理想的といっていい各部の姿勢制御になっています。一方ロイヤルガードF-15の方も『全く同じ挙動』です。空力への考慮は94ほど高くないにも関わらず。ですから」

「ヨコハマのType-94がテストベッドだったと?」

「はい、ですので急拵えのロイヤルガードF-15には最適化が間に合わなかったのでは」

「ふむ…」

 

確かに欧州連合の要請から帝国の出兵決定までそう時間はなかったはず。

 

そして国連軍はその駐留国から装備供出を受ける。

ゆえに国連軍でType-94を装備するのはヨコハマのみ、そしてそのヨコハマは。

 

「ヨコハマは、ロイヤルガードと繋がりがあるのか?」

 

さすがです、とも、そこです、とも言いたげな。

憚りなく忠誠を口にしながらどこかこちらを試すようなリント少尉は、嫌いではない。

たまに疲れるが。

 

「先ほど熟練兵、と申し上げました」

「ああ」

「ロイヤルガードは精鋭の集まりです。そしてその中でも最精鋭と言えば」

「…『ザ・シャドウ』。黒いゼロか」

「ご明察です」

 

満足げに端末を操作。

呼び出した映像は、例のサドガシマ・ファイル。

 

「この衛士の機動モーションと、ほぼ同一といっていい近似点が見られます。さすがに本人には及びませんが、コピー品としては上出来の部類かと。さらに攻撃行動に関しても類似のモーションが見られます。こちらはブラック・ゼロ以外のものも入っているようです」

「誰でもソードマスターの模倣が可能という訳か」

「はい。補整や介入の度合いも変えられるようです。腕に覚えのある者は、自分の動きで事足りますから」

 

画面内には流麗な動きで要撃級を屠る青い00。

サドガシマ攻略時の映像。今回の件とは無関係だが、「タツジン」の操る戦術機はこと近接戦において他とは一線を画した戦力となり得る。

 

そして隣の画面には、それに似た動作で攻撃を繰り出す白いF-15。

マスターとそのデシ、といった風情か。

 

「ふぅむ…」

 

これは、画期的なシステムだ。

 

 

戦術機とそれを操る衛士というのは、画一化した戦力が求められる軍隊において、旧来のジェット戦闘機時代よりさらに属人的な能力が求められ評価され、また問題になる点でもある。その意味ではBETA大戦以前からさらに遡る、あの古き良きルフト・ヴァッヘの時代に近い。

古くは「エイト・ミニッツ・コフィン」等と呼ばれた戦術機。今やその性能は初期のF-4とは比べものにならないほどに向上しているものの、やはり新兵の死傷率は高い。その一方昔から、困難な戦場でも高確率で生還する熟練兵というのも存在し続けている。

そうした熟練兵の、挙措だけでも模倣できるというのなら ― 少なくとも実際の戦闘局面においては、戦果の上昇はともかく損耗を大幅に抑制することができるようになる可能性は十分にある。

 

 

「このシステム…ロイヤルガードや日本は、出すと思うかね?」

 

映像を見る限り実用段階なのは間違いないが、量産配備し得る段階にまで達しているのだろうか。

 

「どうでしょうか。現時点では存在自体の公表も含めてなんとも、ただ各国軍は気付いてはいるでしょう。仮に機材的なものだった場合、マーキン・ベルカーは特許を盾に公開を迫るかもしれません」

「タカムラ中尉を帰したのは、早すぎたのかね」

「いいえ大佐。それは結果論かと」

 

ふむ、と。

 

 

あのサムライ・ガールが何かを知っていたとは限らない。

ただあの娘、棒きれを振り回すだけが得意な山猿かと思っていたが意外に曲者だったのかもしれない。

 

ハイネマンもまだ、隠しているというよりは黙っていることは複数あるだろう。

 

 

「それと、黒いゼロといえば面白いことが他にも」

 

またリント少尉が端末を操作すると、2台ともに黒い戦術機の戦闘が映し出される。

 

 

要撃級に相対する、黒い00。

要撃級が左腕衝角を振りぁ ― 小跳躍で回避しつつすり抜けて斬り捨てた ―

 

そしてまた違う場所での戦闘。同じく。

 

要撃級に相対する、黒いF-15。

要撃級が左腕衝角を振りぁ ― 小跳躍で回避しつつすり抜けて斬り捨てた ―

 

 

 

「おわかりですか?」

「…BETAの動きを読んでいるということか?」

「はい、いいえ。それもありますが、BETAが動く寸前、どちらも自機の左足をほんの少し、前に出しています」

「?」

 

もう一度映像で確認すると、確かにそうだ。

戦闘機動とは、まったく関係がない行動。

 

「癖……いや、まさか」

「複数の映像からの推論になりますが」

 

リント少尉が眼鏡のブリッジを押し上げる。

 

「要撃級と『正面23°程度範囲内で相対しかつ前腕衝角が両方とも下がっていて、周囲にBETAが5体以上』という条件で『左足を前に数十cm進める』行動により『左腕衝角による斜め上からの打撃』が高確率で誘発されるようです」

「…なんだと?」

 

止まっていることが少ないから映像を探すのが大変でした、しかも絶対ではないようですが、と肩をすくめる。

 

「他にも要塞級の超高速の触手攻撃を、斬撃を『置く』形で斬り捨てています。読んでいるとも言えますが、あるいは」

「なにかで誘っているということか」

「はい。そして次にこちらを」

 

操作される端末、また違う映像。

望遠らしく、少し揺れが気になる。

 

 

小破した―いや、装甲を外しているのか?、黒いF-15がロケットモーターの赤い炎を引いて数千に及ぶBETAの海を斬り裂いている。

 

集る戦車級、飛びかかる要撃級、立ち塞がる要塞級、その総てをその手の2刀にて斬り殺しながら暴れ回る。

 

 

「――リヨンハイヴ、一時撤退戦の殿だそうです」

「なんだこれは…」

 

鬼気迫る、とはこういうことか。

 

まさに無双の単騎駆け。

これまでにこんなものを見せられたのは、かの「紅の姉妹」のあの機密システム使用時くらいか。

 

「まさか本当にニンジャなわけでもあるまい。薬物強化か?」

「簡易なものは…あるかと。ロイヤルガードの強化装備の優秀さに例の読みを加えても、G負荷は許容値をやや超えていると思われますし」

「F-15なのだろう。可能かね、これが」

「物理的限界は超えていない…のでしょう。もっとも通常の機体ではほぼ不可能でしょう、選りすぐりのパーツで組み上げて、徹底的にチューニングしたのかと。現地整備のため数人ですが技術者も後発して帯同したそうです」

 

ショクニンワザ、というやつですか。

帝国軍にデータの提供を求めましたがロイヤルガードとは別組織ということで拒否されました、とも。

 

「各種リミッターの任意解除とオーバーブーストも可能になっていたようです。ちなみにこのあと機体は酷使により自壊、喪失したと」

「意味が判らん…コストがかかりすぎるだろう、一体なぜ……ああ、そうだ」

 

技術者や職能者連中には、そういう偏執的ともいえる労力を厭わない者もいる。

ハイネマンも正直そうだ。

そしてニッポンのショクニンにも。Type-00など真にそうではないか。

 

「しかし…」

 

何者だ…?

 

黒いゼロの衛士は、まだ若いらしい。

志願兵からの叩き上げで年齢にそぐわない実戦経験の持ち主ではあるらしいが、日本もソ連のように人為的に肉体に手を加えた衛士を開発しているのだろうか。

 

とはいえ、所詮は一衛士。

 

ソ連の計画にしても。

 

少数の強力な部隊が戦況を変えるというのは、ないわけではないし。何よりロマンがあるのは理解するが、軍事的冒険の類い。所与の前提として扱うには不安定すぎる。

 

ハルトウィックの仕事は彼らのような150点を取れる兵士を10人選抜育成して特殊部隊を創ることではなく、誰でも訓練次第で90点出せる戦術機を開発することにある。

 

「判る範囲でいい。例のシステムの調査を。まあ、この衛士はついでで良い」

「了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。帝都近郊斯衛開発局。

 

知った顔が幾人も欠けていることに、まだ慣れない。

 

山吹の零式強化装備で隊員たちに30分休憩を伝えた篁唯依中尉は、先ほどの模擬試験の情報を簡易ながら精査していた。

 

 

開発衛士を前線送りにしたことには、疑問も残る。

だがそれは、言ってしまえば感情的な話。

 

欧州派遣に際して斯衛から部隊を出すことが必要だったのは理解できるし、外地で00式を運用するのが困難なことも82式では沽券に関わることも。

 

 

帰国の翌々日には種々の業務に区切りをつけて、九段へ参拝した。

玉串を奉納し、英霊となった戦友達へ感謝とその魂の安寧を祈念した。

 

顔を知り、名前を聞いて、言葉を交わし共に軍務について。

そして見送った輩は、もう何人になるだろう。

 

 

「篁中尉」

「これは、巌谷中佐殿」

 

やって来た軍服姿の中佐と、敬礼を交わす。

 

「どうだ」

「は。まだ初見ですが…凄まじいですね。運用にはかなり気を遣いそうですが」

 

つい先ほど、統合仮想情報演習システム・JIVESで初の運用試験を行った。

 

 

試製01型大型電磁投射砲 ― 口径4600mm。全長27m。砲身長21m。最大射程150km。

 

形状としては99型砲をそのまま巨大化したものに近い。

 

数種の特殊砲弾を弾速6km/sすなわち音速の約17倍で分間6発発射可能。

 

 

戦術機全高約18m、単純平面で見た光線級の見逃し距離とされる22km。

この砲から発射された砲弾は、その距離を4秒足らずで突破する。

 

光線級は軌道爆撃によるこれ以上の弾速のAL弾すら迎撃するが、同砲では特殊弾頭に戦術機同等の対L耐熱処理を施した上で弾体部に収束爆弾を使用することで面制圧を企図。

子爆弾は光線級含む小型種を駆逐するに十分な威力を有し、落着後も地雷として機能する。

また収束弾は米軍F-14がAIM-54フェニックス にて採用しているが、同砲ではコスト面でそれに大きく勝る。軌道爆撃に対しても、軌道投入のコストが不要な点で大きく勝る。

 

但しその巨大さゆえに単機では携行と発射のみ、また電力供給用と給弾用に専用の補給コンテナが必要とされることから小隊以上での運用が基本となる。

また大気による弾体減速などを考慮すれば通常徹甲弾使用時はともかく、対BETA特殊弾頭の実用射程は60km程度と見込まれる。弾速も重光線級の見逃し距離32kmに対しては6秒足らずと心許ないものの、砲自体では理論上弾速8km/sまで加速可能であり今後の特殊砲弾の改良待ちとなる。

 

 

そしてハイヴ深層主縦坑大広間攻略用に開発された、投下型爆弾2種。

 

それぞれ収束・衝撃熱圧力爆弾で、補給コンテナ1基につき2発搭載されて経路確保の後に深部まで曳航されることになる。後者は想定される使用場所が閉鎖空間であることから使用には注意が必要とされるが、収束爆弾使用後の子爆弾処理にも活用できることから採用となった。

 

 

「さすがは名高い横浜基地、香月博士ということですか」

「ご本人の弁ではむしろ凡人の発想ということだったがな」

 

帰国してから唯依も、一通り得られる情報は得ていた。

しかし同じ追従を一蹴されたよ、と巌谷は笑う。

 

「米国がG弾に走っていなければとうに造っていただろうとも。まあ、すでにあるんじゃないかとも言われていたが」

「はあ…」

「ただ、ご本人は特に01型砲については色々と欠点も示唆されていてな」

「それは運用上のことですか?」

「それもあるが…」

 

心持ち、声を潜めて。

 

 

これが有効に機能すれば。或いはせずとも。

 

BETAを殲滅した後に待つのは、いやそれ以前にすら。

 

これを巡って、または用いて、人類同士の戦争が起きる。

 

 

電磁投射砲。その原理は昔からあったものの、動力や砲身強度の問題等が解決できず実用化には程遠かった。

それがG元素技術により実現化した今、発展と模倣の道が大きく開けている。

 

核のプラットホーム。

さらに大型化して核投射衛星群アーテシミーズを補完する対軌道地上迎撃砲。

それを転用した遠距離対空砲etc.etc…

 

 

「まさか……いや、ない話では……」

「各国の保有をかつての華府・倫敦条約の如く取り決めると言ってもな。守るかどうか」

 

小さく息を呑み思考を巡らせる唯依に、嘆息する巌谷。

米国が国連を我が意に沿わぬなら不要との振る舞いをするのは今に始まった事ではなく、一方の欧州連合もその米国の専横と国連の形骸化に嫌気しているという。

 

少し場所を変えよう、そう言って開発局片隅の高級士官用の待機室へ。

 

「米国といえばな。先の甲12号で、ステルス機を目撃したと報告が上がっている」

「!」

「記録映像を精査したがおそらく、F-22だ。また国連軍が押さえた時点で『アトリエ』には生成済みG元素が推定量の3割程しかなかったそうだ」

 

甲21号時に自らがその監視の任を負っていた唯依にすれば、その意味が判らぬはずがない。

 

「…G弾を増産すると?」

「アサバスカから回収されたG元素の総量は一切公開されていない。米製投射砲でも多少なりと使用したろうし、或いは我々と同じく大型砲を造るのかもしれん。今以上横浜に渡されるのを厭うたのもあるだろう。貴様、米国でどう見た?」

「は、邂逅した米軍部隊は教導部隊のみでしたのでそれに限る話になりますが、やはり戦術機主体でのハイヴ攻略を企図しているようには、とても…」

「ふむ…」

 

顎に手をやり考え込む巌谷を唯依は見上げ。

 

 

ユーコンで会った米軍部隊は素晴らしい手練れ揃いだったが、対BETAという意識を感じさせる者は殆どいなかったように思う。

装備機からして現在の米国最高の戦術機とはいえ、対BETAではまるで意味を成さないステルス機を寄越して。模擬戦においてプロミネンス計画の各機を圧倒する、示威行為の意図を隠しもしていなかった。

 

 

「貴様、ラグランジュ点で建造されている宇宙船については知っているか?」

「噂程度には…」

「ではダイダロス計画は?」

「調査船イカロスⅠ、でしたでしょうか。失敗したと発表を聞いた覚えが」

「…どうも実際には他星系に居住可能惑星を発見していたらしい」

「…本当ですか?」

 

欧州辺りの情報筋では周知の事実だそうだ、と。

巌谷は肩を竦めた。

 

「帝国も政府上層は知らされているだろう」

「それでは……まさか、地球を捨てて脱出しようと?」

「そう見る向きもあるが…計画を主導する米国からの、G弾で被害を受ける欧州への見せ札だと言われている。米国も世界の危機と認識しているという…播種の側面もあるにせよな。誰が本当に存在するかも不明な遠く離れた星へ行きたがる? 米国はG弾こそが最も安全かつ安価にBETAを駆逐する手段だと信じているんだぞ」

 

そもそも米国本土にはハイヴも存在しなければBETAも侵攻していない。

 

時間の問題だ、と思う前線国と米軍の一部と。

そうなる前に、と考える米軍と米政府。

 

「…中佐も、G弾の実際の破壊力は横浜の比ではないとお考えで?」

「ああ。横浜でG弾の破壊範囲が想定を大幅に下回った原因が不明な限り、楽観論で考えるのは危険すぎる。それに爆心が死の世界になるのは確定している」

 

唯依としては、父を殺したG弾なぞ絶対に認めたくない兵器。

その一方で、その有効性を見出す米軍の理屈が判らぬでもない。

 

「…米国は、強行するのでしょうか」

「いずれはな。通常戦力でハイヴを攻略したとは言え、物資は米国依存だ。戦死者含む損耗に向こうの世論も動いていると言うし、欧州が何を言おうと現状G弾は米国にしかない。戦後は一強体制になるのが目に見えている」

 

そしてその企図と実現を補強するためにも、ハイヴ非保有国である米国はG弾戦略によりハイヴ攻略の主導権を握って、G元素含むハイヴ鹵獲物を独占ないし寡占する必要がある。

或いは地政学に条件が揃う場合、一つ二つのハイヴは継続的なG元素供給源として残すかもしれない。

 

「ただそれゆえに、逆に今少し時間をかけるかもしれん」

「…欧州連合に、血を流させると?」

「そうだ。戦線を引き気味に構築したのは軍事上の良策だが、一時的な戦勝気分が落ち着いてくれば特に西独世論が受け容れるとは到底思えん」

 

そしてまた前進を欲し。

前進のためには物資が必要。

その物資を供給するのは。

 

「G弾は拒否しつつ米国に頭を下げてでも支援を願うと。交換条件はG元素ですか」

 

まるで血を吐きながら続ける持久走です、と唯依は吐き捨てるように。

特に鹵獲物に関しては、バンクーバー協定などもはや形骸化してしまった。

 

「後背国がアフリカ連合だけでは、やはり困難でしょうか」

「高度物資は難しいな。そのアフリカも欧州の搾取次第によっては国民感情も盤石ではない。連合内部でも英国はドーバー対岸の旧仏・蘭領域が安定していれば米国に傾く可能性もある。下手をすれば仏も自領域の安堵を以て戦力の供出を渋るかもしれん」

 

国家間の麗しき友情等は、BETAに踏み潰されて久しい。

こと欧州に限って言えば、元々あったかどうかも疑わしい。

 

「欧州連合は空中分解寸前と」

「そこまでは言わんが、事実上打つ手はないに等しいな」

「西独に…拠出戦力が少ないとはいえ北欧諸国は、いい面の皮ですね…」

 

唯依には旧知の瑞典軍少尉の顔が思い浮かぶ。

 

「奇妙な話ですが、少なくとも西独北欧と米国にはG弾攻勢に一定の遅延を願うという意味で利害の一致が生まれる…政治家の保身だけでなく難民の問題も考えれば無理もない話かとは思いますが…」

 

 

英国に間借り住まいの欧州各国。

欧州失陥に際してアフリカ及び豪州等に難民化して流出した自国民には帰る場所を用意しなければならない。素知らぬ顔で棄民してしまえば、唯依自身が体験したユーコンのテロで一躍悪名を高めた難民解放戦線に代表されるように、その不満が溜まってまた溶岩の如く噴き出すだろう。そして解放後の初期人口の減少はそのまま国力の回復鈍化に直結する。

その為にはG弾で国土が回復不能になる等言語道断、そうなる前に米国に頼み込んででも物資或いは戦力までも融通してもらい、祖国を奪還する必要がある。

だがそうして戦力を摩耗させ、挙げ句大きな借りを作って、漸くやってくる戦後には圧倒的国力の米国には一切頭が上がらない時代が待っている。

 

 

「難民は英仏含む欧州連合の宿痾だな、我が国でも同様だがBETAに均された国土への帰還事業は容易ではない」

 

佐渡島奪還から1年近く、なかなか復興・帰還事業は進まない。

なにしろ電気水道通信等社会的基盤が、広範囲に渡って根こそぎ破壊されてしまっている。

98年の中部・西日本失陥以来の3年間で、疎開先で居着きつつある者達も多い。

 

「とはいえ我が国はまだ良いと」

「ああ。それゆえに今後の立ち回りは重要だ」

「はい。そこで…この01型砲ですか」

 

まだ実物は、ここにはない。

その新型砲。

 

 

それは帝国の資産にもなり。また抱えた爆弾にもなる。

 

日本海を挟んだ朝鮮半島に鉄原ハイヴを睨むとはいえ。

海軍力にも砲兵戦力にもまだ多少なりと余地のある帝国は、後方国めいた状況にある。

現状欧州連合にはそこまでの余裕がない。元々の国力からして帝国以下の国々が、意見も纏まらないまま寄り集まった集合体。

 

ハイヴ攻略のみならず、戦後の情勢を見る上でも新型砲の持つ意味はかなり重い。

 

 

「国連軍の装備といっても、実際に開発しているのは我々帝国軍と斯衛だからな。香月博士はどうお考えなのか…」

 

兎に角ずっと不機嫌でいらっしゃるのは間違いない。

近々の視察の際にはご機嫌を更に損ねないよう留意せよ。巌谷はそう締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後悔しない覚悟はあった。

 

後悔する、つもりもなかった。

 

だから今も後悔はしていない。

 

ただそれが――いつか変わってしまうのが怖い。

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。地下施設。

 

ユウヤ・ブリッジスはここしばらくと同じく、JIVESでの作業を終えて管制ユニットを出た。

 

 

ほとんど幽閉に近い。

 

自分の立場を考えれば、当然の措置とはいえ。

 

死ぬな狂うな健康でいろ。

それ以外お前には許されない。

お前がどうにかなれば、シェスチナも死ぬ。

覚えておけ。

 

あの恐ろしい女ボスの言葉。

 

聴取にあたり ― 「繭」を破壊したことを伝えたら日本人とは思えない豊富な英語の語彙で罵倒され、挙げ句にもう一回アラスカに戻って10個くらい持ってこいとまで言われた。

切れ長の眼の美貌は魔女の名に相応しく、人の心がない女だ。

 

 

ともあれこの地下施設から出られず一定層から上へも行けないことを除けば、ある程度は情報にもアクセスできるし目立って監視がついているわけでもない。

 

朝起きてトレーニングルームで汗を流し、シャワーを浴びてからイーニァを ― ヤシロカスミに何か吹き込まれたのか、「わたしが、おこすー」と言っていたが一度も来たことがない ― 起こす。それがここしばらくで決まってきたルーティン。

 

その後はイーニァの相手をしたり、JIVESで戦術機関連のテストを行う。

こなすべき仕事があるのは正直ありがたい。

 

内心で適当にあだ名をつけたA-01の連中と模擬戦をしたりもする。彼女らは腕も立つが口も立つ連中で、イーニァにまとわりつかれていると犯罪者を見るような眼で見ては辛辣な言葉を吐きかけてくる。

ここには優しい女はいないのか。

 

イーニァは、不思議と女ボスには懐いている。

彼女を思い出して悲しい時は部屋に来て一緒に寝たりもするが、普段はヤシロカスミと何かの任務に従事しているらしい。

 

 

 

選択の結果だった。

 

先のことがどうなるかとか、考えもしなかった。

 

ただ、あいつの最期の時を、生まれたらしい場所の少しでも近くで過ごさせてやりたいと思った。

 

だからその後、どこに辿り着くかなんて思ってもみなかった。

 

 

 

とにかく色々と整理して考える時間もできて、先のことも多少はと――

 

 

アラートが鳴り響き、しばらくして突然の放送。

移動許可範囲を超えた、地下ブリーフィングルームへ呼び出される。

 

そこには、秘書官を伴ったいつにも増して不機嫌そうな女ボス。

 

「ハシムラ少尉、出頭しました」

「状況を説明するわ」

 

一応与えられているカバーネームを名乗れば、前置き一切なし。

 

45分前。アメリカはカリフォルニア、エドワーズから発った再突入型駆逐艦 ― HSSTが再突入直前で通信途絶。乗員の生存は絶望的と判断され遠隔での操作も一切受け付けず、電離層突破後にはここ目がけて加速をかけて突っ込んでくるそうだ。

オマケに爆薬満載で。

 

テロじゃねえか!

 

「狙撃して迎撃って…本気でですか?」

「使えるかと思った狙撃手が使えなくなったのよ。あんた代わりにやんなさい」

「超々距離どころじゃない、俺は射撃は得意だが狙撃はそこまでじゃ」

「うるさい、やれ、外すな、いいわね」

 

サポートはつけてあげるわ、ボスは言い捨てて白衣を翻し。動かせる戦術機は空中退避、基地要員は低セキュリティ地下施設への避難を指示しながら去ってしまう。

 

残る秘書官から作戦内容を聞かされるが無茶振りもいいところ。

幸いな点と言えばHSSTが落っこちて来る方角はBETA共のおかげでほぼ無人、日本国内でも帰還事業の遅れが皮肉にも奏功してジャパン・シー側にはまだ民間人があまりおらず、退避がスムーズなことくらいか。

 

とにかくつくづくテロにはエンがある、地上に出てたら巻き込まれて助からないだろう。

これは死んだかと思ったところで。

 

「ユウヤ。わたしも、いく」

 

振り返れば、強化装備のイーニァ。

ボスの命令だとは言うが決心した表情、梃子でも引かない構え。

 

「…サポートしてくれ」

「うん!」

 

これで失敗も死ぬことも出来なくなった。

満足げなイーニァを連れて指示されたルートから、久々の地上へ。

 

夕刻 ― 重い駆動音と共にHSST打ち上げ用カタパルトを上昇していくリフト上で、見下ろせば眼下に広がるは廃墟のヨコハマ。

だがそれでも、アラスカに劣らず日本の夕陽は美しかった。

 

乗り込んだ機体はType-94。国連軍塗装のブルー。A-01の連中と同じだ。

管制ユニットは当然単座、イーニァを前に抱く格好になる。

 

乗機の傍らには巨大なライフル ― 試作1200mm超水平線砲。通称OTHキャノン。

電磁式ではなく火薬式多段加速によりマッハ5の弾速を実現。衛星とのデータリンクと特殊砲弾内の2発の制御用炸薬により、地平線下の目標を狙撃する。発射数は3。

 

例のレールキャノンが使えりゃよかったんだが…

 

仰角を取っていくリフトの上、ブローンでバイポッド装着のOTHキャノンを構える。

あの大口径レールガンは、まだJIVESでしか扱っていない。実物があるのかどうかも知らない。もっとも諸元からして射程は足りない。

 

ステラにコツでも聞いときゃ良かったな。

 

そういえばシャロンも眠らないかどうかは知らないが、「山猫」の異名を取っていた。

 

「――こちら指揮所、CP。聞こえますかヘルメス01」

「こちらヘルメス01、アイムインポジション」

「…ヘルメス02、諸元を転送します…」

「りょうかいっ」

 

驚いたことに管制するのはヤシロらしい。

 

「イー…、ヘルメス02経由で各種情報を送るわ。直に入れたらあんたの脳ミソじゃパンクするから」

 

バカだって言いてえのか。

 

「基本スペックが違うのよ、だからってあんたが賢いわけじゃないけどね」

 

心を読まれた。割り込んできた女ボスに。

ついでにひどいことも言われる。

 

「いくよ、ユウヤ」

「ああ、頼む…ッ!?」

 

イーニァの言葉に続き。

突然空中に放り出され――た感覚、数字と映像の奔流が思考を埋め尽くす。

んーと、とイーニァの声がすると徐々にそれらが収まり ― 光の世界へ。

 

これが、イーニァ達が見てる世界なのか…?

 

通常の視界に戻り、だがそこにいくつかの光芒がオーバーラップする。

 

「…相対位置、速度…現地点風力…着弾時風力…コリオリ力入力…」

 

各種データを演算していくヤシロの声、視界に微かに像を結び始める赤黒い光点。

 

あれか!?

 

「…衛星制御はこちら、トリガーはそちらに…目標の電離層突破まで5、4、3…」

「ユウヤっ」

「了解…ッ!」

 

トリガーを引き絞る。巨大なマズルフラッシュ。

OTHキャノンはオートマチック、手動装弾の必要はない。

 

着弾まで…30秒と少し………――外した!

 

「…目標噴射加速開始…落着予測142秒…高度60km…」

「きょり500きろ。照じゅんほせい…いいよ、ユウヤっ」

「――当たれよ!」

 

ヤシロとイーニァの導き、目標を示す光点は大きくなっている。

二度目の発射、視覚と聴覚を襲う発射光と轟音。

 

「…目標健在…落着予測110秒…」

「くっそ…!」

 

喉が渇く。手が汗ばんでいるのも判る。

 

「ユウヤ」

「ああ、わかってる…!」

 

こんな時にもこちらを気遣う声。

 

死なせるわけには。

イーニァまで、死なせるわけには。

 

そのイーニァが導く光芒の世界、赤黒いあれは…人の悪意か?

迫り来て巨大化する、その急所へと。

 

「行けぇっ!」

 

三度のトリガー、砲口が雄叫びを上げて――

 

「――命中っ…」

「やっ――」

「ダメよ、止まってないわ! 爆発しない! 機首に!?」

 

なんだと!?

 

割り込むボスの叫び―

 

まだ肉眼で見える距離じゃ――

だがイーニァの視界では確かに――

弾丸は、砲身は――無理だ!

砲を捨てて離脱を―――

 

 

「…いや、十分だ」

 

 

!?

 

遙か下方、基地の方から。

 

天空へと一条の軌跡が伸びて。

 

「命中を確認! 次弾、砲は保つか!?」

「…こちらホーンド03。一式弾装填完了」

「無茶するな中尉、爆発するぞ!」

 

回線に飛び込んだ聞き覚えのある女の声と。

知らない男の声。

 

「タ――…!」

「…目標の撃破を確認しました。…次弾必要なし…作戦、終了です」

 

名を呼びそうになり。

ヤシロの冷静な声に引き戻される。

 

お、終わった…のか…?

 

極度の緊張からの解放。

脱力しかけて、同じく大きく息をついたイーニァの頭を撫でてやる。

 

「いまの、ユイ?」

「…ああ、そうだな」

 

ゴゥン、と響いて94式ごと乗せられていたリフトが下降を始める。

こちらから通信を呼びかけるのは…まずいだろう。

 

眼下の基地滑走路にはUNカラーの青いF-4改修機。ゲキシンって言ったか。

 

格納庫に背を預け、ニーリングで長大な砲 ― 例の大型レールキャノン ― を構えて最大仰角を取っていた。砲からは極太の電源用と思しきケーブルが背後二つ向こうの格納庫へと続いていて、試作兵器を無理矢理に持ち出したのだろう。

 

そしてその砲の機関部は放電を開始していて――青いF-4がそれを放り出して跳躍するのと、砲が爆発四散するのはほぼ同時だった。

 

その衝撃と破片をまともに受けて、飛び上がりかけていたF-4が仰向けに落下する。

 

「お、おいっ」

「中尉!」

「…こちらホーンド03。問題ない」

 

小揺るぎもしない声。煙を上げるF-4から。

全身に破片が突き刺さり…いや、両主腕で胸部を守ったのか?

 

つっても装甲の厚いF-4じゃなきゃヤバかったぞ…

 

「…いい腕ですね」

「…いや」

「そちらが命中弾の諸元を送って下さいましたので」

 

トリガーを引くだけでした、しかし無茶をやる、とユイの言葉が聞こえる。

 

なんでタカムラ中……いや、中尉で良いな、がいるのか。

 

「…ま、いいところを持っていかれちまったか?」

「うふふ…ユウヤも、かっこよかったよ」

 

向き直って抱きついてくるイーニァを受け止め。

大きく息をついてユウヤは今度こそ脱力した。

 

下降していくリフトから見やる日本の空。

陽はほぼ沈み、残照が闇色の夜の支配に抗して群雲を茜色に染める。

 

美しい光景だ、と思った。

そして決意もまた、新たにする。

 

 

欲して、求めて、辿り着いた場所ではなかった。

 

だがそれでも、今この腕の中の生命の温もりを。

 

共に戦ってでも、守り抜くことが今の自分の役目だと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

セキュリティレベルが高い地下施設といっても、自分たちが入れる浅い階と見た目は変わらないな。

施設内廊下、鎧衣美琴はBDU姿で膝を抱えて座りながらそんなことを思った。

 

同じく隣に座る、べそをかき続ける壬姫の背をさすりながら。

 

 

8日前 ― 第207衛士訓練小隊B分隊は二度目の総合戦闘技術評価演習に挑み、不合格となった。

最終的には、指定時間に間に合わなかった。

そこに至った過程はもう思い出したくない。

 

 

当面は自主訓練の事。

二度の不合格で放校、というのは確かに明言はされていなかった。

それでも逆に投げやりにさえ思えるそんな指示を受けた。

 

この扱いで、自分たちの置かれた立場を思わない者はいない。

榊千鶴と彩峰慧は退校・除隊申請を出したそうだが受理されず。

 

その後自主訓練を欠かさないのは榊千鶴と御剣冥夜、そして自分の鎧衣美琴だけで。

彩峰慧と珠瀬壬姫はそれぞれ、理由なく、体調不良として出てこなくなった。

 

 

分隊はもう、完全にバラバラだ。

 

正直一番の原因は千鶴と慧の仲違いに始まるが、勝手が過ぎる慧は不要に千鶴を煽り。煽られた千鶴は過剰反応で慧といがみ合う。慧を意識しすぎる千鶴はより頑固になり、そんな千鶴の指示を慧はもはや最初から聞かない。

壬姫はやはりどうしてもプレッシャーに弱く、ここ一番では必ず大きな失敗をしでかす。

冥夜も元々弁が立つ方ではないし、そして自分にしても仲を取り持つ気持ちはあっても、深入りしすぎれば逆効果だしとその手段が判らず。

 

 

無理もないよなあ…

 

ぐずぐずと泣き続ける壬姫の丸まった背をさすりながら。

滅入る気持ちは自分も同じ。美琴は息をつく。

 

ほったらかしにされていたと思ったら、今日になってテロ染みた…というかテロが起き。

 

折悪しく…それとも? とにかく視察に来ていた国連事務次官・実父の珠瀬玄丞齋に二度の落第を知られた上。

落下してくるHSSTを特殊装備で、乗ったこともない戦術機に乗って超々距離射撃しろと命じられた壬姫は、皆の眼前でパニックを起こした。

 

愛する父に言えずにいた落第の事実、それを知られてしまったストレス。

加えて狙撃の成績が群を抜いていたからという理由だけで命じられた困難極まる任務の重圧に、耐えられなかった。

 

突然走って逃げた壬姫を分隊で手分けして追い――美琴が彼女を見つけたとき、総員へ退避命令が出た。

 

 

そして命令に従い壬姫を地下へ引っ張り込み…やがて、警報は解除された。

 

「…迎撃、成功したのかな?」

「…」

 

まだ俯き時折しゃくりあげる壬姫の手を取り肩を抱くようにして指示されたゲートから他の避難者たちと共に外に出る。

 

周囲は既に夜の帳。

人員が避難していた基地は一部を除いて照明が点いておらず、普段にもまして暗く感じる。

 

200mほど向こうか、半壊した巨大な砲の傍ら仰向けに倒れる撃震が一機。

あれで迎撃したのかなと美琴がそちらを見やると。

 

「え…?」

 

夜に溶け込む、黒の強化装備。

 

近づいてくるその彼の顔、見えてくるに従って美琴にはまさかの思い。

 

知っている顔だ。

といっても知人ではなく、有名人だから。新聞などでは何度も見た。

 

思わず立ち止まり。やって来た彼もまた立ち止まった。

彼の方が大分背が高くて、美琴からは見上げる格好になる。

 

「あ、あの…」

 

おずおずと声をかける。

やって来た黒の衛士は、無表情のまま。

 

「…気にするな」

 

項垂れたままの壬姫の頭に、手を置いて。

 

「…ふぇ…?」

 

無理なものは無理だ、と。

 

「…お前のせいじゃない」

 

呟くように言い、すれ違うように歩み去る。

 

呆気にとられた美琴と今のが誰だったのかをじんわりと理解し始めた壬姫が顔を見合わせ、

 

「み、壬姫さん、今のって……し、知り合いなの?」

「ちちち違いますぅ、で、でも…っ」

 

音がしそうな勢いでそちらを向いた時には――黒の衛士は駆け寄ってきていた山吹の斯衛と中佐の階級章をつけた帝国軍人と共に、格納庫へと入って行ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

深夜。

国連軍横浜基地副司令香月夕呼大佐待遇博士は、ようやくに自らの地下執務室へと戻れた。

 

まだ椅子へとは座らず。

散らかる机上には、先ほど下がっていった秘書官ピアティフが煎れてくれたコーヒー。

湯気を立てるそれをソーサーごと持ち上げるも、小さく震える指のせいでカチャカチャと音を立てた。

 

「……ッ…」

 

歯を食いしばる。

 

震えは恐怖のためなんかじゃない。

自分への失望と、屈辱のため。

 

 

今日の出来事 ― 事務次官殿は無事の決着は既定路線かのような口ぶりだったが…夕呼は信じていない。

彼は第4計画支持派のはずで、その証として娘を預けている…はず。

 

 

国連を一つの軸としつつ、世界の各国を巻き込んで。

 

現状の国連・日本の第4計画。

米国、南米・アフリカ諸国の第5計画。

そして欧州連合とオセアニアの反オルタ・プロミネンス計画。

 

 

今回のテロ騒ぎ…誰が主犯かしらね…

 

結局コーヒーには口をつけないまま、どさりと椅子に身を預ける。

 

 

今夏のアラスカ・ユーコンでのテロ。

ある程度手を回しはしたが、打撃を受けたのは反オルタ・プロミネンス計画派…のはず。

 

そして自爆覚悟のBETA阻止計画・レッドシフトが発動していれば ― 当の米国も非難はされるだろうが、内密とはいえそれを承知で租借してきたソ連の被害は甚大極まり、米国内世論もBETA脅威論が拡大していくはず。

 

そして今回、第4計画の本拠地たるここ横浜基地の破壊をもくろむテロ。

成功していれば第4計画派は大きく力を削がれ、またたく間に第5計画へとシフトしていっただろう。

 

 

となれば…やっぱ第5計画派ってことかしらね…

 

それが判ったところで、反撃の方法が、こちらにはない。

天井を仰いで眉間を揉む。まとまった睡眠を取ろうにも、精神的なささくれが酷くて疲労が抜けない。

 

 

自分に、敵が多いのは知っている。

というか味方は殆どいなくてあとは全部敵だ。

 

17で飛び級して帝大に編入し、その後は研究の傍ら権謀術数の渦巻く世界へ否応なく入る羽目になり。以来能力と実績と先見性とで我が道を切り開いてきた。

 

 

「それもどうやら…年貢の納め時ってやつかしら」

 

力ない自嘲。

 

 

進まない研究。

一辺が10cm以下程度のサイズに150億個の並列処理装置を納めてこそ、00ユニットの核心部たり得る。

それが不可能、何かが足りないのか。或いは基礎的な部分で何かを間違えているのか。

 

窮余の一策として貴重極まる持ち駒を危険にさらしてまで別の手札を求めたが、0点とまで言わぬにしても合格点にはほど遠かった。

ソ連は第3計画の遺産・ESP発現体を純粋な戦闘用にするつもりらしく、手に入れたシェスチナの名を持つ個体は演算能力等よりそちらに特化していた。

「繭」とかいう身体改造及び薬物洗脳処理された「装置」が10個もあればまた新たな展望が開けるかもしれないが…無い物ねだり。どのみちそちらも戦闘特化にされているだろうし。

 

そして今回の件で、「火事場泥棒」も何人やって来たことやら。

今夏あの欧州からの機械仕掛けのムッツリスパイに停滞者は炙り出させたし、今も社に出来うる範囲で洗わせているとはいえ。

 

 

なんにせよ、もう時間がない。

 

 

欧州でのハイヴ攻略は成功裏に終わったが、予想通りと言うべきか、当の欧州連合軍にも有志参加の米軍にも大きな損耗が出た。

 

米国は通常戦力でのハイヴ攻略に、これまで以上に否定的になっていくだろう。

そして米国の潤沢な物資がなければ、万全な兵站は望むべくもなくなってくる。

危険を冒してリヨンのG元素確保に走ったのも、それらを見越してのことだろう。想定より遙かに少なかった「アトリエ」の鹵獲物、その報告も受けている。

 

 

G弾、投射砲、それに…宇宙船も増やすつもりかしら。

 

「でもそうなると……いくつかハイヴを残すかも」

 

すでに自ら第5計画への移行が所与となっている思考に気付いて、ひとり苦笑。

 

戦後の世界、なんてものが今まで通りに来るもんですか…

 

そちらの試算には自信があった。

当の本命の研究は進まないというのに。

 

 

局所的にならば、G弾が20発程度爆発しても許容範囲だろう。

 

だがユーラシアのような広範囲に渡って、しかも計画通り一次二次と短時間に連続して一斉投下し起爆した場合、その重力異常は連鎖的に深刻な被害を地球にもたらす可能性が高い。

その場合あくまで試算ながら、発生した重力偏差により、海水面は自然現象では起こり得ない規模で偏り海底が露出する一方大津波が発生し、また大気を喪失する領域すら出現するかもしれない。

それらがBETA大戦によって人口が集中している地域を襲った場合…「人類」として壊滅的な被害となる。さらにいえば、そこまでやってもBETAを殲滅できる保障がない。

 

米国のG弾戦術はハイヴ内外のBETAをG弾によって一気に排除した後、留守に等しくなったハイヴに攻め入りアトリエ及び反応炉を抑えるというもの。

しかし試算通りに、G弾投下後のハイヴが大津波により水没したり大気のない状態に変化したりすれば、戦術機を含む従来兵器では制圧どころか進入することさえ困難になる。

事実この横浜においても、G弾投下後のハイヴ進入の際には少数ながら残存BETAが活動しており、さらに「反応炉も生きていた」。

 

 

すなわち、第5計画のプラン通りG弾を一斉に大量投下すれば。

 

人類に残されるのはBETAを駆逐し終わった平穏な地球などではなく。

 

より減少した生存圏に、攻略不能となったハイヴからBETAが押し寄せる地獄が。

 

 

「…」

 

ノックの音。

応答して入室を許すと入ってきたのは、銀の髪に白皙の無表情な。

 

いや――普段とは少し、様子が違う。

 

「――今、よろしいですか」

「…? 珍しいわね。いいわよ、『あの子』になにかあった?」

「…いえ。……でも、そうかもしれません」

「…?」

 

 

想像だに、し得ないことも起きるもの。

 

 

 

 

 

「――『尋ねびと』が見つかった…かもしれません」

 

 

 

 

 

 

香月博士の地下室からは、この夜、照明が落ちることがついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます。
いつも拝見して励みにさせて頂いてます。

またよくわからない方向に行きましたw

うっかり始めて大失敗、マブラヴって戦闘ないんだなあと
もっとこう、どかーんばきーんずばーっ、ふっ戦いの道に女は不要きゃーかっこいい、というお話になる…と思ってたんですけどw


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Muv-Luv UNTITLED 07

2001年 12月 ―

 

 

吐く息はとうに白く。

例年に比して気温は低い。BETAによる地形変化が齎すものか ― 気象の変動は未だ予測がついていない。

 

日本帝国帝都。斯衛軍第16大隊北の丸駐屯地。

 

昨年の今頃は新兵器・電磁投射砲の実戦試験と甲21号への準備で、一種異様な熱気に包まれていたことがまだ記憶に新しい。

 

赤服の斯衛、真壁介六郎は窓の外の冬枯れを見ながらその痩身で廊下を進む。

 

「失礼します」

 

ノックの後入室した部屋の主は、勲章の付いた青い斯衛服に身を包んで、きちんと執務机の椅子に座っていた。

ただ横を向いて頬杖を突き、何やら思案げな。昨日もこうだった、もう2日目になる。

 

「閣下。横浜でなにかございましたか」

「ああ。だが大分思案も纏まってきた」

「左様ですか」

 

 

先月末、テロに遭った国連軍横浜基地。

開発局の任務で居合わせた、かの中尉が魔女殿からの書簡を携えて帰隊したのがその2日後。

それを受けて一昨日、斑鳩公崇継は国連軍横浜基地を訪れた。

当然介六郎も同行したが、肝心の会談の際には人払いをとの願いを主が受け容れた為席を外していた。

会談は思いの外長引き、午前中の訪問だったが短い休憩を挟んで夜まで続いた。

 

 

話しても良い、伝えるべきとお考えになればそうなさるだろう。

故に介六郎は実務に終始し、手にしていた書類の確認を崇継に願った。

 

「調練も順調のようだな」

「は、新装置の習熟は進んでおります。皮肉にも、甲21号後補充の経験浅き隊員の方が馴染みが早い場合もあるようで」

「我らの歳で老いた等と、それこそ老害共に聞かれたら鼻で笑われような」

「然り。とはいえ82式でこれ程かと皆驚いておりますのも事実」

 

介六郎が見やる窓外、駐屯地の前庭には立ち並ぶ鉄の巨人の威容。

白色塗装の82式 瑞鶴が4機、16大隊装備機の00式 武御雷に交じって屹立している。

第1世代機に分類される82式は、その完成時には折鶴が如く端正と賞されたものだが00式と並べると、その装甲厚ゆえに無骨な荒武者といった佇まい。

比較試験の為に他部隊から回させた物だが、その結果は十分すぎるほどだった。

 

「軍はどうなっている」

「富士の教導隊にはすでに送られているようで。元が94式でしたので、あちらは早いでしょう」

「ふむ…」

 

コツ、コツ、と。崇継が白手袋に包まれた指で、机を叩いた。

僅か呟き、まだしばらくかかるか、と。

 

「…」

 

その静寂はおよそ、10秒程か。

 

介六郎は、主の思案を妨げぬよう沈黙しながらふと、机上の書籍に目をやる。

ぽいと打ち捨てられたようなそれ。題名は「日本帝国改造法案大綱」。

 

「城内に連絡を。近々、御時間を頂戴したいと」

「は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

帝都。師走の慌ただしさは、もう其処彼処に。

龍浪響少尉は、夜の街にいた。

 

 

欧州からの帰還後、原隊復帰を書類上だけで済まされ分隊ごと帝都駐屯地へ仮配属。

その理由はハイヴ攻略最終段階で見てしまったあのステルス部隊のせい ― 本来なら会うこともないお偉方にあれこれと聴取を受ける羽目になった。

 

 

とはいえ飛び入りの後入りだったのに帝都城で挙行された派遣兵団解団式に出席し、煌武院悠陽殿下のご臨席の下おことばを皆と一緒に直接頂戴する栄にも浴した。

その後はしばしの休暇も得られ、久しぶりに実家に顔を出すことも出来。

 

そして基地に入っていた連絡は、折良く所用にて配属先の九州から帝都へと来ていた同期のひとりからだった。相変わらずあれこれ見ているというか、耳が良いというか。

 

「おーう! 生きてたか、英雄!」

「お前までそういうこと言うかよ」

 

待ち合わせた同期・松風諒一少尉は会うなり手を挙げ、肩を組んできた。

二枚目よりちょい下の優男風の顔立ち、性格は軽めでやや皮肉屋。

 

「ちゃんと野戦服で来たな? よしよし」

 

軍服はやめろよ、でも野戦服で来い。そう指定してきたのは松風。

 

その方がモテるし、マケてもらえる場合だってあるんだぜ。

ましてやお前さんは、「巨大種殺し」だからな。

 

実家に戻った時に見せられたしばらく前の新聞に、カチコチに緊張した軍服姿の自分を見たときは頭を抱えたくなった。

 

 

見出しに「ス伐討ヲ種星異大巨種新 軍国帝ルス戦勇」。

そして小見出しには「勲殊尉少浪龍 隊遣派州欧行先」。

 

BETAの詳細な姿自体は一般には伏せられているため、乗機89式が参考写真的に併載され。

駐屯地で広報隊の取材を受けたときのものだが、面倒事はお断りだとばかりに斯衛の中尉殿は何も言わずにさっさと姿を消していた。

 

 

「やめろって。俺はただ、ついていっただけだからな」

「おーおー謙虚だねえ。ま、いいや。行こうぜ行こうぜ」

 

まずは一杯、と連れだって飲み屋街へ向かう。

最初から色っぽいところへ行かないのは昔と同じ。

 

適当に選んだ居酒屋へ入る。さして広くもない店内はそれなりに混んでいた。

 

カウンター席に着き、お通しに麦酒、焼き物に揚げ物。

大方は合成食で、いちおう魚屋の小倅の端くれくらいのつもりの響には、魚料理はとても食えたものじゃない…わけでもなく。

 

「ひでえからな、欧州の…ってか特に英国の合成食料は」

「おー、噂には聞くけどな」

「米国のも正直…まあ日本人には日本が一番だよ、やっぱり」

 

あの本物の牛肉は、別格として。

乾杯の後には、気のおけない友人の会話。近況も交えて。

 

「んで、浅葱は?」

「ああ、遺骨は俺が実家に届けたよ。弟がいてさ…」

「そうか…そりゃキツかったな。骨があったりすんのがいいとも限んないな」

「そうだな、でも衛士目指すって言うんだぜ。負けん気が強いのは浅葱と似てたよ」

 

死んでしまった者は戻らない。

残った、残されたものは悲しみを抱えてでも戦って生きる。

 

「しかし…おい、帝都ってこんなだったか?」

「あー、さすがに、わかるか?」

 

半年以上ぶりの日本と帝都。

 

少しだけ声を潜めて問えば、松風も心得たもので。

皮肉げにわずか唇を歪めた。

 

「俺も九州から戻って驚いたぜ、こんなイケイケだったかなってさ」

「なんでだ?」

「さあて、お前さんらのせいでもあるんだぜ?」

 

また松風は小さく笑い…いや嗤い、麦酒のジョッキを傾ける。

 

「破竹の勢い! 赫々の大戦果、世界に冠たる我が帝国軍!ってな」

「…そんなことになってんのか…」

 

戦場が遠くなった帝都は、浮かれている。

響にはそう感じられた。

 

「いやま実際、佐渡島に続いてリヨンだろ、おまけに欧州軍は大打撃だったらしいが帝国軍は比較軽微だったってな」

「軽微ってお前…2割喪失だぞ。斯衛の人なんて…」

 

隊長さんが自爆して、最後の退路を守ったのだ。

千堂少尉は多少なりと話したりした間柄だったらしく、けっこう沈んでいた。

軌道降下兵団の人たちとだってそこまで近しくなる機会はなかったが、それでも同じ釜の飯を喰った仲。

 

「んなこと一般人に判りゃしねえよ。外国と比べて凄かった、ってだけで十分なんだよ」

「ってもなあ…」

「ねえお兄さん達。あんたら、軍人さんかい?」

「おー、おばちゃん。よく聞いてくれました、こいつの顔、知らない?」

 

やめろよ、と言うのに。

カウンター内から女将と思しきおばちゃんにかけられた声に松風が反応する。

そしてしばらくのやり取り、あー! ええ、本当?などとちょっとした騒ぎになる。

 

こそばゆく思うよりも、居心地が悪い。

響は正直そう思う。

そんな器じゃない、大体ハイヴ侵入後はほとんどなにもしなかったし、と。

 

「なんか思ったより小さいんだね」

「…」

 

おばちゃんの心ない一言に深く傷ついたが、まあそれなりに楽しく過ごし。

 

勘定も少し負けて貰ったりして、泡の出るお酒の後は泡の出るお風呂でもどうかと。

少し酔った頭で松風とまた連れだって店を出た。

 

寒風がやや強く、野戦服のブルゾンの前を閉じ。

そして色町方面へ向かう途上、やや薄暗くされている料亭街を通りかかる。

 

向こうから歩いてくる一団、5、6人組。

軍服に軍帽、外套姿に軍刀まで提げて。酔っているのか喋りながらも軍歌を歌っているらしい。

小さくも鋭い女の声で、飲み過ぎだぞとも聞こえた。

 

「…やだやだ」

「――おい貴様、今何と言った」

 

バカ松風、と止める間もなく。

ちょうどすれ違うとき、わざわざ聞こえるようにか言った松風の呟きを聞き咎められる。

 

「いーえ、何も言っておりません」

「ふざけるな。貴様何処の隊だ」

「やめろ栗原。そっちの貴様らも、さっさと行け」

「止めるな駒木、貴様らぁ」

 

いきり立つ士官 ― 階級章は中尉 ― を止めようとする女性士官、そして素知らぬ顔で通そうとする松風。

 

こいつこんな喧嘩っ早い奴だったか!?

 

面倒事になる前にと響は松風の腕を引き。

しかし制止しようとする、眼鏡をかけて冷たく厳しくもどこかしら線が細い印象の女性士官を無視して、絡んできた中尉が松風の胸ぐらを掴んだ。

 

「貴様等の様な柔弱な連中がだなぁ!」

「ちょっ――」

「――何をやってる」

 

低く重い声。

すぐそこの料亭から出てきた、スリーピースの男性。

響には見覚えがある、つい先日聴取にも立ち会っていた人で。

というかその強面に向こう疵、帝国軍の衛士なら知らない方が珍しいはず。

 

「い、巌谷中佐殿」

 

慌てて背筋を伸ばして敬礼、隣の松風も倣う。

軍服外套連中も同じく敬礼したが…形だけ、という雰囲気が伝わる。

 

「往来で騒ぐな。軍刀まで提げおって、何を考えてる。何処の隊だ貴様ら」

「はッ、失礼しました。自分は帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団第1戦術機甲連隊・駒木咲代子中尉であります」

「防衛師団が帝都で揉めてどうする」

「は! 失礼しました!」

「…チッ」

 

絡んできた中尉殿が聞こえよがしに舌打ち。

 

「不満か、貴様」

「いえ滅相も御座いません、中佐殿こそ日頃より国費開発の新装備を公家様方へ次々に回しては尻尾を振られるにお忙しい中斯様な夜半まで鉄砲遊びとは恐れ入ります」

「栗原!」

「…ほう」

 

数カ所つっかえつつの長口上、女性士官の叱責。

巌谷中佐殿の後に続いて店から出てきた洋服姿の若い女性、彼女を揶揄して言ったのだろうが、

 

「貴様…!」

「いい、篁中尉」

 

遠慮のない大声が当然聞こえたのか出てくるなり明確な怒りを瞳に宿した女性を、中佐殿が制する。

しかしその名を聞いて、女性士官を除いた軍服外套組が何やら囁き合った。

 

「篁家と言えば、鍛冶屋上がりが癒着で財成し摂家類縁の血筋を買ったと名高い、あの篁家様ですかな」

「なん、だと…!」

「新型機を持ち出されたにも関わらず早々にご戦死なされた主家筋の崇宰も、中々ご当主が決まらぬとか。折角の散財が無駄になりましたな」

「貴、様…ッ!」

「やめろ磯部! 中佐殿、申し訳ございません、ここは」

「…駒木といったな、さっさとその酔っ払い共を連れて帰れ。俺の亡き友を侮辱したことは特別に聞かなかったことにしてやる。二度はない」

「は! ありがとうございます、行くぞ貴様ら!」

 

敬礼した駒木中尉が叱咤し先頭になり、軍服外套組が去って行く。

その去り際に唾でも吐きそうな勢いで。

 

おいおい、上官に…

 

なんて怖いもの知らずな連中だとも思うが、本土防衛軍の帝都防衛師団といえば参謀本部隷下で精鋭の集まりだ。

元々は同じ陸軍とはいえ、現在では陸軍技術局所属の巌谷中佐殿とは命令系統も違う。

そして当の陸軍自体の実戦力たる本土軍・大陸派遣軍は双方共に、前者は98年の本土防衛戦から今年の佐渡島までに、後者は91年の東亜戦線への派遣以降で大半を損耗した後、本土防衛軍にそのほとんどが移籍吸収されてしまっている。

響のドレイク分隊にしても、元々本土軍所属だったものが未だ宙ぶらりんのままで、甲21号成功後に組織の改編が急がれているがそれもなかなか進まない。

 

「とんだ跳ねっ返り連中だな…」

「中佐殿…」

「なんだ唯依ちゃん、歳も考えず大立ち回りでもすれば良かったか?」

「いえ、それは」

「貴様らも、…龍浪少尉か?」

「は」

 

逃げられるはずもなく。やっぱ覚えてますよね。

視線に答えて敬礼すれば、松風も同じく。

 

「中佐殿、お知り合いですか」

「ああ。彼が『巨大種殺し』だ」

「なんと…斯衛軍篁唯依中尉だ」

 

こ、斯衛かよ。

 

なんか妙に縁があるなと。私服女性のぴしりとした敬礼に慌てて応える。

またしても年の頃は同じくらいなのに、妙に気迫というか迫力がある。美人なのに。

 

「しかし防衛師団の風紀はどうなっているのです」

「今の帝都じゃ軍服姿の方がドスが利くんだろうさ」

 

中佐殿にちらりと見られ。

カッチリと制服ではないとはいえ居心地は悪い。

 

「…たぶん、いえおそらく将道派の連中だと思います」

「ン…貴様は」

「松風諒一少尉であります! 龍浪とは同期です」

「そうか。――そうか、あれがな」

 

連中が去って行った方を見やる中佐殿の眼が僅か細められ。

 

「俺も尻で椅子を磨く時間が長すぎたな。どうも軍の実際を掴み損ねている」

 

 

行って良し。但し程々にな。

 

中佐殿にそう言われ。

ちなみにその後行ったお風呂屋さんでは、しっかりとでっかい地雷を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

年の瀬を控えて、新年の諸行事に向けての準備を進める帝都城。

師走の慌ただしさの匂いの中に。夜半、青の斯衛は赤服の供回り1名のみを引き連れて現れた。

 

「御時間を頂戴し恭悦の至り」

 

薄暗く照明された室内。御帳台、三尺足らず巻き上げられた内御簾の向こう。

磨き上げられた板敷の上に互跪する斑鳩公崇継を、政威大将軍・煌武院悠陽は見ていた。

 

「斑鳩公、表を。私も摂家の長として扱いを」

「御意…では畏れながら」

 

す、と上げられるよく知る顔。

どこか茫洋としたその眼差しは、奥底の鋭利さを隠したものだとも悠陽は知っている。

 

 

世が世なら、自分等より余程将軍職に相応しかった筈。

 

乱世の雄で、治世の賢君でもあったろうに。

 

只お飾りとしておくには、余りに才気が在り過ぎた故。

 

 

真壁、とその姿勢のまま崇継が差し出した手に。正座して軽く俯いたままの供回りが資料を差し出した。

 

「まずはこちらを。要約のみ御目通しを」

「はい…」

 

同じく侍っていた近侍、赤服の眼鏡姿の麗人衛士・月詠真耶が受け渡しを担う。

資料は日本語。英語でも読書会話に支障はないが、母語に越したことはない。

そして。

 

………これは……!

 

「…真なのですか」

「推論ではございましょう」

「当たるとお考えか」

「さて、ま…なんとも」

 

崇継のくだけた態度に月詠の気配が硬化した。

かつては指揮下にいたこともあると言うが。

 

「盲信の要はなくとも備えて憂いはないかと」

「その根拠は奈辺に」

「魔女殿は日の本を愛してはおらぬ故に」

「斑鳩公…」

 

月詠、と崇継の物言いに声を上げた真耶を控えさせて。

 

国や組織と言った集団自体に帰属意識がまるでない人間がいることが、特に武家の人間には理解し難い。瑞穂の国の天土の恵みに感謝し、父祖を念うことを幼少の砌より身に染み込ませてきたが為に。

 

「あらゆる意味で謀る要がないと」

「御意。おそらく魔女殿が愛するは、人類と、この世界」

「…なんとも器の大きい話ですね」

 

尤も学者故に自らの言説の正しさを証したいとは思うでしょう、と――けれども。

 

「とまれ國軆護持に汲々とする我らなぞ何とも滑稽な存在に映っておるに違いない」

「斑鳩公!」

「よい、月詠。広き意味での国体ならば私はそれを恥とは思いませんが、斑鳩公の存念は如何に」

「なに、大それたものは何も。魔女殿の折角の御厚意ゆえ御相伴に与るのも佳いかと」

「…民には」

「知らせて何とします。徒に恐慌を呼ぶがお望みと?」

「公、殿下に対し…!」

「控えよ月詠。……他国はどうなりましょう」

「さてそれは。警句を容れるか虚言妄言と断ずるかは夫々でしょうな」

 

逆に我々とて空振りでない保障はないと、韜晦を仄めかすかのような崇継の声。

寧ろ滅びてくれて良い。そう言いかねない冷たさは、自分には到底ない。

 

己より一枚も二枚も上手の相手、その内心を伺う術も。

 

「政は」

「摂家と内閣には此方で」

「成算はおありか」

「摂家は兎も角、内閣には耳打ち程度。しかし榊総理は現実路線ゆえ。魔女殿からも一言添えて戴く由にて、何やら元来知己であった様子」

「私の役目は」

「殿下にはその暁に大詰にて民に号令を願いたく」

「……いいでしょう」

「殿下…」

「よい、月詠」

 

気遣う素振りの真耶を制する。

彼女の忠義に疑いはない。

 

 

己には、一片の権限すらない。

ただ、偶像としての自らに、価値がある事程度は自覚している。

 

民を想うが故とはいえ。

近い未来の危険を知りつつ、その時が来たる迄沈黙を守らねばならない。

そして万が一のその時が来たれば、権限を越えて民に呼びかけ煽動せよと。

 

 

「…斑鳩公、よもや他念がおありではなかろうな」

「月詠…」

「殿下、差出口をお許し下さい。公、しかし昨今の民の過熱振りたるや動もすれば行き過ぎ。その掣肘に殿下の玉体を晒す御心算か」

「殿下を政争の具に貶めよう等とは思っておらぬ」

「信じられませぬな」

「変わらず手厳しい。なら本音を申せば、斯様な面倒事など纏めて放り出して揚屋にでも詰めておりたいところよ」

「斑鳩公!」

「そう怒るな、…真壁」

「…は」

 

頭を下げたままさらに小さく一礼し、赤服の介六郎が音もなく辞した。

そして程なく戻ったその手には、朱の三方に青の袱紗。そしてその上には、黒塗りの鞘に納められた一振りの太刀。

 

それを一見した真耶が、警戒するより僅か瞠目する。

そして崇継は無造作にそれを掴み取ると、その真耶へと突き出した。

 

「我が伝刀、流星天破。殿下にお預け致そう。御心に背きし折にはこの素っ首刎ねられよ」

「な…」

「武家斯衛すら一枚岩に成れぬでは、来る国難は乗り越えられまい」

 

固まる真耶に、悠陽は自ら御簾を潜った。

そしてずしりと重い斑鳩当主の証をその手に。

 

 

魔女殿の推論が当たらずとも。

今、座視するのみでは日の本は沈んで行こう。

それをさせぬ為には。

 

武家の復権、復古の到来。そんなものでは無く――

 

 

「その覚悟…受け取りましょう」

「なに、征くも止まるも何方も地獄。禄を食んで来た我らにはその程度の責務はあろう」

「違いありませんね…ああ」

 

太刀を月詠へと渡し。

それでは私からも、私と同じく何の実権もない位ですがと。

 

「斑鳩公崇継殿、今より其方を政威軍監に任じます」

 

酷く面倒そうな顔になった崇継に、悠陽は微かに口の端を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年 1月 ―

 

 

帝都。帝都城。

 

突き抜けるような蒼穹。真冬の空は高く。

その中で挙行された新年参賀には例年を上回るおよそ10万人が詣で、乾燥した強い寒気の中しかし帝都城は熱気に包まれていた。

 

「煌武院悠陽殿下、万歳!」

「帝国万歳! 日本帝国、万歳!」

 

手に手に小さな日の丸を振る参集客の歓呼に応えるは、帝都城三階の高さに位置する簀子縁 ― 高欄には透明の防弾硝子 ― に立つ政威大将軍・煌武院悠陽。

金の装飾を随所に施した紫基調の袍に日輪の輝きを模した髪飾り。年始の佳節に相応しく、柔和な優しさの中に凜とした美を湛えて小さく手を振る。

 

 

将軍とは、祈る存在である。

 

民が安寧で在ります様。

國が安康で在ります様。

 

森羅万象の総てに対し、この神州と、其処に住まう民総てのために、只只管。

 

武の頂点と位置づけられながら、斯く在る可きと、悠陽は自らに任じ務めてきた。

 

 

そして1日5度の参賀答礼を終え。

城内奥の洋式の広間にては、帝国の枢要たる人々が集まり ― 例年ならば、将軍殿下よりのおことばを頂戴してからの非公式の賀詞交換の場となる其処は、五摂家の一・斑鳩公崇継が持ち込んだ話により、佐渡島攻略を控えた昨年に引き続いて今年もまた緊張感に包まれた。

 

「では斯衛がたは米国の軍門に降る…いや走狗となると仰るか」

「誰もそのようなことは言っておらぬ」

 

居並ぶ列席の行政軍部の各長――総理大臣榊是親を始めとし、国防大臣、参謀総長・次長、陸海航空軍参謀軍令部総長・次長達の思案顔を、雛壇からこの場の長とされる悠陽は黙って俯瞰していた。

 

「…」

 

通例、将軍はそれが御前会議であっても、いやだからこそ言葉を発すること自体が稀。

故に今回は五摂家を代表する形となった斑鳩公崇継が、雁首を揃えた行政・三軍の長たちとの窓口を務めることになる。

 

「同盟を一方的に破棄した上、G弾などという暴威を無断で投下したのは他ならぬ米軍ですぞ。自己都合で約定などねじ曲げて来ぬという保障はない。挙げ句昨年の甲21号では損耗に慄いて早退き等と、他国の斟酌などあの連中がするだろうか」

「願うのではなくてさせるのだ。今の時期ならばそれが可能であろ」

「摂家がたは実務を執られぬ故お気軽に仰る」

「故に提案しかしておらぬ由。いくさと成れば先陣でも殿でも務めようぞ」

「斯衛の精兵たるは存じております。しかしその皇国の誇りたる貴軍も含めて帝国が曲がり形にも米軍の風下に立つかの様な有様は、臣民の待ち望む処ではありますまい」

 

元帥府の長たる若年の五摂家当主連に、控え目ながらも否定的な言葉を投げつけるのは国防大臣。

その言い分は、悠陽から見ても、民の心情を代弁している様に聞こえる。

 

民の思いに行き場を見つけると云うのは、何とも...

 

内心にさえ零す事は赦されぬ溜息を、そっと。

だが榊総理のこれまでの沈黙は、取り敢えずのものだったろう。

 

「私は、摂家方の意見に賛成だ」

「総理っ」

 

悠陽が見る榊の表情は、既に意を決したものだった。

とりわけ彼は、一般には知らされる予定のない所謂「香月レポート」にも目を通しているはず。

 

「感情としては、大臣の言も理解できる。国民の大半も、帝国が自ら進んで米国と轡を並べるなど怒りを通り越して噴飯物やもしれん」

 

甲21号直後ならば、戦勝の全能感が国民に他者を赦す寛容を与えていた。

しかしある程度の時間が経過した今、その自尊は再び過去の雪辱を促そうともしている。

 

「だが現実として、米国がG弾でBETAを根絶やしにした後、その力を以て世界に君臨するは必定。欧州が疲弊し、その頸城を逃れたアフリカ諸国が米国に追随する世界で、我が国単独で抗する方法があろうか」

 

 

甲20号・鉄原ハイヴ攻略作戦。

元帥府よりの案件とする為、すでに摂家間では確認済み。

 

 

国連に通達の上、帝国軍が中心となり米軍に協調を打診。

解放した朝鮮半島はアジア連合に一任するものとするが――反応炉は破壊せず確保。

 

のち国連安保理にてバンクーバー協定の一部改訂を提起。

甲20号反応炉の所管を米国一任とし、国連保有の甲22号・横浜の反応炉所管は日本とすることに賛成し合う。

さらに英国を含む欧州連合各国には、大陸戦線への支援に加えて内々に当地での反応炉の確保と先々のBETA由来技術共同研究の可能性をちらつかせて同意に引き込む。

 

 

どの道米国の覇権は揺らがない。

 

悠陽が目にした「香月レポート」、そのG弾攻勢によって齎される「予想の未来」が来るか来ないかに関わらず。

故に帝国は、侮られぬ様呑み込まれぬ様危険視され過ぎぬ様立ち位置を調整しながら。

また演者として欧州連合にも程々に生き残って貰わねばならない。

そして多少の楽観が許されるのであれば、米国とて旧西側諸国に関しては、その生存権に対して寛容な可能性も十分見込める。

 

米国に領土欲は無い。BETA大戦以前に言われていた将来の人口爆発による居住空間の逼迫等という話ですら、元々広大な国土を持つ米国にはほぼ関係が無い。

そして半世紀前ならいざ知らず、現代にて開発福祉等手間暇資金のかかる土地と人とを抱え込む理由など無い。資源等を欲するなら現地へ大資本や技術等を開発段階から投下して、金と契約とで雁字搦めにしてしまえば良いだけ。

 

 

公然・秘密・公然の秘密が入り混じる協定になろう。外交交渉としては、先の大戦前程度には困難さが予想される。

帝国は敗戦後事実上米国の保護属国的な立ち位置で対外的な立場を自ら明確化することを怠ってきた。この枢要の場に外務の司が居ない事がそれを如実に示しているが、実に半世紀以上ぶりにその交渉力を問われることになる。

 

だが今ならば、その為の手札がある。

 

米国に提供する甲20号・鉄原ハイヴは、政治上管理の困難が予想される旧東側領域ではなく、また対BETAならば攻撃防衛共に比較的容易な半島部に存在する。

同様の条件を満たすものは、地球上に19箇所残置するハイヴの内では甲08号・ロヴァニエミ程度。しかしそちらは欧州連合加盟国の旧フィンランドに属する為利害調整が困難になる。

 

そして斯衛発案・国内企業により開発された、戦術機の性能を劇的に向上させる新装置。

さらに国連軍の装備と云いつつ、実際の開発は帝国が担った大型電磁投射砲。

 

それらに深く関わり伏魔殿とすら囁かれる国連軍横浜基地は。

その実質的な支配者とされる「日本人」の香月夕呼博士の手元には、「精製済みのG元素」が一定量以上集まっている…

 

必ずしも実を伴う要はなく、可能性を示唆することもまた重要――

 

 

米国にしかない「はず」のG弾。

それが極超音速で極東の島国から撃ち込まれるかもしれない。

ただ相手はその意思はないと明確に表明していて。

共に「先々を見据えて」異星種を打倒しようと云ってきた。

内々には、何ならばいずれ同盟の再締結も吝かでないとすら。

 

対日強硬派は芽を摘めと云うだろう。

しかし工作員の侵入を阻み続ける伏魔殿の厚い壁。

非正規戦での実力行使も、謎の新装置を装備した精鋭部隊が迎え撃つ。

無論突破は叶うだろうが、証拠を残さずそれが可能か――

 

 

「軍としても、我が国単独で米国に相対するなど夢物語を通り越して別世界の話ですな。半年一年なら暴れてご覧に入れる等と、前大戦の轍を踏むが如き真似は致しかねる」

 

三軍を代表して陸軍総長が意見を述べる。

 

「如何な米軍とてG弾攻勢を今日明日始めるというわけにもいくまいが、我が軍も甲21号の痛手が癒え切ったとは言えぬ。外交については職分を超える故内閣に一任する他ないが、動員できる兵力には限りがある」

「しかし斑鳩公の仰り様も理解できます」

「左様、今ならば、逆に言えば米国のG弾攻勢が始まる前にしか、交渉の余地がない。ノーと言えば欧州に売り渡す、そのような余地が」

「アジア連合がそれで納得しますかな」

「気の毒だが彼らには選択権がない、与えもしない。我が国に解放域への領土欲はないことの証として、長期の進駐も行わない。そこでも先の大戦の轍を踏むわけにはいかん」

「頼み込まれて自国編入としたのに後になって絡まれては堪りませんからな」

 

話を戻そう、と榊総理は咳払い。

 

「猶予はどの程度と思われる?」

「楽観はできぬが本年中はなかろうな。欧州に今少し吐き出させたかろう」

「軍としても同意見ですな。仮に米国が最大限西側諸国との関係を考慮する、或いは見せ札とする場合でも、旧西独領域の確保と甲08号攻略までは待つ可能性があるでしょう」

 

または、ラグランジュ点で建造中の宇宙船団の進捗次第ですね…

 

この場にいる、誰がどこまで情報を持っているのか。

それを把握しきっていない悠陽には、尚更口の出し様もない。

 

「しかし総理、国会は…」

「何とか纏める」

「紛糾しますぞ」

「党内反対派には醜聞を含めて持ち弾がある。野党には決議後に解散する方向で手回しする」

「…そこまでの覚悟がお有りでしたら」

 

世論を考えれば、ほぼ勝てない選挙になる。

内閣の一員である国防大臣も、榊総理の決意を受けて引き下がった。

 

榊総理は現実主義者だと、崇継も評していた。

以前左右両翼からの批判を承知で帝国軍基地を国連に開放する等の政策を強行したのは、それにより駐留する国連軍を事実上国防に利用できると判断した故。

そうした榊の判断を悠陽は評価しているが、それが周囲の政治家達は兎も角、支持者含む国民に正しく理解されているのかはまた別の話になる。

 

そして日陰の身たる瞼の妹とすら言えぬあの者、それを止むに止まれずとは云え国連への供犠とした、その処遇に関してのみは含む処もあるがそれは己の感情論。

 

「斯衛は摂家方がお纏め下さるとして、軍はどうかね」

「三軍は問題御座いませんが…参謀総長」

「…本土防衛軍の一部に、跳ねっ返りの連中がいるのは事実です。世論も後押ししておるのでしょうな、米国何するものぞと云う」

 

指された参謀総長は小さく頭を振った。

 

「精鋭とされながら実戦の機会が少ないことにも不満を持っておるようで」

「前線の兵が聞いたら鼻で笑うぞ」

「彼らの中にも光州や本土防衛の生き残りはおります」

「すると…」

 

この場の誰もが、榊総理に視線を送りつつその名を出さなかった。

泣いて馬謖を斬った、いや規則規範の為だけでなく、その友の屍を以て国防の礎としたことが、国の枢要たる人間達には明白だったが故に。

 

「対策は?」

「今夏迄には予定されている軍の再編計画に伴い、帝都防衛師団の一部を欧州派遣軍に致します。足は、軌道輸送が叶わぬなら国連頼りで海路ですな」

 

 

その力を振るう場を与えて、かつ中央からも遠ざける――

 

合理的な、判断ではあった。

 

それが、間に合えば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

帝都。まだ長くなりそうもない陽は、とうに落ちて。

寒さの割に遅かった今季の初雪。ほんの僅か積もりかけた白さが、道端で醜く泥に交じる。

 

繁華街からは少し離れた、料亭通りの一角の店、その二階。

 

「大隊長らの決断を待つ迄もない!」

「そうとも!」

「応! 尻の重い地方の連中など放っておけ、奴らどの道間に合わん」

「やるのだ! 我々の手で!」

 

気勢を上げる、軍服の青年将校達。

二十畳足らずの部屋は5人の男達の熱気に充満し、窓の硝子を白く結露させていた。

 

しかし上座のもう1人は沈思黙考し、座したまま動かず。

 

 

昨年辺りから二週に一度程度の定例になった様な光景。

いつも大抵同じ話の繰り返しになる。酒が入ってくれば尚更。

 

ただそれが、ここ最近具体性を帯びた内容になってきた。

 

 

いつも通りやや醒めた思いで男達を下座から眺める駒木咲代子中尉は、その点の危惧だけは抱き続けていた。

 

 

――常に日の本を第一に想われる悠陽殿下を、内閣の佞臣奸賊共が蔑ろにしている。

自らの権勢と保身の為にその威光を利用しているのだ。

 

その殿下をお支えする筈の五摂家を頂点とした武家も又、腐敗している。

政治屋達と共に殿下を傀儡に仕立て上げて、独立組織との名分を持ちながら武家に阿る軍上層と癒着して新装備を次々と吸い上げていく。

故に戦果が挙がるのは当然であり、斯衛人気等と国民を欺いている。

 

そして極め付けは、今国会に提出される予定だという甲20号攻略作戦。

 

鉄原ハイヴは半島残余と日本海を縦深とするとはいえ、目下国家の一大事。

しかしそれを攻略するに、内密に得た情報によれば、事もあろうに彼の憎き米国にお伺いを立てるが如くした挙げ句、あたかもその軍門に降り走狗と成り果てBETAの首魁たる反応炉を無傷で差し出すというのだ。

 

これは、税と血とで鉄を購う国民への背信であると共に、民を第一に愛される煌武院悠陽殿下の御心に背くものである。

 

そしてそれを正さんとする我々をその作戦に先立って遠く欧州の地へと追いやり、自らの邪な企みを妨げられまいと画策している――

 

 

気持ちは…判らんでもないが…

 

変わらず大声を上げ、杯を干していく同僚たちを横目で見やり。

いつもの事ながら声量を諫めにやって来た仲居に廊下で応対して。

 

 

精鋭とされる帝都防衛師団、その中の地方出身者には困窮する家族を残して軍務に就いている者も多い。彼らからすれば、京都や帝都出身の高学歴者が占める軍上層やそもそもが世襲の武家には以前から不満があった。

それが最近になり、民間の思想家の理論が彼らの思いを代弁しかつ政治的思考へと昇華させた。

 

彼らの考えの全部が全部、過った問題意識ではないと思う。

駒木とて、現状の政治や軍のあり方に思うところはある。

ただ今この宴席で気炎を上げる連中は、その掲げられた理想の中に自らの嫉妬や欲求を混ぜ込んでしまっていることを自覚しているのだろうか。

 

そしてさらに、ここ暫くで「苦労はするが順調に」情報や同志が集まりだしたことに。

 

 

「…」

 

正座して黙って男達を見やる駒木、その視界一番奥にいた男が立ち上がった。

なんだ厠かと声をかける僚友達を軽く手で制し、襖を開ける際に目が合った。

 

鍛えられた長身。短髪に眼鏡をかけ、引き締まったその表情が緩んだ瞬間を駒木は知らない。

何気ない素振りで立ち上がり、駒木もその男 ― 沙霧尚哉大尉を追った。

 

「大尉」

 

座敷から程近い廊下で声をかければ、目線でのみ着いて来いと。

それに従い、そのまま店を出る。

 

「――妙だ」

「…は」

 

薄暗い道を歩きながら。

 

「君側の奸は除かねばならん。一握りの者共の為に民が虐げられる現状も変えねばならん」

「は」

「だがどうにも…」

「我らに同調する者達の身元は洗ってはおります」

「ああ。そうだ」

 

決意の揺らぎではなく。

言いつつも、沙霧の厳しい表情からは疑念が晴れない。

 

「駒木…気付いているのだろう」

「……はい」

 

 

何者かが、憂国の志士を踊らせようとしている。

 

 

立ち止まり振り返った沙霧の視線が、わずか緩む。

だがまたすぐに引き締められ。

 

「お前は残れ」

「――は?」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

そしてその意味を解し、反射的に自分が女だからかと問いそうになって。

そんな愚かな質問をしなくて良かった。

肯定されれば、落胆の衝撃は拭えぬ程だったろう。だがあり得ない。男女の別で、同志を選ぶ人ではないと信じている。

 

「...何故、ですか」

「お前は、気付いているからだ。事実を、真実を知る者は残れ」

 

正義と理想の為の決起とはいえ、殿下の知らす神州を乱すには相違なく。

 

失敗は元より死。成功もまた死。

 

故に気高き志に唾する者がいたことを、知る者が残らねばならない。

 

何らかの形で、後の世に遺す警句の為に。

 

「大尉…」

 

駒木には判っていた。

沙霧には、理想がある。ただその理想の世界に、自らは不要だと決め付けていると。

 

そして恐らくは。

彼は、未だ敬愛して止まぬ、あの中将閣下の仇を討ちたいのではないか。

 

 

3年前の光州作戦。朝鮮半島南東部。

難民と将兵の命を天秤にかけ、知将として知られた彩峰萩閣中将閣下は前者を取った。

結果数多の兵の生命が失われ、その判断の対価を閣下は自らの命で贖われた。それは物事の帰結として、認めざるを得ない。

 

ただ、その、高潔な死を。

政争の具に貶めた者達だけは、赦すことが出来ないのでは。

例えそれが、彩峰閣下が望まぬことであったとしても。

 

 

「駒木、頼む」

 

沙霧が向き直り、深く頭を垂れる。

やめて下さいと言っても、沙霧は動かない。

 

「お前にしか頼めん。お前にしか」

「……あんまりです…」

 

素直にその言葉が出た。そんな云い方をされたら。

 

沙霧への敬愛が、敬慕を含んでいることは自覚している。

そして沙霧には、それに応える心算はないことも。

 

彼が心から愛し想うのは此の瑞穂國だけ。

そして生を見ていない。生きながら、既に死んでいるのだから。

 

 

 

 

 

俯いていた駒木が去った。

店には戻らず、是とも否とも言わず。

 

沈黙する沙霧は、少し離れた街灯の下、佇む男に気付いていた。

 

帽子に外套、何の変哲もない勤め人の様な。

 

「…約定を違えるな」

「心得ておりますとも」

 

その声と共に、男の気配は夜の闇に溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年 2月 ―

 

 

払暁。寒明けから三週間以上が過ぎても冷え込みは未だ強く。雪の降る日だった。

 

帝都防衛師団第1連隊。水盃を交わし、烈士を自認する志士たちは起った。

 

戦術機108機、呼応した師団付歩兵2個大隊計1500人程。

決起軍青年将校らは制止しようとする連隊長及び大隊長連を拘束。

彼らに同調まではせずとも同情的な同師団他連隊や近隣部隊は見て見ぬ振りをした。

 

そして戦術機数機と歩兵部隊がその第1目標である首相官邸を襲撃、内閣総理大臣榊是親を殺害。

ほぼ同時に帝都内の閣僚私邸へも分遣し、蔵相や内相等重要閣僚を警備員達を含め次々に殺傷した。

 

またやや遅れて帝都の大手通信社数社を占拠。

 

そこで決起の主導者・沙霧尚哉大尉が全国に向けてTV演説を行った。

決起の趣旨が表明され、帝国軍の相撃は望まぬ事や軍上層将官ら数名の罷免や拘束の要望が出された。

 

そしてこの時既に、帝都城は内堀内にて守りを固める城宮警備隊ごと、決起軍の歩兵部隊に包囲されていた――

 

 

 

 

「何だと!?」

 

それが、帝都城北の丸駐屯地へと向かった決起軍戦術機第1大隊、94式36機の指揮を臨時に執る衛士の最期の言葉になった。

 

未だ夜も明けやらぬ空からの奇襲。

しかし駐屯地からは即座に迎撃機が上がってきた。

 

黒の2刀。

 

ヤツだ、と思う間もなく。

 

鶴翼参陣の中央に臆する風すら無く突っ込んできた漆黒の00式。

帝都それも帝都城上空。火器はとの逡巡の暇など無く、激突寸前の黒い00式に信じられない迅さで背後を取られ。

正確に突き込まれた74式長刀が装甲諸共その衛士を貫き絶命させていた。

 

「河野大尉!」

「おのれ…っ!」

「馬鹿、火器を使うな!」

 

ご丁寧に帝都城の堀辺りに落ちるよう撃破した長機を蹴飛ばし、その黒ははらはらと散る雪の中、明け方の闇に紛れて疾風と化した。

 

主腕を、機器の集中する頭部を。

被撃墜こそ出ないものの、編隊中を稲妻の如く宙を駆ける黒い00式が次々に隊機を屠っていく。

 

「ば、化け物か!」

 

時間にすれば2分と経っていない、しかし既に10機近くが何らかの損傷を負わされている。

そしてその空隙を縫うように、赤い00式が白の同型機を引き連れて上がってきた。

 

 

決起軍の奇襲は完全に失敗した。

 

内閣の奸臣共同様、五摂家の当主連は事実上不在の崇宰を除いて粛清の最優先目標だった。

 

 

そして僅かな時間差での駐屯地侵入占拠を目論んだ歩兵部隊は、既に全機起動した戦術機を目の当たりにした。

 

「投降せよ。濫りに血を流すが大望ではあるまい」

 

駐屯地内に屹立した青色の00式が外部音声で告げる。最重要目標、その者の声。

歩兵にとっては散兵となって地内に侵入するは可能ながら、そこにいるのは整備兵などの後方要員のみ。中にはそれらを人質にとって逆に投降を促すべしとの声も出たが、大勢には至らなかった。

 

16大隊機は、後退していく決起軍機も歩兵部隊も追わなかった。

 

そして一時後退した決起部隊は暫くして、他摂家を襲撃した部隊も私邸は空振り、帝都近郊の駐屯地の場合は頑強な抵抗を受けている間に他所からの援軍が到着して挟撃に遭う等し、事実上の敗走の憂き目を見たことを知る。

 

 

そして決起から3時間後。

 

帝都城に集結した、いや集結を余儀なくされた決起軍部隊は、戦術機約70機。

歩兵戦力は損耗はほぼ無いが、一時退却の際に逃散が出て1200人程。

帝都城内堀内にて守りを固める城宮警備隊に背を向けつつ、実際は帝都城本丸を大きく包囲していた。

 

 

しかしその帝都城内から、政威大将軍玉音による放送がTV・ラジオの電波と広報拡声器に乗って流れ出す。

 

「賊軍に告ぐ」

 

映像を見ている者には、豪奢な紫の袍、日輪の髪飾り。

しかしその強烈な第一声に、聞いてしまった決起軍の兵士衛士は余さず仰け反った。

 

「愚かな行為を止めなさい。皇帝陛下よりも逆賊討伐の勅命を受け賜りました。私の股肱を殺傷する等真綿にて我が首を絞めるに等しい行為です。直ちに武装解除して投降しなさい」

 

画面に映し出された政威大将軍の表情は、常に湛える凜とした美の中の柔和さ等欠片もなく。

見下すように傲然として、冷たく怒りを秘めた瞳。

そして一転、

 

「親愛なる国民の皆様には、全く私の不徳の致すところにてお詫び致します。直に我が忠勇なる皇軍・斯衛の精鋭らが叛徒を鎮圧せしめます故、取分け帝都にお住まいの方々は御自宅より出ぬ旨お願い申し上げます」

 

その美貌と清らかな佇まいにて。

常通り、いや寧ろ更に沈痛さの中にも親愛を込めた声音と表情で、臣民を惹き付ける煌武院悠陽殿下の御姿。

 

そしてそれが画面から消えると、都下に大音量で鳴り響く警報。

戒厳令の発令。

 

 

瞬く間に決起部隊には動揺が拡がる。

 

國の為、殿下が御為の決起。

それを頭ごなしに否定され、最初から賊軍扱い。

 

 

そして警報の吹鳴が終わるや否や、続いたは再びの放送。

戦術機に乗る者は映像で、歩兵に少数の砲兵などはラジオを聴いた。

 

画面に映ったのは何処かの会見場らしき場所。

国連軍の制服を纏う壮年を過ぎた外国人男性と、彼に付き添われるかのような少女。

少女は訓練生らしき制服を身に付け、上腕には国連所属を示す章。

大きな眼鏡をかけ、三つ編みを長く垂らした彼女は、生真面目そうな顔立ちの中にも色濃く疲労と憔悴の陰。

 

「失礼する。私は、国連軍横浜白陵基地司令・パウル・ラダビノッド准将です。本日当基地所属兵士の家族が、暴徒により殺害されたとの報を受けて抗議の声明を発表する。殺害されたのは日本国首相・榊是親氏。他閣僚の方々にも死者が出たと…衷心よりお悔やみ申し上げる」

 

流暢な日本語が紡がれ、ラダビノッド司令は瞑目して見せる。

 

「当基地には、榊氏息女、榊千鶴嬢が所属している。暴徒諸君、貴様らは彼女の父親を殺したのだ」

 

俯き加減の少女 ― 千鶴の肩が僅かに震えた。

 

「今すぐ蛮行を止め、投降しろ。これは在日国連軍の正式な通達となる――…ん、榊君…いいのかね?」

「――はい、ありがとうございます司令。…反乱軍の皆さん、私は榊千鶴…榊是親の娘です」

 

何かを司令に告げ、千鶴は顔を上げた。

 

「私の父は、懸命に務めていました。批判が多い政策も、すべては国を思えばこそと…この横浜基地を招致したのも、本土防衛で損耗した帝国軍の戦力の穴埋めになればと………私はそこに、志願して入隊しました。父が招いた基地、国連を通して、帝国のためになりたかったからです」

 

決したまなじりが画面から見据えてくる。

しかし。

 

「父を…返してくれとは言いません。恨まれることもあったと思います。ですが、ですが父は一生懸命やっていたんです。いつも、国を、と……」

 

遂に堪えきれなくなった感情が溢れ出すように。

言葉は切れ、顔を覆い、俯いて。

 

「もう、止めて下さい。これ以上不幸な人を増やさないで下さい。お願い、ですから……」

 

最後の力を振り絞るように、涙を溜めた瞳でそう訴えて。

ラダビノッド司令に支えられるような千鶴の姿で、放送が締めくくられた。

 

 

包囲部隊にはさらに動揺が拡がった。

茶番だ、偽物だ、と怒号が飛び交う。

どうせ後方勤務にするだけの格好付けだと穿った意見も出る。

 

 

そして降っていた雪が止み始めた時。

 

北の丸方面から跳躍機の轟音が複数。

同時に広大な帝都城前庭の一部が動き出し、隠蔽されていた地下格納庫の入口が開いた。

 

 

空からは、各色を引き連れた青の鬼神が。

 

そして地からは、紫の鬼神が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷い茶番を見せられている気分だ。

 

帝都上空。舞い散る雪が止み、重い曇天の下。

強化装備の篁唯依は愛機山吹の00式の操縦桿を握る。

 

 

一週間程前から。一部の斯衛には内密に厳戒態勢が敷かれていた。

 

帝都防衛師団ニ叛乱ノ兆候有リ。

 

摂家当主連及び有力武家が率いる大隊は秘かに臨戦状態に入り、唯依の率いる開発衛士隊は自衛戦力の回復が間に合っていない崇宰の警護を命じられた。

だが崇宰には襲撃部隊もなく護衛は不要だと悟った時点で、念の為数機を残して唯依は他駐屯地への援軍へ飛んだ。3機斬った。

 

各駐屯地の装備機はほぼ82式、しかし全機が例の新型装置に慣熟済み。

旧式機と侮った決起軍94式はその防衛線を破れず、逆撃を被りさえして退いていった。

 

 

「勅命は下った。軍旗に逆らうな。繰り返す、勅命は下った――」

 

近接データリンク含む全周波数と外部音声に乗せて、唯依の00式は飛行しながらその文言をばら撒く。

 

「叛乱加担の下士官兵に告ぐ。今からでも遅くないから原隊へ還れ、国元の父母兄弟迄国賊とする気か――」

 

 

一君万民。政威大将軍・煌武院悠陽殿下を頂点且つ中心とした國。

腐敗した政治家や軍上層部、大企業や富裕層。そして特権階級たる武家を打倒し、対BETAの名の下重税に苦しむ民を解放して、殿下を中心とする政治に立ち返らせる――

 

巌谷から聞き、決起軍の思想背景たる北だか西だか云う思想家の論考書籍は唯依も目を通した。だがそれは殿下の名を随所に挙げつつも、

 

正しき國軆の護持に名を借りた社会主義革命ではないのか…?

 

決起軍の連中にはそれが判らなかったのか、或いは見ない振りをしたのか。

ともすれば何も判っていない下士官達を巻き込んで、何が維新か。

 

国内シンパか、旧東側の? ……いや、或いは…

 

BETA大戦勃発とユーラシア失陥以降、一部有耶無耶に成った東西対立。

冷戦構造自体は未だ続いてはいるが、共産主義思想の輸出による革命の拡大等と東側盟主たる当のソ連ですら励んでいると聞いたことがない。どころかそんな余裕はない筈。

 

故にこれは。そう思わせたい、誰かの。

 

 

「こちらホワイトファング05、隊長!」

「なんだ?」

「防衛組から入電、相模湾沖に米太平洋艦隊と思しき船団が展開中!」

「……成程。了解した、横浜基地は?」

「変わらず、帝国及び斯衛軍を支持し待機すると」

「……重畳。……急ぐとしよう」

 

複数の人間が絵を描いている。

夫々の思惑で、未来を――いや或いは混乱を撒き散らそうとして。

 

「だが概ね見えてきたな。行くぞ!」

「了解!」

 

白の列機を引き連れ、唯依は帝都城へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じ。腕を組んで。

沙霧尚哉大尉は、乗機94式の管制ユニット内で事の推移を辿っていた。

 

「……流れは定まってきたか…」

 

地獄まで引き連れていく同志達は、集まっている。

同調して地方で決起する者達は、現れなかった。

 

 

この日の本の為に。

 

復仇の意思が、無かったとは云えない。

師父と仰いだ方の骸に唾を吐き掛けた者達など赦せる筈もなく。

 

だが榊を斬った時に達成感が無かったこともまた事実。

彼奴は従容として死を受け容れた。それが故にではなく。

 

掲げた理想は間違っていない。

真底よりこの國を想われる殿下が御為に。

総てを擲ち逆賊の汚名を着て、五体を引き裂かれても尚。

 

この日の本の為に。

 

 

「…現れたな」

 

上空からの轟音に、乗機の向きを変える。

 

青い00式。

赤を1機、そして数多の白と黒とを引き連れて。

 

しかし同時に、紫の00式もまた姿を現した。

左右に侍るは赤の2機。

 

――!

 

「お、おい…」

「紫の…武御雷…?」

 

帝都城を背にしていた決起軍もまた、振り返って呆然とした。

堀を挟んだ帝都城前庭に立ち並んだは帝国斯衛。この國の武の象徴達。

 

進み出た紫の00式は長刀を地に突き立て、その柄に両主腕を乗せた姿勢で歩みを止めた。両脇に侍る赤2機、左手前には青。

 

音も無く紫の胸部装甲が開くと、滑り出る管制ユニット。

そこから立ち上がったのは――

 

「政威大将軍・煌武院悠陽殿下、御成りぃ」

 

別機から響き渡る朗々とした大音声、堀幅は100m近いが決起軍衛士達は望遠でその御姿を見た。

 

 

青成す長い黒髪に深い海の底の様な瞳。

美々しい紫の強化装備姿に、一振りの太刀。

 

 

「逆徒共に告げる。煌武院悠陽が名において命ず。投降せよ」

 

その、張り上げたでもない声は、しかし機械の力に宿りて決起軍へと届く。

魂を抜かれたように脱力する者、膝を突き項垂れる者も現れた。

しかし中には状況を認められず、歯軋りして銃把を握る者も。

 

殿下…

 

沙霧も僅か自失して、その姿を見た。

 

まさか、御出座になるとは。

既に決起軍の戦意折れたとはいえ、この槍衾の只中へ。

何たる高潔。何たる御覚悟。

斯くなる上は、不測の事態が起きぬ内に――

 

 

その時、包囲する決起軍の側から、1発の噴進弾が発射され。

 

一直線に紫の00式へ向かった。

 

 

「―――!」

 

瞬間、信じ難い疾さで踏み込んだ赤の00式が立ち塞がり。

身を挺して紫の将軍機を守った。着弾して爆発、胸部付近に弾体を受けた赤が倒れ込む前に決起軍からはさらに銃声が連続した。

 

「だッ――!」

「で、殿下が!」

「倒れられたぞ!」

「誰だ馬鹿者! 撃つな、撃つな!」

「止めろ! 止めろ! 早く止めろ!」

 

怒号が響くが銃声は止まない。

包囲体制の数カ所から火線が帝都城へと伸びていく。

遠く沙霧の目にも、操縦席の中へと殿下が仰向けに倒れ込んでいった様に見えた。

そして堀の向こうの将軍機の前には十重二十重と斯衛機が固めるも、当の悠陽殿下本人に何かあったのか紫の00式は動かない。

 

さらに帝都城には背を向けて起立していた決起軍の戦術機、数機が城へと向き直って銃撃を開始した。

 

「なっ…止めろ坂井! なにやってる!」

「馬鹿撃つな!丹生!」

 

先に城前庭では追加装甲を構えた斯衛機隊が前に出て壁となっていたが、暴発した決起軍機は僚機の制止もまるで聞こえていないかの様に突撃砲を撃ち続ける。

 

おの、れ――!!

 

「銃撃している者を止めろ! 手荒な真似をしても構わんっ!」

「沙霧大尉!?」

「各指揮官は部下を暴発しない様統率しろ!」

 

激発と云うより。よもやここまで浸透が。後ろで糸引く者が「そう」だとは聞いてはいたが、下士官どころか衛士の中に迄潜り込ませていたとは。

元より己の生命等どうでも良い。しかし殿下の玉体に瑕疵一つもあろうものなら万死を以ても贖い切れぬ。

 

最悪の事態を迎えた事に沙霧は動き、決起軍の統率を図る――しかし。

 

「戦闘を止めよ。繰り返す、戦闘を止めよ」

 

その、冷静な声。

堀の向こうの青い00式から。

 

「まさか……」

 

白と赤の機体群に両脇を抱えられるようにして後退する紫の将軍機、被弾し倒れたままの赤い機体もその列機らしき数機が引き摺って行く。

そしてそちらを一瞥だにせず赤や白黒を従えて傲然と立つは青色の00式。

長刀を携えて睥睨するその様こそは、傲慢なる公家武家の在り様そのものか。

 

やはり、貴様が――!?

 

現状への不満分子。

それを利用して我が国を乱さんと画策する米国。

そしてさらにそれを利用して簒奪を企てるは――

 

「斑鳩公! 殿下は御無事か!」

「大逆の叛徒に話す舌等持たぬ。戦闘を停止し武装解除して投降せよ」

「くッ…!」

「手緩いな…中尉、埒を明けよ。2人程生きておれば良い、どうせ何も出て来ぬ」

「……了解」

 

開放回線で訴えるも、黒の2刀が動き出した。

鋭角に急上昇すると全速でこちらへ突っ込んで来る。

そして壊れた機械の様に味方機の制止を無視して突撃砲を撃ち続ける機体に接近すると、無造作にその胸部に長刀を突き刺した。がくん、と刺された94式は動きを止める。

 

「野中大尉ぃ!」

「き、貴様ぁ!」

「…邪魔するな」

 

何とか僚友を止めようとしていた2機が激昂するが、1機は頭部を仕込み短刀で貫かれ、1機は片脚を断ち斬られて転がされる。

 

「…俺は今、機嫌が悪い」

 

黒の00式がロケットに点火、紅い炎を引きながら超低空で次の獲物へと迫る。

そしてまた同じく人形のように突撃砲を撃ち続けている機体の急所を一太刀で抉り停止させる。

 

「な…っ、殺……てめええ!」

「…」

 

すぐ脇で暴走機を止めようとしていた決起軍機は一瞬呆然となるも、容赦なく僚機を殺されて逆上したのか短刀を抜いて突き込むが素気なく躱されて機体ごと左腕を斬り落とされた。

 

「ぐぁ…っ、ぎゃああああ!」

「――やめんか!」

「…なら部下を止めろ」

 

黒の暴虐に沙霧は94式を駆った。

標的を変えた黒鬼に追い縋るが、機体差故にか届かない。そして沙霧の目の前で、もう1機が血祭りに上げられた。

 

「き…貴様…!」

「こちらホーンド02、傀儡機を確保」

「宜しい。では再度賊軍共に告ぐ。武装解除して投降せよ」

 

火砲の音は急激に静まった。

 

乱射していた歩兵は味方に取り押さえられ、残余の暴走機は16大隊の00式が押さえたらしい。

空からは山吹と白の00式中隊が増援として降下し、さらに遠巻きには決起には呼応しなかった郊外の帝都防衛部隊が網を張っているだろう。

 

ここまでだな…

 

幕引きは、図らねばならない。

何より殿下の御容態は気にかかるも、どの道最初から事後の自らの生命など沙霧は欲していない。

 

「……こちらは沙霧大尉だ。決起軍に告ぐ…武装解除して投降する」

「た、大尉!」

「大尉!」

「…こちら決起軍沙霧尚哉大尉…降伏勧告を受け容れる」

「衛士は除装後に降機。歩兵は士官共で統率せよ」

「……了解。だが――」

 

 

彼奴こそが、本当の黒幕かも知れぬ。

 

佞臣奸賊許すまじ。

烈士。腰部装甲に大書された、その志のままに。

 

ならばたとえ、いや。相討ってこその本望――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち会いを願おう、開放回線にそう聞こえた。

 

「斑鳩崇継ッ!」

 

そう叫んで一機の94式が全速の噴射地表面滑走で突撃するのを、帝都城に到着したばかりの唯依は見た。

 

その目標は青い00式 ― 斑鳩機。

 

しかしその途上、2刀を提げた黒い機体が立ちはだかった。

激突する1と2、烈士の前進が止まる。

 

「退け!」

「…断る。…大隊長、お退きを」

「おや。中尉、怒っておるのではなかったか?」

「…」

「よい、直言を許す。申してみよ」

「……貴方が戦場にいないと死人が増えます」

「はっは、そう来るか。良かろう、とはいえ死ぬなよ」

「…了解」

 

戦場とは思えぬやり取り、前庭中程で黒と烈士は一旦離れる。

その間に斑鳩機は赤の真壁機らに守られるように距離を取っていく。恰も高みの見物、と云わんばかりに。

 

中尉…!

 

唯依は網膜投影越しに黒の機体を見つめる。

損傷も消耗も無いようだが、突撃砲を装備していない。しかし対する沙霧機も、右主腕の74式長刀一振りのみ。

 

「退け、貴様!」

「…」

 

沙霧の怒気が開放回線に走る。

数秒の敵味方が僅か動静を決めかねる空気、その中で真正面から黒が突っかけた。

 

地を滑るような機動、激突の寸前で脚を使って鋭角に背後へ回り込み――しかしその死角からの斬撃を後ろ手で沙霧機は受け止め、間髪容れず襲い来る2刀目すらも脚と腰部の回転を乗せた神速の一太刀で払い除けて見せた。

 

「…ッ!」

「ぬるい!」

 

回線を貫く裂帛の気合い、しかし動きを止めない黒の機体は再度距離を開け。突撃。今度は正面、数合の牽制を交えた打ち込み、しかしその総てを沙霧機は受け、払い、打ち落とした。

 

「……!」

「その珍妙な構えに我流の剣筋…基礎は多少囓っているようだ――が!」

 

無言のまま三度突っかける黒の機体、待ち受ける形の沙霧機の太刀の間合いより僅か内側まで踏み込んで其処から鋭角の機動で翻弄しようと試みるも、如何な方向からであろうともその初太刀が見切られ、数合の打ち合いの後嫌ってか黒が離れる。

 

「…、…そうか」

「どうした!」

 

何かを悟ったかのような黒の衛士の呟きに、沙霧が気を吐く。

しかし斑鳩機へは行かせまいと四度目の突進に漆黒の00式が移り、急角度の機動から数合の剣戟――だがまた同じ繰り返しになる。

 

「その程度で立ち塞がるなど――笑止千万!」

「ッ…!」

「浅薄な理由で人を斬る者など! 物の数では無い!」

 

そしてついに逆撃とばかりに沙霧機が斬りかかると、2刀の手数を以ても抗しきれない重さと迅さの凄まじい迄の剣捌き。

 

「私は、義に依って起っているのだ!」

「…ク!」

 

数合打ち合ってはやはり黒の機体が円の軌道で退き距離を取る。

 

唯依は彼が単機にここ迄追い詰められるのを殆ど初めて見た――が。

 

いかん、中尉に不利だ…!

 

彼の持ち味はその圧倒的な機動の迅さと冴え。だが変幻自在のその機動も、凹凸も遮蔽物も一切無いこの100m四方程度の前庭では大きくその利を失う。

そして沙霧の機動剣術が余りに圧倒的。斯衛でも果たして彼に打ち勝てる衛士がどれ程いようか。対して中尉は純粋な剣技自体では16大隊でも良くて中の上程度の筈。長刀のみでは分が悪いと云うほか無い。

 

だがそれでも、誰も加勢するとは言わない。

堀の向こうの決起軍も同じく。

 

それは今この場を支配するのが黒の衛士の圧倒的な機動ではなく、死に臨んで尚事を成そうとする沙霧尚哉の気迫ゆえなのか――

 

「覚悟無き者は去れ! 是れは日本の未来を決める闘いだ!!」

「…ッ!」

 

沙霧機が発気して踏み込む、しかし黒の機体もそれに応じた。

下段から振り上げた左主腕、そこから飛ぶ――短刀!

 

「ふンッ」

 

沙霧機が迫りつつ長刀の柄でそれを弾き、その向こうで更に右手腕を振った黒、再度の短刀。

 

「小賢しいッ!」

 

94式は首のみを振って回避してのけ、黒の機体を両断せんと上段から――しかし極鋭角の機動で低く地を滑った00式がその背後へ、一度見切った太刀筋ゆえ沙霧機は後ろ手に一太刀を受け止――

 

「何ッ…!?」

 

背後に黒の機体はいない。

沙霧の視界上方には、僅かな陰が映ったろう。それは短刀の投擲時に放り上げられ落ちてくる2本の長刀。

そしてその更に上、見えたのは鋭く分かたれた爪の如き黒い鬼の足の裏。

 

宙空の刃が、当たる――沙霧機は左右の腕と肘とでそれを受け弾き――右主腕の長刀を突き上げる――それは黒の機体の左足を貫いて――

 

「ぅおっ!」

「ッ…!」

 

黒の機体を胴近く迄貫いた沙霧の太刀は、しかしそこで止まって。

そのまま落下してきた00式と共に縺れ合い、轟音と土煙を上げて地に伏す――も、直前僅かに噴射をかけた黒は倒れ込むことなくそのまま長刀が刺さった脚でうつ伏せの沙霧機を踏み付けた。

そして間髪入れず下方へと全力噴射。00式の跳躍機FE-108が紅の炎と共に唸りを上げる。

 

「な、にッ」

 

94式の耐熱対弾装甲は貫かれ、00式に刺さったままの長刀の柄が管制ユニット内部コネクトシートのすぐ隣にまで突き抜けた。

背面から機体を踏み潰された沙霧には正面コンソールが一瞬で迫り、挟まれた両足から下半身、腰の上までを一気に押し潰された。そして込み上げる熱のまま、大量に吐血。

 

「グ…ぶぅッ!」

 

倒れ伏す烈士の94式は動きを止めた。

背部からそれを踏み抜いていた漆黒の00式がゆっくりと脚を引き、沙霧機から抜き出された、刺さったままの長刀の柄からは血の如くに赤黒い潤滑油が滴った。

 

「、…!」

 

壮絶な決着に、見ていた唯依も周りの斯衛も声もない。開放されている回線に、拉げる沙霧の苦悶が響いたからだ。

 

 

奇策と云えば奇策。

散々平面での機動に引き込んでおいて、二重三重の詭計。

 

人間は平面から身長の倍以上も跳ばない。

頭上直上からの攻撃など本来想定していない。

剣ならば薙ぐか、突くか。

 

だが戦術機には跳躍機があり操縦席があり。

串刺しにされても痛みはない。痛みで動きも鈍らない。

人間なら致命傷でも操縦系が無事なら動く。

そして第3世代機は比較的装甲が薄く重心も高い――

 

実際の剣技に慣れ、剣に練達した者程戦術機操縦においてもその様式が人間に近付いていく。間接思考制御故の、思わぬ落とし穴。

 

 

回線に浮かぶ、吐血する沙霧の表情には既に濃い死の色。

かけた眼鏡には罅が入り、網膜投影装置は近視を問題とはしないが沙霧の視界は暗く落ち始めているだろう。

 

「グ、ふ…、おの、れ…!」

「…覚悟で勝てれば苦労はしない」

 

片脚で器用に機体を維持する黒の衛士が踵を返す。

 

「な……で、は…な、ん…、だ…と…」

 

流石にふらつき、唯依は慌てて乗機で肩を貸すように接近した。山吹の機体が黒の機体を支える。

 

「…単に機体の差だ」

 

反応、跳躍、主機出力。

そして小さく ― 貴様の動きは知っていた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

日は既に落ち。

月詠真耶がその病室へ戻った時、気配の残り香を感じた。

 

「…」

 

此処は帝都城内部、貴人や斯衛用の病室。

この城が戦火に晒される等築城以来無かった事だが、その混乱を置いてもおいそれと余人が入り込む場所ではないはずだが。

 

「……ん…、ん……」

「…お気づきですか」

 

寝台の主が目を覚ました。

わずか変えていた髪型を戻した青成す黒髪は白い枕に拡がり、同じく白の入院着が微かに衣擦れの音。

 

「……月詠……いや…」

「真耶に御座います。冥夜様」

「……! つ、月詠は、真那は――ぐッ…」

 

覚醒した意識につれて思い出したのか、御剣冥夜は身を起こそうとするも身体が訴える痛みに呻かされた。

名前程度はお聞き及びだったらしいが、実際にお会いしたのは本作戦の直前が初。

 

「御安心を。軽傷で済んでおります」

「そ、そうか…」

 

安堵したように布団へと身を沈める冥夜、しかし彼女の盾になった真那の生命は実際の処紙一重だった。

負傷自体は軽かったもののあの時撃ち込まれた弾頭は、対BETA・戦術機用の歩兵用携行APCBCHE。装甲を侵徹して内部で爆裂した炸薬の威力は、あと数cm着弾箇所がずれていたら00式の操縦機能を破壊するに留まらず、真那の命もなかっただろう。

 

そして当の冥夜とても、運が悪ければ死んでいてもおかしくはなかった。

 

至近弾で脳震盪。腹部に受けた小銃弾2発は強化装備の特殊保護皮膜で何とか止まったが、衝撃を完全に殺しきれるものでもない。

 

「今暫くお休みを。まだ城外の混乱も多少残っております故」

「ああ…首尾は、どうだったのだ…?」

 

少し躊躇うように。

事態の推移を最後まで見届けられず、意識を喪失して退いたことを悔いておられるのか。

貴女様に責任は、何一つ無いと云うのに。

 

「僭越ながら、御立派で御座いました。賊軍めらも無事鎮圧に成功致しました由、お伝えするのが遅くなりまして申し訳ございません」

「そうか……」

 

床に就く冥夜が、大きく深く息をついた。

 

 

生まれ出でてより、一度たりとも逢ったことのない姉。

己はその、決して誰の目にも触れてはならぬ影。

いや影ですらなく冥き夜の中でのみ生きることを宿命付けられた身として。

 

死する危険が在ろうとも、只其の殿下が御為に、いや逆にならば尚更その身を挺するを歓びとして。

 

 

「まだ数日は此方でお休み下さい。これよりは御出座を戴く機会も」

「ああ、判っている。では今日は、そうさせてもらう…」

 

ふっと冥夜は目を閉じた。

疲労はある。痛みもある。だがそれより何より、殿下の役に立てたのならそれが至上の歓喜だった。

 

 

そして先程までの眠りにも、誰かが、傍に。

 

いてくれたような気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月同日 ―

 

 

深夜。

国連軍横浜基地。地下施設、副司令香月夕呼博士の部屋。

 

「やれやれ。とりあえずは、一件落着というところですかな」

 

大して深刻でもなさそうな口調で。

施設内にも関わらず、帽子とコートとを脱がないその男性は入室するなり手にしていた小さなモアイ像を入口付近の棚に置いた。

 

「…っとに。ざけんじゃないわよ」

 

もうコーヒーではなく酒が欲しい。

それがこの部屋の主、白衣姿の香月夕呼博士のやさぐれ。

 

帝都の怪人。単身赴任のサラリーマンを名乗る忍者の末裔だかどうかは知らないが、このいつも帽子にコートの鎧衣左近が持ち込んだタネも発端の一つだった。

 

「珠瀬次官が『呼びたかった』極東国連軍の増援は無用に。相模湾沖の米軍艦隊も『予定されていた』演習を終えたら帰還するそうです」

「なんでこういつも綱渡りなのかしらねえ…」

「いえいえ、あの榊『前』総理のご令嬢といい、さすが香月博士、素晴らしい仕上がりでしたとも」

「あれはあの子が役者だったってだけよ。軍人より政治家向きなんじゃない?」

 

血は争えないのかしらね、と。

 

当然ショックは受けていたようだった。

無理なら顔見せだけで良い、司令と共にそうも告げた。

それでもやると言った少女は、虚実入り混ぜて見事にやり遂げた。

 

「これで『勝てない選挙』も所謂弔い合戦になる。惜しいのはご令嬢が被選挙権年齢に達していないことですかな。とはいえ彼女の応援演説…までいかずとも、支持の言葉ひとつも貰えば盤石でしょう。勝つのは与党ですかな」

 

「第4計画」支持派の。

 

夕呼は先が欠けている爪を見つけた。

散らかる机からヤスリを見つけて神経質に研ぐ。

 

「閣僚連中、特に蔵相が殺されちゃったのは痛いけど。軍内の反動派はアンタがたらし込んだ烈士サンが道連れ、同情派もしばらくは黙る。武家は斑鳩が前に出てきてまとめ出した。煌武院とも手を組んだみたいだし」

「元々佐渡島攻略以降は軍の大半と斯衛の関係は良好でしたからな。軍政に関して言えば、殿下のお心とは関わりなく挙国一致というやつです。殿下の求心力も今回の一件を通してさらに高まるでしょう。民主主義の信奉者としては、少し複雑ですがね」

「あの将軍サマは、独裁者って柄じゃないでしょ。斑鳩もやる気はなさそうよ」

 

必要となればやるでしょうけど、斑鳩は。

 

「そう」だったと、あの男も言っていた。

 

「そうそう。その斑鳩のご当主とは、何をお話しに?」

「別に? 前からレポートにして出してる推論を見せてレクしただけよ。面倒くさがりのお武家様がちょっとやる気出すには良かったのかしらね」

 

頭の回転速い人は好きよ、もうちょっと歳いってたらな、と。

 

「おや、てっきり私を差し置いて綿密な打ち合わせでもされたのかと」

「まさか。アンタだって国内限定とはいえ摂家の情報力くらい知ってるでしょ」

 

 

長い歴史を持つ名家、というのは侮れない。

それこそ父祖の代からお付き合い、上は政治家から下は町の酒屋まで。

懇意の老舗に出入りの業者、緩く広く繋がる紐帯は社会に根付いて自覚無自覚問わずに情報網を形成し、醜聞程度の噂話から大企業の投資先まで推測できる場合すらある。

確度は低くとも概ねの方向性さえ判れば十分ならば、非常に有効に機能する。

 

そしてBETA侵攻以前首都はあくまで京都だったとはいえ、経済の中心だった江戸=東京には所縁のある武家も多く。

例えば今回、烈士を気取る連中が毎回変えていた会合場所の料亭にしても、そのうち何軒かは譜代以上の武家と何らかの繋がりを持っていた。

 

 

「とはいえ発端はどうせアンタが耳打ちしたんでしょうが」

「流石、お見通しですか。しかしますます榊前総理には顔向けできませんな、地獄で会ったらどうしましょう」

「何を今さら。そこまでボンクラじゃなかったわ、当然気づいてたでしょ」

 

不人気法案の強行採決。軍内の不満分子の暴発。

「第4計画」の継続。国内政治の安定と一本化。

 

それらをまとめて落着させる、条件の一つは?

 

「彩峰閣下と同じ道を選ばれるとは皮肉ですな」

「親友だったそうよ。だからって真似た訳じゃないでしょうけど」

 

同じく、国の礎を志したとはいえ。

そもそもが敵前逃亡での処刑と道半ばの非業の死として祀りあげられる者とでは、天と地ほどの開きがある。

 

「しっかしまあ、小手先の工作だけでよその国引っかき回してくれちゃって」

「それがあの国の恐ろしさですよ、博士」

 

夕呼は研ぎ終わった爪に息を吹きかける。

鎧衣は帽子のつばを少し引き下げた。

 

 

軍事的対米協調路線。

事務レベルでは内々に米国へも既に打診済み。反応は概して良好。但し、対日強硬派を除いて。

 

米国内最強硬派に言わせれば、日本などさっさと完全傀儡化して対BETA及びその後の共産勢力との不沈空母にしてしまえば良く、例え僅かでも米国を脅かす可能性など持たせるべきでない。もののついでに日本にある「第4計画」とやらも一緒に接収してしまおう。

また単に、日本のプレゼンス増大に釘を刺したい奴もいる。いつでも殺れると気づく者には気づかせておきたい示威行動派。

 

そういう連中の工作の一部が、今回の事件の一端。

 

またそれを掣肘したい連中もいて。

そこから匂わせ程度の情報提供、米国の穏健派。

それを鎧衣は夕呼と斯衛に同じく匂わせ。

 

それぞれがそれぞれの絵を描いて、現場現場のアドリブ勝負。

 

 

「まあ、誰が言ったか米国は、巨大な多頭蛇なのだそうね」

「ほう」

 

夕呼は次はあちこちかき回して決裁が必要な書類を探す。

今日はとにかく騒がしくて、ピアティフの手も回りきっていない。

 

 

米国はその名高い中央情報局を筆頭に、国防情報局・国家安全保障局・国家偵察局、さらに陸海空三軍に統合軍各々の情報局、加えて軍産複合体に巨大企業まで。

それら国家の舵取りに影響を与える夫々の首が時に合力し時に相食みながら、彼奴らの云う「ザ・ワン,アンドオンリー,スプリーム」を実現している。

 

 

「となるとその最強最凶成る多頭の巨大蛇を討ち倒すは、高天原より追放されし荒ぶる神。すなわち須佐之男命。それが不在の日本に勝ち目などは…おや、どうされました?」

「…いや…クク、そうね…まったく、皮肉な話ね」

 

その奇妙な符合に、夕呼は嗤った。

まだ書類は見つからない、ひらひらと手を振って鎧衣に退出を促す。

ちゃんとそのヘンな小物も持っていきなさいと。

 

そうして神出鬼没の怪しいおじさんが出て行くと、書類を諦めた夕呼は椅子に深くもたれかかった。

 

 

 

今回は乗り切った。首の皮一枚、までも行かなかったろう。

 

だがいつまで乗り切れる? こんな綱渡りがいつまで続く?

 

そしていつまで時間の猶予があるのか。

 

 

知らなければよかった。

 

「本来」は、とうに時間切れだったなんて。

 

 

「未来が…決まっていてたまるもんですか。負けないわ、絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想に評価を下さる方々、ありがとうございます。


クーデター未遂といえば、これしか思いつきませんでしたw
安直で御免なさい
ホンモノの方にも詳しいわけでは全然ないので御容赦下さい


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Muv-Luv UNTITLED 08

2002年 2月 ―

 

 

BETA大戦、欧州戦線。

リヨンハイヴ攻略後、主防衛線をその東方およそ100kmで南北に設定して以降、約3ヶ月。

欧州連合軍は損耗した戦力の補充に努める傍ら、国連・各国軍と共同でその防衛線の維持と解放域の残存BETA掃討とを進めていた。

 

防衛線は南北600kmにも及ぶ長大なものだが、各種センサーの設置と戦術機部隊での哨戒を以て現在のところ無事確保されている。

 

その一方 ― BETA群の進出が「想定通り」であることや警戒されている母艦級の出現が見られないことなどから、現在の沈静を嵐の前の静けさと危ぶむ者もいた――

 

 

イギリス。国連大西洋方面第1軍ドーバー基地群。「地獄門」。

 

寒い。基地内要所は暖房が効いているといっても。

ドイツ本国はイギリスより寒かったと言われても、物心ついてすぐの頃にはグレートブリテン島に避難していた身としては居心地の悪さを覚えるほかない。前線に立ちその本土の奪還を担う身としては尚更。

 

西独軍制服に身を包むイルフリーデ・フォイルナー少尉は士官待機室にて、備え付けのTVの画面を見ていた。

 

「ヤーパンライヒって…政情不安な国だったの?」

「いや、聞いたことはないな」

 

そのニュースの内容に、同席する日本通たるヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉に尋ねる。その隣のルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉はその話題には興味がないとばかりに開いた雑誌 ― 戦術機関連のフォトグラフ誌か ― を眺めていた。

 

「リヨンで見た限りじゃ、リッター以外もとても規律正しくて物資コンテナひとつとってもミリ単位でズレなく積んであったり、ちょっと行き過ぎかと思ったくらいだったけれど」

「あれでライヒでは荒くれ集団の括りなんだそうだ。言葉は悪いが、それではアフリカ連合の軍など野盗の群れだな」

「それが今どきクーデターなんて」

「どこの国にも極右なり極左なりはいるだろう。王政復古を掲げた連中というのが――」

「まあ!!」

「わあ!」

 

がたん、と音を立てて。楚々たる挙措を常とするはずのルナが突然立ち上がる。

小さなデスクの上に置かれていたコーヒーマグがひっくり返りそうになり、イルフリーデは慌ててそれを押さえた。

 

「まあ! まあまあ、まあ凄いですわ、ゼロがあんなに! ああもうちょっと下からこう、跳躍ユニットの取付部などを…ああ!」

 

ぶつぶつと何かを言いながら待機室壁面上部のTVへと近づいたかと思うと、やおら憤慨したように手にしていた雑誌を手近なデスクに叩きつけた。

 

「94はいいんですの、いや94も良いのですけれどもゼロを映してくださらないゼロを!」

「落ち着けルナ、新任達もいるんだぞ」

 

切り替わった画面に地団駄を踏まんばかりのルナを堪らずヘルガが押さえにかかる。

 

 

大隊定数を満たすには未だ、とはいえ昨冬から補充が始まりつつある西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」。

昨年のリヨンハイヴ攻略戦においての勇戦から、それまで以上に武名を高めた同部隊の「メグスラシルの娘たち」。その彼女らに憧れての入隊者もいるというに。

 

 

「まったくわかっておりませんわこれだから軟弱な英仏の報道局はダメなんですわ国内専用とか仰って滅多に見ることができない機体なんですのよ報道の自由で機密をなんとか潜るのがジャーナリズムなのではなくて大体海外特派の方々に戦術機の知識が欠けていらっしゃるのは時局を考慮した場合いかがなものかと思いませんヘルガというのもゼロの脇腹からの装甲の取り回し特に腰部がわたくしたちのEF-2000よりもずいぶん大型にも関わらず高機動下での近接戦の脚部可動域の広さに貢献している以上跳躍ユニットとの関係性も鑑みるにその観察のためには背面下75°程度のアングルでの撮影が不可欠なはずですからもっと接近して撮っていただきませんとああとはいえカメラはニ○ンやキ○ノンでなくてラ○カやツァ○スをおすすめしたいですわねそれに動いている画がないというのもどういうことなんですの噂に聞くタクティシェ・モビール・シュヴェルトクンストでの脚部から主腕への連動性などの一端でも垣間見えればそれだけでわたくしブロート3つは」

「わかった、わかったよ」

 

どうどう、とばかりに。

ぷんすことよくわからない沸点で怒るルナをヘルガが宥め、古参連中の「またか」という視線と一部新任達の唖然とした空気をイルフリーデは見ない振り。

 

「ショーグン・ジェネラルを巡っての権力闘争ということなの?」

「ん、まあ…そうなんじゃないか、私もあちらの国内事情までには明るくなくてな」

「なんにせよ愚かな行為ですわ」

 

やれやれと座るヘルガに対し、ルナは数秒前の痴態はそれ自体なかったかのように淑やかに席に着き、カップを取り上げた。

 

「少しばかり聞き及んだ限りですけれど。ライヒが何やらアメリカを引き込んで、2カ国中心でのハイヴ攻略を計画しているそうですわ」

「本当か? 同盟は破棄されたのではなかったのか」

「破棄は事実のはずよ。それであの、忌まわしきG弾が使われたんだもの」

 

品を失しないように、と気をつけながらも。イルフリーデの口調も険しくなる。

 

かつての本国には、先の大戦で核を使われ。

当時の同盟国だったライヒへは、時を経てまた新型爆弾が落とされた。

戦争の常とはいえ。アメリカの横暴はやはり行き過ぎではないか。

 

「ああ、それで、内輪もめと」

「そうなるのではないかしら。ハイマートにしても、ソ連の存在と東西分割がなければNATO加盟などあり得なかったでしょうし」

 

元々は大戦後の戦勝国による、ソ連への牽制だけでなくドイツ封じ込めでもあった組織。

現在ではパレオロゴス作戦の失敗と欧州連合軍の設立によって事実上消滅してしまった。

 

「それでよく共同作戦なんて言い出したわね。攻めるのは朝鮮半島?」

「だろうな。そこにアジア連合を戻せばライヒは自国の防壁にできる。アメリカにとって旨味はあまりないが……対価はなんだ……まさか、G元素か?」

「そのまさか、という噂ですわ」

 

ため息を吐くルナに、苦虫を噛みつぶすヘルガ。

イルフリーデは怒りに眉をつり上げた。

 

「ライヒはG弾戦略を容認するの!? 大体バンクーバー協定違反じゃ…」

「それを改訂しようという話ですの。ライヒとアメリカがフランスはともかく、イギリスを引き込めればオーストラリアも追随する可能性が高いですもの。他は拒否権の行使だけを避ければ」

 

米英仏ソ中に、日豪の常任理事国。

日豪の新常任理事国は、拒否権がないものの議決権は有している。

 

ハイヴは今や、ある意味戦略物資たり得る希少元素の鉱山に等しい。その採掘に至るまでに多大な対価が必要とはいえ。

そしてソ中は旧自国領土内にその希少鉱山たるハイヴに事欠かない。影響力を行使できるエリアにまで拡大すれば、残るハイヴの大半が旧東側に属している。

協定の改訂は、ハイヴ鹵獲物の自国有化を可能にするかもしれない。ゆえに先々を考えれば決して悪い話ではない。

 

「でもフランスが頷くかしら」

「そこは問題ですわ。リヨン攻略の後にこれですものね、でも現状で拒否権行使にまで走ると…さすがに袋叩きにあうことくらいは考えるのではなくて?」

「確かにフランス軍は例の竜騎兵連隊の義勇兵以外見ないもの、防衛線の外じゃ」

「欧州連合は、今や同床異夢もいいところだからな…」

 

図らずも吐き捨てるようになってしまったイルフリーデに、ヘルガの嘆息。

 

リヨンハイヴ攻略以降、西ドイツは国土奪還の意欲に燃えているものの、明らかにフランスは内向きになっている。イタリアスペインも同じく。イギリスは本土防衛戦の借りがあるとはいえ「間借り」連中が出て行ってくれることには文句はないが、その為の出費が大きくなりすぎるのも避けたい。

他方アフリカなりオーストラリアなりに脱出した人口のうち、荒廃した祖国の現状を知るにつけ、難民化した者達の中でさえ早期帰還派と様子見派に分かれ。避難先である程度の生活基盤を保持している者達に至っては、その殆どが早期帰還には否定的だった。

 

「一部では、難民化した市民を先遣隊として戻そうという話もあるようだが…」

「実際にもう都市再建のための労働者集めをアフリカ連合で行っていますわ」

「本気なの? そんなことをしたら…」

 

勃興著しいアフリカ連合諸国とはいえ、まだ1人当たりGDPが欧州連合主要国を下回る国も多い。

 

イルフリーデ達は新任連中の錬成も兼ねて、すでに何度か大陸へ残存BETAの掃討任務にも出ている。

戦術機にとっては空振りで終わることも多いが、廃墟と化した市街地にて半休眠状態の様になった兵士級や闘士級といった小型種を死骸と間違えた歩兵が襲われるといった事例も起きている。

 

「戦線は押し上げたいが、戦力が足りない。そもそもどこまで押し上げるかで意見がまとまらない。旧東側連中はお冠で、次がロヴァニエミなら参戦しないとまで言ってるらしいな」

「なのでなおさら、アメリカと…できればライヒからも支援が欲しいところ、なのですけれど」

「……それは、現場の意見というわけ?」

 

そのイルフリーデの言に、その通りとばかりにルナは片目を閉じてカップを口に運んだ。

 

「…ライヒは戦後を見て動き出したというわけだ」

「そうなりますわね、あちらはもう半分後方国ですし」

「外交音痴で知られていると思っていたが…」

「ええ、音痴でしょうとも。……素直すぎますわ」

 

ルナはこう見えて 、失礼ですわ、娘たちの中では最も社交界やらのくだらない手練手管の世界に通じている。

 

「理と利と誠意とを以て当たれば、通るだろう――そういう考えは、ピラニア・クラブには時として通用しませんもの」

 

国土を失陥し、人口が激減してなお常任理事国に2カ国残しているのだ、欧州は。

 

「先の大戦でさんざんに叩かれても、国民性というのは変わりませんのね。まあそれは、わたくし達も同じですけれど」

「そうは言っても、欧州連合に止める手立てがあるのか?」

「止める必要はありませんわ。ただ何かしらの、妨害程度はしますでしょう」

「何それ…嫌がらせってこと?」

 

呆れてイルフリーデが問えば、ですわね、と。

 

米国の政財界でのロビー活動。

極東などより「祖を同じくする」欧州に注力すべき、という。

口実などは容易に思いつく、「彼の国はまだクーデターが起きる様な未成熟な国家だ」と。

 

「それで風向きが悪いとなれば、ライヒがさらになにかを差し出してくると?」

「ええ。紳士面なさったジョンブルにも美食家気取りのマリアンヌにも、もちろん支配者気分のアンクルサムにも」

 

あらごめんあそばせ、とルナテレジアは口元を隠した。

 

「ひどい話…」

「…まったくだな」

 

イルフリーデとヘルガは重くなった気を呼気と共に吐き出した。

 

リヨンの時には、文字通り背中を預け合って戦ったというのに。

衛士同士の信義などは、国家の利害の前にはかくも容易く吹き散らされてしまうのか。

 

「もっとも、何事も程度問題ですから。その辺りの線引きをライヒがどう設定して、それをどう読むかですわね」

「決裂までには至らないと思うの?」

「そこまで行ったらそれこそ70年前の悪夢の再現だぞ」

「それに癇癪を起こしたサムライが斬りかかるのが必ずしもカウボーイ・ガンマンとは限りませんのよ。太平洋の二大国が揃ってユーラシアを無視すると決めたら……ともすれば再来年の今頃にはG弾が降ってくるかもしれませんわ」

 

ルナテレジアの未来予想図に、残る二人は今度こそ絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年 3月 ―

 

 

重い曇天。三寒四温とは言うが、まだ前者が強く。

 

日本。帝都郊外。帝国陸軍技術廠・開発第壱局。

確保された敷地面積の内、半分以上が閉鎖型の実験施設。その中に複数存在する戦術機用格納庫、その一つ。

 

機器の作業音や整備兵達の声が響き、相応にやかましい。

全長18mを超える鉄の巨人を納めるべく巨大な戦術機構台が建ち並び、同じく巨大な昇降する作業用戴台。

それらに睥睨されつつ格納庫の床上を歩けば、行ったことはないけれど遠く埃及の方尖柱が並んでいればこんな感じなのかなと、千堂柚香少尉は思った。

 

「MOTTAINAI精神とはいえ、まったく日本人は変わらないね。こんなものを造って」

「そうは言うが、どこも米国のように新鋭機ばかりで揃えられるわけじゃないぞ。大体お前さんの設計する機体は高価すぎる」

「要求仕様を万全に満たそうとすればそうなるんだよ。言っておくが米国だってF-4が完全退役したのはついこの前だよ」

 

柚香の探し人は、懇談、いや歓談と言ってすら。

日本人としては長身でぴしりと背筋の伸びた巌谷榮二中佐は、口調の割にその向こう疵のついた強面にしかし明らかに和らいだ雰囲気を乗せて。

その話し相手といえば、痩身でやや猫背気味、四角い眼鏡に高そうな背広姿の金髪の白人男性。年の頃は壮年も過ぎ、巌谷より同じか少し上程度だろうか。

 

「とは言うもののこのシステムは本当に興味深い…」

「XFJ交渉の時の屈辱は忘れんぞ、フランク」

「だからあれはエイジ、君からデータを貰っているから、というつもりで言ったんだ。日本語は難しいね」

 

カスミガセキとカスミガウラを間違えることだってあるんだよ、と。

揶揄う口調の巌谷に、フランクと呼ばれた男性は肩を竦めた。どちらも本気ではないだろう。

 

 

男二人が見上げる機体は、老兵・77式撃震。なのだが。

 

この機体こそは近代化改修を施した上で件の新装置を搭載したブロック215、それにさらに電子機器類を第3世代相当に刷新し光導線制御を導入した概念実証機。

技術者連中が曰く「魔改造」機、その名もF-4JXXX 超撃震 ― というのはさすがに巌谷が止めさせ、単にF-4JX 撃震 と呼ばれているらしい。マーベラスファントムとも呼ばれないらしい。

 

 

巌谷は近づいてきた柚香には当然気づいていたようで。柚香を軽く手で制した後男性との会話を続けながら、受け取った書類に目を通して決裁した。

 

「よろしい。ああ、紹介しよう、こちらはフランク・ハイネマン氏。ボーニング社より今日付で出向してきた」

 

巌谷の言葉を受け、敬礼して名乗る。

ハイネマン氏の名前くらいは柚香も知っていた。ハイネマン氏もよろしく頼むよと微笑んだが、何かに気づいた様子。

 

ああ、それで…?

 

邪推だろうか。

宙ぶらりんだったドレイク分隊が、先日唐突にもこの新設された帝国軍実験小隊へと配属されたのは。

 

「言っておくが貴様の出自は関係が無い」

「は! 失礼しました!」

「龍浪少尉と共に、俺の目が間違いでなかったと証明して見せろ」

「は! 微力を尽くします!」

「よろしい。本日付で残る一人が着任する、出迎えを任す」

「は! 了解致しました!」

 

浅はかな考えなどは容易く見透かされて、軍隊式に答礼。

それを見ていたハイネマン氏が穏やかに切り出す、やっぱり日本語も解ってるんだ。

 

昨年末欧州からの帰国後には実家に顔を出し。その父にも一応会ってはいる。

相変わらず忙しそうではあり、会社には何やら大きな仕事も入っているようだった。

 

「君のデータも少しだけれど見せて貰ったよ。日本軍にはいい衛士が揃っているね」

「は、恐縮です」

「エイジ、ロイヤルガードもここにいるんだろう? タカムラ中尉にも挨拶しておきたいね」

「…いいだろう。俺は今ここを外せん、千堂少尉出迎えの前に案内を頼む」

「了解です、中佐殿」

 

例の装置を、発案した部署の方。

 

そしてリヨンで一緒だった、雨宮中尉が言っていた「隊長さん」。

数日前に挨拶させてもらった時には、その事にも少しだけだが触れられた。

開発衛士隊配属以来の同僚だったこと、そしてすでに九段へ参拝されたことなど。

 

ともあれその新装置には柚香も既に新たな乗機となる94式不知火の改修型で慣熟に入っている。

 

 

日本帝国軍94式戦術歩行戦闘機 不知火 ― その改修機、試製02式 通称 弐型。

先年成功裏に終わった日米合同新型戦術機開発計画・通称XFJ計画の産物。再来年にも見込まれる制式化に先立ち、ハイネマン氏の「手土産」として、氏の来日に先立ちボーニング社よりもたらされた先行試作量産の強化改修部品が組み込まれたもの。

旧来の94式より脚部が僅かに大型化し、曲線的だった全体像は鋭角な印象へと様変わりしたが、より練り込まれた空力特性と増大した主機出力、またそれを補う燃費性能と推進剤搭載量とがあらゆる性能の向上を実現させている。

 

この機体に新装置を介入最大で使用すると、恐ろしく反応が敏感な上に急機動時のGでは失神しそうになる程に強烈ながら、乗りこなせれば能力向上は間違いが無く。柚香が秘かに想いを寄せる、また無事同部隊に配属となった龍浪響少尉なども躍起になって習熟に勤しんでいる。

そして長刀も実戦で不足ない程度には扱えるつもりだが、どちらかと言えば砲撃戦派の柚香は近・中距離での砲撃戦に向くとされる別の挙動規範を重視している。とはいえそちらもやはり基礎機動の提供者が相当な凄腕らしく、奇抜ではないがG負荷の強さは相当なもの。

 

 

移動中そうした雑感などをハイネマン氏に聞かれつつも、どの部分が機密なのか自分程度には判らないので大したことは答えられなかった。

 

そうして戦術機の鬼なる人物を隣の格納庫へと案内する。

そこも同じく、巨人の檻。

異なるのは立ち並ぶ戦術機が本来斯衛専用機たる00式武御雷で、しかしその塗装は水色に近い青 ― 国連軍仕様 ― に改められていた。

ここへの配属前にちらりと噂に聞いていた、現在模索されているという00式の輸出仕様。その試作機なのだろうか。

 

「ったくよ、アテにならねぇ箇所がざっと50はあるぞ」

「まあまあおやっさん、仕方ないっすよ」

「大体諸元よりなんで8kgも軽くなってやがる」

「強度は上がってるって話ですよ」

「たりめえだ、下がられて堪るか」

 

その足下、腕組みしてその国連軍色に染められた鬼を見上げるは、如何にも昔気質の老整備兵。それを宥めるのは弟子とも言うべきまだ若い男。その手には塗装用噴射機と塗料缶。

 

「それにまだ試験ってことっすから…こいつで肩くらい、どうです?」

「貴様、塗りたいのか?」

「…止めはせんが、塗るなら右肩にしてくれ」

 

じゃれ合うような師弟に、居合わせる山吹の女性斯衛が呆れたような声を出した。

ただ中尉の黒はもっと暗い、闇夜のような色だなどと注釈を付けた為に若い整備兵連中に生暖かい視線を向けられている。

 

やあタカムラ中尉、とハイネマン氏が声を掛けると。

振り向いた山吹の篁中尉は顔には出さないようにしているがかなり驚いたようだった。

 

「ご無沙汰しております。いつ日本へ」

「今日だよ。元気そうだね」

「お陰様で」

「いや例のシステム、大変に興味深いね。私の考えとは全く違ったアプローチだ」

「恐れ入ります」

「しかし、マーキン・ベルカーへはどうするのかね」

 

聞いているよ、いらぬお世話かな、とハイネマン氏は眼鏡の山を押し上げた。

 

「ロイヤルガードにはその種の法曹部門はないのだろうから、帝国軍が対応するのかな。だが手強いよ、彼らは」

「…係争以前の案件についてはお答え致しかねます」

「力になれると思うよ。…なにせ、『覚えのある』衛士のマニューバに、そっくりじゃないか」

 

ちらり、とハイネマン氏の視線がこちらに。そういえばデータを見たとは言っていた。

でも対する篁中尉の雰囲気は、硬くなった。

 

「…」

「ふふ、警戒しなくてもいい。もしかしたらとは思っていたからね、僕にとっても友人と元部下の……。だから君たちが殺しあったなんて話よりはよっぽどいい。悪いようにはしないよ」

「…は…」

 

半年近くの調査の結果、テロリストの死亡は確認された。

それとは全く別に、日系人が我が社に入ることもあるんじゃないかな?

 

「あれこれと片付いたらステイツに戻してくれれば良いということにしよう。銀色の妖精さんも一緒なら、文句を言う者も黙らせられる」

「…人体実験をなさる御心算か」

「よしてくれ、アメリカは自由と人権の国だよ。サンダーク氏あたりと同じに思われては困るね」

 

嘆息し、肩を竦めて。

 

「地下に閉じ込めて生涯出さないつもりかな? それでは幾ら気を配っても遠からず限界は来てしまうよ。私は優秀な開発衛士が欲しいだけさ」

「…私の一存では、何とも」

「無論エイジには言っておくよ。ただ私程度がここまで知っている段階で、隠しておく意味は無い。今後の日米交渉の駒にされないためにも早く出してしまった方がいいと思うがね」

 

言っておくが、これは善意での提案だよ、と。

上位者であることの余裕が板についていた。

 

おもむろに始まったなにやら政治的な匂いのする込み入った話に、顔をしかめる老整備兵と英語があまりできないのか不得要領顔の若い整備兵。

 

柚香も興味本位で危なそうな話に首を突っ込みたい性格ではなくて。

速やかに敬礼して回れ右をした。

 

 

 

 

 

 

雨が降り出した。

門柱に陸軍技術廠開発局と銘打たれた巨大な鉄扉の前、乗せてきて貰った高機動車から将校行李ひとつと共に降りる。

門衛に所属に姓名・階級を告げて鉄扉が開かれると、そこには長い髪をじわりと湿らせた少女 ― まだ少女と言っていい年頃の、将校が立っていた。

 

「駒木中尉殿でいらっしゃいますでしょうか」

「ああ」

「お迎えに上がりました。自分は帝国陸軍技術開発第壱局・第104実験小隊の千堂柚香少尉であります」

「駒木だ。よろしく頼む」

 

答礼。千堂少尉の案内に従う。

行李は門衛の下士官が先に宿舎へと運んでくれた。

 

 

先月末のクーデター未遂事件。

 

帝都防衛師団の一部が将軍尊崇を掲げながら大逆未遂をはたらくという前代未聞の一連の事変は、直接的な鎮圧は一日で済んだものの、その後の始末は当然大規模な物になった。

 

総理を含む重要閣僚の暗殺により、与党内では組閣が急がれ。

また叛乱加担者の処断を急ぐため、緊急勅令による軍法会議が特設された。

 

叛乱を主導した沙霧尚哉大尉をはじめとする将道派将校連は、鎮圧の際誅殺された同大尉に加えて自決が数名出た他は捕縛。また彼らの思想的背景を担った民間の思想家2名も逮捕。

これらには共に極刑が言い渡される見込み。

 

叛乱に加担せずとも同情的と見做された帝都防衛師団の幹部将校たちは更迭されるか、予備役編入。

そして蜂起した帝都防衛師団戦術機連隊に帯同した歩兵大隊の下士官たちはその多くが原隊へと戻されたが、今夏予定されている帝国軍欧州派遣部隊へ「志願者を募ることになっている」。

 

 

身に覚えのある者は、禊、もしくは…白木の箱で帰還せよということなのだろうな…

 

千堂少尉の案内に続きながら。

施設の廊下を進む駒木の心が晴れることはない。

 

 

決起の2週間前、傷病を理由に療養を命じられ。独り帝都外の小さな病院で悶々として過ごした。軍医は事実を探ろうと思えば当然探れただろうが何も言ってこなかった。

 

密告するとは考えなかったのだろうか。

いや、自分もそれを思いついたのは事が終わった後だった。

 

沙霧大尉を裏切ることなんて、考えもしなかったのだ。

 

無論取り調べを受けた。

一切知らぬ存ぜぬで通した。

自白剤を使われればどうしようも無かったが、そうなる前に声がかかった。

 

大体武装蜂起は何者かに踊らされた結果ですが、それを知りつつ丁度良かったので一国の宰相を暗殺しましたと言ったところでなんになる?

 

 

副部長室、と書かれた部屋の前で止まり。ノックに続いて入室する。

室内、執務机の向こうには、帝国軍衛士にとって知らぬ者とてない巌谷中佐殿。

お会いしたのは2度目、あの夜以来。妙な因縁と言えば因縁。

 

名乗り敬礼すると、千堂少尉は下げられた。

 

「手短にいこう」

「は」

「貴様を拾ったのは政治的な理由だ、だが当然能力にも期待している。同時に身辺には注意しろ」

「は」

 

明け透けなあまりの言葉に、内心では面食らう。

 

 

蜂起した青年将校達と同部隊で、唯一の生き残り。

寝返った謀反の加担者として白い目で見られ、残存する将道派にとっては裏切り者。

夜道で襲われたり、戦場で後ろから撃たれたりしても何ら不思議はない。

そういう、特に残党を釣り上げるエサとして。

 

 

それでも、大尉が、生きろと言ったから。

 

 

「この基地は斯衛部隊も使用している。貴様、存念はあるか」

「はい、いいえ。ございません」

「任務によっては共同作戦となる。存念はあるか」

「いいえ、ございません」

「沙霧を殺した男も此処にいる。存念はあるか」

「一切ございません!」

「よろしい、今後の働きで証明せよ。貴様には実質、俺の小隊を預ける」

「は! 了解しました!」

 

 

わたしは――共に死んでくれと、言って欲しかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 4月 ―

 

 

国連軍。横浜基地。

 

鎧衣美琴は国連軍仕様の黒と薄紫の99式強化装備に身を包み、97式戦術歩行高等練習機・吹雪の管制ユニットの中にいた。

 

統合仮想情報演習システム・JIVESにより再現された空間。

広がるは荒涼たる地形、波打ち際、生物の存在は感じられない。

 

洋上5km先の戦術機母艦から発進、匍匐飛行にて編隊を組み上陸後には即座に新型砲・01型大型電磁投射砲の発射陣形を整える。

砲手1、給弾手1、砲身交換手1-2名。補給コンテナでの運用が可能な弾頭はともかく、戦術機の全長をも上回る長さの砲身も含めてまだその運用には課題が多い。

 

 

朝から続く訓練は、昼に15分休憩を挟んだのみで夕刻までも続いていた。

 

 

「遅い! もう一度!」

 

編隊飛行から着地し、急ぎ砲を構える段階で砲手の珠瀬機がもたついた。

即座に神宮司まりも大尉の怒声が飛ぶ。

 

「もう一度はじめから!」

 

着地後、規定の手順を飛ばした彩峰機が見とがめられ、その工程が無効にされた。

ぶつりとJIVESの画面が暗転して初期フェイズに戻される。

 

「はじめから!」

 

陣形編成発射準備、焦ったのか榊機が弾頭を取り落とす。

また神宮司大尉の罵声が飛んだ。

 

「もう一度! この程度でへばる奴は訓練兵に戻す!」

 

着地時に長い砲身を取り回し損ね、珠瀬機が隣の鎧衣機をそれでぶん殴る。

鎧衣機小破、珠瀬機転倒。

 

「なにやってる! もう一度!」

 

洋上展開中、焦れたのか彩峰機が速度を上げて編隊を崩す。

即座に画面が暗転し、はじめからやりなおし。

 

「もう一度!」

 

失敗。

 

「もう一度!」

 

失敗。

 

「もう一度だ!」

 

また失敗。

 

「もう一度!」

 

さらに失敗。

 

「もう一度!」

 

 

もう一度はじめから!

 

 

「勘弁して…」

 

肩を竦めて両手を開いて、神宮司大尉の声真似をした慧に美琴が嘆いた。

 

ようやくの解放。

強化装備姿、散々な訓練の後の散々なデブリーフィングを終えて。

ぐったりと通路を歩く元・207Bは4人。

 

 

先月頭 ― 突然任官を言い渡された207B分隊は、しかし当初の5人から1人減り。

 

その御剣冥夜という名の同期は、もう戻ることはないだろうと皆が思っていた。

 

そして鬼教官だった軍曹殿は、任官した自分達に慇懃な激励と敬礼とを送って寄越した30分後、今度は鬼先任になって現れた。大尉の階級章を付けて。

 

 

以降ひと月、しごかれ通し。

 

 

そして一昨日から行っているこの大型電磁投射砲の展開訓練は実地を兼ねた、特定動作の自動化を可能にした新型装置へ記憶させる模範動作の模索・構築作業の一環。

帝国・斯衛軍では精鋭部隊が同様の任務に従事しているというが、実際の配備を受けるという自分たちの部隊で訓練未修というわけにもいかない。

 

 

4人揃って更衣室へ入り、強化装備用トルソーに脱いだそれをかけてハンガーを収納。

そして皆が無言のまま、シャワーブースに入った。

 

自分たちではどうしようもない力が、いつも他所ではたらいている。

一足飛びに任官して戦術機に乗れるようになった時は、思った以上にうまく出来ていると思ったのに。

 

美琴は上を向き、顔から熱い温水を浴びた。

 

そしてシャワーを終え、身体を拭いて髪を乾かし。

少し放心したようにベンチに並んで、壬姫と背を預け合うように座る。

 

「疲れたね…」

「はい…ごめんなさい、ホントに…」

「いいって。一生懸命やってるのは、みんなわかってるよ」

 

皆それぞれヘマをしたが、一番多かったのはやはり壬姫だった。

とは言うものの昨年末のテロ事件以来、立ち直ってやる気を見せだしたのは紛れもなく壬姫本人の意思だった。

 

ぜったい、斯衛に入ります――!

 

ここは国連軍なんだけど、と美琴も水は差さない。

それに彼女は中長距離の狙撃に関しては明らかに天性のものがあって。電磁投射砲戦術により遠距離戦の需要が高まってきた昨今、こと戦術機での戦闘技術では器用貧乏を絵に描いたような美琴にすれば、壬姫の一芸に秀でた部分は羨ましくもあった。あと胸とかも。他の二人に比べてなまじ近しい分余計に。

 

その一方。

ほぼ同時にシャワーを終えた千鶴と慧は一瞬視線が合ってしまったようだがお互いすぐにそらし合い。無言のままに慧は更衣室を出て行った。

 

むき出しの敵意があるというわけではなく。

単に互いに隔意を抱いて避けあっている。そんな風。

 

「お先に」

 

その後それだけを言って、千鶴もまた、ひとり更衣室を出て行った。

 

「立ち直れって言う方が…無理ですよね…」

「うん…」

 

閉じたドアを横目で見つつ、壬姫が言う。

 

 

総理大臣だった父親を喪い。

自分たちの前では涙ひとつ見せはしないが、千鶴は明らかに以前までとは様子が違って。

慧と表だっての衝突が少なくなったのも、言ってしまえば任官以後、千鶴が小隊長の任を解かれたから。

そして慧の方にしても。

蜂起した青年将校連の中心が故彩峰元中将の下にいた者達だというのはすぐに広まっていた。そして彼女本人も何か関連があったらしく、事件直後から帝国軍の取り調べを受けていたことも事実で。

 

つまるところ、同小隊員の親族・知人関係で殺人の加害者と被害者の間柄になってしまったということ。

 

 

こんなんで、大丈夫かな…でも。

 

現状続く一通りの錬成が終われば、先任達と併せての編成となる予定らしい。

だからもしかすると現小隊を巡るあれこれは、少なくとも千鶴と慧のふたりの所属が分かれればとりあえずは沈静化するともいえた。

 

「でも精鋭部隊だって。正直、ちょっと怖いね」

「はい…でも、やります!」

 

休んで少し元気が出たのか、小柄な身体を起こした壬姫が拳を握る。

だが途端、くぅ~と音を立てたそのお腹。

 

「あぅ」

「あ、はは。食欲があるうちは、大丈夫って言うしね」

 

京塚軍曹に大盛りにしてもらおうか。

笑いあってふたりは、疲れた身体をもう一度引き起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

訓練された身体は、24時間常に大凡の体内時計で動いている。

 

朝5時。

クィーンサイズのベッドからむくりと身を起こした神宮司まりもは、暗がりで付けたままだった無骨な軍用腕時計を見ようとした。静かに伸びをして背筋を伸ばす。

身に付けるはBDUのタンクトップと無地の白いショーツのみ。

 

横浜基地、地下施設。

高級士官用宿舎の一室、しかしこの階で使われているのはここと隣り合う一室だけ。

 

外光は一切入ってこない。手探りでベッドサイドランプを点けてしまえば、未だ眠りの園にいる同衾相手を起こしてしまうだろう。

背を向けて眠る、シーツの海に広がる派手な色の長髪。白く細いうなじから背中、腰から臀部までが暗闇にほんの微かに浮かぶ。

 

ベッドから降り、ひたひたと素足で床を歩く。そっとドアを開き、隣のダイニングへ。

照明を点け、眩しさに目を細めつつ時間を確認。流していた栗色の髪を結わえる。室内にはテーブルに椅子、簡易キッチン。机上には昨晩飲み食いした皿やらグラスがそのままになっているも、生活感はあまりない。

洗い物は流しへ放り込んで湯を沸かし、即席の合成コーヒーを入れていると寝ていたこの部屋の主が起きてきた。

 

「ったく…ホントに早いわね」

「寝てて良いのに。飲む?」

「不味いからいらない」

 

扇情的なレースの黒い下着にまりものBDUの上着だけを羽織って。

大きな乳房が布地を押し上げ、すらりと伸びる脚。香月夕呼は不機嫌そうに椅子にかけた。

低血圧気味で夜型の彼女にはまだ耐えがたい時間のはず。しばらくぼうっとしてから、夕呼は朝食を3人分、それとピアティフにコーヒーを煎れさせて、と内線をかけた。

 

素っぴんの顔を見せるようになっただけ、まだマシになったのかも。

 

ちらりと夕呼の様子を伺いつつまりもは床に座り、適当に確保したスペースで身体をほぐす。

 

 

昨年の年末辺り――

 

それを見せるほど甘くない筈の親友に、どんどんと余裕がなくなっているのが判った。

 

鋭い目つきは険しいだけのものになり、厚くした化粧の下には隈が透け。

今まで一度も、そんな夕呼を見たことがなかった。

 

あの頃の自分と、同じだと判った。

 

実現できない未来への理想、あまりにも気づくのが遅すぎた淡い恋。

取り返しのつかない後悔とそれを埋め合わせるために取り憑かれたように戦いへ走った。

いつも必死だったことには違いがないが、過酷な戦場に次々と仲間を喪った。

再度の教導隊への誘いがなければ、恐らくあのまま死んでいただろう。

 

夕呼は、そうなってはいけない。そうはならせない。

 

なぜなら彼女は、自分などより遙かに高い段階から、より多くの人を救える人間だから。

 

例えほんの僅かでも、なにかの足し程度にでも。

二度三度とカマを掛け、怒らせるようなことも言ってみた。

それに乗ってきたことこそが、余裕がなくなっていた証。

 

渋る夕呼に半ば力ずく、ふたりで浴びるように飲んで――

 

 

各種の柔軟、軽いストレッチ。

 

「身体柔らかいわねえ」

「毎日やればこうなるわよ」

 

程なく食事とコーヒーが届き、室外に置かれていたそれをまりもが運ぶ。

テーブルに並べて朝食を摂り始める、夕呼はその向かいでピアティフのコーヒーを啜りながら端末で情報を確認する。

 

そこで寝室へ続くドアが開き、寝ぼけ眼のイーニァが現れた。

寝室から続く隣室が、彼女らの居室。

 

寝癖のついた銀の長髪、だぼだぼの上着が短躯の割に妙に発育の良い肢体を隠し。片手に抱くは大きな熊のぬいぐるみ。

ミーシャがいなくなった、と悲しんでいた彼女に最近まりもが買い与えたもの。カーシャと命名したと聞いたときには何やら散弾だか破片だかを受けて戦死しそう、みんな星になってしまえと謎の啓示がまりもに降りたが、とにかくイーニァは喜んでいた。

 

「おはよう」

「…おはよぅ…」

「眠そうね、眠れなかった?」

「…ハカセとマリモがうるさかったから」

 

いろんな光がすごくて、と。

 

「ごめんねえ、まりもがなかなか許してくれなくってさぁ」

「やめてよ、ちょっと」

 

わざと語弊のある言い方をしてニヤニヤと笑う夕呼に、苦笑を通り越す。

 

 

酔いの勢いで、スキンシップが行き過ぎることもあるにせよ。

言ってしまえば要するに、ただの慰め合い、傷のなめ合い。

 

 

あの夜もふたりで同じシーツをかぶって。

横向きに肩を抱き合った。

 

「あんたに心配されるんじゃ、あたしもよっぽどね」

「私じゃ力になれないことなんて、知ってるわよ」

「そうね、当たり前よ………でも、助かる」

 

互いに強い酒精の匂い。

こつんと額を合わせてから、夕呼は寝息を立てだして――

 

 

――親友の抱えるものを軽く出来たなんて思えないし、もしかしたらあんな夕呼を見ているのが辛かっただけの自己満足。

 

それでもわずか触れあう肌のぬくもりが、その時だけは互いを暖めあうようで――

 

 

「――イーニァ、そういうことを言ってはいけません…おはようございます」

 

続いて同じドアから、こちらはきっちりと制服を身につけた霞が姿を見せる。

とはいえ長いツインテールはまだ結い上げておらず、所々には寝癖が。

まりもは手招きして自分の前に座らせた。

 

 

この、社霞とイーニァ・シェスチナ。

 

揃って白皙の肌に銀の髪、浮世離れした不思議な言動。

霞はその卓越した頭脳と知識、イーニァは衛士としての優れた能力。

イーニァは後入りとはいえ、とかく秘密だらけの親友の庇護下で行動を共にしている辺りから、まともではないことくらいはまりもにも容易に想像がついた。

 

 

「どうなの、部隊は」

「概ねは任せてあるけど作戦時には01型は私が担ぐし、99型は伊隅が。ハシムラ少尉とイーニァのコンビについていけるのは速瀬しかいない、そこに涼宮と彩峰で突撃小隊にするわ」

「砲戦が機能すればヒマ人小隊ね」

「直掩でもあるわよ。近接戦に限って言えば、みんな素質は私以上だし…01型は小隊じゃ運用で精一杯、その補助も必要だから。それに榊と彩峰は離しておいた方がいいわ」

 

自分も髪が長いから、整えるのは慣れたもの。

とはいえ霞の髪は、本当にさらさらとして触り心地が良い。

 

元207Bの連中は、「戦術機乗り」としての資質は皆相当なものがある。

ただ軍人として、衛士としての評価はまた別で。

 

「やっぱあんたが指揮した方がいいんじゃない? 伊隅だってやりにくいでしょ」

「自分の名前がついた部隊よ、それくらいは、主力の古参は子飼いなんだし。それに01型小隊は相当後方になって、実際は別働隊といってもいいくらいよ」

 

霞の髪を整え終え、小さく礼を言った彼女を離して朝食を再開する。

ちなみにその量は小食な霞の3倍近い。

 

 

回ってきた94式の改修部品の数に余裕はなく。同じく試験的に回されてきた77式には、近代化改修済みとはいえ自分が一番乗り慣れている。

その77式は ― 整備兵の一部がなにやら歓喜して騒いでいたが ― 既存の機体とは段違いの応答性と運動性だったとはいえ、それでもなお94式改修型の方が優れている。そういう機体は、教え子たちの役に立てて欲しい。

 

 

「ン…マリモ、そこにまーくついてる」

「え? 本当?」

「うん。あかいよ」

 

イーニァは機嫌良さそうに食事を勧めているが、行儀はあまり良くない。

ぽろぽろとこぼすので口元も拭ってやると、首元を指された。

 

「え…っ、夕呼っ」

「あはは、いいじゃない。あたしのものだって、し・る・しw」

「wを付けないで! もう、隊の連中ともシャワー使うのに」

 

社会的にも男性人口の相対減が言われてはいるが、圧倒的女性多数の部隊。

イーニァの存在から犯罪者予備軍扱いされているハシムラ少尉の意見はまず通らない。

ともあれ女子的会話に事欠かないのが、軍務から少しでも外れた瞬間。

 

 

ケラケラと笑ってコーヒーを口にする親友が、しかし自分に総てを見せているなんて思ってない。

 

夕呼の誘いに乗って教導隊から国連軍に移籍して、教官となって任官させた教え子たち。

でも先日久しぶりに顔を見ることができたのは――その、何分の一以下しかいなかった。

 

どこでどう、戦って散っていったのか。

極秘任務に就かせている、それは聞いていた。詮索は無用とも言われていた。

207Bを最後に新規の訓練兵が止まった理由もよく判らない。

 

だから。

 

― あたしの地球で勝手してくれるヤツらにデカい顔させておけない ―

 

その目的を果たすためなら、きっと、彼女は。

必要なら、私も捨て駒にするだろう。

10年来の友で、肌を合わせた仲であっても。涙も見せずに。

 

だから。

 

 

「ごめんごめん、悪かったわよ」

「もう、しかたないわね」

 

 

たとえ私の生命を使ってでも。

 

だから貴女は、必ず。地球を、人類を救って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 5月 ―

 

 

春の陽光が眩しかった。

アラスカのような雄大さはなくも、日本の新緑は美しい。

話に聞くサクラ、というのは見ることができなかったけれど。

 

ユウヤ・ブリッジスはサングラスを外した。

伴うはイーニァ・シェスチナ。つばの広い白い帽子に同色のワンピース。

 

立ち並ぶ奇妙な形の石碑群、これが日本の墓らしい。

 

先導する黄色いロイヤルガードの制服姿のユイが、ここだと立ち止まった。

 

篁家先祖代々。周囲の墓石より少し大きい。

 

そのユイが持っていた手提げから取り出したキャンドルとなにか ― 香木だろうか、に火を点けると、その煙にイーニァがむせた。

 

「ユイ、なにこれ」

「すまないな、シェスチナ少尉。ブリ…いや」

「ブリッジスでいい、俺もタカムラ中尉の方が呼びやすい」

 

そうか、と答えるユイから香木を受け取り、作法が解らないので適当に置いてみた。即座にユイが場所を直す。

 

「特に月命日というわけでもないんだがな」

「?」

 

ツキメイニチ、だとかボシとかいう石版に掘ってあるカンジのカイミョーだとかはよく解らなかったが、あの時と同じく手を合わせたユイを真似てみる。

 

 

タカムラマサタダ。そういう、名前だそうだ。

 

しかしここには遺骨はなく。ただ、名前とその魂が眠るのみという。

 

 

「そういや、おふくろの墓参りもしてないな」

「親不孝者め」

「言い返せねえよ、…でも」

「…決めたのか」

「ああ。俺は、アメリカに帰る」

 

合わせていた手を解いて、前を見たまま答える。

 

 

ハイネマンの話は聞いた。わざわざ横浜基地までやって来たから会いもした。

ボスとも何やら話したようだがあのおっさんのことだ、裏でも色々考えちゃいるんだろう。

 

でもダンバー准将もまた懲りずに色々と手を貸してくれているらしい。

大嫌いだった、憎んですらいた祖父さんの…遺徳ってやつになるのか。

 

今の俺の最優先は、まずイーニァの安全だ。

それについては、非道な真似はしないとの約束はしてもらった。

 

それが…守られるかどうかは判らない。

だがイーニァは、俺についてくると言ってくれた。

 

なら、ずっと、このままふたりで日陰の身でいるよりは。

 

 

「クリスカの墓も建ててやらないとな」

「うん」

 

帽子の上からイーニァの頭を撫でて。

生まれ故郷には、日本の方が近いけれど。

ヨコハマに来た後、荼毘に付した遺骨は大切に保管している。

 

「実際のところ、米国に遺恨はないだろう」

 

出し抜いたとかいう情報機関は知らないし、実験機を持ち逃げされた帝国と、貴重な衛士を二人も拐かされたソ連はその限りじゃないぞ、と。意地悪げに笑むユイには勘弁してくれと両手を挙げる。

 

「とはいえ欧州西部戦線が膠着している以上、ソ連も先々甲05なり26なりの攻略に米国の手は借りたいはず。当面余計な騒ぎを起こすような真似はすまい。それに米国の戦術機に精通する上例の新装置の開発にも携わった貴さ…まは、ことボーニング社にとっては喉から手が出るほど欲しかろう」

「帝国軍とロイヤルガードはブラックボックス化での提供に応じるのか?」

「すぐとは言わんが、そうなる見込みだ」

「…それでいいのか?」

「発想と着眼点が露見した以上、実現までの差を技術が埋めていくのは時間の問題だ。元々電算機や戦術機関連の技術は総体で見れば米国の方が進んでいるからな」

 

それは日米共に理解していることだ、と。

 

「軍事面での共同歩調は既定路線だ、欧州連合にも先々は協議を進めていくことになる」

「…お人好しな話だとは思わないのか」

「思うさ。だがこれも、政というやつだ。……では父様、また来ます」

 

最後にまた手を合わせて小さく頭を下げたユイに従い、墓地外の駐車場へ向かう。

 

「才能があれば愚行すら許容されるというのは…不公平な話だ」

「…いちおう兄貴だって判ってんのに辛辣だな」

「なればこそだぞ。香月博士は、なんと?」

「あんたらは期待外れだったから別にいい、だそうだ。あの冷血女め」

「期待外れ…?」

 

立ち止まり形の良い顎に手を当ててユイが考え込む。

 

「ユウヤ…」

「なんだよイーニァ」

「ハカセは、みえないからわからないけど、やさしいところもあるよ」

「ん、そうか。まあイーニァが言うんなら、そうか」

「なんだその会話は…」

 

責めるように見てきたイーニァの頭を、ぽんぽんと撫でるように叩くと、ユイが呆れたような目を向けてきた。A-01の連中が向けてくるのとよく似ている。

 

「なんにしろ、当面のケリをつけてからだ。イッシュクイッパンの恩義もあるからな」

「その程度の恩のわけがなかろう。まあ意気は良いが、つまらぬ処で死んでくれるなよ」

「言ってろ。俺はタカムラの家なんて継ぐつもりはないからな…あんたこそ、死ぬなよ」

「ああ。最早私は安くは死ねん。でなければ逝った友と斬った敵に申し訳が立たん」

 

他人の命を背負いすぎたからな、と。

事もなげに壮絶な言葉を吐く、腹違いの妹をユウヤは見た。

 

「今度の間引きにはロイヤルガードも出るのか?」

「ああ、そちらと同じく中隊程度だがな。横浜基地の手並み、見せてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

垂れ込める雲の下、しかし春の日本海の波は低い。

 

スーパータンカー流用の日本帝国海軍戦術機揚陸艦・大隅級は、全長340m全幅66m、戴貨重量は30万トンを超える巨体。そこに戦術機16機を満載するとなれば、正面からの波に角度を付けての航行でもあって揺れはかなり抑えられる。

そもそも輸送艦の揺れ程度でどうかしていたら戦術機などには乗れない。

 

だが艦自体は大型ながら、設備までがそうとは限らない。

国連軍横浜基地所属のA-01部隊・通称伊隅戦乙女隊の衛士達13人が詰め込まれたブリーフィングルームは狭苦しかった。

 

「以上が本作戦の概要となる」

「また実験兼ねての間引きですよねー」

 

今行われたのは最終確認に過ぎないが、伊隅隊長の説明に速瀬中尉が退屈そうな声を上げた。

 

横浜から琵琶湖運河は経由せず。空路での敦賀港発高城沖行。

20時間を少し超える船旅は、間もなく終わろうとしていた。

 

「なんだ、不満か?」

「いえ別に。でもヒヨッコ連れの新編成ですからね」

「それはすまんな、足を引っ張らないよう気をつける」

「じ、神宮司教か…いえ、大尉殿、滅相もございません」

「実戦から離れていたのは事実だ。お手柔らかに頼む」

 

作戦の確認に余念の無い榊千鶴は、そういう会話を自席にて聞き流していた。

国連軍仕様の黒と薄紫の99式強化装備にウォーニングジャケット姿。

 

たっぷりと訓練は積んだはずだし、戦力にも余裕がある。

作戦期間は間引きとしては長期といっていい1週間、現地で過ごすのは5日程となる予定。戦術機は国連軍と斯衛は共に1個中隊程度ながら新装備が配備され、主力となる帝国軍は精鋭1個連隊規模の参加。洋上砲撃能力も大和級を旗艦とする戦隊が後詰めとして控える。派遣を打診したアジア連合からも小規模ながら部隊が出ていた。

兎も角漸減と実験という目的の他に、自分たち実戦未修の新米に経験を積ませるのに絶好の機会であることも間違いが無い。

 

それでも、眼鏡の横からちらりと確認すれば。意気込みの割に顔色の悪い珠瀬壬姫、軽い笑顔の鎧衣美琴にも緊張の色。

 

故に自らも緊張と――また違う思いを自覚する千鶴は、ブリーフィングを終えて甲板に出た。

船団を組む帝国および斯衛の戦術機母艦群がそれぞれ5km程の間隔で航行していて、目をこらせば両舷にその姿が確認できた。

しかし雨が今にも降り出しそう。夜明けからもう数時間は経つのにどんよりと暗い。予報では晴れてくると言っていたはずなのに。

今の気分がさらにそう感じさせるのか、千鶴はひとつ、小さく頭を振った。

 

 

先々月の中頃、父の国葬が執り行われた。

 

葬儀委員長は不測の事態に急遽組閣された内閣の新総理。

無宗教での執行となった葬儀自体には、政威大将軍・光武院悠陽殿下御自ら臨席なされ、弔辞を頂いた。

代々政治家を輩出してきた榊家には当然菩提寺が存在したが、国葬となるに際し先んじて弔事を行うのは不敬に当たる為、単に喪に服すのみとなった榊家には勅使として有力武家・月詠真耶斯衛軍中尉が訪れて殿下ご本人の名前での香典を頂戴した。

 

昔は父の手伝いや代理として政治運動にも関わっていたという母は、しかし千鶴が物心ついた頃には半ば家に引きこもって怠惰に過ごす女性だった。醜聞になるからだろう離婚もせず、あるいは出来ず、時折父の秘書という若い男がやって来ては一緒の時間を過ごしていた。まだ学生だった頃の千鶴はその時に居合わせてしまうと、遣る瀬ない憤りの傍ら母の笑い声や嬌声が聞こえてこない屋敷の広さに安堵していた。

とにかく母親がそんな調子の為、国葬に先立ち千鶴は横浜基地から特別に暇を貰って喪中の実家に帰り、逃げたがる嫌いな母を支えて榊家名代のような立場になった。

 

途切れることなく訪れる弔問客、応接する千鶴の身を包むは急遽の任官で与えられた国連軍の制服。襟元には少尉の徽章。

鍛えられたがゆえに体力的には問題なくとも、精神的な疲労がひどかった。

 

本音建前はともかく、これだけ多くの人と関わりがあった父。

袈裟懸けの一太刀で斬り殺されたというその顔には傷も無く。防腐処理を施されて広い仏間に安置された棺に横たわるその死に顔は当然血の気無く青白かったが、相変わらずの厳めしさというか難しさ。断末魔、という割に恐怖も苦悶も驚愕も無い。

 

もしかして全部、納得ずくでのことだったんだろうか。

そう考えれば、あれこれと辻褄があうことが多すぎて。

 

 

「あの」米国との共同歩調が前提となる、本年よりの帝国の軍事行動指針。

最終的には一大軍事作戦へと収斂されていくそれらを纏めた法案は、当然の如く議会の紛糾と市井の反発を呼んだ。

総理であった父は、しかし議席上多数となる与党内の賛成は取りつけていて、要するに剛腕で以てそれを成立へと導こうとし――暗殺された。

 

しかし大逆未遂の数日後。急遽組閣された新内閣の元、法案は可決。

御自ら戦術機を駆って叛徒鎮圧に御出座になられた殿下は、父の国葬に臨席下さり。

その場でのおことばには、忠臣の死を悼むお気持ちが並んだ。

そのため世論にも志半ばで斃れた父に同情的な論調が出始め。

現実的に日本の安全保障を考え抜いた末の結論だったと新聞も書き。

法案内容がざっくりと報道されて以降下がり続けていた与党支持率は大きく回復。

逆に解散を求めていた野党の声は一気に小さくなった。

そして戦場に立たれた殿下の麗しくも勇ましい御姿は臣民の語り草になり。

その御許で異星種共を駆逐すべく、帝国軍の士気は尚高まった。

 

 

「…」

 

潮の匂いに混じって、ふと気配を感じた。

肩越しに振り向くと、そこには同じくウォーニングジャケット姿の無表情な彩峰慧。

訓練以外で最後に言葉を交わしたのはいつだったか、黙ったまま彼女も少し離れた場所で海を眺めた。

 

 

彩峰慧は、反乱の首謀者と知人だったらしい。

というのも首謀者は彼女の父親・故彩峰元中将の元部下で、反乱将校の多くもまた同様だったそうだ。彼女は事件発生後に自ら名乗り出、ちょうど千鶴が帰省している間、国連軍経由で帝国軍の取り調べを受けていたとか。

何故、もっと早く、そうしてくれていれば。

国葬前、一時帰隊した折に慧から呼び出され、見せられた反乱首謀者からの手紙というのは古風な文章に暗号めいた言い回しがあるだけで、あとになって考えてみれば程度とも言えた。

でも、それでも。

慧からは今まで一度も聞いたことがなかった謝罪の言葉が出たが、納得するにはほど遠かった。

 

 

ただ、その時。

たぶん二人で、はじめて共通した認識を持ったと思う。

 

「ねえ」

 

聞くなら今だろう。

黙ったままの慧に、千鶴は声を掛けた。

 

「どう思う?」

 

訳あり分隊だったのが、あの時機での急な任官。

 

「…用済み?」

 

感情を伺わせない瞳のままで、慧は言った。

 

「…あなたもそう思うわよね」

 

千鶴は少しだけ唇を歪めて、皮肉げに笑った。

 

 

生きた人質としての利用価値は、もう無くなった。

少なくとも、自分と彼女の二人は確実に。

 

鎧衣はよく判らないが、次の作戦に国連は難色を示すだろうとの見込みもあって、珠瀬の父親の立場も微妙化したのかもしれない。

そして何より、至尊の方に瓜二つの御剣が姿を消した。別任務に就くという話だったが、果たして国葬にも現れたあの御方はどなただったのだろう。

 

 

帝国軍への志願を父に取り消され、図らずも入った国連軍。

入隊の最大の理由は、今思えばもの凄くくだらない、父への反抗。

国のため、人類のため。それもたしかにあるけれど、一番強かったのは結局それ。

仕事にかまけて一切家庭を顧みない父を、見返してやりたい。あんな母を放置する父の鼻を、明かしてやりたい。自分は立派にできるんだというところを、見せつけてやりたい。

要するに自分は、反抗というより父に褒めて認めて欲しかったのか。

それが、その父に反抗して徴兵免除を蹴って軍に入り、だが父は殺され、そして粋がっていた自分はお望み通りの一兵卒になった。

 

 

早く死んでくれと思う者も、きっといるだろう。

概して衛士の寿命は長くない。だが必ずしも、話題が熱いうちに死ぬとは限らない。

 

非業の死を遂げた元総理の娘と、軍内には今なお信奉者の多い元将官の娘。

たまたま同じ部隊に所属した両者は、父親同士の確執を乗り越えて。

「手を携えて果敢に戦い、しかし武運つたなく共に九段の門を潜った」?

 

 

時間が来た。出撃となる。

 

「…死ぬつもりはない」

 

ぼそりと言われて千鶴は久しぶりに慧の眼を見た。

紫がかる瞳、ざっくりとした手入れの黒い髪。俊敏な猫科の肉食獣。

 

「私だって」

 

共に艦内への昇降口へ向かう。

そして目は合わせないままで、掲げられた慧の右手に左手の拳で合わせた。

 

 

闘志を以ても、駆逐しきれない緊張。しかし身体は叩き込まれた動作を反復できた。

所定の手順を終えて、母艦から発進。改修となった94式の挙動は恐ろしく軽く速く、とはいえそれにも馴染みだしている。

 

自分の任務は第3小隊長・神宮司大尉の撃震が構える01型大型電磁投射砲の補助。砲身交換並びに弾倉の交換を担う。

 

補給コンテナを抱えて現着、速やかに展開。上陸したのは江原道北部、荒涼とした平野。甲20号までおよそ100km。

光線種は確認されておらず今はBETA群の姿も見えないが、この先には確実に。

前方には同じA-01部隊の仲間と、帝国軍に斯衛軍の部隊も展開しているはず。

 

「こちらヴァルキリー03、位置に就いた。これより試射を兼ねて砲撃を開始する」

 

前方20m。動力用に換装した増槽を背負い、長大な01型砲を抱えながらも神宮司大尉の77式はふわりと着地を決めた。

 

「こちらCP、前方60km地点にBETA群。大隊から連隊規模と認む、砲撃を許可」

「了解。砲撃行程に入る。01型砲、超伝導機関起動、三式弾装填」

「了解…!」

 

神宮司機、無骨な造形の77式肩部装甲に腰だめに構えた01型砲後部から伸びた可動式懸架が固定される。千鶴はすかさず戦術機で一抱えになる大きさの弾倉を砲へ装填、砲口からはすでに仄かな発光。

 

「データリンク確認。諸元入力よし、目標固定。戦域に砲撃警報」

「CP了解。行程を進められたし」

「了解。反動制御、各員対閃光防御。各機は当機より後方へ下がれ」

 

77式の跳躍機が水平にごく僅か噴射を開始、指示に従い小隊機は設置された弾倉や砲身コンテナを引っかけないようにしつつ距離を取った。

 

「発射準備完了。…CP」

「こちらCP。砲撃開始許可」

「了解…――01型大型電磁投射砲、三式弾…発射ッ!」

 

閃光。発射音は甲高く。火薬式と違い轟音は響かない。

極超音速の砲弾は肉眼では追えず、弾体が大気を突き抜けた衝撃波も遅れてやって来た。

投射された収束弾は今回入力設定の発射後9秒で炸裂し、500個超の子爆弾をばら撒く。

 

遙か遠く、荒野の果てで爆炎が上がった。

 

「有効射と認む」

「了解、同一砲身での2射目試験を行う」

「了解っ」「了解」

 

手順通り、交換砲身を専用の補給コンテナから用意していた鎧衣機が返信し待機。

千鶴も当初予定通り、同一弾種ながらも訓練のために弾倉を交換した。

 

2射目も、問題なく。

 

「こちらCP、射程内に敵集団なし。前衛は不発弾に留意しつつ残敵を掃討せよ」

 

りょうかーい、と軽い調子の速瀬中尉の声が聞こえた。

 

終わった…の…?

 

千鶴は自分でも不思議と、呆然としていた。

 

BETAの姿なんて一度も見ていない。

時計を見ると砲撃準備開始から6分しか経っていなかった。

 

 

死の8分までは、まだ。

 

 

あたりを見回した。

センサーを確認する。

データリンクも追ってみた。

 

 

敵影なし。

地下侵攻の兆候もなし。

 

 

「榊! 何してる!」

「!」

 

網膜投影内と通信、神宮司大尉の怒声に我知らず肩が震えた。

 

「呆けるな! 周囲の確認で注意が散漫になってどうする!」

「は、はッ! 申し訳ござません!」

「貴様等もだ! 戻ったら絞ってやる、撤収するぞ!」

「りょ、了解っ」

 

珠瀬機鎧衣機と共に唱和し。千鶴は低空での帰投路に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きた。生き残った。

 

というより、何もしていない。

 

「…」

 

強化装備にウォーニングジャケットのまま。

潮風に吹かれ、出撃前と同じく船首甲板上に佇む。

予報通りに雲が晴れた空、しかし茜色の残照もすでに少なく。

 

 

デブリーフィングでこってりと神宮司大尉殿に絞られ。

貴様のようなのは味方を殺す、と叱責された。

 

そうなる前に貴様は死んだ方が良い、それが貴様にできる最大の貢献だ!

 

 

「ま、それもそうよね…」

 

これまでにも何度も聞いた罵声。

でも今は、とりわけ。

 

頭上を飛行する戦術機の轟音、それすらも耳には入らず。

 

 

死ぬことこそが、最大の貢献。

 

厳しくもその裏に優しさを漂わせていたようなラダビノッド司令も、あの時弔問に訪れた与党の重鎮達も、財界の大物達も。

沈痛な表情、やさしい言葉、深く下げられる頭。その陰にみんながみんな、事情と欲望を隠して。

 

それにもしかしたら――殿下でさえも。

 

 

ふと、このままこの目の前の暗い海に身を投げてしまおうか、そんな馬鹿げた思いも過る。

戦術機輸送艦の乾舷高なら、海面に叩きつけられて死ねるだろう。

いやそんなことをすれば行方不明扱いで皆に余計迷惑がかかるし、遺書を残せば自殺になって「望む形」にならないだろう。

 

「そうじゃ…ないわよね…」

 

俯いて、自嘲に唇を歪めた。

 

 

結局自分はとんだ愚者で臆病者だ、あれこれと理由を付けては死ぬことを避けている。

周囲の希望に気づきながら、それに反してなお生きる価値など示せないまま。

 

父は、成し遂げて受け容れて。

誰にも何も言わずに、自らが犠牲になったのに。

 

 

どうやったら、強くなれる。

 

好敵手と認め合っていたつもりだった涼宮茜は、先任達に混じって前衛を担っていた。

あの彩峰慧が食らいついていくのに必死なほどの小隊で。

対して自分は、神宮司大尉の弾倉を一回交換しただけ。

それが任務と言えば任務だが、そんな任務で呆けて叱責される程度が自分。

 

 

「…」

 

風が吹いた。ようやくに音が耳に、いや意識に入る。

 

前方から残り少ない夕陽を背負い、逆光で接近する戦術機のシルエット。

見慣れない機体。

 

…00式…?

 

千鶴が佇む戦術機母艦直上。飛来した00式はまるで宙に突き刺さるかのようにびたりと停止しつつ180°ターンを決め、空いていたすぐ後ろの戦術機格納スペースに滑るように降下した。戦術機母艦は開放式、機体の頭部辺りまで格納スペースに沈み込む。

 

機体色は見慣れた、国連軍の水色に近い青。

だがその右肩だけが、残り僅かな茜色の空間に先んじて夜に溶け込む。

 

着艦の揺れがない? なんて操縦技術…

 

呆然と千鶴が見る鉄の巨人の胸部が開き、管制ユニットがせり出す。

開いたそこから、キャットウォークにひらりと飛び出したひと。

そしてそのまま下には降りず、甲板通路へと上がってきた。

 

漆黒の強化装備。無駄ひとつなく鍛え上げられた肉体を包んでいた。

沈みゆく陽の、最後の陰影がその顔を映す。

 

――!

 

 

新聞に出ていた。

 

反乱の首謀者、大逆の叛徒であり父を殺した男、沙霧尚哉。

それを誅殺したのは。

 

 

 

千鶴は彼を見た。

 

 

 

衛士の頂点。

帝国を護る最強の剣。

 

 

 

一歩、二歩。我知らず、次々に歩を進めた。

向こうもこちらに気づいたらしい。

 

「あの…」

「…」

 

黒い斯衛。その冷静とも冷徹とも見える瞳。

思わぬ邂逅に礼を失していたことを思い出し、慌てて敬礼。

 

「さ、榊千鶴少尉といいます。あの、ありがとう、ございました……」

「…」

「父の、仇を……私、榊の、娘です」

「…」

 

返答は無言。

 

「私も…衛士になりました」

 

それを言って、どうするつもりだったのか。

ただ――

 

「……落ちるなら俺の見てない所で頼む」

「え…?」

 

ぽつり、と。

そして踵を返しざま。黒い背中が、そう。

 

「……死ぬなよ………、 」

 

 

――お前は、笑って生きろ――

 

 

沈みきる太陽、訪れた闇の帳。

その中に溶けるよう、彼は消えていって。

 

そしてひとり千鶴は呆然として立ち尽くし。しばらくしてへたり込んだ。

 

「生きろ…?」

 

それに死ぬな。

 

「え…?」

 

どうして?

それに小さく最後に聞こえたのは。

聞き間違いではなかったと思う。

低く告げられた。その、声で。

 

私の、名前を?

 

あの英雄が? もしかして、父とは懇意だったのか。

でも、

 

「ちづる、だって」

 

口にしてしまえば、甘い痺れさえ、感じて。

千鶴はひとり、赤面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

戦うしかない。

 

「CPよりヴァルキリーズ、残存BETAの掃討へ移れ」

「ヴァルキリー02了解、ほら小隊全機、いくわよっ」

「了解」「りょうかいっ」「了解!」

 

三式収束弾の爆煙が晴れ、荒涼たる原野にはBETAの死骸の合間に蠢く残余のそれら。

砲撃警報が解除された戦域に、彩峰慧は突進する速瀬水月中尉機に続く。

 

晴天。朝鮮半島。鉄原ハイヴ東50km付近。

国連仕様の青に塗装された94式弐型4機小隊が空を駆ける。

 

「…ッ」

 

疾い。

前を行く速瀬機の跳躍ユニットの炎。その隣にはハシムラ改めブリッジス機の背中。

それらを見せつけられ、慧は加速Gと悔しさとに奥歯を噛む。

 

4機小隊、槌壱型。

伊隅ヴァルキリーズと異名を取る…自称?…、の同中隊において、第2小隊は近接戦を得意とする衛士で構成される便利屋兼突撃小隊。

敵は敗軍のBETA共とはいえ、ほとんど自由戦闘のありさま。なのにとりわけ前を行く2機は、主に単独、時に自在に互いやこちらまでをフォローしながら次々に異星の怪物達を駆逐していく。

 

「4つ目もらいっ」

「中尉、チェックシックス!」

「わかってる、でもありがとっ」

 

鋭角な機動から機体を振り回し、要撃級の背後を取った速瀬機のさらに背後。

側方30mあたりで要撃級に突撃砲を叩き込みながら地を這う戦車級を蹴り上げていたブリッジス機の注意喚起に、素早く獲物を仕留め終わった速瀬機は振り返りざまもう1匹の要撃級に追加装甲の下端をぶち込んだ。

 

…すごい。犯罪者と単細胞のわりに。

 

慧は内心に失礼なことを考えながら。

低空で要撃級に接近、躱す機動で背後を狙う。理想より半呼吸遅れて続いた涼宮機の36mmが入った。一瞬動きを止めたその要撃級の尾節を後ろから蜂の巣にする。

 

 

無能な指揮官の遅れた命令になんて従わなくてもいい。

臨機応変で結果さえ出せれば。

自分にはそれが出来ると思っていた。いや、出来るから許されるとさえも。

とんだ自惚れだった。

 

 

「彩峰っ、次フォローお願い!」

「了解」

「彩峰撃つ時動きを止めない!」

「、了解!」

 

代わって突進した涼宮機、フォローに回って新たな要撃級の足下を狙う。

射撃はそこまで得意でなく。まして誤射など許されない。狙おうとしての機動の僅かな鈍りを先んじている速瀬中尉から注意された。よく見ている。

だがおかげで一呼吸遅れてしまった援護の射撃にも、涼宮機は即興で合わせて要撃級を血祭りに上げた。

 

 

207Bでは近接戦闘の機動では頭一つ抜けているという自負があったのに。

現状自分と半期先輩になった涼宮茜は先任達のおこぼれに預かれるかどうかというところ。

そしてその涼宮茜にも、自分は実戦経験に基づく戦場勘で及んでいない。

 

この間引き作戦での戦場が、新兵の自分にとって幸運極まるものだとは理解している。

実験を兼ねた新兵器は順調に機能し、BETAの数も多すぎず。

光線級も今のところ確認されてないとくれば、死の8分を超えられず死界の門を潜った先達からすれば不公平だとすら。

 

 

それでも、私は、戦うしか――

 

今は役立たずでも、たとえお荷物でも。

 

知将名将と呼ばれ英雄だったはずの父の名は、無能と不名誉の象徴になった。

兄と慕い、一時はいずれ将来は、との間柄だったひとは逆賊に成って――挙げ句、同僚の父を殺めた。

 

榊には、自分に解ることは全部伝えた。

ひっぱたかれるか、それ以上のことになるかとも思っていた。

ただ彼女は、辛そうな顔で「わかった、独りにして」と言っただけ。

 

何が真実で、事実で、正しいことなのか。

誰も教えてくれないし、自分でも解らない。

 

だから、戦うしか、ない。

 

 

容易な戦場にはしかし、危険性は常に存在する。

 

「こちらCP、戦域警報、震動感知!」

「っ、おいでなすった? パターン照合急いで!」

「こちらヴァルキリー03、砲撃小隊。砲撃態勢に入る」

「了解、近隣部隊へ通達」

 

速瀬機の指示で低空で編隊を組み直す、神宮司大尉の冷静な声。

噂の地中侵攻か、はたまた例の母艦級か。

 

大地の鳴動が空気を震わせ、その振動が音になる。戦術機のセンサーを通して聴覚に伝わる不気味な重低音。

 

時間を見る。操縦桿を握り直した。時間を見る。つばを飲み込んだ。時間を見る。

 

「…」

「あせっちゃ、だめ」

「…わかってる」

 

網膜投影、複座のブリッジス機前席からの幼い声。

いつもながら、不思議に心を読んだような。

もっとも先任古参連中からしてみれば、新米の焦りや恐怖なんかは通った道だろうし。

 

…わからないのは、あれで先任。

 

シェスチナ少尉は相当に謎な存在。いつも思わず敬語を忘れる。

でもそれを侍らすブリッジス少尉は犯罪者。

 

そして大気の響きが絶唱となり、大地が爆ぜた。

左前方 ――5㎞弱。

地下から巨大な異物が岩塊を巻き上げながら土煙と共に姿を見せる。

 

「出たわよ! 母艦級!」

「ざひょうかくにん、データてん送」

「さっすがイーニァ!」

 

視野と衛星データから戦術機が演算するより僅か早く。シェスチナ少尉のコールに速瀬中尉の感嘆。

 

「ヴァルキリー03、諸元受領」

「ホワイトファング13、射程内。諸元受領」

「よし、十字とはいかんが仕留めるぞ。四式弾装填」

「了解、四式弾装填!」

 

隣接部隊は斯衛の試験隊。

 

「こちらヴァルキリー02、でかいのが開きそう!」

「CP、砲撃警報。前衛は射線を開けろ、後退2000」

「了解、前衛隊は後退せよ…発射よろし」

「斉射2連――――、発射ッ!」

 

「口」を開いていく母艦級を視界に入れながら散開しつつ後退、入れ替わるように――どころかそれを知覚した瞬間には着弾していた。

地下から斜めに突き出した赤黒い塔の如き母艦級、その横面を張り倒すように大穴が空く。そして間髪入れずもう一発、今度は左方から母艦級を斜め後ろから突き刺すように。

遅れてやって来た衝撃波すら凄まじく、前衛隊機には空中で自動の姿勢制御が入った。

 

間を置かず爆発音。四式徹甲榴弾が母艦級の体内で炸裂してその巨体が膨れ上がり、穿たれた巨大な弾痕から体液が噴き出すところにさらに初弾同様の射線でもう1発ずつ突き刺さった。再度の爆発。

 

すっご…

 

「有効射と認むっ…うひゃ、ミンチよりひどいわ」

「こちらヴァルキリー03、三式弾で仕上げと行きたいが砲身が品切れだ」

「ホワイトファング13、同じく」

「了解、光線級の有無も不明、長物部隊は下がって! 小隊前進、高度を下げろ!」

「了解っ」

 

おどけて見せる速瀬中尉のギアが切り替わったのが判る。

力尽きたと思しき母艦級、しかし力なく半開きで止まった「口」と、投射砲で穿たれた大穴「傷口」から大量の死骸と共に残存BETAが小型中型とあふれ出てくる。

 

「突撃ッ」

 

単純に縦型、先頭は速瀬機にブリッジス機。追加装甲に突撃砲の速瀬機にブリッジス機は突撃砲2門。兵装担架はそれぞれ長刀2本と長刀1突撃砲1。

先陣を切るように「傷口」から出てくる戦車級の群れににブリッジス機が120mmを叩き込み、出足を挫くと続けて36mmの連射で溢れた小型種共を吹き飛ばす。母艦級から50m、着地。すかさず速瀬機も続き、キルゾーンを設定した。

 

「涼宮彩峰、続け!」

「了解!」

「ざんだん5ひゃく」

「フォロー入りますっ」

 

緩く扇状に散開、「傷口」をBETA共の死地にする。

互いに弾倉交換の間をカバーし合い、慧はふと2時方向に意識を割いた。

 

斯衛――

 

「口」の方へ向かう、UNブルーの00式部隊。

1機の右肩が黄色く、他は白。

 

いや、1機だけ。

漆黒の夜色の。2刀を提げた鬼。

 

「――!」

 

 

帝国の剣。斯衛の絶刀。

BETA共に死を告げる漆黒の双刃。

 

 

超低空での滑るような機動、「口」より突進した要撃級がすれ違いざまに寸断される。

地を這う戦車級闘士級の群れは装甲各所の超硬炭素刃が細切れにした。

 

「『ツイン・ブレード』か!?」

 

そしてそれに続く山吹と白の肩をした00式部隊も、手に手に刃を取って舞うようにBETAを屠っていく。

 

「うっわあの山吹、あの時のキチ○イ女かな」

 

先任ふたりの声も遠く。

眼も手も目の前のBETAに集中しながら、慧の思考だけは逸れていく。

 

 

あいつが――尚哉を――

 

 

憎いのか? いや、違う。たぶん最初から尚哉は死ぬつもりだった…と思う。

じゃあ感謝する? それも違う。尚哉は何かを成すつもりだったんだろう、それを踏み潰したのがあいつ。

 

 

なら、私は――

 

 

「彩峰ッ! 気を逸らすな!」

「!…、申し訳ありませんっ」

「余裕こいて死んだら笑い者よ! 貴重な機体を扱ってる自覚を持て!」

「はい!」

 

速瀬中尉の叱責に意識を切り替える。

流石は先任、手はきちんと動かしているつもりだったのに本当によく見ている。

 

「ケイ、えらそうだね」

「…心を読まないで」

 

本当に何者なんだろう、この銀の髪の少女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漸減と試験とは順調に進んでいた。

遭遇した母艦級の排除もほぼ理想的な展開となり、増援と光線級への警戒から半島東部海岸線まで後退した帝国・斯衛・国連軍連合部隊は哨戒を残して休息を取る。

 

雲はやや多いが青い空が覗く、砂浜の波打ち際。元々は大きな河口に面してもいたのだろう、だがそちらはハイヴの影響か干上がってしまっていた。

膝を突いた姿勢で駐機された戦術機群、それぞれ胸部の管制ユニットからはホイストケーブルが垂れる。

 

春とはいえ、緯度もそこそこ。それでも強化装備の耐環境性能により肌寒さはない。

デブリーフィング・ブリーフィングを終えたそれぞれの部隊の衛士達が思い思いの場所でしばしその羽を休める中、慧は目的の人物を見つけた。

 

波打ち際、その至近。立つ足下の白い砂は海水で黒く濡れて。

呼びかけて敬礼、名乗ると最初顔だけで振り向いたその中尉が答礼した。

 

「…ご休憩中申し訳ございません」

「……いや」

「…」

「…」

「…お会いできて光栄、です」

「…」

「…」

「…」

 

…どうしよう…

 

聞きたいことは色々あったが。

相手も無口なタイプだったらしい。

 

そして迷って。出た言葉は、良くはなかった。

 

「…尚哉…、沙霧大尉とは…知り合いでした。昔から」

「…、……そうか」

 

だがほんのわずか、驚いたのか。

無感情な瞳が揺れたように見えた。

そして幾ばくかの沈黙の後に。

 

「……それは、悪いことしたな」

「い、いえ…」

 

何の外連味もなく謝られた。

階級は向こうの方が上で、しかも護国の英雄に。

 

大逆犯の知り合いがとか、正義のためだったとか、そういうのでもなく。

 

 

まるで、取るに足らないものを壊してしまった事を詫びるような。

 

 

そしてまた訪れた数秒の沈黙、会話は終わったと感じたのか黒の中尉は歩を進め。

すれ違うように去ろうとする。

 

「あ、あの」

「……」

 

呼び止めようとした慧が伸ばした手は、しかし彼に触れることはなく。

そしてその、黒の衛士の最後の呟きもまた、届くことなく海風に乗って流れていった。

 

 

 

「次」は、気をつけよう、と――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価頂ける方、ありがとうございます
とっても励みになります

冗長になりましたー すみません

正直207Bの面子はよく分かりません…
実は登場予定は殆どなかったんですが触れない訳にはいかんかなーと最初書いてみたら父親の死と周囲の策謀に疲弊した委員長が武ちゃんに逢ったら突然ヤンデレ化したのでボツにしましたw




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Muv-Luv UNTITLED 09

2002年 6月 ―

 

 

降り続くは霖、梅雨の証。

とはいえ今日は止んでいるのだとか。

 

早朝。帝都城地下道場。磨き上げられた板張りの床。

 

数ヶ月前迄御剣冥夜という名だった彼女は、しかし日課であった鍛練は出来得る限り継続したい旨を告げていた。

そして今、その身を包むは先年来着慣れた国連軍BDUではなく、斯衛軍女子衛士訓練学校運動着に準じた物。髪は結い上げ、白の半袖、袖口と襟刳は臙脂色。同色の下穿きは短く、そこから伸びる鍛えられつつも女性的な優美さを誇る白い脚は、今は流れ落ちる汗で光っていた。

 

「二百…ッ」

 

風切り音と共に。太刀筋に乱れ無く。

使い慣れた木刀も、持参させて貰えている。

 

日課としている回数を熟し終えた事を知って、道場の入口付近に控えていた赤い斯衛服の月詠真那が音も無く近付き跪いて頭を垂れたまま手拭いを差し出してきた。

 

「良いというに…」

 

無益と判りつつ言ってしまい、礼を言って受け取る。

素振り位昔のように共にやろうと言っても、中々応じてはくれず。

掛かり・地稽古の類にしても、以前程には付き合って貰えない。

 

 

正直を云えば、影武者の日々は、そう楽では無い。

 

この地下へ入り、早4ヶ月。

影武者の存在を知る者は多くない。

 

侍従職でも高位の者達に限られ、他は日常生活に関わる侍医・大膳程度。無論そちらでも一握りにのみ。

現在の内閣にも詳細には知らされていないと云うし、武家でも近侍傍役の月詠真那・真耶を除けば五摂家当主辺り迄で留め置かれているらしい。

 

故に基本、この帝都城の地下からは出られない。

 

御剣の家に居た頃も4年程前の殿下…いや、恐れ多くも姉と呼べとの儀を頂戴したが…の御即位以降、「誤解」を避ける為に外出の頻度は減らしていたし、その後も横浜基地での訓練生生活だったが故にそれ程の大差は無いとも云えるが、それでも始終地下暮らしという無形の重圧は少しずつだが身体の切れにも影響が出ている。

 

一日の日程がある日はまだ良い。

殿下が一身に執り行われる祭祀は兎も角、言葉遣いから立ち居振る舞い、国内外の様々な事物の学習など影武者として修めておく可き座学の類は多い。

 

しかし何より堪えるのは休日として好きにせよと申しつけられた場合で、大衆音楽に本やらBETA大戦以前の旧作映画等、好みの物を手に入れると言われても歴史・剣戟小説の類以外にはよく判らない。

 

しかし乍ら、総ては殿下の御為に。

 

例の大逆未遂事件以後、膝を突き合わせる様にして畏れ多くもお話し下さったあの時間を、生涯忘れまい。頂戴した掌に乗るほどの産屋の御守人形が、終生の宝となる様に。

そして今でも、週に一度程度は食膳を共にする栄に与る等身に余るにも程があろう。

 

 

そして更に、殿下に成り代わる形で帝都城から出る機会もある。

 

その最たる物はいずれ来たるいくさ場乍ら、それ以外にも ― 戦術機の、訓練等だ。

 

 

 

 

 

 

 

帝都城。北の丸駐屯地。

 

将軍家を護る力の象徴、斯衛軍第16大隊が其の牙城。

冥夜が城内に入って以降、訪れるのは二度目。

 

「政威大将軍・煌武院悠陽殿下の、御成ぃ」

 

雨間は続いていて。今日一日の時間をとれた事と併せて、僥倖と云って良い。

送迎の御料車を降りれば ― 歩いても良い距離だ ― 、濡れた石畳に物々しい出迎え。駐屯所門内にはずらりと整列した16大隊が精鋭達。

過度の気遣いは無用と、殿下から念押しを戴いていてもこれ。

 

「敬礼ッ」

 

一糸の乱れも無く。敬礼する彼らに答礼しつつ、歩みを進める冥夜の内心には緊張。微笑みを浮かべるよう注意を払う。

 

任官前の名残、まだ訓練生だったのだ。

無用に喋りすぎれば直ぐに襤褸が出ようし、声も殿下に比べてやや低い。早々気付きはしない程度とはいえ、聞く者が聞けば疑念も抱こう。

 

「斯様なむさ苦しい処へ恐縮です」

「世話になります、斑鳩公」

 

一番奥で迎えるは内心を読ませぬ涼やかな青の微笑。

「正体」を知りつつ謙って見せる斑鳩公にも冥夜は答礼。

 

 

忌み子として生涯を完全な日陰の身で閉じゆく筈であった身を、引き摺り出したのはそもそもこの方。

侍従長閣下等は婉曲な言い回し乍ら気を許すな信用するなと幾度も繰り返すが、煌武院のしきたり故にと面会を迷われた殿下に「妹御こそは明日が来る保障なき身ですが」と告げられたのも公だと云う。苛烈だが、我が身の覚悟が試されるお言葉でもある。

 

 

「さ、先ずはゆるりと茶等と申し上げたい処乍ら、殿下も気が急いておられる御様子。御時間にも限りがありますれば、早速始めましょうか」

「助かります、お願いします」

 

先導する斑鳩公に続けば、背後では侍っていた赤服の真壁殿が解散の号令を掛けた。

その足で更衣室へ向かい、月詠と共に強化装備へ。

着替え前に、では、と辞した斑鳩公が是れにてお役御免とばかりに退散する風であったのはおそらく気のせいではなかったろう。

 

厄介者には違いない…

 

 

殿下御本人は一通りの衛士訓練を終えておられるそうで。

鉄火場に限った影武者、しかし実際に戦陣に立った処で自ら戦術刀を振るう局面等は早々やって来ない…来たとすれば、それは恐らく死ぬ時に成る。

とはいえ国連軍では戦術機搭乗訓練未修のまま今の立場に成った以上、殿下に成り代わる形の僅かな時間で何とか侮られない程度の基礎機動なりを身に付けなければならない。先の大逆事件の折の如く、いつもいつも自律稼働やら月詠の制御に頼っている訳にもいかない。

本音の欲を申せば、突撃機動の真似事のひとつも描いて見せて、政威大将軍此処に在りと死地に臨む同胞を鼓舞して殿下のお役に立ちたい。

 

 

格納庫では、先般も世話になった山吹の女性衛士が待っていた。指南役。

まだ強化装備姿を男性に見られるには羞恥も残る為、有り難くもある。

 

そして立ち並ぶ各色の00式の一角には、先んじて搬入されていた乗機たる紫の00式R型。

 

帝国臣民、まして衛士なら誰しもが知りまた憧れる戦術機だが――難物だった。

 

単純な話で、腕が機体にまるで追いついていない。

 

現状の技術に合わせて調整するには時間がかかる。

その時間が、無い。そもそも己の技術の程度の詳細な情報も無い。

それに前回の訓練からも間が空きすぎていて、前に出来た事が出来なくなっている――

 

 

――そして結局、危惧はその通りになって。

 

 

「…殿下。あまり気を落とされませぬ様」

「……ああ…。…いや、ええ」

 

午前中をほぼ無為に送り。月詠に付き添われ、個室で昼食を摂る。

他の衛士と同じ物を、との希望通りに合成食品。冀って強化装備のままにさせてもらった。時が惜しい。

気晴らし等と云っては余りに畏れ多いが、偶に出られる外界での在り様がこれでは。意気込みはそのまま空転していた。

 

冥夜にとっては、終了間際の指南役女性衛士の「素質がお有りです」の追従は却って辛かった。

 

 

月詠の言いたい事も判る。

 

御飾りなのだから最悪、歩いて、立って居られればいいと。

全軍を率いての突撃どころか、空中機動以前に現状では近侍の月詠2機を従えて着地を決める事すら覚束無い。

妙に意地を張らずに、自律稼働なりに任せておけば良いと。

 

だがそれでは、駄目なのだ。

 

ただ立っているにせよ、殿下に成り代わり戦陣に並ぶ以上は、殿下の名声が弥増す様にしなければ。血の通った機動か否か等、衛士ならば直ぐに判ってしまうだろう。

食って、寝て、腐っているだけの替え玉等と、それでは殿下にまるで申し訳が立たぬ。

 

 

そうして言葉少なに ― 元々、城内では市井の如くお喋りをしながらの食事はあまりない ― 昼食を済ませ、冥夜は再度月詠を伴って指定時間より10分前に格納庫へ向かう。

而してそこには――

 

黒の斯衛服。茶色がかった長めの髪。感情を映さない同色の眼。

 

この方が…

 

冥夜は内心で息を呑む。

指南役の山吹から紹介を受けるも、顔や名前は報道で見知っていた。

 

 

BETAの横浜侵攻から生き残り、まだ少年と云える歳の一兵卒から叩き上げ。

甲21号において常に先陣を切り、反応炉破壊を成し遂げ。

遠く欧州は仏国の甲12号では殿を買って出て5000体に及ぶBETA共を単機誘引足止め。

そして先の大逆未遂では、精鋭たる帝都防衛師団の首謀者を見事討ち取った。

 

帝国最強の剣。先鋭たる斯衛の、さらに切っ先。頂点の衛士。

その名声は今や、かの伝説の衛士・巌谷榮二中佐を凌いでいるだろう。

 

 

しかし。

 

「……お目にかかり光栄です」

「殿下、この者市井の出ゆえ至らぬ点多々あるかと思いまするが」

「いえ、構いません。よろしくお願いします、中尉」

「…は」

 

…暗い、方だな。

 

冷静というか、無機的。それが冥夜が彼に抱いた第一印象。

年の頃は報道の通りに同い年に見えるが英雄の呼び名や勇戦ぶりを聞くにつけ、もっと覇気ある人物かと思っていたのだが。

 

ともあれ指南役の女性斯衛も不出来な生徒に手を焼いて、助っ人を連れてきたということか。そしてその黒の衛士にこちらへ、と案内されたのは格納庫内00式Rとは反対側の一角。

そこには橙基調の所々に朱の差し色が入った、「赤とんぼ」仕様の97式高等練習機 吹雪。

 

「貴様、殿下を斯様な機体に…」

「構いません、月詠。中尉、根拠はあるのでしょう?」

「…82式は旧すぎます。00式では癖が強すぎます」

 

し、触れなかったので。と。食ってかかる月詠にも彼は冷静だった。

将軍専用機として常に厳重な管理下に置かれている紫のR型には、斯衛の英雄とて彼是と許可無く手出し出来る筈もなく。故に昼前に御指南役を言いつかってから、97式に調整を入れたと。

 

「しかし…」

「よい、月詠」

 

まだ言い足りなさそうな月詠を制し、冥夜は昇降索条に手を掛けた。

危なげなく登って、管制ユニットへ。運動能力自体は不遜ながら殿下よりも高いと自負している。

 

歴戦の英雄が良い教官とは限らないが、この際、藁をも――

 

こ、これは…!

 

JIVESにて再現された、北の丸駐屯地練兵ならぬ練機場。

恐る恐る一歩目を踏み出して、冥夜は驚愕した。

 

おそろしく、自然。

 

「…歩行から走行へ移れますか」

「ん…」

 

格納庫内、回線を通じて聞こえて来る黒の衛士の声。

それに応えて操縦桿と足踏桿の入力操作、走行姿勢を思考。

それは冥夜自らが身体を動かし、走る動作と姿の想起。

 

JIVES内を最初ゆっくりと、徐々に速度を上げて駆け出す97式。

人体がトラック走をするが如くに練機場を走り、その速度はどんどんと上がっていく。

 

「…!」

 

冥夜は必要以上に頬が緩みそうになるのを堪えた。

 

すごいな、これは!

 

既に自らの身体の、歩幅も速度も上限を超えているだろう。

なのに違和感がまるでない。

 

手足の延長が、その伸長分がまるで掴めずおっかなびっくりになってしまう――

筋力の増大が、その増進分が今一つ把握しきれず稼働姿勢の維持にも一苦労――

 

そういった処が一切無い。

 

如何に練習機とはいえ、初めて乗る機体。予備機も含めて複数衛士で機体を使い回さないのが戦術機の常識だと云うに。手動操縦と間接思考制御の癖や強弱の度合いが、見事に調整されているのだろうか。

 

 

まるで、私の総てを知り尽くしているかの様に。

 

 

そんな事が可能なのか? いや、とにかくこれは――

 

素晴らしく、気持ちが良い。

 

「…跳躍機を」

「了解っ」

 

そっと、少しずつとの大きくもない声の指示に従い、出力を僅かに。

脚部にかかる荷重感が減少していく、浮く。浮いた。

 

「…柔らかく。…風を感じますか」

「ああ…!」

 

JIVESと強化装備の感覚欺瞞による仮想のもの。

それでも冥夜には、機体の装甲すらも通して頬に直接当たるような。

 

窮屈な地下では到底感じ得ぬ、大気の流れ。

 

「…左へ。…刀を持って、すり抜けるような」

「こう、か…っ」

 

脳裏に描くは袴姿で下段脇構え。摺り足からの水平移動、感覚欺瞞が仮想の「足場」を伝え。

操る97式も滑るように空を切る。

 

「…上へ。高所への一太刀、右切り上げ」

「――ふッ!」

 

言われるまま。想起した型の姿勢が、黒の衛士にも伝わっているようで。「足場」を蹴って、目に見えぬ宙空の目標へ向かう。

一瞬のみロケットに点火した97式が一条の朱線を曳いて虚空を突く。無手のままの主腕はしかし、長刀を振り抜く様に。

 

「…下へ。飛び込み刺突、角度をつけて」

「――ッ!」

 

人体ではあり得ない、しかし今なら。猛禽の挙動を真似て大地を襲う。

一直線に下降した97式は着地直前で再び上昇に転じ、くるりと180°身を翻した。午前中迄には到底考えられなかった滑らかな挙動、冥夜の肉体そのままの動きの様に。

 

「ふ、ふふ…」

 

仮想の空間に滞空する97式、その管制ユニット内。

冥夜は今度こそ、漏れ出る笑みを殺しきれなかった。

 

これは、素晴らしい。

 

何という全能感。自分の身体がそのまま10倍に成り、力もそのまま増したかの様な。

扱いに苦労していた跳躍機すらも、まるで機動の自由を象徴する翼と化した様で。

早く刀も振ってみたいし、他にも色々試したい。

 

 

鬱屈していたものが解放されて、何処までも飛んで征きたくなる。

 

それこそ一晩中でも乗っていたい程に。

 

 

「殿下、如何ですか」

「ああ! 素晴らし……い、です、よ」

「…」

「………この機体で慣らしていきましょう」

 

冥夜はかけられた月詠の声に、慌てて口調を戻すと同時に。

網膜投影越しの彼に見られる己の身体に思い至って、僅か赤面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 7月 ―

 

 

帝都。帝都城北の丸駐屯地。

 

梅雨過ぎ去りて、盛夏。

その中でも緩まずきっちりと赤の斯衛服を身に付ける真壁介六郎とて暑さを感じないわけではない。ノックの後入った大隊長室は、本来空調完備で湿度も低く快適…

 

「閣下…」

「ああ、なにかな」

 

大隊長室。

重厚な執務机に椅子に書棚という洋風の設えのうち、その一角に畳が二畳 ― 昨年末から今年の春先迄は使われていなかったのに。

 

そこに大隊長たる斑鳩公崇継は青い斯衛服の前を寛げ開いて寝そべり。眉目秀麗な面立ちに眠たげな眼、片手には何やら文庫本。

その彼に膝枕をしているのは、黒髪を快活に短くした白服の女性斯衛。こちらも少しだけ乍ら制服の首元は開かれ、白い素肌が覗く。手にはゆるく扇がれる骨竹に紙の団扇、傍らには冷えているのか汗をかく急須と茶碗。その女性斯衛は驚きに大きく目を見開いて入室してきた介六郎を見ていたが、すぐに秘め事やら房事やらを見られたかのように真っ赤になって俯いた。

 

「…」

「なんだ、倹約の為彼是と切り詰めよと申したのは其方ではないか」

「暑さを理由にお休みなられる程でしたら空調をお使い下さい」

「まったく無粋な…」

 

介六郎の批判的な眼差しに無益な抗弁をしてから、崇継はやれやれとばかりに身を起こす。

赤面したまま固まっている女性斯衛にすまないな、また頼むぞと宛も後戯の様にその頬に手を当て、襟元を直してやりながら言い置いて。再度茹で上がって崇継の触れた場所を押さえながら脱兎の如く退出していく女を横目で見遣りつつ、介六郎はあからさまな嘆息。

 

昨年末から今年の春先まで、少し精勤ぶりを見せたと思ったらすぐにこれ。

 

「閣下、初心な新任をあまり玩具にされませぬ様」

「粗略な扱いなどしておらぬが」

「先だっても取材とやらに答えられ、北の丸は鎖鑰放閑衛士のみならず傾城恙なく来たれ等と放言なされて門前に列成さしめた事、お忘れで」

「軽い戯れ言よ」

「戯れ言で駐屯地の機能が麻痺しては堪りませぬ」

「十分に働いたではないか、余人に任せられぬ仕事は残っておらんぞ」

「御説は御尤もでございますが、他の者に示しと云うものも。御斟酌頂ければ」

 

億劫そうに執務机に就く崇継に、介六郎は持参した分厚い書類の束を差し出した。

 

確かに斑鳩公崇継の、昨年末からの主に影働きとなった仕事の数々は、大小はあれど確実にその進行と影響とを見せ始めていた。

無論崇継独りの成果ではなく、適材適所にて幾人幾つもの人間なり組織なりを用いた故のもの。そこには介六郎も少なからず関与してきた。

 

「此方が保留根尾・須磨多良等の戦術機工廠関連、此方が合成蛋白洋上設備の増設の件、此方が新造含む帝国籍並びに即時確保可能な大型船舶の一覧、此方が北米大陸大型工場等跡地の便覧…」

「…纏めて置いておいてくれ。そもそも何故私の処へ其れ等が来る?」

「大方は一報若しくは内覧の類いです。何しろ政威軍監閣下ゆえ」

 

多少の愉快さを込めて言う。

崇継は受けねば佳かった、と大袈裟に顔を覆って天を仰いだ。

 

「断る等と云うことが出来たらばの話よな」

「殿下も存外に御人が悪う御座います」

「策士には違いなかろ。自らを誰にも害成さぬ様等と定めておられねばまさに一廉よ」

 

おや少々不敬だったかな、と。

しかし言う崇継にも頷く介六郎にも、悪意も害意もさしてない。

 

 

斑鳩一門に、現状将軍家たる煌武院に弓引く意図はない。

武の斑鳩が半ば後見となって民の信望厚い煌武院を支えるのは、一重に両家の当主同士の合意に依る。軍閥と云えばまさにそのもの乍ら、其の斑鳩に私心無きを当の煌武院殿下が城内省侍従職含めて近侍の者共に常々御自ら言い含み置きになるとあっては、帝国中枢に少なくとも表立って異を唱える者は居ない。

 

その崇継の勧めに依り、初春の事件以降、殿下が国内各所の基地や病院、避難所や養護施設等へ視察や見舞、激励等で行幸・御出座になる機会は一挙に増えた。

そうした場で、近く親しく臣民と触れ合おうとされる殿下への求心力は弥増すばかり。

月詠の真那真耶辺りは「殿下を客寄せの歌手か何かと勘違いしていないか」と憤るも、殿下御本人が精力的に行幸に出られるとあっては、二人乍ら独り相撲に過ぎぬ。

 

そして概ね君君たらざれば臣臣たらずに同意する介六郎としては、一定の能力を悠陽殿下が示されることには寧ろ好意的とすら。終生の忠節を誓う主たる崇継が明々白々に君臨するを面倒がる以上、実質その才を振るえる現状を拒む謂れも無い。

 

 

「云えば妹御は如何かな?」

「戦術機の調練はいたくお気に召したご様子。中尉を指南役に就けたのは正解でした、しかし日々には倦いておられるようですな」

「地下暮らしではな、無理からぬ。とまれ留意せよ、今はまだ潰れられても困る」

「御意」

 

殿下の心証も悪化するとは言わずもがな。

 

「しかしその殿下の御心を安んずるのも容易でない模様にて。やはり交渉は一筋縄ではないようです。英仏の議外政活が活発化しており、判ってはおりましたが相手が上手です」

「そうであろうな。手練手管の場数が違おう。連中には我等なぞ赤子に等しかろうよ」

「本音の処、連中そもそも我等を対等の立場とすら思ってはおらぬでしょうしね」

 

崇継はそう興味もなさそうに言うも、介六郎はつい皮肉げに口の端を歪める。

人種差別撤廃等は、もう30年以上も前の決議だった筈ですが、と。

 

場所は米国、舞台は国連にて先日来行われている各種交渉。

想定通りと云えばその通り乍ら、制圧ハイヴの占有権を巡る協定改定の事前交渉は裏表含めて必ずしも順調とは言い難い状況。

 

「新内閣の外相と、まあ首班も含めてですがどうも旗色が悪いようで。予想はしておりましたが、前総理の穴は大きいですな」

「あの御仁、何だ彼んだ各国首脳に顔が利いた故にな」

 

でなければ国連の何やら秘密計画だのを帝国に誘致することなど出来なかった筈。

とは言え暗殺を半ば以上予期しておいて止めなかったのだから、言っても詮無きこと。

 

「元々大きな事は言えん、我らがやっても変わらぬどころか却って下手であろ」

「然り。我が代表堂々退場す、等と何時ぞやの愚挙を繰り返すばかりかと」

 

言ってしまえば、斯衛なぞ斬った張ったの力自慢で終われば良い。

そうすら言いたげな崇継の嗤い。本来は、国内の見える相手だけを相手取る組織。

介六郎も追従で無く笑った。

 

しかし。

 

「太平洋艦隊はどうかな」

「久瀬、いえクゼ提督には既に内々に。色好い返事を頂戴したとの由」

「ならば、佳いな」

「は」

 

瞬きの間だけ。崇継の眼は軍略家のそれだった。

 

 

米太平洋艦隊は近年縮小の憂き目を見たとはいえ、今尚その戦術機戦力は3個連隊に及ぶ。

そしてその太平洋艦隊には父親の代から日系米人として米軍に奉職し、令息もまた米国軍人だというクゼ提督が所属する。

2月の大逆未遂事件当時の米太平洋艦隊の動きから判る通り提督は軍人の規律と良識とを遵守される方だが、同時に父祖所縁の地たる日本に愛着深き事も周知の事実。さらに京都防衛戦の折に勇戦した米海軍第103戦術歩行戦闘隊ジョリー・ロジャース等、死地に斯衛軍と共に轡を並べた経緯も存在する。

 

そしてG弾戦略による戦術機市場の後退縮小を危惧する者達はノースロック・グラナンのみならず、戦術機の他に当のG弾開発にも関わるボーニング社内部にすら存在し。残る雄、ロックウィード・マーディンに至っては何やら横浜の魔女殿の計画に関与しているらしく技術陣の一部はとうに日本にいるのだという。

 

参戦に前向きな実働部隊とそれを後押しする企業体、さらには最終的に「G元素鉱山の確保」が至上命題の米国にとってはまったくの無関係で居られる筈もなく。

対する帝国も端から援軍は太平洋艦隊の戦力以上を見込んでおらず、欧州の助力も期待していない。

そして国土奪還の名分がある以上参戦以外の選択肢がない、大半が国連軍に吸収された形のアジア連合の戦力も加算すれば、佐渡島・リヨンで得られた情報からしてその確保兵力で甲20号攻略には十分な成算が立つ。

さらに後事を考えれば、欧州のみならずソ連や統一中華等も小なりと云えど戦力を派遣してくる可能性もある。逆に其方があまり大規模に成り過ぎれば後々の要らぬ禍根ともなり得るが、3者共に自国に前線を抱える身故にその可能性も高くはない。

 

そもそもハイヴ攻略後に広漠な解放域の浄化と長大な防衛線に戦力を割く必要性が低い今次作戦は、帝国にとってその作戦の発起人たる地位を得た時点で5割は完成したのである。

 

欧州の強欲な魑魅魍魎が策謀を巡らせて来ようとも、地球上何所其所であろうが帝国にはBETA排撃に反対する理由は無いし、そもそもが帝国と欧州とではその地政学的立地条件から現実の利権が衝突する事が少ない。前大戦以前の様に、アジアにその収奪的植民地主義を押し付けて来さえしなければ。

帝国としては連中が好む国家間での干戈交えない丁々発止に付き合いすぎるつもりは最初からなく、許容できる譲歩範囲すら逸脱して来るつもりならば、米国に賛同し再同盟した上でG弾攻勢の策源地として協力しても良い、程度の匂わせはする予定であった。

 

 

「旧東側が甲08号攻略への不参加を仄めかしたのも追い風になりそうです。東西対立を基軸に推移すれば、甲20号に続いて西側勢力のみでの攻略が視野に入ります」

 

旧フィンランド・甲08号ロヴァニエミハイヴを攻略すれば、甲4・5・11のヴェリスク・ミンスク・ブダペストの3ハイヴが有る以上防衛線の構築が必須となるも、欧州連合西側勢力としては取り敢えずは旧支配域の解放となる。

 

そうすれば、G弾による「直接の被害」から国土は守られることになるが…

 

「しかし…魔女殿の予言、成就しますか」

「さてな。ただこの八洲が水没せぬならそれに越したことはないだけの話よ」

 

合成蛋白工場等は、現状半後方国家に近い帝国には増えても全く問題がない。

軍需工場の類の洗い直し・代替地の検討の情報も他への転用流用が可能。

 

「魔女殿が言うに、G弾賛成派の学者連中とて予想に用いる数式やらは大して変わらぬのだそうだ。その計算に用いる変数がコンマ1違うかどうかで重力偏差やらの影響予測が異なってくるのだとか」

「それは、なんとも…」

 

介六郎をして、遂に先だって主より明かされた、横浜の魔女殿が描いて見せたと云う近未来は想像の範疇を超えていた。

 

重力異常により。海水が偏在して1000mを超える大津波を発生させ現在の陸地を襲い、地域によっては大気が消失する可能性も高い――

 

地獄絵図ではないか…

 

どれだけの死者が出るか、見当も付かない。

まして生き残った処で、継続的に生存が可能な環境がどれ程残され。そして其れを巡って必ず争いが起きる。

そして肝心のBETA共を殲滅し損なっていれば、その状態で奴等と相対せねばならぬのだ。

 

 

その様な状況では。畢竟、総てを救う事等到底不可能。

最上で、相対多を維持できれば良い。人口も、軍事力も。

養えない守れない人数を無理に保っても意味は無い。

 

 

それが魔女の予言を知らされた崇継の判断で、介六郎も同意だった。無論被害は少ない方が良いにせよ、この点ばかりは「一人でも多く救いたい」とされる悠陽殿下とは隔たりがあったが…

 

「殿下も判っておられるよ。どの道、そうせざるを得ん」

 

多少の敬意を表しながらも。

そもそもの毒を飲ませたに等しい崇継はしれっと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 8月 ―

 

 

以前は怖々と乗った機体だった。

それが、今や。

 

 

入道雲が屹立する、突き抜けるように広く青い空。

 

レッドアラート。

冥夜は上方から襲い来る強烈なGに歯を食い縛る。

 

「ぐぅぅ…っ!」

 

出力全開で上昇してのバーチカルローリングシザーズ。蒼空を舞う紫の00式Rが錐揉み回転しながら急旋回、強化装備が下肢を締めつけ、過大な負荷をブラックアウト寸前のグレイアウトで留める。

しかし変わらず管制ユニット内には鳴り響く警報。

 

流石…ッ…!

 

目をやる余裕すらないレーダー画面には、斜め後方にひたりとつけた黒い00式。

網膜投影に表示されるは、蒼穹に重ねられる「LOCK ON」の朱文字。

兵装担架に突撃砲がある場合6時方向は必ずしも死の方角ではなく。

 

なら…!

 

乗機にトンボを切らせ、跳躍機を噴かして一気に下降。

スライスバック、高度を速度に換えながらさらに出力を上げて小半径のループで黒の背後を狙う。

それでも取れないことは予想済み、

 

これで――ッ!

 

スラストリバーサー全閉、無手の両主腕も拡げて空気抵抗最大。

減速負荷は零式強化装備ですら上限一杯、レッドアウト寸前で冥夜の視界に赤みがかかる。

そして前方にはオーバーシュートさせた黒の00式が――

 

――いない!?

 

「……そういう時は、身を隠します」

 

敵機を見失っても動きを止めない、そもそも博打じみた機動は禁物、貴女は生き残る一秒を稼ぐことこそが肝要と。

平坦な声が告げる中、ピーッと最大音量で鳴り響き続けるロックオン警報。

 

冥夜はシートに身を預け、大きく息を吐いた。

 

「降参です。いけるかと、思ったのですが」

「…いえ、感服しました」

「ふふ、ではまあそういうことに。次は、こちらもお願いできますか」

 

兵装担架から。74式近接戦闘長刀。

刃引きしたものがあるはずもなく、実剣に軽量な覆いを被せてある。冥夜はその質量の差を、素早くコンソールを操作して補正値を入力した。

 

「…」

 

そして応じるように。

黒の00式もまた、背面から長刀を。

正眼に構える冥夜機に対して、変形の霞 ― 右主腕で頭上に掲げ、刃は上向き。前を向く切っ先を左手指が摘まんでいる。

 

また面妖な…

 

その珍奇な構えに冥夜は内心で笑みを漏らし、しかし呼吸と集中とを高め。

 

「――参るッ!」

 

現高度で固定、暗黙の了解。得意は抜刀術ながら、これは打ち込み稽古のようなもの。

両脚と跳躍機とで突進し、袈裟懸けの初太刀。しかし黒はその冥夜の太刀筋に自ら飛び込むようにして、変形霞のままで受け止めた。

 

そう来るか! しかし、これでっ――

 

定石外れには定石外れで。

受け止められた勢いのまま、身を翻して背を向けての右薙ぎ。

そしてそれも防がれるは予想通り、

 

どうだっ!

 

空手の左主腕を突き出す、その慣性も利用しての半回転。脚と跳躍機とを利用して超小半径の水平機動、一瞬で黒の背を取って背後からの薙ぎ―

 

――止めるか!

 

振り返りもしないまま。後ろ手に回した長刀で受け止められた。

にも関わらず、冥夜は内心で快哉を叫んでいた。

 

元々この機動は2月の折に黒の衛士本人が見せたもの。

その記録映像を見た冥夜が、自分なりにアレンジを加えて編み出した戦術機動剣。

これで届くとは最初から思ってもいなかったが、会心の出来だったことも事実。それを易々と防がれた事実こそは、相手の力量の高さを物語る。

 

「…、ふふふ…さすが本家には、というべき…ですか」

「…いえ」

「では!」

 

一旦離れて距離を取り、再度冥夜は前進した。今度は小細工なし、正面から。

そこからは数合の打ち合い、薙ぎ、上げ、逆袈裟。しかしそのすべてが刹那遅く、合わせるように繰り出された黒の太刀に防がれた。いつもと、同じ展開。

 

やはり――読まれている――なんだ…、呼吸だろうか――?

 

 

剣の技量はそう変わらない。

いやむしろ、術理ではわずかだが優っているような。

しかし相手は最強衛士、土をつけられるとは思っていない。

だが月詠と立ち会うのとはどこか違う。

 

 

そうだ…稚気が、許されるような――

 

 

最初の印象とは裏腹に。

月詠相手では、先程のような機動を見せたら邪剣だと叱られそうなもの。

 

そして乗機00式R型は、あちらのC型に比べて最高出力では4割近くも高い。

直線加速をすれば呆気なく千切ってしまうほどの差を、敢えて技量で埋められる機動格闘戦で挑むはそれこそ冥夜の稚気でもあり。ささやかな、意地でもあり。

 

 

そして紫と黒とが織りなす、剣戟の響きは蒼穹へと吸い込まれて。

 

楽しい、な。本当に――!

 

意識は集中、視界は広く。

操縦桿を握る冥夜の瞳は今、生気に満ち輝いていた。

 

 

 

 

 

箱根上空。

 

設定されていた教練行程はすでに終えて。

JIVES訓練の頃から終了間際にはつきあって貰えていた、余戯の如き模擬空戦と打ち込み稽古。そちらももう、惜しくも終わってしまった。

 

実機搭乗での機動は三度目、しかし今回が初の「遠乗り」。

 

ゆるりとした飛行、紫色の00式R ― 武御雷の管制ユニットの中。

心地よい疲れの中解放されていく感覚に、冥夜は酔いしれていた。

 

自由だ――

 

高度200m。今はちょうど塔ヶ島離宮上空。左手には青く水を湛える芦ノ湖、離宮周辺は元より、人々の帰還が始まりつつもなお自然の大地には濃い緑。まさに瑞穂之国。

 

素晴らしい眺めだな…

 

JIVESではなく、本物の空。実機にて広い宙空を舞い。

この時のために練ってきた、教練の成果自体は存分に発揮出来たろう。

 

 

紫の自機が長機となるロッテでの飛行。後方上空は黒の列機が固める。

その黒い00式もこちらと同じく、両主腕は無手、兵装担架には突撃砲と長刀。

供回り兼指南役、英雄を従えて。帝国で最高の贅沢だろう。

 

晴天にも恵まれ、言うことなし。

実は楽しみで仕方なく昨夜はなかなか寝つけず、今朝の鍛錬でも月詠に「上の空ですな」と小さくも皮肉られたほど。

 

 

「……殿下、高度を」

「ああ、すま――…すみません」

 

冥夜は少しだけ慌てて高度計を見、乗機を下降させる。

 

 

厳重に設けられた飛行制限区域、有視界外には二重三重の警戒線が敷かれているのだろう。しかし甲21号の脅威なき今、仮に1000m近辺まで高度を上げても光線級の心配はないが。

 

 

殿下には申し訳がない。

そして今回、警戒線を引くなどで労をかける多くの者たちにも。

 

必要な沙汰だとして戦術機の調練を言いつかっておきながら、週に一度程度の機会が待ち遠しくてたまらない。

こんな、自らの愉しみのようになってしまった調練に、殿下が上達したと聞いたと喜んで下さるのも嬉しいやら面映ゆいやら。

 

北の丸に赴く前には、道場に端坐し前回の調練を想起してから自らの肉体を動かし。

調練を終えて戻れば、得た感覚を忘れぬよう幾度も脳裏に反芻反復した。

 

そうすれば、みるみると上達していく己がわかった。

まるで剣術を基礎から始めて、一番力がついていく時のように。

 

 

それもこれも――

 

「どうでしたでしょう、中尉」

「…大変にお上手でした」

 

無口な御指南役は感想も素っ気なく。

無用な追従が過ぎないところも冥夜は気に入っていた。

 

 

言葉ひとつ交わすでもなく、JIVESでも実機でも、こちらの動きを見るだけであれこれと整備兵たちとやり取りをして機体と制御装置とに手を入れ。

どうぞ、と言われて乗ってみれば、ともすれば自分でも気づいていなかった僅かな違和感や引っかかりが失せていて。

 

そうして仕上げてきたこの00式Rは、今や真に生身の身体の延長とさえ。

 

歴戦の衛士というのは、ここまで凄いものなのだろうか。

月詠にも尋ねてはみたがはっきりとした答えはないようだった。

 

 

「それでも一本も取れませんでした」

「……御容赦を」

 

少し悪戯っぽく言ってみせれば、謝罪しつつも少しも畏れる風はなくて。

貼りつけ慣れた笑顔とはまた違った笑みを、冥夜は口の端に浮かべた。

 

花を持たせたところで喜ばない、それをわかってくれている。

冥夜は風を切り空を舞う爽快さに包まれながら、網膜投影に映るその無表情な黒の衛士をちらと見やる。

 

 

孤高。

まるで、研ぐのではなく削ぎあげて。

豪奢な飾りも優美な纏いも一切皆無の、叩きあげた戦場刀。

 

 

この方は、きっと本心では、誰にも何にも膝を屈してなどいない。

 

そして何も信じていない。

おそらくは、自分さえも。

 

恃むはただ、己の力のみ。その強さも、限界も。

 

 

生まれに、現状に。

雁字搦めの自分とはまるで違うその強靱さは、一体どうやって。

 

まるで夜のように昏いのに、眩しくて。

 

ああ、そうだ、これはきっと。

 

 

憧れか――

 

 

「中尉、今日もありがとうございました」

「……いえ」

 

黒の00式の無言の促し、帰投経路。

先んじつつもそれに従い、冥夜は乗機の進路を取った。気を利かせたのか距離を取っていた月詠機もじきにやって来るだろう。

 

楽しい時間は終わった。

また、あの陽の当たらぬ地の底へと帰らねばならない。

 

 

本当はもっと、飛んでいたい。

 

 

そう、許されるなら、もっと。

 

彼と、一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時期の陽はまだ高く。

 

白い雲よりは下、蒼空を駆けるは中隊規模の00式。

山吹1機を先頭に、白11機の縦型陣。コールサインの02番は欠番となった。

 

「帝都上空管制。こちら斯衛開発局・ホワイトファングス」

 

開発衛士隊に、戦技研究まで回されるとは。

元々斯衛軍は小所帯だし、所属衛士も相対的に熟練兵となりつつ在るとは云え。

が、ごく小規模なりと雖もこの時期に電磁投射砲を用いたものも含めた戦術機部隊の空中機動訓練を大宮島発の米軍部隊と共に行う意味を、理解できない篁唯依中尉ではなかった。

 

「こちらホワイトファング01、これより帰投する」

「了解…いや、一寸待て。…貴隊進路を間もなく御料機が通過される」

「なんだと? いかん、失礼に当たる、推進剤もない故最寄りの駐機地へ誘導してくれ」

 

帝都上空管制からの指示。

戦闘中等なら兎も角、余裕があるなら大きく退避するなり滞空して御見送りするなり。

 

予定ではもう終わられていたはずだがと唯依は今朝確認していた時間表を思い出しつつ、中隊を率い管制に従って連絡を入れさせた北の丸16大隊の駐屯地へ。その殿下が御帰着に成る場所。

御出迎えの準備が整っている其処へ隊を進めて、練機場隅へ機を並ばせて急ぎ降機。

盛夏の日差しは強いが強化装備で暑さは然程、整列する16大隊員の後ろに隊員を付けた。

 

む…

 

遠く響いたジェット排気音、其れが何か判らぬ衛士はここには居ない。

南西の空に現れ、見る見る大きくなる機影が三つ。

 

紫色の00式R型を先頭に、付き従うは赤のF型に黒のC型。

上空でその赤と黒が先行し降着、紫の将軍機がそれに続いた。

そしてほお、と声には成らない響めき ― いや、小さくも確かな納得の吐息か。謙り過ぎぬのが16大隊の気風を示すとは云え。

最後に降りた紫の00式は、歴戦の衛士達をしてそうさせる程の凛然たる機動で駐屯地内練機場へ着陸した。

 

「出迎えに感謝します」

「は!」

 

管制ユニットのハッチが開き、現れたは強化装備姿の殿下その方。

片手を上げられての挨拶に、一同は敬礼して応える。

 

御指南の成果は上がっているようだな…

 

紫の将軍機の後ろ、先着した黒の00式から昇降索条で降りてくるのは黒の衛士。

開発局、16大隊、御指南役にそして時折には国連軍基地迄と実に英雄殿はお忙しい模様。

 

 

殿下を戦陣に立たせる、と云う斑鳩公の方針は、斯衛では概ね好意的に受け止められ。

誰も実際に長刀を振り回して先頭に立たれる等とは思ってはいないにせよ。

 

政治的な思惑を度外視して考えれば、唯依も何方かと云えば肯定派だが――

 

 

「……」

 

ああ!と、ごく小さく押し殺し乍らも。

整列した開発中隊の一部から驚きというか悲鳴というか。

 

唯依は堪えた。軽い頭痛と共に。

 

 

乗機より昇降索条で降りて来られた殿下が、御疲れ故か着地して僅かふらりと成され。

す、と進み出てその玉体を支えたのは、傍に居た黒の衛士。

 

何か小さく御礼のお言葉でも発せられたのか。

軽く笑まれて直ぐに自ら立たれた殿下の尊顔は。

 

 

畏れ多くも、確かに。

 

女の顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 9月 ―

 

 

ユーラシア。旧ドイツ領東部ドレスデン付近。

曇天の空、眼下には砂塵舞う荒野。

 

「敵影見ゆ。連隊規模、先頭に突撃級。進路西南西」

「CP了解。邀撃可能か」

「こちらロレーヌ01、問題ない。連隊集結せよ」

 

飛行高度は40m以下。隊伍を組むは疾風の名を冠すTSF、ラファール。

欧州連合フランス義勇竜騎兵連隊、索敵斥候のため中隊ごとに広く散開していた部隊は迅速に集結を開始した。

 

「ロレーヌ04、ディールだ。昨日の負けはチャラにしてやるぞ」

「ロレーヌ04了解。隊長、ツキがいつも自分にあるとは限りませんよ」

「相変わらず態度はデカいな、まぁ全員キチンと生き残れ。かかるぞ!」

「ウィ・モンカビテーヌ!」

 

隊長の言い様には引っかかりを覚えつつ。

僚機らと共に、ベルナデット・リヴィエール中尉は愛機を突撃させた。

 

 

リヨンの攻略、祖国の解放からすでに半年以上。

「引きこもり」を決め込む本国を尻目に、クラウツ連中への助力を申し出たのはフランス人と衛士としての矜持から。

本国は補給すらも満足に出さないというのだから徹底していて、英独で運用されているEF-2000とは似通いつつも異なる部分も存在するこのシュヴァリエ・フランセ、ラファールの整備を確保するのがやっとのありさま。火器類はすでに独軍からGWS-9の供給を受けている。

 

 

レールガンはない。元から配備数が限られているものが義勇兵部隊に来るはずもなく。

 

それでも。

戦術機の全高に近しい突撃級の群れ、スモーク・ウォールよろしく砂塵を巻きあげ壁の如く迫り来る。ベルナデットは臆することなく先陣を切って真正面から突っ込んだ。

120km/h超で迫る巨大な砲弾の如き突撃級、それを寸前で躱しつつの突撃行。ヤツらの前面装甲殻はおそろしく硬い、しかし後背は柔らかな鹿肉のメダイヨン如きもの。

進行方向は変えないまま、兵装担架の2門で次々に狙い撃つ。

 

「突破して後背からかぶりつけっ! 要撃級共が来る前に平らげるわよ!」

 

巻いた金の長髪を揺らし、碧い瞳は闘志に光らせて。

ベルナデットは僚機に発破をかける

 

ここは生命を張ってまでの防衛線ではないにせよ。

突破長駆を許すは沽券に関わる、また誇り以前にも後方への負担が少ないことに越したことはなし。

 

 

太平洋を中心に、政治が動いている。

 

今人類に、複数ハイヴを同時攻略するまでの余裕はない。

次はチョルォンで決まりだろう。フェイズ4ハイヴに推奨される3ヶ月ごとの漸減、5月に続いて先月も順調に行われたと聞いている。

 

なら、その次は?

 

祖国の政治屋連中にボッシュ共はミンスク・ブダペスト、ジョンブル連中はロヴァニエミ。ラップランダーズも後者だろうが、「召し上げ」を喰らうことは確実のフィンランド人は良い面の皮か。

元々が小国の上、NATOにもワルシャワ条約機構にも加盟してこなかった歴史がBETA大戦以後に西側寄りになったが為に、ある種踏み絵のようなもの。ノルウェーはともかくスウェーデンは似たような立場で、いわゆるノルディック・バランスがここに来てひとつの要素になっている。

 

 

ったくもォ、どこもかしこも何かにつけ政治、政治、政治、と…!

 

ベルナデットは小刻みに操縦桿を操り、左右を怒濤のように流れゆく突撃級の間隙を縫う。

その操作が僅かにでも誤って、愛機ラファールの肩部ブレードベーンでも引っかけようものなら弾き飛ばされて一巻の終わり。

しかし苛つく内心とは全く別に、訓練にて鍛えられ実戦で錬磨された彼女の才は、迫る死の壁に覗く生の光明を見逃すことはない。

 

 

数日前に国際報道で見た、オンピア・ドゥ・ジャポンのコネターブル・ユウヒ。

その視察とやらの映像に、大きく映り込んだあの黒の衛士。

その仏頂面にぎこちなく貼りつけられた微かな笑みが、プロパガンダの類なのは間違いないにせよ。

 

 

突き抜けた。ベルナデットの青い眼にはまだ十分に遠い土煙 ― 要撃級と戦車級の中衛団 ― 、最速で回頭して主腕・兵装担架の全門を開放する。

 

「失せろ、そして腐り果てろッ!」

 

36mmが、120mmが。規則的に咆哮してその牙を剥く。

借り物のGWS-9だろうが関係ない、ベルナデットは忙しく動き回る眼球が照準するままトリガーを引き、脆い後背を晒す異星種共を肉塊に変えていく。

 

 

衛士は剣で良い。

ただ鋭利な、力なき人々の為の。

 

 

ただ一振りの剣でいい…アンタもそうでしょ、「ニンジャブレード」!

 

 

リヨンの作戦終了後、「地獄門」でのわずかな邂逅。

 

次にまみえる時には果たして――敵か、味方か。

 

前者でないと願いたい思いを、ベルナデットは自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 10月 ―

 

 

初秋。肌寒くも感じるその宵の口。帝都・帝都城内。

本日の傍付を終えた月詠真那中尉は、深く低頭して地下の部屋を辞した。

お休みなさいませ、冥夜様。と。

 

今となっては、その名でお呼びするのは殿下と、月詠姓の二人だけ。

 

結局…斯様な道しかあの御方には許されぬと云うのか…

 

無用に歩き回る者も無い城内、赤い斯衛服で歩を刻みながら。

常に緩みの無い真那の表情は、ここしばらくより厳しさを増していた。

 

 

今年の2月 ― 冥夜様を影武者として立てると聞いた時は、反発もしたが心の何処かでは、生かさず殺さず国連に人質として取られているよりはと思いもした。若しかすれば殿下と相対する機会も得られるのではないかと。

 

短慮であった。

 

確かに状況は大きく変わり、望外にも殿下と冥夜様の御相見すら叶った。

しかしそれが故に今や、その絆だけが冥夜様をお支えするものに。

 

気丈に振る舞っておいでだが事実上虜囚に等しい生活が半年以上も続けば、憖じ自由な生活を体験しておいでなだけにその心労たるや如何ばかりか。

そしてそれを自覚する己すら精神未熟・鍛練不足と断じて封じ込めんとなさり、邁進してこられたのだが――

 

 

その殿下との絆が逆に…今般、斯様な仕儀と成ってはな…

 

無言のまま湯浴みを済ませ、城内の宿舎へ。

変わらず厳しい面持ちの真那は、そこで従姉妹に出会した。

 

「どうした」

「ああ…」

「少し話すか」

「ああ」

 

それだけで事足りて。

怜悧な顔に眼鏡をかけ。血縁であり、同胞であり、好敵手でもある、月詠真耶。

真耶は殿下に、真那は冥夜に。其れが月詠二人が選んだ道。

冥夜付の真那と異なり行幸の多い殿下付の真耶は城に居ないことも多く、顔を合わせたのも久方振りになる。

 

連れだって二人で使うにはやや広い洋風の設えの斯衛の士官用控室に入り、鍵を掛けた。

城内とは云え、余人に聞かせたい話では無い。

 

「冥夜様の事か?」

「ああ。前々から耐えては来られたが、此の処、特にな」

「やはりか…」

 

真耶が手にした水差しから、真那は硝子の器に注がれた冷水を含む。

 

「殿下も気に掛けておいでだ…しかし昼餉夕餉に問われても壮健だとしか仰らぬそうだ」

「少し空気を変えれば…平生は市井とまでは言わぬが、それこそ御剣に戻す等というのも」

「少なくとも次の作戦迄は秘匿せねばなるまい…そもそもその為の御沙汰ゆえに」

「何時になるのだ」

「漸減は兎も角、本格攻勢はおそらく…臘月」

「まだ二月先か」

 

溜息と共に。真那は器を置いた。

 

「何があった? 殿下の御公務を軽んじる訳ではないが、祭祀は兎も角行幸の機会を代わって戴くと云うのはどうだ」

 

その真耶の提案自体は、真那も考えたものだった。

 

「然すれば外の空気を吸う機会も増やせよう、殿下も冥夜様の為ならば」

「其れが殿下のお気遣いと判れば冥夜様は頷かれまい…それに、問題の半分は其処だ」

「どう云うことだ?」

 

真耶の問いに、先程とはまた少し違った色の溜息を真那は吐く。

 

「冥夜様は戦術機に入れ込んでおいでだ。畏れながら殿下の技量はとうに超えられている…どころか、近接戦機動に限れば優がつく。武の才には天賦のものがお有りだ」

「ああ、お好きで上達なされているのは知っていたが、それ程か」

 

内緒だぞ、うっかり申し上げれば戦陣の折には真っ先に突撃なされかねんと真那が言えば、人の気も知らず真耶は楽しげな笑みを浮かべた。

平生ならば真那も人のことは言えぬ様に、真耶もまた本当は前線に立ちたい人間なのだ。

 

「とまれそれ自体は良いことだが…問題は、指南役だ」

「そう云えば誰だ? 16大隊ならば藤原大尉か?」

「いや…」

 

彼奴だよ、と。

それだけで真耶には通じた。

 

 

討魔の黒き剣――現役最強の呼び声高い、黒の衛士。

 

真耶と真那は、衛士としても剣士としても互する。

そして精鋭を自負する斯衛でも、その五指に揃って入ると自認する。

ゆえに剣技でならば、その黒い衛士とてさして問題では無い。

 

ただ戦場で逢ったらば、その限りでは無いとも。

 

あの男は甲12号での撤退戦、殿を買って出て旅団規模のBETA群へ狭隘なハイヴ内で単機突撃誘引する等、ほぼ沙汰の限り。それで五体満足で生還どころか事実上乗機にも被弾は無かった等と、凡そ現実とは思えない。

 

戦場では互いに突撃砲でも持っておれば、長刀の間合いに入る前に撃ち合いになる。

如何に剣技に優れようとも高速機動で大きく水を開けられていれば案山子に等しく、それこそ彼奴に確実に打ち勝つには多勢で押し包む以外にはあの米軍の誇るステルス機等で一方的に撃墜する他ない――

 

 

「しかし、それが何か問題なのか? 彼奴の機動は奇矯だが、腕が立つのは違いあるまい。冥夜様が上達なされたと云うことは指南も得手だったのか」

「と云うか、いや、どうもな…」

 

4ヶ月前、黒の衛士が御指南役に就いた時の事を。

 

「個人特性情報もなしに『当り』を出したと云うのか…?」

「普通は考えられん。その後も冥夜様の上達につれて的確な設定と提言とを出してな…それで、冥夜様はいたく彼奴をお気に召して仕舞われた」

「別に良いでは……そういう、意味でか?」

「いや…思慕と云うより、憧れであろうと…そう、思っていたのだが」

 

半ば愚痴を聞く態だった真耶には、少しの驚き。

目線を落とした真那は、水の器を見たまま。

 

「…暫く前、殿下が北の丸を視察なされたろう」

「ああ、先月だな。同行した」

「新聞を見たか?」

「いや」

 

 

無論一面の大写しは、政威大将軍・煌武院悠陽殿下の御姿。

続くは第16大隊・大隊長たる五摂家の雄、斑鳩公崇継。

 

そして、その次には。

 

 

「…つまり嫉妬だと?」

「単純にそうとは言い切れん…ただ、殆ど唯一と云って良かった居場所を…畏れながら、殿下に取られた様なお気持ちになられたのではないか…」

「ふむ…」

「それに彼奴は、影武者の存在等知らぬ筈…」

「ああ……それは、そうだな……そうか…」

 

真那の含む処を、真耶も理解した。

 

 

冥夜の自覚有る無しに関わらず。

 

閉塞的な地下での日々、恐らくは唯一の潤いで発散の場でもあった教練の時。

遠く距離を取って眺める真那からしても、教練中の冥夜の姿は本当に楽しげで、また自然だった。其れこそ取って付けた言葉遣い等を忘れてしまう程に、

 

しかし黒の中尉のぎこちない笑顔が向けられた先は、自分と同じ顔をした自分では無い方。

しかも中尉は、その方を自分だと思っているに違いないのだ。

 

師と仰ぎ、その力量故に尊敬する先達とみた黒の衛士。

そこに男女の思慕の有無は兎も角、共に剣と機動とを通じて語り合った掛け替えのないと思う時間を、根刮ぎ奪われてしまったと感じたのではないだろうか。

 

 

詰まる所、「御剣冥夜」なる人間は、やはり既に無き者として扱われているという事実を。

残酷な迄に突き付けられたに等しく。図らずも、殿下御自身に依って。

 

 

「常通り振る舞おうとされればされる程、時折沈み込んでおられるようでな…」

「…そうか…」

 

 

殿下を妬む事も、嫉む事も出来よう筈が無く。

さらに悪い事に、丁度件の報道前から冥夜の戦術機教練の機会は減らされていた。

その技量の段階が、当初予定より遙かに向上したが故に。

 

冥夜は時折黙然とし心此処に在らずとばかり、かと思えば我武者羅に剣を振り。

そう云う時には真那も黙って見てはおれず、憚りながらも苦言を呈した程。

気晴らしをしようにも地下からは出られず、唯悶々とそんな自分とだけ向かい合う日々。

 

 

「…いっそ引き込んでしまってはどうだ」

 

心中を察する真耶が言う。

彼奴を16大隊から引き抜いて。強引だが月詠傘下に組み入れてしまう等して、独立警護小隊辺りへ。無論斑鳩公が頷くとは限らぬにせよ。

 

「それも、考えはしたのだが…」

「彼奴の身辺は洗ったのだろう?」

「ああ、残されていた住民票から洗ってみたが特に怪しげな点はない。斑鳩公の覚えはめでたい様だが、それも一重にいくさ働きに尽きる」

 

尤も、黒では婿入りでもせねば武家の政に干与し様もないが、と。

 

「…よもやその類の野心があるのか?」

「いや、どころか当人は御指南役を下りたいと早々に言ってきたのだ」

「なに?」

 

それも事態を面倒にしている、真那は言ってまた一度唇を引き結ぶ。

 

 

冥夜様の戦術機への慣れは早く、8月中頃には00式での慣熟に入られた。

その段階で、もう御役御免とばかりに彼奴は斑鳩公に申し出たと。

 

その申請自体は即座に却下されたらしいが、それを聞かされ驚きと憤慨とを抱いたのは真那の方。

黒の分際で名誉極まる御指南役を蹴るとは何事か、あれだけの成果で冥夜様を喜ばせておいて何を勝手なと…そこではたと気が付いて、更に対応に苦慮する羽目になった。

 

 

「彼奴にはおそらく此の神州や、畏れながら将軍家に対する忠義は、ない」

「曲がり形にも斯衛だぞ?」

「にも拘わらずだ。見ていたら解る」

 

巨大な功績の割に中尉止まりなのは、黒ゆえだとしても。

まあ妙に左がかった連中の様に武家の廃止等との妄言は口にせぬのは救い乍ら。

 

「それになんたらの刃などと渾名されている様だが、彼奴の本質は鍛え抜かれた名刀ではない。云う成れば機関銃だ」

「…只殺戮を目的として造られた機械の様な物だと?」

「ああ。彼奴はBETAさえ殺せれば其れで良いのだろう、栄達にも金銭にも興味が無い。何せ家族から近隣縁者を…恐らくは目の前で喰われたのではないか」

「そう云えば、旧神奈川区辺りでは唯一の生存者だったのだな…」

 

真耶は瞑目する。

その場に直接では無いにせよ。本土防衛、その天王山の一つ、京都防衛戦に参加していた身として。一衛士として死力は尽くし、全体としてそれでどうなる規模の戦では無かったとは云え。

 

「恃むは己の腕一本。確かに斑鳩公は好みそうだな」

「しかし真底よりの忠義無き者等、お側以前に参内すら許可できんではないか」

「それは…そうだな。そして、斯様な心胆知れぬ斑鳩公の手勢を冥夜様のお側に等は、か」

「そうだ」

 

冥夜様を大切にされる殿下のお気持ちを、斑鳩公は十分把握しているだろう。

故にその様な者を冥夜様のお近くに引き入れる等、さらに公の手駒を増やしてやる様なもの。いつ何時、身中の虫となるやも知れぬ男等。

 

「大体斯様な色恋に属するやも知れん話等、我らの埒外にも程がある…」

 

是れについては、市井の者達の方が余程上手に彼是と策を弄するなりするのではないか。

言って嘆息する真那に、全面的に真耶も同意した。

 

そも縁談やらは仲人なり媒酌人なりを立てて行うものでは無いのか、その程度の認識で。

其の気になれば引く手は数多、しかしその自覚無く互いに浮いた噂の一つとて無い、月詠従姉妹には些か勝手が違うと云うか、勝ちすぎる荷であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

何故、これ程迄に心が弱いのか。

 

あまりに…未熟。

 

――!

 

「未熟未熟未熟ッ!」

 

吐き捨てて、遮二無二振り下ろした木刀が空を切った。

型も崩れ、見るも無惨な一刀。月詠が見ておれば、手首の一つも叩かれたやもしれぬ。

 

深夜。眠れぬ冥夜は寝床を抜け出し着替え、独り道場にて。

 

最初は只坐していたものが、如何にも心中の懊悩が拭い切れず。

木刀を振り始めはしたがさして数打った訳でもないのに、直に肩が上下して。

滴る汗が顎を伝って板張りの床に落ちた。

 

 

夜が明けて、朝に成れば。

北の丸に赴かねばならぬ。

 

実に一月ぶり。

彼程までに待ち遠しかったその日が、今や。

 

 

判っていた、解っていた事では無いか。

 

冥き夜と名付けられ、悠成る陽を見る事等夢想だに赦されぬ身だった。

 

其れを一度澱の底から拾い上げられ、図らずも影と成れて。

分も辨えず浮かれておったのか。

 

盾と成りて散るは本望等と、己に酔った世迷い言。

真に其の覚悟の一片有らば、斯様の如き醜態等晒さぬ筈で。

 

剰え殿下に御心配をお掛けするとは、臣下の末席を汚す者として有るまじき振る舞い。

 

 

破廉恥も此処に極まれり。

自らへの憤りと遣る瀬なさとに。

 

「く…」

 

がらん、と音を立てて。

懊悩する冥夜は使い込んだ愛用の木刀を取り落とした。

 

 

己は何を勘違いしていたのだろう。

 

見栄え良く戦術機を動かせる様に成れれば其れで佳かったものを、我知らず煽てに乗ったか才が有るやも知れぬ等と上気せ上がって。

 

 

あまつさえ――彼の英雄が、多少なりと気にかけてくれているやもしれぬなどと――

 

いや、僅かとはいえそうなのかもしれぬが、それは、自分ではない。

 

「御剣冥夜」ではないのだ――

 

 

殿下をお恨みする等言語道断、万死を以ても償い切れぬ。

而してこの生命遣うは戦場にてのみと定められた由。

 

 

心を凍らせろ。

唯の剣で良い。

姿形が殿下に能く似た、刀を振れる木偶で良い。

そして何時かは、殿下の代わりと成りて散る。

 

それで佳い、それで――

 

 

 

 

――そして、6時間の後。曇天模様。

 

北の丸、御料車に乗り。

出迎えの精兵達に貼り付けた笑顔で答礼。

物言いたげな月詠を従え強化装備に着替え、紫の将軍機の下へ。

 

其処には変わらぬ、無表情な黒。

 

「先日は、お邪魔致しましたね」

「……いえ」

 

然うして飛び立つ天空、しかし。

 

「殿下、バイタルが」

「…大丈夫です」

「ですが」

「…大丈夫と言っています」

「殿下…」

「…この、程度の不調で…!、…衛士は飛ぶのを止めない、でしょう」

 

生体情報を見ていた月詠には、思わず当たりそうに成り。

 

「……中止に。これは訓練です」

 

事故が起きては元も子も無い。

そう言った黒の衛士に賛同した月詠迄を、拒む事が出来ず。

 

 

急遽帰投した北の丸駐屯地、召し上げた形の控室。

室内入り口に控える月詠を従え、冥夜は自らへの憤りを抑え切れずに居た。

 

何たる無様…!

 

大袈裟な、とは思う。

睡眠不足は事実で、体調も確かに良くは無い。

とは云え実戦に出る衛士達はこの程度でと思う一方、其の「普通の衛士」で無い自分にも思い至る。万が一にも事故が起きて、墜ちたりすれば徒では済まない。

 

しかし是れでは、役立たずにも程があろう…

 

戦術機一機飛ばすにも、臣民の血税が。その機会を無為にして。

ましてや殿下の資産たる将軍機。

 

影失格だ…!

 

そうはしまいと決意していた顔を、俯かせてしまい。

掛ける言葉に苦慮する月詠の気配、しかしそこでノックが鳴った。

 

 

名乗り、入り来るは黒の男。

出で立ちは未だ強化装備。

 

しかし入室はしても言葉を発せず。

 

「…」

「……何、か?」

 

その無感情な視線。

思えば眼を合わせたことは余り無く。

自らの惨めさも手伝い、冥夜は戸惑い。

 

「貴様、無礼であろう!」

 

入室から難色を示していた月詠が憤る。

しかし黒い刃はそれに動じず、視線も動かさないままで。

 

「……横浜基地には行ったことがある」

「――――!」

 

息を呑んだ。

告げられた言葉に。

以前からな、今でもたまに。そして前は訓練生も見た、と。

 

「…っ」

「き、貴様……」

「…預かり物だ」

 

月詠を無視し、ぴぃん、と指で弾かれ。

とっさに開いた冥夜の掌に落ちたそれは小さな――徽章。ウィングマーク、衛士の証。

 

「こ、れ…、は…」

「…特別合格だそうだ」

「国連軍の…か…?」

「……後ろにいればそう死にはしない…戦場では気張って前に出てくるな」

 

言い捨てるように踵を返して。

その男の背中を、冥夜は半ば呆然と見た。

 

「いつ…から、気づいて……」

 

 

知って、いたのか。

知っていて、くれたのだろうか。

 

我知らず掌中の小さな翼を握り締め。

問うた冥夜に、彼は振り返らぬままで。

 

 

最初からだ、と。

 

 

「……俺は、一緒に飛んだ奴の事は忘れない」

 

 

死んでもな。

 

 

そう言ってその部屋を辞し。

 

 

閉じた扉の向こうで、男は歪に開いた己の右掌を見つめた。

そこに幻視するは、とうに失われた――

 

 

赤銅地金覆輪。煌武院家の意匠が隠し施された、宝刀・皆琉神威の鍔。

 

 

「…まして魂はひとつと誓ったのなら尚更。…そうだろ、冥夜」

 

 

だが――現し身は所詮写し身。

 

喪われた魂は、戻らない。

 

 

「……そう、二度とな」

 

 

その最後の呟きだけは、宙空に消えて散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます
いつも励みにさせて戴いております

返信はじめました
以前ご感想頂戴したままの方々は御免なさい

次回こそは戦闘シーン多めの予定…

207Bの残り面子の個別エピソードは…まったく思いつきませんでしたw
ひんぬーだからですかね




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Muv-Luv UNTITLED 10

2002年 12月 ―

 

 

臘月。

朝鮮半島北東部、北緯38度近辺。

鉄原ハイヴより東へ約90kmの海岸線。内陸へ広がるは草木もまばらな荒涼たる原野。

 

吹き荒ぶ寒風に微かな雪が舞い散る中、近海にまで接近した日本帝国軍の戦術機母艦群及び琵琶湖運河経由の米太平洋艦隊より発した甲20号攻略の主攻部隊が上陸を開始していた。

 

 

本来はもう2日ほど早く開始できた作戦は、その日付が意味するところを配慮した日本の意思を米国が受け容れての号砲となり。

 

上陸兵力は共に戦術機中心。帝国軍4個連隊、米軍約3個連隊。

これに帝国斯衛軍と在日国連軍併せておよそ1個連隊規模が加わる。

 

砲戦力は帝国海軍並びに米太平洋艦隊によるロケット補助推進弾の艦砲およびミサイル。

帝国海軍は連合艦隊第2・第3戦隊の信濃・美濃・加賀・大和・武蔵の大和級・改大和級戦艦がその砲を並べ、米太平洋艦隊は純戦艦こそは国連憲章第43条の下国連軍指揮下となっているものの、イージス艦・ミサイル駆逐艦複数隻により対地支援を行う。

戦車部隊並びに自走砲・MLRSの投入は海上輸送の問題から限定的となったが、戦術機部隊に帝国軍およそ各大隊1ないし2門程度、米軍同2門の電磁投射砲に加え、帝国軍3・斯衛軍2・在日国連軍1と計6門の新兵器・大型電磁投射砲が配備された。

 

半島西部からは国連軍に統合された大東亜連合を中心とする戦力が混成ながら3個連隊規模、座視できるはずもない統一中華戦線も3個連隊相当の戦力を投入する。

 

自国領域に最近活発化した戦線を抱える欧州連合・ソ連は共に距離的な制約もあり軌道降下兵の投入に留まりそれぞれ1個連隊規模。豪州もまた同程度を海路派遣した。

日米司令部から半島南部より域内BETAを駆逐しつつの北上策を打診されたこの3軍は、しかし次回作戦にて攻略が見込まれる甲08号・ロヴァニエミハイヴを抱える欧州連合とそれに足並みを揃えた豪州はこれに同意したものの、極東地域でのプレゼンスを維持したいソ連は反発。

 

これによりソ連軍がハイヴ直上への降下とその後の作戦への積極参加を求めたのと共に、自国の台所事情により大東亜連合中心の国連軍と統一中華軍は額面戦力にその内実が伴わない二線級戦力が多く含まれ、作戦上の不安定要素と化していた。

 

しかしながら、各軍合わせて総兵力60万。

甲21号攻略時に等しい戦力の投入となる。

 

 

上陸した主攻部隊は、近隣の漸減を兼ねて先行していた部隊が基礎を設営していたものを拡張増強する形で橋頭堡を構築。

 

そして閲兵出陣式などは出立前に行われていたが上陸部隊の本格始動に際し、すでに意気軒昂の帝国軍部隊の前に――

 

 

「おい、なんか後ろから来るぞ」

 

最初に発見したのは誰だったか。

戦術機の管制ユニット内、データリンクにも表示されるのにCPはなにも言わなかった。

周囲は起動した戦術機と跳躍機が奏でる騒音に満ち満ち、海上から飛来する数機の飛行音などは直接聞くことは出来なかったにせよ。

 

「なんだ……、おい! こりゃ…!」

 

驚きに喜色を滲ませて。

その帝国衛士は空を振り仰いだ。

 

瞬間、FE108跳躍機 ― その中でもとりわけ甲高い轟音を上げて、先陣を切る部隊の直上、ほぼ頭上とすら言ってよい高度を4機の戦術機がフライパスした。

 

― 00式戦術歩行戦闘機《Type00》 武御雷 ―

 

先頭を切るは紫のR型。追随するは青のRに赤のFが2機。

 

「殿下!」

「殿下だぞ!」

「殿下の武御雷だ!!」

 

帝国斯衛が誇る鬼神、それを操る衛士達の技量を見せつけるかの如く一糸乱れぬ鋭角な機動でターンしたその小隊は、今まさに前進を開始しようとしていた帝国軍部隊の眼前に降り立った。

 

そして青と赤とを従え、傲然とさえ言える立ち姿で抜き放った長刀を地に突き立てたは紫の00式R。日本帝国軍最高司令官 政威大将軍・煌武院悠陽殿下の御座乗機。

そしてせり出す管制ユニット、開いたハッチの上。

 

舞い散る雪の中現れた、美々しく紫の零式強化装備に身を包み宝刀を提げたその御姿。

風に流れる青成す黒髪に、深海の如き冥い夜を湛えた瞳。

 

同じく青と赤から現れた、帝国屈指の斯衛を従え。

今、そのまなじりは決然として厳しく。

 

「我が忠勇なる帝国の将兵たちよ」

 

常より僅か低く、そして強い言葉で。

外部音声と通信とを通じて届けられるその響きに、万を超える兵が静まりかえった。

 

 

護国の武士達よ、神州が暁の為に死地に赴かんとする精兵達よ

血縁地縁・有縁無縁の輩よ、瑞穂の国に住まいし絆持つ人々よ

 

本土劫掠より二年、堪え難きを堪え忍び難きを忍び

そしてその奪還から更に二年、我々は日々待ち続けた

 

異星種の残虐は今尚世の大勢を圧し、徒に無辜を殺傷し

その慘害の及ぶ処真に測るべからざる迄に至る

是れを坐視すれば帝国の滅亡を招来するのみ為らず何れ人類をも破却するであろう…

 

皇国の神兵、我が精鋭達よ!

 

蹂躙されし力無き民を思え 忍辱を続ける人々を思え

我等の後ろには彼らがいる 勝利の凱歌を信じる彼らがいる!

 

戦陣に挺身し散華した先人達を想え 九段へ赴きし英霊達を想え

我等と共に彼らがいる! 明日の礎となった彼らがいる!

 

時は来た!

今こそ人類共闘の御旗の下、異星起源種討滅の狼煙上げる時!

 

日本帝国全権代理、政威大将軍煌武院悠陽が名に於いて命ず――

 

起て! 起ちて集え! そして征こう!

 

我等人類が大敵、BETA共を討ち滅ぼすのだ!

 

頭槌い石鎚い持ち撃ちてし止まん!

 

 

「鋭鋭!」

「応!!」

「エイエイ!!」

「オォォ!!」

 

殿下の手により握り締め突き上げられる、その黒鞘の魂の刃 ― その銘こそは。

そして合わせた居並ぶ将兵達もまた、手に手に長刀を、突撃砲を掲げて怒濤の如き鬨の声をあげた。

 

「やるぞ!」

「おぉお!」

「撃ちてし止まん! 我等総火の玉と成りて!」

「日本帝国万歳! 煌武院悠陽殿下、万歳!!」

 

満足げに兵どもを睥睨し、頷かれた殿下は。

 

「斑鳩公…」

「御意」

 

そのお声に政威軍監・斑鳩公崇継が言葉を継いだ。

 

「――御親征である! 皇国の興廃この一戦にあり! 各員一層奮励努力せよ!」

 

鬨の声の余韻冷めやらぬ中、その端正な面差しからは想像も出来ぬ大音声。

そして振り伸ばされたその腕に将兵らは答礼した。

 

「はッ!!!!」

「主機始動! まわせーっ!」

「行くぞぉ! 大隊前進!」

「殿下の御前だ、無様な姿は見せられんぞ!」

 

再び一斉に始動した戦術機と跳躍機の轟音が周囲を満たす。

整然と、しかし意気さらに軒昂となりて。

必ずや勝利を、御照覧あれ、と異口同音に誓って通り過ぎ征く将兵らを、将軍機と付き従う斯衛機が見送った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか盛りあがっているわねえ、と。

自機のF-22A EMD ラプター の管制ユニット内にて、日本語を解さないシャロン・エイム少尉はしかし、傍受している日本軍の無線を聞いた。

 

帝国軍部隊より南へ20km。

布陣し前進を開始する米軍部隊の最後尾に彼らはいた。

 

 

アメリカ陸軍第65戦闘教導団 インフィニティーズ。その精鋭中隊。

 

ほぼ黒に近い、薄暗い濃紺の機体色は電波吸収特殊塗料。

EMD先行量産型ながら元々その後のHRP全規模量産機体群と遜色ない性能を誇り、本来12機編成の中隊は予算削減により生産が止まって9機に留まるも、その戦力は対第3世代戦術機比でなお大隊規模に匹敵するとされ。

さらには今年半ばからは日本帝国より試験供与が開始された新型特殊装置のテストベッドともなり、以降は帝国が誇るインペリアル・ロイヤルガード等とは合同訓練・演習も行ってきた。

 

彼らの主な任務と表の顔は、腕利きを集めたステルス戦術機対策専門の特殊戦教導部隊。

しかしその実、その機体色が示すが如くに、裏では数々の非正規任務にも従事してきた。

 

それこそ例えば ― 昨年秋、ブレイザー中尉率いるシャロン達の小隊はユーコンにてプロミネンス計画協力の影で秘匿されていたソ連G弾研究施設を破壊した。

そして同時期、教導団他中隊は欧州連合が中心となって攻略を進めていた旧フランス・リヨンハイヴ深部へ侵入して「ヒドゥン・トレジャー」を頂戴してきた…ともっぱらの噂。任務の詳細は、同部隊でもチームが違えば明かされることはない。

 

 

しかしそんな、彼らをして。

 

「やる気だぜ、奴さん連中」

「おい見ろよ、アテられた海兵連中もいきり立ってかっ飛んでいきやがった」

「意味わかってたのかね、あいつら」

「どこの部隊だワーグナーかけてる奴?」

「終わったらサーフィンするんだとよ。良い波があったとか」

「なんだと、もっと早く言えよ。BETA共はサーフィンなんてしないからな」

「なら支援砲撃は抑えめにしとかないとな? 波が消えちまうぜ」

「しまった、俺は重いボードじゃないとダメなんだよ」

 

口笛を吹いたり、軽く笑ったり。

整列する中隊列機の皆も、言いつつ内心の高揚を滲ませて。

 

 

最初から望んで、裏仕事に就いた衛士など殆どいないだろう。

ある者は正義感に燃え、ある者は自らの限界を試さんと。

その技量の高さゆえに、他者では果たせぬ任を受けただけ。

個人差こそあれ、皆本当は胸を張り、人類が為にBETA共へその力を振るいたいのだ。

 

まさに今回はその――

 

 

「…本懐だ…」

 

隣に立つレオン・クゼ少尉機からの、陶然としたため息。

それを聞きつつ網膜投影の彼の顔も見。また始まったわとシャロンは、レオンとは違う色のため息をついた。

 

 

今夏、ロイヤルガードとの訓練が始まり。

帝国軍より試験供与された新型装置のテストと慣熟に際し、シャロンとレオンは同中隊の他の面々とはまた異なる驚きを抱いた。新型装置に記録されていた、あるパターン。

 

覚えのある機動。

 

昔の「彼」のとは少し違っていて。

でもステイツの北の果てで再会した時の。

 

訓練で一緒になった旧知のロイヤルガード中尉に問いただせば。

さてな機密だと言って、しかし意味ありげな笑み。

察したレオンは早速TSUNDEREを発動して、悪態を吐き顔をしかめながらも目を輝かせて習熟に勤しみそれを凌駕せんと励んだ。

不名誉除隊とされその後の再就職にも苦しんでいたところをレオンに拾われていたヴィンセントが、格納庫の片隅で独り男泣きしていたのも知っている。

 

 

まったくオトコノコってやつよねえ。

 

半ば以上呆れながらも。

 

「なんだレオン、先祖返りで里心がついちまったか?」

「いえ、自分の忠誠はステイツにあります」

「でもタマシイはニホン人だって言うんじゃない?」

「混ぜっ返すな、シャロン」

「確かにあんなキュートなショーグンがいるんなら、鞍替えすんのも悪くない…おい誰かウチのちょいとばかり皺が多いファーストレディと交換してもらってこい」

「隊長、その手のジョークが過ぎるとタカムラ中尉にまたスライスされますよ」

「おっとそいつは勘弁だ、軽口も戦闘も遠くからするようにしよう」

 

ゼロの近接戦能力は確かに脅威、操る衛士の練度も高い。

だから「そうしなければ、いい」。帝国軍お得意の銃剣突撃で先の大戦はどうなった?

たまたま対BETA戦で白兵能力が再評価されただけの話で、数と質とが揃った銃に剣で勝てる道理なし。

 

ともあれ練達の衛士が高性能機体を駆るインフィニティーズは、今回は火消し役とハイヴ突入戦が主たる任務――

 

――というのが、やはりというか表のお話。

 

「ま、しばらくは観戦だ。スターリニストのウォッカベアにフランジヘッドが良い子にしていてくれりゃ、騎兵隊の真似事だけで済ませられる。そうすりゃめでたしめでたし、で終わるからな」

「サー・イエス・サー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦域はハイヴまで延々と草木もまばらな寒々として乾いた大地が続き、ちらついていた雪が強くなり出した。重く垂れ込める曇天。

 

 

甲20号・鉄原ハイヴより東20km付近にて、日米連合軍は交戦圏に入った。

相対するは突撃級を先頭とする師団規模BETA群。

同様に半島西岸より上陸したUN大東亜連合軍並びに統一中華戦線軍も、ほぼ同規模のBETA群と会敵したらしい。もうしばらくで降下位置に就きそうなソ連の軌道部隊は、光線級の有無を見極めてからの投入になる――はずだが。

 

接敵した日米連合攻略主攻部隊・前衛は、甲20号東側面・南に米海兵隊・陸軍合同の2個連隊、北に帝国軍2個連隊。

柚香たち日本帝国軍帝国陸軍技術開発第壱局・第104実験小隊はその右翼端にいた。

 

 

いかな荒野といえどフェイズ4ハイヴで高さ300mほどの地表構造物は肉眼ではまだ小さく、その手前に布陣するBETA群のあげる土煙でほとんど見えない。

予想される甲20号の地下茎構造半径は10km程度、なんにせよBETA群が事前の想定より進出している。それが第一印象。

 

「…どう思われますか」

「先月からの漸減が空振りだったとは思えんがな」

 

網膜投影に映り込んだ、駒木咲代子中尉の冷静な表情に油断はなく。

視界前方には遠く、邀撃態勢を整える戦術機部隊。

 

 

104実験小隊は94式改 不知火弐型 4機編成。

主攻本隊の到着以前、先月末から先遣部隊に加わって実戦参加を重ねてきた。

 

帝都防衛師団出身の駒木中尉を実戦配置の長機に、野戦ずれして経験豊富な氷川中尉と元欧州派遣組ドレイク分隊の2名。そして今回は御親征に際しての督戦として、後方指揮所には隊長職に就く巌谷榮二中佐も控えられている。

 

 

「ロック02より01、この長槍はどうします?」

「待て氷川中尉、こちらロック01、CP。光線級の有無は」

「こちらCP、現在のところ確認されていません」

「了解。まだそいつを使う必要はない、支援も艦隊に任せておけ」

「了解」「了解」「了解」

 

付近の隊と共に艦砲の支援待ちで進軍は一時停止。

砲を抱えた氷川中尉機には待機が下される。

99型砲が対BETA戦で極めて有効なことは実戦投入以来証明されてきたが、大型の01型砲ほどまでではないにせよ使いどころの見極めは重要になる。

 

「始まったな」

「はい」

 

隣に立つ龍浪機から。

灰色の雲の下、空を引き裂いて数発の砲弾が飛んだ。

後方70km以上、高城沖の艦隊からの準備砲撃。先行部隊の索敵では光線属種は確認されていないようで、これが迎撃されなければ本砲撃が続く――BETA群中央に着弾。

そして10秒足らずの間を置き。猛烈な数の砲弾とミサイルが柚香たちが見やる空を突き進んでいき、BETA群の先鋒たる突撃級群の只中に壁の如く爆炎が上がった。

 

たーまやー、と氷川中尉が不謹慎な声を上げ。

本来は同調したかったろう龍浪少尉を柚香は見たが、今は黙っていた。駒木中尉も何も言わず、2次3次と続いていく支援砲撃を遠望する。

 

突入前はこれで終われば、いいな…

 

そうはならないだろうとと嫌な確信をしつつも、気がつけばハイヴ攻略2回目という、歴とした古参になりつつある柚香はもう一度機体と装備を確認した。

 

「一同傾注」

「は」

「指揮所から連絡があった、ソ連軍が降下を強行するとのことだ」

「…了解」

 

声音を変えない駒木中尉の通達に、一同はいちおうの応えを返す。

 

おそらく向こうに言わせれば強行ではなく予定通り。

降下兵を運ぶ低軌道上の再突入駆逐艦群の待機高度は200km。今回の降下機会を逃せば次は周回後の約90分後になる、現状の作戦通りの進行ならばその頃には第1陣はハイヴ突入を果たしているだろう。

だからその前にという腹積もりなのだろうが、長竿担当としては他軍との連携は死活問題になる――と。

 

「震度計に感あり!」

 

CPからの報に緊張が走った。

 

「着弾震とは違います!」

「母艦級か、地下侵攻か?」

「波形照合中……地下侵攻です! っ、いえ待って下さい、別波形も共に確認。タイプ331、地下茎構造の崩壊に類似」

「浅層が崩れたのか? 砲撃はまだ…」

「波形が混在しています、出現予測地点の割り出しはお待ちを」

「砲撃態勢」

「了解っ」

 

駒木中尉の指示の下、99型砲を構える氷川中尉機の直掩位置に就く。

この1年ほどで母艦級出現前、それとはまた別のBETA地下侵攻両者の震動パターンも収集・解析されてきている。

 

「龍浪、お前ホント足下攻めに縁があるな」

「勘弁して下さい…」

 

確かに母艦級も含めるともう4度目になるのか。

氷川中尉の軽口に、龍浪少尉が苦笑い。

駒木中尉はなれ合わないが、隊の雰囲気は悪くない。

 

「こちらCP、震度並びに衛星観測、地下侵攻の『出口』予測来ました」

「こちら104小隊、支援砲撃準備よし」

「了解。引き続き艦砲射撃主軸、そのまま待機願います」

「了解、小隊待機」

 

まだ体感でわかる震度ではなく。欧州で遭遇した直下型でないと随分と違う。

 

戦力にも現状余裕がありBETAの出方も予測と観測が機能している。

緊張を切るほどではないが、元々本番はハイヴ突入戦からだ。

 

 

始まる準備砲撃、そして続く本砲撃が空を千々に引き裂き――

 

 

「地下に高熱源反応!!」

 

 

大地から突如湧き出た複数の光条が一瞬で天へと突き立った。

前方、地表構造物の数km手前。迫り来るBETA群の向こう。

 

 

レーザー!?

 

その本数はざっとでは数えきれず。

宙空に爆炎と爆煙が一斉に広がり、それを仰ぎ見た柚香は続いて前を向いた。

 

「砲弾が迎撃されました!」

「光線級か!?」

「地下から撃ってきた!?」

「出力計算……重光線級です…っ!?」

 

CPのそのコールが終わる前に。

曇天の雲を切り裂き続ける幾筋もの光条。それは途切れる間のない死の光芒。

 

「何体いやがる!?」

 

龍浪少尉の毒づき、あまりの光景に皆ほんの一瞬呆気にとられる。

 

 

重光線級は通常、その照射間隔が36秒。

にも関わらず、今地下から突き上げる光条は切れ間なく ― いや、正確には断続的だがその間隔がおよそ瞬きほどの時間しかない。

それから逆算すれば、今地下にはとんでもない数の重光線級がいるはず――

 

 

「AL弾装填急げ!」

「戦術機部隊を下げろっ!」

 

しかし一際巨大な光線が地下から伸び上がった。

 

「な、なんだ!?」

「巨大照射! 重光線級どころじゃありません!!」

 

やや角度をつけ、天空を刺し貫いて掃射されたその光条は。

 

「降下援護の軌道爆撃部隊が!」

「ソ連軍軌道降下部隊通信途絶!!」

「なんだと!?」

 

厚い雲に閉ざされた地上からでは爆光すらも見えず。

その光条の発振源が確実に地上へと近づいて来る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「軌道上のソ連軍が通信途絶しました!!」

 

後方10km。

篁唯依中尉は山吹の零式強化装備に身を包み、同色の愛機の中でその報を聞いた。

外地とは云え近隣、短期決着を旨に00式も投入。近接戦に秀でる斯衛部隊はハイヴ突入後こそが本分とされ、配下の中隊と共に。

そして後方にいたが故に、遠望する形で現状を把握する事も出来た。

 

重光線級…? いや、なんだ……?

 

先程地の底から天を貫いた光条は、その比では無かった。

ソ連軍軌道降下兵一個連隊及び援護の軌道爆撃艦隊の再突入型駆逐艦、数十隻を数秒で掃射撃滅したというのだ。

 

「映像来ます!」

 

そして衛士達が見る戦術機の情報窓、また野戦指揮所のスクリーンに映し出されたのは――

 

「な……」

 

居並ぶ指揮官級将校連、唯依を含む衛士達は絶句した。

 

なんだあれは…!?

 

 

新種か。巨大種なのは間違いない。全高は100m近いはず。

 

要塞級の装甲脚に似た ― 通常要塞級は1対10本だが、赤黒いそれが4対12本。

 

その上に載る巨大な主体節は汚れた雪の色。それは醜い瘤に覆われ、戦術機の全長をも超える巨大な円柱が3本 ― 放射頭節か。その先端部には重光線級同等と思しき照射レンズが3基ずつ。それらが秘める凄まじい迄の出力を誇示するが如く、既にその頭上には雷光纏う巨大な光線属種積乱雲を発生させている。

 

そして主体節上部両側面には1対6本の翼状の器官、下部には要塞級と同等らしき衝角触腕が1本。

さらに正面の前部副節には左右それぞれに突き出た赤黒い謎の器官 ― 黄色い無数の斑点に覆われている。

 

 

「該当個体情報なしッ、新種です! 光線属種…!?」

「続いて地下から重光線級多数ッ!」

「新種の足下に展開していきます! 中隊…い、いえ、大隊規模!?」

「第二、いえ第一級光線照射危険地帯警報!」

 

指揮所から拡がる混乱、それを嘲笑うかの様に。

あたかも新巨大種に付き従うが如く地から出現した300体近い重光線級が一斉に照射を始めた。

それらは容赦なく、艦隊の支援砲撃を掻い潜って接近するBETA群と相対していた前衛部隊へと突き刺さっていく。至る所で爆光が輝き、溶融した戦術機が頽れた。

 

「馬鹿みたいにいやがるぞ!? 各機乱数回避!」

「避けろったって!」

「高度を上げすぎるな!」

「この距離で関係あるかよ!」

「隊長、隊長――ッ、糞っ、指揮を引き継ぐ!」

「BETA共を盾にしろォ! 突撃級はやり過ごせ、後方へ通達!」

「後ろだって射程内だろ!」

 

回線には前衛部隊の悲鳴が充満し、レーザーに灼かれる衛士の断末魔の叫びが入り混じる。

 

「第404戦術機甲大隊、被害甚大!」

「第17、56大隊半壊!」

「照射間隔が異常です! 20秒切ってます!」

「米軍部隊にも損害が拡大しています!」

 

ちぃっ…!

 

焦燥に歪む唯依の表情。

巨大砲を持つと思しき新種の他に、重光線級の数が多すぎる。

 

まさか先年来光線属種を殆ど見なかったのはこの為だとでも…!?

 

 

軍とて伏撃を予想していなかった訳ではない。

只それを遙かに上回る規模での、しかも新種の巨大光線級らしき物迄。

 

侮るべきではなかった。

電磁投射砲の導入によりBETAの物量に抗することが可能になったと云って。

 

忘れるべきでは無かった。

BETAの総て等、人類は未だ知り尽くしては居ない事を。

 

 

今此処に停まっていた処で、照射が来ればそれで終わりだ。

そして誰かが迂闊に退けば、蟻の一穴になって戦線が崩壊しかねない。

 

やるしかない――!

 

「こちらホワイトファング01、光線級吶喊を進言する!」

「お待ち下さい――」

「――巌谷だ」

「はッ」

 

CPとのやり取りに割り込んできた、旧知の恩人。

 

「征ってくれるか。重光線級の数が多過ぎる、面制圧の為に重金属雲形成を待っていれば戦線が崩壊しかねん。前衛の担当部隊だけでは狩り切れん、但し重光線級共の照射間隔が異常に短い、留意せよ」

「は!」

「あの巨大新種の照射が止まっている…先の大照射からの充填時間だとは思われるが、何もデータが無い。油断するな」

「了解しました!」

 

網膜投影の巌谷とのやり取り、唯依はその間にも手信号で列機に出撃準備を促す。

 

中隊の面々、年若い女子ばかり。

その顔に浮かぶのは戦意、闘志、使命感――そして、恐怖。

 

何時しか勝ち戦に慣れてしまった。今年に入ってからの漸減作戦等では被害らしい被害も出ていない。数年前迄は至極当然だったやもしれぬ戦況ですら焦燥を感じる程に。

 

自ら戦陣に加わられた殿下のお言葉を聞いても、それは拭い様がない――ゆえに。

 

「聞け!」

 

一喝した。

 

 

BETA大戦勃発以降 ― 先人達は異星種共の特性も習性も何も解らない状態で、自らの命を対価にその情報を得て後に遺してくれた。

 

其れが故に、今斯くして、自分たちは奴等と戦えている。

ならば其の我々の使命は、先人の遺志を最大限受け継ぎ――更に自らの命を焼べてでも、後に続く者達へ遺さねばならない。

 

奴等と戦う術を。そして奴等を斃す術と、奴等を滅する覚悟とを。

 

 

短くそれだけを告げた唯依に、巌谷は通信終わりに無言の一瞬。

その視線に込められた「だが死ぬなよ」の意図。

それを奥歯に噛みしめて、唯依は愛機を始動させた。

 

「ホワイトファングス、出るぞ!」

「了解っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方、東の空から。

尾を引いて雨霰と降り注ぐ砲弾にミサイルの嵐を、20mを超える巨体の不気味な二足歩行の異星種共がその醜い単眼を光らせては迎撃する。爆発したAL弾により重金属雲が形成されて行くも、光線級ならともかく相手は高出力を誇る重光線級、おまけに発振源の数が多過ぎてその迎撃網の無力化にはまだ遠い。

さらに重光線級の照射間隔はシミュレーターで何度も経験したそれより遙かに短く。

 

どうなってる…!?

 

乗機94式弐型の管制ユニット内、ユウヤ・ブリッジス少尉は同乗するイーニァ・シェスチナ少尉と共に爆進する突撃級群に混じるように後退を続けていた。

 

「重光線級の数が多過ぎる! 照射間隔も短くてタイプ01も迎撃されてるぞ!?」

「99型じゃ射程が足りない! 涼宮、彩峰! ちゃんとついて来なさいよ!」

「りょ、了解っ!」

 

当初A-01は帝国軍左翼の端、米軍部隊に近く編成されていた。

01型砲撃担当で機動力に劣る上、新米の多い第3小隊を真っ先に下げたのは正解だったとはいえ。続いて交代をかける第1・第2小隊含めてもはやこの戦域に安全地帯は存在しない。

そして出現した新巨大種と重光線級群の前方に口を開けたゲートからは、新たに後続の突撃級の集団が次々と姿を現してくる。

 

しかし混乱の最中とはいえ。

流石に世界に冠たる米軍と戦慣れした帝国軍。事前想定通りに複数個中隊の担当部隊は2方向から超低空の高速匍匐飛行で吶喊をかけて――

 

衝角触腕!?

 

ユウヤはその光景に目を疑った。

相対する突撃級要撃級戦車級のBETAの海を泳ぎ切り、新巨大種の足下に群がる重光線級に飛びかからんとした吶喊部隊をそれが襲った。

新巨大種の赤黒い前部副節、そこに存在した無数の黄色い斑点総てから衝角触腕が超高速で伸び出して吶喊部隊へ突き刺さった。その距離1km超、貫かれた吶喊機群の多くは爆発もせず衝角触腕が引き抜かれると力なく荒れ果てた大地へと沈んでいく。

 

「な、なにあれ!?」

「なら腹の下のアレも飾りじゃねえってことか…!」

「…50、くらい…。みぎとひだりそれぞれ」

 

見えたのか、と問おうとして。

わずか不規則な動きをした突撃級を急機動で回避したユウヤはデータリンクと視界に見慣れたイエローとホワイトのType-00部隊を見つけた。攻勢の出足を挫かれて他部隊と同様に離脱をかけていく。

 

「タカムラ中尉!」

「…2き、落ちた」

「くっ…」

 

このままじゃ――!

 

「なにか光ってる!?」

 

速瀬機からの警告に新巨大種を見る、確かに曇天に青白く明滅を始めたのは――主体節前部と翼の如き器官6枚。

 

「なんかヤバいぞ!」

「阻止するぞ! こちらヴァルキリー03、一式弾使用!」

「神宮…、ちぃっ、合わせます!」

「伊隅隊長!?」

「無理ですよ!」

 

先んじて後退をかけていた第3小隊からのコールに、やや後方の99型砲装備の伊隅大尉機が危険を承知で高度を取り――空が光った。

 

「――ぁっ!?」

「なッ!―――……」

「た、隊長!」

「大尉ーっ!」

 

飛び上がった伊隅機は構えていた99型砲ごと右主腕と胸部付近を奪われ、溶融した金属と樹脂が赤く灼熱した断面を見せる。

同じく後方でもヴァルキリー03 ― 神宮司大尉機が被弾したらしく、随伴の榊少尉の悲鳴があがった。

両機とも通信が途絶えて網膜投影の画像も消えた。バイタルロスト。

 

「そ、そんな…っ…」

「馬鹿止まるな涼宮!」

「え…っ、きゃああ!」

 

瞬間呆然と動きを鈍らせた涼宮機、そして何かを察知したのかそれを蹴り飛ばした速瀬機に照射が集中して――頭部からその下あたりまでがごっそりと奪われ力なく落下していく。

 

「速瀬中尉!?」

 

そして大破落下した伊隅機と速瀬機は後続の突撃級群に飲み込まれて後退を続けざるを得ない残余のA-01にはすぐ見えなくなった。

 

「くッ、そ…、スズミヤ、アヤミネ! 後退しろ! ムナカタ中尉、指揮を!」

「ッ……了解した! 全機後退だ、第3小隊、どうなってる! 」

「こちら鎧衣機っ、神宮司大尉のバイタル不明! 管制ユニットは残ってますが…!」

「く…排出できるか?」

「やってますがフレームが歪んで!」

「……、やむを得ん、置いていく」

「そッ……、りょ、了解です…!」

 

通信の間にもゆっくりとだが稼働する新巨大種の3本の放射頭節から3本ずつ、まるでサーチライトが照らすが如く計9本の光条が断続的にほぼ切れ間なく高所から撃ち下ろされる。

そしてその光芒ごとに空を飛び地を駆ける日米の戦術機が溶解され、溶断され、爆発していく。

 

その中で何度目かのどうする、をユウヤが自らに問いかける前に、今度は人類が天空を引き裂いて一際多くの砲弾とミサイルの雨を降らせた。

重金属雲濃度はまだ足りないはず、殲滅より陽動を目的とした時間差砲撃。僅かな時間、新巨大種と重光線級群の照射がそちらへ向かい、蹂躙されていた吶喊部隊が後退をかけ――

 

「――あれは!?」

 

新巨大種がその3本の放射頭節すべてを同一方向へ向けた。

指向するは――東。主体節前面が青白く激しく明滅する。

 

ヤバいぞ!!

 

警告を発する間もなかった。

膨大な光量と共に巨大な閃光が迸り、その斜線上の物体を総て溶解させ吹き飛ばしていく。

主体節上部の翼状器官とその頭上の光線属種積乱雲が禍々しく稲光を発した。

 

「艦隊を狙ったのか!?」

「連合艦隊第2戦隊に直撃!!」

「美濃、大破! 加賀轟沈っ!」

「巡洋艦群過半喪失!」

 

回線に指揮所からの悲鳴のような報告が舞い込む。

新巨大種の照射部位はおよそ80m近辺 ― 重光線級の約4倍。高所からの撃ち下ろしになる分照射可能距離も遠大――

 

「くっ、そ…!」

 

なんにもできないで…!

 

ユウヤは操縦桿を握り締める、しかしデータリンクと視界と意識に再度映るイエローの表示。

さらに1機減じたホワイトの00式を率いる、ユイのゼロ――

 

「――!」

 

管制ユニット内、ユウヤは前席のイーニァの銀の髪を見た。

瞬間、機動中にも関わらずその銀の少女は僅か振り返り。

 

「――いいよ、いこ。ユウヤ」

「イーニァ…」

 

 

守ると決めた少女を、危険に晒す行為だ。

 

だが、妹を――いや、それは関係なく。仲間と決めた人間を。

 

危地にあると知って放置するのは、俺が信じるアメリカ軍人のやることじゃない。

 

 

「すまない…!」

 

でも、ありがとな。

 

満腔の意を込めて。それに応えたイーニァの笑顔は、途方もなく愛らしくて。

 

死ににいくんじゃないぜ…!

 

いつだって生きることを諦めない。

それがアメリカ人の心意気。

 

「ムナカタ中尉、引き続き後退を! 俺は吶喊に参加して時間を稼ぐ!」

「 なに?、……わかった、いいだろう」

「行きがけの駄賃に蹴散らしていく、できればイスミ大尉達の救助を!」

「了解、ただ隊規を忘れるなよ、居候でも隊員だ」

 

突飛な言動で皆を騒がせるもどこか飄々としてつかみ所なく、しかし冷静なムナカタ中尉の真剣な眼差し。彼女とて仲間を思う気持ちは変わらない。それをユウヤは知っていた。

 

 

死力を尽くして任務に当たれ―生ある限り最善を尽くせ―決して犬死にするな

 

それが、イスミ・ヴァルキリーズのモットー。

 

借りた庇が気づけばもうずいぶん長く。

仇討ちにしたくはない、イスミ大尉とハヤセ中尉、ジングウジ大尉の幸運を信じて。

 

 

「了解! ――ユウヤ・ブリッジス、シラヌイ ニガタ 行くぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光線級の照射を受けて熔ける僚機を見るのは2度目だった。

 

「氷川中尉ッ!」

 

艦隊を狙った大照射の前。

本隊と共に104実験小隊もまた後退を続けていたが、新巨大種が多銃身砲が如くに連続照射を始めた初撃で龍浪響少尉機から10mほど離れていただけの氷川機は溶融して爆発した。

 

畜生、また…!

 

「駒木中尉!」

「くッ…!」

「千ど――」

 

反対側の隣、駒木機に照射警報。

予備照射からの僅かな合間に追加装甲を装備した千堂機が割って入り――

 

無理だ!

 

駆け寄りかけていた氷川機の残骸、咄嗟にそこに遺された半溶解した投射砲の銃把をひっ捕まえて構え――

 

「きゃあああ!」

「うおッ!?」

 

光条が掃射へ切り替わり撫で斬るように払われ、響は間一髪投射砲の残骸を盾にして後退をかけた。ほとんど照射が終わっていた故の幸運、しかし予備照射から受けた駒木機は機体前面の耐L蒸散膜は完全に変色し耐熱対弾装甲も灼熱しかけ、程度の差こそあれ千堂機もまた追加装甲は完全に溶解しきって機体にもダメージが入ったようだった。

 

「大丈夫か!?」

「な、なんとか…」

 

やっぱ投射砲が狙われてる!?

 

「糞ッ、レーザーの弾幕が途切れねえ!」

「投射砲装備機が!?」

「撃ち下ろしだ、隠れる場所がない!」

「他の装備小隊はどうなった!」

「た、助けてくれッ! 予備照射…、がぁっ!」

「アミー小隊の投射砲もやられた!」

 

自隊の衛士の無事を確認しつつ、回線を飛び交う悲鳴と現況とで響はその模様を概ね掴んだ。

支援砲撃は続いており重光線級群の照射もその迎撃に大半が空を向き。

その中であの新巨大種の間断ない照射は空と同時に地へと向かっても放たれ、あちこちで爆発の華を開かせている。

 

BETAを引き寄せるとは知っちゃいたが…直に狙ってくんのかよ!?

 

元々右翼端にいた104は本隊中央部を戦術機部隊と共に並行後退する形のBETA群とは距離がある、しかし続々と地下からはBETA群が出現し続けそれらは遠からず前衛の群れに追いつくだろう。しかもその中にはBETA群には通常15%程度含まれるとされる闘士級や兵士級といった小型種が妙に少なく、半数近くに及ぶはずの戦車級もまたやや少ないか。そして速度差から先陣となる突撃級が常より多く、その後には大量の要撃級が続いて来る。

 

湧いてくる編成が…あの重光線級といい、どうなってる!?

 

そして望遠で見はるかせば新巨大種 ― いやその下に侍るかのような重光線級を目標に、光線級吶喊をかけていく部隊が複数。データリンクには開発局で一緒だった斯衛部隊の表示も。

吶喊部隊はすでに1度、遠望するとうようよざわめき気色の悪い動きをする衝角触腕の防御網を突破できず跳ね返されている。

あれじゃ足りない、直感的にそう感じ取った響は回線を開いた。

 

「指揮所、巌谷中佐殿は!」

「――巌谷だ」

「小隊被弾、氷川中尉KIA、他2機損傷!」

「退けるか、一度――!?」

 

その巌谷中佐の応答を遮ったのは巨大な閃光。

もたげられた新巨大種の放射頭節からやや俯角を付けて放たれた極大の照射は乱戦状態の本隊とBETA群の頭上を越えて遙か東へと伸びていき――

 

「連合艦隊第2戦隊に直撃!!」

「美濃、大破! 加賀轟沈っ!」

「巡洋艦群過半喪失!」

 

戦艦ともなればその乗員は1隻2000人を超え。それが一撃で数隻分を海の藻屑に変えられた。

艦隊が壊滅してしまえば支援火力が望めなくなり、戦術機部隊の砲兵力を担う投射砲部隊はあの高所からの照射で狙い撃ちされている。

 

糞ッ…冗談じゃない!

 

「中――」

「――被弾機は自力後退可能か?」

「は、可能です」

「よし、退かせろ、隣接の大隊から吶喊部隊を再抽出する――龍浪」

「はッ!」

「貴様が先頭で斬り込め。巨大種殺しの腕、見せてみろ」

「りょ――了解しました!」

 

まさかのご指名。

ただでさえ乾いていた口中、さらに乾ききったそこにありもしない唾を飲み込んで、響は喉を鳴らした。

 

 

自分は全然特別じゃない、前の戦果だって半分以上運だし一緒に戦ってくれた人のおかげ。

今だって確かに小隊では一番巧いだろうがそれこそ斯衛あたりには自分程度はゴロゴロいるはず、周りの部隊と比べて優位なのも半分くらいは機体のおかげだ。

 

だから恐怖はある。死ぬ確率も高い――いつかと同じか―それ以上に。

 

だが――やんなきゃならねえだろ!

 

 

「聞いたな千堂少尉、駒木中尉を頼む」

「龍浪少尉、私も」

「無理するな、蒸散膜ハゲてんだぞ」

「すまん龍浪…だが単独で先走りすぎるなよ」

 

熱にあぶられたろうに駒木中尉は変わらない、だが千堂少尉――柚香が向けてくる気遣わしげな視線の意味は。

いつだってこいつは俺を心配して、その理由だって解っちゃいる。ついてくるなと言ったって下手したら黙ってついてくる。

 

「心配すんな、柚香。なんたって俺は――」

 

悪名は無名に勝り、虚名だって使いよう。

回線を大きく開いて名乗りを挙げる。

 

「――『巨大種殺し』龍浪少尉、吶喊します! 俺に続け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手強い。

それ以前に撃墜を免れたのさえ僥倖と云える。

衝角触腕攻撃に途方もない連続照射。

 

それでも闘気を絶やさぬ唯依は列機を引き連れての低空高G旋回を終え、再度の突撃行。

 

曇天に薄暗く広がる密度不足の重金属雲。

変わらずAL弾は降り注ぐが迎撃されていくそれらの密度は明らかに下がっていた。連合艦隊第2戦隊を喪失したのが響いている。

それに重金属雲が形成されてもあの大出力照射の前にその有効性は限定的だろうし、そもそも新巨大種からの水平射は防ぎようがない。

そして後方では初期遭遇した師団規模と後続のBETA群とが後退に成功した部隊と後衛とで半乱戦状態に突入し、眼下に開いたゲートは今なお新手のBETA群を吐き出し続ける。

 

一刻も早く重光線級を排除して新巨大種を撃滅しなければ――

 

そこで視界右上に映り込む陰――が見えた気がして――逆らわず唯依は右手腕の長刀を振り上げた。重い手応え、寸断されて後方へ飛んで行ったのは――奴の衝角触腕か。

 

運任せかっ…!

 

絶望的な気分になる。

後方では避け損なった隊機がもう1機、さらに落ちた。

 

BETAの動作には殺気がない。

「起こり」を読むにも経験のある要撃級なり要塞級なりが相手ならば多少の予測が付くが、初見の相手に加えてあの触腕の先端速度は恐らく音速を超えている。1本なら相手も出来ようがこう四方八方から攻められては。

 

 

日米合わせて複数方向から計40機程度での吶喊だったものが損耗は既に4割を超え。衝角触腕の防御網を突破した上であの300体に及ぶ重光線級を狩り切るのは――

 

 

その思考が生んだほんの僅かな隙とも呼べぬ隙、唯依の意識と視界の隅を潜るようにして左後方下から1本の触腕が迫り――

 

――しま――…っ

 

「 ― 援護する」

 

後方からの弾雨、36mm。

そこに混ぜられた120mm散弾が衝角に当たって弾き飛ばした。

 

「――中尉!」

 

絶望の戦場に現れた漆黒の処刑者。2刀を提げた黒い00式。

その圧倒的力量故に16大隊をして特例的に単独遊撃権を有する黒の鬼札。

 

「…無謀だ、篁中尉」

「ああ、中尉!」「中尉ぃ!」

 

自分が先任だが敬語はもういい、そう告げたのは何時だったか。気がつけば隊の皆も含めて付き合いは長くなってきた。

故にか回線には隊機からの安堵の声が響くも、黒の衛士の常通りの無機的に冷静な声には ― ごく僅かに、焦りの色か。

 

九死に一生を得た唯依はその速度を減じないまま列機を引き連れ退避経路へ、重光線級群の前方に陣取る要撃級群へ紛れ込む。

一方の黒は増速して直進、迎え撃つ衝角触腕数本を両主腕の2刀を風車の如く回転させて弾き飛ばした。

 

あんな使い方が――!?

 

連続長時間の高速使用は無理だが確かに戦術機の手首は360度回転する。

そうして退路を稼ぎ出した黒い00式と共に、唯依は錐揉み低空飛行しながら襲い来た要撃級の人面めいた尾節を斬り飛ばし新巨大種の前面副節衝角触腕の射程から逃れた。

 

「すまん助かった、だが巨大照射の合間の今が…! なにか手は無いか、中尉」

「………奴は俺も知らない…」

「――え?」

「…概ね見えては来た…が…、手が足りない」

 

網膜投影の回線越しながら彼がちらと中隊の様子を伺ったのが判る。

周囲の要撃級を避けつつ追尾してくる隊機は既に4機落とされ、戦力減は否めない。まして吶喊参加の他部隊の損耗率は自隊以上。

 

足下に無数の砲台の如くに侍る重光線級を排除せねば、残余の艦砲なり01型砲なりで狙撃する事も儘ならない。

しかし光線級吶喊で排除するには新巨大種の衝角触腕の防御網を突破せねばならない――

 

「タカムラ中尉!」

「ブリッジスか!?」

「こちら帝国陸軍開発局104実験小隊! 協力中隊と合同して吶喊に参加します!」

「…龍浪、少尉か」

 

データリンクと回線に接続される友軍機群。

低空で接近する弐型、そして地を征く弐型に追随する部隊。さらに1中隊程度乍ら米軍からも支援部隊。これで数の上では再び大隊近く迄には揃い、しかし無策ではまた。

 

そこへ通信――

 

「篁中尉、巌谷だ」

「は!」

 

強化装備――?

 

網膜投影の通信窓、開いて見えた巌谷の顔には軽装の面頬めいた強化装備の頬当て。

 

「こちらで血路を開く。貴様等はその後に斬り込め――頼んだぞ」

「!? ちゅ、中佐!?」

 

一方的に通信は切れ。

BETA群の合間で逡巡する間もなく、唯依が至近の要撃級の衝角前腕を回避した時データリンクが方々から接近してくる帝国軍機 ― 計8機の77式 ― の信号を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが役目とはいえ。

若者ばかりを死地に送り込むのは到底本意ではない。

 

ここが己の使い時だろう、巌谷榮二は独り決意していた。

 

 

「中佐殿、何を…! お待ち下さい!」

「なに、心配するな。ちょっと行ってぶつけるだけだ」

 

焦燥の唯依の表情に、巌谷はその向う疵の刻まれた強面を緩めた。

 

 

これ以上の戦力減はハイヴ攻略に響く。

そしてその後の展開にも。

 

この場での撤退は許されない。ハイヴ攻略失敗等は以ての外。

初の御親征に泥を塗ることなど出来ず。殿下の求心力低下はこの先の帝国の行く末に重大な悪影響を及ぼすだろう。

まして多大な犠牲を払ってこぎ着けた日米合同作戦、ここでの頓挫は致命的になる。前衛総てに後衛を加えてすり潰す覚悟なら、あの新巨大種も殲滅できよう。虎の子の新兵器01型大型電磁投射砲は、糾合すればまだ3門残っている。

しかしそれではハイヴ攻略自体と、その後の極東地域の力の均衡に問題が生じる。

だが作戦が成功しさえすれば――当面暫くでもこの地域は平穏を手に入れられる筈。

 

 

長刀を下ろした兵装担架には2発の「花火」。

両主腕も空、推進剤も片道分で良かった。

 

見送り等いいと言い置いたのに、離陸時には整備兵たちと副官とが敬礼していた。指揮所にも照射が来ない保証はないと云うのに。

 

 

「中佐殿!」

「俺は地獄行きで祐唯には会えそうにないんでな、伝言は受けかねる。唯依ちゃんはあいつの墓前に孫の顔を見せてからにしてくれよ」

「そんな――…叔父様!」

 

久方振りに聞いた呼び方。

後見役として、父親紛いとして大したこともしてやれなかったが。親友の娘と…そして、息子と。僅かとはいえ同じ時間を持てたことは、大事な人間を作って来なかった野暮な男としては望外の喜びだった。

 

 

飛び立つと何も言わぬのに勝手に集まってきた連中がいた。

久し振りに逢う昔馴染みの死に損ない連。中には己と同じく教官職やらで一線を退いた者もいた筈ながら、改修となった77式同様いくさ場が忘れられなくて出てきた口か。

 

連中は戦場を大きく迂回する巌谷とは別れ、大概が左右主腕に2枚の追加装甲を抱えて。

壮年を過ぎた太い男性衛士の声が響いた。

 

「巌谷ァ、先に逝くぞ! 露払いは任せとけ!」

 

老練極まる機動でBETAの海を渡り切り、散開した老兵達は重光線級群の前であろうことか思い切り高度を上げた。

途端撃ち上げられて来る絶死の光芒を誘い、引きつけ、受け、往なし、往なし損ねて――

 

「ぐぉッ…! ぐ、ハハっ……、じゃあな!」

 

巨大な閃光と化した。続いて二つ、三つと同じ火球が戦域に生じる。

そしてその衝撃波に乗るようにして生残の老兵達はさらにBETA陣深くへ肉薄し、新巨大種の衝角触腕防御網へ突入した。

高速で多方向から襲うそれらに為す術なく、いや勘だけで弾き、流し、各所を貫かれ斬り飛ばされて、なお――

 

「ッ、ぐぅ…っ…、へへっ、お先に!」

「ああ死んじまえ馬鹿野郎、すぐに行く」

「糞ッ目をやられた、敵はBETAはどっちだァ!」

「目の前だ! ちょい左――ぐわっ!」

「なッ、おいっ…こンの野郎――!」

 

そして雪交じりの曇天に七つ目の火球が新巨大種の巨体を浮かび上がらせた時、巌谷はその後背に迫っていた。

 

すまん ―― だが、長くはかからん!

 

生物学的嫌悪感を催させるその異形、薄汚れた雪の色の主体節は無数の瘤に覆われ無防備なその姿を、

 

――!!

 

超高速で突き出されたのは隠し持たれた中型の衝角触腕、しかしその程度は。

 

「読んでおったわ――ッぐおッ!?」

 

早業で抜き放っておいた短刀で ― あの時は長刀だったが ― 胸部を防禦、しかし衝角の威力は到底殺しきれず乗機77式の右脇を刮げ剃る様に貫かれた。

管制ユニット内までも右側から削り取られ、貫通してきた一抱え以上ある太さの触腕に巌谷の右腕はコネクトシート諸共引き千切られた。

 

「ぐっ…うう…ッ!」

 

突撃級に跳ね飛ばされたが如き衝撃と痛み、巌谷は歯を食い縛るも貫かれた77式の動力は落ち。緑に発光する主眼もその光を滅した。

 

なん、の――、貴様、の、

 

77式の残された左腕が力尽きたように垂れ下がり、保持した短刀も落下していき。その機体を貫き宙に支えていた衝角触腕が無造作に引き抜かれた。

 

相手、は――、まだ――

 

即座に重力に引かれて落下を始める大破した77式、その計器類も消えた管制ユニットの中。

 

「――生きておるわッ!!」

 

口角血泡を飛ばして咆哮し、残る左腕一本で操縦桿を握り締めペダルを踏み込んだ。そしてそれに応えたかのように沈黙したはずの主機が再起動、77式の跳躍機FE-79が絶叫して紅い炎を吐き出し瞬間剛速を得た機体は弾丸と化して新巨大種の広い主体節背部へ激突した。

 

「ぐぉっ!」

 

凄まじい衝撃、伸ばした左腕から突っ込んだ形の77式は異星種のその異形の体にめり込み、保護機能も半ば死んでいたゆえかその衝撃に巌谷はシートから放り出されて管制ユニット内壁に叩きつけられ血の跡を引いて落下した。

 

「ぐ…っ、う…」

 

シート脇、血まみれの巌谷は残された左腕をコントロールパネルについて身を起こす。

貫かれ撃ち破られた管制ユニットと装甲の向こうに覗くは重い曇天を背にした新巨大種のそそり立つ3本の放射頭節。

それらはついに充填を終えたのかその先端に白く目映い光芒を蓄え、1対6本の翼状器官は青い稲光を発していた――が。

 

間に合った。

 

刹那視界に映り込む、此方へ向かう衝角触腕。

 

しかしもう。まさに破顔一笑、巌谷は咲って。

 

「――遅かったな!」

 

倒れ込むまま、その身体で淡く発光する「SDS」ボタンを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な爆光が拡がった。新巨大種の巨体は爆炎と爆煙に包まれ。

小型核にすら匹敵する、S-11その3発分。

 

その爆風と衝撃波に煽られる乗機山吹の00式、しかし見開いた眼から流れ落ちた涙を拭う間もなく唯依は叫んだ。

 

「――突撃!!」

「了解ッ!」

 

迅速に反応した列機を率い並み居る要撃級の群れを回避、一直線に重光線級へ向かう。

中佐殿のS-11は新巨大種の主体節上での爆発ゆえその巨体が傘になってその下迄は破壊が及ばなかった、その中へ唯依は憎しみと怒りと哀しみがない交ぜに成った心を闘気に換えて斬り込んだ。

 

「蹂躙せよ! 一匹も生かして帰すなッ!」

 

翻る長刀が戦術機とほぼ等しい全高の重光線級その人体めいた片脚を斬り飛ばし、返す刃で倒れ込みかけたその巨大な単眼を閉じかけた保護皮膜ごと寸断する。

重光線級は単体の防御力も高く、死留めるのに手間がかかる――

 

「ッ!」

 

刹那頭上に感じた陰、振り上げた長刀に重い手応え。間一髪弾いたのは――衝角触腕!?

 

「まだ生きて――!」

 

重光線級の群れに躍り込んだ吶喊部隊、それを頭上から襲う死の触手。

動きの遅い重光線級を盾にするように回避機動、距離は100m程向こう、見上げた唯依には ― 3本の放射頭節総てを吹き飛ばされ主体節上部を抉られ喪失しながらもまだ屹立し、3分の1程度は失ったものの残る前部副節の触腕を蠢かせる新巨大種。

 

しかも周囲に林立する重光線級は自らを薙ぎ倒し始めた吶喊部隊にはまるで頓着せず、突入により支援砲撃が止まったのを好機とばかりに東方の本隊へと向かってその光芒を吐き出し始めた。

その照射は長くしかし間隔は短く、21mの単眼高から撃ち下ろされる光線は30km先の戦術機すらも狙い撃つ。

 

「く…! 怯むな!」

 

退けば後はない。

殺し間迄接近できたこの機会、中佐殿が命を賭して作り出したこの間合い。

退いて支援砲撃に託そうにも重金属雲濃度が足りない。BETAの湧出も止まりつつあり重光線級相手に遮蔽無しでの再突撃はさらに困難になる。

 

血刀を振るって次々に重光線級を斬り倒す唯依の山吹の00式、続く隊機に協力部隊。

しかし剰えBETA共の数は多く、遠間からの36mmが大して効かない重光線級相手に米軍部隊の効率が上がらないうえ頭上からは衝角触腕が不意に襲い来るとあっては――

 

不味い展開だっ、……ッ、あれは!?

 

3度目の適当に狙われたと思しき触腕を弾き返した時、前方にそびえ立ち人類を睥睨するが如き新巨大種、その主体節左右の前部副節の間に不規則に明滅する部位を見た。

 

「――反応炉!?」

「……のように見えるな」

 

気づけば背後を守ってくれていたのか黒の衛士が。

そしてその新巨大種の明滅に呼応するが如く矢継ぎ早に死の光条を放つ重光線級共。

 

「…01型砲は」

「もう少しこいつらを減らさねば、な!」

「……狩りを続けてくれ。上は俺が抑える。120秒」

「単機でか!? 無理だ!」

「……他に手はない」

 

襲い来る触腕など歯牙にも掛けないように。

ごく自然に中隊と隊伍を組んでいた黒の00式がするりと上昇した。

 

「…装甲展開…出力制御装置解除…強制冷却開始…XM3通常駆動停止…」

 

漆黒の装甲、その両肩・主腕・膝部から下が僅かに開き。

跳躍機からの噴射炎がその大きさを増した。 

 

「…入力予測演算停止…演算能力強制上昇…全出力を強化装備へ…」

 

橙に光る00式C型各所の発光部、その総てが明滅し。

 

「…感覚欺瞞上限解除…加速剤最大投与…ッ!」

 

見開かれた無機 ―― 否、昏い憎悪と憤怒の炎が燃える瞳。

 

その両の眦から鮮血が滑り落ち。

 

「XM3・コード1211…起動!」

 

漆黒の鬼神の眼もまた、紅い閃光を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々ありがとうございます
とっても励みになります

ちょっと長くなりそうなので分けましたー

いや、続きはまだ出来てないですけどw


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muv-luv UNTITLED 11

2002年 12月 ―

 

 

朝鮮半島。甲20号鉄原ハイヴ。

鉛色の雲垂れ込める荒野、吹き荒ぶ寒風にまた強くなりつつある雪。

聳えるは地上高300m超の異形の岩山 ― 異星種の地表構造物。

 

 

日米合同の主攻部隊が接敵したBETA群と、ハイヴ東20km付近で戦端を開いてから1時間程度。

 

初期遭遇した1万を超える師団規模BETA群にその後地下侵攻の形で増援として出現した同規模以上の集団を合わせたとしても、戦術機4個連隊相当の主攻部隊前衛は電磁投射砲戦術により比較的容易にこれを殲滅しうるはずであった。

 

当然の如く事前に複数の状況が想定され数々の不測の要素や困難は予想されてはいたが ― その想像をゆうに絶する新巨大種の出現と、BETA地球侵攻より30年弱前例のない規模での重光線級の一斉出現とが同時発生して、総ての算段がこの短時間で根底からぶち壊しにされるとは誰も予測し得なかった。

 

混乱する戦場で精鋭による2度の光線級吶喊が跳ね返され、3度目の血路を抉じ開けんとした勇士らの挺身によりついに突入に成功するも――その時すでに日米主攻部隊の前衛は4割強、後衛までも2割近くの損耗を出し、支援艦隊砲戦力も帝国海軍連合艦隊第2戦隊の壊滅によりその戦力は3割以上減となる惨状であった。

 

その一方で半島西部より上陸したアジア連合中心の国連軍と統一中華戦線派遣軍とは、その額面上6個連隊に上る大戦力で、甲20号西50km近辺で師団級BETAと交戦状態に突入。

しかしその後ほどなく主攻部隊より新巨大種及び夥しい数の重光線級群出現とその被害の連絡を受けるやいなやその動きは鈍化し始め、とりわけ統一中華軍は対BETA戦における国連軍指揮系統の優越を認めるバンクーバー協定を半ば以上無視する形で戦線を停滞させていた。

 

明らかに統一中華軍の狙いは自軍の損耗抑制と日米の戦力消耗、そしてあわよくばハイヴ本体攻略作戦の主導権を握らんとするものではあったが、主攻を担う日米もまた今次作戦にてバンクーバー協定を事実上形骸化させた上で爾後の改訂をも視野に入れる立場にあり、その非を論うことは難しかった。

 

これを受けて半島南部より北上する日米に同調的な欧州・豪州派遣の2個連隊は戦線の押し上げを急ぐもその距離はまだあまりに遠く――

 

会敵種とその戦力の事前想定からの大幅な逸脱は軍事行動上撤退を考慮に入れるべき事態ながら、現地での大規模作戦行動開始からの経過時間はまだあまりに短く、上位指揮層はこれまでに払われた政治的コストと達成すべき目標を勘案し、そして現場では新巨大種のそのあまりの猛威と逆に一定の弱体化に成功した現状から討てるときに討つべしとの気運が高まり、日米連合の主攻部隊は独力での新巨大種含むBETA群排除に臨むことになる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拡がっていく爆光を見たとき、ユウヤの胸中に広がったのは怒りと哀しみだった。

 

そこまでするのかよ――!

 

 

エイジ・イワヤといえば、アメリカ軍でも衛士の間ではそこそこ知られた名。

 

どちらかといえば、奇策を用いてまで無理矢理模擬戦での勝ちだけを狙った人物として。

 

当時のユウヤも反日感情ゆえに嫌悪感が強かったが、後になって思えば自分とてなりふり構わずF-15EでF-22に勝とうとした経験がある。衛士とはそういう生き物であるべきとも。

 

XFJ計画の提唱者。ユイの後見人。

そして実際は強面の堅物という外見にさらに反して、プライベートでは気さくな人だった。

 

母の知人、そして父親だった人間とは親友だったと。

ハイネマンと共にヨコハマ基地で会い、3人で酒を飲みながら若かりし日の思い出話を聞かされた。

 

大概当たり障りのない内容だったが、お前さんは母親似だな、と言った時の眼の優しさは。

生まれて初めて正面から見た気がする、大人の男の不器用な暖かさだったように思う。

 

 

そんな男が命を捨てて生み出した最後の光が消えていく。

衝撃波とその後に襲ってきた爆風の影響は、その男が発端となって生まれたType-94Re. Test Type02 シラヌイ ニガタ のバランサーが見事に収束させた。

 

そういうのがニホンジンのわかんねえところなんだよ…!

 

 

殉じる。なにかの犠牲になるということだ、少なくとも英語ではそう訳す。

以前ユイにそう言ったら、間違いでは無いが正しくでは無いとも。

 

メッシホウコウ、自分を棄てる潔さに美を見出すことが行き過ぎている。

 

 

ただ、今は…!

 

突撃! とユイの命令が聞こえた。

網膜投影には彼女の涙。しかし泣き顔ではない。ただ涙に暮れてはいない。

濡れる彼女の黒い瞳はしかし憎しみと怒りとを戦う意思に哀しみと嘆きとを殺意に換えて爛々と光り、すでにBETAの返り血で赤黒く染まりつつあるブライト・イエローのゼロを駆って敵中へと突撃していく。

 

中佐、あんたの遺志は受け取った!

 

軍人としてなのか日本人としてなのか、それはわからない。

ただ、その生命を擲ってでも成すべきことだと決意したから。

 

「行くぜイーニァ!」

「うん!」

 

ユイの率いるゼロの2小隊 ― 元は中隊だったらしい ― の最後尾につけ、要撃級共の合間を縫う。

 

通常戦術機の匍匐飛行といえば高度40m程度まで、しかしロイヤルガードのそれは時として20mすらも切り。若い女ばかりの癖して手練れ揃い、鳴りっぱなしの高度警報と振りかざされる要撃級の衝角前腕などまるで無視したかのような高速飛行。

 

 

ゼロの跳躍ユニットFE-108はType-94と同じ、対してニガタはFE-140。

サムライチューンのホワイト・ゼロにもパワーは負けず劣らずで、扱いやすさは圧倒的に勝るはずだが彼女らは揃って機体制御とピーク・パワーの引き出し方がかなり巧くて、低速時から高機動時のコーナー速度に至るまで自在に操って見せてくれる。

 

 

「やっぱりとんだジャック・イン・ザ・ボックスだぜ!」

 

イワヤ中佐、あんたのデシたちは!

 

「蹂躙せよ! 一匹も生かして帰すなッ!」

 

遮蔽に使った要撃級群を抜け。目標の重光線級共に先頭で襲いかかったユイのゼロ、手始めとばかりに突撃の勢いのまま真正面にいた個体を大上段から真っ二つにし、その死骸をぶち破って直進すると瞬く間にさらに2体斬り殺した。

 

「ユイすごーい」

「負けてられねえ、俺たちもやるぞ!」

「うん!」

 

続いて斬り込んでいく白いゼロたちとは少し離れ、ユウヤはイーニァと共に単身敵中に躍り込む。長刀を主装備とする彼女らと違い両主腕は突撃砲、兵装担架に1本背負いはしているものの非常用兼アミュレットのようなもの。

 

 

重光線級を実戦で相手にするのは初めてだが、データは頭に入っている。

目立つ弱点の大きな照射皮膜にはしかし強固な保護皮膜、戦術機同等のサイズにBETAならではの強靱な生命力で36mmは有効性が低く120mm推奨。

だが120mmは装弾数6、突撃砲は計3丁装備で18発。携行予備マガジンは4つと貴重、補給の余裕も見込みもなし。狩るべき重光線級はイワヤ中佐援護機の自爆で数を減らしたとはいえまだ200体程度はいる、ロイヤルガードの連中も手練れではあっても光線級吶喊の経験はそう多くないだろう。

 

 

なら――

 

「イーニァ!」

「うん!」

 

語らずとも、言葉にせずとも。

火器管制を司るイーニァはユウヤの発した思惟のままに。

 

開かれた両主腕から手始めに近場の重光線級2体に120mmがそれぞれ2発、保護皮膜展開後の照射粘膜付け根に着弾。装填されていたのは劣化ウラン貫通芯入仮帽付被帽徹甲榴弾 APCBCHE。保護皮膜と異なり比較的軟弱な重光線級の外皮を易々と突き破り内部で弾体の炸薬が爆発、重光線級の突き出たレンズの如き部位が内部から破裂して周囲に体液を振り撒いた。

 

そしてBETA群の只中、確保できた僅かな空間でユウヤは機体を振り回す。

 

隙だらけだぜ…っ!

 

視線誘導による照準、それをイーニァが補完した。

両の主腕を拡げたまま高速で回転する間に間に2門の87式突撃砲が火を噴いて36mm劣化ウラン貫通芯入高速徹甲弾 HVAPが数発ずつ ― 林立する重光線級共の間を抜けて、それぞれ30mほど離れてまだ防御態勢に入っていない重光線級の無防備な照射粘膜に突き刺さり、そこから赤黒い体液を噴出させる。

そうして瞬時に4体の光線属種を葬り去るも、

 

「ユウヤ!」

「!」

 

イーニァの鋭い誰何、意識の視界上部に弾ける光 ― 両脚が接地するほどの低空飛行、その状態からさらに倒れ込むように機体をひねり込む。横倒しの姿勢から的を見つけてイーニァが36mmでさらに1体屠ったが、襲ってきた敵の正体にユウヤは戦慄した。

 

「生きてやがったのか!?」

 

前方100mほど向こうに半壊しつつもまだ聳える新巨大種、その主体節左右の赤黒い前部副節に蠢くは本体に比すれば相当に細くしかし対戦術機には必殺の威力を秘めた衝角触腕。

そしてユウヤがなんとか回避に成功した今の初撃で共に突入した帝国軍部隊が数機串刺しにされ、それらが崩れ落ちる前に周囲の重光線級共が一斉にその巨大な単眼を光らせ始めた。

 

そして照射。指向するは東。不運にもその斜線上にいた2機が貫かれて爆散した。

 

重光線級は通常30秒程度の照射に36秒ほどの充填、しかしこの戦場の同種はそれ以上の照射とそれ以下の充填時間で吶喊部隊には目もくれず日米連合軍本隊の方角へレーザーを照射し続ける。

 

「阻止しろっ!」

「本隊の後退はまだなのか!?」

「上に注意しろ衝角が来る!」

「正面からじゃ弾が溶けちまう!」

「横だ、回り込め!」

「迂闊には隙間に入るな! 後ろの照射に当たっちまうぞ!」

 

俄に混乱を呈する帝国軍吶喊機群、僅か遅れて突入した米軍部隊は突撃砲が効き難い重光線級、しかし果敢に ― 果敢に過ぎる攻勢を見せた。

 

「海兵魂を見せろォ!」

「サー・イエス・サー!」

 

濃いブルーのF-18Eは中隊未満、両肩に多弾ミサイルランチャー装備の海兵隊爆装仕様。

だが長刀がなければ気づけても躱すしかない衝角触腕の攻撃、まさに1機の海兵隊機に襲いかかったそれを弾き返したのは。

 

「出過ぎるな! 重光線級を盾にするんだ!」

 

帝国軍突入部隊・先鋒のニガタ、帝国軍の暗灰色に仕立てられ右肩部に日の丸が映える。

両主腕には2門の突撃砲・兵装担架は2本の長刀と強襲前衛装備、早業で抜き放った長刀で米軍機を守ってのけた。そして続いて姿勢を低くし放り出した突撃砲を拾いあげつつ味方を鼓舞しながら動き回って、一見無軌道そうな動きの一方確実に重光線級を仕留めていく。

 

なるほど専門の吶喊部隊じゃなくともデキる奴がいるとユウヤが感心した時、少し前方ロイヤルガードと共にいた黒い00式がその隊列から離れ――

 

なんだ!?

 

漆黒に沈む装甲各所が僅かに展開し、跳躍機が吐き出す炎が朱く吠える。

そして機体各部の発光部がその灯を橙から不吉な輝きを伴う紅へと変じた。

 

「…――」

「おいどうした!」

 

繋がったデータリンク、しかし通信ウィンドウはブラックアウトし「SOUND ONLY」の表示。加えてバイタルデータも取得不能に変じた。

わずかに聞こえるのは深く鋭く強烈な殺意を堪えるかのような呼吸音――そして。

 

「 ― 疾ッ」

 

一瞬の呼気。

黒いゼロが極小半径の旋回、続いて飛び上がる。周囲の充填中だった4体の重光線級が間髪入れず追撃のためその単眼を追尾させ――次の瞬間、上下に分かたれた光条をでたらめに撒き散らすと揃って照射粘膜が爆散した。破裂した巨大な単眼痕から大量に汚れた体液が噴き出して残らず地に沈む。

 

やや離れた目標を狙撃し撃ち抜いていたユウヤはそれを横目で見て瞠目した。

 

「何が起きた!?」

「きずつけた。眼に」

 

そして黒いゼロはそのまま鋭く高度を取って新巨大種へ、すかさず照射をかけんとする重光線級の十字砲火はしかしBETAは同士討ちをしない、同じく迎撃のため向かってきた衝角触腕の只中へ突入することで未然に防いで見せた。

 

そして荒れ狂う漆黒の颶風。

 

BETAに死を振り撒くが如くに絶え間なく回転する左の長刀が血風を裂いて襲い来る衝角を弾き飛ばし。閃く右の長刀は空間にその太刀筋を赤黒い異星種の血痕で刻みつけていく。

奔流となって迫る触腕の群れ、瞬殺を期してか頭部胴部を同時に狙った2本の衝角突きを機体を翻しての半身で躱し、続いて必殺の槍としたはずの4本の触腕は背を向けたまま風車のように回転しつつ拡げた主腕脚部の間を通して避け、次のもう一回転で伸びきった4本を余さず斬断した。

 

「あれが…」

 

そして瞬間新巨大種に背を向けた形になっていた漆黒の鬼は兵装担架の突撃砲から36mmをばら撒きつつ脚を振り上げてその勢いのままに逆落としを掛け、さらに本体へと肉迫していく。

その機動は刹那たりとも止まらない。寸断される新巨大種の衝角触腕から噴出する赤黒い体液が飛び散る空を、跳躍機の噴射炎と機体各所の発光部とが曳く朱く紅い光の尾が鋭く不規則な軌跡を描いて貫いていく

 

「『ツイン・ブレード』…!」

 

以前垣間見た時よりさらに。

その凄まじさにユウヤの背筋が粟立った。

 

「普通じゃないぞ、まさか薬か!?」

「それもあるとおもう…でもあのひとは…」

「イーニァ?」

「ごめんねユウヤ、でもカスミがいわないでほしいって」

 

曖昧なやり取り、しかしユウヤはイーニァの意思を受け容れて。

忙しく眼と手と足とを駆使して重光線級共を屠りながら、それでもつい追う、宙空にBETAの死を刻みつけていく黒の処刑者が駆使する機動の凄絶。

 

 

生残の触腕は左右副節それぞれ30程度か、黒いゼロは向かって右、戦術機の全長にも等しい赤黒く巨大なその部位 ― 左前部副節 ― へと迎撃触腕を斬り払い弾き返して距離を詰め、察知したのかそちら側に残る総ての触腕が防御へと向かう。

 

「…――ッ!」

 

しかし八方から襲いかかる衝角に正対してスラストリバーサー全開での急制動、僅かの遅滞すらなく全速後進。その動きに合わせさせ機体正面のみに集中させた衝角攻撃を2刀を旋回させて弾くと瞬転して稲妻の3次元機動で空を駆ける。

追う触腕の群れを引きつけながら新巨大種の巨体自体を盾にする様に下部へ回り、戦術機にとっても巨木のサイズの装甲脚の合間を縫って再度上昇、引き戻されて来る触腕よりも早く左前部副節に近接し――

 

「――シィッ!」

 

十条の銀光が奔る。伸ばし出されていた触腕がその斬撃数分切断され、その断面から赤黒い体液の尾を引いて落下していく刹那にさらに斬撃。

取りついた左副節触腕の残余は10を切り、しかし残る総てが反転して後背から刺し貫かんと迫るも離脱をかけたブラック・ゼロは今度は新巨大種の巨体上部を僅か数秒の急機動で回り込み、吶喊部隊へ襲いかかる触腕を伸ばす逆側の右前部副節に迫る――と見せて、新巨大種前部中央の青白く不規則に明滅を繰り返す部位へと肉迫した。戦術機から見てなお眼前を塞ぐ壁の如きそこへ――

 

「カァアッ!」

 

先を超える十二の銀閃が疾り、遅れて噴き出した体液が黒いゼロの機体を濡らす。だがそれらは高速稼働の排熱によって瞬時に蒸発、すかさず動いた背部の補助腕がすでに展開していた左右腰部装甲から120mm弾倉を1つずつ掴み出して宙へと放り、それらをゼロは瞬撃の2刀により峰で弾いたか新巨大種に刻みつけた斬撃痕へ打ち込んだ。

 

しかしその時ついに新巨大種は左右両側残余の触腕総てを黒いゼロへと差し向け、地上近くのユウヤがすんでで回避した衝角も瞬時に本体へと戻り。

それらが一斉に絶死の槍となって本体へ取りつき背後を晒すゼロへと向かう――

 

「――捕捉されたぞ!」

「――向こうもな」

 

死ね、と聞こえた気がした。

低く澱んだ憎悪の声が。

 

ゼロは目の前の本体を蹴りつけて離脱をかけダウンワード方式の兵装担架、脇下から繰り出した2門の87式突撃砲の36mmと120mm双方が火を噴いて新巨大種本体中央へ弾雨を浴びせる。

120mmは粘着榴弾HESH、着弾した内蔵の可塑性爆薬が次々に炸裂するとその衝撃が埋め込まれた同弾種弾倉の信管を作動させ連鎖爆発を引き起こした。新巨大種本体中央の外皮が抉れ、内部の発光が強く漏れ出す。

 

「――…、」

 

しかしそれでも新巨大種の巨体にすれば致命打にはほど遠い疵か、変わりなく追撃をかけてきた衝角触腕の第一撃を舌打ちの代わりとばかりに2刀で弾き、追い縋るそれらを再び鋭角の機動で引き剥がしにかかった。

 

 

「とんでもねえな!」

 

とうとう全部自分1機に引きつけやがった!

しかも新巨大種が数歩 ― といっても一歩がデカいが ― 後退すらして、重光線級群から500mほど離れた。

同じく一瞬たりとも動きを止めず極低空での機動で両主腕の突撃砲を駆使しながらユウヤがそう感嘆の声を上げるも、

 

「いやダメだ! 急げ、殲滅するぞ!」

「! どうした!?」

「中尉がもたん、このままでは…!」

 

歯噛みするユイが言いつつ放った一撃は強引、照射を続けていた重光線級の両脚を横から2本纏めて断ち斬りその胴体が地に落ちる前に跳ね上げた長刀が照射部位を根元から寸断して死の光芒をもせき止めた。

 

「もう2分経つんだっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ!あと120体!」

「そんなすぐには!」

「無理でもやるんだ!」

 

超低空をお構いなしの3次元機動で突撃砲を操る国連軍仕様の青い弐型、返り血に染まりながら血刀をさらに薙ぎ払う山吹の00式。そしてそれが率いる斯衛部隊は血風の舞が如くに長刀を振るい、中隊未満とは思えない突撃力で彼方へと照射を続ける重光線級を討ち倒し骸へと変えていく。

 

あの連中は半端じゃない、けど…っ!

 

龍浪響少尉は暗灰色の帝国軍塗装、その弐型の操縦桿を操りペダルを蹴りつけて機体を振り回す。

 

ようやくに引いていった衝角触腕、しかしまだ射程内ではあるだろうし突入後の初撃で吶喊部隊は30機を切り、BETA誤射以外は頓着しない重光線級の照射によって機動に制限がかかる状況で。

 

「前衛の要撃級どもが戻ってきたぞ!」

「ッ――了解! 本隊の後退はまだか!?」

「まだもう少しだ!」

「よし、踏ん張りどころだ!」

 

支援抽出の中隊長代理 ― 中隊長はさっき九段へ赴いた ― の先任が注意喚起を、応えた響はあえて強い口調で。

残弾管理を一旦忘れて迫りつつある要撃級群へ先制の120mmを両主腕の突撃砲2門から1弾倉分撃ち込んで先鋒数体を肉塊へ変えせしめる。

 

 

敢えて口にはしなかったが。事実上の敵中孤立。

 

後続BETA群の出現が止まり前衛だった要撃級とも入り乱れてしまえば、遮蔽物が何もないハイヴ周辺では光線属種を排除しない限りこちらの増援の目処が立たない。戦域を大きく迂回させるにしても、その所要時間とリスクからしてどのみち今少し以上重光線級を駆逐せねばならない。

 

だがそれでも――

 

 

巌谷中佐…! やり遂げますよ!

 

快活で活発な意思が踊る茶色の瞳には決意の色。

足りない部分は気合いで補う、凡人にできることはそれくらいだ。

ただそれが、後事を託して散っていった先人達への餞と信じて。

 

 

伝説だった。帝国軍衛士なら知らぬ者などいない。

 

その下で戦えるなんて、最初は夢かと思った。

 

甘い人ではなかったが、理不尽は一切なかった。

さらに任務を離れれば意外に気さくで、話のわかる上官だった。

しかし口で多くを語るより、行動で示す方だった。

 

そんなお人だから部下に死ねと言うならまず自分が、と考えたのだろうか。

 

 

「早まって中佐殿の後を追おうとするな! 重光線級が分散すると手に負えなくなるぞ!」

 

しかし響はともすれば逸りすぎる帝国軍吶喊部隊を掣肘し。

 

頼んますよ中尉――!

 

「よし、『上』は凄腕が抑えてくれる! 俺に続け、光線級狩りだ!!」

 

英語と日本語、あらん限りの大音声で叫ぶ。

そしてコントロールパネルに指を走らせスロットにとっておきを放り込む。

輝きを増した弐型のバイザーが水色の光を放った。

 

― XM3・ミッションディスクSG、起動! ―

 

「ぐっ…オラオラオラぁ!」

 

自らを鼓舞して。響は一際増した加減速Gに耐える。

 

 

柚香の協力を得て組んだマニューバ。

ある意味あいつは俺より俺を見ているから。

 

あの時目で見て必死に食らいついた、「双刃」のあの機動を模倣再現流用するため。

高い限界を誇る弐型の性能、衛士保護のためのリミッターをいくつか解除し半ば以上強引に運動性を引き上げる。

 

なんといっても開発局で一緒の「本人」も一部監修。

ゆえにか響の習熟はまだ完全とはいえないが――

 

 

全速での噴射地表面滑走、目指す重光線級と衝突寸前で旋回をかけて肩部装甲が接触するギリギリで躱しざまに36mmの連射を柔らかな側面から背部へと叩き込み、そのままの機動で単眼を光らせ照射を続けるもう1体の横腹めがけて120mmをお見舞いする。

 

そこで左方50mほどの重光線級数体が横殴りの120mmの嵐を受けて地に沈み、その周囲にも弾雨が降り注ぐ。さっきはどうも!と勝ち気そうな女の声がした。

網膜投影の友軍機表示には米海兵隊第536・318海兵戦術歩行戦闘機隊。

 

吶喊に参加してきたた米軍部隊。

元々共にかなりの被害を受けていたはずの隊で合流機は10機足らず、しかし勇猛で知られる米海兵隊。今度はドスの利いた女の声が回線に響き、

 

「豚娘共! 海兵隊を愛してるか!?」

「生涯忠誠! 命賭けて!」

「Gung Ho! Gung Ho! Gung Ho!!」

「よーし! 石器時代に戻してやりな!」

 

そのかけ声と共に濃紺の海兵隊仕様F-18E スーパーホーネットが両肩に担いだMGM-140 ATACMSを全門斉射。

1機あたり32発、至近距離からの計300発以上のIR弾は一度上昇した際に重光線級に大半が撃ち落とされたがそれでも残りがBETA群へ降り注ぐ。

 

「草を育てるものはなんだ!?」

「Blood! Blood! Blood!!」

「貴様らの仕事はなんだ、お嬢様!」

「Kill! Kill! Kill!!」

「声が小さい! 聞こえんぞ!」

「KILL! KILL! KILL!!」

 

ちょっ…!

 

技量がどうとかよりその勢いに。

迎撃され宙空で爆炎となったミサイルと着弾して巻き上がるBETAの肉片と土煙との中、海兵隊機は空になった肩部コンテナを切り離すと両主腕のAMWS-21をあたり構わず撃ちまくり出し、響はそれにやや呑まれながらも休まず手を動かして初弾のミサイルを含めて海兵共の雑な仕事の後始末に追われる。

 

「ちゃんと止めを刺してくれ! 要撃級はしぶといぞ!」

「五月蠅いね、ほら『ジャイアント・キリング』のデビッド・ボーイがお怒りだよ! 殺し屋志願共、きっちり仕事しな!」

「Sir! Yes! Sir!!」

 

真面目にやれと言いたくなるがあれが連中の流儀なくらいは知っている。

負けじと響も素早く保護皮膜を展開する重光線級に接近し、その単眼の真下に銃口を突っ込んで連射を喰らわせ内部をメチャメチャに破壊してやり。隣の奴には足首の細くなった部分に120mmをぶち込んで吹き飛ばし転倒させて、処理は後続に指示して任せる。

同じように3体処理して弾切れになった右の突撃砲は放り出し、兵装担架から長刀を引き抜いた。

 

「寝かせれば脆いぞ! 足を狙え!」

「了解!」

 

重光線級の耐久力は確かに高いが、トップヘビーなのは間違いがなく。

BETA共ほどじゃなくとも人間だって数は力だ。そして何より連携こそが。

 

 

本当の英雄なんかには成れない、きっとそれはあの中尉殿とか国連の青い弐型乗りあたりの役で。だが虚名でもなんでも人のために成るなら利用して、泥にまみれてでも前に進む。

人を生かして活かすための苦労なら、なんでもかんでもどんだけでも来やがれ!

 

 

跳躍機で噴射地表面滑走、突撃砲で巨木の如く林立する重光線級の片脚ずつを狙いながら。

時折襲う要撃級の衝角前腕と重光線級の流れ弾ならぬ流れ照射は地に突き立てた長刀を杭が如くに利用しての急旋回で躱して見せる。だが。

 

まだ手が足りねえか…っ!

 

地から引き抜いた勢いのままに振り回した長刀でそこにいた重光線級の片脚をぶった斬り、またもう一度突き立てて旋回をかけてから同じく抜いて振り回す。

 

 

引き連れてきた中隊を入れて大隊程度、そこからまた数を減じた吶喊部隊。

残る重光線級はようやく100を切ったか、先任達の自爆がある程度は巻き込みもしてさらに狩り込んでおきながら。

吶喊駆逐のペース自体はそう悪くなかった、だが敵の数が多い上突入時に遮蔽に使った要撃級群が反転してきて護衛が如くに重光線級に張りついている。

米軍部隊も頑張ってくれているが絶対数の少なさはどうしようもなく、重光線級共は誤射を避けるためか照射の数と頻度がやや減ったが今度はこちらの殲滅速度が明らかに低下しだした。

 

 

振り回した長刀がその要撃級の強固な衝角前腕に当たって弾かれ、逆方向に流されつつも響は左突撃砲で120mmを人面めいた前部に叩き込んでその1体を肉塊に変える。

 

糞っ、中尉が引きつけてくれてるうちに…!

 

あの凄まじい機動には時間制限があるらしい、篁中尉のやり取りを端から聞いてその程度は把握できた。

ほとんど目をやる余裕はないが一旦はあの新巨大種相手に単機で押し込むほどだと――

 

「中尉ッ!!」

 

回線に覚えのある女性斯衛 ― 白服の誰だったか ― の声、いや悲鳴が響いて響が機動の最中反射的に見やる上空、そこには衝角を断たれ失った触腕がなお鞭と化して黒い00式の左肩部を打ちすえていた。

 

 

致命打にはほど遠く当たった装甲部位によっては仕込まれた超硬炭素刃が逆に切り裂きもするが戦術機が機動を乱され阻害されるには十分、同じく衝角のない触腕や短く断たれたものまで加えて繰り出される無数の鞭撃。それらを新巨大種の後退によって開いた間合いの空間ごと圧するように振り回されてはあの「双刃」が操る00式ですら高G機動の連続で大きく回避し続けるしかなく、わずかの間に防戦へと追い込まれていく。

そしてさらにその機動もやや鈍りつつあり、単機突撃以降暗転して音声のみとなった通信窓にも彼の食い縛っているらしい歯の間から漏らす呼気だけが届く。

 

 

機体もヤバいのか!? 頑張ってくれ、もうちょいなんだっ!

 

響は弐型の片肺だけを全力噴射、低く錐揉み回転しての叩きつけるような縦の斬撃を重光線級に浴びせて真っ二つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

500mほど向こうの上空、雪の舞う曇天に繰り広げられる攻防は一気に旗色が悪くなっていた。

 

今あいつを墜とされるわけには――

 

「――俺が援護に行く! タカムラ中尉、あんたはここの指揮を!」

 

ユウヤは機体を振り回しながらロイヤルガードの白いゼロを狙った要撃級の尾節を撃ち抜いた。人面を模したかのようなその部位に正確に3発、眉間を撃ち抜くが如くに浴びせる。

 

「やれるのか!?」

 

そしてそれに応答したユイもまた、袈裟懸けに重光線級を斬り裂く。瘤に覆われた外皮が割れてこぼれ出る臓物と体液、振り返る勢いのまま薙いだ二刀目が光りかけていた背後のもう一体の照射皮膜を横一文字に断ち割った。

 

「やってみせるさ!」

「――行ってくれ! 触腕が来なきゃなんとかなるんだ!」

 

そう叫んだ帝国軍のニガタが要撃級の一匹の後ろを取り、その尾節を首を刎ねるかのように斬り捨てる。

 

「目処がつけばこっちからも支援できる、頼む!」

 

衝角触腕の残りは30ほどか、ヤツが沈めばそれが全部襲ってくる。

1機あたり1本を凌ぎながら重光線級を狩り切れるか。

なによりヤツが墜とされれば吶喊部隊の士気は瓦解するだろう。

 

「よし任せるぞ! イーニァ!」

「――うん!」

 

そしてユウヤはニガタを駆って、黒いゼロを追う。

全力噴射ならわずか数秒の距離――

 

 

「大丈夫か、イーニァ」

 

 

普通のやり方じゃあ届かない、いつかの、イーニァの視界を――

 

――心を開いて受け容れた、その、世界の在り様を。

 

 

「うん。いくよユウヤ」

 

 

シートに座った姿勢のまま曇天の空に放り出される――周囲は硝煙と血煙舞う戦場――

 

襲い来る数多の衝角触腕、その軌跡の――コンマ数秒先の姿が複数候補――

 

既知の情報から予測される衝角触腕の軌道――

 

 

前席のイーニァからは一切の表情が消え、糸の切れた人形の如くシートに沈んだ。

 

「ナガクハモタナイ」

「ああ解ってる! 無理はするなよ!」

「ウン ユウヤダイスキダヨ」

「なんだおい!」

 

言いつつもイーニァから渡された火器管制を即座に掌握、両主腕の突撃砲。

 

人機一体――!

 

装甲を通して感じる気流の流れ、それを引き裂くBETAの触腕。

集中が生み出すものかほんの少しだけ重く遅く感じる時間の流れ、イーニァの視界から得た予測候補目がけてミリ単位で照準を調整すれば突撃砲の銃口もまたごく僅かずつ修正を加え――

 

――そこだ!

 

右砲で36mmを2発、発射された弾丸は狙い違わず黒の00式を背後から狙おうとしていた衝角を弾き飛ばした。

 

――次!

 

左で同じく2発。逆側から黒を狙った触腕を撃ち破る。

 

「――!?」

「援護する!」

「―…了、…解…ッ」

 

顔の見えない網膜投影の通信ウィンドウ越しに。

 

「イーニァ、付け根だ! 速度も遅いし動きも少ない、ネキリだぜ!」

「リョウカイ」

 

 

高い限界を誇る00式、それでもあまりの酷使にその機体は悲鳴を上げ始めていた。

しかし一瞬たりとも機動を止めない黒の衛士は歯を食い縛ってかその高Gに耐え。風車の如く旋回する長刀、曇天に斬撃の軌跡を残す長刀とを左右入れ替え縦横無尽に途を斬り開かんと。

 

同じく鋭く回避機動を描きながらその黒を援護するユウヤの弐型。

地上の重光線級共からは巧みに新巨大種本体と触腕とを挟む様にしながら。イーニァがもたらしてくれる演算結果、視覚野へと投写されるその影を両主腕と兵装担架の計3門の突撃砲で狙い撃ち、避け得ない誤差と埋め切れない可能性とは技量で補ってみせる。

 

 

黒の00式の死角を狙って音速を超えて迫る衝角は弐型の放つ弾丸が弾き飛ばし、その一瞬で翻る黒刀が寸断する。

弐型を崩さんと動く触腕は00式が突撃の機動を描いて掣肘し。守勢へ回った瞬間に正確無比な36mmと120mmとが逆撃し、根元近くから撃ち破る。

 

 

そして進む。前進する。その剣の切っ先が、放つ銃の弾丸が。

 

全方向から襲いかかる衝角触腕を躱し、斬り捨て、撃ち抜いて。

 

攻防としては僅かに数十秒、しかし数倍にも感じるその空間――

 

ついに総ての衝角を奪い去り触腕を断ち斬って、青白く明滅を繰り返す中央部位へと過稼働により機体各所から火花を上げながら黒の執行者が迫る。

 

「いけええ!」

「―――ッ!」

 

ユウヤの叫びを後押しに突進する00式、跳躍機FE-108が最後の力を振り絞るが如くに絶叫した。噴き出すロケットの赤炎が咆哮する。

 

しかしそれを待ち受けていたのは ― 新巨大種主体節下、毒々しい緑の大型衝角。

 

一度も動かず必殺の機会を虎視眈々と狙っていたそれが音速を超えて撃ち放たれた。

だがそれすら予期していたのか僅かに機動を逸らさんとする黒の00。

 

しかし酷使しすぎた機体と肉体とが意思を裏切り、その寸毫の遅れは致命の一瞬に――

 

「させるかよぉおお!!」

 

だがそれはかつて見た攻撃、要塞級と同じ! たとえ長刀で断つ業が無くとも。

衝角触腕群の滅殺を見越して地を迅り回り込んで突進をかけてきていた響の弐型が突撃砲で斉射を浴びせた。

 

そして放たれた弾丸が衝角と触腕に命中し極僅かにその速度を減じ――刹那の差で間に合い交差した黒の2刀が衝角を受け止め――砕け散った。

 

「――ッ!!」

 

瞬転、その突き出された衝角に乗るが如くの宙返り、折れ砕けた長刀を放り棄てた黒の武御雷の両腕から00式近接戦闘用短刀が伸び出す。

 

あれじゃ――

 

――無理だ!

 

「こいつを!」

「使ってくれっ!」

 

空のユウヤと地の響、2機の弐型が背部兵装担架からパイロンの火薬式ノッカーでまさに抜き打つ勢いのままに投げ放ったは74式近接戦闘長刀。

後方と左方から豪速で回転して黒き処刑者を追った2刀は掲げられたその両主腕へと吸い込まれ――

 

「――オオオオッ!!」

 

魂削る黒の衛士の咆哮。

その乗機00式は激突する勢いのまま逆手に握った両の長刀を振るった。目も眩む迅さの十文字の斬撃、新巨大種中央、その場所こそは先の攻撃で剥き出しにしかけた発光部位。

激しく噴出するBETAの体液、それを浴びる00式の機体は酷使により摩耗し果てまさに最期の力で2刀を突き立てて――もう動かない。跳躍機も力尽きたかの如く爆発して脱落した。

 

だが黒の00式はまさに鬼と化し、新巨大種に突き刺した2刀と二叉の爪先先端部の超硬炭素刃とを支えに今や無防備となった眼前のその青白い輝きへと向けて、背部から展開した突撃砲を零距離で連射した。

 

「ゥオオ雄雄雄――ッ!!」

 

火を噴く2門の87式突撃砲、2×2000発の36mm高速徹甲弾と残余の120mm粘着榴弾が露出した発光部位へと叩き込まれる。

飛び散るBETAの体液と着弾による爆発の余波がほぼ機能を停止しつつある00式へと浴びせられる中、新巨大種のその部位は激しく明滅を繰り返すとその巨体までもが蠕動するかのように震えて――

 

――突如発光部から噴出した不可視のエネルギーの奔流に、黒の00式が吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――!?」

 

瞬間、唯依には何が起きたのか理解できず。

 

「な――」

「にが――!?」

 

彼女よりは新巨大種に程近く、伸び切った大型触腕の衝角部を120mmで破砕したユウヤと触腕部を叩き斬った響にも解らなかった。

 

腰部から下を失って吹き飛んだ黒い00式C型は宙を舞い、数100m離れた地点に落下した。落着の衝撃で二転三転し、残っていた両の主腕も頭部もげて失われる。そうしてほとんど原形を留めぬ鉄塊と化し、冷たく雪の降る荒れ地で停止した。そこは吶喊部隊と乱戦状態のBETA群からは離れた場所。

 

「ちゅ、中尉――ッ!!」

 

泣き叫ぶが如きの悲鳴は誰の物だったか、しかし新巨大種もまた明滅を止め4対12本の装甲脚により聳え立ったままでその活動を止めていた。

その一方で、地に墜ちて細く数条の黒煙を上げる00式の残骸には至近のゲートから湧き出た戦車級が群がりだした。

 

「中尉…ッ!」

「篁中尉、重光線級がまだ! それにここからじゃ…!」

「く…! 頼む誰かっ! 誰か行ってくれ!!」

「――俺が行くッ!」

「頼む!…イーニァ、おいイーニァ! もういいぞ、イーニァ!」

 

救出に走り出しそうになった唯依をしかし彼我の距離と未だ終わらぬ戦況とが押し止め、その懇願に等しい叫びに響が応え。ユウヤは「繋がり」が解けて意識を失った前席のイーニァを気遣い大半径の回避機動に入った。

 

「間に合え…っ、!?」

 

超低空の全力噴射、しかしその瞬間に響は信じられないものを見た。

 

黒の00式の胸部残骸その上側平らになった部分が盛り上がり、内側から突き破られた。

そしてそこから姿を現したのは、灰色の無骨な機械の塊 ― 89式機械化歩兵装甲。

 

緊急脱出・ベイルアウト不能時の最終手段、破壊脱出・パワーアウト。

 

「生きてる!?」

 

しかし管制ユニット内コネクトシートが変形する歩兵装甲と87式フィードバックインターフェースとに覆われるのは頭部と四肢。露出した腹部を覆う漆黒の零式強化装備の特殊保護皮膜は遠目にも判るほど出血に濡れていた。

 

戦術機搭載の歩兵装甲はあくまで脱出用、パワーアシストはあっても丸腰。それでもなお、黒の衛士は歩兵装甲背部に備えられた小型固体燃料ロケットモーターを点火し――後退でなく、前へ。

真っ先に躍りかかってきた戦車級の1体、3m近い赤銅色の四足歩行で二腕のBETA、その前面上部に突き出た首の如き器官を歩兵装甲の腕部スレイヴモジュールで殴りつけた。

 

「グァ…っ、ガ、ッ!」

 

2mになる機械化歩兵の殴打を受けて拉げる戦車級の首、しかしまさに吐血するが如き苦悶は黒の衛士から。

だがそれでもさらにもう1体の戦車級を殴り倒し――横合いから別のもう1体に押し倒された。

 

「だ――!」

 

めだ!

 

響からは、戦術機の速度とサイズからすればそこはまさに指呼の間。36mmなら戦車級なんて一撃、だが撃てば一緒に吹き飛ばしてしまう――

 

その逡巡は一瞬未満、しかしその先をも響が幻視した時。

 

飛来した1発の弾丸が、その戦車級の首を吹き飛ばした。

 

「――!?」

「射線を開けて下さい!」

 

高い少女の声だった。

慌てる間すらなく反射的に響は機動の軌道を変えて、わずか回り込む形で周囲のBETA共から長刀で薙ぎ払った。

その間にもさらに1発、2発、そして3発4発とほぼ規則的に飛んでくる弾丸 ― ごく普通の36mm HVAP ― が、倒れ伏す黒の衛士の歩兵装甲には掠り傷ひとつ付けずに次々と戦車級の首を撃ち抜いて肉塊へと変えていく。

 

繋がったデータリンクで確認すればその射手はまだ西方4kmから接近中、さすがに87式支援突撃砲なのだろうが36mm高速弾とはいえその距離を貫くのには10秒程度かかるはず。BETAの挙動は基本単純とはいうもののまさに針の穴を通すが如きそれを低空機動しつつなし得るとは、神技に等しい狙撃技術。

 

嘘だろ、と瞠目しつつも響は来援方向の射線を開けて、動かなくなってしまった黒の衛士を背後に守るが如くに立ち回る。

一方それらをやや遠望する形となったユウヤはその魔弾の射手さながらの衛士の正体に見当をつけ、イーニァのバイタルからも一応の無事を確認して一息つく形になっていた。

 

「タマセか? 助かった!」

「ブリッジス少尉! 援護の部隊も――」

「待たせたな」

 

他の仲間の安否を問う間もなく。

割り込んできたのは低く落ち着いた男、ネイティブの英語。もうずいぶんと前になるが聞いた覚えのある声。

そして複数砲分の36mmと120mが正確な照準を以て乱戦中のBETA群を外縁部から射倒していく。

 

ブレイザー中尉…!?

 

IFF信号を発しながら接近、タマセほどまでではないにせよ、2km近く離れたあの位置から機動中に狙撃してきた技量の持ち主たち。

重光線級の数が減り、その照射が東へ集中することから大きく西側から回り込んできたものらしい。

 

「騎兵隊の到着だ。遅れてすまん、本隊の後退と再編に時間がかかってな」

 

言いつつた傘壱型で迫ったは9機。

その黒に近い濃紺の機体、ゼロとはまた異なる刺々しく攻撃的なシルエット。かつてユウヤも駆ったF-22、アメリカ軍の最新鋭機。かけられたコストが最高ならば、その性能も最高峰。速度差の関係でタマセらのニガタに先んじる形になったのだろう。

 

「ああ、そこの国連軍機、ヴァルキリーズ? 貴様いつぞやのゴースト04…いや」

「隊長、今は!」

 

レオン…!

 

割り込んできた懐かしい声、やっぱりまだ生きてやがったか。

例の特殊装置装備なのかさらに腕を上げていやがる。

 

「よし、蹴散らすぞ。フォーメーション・ハンマーヘッド・ワン!」

「了解!」

 

戦域支配戦術機たるF-22の本領は対人類戦闘、しかしその機動力運動性は群を抜く。

さらに彼らの研ぎ澄まされた技量を補強するのは鍛え抜かれた強靱な肉体と精神、そして情報と科学の力。

 

敵味方入り乱れた戦況であってすら華麗でさえある隊列飛行で要撃級を遮蔽に使い、セオリー通りの砲撃戦。計18門のAMWS-21から規則的かつ正確に吐き出される砲弾が重光線級を3体ずつ狙い通りの文字通りに蜂の巣の血祭りにあげ、間合いを見切っての一撃離脱戦法。

 

さすがに巧い。だが――

 

「今頃来やがって…」

「なんだと、ユウヤてめえ…!」

「うるせえレオン! 文句あるならもっと早く来やがれ!」

 

久し振りながら相変わらずのご挨拶、痴話喧嘩を始める男二人に同隊のシャロンが茶々を入れるまでにはほぼ重光線級を殲滅し終わり。

 

倒れて動かなくなってしまった黒の衛士の周りには、青いUN仕様のニガタが4機、駆けつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鎧衣急いで! 彩峰周囲の安全確保!」

「了解!」

「…もうやってる」

「――心音微弱! かなり危ない状態だ!」

「処置急いで!! ああ中尉、中尉、どうか、どうか……」

「ああぅ、血があんなにぃ……ぐすっ」

「珠瀬泣かないで!! 縁起でもない!!」

「ご、ごめんなさぃい…うぅう…」

「…榊うるさい」

「運ぶよ! そっとだよ!」

 

 

敵新巨大種並ビニ重光線級群ノ駆逐ニ成功セリ

 

その報に加えての回線に聞こえる少女達の怒鳴り声やら泣き声やらに、月詠真那中尉は彼女の主を護るべく乗機深紅の00式Fに構えさせていた追加装甲を漸くに下ろした。

 

 

光線級吶喊を敢行した部隊の戦場から、後方40km。

被害状況の確認と部隊の臨時再編が続く甲20号日米連合主攻部隊本陣。

 

 

強くなる雪は止む気配を見せず ― 立ち続けていた二機の月詠機とその横に立つ、青の00式R、斑鳩機。

 

そして彼らの後ろで管制ユニットのハッチを開け放ち、その上で立てた太刀に両手を衝いて凝と佇む強化装備姿の「殿下」。その青成す黒髪の上にもやや白く降り積もっていた。

 

 

新巨大種の出現後、本来の本陣からさらに下げ。

重光線級の照射距離から抜け出はしたものの、高所からの撃ち下ろしになる新巨大種の前には裸も同然、お退きをと願っても「殿下」はお聞き入れ下さらなかった。

 

その決然として厳しくも闘志を絶やさぬ御尊顔は通信回線に乗り、周囲の帝国軍機総てに運ばれていた――が、その、伝刀・皆琉神威の柄尻を掴む御手が血が滲まんばかりに握り締められ、小さく震えていた事迄は傍役の真那・真耶のみが知って居れば良かった。

 

それは決して、何時襲い来るか判らぬ光線を怖れるが故のものではなく――

 

 

「片付いたようだな」

 

そんな中、出来れば新型砲で射止めるなり更に可能ならば生擒にしたかった等とさらりと言ってのけた斑鳩公崇継という男は、やはり危険だと真那は感じた。

 

 

「殿下」が残ると言い出す前に政威軍監閣下は後退再編に臨んだ軍を前に怖ける素振り等欠片も見せぬは当然としても、「双刃」が破れて吶喊部隊も敗滅の折には16大隊総員で突撃自爆し相討つ故それを以て総攻撃なり撤退なりの布石となされよ、とその辺に漫ろ歩きに出る程度の気軽さで口にしたのだ。

 

決意の挺身にて散華した巌谷殿あたりとは明らかに異なる。

他人の生命どころか究極的には己の生命にも拘泥しない人間等は、時に凄まじい害悪を齎しかねない。

 

 

「あの様な物が他にもおれば甲20号攻略どころではないが、さて」

「どうでしょうか、居るなら出て来る出して来るのではないかと」

 

共に立つと渋ったのを強いて下げられていた赤の真壁機もまた戻ってきた。

斑鳩公の懐刀たる男は、主が光線属種の照射に灼かれた場合の後事を託されて。

 

「BETA共の戦略術眼は未だ不明乍ら、例え一体でもあの多銃身砲が如き連射を続けられた方が我々には厄介でした。結果囮となったのが海軍一戦隊とは些か値が張り過ぎましたが」

 

露助を纏めて吹き飛ばした事には拍手を送りたい、とは言わずもがな。

 

「軽々に口にされるな真壁殿。今後同じ物が現れんとも限らぬ。その犠牲極めて大なれば、その際は如何様に押し止める心算か」

「さて、自分の様な者には謀りかねますな」

 

韜晦するが如きの物言い、その真壁の言い振りからしてその腹積もりが大方真那には読めもした。

 

矢張り斑鳩一門にこれ以上の攻勢の心算は無いのだな…

 

 

成程道理と云えば道理。

帝国にとって目下の脅威たる甲20号・鉄原ハイヴを攻略してさえ仕舞えば、後は約定通りにハイヴ本体は米軍が、解放域はアジア連合がその防衛の第一座。再度新巨大種が現れようとも先ず主として防戦に当たるはその両者。

 

さらに云えば、殊斯衛に限れば元来八洲護国こそが本懐。

帝国総体でも現状領土的野心どころか海外進出の予定すら。奪還成った国土の復興が漸くに進み出した現在其方に注力したいのが本音の処。

 

そして確かに新巨大種の戦闘力は甚だを超えて脅威、無傷でとはとても済むまいが、向こうから攻め寄せると成った場合は伏撃なり地雷原なり。

ましてや他異星種共と同じく進軍に足並みを揃える事等考慮もしない様で有れば、彼の巨体でのこのこと徒歩で孤立した処を集中攻撃。

 

彼奴の渡海能力は不明乍ら、今後甲16重慶・18ウランバートル・19ブラゴエスチェンスクより発して沿岸部へ到達したとしても、帝国へ最寄りと成る朝鮮半島経由で旧釜山から北九州まで200km近く、旧ソ連極東部から北海道までなら300kmを超える距離。新巨大種が重光線級同等の索敵照射能力且つその4倍高80mからの撃ち下ろしとしても、本土はゆうに地平水平線下の距離と成る。

艦砲のロケット補助推進弾ならば最大射程は180km超、噴進弾なら言わずもがな。艦橋の高い大和型等はより注意が必要乍ら、事前に索敵発見さえ出来ていれば安全圏よりの飽和攻撃計画も立てられよう。

 

尤もこれらは、新巨大種が1体若しくは極少数にしか出現しないという仮定が前提で――もしも彼奴が複数同時出現等しようものなら、其れこそ連合艦隊総てを囮に戦術機数個連隊規模で先の大戦末期宜しく必死必沈の鉢巻を締めて突撃自爆戦法でも採る他無い。

 

故に巌谷殿と其の朋友らの挺身こそは、現状採り得る最適解でもあった――

 

 

「真壁、楽観は戒めようぞ」

「は…」

「さて殿下、軍の再編に目処がつき次第手を休めずハイヴへと進みとう御座います」

「…宜しなに」

「御意。就きましては殿下にも御出座戴き後詰めと共に督戦下さればと」

「! 斑鳩公、それは」

「よい、月詠。感謝致します斑鳩公、それこそが我が務めなれば」

「上奏お聞き入れ下さり恐悦至極」

 

通信窓に芝居がかって低頭する斑鳩公、その言う処の後詰めとは。

恐らくハイヴ入口近辺にて、今の如くに立って務めよと云う処。

 

士気の鼓舞という眼目は理解すれど徒に危地へと「殿下」を晒す政威軍監のやりようは真那には素直に受け容れ難い。

しかもそれを、「殿下」が自らお望みになるとあっては尚更。

 

況してや――

 

彼の中尉の生還と、その後の容態の重篤さ等を知るにつけ。

それ等に甚だしく一喜一憂する内心を押し隠さんとする「殿下」のお気持ちを察するにつけ、真那は暗澹たる思いに囚われる。

 

 

あの、只只管に異星種との闘争のみを追い求める殺戮機械。

身の振り方も周囲の都合も勘案せずただ己が手で彼奴等を殺せれば良いと、その故に斑鳩公崇継に良い様に使われ続けるあの愚かな男。

 

そのBETA共の返り血に真っ黒な手で、「殿下」 ― 冥夜様のお心を掴んで離さぬあの男。

 

 

あの男が居る限り、そしてこのまま戦い続ける限り、冥夜様もまた斑鳩公が云うがままに危地へと立ち続けられるだろう。

御剣の家は冥夜様を曲がらず真っ直ぐにお育てした一方で、やや武威に偏重した嫌いが ― 其れには真那も干与したが ― 有って、冥夜様の御気性は明らかに悠陽様より武断的であられる。

そして其れが故に、尚更己の腕一本で誰よりも圧倒的な力を示すあの男には惹かれずにはおられないのではないか…

 

何れにせよ ― 「何方も」望外の拾い物だった、斑鳩一門の上位連中はそうほくそ笑んでいるであろう。

昨今煌武院と斑鳩の関係はその長い歴史の中でも屈指と云える程に良好乍ら、今以上に斑鳩の権勢が大きく成り過ぎることを掣肘したい煌武院の一派としては警戒の念を抱かずには居れない。

 

だがそれを判っていても、斑鳩の犬たるあの男の帝国が為の功績が、生半ではない処がまた悩ましい。

 

最早一体誰が、あの男に等しい働きが出来ると云うのだろう。自分でも、真耶でも、或いは二人同時でもあの様な真似に届くかどうか。いやあの新巨大種相手にあれ程の戦い様、はっきり敵わぬと申しても恥ではあるまい。

 

功一等の斯衛として武家の名乗りを上げても最早可笑しくないであろうし、是非婿にと食指を伸ばさんとする家も、真那が知るだけで両手指の数程は有る。

 

彼奴は確かに孤独を好んで愛想もなく市井出身故にか礼や作法に欠けるが、不必要に排他的でもなければ露悪主義でもない。殊戦術機機動に関する事で新任同僚らに頼られれば、その態度が親切とは程遠くとも何らの惜しみも隠し立てもせず伝授教導するが為に所属隊での信望は相当に高いらしく、また実際にその成果も高く評価されていると云う。

 

そんな衛士を失うことは、帝国にとって損失以外の何者でもない…

 

 

「政威軍監はどうなさるのです」

「陣頭にて指揮を。ああ迄部下の益荒男振りを見せられては長刀のひとつも振って見せねば他の者が着いて来ぬ様に成りますゆえ」

「…ご武運を」

「勿体なきお言葉。月詠二機は命に替えても殿下をお守り致せ」

「ご下命に及ばず」

「元より其れが我等が使命なれば」

 

野暮を申したな、と笑って。

斑鳩公崇継は、真壁介六郎を伴って離陸した。

 

 

 

 

負傷者・損傷機を後送し、洋上の損傷艦と共に下げ。

 

赤のF型2機を従えた紫の00式R型が見送る中、米軍部隊と合わせてハイヴ攻略第一陣・4個連隊を超える戦術機部隊の前に青のRが立った。

 

そしてずらり、と背部兵装担架から長刀を抜き放つ。

 

「戦局は最後の関頭に直面せり! 我等是れより修羅に入る! 仏と会えば仏を斬り! 鬼と会えば鬼を斬る!」

 

向けられた切っ先がびたりと指すはハイヴ入口。

その深淵、闇がりの奥からは今また、異星種共の踏み均す重低音。

 

「参るぞ! 余は常に諸子の先頭にあり! 続けぃ!!」

 

 

 

4日後 ― 日米連合軍は甲20号・鉄原ハイヴ最深部主縦坑大広間を制圧。

 

作戦目標たる反応炉の確保に成功した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。

2000時。照明が煌々と各施設を照らす。

2年前に奪還された東海・西日本地区の軍事施設群の設備はまだ十全とは言い難く、帝国軍・米軍併せての一大後方基地として今次作戦においても稼働していた。

 

地上施設には海路から陸路で後送されてきた損傷機に負傷者が事前の計画通りに運び込まれ処置を受け、後者の中には処置の甲斐なく死亡する者も当然出ていたが、すでに届いた戦勝の報が基地全体の雰囲気を明るいものに支えていた。

 

そして、地下。地上の喧噪も、その一種浮ついた空気も届かない。

自らの執務室で、副司令・香月夕呼博士は己の成すべき事をただ行っていた。

 

 

作戦開始以降、逐次上がってきていた報告には残らず目を通してきた。

 

手駒たるA-01の損害状況。

 

未確認の巨大種の出現。そしてその能力。

 

 

「…」

「――失礼します…」

 

ノックの後入室したのは長い銀の髪に黒い制服姿の社霞。

手にした書類を夕呼に渡すと、そのまま執務机の前に起立して待つ。

夕呼は数ページのその書類を流し読みめくりながら、その霞に問いかけた。

 

「シェスチナ…イーニァの容態は?」

「――疲労がありますが問題ありません、ただ多用は禁物…です。今は退院した神宮司大尉がついています」

「そ。でもまりもはもう出たの? さすがに頑丈ね」

 

イーニァはフランク・ハイネマンにブリッジスと一緒に渡すことが決まっている。

死体でもまあ嫌味程度で済むだろうが、生きているならそれに越したことはない。

 

そしてまりもも頭脳労働専門の自分とは、さすがに身体のつくりが違う。

もっとも元から軽傷だったということも――遺体どころか突撃級に轢き潰されて乗機の残骸すら判別がつかなかった、伊隅や速瀬とは違って。

 

「で…」

 

夕呼がぱらりとめくったページには、いよいよの本題が。

 

「どう思う?」

「…優先度1・自己破壊に直結する大火力。同2・BETA由来技術…です」

「…よねえ」

「…ML機関に反応しない保証はありません。……00ユニットにも」

「…よねえ」

「…両者を備えるXGは真っ先に狙われる可能性があります」

「…よねえ」

「…大照射には耐えられません。諸元通りの出力が出たとしても」

「…よねえ」

「…それでなくとも、間断ない連続照射も危険です。単機相対は自殺行為です」

「…よねえ」

 

夕呼は書類を放り出し、天井を仰いで大きな溜息をついた。

 

終わるときってのは、ホント…造作もないのね。

 

 

生涯を賭けてきた目標は、今や砕け散った。

 

 

人間の力というのは、凡人たちが皆で死力を尽くした結果というのは。

時に独りの天才が冷徹に計算仕切ったつもりの事象を凌駕して見せてきた。XG系列機もG弾もなしでの佐渡島ハイヴ攻略しかり。リヨンハイヴ攻略とその後の展開しかり。

 

しかしそこには常に、BETAという変数が存在して。

多かれ少なかれ、「奴等が今までと同じなら」という前提でプランニングされてきた。

 

それは、天才を自称する夕呼の「第4計画」とて――変わらない。

 

 

生体反応ゼロ・生物的根拠ゼロの非炭素系疑似生命。

「第3計画」の成果により強力なリーディング・プロジェクション能力を備え、さらには因果律量子論に基づき開発された量子電導脳は多元世界の同位存在との並列演算処理により既存のコンピュータを遙かに超越する能力を持つ――それが00ユニット。

 

この00ユニットによりBETAと本格的に交信するのみならず、その存在の正体と太陽系来訪の目的・意図並びに現在の戦略戦術総てに至るまでをリーディングで入手する。

 

その為の方舟として選ばれたのが、戦略航空機動要塞開発計画・Hi-MAERFの産物たる単艦制圧兵器・XG-70シリーズ。

20年前のコンピュータ技術では到底不可能であったこれらのML機関とラザフォード場の演算制御を00ユニットにより成し遂げ、対BETA絶対無敵の戦術航空要塞として次々にハイヴを攻略していくのが「第4計画」のメインプランだった。

 

 

だが、その。

絶対無敵となるはずの、XG-70シリーズをただの空に浮く鉄の塊とするBETAが出現した。

 

00ユニットの完成すらもほぼ完全に頓挫した現状において、致命的に過ぎる状況。

 

代替とすべく進めてきた案も、未だ道のりは遙かに遠く――

 

 

「…どうしますか」

「四型の2700mmを下ろすわ、アレなら8km/s出せるはずよ」

 

どうせもう無用の長物でしょ、現物で2門用意できるしと。

 

それに以前なら、こんなことを聞く娘ではなかったのだけれど。

霞の問いが、あくまで「当面の現実的対応」を問うものだと夕呼には理解できたから。

 

 

奴には上背がある。それが利点となっての長大なレーザー照射圏。

それを逆手にとっての、極超音速弾での狙撃作戦。

 

ブローンの戦術機なら奴の照射可能距離はおよそ80km。

戦艦装甲に準ずる対L耐熱処理を施した高速徹甲弾でこの距離を10秒以内に突破し、弱点と露呈した主体節中央部を狙い撃つ。

口径の大きい01型砲ではまだ不可能な弾速、単純な運動エネルギー弾ゆえの重装甲化と、現状の装備と技術で実現可能なプランはこれしかない。

 

 

「…帝国は当面動かないと思いますが」

「社、あたし達はいちおう国連軍なのよ?」

「…すみません」

「……入れ込まないことよ。言いたかないけど」

「……すみません…」

 

無表情ないつもの霞、それでも。

 

他人の情愛にあれこれ言うなんてのは、本来夕呼の主義には反する。

でも二度目の言葉は、謝罪ではなく拒否を詫びるものだとも判った。

 

「『読んだ』あんたがそう想うのは、まあわからなくもないけど。あいつは応えてなんかくれないだろうし、お望み通りに破滅に向かって一直線よ。またあんな薬なんか使って」

「………でも、可哀想すぎます………」

 

霞は目を伏せ、ぽつりと呟く。

 

 

あれは呪いか、それとも罰か。

 

なにも知らないままに。ただ戦い続けて。

 

死んでも死んでもまた繰り返し、狂うことすら赦されず。

 

ずっとそばにいたはずのひとですら、もうはっきりとは思い出せない――

 

 

「教えてやったところでどうにもならないわ。知ればその場で銃を咥えて引き金引くんじゃないかしら、それか今より無謀に突っ込むかもね。本当はもう『死にたい』のよ、あいつは」

 

そして帝国は、世界は得がたい衛士を無為に失う。

生きていれば、最後の瞬間までBETAに抗おうとする強力な衛士を。

 

「生きることは戦うことよ。あたしは、それをやめない」

 

たとえ明日、世界が終わるのだとしても。

 

恰も不死であるかの様に今日を生きる。

 

それが人間の姿のひとつだと考える夕呼が折れることは、おそらく無い。

 

破滅が眼前に迫っていても、心中が千々に乱れても。

傲然と胸を反らして顎を上げ、鼻で笑って立ち向かう――

 

 

 

 

――そしてこの年の暮れ、国連軍横浜基地副司令・極秘計画「オルタネイティヴ4」最高責任者 香月夕呼大佐待遇博士の下に。

 

 

第5段階計画「オルタネイティヴ5」の発動が通達された。

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、本当にありがとうございます
とっても励みになりますので、気軽にお声がけ戴けると嬉しいです

超重光線級さんは00ユニット未リーディングのために、光線属種積乱雲と重金属雲をまぜまぜした通信妨害機能はまだ実装されてないってことで……わ、忘れてたわけじゃないですよ?w


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muv-luv UNTITLED 12

2002年 12月 ―

 

 

スカンジナビア半島南東部。旧スウェーデン。エストハンマル近辺。

 

冬の北欧は寒く。

イルフリーデの飲むバルトのコーヒーは苦い。

 

BETAにはクリスマス休戦なんてものはないし。

そして高緯度地域の日の入りは早く、この季節ともなると1500時頃には日没。

夜はBETA達の時間。センサーの類があるとはいえ、外部情報の多くを視覚に頼る人類に分がいいとはとても言えない。

ゆえに愛機EF-2000を駆り早々に本日の作戦行動を終えて、バルト海に浮かぶファスタオーランド島前線基地へと中隊で帰投する――その途上にて。

 

「地上設置センサーに感! 母艦級です!」

「基地から迎撃に出るより早かろう、片付けるのである」

「ひゅう、ローテ12、出番だぜ」

「了解、予想出現位置願います」

 

晴れていたがゆえの茜色の残照は見る間に翳っていく。

結局今日もこうなった、どうして今かな出て来るかな、そう言いたいのを堪えて中隊前衛に続いてEF-2000をターンさせた。放置して明日の遅い夜明けまで待っていては、吐き出されたBETA群が分散してよけいに手間がかかる。

 

 

リヨンハイヴでの大隊の損耗とその補充を経ての再編以降、イルフリーデは結局第2中隊第3小隊所属にて砲撃支援のまま。

 

前衛への憧れ、というのはまだあるには…ある。

 

でも半数近くが新任になってしまった大隊において、それを通せば自分より適性に劣る者が支援に就くということ。

 

その結果がどうなるかなんて、考えるまでもない。

 

 

イルフリーデの乗機、その右主腕には米軍貸与のリニア・レールガン、背部兵装担架には専用弾倉。幸いというか今日の相手は小群ばかりで一射もしていない。

運動性の低下はMk-57中隊支援砲に比べてすら目を覆いたくなるほどながらもその威力は折紙付き。ただし有効射程は20km未満、巨大かつ一部硬質な母艦級相手に貫通力保持を狙うなら15km程度まで。戦術機で運用可能な通常砲に比べれば圧倒的なその数値も、

 

「距離を詰めて仕留めます、『口』の向きの確認を」

 

送られてきた予想出現位置を中心に対重光線級ギリギリの安全半径30kmの円軌道で噴射地表面滑走。BETAに均されたおかげで人工物も低木すらも存在しない海岸近くの荒野ゆえに可能な機動。最近ほとんど光線属種を見ないものの、構築された戦闘規範と衛士としては当然の用心の範疇。

 

巨大な円筒形の母艦級はたいがい斜めに横倒しになって「顔」を出す。

光線級自体の動きは遅く、母艦級に後ろから接近できればその内部に積まれていようとも出て来る前に始末できる。要塞級搭載の場合でも、有効射程内に入れさえすれば「二重の容れ物」ごと片付けられて、実際それが一番手間がない。

ただそれも半分くらいは運頼み、鈍足のレールガン装備で最長の半円90km移動となってしまえばいくら光線級でも顔を出すというもの。ヤーパン・ライヒが実用化したと聞く大口径のレールキャノンがあれば、もっと安全圏から狙撃できるのに。

 

「焦るなローテ12」

「大丈夫、ローテ06。ヘルガ、直掩お願い」

「了解!」

 

宵闇に沈んでいくフィヨルドの複雑な海岸線。

背後を取れますように、イルフリーデはそう祈る――何に?

 

大きな声では言えないけれど、信仰を意識したことはなく。

だから偉大なる祖と、勇敢な仲間と。守るべき人々と、そして衛士の誇りとに。

 

「出現位置特定! 座標転送、60.245、18.521! オスト・スートスト!」

「了解…っ!」

 

その祈りが通じたが、何かの加護があったのか。

 

激震に揺れる大地、荒れ地を突き破って出現した母艦級は遙か向こうでその無防備な背中を見せて。

イルフリーデは残り10kmを詰めるため、跳躍ユニットAJ200を全開にした。

 

 

 

 

 

イギリスはドーバー基地群、「地獄門」を発って早2ヶ月。

 

今次作戦においてドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」は、その最精鋭の名に恥じぬ働きを期待されて欧州連合軍より最先鋒に任じられた。

 

 

目標はスカンジナビア半島制圧。

そしてその先に目指すは旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ攻略作戦への橋頭堡並びに侵攻ルートの確保と構築。

 

同半島の制圧解放に成功すれば、バルト海航路のみならずスカンジナビア山脈を盾にした北回り空路の利用すらも視野に入る。

もっともこの前線基地より少し先、オーランド諸島以北のボスニア湾は冬期に氷結してしまう為、攻略作戦自体は春期以降初夏あたりになるのだろう。

 

 

ユトランド半島の掃討制圧を進める他部隊と同時進行で北海から海路カテガット・エーレスンド両海峡を斥候部隊先行で通過、スカンジナビア半島南端を駆け抜けるように船で走破し、バルト海ゴットランド島経由で基地化を目論むオーランド諸島ファスタオーランドまで無事到達。

 

スカンジナビア半島に存在するBETA群はそのほぼすべてが旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ発のものと推測され、沿岸部においては定期的に漸減作戦が ― それこそ数年前にはライヒからの候補生が居合わせてしまったように ― 行われてきた。

今次作戦はそれに輪をかけるように、すなわちBETA発生源は一カ所にほぼ特定されているため、そこへ向けて半島南部沿岸から内陸部へと北上する形でまさにサーチ・アンド・デストロイにて掃討駆逐していくもの。

 

機動力・索敵能力・打撃力・殲滅能力を兼ね備えた戦術機ならでは。

欧州連合のオール・TSF・ドクトリンの面目躍如といったところ。

 

そして現在、東を旧スウェーデン・ウーメオー、西を旧ノルウェー・サンネシェーン近辺までを掃討しセンサーによる探知線も構築し終え。

本命の目標たるロヴァニエミハイヴまでおよそ400kmの位置まで進軍を果たした――のだが。

 

 

 

 

 

無事母艦級を討伐。借り物の装備のおかげに過ぎないけれど、これで通算7体目。

 

報告を終えたイルフリーデは、駐屯地の頼りない暖房にガタガタ震えながらシャワーを浴びて、西独軍冬制服に着替える。

食堂へ向かうと、微妙に光量が足りない照明が薄暗さを際立たせるそこには同期同中隊の二人。女騎士然たる凜としたヘルガと、柔らかな雰囲気に実はやや有毒のルナ。

ただ二人共に、自分と同じく疲労は溜まっているらしく。整えられたヘルガの髪はまだわずかに湿っているようだったし、ルナの瞼は少し落ちかけているようだった。

 

 

隊全体に疲労が蓄積している。

戦況自体には問題がないというのに。

 

派遣の中心は西ドイツとイギリスの欧州連合軍。戦術機のみで4個連隊。

これに北欧避退国家軍中心の国連軍が2個連隊ほど加わって、数だけ見れば600機を超える大部隊。まして国土の奪還に直接繋がる上に、欧州人類勢力最後の砦として93年まで粘ってみせた北欧各国軍の士気は高い。

 

とはいえこの戦力も、無理を重ねてかき集められたもので。

 

リヨン攻略後に設定されたフランス東部の防衛線から、フランス・スペイン・ポルトガル以外の欧州連合各国軍は事前協定下限を下回るほどまでにその戦力を引き抜き。

 

今次作戦で同時進行となる、ユトランド半島の制圧とその後のラベ川を利用したハンブルグ起点の防衛網の構築、加えてドーバー「地獄門」の後詰めにその先の作戦予備にも戦力分配が必要なことも考慮すれば、まさに上限ギリギリの捻出数。

 

今年初頭までは落ち着いていたフランス東部防衛線はこの秋以降、逼迫とまでは言わずとも小中規模BETA群の接近が頻発するようになっていて。

大量の高度な精密機器に誘引され易いBETAの性質を最大限利用する形で戦術機大規模駐屯地の一部を敢えて防衛線外に突出配置することでその任に宛て、解放域への背撃が危ぶまれる母艦級のおびき出しにも成功していたものの、その撃破撃退のみならず誘引のための「量」として当て込んでいた連合内他国軍の戦力を引き抜かれ、リヨン攻略後一応の国土解放を成し遂げ一部では都市の復興をも進め始めるなど明らかに内向きなフランス及びイベリア半島国家は猛烈に反発する一方で、泡を食って防衛計画をまとめ直した。

 

多大な犠牲を払い血反吐を吐きながら未だ奪還ならぬハイマートを眺めてきた西ドイツ軍にしてみれば正直ある種溜飲の下がる思いはあったが、こうした措置は欧州連合内に容易く恢復できはしない亀裂を残したろう。

 

 

なのにそこまでしても、それでもやはり、戦力が足りない。

 

 

スカンジナビアはヨーロッパ最大の半島。陸地面積は日本列島の倍以上。

さらに夏を超えれば顕著に日照時間が短くなっていく高緯度地域、12月ともなれば明るい時間は6時間ほどしかない。

危険度が上昇する日の出前・日没後の作戦行動は避けたいものの、それをすれば作戦期間全体の延長を招く。いきおいなんとか回避を試みながらも、結局は暁闇薄暮の中でのより神経を使う戦闘も増えていく。

おまけに参加衛士の半数以上がリヨン以降に任官の新兵さながらとあっては、古参の酷使とそこから来る疲弊は目に見えていた。

 

実際をいえば、その搭乗使用に高い適性と高度な教育に訓練を施した衛士が求められる高価な戦術機より、より安価で搭乗員の養成も比較容易な戦車なり自走砲なりMLRSなりの地上砲兵力で数を揃えた方がいい場合だってある。

オール・TSFなどといってもその実情は78年のパレオロゴス作戦の失敗から85年に始まった欧州西側陣営国家の陥落、そしてその2年後難民脱出のためポルトガルに留まっていた各国政府がイギリスとグリーンランドへ避難するまでの間に、それら地上砲兵力の大半を喪失・遺棄したがゆえの苦肉の策。

そのためリヨン奪還後はそれら装備の生産・購入も始まっているが、よしんば機械は作って買えても人はすぐには湧いてこない。どころか教える立場の人間すら不足するありさまとあっては。ましてや海路兵力を輸送する必要が出て来れば、戦術機運用に偏重した欧州連合軍のロジスティクスからして無理難題もいいところ。

 

可能な限り海という防壁を隔てて島嶼部に前線基地を設定するのも、渡海にコストを要するBETAの特性ゆえだけでなく、定点火力が不足しているという実情あっての話でもある。

 

 

しかし、それでも、やらなければならない。

 

それも、可及的速やかに――何故なら。

 

 

「お疲れ様。さっきはありがとう、助かったわ」

「いや。そっちこそ、幸運はあったが見事だった」

「同じく、ですわ」

 

食事を受け取りヘルガらの席に着くと、もうすでに二人は終えかけているようで。

品を失しない程度に急いでイルフリーデも食を進める。慣れた舌にもとてもおいしいとは言えないけれど、お腹は空いていた。食べるのも任務だ。

 

食事を済ませて、その後の情報交換という名のお喋りもそこそこに3人で連れ立ってブリーフィングルームへ。

今夜はある意味でここのところしばらく待っていた、しかしあまり知りたくもない情報が入ってくることになっていた。

 

 

欧州連合には時間がない。

残された時間が。正常な国土の回復のための。

 

 

今月上旬、極東で実施されたチョルォンハイヴ攻略作戦。

 

成功裏に終わった ― 成功してしまった、とまではさすがに言いたくない ― その作戦の結果自体は、すでに伝えられていた。

 

国連におけるバンクーバー協定の改訂決議は未だながら。

 

アメリカは事実上、G元素鉱山を手にした。

これでもう、たとえ国連決議が下りなくとも、手放しはしないだろう。

 

日本帝国はそのアメリカと実質の再同盟国となり。

朝鮮半島という従深を得て、半ば以上の後方国となった。

政治外交上の態度としては変わらず真面目で誠実でつまり幼稚だが、さすがにもう現実的利益がなければ容易に極東から出ては来ないだろう。

 

事実上ほぼ2カ国の戦力のみで、まして想定外の強力な新巨大種の攻撃までもはね除けて、ハイヴ攻略を成し遂げたアメリカと日本は名実ともに対BETA戦における二大強国となった。さらにいえば、G弾を使わずして。

 

地理的要因もあり自国へのBETAによる直接的な脅威は取り除かれた上戦略物資の確保にも成功した今、異星種排撃のための人類の一致団結という叶いもしない綺麗事の大義名分を除いてしまえば、彼らはすでに他地域へは我関せずを決め込むことも出来るようになってしまった。

無論両国とも表向き友邦であり極端な排外主義でも孤立主義でもないから、いわば外交儀礼的に今回欧州連合派遣軍と同様申し訳程度の戦力を後方・側面支援として出しはするだろう。

そして両国が明らかにその他国家に対して先を行くレールガン系装備などのレンドリースを含む商いもするだろう、そしてそれらは必ずしも無償供与ばかりになるはずもなく。

 

結果主戦場たる欧州ユーラシア各国からは、一方的にあらゆる財が流出することになる。

戦時国債借款の類のみならず、国内の残された資産に加えて外地の各種権益に至るまで。

 

それを厭うて短期的な一気呵成のBETA駆逐とハイヴ攻略を目指して血の助力を欧州連合から願えば、両国は自軍損耗抑制を眼目にまずG弾を落とすがいいかね? その後の利権もよろしくね?と問うてもくるだろう。

 

それを容易く拒絶することはできない。爾後に反故にすることも。

拒絶すればそもそも支援は得られないし、約束を破れば報復される。

アメリカと日本には新時代の兵器たるG弾・レールガンの現物も技術も材料も揃う一方で、欧州には貸与品を除けばどれひとつとして存在しない。

 

そして万が一欧州戦線が劣勢になるなどして、大西洋を挟んだ米国と遠く離れた日本が卑近の脅威だけでなく将来の危険も取り除くべきと判断して走り出した場合にも。

この、人類文明の草創期より豊かな歴史を育んできた誇りあるユーラシアは、否応なく彼らの落とすG弾によって異星種諸共灰燼に帰さしめられるであろう。

 

 

だからそうなる前に、自分たちの手で、「サック・オブ・ヨーロッパ」の復仇を果たしBETAを駆逐せしめて、浄化された国土を取り戻し。

 

さらに戦後へと繋がる武器として、欧州民主主義圏の牙として、ロヴァニエミハイヴのG元素を手中に収めなければならない――のだが。

 

 

BETAの侵攻により失陥した地域の領有権は、慣例的にも避退した国家の主権がそのまま認められている。ゆえにいかに対BETAやハイヴ攻略のためとはいえ主権者たる当事国に無断で大量破壊兵器を使用できるはずもないのだが…アメリカにはすでに前科がある。他ならぬ、日本において。

 

かように事実上欧州連合の生殺与奪を握る立場にあり続けるアメリカは、しかし傍若無人を絵に描いて動かしたが如き彼らでもやはり人種的な親近感ゆえか ― いや先の大戦ではドイツに核を使用してもいる ― 、「再犯」に及ぶにはさすがに単独では踏み切れぬ部分があった。

しかしそこに、最初の被害者ともいえる日本が ― イルフリーデは同意しないが、あの「遅れてやって来た小癪な極東の島国」が ― 加わってしまっては。

その庇護下のアジア連合の一部は追随する可能性が高いし、欧州内でもドーバーを挟んだイギリスは同意しかねない。そうなれば英連邦たる豪州にオセアニアも足並みを揃えるだろうし、北南米はアメリカに従う。産油利権があるとはいえ実際には国土を失陥している中東諸国の発言力は弱く、同じく避退国家化している旧東側勢力国家の領域などには、かえってアメリカ強硬派などは小躍りしてG弾の雨を降らせるだろう。そして事実上欧州の後背地といえるアフリカの諸国だって、いつまでも旧宗主国の顔色ばかりを窺うとは限らない。

 

お得意の政治工作で日米を離間させる手もあるし実際やってもいるのだろうが、こと作戦が動き出してしまって以降は実働となる両国の軍部同士の紐帯が強いことは以前から判っていたし、アメリカは元々多頭蛇で交渉窓が多い分こちらのリソースも分散しがちで即効力には欠ける上、今は容易に足元を見られる時節。ライヒはもっと問題外で、国内で圧倒的支持を持つショーグン・ジェネラルが明白な親米姿勢とあっては。

 

 

つまるところ、欧州は、もはや沈没しつつある。

 

 

実際に、奪還成った地を見ても。

BETA大戦以前から2次産業がその利益の大半を占めていたのが欧州一流国。しかしBETAに蹂躙された国土は1次産業の基となる山林農地河川海洋が丸裸に荒れ果て枯れ果て汚染され切っているだけでなく、2次産業の大前提たる整備の行き届いた社会基盤に経済インフラの類もまた、根こそぎ破壊し尽くされていた。

 

復興のためにアフリカより募る労働力にしても、BETAの欧州侵攻以前・人類同士の前大戦の傷跡から見事に復興を遂げた栄光の時代をつぶさに知るのは、すでに20代後半の世代から。

フランスなどが声高に復興事業従事者に成果如何では居住権をなどと上から目線の人参をぶら下げてみたところで、どれだけの馬が走るだろう。それを「美味そうだ」と思っているのは、もうすでに当の欧州人しかいないかもしれないのに。

 

まして欧州連合各国同士、さらにはそれぞれの内部の事情もバラバラ。

 

フランス以西の国家は本領安堵で戦線を拡げるつもりはさらさらないのは見え見えで、現在の防衛線の確保と内地復興とが第一義。イタリアも実は、もう少し防衛線を東進させてそっち側に入りたい。

欧州連合大陸国で最大戦力を持つ西ドイツは祖国解放が未だ叶わぬ悲願の一方、連合最大国家のイギリスは大陸の事情に付き合いすぎるつもりはなく単にG元素確保が主眼。

バルカン半島のギリシャは周辺国家が旧東側ばかりだし、東西どっちつかずのノルディック・バランスの過去が災いするスカンジナビア半島の北欧各国と並んで元々の勢力の小ささもあって発言力は弱い。

実質ソ連と切り離された格好の旧東側諸国などはもっと悲惨で、東欧社会主義同盟などと名乗ってはいるが長くBETAの蹂躙を受けたせいもあって疲弊著しい上にまとめ役の東ドイツですらほとんど傭兵まがいの立ち位置で、辛うじてオブザーバー的に欧州連合への参画が認められている程度に過ぎない。

 

そして国内事情的にも、たいがいの国は大分類では親米G弾容認派と欧州主義通常戦力派の二派になるとはいうものの、その実際は両派内部でもG弾の被害規模の不明さや増大する一方の戦費などを巡ってグラデーションを構成し意見がまとまらない。

 

 

しかしただ一点、各国各勢力に共通するのは。

 

国民に課せられる重税の因果双方であるところの軍事費を、際限なく食い潰すにも関わらずいつまで経っても目に見える成果を挙げられない軍への失望――

 

 

「浮かない顔だな」

「明るくなりようがないわ…いえ、だめねこんなことでは」

 

ヘルガの言葉にイルフリーデはかぶりを振った。

もう、困ったときは素直に顔に出してしまって、先任に頼れば良い気楽な立場ではない。

 

移動するにも心なしか薄暗い廊下。

島嶼部の施設の多くは欧州防衛戦時から使用されていたものも多く、ここもそのご多分に漏れないということながら。これほどの大作戦にも関わらず、いやゆえになのか、その更新を図る余力もすでにないということだろうか。

 

 

希望を掲げ、ささやかな野心を燃やして任官に臨んで早3年近くになる。

 

「炎の中から己を高めよ」――

その家訓のままに、BETAの駆逐と祖国ひいては欧州奪還を目指して。

 

しかし倒すべき敵はあまりに多く、取り戻すべき地は…もう喪われてしまっているのかも。

 

栄光のツェルベルス。

西ドイツ最強、精鋭の名も誉れ高き騎士団。

 

わずか1年前、リヨン攻略後に民衆に歓呼で迎えられた三頭獣の紋章は、しかし今やただ金のかかる無駄飯喰らいで役立たずの駄犬として蔑む者たちすら。

 

 

そして悪い知らせというのは、友を連れてくる。

ただでさえ気の重くなるチョルォン攻略の情報、今日はそこで出現したという新巨大種――超重光線級と名が付いた、との戦闘詳報が届く手はずになっていた。

 

 

駐屯地のブリーフィングルームは手狭で設備もやや古く、ここも他と同じく照明もやや光量が足りず。まるで今の欧州の現況を示すかのようで、それら総てがイルフリーデの気分をより暗鬱なものにする。

 

「始めるぞ」

 

定時。大隊長とその副官を正面に。

隊員が揃ったのを確認した、いかなる時も冷徹なる銀の狼王 ― 大隊長アイヒベルガー少佐が号令。とはいっても、実際の進行を担うのはくすんだ金髪の美しき副官 ― 后狼たるファーレンホルスト中尉。

 

「当面は部外秘となる。留意せよ」

「はっ」

 

 

ブリーフィングルーム正面大型ディスプレイ。動く画は国連軍の提供による。

各々の席に着いたまま、皆押し黙ってそれを観る。

 

攻略作戦の手順自体はそう特別なものではなかった。

欧州戦線では沿岸部での間引き以外あまりお目にかかれず助けてももらえない艦砲兵力があるということを除けば、リヨン以前も以後も幾度となく机上やシミュレータで演習してきたものとさほどに変わらない。

 

しかし前進する攻略部隊の前に、新巨大種・超重光線級が現れた時点からそれが一変した。

 

 

地から天を貫く巨大な光芒。

その一射でソ連軍の軌道爆撃・降下部隊合わせて1万人以上が戦死したとみられ。

 

そして姿を見せたのは ― あまりに巨大な、その異形。

足下には見たこともない数の重光線級を引き連れて。

 

ライヒスリッターが先頭となった大隊規模の光線級吶喊すら無数の衝角触腕による超高速攻撃ではねのけて見せ、次いで乱射されるレーザーでまさに草でも刈るが如くに日米の精鋭を薙ぎ倒していった。

 

 

「…」

 

 

全高およそ100m。主体節上部に突き出る放射頭節が3、照射皮膜は各3。

通常照射は重光線級と同程度、照射間隔は…0.2秒。

極大照射は威力射程とも計測不能、ただし照射間隔は長く10分程度。

 

近接防御兵装として、主体節下部に要塞級同等の衝角触腕。

さらに小ぶりな物が背部に隠し持たれる他、伸長1000m以上の衝角触腕が左右副節に50ずつ。これらは細いが衝角は鋭利で、刺突の直撃は即撃墜に繋がる。

 

現状判明している特性としては、軌道爆撃や艦隊砲撃などの遠方大火力に対して優先的に極大照射で反撃する他、通常照射時はリニア・レールガン装備機を狙う傾向が高いこと、また同時出現の光線属種群がその照射間隔を大幅に短縮させており、何らかの因果関係も予想される――

 

 

一旦映像が止められ、現在判明している超重光線級の各諸元などが后狼から説明されるも。

入室以来イルフリーデには薄暗く見えたブリーフィングルームが、さらに一段暗くなったように感じられた。

 

西ドイツ最強と謳われる部隊をして、誰も一言も発することが出来ない。

七英雄に列せられる中隊長達ですら。

ましてリヨン以後に入隊の、統制の効いた戦場しか知らず訓練より実戦の方が楽だなどと嘯いてきた新任達に至ってはすでに顔色がない。

 

そしてイルフリーデも、正直、怖じていた。

 

こ、こんなの…どうするのよ……

 

例えるなら、100mほどの高台の上に充填不要の重光線級がずらりと並んでその周囲を100体の要塞級が囲んでいるようなもの。飛べば死。地を行っても死。

 

 

一同を沈黙が支配する中、記録映像は再開された。

後方から望遠で撮られたとみられやや荒く、しかし戦況の推移自体を俯瞰してみることはできた。

 

ほどなく2度目の大照射。ライヒの艦隊が大打撃を受けたそうだ。

そしてその充填時間を狙って光線級吶喊部隊が再度の突撃をかけるも触腕に阻まれ失敗、見るも無惨に討ち倒されてその数を減らしていく――しかしその絶望的な戦況に転機をもたらしたのは。

 

 

「自爆戦法…!」

「自発的志願者だったそうよ」

 

ファーレンホルスト中尉の声は意識してか冷たく。

イルフリーデの脳裏には、リヨンでの最終局面の記憶が再び。

 

 

画面に数多花開くは命の華。

 

男たちが、その命を対価に後に続く者達へと途を斬り開かんと。

重光線級を、衝角触腕を道連れに。

 

そして最後に、一際巨大な爆光が超重光線級の直上で炸裂した。

 

 

「二段構えの囮作戦…だがよくあそこまで近づいたな…」

「……皆、手練れでしたわ。噂のライヒの新装置があるにしても、F-4であれほど…」

「…大方、盛りを過ぎたベテランが手前の命に見切りをつけたんだろうな」

 

細かな画像から読み取るヘルガとルナに、ブラウアー先任少尉が添える。そのいつもの軽口と皮肉にもさすがに陰り。

 

 

巨大BETAを巻き込んだ大爆発の足下、開始される3度目の光線級吶喊。

 

しかし主体節上部と3つの放射頭節総てを吹き飛ばされながらまだ生きていた超重光線級が、残存する衝角触腕を以て迎撃に当たる――も。

 

 

「『ザ・シャドウ』…またこいつかよ……相変わらずとんでもねえな」

「…ルナ、あれは…どうなってるんだ一体」

「……わかりません…リヨンの時よりさらに…いえ、機体の違いはたしかにございますけれど…予想されるG負荷、反応速度、どちらもとても常人の域には…」

 

 

時折ズームされる画面に展開されたは、まさに風を捲き重ねて来たる漆黒の嵐。

 

黒い稲妻の如き機動、その翻りさえ目で追えない長刀の閃き。

 

数十に及ぶ音速の触腕攻撃すらも躱しはね除けて、単機で巨大種を後退せしめた。

 

 

「...薬か」

「おそらくは。あの衛士、常用しているのでしょうか」

「…その手の男には見えなかったが…」

「――ヴィッツレーベン少尉?」

「は。推測になりますが、おそらく…切り札ということなのでは。衛士本人、機体の負荷共に。リヨンの際にもこれに似た機動を示したのは最後の最後だけだったかと」

「凄まじいの一言である。あれほどに長刀を旋回させて、よく下腕が保つものであるな」

「ライヒの機体は近接戦闘の考慮が十全ですわ、とりわけゼロは…残念ながら我らが白騎士で同じ事を試みれば20秒ほどで手首が焼き付いてしまいますでしょう。また運用が巧みなのは無論ですが、ティープ・フィア・ウント・ズィーツィヒ・ラングシュヴェルトはフリューゲルベルデよりも軽量ですし、重心位置も柄に近いですから」

 

鬼と同色を纏う狼王の疑問に、察した后狼からの問い。撫でつけた髪に細いカイゼル髭と片眼鏡、やや偏屈な学究肌のユンカーといった見るからに貴族然とした長身痩躯の「音速の男爵」もそれに加わって。

答えるルナを隣に、イルフリーデはあのとき見た昏い瞳を思い出した。

 

 

――BETAを殺す為だ――

 

 

あの、深い憎悪に満ちた眼差しと声。

 

英雄というのは、我らが敬愛する大隊長のような方であってほしい。

なのに同じ色を身につけながら、彼はまるで正反対で。

 

 

背に人の希望を、しかし胸には絶望だけを抱いて。

果てなき復讐の荒野に独り立ち続ける。

 

 

その強さと技量には敬服するが、彼はたぶん、それらをすべて個人的理由のために振るっているような。ゆえに嫌悪…というより忌避感があった。

 

 

だが、そんな超絶の衛士ですら押して除けるBETAが、単体で存在したとは。

ひとたび斬り払われた触腕までも振り回してその射程すべてをまさに制空圏と化し、見切りの極意とさえ感じる刹那の機動を封じて来た。

 

EF-2000も同様だがライヒの戦術機もまた ― むしろ源流はあちらかもしれないが ― 各部の微細な空力制御によってその機動の最大値が発揮される。

無論損壊の可能性が排除できない兵器ゆえダメージコントロールも考慮されているとはいえ、ただでさえ精緻を極めるその黒いゼロの機動制御。BETAの鞭打が一撃致死とはほど遠くとも、連続で受けてのち衝角が来れば撃墜は免れ得ない。

 

 

「…学習、したというのか…?」

「どうなの、でしょうね…」

 

眼球でのみ忙しくブラック・ゼロの軌跡を追いながら。

半ば呆然とするヘルガの疑問に答えられる者はいなかった。

 

無論新種ということもあるが、これまで単体のBETAと単機の戦術機とが、これほどの長時間干戈を交えることなどなかったはずで。

 

 

そして一気に悪化していく形勢、しかしそこに援護の機体が現れた。

 

 

「あれは!」

 

 

欧州連合軍にとってはわりに見慣れた、UNブルーの、だが見慣れぬ戦術機――

 

 

「――ティープ・フィーア・ウント・ナインツィヒ・ツヴァイ!!」

「知っているのかルナ!?」

「ええ、以前フォトグラフ誌で見たことが。まさかもう実戦投入していたなんて…」

 

がたりと椅子を蹴倒して立ち上がった雷で…もといルナテレジアにヘルガローゼが問うた。

 

そして後悔した。

 

「ライヒは耐用年数の迫るF-4改修機 ゲキシン の代替機としてTyp94 シラヌイ の改修型を求めましたがえ?なぜゼロを量産しないのかってそれは機密としてライヒも語りはしませんけれどもあれほどの精緻さに高性能ですものおそらくはコストの問題だと考えるのが妥当ではないでしょうかともかく皆様ご存知の通り元々F-15を参考に突き詰めた設計によりその高い要求仕様を満たし世界初の実戦量産配備第3世代型戦術機となったTyp94には拡張性がほとんど存在しなかったと言われておりますのそのためかその改修機の開発は相当難航したそうですわそうした状況を打開するため先年アメリカとの共同開発に踏み切り大隊長もよくご存知のあのハルトウィック閣下のいらっしゃるアラスカはユーコン基地にてボーニング社の協力の下完成したのがあのTyp94 2nd ですわ発表時のカラーリングは今一つでしたけれどもご覧下さいませあの頭部センサーマストに腕部ナイフシース等空力特性を突き詰めたライヒのコンセプトにアメリカ製の高性能パーツが見事マッチングして口惜しくもなかなかに美しい機体だとは思われませんことTyp94比で大型化した脚部は推進剤搭載量の増加を伺わせますでしょう加えて背部跳躍ユニットも新型となりそれだけでなくおそらく外装全般はかのフェニックス構想により生み出されたそうあのMSIPモジュールに換装されているとみられ主眼は近接機動格闘戦能力の向上ではあるのでしょうが一方中距離までの砲撃戦能力も頭部形状の変更が最新型の戦術前方監視赤外線装置やアクティブ電子走査レーダー等の搭載によるものだと考えれば探知照準能力の向上は従来機比でかなりのものとも推」

「お、おう」

「…レポートに纏めさせておけ」

「了解しました」

 

アイヒベルガー少佐は眉一つ動かさず。

ファーレンホルスト中尉も目を閉じて応えた。

休暇もろくに取れない現在、そんな余裕があるかどうかは別として。

 

 

地上付近の戦闘から上空へと舞い上がったTyp94 2nd は鋭角な機動を描きつつ、両主腕の突撃砲と兵装担架のさらに1門を駆使して信じがたい精度の砲撃戦を展開し始める。

 

ある種無軌道かつ超・反射的な黒い00に対して、高速で高機動であり続け常に理論値の最大をなぞり続けるかのような2nd。

 

しかもその中で2ndは戦術機比では大して太さのない ― 人間で言えば腕程度か ― 衝角触腕を、おまけに超高速で振り回されるそれらを2点3点のバーストでほぼ確実に撃ち抜き続けていく。

 

 

「…なんだありゃ…」

「しょ、小隊長…」

 

装備と戦闘スタイル的に似通うがゆえにより唖然とするブラウアー少尉、イルフリーデは自隊の長、隻眼の射手・ベスターナッハ中尉に問いかけるも、喪った片眼を機械化してまで射撃に振った彼女ですら肩を竦めてその硬質の美貌にお手上げの表情を浮かべた。

イルフリーデ自身、中長距離なら機動砲撃戦には精密性含めて多少なりと自信があるのだが。

 

「…天才というのは、いるものだな」

 

黒色の外套を纏う狼王をして、そう呟かせるほどの。

 

イルフリーデの知る中で最高の機動砲撃衛士といえば、かのフランスの竜騎兵。「前衛砲兵」「四丁拳銃」の異名を取るベルナデット・リヴィエール中尉。

彼女なら、この2ndの衛士に比しても瞬間火力と面制圧力では勝るだろう。ただその砲撃の精密性をおくとしてもなお、機体制御と三次元機動能力で1枚ならず上を行かれている。

 

「搭乗衛士は…駄目ですね、在日UNの特殊部隊だそうです」

「日本人だとは思いますわ。私の得た情報ですと、Typ94のUN供出は搭乗衛士を日本人に限定することが条件だそうですもの」

「しかしとんでもない技量だ、『ザ・シャドウ』だけでなくあんな衛士までいるのか…」

 

 

そしてその2ndと00とが、神業の応酬とばかりに互いを援護し合い。

即席の連携だったなどと、誰が信じるだろうか。

 

その一大スペクタクルたる攻防の果て、ついに触腕の檻と嵐を突破した黒いゼロは、さらなるもう1機の2ndの援護を得てその刃を巨大種へと突き立て突撃砲を乱射し――

 

音もなく吹き飛ばされたところで、映像は止まった。

 

 

「――調査の結果、現時点での結論として超重光線級のあの部位は、反応炉もしくはそれに準ずる器官だと考えられるそうです」

「…フツーS-11とかで吹き飛ばすものに剣ぶっ刺して零距離射撃したってことですか?」

「そうなるわね」

 

副官中尉の返答に、無茶するぜ、とブラウアー少尉。

 

噴出したのはおそらく、未だ詳細は解明されていないハイヴ深奥の反応炉や光線属種の超出力の、その源たるエネルギーだったらしい。ちなみに黒いゼロの衛士は瀕死ながらも生還したとのこと。

 

「総括します――現時点で我々の装備でこれと相対した場合、勝算はありません」

 

たとえ「おとも」の他光線属種がいなくとも。いたらさらに話にならない。

 

それが現実。

巨大種の射程外となる地平水平線下からの飽和砲撃など、現時点で望むべくもないツェルベルスには。

 

「戦術機戦力でこの個体を撃破するには、上部放射頭節の破壊が大前提となります。しかし『通常の方法』でそれを成すのはほぼ不可能です」

 

つまり、核なり、S-11なりを抱いて。

極大照射の合間を狙って高機動戦闘が可能な戦術機そのものを爆弾として、触腕をかいくぐり爆破道連れにしながら接近するほかない。

 

まさしく、ライヒの彼らがそうしたように。

 

「…まるで懲罰部隊であるな」

「いつから西ドイツはソ連になったんスか」

「誰もナチ時代に戻れとは言っていませんわ」

「斥候を密に、万一発見した場合は即時撤退せよ。本部の許可も取ってある」

 

后狼に狼王が添えた。

人類の頂点の戦いぶりに、戦慄のどこかに高揚さえ覚えていた大隊衛士たちはまた静まりかえる。それはどこか、安堵というより屈辱を交えたもので。

 

しかし。

 

「近傍ハイヴでこれと同種のBETAはまだ確認されていません、ですが」

「――未確認の情報だが、チョルォン近辺では今春以来光線級が極端に少なかったそうだ」

「!!」

 

それが意味するところがわからない隊員は、新任でもツェルベルスにはいない。

メグスラシルの娘たちとブラウアー少尉は絶句したし、ララーシュタイン大尉は口ひげを弾いてモノクルを光らせ、怜悧なベスターナッハ中尉も天井を仰いで溜息をついた。

 

 

スカンジナビアでも、不自然なほどに、光線属種を――見ていない。

 

 

「皆早まるなよ。対策は戦技班と科学班が総出で検討中だ」

「成果が出る前に会わないことを祈りましょう」

「……ですが、妙ではありませんか? 大火砲はともかく、レールガン装備機を優先的に狙うという点がチョルォンに辿り着いたサドガシマの残存個体もしくは先年来のライヒによる間引きからの『学習』の成果でしたら、それはチョルォン固有のいわば特化個体になるはずでは…」

 

ルナの疑問はもっともだった。

現在定説となっているBETAの戦術的な情報の伝達方式は、各ハイヴはあくまで独立的で、ただし派生系の下位に相当するハイヴにのみ伝達されていくとされているもの。そしてチョルォン下位のハイヴは、もう地上に存在しない。

 

「無論、リヨン戦残存個体による『持ち帰り』の可能性も否定は出来ませんが、ロヴァニエミの『親』は位置と建設時期からしてヴェリスクのはず。リヨン離脱の個体がブダペスト・ミンスク両ハイヴをあえて通過し3000kmも旅してそこまで行くのでしょうか?」

「…いいところに気づいたな」

 

アイヒベルガー少佐の視線の促し、受けたファーレンホルスト中尉は続ける。

 

「ヴィッツレーベン少尉の疑問はもっともよ…ただ、科学班でも現時点では推論の域を出ていない。流言の元ともなりかねない、皆詮索も他言も無用と心得なさい」

「はッ!」

 

本来続けるべきハイヴ本体の攻略作戦については、時間の関係上後日ともなり。

 

でも、それって……

 

解散となったイルフリーデは、しかし何やらまだ考え込む風のルナに声をかけた。きっと彼女も同じように ― いや、自分では気づいていないことも彼女は考えているのではと。

そして当然のようにヘルガも誘い、自室へと入った。

 

疲労はあるが、どのみち目が冴えてしまい眠れない。

あと1時間程度なら明日の任務にも支障はないだろう。

 

殺風景な部屋。デスクにベッドが一つずつ、それで一杯。

部屋の主としてイルフリーデはベッドに腰掛け、ヘルガは椅子をルナに譲って、軽くその細い腰をデスクの縁にもたれさせた。

 

「ルナ?」

「いい方と悪い方、どちらから?」

 

さっとヘルガと目配せをしあい。悪い方から、と。

 

「…まず、今の私たちの任務は、変更というか…停滞するのではないかと」

「…だろうな」

「そうなるわよね…」

 

嘆息と共に受け容れる。

 

 

大隊の戦力と装備では撃破不能なBETAが確認された。

長大な射程と絶大な威力の巨大な光線属種。

そしてそいつは、この地域にもいる可能性がある。

 

今ある情報でも攻撃習性の予測はある程度可能とはいえ、他種と同じく進軍するのかそれとも全く新しい拠点防衛型なのか等、そうした行動習性はまだ不明。何しろBETAの出生地たるハイヴから出てきたところで撃破されてしまったからだ。

 

 

「…うっかり見つけて見つかって、誘引でもしてしまえば目も当てられん。向こうから攻めてこなかったとして、やるとすればボスニア湾の氷が溶ける春以降か?」

 

沿岸部ならイギリス艦隊を中心に火力が使えるだろう。

内陸侵攻されれば止める手立てはなく、囮にする砲兵力すらないまま一方的に蹂躙されて、どこかの海峡なりへ追い落とされるだろう…その時まで、生き残りがいれば。

 

「でも春先以降だなんてそんな悠長なこと言ってられるの? それに湾の狭隘部は両岸60kmない、『掃除』が終わってなければとても艦隊を招き入れられないわ」

「山越えのミサイル攻撃はどうだろうか。西側へ誘ってスカンジナビア山脈を盾に…囮部隊は全滅だな」

「それだけじゃないわ、もし万が一にも『登山』されたら2000m級の山脈よ? 単純計算で400km先まで照射範囲になって艦隊も全滅するわ」

「それにさっきも言った、従来のハイヴ間の情報伝達モデルのことですけれど」

「ああ」

「もしも現実にロヴァニエミにも同じ超重光線級が存在した場合、各ハイヴは建設の順や系統に関わりなく相互に情報を伝達しあっている可能性がありますわ。重要度や選択の基準はまったく不明ですけれど」

「そうなると当然…」

「他のハイヴにもあれがいる可能性があるな」

「ええ。それにもしあれが反応炉に近しい器官を持つために新ハイヴ建設に等しいコストが必要なBETAだとしても、ユーラシアには成長したフェイズ5ハイヴも多いですから…まさにロヴァニエミもそうですし。ですので場合によっては、同時に複数という可能性も」

「…地獄だな」

 

ヘルガは目を閉じ、ゆっくりとかぶりを振った。ルナも努めて平静を保って見せるも、ほとんど自らも含めて死刑判決を告げるようなもの。

 

「……いい方の話は?」

 

イルフリーデの心は不思議に落ち着いていたが、それは凪いでいるのではなく麻痺しているのだと自分でも判った。

 

「私の希望的観測が入った話になってしまいますけれど…」

 

んん、とルナは軽く咳払いをして。

今はそれくらいの方がありがたい、とイルフリーデもヘルガも思った。

 

「もしかすると、アメリカのG弾戦略も停滞するかもしれませんわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

年の瀬の迫る時節。

例年に比して寒さは変わらずとも初雪は未だ。

 

日本。帝都城。

 

参賀も行われる東庭にて催された、甲20号戦勝戦没慶弔式典を終え。

主催された政威大将軍・煌武院悠陽殿下の背後に大きく飾られた巌谷榮二少将 ― 二階級特進 ― の遺影に別れを告げて、3万人を超える参列を許された従軍者は冷めやらぬ哀悼の意とそして同量の熱気と共に帰路に就いた。

その多くはこの後帝都市内へと繰り出し、酒食をするなり買い物に興じるなりしてその高揚した雰囲気を年末の市中にさらに回していくことになるだろう。

 

そして一方、帝都城内。

その300坪になる大広間、壁一面には日本画の大家による雲棚引く暁の空が描かれ、床には同じく日本人作家作乍らもまた少し趣の異なる洋風の筆致になる絵図の絨毯が敷かれていた。

 

本来は外国の賓客もしくは政財界の重鎮、参内を赦された譜代以上の武家のみが立ち入ることができるこの場所。

しかし今この場は、堅苦しくないようにせよ、との政威軍監閣下の厳命により立食式に設えられた宴会場となり、500名を超える帝国軍・斯衛軍の衛士らに加えて友邦友軍として轡を並べた米国軍人らの一部もまた、列席の栄に浴していた。

 

 

正面、雛壇というには高さもなく、ただ雰囲気のみで示されるそこに。

青の斯衛服を纏う長身の美丈夫と並び立つは、まさに巨躯、巌の様な体つきの金髪白人の米国軍人。先の鉄原ハイヴ攻略戦では、米軍最新鋭機F-22で構成された第66戦術機甲大隊を率いて獅子奮迅のいくさ働きを見せた武人でもある。

 

「壮観ですな。デューク・イカルガ」

「はは、なに、ウォーケン少佐。これはかたじけない」

 

言って杯を受け取った斑鳩公崇継。

口の端に上るは流暢なクイーンズ。

 

「さて。お集まりの衆。就中友邦米軍の精鋭らには、お初にお目にかかる日本帝国政威軍監・斑鳩崇継と申す者」

 

そこで一旦言葉を切り、見渡せば。

ざわざわと波打つ空気が静寂を取り戻す。

 

「此度甲20号攻略に際して、お手前方の助太刀・御助力に当たっては僭越ながら帝国斯衛を代表して御礼申し上げる」

 

す、とわずかな目礼。

 

「とまあ、さて。斯衛のみの堅苦しい寄り合いならば近年の士魂の在り様等講釈垂れるが常なれど、杯を手に長々と蕪辞並べるも埒無きもの。我等の心ばかりのこの宴、大いに呑んで喰って荒ぶる衛士共の英気血肉となれば是れに勝るもの無し――」

 

乾杯!

 

「乾杯!」

 

掲げられた杯に、同音に唱和が上がり。

一息にそれらが飲み干されると、宴席には一挙に音が戻った。

 

「向こうの月も赤かったなあ…」

「それに戦場の夕日ってのも血の色をしてやがるがね…まァ、綺麗だわな」

「違いない、ニューヨークは平和さ。でもなんかくすんでやがってよ」

「辛気臭い話してンじゃね、Heyベンジャミン、ジャパンのビールも冷えてて美味いぜ」

 

荒くれ者の男共に女共、国は違えど一皮剥けば皆戦陣に立つ者同士。

そんな中。

 

「さ、さすがに場違い感があるね…」

「は、はい…」

 

適度な暖房、手にした冷たい飲み物のグラスは少しだけ汗をかいて。

国連軍の制服を身につけた鎧衣美琴は、隣の珠瀬壬姫国連軍少尉に小声で告げた。

 

 

広さは十分に取られているとはいえ、周りは軍服を着た軍人だらけ。

その多くは帝国軍で、しかしその中に目立つ色とりどりの斯衛の制服に、他には一際大柄な米国軍人。

衛士としては一番低い階級、しかも日本人としてもさらに小兵の美琴と壬姫にとっては気後れしがちな要素ばかり。

 

 

「でも壬姫さんはほら、お嬢様だし。慣れてるんじゃない?」

「そ、そんなことないですよぅ…」

 

もじもじとさらに小さくなる壬姫、とは言っても二人揃って食べ盛り。

天然物中心らしい豪華な料理が並べられたテーブルに連れだって向かい、お喋りよりむしろこちらを重視する衛士らに混じって皿に盛る。それらに舌鼓を打ちつつ、アルコールは控えて。

 

そして会場には打ち解けた空気が流れ。

 

米海兵隊の制服を着た大柄な赤毛の女性がその話し相手の小柄な帝国軍少尉の肩を叩いて陽気に笑ったかと思うと、不意に抱き寄せその体格に比してもなお大きいその胸の合間に彼を埋めさせていた。周りの海兵達からはすかさず口笛が吹かれるも、小柄少尉と一緒にいた黒髪長髪の女性少尉は眉をつり上げる。

 

「しょ・う・い~!」

「ち、違うって千堂…ちょ、苦し…!」

 

ワハハ、と豪快な笑い声の米国人女性に抱きすくめられたまま情けなくも少しだけ幸せそうな様子のその少尉に、やっぱり大きい方が好きな人多いよなあと思いつつ美琴は彼が誰だったかを思い出していた。

 

「ああ、『巨大種殺し』の」

「龍浪少尉さんですかぁ…ブリッジス少尉も褒めてました」

 

壬姫はちびり、と飲み物に口をつけながら。

 

そしてハイヴ外攻防戦、超重光線級撃破の立役者のもう一人。

その後のハイヴ攻略戦でも赫々たる戦果を挙げた、国連軍横浜基地所属のブリッジス少尉。

その彼はまた少し離れた場所で山吹の女性斯衛となにやら話していた。いつも一緒のシェスチナ少尉は、体調は問題ないものの賑やかなところは苦手だと言って来ていない。

 

「そうか、65戦闘教導団はもう帰国したのか」

「ああ。元々あんまり表に出て来る部隊じゃないからな」

「勧誘されたのだろう。いいのか?」

「二度目なんだよ実は。ブレイザー中尉には悪いが…はっきり対人類戦闘のために、って言うからな、俺には合わない」

 

斯衛だ…あれ、あの人は。

 

「だがハイヴから出てきて38度線の態を見たろう。必要な措置だぞ」

「そりゃそうだが、ステイツとエンパイアが協力すればもう2つ3つのハイヴは落とせるんだ。ヨコハマのボスにあの化け物対策さえ考えてもらえりゃ…これ以上『ツイン・ブレード』に無茶ばっかりさせられない、俺はハイネマンとそういう戦術機を造りたい」

 

黒髪の美男美女の取り合わせ、しかしその話はまるで色っぽくはないようで。

米国人と日本人、だがどことなく似ているような?

 

「『雲燿閃』の篁中尉さんですよ」

「はー、実物は…ホントに同い年なんだね」

 

年若く、しかし凜として威厳を備え。どうやらブリッジス少尉とは知り合いらしい。

美琴も作戦後読んだ新聞報道などで聞いてはいたが、実際に目指すだけあって昨今の壬姫は斯衛軍に詳しく。

 

 

この甲20号攻略作戦においてはハイヴ外での戦闘から内部攻略に至るまで凄まじい戦果を挙げ、それこそかの16大隊と肩を並べた「白い牙中隊」の指揮官にして突撃前衛。

 

「山吹の修羅雪姫」、単に「鬼姫」とも。五摂家の一、崇宰に連なる譜代の当主として。先年九段へ赴かれた主家ご当主の字名を継ぎ称されるほどまでに。

 

 

帝国軍人でなくとも、やはり斯衛の衛士は特別視してしまう。

美琴が個人的に知っている ― といっても面識がある程度だが ― 人も、護国の英雄と呼ばれ物凄く腕が立つ上になにを考えているのかよくわからないひとで――

 

――でも、ホントはけっこう優しい人なんじゃないかな。

 

 

今夏以降、主命だとして斯衛第16大隊から時折出向してきては国連軍と斯衛の連絡役及び横浜基地副司令の命令により合間を見てはA-01の教導をさせられていた、かの黒の衛士。

 

――……お前はそのままでいけ。センスはある――

 

俺は知っている、と。

接した機会は決して多くはなかったが、衛士としての技能に取り立てて長所がないと抱えていた悩みを話したことすらなかったのに。

 

そんなひとの危地を救ってあげられたことは、何より安堵の対象で。

 

 

そんないい思い出を反芻する美琴の前に、人垣が割れてやって来たのは。

 

わ、わわ! う、嘘…!

 

慌てて手近なテーブルに皿とグラスを置いた。

隣のまだ気づいていない壬姫もつついて促す。遅れた壬姫はより慌てて食器を手放した。

 

すらりとした見上げる長身、青の斯衛。

そしてその隣には、青成す青成す黒髪に深海の瞳。紫の斯衛服。

 

それまで話していた日米両軍の高官らしき人たちは、近侍の赤服達が取り持っていった。

 

「ああ、そう堅くならずとも良い。香月副司令の秘蔵っ子というのは、貴官等だろう?」

「は、はっ…」

 

反射的に敬礼しそうになった手を取られ。

ひんやりとして冷たい大きな手、斑鳩だ、と名乗り。

 

「何より彼奴を…彼の中尉を救ってくれて、礼を言う。鎧衣少尉、取分け貴官の救命措置が無ければ危なかった、というか死んでいた」

「は、あ、いえ」

 

あやつは部下だが、戦友でね、と。

もうほとんど残っていない、明星作戦以来の。

 

「それに珠瀬少尉、記録は見た。げに凄まじき狙撃の腕よ。どうだ貴官、我が大隊に来ぬか?」

「!? こっ、このっ、え…えぇ!? ひゃ、ひゃい…っ」

「ちょっ…み、壬姫さん…っ!」

 

いきなりの展開、狼狽しきる壬姫、だが美琴も呑まれつつも連れ立つ至尊の方をほったらかしの斑鳩公のその様子に、やっぱりそうなんだろうかとも思ってしまう。

 

「――斑鳩公、彼女のお父君は」

「やはり無理ですかな。して殿下、別室の用意が御座いますゆえ。30分程でしたら」

「……いいのですか?」

「ご随意に」

 

す、と道を空ける様な斑鳩公の所作、音もなく現れたは瓜二つの赤服の女性斯衛。

彼女らは他所にいた千鶴と慧とを伴っていて、共に別室へと誘われる。またお声かけ致します、と言って辞した近侍に促されたそこは30畳ほどか、ソファにテーブルの洋風の設えの中にも紅白梅の日本画に檜や螺鈿の調度品。

 

「…久しいな」

 

少しの躊躇い、自然に上座に就いていた「殿下」が言葉を発した。

 

「…やっぱり」

「み、御剣さん…なんですか…?」

「…だと思った」

 

溜息の千鶴、驚きを隠せない壬姫にテーブルの上のお菓子に手を伸ばす慧。

 

「事情は聞かない。他にも漏らさない。それでいいのよね?」

「かたじけない、榊」

「よしてよ、下手打ったら不味いのはこっちなんだから」

「そうだな、すまぬ」

 

今この時だけ、冥夜に戻った彼女は苦笑するように。

 

元からそう、仲が良かったわけじゃない。

ただ同じ釜の飯を喰って、同じ教官にしごかれて――

 

「――戦死も出たと、聞いた」

「…ええ。先任の方がふたり。神宮司大…教官は、軽傷だったけど」

「…すまぬな…私は、後方でふんぞり返っているだけだ」

「なに言ってるの、それが大将の役目でしょ」

「…偽装横坑から出てきた要撃級を真っ二つにしたって聞いたけど」

「たまたまだ」

 

今度こそ、まさに冥夜は苦笑して。

 

ルレサバ遊断両テニ身自御下殿、種星異シセ襲奇陣本

 

攻略作戦中、本土の新聞一面に踊った記事だった。

うっかり手ずから長刀を振りでもすれば傍役の斯衛は腹を切らねばとか言い出すのだから堪らない、とも。

 

「…で、要件は? 息抜き?」

 

美琴から見ても、慧は先程から大して興味もなさそうに。

そもそも赤服に連れられてきたときから皿の料理は持ったままだったり、ある意味一番の大物でもある。

 

「それもある、が…一言礼を言いたくてな。――ありがとう」

 

 

彼を、救ってくれて。

 

 

座ったままとはいえ。

至尊の方に成り代わる程の人間が、深々と頭を下げ。

 

しかし。

 

「――あ?」「え?」

 

濁点がついてそうな声を上げたのは、千鶴だった。

きょとんとした風なのは壬姫。

 

瞬間総てを察してしまって、うわ、と逃げたくなったのは美琴で、慧は変わらず我関せずでお菓子を物色していた。

 

「カレって…なに? 中尉殿のこと?」

「ああ。…そうか、横浜基地にも行っているとは聞いていた、神宮司教官だけでなくやはり皆とも面識があったのか?」

「面識って……そりゃ。御剣、あなたは?」

「うむ、夏から調練で世話になってな……」

 

言った冥夜に微妙な間、千鶴と視線が絡み合う。

 

「へえ…」

「ほう…」

 

突如醸し出される剣呑な雰囲気に、あわわと壬姫がたじろいだ。

 

「前に新聞で見た記事は、『あなた』じゃないと思ったのだけど?」

「如何にも。しかしこと戦術機に関しては総て私に任されていてな。遠乗りともなればふたりで伊豆あたりまで、な。しかも中尉殿は私の身の上もご存知でいらっしゃる」

「なッ…、…私も夏以降にはと・て・も・お世話になってるわ。そもそも初対面のときから名前で呼んでもらったり」

 

したような気がする、とつけなかったのは千鶴の意地か。

なんと、と面食らう冥夜にふんすと得意げに鼻を鳴らしさえもして。

 

「し、しかし…となればさぞかし容態も知りたかろう」

「それは…当たり前でしょ、…ご無事なの?」

「無論だ、護国の英雄だぞ。万全を期して治療に当たっている。まだ歩けるまでには回復していないが、心配無用だ。殿下にもお許しを戴いて、三日にあげずお見舞いに伺っている」

「な…ひ、卑怯よ。こっちは城内省病院には入ることも出来ないのに…っ」

「ふ、今度伺った折には榊のことは申し伝えよう」

 

悔しがる千鶴に上から目線で余裕ぶる冥夜。

本当は直に顔を見たのはまだ意識が戻る前と後の2回、それ以降は事情が許さず人伝に様子を聞くか人目を忍んで夜間に病室外から覗くのが関の山なのだが。

 

「…嫁気取り戦争勃発」

「あはは…」

 

お菓子を頬張りながらぼそりと皮肉を言う慧に、美琴も愛想笑いを漏らす。

訓練であの中尉さんと一番合う連携を見せていたのは、他ならぬ彩峰機なのだけれど。

 

 

言葉も交わさず。時には視線すらも合わせないまま、ただ呼吸だけで。

 

学ぶところがいくらでもある、もっともっと強くなれると。

加速していく慧の動きをさらに引き上げるように、先んじていくあの中尉さんを追いかけて。亡くなってしまったあの速瀬中尉をして、こりゃもう油断どころか喰われかねないわねと言わしめたほどまでに。

 

 

「でも冥夜さんが元気そうで、良かったよ」

「うむ。心配してくれるのか、鎧衣」

「そりゃ…色々大変そうだもん、やっぱりお武家さまは」

 

そんな風に、いい具合に落ち着きそうだったところに。

 

「――わ、私もその、頭を撫でてもらったり…その」

「は? いつ?」

「…聞き捨てならんな珠瀬…」

 

うっかりと遅れた爆弾を投げ込んでしまった壬姫は、2匹の蛇に睨まれたようになって小柄なその身をさらに縮こまらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 1月 ―

 

 

太平洋北端風の冷たさは、筆舌に尽くしがたい。北極圏ほどではなくとも。

精密機械の塊である戦術機にも当然過酷な環境。潤滑油は元より可動部の樹脂装甲にも廃熱利用等の低温・氷結対策が必要となる。

 

要するになにが言いたいかといえば、対レーダー波のみならず振動音波探知の対音響・熱探知の対赤外線に至るまで厳密に隠蔽性が高められたステルス機には、かなり相性が悪い。

 

ベーリング海。ソ連領極東管区沿岸。

カムチャツカ半島ペドロパブロフスク・カムチャツキー基地より北へ300km。

 

猛烈な吹雪は、今は止み。だから出てきているのだけれど。

煌々と照らす月明かりの下、眼下には海氷混じりの大荒波。

 

超がつく低空を疾駆する9機のF-22EMD。ほとんど黒に近い濃紺の機体からは、国籍所属を示す一切が取り除かれている――と言っても、ラプターなど運用しているのはアメリカしかないわけで。

 

視界の広さには定評があるシャロン・エイム少尉は、周囲への警戒も怠りなく。

 

 

極東でのヒーローごっこが終わるやいなや、その足ですぐ裏仕事行き。

 

ステイツ西端のニア諸島発、ソ連領海での極秘任務。

目標は ― ソ連軍ペドロパブロフスク・カムチャツキー基地へ、同軍ウランゲリ基地より海路輸送される「なにか」の破壊。

 

コードネーム「ゴルフセット」。

 

 

それが何か説明されることもないし、知りたいとも思わないけれど。

 

「…」

 

網膜投影の小隊内通信ウィンドウには、真顔のレオン・クゼ少尉。

彼が、ライバルとは口が裂けても言いはしないがきっとそう思っているに違いないユウヤ・ブリッジスよりも大人なのは、こういう時に黙っていられるから。

 

 

昨年末のチョルォンハイヴ攻略戦。

大いに気を吐いた米軍部隊の一角に、第65戦闘教導団・インフィニティーズは…いなかった。

予想外のハイヴ外での新型巨大種討伐には遅ればせながら駆けつけたものの、ハイヴ内突入戦自体には後詰めとして参加しなかった。

 

その理由はきわめて単純。究極的にインフィニティーズは、対人類の部隊だからだ。

 

 

日米の連合軍がハイヴ戦を開始して程なく、朝鮮半島西部から進軍してきた統一中華戦線とアジア連合中心の国連軍とが現着した。

 

両軍共に突入戦を受け持つという日米の主張を肯んじ、そしてほぼ無傷でやって来た統一中華軍3個連隊は、ハイヴ北方の守りを固めるとして38度線以北に布陣し――

 

攻略成功後も、そこを動くことはなかった。

 

それどころか簡単な野戦陣地に始まった宿営地は急速に拡充され、作戦の後処理を終えて日米連合軍主部隊が当初の帰還予定日を迎える頃には、それらはまだ仮設とはいえ大規模な駐屯地と化していた。

そしてその頃には壊滅した軌道降下兵団の代替増援として新たにソ連軍1個連隊が軌道経由で来援し、統一中華陣営に加わった。

 

これを受け ― 当然予想もしていた日米連合軍もまた現地に兵力を残置すると共にチョルォンハイヴ地表構造物近辺に駐屯地の建設を始めた。

国連軍には確保したハイヴその奥の反応炉と、地表に屹立したままの貴重な標本たる超重光線級の死骸の守備のためと説明された――誰から守るのかは、言うまでもなく。

 

 

BETA大戦勃発前の、コリアン・ウォー。

 

およそ半世紀ぶりにその同じ休戦ラインを挟んで、東西の対立が表面化した。

 

 

「被探知圏内に入る」

「了解」「了解」

 

インフィニティ01 ― ブレイザー中尉の冷静な声。

以後は無線封鎖となる。

 

 

相手は小なりといえど艦隊規模で、目標艦もおおむねの目星。そういうわけで背部の兵装担架には、予備の突撃砲ではなく対艦用の特殊爆弾。

 

作戦海域は今回の策源地たるアッツ島から700kmほど、従来機比で格段の高速巡航低燃費化を果たしたF-22でも海上気流の影響が大きい匍匐飛行の連続では決して近いとはいえない距離。背に負う爆弾も軽くはない。ゆえに戦闘機動は少なく抑え、作戦目標を達成する必要がある…が。

 

 

――イヤな予感がするわ。

 

シャロンは第6感やらは信じない。

ただ様々な状況と経緯、物事の流れからこの先敵に出くわすとしたらその相手をほぼ正確に洞察していた。

そしてそれは彼女だけでなく、精鋭たる第65戦闘教導団ならば皆。いかなる情報も、可能性も、有無が不明ならば頭からの排除はしない。

 

しかし何事もなく数分の飛行――

 

「――!」

 

レーダーに感。

現在実用化されている中でも最高性能のF-22の昆虫めいた複合センサーが、月明かりの中その影を捉えた。

 

 

両肩に大きく張り出したブレードベーン、悪魔めいた禍々しいフォルム。

大型の戦術機。1中隊規模12機、白基調の1機が隊長か。

 

Su-47 ヴェールクト ― 2年前、アラスカの地でわずか相見えたソヴィエトの狗鷲。

 

 

「やはり来たか! 構うな、突破するぞ!」

 

厳重に暗号化されていてもリスクを伴う通信、それでもブレイザー中尉は回線を使って。

電子隠蔽などまるで存在しないかのように向かってくる敵中隊へアローヘッド・スリーで突撃、事前のJIVES演習通りに9機18門の火線を1機に集中する。

 

「よけた!?」

「狙いを散らせ、集めすぎるな!」

「なんだあいつら! まさか本当に見えてんのか!?」

「南西敵基地方面から増援! 1中隊が我々の進路上、もう1中隊が目標護衛へ!」

「く…早すぎるな」

 

作戦が漏れていたというより。

ごくごく当たり前に、相手のレーダーに映ってしまっていたかのようなタイミング。

 

やっぱりステルスが無効化されてる…!?

 

いつぞやのアラスカでもそうだった。

 

「やむを得ん、作戦中止! 全機撤退!」

 

戦力評価ならインフィニティーズ9機で大隊相当とされるも。

臆病とは程遠いブレイザー中尉は、しかし無謀ではなかった。

 

決して相手を過小評価はしない、どうやら本当に連中にはステルスが無効。さらに中隊単位の統制射撃を回避するなど通常では考えられない。そんな相手が大隊規模では、全滅覚悟でも突破と目標撃破は叶わないだろう。

 

おまけに連中は正規軍で正規の軍事行動だろうが、こちらは後ろ暗い非正規戦部隊。

派手になりすぎればBETA大戦そっちのけで第3次大戦が始まる可能性すら。

 

巴戦には持ち込ませない、よしんば運動性で互されたとしても機動力では勝るはず。新型装置の恩恵を当てにはしすぎず早々に背負った「重石」も投棄して、インフィニティーズは大きな機動で離脱を図った。

 

 

 

 

 

2003年 2月。

 

ソ連軍を中心とした東欧社会主義同盟・統一中華戦線の連合部隊は旧ソ連領・極東地域に存在するエヴェンスクハイヴの攻略を開始した。

 

動向を察知したアメリカを筆頭とする旧西側諸国の反対を押し切っての強行であった。

 

オホーツク海のソ連艦隊から支援砲撃を受けハイヴへと迫った攻略部隊の前にゲート近辺から超重光線級が現れ、艦隊及び陸上の砲戦力に多大な被害を受けるも――

 

「純粋な革命精神から挺身を熱望する」衛士達数十人の肉弾攻撃によりこれを撃破。

 

続いて国連軍の同行も不要としハイヴ突入戦に着手。

 

なお――ここに至るまでの佐渡島・リヨン・鉄原各ハイヴ戦にて遺失喪失した電磁投射砲の総数は数十門に及び、その顛末までが詳らかになっているものは半数に満たない。

それらは幾重ものセキュリティでリバース・エンジニアリングが不可能にされてはいても、元々が多国籍の軍が入り混じる戦場での使用が前提の装備品であり、また擱座した装備機ごと回収されたりコアモジュールの再使用程度なら、まだ――

 

フェイズ2ハイヴ内での戦闘記録は一切公開されず、2日後に制圧の完了が発表された。

 

 

 

そしてソ連及び東欧社会主義同盟と統一中華戦線からの公式声明に明言はなかったものの、反応炉は破壊せず確保したと見られ――

 

 

 

世界は、新たな緊張の段階へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか脱線した話が長くなりましたw
また厨二成分が足りない…

ご感想・評価下さる方々本当にありがとうございます

いつも励みにさせて戴いておりますのでどしどし書き込んで頂けると嬉しいです


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Muv-Luv UNTITLED 13

2003年 3月 ―

 

 

アメリカ。国連本部。

 

3月のニューヨークは寒い。

そして先月末からの緊急招集に引き続く形となった国連安全保障理事会もまた、熱を伴わずしかし大荒れに荒れていた。

 

 

 

 

昨年末までの予定としては、新常任理事国たる日本帝国の提起によりバンクーバー協定の一部改訂が進められ、攻略成ったハイヴとその鹵獲物については作戦参加国の同意の下に所有権を特定国が有する(避退国家領土であった場合はその各種条件等を当該国同士でも協議)という方向へ大筋での合意が見込まれていた。

 

これは事実上、当時日米2ヶ国中心で攻略予定だった朝鮮半島・鉄原ハイヴを米国管理とし、その継続的なG元素供給源とすることを狙った改訂といえた。

そして同時に国連の管理下にあった横浜ハイヴを日本へ移管し、その反応炉の稼働非稼働の事実は伏せられていたものの、明らかにすでに準軍事同盟関係にある両国の連帯を強めると共に、安全保障上の紐帯と連携と地位とを高めるものとみられていた。

 

国連安全保障理事会は17ヶ国の参加で行われるも、改訂について事実上の最終決定権を持つ常任理事国7ヶ国において、アメリカと長らくの「特別な関係」を築くイギリスとその影響下にあるオーストラリア、そして発起者たる日本は賛成。

そして多くの場合意見が対立する中ソも、BETA大戦による避退中とはいえ主権下の地域に多くのハイヴを有するため今回は賛成に回るとみられた。

またハイヴを有しながら改訂案発起前に反応炉を破壊されてしまったフランスも、元々消極的に賛成せざるを得ない状況からさらに、欧州連合の内部事情により現在抱える防衛線から戦力を引き抜かれてしまったため、今後連合内外の西側諸国からの支援を取りつけるためには賛成がほぼ必須とされる局面へと追いやられていた。

 

アメリカには唯一無比の戦略兵器・G弾があり、日本はそのアメリカにすらわずかとはいえ先んじる形でのリニア・レールガン系兵器群に加えて複数のハイヴ攻略で実証された戦術機関連の技術とノウハウを持つ。

この太平洋の2大強国ががっちりと手を結んだ上での鉄原ハイヴ攻略成功を以て、以後の世界的な趨勢は日米主軸の西側自由主義勢力の主導によるものになる ― そうでなくとも、自国に直接的なBETAの脅威を持たない世界第1位と3位の軍事大国同士の事実上の再同盟である ― と、少なくとも当事者の一方の、外交音痴には定評があり当面の自国の安全を手に入れられる日本政府と、自領域内の情勢に余裕がなく傍観者たる立場を強いられる形の欧州連合は、共にそう考えていた。

 

 

そして鉄原ハイヴの攻略自体は完全に成功した――のだが。

 

 

米国のみが保有する超兵器 ― G弾。

 

正式名称は五次元効果爆弾。

実用化に至ってなお、その動作原理は未だ不明。

 

ただ引き起こされる現象として、使用されているG元素・グレイ11の臨界制御の解放によりムアコック・レヒテ(ML)即発超臨界反応の境界面=ラザフォード場が発生する。

ラザフォード場は強力な重力偏差を伴い球状に拡大、この境界面に接触した物体は潮汐変形を引き起こしさらに境界面内部は多重乱数指向重力効果域と化して、内包したあらゆる質量を持つ物質を分子レベルで引き裂いていく。

これらの現象がグレイ11の完全消失に至るごく短時間いわゆる「爆心」との距離は一切関係なくその効果範囲内に等しく破壊をもたらしたのち、効果範囲内の質量を「どこかに消し去って」唐突に終了する。

 

その破壊原理上効果範囲内の物質の強度や硬度、質量にほぼ関係がなく、物理的な破壊が非常に困難なハイヴの地表構造物ですら問題としないため、実際にフェイズ2横浜ハイヴの地上高50mほどの地表構造物をその周囲の地表ごと文字通り跡形も無く消滅させた。

 

そして現象終了後も超臨界ラザフォード場の効果が及んだ範囲は重力異常地帯となり、その持続期間は不明でまたそれが原因とみられる動植物の生育阻害や異常が見られるようになる――

 

しかし対BETA戦においてより評価されたのは、基本的に迎撃不能の兵器であるという点。

 

G弾は適切な減速材を搭載することで投入後爆発までは制御されたML機関として機能する。ゆえに臨界制御されたラザフォード場の重力偏差により戦略核規模の爆発を除くあらゆる人類の迎撃兵器はおろか、電磁波である光線属種のレーザー照射をも無効にする――

 

のだが、しかし。

 

実際には、同時かつ多数の光線属種によるレーザー照射に対しては、その安全性は担保されていない。

 

そのためにG弾戦略におけるハイヴ制圧作戦においても、内部突入がG弾投下後になり大規模なハイヴ内戦闘が見込まれないだけで、それに先立つ軌道爆撃その他による地上制圧という手順は必要とされてきたのである。

 

一方超重光線級は現時点で判明しているその能力として、3本の放射頭節にそれぞれ3基の放射器官を備え、それらを多銃身砲よろしく連続照射する場合、照射間隔はほぼ無くその能力は単体で重光線級300体分に匹敵する。

そして3つの放射頭節を同時使用する極大放射の場合、使用後は10分程度の充填時間が必要とみられるものの、現時点判明しているだけでその威力は重光線級比で10倍以上・射程は6倍ほどと考えられている。

 

これらの解析情報からG元素由来兵器の祖・Hi-MAERF計画の産物たるXGシリーズを現有し実戦投入を目指していた国連軍横浜基地・香月博士は、70dの標準的な戦術機の10倍になる全高も災いして主砲たる荷電粒子砲の射程に入る前に超重光線級の照射圏に捉えられてしまうため単艦制圧の設計思想が果たせないことも明記しつつ、こう結論づけた。

 

 

――XG-70dのラザフォード場が想定通りの出力を発揮したとしても、超重光線級の各種データを解析した結果、その極大照射に耐えられるかどうかについては否定的な見解とならざるを得ない。補足として、70bのML機関で横浜型G弾20発分の臨界出力。70dはそれよりさらに高出力型となる。

ゆえに単純な帰結として、単発もしくは数発同時であっても、投入されたG弾が発生させる程度のラザフォード場ではそれ単体で超重光線級のレーザー防空能力を突破することは、ほぼ不可能であると予測される。

 

なお投下したG弾が途上にて破壊された場合、減速材等の弾頭構造の破損は即座にグレイ11の超臨界を引き起こす可能性も存在し、被迎撃位置によっては展開する自軍及び友軍部隊に損害をもたらす可能性も否定できない――

 

 

すなわちこの個体が出現した場合、万全を期すならその排除が完了するまでG弾の投入は見送るほかない。

だがその一方、通常戦力での超重光線級の撃破には遭遇時の状況次第では相当な困難が伴うことが予想された。

 

ゆえに他国軍がG弾の使用に反対して作戦参加を拒否した場合、多大な犠牲を覚悟で米軍のみでこの困難極まる光線級吶喊を成し遂げることになる。

そしてその場合、米軍自体へ求められる戦力の増大により、複数ハイヴへの一斉投下という戦略は些か現実味を失う。

 

いっそG弾投下を強行してその他もろとも消し飛ばすとしても、現状では「何らかの犠牲を払って」極大照射を誘発させ10分の充填時間に投入せねばならない。

しかしG弾投下を担う低軌道上のHSSTはその周回周期が約90分。一度投入に失敗すれば敵の誘引足止めをも考慮した場合、G弾攻撃機が1機では最長1時間半もの間部隊は危険域に留まらなければならなくなる。G弾の保有数には限りがあって攻撃機を無制限に増やすことは不可能な一方、現実的に作戦実行には最低2機・2発以上、確実を期すなら3機・3発以上が求められることになる。

 

まして鉄原で確認されたように超重光線級が「おとも」の光線属種を多数伴っていた場合はさらに危険度難度が跳ね上がり、それが重光線級群であった場合はまさに鉄原の再現になる。

加えるなら同作戦にてソ連軍降下部隊を消滅させたが如くに、超重光線級が初撃にて軌道上のG弾投下HSSTを狙わないという保証もない。

おまけに超重光線級には大火力とG元素由来技術を用いた兵器とを優先的に狙う傾向があるとみられ、軌道上から投下されるG弾は軌道爆撃弾に等しいマッハ20程度の高速となるもそれは光線属種の迎撃可能範囲内速度であり、また起爆時までML機関として振る舞うため、優先攻撃の2条件を共に満たしてしまうとも考えられた。

 

これらを受け、有効か否か実際に試してみれば良いと強弁する米軍高官もいないではなかったが…万一G弾が超重光線級に阻止されてしまった場合、米国の軍事的プレゼンスは著しく低下する。

 

伝家の宝刀が実はとうに陳腐化したなまくらでした、と喧伝する必要があるだろうか――

 

 

まさに想像の埒外だったとしか表現しようがない、新型巨大種・超重光線級の出現。

 

各国の軍から政府へと伝播したその情報は、まさに彼らを震撼させた。

 

 

そんな折のソ連のエヴェンスク攻略作戦。

 

 

今年に入って先月、ソ連は旧東側の戦力を糾合して自国領域内極東部のエヴェンスクハイヴを電撃的に攻撃。

 

常々言われる秘密主義の面目躍如とばかりに自陣営以外の影響力を一切排除し、おそらくはおよそ西側諸国の価値観からすれば「あらゆる意味で損害を度外視した」戦術を用いて速やかに同ハイヴを制圧。

また彼らは幸運に恵まれていたとでも言うべきか、あるいはエヴェンスクハイヴがフェイズ2と若かったためか、出現した超重光線級は鉄原ハイヴの時とは異なり配下の如くの光線属種の数がそう多くはなかったらしい。

 

 

しかしこの、超重光線級出現の事実自体がまた世界を駆け巡った。

 

ヨーロッパからも報告されている通り、どうやらすでに複数の ― いや、最悪の場合は総ての ― ハイヴにこの巨大種が存在する可能性が高くなったゆえに。

 

 

ともあれこの一連の作戦行動に対する非難決議のため国連安全保障理事会が緊急に招集されるも、当然の如くソ連は中国と共に早々と拒否権を発動。

 

さらにその上で、堂々と後日協議のバンクーバー協定改訂案には賛成する、と表明して見せたのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。国連軍横浜基地。

 

正門前の桜並木は、また今年も花をつけ始めていた。

荒れ果てた大地、そして早朝のまだ少しの肌寒さの中にも春の兆し。

 

「…」

 

合わせていた両手を解いて、最後にもう一礼。そして榊千鶴少尉は踵を返した。

もう着慣れた国連軍の制服姿。

 

感傷に浸るほど年齢も経験も重ねてはいないが、過ぎた時間に喪ってしまったものの多さに思いを致せば、あまりにも芽吹きの季節にはそぐわなかった。

 

 

先年末以降、年明け以降は顕著に、この横浜基地の陣容は様変わりした。

 

極東最大の国連軍基地であったものが既存の帝国軍由来の部隊含めて人員が減らされ、広大な施設は空漠とした雰囲気に包まれた。

見知った顔が戦死以外の理由で減った一方、もうしばらくすれば米軍部隊がそれなりの規模で駐屯する予定だという。

 

 

とはいってもそれらは甲20号攻略成功によって、この横浜基地の立ち位置が戦略地政学上変化した影響だとも千鶴は思う。

これからは対BETA前線基地というより、そのひとつ後ろの拠点としての機能が求められることに――あるいは、対人類としても。

 

 

一方で、香月副司令直属のA-01部隊は、事実上ほとんど解体された。

 

先の甲20号作戦での損耗は2名に留まったが、神宮司大尉は帝国軍へ異動。

 

宗像中尉以下、風間・柏木両少尉の元第1小隊の人員と、第2小隊だった涼宮茜も同様に帝国軍へ移っていった。

 

なかでも同期で元々親しかった涼宮は、戦死した速瀬中尉のことを自分をかばったと言ってずっと引きずっていて。

その後のハイヴ突入戦で気を吐いて、気負いすぎて。結果被弾負傷して、命に別状はなかったものの病床にありながらの転属となってしまった。

 

そしてブリッジス・シェスチナ両少尉はすでに発った。

別に機密でもないと、除隊して米国ボーニング社へ移るのだと言っていた。

たしかにあの2人の技量は中隊でもずば抜けていたし、甲20号で見せたあの戦闘なんてほとんど常軌を逸した水準。戦術機開発で最先端を走る米国企業が引き抜いていくのも納得できてしまう。

 

 

千鶴は正門の衛兵らに挨拶し、きちんと手順通りに手続きをして基地へ入る。

この後の予定も当然頭には入っている。

 

 

結局これで、元A-01で基地に残されたのは207Bの面々だけ。

だが今回は以前のような、自分たちの出自が絡んだ話ではないのだろう。

未だ不明な鎧衣の係累のせいなのかもしれないけれど、珠瀬の父が国連次官を辞したとはニュースになっていないし、新聞などにもこの先そうなりそうとも書かれていない。

 

 

よくよく考えてみれば、元から実験部隊のようなものだったのだろう。

同じ基地に駐留する国連軍部隊とも明らかに異なる編成と装備で、しょっちゅう最新型どころか試験段階のようなものまで回ってきて。

 

その中で、直属の上司たる香月副司令は替わらないのにその手元には一番戦績も経験も浅い連中が残されたわけで。なにか政治的な力でもはたらいたのか。

 

だがそれを副司令に問うたところで、ただこれまで通りの冷たい無表情かあるいは時折の皮肉げな笑み。階級も違いすぎるし、何か言葉が貰えてもはぐらかされたり「アンタたちが知る必要はない」で一刀両断されるだけ。大佐の下にいきなり少尉なのだから無理もないが、お世辞にも風通しがいい部隊とはとてもいえない。

 

 

まだ多少は時間の余裕、朝食を摂りにPXに向かうと馴染みの面々。

元207B。4人だけの1小隊、小隊長は千鶴になった。

 

「あ、千鶴さん」

「おはようございます」

 

声をかけてきたのは鎧衣、なんだかんだ隊のムードメーカー。

挨拶をしてきた珠瀬に答え、無言の彩峰とは互いに目で会釈を交わす。

 

 

珠瀬と鎧衣は普通につきあう分にはまったく問題がないし、もう彩峰ともあまり感情的な齟齬はない。

 

必要以上にベタベタすることもないが、もう丸2年以上同じ隊にいる。共に実戦の洗礼を浴びて死線をくぐり抜けた。

仲間を見捨てたりする連中じゃないことは重々わかっているし、元分隊員に関しての妙な秘密を共有する間柄にもなってしまった。

 

 

「彩峰、それは?」

「…読む?」

 

ふと気になった、退屈そうに彩峰が開いていた雑誌。

大物な彼女はまさに野戦ずれした兵士の如く、食堂で平然とくつろいでいる。

 

 

世の風聞から醜聞を集めたゴシップ誌。

表紙に踊っていた「ソ連軍の秘密計画!」なる見出しが気になって。

 

…本当はその横の「袋とじ・斯衛軍美男美女番付(顔写真入)」も見たかった。美女はいらないけど。

 

 

ソ連軍の甲26号攻略のニュースは、国内でも報道されていた。おおむね否定的に。

千鶴は慧から受け取った雑誌をパラパラとめくり、知っている・予想した物事と照らし合わせてみる。

 

「『米軍の秘密作戦で各地の極秘研究所を破壊され、ウランゲリ島に集約した』って…」

「ああ、そこが『工作員の墓場』って言われてるって記事でしょ。ボクも読んだよ」

「『米軍の投射砲技術者からエスパーが情報を読み取った』って、ロマンがあるもんね」

「…なにこれ」

「…雑誌はそういうもの」

 

実話ですか、実話です、と訳のわからないやり取りをする美琴と壬姫を横に。千鶴は苦笑して慧に雑誌を返しつつ、最後にちらと見た袋とじに載っていた顔写真にはちょっと不満。

もうちょっと、いやもっとちゃんと撮ってほしい。カメラマンには猛省を促したい。

 

他愛なく ― といっても衛士同士、さして色気のある話はない。なにせ4人揃って住んでいた街をBETAに攻め滅ぼされて以降、ほとんど基地暮らししかしていない。

その中で千鶴が朝食を進めていると、広い食堂の同じく広い窓の向こうから轟音が複数。戦術機のものじゃない。

 

87式…?

 

音だけで判る程度には。戦術機輸送車両・87式自走整備支援担架。

席を立ち窓に向かった美琴に、わ、見てよと促され。丁度食事を終えた千鶴は、窓外の眼下、正門から続々と入ってくる87式の車列を見た。

 

「…00式?」

「すごいよ、2中隊…かな? 駐屯するんだね」

「そうね…」

 

87式の懸架台に搭載された00式は幌で覆われることもなく。堂々と、見えるように。

そしてさらには国連軍仕様の暗めの青に塗装されて。

 

供出? いやまさか…だったら米軍だけじゃなくて斯衛も……そうか。

 

87式に混じる支援車両の数からして、本格駐屯。

各種装備に予備部品、人員までも出してくるんだろう。

 

 

今やディセンダンツ・オブ・サムライ ― 日本帝国斯衛軍といえば、世界屈指の精鋭部隊。

 

なかでもあの第16大隊 イカルガ・バタリオンは、米国軍第103戦術歩行戦闘隊・ジョリー・ロジャースやドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルスに比肩しあるいは凌駕するとさえ。

 

 

千鶴はその中でもあの中尉殿が一番だからと内心でふんすと鼻息を荒くし、一方では斯衛部隊が国連軍基地に入ることの意味を理解していた。

 

 

その後予定の時刻となり――ブリーフィングルームで打ち合わせ。

 

資料の類は先にもう貰っている。以前はCP要員含めれば20人以上で使っていた部屋はがらんとして広く感じ、情けないが心細ささえあったけれどようやくに慣れてきた。

 

強化装備に着替えてJIVES演習に移る。

再現・構成される空間は、実際には見たことのない景色。

 

洋上の戦術機母艦から発進。

彩峰・鎧衣機を前衛にした縦型、穏やかな波を眼下に低空飛行。

後衛となる千鶴の乗機・弐型が抱えるのは長大な01型砲、同じく隣の珠瀬機にはさらに砲身の長い特殊砲。

 

 

試製03型大型電磁投射砲 ― 口径2700mm。全長30m。砲身長24m。最大射程200km。

 

形状としては01型砲を細長くしたようなもの。二脚支持装置付。

厳重に対L処理された高速徹甲弾を弾速8km/sすなわち音速の約24倍で分間3発発射可能。

 

伏臥態勢の戦術機で、対超重光線級推定見逃し距離の80km地点から狙撃する。

その為の装備。

 

 

00式を造りあげた富嶽・遠田のような企業に代表される、国内民間企業の持つ各種工程で驚異的な精度を誇る基礎技術力とそれを支える職工たち。

 

元々大型電磁投射砲用の砲身はコストも高いが精度を上げる技術的ハードルも通常砲よりさらに高く、この03型用の5N精度までともなれば先行する日本にしても生産には相応に手間がかかるため、数を揃えることはそう容易ではないらしくて。

 

米軍が大型砲を甲20号に持ち込まなかったのは温存・秘匿と云うより単に間に合わなかったと思われて――あるいはもっと単純に、必要ないと思ったがために予算すら下りなかったのかもしれない。

米国にしたってその財布が無尽蔵なわけはなく、ただでさえ戦術機関連の予算は絞られているというし、その戦術機での運用が前提の新型兵装開発の予算を確保するのはさらに難題になるはず。

 

何しろ日本製のものにしてもその初期投資の段階には国連軍からかなりの資金が投入されたのだとかで、誰が絡んでいるかは考えるまでもないだろう。

また民間とはいえ職人気質の職能集団は、「お国の為に」「世界一の仕事」と奮起して寝食を忘れてそれこそ奴隷労働もかくやの仕事ぶりだったとか。

 

そして文字通りに地平線の向こうに等しい距離を確実に狙撃するための補助支援とすべく、珠瀬にあらゆるデータを取らせた上で米国に発つ前のシェスチナとあの謎の特務少尉 ― 社に手伝わせて、例の特殊装置に組み込んだらしい。

 

 

社といえば、最近前にも増してまったく見ないがまだ基地にはいるのだろうか。

 

 

「CP、こちらヴァルキリー01、指定ポイントに到着」

「了解、03を待て」

 

涼宮中尉も異動してしまっているから。

でも聞き慣れつつあるCPの声、隊列を組み匍匐飛行での侵攻。海岸で二手に分かれる。

千鶴機は目標120km近辺で停止、残る3機の狙撃班は更に進む。待機は数分。

 

「ヴァルキリー03、ポイント確保。狙撃態勢に入りますっ」

「CP了解。01、支援砲撃用意。02、04直掩」

 

千鶴機の位置は山間の渓谷 ― 元は緑成す山と谷だったのか、しかし今は木々も水もない。

そして見はるかす向こうには小さく、だが実際は地上高600mに届く地表構造物。

 

フェイズ5相当…マンダレー…ボパール? アンバール…いえ、ロヴァニエミね

 

次回作戦がどこかなんて聞かされていないけれど。

脳裏に浮かべる世界地図、ハイヴと各国勢力・戦線の位置。

とすると向かう方角は北東で渡ってきたのはボスニア湾か。

 

千鶴機は腰だめに01型砲を構える。

兵装担架には01型砲動力ユニットに交換砲身が1。携行弾数は装着弾倉の6発のみ。援護機もいなくてほとんど丸腰、伏撃に遭えばお終い。実戦では直掩が付いてくれるらしいけど。

さらに40km先では珠瀬機が伏臥し03型砲で狙う。その近くで姿勢を低くし左右に展開した彩峰・鎧衣両機には、92式よりはるかに分厚く巨大な追加装甲、戦術機サイズのタワー・シールド。照射を受けたら、狙撃機を ― 実際は今は衛士と機体より貴重な大型砲を ― 文字通り機体ごと盾になって逃がすため。

 

「01、データリンク確認。二式弾準備よし」

「03、超伝導機関起動、諸元入力…零式徹甲弾準備よし」

 

肉眼視界では到底見えない、地表構造物近辺。

データリンク経由で網膜投影に映し出される――超重光線級。

 

 

正直、怖い。

 

レーザーに灼かれれば一瞬とはいえ。

それに戦闘記録を何度見たって近接戦であの触腕攻撃を避けられるとは思えない。

実戦で突入した斯衛と帝国軍機があの状況で戦っていたなんて信じられないし、シミュレーションとはいえ彩峰が2回防いで見せたのには心底敵わないと思った。

 

 

でも――!

 

操縦桿を握る千鶴の瞳は折れてはいない。

劣るなら劣るで、出来ないなら出来ないで、それでも方法を考えるのが人間の力。

 

「支援砲撃、来ます」

「迎撃率…100%! ヴァルキリー01!」

「了解。砲撃警報、射線クリア! 二式AL弾、発射!――時限信管…作動確認!」

「帯状重金属雲、 地表10-15m。予定濃度まで後……01、第2射用意」

「了解…っ」

「こちらヴァルキリー03、ターゲット…ロック!」

 

 

特務小隊ヴァルキリーズ、JIVES演習における作戦成功率 ― 87%。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

日本。帝都・陸軍技術廠開発局。

 

立ち並ぶ実験施設と戦術機格納庫、そして練機場。

さらにその周囲に植えられた桜の木々は、雨にも見舞われず今まさに満開。

 

暖かな春の陽気。

窓外に望むその景色と、開いていた窓からの微風に乗って香る桜の舞う花びら。

唯依は流れた黒髪を押さえた。

 

 

世界はまた、動き出した。

 

いや、正確に言えば逆戻りしたのやもしれぬ。

 

 

山吹の制服姿で開発局内を進み、現在の上官の下へ。

佐官室の扉をノックし、応えを得てから入室して書類を渡す。

 

執務机に就く帝国軍の制服。階級章は少佐を示す。

栗色の長い髪を結い上げ、同色の瞳は大きく ― 本来は、優しい光を宿すのだろうか。

 

「ふむ…問題はないようだな」

「は。ご覧の通り実射試験の結果も良好です」

 

書類を確認しての問い。

先月巌谷少将の後任として着任したのは、国連軍からの「出戻り」、しかし帝国軍では名高いという神宮司少佐。

 

 

謹厳にして実直、規律を重んじつつも豊富な実戦経験故の融通さも垣間見せ。

少佐が有能な軍人で優秀な衛士でいらっしゃることは直ぐに判った。

 

以前同じ部隊にいたという、既に米国へと発った腹違いの兄・ブリッジスなどは「『狂犬』なんていうからてっきり左手はでかいクローでマシンガンでも仕込んであるのかと思っていた」等と意味の解らないことを言っていたが、別に少佐は秘密工場で組み立てられたり全体的に青かったりもしない。

 

 

兎も角そんな神宮司少佐が帰参の「手土産」として持ち込んだのが、件の書類の新装備。

試製03型大型電磁投射砲。

 

「流石ですね、横浜の魔女殿は」

「本人に伝えておく、篁の姫が褒めていたとな」

「御容赦下さい」

 

大して表情も変えないのは軍人の鑑だが、意外に軽口をされる方だとも知った。

無論同時に匂わせたのは、伏魔殿たる国連軍・横浜基地にて変わらず研究に勤しんで居られるという香月博士との個人的な繋がり。

 

「…」

 

唯依としては。

 

「少佐殿、非礼を承知で申し上げます」

「なんだ」

「前任の巌谷少将閣下が結ばれた香月博士との縁…それが無ければ少なくとも、斯衛の今は無かったと…いえ、軍はおろか神州の今日は存在し得なかったと私は思っております」

 

この期に及んでこの日の本の内部、斯衛だ帝国軍だで下らぬ腹の探り合いに意地の張り合い、縄張り争いをしたくなかった。

 

そして少なくとも、死線を共にすることになるこの開発部隊の中では。

 

「斯衛でも政威軍監閣下をはじめ多少なりと枢機に触れ得る者は皆香月博士の御助力と御功績には真底より感謝の誠を捧げておりますれば、万一の折には微力を尽くさんとお誓いした少将閣下の言に相違なき様後に続く我等皆共に励む心算の旨、御理解を戴きたく」

「……」

 

凝っと送られる栗色の視線。

唯依は眼を反らさない。

 

 

政威大将軍・煌武院悠陽殿下の御下命として政威軍監・斑鳩公崇継の采配により、在日国連軍への協力部隊として斯衛軍から横浜基地へと戦力が抽出された。

規模こそは同基地に駐留が開始された米軍全体に遙かに劣るも、精鋭たる殿下直轄の部隊が専用機を以て、態々色まで塗り替えて国連軍と化す。

 

横浜基地の、誰の指揮下に入るのかは言うまでもない。

 

 

唯依としては、個人的に神宮司少佐に好感を抱いてはいる。

巌谷閣下の後任が、少佐殿でよかったとも。

 

しかし将校下士官、選り抜き生え抜き叩き上げ問わず。

生まれながらの特権階級たる武家が嫌いな人間と云うのも、一定数いるもので。

神宮司少佐がそうであればどうしようも無かった――が。

 

「…堅いな。まあ、いいだろう。斯衛の誠意は見せて貰っているし、私も貴官の戦歴には敬意を表する。先の甲20号では見事だった、私は早々に脱落のざまだったからな」

「は。いえ、御無事で何よりです。隊の方々には、お悔やみを」

「ああ。同僚だったが、元教え子でな…慣れたつもりだったが、堪えたよ」

「私も、また部下を喪いました…」

 

もう、中隊発足当時からの生き残りは片手程しか。

 

「うむ…――よろしい、楽にしろ。貴官を含めた斯衛中隊は元より、巌谷閣下の遺された試験小隊も手練れの集まりだ。内示の段階だが近日発足する欧州派遣部隊へ、新装備の実戦試験を兼ねて配属となる」

「は。質問をよろしいでしょうか」

「ああ」

「我々が03型砲で超重光線級を排除した後、米軍はG弾を使用するのでしょうか」

 

ふむ、と。

何処を攻めるのか等とは聞きはしない。だが問うた唯依に、

 

「貴官の経歴は知っている。無論、お父上の事も。ゆえの質問か?」

「は、いいえ。単に戦術・戦略及びその他故の質問です」

「その他、か。篁家は政治にも興味があったのか? …いや、失言だ、取り消す」

「いえ」

 

もう、只剣を振って、良い武器を造って居れば良い立場では無い。

気付けば家格劣るに関わらず、未だ次期当主幼き主家・崇宰の有力譜代。

何れ戦場にて散るが本望とは云え、最早平生は一門の安寧をも考慮せねば軽率の誹りは免れぬ。

 

ま、いいだろうと神宮司少佐 ― まりもは言い、机上に組んだ両手の上に顎をのせた。

僅かだが和らぐ雰囲気、少し雑談もよかろうとばかりに。

 

「――私の『友人』の言になるが。十中八九は、ないだろう」

「欧州連合に配慮すると」

「そうなるな。私も貴官も直接は知らん時代だが――」

 

 

世界はこれから、冷戦の続きを、始めるだろう――

 

 

「…この米国圧倒優位の状況でですか?」

「それゆえだろうな。でなければ米国はソ連のハイヴ攻略後でも遮二無二潰しただろう」

 

まあBETA大戦以前の物も終わったとは誰も言っていないのだし。

そもそもハイヴ攻略とG元素入手自体もある程度は予想の範疇内だったろうよ、とも。

 

「国内のタカ派が、よく…」

「ふむ…これは大方が受け売りで、私の推測も入る話だ。そのつもりで聞け」

「は」

「米国も当然一枚岩ではない。対ソ主戦派の中心はタカ派の中でも最強硬派、明星作戦の折に…G弾投下を決定づけた連中だ。だが彼らは、必ずしも多数派ではないのだそうだ」

「…通常戦力でのハイヴ攻略が疑問視されたが故の方策だったと」

 

実際に明星作戦の進行は、BETA群の分断誘引に軌道爆撃・艦砲火力の組み合わせにより地上制圧迄は順調に推移したものの、甲22号・横浜ハイヴへの突入後、フェイズ2と云う成長予測に反してその地下茎構造がフェイズ4規模に達していた為戦力不足に陥り頓挫しかけていたと聞く。

 

「そうだ。無論実戦試験の意味合いも強かったろうが…だがそれが覆された現在、無闇矢鱈と覇権主義な連中は邪魔だ。連中の理屈の行き着く先は、列強総てを敵に回しかねん。対BETAの戦況は結果だけ見ればここ3年ほどの戦況は5年前とすら比べものにならない。米国内の中道と左派…あるいは保守本流もだが、商売っ気を出しもしたろう」

「は、それはわかるお話です」

 

唯依も甲12号・リヨンハイヴ攻略戦に参加した同僚達から、その戦線を支えた米製物資の話は聞いている。実際に参加した甲20号・鉄原ハイヴ攻略時にも米軍の兵站の強さと物資の豊富さには驚かされた。

 

「ですがそもそもBETA大戦の最中に…」

「ふむ。貴官、米国には行ったことがあるのだったな? どう感じた」

「はい…」

 

もう一昨年前の秋になる。

余りに色々有り過ぎた訪米期間、唯依は記憶を探り――一番最初の、印象を。

 

「…『緩い』と感じました。厳密には国連軍の基地でしたが、アラスカのソ連国境です。後方とは云え、信じ難いと」

「だろうな。だが概ねそれが米国の空気なのだそうだ。なにせ一度たりともBETAに国土を侵されたことがないのだからな」

 

米国は、元々からして後方国。

それは74年、北米大陸へのBETA第2のオリジナルユニットの落着展開をカナダ国土の半分と引き換えに戦略核の集中運用にて阻止した果断さの結果。

 

しかし、それが今や。いや、逆に幾つもの仇ともなって。

 

「――難民、ですか」

「そうだ。協定により米国はカナダ難民を優先的に受け入れている。それが他国からも大量に流入する難民の不満を呼んでいてな、治安の悪化が社会問題化していると…まあ、貴官には説明の必要もないな」

「…は」

 

ナタリー…

 

ユーコンは歓楽街の店にて知り合った女性。

確か、カナダ経由のフランスだったかヨーロッパ出身で。

唯依にとっては面識程度だったが、その彼女もまた、テロリストのシンパに身をやつしていたらしい。

 

 

あの事件、裏や上では色々とありそうな気配がしたが、一般には単に「難民が起こした大規模テロ」としか伝わっていまい。

 

 

「そして戦術機輸出等の莫大な利益でも賄いきれない戦費…米軍は世界中に展開しているからな、大規模な国債発行でインフレ傾向が懸念されると」

「景気と治安ですか。同じ世界の話とは思えません」

「それが後方だ。遙か海の向こうの戦線の状況より今夜の食卓の勘考というわけだ。これからは我が国も他人事ではない……と、いいんだがな」

 

日本は後方になった――はずだったが。

 

「で、諸国からの失業難民の大口の雇用先は何処だ?」

「…軍、ですか。…成程、どのみち危険な最前線は『未来の米国国民』が担ってくれると」

 

 

自由と人権の美名の下、自国民以外のそれらはきちんと法で縛ってあるのが合衆国。

 

一番手っ取り早いのは軍に入って。

まず親が勤めて永住権、子までが勤めあげて公民権。

 

2代に渡って軍務を終えねば公民権は得られない。ゆえに当然、投票権もないわけで。

さらに配属先は最前線と相場が決まり、遺族補償も雀の涙。

 

つまり「年季」を全うする前に、それなりの数は「物理的にいなくなる」。

 

先の甲20号で轡を並べた海兵隊の彼女 ― シェルベリ少尉らも、そうだったのだろうか。

 

 

「G弾でハイヴごとユーラシアを吹き飛ばしてしまえば今は英国やアフリカに逼塞している避難民がそのまま難民になる…英国一国で捌ききれなくなれば、難民は米国に恨みを持ちながらその米国へ流れ込む可能性も」

 

来るなと言っても来るのが難民。

まさか遙々大西洋を渡ってきた難民船を沈めるわけにもいかない。

 

「或いは世界に散らばったとしても、それこそ難民解放戦線などに…」

「ああ。一度は祖国奪還の希望が見えてからの再度の喪失だ、しかも今度は永遠のな。怨嗟の声は生半では済まんだろう」

「そしてBETA大戦は終わって兵器は売れなくなり、失業の受け皿の軍も今程の規模は必要なくなる…」

「戦費は縮小するだろうが兵器だけでなく現在の莫大な軍需が唐突に消失すれば米国はおそらく大不況に陥る。その後の復興特需もなにもその復興すべき土地を吹き飛ばしてしまうのだからな、移民や難民のみならず米国民も職を失うだろう。現状米国内で優位の保守派とはいえ、昨年の中間選挙で議席を減らして来年は大統領選だ。それで選挙に勝てると思うか?」

「…ゆえに煙たがられた最強硬派は排斥されたと」

「ああ。当面実行予定のないとある『計画』をガス抜きに与えられて、今や窓際だそうだ」

 

 

国連の名を借りた、米軍主体の「計画」。

 

それがゆえ最終的な「スイッチ」を大統領が持つ以上、米政府の承認なしには実行のしようがない。

 

 

「しかし…まさか、その、経済のための次なる戦争、と云うのですか…?」

「いや、そこまでは言わんがな」

 

立ったままの唯依を見上げ、まりもは組んでいた手を解いて椅子に背を預けた。

 

「ですがそもそも今のお話ではBETA殲滅が大前提になっています。いくら米国が緩いとは云え超重光線級なる新種が出現した今、今後また異なる新種が現れぬとも限りませぬのに」

「まさにそこだな。要するに」

 

 

米国人の大半は、人類が負けて滅ぶなどと考えてもいない。

 

 

「現状国を追われている欧州人も、数年前迄はいざ知らず、今は国家の衰亡を勘案しはしても人類廃滅にまで考えが至っているかどうか」

「…確かに…」

 

唯依自身も、自省を求められる言葉だった。

 

お国の存亡に身体を張る事があっても、自分独りの生き死にに思いを致す事はあっても、それが人類全体迄となると。口にした事はあっても始終心懸けている自覚はない。

というより、余りに話が大きすぎて実感できないと云った方が正しい。

 

「そして実際にハイヴは攻略できている。甲26を除いたとしてもこの4年足らずで実に4つ、しかもハイヴ本体の攻略自体は先の甲20号ではどうだった?」

「…確かに、超重光線級の被害を除けば…」

 

 

突入部隊の練度も高く、戦術も練られて。

 

投射砲による殲滅に、斬り込みの00式と掃討を担うF-22の組み合わせは強力だった。

ハイヴ内戦闘での損耗の少なさは驚きと云っていい水準だったろう。

また主縦坑大広間攻略用に用意された収束・衝撃熱圧力爆弾2種も想定通りに威力を発揮し、ハイヴ最深部の床を衛士の血と戦術機の潤滑油で洗わずに済んだのも大きい。

 

そしてさらには、フェイズ4ハイヴ、概ねその「予想通り」のBETA会敵数。

先立っての漸減が効いていたのもあろうが、流石にあんな化け物を造る傍ら有象無象を無尽蔵宜しく生み出す訳にもいかぬのか。

 

 

「横浜、佐渡島、リヨンそして鉄原。その総てに米軍は参加している」

「…逆に云えば、米軍抜きでのハイヴ攻略など不可能だと」

「政治家連中だけでなく、軍にもそう思った者はいたろうな」

 

 

確かにソ連のやり様は、想定の埒外とも。

 

平然と組織的に他国の装備を盗用、自国兵士をおそらくは投薬洗脳脅迫その他諸々用いて大隊規模での自爆攻撃、万単位の兵士を最初から必死の囮にして使い潰す前提での作戦立案など。

 

まさに共産圏はなんでもありで、神風だなんだと揶揄される帝国軍ですら。

まして西側民主主義国家の常識では考えられまい。

 

 

「では計算ずくではなく見誤ったと?」

「必ずしもそうではないな…まず、米国はできる限りソ連とは事を構えたくはないだろう。当然ソ連とて同様だが、少なくとも表立っては互いに面子を潰したくない。アラスカ租借は事実上北米大陸の盾だからな」

 

滅びてしまうなら仕方がないが、自分から滅ぼす必要はない。

 

「そして核と同じくG弾による相互確証破壊の時代がやって来ると言う者は以前からいたし、とりわけプラグマティストを気取る米国のエリート層には多かったらしい。現実的にもハイヴの多くは旧東側で、制圧したとしてその管理が困難なのは考えるまでもない」

「確かに米国が甲20号を確保した時点でソ連が東側の反応炉破壊を認めるわけがありませんし…結果安保理の決議は降りず国際協調なきハイヴ攻略等と、BETA排除後の大広間か『アトリエ』前で戦闘に成るやも知れません」

「戦費削減の面からしても、東側勢力だけでハイヴを落としてくれるならな。どのみち手には入らない、攻略が失敗しても懐は痛まないし共産圏の戦力も減る」

 

そして。

 

「ソ連のG弾の開発から配備には幾ら早くとも数年単位はかかろうし、そもそも現状からして超重光線級を排除しつつ旧領域の全ハイヴを制圧するなど東側戦力だけでは到底不可能だ。解放域を拡げれば拡げる程長大な防衛線が必要になって、今の欧州連合の二の舞になる」

「統一中華も支援するなら尚更…」

「そうだな」

 

唯依の指摘にまりもも同意する。

 

 

第3次国共合作以降大家になった台湾総統府の発言力が増しているとは云え、軍閥化した実戦部隊の圧倒的多数は人民解放軍由来の中国共産党の支配下。

中共のソ連共産党との不仲は有名でBETA大戦直前には米国とのパイプを築きつつあったが、勃発後には協調していたし先の甲20号での振る舞いを見ても明らかに東側。

 

 

「その間に米国は甲20号のG元素でさらにG弾を増やすことも出来る。欧州戦線から引き気味になれば戦費も縮小できる。駐留軍の名目で維持費を出させるかもしれんな」

「移民兵中心の在欧軍に思いやり予算で北大西洋条約機構再び、と云った処ですか」

「まさにそうだな。欧州連合が立て直せばユーラシアの西側はBETAにも共産圏にも防衛線になる。北欧もBETA大戦で西側に引き込めたのだしな」

「鉄のカーテンですか。それで甲08・ロヴァニエミを落としてしまえば」

「そう、残りは東側ばかりなのだから、連中には旧自国領域内ハイヴの領有権を主張するなら早く落とせと圧力もかけられる」

「そして東側の足りない戦力を補う為にソ連がハイヴにG弾を使えば――」

「米軍にも、いちおうG弾使用の名分は発生するな」

 

尤ももう、米軍は既に横浜で一度使っている。

ソ連側も実用化後にはそれを口実に使うかも知れない。

 

「…」

 

話の流れとしては、唯依にも理解はできた。

 

「しかし…正直…そう上手く行くでしょうか」

「さあな。だが核の冷戦時代、なんだかんだ20年、米ソは必殺の武器を突きつけあいながら破滅に至らずに連れ添ったんだ。下手な同盟国より気心は知れていて、他のよくわからない東側国家に握られるよりはマシだとは思わんか?」

 

同じ凶器持ちなら知らない隣人よりは冷めた夫婦の方がまだ安心だろう?

いや逆に危ないか? と小さく皮肉げに笑んでいうまりもに、さすがにそれはと唯依は僅かに顔を引きつらせるも。

 

云えばBETA大戦よりずっと前、月面でのサクロボスコ事件よりさらに前から冷戦下の米ソ首脳を繋ぐ直通回線があったとも聞く。

 

「まやかし戦争、というわけですか」

「その認識は間違いだな。危険だぞ、中尉」

「は…」

 

唾棄したい思いに図らずも吐き捨てる風になった唯依に。

まりもは声の調子を鋭い物に変えた。

 

「一歩間違えば核からそれこそG弾が飛び交う事態になる。そんな危険な綱渡りの連続が始まる。絶え間ない駆け引きと裏表両面の攻防、代理戦争の類程度は起きるかもしれん」

「そんな…しかしソ連とて勝って何とします? 今さら全世界の共産化等と…誰がついて来ましょう」

「ついて来ずとも関係なかろう、そもそも今の世界にイデオロギー闘争はない。国家の面子軍の権威、何でも良いが事実上貴族化した共産党首脳部の考える事など究極的には保身だろうさ。連中は内部でも熾烈な権力闘争が常で、それぞれが情報機関なり軍閥化した各方面軍なりを実行力として抱えて暗闘を繰り返しては潰し潰し合うまさに蠱毒の壺だ」

 

ゆえにそこからは何が飛び出すか解らない。

統治者の最終的な良識を期待しようにも。

 

「対する米国は…まあ自覚なき傲慢と覇権主義に善意の顔した利己主義はタチが悪いが、少なくとも元首や政府の悪口を二度言ったらある朝玄関先で突然転んで運悪くそこにナイフが落ちていて刺さって死ぬ、ということまではなかろう」

「…強者の余裕という可能性は?」

「それもあるだろう。馬鹿馬鹿しい仮定だが、実際米国にそれ以外の列強が束になってかかっても勝ち目がない。それに我々は米国の善意に期待する訳ではない」

「そして結局、米国には最終的にはBETA等G弾で殲滅出来るという自信があると」

「だろうな。そもそものG弾戦略なる物は…ユーラシア外縁のハイヴをG弾で攻略し、そこで入手したG元素でG弾を製造し…という循環が前提だったようだが――」

 

米国は既に、我々含む他国が推定する以上のG弾を保有しているのかもしれん――

 

「…リヨンのG元素ですか」

「…知っていたか。予想されていたフェイズ5ハイヴのG元素貯蔵量はかなりのものだ。それが7割方なくなっていたそうだからな。超重光線級がいようとも、ハイヴ攻略とは別に最悪2発3発と時間差で撃ち込んで殲滅できるだけの数が備えてあるのかもしれんし…」

「…他に何らかの秘匿兵器があるかもしれない、と?」

 

アタシほどじゃないにしても、向こうにも天才はゴロゴロいるわよ。

こっちは元々テッポウは門外漢だしそもそもG元素由来兵器の元祖はあちらさんよ、と「友人」の言を引いたまりもに唯依は図らずも眉をひそめた。

 

「ソ連の甲26号攻略にしても、米国が何もしなかったとは逆に考え難い。連中の抱く自国像がどんな物かは知らんが、本当に普段は知らず横柄なだけだと見えて妙な処で体面を気にするからな。何らかのルートで警告程度は発したかもしれんし、もしくは」

「…秘密作戦の類いですか」

 

唯依は ― 甲20号・鉄原ハイヴ攻略後、早々に帰還していったという第65戦闘教導団・インフィニティーズを想起する。

 

 

対人戦闘の専門家達で手練れ揃いだったのは重々承知、先年夏から共同訓練をしていた事も有る。だが教導部隊という割に、時折見せる殺気の鋭さは単なる精鋭と云う以上に――

 

無機質な殺しに慣れた、兵士の気配だった。

 

 

「ああ。だが裏で格好良く片付ける事に慣れ過ぎて、ソ連の形振り構わなさに横っ面を引っ叩かれたのかもしれん。もっとも大事になればソ連の面子を潰しかねんからな、成れば佳し・成らねば牽制程度で上々と……まあ、空想や大衆誌ネタの類だ」

「しかし……それでは我が国は――」

 

唯依はやや俯き、そして面を上げる。

 

「日本は、使い潰されませぬか。米国の移民兵同様に」

「可能性は否定できんな。そうならないようにするのが政治と外交だが…期待薄か?」

 

軍人同士の会話としては、やや踏み込み過ぎた話。

 

 

しかし国内のみならず外交に於いても辣腕を振るっていた榊前総理は身罷られた。

常に唯依に道を示してくれた巌谷榮二も九段へ発った。

陰に日向に支えてくれた雨宮も、神宮司少佐の教え子達も。

 

それでも残された者は、遺していって貰えた何かを。

託された何かを握り締めて、戦わねばならない。

 

 

「何にせよこの話は聞きかじりに私の拙い推量を交えたものに過ぎん」

 

まりもは座ったまま、僅か目元を緩めて肩を竦めた。

 

 

存外に米国にしても泥縄かも知れず。

方々で頭を抱えつつ場当たり的に対処しているのかもしれない。

 

あれほどに巨大な国家の複雑化した数多の組織、首班たる大統領閣下お一人で把握しきれる筈もなし。

情報組織に政軍関係の難しさだけとっても、帝国の比ではあるまい。

 

故に対ソ連にせよ対BETAにせよ、米国内でも時としてはそれぞれの思惑と絡み合った利害関係からこっちの組織は阻止に動いたがあっちの機関は放置を選んだ、将又終いにはその判断が政敵競争相手との派閥やらともすれば個人関係に迄落とし込まれて結果が左右されていって仕舞う事すら。

あからさまに人が死ぬ事が少ないだけで権力闘争の激しさ自体はソ連と大差ない、どころか動くカネの大きさは明らかに巨大かも知れない。

 

 

「貴官の存念はわかる。だが不戦の平和などあり得ん。米国は傲慢だが理不尽が過ぎはしない、少なくとも今のところは」

「は。元より戦陣に立つは武家の誉れ。それが日の本の為ならば尚の事」

「そしてBETAは甘くはない。確かに理屈では、この03型砲であの超重光線級にも抗し得よう。…理屈ではな」

「仰る通りです。言うは易し、かと」

 

 

確かに、フェイズ4ハイヴでも周囲半径およそ40kmはBETAにより平坦に均されてしまう。フェイズ5ともなれば60km以上はそうなろう。

しかし狙撃距離80km迄が必要となると、好条件の地点が見つかるか否か。

兵要地誌から云っても今後は基本的に情報の少ない外地での作戦ばかりになろうし、通常の狙撃とは逆に高所は絶対に選択できない。

事前調査で候補を複数挙げるにしても、向こうがハイヴ近辺の何処から出現するかも判らない上此方も狙撃砲が無数にある訳ではない。

 

そして艦砲が使える地理なら兎も角、でなければ射程の問題から支援に見込める砲火力はMLRS程度。殊ユーラシアでは纏まった戦車戦力を持つのはソ連のみ、ゆえに01型砲も援護に回して地表付近に重金属雲帯を形成。出現予測から狙撃ポイントへ移動し、狙撃体勢へ移行して発射。

 

それだけの工程の間、間違っても重光線級が前進せぬ様引きつける必要もある。

 

そして発射から着弾までのおよそ10秒。

動かれない、もしくは動いた先を予測しての狙撃が求められる――

 

 

「実際に相対した経験から申し上げれば、そう動き回るBETAではないと…甲26号の際の詳細は不明ですが、迎撃に出て来る都合上ハイヴ接近と事前砲撃等で炙り出せるとも。初撃で仕留められる状況であれば成算はあるとは思います」

「…現時点ではな」

 

嘆息するかの様なまりもの言を唯依も首肯して、

 

「…進軍の可能性も有るとお考えで」

「否定はできん。BETAの動きがどう変化するかなど、予測できようはずもない。足が付いていて、動けるのは確実なのだろう?」

「それは間違いなく。実際に見ましたので」

 

あの、黒の衛士がたった一機で後退せしめた折に。

 

 

実際の処、BETA、就中ハイヴについては未だ不明な事象ばかり。

 

横浜・佐渡島に始まり、制圧した各ハイヴで確認された人体標本の如き鹵獲物は単に研究目的やら兵士級辺りの材料だとしても。

小型中型大型問わず、各種BETAがハイヴから出て来ることにはほぼ疑いがないにも拘わらず、そして稼働中(と思しき)反応炉を確保したハイヴも既に複数に上るのに、何処にも各種BETAを生産また製造等していると思われる箇所が見付からない。

 

反応炉そのもの若しくはG元素精製プラントから湧出するように発生する、未発見の「工場級」とでも云うべき大型種から生まれている、等とも言われているが、人類が確保した反応炉やハイヴにそのような現象や個体が確認されたことは未だない――

 

 

「万一あれが今欧州内陸部で前進を始めたら、例えそれが1,2体でも壊滅的な被害を被る。英国のドーバー基地群ですら、旧ベルギー領から照射圏内に入ってしまう計算だ。加えて海を挟んでいるにせよ、これまでにBETAの渡海上陸を受けた事がある地域は当然、危険だ」

 

それは英国と、そして帝国。

 

「ましてその進軍が同時発生的に起きた場合は…」

「現在の防衛線を維持するだけで青息吐息の欧州連合には到底止められまい。内陸部を進まれたらフランスは終わりだ。中東とアフリカは、BETAが常通り陸上移動してくれると楽観してなお地中海からの海軍力でスエズで阻止できるか否かにかかっているな」

 

人類戦力が大陸から叩き出されて漸減も行えなくなれば、飽和したBETAはまた渡海を始めるだろうし、ハイヴの建設も始めるだろう。

 

そしてそこからはまた、BETAが湧き出す。超重光線級も含めて。

 

 

甲20号に現れた新種・超重光線級が、甲26・エヴェンスクにも現れ。

欧州連合軍からは、光線属種の少なさから甲08・ロヴァニエミにも存在する可能性が報告されている。

 

回収したそのサンプルの組織は、月面戦争から現在に至る迄のあらゆるBETAのサンプルに該当せず。

故にこれは、母艦級の様にその存在が予想されていたが単に未確認だった種が今になって出てきた訳ではなく、全く新しく生み出されたまさに新種のBETA。

 

おそらくは、電磁投射砲戦術に対抗するために。

そして結果としてだが、G弾戦略術にも少なからぬ影響を与えた。

 

兎も角これでBETA個体間はともかく、おおよそハイヴ同士がその建設系統に関わりなく相互に情報を交換しているのはほぼ確実。

 

しかしその、情報の取捨選択や重要度の順序づけに始まり新種を生み出すに至る意思決定のプロセスはどうなっているのだろう。まさか会議や投票をして決める筈もなし、何処でどうやって決まっているのだろうか。

 

 

「『友人』が言うには、まあ単純に考えてもおそらく甲01 ― カシュガルのオリジナルハイヴが決めているのではないかとな」

「…では大将首を取れれば少なくとも新種の出現は止まると?」

 

保証はないがな、と。

また小さく肩を竦めた神宮司少佐に、唯依は壁に掛けられた世界地図 ― ハイヴの位置が示してある ― を見遣る。

 

「場所が不味すぎます」

「…ああ」

 

 

東トルキスタン。新疆ウイグル・カシュガル。甲01号カシュガルハイヴ。

 

しかしその位置は海から1800km近く離れた内陸奥地。

先に旧インド・甲13号ボパールハイヴを落として橋頭堡としたとしても、さらにそこから北上すること直線距離でも1700km。

 

カシュガル東西北の甲14号敦煌・甲02号マシュハド・甲06号エキバストゥズ各ハイヴの方がまだ近いほどで、さらには陸路北上しようにもヒマラヤ山脈の存在から地形も急峻。

迂回すればさらに進軍に時間を要し、しかし山越えは万一光線級の見落としがあれば撃たれ放題。

 

そして超重光線級の存在が無視できない限り、直上への軌道降下戦術はリスクが高すぎる。

 

 

「そもそも悠長にフェイズ5のボパールを攻めれば周囲がBETAだらけになります。防衛線の長さはリヨン東の比ではありませんし、その後の進軍にしても機械化部隊とはいえかなり時間が…あれだけの広大な地域、陽動と牽制をかけるにしても必要な戦力は膨大になります。まして――」

「それ以前に攻略作戦の陣容自体がまとまらない可能性もあるな」

 

 

甲13号・ボパールハイヴ攻略。92年スワラージ作戦に続くアジア連合の悲願。

 

BETAの侵攻があと10年、いや5年遅ければ。

冷戦下で非同盟を標榜しつつも第3次印パ戦争以来ソ連との距離が接近していたインドはしかし、80年代に入ると西側への取り込みも射程に入ってきていたところだったのだが。

 

今そんな所のハイヴを攻略すれば、それこそ反応炉の所有権を巡って米ソの鞘当てどころか、下手をすれば実際に戦端が開かれかねない。

そうならないように破壊してしまいましょうなんて日本あたりが言い出しても、皆聞いてもくれないだろう。

 

当のインドにしてもBETA大戦以前には核保有国だった程で、オーストラリアへ政府を逃がした現在でも主権自体を放棄したわけでは決してない。

 

 

「それに甲01号は元・中共の支配地域だ。73年の紅旗作戦とそれに先立った展開の様に、また国連を締め出しソ連と組んで独占を目論むやもしれんしな。何せあそこはオリジナルハイヴ、何が埋まっているか解らんぞ。大方甲20号での統一中華軍の動きもそれを睨んでの事だろう」

 

ま、何にせよまだ当分は無理だろうと。

 

「些か話が長くなったな。取り敢えずは目の前に任務に集中してくれ」

「は」

 

言いつつ立ち上がった神宮司少佐とは、堅い話の傍らしかし唯依は少し距離が縮まった気がした。

 

これから先 ― お互い生きていれば、だが ― 、実務実戦で付き合っていく上では角突き合わすより多少なりと気心が知れていた方が有り難い。

 

そして少佐殿の気持ちも同じように思えて――

 

「外征になる、本来国内任務のはずの斯衛にすまんが…ご家族には?」

「御存知の様に母も武家の出ですので」

 

それも五摂家、崇宰に所縁の。銃後の覚悟は言う迄もなく。

しかし今の唯依には、先日久し振りに本宅へ戻った時の記憶。

 

「ですが流石に小言を貰いました。何時までも戦術機戦術機と、そろそろ婿の来手を考えろと」

「はは、そうか」

 

少佐殿の軽やかな笑み、だから唯依は油断をしてしまって。

 

「そうか、貴官『も』嫁き遅れか」

「いえいえ、私『は』まだまだ……」

 

 

――!?

 

 

突如張り詰めた空気に慌てて口を塞いだがもう遅い。

 

 

 

「…わたし、『は』…? …ほう、そうか貴官…私を…そう…」

「しょ…ッ、少佐殿…っ!? し、失言をおわ……――ひぃ!」

 

 

 

こうしてこの日、斯衛きっての衛士は予期せず般若の姿を見。

 

「狂犬」の渾名の理由をその身と心に深く刻み込まれる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 4月 ―

 

 

帝都。帝都城・城内省病院。

 

春の午前の光が病室を明るくしていた。

開け放たれた窓からは爽やかな空気。

 

洋風でしかし如何にもな病室ではなく。本来中尉風情が入る部屋では無い。

しかし個室が宛がわれていたのは何も拘りは無さそうで実際そうであろうこの部屋の使用者の意思とは関係なく、元々城内省病院に相部屋が少ない事と、単に先月迄の入院の際にも使っていた部屋で、見舞に訪れる者等の立場を考えればある程度の設えや広さが必要だったが故。

 

側仕えとしては当然、しかしノックをしようとした真那はいつもの如く冥夜によって制された。そして応えに続いて病室の扉を開けた冥夜の肩には微量の寂寥感か。

 

 

紫の斯衛服 ― ではなく、冥夜は市井の女子が着るが如くの私服姿。ぴったりとして肢体の描く隙無くも優美な曲線も露わな黒の長袖徳利襟、短いスカートの下にも同色のタイツの出で立ち。

 

付き従う真那は赤の斯衛服なれど、もし彼女が居らず此処が城内でなければ、まさか「殿下」だと思う者は居るまい。その尊顔を観察しない限りは。

 

 

「失礼…します、中尉」

「…」

 

冥夜に続いて入室した真那は無言での敬礼に答礼。

そして今の部屋の主たる黒の衛士 ― 検査の為昨日からまた此処に戻って来た ― の、変わらず無表情な様子を見た。

 

着替えの途中だったのか黒の斯衛服の上は着ておらず、その下に身につけた機能性肌着が少し痩せたのかも知れぬ無駄のない肉体を包んでいた。

 

 

昨年末の甲20号作戦で死にかけ、十日以上も意識不明に陥った上二月近くは歩く事も出来なかった。全身の筋組織が酷く傷付き、内臓にも深刻な影響が。

何とか回復の軌道に乗り、その後は医師の指示に従い理学療法・作業療法等のリハビリに勤しんで。元が鍛えられているせいもあってか回復は早かったものの。

 

そして先月の退院後、漸くに原隊へ復帰。

 

 

しかし――

 

二言三言と言葉を交わす冥夜と彼から数歩下がって、真那は部屋の隅へ。

 

 

あの強烈なG、限界を超えた反応速度。

 

しかし其れ等を受け止め実現するのは生身の肉体。

 

限度解除した感覚欺瞞で無理矢理誤魔化し、更に戦闘薬の類で強引に精神をも加速。

 

 

…死ぬぞ、貴様…

 

 

医師の所見は、とても冥夜様には見せられない。

 

米国から導入していた最新の蘇生医療が無ければとうに。

この短期間で再び戦術機に乗れる様になった事自体、奇跡的な話で。

また次同じ様な真似をすれば、良くて廃人。命の保証等到底無い。

 

 

「出征されると聞きました」

「…は」

「欧州派遣部隊、ですか…?」

「…は」

 

少しもどかしげな冥夜様のお声、本当はもっと聞きたい事も云いたい事もお有りの筈。いっそ面倒な装いの言葉遣いもかなぐり捨てて。

その心中を察すればこそ、居たたまれず真那は、僅か視線を落とした。

 

 

日本帝国は欧州連合軍による甲08号・ロヴァニエミハイヴ攻略作戦の支援を決定。

 

帝都防衛師団からの抽出を中心として軌道降下兵団を再編し、正面戦力2個連隊規模の欧州派遣部隊を編成した。

 

そして其処に、斯衛軍より2個中隊が増強される。

 

斯衛は本来神州護持こそが真面目、帝都防衛師団が手薄になると有ってはより。なれど閉じ籠もって世界の趨勢に遅れるもならじと、装備機の都合も有れば精一杯の数。

 

とは云え帝都城護りの要たる第16大隊からは参加の無い予定であった処、彼奴は本人たっての希望で、同時に籍を置く斯衛試験部隊に付いての渡欧となる。

 

狭い世界の斯衛軍、派遣ならずば帝国軍なり国連軍なりへ移るとさえ無表情に言うたとか、無神経にも除隊届の書き方を真壁殿に聞いて握り潰されたとか、斑鳩公は一笑してその大器を示されたとか、そんな噂が流れていた。

 

 

「…そろそろ。時間ですので」

「…はい」

 

立たせたまま応対する無礼を咎める冥夜様でないことは知っていた。

故に真那も黙って居たが、動き出す気配を見せた薄着の中尉に先立って冥夜が壁際の衣紋掛けへ素早く動いた事には流石に驚いた。

 

「め――、で、殿下っ」

 

その制止にも構う事無く。

冥夜は其処に掛かっていた黒の斯衛服の上着を取ると、手を差し出した中尉も無視して有無を言わせず後ろからそれを羽織らせた。

 

「…」

「な…ッ…、貴様…」

「よい、月詠」

「は、……は」

 

貴人のする事、させる事では無い。

まして其れを平然と ― いや、少し困っているのか? ― 受ける黒が居る等と。

 

無言のままで袖を通して釦を留める中尉の後ろでその背を見つめる冥夜は、口の端の持ち上がりこそ僅かなものの、その目元は明らかに微笑んで。

 

そして着終わる迄を見届けると、続いて服の隠しから取り出したるは京都は鞍馬の燧石に、誂えさせた超硬炭素の火打ち鎌。

 

背を向けたままの中尉の右肩口へと、カチカチカチと三度の鑽火を。

清めの作法、出掛けの祈り。

 

「――ご武運を」

「……は」

「いってらっしゃい」

「………は」

 

其方の戻る場所は此処ですよと。

 

一部始終を見る羽目になった月詠真那は、部屋の隅で頭を抱えた。

 

 

 

 

流石に病院正面入口での御見送りは「殿下」にはお控え戴いて。

予めそれを御理解頂けた上での先程の仕儀なのであろうが。

 

本来なら参内すら叶わぬ身、この病院に入る事すら赦されぬのに躊躇なくすたすたと歩を進める黒の衛士を真那は追った。

 

「待て、中尉…!」

 

小さくも鋭い呼び止め。

内心の憤懣のままに真那は立ち止まり振り返った「双刃」の腕を取り、手近の壁へと追い詰めた。流石に広い玄関広間は避け、曲がり角の向こうへ。

 

「貴様…判っているのだろうな…!」

「…」

 

長めの焦げ茶の髪。同色の、しかし闇を宿して沈んだ瞳。

己より僅かに背が高い彼に、真那は詰め寄る。

 

小声のまま、噛みしめる様に。

 

「軽挙は許されんぞ…貴様は最早、安く死ぬ事は赦されん…!」

 

いっそ、こうなる前に死んでいてくれれば。

今となってはどれ程に冥夜様が悲しまれるか。

 

 

冥夜様は――

 

此奴がすわ戦死かと危ぶまれ、生死の境を彷徨う間は寒中水垢離にて百度を踏まれ。

 

戯れにでも、此度御親征は成らぬのかな、等と迄仰られる始末。

 

 

敢闘しての戦死ならば、折り合いも付けられよう。

 

どころか是れ程の技量ならば如何な余程に苦難のいくさ場からでも生還しよう。

 

しかし次なる芬蘭の地でも、恐らくは彼の巨大種が出現しよう。

 

然すれば此奴は、再び自ら命を放り出す様な真似をしかねん。

 

其れでも尚、生きて戻ると信じて祈る冥夜様が御為にも。

 

 

「…戦場に絶対はありません」

「巫山戯るな…生きて帰ってこい、命令だ!」

「…」

「返事はっ…命令だぞ、必ず生きて還ると、約束しろ!」

「……」

「どうした!、 ……?」

 

極至近の闇茶の視線、それが向く先は――後ろ?

 

 

――!?

 

 

振り返った真那は、驚愕した。

そして見た顔達も、驚愕していた。

 

其処に居たのは、女官等を連れた神代・巴・戎の三白斯衛。

皆揃って両目と口とで三つのOを描いていた。

 

 

確かに、端から見れば、この体勢は。

胸座を掴む迄には至らず、しかし寄り添い手を添え懇願する様にして。

 

 

「ま…真那様が…!?」

「つ、月詠中尉が……まあ、まあ!」

「大変ですわ、大変ですわ…っ!」

「これは皆様のお耳に早く…!」

「ちょ…、待っ…! ちぃ、追え神代っ、独立警護小隊ッ! 妙な噂を広めさせるな!」

「ぇ、は、…はッ!」

 

愕然として硬直、それが溶けたのは女官等が早かった。

何故か嬉しげに走り去って行く彼女等を部下共を叱咤し急いで追わせ。その背を見送ってから、真那は大きく息を吐いた。

 

「…面倒な……、…貴様、何を他人事の様な顔で…」

 

睨み付けるも変わらず無表情で、いえ、等と言う。

殿下が女性であられる事も有り、側仕えには女も多い。兎角流言の類は好まれる傾向。

 

「…兎に角…貴様の命は、もう自分だけの物では無いと知れ」

 

吐き捨てる様に。言って頭を振る。

 

「貴様独りが気を吐かずとも、戦略術は用意してある。鉄原の再現等には早々ならぬ」

「……BETAはそう甘くありません」

「識っているとも。故に貴様も先駆けばかりを考えず、少しは指揮も覚えよ」

「…」

「付いて来られる奴がいないとでも言いたげだな。だが存外に貴様は甘い男、単に部下に死なれるのを恐れて居るのでは無いか?」

「…」

「貴様は既に多くの物を背負っている。易く其れ等から逃れられはせん」

「……俺にあるのはBETAと戦う意思だけだ」

「本性が出たな。其れが逃げだと云うのだ。縁に柵、没蹤跡等とそう都合良く行くものか」

 

鼻で笑って見せる。

 

 

此奴斑鳩公の狗だと思っていたが、其れすら逸する単なる阿呆。

忠義を口にせぬ処か異星種を道連れに死ねるなら只其れこそが本望とばかりに。

 

 

こう成れば多少の無理はあれども、矢張り自隊辺りに引き込んで。

 

 

何の道冥夜様の事情も知られている事。

是れほどの戦功と技量の持ち主が至誠一貫足れば正しく斯衛の帝国衛士の鑑として、何れは武家の名乗りさえ。そう躾け直す暇の為にも、

 

 

「貴様は縛り付けでもしておかねばな…還ってきたら私の処で飼ってやる」

「卿、随分と歪んだ性癖なのだな」

 

――!?

 

かけられた涼やかで、しかし呆れた風な声に真那が音が出そうな勢いで振り返れば。

 

長身の、勲章付きの青の斯衛服。整った面差しに眠たげな眼からの視線。斑鳩公。

何かの序でに退院時間に迎えにでも参られたのか。さらに傍役の赤の真壁殿に付き従うは、彼の大隊の面子が数名。

 

「な――!?」

「他人の情痴の類に文句は付けぬがな、同意は得たまえ」

「不潔です」

「月詠中尉がそう云う御趣味だとは…ついぞ知りませなんだ」

「他隊の方としては尊敬して居りましたのに…残念です」

「不潔です」

「小官で宜しければ首輪持参でお邪魔致します! 高踵靴でお踏み下さい!」

「馬鹿者、何故敢えて軍靴から履き替える。解って居らぬな、其処は馬上鞭よ」

「不潔です」

「変態ばっかりだったんだ…」

「中尉もご同輩で?」

「……いや」

 

男女取り取りに言いたい放題。

 

真那は傍付の役名の儘に傍観を決め込む真壁介六郎に救いを求める視線を送るも、与えられたは溜息一つと竦められた肩だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

欧州。フランス。リヨン北東220km。

欧州東部防衛線・その突出誘引部。

 

降り続く雨が荒野を濡らしていた。豪雨。

地に落ちた雨水が流す泥に混じって黒く金属臭を放つ体液の出所は、点在する突撃級・要撃級の死骸の山。

それらは人間が退かしたのではなく、5日と間を置かず現れるBETA共の進撃によって押しのけられただけ。元々すでに、この防衛線突出部にはその手の作業にまで人手を割く余裕はなかった。

 

「隊長! 後続です、今日はサービス満点ですね!」

「嬉しかないわよ、砲兵共の援護は?」

「デニャ・コマンデ、あいにくと売り切れだそうです!」

 

ベルナデット・リヴィエール大尉の舌打ちは、率いる中隊12機の部下たちの軽口に紛れた。

 

「CP、迎撃部隊は?」

「こちらCP、ヴェルダン01、10分くれ」

「冗談! 突撃級共には抜かれるわよ、何皿目だと思ってんの?」

「ない袖は振れん、ごちそうさまは許可できない」

「マゥンス! 皆、7皿目も平らげるわよ!」

「了解、フルコースは久しぶりだ。腕が鳴る」

「炭化した肉なんてもういらねぇ」

「ヒュウ、胃薬が欲しいぜ」

 

隊の士気が保てていること、それだけが救い。

 

 

生還しても干される覚悟で参加した義勇軍、情勢の変化に慌てて戻り戻されたお調子者に、しかし昇進があったりするのはアブない軍の証拠みたい。全体として全然勝ってもいないのに。

 

 

遊撃として防衛線より前に出て、俯瞰しつつ援護の要請があれば穴を塞ぎに行くのが本来の仕事。薄く広く拡がってしまった戦力はどこも乏しく呼び出しコールはひっきりなしで、今もようやく戻ったところで招かざる客に頼んでもいないムニュのお出迎え。

 

これで東部戦線異状なしッてんだから…!

 

去年開始された後方での都市復興、作業員その他の避難が開始されたのは今年に入ってから。それでも表向きには、戦力再編成のためとなっているらしい。

再編成には違いがないが、それを前向き鵜呑みにする民衆でもない。さっさと荷物をまとめて逃げ出した人が多かったのがある意味救いで――

 

情けなくもある。

 

「突っ込むぞ! 02,03着いてこい、突破して敵右翼の突撃級共をケツから戴くから残りは好きに料理してやんなさい!」

「了解っ!」

 

泥まみれの愛機・ラファールを駆り、彼方より迫るBETA群へと向かう。

 

激しい雨に光量が足りず視界はよくない、抱える2丁のFWS-G1は共にとっくに重整備が必要な段階を超えているし機体についてなんて言わずもがな。

索敵の為の振動センサーも遠方のものの中には故障したか破壊されたかで信号を送ってこなくなったものも数知れず、再設置する予定は聞いたが実行されたと聞いていない。

 

「チぃッ…!」

 

敵はそう、多くはない。いつも通りせいぜい大隊級の群れ、だから突撃級も50匹前後。

操作に対してわずか反応が鈍く感じる疾風の名を冠する機体、それらを微妙に技量でアジャストしながら迫る壁の如き突撃級の合間をすり抜ける。

 

光線級は――いない――か…っ…?

 

少なくとも確認できる範囲では。

ちょっと前までなら朗報だ幸運だと喜ぶところ、今でも完全にゼロではないのが鬱陶しいがそれ以上にその意味するところがいつも心を折りかける。

 

 

戦死による損失は、大して多くない。

戦術機の性能が上がっているのもあるし、BETAも絶対数でいえばそこまで絶望的な数でもない、多くても連隊規模程度。

ジョンブルにクラウツ共がユトランド方面ではしゃぎだして防衛線を構築してからはミンスク発の連中はそちらへ引き寄せられているらしいし、ブダペストからも単純距離なら向こうの方が近い。

 

 

だが、忙しい。

 

熟練兵の酷使で、なんとか保たせているだけ。

 

糧食はある。弾薬等の物資にしても、まだ。

ただ圧倒的に手が足りない。身体も機体も休ませる暇が少なすぎる。

おまけに実戦ばかりの繰り返しで逆に隊の練度が落ちてきた。

 

それでもリヨン以降の新米連中じゃ数あわせの意味しかなくて、まれに混じってくる光線級数匹程度で大混乱に陥ってしまう。遊撃的に機動防御なんてできるわけもなし。

中隊規模で光線級吶喊できる部隊なんてどこの戦線でも放したがらない。

 

イギリスとドイツに引き抜かれた戦力は、ある意味その数以上に質が惜しかった。

元々欧州連合の中核に成って担って戦っていただけあって、二線級部隊ですらウチの新米やガバチョの連中よりは安心して任せられたのに。

 

アンクルサムのレールガンは何門か確保はしてあるが、アレは母艦級が出てきたときのとっておき。あのご立派なランセ・シュヴァルじゃなきゃ被害少なく仕留められない。

 

 

防衛主力が突出部施設から離れすぎると、誘引の役目が果たせなくなるとのお達しで。

抜かれちゃならないラインを背後にいつも少ない数での防衛戦。

 

 

そんな戦況やらをまとめて丸めて一番クるのは正直、

 

あの殻なしエスカルゴが来たら終わりってのは――!

 

ベルナデットのラファールは突撃級の群れを抜けた。

 

本当に軽めのメイク、目の下の隈をいつも隠して。

忙しなく動き回る両の眼球が次々と獲物を捕らえていく。

 

「殺ってらんないのよ!!」

 

両主腕と兵装担架のFWS-G1が火を吹いて、36mmと120mmとをばら撒き吐き出し柔らかな突撃級の背部に突き刺さっては降り続く雨に血しぶきを添える。

 

 

もうじき、ラップランドで作戦が始まる。

 

ハイヴを押さえて、そこにある反応炉を手に入れるため。

 

それは欧州のものになるはず、そして欧州にはフランスもいる――はず。

 

どこで間違った、どこで間違えたのだろう。

 

リヨンの反応炉を何も知らずに壊してしまった時なのか、あるいは自国優先をもっと隠せばよかったのか。

 

それともただの剣たれと、面倒さから逃げ続けたツケが回ってきたとでも?

 

だが政治屋共の尻を蹴飛ばそうにも――一介の衛士になにができる。

 

 

「掃討完了! 次は要撃級連中を平らげるわよ!」

「ははっ、大尉、ここじゃスコア稼ぎたい放題ですね!」

「ハン、大方水増しだなんだって認めちゃもらえないわ、それより油断すんじゃないわよ! 戦車級に注意!」

「了解!」

 

素早い殲滅でBETA群中衛との差を埋めさせず。

ラファールを翻したベルナデットは隊列の再編と給弾を兼ねてわずか留まる。

 

 

ロヴァニエミのハイヴが片付いたら。

 

ヤンキーとサムライたちはそれこそさっさとゴーホームなんだろうか。

 

 

最初に勇んでハイヴ攻略してしまい、気づいたときにはハシゴは外れ。

 

狡猾なライミーと冷血のボッシュに騙されたと皆は言うけど。

 

 

助けに来てよ、「ニンジャブレード」…!

 

その一言だけはそれこそ死んでも漏らすまい。

我知らず食い縛っていた奥歯を開くと、ベルナデットは突撃の号令だけを声にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は1年ほど遡る――

 

 

2002年 アーリースプリング。

イリノイ州シカゴ。ミシガン湖畔の大都市。

 

退勤時間の街路は混雑していた。オフィスを出た男は一息つき、その中へ混じる。

年の頃は中年、しかし体型もそう崩れてはいない。

 

そして彼はたまの習慣、行きつけのバーで一杯やってから帰ろうと思い。

 

曲がり角で人とぶつかった。きゃ、と上がったのは女性の声。

その彼女が持っていた飲み物が男のスーツに少しかかった。

 

男のサラリー相応に、そう安価なスーツではない。

内心やや憤慨しつつも手を差し伸べると、衝突相手は若い女性。

 

20代後半か、アッシュブロンドの長い髪。白皙の美女。

 

季節相応の厚着、しかしコートの前開きから覗える優美な肢体。

 

詫びと礼とを口にしながら立ち上がった彼女はしかし、男の服を汚したことにすぐに気づいてすまなさそうな顔をした。

改めて述べられるお詫びの言葉を、男はあまり聞いていなかった。ああ、いや、という生返事は、単に彼女の美しさゆえだけでなく、あまりに好みのタイプに過ぎたから。

 

クリーニング代を出します、いやかまわない、いえそれでは申し訳ないと少しのやり取り、その受け答えも実に知的で押しつけがましくはなく。彼女の左手薬指に光るリングも、男は目ざとく見つけていた。

 

「本当にすみませんでした」

「いや、かまわないよ。…求職中なのかい?」

「はい、なかなか…難しいですけど」

 

怜悧に見える美貌を苦笑の形にして。その顔も魅力的だった。

彼女が飲み物とは別に手にしていたのか落とした大きな封筒。近くにある会社のロゴ。

 

「そうなのかい?」

「ええ。両親が移民なんです」

「ああ…」

 

彼女が手にしたハンカチ、やや忙しく胸元を拭ってくれる甲斐甲斐しい手つき。

妻にも久しくされたことがない動作、長身の女性の長い髪の甘い香り。

 

「失礼かもしれないが…軍には?」

「適性検査で落ちました」

「そうか、すまない」

「いえ」

 

移民や難民がアメリカの居住権なりを得るのは、そう容易ではない。

それくらいは徴兵免除の立場の男でも知っていた。

 

自由の国でも移民難民がそれを得るにはかなりの代価が必要で。

 

「ああ、…もういいよ、ありがとう。かえってすまなかったね、ハンカチが汚れてしまったろう」

「いえ、いいんです。本当にごめんなさい」

 

美女のしおらしい態度に男にはほんの少しの欲求が持ち上がるも、それをそのまま出すほど若くなければその手の度胸もなかったので、せいぜい紳士ぶってその場を立ち去ることにした。

 

「私はこの近くで勤めていてね、もしかしたら少しだけ力になれるかもしれない」

 

 

男は勤めはこの近くのとある企業。

 

それなりの地位にもいる。

 

 

「え…本当ですか、…あ、いえ、悪いです」

「かまわないさ」

 

男は取り出した名刺を渡し、

 

「! すごい…でもこんな大企業、私では無理です」

「いや、試してみなければわからないだろう?」

 

ひとつ肩を竦めて「あまり期待されすぎても困るよ」とおどけた。

 

 

数分になってしまった、それでもわずかな出会い、ほんの少しの立ち話。

 

格好をつけたつもりの男も数日もすれば忘れてしまう、そんな出来事。

 

 

しかし――

 

 

「Спасибо, я слышал хорошую историю」

 

 

美しい女は最後にそう言い。心なしか冷たい笑みで。

 

 

きょとんとして見送った、男の勤める会社は「ボーニング」。

 

TSFで有名ながら、彼が造るのは「トラクター」。

 

 

そして周囲を行き交う雑踏の中には、彼女と同じく銀の髪を隠した女達が紛れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつもご感想・評価下さる方々、ありがとうございます

最後までお読み頂きありがとうございますw
なんかまた冗長になってしまいました


G弾とG弾戦略については、設定資料集から情報を引きました

…ぽいぽい落として解決の爆弾じゃ、なかったんですねw


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Muv-Luv UNTITLED 14

2003年 4月 ―

 

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ。

地球上8番目のハイヴである。建設開始が確認されたのは1981年。

 

以来20年余。この地は光線属種の存在により衛星による偵察を除いて事実上人跡未踏の地と化した。

現在その規模はフェイズ5にまで達するとみられ歪な形状の地表構造物は地上600mに大質量を以て聳え立ち、地下茎構造も半径30kmに及ぶと推定される。

さらに周囲11万㎢超はほぼ平坦に均され、その外縁に至るまで動植物の影一つとて存在しない死の荒野 ― 本来なら冬期の積雪が未だそのままに一面の銀世界が保たれるはずが、この異形の城塞から湧き出し続けるBETA群により踏み荒らされて、純白を醜く汚す黒と茶とが来たるべく春の泥濘の園を約束していた。

 

 

そしてハイヴは、ひとつの例外もなく人類が流した血と涙と骨と怨嗟で出来ている。

 

 

――1973年・BETA着陸ユニットからのカシュガルハイヴ建設を皮切りに、最初期姿を見せなかった光線属種の出現によりこの異星起源種に一方的に空を制圧された人類は敗走を続けた。

はじめ西進したBETA群は02・マシュハドハイヴ建設後に北上を開始。

社会主義陣営の盟主として東側世界に君臨していたソ連であったが、数の暴虐で押し寄せるBETAに抗う術もなく続く2年で03から05、ウラリスク・ヴェリスク・ミンスクと立て続けにハイヴを打ち建てられてしまった。

 

そして78年。05・ミンスクハイヴの攻略を企図した北大西洋条約機構・ワルシャワ条約機構両軍による一大反攻作戦・パレオロゴス作戦が失敗。

結果両軍はその戦力を減退させ、その後のBETA群の逆撃を食い止められなかった。

 

80年ユーラシア西側の防壁となっていた東欧国家群へのBETAの猛攻が続く中、北進したBETA群が北極海に到達、これによりついにソ連が東西に分断。この東側盟主の敗北後、欧州社会主義陣営は雪崩を打ち相次いで陥落。

そして大陸から持ち出せる物総てと民間人とを後方へ逃がすダンケルク作戦が遂行される一方、ドイツ民主共和国(東ドイツ)の崩壊に続き必死の防戦むなしく85年には欧州自由主義陣営の雄・フランスとドイツ連邦共和国(西ドイツ)が揃って陥落。

その後87年まで各国政府機能はポルトガル西端に残り北欧でも抵抗が続いていたものの、反攻作戦はおろか防衛戦すらままならない状況は如何ともしがたく ― 人類は、その文明の発祥より歴史を刻んできたユーラシアから追い落とされた。

 

その間に失われた生命・財産はあまりに膨大であり、犠牲者の数は未だ正確な算出ができていない。1970年当時6億人程度であったウラル山脈以西の人口は2003年現在、1億と少し程度まで激減していると言われている――

 

 

そしてさる一昨年、2001年秋。

12・リヨンハイヴ攻略成功によって悲願であるユーラシア奪還の口火を切った欧州連合であったが、世論の沸騰を受けての見切り発車であった作戦の成果は南北600kmを超える長大な防衛線として結実。

この結果、欧州連合は構成各国の利害の調整が進まないまま膠着させるほかない巨大な戦線を抱えて、一強たるアメリカのさらなる台頭と日本の協調による太平洋自由主義国家陣営の構築、そしてソ連の逆撃に始まる旧東側社会主義陣営の復古という世界の流れに完全に乗り遅れていた。

 

落日の王国 ―

 

栄枯盛衰を繰り返しながらも連綿とその歴史を紡いできた欧州各国は現在、下り始めていたその坂をさらに速度を上げながらその先の断崖へと避けようもなく転がっていく――

 

 

 

コロンビアが星の付いた三角帽を頭に乗せてやって来た。

 

アマテラスも日輪を背負い雷の防人を遣わせる。

 

 

――が、それでも。

 

 

ブリタニアはすり切れかけた最後の一張羅に丹念にブラシをかける。

 

ゲルマニアは時間を気にしながら欠けた剣を研ぎ傷だらけの鎧を身につけた。

 

そしてマリアンヌもまた、引き破れたドレスの裾を翻して立ち上がって。

 

 

 

Europe was not built in a day.

Europa ist nicht an einem Tag erbaut worden.

L'Europe ne s’est pas faite en un jour.

 

 

我等の歴史こそが人類の歴史。

 

人類の歴史こそは我等の成果。

 

傲慢も偏見も過去への執着も、誇りと自負と未来への渇望に換えて。

 

たとえ相争いながらでも、膝を屈せず進む事こそが自らの証明であるとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

昨年末、6個連隊に及ぶ欧州連合スカンジナビア攻略軍は2ヶ月に及ぶ作戦期間の後、その進軍の停止を余儀なくされた。

遙か東方・鉄原ハイヴにて初めて確認された新巨大種・超重光線級の出現の可能性が当地においても否定できなかったためである。

オール・TSF・ドクトリンによりほぼ戦術機のみの編成となる欧州連合軍にはその時点で ― 半年近く経過した現在でもだが ― 超重光線級排除の術が存在しなかった。

 

これを受けて欧州連合軍総司令部は、来春以降のロヴァニエミハイヴ攻略を見据え水面下では進めてきていた国連及び日米への援軍要請の前倒しを画策。

 

しかしイギリス・ドイツが、中心となって進めるスカンジナビア・ユトランド両半島攻略とその防衛線構築維持に助力を求めようとする中、フランス以西の国家群は戦力的に逼迫するリヨン東防衛戦への派遣打診を希望。

 

そうして欧州連合が常の悪癖ともいうべき内部調整の困難さから援軍要請案策定に難航する間に、ソ連が旧社会主義勢力を糾合して極東部のエヴェンスクハイヴを攻略。

日米軍主体にて攻略成り制圧した朝鮮半島・鉄原ハイヴ至近で続く両軍と中ソ軍との事実上のにらみ合いには早期終息の気配はなく、東西対立の表出が太平洋の二強国を圧迫する状況下で――しかし欧州連合はそれを有効に利用する機会を与えられた。

 

欧州連合はアメリカののG弾戦略によるユーラシア荒廃を危惧していたものの、東西対立の再燃により欧州西側諸国の対米友好的存立が、当のアメリカにとってその重要度を増したためである。

 

結果アメリカは米統合軍隷下の欧州軍へと増派した戦力を加えて、ニミッツ級2隻が擁する2個増強大隊を含む計4個連隊もの戦術機戦力派遣を決定。うち2個連隊をリヨン東防衛戦へ向かわせる。

 

日本も遠隔地投射可能な正面戦力として軌道降下兵団を再編。この精鋭による2個連隊はまた、最新鋭の超長射程リニア・レールライフルを装備し超重光線級排除の重責を担う。

 

なお戦力の空白化も危ぶまれる極東部については、日本とは事実上東太平洋における競争相手でもあるオーストラリアが、影響力を保つイギリスからの打診に加えてアメリカの仲立ちを受け、価値観を共有する国家として西側諸国に加わる立ち位置を鮮明にして、アジア連合の一部と共に後詰めとして控えることになった。

 

これらにより欧州連合はロヴァニエミハイヴ攻略に向け、スカンジナビア方面への戦力のみでも戦術機4個連隊 ― それも、精強な2.5-3世代機中心 ― の支援を獲得。

あえて指揮権の一本化を求めずその感謝の表れとした。

 

しかしハイヴ主攻となる欧州連合軍自体はまた、容易に一丸となれる状況ではなく。

 

長大なリヨン東防衛戦を抱えるフランスを中核とする国家群には、スカンジナビアまでに戦力を抽出する余力はなく。アルプス山脈を一応の防壁としつつも油断できるはずもないイタリアも同様、地中海に特化した海軍力も派遣を見合わせた。

さらにフランスでは先行して攻略した…攻略してしまい破壊してしまったリヨンハイヴの立ち位置や埋蔵されていたはずの国連に接収されたG元素の行方について、各種の疑念が真偽定かならぬ陰謀論めいた言説を呼び巷を賑わせており、民衆のみならず軍にもアメリカの増援を素直には喜べぬ空気が醸成されていた。

 

そして連合の事実上の盟主たるイギリスはハイヴ制圧後のプレゼンス維持増大を考慮して前面への展開を望み。

西欧州大陸最大戦力を矜持としつつもこの「大家」に逆らいきれない西ドイツは、主としてハイヴ突入前の制圧戦を日本の支援部隊と共に担当することになった。だがその対価として、寸土となるも国土の奪還には違いない解放したユトランド半島南端への防衛線構築にはイギリスの同意を得ることに成功。こちらは国土の奪還成った形のデンマークと共にその守備についた。

 

その後の展開に読めない部分が多すぎるにせよ祖国の解放には違いはなくそもそも独力での国土回復を夢見てすらいなかった北欧諸国は、長い冬を耐えることにも慣れており待たされた分なお戦意に燃えていたが、連合にオブザーバー的に参画していた欧州社会主義同盟の各国はさる2月のエヴェンスクハイヴ攻略の一件から事実上西側とは袂を分かつ形となり、ソ連の顔色を伺いつつ旧自国領域内のハイヴへの攻撃は手控えるよう要請した上で作戦への参加と戦力の供出を拒否した。

 

また、不足が見込まれる海上砲打撃能力を補うためアメリカは国連軍麾下としていたアイオワ級戦艦4隻を含む戦隊をバルト海へと向かわせようとしたものの、これらは国連憲章第43条により国連軍の戦費で賄われており国連軍の装備を特定国の事情で動かしているとして中ソの猛反発により国連安全保障理事会の許可が下りず頓挫。

これにより海上戦力はほぼ英海軍の駆逐艦・フリゲート艦による艦隊火砲のみとなった。

 

そして欧州連合各国軍並びに日米軍もナショナル・カラーを纏っての参戦が決定しており、国連軍の3形態 ― 臨機応変に列強から編成される非常設軍・供出戦力による準常設軍・避退国家中心の常設軍のうち、極僅かな例外を除けば北欧諸国軍により構成される3番目のみがUNカラーでの陣営参加となり――日米による鉄原ハイヴ攻略から始まり先のソ連によるエヴェンスクハイヴ攻略に続く形で、保留となったバンクーバー協定改訂を待つまでもなく、対BETA戦における国連主導という原則は有名無実を通り越して一顧だにされない建前以下のものと成り果ててしまった。

 

 

 

 

かくして、2003年 4月。

スカンジナビア半島にて停滞していた戦線は再び動き出した。

 

長い冬の間、イギリスはドーバー海峡基地群「地獄門」へと戻されていた主攻部隊がバルト海・ファスタオーランド島前線基地へと再集結を始める。

 

アメリカ軍は在欧米軍に加えて展開力に優れる軌道降下兵団を以て、まずはより緊急性が高いリヨン東防衛線への支援を優先。

 

そしてハイヴ突入はイギリス軍4個連隊と西ドイツ軍2個連隊が中核。

これにアメリカ軍海兵隊を中心とした後発の第2陣・2個連隊が加わる。

 

しかし各軍の砕氷船配備数は十分とはいえず、よってボスニア湾の氷結が緩み艦隊の進入が確保される4月末以降が本格的なハイヴ攻略開始となる中、それに先立つ形でおおよそ旧スウェーデン・ウーメオー ― 旧ノルウェー・サンネシェーン間で維持されていた戦線の押し上げをせねばならない。

 

それを担うのは――最初からハイヴ戦を想定していない北欧諸国軍により構成される国連軍2個連隊と、西ドイツ軍2個連隊。

 

そしてその中には、栄光のドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・「地獄の番犬」ツェルベルスの姿があり。

 

 

その支援となるべく、遙か極東の日出ずる国より。

 

サムライの末裔たちが天駆けて訪れる手はずとなっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧スウェーデン、ヨックモック・ボーデン中間点付近。

 

高度30m。雲の切れ間の、朝の弱い陽光を反射する雪原。

正面からは足を取られる低μの大地と、大きな気温・気圧差により活動レベルの低下が発生するとはいえ氷点下の気温程度はものともせず爆進するBETA群。

 

「敵集団確認、大隊規模、多めです。先頭突撃級集団相対距離2km切ります」

「ローテ01了解。中隊鶴翼参陣、背後を取って攻撃である」

「了解っ」

 

斥候機よりの報。

ローテ12 ― イルフリーデ・フォイルナー少尉は、乗機EF-2000で抱えるリニア・レールガン共々今回は出番がないことを察して隊列の最後尾につける。

 

前方50kmに至るまで光線属種の存在は確認されていないが、それで迂闊に高度を上げるような衛士は新米含めてツェルベルスにはいない。

 

欠員が出ている1中隊11機で素早く鶴翼陣を形成し、あえて薄く散開しつつ中央部にBETA前衛・突撃級の群れを受け入れやり過ごすとそれこそ熟達の編隊機動でその左右側面を逆進。

そうしていとも容易に背後を取り、中隊長ローテ01 ゲルハルト・ララーシュタイン大尉の号令の下突撃砲の斉射をかけて後背の弱点を晒す突撃級を次々に仕留めていった。

 

 

 

 

昨年暮れからの3ヶ月間、停滞させた戦線の維持のためにバルト海の前線基地に居残り。

 

西ドイツ軍1個連隊に北欧軍の2個連隊、日々の任務はローテーションでの哨戒に警戒ラインからの報があれば駆けつけてBETAを排除すること。

 

北欧の冬は聞きしに勝る厳しさで。外に出れば、強化装備でもバッテリーの減りを気にして保温を下げたりしたら当たり前に凍える寒さ。

しんしんと降り積もる雪に凍りつく海原、最初こそ物珍しく感じていたけれどすぐに飽きてしまった。

 

それまでと比べれば実に静かで、体力を維持するため食べる癖をつけていたのが災いしてちょっとだけ(ちょっとだけよ!)太ったり。

 

ともかく平穏で、でも遣る瀬ない日々。

それというのも大隊長アイヒベルガー少佐の伝手で国連軍戦術機開発計画部門から手に入れた、超重光線級のデータ。

 

それを元に幾度も行われたJIVESでの演習。

でもその結果は、予想以上にはかばかしくなかった。

 

 

現状遭遇したとの設定で始めればまるで話にならず。

後方火力の支援がなければ接敵すらままならず大隊ごと、あるいは連隊ごと文字通り全滅させられる。

 

チョルォンの再現として超重光線級がレーザーを失い配下の重光線級群の排除から開始しても ― なお困難極まるそれは、距離を開け要撃級らに入り混じりつつMk-57 中隊支援砲の火力を集めて超重光線級を狙っても重光線級群のレーザー迎撃網に阻止され。

重光線級群の排除を優先して近接戦に持ち込んでも、アイヒベルガー少佐をはじめとする幾人かはEF-2000前腕のスーパーカーボン・ブレードで頭上に迫る超重光線級の衝角を跳ね返すような離れ業を演じられても、その他は威力はあれど取り回しに劣るフリューゲルベルデではその攻撃を防げず次々と串刺しにされた。

 

西ドイツ最強。すなわち欧州連合最強部隊。

ゆえにおよそ戦術機でなし得る戦果に、届かないものなどないはずと――

 

それが自惚れに過ぎなかったと思い知らされれば、特に新人たちの消沈ぶりが目についた。

 

 

そんな中の先月上旬、停滞させていた戦線の押し上げが命じられた。

 

 

 

 

現在。ハイヴまで、あとおよそ200km。

ボスニア湾西岸近く、ハイヴにもより近いエリアの制圧を前衛として担うツェルベルスの負担は大きい。

この1ヶ月ほどは、去年以上のペースで出撃を続けていた。

 

「ローテ06、大丈夫?」

「ふーっ、ふー、ふ…っ、はぁ、…大丈夫だ、問題ない」

 

低空での高G機動の連続、呼吸すら惜しむ勢いでBWS-8 フリューゲルベルデを振るい一気に残る要撃級数体を文字通りに蹴散らして見せたローテ06・ヘルガの息は荒かった。

500m程後方に位置どるイルフリーデは、中隊内通信ウィンドウにのそのヘルガが端正な顔に流れる汗をざっと拭うのを見た。

 

 

8集団めの駆逐を完了。

周囲には斧槍で断ち斬られ弾痕を穿たれた戦車級要撃級の死骸が無数に転がり、雪混じりの荒野に異星種の汚れた体液が染み込んでいく。中隊が進んできた後方には、先んじて屠った突撃級群が屍をさらしていた。

 

 

極端に日照時間が短い冬期から、白夜の夏はまだ先。この4月ではドーバーあたりとそう変わらない。そしてイルフリーデの網膜投影の情報には14:30の表示。日の出直前の出撃からすでに8時間、3時間前に前線後方の物資集積所で補給した以外は索敵と戦闘の連続。

 

大隊唯一の装備機としてイルフリーデは要請に応じて他中隊も行き来し、抱えるレールガンは今日すでに3射。砲身は交換済みで携行にもう予備はない。

もう1射してしまえば完全に死に体、砲と砲身は保全を厳命されているから打ち捨てて身軽になり接近戦というわけにもいかない。

元々交換砲身は潤沢とは言い難かったのにハイヴ戦に備えるためかその供給が絞られ、さらに口はばったい物言いをすれば「母艦級もしくは1射1500体以上撃破が見込まれる状況」での使用ガイドラインを他部隊があまり守っていない。おまけにソ連が盗用したせいで管理がより厳格化して、以前以上に希少化している。

 

 

ハイヴまで150㎞程度までなら、おそらくそのくらいは大丈夫だろうと。

科学班が寄越したそんな、信憑性はまるで不明の前提。

死にに行けと言われているに等しく、それでも押し上げた戦線距離は一ヶ月で300km近く。

BETA群との会敵の頻度もその規模も、当然といえば当然、ハイヴに近づくに従って段違いに高まっていた。

いたずらに危険度が高まる夜間組は防衛に徹させる中で冬の間能動的な間引きも行えなかったツケが回ったか、フェイズ5を境にハイヴ周辺BETAはその総数が減少傾向に転じるという定説もどこへやら。

大型種の出現が引きも切らない現実から小型種の割合が増えるという言説も含めてすでにあまりアテにならず、衛星からの情報ではロヴァニエミハイヴ周辺には5個軍団15万体以上のBETAが滞留しているらしい。

 

実際のところ、当たり前だが戦力が足りない。

 

特にこの一週間ほどは解放域をわずかずつでも押し拡げるので精一杯の状況。

損耗も軽視できる状況ではなくなってきて、前線を担い続けるツェルベルスはすでに新人中心とはいえ脱落機が4、うち3名は戦死。制圧部隊全隊でもすでに2割に近い被害が出ている。

 

 

それでもなお、急ぎ北上してきた理由は――

 

 

「周辺の掃討を新人らに。我らは今少し進むのである」

「了解」

 

中隊長の号令の前に、イルフリーデはすでに前衛へ近づいていた。

ひたすら前線を押し上げつつの作戦行動、CPは常に後方遠くになりがちで基本的に現地部隊での判断が求められる。

 

ララーシュタイン大尉も大隊長からくれぐれも無理はするなと言い含められているらしいけれど、降下部隊の安全を考慮するなら前進するに越したことはない。西方を進んでいる第3中隊が少し先行する形になってもいるからその側面を空けるわけにもいかない。

機転が利く古参連中で先行、半ばの強行索敵も兼ねてで進軍距離を稼ぎ。発見会敵戦闘開始、後続合流後の排除で撃ち漏らしその他は殻の取れはじめた新兵たちの仕事にした。当然どちらも危険を伴う作戦行動。

 

だがそれでも作戦目標達成は遅れに遅れて。

 

「…もう無理だぞ」

「ああ…そうだな」

「前進する意味があるのか? そもそも何故我々が…」

「無駄口を叩くな」

「はッ…」

 

新人たちの愚痴でしかないぼやきに第2小隊長ベスターナッハ中尉の叱責が飛んだ。

本来はもっと進んでいなければならなかった。それも今日までに。

 

「…」

 

イルフリーデは操縦桿を握り、後方視界に散開していく同中隊の新人らを見送る。

彼女自身にも、思うところがまったくないわけじゃない。

 

 

もう間もなく、ライヒからの応援部隊が後方のベステルビーク近辺に降下する。

 

そしてそのままファスタオーランド前線基地へ入り、明後日からは戦線に加わる計画。

海路搬送の機材なども時を同じくして届く手はずだそうで、その辺りはヨーロッパでは随一の計画実行性の高さと言われ自認もするドイツ人をして、日本人の細かさには舌を巻く――が。

 

 

「ヤーパンの連中、大体なんでベステルビークなんだ。..もっと後方にすればいいだろう」

「意外に見積もりが甘いのさ、前大戦でもそれで痛い目見てるのに学習しない」

 

 

ベステルビークは現地点からはおよそ950km。

1988年のトライアッド演習の結果導き出された「軌道降下する物体を迎撃する光線属種は、その最終目的地付近のものに限られる」という定説はあれど ― ほとんど姿を見せなくなったとはいえ、最大射程300km程度とされる光線級はともかく同1000kmを誇る重光線級なら射程内とされる距離。

 

無理を重ねて押し上げ続けてきた戦線は、結局届かなかったというわけだ。

 

 

「…ご自慢の装備があるならもっとさっさと来いよな」

「ヴァイスコフ・ゼーアドラーの羽の手入れをして差し上げるのに忙しいそうだ」

「そんなお上品なものか……ゲルバー・アッフェだぞ」

「! 貴様ら…!」

「おーいお前らー。次言ったらさすがに庇えねえぞ」

「…はい」

「…すみません」

 

中隊内通信に遠ざかる新人たちの聞こえよがしの愚痴こぼし、さすがに問題がある内容。

ヘルガが声をあげかけると、兄貴分的に彼らに人望のあるブラウアー少尉がほんの少しだけ冷たい声を出した。

 

一番の負荷を担っているとはいえ、精鋭と名高くユンカーゆかりの子弟で構成されるツェルベルスでこれ。

他部隊がどうなっているかなんて考えるだけで気が重くなる。

 

 

ハイヴ攻略とそれに先立つ地上制圧のために、他国の支援が必要なのは重々承知しているけれど。招かざる客で気に食わないという案配。

ましてそのために仲間が死んだともなれば。

この隊ではとりわけ半数を占めるリヨン以降任官の新人たちがそう、ライヒの衛士らと共に轡を並べた経験もなければ同期を失った形の者たち。

 

 

ヤーパン・ライヒ。日本帝国。極東の島国。

 

可憐なショーグン・ジェネラルを前面に奉じて。この栄光のドイツァ・オルデン、ツェルベルスをして打倒の方策がない超重光線級を屠るほどの装備を持ち。

人類共闘の御旗を高く掲げBETA殲滅の大義名分を振りかざして、その実アメリカにハイヴ独占なんかを囁いて。それがなければウニオンにも他に手立てがあったかもしれないのに。

 

 

そんな身勝手な言い分、ただの八つ当たり。

しかしイルフリーデにしても、新人らと同じ立場ならばそう感じたろうと思いもする。

 

なにせ彼らは知らない。

 

はるばる極東からの本格支援へのせめてもの謝意として、降下の安全をプレゼントすると。

そう言ったウニオン司令部の本音は、ヤーパンライヒの来援前に成果を挙げておきたいというだけではなくて。

 

 

耳のいいルナが聞きつけてきたには ―

 

そもそもライヒ側は降下地点にスカンジナビア半島南端コペンハーゲンあたりを提案してきたらしく…それをウニオン司令部が光線属種の排除を請け負った上で北上を要請したのだとか。

 

ライヒのユトランド方面への介入の可能性を嫌い、スカンジナビア方面への展開に限定させるため――というのすら、実は表向き。

 

そもそもライヒの軍を来援時にユーラシア本土から遠ざけたところで、軌道経由である以上帰還時には大規模宇宙港のあるイギリスへと行かねばならず、その際には給油を挟んだ自力飛行の空路にせよどこかの助力で海路にせよ、北海を渡ることには違いがない。

そして直接的に国土の防衛に繋がる西ドイツにデンマークは逆に拘泥するつもりがなかった一方で。

 

まさに本音のところはフランスにスペイン・ポルトガルのイベリア半島国家などの、スカンジナビア攻勢のためリヨン東の防衛線から戦力を引き抜かれたことに対するひとつの報復。

これにわずか防衛線の外に位置するがためにあといくばくかの前進を望んだにも関わらずそれが叶わなかったベネルクス3国にイタリアが消極的ながら同調し、極めつけは欧州連合大陸国家間に一定の楔を入れておきたいイギリスまでもが囁いたとか。まさにお得意の二枚舌三枚舌。

 

そしてもし万が一ライヒの降下部隊に被害が出たら、フランスやイギリスは「現地部隊」たる西ドイツ軍に責任を押しつける腹積もりなのかも。もしかすると逆に最初からそうなる可能性を見込んでの方策である可能性すら。

とりわけイギリスはアメリカとの「特別な関係」が続く以上ライヒとのプライオリティは高くないし、ロヴァニエミ攻略後の連合内パワーバランスを考慮すればライヒと大陸国家とで妙に仲良くなられても困る。おまけに先の大戦でロイヤルネイビーご自慢のフッドやらウェールズやらを沈めてその海洋覇権終焉の象徴にしたのは他ならぬ日独だったりもする。

 

ともかく大隊長は、上の連中のくだらない見栄や邪推のために部下を殺せんと言われて。

正式にライヒの降下地点南下と叶わぬなら戦力の補充をと要請して下さったらしいけれどどちらも通らず。そしてその際の西ドイツ軍司令部の様子からして、逆にルナの情報が正しかったことが証明されてしまったそうで。

 

 

しかしルナには上官がたから口止めが促された。

たしかに真偽はともかくこんなことが流言として広まってしまえば、直接戦地に立つ衛士のみならず遠くバルト海での任に当たる整備含めた多くの要員たちの士気が保てるはずがない。

 

でもそのせいで、ライヒへの悪感情はよけいに広まってしまった――

 

 

ライヒはともかく、罵りたくもなるわ…

 

祖国奪還と欧州の正義に燃えていた新人らは、そんな政治の都合で死んだのだ。

その上結局、安全域の確保もあと少しとはいえ果たせなくて隊の面子も丸潰れになった。

 

でもこんな状況で大丈夫なの…?

 

成否にかかわらず今日が作戦の一区切りになるとはいえ。

明日もしくは明後日からは地上掃討が本格化し、さらに本来の目的たるロヴァニエミハイヴ本体の攻略はその後になるというのに。大隊の半数近くの要員らの士気が下がりがちで、支援に訪れる他国軍にも悪印象とあっては。

 

 

 

 

索敵、戦闘、そして前進。さらに索敵と繰り返して。

雲はやや少なくなりだすも、日は傾きだしていた。

 

10番目の集団、中隊規模程度小型種含めて300体未満の群れ。

中隊は突撃級群を排除した後、要撃級との乱戦の最中イルフリーデは後方位置を心がけながら空いている脚で戦車級を蹴りあげ踏み潰していた。

 

「前方にBETA群発見! 突撃級多数、後続続きます連隊規模予測っ!」

「後方より日本帝国軍降下開始の報!」

「む…光線属種は?」

「確認できず! しかし震動センサーに反応が入り混じってて不明瞭ですが後方にさらに敵集団の可能性!」

 

多すぎる…!

 

斥候機からの連絡、1中隊で相手取るには明らかに不利を通り越して無謀。

 

 

後続の、さらに後続までの可能性を加味すれば、大隊集結を促しても戦力的に及ばない。それにデータリンクでは他中隊も現在戦闘中。

万が一敵中包囲された状況に陥り、後方に光線属種が出現すれば離脱も困難になる。

掃射戦術を採るにしてもイルフリーデ機が抱えるレールガンはもうあと1射を残すのみ、補給に戻ろうにも前線基地へは片道700㎞の距離。

 

リスクを最小化するには遅滞戦闘に努めて後退するほかない状況、しかし退がって縦深を確保すればその失地の回復は短時間では不可能で、敵増援に重光線級がいたら降下部隊が危険にさらされる。

 

 

今ここで、リスクを承知で踏みとどまって戦うか。

 

それとも光線属種の存在は予想に過ぎなかったとして、その危険はライヒの降下部隊に押しつけるか。

 

 

残るべきだわ…!

 

「中隊長、意見具申を」

「聞こう」

「掃射戦術を具申します。ライヒの降下計画の詳細は知らされておりませんが、リスク分散で分波降下させたとしても所要時間はさほど…我々は今しばし現地点を確保し、敵後方に重光線級出現の場合にも光線級吶喊の余地を残しておくべきかと」

「フム…」

 

イルフリーデの言に、中隊長は自慢のカイゼル髭をひとつ揺らした。

七英雄の一人たる大尉には、この程度の状況は危機でもなんでもないのだろうけれど。

 

しかし、

 

「隊長、自分もフォイルナー少尉に同意します」

「私もですわ、大尉」

「小官は反対です!」

「小官もです」

「私もです、すでに当初の作戦目標の達成は不可能です。現状光線属種も確認されておりませんし、隊の保全を優先すべきかと」

「後退・誘引して後詰めと合流の上迎撃しましょう」

 

ヘルガとルナの同意の援護をよそに、新人らに混じって中隊の古参ら数人までもが。

 

「反対です! 万一ライヒの降下部隊に被害が出たらどうするんですか」

「それは降下ポイントの設定をした日本軍の責任だ、希望的観測に基づいて前線に寄りすぎたんだ。南に下げることだって出来たろうに」

「それは…っ」

 

ちらと通信ウィンドウのルナを見るも、返されたのは左右に小さく振られて揺れた髪。

 

「しかし今後共同戦線を張る部隊です、信頼関係醸成を考慮すれば…」

「そのために我々が今以上の危険を冒す必要があると、ファルケンマイヤー少尉? そもそも連中が積極戦を展開するとも限らんではないですか」

「ライヒの軍は任務に忠実だ」

「では命令次第では、それこそジョンブル連中のように我らに鉄火場を押しつけることも厭わないということでは?」

「――それはないわ」

 

イルフリーデは言い返されたヘルガに言を添え。

 

「リヨンの時には、他国衛士の命のために背任の汚名を着てまで戦術機を供出してくれた指揮官や…それこそ自分の生命を擲って私たちの脱出を助けてくれた衛士もいたのよ」

「それに意地の悪い言い方ですけれど。ライヒの軍や政治にそんなあれこれ小器用な振る舞いができるとは思いませんわ。もしウニオンがライヒの立場にあったら、アジア連合なんてとうに使い潰されておりますでしょうし」

 

ルナは目線はBETAに、突撃砲を撃ち放ちながらくすりと小さく笑んで。

彼女のそういう外見にそぐわぬ皮肉屋の部分は、その明晰な頭脳と併せて隊にも理解されている。

 

 

そしてイルフリーデも ―

領地領民なき貴族、それでも何かの足しになるなら過去の名声の残骸をかき集めて。

恥を承知でライヒの「ブルー・ブラッド」ヘアツォーク・イカルガにフォイルナー家のドラッヘの家紋入り封蝋の書簡でもなんでも送って助力を懇請したっていいとさえも。

 

 

「よかろう、ローテ12の意見を採用する」

「ありがとうございます!」

 

ララーシュタイン大尉の応え、しかしその様子からイルフリーデはとうに隊長の中では決まっていたとも察した。

 

 

ツェルベルスの誇り、仲間を見捨てず、自らも棄てず。

そして祖国と人類への奉仕を。

 

 

左右に展開する直掩機、すっかり慣れた作業でしかし丁寧にイルフリーデはレールガン発射のプロセスを進める。

装備のおかげでしかないとはいえ。撃破数だけでいえば、おそらくもう欧州でも十指に入るのかも。

 

メグスラシルの娘、幸運を運ぶ者。

その放った光条が異星種を貫き、灼き払った。

 

「アーレ・ローテス、残敵掃討である!」

「了解っ!」

 

号令一下番犬共がロッテで展開、残余のBETAを薙ぎ払う。

しかし「想定外が想定内」の異星起源種、さらに後続の集団が予想以上に多い。

 

「旅団規模ですっ!」

「帝国軍部隊の降下順調!」

「我が中隊は現地点を維持。第1,第3中隊に連絡」

「了解!」

「ローテ12、貴機は先んじて後退せよ。護衛機を」

「了解、いえ、単機で行きます」

 

イルフリーデは歯がゆい思い、手は尽くしたが今もう出来ることはない。

レールガンの保全は最優先で、部隊の仲間の足を引っ張るわけにもいかない。

 

匍匐飛行の連続で帰投するだけなら、逆に堅守に努める第2中隊がツェルベルスの他中隊や他部隊からの支援を得られるのかが気にかかる中――

 

「後方から接近する部隊あり!」

 

 

厚い雲の切れ間から色づきはじめた陽の光。

 

1中隊12機。低空を斬り裂いて傘壱型で迫る極東の鬼。

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター。

 

 

識別信号を発しながらBETA群へと斉射をかけ、そのまま敵中へ躍り込んだ戦術機部隊はその手に手に握り構える長刀を振り突撃砲を撃ち放っての立ち回り、得物の間合いからして必然とはいえ敵要撃級との彼我距離は近接戦を厭わないツェルベルスをして目を疑う近さ。

 

そうして作り出された戦場の空白、そのわずかな時間と空間。

 

「――此処迄だ」

 

白い11機を率いて立った鬼神は――深紅。

 

この声――!?

 

「清らかなる雪原を乱し我が同胞に禍き牙を向ける異星種共よ」

 

雪混じりの湿った土煙が低く棚引く中。

 

「我が愛刀は貴様ら邪悪を区別なく截断せん…!」

 

ずらりと抜き放った長刀を真横に掲げ。

 

「神仏は唯御座し、只見守るのみ」

 

空の左手はその面を覆うが如く。

 

「ならば天に代わりて誅を下すはこの俺――」

 

その狭間に青く輝くセンサーバイザー。

 

「栄光のツェルベルス、37番目の衛士。我が名は真かぅわッ!?」

 

真横に迫った要撃級の一撃を慌てて回避した。

 

「真壁隊長、止まってると危ないですよ」

「いつもの病気だ、仕方ない」

 

イルフリーデがそう遠くない記憶を辿るのと同時に、何やら呟いて棒立ちになっていた深紅のゼロは這う這うの体とばかりに距離を取る。その間も僚機たる白のゼロたちは狩りを続け、丁重に隊長を無視している模様。

 

「清十郎!?」

 

繋がったデータリンク、イルフリーデの網膜投影に浮かんだその少年 ― いや青年…青年? の、整っているが目は大きくてどちらかといえば可愛い系の顔立ち。

 

「んんッ、ん、…久方ぶりです、フォイルナー少」

「んまあ! まあまあ!」

 

やはり愛らしさが先立つ面差しに、だがニヒルに形作られようとした口の端。

しかしそこに割り込むローテ08。突撃砲での支援に忙しいはずのルナの声。

 

「ど、どうもヴィッツレーベン少」

「ゼーーーローーー~~~♡♡♡」

 

戦闘中でさえなければ、戦術機ごとぴょんぴょんと跳ねて悦びを表しそうな勢いで。

ですよねー、と期した腰を完全に折られてか清十郎もげんなりとした風。

 

「どうしましょうどうしましょうこんなにいっぱいゼロがいっぱいああもう本当にどうしたらよくてわたくしこれじゃあ壊れてしまいますこんなにいっぱい無理ぃ♡ですわねえヘル」

 

開始1.5秒、皆で揃ってヴィッツレーベン機からの音声を切った。

 

 

――ガでもでもよくよく見ればヴァイス・アーにローテ・エフだけですのね出来ましたらシュヴァルツ・ツェーにブラウ・エグも同時に観察して出力運動性の違いや衛士ごとのセッティングの差なども是非拝見したかったところですのにそういえば以前グラフ誌で拝見したUN仕様のブラス・ゼロがあればヴァイス・ローテ・シュヴァルツと揃って聖ヨハネスのフィーア・ライター・デァ・アポカリュプセですわまあなんて○二病的なのでしょう真Ⅲでも強かったですわよねはい?ええ『キル・エム・オール』は名盤ですわ個人的にはメガ○ス派なのですけれど最近なんだか揉めているようでしてうふふグラフ誌記事といえば数回だけチョルォン付近でUNカラーの肩だけ塗り分けたゼロが確認されたことがあるそうですのよまさにショルダー野郎!ですわねでも欲をいえば『ディープ・パープル』ショーグン・ユウヒのプープル・エグも是非に一度王族専用機なんてそうありませんものM○じゃないんですのよああ今はG○Mでしたわねでもツァ○トウ○トラ・ア○ター○リンガーとか中○心に突き刺さるネーミングですわともかく各色合わせて並べて見せて貰おうかヤーパンライヒのTSFの性能とやらをそうそうイルフィご存知でしてなんでもゼロは整備調整にずいぶんと人手と手間が必要らしいですのなので海外への持ち出しは難しかったのだとか考えてみれば当然のお話であれほどに精緻を極める造形美に全身に及ぶスーパーカーボン・ブレードは言うまでもなくライヒスリッターのドクトリンはタクティシェ・モビール・シュヴェルトクンスト前提の近接戦重視ですからいくらライヒが非科学的な精神論で服に身体を合わせろコーボーはフデを選ばずなどと仰っても実際は細やかな個人設定あっての戦果ですしそれでいて高い耐久性を維持するにはえなんで知っているのかですってそれは最近ユーコンのとある方と知己を得たからですのギリシャの方なのですけれどねふふ以前あすこにはかの『ライトニングソード』のゲルプ・エフが持ち込まれたことがあるそうですわそのときにあれやこれやとこっそり調べたとかああ羨ましいあら話がそれましたわねそうそうそれで今回こんなにゼロを寄越したからにはそれこそ多くのライヒの整備兵が同行するはずですものあらリント少尉のように小銭を握らせてなんてことは考えませんわよ仄聞するにはライヒのショクニン・マイスターはとても誇り高くて彼女はそれで怒らせてしまったそうだとかですので是非ともセイイとマゴコロで彼らにお近づきになってメンテナンスハッチのひとつも開いているところを見せても――

 

 

「ライヒの部隊、来援に感謝するのである」

「はッ、日本帝国欧州派遣軌道降下兵団第1連隊遊撃斯衛第1中隊、貴隊を支援致します。自分は隊長の真壁清十郎大尉であります」

「キャプテン!? 清十郎そんな偉いの!?」

 

脇で聞いていたイルフリーデは驚いたが、当の清十郎は八割方ナナヒカリというやつですと恥じ入るように。ただ第1陣降下だったという隊を危険を承知で北進させてまで支援に駆けつけてくれたことには素直に感謝を。

 

「ありがとうございます、大尉殿!」

「…止して下さい、受けた御恩の一部をお返しした迄の事。而して彼の約定、果たさずして先に再び見える縁があろうとは」

 

フッ、と。自嘲するかのように笑んだ清十郎は通信ウィンドウの中。

軽く目を閉じ斜め下を向いて。いるけれど。

 

「え? なにか約束したっけ?」

「……し、城を。日本の城をご案内すると」

「あー…、そうだっけ、じゃなくてそうでしたっけ」

 

そういえばそんな話をしたような覚えがあるようなないような。

愕然としてしまった可愛い顔にあははと愛想笑いでごまかそうとするも、ヘルガが「酷い奴だな」なんて呆れている。

 

「そ、んな……、い、いや…んんッ、とまれ遅滞ですか、敵方右翼は受け持ちます由」

 

清十郎はとうにひび割れてしまった冷徹の仮面をなんとかもう一度かぶり直して。

 

「焔狼共、刻限だ――」

 

じゃきり、と主腕に握る長刀を構え。

 

「我等鬼と成りて魔を討たん…然もなくばこの昏衢の闇を晴らす事能わず! 参るぞ!」

 

えいま夜だっけ聞き間違いかなと思ったイルフリーデをよそに、任せたのであるとのララーシュタイン大尉の了解を背に清十郎機は11機のホワイトゼロと共に素早く楔壱型に隊列を整えて敵陣へ突入した。

 

 

先頭の清十郎機、紅の機体。主腕に携えるは74式近接戦闘長刀。

兵装担架には同じく長刀1に87式突撃砲。

 

基本の4機小隊を崩さず前衛の2機が要撃級に斬りかかれば、先んじて後衛2機が的確にその脚部を狙って36mmを撃ち込み動きを制する。あるいは前衛が振り下ろされた前腕衝角をいなして躱す間に回り込んだ後衛が側面から人面めいた尾節を撃ち抜いて止めを刺す。

 

隊を率いての突撃にも、展開する戦闘にも。

清十郎も隊員たちも動きにはまさによどみがなく、実に訓練されているそのほどを窺わせ。

繋がったデータリンクから判別できる、初々しささえ感じさせる年若い衛士の集まりということを考えれば、十分感嘆に値する――も。

 

 

「…普通ね」

「普通だな」

「普通ですわね」

「普通であるな」

「普通じゃねえか」

「普通」

 

堅実で無難なその戦いぶり。

大仰に傾いた前振りのわりには。

 

物見高く自分たちも戦いながら横目で見ていた番犬部隊古参の感想、キコエテイマスヨコンチクショウ、と日本語でなにか異議申し立てがあった気がした。

 

「お言葉ですがッ! 他国に出回る映像の、あの方々が特殊なんだッ!」

「まあ、それはそうだろうな」

「お解りいただけるか! ファルケンマイヤー少尉ッ」

「ああ。あれほどの使い手たちともなれば、いかなリッターとて精鋭中の精鋭だろうし」

「そ…、そうですとも」

 

言外にお前は違うなと言われてしまい、ちょっぴり傷ついた風な清十郎。

 

でも――

 

実際には十分すぎる働き。

近接攻撃の割合は明らかに西ドイツ軍より多く、密集戦をものともせずに小隊または分隊を崩すことなく無理せず無駄なく効率的な掃討の進め方。

 

そしてそれらを支えているのはおそろしくなめらかなTyp 00の挙動。同じ第3世代型機だというのに明らかにEF-2000とはスムーズさが違う。

そして多くの機体の機動の挙措が、至るところで似通うどころか瓜二つ。これが例のライヒの新装置の成果なのか、さっきからさらにブツブツとルナがなにかを言っているけどそれもたぶんそのことだろう。

 

ただそれらはどこか教科書的ですら。

だからよけいに物足りなさを感じるのかもしれないし、

 

これは、たぶん…

 

でもなんとかこれで、良くも悪くも清十郎のふるまいに毒気を削がれた隊員たちも含めて他中隊の合流まではなんとか保たせられそうながら――

 

「敵後方の震動パターン判明、これは…母艦級です! 敵後方40km!」

「!」

「おやおや」

 

ついてない、とベスターナッハ中尉がMK-57 中隊支援砲を撃ち放ちながら嘆息。

判断ミスを犯したかとイルフリーデは我知らず唇を噛むも、かといって他に手立ても。

小隊長も責めるつもりがあったわけではない、戦術機搭載のセンサーだけが頼りの現地調査現地判断の連続では不足する情報の中で臨機応変に対応するしかない。

 

「ローテ12、早く下がれ。仕方ない、ツキがなかったのさ」

「は…了解です」

 

乗機EF-2000の高度をさらに下げ、今やただのデッドウェイトでしかないレールガンを提げて南を向きかけたイルフリーデは――空が光ったのを見た。

 

「重光線級ですッ!」

 

十数条の光線がBETA群後方から南の空へと走る。

 

「ライヒの降下部隊が!?」

「母艦級から出現の可能性っ、推定小隊規模未満…ですがっ…!」

「いかん…!、焔狼中隊、光線級吶喊に移る!」

「清十郎!? 無茶しちゃダメよ!」

「心配無用、我等斯衛たる者如何な時も死地に赴く覚悟は相済ませ候」

「でも…!」

「いや、そういう問題じゃなくてよ大尉さん」

 

網膜投影の通信ウィンドウ、クールに決めたつもりらしい清十郎の台詞を遮ったのはブラウアー少尉。

 

「言いたかないが、あんたら実戦経験はあんまないだろ」

「む…」

 

それは、比較するのが我が百戦錬磨のツェルベルス古参でなくとも。

 

彼らは確かに優秀だが、まだ実戦という焦熱による錬鉄が足りていない。

それゆえのあの妙に綺麗な、言ってしまえばなにかに欠ける戦いぶり。

 

「そりゃウデはそれなりに立つみたいだがレーザーヤークトの経験あんのか? チョルォンの映像には映ってなかったぞ」

「…しかし」

「みなまで言わせんな、ここは俺らに任せとけってことだぜ!」

 

元々それが、番犬部隊ツェルベルスの仕事。

先任の貫禄を見せるかのように跳躍ユニットの出力を上げていくブラウアー機に続く第2中隊各機、しかしそこに。

 

 

「こちら日―帝国欧州―遣軌道降下―団第1連―遊撃斯―第2中隊――」

 

 

再突入シーケンス中か。

静止軌道上のデータ中継衛星経由、やや遠く感じる無線。

 

怜悧で鋭利な女の声。

 

 

「戦―警報。是れより再突入―機で敵陣へ突―を敢行―る。付近の友軍―退避せよ」

 

 

そしてその発信源を探り当てたが如くに、重光線級の光条は南東の空へ。

20近い光条が厚い雲の中へと突き刺さり――

 

 

「当地ハ天気晴朗ナレドモ雲多シ」

 

 

しかしそれには頓着せず、続く友軍へと。

 

 

「天佑ヲ確信シ全隊降下セヨ」

 

 

先の女の声で即席の電文がばら撒かれ、曇天の空を逆に貫いて。

 

 

「然シテ黒ガ征ク。異星種討滅ノ時来タレリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切れ間を見せる、しかし厚い雲へ。

南東の方角へと撃ち放たれる十数条の光線、それを受け止め潜り抜けて。

 

再突入カーゴは全長約30m、戦術機を格納した再突入殻を2基搭載。

通常、目標まで1000km未満・高度40km程度で分離するそれらは落下速度に加えて限界までロケットモーターによる加速を得。

しかし北欧の空をマッハ7超の極超音速で疾駆する7機のその飛行編隊は、敵陣100km手前、地上の番犬部隊の60km後方まで維持されていた。高度2000m。

 

「正気かよ!?」

 

呆れと怒声と驚愕とに彩られた声をブラウアー少尉が上げ。

突撃体制に移行しようとしていたツェルベルスは、大気を引き裂くつんざくような衝撃音と共に天空から飛来してレーザーに灼かれながらも鋭角に突き刺さる巨大な矢を目に――知覚した瞬間には着弾した。

 

言うなれば単なる質量弾、しかしその超々高速ゆえに。

 

凄まじい衝撃波、遅れて轟音。

 

雪混じりのしかしそんな判別は不能な土柱が高く複数噴き上がる中。

うち3発のそれが「口」に直撃、母艦級はひしゃげ潰されへし折れながら一拍おいて同じく高く血しぶきを上げた。

 

さらに続いてその周辺には13の鋼鉄の棺 ― 再突入殻だ ― が降り注ぎ地表に激突。

9割程度のその信頼性から揶揄される「フライング・コフィン」。それをそのままBETAに押しつけるが如くに先の衝撃によろめいた要塞級に突き刺さり、吹き飛ばされ地に伏しかけた要撃級を圧死させ、棺から墓標への鞍替えとばかりに次々と地に突き立った。

 

カーゴと再突入殻の対L装甲に高空までの分厚い乱層雲を利用して…!?

 

後退しかけていたイルフリーデは乗機EF-2000の望遠の視界にて。

軌道爆撃の直撃に等しい衝撃によってさらに舞い上げられた土砂の向こう。

 

 

最大9Gに及ぶ減速負荷を耐えきって。厚い雲を突き破り来たる。

 

漆黒の装甲に身を包み。

 

橙に点る全身各所のセンサーが昏く光の尾を曳いて。

 

鈍色の提げた二刀がBETA共に死を告げる。

 

戦場に舞い降りたは黒の絶刀・戦術歩行戦闘機 00式武御雷。

 

 

「 ― 殲滅する」

 

地に足など付けぬまま。

 

手近の要塞級をついでとばかりに通り過ぎ様その巨大な頭節を接合部から斬り落とし、残余の重光線級の群れへと躍り込む。

手始めの1体は保護皮膜の展開前に照射粘膜を十字に斬り裂かれ、即座にもう1体が照射に必須の放熱翼ごと背部を刈り取られて体液の噴水と化した。そして半ば死骸と化したそれを蹴りつけ蹴飛ばし踏み台にして、背後で単眼を光らせようとしていた1体をその機動の勢いのまま滑らせた長刀で二枚に下ろす。

 

出現した重光線級その数はおよそ20足らず、しかし賢しくも緩慢ながら散開するかの如き動き。だがそこに同じく降下してきた12の鋼鉄の防人が襲いかかった。

 

ヴァイス・ファング。

ゲルプ・ゼロに率いられた白きヴァルキュリアたちの群れ。

 

「鏖殺せよ」

「了解っ!」

 

敵中分隊にて。

白の戦侍女らは手に手に長刀を翻し短刀で貫き追い詰めた重光線級共を屍へと変え。

 

そして山吹の戦姫が単機距離を取る異形の単眼種を追う。

最大の加速をかけるや手にしていた長刀を瞬時に左主腕の逆手に持ち替え横合いから襲いかかってきた要撃級を一閃、すぐさま同じく兵装担架のもう一刀に右主腕とそして逆手長刀を手放した左主腕をも添え。

 

―心機応発勝―

 

その振り下ろし様の一太刀――北欧の大地には髪一本で触れること無く。

 

―以為神気也―

 

遠く見ていた者もうかつに瞬いていれば、引き戻された納刀の動作が目に映ったのみ。

 

そしてわずか一瞬の停止、手近に突き立つ放り出した長刀を回収しつつ再度跳躍ユニットを吹かして山吹の00式が飛び去る。

だがその迅った唐竹の太刀筋の証に ― その場に残された重光線級の、黒く沈んだ放射皮膜から背部、そして瘤に覆われる膨れた胴部へとかけて ― その巨体がずるりと真っ二つに裂けて沈んだ。遅れて噴き出した体液が辺りを濡らす。

 

「運動エネルギーをすべて抜きつけの一太刀に…!?」

「機体ごとで一振りの剣ということであるな」

「よう元訓練生の小僧大尉、お前さんもライヒスリッターならあのくらいできんの?」

「ぐぬぬ…あの鬼嫁共奴…! しかし流石は我が黒き心の師」

 

図らずもごく短い時間。観戦する形となったツェルベルスと共に、その圧倒的な技量を見る羽目になって噛み砕かんばかりに歯軋りする清十郎、一方で黒い颶風と化した先頭のゼロを目で追いなるほどさすが参考になる今度は俺ももっと高い所から登場せねばとか意味のわからないことを言っている。

 

「こちら日本帝国欧州派遣軌道降下兵団第1連隊遊撃斯衛第2中隊、篁唯依中尉。西独軍の方々とお見受け致す、順序が逆になって申し訳御座いませぬが参陣の許可を戴きたい」

「こちらドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊第2中隊、ララーシュタイン大尉である。貴隊の降下成功に祝意と、支援に感謝する。サムラーイの思うがままに埒を明けられよ」

 

了解、との英語での返答に続いて。

 

「真壁隊長、参ります」

「む、応っ! 篁中隊に遅れるな! 今こそ武家の威光を此の北辺の地に示す好機ぞ!」

 

そして番犬部隊第2中隊と同じく、赤色を家門に背負いし若き侍もまた。

 

「赤狼の紋章の下、果て無き荒野の領域を駆け! 呪われし宿命持ち服わぬ異星種共の宴に終止符を打ちて我等が武威を知らしめよ! 俺に続けぇ!」

 

深紅の00式、そのFE-108を吹かして突入する――

 

「…お前らンとこの隊長は、さっきからなんつーかこう、なんかの病気か?」

「病と云えば病です。アレで同期では首席でしたが」

「いや言動以外は良い奴なんですよ本当に」

 

隊員らはブラウアー少尉と心温まる会話を交わし、重光線級を排除し終わり楔壱型で鋭く敵陣を斬り開くライヒスリッター第2中隊へと続いていく。

 

そのまさに先陣も先陣、黒の双刃はBETAの海面を胸部装甲を地にこするほどの低空で ― 実際に全身各所のカーボンブレードで小型種を寸断しながらの稲妻を描く軌道、両の長刀が閃くたびに要撃級の尾節が寸断され遠間から狙った要塞級の衝角触腕が弾かれて火花を散らす。

 

突き進む双刃へと同時に3方向、正面左右から迫る要撃級。

しかし下から振り上げられた左刀が衝角前腕の付け根を断ち斬り突き出された右刀が顰め面めいた前部を刺し貫き、そして弧を描く左・引き抜かれた右の双刀が交差して正面の1体の一撃を受け止め、その瞬間にダウンワード展開した両脇の突撃砲が36mmの驟雨を叩き込んだ。

そこへ追随する山吹の機体がその左方へ自然に入り、

 

「任せよっ」

「…了解」

 

一方の前腕を失った要撃級に止めを刺す。

 

「…」

「どうした、中尉」

「……いや」

「聞かぬさ。如何な貴様とて方々で大丈夫か大丈夫かと問われて倦いておるだろう?」

「……ああ」

「貴様がいくさ場に立つと言うならそれは戦う戦えると云うこと。戦陣に立つ益荒男を止める事等せん…それが武家の女だ」

 

言いつつ血払いし、さらに一刀ながらあるいは黒を上回る剣速を以て金剛石をも上回る硬度の衝角を避けて要撃級を次々に両断しながら、その足さばきで小型種を踏み殺す。

 

「況して共に刃を振るうと成れば、果ては枕も共に並べよう。だろう?」

「!?」「え!?」「はぁ!?」

「……」

「たっ…!、たたた隊長っ!?」

「うわだいたーん」

「篁中尉が告白したぁ!」

「――!? なぜそうな…ッ、!? ち、ちち違うぞ! そういう意味ではない!」

「抜け駆けズルいっ!」

「焦ってるのよ。いい歳だし」

「職権乱用! 戦術機馬鹿!」

「剣術馬鹿! ゴリラ女ッ!」

「言葉の綾だ! 枕と云っても死に枕だ死に枕! それにゴリラとは何だ!」

 

そして姦しくもその両機を援護し、続く12の白い00式が突撃砲を撃ち放ちつつ。

 

「嫁き遅れ隊長を支援、0406続け!」

「誰が嫁き遅れだ!」

「05は中尉を――、って」

「委細承知!」

 

なかでも古参らと思しき数機が前衛2機の、背後に脇にと固めて先を行くその2機の突撃力を維持し続ける。

 

そしてそのBETAに死を振り撒く極東の衛士らを遠望する番犬部隊もまた。

 

「好機である、Rote Rush!」

「は! 中隊突撃、Rote Rush! Rote Rush!!」

 

音速の男爵の号令に隻眼のメドゥーサが促した。

紅のEF-2000を筆頭に、同じく9機の跳躍ユニットAJ200が唸りを上げる。

 

「押し込むぞ、全速突撃だ! イルフリーデは下がれ!」

「了解、ヘルガ、気をつけて…! ……ルナ、よだれ」

「はッ!? ああ申し訳ございませんわあのリッターの部隊は以前リヨンに来られた方々ですわよねまさに本領発揮とでも申しましょうかF-15改修機の折よりさらに見事というほかないですわそれに『ザ・シャドウ』のゼロが少しですけれど資料映像より運動性があがっているような気がいたしましてカイゼンはニホンの文化ですものねほらご覧になって外観の形状は一切変わっておりませんけれども主関節部の稼働速度と跳躍ユニットの取り」

「よし突撃ッ!」

 

しかし気負いすぎないのが彼ら本来の流儀でもあり。

今や西ドイツ軍のシンボリックな存在にすらなりつつある、メグスラシルの娘たちもまた。

 

 

ようやくにそこから離れて後退をかけたイルフリーデは、東西から同じく突入の機動を描くツェルベルス第1第3中隊のシグナルに加えて、後方から接近する後詰めの西ドイツ軍大隊に後事を託して南東の前線基地へと進路を取った。

 

そしてその上空には先発隊に続いて果敢にも北進降下してくる帝国軍部隊の機影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

さすがに冷える。

 

さっみぃ…

 

午前中、気温5度。よく晴れ、そして西からの風は強く。

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。

 

立ち並ぶ戦術機格納庫の一棟から出た龍浪響中尉は、帝国軍野戦服のブルゾンの前を閉じた。

 

 

響が見渡す前線基地の、視界は開けていて ― 雰囲気としては当然ながら、帝国の開発局よりリヨン攻略以前に転戦していた欧州の各基地に似通っている。

ただ設備はお世辞にも新しいとは言い難く、欧州連合の窮状が垣間見えもする。あるいはもしかしてもてなす必要なし的なアレで古い設備を宛がわれたのか。

そうでなくとも、そういうともすれば本人たちもまるで無自覚でごく自然な人種差別は、最初の派遣以来何度も経験している。

 

 

しかしまさか北欧の地を踏むことになるとは。

士官としての自覚に欠けていると言われれば返す言葉もないが、去年の暮れ、甲20号鉄原ハイヴを攻略した頃には思ってもいなかった。

 

 

軌道経由の強行軍、昨日午後の現地到着。

強引に前線へ躍り出た斯衛中隊を追って、響ら第2連隊第3大隊も予定地点をかなり北上して降着した。同行したのは帝国軍と行動を共にする、たった4機の国連軍機。

 

特務小隊ヴァルキリーズ。

腕利き衛士で構成された対超重光線級の特殊部隊。

 

派遣部隊全軍で4門のみ配備の03型狙撃用大型電磁投射砲。

衛士と戦術機よりむしろ厳重に軌道輸送されてきた、うち2門を抱えて彼女らと共に大急ぎで斯衛2中隊の後を追ったが、幸いというか超重光線級は現れなかった。

 

もっとも実戦担当の自分たちは大慌てだったにせよ大隊長以下その準備自体は周到にされていたから、斯衛部隊の突出は、元々囮として予定されてもいたのだろう。

 

 

ともかくその後戻ってバルト海島嶼の当基地に入るや否や欧州連合軍主催で略儀ながら歓迎の式典が催され、続いては食事会。

 

関係ねえなと思っていたら、大隊長神宮司少佐の命令一下で御相伴にあずかる羽目に。

うへえと思い緊張しながらの食事で味わう余裕などなく ― いや、ただあの高名なツェルベルスの大隊長殿がひたすら無言で「ふりってん」とかいう…ジャガイモを揚げたやつだよな?ばっか食べて白ワインを水みたいに飲んでたのは覚えている。

ああいや、「おかわりをくれ」と「約束したろう」って斯衛の新人隊長さんに同じのを山盛り喰わせたり(アレ絶対無理してたぞ)くらいは喋っていたっけ。

 

ただそのあと――

 

 

格納庫前の広い着機場、一角に立ち並ぶ4機の戦術機。

青い国連軍塗装にしかし見慣れない型。その足下にはこちらは見慣れた山吹の斯衛服。

 

「おはようございます」

「…おはよう」

 

敬礼して挨拶すれば答礼。

帝国斯衛通してみても、謹厳さには定評のある篁唯依中尉。

 

 

挙げたる功績は数知れず、響の愛機たる弐型も彼女の手になる戦術機。

成したる戦果も凄まじく、衛士としての能力も疑いがない。

とりわけ近接戦の能力は斯衛でも有数だとかで、戦術機戦なら所属隊でも今や上位とひそかに自負する響をして、模擬戦で彼女の間合いに入って無事で済んだことは一度もない。

本来ならとうに昇進していておかしくないのに中尉どまりで変わらないのは、噂じゃなんでも同期の斯衛衛士に赤の家格でも彼女以上の階級の者がいないからなんだとか。

 

甲21から20号、本土奪還からその安堵までの戦いの中で巨大な戦果を挙げた斯衛軍。

その名声と人気にある意味で対抗しようとして、帝国軍によって祭りあげられたうちのひとりが他ならぬ自分で。先の作戦の成功を以て昇進したのも半ばたぶんそのため。かの黒の中尉が示すように、斯衛の方へは入って功績を挙げても昇進はできませんよと。

 

 

ともあれその、篁中尉の整った顔も今朝は明らかに土気色。

 

 

昨夜――我らが第2連隊第3大隊大隊長・神宮司まりも少佐殿が、最初は固辞していたもののあまりに欧州軍の高官らに勧められてやむを得ずとやがて杯に口をつけ――折り目正しい挙措のまま、すいすいと空けていくのに気づいた彼女・篁中尉が真っ青になって少佐殿を連れ出し……あとはどうなったか知らない。知らない方がよさそう。

 

 

「…昨夜はだいぶ遅くまで?」

「……ああ。万が一にと予め酒保から葡萄酒やらぶれんびんなる地酒を用意しておいたからな。少佐殿は全く素晴らしい軍人で衛士でいらっしゃるが…」

 

あの酒癖だけは頂けん、そう言って篁中尉は頭を振った。

 

「常の如くに酒がないと裸で暴れて部屋から転び出られでもしたら帝国軍の沽券に関わる」

「裸!?」

「其処に反応せずとも良い」

「す、すみません」

 

一緒に行けばよかった。

 

もっともいつもああではない、今日の出撃がないことを承知の上でだし鋼の肝臓は二日酔いも殆ど無い、それに用意されていた独逸の酒は余程に上物だったようだぞとも。

 

「前から思ってましたが、少佐殿とは親しくしてらっしゃるんですね」

「ん…そうだな。私的な付き合いと迄は云えぬが…まあ、お互い命のある内にな」

 

後悔先に立たず、巌谷閣下にも、もう少し孝行しておきたかったものだと。

冷たい碧空、立ち並ぶ見慣れない1小隊の戦術機を見上げて篁中尉は言った。

そういえば、閣下に後見役をしてもらっていたとか誰かに聞いたこともある。

 

「この機体…」

「ああ。龍浪中尉、知っているか?」

「…すみません」

「少しは他国軍の装備にも気を払え」

 

響の正直に苦笑して。

 

「JAS-39 グリペン。瑞典軍の有翼獅子だ」

「へえ…これが」

「佳い機体だな」

「――あら、わかる?」

 

後ろからかけられた声。若い女性だ。

篁中尉と共に振り返れば、そこにはプラチナ・ブロンドに碧い瞳、透き通る白皙の肌。彫刻めいた美貌はしかし笑んでいると愛らしくあり。

そして国連軍のBDUが窮屈そうに、それは窮屈そうに、それはそれは窮屈そうに――

 

でけえ!

 

「どこを見てる」

「ぉぐッ!」

 

柚香並に迅く鋭い。

唯依の肘鉄に肝臓を抉られて響は悶絶した。

 

「うぐぐすいませんごめんなさいだってこの寒いのにジャケットの前開けてタンクトップからあーんな大きくて深ぁい谷間が覗いているんですものああそういえば5℃くらいでしたらオープンカーでドライブするんでしたっけ」

「それはフィンランド人だ」

「ぎゃッ!」

 

ぐしゃ、とかかとで踏みつけられて(位置は不明)横転した響はさらにうずくまった。

 

「ふふ、お久しぶり。少し雰囲気変わった?」

「ああ…、そうか? だといいが…」

 

互いに敬礼を交わしてから。

 

階級の差、それを敢えて踏み越えたのはやはりまだブレーメル少尉 ― ステラが先で。

唯依は内心で感謝し、差し出された白くほっそりとした手を取った。

 

「元気そうね。良かった」

「ステラこそ。壮健そうで何よりだ」

「ご活躍は聞いてるわ……聞いても、いいのかしら?」

「ああ、構わん」

 

ほんの少し迷った様なステラの問い、しかし唯依は肩を竦めて。

 

「察しの通りだ。ブリッジスは生きている」

「やっぱり…あれはユウヤだったのね」

「色々事情があってな、皆を謀る事になった…詫びて済む事ではないが、すまなかった。あれ以来日本にいたが今はもう米国に戻っている」

「そう…ソ連軍の衛士と一緒に?」

「ああ…いや、シェスチナ少尉は一緒だがビャーチェノワ少尉はあの折に亡くなった。元々長くなくてな、何とかしてやりたい一心での逃避行というわけだ」

 

幸せだ、と遺したらしい。

最期の僅かな時間を好いた男と過ごして。

 

彼女がそう感じたのを、今さら責めても詮無き事。

 

「何なら連絡先が必要か?」

「そりゃもう…タリサにも伝えていいかしら?」

「構わん。マナンダル少尉は怒っていたからな、ステラから伝えて貰えるなら有り難い」

「彼女チョルォンには国連軍で参加してたそうよ。あとになって知って歯噛みしたって」

「そうか…まあ、無事ならそれに越したことは無い」

 

袖触り合うも多生の縁とは云うが。

一時とは云え同じ釜の飯を食った者同士、息災の報を聞くに優る物は無い。

 

「でも2nd、素晴らしい機体に仕上がったわね」

「ああ。ステラのおかげでもある」

「そう言ってもらえれば開発衛士冥利に尽きるわ」

「そうか…だがこのJAS-39も佳い機体だ」

「あらユイ、自画自賛? 欧州の第3世代型機には残らずエンパイアの技術が流入してるのは公然の秘密でしょ」

 

え、そうなのか。と。

ようやくに再起動を果たした響は立ち上がった。柚香も聞きたかっただろうなと思いつつ。腰の後ろをぽんぽんと叩きながら。

 

笑んで敬礼をしてくれた北欧美人に応じてから、軍歴の長さはそちらでしょうからと過度の礼は遠慮する。偶然とはいえ年齢に触れなかったのは僥倖であった。

 

「たしかになんか、97式に似てますよね。でもホントに良さそうだ」

「ふふ、さすがねタツナミ中尉。アメリカ製のデコレーション・TSFばかりに慣れた連中とは違うのね」

「いやあ…」

「そうだな、確かに小型機故のペイロード不足は否めないにせよ、割り切った設計の機体は軽量で軽快な運動性を約束していて山がちな地形の国土事情にも合致している。瞬発的な上昇速度などはEF-2000にも引けは取るまい、そしてあらゆるコストの低減・維持運用の容易さにも繋がっているのだろう。さらに恐らくこの機体最大の強みは地上に降りてから、推定整備時間はF-15比で概ね3分の2、他の第3世代型機でも4分の3以下と見た。また戦闘中補給に下りても再出撃まで5分半…こいつは早い!」

 

嬉しげにグッと拳を握る唯依に、響はたしか西独軍にもこういう士官がいたようなとおととし辺りの記憶を探ってみたが。

 

「でもお詳しいっすね。もしや篁中尉は乗ったことが?」

「いや、一度もないがな」

 

ないのかよ!

 

「あー…でも帝国軍で採用してもよかったくらいですね?」

「まあな」

「ふふ、いいのよユイ。気を遣わなくて」

 

素知らぬ顔で流して見せた唯依、楽しげに笑むステラの表情は優しい。

 

まあ、94式があった以上…ましてや今は弐型があるしな。

 

 

百歩譲って、国産戦術機開発の意義を置いたとしても。

「よく出来ている」程度の、廉価機F-5の系譜では曲がり形にも列強の一角を占める帝国には。質を置いて数で勝負できるほどに人口があるわけでもなく、さりとて小国や避退国家の軍の如くに形だけとは言わないまでも限定的な能力しか持たない軍備で済ますことが出来ようはずもない。

ましてや従来はハイヴを抱えた国内事情、近接戦も可能で再出撃も早いとはいえペイロードに劣る小型機では単一出撃機会の継戦能力でどうしても見劣りしてしまう。

 

 

「ただ中期防衛計画たる高汎混成調達運用の指針にしても、現状『汎』は弐型で決まり…なのだが、やはりコスト的に安価とは言い難いのと思いの外出来が良くてな。『高』を担う機種を如何すべきか、またそれが00式後継の要求仕様をさらに高める事にも繋がってしまってな」

「贅沢な悩みね」

 

羨ましい、と溜息をついて立ちながら頬杖をつくようにしたステラの片腕がその豊満な乳房をぐいと押し上げ。

細い腰との対比もあって、思わず注視した響はその後の回避に傾注したおかげで斯衛が現在進めているらしい00式の改良については漏らさずに済んだ。

 

「でも気をつけて、ユイ。ここじゃエンパイアの評判はあまり良くないの」

「…何故?」

「貴方たちの降下地点の安全確保のためにかなり強行に戦線を押しあげたのよ」

「…なんだと? 降下地点の指定は欧州連合からだったと聞いているが…支援部隊来援の為に被害が出ては意味が無いだろう」

「ああ……ならはっきりしたことは言えないけど、ユーロお馴染みのあれこれに巻き込まれたってことなのかしらね?」

 

なんかめんどくせーことになってんなあ…

 

欧州が連合内でいつも揉めているのはまさに日常茶飯事とはいえ。

懸かっているのは国籍を問わず衛士の人命ともなれば、とても他人事とはいえない。

 

「そうか…情報感謝する、ステラ。龍浪中尉、隊の統制に気を配れ」

「はっ」

「私も注意するわ、西ドイツ軍にも少し知り合いがいるし」

 

上品に整った顔立ち、控え目な仕草に口調。にもかかわらず、うふ、と目と口で少し笑んだ金髪巨乳の美女衛士から香るは艶然たる色気。

 

響も思わずゴクリと喉を鳴らして、なるほどこいつは任官したての10代新兵なんかじゃたまらない、揉んでよし吸ってよし挟んでよし。俺によしお前によしみんなによし。

じゃなくても数ヶ月も孤島の基地にカンヅメ食らえば「お世話」になってる奴も多そうだとして、ひらりと踏みつけられそうになった足をどかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隊の集合を告げ呼びに来た同僚少尉の所へ、走って行く小柄な背を見送り。

 

「…乗り換えたの?」

「は? ……っ、な、なにを言って、……いや」

 

悪戯気なステラの声に、唯依は反射的に反論しかけて苦笑した。

 

「まさか。それに龍浪中尉は売約済みだ」

「あら、そうなの、ああ……ちょっとヤンチャそうだけどまっすぐで、危なっかしくて母性本能くすぐるタイプね」

 

二人して遠く敬礼を送ってきた黒髪の女性衛士 ― 千堂少尉へ答礼して。

そのステラの評に、母性本能云々を除けば概ね唯依も同意は出来た。

 

「でも…さっき向こうでちょっとだけ見たわ。彼でしょ、『ツイン・ブレード』」

「ああ。会ったのか」

「寡黙な感じではあったけど意外といえば意外だわ、ユイはああいうのが好みだったの?」

「好みと云うか、な…」

 

衒いも無く。

聳え立つJAS-39を見上げる。

 

「最初に出逢ったのは戦場だった。私はまだ実戦を数回経験しただけの新兵同然でな」

 

命を救われた。

 

そしてその後、同僚や部下やらに成り。

 

その圧倒的な強さに惹かれた。

 

何も飾らず、何も信じず。

 

唯、自らの握る力だけに依って。

 

「普段然程に話す事も無い。平時も任務を除けば共に過ごす事も殆ど無い。思えば戦場でこそ最も会話をしているのかも知れん、それも通信機越しに」

「…それでいいの?」

「佳いも悪いも無い」

 

自嘲する様に笑みが零れた。

 

それが唯、己の半生の依り処でもある気がして。

 

「好きな人と一緒にいたいとは思わない?」

「思うさ。私とて木の股から産まれた訳では無い、人並みの幸せを思う事は有る」

「ならいいじゃない、それにロイヤルガードの掟に恋愛禁止と書いてあるのかしら」

「歳に似合わぬ初心さだと云うなら甘んじて受ける。箱入りには違いが無いのだし、事実初等教育以後は訓練校から実戦配備で世間知らずと云われれば其れ迄だ。接吻どころか実際に殿方の手を握った事すら稀だな」

 

抱く抱かれる等最早想像の埒外。

斬り殺した事なら数人あるが。

 

「はあ…ヤマトナデシコは貞操を重んじるとは聞いたけど、純潔運動も真っ青なのかしら」

「噂に聞く瑞典ほど奔放で無いのは確かだ」

 

不得手な分野の話に苦笑した唯依に、それは悪評の類よとステラも笑い。

 

「それに…彼は殺すBETAと、其れを殺せる戦術機を求めて居るだけだからな」

「ポーズじゃなくて?」

「偽りで五体が引き千切られそうに成る迄戦えるか?」

 

 

一体何が、彼を彼処まで駆り立てるのかは未だに解らない。

 

住んでいた街をBETAに滅ぼされ、家族含めて周りの者を惨たらしく殺されたが故だろうと云われては居るが。同じ様な境遇の者は、帝国だけでも山と居る。

 

 

「…だから貴女はそのための戦術機を造るの?」

「そうだな。無論、それだけでは無いが…」

 

帝国のため、殿下の為。

篁家とそれを取り巻く人達の為に。

 

「お役目お役目なのは変わらないのね」

「こればかりは性分だからな、変わり様が無い」

 

ふわりと吹いた風に、流れた黒髪を唯依は押さえ。

低温ゆえに海の匂いもあまりしない。

 

 

それに想いを告げたところで、困らせるだけ。

 

彼には応えるつもりが端から無いのだから。

 

況して篁の家に入って、窮屈な武家の道を歩んで欲しい等と。

 

 

抑抑彼は未来を視ていない。

 

誰かとの将来どころか自らの明日さえも。

 

 

 

だから彼へのこの想いは。何処にも辿り着くことは出来なくて。

 

 

 

唯もしも、ひとつだけ我が侭が赦されるなら――

 

 

 

「彼は、おそらく死ぬ」

 

戦いの中で。或いは果てに。

甲20号の時の様な無理をまた重ねて。

 

 

そうなる前に、BETAを滅ぼし切れるだろうか。

以前、神宮司少佐と話した様にオリジナルハイヴ迄を撃滅して。

 

多分…不可能だ。

 

 

「だから私は、叶うなら」

 

 

そう、叶うならば。

 

 

「彼が生き終えるその瞬間、その隣に居たい」

 

 

もしも止めを欲するならば、それを与えて上げられる様に。

 

山城さんには ― 上総には、して上げられなかった、そのことを。

 

そうして仇を討てたなら、後を追うことだって出来る。

 

 

「だがそんな折には、恐らく私が先に死んでいる。要らぬ用心の類だな」

 

縦んば順序が逆に成っても、彼が死ぬそんな戦場で、自分が永らえられるとも思えない。

それに彼は武器が無くとも殴りかかって、腕が無ければ蹴るだろうし、四肢奪われてもなお噛み付いて、BETAと闘うだろう。

 

 

 

唯依は目を閉じ軽く笑んだ。

その瞼の裏に、何時か訪れるその瞬間を――幻視して。

 

 

 

青緑に薄暗く発光する魔窟の最奥。

 

巨万の異星種が蠢く其の地の底で。

 

山吹の愛機の中、物言わぬ肉塊と化した己の骸のその隣には。

 

同じくその命が燃え尽きるまで抗う、黒の衛士の姿が。

 

 

 

嗚呼、其れが叶えば――

 

 

 

今際の際にも添い遂げられぬ

 

なれば我が血で清めし蓮華台

 

半座を空けて待ちましょう

 

愛しい貴男が来るその時を

 

 

 

「然れば来世は番い雛、と云う訳だ」

 

薄く開いた瞼から、僅かに覗く黒い瞳と。桜色の唇もまた、僅かに弧を描いて。

 

「共に死ねれば其れで佳い」

 

湛えるは清冽なる色香、破滅に臨む佇まい。

 

「私にしては、上出来だろ?」

 

唯依は薄笑みを容作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々、ありがとうございます

いつも励みにさせて頂いてます
一言でもお寄せ下さると嬉しいです

でも…あれ、おかしいな
ハイヴまで行かなかったw


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Muv-Luv UNTITLED 15

2003年 5月 ―

 

 

旧スウェーデン・エベルトーネオー付近。

 

欧州連合西ドイツ軍・国連北欧諸国軍が中心となって前進させてきた戦線は、その最前線部が目標たるロヴァニエミハイヴまで残り100kmにまで迫っていた――

 

 

およそ旧スウェーデン・フィンランド国境に等しい形で南北に走る防衛線。

 

夜間戦闘。

一定の間隔で撃ち上げられ、ゆっくりと降下する照明弾の照らすオレンジの視界の中。

毎分120発もの高速で連射される57mmAP弾には4発に1発曳光弾が混ぜられ、それらが赤い火線を曳く。

 

中隊毎各2門のMk-57中隊支援砲、隊伍を組んでそれらを撃ち続け防衛に徹するのは西ドイツ軍戦術機 ― トーネード ADV 部隊。

 

米国製廉価機・F-5 フリーダムファイター の欧州版、F-5G トーネード の強化改修機。

欧州連合軍の現行主力・第3世代型機 EF-2000 タイフーン は3年前に配備が開始されたばかりで、その数は十全とは言い難い。

 

そしてその老兵らに ― 土砂を蹴立て巻き上げて怒濤の如く迫るのは、直進性の強い照明弾の光を受けて夜の闇になお色濃く影を作り出す――BETA群。

 

「BETA第4波接近! 連隊規模突撃級多数っ!」

「くっそ、支え切れん!」

「支援要請ッ!」

「了解っ、CP!CP! 支援要請! こちら第100機甲猟兵大隊! 支援をくれ! すぐにだ!」

 

突撃級は体高15m超、全幅全長は18m近く。

300体近いそれらが時速150km/h超で列を成して迫り来る。

 

防衛に当たる中隊長は通信ウィンドウに唾を飛ばして怒号する。

 

「足下を狙え!」

「っても死骸が遮蔽になっちまって!」

「いいから撃て! 撃ちまくれ!」

「A-10部隊は退避しろ、轢き殺されるぞ!」

「しかし…!」

「第109、あんたらの武勇は知ってるがここは無理だ!」

 

「戦車級駆逐機」の異名を取るA-10C サンダーボルトⅡ 、その象徴たるGAU-8 両肩部36mmガトリングモーターキャノンは単機でF-4 1個小隊相当の制圧火力を実現するも ― 突撃級の前面を覆う装甲殻は極めて強固で、かつ巨大な嘴の如く曲面を描いてすぐれた避弾経始効果を発揮する。入射角次第では120mm砲弾すらも弾き除けるそれは火力に優先すれども運動性においては大きく劣後するA-10Cの天敵ともいえ、戦線維持を担う部隊にとってもほぼ悪夢に等しい。

挙げ句足止めを期待して1対6本の脚部を狙おうにも、戦場には今宵これまでに屠ってきた異星種共の死骸が多数転がり弾よけになってしまっている。

 

「裏取りに回った24大隊の連中はどうなった!」

「現在展開中!」

「くッ、やはりかかるな…!」

 

突撃級群相手に正面切って撃ち合うのは愚策でしかなく。

戦線で護りを固める2個大隊を残して背後への迂回機動作戦。

しかし速力は元より運動性にも優れるとはいえない1.5世代型機。交差機動での敵中浸透突破など彼らの機体と技量とからして不可能とまではいわないまでも、少なくとも蛮勇の範疇は通り越している。

 

今次作戦の前線配置ににあたってデータリンク機能含むアビオニクスの更新がなんとか間に合ったのがせめてもの救いで。

視界の利かない夜間戦闘でかつ大規模戦ともなれば、P2Pネットワークの維持のため中継機器をばら撒くことができたとしても、敵味方入り乱れる情報過多に第2世代型機未満の管制ユニット用装置の演算能力では到底足りずに精度の低下どころか飽和遅延は不可避だったろう。

それに震動センサーやデータ中継器等の装備資材も無限に有るわけでなし、巨大な防衛線を複数抱える欧州連合軍はそれら周辺装備の生産配備も現状追いついていない。

 

「隊長、レールガン! レールガンは!」

「もう交換砲身がない!」

「クソヤンキー共、けちりやがって!」

「やむを得ん、鶴翼から散開して後ろを取るぞ!」

 

突破を許したところで、後方至近に何があるというわけではないにせよ。

しかし突撃級に反転される前にすみやかに撃破殲滅しなければ通した意味がないし、指揮所を襲われたらそれこそ洒落にならない。挙げ句に失探でもしてしまえば今後は背後にも怯えながら前進なり防衛なりに当たらなければならなくなる。

 

そんなやむを得ない次善の策、しかし。

 

「敵群後方に光線級ですッ!」

「なんだとぉ!?」

 

夜の闇が切り裂かれた。走った光条は多くはない、20本程度。特に予兆も反応もなく、数多点在する地下洞からでも出てきたか。

そしてそれらが放つ必殺の光線は、迂回機動中にそれらを発見してデータリンク経由でその存在を送って寄越した24大隊の戦術機をその衛士の命ごと灼き融かしていた。

 

「第二級光線照射危険地帯警報!」

「大隊長機シグナルロストっ!」

「突撃級群止まりません! 距離2000切りました!」

「糞ったれ! 支援はまだか!?」

 

撃ち尽くし加熱したMk-57を放り出し、ADV部隊は突撃砲GWS-9を構える。

近接戦用の腕部クローをつける機体もいた。とはいってもあの暴走列車よろしい突撃級群相手に近接戦をやらかすとなればそれはほぼ防衛線は破られたに等しい。

 

そうはさせないため西ドイツの誇り、ツェルベルスあたりが来てくれれば。

だが昼間の戦線拡大を担う精鋭連中には夜間の援護まで望むべくもなし、ダメならせめて国連北欧軍のあの金髪デカパイ衛士の部隊でもいい、今はその乳でなしに射撃戦の腕が欲しかった。

 

「CP!」

「こちらCP」

「支援は!」

「もう出てる、腕っこき…だそうだ、評判通りなら」

「はァ!?」

「南から回り込むはずだ、誤射するな」

 

その通信が終わる直前。

南方から火線が走った。

 

「57mm!?」

「来ました! ――データにない機体!? 24機!」

 

砲は6門か。曳光弾の軌跡が見慣れた光の尾を刻む。

防衛部隊からBETA群は肉眼では遠く黒々とわだかまる壁としか視認できない、しかし網膜投影のデータビューには処理された望遠画像。その中で、横合いからの弾幕に比較的柔らかな脚部に側部、後部を撃ち抜かれて疾走の勢いのままに横転側転する突撃級群。

 

そして叩きつけられる火線がなお数を増し、それらが射程に入った36mmの火線だと気がついて10秒もしないうちに防衛線の目の前で来援した戦術機部隊のうち、12機が残余の突撃級群に横合いから突っ込んだ。

 

突撃級の全高すら下回る高度、戦術機のサイズからすればほとんど地面すれすれ。

視界の悪い夜間戦闘で、しかも突進を続ける突撃級の合間を縫っての戦闘機動。無防備な背後を晒す突撃級を撃ち抜きながら北へと突破していく。

そしてその間に迂回路をとっていたもう1中隊12機が後背から襲いかかり、反転してきた突入部隊と合わせてものの数分で300体の迫る猛威を300体の地に伏す骸に変えて見せた。

 

「やりやがる…あの部隊、まさか」

「ああ、あいつら…ヤーパンの連中ですね」

 

中隊長の確認に部下が応え。

 

助けられはしたものの。よりにもよってこいつらか、という思い。

西ドイツ軍はじめ欧州連合軍が手も足も出ないデカブツの排除を請け負って、ということらしいが――西ドイツ軍の作戦予備はすでに払底しているのか。

 

 

つい先日まで。はるか東の果てからお越しの方々へのプレゼント、帝国軍の戦線近くへの安全な降下のために死んだ部下の数は片手では足りない。

 

そのくせやってきた連中は自分たちよりよほど上等な第3世代型機中心の強力な装備、そこへ戦術機1個連隊あたり1整備大隊付という欧州連合軍の常識からすれば考えられない贅沢さ。おまけに精鋭のリッター様がたは2個中隊で1個整備大隊のお供を侍らせてのご来欧とあっては、前線をバカンス用の保養地かなにかと勘違いしてやいませんかと吐き捨てたくなる。

 

 

しかし日本軍の夜間組はF-15の改修機で、もっと北を担当しているはず。

昼間担当はTyp 94とやらで、とするとあのサムライめいたTSFがTyp 00 タケミカヅチ、噂のリッターが最新鋭機でおでまし。

 

だが認めたくはないが…あの手並みはこと機動に関していえばそこらの精鋭どころか、ツェルベルスをすら凌駕するかも。

 

「…支援に感謝する」

「いや何の、間に合ったは僥倖でした」

 

しぶしぶと繋がったデータリンク、通信ウィンドウに浮かんだ2名の隊長級日本人衛士は共に若い男女。赤と黄色、ずいぶんとハデな強化装備。

堅い英語でマカベ大尉と名乗った衛士にまだガキじゃねえかと中隊長は思いつつ、東洋人は幼く見えるとも言う。それこそツェルベルスの若手組と同じくらいなのかもしれない。

 

「…そりゃ、Mk-57か?」

「フッ、流石にお目が高い。此れぞ異星種共を遠雷の轟きにて祓う破邪の閃光。我が帝国の新たなる力、そして日独の友誼の証足る、その名も02式中隊支援砲!」

 

誇らしげに語る青年衛士、隊のうち数機が提げる大型銃器を問えば。

 

「ディスタント・サンダー…ブレイク・ジ・イービル…? なんだって?」

「気になさらず、では我らは是れにて」

 

共に英語は母語ではない、しかし冷ややかに言い放ったのは整った顔立ちの女性衛士。ヤパーニッシュ・プペもかくやのポーカーフェイス。

 

あの黄色い機体の操縦者らしいがまさかこんな細い女とは。副隊長格らしいが、その可憐な容姿の一方で赤の男より列機の長らしき不思議な貫禄。

先ほどはカタナで突撃級を装甲殻ごと真っ二つにしていたりと信じられない豪傑ぶりで、もっとゴリラのような衛士を想像していたのだが。

 

「…ン、光線級警報は?」

「――解除されているでしょう?」

 

去り際。

跳躍ユニットを吹かしはじめた黄色はさも当然の如くだった。

 

「ああ、別働隊がいたのか」

「いえ。『隊』等居りませぬ」

「――なに?」

 

中隊長がデータリンクの表示を広域に切り替え――確かに前方ハイヴ方向に存在するマーカーは、まだ遠方なれども多数残る赤い光点・BETAの表示以外には、退避経路を辿る半壊した24大隊の生き残りと思しきものと――いや。

 

 

その赤い光点のまっただ中に、一機だけ。

 

 

「おい! 孤立してる奴がい――、や、なんだ…? 周りのBETAが…?」

 

中隊長が見つめる情報ウィンドウ。

しかしそこから、瞬き毎に。

 

アイン、ツヴァイ、ドライフィーアフュンフゼクス――

 

赤い光点が消えていく。

 

 

「まさか…たった一機で…!?」

 

 

呆然と見送る ― 見上げればゆるりと上昇を始めた極東のオウガ共が。

そのモノ・ヴィズィアを青色に光らせて、西ドイツのトルナード達を睥睨していた。

 

西ドイツ軍の中隊長はほんのわずかだが息を呑んだ。

その年若い衛士らの平然たる佇まいに、この世の者ならざる気配すら感じて。

 

「連隊規模、要撃級が600前後で要塞級は30程度か」

「中尉には少ないでしょう、光線級もあの程度の数では春雨にも成りませんね」

「むう、しかし中尉独りに任を負わす訳にもいかん。我らも火急駈付けねば」

 

宙空での楔型、一糸乱れぬその機動。

 

「今宵我らは此の煉獄にて異星の客を饗応すべき料理人。彼奴らが招かざる客で有ろうとも粗餐で迎えるは恥となろう。だが心せよ、一歩過てば我ら自身が彼奴らの血塗られた晩餐に供犠として並べられよう…焔狼共、参るぞ!」

「…第1中隊は支援でお願いします」

「わ、わかっていますよッ」

 

西ドイツの衛士たちは放り出したままのMk-57を拾い最装填することも忘れて、その夜闇に刻みつけられた24の排気焔を見送った。

 

「た、隊長…」

「ああ、あれが――」

 

中隊長はようやくに我に返って動き出し、損害報告と隊列の再編を列機に命じた。

 

 

その間にも戦域データリンク上の赤い光点は次々に消えていく。

 

わずか一機の戦術機によって。

 

 

「この目で見ても信じられんが…」

 

トーネードは00式に比べれば何割かも緩慢な動作で、取りあげたMk-57に新しいマガジンを叩き込みコッキングレバーを引いた。

 

いくら衛士には若年者が多いとはいえ。あんなガキ共がとは。

ツェルベルスの若手組と同じくらいだとしても、二十歳もいいところ。

 

 

サムライの末裔。ニンジャの子孫。

 

たやすく万の兵士を殺戮するBETAを単機で仕留める化け物衛士のいる部隊。

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター ― 日本帝国斯衛軍。

 

 

「噂通りか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

早朝。やや晴れ。5月に近づいても、フィンランド北部の気温は低い。

朝ともなればまだゆうに氷点下。スウェーデン以上にその国土には湖沼が多く、20万近いそのほとんどが無垢な白かもしくは透明に氷結している。ハイヴとBETAの影響で、涸れてさえいなければ。

 

高度40m。標準的な匍匐飛行高度。

純白の雪原をメチャクチャに引っかいてその下の茶色い荒れ地を露出させたのは、よその星からやって来た化け物連中。

乗機・94式弐型の管制ユニットの中から、鎧衣美琴はその眼下の光景を見ていた。

 

 

飛行編隊は13機。

 

元207の弐型4機に加えて、随伴する8機の白い00式に ― 黒い鬼神。

 

護国の英雄たる彼がいなければ、きっと皆逃げ出したくなっていた。

 

 

「欧州は思ってた以上に厳しいね」

「そうね、西独に北欧軍はよくここまで…」

 

今次作戦の欧州連合軍地上制圧部隊において、最新鋭の第3世代型戦術機を装備した部隊は半数程度に留まる。支援火砲もほとんど存在せず、甲20号・鉄原ハイヴ攻略時の日米連合に比べれば明らかに見劣りする戦力で、偉そうな言い方になるがよく頑張っていると言ってよかった。

 

「でも歓迎してもらえるとまでは思ってなかったけど…雰囲気よくないよね?」

 

 

斯衛・帝国軍と共に前線基地にて合流した欧州軍。

 

さすがに面と向かって罵詈雑言を投げつけられたり絡まれたりはしないものの、彼らは一部を除いてお世辞にも友好的とは言い難く。

 

 

「…妬まれてる?」

「彩峰、それは言い過ぎ。馴れ合いに来たわけじゃない、リヨンの戦訓も踏まえて派遣部隊の自己完結性は向上してるんだし、帝国軍同様に現地軍とは極力接触を避けるべきよ」

 

しかし話しながらも通信ウィンドウの榊千鶴はずれてもいない眼鏡の位置をしきりに気にして、やはり緊張は隠せない。

普段から捉えどころなく表情もさして動かさない彩峰慧はさすがというべきか大して変わらぬ一方で、最も責任重大となる珠瀬壬姫に至っては明らかに平静を装おうとして失敗している…パニックを起こさないだけ、十分成長しているともいえるが。

 

美琴も隊内では果たす役目は端役の方とはいえ、正直怖じ気を自覚している。

 

だが担う重責からすれば、それも当然――

 

 

押し上げられた戦線は、先日ついに甲08号・ロヴァニエミハイヴ東80kmまでに迫り。

5日前に来援した帝国軍部隊が担った北部戦線も旧スウェーデン・フィンランド国境のペッロ付近を蝶番とする形で南方へと閉じ、「く」の字形にハイヴを半包囲した。

 

そしてこの季節の西風によって海氷が東岸フィンランド側に寄せられることも見越して、ボスニア湾を西岸よりに北上してきた海上戦力 ― 米軍ニミッツ級空母2隻が擁する戦隊で東沿岸部を先行掃除しながら ― が、ハイヴまで200kmとなる旧スウェーデン・ルーレオー沖にまで到着し。

 

そうしてついに、これまでも警戒待機を兼ねて前線付近で準備を続けてきたとはいえ。

いよいよ本格的に超重光線級討伐を担う国連軍特務小隊・ヴァルキリーズの出番となる。

 

 

「――でも、足りるのかなあ」

「正直アイオワ級が4隻も抜けたのは痛いわ。英国海軍だって空母も小型で大型艦艇はないし、西独海軍もフリゲートやコルベットでしょ? 潜水艦のVLS含めてもミサイルだけじゃ…」

 

牽制にしろ誘導にしろ。海上砲打撃力の不足は明らかに不足気味。

 

 

駆逐艦でも1隻あたりのVLSミサイルセルは40~60、ミサイル駆逐艦ならばそれ以上。よって英国王立海軍のみでも同時に500発程度の弾体を撃ち込める計算にはなるうえ来援した米軍艦隊にもミサイル駆逐艦は複数存在する。しかしミサイルの洋上補給は事実上不可能なことから有効な面制圧力を確保するには3波攻撃程度が限界とみられ、火力に継戦能力をも備える大口径砲を有し大和級にも匹敵するアイオワ級がごっそりと抜けてしまったのは最大の不安要素となる。

 

 

「軌道爆撃は?」

「超重光線級の射程から軌道艦隊の安全を考慮すれば投下座標は6000km以上向こう、アフリカ上空やら北大西洋上、カナダのトロントや朝鮮半島北部上空よ。固定目標で精度には問題がないとしても極超音速弾でも発射から着弾まで10分以上、有効な連携は難しいわ」

 

言わずもがな、聞かずもがなの慧の問いにも。

見かけ常と変わらぬ彼女にしても、やはり内心には思うところがあるのか。

 

そしてそれらを察してなのか、随伴の斯衛部隊もなにも言ってこなかった。

 

 

香月博士の各種分析に基づいて、もう幾度もシミュレーションした内容。

 

「現状」 ― これが、今後も続く保証はないが ― 超重光線級は、美琴らも実際に目にした甲20号・鉄原に加えてソ連軍が攻略した甲26号・エヴェンスクのケースからして、ハイヴ近傍の地下に潜んでいると考えられる。

その理由は未だ不明 ― 単に超重光線級がBETAの巣たるハイヴ防衛のために生み出された(作り出された?)か、もしくは著しく移動適性が低い大型種なのか、はたまた単に「気づいていない」だけなのか ― ながらも、もしこの新大型種が他種BETAと共にユーラシア各地での前進・侵攻に加わっていたら、人類は今以上に追い込まれる形になっていただろう。

 

そしてその出現は甲20号の折には攻略部隊がハイヴ20kmにまで迫り支援砲撃が効力射を出してから、甲26号の際の詳細なデータはソ連からの提供がなく不明ながらも、戦術機部隊による接敵自爆攻撃で撃破したというのが事実であれば、超音速戦術機なるものが存在しない以上現行のいかな高速機を用いたとしても極大照射後の充填時間10分の間に肉迫できる距離 ― すなわち100~130km程度の距離には自爆部隊が存在していたことになる。

 

つまり現在得られている情報からの分析では、ハイヴ近辺に滞留するBETA群への大規模砲撃等を行わない限り、100km程度まで接近することは可能なはずだと ― この香月博士の推論は、国連軍経由で欧州連合にも共有されてきたはず――こう雰囲気が悪くては、日本発、もしくは魔女発ということで信憑性を疑われたかもしれないが――

 

 

「確認するわよ。4門の03型砲はハイヴ西部に扇形に配置。私たちは南、クンプラ付近。初手の軌道爆撃と海上からの支援砲撃の目標がハイヴ南側になる以上目標の出現確率は高いとみられるし、出現位置が東部に寄っても射界に入れられる可能性が高い…これは珠瀬、あなたの狙撃能力を見込んでの配置よ」

「は、はいっ」

「目標が出現しても焦らないで。少なくとも南西担当の神宮司少佐が準備を完了するまでは待つこと…ただあまり時間はかけられない。囮に使える洋上火力には限りがあるし、可能な限り『すみやかに・なにもさせずに』撃破しろとの副司令の命令よ」

「はい、わかってます」

「私はあなたたちから西、ハイヴ120km地点から支援砲撃。狙撃が失敗すれば艦隊火力での飽和攻撃、それでも駄目なら――」

 

 

米軍が、「なんとかする」そうだ。

 

つまりおそらくは、ここロヴァニエミが第二のヨコハマになる。しかもより大規模な形で。

 

そして海上火力の不足が明白な以上、狙撃作戦の失敗がほぼその未来を決定する。

 

しかもそれで、撃破が確実かどうかすらわからない――

 

 

「狙撃に成功してもハイヴ近辺の残存BETAが動き出す可能性もあるから、即退避。ぐずぐずしてると飲み込まれるわ」

「…『おとも』の光線属種は?」

「目標さえ排除すればさすがにそちらは欧州連合軍が担当するそうよ、向こうも手柄は必要でしょ…彩峰、逸って突っ走るんじゃないわよ」

「…わかってる」

「じゃ、私はここで」

「千鶴さん、気をつけて」

 

最終確認を終え。そちらもね、の応えと共に隊列から千鶴の弐型が離れる。

彼女の機が抱えるのは大型の01型電磁投射砲、護衛として焔狼中隊から分遣された1小隊4機が随伴する。

01型砲装備機は両主腕は投射砲で埋まり、兵装担架も動力ユニットと交換砲身で占められる。長竿持ちで運動戦を望むべくもないうえ、自衛戦闘すらおぼつかない。

 

千鶴さんも本当は中尉さんに護衛してほしかったんだろうけど。

 

彼女は任務にそう、私情を挟むタイプではないにせよ。

その内心を察して余りある美琴は、そっと小さく溜息もついてみた。

 

残るもう1小隊・03型砲付の護衛は白牙中隊より。

突撃戦を得意とする彼女らながら、護衛任務のため2機が新装備・02式中隊支援砲を携行する。

 

 

「白い牙」 ― 剣姫・篁唯依中尉が指揮する精鋭中隊。

 

本来開発衛士隊とされながらも数々の試験を兼ねての実戦参加でその勇名を馳せ、明言されたことは一度とてないが発足時から女性衛士のみで構成されてきた。そのため今や、武家の女子のみならず帝国の衛士を志す女性にとっては憧れの部隊。

 

入隊者は斯衛軍付属女子訓練校の成績上位者からさらに選りすぐられるという正真正銘のエリート部隊ながらその一方で苛烈な第一線を担うことでも知られ、死傷率も低くはなく創設時からの生き残りはもはや数名を残すのみとも言われている。

 

そんな血塗られた歴史の一方、隊長の経歴と所属する武家女子衛士らの清廉さから、彼女らは日本特産・山中に自生しながらも華麗に咲き誇る山百合 ― 花言葉は「荘厳」 ― にも喩えられる。

 

そしてまさにその花の如く一般武家の白い花弁の中央に、山吹を纏う譜代・篁中尉が立ち。

凜としたその美と誠、それを以て彼女らが真に付き従うのは――

 

 

美琴がちらと見る隊内の通信ウィンドウには、無表情な黒の衛士。

 

 

伸びかけた茶色の髪、同色の瞳はしかし光に乏しく沈んでいて。

 

常の如くに乗機・漆黒の00式。

両主腕には74式近接戦闘長刀が二振り、兵装担架には87式突撃砲が二門。

 

遊撃・予備兵力として夜間戦闘に及ぶまで思うさまにその力を振るい、この数日で欧州での異名たる「ザ・シャドウ」をさらに広めているのだとか。

 

 

「予定ポイントに到着」

「降下するよ」

「りょ、了解っ」

 

一番の重責、堅さがとれない壬姫を気の毒に思いながら。

彩峰機と揃って携行する大型追加装甲の空気抵抗は当然大きく、それに留意しながら弐型を降下させる美琴は、予め複数挙げられていた狙撃ポイントを思う。

 

やっぱりあの時の士官さんなんだろうな…

 

 

年明けごろ。米国はアラスカのユーコンから横浜基地を訪れた女性士官を副司令室まで案内したのは美琴だった。

 

薄い色の金髪、細いフレームのフォックスグラス。

戦闘将校という気配はなかったけれど。デキる女、という雰囲気を隠そうともしていなかった。あとになって調べたらギリシャ軍出身だそうで…つまり国連軍所属とはいえ、欧州連合との関わりが深い人物。

 

国土の詳細な地形情報などは時として重要な軍事情報。

にもかかわらずかなり早い段階で北欧地域のそれが手に入っていて、座標海抜に始まり投射砲の射線が啓開されているかまでもを再現したJIVESで訓練を重ねてきた。

 

そしてユーコン基地といえば、国連軍の戦術機開発を担う場所。

 

 

なにか取り引きでもしたのかな。

 

 

自分たちのボスがそういう裏仕事的な動きを常にしていることくらいは理解している。

そして現在日米が戦術機関連の技術では世界をリードしていることにはほぼ疑いがなく、その中で横浜基地は同じ国連軍に在りながらユーコン基地ほどに戦術機開発を前面に押し出してもいないのに、大きくその一翼を担う立ち位置。

 

 

そしてその根幹のひとつたる、特殊装置に覚え込ませたパターンで ― 今、美琴の弐型は地面を掘っていた。

少し離れた場所で慧の乗機も同じ作業を行っている。冬期には凍りつく北欧の大地とはいえ、永久の凍土ではなく。

 

 

03型砲機護衛班が抱えるタワー・シールド、その裏面に用意されていた戦術機サイズのシャベル。水平掘りでプローン姿勢の戦術機を半埋伏してハルダウンさせるため。92式多目的追加装甲のように下部をドーザーブレード化するには本体が巨大すぎるがゆえの措置。

 

 

そしてこの掘りモーションは隊内では工兵技術に長ける美琴が考案し提供したのだが――

 

あれ。

 

自前のシャベルで自分用の浅い壕を掘るはずの壬姫機が、やはり緊張のためか長大な03型砲の置き場に困った風に少しおろおろとし。

そのわずかな逡巡の間に、さっとそのシャベルを取りあげた黒い00式が同じくさっさと穴を掘り始めた。

 

平生は目にもとまらぬ機動でBETAを屠る英雄機が土木作業よろしく穴を掘る光景に、呆気にとられた風な白牙小隊の衛士らと共にいいのかな、と思った美琴は同時に違和感を抱いた。

 

こんな作業のパターンは、外には出してなかったはずなのだけれど――

 

「お上手ですね?」

「…」

「帝国軍にいらっしゃった時に覚えられたんですか?」

 

ふと気になって。緊張を紛らわすためもあり。

そういえば現場で戦術機搭載のS-11を起爆可能にしたとかいうし、工兵技能にも長けているんだっけ。それを斯衛がやるとも思えないから、その程度の質問。だったのだけれど――

 

「――いや」

 

黒の機体は、ひたりと手を止め。

 

え……?

 

瞬間、美琴は息を呑んだ。

 

 

上がってこちらを見た黒の衛士の茶色の視線、常の如くに澱んだその奥底に。

 

ほんの、ほんの一瞬だけ。

なにか透き通った哀しみのような、あるいは郷愁のような。

 

とても、切なそうな光が――

 

 

「……昔、教わった」

「そ、そうですか」

 

 

その、ひどく寂しそうな色に。

 

どきりと鼓動が跳ね、美琴はなにか、見てはいけない彼の秘密を垣間見た想いに囚われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、なによ鎧衣のやつ…!

 

網膜投影の通信ウィンドウを通して。

実際には遠く40km以上も離れた場所の千鶴は、軽くだが動揺していた。

 

美琴の顔に、今までまず見たことがなかった女を感じて。

 

しかし今は重大な作戦直前。ナーバスになるのも仕方がないがそんな場合でもないと、矛盾した思考を頭を振って追い払う。

 

集中しなければ、できなければ死ぬ。

自分だけでなく、仲間も皆も。

 

出来うる準備はしてきたつもりだが、懸念材料も挙げればキリがない。

 

 

砲撃であぶり出せるのか。その位置が突然至近になったりしないか。狙撃は成功するのか。

いや、そもそも本当にハイヴ周辺に超重光線級が存在するのか。

 

さらにスカンジナビア半島東部の大陸との接続部方面には、本格的な防衛線の構築はされていない。その理由は3つ。

甲08を刺激しすぎることを避けるがためと、西独・国連北欧軍の損耗から単純に戦力が足りなくなったこと、そして ― フィンランドの東は、旧ソ連領だからだ。

 

欧州連合からは正式にソ連へ旧領域内への進入を一時的にでも容認してもらう旨打診したらしいが、すげなく拒否された上に冷戦期資本主義体制を維持しつつもソ連の影響下にあった、フィンランド内のハイヴ攻略に対して重ねての抗議があったという。

現状1000km南東の甲04・ヴェリスクハイヴからのBETA長駆群は確認されていないものの、当然今後もないとは言い切れず。

そのソ連といえば、攻略成った甲26号・エヴェンスクハイヴ防衛について、戦線の前進でなく70年代後半から東独軍が採用した ― とはいえその大本は前大戦時のソ連軍が用いたものだが ― 要塞陣地化を以て当たっているとか。

ハイヴ南がオホーツク海北部シェリホフ湾に面するという立地も最大限に活かす形で歪なコの字型を描く堅固な防御陣地は有効に機能し戦力のはりつけも損耗も最小限に留めているらしいが、ひとたびBETAに包囲されるなりしてしまえば敵中孤立待ったなし。防衛部隊の士気の維持も容易ならざるものと思われ、西側諸国では安易に採り得ざる苛烈な戦術といえた。

 

 

そして湖沼と同じく洞窟洞穴が多いこのフィンランドの地。

ハイヴを中心とする半径30km超の地下茎構造のみならず、過去現地軍にすら完全には把握し切れていなかったそれらをBETAに利用されるようなことがあれば、一応近辺の掃除は済んでいるとはいえ地下侵攻による伏撃の危険性が大幅に高まる。

 

 

それに大体なぜ、いつの間にか欧州連合軍には、超重光線級の排除については帝国軍とそれに随伴してきた横浜基地の国連軍部隊 ― 自分たちのことだ ― がその責任のほとんどを負う、というような雰囲気が醸成されているのか。

 

たしかに現状、現実的に超重光線級を撃破可能な装備を持つのは自分たちしかいない以上その任に当たるのはやぶさかではないとはいえ、支援部隊として来欧したのにG弾投下への忌避もあいまって「失敗したら許さないぞ」的な視線を向けられるのはどうにも筋違いではないだろうか。

 

聞けば後方の現地世論もそんな論調になっているらしく…これは明らかに政治的駆け引きからプロパガンダに世論の誘導まで、欧州政府に巧くやられてしまっていると思えた。

 

 

やっぱりどうにも、今の内閣は外交に弱いわね…

 

もう何度目になるかもわからない、亡き父の偉大さを思い知らされる気もして。

千鶴は内心に溜息、そんな今ここで巡らしても詮のない思考もやや乱れがち。

 

ハイヴ滞留のBETA群排除を兼ねてのあぶり出しの砲撃が始まるまで、あと――

 

まだか、と時間表示を眺める、なんてことまだ2分と経っていない、深呼吸してから脳裏で手順を再確認して眼鏡を直し、また時間を眺めてと繰り返して。

隊内の通信では時折鎧衣が珠瀬に話しかけるも当たり前だが珠瀬の方には余裕がない、緊張に乾いた声でひび割れた笑いをなんとか返したりしている。

 

そんな中。リンクされた通信ウィンドウ。

並ぶ衛士の面々の中に腕組みをして目を閉じ、わずか俯いた黒い衛士。その漆黒の00式の機体は、白牙小隊らと共に狙撃班より2kmほど下がって地に伏せられている。全力噴射なら10秒足らずで埋められる距離。

 

ね、寝てる…?

 

上位者に当たるため、バイタルは表示されていないけれど。

緊張の色どころか気負いの欠片すらも見えず。

 

「あの、中尉…?」

「…」

 

す、と開いたその無感情な瞳。

無言の中に何か用か、と。

 

「い、いえ、申し訳ございません。集中してらっしゃるところを」

「…」

「その……、作戦についての、中尉のお考えをお聞かせ頂ければと」

 

意味のない問い。

 

しかし直接の会話自体が久しぶりで。

春先の退院後には数度横浜基地へ来ていたらしいけれど、個人的な接触としては甲20号の折の救助に対して斯衛様式の礼状が素っ気なく届いたきり。あまり字が上手でないのが意外といえば意外だった。

 

「……外れたら逃げろ」

「は…はあ…」

 

ぶっきらぼうに過ぎる物言い。

その口調と内容に、聞いていた壬姫は元より期待されていないと感じたのか小さな身体をより縮こまらせた。

 

「……避退時は」

「…は。心得ております」

 

わずか向けられた黒の視線、その先の白牙小隊。

応えを返した05番機、その微妙な間に千鶴は不安を抱いて。

 

「中尉は…どうなさるのですか?」

「…殿だ」

 

嘘だ、と感じた。

 

「失礼ですが……逆撃を企図されていませんか」

「…」

 

 

狙撃による撃破が失敗、とはいえそれまでに砲撃などである程度照射させていれば。

 

衰えたりとはいえかつての英雄、巌谷閣下なればこその特攻だったとはいえ。

 

帝国の最精鋭たる彼と00式、閣下が77式で出来た突破がなし得ないとも思えない。

 

 

「そんな無茶は…中尉を喪えば……、帝国は」

 

本当は、私は、と。

千鶴は口にしかけた言葉を飲み込んで。

 

 

甲20号時、救助と同時に回収した彼の管制ユニットのSDSボタンの保護ガラスは――粉々になっていた。

 

あまりの衝撃に割れたとも、戦車級に囓られたせいだとも考えられて判然としないにせよ。

装備されたS-11ごと乗機が吹き飛ばされていなければ、超重光線級を道連れにするつもりだったのかも――

 

そして。

 

 

「…俺の命に意味などない」

 

あまりに、素っ気なく。

 

「…BETAは殺す。手段は問わん」

「――そ、んな…」

 

返す言葉を失う千鶴、彼に従う白牙小隊も辛そうに顔を伏せ――

 

 

「なんだ、がっかり」

 

 

通信に響いた声は、その言葉の通りに。

ちょっとだけどホントに落胆しちゃった、そんな風に聞こえるその声の主は。

 

「彩峰!?」

「英雄なんて言われてるわりにココロザシが低い」

「け、慧さん!」

「一山幾らのザコと相討ちで満足とか」

「貴様…! 中尉に、上官に向かって…!」

 

千鶴と美琴の制止もむなしく。

歯ぎしりせんばかりに怒気を露わにする白牙小隊、しかし慧は気にもとめず。

 

「…」

 

そして批判された当人もまた、常通りの無感情で虚無的な視線を無感動に向けるも。

 

 

「そんなに強いのに。死ぬならBETAの親玉の喉笛食いちぎるくらい言ってほしかった」

 

 

回線越しでも。黒の衛士としっかりと瞳を合わせて。

慧の紫の視線、しなやかな猫科の肉食獣のそれを受けて。

 

 

「…」

 

ほんの一瞬、茶色の瞳が――

 

 

わ…笑った!?

 

それは表情こそもほとんど変えず、ごくごく小さかったけれど。

驚きに目を見開いた千鶴は、同じくつきあいの長さの割に見たことはなかったのだろう、瞠目する白牙小隊の面々と共に。

 

――変わんねーな、お前は――

 

かすかに動いた唇は、そう言ったような気さえもして。

 

「……いいだろう。…だがBETAは甘くない」

「それはわかってる」

「……生き残れ。旨い物を教える」

「それは、楽しみ」

 

愛想もなく短く交わされる会話、しかしその淀みのなさに。

 

あ、彩峰ぇ…!

 

平気な顔でタメ口、しかもわずかながら妙に打ち解けたかのような雰囲気。

千鶴は大慌てで内心チェックリストの慧の項目に「要注意!」とぐるぐる丸を付けた。

 

そして黒の衛士はそれだけ言って、またその目を閉じ――

 

「……珠、瀬少尉」

「はっ…はいっ」

「……気楽にやれ」

「は…、はい」

「……お前にできないなら他の誰にも無理だ」

「! …はい!」

 

それきりまた、むっつりと黙り込むも。

 

いよいよその時が迫ったがために青ざめを通り越して白くなっていた壬姫の顔には、みるみると生気と表情とが戻った――が。

 

…え? 私には何もないの?

 

疎外感、蚊帳の外感がそこはかとなく。

うっすらと期待するも、中尉殿はもう口を開かなくて。

 

うぅ、と内心でほぞを噛むも、すでに千鶴は身を縛る緊張を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定時刻きっかりに。

 

ロヴァニエミハイヴ外。聳え立つ600m高の地表構造物を中心に、遠望すれば赤黒く蠢く波の如きBETA群、その総数は今なお5個軍団規模15万体を超え。

その南側集団に、三方向 ― 北米上空より米軍・アフリカ上空より欧州連合軍・朝鮮半島上空より日本帝国軍 ― の軌道爆撃艦隊からの攻撃が、遙か天空よりの鉄槌となって極超音速で叩きつけられた。

 

ロケットブースターで最大加速し再突入時の大気減速を相殺しつつ軌道周回速度・7km/sのままに飛来するMRV 多弾頭突入体は各方面10発程度がおよそ2分間隔で計3波。

念のため第1波をAL弾としたそれらはしかし事前の索敵通りに散発的な光線属種の迎撃網をそのほとんどが潜り抜け、滞留するBETA群の只中に激突。遠く6000km彼方にて間髪入れず投下・撃ち放たれていた第2波以降の本格攻撃が効力射たり得て、地表構造物の中ほどまでの巨大な爆煙を次々と立ち上げていく。

 

 

始まった…!

 

甲20号・鉄原ハイヴの時も、こうして初動の砲撃から眺めていた。

ハイヴ西南西80km地点。龍浪響中尉は乗機・94式弐型を浅い壕の中伏臥半埋伏させ、体感的には自らもうつ伏せの状態になって遙か前方 ― 東の空に立ち上った爆煙と着弾震とを確認した。

 

 

数十m、人間サイズでいえば数m後方にて03型砲を構える狙撃係の弐型・神宮司まりも少佐機の護衛役。

 

装備は至近に寝かせた大型追加装甲*1、兵装担架には長刀と突撃砲が各1。

やや離れて同姿勢を取る千堂柚香少尉機も同様の装備となる。

残る同小隊機の1機は大隊副長を兼ねる駒木咲代子大尉が駆り、40kmほど離れた場所で01型砲を構える。

 

 

さあ出てきやがれ…人間の悪知恵を思い知らせてやるぜ…

 

今一度、各手順と護衛小隊らの配置も含めて最後となる確認をして。

響は操縦桿を握り締める。

 

 

甲20号の時はさんざん煮え湯を飲まされた。

だが痛い目を見させられた人類は、それが害獣であれ毒であれ、あるいは病であっても。

頭を寄せ合い知恵を出し合って、それに打ち勝たんと対策をひねり出すもの。

 

 

そんな一環、意図的に設けられた砲撃の間。3波目を以て軌道爆撃は一旦止む。

ハイヴ120km圏にまで忍び寄った戦術機部隊も息を潜めて。

 

戦場には不気味な静寂、想定通りの効果に二次攻撃への誘惑をぐっと堪え――そして。

 

 

「震動センサーに感ッ!!」

「波形照合…、地下侵攻! いえ、タイプ331も同時! 来ました! ヤツです!!」

「出現位置を予測しろ! 地下侵攻の連中も追尾怠るな!」

「了解ッ!」

「艦隊に砲撃要請! OMOTENASHIの準備だ!」

 

にわかに活況を呈するも殺気立つ指揮所の無線、そして後方200kmのボスニア湾上から。

蒼空を引き裂く数多の白い噴進煙。

 

 

対地ミサイル中心。攻撃は囮を兼ねる通常ミサイルと巡航ミサイルによる超低空侵攻とに分散され。その巡航ミサイル群は前縁部の戦術機部隊の誘導により、BETAによって均されたが故の超平坦な地形を最大限活かす形で、高度20mの超々低空を亜音速で疾駆してハイヴへと殺到する――も。

 

 

「地下に高熱源反応ッ!!」

「うおッ!?」

 

光の柱――というより壁だった。

 

地表を粉砕しながら天に仇なすが如くに突き立ったそれは、響の脳裏に焼きついて離れない甲20号のそれよりもはるかに多く分厚く。

 

薄く形成されかけていた重金属雲帯など意にも介さず、一瞬で押し寄せていたミサイル群を消滅させると次はあたかも扇を倒したかのように水平射されて地を這う巡航ミサイル群をもまた消し飛ばした。

 

そして衛星経由の情報は素早く人類軍に伝達され。

響が確認した網膜投影のサブウィンドウには、予測通りに地表構造物至近といっていい数kmの位置、照射により自らが造りだした巨大な穴から這い出るかのような超重光線級が――

 

「2体!?」

「隷下と思しき重光線級、大隊規模! 400はいますっ!」

「なんだそりゃ…ッ!」

「地表構造物付近の残存BETA群が動き出しました!」

「外郭部ゲートからもBETA出現っ! 各狙撃班まで1200秒以内に接敵します!」

 

見る間に地表構造物付近の上空には巨大な光線属種積乱雲が発生する中、続々と動き出す状況。その中でまた空が光る。

微弱なはずの輻射圧、しかしそれに物理的な圧迫を感じるほどに。再度の一斉照射か、第2波のミサイル攻撃が1発の例外もなく撃ち落とされた。

 

「うろたえるな! 想定内だ!」

 

神宮司少佐の喝が飛ぶ、必要以上に激しく。

 

それに響も気を取り直し。最悪に近いケースだが、確かに予想の範疇内。

事実第1波第2波の巡航ミサイル群はすべてAL弾、従来の戦術ではBETA群上空に構成されてきた重金属雲がハイヴ南側地上20m付近に荒野を閉ざす霧の如くに形成されていく。

 

頼んますよ少佐殿…!

 

「目標・超重光線級2体、西側から『イ』『ロ』と呼称する!」

「了解ッ!」

「各狙撃班報告せよ! ウォードッグ01、アイムインポジション!」

「こちらホワイトファング13、位置に就いた。射線確保」

「こ、こちらヴァルキリー03、準備よし!」

「こちらナイトオウル03、射線確保できず! 匍匐飛行で後退後南下します!」

 

ハイヴ北担当の帝国軍部隊は射界に捉えられず――北上して安全圏まで退避、その後西回りで次候補の狙撃位置まで南下する行程は200km近くになる。03型砲を抱えてでは、おそらくゲートから出現したBETA群の接敵にかち合うタイミングにしか間に合わない。

 

「3門でやるぞ! 第1目標『イ』号、01型砲支援砲撃…てェ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァルキリー03、珠瀬、貴様に合わせる!」

「っ……了解!」

 

神宮司教官 ― いや少佐機からの号令に壬姫はひとつ大きく深呼吸をした。

 

ハイヴ近辺、地上からは無数の光条が伸び上がる。2体の超重光線級の合計6つの放射節と、隷下400体の重光線級が短時間充填にて構築する絶対防空網。

上空へと飛来するミサイル群は完全に迎撃されていたが、これは最初から牽制を主眼としたやや散発的なもの。さらにAL弾の他に混ぜられた収束弾頭が本来の有効距離以前に炸裂し子爆弾をばら撒いて手数を稼ぎ、迎撃されたそれらが宙空に爆炎の華を数多開かせ戦場を彩る。

 

そして千鶴や駒木らの01型砲機から「イ」号目がけて二式AL弾が撃ち込まれ、そもそもBETAには当たらぬそれらは重光線級にも無視されるも、時限信管によって低高度 ― 03型の射線へと重金属雲を形成していく。

 

通常の砲撃時の如く、強力なレーザーを完全に無効化する必要はない。ある程度減衰できさえすればそれでいい。

重光線級の攻撃にも10数秒耐えられる戦艦の装甲と同等の耐L処理がなされた03型砲の弾頭は、わずか10秒で80kmの狙撃距離を駆け抜ける。

 

 

決めます…見ていてください!

 

壬姫はもう一度だけ、網膜投影のサブウィンドウに呼び出した後方カメラの映像に目をやり。

 

 

ずっと憧れてきた。同じ斯衛に入りたかった。

 

それは図らずも、叶いそうになって。たとえお世辞でも嬉しかった。

 

だから、この道は間違ってなかった。だから進み続ければ、いつかは。

 

そして今、一緒に戦える!

 

 

管制ユニット内、壬姫が短躯を預けるコネクトシート。その背部に設えられた特殊装置のユニットが高速稼働を開始する。

 

狙撃補助のため、新たに用意された装備――

 

 

「珠瀬、なんであんたは狙撃が得意なんだと思う?」

 

冷徹な「魔女」。週刊誌にも名前が出て来るくらい。

 

「訓練、それはある。素質……一言でいえばそうなるけれど。あがり症のあんたが?」

 

鼻で嗤われる。正直、怖いと思うことの方が多い。

 

「言い方を変えるわ、あんたの弾は『当たりやすい』。その理由を考えたことは?」

 

副司令にとっては。

 

「あたしはこう考えてるのよ。あんたは、『発射した弾丸が目標に命中する確率分岐をする未来』を引き寄せ選び取る能力に長けているんだってね」

 

自分なんて、モルモットにすぎないんだろうけど。

 

 

乗機弐型からの射界、肉眼で見れば前方に濃度を増していく重金属雲で見通せない。さらに衛星画像も目標直上からでは光線属種積乱雲が邪魔をする、ゆえに複数衛星由来の情報を装置で処理して、網膜投影で疑似的に構成した狙撃視界を確保。

 

相対位置・風力・コリオリ力etc. そして超重光線級について持ちうる総ての情報から演算処理された予測情報がそこに重なる。

他ならぬ壬姫自身が連日倒れるまで酷使されて数えきれない回数の狙撃データを提供した。

 

 

「この装置なら擬似的にあんたの狙撃を模倣できる…ただ、覚えておきなさい」

 

現状、魂のデジタル化には成功していない。だから、あんたに限っては――

 

 

壬姫の網膜へは、装置が算出する予測値が複数の薄いシルエットになり目標の超重光線級に重なっては離れて付近をたゆたう。狙うは主体節中央、不規則に青白く明滅する部位。

 

長大な砲身はバイポッドで固定し構えるは鋼鉄の巨人とはいえ、この地平線ギリギリの超長距離の狙撃ともなれば表示される狙撃用レティクルはゆらゆらと不安定に揺れ。

発射後の弾道調整などは一切利かず、その意味ではいつぞやのHSST迎撃よりも難度は高い。

 

 

だが、それでも。

積み上げた訓練の成果と。

 

 

装置が描き出す希薄な未来像、揺れる照準。

 

 

最後は――

 

 

そしてそれらすべてがシンクロした、いやするその刹那――

 

 

――直感!

 

 

壬姫は一切の迷いなく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極東最高の狙撃手に続き。

放たれたマッハ24・秒速8km超の超々高速の零式徹甲弾は計3発。

 

弾体の分厚い耐L装甲材に覆われた弾芯は高硬度のタングステンと劣化ウランにより構成され、その全長は3m・重量は2tを超える人類史上最大級の質量兵器。

 

その内の1発、神宮司まりも少佐機が放った弾丸もまた発射音も衝撃波も置き去りにして、地平線下すれすれの目標を狙い撃つべく射角1℃未満で伏臥する龍浪・千堂両機の間を通って撃ち出された。

 

「ぅおッ!」

「きゃあ!」

 

通信での中尉少尉の声、彼らが発射を知覚した瞬間にはもう弾丸は通り過ぎ、一瞬のち襲ってきた衝撃波に機体を揺さぶられている――

 

もらったっ…!

 

当たる。

まりもの長年の衛士の経験、狩人としての感覚がそう告げた。

 

着弾まであと8びょ――

 

 

――!?

 

 

「目」が合った。

 

上空からのミサイルを迎撃していた「イ」号の放射節が3つともぴたりとその照射を止めるやいなや生物的かつ機械的な動きを見せて。

 

閃光。そして轟音。

 

「ッ――、ぐうう!」

 

正面。数km先の大地が抉れ、大爆発を起こした。

大出力レーザーによって照射された地表面が瞬間的にプラズマ化して発生した衝撃波による。光と音、そして衝撃の圧力にまりもは歯を食い縛った。

 

「少佐っ…!」

「大丈夫だ、壕から出るな!」

「りょ、了解!」

 

龍浪中尉はさすがの反射神経、しかし、

 

「零式弾が迎撃されました!」

「3発ともか!?」

「3発全部ですッ!」

「重金属雲はどうした! 濃度不足か!?」

「目標数値には到達していますが…!」

 

爆風が吹き抜けた一瞬の沈黙後、後方指揮所も含めて騒然となる。

 

「あの威力はなんだ、重光線級どころじゃない!」

「極大照射だったのか!?」

「まだ不明ですがそこまでの威力では…それに3方向同時に迎撃されています!」

「く…!」

 

重金属雲濃度は予定通り、弾頭は重光線級の照射を受けても十分突破できたはず。しかし突き進んだ零式徹甲弾はものの5秒で耐L被甲を蒸散させられ戦場の宙空へ溶けて消えた。

狙撃が外れる可能性は考慮されていたが、まさか極大照射以外で迎撃されるとは。

 

一放射節で重光線級3体分、その一斉発射ということか…!?

 

複数の重光線級が、複数の箇所から照射をかけてきてもそれぞれを重金属雲で減衰できる。

しかし一箇所から通常に数倍する照射ができるとなれば話が違ってきてしまう。

 

「次弾装填ッ!」

「ですが少佐ッ、次無効化されれば2体目の討伐は困難に…!」

 

各狙撃機が携行する交換砲身は1本ずつ。

装備弾数は6発ながらも同砲身では2射までとされ、3射すれば貴重な砲身は使い捨て前提となるうえ精度は大幅に低下する。

後方には多少の予備があるものの、そこまでいけば実質的に狙撃作戦は失敗となる。

 

「だが放置もできん…!」

 

散発的に続く牽制のミサイル攻撃を見やり、まりもは歯噛みした。

すでに猶予はあまりない。

 

超重光線級2体に加えてあれだけの数の重光線級、よしんば米軍の準備が必要十分だったとしても、あのレーザー防空網を突破可能なだけのG弾攻撃ともなるとどれだけの2次被害が発生するか見当もつかない。そして――

 

 

「G弾はできるだけ使わせたくないのよ、感情論じゃなくてね。ヤツらは投射砲にも対策を取ってきた、G弾もそうならないっていう保証はないわ」

 

夕呼の言葉を思い出す。

G弾がどうこう以前に、またとんでもない新種でも繰り出されたらその場の人間では対応しきれない。つまり次々人が死ぬ。

 

 

おのれ、やはりBETAは予想を超えてくる…!

 

国防を考えれば持ち出せる戦力と装備には限度があり。

今回の派遣戦力にしろ超重光線級対策部隊にしろ、甲20号と同等以上の状況でも目標の撃破は十分に可能だと判断されての編成だったのだが――

 

「もう一度やるぞ! 狙撃班!」

「りょ、了解っ!」

「待って下さい! 地下侵攻分析完了、推定位置ハイヴ付近に3、もう1箇所――65.752・25.620、…クンプラ南ルオラヤラヴィ湖付近! 推定5000以上、旅団規模です!」

「なんだと…!」

 

CPからの報にまりもは即座にデータリンクの表示を広域に切り替え。

 

ヴァルキリー03。横浜基地の国連軍機、珠瀬少尉機。この狙撃作戦の中核。

しかし今その至近、南の湖畔付近に――赤の光点。ぽつりと浮き出たそれが爆発的に増えていく。この辺りには湖に通じる洞窟なり地下水脈路あたりは無数に存在する、それらをBETA共は地下茎構造から掘削して繋げてきたのか。

 

「珠瀬――」

「少佐殿、目標を!」

 

ヴァルキリー01、榊少尉機からの通信。

 

「撃ってません、『イ』号の照射が止まってます!」

「――なに?」

 

狙撃機から分配されていた映像を見ていたのか、千鶴の声に目標を見れば。

ミサイル攻撃も散発的で、ゆえにやや離れた「ロ」号と重光線級群らも余裕すらあるかのように間隔を空けてレーザーを上空へと撃ち上げていてわかりにくいが、たしかに「イ」号はなにも――いや、なにかを警戒するかの様に主体節左右の副節からほんの少しだけ衝角触腕を出して蠢かせている。

 

通常の照射以外はそれなりに充填が必要なのか!?

 

「よく見つけた! だがインターバルの長さを確かめるわけにもいかん、もう一度仕掛けるぞ! 『ロ』号が邪魔する前に仕留める!」

「了解っ!」

「ナイトオウル小隊、南進急げ! 場合によっては貴様ら頼みになる!」

「りょ、了解!」

「よしホワイトファング、2門でやるぞ! 珠瀬は退避!」

「いえ…やります! やらせてくださいっ」

 

通信に出た小柄な女衛士・珠瀬壬姫が決然と。

 

 

たしかに事前の演習でも、単独で4割以上の撃破率を誇るのは彼女一人。

4方向同時狙撃で最良とする作戦案から、1名欠けた上に最高の狙撃手が抜けてしまえば作戦の成否自体に大きく関わる。

 

そして超重光線級をおびき出し地上に引きずり出してしまった以上、可及的速やかに撃破する必要がある――「ヤツらにこれ以上あれこれ覚えさせるな」、それが夕呼からの助言でもある。

 

 

「鎧衣さん、彩峰さん、ありがとう。ここは私が…だから下がって!」

「だ、だめだよ壬姫さん!」

「…狙撃手を護るのが私たちの任務」

 

ヴァルキリー02に04、彼女らも同じくV字陣形で乗機を伏せさせたまま。

 

伏臥しかも半埋伏の状態でBETAの波に呑まれればどうなるかくらいは考えるまでもない。おまけに投射砲はBETAを引き寄せる。

それにあちらも位置はハイヴより80km近辺。撤退するにも迂闊に戦術機を立たせれば重光線級はともかく超重光線級の照射圏には入ってしまう。ゆえに確実に狙撃機を逃がすための盾が2機、重金属雲は形成されつつあるとはいえ戦術機の耐L装甲は戦艦並みの零式弾とまではいかず、絶対の保証にはなり得ない。

 

そこへ――

 

「…神宮司少佐」

 

割り込んできたのは平坦な声。

 

まりもにはしかし、やはりの思い――

 

「――征ってくれるか、中尉」

「…了解」

 

伏臥姿勢を取っていた黒の00式が、そのままの姿勢で極僅かに動き出した。

この光線属種に文字通りに頭を押さえつけられた状況下で。

 

しかし死地への赴き、否、斯様な風情等は無く。

 

「支援します!」

「…」

 

声をあげた白牙小隊へは沈黙のまま視線を向け。

不退転を示す彼女らの思惟に触れたか、しかし目だけが頷きを。

 

「…前には出るな。火力支援」

「了解っ!」

 

 

只々無機質に、BETAを狩る為だけに。

 

黒の00式がずらりと双刃を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南へ。BETA湧出部は5kmほどしか離れていない。

たった一機で、ロケットの朱い焔を曳いて。

 

溶けかけの雪混じりの荒野の直上。伏せる慧の視界の隅で、黒の00式が突撃する。

そして――

 

「発射ッ!」

 

右方を通り抜けていった砲弾は肉眼では追えない。

2射目の03型砲、甲高い発射音と衝撃波が再び遅れて。

後方の珠瀬機はすかさず砲身を交換している、普段は気弱だが本当の本当のここ一番では肝が据わる、訓練と実戦を経て身につけたその思い切りの良さを慧は知っていた。

 

 

そして放たれた魔弾は今度こそ狙い過たず――

 

 

「命中ッ!」

 

北西、南西、そして南から。

3発の零式徹甲弾は重光線級群の迎撃網を潜り抜け、耐L装甲を溶融させながらも目標の「イ」号へ衝撃波を引きずりながら殺到した。

 

単なる質量弾、しかし極超音速のその衝突力はあまりに破壊的。

 

斯衛機が放った一撃は主体節後部に着弾、超重光線級の背部右翼状器官を吹き飛ばし。

神宮司機の砲撃はわずかに逸れ、主体節左の衝角触腕基部を穿ち。

そして珠瀬機の放った2700mm砲弾こそは致命の一撃となり、主体節中央を貫いた。

 

口径通りの射入口に遅れた衝撃波が叩きつけられるよりも先に弾芯は着弾の衝撃にわずか変形しつつ超重光線級内部を破壊しながら巨体を貫通。大きく創出された射出口と衝撃波を受けた射入口から、共に一瞬遅れて不可視のエネルギー流と赤黒い体液がまさに間欠泉の如く噴出し地を濡らし天を汚した。

極小の時間差で巨大な運動エネルギーに三方向から嬲られる形になった「イ」号はその場で身を捩られ抉られ破壊されて、4対12本の装甲脚でもその巨体を支えきれずもんどりを打って自らの配下よろしい重光線級の群れへとそれら10数体を押し潰しながら轟音と共に倒れ込んだ。

 

「や…やった!!」

「撃破! 撃破確実!!」

「油断するな! 砲身交換、次弾装填ッ!」

「了解ッ!」

 

神宮司少佐の檄が飛び、珠瀬機以外は各々抱える狙撃砲の砲身交換作業に入る。

 

機関部銃床部との接続が解除され、各種ロックがリリース。排出可能になった長大な砲身を空いた主腕で排除し、次いで兵装担架に背負う交換砲身を抜刀するかのようにしかし慎重に抜き放って砲へと据え付ける――特殊装置のプログラム通り、そして訓練通りの淀みない動き。

 

しかしこの間、20秒強。

 

ヴァルキリーズの南では超低空で回り込んだ黒の00式がBETA湧出部へと到達した。

 

 

先頭は突撃級群、地下侵攻のためか常の属種編成とは異なり旅団規模ながら同種は200体程度。

既存の地下茎構造と洞穴とを掘削穿孔、その後多少の地下水と共に岩盤をぶち破って地上へと躍り出、最大速度170km/hめがけて加速しようとするその突撃級群先頭数体の横合いへと黒い00式は躊躇なく迫り、錐揉み回転しつつ翻った二刀がうち2体の尾部と後ろ脚2本を斬り飛ばすと続いてその機体を擦らんばかりの低高度のまま二叉に割れた右脚爪先親指だけを大地に突き刺し支点として鋭角にターン、全身の超硬炭素刃で地を這い群れる戦車級闘士級兵士級ら小型種を斬り刻みその血煙をさらに斬り裂いて残る突撃級も次々と屠っていく。

 

しかし猪突猛進が習性の突撃級、または投射砲に誘引されてかいかな黒の衛士とはいえやはり極端な高度制限に加えての単機吶喊では完全な足止めは望むべくもなく。

狙撃班へと向かう突撃級群、そこへそのやや後方にて伏臥したまま向きを変え防戦隊形を整えた白牙小隊からの直接火砲支援が87式より射程の長い04式のそれを以て届き始める。

強固な装甲殻を避け徹底して突撃級の足下を狙い57mmが掃射されれば、それが僅かな足止めであっても黒き刃には十分な空隙と化し ― 行き脚を挫かれた個体から柔らかな背面に36mmを叩き込まれて横死し後ろ足を複数本同時に斬り飛ばされて半ば擱座したところを支援砲撃で蜂の巣にされてその数を減らしていく。

 

 

やっぱり、凄い…

 

慧は呼び出した網膜投影のサブウィンドウでその殺戮劇を確認しながら。

あんな制限のかかる姿勢での機動、一歩どころか数十cm、いやともすれば数cmでも操縦を誤れば地面に激突するか接触してバランスを崩す。そうなってしまえば要撃級に潰され戦車級に集られて食い殺されるというのに。

 

慧は反射速度と戦闘センスには自信があるが、操縦の正確性にはとてもあれほどの緻密さはない。

 

 

訓練でその機動に接した少ない機会 ― 彼はいつも、半歩先に居た。

慧がどれだけ上達して、ブリッジス少尉や速瀬中尉との差を縮めてもなお。

 

いつも必ず、半歩だけ。

 

その意味が解らないわけがない。

無言の内に掠める茶色の視線が、同じく物言わぬその背が。

 

何よりただ淡々と語る――「…付いてこれるか?」と。

 

もしかして私よりも私を知る ― 目が合うどころか振り返ることも稀なのに。

 

 

帝国最高・斯衛最強。なのに伝統武術を修めるでもなく「ただ強い」、あの黒の双刃。

 

父を喪い兄と思った人を亡くして、衛士の道に生を見出した私だからこそ。

 

恩讐相混じるあの漆黒の迅雷の軌跡をただ追っていけば、いつか遙かな高みへと――

 

 

「『ロ』号が動き出しました!」

 

CPからの急報、別のサブウィンドウにその異形の威容が。

 

こっちへ来る…!?

 

速くはない。いやむしろ遅い。

その巨体ゆえ一歩で進む距離は大きいが、数秒から十秒に一度程度歩を進めるのみ。

だがそれでも、

 

「こちらホワイトファング13、変数過多により予測値の信頼性低下!」

「ウォードッグ01同じく、命中予想確率が4割を切った…!」

 

巨大で遅い歩みはしかし不規則でもあり。超重光線級の移動方向と狙撃の射線とに角度がつく斯衛機と神宮司少佐機からの照準は一層困難になる。

各機あと2射を残すのみ、だが先ほどの集中照射を計3回引き出さなければならない。一方光線属種の照準能力は驚異的で、「当たらない弾」を迎撃する可能性がどれほどあるか――

 

「――でもなんであんなに動きが遅いんだろう…もしかして」

「ええ、一歩ごとに射程内を全部走査しているのかも。それに見て」

 

美琴の呟きを千鶴が継いで。

 

網膜投影に映る最大望遠のやや粗い画像 ― だがその中で、各放射節に3基ずつの巨大な黒いレンズの如き照射膜が時折 ― ごくごくわずか、動いているように見える。

 

超重光線級の射程内の地上からは、脅威と判定されて照射の対象となり得るものは排除している。ゆえに可能性があるとすれば――

 

「たぶん中尉の機体を狙っているのよ…!」

「そうか、数瞬ずつほんの少しだけ地平線上に見えるんだ!」

「ええ、そしてその後は再走査のためか前進しない。つまり」

「…狙う相手がいれば動きが止まる?」

「可能性は…」

 

閃いた慧は乗機の脇に寝かせた大型特殊装甲へ主腕を伸ばそうと――持ち手を掴み、機を起こしながら押し立てて構えさせるには2秒と少し。その間弐型の耐L装甲が重光線級並の照射に耐えられるかはそれが本来の任務とはいえ実際賭け――しかし。

 

「……いいだろう」

 

平坦な声が告げる。

狙撃班南、荒野と化した湖畔。BETAの只中で単機戦いながら。

 

漆黒の00式がわずかに高度を上げた。姿勢は水平飛行。

 

すぐさま襲い来る絶死の光条、しかし重金属雲の突破によりさすがに減衰したそれを前方に掲げた左刀で遮り断つ。

そして瞬時に跳躍機の推力方向が下方へ転じ18mの機体を降下させるや再度の急上昇、超重光線級の予備照射を一瞬引きつけてから眼前にまで再び肉迫したBETA群 ― その突撃級の1体を追尾してきたレーザーの盾にしてからまず1体の片側3脚だけを斬り飛ばし。強制的に旋回させられ激しく大地を擦るそいつは放置して、さらに1体の片側脚部へダウンワード展開した突撃砲36mmを叩き込んで擱座させる。

 

地下侵攻ゆえ速度差による隊列時間差がさほどにないBETA群、すでに追いついてきている要撃級戦車級の群れへと高速の噴射地表面滑走で飛び込んで、南へと回る動きで手近な要撃級の衝角前腕を事もなげに躱しつつ今度はそいつの片脚2脚を斬り飛ばすと先に防御に使って灼かれ劣化しかかった左刀をその平らな背面から突き刺し貫く、しかししぶとさには定評のある要撃級は絶命には至らず地面に縫いつけられながらも当たりもしない衝角前腕を振り回し続ける――黒い鬼の予定通りに。

 

続く戦車級、全高18mの戦術機に3mのそれらは膝より下の小動物程度。

残る一刀を峰打ちに返しすくい上げるように振り回し、絶命にまでは至らず宙を舞わされる数体の戦車級、さらに地を回転する00式がその二叉の爪先と踵とで蹴りあげながら空いた左手を貫き手に揃えて落下してくる戦車級の一体、その噛みしめた人間の口めいた上顎部を抉った。赤黒い体液が噴出して指先から前腕を濡らす。

 

00式の五指先端はスーパーカーボン・ブレード。

金属装甲すら噛み砕く戦車級の強靱な顎、とはいえ噛み合わせの片側を奪われればその威は生身の人体相手ならばともかく戦術機の装甲の前には無力に等しい。挙げ句折り曲げた二指により顎内部を突き刺されて引っかけられて、赤黒い体躯を捩って醜く藻掻くも外れない。

 

そうして右の一刀と兵装担架の突撃砲を駆使して襲い来る要撃級を次々と屠りながら。

時には未だ這いずり蠢く突撃級と大地に縫い止めた要撃級らの後ろへ入り、手にした戦車級が力尽きそうになれば血払いの如くに主腕を振り打ち捨てるついでに手近な要撃級にぶつけ、新たな戦車級をすくい上げ蹴りあげては貫き手で鋭く串刺しにしての立ち回り。

 

その黒の00式は常に半身。

北へと磔刑に処した戦車級を掲げて。

 

 

BETAは味方を誤射しない。それらが生きている限り。

そして基本的に光線属種は、致命の一撃を優先する。

 

遙か遠方からでも射程内に00式を捉える超重光線級、しかし80m近い高所からの撃ち下ろしとはいえその彼我距離は80km超。俯角は1度未満のわずかなもので、しかもその照射径は最小でも重光線級並・直径3m以上。

地上での機動ならば戦術機膝下は地平線下。突撃級要撃級の影に入られ半身に構えて胸部から上あたりを戦車級等「BETAの盾」で塞がれてしまえば管制ユニットを撃ち抜こうにも腰部あたりを狙おうにもほぼ必ず「味方に当たる」。

 

光線属種対策に鋭敏なセンサーを装備し特殊装置で高い運動性と応答性を備える第3世代型機、まして衛士は黒の絶刀。重金属雲で減衰された予備照射を察知すればすぐさま犠牲BETAの盾を動かすなり死に損なわせた大型種の影に入るなり程度は――

 

 

「理屈じゃそうなんだろうけど…!」

 

あんな真似が他の誰にできる。

後方、浅い壕の中に乗機を伏せさせる美琴はその姿勢のまま兵装担架から突撃砲を抜き出した。

 

 

黒の00式が前後左右・四方を要撃級に囲まれる、正面の1体が左衝角前腕を振りかぶればそこへ左主腕に突き刺した戦車級ごと殴りつけるようにつきつけ、ほんの僅か遅滞が生まれたその1体の顰め面めいた正面へ袖部から飛び出した00式近接戦闘用短刀で手にした戦車級ごと貫き通して放り棄て、そしてあろうことか空いた左主腕でその要撃級に掴まりそれを支点に最小半径での旋回。容易く包囲から抜け出し要撃級の後背を取ると右の逆手刀で用済みとばかりに眼前の尾節を刎ね飛ばしつつ、引いた左脚で地を這う小型種共を後ろ回し蹴り。轢き潰され跳ね上げられたそれらの只中へ自ら飛び込み、翻る長刀に手刀で異星種を血煙に換えながらまた新たな戦車級を確保する。

 

その黒い鬼神が刻む、鋭くも精緻極まるその機動。それは一切の躊躇も迷いも感じさせず。

半呼吸どころかその半分でも遅れたり、少し過てば即、死。しかも次々に湧き出るBETAの只中に身を晒しながら。

 

 

彼はまさに戦場刀だ ― 一片の装飾も無く、只々削ぎ上げ研ぎ上げ、BETAを斬り殺すためだけに鍛え上げた ― 怖くないんだろうか。

 

いや、そもそもなんで怖いのか。

やられたら痛いから、究極的には死んでしまうから?

 

じゃあ強がりなんかじゃなくて――彼は本当に、死を恐れていないのか。

 

 

いや、あのとき見た一瞬の茶の瞳の深い絶望の色は。

 

来るべき終焉 ― 絶対なる終の瞬間の訪れこそを、まるで希求しているかのようで。

 

 

でもまだまだ…死んでもらっちゃ困るんだ…っ!

 

それに彼の力は帝国にも、世界にも。

まして千鶴さんや冥夜さんや壬姫さんや――ボクだって、もう知り合った人がいなくなることなんて経験したくない。

 

 

「援護射撃! 撃つのは――」

「近づいてくる奴だけですね!」

「そうだ! 中尉の盾を減らすんじゃない!」

「了解!」

 

伏臥射撃姿勢ながら援護のため南へ向き直っている戦侍女ら、その白牙小隊にそれを聡く察していた美琴が続く。

美琴機は壕中から突撃砲だけを南へ向けた姿勢、主腕だけを動かして。戦術機ならばその姿勢でも射撃自体に問題はない。

 

「慧さんは無理せず引きつけて、フォローはボクが! 壬姫さん、頼むよ!」

「了解…っ!」

「やっぱり鎧衣、やる…!」

 

機動に指揮に状況判断、射撃に狙撃に格闘戦。

ほぼ総ての面で隊で2番手、工作技能も併せ持ち。

総合力なら第1位。それが鎧衣美琴という衛士。

 

「こちらヴァルキリー01、『ロ』号の動きが止まってます! 各班状況は、早く!!」

「ウォードッグ01準備よし!」

「ホワイトファング13、予測値上昇中!」

「ウォードッグ02、二式弾支援砲撃を開始ッ、ヴァルキリー01続け!」

 

三度目の連係が機能し始める。

戦乙女たちの戦陣に。

 

「珠瀬、貴様に合わせるぞ!」

「珠瀬ッ!」

「当てて…!」

「壬姫さんっ!」

 

揺れる照準を睨むまりも、固唾を呑む千鶴に突撃砲を撃ち放って支援を続ける慧と美琴。

 

三度の重責にひとつ武者震いをする壬姫に ― 数千の異星種の只中で単機、襲い来る装甲殻に衝角前腕を去なし躱して斬り裂いて、瞬きの間に灼き殺される可能性をも潜り抜け続け。いかな斯衛の絶刀とはいえそこまでの余裕はなかろうはずが――

 

「……たま、瀬」

「は、はい!」

 

 

寄越されたのは無言の視線、ほんの一瞬。

しかしそれが、壬姫の心に大きな勇気と――小さな花を咲かせて。

 

――見ていてやる、最後までな――

 

 

「――はい!」

 

 

満を持し、壬姫は三度目のトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本帝国欧州派遣部隊は、その最大目標たる超重光線級の撃破に成功した――しかし。

 

 

 

 

遙か遠く、実際に肉眼で視認する事などはおぼつかない距離。

4度目の3本の砲弾が鋭く巨大種を貫くのを、響は網膜投影の情報窓で確認した。

 

「『ロ』号の撃破を確認! 少佐殿っ」

「――よしっ、みんなよくやった!」

 

「イ」号と同じく不可視のエネルギーの奔流と膨大な赤黒い体液とを噴出しながら崩れ落ちる「ロ」号、神宮司少佐のねぎらいの前には短くも深い安堵の吐息があった。

 

あとは…

 

響は南東方向で未だ超低空の高度制限をかけながら戦い続ける「双刃」の戦闘に気を配りつつ ― おそるおそる、しかし思い切って手近に横たえていた大型追加装甲へ乗機の主腕を伸ばした。

弐型の出力でも片腕で扱うにはギリギリの質量のそれ、浅い壕の中膝立ちになるや上半身のひねりの遠心力も利用して眼前へと押し立てる。

 

全高18m。照射はなかった。

続いて今度こそは内心ながらも怖々と、その盾の陰から乗機弐型頭部のセンサーマストから覗かせるようにして顔を出していく。

 

「安全確認――」

 

ヨシ!

 

何故か安全帽をかぶった猫が思い浮かんだ。

 

「CP了解、欧州軍並びに国連軍部隊へ目標・超重光線級の撃破を通達します。以後は両軍が前進する予定です、続いて各狙撃班へ。第1級光線照射警報解除、第4級へ移行。順次匍匐飛行にて後退せよ」

 

響がデータリンクで確認すれば、横浜基地の特務小隊にもいち早く「顔」を出してみせた機があった。

本当に、あの小隊の連中の思い切りの良さときたら柚香をも上回るだろう。

 

「こちら05! 中尉、高度制限変更です、対重光線級高度へ!」

「…了解」

「篁隊長、近接支援のため突撃許可願います!」

「許可する。だが遅滞を優先せよ、狙撃班後退後に離脱しろ。…中尉、貴様もだ」

「……了解」

 

順次離脱し後退を開始、帝国軍各狙撃班とその護衛部隊の集結地点は旧スウェーデン・フィンランド国境・ボスニア湾北部トルネ川河口付近。

 

幸いにも損耗なく、途中で前進する欧州連合軍部隊らとすれ違い各狙撃地点から十数分で集結を完了した――が。

 

こりゃまずいぞ…

 

データリンクの表示を見ながら、口に出すわけにもいかず響は内心でぼやいた。

 

「少佐殿…」

「ああ、わかっている。これでは――」

 

撃ち尽くしたとはいえ貴重極まる03型砲とその砲身を抱える神宮司少佐機、その言葉の途中でハイヴへと、はるか彼方 ― 6000kmの向こうから放たれた第2次第1波の軌道爆撃弾が極超音速で飛来するや予定調和の如くに迎撃されて重金属雲を形成していくも――

 

「重光線級が散開…というほど統制があるわけではないが、分散を始めているな。これではハイヴ近辺だけに重金属雲が形成されてもその意味が薄い…」

 

重光線級が5,6体程度の小群に分かれてばらばらに動き出し。

やつらはよくて時速40km/h程度の鈍足とはいえ、軌道爆撃の発射から着弾までの10分間には6km以上移動してしまう。

事実第2波の本命弾には重金属雲に護られ着弾に成功したものもあったがその効果は限定的で、まだゆうに300体以上の重光線級が生き残っていた。

 

あげく小群の一部は湧出BETA群を押し止めるべく戦闘を開始した欧州・国連軍部隊の戦線方面へと移動して、彼らの頭を押さえ始める。

 

ならばと艦隊からミサイル攻撃が飛来するも、

 

「数が少ないですね…」

「ああ。あれじゃ仕留めきれない」

 

ほれ見ろ、と言わんばかりに。

柚香の言葉に同意した響の情報視界の中で、重光線級のレーザー防空網によってそれらのほとんどが迎撃され宙空で爆発した。

 

 

親玉の超重光線級がいなくなって反則的な短時間充填がなくなったとはいえ、重光線級の照射は長ければ30秒以上、しかも掃射が可能だ。

目標が散開したせいで重金属雲濃度も不足気味ならそもそもの手数からして足りていない。

 

 

こりゃ厄介だぞ…

 

重光線級群の挙動は人間で言えば戦力分散の愚。しかし相手はそれぞれが必殺の槍を抱えた異星種で、疲労もなければ恐怖も躊躇もしない。

対してこちらは火砲でやれなければ光線級吶喊でしらみ潰しにするしかない、しかしそれを成し得る部隊が列強の集合体とはいえ疲弊著しいとも聞く欧州連合軍にどれだけいるのか――そう、

 

「欧州軍指揮所より入電っ」

 

なるよなあ、やっぱり。

 

内心に溜息をつきつつ。

派遣団長と連隊長を通してくれとやり取りをする神宮司少佐を通信窓に見ながら響は大型追加装甲を地に突き立て、気持ちのスイッチを切り替えて操縦桿を握る。

 

「中尉、俺も行きますよ」

「……好きにしろ」

 

まだ神宮司少佐の命令は出ていないが。

焔狼中隊の白い00式から長刀と弾倉とを譲り受ける ― 響には脅し取っているように見えたが ― 「双刃」に呼びかけた。そして彼に倣って、

 

「千堂少尉、装備を俺に――」

「駄目です。譲りません」

「…命令だ」

「ですが…」

「まあ待て、千堂少尉」

 

凜とした声音と表情の山吹の斯衛、篁唯依中尉。

斯衛・帝国軍合同開発衛士隊の、事実上の次席士官。

 

「龍浪中尉の流儀は兎も角、今回は実戦での光線級吶喊の経験がある衛士のみで行う…真壁隊長、宜しいですね? 故に彩峰少尉、貴様の志願も受け付けない」

「むう…止むを得まい」

「……了解」

 

彼女がケチ、と呟いたのは聞こえなかったふりをしてくれたのか。

 

「いいな、千堂少尉」

「…了解です…龍浪中尉、どうかご無事で」

「ああ、任せとけ」

「そして――」

 

秘匿回線?

 

とんとん、と耳の辺りを叩いた篁機より。

ごく限られた面々にのみそれが繋がった。

 

「一当てする程度でいい。損耗を極力抑えろ」

「…いいんですか?」

「欧州連合も実際困っては居るんだろうが…六割方は押しつけだ、我等の人の好さにつけ込んでな。むざむざ乗ってやる必要もあるまい。最大目標は排除したのだし、我等の力も業前も十分に見せた。降下直後から遊撃任務含めてな」

「…お知り合いの方は?」

 

たしかスウェーデン軍のあの巨乳、いや爆乳美人。

 

「武運を祈るさ。なにしろ我々とてハイヴ攻略が始まれば外部防衛担当で、運が悪ければ其処が死地になる」

 

おどけてなどはいないが。軽い口調で。

しかし言われたその言葉の意味に、我知らず響はごくりと喉を鳴らした。

 

可愛い顔して…おっかねえ人だぜまったく…

 

「中尉、貴様もだ。と云うか、特に貴様だ。直言されて多少は蒙が啓いたか?」

「…」

「戦うなとは決して言わぬが命の捨て時は考えろ。貴様程の男だ、安売りされては此方が堪らん…それに戦争はまだ続く」

「……了解」

「なに、そう焦るな。死ぬ時は私も一緒に死んでやると言ったろう」

 

篁唯依中尉は、事もなげに小さく笑んで。

 

…さらっと重いこと言うよこの人…

 

響は喉に苦いものを突っ込まれた気分になった。

秘匿回線で柚香が聞いてなくてよかった。変に参考にされても困る。

 

 

彼女がいうのは自動的な道連れコース。

他力本願とはいえ心中希望、ああまで言われちゃ死ぬに死ねないものだが――

 

 

神宮司少佐からの号令がかかり、秘匿回線通話の終わるその間際。

 

 

「……俺に死はない」

 

 

ぽつり、と。

 

 

「――え?」

 

聞き返す間もなく、響の回線は切れた。

気にはなるが疑問はさておき切り替えて、現実の困難な任務にその瞬発力と精気は集中していく。それができるからこその精鋭部隊所属――

 

 

 

 

やや明度の下げられた管制ユニットの中。計器類の放つ淡い光。

操縦席のコネクトシートに座るは漆黒の00式強化装備。

 

「…」

 

 

喪った者たちは二度と戻らない。

 

失った世界ももう帰ってこない。

 

 

「……ならば」

 

 

此処が永久の修羅の巷なら、その修羅すら喰らう羅刹と成りて。

 

 

――永劫の苦痛の中で、俺はBETAを殺し続ける。

 

 

何度でも、何度でも、何度でも!

 

 

「…」

 

僅か握り締められる操縦桿、徐々に高まる高周波音。

 

 

同調する二基の特殊装置は静かに、唯その時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々本当にありがとうございます

少々期間が空いてしまいました すみません
その割になんだかこう、平坦な展開になっちゃいました…やっぱ壬姫や美琴が出たからですかね、こう凹凸的な意味でw


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Muv-Luv UNTITLED 16

2003年 5月 ―

 

 

日本。

帝都・帝都城内。

 

佳く晴れた日だった。

気温も日中は25度を超え、早くも夏の到来を予感させるそんな日。無論実際にはその前に梅雨を過ごさねばならぬけれど。

 

 

僅か明るく青成す黒髪、薄明の紫を湛えた瞳。政威大将軍・煌武院悠陽。

臙脂色に黒の縦縞の二つ揃い。最近の行幸は身軽さの演出も兼ねてか洋装が多く、随分と着慣れても来た。

 

 

広い執務室は半洋風の設え、大きな黒檀の机。

午後の公務 ― 近県での行幸、日帰り ― から戻った悠陽は、疲れた素振りも見せず着替えもせぬままさらに幾つかの決裁事項を済ませる。

 

 

今年の暮れで二十歳に成る。

一般世間でも若年とされて差し支え無かろうし、さらに為政者としては、否、実際に政に携わるでは無いにせよ、国家の顔としては未だ余りに若い。

ただその分、体力には余裕があり。

日々の活計に思い悩む國民と、彼らと此の瑞穂の国を護らんと身命を賭す兵士らと。

結果として乍ら今尚この身の為にその生涯を擲たせている妹の事を想えば ―

疲れた等と弱音を吐く事等許されぬと、悠陽は以て自らに任じて居た。

 

 

そして形式のみとは云え、目を通し花押落款の一つも押さねばならぬ書面は山と在る。

どの道口の端に乗せる事も出来ぬにせよ、疑問を抱かざるを得ない様な内容の決裁は以前に比べてうんと減りはした――が、逆に今は、ともすれば世論の後押しに依り、政が軍なり斯衛なりに寄り添いすぎる方向へ流れていくのを注視せねばならぬ。

 

 

何かに付け…斑鳩公は良きに計らってはくれますが……

 

悠陽の瞳には僅か、憂慮の影。

それが心の奥底から失せる時は無い。

 

 

総てはあの、来たり得ると云う地獄の未来に備えんが為。

 

合成蛋白洋上設備の増設、在東南亜細亜諸国に始まる工業施設群の再整理・整備等々。

民間との円滑な連携も以て、着々と進む其れ等の幾つかは既に形に成って。

 

然し水清ければ魚棲まずとも云う様に、必ずしも其れ等総てが清廉潔白の下に行われているとは云えまい。機を見るに敏にて成り上がった者も居れば重工等に代表される大企業 ― 所謂既得権者達。

癒着とまで言わずとも正当な束脩を得る傍らで旨味を享受する者も居よう、意気に感じて働いてくれた者にも何らかの形で報いねばならないし、抑抑皆が皆高邁な志のみを恃みに霞を喰ろうて生きる訳では無い。限度は有れど酒食での饗応のみ成らず富に色にと持て成す事とて。

 

其れ等の多くが或る種見て見ぬ振りやら許されているのは一昨年来続く帝国の勝利と。

世界に冠たる我等が帝國、其の象徴と元勲として軍とそして摂家と同一視される斯衛への、民の信望が厚きゆえ。

大逆未遂以来表面的な熱狂は収まったとはいえ、逆にそれを以て民が内包する様に成った自尊の意識が行き過ぎはせぬかと云うのが悠陽の懸念の一つ。

 

 

しかし…

 

斯様な思慮なぞは、彼の政威軍監にはとうに考え及ぶ処の筈。

悠陽は捺した玉璽を置いて印箱を閉じる。

 

 

斑鳩公崇継は紛う事無き傑物。

故に悠陽は本音を申せば、退位なり譲位なりで至尊の位なぞ譲りたかった。

数年前迄夢想だにし得ぬ其れはしかし、現在ならば。

御役目から逃げ出したいのでは無く、己より斑鳩公がより帝国が為に優れるが故に――

 

 

併し乍ら其の故にこそ、今はまだ。

 

 

小さく執務室の扉が叩かれ、書類を捲る手を止めて悠陽はちらと時計を見た。午後五時三十分。

長くなった日はまだ高かれど夕餉は通年定時で午後六時、呼びに来た近侍の麗人衛士・赤服の月詠真耶に応えて席を立った。

 

「欧州派遣軍はどのように」

「は、未だ報告は御座いませぬ」

「そうですか…」

 

目下の懸案事と云えば其れ。

彼の芬蘭の地と帝国の時差は7時間。早朝よりの作戦開始とは聞いては居る、逐次軍と斯衛上層には連絡が入っていようが、其れが将軍に迄都度上げられる事は無い。

 

 

そして其れを何より遣る瀬無く思い、身を持て余すのが――

 

 

「――待たせましたね」

「いえ…」

 

真耶を引き連れ執務室を出た悠陽が入った和室は敢えてこぢんまりとした設え、中には拝跪し俯く冥夜が居た。今宵は夕餉を共にする予定。

 

洋装の悠陽に合わせたのか、冥夜も市井の娘が如き洋服。それも能く似合っていて、しかし身体を動かし汗をかいて湯浴みをしたのだろう。悠陽より僅か濃く青成す黒髪は未だやや湿っていた。

 

 

冥夜が直ぐに面を上げるのも、平伏せぬ様に為ったのも暫く前に漸く。だが其れすらも、気楽に安く接してはくれまいかとの悠陽の願いに応えての話。悠陽が済まぬと云う度、許せと詫びる度に却って冥夜は恐縮して仕舞う。

 

ゆえに互いの気持ちが通ずる感触を抱けてはいても、悠陽はもどかしさが拭い切れぬ。

 

此岸に生まれ落ちた順が僅かばかり違ったが為に引き離された姉妹の時間には、最早容易には埋め難い隔たり。そして恐らくはそれは終生滅する事は無いであろうと云う予感。

結局は己の将軍なる立場が、冥夜の其の身を日陰から影へと移したに過ぎないと云う事実は、悠陽にとって認めざるを得ずも然りとて易くは容忍し難い現実。

 

 

座卓に対座し、真耶が運ぶ食事に揃って箸を付ける。

炊いた白米、味噌汁に鰤の照焼。茶碗蒸しに玉子焼。食の好みが似ているのは嬉しかった。

 

御飯を除いて他は合成食品。

現代に於いては将軍とて平生から豪勢な食事をしている訳では無い。

量として悠陽には十分乍ら厳しい鍛練を欠かさぬ冥夜には明らかに足りない、其処は増加食を用いているらしく、悠陽は申し訳なくも思う。

 

彼是と会話し乍ら食事をするのが市井の常とは聞くものの、姉妹の食卓に言葉は少ない。

囀り過ぎは品を失するし、互いを想う気持ちは通じていても、然りとて共通の話題がそう有る訳でもなし。それでも、

 

「気になりますね」

「…はい」

 

ふと掛けた言葉に冥夜が肯んじるも。

言葉面は同じでも、その意味と重心とが異なる事を悠陽は理解していた。

 

悠陽は国権の代表として、軍民ら総てを。然し冥夜が案ずるのは、極論すれば只一人。

常より務めて私情を見せぬ様振る舞うのは、何も悠陽に限った話では無し。冥夜の表情こそは今も平静なれど、深海の如き瞳には押して殺すも荒れ狂う葛藤。

 

本当は、共に戦陣に立ちたいのだろう。厳しい訓練を共にした仲間も出征したと仄聞した。

彼の衛士の出立ちには鑽火をして送ったと月詠の真那の方から聞いたが、座して銃後を守るのみとは終ぞ願わぬ筈。

 

 

彼の、帝国最強と謳われる「双刃」。黒を纏う斯衛。

 

野心も無ければ欲も無く、只只管に異星種討滅のみを追い求めるとか。

 

悠陽も幾度か言葉を交わしたことは有るが、儀礼に終始し然して印象に残るでも無く。

 

 

とは云え…この冥夜が想うのです…

 

今の儘では、報われる事は無いと知り乍ら。

為ればこそその相手は一廉の者であろう、いやそう在って欲しい。

そう悠陽が願うのは、純粋に肉親の情として。喩え金輪際、冥夜とは、市井は元より並の武家の如くにすら易くは触れ合えぬ間柄だとしても。

帝都城へ入る迄其の半生を奪い、今尚影武者として利用し暗い地下へ閉じ込め日陰の身へと貶め続ける自分には、口が裂けても幸せに等と言の葉にも載せられぬ。

 

 

真那が案ずるが如く、彼の者が散華すれば冥夜は酷く哀しむであろう。

誰一人とても悟られぬ様、然し身も世も無く慟哭するに違いない。

しかしそれ以上に、彼の者が戦陣に傷つき或いは我が身を酷使して半死半生、廃人の如くに成って仕舞えば――冥夜には、とても見捨てられまい。即ち一生を縛り付ける枷と柵と化す。

 

 

故に何卒天運と、そして武運を。

冥夜と彼の者とに与えられん事を、悠陽は天土の神々に冀う。

 

最愛の妹を秤にかけて尚、今は退けぬ此の身の立場ゆえに。

 

 

「…」

 

共に食事を終えれば、室外の真耶でなく同席の冥夜が御茶を淹れてくれる。

大膳課の配膳役はこの場には居ない、然し其処へ襖の外から。

 

「失礼致します。殿下、冥夜様」

 

掛けられた声の主は、真那。

食事の気配が終わるのを待っていたのだろう、だが冥夜の空気は堅くなる。常には無い呼び掛けは吉報か、其れとも――

 

「聞きましょう」

「は。政威軍監閣下より報告が御座いました。申し上げます、我が軍の欧州派遣部隊は芬蘭の地、甲08号・ロヴァニエミにて作戦通り超重光線級2体の討伐に成功致しました」

「そうですか…」

 

ほう、と。

襖越しの報告に、本来隠す必要等無い安堵の吐息、然し其れを悠陽は内心に、一方冥夜は外に漏らして。

何れにせよ二人の僅かな弛緩は室外で低頭する真那と真耶にも伝わったろう。

 

「時差が御座いますれば。現地時刻本日早朝よりの作戦開始にて、以後は甲08攻略の欧州軍本隊を待って外郭防衛に当たるとの由」

「…時間がかかりましたね?」

 

夏時間の芬蘭の地との時差は7時間で在ったろうか。

悠陽はそう軍事に明るいと自らを過信しては居ない、とは云え予め聞かされた作戦計画からすれば、巨大種の排除自体にそう時間はかからぬ筈で。

 

「は。目標撃破後、巨大種麾下の重光線級群の掃討に手間取った故にと」

「そうですか……損害は?」

「我が軍は極めて軽微にて。戦死も皆無と」

 

胸を撫で下ろした風の冥夜を他所に。

 

「…我が軍『は』?」

「は、政威軍監閣下は左様に。残余の光線級排除には少数で助勢したとの由に御座います」

「…」

 

暫しの、悠陽の無言。

 

言い振りからして欧州の友軍らは幾許かは痛手を被ったと云う事。

帝国の派遣部隊が精強なるに疑いは無く彼らは怠慢や怯懦とは無縁の筈、だがそれは列強たる欧州の精兵らとて。

 

意図的なものか…? 質したくもありますが…

 

室外に控える真那とて其れ以上を聞いてはおるまいし。

後程詳報も上げられようし、今是れ以上踏み込む事は悠陽が自らに定めてきた分を超える行い。だが――

 

「…冥夜、どう思いますか?」

「は? い、いえ、私等には…」

 

よもや問われるとは思っていなかったのであろう、冥夜は僅か狼狽えるも。

 

「赦します」

「…、は。では恐れながら…従前の策通りに目標撃破の由、まこと慶ぶ可きかと」

「ああ、其方の訓練生仲間でもありましたね、美事と申しましょう」

「恐悦至極に御座います。彼女らも喜びましょう」

「して、その後に就いては如何か」

 

問えば冥夜は、はは、と更に畏まった様にしつつも。

 

「助勢が少数に留まった点、詳細は判りかねまするも…抑抑狙撃班直掩で前面展開するは斯衛二個中隊と事前に仄聞致しました」

「ええ、そうでしたね。…ああ、それで」

「は。派遣本隊は後方待機であった筈、直様取って返せたのは直掩の斯衛らのみかと」

「とは云えならば二個中隊を少数と」

「全機では無かったものかと」

「助力を惜しんだと申しますか」

 

丈夫達が、我が身惜しさな筈もあるまい。成れば己等の力に驕った自尊ゆえか。

 

僅か、悠陽の心の芯は冷え。

其れを察した筈の冥夜は、

 

「恐れ乍ら――」

 

しかし面を上げた。

 

「光線級吶喊は至難の業に御座います。況して数百に及ぶ重光線級相手等本来凡そ沙汰の外。斯衛はじめ派遣隊は精鋭成れど、皆が皆達人の域とまでは」

「フム…」

「確かに轡を並べる輩を支えるは衛士の本分、為れど其れとて卑近の同胞を先んずるも戦陣の道理。況して今作戦での我が軍は超重光線級排除が第一義、其れを成した後続いての光線級吶喊等と余儀にも過ぎましょう」

「…」

 

対座する冥夜の終ぞなかった長口上、其の意思に触れて悠陽の勘気もやや下がる。

 

「併せて申し上げますに僭越乍ら私、派遣隊その最精鋭の長たるが内の一人、神宮寺少佐殿を多少なりと存じ上げて居りまする。武人軍人の鑑が如き方にて、故なく剣先を鈍らす事は先ず…更に斯衛の篁殿も勇猛で鳴る使い手」

「譜代は崇宰一門の…其程ですか」

「あの剣の冴え、斯衛でも彼女に優るは月詠二人を入れて尚五指に及びますまい」

 

その冥夜の評に襖の外の真那・真耶からも異論は無く。

 

「殿下の大御心は真誉む可き、友邦に損耗あらば遺憾為れど然し遙けき北欧の地で勝利の為の血の要脚を先ず納める可きは当地の兵達の務め。また其れこそが彼等の誇りとの由、愚考致しまする」

 

言い切った冥夜の表情にも瞳にも迷いは一切無い。

確かに、西洋の騎士道もその様な志向と仄聞もする。

 

「……よく解りました。ですが冥夜、申したでしょう?」

「は?」

「『殿下』は止して欲しいと」

「は、…は、も、申し訳ございません、あ、姉上様」

 

畏まったままの冥夜に、少し悪戯に咎める視線を送れば。

照れくさげに頬を染めて改めた冥夜に悠陽も笑んだ。

 

鉄原にて戦陣を共にした衛士らを誹られたと感じたのか、懸命な冥夜の姿を見られて悠陽は素直に嬉しくもあった――が。

 

しかし苛烈な…

 

御剣の家は、確かに冥夜を見事長じさせた様なれど。

血の対価を厭わぬのは勇ましくも危うい。武威によって勃興したものは、矢張り力による制圧統治を試みがちに成る。

悠陽の憂慮も正に其れ、昨今の日の本を覆うのも又そうした武断に過ぎる雰囲気。其の中には愛する妹、この冥夜ですら。

 

 

だが、それでも――

 

 

斑鳩公が云う様に、煉獄の試練が此の八州に訪れるなら。

其の時に将軍位に在る事こそが、恐らくは我が天命。

 

斑鳩公の冷徹は、自他の別なく死を恐れぬ。

なれば来たりし其の時に、その公の手から零れ落ちる民が居るなら一人でも多く救わねば。

其の為には喩え御飾りに過ぎぬと雖も、日本帝国全権代理の位に在らねばならぬ。実に於いて劣る自分が斑鳩公を掣肘するには、名を採る他無い故に。

 

地獄の現に帝国が君臨するが為の財で無く、人を。

終末の世に覇を競わんとする為の力で無く、命を。

 

民の生命を優先し帝国の力を削いだと後に非難されるならば、其れこそは甘受しよう。

民を救えた結果で在るなら喩え刑場の露と消えようとも寧ろ本望、然してその後にこそはより優れた真成る象徴 ― 否、若しかすれば民の先導者として ― 斑鳩公崇継に起って貰えば良い。

 

たとえ斑鳩公その人が、英傑たるより梟雄たり得んと露悪趣味を発揮して、その実悠陽と同じ様に自らを帝国の人身御供にと考えているとしても。

 

 

然りと雖もその折に、冥夜が己と運命を共にする様な事だけは有ってはならぬ。

 

用済みとして、影から闇へと処断される様な事だけは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遅い春を迎える旧フィンランド・ロヴァニエミ。

動植物 ― およそ生物と呼べるものの気配は何一つとして存在しない広大な荒野。そこに聳え立つ地表構造物は地上高600mの威容を誇り、周囲の雪に霜混じりだった大地は、日中10℃を超えるようになった気温と巨大な異星種の脚痕と低空を舞う戦術機の噴射炎とにかき乱されて醜く泥濘の園と化していた。

そしてその至るところに撃ち抜かれまた斬り捨てられた小中大型問わないBETA共が屍をさらす一方で、その中に人類側戦力たる戦術歩行戦闘機の残骸がないのは損耗の無さを示すのではなく、単に撤去回収されたからに過ぎない。

 

 

北欧国連軍と共に欧州連合軍が中心となるここ地上8番目のハイヴ攻略作戦は、日米軍の支援を受けて遂行された。

 

総兵力60万。

地上洋上合わせての支援火砲の乏しさを補うべく投入された戦術機は各軍合計で1500機を超え、うち6個連隊相当がハイヴ突入に先立つ事前の地上制圧に当たった。

 

そして最大の難関と目されていた超重光線級は、事前想定の最悪に近く2体同時の出現となるも遠く極東の地より来援した日本帝国軍特務部隊の手により無事排除されたが――共に出現した重光線級群が超重光線級の撃破に伴いあたかも散兵戦術が如くに小隊未満で戦域に散開。

これによりただでさえ乏しい支援火力での殲滅はより困難となり、また同種の同時出現数としては甲20号・鉄原ハイヴ攻略戦時をさらに上回る観測史上最大規模のそれらは400体に及び、そのまま過去に例のない規模での光線級吶喊が求められる事態となった。

 

そして西ドイツ軍と北欧国連軍からなる事前制圧部隊は、激戦の末相応の犠牲を払いつつもこの困難な任務を完遂。

 

 

以降英国軍を中核とする西ドイツ・アメリカ軍を伴った突入部隊はハイヴ本体の攻略に着手。その後の戦闘は概ね順調に推移し、7日後には最下層・反応炉を制圧。

 

 

これにより欧州連合は、旧西側勢力圏からのハイヴ一掃に成功した。

 

新時代の戦略物資たるG元素源の確保に加えて、「G弾攻勢による祖国壊滅」という喫緊の危機をも回避し――たように見え。

 

悲願たる大陸奪還の完遂は未だ見えずとも、少なくともひとたび矛を休める暇は手に入れたと……多くの者達は、そう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 同月 ―

 

 

ボスニア湾南端、バルト海・オーランド諸島。

ファスタオーランド前線基地。

 

 

砂塵舞う荒野、遠く見はるかす地上構造物。

しかし眼下の地平には、埋め尽くすBETAの群れ。

地上15mの低空を鋭い機動で切り裂きながら、ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉のEF-2000は突撃の軌跡を描く。

振り上げるは巨大な斧槍 ― BWS-8 フリューゲルベルデ。

 

「ローテ06、出過ぎよ!」

「いや…ッ、まだだ!」

 

後方からの支援機・ローテ12 ― イルフリーデ・フォイルナー少尉の制止に構わず、敵陣内へと突入したヘルガはさらに自機を前へ出す。

 

突っ込みが足らない…っ!

 

濃色の髪を結いあげ、凜とした美貌に眼差しは鋭く。

強化装備に身を包んで管制ユニット内で操縦桿を握り締め、乗機を操りながら隊の先鋒を担うヘルガは自らを叱咤する。

 

 

その脳裏に描くは ―

東方より来たりて鬼を繰り、舞うが如くに異星種を屠るサムライ達の姿。

 

 

条件はもう、同じはずだ…!

 

戦術機の運動性を大きく底上げするという特殊装置。

その試験と慣熟はすでに1週間、最初期こそ戸惑いはしたがもう半ば以上はものにしたという手応え。

 

「イエッツ!」

 

ヘルガは正面、要撃級と衝突直前に跳躍ユニットAJ200の片肺を停止、錐揉み回転してフリューゲルベルデを振りかぶった。

突撃の勢いに重量武器の慣性力、さらに遠心力も上乗せしたその一撃でまとめて要撃級2体の尾節を斬り飛ばし、3体目の前腕衝角に当たって弾かれた瞬間、逆らわず逆回転に持ち込んで反対側からその1体も斬り捨てた――

 

 

 

 

 

JIVES ― 統合仮想情報演習システムでの訓練を終え、シャワーで汗を流し制服に着替えて後。西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス第2中隊は、同大隊他中隊と共にデブリーフィングを行う。

 

 

昨年来、この前線基地内にて彼らに宛がわれたこの部屋 ― 今は、半数近くが空席。

 

2週間前のハイヴ前地上制圧戦。その最終盤で実施された光線級吶喊において、欧州連合ドイツ軍部隊最先鋒を担ったツェルベルスは大きく損耗した。

大隊定数36機、前哨戦にての4機脱落から、さらに14機…今回は全員が戦死。

ヘルガら第2中隊ローテも定数半分の6機を残すのみとなり、これにより隊にはリヨン以降の新人はほとんどいなくなった。

 

そして半壊した部隊はハイヴ攻略どころか地表防衛の任からも外され、再編のため他部隊に先駆けて前線基地へと戻されていた――

 

 

「焦りすぎは…」

「…解っている」

 

所定通りのルーチンを終えて。

部屋を出たところで、ヘルガに声をかけたのは金髪の同期・イルフリーデだった。その後ろには常の柔らかな表情をしかし少しだけ曇らせたルナ ― ルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉。

 

慣熟と訓練の成果は確実に上がっているも、まだ満足にはほど遠い。

 

 

今般、ライヒから欧州連合への供与の運びとなった件の「特殊装置」 ― XM3。

ここファスタオーランド基地に欧州連合参加各国軍より選抜された衛士が集められ、その慣熟教練が行われていた。

 

実際の導入には装置自体はライヒから、さらに管制ユニットへの据え付けにアメリカのマーキン・ベルカー社へのライセンス料支払い等が必要らしいがそれは政治が考えること。

 

長く前線を担ってきたツェルベルスにしてみれば、ようやくという思い。

 

しかしシミュレータと異なり実機を使用するJIVESでの訓練、どうせ機体を使うなら同時にBETAも殺せる実戦試験をせよとはツェルベルス常の物言いながらも、大作戦での損耗の後・しかも複数他国軍との合同とあってはあまりに乱暴な真似はできない。

それにここ前線基地よりバルト海をまたいで120kmほど東岸の旧フィンランド南部にはたしかにまだBETAがそれなり以上にいるだろうが、そこは旧共産圏と目と鼻の先。そんなところでまだ試験供与段階の特殊装置装備機が被弾故障問わず擱座したりして、万が一にも「行方不明」になってしまえば連合軍の面子が潰れるどころの話では済まなくなってしまう。

なにしろロヴァニエミハイヴの攻略は成功し、現状ではBETAと旧東側陣営どちらの情勢も比較的落ち着いているとはいえ ― 偵察衛星によればロヴァニエミ南東・ヴェリスクハイヴにはすでに20万を超えるBETA群が滞留しているというし、表面上動きがないソ連軍も今後北上も予想されるそのヴェリスク発のBETA群に関しては「旧領域の主権は残置されるのが国際的に周知された原則なれども領域外へ出たBETAに関してはその限りではない」と平然と言い放って事実上放置する一方で、東方では戦力再編を進めているとかいう話。

 

実際欧州連合を取り巻く情勢が劇的に好転したわけでは決してなく、それを証すかの如くに、ハイヴ地下茎構造最下層の反応炉制圧直後に連合軍にあったのは歓呼の叫びというより安堵の吐息だった。

アメリカ軍によるG弾攻撃での国土死滅という当面の危機を回避し戦略物資たるG元素も入手したものの、損耗が想定内に収まったハイヴ内攻略戦はともかく、それ以前の地上制圧に至るまででの総喪失数が本来の許容範囲を超えてしまい、しかも同ハイヴ制圧により新たに防衛線が一箇所追加される現実が連合軍にさらに重くのしかかる。

 

現時点では北欧国連軍の部隊に加えて、なんとか司令部と連合政府が話をつけたらしくライヒの派遣部隊にロヴァニエミ南東200kmにて警戒を担ってもらってはいるものの、とりわけ旧フィンランド東側国境外の旧ソ連領域内は先々も遠望して偵察するのみに留まるほかなく、米軍の増派も成ったリヨン東の防衛線と合わせて、少なくとも短期の将来的にも日米の支援なくしては各防衛線の維持には困難が予想される。

 

 

それら総てを鑑みてのこの合同訓練。

連合軍・北欧国連軍あわせて90機近い参加数。

 

ともあれ欧州連合軍の最新鋭機・EF-2000 タイフーンに新たに搭載される特殊装置は、遠く北米ユーコン国連軍基地においてすでに同機種へのマッチングが済んでいるもの。

というのもかの基地には今年初頭より、EF-2000がまだ技術実証機段階だった94年当時から同機を実戦運用してきたユーロファイタス社編成・現在は欧州連合軍特務教導隊「レインダンス中隊」の一部が赴いて調整が続けられてきたためという。

 

色々と世事に詳しいルナ曰く、それもこれもユーコン基地にてプロミネンス計画総責任者を務めるハルトウィック閣下のご尽力あってのことで、一概に装備の優劣に起因するものではないにせよ現実的に今次作戦での欧州連合軍機の損耗率は日米を上回ってしまっていて、その事実もまた連合軍の導入慎重派の重い尻を蹴飛ばすのに一役買ったとのことらしいが――しかしそれでも、

 

「高機動下の近接戦こそXM3の真骨頂だろう。習熟の実感はあるが…」

 

前衛配置として。

自らの力不足にヘルガは正直に悔しさを滲ませる。

 

 

先のハイヴ攻略戦・超重光線級排除の後、行われた光線級吶喊。

 

欧州連合軍精鋭らの奮戦によりその任務は成し遂げられたと ― 大まかな話としては、たしかにそうだが。

 

 

あの時 ― 戦域に小規模群に分かれて散逸していく重光線級を、ツェルベルスは吶喊2個大隊のうちの1として待機していたハイヴ西側から追った。

 

戦域に入るや、中隊単位での作戦行動。

 

そも通常戦術機の運用は基本分隊2機から、陣形や連携、編成による効果が大きくなるのは10機以上中隊程度から。

ゆえに重光線級排除を命じられた大隊長・アイヒベルガー少佐の判断は間違っていなかったし…しかし、同時にそれ以外の方策がなかったのも事実。

 

というのも精鋭部隊と謳われるツェルベルスを以てして、しかしリヨン以降の新任たちは才能と資質とを見込まれてのこととはいえ、同隊では新参の部類のヘルガらから見てなお促成もいいところ。

それを最精鋭が担う戦場でそれに見合う即戦力とするために、まさに実戦とその合間の訓練という限られた時間で基本となる中隊での戦術機動・作戦行動を中心かつ重点的に叩き込んできたが ― それでもやはり、既存の隊員との差は歴然としていた。なにしろ今のツェルベルス古参といえば、投射砲の導入以前から最前線に立ち続け、さらにあの地獄のリヨン攻略戦から生きて還った事を意味する。

そんな古強者らから見れば危なっかしいことこの上ない新任らを小隊単位に分散させて、ただでさえ困難な光線級吶喊という任務、それも戦史上例を見ないほどの規模の重光線級群の掃討に充てるなど無謀というほかはなく…かといって命令は大隊での吶喊。それに出だしから新任らすべてを置いていくには、手持ちの火力はあまりにも足りなかった。

 

その結果――10機程度中隊規模の戦術機部隊で、戦域に散らばる数体ごとの重光線級を逐一追い。通常なら数的優位の観点からも問題となるはずもなかったが、相手の総数が多すぎた。

 

四方八方至る所から虎視眈々と狙ってくるのは重光線級の死の光条、EF-2000のセンサが捉えて発する予備照射警報には1秒以内での対応が鉄則。一瞬たりとも気を抜けない、襲い来る要撃級要塞級を遮蔽にしつつの吶喊行。終わりの見えないその反復は、ただでさえ相対的には乏しい新任らの技量と、それを下支えする気力も集中力も奪っていった。

わずか制限高度を逸脱してレーザーに灼かれ。回避機動を誤り要撃級の衝角前腕に潰され要塞級に溶解液を噴射され。

隊内の通信には鳴り響く照射警報の間に間に、とうに殻は取れていたはずの新任たちのどうにもならない助けを求める悲鳴と断末魔の絶叫とが充満して、1機また1機と撃墜されていく煉獄の様相。

そしてツェルベルスと同時期に吶喊していた北欧国連軍1個大隊もまた、この困難な任務に当たって最終的にやり遂げはしたものの7割近い損耗を出し事実上壊滅状態に陥った一方――

 

――ハイヴ南方では全く異なる戦況が展開されていた。

 

ティープ・ヌル ― タケミカヅチ。

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッターが駆る、鬼の一団。

 

単独戦闘、もしくは分隊での突撃近接戦に長けた彼らは、精鋭中の精鋭をさらに選りすぐったのか10機足らずの少数ながらも湧出BETAに紛れて高速で侵攻するや平然と敵中散開し、驚くべき短時間でまさに草でも刈るようにそれぞれが数体 ― 合わせて30体以上の重光線級を狩り殺して鮮やかに離脱していったという。

 

 

かたや2個大隊70機ほどで300体。かたや2個小隊未満わずか7機で30体超。

キルレシオ自体は大差ない、しかし損耗の差が違いすぎた。

装備に加えて基本となる戦術・用兵思想の差違、運が左右した戦況のミスマッチとはいえ、

 

「私では、まだ到底リッターには届かん…!」

 

相変わらず照明の乏しい廊下で、ヘルガは血が滲まんばかりに拳を握る。

しかしその彼女にルナは、言外にも意を込めて諭すようにした。

 

「実戦運用期間の長さが違いますもの、『東』発祥といわれるレーザー・ヤークトですけれど、すっかりお株を奪われた形ですわね。それに向こうは開発国ですわ」

「もしかして本国版と輸出仕様に差があるの?」

「さあ、それは…でも元々がライヒス・ラングシュヴェルト・ドクトリンが前提で開発されたはずですし」

「やはり地表での巴戦か…試してみてはいるのだが我々はアメリカ軍ほど砲撃戦偏重ではないにせよ、フリューゲルベルデも本来一撃離脱が基本だしな…連続使用は機体への負荷が大きすぎる」

「ティープ・フィア・ウント・ズィーツィヒ 『カタナ』の優秀さがよくわかりますわ。習熟にコストは必要ですが、扱う機体込みでの設計ですのね」

「機動砲撃戦での伸びしろも大きいけれど」

「運動性の向上と各種挙動の円滑化の恩恵ですわ……逆にいえば、衛士が操縦に未習熟であっても」

 

間違いなく生残性の上昇は見込めるはずで。それが3者ともに抱く同じ思い。

呟くように足したルナに、イルフリーデはやや顔を伏せたがヘルガはあえて表情を固めた。

 

 

これがもし、もう3ヶ月、いや2ヶ月早く手に入っていれば。

彼や彼女、あの子らも死なずに済んだかもしれないのに。

 

 

「でも基幹部分はブラックボックスなんでしょ?」

「例の『ゲハイムニス』か…」

「あれは、恐らくは属人的なものですわ」

 

大隊長に提出したレポートには書きましたけれど、と気持ちを切り替えながらもルナは溜息をついた。

 

 

ゲハイムニス・マニューバ・アインザッツリュトメン。

「ザ・シャドウ」が見せたあの戦術機動術の極北。

 

推測値ながら衛士のG負荷は常人の許容範囲を優に逸脱。

サドガシマやチョルォンでのハイヴ攻略戦においての実績から連続戦闘での堅牢性も十分に実戦証明されているゼロをして、極めて短時間で過稼働に陥り自壊に至るほどの超機動。

 

 

「間接思考制御の洗練のために強化されたCPUとはいえ、非公開部分含めてハードウェア的なキャパから推測してもどうやってリミッター全解除状態の機体をギリギリで制御しつつその高速機動下で衛士を補助しているのか、わかりませんの」

「その…薬物強化って話は?」

「それが事実としてもあの機動だ、元々の耐G適性が相当に高くとも操縦自体ままならないのじゃないか?」

「ええ。ですので…」

 

あくまで推測の域を出ない、ルナはそう断り置いて。

 

「間接思考制御や入力予測の一切をカットオフして、強化CPUの演算出力を全部感覚欺瞞に回しているのかもしれません」

「は…? じゃあ完全に手動で操縦してるってこと?」

「馬鹿な…あの高機動下であれだけの緻密な操作をあの反応速度でか?」

「ええ。だから属人的と言いましたの」

 

およそ信じがたい推論に唖然とするイルフリーデとヘルガに、ルナは我らが大隊長ですら一朝一夕には真似ができない、と呟いたと告げた。

 

「仮に適性含めて才能があったにせよ、想像を絶するほどの修練を積んだはずだと」

「しかし感覚を騙したところで負荷が実際に消えるわけでは……そうか、そういうことか」

 

 

限界を超えた機体が崩壊するのが先か、負荷に耐えかねた肉体が折れ砕けるのが先か。

 

あの掲げられた黒の双刃は、まさに魂削り骨肉を削いでまで研ぎあげた剣。

 

振るうたびBETAのみならず、自らの命数までをも確実に刈り取る呪われた刃だ。

 

 

「承知の上…なのだろうな…」

 

あれほどの衛士が、それほどまでに積みあげた鍛練の成果を自らの黄泉路を照らす薪として焼べて。ヘルガを惹きつけるヤーパン ― ニホンの文化、その精神性の根幹の一たる、ブシドーに殉じるつもりなのだろうか。まさに死ぬことと見つけたりと。

 

「でもそれほどの訓練って…彼は私たちと年もそう変わらない、若年志願で実戦経験も豊富だとは聞いたけど飛行時間がそう長いはずも…」

「それが解れば苦労はしませんわ。当のライヒだってそうでしょう」

「たしかに…アレが敷衍できるならとっくにやっている、か」

 

ヘルガの応えにルナが頷く。

 

それがたとえ、衛士に命を対価とするほどの過大な負荷を求めるとしても。

かの国のサムライたちなら、戦機に際してはためらわないだろう。

 

 

そして次のスケジュールまでは少しの時間、士官食堂へ向かう道すがら。

出会したのは波打つやや色の濃い金の長髪に強気の青い瞳。

短躯をフランス軍の制服に包む、ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

「久しぶりね」

「は。昇進おめでとうございます、大尉殿」

「よしてよ。ドイツ人の世辞は肌に合わないわ」

 

かけられた声に襟元の階級章を見逃さず揃って敬礼、イルフリーデの英語での挨拶に返されたのはドイツ語。

 

「え、っと…じゃあ…フランス軍の合流は一昨日だったって」

「まあね。仲間外れにされなかったことは感謝すべき?」

「うーん、衛士には関係ないんじゃないかしら」

「そう。そういう単純さは嫌いじゃないわよ」

 

そこそこに親しいとはヘルガも聞いてはいたが。

イルフリーデとリヴィエール大尉との褒めているのか貶しているのかわからないやり取り、しかしそのフランス軍大尉の後ろには2人の部下。共に少尉の階級章の金髪の女性衛士。

 

片や肩口で切りそろえたナチュラル・ボブ、もう一方はウェーブのかかった優雅な長髪と違いはあれど、ドイツ語は解らないのか唐突に外国語でしゃべり出した上官には面食らっているようだった。

 

「ああ、ごめんなさい。そちらは?」

「あー。ほら、自己紹介」

「は、はッ。フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊・第1大隊エレン・エイス少尉であります」

「同じくジョセット・ダンベルクール少尉でありますっ」

 

英語に切り替えられて。

小さく「あの」ツェルベルスだ、と年は同じくらいだろうがまだどこか初々しく規律正しい敬礼に、メグスラシルの娘たちもまた。

ルナだけは小さく、ジョセット少尉の姓を反芻していたようだけれど。

 

アメリカの援軍を得たとはいえ情勢厳しいフランス軍、そこからリヴィエール大尉と共に派遣されてくるということは、ルーキーに近く見えても彼女らの腕は確かなのだろう。

 

「ま、よかったわ。いけ好かないサムライ連中に力の差を見せつけられて意気消沈してるかとも思ってたんだけど」

「まあ、ね…」

「…」

 

流れとして共に食堂に入り。

大テーブルを占有し、席に着いたリヴィエール大尉はエイス少尉が差し出したコーヒーを一口含んで飲むのを止めた。うぇ、と小さく舌を出すのはなんとか堪えたらしい。

 

同じテーブルにつきつつそれを見やるヘルガは、しかしその軽口には乗れず。

 

「大体の話は聞いたわ、オンピアにグロ・エスカルゴの始末をつけてもらったあげく連合軍最精鋭を謳われた部隊は残党排除に手間取ったうえ大損害」

 

かくて番犬部隊の名声は地に落ちたと。

 

「でも支援部隊を出し渋ったって? 存外性根が悪いのね、ジャポンの連中も」

「我々の力が足りなかっただけです…」

 

やや行儀悪く片手を拡げたリヴィエール大尉に、ヘルガは自分に半ば自分に言い聞かせるようにした。

悪意があったとまでは言わないが、たしかに助力を惜しまれたのではと…それも、勝手な言い分とは思う。

 

 

超重光線級の排除を担う特務部隊とその護衛を除けば、ライヒ派遣軍の本隊は戦域外で待機中だった。それゆえに支援の光線級吶喊を行ったのは引き続きの任務となった護衛のリッター達で、貴重極まる大型レールガンの退路も守らねばならず、少数だったのもそのためだし負ったリスクはあるいは自分たち以上だっただろう。だが――

 

感情が納得するかは、また別の話で。

死んでいった新任たちの中には、明らかな敬慕の念を向けてくれた者たちもいたからだ。

 

 

「いいえヘルガ、我々の装備に戦力からすれば上々の結果でしたわ。それにこの際ですから言いますけれど、我々古参が生還している以上新任の彼らにはツェルベルスの名は重すぎたのでしょう」

 

カップとソーサーでもなく無骨なマグ、それを楚々たる挙措で口元へ運んで。

 

「そんな言い方…」

「…ヴァルハラへ先んじるのは時間の問題だったと?」

「戦場は選べませんもの、それに私たちが配属される以前の、隊の死傷率をご存知?」

「…」

 

不味いコーヒー、それも承知でルナは目を閉じ桜色の唇をつけた。

 

突き放したルナの物言いも…解る。

あの明るく振る舞う軽薄な隊の先達・ブラウアー少尉は、その着任早々最初の任務で小隊の先任が全員戦死したという。

 

西ドイツ最強、欧州最精鋭。

それだけに、元来過酷な任務に放り込まれるのは必定の大隊。他ならぬヘルガら自身、初のハイヴ攻略戦となったリヨンでは頼れる先任の大半を目の前で喪った。

 

「新参の練度の問題は他人事じゃないわね、でもそれだけに手練れ揃いがニホン軍ならもっと前に出すべきだったんじゃない?」

「『火消し』に有効だからとハイヴ到達前から使いすぎましたわ。リッターが疑心暗鬼になるのも仕方ないかと」

「へえ、同情的なのね」

 

思い人がおりますの、片想いですけれど。

そう嘯いたルナにリヴィエール大尉はふぅん、とだけ言った。それ、人じゃないですから。

 

「ま、突撃と殿と墓の下にだけ美学を見ていた連中も少しは成長したっていうわけ?」

「彼らにしてもそれだけの授業料を払った結果だと思いますわ、大尉。それに吶喊部隊の指揮を執っていたのはそのリッターですもの、多少は鼻が利いたのかと」

「ハン、どこでも政治を気にするのがシュヴァリエだったらこれからはアンクルサムのマリーン連中の方がアテにできそうね。あいつらなにかにつけすぐF○ckFu○k言う以外は戦場であれこれ立ち位置考えたりしないもの」

「がさつが過ぎる点が私はちょっと、ですの」

「英雄志願は時に美点よ、二ション」

 

諫めているのか煽っているのかわからないルナと皮肉げなリヴィエール大尉、話題の米海兵に毒されたのか上官のスラングまじりを新米少尉二人は聞こえないふりをしていた。

 

「ま、『サムライ・ショウダウン』 ― あんたらのガンカメラも多少は見せてもらったし。ルージュ・ゼロの部隊とか、わりに普通じゃない」

 

リヴィエール大尉はさすがの慧眼。しかし本人が聞いたら落ち込みそうな事実を指摘して、

 

「それこそ『ニンジャブレード』ノワールにジョーヌの『ライトニングソード』みたいな化け物ばかりじゃなくって安心したわ、スケジュール後半はDANCCTでしょ」

 

 

DANCCT ― 異機種・異国籍部隊間連携訓練。

 

しかも今回は、対BETAのみならずAH ― 対人類戦闘をも想定したプログラムが用意されている。その際の敵役 ― 要は仮想イワン ― は、「密集高機動近接戦」を得意とする部隊こそがふさわしく――

 

 

「一泡吹かせてやる、極東の島国連中に大陸の味を教えてやるわ」

 

短躯のフランス麗人衛士は、端正な横顔にしかし獰猛な笑み。

それは慣熟の遅れをものともしない古参の凄味だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――と、息巻いたまでは良かったけれど。

 

 

明くる週。

 

衛士の教練には、入念な座学は欠かせない。

本格的なAH戦を想定するとなれば尚更。

 

 

BETA大戦後の世界 ― それが人類の勝利で訪れれば、だが ― には、何十年ぶりかに戦闘機の時代が来ると言われている。

しかしそのエアプレーン・レコンキスタの前には、大量に生産されだぶついた戦術機を用いた力の駆け引きの時期が発生することもまた、必定とされている。

 

その際に主眼となるのが、まずステルス。そしてミサイルである。

 

2003年現在本格的にステルス戦術機での作戦能力を獲得しているのはアメリカ軍のみで、BETA大戦後の一強体制はまず揺らがない。

そしてミサイル技術に関してもまた、航空機の時代のミサイル万能論の終焉からBETA大戦勃発と光線属種の出現を経てなお、F-14 トムキャット に搭載されたAIM-54 フェニックスにみられる他、ヘリまたは艦載対地、そして対空兵器(空から襲ってくるBETAはいないが…)として地上配備型のものも含めて、アメリカを筆頭に各国でもその開発と検証とはある程度ながら続けられてきた。

なお戦術機への搭載はF-14と同じく肩部へのホリゾンタルマウントや背部兵装担架を利用してのバーチカルマウントなどが考案されていて、前者はステルス性能への影響が少なく後者は大型弾の採用や携行弾数の比較増が見込まれている。

 

いずれにせよ ― BVRにアクティヴレーダーホーミング。長大な射程に高い誘導性能、さらに音速の4倍に及ぶ弾速からして、空対空・地対空ミサイルはその飛行速度が音速には到底届かない戦術機には必殺に等しい兵器となる――

 

 

――かしらね?

 

JIVES、愛機ラファールの管制ユニット内。網膜投影の情報ウィンドウ、左上のレーダー表示にその下の戦術マップ。便宜上赤い光点で表示される敵部隊1中隊を「視界外に捕捉」して、ベルナデットはトリガーを引いた。

 

途端火を吹く兵装担架のミサイルコンテナ、左右3発計6発。

鶴翼に広く編隊を組みデータリンクで繋がる中隊12機からも同様で、合計72発の誘導弾が噴進炎を曳いて宙空へ飛び出した。

彼我の距離約40km、着弾までは40秒を切る。

 

 

レーダー上の敵部隊は、教導役のシュヴァリエ・デ・ラ・ギャルデご一行。

 

連中はJIVESならでは、各色に塗り分けられた肩を除いてグレー地にスカイブルーとダークブルーのアグレッサー塗装を施され、ご丁寧にレッドスターまで描き込まれたゼロとチープ・ドゥ。

そのうちの、かの精鋭ブランシェ・クロ。

 

ロヴァニエミハイヴ南に設定された防衛線から片道800kmほどをフェリー飛行にて大隊近くの総数30機程度ではるばるお越し。

前線基地の欧州連合軍の衛士たちにはおおむね非友好的な視線と空気で出迎えられるも、肩で風切る様子にて。それこそ過密スケジュールゆえ早朝到着となる強行軍もどこ吹く風と、粛々と任務へ精励なさる。

 

 

衛星偵察や配備レーダー網に加えて、展開した戦術機によるAWACS圏を巡る攻防。BVRAAMの応酬。そして長射程極超音速兵器 ― レールガン系兵装の有無と活用もあるが、なんにせよそれらを踏まえるがゆえに、ステルス機は圧倒的に有利だろう。

 

 

つまんない戦いね…

 

レーダーマップ上を高速で敵群へと迫り行く、発射したミサイルの光点を目で追いつつ。ベルナデットは内心に毒づく。

 

そもそもがAH戦なんて気に食わないし、ンなことやってる場合かと思うんだけど。

 

 

おまけに今撃ったミサイルにしたって、ジャポンのミツビシ Type-99Re. AAM-4B。

対抗馬たるアメリカはライセオン AIM-120はコンパクトなつくりながら肩部マウントが中心で、大型ブレードベーン装備のラファールには装甲の換装が必要になる。

そして我らがユニオンMBDCのミーティアだとかはまだ完成自体してないらしくて、それにもまたげんなりさせられる。

 

 

しかしまだ敵 ― オンピア部隊は撃たない。

 

「ミサイル警報は?」

「ありません!」

「センサーの故障?」

「いえ大尉、異常なしです!」

 

なに…?

 

初っぱなも初っぱな、JIVES第一回ということで、ミサイル発射の訓練も兼ねてということだろうか? ――いや、まさか。

 

「敵部隊散開っ!」

「ECM検知、チャフ撒いてます」

「3,2,1…、着弾…――ッ!?」

「――!」

 

避けた! いや、迎撃した!?

 

確かにレーダー上からこちらが放ったミサイルの光点は総て消え。

健在な敵部隊12機の赤いマーカーが残る。

 

やる…!

 

ぞわりとベルナデットの背筋が粟立つ。

 

 

――要するに、ミサイルが来たら撃ち落として接近すれば良いのね!――

 

懐かしの訓練校を思い出させるかの如く、丸一日費やして詰め込まれたレクが終わり。

ちゃんと聞いてたかと黒髪の同僚に問われたフォイルナーは少し考えて、晴れやかにそう言った。

その時ベルナデットはこいつ座学は寝るタイプだなきっと今回もそうだったに違いない、それでも実戦じゃなんとか辻褄あわせてあの腕前なのだから、よほど才能には恵まれているらしいと巨大な呆れの中にも妙に感心したものだったが。

 

 

確かに――戦術機の高度化された遠近データリンクシステムはAWACSとして機能し、さらに地上から低空域までの三次元機動能力では他兵器の追随を許さない。そこへ日本帝国・ヨコハマ発の特殊装置が洗練を加えた上に、その高速演算能力がもたらす弾道予測は最大4門の36mm高速機関砲と120mm多用途滑腔砲という重武装を以て基本単純な軌道を描く空対空・地対空ミサイルの迎撃すらも――条件次第では、可能だろうとはいえ。

 

 

やってくれるわ!

 

「敵部隊ミサイル発射!」

 

そして返礼とばかりに迫り来る、同じく72本の超音速の牙。

 

「散開!」

「了解っ!」

「ECM発振! チャフ散布、乱数回避!」

 

こちらと同じAAM-4Bのはず、AIM-120よりやや大型のそれ。そのアメリカ製と同等もしくはそれ以上にECCMにも優れる ― らしく電子欺瞞が通じない。

 

ベルナデットは一瞬に満たない時間で行動を選択した。散開を開始した味方機に――遅れること5秒、無論故意。やってみせてやる。

 

んなろ…ッ!

 

引きつけた。早めの回避機動は逆にミサイルの追尾を容易にする。

そして身に染みついた衛士の性か、上昇ではなく急降下を採り真っ逆さまに高度を代価に速度を稼ぎ、迫り来る再現された地表と襲い来る疑似感覚のG負荷をまるきり無視して、追ってくるだろうミサイルへと――6発か!

 

「当たれッ!」

 

4丁拳銃、今は2門しかないが。

それでも火を吹く4つの砲口からそれぞれ36mm HVAP 高速徹甲弾と120mm CS 散弾がベルナデットの視線照準に応えて虚空へと連射され、6発のAAM-4Bをその指向性破片弾頭を炸裂させる前に撃ち落とした。

 

「ッ――く、損害報告!」

「撃墜4、中破2!」

「半分喰われたか…、…後退する」

 

レーダーの動きに見はるかせば接近の動きを見せる敵部隊、事前策定に基づけば。

まず開幕にミサイル戦、しかし事前に火力差が判明すればその時点で後退。

始めたところで結果不均衡が生じたら、追撃を受ける前にやっぱり後退するのが基本。

 

ともあれ、いの一番に手痛い一撃を受けて見せるのが役どころだったとか。

 

結果も面白くなければ内容的にもつまらなかったが、演習とあれば仕方ない。

逆に演習だったればこそ、部下は死なずに済んだわけで。

 

再戦の機会もまだまだあると、大人しくベルナデットは隊を退いた――が。

 

 

その後の展開も、大して面白くはなかった。

 

 

前衛砲兵、その二つ名は剣の間合いでの大立ち回りがあってこそ。

なのにミサイル戦で結果が互しても接近戦が得手の部隊に近づくことなど愚の骨頂と基本を徹底、こちらの展開自体は遠間でのガン・ファイト。

 

ジョンブル連中がこれ見よがしに背負ってる、要塞級殺しだかいう名前負けのBWS-3は飾りか重石にすぎないとしてもボッシュ共は長柄のBWS-8を普段から振り回してんだし、ラファールにだって私は使わないにせよ大鎌フォウが用意されてる。ピザ用EF-2000のクトー&フォシェットはともかくとして、ハナからCQBは除外ってのもどうなのよ。

 

そこへオンピアの教導部隊もいちおう近接戦を仕掛けようとはしてくるものの、まさに教本通りの戦術機動、同じくセオリー通りに対処する。たしかにそりゃ、実際にはイワン共だって白兵偏重ではないでしょうけど。

でも呆れたことにあの「ニンジャブレード」までもがごくごく普通の戦闘機動でやって来る、おまけに揃ってかの国軍機の装備を模してか突撃砲のほかにはモーター・ブレードに見立てたダガーを使うばかりで、お得意のエペ・ロングは持ってもいない。

 

そうしてお互い数機にでも損害が出た時点で、間合いを計って引き退がる。

 

 

ブリーフィングからJIVES教練、デブリーフィングの繰り返し。

参加部隊を変えつつスリーローテーションで初日は終わる。

 

 

ミサイル戦にもすぐ慣れ始め、3戦目に当たったルージュ・ゼロの部隊を後退させてベルナデットはシャワーを浴びた。

 

こんなもんなのかしらね…

 

正直、消化不良気味だ。

虚実入り混じっては数々の戦場伝説を引っさげる極東の小さな島のサムライ部隊、その鼻明かしてやらんと手ぐすね引いたヨーロピアンは、ただただプログラム通りに訓練相手を務めるジャポネたちにはとんだ肩透かし。

 

AH戦ならあんなもんだろうとのしたり顔、剣振り回すなんていつの時代だと訳知り顔に、中にはやっぱり噂は噂に過ぎないなと嘲る連中すらもいて。

それには乗らないベルナデットだが、欧州とていつかは敵対するかもしれない相手だと、オンピア軍は手の内を隠すつもりなんだろうか。

 

 

そしてその夜。

 

「スコール!」

 

古びてはいるが基地内の広いレセプションルーム、その壇上にて。

国連軍制服姿の大柄なスウェーデン人基地司令が乾杯の発声をすると、場内には多言語でまばらな唱和の声。

 

始まった席はインフォーマルにビュッフェ・スタイル。

しかし100人を超える衛士らは各々の国の軍服に身を包んだのを証とばかりにおおむね自国部隊のみで席について動かない。

 

 

歓迎の意味で行われるこの席も、盛り上がらない雰囲気。

少なからずテンション高くて距離感のおかしい連中がいる、ヤンキー共がこの場にいないのも大きいかも。長靴型の某半島の男性衛士の何人かはちょろちょろしてるが、あれらの吶喊目標は国籍問わずとはいえ目ぼしい異性だけ。

 

 

ベルナデットは目前の会場中央ビュッフェボードに並ぶ料理を手際よく前菜から取り分け、うち一皿をダンベルクール少尉に渡してやった。恐縮する彼女に今回の糧食 ― じゃなくて食事の準備を担当したのは世界に誇る我が軍主計科隷下だと教えてやればほっとした表情。

 

彼女とそしてもう一人も、リヨン東防衛線での入隊から日は浅いがやはりセンス自体から悪くない。今日の演習の際にも、光るものをよく見せていた。

ふたり揃って軌道降下兵選抜の狭き門を潜り抜けたのもダテじゃないらしい。

 

 

猛者として名高かった軌道降下兵団も昔日の勢いはなく、なにしろレールガン戦術の登場でハイヴ直上への強襲降下の必要性が薄れたところに超重光線級の出現で、ハイヴへの軌道降下戦術自体がそれ以前の生還率20%どころかほとんど自殺と同義になって、同兵種が単なる遠隔地への戦力投射の手段へと窓際化してくれたおかげで使える新人が回ってきたことには素直に感謝したい。

 

フランス・ヌーベル・コンティネンタル ― 再建国の父のおひとりの娘だろうが、そのお友達で友邦カナダからの志願兵だろうが、ベルナデットには関係ない。そうした毛並みは関係なくて、求めるのは手並みだけ。

 

 

一見つっけんどんだが意外に気の利く小柄な上官はそう考えて、すでに思考の大半は残る演習期間より祖国の防衛線へ戻ってからのことに割いていた。

 

まあ元々、なにがあるって思ってたわけでもなし…

 

考えてみれば ― やや沈静化した戦況が、増援のアメリカ軍に少し任せて前線を一時離れよという上の命令を可能にしただけ。

手持ちの機体が強化できると聞いて飛びつかない衛士はいないだろうし、そのための訓練と演習プログラム。

 

 

ただその一方で、なにか漠然とした期待感のようなものを抱いていたような気も――

 

 

アホらし。

 

ベルナデットは短躯に薄めの胸を反らし、小さく鼻で笑った。

 

大方あきらめのついた心境。

あのデカブツが出てきてしまえばどうにもならないことには変わりがないにせよ、当面現実的な敵たるBETAへ対抗する力は増すことができるのだし。

 

ベルナデットは隊の仲間と同じテーブルについて、しばし時間は進み。

返礼とばかりに気を遣ったエイス・ダンベルクール両少尉が運んでくる皿をコースの如くに楽しんでいると、

 

「――失礼する」

 

会場前方、先に基地司令の立っていた壇上。

 

黒衣の軍服に同色の外套を羽織り。浅黒い肌に銀髪、鋭い目の偉丈夫。

「黒き狼王」ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

 

失墜した元・精鋭部隊の隊長。そう侮る者は、この場にはいたとしても多数派ではなく。

これまでの戦歴を知らぬ者は居ない。そして閲覧可能なデータ・類推できるその戦況からして、任務を遂行した上半数を生還させたこと自体が驚異的だと同じく手練れを自認する者たちには容易に理解できていた。

 

 

そしてその傍らには ― しかし常の如く「白き后狼」ジークリンデ・ファーレンホルスト中尉ではなく。

明るめのマルーンの長い髪を後ろで結い、オンピアの軍服に身を包んだ――

 

「あの人…」

「知ってるのジョセット?」

「ちょっと人に聞いてね、F-4系列機でのキルスコアはアジアトップクラス。人呼んで」

 

「ラビドリー・ドッグ」マリモ・ジングウジ。

 

へえ…

 

部下ふたりの会話を聞きつつ、ベルナデットは碧い双眸を眇めた。

襟元の階級章はメイジャー、とすればオンピア部隊の指揮官機に乗っていたのは彼女か。

 

「紹介にあずかった神宮司だ、今回は貴官ら欧州の精鋭と共に演習に当たれる事を光栄に思う」

 

ドイツなまりの狼王に継いで、ゆっくりめではっきりした発音の英語。

ジングウジ少佐の表情こそは引き締められていて厳しい。しかしおそらく元来の目元は柔らかそうで、優しげな雰囲気に変えて民間人に紛れ込まれたら見分けがつかないかもしれない。

 

「率直に言って、新装置への貴官らの習熟の早さは想定以上だ。開発国としては参ったと言っておこう」

 

小さく肩を竦めたジングウジ少佐に、会場にわずかな笑いが。

しかしその、本来の意味を ― 使いやすく、造ってあったのだろうと ― 類推する者たちは、幾重かの皮肉か自慢とも取って同じく笑ったり或いは眉間に皺を寄せたりしていた。

 

そして女少佐は会場を見渡し――

 

「先々ミサイル対応は必須となる。まずはそちらに集中させた方が良いと思っていたが、それも予想以上の成果だな。…たしかに、小手先の技術はあるらしい」

 

小さくも鼻での笑い、そのその明白な嘲弄に場の空気が一気に張り詰めた。

静まりかえった室内、しかし平然とその緊張感と敵意すら含んだ数々の視線を受け流し。

 

「だが時間は有限だ。そして肯んじがたい任務でも、遂行するのが軍人だ。ゆえに明日以降の時間を有効に使うためにも、我々は多少打ち解ける必要がありそうだ。幸い――」

 

そこへ音もなく脇から進み出る山吹色の女士官。

その手に捧げるトレイに載った、透明な液体を満たしたショットグラス。

 

「我が国には、無礼講という言葉があってな」

 

そして「狂犬」の異名を取る女少佐は。

務めて表情を消した風なその士官から受け取ったそれを、小さく掲げるや一気に干し。

 

「我々衛士は時代の徒花、戦術機と共に」

 

顔色一つ変えることなく。

 

「そうかもしれんが現時点では人類の切っ先だ。そして切っ先がゆえに鋭さを欲する…」

 

しかしその呼気に籠もった熱が、その声の響きと共にベルナデットの耳朶を打つ。

 

 

歯を食い縛って高Gに耐え、「敵」をレティクルの中に捉えてトリガーを引く。

 

異星種を倒すがために牙を研ぎ、人類がために技を磨いて。

絶えざる緊張の連続の中で戦場を渡り、死線を越えて飛び走り続けてきた。

 

なのにそれを同じ人間に向けねばならず、やがては遺物として置き去りにされる。

電子機器が遙か水平線の向こうに見つける、記号化された目標へとミサイルを導くゆえに。

 

 

「だから気になるのだろう?」

 

 

半生を、いや人生すべてを捧げてきたがため。

戦いの中に斃れる前に、いや或いはそれが不要と断じられる前に。

 

明かしておきたい。証しておきたい。

 

 

果たして己は、どれほどに迅いのか。そして――

 

 

「我々と貴様等――」

 

 

――本当は、どちらが強いのか。

 

 

「精鋭中の精鋭たればなおさら…まったくもって度し難い。因果な話だ」

 

 

だがそれが衛士という人種、おそらくは万国共通の価値観。

 

 

「基地司令閣下の御厚意だ、レクリエーションの用意がある」

 

 

身体が、魂が闘争を求めるなら。

 

 

「我こそはと思う馬鹿は、格納庫へ来い」

 

 

そして会場には、山のように余った料理に肩をすくめる基地司令だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々は長物は使わん、だが構わんぞ好きな得物を持ってこい。

 

三十路前らしいが無駄のひとつとてない肢体を強化装備に包んで。

イルフリーデが見上げるハンガー内搭乗用キャットウォークの上、ジングウジ少佐は傲慢ささえ漂わせて言い放った。

 

その彼女の傍らには ― ノウ・マスクめいて無表情なリッターたちが、黒く塗りつぶされたが如くに闇を背負ってその眼光だけが光を放ち、指揮官と同じくこちらを睥睨して……いや、中には一人開いた左手で顔を覆って低く笑いながら「封印を解く時が来たか…」とか意味のわからないことを言っている清十郎、そして引きつった笑顔を浮かべる小柄なタツナミ中尉(昇進していたらしい)。

 

並み居るウニオンの衛士たちは戦意に燃えて、しかしどうせやるなら同数同士。

屈強な彼に彼女らは隊の代表を出すやシェーレ・シュタイン・パピエでじゃんけんぽん、各国ルールの細かな違いを巡ってちょっといさかい、先に決めておくべきでした。

 

 

「少佐殿…少々煽り過ぎでは?」

「ユーコンでの経験からこうするのが手っ取り早いと言ったのは貴官だぞ」

「それはそうですが…」

「私のような平和主義者には理解しがたいがな、ところで中尉はどうした?」

「その、腕比べには興味がない、と…」

「なんだと? まったく、らしいといえばらしいが…金看板がいないとサマにならん、誰か行って連れて来い。龍浪中尉」

「え、俺ですか? いや…無理ですよ」

「使えんな。なら篁中尉、色仕掛けでもなんでもいいぞ」

「一番不得意な方法です…」

「なら私が行くが」「いえ僭越ながら」「私が参ります」

「…微力を尽くします」

「頼む、衛士全体の強化はBETA殲滅に繋がるとかなんとか言いくるめて連れてきてくれ。ああそのまま同衾して貴官も来ん、というのが一番困るからな」

 

 

何やら日本語で言いあう頭上のリッターら、その隅でなにがどうしたか小さい身体をさらに小さく丸めてキノコを生やしていじけるタツナミ中尉。

 

とまれ一番槍の栄誉を勝ち取ったツェルベルス、ちなみに代表に出たのはララーシュタイン大尉。なんとなくだけどブラウアー少尉じゃきっと負けていたと思う。

 

 

 

そしてJIVES ―

創造されたは隆起した地形が半径200kmでもって円状に広がる空間。

その赤茶けた地表は蒼空で散った衛士の血を吸ってか。

 

 

所詮は余興としての競い合い、しかし誇りを賭けての凌ぎ合い。

 

そして即興ゆえに策も無く、互いに恃むは腕ひとつ。

 

まさに円卓、此処には上座も下座も無い。

 

交戦規定はただ一つ――生き残れ。

 

 

 

「来やがった、突っ込んでくるぞ!」

 

ブラウアー少尉が警告を発するもレーダーにはとうに、しかしそれはお互い様。

対向する敵部隊の先陣を切って襲い来るのは――

 

ヤーパンライヒス・ドッペルクリンゲ。日本帝国の黒き双刃。

 

「ヤツだ!!」

「単機とは恐れ入る」

「ようやく本気か…待っていたぞ」

「先走るな、数を利用しろ。巻き狩りだ」

 

狼王に率いられるは古参の番犬、死に損ないの戦友共が18機。

本来の塗装に戻されたライヒスリッター「ザ・シャドウ」を追い詰める。

単体での機体の格闘性能には劣っていようともこの数の差、さらには打ち合わせなどなくとも共に超えた死線の数が、阿吽の呼吸で牽制からの射撃統制。

 

「よし…もらったぞ! ――なに!?」

「あれを!?」

「やはり躱すか!」

「噂通り背中にも目がついてるようだな!」

 

しかし紺碧を斬り裂くは漆黒の絶刀、二重に構築された包囲網すら潜り抜け。

錐揉み機動からぱっと四肢を開くや貫くはずの火線を躱し極小噴射で突撃軌道に微少の変化、僅かも速度を低下させずにこちらの偏差射撃は空を切らされ。

詰まる相対距離、狙撃のために落ちたこちらの速度を見切ったかそのまま端の包囲機へと稲妻の動きで喰らいついた。

 

「入られたぞ! CIWS用意っ!」

「間合いが近――、ぐあッ!」

「な――、踏み台にした!?」

「おのれ…っ、ちぃ、疾い! なんて機動だ!」

 

双刃が襲うは手近なEF-2000から、しかし迎え撃つのも地獄の業火でさんざんに揉まれたうえに特殊装置にもほぼ習熟した番犬達。長柄武器での対処が難しいとは瞬時に悟るや前腕ブレードでの防御優先に切り替える――も、黒の襲撃者は撃墜自体が目的ではないとばかりに瞬撃の一太刀二太刀を浴びせては体勢の崩れた番犬機を蹴りつけ足場にし、即座に次の得物へと襲いかかる。

 

まさにライヒに伝う英雄譚、ハッソー・ビートがそのままに。

 

「包囲を緩めるなッ!」

「後ろを取れ!」

「馬鹿真後ろは――」

「ぅおわッ!?」

「言わんこっちゃない、誘いだぞ!」

「影すら踏めん! どうなってる!」

「空気が重い…!? これがヤツの飛ぶ空か!」

 

だが目的は攪乱、その程度の察しは即座に。

 

しかして遠景すればライヒ部隊はまだ遠く、いやまるで高みの見物とばかりにゲルプの隊は一定距離を保ってゆるりと ― と、遂にローテが率いる11機のヴァイスが動き出す、それをゲルプ達は遊弋を続けながら見送っている。

 

あたかも未だ狩りには不慣れな若き弟鷹を見守る姉鷹らの如くに。

 

「舐められてんなァ…オイ!」

「! ローテ11!」

 

ブラウアー少尉が怒気を発し、最前衛を翻弄する双刃に突っかけ――ると見せて、担いだ計3門のGWS-9を素早く起動するや向かってくる深紅と白のゼロ部隊へと掃射して牽制、ゼロ達はぱっと素早く散開するもその突撃行には僅かな遅滞。

 

「そろそろであるかな」

「ヤー。頃合いでしょう、中隊長」

 

イルフリーデが見る網膜投影の隊内通信、中隊長ララーシュタイン大尉はそのモノクル顔のカイゼル髭をぴぃんと弾いて。

首肯した隻眼のメドゥーサ・ベスターナッハ中尉が檄を飛ばした。

 

「目が覚めたか番犬共! 自虐と慢心のカクテルの二日酔いにはさぞかし効いたろう! さあ手を動かせ! 足で捌け! 機械に頼るな目を使え!」

「ヤ、ヤボール!」

「グート。ではこれより第2中隊ロートは旧交を温める。相手はライヒのエリート新人さんだ、少しは戦場の味を知ったようだが本物のユーラシアの流儀を教えてやるぞ」

「ヤボール・フラウ!」

 

動き出す、わずか6機の第2中隊。

 

「…」

 

その機先を制せんとばかりに黒い影が鋭角の機動を描くも――

 

「――!」

「させん」

 

その軌道上、数瞬先の位置へ。

滑り込んだは同じく闇色を纏う漆黒の――EF-2000。

三頭獣の大隊長機、そのBWS-8の長柄で双刃を受け止めた。

 

「…」

「久しいな、リヨン以来か。部下への調練には感謝する。が、ここまでにしてもらおう」

「…『黒き狼王』…」

「慣れん呼び名だ。しかし卿ほどの衛士に知られるならば悪くはない」

 

作為か否か、僅かの混信。

アイヒベルガー少佐は跳躍ユニットAJ200を噴射して拮抗状態を創り出す。

 

「02、シュヴァルツを預ける。デュオンのブラウとでゲルプのゼロを抑えろ」

「了解ですわ、では大隊長?」

「ああ。私は少し、彼に教練を願うとする」

「はい。ふふ、貴男の良いように」

「勝手を言うな、すまん」

「いえ、どうぞお楽しみになって、マイン・ケーニッヒ」

 

純白の機体の中、くすんだ金髪の后狼は典雅な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向かってきていたゼロの部隊、しかしこちらの数を見て取るやその半数はあらぬ方向へ飛び去った。おそらくは他所への援軍、さては合流果たせぬフランス軍の所へか。

ともかくこれで数は同数、しかし概算ながら機体性能では機動力はほぼ互角ながら運動性では勝ち目がない。同じゼロでもローテは元よりヴァイスですら、あのシュヴァルツ・ゼロより上位機と聞く。

 

だが、それでも。

演習だからなどとの甘えなどなく、イルフリーデは隊と共に突進した。

 

「清十郎っ!」

「む…」

 

高域周波での発振、応え聞こえたのは言い淀むかのような ―

 

「フォイルナー少尉……4年の時を経てまだ…我が力尚至らず、許し等乞えぬ。身命を賭して危地に赴かんとした貴女達をむざむざ…私はまた、見ていることしか出来なかった」

「は? あー…ああ…うん。それは…もっと手伝って貰えれば、嬉しかったわ。でも、あなたが死んでも、私は悲しかったと思うから」

「そんな……、やはり私では未だ、戦陣を共にするに錬磨が足りぬと」

「え? えー、と…、違うわよ、そうじゃない。一緒に戦えればそれが一番だけれど、それでも知り合った、大切な人に生きていてほしいと思うことは、普通じゃない?」

「その言葉、痛み入る…」

 

隊の軌道が交錯した。

 

赤が率いる極東の鬼、計6機。そして同じく赤が率いる西欧の動甲冑も、同じく6機。

だがまだお互いに手出しをしない、武士と騎士との無言の了解。

 

「だから今は手加減なしよ! 世紀の吶喊を成し遂げた私たちの力、見せてあげるわ!」

「……、栄光のツェルベルスと相対する等願ってもない! 手合わせ願おう!」

「でも同数でなんて100年早いわ、本気のドイツァ・オルデンを半熟サムライに止められるかしら。待ってあげるから呼び戻したら?」

「笑止! 是れまで独逸騎士の戦い様はとくと見せて貰った、一度見た業は斯衛には通じん、これは最早常識! そして我が鋭鋒を以てその証とせん!」

 

 

片や百戦錬磨の番犬部隊。

誇り高きユンカーの末裔たち、未だ奪還ならぬハイマートの地に恋い焦がれ。

欧州絶対防衛線・「地獄門」の守護獣にして、斃れた友の死肉を相食んででも立ち上がり、傷つき血を吐きなお頽れぬ。

 

対するは「未熟兵による特殊装置の実戦試験」、あるいは戦果以上に何人生還するかを重要視して知らぬままに試されている経験浅き若武者の群れ。しかし確かに新進気鋭、熱き血潮を燃やしてはその装備にも習熟し。

 

 

「いいわ、なら正々堂々と――勝負よ!」

「応!」

 

 

かくて少年の声は、男のものに成り。

 

 

「でも詫びだなんて言質を取らせてしまうのが清十郎君のまだまだなところですわよね」

「まあな、だが貴族だろうがブケだろうが誰もが最初からお前ほど腹黒なわけはあるまい」

「イルフィもますます勘違いさせてるみたいですし、また面白、いえ困りましたわね」

 

迎え撃つ外野も等しく武器を構える中へ、

 

「やるぞ焔狼共…!」

 

紅の鬼が鋭く高度を上げた。5機の白がそれに続く。

 

「む…っ」

「な、なに?」

 

見上げる番犬たちが咄嗟に身構える中。

 

「絶えたし血と肉と骨の痛み、此処に解き放たん…」

 

深紅の00式。眼光覗くその面を覆う左掌、

 

「高天原より舞い降りし鹿島神、天之尾羽張より生まれ出でし剣神――」

 

水平に伸ばされた右主腕が握るはこの夜にこそ現れた74式長刀。

 

「大いなる戦神にして雷神よ、その朱き電光にて我が黒き魂を清め給え――今!」

 

その全身に配された水色に輝くセンサーが――

 

「拘束制御術式、解放ッ!」

 

――光を発した!

 

「なにィ!?」

「こ、これは…!」

 

その威に圧されたが如きEF-2000、

 

「いや普通にXM3起動するだけだよな?」

「前から考えてたのかな、あの口上」

 

対して若武者らは口々に空惚けた事を言いながら。

しかししっかり高度の利をば手に入れて。

 

「オイ上を取られたぞ」

「気を逸らされた、やるねあの大尉どのも」

「…狙ったのかなあ」

 

それに抗する番犬部隊は無駄口を叩きながらも。

 

「しかしやはり手加減していたのか…」

「リッター(除清十郎君達)の突撃戦は圧倒的ですもの、なんでもアメリカの教導団ですら近接戦では負け越しだとか」

「教導…F-22がか!?」

「噂では。CQBからCQCのみ、なんて実際にはまずあり得ない設定でのお話だそうですけれども。まあ今日が初日ということもあってまずは様子見、明日以降から徐々にという腹積もりだったのでしょうがあちらもこちらも衛士はせっかちですものね、ジングウジ少佐は時間短縮を選ばれたのでしょう、ただミサイル回避は全力だったかと……そうか、そうですわ。それこそ回避時は操縦補助をオプションにしてプライマリは弾道予測に振り分けたのかも開発国ならではの裏技でしょうかいえでもそういえば演算リソースについてはたしかに分配不可能とはどこにも書いてなかったかもしれませんわむろん可能という項目もございませんでしたがあのクソ分厚いあらごめんあそばせとても親切なマニュアルを作成した人間の性根がお察しですわねああでも今はようやくゼロのおそばにっどれほど枕を濡らしてお待ちしたことか前線基地の予備パーツにも近づくことすらできませんでしたもの仮想構築の再現度はどれほどなのでしょう高いとよいのですけれどとにかくさあもっと近づいて微に入り細に入り拝見しなくては!」

「こらルナ、ローテ08、後衛が前に出るな!」

 

上方から圧する焔狼中隊、しかしローテ中隊6機は素早く散開してその鋭鋒を受け流して見せるやあっという間に乱戦に持ち込み、戦場のペースを手に入れた。

 

「囮か!」

「くっ、やはり手強い…!」

「当たり前だ! 性能差は忘れろ、分隊を崩すな! 胸を借りるつもりで行くぞ!」

「おう!」

「おいお前ら、そういうことならウチで一番はそのローテ08ルナテレジア、ヴィッツレーベンだぜ。たぶんズィーツィヒ・ゲー…えーとライヒじゃなんていうんだ?」

「kwsk」

「俺の見立てじゃトップは99の、アンダーは72だな、うん」

「Hであります先任少尉殿」

「速ぇなw よしお前さんにはムッツリ侍の称号をぅわ危ねッ!」

「誤射ですわ♡」

 

誤射ってお前直撃コースじゃねえかIFFはどうなった、あらうふふおかしいですわね故障でしょうかと心温まる会話を隊内通信で交わしながら。

 

 

 

 

 

戦いの空に夜は更けていく。

 

人類のため、世界のため、そして己と仲間のために。

生死を分かつその一瞬を飛び越えんと爪を研ぎ牙を磨いて翼を拡げ、その青春を捧げてきた若人たちが今この時にその成果と証を以てさらなる高みへと駆け上がらんと、切磋琢磨し競い合う――

 

 

その中の、唯一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも評価・ご感想下さる方々ありがとうございます

一月以上空いちゃいました、ごめんなさい
他ならぬ私が話を忘れいえなんでもありません

相変わらず話の収拾がつかなくなって中途半端なところで…
しかも中二成分が足りませんでした


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Muv-Luv UNTITLED 17

2003年 5月 ―

 

 

強力な衛士は運も強い。

いや運が強いから生き残ってこられたのか ― それを解き明かさんとする魔女は、東方にて。

 

北欧バルト海。

オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。

 

ともかくこの基地に集いし欧州衛士らの中で、避退国家でありながらも精強を誇る西ドイツは第44戦術機甲大隊・ツェルベルスに次ぐ実力者といえば、UN常任理事国すなわち列強そのままイギリスもしくはフランスの部隊だとは衆目の一致するところ。

 

そして今回その番犬部隊に続く運と引きの強さを見せたのは、まさにフランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊ベルナデット・リヴィエール大尉。

成人女子とは思えぬほどの矮躯ながらも波打つ金の長髪に青い瞳は鋭く、その光は攻撃性を秘め。自らが駆る疾風の名を冠するフランスの機械騎士・最新鋭第3世代型機 ラファールに同型の列機11を引き連れて、JIVESの蒼穹を飛ぶ。

 

「クラウツは派手に始めてるわね」

 

管制ユニット内での望遠、網膜投影。

映る視界には小さくもすでに飛び交う火線と日独戦術機の軌跡。

 

「はは、これは着く前に連中にあらかた食べられちまいますかね」

「…どっちが?」

「ご冗談を大尉、少々数は減ったといえどあのセルベール、装備頼りのジャポンのガキ共では鼻っ柱を折られて泣き寝入りでは?」

「……ま、そうなりそうな連中もいるにはいたけど」

 

だがあのしゃちほこばった、正直他とは明らかに見劣りしていたルージュが率いる連中にしても、わきまえてはいるようだった。自隊と他隊とを比した上で、自らの立つ現在の位置というものを。

 

「貴様ら…何度も言うが、油断は禁物だぞ」

「わかってますよ、中尉」

 

隊内通信に飛び交う軽口、少ない古株の諫めもどこ吹く風か。

 

 

リヨン以降にフランス軍は、ニホン軍とは実際に戦線を共にしたことがなく。

そのリヨン戦にしても連中が戦っているところを実際に見た連中は多くない、だから聞こえてくるのは半信半疑の噂程度に尾ひれに背びれに胸びれまでもがついてくるような話ばかり。

 

そんな中で今回の合同演習、米軍の支援下とはいえ前線の自中隊から連れて来られたのは1個小隊がやっと。それも副官を除けばお供は有望とはいえ新人2人、わりに長いこと苦楽を共にし一緒にBETAの返り血を浴びてきた他の面子はこれ幸いとばかりに再編の名の下他部隊の基幹要員として引き抜かれていってしまって、帰還後に呼び戻せるかどうかも望み薄。

つまり残りは他部隊からの選抜合流組になるのだが ― この連中の大方が、少々問題というか気がかりだった。

 

やや年かさの古参衛士は少数で、あとはリヨン以降に実戦に出た「第3世代型機世代」。

連中もちろん腕は悪くなく、素質もあるが一方血気が盛んでやんちゃも盛り。中には自小隊新人のエイス・ダンベルクール両少尉と軌道降下兵訓練生時代に一緒だった者らもいるらしく、彼女ら曰く「腕は、立つ」とのことらしい。

そんな彼らは選抜組の誇りがちょいとばかりに高いうえ、今回XM3への慣熟も明らかに古参の熟練兵らよりも早かったから有り体に言えば図に乗っている。市民階層の出身だからと妙な反骨意識も持ってるようで、命令には無論従うものの態度がいいとは言い難い。

 

 

「よおエレン、どっちが多くJAP落とすか勝負しようぜ。俺が勝ったら一晩つきあえ」

「フン、自分が落ちる心配したら? ジョゼにはコナかけられない腰抜けのくせに」

 

口の減らない女だぜ、との捨て台詞じみた言葉に隊内がはやし立てる。

ベルナデットは平生の隊紀にそううるさくはなく、ここはエイス少尉に一本だったか。

 

 

ともかく「ブレイコー」とやらの舞台として創出されたこのJIVES空間。

晴天に雲も少ないが空間半径は200kmにも及ぶがために、端と端とまではいわないが逆側に配置された西ドイツ軍部隊までは最大戦速でも10分近くはかかる距離。

 

航空無線なら届きもするが――

 

 

「索敵、怠るんじゃないわよ」

「了解しております」

 

そもそもからして ― 今日の昼間のミサイル戦訓練なんて、台本ありの「カタゲイコ」。

 

 

我らが疾風・ラファールの火器管制レーダーはRBE2 ― ユニオン最新鋭のEF-2000が積むCAPTORに比して遜色はないとされるもその方式はPESA。対してオンピアの新鋭機が積んでいるとされるものはJ/APG-1もしくは2で、これらはAESA。

J/APG-2は搭載機含め詳細は公開されていないもののその性能はアメリカのF-18E/Fが積むAN/APG-79を上回るとされ、現行機でこれに並ぶのは米軍仕様F-15E/ACTIVEのAN/APG-82あたりで、凌駕するのはそれこそF-22用のAN/APG-77程度とも。

おまけに大きな声では言えないが、搭載キャパシティの問題から小型化が求められたラファールのRBE2は実際の探知距離はやや短いという欠点もあり…アクティヴ式に発展させたRBE2 AAの配備も間もなくとは聞くものの、要するに現行ユニオン運用機の火器管制アビオニクスでは、日米機に対しての劣後は明らかで。

 

つまるところ。

もし実戦ならユニオンは、サムライお得意の近接戦に移る以前にミサイル戦ですでに不利。

今日の訓練のように向かい合っては40kmでよーいどん、なんてことにはならなくて、使用ミサイルの有効射程に縛られはするものの、遠距離から先に捕捉した方が有利に決まっている。基本有視界戦闘で、戦術機は実際に見える敵を排除すればいい対BETA戦とは勝手が違う。

 

癪には障るがどうしようもない大国たるアンクルサムに次ぎ、オンピアは90年代半ばから進めてきた装備の先進化を半後方国化して以降さらに推し進めてきた。その成果が明らかになりつつあって、しかもAH戦までも考慮した装備がすでに実用化されているということか。

 

 

「大体対BETAの戦果にしても、レールガンとネイビーの支援あっての話だろ」

「ンな楽勝な戦場ならお目にかかりたいね」

「まあ少しは気張ってもらわないとな。1,2機少なくて不利でもかまわんなんて大見得切った手前、結果が散々だったからって明日以降の予定ナシにして尻尾を巻いて逃げられちゃ、なあ?」

 

こりゃダメかもしんないわ…ま、いい薬にするしかないわね。

 

昼間の演習最終戦で、教導のオンピア部隊に勝ち越しを得たのも大きくて。

暴れ足りなかったとばかりに荒ぶる部下らにベルナデットは内心に溜息。

誇らしげに堂々と飛ぶ列機のラファールの姿、今は少しばかりそれが鬱陶しい。負けたいわけでは決してないが、別に番犬共ほど欧州最強とかいう邪魔な看板を背負わされてるわけでもなし。

 

 

ハイヴとG元素とを手中にしたとはいえ。

欧州連合の日米に対しての遅れは、軍事的側面だけに限ってもすでに大きい。

 

 

ユニオンからして極東の島国はあまりに遠い。

半世紀前に東南アジアの権益を失わされはしたがそれ以降は利害の衝突もなく普段はほぼ意識の外の存在で、対BETA戦線でもまるきり逆の東の果て。技術協力などで交流はあったがそれも開発部門の連中に限った話、極論すれば突破陥落蹂躙されてもああまた人類戦力が、くらいにしか思わなかったろう。

一方広大な太平洋を間に挟みながらも前大戦でかの国とは直接かなり激しく干戈交えたアメリカは、その後の短い進駐期間以降も大きくコミットし続けて、紆余曲折あれども今や再度の同盟締結かとも言われるほど。

 

 

東側連中の情報が少ないのもね…

 

あのジョンブルご自慢の女王陛下のスパイのみならず、ユニオン情報部も仕事はしているのだろうが。それでも定説として、西側就中アンクルサムの諜報力よりレッドベアのそれが優れているとはよく聞く話。あの酒好き飲んだくれ共がそう勤勉とはとても思えないのにこと他人様の秘密を探ることに関してだけは内外問わずやたら熱心だと見えて、高度機密を扱う基地なり公館なり軍需企業なり付近で美人を見たら工作員と思えというのはあながち穿った考えでもない。

 

火星でのBETA発見直後の60年代初頭の米ソ間はいつ冷戦が熱戦になるのかとかなり緊張が高まっていたらしいが、今はそのBETAという現実のでっかい課題が存在する以上、いきなりエヴェンスクハイヴを攻略して西側陣営を驚かせ東側盟主の面子を回復したのだから、ソ連はとりあえず当分それで大人しくしていてほしい。

現実的にもG元素確保を急いだがためのエヴェンスク攻略だったはずで、いくら共産主義者共とはいえ突然そのエヌミ・ジュレ 不倶戴天の打倒すべき敵とやらをブルジョワジーからBETAに換えてその蹂躙下に苦しむ東欧友邦のプロレタリアートを解放するとは言ってなかったと思う。実際ソ連は租借なった北米アラスカを本拠とする現在ユーラシアに拡がる広大なBETA領域を挟んで西側に戦線を構築しても維持できるはずがないのだし、東欧諸国軍においては言わずもがな。ボリシェヴィキとCCPの仲の悪さは有名で、現状手を結んでいるのもストレンジ・ベッドフェロウズ ― ゴエツドウシュウというやつだろう。そして原子力と水素燃料電池の発達によりかつて懸念されていたほどまでには依存度は高くはないが、あって困ることもない化石燃料資源の確保を企図して西側に先駆け中東諸国領域を解放してOPECを取り込み、新たなコメコンなどと世迷い言を言うわけもない。そもそもソ連は50から60年代にかけてのシベリア油田の発見と開発によって一大産油国と化していたのだから、BETAによって更地にされてしまった油田やらのインフラを再建するにしたって旧自国領域内の方がやりやすいに決まっている。

 

 

だから普通に考えれば、アメリカのいる側についていた方が得だ。

BETA大戦以前からの友邦なのだし、ことフランスに限っていえば北米大陸に確保した新大陸フランス ― フランス・ヌーベル・コンティネンタルの存在がある。

コミー共がとち狂ってなにかやらかそうともBETA禍で最悪ユーラシアを再失陥することになろうとも、フランセーズが喪われることは、と――

 

やめやめ、柄でもない。

 

ただ剣たれと。

ベルナデットは小さくかぶりを振って、

 

 

「敵機発見!」

 

そのコールに瞬時に心身共にスイッチを入れ替える。

 

「北東120km、6機編隊!」

「データ照合予測…、ゼロです! 来ましたよ!」

「南東にも感あり! こちらは4機…ドゥです、Type-94 シラヌイ ニガタ!」

「ふむ…」

 

南東にドゥ ― ニガタ小隊がいるなら、番犬共と交戦中なのはシュヴァリエか。

連中は隊を分けたのか、同数でやりあおうとかそういう話になったのか? それに宣言通りにミサイルやレールガンの類は持ってこなかったらしい、ならば常道からして中隊全機で反転してドゥ4機を叩いてからの各個撃破が無難なところ、

 

ま、いいわ。

 

ボッシュ共と、オンピア部隊も数を頼みに戦ってないとすれば。

レクリエーションなんだから、乗ってやるのも筋だろう。

 

「第3小隊は南東へ、一当てして探れ。第1、第2小隊はゼロの相手をするわよ」

「了解。第3小隊、行くぞ!」

「悪ィな、ゼロはいただきだ」

「言ってろ」

「でもま、向こうにゃあの女少佐が乗ってんだろ? いい女だった」

「けっこういい歳らしいぜ、東洋人は若く見えるっていうだろ」

「え、そうなのか。騙された」

 

離脱する第3小隊をよそにベルナデットは直卒の2小隊を増速するも、対するゼロの部隊は先に最大戦速だったらしくみるみる距離が詰まる。やっぱ探知範囲で負けてるらしいとげんなりしつつも相手方が高度を合わせる軌道でまさにヘッドオンとなる。

 

「――こちらは日本帝国斯衛軍焔狼中隊分遣隊。仏蘭西軍部隊とお見受け致す」

「英語ヘタだな、なんか堅いし」

「おまけに男か、同じブランシェならマドモワゼル部隊がよかったのに」

「このバカ共…、隊長、どうします? 返信しますか?」

「あー…こちらはフランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊、ベルナデット・リヴィエール大尉」

 

相手はシュヴァリエ ― サムライの末裔。

その名乗りと歴史に敬意を表して家名を名乗ろうかとも思ったが、やめた。

単なる気分の問題で、普段から「隠したがりでも見せたがり」とか陰で揶揄する新人部下らに配慮したわけじゃなく。

 

「まさか交戦の意思確認だとか言うんじゃないでしょうね?」

「よもや其の様な。欧州に名高き貴軍に槍をつけられるとは光輝の至り」

「セビアン! いいわ、かかってきなさい」

「応! 尋常に勝負ッ!」

 

日本機部隊が楔壱型、前衛3機に後衛3機の突撃行。

対するフランス軍機は2個小隊8機のところ、号令自体をかけはしたもののまあ好きにやんなさいとばかりにベルナデットは副官機と共に距離を取る。

 

正直言って、わざわざ自分が「やりたい」のはあの新兵候な連中じゃない。

ブランシェ・クロの部隊機だったらともかく、ルージュの部下なら機体性能差コミでもウチの跳ねっ返りどもでもなんとかなるはず、丁度いい訓練相手になるだろう。

 

そして始まる空戦模様、手綱離れを察した新人連中、我も我もと好き勝手な機動を描く。

 

「隊長…」

「いいわ、少しやらせましょ」

 

諫めるような副官の問い、その応えに前に出ている少しの古株衛士らもその気になった。

 

 

そして副官機とロッテで遊弋するベルナデットは観戦よろしく。

思ったよりやる、彼我共に。それが百戦錬磨のリヴィエール大尉の最初の感想。

 

 

とはいえジャポン連中が日中の演習で手を抜いていたのは間違いないようながらもこのルージュ麾下の部隊機に限っていえば、その隠した力の上昇幅もほぼベルナデットの見切り通り。よく訓練はされてるようだしよもやサンピンヤッコの下っ端サムライとまではいわないが、最精鋭とは言い難い。

いくら噂に高いシュヴァリエとはいえ化け物ばかりでないのは当然としてもユニオン各国の精鋭らに比べれば明らかに一段落ちる、どうしてこの程度の連中が混ざっているんだろう。オブケサマの子弟集団で戦歴の箔付けかなにかだろうか。

 

ともあれ自由戦闘じみて相対する両軍で、我が軍側が押し気味だが――

 

「やはり近接戦は危険ですか」

「ま、両方の意味でね」

 

その気になったか大鎌フォウを振りかぶって間合いを詰めた新人一機、しかし一合二合とゼロに受けられ去なされた挙げ句逆撃を受けて落とされそうになり。

その危ういところを乱戦の中でもなお連携を崩さなかったエイス・ダンベルクール両少尉に救われた。そして突出した形になったそのゼロをすかさず古株が直撃する。撃墜。

 

「ユニオンじゃ近接兵装なんて個人技の範疇でしょ、体系的に訓練してるとかいうジャポンと正面からサシでやっちゃ…まして相手はシュヴァリエよ」

 

 

アメリカのCIWSでもユニオンのBWSでも、対BETAの近接兵装といえば基本一撃必殺・一撃離脱を期したもの。おまけに実戦で運用自体はするにしてもそれを主とする衛士はけして多くはないため、訓練にもさほど時間は割かれない。

対してオンピアは兵装にも戦術機にもその連続使用が前提として考慮設計されていて、衛士もまた結果としての得意不得意はあれど基礎の段階からその扱いを訓練すると聞く。それになにしろ近接戦に慣れた衛士で第3世代型機の瞬発力なら、300mの距離を詰めるのに2秒かからない。

 

そして実際のところ ― リヨンで一緒に戦った経験と、映像資料で見た限りでも。

同じシュヴァリエ部隊でも、あの本物の手練れ連中相手だったら今頃新人共は揃って輪切りのナマス斬りにされている。

 

 

「ただそれにしても離脱時の支援は不可欠ですか」

 

副官の指摘にそういうこと、とベルナデットは鼻を鳴らすも。

 

しかしその撃墜でゼロ部隊の動きが変わった。

小隊もしくは分隊行動が顕著になり、それがさらに守勢を強めて。

数的有利にかさに掛かろうとしたウチの連中がやや攻めあぐねる様子。

 

新人共も戦果にはやる一方で、思考停止で何度も突撃するほどまでにはバカじゃないらしく。AH戦での空中機動でそう動けばそうそう剣が届く距離にはならない、向こうは狙ってもいるようながら守勢がゆえに主にこっちの迂闊なアホの突出へのカウンターとして構えているらしい。

 

「手堅く来られると厄介ね」

「基本に忠実ですね、やはり低中速域での運動性はラファール以上ですし…」

 

突撃砲戦、間合いは両軍500m程度か。

飛び交う砲弾、曳光弾混じりの連射で火線を描く36mmと時折混じる120mmの各種弾。

それらがJIVESの蒼穹に乱れ飛ぶ中、同時に再現される発砲音に爆発音が計11機の戦術機が上下左右への三次元機動を繰り広げて発する跳躍ユニットの轟音をさらに彩る。

 

先の人類同士の大戦の後、冷戦期に入り。当時考案されていた超音速戦闘機が20mm機関砲弾最大1000発未満にミサイル等換装用兵装が最大8発程度・対地重攻撃機でも30mm機関砲弾1200発前後にパイロンが10箇所程度であったのに対して、現代の戦術機は36mmは2000発*携行弾倉12程度に120mmが6発*同4と圧倒的な継戦能力。

 

しかし ― あるいは、それゆえに。

 

「わかっちゃいたけど当たんないものね」

 

両軍機からハデにばら撒かれる砲弾を目に、小さな身体の小さな顔の、小さな口からため息を一つ。

仮想空間での座興の範疇といえばそれまでながら、豊富な装弾数をそう高くない命中率で撃ちまくられては実戦だったら補給担当は頭を抱えたくなるだろう。

 

「戦術機の元々の要求仕様が地を這うBETA相手の照準能力ですから…このXM3で底上げされたとはいえ、それは回避性能も同様です。大尉のように機動戦の最中に複数目標を狙い撃てる衛士ばかりでは」

「私は射撃は得意だけど狙撃はそうでもない、それに上には上がいるわよ」

 

たとえばヨコハマUNの「トランセンデント・ミラージュ」とか、とベルナデットは追従混じりの副官の言葉に肩を竦めた。

 

たとえて言えば、50m離れた人間同士が自在に空飛びながら銃を撃ち合うようなもの。

加えて第3世代型機が纏う耐熱対弾装甲は比較的薄いとはいえ高強度のスターライト樹脂。それが両軍機共に曲線的なデザインにより傾斜装甲となっていて、ある程度の距離さえあれば散弾は元より36mmに対してもそれなりに有効に機能しているらしい。

 

「120mmに近接信管搭載弾が欲しいところです」

「ま、その辺はボッシュ共の57mm含めてこれからね。対BETA前提だと120mmでも大型種相手は直撃しないと殺せないのに、コスト高で破片ばらまくだけの弾なんてキャニスター使うか36mm撃っとけって話よ」

「何に使うか説明できませんからね…」

「でもこれじゃ敵軍機1機落とすのに何発必要なのかしら。その1発で戦車級1匹殺せるんだから無駄の極みね」

「ごもっともです」

 

砲撃精度を上げる近道といえば止まるか。近づくか。

しかし止まれば相手のいい的になるし、近づきすぎればカタナの餌食。

 

まあ起きてほしくもない実戦では、そうそうこんな乱戦などにはならないはずだが。

 

「現行装備でなら遠・中距離のミサイル戦のあと用に、ヤンキー共の海兵よろしく多弾ランチャーでも担いできた方が早いかもしれません」

「それだと運動性も機動力もガタ落ちよ、場合によってはAAMともバーターになる。併せて爆装すれば航続距離も心許ないし、出会い頭で撃ち切り投棄するにしたってその後は丸腰?」

「有視界戦闘用に小型のSRAAMなりが実用化されたとしても…結局は、数を揃えてきた方が有利なことには違いありませんな」

「そりゃそうよ。質で数を補うなんて、そうそう都合良くはいかないわ」

 

その意味ではけして悪くない目の前の戦況 ― とはいえいただけないのは守勢に回ったあちらが運動性に優るのだから、こちらは素直に編隊行動で一撃離脱を繰り返せばいいところを一部連携があるとはいえてんでばらばらまさに尾を追うドッグ・ファイトを続けるところ。

 

「ってもま、見えたわね」

「は。もう1機でも落とせば――」

 

ベルナデットが古参の副官と共に戦闘の流れを見切ったとき、変わらず連携行動を続けていた2機がわずか動きの鈍ったゼロを捉えて撃墜した。

 

「ほう、またダンベルクールとエイスですか」

「まったく、手元に残ったのがあのふたりだったのは不幸中の幸いだわ」

「……大尉につけられた鈴、という可能性はないでしょうか」

「さあね」

 

気を回す副官には、また肩を竦めて。

あのダンディな上院議員のセンセイは、前線に出した娘を広告代わりに使う程度には腹も据わってて政治屋だけど、死なせて美談にしたいと思うほど下種かどうかまでは判らない。都合良くも馴染みの同期とくっついてやって来たのがまるで偶然とまでは思わないにせよ。

 

「ま、腕が立つならなんでもいい。それでシュヴァリエは当てがあっての防戦だと思う?」

「そうとも限らないのでは。なにより当の部隊長ご自身で戯れと言っていたほどですし」

「かしらね…」

 

若年者ばかりのオンピア教導隊、アジア人は若く見えるとはいうもののその中でもこの連中はとりわけ若かったような気も。

実力にも戦歴にも劣るというなら、本当にレクリエーション兼ねての腕試しとして参加しているだけの可能性も確かに高い――が。

 

「こちら第3小隊、接敵します」

 

南東へ100km以上、分遣した第3小隊からの通信。

ベルナデットが了解の応答をした、その30秒後から。

 

「おっと、こいつらも速いな」

「概算予測性能を上方修正しよう」

「たは、こりゃまたほとんど負けてる、頼むぜダッスォーの技術屋ども」

「言ってる場合か、当たらねえ、ぞ…っ」

「うわ食いつかれた! …こ、こいつ速…っ、なぁ!?」

「ジャン・ルイ! ――がッ! く、糞っ」

「く…! 隊長、すみません援護を――うお!」

 

――!

 

あっという間に3機。そして今、最後の1機も。

 

JIVESでは搭乗衛士にG負荷に被弾含めた衝撃程度は感覚欺瞞で伝達するが、衛士本人に被害が及んだ場合の痛覚までは再現しない。撃墜された衛士は断末魔の悲鳴ではなく悪態を残して退場となる。

 

「隊長!」

「遊んでる場合じゃなくなったわね…各機!」

「了解!」「了解っ!」

「ち…、了解です」

 

状況は前で遊んでた連中も断片的にでも把握していたはず。高機動中でもそれくらいできなければ選抜部隊にはいない、しかし歯切れよい応答は例の二少尉で跳ねっ返り共は少々不満気味。とはいえ命令遵守が最低限、時間切れなのは自分たちでもわかったろう。

 

ゆえにベルナデットは単機、やや高度を上げ。

 

「ルー・ド・フラム諸君、貴官らの奮闘に敬意を表するわ。でも――」

 

入り乱れ気味の中・近距離戦から離脱して編隊を組む列機が6、追ってくる火線を回避しながらのそのスムーズさは精鋭の名にも相応しく。そしてその部下らと入れ代わりざま、

 

「――ここまでよ!」

 

フランスの竜騎兵はラファールを奔らせた。

近接戦には要注意、質で数は補えない。その前言を自ら翻すが如く――しかし。

 

「! 来たぞ!」

「大将機か!?」

「迎撃っ!」

「了解!」

 

向かうは4機編隊、火器管制レーダーロック検知と共に間髪入れず伸びてくる火線。

 

「たしかに腕は悪くない」

 

ベルナデットは臆することなぞ微塵もなく、青い瞳を闘志に光らせ。

 

「でも近接白兵戦の間合いが――」

 

若武者らの遅滞ない編隊の挙動、しかしそれは練達の衛士から見ればやはり杓子定規的。

 

「剣の独壇場じゃないってことを――」

 

変わらず向かってくる火線、それらが狙い描く軌跡のそれぞれの「先」を読み。

ラファールの跳躍ユニット・S88が咆哮し跳ねるが如きの挙動で躱してのける。

 

「突っ込んでくる!」

「剣の間合いにか!?」

「怯むな、前衛抜刀!」

「応!」

 

そして手に手に取られたカタナ、迎え討つ形でわずか動きが鈍った前衛2機、それを見逃すはずもなく。後衛からの遮蔽に使いつつ数瞬後には振りかざされて振り下ろされるだろうその間合いを見切った上で。

 

「教えてあげるわ!」

 

眼前での急上昇 ― 忙しなく動き回るベルナデットの眼球が4機のゼロの胸部と頭部を捕まえる。そしてカタナを握る前衛2機のみならず、突撃砲を上へ向けようとした後衛2機へもすべての砲口が狙いを定めて火を吹いた。

 

錐揉みからのバラージュ。

 

「な――」

「うわあ!」

「そっ――!」

「馬鹿な!」

 

36mm HVAPで撃ち抜かれ、120mm APCBCHEが着弾浸徹爆発し。

 

「銃は剣よりも強し――」

 

掲げた両主腕に牙剥く2門、展開した兵装担架に貫く2門。

 

「こ、これが仏蘭西の撃墜王…」

「『前衛砲兵』…」

「『四丁拳銃』か…!」

「すまん清十郎…しかし――」

 

突撃の勢いのままに小跳躍し、あたかも宙に着地したかの如く一瞬静止し大小都合8箇所の砲口から細く白煙を棚引かせるラファールの背後、

 

「――御美事也!」

 

4機のゼロが同時に頽れ火球へと変じた。

 

「オ・ルヴォワール。死が舞い降りねばまた会いましょう」

 

それは互いに。

言い置いたベルナデットはそして、すぐさま部下を糾合した。

 

「次よ! 油断は禁物、全力で行く」

「了解!」

 

号令一下、計8機のラファールが虚空にて傘壱型。即座に戦闘速度へ増速。

レーダーにはすでに映る敵小隊、菱壱型。しかし実際はまだ遠く ― 互いに長物がなければ120mmでも最大射程は3000mほど。

最大望遠でベルナデットも確認、暗灰色の塗装に右肩部には白縁の赤丸 ― ヒノマル。

 

詰まりゆく相対距離、ほぼ同高度。

さすがにもう静かになった隊内通話。

 

そして射程に入った隊の一斉射寸前、日本機が全機散開した。

 

「たしかに動きがいい」

「隊列を崩すな、中低速の格闘戦に持ち込まれたら不利だとはわかったでしょ」

「了解」

 

鋭い増加速により、機体各部の翼端で紺碧を裂いて。

日本機部隊はこちらが放つ36mm中心の10を超える火線を危なげなく躱してのける。

 

そして交錯、数秒前まで日本部隊がいた場所をラファール8機が駆け抜ける。

 

 

舞い飛ぶドゥ ― ニガタはおそらく、前衛2機に後衛が2機。後衛は回避重視か牽制射撃、そして前衛のうちでも突撃砲1に追加装甲の機体はやや守備的だが主腕に突撃砲1長刀1の機体がより攻撃的で ― こいつが、よく動く。明らかに小さい旋回半径、しかも高速。

 

もしかしてあいつ?

 

以前、リヨン後にドーバーで会った衛士。

「巨大種殺し」なんて大仰な名前のわりにただのチビなのねと、ごく当たり前の感想を述べたら目を真っ赤に血走らせて絡んできた短気な男で、今回も来ていたが ―

 

 

「反転してしかけるわよ! 全機目標を集中、前衛の盾持ち!」

「了解!」

「食いつかれても加速で振り切れ! 入り込まれると数の有利が――」

 

――!?

 

ぞわり、と。

 

促そうとした瞬間、ベルナデットの背筋に怖気が走った。

 

 

耳元に、なにか。

牙剥く獣の唸り声。生暖かな呼気と共に。

 

 

「ちぃ…ッ…!」

 

その悪寒に逆らわず愛機ラファールをひねったその直後、胸部管制ユニットがあった空間を背後から正確に3発の36mm弾が貫いていった。

そして――

 

「ほう…いい勘をしているな」

「!?」

 

ノイズ混じりに、混線した無線の向こうから。

つい先程記憶野に留めたばかりの女の声が。

 

そして再び、火線が閃く。36mm。

 

「な!?」

「ぜ、06被弾!」

「ぅわッ!」

「撃墜っ!?」

 

隊が反転を終えたその瞬間。速度が一番落ちた時。

一閃目の数発が命中するや姿勢が崩れたそこに、間髪入れず襲いかかる二閃目の連射がかろうじて初弾に耐えた装甲を無慈悲に食い破った。

 

「っ…!」

「だが部下はさほどでもない、空中に離脱すれば追っては来られんBETAとは違うぞ」

 

注意が散漫だ、と。

後衛2機からの狙撃 ― ナイスキル、コマキと聞こえた。

 

FCSに反応なし!? そうか、1機目の命中弾諸元をデータリンクで送ってるの!?

 

であれば強化されたCPUならではの高速処理か。

そしてベルナデットは後方視界に垣間見る、高Gの大旋回を続けながらもこちらを狙い続ける突撃砲口。後衛2機のそれらはたしかに、ややロングバレルのものにも見え――

 

「そして速度が落ちれば斬り込まれる」

「! 全機散開ッ! 逆包囲!」

「りょ、了解っ!」

 

急加速で迫る1機 ― いや、その背後にももう1機、前衛のニガタが突撃してきた。

古株の衛士らは動きも巧みで、跳ねっ返り共らも木偶ではない。しかしその彼らを上回る速度と機動、そして連携で瞬く間に第2小隊の1機が捉えられた。

 

「糞、速ぇ…! 振り切れない!」

 

その追跡劇はわずか数秒、軌道を読まれたか追われた列機は回避先を火線で塞がれそこを背部に36mmを叩き込まれてあえなく撃破されてしまう。

 

「いただきっ」

「ぐ! ち、くそ…っ!」

 

そしてそれ以上の深追いはせず、前衛ニガタは揃っての乱数機動で退避していく。

それを追おうにも後衛2機からの狙撃火線が襲い来た。

 

加えて今しがたまたノイズの向こうに混じった声。

今度は男で ― 間違いない、あいつだ。

 

「メールド! そいつはプチよ、気をつけろ!」

「プチ!? 『チューリ・デ・ジャント』ですか!?」

「そうよ!」

「プチ? プチってなんだ?」

「ッ、…、……」

「え、駒木大尉、なに笑ってんスか!」

「あ、あの、その、知らなくていい意味かと」

「なによ英語も満足にできないの、petitはrunt、イッツミーンズ・スモール・ピーポっ」

「ああ、スモー……あ゛ぁ゛!?」

 

思考制御から自動走査。合わせられた周波数帯、ノイズ越しの会話がクリアに。

隊内通話に混ざった通信。

 

「っの……、これはこれはこれはこれは、どなたかと思えばベルナデット・ル・チビレ・バ・カ・リヴィエール中尉ではありませんか」

「ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエールよ、人の名前も覚えられないくらい低脳なの? 脳の容積が少ないの? 仕舞っておく場所も小さいの? あと今は大尉だから、気をつけろ中尉」

「ぐ…!」

 

音声のみで悪態を交わし合う。

地位や身分に関係なしのブレイコーとはいえ、初対面の際その戦歴に敬意を払って名乗った家名をもじって寄越して。こちらはそちらの昇進にも気づいていたというのに、本当に失礼な男だ――

 

 

――が、腕は確かで。

 

 

「各小隊長は部下を統率! 手強いぞ、数は忘れろ!」

「りょ、了解!」

 

ベルナデットは再度殺気と共に襲い来たスリー・ラウンド・バーストをすんでで回避、部下をさらに叱咤糾合する――一方。

 

「本当にいい勘をしているな。…篁中尉に殺気が見えすぎると言われたのはこれか」

「あの人もあの人で大概ですからね…」

「しかし電子的に再現するにすぎないJIVESでもわかるのか…蓄積した経験を元に音や空気や事象の推移の綜合を雰囲気として捉えるものかと思っていたが…『極小時間先行する並列世界の並列存在から極々近未来の事象を無意識下に受信している』か、なるほど」

「? なんです?」

「いや、私にはない才能だと思ってな。ま、やれることをやるだけだ――駒木」

「は。龍浪千堂、続け!」

「了解っ!」

 

余裕すら感じさせる日本語のやり取りの中。

 

それを尻目に中隊残存機を率いて高度を上げたベルナデットは、その部下らに一撃離脱と目標集中を厳命して再度の突撃行へ――しかし水平方向にやや広く展開した4機のニガタはその肩部からなにか小型の射出物を連続で撃ち出すと、空中でそれらはさらに分割されて――

 

「なに――、! しまった! スモーク!」

 

射出されたRPスモーク・グレネードは1発あたり36個のペレットを放出し、水平方向に5000m近く・上下方向に200mほどの赤い煙幕空間を形成する。

それが1機あたり4発以上戦闘空域にばらまかれ、一挙に悪化した視界の中へとベルナデット率いるフランス隊は突っ込んだ――というか、取り込まれた。

 

「クソ、見えね――うわッ!」

「野郎…っ」

「バカ撃つな、味方に当たるぞ!」

「汚ねえ手使いやがって!」

「赤外線が効かん、赤リンか!?」

「レーダーは生きてる!そいつで――がッ!」

「構わず突っ切りなさい! まっすぐは飛ぶな!」

「りょ、了解っ!」

 

やってくれるわ…!

 

見えない敵から襲われる恐怖を怒りと闘志で押し潰し、ラファールを加速するベルナデットに追随して下方へと煙幕を抜けたのは――3機。

 

さらにそこへ待ち構えていたとばかりに襲い来た火線をなんとか回避し残存機を連れて回避機動に入ると、その後を追うようにして煙幕空間から抜けてきたのは撃墜判定とされたか力無く地表へと落下していく1機の味方機。

それが胸部付近・管制ユニット近辺を鋭く損傷させられているのをベルナデットは見逃さなかった。

 

「刀傷…!」

 

追随脱出機のうち副官を除いた2機は新人組、例の二少尉。

やはり思った以上の拾いものだったという発見と、落ちて行く機体は大鎌フォウを抜いていて、その反応自体は悪くなかったが。

もしかしたら初撃は止められたのかもしれないが、次が捌けなかったのだろう。

 

「強引に白兵戦…昼間はやらなかったのに」

「こんな戦術見せられたらミサイルだけに集中できないでしょ」

 

それにしても、4機相手にやられっぱなし。

屈辱に内心歯噛みするベルナデットは鍛え直しだと心に決める――自分も含めて。

 

そして赤い煙幕は地表での使用ならもっと長時間保つのだろうが、仮想の大気でも空戦機動でかき回される判定となり急速に失せていく。

煙幕の類は過去光線属種の照準対策にと試されたこともあったらしいがほとんど効果が確認されなかったがために、現在対BETA戦に使われること自体がないが――

 

「…ずいぶん手段を選ばない戦いをされますね、メイジャー」

「1小隊で元は中隊が相手だ、それくらいはする」

 

大きな回避軌道の最中、無線に語りかければ。

薄れていく赤の幔幕の向こう、無造作に突き出したカタナで列機ラファールを串刺しにした姿勢のままのニガタが滞空していた。

第3世代型機が比較的軽量とはいえ2機分の重量を支えるとは跳躍ユニットの高出力もさることながら、噴射炎の様子からしてほぼ最大出力だろうその状態でほぼびたりと静止状態を保つとは衛士の練度もうかがい知れる。

そうして待ち伏せ、再突入してくれば襲うつもりだったのだろう。突き刺した敵機の残骸を盾にして。

 

「まして我々は斯衛ではないのでな、武士道なんぞとも無縁だ」

 

質量ゆえに血払いが如く速くはなく、ゆっくりと。

カタナが斜め下へと下ろされると、とうに撃墜判定されていたろう友軍機が落ちていった。

そして隊長機と同じく煙幕内に残っていた1機と、先に素早く散開して煙幕外の支援位置へ就いていた2機 ― 脱出時の射撃はこいつらか ― とも合流するとゆったりと編隊を組み直す。

 

「しかし貴様ら、予想以上にAH戦には慣れていないのだな」

「そりゃ、もう20年も前に旧東側盟主国サマが東西に分断されて以降、喫緊はBETAの脅威でありましたので」

 

 

BETAと戦いながら仮想敵国との交戦にまで気を割いていた ― 割くこともできていた、極東の島国とは違う。実際のところニホンは近年になるまでBETAに本土を侵されてはこなかっただろうが、欧州は70年代から陸続きで奴らと戦い続けてきた。

 

死守すべき防衛戦はあまりに長大で、明後日あるかないかもわからないAH戦より明日BETAを殺せる衛士を養成することこそが急務。

まして熟練衛士が多く喪われてしまったリヨン戦以降、新人らにも対人戦闘訓練を模擬戦等で行いはするがあくまで二の次三の次という優先度。ゆえに衛士の優劣を決めるのは、主に対BETAでの実戦なり演習なりのスコアによるというのが主流の考え方。

 

 

「なるほど。貴様らからすれば笑ってしまうような短い期間だが、私は大陸での作戦経験もあってな。欧州の広大さも島国育ちの我々の想像の埒外、隊の連中も今回の任に就いてそれを痛感しているよ」

「ハイヴ南の防衛線は…」

「スオムッサルミ拠点で東西200kmだ。ソ連領を抜いてその距離、我が国にしたら本州を縦断する距離を2個連隊で守れと来た。帝国軍司令部なら頭を抱える程度では済まんな」

「恥ずかしながら、それがユニオンの現状です」

 

ベルナデットも編隊を組み直し、オンピア隊とは一定距離を保っての円軌道 ― 数は同数、しかしどうにも獲物を見定めるイヌ科の肉食獣に周りをぐるぐる回られている気配が拭えない。

 

 

避退国家化したかつての列強の疲弊ぶりは、外面こそなんとか取り繕っているだけでその実情は相当に深刻。アフリカ諸国を搾取していると批判されようともそうしなければ対BETA戦線の維持もおぼつかないから、それにユニオンの敗退と防衛線の崩壊は戦力的には弱小なアフリカの死滅とほぼ同義。

 

国土失陥により喪失した財と人口はそのまま国力の減少に繋がるのに、軍備のための税にしろ人手にしろその減った人口から徴収せねばならない。その事情は東欧社会主義同盟とか名乗った連中もまるきり同じかよけい悪くて、正直沈みかけたボロ船に乗り合わせた者同士。少ないリソースを奪うため同乗者なんて海に突き落としてしまいたいがそうすれば漕ぎ手が少なくなる、そうして軽くした方が陸に辿り着きやすいのかもしれないけれどその正解は誰にもわからない、そういったジレンマに近い。敵たる衛士を一人殺せば自国の勝利に近づくだろうがそのぶん殺せるBETAも少し減るのだ。

 

そんな中でも旧東ドイツ陥落直前には内部組織同士での権力闘争による内戦めいた交戦が戦術機を用いて起きたらしいが ― それも局所的な話で、人死に自体は難民の暴動などで引きも切らないとはいえ戦術機まで持ち出しての人類同士での実際の戦闘行動など、他にはテロリスト相手などの軍の全体からすればごく小規模な戦闘が散発的にあるのみ。

 

 

だからリヨン東の防衛線で一緒だったアンクルサムのマリーン共から「アーミーのガールスカウト連中はステイツでドール・プレイばっかだぜ」と聞いた時には、呆れたし腹が立ったしでも少し納得もした。ああ後方国だ、先々もしくは至近だとしても攻めてくるのは人間だもの、と。

 

 

「なるほど、では今回の演習は有意義なものになりそうだな」

「お互いにそうありたいと思います」

「ふ、その意気や佳し。伊達ではないな、『四丁拳銃』――」

 

廻る獣の戦気が膨れた。

 

「来るぞ! 最大戦速、上昇ッ!」

「了解っ!」

 

ニガタ4機は再度のダイヤモンド。

反応したベルナデットはそれを振り切るように隊機を率いて上昇をかける。

機体の運動性能と衛士の練度で劣るのに空中格闘戦などやってられない、だが加速上昇力なら負けてはいない、そして――

 

「やられっぱなしってわけにもね…!」

 

最大速度での上昇中 ― ベルナデットのラファールはバラっと四肢を拡げて宙返り、急増大した空気抵抗の中兵装担架も同時展開大減速。両脇を駆け抜けていく列機らをよそに追いかけてくる日本機へと向き直り、忙しく動き回る眼球がその4機共を捕捉した。

 

「――Fue!」

 

フルオープン・ファイア。

伸び行く36mmの火線、混ざる120mm砲弾。それぞれが4条。

ぱっと散開するニガタ4機を止まらず動き回る眼球が捕捉し続け、その視線照準に応えた愛機が銃身を追随させていく。

 

「ほう」

「うはっ、やっべ」

「ちぃ…っ、千堂、120mmの回避を優先しろっ」

「了解! くっ、このっ…」

 

滑るように ― その実偏差射撃を外すべく軌道を変化させながら ― 回避するジングウジ少佐機、飛び跳ねる如く急機動のプチ機。そして残る2機はその追加装甲装備ゆえか ― といってもユニオン汎用のDS-3 シェルツェン系譜のものよりは流線的で空力的に優れそうだが ― 衛士の技量か、高G運動にはやや劣るのか回避に加えてまさに手にしたそいつを掲げて凌ぐ。

 

そしてそこへ間髪入れず反転した列機ラファール3機が、さらに高度を速度に換えて突撃をかけた。

 

「これで……っ、かわすっ!?」

「しくじりました、隊長っ!」

「全速離脱、援護する! 終了時残弾40%予想!」

「了解、隊長マガジン必要なら言ってくださいっ!」

「頼むわ!」

 

その余裕があるかはともかく、生き残った古参副官にも劣らない動きのエイス・ダンベルクール両少尉。

急加速の機動で位置を変えつつ銃身の冷却もするベルナデットの指示に従い、続けて再度の突撃行。狙いを先と同じ1機に。

 

「! ちぃい…っ!」

「駒木大尉!」

 

ついにわずか動きの鈍りだしたそいつを捉え、追加装甲ごと片腕をもぎ取った。

空力学的合理性をつきつめたオンピア機、一挙に落ちた運動性のその瞬間を逃さずダンベルクール機がとどめを刺すも、離脱の殿を務めた古参機が残る3機からの逆撃を一身に受けて爆散した。これで4対4から3対3。

 

「やるな、あの制圧射撃は厄介だ。複数目標をしかも高速機動しながらとは、よほど空間認識力が高いのか」

「避けてりゃ弾切れになりませんかね」

「おまえ1人で残る連中の突撃を受けたいか? 駒木が落ちた分、1機あたりの火線の密度も増してくるが」

「は! 浅慮でした!」

「こちらも攻めるぞ、貴様らで奴を落とせ。残る2機は私が足止めする」

「ですが少佐殿、あの2機もかなり…」

「心配するな千堂、逃げ回れば落ちはしない。伊達に特殊装置どころか第3世代型機なんてものが世に出る前から戦場にいるわけではない」

「おお! さすが年の功っすね!」

「……」

「た! たたた龍浪中尉…!」

「ん? どうし……はッ!?」

「…タツナミチュウイ。エンシュウシュウリョウゴ、ダイタイチョウシツマデコイ」

「ひ! ひぃい!」

 

日本語でのやり取りながら、なにか地獄の底から来た死神に死刑宣告を受けた馬鹿がいるような。

ならばとこちらも回避機動中母語での作戦会議、カナダ出身のエイスも不自由はないはず。弾倉内の残弾には惜しまず全砲のマガジンを入れ替える。

 

「どうやら向こうも決着をつける気のようね」

「大尉を狙うんでしょうか」

「いい読みだわダンベルクール少尉。ま、受けて立つわよ」

 

まさか「ニンジャブレード」の前にこんなご馳走があるだなんてね…

 

オードブルにしてはちょっと重いが、ポワソンの前にセテボンというわけにもいかない。

誰が出てくる。プチか、「ラビドリー・ドッグ」か。それとも2機でか。

だが残る盾持ち1機では、二少尉の攻勢を凌げまい。とすれば――

 

「分担よ。『金星』はくれてやるから2人で狙いなさい」

「はッ!」「了解です!」

 

問題は、私があの妙に息の合ってる2機を仕留められるかどうかだけど――

 

4機相手に9機も失う無能な指揮官、その誹りも免れ得ない。

そう弱気になっている己を自覚し、しかしベルナデットは吐いて捨てた。

 

銃は剣よりも強し――見せてやるわよ!

 

「行くわよ!」

「セ・オケ!」「ダッコー!」

 

上昇軌道から3機揃って翻し。

瞳の色に違いはあれど、同じく揃って金の髪を靡かせた。

 

「ア・ラタック!」

 

ぱっと両脇に散った列機、その中心からベルナデットは全砲門を開く。

狙うはこちらへ向かう2機、突撃砲にカタナのプチ機に追随するのが突撃砲と追加装甲。

 

そして交錯する互いの前衛2機は気配での牽制だけして高速ですれ違った。

 

「本気でいくぜ!」

「手加減なんてしてないでしょうが!」

 

実はそれぞれ違う言語で。

だが言ってることは大体解り、ベルナデットにはその意図すらも。

 

ちぃ…ッ!

 

ニガタは揃って銃身加熱も弾切れも無視で突撃砲を連射しながら左右へと散開、回避のために小刻みの機動を入れつつ大きく動くベルナデット機。しかしその主腕はともかく兵装担架の横への展開角度は限定的で、残弾はまだしも残余の射角がもう――

 

読んでるわよ!

 

ダウンワード展開して脇下から覗いていた2門を背後へ跳ね上げ。

高速で回頭したベルナデットはカタナ装備の ― ブチ機を向いた。背後の盾持ちが機動で劣るのは折り込み済み、牽制程度なら自律稼働射撃でもなんとか。

そしてラファール両主腕2門の顎が追う、乱数回避のプチ機ニガタは同じく36mmをばら撒き。だがお世辞にも狙いがいいとはいえない、それを補うがためか混ぜられた120mmはCSながらその程度は多少当たったところで、

 

「散弾じゃあね! それにばら撒きゃいいってもんじゃないわよ!」

「だよなあ! 千堂少尉!」

「了解!」

 

背後の盾持ちが上昇する、ベルナデットの空間識はそれも捉えて思考制御が自立稼働の兵装担架へと指示、射撃しながら追随する。単純な縦機動のため弾速の遅い120mmはともかく36mmでなら――

 

――盾!

 

弾かれはせず突き刺さるHVAP、表面に配された六角形の指向性爆薬いくつかを損壊させるがしかし可塑性爆薬のそれらは誘爆もせずまた装甲の貫通にも至らず。

そしてやや斜めへ上昇を続ける盾持ちの位置はすぐに兵装担架・ガンマウントの仰角限界を超え、それを補うがために突撃砲保持パイロンを支えるアームが伸長するも、

 

横の射角と ― 強度、照準!

 

逃げていく目標、そして機体自体の機動の負荷に連射の反動。伸びた細いアームの可動域限界とブレる照準に散る弾道。

一方単純機動の盾持ち機からは狙いをつけやすく――

 

「チッ…!」

 

そして回避を選んだベルナデットは、詰みを予感した。

 

「もらったぁあ!」

「く――!」

 

撃ち切り加熱した87式突撃砲を放り出して。

ベルナデットが回避がために制圧射撃が緩んだ前方、やや回り込み左10時の方向から響の弐型が突っ込んだ。

振り下ろされる右主腕の74式近接戦闘長刀、しかしなお諦め切らないベルナデットのラファールは左主腕を掲げて鋸刃状の腕部スーパーカーボン・ブレードでその一刀を受け止めた。

 

「げっ…」

「ハッ」

 

プチの剣術とやらの腕前自体はさほどでもないらしい、聞こえた間抜けな声にベルナデットは笑みを返すも寸断こそは免れたものの愛機左肘部からはごきりと重い音、網膜投影のステータス内左主腕が赤く染まった。

しかし互いに深く食い込みあったブレードを外す暇を与える気はなく、

 

「残念だったわね!」

 

残る右手腕の突撃砲、ほぼ零距離だがかまいはしない。

36mmの連射を叩き込んで沈めんと――

 

「柚香!」

「響っ!」

 

だが後背頭上から投擲されたそのなにかもベルナデットの空間識は捉えた。

速度も大したことはなく、ある程度の余裕すら持ちつつほんのわずかに逆噴射後退、無論背後への射撃も継続しつつ。だがその一瞬後眼前に降ってきたのは――追加装甲!?

 

「ちぃッ!」

 

わずか遅れてベルナデットが放つ36mm、そこに刹那の判断で自機への被害も承知で120mm APCBCHEを加えるもしかし――発射後モーターケース内の固体燃料にてロケット推進を得る構造上、初速は遅く至近距離では浸徹力も限定的。さらに下から跳ね上げられて角度のついたなめらかな追加装甲の表面を弾体は半ば滑るようにして後方へ飛んでいった。

 

そしてなにもない虚空で爆発、距離からさしたるダメージにもならず――

 

「これで!」

 

そのまま弐型の跳ね上げる追加装甲はラファールの右主腕FWS-G1突撃砲を打ち上げ、その先端部のドーザー・ブレード付近が銃身に直撃。衝撃に反応した追加装甲下部6個の指向性爆薬が起爆、

 

「どうだ!」

「ぐぁ…っ!」

 

さらにそのまま響機は後退するベルナデット機へ体当たりよろしく突撃。同時に叩きつけられた追加装甲上部11個中生きていた4つの指向性爆薬が一斉起爆、その威力はラファールに深刻な損傷を与えていた。

 

外部カメラが、死ぬ!?

 

腰部スカート内の格納弾倉に誘爆するようなことはなかったが、巨大なハンマーで殴られたが如き衝撃にベルナデットは機器類が激しく明滅する管制ユニット内コネクトシートごと揺さぶられた。機体ステータスはほぼ真っ赤、かろうじて動く右主腕の突撃砲はしかし先の打撃と爆発でやられて使い物にならない。

 

「ッ、ピュタン――!」

 

動かなくなった左主腕はカタナが食い込んだままで弐型に捕まえられベルナデットは、

 

「ドゥ・メールド!」

 

悪態をつき右主腕前腕部の鋸状ブレードで斬りつけようと操作をするも ― 突き刺そうにもブレード自体の伸び出し量が少なくほとんど殴打以上の加撃にならなかった。

 

「な、殴るかよ!? いえ殴りますか!?」

「ヴァ トゥ フェール アンキュレ!」

「せめて英語で!」

「くたばりやがれ!」

「口悪ィなおい!」

 

せめてEF-2000程度に前腕ブレードが大きければ。

それにしたってラファールも同じく欧州第3世代型機全般の特徴として全身各部に仕込まれたスーパーカーボン・ブレードは、基本的には戦車級に代表される機体へとまとわりつくBETA小型種を排除するためのもの。大型種なり戦術機なりを寸断できようはずもない。

ならばと爪先のブレードで突き刺そうにもこう密着されていては脚の振りあげようもなく。

 

そしてベルナデットは明滅するコンソールの向こう、自爆劣化した追加装甲を放り捨てた弐型の左主腕前腕外縁部・肘部ナイフシースが高速展開するのを見た。

飛び出した副腕からさらに飛び出すダガー ― 65式近接戦闘短刀 ― をそのまま左主腕マニピュレータが逆手で掴み取るまで1秒弱。

そしてそれが跳ね上げられると、唯一の抵抗の術だった右主腕が肘から切断された。

 

「く…ッ、……ハ、たしかによく考えられてるわ…」

 

最早勝敗は決し。

そしてようやくに、ベルナデットはこれが模擬戦だったと思い出した。

 

レーダーを確認すれば ― 列機の2人は健在で、ジングウジ少佐を追いかけているがその後ろからついさっきまでこちらで相手をしていたもう1機のニガタが迫っていく。プチも健在だし、時間の問題だろう。

 

「……悔しいけど負けね」

「きゅ、急に大人しくなられると止め刺しにくいな」

「そう? いいからやんなさい」

「…ああ」

 

そしてすぐさま。

鈍い音と衝撃、網膜投影には衛士死亡により撃墜判定の表示。

 

明度が落ちて、仮想の蒼空が消えた管制ユニットの中。

大きく息を吐き、ベルナデットはコネクトシートに脱力した。

 

 

CQB以下は分が悪い、だから遠間でガン・ファイト。

確かにそうだ、なるほど納得させられた。否が応でも。

 

連射が効く36mmを頭部や手足に数発当てたところで撃墜にはほど遠く。

XM3により運動性と応答性が向上した上手練れが操り高速機動する戦術機なら、至近距離では点の攻撃になる銃撃よりも線で追える剣の方が有利な場面もやはり。

 

あの時腕部ブレードで受け止められた一太刀にしても、相手が真に剣に通じたシュヴァリエだったら止めたその主腕ごと真っ二つにされていただろう。

 

 

もう少しやりようはあったかもと展開を反芻するベルナデットはしかし。

 

 

実戦ならば ― これで負けて死んでいた。反省や学習の余地なんてなく、それで終わり。

 

そしてプチ ― いや、タツナミ中尉にも解っていたのだろう。

 

もし実戦ならば、止めを躊躇うべきではない。

 

 

なによりAH戦でジャポン軍がここまでやるなら、戦術に違いはあってもソ連軍も相応だろうしアメリカ軍はもっとだろう。

 

こんな戦いを、こんなやり取りをしなければならないのだろうか。

まだBETAを一掃する道筋さえ見えていないのに。

 

「人間を殺すために、衛士になったんじゃないわよ…」

 

それでもベルナデットは、明日への糧とするためだけにこの敗北の屈辱を甘受していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々ありがとうございます
いつも励みにさせて頂いてます

模擬戦ネタは大抵あらましやらで留めて描写するのは正直避けてきたんですが、流れ上やってしまいました
話が進まない…先を決めて書かないとこうなるという典型でしょうか、肝心の武ちゃんまでいかなかったしw

ところでアニメやるんですね ゲームも出るんだとか


……書く時間がまた減りそうw


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Muv-Luv UNTITLED 18

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地。

 

衛士達の宴はまだ終わらない。

 

 

この日この夜、この前線基地にいて。この戦いを見た衛士は幸せであろう。

心躍らせる頂点を見られたのだから。

 

イルフリーデ・フォイルナー少尉はその一人だった。

 

 

JIVES空間・北東空域。

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルスと日本帝国斯衛軍部隊との戦闘はまだ続いていた。

 

 

蒼空を斬り裂く、黒と黒の影。

 

運動性の向上を主眼の一つとして成り立つ第3世代型戦術機、中でも防御力のみならず空力特性をも重視した装甲形状とさらに機体各所に配されたブレードベーンにナイフシース。

それらの翼端が両機の機動の鋭さを顕すが如く薄くヴェイパー・トレイルを曳き、時に鋭角に時に螺旋状に上昇し下降しては縺れ合い離れ一進一退の攻防を続ける漆黒の闘いの軌跡を虚空に刻みつける。

 

「…」

「――」

 

互いの音声のみは繋がった回線、しかし対峙する男たちに言葉はなく。

 

「黒き狼王」 ― ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス 大隊長ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

浅黒い肌の鍛え抜かれた肉体、銀髪に端正だが緩むことのない鋭い眼差し。

高Gの機動にも眉一つ動かさず、網膜投影に揺れるレティクル内に獲物を捕らえんとその牙を研ぐ。

 

黒色の強化装備に身を包み、操る乗機は同色に染め上げられたEF-2000 タイフーン。

ウニオンがユーロファイタス社の誇る最新鋭機、さらに彼の機体は狼王たるその力量から同社によりテストベッドとして主機出力等に手が加えられたチューンド機。

 

 

各種作戦でその性能を見せつけたアメリカはロックウィード・マーディンのF-22 ラプター、そしてヤーパンライヒのフガク・オンダのType-00 タケミカヅチ。

それらに刺激され負けてはならじと出力加速運動性から格闘性能に至るまで ― 関節強化のために重量増となればそれを補うべく出力を増し代償として悪化する燃費を購うべくピークゾーンを狭めたりと ― ともすれば行き過ぎの感すらある程にまで性能向上が図られたこの漆黒のEF-2000は、その代償として並の衛士ではおっかなびっくり飛ばすだけならまだしも戦術機動などおよそ覚束無い劣悪極まる操縦性の機体に成り果てたものの、卓越した狼王の技量と先般導入なったXM3の恩恵を以て、その真価をJIVES上とはいえ今試されていた。

 

 

背部兵装担架には突撃砲GWS-9にBWS-8フリューゲルベルデ。

そして両の主腕に構えるは、開幕の号砲となった近接戦の拮抗をその出力に物をいわせて押し切った後、地から拾い上げたMk-57中隊支援砲。

 

主機出力・跳躍ユニット出力最大。

点火したロケットが朱い焔を曳き、狼王機が一直線に天空へと――しかしそれを阻止せんと走る2条の火線、そして同じく紅の炎を吐いて追い縋るは極東の黒き双刃。

 

 

日本帝国斯衛軍・00式戦術歩行戦闘機《Type00》 武御雷 ―

 

闇色の機体色と各所に遇われた橙の感覚機。

そして逆手に提げた二刀と担ぐ二門。74式近接戦闘長刀と兵装担架の87式突撃砲。

同国斯衛に同型機の搭乗衛士も数あれど、今や世界各国軍にて「ブラック・ゼロ」と云えばこの機体と衛士を指す。

 

 

加速・出力に勝るは狼王機、数合の機動戦から黒い鬼を引き剥がし、こじ開けたその間隙に距離を得る。

やや上方から両主腕のMk-57を撃ち放ちながら急速降下、並の衛士なら撃ち抜かれて投了となる鋭さながらも敵は極東の黒い鬼神。照準内に捉えたその瞬間には影だけ残して跳び退る。

だが駆け抜けた狼王にも驚きの欠片すらなく、いやこの突撃自体がまず布石。わずかとはいえ鬼神に距離を取らせて、再度の最大出力で上昇をかける。追う双刃の2条の火線など当たらぬとばかりの螺旋の軌道。

 

そして見る間に高度を勝ち取り何者の追随も許さぬ孤高、その高みから狙うは――今度は逆に思い切り高度を下げ、地表へと降下していく双刃。

望遠視界には無機質に天を見上げるその様 ― 否、長刀を地に突き立てるや半身に構え、そうして空けた右主腕が軽く持ち上がった。

 

― 来い ―

 

それを眇めて我知らず。常には緩みを知らぬ狼王の目元に浮かんだものは。

 

「――征くぞ」

 

ぐるりとその場で転回し、再度ロケットに点火。漆黒のEF-2000が蓄積した位置エネルギーを速度へと変えて真っ逆さまに突撃する。空気抵抗を最小限、飛び込むが如くの姿勢でシュトゥルム・ランツェに見立てた両主腕のMk-57。

所詮は戦術機の格闘空域、とはいえ高度3000m。そこから設計限界近くまで加速しながらしかし狼王機は砲撃開始を引きつける。

 

そして勝負は10秒間 ― 分間120発の速射性能を誇るMk-57、あえて指切りをせず連射を選んだ狼王が超音速で撃ち降ろす必殺の弾丸。

 

対する地上の黒鬼は絶死の流星群と化したそれらからまず機体を捻り避け ― 戻る火線を躱し ― 再度狙った弾道を潜り ― 生身ならば至近弾未満ですら死を齎すその威力も戦術機ならば然して意味なく、噴き上がる着弾の土煙の中漸くに待機状態の跳躍機に火を入れるや追う弾雨を背負って鋭くも円い軌道から上昇に転じた。

 

地上400m、引き起こし高度の限界を超えてなおMk-57の顎を閉じぬ狼王機が遂に逆噴射に四肢を使ってのダイブブレーキ、再上昇の暇など無く瞬間照準外へと消えた双刃が襲い来るまでわずか2秒。

だが狼王はその方向まで読んでいたが如くに加熱したMk-57を振り回し、疾る二閃にその砲身が刻まれるに任せて急速離脱。すかさず抜き放った斧槍で迫る二刀を受け止めるや弾き返して横薙ぎの一撃、離れた双刃に相対しつつ加速をかけた。

 

そしてまた目まぐるしく互いの位置を変えては続く斬撃の応酬に奔る火線――数秒前まで両機がいたその宙空には斬られ分かたれ置いていかれたMk-57が遅れて咲かせる爆発の華。

 

急激な加減速を伴う高速機動、管制ユニット内に襲い来る強烈な縦横のGに全身の筋肉で抗いながら、同色の強化装備を纏った男同士がそのどちらもほぼ表情ひとつも揺らさぬまま鎬を削る。互いの網膜投影の視界には、瞬時に位置を変え合う敵機の姿と撃ち合わされる超硬炭素刃同士が散らす赤い火花。

 

出力に加えて関節部の強化もなされた漆黒の狼王機はその質量を感じさせぬ程に軽々とフリューゲルベルデを振り回し、しかし実際には鋭く重い一撃で二刀合力での防御を双刃に強いる。

瞬間の運動性に優れる双刃をして、躱せず受けねば懐には入れぬ斬撃の迅さ――と。

 

「、」

「!」

 

双刃は右薙ぎの一撃を二刀で受けるやそれに逆らわずあたかもその重い刃に乗るが如くに流れて動き、すかさず左方から斬りかかる。そしてそれにすらも即応して振り切った主腕手首を返して突き出される狼王が斧槍の石突、だがそれこそが狙いだったのか、

 

「――ッ」

「ぬッ!」

 

二条の銀閃が走り硬質の金属音と共に寸断される斧槍の柄、握りを失えばトップヘビーゆえの遠心力を用いたフリューゲルベルデは大きくその威を減じ取り回しもまた。

しかしそこへ畳みかけんとする双刃に狼王機は刹那の躊躇もなく手斧と化した得物の残骸を投げつけるや、即座に反応した双刀にてそれが弾かれたその瞬間に跳躍ユニットの出力に回転力を載せた渾身の右回し蹴りを叩きつけた。

 

「…!」

 

EF-2000の爪先に脛部前縁は超硬炭素刃、さらに短刀形状たる爪先で被弾すれば甚大な損傷を被るところを咄嗟ながらも踏み込むことでその蹴撃を脛部で受け止めた00式の前腕部もまた同じく超硬炭素刃。

散る火花に甲高く響く衝突の轟音、軋みを上げる両機のフレーム。そして防ぎはしたが大質量打撃の衝撃に大きく吹き飛ばされた00式の左主腕からは長刀が零れ落ち地表へと落下、

 

「よもや足技が卑怯とは言うまい」

「……お好きに」

 

虚を突かれた動揺も伺わせず瞬時に姿勢を制御した双刃の無機質な応え――しかしそれに今度こそ狼王は口の端を緩めた。

 

そして丸腰になったはずの狼王機が追う、迫る。

双刃の上方に占位し強圧的に地上へと押し込めんとばかりに徒手空拳での戦い、間合いの近い逆手剣ですら大きくは振れないCQC。

EF-2000左主腕前腕部の大型超硬炭素刃こそは00式に残された右刀が応じるものの、突き込まれる同左のブレードには同じくブレードエッジ装甲たる空手の左主腕を絡めての組み討ち。

 

瞬時に下がる高度、赤茶けた大地までは僅かに数秒。

激突の瞬間に跳躍機と接地した脚部で地を蹴って離脱を図った双刃に逃がしはしないと追う狼王、振り向きざまのその右刀を逆手握りをまさに逆手に、突き出した左主腕で拳部分を掴んで受け止め。

そしてEF-2000の右ブレードの刺突は逆に、00式の空いた左掌がそのマニュピレーター部分で堰き止めた。

 

まさに手四つ・ロックアップ、両機が瞬時にダウンワード展開させた突撃砲は2対1。

しかしどちらも発砲はせず、のちの咆哮に備えるが如くに低く唸って赤く青く炎を吐き出す跳躍ユニットが砂塵を舞い上げ黒と黒との激突を彩る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦闘空域から2kmほど。

 

「あれは…!」

 

自ら操るEF-2000の管制ユニットの中 ― 眼前の戦場から視界の隅にその攻防を望んでいたイルフリーデは、通信に響いたルナテレジア・ヴィッツレーベン少尉があげたその驚愕の声に気を取られた。

 

「タオゼントターゲガー・クリーゲ!」

「なにそれ?」

「いにしえの闘士の時代、実力伯仲の者同士での戦いにおいてごくまれに発生したと伝わる膠着状態のことですわ。ほらご覧になって、互いの拳は互いの掌底に阻まれ両脚もまた互いの蹴りに備えて牽制の形に…」

「わ、ホントだー」

「たとえこのまま千日戦い続けても決着がつかないがためにそう呼ばれたという話ですの」

「そうなんだ…さすがルナ、物知りね!」

 

そういう出自妖しげな知識はどこから仕入れてくるのだろう、そのうちむう以前我が老師にお聞きしたことがあるとか言いそう、出典はミンメイショボウですわとか。

 

でも本当にすごい!

 

さすがはヴィルフリート様、と。

敬愛する大隊長として、尊崇する七英雄の筆頭格として、自分などは及びもつかない域の衛士だとはずっと思っていたけれど。まさかあの「ザ・シャドウ」に真っ向から機動戦を挑んで互するだなんて。

 

それにあんな ― 常に冷静かつ強靱で同時に風格と品格をも併せ持つ大隊長が、言葉を選ばず言ってしまえばあんな野蛮さすら感じさせる獰猛な戦いをなさるとは。

 

しかも隊内の通信ウィンドウに見た、あの不器用にさえ見える小さな笑顔。

 

かーわーいーいー♡♡

 

「ふふイルフィ、甘いですわ」

「え、なに?」

「大隊長と『ザ・シャドウ』…共に周囲とは隔絶した実力の持ち主、そして圧倒的強者の高みとはすなわち孤独の頂。ですから全力を出しあう戦いができるのは互いに相手だけ、でも遠く世界の東西に分かたれてまみえることはなかろうと…でもそんなふたりがついに出逢ってしまいました。そう、今あのふたりの瞳には互いしか映っておりませんの。そして敵意でなく闘志だけを燃やして死力を尽くしぶつかりあう男と男、すべてをさらけ出しあった激突の果てに通じあい認めあいわかりあったふたりの間にはライバル心を越えた友情……いえ、それはすでに愛!」

「ええ!?」

 

 

煌めく星々が飛ぶオーロラピンクの宇宙 ― 周囲を紫の薔薇が飾る中。

そこにふたりきり向かい合うは裸体のアイヒベルガーと「ザ・シャドウ」。

寡黙な男同士はただ見つめ合い、鍛え抜いた腕を伸ばして指を絡め合い――

 

 

「いやああ! ヴィルフリート様にはジークリンデ様というお相手ががが!」

「乙女☆美ジョンに女は映りませんの。難点はどちらも受けっぽいところですけれど」

「腐った世界にヴィルフリート様を巻き込まないで!」

「行ったぞイルフリーデ!」

「え?、あ――わわ!」

 

ルナのまき散らす妄想に絶叫して、両頬を押さえるために操縦桿から手を放すだけでなく実際のところ意識の半分以上をそちらへ移してしまっていたから。

 

ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉機からの警告、曳光弾まじりの36mmの連射を回避したイルフリーデは間髪入れず続いて迫るヴァイス・ゼロから距離を取るべく、反撃のため網膜投影のレティクル内に敵機を捉えることは一旦放棄して後退をかけた。

あの脇構えに引きつけられたカタナが振り抜かれればさすがに撃墜は免れない、取り回しに劣るMk-57を抱えてはなおさら近距離での回避は難しい。

 

もっとゆっくり見たいのに~!

 

「ローテ6、ヘルガ、またそっち行ったわ!」

「なんだと、おいルナっ、少しは手伝え!」

「ごめんなさい、忙しいんですの」

「嘘を言うな!」

 

猜疑に歪んだ瞳がせせら嗤うわけではないが、イルフリーデが軽く弾幕を張って追い払ったゼロは近くでフリューゲルベルデを振り回して別のゼロと格闘戦を演じているヘルガ機の方へと向かっていった。

その彼女が振り下ろし・斬り上げ・突いたところで連続使用で加熱し始めた乗機腕部の冷却を挟む必要からそのゼロとの間合いを開けたため、イルフリーデはその空隙にMk-57で射撃を差し込む。

ぱっと回避してのけたゼロはそのまま距離を取り、くるりと回転するようにしてカタナはそのまま、空いた主腕に兵装担架から突撃砲を取り出し砲撃を開始。

入れ替わるようにヘルガ機へと向かったゼロはといえば、その支援を受けてカタナで切り結ばんと距離を詰める。

 

フリューゲルベルデはゼロが持つTyp-74 ラングシュヴェルト 「カタナ」に対して一撃の重さとリーチの長さで勝るが、対するゼロは主に守備的に立ち回ることでその攻撃を受けるというよりいなしていた。

 

「うーん、みんな巧いなあ」

「カタナは元々、防御用の武器だったという見方もあるそうですわ」

「へえ、そうなんだ」

「おまえらもっと、真面目に、やれ…っ」

 

この状況に陥って以降、ほぼ休みなく近接戦を続けているヘルガの額には汗が光る。

 

ゼロ部隊は明らかに突撃砲戦より近接格闘戦の方が得意なようで、しかしリッターのそれと戦い続けられるヘルガの技量にイルフリーデは改めて感心してもいた。

 

やはり今や彼女は ― が、一方列機たるルナはといえば、主腕のMk-57が撃ち放たれる頻度は少なく。狙われないようにかあからさまに距離も遠い。

不必要に望遠にしたカメラであちこちのゼロを ― とりわけ向こうでヴィルフリート様と戦う「ザ・シャドウ」を ― 舐めるように見回し観察しては、あん本当はもっと近づいて見たいですわそれにできれば本物をなどとなにやらブツブツ呟きふむふむと頷いては時折だらしなく口元を緩めたりしている。

 

さらに500mほど離れた空域では、ベスターナッハ中尉とブラウアー少尉のロッテに3機のゼロが追いつ追われつを繰り返していた。

 

 

決して油断していい相手ではないとはいえ。言葉を飾らず言えば格下。

それでなお戦況が膠着気味なのは――

 

守勢に巧く立ち回るヴァイス・ゼロ5機の健闘がもちろんあるにせよ。

イルフリーデ自身はあまり目にする機会のない大隊長の、それもおそらく本気の戦いを見られるからで。

ルナに関しては言わずもがなでしれっとブレイコーですものと言い放っては鼻歌交じりに飛び回り。

それら負担を押しつけられるヘルガが一人ほぼ精一杯でバランスを取る。

 

それに数的不利をあえて肯んじて拮抗どころか優位に進める先任二人にとっても、今このツェルベルス第2中隊・ローテの戦場となった空域で事の推移を見届け見守る、そんな空気になったのは。彼ら皆が敬意を抱く大隊長の戦いに水を差さぬようするだけでなく、

 

 

「はぁっ!」

「ふむ」

「ちぇい!」

「ほう」

「せやっ!」

「なかなか」

 

共に深紅を纏うEF-2000とゼロ。

 

かたや斧槍フリューゲルベルデを自在に操り、かたや一振りのカタナを頼りに挑みかかる。

グロスブリタニア防衛の七英雄が一人、「音速の男爵」ゲルハルト・ララーシュタイン大尉に立ち向かう若武者・真壁清十郎大尉。

 

清十郎が駆る深紅のゼロはリーチに優るフリューゲルベルデ相手に淀みない動きで突き・払い・斬り上げて迫る。対する深紅のEF-2000、英雄ララーシュタイン大尉機は余裕こそあれ退き気味に応じる。

 

力の差は歴然、それでもなお。

共に隊を率いる長として、一対一での堂々たる立ち合いぶり。

 

「清十郎、ホントに強かったんだ…」

「ああ、まあ、驚いたな。まさかここまでとは」

 

追って迫るゼロへGWS-9突撃砲を斉射し間合いを開けたヘルガ機からも目を配ったか同意の通信。

 

 

いくらローテ・ゼロがEF-2000に対して機体性能において勝るとはいえ、相手はツェルベルスが誇る歴戦の英雄。大隊長自身が突撃前衛を務めるその備えとして平生は迎撃後衛に就くものの、本来ララーシュタイン大尉も近接戦を得意とする衛士。その英雄をして、得物の不利な間合いを厭わせ後退させるとは。

 

東洋、それもヤーパンの剣術など知りようもないイルフリーデにはその業前のほどは詳細にはわからない。しかし生身での剣には多少の自負があった彼女から見て、清十郎のそれがおそらくはあの奇矯な言動に反して正統派の研鑽を積んだものだとは容易にうかがい知れた。

 

また同じくもある種違った意味で奇異な振る舞いや所作が常の「音速の男爵」。

おそらくは故意に空気を読まないその言行にも定評があり、座興の範疇とはいえまるで面白みのない相手に合わせて時間を浪費する質でもない。

 

 

「だが流石は…、ならば!」

「ふむ?」

 

清十郎が動きを変えた。

 

わずか距離を空け加速を稼ぐや陰の構えにて突撃、やや角度をつけての袈裟斬りをララーシュタイン機が引きつけた斧槍の刃で防いで弾き――返せず、いやその弾きの衝撃をカタナを滑らせ上方へ逃がした清十郎機はそのまま沈み込む。

 

「受けよ! 我が心の師譲りの――」

 

左右独立して稼働するローテ・ゼロの跳躍ユニット、先に右肺が赤く炎を吐き機体を左方にごく短距離平行移動。さらに瞬時に点火された左肺が旋回しつつの前進力を与えるさなか急機動のGに耐えつつ曲芸じみた手さばきでカタナを左主腕に持ち替えた清十郎は一瞬で同色を纏う英雄機の背後を取っていた。

 

「『飛燕』ッ! ――、っ!?」

 

しかし回転力をも乗せ必殺を期したその一刀は清十郎機が視界から消えるや即座に前進をかけたララーシュタイン機には届かず、さらに間合いを離した上でぴたりと狙いをつける背部兵装担架の突撃砲の銃口をのぞき込む羽目になった清十郎は慌てて回避機動に入った。

 

「良い動きである。もうコンマ2秒速く身長も10cm高ければ届いたであろう」

「し、身長は関係ないのでは!?」

 

際だって長駆のララーシュタイン大尉は36mmを数秒の連射に留めて向き直り、カタナを構える清十郎へと再びの対峙。

 

 

 

「やはりゼロの白兵能力侮り難しですわね。むろん清十郎君の力に加えて中隊長がおつきあいされている、ということも大きいのでしょうけれど」

 

言いつつルナは機体を向ける素振りもなく主腕と砲だけでMk-57を撃ち放ち ― そしてそこはやや突出して回り込もうとしたヴァイス・ゼロが描く軌道上、その機は慌てて回避して突撃行から外れる。

 

「おいたはいけませんわ」

 

瞬間わずか冷たく響く声、彼らフラーメンヴォルフが長の一騎討ちの場を守らんとするその健闘を知るがゆえ、今はその先走りこそを掣肘して。

 

「よし…、行くぞ」

 

ヘルガは腕部の冷却に目処が立ったのか、兵装担架のブレードマウントへ戻していたフリューゲルベルデを再び握る。

無闇な連続使用で加熱警報が出る前にこまめなインターバルを挟めるならばその方が効率がいいらしい。

 

「頑張ってね」

「いってらっしゃいませですわ」

「お前らな…まあいい。こう近接戦ばかりする機会もそうないからな、いい訓練になる」

「存分に楽しまれて。取得したパラメータはあとで分析いたしますので」

「ああ、頼む。モードは引き続き7から試す」

「…そういうことも、してるのね」

「向こうもきっと同じですもの、お互い様ですわ」

 

平然たるルナに、しかしイルフリーデは今一つ釈然としない思いも。

カタナの連撃への対処の動作やその負荷は、基本的に大ぶりの一撃で仕留めていくBETA相手とはまた違うものになることも確かながら。

 

「でも…本来長柄の武器は圧倒的に有利なはずよね?」

「そのわりにあまり分はよくありませんわね」

「その理由はおそらくは三つ…悔しいがまず単純に――練度の差、だっ」

 

ヘルガはEF-2000で牽制から間合いを詰めるヴァイス・ゼロと切り結び、斬り上げの一撃でそのカタナを弾き返してから。

 

「我々の槍術はハイマート伝統のドイチェ・フェヒトシューレ由来とはいうが」

「あれは完全に絶えていたものを文献を元に復興したものだと聞きましたけれど」

「え、そうなの?」

「ともかく、ラムズゲートのUN統合教育センター時代から正式配属以降含めても体系的な斧槍術の訓練に時間を割いたか?」

 

 

長柄の得物は戦力化がたやすいとは古来いうが、本来斧槍は極めて扱いの難しい武器。

 

そして欧州では銃火器の発展につれ、古来存在してきた白兵技能の多くが失伝した。

広義での戦闘技術自体は近代化と共に発達はしてきたものの、軍隊においては原始的な兵器とされる殴打斬撃武器の類の技術体系の整備や訓練は、ナイフを用いた格闘術を除けばほとんど行われていない。

 

 

「…振って薙いで切り返して突いて離脱、それくらいよね」

「BETAにはそれで十分だからな、どのみち関節も保たんしそれでいいと、なっ」

 

大きく弾き上げたはずのヘルガ機の一撃にしかしゼロは素早くカタナを引きつけ再び前へ出、逆にフリューゲルベルデの引き戻しが間に合わないと悟ったヘルガは柄の部分を振って打撃としそれは防がれたものの間合いを取った。

 

「だからこうして潜り込まれたあとの対処など教わってもいないっ、だが――」

 

 

だが、彼らは違う。

 

 

――如何に剣に拠りて屠るか――

 

 

只只管に、追究するは唯それのみ。

その為だけに数百年に渡り代を重ねてなお研鑽を続け連綿と受け継がれてきたその術と業。

 

泰平の世においては形骸化し、およそ使い物にならない奥義だの真偽定かならぬ秘伝だのが粗製濫造されて跋扈した時期もあったそうだが ― その中にも実戦での有効性を追い求め続け、剣と剣、刀と刀にのみならず、槍に薙刀弓矢に投石、無手から果ては鉄砲に至るまでそれらを相手にどう対処し勝利を得るかを或いは武器を選ばず参究し続けてきた者たちがいた。

 

そしてこの戦乱の世に、皮肉にもBETA共による容赦ない選別と試練とが彼らの中から泥中砂金を浚うが如くに強者を洗い出し。その中からさらに生を繋ぎ得た真なる強者たちが、人類と自らの生存を賭けて弥が上にもその刃を研ぎ澄ました。

 

そして戦術機という、人の動作を真似て人以上を為す兵器の誕生を以て。

 

ヤーパンライヒスパンツァークリーゲ。

タクティシェモビールシュヴェルトクンスト ― 彼らの云う、戦術機動剣は完成した。

 

 

「体系化された技術が伝承されて、カリキュラムに組み込まれているんですわね」

「それと前にも言ってた、機体の近接戦対応の話?」

「それもあるが――、なっ」

 

ヘルガ機は再度接近の気配を見せたゼロを、大ぶりの薙ぎで牽制する。

 

「長柄の利点はリーチの長さ、だがリッター相手ではたやすく潜り込まれる。中隊長ほどならともかく我らの技量では追い払えれば御の字で、最適解は後退だ」

 

それすらも叶えばの話。

イルフリーデから見て、今や我が西ドイツ最強・最精鋭たる番犬部隊のその英雄らに次ぐ近接戦の技量の持ち主・ファルケンマイヤー侯爵令嬢。

本人は控え目な物言いに終始するもたしかにその彼女をして、白兵戦では派遣リッター中明らかに格下の清十郎の部隊機にようやく優勢という状況。

 

「そして間接思考制御によるのだろう近接戦時の跳躍ユニット使用法にも一日の長がある」

 

 

なにしろ300mの距離を2秒足らずで詰められる第3世代型機。

人間に換算すれば、30m向こうの武装した敵が一呼吸未満で目の前まで来る計算。

 

同じく間接思考制御により衛士には網膜投影にスムーズかつシームレスな望遠映像が提供されるも、目視ならば遙か遠くに30cm程度の大きさに見える人型がたとえばデータリンク表示の僚機の位置にわずか気を取られたりでもすればその次の瞬間には望遠され視野角が狭まった照準内から消えてしまったりあるいは数倍の大きさになって目の前に迫っていたりするという、生身では到底不可能な踏み込み速度。

 

その一方で後進のための逆噴射は速度と効率両面で前進のそれに劣るため ― まさに一息たらずで踏み込まれる50m以下、さらに完全にカタナの間合いとなる20m近辺の距離に捕まってしまうと離脱も容易ではなく ― 長柄の利点は潰されがち。

 

 

「なるほど…それに第3世代型機でも通常四肢の稼働速度は人体とさほどに変わりませんから、移動速度が生身の数十倍になったところで逆にアジャストは比較的容易なのかもしれませんわね」

「そうだ、そして次に二つ目の理由は――」

 

 

それは装備の、質の差。

 

 

「カタナの品質がいいの? ニホンセイはいいって言うし」

「馬鹿、そうじゃない。私にしろお前にしろそれなり以上にBWS-8を扱えるのは任官前から配備を知った上で訓練してきたからだが…なにか気づかないか?」

 

問うヘルガが振らずに突いてゼロを牽制する、フリューゲルベルデ。

個人的な好悪をいえば剣の方が好きなイルフリーデはであったが、

 

「…家にあったものとは形が違う?」

「その通り、BWS-8を人間大にしたとしたら我々の筋力では到底扱えない代物になる」

 

 

古式ゆかしい形状の斧槍ですら、本来重量武器の範疇に入る。

そして無痛覚で生命力に富み多足歩行種の多いBETAに対して急所刺突用の短いスパイクや引き倒すための鉤爪などは無意味とされて省かれたものの、その対BETAとしてより一撃の重さを求めて極端なトップヘビー構造となったフリューゲルベルデという名のあの形状の武器は、つまるところ戦術機上でしか扱えない。

 

 

「あくまで対BETAが前提という点では、形状にしろ質量にしろ合理的ですけれど」

「でも衛士にフィードバックされる使用感は機械的補正が大きいということよね」

「そうだ、ある程度は慣れの問題だし主に運用対象となる要撃級やらは振って当たりさえすれば大抵それでなんとかなってしまうから、速度も精度も機体任せのまま突き詰められてはこなかった」

「それに重量バランスの問題から兵装担架マウント時はともかく主腕装備時の運動性低下は避けられない事実ですし…」

「そもそも1体、欲張っても数体まで倒したところで離脱する運用法だからな。だが――」

 

 

対するTyp-74 ラングシュヴェルト ―

 

ヤーパンの強力無比な剣術流派の思想を取り入れ、戦術機とこの装備とで「一本のカタナ」と成すべく設計されているという――人機一体を成さんが為に。

 

 

「あちらも本来からすればノダチとされる程度には大型になっているそうだが、設計段階から敵中で主兵装として振るうことが前提になっていると」

「それも機体込みで、ですわね」

「そうだ、――ダンケ助かったっ」

 

やや単調になったのかヘルガが放つ牽制の突きが三度目でゼロに去なされ、接近を許しそうになったところにイルフリーデとルナの十字砲火がそれを押し止めて離脱を助ける。

 

「そんなにすごいんなら他国にも回してくれればいいのに」

「最初に機体の対応云々を言ったのはお前だぞ。それにカタナは扱いの難しい武器、ミツドウ・ナナツドウとかいって人体なら数人並べて両断するような名刀でも、我々が振ったところで藁束一つ斬れないらしい」

「なにそれ…」

「前にも言いましたでしょう、それだけ習熟にはコストがかかるのですわ」

 

もちろん単純に切りつけ殴りつける分にも使えなくはないのだから、こと戦術機での運用ならばそうすることもできなくはない ―

 

「ただ、あっという間にダメになるそうだ」

「そんなデリケートな…」

「Typ-74ではさすがにカイゼンはされていますわ、ただ確かに耐久性はBWS-8ほどでは」

「だからライヒに生まれリッターになることを志す、あるいは家名を背負う者たちは、物心つくころには剣を振りはじめると」

 

そうして幼少より我が身の一部とすべく叩き込むが武士の魂。

そして長じて後は、それを自身の延長たる戦術機において。

 

技に勝る者が取り回しに優れた武器を持ち、熟れた体捌きで襲い来る。

それに対して当たれば強力とはいうものの、技術の幅の少ない者が大きく重い得物を振り回したところで――

 

「でもその速度と精度はXM3で向上したって……、開発元はライヒだったわね」

「ですわ。開発初期からリッターは関与しているそうですし、私たちが後追いですの」

 

 

ユーコンにてEF-2000を用いた先行試験隊『レインダンサーズ』は凄腕ながら多国籍部隊。

イギリス軍も近接戦においては機動砲撃戦主眼へと移行している現在、たとえ同郷のハルトウィック大佐の口利きがあっても西ドイツ軍のためだけにBWS-8の戦技研究を進めてもらえるはずもなく。

 

 

「それなら私たちも同じ剣にしてイギリス軍のBWS-3あたりかどこか他の部隊が使ってるとかいうツヴァイヘンダー・ランツクネヒトでも持ってきた方がまだよかったのかしら」

「それでも大して変わらないか、かえってまずかっただろうな」

「え、どうして?」

 

また数合の剣戟の後、一度退いて兵装担架の突撃砲を展開させたヘルガに並びイルフリーデとルナとで牽制の弾幕を展開、交互に弾倉交換のコールをかわす。

 

「前言を翻すような物言いになるが私がリッター相手に多少なりと有利に戦えているのは長柄のフリューゲルベルデがあるからだ。従軍前には私なりに剣の訓練も積んだつもりだが所詮は貴族の手習いだからな、今さら両手剣なぞ振り回したところでたかが知れている」

 

イギリス軍のアレはたしか大型種相手の突き専門みたいなものだったし、そもそもその剣の鍛練自体をここしばらくしていないだろうと。

ずっと戦地に居続けやっと下がれたと思ったらこのある種特務の演習参加で休暇の消化の当てすらもない番犬部隊。

 

「まして相手は手練れともなればシステムの補助なしでも誤差10cm以下の機動斬撃を叩き込めるというライヒスリッター、我々の白兵戦技など基本単純な動きのBETAには十分でも彼らからすれば生兵法もいいところだろう。たやすく太刀筋を読まれて懐に入られるのはそのためだ」

「なら私たちも最初から剣を装備してればよかったのに」

「それができる事情があればな。最初に言ったろう、長柄武器は戦力化が容易だと」

「ユーラシア失陥以降、対BETA即戦力の確保がウニオンの至上命題でしたわ。のんきに失伝流派のシュヴェルトマイスターを探して訓練校を建てるような余裕はありませんでしたもの」

 

皆が皆、小さい頃からお抱えの剣術指南を雇える公爵家の生まれとは限りませんのよ、と。

 

「むー…」

「むくれないでほしいですわ、そういう意味ではやはりツェルベルスは特殊ですの」

「それにブケ階級たるリッターもな。だが帝国軍においてもヤーパンでは古来ある程度の規模の街ともなれば剣を教えるドージョーのひとつふたつはあるのが当然らしいからな、程度の差はあれ心得のある人間の母数が違う」

「はあ、本当にところ変わればなのね」

 

節約しながら撃ってきたMk-57のドラムマガジン、だが残弾も心許なくなってきた。

再現されたマズルフラッシュの光に照らされながらイルフリーデは言い返せない不満の気分を入れ替えて軽くため息。

清十郎にニホンのお城を案内してもらう約束をしていたらしいが(やっぱり思い出せない)、そうも異文化となれば感慨もひとしお。それでも。

 

「私はちょっと、自信あるんだけどな」

 

前衛配置への願望は、遠くなりはしたとはいえ。

こう眼前で見事に斬り合う仲間たちを見ていると未練がうずいた。

だが、

 

「――やめておけ」

 

打ち込み打ち合いごとにEF-2000主腕部のパラメータを素早く変更してはデータ取得と模索を続けながら、響いたそのヘルガの声には常にも増して真剣味。

 

「…どうして?」

「いいか、」

 

迫るゼロをヘルガ機が迎撃する。

 

 

「こうして模擬戦でやりあう程度にはいいが、実際のAH戦になれば――どうなる?」

 

 

それは自分が死ぬかもしれないということと同時に。

 

同じ人間の、敵の衛士を殺すかもしれないということ。

 

 

「任に当たれば否やはない、全力を尽くす。だがやりたいかと問われれば答えはナインだ」

 

 

元来軍というのは国家なりの集団を、それを害しようとするものから守るためのもの。

 

だがその害しようとする者が、人間からBETAになって早30年余。

 

BETA相手の戦線は概ね厳しく、そこに仲間の死は付きものでも。

実際に人間相手に殺し殺される戦いをした経験のある者なんて、今やどこの国の軍にも多くはいない。

 

 

「相手は動く限り破壊を続けるBETAなんかじゃない。家族がいたり友人や恋人がいたりする人間だ。我々と同じ、命令に従っているだけの」

「ですのでエルスター・ヴェルトクリーク以降銃火器の発達もあって白兵戦は廃れましたわ。目の前の顔を見て刺し殺すよりは遠くで引き金を引くだけの方が罪悪感も少なくてすみますもの」

 

手に感触が残ったりもしませんし、と言ったルナの表情はしかしおどけてはいなかった。

 

「せいぜい外交上のさや当て程度で終わってくれることを祈るばかりですわね」

「だが備えは必要だ、それが抑止力になる。無用に侮られれば暴発を招くからな」

「…そうね」

「その点では――」

 

重い思いを振り切り集中し直すように。

ヘルガは兵装担架につけたまま射撃していたGWS-9突撃砲を背部へと跳ねあげ再び前へ。

そして切り結ぶ数瞬前、その深い青の視線がちらと見た方角。

 

 

少し離れ ― 5kmほどの距離。

傘壱型に編隊を組んだ第1中隊シュヴァルツ5機と、第3中隊ブラウの6機。

純白と青の英雄機に従う彼らに相対するは、楔弐型で山吹の鬼姫が率いるゼロ11機。

 

共に東西に勇名を馳せる手練れ同士の睨み合い。

1kmほどの間合いを開けて、やや遅い速度で大きく旋回を続ける。

 

 

「あちらはこんな、悠長に戦える相手じゃないぞ」

「でもズィーベン・ヘルト『七英雄』がおふたりよ?」

「それはそうだ――が」

 

ヘルガは意表を突こうとあえて距離をやや詰め、振り回した刃でなく柄の部分でゼロに打撃を繰り出した。

しかしそれも咄嗟というにはやや予想の範疇でもあったかのようにカタナ柄手前のウェイトで受け止められて、続いての石突きでの牽制から刃を返す。

 

「たしかに『七英雄』がたはEF-2000もフリューゲルベルデも真の手足のように使いこなしておいでだが――」

 

それは10年以上も最前線に在り続け、数多の死線を越え生き残ってきた今やユニオン最古参ともいえる豊富な実戦経験ゆえ。

 

だがヤーパンライヒの衛士たち、それもとりわけリッターたちが1対1での白兵戦に秀でることはもはや自明。その中でも向こうにいるのは手練れも手練れ、先のハイヴ戦でもそのカタナを手にBETAの海を乗り越えて易々と重光線級群を狩り殺したヴァイス・ファング。

 

それらとあんなに、目視できるほどの距離で向かい合っては。

 

「少なくとも私では、1対1ならヴァイスでやっと。ゲルプ相手では話にならん」

「白旗ですの?」

「ああ。実戦ならば絶対に近接戦など挑まない」

 

だが恥とは思わん、ほとんど自殺に等しいからなと。

元々冗談口を聞く質ではないがイルフリーデとルナの通信ウィンドウに映るヘルガは真顔。

 

 

そして言った ― 我ら西ドイツ最強たる栄光のツェルベルスをして。

ライヒスリッターに近接戦で劣後する、その三つ目にして最大の理由を教えようと。

 

 

「我々のユニオンTSF近接戦闘術はあくまでBETAを倒すためのものだが――っ」

 

振り下ろされる斧槍・フリューゲルベルデ、大質量の強烈なはずの一撃はしかし同じスーパーカーボン製のカタナの刃上を滑らされ、すでに幾度目とも知れぬ空を斬る。

 

「見ろ、彼らは違う」

 

 

喩え力に劣ろうとも、譬え速さで遅れようとも。

弾き返せねば受け流せ。捉えられねば身を切らせてでも。

 

 

斬撃後の隙を狙って進み出るゼロへすかさずヘルガはEF-2000の手首を返して柄での突きを放つも、それを螺旋を描く刀身の動きに巻き取られそうになって後退をかけた。

 

「彼らの刀法の根幹は――」

 

 

大上段の一撃で始末が付けば上々なれど、戦の常はそうあらじ。

なれば敵の刃を絡め取り、隙が無ければ創り出す。

そんなおおよそ対BETA近接戦には求められてはいない技術。

 

 

畢竟それは、人を斬る業。

 

 

BETAを斃すは時代の要請、だがいやゆえに。

その根底に深く横たわるは永永と紡がれてきた不変の基。

 

 

「元々が対人技術でそれを対BETA戦に利用しているにすぎないと。BETA戦の技術を前提にAH戦をする我々とはスタート地点が違うということですのね」

「ああ、少なくとも近接戦に限ってはな」

 

ヘルガは短距離ながら全力で後退をかけ、逆撃に出るゼロから離れる。

要請はおろか合図さえせずともイルフリーデとルナとが援護してくれる。

 

「では私からも情報をひとつ。あのゲルプのリッターはかのユーコンテロの際に鎮圧に参加して何機か撃墜を記録しているそうですわ ― 有人機も数機含めて」

「え、AH戦の経験者なの?」

「それに隊としても昨年のクーデター騒ぎの際に出動してやはり何機か墜としているとか」

「…撃墜機の衛士は…死んだの?」

 

問えばユーコンの際は確実だそうですと、ルナはあえて表情を変えず。

テロリストが相手ではやむを得ないとはイルフリーデも思うけれど。

 

「キルマークつきの実戦経験者というわけか」

「ええ。ヘルガの見立ても時には当たりますのね、凄味が違うと」

「どういうこと?」

「今の世界で対人 ― AH戦に最も注力しているのはアメリカだろう。だが先のルナの話で、そのアメリカのF-22、しかも教導団にすら白兵戦では優るというライヒス・ヴァッハリッター…」

 

 

戦域支配戦術機・F-22 ラプター。

最先端技術と膨大なコストを注ぎ込み成り立つ現行最強の戦術機。その要諦は言ってしまえば「戦術機を狩る戦術機」。

その高性能はステルス性により語られることが多いものの、機動力・運動性・応答性等の純粋な機体性能で比較してなお、唯一採用を賭けた概念実証トライアルにて苦杯を舐めさせられたYF-23を除いて、過去から現在に至るまでの総ての戦術機を凌駕しているとされる。

 

そしてアメリカ軍教導団、その中のF-22装備部隊といわれるのは「教導隊の教導役」。

彼らがF-22を駆っての戦績は ― F-15相手に100戦・F-18なら200戦無敗。F-16とのキルレシオは144対1にも及び、第2世代型最強機との呼び声高いF-15E2個小隊8機を「分隊2機・近接戦のみ」で全滅させたとまで言われ。

 

言うなればAH戦の世界最強部隊。

そんな衛士たちを、限定された特殊条件下とはいえ。

 

たしかにTyp-00も高コストの優れた機体ではあろうが、あくまで機体の主眼は対BETA。

近接戦時の運動性と即応性もF-22比で大きく凌駕するとまでは考えがたく、とすれば衛士の技量で上回って見せたと云うこと。

 

 

「中でも資料映像等で垣間見たに過ぎないが」

 

 

天衣無縫・融通無碍なる天破の剣「ブルー・ブラッド」。

影に侍りて玉体護持する双焔の刃「クリムゾン・ツイン」。

そして死線すら斬り裂く雲燿の閃「ライトニングソード」。

 

 

「リッター中でもこの4機は桁外れだ」

「機動術の極み、『ザ・シャドウ』とはまた違う強さ…」

「そうだ。彼らこそがおそらくは――」

 

 

そう、彼らこそがおそらくは。

 

その刃圏は絶命領域。

 

古来言い習わされ、今も世に言う ― シュヴェルトアデプト。

 

 

「剣の到達者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を過った、ということもなかったはず。

 

半ばまではいかずとも、3割は呆然とした思いで。

襲い来たヴァイス・ゼロから後退して距離を取ったジークリンデ・ファーレンホルスト中尉はその碧眼の視界の隅に、真っ二つに分かたれゆっくりと左右に斃れゆく青い味方機を捉えていた。

 

誇り高く左肩部にあしらわれていた薔薇の紋章ももう確認のしようがなく。

内部構造まではJIVESでも再現されないがゆえ、真っ黒に塗り潰された切断面を覗かせて泣き別れゆく英雄機。あたかも討ち取られた遺骸そのままに。

 

「な…っ、…!」

「た、隊長…!?」

「シュトルムガイスト大尉ィ!」

 

舞う土煙、方々で白の戦侍女らと切り結びながら口々に叫ぶは数多の戦場を共に斬り開いてきた歴戦の番犬たち。

 

欧州の戦場における絶対存在、それがズィーベン・ヘルト「七英雄」。

 

だが至難の戦況を覆し幾多の死線を越えて生還し続けてきた圧倒的強者は今、崩れ落ちた。

我が目を疑う光景にほんの一瞬とはいえ自失し、反射を超えた速度さえ求められる近接戦の最中にそれが致命的な隙となって一気に劣勢に陥る隊機も出る。

 

そして ―

 

「一太刀二太刀と撃ち合わせる、様子見の稽古など不要と…そう言ったのだがな」

 

完全に分かたれ地に沈んでから爆散したシュトルムガイスト機、その爆光に照らされ。

ゆるりとした残心から、そして素早く血払いが如くに太刀を払うは山吹の00式F型。

 

ジークリンデは繋がったばかりの回線から聞こえたその冷たささえ宿した声の響きと、網膜投影のウィンドウに浮かぶ感情を伺わせないその半眼に落とした黒髪の美貌に我知らず息を呑んだ。

 

シュヴェルトデモン――

 

 

命令は、というより受けた願いは、手強そうな敵の足止め。

 

 

今の世にしては十分に恵まれた、しかし探せばどこにでもいる貴族の坊やとお嬢だった。

ひとつ違いの幼馴染みの間柄、やがていつかは彼の家名を名乗るのだろうと淡い想いを抱いていたことも。

 

しかし時世の激流に抗う術なく。

はじめは貴族の務めが6割に生者としての義務感が3割、そして残る1割だけを自己生存への闘志に燃やして。やがては数多の先任と数多の部下の死を乗り越え糧として、受け継ぎ託された想いと願いを次代へと繋ぐため。そうして共に駆け抜けてきたこの十余年。

 

気がつけば揃って英雄などと持ちあげられ、大仰な異名で祭りあげられ。

今となってはその役目に自らの生を捧げんと鉄血の道を歩み続ける彼を支えることこそ自らの生の目的と至上の歓びとはいえ。

 

彼が人知れず積みあげた血の滲むような訓練の成果とまさに血を吐く実戦の経験とは主に「不羈の英傑」の一言で片付けられてしまい ― 謹厳実直・鋼鉄製の無敵の軍人としてのイメージ戦略が行きすぎて、自分も含め隊内で轡を並べる英雄に叙せられる衛士らとすら互いの名に傷をつけかねないとして、対BETA戦スコア以外での競い合いは慎むべく指示が下るほどの。

 

 

そんな、彼が自ら以て任じた役目ゆえとはいえ。

永く内に秘めもはや忘れかけさえした熱を、束の間だけでも滾らせてあげられればと。

 

 

その目論見自体はおおむね上手くいっているものの、

 

こちらもとんでもないモンスターだったようですわ…

 

演習に過ぎないというのに。

飛び交う火線とぶつかり合う刃が発する火花を背景に、ただこちらを向いて佇む山吹色の戦術機を眼前にして、急な喉の渇きをジークリンデは自覚した――

 

 

 

 

 

――わずか、数分たらず前。

 

睨み合いでの牽制、大きく旋回しあいながらも徐々に高度を下げていくリッター部隊をジークリンデは追った。

 

JIVESでも燃料推進剤の残量は考慮せねばならないし正直戦闘にならず時間が稼げるならそうしても良い。自隊で頭上を占位して無用に圧迫するよりはとジークリンデが考えた一方、隊の皆はサムライ達がどう出ようとも受けて立つと意気込んでいたようなれど。

 

先んじて地に降りたリッター達から500m以上離れた地点へ降下した ― いや、する瞬間だった。

 

リッターが一斉に発砲、着地の瞬間オートバランサーが働いて膝部が曲がり衝撃を吸収するそのわずかな隙は熟練者なら誰もが知るところ、XM3の導入なる前から手動操作で一瞬跳躍ユニットを吹かすことくらいは番犬部隊の衛士ならば常識以前の操縦だったが。

 

それでもなおやはり空中もしくは噴射地表面滑走中に比べれば極小時間対応が遅れるその刹那、襲い来た砲撃にも即座に反応したツェルベルスだったがしかしそれらは隊機を狙ったものではなかった。

120mmHESH 粘着榴弾。きっかり11*2発連射で放たれたそれらは番犬部隊前方100mほどの地点に線状に着弾、1発あたり半径30m近くまで猛烈な爆風を伴い立ち上がった土煙の壁を突き破って――

 

 

鬼が現れた。

 

 

手に手に握るは鉛色に鈍く光るカタナ、なんと他の装備はすべて投棄したのかそれのみを恃みにある者は低く地を這うようにある者は急角度の上昇から猛禽が獲物を狙うように。

 

そして迅い。

身軽にしたのはそのためか、変幻自在の「ザ・シャドウ」とはまた異なる、空気より抵抗の少ない流体の中を進むが如くにおそろしくなめらかなその機動の軌跡。

 

迎撃か回避か、ジークリンデの逡巡は半秒にも満たず。

そして死に損ないの熟練兵の集まりをして、交戦許可とまったく同時にすでに構えられ砲列を並べていたMk-57にGWS-9が一斉に火を吹いた。

 

4機に命中。2機を大破させ2機中破。

しかしツェルベルスにはその快哉を上げる暇などなかった。

 

隊のEF-2000は最初の接触で即座に2機が斬り捨てられた。

熟練兵の名に恥じぬ反応速度で兵装担架に斧槍を背負ったがゆえにそれを抜き ― 一合二合と切り結んだまでは良かったが、いとも容易く去なし流され間合いを詰められ主腕を落とされ首を刎ねられて胸部ユニットを貫かれた。

 

そして隊列中央最前列にいたジークリンデ機の前にも1機のヴァイスが ― いや、最初に接触したのはそちらに気を取られた瞬間視覚のみならず意識の死角に滑り込むような角度から襲い来た1機。

右主腕のカタナにそして虚を突く左前腕部から伸び出るダガー、変則のツインブレードを操るその肩部には誇らしげに墨書された「白牙05」。

ジークリンデは辛くもMk-57を盾に一撃を防いで逆撃の間もなく後退をかけ、正面の1機に備えたがそちらは他機へと向かっていった。

 

そうして初撃で生まれた数的優位を活かす暇もなくほぼ同数での巴戦と化したため、相互連携もままならないまま一挙に劣勢へと追い込まれていく。

 

 

そのゼロ・エアストシュラックによる葬列に遅れて加わったのが「衝撃の薔薇」 ― 七英雄に叙せられるデュオン・シュトルムガイスト大尉の青い機体。

 

 

貴公子然とした気障な振る舞いが鼻につくことがあるにせよ、英雄の名は伊達ではなく。

間合いに捉えられた中砲撃戦で挑む危険を素早く察したか抱えていたMk-57を放り出してフリューゲルベルデを引き抜き、向かい来たゲルプ・ゼロに対して先制さえして見せた。

 

その三度の振りは凡百の衛士なら寸断して余りあるほどの鋭さながら、よくよく見れば武装は他と同じく背に佩くカタナ一本のみのゲルプはそれすら抜かずして易く躱し。

そしてこれはこれは戦場に咲く一輪の花よ等々、女性解放や男女同権というより女性尊重という意味でフェミニストを自称する青い薔薇のその言葉に、

 

「――剣で語られよ」

 

平坦なその声に宿るは刃の冷たさ、言い捨てついに抜刀したゲルプへデュオンは小さなため息に肩を竦めて ― だが実際は油断などなく、誘いと思しき一撃の次に先の攻撃ではおそらく故意に見せなかった長柄武器の間合いを活かした最速の右手突き ― シュトルム・シュテッヘンを繰り出し――

 

 

自らを襲ったヴァイスへの恐怖からでなく指揮者としての動きから、大きく乗機を後退させていたジークリンデは見た。

 

 

ゲルプが前に進んだ。

決して速くは見えない動き、しかしするりと「見えていたのに掴めない」、その右方へ身を転じる動きでデュオンの渾身の突きを躱し、そのまま青い機体の首を狙った右片手薙ぎ。

しかし賞賛すべき反応で左主腕を掲げたデュオンは前腕部のブレードでその一刀を受け止めた。信じがたいことに同じスーパーカーボン同士のはずが振られたカタナはEF-2000の幅広の刃に半ば以上食い込み、かつその勢いのままに流れでもしたようにゲルプの機体は右側へ開く。

 

刹那の膠着かと――いや、実際はここで詰みだった。

 

デュオン機の左主腕は受け止めた斬撃の衝撃自体には耐えたようだがカタナが食い込み固定されてしまい、伸びきった右主腕はフリューゲルベルデの長柄末端を握った状態。

そして左兵装担架の突撃砲はダウンワード展開したところでデュオン機左側面へと開いたゲルプは射角の外、瞬時にそれを悟ったデュオンは躊躇なく右の斧槍を放したが――遅かった。

 

「――」

 

声ではなく。音もわずかだが裂帛の呼気。

 

片手、右、開いた姿勢に固定された刃。

しかしその状態から仮想の大地に爪立てた脚部を支点にゲルプ機全体の電磁伸縮炭素帯が静止状態でなお撓み捻れて縮むや即座に伸び上がり、同時に点火した跳躍ユニットが瞬間的に朱い炎を吐き出す。そしてコンマ1秒未満でトップスピードへと達したゲルプの回転力その総てのベクトルは唯一点、デュオンのEF-2000の左ブレードに食い込んだカタナへと伝達された。

 

 

―斬鉄―

 

 

ゲルプのその一刀は一瞬でデュオン機のその左主腕とセンサーの集中する頭部ユニットとを斬り飛ばし、続いて身を翻すや大上段からの一撃でその勢いに1/4回転させられた英雄機の命脈を真っ二つに断ち斬った――

 

 

 

 

――目の前の出来事が信じがたい。

 

絶望的な戦場は何度も見てきたし体験もしたが、この現実感のなさは極めつけだ。

 

テイクバックもなしに戦術機のみならず超硬炭素刃を寸断してのけるとは。

それぞれわずか収縮捻転させた機体四肢と跳躍ユニットのロケット、そのすべての出力を練り集めて脚部を支点としてカタナのしかもデュオンのブレードとの接触点に集中させたのだろうと、そんなおおよその推測だけは立てられるとはいえ。

そんな精緻極まる制御が可能なのかと、一方ジークリンデは自分の中の冷静な部分でこれが演習で良かったと心底安堵していたものの、

 

「! おやめなさい!」

 

彼我の距離100m以下、こちらを向いて一見無警戒にしばし佇んだかのようなゲルプにその右側から隊機が1機、突撃砲を撃ち放ちつつ突っ込んだ。

背に負うフリューゲルベルデを抜くその動作も名にし負う西ドイツ最強部隊、ひょいと無造作に火線を躱したゲルプを逃がさぬ読み通りとばかりに横薙ぎの一閃 ― しかしそう振りかぶった瞬間にはすでに懐に入られていた。

 

―天(転)―

 

EF-2000は斧槍を振り出す右主腕をゲルプに絡め取られてさらに上方向に捻られ自らの推進力で縦方向に一回転、同時に重量武器を最大速度で扱う必要からその方向へ強固にロックされようとしていた右主腕のカーボニックアクチュエーターは予期せぬ方向からの力に断裂。

 

―地(血)―

 

搭乗衛士の思考制御など到底追いつかぬ中 ― EF-2000のシステムは機体の回転を検知しオートバランサーが噴射もしくは逆噴射での姿勢制御を提案したが前者は高度制限により排除され後者は単純に必要推力の確保が間に合わなかった。

側面から轟音と共に地に叩きつけられたEF-2000はその衝撃で激しく揺さぶられるに留まらず跳躍ユニット片肺が破損、

 

―人(刃)―

 

そしてその無防備に晒される胸部側面にゲルプのカタナが突き込まれた。

管制ユニットに致命的な損傷。衛士死亡。

 

 

実際の時間にして、わずか2秒たらずの攻防。

一分の無駄とてないその動作は、まさに――

 

 

「な――!」

「く、この…!」

「おやめなさい!」

 

今一度。常になく珍しい、隊内通信へのジークリンデの叱責。

動揺し憤る列機衛士らの顔を見渡しつつ目配せ、視線に込めるは「こいつに近づくな」。

といっても、

 

「おのれ次々と…!」

「だが我々とてさんざん戦場では近接戦を積んできたんだっ」

「大ぶりは避けろよ!」

「懐に入れるな、突いて放せ!」

 

残る隊機は未だ意気軒昂なれども、それぞれ食いつかれては有利な間合いを欲して引き離し引き剥がそうとしてすでにほとんど地上におらず。

初撃で4機戦闘不能に追い込みはしたがこちらもすでに4機落とされ――中でも今向こうの古参機と思しきヴァイスに追われる列機の命運は。

 

明らかに戦況は不利。

周囲には斬断され擱座した味方機の残骸に、投棄されたり被撃墜時取り落とされた兵装の類が散らばりあるいは突き立つまさに戦場の様相。

 

「…聞きしに勝る凄まじい手並みですわね」

「過褒です。先の大尉殿の手妻もお見事でした」

 

その中でジークリンデが繋がったままの通信ウィンドウに話しかければ。

そのゲルプを操るリッターの整った容貌は感情の有無を疑いたくなる程度に人形めいてすら見えたものの、つきあってくれる程度の愛敬はあるらしい。

 

「あら、デュオンを御存知?」

「貴軍就中貴隊の武名は遠く八州に迄響いておりますれば。『七英雄』の名、知らぬ衛士は居りますまい」

「それは光栄ですわ」

 

綺麗だが、おそろしく堅い英語。

どこで覚えたのか妙に古い言い回しが多く、聞き取りに少し自信がなくなる。

 

 

だが、してやられた。

地上への引き込み意図は予測の範疇内だったとはいえ、まさかここまでとは。

 

空中でもおそらくは他にやりようがあったのだろうが、土煙を利用した目くらましといい地表を強力無比な剣術の確固たる支点として利用するのみならず大地そのものを凶器とする体術といい、やはり近接戦、なかでも地上戦はカンプクンストに秀でる彼らに一日ならずの長がある。

 

 

「数も合わせてくださったのかしら」

「慧眼恐れ入ります」

「侮られたと怒っていいところ?」

「まさか。貴隊には胸を借りる所存にて、然りとて多数で攻めるは如何かと思った次第」

 

しれっと返される答えに。東洋人の表情は本当に判りにくい。

リッターらが降着していた地点には突撃に参加しなかった1機が佇み、そこへ被弾し中破した2機も合流していく。

 

「でしたら期待外れを詫びなければなりませんね」

「それこそまさかです。憚らず申し上げれば、元から我らに有利に過ぎる条件です」

「どういうことかしら」

 

問うたジークリンデに、ジングウジ少佐もお人が悪いと黒髪の女剣士は言葉を紡いだ。

 

「我らは言うなれば局地戦部隊。必要とあれば先陣でも殿でも光線級吶喊でも務めまするが、全領域での任務に当たる貴隊とは装備も人員の質も異なるもの。通常の対BETA戦、こと他兵科連携での運動戦ともなれば貴隊の戦果には到底及びますまい」

「貴女たちにそう言われても信憑性がないですわ」

「恥を申し上げるようですが、衛士としての総合力では自分を含め貴隊の隊長格の方々に比肩しうる者は我が隊に居りませぬ」

 

その言葉に内心ジークリンデは顔をしかめたくなった。

開幕の砲撃後に速度と運動性の確保のためだろうがカタナ以外の装備を全部投棄しての突撃などと、自棄でもなければ最初から近接戦で仕留める自信があったのだろう。謙遜は日本人の美徳だと聞きはするがそれも過ぎればかえって嫌味、しかしそこへ、

 

「隊長は突撃と殲滅しか言いませんもんね」

「…余計な事を言うな」

 

空から地から、ゲルプの周りに集いて来たる揃ってカタナを携えたヴァイスが4機。

仮想ゆえオイル濡れまで再現されていないだけで、おそらくはそれらの刃すべてが我が隊機の血を吸ったもの。古参の番犬共を狩り殺した凄腕達。

 

あっという間に静かになってしまったツェルベルス第1第3混成中隊内通信。

ちらりと目を配ればほど近い場所でそれぞれ主腕を飛ばされ脚部を失い、そして例外なく胸部を斬られ貫かれて頽れ停止した番犬機たちの骸が晒されていた。

 

だが ―

 

 

「07と09がまだやってます、良い鍛練にはなるかと」

「そうだな、やらせておこう」

「ところで隊長、あの」

「なんだ?」

「これ…よかったんでしょうか」

「ちょっとやりすぎだったのでは?」

「だが斯衛の流儀を存分にご覧に入れろとの神宮司少佐の御命令だ」

「でも独逸さんは明らかに時間稼ぎのようでしたよね」

「そうだな」

「仏軍部隊を待つのではなく、中尉と戦う大隊長機の処へ行かせぬがためでは?」

「そうだな」

「真壁大尉の隊も向こうで相手してもらってますし。墜とされてないの不思議です」

「そうだな」

「それに不利を承知でわざわざ抜いて向かって来ますからね、でなければこう簡単には」

「そうだな」

「要するにとりあえず仕合いつつ大将機同士の決着を見守る的な雰囲気だったのでは?」

「そうだな」

「なのに先手必勝初手全開でやりたい放題」

「しかも『色つき』まで斬っちゃって」

「正直ドン引きされてませんか」

「また空気読めないとか言われますよ」

「…そうだろうか」

「そうですよ」「そうだそうだ」「私達まで同類と思われちゃいます」「え、それは嫌」

「ちょっと待て貴様等……、いや、問題なかろう。中尉の邪魔をするつもりはない、敵は総て斬り倒して決着を待てばいい。異議あらば剣にて申し受けるのみ」

「えー」「ほんと刀を握ると…」「駄目だこの人…」「脳筋」

「黙れ。仏軍部隊撃滅の報は貴様等も聞いたろう、ほどなく少佐殿が此処へおいでになるぞ……目標未達で折檻されたいか?」

「ええ…」「こ、今度はどんな辱めを…」「お嫁に行けなくなる…」「なら代表で隊長が」

「ふざけるな、連帯責任だ」

 

 

なにやら日本語で口々に言いあうリッターら、その素顔らしき様子はツェルベルスの若年組とそう大差ない。むしろ容姿としては余さずヴァルハラへと発ってしまった最年少組に近く幼く見えるほどだが、前もって閲覧したデータからするとおそらくリヨン攻略の際には参加していた衛士らなのだろう。F-15改修機に乗っているときも精鋭だとは感じたが、さらに腕を上げたかゼロに乗せて本領を発揮させるとここまで脅威とは。

だが任務上一度見た顔と名前は覚えるようにしているジークリンデにしても、ごくわずかな邂逅だった東洋人ひとりひとりまではさすがに記憶に留めていない。

 

今、名前と顔を知悉するのは色違いの装備に身を包んだ一人だけ。

 

「決定だ、さあ行け」

「了解しましたー」

 

そのゲルプの衛士がこれ以上は取りあわないとばかりに目を閉じて命じ。

通信ウィンドウに加わっていた4人の白い強化装備を纏った衛士らが飛び立った。向かう先は――第2中隊ローテの戦域か。

見れば一旦後退していた中破機2機と、そもそも最初の突撃には加わっていなかった1機とが投棄されていた兵装を集め抱えて合流した後、見事なデルタを組んで同方向へ飛んでいく。

 

参戦したフランス軍中隊も現れない。

機数からしてこの戦域にいないライヒ部隊はわずか4機1小隊のはず、かの「前衛砲兵」を除けば真の手練れは数名程度だとは思っていたが、まさか敗退したのだろうか。

 

「――こちらツェルベルス・シュヴァルツ02、ローテ01」

「ローテ01である」

「ゲルハルト卿、申し訳ございませんわ。抜かれました、完調5機に損傷2機がそちらへ」

「ほう。了解である」

 

普段と変わらぬララーシュタイン大尉の声の背景には、近接戦の轟音に衝突音。

それに別れを告げてから向き直れば、隙をうかがう素振りすらなく佇む山吹色の鬼。

 

「――お待たせして?」

「いえ」

 

 

実際のところ、ことはそう深刻ではないにせよ。

 

いっそのこと欧州最強部隊などという重い看板も外してしまいたいほどだけれど、その誇りが支えているのは実は当のツェルベルス隊員ではなく国を喪い間借りの傭兵じみた境遇に甘んじている我が同胞ら。

 

そして――

 

 

「!」

 

そこで管制ユニット内に警告音、接近する味方機と敵機の表示。

対峙する白と山吹、そのそれぞれの背後をまさに地を這う高度で甲高いジェット音を響かせ別れ駆け抜けて行く黒が二機。

 

「状況は如何でしょう、マイン・ケーニッヒ」

「面倒をかけるな、もう少し頼む」

「了解いたしました」

「なんだ中尉、苦戦中か?」

「…ああ。だが問題ない」

 

交わされる二対のやりとり、視線は互いの敵手に向けたまま笑んだ女たちに後事を託したかのように、膠着状態から脱した黒と黒とがその鋭い機動が描きあう弧の交点にてもう幾度目かとも知れない衝突で火花を散らす。

 

 

傲然と聳える指揮者としてではなく。

鍛えに鍛えたその力を、ただ一人の衛士として思うさまに振るうその姿。

 

 

そう、我が王のその、稀な愉しみを中断させるわけには。

 

 

ジークリンデは刹那その長い睫を伏せて、口元に常の優美な微笑を浮かべた。

 

「申し遅れましたわね、私はジークリンデ・グラーフ・フォン・ファーレンホルスト」

 

ヴァイスヴォルフ ― その名にし負う純白のEF-2000の右兵装担架が持ち上がり、そして帯びたるは荘厳なる翼 BWS-8 フリューゲルベルデ。

 

平時に戦時を問わずして、狼王の傍ら常に典雅に控えては陰に日向に支える后狼。

そのやや目尻の下がった優しげな眦はしかし――

 

「ブンデシア・フィーアウントフィアツィヒ・パンツァーバタリオン『ツェルベルス』ロイトナント・アングリフスアヴァンガルデ・グルッペンフューラー」

 

 

本来子狼に狩りを教え込むのは、王のつがいの雌狼の役目。

 

他ならぬ、我が身こそが突撃前衛長。自ら突撃前衛として最前衛で指揮を執る、狼王の補佐がために実戦で斧槍を振るう機会はそう多くはないとはいえ。

 

 

「――これは失礼した」

 

そして対するもののふもまた。

 

「鄭重なる御名乗り痛み入る。私は日本帝国摂家崇宰一門が譜代、正六位衛士所司篁唯依」

 

だらりと提げていた74式近接戦闘長刀を両主腕に持ち替え。

持ち上げられゆくその刃は堂々たる八相 ― 蜻蛉の構え。

 

「斯衛軍中尉を拝命し欧州派遣兵団第1連隊遊撃斯衛第2中隊を預かっております」

「高名はかねがね。ライヒスリッターが誇る若きサムライマイスターのおひとりと」

「噂には尾鰭が付き物と雖もこの未熟の身には些か過ぎた風聞です――が」

 

そして蜻蛉から霞へ、黒耀の瞳が再び半眼に落ち――

 

「いくさ場の倣いにて」

 

 

― 御命頂戴仕る ―

 

 

天を向く刃、その切っ先が狙うは紛れもなく后狼の喉元。

 

その刹那に途端、空気がわずかに重く。

ジークリンデは通信越しにも関わらず首元にひやりと冷気を感じ、冗談に聞こえませんわとゆっくりとフリューゲルベルデを持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます

えー…収拾つきませんでしたw

いい加減そろそろ模擬戦編は終わります、すみません


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Muv-Luv UNTITLED 19

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。ボスニア湾南端・旧フィンランド多島海域。

世界最多の島嶼密集海域、その中で最大の島となるファスタオーランド島。

欧州連合軍前線基地。

 

北緯60度になる当地は初夏が近づく現在20時を過ぎてもまだ日は沈みきらぬ薄明の夕べ、去る93年にBETA制圧地となって以降絶えていたこの地に人類の灯火が戻ったのは昨年秋。

 

しかし往時の北欧防衛・撤退戦に用いられその後放棄されてから再度の駐屯に至っても最低限の更新だけですまされている基地施設は十全とは言い難く、警戒線は主に旧スウェーデン東岸と旧フィンランド西岸の陸上に三重に張り巡らされた震動センサーが中心でサーチライト等の夜間装備は必要最小限の復旧に留められている。

 

広大な基地施設の照明類もそれは同様で、また遅くまで沈まぬ太陽とはいえ夕刻を過ぎれば気温も10℃をゆうに下回るが――今宵、主格納庫は熱気に包まれていた。

 

 

衛士達の宴がなお続いていたがゆえに。

 

 

JIVES。

 

膠着状態を打ち破ったのは、最初と同じく出力に勝る漆黒の戦術機EF-2000 ― いや、それを駆るヴィルフリート・アイヒベルガー少佐はそう思っていなかった。

 

 

銀髪に浅黒い肌の美丈夫。

西ドイツ最精鋭部隊の長として、広く欧州に知らぬ者などおそらくいない「黒き狼王」。

 

その鋭い眼差しは知性に満ちた冷静さに冷徹さを備え ― だが今は、常にはそこに存在しない…いや自覚しつつ秘めてきた獰猛さが黒い炎と化し燃えていた。

 

 

その乗機たるスペシャルチューンのEF-2000、その管制ユニット内の狼王が見る機能視界には手四つに組み合う敵機 ― 狼王機の黒よりさらに闇に沈む黒に染め抜かれた機体。

 

 

極東の機械仕掛けの鎧武者、00式C型。

操る衛士は「ザ・シャドウ」 ― ドッペルクリンゲ・アム・エンデ。

 

雑に伸ばされた茶色の髪、同色の瞳はしかし虚無を宿して。

 

 

拮抗した状況下、狼王機に右マニピュレーターの警告表示。

EF-2000の形作った拳を握る闇色の00式C型 ブラック・ゼロはその指先までもがブレードエッジ。

その左主腕にて先の狼王の蹴撃を受け止めた際に頑強に保持していたはずの兵装を取り落としたことからして、破損とまでいかずともさすがに機能低下を引き起こしたのかすぐさま握り潰されるようなことこそなかったが ― このまま爪立てられれば手背から貫かれて損壊は免れ得ぬと――

 

否、だからこそ尚の事狼王は主機と跳躍ユニットの出力を上げた。

EF-2000の両の跳躍ユニットから噴き出す赤炎。

 

右拳は握り潰されるに任せ、逆にその勢いのままにブレードで貫く――

 

「…ッ」

 

崩れる均衡、だがその押し込む直線的な力の軸を瞬時に横方向へとずらされたのは双刃の業。そして双方ロケットに点火しての瞬間的な速度の上昇で砂塵を巻き上げながらその場で2回転するや、その遠心力を利用した形で狼王機は双刃に投げ飛ばされた。

 

「やる、…だが」

 

読み合いには敗れたかに見えた狼王、しかしうっちゃられたその方向こそは我が征く道とばかりに、

 

「…!」

「使わせてもらおう」

 

投げの勢いには逆らわずさらに飛行した先には先に双刃が取り落として地に突き立つTyp-74 サムライブレード 74式近接戦闘用長刀、着地などせぬままにその柄を掴み取るやさらにそれを支点に反転するや抜き放ち追撃にと迫った双刃へ斬りかかった。

 

グロントフーテン・フォム・ターク。上段からの豪壮な斬り落とし、双刃が咄嗟に残された一刀で防ぎ止めるや即座にドビヤン ― その弾きの反動までも利用しての再度の一撃、大質量物同士の衝突音が二度。

 

撫で斬るのではなく叩き斬る、だがただ苛烈なだけでなく芯を捉えて重心の乗った振り下ろしを受け止めさせられさしもの双刃も離脱の隙を奪われる。

しかし三度目の太刀が黒い雷となって振り下ろされるその瞬間、双刃が跳躍機の噴射と共に地を蹴って前へ出――るや、まさに落とそうとしてた刃を返して狼王機が飛び退った。

 

あのまま振り下ろせば双刃はその右肩口で狼王の一刀を刃区 ― 鎺金のほど近くにて受け、同時に空いた左主腕の00式近接戦闘用短刀にてその胸部ユニットを狙っていた、それを読んでの攻防ながら今度はすかさず攻守ところを変えて退がる狼王機を黒い鬼が追う。

 

「状況は如何でしょう、マイン・ケーニッヒ」

「面倒をかけるな、もう少し頼む」

「なんだ中尉、苦戦中か?」

「…ああ。だが問題ない」

 

そして伺う雌狼に佇む牙の、立ち合い場所を挟み越えて駆け抜けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――くすんだ長い金髪を編み、碧眼に純白の強化装備。

「白き后狼」ジークリンデは地上戦を続ける。

 

応じるは黒髪にわずか紫がかった黒瞳の。

山吹色の強化装備に身を包む、極東屈指の剣闘衛士・篁唯依。

 

 

共に付近に生存の隊機はなく。

今、飛び去った男達が空戦を続ける蒼穹の下、赤茶けた荒野を現出させたこのJIVES。

被撃墜機がもたらす煙までは再現されないが、機能停止と判定されても爆発四散扱いでなければその残骸や兵装は領域に残り続けて彼女らの戦いを見届ける。

 

 

高く。ジークリンデは右主腕で柄を掴み、掲げたフリューゲルベルデの刃は唯依機に向けつつ同じく上げた左主腕のマニピュレーター掌で支える。置くだけならば斬れなしない。

 

「…」

 

眼前にはカタナを構えるタカムラ機、彼我の距離はおよそ30m。

 

よく…デュオンは立ち向かいましたわね…

 

こうして武器を構えて差し向かえば、判る。

戦術機の管制ユニット内、しかも強化装備着用で空調は完璧のはず。

にも関わらず、こめかみから滑り落ちる一筋の汗をジークリンデは自覚した。

 

 

空気が、わずかにだが重く。

さらに微量に帯電したかのような緊迫感が押し包む。

 

 

例えば単機で要塞級に相対した場合 ― 60mを越えるその無機質な巨大さゆえの威容に圧倒されることはあったとしても。

目の前のTSFは、しかしそのBETA巨大種すらも火器を用いずして容易に屠りうる威を18mのサイズに凝縮したいわば暴力の塊。

 

その発する、静謐の中の確固たる殺意が周囲の空気を圧して撓ませるのか ―

 

 

 

すでに一足一刀の間合いの直前、迂闊に動けば即座に斬り捨てられる。

 

地上戦に応じているのはあえての部分がないではないが、実際のところ左兵装担架の突撃砲GWS-9を使おうにも主腕に握らせるどころかダウンワード展開する間に相手は眼前に迫っているだろうし、そもそも左脇に展開してしまうとその後は左主腕の動作を阻害することになる。逃げの姿勢で飛び立ち距離を取って砲戦に持ち込もうなどとしても、この距離からでは120mmの照準を定める前に両断されてしまうだろう。

 

 

とはいえ…やりようがないわけではないですわ…

 

動かぬタカムラ機にじりじりと少しずつ待機状態の跳躍ユニットの出力を上げ、そして長柄の間合いに――

 

「Los!」

 

流麗なる一撃、しかしその破壊力は重く。

右主腕一本、だが関節部の扱いを極めて精緻に柔らかく。振り出し以外に負荷をかけずにしならせてはフリューゲルベルデの重さ自体を武器とした振り下ろし、さらに左跳躍ユニットが一瞬だけ下方へ噴射し機体を僅か浮かせたその自重をも載せて。

空中ならばまだしも「足下を塞がれた」地上で、見かけ以上に荷重が大きく迂闊に受ければ防いだ長刀ごと截断ならずとも敵機にめり込ませるその威力、だがそれすらも、

 

「ッ――」

「!」

 

やはり初見でも!

 

瞬時に察したか絶妙に刃上を滑らせ流してみせた唯依機の動きに逆らわず、ジークリンデは振りきりの形を後押しするように右跳躍ユニットの噴射で乗機をくるりと回転させつつやや沈ませて、狙い来た唯依の右手突きを――

 

「Jetzt!」

「!」

 

その長刀の腹を左踵後ろ回しで蹴りあげ逸らす。

そしてそのままさらに噴射をかけた右跳躍ユニットの推進力でもう一回転 ― 斧槍の柄をマニピュレーター掌中で滑らせ間合いを調整、体の崩れた唯依機へとフリューゲルベルデを振り下ろした。

 

流麗だが剛風を伴うその一撃、途切れぬ斧槍の風切り音に重なる断続的な噴射音。

二度に渡る斬撃の軌跡、描かれる銀月に吠える和音 ― ヴァイスヴォルフヴァイゼン。

 

だがその二つ目の月輪もまた長刀を跳ね上げられた姿勢のままに上体を反らした唯依には半身で見切り躱される。

そして逆撃にとそのまま左脚部を大きく踏み込ませて右主腕から左を添えての斬り上げが ― 地擦り斬月。

 

またも振り切り流れるジークリンデ機はしかし、躱され地を穿ったフリューゲルベルデを一瞬の支点に同じく踏み込んで唯依機の主腕から背へと廻るように舞いを見せ、下から大きく弧を描いた唯依の一刀から逃れて距離を取る――が。

 

「――」

「…!」

 

やはり迅いっ…!

 

長刀を振り上げた勢いそのままにその山吹の00式を翻した唯依が瞬時にジークリンデを追撃、右脇構えからの斬り上げは即応して右主腕にてフリューゲルベルデを掲げた純白のEF-2000の死角たる左側から襲いかかるはずが、

 

「ッ」

 

短距離噴射地表面滑走からの唯依の最後の踏み込み、だがその地点には撃墜され倒れ伏す白の00式の残骸。

骸への慮りというより不安定な足場を嫌う実理の面から思い留まったか避けた唯依にすかさずその間合いの外からとなるジークリンデの横薙ぎ ― しかしそれも柔軟に上体を反らした00式に頭部遮光板その寸前で躱され、斧刃の烈風が山吹色の装甲を撫でるに留まる。

 

「成程――」

 

回線に流れる唯依の呟き、と同時にやや崩れた姿勢からの戻しを反動にして脚部出力も用いての小跳躍、続く刹那の降下噴射から斬り下ろし、薙ぎ、払うも ― それらをジークリンデは受け、退き、そして払いの一瞬前に至近に膝を突き擱座していた番犬機EF-2000の陰に後進で滑り込んだ。

 

「地の利に――」

 

わずか棚引く土煙。

山吹色の戦術機は残骸に斬り込む寸毫手前で太刀を止めていた。

 

「流水ですか」

「貴女と同じように動いていてはついていけませんもの」

 

そして残心を取り直る雷鳴の剣士に白き狼はさらに退く。

 

玉鋼の無表情の唯依にジークリンデは薄笑みを絶やさず。しかしその実片や感嘆、片や手に汗うなじに冷や汗。くすんだ金髪が白い肌にわずかはりつく。

 

 

間合いは長柄のフリューゲルベルデに利があり、一撃の重さもまた。

いや、現実はそうとばかりに限らないことを歴戦の白き后狼は理解していた。

 

 

BETA比でも明らかに俊敏な第3世代型戦術機。

ゆえにそれ同士での近接格闘戦において真に重視されるべきは――速度。

 

軽量なTyp-74、単純に考えれば大質量のBWS-8が破壊力に勝る。

だが精鋭リッター ― 中でも眼前の彼女の域にまで達した衛士が振るうその剣速はBWS-8比で5割は速く、適切な作用点でのその運動エネルギー量はフリューゲルベルデのそれを凌駕する ― おそらくは最高速となるのであろう大上段からの振り下ろしで、モース硬度にして15を超えダイヤモンドに匹敵する強度の突撃級の装甲殻を一刀両断にする映像はその脅威を如実に示すもの。

さらに高い斬撃速度はあたかも手練れのサムライが舞い散る花びらすらも寸断するが如くに、仮に空中戦時に攻撃対象の見かけの重量が小さいすなわちベクトルが同方向の状態等であっても十分な装甲貫通・切断能力を実現する。

そして武器自体の耐久力の低さは高精度で特定部位を狙える衛士の技量が補う形で、同時にそれが高い殺傷力の源ともなる。

 

本来、個の戦力に特化した「武術の達人」などというのは、軍組織の中では教官として重宝されることはあっても戦場では大して役に立たない存在だったはず。しかしその個の力を幾重にも倍化させる戦術機戦闘、しかも双方頭数の限られた局地戦となった場合のその威力たるや――

 

 

さらには目の前のゲルプ・ゼロ ― 唯依機のその動きは連続しての噴射地表面滑走や細かなステップワークから隙をうかがう戦法ではなく。

摺り足もしくは停止状態から瞬時に最高速へと至るかのような、静から動へと突如変化するその歩法闘法はジークリンデから見てまさに東洋の神秘。

 

だがそれに応じる后狼とても機体制御の精密性と文字通りの柔軟性で、数多の戦闘経験から来る視野の広さと推測に優れた反射でもって後の先を狙う。そして迂闊に兵装担架の突撃砲に頼る愚を犯さない、この距離では射撃を意識したその瞬間に機体の重要部位のどこかが斬り飛ばされてしまうだろう。

 

「しかし見事な…この手数で仕留められなかった相手は久方振りです。浅学を晒すようですが、独逸の剣術というのはそのような?」

「半分は自己流ですわ。女の細腕にはラングシュヴェルトは重すぎますから」

「そうですか、しかし至極理には適って…こと戦術機戦に用いるならば、その斧槍の質量に機体重量をも載せた一撃を以てすればたとえ太刀筋を見切られようとも――」

「相手がダガーやモーターブレードならば、受けたそれごと潰せますでしょう?」

 

対BETAにはほぼ必要がないとはいえ、仮想敵には有効な手段。

 

その言葉に膝を打ったように感服致しましたと述べた唯依に、周囲の張りつめていた空気のわずかな緩みをジークリンデは感じた。

 

「マイスターのお褒めに預かり恐縮ですわ」

 

とはいえ防禦以前に初撃以外を総て躱されていては話にならない。

どうやら最初のあの一太刀だけでその意図に間合いから太刀筋までも読み取られたらしい、そもそもわざと受けたのかも。

リント少尉からもらったデータで、ゲルプの近接戦時の「ミキリ」距離が10cm程度だったというのは誇張でも誤りでもなかったようで。

 

主に攻めていたのはこちらだったが内容的には明らかに負けている、それが判らない相手ではないはず。だから今こうして交わす会話の時間も、もしやすり減らされる集中力の回復の暇を与えるためのものなのかもしれないとすら。

 

「そう過分に持ち上げられましても…もう一つお尋ねしても宜しいでしょうか」

「お答えできることでしたら」

「では ― 最初背を向けた中尉殿に私がこう、突いたとき。蹴りで払われましたね」

「ええ。はしたなかったのはお許しいただけなくて?」

「いえ、そうではなく。あの時私がこう、刃を立てていたら――」

 

00式が突きの構えを取る。

引かれた長刀は刃が地を向き。

 

「下から蹴り出した脚部が逆に寸断されるやも。そうお考えにはならなかったのですか?」

「いえ――」

 

ほんのわずかジークリンデは言い淀む。

 

咄嗟の判断、根拠はなかったと、言ってしまうのは簡単ながら。

そんな誤魔化しが通じる相手でもないだろう。

 

「――貴女なら」

 

 

確信していた。

背後から突くなら ― 刃を寝かせると。

 

 

「前後屈曲を考慮した取り回しのTSF背面装甲を貫通するには、その方が」

 

 

そして少しでも横方向に広い破壊範囲で、管制ユニットを「中身ごと」攻撃するため。

 

 

それは紛れもない、殺人の手管。

 

 

「――成程」

 

答えを得るや、再び黒の瞳が半眼に落ちかけ。

 

「確かに、筋の通ったお考えです。お答え頂きありがとうございます」

 

緩みかけた周囲の空気がまた硬度を増した。

だがジークリンデは返って好都合だったとばかりに、あえて掲げていたフリューゲルベルデを下ろした。

 

「元々は骨に邪魔されず背後から内臓を刺すための技術だったのでしょう?」

「はい。よく御存知ですね」

「その程度は。…AH戦の先達たる貴女には種々ご教授いただきたいですわ」

「そう呼ばれるほどに経験があるわけでは」

「少なくとも5機以上。それだけ有人機を墜とした衛士はそう多くはありませんわよ」

「……確かに、彼是と御存知の御様子」

 

紫にやや剣呑な光を放つ黒瞳、しかし対する碧眼はそれを真っ向から受け止めた。

 

「揶揄するつもりはございませんわ。隊を預かる者として何か参考にさせて頂ければと」

 

 

彼女は数少ないAH戦の実戦経験者。しかも近接白兵戦。

共に遠くアメリカはユーコンと、ライヒの鎮圧戦で。

 

正確には戦闘法の教授を願うというより。その後の身の処し方を聞きたかった。

失礼な問いだとジークリンデは解っていたし、命令と任務への服従が義務の軍人としては無意味とも。だが隊を率いていく上で、聞けるなら聞いておきたかった。

 

このご時世に長く衛士などをしていれば、死していく人間を見た回数などそれこそ両手足の数でも到底足りなくなる。

他ならぬジークリンデ自身、BETAに潰され喰われる味方の衛士のみならず今際の際の苦しみに「慈悲の一撃」を与えられる同僚を見送ったこともあれば、自ら手を下したことさえも。

 

だがそれとは、根本的に異なる問題。

それを彼女自身は、あるいはライヒはどう整理しているのかを。異星の怪物BETAではない、同じ人間を殺さねばならなくなったとき、殺してしまったとき。

群れの仲間たちのケアの方策を探る意味でも聞いておきたかった――のだが。

 

 

「そうは仰いますが」

 

唯依もまた、突きの姿勢から長刀を降ろした。

そして一息とばかりの呼気の後に戦気を収め、ジークリンデもそれを悟ったが場の空気から緊張感は消え切らない。

 

「音に聞こえた欧州屈指の精鋭部隊、貴隊の衛士はそう柔では御座いますまい」

「もちろんそう信じてはおりますわ。けれど現実が優しいとも思いませんの」

 

后狼の金髪の美貌にやや陰が落ち。

実年齢よりははるかに若く見えるジークリンデだが、地獄と化した欧州撤退戦からの85年イギリス本土防衛戦を経験したその戦歴は欧州連合生残の現役衛士の中ではほぼ最古参に相当する。

 

 

78年のミンスクハイヴ攻略を企図したパレオロゴス作戦の失敗による戦力損耗の影響もあり、以降80年代中頃にかけて東西欧州各国はBETAの数の猛威の前に次々に陥落した。

その総死者数は未だ詳細な数が算出不能な規模に及ぶが――その犠牲者のすべてが、異星生物の直接的な蹂躙によるわけではない。

 

我先に逃げようと他人を蹴落とす者、隣人より少しでも多くの物資を蓄えようとする者、そしてそれを奪わんと企む者にそれらを抑えんとする者。我が身我が妻我が夫、そして我が子の可愛さゆえに。

 

混乱。内乱。暴動に略奪、そしてその鎮圧。

 

自らの生存に直結する巨大な社会不安は、従来存在した矛盾に対する不満を倍化させて爆発させ人々を混沌の渦に叩き込んだ。騒乱の規模が大きくなりすぎ警察機構では手に負えず軍が動員されても、その軍自体があまりに圧倒的なBETAの戦力の前に疲弊していた。

 

代表的なものでは79年、BETAの逆襲によりミンスクハイヴからわずか500km西の首都ワルシャワを直撃されたポーランドは早期に政府上層が丸ごと喪われて大混乱に陥り、その撤退戦は酸鼻を極めた。

第二次世界大戦後に復古された街並みを根こそぎ破壊しながら迫ったBETA群にむさぼり食われる人々の傍ら ― 彼らを守らんと戦った軍も、指揮系統が混乱する中そのあまりに絶望的な戦場に任務放棄の逃亡や生命惜しさの裏切りが横行。その後ワルシャワ条約機構軍の救援があったものの結果的には膨大な数の市民の命が失われ、また生き残った者たちの心にも消せない疵を残した。

 

窃盗、強盗、暴行、傷害、そして殺人。

各国各地域でそれぞれに差はあれど、BETAの脅威によって発生しまた浮き彫りにされた人と人との諍いの構図により多くの人命が喪われた。

極限状況の中でただ生きるためだけに人々は有無を言わさず直接間接問わぬ加害被害の状況に置かれた。時に善意を仇で返されその復讐がさらに復讐を呼ぶ負の血の連鎖に絡め取られて、結果その両者ともの多くが大陸脱出後も心理的な負荷にさいなまれ続けた。

 

その意味では、人類の護りとして戦陣に立つ軍人、なかでも自らの身を危険に晒す衛士などはその分そうしたいわばサバイバーズ・ギルトからは免れえている方だといってもいい…

 

 

一方で、現在すでに欧州連合軍の年少者たちはその悲惨極まる欧州撤退戦を実体験した世代ではなく。比較的大陸からの脱出が遅かった者たちだとしても欧州脱出ダンケルク作戦の終了は84年で避難時はおそらく記憶定かならぬ幼年のころ、若い彼らはその人と人とが奪い殺しあう日常を目にしたとしても覚えているかどうか。

 

概して若く瑞々しい感受性は弾力的でも傷つきやすく、時として恢復不能な疵を負う。

ジークリンデ自身、なんらかの理由で精神に傷を負って戦えなくなるに留まらず、病床から起き上がることもままならなくなった戦友や部下を幾人も見てきた。

人類の前衛として立つ、その自負があってなお。

 

 

なれば況んや同族殺しをや。

旧い傷を持つ者も、未だ怨嗟の断末魔の叫びを浴びせられてはおらぬ者も――しかし。

 

 

「御説は一々御尤も乍ら…何某かの参考に等、私は些か不適格かと」

 

極東のサムライは、ひとつため息をついた。少しだけ申し訳なさそうに。

 

「なぜかしら」

「先ず状況です。そも、ユーコンの折の相手は武装し攻撃の意思も明白なテロリスト。交渉の余地なぞ端から無く鎮圧の手段も他に御座いますまい」

「それはそうですわね」

「まして大逆未遂の徒等はまさに逆賊。果ては畏れ多くも玉体に弓引く迄に至るとは凡そ沙汰の外、罪過弥天にて万死を以ても贖い切れませぬ」

 

拠って斬って当然斬られて当然。

 

そう、まるで平然として。それはおよそ狂信者の物言い。

 

「……ですから忌避感や罪悪感のようなものは一切ないと?」

「まさか。無論御座います」

 

その言葉とは裏腹に。しれっとした即答は、自らの行為の正当性を疑わぬよう。

だからとてもそうは見えないとの言葉をジークリンデはなんとか飲み込んだ――が。

 

「如何な理由が在ろうと人斬りなぞ羅刹の所業。理非を問う事自体が詮無き事」

「…ではどうやって克服を?」

「克服…、それが妥当な表現かは解りませぬが、最寄りの寺で卒塔婆の一つも建てて供養を手向けました。斬った内では帝都防衛師団は兎も角、RLFの者等の信教に反すると云われれば否定は出来ませぬが」

「贖罪の行為で解消したということかしら」

「贖罪…、西洋的に申せばそうなるのでしょうか」

 

とは云え抑抑、と。

 

「一切衆生悉有仏性、此岸の万物には皆等しく仏たり得る資質があると…其れからすれば人斬りもBETA殺しも然して変わらぬのやも知れません」

「……それは恭順派にも通じる危険な思想ではなくて?」

「さてそれは。ですが少なくとも私は、旧くは甲斐の禅林に新しくは八百八寺と共に滅した仏僧等とは違い、心頭滅却すれば火もまた涼し等と世迷い言を申して座して死を待つ気は毛頭御座いません」

 

父を戦火の中に喪い、友を先達を恩師を殺され。

その上言葉も誠も通じぬ相手と為れば、此の身の血肉最後の一片になろうとも戦い抜いて鏖殺せしめるかそれに程近く迄に数を減らして膝下に組み伏す他に術はなく。

 

「何れにせよ元より――」

 

ゆっくりと持ち上げられゆく74式長刀。

 

「我等斯衛は誓いて刃抱く者にて」

 

山吹の鬼火たりえて青光を放つその双眼、面前にて糸直刃を眺めるが如く。

 

「…ショーグン・ジェネラルへの忠誠ということ?」

「そして其れと同時に唯一点依る可きものが」

 

 

其れは刀を帯びると云う事。

 

此の人を斬る道具を家伝と継ぎて佩く者は、人を斬り又斬られる覚悟を持つ者に他為らず。

 

 

「喩え戯れでも我等斯衛に刃向けるなら路傍の砂と果てて後、自らの剣の重みを知るのみ」

 

其れはBETA相手に限った話では無し。

ジークリンデが見る通信ウィンドウのその向こう、刃持つ戦術機の中から。

唯依の紫がかる黒い瞳の奥底に、冷たく光るは剣の理。

 

一点の曇りもないその苛烈な物言い、だがそれは相互主義の皮を被った一方的な価値観の強要でしかなく。

 

「…ライヒにはレヒトシュタートリヒカイト…ルールオブロウはございませんの?」

「無論御座います。然れど裁を下すは斯衛に非ず、従うは殿下の大御心に」

「…ヴァッヘンSSもさながらですのね」

「貴国が過去の大罪人と一絡げとは…然し洋の東西を問わず近衛とは本来斯様なものでは」

「…それもそうですわね」

 

確かに不適格だったようだと、ジークリンデは内心に嘆息した。

 

サムライの矜持のみに留まらず、自らの暴力を国家の暴力と自覚して適切に振るったと主張する彼女は、軍人に他ならない。その結果についての折り合いも、彼女の中では整理されていて。

 

そしてジークリンデも、実は欲しい答えが自分の中でおおよそ決まっていての質問だったと気づかされ。いかにも女の問いだったとも自覚する。

 

それに ―

 

「貴族の出などと嘯く私が大時代的と笑うには、王制を戴く方々には失礼ですわね」

「いえ。国制の在り様は夫々にて、自国を一等と想うは自然の成り行きなのでは。我等も友邦は欲しますが、なべて斯界悉皆殿下の御名の下に統べよう等とは露も思いませぬ。またできるとも思いませぬ」

「その点でナチやスターリニストとは違うと」

 

 

そして忠義と掟と矜持とが、強固に ― 或いは雁字搦めに ― 彼女を支えて。

 

でも――

 

 

「貴女は、それで良くって……?」

 

 

ライヒスリッターとて、鉄で出来ているわけではなかろう。我が王がそうであるように。

友人がいれば家族もいて、それにもしかしたら好きな男だって。先に垣間見た彼女らの素顔めいた表情の、年頃の娘らしき囂しさには微笑ましささえ。

 

だが今の彼女は少なくとも、女ではなく。

あるいは人間ですらない。人で在ろうとしていない。

 

 

高貴の ― というより、戦うことを宿命づけられた生まれ。

ユンカーの裔としての自分たちと近しい立場、しかし彼女ら――とりわけ彼女の生き方はあまりに強固で、純粋で、それだけに危うく脆く思える。

いや、そもそも死生観の違いだろうか。どう生きるか、ではなく。

 

どう死ぬか。

 

それは生の帰結としての死ではなく。

その死に様こそが生の在り様を決定するとでも言いたげな。

 

 

だから白き后狼は老婆心ゆえについ、そう問うも。

 

 

「我等斯衛は錬磨した牙携えて主に傅くを選んだ狗」

 

 

持ち上げられた長刀が再び剣気を纏う。

 

 

「疾うに修羅に入りては既に善悪の彼岸――」

 

 

黒曜の双眸が半眼に落ちた。やや動いて変形の霞。

 

 

「國軆が為に戦陣に散るは寧ろ本望、贖いが為悪趣に堕ちては四劫の果てにも成仏を得ようとは思いませぬ」

 

 

ドイチェ・フェヒトシューレで云うグロントフーテン・オークス。

 

 

「そう…、わかりましたわ」

 

こちらを指向する鋭刃の向こうの黒い瞳に、ジークリンデは半ばの嘆息を見せた。

義務感で塗り固めていた自分の若い頃よりさらに純度が高く、迅雷の剣士は揺るぎない。

 

 

武士道は死ぬことと見つけたり。そして修羅道とは唯、斬ることに依ると見つけたりと。

 

明日の未来を見ることもせず、ただ主命とした戦いの中にのみ生きる――

 

 

「ですが…犬では永遠に狼には勝てませんわよ」

 

 

ジークリンデは再度構えを取る。高く掲げられるフリューゲルベルデ。

 

誇りある狼たらんとするなら ― 全身全霊で祖国と人類に尽くしながらも、決して自分を棄てない。そして仲間も見捨てない。

果てなき戦いを生き抜いてなお、変わらず色あせぬあの日からの思いと想い。

 

そして――

 

 

「さて。ならば冥府魔道の住人としては番犬に躾が必要でしょうか」

 

 

応じるは剣姫(鬼)。

いずれ訪れる破滅の時まで研ぎ上げ続ける煉獄の稲妻。

 

 

いや堕ちたその先にこそ、恋慕し止まぬあの黒き刃も軈て来たるに相違ないと――

 

 

 

火花散らすは二人の碧瑠璃と黒瑪瑙。

闘気を顕すが互いの跳躍機に炭素帯。

 

 

白き后狼と殺意の雷霆 ― 決着の時、来たる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手練の女衛士同士がその剣技にて舞い競いあう地上から、5kmの空域。

 

「おい、ヤバいのが来るぞ!」

 

金髪の公爵令嬢イルフリーデ・フォイルナー少尉は乗機EF-2000での空戦の最中、さらに少し離れた位置でドッグファイトを繰り広げている気取らぬ貴族 ヴォルフガング・ブラウアー少尉の警告を聞いた。

 

「ヴァイスファング・ゲシュヴァーダー…!」

 

飛来する計7機のヴァイス・ゼロ、後方に損傷2機を下げての楔壱型。

 

「アイツらはマズい、その気ンなって間合いに入れたシュヴァルツにブラウのおっさん連中があっという間に輪切りだぞ。TSFをシンケンやらヴルストヒェンだかと勘違いしてるんじゃねえか?」

「ローテ11、ブラウアー、真っ二つにされたシュトルム隊長を笑った罰だ、ちょっと突っ込んで攪乱してこい。その間に08と12とで狙って墜とせるだけ墜とす」

「おいおいおい笑ってねえし無理だって中尉、食いつかれたら1機で手一杯だ」

 

そもそも有視界戦において単機で複数機を相手取るなんていうのは、言うは易いが本来はその機体性能に加えて搭乗衛士の間に隔絶といっていい実力差があってもなお困難な話。

 

同型の3機と追いつ追われつを繰り返していたツェルベルス第2中隊ローテの03と11。長機たる03、隻眼の女衛士ブリギッテ・ベスターナッハ中尉の冷たい声はおおよそ冗談だったとしても。

増援7機にこちらの5機と合流されれば一挙に数的不利になる、接敵までもうあと10秒か。

 

 

旧知の少年の部下だとじゃれあっていたら裏目に出た。

からかいの無駄口に憎まれ口も叩くにせよ、腕は十二分以上に認めていた他中隊の古参兵たちがまさかこんな短時間で屠られるとは。

 

 

「ヘルガ、いける?」

「近接戦じゃ1対1までだ、それならなんとか、抑えるくらいは、だがルナっ」

「砲戦でも時間稼ぎは無意味ですわ。接近部隊に応答なし、フランス軍じゃないですもの」

 

前衛後衛を入れ替えるゼロ2機相手に幾度目かもわからなくなった斬り合いとその支援の中、声をかけあう青黒髪の女騎士ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー侯爵令嬢に緑髪天然ほんわか巨乳その実メカフェチ腹黒伯爵家次女ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉。

 

 

同時参加となるも初期地点が離れてしまった、フランス軍部隊と日本帝国軍部隊。

 

そして演習開始からすでに15分以上。

先刻ツェルベルス機のレーダーに現れた光点 ― 接近するアンノウンは3つ、だがウニオン共通回線の周波数で応答はなく。

 

 

「リヴィエール大尉が負けたの? 清十郎の分遣隊に合流されても相手は10機だったはず」

「挟撃を受けたのだとしてもな。率直に言って清十郎の隊機では列機相手でも精一杯、とてもあのドラゴーナーを沈められるようには思えん。…とすれば」

「カンプフント、ジングウジ少佐の隊でしょう。対BETAで優秀なのはわかっていましたがAH戦もお手の物のようですわね」

 

 

マリモ・ジングウジ。戦場の犬。

 

その戦歴は「ズィーベン・ヘルト」に比すれば劣るとはいえ、90年代前半から現在より遙かに性能の劣る第1世代型戦術機を駆り熾烈な中国戦線を戦い抜いた古強者。

そしてかのヨコハマ・ヘクセの懐刀とされる強力な衛士。

 

 

「隊にはあのタツナミ中尉もいるしな」

「昼の演習で見た限りでも、優秀なわりに個の力に頼りませんから小隊としての脅威度はリッターに劣りませんわ。ツヴァイも良い機体ですし――」

 

 

――けれど半分アメリカ製だとかいうのが実に口惜しいですわですがツヴァイはあくまで汎用機とはいえ開発主任でいらしたタカムラ中尉のリッター流法とはずいぶん毛色が違いますわよね中尉が優れた衛士でいらっしゃることには相違ないにせよそれほど器用な方とはお見受けできませんものあいえこれはわたくしが申し上げたのではなくてそこのファルケンマイヤー少尉が言っていたんですのごめんなさい本当に失礼ですわよねほほほ実はわたくし主任開発衛士は他にいたとか噂を小耳に挟みましていえあくまで噂ですのよそこでとある知人のギリシャの方にお尋ねしたら答えられないと仰るじゃありませんのそれは要するにJaということですわよねまあ機密でしたら仕方がないのですけれど日米での合同開発計画だったのでしたらおそらくアメリカ軍人だったと考えるのが自然ですがあの粗野でがさつな新大陸人にあんな繊細な戦術機が開発できるとは少し考えにくくはございませんこと皆様はどう思われますのともかくツヴァイの現時点ですでに確認済みのスペックでそうチョルォン・ファイルの『TCD・ミラージュ』ですわあれこそツヴァイの格闘砲戦運動継戦能力のバトルプルーフに他なりませんよってすでに多くの点でツヴァイは我らが白騎士EF-2000に比肩あるいは凌駕している事実を残念ながら認めねばなりませんがあれでライヒが計画するハイロー・ミックスのロー側だというのですからたまりませんわなぜってでしたらハイ側はなにになさるつもりなのでしょうあの粗野でがさつで野蛮なアメリカ中心で国際共同開発中の粗野でがさつで野蛮で醜いF-35は難航していると聞くうえにライヒは不参加だったと思いますしそもそもツヴァイ比での性能差もステルスを除けばそれほどでもでしたらまさかF-22だなんておっしゃいますのあの粗野でがさつで野蛮で独善的なアメリカが粗野でがさつで野蛮で醜くその独善と下品の象徴たる虎の子を売るとは思えませんけれど昨今の日米蜜月を考えればあり得ない話ではないのかもしれませんわねそれとももしやゼロの後継機を以て充てるつもりでしょうか現行機の強化改修計画も進められているとかいうお話もなくはないそうですしゼロの高性能は今や各国軍も認めるところですからもしやそれをベースに自国開発の道を進まれますの?――

 

 

「帰って来い、おい! ルナっ」

「駄目よヘルガ、もう来る――、ごめんね! もらうわ!」

「おっとやるじゃねえかイルフリーデ! ほれこっちも1機、ッは!」

 

換えを持たないMk-57中隊支援砲のドラムマガジン、最後の連射でイルフリーデが1機獲り。さらに撃ち切る覚悟で止めず続いたその火線を回避した白いゼロへと、先任のブラウアー少尉機がすかさず強襲掃討の証たる4門のGWS-9の顎を開いてその弾雨を浴びせた。

 

「悪ィな、遊びは終わりだぜ!」

 

近接戦は分が悪く。遠距離戦では戦果が薄い。

ならば臨むは中距離戦、2秒足らずで迫られるなら1秒以内で狙い撃つのがツェルベルス。

 

不要な馴れ合いはせぬ狼にせよ狩りは総じて共同作業、画一的な型に嵌めずとも個々の高い技量が信頼でなく信用を以て高次元の連携すらも成立させて、およそあらゆる状況下でも獲物を弱らせ仕留めてのける。

 

そうして軽薄その実気配り屋さんはあえて獰猛に笑うも、

 

「偉ぶるのはもっと落としてからにしろ、11は06と前へ、残りは支援砲撃。08も聞こえてるんだろうから現世に戻ったら続け!」

「ヤボール、フラウ!」

 

しかし残る3機の格下ゼロらは殊勝にも先達に合流を優先したらしく取り逃がし。

戦力比は1:2と圧倒的不利の状況から迎撃を急ぐ番犬部隊アーレローテン。

 

 

そして一方、対する極東の若きサムライたちは ―

 

 

「真壁大尉、支援に参りました」

「む…、応。しかし面目ない正直遊ばれているっ」

「分遣隊も全滅したようで…」

「いえ相手は欧州最強部隊に仏蘭西の撃墜王、拠ん所なきことかと」

「こちらも若葉組は半分やられてしまいましたし」

 

深紅の00式とEF-2000が空戦を繰り広げる中。

 

「白牙の、今暫く其方は預けたいっ」

 

本人の意思とはまた別に秀眉愛々しい真壁清十郎大尉は逆袈裟の太刀と見せかけて突きに切り替え、受けを狙ったカイゼル髭に片眼鏡の「音速の男爵」ゲルハルト・ララーシュタイン大尉に距離を取らせる。

 

「了解、そちらはお任せします。『色つき』相手に我々では話になりません」

「応!」

 

戦気に満ちる青年は、年上の女部下らに頼られて実際満更でもない――

 

 

「大尉ひとりで大丈夫ですかね?」

「まあ無理だな、勝てるわけがない」

「でも私たちが加勢すれば向こうさんも一騎討ちをやめちゃうでしょ」

「その気になった独逸さんにあの『赤揃え』が合流する方が厄介じゃない?」

「というわけで大尉には精々足止めをしておいてもらおうと」

「成程」

 

 

本音だだ漏れなそのやり取りにお前らそう云うのは聞こえない様にやって下さいと回線に叫んだ清十郎を他所に戦侍女らは隊列を組み直し、第1中隊と損傷機とを支援に回して突撃行へ移る。

そしてあたかもその後背を守るかのように新人大尉は乗機の紅い00式を突出させた。

 

「フム。良いのであるかな?」

「力不足は先刻承知、役者不足も重々承知。然し攻めねば勝てぬも承知!」

「その意気や佳し、良い見切りである。――では」

 

その若武者の一撃を受け止めた片眼鏡の男爵衛士は自慢のカイゼル髭をひと弾き。

日本語のやり取りまではわからぬにせよ年若き彼らの腹の内程度は読めて当然、

 

「参るぞ」

「応! 来られませ――ぅお!」

 

空を払って振られた赤の貴族のフリューゲルベルデ、応じんとした清十郎は瞠目した。

一直線に迫り瞬時に間合いを詰めてきたEF-2000の鋭角なシルエット、これまで引き気味に受けていたララーシュタイン機とは打って変わった動き。

兵装担架の87式突撃砲を起動する間などあるはずもなく74式長刀で受け――

 

いかん!

 

突進の慣性力に上体のひねりをも加えた斧槍の一撃は迂闊に受ければ74式が折れ飛ぶだろう、刹那に察してその強烈な右からの薙ぎの一刀を青眼から上方向へと受けて流すも手応え重視で両主腕への感覚直結比率を高めてあった操縦桿を握る両手が痺れるほどの衝撃力。

 

「流石は! しかし!」

 

大振りの男爵機、去なしに成功した清十郎機は絶好の機を得て――

 

――!?

 

瞬間最初に視界に映ったのは紅い機体の背、振り回したフリューゲルベルデの慣性力に左跳躍ユニットの噴射、そして去なしの抵抗すらも計算に入れたか左方へ飛び去りながら高速回転してみせた男爵機がその左主腕一本で斧槍を振るう。

 

「ぬあッ! くッ、――!」

 

考えての判断というより積んできた鍛練の成果から生まれた反射で清十郎は今一度右から襲い来た重い一撃を流してのけるも高速機動中に確実にその刃部分が当たるよう長柄武器を操る音速の男爵の技量に戦慄させられ、さらにもう一回転しつつ離脱行に入らんとする深紅のEF-2000の右主腕に構えられたGWS-9突撃砲の銃口を目にして慌てて回避機動に移った。

 

確かに、これは…!

 

止まず追い来たる火線を躱すべく連続しての乱数回避、清十郎は歯を食い縛りGに耐え。

反撃の糸口を掴む間もなく猛禽の如く襲い来るララーシュタイン機に辛うじて即応する。

 

300mほどの距離を空けての徹底した一撃離脱。いや正確には二撃三撃。

 

互いに戦闘機動中、しかしこちらを狙って走る火線の動きは正確で。しかもそれは命中ならずとも確実にこちらが選べる機動の幅を狭めた上で、速度が落ちるその瞬間を狙いすまして突撃が襲い来る。

 

音速の男爵。

紅い機体を朱いロケットの炎が押し出し、各部センサーの橙が光の尾を曳く。

 

そしてその離脱後のララーシュタイン機をなんとか見れば ― 跳躍機の噴射のみならず大質量の斧槍を故意に振ってはその慣性をも利用しての鋭い旋回。接近しても斬り合いには持ち込まず、一行程を多くとも数合までの斬撃に留めては同時に高速の突撃・離脱行により抵抗風の流速を高めて関節部の高効率な空気冷却も視野に入れているのか。

 

 

その機動は直線的で単純明快、しかしそれを可能にするのは高度で緻密な操縦技術。

 

もう中低速での格闘戦にはつきあうつもりはさらさらないと己の有利な点のみを一方的に押しつける、貴族そのままの傲岸な戦い。

 

 

受けては勝てん!

 

しかしそれを否定する力が紅顔の若武者に欠けているのもまた事実。足を止めての剣術戦ならまだしもその名にし負う七英雄が高速機動の達人にその機動戦で挑むには。

双刃ほどの機動術あらばその赤の英雄にすらも追随凌駕することが出来、雷閃までの剣技があれば力任せの突撃等は刃圏に捉えて迎撃瞬断する等やりようがあったのやもしれぬが、

 

「――ままよ!」

 

挑むが他に遣る方無し!

 

四度目の突撃を辛うじて流し、長刀にぴしりと走った軋み音。

ララーシュタイン機からの離脱射撃の36mm数発が装甲を掠めまた当たるも弾くに任せて清十郎は突進した。

 

未だ勝算はなくはない、兵装担架から抜いた突撃砲を撃ち放ちながら追い縋り、剣の間合いに捉えるや否やそれを放り捨てて斬りかかるも切り結ぶ素振りすらなく大きく動いて距離を空けんとした男爵機には掠めて終わり、その乾坤一擲の突撃を躱されてはとばかりに長刀一本残したのみで必死に離脱を図る。

 

跳躍機の出力全開、いや00式Fの跳躍機FE-108 FHI・225ならば直線加速においてすらEF-2000を凌駕するも背後から狙い撃たれる弾雨を避けての逃避行では――

 

――ここだ!

 

わずか落ちる00式の速度、追い来たるEF-2000。

同系色の両機の相対距離は180m、追撃をかける男爵機が右主腕にフリューゲルベルデを抜き放つ。

だが横薙ぎにその巨大な刃が振られるコンマ7秒前に、清十郎は全開の跳躍機の噴射角度を強引に真下へ向けた。

 

「!」

「受けよ!」

 

瞬間の上昇からさらに角度を変化させる跳躍機の噴射につれて天地逆となる紅の00式、全身で受け止めていたGが瞬時に移動し深紅の零式強化装備が即応して加圧部位を変化させるも消し切れはせぬ負荷に清十郎はぎりりと歯を食い縛りつつも制御下に置いた00式の機動は緩まず。

前進速度は空気抵抗で落ちるに任せ極僅か10mの高度上昇すなわち追い越しゆく敵機を剣薙ぐ間合いに捉える大仰角での極小半径後方宙返り。

 

「頭上の不利を知れ――!」

 

紅の鬼が右主腕にて握るは必殺の長刀。翳した左主腕と交差させては上体を捻っての渾身の左薙ぎ、刹那後眼下に現れるだろう減速しきれず通過してゆく無防備な独逸電気騎士のその後頸脊柱上部の予測位置へと斬撃を繰り出した。

 

「戦術機動剣 ― 『鍾馗』!」

 

殺った!

 

そう清十郎が勝利を確信――する間もなく。

 

「いや。ナインである」

 

反時計回りに旋回するBWS-8 フリューゲルベルデが、がら空きになった清十郎機の右腹部を直撃していた。

 

「ぐはッ!?!?」

 

EF-2000の右主腕にて薙がれ始めていたフリューゲルベルデ ― 高機動中での大慣性に空気抵抗に大振りの一撃では斬撃軌道の大幅な角度修正ましてや上方へ等は容易ではなかったはずが ― 繰り出されたのは斧槍の柄を握る掌部を回転させての風車の如き旋風撃。

単純な横方向への線となるはずの太刀筋が清十郎の想定よりはるかにその攻撃半径を増して宙空の00式を捉えていた。

 

旋回による剣速はさほどに速くはなく致命打には至らぬものの大質量を誇るフリューゲルベルデの衝突のその衝撃は小さくはなく、腹部装甲を損傷させつつ姿勢を乱された00式内部の揺さぶられるコネクトシート上で清十郎には何が起きたのか解らなかった。

 

「またしても良い動きであった――が」

「くッ…!」

 

勝利を掴みかけた一瞬からの転落、その混乱を一時追いやり。

姿勢制御・損害事後処置・各部確認 ― 離脱をかけつつそれだけのことを平行する清十郎に容赦なく迫る赤い男爵の眼光。

 

「戦闘においては興奮は禁忌である。僚機が分解しようが戦況が地獄と化そうが、ましてや絶好の機会を得ようが――未熟ならば尚更、常に冷静であれ」

 

紅のEF-2000がまたフリューゲルベルデを振った慣性を利用しての鋭角ターン、そして無慈悲な照準で動きの鈍った清十郎の00式にその火線を浴びせつつさらに突撃、そして振りかぶられた荘厳なる翼は極東の鬼武者が掲げた魂を叩き折ってついにその機体へと食い込んだ。

袈裟がけの一刀、致命の一打。

 

「ぐッ…、……、無念…」

 

左肩部から押し込まれた斧槍の肉厚の刃が斬るというより圧し割るようにし、00式の胸部までを破壊判定。撃墜。

 

「……お見事です。仕合下さり有り難う御座いました」

 

矢張り届かず。

暗く明度の落ちた管制ユニット内、清十郎は下を向いた。

本来なら潰されて即死、いや或いは死ぬに死ねずに地獄の苦しみ。

 

「うむ。卿も実に見事であった」

「いえ…我が身の未熟を思い知った次第です」

「弛まず学ぶが良い若人よ、その悔しさが卿を男にするであろう」

 

我が輩とて卿の最後の一手、崩せたは半ばは学びによるものであると。

 

そう片眼鏡を光らす男爵、共に目指すべき頂は未だ遙かに遠く。

唯その気づきと目標とを見せてくれた男の背を追い尚誉む可し。

 

その言葉にやや俯いて唇を噛んでいた清十郎は一度はっと顔をあげ、

 

「その御言葉しかと胸に…ですが心技至らず貴隊の末席を汚すにも未だ…」

「であるな。卿が真に我らが大隊の一員となるには到底届かず」

「っ…、…心得て、おります…」

 

突き放したかのようなその言葉にまた突き落とされ――たが。

 

「なにぶん我が大隊の入隊基準は身長163cm以上が必要である」

「またそこ!?」

 

通信から消え去る瞬間にも表情ひとつ変えずにカイゼル髭を弾いてみせた壮年貴族の言いようが、どこまで本気なのかは清十郎にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火花が散った。

 

先に討ち取られ片膝をついて擱座するグレーのEF-2000 ― そのスターライト樹脂の装甲板が瞬斬され。鋭角な頭部は刎ねられ飛んで、斧槍を握ったまま垂れ下がっていた左主腕が千切れ飛ぶ。

 

実戦ならば ― この先んじてヴァルハラへと旅立っていた部下の機体を盾にして、ジークリンデの純白のEF-2000は円の軌道で立ち回る。

 

ジークリンデ機が正面に捉え直接視界に入れているのは前方7m足らずに擱座した部下機、その向こうにちらちらと垣間見えるのが敵機 ― 山吹色の00式F型・篁唯依機。

 

「Ha!」

 

右方向へ回り込み踏み込んでのフリューゲルベルデの右主腕片手振り下ろし、躱されるやすかさず襲い来る反撃の突きを地を穿った斧槍の柄を躊躇なく放して地を蹴り逃れ、ぐるりと左に回りつつ部下の遺品たる斧槍を拾い上げての両主腕斬り上げ。

しかしそれもすでに振り返っていた00式のその鼻先を掠めるように外れ ― 否スウェーバックで躱された、ジークリンデは伸び上がる武器の慣性に逆らうことなくさらに後押しする形で機体を捻り翻して背を向けて、跳躍ユニット噴射で距離を取りつつ後方90°近くまで横薙ぎにした右主腕フリューゲルベルデの切っ先で唯依の追撃を押し止める。

 

そして直進は戒め。

すぐさま機体自体は擱座機を盾にするため左方へ転じながらも時計回りで向き直り、迫る唯依機に向けられたままだった斧槍を最速で引き戻して柄を寸断されるのを防いだ ― と見せて瞬間その柄を手放すや宙空のそれを機体を素早く旋回させつつの左主腕で掴み取り、開く機体の右方を擱座機で守っての左突き――を、

 

「っ!」

 

すくい上げの一太刀で跳ねあげられそして一息に迫る山吹の00式 ― ジークリンデは全力でEF-2000を後退させつつ主腕への負担は承知で上方へと跳ねさせられたフリューゲルベルデを強引に振り下ろす、しかし同じく上から下へと帰るカタナの刃が閃き――撃ち落とし。

甲高い硬質の衝撃音と意外にもそう大きくない衝撃、あろうことか斧槍の肉厚の刃が斜めに切断されて喪われていた。

 

さすがに…っ、とんでもないですわ…!

 

こめかみに伝う冷や汗、后狼の内心の戦慄はしかし操縦の正確性を損なうことなく。

刃部分が半分になってリーチこそは減じたものの軽くなった斧槍を振って牽制をかけ、噴射に加えて地を蹴りつけて右手側の擱座部下機を後ろ向きのまま回り込む形でさらに退がる。

 

 

端的に言って化け物だ。

 

剣の間合いの、しかも地上で戦っていい相手ではない。

 

 

追い追われ、いやほぼ追われて。

 

 

そもそもEF-2000は近接戦も考慮に入れた全領域機、しかしTyp-00は近接機動格闘戦性能を極限まで追求した機体。

ゆえに本来以上にこの状況下で機体性能において劣るのは承知の上、だがこちらにしてもXM3の搭載と慣熟によりこれまではやはり存在していた機体の応答性と速度における意思と五感とのズレはほとんど解消されているというのに。

 

 

しかも特段、相手はそのTyp-00が持つ出力や反応速度に寄りかかるでもなく。

たとえば跳躍機メインで立ち回るこちらに対して、タカムラ機はあまり噴射を使わない。

 

「その足、…っ」

「流石、一太刀毎に手の内を剥かれますか」

 

元々は我が剣流向きではないのですが等と言いながら。

 

脇構えにて追って迫った唯依の立て続けの二閃、斬り上げ、斬り下ろし。

ジークリンデがその剣筋を目で追えたのもかろうじてのこと、至近というにも近すぎる場所を剣先が掠めていったのは見切りゆえではなく必死の後退の結果でしかない。

 

 

設計段階での優位性といえばそれまでながら、多少の可動域を持つとはいえ足部が単純な靴型にすぎないEF-2000と違い00式は爪先が二叉かつ踵部とも別々に独立して稼働するようになっているらしく ― 剣の達人の素足の五指の如くに地表を確実かつ最適に「掴ん」で、踏み込み・転じて・跳び退る。

 

 

「貴女こそ、その若さでその技量とは…本当に驚嘆します、わっ」

 

さらに追い来る唯依から退いたジークリンデは護りにしていた擱座機からはわずか離れつつ断たれた斧槍を素早く右主腕へ持ち替えて見せたその瞬間、先に放り出し地に伏せていたフリューゲルベルデの柄の末端を左脚踵部で踏みつけ立ち上がらせるや空けた左主腕で掴み取っての逆胴左薙ぎ、だがそれも躱され――空を斬った大刃は擱座機の胸部へと火花を上げて叩きつけられ、物言わぬ無辜の部下機が仰向けに倒れ込むより迅くその凶器の柄をさらなる凶器の刃が疾って寸断した。

 

ジークリンデ機に繋がったままの通信回線、網膜投影の視界の左下に浮かぶのはその感情を伺わせぬ半眼にしかし端整な面差しのうら若き黒髪の女衛士。

 

「正に過分な頌詞にて」

 

やはり二人の剣力の差は后狼の危惧よりさらに大きく ― そして剣姫の警戒よりは小さく。

それでも唯依がまたも見せる謙遜に、だがここまでの立ち合いですでにこちらの底をほぼ識られたことをジークリンデは悟っていた。

 

「とはいえ、さて――」

 

そしてふい、と気のない呟きのように。

向かい合って30m、停止した山吹の00式が頭部をセンサーと共に上空の蒼へ向けた。

 

 

そこには飛び交い銃火を交えて剣戟を交わす黒と黒の軌跡。

持ち得たあらゆる技量の限りを尽くして繰り広げられる闘争はいつ果てるとも知らず。

 

 

「宴は楽しいものなれど、後も閊えて居りまする」

 

男達を遠望する半眼に落ちた黒い瞳は、ごくわずかに眇められ。

 

― そろそろ斬るが、宜しいか ―

 

一見隙だらけの立ち姿、戻ってきた黒耀の視線がそう問うように。

おおむね誘いに挑発か、あるいは事実を述べたのか。

 

百戦錬磨のジークリンデは逸らない、しかし唯依とて言葉面ほどに驕りも気負いもなく。

おそらく実際に人を斬る段に至っても彼女はこうなのだろうとジークリンデは確信していた。

 

「…ひとつ尋ねてもいいかしら」

「ええ、どうぞ」

「我らが王、貴女なら勝てて?」

「いえ無理でしょう。抑抑中尉殿にせよ、こうしてお付き合い頂けねばどうなることか」

 

変わらず口にされるは謙り、確かに徹頭徹尾近接戦の間合いに入れねばなんとかなったのかもしれないが、1対1の状況下では砲戦から入ったところでおそらく変わらなかったろう。

ゆえにジークリンデは唯依のその即答には買いかぶりでしてよと返しつつ、

 

「なんにせよ…敵わないと自覚する衛士を王の御前に通すわけにはいきませんわね」

 

純白のEF-2000が握るのは、半ば断たれた右手の翼、柄だけ残した左の翼。

 

実際のところ、時間稼ぎはもう十分だろうし王が責めたり恨み言を言うはずもなし。

それでもまがりなりにも二つ名を戴く衛士としては、何もせず斬られるわけにもいかない。

 

「それは無用の御心配かと。何しろ我らが双刃、狼王殿にもおさおさ引けは取りませぬ」

「あら…」

 

だが手練れの衛士のその半眼に、わずか婀娜めく女の素顔を后狼は見逃さず。

 

「ではお互い信じる殿方のため力を尽くすと致しましょうか」

「私は武家の女の節を通すのみにて――参る」

 

そして脇構えの山吹の00式が滑るように動き出す。

 

言いつつも聞く余裕はなく全速で後退をかけるジークリンデ、地の利とするべき高さを保った擱座機は後方200mにあと1機を残すのみ、しかし策がないわけではなく。

迫る唯依機に右を振っての牽制 ― と見せての棒きれと化した左を投擲、稼ぎ出した砂金より貴重な1秒で残る擱座機 ― 頭部と右主腕とを失って力なく長跪した1機 ― の左方へ辿り着いた。

 

勝負は一瞬、一撃に賭ける。

 

故意にコンマ5秒の遅滞を取ったジークリンデは追い来る唯依機の姿を見、全速で右方へ短距離噴射滑走、右脇構えからの薙ぎから逃れるべく擱座機の裏へ。

 

その気になれば縦横問わず戦術機をも寸断せしめるリッターの太刀、今度はそれを止めるまい。これまで幾度も回避に使った障害物、それを先に除かんがためのその一刀 ― だがさしものリッターとはいえ地を踏みしめての大斬撃のその直後には寸毫とはいえ硬直がある。

 

そう読んでいたジークリンデは最速で機体を沈めさせながら半ば断たれた右の翼フリューゲルベルデを背後まで引き絞るように構えるや肩部を除く右主腕ユニット全関節部のロックを解除。そしてカーボニックアクチュエーターの最大出力で振り出した直後にさらに残る肩部のロックも外して右主腕全体をしならせ伸ばしての鞭斬撃 ― ヴォルフスモント・パィチェシュヴィンゲン。

 

火花散らして悲鳴を上げる電磁伸縮炭素帯、その先に握るは大刃を断たれ軽量化した斧槍。

そして鋭い刃風と共に鞭の如くにしなる右主腕はさんざんに躱され見切られた間合いの長さを易々と越えて障害物を挟んだ視界外死角から00式へと襲いかかる――手応え――

 

――軽い!?

 

機を沈めるジークリンデは網膜表示の機体ステータスで振り出した右主腕が一気にオレンジ表示に変じるのと遮蔽に使った擱座機の胸部から上が横一文字に断たれるのを同時に見、その低い姿勢からあらかじめ入力操作していたロケットの噴射で右方向へと滑り出す。

 

躱された!? いえ、

 

体が崩れながらも右薙ぎの太刀を振りきっていた唯依の00式、その左脇腹には損傷痕。

深くはないが浅すぎもなく割れた山吹色の装甲からして衛士にはそれなりの衝撃もあったはず、しかし最大出力の振り出しであの程度とは断たれ軽くなり失われたフリューゲルベルデの質量は速度を以て補ったはず、まさかあの崩れた体勢からして斬撃の途中に読まれ気づかれ跳ばれて衝撃を逃がされたのか。

 

いずれにせよこのまま――!

 

一瞬で剣の間合いの外、さらに通常の斧槍の間合いの外まで逃れたジークリンデは右主腕に入る関節部の再ロックとチェックのフェーズをすっ飛ばし、再度の最大出力を以て今度は大上段から振り出した。狙うは薙いだ太刀を振り切りながらも動き出そうとする唯依機のその頭部 ― シャイテルハウ・アウフシュリッツェン。

 

肉眼では追えない速度の世界 ― 5割近くの勝利を予期しつつもそれとは別に思考と手動での制御と入力を始めていたジークリンデ、その視界中央からやや右寄り上に大きくも鋭い弧を描くフリューゲルベルデの斬撃線――

 

だが閃く雷がその上方から ― ブリッツシュラック。

 

「――!」

 

同じ太刀筋での真っ向勝負、しかし後出しの雷閃の一太刀に追いつかれ撃ち落とされ断たれる荘厳の翼 ― 残された刃はもう亡く。

それでも右主腕機能停止の表示にさえも構わず後退をかけるジークリンデはすでに左兵装担架をダウンワード展開させつつあり、降り来たるGWS-9での砲撃を企図す――る――、違和感。

 

機体の ― 動きが ― いえ ― 私が ― 遅い ― ?

 

集中力が加速し引き延ばすその時間感覚の中、じれったくも感じる自らの動作に対して。

視界には迫り寄る山吹色の鬼。

 

「――御美事です」

 

そして通信ウィンドウには人形めいた美貌に半眼の黒耀 ― 其処に今は殺気も威圧も無く。

 

そして粘性を増したかのような時間と空間の中、自分だけが違うとばかりにするりとすべりこむその動き。修練の果てに一分ならず一厘までも無駄が削がれて最適化されたその歩法。

人間が視覚情報を元に無意識に生み出す未来予測、そこからコンマゼロゼロ秒だけ先んじて、さらに闘気を鎮めて寂静の境地に至る「見えているのに掴まえられない」あの機動。

 

そして極々至近。武器も振れない、腕を伸ばして押すのが精々の間合い。

 

后狼の先行入力、EF-2000の下がり終えたGWS-9が火を吹く ― しかしそれは00式の左主腕がいっそ優しく感じるほどの挙措にて外側へと砲を押しやり発射された36mm弾は空を穿った。そして下げられたままの剣姫の愛機の右主腕には、提げられた逆手の97式近接戦闘長刀。

 

 

「然れば拙き業為れど――」

 

 

そう呟いた通信越しに目が合った。その瞬間 ― 否刹那。

 

唯依の黒瞳の向こうにジークリンデが幻視したのは ― 静謐なる昏衢の闇。

 

 

 

―視死事―

 

 

 

只静寂 ― そして眼下には無限の水鏡、いや何も写さずその水底に。

 

 

真円の黒とその縁に燃える青白焔 ― トタール・ゾネンフィンスターニス。

 

 

そしてその無の空間の水面にはじまりひろがる無音の波紋 ―

 

 

 

―唯如帰―

 

 

 

すべては一瞬に満たぬ ― 雲燿の間に。

 

 

「!!」

 

ブヅン、と。しかしその小さな異音と衝撃はJIVESからの切断によるもの。

暗転した視界、大半が消えた網膜投影の情報には「Zerstört」の表示。

 

「い、今のは……」

 

ジークリンデは自分の声がひび割れていることに気づいた。

それは恐怖ゆえ。全身からどっと汗が噴き出した。

 

 

完全なる静寂から。最後に奔った凄まじいまでの殺気。

 

 

斬られたのか。だがあの距離でどうやって。

真っ赤に染まった機体ステータスを見れば左脇腹部から右肩部へと斜めに切断されての大破判定、衛士死亡。

 

衝撃すらもさほどに感じず。抜く手も見せぬまさに神速の逆手抜刀術。

 

実戦ならば斬られたことに気づく間もなく死んでいた。

いや、今自分は一度本当に殺されたのかもしれない。

そう思いつつ、強化装備の高伸縮排泄物パックの残容量は見ずにいるそこへ。

 

「御相手下さり有り難う御座いました」

 

網膜投影左下、小さく現れた黒髪黒眼の女衛士。

変わらずの鉄面皮ながら殺気も剣気もすでになく、黒耀の瞳も大きかった。

 

「こちらこそ……、完敗でしたわ」

「いえ、繰り言になりますが此方の土俵に上がって下さったが故でしょう」

 

実戦においては繰り出されるその剣にこそ隙がある。

それに先んずる奇襲の一撃を辛うじて凌げたのも「人体≠戦術機」という戦い方を見知っていたがゆえだけのことだと。

 

「…彼のことかしら?」

「御想像の儘に」

 

 

小さく笑んだジークリンデには語りはしないが唯依の最後の一太刀にしても ―

 

本来居合いは守りの形、ゆえにあの業こそは本来は。

「順手の剣では近すぎる間合いにまで超高速で潜る衛士」を「その間合いにまで迫られた上でそれを上回る超々高速で迎撃相討つ」ために編み出した外式抜刀術。

 

 

「どうか大尉殿にもよしなに」

「申し伝えますわ。でもそれだけの力を持ちながら…本当にリッターは謙虚ですのね」

「今世にて衛士の個の武勇等如何程の意味が御座いましょう、単機若しくは少数で出来る事等高が知れて居ります」

「たしかに1対1での優劣なんて、戦場では大して意味はございませんけれど…」

「此度とて当初より大尉殿に中尉殿の加勢あらば私は為す術無く討ち取られていました」

 

そうは言うけれど彼女相手の近接戦では2対1でも怪しかったとは思いつつ。

 

「ですが軍事大国の精鋭部隊というのは、実態以上に誇張され喧伝されるものでしてよ?」

 

それは他ならぬ自分たち、欧州に広く名を轟かす番犬部隊。

その白き后狼、ジークリンデにはまだ残る通信に時間稼ぎの意図も無くは無いにせよ。

 

 

そしてそのツェルベルスを以て尚、こうして瞬きの間に斬り伏せたのが彼女と彼女たち。

 

余戯たるブレイコー、模擬戦の帰趨がどうなるにせよ、人の口に戸は立てられない。

いずれ国元に戻る衛士のみならず整備兵らからも、今夜の出来事は広まっていくだろう。

 

ライヒス・ヴァッハリッター。日本帝国斯衛軍。その剣の武威と共に。

 

 

しかしその后狼の指摘に、「七英雄」の内二人を屠り去った極東の女剣士は頭を振った。

 

「風評は兎も角、文字通り剣に生き剣に死す等との徒事が赦されるのもあと如何程でしょう、恐らくは技術の進歩が再び剣を過去の遺物に押し流す迄の寸刻に過ぎませぬ」

 

それは恐らく、厳然たる予想された未来。

小型ミサイルの登場を待つまでもない、

 

「…近接信管を搭載した砲弾の量産配備でAH戦は砲戦主体になると」

「然り。ステルス機が標準化されても有視界距離の砲戦になるだけでは」

 

無論近接戦技総てが徒に成ると迄は申しませぬがと、変わらず平然とした応え。

オールTSF・ドクトリンにおける対BETA編成というなら、貴隊の装備体系は最適解のひとつであろうとも。

 

「それに目にも留まらぬ抜き打ちに殺気を消して人の呼吸を欺く歩法等、異星種相手に如何程の役に立ちましょう。修練の手間を鑑みればまるで割に合いませぬ」

「そこまで解っていて貴女は…」

 

驚いたというより、ジークリンデは呆れた。

 

 

二十歳程度の年齢でこの技量の積み上げ ―

いかに才があろうとこれほどまでに剣を修めるのは生半可な鍛練ではなかったはず。

まして開発衛士としての優れた業績からして、その方面の努力も。

 

つまり年若い彼女は、これまで生きてきた時間のほぼすべてをそこに注ぎ込んで。

技を磨き、智を蓄え、その手を血に染めてまで。

にも拘わらず、その多くが時勢という己一人の力ではどう仕様も無い大きなものに飲み込まれ消えゆくことには従容として迫らず、唯その流れに依りて総て受け容れようと。

 

 

「忸怩たる思いはなくて?」

「國軆が護持こそ我等の宿願、その本懐を遂げる可く時機に応じて手段は問わず。剣への拘泥も放捨出来ましょう、少なからず業としては残るでしょうし」

 

既に数百年を閲してきたのです、日の本の民在る限りそうそう無くなりはしますまいと。

 

では、と締めくくって消えていったその声に、そうではなくて貴女自身はどう思うかと問おうとしたジークリンデは繰り言になると自ら気づいてやめていた。

 

若い子を見るとついつい偉そうなことを言いたくなるのは…歳のせいでしょうか。

 

部下にそう言われたら、三割増しの笑顔でこめかみぐりぐりの刑だけれども。

ジークリンデは意識して身体の各所の緊張をほぐしていきつつ、発汗のべたつきをとるべく強化装備の分解濾過機能をONにしコネクトシートにしばし身を委ねた。

 

サムライにはサムライの道があるのだろう。それは女であろうと変わらない。

そして少なくともライヒは敵国ではなく当面戦場で相対することはなさそうなのは僥倖で。

 

「それにしても……」

 

BETAの物量は常に圧倒的で、目下人類最大の脅威であることに間違いはないが ― 来たる人類同士の闘争の時代も、現在におさおさ劣らぬ厳しい情勢になりそうだ。

なにしろ本格的にその時代が来るということは、あんな破壊の権化のような異星種相手に圧倒的不利・圧倒的少数の状況から人類が勝利を得たがゆえに他ならず。

古来戦争になれば頭も回って元気が出るのが人類だなんて言われているのは本当かもしれない、そんな人類同士で知恵を絞りあい力を尽くして殺しあったらどれほどの死者が出るのだろう。

 

せっかくBETA大戦を生き残っても来たるべき未来はそんな世界なのか。

 

いや元々そんなだったところにBETAが降ってきただけの話、ここは旧冷戦期を知る古老らに知恵を借りるべきところなのかも。

 

ともあれ今夜は。

 

王のためにできる限りはした、それに自分にも得がたい良い経験にもなったとジークリンデは感じる一方、余興のはずが予想をはるかに超える重労働になったことにも思い当たって、彼の秘蔵のコレクションから特上のトロッケンベーレンアウスレーゼの一本も頂戴しようとひそかに決心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつもご感想・評価下さる方ありがとうございます

一言でもご感想下さるととっても嬉しいですし、その他ご意見ご指摘等ございましたらばんばんお願いします


唯依ファンの方ごめんなさい
なんか清十郎を上回る立派な厨二病患者になってしまいましたw

模擬戦全部は終わらなかったし…アイヒベルガー戦なしでいいですかねw


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Muv-Luv UNTITLED 20

Ich werde nicht sterben, ohne ”zuleben”.

 

 

Ich werde niemals nachgeben, auch wenn meine Ideale nicht erfüllt werden.

 

 

Also werde ich nicht mit Bedauern sterben.

 

 

 

 

『Lösen Sie die Rückhaltevorrichtung.

Die Verwendung der freigegebenen Leistung kann zur Zerstörung des TSF führen』

 

「Ja」

 

『Akzeptiert...Gute Jagd, Mylord』

 

 

 

 

「Mein König…」

「Beeil dich. Komm, los!」

「Nein...Willi…...」

「Leb wohl, Meine Frau......Du müssen überleben」

 

 

 

 

”Letzter Buchstabe” in ...0?:K?s??g??……...Datenkorruption.

 

 

 

 

Siehe, die Wölfe rücken ohne zu zögern in die Hölle vor.

 

 

sie wurden von der Welt verlassen, aber was treibt sie an?

 

 

Es ist nichts anderes als der Wille eines lebenden Menschen.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 5月 ―

 

 

バルト海。

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地、主格納庫。

 

白夜の始まりだす季節。時間は遅いが薄暮の外界に反して施設内には煌々とした照明。

全体的には老朽化著しい基地施設をして、立ち並ぶ全高18mの人型兵器 ― 戦術機を昼夜を問わず修理点検整備するため余裕の乏しい欧州連合軍の財布から整備されたもの。

 

戦術機1個大隊を収容可能なこの主格納庫は高さが20m超程度ながら、1機あたりのスペースが縦横20m*8mにしてそれが1列6機*6、面積では1ヘクタール近く、第2次世界大戦後に再開され欧州で伝統の人気を誇ったもののBETA大戦による大陸失陥で再度の中止に追いやられたプロサッカーのコート1.4枚分ほどにもなる巨大かつ広大なもの。

 

一方、敵の航空攻撃や誘導弾および曲射砲撃を考慮しない対BETAの基地には掩体はあまり存在せずアラートハンガーも含めて専用のガントリーこそ備えるものの戦術機格納庫は基本的に単純な構造で、今その巨大建造物の中央を貫く無骨な通路には人だかり ― というにはやや多く、120人を超える男たちに女たちが集まっていた。

 

彼らのおよそ半数ほどは本来ここを持場とする整備兵たちではなく、戦闘・訓練等の任務時に着用するはずの強化装備に身を包んだ衛士たち。

カバーオール姿の整備兵らと共に充電機能を備えたCウォーニングジャケットを羽織った彼らが固唾を呑んで見つめるのは、急遽設えられた複数枚の大型ディスプレイ。

 

そして後方からでも見やすいように整備用のクレーンを使って高く持ち上げられたそれらには今、統合仮想情報演習システム・JIVESの模様が映し出されていた。

 

この格納庫に立ち並ぶ欧州連合軍の最新鋭機のうちフランスの騎士ラファール部隊はすでに墜ち、残るEF-2000 タイフーンが彼ら欧州連合軍衛士らの希望となるも――

 

「竜騎兵に続いて番犬部隊まで…あっという間だぞ」

「酔ってる…ってほど飲んでねえよな?」

「ああ、俺は下戸でビールで吐く、だから素面もいいところだが同じ物が見えてるぜ」

「やらせじゃねえよな?」

「バカ、あの高慢ちきのチーズ喰い連中がニップに花持たせるわけないじゃない」

「それに見たかよ『青薔薇』と『白后狼』が真っ二つだ、クラウツのHQが泡吹くぞ」

「実戦であんなことになったら士気ガタ落ちで戦線が崩壊しかねないわね…」

 

この基地に集った衛士らは、誰も彼もが各国選り抜きの腕に覚えのある者ばかり。

演習中の独仏軍を除いた今ここにいるその彼らをして、冴えない軽口を叩かせるのが精一杯の戦況がJIVESを中継する画面上に展開されていた。

 

 

広大な基地敷地内、この主格納庫の隣にもほぼ同規模の戦術機ハンガー。

そここそが、今回の新装置XM3の導入慣熟に伴うDANCCT ― 異機種・異国籍部隊間連携訓練において教導役を担う日本帝国軍部隊の一夜城。

 

現状優勢を誇るそちらでも、先に落とされた者たちはこちらと似たり寄ったりで戦況を注視しているのだろうが――

 

 

「機体の性能でしょうか」

「確かに運動性は高い…が、単純に近接戦の技量で負けているんだろう」

 

見学組の最大勢力、イギリス軍の衛士たち。

事実上の欧州連合盟主国たる誇りも高らかに、青基調の強化装備でライトグリーンのEF-2000を駆るナイト・イン・オヴィディエンス。

 

「さすがに地獄の番犬共もリンボの異教徒には噛みつきかねますか」

「比喩じゃないぞ、エリートサムライの恐ろしさは親愛なる植民地人から聞いててな」

「ああ、トップガン連中御自慢のF-22がサンデーローストのファルス扱いだとかいう?」

「50ヤード内に入れたら最後、気がついたら首と胴とが泣き別れさ」

 

SLASH!とばかりに首元で五指を揃えた手を振る中隊長。

 

「そりゃまた…そうだショーン、お前スコットランド出身なんだからカタナは得意だろ」

「あー、まあ6BCの頃からムラマサだかマサムネだかが…、ってなんの話だ」

「なに言ってる…ですがこれでは少なくともロイヤルガード相手に接近戦は無謀ですね」

「騎士道よ永遠なれ、砲戦主流のこの時代に抗うとはいっそ羨ましくすらありますな」

「だが一度捕捉されれば容易には逃げられん、斬り込まれるか隊を崩されたら分が悪いな」

「サーベラス共もよくつきあいますよ。旧同盟国の誼ですかね」

「まあデータ取りだろうが…」

 

 

とかく対外的にはユーロユニオン代表としてはフリッツばかりが取り沙汰されるも、終わって久しいパックス・ブリタニカの栄光と伝統とを受け継ぐ矜持までは失っていない。真なる世界帝国を築いた歴史を持つのはイギリスをおいて他になしと。

 

だが一方の現実としてはかつて七つの海を制した大英帝国をして、今や軍事強国としては米ソ日に次ぐ地位でしかなく。同じ島国海洋国家として、さらには近代化後発組のエンパイア・オブ・ジャパンなぞの後塵を拝すのは忸怩たるものとてあるが――

 

 

「一当てのつもりでこの切れ味は想像以上だろうな」

「ステルス機が普及するまでは十分以上に脅威です」

「にしても…元来対ソ意識のあるエンパイアです、イワン共もここまでやるんですかね」

「ふむ…グヴァールヂヤなら相応だろうがアラスカの畑でこんな優秀な衛士が取れるかな」

「ニホン軍もこんな化け物ばかりじゃないでしょうしね」

「『ラビドリー・ドッグ』の意思表示ですか、我ら精鋭ユーロ派遣はポーズに非ずと」

 

 

おい、と誰かが言った。

その声に衆目が向かった先には一人の小柄な、いやかなり小柄な衛士の姿。

波打つ金の髪に強気な青い瞳。薄紫基調の強化装備に薄灰色のCウォーニングジャケット。

フランス軍の「前衛砲兵」ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

やや皮肉屋だが勝ち気で負けず嫌いという前衛衛士を絵に描いて動かしたような気性の彼女は此度早々に脱落の憂き目に遭っており、一方その性格以上にその力量は広く欧州連合軍に知られるところ。負けん気に向こうっ気の強い手練れの衛士らをしてきっと機嫌が悪いに違いない小型の虎に好んでちょっかいをかける者もおらず。

 

11人の部下を引き連れる彼女はしかしスツールのひとつもない格納庫、気を利かせた部下のひとりが引っ張ってきた工具箱の上に腰を下ろした。

そして遠巻きにこちらを伺う色とりどりの瞳らを、一瞥見回しフンと鼻をひとつ鳴らし。

 

「こりゃいいわ、再挑戦の順番待ちは短くて済みそうね」

 

その明白な嘲弄に居並ぶ衛士らからはさすがに反論と嫌味と罵声が飛ぶもフランスの騎士は取りあわない、観ていてオンピアの連中の凄さが解るというのも彼らにたしかな技術がある証左ながら。

 

 

雁首並べてやる前からこりゃ勝てそうにないと思ってるような諦め漂うツラばかり。

西ドイツ最強、すなわちユーロユニオンきっての精鋭にして世界に名だたる三頭犬らが撫で斬りにされる姿を見ればそりゃその気持ちもわかりはするけれど。

 

実戦だったら同数同士で差し向かってのプレ・ゴゥなんてことにはまずならない、だからやりようはあるはずだなんて弱い自分を慰めてどうする。

戦闘では負けたが戦争には負けていないとか祖国の偉大な先人の名言を引くつもりはないから、近接戦で負けただけとは言うつもりはない。負けは負け、全力で挑んで完全に負けた。

 

 

それでも。

 

屈辱を噛みしめ飲み込み通常以上に丁寧な手順で降機し整備兵に機体を預けてから。

失意の部下らに再戦を宣言して参加は自由と伝えれば ― 若いベルナデットをしてさらに年少の者も多い部下らは意気軒昂にして、ある意味無邪気な彼らが目指すはトルヴェールの唄うロマン・デ・シュヴァリエその主人公。

 

地位に伴い責任とてあるベルナデットはそこまで気楽でないにせよ、だが戦場であれば命がなかったこの敗北を、糧に換えられるこの機会を逃す手はなく。

 

プチには悪いけど本命はあっちなのよ…!

 

ベルナデットの青い瞳が見据える先は大型ディスプレイのうちの一。

 

 

右脇に据えられたそれが追い続けるのは蒼空を飛び交う黒と黒。

 

青焔に赤炎を交えて描かれるのは二重の螺旋。

その軌跡が交錯するがごとに打ち合わされる超硬炭素刃が火花を散らし、離れては劣化ウランの火線の応酬。

 

 

隊機に列機の戦闘が激化したゆえひとたび耳目が離れたに過ぎず、そこに展開される戦闘機動は明らかに隔絶の域。

ゆえにこの場に集った自らの技量には一方ならず覚えのある衛士らをして、いつ果てるとも知れず続くその闘いはもはや感嘆と驚愕の連続に飽いて呆れすら感じさせるほどの。

 

 

同じ黒、共に孤高。

 

常に先陣に立ちて友を導き力なき者たちの希望と成る。

だがその為し様は同じでも、二人の在り様はあまりに異なる。

 

 

為って、成して。そして今なおそう在る狼たちの黒き王。

 

 

そして否。総てを捨てて、己すらも棄てて。唯その手に握る刃を振るう黒の絶刀。

 

 

それでもベルナデットには、彼らがどんな人間だろうが関係が無い。

 

おのが矜持と、何より祖国フランスとそれに住まう人々のために。

掲げた剣を研がねばならぬ身となれば、目指すべき高みこそは彼らの舞台。

 

世に数多の衛士のうちで、腕に覚えのある者ばかりのこのブレイコー・ソワレ(夜公演)

この「四丁拳銃」にスジェ(エース)を超えてのプルミエ(ネームド)たる資格があったとしても。

オデットなきル・ラック・デ・シーニュにて覇を競うは二羽のオディール。

その黒翼にて天空を裂き君臨するエトワール(エース・オブ・エース)こそが彼らならばこそ。

 

「やらずに終われるもんですか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中にて、そして地上でも。

 

 

双刃から一刀奪いて臨むは戦術機戦。

 

剣のみに非ず。砲のみに非ず。そして機動のみにも非ずして、その総てを賭けて。

 

 

JIVES ― 仮想の空間に構築された蒼穹。

眼下には高速で流れる赤茶けた大地。

 

「…ッ」

「…」

 

全高18mの人型機動兵器、青空に駆ける黒の機体が二機一対。

 

 

1機はEF-2000 タイフーン。

 

欧州連合軍が誇る第3世代型戦術機。

攻撃的に機体を飾る多数の鋭角は空力性能の向上のみならず異星種を切り裂く剣たりえる超硬炭素刃、随所の薄紫の発光部位が各種センサーとなって機体周囲の情報を鋭敏に捉え主たる衛士に届ける。

 

そして黒く塗装されたこの機体こそは、現行機の強化改修に留まらず次世代機開発までも見越した形でECTSF計画管理社ユーロファイタスに参加する西独MBBが中心となりそのテストベッドとして仕立てたもの。いや一説には日米の企業が世に出した強力な新鋭機に触発された技術陣が、当機の計画と実戦試験とが決定した時点でこれを任せる衛士は他になしとまでされた我らが英雄にもあれらに劣らぬTSFをと本来予定されていた試験機にさらなる強化を加えて仕立て上げたとも。

 

そのいわば竜殺剣バルムンク ― これを操る男こそ、欧州連合軍に知らぬ者なき英傑 ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

浅黒い肌に銀髪、その眼光も鋭い鋼鉄の英雄。

歴史にいう黒騎士が如くに主も紋章も持たぬ無頼者ではなく ― 旧プロイセン王国に連なるユンカーの裔として ― 主をそのハイマートを追われた民に、そして紋章に欧州諸国に残された最後の寸土・グロスブリタニアの守護とそして人類反抗の要たるドーバー・シュトゥッツプンクト”ヘレントーレ”(地獄門)の番人たる証の三頭獣を戴く。

平時に身を包む軍装の黒とてもプロイセン軍騎兵からドイツ軍戦車兵を経て受け継がれ来た伝統のパンツァーヤッケ、同色のヘムト。そして本来ならばその首元に飾られるべきは他隊員と同じ白いクラヴァッテではなく、BETA大戦勃発後戦意高揚のために復古した叙勲制度に基づき第三帝国時代含めても30人以下の受賞者に留まるリッタークロイツ・デス(柏葉)アイザーネンクロイツェス()ミット・アイヘンラウブ(ダイヤモンド付)シュヴァルテンウントブリリアンテン(騎士鉄十字勲章)

 

いずれはそこに史上二人目としての黄金色が加わることももほぼ確実視される、すなわち不世出の英雄。卓越した指揮官にして天才的な衛士。

 

群狼を率いて戦場を駆け、攻めては先陣に立ってBETAの海を切り裂き守っては死線を乗り越え窮地の友軍を救い、退くときでさえも殿にて最後尾を支える。

列強の一角・西ドイツ軍にて最強の誉れも高い第44戦術機甲大隊「ツェルベルス」大隊長にして、煉獄と化した欧州本土の結界を担うシュヴァルツァーケーニッヒスヴォルフ。

 

 

頂点は常に孤独。人の上に立ち統べるなら尚更。

 

だが今その黒き孤高の狼王は、ただ佇む時ですら緩まぬとされるその両掌で操縦桿を握り締め、いかな死線においても冷厳な光を湛える琥珀の瞳には闘志を滾らせ。

そして常には堅く引き結ばれがちの口元からも時折熱を吐き出し。

 

 

高度300m。

 

 

「ぬ…!」

「…」

 

狼王機は追い来る2本の36mmの火線を機体を捻り躱して推力増大。

EF-2000の跳躍ユニットAJ200が吐き出すジェットの蒼炎が一際輝き、さらなる加速を得つつ四肢と各種ブレードをも用いた空力制御。機体の1/4回転と共に上下左右へのジンキング。

偏位方向が絶え間なく全方向へ入れ替わり続けるGに耐えつつ視界に目まぐるしく入れ替わる青い空と赤い大地の傍ら網膜投影のレーダーマップと外部映像に目を走らせる――後方。

 

 

そこに映るもう1機の黒こそが、00式 武御雷C型。

 

 

極東の軍事大国・日本帝国その斯衛軍が擁する第3世代型機。

精緻を極める機械の塊でありながらもどこか中世の武者鎧めいた意匠、しかしその実機体随所が超硬炭素刃化された攻撃機であり複数回に渡る魔の巣・ハイヴ攻略戦においてはとりわけその近接戦能力の高さで帝国とそして斯衛の武威を世界に見せつけた殊勲機。

そしてC型は本来武家ならざる衛士に与えられる標準機なれども ― 夜よりも昏く、正に「Japan」の名の如くに漆黒に染め落とされたこの仕様に二振りの74式近接戦闘用長刀を構えた立ち姿こそが今や「ブラック・ゼロ」の代名詞。

 

その搭乗者――「ツイン・ブレード」「ザ・シャドウ」。

 

無造作に伸ばされた髪に瞳は共に黄褐色にも近く。

本来ならば今少し暢達であっても可笑しくはないその印象がしかし見る者に夜と影とを想起させるのは、纏う闇色の斯衛装束ゆえかそれとも操る機体のためか ― 或いは、その双眸に宿した無辺無尽の虚無こそがそう見せるのか。

 

日本帝国斯衛軍、インペリアル・ロイヤルガード。ライヒスヴァッハリッター。

彼らがサムライの末裔ならばその中でも異彩を放つ彼こそはニンジャの子孫と噂され、その繰り出す斬撃はいともたやすく強靱な生命力を持つBETA巨大種の息の根を止め、そのACもとい回避能力の源となる機動術で数千に及ぶBETA群の中に飛び込んでなお一方的な殺戮を可能たらしめる。

 

そのあまりに圧倒的な戦術機動は手練れ揃いの帝国斯衛軍においてすら追随できる者はそう多くなく、その最大効率を発揮するため戦場においては先陣を切っての一機駆けのみならず、対BETA戦では本来禁忌とされる単独戦闘をも容認されているという。

 

大々的に映像資料が公開されだしたサドガシマ攻略作戦終了当初、その非現実的とさえいえる戦闘能力に帝国のプロパガンダのための誇張あるいは捏造と疑う国家もあったがそれ以降の海外展開などでその実存が証明され。

現在仮想敵国として差し支えない味方のはずの人類戦力・旧東側諸国軍、彼らすなわちかの悪名高い国防人民委員令第227号(一歩も下がるな!)の前例すらある共産国家軍をして、当機との交戦時には近接格闘戦の回避のみならず彼我の戦力比にかかわらず1個中隊以下での会敵時には後退が認められているとまで噂される「指定接近禁忌機」。

 

その正体はBETA大戦が生み出した新人類なのだとも。

もしくは強化兵士、合成人間、或いはβブリットとすら。

 

 

 

双刃を掲げる鬼人、おそらくは当代最強。

しかしそれに相対する狼王とて当代最優。

 

決して広過ぎはせぬ頂の上に間違いなく並ぶ二人が、いま鎬を削る――

 

 

狼王機は右に突撃砲GWS-9、左に奪いしTyp-74。

対する双刃の右は74式長刀、左に87式突撃砲。

 

 

「…!」

 

乗機EF-2000の管制ユニット内、狼王が睨める後方視界には追い来たる黒い00式。

鳴り響く火器管制の警報があちらの突撃砲の照準内にあることを告げる。

 

直線加速なら優るゆえ引き離すことはいっそ容易、しかし。

機体を振っての高速機動に間髪入れず相似の軌跡を描く双刃、だが「見てから動く」その刹那の間隙すら逃さず狼王は捻りを入れて135°、急降下してのスライスバック。

襲い来るGに耐えながら再度の反転180°で急上昇 ― バーチカルジンキング。

 

突き出すは右主腕突撃砲、そのレティクルに捉えんと求める極東の鬼。

しかし狼王機の照準に映ったのは00式のジェットの青炎、45°の傾きから急上昇。

さらに捻るや空を裂く蜻蛉切り ― シャンデルからのバーチカルジンキング。

 

天地逆に相似通って描かれる両機の軌跡は共に鋭く迅く、大きくズレゆく相対軸に突き出した突撃砲の生む空気抵抗をも計算に入れた狼王の偏差射撃はしかし空を穿つ。

 

そして速度を対価に稼いだ高度を再び速度へと換えて迫り来る黒の00式には逆手の一刀。

 

やはりやる…!

 

狼王の心中には久しくなかった昂揚。

上昇のGに抗いわずか持ち上がる口の端。

 

遠くユーコンから ― AH戦への技を磨き続けるアメリカ軍、その知見を欠かさず知己より導入しては弛まず牙を研ぎ続けるこの身に対して一歩も譲らず渡り合ってのけるのが、才と練度に齢は必ずしも関係がないとはいえまさか若干二十歳程度の若き衛士とは。

 

 

初陣ほどなき頃から天才衛士と持て囃されて、練達の古参を含めて越えるべき壁は総て越えてきた狼の王として。

機械の限界と人の身の枠は超えられず、戦場においてはあまりに圧倒的なBETAの数の暴虐に仲間を失い部下を死なせて退却の苦杯を舐めたことは両手両足の指を合わせても足りぬがゆえにこの身に降りかかる慚愧の念が絶えることはないにせよ、至極純粋に己が力の不足を感じたことはもうどれ程昔のことか。

 

 

急降下機動のままに衝突するが勢いで迫り来た黒い鬼神に狼王は借り物の長刀の斬撃で応じた。鍛え上げられた超硬炭素の刃がぶつかり合って衝撃音に火花が散る。

Typ-74は本来刀身同士を撃ち合わせはせぬ造りのニホントウ型、それでも折れ飛ばぬのはその衝撃を巧みに逃がすかのようにして刃を滑らせ離脱していく双刃の技量ゆえ。

 

そう――こなくてはな!

 

一瞬の交錯、高速降下していく00式を追う狼王は近接戦の衝撃にわずか震えるコネクトシートから身を乗り出すようにして内心に快哉を上げた。

 

 

我が身に思う ― 人の、衛士としての力を極めたとしてもBETAの数には抗し得ないと。

 

それはあたかも大海の水をタッセで汲み出さんとするが如くの落ち穂拾いにも等しい徒労。

 

部下等の前では決して見せぬも、戦意の中には常に消し得ぬその虚無感と無力感。

 

だがそれは、驕慢からの怠惰によって己が爪牙の更なる錬磨を厭うていたに過ぎぬのだと。

 

証し見せつけ突きつけたのは、自らと同じく黒衣を纏う若き衛士。

 

 

そうだ―― 卿こそが…!

 

下降から上昇へ、今度はロケットの赤炎を曳いて天へと駆け上る黒の00式。立場を入れ替え追い縋るEF-2000の放つ火線を躱す超高速のジンキング。

 

驚嘆に歓喜を交えて狼王が仰視凝視するその機動こそは叛逆の闇の稲妻。

 

無機質に我らこそが必然の象徴とばかりに世界を蹂躙し続ける異星種共に牙剥いて疾る影。

 

ただ力のみを示して何も求めず、人類の刃として戦場を駆ける黒の執行者。

 

 

その虚空に刻まれゆく軌跡がまざまざと語る ―

 

人は、衛士は、そして己は。まだ目指すべき高みがあるのだと。

 

 

上昇する双刃に狼王が続き、互いに捻りを加えながらの螺旋の軌跡へ ― ローリング・シザース。古き良き空戦の時代には幾多の男達が火花を散らした追憶の機動。

 

全力で抗わねばならぬGに、絶え間なく視線を巡らし思考の暇も与えられぬ攻防の連続に。

心が、闘志が解放されていく。この風、この空気こそが闘争の薫香。

その昂揚からの獰猛に、常には引き締められる狼王の薄い唇は確実に持ち上がった。

 

相対距離はわずかに100m、それは初速がマッハ3にも及ぶ36mm HVAPならば発射から敵機位置まではゼロコンマ1秒。走る火線で狙いすませばそのほぼ必殺のはずの距離。

ゆえに狼王機は砲を向け ― 小さく留めた構え狙う挙動ですらも突き出た突撃砲は高速高G機動の最中では予測しがたい空気抵抗の源。

 

本来ならば空力的には頭部と肩部のブレードベーンで大気を切り裂き整え流して機体周囲に気流域を構成しやすいEF-2000が有利なれども空戦機動にて武装を向けるとなれば両腕部の大型カーボンブレードが仇になる、しかしそれらは元より承知の上、落ちる速度を推力で補い機体の揺れに伴う照準の乱れは己の技量とXM3の補佐とで補正しきった狼王が砲を開いた。

 

二重螺旋の機動中、片側の黒から伸びる火線。しかし。

 

「――!」

 

黒の00式はまるで減速Gなど無視したかの如く瞬間的に機体を起こして空気抵抗を最大化、その旋回半径を小さく鋭く変じさせると一瞬で狼王のレティクルから消えてみせ。

連射される砲弾が描く軌跡に追わせる間もなく避け得ざる物理法則により機動が遅れた狼王機への後方足下方向から迫る。

 

流石は――しかし!

 

襲い来るGに抗しながらも不敵に笑った狼王は、数瞬後にはこちらを狙い放たれるだろう36mm HVAPのことなど歯牙にもかけぬ勢いにて機体を翻すや双刃に同じく進行方向へと機体を起こして空気抵抗を最大化しての大減速――だが。

 

「――!」

 

管制ユニット内に小さな電子音。

網膜投影の情報視界、左上のレーダーマップ。

 

そこから消えたのは02のマーカー。その下の戦域マップからも光点が失せる。

 

ジークが敗れるとは…!

 

減速Gに逆らいオーバーシュートさせんとした双刃へと突撃砲を向けるべくその操縦には一切の遅滞がなくとも ― これがもしや実戦であったらば。

狼王ヴィルフリート・アイヒベルガーの頭の芯の、最も深い部分を氷塊が刺す。

 

 

1年遅れの入隊以降、長きに渡り常に離れず傍らに在りて陰に日向にと共に歩み。

彼女が居てくれなければ、今日の栄光どころか何処かの何時かの戦場で、己は命を落としていたに違いない。隊を率いる立場になって戦場ならざる場所にあっても組織の管理運営のみならず、己では目が行き届かぬ部下らのケアに至るまで副官として彼方此方へ気配り目配り。

 

四十路も近づく歳にもなって、共にする褥ですら未だ気の利いた台詞のひとつも言えずに下手な言葉選びの感謝を告げても彼女は「お互い様です」と小さく笑んで。そしてしなだれかかるその柔らかな体温と肌をくすぐるくすんだ金の髪の感触に、労われているのはどちらなのかすら判らなくなる。

 

そんな名実伴う終生の伴侶に何ら報いてやれない己に、英雄などと誉めそやされる前に甲斐性とまでもいかずとも、如才の無さの一片程度は持ち得て然るべきと考えたことは一再ならず。

 

彼女を喪うことなどは、考えられない。

 

それでもそれが起きてしまうのが戦場の常――しかし、今は。

 

 

「…!」

 

右方。轟、とジェットの噴射音と共に過ぎゆく漆黒の機体。

瞬間狼王がその左右下方が太線で構成されたジャーマンポスト・レティクル内に捉えるは、その無防備な機影――

 

――Ach Was!?

 

瞬間の驚きは。

 

「Was machst du denn!?」

 

疑念から怒気へと変じる。

トリガーにかけられた右人差し指は引き絞られなかった。

 

「…卿、ッ…」

「…」

 

繋がったままの通信、その黒の衛士は無言。

 

つい先程までの鋭さはどこへやら。狼王の網膜投影の視界には単純飛行の黒い鬼。速度こそはそれなりに保ってはいるものの、3秒前までと比すればいっそ緩やかとさえ言っていいほどに。

 

 

驚異的な精緻さで実機と戦闘状況とを再現するJIVESだが、設定せねば唯一起きぬ ― それが機体の故障に不調。

そしてここまでの戦闘にもそれらが惹起されるほどのものはなかったはずで、あり得るとすれば衛士本人の不調。しかし。

 

 

「……妙な気遣いは無用だ」

「…」

 

湧き上がった怒気から数瞬で思考を巡らし、通信ウィンドウに告げる。

少なくなった隊機のそれらを圧して拡大させたその男。

 

表情筋の一つとして動かすこともなく、いっそ無礼なまでに寡黙。

他国軍とはいえ階級などはそもそも歯牙にもかけぬとばかりに、その点はしかし上辺の見せかけではないのだろうが…己が技量と力に驕るばかりの愚者ではないらしく。

 

 

西ドイツ最強、即ち欧州最強などとおだて持ち上げられていた己ら。

ハイマートを追われし同胞らの支えとしてその役割こそは以て任ずるところ、いや ― 自他共に増長を戒める傍ら数多の戦場で実証してきた自隊の力量に自負があったこともまた事実。

 

それが減りにも減ったりすでに部下らは8機に過ぎず。

あまつさえグロスブリタニア防衛戦の英傑らまでが無残な屍を晒す始末。

 

ライヒスヴァッハリッター。

街談巷語されるものよりその手並みは高く評価していたつもりが、それでもまだ甘かった。

もはやあの手練れのサムライ部隊相手に数的不利は覆しがたく、さらにフランスの精鋭等を破ったライヒスアルメーの小隊も接近しつつあるとあっては。

撤退及び降伏という手段の存在も意味も無い現状においては、残された方策はその生残の彼らを率いて最後の突撃ひとつも敢行すべき状況下。

 

その中で、一騎討ちにて極東最高いや世界最強とも噂される黒の双刃は撃破したと。

 

多少なりと慰めになるであろうと投げ与えられるそんな手土産などには――

 

 

「卿は…本当に名声名聞には拘泥せぬのだな」

 

緩く旋回をかける黒い00式に追尾しつつ、狼王は一旦砲を下ろした。

やはりというか、逆撃もなし。

 

「それに腕比べにもまるで興味が無いか」

「…」

 

応えは無言、しかして通信ウィンドウの双刃は目を逸らすこともなく。

その沈んだ茶色の瞳には、当代無双とのその英名を惜しむ素振りもなければこうしたトーニァやジョストじみたぶつかり合いに血湧き肉躍らせる高揚もない。

 

「だが己に勝る者なし等との増上慢からではあるまい…座興は一切好まぬ口か?」

「……興味がないのは事実です。……俺の敵は、BETAだ」

「なら何故出てきた。存外…」

 

女には弱いか。

我が身を思えば大口の利けた立場でないその一言を、狼の王は飲み込んで。

双刃のややぎこちなく聞こえる発音、だが母語でない英語を己も巧いとは思っていない。

ゆえに元々多弁ではなさそうな双刃に、喋りやすい英語で良いと告げれば小さな頷き。

 

「フ…卿は慎重な性格だろう。なにせこのブレイコーなるヤーパン伝統の催し――」

 

 

身分階級の差を超えて奔放に振る舞うことが許されまた求められ。

しかしその実無礼と失礼とを分かつ垣根も許容範囲も不可視化されて、予測を誤り禁忌地帯に踏み込んだり我知らず興に乗じてその度を過ぎれば、翌朝上位者からの冷ややかな視線にともすればの叱責譴責、そして周囲の失笑と閑話の対象とされる――

 

 

「まさに魔宴、恐るべき樽俎…言うなればヤパーニッシュ・サバト」

「…」

「そこへ巧妙に誘引するとは流石はジングウジ少佐、カンプフントの名は伊達ではないな」

「……」

 

部下に教えられた異国情緒の一端をそう披瀝してみせるも、気づけば珍しくも心做しかどこかやや物言いたげな双刃の視線。

 

「…どうした?」

「……いえ」

「…そうか。…兎も角何が出てこようとも喰い破るつもりで挑んだが、結果はこの態だ」

 

敵方には目算ありと見越した上で。

凌駕せしめんと臨んだ我らの、総ては力不足ゆえ。

 

「失望させるな等と言える立場にはないが…」

 

狼王の緩まぬ表情に自嘲はなく、ただ自戒。

戦場とBETAは平民貴族の出自を問わずそのどちらも貪欲に喰らい殺していくとはいえ、生まれついた頃から傅かれ続けた身分にはやはり自覚なき気位。それが万人常時に通じるものでないことはとうに知っていた。

 

 

そして ― 弱い、弱かったのが現実で、どう取り繕おうともそれが不変の事実。

 

なればこそ、今日を境にその名声が地に落ちたとしてたとえ護るべき者達から面罵されようとも明日からまた精励するのみ。

 

何より元を辿れば不利を承知で組織戦を自ら捨てた部下らの行動こそは、常より不甲斐なき長の稚気を察しての慮りからに他ならず。

それを唯座興だからと享受するのはその部下らへの不義理が過ぎよう。

 

ならば――

 

 

「この際出し惜しみはなしで願いたい」

 

 

全霊を賭して挑むべき敵手が今、目の前にいる。

 

 

「一介の衛士としての願いだ。叶えてはもらえぬか」

 

目を伏せはせず。しかし短くもその狼王の真摯な懇請に。

 

緩く飛行を続ける「ザ・シャドウ」 ― ライヒの剣、リッターの刃。

表情こそは変えぬまま、その黒い炎が――

 

「……了解」

 

再び冷たく燃え上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最早猶予はさほどにもなく。

だが、それでも。

 

 

黒と黒との対峙する座標から ― 東方12㎞。

 

 

「参るぞ、アーレ・ローテン! パンツァーカイル!」

「ヤーボール! パンツァーカイル!」

「パンツァーカイル!!」

 

鬨の声と共に。

BWS-8 フリューゲルベルデを抜き放った赤の長機を先頭に5匹の番犬が続く。

 

 

ハイマート伝来の機甲戦術パンツァーカイル。

その数わずかに生残6機、しかしそれは薄くも鋭いプファイルシュピッツェ。

 

名にし負うままに颶風と化して獲物を狙うが6機のEF-2000。

 

 

「そらよ番犬様のお通りだ! アハロン河の渡し賃は安かねえぞ!」

「いつからあたしらはヒャーロンになった? 11、口の前に手を動かしな!」

 

若き赤狼を降した深紅の男爵ゲルハルト・ララーシュタイン大尉機。

その右後方から追随するローテ11 ヴォルフガング・ブラウアー少尉のEF-2000が強襲掃討たる証の主腕*2・兵装担架*2の計4門の突撃砲GWS-9を開いて弾幕を張り、その後ろから機体色と同じライトグレーに塗装された追加装甲シュルツェンを構える迎撃後衛ローテ3 ブリギッテ・ベスターナッハ中尉機が火線を伸ばす。

 

「一点突破である!」

「了解ッ!」

 

そして右翼を担う彼ら二衛士に寸毫も遅れることなく、左翼にその槍を並べるはフォイルナー・ファルケンマイヤー・ヴィッツレーベンの三少尉 ― テヒター・フォン・メガズィル。

 

「狙いを1機に絞るわよ!」

「了解。戦術データリンク、ターゲット共有…ロックですわ」

「よし突っ込むぞ、パンツァー・フォー!」

 

Mk-57 中隊支援砲はすでに撃ち切り投棄ずみ、エシュロン ― 斜行陣にて中隊長機に続きながらそれぞれ抜いた砲を撃ち放つ。

 

 

その歴戦の古参兵らの突撃戦を受けて立つのは数的有利のライヒスリッター。

あちらは定石通りにフリューゲル ― 鶴翼陣で迎える構え、機数でいうなら10対6でこちらの1機あたりに2機分近くの火力を集められる――が。

 

 

そう都合良くは…!

 

イルフリーデの青い瞳の闘志は消えない。

 

 

なるほどたしかに彼ら彼女らの力量こそは思い知らされた。

口惜しいけれど近接からの巴戦では、西ドイツが精鋭を自認する我らツェルベルスをしてリッターには及ばない。どころかまさか英雄ブラウエローゼのみならず、我らがヴァイスヴォルフまでもがわずか一人のサムライマイスターに討ち倒されるとは。

 

もはや模擬戦の趨勢自体を覆すことは容易ではなく ― だが。

 

 

「悪いけどっ」

 

伸びてくる迎撃の火線、偏差を伴うそれらに各機各々極僅かの乱数機動。

決して散漫ではないゼロの砲火をそうして見事に躱してのけつつ番犬達の突撃行はわずか散りてはすぐさま再び集う波濤の如くにソリトンと化し、その突撃陣形が総体として緩むことはなく。

 

イルフリーデがヘルガとルナと共に狙い定めるは敵陣形中央部 ― 銃身も灼けよとばかりの連射を伴うその突撃に手練れのゼロらも素早く散開しつつ反撃の砲撃を寄越す。

光条となり飛び交う36mm弾と入り混じる120mm砲弾、蒼空に展開される火焔の応酬のただ中をドイツの騎士たちは全速で駆け抜け――

 

「さすが避けられるっ、でも――ルナ!」

「――捉えましたわ、データリンク!」

「アレスクラー! ローテ12、FOX3!」

「06、FOX3FOX3!」

 

後方カメラからの情報で網膜投影のレティクルに捉えた敵陣翼端の損傷機。

離脱行程での後方狙撃、機首を巡らすことなどせずに加速のための空気抵抗減少も兼ねて下げた両主腕のそのままで。

メグスラシルの娘達が放ったAPHV 劣化ウラン弾の嵐は狙い過たず、目標機を撃ち抜き撃墜判定。同時に右翼の先達2機も同様にあちらの白いゼロ1機を捉えて火球へと変えていた。

 

機動砲撃戦なら負けないっ!

 

やはりというか、計算通りに。

リッターの砲戦能力は決して低くはない、だが驚異的とさえいえる白兵能力に比べれば。

 

 

手練れの衛士といえども同じ人間、そして皆が皆、「ザ・シャドウ」やゲルプの如くに図抜けた才を持つはずもなく。

いくら強国ヤーパンの衛士らとはいえ訓練にせよ実戦にせよ体力時間にその命含め割けるリソースに限りはあって、若年者ばかりの派遣リッター部隊をして、あれだけの剣の修練を積むと同時に砲戦の技術までをもこのドイツァ・オルデンを凌駕するまでに鍛えあげるとは考えがたく。

 

 

そうしてツェルベルス第2中隊は陣形と速度を保ち大きく距離を取っての旋回軌道、リッター部隊も追撃よりも陣形の再編を優先したらしく交錯座標あたりを基点に逆回転で相似の軌跡を辿り行く。

 

「砲戦ならばまあ五分以上か、突入時に中央の連中だけ牽制できれば…」

「手負いの中破機が1、清十郎君の隊機が2。引き続きそこから頂戴して参りましょう」

 

まだ主腕GWS-9の残弾には余力があると見取ってその交換を見送るヘルガに、遠目にも判る損傷機のほかすでに挙動に機動のパターンを読み切ったのか、手早く敵部隊のデータを送ってよこしたルナが応じる。

そのルナはといえば、物持ちよくも隊で唯一まだMk-57 中隊支援砲を提げ ― 先までの戦闘で要するにサボってあまり撃っていなかったためか、あるいはこの展開までをも考慮に入れていたのか。

 

「中隊長?」

「うむ、卿の魔眼は過たず。反転後再突撃である」

「了解――、シュヴァルツ・ブラウの残存機も合流せよ!」

「ヤーボール、ヘル!」

「ヤーボール、フラウ!」

 

第1第3中隊の生残2機もさすがの古参、先んじて状況を察知していたか引き気味に演じていた空戦から素早く離脱しそのままの勢いで戦列に並ぶ。

 

 

それは無論、第2中隊の機動経路がそれが可能なよう計算されてのものゆえで。

流動的な戦況の中、全力突撃の最中でさえも二手三手先を見て戦えるのがツェルベルス。

 

 

「我がバーナー炎に続け!」

 

赤の男爵その号令一下で再度のパンツァー・アングリフス。

加わったのはわずか2機、しかし手練れの死に損ない。

その番犬たちの鋭鋒が、鏃から槍の穂先へと変じて若武者達を突かんと狙う。

 

「ファイエル!」

 

音速の男爵の命令下に撃ち放たれる36mmに57mm、そして120mmまでも。

しかしその分隊単位での集中射すらも ― 牽制込みのものとはいえ ― リッター部隊の中央4機と1機は躱してのけて、ヤークト・ボイテはまたしても――しかし離脱行程時に3機。

被弾した純白のゼロのスターライト樹脂装甲は穿たれ引き裂かれ、大破判定を受けて力無く墜落していくものが1機に宙空に爆光を咲かせるものが2機。

 

これで8対5 ― この場での戦力比と共に形勢は逆転。

猛るツェルベルスはこの流れを一挙に我が物に――

 

「来るぞ! ゲルプだ!」

 

北西から。

離脱行から反転に至る前、目の早いブラウアー少尉機が警告を発する。

 

 

后狼を降した後にはわずかな時間ながらも第1第3混成中隊の生き残りらと空戦を続ける部下らの督戦よろしく遊弋していた「ライトニングソード」。

番犬2機の離脱を許したその部下2機を連れて味方部隊と合流を目指すか、しかし各個撃破を避けるためだろう最短距離での合流でなく迂回しつつもこちらの後背をうかがう素振り。

 

合流されてしまえば数の上では再び互角、さらにともすれば挟撃される状況下。

 

 

ならば ― それより強く素早く噛み砕くのみ。

 

 

「全機反転である。目標接近部隊」

「ヤーボール、ヴィッツレーベン?」

「目標マーク、データリンク転送しますわ」

 

次なる狙いはその合流部隊の白いゼロ2機。

 

元々ヤツの存在は折り込み済みのリスク。

第1第2中隊の生き残りを糾合すればのこの展開は、ツェルベルスからは当然の読み。

 

「ちょっと卑怯な気もするけど…」

 

ユンカーの裔として、リッターリヒカイトを尊重する想いはあれど。

弱った・弱い獲物から狙うが狩りの常道。

あの2機はかのヴァイス・ファングの中では一段落ちる衛士らにして相違なく。

 

「言ってる場合か、ともすれば我々が狩られる方だ」

「それにうかうかしてっと後ろからバッサリだぜ、ほれ増速っ」

「総員足を止めるな、行くぞ!」

 

隻眼の雌狼の檄が飛び、三度の突撃へ狼たちが駆ける。

一糸乱れぬ統率の下、鋭角なる急機動での反転行。減速を最小限に留めての全速突撃は先の二回と変わらぬ鋭さ――しかし。

 

即座に気づいたらしきゲルプ小隊3機はその長機を先頭にして機体を捻るや急速降下、高度を対価に速度を稼ぐロー・ヨーヨー。

空を滑るようなその機動もまたその恐るべき練度を物語る。そして進路を東へ。

 

「あのゲルプ、さすがに勘がいい」

「向かってくるかと思ったが…」

「そういう意味でも鼻が利くんだろ、もう正々堂々一対一って空気じゃないぜ」

 

わずか意外さを滲ませるヘルガにブラウアーが軽口を利く。

 

特段の、示し合わせがなくとも名乗り斬り合い果たし合い。

なんとなくの空気で始まっていた、ブシと騎士との優雅な逢瀬はもう終わり。

 

そんな転進するサムライを追う狼の群れ、

 

「でも…、速い!」

「速度性能の推測値を上方修正しますわコンマ2いえ3」

 

想定よりも差が詰まらない。

数瞬の間にそれを見て取ったイルフリーデにはわずかの焦り、続くルナも最大出力を保ちながら管制ユニット内サイドコンソールを忙しなく操作してデータを修正していく。

 

 

Typ-00FとA、そのスペック ― 既存のハイヴ攻略映像資料に今次模擬戦を含めても、入手済みの推測諸元は低速度域のもの中心で。空戦時の速度性能まで把握しきれていなかったことがここに来て祟っている、それに――

 

 

「我らが白騎士EF-2000の空力特性が優れていることは言及するまでもない事実ですけれどそこにライヒの技術協力があったと囁かれていることは以前にもお話いたしました通りですわいえ決してそれが我々ウニオンの技術が総体として劣っているゆえではございませんそこは断言致したいところですのなにせ協力ですもの供与ではなくそれは片務一方的なものではありませんのよかの世界初の量産第3世代型機となったTyp-94開発の折にも双方向での交流が水面下で行われたと仄聞しておりますしともかくその証しの一端がそうわたくしたちのEF-2000の機体随所に備えられた空力デバイス代表的なものが頭部肩部腕部跳躍ユニットのブレードベーンですわね超硬炭素刃で構成されたこれらはまさに攻防一体の叡智の象徴なのですけれどその他にも各所に施されたスリットにカスケードからスプリッターやディフューザー加えてバージボードからボルテックスジェネレーターに至るまでいえマスダンパーやFダクトはついておりませんけれどもとにかくそれらがもたらす恩恵は飛行時の安定性のみならず燃費性能の向上さらには主に四肢の挙動によりエアブレーキとして用いることでさらなる空戦性能の獲得にも寄与していることは周知の通りでしてよこのあたりが粗野で力任せのアメリカ軍機とは違うところですわあら話が逸れてしまいましたどこまでお話ししたでしょうそうそうその当のライヒのTSFなかでも別格とされるあのTyp-00では特に顕著なのですけれどご覧になってお気づきになりませんことそうですわご慧眼恐れ入りますライヒ機にはこの白騎士やラファール加えてはグリペンなどのいわゆるEuro 3rd. Gen.TSFほどには目立ったエアロガジェットは装備されておりませんのたとえば94にしても一見してわかるものは頭部センサーマストに肘部ナイフシース程度でしょうかにもかかわらず空力性への配慮といえば必ず最初にライヒTSFの名が挙がるのは少し釈然といたしませんわお話を戻しますと94にせよその改良発展型の94 2nd.にせよさらには件の00にせよ空力性能向上へのアプローチが我々とは異なるすなわち動的に気流を操作する方向を目指してデバイスを追加していったユーロTSFに対して静的に大気を受け流す方向へと進んだのがライヒTSFといえるのではないかと思いますのたとえるならガルテンのブルンネンとニホンテイエンの池泉との違いとでも申しましょうかヤパーニッシュ・ヒキザンノブンカというやつですわつまりユーロ機の各デバイスにより積極的に生み出される空力性能は数値上の総量としてライヒ機のそれを上回りますが主腕に武装を振り回しての空戦時には機体の姿勢がすでに変数と化すうえ各部の装甲形状がやや直線的なこともあいまって発生される揚力はその理論値からの乖離が大きくなる傾向にあり他方ライヒ機は各部位において流線率と曲面率が比較的高く見えますでしょうあれはおそらく多方向からの気流をスムーズに受け流すことを期した形状すなわち空戦時においても近接しかも乱戦を考慮したデザインなのではないかとですがパーツの形状が複雑化すればするほど生産コストが高くなるのは自明の理94はもとより00に至ってはスターライト樹脂をあれほど精緻に成形したうえ各所にカーボンブレード装備と聞きますおまけにの跳躍ユニットは94と同じFE-108のはずですのに現時点での概算値ですらヴァイスのAで3割以上ゲルプのFではおそらくそれ以上に出力が高められているようですわそれほどハイスペックにまとめられた機体内部に留まらず装甲までもがあんなつくりでは生産と整備にどれだけの手間やコストがかかっているのかわかりませんきっとドゥ○ティにしたってV4以外は目じゃありませんおそらくア○スタやビ○ータのハイエンドモデル立ちゴケ一回4000マルクの世界と同じですわよそうそうB○Wは少々大柄なのがわたくしなどにはあまり」

「喋りながらでも別にかまわんが入力数値を間違えるなよ!」

 

あと舌を噛むなと高速で手と指と口と舌とを動かし続けるルナにヘルガが警告を発する。

 

追い縋るツェルベルスに今や地表すれすれを最大戦速と思しき速度で疾駆していくゲルプ小隊。今のままでも加速時間の差から追いつけはするだろうが――

 

「――時間切れ、であるな」

「は」

 

隊内の通信に響いたのは冷静さをまるで損なわない中隊長ララーシュタイン大尉の声、肯んじたベスターナッハ中尉も常の冷やした鉄の温度ながらも。

 

「うー…」

 

最大出力の主機と跳躍ユニットが吐き出すロケットの赤炎。

微振動を続ける管制ユニット内コネクトシート上でイルフリーデは小さく唸って操縦桿を握り締めた。

網膜投影の情報視界、左上のレーダーとその下の戦域マップ。表示されている三つの光点はすでに指呼の間にまで。

 

 

東へ向かうゲルプ小隊、それを追うツェルベルス残存兵。その進路はやや北よりに。

その北からは体勢を立て直したゼロ部隊、そして南からはツヴァイの小隊が迫る。

 

おそらくは ― 追う獲物を捕らえる頃には南北からの挟み撃ち。

 

 

「…一噛みずつで仕留められは…しないな」

「あの手練れ相手に根拠のない楽観は危険ですわね」

「残りのヴァイスもベテランだらけなようだしなぁ」

 

現状でもまだ勝機が残るとすれば ― 最速での各個撃破を都合三回。

得意の突撃戦を以てしても、言うは易いが実現するのは限りなく困難だろう。

 

 

自慢の爪と牙とで掴み囓ろうとした勝利の女神の後ろ髪、それがあえなくすり抜けていったのはもう明らかで。好転した戦況に高揚していた隊内の空気も一段重くなる――が。

 

 

「…中隊長、意見具申を」

「許可する」

「は。ですが、それでも…やりましょう!」

 

イルフリーデはあえて溌剌と告げた。

軍務に当たっての謹厳さを欠くと誹られるのも覚悟の上で。

 

「そのための訓練、そのためのブレイコーですもの」

 

 

誉れも高き欧州最強、その名も地獄の番犬ツェルベルス。

地獄と化した大陸の、現世と常世を分かつは地獄門。その衛人にしてまさに衛士。

 

我らの敗北、それはそのまま人類の敗走に他ならぬ。

そう自らを戒め追い詰め追い込んで、挑み高めて至った技量。

 

しかし上には上がいる、ゆえに今、この一敗地に塗れようとも。

 

護り続けてこれからも護る人々に、いかな非難を浴びせられようとも。

舞台が違えばなどとは口の端にすらをも載せぬ。それだけを矜持として。

 

今ここで、力及ばず敗れたとしても。「炎の中から己を高めよ」 ― その家訓のままに。

 

敬愛し止まぬ后狼ヴァイスケーニギン、そして狼王シュヴァルツァーケーニッヒにしても。

堂々と挑み敗れ、また挑み続けているのだから。

 

 

「山々を望んで高みに憧れ、しかし歩き出すことを躊躇してどうします」

 

現実を直視する心にこそ本当の理想は生まれる ―

 

目を逸らしなどせず、いや胸を張って。

フォイルナー公爵令嬢 ― 否、近い未来の公爵閣下は。

 

 

昨秋以来、いやもうそのずっと以前から。

その出自と成り立ちのため。あるいはそれと同等以上にその力量ゆえに。

常に政に翻弄されては東奔西走、友を死なせて仲間を失ってなお。

 

命運を決するはただ、鉄と血。

 

その掟の下走り続けて今、傷ついた牙を抱く狼たちは、網膜投影の隊内通信にその光と輝きとを放つ金の髪と青い瞳を見た。

 

 

「――まったくお前は……向こう見ずこそが天才であり、力であって魔法か?」

「やれやれですわ、偉大な詩人の言を引くにしてももう少しやりようはないんですの?」

 

有翼獅子の女騎士・ファルケンマイヤー侯爵令嬢は嘆息と共に背にし負う斧槍を確かめ。

柔和な毒舌の雌獅子・ヴィッツレーベン伯爵令嬢はタイプの手を止め小さく笑んだ。

 

「…ドラッヘ・ヘルツの継承者とは斯く在るべし。やはり血は水よりも濃いのであるかな」

「砲撃衛士はカタナ相手の近接戦でもやりようがあると見せてやらなきゃなんないわねえ」

「イルフリーデに倣やあ銘々の流儀を求めよってか? ならま、やっ――ってやるぜ!」

 

美学を保って気難しげなユンカー然の、ララーシュタイン大尉が自慢のカイゼル髭を弾き。

機械化眼帯のベスターナッハ中尉は若武者らを寄せつけなかった爆装盾を掲げて見せて。

そして半ばはあえて市井の若者を気取るブラウアー少尉は自他を鼓舞する表情を形作った。

 

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊。

 

去る85年のグロスブリタニア防衛戦 ― ドーバーを渡り押し寄せるBETAを相手に自隊の壊滅と引き換えにテムズ川を死守した、ドイツ騎士たちの血脈と名誉を受け継ぐもの。

 

神にすら比肩する巨人を父に、数多の怪物を産んだ毒蛇を母に。

ゲヘナの門を守護する猛き番犬。三世三際の監視者にして死者の霊魂の道行きを標す魔獣。

 

 

我らはツェルベルス。欧州絶対防衛線「地獄門」の守護者。

 

 

「さあ、三つ首は伊達じゃないってこと…見せてあげましょう!」

 

ゆえに三方を食い散らかすのもそう難しくはない、悪食で知られるイルフリーデがそう言えば隊内には苦笑いに引き笑い――しかしそこへ。

 

 

「首は一つで十分だ」

 

 

くっきりとした発音の英語が割り込んだ。

 

 

「獲物の喉笛に食らいつくにはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕切り直しだとばかりに。

あたかも隊機の如くに2機横列でのアブレストから、徐々にその距離が開く。

 

「…」

「フッ…」

 

無言の双刃に狼王は小さく長刀を振って見せ ― 増速を誘った。

 

そして黒の00式は空を滑る機動――まるで一点に糸で固定された重りが落下回転する勢いで狼王の視界から消え、応じるEF-2000もまた推力を上げて相似のシザース――そして砲戦へ。

 

「では行くぞ!」

 

兵装担架のダウンワード展開でなく右主腕にて構える突撃砲GWS-9、高速機動のGに抗して照準をつけ撃ち放つ。

蒼空に火線を描く36mmHVAP弾、しかしその追跡を超えて黒い鬼が機動する。

 

やはり捉えられんか!

 

狼王はトリガを引き絞りながらも再度の実感、その内心には感嘆をも含んで。

 

見てから追えば間に合わず、予測して撃つも虚実入り混じる双刃のその機動の軌跡。

G耐性が高いのもあろうが空戦時に砲を突き出すこちらの空力劣後までもが計算内か、みだりに発砲しないのがその証とも。

 

 

機動術では明らかに及ばない。

 

だが悔恨はない。むしろ歓喜が突き抜ける。

 

 

不羈の英傑と人々は云う。一騎当千の古兵を率いる名将と呼ぶ。

 

だが、それがなんだ。

 

並ぶ者なき高さと誉めそやされる己が身の立てた戦功などは、部下の遺骸を積みあげた高さに過ぎぬ。それは討ち倒したBETA共の死骸よりも遙かに高く重いもの。

 

ゆえにこの身に纏う黒こそは彼らへの服喪の証。

 

鳴り止まぬ弔鐘の響きと人々の期待を背に、胸には不退転の決意と闘志を抱いて。

必ずや祖国と人類の未来への道を切り開く ― この狼の牙と爪とで。

 

 

なれど双刃を染めるあの黒こそは、ただ異星種の返り血により冷え切り燃える復讐の炎か。

 

軍事大国ヤーパンライヒ、古よりの戦士達のその国で。

誰よりも強く激しく戦い多くのBETAを屠ってなお、人々の歓呼に背を向け戦い続ける。

地位も名誉も金銭も、あるいは明日の己の命さえ。何も求めず只只管に戦場へ。

 

何がそこまで駆り立てるのか、誰がためにそれほどまでに戦うのか。

 

 

あるいはすでに――この世にいない、だれかのためか。

 

 

だが卿とて戦士であろう…!

 

鎬を削るこの場この時この瞬間は。

 

 

狼は、無用の戦を好まない。争うとすればそれは口を糊する獲物のためか仲間のためか。

その狼の王と渾名されたがゆえではないが、己もそう在ろうとしたしそう振る舞ってきた。

 

だが己の奥底に秘めた性。その本性は ― 戦士であり闘士。

 

強き者がいるなら挑みたい。己の力を試したい。

その強き者に打ち勝ちたい。己の牙を証したい。

 

如何な衛士でも決して侮りはせぬが心底からそう思わせた者は多くはない、その中で。

 

 

「さあ見せてみろ…その刃の鋭さを!」

 

狼王はあえてやや散漫に、誘い水として流し撃つ。

さすれば先と同じく瞬時に機体を起こすや照準内から消える双刃、応えて狼王はさらに増速をかけた。

されば1.5秒後にはデッドシックス、管制ユニット内に鳴り響くロックオン警報はそのままにジンキングから機体を起こして大減速 ― ここまでは先と同じに。

しかしそこから下がる速度のままにEF-2000の跳躍ユニット角度を変更。推力ベクトルを一気に下方へさらに下方から前方へと連続移動、失速寸前の速度域での後方宙返り(ザルト)――

 

「…」

 

いやそれに双刃が追随してくることも予測の範疇、びたりと背後につけるその鬼に。

まだだとばかりに続けて吠えるAJ200が青炎を吐きもう一回転重ねてみせた狼王機はさらにその極小ループの頂点にてその黒の機体を捻り背後にて同じ軌跡を描く双刃へと瞬時に向き直る ― シュヴァルツァーザルト・アウフデムモント。

 

「…!」

 

そして赤炎。

 

「Ha!」

 

ロケットにて加速を得GWS-9を撃ち放ちながら一挙に間合いを詰めての上段片手斬り(アイネハント・オーバーハウ)

 

 

純機動戦では及ばぬのなら、挑むは空間機動白兵戦。

 

 

その苛烈な斬撃をしかし機体を捻り砲撃を回避しつつもさらに流して見せた双刃、そして慣性により両機ともに流れ離れるも即座に狼王が追撃。

 

近接戦では障害になる突撃砲を兵装担架へと戻しつつ、下段に落ちた長刀を跳ね上げ空いた右主腕も添えるや機体上体の捻りも加えて再度斜めに切り落とす憤怒の一撃(ツォルンフート・ ツォルンハウ)

だがそれをも順手の長刀をやや下げての八相 ― Aの防御で超硬炭素の火花と共に逸らして去なした双刃がその勢いのままに右主腕掌中の74式その柄を回転・瞬時に逆手と化して間合いを詰めての右薙ぎ ― それは偶然の一致であろうがハイマートが古式に云う型 マウザース・エルボーゲンブラット。

ゆえにか対応した狼王は振り下ろした斬り落としの慣性を殺さずさらに跳躍ユニットの噴射も加えて180°機体を回転させつつ同時に再度跳ね上げた長刀での憤怒の構え(ツォルンフート)――からの変形、刃を背に負うての防御で受けるやその衝突面を支点に剣を跳ね上げさらに機体を捻り双刃へと瞬時に正対、顎下での突きの形から瞬転の斬り上げ(シュリッセル)へ。

 

「!」

 

その衝突は打撃に近く。

しかし振るった狼王が類い希なる尚武とその資質からすでに74式長刀の要諦を得る一方で、受けた双刃もまた柄に程近い一際強固な部位での防御。

さらにはあえて跳躍機の噴射で抗さず衝撃を逃がす形で離れた双刃、そこへ狼王が再度の追撃をかける。

 

 

薙ぎ、斬り上げ、撃ち降ろし、跳ね上げる。

 

 

双刃の剣を颶風と呼んで狼王が乗機に擬えるなら、しかしその当の狼王が剣は言うなれば猛威を振るうハリケーン。

その連撃は正統なるドイチェ・フェヒトシューレの型にして、攻防一体・時に裏刃をも用いる戦場の剣。それは基本片刃で反り打つ74式では必ずしも致命打にはなり得ぬが、EF-2000の出力を以てすれば決定打にも程近く。しかしそれに応じてのける黒の衛士はといえば、

 

 

受け、避け、去なし、躱して、躱して退ける。

 

 

やはりこれは…!

 

息も吐かせぬ攻防の間 ―

双刃が剣技の底を見切ったつもりの狼王は――再度歓喜した。

 

 

剣の技量では己が勝ろう。

 

由緒ある家門を背負い、戦乱の気配とその勃発との最中に生まれ育った者として。いずれは戦地へ赴く身だと、貴族の手習いと揶揄されようとも幼き日より鍛練を積んだ。

そして去りし日には剣の長老(エルトメイスト)から被免の赦しを受け ― それに値すると自負し自認してもよいかと思えるほどには戦果を挙げてきた。

 

その己に対して ―

 

 

またもの激突。その寸前の40mの間合いから、

 

「卿…問わせてもらうが、師はいないのか」

「…」

 

狼王が見る通信ウィンドウ、浮かぶ双刃は無言の中にも小さな頷き。

 

「信じ難いな…!」

 

それは皮肉ではなく。

互いに突撃砲を展開する間もなく剣の距離へと踏み込みあう最中のやり取り、そこに偽りの入る余地など最早無ければ狼王のその感嘆は薄黒の顔に小さくも笑みを刻ませる。

 

そしてすでに幾度目とも知れぬ剣戟に散る火花、受けるはやはり我流と思しき構えに剣筋。

とすればこの業総ては実戦の中で培われたもの、それも生死を賭した白刃の上で。

 

ますます解らぬ男だ!

 

数多の衛士を見て見送ってきたこの身をして似た前例に覚えがない。

沸き起こるのは滾りと共に失ったはずの、それは好奇心。

 

 

我流の業とはその大半がその本人の才と経験とに拠る他無く。

 

だが行住坐臥なくば生きられぬ人間という生物が閲する時間は有限ゆえに、その持ち得る時総てを修練とその実践とに費やすことなど出来よう筈もない。

 

そのため往々にして我流の剣は、攻においては威を発するが守に転じてはその威を失う。

 

なぜなら如何な戦士でも敵に勝つには攻めねばならず、勝てねばそこで命は尽きる。

ゆえに生き延び続ける我流の戦士は自然攻めへと偏重していく ― その戦功にて名を成すほどならなおさら。

 

聞けばこの黒の衛士とても年若くして、しかも若年よりの志願兵。さらには特に心得も無い市井の生まれで戦場に身を投じて勝利を重ねさらに今日この瞬間まで生を繋ぎ得たのは即ち攻めて異星種を屠ったがゆえ。そこに守りの経験は多くはあるまい、まして手管を尽くす剣戟の応酬など――にも拘わらず。

 

 

「ライヒにならば幾らでも優れた師がいように」

「…人を倒す業は必要ない」

「ショーグン警護のリッターの言葉とは思えんな」

「…俺の敵はBETAだ」

「フ…惑わぬな卿は」

 

 

だがBETAを倒すために磨いた剣技を以て、ここまで闘えるというのも容易には信じ難い――

 

 

「Fu!」

 

狼王の踏み込み、纏う黒き強化装備に内蔵されたインソールが構成し返す踏み応え。

右主腕によるその強烈な左薙ぎの一撃を双刃は上体を反らして避けるやその反動で振り上げた脚で狼王の胸部を狙い、すんでで受けたEF-2000の左主腕のそのブレードを足場に代えて蜻蛉を切って跳び退りその回転中から火を入れていた跳躍機が赤炎を吐くや瞬間の下降と上昇タウヘン・ウント・ズーメン(ダイブ&ズーム)。そして突進からの連続斬 ― ズィルバー・アングリフス。

 

「…!」

「ぬぅ…ッ!」

 

足下から瞬時に迫るは双刃、閃く銀光はしかし鈍色。

 

脚で応ずれば斬られるほかなく機体ごと下方へと転じて向き直った狼王は、しかし双刃の息を呑まされるほどに近い間合いでの自機の回転すら伴いながら繰り出される連撃に、前腕部のブレードをも動員して受けを強いられる。

 

この動き…!

 

攻防一体となるこの機動、単に優れた反射が生む技ではなく。

 

そして上昇機動となる00式に対し最大俯角のEF-2000、落下を防いだ上で機動推力を確保するには跳躍ユニット内部のスラストリバーサーを全閉してもなお足りず前方噴射する他ないが背面腰部の跳躍ユニットを回転・展開させれば双刃による瞬斬の格好の餌食。

 

ゆえに王たる者の選択は後退でなくやはり前進。

受けの長刀を逆に叩きつける形で鍔迫り合い(バインド)の拮抗を瞬間創出するや全力噴射で双刃を押し込む――も、途端消失する抵抗。

 

跳躍機の全出力を停止した00式がまさに急激なる失速反転 ― ハンマーコプフ(ハンマーヘッド)、瞬間の急降下を強いられる形になったEF-2000に襲い来る斬撃。

再び互いの主腕を伸ばせば届く程度の距離から繰り出されたすれ違いざまの一刀、それは振るのではなくむしろ置かれた刃に狼王機から自ら飛び込むような形。

それを左主腕ブレードで滑るが如くに受けて流して狼王が高度を下げればその網膜投影後方視界には赤くロケットに点火して上昇し跳び退る双刃の機影。

 

凄まじいな!

 

自ら挑んだ白兵戦でこの在り様とは。

だが狼王の口の端を歪めるはまさに悦び。

 

 

過去に存在し得えず、さらに想像さえされ得なかった空中近接白兵格闘。

しかし年若き衛士・双刃の操るそれは、跳躍ユニット ― ベクタード・ノズルを自在に駆使するまさにドライディメンジョンナルス・トゥートンスメスォーダ。

 

 

上空にて鋭く弧を描く黒の00式のその軌跡、出力に優る狼王EF-2000もまた赤い尾を曳く。

砲を展開する暇すらなく交錯の軌道へと示し合わせたかのようにしてぶつかる黒と黒。

 

たしかに剣の技では私が勝るが…

 

狼王の網膜投影に映る外部映像 ― 止まぬ互いの斬撃に散る火花が視界を赫奕とする。

年若き衛士の、しかも我流の剣。それでこうまでこの狼王に抗するとは。

 

この男、本当に何者だ…?

 

 

凄絶とさえいえる技量を振るうもその年齢はあまりに若く。若年志願で戦歴は長いとはいえ、その身に染み込んだ戦技の深遠さにはまだ見合わない。

 

そして才無き者では決してないが、閲せぬ時を補うほどの、あのUNツヴァイの衛士の如き燦然たる才の輝きはない。

 

そもそも空中AH戦といえばアメリカ軍の十八番。

ライヒが誇るタクティシェモビールシュヴェルトクンスト(戦術機動剣)とても、知りうる限りにおいてはこれほどの三次元機動を伴うものではないはず。

 

 

経歴書はユーコン経由で手に入れている、しかしどうにもこの現実がそぐわない。

東洋人は若く見えるというがと愚にもつかぬ思いが掠めた狼王が、

 

「卿、重ねて問うが歳はいくつだ」

「……数えていない」

「何…?」

 

撃ち合わせた刃が離れた瞬間の、予想外のその応え。

 

自国言語に気位の高いフランス人を除けばウニオンでは主に公用語たる英語での会話が常のところで自動翻訳機を使う者もほぼおらず、合流したライヒ部隊もこれに倣っていたが。

他方で黒の衛士は英語があまり得意でないのは気づいていたし、己も母語訛りが抜けないとは自覚するところ。ゆえにそのNot countingの意味を取り違えたかと再顧せんと――その時。

 

 

東の空域にて発した閃光が、蒼空に黒2機の影を刻みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首は一つで十分だ。獲物の喉笛に食らいつくにはな」

 

――!

 

通信に割り込んできた英語。イルフリーデには咄嗟の悪寒。寒気とも。

粟立つ首筋、後に知ったのはそれが殺気というのだということ。

 

「南方に発射炎!」

 

常にない鋭さのルナの警告、EF-2000の鋭敏なセンサーが昼間の青空に捉えたそれ。

騒音源たる跳躍ユニットの使用に加えて音速を超えて飛来するHVAP弾に対して集音では間に合わない、しかし即座に散開してみせるのがツェルベルス混成第2中隊。その3秒後に東へと突き進む隊の50m後方を36mmの弾雨がやや散らばる形で通過していく。

 

「狙撃してきたぞ!」

「レーダー照射警報なし!」

「衛星情報もなしにマニュアルだってのかい、恐れ入る」

「おそらくは望遠映像からの…そうですわ機動予測演算、そういう使い方も――」

「構うな、進め!」

 

襲い来た砲撃の主は南より迫るツヴァイ ― 94式弐型の小隊。

 

「連射しないな?」

「誤差を修正してるのかと、甘く見ても3射目には命中弾が」

「あるいは威嚇牽制か」

「当然それも込みでしょう、なにしろ」

 

率いるは「ラビドリー・ドッグ」マリモ・ジングウジ。

 

ヘルガの問いにルナが答えて、

 

「その二つ名とウォードッグの隊名はライヒスアルメーでは知られたものですとか」

「なるほどな…しかしなんだか犬ばかりだな」

「は、違いないな06。これでガルムもいればフンデヒュッテもかくやだったか?」

「よせよそれじゃあ片肺赤いアドラーやらシュラハトフェルト・デーモンが出てきそうだ」

 

軽口を利く合流機らにもこれより対するツヴァイの機体性能概算値をデータリンクで流すルナ、共にエルロン・ロールを描くヘルガは今度こそ弾倉を交換した。

 

「FCSレーダー照射検知!」

「発射炎確認、北方ゼロ部隊!」

「ツヴァイ小隊も砲撃再開!」

「足を止めるな!」

 

再度開かれる戦端、蒼空に伸びる火線。その中を楔壱型で8機のEF-2000が駆ける。

 

高機動戦での弾速重視で飛来するのは36mm、とはいえまだ南北共に4kmは離れた位置からの機動砲撃。そうそう当たりはしない ― はず。

 

「とはいえやはり当然囲まれるな」

「うーん、でも他にやりようがあった?」

「ありませんわね」

「向こうも事前想定というより即興なのだろうがな」

「ゲルプ小隊反転ッ!」

 

前方。徐々にだが差を詰めつつあった3機分の赤炎が天突く流星と化し、極力速度を殺さぬ大ループでの上昇からの反転機動。

 

「斉射三連!」

「ヤーボール!」

 

その頭を押さえんがための偏差砲撃、イルフリーデも拡大したレティクル内の黄色いゼロへと向けてトリガを弾くがそうそう当たらないのはこちらも同じ。

なにしろ敵機の鋭い機動に加えて南北から狙い来たる火線を回避しつつの攻撃行動、さらには対向してくるゲルプ小隊からも砲撃が始まり――

 

「ちぃ、当たらねえ…が、こいつはっ」

「牽制射だ! やつらの狙いは――」

「――来るぞ!」

「接敵予測、ドライゼクンデンっ!」

 

やや上方、36mmをばら撒きながら突入してくる3機のTyp-00。

ブラウアー少尉は兵装担架の展開をヘルガは抜刀を堪えて主腕のGWS-9で応射を続け――一瞬の交錯。

 

「こ、の――ッ!」

 

その直前にイルフリーデの放った36mmの連射は1機の白いゼロを捉え喰い破っていたが、

 

「大尉!?」

 

まるで飛び交う砲弾が刻む光条の間をすり抜けるように。

楔の頂点たる赤の男爵に迫るは山吹の剣姫。

 

なめらかだが迅い虚空を滑るその機動、左主腕のTyp-87突撃砲を撃ち放ちながら右主腕にてTyp-74近接戦闘長刀を抜き放ちララーシュタイン機に迫る――

 

「ぬう…ッ!」

 

近接戦のためでなくむしろ隊の鼓舞のため。

左主腕に提げさせていたBWS-8 フリューゲルベルデをその刹那にしかも守りではなく逆撃にて討たんとばかりに振り出したのは「七英雄」の面目躍如、そして空を穿つ砲弾の風鳴りと跳躍ユニットが生むジェットとロケットの轟音の狭間に低く高く響いた金属音 ―

 

サスガ、オミゴト ―

 

混信した通信に聞こえたやや低いが玲瓏な響き。

瞬間の剣戟は隊同士の交差軌道のその交点での。

 

イルフリーデが管制ユニット内でコネクトシートからやや身を起こし後方へと首を巡らせその視線で敵機を追って見たのは網膜投影の後方映像に映る浅い角度でしかし高速で離脱していくゲルプとヴァイス。

そして次に確認したのはわずか乱れた隊形を瞬時に組み直した列機らのステータス。被弾機は特になかったが ―

 

「中隊長っ」

「問題ない、損傷なしである、が」

 

音速の男爵、しかしその振るった斧槍の大刃は半ばから失われ。

咄嗟に掲げて胸部を守ったか突撃砲を握る右主腕前部の超硬炭素刃にまでも斬撃痕。

 

「あの刹那に二太刀入れていったというのか…」

「ケンペリン・タカムラ。端での見聞以上のモンストルムであるな」

 

唖然とするヘルガにララーシュタイン大尉は半壊した斧槍を投げ捨てた。

 

「南へ転進する。目標接近部隊3機」

「ヤーボール、ヘル!」

 

本来ならば残存2機へと変じて数的差大のゲルプ小隊を追いたいところ、しかし向こうもそれは承知とばかりに再度のロー・ヨーヨーから速度を上げつつさらに北寄りの進路とあっては半ばはあからさまな誘いとも。

 

「一撃で喰い破るぞ!」

 

ベスターナッハ中尉が冷徹の中に檄を飛ばす。

数的有利での突撃はこれでおそらく最後になる、もはや力の限りに暴れ回るのみ。

冥府からの逃亡者を貪り食うが如くに ― と。

 

「ツヴァイ部隊上昇ッ」

「! 頭を押さえる!」

 

前方、フロンタル。だがまだ距離がある目標に動き。

即決のララーシュタイン大尉に了解の唱和が続き、狼たちはぐいぐいと高度を上げんとする3機のツヴァイを大仰角で追うが、

 

「げ…、こいつらも速ぇな」

 

平生から口数は多い方のブラウアー少尉のぼやき。

Typ-94 2nd. ― シラヌイ・ニガタの跳躍ユニットFE-140は米ジネラル・エレクトロニクス社の大出力モデル、その性能はTyp-00が帯びる同社製FE-108のカスタムタイプに迫るともされ。

それにEF-2000のAJ200も負けてはならじと番犬8機は並んで赤炎を吐き出し追い縋り、しかしやや撃ち降ろしになる火線がツヴァイ3機から迫り来る。

 

「手慣れてやがるぜ…っ」

「こりゃAH戦の訓練を増やさないとねえ…」

「もう、こっちは長い防衛線を維持するのでやっとなのに!」

「――フランスの衛士も同じ事を言っていたな」

 

 

混信から合う周波数、先ほどと同じ声が。

 

「貴様らの戦績には敬意を表するが、泣き言は上官の名に傷をつけるぞ」

「ぅ…」

「然り。なれど時と場を弁えれば我らが王は多くを求めませんな」

 

クリアになった女性の英語 ― ジングウジ少佐の言に、普段一番場の空気を読まないララーシュタイン大尉が他軍の佐官に敬意を払ってか聞き慣れない言葉遣いで応じ ― それにメグスラシルの娘達はむず痒そうな素振り、ブラウアー少尉は笑いをかみ殺す。

 

「なるほど。どうやら狼王殿は実に寛容な方らしいが自慢の首を一つ二つと食い千切られてもその鷹揚さを保てるか?」

「長く戦場を共にしたゆえ信ずるに値すると評価を」

「それに自分の手足を失って、嘆きこそすれその手足に怒る者はおりませんわ」

 

砲火と共に交わされる舌戦。その少佐と大尉の会話に平然と割り込む少尉が一人。

 

「ほう、情け深くもいらっしゃると。仄聞する鉄血の英雄像とは些か異なるな」

「それはもう。ですがジングウジ少佐殿は噂に違わぬ猛犬ぶりでいらっしゃいますのね」

「私などの醜名が遠く欧州にまで広まるわけがあるまい、貴様はよほどの地獄耳だな」

「ご謙遜を。それに一介の小娘少尉にそのような余技はございませんわ」

「言うな貴様。面白い奴だ、名前は」

 

問われて名乗った少尉 ― ルナのその振る舞いこそはこれぞブレイコーの作法といわんばかり。おまけに持ち込む流儀は頬に手を当ておっとりやんわり微笑みながら毒を塗った針で刺す、いつもの彼女に欧州貴族の悪癖を足して。

そしてその悪びれもせぬ行状を両の上位者が共に咎めないのはそれがこの場の掟ゆえ、まさにそれを証すがためのあえての非礼の行為であることを、この場の皆は理解した。

 

「さる名家のご息女か? すまないが下々の身でな、礼を欠くのは寛恕願いたい」

「とんでもございませんわ少佐殿。ですが今宵は――」

 

乱数機動にて上昇、回避と照準と砲撃とをすべて同時に行いながら。

すでに息つく間もなくしかし若干とはいえまだ余裕も保つツェルベルス隊機らの通信ウィンドウ、そこに浮かぶブラウンの髪と瞳の帝国軍女少佐に対して、ルナがついと小さくドレスの裾を持ち上げたかのような仕草を見せた。

 

「我らの首を濫妨なさってリーラップスからオートロスにでもなられるおつもりですの?」

「いや――」

 

その芝居がかった台詞と素振りに、不敵な笑いを返したのは戦場の犬。

 

「さっきも言ったろう、首など一つで十分だ」

 

 

「来るわ!」

 

ジングウジ少佐のその言にイルフリーデは何かを直感した。

 

「頭を押さえろ! 中隊長!」

「うむ、火器全力使用許可。前衛近接戦闘準備である」

「うっし06ヘルガ突っ込むぞ! 焼きついてもかまわねェ、回せ!」

「了解!」

「03より、08と12に合流機で牽制から集中射! 目標敵先頭!」

「ヤーボール! 北のゼロも接近中!」

「とっととカタつけりゃいい!」

 

手強い獲物に挑むその瞬間に殺気よりむしろ活気を呈するのが歴戦の番犬ら。

そしてその一方で、

 

「…また、煽りすぎじゃないっすか少佐殿」

「この程度で足下をすくえる連中ではない、変わらんさ。しかし珠瀬に倣って遠距離狙撃もしてみたが、やはりそうそう当たりはせんな」

「少佐殿、彼女は別格ですよ」

「まったく才能というのは残酷だな。まあ凡人には凡人のやり方がある ― 犬には犬のな」

 

共通の回線に乗ったライヒの部隊、ツェルベルス機の通信枠に加わったは東洋人。

堂々と交わされている日本語は、井戸端会議に作戦会議か。

 

「手はず通り行け」

「了解!」

 

火線の応酬が続く中、徐々に縮まる両隊の距離。

 

「実戦じゃカンベン願いたいぜ、カウント5でユーハブコントロール」

「その場合には私の担当ですよ、カウント5でアイハブコントロール」

 

なにをする気――?

 

ソイツハヨケイニカンベンダと英語混じりに何か聞こえた、破損した追加装甲を持つ機体 ― 動きからして操るのはタツナミ中尉か ― そしてその逆側のデルタの一角、黒髪の女衛士の機体が陣形を崩して素早く移動しバックアップの位置につくや2機1列の縦型に変じて突撃してくる。

即座に応射をかけるツェルベルス、しかし飛び跳ねるような急機動のタツナミ機とほんの僅かの遅れしかないその追随機、さらに半壊状態とはいえ追加装甲を押し立てられては36mmでは有効打には――

 

でもいくらなんでも強引な――、まさか!

 

「中隊長っ!」

「01これは!」

「全機散開! 退避!」

 

イルフリーデとヘルガの警告はほぼ同時、そして赤の男爵もまた。

一瞬の遅滞なく反応した番犬部隊の動きはさるものながら、その精鋭をしてもう半ば以上はその罠にかけたライヒ部隊も同じくしたたか。まして「巨大種殺し」で知られる衛士とその相棒にして戦場の犬の名を持つ小隊員、彼と彼女はすでに狼の喉笛にまで食いついていた。

 

「位置よろし、どうぞ!」

「カウント5! ベイルアウト、イジェクト!」

 

タツナミ中尉の一定の操作 ― 追加装甲装備のツヴァイ、その背面が兵装担架と共に爆圧排除。そしてロケットモーターにより射出された管制ユニットは胞状展開するエアクッションに包まれて後方に占位する女衛士機の主腕の中へ ― JIVES上ではそこまでの再現はなくただ搭乗衛士が脱出となるが遠隔による操作権委譲の判定は残る。

さらに管制ユニット喪失により特攻機の機動は自律のそれと大差はないが、追加装甲を構えて守る一方直前まで手練れによって操られたうえ降下軌道で速度は乗って――狙われているのは第2中隊左翼。

 

「くっ…!」

 

Gに耐えできうる限りの急速反転からの散開、しかし喪失した速度を補おうと全開で跳躍ユニットを吹かすイルフリーデ機にはご丁寧にもジングウジ機からタツナミ機自爆の予想影響範囲が送信されてきていた。

 

網膜投影に映るその広角のコーンは大きく、あと数秒での離脱は ― 絶望的。

 

「即座に撃墜より退避を優先する判断は流石だな。が、遅かったな」

「こんな戦い方…!」

「ソ連機の一部は同じ物を積んでいる。連中が思いつかない保証がどこにある?」

 

BETA相手にもやっているだろう、冷たく嘲りを含んだその口調はまるで鬼教官のそれ。

 

まるで予想外の戦術に離脱をかけつつ率直に憤ったイルフリーデだがカンプフントは取りあわない。救助機想定の1機が戦闘参加の素振りを見せずに離れていくのはある意味律儀に訓練を兼ねてのことか。

 

 

「言っただろう。犬には犬の戦い方がある」

 

 

欧州最強即応部隊。その戦場は確かに過酷。

 

 

「そして首は一つでいい。要は牙の使い方だ」

 

 

しかし即応される側だった者が血と泥濘と機械油にまみれて這いずり回った戦場も過酷。

 

 

「貴様らが古式ゆかしく斯衛と斬り合いを続けていれば取りようがなかった戦法だぞ?」

 

 

得意の機甲戦でなら。数で負けることはあったとしてもそれは本当の敗北にはならないと。

 

 

「真に誇りを押し通すには力が要る。己の流儀を貫くのにも。それが無ければ――」

 

 

小型核にも匹敵するその威力。電子励起型特殊爆弾S-11。

 

 

「驕ったな、ツェルベルス」

 

 

王が不在ならこんなものか?

その嘲弄に返す間もなく指向性を備えるその強力無比な加圧力をまともに浴びて、イルフリーデのEF-2000は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な閃光、そして爆発。

 

 

――!

 

特殊爆弾・S-11。JIVESにて再現されたものながら、東方10kmほどの空域で炸裂したその衝撃波が遅れてやって来る。

 

その中ですら変わらず迫った双刃に相対しながら狼王は部下らが気を利かせて遮断していた通信を上位者たる大隊長権限にて開く ―

 

 

「ローテ01であるっ、損害報告せよ」

「06健在、なれど片肺不調ッ」

「12健在、ですが主機出力低下ああもうっ」

「08、近距離での衝撃波により衛士失神の判定ですわ、自律制御介入解除まであと5秒」

「11生きてるぜ、03も――フェルダムト! ゼロが来やがった!」

 

英語でなく母国語で交わされるは毒づくやり取り。

さらに同調した回線に飛び込む耳慣れぬ言語の会話。

 

「よし半死半生の狼に止めを刺すぞ。だが油断するな、獣は手負いが一番怖い」

「了解です。神宮司少佐、指揮権をお預けします」

「了解だ。では篁中尉は単機戦、あっちの2機をくれてやる」

「は」

「爆発反応装甲なぞ提げてはいるが貴官の敵ではあるまい。遠慮はいらんぞ斬り捨てろ」

「…了解」

「うわー」「またスイッチ入った」「あんなに斬ったのに」「絶倫」「賢者時間もう終了」

「貴様等…」

「ホワイトファングスは私に続け、その牙の使い方を教えてやろう」

「了解です」「うーん」「正直隊長より」「安定感」「禿同」

「貴様等…」

「だってー」「突撃突撃」「刀一本あればいいとか」「自分基準」「ミハ○ルに帰れ」

「だそうだ。ずいぶん信望厚いな中尉」

「…不徳の致す処です……稽古後の甘味は当面禁止だ」

「ええ!」「そんなぁ」「職権乱用!」「人でなし!」「いかず後家!」

「貴様等言いたい放題に……、はッ!?」

「タカムラチュウイデイカズゴケナラワタシハドウナルトイウノダキタンナイイケンヲモウシノベテミロタップリダイタイチョウシツデキイテヤル」

「ひ、ひぃいい!」

 

 

――そんな明白に劣勢の部下らに対して明らかに余裕あるライヒ部隊。

 

 

そっと狼王は回線を閉じた。

 

「勝敗は決したようだな」

 

眼前はまたもバインド ― その鍔迫り合いは共にシュタルク、鍔際での競り合い。互いの跳躍ユニットは今は青焔を吐き出すも、共にそれが赤炎へと変じる時を待って微かに震える。

 

「だがこれで止めるなどとは言ってくれるな」

「…了解」

「――それでこそだ!」

 

気炎を吐く。

唯の座興、たかが訓練。だがおそらくこんな機会はもうそう訪れはしまい、我が儘ばかりを言っていられる立場ではなく。

 

 

決着をつける時が来た。先までの攻防で双刃の力量は十分に理解している。

 

近接戦では敗れることはまずないが ― 撃ち破ることもまた困難。

 

 

だがそれも一興…!

 

死力を尽くす。技量の限りと共に。己の総てを搾り出す久しい感触。

 

 

間合いをとらせて機動戦に移されれば勝機は薄く ― それで思うままに気が済むまで戦ってみたくもあるが、また長引くだけでもあろう。

 

ゆえに剣の間合いから逃がさず。勝る出力で、叩き潰す。

 

流石に件の「ゲハイムニス」を味わえないのが心残りではあるものの…いや未練だろう、いくらなんでもたかが座興に、まして大して乗り気でもない相手に命を賭けろとまでは求められん。それにJIVESであれが再現できるかも不明だ。

 

 

狼王は管制ユニット内左手側のパネルを素早く操作し、被弾率の高さとカウンターウェイト機能のため最も重い部位である両肩部の装甲を排除。左右腰部の予備弾倉もスカートごと切り離し兵装担架に1門残る突撃砲も落とすと、さらに両膝部のプロペラントもパージした。

 

「そちらより重いのでな…」

 

最早隠す要のない獰猛な笑みと共に。

黒衣のEF-2000の跳躍ユニットAJ200が赤く燃え――

 

「行くぞ!」

「!」

 

継戦を放棄。出力をピークパワーで維持。ゆえに暴力的とさえいえる加速。

 

拮抗状態から一瞬で最大出力へと転じたEF-2000がその圧を増し、しかしその勢いに逆らわず流す形で機体を転じた双刃の00式はそのまま狼王機の背後へと――

 

「Hurra!」

「――!」

 

跳躍ユニットはロケットの赤炎。

瞬間の運動性に優る00式を力で捻じ伏せんと猛るEF-2000、その黒の悍馬の手綱を握るが黒き狼王。

 

右肺を直進・左を横90°に展開しての最大噴射、機体軸を中心に独楽の如くに回転しながら左主腕にて放つ大リーチかつ変形の薙ぎ(ツヴェルヒハウ)

剣も腕も折れよとばかりのその一刀を叩きつけられた双刃は辛くも防御に成功するが続いて逆撃はおろか離脱も許さぬとばかりに狼王はEF-2000を前へ出し、

 

「Fu!」

「!」

 

斬撃を受けられた反動での跳ね返りを最小限に押し込めるや強引に再度のバインドへ持ち込む。

 

その勢いは先とは異なり今回は明らかに狼王機が押し気味(シュヴェア)にありその状態からさらにかち合う鍔際を支点にいわば力任せの押し斬り(アプシュナイデン)

 

大出力に物をいわせて真正面から叩き斬る。

一度見た業は二度は通じぬ、双刃が失速機動に持ち込もうと抗力が失せたその瞬間に押す刃をめり込ませんと――

 

「―」

「!」

 

しかし襲い来たのは左の手刀。

押し込む狼王の剣など一顧だにせず、その鋭く伸び出たTyp-00ダガーの刃が狙うはEF-2000の右脇腹。それに応じて狼王は瞬時に剣の柄から放した右主腕を下げてのブレード防御、滑る互いの炭素刃に火花が散る。

 

左片手斬りになった狼王の瞬間の減圧、しかし双刃が次なる動きに移るその前に受けに使った右主腕を繰り出す形で剣拳撃。瞬時に退がる双刃まで届けとばかりの機体上体につれて両主脚までをも半身に回す渾身の右ストレート ― だがそれは布石。

 

これなら――

 

身体ごと打ち出した右正拳、開いた体、その一方で左主腕の剣を引き寄せ。

狼王の右拳を退いて躱した双刃が再び前へ出んとしたその刹那へと目がけて撃ち出す最速の、

 

どうだ!

 

突き!

防御不能(ニヒト・ツゥ・フェアタイディゲン)の名を取るその一撃はその速度のみならず突き動作中途に握り手を左から右主腕へと転じかつ柄尻を握ることで敵手の読みを上回る射程となる神速の刺突――が、

 

防ぐか!

 

狼王の驚嘆と歓喜と共に。

黒の00式は逆手の長刀に伸ばした短刀、斜め十字に交差させたその二刀を以て頭上へと迫る刃をやり過ごす。

 

「…」

 

もう幾度目かもわからぬ火花が散り、刃を滑らせ機体を沈めて狼の王に迫るは黒い鬼神。

その背の兵装担架から二門の突撃砲が切り離されて落下していく。

ようやくその気になってくれたかと、

 

「Sei!」

「…!」

 

獣の笑みを浮かべて迎え討つ狼王は受けて立つとばかりに斬り下ろしそれを双刃が受け、いや受けさせると弾かせも流させもそして自ら引きもせずかち合った剣を押しつけて四度のバインドを強いる――と見せて全力噴射で突き放すや退がり左方へ離脱せんとしたその双刃の動きに合わせてさらに前へ出つつも剣は引き寄せ――突く(バインド・ナカライセン) ― 。が、

 

「 ― !」

「何ッ…!」

 

左主腕での突きを放った狼王はまったく同時に襲い来た胸部への突き ― そして伸び出したTyp-00ダガーをすんでで右主腕ブレードで受けるも寸毫及ばず滑った刃がEF-2000の胸部装甲を突き抉る。

損傷判定小破 胸部装甲損傷 操縦機能に異常なし

 

他方その狼王が送り込んだ絶死の一撃を左跳躍機の噴射と右跳躍機の逆噴射で機体を半身に転じて去なしながらの交差同逆撃(クロイツツェーラー)を放った双刃も、逸らし損ねたか頭部を大きく貫かれる。

損傷判定中破 メインセンサー大幅機能低下 戦闘続行に影響なし

 

今のは…!

 

しかし間合いはそのまま、止まらぬ狼王が動く。

瞬時に引き戻したTyp-74、追って閃く双刃の長刀を柄上部で受けては握りの上の発光部凹凸を生かしての回転受け ― 十字架への崇敬(エアフーヒト・フォーア・デム・クロイツ)、逆手握りで撥ね除けられる形となって瞬間動きが止まった00式の隙を逃さず翻したTyp-74を自機の背を打つまでに大きく構え加速をつけての右片手斬り(ドレイマン・シュレイクシュトリヒ)

 

角度をつけて翳される双刃の左小剣、しかし到底受け切れはせず火花を散らして短刀身を削りて滑る狼王の斬撃は黒の00式の左主腕前腕部へと食い込み袖部を斬り飛ばすも続く超硬炭素刃上を流れ。

損傷判定小破 左主腕部短刀収納不可

 

そしてその受けでわずか崩れた狼王機、そこへ襲うは双刃の右逆手長刀の右薙ぎ。その太刀筋は逆胴、左腹部を狙われた狼王はすかさず左主腕ブレードで防御に移るもその双刃の瞬撃は軽くも疾く――

損傷判定小破 胸部装甲損傷

 

やはり間違いない…!

 

息も吐かせぬ攻防 ― 瞬きの間に死ねる刹那の連続。

そして概すれば己が攻勢にして有利な状況において、狼王は一つの解を得ていた。

 

 

古の東洋の剣人が、ある者に問われたと云う。

貴方は止まっているものばかり斬っているが、本当に腕が立つのかと。

それに剣人はこう答えた。

 

何百人何千人と斬って居れば、寸毫の停止が一刻にも二刻にも感じられるようになる、と。

 

剣人の生業は御様御用。ヘンカー ―死刑執行人(Executioner)である。

 

 

この種の逸話は「盛って」あるのが常とはいえ。

直接にBETAを屠った数ではおさおさ劣らぬと自負はするものの、おそらく――双刃には、常人、いやそれよりは迅い己や衛士にとっての0.1秒が0.12~3秒程度に感じられているのではないか。

 

そしてその優速を以て技量に勝る敵手にも互角以上に渡り合う――

 

 

大凡のBETAなどはほぼ止まって見えるのやもしれぬな…

 

「『ニクヲキラセテホネヲタツ』か?」

「…」

 

集中・視野は広く・微細な操作のフットペダル・間接思考制御。

互いにそれら総てで機体を自在に操りながら、敵手の血肉を削いでいく。

 

 

ヤーパンライヒス・ヴァッハリッター(日本帝国斯衛軍)ドッペルクリンゲ・アム・エンデ(終の双刃)

 

この男と干戈交えて感じ取るのは ― 殺気もなく。闘気もなく。

 

あるのはただ――ただ肌にひりつく昏い闘争の気配。

 

 

「戦いに華やかさなど求めはせんが、喩え座興でも遊びはなしか」

「…衛士が死ねば機体は止まる」

 

その攻防の中でも双刃の目標はやはり ― 頭部に胴体下部、そして胸部の管制ユニット。

人体での正中線 ― 戦術機においてもセンサー・推力中枢・そして衛士の座という枢要部。

 

狙われる箇所が判っていれば防御は容易い、だがそれは凡百の衛士が相手であれば。

百戦錬磨の狼王にして、いかに剣技で勝るといえどもそれは水平面での話に過ぎず。

双刃得意の変幻自在の三次元機動を織り交ぜられればその対応は容易でなく、そうはさせない立ち回りが求められる。

 

それゆえのこれまでの鍔迫り合いバインドからの展開――だが。

 

「出撃の度にそう損傷しては整備兵泣かせだな」

「……補給と修理の心配はない……今は、まだ」

「…何…?」

 

回線越しのぼそりと告げられた言葉への疑念の他方、押し込む狼王は戦法を変えた。

 

互いに肉迫、右脇構え・剣先は敵手へと向ける鋤の型プフルーク。

襲い来た双刃の長刀右薙ぎを振り上げる剣のナックルガード状の鍔でかち上げ、間髪入れずに右主腕に握る74式サムライソードの刀身を左掌に掴んでその柄頭(ポンメル)を00式の破損した頭部へと叩き込むやそのまま突進して体当たりをかけた。ハルプシュヴェルト・モルトシュラーク(ハーフソード 柄攻撃)ドゥルヒラオフェン(駆込体撃)

損傷判定中破 頭部機能停止

 

「…!」

「捕まえたぞ」

 

そして持ち込むはシュヴェルトカンプフ(ソードレスリング)

 

 

古来一騎討ちは打ち物での斬り合いの後に組み討ちに至るが常。

 

そして己の四肢を用いての闘技においては剣技以上にその修練の差が勝敗を分かつ。

 

 

EF-2000はTyp-74を抱えたままの姿勢で00式に衝突した。

飛ぶ破片までもは電子的に構成されぬも大俯角にて下がる高度、押す狼王に受ける双刃。

 

その落下機動の最中で狼王はリカッソ(刃引部)を持たない74式を握る乗機の左掌が破損を告げるも一切構わずその左主腕の拳を固めて双刃の右腹部へと叩き込む。

 

受ければ致命のその一打、00式は下げた右肘部と上げた右膝部とて辛うじて受け止めるもEF-2000の左ブレードがその右主腕に突き刺さる。

損傷判定小破 長刀脱落右主腕部短刀伸長不能

 

しかしたじろぎもせぬ双刃は刺された右主腕をそのまま狼王機の左ブレードと左腕部の間に割り込ませて固定するやさらにEF-2000の左肘部を掴む形で右手親指先端の超硬炭素刃をその関節部へとねじ込んだ。被膜状電磁伸縮炭素帯が突き破られ被害は内部のアクチュエーターに及ぶ。

損傷判定小破 但左主腕肘関節部動作不良

 

「やる…!」

「…ッ」

 

構わずさらに押し込む狼王、そして双刃は敢えてかそれに抗さず。

 

すでに順手の握りで剣を振れる間合いにはなく ― 変わらずEF-2000の胸部を狙う00式の左短刀に長刀を放り出した右ブレードで応じ、絡む刃と刃が互いに急所たる管制ユニットを狙いあっては弾かれ滑りほぼ同時に互いの上腕部へと突き刺さる。

損傷判定小破 但右(左)主腕機能低下

 

「ハァア!」

「…シィッ!」

 

もつれ合う両機は速度を増しつつその高度を下げ、高度300mからおよそ60°という急降下爆撃にも等しい降下角度で一直線に地表へ向かう。

 

その距離350m、わずか3秒と少しの攻防。

 

互いに両手を封じ合い、刃も既に無く。

残されたのは両主脚、膝装甲が健在の00式の蹴撃を制さんとEF-2000の爪先短刀がその脛部を狙って突かれ。互いに超硬炭素刃、それが折れ欠け砕けて封じ合う。

 

黒の00式はおよそ原型を留めぬまでに破壊されたその頭部から朱く火花を散らし。

黒のEF- 2000は装甲を外した両膝部が強引な蹴撃に耐えかね残存燃料を噴き出す。

 

打撃音に衝撃音、さらに風切り音はロケットの噴射音により吹き飛び消えて、実機であれば樹脂装甲の輝く破片にオイル粒が飛散したはず。黒と黒との互いの管制ユニットコネクトシートは落下のGに加えて打ち込み合う蹴りの衝撃に揺れた。

 

そして仮想空間とても近づく地表、両機の保持する加速エネルギーはすでに押される00式に抗する術はなく ―

 

「貰ったぞ!」

「――!」

 

先に接地したのは00式の脚部。

赤茶けた土煙をあげて大地に長い爪痕を刻みつけるも束の間、同色のEF-2000を上に載せた形で地を削って滑る。

 

18mの機動兵器が400m/h超で落着すればその巨大な衝撃と加速度の一方摩擦抵抗も強大。

ゆえに辛うじてか機体上体を起こし保つ黒の鬼神を地に押し付ける黒狼王の暴虐の滑走も長くは続かぬ、しかし00式腰部背面の跳躍機FE-108はその引裂力に根元から折れ飛び脱落――それでも狼王には勝利への意識はまだ微塵もない。

 

 

ただ、眼前の敵を喰らうのみ。

 

 

Das ist das Ende!(終わりだ!)

 

停止の瞬間、稼働可能最大角まで上体を反らしてのコプフシュトース(頭蓋撃)

先立つロックアップ時には見せなかった奥の手、残る唯一の兵装・後退角のついた頭頂部ブレードベーンまでをも叩き込むべく振り仰いだ狼王はしかし。

 

!!

 

その視界下方隅、組み敷いた00式左脇下に展開する ― 74式稼働兵装担架。

パイロンには何もない空の状態、しかしその先端からさらに展開・伸長する――

 

補助腕!?

 

XM3・先行入力。

疑問符が走った狼王の思考、しかしその攻撃動作入力を撤回させるまでには至らず最大まで反り返ったEF-2000の上体は跳躍ユニットの噴射までも伴って00式へと叩き込まれ――だが同時にそれを黒の00式もまたほぼ全壊状態の頭部をなお突き出し迎え撃った。

 

読まれ――いや同じ手を!

 

「ぐうッ!」

「…ッ!」

 

一際大きく揺れるシート、乱れる網膜投影の映像。

激突したEF-2000の頭部もまた自らを損壊させながら00式へと半埋没するも大きく後退角のついたブレードベーンはほぼ目標機体に触れることなく、同色の両機はまさに角突き合わせて組み合う姿になって――

 

 

外部からの操作を確認 搭乗ハッチ緊急開放

 

 

!?

 

 

網膜投影にJIVESの通知、そして通信ウィンドウには。

落着と滑走、そして相打つ衝撃に耐えてすら眉間に皺寄せ眉根を寄せる程度の双刃 ―

 

 

その手には機関拳銃。その銃口はすでにこちらを向いて――

 

 

目標機搭乗衛士の緊急降機操作を確認

 

 

そうか――!

 

 

刹那の理解と把握、だがその一瞬後に狼王の視界からその男は消えた。

敵衛士の降機による通信遮断。

 

 

至近距離に大写しになった00式C型、薄れ消えていくオレンジの発光センサーと開放状態が再現された胸部装甲。黒い鬼神のその開口部は狼王機のそれと直線上にあり ― 彼我の距離は、3mとなかった。

 

「…」

 

さしものJIVESでも戦術機の内部構造までは再現されない。

ゆえに狼王はコネクトシート右側のグローブボックス ― 護身用ハンドウェポン入れ ― に手を突っ込んだ状態でその漆黒の虚空を暫し見つめていたが、やがて乗り出していた身をシートに預けた。そして大きく息を吐いてからメインセンサーの喪失により荒くなった網膜投影の映像を動かす。

 

 

乗機EF-2000の右脇。搭乗用ハッチ外部開閉装置のある箇所。

組み敷いた00式のダウンワード展開された兵装担架、さらにそこから伸び出た給弾用の補助腕先端・U字型のマニピュレーター。

サイズの異なる弾倉を自在に掴むべく無段階に幅が調節可能なそれを以て、器用にも外部開閉装置のミニハッチを開けた上で搭乗用ハッチの緊急開放操作を行ったらしい。

 

 

― 衛士が死ねば機体は止まる ―

 

 

無表情のその台詞を思い出す。

いつからそのつもりがあったのか。

 

搭乗ハッチの開放と管制ユニット前部の緊急展開。合わせて2秒かからない。

地上への落着前からシークェンスを進めていれば墜落からの滑走の停止以前に降機準備が整っていた可能性も高く、察知してから同じく降機しようにも初動の遅れは致命的。まして実戦であれば回線に向かってあんなアピールなどはしないだろう。

仮に単に脱出を選択されたのだとしても、追うには結局生身での白兵戦 ― その状況でも先に降機されていれば圧倒的に不利。

 

しかし何故場所が判った…

 

DANCCTの開始前に他国機種のそうした資料程度は確認するのが常とはいえ。国際共通規格部の多いTSF、しかも救助用の外部緊急操作装置の位置などは概ね似通っているために、逆にいちいちその精細な位置までも覚えているのは自隊でもそれこそヴィッツレーベン少尉くらいのもの。それをあの状況下でミニハッチを探す素振りもなく見つけて開けてのけるとは。

 

 

そして落着した両機の状態からすれば、とても勝利と呼べる状況ではなく。

乗機EF-2000は頭部大破の上両主腕には停止した00式が食い込み損傷固定、さらに予備燃料を捨てての最大戦闘稼働に加えて各兵装も喪失とあっては継戦は困難――というより不可能。

 

 

JIVESの判定では勝利となっても ― 戦術機戦としては、最大よくいって引き分け。

 

勝ちを譲られたわけではないにせよ、機体性能としてはおそらくこちらに分があったといっていい上ほぼ総てを出し切ってのこの結果。

 

そして実戦であれば ― 命はなかったろう。

 

 

だが、おそらくは物見高くも観戦している他国衛士らにも良い教練になったろう。

AH ― 実際に人間同士の戦闘になれば、任務を果たして仲間も救うその最短かつ最良の方法は敵の無力化――端的にいえば殺すことに他ならず。

 

多少の例外はあるにせよ、現在の世界には「同族殺し」をするための軍隊はない。

武器を取るのは祖国と仲間、そして人類への奉仕のために他ならず、エルスター・ヴェルトクリーク以降の反戦運動家たちが見たらきっと驚くだろう。

 

それでも世界にはなお悲劇と惨劇とが生む怨嗟に憎悪に嫉妬に憤怒とに満ち満ち、そしてまたその報復を冀う声が止むことはない。

 

人間が人間である限り世界から争いはなくならない。

宇宙の果てから飛来した化け物に祖国を残らず蹂躙されてなお、西と東に別れて争ってきた父祖の代の例を見るまでもなく。

 

 

たとえ――ジントフルート(ノアの洪水)が再来しても変わらんだろうな。

 

 

狼王 ― アイヒベルガーは網膜投影に映るすっかり静かになった蒼空を眺める。

 

完全なる人工の空。

先達が鋼鉄の翼を駆りその命を賭けて技を競った大空は既に奪われて久しい。

 

 

全身全霊を賭けて祖国と人類に尽くせと。

 

部下達には常にそう訓告しながらその行き着く先を見通せぬ己。

 

この戦いは、終わらないだろう。

 

だがそれでも進み続ける。それが未だ生を繋ぎ得る者の義務であり矜持だとして。

 

 

 

「しかし我ながら…」

 

小さな苦笑と共に自嘲。

 

存分に楽しませてはもらったが、些か稚気が過ぎたようで。

副官をはじめとして部下らを労わなければならぬだろうし、特別機で負けたとあってはユーロファイタスの技術陣も心中穏やかならざるだろう。

 

「それにあの男も…存外に負けず嫌いなのではないか」

 

歴戦の狼の王の口元に刻まれる、しかし毒のない笑み。

 

強者と認めて讃えるに足る、見事な技量だった。

そしてその時になれば身体が動く。ただ目の前の敵を斃すためだけに。

やはり衛士はこうでなくては。

 

感想戦だなどと無粋をするつもりはないが酒は飲めるのだろうかと、アイヒベルガーはわりに本気で考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも評価・ご感想下さる方々ありがとうございます

ずいぶん間が開いてしまいました ごめんなさい

なんか、長くなったわりに…イマイチでしたw



Spesial Thanks :
編集構成 LRSSG 編集部 GAS氏
メカ設定考証 TSFスライダー Right Planet氏
ProjectMIKHAIL Discord連隊フロンティア大隊衛士諸氏


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Muv-Luv UNTITLED 21

2003年 5月 ―

 

 

最初の空気は友好的とは言い難く。

だがまあそれはそうだろうと、表向きには表情の一つも変えずに山吹の零式衛士強化装備の上に腰下丈で薄灰色の充電外套姿の日本帝国斯衛軍・篁唯依中尉は歩を進めた。

 

 

旧フィンランド・オーランド諸島ファスタオーランド前線基地、主格納庫。

 

 

人工の照明に煌々と照らされた広大な空間は人々の熱気を吸ってもまだ冷ややか。先頭に立つ神宮司まりも少佐に続き、隊を率いて足を踏み入れた其処は決して敵地ではないものの。

 

格納庫内中央、起重機に掲げられた数枚の大きな液晶表示板の付近に集まる衛士に整備兵らは優に百人を超え、すなわち二百を超える色取り取りの瞳が一斉に非友好的な視線を送って寄越す。

 

やはりやり過ぎたのではないか…?

 

迎える人数が多い分、その圧はユーコンの折の比では無い。

 

 

衛士の価値判断の基準、其れは即ち ― 腕が立つか否か。

 

ゆえに親睦を兼ねての模擬戦に先立ち教導隊指揮官たる神宮司少佐から、斯衛の流儀で構わん能う限り片っ端から斬って捨てろと命じられての仕儀ではあったが。

 

 

その御当人たる神宮司少佐殿はこの重い空気の中平然たる素振り乍らも、続く龍浪響中尉に千堂柚香少尉は明らかに気圧され気味。

赤服斯衛の真壁清十郎大尉は小柄の身で負けじとばかりにその胸を逆に張ってみせているが却って態とらしい。

 

ユーコンの時は問題児が妾腹の兄一人だったが為にその解決も難しくは無かったものの、またしても先が思いやられると唯依は内心に嘆息を一つ。

 

「いや篁中尉も大概で…、いえなんでもないっす」

 

賢しく聡く心中を察して見せたか小声乍らも不埒な台詞を吐きかけた龍浪中尉を一瞥して黙らせる。

 

 

迂闊な衛士は長生きせぬにも拘わらずよくもこの男は此処迄無事なもの、いやその粗忽さを補って余りあるだけの技量があるとの証左だろうか。

 

龍浪中尉の流儀は悪い意味での無手勝流も良い処で、其の力量は手練れと称して差し支え無い水準にあるにせよ特優と迄は言い得ぬだろう。しかし此処一番での集中力と瞬発力は帝国斯衛併せて尚屈指と云って良く、取り分け逼迫した状況下での爆発力は目を見張らされる物がある。

 

そして ―

 

 

実戦の場で、たとえ勝算が百に一つでも。

その1%を捥ぎ取り掴むのが奴の強さだと。

まして己ではない、誰かの命が懸かっているなら尚更。

 

其れが彼の中尉の龍浪評。

 

 

予想以上の高評価に以前聞いた折には僅か乍らも嫉妬に似た想いを抱いたものだが、其の実力が常より発揮出来れば、いや出来ぬのが散漫故かと唯依が取り留めも無く思考を巡らすと ― そこへ、乾いた音が。

 

矮躯に波打つ金の髪。挑戦的な光を放つ碧眼の仏軍衛士ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

椅子代わりに腰掛けていた大きな工具箱から立ち上がったその身のこなしも軽く。

薄灰色の充電外套の下の薄紫の強化装備、指先までその特殊保護被膜に覆われた両手を打ちあわせての拍手。

 

三拍目まではそのリヴィエール大尉一人によるうら寂しきその響き、だがそこからは彼女の副官と思しき男性衛士と同じく並んだ金髪の女性衛士二名とが続き、さらに他の部下等も追随する。

 

そしてその開手の打音が徐々に大きくなる中、現れたは黒き狼の王・アイヒベルガー少佐。

 

漆黒の強化装備にやはり充電外套、同じく降機した部下等を引き連れての堂々たる歩みと共に打ち合わされたる両の大掌。

 

「勝者を讃えよう!」

 

低いが朗々としたその大音声に五月雨の拍手は万雷の喝采へと変じ。

 

「ジングウジ少佐、見事だった。してやられたと言わせて貰う」

「いえ失礼をばアイヒベルガー少佐殿。胸をお借りできて光栄でした」

 

その中を共に進み出るや固い握手を交わす両部隊の指揮官に加えて、

 

「リヴィエール大尉にも感謝を。フランス衛士の手並み、見せて貰った ― 敬礼はいい」

「は…、恐縮です。勉強させて頂きました」

「殊勝だな。だがまだ食い足りないという顔だ、まあ夜は長い」

 

ご所望の相手も連れてきたぞと。近づいてきた仏軍衛士に目配せする戦場の犬、刹那切られたその視線の先は唯依の隣、無言の儘の黒の衛士。

 

一戦終えるやさっさと兵舎へ戻ろうとした処を神宮司少佐が取っ捕まえて頭ごなしに命令だとして引っ張ってきたのだが、

 

よくも唯々諾々と従ったものだ…

 

その彼は向けられた視線に対して無言の儘敬礼を返すや神宮司少佐に手招きされて、外人衛士としては異例の短躯・見下ろす背丈のリヴィエール大尉と何やら会話。

 

その光景を何とはなしに目で追いつつ、唯依には意外の念が大きい。

別に彼が平生より反抗的だとか命令違反の常習者だ等と云う事は無いものの、可笑しな話で彼が誰かの命に依って或いは拠って動いているのを見た覚えが余り無い。

 

 

斯衛軍開発衛士隊に於いては帝国陸軍技術廠第壱開発局との協力の下、当時は中佐でいらした軍神・巌谷閣下の直下にて軍務に当たり。

巌谷閣下はいち尉官如きの箸の上げ下ろしに迄口煩くされる方では無かったし、一方で言少なくして開発と実戦との能力に富む彼を気に入っておられた様に思う。

 

そして元来彼の所属は斯衛軍きっての精鋭部隊・第16大隊。

同隊は城内省直下の同軍の中でも帝都城は北の丸に駐屯し内裏の守護を司る正に禁軍、そしてその長こそ政威軍監・斑鳩公崇継殿。

帝国国権の全権代理・政威大将軍煌武院悠陽殿下の御名の下斯衛軍を指揮監督するほか国軍の統帥をも補弼するのが政威軍監、その真なる子飼いの部隊にて大隊長直卒小隊の一員を務め各中隊長を脇に置いての席次参番。それも戦場では独自行動すら赦される「ホーンド03」。

 

そんな救国の英雄、護国の刃。斯衛が誇る黒の鬼札。

 

要するに ― 放っておいても成すべき事は大抵既に済ませているし、難癖を付けようとする者がいたとしても彼の背後を見れば黙らざるを得ない。更に当人も其れ等を嵩にかかって横車を押したりする事はまるで無い処か世俗の事には何も興味が無いといったその風情から実は入道しているのではないかと迄噂される始末で、精々が同輩等との茶話に会食、酒宴への付き合いが悪いとの話を聞く程度 ―

 

 

で、今まさにその酒席への参加を強いられて居る処。

 

「…よく来ましたね」

 

また小声ながら率直に過ぎる感想を龍浪少尉が述べれば、

 

「少佐殿が上手だったと云う事だろうか」

「たしかに無礼講って言いつつ今度は命令だとか結構強引ですよね」

「少佐殿の横浜基地時代から面識はあったとも聞くし、その誼やもしれん」

 

かの魔女が統べる伏魔殿・国連軍横浜基地。

彼の中尉は甲20号攻略作戦での負傷前にはそれこそ斑鳩公の命の下、時折赴いてもいたようで。

 

余計な詮索は火傷の元かと、昨今は種々の謀めいた領野に迄思い巡らせる機会も増えた唯依はこの辺りで口を噤もうとしたものの、

 

 

「もしかして年上の女性が好みだったりするんでしょうか」

 

 

!?

 

 

その千堂少尉の少し冗談めいてはいるが何の気も無い風な言葉に、眼を白く塗り込め蟀谷には青い縦線、黒背景に稲妻を走らせ凍りついた女子斯衛は何人居たか。

 

「なん…だと……」

「言われてみれば…隊には同い年か年下ばかり…そんな…最初から射程外だったと…?」

「軍医の言うことも…わりによく聞いているような…っていうかあの女も怪しい…」

 

目眩を覚えてたじろぐ者に口を塞いで絶句する者、中には疑わしきは罰せよとばかりに爪を噛み出す者まで現れて。

 

「え? か、かもしれないってだけですよ? それにお医者様の言うことは聞かないと…」

「ほっとけほっとけ……畜生裏山。もげろ。爆発しろ」

 

己が言葉が誘った乙女達の暗黒面の流出に、焦った柚香の諫めを聞いているのは何人いたか。

しかしそう口を尖らせた響はその2秒後にむっとした柚香に足を踏まれて飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ程々に、だが好きにやれと。

そう多くはない佐官級や高級士官のひとたちと連れだって、神宮司少佐は格納庫を出て行った。

 

出来る人だなあと、柚香は思う。

 

大して長くは仕えられなかった巌谷閣下も立派な方だったけれど、神宮司少佐は少なくとも細かいところの目配り気配りに関してはそれ以上で。

戦地においては兵を知り、平時においては人を知る方だと感じる。

 

 

そして前線での戦地整備場でもない限り本来飲食は控えられる場所ながら。

気を利かせた他国軍の衛士の何人かが本来の会食場から料理に飲み物までも運んできて、あちらこちらに数人でグループを作って食事をはじめる者たちもいる。

 

それでもほとんど床に座ることはなく大概が工具箱やら作業台やらそれこそ戦術機の脚に至るまで何かに腰掛けたりしているのが柚香に文化の違いを感じさせもするし、聞こえる言語はほぼ英語なのもここが異国なのだとより実感させた。

 

 

というのもなにしろ今日の明け方 ― といっても完全には日の沈まない白夜で薄暮の丑三つ時頃 ― まで柚香がいたのはこの基地から700km近くも北に離れたスカンジナビア半島の大陸側。

 

そこは明らかに足りない戦力で日々駆けずり回る必要がある長大極まる防衛線で、一応は共に守備に就いている国連軍北欧部隊とは当然担当地域も仮設の兵舎も別の場所、つまり周りは帝国軍だけ、要するに日本人しかいなかった。

だからそれこそ柚香を含め帝国軍欧州派遣隊の彼らに異境の地を感じさせるものといえば、沈まない太陽を遙かに見通す地平線だとか日本だったらとうに桜は終わって花水木や躑躅が咲く新緑の季節だというのに朝は薄氷の張る寒さだとか、その程度。

 

なにしろ澄んだ湖に針葉樹林、そんな以前に本で見た光景などは。

全部BETAに均されきって、佐渡島やリヨンあたりの風景と何も変わらないから。

 

 

「っとに、やってくれたぜお前さん達はよ」

「いたたた、痛いですってブラウアー少尉」

 

そんな柚香から少し離れた場所では、西ドイツ軍の男性衛士が真壁大尉 ― 清十郎を脇に抱え込んだ形で首を絞め、周りの衛士も手にした皿から何かをつまんだりしながらそれを笑っていた。

 

もちろん本気であるはずもない、だが真壁家といえば摂家にも程近い親藩の御家柄、柚香でも知っているほどの名家も名家。

真壁大尉はその名の通り十男と、家督には遠いとはいえそんな方にじゃれついた上に首を極めるだなんて帝国では階級差以上に想像しがたい光景といえた。

 

とは言っても…

 

出迎えの拍手が終わりかける頃にいち早く真壁大尉に歩み寄っては絡んだブラウアー少尉なる人物は、そういう目端が利く人なのだろうとも。おかげで一気に空気が動いて皆が動きやすくなった。

 

 

だからまた違う場所ではカバーオール姿の整備兵たちが輪を作って。

 

「へえ、やっぱり関節には相応の負荷がかかるのか」

「そりゃそうよお前さん。衛士の腕もあるっちゃあるがそれに合わすのもこっちの仕事よ」

「ヒュウ、さすがジャパニーズ・オヤッサン。でも整備体制の充実は羨ましいわ」

「あんたら欧州軍には正直頭が下がる、そんだけの人数で…日本はホレ、国も狭ぇからよ」

 

その年かさの帝国軍整備兵はすでに少し赤ら顔。

 

「大陸の広さはなぁ…忘れもしねえ、92年の重慶撤退戦じゃァよぅ…」

「あー、またとっつぁんのジュウケイガーが始まった」

 

茶化してその老兵になんだとこの野郎、と食ってかかられた若い兵も本気ではない。

席を共にする欧州連合軍の整備兵らにもそれは判った。

 

「でもニッポンのTSFはこう…ちょっと繊細に見えるな。扱いには気を遣いそうだ」

「そうっすねえ…まあ正直89式やら、最近じゃあ弐型やら見ますとね」

「アメさんはやっぱり凄いスよ。こう…、設計自体の視野が広いっつーか」

「なんだとぅ手前ら」

「まあまあとっつぁん」

「んー、サムライTSFはクラフトマンシップが行きすぎてる気は、確かにするわね」

「手間だの難しさだのをなんとかするのが職人の心意気だって叩き込まれるんスよ」

「へえ。マンパワーの評価基準が違うのかな」

「主機メーカーの遠田の社長さんなんて顔出しちゃあ、なあ」

「半端な仕事はするんじゃねえ!ってスパナで殴るもんな、洒落になってない」

「前時代的ね…とはいえ実戦でも近接の頻度は高いのでしょ? 作業時間は」

「ウチの衛士は手練れが多いんで今はまあ…完徹程度でなんとかナリマスヨネ」

「ああ、それこそ斯衛の整備大隊に比べれば…はるかにずっとマシデスカラネ」

「…あそこは…やばい。同期が二人入ったけど…82式はまだしも00式とか…」

「誉れとやりがい以外には……死の匂いしかしない」

「そ、そう」

 

やいのやいのと話しながらも途端うつろな目になった帝国の整備班 ―

 

「――随分な言われ様ね」

「これは、大尉殿!」

「護国の剣を研ぐのですもの、肝の冷え方も夕涼みには良い塩梅よ」

 

そこへやって来た斯衛技術大尉殿は急に気をつけの姿勢になった彼らには一応釘を刺すに留めて、楽にしなさいとひらひらと手を振り――しかしその直後には、背後に忍び寄って来ていた胸の大きな西ドイツ軍女性衛士に捕捉され、まさに怒濤の質問攻めに遭って目を白黒させる羽目に陥った。

 

 

護国の剣、か…

 

その光景を遠く眺める柚香にも。

まさかそんな人や人たちと同じ部隊になって同じ任務に就くとは、2年前最初に欧州派遣が決まったときには思ってもみなかった。

 

 

戦術機の操縦については、今でもそんなに自信があるわけじゃない。

 

想いを寄せて、呼吸が合って。

そんなひとがいてくれるから、必死にその彼についていっているだけ。

 

 

そしてその彼 ― 龍浪響中尉は今、再びこの主格納庫に戻ってきたところ。

帝国軍のCウォーニングジャケットの前を閉じながら隣の、例の中尉殿と連れだって。

 

「いやー、参りました。あそこであんな滅茶苦茶なスパイラルダイブされるとは」

「…」

「英軍の練度もさすがっすね。仏軍はどうでした?」

「…ああ」

「でも流石ですよ、あのチビエール大尉もそうですけど2機相手とか」

「……動きは知っていた。…片方は」

 

え? と聞き返したりまた無言を返したりしている、中尉二人のところへ。

小走りに向かう柚香の手のうち片方は料理を載せた皿。そしてもう片方は飲み物で埋まり敬礼はできずその気配を読まれたか、

 

「ああ千堂少尉、敬礼はいいって。ありがとう」

 

そしてどうぞと差し出すのは、龍浪中尉 ― 響にだけ。

 

柚香は気がつかなかったわけでも意地悪をしたわけでもなく。そのもう一人には、世話を焼きたい人が何人かいるのを知っていたから。

 

案の定白い強化服の斯衛衛士が間髪入れずにやって来てまず飲み物を渡し、待機するその両手には小綺麗に盛りつけた皿。

言葉なく目礼して受け取る黒の中尉に満足げなその白斯衛と、向こうで他国軍の衛士たちに囲まれて身動きが取れず「出し抜かれた!」とまた眼を白くして顔に縦線以下略(恐ろしい子…!)の山吹のひとを柚香は見ない振りをした。

 

 

うちのとやりたい者がいれば遠慮は要らんぞ。

 

そう言い置いた神宮司少佐の言に従ったのか、模擬戦手合わせの希望者は引きも切らずに。

それで面倒だからと撃墜判定された後も退場なしの地稽古乱取り形式でとなって ―

 

意外というか、欧州軍には白兵間合いを志向する衛士がそう多くはないためか、はたまた長刀戦での触れなば斬らんの印象が強すぎたのかその篁中尉への手合わせ希望は数名だけに留まって、その一方で「二つ名持ち」の男性中尉二人にはJIVES内の待機空域で大隊が組める程度に挑戦者が集まった。

 

 

そして「巨大種殺し」には時には土が付きもする一方で、もう一人はほぼ完勝に次ぐ完勝。

 

一分粘れる衛士もほとんどおらず、しまいには分隊でいいですかと遠慮がちにも言い出したフランス軍の二人組相手すらも完封して見せ――

 

 

「Salut, "Ninja Blade"」

 

そこへ。二人の部下らしき女性衛士を引き連れてやって来たのはその仏軍の「前衛砲兵」。

 

 

ふわりと長い金の髪、つり上がり気味の青い瞳はしかし大きく美しく。

その輝きはやや勝ち気そうながら小児と見紛う小柄な肢体と相まって、ともすれば見る者に倒錯的な感情を想起させさえもする可憐な麗人 ― それが、ベルナデット・リヴィエール大尉。

 

 

ただ今は、声の調子は明るいもそれが務めてのものなくらいは柚香にもすぐに解った。

実際彼女はあからさまに嫌そうな顔をした響を眼中にないとばかりにほっぽって、ついさっき二度に渡って苦杯を喫させられた黒の中尉に水を向け。

 

「ああ、敬礼はいいわよ。まずはお礼を言っておくわ」

「…は」

「で、単刀直入に聞くわ。私のどこがいけなかった? 機動? 砲撃? それとも全部?」

 

ただその水はまさに立て板に流れるが如くで。

 

「ああ論評に値しないならそう言って、無様すぎてベテランが聞いて呆れるユンヌ・コナス(クソバカ女)だったってわけ判ってるまず機動ね、中距離以降はレティクル内にも入れられなかったホントに空間戦闘で敵に回すとパルクール(大運動会)も真っ青の機動と機体制御なのね具体的には500m圏内、それ以前のレンジだってズームにすれば視界外へ消えられるし広角じゃ当たりゃしない、それで間合いに入られたあとはさんざん振り回されてたのは見ててわかったでしょものの1分左後方からバッサリでおしまい。んで二戦目は格闘戦を避けての一撃離脱を狙ったのはまあ当然といえば当然でしょ、こっちもあんたがなにもしないエプヴァンタイユ(かかし)だんて思っちゃいなかったけどあっさり食いつかれてあとは一戦目と同じ」

「…」

「恥も外聞もなくフルオープンで弾ばらまいた方がよかったのかしら、でもそうしたところで距離を取るなりで時間を稼がれて砲身加熱にマグチェンジを待たれるだけなんじゃないかと思ったわけ大体あともつかえてるしねだからって2門じゃ弾幕密度が足りないだろうし3門開けたらなんとかなったのかしらそれにしたって時間かければ冷却は追っつかなくなるし、まあ実際2機がかりとはいえこっちのエイスにダンベルクールの方がまだしも粘ったくらいじゃない? 機動術で水を開けられてるのは理解してるけど情けない話ああも呆気なく撃墜されたんじゃまずどこから改善してけばいいのかわかんないのよ」

「…」

 

 

黙して立てばプペ・アン・ビスキュイ(フランス人形)、口を開けばル・ティグレ(人食い虎)

 

 

その細い両肩をすくめて天井を向く両の掌、美しくも薄い唇から迸る流暢な公用語の奔流。

だが青の双眸には明らかに剣呑な光、自らへの失望と憤りとを隠しきれない苛立ちが踊る。

 

「大体あんたが――…、なによ、だんまり?」

「……いえ」

 

百戦錬磨の「四丁拳銃」、たとえ実力優位が明らかになった「ニンジャブレード」に対してさえもその矜持は揺らぐことなく。

 

元々口数が少なくはないフランス人、しかも彼女はその苛烈な砲撃同様(もしくはそれ以上に)猛烈な口撃を浴びせることが一部では知られている。

 

相手の都合などまるで斟酌しない高速連射の舌鋒と自らの視線の低さをものともしないその下からの睨めあげに、並の衛士ならその眼光を受けてすくみ上がるまでは行かずともたじろぐ程度はしてもおかしくないものの ― 黒の衛士は無言で変わらずただ虚無的なその視線を向けるのみ。

 

「言いたいことがあるなら――」

「あー、あの。大尉殿」

 

黒の無反応をノン()の意思表示と取ったかまなじりをつり上げたベルナデットに傍に居た白斯衛が補足する、中尉殿はあまり英語が堪能ではなくそう早口でまくし立てられると、況んや仏語混じりをやと。

それを聞いたベルナデットは一瞬唖然としたようだったがすぐに額を押さえてため息をついてその母語らしきなにかの呟きを漏らした。

 

見ていた柚香にもそれはたぶん、「これだから日本人は」とか毒づいたと解った。

しかし一方、黒の中尉といえば気にした素振りも見せることなくそのベルナデットの後ろの二人をちらと見て。

 

「え、エレン・エイス少尉ですっ」「ジョセット・ダンベルクール少尉です!」

「…」

「中尉殿には、身勝手をお聞き入れ下さりありがとうございましたっ」

「…」

 

共に金髪、少し紫がかかる青い瞳。片や肩口までに切りそろえ、片や長く波打って。

勝手を言って分隊で挑んだのはこの二人、不要だと言われていた敬礼をしたのは思わずだろう。だがそれを受けた黒の中尉は ― 彼にしては珍しく ― その二人を見つめるというか眺めて。

 

「あ、の…、なにか?」

「…」

「え。なんスか中尉」

「…」

 

え?

 

エイス少尉、ダンベルクール少尉。そこからなぜか龍浪中尉を見てからこちら ― 柚香の方を見る。

その瞳の虚無的な茶色は常と変わらないものの、どこかしら戸惑いというには小さくも少し思案するような――が。

 

「……まあいい」

 

いいのかよ!

 

響が思わずのツッコミを堪えたのが柚香には判った。

無論ちらりとながらしっかり金髪二人の立派な胸部をいやチラ見というには少々長すぎる秒間確認していたことにも気づいたから、それはあとでおしおきすることにする。

 

 

ともあれ斯衛開発中隊と行動を共にする帝国陸軍試験小隊、その中でもかの英雄「双刃」と、親しいとまではいえずともそれなりの同僚としての間柄なのが「巨大種殺し」龍浪響中尉。

 

やはり強者が認めるのは強者なのだと、誰も疑問には思いもしない ―

 

 

「…大尉」

「あン?」

 

ざっくりとブランシェ・ゼロの衛士から訳を聞いたのか、黒に手招きされたベルナデットは大人しくそれに応じた。

 

僭越乍ら通訳等をと主張は控えめな胸をしかしふんすと張りかけたその白斯衛をも制して、格納庫中央通路に適当に置かれていた黒板 ― 収容機体の整備順序及び状況報告掲示板 ― の一部をざっと消して空きを作った。

 

「…大尉の流儀は間違ってない。BETA相手なら」

「ふ、ん?」

 

そして彼は、ヘタクソな英語は聞くに堪えないから喋りやすいようで構わない、と割り込んで釘を刺したベルナデットに従って。

 

「…単位時間あたりの殲滅力は図抜けている」

「面映ゆいわね」

 

ベルナデットは大して愉快ではなくとも鼻を鳴らす。

俺でも敵わない、とまで言われれば。

 

主腕2門に兵装担架の2門を含めた計4門での制圧射撃。

ベルナデットの代名詞でもある「前衛砲兵」、地表面での対BETAではその高い空間認識能力に裏打ちされた瞬間火力と面制圧力は世界屈指といって過言ではなく ― しかし。

 

「お世辞はいいわ、本題を」

「…地上戦や低速度域なら四門展開は有効だが」

「空気抵抗大きくて高機動戦には不向きだっていうんでしょ」

「…」

 

無言のままの小さな頷き。

 

 

対BETAの戦闘域は地表面とその付近。ヴァルス・フランセーズ(砲戦円舞)と称されるベルナデットの戦闘機動はその戦域にある種特化したやや二次元的なもの。

無論三次元機動の技量も精鋭の名に恥じぬ水準にはあるとはいえ、「さらにその上」の衛士らから見れば、多少手強い程度なのだろう。

 

そうした連中相手の高速戦闘ともなれば、いかに彼女が巧緻な機体制御に照準能力を誇ろうとも、拡げた主腕や伸ばした兵装担架・さらに構える4門もの突撃砲が生む空気抵抗と気流の乱れによる大減速はほぼ悪手に等しい。

さらに派手にばらまく火線は自機の位置を敵に知らせることと同義で、敵手が狙撃技能に秀でていればその落ちた速度と相まってカモ撃ちの的になる可能性も ―

 

 

だが一方、小隊単位以上での戦闘なら意味は異なり、そしてそもそも。

 

「…単機戦訓練など無意味だ」

「それでロワ・デ・ルー(狼王)を降すような奴に言われてもね」

「…戦況が不利なら後退を」

「ハン、あんたみたいなのが敵だったら逃げられやしないじゃない」

「…」

 

ベルナデットの反論に黒の衛士はすでに短いチョークを取ると、黒板の空けた余白に二本の線を描いた。平行、追随、そして螺旋。

 

 

戦術機動は性能と発想と耐Gの鬩ぎ合いの中決定される。

 

 

短く簡潔なそれは彼の持論か、斯衛や帝国軍で彼に教えを請うた者が耳にするもの。

ゆえに実際に彼の隣の白斯衛は通暁ずみとばかりにうんうんと頷いているが、しかし海外のこの地、それも当代最強とされる衛士の機動理論となれば衆目を集めないわけがなく、それとなく聞き耳を立てる者から少し近寄る者も現れる。

 

その一方でベルナデットはそれらを歯牙にもかけず、

 

「発想ね…もっと間接思考制御の洗練が必要かしら」

「…そう難しくはない」

「実に説得力があるわ、あんな自在に失速下機動を操るあんたが言うと」

「…」

疾風(ラファール)の名はダテじゃないけど、こっちはあんたのノワール・ゼロほど特別仕立てってわけにはいかないのよ」

 

 

ゼロは最も廉価といわれる黒のC型ですら、シュヴァリエ・デ・ラ・ギャルデの専用機。

熟練の職工らが手作業で組み立てるとまでいわれているその性能は折紙付きで、今回先んじてベルナデットが一戦交えて一敗地にまみれたドゥ ― シラヌイ・ニガタをも上回る。

対して実際のところフランスの騎士・ラファールは、「血筋」が似通うEF-2000に対してすらもその誇りを別にすれば決して優位とは言い難く、例えばEF-2000の跳躍ユニットAJ200に比してラファールのS88は燃費に優るも出力ではやや劣り、また両肩部スラスターも非装備となる分わずかなりといえども瞬間の運動性には不利なのだと ―

 

 

それを踏まえての手練れの衛士の皮肉だったが、

 

「…機体のせいにするな」

 

黒の無感情なその一言に緊張感が走った。

 

「……なんですって」

 

侮辱されたと取ったか一瞬で剣呑さを倍化させた「前衛砲兵」、睨め上げるその眼光が鋭さを増しその気配を察して背後の部下二人も小さく息を呑む。

 

「…」

 

しかしそれに取りあうどころか気にした素振りも見せない黒の衛士は黒板へと向き直り、そこに適当な三角形を描き込んだ。

 

「なにを……、…ああ。…いや、でも…」

「…肩部装甲は」

「! そうね、それでダブルデルタに…でもそれだと安定性が…、それが狙い!?」

 

一見から単語ばかりの短いやり取り、それでもベルナデットの見開かれた青い瞳にみるみると浮かぶ理解の光。

無意識に軽く開いた両手両脚、それは間接思考制御による愛機の姿勢に他ならず。

 

 

砲を握る両主腕にて形作る三角翼、さらにその付け根たる肩部装甲は元々副腕による支持のため可動式。それを稼働させその角度を変えることにより全身として擬似的に二重の前縁後退角を創り出す。

そのダブルデルタ ― 縦スピン(スーパーストール)に陥りやすいその翼平面形状は失速下機動(ポストストールマニューバ)への移行を容易にするもの。

 

 

「そうだわ…跳躍ユニットの制御には習熟が必要だけど、これなら」

「…回転中の敵機捕捉も」

「フン、今さらお世辞を言っても遅いわ」

 

半歩近寄る黒は言葉少なに言いつつ、その胸より下に位置するベルナデットの白く細い顎をついと持ち上げ。それはラファールの鋭角にデザインされた頭部をも空力制御に使えとの意思。

 

それを漏らさず受け取るがゆえに逆らいもせずおとがいをそらすベルナデットは、さらに続いた言葉の外に、たとえ機動中でも「四丁拳銃」ならば照準すらも可能だろうとの意味をもくみ取り間近に見上げる闇色の茶を負けじと見つめて不敵に笑う。

 

 

この呼吸に息遣いはそう、あのリヨンの地下で背を預け合ったときとまったく同じ。

 

刹那の齟齬が死を呼ぶ地獄、その死地で共に踊って描いたパ・ド・ドゥ(双演舞)

 

あの瞬間には言葉すらも必要でなく、ただ互いの駆ける思惟だけを感じあい ―

 

だがそれでも己ほどには、彼が満たされていなかったのなら。

 

 

今の私じゃグラン・コーダ(最高潮)の相手には物足りないってのね…でも!

 

「まあ見てなさい。すぐに追いついてあげるわ」

「…」

 

その宣言へと応じた無言を(ウィ)ととった、ベルナデットの両の碧眼。

彼女が見据えるはBETAを切り裂く漆黒の稲妻、それを操る不変不動の黒の衛士。

 

 

戦いを、望みはしないが人々の未来のためには抗う以外に術はなく。

 

ゆえにただ、一振りの剣たらんと ―

 

そう志す己にとっての道標たりえる衛士こそはやはり彼。

 

ただ惜しむらくはその彼から学びを得る機会と時間に限りがあること、そして。

 

 

「…随分仲が良い様だ」

 

 

底冷えのする声で。

 

 

「た、篁中尉…っ」

「…貴様は少し目を離すとすぐ是れだ…」

 

端で見ていた柚香はそれがまるで気配を感じさせずに隣へ来ていた篁中尉 ― 唯依の発したものだと気づいて跳びあがるほど驚くも、続いた呆れ声の中に剣気を感じて素早く響の方へと避難した。

 

 

たしかに今の彼と彼女の体勢は、身長差からわずか背伸びすらしてその細面を上げるベルナデットと、至近距離にてその下顎を右手二指にて持ち上げ見下ろす黒の衛士。

 

それは秘やかな逢瀬で口づけを交わそうとする恋人(アムルー)同士に見えなくもなく。

 

 

「ン?、あ、ああ……コホン」

「…」

 

その日本語の響きと、まるで動じないままその音源へと流れた黒の視線とにベルナデットも己が姿勢と周囲の耳目にようやく気づき、我に返っては半歩下がって小さく咳払いなどをして。その小さな顔の白皙の頬がわずか朱に染まって見えたのは、十分に明るいはずの格納庫の照明のせいか。

 

で、デレた!? ツンしかないあの凶悪猫が!? おのれ我らの合法ロリを…!

そんな囁きが何カ所からか聞こえる中、常には凜とし毅然たる小柄な上官の、ついぞ見た覚えのないその愛らしい仕草と表情とにダンベルクール少尉が萌え萌えするも、

 

「安心しなさいマジョリー(かわい子ちゃん)、あんたのベベシュー(大事なキャベツ)を盗りゃしないわよ。でもこんなのカラン(ハグ)にもなりゃしないのに、女サムライはずいぶん器量が小さいのね」

 

気を取り直したか軽い嘲り混じりのベルナデットの先制打、小柄なその身をものともせずにわずか顎を上げてのその誹り口。

 

「…まさか。古来何とかは甲斐性等とも云いますれば高が弐号参号程度に逐一目くじらは立てますまい。唯己が身の節として端女の如くに誰彼構わず嬌態を作って秋波を送り軽々に尻尾を振る様な真似はせぬだけです大尉殿」

 

だが応じた唯依もその言葉通りに水仕女を見るが如くの傲然たる眼差しで睥睨し。

 

互いの間合いは約3m、非友好的な雰囲気の中 ―

 

「フン、言うわね。でもそのわりにはまるで悋気が隠せてない、本音のところじゃフェル・ラ・ビーズ(挨拶のキス)の一つも許せないって顔よソレ。まあ夜も更けてきたんだし」

 

金髪短躯の仏軍衛士はその秀麗な顔をわざと歪めて、

 

ラ・ヴィエルジュ(嬢ちゃんは)セ・マスタベー・エ・ドート(マスかいて寝たら)?」

 

腰に手を当て睨め上げるように言い放たれた軽侮の言葉、しかし対する長い黒髪の女斯衛はあえてか一度その黒瞳を閉じ。

 

「……仏軍の騎士は気位()()は高いと聞いては居りましたが…其の匹婦裸足の卑語悪達者、最早聞くに堪えませぬ。斯くなる上は――」

 

 

――斬る!

 

――ハ、上等!

 

 

開かれるや剣呑極まる光を放ったその黒曜に、挑戦的な藍玉が応え。

 

 

「誰ぞある! 具足を持て!」

「は?、…、はッ! 唯依姫の武御雷を!」

 

宴の一角の騒がしさになんだなんだと酔眼を向けた帝国の整備兵は弾かれた様に気をつけの敬礼から右手を振って指示を飛ばし。

 

「火を入れなさい、すぐに出るわよ! Marchons, marchons!(行くぞ、進め!)

「…! アンタンデュ! Qu'un sang impur Abreuve nos sillons !(皆殺しだ!)

 

一方誇るべき国歌の一節を引いた隊長の言にその部下らが続くフランス軍。

 

しかしそれにも退かぬ唯依は酷薄な笑みを浮かべて、

 

「笑止。不埒な泥棒猫は手足を斬り落として後三枚下ろしで阿鼻地獄に堕としてくれよう」

 

跋、と音さえ立てて薄灰色の充電外套を脱ぎ捨てた。

途端転び出たは山吹色の強化装備に包まれた、実は主張強めの豊かな双丘。

 

柔らかくも瑞々しく弾力を備えて揺れたその二つの甜瓜(メロン)、その光景を目にした野郎共がおおおと野太い歓声を上げた。

なぜなら常にはとうに見慣れて馴染んだはずの薄衣越しのその肢体、しかしそれは秘され隠されていたものの出現と云うあたかも稀な暁起でたまさか目にした山の端よりの曙光の如き神々しささえ伴う新鮮味。

 

また至近にいたため投げられた充電外套を思わず受け止めた響はその唯依の甘い残り香と、普段の彼女の凛然たる立ち居振る舞いからはおよそ想像しがたいほどの眩くも蠱惑的な曲線美を改めての形で見せつけられて、思わず生唾を飲み喉を鳴らすや隣の柚香に間髪入れず肘鉄を食らってくの字に身体を折らされた。

 

しかし対するベルナデットとて、

 

「笑わせんじゃないわよこのチャンバラギャミン(小娘)が!」

 

勢いよく羽織っていたCウォーニングジャケットを放り投げ。

 

揺れも極小のその二つの膨らみに ― 多くの者は興味なさげな視線を向けたが心優しい者は見ない振りをし、また一部の者らがロっリBBA! ロっリBBA! と謎の怪気炎を上げる一方「…まだ大きすぎるな」「ああ」とさらに極端なミニマリズムに囚われた貧乳解放戦線の有志やつるぺた教恭順派の使徒たちは望んで苦難の道を歩む。

 

「ちょうど新しい発想もらったことだし、あんたのコ○ヌ(×××)に120mmブチこんで計画倒れのテュネル・スー・ラ・マンシュ(ドーバートンネル)の代わりに開通式と洒落込むわよ」

「出来もせぬ事は口にされぬが宜しかろう。可惜無闇にそう黒星ばかりを重ねては、貴軍が誇りの戦術機とて心あらば泣いて居りましょう」

テェトワ(うるせえ)、蜂の巣にしてアヘアヘ言わせてやるわ」

 

睨みあいつつ搭乗前の舌戦(トラッシュトーク)を続ける二匹の美獣に、いいぞ、やれー、いてまえーなどと囃したてる周囲の観衆。

 

「え、ちょ…ホントにやるのか?」

 

その中で響は肘鉄を捻り込まれたみぞおちをさすりながら立ち上がる ― 強化装備の特殊保護被膜は拳銃弾程度なら防ぎ止めるほど耐衝撃性に優れるのだが、ともかくあのチビレ大尉が実はフランス生まれじゃなくて米海兵かでなけりゃ千○や○城出身じゃないかと思う程度に口が悪いのはわかっちゃいたが、応じた唯依も妙に沸点が低い気がする。

 

「もしかして篁中尉、酔ってんのか?」

「いやー」「ちょっとですけど」「飲まされてましたねー」「でも本性」「うんうん」

「ってもいいのかよアレ…中尉ちょっとなんとか……って、いねえし!」

「帰られました」「『…やらせておけ』だって」「あ、似てるw」「もう一回もう一回」

「遊んでんなよ…てか中尉が原因なんじゃねえか、なんであの二人でケンカになるんだ?」

「あー」「わかってない」「ダメダメ」「これだから売約済みは」「女の敵は女」

「はあ…、そんなもんかね」

 

とりあえずはそう納得した風にしておくのが賢明そうだ、考えてみれば今この基地には世界三大おっかない女衛士が誰かを決められるくらい女傑が集まっているんだったと響は隣の柚香の機嫌を伺いつつ、どっちが勝つか賭けようぜとやって来たツェルベルスの男性衛士に渡す紙幣をまさぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 6月 ―

 

 

「ヴァルキリーリーダーよりCP及びナイトオウルズ。敵影見ゆ。距離8000、進路北北西。要撃級・戦車級多数、総体大隊規模と推定。また後発第52波の突撃級群と思しき集団が接近中」

「ナイトオウル01了解。急行する、無理に先走んなよ千鶴っち」

 

まだ聞き慣れない隣接小隊長・大上中尉のそのガラの悪い警句に了解、と返して。

長い三つ編み・大きな眼鏡の榊千鶴は、高度40mにて哨戒匍匐飛行中の乗機・94式弐型の速度を上げた。

同じく続くは3機の青い国連仕様の同型機。よく晴れてはいるが生命の気配とてなく荒れ果てた大地に跳躍ユニットFE-140のジェットの轟音が木霊し、弐型の頭部や肘部のブレードベーンにナイフシースが高緯度地域の大気を切り裂いた。

 

 

現在地点は ― スカンジナビア半島大陸側・旧フィンランド中部。

甲08よりおよそ220km南下したスオムッサルミに設定された帝国軍駐屯地から、さらに南へ60kmほど。

 

20年間に渡りBETAに支配されてきた眼下の地表は草一本生えていない赤茶か黄褐色の荒土。そしてそこかしこには連日の戦闘の残滓となる砲撃痕に累々としたBETAの死骸。これらを従来の手順通りに焼却撤去するだけでも途方もない手間と時間と費用がかかるだろう。

 

そして古くは湖水地方と呼ばれたこの地域は湖沼の多いフィンランドでもとりわけその比率が高かったそうで、あちこちに見える地形の起伏は枯れ果てた湖沼の跡だろうか ― 今でも水を残すものはおそらく今冬の雪解け水が流れ込み貯まったものか、湛えるというにはほど遠いその様の中にはさらに赤黒く汚れたBETAの体液が大量に流れ込んで腐臭混じりの金属臭を放つ。

 

 

甲08・ロヴァニエミハイヴ攻略より2週間ほど。

 

 

国連軍横浜基地所属特務小隊・元207Bヴァルキリーズは特務たるその名の通り、本来は極超音速・超長射程を誇る03型電磁投射砲を以て、BETA巨大種・超重光線級の排除を主眼とする小隊。

先の甲08攻略作戦の前段たるハイヴ前地上制圧戦ではその能力を遺憾なく発揮し事前想定の最悪に近い2体同時出現という事態をもはねのけ見事任務を達成したものの、それで御役御免にて堂々の凱旋というわけでもなく。

 

旧ソ連領・甲04ヴェリスクハイヴより甲08めがけてか1000km超の距離を走破せんと北上するBETA共に同ハイヴ発の新たな超重光線級が混じってこない保証などはどこにもない以上、欧州連合政府の要請を受けて防衛線を担う日本帝国欧州派遣部隊と共にこの北辺の地に留まる必要は確かにあった。

 

 

そして北欧神話にいう戦乙女の戦隊などと大層な名を戴くものの、所属は外様の国連軍。

しかもその長機はたかが少尉で軍歴も浅い千鶴が務める小所帯。

 

そのためだろう今次派遣に際しては帝国軍第2連隊第3大隊の指揮監督下に置かれ、その長たる神宮司少佐殿はいわば旧知の間柄。

これが偶然であるはずもなく本来のボスたる横浜基地副司令・香月夕呼博士の差配によるにまず間違いなく、よってその少佐殿が折に触れては情報の伝達等あれこれと気配りを下さっていたためその点で不自由を感じることはまずなかったものの。

 

本来の任務とそのための待機、それは重々理解していたが、借りた庇どころか概ね同じ釜の飯を食い寝起きも共にするといってよい帝国軍が、担わねばならない防衛線の長大さに比してあまりに足りなさすぎる戦力でまさに東奔西走して忙殺される光景を横目に最新鋭の高性能機を遊ばせての無為な時間 ― それを喜ぶ者は4人の内に1人もいなかったから、せめて哨戒任務程度はとの千鶴の上申は隊の皆の総意でもあった。

 

そして神宮司少佐経由で香月博士へと伝えられたその申請は、ある意味望外にもすんなりと許可された――ある条件をつけての上だったにせよ。

 

 

「光線級確認できず。会敵時には後発の突撃級群と先にぶつかりそうだよ」

「了解、砲戦で減らせるだけ減らすわよ。周辺の震動センサーはどう?」

「微弱ながら感あり、でも半径50km圏内に地下洞窟が既知のだけでも10以上あるから…」

「まったく、警戒ラインもなにもあったものじゃないわね」

 

呆れたくなる千鶴の網膜投影画面左下、小隊内通信に浮かぶ鎧衣美琴は小さく苦笑して。

発声に応じてわずか拡大された、その整ってどこか少年めいた顔にはよい緊張を保ちながらもすでに場慣れした空気感。

 

「仕方ないよ、いっそ追撃戦の方が後ろ取れるし楽じゃないかな」

 

しかしその中にはすでにわずかながらも疲労の色。

千鶴はその美琴の言葉は軽口の類だとわかってはいたが、それに小さく頷いている隊員らの顔も確認しながら生真面目な台詞を吐いた。

 

「縦深が確保できてるっていっても失探したら面倒すぎるわ、前提にするのは危険よ」

 

 

なにしろ大陸の戦域は、おそろしく広漠で。

 

侵攻してくるBETA群は五月雨式 ― といっても大抵がそれぞれ中~大隊規模で1000近くにもなる数 ― で、種別による進行速度の差から長駆する間に後発の前衛突撃級群が先発あるいは先々発の中衛戦車要撃級群や後衛要塞重光線級群に追いつき追い越しまた入り混じることも間々発生する。

 

それを食い止めるべく構築された東西200kmに及ぶ防衛線を守るのは、帝国軍わずか2個連隊。

 

総数200機程度の戦術機部隊を3交代制。

機体の整備を兼ねた休息組に場合によっては停滞睡眠も用いる即応待機の控え組、そして哨戒・迎撃にあたる上番組に3分割されている。

 

スオムッサルミに構築された拠点にはBETAが狙いやすいとされる大量の精密機器と評価されうる戦術機群が置かれる他により明確な誘引効果が認められる電磁投射砲が配備保管されているため、防衛戦開始以降全体としてはBETA誘引の傾向が多少は観測できてはいるものの、実際の誘引効果範囲についてはいまだ検証されていない上リヨン防衛線の如くに一定距離で同様の拠点を複数設けてその有効性を担保することなど戦力的に望むべくもない。

 

そのため現在の帝国軍の基本方針としては、可能な限り設置した震動センサーの警戒網に戦術機の快足を活かしての機動防御戦術 ― しかし常備は都合2個大隊70機ほどで日本本土なら本州縦断に等しい距離の防備にあたるというのはほとんど無茶無謀と同義とも――そのため控え組が休めることはほとんどない。

 

 

なるほど欧州連合軍の、帝国軍はもとより在日国連軍の基準からしてすら時折目と耳とを疑いたくなるような、規律の緩さや不徹底さというものは。

文化・人種に国民性、それらの要素はあるにせよ、すべてのことにミリ単位の正確性など求めるべくもなく ― また求めても無意味なほどの、この広大な大陸が戦線ゆえなのだと。

 

 

おまけに一週間前から、神宮司少佐はその派遣部隊中屈指といわれる直卒小隊と共に不在。

 

そして本来即応としてその刃を振るうはずの斯衛部隊もまるごといない。

 

もちろんその一員というかむしろ筆頭ともいえる、あの中尉殿も。

 

 

友軍への教導が重要な任務というのは重々理解できるにせよ、あの赤服の新人大尉の隊はともかく護国の神剣たるあの中尉殿に加えて神宮司少佐の小隊と、男女の別なき衛士の世界においてなお別式で御座いといわんばかりに身を飾ることのひとつもしないくせして黒耀の明眸はぱっちり二重で細面、おまけに濡羽色の長い髪に羽二重肌でさらに媚びなど知らぬ武家の女と無言のうちにその態度でありありと主張しまくるわりに豊かな胸に柳腰ときて気づけばたいてい正妻面して付かず離れずあの中尉殿の傍にいる、本当は内心始終発情しまくっているに違いないあの篁とかいう小憎たらしいがとにかく腕は立つ雌犬斯衛とその中隊がいないのも大きい。

 

 

「ちょ…、千鶴さん、顔怖いよ」

「え、…んん、ソ連領内を北上するBETA群は?」

「確認できてるだけでも大隊規模が5つ、多ければ1万近くになるかも」

「北で守る国連北欧軍には余裕がない。定数割れしてるし」

「あぅあぅ、でも白海にはソ連の艦隊が出てるって…」

 

気を取り直して既知の情報を再確認する美琴との通信に混ざってくるしなやかな獣・彩峰慧。実戦経験を重ねてなお、どこか小動物めいた雰囲気を持つのは珠瀬壬姫。

 

「噂じゃあね、でもどのみち支援は望めないわよ」

 

その疑問に千鶴はごく軽いため息で応えた。

 

スカンジナビア半島大陸側を南北に走る旧ソ連国境。

東西冷戦の再開により事実上不可視の壁と化したそこから、さらに10km圏が非武装の緩衝地帯とすることが求められている ― ボクたち国連軍なんだけどなあとは、美琴の穿った意見ながらも。

 

 

BETAの思惑なぞはまるで不明のままで、はるか南方の甲04から突っ走ってくる連中が半島北限のノルウェー海なりにぶち当たるまでただ前進を続けるにせよ、その途上にはようやく攻略した甲08が存在する。

 

甲08防衛については戦線構築ではなく甲26・エヴェンスクにてのソ連軍よろしく要塞陣地化をもってあたる案も出るには出たらしいが、欧州連合参加国の失陥国土の奪還と解放というお題目もとい悲願に加えて、甲26は海岸至近という地勢から洋上火力による面制圧力が見込める一方、甲08は海からも遠い上に防備を固める欧州連合軍はオールTSF・ドクトリンの弊害として陸上砲火力に極めて乏しい。そのため大規模BETA群に包囲された際の殲滅力は電磁投射砲に頼らざるを得ないが、そちらもコスト高で数もそう多くはない「借り物」と来ては。

 

ゆえに甲08の防衛策としては縦深確保といった意味でも可能な限りスカンジナビアの大陸側に東西に渡る防衛線を設定し、機動防御にて速やかに北上BETA群を各個撃破していくことが望ましい ― というかそれしか手がないのに、人類側の都合で半島の東側半分はヴェリスク発ロヴァニエミ行のBETA急行は木戸御免(フリーパス)というありさま。

 

 

「西側戦力の消耗はソ連の思うつぼ」

「でも他に手段はないわ、ハイヴの確保は欧州連合にとっては絶対だし」

特殊装置(XM3)の配備も含めて戦力の回復が急務だね」

「投射砲も、です」

 

 

もはや東側は国連を、単に政争の舞台としてしか見ていないのだろう。

旧支配領域に残存ハイヴが多い分、欧州西部戦線を西側諸国へ押し付けてBETAと相撃させる間に戦力を整えるつもりなのか ― それこそ、10年20年とかけてでも。

 

それに対抗するためにも今以上の欧州連合軍の損耗は避けたい。

西側勢力の有力国としての日本の立場からすれば、大陸西部に対ソ姿勢の国家があるのとないのとでは話がずいぶん違ってくる。

 

 

一方そんな人類と違ってBETAは同士討ちをしない。

匍匐飛行にて低空を進む千鶴たち4機が目指す先、網膜投影に等倍ではまだほんの小さくにしか見えない敵群があげる土煙は前後にふたつ。その距離は目に見えて詰まっていく。

 

およそ60km/hで猛進するのは先発の要撃級戦車級群大隊規模BETAの中衛層、要撃級200超に戦車級が400程度。

従来フェイズ5以上のハイヴからの発生BETAは戦車級以下の小型種が7割以上といわれていたが、昨今は闘士級兵士級あたりの比率が明らかに小さく、戦術機にとって脅威たり得ないそれらが減少傾向にあるのは奴らの学習の成果だという説もあるらしく。

 

そしてその連中は後方から120km/h超で爆進してくる突撃級群にはね飛ばされることもなく、それらと浸透・混在そして通過と一切の遅滞なく追い越しを完了させた ― 一匹一体として接触さえすることなく。

動物というより、いや虫というより。どこかしら機械じみたその集団性。

 

「来たよっ」

「よし、南下しつつ西側面を突く。全機平行砲撃から西へ誘引。進出座標マーク」

「了解千鶴さん、座標マーク。64.486、29.807。国境線まで10km、ギリギリだね」

 

白海のソ連艦隊は監視兼示威にすぎないだろうが、仮にも国連軍たる自分たちがいくらなんでもそう簡単に開戦までには至らずとも難癖の口実にされるわけにはいかない。

 

「各機確認を厳にして。彩峰出すぎないでよ」

「うるさい」

「不安があるから言ってるのよ」

「大きなお世話」

「あぅ、け、喧嘩は…」

「大丈夫だって壬姫さん、いつものスキンシップだよ」

「誰が」

「誰がよ。まあいいわ…、打ちー方、始めッ」

 

そんな風にやや姦しくも。

 

相対距離は4km弱、肉眼ならば荒野の彼方に見える土煙。

その源の150体を超える突撃級群へと向けて、小隊長たる千鶴と04鎧衣美琴の弐型が主腕に提げる02式中隊支援砲、そして極東最高の狙撃手たる03珠瀬壬姫のロングバレル87式支援突撃砲が火を吹いた。近接機動戦闘を得手にする02彩峰慧は両主腕の87式突撃砲で、今少し距離が詰まるのを待つ。

 

 

もしほんの2年たらず前 ― 訓練中の身で、先々はたった1小隊4機でこれだけの規模の突撃級を日常的に相手にするのだと聞かされていればいくら千鶴に負けん気とそれを支える父への反抗心があったにしても怖じ気づいてはいたかもしれないし、表面上ナイーブさとはほど遠い慧も眉根を寄せるくらいはしたろうし、平時の度胸はそのふくらみと同じく小さめな壬姫は青ざめる程度では済まずもっとぺったんながらその代わりに勝負勘を持ち合わせる美琴は半ば以上死を覚悟しただろう。

 

 

だが今の彼女らが躊躇なく狙いすますは網膜投影に拡大された、その視界内を右から左へ爆進する突撃級のむき出しの脚部。

 

1対6本のその部位はペールピンクの表皮で醜く瘤に覆われ、全高15m超の突撃級の巨体を最高速度では170km/hで突進させるべく高速で運動し続ける。そこへ戦乙女たちが放った36mmと57mmのHVAP高速徹甲弾が次々と着弾して穿たれ血を噴き動きを止めて、被弾した突撃級群は言うなれば片輪を破壊された暴走車両に等しく自己の運動エネルギーに突き飛ばされる形で吹き飛び横転、時には周囲の同種を巻き込む形で荒れ果てた大地に更なる土煙をあげさせていく。

 

「撃破2、横転3」

「進路変更の兆候なしっ」

「なかなか頑固ね…、砲撃継続っ」

「了解ッ」

 

主腕に抱えた02式、その砲身両側に2連装としたドラムマガジンに換えの携行はない。

千鶴は相対距離を維持しつつ自機と小隊の進路を北へと向けて、平行砲撃を続ける。

 

「突撃級群の減速を確認! 進路変わるよ!」

「よし引っ張る!」

 

千鶴たちがもう20体ほど撃破すると ― 現代の地球上の生命体ではあり得ない巨体群が土煙に地響きを伴って徐々に減速をかけた。そして100m近くの空走ののち停止に至るやいっそのそのそといった動作でややばらつきながらも一斉に方向を変えてくる光景は、5階建てビルに相当するそれらの巨大さから威容といってもいいのだろうが、どこか間の抜けた光景でもある。

 

にもかかわらず、現実には一歩どころか半歩間違えば死ねる状況とその連続 ― それに慣れて順応しはじめているからこそ、連日連戦の疲労もあってややもすれば緩みそうになる緊張感の維持を千鶴は心がける。

 

中尉がいないんだから…!

 

 

この会敵に限らず。全体としての戦況は統制が取れている。ぎりぎり、だが。

 

広すぎる戦域に薄く散らばる帝国軍、だが皆が皆、愚痴をこぼして憎まれ口を叩きながらも走り回って飛び回り、摩耗を伴いながらも大損耗は避けて現状ほぼ文字通りのしらみ潰しでBETAを叩いて回れているのには大きく分けて理由が4つ。

 

1つにはまず、個別の敵集団の規模が大抵はそう大きくないこと。

2つめが光線級の出現数が相変わらず少ないこと。

3つめは防衛する帝国軍部隊が士気練度共に高く、現状物資にも問題がないこと。

そして4つめはある意味皮肉な話で防衛線が旧フィンランド側だけですんでいるから。

 

だが実際のところはそのどれもが砂上の楼閣が如きの均衡で。

 

大規模群や母艦級をさして見ないとはいえこうして日々迎撃駆逐を続けてすでに葬ったBETAは万単位に上るだろうに衛星観測によれば南方の甲04に滞留するBETAの数はさして減じるでもなく20万をくだらないというし、侵攻BETAに光線属種の姿が少ないことはほぼそのまま超重光線級の存在に繋がるだろうし、事実上国際共通基準になっている戦術機の燃料砲弾の類こそはさすがに欧州連合軍が補給を負担してくれているが帝国しか運用していない74式長刀だとかさらには投射砲に至っては本土からの到着を待たざるをえない上、戦況は流動的が常とはいうが本来の欧州派遣の目標だった超重光線級排除と甲08攻略とを成したにもかかわらず先の見えない防衛作戦にまで急遽駆り出されることになった帝国軍は、その士気の高さには定評があるとはいえそれが無限に続くはずもないし、何より素通りさせるほかないソ連側を北上するBETAについては甲08近傍で防衛に就く欧州連合軍の負担になるわけながら万一彼らが現在編成中とかいう英国本土からの増援到着前にその負荷に耐えかねた場合には、半島大陸側に布陣する帝国軍が救援に走るほかなくそれすら間に合わなければ全体としての戦線が大規模に瓦解するし、もしその支援に成功しても帝国軍はさらなる戦力の分散を否応なくされてしまってこの大陸側防衛線の維持などとてもおぼつかないだろう。

 

 

それでもなお。千鶴たちヴァルキリーズのみならず、帝国軍欧州派遣部隊全体にともすればどこか切迫感の欠如というか、窮迫の雰囲気が伴わないのは。

 

おそらくそれは、ここが、祖国たる日本からは遠く離れた外地であるということ。

 

防衛線を抜かれたところで、直接的に瑞穂国が侵されるわけでもなく。

家族や親類、友人知人がBETAに喰われて死ぬわけでもない。

 

防衛戦の後背には甲08まで200km以上無人の荒野が続くのみ、ゆえに突進を阻止できないほど敵集団の規模が大きければ先の美琴の言葉のように素通りさせて背撃を企図するという手段がとれるし、また部隊が戦域に広く哨戒のため小隊単位で分散している以上即時糾合できる火力での対処が困難なほどの大集団なら駐屯地近くに設定されたキルゾーンへと誘引して投射砲で殲滅する手はずにはなっている。

 

そしてそれでも無理なら ― とっとと後退してしまおうと。

 

 

「そう考えると在日米軍って真面目な方なんだね。それとも日本は狭くて退いたらすぐ、目に見える被害が出ちゃうからかなあ」

「それに太平洋が広大とはいえBETAの長距離渡海がないとは言い切れないし、古くと今は共産圏への防波堤でもあるんだから。配備されてるのには精鋭もいるし」

「なら世界各地の米軍は違う?」

「どうかしら、永住権に公民権を餌にぶら下げられた移民中心だって聞くけれど」

「ならなおさら生き残らなくちゃ無意味」

「それはそうね、士気が高いとも限らないか」

「あ、でもでも。海兵隊は米国民かその確定者しか入れないって聞いたことありますぅ」

 

網膜投影に映り込む、適度に減光されたマズルフラッシュに照らされながら。

4機揃って噴射地表面滑走にて西への進路、相対距離を調節しながら引き連れる突撃級には正面からの砲撃は効果が薄く、ぐるりと背後へ回した主腕で時折の刺激と牽制に留める。

 

 

遠征軍の難しさ、しかも対BETAでの守備的援軍ともなれば。

 

勝ったところで目に見える形で得られるものはなにもなく、人類共闘という錦の御旗を心から信じている人間なんて大していやしないことくらいはもう千鶴たちにも解っていた。

 

国連軍としてはあるまじき心持ちながらも、元々千鶴は ― おそらくは、他の3人も ― 心底から国連の思想に感銘を受けて志願したわけでもない。

 

 

そもそもこうして自国戦力にもそう余裕はないなか国際貢献の美辞麗句の下遠く離れた北欧の地で奮戦する帝国軍に血湧き肉躍って意気軒昂たりえるのは当の日本帝国臣民くらいで、ご当地の欧州連合市民にはさして周知もされていない ― 勝って、防げているうちは、だが ― ことが容易に推察できる千鶴にしてみれば。

 

そんな風にごく小さな国政選挙での票集めに繋がりはしても対BETA戦を抱える状況下での西側における国際的な日本の立ち位置という意味では、現時点ですでに外交的に敗北とまではいかずとも都合よく利用されつつはあると考えてしまえば、あの嫌いな母からどこかしらはやはり父に似ていると腐されるのにも合点がいってしまう部分も。

 

 

だがゆえにだからこそ、下手は撃てない。負けられない。

 

ここで帝国軍が崩れれば、それこそ欧州連合は全責任を押し付けてきかねないのだから。

 

千鶴が率いるのはほんのわずかに1小隊。

だがその敗退が蟻の一穴になりはしないとの保証なんてどこにもない。

 

 

が――

 

「すまねえ千鶴っち! 第3小隊から支援要請、緊急だ!」

「連隊規模の地下侵攻…!? 了解です、行って下さい中尉」

「誘引して投射砲を使う、悪ぃけどそっちが片付くまで砲塁には近づけないでくれ」

「了解、…聞いたわねみんな、一仕事になりそうよ」

 

網膜投影の通信からがらっぱちで赤い長髪の大上中尉がいったん消え、左下の戦域マップにCPから送られてきた駐屯地南の砲塁からやや南西へと伸びる投射砲の砲撃予想範囲が表示される。

広大に過ぎる戦域からすれば99型砲の15km程度の射程はそう問題にはならないが、大型の01型砲が放つ三式収束弾の射爆範囲は確認しておく必要がある。

 

「彩峰と私で追ってくる突撃級の南を抜けて後ろを取りつつ後続の要撃級へ突撃、遅滞戦闘。鎧衣と珠瀬は迂回機動から側面背後で突撃級を砲撃、接近戦は禁物よ」

 

CPへの報告と同時に視線誘導で戦域マップにざっと描いた作戦ライン、それを隊機へと送信しつつの千鶴のアイコンタクト。

 

それを受けて顔は動かすことなくだがほんの小さな頷きを返したのは慧と美琴。

 

 

― 珠瀬だけはなるべく生かして帰せ ―

 

それが帝国軍との作戦参加に際して香月博士が出した条件。

その意味が解らない千鶴ではなかったし、同時にそれはつまり他の隊員はどうなってもいいということで。あの冷血の女博士が言いそうなことだと、当の壬姫を除いて打ち明けられた慧も美琴も思ったろう。

 

 

でもまだ死ぬつもりなんてない、臆して逃げることもしない。

それが3人 ― いや、なんとなくは察してもいる壬姫も含めての彼女たちの戦う意思。

 

 

死力を尽くして任務に当たれ ― 生ある限り最善を尽くせ ― そして決して犬死にするな

 

それが戦陣に散っていった先達たちから受け継いだ、ヴァルキリーズ(戦乙女隊)の隊規。

 

 

「行くわよ!」

「了解」「了解!」「了解です!」

 

彼女たちの翼、94式弐型の跳躍ユニットFE-140が吠えた。

薄青色の国連軍仕様の機体が4本の矢と化して宙空を駆ける。

 

2機ずつ二手に分かれる中で機動自慢の彩峰慧機が対向する突撃級をあえて至近に掠める間合いですれ違いながら36mmに120mmをばら撒いて、爆走する小山のような突撃級の片側脚部を次々に穿ち撃ち抜き爆裂させては派手に転がしていく。

 

「先は長いのよ!」

「わかってる」

 

そう注意喚起する千鶴は残弾が6割を切りつつある02式の砲撃をまずは堪えて突撃級群をやり過ごしてからその斜め後方からの射界で指切りを入れて3斉射、きっちり3体の突撃級のその柔らかな後部に撃ち込み血しぶきを上げさせ息の根を止めた。

 

「こっちは頼むわよ、震動センサーにも留意!」

「了解っ、気をつけて!」

「任せてくださいっ」

 

迂回機動の美琴と壬姫に千鶴が言いつつ弐型の機首を巡らす間にすでに慧は増速をかけて後続の要撃級への突撃行、後を受けた形の壬姫は両主腕に保持させた87式支援突撃砲での3点バースト、それをほぼ確実に遠ざかりゆく突撃級の後部2脚に撃ち込んではあたかも後輪を奪われた装輪車の如くに尻餅をつかせ腹部を引きずらせて大幅に速度を奪い、すかさずその個体から美琴が千鶴に同じく指切りを入れた02式の57mmを叩き込んで血祭りに上げる。

 

光線級の存在は確認されていないがそれでもみだりに高度を取らないのは衛士として当然の心得、だがそうして三次元機動を封じられてもこれだけ交戦域が広大でしかも付近に防衛対象もないのであればこの程度の数の突撃級は戦術機の敵ではない。携行砲弾にしても壬姫らにはまだ余裕が――一方。

 

千鶴と慧の分隊が突入したのは大隊規模BETA群のその中衛層。

連射される砲弾が400を超える地を這う地上高3mの異形の6足獣・戦車級の赤黒い絨毯へと突き刺さる中、全高は12mに過ぎないがその全幅は30m近くにもなる平らな怪獣・要撃級が200体、一体一対計400の衝角前腕を振りかざして向かってくる。

 

「彩峰左!」

「、!」

「今度は右よ――次後ろ!」

 

千鶴は80m前に出した慧へと矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ02式で掃射をかけて戦車級の群れを薙ぎ払う。

その千鶴の指示とほとんど同時に跳び舞う機動を見せる慧の弐型が要撃級の弱点となる側面及び後方至近距離から両主腕2門の87式で砲撃を浴びせ、続けて2体を肉塊に変えるやその死骸を踏み台にしてごく低空での後方宙返り、7時方向から振り下ろされた衝角前腕を躱した。

 

「榊うるさいっ」

「あなたの方が速いから前衛を任せてるの、できないなら自分でやるわ!」

「誰ができないって」

 

慧は弐型に地を蹴らせつつの噴射地表面滑走、挑みかかるは4体の要撃級。

BETA程度には軌跡を読ませぬ鋭いターンの2角目で右主腕の87式を後ろへと投げて放り出し、即座に兵装担架の74式長刀を火薬式ノッカーの勢いのままに振り下ろして旋回しかけた要撃級を半ば断ち割るも幅広の巨体のわりに旋回能力だけでなく俊敏性も高い要撃級に囲まれ ― かけたところに慧を狙って背部を晒した2体へと千鶴の57mmが叩き込まれた。

 

「すぐそうやって無闇に突っ込む!」

 

半ば以上の怒声を上げるその千鶴機の左主腕にはしかし慧機が放った87式突撃砲。

支援に立ったその位置の、主腕を伸ばせば掴める距離に降ってきたのが偶然であるはずもなく。

 

分間120発で放たれる02式の大口径57mm砲弾の威力は36mmの比ではなく、たとえ至近弾でも戦車級の半身を引き千切って吹き飛ばせるがこの状況下ではややもすればオーバーキルで交換弾倉もなく弾が惜しい、そこへ兵装担架から自前の87式を取り出す前に投げ渡された慧の36mmで戦車級へ掃射をかける。

そして右主腕のみで扱うにはやや照準が不安定化する長竿02式のため千鶴は30mほど下がって過日の戦闘で屠られ伏した要撃級の死骸を回り込みその背に02式のバイポッドを立てて腰だめでの支援砲撃姿勢をとった。

 

「射角左右20°、支援域40mっ」

「狭い」

「あらできないの?」

「そうは言ってないっ」

 

言いつつ右へと疾った慧、すかさず千鶴の砲撃がその背後左方をカバーし57mmの連射で慧の背を狙った要撃級の尾節を吹き飛ばす。

 

「2発でいけた」

「珠瀬ほどの腕はないのよ悪いけど!」

「あれと比べる方がおかしい」

「それはそうね!」

 

掛け合いやり合い減らず口、言葉を交わすが視線は交わさず ―なにせ数的比では1:300、直撃させれば36mm一発程度で仕留められる戦車級はともかく要撃級のしぶとさには定評がありその一撃がほぼ必殺になるのは向こうも同じ。

 

そしてBETA群中に飛び込んだ慧機のみならず動きを止めた千鶴機へと向かう戦車級、慧はその千鶴の87式の弾倉交換動作を視界の隅に見て取るや左突撃砲の斉射でそれらを背後から撃ち抜き、と同時に給弾を終えた千鶴は左ナイフシースより副腕によって65式短刀を掴み出すやそのまま主腕を振って放り投げ、わずかに放物線を描いたそれを慧機の後ろ回し蹴りが捉えて彼女を囲まんと迫る要撃級のうち1体の渋面めいた前部へと突き刺さった。

 

「ちょっと、大事に使いなさいっ」

「再利用するし」

「あくまで遅滞よ、気張りすぎない!」

「わかってる」

 

そう言う慧が長刀を振るい近距離からの砲を放って敵中で舞い、千鶴はそれを支援しこの場こそが我が胸壁とばかりに要撃級の死骸から57mm・120mmの火線を伸ばし近接防御に36mmの弾幕を張りつつ内心で舌を巻いた。

 

彩峰、さすがにやるわ…!

 

 

反射とセンスに優れた慧は同時に近接戦での機動砲撃斬撃に長ける。

そして総合力のバランスが高い美琴に、もはや言及するまでもない狙撃能力を誇る壬姫。

 

ゆえに隊内で衛士としての戦闘力には最も欠けるのがこの自分。

だからこんな状況下なら小隊長としての指揮もなにも彼女らの長所を阻害しなければ問題ないだけの話で、とにかく視野は広く、戦況を見て。

 

 

いける、か…?

 

網膜投影の情報視界にもくまなく目を配る千鶴は残弾数に推進剤残量、味方部隊がキルゾーンへの誘引に成功しつつある状況等から概ねの成算を予測――したが。

 

「震動センサーに感っ!」

 

8割近くの突撃級を血の海に沈めたその美琴の報告に。

千鶴もまた戦車級をほぼ駆逐し切り慧が食い止める要撃級群への攻撃へさらに注力しようかという時で、

 

「地下侵攻ですっ! 連隊規模予測!」

「…かなり速い、洞窟を使ってる」

「待って波形が混ざってる…、まだ遠いけどこのパターンは…母艦級だよ!」

「まずいわね…、CP! こちらヴァルキリー01ッ」

 

唇を噛む間も惜しんで回線を開く。すでに残弾は5割を切った。

慧を酷使する形でなら現在交戦中のBETA群を駆逐すること自体は不可能でないにせよ新手の後続BETAに対しては誘引を兼ねた後退がせいぜいで、もし光線級が混じっていればそれすらおぼつかなくなる。だから可能な限り早く味方部隊に続いてこちらも投射砲戦術をとるほかない。

 

そして目の前のBETAが地を踏むのとは異なる揺れ、急速に大きくなるそれを弐型のセンサーが捉え――

 

「来るわ!」

 

南方1km、戦術機にBETAのサイズからすればほとんど接近戦の間合いとも。黄褐色の大地が弾けるように裂け吹き上がり、同時に巨大な一塊と化して飛び出してきた突撃級のその姿を千鶴は見た。

 

突撃級共は2体1組で腹部をくっつけあっているのかそれを1単位としてさらに円陣を組むように寄り集まって層を成し、地下掘削のシールドマシンさながらの回転穿孔で既存の地下洞窟から地上までをぶち抜いてきたらしく ― やや飛び上がりすらして地上に踊り出ると同時に結合を解除して突進を開始してくる。

そして全高16mの突撃級が幾層かを成し穿って空けた大穴は歪ながらもおそらく直径50m近い巨大なもので、そこから残余の突撃級に続いて湧き出るように要撃級と戦車級が姿を見せる。

 

「多すぎるよ!」

「囲まれる前に退くわよ、CP! 連隊規模BETA出現、投射砲エリアへ誘引する!」

「こちらCP。ヴァルキリー01、誘引方向をいったん南へ2分稼いで――え!?」

「! どうし――」

 

――!?

 

前線指揮所の管制官にあるまじき言い淀み、そのただならぬ出来事の気配に。

問いただしかけた千鶴の頭上 ― といってもかなりの上空 ― を凄まじい速さでなにかが突っ切っていった。

 

速度にして音速の7倍近く、大気摩擦で真っ赤に灼熱した3つのそれは。

 

「再突入カーゴ!?」

 

遅れて空気が爆発したかのような轟音、周囲一面へと叩きつけられたその衝撃波に管制ユニットには自動遮音が入る。

遙か南方へ飛び去っていく再突入カーゴはしかしあの程度まで高度が下がっていれば、トライアッド演習での実証があるとはいえ光線属種の目標たり得て2km/sを超えるその速度で遠ざかりながら程なく次々に地上から伸び上がった多数の光条の中へ今度こそ消えていった。

 

「無人、よね?」

「はい、後方30kmに降下…成功してるみたいです、よかったぁ」

「カーゴ3つで6機かな?」

「今になって軌道降下作戦、そんな小規模で」

 

千鶴は隊機の糾合と慧への支援とを同時に進めながら後退をかける、その時。

 

「信号弾!?」

 

高く高く、北欧の蒼空に打ち上がったそれは。

 

 

まずその頂点から落下軌道に入ってなお発光を続ける「吊り星」。その輝は緋。

 

次に続いて疾く鋭く上昇しながら短く強く瞬く星が五つ「流星」。その彩は青。

 

そして最後に撃ち出され天へと駆け昇る、眩く輝く軌跡は「龍」。その光は紫。

 

 

これ、は…!

 

瞬間空を見上げた千鶴は、しかし意味を図りかねたか隊内の仲間のやや戸惑う様子に無言のままで通信回線を広く開き――途端、戦域全体の帝国軍機から押し寄せる怒濤の如き歓呼と歓声にヴァルキリーズ全機の管制ユニット内スピーカーは占拠された。

 

「うるさい」

「な、なんですかこれ?」

「千鶴さん?」

「…鎧衣、あなたでも知らないことはあるのね」

 

 

言う千鶴にも、国連軍所属たる己が身の立場を思えば素直に歓呼を上げられぬ部分が。

 

 

「帝国十式信号弾」

 

 

死んだ父が愛して。捨身してまでなお。

護り盛り立てようとした、その祖国の防人たちへと奮起を告げるこの狼煙。

 

 

「緋色は斯衛、青の五つ星は五摂家。そして紫の龍は――」

 

 

日本帝国全権代理・政威大将軍 ― 煌武院の名の下に。

 

 

「推して参る」

 

 

冥き夜の其の名乗りが、全周波に乗って響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます 本年もよろしくお願いします

いつもご感想・評価下さる方々ありがとうございます
いやホントに

いつもながらうまくまとめられませんでした
前はもっとちょっとこう、テンポ良く話が進んでた気が…するだけですかねw


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Muv-Luv UNTITLED 22

欧州戦況概略図

【挿絵表示】




2003年 6月 ―

 

 

高度200km、熱圏。

 

青成す黒髪に深海の瞳 ― 御剣冥夜がはじめて体験した地球低軌道は、強化装備に身を包みさらには管制ユニット・乗機00式の装甲に再突入殻そして再突入カーゴという幾重もの障壁を挟んだ上で網膜投影越しに見る、舞い降りる深淵の宇宙の黒と――そしてその下で緩く弧を描いて仄淡く光る巨大な水と雲と大地の星が織りなすグラデーション。

 

そしてその光景を美しいなとも恐ろしいなとも思う間もなく、現実への対処が始まる。

 

 

わずかに時は遡り。

帝都最寄りの大規模軍用宇宙港といえば、横浜になる。

 

極東地域最大の国連軍基地であるそこはしかし、日本帝国斯衛軍からの要請を同基地副司令の文字通りの鶴の一声で二つ返事というにもあまりにも迅速な応答で承諾して、2基の大型リニアカタパルトを稼働させた。

 

梅雨入り直前のためやや雲が多くも、黄金色の混じる残照の茜に染まった空へとそのマスドライバーを利用して打ち上げられたのは帝国軍より借用の再突入型駆逐艦が3隻 ― その背には総計わずか6機6名にして、だが帝国屈指の衛士とそして貴人を載せて。

 

 

斯くして昇り昇って低軌道。南回りの航路、BETA支配圏に東側勢力域を避けて。

オーストラリア東沖から南極大陸、大西洋を北上してアフリカ大陸西岸とイベリア半島を掠めて英国本土へと。それぞれの上空を経由しても音速の23倍近い速度での1時間半に満たない旅程。黄昏の空へ飛び立ったものが、当地芬蘭は夏時間にて正午過ぎのはず。

 

そして北海を経て徐々に高度を下げていた母機たる駆逐艦から旧ノルウェー・オスロ上空にて切り離された再突入カーゴ3機は、濃度を増していく大気との摩擦で赤熱に染まる――

 

 

天翔る極超音速の再突入船、大気で減速がかかったとはいえマッハ7。

 

一路向かう先は ― 戦地。

北欧は斯干的那維・寡兵にて帝國軍が固める防衛線。

 

 

「して殿下、出御地点は前線から些か遠う御座います」

「はい。……前進を?」

「賜れるなら。又加うれば折良く手頃な規模の異星種共が最前に展開して居る模様、畏れながら彼奴原めへ御物の一振り等御披露賜れれば兵共の士気弥増さんと愚考致しまするが」

 

通信回線越しでのそんなやり取りは、皆が皆それぞれの家色を纏う強化装備姿。

 

「お待ちを斑鳩公、それは」

「……可能なら、私はそれを致したく思います」

「はは。では決まりですな」

「な…っ、め…、殿下、お戯れを申されますな」

 

少し面白いことを思いつきましたぞ、そんな程度にも聞こえる青い強化装備・斑鳩公崇継の提案のままに予定の変更を決めた冥夜に、斯衛にしてまさに近衛、赤にして御傍役の月詠真那が抗議の声を上げた。

 

「いやいや宸意ぞ、月詠、戯れとは無礼であろうが」

「公…!」

 

真那が眦を吊り上げてその緑眼で射殺さんばかりの視線を向けても、薄く笑んでどこか愉しげですらある口ぶりの崇継には動じる素振りのひとつもない。

 

「すまぬ、月詠」

 

だが冥夜はその真那が応えに窮するのを承知の上で、あえて装いの口調を捨てて詫び言を口にした。

 

 

多忙な政務に欠かせぬ祭祀、加えての頻繁な行幸の御疲れゆえか少しばかり体調を崩された殿下…いや姉上様にしばしご静養戴くにも好都合なこの「陣中見舞い」。

 

元来予定されていた帝国軍派遣部隊への軌道輸送での補給計画に相乗り先乗りする形、あくまでもお忍びとして英王室を始めとする欧州各国の王家には略式の電文にて欠礼の挨拶のみで済ませて。

 

急遽決まった欧州行でも畢竟武家の私軍といえる斯衛軍、さらに近侍の者共のみでの小所帯ゆえに身軽といえば身軽な動き。

 

 

当初予定していた降下地点は旧芬蘭・オウル北、ボスニア湾北辺の海岸。

そこは後背を海に守られ前線からもソ連国境からも程遠く、周辺のBETAの駆逐も済んでいるというそんな場所。

 

だが冥夜の決断は、そこから一気呵成に距離を詰め帝国軍拠点より前に出て、さらには続けて敵群への突進までをも目指すもの。

 

 

「神代・巴・戎にも苦労をかけるが…」

「な、何を仰います!」

「私共へ等勿体無い…」

 

真那に付き従う三人の衛士、斯衛軍第19独立警備小隊。

御剣の家の頃からの知己に加えて煌武院への心底よりの忠誠疑いなしとして、「事情」を知る一握りの範疇にいる者らだが ―

 

「いえ、畏れ乍らその御高配は賜れません。何卒御叡慮の御再考を戴きたく」

 

唯一、涅色の肌に緑瞳の神代巽が直言を寄越す。

 

「皇国が永永たる青史を繙いて尚、御親征の様が鮮少なるを念慮下されませ。殿下が当地に臨御遊ばされるのみで十全に兵共の士気は亢進致しましょう」

「左様、牙営督戦を軽々に遊惰の証左と断ずるは畏くも曩祖への嘲罵とも成りましょうぞ」

「乃祖を軽んじるわけではない」

 

その神代の言に助太刀を得たとばかりに真那が言い募るも冥夜は退かない。

 

「そも我らが往古の先つ祖の時代には、兵馬を率いて戦陣に立つなど尋常一様だったはず」

「それは戦国乱世の砌なれば…」

「今が戦乱の時代でないと申すか。それに如何な全権代理とは云え、武門が棟梁を帝と同一視しすぎてはならぬと常々殿下 ― 姉上様も仰っておいでであろう」

「それは…」

「はは、卿の負けだな月詠。乳母日傘も大概にせよ、『殿下』は能くお解りよ」

 

不毛な主従の会話に割って入ったは政威軍監。

 

「斑鳩公、そもそも…」

「抑抑と云うなら抑宸謨たれば臣たる身としてはお止めするに当たらぬわ」

「都合良くもまた大御心と騙られるか、幾ら公と云えど僭上にも程が御座いますぞっ」

「ならばはっきり妹御と申しても良い。私にとっては何方も変わらぬのでな」

「…!」

 

およそ余人には聞かせられぬその明け透けな物言いに、真那は反駁を呑まされるも。

 

「ま、卿が如何在っても愁眉を開けぬなら構わぬ。常に砲弾を一発残しておけ」

「また其の様な物言いで…!」

 

 

今日 ― 斑鳩家とその郎党の権勢たるや今上殿下の煌武院を凌ぎ、事実上帝国最大の武家一門。

その長たる崇継の、常のどこかしら気怠げで茫洋とした眼差しは鋭すぎる才気を韜晦してのものとはすでに多くの者が知るところ。

ゆえに彼のその双眸の底の冷たい光に口許に浮かべる古拙の微笑も相まって、その言をそのまま信じる武家の人間は居ない。

 

 

「徒に冥夜様を危地へ追い遣らんとされては見過ごせませぬ!」

「もうよい月詠」

「冥夜様、しかし」

「よいと申した…」

 

真那が執拗に反駁を重ねるのは、一重にこの身を案じての事と承知してはいるものの。

冥夜は出そうになる嘆息を堪えた。

 

「私などには公のお考えは解らぬ。だが公が如何な謀を巡らされようともこうして私と同じ再突入船に乗り込まれ、共にいくさ場へ向かわれるもまた事実。そして公と斑鳩御一門に私心無きを仰るのは他ならぬ殿下だ…その一条のみで十分ではないのか」

 

この後戦陣に立たんと今、乗り込み操縦桿を握るこの紫の00式にしても。

実は真成る将軍座乗機たるR型ではなく、弐番機として同色に塗られ設えられたF型。

 

 

唯でさえ運用に難のある00式の、しかもR型などと。

過剰性能も良い処故ユーコンにて外地運用実績を積んだ上現在戦地でも稼働しているF型で十分よ、不敬も何も「御本人」が弐番機として座乗されるに何の差合が在ろうかとは、同じく青のF型塗替機を用意させた政威軍監の言。

 

一見して判る頭部メインセンサーのバイザーだけはR型の「睨み眼」へと換装されたが、その上部庇の部分は「此れに気付くは偏執狂(マニア)のみよ、連中の酒肴や言い種には丁度良かろ」と公ならではの諧謔を込めてあえてF型のままにされているも――

 

 

似紫とは言い得て妙、努々本紫たらざる我が身にはいっそ相応しい。

 

初見の折には僅か自嘲してそう心中に呟きもしたが――喩え口が裂けても末紫とは云うまいと。

 

 

それに冥夜としても、畢竟換言すれば借り物にすぎぬR型でなく、紛い物のF型とはいえ正真正銘自分用の機体という響きには衛士として昂ぶるものがあるのも確か。

 

 

しかしこんな機体を用意する以上、今後の外征も考慮している事に他ならず。

さらに前線の兵らの鼓舞慰労が目的ならばそう長期の親臨は必要無いはずで、わざわざ別機を仕立てるなどと――

 

要するに最初から輸送上の喪失含め戦闘での被撃墜をも想定しているということ。

さすれば万一撃破された処で、「御搭乗の殿下は御無事」と云えば済むだけの話。

 

 

それらを知悉するがゆえにあまり姉上様は好い御顔をされず真那も寒心するのであろうが ― 影たるこの身、この命。それらは共に姉上様――否、殿下に捧げたるものなれば。

 

その殿下が信じ用いるに値するとされた斑鳩公の、喩え謀であろうとも、使い潰されて文句の一つも出ようはずが。

 

 

いやむしろ、其れが為の影である筈。

 

ゆえに惜しむべきは我が身に非ず。戦線に立つ防人らへの鼓舞鼓吹こそ。

 

其の上で、帝国の威信と煌武院の名の弥栄を。

 

 

「正に聖慮よ。月詠、此れぞ宸旨たれば卿こそ気を付けよ」

「斑鳩公…!」

「公、どうかその辺りで…」

 

崇継の、再度重ねてのわざわざ御前であるぞとまで付け加える聞えよがしの挑発に真那が柳眉を逆立てる。

 

あれやこれやの事情を知りうる面々ばかりの前とはいえど、冥夜にはそれが公が生真面目な真那を揶揄ってのものと判るだけに、もういっそ懇請に近く。

 

 

何故なら諸々の周辺経緯は置いたとしてもなんといっても実際は、冥夜にとっては降下戦術自体が初体験なだけではなくて、能動的な戦闘参加もほとんど初。

 

死への恐怖が無いと云えば嘘にはなるが、前へ前へと言いながらその実新たな降下予定地点とて、降着後には一先ず地平線下へ逃れる形で対光線級見逃し距離は確保する、前線より30kmの後方。

おまけに僚機ならぬ護衛機を、しかも帝国有数斯衛屈指の衛士らが操るそれらに幾重にも守られながらを実戦というに憚りはあれど――万に一つも無様な姿は見せられぬ。

 

 

それこそ能うならば先の斯衛の戦闘詳報にあったと同じくBETA直上への強襲降下を成したくはあるも、再突入前に得た情報からして現在前線ではすでに近接戦を展開中と聞く。

 

軌道降下戦術において本来単に敵中突入させるだけの再突入船、大質量弾と化したそれをうっかり味方にぶつけましたでは洒落では済まないし、そんなものを巨大とはいえ地に生えた母艦級へと狙ってぶつけてのけるなどと半歩過てば地表激突か海に突っ込みボスニア湾で魚の餌になるような、彼の中尉らの芸当を真似られるとまで増長もしていない。

 

 

とすれば事前に幾度か仮想演習を熟したとはいえ留意確認すべきことは山とある、一方大気による大減速を経ても極超音速を維持する再突入船の足は速くスカンジナビアを西から東へ半ば貫く1000kmの旅路で10分かからない。

再突入船1機あたり2基搭載の再突入殻の切り離し地点まではもうさほども――

 

と、焦燥とまでは云わずとも気が急くには違いがない冥夜ははたと気づいた。

 

もしや…故意にか……?

 

直前に無言の時間を過ごして重圧に潰されてしまわぬようにと。

しかしちらとうかがい見る青と赤との斯衛の表情からは、何を察することも出来ず。

 

斑鳩公に真那とくれば、軌道降下はさておくとしても実戦経験豊富な古兵に間違いがなく。

新兵もしくは未熟練兵の取り扱いなぞ慣れ親しんだものだろう。

だがそれを言葉にしたとて肯んじる傍役ではなかろうし、素直に応える政威軍監でもなかろう。斯くして真相は判らぬまま。

 

何れにせよ――

 

吸気は短く、そして呼気を長く。

そうして取り込んだ酸素を五臓六腑へ行き渡らせて、冥夜は今一度気を引き締めた。

 

 

十全に、いや叶うならそれ以上に。まずは御役目を果たしたいという思いが第一義。

 

無論 ― 望外にも彼に逢えるだろうという喜びはないではないが。

 

それを云うならそれ以上に、実際に轡を並べられるであろう歓びが勝っている。

 

 

「――参りましょうか」

「御意」

「…は」

 

冥夜が口調を改めれば、崇継の応えに真那の傅き。

 

事ここに至っての口舌の応酬はもはや無意味としたか或いは時は満ちたと察したか、黙った真那とその小隊には当然先発の危険を負ってもらわねばならぬのだし、この現地視察においての警護のために遙か700kmの南の基地から移動を命じられていた先遣の斯衛部隊にはさらに所定の行動を変更させることになって申し訳ないが――

 

「地上部隊聞こえるか。此方ブラッド01」

「こちら迎玉鹵簿隊ウルフブレイズ01」

 

繋がる回線、通信窓に新たに加わったのは現地指揮官の赤服斯衛 ― 名門・真壁家の末弟らしい、隠そうとはしているらしいがやや緊張気味だろうか。

 

「宸襟を通信にて騒がせ奉り下情恐懼の至りに耐うる事無し」

「構いません。活躍は聞いていますよ、教導任務からの転進含め苦労をかけますね」

「勿体無き御言葉。我ら一同身命を賭して精励恪勤する所存に御座います」

「よしなに」

「畏れながら。大尉、時間がない、ホリーホック01降下地点変更、送る」

「了解、受領し…、…応。了解した」

「当初予定より200km近く南方になる、匍匐飛行では移動時間が…、真壁大尉?」

「は、問題ありま…ああいやゴホン、了解。第2中隊が数分で合流可能だ」

 

やや早口の真那の求めに、派遣前の急な昇進とも聞いた気がする真壁大尉は慣れないのだろう、上官口調に改めた以外には大して焦りもせず。

 

「…隊を分けて居られたので?」

 

それに真那はやや責める口調 ― 如何に階級に上下在りまた現場の判断も有るとは云えど、いくさ場にも程近い化外の地にて神出鬼没の異星種共より玉体を護持せんとする斯衛の者が、無断で軍略を変更するなど有ってはならぬとそう言いたげに。

 

しかし。

 

 

「殿下ならば――必ずや前進を聖断なさると、そう申す者が居たゆえに」

 

 

 

 

そう、読まれていたことに。

 

 

「彼の者は参内拝謁適わぬ市井の身なれど、嘗ては御指南役も相務めたれば」

 

 

中尉…!

 

 

「殿下の宸慮宸謨の分厘には畏れ多くも触れたるものと。此の愚考管見の責は小官に御座いますれば兵法引き違えに就いては如何な譴責をもお請けする所存」

「はっは、いや何。構いませぬな、殿下」

 

それらの応答は、冥夜の耳には入れど半ばは既に聞こえておらず。

 

「…無論です」

 

短く答えた冥夜の心を震わせたのは、得も言われぬ歓喜の念。

そして同時にその身を震わせたのは、高ぶる意気の武者震い。

 

これは、尚更無様な姿は見せられん…!

 

緩みそうになる頬の一方、気を引き締めんと操縦桿を握り締め。

 

その冥夜が見る通信窓には、やや愛らしくもある新人大尉の生真面目な顔に並んでさも愉快そうに笑う政威軍監・第16大隊大隊長斑鳩公崇継。

 

「ははは、常はてんで甲斐性無しの唐変木の割にいくさと為れば実に鼻の利く男よ」

「…亦、畏れながら。閣下が其の様に上奏なさるだろうとも」

「クク、其方も読まれたか。然し卿の兄とて彼奴には振り回され通しよ、兄弟揃ってか?」

「いえ、彼の漆黒にして血風捲く益荒男振りには学ぶ処大にて、魂の師と仰いでおります」

「…止めはせんが、師資は選んだ方が良いな」

 

わずか呆れたように言葉を紡いだ斑鳩公に、無言のままでも珍しく真那が同意の気配。

 

「まあ頼むぞ、間もなく降下地点ゆえ」

「は。第2中隊を急がせまする。就いては彼方は家格優れぬ者のみなれど、玉音直通を御赦し戴けますでしょうか」

「無論です。加えていくさ場、過度の曲礼も必要ありませんよ」

「ははっ」

 

冥夜がそう言った傍から通信窓の中でさえも判るほど低頭して、真壁大尉が消えた。

 

「では殿下、切り離し操作をお任せできますかな」

「…よろしいのですか?」

「予行演習は随分為されたとか。某は一度しかしておりませぬ故」

 

手ぶらで漫ろ歩きに出る程度、そんな風情で青の斯衛が言う。

 

 

再突入船1機につき2基搭載された戦術機格納用再突入殻は最大で9割の信頼性確保といい、それを限りなく万全へと近づけるため整備兵らは寝食を惜しんで励んでくれたに違いなく。また実際の強襲降下ほどまでには負荷はかからないにせよ、それでも絶対はない。

なにかひとつのわずかな故障なり誤作動なりで、離脱ならずに大気摩擦で燃え尽きてしまうかそのまま大地へ衝突してしまうか。

 

ゆえに影たるこの身に何かがあっても政威軍監其の人さえ無事であればどうとでも取り繕えるところのはずが、これでは半ばの一蓮托生。

 

 

今の日の本に必要なもの。公に限ってはその対象が姉上様という一個の人ではないにせよ。

 

その権威権勢名声名聞を弥増す御為ならば、影武者も使い潰すし己の命すらも賭金として。

 

そして万が一、いや億が一。有っては成らぬが姉上様に不予に崩御の事態など有ろうものなら、平然と影たるこの身を替え玉として祭り上げるのではなかろうか。

 

 

恐ろしい方だ…が。

 

ふと、よもや積もりに積もった書類仕事に飽きられたのではと。

副官たる真壁殿(兄)を連れだっていないのはまさかそれらを押し付けて来られたゆえでは。

 

そんな愚にもつかない考えが冥夜にもよぎりはしたが、それが実際4割方は正解だとは流石に思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主君の刃たれと。

只管に研鑽を積んだは唯其の為。

 

御立派に成られた。

 

その歓びと共に今此の胸に在るのは、幾許かの未練なのやも知れなかった。

 

 

「ぐぅうう…っ」

 

軌道降下の最終段階、再突入殻の減速Gは最大8Gを超える。

時間にすれば1分と少しの間乍らも歯を食い縛って其れに耐えつつ月詠真那は網膜投影の情報に隈無く目を走らせる。

 

「再突入、船は…っ」

「近傍、からの、迎撃、なし…っ」

「小隊、陣形も、問題、なし…っ」

「機体、各部も、異常、なし…っ」

 

己に続く神代・巴・戎の独立警護小隊各機も同じく耐えつつ切れ切れの報告を寄越した。

再突入殻離脱後に南方へと先行させた3機の再突入船は囮であり観測機、秒速2km以上の極超音速で飛び去る其れ等へ少なくとも50km圏内からの照射はない。

 

「所定高度到達…っ、突入殻分離っ」

「了解…ッ!」

 

高度2000m。

 

再突入船より分離した蒼空を裂く6つの飛行体は「飛空棺桶」の悪名で知られる対レーザー装甲で構成された再突入殻、それが横から見てハの字に展開しつつ分解すると内部の戦術機が姿を覗かせる。

そして離脱と同時に更なる減速をかけるその戦術機に先行する形で抜け殻に成った再突入殻は地表へと落下していく ― BETA直上への軌道降下戦術ならば空になった再突入殻は後尾のロケットモーターで再加速し敵群へ突撃をかけるのが定石だが、今は無人の荒野へ突き立つのみだろう。

 

真那の乗機は深紅の00式F型。

同じく分離に成功した列機3機は白栲のA型にして、小隊全機が兵装担架に長刀*1に突撃砲*1、そして降下中に光線属種の照射あらば自機諸共主の盾と為るべく両主腕には92式追加装甲を構えて僅か南寄りの進路を取る。

 

「光線級警報なしっ」

「警戒を緩めるな!」

「御料機降下順調!」

 

減速は続けながらも緩む下方からのG、真那は後背にやや遅れて降下してくる紫の00式 ― 御座乗弐番機の無事を確認した。

 

 

確か十の砌の頃で有られたか。冥夜様の御側に勤仕したのは。

以降人質紛いに国連軍へと出向かれる迄、其の御成長を間近にて拝覧した。

 

其の日々の中で文武御指南を相勤めたのも総ては武家の覚悟と王者の意気とを伝えんが為。

 

其れは冥き夜と名付けられ、悠か陽の当たる道を生涯歩けぬ身に生まれ落ちたとは云え。

幽々暗晦たるその境涯に何時か訪れるやも知れぬ和合相見の日に備える可しと、一縷にも届かぬ冀望を抱いての事だったろうか。

 

然うして共に過ごしたあの揺籃の日々 ― 思い返すも今や既に何も彼もが皆懐かしく。

ゆえに今、畏れ乍らも、此の胸に去来するのは。

子の巣立ちを。いや妹の旅立ちを見送る心境とでも云う可きか。

 

 

判ってはいた。

 

そう、只流されて影の身に落ち、其れに甘んじられたのでは無く。

唯自ら選んだ故と、終生続く冥き夜道を覚悟と共に進み征かれると云うのなら。

 

今日此の時よりは、其の暗夜行路の道行きにと曖曖として幽かに照らす残月では無く。

血風逆巻く鉄火場にても、常に離れず御側に侍り総てを切り裂く鈍色の斬月と成らん。

 

害成さんとして迫るのが異星種の顎であろうと、同じ人間の策謀であろうとも。

此の曇り無き鏡を濁らせては為るまいと ― 畢生を賭して護り導かんと決意した、あの日の誓いは其の侭に。

 

 

然し其れでも、冥夜様が選ばれたのが寂然たる孤独の道に違いは無く。

 

己を始め傅く者は幾人か居れど、真に心許せる者は居られない ― それは畏れ憚り乍ら実姉で有られる悠陽殿下ですら――ゆえに。

 

 

矢張り冥夜様の御為には ― あの男が、必要なのやも知れぬ。

 

 

然うして真那は急な降下地点の変更にてんやわんやの大慌てに成ったと思しき30km程後方の帝国軍指揮所はさておいて、凡そ40km西方から接近中の出迎えの斯衛隊へと回線を開く。

 

「御座乗機降下中、此方第19独立警備小隊ブラッド01」

「此方ホワイトファング01、殿下並びに貴隊の無事の降下にお慶び申し上げます」

 

隊の長として、また参内の許される譜代武家の当主として。

一人通信窓に加わり伏し目がちに拝跪の気配を見せる若き山吹の女性斯衛。

 

「畏れ多くも畏くも行幸に有らせられる殿下に於かせられましては斯様な化外の地への着御、我等一同全霊にて玉輦侍衛相勤める所存に御座います。小官並びに隊の者共皆揃って身分卑しく不調法者故至らぬ点多々御座いまするが何卒御寛恕を賜りたく」

「構いません、世話になります。篁殿、貴女の武名は聞き及んでおりますよ」

「恐悦至極に存じます」

 

見目も凜乎たる黒髪の。

更に「殿下」のお声に応えるその佇まいには何処か剛胆ささえ。

 

 

崇宰一門、赤でなく山吹の譜代にして事実上の筆頭衛士。

 

巷間称される斯衛八傑が一、「鞘走る稲光」篁唯依中尉。

 

 

雲上の歓心を乞わんと足繁く参内して謁見する様な真似はせず、唯其れが己が家門の依る辺とばかりに帝国と斯衛の武具精錬に邁進しては只管に戦場を駆ける撃剣の鬼姫。

 

其の剣技は広く欧州連合軍にも称えられ、先達てはかの西独逸が誇る番犬部隊より友誼の証としての隊籍贈与に留まらず名誉称号に過ぎぬとは云え剣術指南(メガマイスター)の位を贈られたとか。

 

 

そして真那が網膜投影に確認する戦域図にはその山吹の隊長機F型1機に白のA型が11機。

 

基本2機分隊・500m間隔。

通常匍匐飛行とは高度40m程度を指すものを凡そ其の半分の20m。

そんな正に地を這う如きの超低空をかなりの高速で、速度と警戒範囲とを両立させての匍匐飛行、現在交戦可能範囲にBETAは確認されていないが ―

 

敵はBETAのみに非ずか。確かに実戦慣れしている。

 

傍付とは云えそれなり以上に場数を踏んだ、赤の斯衛は即座にその意図を察する。

 

米軍特殊部隊との合同訓練の経験も豊富だと…成程な。

 

喩え東側だろうと或いは米国だろうと現在帝国の要人を害する蓋然性は考慮し難いものの、何時如何なる時でもその種の危険の可能性は排除出来ない。例外や跳ねっ返りも又然り、万一にも情報が漏れていた場合には伏兵が居らぬとも限らない。

 

 

現行の戦術機が搭載する電探はゆうに100km先の目標を捕捉可能ながら、火器管制装置のレーダー波は地平線下に隠れた物体は探知不能なため、敵性部隊が隠蔽のため飛行を避ければ地上高20mを切る戦術機が地表から同高度を探査可能なのは概ね30km程度。

さらに逆探知を防ぐため無線封鎖の上で帝国軍とのデータリンクまでも遮断し、極力隊の存在自体の露見を避けつつ分隊単位で広く展開し電探に頼り切らずに目視の範囲を確保しての進行であろうが ― 難度も危険度も燃費の悪さも跳ね上がる戦術行動。

 

 

そして機動術は彼奴仕込みか、然もありなん。

 

彼の16大隊にも比肩すると迄称される白牙中隊、真那は今其の技量の一端を垣間見た。

 

「政威軍監閣下にもご指導賜れればと」

「尻を叩かれるのは此方ではないかな篁中尉。後方安全圏への降下と嗤ってくれるか」

「まさか我等とて直接降下の音速突撃等彼の中尉の発案、其れこそ閣下の薫陶の賜物では」

「はて大隊の教課にそんなものが在ったかな」

 

当の本人には聞こえない通信にてのそんな軽口も少々ある中、

 

「閣下、斯様な場で恐縮乍らお訊きしたき儀が御座います」

「申してみよ」

「は、畏れながら此度の殿下の御出座、憚りながらも先の甲08地上制圧戦に於ける我等の光線級吶喊に関しての仕儀でしょうか」

 

緩まぬ眼差しの篁中尉、真那は彼女と個人的に相知る仲では無いものの、先の剛胆と感じた印象をまた少し異なるものに変えた。

 

 

此処で其れを訊くか、御前で譜代風情が。

 

若し是と返されれば、場合によっては腹を切らねば成らなくなる。

 

いや是れは ― 無知ゆえではなく唯己が身を厳しく律せんがため。

 

そして怯懦を厭うがゆえの敢えての問いか。

 

 

「…ふむ」

 

きりりと逸らされぬ篁中尉のその黒耀の視線に、斑鳩公は常の何処かしら茫とした視線を刹那だけ光らせた。

 

 

去る甲08攻略の前哨戦その地上制圧作戦において、超重光線級排除の後に戦域へと散開した重光線級群は実に300体超。

 

作戦参加の帝国・国連合同軍は総勢で2個連隊に及んだが、主目的たる超重光線級の撃滅のための前線配置の埋伏狙撃部隊は護衛含めて2個中隊、其の目標を無事達成した後の彼等へ「帝国軍派遣隊司令部を通さずに」欧州連合軍現地司令部から支援要請が来たのが抑抑の始まり。

 

単に喫緊の事態故に急いだのか ― 将又「現場の判断・義勇参加」に留めたかったのか。

 

其の真偽は定かならず、後に吶喊参加は正式要請となったものの――現地指揮官だった彼女篁中尉(真壁清十郎大尉には発言権が無かった模様乍ら其れは問題にされていない)と帝国軍神宮司少佐は、当時現地にて展開していた欧州連合軍部隊が単純な数的規模では其の任務達成に十分であると判断した事と、制圧作戦前段からの帝国派遣軍就中斯衛部隊への万屋宜しく便利使いする欧州連合軍司令部の振る舞いから後者の可能性を考慮したらしく。

 

貴重極まる狙撃型電磁投射砲の警護も加味するとして精鋭中の精鋭に限っての吶喊参加、戦果は欧州部隊の十分の一に留まるも参加機数自体が十分の一。

そして何より欧州部隊が壊滅瓦解に等しく損耗したのに対して斯衛・帝国部隊は殆ど無傷での所定目標達成と在っては、欧州連合軍の面目は丸潰れになったと云って良かった。

 

当時の篁中尉等の判断は帝国側の軍事的合理性から鑑みれば概ね妥当、損耗差の大なるも参加衛士の技量も然る事乍ら近接戦対応の比重が高い帝国斯衛の装備と戦闘規範とが、少数単位で戦域へ散逸した重光線級の駆逐という状況に合致していた結果に過ぎないのだが ―

 

 

帝国は、助力を惜しんだ。出し惜しみをしたと。

 

喩え小さくとも、そう非難され得る由と成ったのではと。

 

 

しかし ―

 

「増上慢も大概にせよ。卿等如きの箸の上げ下げ一つに宸儀が左右される事等在りはせぬ」

 

崇継から唯依へと浴びせられたその叱責は、激しくはないが冷水の如く。

 

「やれ五剣だ八傑だ等と持ち上げられて己が分際を廃忘したか? 万が一にも斯様な仕儀たれば高が譜代の家ひとつ、取り潰すに造作もない」

「は、ははっ」

 

己が身一つ、命一つで済む話ではないのだと。

冷徹 ― と云うより寧ろ、取るに足らない羽虫一匹殺す程度の話の様に。

 

斑鳩公崇継が見せる生来の支配者ゆえの高貴に傲慢、それに畏まる篁中尉は操縦席に座りながらも拝跪の気配。だが。

 

「まあ――外交の司が欧州連合大使やらに嫌味の一つも言われたのは確かよ、其れで内閣が好い顔をしたくなったのもな」

「は…」

「だが卿等が総出で吶喊して三百体の重光線級を道連れに此の北の大地に枕を並べて討ち死にした処で、あの手管の欧州狐共に懸かれば空泣きしての礼一つで終わる話であったろうよ」

 

青の斯衛はやおら空気を入れ換え気散じて。

忘恩と迄は云わぬが国家に真の朋友は居らぬとは正に連中の先人の言では無かったかな、と。

 

「何の道此の防衛線は維持せねばならん。斯衛たる身の生命の捨て時と云う意味では、卿の判断は間違っては居らぬ」

「は…寛大なる御言葉に拝謝致します」

「然し篁の。彼や是やの要心も良い、卿の成長を泉下で祐唯殿に恭子殿も喜んで居ろうが他念が過ぎれば剣も鈍ろう。少しは何処ぞの赤の様に単細胞に成ってみるもよい」

「は、はぁ…」

 

それは死するに上下の別無きいくさ場に於けるいくさ人同士の気安さか。

云いつつ態々ちらりと寄越された崇継の視線に真那は睨み返すも、そんな上役らの非友好的なやり取りに戸惑う唯依とて平素は髪もBETAも人間も「思い切って斬るが吉」を地で行く武断の質ながら。

 

そしてそんな傍ら臣下同士の遣り取りに等には立ち入る要無しとの素振りで ― 実際には一切の差し出を戒める影の立場ゆえ ― 最後に降り立った御料機も無言のままに堂々たる機動にて着地を決めた。

 

「さて殿下は前線での督戦を御所望ぞ」

「は。露払いはお任せを。就きましては合流迄暫し御時間を頂戴したく」

「いやそれには及ばぬ。一番槍は殿下が御つけに成るゆえな」

「…は?」

 

愉しげな青の言葉に今度は耳を疑うとばかりの山吹の顔、

 

「我が儘を言いますね。月詠、このまま私たちも南進します。まずは信号弾を」

「御意」

 

其の命に従い真那が乗機肩部の射出機から規定通りに打ち上げる帝国十式信号弾。

それら信号弾は北欧の蒼空に伸び上がり、光りて棚引く光煙は広く目視で10km、戦術機の感覚機ならばその10倍の距離から判別できるもの。

 

 

そしてそれは、防衛線西でBETAの遅滞誘引を企図するとある89式の小隊にも見えていた。

 

 

「糞、時間稼ぎしろったってこれ以上は…っ」

 

降下兵団以来の荒くれ衛士らが、数的には100倍になる化け物相手に大立ち回り。

 

「光線級がいないとはいえこの歳で鬼ごっこは堪えるぜ!」

大用個室(投射砲塁)はまだ空かねえのか!?」

「急いでくれねえと漏れちまいそうだ!」

 

衛士としてはやや年嵩にしてその分場数も踏んだ彼らにしても、高度を取ったり離れすぎれば釣り餌の役は果たせない、残弾数に推進剤の残量計とにらめっこしつつ北の荒野を西に東に行ったり来たり。

 

「向こうじゃ国連軍の嬢ちゃんらだって身体はってんだ、ガタガタ言わずに…信号弾?」

「はぁ?」

「なんでわざわざ…赤、いや明るいな緋色か、おお。斯衛が戻ったのか」

「んで青が五つに…、紫。え」

「…ま、まさかおい隊長!」

「バカタレ帝国中探したって紫が他にあるかッ、騙れば不敬罪だぞ!」

「じゃ、じゃあ…」

「こんな北辺の地に…?」

「ああ――」

 

忙しなく、視線に手足を動かしながらも空を見上げたその小隊長に小隊員らは揃って無精髭の生えた顔に野太くも喜色を浮かべた。

 

「殿下だ! 殿下がいらっしゃったぞ!」

 

 

斯くして真那が開いた通信からは、音量を下げて尚。

 

 

殿下! 殿下だ!

煌武院悠陽殿下、万歳!

日本帝国、万歳!

 

 

怒濤の如き、いや正に怒濤其の物の歓呼の圧。

 

信号弾の光煙が見えぬ距離の部隊には、通信の波に載って伝播して征く。

 

そして ―

 

 

「人に仇なす異星種共よ――」

 

 

次いで全周波に乗り、皇国の将兵等に留まらず傍受する他国軍へもその御声と御姿が届く。

 

 

「遠からんならば音にも聞けい、近くば寄って目にも見よ!」

 

 

青成す黒髪、深海の冥き夜の瞳。紫の強化装備に宝刀を掴み。

 

 

「普く十方窮尽虚空、周遍法界微塵刹中、所有国土の一切有情に名代とされにし階号の、冠は大徳・位は政威! 五大摂家が降三世、日本帝国全権代理――」

 

 

その発気に荒野を蹴って火線を背負い、異形の群れへと紫が駆ける。

 

 

「我こそは煌武院悠陽! 今此処に――推して参るッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…? えぇ!?」

 

彩峰慧から借り受けていた左主腕の87式突撃砲を投げ返しつつ、反転してくる突撃級群含めて押し寄せるBETAの群れに残弾少ない02式中隊支援砲で掃射をかけて遅滞戦闘を続けながら南方への誘引を試みる榊千鶴は我が目を疑った。

 

 

信号弾を確認してほどなく。

新たに戦域マップへ加わった味方機表示のマーカーは ― 三葉葵。

 

そしてその6機の戦術機編隊は、北から高速で接近するなり紫色の00式を先頭にしたやや伸長した楔型でBETAの群れへと突っ込んでいく。

 

 

御剣よね!?

 

一国の元首が最前線に出てきてしかも突撃するだなんて正気の沙汰とは思えな――いや、おおよそはその意味も意義もわかるにせよ。

 

いくら影武者だからって…!

 

「こちら国連軍横浜基地所属特務隊っ、接近中の斯衛部隊へ! その数では…!」

「此方第19独立警護小隊ブラッド01。榊少尉か? 控え居ろう、殿下の進御である」

 

通信ウィンドウに出てきたのは既知の赤服女斯衛 ― 月詠中尉の凛然たる顔と声。

 

 

横浜基地時代から護衛だったと思しき彼女が「御剣冥夜」を知る立場なのは間違いない。

でも今にして思えば彼女だって良くも悪くも滅私奉公が板に付くあの山吹の雌犬斯衛に近しいタイプ、やはり御役目ならばと人命だろうが供犠に差し出す人なのかも ― それはたぶん、自他問わずなのがある意味よけいにタチが悪い。

 

なぜなら父は、そうやって死んだのだから。

 

 

みすみすほぞを噛む羽目になりはしないかとはいえ援護に出られる状況になしと瞬間気を揉む千鶴を他所に、その視界の300体近い突撃級群が上げる土煙の向こう、紫の将軍機はまずは青と赤の00式を直後に従えて。

目指すは大きく穿たれた地下道からの湧出が未だ続くBETA中衛、膝下に数多の戦車級を蠢かす要撃級600匹の群れ。

 

「我が一太刀――」

 

左脇構え。回線に響く声。間違いない。

そして地を蹴った紫の00式のその跳躍ユニットが瞬間的に赤炎を吐き瞬きの間に100mの距離を詰め ―

 

「受けよ!」

 

駆け抜けすれ違いざまのその瞬撃の太刀、抜く手も見せぬ抜刀術。

 

「戦術機動剣 ― 『紫電』」

 

低く呟かれたその業名、そして血払いも素早く。

 

受けた要撃級がその右斬り上げの太刀筋のままに鮮血を噴き出し両断されてずれ落ちたのは、すぐさま次の獲物へと斬りかかっていくその紫を守護すべく青と赤の00式が続く形で敵中へと躍り込んでから。

 

「うっそ」

「ヒュウ、やる」

 

通信がパッシブになっていることは当然確認の上ながら、「殿下」の鮮やかに過ぎるその業前に刹那呆然とする千鶴と小さく口笛を吹く慧。

そして、

 

「オオオオ!」

「見たか今の!」

「煌武院悠陽殿下万歳!」

 

開かれた通信回線に満ちるは再度の歓呼の波濤に混じる男どもに女たちの驚嘆の声、後続機からの映像を戦域の帝国軍機に回しているらしい。

 

そしてさらに紫の将軍機が鋭い踏み込みのままに二太刀三太刀と長刀を振るい一切の遅滞なく続けて2体の要撃級を葬り去るや、帝国衛士らのあげる歓声の怒濤は物理的な重みさえ感じさせて回線を満たした。

 

「おおぉお!」

「なんたる冴え!」

「遅れるな、殿下に続け!」

「応!」

「全機抜刀! 異星種打倒!」

「宿敵BETA! 今ぞ討つ時!」

 

ちょっ…!

 

記憶よりもさらに腕を上げた同期の手並みに気を取られていた千鶴も回線に飛び交いだした、さすがに威勢の良すぎるやり取りに焦るが ―

 

「政威軍監、斑鳩である」

 

瞬転。勇壮な剣舞を魅せる紫の将軍の映像に入れ替わる形で広域通信へ浮かんだのは、涼やかな笑みの中にも不敵なまでの戦意を湛えた青い強化装備姿の美丈夫。

 

「者共、今此の時より此の戦線は御天覧ぞ、腕に覚え有らば金鵄勲章の好機と心得よ!」

「おぉお!」

「但し! 殿下は蛮勇を好まれぬ。万の首級より十の輩の輔翼こそ大功に値すると知れ」

「は――、ははッ、相承知仕り候!」

 

望外の至尊の方の参陣に、血潮を滾らせ殿下に続けとばかりに鬨の声を上げ抜剣して戦線各所で敵中突撃しそうな勢いになったもののふたちもその言葉にやや落ち着きを取り戻した。

 

一方BETA群へと突入した3機の00式は ― 手練れの衛士顔負けの近接戦を繰り広げる紫をしてやや霞ませるほど、その青と赤とが凄まじい。

 

青い00式のその構えすら取らない無造作にさえ見える挙措、しかし周囲の要撃級群から次々に狙って振りかざされる前腕衝角をひょいとばかりに躱してはひらひらとその長刀が翻るごとに衝角が飛び尾節が刎ねられ、そんないっそ呆気なく見えるほどにたやすい素振りのままに次々と主体節を断ち割られた要撃級が地へと骸と化して転がされ。

 

赤い00式は初撃以降は堅実な立ち回りを見せる紫の主の機体の脇を堅固に護りながらもその主腕に脚部が止まる事なく。縦横に走る銀閃ごとに寸断されたBETAの部位が宙を舞い、さらにその血煙を裂いて疾る太刀筋が虚空に真紅の月輪を描くたび両断された要撃級が血飛沫をあげて真っ二つに哭き別れた。

 

そしてその青と赤の剣鬼の膝下では、小型種たる戦車級群がその鬼の足さばきのまま00式の超硬炭素刃たる爪先に踵で赤黒い身体を蹴り貫かれ踏み潰され、さらに頭上で次々に屠られゆく大型種たる要撃級から斬り飛ばされては降って落ちてくる超硬度の衝角前腕に巻き込まれ潰されて、その同じく赤黒い体液で自らが造り出した荒野を染めていく。

 

「ふ、月詠の。何駄感駄と云い乍ら久方振りの戦場には熱り立つか?」

「無駄口を利く、暇があらば殿下を御守り下されよっ」

「やっているよ。然し従姉妹の方とも遜色が無い、鮮血の双月(ブラッディムーン)とは能く云ったものよ」

「そ、その呼び名を何処で聞かれた!?」

 

そんな余裕さえ漂わせながらも青と赤、両機が振るう74式近接戦闘用長刀の刃圏に捉えられたBETAは悉く死んでいく。

 

 

摂家斑鳩 ― 其の当主にして稀代の英傑・「天命の蒼い星」斑鳩崇継。

傍付月詠 ― 双月の守護刀、御側御用人・「空を裂く朱月」月詠真那。

 

 

近い過去、練達の筈の先達等が直面した機体の限界と云う無念の枷は既に無く。

 

ならば今、彼等を含む先人達が連綿と積み上げ至った此の業を以て其の復仇を果たさんと。

 

 

すごい…!

 

誘引する突撃級群から離れすぎないように速度を調整しながら後退しつつ遠望するその光景に、率直に千鶴は驚嘆する ― 同じ衛士として。

 

 

本来対BETA戦は小型大型の区別なく、基本的には中距離以遠の間合いが推奨されるもの。

 

なにせ戦術機の装甲なんて、それも薄めの第3世代型機では、要撃級の衝角を一発貰えばそれでおしまい。戦車級だって数に任せて足下にたかられれば斬りつけにくく、主腕に主脚に跳躍ユニット噛み砕かれた場所が悪ければ即致命打にはならずともほとんど死に繋がる脅威。

 

それを自ら敵群中に飛び込んで、あんな一方的かつ継続的に駆逐するなんて。

しかも端で見ていればまるで危なげもなくあたかも草でも刈るように、あるいは台本ありの形稽古か殺陣を眺めているような。

 

 

同じ斯衛でもあの黒の中尉殿とはまた違う種類の強さ――いや、これが本来の斯衛衛士の流儀と言うべきか。

 

「ふええ、撃破カウンターが止まりませぇん」

「め――、『殿下』も前より凄いね」

「うん。腕を上げてる」

 

隊機の珠瀬壬姫に鎧衣美琴へと次いで言いつつ管制ユニット内で操縦桿を握り締めた彩峰慧の、その視線の先には青と赤とに挟まれ護られながらも一瞬たりとも動きを止めずに長刀を振るう紫の将機。

 

その機体さばきは流れや間、あるいは拍子を刻む剣術衛士ならではのもの。

訓練校で教わる現代(C)近接(Q)戦闘(C)術とは明らかに違う。

 

 

そうあれは ― 訓練前の早朝に。そして訓練後の日没後にも。

 

長い髪を後ろで結んで、独り黙々と木刀を振り続けていた彼女の動き。

 

そなたのは技で、私――いや我々のは業なのだと。

 

今はもうその名を出せない同期の桜はそう言った。

 

 

「後続も来た、月詠中尉の隊機だ!」

 

共に南へ後退誘引を続けながら機を寄せてきた美琴の声に千鶴もデータリンクを確認、以前横浜基地で月詠中尉と共に御剣に付いていた3人組か。

 

「殿下を御護りせよ! 汚らわしい異星種共には聖体に衝角一本触れさせるなッ」

 

先行の3機より遅れたのは主機と跳躍ユニットの出力差ゆえにか、しかしその白い00式A型3機もまたためらうことなくBETA群中に突入するや、すぐさま主たる紫の00式の背後について長刀を振り突撃砲の火線を伸ばす。揃って片の主腕に追加装甲を構えるのはあえての選択なのだろう。

 

 

列強たる帝国 ― いや、近世から近代への変遷の中諸外国へそう名乗りを上げるはるか以前より、大和の民が集い住まう国・日本。

 

その連綿たる歴史の中で武を司る者たちが永永と鍛え伝え来た、人を斬る業。

それをこの新たな闘争の時代においては、人でなくその異星種共を断つ刃に変えて。

 

 

まさに斬魔刀 ― そのさらに切っ先の力。

 

あれが斯衛軍 ― 至尊の方を護るべく侍り、剣に拠りて魔を斬り屠る現代の北面の武士。

 

 

その彼らは今、前衛3機の青赤紫が駆逐力、後衛の白の3機がその後背を護り固めて。

わずか6機で連隊規模のBETA群に突撃しておきながら、まるでねじり込まれた槍の如くにその速度を減じず敵陣を切り裂いていく。

 

「…退かない?」

「まさかあのまま突破しちゃうつもりなのかな」

「それはさすがに無茶ですよう、もし後続に光線級が出てきたら…」

「でも本当に冗談みたいな連中ね…」

 

もっとも防衛戦や殲滅戦でないからこその、その衝撃力の最大発揮。

元からそれなり以上の成算があっての慰撫工作といえば言葉は悪いが、殿下と斯衛は此処に在りと旗幟掲げるにはうってつけの舞台とも。

 

そしてさらに後方30kmに接近する部隊。

 

「――此方ホワイトファングリーダー。其処な国連軍機、聞こえるか」

 

凜たる黒耀、やや低くも通る声。

通信ウィンドウに現れたその山吹の。

 

「こちらヴァルキリーリーダー、榊です。現在突撃級群を誘引中」

「了解、我が中隊は現時刻を以て連隊に帰任となる。誘引は中止、我々と貴様等とで突撃級を殲滅するぞ」

「は、了解しました。…いいんですか?」

「ああ、御馬廻は任せよとの閣下の仰せだ」

「は…」

 

本来殿下を敵中にして斯衛が余所見等出来んのだがと、生真面目で知られる篁唯依中尉が吐くその台詞に同じく堅物で通る千鶴がやっぱりちょっと癇に障ると感じたのはおそらくは一方的な苦手意識かあるいはライバル心からだけではなくて、

 

斯衛のそういう秘密主義に上意下達なところは問題だって解ってるのかしら。

 

 

帝国軍の様子からして、彼らも「殿下」のお越しを報されてなかったようだし。

護衛に呼び戻されたのだろう、彼女らとデータリンクが繋がったのがつい先ほどならレーダーに出現したのもその瞬間から、つまり通信封鎖で低空飛行の隠密行動。

 

こちらは国連軍で帝国所属ですらなく斯衛はさらに別組織、ニード・トゥ・ノウはわかるにしても面白くないと感じてしまう部分はどうしても。なまじ斯衛は強くて頼りにしたくなる分、なのに預けきったら危ない気がするもどかしさも。

 

 

だがそんな千鶴の内心なぞに斟酌する素振りなどなく、

 

「四方や真に突入なさるとは……然し」

 

遠く。後方から接近しつつ望遠で「殿下」の戦いぶりを確認したと思しき唯依の双眸がわずか細められたのを、通信越しでも千鶴は見逃さなかった。

 

「…中尉、なにか?」

「……いや。では突撃級群を排除するぞ、貴様等は支援を。神宮司少佐殿も――」

「敵後方、母艦級の反応上昇! 出てくるよ!」

「!」

「こちらCP、出現予測地点…64.202、29.414…、ッ!」

 

美琴の警告に続くCPからの広域警報。

そしてそれはこの現在の最前線たる現地点からおよそ20km、つまり。

 

「さ、最南の御麾下隊が第5級光線照射危険地帯警報内ですっ」

 

明らかに焦った風な女性CPを咎める者はいない、同戦域にいて言及のなかった当の千鶴たちを含めても。

 

多ければ旅団規模のBETAを内包して運んでくる母艦級、その中に光線属種が混じっている可能性も高い。光線級吶喊部隊を除けば通常、可能ならばいったん距離を取る状況下ながら――

 

「――こちらウォードッグリーダー、祝砲準備よし。殿下のご到着に花を添える」

 

戦域に予備警報、01型大型電磁投射砲。

60km後方の帝国軍駐屯地から進発した4つのマーカー。

 

「魔女殿の猟犬が獲物の匂いを嗅ぎつけて来たか。盛大に頼む」

「了解。ですが何分即席の礼砲隊です。将礼砲21発とはいきませんがご容赦を」

 

なに構わんよ、と笑う再び広域通信へと浮かんだその斑鳩公崇継の顔を ― 日本の最高権力層に位置し、すなわち父の死に少なからず関与したのであろう男の顔を ― 千鶴は複雑な思いを抱きながら横目で見、目の前の戦闘に注力しつつ母艦級出現の揺れを伝える遠方の震動センサーの報と出現位置の特定を告げるCPのコールを耳にした。

 

 

政治、武家、平民。日本の在り方。

生き残れて父の思いを継ぐのであれば、いつの日か対峙する事になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその千鶴たちから北へ30km。

代わり映えのしない赤茶けた荒野に降り立つ94式・不知火弐型の4機小隊。

暗灰色の塗装、右肩部に映える日の丸。対なる左肩には牙を生やしたその94式の頭部の意匠 ― 戦場の猛犬のエンブレム。

 

「超伝導機関起動、四式弾装填。戦域に砲撃警報」

 

管制ユニット内で手早くコンソールを操作する、紺色基調の帝国軍99式衛士強化装備。

後ろで結んだ長い栗色の髪、やや下がり気味の大きな瞳はしかし長い軍歴を窺わせる厳しさも備える神宮司まりも少佐。

 

「CP了解、射線上に味方部隊なし。砲撃開始許可」

「こちらヤクモ01、欧州派遣第1連隊長。殿下御渡御の慶事である、少佐、かまわんから奇数発でお祝い申し上げろ。砲身代は連隊で持つ」

「了解。四・四・三で焼き上げます。駒木、交換弾倉一番。龍浪千堂は先行して突撃級の処理に加われ」

「了解ッ」

 

放たれる猟犬の手勢、残る長機が腰だめに構えた巨砲の先端が淡く発光する。

 

戦場の犬が狙いすますは50kmの彼方、横倒しでなお地上高180m・全長2km近くにも及ぶ異形の巨大な円筒 ― 母艦級。それは頭部と思しき先端を西南西へと向けて地表に現れ、ばくりと開いた開口部からはすでに次々と要撃級を中心としたBETA大型種を吐き出しはじめているが――

 

「諸元入力、目標捕捉。連隊長、号令をどうぞ」

「うむ、では――。御親臨を、祝し」

 

 

煌武院悠陽殿下、万歳!

 

 

「発射!」

 

 

万歳!

 

 

「発射!」

 

 

万歳!

 

 

「発射!」

 

 

ほぼ地表面と平行に3本の光条が疾った。

 

通常砲とは異なり装薬の炸裂する轟音はなく ― だが強大な電磁気力によりマッハ17超まで加速された巨大な砲弾が大気を引き裂き生み出す衝撃波音はそれに代わって余りある。

それが連隊長の発声に唱和する帝国衛士らの万歳三唱の合間を埋める中、きっかり10秒間隔で放たれた3発の砲弾は50kmの距離をわずか8秒足らずで駆け抜ける。

 

母艦級はその巨体でなお大深度地下を高速で掘削穿孔可能な能力を持ち、さらにその外殻は大型艦砲の直撃にすら耐えうるが――初遭遇から早2年、交戦を重ねて得られた知見から人類はもうその殺し方も知っている。

 

戦場の猟犬の狙いは過たず、北へ横腹を晒して地表へ出現した母艦級のまさにそこへ。

先んじた2発の四式徹甲榴弾のうち初弾は母艦級の尾部近くへ、続いて次弾がそこから200mほど先端方向へ進んだ位置に突き刺さった。

 

四式徹甲榴弾は、巨大なAPCBCHE。

まりもが放ったそれらは最外面の仮帽で空気抵抗を減殺し着弾時にはさらにその下の比較的軟質な被帽で跳弾を防ぎつつ同時に破壊的に強大な運動エネルギーで強引に母艦級の外殻をぶち破って貫通浸徹、瞬時に遅延信管が作動して弾体内部の炸薬が巨大な爆轟を生む。

 

そして内包する炸薬はCL-20・ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン。

特殊爆弾・S-11に使用される電子励起爆薬を除けば、軍用爆薬としては現行最強。

 

その威力はTNT換算でおよそ2倍、爆速は9400m/sと実に音速の27倍超。99年に帝国企業・旭日化成が新たな結晶析出法を開発したそれを詰めも詰めたり1発あたり400kg。

その炸薬量は前大戦時のAN-M66 ― 1トン爆弾にほぼ等しく、同時にその破壊力はM66の後継たるMk84のトリトナール比ですら5割増し。地表面で炸裂すれば対生物での致死半径は500mにも及び、直径20m・深さ15m超のクレーターを作り出すほど。

 

それが母艦級内壁射入口で炸裂し ― 至近の戦車級や兵士級といった小型種を跡形もなく吹き飛ばす。さらに発生した強烈な爆風圧と衝撃波の前にはBETAの強固な外皮外殻とてもほぼ意味を成さない、要撃級や要塞級といった大型種でも体液が循環する内部構造を破壊され感覚器と思しき部位よりその赤黒い液体を噴出させるがそれも爆発と同時に発生した5000℃を超える熱によって体組織ごと消し炭と化す。

同時に炸薬の爆発により破裂した四式弾の弾体は瞬間的に4000m/sを超える数万の超音速散弾と化し爆心から放射状に拡がる形で母艦級内部のBETAを細切れに引き裂きつつ内壁へと突き刺さる傍ら、吹き飛ばされ挽き肉に変えられたBETAの硬質部位は残余の同種に質量弾となって襲いかかった。

 

だがそれでも母艦級内部には搭載というより充填との表現が相応しい密度でBETAが詰め込まれており2度にわたる四式弾の蹂躙も文字通りBETA自体の血と肉の防壁を以てその拡大をせき止め――るが、超大型砲弾の直撃と内部での爆発により母艦級自体はその活動を停止、また閉鎖空間内で発生した爆圧と絶命したBETAの死骸肉片体液の混合物は逃げ場を求めて今や巨大な死骸となった母艦級の先端開口部へと殺到、母艦級内部の生き残りと「発進」を続けていたBETAとがそれらに圧される形で高さ150m近い赤黒い奔流と化して開口部から噴出したとき――猟犬のとどめの牙が襲いかかった。

 

三式収束弾。発射後7.5秒で拡散しばら撒かれる500個超の子爆弾。

子、といってもその大きさが1個250mm*900mmに及ぶそれらが大減速を経たとはいえ超音速を保ったまま開口部付近一帯に着弾、またも発生した爆圧と熱波、そして一斉に立ち上がる爆炎の壁の中にいたかもしれない光線級もろとも数多のBETAを封じ込めて葬り去った。

 

 

それを遠望し見届け、過熱しゆらめく陽炎を放つ01型の砲身を切り離しながら。

 

「武家として斯衛として、戦人の範たるを示すか」

 

まりもは網膜投影の戦域マップへ視線を送る。

数千にも及ぶかというBETAの赤い輝点、その中へ突き進む6つのマーカー。

 

「だが無謀に死ねとは教えなかったはずだぞ」

 

彼女はけして手のかかる訓練生ではなかったから、口汚く罵ったことも少なかったが。

 

でも甘さがゆえの迂闊さが、殺してしまうのは自分一人に限らない。

あるいは逆に厳しさゆえの判断が、犠牲を伴うことだって。

 

そのどちらをも身を以て知り知らされてきた ― 長く戦場にいすぎたうちに。

 

 

本当は、誰ひとりにだって死んでほしくない。

 

それでも雛はいずれ親鳥の下から飛び立っていく ― 戦いの空へ。

 

それを知りつつ今、母犬もまた子らの為に焔で道を開いた。

 

信じると決めた道ならただ前だけを見て進めとばかりに。

 

 

だから――

 

「――遅くなったわね」

 

今のを同時に、弔砲としたのを知るのは自分だけで良い。

 

「貴女達の後輩は立派にやってる。せめてもの手向けよ、伊隅、速瀬」

 

 

戦いを越えるたびに拾って集めた、潰れて焦げて溶かされ歪んだ認識票(ドッグタグ)

 

そのもう首にはかけてはいられないほど多くて重い、鎖の束が私の首輪。

 

 

傷だらけでなお生ある限り戦い続ける戦場の犬は、他に術なく見送ってきた戦友と教え子たちの魂だけに届けるために独り瞑目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんと凄まじい…だが!

 

集中は途切らせぬまま視界は広く、正面の南、はるか先で起きた爆発をも知覚し。

 

32…ッ!

 

額から流れる汗を拭う間はなく。瞬きの間もない。それでも冥夜はさらに一体、袈裟懸けの太刀にて眼前の要撃級を斬り捨てた。

そしてそれが頽れるやいなやその向こうから飛びかかってきた新手の要撃級の衝角前腕、受ければ刃が折れ飛ぶそれを、去なし滑らせ掻い潜りつつ左斬り上げにて屠ってみせる。

 

「御無理遊ばされませんよう!」

「わかっていますっ」

「何々、畏れながら実に佳い剣腕をされておいでだ」

 

しかし冥夜には、我が大隊でも十分通用しますぞとのその崇継の追従に返す余裕まではなく。

 

 

剣の腕には多少なりとも自負があれどもほぼ初陣でこうまで戦えるのは、一重に両脇を固めてくれる青と赤、そして背中を守る近侍のおかげ。

 

彼と彼女らの動きをつぶさに感じ取りながら、冥夜は乗機を操り ― 否、すでに操縦という己と機械とを隔てる感覚はないまま長刀を振るう。

 

 

そうしてさらにもう1体、斬り捨てた要撃級の向こう ― 未だ視界を埋めるBETAの群れ。

その先もう1km程先にあるらしきBETA湧出部、荒れ果てた大地にぽっかりと口を開けたそこまで至れれば最上とは思っていたが――

 

「そろそろ機を、御見繕い下されませっ」

「もう、少しだけ…!」

 

変わらぬ鋭さで血刀を振るう真那の進言にそう応えるのはもう3度目、いや1度目は突撃からすぐだったゆえその数には入れぬとしても。

 

ここまでに斬り開いてきた背後の道にはBETAの死骸が折り重なるも、十重に二十重に押し包んでくる新手によってすでに再び埋められ閉ざされている。

 

 

斯衛屈指の衛士たる真那に斑鳩公の二人にすれば、進むも退くもまだ割にどうとでも成る戦場とはいえその彼らとて足手纏いを気に掛けつつで。

さらに後衛の神代ら3名は、精鋭たるに違いはないが流石に真那たちほどまでの域にはない上護り固めるその役目上動きの自由度が低い。

 

 

これ以上は欲で、危険だ。

 

実戦経験浅くして、新兵とさして変わらぬ己にしてもそれくらいは判っていた。

 

そもそも単に戦意高揚に資するべくとするなら一当てして退けば良かったものを。

 

 

だが、それでも――!

 

進み出でては斬らねばならぬ。能うならばそう、一体でも多く。

こうして矢面に立ちて剣を振るう機宜など、そう得られぬならば尚更。

 

冥夜の瞳が決意に光る。

 

 

なにせ此度の「御親臨」、千軍万馬を率いた大援軍での到着ならば未だしも苦しい帝国の台所事情ゆえ寡兵も寡兵で高々6機・3個分隊増強小隊程度と以て御親征とは到底呼び得ない。

加えて戦地が遠い北欧とはいえ遅参も遅参、現実として先んじて現地で血と汗を流している派遣部隊からは見舞候冷やかしかつ賑やかしと誹られても言い返せぬところ。

 

ゆえに対外的な思惑も在ろうが要は唯、至尊とされる政威大将軍其の御方が、御自ら八洲より遙けき羅北の地へと鼓舞激励に進御されたとそう喧伝せんが為。

 

確かにその一事を以てのみでも軍立ちに疲れ果てたる皇師らは血湧き肉躍って奮い立とうが、だがそれは、病者に治療薬ではなく動かぬ身体を無理に動かす劇薬を投与するようなもの。

 

すなわちこの我が身の一挙手一投足は、いや此処に居るというその事実のみで、彼を彼女を何処かの誰かの大事な人を、黄泉國へと誘い逃がさぬ予母都志許売の腕に等しい。

 

 

だがそれら総ては解った上で、他に方策なきがための仕儀たれば。

せめてこの機を逃さずこの身を張って、要撃級の百匹なりと斬って見せねば。

 

己が死地へと駆り立て走らす者たちへ、何らの申し訳も立たぬがゆえに。

 

 

「――散れッ!」

 

その焦りとまでは言わぬにしても逸る気持ちが剣に出た。

眼前の要撃級から振り下ろされた前腕衝角、前へ前への思いあってか擦り躱しての踏み込みからの大上段。

冥夜の操る紫の鬼は見事その個体を両断せしめるも、後衛の白が追随しきれずわずか開いたその空隙に雪崩れ込んだが戦車級群。

 

「めッ――殿下っ!」

「巴、後ろ!」

「く…!」

 

慌てて乗機を翻したブラッド03 ― 巴雪乃少尉が左主腕の92式多目的追加装甲を叩きつけ、その指向性爆薬を起爆させての一撃でまとめて戦車級を薙ぎ払ったがやや連携の乱れたその間隙に迫った要撃級が衝角を振り上げる。

 

「させないっ!」

「戎左脚!」

「ッ、く!」

 

ブラッド04 ― 戎美凪少尉が至近距離での120mmで僚機を救うも、その乗機左脹脛部に取りついた戦車級が振り払う間もなく00式の白色の装甲を喰い破った。

 

「左脚部損傷、まだいけますっ」

「ッ…、戎、その言相違ないな?」

「はっ!」

「…!」

 

だが耳でその真那と部下のやり取りを聞き、眼で辛うじて背後の様子を垣間見て。

冥夜は白の斯衛の言葉こそは忠義が為の挺身に過ぎぬと理解して、肝と頭を同時に冷やした。

 

ここまでか…!

 

「退きます、我が儘を言いました!」

「――は! 西方へ転進致しましょう、私が啓開申し上げます故――」

「真那様!」

「む――」

 

ブラッド02 ― 神代巽少尉からの警告に振り仰いで南を見れば。

荒れた大地に穿たれた大穴 ― ぞろぞろと地を踏み鳴らしつつ這い上ってくる要撃級群のさらに後ろ。

 

ぬらりと最初に見えたのは、戦術機でも抱えて余る巨大で歪な曝首。

大穴から湧き起こる様に全身を見せたそいつは赤銅色の装甲脚が一対十本、それらに持ち上げられて異様を晒す羊毛色の芋虫めいた醜悪なる三胴構造。

 

「要塞級…!」

「――いかん!」

 

だがその真那の警句の真意は続々と現れる要塞級共 ― 連隊規模なら30体を超えてくるはずだがそれらそのものよりむしろ、地上へと出るや前進もせずその場に留まるその行動。

その足下は眼前の要撃級群に阻まれ視認すること叶わないが――

 

「光線級を出してきます! 独立警護小隊、殿下を御護りして後退せよ!」

「真那様…! っ、了解…!」

「! 待て月詠、其方は…」

「吶喊し時を稼ぎます」

「しかし…!」

「御心配なく。精々暴れて御覧に入れます」

 

ずらりと長刀を抜いては気負う風もなく言う赤の斯衛に。

 

囮になって敵陣深く斬り込めば周りを囲むは要塞級。

その状況下で光線級を殲滅し切らねば、高度を取って離脱する事もままならない。

 

真那の技倆を疑うわけではないが、眼前の要撃級の海を渡りきっての単機突撃・その後の遅滞戦闘等幾ら何でも危険が過ぎよう。喩え死すとも構いはせぬと、なまじその常よりの覚悟を知っていれば尚更。

 

私のせいだ…!

 

一瞬の判断の錯誤が己のみならず仲間の死へと繋がる。

斯衛の突撃力は確かに凄いがそれは蛮勇と無謀とまでを許容はしない、そんな事くらいは解っているつもりでいたのに。

 

「斑鳩公、殿下をお頼みします」

「ふむ――」

 

冥夜が内心唇を噛む暇すらなく、真那が赤のF型跳躍機FE108-FHI・225の出力を上げんとした時。

 

「そう雰囲気を出す事もなかろ」

 

小跳躍から飛びかかってきた要撃級を事もなげに斬り捨てつつも、青の斯衛 ― 崇継はさして大事でもないかのように。

 

 

其れはそう、何故成れば。

連続近接格闘戦中拡大表示の戦域図、網膜投影のそれを広域へと無段階に拡げれば。

 

 

提げた二刀に担いだ二門。僅か1機で荒野を疾る漆黒の影。

 

 

「彼奴が来たぞ」

 

 

人々は云う ― その隔絶の機動にて霹靂を掴み太陽を射り。月を摘んでは星をも超える。

 

 

そして呼ぶ ― 斯衛八傑・孤高の絶刀。只只管に異星種を追う――「復讐の黒い炎」と。

 

 

「さあ中尉、狩りの時間ぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホーンド01より03。中尉、思うように埒を明けよ」

「…了解」

 

主機と跳躍機との最大出力を伝える微振動、そのコネクトシートの上。

 

「…」

 

無造作に伸ばされた髪と無機質の中に闇を宿した茶色の瞳。

鍛え抜いた肉体を包むは暗黄色の差しが入った漆黒の強化装備。

 

 

戦場を迂回し、大きく東から回り込んで。

00式の三仕様のうちでは最も出力に劣るC型ゆえに短時間での直線加速では白と山吹とには水を開けられる、しかしその移動距離の長さを逆手に加速時間へと換え。

 

 

高度は地表数m、しかし対地速度は最高速。

赤炎を曳き狙うは無防備に後背を晒すBETA共の群れ。

 

大地に空いた大穴から地上に出でた要塞級群はやや進んで展開し、巨大な昆虫の腹めいた三胴中央体節を下ろしそこから伸ばした排出管より粘性の液体と共にぼとぼとと1体につき6体の光線級を産み出していた。

 

BETAは要撃級を除けば旋回速度に優れるとは言い難く、要塞級の衝角触腕もまた後方までもが攻撃可能範囲とはいえ初期射出の方向自体は前方になる。また大型種は対人対物探知能力も比較的低い。

しかしそれらを補って余りある知覚照準能力に遠隔攻撃能力を有するのが光線属種、だがその人類から空を奪った元凶種とても、要塞級より降ろされた直後は攻撃状態にないこともまた周知の事実。

 

 

比較論ではあっても。真後ろとはBETAに於いてもまた死角。

 

狩人――否。奴等にとっての処刑者にすればそれすなわちデッド・シックス。

 

 

「…」

 

殺し間に捉えてなお快哉も昂揚もなく。

 

ただその薄い唇は、死ね、と紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは遠く。飛来した砲弾が空を裂いた。

 

120mm――

 

冥夜は目にしたロケット炎を曳かないそれを、HESH ― 粘着榴弾と認識した。

 

87式突撃砲上部の滑腔砲から連続で放たれたそれらは通常装備の弾種としては比較的低速 ― とはいえその初速は1500m/sを超え凡その射程限界とされる3kmの距離を突破するのに2秒と少し。

 

着弾。

やや扇状に撒かれたそれらは計24発120mm弾倉4個分、うち数発はすでに体勢を整えていた光線級に迎撃されて消し飛ばされたが残りは次々に地表へそして屹立する要塞級へと襲いかかって爆発した。

 

 

粘着榴弾は弾殻が薄く飛散破片の数も威力も通常榴弾に劣るとはいえ120mmの大口径。

地表への着弾の場合危害範囲は1発あたり対人想定およそ30m、それは全高3mでも比較的軟質な外皮の光線級を殺傷もしくは転倒させるに十分なもの。

 

そして粘着榴弾の要諦は目標物への密着爆破による裏面剥離のスポール破壊すなわちホプキンソン効果。

要塞級の弱点である体節接合部を狙い撃ったとは言えない砲撃のため高耐久を誇る同種を沈めるまでには至らないものの ― 大きく当てやすい双胴部へと着弾爆発しその内部へ破壊をもたらすと同時に爆圧を以て巨大な体節の一部を破裂させ、その体組織と体液とを大量に地上高60mの位置から次々と周囲に振りまく――

 

 

「そうか、照射粘膜を!」

 

光線級には重光線級の様な保護被膜が無い。

榴弾の爆風を免れ、排出され終え立ち上がり後方へと振り向きかけた光線級らは頭上から豪雨となって降り注ぐ赤黒い要塞級の体液に濡れ。通常の雨程度ならばものともしないレーザーのその高出力、以て照射皮膜上の汚垢を蒸発させることも出来るがさらに数瞬の遅滞――

 

そして双刃には、その空隙で事足りる。

残る距離を一挙に詰めるや敵中へと躍り込み ― 吹き荒れる漆黒の颶風。

 

雷の如く鋭角、時に蜿蜒たるその機動。

 

足下に蠢く光線級に戦車級を00式の脛部爪先超硬炭素刃にて潰し蹴りあげ斬り裂き殺し、周囲より超高速で撃ち放たれる要塞級の衝角触腕、視認することさえ困難なはずのそれらを意にも介さず ― 来る瞬間もその方向も識っているとばかりに。

 

次いでその黒い刃は目障りな害虫駆除は終わったとして、ひとつ地を蹴り虚空へ跳んだ。

続き襲いて来たる衝角触腕、しかし時折その撃発を止める要塞級がいることに冥夜は気づく。

 

! 中尉が躱せば後ろに当たると…!?

 

それは隙あらば衝角先端よりの噴出を狙う要塞級の溶解液もまた然り、確かに要塞級自体の動きは緩慢、00式の機動には及ぶべくもないとはいえ。

衝角触腕の攻撃は高速射出と刺突のみに留まらず、鞭撃よろしく振り回されもするものをその伸長射程50m内に機を置きながらさして苦もなく避け続け。時には主腕に沿わせた逆手握りの長刀を以て左右から迫った衝角部分を去なし弾くや脇にそびえる1体を打ちすえさせ背後のもう1体のその頭部へと突き刺させる等、同士討ちをせぬ異星種を嘲笑うが如きの名人芸。

 

「…」

 

そして斬り出し創り出したその間隙に。

ロケットの炎が稲妻の軌跡を赤く描く。

 

直線の機動のままに巨大な芋虫めいた要塞級の右体節を斬り開き。

露出した長い装甲脚の付け根は黒を追おうと反転しかけた自重を支え切れなくなり開放骨折するが如くに残る肉と組織とを引き破り、斬り倒される大樹そのままに左隣のもう1体に寄りかかるように頽れるや動きを阻害されたそいつも無防備になった頭節の付け根に背後から双刀を突き込まれて動きを止めた。

 

続いて廻るは螺旋の軌跡、刻まれるのは構えた双刀と機動そのままの斬撃痕。

捉える事到底能わず立ち竦んだ要塞級は奔流の如く体液を噴き上げ、同時に横倒しの竜巻と化した00式背部兵装担架が撃ち放った機関砲弾に滑腔砲弾が一斉にばら撒かれて周囲の要塞級へもまた弾痕を穿ち爆炎の華を咲かせた。

 

そしてその花弁を散らし、さらに迅り駆けるが黒の双刃。

 

斬り。撃ち。裂き。穿って。

 

噴出する血飛沫が霧となって赤く閉ざされるその空間を縦横無尽に斬り刻む。

 

 

なんという業前…!

 

記録映像では幾度となく見た光景でも。

実際に目の当たりにすれば尚更現実味の無いその益荒男振りに冥夜は焦がれる。

 

「…空前絶後とは正に此の事」

「ほう月詠、卿でも思うか」

「力量ならば疾うに認めておりまする」

「まこと彼奴にとっては要塞級の三・四十体、茶の湯の主菓子程度よな」

 

並の衛士ならば一対一でも死を覚悟する要塞級の、それも群れを相手に宙空を踊り殆ど一方的な殺戮を続ける黒の軌跡の圧倒ぶりを遠望しつつ。

 

「…公、お譲り戴けませぬか」

「ほう?」

「つ、月詠?」

 

傍役が発した目的語のないその請いに。

 

 

冷たく冥い夜ばかりが続く地下の日々、それでも彼がそばに居てくれるのならば。

 

 

いや、何を馬鹿な…

 

突発的に繋がり浮かぶそんな想いなど。冥夜は頭を振ってでも追いやるほかなく。

 

 

この胸に抱く想いは単なる憧憬ではなく ― 女としての思慕だとは思う。

 

だが御役目たる影に生き、何れは陰にて死すべき此の身には。

 

いつの日にかは添い遂げるなど到底叶うことなき願い。

 

だから生あるうちに、時折だけでかまわない。逢って話して。

 

能う限りに磨き続ける剣と機動を、ただ見てもらえさえ――すれば。なのに。

 

 

「ふむ。然し彼奴への勧誘招請は順番待ちよ」

 

 

その技倆と戦果を称えられ、柏葉付騎士鉄十字章の叙勲と共に贈呈されたその栄誉。

 

西独逸連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊「地獄の番犬」・席次零番(ツェルベルス・ゼロ)

 

深き友誼と無尽の敬意、同大隊長よりその番号は常しなえに彼にのみ叙するものと迄して。

 

 

「に、西独逸!?」

「殿下、外交辞令かと」

「そ…そうですね」

「さて存外…家門背負わぬは身軽ですしなあ」

「う…」

 

共にする未来は望めないにせよ、まさかそんな遠くへ行ってしまうのか。

そうつい素が出かけた冥夜を真那が諫め。しかしやや含みありげな視線を向けた崇継の言葉に再び冥夜が詰まると、真那は何度目かの射殺す目線をその崇継へ刺し ―

 

そこで開いた通信窓、漸く現れた黒の衛士は無感動に言い放った。

 

「…大隊長、お早く」

「応、後は任せる」

「中尉貴様、御前だぞ!」

「…は」

「よいのです月詠」

 

急機動での戦闘中に礼を求める要も無い。

それでも冥夜は自分には向けられることのないその沈んだ茶色の視線に。

 

「…見て、頂けましたか?」

「……は。大隊長、お早く」

 

そんな、素っ気ないやり取りだけで。

 

「ああ中尉、狼王殿から秘蔵の葡萄酒を貰ったとか。飲まぬであろ、寄越さぬか?」

「…いえ。もう神宮司少佐に」

「何と…、全く卿も卿だが彼の少佐も物の価値を判っておるのか?」

 

斑鳩公は大袈裟な迄に天を仰ぐや牛や鯨であるまいに底無しだとかの猟犬等には虚無之酒(スト○ングゼ○)でも呑ませておけとぼやきつつ、とまれ彼奴の御陰で後続BETAの杞憂は絶てたと、転進に移りながらも真那と共にいっそ勢いを増して有象無象を斬り狩り或いは恰も枯れ枝を払うが如くに要撃級を断ち割り続けて道を開く。

 

冥夜からすればそんな青と赤ともほぼ懸絶した域の衛士にして剣士、少し御休遊ばされよと数呼吸分だけ後ろに下げられればすぐさま警護小隊の3機が囲みを作り。

 

さすれば情けない話で安堵と疲労が押し寄せて、重々油断を戒めながらもほんの少しだけ操縦席に背を預ける。

 

 

会えて、話せて。そうしたら自分で思っていたよりもずっと ― もっとたくさん言葉を交わして触れ合っていたいと感じるのに気づいて。

 

 

そう、逢って見て。声を聞いてしまえば止めどなく。

 

彼のことをもっと知りたい、自分のことも知ってほしい。

 

されど口には決して出せぬ事情ゆえ、名乗ることすらままならない。

 

互いにいつまで生きていられるかも定かではないのに。

 

悪戯に笑んで「来てしまったぞ」だなんて言えたら、どんなに気持ちが佳かったのだろう。

 

 

 

 

挙げた成果の内にもそう名残惜しさを抱いて退がりゆく模造された将軍機を他所に ―

 

意気上がる帝国軍はこの日、赫々たる戦果と共にBETAの攻撃を押し返した。

 

 

しかしその数時間後、白夜の地平に。

 

甲04・ヴェリスクハイヴに滞留していたBETA群が大挙北上を開始したとの報が走る。

 

 

時に2003年 6月 ― 甲08・ロヴァニエミハイヴ制圧より、18日が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます
どしどしお伝え下さい 待ってまーす

でも気づけば大分期間空いてました、すみません

話が進まない…次回はもうちょっと頑張りたいです


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Muv-Luv UNTITLED 23

 

 

 

 

 

それは、満たせぬ想いと、それでも触れあい重ねた肌の感触と。

 

 

口中に残る鉄錆の味と、涙の跡が頬をひりつかせる痛みと。

 

 

そして血と骨と命のすべてを鉄と火薬と燃料に換えて抗い続けた ― 追憶の情景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遙か星の海へと旅立つ同胞を見送り。

 

だが深淵の暗黒へと発った彼らの無事を祈る暇はなく。

 

褪せぬ敗色、染みゆく窮乏。燻り続ける終焉への熾火。

 

それが燎原の火が如くに廃滅の劫火へと変じるまで、もう ―

 

 

すでに鍔際、世は誰そ彼。

 

時に皇紀2663年。

 

それでも人類はまだ、戦い続けていた。

 

 

 

 

真夜 ― 新潟県中越。

古来、夜の闇は人類の味方ではなく――それは今も。

 

「照明弾あげて!」

「了解!」

 

隊員は揃って黒基調の国連軍99式強化装備。

 

大きな眼鏡に長いお下げの小隊長の叫びに短髪短躯の活動的な工兵が即座に応じ、乗機国連軍仕様の94式の87式突撃砲の120mm弾倉を素早く入れ替え上空へと向けて2発のマグネシウム弾をやや広角に打ち上げた。

 

夜空に目映い黄みがかった光の下、長く影を背負って地響きと共に爆進して迫る――

 

「突撃級、大隊規模!」

「狙撃は?」

「やってますけど数が…! それに正面からじゃ…」

 

問うた冷静かつ俊敏そうな前衛に、長髪を結った矮躯の狙撃兵が答えた。

 

「前線を喰い破られた…!? 帝国軍の第5師団が、指揮所は!」

「ダメだ繋がらないよ!」

「クソっ、俺が前に出るッ」

 

一振りの74式近接戦闘長刀を携えた茶色の髪の隊内唯一人の男性衛士 ― 突撃兵がそう逸るも、

 

「馬鹿、先走らないで! 北の藪神の部隊と――」

「サーカスリーダーよりCP及び周辺部隊! BETA群が旧国道沿いの地雷原に……入るっ」

「UNCP了解。起爆する」

 

遮ったのはその北側部隊からの報と国連軍部隊CPの応答、北東20kmで高く爆炎が ―

 

「――起爆しない!?」

「こちらサーカスリーダー、ぞろぞろ来やがる!」

「支え切れないぞ! 前線はなんでこんなあっさり通してんだよ!?」

「後退だッ、帝国軍めポンコツを寄越しやがって!」

「いやおかしいぞ、サブ回路も反応しないなんて…」

「馬鹿野郎、ここを抜かれたら東北はガラ空きなんだぞ! 俺の故郷(くに)が…っ」

 

元からして足りない戦力、薄氷を踏むが如きの防衛戦。

回線に飛び交う混乱は加速していく。

 

「CPよりヴァルキリーズ。サーカス・ギャンブル両隊と合流、地雷原を調査し起爆せよ」

「了解、でもこの清水街道方面は…っ」

「指揮所は下げて直掩で保たせる、まずは一旦後続BETAを断つ」

「了解…、聞いたわねみんな」

 

指示を受け取った小隊長は網膜投影に並ぶ小隊員らを見やる。

そしてその中の、焦燥に駆られた風がありありと判る突撃兵 ― 隊にただひとりの男性衛士の顔へと。

 

「――『地球と全人類を護る』。そうでしょ、□□?」

「ッ…、ああ」

「なら手始めに日本くらいはきっちり護ってみせないとね。…私は、その次でいいわ」

 

任務へ向かう意思と義務感、そして恐怖と逡巡。

終わりの二つが一番大きく、だがない交ぜになったそれらを隠して生真面目な顔に貼りつけたのは、少し無理のある悪戯な笑み。

 

「あ、ずるいよボクだって」

「わ、私も」

「…次は私の番のはず」

 

口々に言う彼女らは、皆かけがえのない仲間で、友人で、そして――

 

 

 

 

自分が彼の一番でなかったことは、彼女ら4人はみんな知っていた。

 

でもその一番を送り出したあと、彼と一緒に戦い護り護りあうのは自分たちなのだと。

 

だからたとえ慰めであっても、しょせんは今は代わりにすぎなかったとしても。

 

戦って戦って戦って、生きて生きて生き抜くだけ。

 

 

みんなで笑いあえる時代なんて、来るとは元から思ってなかった。

 

 

なぜなら世界が残酷なのは――当たり前だと知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

払暁の空。

漸く白く成りゆく山際、紫立ちたるは絹雲。

 

高度40m、匍匐飛行高度にて明け方の大気を切り裂く4機編隊。

長機を青、次席が赤で残るは白の00式小隊。

 

「ホーンド02より各小隊。状況を報告せよ」

「此方04。生存者確認出来ず」

「05同様に御座います」

「06同じく」

 

戦域に散開させた各小隊長からの報告に、その細身の赤の斯衛は内心に一息。

 

眼下に広がるは無残に荒らされ草木も疎らな瑞穂国の大地。

所々には舗装道路の痕跡や倒され踏み砕かれた電柱の破片やらの嘗て此処で日々を営んでいた民の痕跡が残りはするものの、彼方此方に穿たれた砲弾痕に散乱する戦術機の残骸らしき部品類、そして自らが造り出した赤黒い体液の沼に沈む異形の群れ ― 異星種BETA共の死骸。

 

 

昨日夜半。

甲21号・佐渡島ハイヴを発した異星種共が南下を開始。

 

初動では旅団規模と推定された其れ等は、然し後続が途切れる事無く小なりと雖も師団規模相当にまで膨れ上がった。

 

日本海海上の第一海上防衛線を突破し、越前浜近辺に上陸した後分散浸透。

続々と押し寄せるその猛威で新潟・群馬・福島県境に渡る第二防衛線まで押し上げられていた前線を喰い破り、八海山北麓の北関東絶対防衛線へと迫り――

 

 

夜通しの戦闘を経て、状況は既に掃討戦を終え。

 

「然し衆庶の軍が脆すぎますな」

「やむを得まい。米国の手先が如き軍略で士気揚がろう筈も無い」

 

麾下衛士らのややの軽口、それらの乗機には残らず乾きかけた異星種共の返り血。

 

昨夜中の斯衛軍第16大隊のいくさ働きと云えば、即応救援火消しにと、その長・摂家当主が直卒の精鋭の名に剴切するものではあったが。

 

 

来るべき一大反攻計画 ― 巴比倫(バビロン)作戦。

 

五次元効果爆弾・G弾の大規模投入による全ハイヴ一斉攻略。

 

 

だがその大作戦の要たるG弾はあの忌々しき米国のみが保有するが為、国連主導と云いつつ実質米国中心となるのは自明。

 

一方そのG弾こそは4年前一度横浜で使用されたきりの未知未解明なる代物で、その際には想定威力を大幅に下回ったという一方で効力範囲外の異星種共に謎の大量死を引き起こしたとも伝う。

ゆえに斯様な奇々怪々な兵器に乾坤一擲の作戦の帰趨を委ねるはあまりに無謀との声が、当の米軍内からも上がる程ともなれば。

 

よってバ作戦実施に先立ち実証試験の地と定められたのが――甲21号・佐渡島。

 

計画名 ― 氷山(アイスバーグ)作戦。

 

 

「是れに優る立地条件の巣は無し等と、いけしゃあしゃあと毛唐ら奴」

「米軍の展開のし易さと云えばそれも事実、然し…」

「抑抑がだ、実際の投下に際しては先ず複数ハイヴを同時に地上制圧等と…可能か其れが」

「出来るのだろうよ。国土を失陥した欧州含めても戦力を隠して居るのさ」

「奴原奴、肌は白くとも其の腹は真っ黒と来る。対する我が國の政治屋共の腑甲斐無さは」

「衆愚の極みたる今の政など与し易かろう。反対の立場を崩さぬ欧ソに比すれば尚更よ」

「皇軍を先に立たせて力削ぐもまた米国の目論見の内と彼奴等は気づいておるのか?」

「無能なりべるたりあ気取り共に神州の壟断を許す等惨事の極みと彼程迄に云うたのにな」

「選良が聞いて呆れるわ。四方や斯様に早く榊の時代を懐古する事に為ろうとは」

 

政の中心 ― 政府とその内閣よりは距離を置く武家と斯衛としても。

 

 

毀誉褒貶ありと雖も長く国政を担い来た与党首班・榊是親退陣後、所謂世論の風を手にした野党が連立にて悲願の政権奪取となるも ― その舵取りたるや惨憺たるもの。

 

内に於いては出来もしない夢物語の様な数々の選挙公約は蜃気楼にさえ成り得ず二転三転、外に向けては圧倒的国力と軍事力を背景にした米国の恫喝混じりの圧力に周章狼狽右顧左眄した挙げ句に唯々諾々と丸呑みする有様と来ては。

 

 

ゆえにその政府首脳の余りの果敢無さを、糾す可しとの声があるのもまた事実だが――

 

 

まあ、彼の愚物共を一掃するは義憤に燃える憂国の志士とやらに任せておけば良い…

 

我等の出番はその後と、ちらと赤が様子を伺うは生涯の忠義を誓う其の青の斯衛。

帝国斯衛最強の大隊の長にして、此の日の本にて至尊の位に最も近い方 ―

 

「――大隊長」

「ふむ」

 

昨夜よりの鬼神そのままと云った戦いぶりとは打って変わって、今は常の気怠げな空気にて回線に飛ぶ麾下等の軽口程度は聞き流す鷹揚さ。

 

「此の辺りは国連軍の担当域にて」

 

00式の排気轟音と共に過ぎ去る眼下の大地、曙光に明らかにされゆく激しい戦闘の跡。

異星種共の死骸に混じって散らばるやや薄い青色に塗装された戦術機の部位。74式か。

 

「退いた隊は在ったか?」

「多少は。然れど前線の帝国軍がああも易く抜かれては、早期に指揮系統を喪失して後は壊乱に程近い有様だった模様です。何せ此の時勢での国連軍、まして此度は『拠出組』より『志願組』が多いとの著聞も」

「裏切り者扱いでは救援も後回しにされような」

「は。支援先候補としては繰り下げ続けられていた由に御座います」

 

 

そう云えば、例の部隊も此の辺りにいた筈。

 

無論内密乍らも先般成り行きから色々と調査した、彼の宇宙へと旅立った ― 或いは旅立たせられた ― 「横浜の女狐」隷下の小隊。

 

 

一度は良人の願いを容れて、武家の誓いを曲げたあの娘。

 

然し武家の内でも秘中の秘と為る、其れ即ち今上の――

 

ゆえに此の国難の折に國を民をと乞われて仕舞えば其の赤い糸の約束とても儚く。

 

 

確か魚沼は小出の辺りに――

 

其処はこの先数kmにて。

緩やかとはいえこの速度であれば僅かに数分、だが。

 

…?

 

「卿、気付いたか」

「は。何故か此の一帯だけ、異星種共の死骸が御座いませぬな」

「避退に注力して戦闘が無かったのでは」

「かも知れぬ…が」

「救難信号の類は在りませぬ。動体反応は――む」

 

 

この先、2km。

 

戦術機ではなく ― 人間。

 

 

先行致しますと増速をかけた白らは只、任とそして主と仰ぐ青への誠ゆえに。

そして続いて増速をかけた赤は――その光景を眼下に見た。

 

 

徐々に増える。増えるBETAの死骸。

 

疎らな草木の緑はその下の地面ごと体液に赤黒く染められ。

そして現出したは一面の血池地獄。

 

穿たれ斬り裂かれた大型種共が頽れはらわたを晒す其の間に間に、蹴り破られ踏み潰された小型種共が体液溜まりに沈んで地を埋め尽くす。

光線級も相当数居たらしく、兵士闘士戦車級の死骸に混じって討ち破られた照射被膜が天を仰ぎ濁った翠色の人体めいた両足が千切られ飛んで散らばっていた。

そして突っ伏し又は引っ繰り返って息絶えた要撃級らをさらに押し潰すのは巨大な要塞級ら、其の髑髏めいた首を落とされ芋虫の様な体節を斬り開かれては屍体に変じ、数多の個体が其処彼処に小山の如くに蟠る。

 

小型大型合わせれば、其の総計は凡そ三千を下るまい。

 

 

「是れは…凄まじい」

「思った以上に踏み留まった隊が居たのか…」

 

歴戦の手練れ、16大隊の衛士をしてそう呟かせる程の。

先の空白地帯は異星種共が此処に群がったが故のものだろう、しかし ―

 

「いや…、ふむ」

「どうなさいました?」

「此れは殆ど1機の仕業よ」

「な…、なんですと!?」

 

信じ難いがな、と。

常の漠たる眼差しを僅かに眇め凝っとそれら死骸の疵を見て取った、稀代の英雄にして帝国きっての武傑たる青の斯衛にそう言わしめる者とは――

 

「発見、降機中の模様っ」

「救難信号も出さずに何を――、む」

 

先行機からの報に続いて赤の斯衛もそれを認めた。

搭乗者の注視を感知した00式の制御機器が自動的に網膜投影の視界を望遠に切り替える。

 

 

累々たる異星種の死体の中、片膝をつき停止するは ― 94式か。

 

右主腕は肘から先が失われ、だらりと下げた左主腕には罅割れ欠けて折れた74式長刀。

 

 

矢張り例の隊機か…

 

乾きこびり付いた返り血が全身を覆い判り難いが恐らくその塗装は水色の国連軍仕様。

94式は世界初の制式量産第3世代型機にして未だ当の帝国軍にすら行き渡らぬ、それを装備する国連軍の部隊等は。

 

そしてその94式の開いた胸元・管制機からは昇降索条が垂れ。

 

「此方斯衛軍第16大隊第1小隊。其処な生存者、聞こえるか」

 

先行の白の呼び掛けに応えはなく、だが喩え降機していても強化装備に通信機はある筈。

接近する00式の飛行音を気にした素振りすらも無く、その人間の十倍になる巨人の膝下で黒基調の国連軍仕様99式強化装備を纏った衛士は――

 

 

死して肉塊と化した戦車級によじ登り、手にした短刀でその腹を割く。

 

続いて噴き出た体液にも構わず頭ごと突っ込むが如くにして ― 何かを探しているのか?

 

 

更に拡大される視野、赤は94式の足下に集められたそれらを見つけた。

 

 

ひしゃげ潰れた眼鏡の弦。

 

欠けて折れたと思しき短刀。

 

元の色が判らぬ程迄血濡れた髪飾紐。

 

擦れ千切れた工具帯。

 

 

「――」

 

赤の脳裏に掠めるは、以前調べた資料に在った少女等の顔。

元首班の。彼の名将の。国連次官の。辣腕の内偵の。

 

そしてそれら遺品の傍らにはまた ―

 

 

長い髪の残った頭皮の一部。

潰れた眼球と何処かの肉片。

保護被膜に包まれた侭の指。

操作靴を履いた足首から先。

 

 

轟、と00式の編隊が上空を通過して尚。

まるで無視して「作業」を続けるその男へ ―

 

 

「己も異星種の腹に収まる迄其れを続けるか? ま、それも佳かろうが――」

 

 

捨てる命ならば余に預けよ。

 

より有為な遣い方を教えてやろう。

 

然してBETA憎しの念果てぬのならば ― 其の技倆、活かせる武具も与えようぞ。

 

 

「共に来い。□□□――」

 

 

そう呼び掛けた高貴の青の斯衛のその声に。

 

 

BETAの血にまみれゆらりと振り仰いだその茶の瞳には、既に闇が棲みはじめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

荒野の只中。全長18mの巨大な鎧武者たちが同じく巨大な剣を地に突きたて屹立していた。

 

その中央の1機より降機し、胸を反らして凛然と歩むはうら若きショウガナル。

 

纏うは美々しい紫の強化装備、その背後にはBETAの返り血も生々しい同色の機械鬼神。

 

手には黒塗りの鞘のカタナを握り。冥い夜の海の色をした眼差しが前を向く。

 

その清冽にして純麗な美、両脇に列をなすのは片膝をつき頭を垂れるロイヤルガード。

 

青赤黄に黒の装束を纏う彼らは皆が皆、一騎当千のディセンダンツ・オブ・サムライ。

 

その精鋭らを見事に従え、彼女は迎えた兵共へと手にしたカタナを拳ごと突きあげ ―

 

「皇紀三千! 国威燦然!」

 

怒濤のような歓呼の叫びが拡がった。

 

 

その物語の一幕の如き光景、テロップに流れるは「BUSHIDO dignified!」。

ショーグンの現地到着後にあえて撮らせたものだったろうその映像は、しかしBETAによる大規模侵攻の報せと共にイギリス国営放送の電波に乗って全世界へ拡散した。

 

 

その日――旧ソ連・ヴェリスクハイヴからBETA群が北上を開始。

 

同ハイヴ近傍に滞留していたBETAは20万超、7個軍団規模に及ぶ極大集団。

 

そしてそれらから制圧なった旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴを防衛するのは、北欧国家軍により構成された国連軍戦術機部隊2個連隊と日本帝国同2個連隊。

 

国連統合軍隷下となる北欧国連軍と、独自指揮権を認められつつも共同歩調を取る帝国軍は、共に国連並びに欧州連合に対して即座に支援要請を発し ― アメリカはニューヨークの国連本部にて安全保障理事会が緊急に招集された――が。

 

 

再燃した東西対立を基に、ソ連は旧自国領内立地のハイヴが原因たるにも関わらず「我々は外国の領土を片足ほども欲していないが、我々の領土は誰にも一寸たりとも明け渡してはならない」と国父の言葉を引いては(今現在アメリカより租借中のアラスカについても帝政ロシア時代の売却自体が不当だったとする向きすらあるらしく)非協力的な態度をとり続け、また統一中華もそれに共同歩調を取る中で、常任理事国の一角たるフランスも国連軍の増派には積極的とは言い難かった。

 

なぜなら現状、西側陣営に限っても対BETA戦線は、今回のスカンジナビアのみならずその攻略の足がかりとしても必要だったユトランド半島南、そしてフランスが抱えるリヨン東に89年以来のスエズ運河防衛線、さらに東南アジア沿岸部に最近になって加わった朝鮮半島38度線という多さ。

 

このため列強といえる各国も、とりわけ欧州連合加盟の大陸諸国は現状すでにほぼ限界近くまで戦力を動員していて、残るアメリカと日本にしても、前者は余力の度合いという意味では最も大きいものの元々世界的に展開しているうえ欧州戦線への今以上の増派は避けたい意図が垣間見え、後者は半ばの後方国になったとはいえ数年前よりの3ヶ所に及ぶハイヴ攻略を含む連戦による兵力減の状況で極東から東アジア防衛を担っている。

 

一方、通常BETAは種別ごとおおよそ決まった割合でハイヴより湧出した後その近辺に留まり続けるが、やがて次々と産み出されてくる後続に押し出される形で周囲へと拡散を始める。そしてこれの頻度・個体数が大幅に増加すると新ハイヴ建設を目論む長駆侵攻が発生する――というのが、現時点で明らかになっているハイヴ増設のプロセスのひとつ。

ただその押し出し拡散にせよ長駆侵攻にせよ、それに至る条件としての滞留BETA数は未だ絶対値としては判明していない ― すなわち。

 

各国共にその現状は増派という形で各戦線を増強するのは困難な一方で、各防衛線が対面するハイヴにも多かれ少なかれ滞留BETAが確認されている以上、それらから軽々しく兵力を引き抜いて振り分けることなどできようはずもない。

 

よってリヨン東の防衛線を堅守したいフランスの立場としては、スカンジナビア攻略のために抽出されてしまった戦力の穴をアメリカ軍の増派によってようやく埋めえたところに、まかり間違ってもそれを持っていかれることは絶対に避けたいのは自明の理だった。

 

 

そもそもが、連合などといいつつも参加各国それぞれの、打算計算二枚舌に三枚舌がまかり通るのがユーロユニオン。

 

その事実上の盟主たるイギリスからして、元来の国家規模に加えて欧州連合列強で唯一国土を全面失陥しておらずさらに国連常任理事国たる地位にもあるも ― この栄光の世界帝国の後継者は、欧州大陸諸国からすれば、先のロヴァニエミ攻略戦時からしてハイヴ本体制圧の段に至ってようやく現れ「いいとこ取り」をしていったと見る向きすらある。

 

無論当のイギリスにしてみれば、広大に過ぎる戦線を抱えて常に沈没の危機にある欧州大陸諸国と一蓮托生になる気はさらさらない。

その一方で、長年の「特別な関係」にある米国と友好な関係を続けつつその上で互していくためには、大陸にしかないハイヴとそのG元素が必要という二律背反が存在する。

また大陸の事情に対してあまりに素知らぬ顔を決め込めば、国土を失陥した欧州諸国からの避難民を国内に大量に抱え込んでいるというただでさえ不安定な国内情勢がさらに悪化しかねない。

そのため単一の国家としては欧州連合最大規模の兵力がありはするものの、本土の防衛をはかりつつ複数の戦線へ分散して派兵せざるを得ない状況は必ずしも楽観を許さない。

 

他方、85年のBETAによる本土侵攻時には栄えある霧の都の南半分までが戦場と化しその撃退のため大陸から逃げてきた「間借り人」らの手を借りざるを得なかったという歴史は、誇り高い大英帝国とその国民の中に「その両方とも」苦々しい記憶として刻まれている。

なにせわけのわからない異星生物にあのちょび髭伍長にも果たさせなかった大ブリテン島への上陸を許した上、独力での反攻など到底かなわず本音をいえばやたらに暑くて砂だらけのアフリカあたりへさっさと出て行ってほしい避難してきた大陸友邦のご隣人たちには借りと間借りの口実とを作る形になってしまった。

 

よってイギリスとしては、可能な限り自国戦力の損耗を抑制しつつその増強を図り、大陸の防衛線は大陸の国家に委任するという名目の元実際は半ば以上押しつけてついでに極東の島国には大陸の戦線にコミットさせるがまかり間違ってもそれがかの国の欧州におけるプレゼンスの増大ではなくその勢力の摩耗に繋がるような状況に追いやれるのが望ましい。

そうしてかなうならあの小癪なイエローの国を追い落として米ソに続く世界第3位の地位を掴むと同時に、そのアメリカの大西洋側のパートナーとして確固たる立ち位置を築きたいという思惑があろう事は、容易に想像のつくところ――ではあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白夜の平原。

BETA大規模侵攻の報を受けた帝国軍の動きは迅速だった。

 

退却があり得ぬのならば。

支援要請を発すると共にかねてより策定していた防衛作戦の概要を欧州連合及び北欧国連軍とに通達。

 

日本帝国軍欧州派遣部隊司令部が提案したその防衛計画は、ハイヴを利用した籠城作戦。

 

 

フェイズ5・ロヴァニエミハイヴの、半径30kmに渡り張り巡らされたハイヴ地下茎構造。

全数の調査を終えているというそれらを地上への出入口たる「ゲート」と共に必要数を除いて爆破崩落させて封鎖し残りを広大な地下壕とする。

 

そして最大限確保した地上の縦深をもって、たっぷり1000kmを旅する間に移動速度差から突出が目立つようになる突撃級群をはじめハイヴ本体へと殺到するBETA群を、残置隠蔽した「ゲート」から都度出撃して背撃により排除。防衛を重ねて援軍を待つというもの。

 

 

「しかし――変更を要請する、と」

「…」

 

旧フィンランド・スオムッサルミ帝国軍駐屯地。

欧州派遣隊に属する日本帝国陸軍施設科第12施設群4個中隊により設えられたその拠点は、すべてが仮設とはいえ大規模なプレハブ工法の指揮所に兵舎に格納庫そして500m程の耐熱パネルを用いた戦術機用野戦滑走路を備えている。

 

そしてその指揮所内にて ― 苦虫を嚙み潰すが如くの第1・第2連隊長にその幕僚らと、腕を組んで眼を閉じたままの斑鳩公崇継を冥夜は見ていた。

 

 

日本帝国欧州派遣部隊司令部から発起された防衛計画は、戦況次第での予備計画 ― つまり追い込まれてからの最終手段とされ ― 欧州連合と北欧国連軍により事実上拒絶された。

 

 

「連中は正気か?」

「あの数相手に正面からぶつかれば飲み込まれるだけではないか」

「たしかに地下侵攻への脆弱性に大規模侵入を許せば閉鎖空間での戦闘にはなるが…」

「だがそれも逆に『出口』や地下茎構造で待ち伏せれば99型で一掃できる」

「数が頼みのBETA共を一網打尽よ、多少討ち漏らしが出ようとそれこそ白兵で」

「北欧軍機がハイヴ戦を想定しておらぬのは判るが、今回は攻めでなく守りの戦だ」

「欧州軍の戦術規範にも合わんだろうが。なればこそ最前面は我々で担うというのに」

 

御前なれどさればこそ闊達な論議をと促した崇継はじめ、冥夜と黙して控える真那もまた強化装備から各色の斯衛服へと着替えていた。

本来その迎賓のため、連隊長以下軍服姿に改めていた幕僚らは揃って眉間に皺を作る。

 

 

昼間の戦闘にて大幅にBETAを押し返し。

ひとたび落ち着いた戦況を地盤ごとひっくり返す報が入ったかと思えば、その対策すら覆されるとは。

 

 

なにしろBETA群北上が確認された時点での彼我の戦力比は、およそ1:600。

それはレールガン戦術が機能すれば必ずしも絶望的な値ではない ― だがそれは、数字上の話。

 

なぜなら戦域となるスカンジナビア半島東部は、最も狭隘となる大陸接合部ですら東西350kmを超える広大さ。

そしてヴェリスクハイヴ近傍に滞留しているBETA群は20万超。

 

 

BETA大型種でもっとも個体数の多い要撃級は全幅28m、前後長19m。BETA群中含有率15%に当てはめ3万体いたと仮定し、隙間なく整然と並ばせてもその占有面積は約17平方km。

続いて突撃級は同17m・18m、7%で14000体。同約4.3平方km。

最大種の要塞級は同37m・52m、1%で2000体。同約4平方km。

また実際にはこれらに加えて小型種とりわけ通常は総数の半数近くにもなる戦車級が全幅2m・全長4.5mの小型貨物車に等しいサイズで10万体・1平方kmと、BETA大戦前に興業されていた後楽園球場に換算するとおよそ20杯分となる大群で大型種の足下含めて溢れかえる。

 

さらに昨今は従前よりもBETA群における大型種の比率が高まっていることはほぼ確実とされており、すなわちフェイズ5・ヴェリスクハイヴに聳え立つ地上高600mのその地表構造物を中心に滞留するBETAの群れは、総体としては不定型の原生生物の如くに蠢きつつもおよそ半径3km超にも渡り ― 仮に帝都城を中心とすれば東は先々々帝の御祀神宮から西は隅田川までを飲み込む範囲を、BETAが隙間なく埋め尽くす計算になる。

 

 

そんな想像を絶する規模のBETA群がその外縁部より旅団から師団規模の「群」に分かれて北方へと移動を開始した。

そしてBETAにもある種戦術的行動めいた動きや集団行動性といったものがないではないが、それらは統率の取れた人類軍に比べればせいぜいが習性と呼べる程度の雑然としたもの。同時に知能も存在しないと推測されてはいるものの、だからといって制圧された古巣のひとつ・ロヴァニエミハイヴを故意に無視して北上の勢いのままにみんな揃ってノルウェー海に飛び込むとは考えがたく――

 

逆にいえば、連中総てが最短距離を一直線に突撃してくるわけではないということ。

 

これが、数的不利というにも馬鹿馬鹿しい程の数の差がある迎撃・防衛側の対処をより困難にしている。

 

まず移動距離の長さがBETA種別による移動速度の差からその侵攻に大きな時間差を生む。

最高速が170km/hにも届く突撃級でも常時かつ永続的にその進軍速度を維持するわけではなく、平均すればおよそ80-120km/hと、仮に最短距離を直進したとしてもロヴァニエミ・ヴェリスク間の1000kmを走破するには10時間程度を要する。

そして要撃級や戦車級により構成されるBETA中衛の移動速度はその半分ほどであり、要塞級や重光線級を擁する後衛はさらにその半分程度。

 

またヴェリスクの西、旧フィンランド国境に近いソ連領域内にはオネガ湖というヨーロッパで2番目に大きい湖があり、さらにその西には欧州最大となるラドガ湖が共に未だ湖水を残して存在している。

BETAの陸上侵攻を優先する傾向(水を避けるわけではない)からして、ヴェリスクを発したBETA群の一部はそれらを迂回する形でさらに分派しつつ北上するだろう。

 

つまり20万以上のBETAが襲ってくるといっても、一気にその総数が眼前に現れるわけではない。しかし一度会敵が始まれば、そこからはまさに大津波が連続で襲い来るが如くにおそらくは最低でも常時旅団規模5000体を超えるBETA群との絶え間ない戦闘状況に陥る。しかも領域守備の地上戦となればその戦域全体で。

 

 

現有装備でほぼ唯一面制圧を企図できる電磁投射砲は、理論的には99型で3000体以上・01型では5000体以上のBETAをその一斉射もしくは一射で葬ることが可能だが ― 99型の掃射角自体はそれほど広くなく、01型の収束弾も効率的な運用ができなければ無駄な花火を打ち上げるだけに終わりかねない。

そして共に砲門数にも交換砲身数にも余裕はなく、より強力な01型砲については超重光線級出現の可能性を考慮に入れれば支援砲として必要なため迂闊に使い果たすこともできない。

 

挙げ句人類側の事情として、迎撃防衛を担う国連北欧軍に帝国軍は、スカンジナビア東部を南北に貫くソ連国境を越えられない。

 

そもそも防衛に参画した当初の帝国軍には、01型砲を装備した部隊をヴェリスクハイヴ近辺まで長駆派遣し遠間から滞留BETA群に撃ち込んで高効率の漸減を行うという素案もあったのだが、ソ連がそれを認めるはずもなく(また、不用意にハイヴとBETAを刺激する可能性があることも指摘されていたが)。

結局のところ現在に至ってもなお、たとえ緩く粗いものであってもスカンジナビア東部のどこかにボスニア湾と白海を繋ぐ防衛線を形成してのBETA北上を機動封殺する作戦も採り得ない ― もっとも現状それに足るだけの戦力自体がないためお話にもならないのだが、索敵用震動センサーの設置すらも許されない領域が防衛対象たるロヴァニエミハイヴ東150kmあたりからもう始まるのは悪条件といって差し支えない。

 

 

よって元から絶対数にも劣る帝国軍にしてみれば、防衛対象であるロヴァニエミハイヴをごく短時間で要塞陣地化することなど不可能である以上、地下に立て籠もる形で援軍の到着までハイヴ本体 ― なかんずく反応炉とG元素生成プラントを守ろうと考えるのはごく自然の成り行き――

 

 

「閣下、これはやはり…」

「――『誰が故郷を想わざる』か?」

「は…元より北欧軍には忍辱し難いとは思っておりましたが」

「其れに国土回復(レコンキスタ)であったかな。欧州連合の御題目は」

「解放域の再失陥は避けたい、と。…その責は帝国に強いるとばかり」

「そうしたいのは山々であろうよ。だが如何に我等が底抜けの御人好しであろうが、其処まで云われて今後又合力しようと思うか?」

「金輪際欧州には関わり合いになりたくないとは思いまするな。…なるほど、これほどまでの規模の侵攻、散逸したBETA共はスカンジナビアの西端にまで至るやも。亀になって籠もっておればなおさら…さすればこたびハイヴを守り抜いたとて」

「八州の倍の広さよ。再防衛し乍ら其れの再掃討等青息吐息の欧州諸国に敵う仕事かね」

「そこでも帝国の力を欲すると。…どこまでも虫のいい…」

「実際既に連中にも余裕は無かろう。即座に英国が腰を上げる程にはな」

 

ま、それだけではなかろうがとは言いつつ腕組みを解き、高貴の青が漏らした吐息は何処か或いは常以上に冷たく。

 

 

とも有れ掛かる事態に欧州連合盟主国たる英国が、ロヴァニエミハイヴ防衛のためボスニア湾上に配備していた王立海軍が擁するミサイル型含む駆逐艦4隻からなる戦隊に加え、戦力の逐次投入になる事は承知の上で、英本土にて再編中の部隊からの緊急抽出分に加えて本土防衛戦力の一部を引き抜いての2個連隊が増援として急派すると。

 

 

ただそれでも…

 

殿下に成り代わっての軍議の席、沈黙を強いられる冥夜の心はしかし乱れる。

 

 

洋上艦艇からのミサイル攻撃は強力ながら持続性に乏しく、限定的といっていい。

ハイヴ攻略戦時と同じく汚染を考慮して熱核弾頭搭載型の巡航ミサイルを使うことはないだろうし、旅団規模以上の大群に対する面制圧力としては先んじての光線級吶喊など含めて高効率運用が果たせたとしても3回が限度だろう。

 

そして戦場たる此処、スカンジナビア東部は英国本土より2000kmの彼方。

増援部隊が送られてくるにもそれだけの距離ともなればおよそ戦術機の戦闘行動半径を優に超えてしまっている。

 

 

戦術機の燃料推進剤に弾薬含む兵站に関しては国際もしくは欧州規格で共通部分が多く、また設備等もハイヴ攻略戦時以来のものを北欧国連軍が使用してきているため当面の目処はつくだろうが ―

 

まず、増援部隊を自力飛行での「直行便」にさせれば増槽装備でほぼ丸腰にするほかなくなり、到着後に大量の火器類の支給から考えねばならない。

さりとてユトランド・ゴットランド・ファスタオーランド等の陸上拠点を中継もしくは北海・バルト海に展開中の王立海軍が誇る空母クリーン・エリザベス級やインヴィンシブル級を「飛び石」的に運用するにしても、前者はともかく後者については、英海軍空母はQE級で2個小隊の運用が限度と小型であり200機を超える戦術機部隊のバッファとなるのは現実的に不可能である。

また現在スカンジナビア大陸側・ボスニア湾東岸を「掃除」できる状況にないため湾内西よりの洋上を匍匐飛行することが求められ、直線的に最短距離を急ぐことは出来ない。ゆえに全航程共通で搭乗衛士への負荷は相応に大きい。

元来戦術機という兵器は基本的に長距離長時間の飛行を想定しておらず、帝国軍には増槽使用の94式をフェリー飛行させての単独長距離長時間飛行の記録がありはするもののその際の研究結果として、離陸後2時間程度から衛士に疲労が自覚され始めその後直線的に増大する傾向があり、離陸前と着陸後ではアドレナリン・ノルアドレナリン双方が増大していたことから肉体・精神両面へのかなりの負荷が確認されている。

さらに留意すべきはこの先例は非戦闘状況下のフェリー飛行においての報告であり、仮に自律稼働を利用して衛士の負担を軽減するにせよ進軍速度を優先しての強行軍とするには、今回現着後即座に作戦展開が必要とされる状況からしてリスクの高い判断となる。

 

次に各国軍と共に帝国軍も採用しているAn-225・ムリーヤによる空路という手段もないではないがその巨体を以てしてもペイロードは1機あたり戦術機2機と、2個連隊216機もの戦術機を輸送するには108機もこの巨人機が必要になる。

英国ひいては欧州連合軍の同機の保有数は不明だが、BETA大戦での光線属種出現以降は空挺降下戦術自体がそれ以前よりさらに特殊かつ稀な運用法であり、さらには国家の避難先かつ策源地たる英国本土は作戦地たる旧各自国領からそう遠くなく、また大山脈を除けばBETAにより平坦に均されてしまった大陸を主戦場としてきた彼らにとって、遠距離空路輸送力を大規模に整備する必要性があったとも考えがたい。

そして何らかの形で空路輸送を実現するとしても北上してくる侵攻BETA群中の光線属種の脅威を考慮すれば、北のノルウェー海経由でスカンジナビア山脈を盾にしての困難かつ危険な低空飛行となるうえハイヴ最短となる山脈北部で戦術機部隊を降下させてもハイヴ近傍からは300km程度の距離「しか」ない。それはほぼ上限とはいえ光線級の射程内にほど近く重光線級ならば言わずもがなで、降下後に山越えをする戦術機部隊は狙い撃たれることになる。

それを避けるべく山脈の影で降下後に大きく北へ迂回しての進入ルートをとる方策も考えられるが、その場合の移動距離は仮にハイヴまででも600kmを超える計算になりそれでは陸上拠点中継策の最終段とさほどに変わらなくなってしまう。

 

そして残る戦力投射の手段は軌道経由。

だがこれも英国本土には打ち上げ用のマスドライバーがありほぼ弾道となるその航路自体は短くとも、HSST・再突入型駆逐艦への戦術機搭載数は1隻あたり2機とAn-225に等しく多数の同艦が必要となり、空路輸送力と同じ理由で英国はじめ欧州連合は遠隔地への戦力投射手段は限定的なことから保有数での問題に加えさらには排除しきれない使用機器の信頼性の問題が他手段に比しても大きい。

 

 

これら各手段を複合的に利用するにせよ、そもそも英国本土での動員と編成・空港宇宙港への移動と搬入など考慮すれば ―

 

「陸上拠点中継なら各地で給油を挟む都合上でも休止を入れよう。早くて明後日だな」

「長距離飛行で初手から空きっ腹の2個連隊か、備蓄燃料に響かんといいが」

「空挺が先遣されれば…明日中には来るか」

「英国御自慢の特殊部隊はたしかに強力だろうが、BETA戦は数だぞ」

「だが軌道輸送でも駆逐艦をかき集めるに3日はかかろう。順次発進させるにせよ…」

「やるかそれを。まるきり逐次投入の愚のお手本ではないか」

「いずれにせよ最低2日はあの数相手にほぼ現有戦力のみで、しかも野戦で応じろと?」

「馬鹿な、よしんば踏み止まれはしても領域防衛など到底叶わん」

 

幕僚らが机上の作戦図を見つつ口を開くも、打開策は見つからない。

 

「それにその英軍の2個連隊が額面通り来援したところで…」

「BETA共はこの数だ、おまけにヴェリスクからは未だ湧出が続いていると」

「かつての欧州劫掠の折には同規模群が各ハイヴから恒常的に溢れていたそうだしな」

「混乱のせいで詳細な数は不明とはいうが…5年前本土を侵した奴らも似た規模だった」

「あの時は甲16・20合計で25万程度予想が実際はその倍だ、今回もどうなるか解らんぞ」

「…まさか、再び拡大期が来たというのか…?」

「だとしても20年前とは違う。装備も、戦術もだ。先人を軽んじるわけではないが」

 

いやむしろ、今よりはるかに性能が劣り数も少なかった戦術機で。

他通常兵器の支援があったとはいえ、まだ未解明点も多かった異星生物に対してあれほどまでに抗った欧州の先達らの奮戦はまさに驚嘆に値する――し。

 

「よもや我らなら不可能ではないと踏んだのか?」

「ふん、だとすれば買い被りだとは言い辛いな」

「そう思わせて使い潰すつもりなのやもしれん」

「冗談ではない、あたら無闇に兵を死なせることになる」

「まして北欧国連軍は定数割れも良いところなんだぞ」

 

 

今この戦域で帝国軍と轡を並べるのは北欧軍によって構成される国連軍。

彼らは額面上こそ2個連隊とされてはいるが先のロヴァニエミハイヴ攻略の前哨戦たるスカンジナビア西部掃討からの消耗に加えて、ハイヴ前地上制圧その最終盤での重光線級群殲滅戦において中核となる精鋭らを多く喪失していた。

また彼らの母国たる北欧諸国は元々の国力自体が大きくはないため戦力の補充や回復は容易ではなく、ハイヴ戦から半月程度でその目処がつくはずもない。

 

 

「なんにせよ根を絶てないうえソ連側領域も封鎖できないとなれば出血を強いられ続ける」

「それで援軍到着までに我らがすり潰されておればそれこそ逐次投入の愚だな」

「だが北欧軍に欧州軍はまずはどうあっても地上戦を選ぶと…」

「…我らの籠城策を強行すれば彼らを見捨てることに。さすれば――」

 

歴戦の幕僚らから言葉を継いだ、この場では最年長でもあり壮年も過ぎようとする第1連隊長はちらとも視線を寄越さなかったが。

 

将軍の顔に…泥は塗れぬと……

 

冥夜は反射的に唇を噛みそうになるのを堪えた。

 

 

今の今から離脱をすれば、兵らの士気は瓦解する。

臆して逃げたと諸外国にも喧伝されよう。

 

 

日本を離れて遠い北の地で身命を賭して任務に励む兵らに、何某かの力添えでもと足を運んだつもりがとんだ勇み足。

婉曲的には彼らに戦いを強いることになりはしたとて、まさか直接的に退路を塞いで死地に留まらせる一因となろうとは。

 

然し…思い返せば…

 

姉上 ― 否、殿下が抑抑、この帝国軍の欧州派遣に引き続く形での北欧戦線への助太刀には否定的で在られた事は畏れながらもお察し申し上げていた。

 

 

軍部はここ数年の激戦により摩耗した軍の現状と、本土近辺では北は対ソ警戒に南のアジア連合支援・さらに朝鮮半島38度線で中ソとの事実上の睨み合いという帝国がおかれた情勢下から、欧州の苦境は当然知るところであれば国際貢献自体は吝かでないにせよハイヴ攻略に引き続いての防衛任務などといわれても、当初派遣戦力以上の増派はかなわずゆえに作戦遂行能力は限定的だと念を押したそうだが ―

 

先の大逆未遂事件で非業の死を遂げられた榊前総理より政を継いだ現内閣は、元がその辣腕宰相の足下を固めるべく党内国会内での調整能力を買われて集められていた面々。彼らとて必ずしも能力が低くはないのだろうが予想外の事態による急遽の登板ということもあり、内政面ではやや腰砕け気味なうえ外交では明らかに弱腰傾向。

 

派遣部隊での外地での奮戦が伝わるにつけ「ス肩比ニ国米ビ再ハ國帝 戦作持維和平ノデ陸大」などとの過熱気味な報道に再び煽られがちな世論、悪い意味でそれを気にして兵の引き時を決めかね。

また脅し賺しに泣き落としなどは朝飯前の欧州連合外交部の手練手管に抗すべくもなく、欧州ノ天地ハ複雑怪奇ナリと半ば自国の我を通すための努力の放棄を暗に示したかのような言い様まで聞こえてくる。

 

そんな現内閣では、気づけばなし崩し的に帝国軍がほぼ単独で新たに形成されたスカンジナビア防衛線の最前面を担うなどという事態になっており、これには今般軌道降下兵団が所属する航空宇宙軍をも指揮下に置く本土防衛軍を統括する帝国軍参謀本部も話が違うと頭を抱えた。

 

だが一方で軍部は、先年、近代以降4件を数えるのみの大逆事件の犯人を現役の軍人それも生え抜きの精鋭たる帝都防衛師団から出すという前代未聞の不祥事をしでかしていた。

しかも大逆を主導しまた荷担した帝都防衛師団は帝国軍きっての精兵であったはずが、その彼らが装備に差があったとはいえ斯衛軍によって撫で斬りにされ揃って取り囲んでいた帝都城に屍をさらす始末ときては、軍の威信は文字通り地に落ちたといっていい。

そして本来なら結果としては未遂に終わったとはいえこの震天駭地の大不祥事の責任を取り、参謀本部総長次長をはじめとして本土防衛軍指導部のすべてが更迭されてもおかしくはないところを、実際には首謀者を出した帝都防衛師団の幹部将校らの処分に留められ ― 言葉を飾らずいえば、見逃してもらっていた。

これには当時目前に控えた甲20号攻略とそのための実務能力を備えた人員の不足という事情はあったにせよ、大逆犯鎮圧において出御遊ばされ御自らその意と威とを示された殿下の「過剰な連座の責は問わぬ」との御意向を掲げた政威軍監と、それを追認した形の政府に救われたに等しく…結果、軍は両者に対して大きな借りを作ることになった。

 

疲弊した戦力と組織の再建が目下の大命題たる帝国軍にとって良好な政軍関係はいま欠かすべからざる事項であり、また誅殺と称して政府首班を斬り殺し名実ともに文民統制を蔑ろにした大罪人を出した直後に強硬な姿勢を見せるのも得策ではなく――

 

そしてまたそんな状況下で、高い国民人気に支えられながらもその統帥権がまた文民統制の名の下に帝國政府の決定を追認するものにすぎず、しかしそれをよしとされている殿下が、だが斑鳩公よりの帷幄上奏がある迄黙然と文箱に向かって居られたのは。

 

ともすれば衛士のみならず支援要員も含めれば優に千を越える派遣部隊の臣民の生命を徒に喪う事になりはせぬかとの宸憂から、暗に不服をお示し遊ばされんと御製を詠まれるべきかと悩まれていたのでは無いだろうか。

 

 

それを…浅知恵ゆえの軽挙妄動だったと…云う訳だ…

 

影たるこの身に、元より何らの選択権もないとは云え。

少しばかり刀が振れて、戦術機を操れるからと増長しては居なかったか。

民のため國のためだと。しかしてそれを口実にしたのではないだろうか。

宸慮を忖度し得ず、自覚せぬ間に肉親の情に甘えて己が分を見失っていたのでは。

そんな己が重石となって、散る必要のなかった命を散らせてしまうのではと。

 

極力表情を消しつつも。冥夜は俯きたくなるのを漸く堪え、が――

 

「――フム。然しな連隊長」

「は」

「元より我等も軽々には退けぬのよ」

「たしかにここで戦わずして退くというのも…、…御心中をお伺いしても?」

「構わぬよ。なに、今欧州連合に沈まれては少々困るのでな」

「…確かに。欧州とは利害の衝突がございませんし、BETA禍のみならず対ソも鑑みれば」

 

連隊長は政威軍監の胸襟に触れ得、

 

「そして先々も期すれば……かの超大国と一対一では抗し得ませぬ」

 

 

それが人類統合軍などという夢物語とはかけ離れた、現実の話。

いかに友邦であろうとも、万が一の備えは欠かすべきではない。かの国内部で再び強硬派が発言力を得、今以上に帝国を対ソ対BETAの盾にすべくおびやかして来ないとも限らない。

 

欧州連合は ― というより日本以外の列強は、基本的に他国を信用していない。このおそらくは開闢以来最大の人類全体の危機においてなお。だからこそたとえ友邦相手であろうと、種々の工作を用いることを厭わない。

 

だが、なればこそなおさら、少なくとも戦陣に立つ帝国軍は、毅然たる一面を彼らのみならず世界に対して示す必要がある。

 

人に教ゆるに ― 行を以てし、言を以てせず、事を以てせず。

そして武士道と云うは――身を殺して仁を成すもの也と。

 

 

そうして聡く察した連隊長に、青の貴人はそうだと応えてゆえにと継いで。

 

「すまぬが貴官等は此処で死んでくれ」

 

――!

 

そう、さらりと告げられたその斑鳩公の言葉に。

しかし固まったのは、冥夜だけだった。

 

「――は。元より承知しております」

「まあ、よしんば籠城となったところで」

「そうですな、防禦を喰い破られればどのみちそうなります」

「いずれにせよ、この一命で能うならば」

 

いや他の皆とてほんの刹那の空気の硬直、だがその直後には、連隊長はじめ幕僚らは首筋をさすりながらの諦観と共に ― 戦意を漲らせた。

 

皆が揃って伸びた背筋に整った軍装、しかし皺が目立ちはじめた面差し達に迷いは無く。

 

 

参謀本部や、陸軍の本土・大陸派遣両軍の戦力を吸収した本土防衛軍の上層を除けば、帝国軍には高齢の高級軍人は多くない。

日本がBETA大戦へ参戦したのは91年と早くはないが、アジア大陸を東進するBETAの攻勢を止められなかったその後の10年足らずの間に世界有数の激戦区と化した。

とりわけ98年夏のBETA本土侵攻以降立て続けに国内に2ヶ所のハイヴの建設を許すなど敗色の濃い戦況が続く中で、旧陸軍航空隊由来の指揮官率先の伝統を持つ帝国軍衛士は佐官級の軍人が前線で戦死することが珍しくなかった。

 

また軌道投入のコスト面から1グラムでも軽くし同時に無駄を省くことが奨励される降下軌道兵団においては、文字通りに最後の一兵まで戦える体制とすべく連隊の長に幕僚らもまた衛士。

そして有事には帝國最後の護りともなる帝都防衛師団、この欧州派遣に際してそこから抽出されてきた者らもまた同じく戦人たるを良しとする精鋭。

 

 

「重慶から光州、京都に明星そして甲21から20までもと生き恥を晒して参りましたが」

「この北のハイヴを枕に討ち死にするなら、まあ、悪くはありません」

「おお、長いこと九段で待たせた同期らにも笑われずに済みそうだ」

 

 

紆余曲折を経て、26年前制式化したF-4J 撃震。

既存の兵器とはまったく異なるこの鉄の巨人を手足とすべく、当時既に軍務に就いていた彼らは死に物狂いでその習熟に勤しんだ。

 

そして先達を失い友を見送り。

部下に先立たれてなお歯を食いしばって帝國を ― 日本を守り通してきた護国の(さむらい)

 

 

「我ら先任を差し置いた巌谷の阿呆への土産話にもできますな」

「ですが若すぎる連中はなんとか国に帰してやりたいものです」

「それをするのが我らの仕事よ」

 

 

そう口々に云う武人たちを見回してから、連隊長が貴人たちへと向き直り。

しかし畏れながら、と口を開いた。

 

「どうか殿下と閣下に於かれましては、皇軍の武運拙き折には何卒落ち延びられますよう」

「!」

 

――逃げよ、と…申すのか…

 

自分たちを捨て石にして、生命を繋げと。

覚悟の程は同じとは云え咄嗟には言葉を失い眼を反らさぬのがやっとだった冥夜を置いて、

 

「応。遅れてのこのこ九段の坂を上って、先立つ貴官等に雑用を命じられたくはない故な」

「ははは、万が一にもそうなれば雑巾がけからこき使いますぞ」

「そうそう、それがおいやでしたら我らが閣下と判らぬほどまで齢をお重ね下さい」

 

 

彼らはそう朗らかに、そして爽やかに笑い。

 

 

「帝国を――日本を、お頼みしますぞ」

 

 

男達の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力出撃となる。

 

 

薄暮の夜明け。雲間から差すその日の陽は妙に赤く、白夜の平原を切り取っていた。

 

明確な境のない夜と朝との狭間を知らせてくれるのは、網膜投影に浮かぶデジタル時計。

黒基調に暗紫色の特殊保護被膜の帝国軍99式強化装備に身を包む衛士らは、それぞれの乗機の中でその時を待っていた。

 

 

物資に人手、そして時間が許す限りの用意はした。

 

スオムッサルミの駐屯地は放棄。

夜を徹して人員及び装備をロヴァニエミハイヴへと後送し陣を構えた。

否、正確には、同ハイヴ攻略戦時より海路輸送され運用されていた30両ほどの87式自走整備支援担架に加えてその他支援車両は、駐屯地からハイヴまで200km超の距離を陸路移動し終えたばかりでこれから引き続きハイヴ近傍の地上に簡易とはいえ拠点とすべく設営作業が始まるところ。

 

さらにハイヴ後方100km地点へ予定を早め軌道から投入された本土からの補給物資を受領。

糧食やらはすべて後回しにし、戦闘に関連する物資のみを補給コンテナから引っ張り出す。

 

長刀。短刀。突撃砲に交換弾倉。

 

さらに携行型S-11が10発。

これは主に籠城作戦となった場合に地下茎構造の爆破に使われる見込み。

 

そして各型電磁投射砲用交換砲身。

各大隊につき2門配備全12門の99型電磁投射砲用が既存と合わせて64本。

同1門ずつ全6門の01型用は15本。特殊用途の03型用は全4門に対して2本ずつの8本。

 

帝国の薄い財布を考えれば現在本土で出来上がっているものはほぼすべて送られて来たに等しく、政威軍監よりの火急の要請に応じた形ではあるものの、先般の交戦により得られた知見をも含めて開発が進む対超重光線級の切り札になるとされる零式改・超水平線徹甲弾は試作品も間に合わなかった。

 

 

そうして一旦退いた帝国軍は、籠もって固めるのではなく縦深を活用すべく打って出た。

 

ハイヴ東は北欧国連軍に直掩として委ね、自分たちは100kmほど南へ。

そして開いた扇形に陣を散らしてボスニア湾沿岸からソ連国境までを睨む。

 

軌道降下兵団由来の第1連隊の装備機は主に89式が100機。

帝都防衛師団由来の第2連隊の装備機は主に94式で103機。

そして御座乗機に御麾下隊と遊撃斯衛隊で00式が計31機。

 

全機が特殊装置・XM3に換装慣熟済みの、日本帝国が誇る精鋭ら。

 

 

「…」

「…」

 

軽口を利く者は既に居らず。だが怯えて逃げ出す者も居よう筈が。

すでに ― かねてより埋設されている駐屯地南150km地点を中心に許される範囲で東西を見張る震動センサーの数々からは、大地を揺るがす地響きが警報となって伝えられて来ている。

 

そして――

 

「――来たぞ!」

 

その警告は誰が発したか。

やや雲が多い空の下、不吉に赤い曙光を帯びて地平の彼方に最初は小さく浮かび上がる黒い影 ― 人類に敵対的な地球外起源種・BETA。

 

地球上のほぼすべての生命体より巨大なその体躯、体高16mの砲弾型の異形。

時速100km/h超で爆進してくる突撃級の群れが泥濘混じりの土煙を上げて迫る。

 

「照明弾!」

「連隊、いや旅団規模――ッ」

「突撃級だけでか!」

「総数不明、計測不能!」

「泡食ってんじゃないっ、手順通り行け!」

突撃級(イノシシ)はやり過ごして尻を貰うぞ!」

「投射砲はまだ温存だッ、装備機は逸って前に出てくるなよ!」

 

鶴翼から素早く散開する帝国軍機、しかし突撃級群の陣容は東西にも長く。

焦ったか数機の89式が高度を上げかけ――

 

「予備照射検知ィ!」

「馬鹿高度を下げろッ!」

「第1級光線照射危険地帯警報っ!」

「クッソなんで前衛に光線級(出目金)が混ざってる!?」

「掃討漏れだろこん畜生、大盛りの連中とは別口だ!」

「準備に駆けずり回ってそれどころじゃなかったよっ!」

「…CP、照射地点送れ」

「了解お待ちを…、送りますっ、どうか、中尉、お願いします!」

「…了解」

 

後方から。

 

東西へと分かれゆく友軍機の列さえ過ぎて低くそして迅く。

滑り出した黒の1機が迫る暴虐・突撃級群へと直進して突っ込んだ。

 

それは目指す指定地点への最短距離、地を這う高度で目まぐるしくも小刻みに角度を変える跳躍機の青いジェット炎にて鋭角の軌跡を描き四肢をも使って機体を捻り。

さらに時には交錯する突撃級の装甲殻上部に手を突き最低高度で飛び越えながら、乗機00式C型のセンサーが予備照射を検知するより先に機を沈めに入って遠く20km先から狙い放たんとする光線級にけしてまともには撃たせない。

そして両の主腕に沿わせた逆手の74式長刀でその機動のまま行きがけの駄賃にとすれ違いゆく突撃級の片側3脚を斬り裂けば、痛覚とてないBETAは半ば断たれた自らの足に気付かず爆走を続けそして自重と走行の負荷に耐えきれなくなったそれらが千切れ飛ぶや大地へと片腹を打ちつけ擦り、続いてその運動エネルギーのままに横転しつつ周囲の同種を巻き込む形で吹き飛んでいく。

 

「凄え!」

「相変わらず無茶苦茶だなあの大将…っ」

「ざまみろクソBETAぁ!」

 

まだ1発の砲火も発していない帝国軍機、しかし押し寄せる突撃級群のただ中にその突進ゆえとは異なる理由の土煙がいくつも上がり、同時に横転・衝突・止まりきれず乗りあげた突撃級が次々に宙を舞う。

そして突撃級はその強固な外殻に強靱な生命力ゆえ浮かび上がって叩きつけられようと同種と衝突しようとも容易には絶命しない、同士討ちをしないBETA共はそれがために大規模な山津波そのままに押し寄せる後続群は、横倒しに転がり仰向けにもがく同種を避けるべくいっそ機械じみたといっていい同調性で揃って強引に進路変更をかけ――二手に分かれた。

 

「突撃!」

「了解!」

 

その空隙を逃さず、黒に続く形で後方から低空を滑るは12機の牙。

躊躇する素振りすらも見せずに対向する突撃級の大群にそのまま突っ込み長刀を振るい火線を伸ばしてBETAの大津波をさらに斬り開いていく。

 

「第1連隊各機は所定の作戦行動を続けられたし」

「了解。斯衛の助力に感謝する、各部隊は展開急げ!」

 

 

広大かつ平坦な戦域、突撃級など戦術機の敵ではない。

 

ただしそれは、単体もしくは少数 ― いや、対処可能な数であれば。

 

 

最初期に接敵する突撃級群にはいったんの突破を許すことを前提として、防衛対象たるロヴァニエミハイヴを中心に円弧を描いて設定された防衛線は300km超。

 

すなわちほぼ戦術機のみで構成される防衛戦力・1機あたりで1km近くを守る計算になる。

無論通常は単機戦闘などすべくもなく敵BETAの数も莫大であれば4機1個小隊での行動ですらリスクが高く、ならばと中隊単位での作戦行動となれば受け持つべき戦域は差し渡しで10kmを超える。

 

 

「くそったれ! キリがねえ!」

「まだ2時間しか経ってない、冗談きついぜ!」

 

夜は明けた。しかし曇天。

暗灰色の89式の中隊がオレンジのセンサーを光らせながらFE-100を噴かし突撃砲を撃ち放つ。

 

左右散開、交差前進からの背撃。

ただ対突撃級のセオリーの繰り返しとはいえ。

 

切れ間なく伸びる劣化ウランの火線が1300m/sで無防備に背部をさらす突撃級群に突き刺さり、しかし首尾良く絶命させても残る運動エネルギーのままに滑り転がるその死体が遮蔽になって次なる獲物に取りかかるまでにも時間を要する。

 

「残弾2割ッ」

「こっちもだ!」

「CP、こちらオスカーリーダー、補給後退まで300支援を乞うっ」

「CP了解、CPよりヴィクターリーダー。オスカーの支援へ回れ」

「ちょっと待ってくれ、まだこっちの牡丹鍋を食べ切れてない」

「オイオイ帝都の衛士サマはお上品だな! 急いでくれ、俺たちゃ玉袋が小さいんだぜ!」

「度胸自慢の降下兵がよくも言う」

「おっと臆病だから生き残ってんだ、言うだろ小心降下兵(チキン・ダイバーズ)ってなあ!」

 

米国機F-15の改修機たる89式陽炎はその膝部に予備弾倉もしくは短刀を格納するが、その容量は94式不知火に比して小さい。

片脚につき左右2・計4ヶ所の収納部をすべて87式突撃砲用36mm弾倉にすれば8本携行できるもその場合は120mm交換弾倉及び短刀が持ち込めなくなり、同様に120mm弾倉は最大4つ短刀は最大4本と予備兵装にも取捨選択が必要になる。

 

兵站及び総体としての戦力に余裕があり寡兵での戦いをある程度考慮せずに済む米軍ならば問題にはなり難い点が、この戦況では弱点として露呈する。

 

 

だが暫時交代用の予備兵力などあるはずもなく。

 

辛うじてそれに近い斯衛部隊は遊撃即応火消しにと始終戦域を駆け回り ― 先鋒をも担う。

 

 

「ホワイトファングリーダーより斯衛各機へ。長丁場になる、留意せよっ」

 

眼前を高速で過ぎゆく突撃級の外殻 ― その壁と壁の間をすり抜けて。

 

だが凄まじく多い。まだ群れの終点が見えない。

素直に交差中の攻撃を諦めて唯依は突破に専念する。

 

若葉組にはまだ不安が残るも既に言っていられる段階になく。

現在の戦線から南へと突出しての、古参機らを直後に伴う突撃行。

 

「極力近接戦は避けろ、関節部温度に注意。機体を労れ、不調を来せばもう出られんぞ!」

「了解!」

「英海軍補給小隊との二次邂逅まであと3600っ」

「最寄りの輜重地点確認、送ります!」

 

その堅牢性は折紙付きの頗る付きだが兎に角整備修理に手間がかかるのが00式の泣き所。

被弾に限らず過稼働等でも不具合を出せばその時点で脱落となる。

 

そして武器弾薬に燃料程度は戦域各所に補給コンテナもしくはそのまま裸で放り出してでもざっくり準備をした上に、斬り込みを担う少数の斯衛部隊に対してはボスニア湾の英海軍空母の所属機らが給油用に増槽を背負い海岸線まで来てくれるが――

 

戦闘薬(モダフィニル)が効いているとは云え…っ

 

疲労感はなくとも疲労をしない筈も無く。

自覚せぬ間に鈍る剣筋、気付かぬ間に緩む機動。其処を見誤れば即・死に繋がる。

 

人は無限には走れない。よく鍛えている者でも無酸素運動なら1分足らず。

そして集中力の持続時間も90分程度が限度とされる中、既に戦闘時間は4時間を超えた ― つまり。

 

「もうじき中衛共が来るはずだ、震動センサー網はどうなってるっ」

「まだ6割方は生きてますっ、ですが『足踏み』が多過ぎて総数が…震度4!」

「ハイヴ東の北欧軍から支援要請!」

「連隊規模の突撃級群に抜かれました、後続多数につき追撃不能と!」

「ちぃ…! 真壁大尉!」

「任せよっ。焔狼共、転進だ! 全身全霊で武名を刻め!」

「了解っ!」

 

唯依の網膜投影の視界には舞う土煙に噴き上がる土塊、すれ違う突撃級の異形に通信窓に浮かぶ仲間達。別行動で戦域北東部に展開している赤が率いる若武者らもまた動いている。

だが左上の電探とその下の戦域図は広域に切り替えればBETAを示す赤の輝点で満たされてしまい殆ど意味を成さない――

 

「! 11時方向に要撃級確認ッ!」

「来たか、――!!」

 

反転追撃をかけて突撃級を葬っていた唯依は味方機よりの報に愛機の機首を巡らすも――刹那、その余りの光景に言葉を失った。

 

 

望遠の視界、曇天の下土煙を捲いて異星種の大群が迫る ― それは変わらない。

 

だが――見はるかす地平、ほぼその総てがBETAに埋め尽くされて。

 

 

「な、んて…数……!」

「くッ…、此方遊撃斯衛第2中隊、戦域南部一帯は異星種の為大地が見えない!」

「こちらCP、今何と!?」

「BETAが八分に大地が二分ない! 師団規模だ、解ったか!」

「りょ、了解!」

「東側のソ連国境からだ、投射砲部隊の展開急げ! 我々は所定の行動を――」

 

操る山吹の00式に突撃砲を握る主腕を上げさせ隊機の統率を図る唯依の網膜投影、その右端から敵群へと地を這う高度で疾り征くはロケットの赤い尾を曳く漆黒の影。

 

「…こちらホーンド03。光線級を捜索撃滅する」

「応、ホーンドリーダー了解。中尉、長槍隊の花道を造れ」

「…了解」

 

未だ動かず遠く本陣で督戦中の大隊長・政威軍監の許可と指示の侭に。

 

「思うように埒を明けよ ― 我等が八咫烏よ」

 

 

そう、記紀に曰く。

 

武家の頂点たる摂家 ― その棟梁が皇祖の先触れたる金鵄ならば。

 

皇師に先駆け戦場の霧を斬り裂くのは黒い翼の大鴉。

 

 

「…」

 

黒の00式が紛れていた突撃級群から飛び出して中衛へ向かえば数秒中に襲い来る数条の死の光線、しかし描いた稲妻の軌道で回避 ― 光線を、ではなく射線上に要撃級を入れ ― 、そのまま一切の躊躇すら見せず万を数える異星種の群れへと飛び込んだ。

光線級は歩行もしくは走行中での照射はしない、そして進軍中は多くの場合数体から十数体の規模で固まることが多い。ゆえに時速60km/hで爆進するBETA群中地上高3mの光線級が数体同時に立ち止まれば同程度の全高しかない戦車級は避けるほかなく。また巧くすれば跨いで上を通れる要撃級とて、光線級らの上を通るその瞬間は照射をさせぬ遮蔽物。

 

狩人と化した黒い鬼神は逆手に構えた74式長刀を両の主腕に添わせる形でその鋭い機動のままに通りすがりのもののついでと要撃級の尾節を次々に刎ねては斬り飛ばし、赤黒い濁流が如きの戦車級の奔流がわずか分かたれ滞る場所を見つけて迫る。

そして地に擦らんばかりの低空飛行からさらに捻りを加えて螺旋の如く、わずかも動きを止めることなく小隊規模の光線級をその付近の戦車級もろとも跳ね飛ばしながら00式の肩部腕部に腰部に脛部、そして爪先踵の超硬炭素刃で微塵に斬り裂いた。

噴き上がる血煙に飛び散る肉塊、蹂躙を終えた黒の00式が飛び去る背後で寸断された幾本もの人体めいた光線級の両足が宙を舞う。

 

「…次だ」

「中尉、飛ばしすぎるなよ!」

「…解っている」

 

同じく突撃行に移りゆく唯依の警句は念押しに過ぎず。

 

 

斯衛の中でも特異を極める彼の闘法、其れは一重にBETAを狩る業。

 

背負いし双砲はおおよそ背後を守るためのみ。何故なら携行弾薬には限りがあるゆえ。

そしてまた近接戦闘兵装という大質量を主腕で「振れ」ば、如何に練達の剣士が手首に肘部に肩部にと各所にその衝撃を分散させても機体関節への負荷自体は避け得られぬ。無論生半の衛士が扱うのとは天と地の差は有れども戦術機という機械の限界は超えられない。

 

ゆえに ― 黒の双刃が剣の本質はその「機動」。

 

主腕部の関節は基本固定しその超絶にして精緻な機動にて正に機体を刃そのものと化し、絶対多数・斃しても斃しても押し寄せる異星種を推進剤の続く限りに討ち続けんが為。

喩え敵中孤立し援軍どころか撤退の目処すら立たぬ状況下でも、命ある限りにBETAを斬り続ける為の――

 

 

加えて表示される彼の脳波も脈拍も呼吸数も軽い運動程度とは、あの機動の負荷からしても十分過ぎる程平常に近い。

 

一体どう云う神経をしている…!

 

其れは驚嘆でもあり気丈夫でもあり。

 

唯依とて正直をいえば八割方は、此処が死地になると思っている。

心残りが無いとは云えぬ未熟さなれど、其れを言い出せば切りはなく。

 

 

そして恐らくあの殿下は御本人ではあるまいが ― 姿形は瓜二つ、加えて声音に口調・立ち居振る舞い歩み方に至る迄実に堂に入った役者振り乍らあの長刀の振りを見れば一目瞭然。

 

だが雲上には雲上の企みがあろう。

況して戦陣にあらば唯役目に殉ずるが斯衛の依って立つ処。

 

 

列機を率いて敵中に躍り込む唯依もまた揺るぎない。

何にせよ、御指南役を務めていた彼の中尉が気付いておらぬ筈も無い故に。

 

 

彼が云わぬのなら私も云わぬ。それで良かった。

 

ましてこの先彼が西独逸等へ取られてしまうやも知れぬなら、此処で一緒に死ぬのも佳い。

 

 

然し八咫烏とはな…言い得て妙な。

 

 

濃霧立ち籠める宇須比坂にて、其の大鴉に出会いしはいにしえの勇者。

 

その武傑こそ、神州最古の英雄――日本武尊。

 

 

その伝承といい、そして彼の名といい。

上古の時代とは云え皇統に並ばれる方ゆえ斑鳩公も敢えて口にはされなかったので在ろうが、この戦域にてあの通信を耳にした者は誰しも思い浮かべたであろう。

 

自在に戦場を翔ぶ00式C型が八咫烏ならば ― それを操る彼の衛士こそはと。

 

 

だが ― ああ、そうか。それならば。

 

彼がああまでして戦い続けるそのわけもまた。

唯依には今、不思議に腑に落ちて。

 

近しい者を殺されたがゆえの復讐なのだと、己に近いとそう漠然と捉えていたのが。

しかして彼が喪ったのは肉親、近親、そして友人。だがそれだけでなく。

 

 

その黒翼で斬り裂き撃ち抜き屠り続けて。

累々と積み上げたBETAの骸、血煙に閉ざされたその頂の上で。

 

前からずっと、今この瞬間も、そして或いはこの先永劫に。

 

 

吾嬬者耶――

 

 

彼はそう、哭き続けているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方々ありがとうございます

またしても冗長になってしまいました

戦術機って、速度や航続距離がはっきりしないところが困るというかミソというかw
あんなん絶対長距離飛ばないよなあとか言い出しますと、そもそも空を飛べるということ自体がアレなのでさじ加減がなんともはや

でも人型兵器にはロマンがありますよね! …ロマンしかないともいいますかw


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Muv-Luv UNTITLED 24

 

 

発 日本帝国欧州派遣軍司令部

宛 欧州連合軍在斯干的那維司令部

 

 

本日払暁ヲ期シ 人類ノ必勝ト芬蘭ハイヴノ安泰ヲ念願シツツ防衛戦闘ヲ敢行スル

特ニ本ハイヴヲ防衛セザル限リ斯界永遠二安カラザルニ思ヒ至リ

縦ヒ魂魄トナルモ誓ツテ帝國ヲ守護シ人類ノ捲土重来ノ魁タランコトヲ期ス

 

我ラ一介ノ武弁ニシテ政客ニアラズ 為レバ身ヲ以テ北欧ノ防波堤ト成ラン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

バルト海・ファスタオーランド前線基地。

 

夕食時の士官食堂の空気は当然いつもと違っていた。

欧州連合軍の練達の衛士ばかりが集められたこの基地でさえ。

いや、だからこそこれは、浮き足だっているのではなくて臨戦態勢に入ったがための緊張感。その中に身を浸す軍服姿のイルフリーデ・フォイルナー少尉は、結い上げた金髪をひとつ揺らした。

 

「さすがに落ち着かんな…」

「できることはありませんわ。部隊は半壊したままですし」

「補充の話も…どうなったのかしら」

「…本当に余裕がない、か…情けないがそれが現状だな」

 

同期かつ代えがたい僚友でもあるところのヘルガローゼ・ファルケンマイヤー、ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉と共に入ったのはすでに馴染んだビュッフェ式の食堂。

 

 

昨夜飛び込んできた、ヴェリスクハイヴを発した大規模BETA群侵攻の報。

そしてなんの巡り合わせか今現在、欧州連合の希望・ロヴァニエミハイヴを護り固めるのは遠い極東から来たサムライ達。

 

ゆえに今朝早くにはこの基地からも、DANCCT参加部隊中最大勢力であるところのイギリス軍2個中隊がそのライトグリーンのEF-2000を駆り飛び立っていった。一路、北へと。

 

 

だが栄えあるツェルベルスにドーバー基地群司令部から与えられた命令は、他加盟国部隊と同様現状任務の続行。

そんなわけで、定時となる夕食時間であっても元から広さはあるうえイギリス軍が抜けたせいもあって食堂内に空きテーブルはすぐ見つかった。

 

セテ・プレ・セ・エ・リバ(ここいい)?」

 

そしてイルフリーデたちが座ってほどなく。

あえてかわざとか意識してか、母国語で声をかけてきたのは際立つ短躯のフランス軍士官ベルナデット・リヴィエール大尉。

西ドイツ軍の機能優先のパンツァーヤッケ、そんな無味乾燥な黒い軍服に対してやや装飾的とも見えるキャバルリィ由来のフランス軍の軍服に身を包んで。

 

その仏軍大尉にメグスラシルの娘たちが三人揃って無言のままにどうぞと席を勧めたのは、彼女が後ろに金髪の部下二人を従えて食事を載せたトレーを持ちつつもそのつり上がり気味の大きな瞳にややの苛立ちを秘めていたからと。

だからこそ、自分たちの中でもあちらこちらに「お友達」が多くて耳が早いルナに情報を求めてやって来るだろうと思っていたから。

 

「なにか聞いてる?」

「多少ですけれど。知っていることでしたらお話できますわ」

モン・プティ・ルー(ああ私のオオカミさん)、話が早くて助かるわ」

 

食べること飲むことに喋ることまでその小さな口に強いながら、ベルナデットはその口調がざっくばらんでも食事の進め方は行儀がよい。

 

「会敵からもう12時間以上? になると思うけど。戦況はどうなってんの」

「情報は錯綜していますが、戦闘が続いていることは確かですわ」

「あっけなく飲み込まれたわけじゃないってことね…援軍は?」

「御存知の通りイギリス軍が動いています。ここを発った部隊もボスニア湾上の空母を足がかりにして到着済み、作戦行動を開始しているかと」

「2個中隊ぽっちじゃ話になんないでしょ、ジョンブル連中はその気ンなりゃ給油用の増槽抱えた機体をリレーさせてでも作戦機送り込むくらいのことはしそうだけど」

「それだと給油機が何機必要になりますの? この状況下では単機もしくは数機を増援に追加したところでポーズにすらなりませんしむしろ逆効果ですわ」

 

イギリス軍に「ザ・シャドウ」のような規格外の衛士が5人10人といるならいざ知らず、とのルナの言を聞いたベルナデットもたしかにアイツは敵陣に放り込んで炸裂させる対BETA爆弾みたいなもんねと同意を返すも、

 

「だいたい指揮権統一してない状態で防衛戦闘なんて国連はまた機能不全ってわけ?」

「西側の意思すらまとめきれていませんもの」

「ああどうせウチの政治屋連中がコミー共の次くらいに問題児扱いされてるのは解ってる、ここで袋叩きにされないのを感謝すべきかしら」

「ウニオンは加盟国同士のもめ事には慣れっこですわ、いつものことかと」

 

しれっとしてカトラリーを扱うルナはさして大食ではなく。

小さくした料理を楚々たる手つきで口へ運ぶも、流れ出す言葉にはやはり棘。

 

その言い様に同席するダンベルクール少尉が居心地悪そうにしたがそれを気にしたのは隣のエイス少尉だけ、他の皆は意地悪でなく気遣いからあえて触れはしなかった。

 

 

先の大戦以降も、明確に西側陣営に属しながらも核の独自開発に拘るなどわりに独自路線を行くことが多いフランスはなにかと話題の種になることも多い国家で。それはBETA大戦においても変わらない。

今回もまた国連の場で、言葉を飾らずいえば臆面もなく自国の利益を主張して、リヨン東防衛線からの戦力抽出を断固阻止すべく立ち回っているという。

 

 

「指揮権といえばつい先ほど仄聞した限りですけれど。ライヒは当初『オペラツィオン・イオートー』を提案したそうですわ」

「イオー…、ああ。…、……本当それ?」

「だそうですわ」

「…いや…成程そうか、そう来て…いや、まさか」

「日本人はナニ考えてんの…」

 

イルフリーデには聞き慣れない固有名詞、だがベルナデットは記憶の底を探って思い当たって、その後瞬間の納得から逆に唖然としたような。

同様にヘルガも思考を巡らしては自問自答するかの如く。

 

「ルナ…」

「ライヒはマリーエンブルクをやろうとしましたの」

「……、ああ」

 

それははるか昔、ドイツァ・オルデン栄光と没落の軌跡の一節。

攻囲側との6倍の兵力差に耐え抜いて防衛を成し遂げた籠城戦。

 

ハイヴを砦に見立てて籠もろうって…

 

援軍のめどもあり。

ハイヴの地下茎構造を巧く閉鎖するなりして利用できるなら。

 

「…いい案じゃない?」

「…」

「…」

 

しかしイルフリーデが向けられ得たのは呆れかえった冷たい目線が2対、どちらの固有名詞も解らなかったらしいフランス新人2人を除けばそこにルナのものが加わらなかったのは、単に予想していましたわとばかりに眼を閉じグラスの水に口を付けていたからにすぎない。

 

「…お前は、ウニオンの将官には絶対になれないな」

「衛士適性があったことを両親と神に感謝しなさい、でなきゃどっかの基地の警備部隊かひと山いくらの歩兵部隊で今ごろBETAの腹の中ね」

「な、なによ…」

 

その散々な言われようにイルフリーデはなにか間違ったかと頭を捻って素通りさせたBETAの散逸と拡大という可能性に思い至るも、

 

「それこそBETA共にマジノにされるのだけを警戒してるってわけじゃないわよ」

「大尉がそれを私たちに仰るのも皮肉ですわね」

「ハン、言ってなさい」

「なによ、どういうこと?」

「お前なあ…」

 

さすがに頭にきてやや語気を強めてしまえば、ため息をつきつつのヘルガが察しの悪い生徒を諭す口調になった。

 

「ハイヴは最重要の戦略資源だぞ」

「そうね、それは解ってる」

「いやお前…」

「はっきり言わなければイルフィには伝わりませんわ、ヘルガ」

 

 

友邦に()()()()帝国(ライヒ)をハイヴに入れることなど出来るはずがない ―

 

 

そのルナの目におどけは一切なく。

 

「……信用、してないってこと?」

「それはもちろんそうでしょう。ライヒとはなんらの同盟も結んでおりませんもの」

「それだけじゃないでしょ、仮に今――」

 

 

ハイヴ内に招き入れた帝国(オンピア)がその占拠に動いたら、一体誰が止められる?

 

 

そのベルナデットの青い瞳にも怜悧な光。

 

「ハイヴ内じゃ少数同士の近接戦になりやすい。あんた達でさえ撫で斬りにするシュヴァリエ共が1個大隊近くいんのよ、他にもあの狂犬少佐みたいなのがいる94シラヌイが1個連隊」

 

そして残りの1個連隊だって精強なF-15改修機、しかも全部隊全機がXM3搭載済み。

一方居合わせる北欧国連軍はといえば手練れのJA-39乗り(グリフォンライダー)の多くは彼らのいうヴァルホールへと旅立ってしまい、その現状はJA-37 ヴィッゲン を中心とする第2世代型機部隊。

 

「北欧連中のウデを侮るわけじゃないけど分が悪すぎるわ」

「それにライヒはレールガン装備ですもの、防衛戦後に居座られたらウニオンの力では排除できません。おまけにS-11搭載機だらけですから、それで反応炉とG元素精製プラントを破壊すると脅されたら手出し自体ができなくなりますし」

「その点からいえば彼らをハイヴへ入れてしまった時点でほぼ生殺与奪を握られて実効支配を許すことに繋がるな。撤収の条件は…大幅な権益割譲か」

「そんな、ことって…」

 

ありうるのだろうか。

矢継ぎ早に語られる悪夢のようなシナリオにイルフリーデは言葉を失うが、同意してくれそうなのは同じく話の流れについていけてないフランス軍の新人ふたりだけ。

 

 

あの戦闘技能以外は言ってしまえば純朴にすら見えた彼ら彼女らが、そんな火事場泥棒めいたことをするのだろうか。

 

いや ― 主命たれば鬼にでも成るのがリッターだと。

タカムラ中尉を見ていればそうも判る――けれど。

 

 

「ライヒがそんなことをする理由は?」

「はぁ? G元素に決まってるでしょ」

「でもライヒにはもうヨコハマがあるじゃない、だか、ら……まさか」

 

言い募りつつもイルフリーデの中で一本の線が繋がる。

より多くのG元素を。欲して用いるとすればそれは、

 

「G弾戦略…?」

「ああ。ライヒが事を起こすとなれば、背後にアメリカがいる可能性は高い」

「オンピアが独自のG弾開発を目指すって線は…まあ、ないわね」

「ええ。ヘルツォーク・イカルガはライヒの対米協調路線の中心人物ですもの」

 

折しもの来欧がBETAの侵攻と重なったのは単なる偶然だとしても、なにしろわざわざ地球を南回りに3万kmも旅してお越しですのよ、と。

 

 

確かにアメリカは先んじてハイヴを手に入れはしているものの、その規模はフェイズ4。

さらにアサバスカにて撃破したBETA降下ユニット由来のものや今や軍事及び情報筋では公然の秘密ともいえるリヨンハイヴ攻略時に非正規的手段で獲得したものを加えても、今後の継続的な入手量としては、欧州連合が手にしたフェイズ5・ロヴァニエミ産のものが優る道理。

 

 

「だからアンクルサムの立場ならロヴァニエミの権益の何割かは押さえたいと思うでしょ」

 

フランス人大尉はきちんとマナー通りにナイフとフォークに安めを命じて、水のグラスを手に取った。

 

 

大陸外縁のハイヴを一斉攻撃・順次G弾も投入しそれらを攻略せしめて後、制圧したハイヴから入手したG元素を用いてG弾を再生産しさらなる攻撃に移るというのがG弾戦略の大まかな流れ。

 

欧州連合は政軍ともに、その作用原理も効力の程も後々への影響も不明な点が多すぎるこのG弾という兵器の使用それも旧自国領域においての大規模投下となるこの戦略に反対の立場を崩していない。

しかし対するアメリカはこの対BETA基本戦略を、今のところ引っ込めてはいるが撤回したとの発表もないしそれに類するシグナルもない ― そして日本は、そのアメリカと軍事面においては明らかな共同歩調をとっている。

 

 

振り返ればハイヴ本体攻略戦時、イギリス軍4個連隊と共に突入戦を担ったアメリカ軍は2個連隊。西ドイツ軍は突入2個連隊に地上制圧2個連隊、そして北欧国連軍が2個連隊に帝国軍も2個連隊。

すなわち当時の北欧地域における欧州系と日米系の戦力比は5:2で、いかに日米には装備に優る面があったとはいえ武力衝突に発展する可能性のある行動を取るとは考えにくかったが ― 今は違う。

 

しかも穏便にハイヴ内にさえ入ってしまえば、大してBETAとも戦わないまま居座りを決め込むことだって可能になる。

 

 

「現実として今のウニオンは軍民共にアメリカ抜きでは立ちゆかない。だがそのアメリカもヨーロッパからの移民や難民を多数受け容れている以上荒事の矢面には立ちたくない」

「そこでライヒを使うというの?」

「ええ。撤収に関してライヒとトラブルが起きた場合ウニオンがその調停者としてまさか中ソに頼むわけがないですもの、アメリカ以外に適格国がありませんわ」

「で、その後もしユニオンが協定を反故にすれば日米から制裁されるってわけね。ヘタすりゃ事実上ハイヴを奪われることになるかも」

「そんな…」

 

ちなみにライヒではこういうのをシュトライヒホルツ・ウント・プンペ(マッチポンプ)というそうですわ、と。唖然とするイルフリーデに、ルナはいつもの柔らかな口調と声音に明らかな皮肉の響きを混ぜた。

 

 

現状、日米には明文化された軍事同盟の関係はない。

それがゆえにアメリカは係争の調停仲介者たりえるとも言えはするが ―

 

日本にハイヴ権益のいくらかを割譲して撤収を実現するにせよ、それが安いもので済む保証はなく。渡したG元素の「行き先」も知る術を得られるとも限らない。

そしてより好条件あるいは無条件撤収を目指してアメリカに日本への圧力を願うとしても、「最初の支払いの対象が変わるだけ」。

 

 

「で、でも…ニッポンがそんなことをすればユニオンとの戦争になってしまうんじゃ…」

「かもね。でもそうはなんないわよ、たぶん」

「あるいはできないとも言えますわね」

 

おずおずと口を挟んだのはダンベルクール少尉、あっさりと上官に否定されるも。

彼女は彼女で多少というかそれなり以上の事情ありだとイルフリーデもルナから聞いている。

 

「ジョンブル共は本音じゃオンピアを蹴落としたいでしょうけど、後ろにアンクルサムがついてる可能性を考慮すれば対日開戦なんて認めないわよ。あいつら最終的には大陸を見限ってヤンキー共の手を握るでしょ、となれば今オンピアと明確に敵対するのはうまい話じゃない。ヘタすりゃもう話はついててG元素の融通は決まってるのかもしれないし」

 

そもそも連中は核開発の時だってアメリカに技術協力してもらったでしょうがと、核は独自開発にこぎ着けたフランス人たるベルナデットはとかく外交面では信用できない連合の盟主様を腐す。

 

大体あのいいとこ取りが大の得意の連中が今回大急ぎでこの基地から精鋭を鉄火場に送り込んだのだってハイヴ防衛もさることながら、日本への牽制と貸し、先々そのどちらにでもできる一手にしようとしている可能性が高い。

 

「その場合紳士の方々は日和見なさると思いますわ。ライヒと決定的にこじれていいことはなにもありませんし、かといって宥和策を強調しすぎれば――」

「避退中のウニオン諸国民の不満が高まり…最悪の場合、グロスブリタニアで内戦だな」

「そんな…」

 

国籍は西ドイツとはいえイルフリーデたちの世代にすれば、愛国心とはまた別に、実のところハイマートについてはおぼろげにでも覚えていればいい方で。

逆にイギリスの地は実際に暮らし育ってきた場所であると同時に、18年前、敬愛する大隊長たちが多くの戦友を喪いながらもBETAから守り通した地でもある。それを今度は同じ人類同士で流しあった血で染めることになるなんて。

 

 

そこまではいかずとも欧州連合内での不一致を抱えたままに、加盟国が個別で対日開戦するとしても ―

 

お互い遠隔地への戦力投射能力が乏しい勢力同士の戦いになり、おのずと攻撃手段が限られる中でそもそも日本にロヴァニエミを押さえられてしまっていれば圧倒的に状況は不利な上、仮に軌道爆撃等で本土を攻撃しようにも同じ手段での報復攻撃を負うことになるのは欧州避退国家の「家主」のイギリス。

そのイギリスが戦争に不参加であればとばっちりを受けてはたまらないとして軌道兵力投入のための宇宙港やマスドライバーの使用許可を出さない可能性もある。

あるいは日本に欧州主要国の各種権益と生産拠点たるアフリカ諸国を狙われれば、その防衛に割くための戦力抽出で大陸に抱えた戦線は崩壊するだろう。

 

ならばとおもむろに切り札たる核戦力に訴えようにも、連合加盟国内でイギリス以外の独自核保有国はフランスしかない。

そして軌道爆撃での投入を封じられてしまえばフランスが保有していたIRBMはBETA禍で失われた上あったとしても元々射程が足りないし、SLBMに頼るとしてもその射程は最大8000km程度。確実を期してそれ以上に距離を詰めれば米海軍ですら舌を巻く優秀さという日本の有するはるしお型通常潜水艦部隊の航続距離内に納まる可能性が出てくる。

 

さらに帝国軍が今回レールガン及びレールキャノンを計20門以上持ち込んでいることから推測すれば日本本土にはおそらくより多数の同砲が配備されているはずで、わずか1門で国連軍横浜基地へのHSST落着テロを防いでみせたそれらにより形成される対ミサイル防衛網を突破するには老兵 ル・ルドゥタブル級原子力潜水艦をはじめとして相当数の核戦力をつぎ込んで飽和攻撃をかける以外に方策がない。

 

これは軌道爆撃が可能であったとしても同様で、それでも成功するとは言い切れない上核兵器の再生産が困難な現状では、核戦力の裏付けを喪失してさらなる発言力の低下を招くことになるフランスがその大規模な使用に同意しない可能性も高まってくる。

 

 

元より欧州連合は米ソに次ぐ第3の勢力として国際舞台に立ってはいるが、その盟主たるイギリスですら単一国家としての国力では日本に及ばない。

国土を失陥した他加盟国では言わずもがなで、イギリスと同じく常任理事国の地位に座すフランスにしても、統一中華と並んで国連憲章の下その任期が恒久的なものとされていることを根拠にようやくしがみついているだけにすぎない。

 

 

「そしてもしライヒとの武力衝突が起きれば…XM3の慣熟部隊はウニオンでは我々だけだ」

「ハイヴ奪還のため周辺と内部での作戦行動ですか…レールガンの防空網を突破するだけでかなりの被害が出そうです…」

「単独で面制圧が可能なキャノンに超長距離狙撃してくるライフルまで…突入できたとしても閉鎖空間での近接戦とか…」

 

そのヘルガの指摘に、合同訓練期間中にさらに腕を上げた風でもあるがその過程で日本帝国教導部隊に近距離戦を挑んでは幾度となく撃墜されたフランス軍の新人二人は表情を曇らせ。

 

さらに装備の優劣以前にそもそもの数からして連合軍XM3部隊は先行したイギリス軍2個中隊を入れても2個大隊程度しかないのに、帝国軍派遣部隊は2個連隊とその定数は200機を超える。

 

「まともにぶつかったら勝ち目はありませんわ」

「…籠城戦術を予備的かつ最終的なプランとしたのはそのためでもあるのか」

「ですわね。ライヒ部隊を相当に消耗させてからならなんとか、と」

「フン、ずいぶん弱気ねモン・ベベ」

「あれだけ斬られてまだやる気が残っているのは尊敬しますわ」

「テェトワ、揉むわよ」

 

ベルナデットのみならず今や歴戦の古参といっていいルナにヘルガも加えての姦しいやりとり。

しかしそんな面々をよそに。

 

「…でも… いくらなんでもそんな…」

 

一気に食欲が失せたイルフリーデは自分でも気づかないうちにナイフを置いていた。

 

 

合同訓練期間中、決して多くの時間ではなかったけれど。

以前からの知り合いだった清十郎とだけではなくて、タカムラ中尉やタツナミ中尉、それに他の衛士の面々とも任務以外でいくばくかの交流を持った。

 

そこで知った彼らの素顔は、生真面目に過ぎると感じはしても好感が持てるもので。

 

その、彼や彼女らと。殺しあうことになるんだろうか。

 

イルフリーデは今になってあの模擬戦の時のヘルガの言葉を思い出す。

やりたくないし、やれないと思う。

それに気持ちを奮い立たせて戦場に立ったところで、よほど有利な状況でなければ殺されるのはこっちだろう。

 

だが ―

 

 

「だからそんなことにならないようにエスカレーションの芽は摘もうって話でしょうが」

「疑心暗鬼はウニオンの常ですけれど。今回に関してはやむを得ない部分もありますわ」

「…うん。それはわかるわ」

 

誰があの連中とやりたいなんて言ったのよと柄悪く呆れた風に片手を振ったベルナデットと一通りの食事を終えて上品な仕草で口元を拭うルナの言い様に、イルフリーデも今度は理解を示した。

 

 

考えてみれば ― ハイヴとその反応炉の確保という発想自体がなかったリヨン攻略時はともかく、ロヴァニエミ攻略作戦においては欧州連合軍は帝国軍に対して超重光線級の排除に加えて地上制圧の担当を願い、ハイヴ本体攻略に際しては外縁部の警戒を、その後はハイヴより離れた地域での防衛を要請してきた。

 

それは単に欧州軍が帝国軍に「できない・難しい・やりたくない」任務を押しつけたというだけに留まらず――同時に、彼らをハイヴから徹底して遠ざけるためでもあったのだろう。

 

 

「ですので今回、後退してきたライヒ部隊の臨時拠点もハイヴ外にと願ったそうですの」

「それは…あからさますぎない?」

「『観測指揮に出撃帰還、効率を考えれば地上に設営した方が合理的です』」

 

理由はいくらでもつけられますわ現に北欧国連軍はそうしているのですしと、表向きには瑕疵ひとつない理論武装。

 

 

だがそれもこれも、欧州連合軍上層が従前より日本帝国軍の戦術機の性能と戦力とを高く評価してきた事の裏返し。

ECTSF計画におけるEF-2000やスウェーデン軍が有するJAS-39などの開発に際する技術協力に加えて、なにより二度に渡るハイヴ攻略の実績を踏まえればそれも当然の話だろう。

 

 

そして先のDANCCT ― 帝国軍の彼ら、いや正確には彼らを派遣して寄越した帝国の上位者達にはそれなりの思惑があったのだとは思う。

あえていうならそれは人類軍規模でみた対BETA戦能力の向上という、崇高かつ高邁な目的

で ― 実際のところはおそらく特殊装置・XM3の売り込み。

 

日本で開発・実用化されたXM3ユニットは自国軍機のみならず世界最大の戦術機保有数を誇るアメリカ軍に採用され、すでにその生産に関わる大日本電気や日達に甲芝といった精密電算機器を得意とする日本企業、またそれらとの協業や合弁を早々に決めた管制ユニット本体のパテントを有する米マーキン・ベルカーをはじめとするアメリカ企業にも大きな利益をもたらし ― その上で、今後の欧州連合軍への納入も見越した形でかなりの規模で生産体制の拡充を行っているらしい。

 

 

「けれど、あるいはそれがゆえでしょうか」

 

それは受け取りようによっては、あまりに無頓着なまでに。

 

「そうね。素直に力を見せすぎたのよ」

 

やや冷たく、ベルナデットとルナの言葉は食堂に響いた。

 

 

このファスタオーランド基地でのDANCCT期間中の顛末は、今や広く知られるところ。

特に余興とされた模擬戦の内容と結果を受けて、欧州連合軍上層部と連合政府の安全保障担当者たちは真っ青になった。

 

従前より日本帝国軍戦術機部隊の優秀さは周知されてはいたものの、オールTSF・ドクトリンによりその戦力が戦術機に著しく偏っている欧州連合軍にとって、その主力兵器が、しかもようやくに本格配備が進みつつある最新鋭機での戦闘において悉く苦杯を舐めさせられたという事実は、あまりにも大きく重い。

 

その日本軍機の優位性の根幹たる新型装置・XM3については導入が決定しているにせよそれが全軍に行き渡るまでには相応の時間を要するため ― 少なくともその間欧州連合軍は日本軍に対して戦力的に大きく劣後することが白日の下にさらされてしまった。

 

ゆえに教導任務の名の下実際に行われたのはおよそ示威行動に等しいと ― 欧州連合の制服私服のトップたちにはそうも映った。

 

しかもその主犯たる帝国軍の精鋭らが今もハイヴ近傍にいるとあっては、よほど摩耗して数を減らして半死半生にでもならない以上その内部へ招き入れることなどまかりならない――

 

 

「なら ― こう、条約までは無理でもせめて覚書を交わしたりとかは無理だったの…?」

「難しいですわね。なにより時間がなかったのですから」

 

小さくも、嘆息そのままといった風に。

 

BETAの大規模侵攻確認から、第一波との会敵まで8-10時間程度しかなかった。

防衛準備を進めながらあれこれ折衝しようにも、帝国軍側も元々が人手不足に加えて派遣先でのBETA殲滅だけを主眼とした戦闘部隊をほぼそのまま持ってきた形になっていて、法務担当の事務方の軍官僚なんてほとんどいなかったらしいと。

 

そうルナが肩を竦めれば、

 

「そもそもオンピアの参戦はハイヴ攻略前の時点から有志よ、それでもユニオンにとっちゃ喉から手が出るほどに欲しい戦力でしょ。その後の防衛線維持にはなおさらよ」

「…なのに前もって『でもあなたたちは信用できない、だからハイヴに入ったとしても何もせずにすぐ出て行きますとサインして』とは言えませんよね…」

「…撤退されちゃいますよね…いえ、『撤退の口実』にされてしまうかも。それに兵に知られれば士気があがるはずないですし」

「フン、珍しく軍と政治屋共の意見があってるってわけよね」

 

フランス軍の上官の言にその部下たちとりわけ片方は複雑な顔で微妙な相づちを打つが。

 

「でも、今回ハイヴを守り切れなかったら元も子もないんじゃ…」

「そうとも限んないわ、BETA連中に奪われたんならまた取り返せる可能性は残るでしょ」

「……人間に奪われたら戻ってこないと」

「そゆこと。BETA相手ならオンピアの援軍はもう無理でもアンクルサムには頼めるかも」

 

相当な痛手には違いがないし、欧州製レールガンの導入を待ったりとか何年後の話になるんだかわかりゃしないけど、とも付け足され。

 

お友達(リント少尉)が仰るには、ハイヴ攻略後のライヒ部隊の防衛線参加についてもウニオン情報部が出兵を煽る世論誘導工作をした可能性があると」

「そんなことまでしてるわけ…」

「…それが本当だとすれば、いっそ同情を禁じ得んな…」

 

あまりの話に唖然とするイルフリーデに呆れ果てたというようなヘルガだが、ルナはあくまで合法的にですからと平然としたもので。

 

「だがそこまでして集めた戦力だ…ウニオンはまだ運がよかったというべきなのか」

「ですわね、さすがにライヒもショーグンが来ていなければ今回の大規模侵攻の事態を受けて籠城戦術の拒否を理由に撤退していたかもしれませんもの」

「…そっか、『味方』を見捨てて逃げるわけにはいかないと」

 

連合軍に北欧軍が残るのならば。

なんとも大時代的な話で、貴族の裔だなんていっている自分たちよりよほどに古い時代の気風を地で行くライヒス・アルメー。

 

そしてその段に至っても馬鹿正直に日本への不信を明言したりはしないのが欧州連合の老獪さを示すところで、

 

「そんなことをしたら面子にこだわってくれているサムライにむざむざ撤退の口実を与えることになってしまいますわ」

「『デンカを盗人扱いするのか信頼関係は損なわれた』って、まあユニオンならそう言うわよね」

「…外務連中の有能さを褒めるべきなのだろうが…」

 

大して気にした素振りもないルナとベルナデットに、ヘルガはため息で応じるも。

 

いずれにせよ欧州連合にとっては、帝国軍に退かれたらほぼ間違いなくあっという間にBETAによる蹂躙の憂き目を見ていたロヴァニエミハイヴをなんとか守れる可能性が出てきたことは大きい。

 

その意味ではウニオンは一番最初の賭には勝ったといえるのかもしれないが――

 

 

「でも……ライヒは本当にそんな企みを持っていたのかしら?」

 

 

そう、イルフリーデがつい問えば。

 

 

「ないと思いますわ」

 

 

私見ですけれど、と付け加えながらもルナの応えは素っ気なく。

 

 

「え…、じゃ、じゃあ」

「まずライヒのハイヴ、ヨコハマは最前までUNの基地でしたし今もアメリカ軍が駐留しているそうですもの。再同盟も間近とはいえ現状単なる友好国の部隊が自国の戦略拠点にいるんですのよ、彼らにはそれが当たり前になっているかもしれませんし――」

 

そう言うルナのやや下がりがちの大きな瞳がきらりと光り、

 

「ただあそこにはゼロの部隊がいるそうですのよそれも希少なUNカラーの中隊がそうそうゼロと申しますと今般ライヒからやってきたあのショーグんがッ――」

 

始まりかけたその長広舌を押しとどめたのは、その今にも高速回転を始めようとするルナの口目がけて電光石火の早業でテーブル上のブロートヒェンを投げ込んだベルナデット。

 

「時間が惜しいのよ。本題」

「んぐっ、ごほごほ…っ、ひ、非道いですわ…もう大尉にはなにもお教えしませんの」

「ブ○ヤの再販キットで手を打たない?」

「なんでもお話しいたしますわ」

 

ふざけている場合かとヘルガが水を差し出すも、ルナは涙目で咳き込んだのもフリにすぎなかったのか途端けろりと姿勢を正して、

 

「今回の侵攻が発生する前、北上BETA群の迎撃率の高さと北欧国連軍への通報含む支援体制から鑑みて、ライヒの展開ぶりは献身的でさえありました」

「ほとんど押しつけられたようなものなのにな、先を考えてハイヴ防衛戦力の漸減を狙うならもう少し北欧部隊にストレスをかけてもよかっただろう」

「とにかくお堅いのよあの連中」

 

国民性なのかしらねとベルナデットもその細く小さい肩を竦める。

 

 

だから、ただ真面目に。

ハイヴを守ろうと考えていたはず――少なくとも、現地司令部は。

 

 

「ですが、ヘルツォーク・イカルガはそうとも限りませんわ」

 

特権階級たる武家の長にしてライヒの英雄、タカツグ・イカルガ。

その彼の肩書きは政威軍監という聞き慣れないもの。

外交部からのリリースによれば武家が有する私設武装集団・斯衛軍の指揮官である一方、概ね名誉職相当でありながら実際はライヒの政軍両面に多大な影響力をもつという。

 

「件のヨコハマにゼロ部隊を送ったのは彼です。アメリカ軍との戦力比からしてポーズに過ぎない程度ですけれど、だからこそ他国軍が自国のハイヴに存在することの意味は承知しているはずですもの」

「大体オンピアの意思決定のプロセスが不透明なのよ」

 

その私設武装集団がやたら強力なのもちょっと、と血で血を洗う革命の果てに王権の代表をギロチン送りにした国の騎士が言う。

 

 

日本帝国は ― その辣腕を諸外国にも知られた榊是親亡き後空洞化していく政府を横目に、少なくとも軍事面においてはG弾戦略を根底とするアメリカへの協調の旗幟を鮮明にする斑鳩崇継を事実上の舵取りと仰いでいるらしい。

 

欧州連合にとって、日本の政治家らは特に外交面では手玉に取るのは比較的たやすい一方で、血縁と姻戚関係によって継承され存続している武家とその頂点たる五摂家という特権階級の者たちが本来の選良たる政治家らを上回る国民の人気を背景に法の裏付けとはまた別に大きな影響力を振るっている今の日本は、イギリスと同じ立憲君主制と呼ばれこそすれその実態は議会主義的君主制とはほど遠い、要するにほとんど権威主義国家に見えもする。

 

 

「…そういえばTSFの技術協力とかそれこそ清十郎の研修とかは知ってるけど、今でもライヒとは外交的にそう親密だって印象はないわね」

「正式な国交こそあってもBETA大戦以降はお互い余裕がないのもあるし…こう言ってはなんだが、ライヒはとりわけ安全保障面では強いられた面もあるにせよ同盟破棄までほぼ完全にアメリカ依存でやってきたようだからな」

「ですのでBETA禍で経済的な関係が遮断されてしまって以降は外交のチャンネルが乏しいんですの。特に『裏口』に類するものがほぼないのがこういう時に困りますわね」

 

 

とかく出口裏口勝手口、場合によっては非常口や避難口まで用意するのもやぶさかでない欧州列強諸国の外交筋からしてみれば、およそ日本のやりようはその国力にまるで似つかわしくなく言葉は悪いがまるで途上国の如き振る舞いとすら。

 

 

「なんだかんだ、ライヒとは文化・慣習的にも差異が大きいということだな」

「そうした距離感は重要ですの。ウニオンの各国それぞれ歴史的な経緯もございますし」

 

ルナはあえて人種的とは言わず、そしてハイマートとは旧同盟国の誼とはいえ。

かつての自称枢軸国とはつまるところはのけ者同士の寄り合い所帯でもあったし加えて物理的距離が遠いこともあり、本当の意味で親交が深かったとは言い難い。

 

 

BETA大戦以前、先の大戦よりもさらにさらに前の時代に、「遅れてやって来た極東の島国」はあっという間に列強の一角にその名を連ねた。

中世において世界有数の軍事大国でありながら250年に及ばんとする鎖国政策の結果、その間進歩を続けていた大西洋諸国に完全に後れを取っていた伝説の国・ジパングはしかしわずか50年で国際情勢の大舞台に躍り出るとその30年後には世界最大の戦艦を建造した。

そして起きた大戦争の結果 ― 彼らは敗北したが欧州もまた、収奪をほしいままにしていたアジアの権益を失った。

 

さらにまた、BETA大戦においても煉獄と化した欧州に遅れること10年 ― 日本はその中国大陸にはじまる出だしから自国領土の約半分の失陥に至るまでは百戦錬磨の欧州諸国からすればともすれば鼻で嗤ってしまうような展開のまずさを露呈した一方、その後2年足らずで態勢を立て直すや瞬く間に2つ、いや本国の縦深とすべく攻略したチョルォンを含めれば3つのハイヴを陥落せしめて一挙に本領安堵を成さしめ ― ようやくに旧自国領域の寸土を回復したに過ぎず実際にはその復興どころか平定の目処すら立っていなかった欧州連合各国を煩悶させるに留まらず、今度はあの新大陸人と一緒になってG弾でユーラシアを丸ごと吹き飛ばしにかかるかもしれないとなれば。

 

 

実際のところ ― 日本はたいていの場合自分たちを無害な子猫だと評価して行動しているらしいが欧州連合の多少目端の利く人間からすれば、彼らはそう思い込んでいるだけの虎にすぎないとして常に警戒すべき相手でもある。

 

だからいかに政治外交的に手玉に取るのは比較的容易で現実侮ってはいるにせよ、気づかないうちにその尻尾を踏んでしまって大ケガするのは御免被りたいのに彼らと来たら、ふつう外交の場では自国の利益を最大化するため誇張混じりでもできるだけ大声で主張するとかそれが無理なら何らかの形である意味あからさまなシグナルを送るだとかが通例なところをとにかく自己主張や自己表現を控えたがりがちなのに実はプライドは高いときている。

それで知らない間に怒りをため込みこちらから見ればある日突然キレちらかしてパールハーバーよろしくドーバーに襲撃でもかけられたら、往時のアメリカほどに体力がない今の欧州連合などは破滅へ向かって一直線になってしまう。

 

 

そしてまたその一方で、戦後までをも考えるなら名実ともに超大国となるアメリカは、たとえその虎であっても太刀打ちできない巨大な怪物。

そのアメリカに対日強硬派なりが再台頭でもしてくれば ― 他の列強が衰え埋没した世界で日出ずる処の帝国は、最悪スター・アンド・ストライプス51番目の星に組み入れられてその二千年の長きに渡る歴史に終止符を打つことになるだろう――

 

 

「で、そのへん含めてそのデューク・イカルガについてのあんたの見立てはどうなのよ?」

「まったくのシロではないと思いますけれど…」

 

長い巻き毛をひとつ揺らしたベルナデットに、ルナは小さく嘆息して。

 

「ここまでの動きからして、少なくともイカルガ閣下は『解っていてやっている』と考えた方が自然ですわ。そのためにわざわざショーグンを連れてやって来たのかと」

 

 

影武者(Doppelgänger)だろうと云われてはいても。

 

国内的には大いに士気が上がると共に、対外的なメッセージとしてはショーグンの勇敢かつ清廉な印象そのままヤーパンライヒの人類への貢献を喧伝するため。

 

 

「先ほども申しましたが押し込み強盗をするつもりなら彼女を連れてはこないはず」

「ま、ジョンブルのとこの国営放送にも撮らせてたくらいだしね」

「そこがライヒらしくないというか…こう、迂遠じゃないか?」

「そうでしょうか」

 

ヘルガの言にわたくしそうは思いませんの、とルナはいつもの柔らかな雰囲気の中にしかし微量の毒気を混ぜた。

 

「会敵前に、ライヒスアルメーの指揮官から連合軍司令部に連絡があったそうですわ」

 

 

― 我々は口舌の徒にあらず 御下命如何にても果すが皇軍の儀

故に我が命我が物と思わず 援軍到着まで支えて御覧に入れる ―

 

 

「…撤退するつもりはないということ?」

「ええ。ですがそうしてハイヴに手を出す気はないと言われたところで馬鹿正直にそれを信じるウニオンですの? ですから彼らは――」

 

 

口約束だけではとても。だが念書をくれとは言い難いと。

 

そうしていつも外交儀礼(プロトコール)に則った上でわかりにくくも丁々発止をするのが欧州流というのなら ―

 

 

「――血と剣で、証すつもりなのだと思いますわ」

 

 

まさに血判。

帝国に、仮に底心有れども賊心なし。そして欧州友邦の衰亡を良しとせず、と。

 

 

まったく度しがたいですわ、あちら(ライヒ)こちら(ウニオン)もとルナはため息。

 

「対米協調ではあっても盲従ではない、イカルガ閣下はそう示されたいのかと」

「つくづく力技ね…積みあげたBETAと衛士の死体の丘の上が調印式の会場ってわけ?」

「会議場のデスクの上の紙とペンより説得力があると考えたのでは」

 

ベルナデットがその細く小さな肩を竦めつつ皮肉げに吐き捨てれば、あのリッターたちの長なのですものとルナが応じる。

 

「その場合オンピア衛士の血で作った借用証にサインさせられるのはユニオンでしょうが」

「借りたい時に借りられる相手がいるだけ幸運かと、大尉はよくご存知ではないですの?」

「フン、あんたらはフランス・リーブル(自由フランス)がなくったって負けてたわよ」

「しかし…断臂程度は厭わんというわけだ…」

 

そうまた脱線しかけたその二人に割って入ってニホンの精神文化に通ずるヘルガが低く唸った。

 

 

武士タル者ハ武勇ニ大高慢ヲ成シ 死狂ヒノ覚悟ガ肝要也

相手何千人モ在レ 片端ヨリ撫デ斬リト思ヒ定メテ立チ向カフ迄ニテ――

 

 

その尚武の気風は、あるいは極端なまでに。

 

いや、イルフリーデらにベルナデットたちが知る日本帝国衛士の印象といえば。

言葉少なく己が身を削りただ「力」のみを体現するあの黒の双刃と、まさに電光の速さですべてを斬り伏せるタカムラ中尉 ― 初遭遇した超重光線級すら犠牲を厭わず白兵戦で倒してのけた彼らからすれば、それは至極当然の振る舞いなのか。

 

 

端から多大な流血は避け得ぬ軍事的貢献。

しかも国家の全権代理人自らが文字通りの陣頭に立っての。

 

独裁者というのは、実は大衆の支持を必要とする。

防衛戦の帰趨がどうあれ欧州連合が今後この件を素知らぬ顔でやり過ごしたくとも、世界は当分そして日本帝国の臣民たちは永劫に忘れないだろう。

 

 

「――なるほどね。ま、それに水を差そうってわけじゃないけど」

 

メルシィ・ビヤン(ありがと)と言いつつ。

ベルナデットはトレイを持って席を立った。

 

「ロヴァニエミはユニオンのものなのよ」

 

ただ、剣たれと。

市民を、国を、そして連合を守るため。

 

「サムライに任せっきりってのも性にあわないわ」

 

青い大きな瞳が凛然たる光を放ち。

 

「…行くつもりなの? 命令はまだ…」

「ま、番犬は飼い主の云う事聞いてなさい」

 

言い捨てるようにして踵を返し、歩み出したその小さな背中へ慌てた部下二人がこちらへ急いだ敬礼をしてから続く。

そうして振り返ることもせずひらひらと手を振り去りゆくフランスの竜騎士を、メグスラシルの娘たちはただ見送った。

 

「…義勇参加を志願するのかしら。無茶しないといいんだけど」

「大尉には前科がありますけれど、そこまで短慮をなさる方ではないでしょう」

 

いつも通りの細くて高いルナの声に、誰かと違ってと皮肉の香りを嗅ぎ取ってイルフリーデはむっとするも、

 

「わざわざこんなところで話させたんですもの。考えておいでですわ、色々と」

「――成程な」

 

物見高くて誇りも高い、手練れ揃いの連合衛士がこんな時事ネタをむざむざ逃すはずもなく。

やや声を潜めてのそのルナの言葉にヘルガは振り返らずして周囲の席の気配を探り。

 

「我々もいつでも出られるように準備はしておこう――援軍として、な」

 

耳をそばだてる衛士らにも届くようそう発したヘルガにしかし、

 

「……間に合うと、いいのですけれど」

 

ルナが小さく付け足したのを、イルフリーデは聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BETAに支配された土地は例外なく荒れ果てる。

それが20年の長きにも渡ればなおさら、水は涸れ草木は枯れ果て鳥も動物も姿を消す。

ましてそのBETAの牙城たるハイヴ近傍は尚更。

 

旧フィンランド・レフティニエミ付近。

 

夕刻を過ぎても沈まぬ太陽の光を遮る雲は、所々に切れ間を見せるもやはり厚く。

見渡す限りに広がる荒野 ― しかしそのそこかしこには穿たれた砲弾跡と赤黒い体液を垂れ流す異星種の死骸が散乱し、大気には砲煙と排気煙と金属臭とが入り混じるこの世の果て。

 

 

ロヴァニエミハイヴ防衛戦の開始より、13時間が経過していた。

 

 

「旅団規模BETA確認っ」

「データリンク来ました!」

「一斉発射! ミンチにしてやれ!」

「くたばりやがれぇ!」

 

懸命に火線を伸ばす日本帝国欧州派遣部隊第1連隊・89式 陽炎の1中隊 ― だが定数12機よりは、すでに2機が欠けていた。

 

それでもその18m超の機械巨人たちが組むは10m間隔の横隊、搭乗衛士らの網膜投影には隣接部隊とデータリンクを介して共有される十字砲火地点が刻々と変化しつつ映し出され、腰だめに構える02式中隊支援砲や肩付けする87式支援突撃砲から撃ち出される57mmと36mmのHVAP弾が約4km先のその地点へ殺到する。

 

その劣化ウランの嵐は装甲車両でも粉々に吹き飛ばす猛威となって荒野を蹴立てて迫り来る異形の大群・BETA中衛大集団に襲いかかり、小型大型戦車級要撃級問わず次々に噴き上がる血煙の中で肉片へと変えていく ― が、たとえ隣の同種が弾痕を穿たれ弾け飛ぼうとも一切の躊躇も遅滞も見せないのがこの恐るべき異星起源種の特色。

 

「残弾100っ」

「カバーする!」

 

常ならばある程度の裁量が許される残弾を幾分か残してのタクティカルリロード、しかし今のところ問題がない砲弾備蓄も次の補給の目処は立っていない。

ゆえに防衛に当たる帝国軍機には残弾3%以下での交換に留意するよう促されると共に、歩兵操典に則り使用済み弾倉も可能な限り持ち帰って臨時本拠の装填機にかけるべしとされている。

 

 

そして戦術機が使用する36mmケースレス砲弾は事実上世界共通規格となる一方で、帝国軍制式の87式(支援)突撃砲の36mm弾倉は通常砲後方上部に砲身と平行にマウントされる直方体形状の独自規格のもの。だがその砲後方下部には他国軍で多く使用されているSTANAG式弾倉が利用できる挿入口も用意されている。

今この戦線では近接戦での取り回しを重視する前者の帝国軍式を使用するのは主に斬り込みを担う94式 不知火 以降の機種とされ、89式部隊は先人の知恵に感謝しつつ欧州連合軍から供与された交換弾倉を用いていた。

 

 

だがしかし、押し寄せるBETAの山津波にはその果てどころか途切れすら見えず。

 

「クソッタレが北欧美女はどこ行った、しかめっ面のカニ(要撃級)しかいねえ!」

「鏡見てもの言え、美女がいたっててめえなんかを相手にしちゃくれねえよ!」

 

皆が揃って顔はこわばり目も血走らせつつの減らず口に冗談口の応酬は、半ばは恐怖をまぎらわせるため。

今この瞬間には大義がどうとか人類の未来のためとかそういうものは関係なくて、撃って斬らなければ自分が死ぬし、仲間が死んでも自分もそうなる確率が上がる。

 

「英軍の増援はもう来てるって話だが…っ」

「ハ、殿下もどこにどんだけ来てくれたとは仰らなかったろうが察しろよボケッ!」

 

昼前に英軍部隊の来援が殿下直々に伝えられたが ― それが虚偽とは言わないまでもおおよそは士気高揚のためのものとは誰もが理解していて、少なくともここでこの戦線を担う彼らは英軍機のシルエットすら目にしていない。

 

「畜生キリがない!」

「だからって迂闊に飛ぶなよ燃料計と流量計に気を配れッ」

「腹ペコでやれってのか、次の補給は何時だよ!?」

「ウィンドウは1930(ヒトキュウサンマル)以降だったぜたしか!」

「冗談じゃねえ、次もすぐ来るんだろ!?」

「泣き言を言うなッ、撃て! 撃て撃て!」

「こりゃ明日にゃ昨日までの通算撃破数超えそうだ…!」

「明日まで生きてられっと思ってんのかめでてえなッ」

「微速後退っ、距離を保つぞ!」

 

89式部隊は撃ち続ける突撃砲はそのままに、跳躍ユニットではなく主脚を動かす。

データリンクで共有された後退許容ラインまで――

 

「やべえぞあと300!」

「解ってる! 敵群伸長密度低下…っ、こちらシエラリーダー、頼むぜ帝都の色男!」

「ロメオリーダー了解、中隊抜剣、突っ込むぞ!」

「了解!」

 

次いで89式部隊と並んで砲を放っていた94式中隊・第2連隊所属の帝都防衛師団由来の精鋭らが揃って背部の兵装担架に預けていた74式長刀を抜き放つやその跳躍ユニットFE108から青い火赤い炎を曳いての噴射地表面滑走、敵陣に突撃をかける。

 

敵中に躍り込んでは戦車級を踏み蹴り砕いて要撃級の背後を狙い。かつ機体の消耗を避けるべく長刀の使用頻度には留意しつつの至近距離での砲撃戦。

全周囲に伸びる火線の一方その砲煙はBETAが噴き出す血飛沫に混じって消され、跳び付きを去なすついでで斬り払われた戦車級の身体の破片が宙を舞う。

 

基本的に小隊規模から群れでの行動をするBETAの習性、また加えて高性能な電子部品を搭載した兵器を狙う傾向があることも解っている。

ゆえに敵陣突入した94式中隊こそは狩人であり釣り餌であり。全体としては北上を目指す大規模BETA群、だがそのごくごく一部とはいえ今ここ近傍のBETAの群れには新たな標的が設定され――すなわち誘引の開始。

 

「よし続くぞ、押し返せ!」

「目標ラインマーク!」

「BETA共をぶっ殺せ!」

 

運動性により優れる94式中隊が引き裂きかつ引っ張りはじめたBETA群をより南へと押し戻しつつ殲滅すべく、後退を続けていた89式部隊もまた前進へと転じて間合いを詰め接近戦へと移行していく。

 

 

単体での火力と機動力ならBETAなどは及びもつかないのが現代の戦術機、そして特殊装置・XM3の恩恵により第1世代型機ですらもその応答性と運動性も従前の2.5世代機相当にまで引き上げられている。

だがそれらの差を埋めて余りある数の暴虐こそがBETAの真骨頂。ゆえにある程度は縦深を維持して戦線を構築し、圧倒的なその物量を受け流しながら戦うより他に術がない。

 

 

だからこそ、本来ならばここから大口径砲火力などでの面制圧を企図するのだが ―

 

「寄ってこないヤツらはほっとけ、あとで追っかけてって尻を掘るっ」

「こなくそ…っ、よくガイジンさんらは砲兵なしでやってたな!」

「せめて海軍さんがいりゃあ、なあっ」

「忘れてた、俺は船乗りになりたかったんだよちょっと転属願い出してくる」

「一回海に出りゃしばらくカンヅメだからってやめたんじゃなかったのかよ?」

「そいつはここも変わんねえ! もうかれこれ2ヶ月かたはご無沙汰だろうが!」

「諦めやがれ、ただ艦の上にゃ野郎しかいねえが陸の上は違うだろっ」

「強化装備に慣れちまって恥じらいのない連中なんざメスゴリラと同じじゃねえか!」

「まったくお喋りの多いオスゴリラ共だよ!」

「その役立たずのナニより今握ってる87式をせいぜい気張ってシゴけっての!」

 

旧フィンランド中南部を中心に敷設してあった震動センサー群はあまりの移動BETAの多さに稼働しているものもほぼ飽和状態、それがこの先の戦況の過酷さをまざまざと見せつけてくる。

 

ゆえに今の彼らがアテにできる目と耳といえば国連と欧州連合の偵察衛星からの情報と ―

 

 

ここから100km以上先、巨万のBETAが蠢く地獄のただ中で。

 

突破浸透が常套手段のそれら異星種に対し逆に散兵戦術を以ての浸透襲撃。

 

いわば先行強行光線級吶喊(レーザー・ヤークト)、それに伴う威力偵察。

 

手練れも手練れ、日本帝国斯衛軍の最精鋭らがもたらす詳報。

 

 

「光線級がいないってだけでダンチなんだよ、斯衛の英雄サマとお嬢様がたに感謝しな!」

「愛想はねェし若えくせしてやっぱりとんでもねえなあの中尉殿はッ」

「あの嬢ちゃんらも可愛い顔してんのに、なあ」

「でもああ糞、勿体ねえ、死んじまうのかな篁中尉も」

「人の心配してる場合か、どのみちオブケサマは俺らなんざ歯牙にもかけやしねえって」

「そりゃまそうだがよっ」

「――ちょい待ちっ、…やべえぞ東から来やがる、推定師団規模ッ!」

「クソッタレ、ソ連国境側からかよ突撃級も混じってる!」

「 当然『掃除』は済んでねえよな!?」

「ビビってんじゃねえ! ンだがCP、こいつは無理だぞ!」

「こちらCP。投射砲小隊を向かわせる、あと550」

「そいつはありがて――ぐぉッ!」

「06被弾っ、おい佐竹!」

「糞、畜生…、ドジった、ぜ…」

 

その89式は後ろから迫った要撃級の前腕衝角を躱し損ねて。

振り向きかけたところに一撃を喰らい、左主腕から胸部までを抉られ凹まされていた。

 

「おい大丈夫か、おい!」

「退がれ馬鹿、CP!」

 

被害は管制ユニットにまで及び、被弾の衝撃に歪み破損し飛び出た構造物にその衛士は直撃されていた。鋭利な刃と巨大な鈍器と化した内壁は防御性に優れる強化装備を以てしても防ぎ止められず胸部腹部に突き刺さるほか左脚近辺を半ば押し潰され、隊内の通信にも吐血し蒼白となるその表情が流れて共有されるバイタルの数値も一気に悪化した。

 

「CP! 中破1、負傷者だ!」

「ぐぅ…、ぃや……、へへ…こりゃ…ダメだ……」

 

兵装担架に残っていた2門の突撃砲をあえて落とし左主腕の長刀をも手放して、残る右の突撃砲1門を乱射しながら半壊した89式が突進をかける。

 

「な――、おい、待て!」

「悪ィ……」

 

赤く尾を曳いて吠える跳躍ユニットFE100、その主たる衛士の男はすでに自らの頭部の重みすらも支えかねてほとんど下を向いていた。

 

「あと、頼まァ…」

「――耐爆防御!」

 

次の瞬間、30m近辺まで上昇したその89式が巨大な火球と化し ― 小型戦術核に匹敵する爆轟が生み出す熱と加圧力とが周囲のBETAを薙ぎ払う。

 

「大バカ野郎――!」

 

怒りと憎悪に駆られながらも。

歴戦の隊機らは素早く機を伏せさせその体勢でも突撃砲を撃ち長刀を払い周囲のBETAを排除し続け、遮るものとてなにもない荒野に爆風が過ぎ去るとすぐさま再び立ち上がった。

中でも突っ込んだ衛士の僚機らは遺された砲に刀を拾い上げ、さらに激しく火線を伸ばして剣風を生む。

 

「こんチクショぉおお!」

「データリンクっ、突撃破砕射撃!」

「了解!」

「全力射撃許可!」

「このクソBETA共がぁあ!」

 

94式・89式の衛士らの網膜投影に映し出される火力集中点、BETAの影の有無にかかわらず温存していた120mm HESHも含めて局所的に面制圧を試み――

 

「頼むぜ少佐殿ぉ!」

「――了解」

 

各機早まるな、と。

務めて感情を消したその声が回線に響いた。

 

楔型で北から急速に接近してくる4機小隊。

全体的なフォルムは94式に準ずるも、わずか大型化した脚部を含めより精悍な印象を見せるXFJ-01 94式不知火弐型。

 

 

硝煙漂う戦場をなお駆ける猟犬の群れ ― その長は秘めて見せない優しさ甘さを常よりさらに押して隠した神宮司まりも少佐。

 

 

「03、行け」

「了解!」

 

そして先陣を切るはその子飼い、「巨大種殺し」龍浪響中尉。

右主腕に長刀を、左主腕の突撃砲にそして兵装担架は2門の砲の前衛装備。

長時間の戦闘に色濃くなりだす疲労を滲ませながらも、なおその短躯と双眸に生気と闘志を漲らせる。

 

「龍浪中尉、吶喊します!」

 

跳躍ユニットFE-140が青い炎を吐き出し唸り、瞬く間に最大戦闘速度に達した響の弐型が楔型の頂点となって赤黒く蠢く波濤・BETA群のただ中へと斬り込みをかけた。

 

「対光線級警戒、高度20照射なし!」

「誘引を開始する。駒木千堂は続け、索敵を厳にせよ」

「了解!」

 

ひた走る猟犬たちが目指すは戦線部隊が穿ってくれた突入口。

 

無駄にはしませんよ…!

 

データリンクから網膜投影の左下に小さく並んだこの戦域の面々の表示に刻み込まれた赤い×印。せいぜい200人程度の欧州派遣部隊の衛士同士、名前までは知りはしないがその顔くらいに見覚えはあった。

 

戦線部隊と交戦していた旅団規模BETA群はすでに半数近くにまでその数を減らしていたがまだ3000に及ぶ異形の群れ、あえての減速によりその残余ほぼすべてを引き連れながら東進する投射砲小隊はほどなく目標の師団規模BETAその先触れたる突撃級群を視認し――再度の増速をかけてそこへ突入した。

 

眼前眼下に広がるは禍々しく地を這い埋めるBETAの異形、響は等倍の視界のすべてのそれらがざあっと音すら立てるようにして一斉にこちらを ― 正確には後に続く神宮司機、そしてその99型電磁投射砲を ― 指向するのを理解する。

 

戦意を圧して余りあるこの異様もすでに4度目、それでもまだ内心に拡がろうとする怖気を響は食いしばった奥歯で噛み砕いて振り払い、あえて猛って吠えて見せる。

 

「俺はここだぁ! かかってきやがれ!」

 

 

電磁投射砲のもつ強力なBETA誘引効果を利用して、待ち受けて引き撃つのではなく装備機自ら進出してBETAを寄せ集めては最大戦果を狙う攻防一体の戦術。効果的だがリスクは高い。

 

 

長大な投射砲とそれに給弾ベルトで繋がる大型の弾倉ユニットを背負う神宮司機の動きは鋭いとは到底いえず ― 飛びつこうとする戦車級にはギリギリ届かない高度、そして次々に跳びあがらんとする要撃級もその多くは速度差で置き去りにできるも中にはあたかも偏差攻撃の如くに前もっての跳躍をかけてくる個体は危険。

 

「やらせるかよっ!」

 

ゆえに響はそれらを見逃さず36mmの連射を浴びせ長刀の振りで叩き落とし、

 

「2時方向3200に光線級です!」

「にゃろ…っ」

 

回し蹴りで吹き飛ばして遮蔽にしつつ、落ちた速度を補い降下のための足場も兼ねる。

 

「邪魔だ!」

 

響の両の眼が忙しなく踊り、次々に定めた標的へと36mmをばらまき120mmを放ちながらさらに長刀を振るって血路を開く。地に満ちるBETAの赤黒い絨毯のただ中に爆炎が生じ噴き上がる血飛沫がすでに返り血に染まる弐型の暗灰色の塗装をさらに汚した。

 

投射砲小隊員皆の網膜投影の情報視界には駒木機が発する最適進路、そこへ斬り込みを担う龍浪機が即興で加える機動にも神宮司機後方とりわけその左を固める千堂機から伸びる火線が的確な支援を寄越し――敵群直上を直進でなく蛇行して突き進む。前へ、そして南へ。

 

殺到するBETAの群れをかき乱して引っぱり縒り集めて ―

 

「南端へ抜けます!」

「まだもう少し引きつける、増速降下っ」

「光線級群の位置情報送ります…小隊規模、どうぞ!」

「よしカウント10で反転砲撃!」

「了解!」

 

猟犬部隊は地表へ降下、全速での噴射地表面滑走。

そうして上空から俯瞰すれば追い縋らんとするBETA群を漏斗状に吸い出し――神宮司機は通常手順をすっ飛ばし飛行状態のまま砲後部のマウントアームを乗機肩部に固定するや一気に増加した空気抵抗に乱れる姿勢と落ちる速度を精緻な機体制御と跳躍ユニットの出力増で補って見せ、砲身左のフォアグリップを握らせつつ長大な砲を振り回すように時計回りの旋回をかけた。

 

「出力最大、掃射角30っ…発射!」

 

隊機が素早く散開したのを確認し、減速しつつも後進を続け引き撃つ神宮司機が構えた砲から伸び出す光条 ― 電磁加速された120mm砲弾は音速の10倍に及びその連射速度は分間800発。

 

地上高12mの要撃級は弾体の直撃により消し飛び同3mの戦車級光線級も至近距離で発生する衝撃波に押し潰されると同時にその加圧力で内部組織を損傷させられ、それを免れ得た個体も掃射方向に巻き上げられたものは続く連射の射線内に捉えられて瞬時に肉片と化した。

 

10km離れた突撃級の外殻ですら貫通可能なその威力で約15秒間の掃射、そして1射目を終えるや間髪入れずに神宮司機は2射目を放つ――

 

「砲身温度許容限界、ローレンツ力低下 ― 少佐っ」

「保たせる!」

 

長機の砲撃を補佐すべく投射砲の状況をモニタリングする駒木機からの警告にまりもはコネクトシート脇のコントロールパネル上に素早く指を滑らせ連射速度を変更しつつ、背部大型弾倉が空になるまで見事撃ち切り迫る赤黒い波濤・BETAのうねりを貫き引き裂いた。

 

「撃破7000! 光線級の排除を確認ッ」

「こちらウォードッグリーダー、シエラ・ロメオ両中隊へ。残敵を掃討せよ」

「イエスマム!」

 

残敵とはあえての表現、いまだなお戦域のBETAは3000超で連隊規模。

しかしそれでも地を埋め尽くしていたBETAの大集団は今や中央部から真っ二つに分断されてそれぞれおよそ2個大隊規模1500体の群れへと減じ、そこへ誘引中に体勢を立て直していた戦線部隊が火力を集めた。南を指向するBETA群の側方西側から一気呵成に殲滅せんと、次々に36mmで穿ち120mmを炸裂させる。

 

「よし…ウォードッグリーダーよりCP、66.944, 27.946地点の支援完了」

「CP了解」

「ソ連国境側からの侵出が厄介だ、03型を回せるか」

「は。貴隊は66.325, 25.927地点で補給、のち次の支援ポイントへ向かわれたし」

「了解…聞いたな、転進する」

「は!」

 

投射砲小隊は隊列を組み直し後退を続けのち離脱、空中で神宮司機が過負荷により過熱し劣化した投射砲の砲身を切り離すと淀みなく駒木機が投射砲マウントアーム後方の砲身カートリッジから交換砲身を取り出し換装作業を行う。01・03型用砲身は回収不能で廃棄する場合はその破壊が義務づけられているが99型用はそうでもない。

 

そうして速やかに戦線部隊が生み出す砲炎から遠ざかりつつ、しかし響は小隊内のみの通信となった瞬間に、敬愛する上官が音も立てず表情さえも変えないままにそれでも疲労の混じった吐息を漏らしたことに気づいていた。

それは、先の大型投射砲の追加投入要請などおそらく実現しようもないことを見越してのものに留まらず。

 

いくら鍛えてるたって…

 

個人差はあれど戦闘行動に必要なスタミナの類が男性優位なことはたしかで、その響にしてすらとうに消耗を自覚している。

ろくな休息も取れないまま戦い続けて、神宮司少佐のみならず駒木千堂両衛士にも明らかな疲弊の気配。揃って死線を潜ったことはとうに一度ならずも、これほどの長時間に渡る連続戦闘の経験はない。

 

 

それでもまだ、今はいい。

これでまだ、いい方だろうと言えてしまう。

燃料弾薬衛士に整備員らの消耗だってまだなんとかなる範囲。

 

 

それに逆説的な話だが、投射砲を任されて即応的な運用をされる自分たちはまだマシな方だとすら。

大規模BETA群に対して突撃誘引からの掃射掃討なんていうのは衛士の技量に機体性能そのどちらかが不足しただけであっという間にあの世行きになる任務だが、その両方が揃いさえすれば一戦闘ごとにわずかとはいえ小休止じみた間合いを取ることすらできるのだから ― とはいえ。

 

 

保つのか、これで…

 

不意に差し込む弱気、いや否定し続けなければいつでも覆われてしまいそうなそれ。

 

 

定数を保った隊はすでにほぼなく、今もまたひとり手練れが散った。

戦力減はそのまま衛士1人戦術機1機あたりの負担を増すし、その上で投射砲を撃ち尽くせば押し寄せ止まないBETAの津波を止めることすらままならなくなる。

 

それに戦線全体を下支えしているといっても過言ではない精鋭斯衛の先行光線級吶喊だって、いつまでも続けられるはずが ―

 

 

いや――保たせて見せる!

 

それが自分の任務。

来るとだけしか聞かされていない援軍本隊、だがその来援まで。

 

 

中隊単独での南進を命じられ、毅然と死地へ赴いたのがあの白い牙なら。

 

それでもこっちは死ぬのを前提に戦いに臨むつもりなんてない。

だったらどれだけみっともなくたって、力の限りあがいてあがいてあがき抜いて手が届く範囲くらいは守ってみせる。

 

政治の向きがどうあろうとも現場の衛士にできることはそれくらいで、またそれがすべて。

 

 

「孤立無援ってわけじゃない…なんとかなる」

 

半ばは自分に言い聞かせるためだったかもしれない響のその呟きを、上官たるまりもも今は咎めずそうだな、とだけ返した。

 

 

だが――出撃前。搭乗を控えて諸準備を進める山吹と黒とに。

 

 

「篁中尉、お気をつけて」

「ああ。其方も抜かるなよ」

「わかってますよ。中尉も、どうか」

「…ああ」

 

これが今生の別れになるかもとの思いを振り払う響に、いつも通りに無機質な応えを返した黒の背中はしかし何かをぼそりと呟いた――

 

 

……シアトル(最後の楽土)が陥ちた時もこうだったか、と。

 

 

 

 

そしてこの1時間後。

日本帝国軍部隊は戦線を10km後退させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイヴ東側を防衛する北欧国連軍、その戦意の高さを疑う者はいない ― が。

 

ロヴァニエミハイヴより東へおよそ80km。旧フィンランド・ケミヤルビ付近。

 

 

陽が沈んだ。日付が変わって30分ほど。

いや地平の彼方にはまだわずかその頭頂を覗かせてはいるものの、雲の多い空に残照は弱くしかし次なる日の出はわずか2時間後。

 

訪れた短い薄闇に照明弾の打ち上げを待つまでもなく ― ステラ・ブレーメル国連軍少尉は乗機JAS-39 グリペンの管制ユニットから前方はるかに大きく立ち上がる炎の壁を見た。

網膜投影の明度調整は素早く、目が眩むことはなかった。

 

それは60kmほど先に臨むソ連国境、そこから西進してくる師団級BETA群に先んじて浴びせられたエンパイア・オブ・ジャパンが擁するリニア・レールキャノンの一撃。

 

「こちらヨルズ01、有効射と認む。インペリウムのミスティルテインに感謝を」

「礼には及ばず ― さあ焔狼共!」

 

続いて未だ爆炎逆巻く前線へと打ち上がる照明弾、

 

「射干玉の夜の地平に燦爛と燃え! 抑如何なる異星種の顎、乃至腕が襲い来ようとも我等が鋭刃たる爪牙を阻む事能わず――続けぃ!」

「応!」

 

先んじて地を疾るは極東のサムライ部隊、その先頭にはすでに夥しくBETAの返り血を浴びた深紅の若武者、紅顔のセイジュウロウ・マカベ大尉が率いる12機のType-00。

 

通信ウィンドウの片隅に並ぶその面々は日本が誇るロイヤルガード、歴戦のステラから見れば幼気にすら見える彼らはそれでもその若さを恃みにもう幾度めかもわからなくなった突撃行へと愛機を乗せる。

 

「第2大隊も続かれませいッ、千灯万火明滅離合・不知火の名にし負うまま!」

「応ともさ、真壁隊に遅れるな!」

「了解!」

 

まだ到底先が見えない戦況を、澱み固まりつつある疲労と共に喝破するが如く。

彼らに続くは30を数えるType-94、今となっては懐かしささえ覚えるその機影。

 

「よしレギンレイヴ01より中隊各機へ。残敵へ砲撃――開始!」

 

そしてその中隊長の命令一下、ステラもまた乗機に抱えさせるAMWS-21 戦闘システム支援突撃砲を開く。

帝国軍部隊の後を追って前線を押し上げつつ、ロングバレルに換装した36mmで狙い撃つは数km先 ― 網膜投影の望遠視界の中、上空へ抜けていった爆煙の帳を突き破って現れ来たるは仲間の死体を踏み越えて進む要撃級の群れ。

 

すでに両軍部隊の呼吸は合い ― 北欧軍部隊の支援を受ける形で敵中に斬り込んだ帝国軍はゼロの部隊を筆頭に小隊単位に分かれて押し寄せるBETAの波を斬り裂き、その分断なった小群 ― といっても大隊規模1000体近い数 ― へと北欧軍機がさらに制圧砲撃をかけていく。

 

本当によくやってくれるから…!

 

帝国軍とりわけロイヤルガードの彼らの、勇敢ではあってもいかにも良家の子弟といった風情(マカベ大尉は日本語でなにやら口数が多いけれど)は、ああやっぱりユイの仲間なんだとステラに実感させる。

 

「やはり突撃・近接戦には凄まじいものがある…」

「04、本当にあれでロイヤルガードじゃ新米の範疇だってのか?」

「個人の技量ならもっと上がいるのは確かよ」

 

中隊長と僚機へと返しつつ、ステラもまた砲撃の手は緩めない。

それに若すぎるからか彼らにどこか甘さや線の細さを感じてしまうのは杞憂であってほしかった。

 

 

遺されし者(レギンレイヴ)と名付けられた中隊。

先のハイヴ攻略戦・光線級吶喊からの生き残り。

ステラ自身はなんとか生還を果たしはしたが、また多くの戦友を喪った。

 

 

感情論から叫べるならば、ユイを詰りたくもあった。

あのとき彼女らがもっと大規模に参加してくれたなら、多少なりと北欧部隊の損耗は少なかった可能性は確かにあった。それが犠牲者が出る可能性を彼女らに押しつけることに他ならないものだとしても。

 

だからそういう意味では、ハイヴ攻略戦後に彼女と個人的に話す機会も時間もなかったことはかえって幸いだったのかもしれない ― 戦闘直後の頭が冷える前にユイの顔を見てしまったら、あの綺麗な顔をひっぱたくまではいかないにせよ声を荒らげることくらいはしてしまったかもしれないから。

 

それに――

 

 

「確かにあの連中を止められるかと問われれば、ネイ(No)と言わざるを得ないな」

「ロイヤルガードの精鋭に近接戦に持ち込まれたら米軍のトップガンでも敵いません」

 

これまで戦場を共にしつつも帝国軍部隊のその戦いぶりを目の当たりにすることがそうはなかった北欧軍の面々からすれば。

今さらながら遠く後方の基地から聞こえてきていた噂話もまるきり嘘ではないのだなと唸る中隊長に、以前直接この目で見ましたから、とはユーコンでの経験をもつステラならでは。

 

 

ロヴァニエミハイヴ攻略完了後、日本帝国軍と共に北欧軍がその防衛に就くことが決まりかけた頃。

ステラは所属隊の小隊中隊長どころか大隊長、のみならず連隊長からさらにその上の北欧国連軍上層の士官らからの聴取を受けた。

 

曰く ― 我ら(ハスカール)彼ら(サムライ)に抗する術があるか否か。

 

衛士としてどうあるべきかとか、あえて自己を厳密に規定はしないステラにすればそんな政治的な動きにはあまり深入りしたくはない一方で、国連軍の名を冠すれども今や欧州連合軍とほぼ一体化したスカンジナビア諸国軍の危惧というのもまた容易に察し得た。

 

そしてこの防衛戦開始直前、自分たちの最初の任務は「ハイヴ近辺にまで後退してくる日本軍への警戒」 ― バカバカしいと思うと同時に、それが必要な用心であることも解っていた。

 

 

そもそも列強の狭間で生きるしかない小国にとっては、最初から選択権などないも同然。

 

旧自国領域内に位置するハイヴ本来の攻略自体を早々に諦めたのもそうした現実主義からのもの、祖国を解放しえた段に至ってもようやくに整備を進めた新鋭機・JAS-39の多くはその道半ばで失われてしまい、解放国土の防衛を独自戦力で賄うことすらかなわない。

 

ゆえに今や数的に戦力の中心たるのは第2世代型機のJAS-37 ヴィッゲン。

極低空域での良好な機動性能と軽量機ゆえの整備・補給時間の短さを活かして高サイクルの出撃を続け過大な任務に挑み果たし続けてはいるが、

 

「1個大隊の支援にエリートサムライ、レールガンに加えてキャノンを2門も回してもらってやっとの我々が威張れる話ではないな!」

「我々が抜かれても防衛作戦自体が破綻しますから」

 

だが実際、今こうして北欧軍が戦線を維持しえているのは侵攻BETAの先駆けたる突撃級群に突破を許しかけて以降日本帝国軍の助力あってのもの ―

 

でも――よくて今日一日保つか、ね。

 

持久戦になることは最初から承知の上で、他戦線の状況までは知る術がないにせよ。

それでも今この北欧国連軍が担うハイヴ東に限っても、ステラが持ち前の判断力で客観的に考えれば。

 

 

戦闘薬が効いてはいてもまるで休息の必要がないわけじゃなく。

予備兵力がほぼ皆無の現状がいつまでも続けられるはずもない。

 

欧州連合軍には非効率を承知で逐次増援部隊をその準備が整い次第送ってもらわなければ、防衛部隊に脱落機が増え阻止制圧力の低下があるレベルを超えた時点で ― 一気に崩壊に至る可能性が高い。

 

 

ステラは短い夜の薄闇に吠えるマズルフラッシュに照らされながら猛烈な勢いで減りゆく残弾カウンターを見つつトリガーを引き続けるが、その彼女にも肩口で切りそろえた薄い色の金髪のややの乱れを気遣う余裕もすでになくなりつつある――そこへ。

 

「こちらシグルドリーヴァ01、妙なヤツが…!」

 

北に5km地点に展開中の隣接部隊からの急電。

データリンクを介して送られ共有された映像には ― 50体程度小隊規模の要撃級。

 

上空から低速で降下する照明弾のオレンジ色の光源の下、それらからゆらめき立ち上る――燐光。

 

あれは――!?

 

まるで見覚えのない光景に疑念を抱くステラをよそに、闇夜に青い炎の尾を曳くように突進してくるそいつらは、連射され伸びゆく曳光弾混じりの36mmの火線を主体節前面で交差させた前腕衝角で斜め上へと弾きつつ真っ向から迫り来る。

 

「砲が効かない!」

「違う防いでやがるんだ、120mm!」

「了解!」

 

要撃級の前腕衝角は高硬度かつ靱性にすぐれるのは周知の事実、だがそれらを能動的に防御に使うだなんて見たことも聞いたこともなく。

また生命力が強いことも知られているが、それでもサソリの尻尾の如く持ち上げられた後部尾節は一種の弱点、気味悪く歯を食いしばった人面のようなそれを破壊すれば一気に動きが鈍化することは判っているし、主体節へも36mm HVAPの10発も直撃を食らわせれば仕留められるはずましてや120mm砲弾ならばキャニスター弾以外であればおおよそどの弾種でも――

 

「ッ! 畜生当たってるのに!」

「やたらにタフだぞ!」

 

素早く攻撃を切り替えたJAS-37・39混成の北欧国連軍部隊、だがその青く燃える要撃級群のうち動きを止めることができたのは10体程度。

 

残る8割40体ほどはタングステンや劣化ウランの合金で構成され細長く鋭い矢状で高い貫徹力を誇るAPFSDSの弾芯を幾本も前腕衝角に突き立てられ着弾後被帽が潰れることで跳弾を避け炸薬の爆発で対象を破壊するAPCBCHEで体節各所を損壊させられながらもなお突進を止めず ―

 

「止まらん!? 散開、 背後を取るぞッ」

「120mmの残弾が…っ」

「36mmでいい、小隊単位で火力を集めろ!」

 

ハイヴまではまだ十分に縦深があるゆえ側方攻撃に移った北欧軍機の集中射を受けた個体からようやくに前進を止め数多穿たれた弾痕からあふれ出る体液の池に沈んでいくも、火力密度と引き換えに防衛範囲を失ったうえ処理に手間取る間に散開からの交差攻撃により生じた戦線の空隙に他のBETA群が雪崩れ込む。

 

「突破されるぞ!」

「支援を――」

「ウルフブレイズ向かう! 第1小隊俺に続け!」

「レギンレイヴ分遣する、04、2機連れていけっ」

「了解!」

 

折しも前方の敵群を突破し終えた深紅のゼロとそれに続く同白3機が機を翻し全速の噴射地表面滑走、ステラも隊機を率いて続いて北へ向かう ― 5kmと少しの距離を詰めるに1分とかからない。

 

「シグルドリーヴァは抜けた奴等を追われませい、此奴等は我々で引き受ける!」

「マカベ大尉――、頼むっ」

「04から各機、ロイヤルガードを支援するわよ」

「忝い少尉、よし焔狼共得体が知れんぞ慎重に行けっ」

「了解ッ」

 

列機を従え疾る紅の武者、その彼らを支援するステラ達もまた突撃砲を撃ち放ちつつ距離を詰め、不気味な要撃級群の側方を衝く。

次々に着弾する36mmを意に介した風もなく向き直って前腕衝角を構えた要撃級、だが素早く分かれた紅と白の前衛2機のゼロはすでに剣の間合いに入っていた。

 

「散れッ!」

 

即座に斬り込む赤い疾風、マカベ機が小刻みに動く跳躍ユニットFHI-225によるベクタード・スラストに主脚先端二叉の爪先で夜の荒野を掴んで蹴立て、瞬時にその要撃級の背後を奪うと右主腕の74式長刀を振り必殺の一刀を ―

 

「――!」

 

本来ならば袈裟懸けに要撃級の背面尾節から主体節中央部付近まで斬り裂くはずのその一太刀、だが端で見ていたステラからすれば信じがたくもその個体はマカベ機の動きに追随したのか1/4ほどとはいえ振り返りかけ。

しかしマカベ機はそれにも即応して見せ斬り返しからの跳ね上げで見事その要撃級の苦悶とも憤怒とも取れる表情に見える人面めいた要撃級の尾節を刎ね飛ばすも、

 

「――ちぃ!」

 

危険を察知し即座に後退をかけたマカベ機のいたその位置に尾節を刎ねられ失った要撃級の前腕衝角が振り下ろされたのは一瞬の後、マカベ機は跳び退りつつも間髪入れず至近距離から左主腕の87式突撃砲にて36mmを浴びせるがその個体は初弾数発の命中をものともせずに再び交差させ掲げた前腕衝角で続く連射を弾いて逸らし、劣化ウランの弾丸はその要撃級から立ち上る暗闇に燃える青い炎を貫くに留まる。

 

「く――、虚仮威しではないか!」

 

だがさすがに堪えはしたのかその要撃級はそれ以上動かなくなり、そして手強いとみたか一旦間合いを離すマカベ機にしかし――同じく突入をかけたもう1機の白いゼロは離脱に失敗していた。

 

そのゼロが狙い定めた獲物としての要撃級、その背後でなく真横を取って振るった初太刀は想定以上のその個体の旋回速度によって阻まれ ― 上段からの振り下ろしが前腕衝角によって大きく弾かれがら空きになった機体胸部へともう一本の衝角が迫り、しかし辛くも噴射後退により難を逃れたその次の瞬間背後に迫ったもう一体の、青黒くいびつな三日月型の巨岩 ― 前腕衝角の直撃を受けた。

 

決して鋭利ではなくいうなれば巨大な鈍器、だがスリークォーターに振り下ろされたその衝角前腕の一撃に薄い第3世代型機の装甲はひとたまりもなく。

 

「な――ぎゃッ」

 

被弾したその00式は胸部付近から白い装甲片と内部機構を飛び散らせつつ管制ユニット内部の搭乗衛士ごと拉げて潰れ、上下に千切られるように分断された。

 

「な、中村!?」

「こ……、こいつらあっ!」

 

――いけない!

 

眼前の惨劇と響いた仲間の断末魔に。

若すぎるロイヤルガードたちの撃発をステラは刹那に察した。

 

「おのれぇえ!」

「この野郎おお!」

 

後衛の白2機がおそらくはその激情のままに公用英語も残弾管理も忘れた上に足まで止めて120mmまでも混ぜた砲撃を始め、それらは目標を変えたらしくこちら支援部隊へと向かわんとしてくる要撃級の群れへと次々に着弾する。

 

「よくもぉお!」

「この、このぉ!」

「――マカベ大尉!」

「ッく…!、落ち着け皆落ち着けっ、取り乱すなッ!」

 

ほとんど叱責に近いステラの警告、それに若き隊長はその命令のみならず乗機の腕まで振って統制を図るもその声自体もうわずっていて。ステラは自分の予想が嫌な方向で正しかった事を知る。

 

そりゃ誰もが最初からベテランなわけじゃないけど…!

 

 

やはり彼らは新兵とまではいわないにせよ ―

 

優秀な資質、優秀な技量。そして恵まれた機体性能。

ゆえに彼らはこの激戦の最中にあってすら、1中隊12機が20時間も欠けることなく。

 

だがそれこそは、彼らの強さの証左であると同時にあまりに巨大な落とし穴。

 

戦友の死に激することは珍しくはないにしたって今の彼らはただ泣き叫んでいるに等しい。

 

 

「砲撃をやめさせて! 着弾の炎と煙でBETAが見えない!」

「わかっている! 貴官等は一旦距離を取れッ、そして撃つなやめろ0204!」

 

マカベ大尉のその制止が届く直前。

爆煙が戦闘により発生する風に吹きさらわれるより早く青い燐光を纏った要撃級がその帳より飛び出した。

 

その個体はわずか一息の蹴り出しで60mの距離を詰め、乱射により撃ち尽くした120mm弾倉の自動交換が入り打撃力を喪失して無防備な白いゼロへと前腕衝角を交差させたまま激突した。

 

「ぁッ…!」

 

冷静であれば ― その衛士であれば十分に対処できたはずだった。

しかし今の彼に出来たのは、反射かあるいは本能的な防御行動として突撃砲を握る左主腕に加えて長刀を掴む右主腕を前に突き出すことだけで。

だが両の主腕程度で高速で宙を飛びぶつかってきた超硬質の大質量に抗えるはずもなくへし折れ潰されその被害は本体にまで及び、大きく胸部を凹まされたたらを踏んだ白いゼロへと無感情なBETAは即座に無慈悲な追撃を――小さくも跳躍すると振りかぶった両の前腕衝角を大上段から叩きつけた。

 

「坂井――!」

「せ、せいじゅ――ォグ」

 

戦術機の外装と内部構造とが力任せに一緒くたに押し潰される轟音の中、通信の最期に響いたのはその内部でもぐじゅりとなにかが潰れる湿った音。

原型を留めぬまでに破壊された近接戦最強の呼び声も高い第3世代型戦術機、だがその残骸が頽れる前にマカベ大尉が駆けた。

 

「う、おおお!」

 

その秀麗な顔は激情に歪み見開かれた大きな眼には憎悪が燃える。

 

「これ以上はやらせん!」

「! マカベ大尉退がっ――」

「支援を頼む!」

「――了解!」

 

意外にも。

咆哮した若すぎる大尉に闘気はあれど暴発の気配のなさを感じ取りステラは彼を制止するのをやめ、彼が狙うと思しき今一機の白いゼロに迫らんとする要撃級以外を掣肘すべく火線を伸ばせば彼女の僚機らも即座に続く。

 

そしてその歴戦の北欧軍衛士らの援護を背負い、深紅の00式を駆る清十郎は ―

 

 

何も彼もが足りない。何も彼もが。

力も経験も、そして何より真の覚悟が。

 

だが其れ等総てを埋め得ぬ侭に――時は来て仕舞った。

 

統制された戦場しか知らず庇護されるまま精鋭の末席に名を連ねていた己等に、血と鉄の洗礼が舞い降りる時が。

 

それでも ― そう未熟なればこそ、赤の男爵の教えは ――「常に冷静であれ」と。

 

 

怒りを燃料に換え哀しみで頭の芯を凍てつかせ。

清十郎は87式突撃砲を撃ち放ちながら瞬きの間に100mの間合いを詰め ― その機動に反応した要撃級が襲い来る砲弾を防禦せんと交差し掲げた前腕衝角、だがその動作こそが内心に猛る赤き狼の狙い。

 

跳躍ユニットの噴射に大地を蹴っての低くも迅い小跳躍、宙空に横倒しになり平たく醜い要撃級の至近直上を飛び越えながら振りかざすは右主腕の74式戦闘長刀。燃える燐光を突き破りながらのその一刀は狙い過たず部下の仇たる要撃級の尾節を刎ねて飛ばした。戦術機動剣 ― 「疾風」。

 

清十郎はさらにそのまま背後へと抜ける離脱行程、一瞬動きの止まった要撃級の主体節へと36mmの連射を浴びせつつ。ようやくに頽れて沈んだその個体へと残心を取りつつ残る1機の隊機を叱咤する。

 

「呆けるな! 二人の死に泥を塗る気か、斯衛の名を汚す気か!」

「ッ…!」

「落ち着けばやれん相手ではない! 囲まれないよう留意するのは基本だろう!」

 

言いつつ僚機の肩部を掴み促しややの後退、追って迫らんとする要撃級群へと砲を開く。

 

「俺達は『特別』じゃない! だから今ここにいる!」

 

 

あの巨万のBETAが迫る南方の戦域へ、白い牙への同行の指示が出なかったのは。

生還は元より、負うべき任に堪えるだけの力は無いと見定められていたからこそ。

 

 

「最精鋭との訓練を経て己が器が拡がったなんていうのも思い上がりだッ、考えてもみろ彼の中尉からの一本どころか篁中尉に打ち返せたことが一度でもあったか!?」

 

 

世界でも指折りの衛士らと共に教練に励み。

同じ任務に就いた束の間に、近しい域へは達したのではと思い違いをしていなかったか。

 

 

「片手間で勝てる力もなければ戦気を読み取る経験もない、戦果があるのは00式の性能のおかげで戦死が出なかったのも単に運がよかっただけだ!」

「っ…」

 

 

そして搭乗衛士の生残性をおよそ倍にするとまでいわれるXM3 ― それがなければとうに。

 

 

「清十郎っ…」

「格下なんだ俺達は…!」

 

 

遙か前方を征く黒き両雄の背はまだあまりに遠く。

遅々として進まぬ我が拙き歩みは道半ばにすら届いていない。

 

それでも ―

 

 

「それでもこの場の斯衛は俺達だけだ!」

 

 

― 武士道ニ於ヒテ遅レ取リ申スマジキ事

 

 

「だから卑下するな誇れ、驕らずに走れ!」

 

 

そして全身全霊を賭して祖国と人類に尽くせ ―

 

この、およそ死地たる戦場では生を繋げと言えぬにしても。

 

 

「さあ駆けよや焔狼! 命な惜しみそ名を惜しめ!」

「お――応ッ!」

 

再びの気炎を吐く若武者ら、さらに駆けつける僚友のもののふ達を見ながら。

北欧の熟練射手は彼らへ向かう無機質な殺戮生物の尾節をそのレティクルに捉えていた。

 

「ロイヤルガードを支援するわよ!左から ― 照準内っ」

 

ステラは僚機2機との集中射で1体の尾節を吹き飛ばしてから後退気味の機動に入り、兵装担架の砲も開いて足止め目的の火線を伸ばす。

 

ほんとにオトコノコっていうのは ―

 

なにかのきっかけを掴んだら、ほんの少しの間に一気に伸びることがある。

ユウヤもそうだったように。

 

「牽制射撃――マカベ大尉お願い!」

「了解いい腕だっ、流石は白夜の森の有翼獅子よ!」

 

今までにも幾人もそういう衛士を見て――見送ってきた。

 

「大尉にも他の皆にも、腕によりをかけたショットブラールにカロープスを用意するから――」

 

みんな生き残って!

 

見送られる立場にならない保証はなくとも。

ステラはさらに重くなりゆく疲労を押しやりトリガーを引き続ける。

 

 

 

 

奮戦を続ける両軍部隊はしかし徐々に押し込まれ始め ―

この2時間後、摩耗を続ける戦力を再編しつつ戦線を後退させることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥夜はただ立っていた。

 

74式長刀を突き立て屹立する紫の00式、開きせり出した管制ユニットの上 ― 皆琉神威の黒鞘を握り、ただ。

 

時折吹き抜ける風が長い黒髪を揺らす。

10℃を下回る気温は冷涼ながら強化装備の体温調節機能により肌寒さはなく、しかし北辺の戦地の空気には火薬と航空燃料の匂いそしてBETAの体液が放つ金属臭までもが入り混じる。

 

すぐ隣に侍るは真那の赤い00式が1機のみ、独立警護小隊の4機は防衛線中央で陣頭指揮を委ねられ執る斑鳩公の側仕えにと駆り出されている。

 

 

今暫しの督戦をとの斑鳩公崇継の上奏 ― 実際は命令 ― を容れ。

 

最早降下時の如き我が儘が通る状況では無く、徒に前へと出れば前線に混乱を齎すのみとは冥夜も解っていた。

 

 

恐らく進前が許されまた求められる事態に成るは、戦線窮迫の折。

 

傷つき疲れ果てた兵達を尚死兵として駆り立てねばならぬ其の時。

 

 

「…」

 

努めての無表情、何も出来ぬ己が無力と ― 否、それどころか総てと迄は云わぬにせよ衛士らをより死地へと追い立てる一因と成った、己が身のその振る舞いとを悔いる気持ちは消し切れず。

 

さりとてしかし他に遣る方が有ったのだろうか。

 

 

人類の勝利を目指すべく命を賭すのは衛士の本懐。

まして戦略拠点たり得るハイヴを守護することには大きな意義が――だが。

 

 

そう繰り返す自問自答、遠く聞こえる爆発音が遠雷の如くに響いてくる。

 

 

欧州連合よりの要望を容れ、野戦での防衛に応じてスオムッサルミよりロヴァニエミまで陣を下げた帝国軍部隊へ告げられたのは、「駐屯及び司令部設営はハイヴ外に願いたい」。

そしてまた、防衛準備で忙殺されている筈の北欧軍の一線級部隊が完全武装で態々の御出迎え。

 

彼や是やの尤もらしい理由を述べては居たが、その段にも至れば冥夜も欧州連合が日本に対して抱く不信に本当の意味で気づかされ ― そこまで信用されぬどころか疑われてまでおるのかと憤りを覚えさせるに十分なもの、だが対する連隊長らは矢張りか成程と呟いたのみで。斑鳩公に至っては、眉一つとて動かさなかった。

 

 

戦場に在る衛士達は…国や所属の垣根を越えて背を預け合っているというのに……

 

 

それを指揮する立場の者達は、常に互いの腹を探り合い。

 

僅かたりとも隙を見せぬようBETAのみならず人間を見張り、逆に隙あらば出し抜かんと権謀術数の限りを尽くし。

或いは斯様に議に於いての手練手管に終始する者らに失望し果て、武こそが恃みと衛士の命そのものを贄にし相手の選択肢を奪おうとしている。

 

 

「…」

 

曲がり形にも国連軍に身を置いた経験のある冥夜からすれば。

東西の対立以前にその同陣営内ですら仮にも列強といわれる国同士がそれぞれの利益を最大化しようと画策して結果足を引っ張り合い、しかも場合によっては各国国内各組織の事情などと云う枝葉末節の些事に気を取られるこんな有様で。

 

 

人類の勝利など…ありうるか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご感想・評価下さる方ありがとうございます
とても励みになりますのでどんどん頂けると嬉しいです

またしても随分間が空いてしまってすみません
んで、時間かかったわりには…うーん

次回はちゃんと武ちゃんを出したいデス


追伸:
アンケートのご回答、ありがとうございました
ここで終了とさせて頂きます

まあいいんじゃねえか的なご意見を頂けたみたいで実はちょっと意外w


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Muv-Luv UNTITLED 25

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

地上4番目のハイヴ・旧ソ連ヴェリスクを発した大規模BETA群より先般攻略なった同8番・旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴを防衛すべく日本帝国・北欧諸国両軍部隊による迎撃戦が開始されてから、40時間が経過していた。

 

両軍はロヴァニエミを中心とした扇状の防衛線を広角に東から南へと300kmもの範囲にわたって構築し、戦術機部隊による機動防御と電磁投射砲を用いた誘引掃射戦術により2日間に渡る戦闘の中で実に18万に及ぶBETAをすでに撃滅せしめていたが ― 当初20万余と目された北上BETA群は、政治的な理由により詳細な探査がかなわない旧ソ連領域内を侵攻しロヴァニエミへ向かわずそのまま北進した集団を含めると、この時点で確認されているだけで30万にも及ぼうとしていた。

 

そしてまた激戦の中で両軍は摩耗を続け稼働機数はすでに帝国軍約5割・北欧軍約3割にまで落ち込んでおり、戦線の後退に伴う防衛線縮小により戦域あたりの火力密度の低下を補っていたが ― これは事前策定通りとはいえ、防衛戦開始当初ハイヴより100km離れて形成していた主戦線は今や同40kmの位置にまで後退。

 

フェイズ5ハイヴ・ロヴァニエミの地下茎構造物の平均半径はおよそ30kmに及ぶため今や彼らが守り固める後背ほど近くの地表にはハイヴ内へと通じる無数の「門」がほぼ無防備にその口を開けていると同時に、10時間ほど前より接敵が始まったBETA後衛集団に混じる重光線級がハイヴ直掩の戦術機全高を照射圏内に収めうる直前・すなわち防衛戦線より本作戦の策源地への直撃を許すその寸前にまで迫っていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遮るものが何一つとして存在しなくなった地平線 ― そこに鎮座する沈まぬ太陽の光はやや赤く、まだ多い雲を抜いて荒野のただ中のロヴァニエミ日本帝国軍欧州派遣隊本陣を包む。

 

そして低空を匍匐飛行にて帰投してくる帝国軍戦術機部隊7機のシルエット。

 

「第3中隊が戻ったぞぉ!」

「畜生、やっぱ1機足りねえ…」

「損傷のない機はエプロンへお願いしまあす!」

「こちらタンゴリーダー了解。…、少佐殿申し訳ありません、お預かりした兵を」

「引きずるな駒木、お前も死ぬぞ」

「…は」

「よし整備班、かか――」

 

突如鳴り響く警報 ― コード991。

 

「地下侵攻です! 連隊規模、東部防衛ライン内側!」

「同南南東10km地点にも反応あり、共に投射砲部隊待機地点付近っ!」

「遅参のモグラ組が寄せ餌に引っかかったぞ、迎撃急げ」

「北欧軍司令部より伝、ハイヴ内66.508・26.207 B層に震動検知大隊規模予測と」

「連絡に感謝すると伝えろ、城内に紛れ込んだはぐれ共は英軍北欧軍に任せるともな」

「了解――、両軍支援の第2大隊より東部地上侵攻群への支援要請緊急電っ」

「手が回らんか。神宮司隊を走らせろ」

「はッ、第3大隊各機・補給完了機より管制の指示を待たず出撃せよ、繰り返す――」

「こちらウォードッグリーダー、モグラ叩きはよそに譲るぞ。分隊単位で急行しろ」

「了解ッ」

「私含め99型持ちは現地装備機とあわせて迂回機動、誘引が主だ砲身は大事に使え」

「了解っ、各機撃ち漏らしの掃除も忘れるな!」

「くぉら龍浪、おめえはてめーの嫁だけじゃなくて少佐殿もしっかり守りやがれよ!」

「わかってますよ! ウォードッグ03、出るぞ!」

 

明らかに空元気と判る怒鳴り声を残して。

便宜上滑走路とされたただの荒れ地をロケットの朱い炎を曳いて飛び立ちゆく94式不知火と不知火弐型 ―

 

精鋭が揃っていた第2連隊第3大隊をして、大隊全体ですでに11…から今しがたさらに1減り12機の損耗。第1・第2中隊にも損失が相次ぐなか要員の臨時編成を行いつつ稼働するどの機体も暗灰色の塗装の上に色濃くBETAの返り血を残したまま、だがそんな状況でも彼らはまだ比較的被害の少ない隊といえた。

 

そしてもう何度目かは誰も数えていない出撃に臨む僚友たちを避け、帰投しつつあった傷ついた中隊は機転を利かせてややの迂回機動から少し離れた位置に着地していく。

 

「っし、整備班かかるぞ!」

「了解! 兵装点検、燃料車まわせー」

「吹かさないでー! そっと歩いて、土埃がひどいんで、何度も言ってるでしょ!」

「伍長、どれくらいかかる?」

「30…いえ20分下さいっ」

「了解だ。私の弐型の左主腕は直さなくていい、87式をくくりつけておいてくれ」

「わかりました大尉、少し休んで…」

「ああ、そうする」

「洗浄は点検ハッチ周辺だけだ、水も薬剤も余裕がない。鬱陶しいからって防護マスクも外すんじゃねーぞ!」

 

同じくBETAの体液に塗れた第2連隊第3大隊第3中隊各機は迎えた整備兵らに誘導されて滑走路脇に複数設けられた駐機場 ― といっても爆風爆弾で適当に整地しただけの場所へと機を落ち着けた。

日本と違ってこの時期雨が多くはないこの地ゆえにこその力技、簡易とはいえ露天での戦闘後点検整備に補給にと、衛士に劣らず疲労困憊の身体に鞭打って整備兵らが駆けずり回る。

 

 

帝国軍の欧州派遣と同時に海路輸送されてきていた整備車両群のうち簡易ハンガーたりえる87式自走整備支援担架は30両ほどしかない。格納庫設備を遺棄し失った今は青空駐機の他はない上、わずかでも出撃機数=砲門数を維持するため小破程度ならば機体は継続運用とされていた。

そして運動性向上を狙って重心位置が意図的に高めてある第3世代型機は主機を落としてOSの補助がなくなれば自立がかなわないため94式の中隊機らは片膝をつく形で停止し、うち数機からは強化装備姿の衛士がホイストケーブルで降機してくる――

 

 

それらを見やりつつ ― 長いお下げに大きな眼鏡、生真面目な顔にも疲労感を隠しきれない榊千鶴は乗機の国連軍仕様・94式弐型を自隊の駐機エプロンから滑走路へと歩行にてタキシングさせた。そしてすぐ後ろには同じく続く隊機が3。

 

「みんな休めた?」

「…」

「うん、なんとか15分くらいは」

「同じく、です」

 

通信にて隊員らに声をかければ、無言で頷く黒髪の女闘士・彩峰慧につとめて明るい声を出してくるのが短躯の少年めいた鎧衣美琴、そして表情を取り繕うのに失敗している小動物・珠瀬壬姫からの返答。

 

鎧衣以外は…

 

我が身のみならず、小隊長として隊員らの状態を観察すれば。

美琴は小柄で華奢ながら、過酷な環境下でのサバイバル技能に秀でるがゆえ今この状況下では身体的に最も余裕がありそうだった。

 

 

ダイマキシオン・スケジュールに類似する分割睡眠、8時間ごとに30分程度の仮眠を取ることになってはいるが現実にはそうもいかず。

本来の帝国軍の編成からあぶれたしかも小所帯ゆえ、火消し部隊への付け足しから小規模群の掃討支援までいわば雑用係として駆り出されて結果前線へのはりつきから除外されている千鶴らにしてすら先の休息が3度目でしかない。

 

しかも寝床となる戦術機の管制ユニット内コネクトシートはその無骨な見た目とは裏腹に緩衝樹脂の採用など人間工学の粋が凝らされているうえ長期搭乗待機時の筋萎縮防止のためのEMS機能を利用して疲労軽減マッサージも施されはするが、長時間の連続戦闘により蓄積していく疲弊を補いきることはできるはずもないし停滞緩解剤を投与されて強制的に叩き起こされるその寝起きは最悪の一言に尽きる。

 

 

たかが二日、されど二日。

なにせ今この戦線において日本軍兵士に課された任務は単なる寝ずの番ではなくて。

まして今次作戦までの前段としては三週間にもほど近い、繁多を極めた防衛作戦。

 

そんな条件下で衛士にはその搭乗時間の大半で高機動のGに抗いつつ一撃で死をもたらすBETAの突進に衝角の振りから跳びつきに至るまでを躱し去なして撃ち抜き斬り払い続けることが求められ、整備兵はじめ後方の要員らにも一度の失敗に一瞬の遅滞が衛士個人の生死に直結するのみならず戦線全体の崩壊にも繋がりかねないがために緊張の連続が強いられる。

 

 

だから当の千鶴も、休息直後にもかかわらず疲労から目尻が小さく痙攣するのを自覚していた。胸の奥から頭にかけるような疼痛も。

規定通りにすでに2回目の摂取を終えた戦闘薬が効いていて眠気はさほどではないけれど、当然もはや万全の状態からはほど遠い。

 

機体モニタリングによれば乗機の弐型も最新の米国製部品を多用して強化を受けている甲斐あってか概ねまだ問題は出ていないが02式中隊支援砲を振り回し続けてきた右主腕肘関節部はすでに要点検のレベルを超えている ― が。

 

「神宮司大隊支隊・ヴァルキリーズ出ます!」

「CP了解。投射砲使用の場合は射弾観測を願う」

「了解!」

 

あえて腹の底から声を張り、フットペダルを強く踏み込んで乗機弐型の推力を上げる。

 

 

精強を誇る帝国軍戦術機部隊をしてすでに全体としての稼働機数は5割を切る。

損失のすべてが衛士の戦死を伴うわけではないが、実際のところその大方は九段の坂を上った。

 

そしてハイヴ東を固める北欧国連軍も奮戦の一方その戦力はおよそ7割の損耗。

単軍での大展開は不可能な状態にまで至り、ファスタオーランド基地より先遣されてきた英軍の精鋭2個中隊及び今朝方到着した同1個大隊の支援を受けてようやく防衛線を支えているのが現状。

 

つまり戦力的にはすでにほぼ壊滅状態、前線を大幅に後退させ形成する防衛線を半分以下に短縮して拮抗状態をつくりだしているにすぎない。

そしておそらく投射砲の交換砲身及び専用弾薬も残り少ないだろう。

 

だがそんな状況でなお、帝国軍が士気を維持しえているのは ―

 

 

「――報告! サーリカマに御親臨の殿下が敵連隊規模集団を撃破遊ばされました!」

「麾下2中隊も損傷軽微、総員意気軒高!」

 

広域回線に乗る指揮所の報、次いで網膜投影のウィンドウに浮かぶはBETAの返り血も生々しい紫の00式。

 

「起て撃て守れ! 忍びて勝たん!」

「オオオオ!」

 

凛然と決した冥き夜の眥、その立ちのぼる闘気を示すが如くに紫の将軍機が今まさに要撃級を斬り捨てた長刀を血払いに一振りすれば、その勇姿を見た者は皆拭いがたい疲労の中でなお当地の麾下部隊のみならず鬨の声を上げる。

 

 

「殿下」の御進前は数時間前から。

敵陣深くへ長駆浸透していた斯衛部隊が戦線後退と共に戻って政威軍監・斑鳩公崇継の手勢となり、御麾下の独立警護小隊の返還を受けて。

 

以降、前線の指揮を執りつつ掌握した斯衛部隊を配下に即応として戦域を飛び回る政威軍監に代わる形で防衛線の中央に陣取られ、当該域の戦線部隊と共に押し寄せるBETA群の迎撃と掃討とに当たられている ―

 

 

やってくれるわ御剣…

 

防衛戦線全体からみれば必ずしも突出した働きではなく本当に危なくなれば下げられるのだろうし他の衛士とまるきり同じ状況だとまでは思わないにせよ、彼女の奮戦が今の帝国軍のよすがたり得ていることに間違いはない。

 

そしてわざわざ指揮所のやりとりが広域通信に載せられることも含めてその程度は皆が皆、理解しているから――

 

 

あと、何時間。

 

誰もが口に出さないが、誰もが願い疑うその二言 ―

 

 

「――至急電! 西部海岸側を通過北上中の旅団規模BETA群・丙二〇二(フタマルフタ)が進路変更っ」

「! 後発の丁一四八(ヒトヨンヤー)・突撃級群が釣られました! 約1000体大隊規模!」

「まだそれだけの突撃級(イノシシ)がいたか、前線からは10分程度でここまで来るぞ戦線部隊を前に出せ、最優先で迎撃させろ」

「戦域担当のホテル・ウィスキー両中隊は残存BETA掃討中…、排除急げっ」

「待って下さい! 予測進路近傍に丙三六九・三七〇BETA群――」

「四群合計推定1万、師団規模です!」

「…!」

 

途切れぬ重圧の中積もりゆく疲労に耐え、常に焦燥の空気が張りつめる指揮所にさらなる緊張が走る。

ロヴァニエミハイヴ西方面は侵攻BETAの源たるヴェリスクとの位置関係上比較的(あくまで比較的に、だが)侵攻BETAとの会敵が少ないがためにやや手薄な地域でもあり、痛い所を突かれた形になった。

 

「投射砲部隊を向かわせろ、斯衛部隊はっ」

「こちらCP、ナイトオウルズ応答せよ ― 」

「斯衛は南部および東部で光線級排除中です――ホーンド01より入電っ」

「暫時支えよ。篁隊から向かわせるが推進剤が心許ない」

「ナイトオウル01、すまねえこっちも補給が終わってねえっ」

「こちらホテル01、駆込客の出迎えにベッドメイクが間に合いそうにない、支援を乞う」

「国連軍、ヴァルキリー小隊いけるか?」

「は、はっ!」

「ウォードッグ01。榊、逸るなよ。こちらが片づき次第我々も向かう」

「了解! ヴァルキリーズ向かいますっ」

「頼むぞ少尉、ホテル・ウィスキーは掃討続行、のち突撃級群背撃から遅滞戦闘に努めよ」

「了解、ホ・ウ両中隊長へ通達――」

「英・北欧軍にも繋いでおけ国連軍小隊には『発破』を持たせろ、整備大隊に通達」

「併せて第5級光線照射危険地帯警報発令しますっ、榊少尉 ― 」

「了解、ヴァルキリーズは特殊装備を受領ののち転進、敵群諸元を乞う!」

 

千鶴は低空で後続の隊機らに促し機首を巡らせ返し、即座に送られて来た敵群の詳報は ―

 

「突撃級1000、後続に戦車級5000要撃級が1600で……、うち『オーラ付き』が推定150」

「…!」

「ぇぅ、う」

 

敵陣への強行偵察を兼ねていた斯衛部隊が後退した今、索敵の情報源は生き残りの震動・音紋センサーに加え主に国連軍の有する低軌道衛星群になる。

それら由来の指揮所からの情報をデータリンク経由で千鶴が隊機に共有すれば、無言で眉根を寄せたのが慧で絶句して弱音を吐きかけなんとかそれを飲み込んだのが壬姫。敵群の膨大さもさることながら ―

 

 

近接格闘戦を得手とするBETA大型種・要撃級。

今次作戦から確認されだしたのは、その強化亜種と思しき青く燃える燐光を背負う個体群。

 

それらは高硬度の衝角前腕を利用した能動的防御とより優れた定常円旋回速度に俊敏な攻撃動作、そして既知の同種を遙かに上回る生命力を備え ― 突撃砲での排除を困難にさせると共に近接戦を得意とする帝国衛士と戦術機にも多大な損害をもたらしている。

 

千鶴らもすでにこれまで三度遭遇を経験していて他隊と合同であたってなんとか隊から欠員を出すことなく退けてはこられたものの、近接戦ではその技量隊内最優の慧をしてそれら多数を同時に相手取るのはかなり危うく美琴でなんとか2体まで、千鶴と壬姫においてはそもそも近づけないよう立ち回る方が無難なうえに突撃砲が効き難いときてその厄介さは骨身にしみている。

 

 

個体数がそこまで多くはないのがせめてもの救いで投射砲の掃射により他種とまとめて一緒くたに吹き飛ばしてしまうのが一番ながら、装備部隊の到着までそれは願うべくもない。

しかも同じ群れの中に少なからぬ光線級までも伴っているときては――

 

「増援がボクたちだけじゃ無理だよ、なんとか時間を稼ごう!」

「そうね、手強い相手でもやることに変わりはないわ」

 

しかし残る美琴のあえての率直な意見、彼女と壬姫の片側兵装担架にはそれぞれ行きがけに寄った本陣で整備班からの指示に従い受領した「発破」 ― 全長3m超・手提げのついた橙色の六角柱、特殊爆薬 S-11。

種々の方策は立ててある、ゆえに小隊長たる千鶴は内心の怖気を払い切れはせずとも飲み込んでみせた。

 

 

言うまでもなく課せられた任務はかなり困難 ― 否、明らかに荷が勝ちすぎる。

たとえ機体と身体とが万全の状態であったとしても。

 

だから今度こそ…死ぬかもしれない。

 

いや逆に、各部隊の名だたる衛士が散っていくなか一番戦歴の浅い自分たちが生き残っていることの方が不思議なくらいで。

 

これももう何度目かもわからなくなった自問自答。

 

でも今は、弐型の性能と。

そしてなにより帝国最高の衛士につけてもらった訓練の成果とを支えにして。

 

あとは運頼みでもなんでもいいから、力の限り戦うだけ。

 

 

戦乙女たちの駆る鋼鉄の巨人が彩峰機を先頭にした傘壱型にて北欧の空 ― 否、ほとんど地表すれすれを駆ける。

生き残りの古参たちをして唸らせるその高速匍匐飛行、弐型の快足ならば40kmの距離を詰めるのにも4分とかからない。

 

「まずは突撃級を優先。後方追撃してくる部隊と連携、半迂回から前方側面並行砲撃 ― 」

 

そのわずかな合間に小なりといえど隊の指揮官たる千鶴は管制ユニット内コネクトシート脇のコンソールに強化装備に包まれた指を走らせ、

 

「進行ルートの予測がついたら最外縁の『門』より向こうで『発破』を――」

 

手早くまとめた戦術プランを隊員らの網膜投影へ、だがその刹那。

 

「照射検知!」

「! 乱数回避!」

 

曇天を貫き伸び出す死の光条は少なくとも50を超えて。

だがそれらは千鶴たちを狙ってのものではなくわずかな角度で虚空へと消えた――が。

 

「六番機被だぁん!」

「光線級だ!」

 

標的にされたのは防衛線で先の残敵の掃討を続けていた89式・94式の戦線部隊、鶴翼からの左右散開・到来した突撃級群をやり過ごした後にその後背を討たんと反転したところを逆に背後から狙い撃たれた。

 

「全速退避ぃ!」

「糞ッ、尻と頭を押さえられたぞ!」

「第1級光線照射危険地帯警報!」

 

先手の光線級吶喊が途絶えたいま北上BETAに混じる光線属種は折り込み済みのリスクとはいえ20km超の距離から照射されては戦術機の通常兵装では手も足も出ない。

 

だが光線級は基本的に照射対象たりえる目標をその圏内に捉えた時点で即・照射を浴びせてくるため ― 今回のように照射圏ギリギリからの狙撃であれば、運が良ければ融除材たる蒸散被膜と耐熱対弾装甲とがもたらす3+2秒の猶予の間に地平線下へ逃れ得る可能性もある――

 

「イノシシ共を遮蔽に使え!」

「全機東へ――畜生予備照射っ…がァッ!」

「ホテル01シグナルロスト…っ、指揮権を引き継ぐ!」

 

機を伏せさせ全力で前方東へと離脱をかける戦線部隊、2個中隊とはもはや名ばかりのわずか15機の集団が掃討し残しのBETAも遮蔽に使う匍匐飛行。

だが一度通した突撃級群を追って追い越し照射圏から逃れるまでにさらに2機が西から伸び来るレーザーの餌食になった。

 

「おのれ…、仕切り直す、接近中の国連軍小隊、やるぞっ」

「了解――砲弾使用制限を解除、やるわよ!」

「了解」「了解ですっ」「了解だよ!」

 

死の閃光から命からがら逃げ延びた生き残りの帝国軍、そして千鶴の号令に異口同音に答える僚友ら。実際にはすでに歴戦と称しても差し支えなくなりつつある元・落ちこぼれ訓練小隊207Bの仲間たち。

 

その彼女らは全速で、迫る突撃級の壁の眼前を北側からあえて横切る半迂回機動そして急減速から一糸乱れぬ60°回頭、後進噴射で相対速度を即座に合わせてその右斜め前方に占位するとすかさず砲を開いた。

 

狙うは異星種共が蹴立てる土煙の帳の向こう、突撃級の1対6本高速で動き続ける瘤で覆われた醜悪なペールピンクの脚部。

 

長砲身かつ高威力の57mm・02式中隊支援砲を1門ずつ提げるのが小隊長たる千鶴の機体と支援中心になんでもこなす美琴の機、そして狙撃に秀でて口径火力をその精度で補いうる中・遠距離では今や世界屈指の精密砲戦衛士・壬姫は87式支援突撃砲を構え敵隊列中央以遠目がけて砲撃を放ちその命中弾ではたとえ仕留めきれずとも次々に擱座横転させていき、

 

「榊、距離を詰める」

「了解気をつけなさいよっ」

「支援お願い」

「了解ですっ」「慧さん気をつけて!」

「珠瀬は敵中央から左翼へ、鎧衣は転進に留意!」

 

目の前の戦闘とはまた違う部分にも頭を使う千鶴に対して。

常と変わらず動きの少ない慧の表情、だがかつての悪癖たる独断専行ではすでになく。

 

突撃級の前進速度は最大でおよそ時速170km程度と戦術機からすれば低速もいいところながらその体躯は全高全長共に14mにもなる巨大なもので、撃破しえても大質量にため込んだ運動エネルギーは破壊的といって差し支えない。

横転して吹き飛ぶそれら自体や死骸に乗りあげ予測不能な大砲弾と化す生き残りらに巻き込まれでもすれば戦術機のしかも第3世代型機の運動性重視の薄い装甲なぞは一瞬でスクラップにされてしまうが、戦闘機動のセンスに優れる慧は味方機からの火線を背負い減速をかけてリスク承知のあえての接近、その距離からの近接戦で次々と劣化ウランの弾丸を叩き込んでハイペースかつ高効率での排除を実現させる。

 

そう俊敏に舞う慧に並ぶべく敵前に滑り出してきた傷だらけの94式が同じく砲を開きつつ、

 

「よく動くな国連軍、貴官の名を聞いておこう」

「…彩峰慧少尉です」

「……もしや…」

「…」

「…いやいい。――九段の坂を上る前に望外の報恩の機だ、是非に同道させてもらうぞ!」

 

その搭乗者・第1連隊所属の元帝都防衛師団の衛士はそう気を吐くや抜剣して前に出た。

 

「…」

 

そんなやりとりの後に瞬間向けられる慧の視線に千鶴は無言で小さく頷き返すに留め。

 

互いの死んだ父親同士、もつれあった因縁の。

 

慧が意外なところで気を遣う人間だとはもう知っているけれど、笑みを渡すまでの気分になるはずもないし何よりそんな状況にない。

 

「余計な気を回してる場合? 手早く片づけて次いくわよ!」

「いつもひと呼吸遅い榊に言われたくない」

「あなたがいつも早いのよ!」

 

そう言いあいつつ再度動き出した慧とまったく同時に千鶴も再度02式砲を開いて誘引支援の火線を伸ばし、なお前進を続ける敵群をして少しずつでも削って同時に遅滞も促さんと ―

 

「撃破20・21、22っ」

 

――やっぱり数が…!

 

多すぎる。そしてこちらは足りなさすぎる。

負けはしない、そして墜ちもしないが戦線部隊と合わせてせいぜい20機たらずの戦術機部隊では1000体の突撃級を殺しきるには相応の時間と距離と燃料と砲弾とが必要になるがそのどれもが今は足りないし惜しい。

 

 

なにせこの突撃級群なんていってしまえば前座にすぎず、厄介な本命は光線級を擁する後続のBETA中衛群、そいつらもすでにハイヴ最終防衛ラインたる40kmの距離にまで近づいている。

だがそれ以前に速度に優れる突撃級を狩りきれずに突破を許せば丸裸の本陣なんてひとたまりもないのだし、それでなくとも最寄りの「門」に雪崩れ込まれでもしたら自分たち国連軍部隊も含め帝国軍にはたぶん、「手出しのしようがなくなる」。

 

 

「『門』の入口付近だけでいいからせめて散兵壕に使わせてほしい」

「ないものねだりはやめて彩峰」

 

踊るように機を操りながらの慧の愚痴に支援を続ける千鶴はあえての否定、でも本音としてはまったく同意で。

今となれば帝国軍をハイヴ内に入れたくないという欧州連合軍の思惑がわからないでもないけれど、そんなこと言ってる場合かとわめきたいのがたぶん帝国軍全衛士共通の願い。

 

 

たしかに北欧軍のJAS-39は山の稜線下に機体を隠蔽しての索敵・照準が可能な頭部センサーマストを備えると聞くから同様に『門』入口に身を潜めての伏撃も容易だろう、けれどとうに東部防衛だけでも手一杯すら通り越している同軍にその守備と侵入BETAの駆逐とを担うだけの力が残っているか。

 

 

だから、それなら――

 

「進行ルート概算…予測完了、鎧衣、はじめてっ」

「了解、壬姫さん預かるよっ」

「お願いします!」

 

慧が口にしたのと類似の手段がとれなくはない、そのために提げてきたS-11。

隊機の分とあわせて2発、その伸長させた手提げ部分を掴んだ戦乙女の04番機が増速して戦線から離脱をかけた。

 

 

突撃級群の予測進行ルート上、先行した工兵機がS-11を地表に設置。

今次防衛作戦にあたり本土からの補給物資として送られて来たうちから2発、整備班が突貫工事でこしらえ底部に穿孔機が取りつけられたそれらは設置後即座に自己埋伏を始め地下5m程度まで埋没したのち設定強度以上の地上震動 ― すなわちBETA群の直上通過 ― を検知すると起爆する。

 

小型戦術核に匹敵する威力を誇るこの高性能爆弾は炸薬の配置により指向性を持たせることが可能、そしてそれらは今回大型地雷よろしく地上目標を吹き飛ばしもするがむしろ主眼としてはそれぞれ50m程度離して設置し大地に最大深さ15m・広さ100m程度のクレーターを穿つように設定されている。

 

その広さにクレーターリムを含めた深さは中隊規模の戦術機部隊が突撃級に続いて迫るBETA中衛群内光線級の照射から身を隠すための壕たりえるもの、爆発により舞いあげられた土砂の何割かはクレーター内に戻るだろうが突撃級の隊列前半ないし中ほどまでに起爆させれば愚直に前進を続けるであろう後続のイノシシ共がある程度は土木作業のブルドーザーよろしく残土をどけてくれもするはず ―

 

 

「よし予定地点、って待って…やっぱりだ、この先に未登録の『門』があるよ!」

「また!?」

「半分塞がってるけど既知最外縁のさらに外っ、中規模相当66.248・24.896!」

「本部に通達っ、爆破地点を予定より西へ変更、『門』から距離を取って!」

 

従来機より優れた弐型の対地探知性能に加え工兵技能と同時に目も早い美琴からの報に、千鶴はまたかと吐き捨てたくなる思いをその言葉と共に飲み込んで。

 

 

戦域をあちらこちらに飛び回らされる便利使いのヴァルキリーズをしてデータにない「門」の発見はこれで2つ目、おそらく他の隊からも同様の報があがっているのではないか。

調査漏れの「門」を崩落させるくらいなら問題ないがS-11で吹き飛ばし宙を舞わせた突撃級を殺しきれずにそこへ逃げ込まれでもしたら目も当てられない。

 

 

これは、やっぱり…

 

千鶴は網膜投影に映る減光されたマズルフラッシュの照り返しの向こうに敵影を捉えながら。

 

 

事前に欧州連合軍から提供された情報が意図的に改ざんされている可能性もあるにせよ。

 

BETAが形作るハイヴとそれに付随する地下茎構造そしてその地上出口たる「門」の配置及び総数に関しては、もしかしたら何らかの規則性や法則性が存在するのかもしれないが、制圧ずみの複数ハイヴの調査を経てなお現時点ではそれらしきものは発見されていない。

 

そしてフェイズ5・ロヴァニエミの地下茎構造その半径は30km。

つまりその範囲は2800平方キロメートルにも及び、単純面積としては神奈川県全域を呑み込んでも余りある広さ。

 

それだけの広漠な領域を、攻略戦時の対地ミサイル攻撃で半ば塞がったり何らかの理由でBETAも利用しなくなって潰れかけていたりとか、そうした半隠蔽された状態のものまで含めてつぶさに調査検分するにはどれだけの人手と手間が必要になるか ― 少なくとも、ロヴァニエミ制圧後の欧州連合にそれだけの余力と時間とが与えられていたとも――しかし。

 

 

いくらなんでも泥縄に後手後手が過ぎるわ…!

 

欧州連合は、可及的速やかにハイヴを確保する必要があったにせよ。

やはり政治的都合を軍事的合理性に優先させれば破綻は目に見えていた。

 

欧州連合軍にはロヴァニエミ攻略作戦自体の成算はあったのだとしても爾後の防衛計画までの目算が立っていたとも思えない、そんな準備不足の彼らにむざむざとつきあわされている日本軍。

そして今なお自らが宿る庇の国連軍、世の中の物事はそう単純じゃないとわかっていたつもりでも、まだ心のどこかでここは正義と公正の実行機関なのだとそう位置づけてはいたのかも。

 

 

けれど人類存亡危急の折といっても各国各軍各勢力それぞれの思惑を除外することなんてできるわけもなく ― それぞれがそれぞれの都合で物を言いだせばこうなることが目に見えていたし実際そうなってしまった経緯があったがゆえの、対BETA戦における国連主導を定めた79年バンクーバー協定だったはずが――BETA由来のG元素、それが戦後の世界においての戦略物資たりえることがこう白日の下にさらされてしまっては。

 

仮にどこかの国が協定違反を咎めんとして非難決議や是正を促そうとしたところでそのG元素を欲して相争うのが国際連合最上層・安全保障理事会の常任理事国同士では、互いに拒否権を振りかざしあって何も決まらなくなるのは自明の理。

 

だが、そのこと自体は国連という組織の手続き上ではなんら瑕疵のあるものではない。

 

要するに元から国連なんて、安保理常任理事国=先の人類同士の大戦における戦勝国・核保有国倶楽部がその先も自分たちの都合によって世界の流れを決めていくためにつくりだした機構にすぎない。

 

だから世界の現実として、そんなものをありがたがっているのは国力の裏打ちがなく単独では国際社会への訴えが届く見込みのない小国だとか援助を受けねば生きていけない貧困国くらいのもので、その彼らにしてもあくまで国連を即物的に利用した上で謝意を示しているだけの話で事実自分たちの要求が通らなかったりわずかでもその支援が不足したり滞ったりすればすぐさま口々に反国連を叫んだり暴動が起き人死にが出たりする有様で、日本のように国連を一種神聖視して闇雲にあがめ奉っていたりはしない。

 

 

でも、父は…

 

かつて父のとった方針は、当時の日本のおかれた情勢を鑑みての国連の利用であって偏重そして盲信などでは決してなかったのだと思っているし思いもしたい。

 

 

先の甲20号攻略にしても、国連の指針を丁重に無視してアメリカにG元素鉱山たるハイヴ掌握を使嗾することで本土の安全保障をはかったもので。

 

皆が皆ご都合主義で動く世界で日本だけが誰も評価しない考査での優等生を気取ってどうなる、ならばたとえ我が身を叛徒の刃に斬らせてでも祖国の将来を担保せんとして。

それこそが実の娘である自分を含め、国内のわからずや達への供犠として捨身してまで父がこの日本に遺してくれたかけがえのない財産だから。

 

 

なのに父が生きている間には、その真意までをくみ取ろうとせず。

いやそんな少し考えれば理解できた話を、おおむね単なる子供じみた反発心から無言のうちにただ反抗を続けていたのは今の千鶴の一生の悔恨。

 

だからそれを守り、次代へとつなげていくのが父へのせめてものつぐないだとして ―

 

 

でもそれでも。

大局観に基づいて国防の方針を決めていくのはお上の仕事だとしても、結局のところすべての辻褄をあわせんがために文字通りに血を吐かされるのは現場の兵士。

上官の命令一つで荒野を右往左往して何体のBETAを道連れにできるかで計算される数字上の存在 ― だがそれが、本当に払わねばならない対価なのかを、今の日本政府は明確に示せているのだろうか。

 

変えられない ― なにも ― 一兵卒では ―

 

網膜投影の視界の隅に開始される起爆予想のカウントダウンを見、トリガーを引き続けながらも千鶴は来るかどうかすらまだわからない「先」のことを考えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発するぞ、と誰かが叫んだのを美琴は荒れ果てた北欧の大地に伏せさせた乗機弐型のコネクトシート上で聞いた。

周囲には数十m間隔ほどで散らばり同じく機を低くする小隊の仲間たちに帝国軍機。

 

 

美琴が発したS-11設置完了の報を受けて牽制込みの砲撃を加えつつ少しずつ増速して距離を取る戦術機部隊を追うように猛進した突撃級群 ― その最前衛が埋伏したS-11地雷直上に達したとき、狙いあやまたずそれは起爆した。

 

 

「 ― !」

 

誘引を確実にするためと後背に未発見の「門」を背負ったがために、爆心からの距離は200mなかった。

 

工作者当人の責任として成果を見届けようとしていた美琴はしかし自動減光されてなおまばゆいその爆発光に瞬間目を閉じ顔を伏せ ― と同時に地中爆発につき大幅に減殺されているとはいえ至近といっていい距離で発生した超音速の爆風に伏臥姿勢の乗機を揺さぶられ――直後に同じく戦術機の自動遮音機能を超えて直接管制ユニット内にまで届いた爆音に聴覚を直撃された。

 

「ッぐ、うっ」

「ううう!」

「各機損害報告――ッ」

 

続いて爆心で発生した負圧による戻り爆風と小規模ながら局所的に発生した人工の地震とに再度機体を揺さぶられる中、皆と同じく一時的に耳をやられたか小隊長の千鶴の確認は怒鳴り声に近かった。

 

美琴は耳鳴りに顔をしかめながら損傷なしの報告をしつつ急いで弐型を立ち上がらせ、舞い上げられた大量の土砂と共に吹き飛ばされ再び地表へと落下してくる生きていたり死んでいたりする突撃級への警戒を ― あの強固で大きい外殻はたとえ半分になっていたとしても十分な脅威 ― すべく急速に形成されていく2本のキノコ雲の周辺へと目を走らせる――と同時に左側方数10mの位置からタタタンッっと鋭く伸びあがるバースト射撃が続けて2射、

 

「2体撃破っ」

 

命中をコールするのは少女の高さを残した壬姫の声、ブローン(伏臥射)から器用に兵装担架と跳躍ユニットを畳んでごろりと機体を転がすや支援突撃砲を放ったその狙撃はまさに宙へと打ちあげられ落下軌道に入りつつもさらされたままだった突撃級の最も柔弱な腹部へと突き刺さった。

 

「嘘だろっ、なんだそりゃ!」

「だが上出来だ、小隊行動ッ」

 

降り注ぐ土砂がばらばらと装甲を叩く音、さらには落下してきて轟音と共に大地に突き刺さるのはつい今壬姫が屠ったものも含めて原型を留めていたりいなかったりする突撃級の死骸。

神技に等しい壬姫の砲撃技術に感嘆というより唖然としつつも帝国軍部隊は素早く隊伍を組んで散開、形成された爆発孔とその周辺へと猛進してくる後続の突撃級群へと襲いかかった。

 

「分散を許すな殲滅するぞ!」

「続くわよ!」

「了解!」

 

S-11の地中爆発により穿たれた二つのクレーター ― 突撃級群中その即席壕へと突っ込むものは壕内の残土ををあたかも耕すかのように爆進し、大爆発で掘り返された大地にもさほど足を取られるでもない ― しかしそのほんのわずかの速度低下を見逃すことなく帝国軍機とたった4機の国連軍たる美琴たちは交差前進をかけて小隊単位の迂回軌道。異形の異星種の背面をとりその弱点たる尾部背部に劣化ウラン弾を叩き込む。

 

「一匹も逃がすな!」

「撃てっ、殺せ!」

 

だが敵の数は爆破作戦までの追撃・並行攻撃で200体以上さらにこの爆発で数十体は葬ったろうがそれでもまだ残余は600体を越える膨大さ、駆け抜けていくその総てをたった十数機の戦術機で即座に殺し得るものではない。

 

つい先ほど後続BETA群内の光線級から照射を受けたことから、この東進BETA群の本命たる中衛群はすでに西20km近辺にまで迫っている ― それらが照射圏内にまで到達すれば即座に再び死の閃光が瞬くだろう。その猶予は、

 

10分は…ないよね…っ!

 

誘引を試みる暇もないだろう、強化装備の網膜投影・情報視界に映り込む04式支援砲のマズルフラッシュに照らされながら美琴もまた内心の焦燥を押し殺す ―

 

「距離も時間もないが間に合わせるぞ国連軍、焦らず急いで正確にいけ!」

「了解です!」

「くっそジャムりやがった!」

「カバー」

「すまねえ嬢ちゃんっ」

「彩峰出すぎないでッ、珠瀬は遠方個体の処理を優先、鎧衣は!」

「了解壬姫さんをカバー!」

「お願いしますっ」

 

帝国軍機らと共に慧とコンビで巴戦に入る千鶴の命に従い壬姫は東へと走る撃ち漏らしの突撃級の狙撃に移り、同じく美琴もその周辺を固めつつ砲を開き ―

 

「――クリア!」

「クリア!」「クリア!」「こっちも片づいた!」

「よし壕まで再前進、本命を迎え撃つぞ!」

 

列機からあがる異口同音、荒涼たる大地のそこかしこに巨大な異星種の骸が転がる中で寒冷な大気に加熱された砲身から立ち上る陽炎のゆらめきを残して防人たちは再び西へ。

 

戦術機の高速ならわずかばかりの距離とはいえ。いつ鳴り響くかもわからない照射警報への恐怖を噛み殺しつつの全速匍匐飛行、できたばかりの即席壕へと無事飛び込んだ時にはやはり皆一様に吐息を漏らす。

そして緩やかな傾斜のついた壕中央部の最も深い部分へと機を落ち着けた。一列の横隊になって片膝をつき、地平線下へと機体を隠蔽する。

 

「CP、位置についた」

「了解。BETA中衛群到達まであと――」

 

12分。

 

それは時速60km/h程度で迫る光線級の対戦術機射程22kmから換算すればほぼギリギリのタイミング。壕に飛び込むのがあと数十秒遅かったら揃って照射を受けていただろう。

 

燃料はまだ大丈夫、残弾は…

 

30%を切っている。

美琴は千鶴の指示を待つまでもなくさっと計器類に目を走らせそう見取るや、02式中隊支援砲の左右に両付けされたドラムマガジンのうちもう空になっていた右側のものを切り離した。今次作戦では極力持ち帰るべきものだけれど、今は少しでも軽くしておきたい。

 

 

焦れる気持ちに尽きぬ怖気と戦いつつの待ち伏せ戦法。

 

あらかじめ壕の縁から砲だけ出して牽制射を加えようにも、光線級の正確無比な照射は飛来する砲弾もろともわずかに露出した戦術機の主腕や兵装担架を灼き溶かす。

だから今から30年以上前まだ生身の歩兵が最前線でBETAと戦っていた時代にも似た、塹壕を利用しての近接戦闘戦術。

 

いずれにせよ ― 後続の支援部隊が間に合わなければ…終わりだ。

 

 

そして美琴の視界の前方やや斜め上方、せり上がっていくクレーターの縁。

めくれあがった茶褐色の大地と曇天の空との境。

 

――来る…

 

この死地で轡を並べる89式はもとより94式よりさらに鋭敏な弐型のセンサー。

それが、遠くBETA共が蹴立てる大地の響きを伝えて。

 

「国連軍、我らが先陣で斬り込む。支援を頼むぞ」

「…、了解。…武運を」

「ありがとう」

 

帝国軍機へと固い声で応答してから2度目の機体チェックをかける千鶴に飲料水を含む慧、そしてなにかを言おうとして失敗した風な壬姫を見てから美琴もまた乗機に02式を構え直させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突撃!」

 

傷だらけの94式が発したその号令を、千鶴は乗機管制ユニット内部で聞いた。

 

前方斜め上、壕の縁にBETA中衛のうちの大型種・要撃級がその醜悪なシルエットを覗かせ戦車級の大群が流れ落ちてくるその寸前。

わずか7機の94式部隊は待機状態だった跳躍ユニットFE-108に一斉に火を入れ、赤くロケットの尾を曳いて6000を越えるBETA群へと突撃をかけた。わずかとはいえ高所となる壕の縁を光線級に陣取られるわけにはいかない。

 

「 ― 行くわよ!」

 

そしてあえての一拍、いや長く感じる2秒の間を置き。

了解の応えを受けつつ僚友たる分隊員らに帝国軍89式5機も加えて引き連れ千鶴もまた弐型のFE-140を全開にした。

 

爆発的な加速、そのGによりコネクトシートに押しつけられながら。

乗機カメラから映し出される情報視界、前を征く94式の背中と高速で流れ去る地表面、続いてクレーターの縁からごくわずかに跳びあがってそれを乗り越えたとき――

 

 

見えたのは、もう幾度目かにもなる地獄。

 

赤黒く地を埋める戦車級と、その中でなお威容をさらす要撃級が数多。

 

そして視界のあちこち複数箇所から閃く幾十もの死の光条。

 

 

「照射検知ィ!」

「蒸散膜がッ、――クソぉ!」

「集中射では…! 俺が引きつけるっ」

「武藤ォ!」

「かまうな行けぇ!」

 

すかさず襲い来る必殺のレーザー光が大気を裂き ― まず1機の94式がその複数照射に捉えられ数秒の猶予をもたらすはずの対L蒸散膜を瞬時に無効化され上下に溶断されて爆発し、続いて自ら囮となるべく乱数機動でわずか高度を上げたもう1機もまた次の瞬間火球へと変じた。

 

だがゆえに、辛うじてだが狙い過たず。

 

「足を止めるな!」

「紛れてしまえばッ」

「大尉――援護!」

「光線級に顔を出さすな砲撃継続!」

 

残る5機の94式隊は揃って蒸散膜を灼き剥がされて機体要所から白煙を上げつつ要撃級群へと肉迫し、それに遅れず千鶴らもまた異星種の群れへと突入した。

 

そして始まる乱戦、押し寄せるBETAの波濤のただ中に伸びては拡がる36mmの火線と120mm砲弾の爆光。

 

「光線級は!? 50匹程度はいやがるはずだッ」

「鎧衣ッ」

「10ヶ所以上に分散して…っ、ポイント送るよデータリンクっ」

「まとめて吹き飛ばせ!」

 

直撃弾は望めない ― 光線級への射線が開いているなら先にこちらが撃たれているはず、よしんば先制がかなったとしてもその必殺必中の光線の前には36mmは当然120mmもまた迎撃される。

ゆえにその駆逐にはできればHESHもしくはAPCBCHEを至近で炸裂させて、その爆圧あるいは破片で全長3mとBETA中では小型種にすぎず体皮も柔弱な点を衝くほかない。

 

戦車級の取りつきを警戒しつつ要撃級との白兵間合いを避ける89式隊が火砲を開き、5体程度の小集団にまとまる光線級群を二つ三つと排除に成功する――が。

 

「畜生『鬼火憑き』が邪魔しやがる、化け物のくせに知恵つけやがってッ!」

 

光線級小隊をその足下に匿うが如くに要撃級が立ちはだかって、中でも青い燐光を放つ個体群は強固に交差させたその前腕衝角でもって36mmHVAP高速徹甲弾のほぼ一切を弾き飛ばして受け流し同じく57mmの連射ですらもその衝角と共に主体節を削られながらもたじろぐ様子のひとつも見せない。

 

「クッソ…!」

破魔矢(APFSDS)が数発刺さったところで死なん、柘榴(HESH)で足下の光線級を先に殺れ!」

「わかっちゃいるがよ予備弾倉はコイツでカンバンだっ」

 

千鶴らと共に支援に回る89式、だが地に満ちて群れ走るBETA群は徐々に遠いハイヴより手近な精密機械の塊すなわち戦術機への誘引を開始されたか十重二十重に押し包むように迫り来るその圧力。

 

そして数十秒を数える間に彼らは完全に包囲されていた。

 

「阻止火力が足りてねえ!」

「接近戦は――」

 

元々タフな要撃級、それが強化亜種となればなおさら。多少の被弾は元より腰の引けた斬撃程度は意に介さない。

さらに同種の急所のうちで最も狙いやすいのは醜悪な人面めいた尾節なのだが通常種より数割以上も敏速な定常旋回能力で容易にはそこを狙わせず ―

 

「こうアタマを抑えられちゃ…!」

「手が足り――グおッ」

「吉田ッ、…畜生、馬鹿野郎!」

「戦車級がっ、クソぉ脚があっ」

 

地上に縛りつけられ空間機動を封じられた89式隊、要撃級が掲げる必殺の前腕衝角の間に間に押し寄せるは赤黒い小型の悪魔・戦車級。

排除し損ね群がられ飛びつかれればその信じがたいほどの咬合力で戦術機のスターライト樹脂装甲などは瞬時に噛み砕く。

 

横合いからの小跳躍 ― といってもその飛距離は数10m ― にて一気に間合いを詰めてきた「鬼火憑き」の体当たりを受けた89式は砕かれた装甲を飛散させつつフレームまでひしゃげさせられ吹き飛び、そこへさらに止めとばかりに跳びあがった「鬼火憑き」から両腕の衝角を叩きつけられて機体上部の原形を留めぬまでに破壊された。

そしてその僚機の惨状にわずか気を取られたもう1機は殺到する戦車級数体に右主脚を囓り折られて体勢を乱し瞬間の噴射で倒れ込むことだけは避け得たものの片脚を失っては跳躍機への依存が大きくなりすぎ地上での継戦能力を大きく損なう。

 

この、ままじゃ――

 

想定を上回る厳しい状況、網膜投影の映像と情報とを追う千鶴の眼球はせわしなく動き操縦桿を握る両手は02式のトリガーを引き続ける。

 

 

時間を稼ぐ程度なら、なんとかなるかもしれないと。

だがそれすらも今の帝国軍には甘すぎる見積もりだった。

 

敵勢力の大きさは想定とさほどに乖離しないというのに、機体も衛士も長時間の連続戦闘によって疲弊し消耗し果てた今では当初予定した遅滞戦闘すらもままならない。

 

 

「クソおっ、俺が突っ込んで…!」

「バカよせ分散されたら手に負えんぞ一旦下がれッ」

「畜生すま―― グボッ!」

「な…っ、明野お!」

 

尻もちをつくように半擱座した先ほどの損傷機、すぐさま飛びつく戦車級群。

片脚を失った89式は一斉に群がったそれらを短刀と主腕とで必死に排除しつつ地を滑るように離脱を図ったがそこへ「鬼火憑き」が降ってきた。

全長全幅それぞれおよそ20m30mにもなる巨体、それが大跳躍からの落下。轟音と共にあがる土煙の中にややの破片を飛び散らせた89式はその搭乗衛士もろとも一瞬で押し潰されていた。

 

…!

 

千鶴から89式隊まで距離は300mほど、この短時間で今や小隊未満となり果てた彼らを支援しようにも。

 

壬姫は静止かそれに近い状況での狙撃と射撃には極めて秀でるものの激しい機動砲撃戦ともなればやはり精度と効率は落ちる、だからそれを護衛する美琴も襲い来る「鬼火憑き」の排除と牽制で手一杯 ― そして前衛を担う慧は94式隊と共に常時3体以上の同種を相手取って瞬きの間すらない近接戦を展開していて千鶴は損失が大きい89式隊の分までその支援に忙殺される。

 

「こちらヴァルキリーリーダー、損害多数、支援を! はやく!」

「CP了解、支えられたし!」

 

千鶴は反射的にもう無理だと叫び返しそうになりながらもトリガーを引き絞り02式砲を連射する。

レティクルに映る500m先の「鬼火憑き」の交差した前腕衝角、千鶴の放った57mmAP弾は強固にすぎるそれを削りながらも弾かれ混ぜられた曳光弾と共に残弾カウンターの表示もまた吹き飛んでいく。

 

もう弾が…!

 

同時に砲身の加熱を訴えるアラート、地上での主脚中心の機動では冷却が追いつかない。

即座に背部兵装担架をダウンワード展開させて2門の87式突撃砲での牽制射に切り替えるも、

 

止められ、ない…っ!

 

 

「彩峰っ…」

 

 

対抗火力の低下を見て取ったような「鬼火憑き」の指向を感じて千鶴は乗機弐型を後退機動、支援の距離が開くのを慧に警告すべく ―

 

 

「榊後ろ!」

 

 

慧の鋭い叫びとほぼ同時、弐型のセンサーがもたらす警告音に。

 

 

――!

 

 

振り仰がんとする千鶴の思惟に触れて網膜投影の情報視界もまた即座に後方へ。

そしてその視界内上方にやや低くも速く飛びかかってくる大きな影――

 

 

しまっ…

 

 

食いしばっていた奥歯は恐怖に歯の根が鳴るのを止めるためでもあった。

 

だがたとえ最後の瞬間が来ようとも。

戦い抜きたい、その決意がために目を閉じなかった千鶴は、1秒後には自分の命を終わらせるべく振り出されるゴツゴツとした深緑色の前腕衝角を知覚し――

 

 

東方よりの2本の火線が襲い来る「鬼火憑き」の横腹に突き刺さるのも見た。

 

 

「!!」

 

 

36mm程度ではタフな要撃級を絶命させるにも跳躍する大質量を止めるにも至らない、だがそれらをも見越したように間髪入れず続いて鋭く空を衝き裂いて飛んできたのは74式近接戦闘長刀 ― それが一対。

 

刹那の時間差で狙い過たず「鬼火憑き」へと深々と突き刺さったそれらの衝撃力はさすがにBETA大型種の跳躍軌道を逸らすに足り得、その要撃級は瞬間硬直しかけた千鶴機を掠めるが如くの距離を通過し大地に激突して轟音と土煙と押し潰された戦車級数体の体液とが噴きあがる。

 

 

それはまさに瞬きの間の出来事で。

 

そして疾風と化して飛び込んでくるたった1機の戦術機。

 

 

「し――」

 

 

紙一重で命を拾った千鶴は乗機を翻すよりも早く理解していた。

 

 

一対の跳躍機・FE-108は瞬前まで点火していたロケット焔の赤い残滓を散らし。

漆黒に染め落とされたその装甲は上塗りを続けられるBETAの体液に今なお濡れて。

 

鬼を裂き魔を討つ黒翼の機動。

異星起源種に終焉を告げる追儺の双刃。

 

日本帝国斯衛軍・00式戦術歩行戦闘機。

そしてそれを駆る者こそは、最強の誉れも高い斯衛第16大隊席次参番。

 

 

「中尉…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わずか時間は遡り。

 

雲の多い空へと地上から高速で立ち上がった一対の対流雲 ― 茸雲は僅か数秒で地上数kmの高さに迄至る。

 

帝国軍本陣、解放した乗機00式胸部ハッチのせり出した管制ユニットからさらに身を乗り出した唯依は其れを視認した。

 

 

30km超の距離を置く西の防衛線で起爆したS-11――1.5TNT換算キロトン*2の爆発。

其の爆轟が生んだ衝撃波こそ直接に届きはせぬも遅れて聞こえる遠雷と云うにも大きく重い爆発音、更に遅れてやや強く吹き付けた西風こそは爆風か。

 

 

「急いでくれ!」

「やってます!」

 

唯依は詮無き事を承知でBETAの返り血に塗れた愛機に取り付く整備兵らに強めの語調で声を掛け、同時に怒鳴り返してくる気力があるだけ未だ大丈夫かと確認をした。

 

見れば周囲に駐機した白袴の機体色が見えなくなるほど異星種の返り血に染まった麾下の隊機にも同じく整備兵達が群がって、各種補給に簡略乍らも点検整備と目まぐるしく動き回る。

 

狭隘な戦術機内から出た処で。

肺に取り込める外気は機械油に航空燃料そして硝煙とBETAの体液の金属臭が入り混じり、寧ろ濾過された機内の其れより清冽とは言い難く。

だが其れでも唯依は、着座姿勢で戦闘機動のGに抗い続けるがためにその過負荷に悲鳴を上げて久しい全身の筋を僅かなりとも伸ばそうとした。

 

 

帝国斯衛に白い牙ありと持ち上げられた中隊をして、既に半数が脱落。

然し長駆敵中浸透しての光線級吶喊等と云う前代未聞の無茶な戦術、未だ戦死が4人に留まる事自体が望外とすら。

 

其れも、是れも――

 

 

「…補給を頼む」

 

一番最後に戻った黒の機体、00式C型。

つまり戦線からの離脱も一番最後、一見無造作乍らも実際には無駄の一つとて無い挙動で片膝をつき並ぶ列機の端へと同じく機を落ち着けた。

 

 

実際の処、常に先陣を切ってくれる彼が居てくれなければ、隊はとうに全滅していた。

 

何となれば ― 彼の全力機動に直接追随する事は困難でも、彼が地に満ちるBETAの群れを啓開し引き付けてくれたその間隙に斬り込み続く程度なら。

彼と共に飛び続けてきた唯依と唯依の中隊には其れが可能だったがゆえに、漸く生きて戻れたに過ぎない。

 

 

衛士は操縦席を離れても強化装備頬部に付随する網膜投影の機能は失われない、故に唯依の視界には彼の機体に取り付いていく整備班との通信も混じり。

 

「お疲れ様です中尉殿機体に違和感はありませんかっ」

「…右膝のイニシャルをプラス0.3」

「了解ですッ、長刀は新品を出して120mmはHESHを4本!」

「けど割り当ては1機2本までだと ― 」

「第1中隊から回してもらって、真壁大尉ならわかってくれるから!」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ自らも工具を振るう機付長の女子下士官、その喧噪の中、しかし浮かぶ彼の無感情な瞳は変わらず虚無を映して。

 

そして機を駐めるなり操縦席に座したまま、慣れた手付きで取り出したるは携帯糧秣。

その無味乾燥な固形食の密封包装を歯を使って噛み破り徐ろにかぶりついて咀嚼し嚥下する、が――あれは、その食味食感が機械油を固形にした様だとか或いは固体の機械油其の物だと云われかの悪名高い米軍のMRE(誰もが拒否した食物)をも上(下)回りMRB(BETAも食べない何か)と迄酷評されて衛士からは忌避される代物。

 

其れを眉一つ動かさずシャキサクと食べてのけるや同じく密封包装されていた飲料水で流し込み、1分足らずで其れ等自身への補給行動を済ませてやや俯いて目を閉じていたが、

 

「……済んだか」

「あッ中尉殿…、は、はいっ」

「…各部チェック…問題ない」

 

ものの10分程。

一通りの作業を終えた機付長が少しでも休ませるべきかと慮ってか声を掛けるか否かを躊躇った風な数瞬の間に、彼は自ら再び其の澱んで昏い眼を開くと機体再起動の手順を進める。

 

 

赫奕たる戦果に彩られた彼の戦歴、其の中に一際燦然と輝く甲20号作戦での太刀始め。

決して多くは無いあの作戦からの生還衛士、しかもハイヴ突入前の地上制圧戦からその最深部攻略に至るまでほぼ無休息で戦い続けた者等極一握り。そしてその代表格こそ今や神州の先導者たる斑鳩公と、他ならぬ彼たれば。

 

連続長時間の戦闘にも経験が豊富で在ろうし ― 常に点検整備補給の所要時間が短いのも一見ぴんしゃかと飛び跳ね回る其の機動術が実際には一切の無駄が削ぎ落とされて極めて効率的かつ効果的にBETA共を狩り殺すべく最適化されているが為、燃料推進剤機体共々消耗が少ない事の証左に他ならぬ。

 

 

だがその彼とて畢竟独りの衛士。

 

今次防衛戦開始時の防衛範囲は13000平方粁、乃ち北海道全域の1.6倍。

その広大さは帝国軍ならば平時においてすら戦術機複数個連隊を中核とした諸兵科連合4個師団以上を以て当たるべきとされるもの。

 

幾ら戦術機が機動力に秀でるとは云え其れだけの広漠な戦域を支え切れる筈も無く ―

 

 

「…補給完了、先に行く」

「頼む中尉、すぐに追う」

「…了解。ホーンド03、出る」

 

其れでも尚、当然の如くに単機での先発。

流石に隠し切れはせぬ疲労の影、然しそれでも機械的と云うより機械其の物と云った遅滞の無さで彼と彼の駆る漆黒の00式は朱い炎の尾を曳き――再びの戦いの空へ。

 

飛び発つ間際の其の彼に、御武運をと願い了解整備に感謝すると無感情の侭乍らも返された機付長が飛び立ち遠ざかり征く其の黒い機影へと、ぎゅっと硬く目を閉じ組み合わせた両手で何かに祈るが如き仕草を見せる処迄含めて此度の防衛戦が開始されてから既に幾度目かにも成る彼の再出撃の光景、

 

「…」

 

だが僅か、ほんの僅かに。

彼が急いでいる風にも見えたのは、蓋し唯依の気の所為では無く。

 

二人三人抱えた処で危ぶむ事も無かろうが…

 

悋気等と此の場に余りにそぐわぬ、唯依は小さく頭を振って。

 

 

戦場に絶対は存在せずともそう柔な男では無いとは既に信頼を超えた確信の域、況して国連軍横浜基地所属の四人娘も元は神宮司少佐殿門下ときて相応以上の業前。

装備機の性能含めて彼女等で足手纏いだと云うなら此の戦場の衛士の八割方が皆揃って足手纏いだ。

 

 

寧ろ殊戦闘に於いての持久力には矢張り劣る女の我が身を今更乍らも唯依は悔やまざるを得ない。

 

 

万難を排し家督を継がせてくれた亡き父にせよ、生まれ落ちた此の身が男児で在れば其の難自体が無かった上に。

然して男で在れば彼と共に駆ける今此の瞬間にも体力面から拡がりゆく遅れに加えて彼や是やの他念なぞ無く只只管に並びて剣を振るう事が出来たのやも ―

 

 

埒も無い…

 

唯依は疲労ゆえの眉間の奥の疼痛と共にそんな想いも追い遣らんとして僅か目を伏せ息を吐く。

 

 

共に死ねれば其れで良い。

 

だが彼の足を引っ張る様な真似だけはしたくない。

 

そんな無様を晒すくらいなら自爆釦を押す程度の覚悟は疾うに済んでいる。

 

 

「――白牙中隊出るぞ、我が剣に続け!」

「了解っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中尉――」

「―下がってろ」

 

通信越しの低いその声。

それが千鶴の耳朶に響くや否や、現れた黒い機体は再び颶風となった。

 

この戦域へと飛び込むや否や自ら投擲した長刀の、「鬼火憑き」に突き刺さったその柄尻を足場に。

未だ絶命に至らぬ異形の異星種をさらに地に縫い止めんとばかりに蹴りつけ押し込む反動で機体を反転させた瞬間にはすでに跳躍機には再び火が入り。

 

寸毫の静止からの爆発的な加速、低く鋭いその機動で敵BETA群へと突撃をかける。

 

「斯衛の黒か!? 助かった!」

「…光線級は俺が」

 

敵中血刀を振るう94式隊へも含めて亜種との一対一は避けろと言い捨てつつも、自らは地を這う戦車級を四肢に纏う超硬炭素刃で斬り裂き跳ね飛ばし切り刻みながら一切の遅滞もなく「鬼火憑き」へと間合いを詰め。

早業で伸ばした右腕部00式短刀でその前腕衝角を付け根部分で斬り飛ばし宙へと舞いかけたそれを空いた左主腕で掴むや機を翻しつつの投擲、その回転の慣性力に瞬間的な機体全体の電磁伸縮炭素帯の捻転収縮解放による出力すべてを乗せられたそれは唸りをあげて空を裂き、300m先の光線級の1小隊へと。

 

光線級の放つレーザーは大気程度はプラズマ化させても輻射圧はさほどでもない、ゆえに対向してくる数本のレーザーに灼かれ焦がされ溶融しつつもその慣性と回転とを保持し続けた前腕衝角は瞬く間に残る距離を突破。照射源たる数体の光線級らの護衛よろしく立ちはだかる「鬼火憑き」の足下に10m超の鈍器となってぶち当たった。

 

120mmの着弾に比すればさして目立たず上がる土煙、そして2対4本の多足に加えて大質量を有する要撃級には痛撃にまで至らずとも ― その膝下に蠢く全高3m程度の光線級に戦車級にしてみれば。

直撃を受けた個体は潰され吹き飛びまたその飛散した個体や土塊が質量弾と化して残余の個体を襲い、まだ生きているものがあればそれらもまた瞬間の遮蔽たり得て――噴きあがる血飛沫の中、黒の処刑者は敵中深くへと。

 

「武装が――」

 

00式には内装式の短刀に兵装担架の突撃砲があるとはいえ。

ごくわずかの硬直から脱した千鶴は慌てて地に縫いとめられた先の「鬼火憑き」の尾節に36mmの連射を叩き込んで動きを止めるも突き刺さった長刀を抜かんとすぐに接近するほど迂闊ではない、だがいくらあの中尉殿でもその異名の所以たる対の刃を持たぬままではと ―

 

しかし装備の欠如に構う素振りとてなく黒の斯衛は文字通りに地を這う機動、瞬間機体を屈めて大きく回転しつつの地を払うが如くの回し蹴り ― 中国武術でいう前掃腿 ― 、吹き飛び宙へと浮かんだ戦車級数体を遮蔽としつつさらにそのうちまだ生きている一体を空いた右主腕で引っ掴むや即座にデータリンク共有されていた光線級群の位置へと目がけて投げつけさらにそれを追って吶喊 ― そしてそれらを数回、計5分とかからぬ間に会敵BETA群内の光線級を排除し終えてみせた。

 

「…光線級排除完了。遅滞戦闘に移行する」

 

次いでそうぼそりと言い捨てるや無造作なまでに敵中へと再突入、雲霞の如き小型種を踏み荒らし血飛沫を上げながら疾駆する。

遭遇した大型種たる要撃級とてすれ違いざまに尾節を刎ね飛ばされまた前転宙返りの最中にその背を両主腕の支えにされた個体は次の瞬間に同じく尾節を捻り切られて共に直上へと体液を噴出させる。

 

そこにさらに迫るは「鬼火憑き」、数10mの間合いから高度を取らない跳躍攻撃 ― しかし飛んできたその強化亜種の前腕衝角はわずか退がった黒の機体に触れることなく。

続いて間髪入れず跳びあがるや絶死となる叩きつけの攻撃を繰り出 ― す、その0.2秒前には低く低く姿勢を下げた00式に下へ潜られ。

防御も回避も叶わぬ宙空にて絶対の急所たる下面を処刑者に晒し、兵装担架に跳ね上げた突撃砲より36mmの連射を受けて尾節をその付け根から引き裂かれた。

 

信じられない…!

 

「―右後ろ脚」

「りょ、了解!」

 

急所を吹き飛ばされてなお未だすぐには絶命に至らぬ「鬼火憑き」、しかし半ば唖然としつつも黒の命に即座に反応した千鶴はさすがに動きも鈍ったそいつの二対四本の脚部のうち後ろ一本に構え直した57mmを連射で叩き込んだ。

無痛覚のBETAゆえ半ば吹き飛ばされた後ろ脚にも構わず動き回るもさすればどうなるかは自明の理、数秒のうちに自重を支え損ねてその脚部が折れて千切れて尻もちをつき機動力を大幅に削がれて事実上の死に体と化し放っておけばやがては実際に死ぬ。

 

その間にも素早く離脱をかけた00式は血払いの一振りと共に収納する右短刀、使ってくれと94式から投じられた予備の長刀を背を向けたままに発止と掴む左主腕。

 

「…助かる」

「それはこっちの台詞だ、頼むぞ!」

 

未だ双刃には一振り足らぬ、それでも躊躇の欠片すら伺わせず。

空いた左主腕に背面兵装担架よりの87式突撃砲を握らせると2体の「鬼火憑き」に迫るや衝角前腕の間合い直前にて鋭角にターン、うち1体に真正面から突撃をかけ ― その個体が差し向けられた突撃砲の斉射を警戒したか両の衝角を交差し掲げた次の瞬間にはその衝角前腕こそを足場に跳躍機を使わずして低くも宙に舞う。

 

跳んだ――

 

滞空時間は1秒にも満たぬとはいえ光線級を排除し終えているが為の機動、そして宙空にてするりと下げた長刀の峰に脛部を押し当て落下速度に自重をも載せたその一刀にて要撃級種の死角たる頭上から尾節を縦に断ち割りさらに着地の一瞬前には既に次なる方向への噴射角度の変更を終え待機していた跳躍機 FE-108に火が入る。

 

そして轟と噴き出す赤い噴射炎と同時に00式の蹴爪が大地を蹴りつけ穿ち、豪速を得た黒い機体は再びBETAに死を振り撒く風となる。

 

 

その手管は鮮やかではあっても、いっそ無機質にすら。

慣れた作業を簡便に済ませるとでもいうような。

 

 

「冗談じゃねえなんであんな…っ」

「簡単に見えちまうがよ、マネしたら5秒と保たずにあの世行きだぜ!」

 

引き続き小型種を蹴散らしながら青い燐光を纏う要撃級強化亜種を次々に戦闘不能へと追い込んでいく00式に、残存する89式隊と共に千鶴に壬姫に美琴らは都度その意を汲んでとどめの火砲を撃ち放つ傍ら前衛を担う慧への支援も再び厚く。

 

そしてその慧もまた戦陣を組む94式隊と並んで死線を越えつつ黒の動き自体は察知していて瞬間飛び込んできた00式に即座に呼吸を合わせて背中合わせの回転機動、左主腕の突撃砲を撃ち放ちつつ180°ターンする間に離れていった黒の機体はさらにもう1体へと向かっていた。

 

「…パターン?」

「…そうだ」

「教えて」

「…まずは生き残れ」

 

とはいえ「鬼火憑き」だけでもまだ120体を優に超え。

圧倒的な双刃の戦闘力を以てすら頑強極まる強化亜種を葬り去るには単体ごとに時間を要し、支援と共に止めを担う列機の火砲の残弾にもすでに余裕は ―

 

ゆえに通信越しの視線すら合わせぬままに交わされる戦士の会話、いや彼は。

 

「…支援は来る。出過ぎるな」

 

つっけんどんなのは誰にでも。

だがとりわけ207Bの面々には、常には相対してなお視線を交わすことを避けている ― その理由など戦乙女達が知るよしもなく。

 

「…」

 

 

守りたかった。守ると誓った。そう約束した ― 何度も、何度も、何度も。

 

なのにいつも――守れず喪う。

 

 

共に戦い続けた。連れて逃げたことさえあった。

 

だが耳と魂に残された彼女たちの響きは、戦いの合間の安らぎの一時の微笑でもなければ甘やかな密事の吐息でもない。

 

 

痛い痛い痛い ―

 

 

無力な男を呪うでもなく。

哀願の言葉すらも漏らさぬまま。

 

 

怖い、怖いよ ―

 

 

最早いつのことなのか定かですらない、この永劫にすら思える繰り返しの中で。

いつも、やがては。

 

 

助けて、助けて ―

 

 

断末魔のその一瞬、苦悶の呻きとこの掌からこぼれ落ちていった彼女たちの最期の思惟。

色とりどりの瞳に刻まれたその、悲痛なまでの叫びだけが――

 

 

助けて□□――!!

 

 

 

「…」

 

闇に沈んだ茶色の双眸、そこにもやはり疲弊は滲むも。

 

「……BETAは鏖だ」

 

尽きせぬ憎悪が澱みゆく。

 

 

「…装甲展開…出力制御変更…強制冷却開始…XM3通常駆動停止…入力予測演算停止…」

 

漆黒の装甲、その両肩・主腕・膝部から下が僅かに開き。

跳躍機FE-108からの噴射炎がその大きさを増した。

さらにその黒鬼を操る男の右手はコントロールパネル上を淀みなく動く。

 

「…弐番機起動」

 

管制ユニット内に設えられた、二基目の特殊装置が稼働を始め。

網膜投影の情報視界に浮かびあがるは「Alternative 4」の文字。

 

第3計画の遺児にして第4計画の寵児、その銀の娘の手になる完全同調。

そして奏でられる微かな高周波と共に――

 

 

Я думаю о тебе(I think of you)

 

 

「…」

 

しかしそのソプラノの声も管制ユニット内部で流れて消えて。

 

「……最大稼働開始…演算能力最大…全出力を強化装備へ…」

 

男は独り、抗い続ける。

 

「…筋電流操作最大…保護皮膜耐G収縮上限解除…感覚欺瞞最大持続…」

 

橙に光る00式C型各所の発光部、その総てが昏く闇色へと変じ。

 

― eXecute and Massacre alien Monsters Maneuver MAGATSUHI ―

 

「XM4、00外式・禍津日 ― 起動…」

 

軍神から、災厄の穢れへと。

妖しく金の粒子を混ぜる黒の双眸が光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またぼつぼつ続けていきたいと思いますのでよろしければおつきあい下さいw


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Muv-Luv UNTITLED 26

 

 

発 日本帝国欧州派遣軍司令部

宛 欧州連合軍在斯干的那維司令部

 

 

今ヤ剣折レ弾丸尽キ最期ノ敢闘ヲ行ハントスルニ方リ 熟々皇恩ヲ思ヒ粉骨砕身モ亦悔イズ

茲ニ平素ノ御懇情御指導竝ニ絶大ナル作戦協力ニ任セラレシ各友邦部隊ニ対シ深甚ナル謝意ヲ表シ 以テ訣別ノ辞トス

何卒後方要員ラヘハ格別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

 

皇軍斯ク戦ヘリ 煌武院悠陽殿下万歳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

 

宵の口を過ぎても、変わらず闇はなく。

バルト海・ファスタオーランド前線基地。高級士官用区画の一室。

 

大隊長室ともなれば一応はそれなりの広さだが、隣接して付属する寝室はそうでもなく。

寝台に至っては当然一人用で大きさも質も尉官らのものとさして変わらない。

 

ナイトガウンを羽織っただけの姿でその硬いベッドに腰掛ける、ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐の銀の髪はまだ濡れていた。

 

浅黒い肌に端正な顔立ち、シャワーを浴びてしかし緩むことのない鋭い琥珀の視線は髪を乾かすのもそこそこに、ベッド脇のデスクに置かれた端末の画面を見つめている。施設の老朽化を示すやや光量が足りない気がする照明の下、両膝に乗せた肘、組んだ両の掌が半ば引き結ばれた口元を覆う。

 

昼間部下たちの前では常と変わらぬ鋼鉄の王としての佇まいを崩すことはないにせよ、今の彼のそれは苛立ちとまではいかずとも焦れている時の仕草だと、長いつきあいになるジークリンデ・ファーレンホルスト中尉には判っていた。

 

「…」

 

いつも通り編んでまとめていたくすんだ金髪を解き、黒色の軍服を脱いだシャツの背に流して揺らす。同色のタイトスカートに包まれた形のよいヒップのラインはしかし同時に熟れた色香を放つ。

 

 

残務を片づけ終えてのいくばくかの時間。たまにしか持てない、久しぶりのふたりだけの逢瀬の時。こんな事にならなければ、もっと違う展開があったのかも。

 

今ここでどんなに焦れてみせても遠く700km向こうの戦況に変わりがあるわけではない、でも、そう万事に割り切りを見せないのが彼なのもよく知っているから。

 

並ぶ者とて稀な武傑、卓越した前線指揮官。

それでも自分が愛した男のその素顔は、弛まぬことを己に課しただけにすぎない、不器用なひとなのだとも。

 

 

ジークリンデは内心へのため息一つで気持ちを切り替え、サイドボードに置かれたヴァイスヴァインを取りあげた。

グラスは二つ、コルクはもう抜いてある。フルート型のボトルの中身も栓も、さして富貴を求めぬ部屋の主の数少ない好みに応えるべく「本物」。

 

もっともそれらすべてを準備し整えているのは、副官たる彼女自身の仕事でもあり。

中身を合成ものにすればさすがに気づくだろうけれど、地中海沿岸の産地がアフリカ側に限られてしまった栓のコルクが金属か樹脂のスクリューキャップになっても、きっと彼は文句を言わないだろう。

 

グラス1/3と1/4にそれぞれ注ぎ分け、多い方を王へと。

彼は差し出されたグラスに数瞬だけ寄越した目で礼を言い、受け取り喉を潤した。

 

ジークリンデもまた彼の隣へと腰掛け、ぎしりと古いスプリングがわずか軋む。空いた手でグラスを傾ければ口当たりよく美しい酸味。

そうしてふたりで並んで端末の放送を観ながら、

 

「…ユーコンから続報はあったか?」

「安保理ではソ連側から一定の譲歩は引き出せる見込みと」

「白海の艦隊か」

「はい。ソ連領内を北上するBETAについては火力支援が得られそうです」

「対価は…東側への食糧支援あたりか。陸上兵力は出さんのだろうな」

「はい、その条件の『電子部品』の融通について折り合いがつかないようですわ」

「…結局は、彼ら頼りか」

 

その応えは半ばの嘆息と共に。

誇り高い狼の王が漏らしたそれは、自責の念ゆえか。

 

 

この基地より北東へ約700km、時差は1時間。

より明るい白夜に砲火を発して眠れぬ夜を乗り越えるべく抗い続ける戦友(カメラード)たち。

 

彼らはTSUNAMIの如くに押し寄せるBETAの大群からすでに二昼夜、欧州連合の戦略資産となったロヴァニエミハイヴを守り通している。

 

 

「戦況の詳報は」

「こちらに」

 

王の求めに従い、后が差し出した数枚の衛星画像は同じくユーコンよりもたらされたもの。

 

その低軌道衛星の高い地上分解能がもたらす画像はそれなりに鮮明で、茶褐色の大地にはほぼ黒色に見える大集団 ― BETAの大群。

 

「…流石によく守ってはいる…が」

「はい、いくらライヒとリッターが強力でも数の少なさまではどうにも…おそらく支援要員まで含めて薬物を使用していると思われますが、人員の疲弊は免れません」

 

ジークリンデはわずか、眉根を寄せて。

 

「増援は」

「当基地を発ったイギリス軍2個中隊は当初ボスニア湾沿岸を担当していましたが、現在は帝国軍の要請によりリッターの光線級吶喊(レーザーヤークト)支援に当たっていたQE所属の2個小隊と共に北欧軍の支援としてハイヴ東へ。XM3搭載の成果は想定以上だそうですが、彼我共に数が数ですので…」

「ドーバーからは?」

「同じくイギリス軍の先遣隊が今朝方空挺で1個大隊。現地までは3時間、展開に1時間でした」

 

白き后狼の報告した所要時間はかなりタイトなものながら。

その先遣隊が Who Dares Wins をモットーにする精鋭中の精鋭集団と知れば頷けるもの。

 

「虎の子を出して来たか。配置は?」

「現地のライヒ司令部は同じく北欧軍の支援へ回してくれと」

「…健気な程だな……だが実際は、ショーグン救出部隊か」

「はい。当基地進発の隊も含めて、ライヒへの牽制または貸しにもできる動きですわ」

「…」

 

王の再びのため息に。

戦に政を持ち込まれることも珍しくはない立場とはいえ、それが好みとは限らない。

 

「ですがライヒは諸々折り込み済みなのでしょう、明言こそしていませんがオプションは放棄したものと…籠城戦術に移行する段階の戦力水準はすでに下回っています」

 

 

― 武士道トイフハ死ヌ事ト見附ケタリ

二ツ二ツノ場ニテ 早ク死ヌ方ニ片附クバカリ也 ―

 

 

やはり彼らはすでに死を覚悟しているのだろうか。ハイヴを襲うBETAを道連れにして。

 

 

「……用心を怠る者は愚者の誹りを免れ得んが…」

 

とはいえウニオン(我々)は少々疑心暗鬼が過ぎる、と大きく傾けグラスを干した狼王のそれをジークリンデは受け取った。サイドボードのボトルから新たに注ぎ足す。

 

強力な部隊を率いる者として、また欧州連合屈指の英雄として。

政治からは逃げられない身でありながらも、戦士で在りたい狼の王には面白くもない話だろう ― けれど。

 

「ですが、そのライヒの籠城作戦はそもそも実現性が乏しかったのです」

「…何故だ?」

「ライヒの作戦は籠もるべき城塞・ロヴァニエミの把握が完全に終わっていることが大前提です。ウニオンは制圧後の発表で15日間を計画しているとしていましたが」

「……完了したとは聞いていないな」

「終わっていないとの発表もありません」

 

そのあえての平坦な応えに差し出されたグラスを受け取りながらも黒き狼の王はさらに苦虫を噛みつぶした。

 

 

こんな小噺(アネクドート)がある ―

 

待ち合わせをすると、約束の時間の前に5分前に来るのがドイツ人。定刻にイギリス人。5分遅れでフランス人が来、15分後にイタリア人。30分後にスペイン人がやって来て、結局来ないのがポルトガル人。

 

 

「リント少尉の分析では最近の搬入資材や人材から調査はまだ継続中だった可能性が高いと…我々は大陸諸国のそういう欠点に慣れていますが」

「…ライヒは何も言われなければ当然計画通りだと判断したか…」

 

 

ちなみにその小噺では、日本人が来るのは約束した時間の10分前と言われている。

 

 

「調査団の人員構成についてもイニシアチブを握りたいイギリスの横車を私たち大陸国で止めましたが、その後その我々の方でも話をまとめるのに時間を要したと」

「…笑えない冗談だ」

 

こと権益が絡むと一向に話が進まなくなるのがウニオンの常の悪癖とはいえ。

呆れてものが言えない風な王の姿に、ジークリンデはきっと軍に入る前のヴィルフリートだったらもうとっくに怒りだしたか頭を抱えていたに違いないと過ぎた時間へと思いを致す。

 

 

もっともハイヴ先進国の日本にしても、「生きたハイヴ」で知悉するのはフェイズ4まで。

帝国軍もロヴァニエミと同じくフェイズ5となるリヨン攻略戦には参加していたものの深層まで帯同したのはわずかに2機のみ、しかもロヴァニエミはリヨンと同じフェイズ5に分類されてはいるがその建設は81年とリヨンより5年早く、その時間差からかその地下茎構造は、深度こそ大差なかったもののリヨンのものより数的に増大しまた複雑化していた。

 

 

「大型の横坑だけでもかなりの数に…ですので仮に地下茎構造の封鎖作業を侵攻BETAの迎撃と並行して行うにせよ、ライヒ部隊が保有するS-11を加味してなお強固なハイヴ内壁を破壊して封鎖するに足るだけの爆発物が現地にあるかどうかも」

「…ならばどの程度必要かと問われても調査が終わっていなければ答えようがないしな」

「また前例のない戦術になりますのでBETAの反応が読み切れません。レールガンや戦術機といった誘引の原因になりうるものをハイヴ内に集めすぎると、リヨン攻略時と同様に主縦坑に直接複数の母艦級が同時に出現する可能性もあります」

 

ライヒの答えは「それも撃退すればよい」だったらしいが、いきなりの背水の陣を敷いて失敗した場合に替えの効かない戦略資源を喪うのはウニオンである。そして――

 

 

「『生きたハイヴ』にBETAが侵入した場合、何が起きるか全く解っていませんでした」

 

 

ハイヴは未だ、謎だらけ。

 

ハイヴの何処からBETAが湧いてくるのかも判明していないため、「制圧」などといっても人間がその最深部の反応炉まで到達して棲息BETAを駆除し終えれば、その再出現はどうやらないらしいということが経験則として解っているだけ。

 

ゆえに侵攻BETAがロヴァニエミの地下茎構造に足を踏み入れた瞬間、言うなれば再起動を果たしたハイヴが突然大量にBETAを吐き出し始めるかもしれなかった。

そうなれば籠城した防衛部隊は逃げ場のない地下空間で挟撃され、為す術なく蹂躙されるだろう。

 

 

「もっともこれについては、現在すでにハイヴ内への直接地下侵攻が確認されています」

「…ライヒはこれに関しての情報を持っていたのか」

「そこまでは。ですがウニオンは日米を排しての調査を進めてきた手前…ましてライヒのハイヴ研究の第一人者はあの――」

「ドクトル・コーヅキか」

 

 

魔の巣・ハイヴに文字通り住まう「横浜の魔女」。

 

国連の極秘計画に携わりその主導権が日本からアメリカに移った現在でも枢要を担っているといい、またレールガンにXM3といった今やTSF戦略術上欠かすべからざる装備の開発元でもある。

 

 

「たとえわずかでも彼女に情報を渡す可能性となる行為は控えるべきと考えるかと」

「…XM3の欧州供与に関してはハルトウィック閣下と連携したとは聞いたが」

「はい。先のDANCCTは閣下からの要請をドクトルがヘルツォークへ繋いで実現したそうですが……交渉役として実際に会ったリント少尉の印象は ― 『危険人物』だそうですわ」

 

 

紛れもなく ― あるいは途方もなく ― 能力は高いのだろうが、利己的かつ排他的・攻撃的で秘密主義そして自尊・傲慢それらすべてを隠そうとしない、きわめて付き合いづらい人間という印象だったと。

 

 

「結局…『人』だということか」

「はい」

 

狼王のその少しの酒精混じりの大きなため息に、ジークリンデは肯んじた。

 

 

信頼関係の醸成ができていなかった。人も、組織も、国同士も。

 

タカツグ・イカルガにユーコ・コーヅキ ― ヤーパンライヒのこの二人の重要人物に関しては、かたや閉鎖的な武家社会の頂点でしかも表向きには政治勢力とは関わり合いを持たないとする立場にあり、かたや絶大な影響力に命令権を持つ一方で合法・非合法問わずほぼ一切の情報が遮断される伏魔殿から一歩たりとも出てこない謎の引きこもり科学者と来ては、共にその異名に異聞ばかりが先行する形にもなっていて。

 

 

「ですが少なくとも ― ブケに関してはつなぎを取れそうでは?」

「ン…」

 

端末の英国国営放送には、紫色のTyp-00。

 

放送では昨日からすでに幾度となく繰り返されているその映像、カタナを握って昂然と立つショーグンに傅くリッターら ― 青赤白に黄色に黒と、彼らの中にジークリンデは先だって知己となった若き衛士たちの顔も見つけていた。

 

「タカムラ中尉やマカベ大尉はフダイ・シンパンと呼ばれるハイ・サムライ。彼女たちを窓口にBETA大戦勃発以来絶えていた王室外交を再開させられないかとの打診が来ています」

 

それは欧州連合外交部と ― 情報部から。

 

そのマカベ大尉の数年前の来欧時、当時は候補生に過ぎなかった彼に隊章を授与したのは単に記念の意味程度しかなかったにせよ。先般のタカムラ中尉ともう一人への隊籍及び叙勲といったものが、単純に友誼の印であったはずもなく。

 

「…」

 

しかし狼王のあえての無言、それは我々の職分を超えた話になるし現在の状況を考えれば彼らが生還するかさえもわからない、大体己は貴族なんぞといってもほぼ名前だけでノイエ・タンツのひとつも踊れぬ無骨者だぞと言いたげに。

 

当然それを予想していたジークリンデはため息一つもつくことはせず、

 

「日中、ショーグン・ジェネラルへリヒテンシュタインのアダム2世陛下が表敬と激励の通信をされたところ戦闘中の管制ユニットに繋がったそうですわ。明日にはエリザベート女王陛下も通信のご予定と」

 

その報告にも無感情にそうかとだけ口にした自らの王を見ていた。

 

王を戴く立場にはとうにないとはいえ貴族の裔を名乗る番犬部隊、本来なら現存する世界最古の王朝から国権を委任されていると謳うショーグンの存在を軽んじはしないが――

 

 

欧州連合にも今なお王室を残す国家は少なくない。

 

その代表格は言うまでもなくイギリスながら、当の北欧国家においてもフィンランドを除いた2ヶ国の王家は健在。

国土の失陥という非常時に、その維持に国費を要する王室など残す必要があるのかとは各国において常に存在する議論ではあるが、逆に祖国の土を喪ったからこそ国民統合の象徴が必要という意見も根強い。

 

ゆえにこそと言うべきか、欧州の王族にも軍務に服す者は多い。

すでに従軍しているスペインやベルギー王族のほか現在18歳となる英王室の長男は士官学校に進んでいるし、2歳年下の次男もまた軍への志望を公言しているらしい。

 

しかしその一方で ― 少なくとも現在は、実際の最前線に立つ王族出身者が稀なのも事実。

 

BETA戦では比較的安全ともいえる艦艇要員も後方勤務者も欠かすことのできない重要な存在だが、そもそも砲兵含む陸戦能力を喪失しているのが欧州連合軍。

20年前までならいざ知らず、現代の対BETA戦で小火器を担いだ歩兵が最前線に躍り出ることなどはまずありえない。

 

そして戦車や航空機に取って代わった現代の主力兵器たるTSFを操るためにはある種生まれついての資質ともいえる衛士としての適性が必要で ― つまるところ、「非適格だった」ということも可能――

 

 

「――あのショーグン・デンカも実際には『影』ではないかと言われています。乗っている機体もチョルォンで確認されたR型とは異なる可能性があると」

 

ユーコンはリント少尉からの情報提供に留まらず、とある部下にうっかり尋ねてしまった白き后狼はあれこれと資料を見せられた上で少々…いや大分丁寧に過ぎる説明を受けていた。

 

「否定は出来まい。おそらくはそうなのだろう…が、無意味な議論だな」

 

しかし戦人たる黒き狼の王は取りあわない。

 

 

仮に彼女を替え玉だ偽者だと他国が騒ぎ立てたところで、ライヒが認めるはずがない。

 

そして手術で似せたか他人の空似かあるいは実際に縁者であるのか、それも含めてどうでもいい。旧い権威を笠に着て人々を死地へと走らせることに、貴族の裔と嘯く己らが何かを言える立場にない。

 

加えるならたとえ影武者が操る代替機であろうともあれだけの技量を備える衛士が強力なTSFに乗って前線にいるという事実に変わりはないし、何より王を名乗る人間その者が、自ら戦場に立って最も意気が上がるのは至難の戦陣を共にする帝国軍の兵士たち。

 

そして政治の都合で振り回されて、意に反してあの場に立たされているのだとしても。

一挙手一投足にまで注意を払い、生命を賭けるあの衛士は十分敬意に値すると ―

 

 

「――だがいずれにせよ…今の局面を乗り越えねば話にならん」

「はい」

 

杯を干しきり、狼王はそれを置いた。

 

 

7時間後 ― 明朝払暁、イギリス軍が派遣する援軍本隊がこの基地に到着する。

2個連隊200機超の戦術機部隊はここで最後の補給を済ませて自力飛行で戦地へ向かうが、その際の飛行時間に補給に要する地上時間も含めれば、さらに3時間程度は必要になる。

 

すなわちあと10時間、それまでは――

 

 

「ですが…」

 

常の怜悧な后狼には珍しく言葉を濁して。

これを、とそのジークリンデは残っていた衛星画像を王へと差し出す。

そこに写るのは ― 広大な荒野に黒々とわだかまる――BETAの群れ。

 

「旧ソ連領内を通過北上したBETA群が滞留しています」

「…数は」

「およそ10万」

「…」

 

鉄血の黒き狼王をして、眉根を寄せて微かに唸る。

 

 

ラップランド最大の湖跡、旧フィンランド・イナリ付近。

 

ロヴァニエミハイヴまでおよそ260km。

それは突撃級なら2時間程度・要撃級でも4時間ほどで走破しうるだけの距離。

 

 

「これらに南下の兆候が…いえ、情報の時間差を考慮すればあるいはすでに」

 

遠くユーコンからこのファスタオーランド基地の番犬部隊へ届けられるまで ― いや、そもそも偵察衛星による監視体制自体に空白の時間帯がある。

 

 

光線属種の出現により航空偵察が封殺されて久しい現在、対BETA戦での最も有効な監視偵察手段は人工衛星を用いたものになる。

そのために赤道上空36000kmに位置する静止衛星に加えて、各ハイヴと防衛線とを重点対象とすべくその上空には低軌道衛星が複数基で高度2000kmを周回している――が。

 

それら国連及び各国軍なかんずく列強が保有して運用する低軌道衛星は総数ではそれなりの数に上りはするものの、いかんせん監視対象となるエリアが多すぎる。

 

まだ地球上に残る20のハイヴに加え、ヨーロッパ戦線だけでもリヨンハイヴ攻略後に形成された長大なリヨン東防衛線にアドリア海沿岸、さらに今次作戦に前後して発生したユトランド防衛線。中東方面では紅海から続くスエズ絶対防衛線、アジアに目を転じても旧マレーシアから南・東シナ海から黄海にまで続く沿岸防備とBETAのみならず同じ人類にも目を光らす必要のある朝鮮半島38度線。

 

低軌道衛星の軌道周期は90から120分程度のため文字通りに間断なく監視の目を向けるためには各エリアごとに少なくとも30基以上が必要になるが、それだけの数の衛星を打ち上げるほどの余力はもはやどこの国にもあるはずもなく ―

 

ゆえに今次焦眉の対象たるロヴァニエミハイヴとその防衛線に対しても、監視画像の撮影はおおよそ20分間隔。

 

しかしこれらは欧州連合軍に限らず人類戦力側の逼迫による事情とはいえ、広大な大陸の戦線、しかも数年前までのユーラシア完全失陥という状況ゆえでもあり。

昼夜問わず移動するBETAの持続性は侮れぬにせよその速度は先鋒たる突撃級でせいぜい最大時速170km程度と、とりわけオールTSF・ドクトリンに基づく欧州連合軍にとっては戦術機の優速は揺らがぬがゆえに最悪大陸側沿岸部で邀撃すればよいとして、消極的ながらも作戦上の空隙としては補いうるものと見なされてきた部分も――

 

 

「ヴェリスク最後発のBETA後衛群はまだ北上中です。湧出自体は軟調化していますが…」

「…挟撃されるか」

「はい」

 

狼王はプリントされたその画像を琥珀の視線で射貫くも――

 

 

いかに精強を誇るライヒスアルメーにヴァッハリッターといえど、丸二日に及ぶ戦闘の末に南から引き続き要塞級に重光線級までもが入り混じる後衛群が襲い来るなか手薄な北を3個軍団規模をも越えるBETA群に衝かれるとあっては。

 

 

そして端末には、最新の ― つい2時間ほど前らしい ― 映像が流れる。

 

 

 

露天、荒野。

立ち並ぶ暗灰色の94式不知火に89式陽炎、そしてまばらながらも各色の00式武御雷。

 

その足下に整列する強化装備の衛士らにカバーオールの整備兵たち。

わずかに手空きの者だちだけ集めたのか数は決して多くはなく、その誰もが仮眠どころか殆ど休息すらとれていないと思しく並ぶは無精髭に化粧気のない顔 ― それらには疲弊を通り越し憔悴にも至らんとする消耗の影。

だが同時にそこには、死兵と化してなお戦い抜かんとする烈気があった。

 

そして彼らの前には、解いた青成す黒髪を風に靡かせその白皙の頬にも黒く拭った煤の跡を残す、政威大将軍・煌武院悠陽殿下その御方が。

 

 

― 皆の者、いよいよ我らの真価が問われる時が来た

 

私は皆が帝國の一員として誇りを持って戦ってくれることと信ずる

今やこの芬蘭の地は人類の最重要拠点、すなわち我らが瑞穂の国を護るに等しい

 

ゆえに神州がため、皇国がため、そして世界のために

我々は…たとえ最後の一兵になろうとこの地で異星種共を踏み留める!

 

だが案ずるな、援軍は来る!

欧州が友邦、かつての同盟国の精鋭らが間もなくやって来る

 

ゆえに各々、易く死することは禁ずる

 

戦え! そして生きよ! 生きて再び祖国の地を踏もうぞ!

私は、そして斯衛は常に諸子の先頭に在る!

 

 

鬼気迫るとは正に此の事。

黒塗りの鞘に収まる伝刀を掲げ爛々と光を放つ冥い夜の瞳、振り乱した青成す長い黒髪をさっと結わえ上げると総員へ搭乗を告げた――

 

 

 

「…ドーバーに打電を」

「五度目になりますが」

「かまわん」

 

立ち上がる狼王、羽織っていただけのガウンが落ち露わになるブルネットの肌。

その下の鍛え抜かれた筋肉に戦気が満ちていくのを、王のガウンを手にした后狼は感じて。他国部隊所管の分まで含めたリニア・レールガンの融通から血中アルコール分解剤の手配まで含めてすばやく算段を立てた。

 

 

ドイツ連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・ツェルベルス。

だが手練れ揃いの精鋭部隊とはいえ、事ここに至っては尚更、半壊した大隊で出来ることなどたかが ― 否、今だからこそ出来ることがあると言うべきか。

 

すなわち増援到着に先んじての嚮導の名目にて――帝国軍残存兵と要員の後退支援をこそ。

 

 

「では、本隊進発前の威力偵察兼光線級排除として要請します」

「頼む」

 

 

誇り高きライヒの将兵はBETAなどには決して膝を屈しないだろう。

 

ゆえにたとえ前進がどれ程までに困難であっても、只管にその道を征こうとするはず ― 後に続く者あるを信じて。

 

ならばその、続く者たちは守らねばならない。

 

極東よりは遙か遠い地の果て、この欧州を守らんとして。

義によって起ち、散っていった衛士達の死が、無駄ではなかったことの証のために。

 

 

「総員起こし、15分で出る」

「ヤーボール、マイン・ケーニッヒ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霽れぬ曇天の下、白夜の荒野に吹きつける強風は自然のものではなく。

 

聴覚には起動し出力を上げていく戦術機とその跳躍機が奏でる轟音、嗅覚にはその燃え盛る航空燃料のパラフィンにナフテンの香りと機体にこびりついたBETAの体液とが放つ金属臭。

 

その中で冥夜は、ようやくに搾り出した己の声が。

 

「…武運、を……」

「…は」

 

掠れひび割れていたことに気づいたとき、その目に映ったのはすでに形通りの敬礼を終えて踵を返した黒い背中だった。

 

…!

 

「…ッ…」

 

覚悟等、疾うに終えていた筈で。

 

然し其れでも――反射的に己が身の立場も忘れて伸ばしかけてしまった手を止められたのは、単に殿下の影たる挙措を、心よりむしろ身体の習い性にしてきたからに過ぎず。

 

これよりの作戦の内容を知悉していたらあのような道化染みた鼓舞激励など、果たして遣り果せただろうか。

 

去りゆく黒の後ろ姿、そして片膝をつき出撃に臨む00式の機列の下にて其の彼を迎えるは山吹の零式強化装備。

遠くからぴしりと寄越された敬礼には一分の隙もなく ― そして彼女の濡羽色の黒髪、常にはその左頬脇に揺れていた白い髪留め紐で結わえられた一房もなく。

 

機は寸刻を争い、搭乗直前で他に時が無いとは云え。

自ら斬り落としたのであろうその一房を、持っていってくれないかと手渡す様をまざまざと見せつけられて。

 

紫紺の強化装備の保護被膜、冥夜はあまりの遣る瀬なさに彼に触れ得なかったその手を自らの胸元で独りきつくきつく握り締めた。

 

 

 

 

 

血で血を洗い、輩の屍を乗り越えて。

まさに血を吐きながら一日千秋の思いで待ち望んでいた欧州連合軍よりの援軍。

 

だが帝国軍にはしかし、ようやくに確定したその到来を言祝ぐ暇は与えられなかった。

 

 

 

ハイヴ北北東、260km近辺から。

南下を開始した滞留BETAは計3個軍団超・約10万体。

 

元々ロヴァニエミハイヴ北側の索敵網は、同ハイヴ攻略に先立つ地上制圧作戦時に欧州連合軍が敷設した決して十分とは言えない数の震動センサーのうちさらに数割が生き残っていたのみ、しかも折悪しく偵察用衛星の軌道周期の間隙を衝かれる形になり ― その報が帝国軍指揮所にもたらされた時には実際に南下が始まってからすでに20分以上が経過しており南下BETA群前衛の突撃級はすでにハイヴへと向けて50km・同中衛群は20kmの距離を詰めていた。

 

そして対する帝国軍は出撃可能な戦術機がすでに80機を割り込み。

完調の機体などもはや1機とて存在せずそれは衛士もまた同様、さらには99型・01型 両電磁投射砲用の交換砲身もまたそれぞれ4本と2本を残すのみ。

 

すなわち欧州連合軍の援軍到着まで、未だ続くヴェリスクよりの北上BETA群を迎撃しつつさらにその南下群を排除するに足る力など、帝国軍には、すでに――

 

 

 

― BETA群南下開始より90分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東110km。

旧フィンランド・ソダンキュラ付近。

 

 

 

鳴り響く高度警告は断続音。

そしてそこに重なり続ける甲高いアラートは ― 照射警報。

 

「――、っの!」

 

その中を飛ぶというより駆けるというべき高度で。

龍浪響中尉はその本来生気に溢れる短躯と敏活な精神にすでに隠しようもない疲弊を滲ませつつもそれらへ自ら叱咤すべく発気し、同じく網膜投影の情報視界・右側上部に表示される機体ステータスのほぼ全ヶ所がイエローを通り越してオレンジ表示になりつつある乗機弐型を駆って全速での噴射地表面滑走――否、飛行そのものの姿勢でBETAの海を駆け抜ける。

 

 

屠り続ける異星種の返り血により、日本帝国軍制式戦術機の暗灰色の装甲・右肩部の日の丸が皆揃って見えなくなってしまっているように。

徐々にというにも目に見えて確実にその数を減じていく味方機、戦力の欠損を補うべく小休止の暇すらなくハイヴ防衛のため戦線各所を飛び回る最中での急遽の招集。

 

補給の後すぐさま戦闘速度で北上、そして交戦開始から ― すでに30分。

 

 

想定されうる超重光線級出現への備えすらも破却して、01型砲を使い果たすにせよ英王立海軍より支援打診のバルト湾駆逐艦戦隊によるミサイル攻撃をかけるにせよ。

限られたというにももはや少なすぎるそれらの火力に最大の戦果を発揮させるには、鉄壁の対空防御を成す光線属種の排除が必須。

 

ゆえに南下を開始したBETA群から速度に勝る突撃級が遊離してしまう前に。

それら目がけて残存戦力からひねり出した手練れを以て突破浸透。

 

有象無象には目もくれず、狙うは敵BETA群内・光線属種。唯其れのみ ― しかし。

 

 

10万ものBETAとなれば。

周りは敵、敵。敵しか見えない。

 

荒野を埋め尽くす戦車級は赤黒く蠢く波濤さながら、さらにその中を押し寄せてくるのは無数の異形・突撃級に要撃級。そして見はるかせば途切れることなき悪夢の波の間に間に屹立する要塞級の姿すら。

 

 

薄暮続く白夜の天、その直下にはすでに光線属種積乱雲(レーザークラウド)が形成されBETA群中数多の同属種が励起状態にあることを示し。

そして地は、異星種に荒らされ果て生命の影ひとつとて存在せずそれら異形のものどもが巨体による踏み鳴らしにより局所的な地震さえも発生している。

 

 

「吶喊部隊応答せよ。神宮司少佐、聞こえるか」

「こちら神宮司…っ、光線級排除率…25%、想定進捗より…-12、っ篁中尉!」

「此方篁、進捗同程度『鬼火』が多数、ッ…!」

 

 

決死行の吶喊部隊、指揮官には魔女の猟犬・神宮司まりも少佐を据え。

次席に斯衛屈指の撃剣衛士・篁唯依中尉。

 

そして数多のBETAの返り血を浴び続けて元の白栲の装甲色が今やもう見えぬほどの牙たちが4人、さらに帝都防衛師団由来の第2連隊よりの精鋭3名に加え「巨大種殺し」龍浪響中尉も名を連ね。さらに ―

 

 

「…――!」

 

敵中散開しつつも俯瞰すれば楔型陣形をとる斯衛部隊。

そしてその切っ先を担うは黒の双刃。

 

独立稼働する左右の跳躍機を縦横に操り、地を空をそして自ら斃したBETAの死骸を足場にして超低空を迅る漆黒の機体は文字通りの刃そのものと化し異星種共がその漆黒の鬼神に触れ得るのは寸断されるその瞬間のみ。

蹴りあげられた戦車級は半ば潰されながら宙を舞い人面めいた尾節を刎ね飛ばされた要撃級が赤黒い体液を噴き上げその血煙の帳と共に更なるBETAを斬り裂いて黒の00式が突き進む――が。

 

「隊長っ、中尉の00式だけ前に、出過ぎて…!」

「なにやってる、05は!」

「頑張ってますが…!」

 

黒のそのおよそ常人には成し得ぬ域の機動術、果て無き異形の波濤の僅かな狭間を縫い避け斬り開いて単機圧し進むも ― その機動によって刻まれた軌跡は異星種の大洋に比してはあまりにか細い。

ゆえに斯衛きっての、否、もはや世界屈指と称して差し支えない白い牙中隊の突破力を以てすら追随しきる事が敵わない。

 

いくら中尉とあの連中でも ― BETAの数が多すぎる!

 

響は乗機弐型の管制ユニット内、そのコネクトシート上で息つく間もなく操縦桿を操りフットペダルを蹴飛ばしながら瞬きする猶予さえも与えられず網膜投影が映す目の前の地獄と伝えてくる各情報のウィンドウとに目を走らせ ― その左側の戦域マップ、赤の光点に満ち満ちたそれ。

 

わかっちゃいたが…これじゃ誘引どころか光線級の排除だって…!

 

 

いかに手練れ揃いとはいえ吶喊部隊はわずか11機。戦力比およそ1:9090。

 

各BETA種中そのほとんどは近接攻撃手段しか持たないがゆえにランチェスターの法則でいえば一次法則の存在に過ぎず二次法則の住人たる戦術機とは非対称戦と呼称しうるにせよ、その数的規模の格差はあまりに圧倒的に過ぎ。

 

何より光線属種の放つレーザー攻撃は現在人類が保有するおよそ総ての兵器に対してその威力・射程・精密性において凌駕しているのは明白で、また、遙か南方ヴェリスクハイヴのBETA北上が始まってすでに50時間近く。

それは通常BETA群中衛に属する光線級のみならず、同後衛に属する重光線級までもがスカンジナビア北辺にまで到達するのに十分な時間。

 

通常BETA群中およそ1%程度ずつ含まれる光線級・重光線級、すなわちこの南下群10万体中に予想されうる両光線属種の総数は ― おそらくは1800体超。

 

現時点で戦史上最大級の光線級吶喊は先のハイヴ攻略に際する地上制圧戦・その終盤で欧州連合軍精鋭2個大隊が成し遂げたもの。

 

だがいま帝国軍は、その6倍以上の敵に7分の1の戦力で挑まねばならない。

 

 

「 ― ク!」

 

飛びかかってきた要撃級を回避した響はさらにその先で振り下ろされた衝角前腕をも避けるべく超低空での錐揉み回転、網膜投影の情報視界に天地を目まぐるしく入れ替わらせながら惜しみつつ使うほかない突撃砲をやむなく放つ。

 

 

無謀でしかない作戦計画。

 

巨万のBETAの海の中から数多の光線属種を排除し、能うならば誘引をかけてS-11と投射砲に英海軍戦隊の対地ミサイルにまでをも用いて形成するキルゾーンでその大半を殲滅するなどと。

言うは易く行うは難しどころか不可能と云って差し支えない。

 

 

実際に、旧ソ連領を通過北上したBETA群は旧フィンランド・イナリ付近で半径5km超の歪なアメーバ状の滞留隊形から突出する突撃級群が先んじる形でその形状を崩しながらややの帯状に南下してきて ― そのただ中へ突入するのがたかだか10機程度の戦術機部隊では、押し寄せる大津波に小石を投げ込んで止めようとするに等しい。

 

そのためハイヴ防衛の戦線各所から急遽集められ北上をかけた吶喊部隊が会敵し交戦を開始したハイヴ北140kmの地点から、30分経過した現在の時点ですでに30kmの前進を許し――辛うじて優速のBETA群前衛突撃級群の素通りを防ぐべく吶喊部隊中機体性能では引けを取る94式小隊にそれらの掣肘を命じた神宮司少佐の差配が奏功する形でハイヴ北側直掩部隊の負担は最低限度軽減できてはいるものの、中衛たる戦車級要撃級群の進行速度およそ時速60km程度に照らし合わせればその進軍を遅らせることはまるでできていない。

 

加えておそらくは1000体近く或いは超えるやもしれぬ数の光線級とさらに同数近くは存在するであろう後衛群内重光線級共はおよそ5~10体程度の小隊規模未満の小群に分散してBETAの激浪各所に点在していて、対地ミサイルでAL弾戦術を用いようにも英海軍バルト湾戦隊・駆逐艦5隻程度の鉄火量では到底足りないのは明白な上によしんば重金属雲形成に成功したとしても南下前進を止められない以上本命の対地弾頭が飛来する頃には肝心のBETA群はすでにその雲下を通過していることになる。

 

また光線属種の分散については既述ランチェスターの法則・クープマン分析における分割戦略の対象たりえると云えなくも無いがそのレーザー攻撃は人類にとって文字通りの必殺必死。

さらに虎視眈々とその照射を狙うそれら巨眼の怪物をあたかも護衛するが如くに立ち塞がるのが総数およそ20000体にもなろうかという要撃級と1000体に及ぶ要塞級、別けて前者には今次防衛線より確認されだした青白く燃える燐光を纏う強化亜種・「鬼火憑き」が1割強、推定2500体程度も混じるとあっては。

 

 

それらすべての要素と懸念、糅てて加えて吶喊部隊の致命点が――

 

 

「龍浪かまわん要撃級はこっちへ投げろ!」

「少佐…っ」

「機動術では貴様が次点だ、後ろに構うな!」

「了っ…!」

 

解、と切れ切れでの応えを返す間すらなく乗機を操る響はほぼ横倒しの体勢から振り回した右主腕の74式近接戦闘長刀の一閃で「鬼火」の左後脚の根本近くを半ば以上寸断した――が、重い衝撃と共にその超硬炭素刃が止まり弾かれ。要撃級種の脚部主体節近くに配されている強固極まる四角錐上の突起物 ― 衝角前腕と同じ材質か ― を迂闊にも斬打した自らの遣り損じを強制的に悟らされる。

 

クッソ2本目なんだぞ、まだ保つか!?

 

一瞬たりとも止まらず走行旋回跳躍を強いられる響には叩いてしまった刃の状況を目視確認する余裕などあるはずも無く。

この吶喊行に持ち込んだのは突撃砲*1に長刀*3、突入しての乱戦その状況下での継戦能力だけを最重視した選択だったがうち長刀最初の1本はすでに使い潰してしまっている。

 

そして高速で流れる情報視界の外部映像、その隅に。つい数瞬前に機動力を奪った「鬼火」の尾節へと的確な36mmの連射を叩き込むやしかし撃ち尽くしたと思しきその弾倉を即座に交換する神宮司機の姿がわずか映り込んだ。

 

いくつ目だ、残りは…!

 

刹那案ずる響とて、すでに120mm交換弾倉は残り1本。

 

 

弾薬が足りない。近接兵装にも換えがない。

 

しょせん市井の生まれで帝国軍の一衛士でしかない響の身、他国軍衛士に較べればはるかにマシだが長刀を扱う体系的な技術としては基礎を訓練生時代に促成で叩き込まれたにすぎない。実戦配備後も不得手と感じたことがなかったのはまさに井の中の蛙、斯衛部隊の剣術衛士たちに出会うまで。

それでも機動術と練り合わせればBETA共を斬り捨てる程度ならばと実際にそれで数多の戦場と死線とを潜り抜けてきたのだが――おそらくはそれは、程度の差こそあれ神宮司少佐も同様のはず。

そして響ら一般帝国軍衛士の無手勝流の実戦剣法とは一線を画す妙技によって、折れず曲がらず能く斬れるとの言い習わしを74式長刀にても体現するが如くの斯衛軍衛士らにしてもこれほどの激戦下においては限界があろう。

 

 

そしてそれと同様あるいはより決定的に ―

 

 

「ッ!」

 

地を這う機動の最中センサーが発した警報の一瞬後に情報視界へと落ちかかる影を感じた響の入力と思惟とに応えた乗機弐型は即座に跳躍機FE-140の左肺からロケットの赤炎を吐き出すと共に肩部スラスター全開、機体へと強引に水平方向へのベクトルを加えすんでで大跳躍から飛びかかってきた要撃級のその一撃を回避、響は急激かつ苛烈なGに耐えつつ落着によりわずか動きの止まったそいつの尾節を長刀で刎ねるも、

 

燃料計――残り40%切ったか畜生っ!

 

忙しなく動かす眼球で情報視界中左の戦域マップ内から次目標たる光線級群を捜索しながら同右上の機体ステータス内からただ苦境を伝えるだけの情報をも拾い出す。

 

 

このままでは、推進剤も燃料も足りない。

 

戦術機の戦術機たる所以・三次元機動を担保する跳躍(ジャンプ)ユニット、腰部脇一対のそれを稼働させるのが推進剤、そして特殊装置XM3や間接思考制御含む各種管制装備に加機体本体及び四肢を駆動させる電磁伸縮炭素帯への主機電力を賄うのが燃料電池――だが、その双方共に補給の目処どころか策定すらもされていない。

 

ハイヴ防衛戦開始当初、斯衛部隊による遙か南方敵中での光線級吶喊を輜重の面から支えてくれたというバルト湾上英王立海軍空母の戦術機小隊はすでにハイヴ直掩へと回され激しい砲火を北上BETA群と交えており、また今や稼働機が4割を切る帝国軍には補給部隊を回す余剰などあるはずもなく吶喊部隊そのものに一時後退が許されるだけの数的規模があるわけもない。

ならばと任務機自体でそれを補おうにも増槽装備となれば兵装担架との換装となり火力減は著しく、また増槽装備に伴う機動性運動性の低下は光線級吶喊という任務内容上許容できる範囲を大きく逸脱するため採り得るべくもなかった。

 

ゆえに ― 36mm・120mm砲弾は撃ち切ることを所与の前提とし燃料推進剤を使い果たすその前に世界に冠たる日本帝国軍が所以の近接白兵戦闘にて吶喊任務遂行を目論むも――あまりにBETAの数と規模とが膨大過ぎた。

 

最大速度の半分以下となるフェリー飛行ならばともかくおよそ全開稼働にほど近い戦闘機動の連続、他国軍機に比すれば空力に配慮したうえ原型機たる94式に較べても稼働時間の延長叶った弐型にしてすらすでに燃料推進剤の残量は4割を切った、況んや高出力を誇る00式の、よりさらに高機動となるA型F型をや。ましてごく短期的な運動性の向上と引き換えに燃料消費が跳ね上がるリミッター解除等の手法も文字通りの自殺行為に等しく――

 

 

未だ被撃墜こそ出ないのはまず第一に選りすぐられた衛士の技倆、そして第二にそれを補佐しまた倍化させる特殊装置・XM3あってのこと。

 

だが現実としては ― すでに完遂について一切の成算も勝算も存在し得ないこの吶喊行。

 

 

しかし、それでも――

 

 

 

― BETA群南下開始より120分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東80km。

旧フィンランド・セイパヤルヴィ付近。

 

 

 

「光線級排除率42、遅れがっ」

「BETA中衛ハイヴ外縁到達まで50分!」

「こちら04弾が、もう…っ」

「06同じく燃料推進剤10%!」

 

さらに四半刻、飛び交う通信に拡大しゆく絶望の声。

 

そしてついには神宮司機の左主腕、突撃砲を握っていたそれの肘部から下が要撃級の衝角前腕の一撃に捉えられひしゃげて千切れ――

 

「ちぃぃ、ッ!」

「! 少佐!」

「かまうな、片腕をやられただけだっ」

「はッ、くっ、ソ!」

 

――否、機体への直撃と引き換えにしたのだと響は瞬間的に悟ると同時にもう何体目か100から先は数えてもいない要撃級のさらに目の前の1体を斬り捨てるもついに半ばから折れ飛ぶ3本目にして最後の長刀、それを護衛役を排除し終えた光線級の小群へと投げつけまとめて押し潰しさらに飛びかかってきた「鬼火」を紙一重で回避しつつ蹴りつけ足場にして右主腕肘部ナイフシースを展開させた。

 

1秒未満で手にする65式近接戦闘短刀、残された一対きりの最後の刃。

だがそれを振るわんとする両主腕のステータスは酷使によりすでにレッドゾーンに入って久しくたった今BETAを蹴りつけた右主脚の表示もまた警告域を示す橙から夥しい出血を思わせる赤へと変じた。

 

諦めねえ…! 諦めてたまるか!

 

「まだだ!」

 

すぐそこまで迫る死、だが拡大する怯懦の総てを闘志と執念で覆い尽くして。

響の弐型は蜒蜒たる軌跡を刻む機動からより最低限の要撃級だけを狙って急所たる尾節へ極力関節部への負担を避けるべく体当たりが如くに突っ込み排除、絶命前のそいつを盾にして新たな光線級群へと肉迫する。

 

 

すでに作戦の遂行は絶望的。

だがこのBETAの大軍団への吶喊は無論命令だからにせよ。

 

こいつらを無傷で通せば、このままの勢力でハイヴへと殺到される。

 

そしてもしハイヴに引き込んで最後の抵抗として籠城戦を試みるとしても ― もはや現在の戦力ではそこでしらみ潰しに殲滅することなど可能なはずもなく、地下茎構造(スタブ)のほぼ総てを放棄して主縦坑(メインシャフト)に籠もったとしても南北から押し寄せるBETA群に押し潰されるだろう。当然地上に置いていけるわけもない負傷兵や後方要員も皆道連れになる。

つまり今なお砲火を開いてハイヴの守りを固める衛士の仲間たちもここまで必死に支えてくれた整備班の皆も。

 

為すすべなく蹂躙され――踏み潰されて食い殺される。

 

 

そしてその中には、哀願にさえ等しかった同行の志願が認められず、最期までずっと、だが気丈にも涙は見せずに見送ってくれた、千堂少尉 ― 柚香もまた。

 

 

ならば一分一秒でも長く。一種一体でも多く。

 

こいつらの侵攻を遅らせ、たとえわずかでも数を減らして。

 

機体共々本当に力尽きるその瞬間まで抗い続ける。

 

 

「まだ――死ぬかよ!!」

 

咆哮した響は超高速で撃ち出された要塞級の衝角を紙一重で避け、そのままその個体の真下へと潜り込んで摺り抜けざまに巨大種の弱点たる体節めがけて最後の36mmを撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決然として。

 

 

「神宮司少佐より入電――、『我レ攻勢限界点ニ達ス』」

「十分だ、よくやってくれた。返信『ツクバヤマハレ』」

「は…はッ」

 

 

ハイヴ北20km地点、荒野へと進発していた老兵の群れは指揮所との通信を終えた。

 

 

77式を長機に戴く混成8機2個小隊。

最前線を担い続けた部下らの機体と同じくBETAの返り血に染まり、青炎を吐く跳躍機FE-79FHIやFE-100FHIは後進の第3世代型機に比して明らかに重く太い排気音で唸る。

 

それらを駆る連隊長以下、参謀並びに大隊長級佐官の彼らが纏うのは77式衛士強化装備 ― 濃紺基調の旧型のそれ。

 

そして各々その額には白地の鉢巻、日章を赤く赤く染め抜いて。

両脇へ霜烈にも墨書するは「国報生七」。

 

 

「士魂隊、出るぞ」

 

 

彼らの機体の四肢各所には不要となった投射砲核心部を溶接。

その背部兵装担架には残存する計8発の携行型S-11を分配し搭載。

 

 

「帽振れ、帽!」

 

 

作戦概要の通達を受けたボスニア湾上の英王立海軍駆逐艦戦隊も遠く見守るなか。

 

昔取った杵柄とばかりに、前線を抜けハイヴ外縁付近へと到達し始めていた突撃級群を数少ない直掩部隊から引き受ける形で交差前進して突破、あえて速度を落として投射砲核心部の強力な誘引性を利用しそれら異形の異星種共を引き連れて進む ― 若人らがその血潮を燃やして斬り開いてくれた、北へと。

 

 

「連隊長――、」

「少佐、よくやってくれた」

 

開いた通信の向こう、神宮司少佐機の管制ユニット内には幾重にも鳴り響く警告音、高速で点滅する赤色灯。

尤なる軍人、先の電文に従い吶喊部隊を率いてBETA群よりの離脱行に入っているその彼女をして明らかに疲弊と焦燥の色は濃くその苦境が如実に伝わるなかで、しかし同時に彼女は老兵達の決意をも敏に察したらしく小さくだが息を呑んだ。

 

「後退せよ。ファ島より西独軍先遣隊進発の報があった、連中なら90分で来援するぞ」

「! ツェルベルスが」

「ああ、だが」

 

音に聞こえた欧州最強、かの番犬部隊とはいえこの数相手では。まして数的には半壊したままだとも聞く。

仮に投射砲をかき集めて持ってきてくれると期待したとしても、そして彼らは無謀ではなくとも疑義の余地無く勇敢だろう、そんな彼らは退かぬと決めた現地軍をどうするだろうか。

 

他国とはいえ友邦、そして彼らもまた紛うことなき人類の刃。

代われる者がいる戦場ならばあたら無闇に散らせてよい命ではない。

 

ゆえに ―

 

「さあ行け。現時刻を以て貴様を連隊長代理に任ずる」

「…は…」

「斯衛らもだ。閣下の許可は得てある、命を粗末にするな」

「…」

 

身命を擲って尚及ぶかどうかすら、定かではない己が身の無力。

だが後事を託せる俊英在らば何を躊躇う事があろうか。

 

 

我等が上に戴くは悠陽殿下の大御稜威。

今ぞ此の身を捧ぐれば皇国は永久に栄えまつらん。

男子の本懐、是れに過ぐるは無し。

 

 

「日本を頼むぞ――護国の神剣よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして追随する数多の突撃級の群れを翻弄しつつまさに引き連れる形で。

 

「敵影見ユ。我レ敵群ニ突入ス ― では」

「ああ。九段で会おう」

 

噴射地表面滑走、100km/h以下という戦術機としてはかなりの低速。

間隔500の雁行陣。薄くも広く拡がって、BETA誘引効果を最大限に発揮しながら老兵らは敵中へと突入した。

 

「横隊で引っ張るぞ!」

「了解!」

 

そして一斉に集る知性なき異星種共をまとめて引きずる ― 東へと。少しでも、遠くへ。

 

 

現役の精鋭らを真似て敵陣突破後にも誘引を続けてさらに距離を稼げれば上々だろうが、それは出すべき色気ではないと連隊長は自らを見切っていた。

 

前線に立ち続けるがために鍛練を怠ったことなどないが、やはりもう、眼も身体もついてこない。仮に最新の第3世代型機に乗って特殊装置を稼働させたとしてもその真価を引き出すことは到底叶わないだろう。

 

事実 ―

 

 

「!」

 

連隊長がその光芒を認識する前に乗機77式の左主腕は消失しており一瞬のちに轟、と響いた輻射圧が管制ユニット内のコネクトシートまでをも揺らす。

網膜投影の情報視界の向こう、視線を向ければ握らせていた突撃砲ごと一瞬で失われた左主腕上腕部には溶融し赤熱した切断面。

 

やはり敵わんか、しかしな。

 

 

強烈な誘引性を発揮する投射砲核心部を各機四肢へと配してあるのは。

BETA群南側の光線級はあらかた排除済み、後方北側より迫る重光線級群へ対しても周囲総てをBETAに囲まれている状況こそを逆手にとって、照射光線半径が直径3mにもなる重光線級のレーザーには容易に的を絞らせぬため。

 

だがそれは生残のためではなく――

 

 

手でも足でもくれてやる、「花火」に当ててはくれるなよ!

 

 

そしてより確実に、1機でも多く。起爆地点まで辿り着くため。

 

 

「ぐ! 片肺やられましたっ!」

「右主脚損傷推進剤漏洩、――まだいけます!」

 

 

絶死の光条が閃く毎に斬り飛ばされ灼き溶かされていく列機らの機器と四肢。

 

だが速度も運動性も最早不要、そのまさに「死の8分」だけを越え。

 

延々と続いた赤黒く蠢くBETAの海。その果てへと――

 

 

「――抜けます!」

「全機回頭180°、鶴翼参陣!」

「了解!」

 

そして辿り着くのは変わらぬ荒野、生命の気配ひとつとてない死の世界。

 

五体満足な機体はもはや1機とてなく、BETA群を抜けるその寸前にややのばらつきを見せながらさらに散開しつつ機首を巡らす8機編隊。

 

彼らが異形の群れを脱したその瞬間、閃く幾十もの閃光が文字通り瞬く間に6機を貫き溶断するも ―

 

「連隊長!」

「ああ、皆、ありが――」

 

満身創痍の老練の兵は、同じく擱座寸前の乗機の中で。

その頭部を襲い来たレーザーに焼かれ消し飛ばされながらも淡く輝くSDSの表示へとその拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より130分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東9()0()km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

大規模な破壊が荒野を駆けた。

 

長機からの信号により起爆に成功したS-11は計10発。

 

 

前方120°・上下18°へと爆轟が指向するよう炸薬が配置されていたそれらが一斉に起爆すると数千分の1秒で発生した熱放射がそれぞれ2.5kmの距離までを襲い範囲内のBETAを小型大型問わず焼いた。そして同時に発生した強烈な閃光は自爆機らを狙っていたがゆえにそれを直視する形になった光線属種の照準能力を短時間ながら大きく減退させる。

続いて急激に熱せられた大気は圧縮された空気泡を大規模に発生させ、のち爆発的に膨張したそれらが極超音速の爆風と化し衝撃波と共に5km圏内を薙ぎ払った。

 

近距離での強烈な熱放射を受けたBETAは瞬時に炭化しある程度の距離があり強固な外皮そのものは耐えた個体も内部に循環する体液が沸騰し膨張、内部組織を破壊され内側から爆裂。

またその熱放射による致死距離にはいなかった個体にも1秒未満の遅延で拡大した衝撃波と爆風が襲いかかりそれら自体と共に原形を留めたもの・あるいは粉々になったもの問わず前方BETAの死骸と破片が超高速の散弾と化して浴びせられ、千切られ穿たれ吹き飛ばされて屠られた。

 

その数およそ5万体。

誘蛾灯へ群がるが如くに集った10万のBETAのうちおよそ半数を道連れにして、烈士たちは九段へと発った。

 

 

 

「…!」

 

その起爆地点より南40kmほど高度20mの低空から。

まりもは機体損傷のアラートが鳴り続ける乗機弐型の管制ユニットの中、ハイヴ駐屯地への南下途上でその光景と戦果とを後方視界に確認しつつ敬礼を捧げた。

そして凄烈な散華を遂げられた連隊長以下の挺身への感傷とはまた別に、

 

どう動く…

 

それはBETA共と、己ら双方。

それを考えねばならぬのは、連隊長代理を拝命したからだけではなく。

 

 

強烈な閃光とそれに続く衝撃波と爆風、そして戻り爆風までの一連の現象が終息すると、残余BETA群5万の動きは鈍化していた ― 至近距離から受けていた強い誘引力を唐突に喪失したためか。

 

その動向への注視が欠かせぬ一方で――もはや帝国軍には打つ手がない。

 

突撃級を追わせていた94式隊含め奇跡的に吶喊部隊に喪失機は出ていないがそれは損失ゼロを意味しない。

 

 

ほぼ全機が使い果たしているであろう燃料推進剤に弾薬の類を置いたとしても、隊機の状況を確認する限り。

自機は左主腕を失い中破。龍浪機も四肢こそ繋がってはいるものの機体全体が過稼働により機能停止寸前。篁中尉以下白牙中隊には目立った損傷機こそはないもののやはり完調どころか今次防衛戦開始直後からの長駆浸透光線級吶喊等の酷使によってその状態は龍浪機と大差ない。

 

機体性能で劣るがゆえに突撃級を追わせた94式隊の消耗が一番軽度なほどで、残る7機、すなわち吶喊行にと選び出された精鋭11名のその殆どは ― これから補給に帰還しても、短時間での再出撃はもう不可能といっていい。

 

 

「ですが少佐殿、ツェルベルスが」

「――ああ」

 

前連隊長方の壮烈な散華を受けてか唇を引き結んだ龍浪中尉の声は硬いが、見出せたわずかな希望の光明を逃さぬようにかもう飛ばすだけで精一杯のはずの機体を操る。

 

 

もはや援軍本隊の到着まで戦線を保たせるのは極めて困難。

しかし無損耗の最精鋭、それもXM3搭載と慣熟によって文字通りの一騎当千となった地獄の番犬連中の来援までは、あと――

 

 

しかし。

 

 

「震動検知!」

「パターン解析…これはッ」

 

母艦級!

 

「データ送れっ、CP出現地点予測急げ!」

 

まりもがそう代理拝命の通知より先に回線に告げる中、徐々に、飛行する戦術機にはセンサーが伝えるのみだが確実に強くなる地上の震動。

 

いかん…!

 

たとえ今の立場になくともそれを口に出すほど迂闊では無く。

 

防衛作戦においては地下侵攻群に対しても投射砲の集積場所への誘引効果が確認されていたゆえに、あれだけの数を集めれば先んじて地下深くに潜んでいたのが核心部の誘引力に晒されてもおかしくはない――

 

だが…まさか……

 

 

母艦級や地下侵攻への備えとして運用される誘引戦術、それは一定以上の成果を挙げているといって良い。が。

 

実際には、我々人類の想定よりもはるかに多数に。

すでに、そして常に、容易には探査かなわぬ地下空間には数多の母艦級が蠢動しているのではないだろうか。そしてそれは同時に、巨万のBETAが潜み移動していることに他ならない。

 

 

そうまりもが抱いた恐怖に近い黙考は一瞬、

 

「出現予測地点――67.153・26.945っ」

「起爆地点付近…来ます!」

 

激化した大地の鳴動が大気をも震わせ、そして続くはある種見慣れてしまった光景。

網膜投影の情報視界、その望遠された後方となる北の荒野に岩塊と土塊と同族の死骸とを押しのけ吹き飛ばしながら地下より横倒しに突き出るのはその直径が180mにもなる巨大な円筒。

 

その赤黒く醜悪な塔はやはり常の如くにギチギチと音さえ聞こえてくるような光景にて先端から周囲の外皮を後退させる形で「口」を開き ― 多量のBETAを吐き出し始める。

 

「く…!」

「…!」

 

思わず漏れる苦悶の呻きは誰のものだったか、まりもが見た吶喊部隊の皆の瞳にも隠しきれない絶望の色が――否。

 

「…借りるぞ」

「な、おいっ」

「! 中尉!」

 

その茶の瞳には、元々闇が棲んでいた。

 

するりとした機動、隊列の最後尾につけていた黒の00式は動き出すと合流していた94式隊から長刀に突撃砲を半ば以上強引に奪って機を巡らした。

 

次いで遅滞なく加速、跳躍機FE-108が甲高く青焔を吐き出し向かうは――北。

 

「中尉、まさか!」

「…足止めする必要がある」

 

白牙の僚機の誰何にも常と変わらぬ平板な声。

そしてその言を証すかの如くに吐き出されたBETA共は一斉に動き出す――南へ。

 

「やめて下さい!」

「無理ですよ! 燃料だって、もう…っ」

「…20分保てばいい」

 

それら悲鳴に近い制止の声もただその背に受けるのみ。

 

 

ファ島基地を発ったという先遣・ツェルベルスの到着が80分後。

南下するBETA群中衛のハイヴ地下茎構造最外縁到達が60分後。

 

 

たしかに機体の損耗も、燃料推進剤の消費も。最も少ないのが彼だろう。

そして彼が保つというのなら保つのだろう――その時間、だけは。

 

 

隊に走る逡巡の数瞬、いや唯一人山吹の剣姫だけは遅れること無く。

 

「貴様ならそう云うと、私も征――」

「来るな」

 

しかしその、遠ざかりゆく黒より。

 

「来るな、篁中尉」

 

今一度同じく告げたその常よりわずか厳しい声音、だがそれゆえそれだけに彼女だけには伝わったのか。

 

「な…、……何故、だ…」

「…1機いればいい。少佐。後は頼みます」

 

そしてそれきり切れる回線。無線封鎖。

 

「…」

「…」

 

続く数秒、隊内には今まで以上に重く沈黙が垂れ込める。

 

 

帰投して使える機体があったとして。

乗り換えて出撃、あの交戦地点まで至るには少なく見積もって ― 30分。

 

すなわち――

 

 

「……少佐」

「却下だ中尉」

「隊長、自分も」

「貴様等は帰投せよ。少佐、許可は不要です」

「駄目だと言った」

「不要と申しました。では」

「やめろ、止めろ龍浪」

「は、はッ」

 

隊列を崩し機首を巡らす山吹の00式、まりもから飛んだ命に反応する龍浪機。

 

「篁中尉、どうか…っ」

「邪魔を――」

 

損傷から緩慢な動きにならざるを得ぬ響の弐型、だがそれすらも押しのけすり抜けようとした唯依の00式にまりもは自制をあえて吹き飛ばした。

 

「熱吹くな小娘!」

「…!」

「貴様の機体は全開であと何分動く、F型の消費量で5分と保つのか!? 役になど立たん! 敵の殲滅が目的でない以上自爆したところで意味がない、隊と任とを放り出してなにが斯衛だ失望したぞ中尉!」

「しかし……私、は…せめて…一緒に…死ぬくらいは、と……」

「それがのぼせ上がりだと言うんだ『然れば来世は番い雛』か!? 斯衛が殿下の御言葉に背いた上に連隊長の遺志を無駄にする気か!」

「ッ…」

 

回線に浮かぶ唯依の秀麗な美貌に堪え難いまでの苦渋の色、一方で幼いといって良い程に無垢でまっすぐな彼女の想いは十二分に察するにつけ。

 

 

けして結ばれ得ぬ現実、それでも別れ難く離れ難い程の思慕。

ゆえに彼が消えて仕舞った現世等には一片の未練すらも無いのだろう、そして互いに何時斃れるかも判らぬ衛士の身なれば共に死ねるその瞬間だけが此の無明の世の最期に差す暗夜の灯、想いを成就させられる唯一つの依る辺なのだと――

 

 

「理解しろ。いや…判っているだろう」

 

 

篁中尉のことは買っていた。同様か、あるいはそれ以上に、彼の中尉のことも。

 

 

彼はきっと、あまりにひどく傷ついて、傷つきすぎて。

それでも彼は、あまりに強かったから。

 

その傷の癒し方も、慰めの方法すらも見失ってしまったような ― そんなところは、どこか夕呼に近かったのかもしれない。

 

 

およそ彼を倒すに足るBETAなど、存在しなかったのだろう。

 

だが人の身と、人が造った機械の限界はやはり超えられない。

 

ゆえに不破の衛士は、不敗のまま去る。

 

 

「帝国は、()()()()…優秀な衛士を失えん」

 

 

衛士にとって死は身近な事象。それは自分自身にも自分以外にも。

 

そしていなくなった者の欠落は、生き残った者たちで、足掻いてでも埋めねばならない。

 

だが歴戦の戦場の犬をしてこの損失は、あまりにも大きく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体の消耗はパラメータ変更で誤魔化せる範囲をとうに超え。

そして燃料と推進剤は残り15%未満。

 

「…」

 

 

所詮は皆、誰も彼もが。写し身に過ぎない。

 

「終わり」が来て「また始まれば」、見た顔聞いた声そして知っている匂いでまた出会う。

 

――唯、一人を除いて。

 

 

二振りの長刀は先ほど巻きあげたもの、自分で使っていたものよりは状態がいい。

突撃砲も同じく2門、装填されていた36mmと120mmに残弾が少々。

 

「…十分だ」

 

低空を迅らす乗機00式の中、常より明らかに振動の多い管制ユニット内のそのコネクトシートの上で、血色の悪い薄い唇がそう紡いだ。

 

 

だが、それでも。

 

この、すべてがたやすく壊れてまた呆気なく元通りになる偽物だらけの終わりなき魂の牢獄の中で。

 

BETAと戦う意思を燃やす者達の、その闘う意思だけは――本物だと思える。

 

少なくとも、「死」が無くまた其れを無いと知る、こんな己の仮初の命よりは。

 

 

漆黒の強化装備、保護被膜に包まれた指がコントロールパネルを操る。

 

「…弐番機起動」

 

 

BETAは高度な精密機械に誘引される性質も持つ。

特殊装置・XM3 ― その核を二基同調起動させたとき、相乗効果によって通常の戦術機よりは強力な誘引性を発揮する可能性があると――そしてそれは、すでに実戦試験で確認している。

 

 

加速剤を使わないとはいえ身体への負荷は少なくない、多用は禁物。

そう伝えられはしたがどうでもいい、たとえ鬼に此の身を食わせてでも。

 

 

「…BETAは殺す。皆殺しだ」

 

 

ちりちりと散る金色の粒子。その鬼の双眸が闇色の光芒を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より140分。

 

ファスタオーランド前線基地より北へ150km。

ボスニア湾上高度20m。

 

 

 

洋上の白夜の天に雲は少なく。しかし目指す先のそれは厚い。

 

通常戦術機の長距離移動はフェリー航行速度・もしくは巡航速度を以て行い、それらは最大戦速の概ね50%以下に保って最大限燃費を考慮したものとなるが、

 

「急ぐぞ」

 

出立前の狼王のその一言で彼と彼が率いる大隊は現着後の戦闘継続時間をある程度代償とするまでの増速をかけ、到着予想は ― 70分後。

 

 

爆装した機体は重く、総じて海深は浅く波も穏やかなボスニア湾上とはいえともすれば波をかぶりそうな低空での飛行には気を遣う。万が一にも両主腕に抱えさせたリニア・レールガンと背部兵装担架の弾倉ユニットを失うことなどあってはならない。

 

アッシェグラウの塗装に右肩部へアイザーネス・クロイツを刻み込んだ西ドイツ軍仕様・愛機EF-2000を駆るイルフリーデ・フォン・フォイルナー少尉は、結わえ上げた金髪を管制ユニット内でひとゆすりした。

 

 

後方の基地で送る日々のなか、内地勤務時に等しいスケジュール。

その起床時間からすれば早すぎるどころかむしろ就寝時間に近い寝入り端に叩き起こされ。

しかし即応部隊としてそれなり以上の期間を過ごしてきた彼女と彼女の僚友ら、そしてさらに古参の輩にすればむしろ慣れ親しんだ空気感とすら。

 

いや正確には、2日前からこの命令を待っていた。

しかしさらに正確にいうならそれはツェルベルスだけでなく。

 

 

「高度注意、東側の掃除は済んでない、着いたら全力戦パリを背に守ってると思いなさい」

「ウィ・マダム!」

 

EF-2000によく似たシルエット、フランスの騎士・ラファールが12機1個中隊、さらにはイタリア軍部隊を始めとする欧州連合加盟各国軍の計2個中隊相当までもが続く。

 

 

総勢50機超の増強大隊規模、すなわち「白き后狼」のレールガン"徴発令"に端を発して我も我もと名乗りを上げたファスタオーランド前線基地でのDANCCT参加機その総て。

 

元々が皆激戦の欧州各地から集められた手練れも手練れ、揃ってほんのわずかの遅滞さえもなくしばらくの間実際には動かしていなかった乗機に火を入れるや敬愛する上官大隊長らに付き従って、ひどく久方ぶりとさえ思える戦気に満ちた空へ飛び――

 

一路、北へ。

 

 

当初は防衛部隊の避退支援のための先発の目論見ではあったがこれだけの衝撃力があれば、あるいは ― と、逐次ハイヴ防衛に当たるイギリス軍よりの情報が届き出す。

 

「情報の更新を、ファーレンホルスト中尉」

「は、リヴィエール大尉。防衛線の綻びからハイヴ本体及び地下茎構造への侵入が増加中、ですが現時点では逐次排除に成功していると」

「現時点では、ね…」

「はい」

 

オープンの回線で交わされる通信は英語、それは指揮系統の統一も緩い即席の混成部隊がゆえに可能な限り情報の共有をすべきという本人は独語も自在に操るフランス軍大尉の気遣いでもあり。

 

「南下10万については?」

「ライヒ部隊が光線級吶喊、続いての攻撃でおよそ半数の殲滅に成功したと」

 

その報には、おお、との感嘆の声に軽い口笛までもが混じるが。

 

「…そんだけのレールガンを残してたとも思えないわね」

「はい。やや情報が錯綜していますが…大規模にS-11を用いて自爆攻撃をした模様です」

「…!」

 

小さく息を呑む者、襟元に手をやる者、十字を切る者。

それぞれながらも皆一様に、喉の奥まで苦いものを突っ込まれたような。

 

「加えて」

「まだなにかあるわけ」

「母艦級が出現したと」

「…予想以上の魔界だったってことねスカンジナビア()

「ええ。大陸(ヨーロッパ)はどこも地獄ですわ」

 

一貫して極力感情を排した表情に声音で、その地獄から悪魔が溢れ出さぬがための門番でもある后狼は首肯した。

 

「それで? 着くまで保ちそうなの?」

「そのための増速です、が…難しいかと。――ただ」

 

 

その、南下群残余5万と新たに現れた母艦級群とを足止めするため。

 

たった1機で、前線に残った吶喊機がいるらしい――

 

 

「…あのバカ…」

 

リヴィエール大尉 ― ベルナデットの大きくもつり上がり気味の青い瞳に走る感情は。

 

「いつになってもジャポネはカミカゼやらバンザイ・チャージやらが忘れらんないの?」

 

そりゃ考えるまでもなく、2個軍団規模のBETAだなんてオンピアの残存戦力全部ぶつけたって野戦じゃ足止めできっこない。

 

「だからってたぶんリヨンの時みたいになんか誘引手段は考えてるんでしょうけど『吶喊機』でしかも『残った』って、それじゃ補給はどうなってんのよ」

 

おおかた援軍到着までの時間差だけ埋められればいいっていう、端から不帰を前提にした選択なんだろうけれど、

 

「使い捨てにして…いい衛士じゃないでしょアイツは」

 

吐き捨てるようにしてすら出されたその声が回線に流れ、今や腹心となった金髪の部下2名も皆も、一様にかける言葉を探した時――

 

 

「! レーダーに感!」

 

 

方位南西、距離120km。

 

 

「高度5000m――」

 

 

速度はおよそ ― マッハ20。

 

 

MRV(多弾頭突入体)! いえ――」

 

 

軌道投入により一筋の流星と化し白夜の天を貫き引き裂き北の高空を疾駆するのは。

 

 

「再突入カーゴ!? IFF照会――」

 

 

大気摩擦の赤熱に燃える漆黒の機体、その主翼に描き込まれた識別徽には ―

 

 

「返信――UN YOKOHAMA!」

 

 

大事そうに双剣を抱く、耳だけ黒い銀色の兎。

 

 

「――――!」

 

 

そして伴ったつんざくような衝撃波音すらも置き去りにして。

 

漆黒の流星は7km/s超で欧州の精兵たちをやすやすと追い越しその頭上を飛び去った ― 朧雲に覆われた、北へ。

 

 

 

「…カーゴだったよな」

「なんだか前にもこんなことが…」

「ああ。だが今回は無人…か?」

「ですわね、人が乗っていたらあの速度では…」

 

ツェルベルスの若年組が顔を見合わせる中、

 

「…奥の手、ってことかしら?」

 

どうやらアイツに死なれちゃ面白くないって人間が、存外他にもいるのかも。

願わくばアレがそうであり、どうかアイツのところにまで無事届きますように。

 

戦える力まで使い果たしては意味がない、ベルナデットは逸る気持ちを抑える一方ひどく珍しくもなにかに祈る思いで一直線に戦場へと消えていったその航跡を見送り――

 

 

流星は、燃え尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんだかまた思ったよりも進みませんでしたw

ご感想お待ちしてまーす


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Muv-Luv UNTITLED 27

 

 

― 2003年 6月

 

 

欧州連合軍を中心とした西側勢力により攻略された地上8番目のハイヴ・ロヴァニエミ。

その後3週間弱の時を置き同ハイヴより遙か1000km南方の第4番・ヴェリスク発のBETA群による大規模侵攻が発生した。

これを受けてロヴァニエミ守護にあたっていた日本帝国軍欧州派遣兵団並びに北欧避退国家国連軍部隊は、圧倒的寡兵の状況下で必死の防衛戦を展開。

 

丸二日間に渡る激戦を経てようやくにもイギリス軍を中心とする増援部隊の到着が見込まれるなか、しかし著しく戦力を消耗した両軍は、東西陣営対立のゆえに迎撃敵わぬ旧ソ連領域内を無傷で北上し滞留していた約10万・計3個軍団規模超のBETA群による南下背撃を受けてその増援部隊の到来を待たず北欧の荒野に力尽きようとしていた。

 

そのためハイヴ防衛にあたる両軍を一刻も早く支援すべくバルト海ファスタオーランド島より欧州連合軍最精鋭部隊が有志の先遣として進発。

しかし戦況は悪化の一途を辿り彼らの行動もまた遅きに失しようとする中――

 

一筋の流星がボスニア湾上の白夜の天を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より145分。

 

ロヴァニエミハイヴ・帝国軍駐屯地。

 

 

曇天の死の荒野に聳える、地上高600mにもなる地表構造物(モニュメント)

本防衛戦に際し帝国軍本陣がその南側に幕営されたのは一重に軍事的合理性では無く政治的理由に拠る。

 

硬質の美貌の麗人にして日本帝国斯衛軍屈指の使い手・月詠真那中尉は、終生の忠義を捧げる主・御剣冥夜 ― 政威大将軍・煌武院悠陽殿下の実妹にして影武者 ― と共に補給のため帰陣して直ぐその喧噪に出会した。

 

 

斯衛部隊付の整備班の一部が87式自走整備支援担架を動かし ― その架台には強引に搭載したと思しき戦術機用補給コンテナ。

 

「伍長なにやってる!」

「コンテナに跳躍機をつけて飛ばすんです!」

「バカ言うな制御もできずにそんなんでっ」

「近くにさえ落とせればいいんです! 中尉殿なら、中尉殿なら…っ」

「ヘタすりゃ爆発するぞ、やめろ、やめろ!」

 

必死の形相で工具を振るい、損傷機から取り外したらしい跳躍機一対を何とかコンテナに固定しようとしていた女性下士官はしかし年嵩の整備班長にその手と肩とを掴まれ、

 

「……うまくいっても、もう…間に合わん…」

「…!」

 

刹那の空白からその顔をぐしゃぐしゃに歪めた。

 

「わ…っ、…わた、しが…もっと…もっとうまく、整備できてれば……」

「バカ野郎お前のせいじゃねえ…お前のウデはあの中尉さんだって…認めてたろうがよ…」

 

そして俯きその場にへたり込む繋ぎ姿の彼女の嗚咽に、居合わせる者達もまた一様に顔を伏せる――

 

 

…彼奴の機付長か…

 

紫の御料機に続き足下で大きく手を振る誘導兵の指示に従い斯衛機用駐機位置へと乗機を進める真那も、既に通信での遣り取りから大凡の状況は把握している。

 

 

北方滞留BETA群10万への光線級吶喊と連隊長以下幹部衛士の挺身攻撃。

 

そして残余5万と出現した母艦級群を共に遅滞させるべく――彼奴が単機、残った事も。

 

 

…冥夜様…

 

元より要無くば多弁な御気質では在られぬにせよ。

吶喊部隊進発以降も変わらず南部方面にて正に陣頭に立たれ督戦旁々前線衛士等を率いて血刀を振るってはおられたものの、明らかに口数は少なく。

そして帰還した同部隊より彼奴が独り死出の最前線へと赴いた事が報じられたその直後には畏れ多くも噛み切られたのか唇のその端より精血を流され。

今此の時も機内に座されたまま御目を伏せ下を向いておられる ― 臣下に宸憂を案じさせる事無き様長い御髪で其の玉顔を隠されんとなさる大御心か。

 

次いで網膜投影の情報視界・外部映像に見れば。

同じ斯衛部隊の駐機域には先んじて帰還していた吶喊部隊が5機 ― うち白栲の零式強化装備に身を包む4人の衛士が身を寄せ合い、片膝をつき停止する譜代山吹の00式を見上げていた。

 

数多の鉄火場を潜り抜け歴戦の勇士の名を欲しいままにする彼女らをして、揃って苦衷の表情と共に或いは泣き腫らした眼で仰ぎ見る他無い彼女らの長機たる鮮黄色の機体。

動力を落として仕舞えば自立叶わぬ第3世代型機ならば当然の見慣れた駐機姿勢にも拘わらず今片膝を着いた山吹の00式は恰も悲傷し項垂れて居るかのようで。列機と同じく異星種の返り血に染まるその胸部装甲は堅く閉ざされたまま昇降索条(ホイストケーブル)が垂れた気配も無い。

 

無理からぬか…

 

剣姫とまで称され名高い篁の現当主が、日に増し弥増すその武名と家名の傍らとある細民出自の黒に強く恋慕の情を寄せているらしいと云うのは斯衛では間々知られていた話。

 

だが……無駄死にでは無い…

 

同じ剣人としては彼女の剣に思うところが無くも無い真那ではあるが。

補給には10分以上を要するゆえ後輩にして同輩たるその女子斯衛らへ何くれと声を掛けるべきかとやや言葉を探す。

 

 

あの男は事実、遣り果せている。

 

その真那が視る網膜投影の情報視界、その広域戦図――5万を超える異星種共は、未だ北方90粁の地点で見事足止めされている。

 

いやそれどころか僅かずつながら更に北方へと誘引の気配すら ― 進めば進む程に元から蜘蛛の糸よりか細い生残への道筋を自ら踏み消すに等しいにも関わらず。

 

そして戦域を俯瞰するに――彼奴のあの挺身により、指揮官層では半ば以上絶望視されていた援軍到着までの戦線維持への筋道もまた視えて来た。

 

 

煌武院と斑鳩、そして冥夜様。

その御側にと迎えられぬのであれば彼奴の立場に言動存在ほぼその総てが真那から見れば不都合な物でしか無く、此の場の斯様な形で戦死してくれるなら何れは冥夜様も受け容れられよう、加えて最大武家・斑鳩が誇る実行力の一角が崩れるならそれはそれでと…だが其れは明らかに疚しき企み。

 

彼奴の衛士としての力は純粋に凄まじい。

彼の場に居たのが自分であっても或いは稀代の英傑と称される斑鳩公崇継その人であってもあの様な真似は不可能だった事には疑いが無く、故にこの、本土からは遠く離れた謂わば局地戦にて喪うには余りに惜しい衛士で又帝國にとって巨大な痛手と成った事もまた事実――

 

 

そして。

 

「どうか、どうか少佐…!」

「榊、何度も言わせるな。仮に後退を命じようにも無線は向こうから封鎖されている」

「では救援、いえ救助に――」

「貴様と貴様の小隊で5万のBETAに囲まれた味方機を救えると? よしんば突入が叶ったとしても離脱はより困難な事くらいは解るだろう。貴様らの任務は戦線維持だ、ファ島発先遣隊及び援軍本隊が到着するまで堅守せよ」

 

広域回線に乗る指揮所へ入った帝国軍神宮司少佐 ― 連隊長代理の指示には鉄の強固さ。

何の道もう間もなく燃料推進剤も尽きる頃だと口にする程迄に冷酷では無いにせよ。

 

「ハイヴ内防衛の北欧・欧州連合軍にもすでに余力はない、これ以上侵入BETAを増やすわけにはいかん。地上の防衛線から戦力は割けん、それとも敵前逃亡で銃殺されたいか」

「そんな……」

「中尉や前連隊長閣下の挺身を無駄にするな。正念場だぞ、各員一層の奮戦を期待する」

 

― と。

 

「至急電! ハイヴ内欧州軍より通達ッ、迎撃中の小隊規模BETA群を失探!」

「! 位置は!」

「62.264・23.103 A層 ― この付近ですッ」

「出られる機体はすぐに動かせ地上に出ている要員は最寄りの『門』から距離を――」

 

――!

 

その報と同時に真那は乗機のセンサーが感知した揺れに身構え ― 即座に機体に取りついている整備兵らに退避を命じようとした瞬間しかし200mほど向こう、荒野に無防備のまま黒々とその口を開ける「門」から噴き出る土塊と土煙と共にまろび出たのは巨大な紡錘形の異形――

 

突撃級!

 

その全高16m・だが砲弾型の形状故に衛士からすれば精々戦術機の胸元辺り迄といった感覚、しかし生身で露地作業に当たる整備兵等からすれば ―

後方要員の立場では軍歴の長短問わずまたこの激戦下でも直接視認する機会なぞほぼ無かった上に、見上げる大きさ処か建築物なら5階建て相当・本土劫掠で失われた奈良の毘盧遮那仏像級の大きさと体積の、人類に敵対的な巨大異星生物。

 

「べ…BETAだ!」

「う、うわあああ!」

「退避だ、退避ー!」

「め――殿下!」

「ッ― 整備兵は退避を! 月詠!」

「は!」

 

一気に拡がる混乱の中僅かの遅滞こそあれ反応した紫の00式に真那も続く、否傍付として先んじようとするも ― 折悪しく自機と御料機とに付いた整備兵等は数少ない整備用起重機(クレーン)を用いておりその避退に僅かな――だが致命的な遅れが。

 

不味い――!

 

慌てふためき宙空に伸びたままの起重機作業腕にしがみ付く整備兵 ― 故に動けぬ御料機。

200mの彼我の距離など全長18mにもなる突撃級からすれば加速を得れば正に指呼の間。

 

突撃級を討ち果たすべく前に出るにも退いて守るにも今此の時の動きを阻害するのは整備兵のその命、冥夜様には御無理またさせるべきでは無いゆえならば先に我が手でと紅の鬼を起ち上がらせんと真那が決意するその瞬間――いや刹那――それすらも否。

 

 

――!!

 

 

その雲燿に迅ったのは ― 雷閃。

 

 

「……穢らわしい……」

 

 

そして低く回線に響く ―

 

 

「……BETA共奴……」

 

 

――呪いの谺。

 

 

神速の踏み込み、左斬り上げ。

 

停止していた筈の山吹の00式の瞬撃、その神鳴るが如き疾さの一太刀を動き出し初速を得る前に受けた突撃級は有ろう事かその強固極まる外殻ごと寸断され()()()()()裂けてずれ落ち。

 

次いで噴き出す赤黒い体液の血飛沫、長刀を振り抜いた姿勢の侭既に乾いていた返り血の上に更にそれを浴びる譜代の鬼は再び紅に染まり ― その頭部遮光板の端からは真に血涙と成って流れ落ちる。

 

そして間を置くこと無く続いて「門」から姿を現す突撃級に要撃級の群れ――へと。

 

 

「………死ね」

 

 

一瞬の赤炎。地の下より這い出た異星種共が動き出すより迅く。

荒土に踏み出しにより穿たれた足跡だけを残して。

 

鞘走る稲光が垂直に突撃級を断ち割り。

続く刹那に2体並んだ要撃級が揃って上下に分かたれ。

 

斬断された衝角前腕が、尾節が、主体節が、赤黒い体液の尾を曳いて次々に宙を舞う。

 

 

「な――…」

「ッ…!」

 

その00式F ― 唯依が放つ剣気――否、鬼気に気圧され。

僅か動きが止まる冥夜に一方真那とても動き出しつつ瞠目した。

 

 

鈍色の雷が閃くたび次々に巨大な異星種が背中から裂け血飛沫を噴き上げる ― それは唯一重にあまりの太刀行きの疾さに依り斬撃の衝撃が総て瞬時に対象の背面へと達し突き抜けるため、そして続く刹那にはその血風散る紅の帳もまた翻る刃によりその先のBETAごと切断されていく。

 

剣術の心得を持たぬ整備兵らからはまるで齣落としの如くに映るであろうその機動剣。

其処には一厘の粗さすら無く。総ての無駄が削ぎ落とされ。然し機械的では無い。

 

 

それは戦闘と云うより。排除と云うより。一方的な、殺戮劇。

 

 

「た…隊長…?」

 

後方にて山吹の鬼の初動その至近距離での爆発的な踏み込みから身を守るべく咄嗟に頭を抱え地に伏していた白の戦侍女らがそのままの姿勢から顔だけ上げて呆然と彼女らの長機を見ていた。しかし繋がっているはずの回線にも応えは無く。

 

 

彼女らが、万一に備え燃料推進剤の補給程度は成されはしたが吶喊からの帰還後其の侭に留め置かれたのは、既に機体は限界ゆえ。

加えてそれを操る衛士も防衛戦開始当初から最前線で戦い続けて肉体的な疲弊は全軍通して尚最も深い ― にも関わらず。

 

 

父を。師を。そして友を殺され。

遂には喩え傍惚れで在っても構わぬ現世で叶わぬならばせめて来世にこそは我が背の君にと想った男までをも奪われ。

 

遺髪として自ら断って渡した一房だけが彼と共に発ち逝かんとする今、鬼哭慟哭の剣姫のその刃の研ぎ澄まされ様は尋常ならざる域にまで ―

 

 

復仇の存念に忘我したか!? いや――

 

 

繋げた回線、真那が見やる網膜投影の情報視界・左下側回線越しの唯依の整った面差し ― その眦には半ば乾いて掠れたしかし明らかな涙痕。

 

だが半眼に落として一切の感情を伺わせぬその黒耀の双眸は今や――真黒の(Eclipse)

その辺縁には憎悪と閨怨の黒炎が無音の内に燃え盛り、また奈落に等しいその奥底で荒れ狂うは絶対零度の殺意の雷霆。

 

 

魔道に堕ちたか…!

 

 

以前より ― 彼女のその鋭すぎる太刀筋を識って以降、危ういとは思っては居た。

 

彼女のその出自境遇ゆえに周囲皆に優越たるを示し続ける必要のあった思春期はしかし京都防衛戦での敗北の屈辱に塗れて終わり、だが折れず曲がらず剣に戦術機にと正に己の総てを投じて従前以上の研鑽を重ね来た結果年若くして余人には終ぞ及び難いそれらの高みにまで辿り着き――そしてそれは、ある種究極の手段にて証された。

 

 

人斬り。

 

 

その経験が、それも複数人斬り殺した事が有る者は斯衛でも決して多くは無い。

 

別けて大逆事件の折に彼女が斬った3人、うち2人は精鋭揃いの帝都防衛師団に於いてその剣腕は三指に入ると云われた使い手だったと――すなわち彼の大逆犯・沙霧尚哉に並び立つ或いは及ばずとも遠からずの剣人ら。

 

そしてそれらを数瞬の ― だが濃密極まる斬り合いの果てに斬殺せしめ――爾来彼女の剣は明らかに変わった。

 

其れを昇華したと呼べなくも無いが、端的に表せば…闇を纏った。魅入られたと云っても良い。

 

まして元々彼女の剣流は、古来摂家親藩が本則と定めた剣禅一如・修身心法の御流儀では無い。彼女が彼女の父から受け継ぎ旨とするのは ―

 

 

人を活かすために斬る、誰が為の剣では無く。

 

唯、剣に依り殺す為の。斬る為に斬る、見敵必殺の古流剛剣。

 

 

「 ― 殿下お退きを! 整備班も退避、動ける機は要員を守れっ」

 

現実の時間にすれば僅か3秒足らずの出来事、しかしその間に起重機から自機の起動に足る距離を取れた真那は彼らを冥夜と共に促し下がらせ自らは前に出た。

 

警戒の七分を異星種共に、残る三分を ― 唯依へと振って。

 

「篁中尉!」

「……」

 

突撃砲を降ろし空いた兵装担架のみの山吹の00式の背、先ずそれへと声を掛けたのはひりひりと感じる危うさゆえ。

そうせねば後方から間合いに入った刹那に白刃が首元へ飛んで来る、そう真那にすら思わせる程に一切の遠慮会釈無く放射される唯依の殺意が帯電させる空気に、

 

「下がれ、保たんぞ!」

「……了解」

 

踏み込んだ真那へのその応えもやや遅く ― しかし場を引き受けんとする紅の鬼に対したBETAの真新しい返り血に染まる山吹の鬼は一応の思慮分別は残したものか従順にもやや下がると拾い上げた突撃砲での支援に切り替える。

 

 

いやそれは、自らの生命続く限りに最大限にBETAを殺す、その決意の顕れに過ぎず。

また単に ― 亡き良人の足跡を辿らんとする代償行為其の物なのやも。

 

 

そして少数なれど駆けつけてきた帝国軍機が退避していく要員らを支援しつつ地中より出でる小隊規模30体程のBETAを血祭りにあげていくなか、神宮司少佐の厳しい響きが回線に乗った。

 

「腑抜けてはいなかったか。…だがその手の見切りは誰のためにもならんぞ中尉」

「…」

「僣越だがな、老婆心からの忠告だ」

「……は」

 

機械と云うより巖の硬さ、唯依のその無機質な返答。

 

掃討されゆく異星種共へ残心を取りつつ端で聞いていた真那からすれば。

この譜代当主にして斯衛屈指の使い手が復讐の斬鬼剣魔と化してもまだ一遍の思量勘考を有する分ある種余計にたちが悪い、上官と云うより年長者としての魔女の猟犬の戒飭も恐らくは届いておるまい ― だがそこへ。

 

「来援中のファ島先遣隊並びに欧州連合軍司令部より入電…、再突入機が1機ボスニア湾を北上中 ― 国連軍横浜基地発とのことですっ」

「横浜から…? この状況下に何を……斑鳩閣下?」

「いや、私では無い。ふむ」

 

指揮所からの回線に応えたのは遠く南方の前線で指揮を執る、流石に疲労は隠せぬものの丸二昼夜に渡る戦線の中で尚無精髭の一筋も残さぬ上におよそ戦闘中とも思えぬ口振りの貴人。

 

「何処に落ちる?」

「落着予想……、最終修正舵から82%で北部戦域ですっ」

「とすれば…はっは。四方や吸付煙草の類かや」

「…?」

「なに、成れば彼奴めの閨室志願の髪長方に恨まれずに済むやも知れぬと云う話だが…あの朴念仁、伏魔殿にすら此処に来ておる者共以外にも御敵がおるとは弥速敵わん」

 

況して斯様な北辺の地にまで付け文するとは一体誰ぞやまさか魔女殿御本人ではあるまいなと嘯きながら、浮かぶ通信窓の中ちらと動かす視線は果たして誰を見たものか。

 

「閣下、では」

「今少ししたら吶喊の信号弾でも上げてやれ。生きておるなら其れで戻ってくるであろ」

 

古今無双の衛士がゆえにとあの黒に独断専行権を与えた張本人・青の政威軍監閣下はまこと悪運も強い男よと言いつつも、何処か心弛びた様に小さな笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より149分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東91km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

元来豊かな緑と湖沼とに彩られた明媚な土地であったはず。

だがそれは今や見はるかすすべてが生命の気配ひとつとてない赤茶けた荒野と化し、吹き抜ける風は六花の清冽さなどは伴わぬ硝煙と航空燃料と金属臭とが合い混じるただ冷涼な空気の流れ ―

 

その中でなお熱を放つは人が作った機械の兵器とそれを操る黒い魂、そして其処彼処にわだかまるのは累々たる異形の死骸の山。

 

そして今なおその屠り地に沈めた異星起源種の、数倍数十倍数百数千倍の数にもなる蠢くBETA共が周囲すべてを埋め尽くして。

 

 

 

あと45秒。

 

 

全部己を狙ってくるのが判っていれば、逆にやりやすい ― しかしそれは、通常なら。

 

例えば「鬼火」相手に後の先を取るため特定モーションから命中の成否に関係なく連続攻撃動作を引き出すには、特定のタイミングで対通常種よりよりシビアな1/30秒回避が不可欠――だが。

 

「――!」

 

右主腕が反応しない、左主脚の応答も遅れ。

 

「ち――」

 

間に合わないのはもう判っていた ― 衝撃。

 

「…――ッ!」

 

去なし損ねて避け損ねた衝角前腕の一撃、辛うじて機体ごと捻って右肩口で受けた。

戦術機で最も厚い装甲部位。

 

だがそれで「鬼火」の直撃を弾けるはずもなく元々ステータスレッドだった右主腕部総てが「使用不能」表示へと変わる――のみならず受けた過大な衝撃に機体各部センサーの闇色の輝きが断続的に明滅し管制ユニットもまた軋み歪んでその内壁までが破損し飛散した破片が飛び散る凶器と化した。

瞬間顔を伏せ目を守りはしたものの強化装備の防護がなくヘッドセットからもむき出しだった右側頭部に熱、だが吹き出し流れたぬめりには一切の頓着をせず、

 

「 ッ― 」

 

止まればそこで終わりになる。

まだ動く右主脚で地を蹴り踏み込み「鬼火」へ密着、前腕衝角を振れぬその至近距離から機体中有数の大型部位たる右膝部構造で真下からかち上げわずか浮かせたその瞬間に咳き込みが目立ちだして久しい両の跳躍機FE-108を全開。

半ばひっくり返した「鬼火」そのものを盾として目指す重光線級へと迫って左主腕に残る1本半ばから折れ飛んだ74式長刀をその巨大な単眼の付け根辺りに叩き込む。

 

「――」

 

勢いよく噴き出す体液が00式に浴びせられ過稼働により帯びた熱でそれらは即座に蒸発を始めるも先の被弾で死に始めた冷却系を補うには甚だ足りない、管制ユニット内の温度も急激に上昇するが強化装備の体温調節機能の幅を逸脱するまでにはどの道決着がつく。

 

兵装担架の突撃砲その左1門をダウンワード展開、だがそれはとうに撃ち尽くしていて賢しくも身構えた新たな「鬼火」への一瞬の牽制だけでその隙に放った左主腕の折れた長刀が回転しつつさらに1体の重光線級へと飛ぶ。

投げた長刀は瞬時に閉じた強固な保護膜に当たって弾かれるも再びそれが開くまでになんとか間合いを詰め、伸ばした左の00式近接短刀を巨大な眼窩へと裏側から突き入れ内部の照射構造を毀す。

 

 

あと30秒。

 

 

「 ― ッ――!」

 

光線属種としては死に体と化したそいつの主体節、今度はそれを利用し横から圧すべく機体を近づけあと数度の噴射で推進剤が底をつく跳躍機を開き不安定化したその出力の脈動すらも利用してさらにもう1体の重光線級へと迫る。が、横合いからまた別の「鬼火」の突進を受け ―

 

「グッ――、ッ!」

 

残った左肩部で漸くに受けつつ同ベクトル方向へ瞬間的な噴射を入れて衝撃を逃がすも即撃墜を避けるのが精一杯、弾き飛ばされ倒れた姿勢で荒土を削らされ同時に激しく揺さぶられる管制ユニット内に頭部からの出血が散る。

しかし即座にもう一度の噴射を入れてその場を脱し間一髪で「鬼火」の致死連携の叩きつけを回避、御しやすい盾とすべく通常の要撃級へと狙いを定め文字通りに地を這ってでも――

 

 

戦いに誇りなどない。

 

 

あと20秒。

 

 

「死ぬ」戦場にも慣れている。

 

 

あと15秒。

 

 

だから「今回」は此処で終わって。

 

 

あと10秒。

 

 

また「もう一度」、始めるだけ――

 

 

あと5秒。

 

 

「…それだけの話だ」

 

概算に過ぎないカウンターには 00:00 の表示。

 

頭からの出血が入り視界が赤く染まる右目、だが管制ユニット内には元から照射警報と各種アラートの赤色灯。

跳躍機の推進剤はあと数秒の噴射で底をつく。左右両主腕は機能を停止しだらりと下がりきったまま。主脚膝部も過稼働の負荷に耐えかね薄く黒煙を上げつつ火花散を散らし ― 機体もまた死につつある。

 

「…」

 

取り立てての感慨などない。

コントロールパネル上を手繰る指ががわずか震えるのは単に疲弊と限界を超えた酷使ゆえ。

ゆえに動き自体は至極無造作、コネクトシート正面にあるボタンが淡く光り出す。

 

あとはもう、機体が完全に停止するまで1体でもいいBETAを殺して回るだけ――だが。

 

 

「!」

 

 

警告の電子音と共に。情報視界に赤く大きく浮かぶ「SDS LOCKED」。

安全装置を解除したはずの自爆装置がロックされ。

 

 

「……」

 

 

次いで指揮型に比すれば広くはないうえ機能を停止しつつあった00式C型のレーダー探知範囲に極超音速で接近する飛行物体。

 

 

「……霞か…」

 

 

鳴り続けるアラートに混じる衛星経由のデータ受信。

 

 

「……いいだろう」

 

 

それらの諸元を受け取り黒の鬼札は最後の力でBETA群へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Дай нашим воинам боевой дух.(戦士に闘志を)

 

 

 

ロケットモーターの噴射で大気摩擦を相殺しながら。

高度を下げつつぎりぎりまでマッハ20の軌道周回速度を保ち続けた流星 ― 再突入カーゴは相対距離210km地点で重光線級の射界に入るもそれへの照射は地上至近で誘引を続ける黒の鬼の存在がためにややまばら、そしてすでにその数を減らされている光線級に対しては戦艦並みの対L処理に加え分厚く垂れ込めた雲の減衰効果も相まって地上からの照射を受けつつも12秒間 ― 120km地点までその内容物を運び遂に荷室から分離されたのは2つの再突入殻・またの名を対レーザー装甲カプセル。

 

それらは本体自体の空気抵抗と後方へと展開した複数のドラッグシュートによる空力ブレーキに加え設けられた第二宇宙速度まで加速可能な大推力のスラスターが全力噴射し有人降下では不可能な域のGに苛まれながら軌道周回速度から極超音速・さらに超音速から遷音速域へと急激な大減速をかける。

 

そして2つの再突入殻のうち先行する1つがハの字に展開、内部から放出されたのは2つの装甲補給コンテナ。それらは姿を見せるや即座に自己爆散し各々5・計10個の小型飛翔体を射出した。

厳重な対L蒸散膜処理が施された対弾耐熱装甲の中に投射砲核心部に近似する装置が詰められたそれらは対BETAアクティブデコイ。戦域へと拡散しつつより小さな空気抵抗値で残るコンテナと再突入殻に先行、レーザーを浴び白煙を上げつつ光線属種の照準を散らす。

 

 

 

Отдайте дань уважения мертвым.(死者に鎮魂を)

 

 

 

他方最先行した空荷のカーゴは機体表面を焼かれ損壊させられながらも極超音速のまま戦域中央直上まで2km・高度600m地点に至り ― 瞬間最後の噴射で要塞級の直下へと滑り込んだ満身創痍の黒の00式を見届けたかのように残していた最後の搭載物・S-11を起爆させた。

 

「――――ッ…!」

 

地上に這うBETA群に向け扇状に放射される熱と衝撃波と爆風、カーゴを狙わんと射線の確保に動いていた光線属種はその熱と光とをまともに浴びた。射爆範囲にいたもののうち脆弱な光線級は焼かれ吹き飛ばされ重光線級もまた死なずに済んだものもその重心の高さゆえに転倒を余儀なくされ照射被膜を守るべく保護膜を閉じる。

 

そして焼け爛れる要塞級の主体節下でその第一波をやり過ごした黒は次いで間髪入れずコントロールパネル脇の緊急レバーを引きパワーアウトモードを起動。

瞬時に展開した99式気密装甲兜とスレイヴモジュールを纏い89式機械化歩兵装甲へと変ずると残された主機出力にて全力稼働を続ける特殊装置はそのままに損傷した管制ユニットを内側から破砕しつつ一気に飛び出した。

 

 

 

Мы берем меч за человечество,(人類がために剣を取り、)

 

 

 

戦場は爆発により灼けた大気が乱気流と化して渦巻きまともに吸い込めば一瞬で肺が焼ける高温、そこに混じる硝煙と排気煙とBETAの体液が放つ金属臭とを突き破って機械化歩兵の背部固形燃料ロケットモーターが吠える。

目指すは減速を終えた残る1つの再突入殻・展開するやその内部より姿を見せた――

 

「――!」

 

漆黒の鬼。

 

 

 

Смертная казнь для захватчиков.(侵略者には死の制裁を)

 

 

 

500m向こうに自律制御で降下してくるそれを極低空から確かに視認しつつも周囲に迫るは戦車級に闘士級・さらに兵士級共の小型種BETA。

大型種共の多くは半死半生で頽れた要塞級の下で停止したままの00式と、レーザー迎撃網を潜り抜けS-11の爆発直後に戦域にまで殺到し質量弾と化して大地深くへ突き刺さった3発のデコイへと引き寄せられるも ― 対人探知能力に優れる小型種はそうとばかりは限らない、戦術機ならば敵たり得ないそれらはしかし歩兵にとっては明らかな脅威となって十重二十重に襲い来る。

 

「ち――ぐッ!」

 

速度は出るも緻密な制御には向かない固形燃料ロケットモーター、上部複合装甲のメインブロックで突っ込み腕部スレイヴモジュールで殴り飛ばして強引に突破を図るも3体目の戦車級に横合いから飛びかかられもつれ合って地を削り――

 

一瞬の躊躇すらなく歩兵装甲をパージして慣性のまま宙を飛び、高速で迫る茶褐色の大地へと足から脚へそして尻から背中・続いて肩へと着地しさらに2回転して衝撃を逃がし吹き飛ぶ勢いのままにまた走り出す。

 

 

 

И мы будем, (しかして我ら、いつの日にか)

 

 

 

残る200m・集り寄せる異形の殺人異星起源種、全力で駆けながらホルスターから大型自動拳銃を抜き放つ。

BETAの強靱極まる生命力は小型種といえど変わらないうえ装弾数も7発きり、ゆえに正面を塞いでくる闘士級兵士級共の重心位置より遠いその頭部と思しき箇所または手足らしき部位を狙って走りながらのウィーバースタンスで.50AE弾を叩き込む。

 

過大な反動に暴れる銃身を抑え込み撃ち放つはおよそ自動拳銃弾最大級となる2000Jを超える弾薬、その中間弾薬にも等しく大型動物ですら一撃で屠りうるストッピングパワーで穿たれ貫かれた前後の銃創から体液を噴き出しもんどり打っては転がる異形の間を駆け抜け ― 最後に立ち塞がった戦車級のその直下を滑り躱して遂に掴んだホイストケーブル。

 

「、――…」

 

即座に巻きあげられるそれに片脚をかけ上昇しながら獲物を追い振り仰がんとする戦車級の、その小型車並みの背中側から残弾すべてを醜い複眼が並ぶ頭節へとぶち込んで風穴を開けて体液を噴き出させ――ゆっくりと自らがつくりだした血の海へと沈むその個体、立ち上る硝煙と熱に陽炎を放つスライドが下がりきった自動拳銃と共に脱ぎ放った装甲兜を眼下に遠ざかりゆく赤黒く蠢く地獄へと投げ棄てて、漸くに大きく息を吐いた。

 

 

 

когда-нибудь дойти(「 あ の 寓 話 」) до «Измененной басни».(へと 辿りつかん)

 

 

 

そして見上げる片膝をついた姿勢の新たな機体 ― わずかに大型化した主脚に両肩・腰部スカートに追加されたスラスターを除けば00式とそう変わらない、道具などなんでもいいが使い慣れているものがあるならそれに越したことはない。

 

音も無く展開した胸部装甲、伸長するガイドレールの向こうにその口を開けた92式戦術機管制ユニットに身を放り込めば真新しいコネクトシートに零式強化装備の頚・腰・下腿の4点で固定される。

 

「…接続」

 

ヘッドセット頬部先端を押し網膜投影展開開始。

情報視界に浮かび上がるは交差したオリーブの枝に抱かれた地球 ― United Nation Force.

 

 

機体型式 XFJ-00Fb ― 帝國斯衛と先進戦術機技術開発(プロミネンス)計画の落し子にして国連極秘計画の使徒。

 

 

ゆえにその名を――00式改 Type-00 Alternative.

 

 

「…起動」

 

 

提げた二刀に担ぐ二門。

漆黒に沈む機体各所の橙に光る各種センサー。

高まりゆく主機出力と跳躍ユニットFE-108 FHI225SPが奏でる高周波音。

 

それら刃と翼と抗う意思と ―

 

 

 

Во имя «Альтернатива 4»,(「オルタ4」の名に於いて、)

 

 

 

総てのBETAに――

 

 

 

「…鉄槌を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より153分。

 

ロヴァニエミハイヴ・帝国軍駐屯地。

 

 

 

唯依は変わらぬ曇天の空に登りゆく信号弾を見つめていた。

全身を侵す疼痛すら忘れ、乗機00式F型の中から。

 

歓喜 ― 逡巡 ― 恐怖 ―

それら総てが交互に或いはない交ぜになって飛び交う心中は己で判る程迄に千々と乱れ。

 

1発、2発、計3発。白夜の空に打ち上げられた帝国十式信号弾・龍。

頂点に達した後のそれらはゆっくりと降下しつつ30秒間発火する ― 塩素酸カリウムとナフタレンの化合により着色された煙は――黒。

 

それは嘗て陣営の東西を越えてその武名を轟かせた彼の独逸民主共和国軍・黒の宣告(Schwarzesmarken)隊に由来するとされる光線級吶喊(レーザーヤークト)開始の証。

 

どうか…!

 

天と、神仏と、そして何より亡き父と巌谷閣下と友らとに。

そう祈りを捧ぐ事数瞬。

 

 

「…ホーンド03。CP」

 

 

――!

 

 

斯衛軍広域周波に載ったその声は、何事も無かったかの如くに常と変わらず。

 

「中尉! こちらCP、ご無事で!」

「…戦闘継続中。機体を換えた、更新を」

「換えっ?、いえ了解ですッ」

 

喜色滲ませるCPの声もその背後に混じる歓呼の響めきも唯依には聞こえず。

 

良かっ――――……!

 

声にならない歓喜が弾けて。

知らず口許を覆う両の掌、見開いた黒耀の双眸からは先程迄とは異なる輝きが零れ。

 

だが一方、

 

「中尉、負傷をっ」

「…そのうち止まる。…吶喊は」

「は? あ…、その」

「……ならいい」

 

指揮所との遣り取り、まだ近接データリンクが可能な距離ではないが繋がった回線の向こうに現れた黒は比喩ではなく血に塗れていた。

 

被弾したのか!? いや乗り換えたと ― ?

 

「…大隊長」

「応とも」

「…引き続き光線属種掃討を」

「ふむ」

 

な――

 

「いけるのかね」

「…」

 

その黒の無言の小さな頷きにしかし。

 

「待て中尉ッ、閣下お赦しを、馬鹿を言うな幾ら貴様でもあの数相手に単機では…!」

「…」

 

まだ南下BETA群は5万近く、重光線級も700体は残って居よう。

並の衛士ならば数秒を数える前に灼き溶かされるそんな死地、如何な彼でも今ああして生きて居られる事自体が驚異とすら。

 

漸くの再起動を果たした唯依は主従の手短な遣り取りに非礼を承知で割り込むも ― 返答どころかちらとすら寄越されぬ闇の瞳に逆に焦燥を搔き立てられて。

 

「87式を頼む、1門あればいい!」

「た、篁中尉? まさか出るんですか!?」

「支援に行く」

「無理ですよ!」

 

何の道彼らにはこれ以上取り付く島も無かろうと整備班へと繋げた回線、数歳だけ年上の機付長が目を剥くも構わず唯依は乗機を起ち上げる。

 

 

喩え一度きり、数秒きりの囮や盾になるのが精々だとしても。

それで己が死んでも彼が生き残ればより多くのBETAを斃してくれる、それだけは疑い様の無い事実。

 

それに何より ―

 

 

「跳躍機自体は問題ない、全速なら戦域まで10分かからん」

「無茶言わないで! さっきあれだけ動けたのだってッ」

 

 

あんな想いを、もう一度するくらいなら――

 

 

「整備兵は下がれっ。篁機、出るぞ」

「隊長、私も参ります!」「お供しましょう」「どのみち元々」「一蓮托生」

 

駆動音にややの軋みを交えながら一歩を踏み出す唯依の00式に、言い募る隊員らもまたそれぞれ満身創痍の愛機へと駆け登り搭乗を始める。

 

「貴様等は残――」

「ちょっ…皆の00式だってガタガタで、少佐っ、なんとか――」

「――神宮司だ。また騒いでるのか小娘共、斯衛のエリートが整備班に世話焼かせるな」

「遊撃隊隊長としての独自行動と御理解下さい」

「却下だ。大体ついさっきまで奈落の底の様な眼をしておいて今度はなんだ、軍は斯衛の女紅場とは違うとまだ解らんか?」

 

間に入った指揮所の猟犬は半ば呆れた声を出し。

 

山百合だか姫百合だか知らんが貴様ら軍歴もあって滅法腕が立つわりにいつまで市ヶ谷台上の人に憧れる女学生気分だ、かくばかり恋ひつつあらずは高山のと一方的に思い詰め戦場での意馬心猿も大概にしろと。

 

「そもそもそんな半死半生の機体で何が出来る」

「足手纏いになるつもりは」

「貴様の意思など関係あるか、つきあいは長いとか言う癖にまるで奴の事を解ってないな」

 

自分の甘さが原因で好いた男に庇われた上に目の前で死なれるなんて後悔しか残らんと、その実体験を持つがゆえで元教職志望の古参衛士の言葉ではあったが。

 

「…支援は必要ない」

「また貴様はそうやって…!」

 

私を置いていくのだろうと乗機を進める唯依へとしかし回線に伝う平坦な黒の声。

 

「…策はある。誘引性の投下物が戦域に埋没」

 

BETA共が群がって躍起になって掘り返している、ゆえに今しかないのだと。

 

「誘引弾だと…香月博士の新兵器か!」

「成程…指揮を預かる身としても南下群光線属種漸減の必要性は認めます ― 閣下」

「ふむ。許す、但し誘引効果のある内で良い。目下完調機は穏座の初物よ、持って戻れ」

「…は」

「附言するなら其の機体の贈り主に礼の一つも啓せぬ侭に貰った命を放り出すのも僻事ぞ」

「……了解」

「然し偶さかの符号とは云え ― 些か時季は違えど冬至の夜に子供らへと贈物を配って回るルーテル教会の司祭とやらは正しく此の芬蘭はロヴァニエミが当地では無かったか?」

 

ほれ異星種共が降ってくる迄は年の瀬に彼の米国がNORADも追跡情報を出しておったろうがと、気安くも高貴の知識人たる斑鳩公は異朝の習俗にも通暁するを披瀝されるも応じられる者は――

 

「……では」

 

否、応じる者はおらず。

 

そう何時もの通りに平然たる素振りで黒の中尉が回線を閉じて消えると、場違いにもやれやれとでも言いたげな青の斯衛は指揮官級の者共のみの回線へと切り替えた。

 

「さて聞いたな篁の。確かに単細胞に成れとは云ったが常の卿ならいざ知らず、気息奄々の今の卿では盾どころか文字通りに彼奴の足手纏いよ ― 然許りに甘い男ゆえにな」

「閣下…」

 

大凡不帰の決意が故とは云えど猪突を自覚せぬ訳もない唯依にしてみれば、殿下に扮する影殿からならば兎も角斯衛軍首魁・斑鳩公崇継其の人よりの直々の指顧と迄為れば。

 

「未だ機体も身体も動くなら南を固めよ。先より南を保たすが為に卿らの命を秤に掛けた、其れを成せぬでは話にならん」

「は…」

「それに、ま…そう案ずる事もなかろ」

 

彼奴はてんでの甲斐性無しで、還る心算なき折にでも還ると云うて卿を安心させることも無ければ目算ありし時にも背水の陣よと気を持たせるが如くの事も言うまいが、

 

「故に諾と返したからには推算あっての事よ。何れにせよ ― 」

 

忍んで待つも恋路の艶ぞと未だ内心では歯噛みをする唯依へとそう言い付けて、

 

「畏れながら『殿下』もお含み置きを。白虎隊と成り玉砕を以て北欧の防波堤たらんとした栄誉は前連隊長らが浴すもの」

「……解っています。我々は、赤穂浪士と成る可きと」

「如何にも、彼の者らの顕彰と然る後の異星種共への返報こそが宸謨かと。過日当人らにも釘を刺され申しましたが今頃の遅参では雑巾がけどころの話では御座いませぬ」

 

実の処一歩過てば唯依に続いて飛び出したやも知れぬ影殿 ― 冥夜に迄も噛んで含めて、回線を閉じた崇継はしかし。

 

「尤も…統帥の外道なぞを黙認して居る予が赴くは、九段ではなく無間地獄であろうがな」

 

何時何時でも部下の命と戦況戦果を比較衡量するが領袖たる身の役目とは云え。

其れが余人に語らぬ雲上の胸中だけの独白 ―

 

「いや、地獄とても入れてはくれぬか」

 

ならば其の果て迄も征くのみと。

 

そして衛士の掟に自刃の文字無し。

掌中に九寸五分在らば己にでは無く眼前の異星種共に突き立てよ――

 

「卿ならそう云うのであろうな、中尉」

 

皮肉にも斯衛の矜持に忠義なぞは知った事かと無言の侭にそう体現する彼の中尉こそが、矢張りその道行きの供回りに成りそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より154分。

 

日本帝国・国連軍横浜基地。

 

 

 

地下施設最深部。90番ハンガー脇司令所。

 

大深度地下特有の重い空気感。

当基地副司令兼国連極秘計画・オルタネイティヴ5主幹研究員たる香月夕呼博士は、徹夜続きの頭に居座る疼痛にうんざりしながらややよれた白衣の裾を翻してこの空間へと入ってきた。

 

「――うまくいった?」

「…はい」

 

部屋の外と同じ薄暗さの中。各種モニタリングデータに衛星からの情報などが映し出される複数のディスプレイが放つ仄明るさを浴びるその席から立ち上がったのは銀色の髪の黒衣の少女、社霞特務少尉。

ありがとうございます、との言葉と共に下げられた頭には兎の耳を模したヘッドギア。

 

「そ。ならよかったわ」

 

その彼女にひらひらと手を振る夕呼にはさしたる感慨もなく。

現在の日本時間は午前6時すぎ、ちらと目をやったディスプレイの向こうは東ヨーロッパ夏時間でてっぺんを少し回ったくらいなのだろうか。

 

 

常には言葉数少なく無感情な社の、珍しい「おねがい」。

 

あの戦術機の建造自体は富嶽と遠田の持ち出しだからともかく、試験段階のアクティブデコイ弾に強襲降下用の重装カーゴ等々他にかかったコストを諸々全部合計したら戦術機2個中隊を軌道投入するのと大して変わらないほどだけれど、それを叶えるための財布は第5計画のもので。

 

一切替えの効かない彼女のメンテナンス料と思えば高すぎる対価じゃないだろう。

 

 

「でも本当に使い物になるのかしら?」

 

夕呼はそう、大して興味はなさそうに ― 実際にあのテのオモチャにはさして必要以上に興味がない、物理学者としてみれば。

 

 

元々の素案はボーニングの戦術機の鬼さん発。

 

一時手元においていた米ソの脱走兵(シェスチナとブリッジス)の件でつながりができたそのおっさんが、自らの友人でもあったとかいう父と父であった人たち(ファーザーズ)を亡くした娘に、歳のせいか柄にもなくセンチメンタルな感傷を抱いて。

有り物ででっち上げたらしい00式の強化改修案。

 

最初から帝国及び斯衛軍宛にと預けられたそれをいけしゃあしゃあと交渉に先立っての手土産よろしく持ってきたヨーロッパ人の厚顔さにも今さら驚きはしない、そうされることを承知でハイネマンもユーコンの連中を経由させたんだろうし。

 

ともあれそれをこの基地に出入りする遠田と富嶽の技術屋連中に渡しておいたらやはりというか日本を代表する変態もとい職人気質の企業だけあって、以前から両社内には少なからずいたらしいあの「なれの果て」により強力な機体を渡したいっていう層を巻き込んで ―

 

元々のプランからさらに極端な仕様に変更したうえ本社工場で摂家外征用にと建造していたF型2機の余剰予備パーツを磨きに磨いて試験機として丸ごと1機組み上げた挙げ句完全に特定個人向けなデッドエンド・チューンを施したのだとか。

 

しかしそうして半ば勢いで仕上げてはみたものの当の斯衛の第16大隊か帝国軍の開発部隊へ献上するにも一般市民出身の黒服に高機動型が下賜された前例はないからどう切り出したものかと悩みつつ、とりあえずXM4までを搭載すべくこの横浜基地へ搬入される間に肝心の搭乗(予定)衛士は遠く北欧へ行ってしまい――もっとも怪我の功名とでも言うべきか、その間にJIVES上でとはいえ最終調整もできたわけだけれど。

 

 

連中曰く、現時点における究極の近接白兵機動戦用戦術機 ― それでも餅は餅屋ともいうし。

 

「迅すぎて怖い、こんな過敏な機体実戦で使えるの?」

 

それがJIVESであの機体の調整を担った、原型機としては同じF型を駆るそれなり以上の腕利きのはずのこの基地駐留の斯衛衛士の言だったから、なんだけど――

 

 

「大丈夫です…あのひとなら」

 

いつもと同じぽそりとした物言い、さして霞のその表情も変わらないけれど。

 

愛しちゃってまあ…

 

今さらここまで来ておいて、それは「彼女」を()()()からでしょとまた口に出すほど夕呼も野暮をするつもりはない。

 

「そう。まあ満足したら仕事に戻って頂戴。近くシェスチナも来るわ、お願いね」

「はい」

 

言い捨ててその部屋を辞してから、ふとまりもが生きてるかどうかわかるかくらいは聞いておくべきだったかと思い立つ。

でも彼女は軍人としても優秀らしいし大切な友人でもあるけれど、その生死が直接的に人類の存亡に関わるとまではいえないから。

 

なにしろもう――時間がない。

 

まだ確証はない。だがその可能性が高い。それに追われるのはいつものこととはいえ。

薄暗く人気のない広大な地下空間、歩みを止めて見上げれば ― 明るさの乏しい空間内に、さらに黒々と聳える全高180mの威容。

 

「間に合うかしらね…」

 

霽れぬ気分を引きずりながら、夕呼はヒールの音を響かせつつ再び闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より155分。

 

ロヴァニエミハイヴより北北東91km。

旧フィンランド・ルオスト付近。

 

 

 

管制ユニット内外の景色は何も変わらない。

 

両脇の操縦桿とコントロールパネル。

足下のフットペダルに正面コンソールと ― その下のSDSボタン。

 

そして機体の外の――巨万のBETAばかりが蠢く滅びゆく世界も。

 

 

まだ止まらない頭部からの出血、赤く浸食される網膜投影の情報視界。

オーバーレイ表示される指示通りにコントロールパネルを操作 ― するが指の震えはすでに腕からのものになり、四肢の疼痛は既に心臓の鼓動に伴い全身を走る激しい物に変わりつつある。

 

「…――!」

 

それでも無造作にフットペダルを踏み込めば。

主機と跳躍機の吹けが魂の髄まで慣れ親しんだC型に比して数段鋭い。

 

機体の応答を確かめつつ数度のターン、行きがけの駄賃に要撃級を矢継ぎ早に5体斬り捨て屠る。

 

「……シャオ寄りか」

 

カイゼルと云うよりは。

我知らず口をついたその固有名詞、記憶の底に残っていた事自体を忘れていた――が、いずれにせよ随分と極端な機体。

 

 

この霞からの贈り物 ― 先の大隊長の言、12月末の年の瀬に。

 

いつだったか、なにかを……なんだったか。

 

いや ― それよりももっと旧く。

 

 

記憶の――奥の。

血の色をした追憶よりさらに遠い、あの日々の。

 

最早既に褪せたセピア色ですらない、色そのものを喪ってしまったいつかの――

 

 

 

サンタさんまってるの

 

 

「…」

 

 

サンタさんがきたらね、ありがとうっていおうとおもって

 

 

 

もう――どれくらい前のことなのだろう。

 

 

強化されたセンサーが発する照射検知その警報を一瞬未満に留める回避行動、急機動の過大なGに悲鳴を上げる全身は無視。

デコイを目指し地を掘り始める戦車級に要撃級を遮蔽に当ててそれらへと無防備に続く重光線級を2体斬り捨てその噴き出す体液すらも置き去りにして敵中へと躍り込む。

 

薄暮の荒野、空間に走る斬撃痕とジェットの蒼い排気炎。

 

視界内BETAの動きを読み視界外BETAの行動を予測して。

そのどちらへも先の先或いは後の先を奪って只、殺す。

 

 

「…装甲展開」

 

 

「世界」はもう ― なにもかもが壊れてしまって、誰もいなくなって。

 

 

「…出力制御変更…強制冷却開始」

 

 

だからなにかを得るための戦いでもなければ、なにかを守るための闘いでもない。

 

 

「…XM3通常駆動停止…入力予測演算停止」

 

 

必要なのは唯 ― BETAを殺す、その力だけ。

 

 

「…弐番機起動…」

 

 

そしてこの機体なら今まで以上にBETAを殺せる。

この空飛ぶ鉄の塊は、BETAを殺す ― 其の為だけに造られた物だ。

 

 

「最大稼働開始…演算能力最大…全出力を強化装備へ…」

 

 

所詮安寧も休息も束の間に過ぎない。

総てが不安定に揺れ動くこの現世に溢れた地獄の上で。

 

 

「…筋電流操作最大…保護皮膜耐G収縮上限解除…感覚欺瞞最大持続…」

 

 

立ちこめる電子臭とまだ素材の匂いの取れないシートも直に己の血と汗に染まる。

永劫に続く戦いの中で、この機体もいま開発(エックス)ナンバーから解き放たれて ―

 

 

「…戦闘薬・加速剤混合投与、…ッ…!…」

 

 

熱を帯び痛みと共に全身を巡る血液が一気に冷却されていく。

そんな赤い流れが侵す右目以外の視界がわずかクリアに感じられ――

 

 

「XM4・コード316 ― 起動…!」

 

 

虚空に散らす金色の粒子と共に。

終の大地に死を振り撒く黒の災厄が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― BETA群南下開始より215分。

 

ロヴァニエミハイヴより北東30km。

旧フィンランド・ラーテンペラ付近。

 

 

 

荒涼たる白夜の大地、それを覆っていると言って差し支えない程のBETAの死骸。

それらから流れ出る体液がわずかな地形の起伏に沿って赤黒い川となり、この戦場での支援火砲の僅少を示すそう多くは無い砲撃痕へと流れ込む中 ― 狼の群れは獲物を見つけた。

 

「Feind gesichtet!」

「Alles gut…, Der Angriff!」

 

遙かファスタオーランド前線基地より700kmを長駆してきた狩人達は俊敏かつ獰猛、そして狡猾でありながらなにより戦意に燃え。

 

abschießen…!(もらった…!)

 

快哉にはほど遠いにせよ。

愛機EF-2000の管制ユニットの中、全速での180°転回から爆進してくる突撃級群をリニア・レールガンのサイト内に捉えて ― 輝く金色の髪のイルフリーデ・フォイルナー少尉は最初の戦果を確信した。

 

 

刻々と変化する戦況に応じ ― ウニオン司令部は現地守備の主力を担うライヒ司令部との間で改めてロヴァニエミハイヴ死守の意図を確認。

 

そしてそれを受け、ファ島進発のユーロ混成先遣隊は戦域へと駆けつけるなり。

ライヒ部隊が採っていた突破浸透機動誘引戦術に倣って、突入後誘引しながら広く2km程度の横隊に展開。

引っさげてきた1中隊あたりおよそ1門のレールガンのうち半数を用いての一斉掃射戦術。

 

 

沈まぬ太陽、薄暮の荒野に走る数条の閃光。

それらが南下してきていた大隊規模突撃級群を散乱していた死骸もろともまとめて貫き薙ぎ払いつつ吹き飛ばした。

 

「有効射と認むっ」

「ツェルベルス01より各機、残敵を掃討せよ」

「ヤーボール!」

「こちらノルドUNCP、来援に感謝を!」

 

ありありと判るほどに喜色を滲ませる北欧国連軍CPの声、でもこれだけの数のレールガンがあれば5000やそこらの突撃級くらいどうってことはないし逆に遅参を申し訳なく思うのがこちらの立場。

 

「――ツェルベルス01。全隊所定の作戦行動に移れ」

「ゲート・クラー、マイン・ケーニッヒ。ツェルベルス02より各機、グラーベンタクティケン(塹壕戦術)

「ヤーボール、フラウ!」

「セスト・アンタンデュ。全機マグ・ルクス(重光線級)にポワレされたくなきゃ急ぎなさい」

「ウィ・マダム!」

 

手短な大隊長の指揮の下、手早く残敵を掃討してややの後退。

 

元々ファ島前線基地に集いしは激戦の欧州各地から選りすぐられた手練れも手練れ、その彼らが極東の島国よりもたらされた特殊装置・XM3でTSFの真骨頂たる運動性を倍化させれば文字通りに地表すれすれの匍匐飛行とて造作ない。

 

揃って戦域マップに登録済みの「門」へと向かい、荒野にぽっかりと口を開けたそこへと各国軍中隊単位で滑り込んだらレールガン装備機だけが地表側で掃射位置に就く。

 

「ローテ12、射撃準備よし!」

「そのまま待機せよ」

 

そして最外縁の「門」入口付近、BETAたちの整地もやや荒い気がする横坑内壁に皆それぞれ機を預ける間にウニオンとUNのデータリンクが統合された。

 

「こちらレギンレイヴ04、『はぐれ』共は任せて。悪いけどそちらはお願いするわ」

「こちらエクィテス01、任せてくれ。ところで君を夕食に誘ったら喜んでくれるかな?」

「もちろん。イタリア料理は大好きなの」

「それはいい、”体が満たされれば心も満足”さ」

「あら、やっぱり私のイタリアの()()()と同じこと言うのねスィニョーレ・ガランテ」

「ああ、なんてことだ、君は今まで僕の身に起こった事の中で一番美しいものなのに。男女の間には情熱と崇拝と愛、そして悲しいことに敵意もあるけれど、友情だけは絶対にない」

 

網膜投影内に現れた現地守備隊の美貌のしかし憔悴の色濃いグリフォンライダーにさえ挨拶代わりのコナをかける長靴型の国の衛士には、小型の虎が苛立って。

 

「Fxxk、誰かあのロマーノを黙らせなさい」

「おやムスケテール01、嫉妬かい? 君だって素晴らしい女性だけれどたったひとつ弱さという魅力を欠いているよ。それに前も言ったろ僕は太陽の地ナープラの生まれだ」

「ティトワ、もう夏が来ようってのにピザ男の寒すぎる漫談なんて聞いてらんないわ」

 

怖けりゃとっととおうちに帰ってマンマ自慢のピアット・ポヴェロでも食べてなさいと、そうその短躯に秘めた攻撃性を隠さないのがフランスの銃士 ベルナデット・リヴィエール大尉。そして、

 

「おい06、アヴェ・マリーアのお祈りは済ませたか?」

「11、私は信仰告白もしてない不敬虔のエヴァンゲーリッシュだがそれでもマリーアは崇敬してるつもりだ、彼女をヴィッツのネタにしたりはしない」

 

入念にも再度機体チェックを走らす整って生真面目な面差しそのままの性格の女騎士・ローテ06 ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー少尉に対して。

不心得な軽口を叩いた11 ブラウアー先任少尉はおっとそいつは悪かったと戯けるも、その気持ちは皆わからないわけじゃない。

 

 

塹壕の中に無神論者はいない ― これから始まるに違いない激戦を思えば尚更。

 

 

遠く04ヴェリスクハイヴより1000kmの距離を北上してきたBETA群は総計30万超の極大規模、二昼夜に渡り途切れることなく押し寄せ続けたそれらにはようやくに軟調化の兆しが見えたとはいえ。

 

ハイヴ南側ではショーグン・ジェネラル直卒の下、この熾烈を極めた防衛戦を生き残ってきた手練れの中の手練れたちが瓦解した戦力のなか文字通りの死兵と化して今なお断続的に襲来するそれら北上BETAを食い止めている。

 

ゆえにこのハイヴ北側へと襲い来る南下BETA群約5万に対しては、ファ島発のウニオン先遣隊だけで当たらねばならない。

 

そしてハイヴを目指して南下してくるBETA群、その中衛の波は現在この半径30kmにも及ぶ地下茎構造物(スタブ)外縁からおよそ15km先。

その中には今次作戦から会敵報告があがっている「アウラ・クラーケ」が多数いるはずで、実際の戦闘データの概算値は今しがた北欧国連軍より受領したものの異様にタフで動きも素早いそれらは近接白兵戦を得意とするライヒのリッターたちをしてすら厄介だと言わしめるとか。

 

そんなBETA共はできればレールガンでまとめて吹き飛ばしてしまいたいところなのだけど ― 数万にもなる中衛群を一気に排除できると考えるのも楽観的すぎるだろうし、仮に掃除しすぎてもその後さらに15kmほど後方に続いて迫る後衛群の重光線級に対する遮蔽がなくなってしまうのも困る。

 

さらにその、後衛の重光線級群というのが先のロヴァニエミハイヴ攻略作戦における地上制圧、その最終盤で相対した300体をゆうに上回る5()0()0()()超。

 

油断をする愚者などこの精鋭の中にはいないとしても涓塵の怯懦から来る刹那の遅滞ですら即座に命取りになるこれほどの戦場は、ブンデスヴェア最強と称えられしツェルベルスの戦歴をしてもそう多くは――

 

 

すなわち単純に考えれば無理に無謀を重ねた作戦判断とはいえ、

 

「各機装備確認、敵後衛との相対距離と位置関係には常に注意。レールガン装備機は砲撃後除装して支援装備に変更、BETA共が寄ってくるから喰われるんじゃないわよ」

「ジェ・コンプリ!」

 

そう回線に乗るリヴィエール大尉の若い隊員らへの指示を聞きながら。

 

やれるはず……きっと。

 

地に身を隠した隊機らを背に、前哨戦たる砲戦を担うイルフリーデは内心にざわめく怖気を払うがために操縦桿の感触を確かめる。

 

 

あの時は、この愛機とこの掌中にはなかった特殊装置・XM3。

それに慣熟した今 ― 誉れも高きツェルベルス、Gott mit uns の合い言葉の下背中合わせで死線を潜り抜けてきた大隊戦友たちと共になら遂行できない任務などこの地上には――まして。

 

 

「BETA中衛群接近…、相対距離5km…掃射開始!」

「命中! 命中!」

「砲身交換、次弾装填ッ」

「よしいいぞ、レールガンの食べ残し共には57mmをくれてやれッ」

「ヤーボール!」

 

牙研ぎ待ち伏せていた歴戦の欧州精鋭ら、その彼らの故郷を蹂躙し荒し尽くした憎き異形の異星生物共がキルゾーンへ入るや電磁加速した120mm砲弾をしこたま撃ち込み、次いではMk-57 中隊支援砲からの榴弾化した多目的運搬砲弾を雨あられと浴びせかける。

 

そうして甲高いレールガンの発射音が絶えた後にもわめき続ける複数のマシーネン・ゲヴェーアの砲音の中、「門」内部・地の下にて機を寄せあう部下らへ向けて矮躯のフランス騎士は口を開いた。

 

「さあプラ・プランシパル(メインディッシュ)のお出ましよ」

 

南はギリギリ膠着状態、ハイヴ内にも余裕はゼロ、後退の余地は無論ナシ。

つまり思ってた通りかそれ以上に状況は最高、

 

Aux armes, citoyens(さあ武器を取れ)、ヤツらを平らげる!」

「ウィ・マダム!」

「行くわよ――ア・ラタック!」

 

言うやベルナデットは波打つ金の髪を靡かせ疾風の名を冠するTSFを駆って率いて最先鋒を買って出た。

 

後方から伸び来て追い越しまだ前方遙かのBETA群へと殺到していく複数の火線を背負い、目指すは着弾の土煙とそれらに混じって噴き上がる血飛沫が舞う煉獄の鉄火場。

 

そのベルナデットの情報視界には高速で流れ行く地表、微調整を加えて操る操縦桿にフットペダル、機体の応答性にも文句なし。

網膜投影の戦域マップに映るBETA群の予想位置に経路予想もハイヴに接近するにつれて正確さを増してきていて予備照射検知も今はまだない、ましておそらくは怪物共は「門」に陣取る後衛機らが除装したレールガンに誘引されゆくとなれば ―

 

これで――

 

突撃行の跳躍ユニットは最大出力を維持したまま。

愛機ラファールからばらりと展開するは両主腕に左右兵装担架の計4門の突撃砲・FWS-G1。

 

XM3による演算強化を受けて従来の同時40目標探知と8目標追尾からブラッシュアップを果たした火器管制レーダー・RBE2 ― まだ遠方のBETAをそれが次々に検知認識照準追尾を開始するやベルナデットは躊躇なくトリガーを引いた。

 

消え失せろ(Dégage)!」

 

あわせて8門の砲口が一斉に火を吹き伸び出す36mmAP弾の火線と噴進炎を曳く120mmAPCBCHE弾。それらが狙い過たず各々の目標へと着弾するなかベルナデットは詰まる相対距離と共にRBE2の目標設定に加えて自らの空間識にも敵影を刻み込みながら1中隊12機による楔壱型陣形の鏃となって弾雨の中でも爆進を続けてくる敵中へと躍り込み、最も得意とする白兵距離での近接機動砲撃戦 ― 前衛砲兵の二つ名そのままBETA共に死を齎す砲戦円舞を披露する。

 

「隊長に続け!」

「Marchons!! marchons!!」

 

機動戦はなにもクラウツ共の専売特許ってわけじゃない、いやむしろかのコルシカの怪物が擁したグランダルメ以来アルメ・フランセーズの得意戦術でもあって。

 

機動の軌跡を刻むジェットの青焔に空を裂く火線と膨れあがる爆光が白夜の薄暮の中ではより際立ち、砲弾を浴びて頽れ吹き飛ぶ異星種の返り血を浴びながらヨーロッパの大半を制圧せしめた束の間の大帝国の末裔たちは戦場を駆ける ― も。

 

「クソっ、こいつらが!」

「聞いてた通りに防ぎやがってっ」

「砲が効かねえ! ならコイツで!」

 

白夜に燃える青い燐光、懸念のピューヴル・オラが多数。

通常種比でかなり優れる耐久力に定常円旋回速度とのことだったがその情報に偽りなしで、交差させた強固な前腕衝角で36mmを弾いてのけてその衝角ごと120mm APFSDSが数本突き刺さっても意に介した素振りすらない。

ならばと数機がフランス軍独自の近接白兵装備・鎌型剣フォルケイトソードを兵装担架より抜いてつっかけるも、容易に背後を取らせぬとあっては要撃級種の明白な弱点たる尾節を狙うのも困難なうえ大振りの斬撃を弾かれでもすれば逆に大きな隙を晒すことになる。

 

先陣を切るベルナデットも回避機動から両主腕2門の36mmを集中させて迫る1体の要撃級強化亜種の尾節を狙うが、

 

「ち…!」

 

通常種なら確実に尾節を引き千切っていたタイミングで放ったその火線はしかし、やはり俊敏に転回しての前腕衝角による交差防御に撥ねのけられて立ち上る青いオーラを貫くのみで虚空へと消える。

 

同時に素早く網膜投影の情報視界、左側の地表レーダーと戦域マップに目を転じても ― 攻勢に出たボッシュの番犬連中をしてすらDANCCT(異機種・異国籍部隊間連携訓練)終盤に実施したXM3慣熟を経ての対BETA・JIVES演習における進行ペース比で3割程度は遅れている。

 

あのシュヴァリエ共でも手こずるってだけのことは…!

 

概ねは北欧UNからの受領データと変わりはしないしやりあって倒せない相手では決してない、実際今も2度目のターンで裏を取りきり尾節を撃ち抜いて見せはしたものの手数がかかることには違いがないし急所をついてもすぐには動きを止めないしぶとさと来る。

 

「小隊行動1匹ずつ仕留めなさいっ、迂闊に距離を詰めるな!」

 

高い素質と高性能機、ゆえに果敢に ― 言い換えれば、やや軽率に ― 攻めがちになる若い部下らを統率しつつ直卒小隊は副官に任せ、四丁拳銃は敵中ただ中で機体を振り回しながらとどめを焦らず弾幕を張りBETAの注意をその小柄な身体に引きつける。

 

巴戦中、目の前のBETA共を後方から迫る重光線級への遮蔽としても機能させている都合上あまりに大きな機動はとりようがないしまして高度を上げるなんてのは論外だから、今は多少手間取っても確実に片づけていくほかない――し。

 

 

「後方から接近する機体!」

 

 

それは荒野を疾るジェットの蒼焔。ハイヴ近傍より発して短く東への機動から。

 

 

来た来た…!

 

 

きっと来るはずと予感していた。否、確信していたと言うべきか。

ベルナデットの青い瞳は眼前の戦場を忙しなく追いながらもその胸中に浮かぶは快哉。

 

 

 

― 40分程前、この戦域へと急ぐファ島先遣隊がボスニア湾北岸に達した頃。

衛星経由でもたらされたその画像には、およそ動いているものは何も写っていなかった。

 

どこまでも続く死の荒野、そして地を埋めるBETAの死骸。

それは欧州軍兵士、中でも前線の衛士にとってはある種見慣れてしまった大陸の戦場の光景――

 

 

唯一点、それがたった1機の戦術機によって生み出されたものであることを除けば。

 

 

数多の戦車級が踏み潰され蹴り裂かれてその体色に似た体液溜まりに沈む中、方々に混じり散らばり突き出す人体にも似た形状の翠色の脚は光線級のもの。

その凄惨な血の海の中の其処彼処に多く浮かぶ島の如くに屍を晒すのが体高10mを超す要撃級、尾節を断たれ頽れたもの主体節前面を斬り割られたもの四つに寸断されたもの ― 加えてさらに巨大な異形・要塞級すらもまた醜怪な頭節を断首されたもの体節の繋ぎ目を斬り分かたれたものらがそれぞれ一息には把握しきれぬほどの数、5対10本の装甲脚を力無く開いて自らが造り出した体液の赤黒い淵に沈んでいた。

そしてBETA群中種別比率でいえば圧倒的に少数のはずの二足歩行の大型種・重光線級の骸は明らかに多く ― 頑強な保護被膜を下ろして防御する間もなく最大の弱点たる照射被膜を斬られたもの照射寸前に横腹を裂かれたがゆえ充填した出力に体節が耐えかね爆砕したとみられるもの両脚を断たれるなりカウンターウェイトたる尾部を斬り飛ばされるなりして転倒したのち照射部を踏み破られたと思しきもの付け根から斬断された要撃級の衝角触腕を照射被膜にぶち込まれて息絶えたもの――

果てはそれら死に満ちた荒土の向こうに更に巨大な母艦級が旧乗機から取り出したS-11を喰らわされたか全高180mにも及ぶその巨体に大穴を開けられて、止めどなく溢れ出すその体液で周囲に満ちる赤黒く汚れた湖の源泉と化していた。

 

 

その光景はあたかも地獄の第5圏。

永久の闘争を続ける憤怒者の、血で満ち満ちたステュクスの湫。

 

そしてその地獄をこの世に現出させた者こそが。

 

 

 

「IFF ― オンピア・ドゥ・ジャポン(日本帝国)セズィエム・バタイヨン(斯衛軍)デ・ラ・ギャルデ・アンペリアル(第16大隊)

 

 

前線からはまだ遠い。だが北への瞬転と共に淡い陽光を反射したのは漆黒の塗装。

 

 

「機種識別・Type-00F――」

 

 

次いで点火したロケットの赤炎と甲高く絶叫するFE-108の噴射音とを曳いて。

 

 

「いやもっと迅ぇぞなんだありゃ!」

 

 

奴こそが復讐のアリギエーリ(永続者)

 

わずか1機で残存の光線級すべてと200体もの重光線級を狩り殺したワンマンアーミー。

 

 

「…来たか」

「はい」

 

先遣隊を率いる黒き狼王がその鋼鉄の相形に僅か口の端を緩め、白き后狼も常の婉然たる笑みをより深め。

 

「総員傾注。(ZERO)が来た、我らがエクスペルテンに続け」

「ヤーボール!」

「なんですのこの加速は…!? 新型ならはやく見たい見たい見たいですの!」

「落ち着け08、ルナっ」

 

歴戦の狼たちもまた、揃って鼻を鳴らして肩を竦める。

 

「ハン、手助けに来たつもりで助けられてりゃ世話ないわ」

 

そして自嘲というにはやや明るく軽く、毒づいたベルナデットは戦術マップ上で一気に接近してくるその光点を確認しながら。

 

 

アレがさっきの季節外れのカドー・ド・ノエルのその中身なのだろう、とすれば不信心者の祈りでも届くことがあったりしたのが意外といえば意外。

 

戦場での願いが叶ったことなんてのは指折り数えるほどにもあった覚えがないし、物心ついた頃にはとっくに祖国は奪われていたからクレシュ・ヴィヴァンも1度観たきりだしマルシェ・ド・ノエルの賑わいだって子供の頃に聞かされた程度にすぎないけれど、ずいぶん物騒なプペ・サントンもあったもの。

 

 

「とはいえ『天国への道は地獄から始まる』、ね…ハ、まだまだ先なんて見えやしない」

 

神様の御座す至高天だかは9圏に及ぶ地獄の先の煉獄の、さらにその果てにあると云うなら。

つまりはとうに地獄と化したこの欧州の戦場ですらまだ折り返し点がいいところなのか。

 

「ってもベアトリスってガラじゃないのよ、とりあえずはジュディカの底のリュシフェルに劣化ウランの洗礼を浴びせに行きましょうか」

 

ねえニンジャブレード、と。そう獰猛な笑みを浮かべて小柄なフランス軍エースは両主腕のFWS-G1に新たな36mm弾倉を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロヴァニエミハイヴ防衛戦開始から62時間 ―

 

ようやくにイギリス本土を発した戦術機2個連隊規模の増援が到着し、同ハイヴ防衛を担ってきた日本帝国軍並びに欧州国連軍は甚大な損耗を被りながらも急遽駆けつけた欧州連合軍先遣隊の活躍もありその任を完遂した。

 

しかしそのわずか数時間後――

 

遙か南方の今次防衛戦における敵策源地たるヴェリスクハイヴ付近にて、2つの巨大な光線属種積乱雲(レーザークラウド)の発生と北上の開始とが確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやあ、できたできたと思ったら今回もヒキがまたベルナデットになっててびっくりしましたが…

…なんでNなんですかねw

ご感想頂けると幸いですー


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Muv-Luv UNTITLED 28

 

 

― 2003年 6月

 

旧フィンランド・ロヴァエニエミハイヴ南東35kmクルヴィラ付近。

 

 

厚く垂れ込めた雲。鉛色の曇天。

その下には生命の影ひとつとてない芝翫茶の荒野がどこまでも続く。

 

いや正確には、しばらく前まで動いていたこの星のものではない生命体 ― なのであろう種の、死骸というべきか残骸というべきか共は、そこかしこに散らばり体液溜まりを造っていた。

 

そして今も、また。

欧州連合盟主・イギリス軍が擁する第2世代型機 トーネードADVの1中隊12機が横隊を組み南から押し寄せるBETA群3000に相対する。

 

「全機ATACMS用意、まだだ引きつけろ…4100…4000! 全機発射、APAR起動ッ」

「吹き飛べBETA共!」

 

NATO準拠の国際単位、人類史上最大の帝国の裔たる彼らをして帝国単位(ヤード法)は少なくとも軍事面では放棄して久しく。

全機が両肩部に搭載していたMGM-140(ミサイルランチャー)を一斉発射、比較的小型ながらも計300発を超えるミサイルが不規則な軌道を描きつつそのコンテナ基部から照射されるレーダー波に誘導されて北を指向するBETA群へと降り注ぐ。

 

着弾と共に噴きあがる爆炎と土塊、それらに混じる血煙。

しかしその戦果を確認するよりまず先に中隊長は隊内の回線へと怒鳴り声をあげた。

 

「気を抜くなっ、FCSに ― 来やがった!」

 

視界を遮る爆煙と土煙を突き破るように突進して来る――青い炎。

 

今次作戦から確認されだしたオーラ・タイプ ― 要撃級の強化亜種。

通常型よりさらに敏捷な定常旋回速度に加えてはるかに強靱な生命力、そして強固な前腕衝角による防御行動で砲撃効果を減殺してくる新たな脅威。

 

「あれで生きてるのかよっ!?」

「糞ッ、撃て! 撃て撃て!」

 

同群中の戦車級含む小型種の多くは吹き飛ばせたらしいが雑然とながら全体としてはまるでこちらに互するかの如くに3列ほどの横隊を成して迫るオーラ型は200体近く、さすがに無傷の個体はほぼ存在しないが同時に弱った様子の個体もまた見当たらない。

さらにその後ろには同じく爆撃を潜り抜けてきた要撃級通常種が1000体はいる。

 

それらへと向けて英軍中隊は各機数門の突撃砲WS-16Cから36mm・中隊1門のMk-57支援砲からは57mmを一斉に撃ち放つ ― が、まさに最前列を構成する青白い燐光を放つ強化亜種共が交差させた前腕衝角でその破片と火花とをあげつつもそれらAP弾を残らず弾いてのけて一気に距離を詰めてくる。

 

「と、止まらないぞ!?」

「盾持ち突撃前衛(ストームバンガード)ってわけかよ畜生!」

「この、このこのっ」

「近づくなタコ野郎ッ!」

「馬鹿野郎無闇に撃つな、小隊ごとに火力を集めろ120mm使用許可っ」

「りょ、了解ッ!」

 

あっという間に恐慌状態三歩手前あたりにまで転落した部下たちをなんとか統率しながら数少ない古参たる中隊長は回線にがなり立てた。

 

「CP、こちらデヴォンシャー01っ、支援を乞う!」

「こちらCP、そこは貴隊の担当戦域となる、哨戒班よりの情報では――」

「敵勢力過大、抑えきれん抜かれるぞ!」

「CP了解、支援は回すが時間がかかる。支えられたし」

 

了解だが急いでくれとの応答をしつつしかし中隊長は内心でその抑揚のないCPの声にバカ言ってんじゃねえと毒づいていた。

 

 

現着してすでに2時間ほど、中隊単位で設定された防衛線に散らばり。

 

本国で再編したばかりだった部下たちの、半分どころか2/3は新兵候のひよっこかそうでなくても着任以降は穏当に国境警備をしてました程度の半分坊やに嬢ちゃんの集まりで。

それらがいきなり激戦地へ放り込まれればどうなるかくらいは考えるまでもなかったから昔馴染みの大隊長らとは散々に愚痴りながらも対策を練ってはきたのだが。

 

 

俺たちゃSASでもサーベラスでもドラグーンでもねえんだぞ…!

 

信じられない速度で超人的な機動を繰り出し少数もしくは単機ででさえ数百を越える敵と渡り合うそんな化物じみた技量なんぞは持ってない、おまけに乗ってる機体も最新型の第3世代・EF-2000やらラファールやらじゃなくそもそも分類上は第2世代型だがその実第1世代型機たるF-5E IDSの改修型にすぎない。

 

それらを重々理解しているから初会敵でも受領していたデータ以上にヤバそうな相手と見て補給の乏しさも承知の上で虎の子ともいえるMGM-140を一気に投入してもなおこの戦況。

 

「やべェぞ01中隊長、ッ…」

「尾節を吹き飛ばせりゃそれでいいらしい、まだ動いててもほっとけ無駄撃ちになる!」

「砲撃継続微速後退、距離を保て!」

 

そして実際に、いちおう古参が充てられている小隊長連の統率の下ややのばらつきを見せつつも集中させた火線は着実にオーラ・タイプを仕留めていくが、明らかにその処理速度は消費される弾薬と縦深距離とに見合わない。

だからといってADVの両主腕に装備させてきた近接戦用クローで殴りかかってなんとかできる相手じゃないし、散開しての包囲攻撃に持ち込もうにも元々要撃級は旋回速度に優れるがために横や背後は取れないのだし個々の撃破に時間を取られるこの状況では誘引できなかった連中にがら空きになったハイヴ外縁の「門」まで突っ走られる。

 

光線級がいなくてこれかよ…っ

 

いたらとっくに全滅してる、中隊長は小隊長らと忙しなく無線のみならず眼でも意思の疎通を図りながら今度こそ指揮所への回線へ怒鳴り声を上げた。

 

「CP! 早く支援を――」

「こちらCP、あと10…いや少し待て」

「はぁ!?」

 

その少しが待てねえって言ってるだろうがと中隊長は再度叫びかけるが、

 

「CPよりデヴォンシャーズ。増速し指定ルートで北上、迂回機動から防衛担当域へ戻れ」

「なん…、つまりこいつらはほっとけってことか?」

「そうだ」

「そりゃ助かるが…」

 

下がっていい、またすぐバケモノ共の相手をする羽目になるとしてもとりあえず今は。

網膜投影の情報視界・戦術マップとメイン領域に指定ルートが表示され、そのCPからの指示を素直に承った中隊長は隊機へと全機砲撃中止反転を通達。当然戸惑う部下らには俺に続けと告げて跳躍ユニットに火を入れた。

 

侵攻ルートの予測が完了したのだろうが妙に拍子抜けするような話、防衛部隊の戦力的にはかなり逼迫してる印象だったがまるで手伝わなくてもいいとなると存外まだ手数も打撃力も残っているのだろうか。

そんな戦力があるならもっと早くに出しといてくれというのが本音ながらも、

 

「CP、出てくれるのはどこの連中だ? 生きて帰れりゃ一杯奢りたい」

 

単純移動速度でTSFに追随できるBETAなどいない、最大戦速で一気に敵群を引き離しつつ微振動する管制ユニット内コネクトシート上で中隊長は突撃砲の残弾数を確認しながらCPに問うた。

 

今日まで生き残って来られたのはほとんどツキと逃げ足の速さに恵まれたおかげとそう自覚する臆病者にもそれくらいの気概はある、奢る相手が我が英国の誇りならそれが一番だがまあたとえいけ好かないクラウツ達でも気に入らないフロッグ共でも仕方ない。が。

 

帝国(エンパイア)だ」

 

聞こえたのは自国を含めて欧州からはとっくの昔に滅びて消えた政体の呼称。

 

ジャパンのサムライ連中がノースのヴァイキングらと一緒に三日間ぶっ通しで戦い続けてハイヴを守ってきたことくらいは知っている、だがそれゆえに戦力的にはもうとっくに限界を超えてて後退したものだと思っていたがまだ活動している隊もあったとは。

 

「そうかい。だがサケは手に入らんからエールで勘弁してもらおう」

「04より01、たしかドーバーのPXにはあったぞ。相当高かったけどな」

「なんだって。最近カードの負けも込んでんだ、小隊分だって無理だぞ」

 

古参中心に軽口の応酬、それは離れていく戦場への安堵感というよりまだ顔色の冴えないヒヨッコ共への配慮でもあったが ―

 

「CPより01。出費の心配はない」

「へえ、お前さんが出してくれるのか?」

「いや――」

 

そのCPの返答の間に。

 

「奢るのは1杯でいいからな」

「は?」

 

挟み込まれたのはレーダーの感。

 

「! 前方上空60m、なんか飛んでくるぞ」

「TSFにしちゃ小さい…」

 

北欧の曇天の下、飛翔するそれは ― 強引に2個連結された補給コンテナ。

そしてこれまた強引にくくりつけられた跳躍(ジャンプ)ユニットの推力でもって弾道曲線を描きつつ、地表へと落着する前に本体のスライドが展開するやその中身をばらまいた。

 

飛翔物体の高度はまだテムズ川タワーブリッジ主塔の高さ程度はあって、進みゆく中隊の前方で慣性と重力とに従い引かれたコンテナの内容物は次々に荒れ果てた大地へと突き立っていく――

 

 

「なんだありゃ…」

 

 

曇天に薄暗く吹き続けるは冷えた風、異形の死骸が散乱する終末の北辺。

 

 

「剣…、か?」

 

 

ここがこの世の果ての修羅の巷なら、その永劫に続く闘争の為の武具の園として。

 

 

「CIWS-2A ― Type74 Proximity Battle BLADE――」

 

 

そして同時にそれらはあたかも散っていった数多の衛士らへ捧ぐ沈黙の墓標。

 

 

「…だそうだ」

「まさか…」

 

データベースとの照合、次いでADVのレーダーが機影を発見。

データリンクとIFFが戦術マップに味方機として表示した。

 

 

それは東の地平線下より。

たった1機で、超低空を迅る黒い鬼。

 

 

「ホントに単機だぞ…」

「CP、援護くらいなら」

「必要ないそうだ。次任務に当たられたし、と」

「嘘だろ、あの数のオーラ・タイプ相手に単機でチャンバラしようってのか?」

「普通なら考えられんが……」

 

そういえばと彼ら古参兵は思い出した。

 

 

サドガシマに始まるハイヴ攻略、最近でいえばここロヴァニエミ。

 

それら帰りの戦友たちの幾人かが言っていた ― 東の果ての戦場の鬼神。

 

 

「1機でBETA5000匹皆殺しにしたとか睨んだだけで要塞級が逃げ出したとか」

「いくらなんでも噂話のホラ話、よくある戦場の与太話だと思ってたぜ」

 

 

曰く「血の代わりに推進剤が流れてる」「レーザー除けのニンポーを使う」

 

サムライの末裔たるインペリアル・ロイヤルガード、その彼らが擁するニンジャの子孫。

 

 

「最近じゃあKoRもサーベラスも揃って撫で斬りにされたって聞いたぞ」

「1発当てるにゃゲイボルグ(必中魔槍)が必要だともな」

 

 

人類が生んだ反攻の牙にしてBETA共に絶対の死を告げる黒の執行者。

 

 

「ここがそんな化け物のまさにキルゾーン…いやロンドン橋ってわけか」

「BETA共をハング、ドローンアンドクォータード(吊して八つ裂き)ってか? 冗談じゃねえ」

 

 

英軍部隊は中隊12機、1機も欠ける事なくその剣の庭の上空を通過する。

 

沈まぬ陽はしかし厚い雲に隠れてその光を見せず、昼なお昏く逢魔時の如くして。

 

自らを灼いて戦い続ける復讐者の殺戮劇が始まるその前に。

 

 

「あれが『ツイン・ブレード』…大禍時の処刑人(Nightfall Executioner)か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ北東部2km。

北欧国連軍仮設兵舎。

 

 

どこかでなにかが鳴っている。

よく知っている音だ、うるさいな。

 

鎧衣美琴は硬くてガサガサするカバーがついた、しかも不快といって差し支えない臭いがする枕にしかしまた顔を埋めた。

 

 

元からどんな枕でも寝られるよう身体を躾けてきていたけれど、そんなことは無関係に文字通り泥のように眠れるほどにまでひどく疲れていて。

どれくらいの時間眠れたかちょっと解らないけどまだ明らかに寝たりない、いくらこの警報とはいえさすがにもう少しくらいは休ませてほしい……、……警報?

 

 

――コード991!

 

 

やや高めの音域の、1.2秒間隔での繰り返し。

任官以降とりわけここ最近で特に聞き慣れてしまったその吹鳴。

 

各国軍共通。厚みのないチープな電子音の連続なのは後方や貧困国の小規模基地でも運用可能にするためか。

 

だがそれが、人類に敵対的な地球外起源種・BETAの襲来を告げる警報。

 

 

「!、――っ、う…っ」

 

ノンレムからレムへ、そして一気に覚醒へと。

ぱちりと開いた眼と共に飛び起きようとした意思を裏切って、若い身体をもってしてなお抜けきらない疲労と共に各所から疼きと呼ぶには強すぎる痛みを伝えた身体に美琴は小さく呻いた。

 

 

1000kmもの遙か南方・ヴェリスクハイヴより30万もの大群でもって押し寄せ続けたBETA群から、人類軍によって攻略なったこのロヴァニエミハイヴを守るべく圧倒的寡兵でもって戦い続けて丸三昼夜。

 

その開始前、いや始まってからもずっと。

本当の本心をいえば、少なくとも自分にとってはたぶんかなりの確率で、この防衛戦の終わりはKIAという形になるだろうと思っていた。

 

それでも軍人としてはともかく危機に瀕した人類の切っ先たる衛士としての覚悟と責務と闘志とで、いつ終わるとも知れず屠れども屠れども押し寄せる絶望と絶え間ないGとに抗い続けて。

設計上の想定値をゆうに逸脱して酷使される乗機XFJ-01不知火弐型と同様に、限界以上の負荷に堪えかねて悲鳴を上げて久しい肉体は、意志力と勢いとで無理矢理に動かしていたにすぎなかったから。

 

 

おまけに入眠前に摂取した戦闘薬寛解剤の影響で全身が重怠いなか、

 

「うう…、起きてみんなっ、千鶴さん、慧さん壬姫さんっ」

 

意に沿うのを嫌がる我が身を叱咤して身を起こした美琴は周囲3つのベッド上にそれぞれまるでむずがるように蠢く多少サイズに違いがあるシーツの盛りあがりへと声をかけ、付けたままだった腕時計で現在時刻も確認した。

 

 

元207B・ヴァルキリーズの面々だけでいま占有しているこの部屋は、本来北欧国連軍の衛士らのための兵舎の中の一室。どこかの中隊12名が使っていたもの。

ロヴァニエミハイヴ防衛戦に際して最初に築いていた駐屯地を放棄した日本帝国軍とオマケの国連軍部隊のために、「空いた」施設が宛がわれたということらしい。

 

衛士は合成食品によって代謝が抑えられているとはいえベッド上の寝具はシーツ含めてその前の使用者たちのものがそのままだったから控え目に言っても気になる臭いやらはそのせいながら、自分たちだって3日前からの防衛戦の間どころかその以前からろくにシャワーも浴びられていない。

 

もっともそれについては、このスカンジナビアは元来湖沼の多い土地柄だったにも関わらず長年に渡りBETA支配圏であったがゆえにそれらのほとんどが水源と共に涸れ果ててしまっていたせいでもあって。兵員の飲料水確保がやっとの程度に不自由して常に上層部と補給担当の頭を悩ませていたくらいなのだから、帝国軍自慢の野外入浴装備一式弐型も出番なく梱包されたまま。

 

ともあれだいたい3時間ほど前ここにやってきてベッドに倒れ込んだその瞬間には軍靴を脱ぎ捨てベルトを緩めてズボンを脱ぐのが精一杯で、もうそれ以外の他のことを気にするだけの余裕なんて4人揃ってあるはずもなかった。

 

 

「ぅぐ…、ごめん鎧衣…っ、みんな起きて、警報ッ」

「うー…」

「ぁぅ…」

 

美琴と同じくやや呻きつつ枕元の眼鏡を手探りし、寝乱れた長い三つ編みのまま身を起こしてそれを掛ける小隊長・榊千鶴少尉。

そして気怠げな声を出した黒髪の前衛兵・彩峰慧にはひときわ激しめな寝癖がついていて、矮躯の狙撃兵・珠瀬壬姫はやっとの事で覚醒を果たした風。

 

みな普段に較べれば明らかに遅く ― のろのろと言ってすらいいほどに初動までの時間はかかったが、促成とはいえしっかりと訓練された上に過酷な実戦で鍛えられた彼女たちのその後の動きは速かった。

 

すでに耐用限界が近かった強化装備(第一層の特殊保護被膜部は通常10回程度の着用で交換・再生処理に回す。今回はBETA大攻勢以前よりの着用だった)は後退前に帝国軍駐屯地に急遽設えられていた更衣用天幕で除装済み、ゆえに4人揃って上は黒のタンクトップかハイネックに下は白いショーツ1枚、引っ掴んで脚を通す脱ぎ捨てていた国連軍BDUのボトムスも含めすべて官給品の無味乾燥なもの。

 

そしてあとは手早く軍靴を履きさえすれば手荷物もなにもあったものじゃないからまさに着のみ着のまま蹴破る勢いでドアを開けてから大して広くはない通路へ出、同じくばらばらと他の部屋からも出てくる帝国軍衛士らと「なんです?」「さあな!」と声をかけ合いつつ競うようにして兵舎の出入口へと向かった。

 

そして外界へと駆け出せば曇天続きだった北欧の空、その雲はさらに重く垂れ込めて来ているようで。

振り返れば2kmほどの距離があるものの視界を遮るものなど何一つないがゆえに荒野に聳える地上高600mの歪な地表構造物(モニュメント)がよく見える。

 

次いで兵舎出入口付近におおむね揃って駐車されていた帝国軍制式の73式装輪車のうち1台 ― ここに来るときにも使ったもの ― を目指せば小隊では瞬発歩幅回転数共に優れる慧があっという間に一歩抜きん出て野生の猫科のしなやかさでオープントップのドアを開けるでもなくひらりと飛び越えるやそのまま運転席へ納まりエンジンをかけた。

 

「彩峰出して! 鎧衣っ」

「了解」

「うんっ、壬姫さん!」

「あ、あわわわ…」

 

美琴と千鶴が転がり込んだタイミングで動き出す73式、その2人が差し伸べた手に掴まり最後尾だった壬姫もまた宙空から車上へと引き込まれた。

 

こことは真逆のハイヴ南2kmに陣を張る帝国軍仮設駐屯地までは地表構造物を避けてもいいとこ6km程度の距離で、それこそ戦術機ならまさに指呼の間。

その高速性に慣れきった衛士からすれば地上を走る装輪車なぞじれったいほどに遅く感じる、おまけに行きに運転したのは小隊長の千鶴だったから元々の性格に加えて疲弊を自覚していたがゆえの慎重な運転 ― だったのだが、今ハンドルを握るのは敏捷性のみならずおよそあらゆる乗り物の操縦センスに優れる慧で。

 

「うわ、うわわっ」

「ひええッ」

「ちょっ、彩峰っ、飛ばしすぎないっ」

「急がないと」

「もうッ!」

 

そのドライビングはBETAによって均されきっているとはいえ未舗装かつ轍もろくにない荒野を時速100km近くでぶっ飛ばす豪快なもの、兵舎からの走り出し自体は僅差の一番乗りにすぎなかったが見る間に帝国衛士たちが乗り合わせる他車両との差を広げていく。

 

73式のサスは不整地仕様でストロークが多めにとられてはいるが当然かなり激しく跳ねては揺れるその車上、迂闊に喋れば舌を噛むし小柄で自重も軽い美琴に壬姫はどこかにしっかり掴まっていなければ車外に放り出されかねないダイナミックさ。

 

あの激戦下で被撃墜を免れ命を拾い得たのに陸の上を行く10分足らずの短い旅路のこんなところで事故死なんてしようものなら笑い話にすらならない、美琴は後席からナビ席のシートバックに必死で掴まりながら後席背後の架台に取りつけられた無線機のマイクをその前席へと納まる千鶴へと渡して本体のスイッチを入れた。

 

「CP、CP、応答願いますっ、こちらヴァルキリーリーダー!」

 

 

5時間ほど前 ― ようやくにイギリス軍の増援本隊・戦術機2個連隊が到着して。

帝国軍は欧州連合軍として防衛線に現れた彼らに任務を引き継ぐ形で事実上後退した。

 

というのも防衛戦開始時には総計240機近く2個連隊超を号した日本帝国軍欧州派遣兵団だったが、甲04ヴェリスク発の北上BETA群は結果として当初予想の20万をはるかに超える10個軍団30万体にものぼった巨大さで。

 

それらとの激戦のなか戦線を共にした北欧国連軍と共に著しく戦力をすり減らし、世界屈指の高性能機・00式 武御雷を擁しその精強さで知られる帝国斯衛軍の生き残りを合わせてなお出撃可能な作戦機は60機程度2個大隊未満と作戦開始前に比すれば1/4にまで落ち込んでおり、またそれらもごく一部を除けば「出撃自体はかろうじて可能」という判定にすぎず ― もはや一定以上の作戦能力どころか壊滅すらも通り越して事実上ほぼ文字通りの全滅状態といってよく、大陸での対BETA戦ではほぼ形だけといってよいにせよ被撃墜衛士の捜索救助を行う余力すら残っていなかった。

 

 

そんな状況下で彼らと轡を並べて戦い抜いた国連軍横浜基地所属の特務小隊・ヴァルキリーズは、奇跡的に脱落機こそ出なかったものの当然すでに戦える状況とはとてもいえず。

 

ハイヴ近傍の帝国軍仮駐屯所まで後退し、自分たちと同じく疲労困憊の整備班に申し訳なさを覚えつつ乗機を預けて降機したものの指揮所は戦況の沈静化をよそに各種処理に忙殺されきっていて、展開していく連合軍各部隊からの「救難信号・生存者共になし」の報が入るたびに肩を落として眼前の荒野を眺めながら待つこと1時間。

 

その後やっとのことで報告を済ませ待機という名の休息の許可を受け、向かうよう指示されたハイヴ直上北東部の北欧国連軍の仮設兵舎へ入ったのがなんだかんだで3時間ほど前だったのだが。

 

 

「こちらCP。欧州連合軍司令部より緊急電、南方甲04ヴェリスクハイヴ付近に大規模な光線属種積乱雲(レーザークラウド)を確認」

「!」

 

緊迫感漂うCPの報 ― 巨大な光線属種積乱雲、それが意味するところは明白で。

 

「発生源は超重光線級の可能性が高い、総員第二種警戒態勢、全衛士は強化装備着用の上待機せよ。加えて第四級光線照射危険地帯警報を発令――、少佐殿、どうぞ」

「――神宮司だ。榊、聞いての通りだ」

「はッ」

 

おそらくは休むことなく指揮所に詰めていたのだろう、無線に現れた連隊長代理・神宮司少佐の声も当然硬く。

 

「防衛戦全体の指揮は欧州連合軍が執っている、協定により我々帝国軍には独自行動権が認められているがヤツが北上を始めればどのみちお鉢は回ってくるぞ」

「了解致しました。しかし少佐、実際の接敵までは――」

「ああ。ヤツが動いたとしてもこれまでのデータ通りなら巨体相応に鈍足のはず、だが楽観はできんしそのための第二種だが…皆を休ませる必要もあるし状況次第では再度警戒レベルは落とす」

「はっ」

「だがすまんな、珠瀬以外の貴様ら弐型乗りには機体の点検整備が済み次第哨戒に出てもらう。戦線は落ち着いているが増援のイギリス軍も手が足らんことには変わりがない」

「は、了解しました」

 

生真面目にも無線機に向かい敬礼して通信を終えた千鶴の表情には強い緊張が浮かび、オープントップで吹き抜けては入れ代わり続ける車上の空気すらもやや硬化したかのよう。

 

 

ついに来た、やっぱり来たか来なくていいのに!

 

元々そのBETA巨大種・超重光線級の排除こそがヴァルキリーズの最優先任務とはいえ、同種が存在しないのが一番だったことには間違いがない。

 

ちょうど3週間ほど前のロヴァニエミハイヴ攻略に先立つ地上制圧戦においては、2体同時出現という想定内でもほぼ最悪に近いケースながらも無事排除を成し遂げたものの。

 

でもそれは準備万端整えて迎え撃てたからこその話で、装備も人員も消耗して疲弊しきった今の状況下で果たして再び同じ戦果をあげられるのだろうか――

 

 

「珠瀬、指は大丈夫?」

「あ、はい……ちょっと、まずい、かな…」

 

短い沈黙を破った千鶴のその問いにその小さな両手を開いて指を()()()()させる壬姫、その動き自体にさして問題は見受けられないが。

 

 

機動兵器での戦闘に従事する衛士として、当然握力も鍛えてはいても。

元々の人体の構造上末端部とりわけ手指は耐久力の点では劣りがちなところ、それをあれほどの長時間緊張状態のなか連続でしかも時には高いG負荷に抗ってトリガーを引き続ける人差し指とまたそれを支えながら操縦桿を握らねばならない他の四指とに違和感のひとつも残らない方がおかしいといえた。

 

実際、壬姫のみならず隊の皆が両手指のその付け根やらには疼痛やしびれに似た麻痺感を覚えていて。

鍛練を重ねた若い身体には深刻な後遺症とはなりがたく文字通りの日日薬ではあるものの、今はその時間がないかもしれない。喫緊の最重要任務に回復が間に合うか ― なにしろ眼前のBETAに突撃砲を連射するのとは訳が違い、80km先の目標を狙撃し命中させるために求められるその指先の動きの巧緻性と精密性たるやどれほどか――

 

 

「軍医から鎮痛剤をもらって」

「はい」

「それで、珠瀬と神宮司少佐は健在だけど…」

「うん。斯衛のひとは被弾負傷、大上小隊は…隊長の中尉以外は戦死だったはずだよ」

 

つまり、

 

「正射手のうち半分いない?」

「そうなるわね…」

 

ハンドルを握る慧の問いかけに千鶴は首肯する他なく。

 

担う責任はさらに重くなる、とりわけ最高の狙撃能力をもつ衛士には。

 

3人共に自然その壬姫へと視線を集めてしまい ― 美琴がしまったと思う前に、以前に比すれば相当に肝も据わってきたとはいえそれでも壬姫は変わらず揺れる車上の後席で「ひう」と呼気とも吸気ともつかぬ小さな悲鳴を漏らしつつ同じく小さなその身をさらに縮こまらせた。

 

 

軍隊というのは装備のみならず人員の損耗も考慮に入れて組織されているもので、二重三重に代替要員が用意されている――のは通常の話。

 

帝国軍という組織自体が疲弊著しいという状況を除いたとしても、特殊な支援システムを用いての超長距離狙撃だなんてかなりというにも異質かつ困難にすぎるその任務の性質上適性のある衛士は限られてくるし、そもそもその適性の高い衛士から順に先の作戦から正狙撃手となっていたわけで。

 

 

「でも準備する時間はある…はずよ。多少はね」

「そうだね、目標が北上して来るにしてもどのみちソ連領内にいる間は――」

 

大任を負う壬姫に不要なプレッシャーを与えていいことなんてなにもない、だが慌てはせずフォローを入れる千鶴に美琴が同調しようとしたとき後方上空からジェットの轟音が響いた。

 

この音――

 

高めの音域は高出力を誇る第3世代型機特有のものながら。

すっかり美琴の耳にも付いた愛機・94式不知火弐型のFE140とは違う、94式と00式が備えるFE108系それも後者が用いるハイチューン型。いやそれらよりさらに高く突き刺さるような。

 

「これって――」

「中尉殿だわ」

 

その言葉と共に座席から伸び出すようにして後方を振り仰いだ千鶴に皆がつられて。

 

 

提げた二刀に担いだ二門。

その漆黒に染め落とされた機体をさらに赤黒くBETAの返り血に染め。

 

 

後方はるかより瞬く間に接近するや100mほど向こうを高度20mの低空で、地上を進む美琴らの装輪車をあっという間に追い越していく。

 

「休んで…ないんでしょうか」

「…たぶん…いつだって無理をされるから…」

「でもあれが新型か…変わったのはえーと…どこだろ」

「…そうね」

 

少々遠望する限りではつい先まで彼が乗機としていたC型との違いは大してわからない。

というのも彼女ら4人は戦術機を駆る衛士としての技倆自体はすでにいっぱしといって差し支えはなくとも、どこぞの欧州連合軍の士官のように遠目での小さなシルエットやら跳躍ユニットの噴射音どころか場合によっては各部駆動音の差異から各国様々な機種を判別しうるほどまでに戦術機オタクというわけではないゆえながら、

 

「中身はだいぶ違うと思う」

「わかるの?」

「けっこう動きが違う」

 

いつも通りの素っ気ない物言いの中でも言い切る慧は、だがしっかり皆と揃って飛び去る黒い機影をその目で追い――

 

「って、慧さんは前見てッ」

「大丈夫」

「大丈夫って彩峰あんたね、ぁいたッ!」

 

変わらぬ勢いで土煙を蹴立てて荒野を駆ける軍用車両、気がつけば先ほどからそのドライバーたる慧も平然たる素振りの片手ハンドルよそ見運転で隊の会話に加わっていて。

確かに衝突する心配のある物体など存在しえぬ原野とはいえ、大きめのギャップを乗り越えたか一際跳ねた車体に一同お尻をシートから浮かせられてから再度の着地、そんな十二分にスリリングな地上の旅路。

 

「ちょっとスピード落としなさいっ、状況が解った今そこまで急がなくてもいいからっ」

「了解」

 

以前ならとにかく急げと焦っていたろう小隊長たる千鶴の指示は今はしかし野戦ずれした実戦将校のもの。

 

哨戒任務に弐型乗りがご指名なのはそのセンサー範囲と航続距離ゆえ、しかもある程度は94式の部品で補修が可能だからなのだろうがその準備にも多少以上に時間がかかるだろうと、その指示通りにやや速度を落とした車上から曇天の下にかなり小さくなった機影をまた4人揃って見送る。

 

「いたたた…でもあれって横浜から送られて来たんだよね?」

「らしいわ」

「副司令がつくっていたんでしょうか」

「どうかしら…扱いとしては在日国連軍から斯衛軍への供与という形だそうよ」

「見た感じあの調整じゃ最初から中尉向けだったと思う。色も黒だし」

「やっぱりそうかな」

「とにかく…ご無事でよかった」

 

ほう、との千鶴のため息は強い安堵に感嘆が混じったもので。

 

 

皆を救うため5万のBETAを足止めすべく、単身満身創痍で最前線に残った英雄。

 

その絶体絶命の危機を救ったのは ― 遠く本土は横浜の、伏魔殿の地下深くに住まう魔女。

 

とはいえ戦場の真っ只中へと送られ来たりしその新たな剣を手せんと、あろうことかかの双刃は巨万のBETAが蠢く地獄の荒野を生身で数kmもの距離走破し突破して乗り換えたのだとか。

 

 

そんなのホントに英雄譚とか戦場伝説の類の話みたいだし、小隊揃って、とりわけ先の戦場でもかなり危ないというか文字通りに撃墜寸前間一髪のタイミングで生命を助けてもらっている千鶴がその眼鏡の奥の両の眼に以前までよりさらに強く憧憬と尊崇とそして敬慕の色を浮かべるのも無理もないなあと美琴は思う。

 

そんな千鶴ほどまでではないにせよ、美琴としても本来なら遠く仰ぎ見るにすぎない存在のはずの英雄と折に触れては妙にいくばくかの縁があることについては嬉しく思う部分があるのも事実。

 

ホントに多生の縁ってやつなのかなあ。

 

そんならちもない考えが浮かぶ中、前方はるかの黒の00式へと近づいていく機影が3つ。

 

やはりハイヴ近傍を進発した部隊にもまだ緊急発進という気配はない、戦線自体は落ち着いているようだしそれこそ哨戒へでも向かうのか、

 

「どこの機だろう」

 

まだ距離があるから判別しづらいけれどたぶん見慣れない機体だと思う、日本軍機ではないようだし聞こえてくる排気音の高さからして第3世代型機。

でも幾度か見ている北欧国連軍のJAS-39はもう少し小型のはずだからおそらく欧州連合軍の部隊だろう、とすれば英独軍が誇るEF-2000か、

 

「ラファールかしら――フランス軍の」

「へえ…」

 

近視ながらも眼鏡越しに目をこらす素振りの小隊長・千鶴が隊で最も各種予備知識の修得に余念がない。

 

「フランス軍もきてたんですね」

「増援本隊はイギリス軍だったよね?」

「ええ。でもファスタオーランド島基地発の先遣隊にはフランス軍部隊がいたはずよ」

「じゃあ最精鋭」

「そうね…」

 

なにしろ到着直後には、あの黒の中尉殿と共に2個大隊程度の規模でもって残存南下BETA群5万をそこに含まれる500体の重光線級もろとも見事撃滅したらしい。

 

あのツェルベルスもいたっていうし、フランス軍のエース部隊もかあ…

 

よくよく考えてみたらすごい人たちと同じ戦場にいるんだなあと月並みな感想を抱いた美琴の視界の中、当然低空のしかしやけに近い距離で1機と3機が行き違う。

 

そしてその綺麗なデルタを形作った欧州部隊の長機と思しき1機がすれ違いざまにくるりと機体をロールさせると、残りの2機もそれに倣ったかのように跳躍ユニットの翼を振ってから揃って増速をかけて飛び去って行った。

 

あれは…

 

挨拶代わりのロッキング・ウィング。

だがその中でも、特に長機のあの動きは。

 

 

手練れを示す緻密で鮮やかな機体制御。

でもあの瞬間だけ、さっぱりとしたただの戯れと言い切るにはどこか丸くて。

 

ほんの少しだけれど絡みついていくような、あの機動の感じは――

 

 

「女」

「女ね」

「女の人ですぅ」

「あ、あはは…」

 

慧と千鶴に壬姫がこぼした異口同音、残る美琴の乾いた笑いも同じ印象を抱いたがゆえで。

おまけに降り行く黒の機体も小さくも長刀を握る右主腕を挙げ答礼を返したとなれば、

 

「ファ島で一緒だったのかしら…」

「フランス女。きっと金髪碧眼の長身巨乳、榊じゃ分が悪い」

「よけいなお世話よ。ったく自分はちょっと大きいからって…」

「…あのぅ、彩峰さんも、そのぅ…」

「私は別に。でもあの強さは目標だし世話になってるお返しはしたい」

 

それは戦術機の訓練以外でも。

たしかに慧はロヴァニエミ攻略戦後に彼から教えてもらった焼きそばパンなる珍奇な料理を、以降この防衛戦が始まる前まで帝国軍は需品科の調理担当に頼んではしょっちゅうといっていいくらいに愛食していたほどだから。

 

「お返しね。……まさかそういう?」

「求められたら拒否はしない。他に返せるものもないし」

「あなたねえ」

「昨日も来てもらえなければ、たぶん榊の次には私が死んでた」

 

だから命の恩人でもあると。

以前一度は窮地を救ったこともあるとはいえそれ以上に救われている。

 

本当は、一緒に戦えるくらいに強くなれればそれが一番なんだけど。

でも力の差がありすぎて、ほとんど助けてもらうことしかできない。

 

「お互いいつ死ぬかはわからない。けど私の方が確率は高いから」

「彩峰…」

 

だから迷いや躊躇で機を逃し、恩知らずで終わりたくない。それが彼女なりの筋らしくて。

 

「でも困ってなさそうだから困ってる。周りは女だらけ、引く手あまた」

「それは……そうなのよねえ…」

 

色っぽそうでまるで色っぽくない話、顔色ひとつ変えないままの慧と、はあー、と深いため息をついた千鶴とに。

やっぱりライバル多いなあとふと考えてしまった自分に美琴も内心でどきり。

 

なんにせよ彼の好みはわからないけれどたぶんあのラファールの衛士も西洋人の女性だったらやっぱりボン・キュッ・ボンな感じなんだろうか鉄原で一緒だったアメリカ軍海兵隊の人たちもすごかったし。

 

成長期からの合成食品摂取によっていろんなところの発育はそれ以前より促進されることが多いって話のはずなんだけどなんでボクとか壬姫さんは例外なのかなと、まさか話題の主のフランス衛士その人もまた「お仲間」だと知るよしもない美琴はただその航跡を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警報で飛び起き ― 否、無理矢理に起こされたのは何も一般の衛士等だけに限らず。

 

ハイヴ北東部・欧州連合軍高級士官用兵舎の一室、その寝台上でコード991を聞いた彼女 ― 日本帝国全権代理・政威大将軍の影武者たる御剣冥夜は慌て飛び起き全身各所の痛みに呻いた処までは他と変わらず。ただその後の動きに関しては、皆とはやはり異なっていた。

 

「月詠っ」

「お目覚めで御座いますか。暫しお待ち下さい」

 

下着姿のままひたりと素足を床に付け、寝室の扉の際で隣室に声を掛ければ即応。

 

宛がわれた一室は指揮官級のものと在れば出入口から寝室に続く一間は執務室になっていて、そこには親藩赤服の剣の達人・月詠真那中尉を長とする第19独立警護小隊が疲れ果てた身体に尚鞭打って、交替制乍らも不寝番として詰めてくれている。

 

 

そもそも冥夜自身は欧州連合軍へと任を引き継ぎ防衛線から退く際にも一番最後にと思いはしたが、その我が儘を通せばその分真那等に負担が行く事も容易に想像がついたが為に今は寝ることが任務だと自らを納得させ ― とはいえ身体は正直で、寝台に倒れ込んだ数秒後から記憶は途切れていた。

 

 

盗聴盗撮の類が有った処で今更の話、月詠からの報を待つ間に身につけていた肌着一式を脱ぎ高級士官用とは云え単なる兵舎に強化装備用トルソ等という気の利いた設備は無い故に入眠前部屋の片隅に纏めておいた紫の強化装備を手に取って、丸三日以上着続けたその臭気が鼻腔を刺したがそんな場合かと再度着用。

充電外套も羽織りつつ強化装備第二層・頭部装備の頬部のスイッチを入れて無線回線を開けば指揮所からの繰り返しの通達が聞こえた。

 

超重光線級だと……!

 

驚きと焦燥にも言の葉を漏らさなかったのは、主に影たる務めの故とは云え。

どの道戦術機との接続状態なら兎も角強化装備単体では帝国軍指揮所からこれだけ離れていれば受信がやっとと云う処でもある。

 

その直後に声を掛けてきた月詠以下を伴う形で帝国軍指揮所へ ― 向かおうとした処で、政威軍監・斑鳩公崇継よりの上奏…という名の実際は命令で20分待機――その間に威儀を正しておけとの事で、身につけたばかりの強化装備を再度脱ぎ月詠が用立ててきた手桶一杯の白湯を用いて身体を拭く。

 

今この北辺の戦地でこの桶一杯分の湯が如何に貴重なものか判らぬわけもない、御手伝いをとの月詠以下警護小隊の申し出は固辞したものの。

絞った熱い手拭いで顔を拭った後の清涼感にややの罪悪感を覚えつつも身を清め、終えた頃を見計らい月詠が差し出した今度は新品の強化装備に袖を通す。

 

そして迎えに現れた、青の強化装備に充電外套姿の斑鳩公と同じく帝国軍仕様衛士姿の神宮司少佐(+その2人に運転手兼従兵として適当に見繕われて連れられてきたらしき感満載の寝起きと思しき龍浪中尉)らと共に月詠だけを伴って欧州連合軍司令部へ。

 

道中車上で縷々状況説明を受けつつ到着したその地表構造物北部の欧州連合軍施設はと云えば、野戦天幕の帝国軍と違い規格建築(プレハブ)乍らも一応の営造物。

 

その戸口に出迎えとして立っていたのは、欧州連合軍増援部隊指揮官たる英軍高級士官。

 

面長で鼻が高く如何にも英国人と云った風貌の少将閣下は壮年を過ぎた辺りだろうか名家出身の爵位持ちと聞いている、教科書の如くのクイーンズでYour Highness,と慇懃に礼を取る彼に先だっての各国王族の方々との通信同様戦闘とはまた異なる緊張を内心に抱きつつ何とか無礼に当たらぬ程度に鷹揚に応ずれば、預けようとした皆琉神威はどうぞ帯剣の侭でと促され。

 

ついちらと斑鳩公の顔を伺いそうになるのを既の事で何とか堪え。

招き入れられる侭に歩みを進めれば全員起立して迎えた英国連合軍参謀らも揃って強化装備、しかしその充電外套の胸には綺羅星の如くの勲章がぶら下がる。彼らの敬礼にも応じて就いた先はそれなりに広い作戦室の最上座。

 

道化も甚だしい…

 

陸大や幕僚課程の修了どころか碌な作戦指揮立案の経験も無いのにこの扱い。

単純な感情面からすれば、帝國軍の尽力への感謝は既に伝えられたとは云えその中に援軍派遣が遅れて済まなかったと詫びの一つも入れられぬのかと憤りの部分もあるし、加えて欧州貴族はそんな風に手練手管の魑魅魍魎の類の集まりとも仄聞するゆえ此の身の影武者たるを確信に迄は至らずとも当然疑義程度は抱いて居ようものをと、これでは前線で長刀でも振っていた方が余程に気楽やも知れぬと頭痛をも通り越して目眩すら覚える中、さらに北欧国連軍含む数人の将校が入室し――一番最後に入って来た士官の顔だけは、知っていた。

 

この方が…

 

浅黒い肌に銀髪、鍛え上げた長身に眼光も鋭く。

常在戦場、纏う強化装備の黒色こそは異星種共への死の宣告か、或いは散っていった部下達への服喪の証か。

 

 

東西世界にその名を馳せる西独逸連邦共和国陸軍第44戦術機甲大隊・通称地獄の番犬(ツェルベルス)

 

その牙持つ狼たちの黒き王 ― ヴィルフリート・アイヒベルガー少佐。

 

 

「少佐、前線はどうだね」

「落ち着いてはいます。が、防衛ラインがハイヴ外縁至近では下げすぎかと」

「運動戦に堪える部隊が足りんと知りつつそれを言うかね? ない袖は振れん」

「哨戒線は上げておきます。 ― ライヒの殿下にはお初にお目にかかります」

「よしなに。高名はかねがね」

「恐縮に御座います」

 

型通りとは云え稀代の英傑からの挨拶、母語たる独逸語だろうか訛りを感じる英語になんとか短く応じるも。

 

これはいっそ…

 

「少将どの」

「なんでしょう殿下」

「軍評定に就いては此方政威軍監・斑鳩と連隊長代理・神宮司少佐に委ねています由」

 

襤褸が出る前にはっきり言い置いた方がよかろう、すぐ隣、最上座の直下へと就いた斑鳩公と神宮司少佐とを努めてゆるりとした視線で示しながら。

 

 

帝より国家全権の代理を任ぜられる立場の筈がそれを更に他者に預けると云うのも妙な話ではあるが。

元より姉上様すなわち殿下御自身こそが、常より己が身を単に帝國とその臣民統合の象徴としてのみ規定しまた其の様に振る舞っておられるのは明々白々でもある話。

 

 

「承知致しました。御高配に感謝致します殿下――では諸君、はじめよう」

 

衰えたりとは云え嘗ての世界帝国の軍、斯様な鉄火場に派遣されてくる指揮官が無能である筈も無く ― 英軍少将のその一言で、場の空気が一段締まったのは冥夜にも判った。

 

「まず状況の共有を」

「は、こちらが低軌道偵察衛星よりの画像に ― 目標は2体、北上開始は確実です」

「進行速度は概算で15-25km/h程度と低速。構造上はもう少し速く移動可能なはずですが」

「先の作戦から得たデータ通り、一移動挙動ごとに全射程内を走査しているものかと」

ミニオンズ(重光線級)は確認されていません」

「湧出元ヴェリスクはフェイズ5とはいえさすがに打ち止めなのでしょう」

「BETAが阿呆で助かったな、随伴分の光線属種を温存されていた方がまずかった」

 

大判の衛星写真が斑鳩公、そして神宮司少佐へ、次いで手渡しにて末席の狼王へと届いたところで英軍少将は再度口を開いた。

 

「さてそこで、だ」

 

 

全高80mにもなる超重光線級、ゆえに通常の戦術機匍匐飛行高度40mを以てしてもおよそ半径120km近くの広大な範囲内すべてが致死の光線照射圏。

 

それに対抗するための手段として帝国・在日国連軍が編み出したのが超長距離狙撃戦術。

 

これは地平線下の見逃し距離に半埋伏した戦術機で特殊電磁投射砲を用い、現在判明している超重光線級の急所たる主体節中央部を狙い撃つ ― という、言葉にすればそれだけながらもその実現には「無誘導弾で80km先のおよそ10m四方以下の目標を撃ち抜く」精度が求められ――それはGPSに加えて電子光学センサーによる終端誘導が可能な巡航ミサイルでの対地上静止目標への平均誤差半径よりさらに小さいものであり、さらに狙撃に使用される零式徹甲弾はそのサイズと素材そして8km/sという驚異の弾速により目標貫通破壊能力そのものは人類史上最大級といってよいものの爆発物の搭載により加害範囲を担保できるミサイルや榴弾と異なり単なる質量兵器に過ぎないため確実な戦果のためには確実な命中が求められる。

 

すなわち卓抜した精密砲撃技術を備える衛士とそれに応えうる精度の装備がなければ到底実現し得ない戦術といえ、そして前者はともかく後者の装備は、類似するものすら欧州連合軍には存在しない。

 

ゆえに彼らにとって現存する戦力と装備で実現可能性の高い戦術となるのは ―

 

 

我々(アライド)のプランは、坑道作戦となる」

「ハイヴ至近、地下茎構造(スタブ)半径内までおびき寄せて背撃すると」

 

はっきりと区切る発音の英語で問うた神宮司少佐の問いに英国将官は頷いた。

 

「或いは、予測侵攻ルート付近に既知の大規模洞穴がある場合はそこで伏撃をかける」

 

 

超重光線級のレーザー攻撃は0.2秒という人類からして絶望的な照射間隔に凶悪極まる射程と威力とを誇る ― が、その発振源は主体節前面に突き出した放射頭節。

 

3本のそれらはある程度は伸長や屈曲が可能なのだろうがこれまでに確認されている戦闘データ(後背へ侵入した特攻機に反応を示さなかったことや照射可能圏外からの狙撃弾迎撃後にも上方伸長により射界を拡げようとしなかったこと)からその稼働範囲は限定的であると推定され――すなわち少なくともレーザー攻撃に関しては、その背面側は相応の死角になっている可能性が高い。

 

よって、おそらくはここロヴァニエミハイヴを目指して来るのであろう超重光線級2体を、とりわけその照射圏内に入って以降は奴らBETA共自身が掘り拡げたハイヴの地下茎構造あるいは自然が成した大洞窟を隠蔽壕とし息を潜めて隠れて待ち伏せ。

 

のこのこ現れ無防備な背面を晒したところを地下から飛び出した戦術機部隊で肉迫攻撃する ―

 

 

とはいうものの。

 

「リスクは承知だ、他に手段がない」

 

特に意気上がるでもない会議室の空気がその困難さを象徴していた。

 

勇気が無ければ他のあらゆる資質は意味を成さず。

そしてまた、時に楽観主義者は運命の糸を掴むとは云え。

勇敢と蛮勇は異なり、事前の準備を怠るのは愚者の行いたるを欧州の将軍以下皆が重々知るにつけ。

 

成算は…なくはないのだろうが…

 

名実ともに傍聴者(オブザーバー)たる立場となった冥夜もまた、内心の危惧を表情に出さぬよう努めていた。

 

 

仮に ― 後方からの攻撃により超重光線級のレーザー攻撃を時限的に無力化する事が出来たとして。だがどう楽観的に見繕っても、1分までの時間が許されるとも思えない。

 

伏撃部隊を加速瞬発力に優れる第3世代型機のみで編成できたとしてもそれだけの猶予の間に詰められる距離といえば最大10kmにも届かない。

確かにこの芬蘭の地には非常に多くの洞穴が存在し既知の中にも大規模なものが多く存在はするが、果たして都合良く超重光線級がその付近を通るだろうか。

また伏撃を企図する部隊は目標の背後を取るまで狭隘な洞穴内で隠蔽潜伏することになるが、湧出は相当に軟調化したとはいえBETAが根絶されたわけではないこのスカンジナビア、少なくとも待機に要する数時間以上を戦闘もなくやり過ごせると考えるのは楽観が過ぎよう。

それに攻撃部隊の隠蔽後に目標が予測侵攻ルートから大きく外れてしまった場合、照射圏内に入り込んだ攻撃部隊は当面の間身動きが取れなくなってしまう。

 

よって実現性がより高い戦術としてはハイヴ近傍まで引き込んでの坑道作戦の方になるが――その場合でも、奴にはまだ無数の衝角触腕による防御網が残る。

 

ほぼ零距離といえる直下もしくは真後ろの洞穴あるいは「門」からの伏撃が叶ったとしても、初撃を加えるまででさえ一度か二度はその触腕群による超高速攻撃を躱すなり撥ね除けるなりせねばならない可能性は高い。

だがそもそも欧州連合軍増援本隊には、言ってしまえば急遽かき集められた二線級の部隊も少なくないようで、それだけの高難度任務に能うだけの装備と練度を備えた衛士がどれほどいるか。

 

さらにはそうしてある程度以上の損耗を前提に肉迫し得たとして――どうやってあの巨体の異星種を仕留めるのか。

 

総体としての生命力はあれだけの巨躯相応に強力でありしかも外皮は相当に強靱で、通常戦術機が携行する火器類で最大となる120mm滑腔砲でAPFSDSやらAPCBCHEを多少撃ち込んだところで小揺るぎもしない上、急所と思しき部位は防御の厚い主体節前面。

 

ならばと伏撃部隊に投射砲を持たせたところでその装備機は機動性低下により触腕攻撃を回避するのが極めて困難になるし、それ以前にその強力なBETA誘引効果によって攻撃開始前に隠蔽自体が露見する。

囮とする投射砲部隊も用意してあえて引きつけるという手もありはするが、そこには他BETA種も殺到するだろうしより強力な誘引効果を期待して一ヶ所に投射砲を集めすぎれば先の帝国軍の例と同じく地下深くから母艦級を呼び寄せる可能性が否定できずそうなれば伏撃どころの話ではなくなるし、攻撃を担当する投射砲搭載機の機動性低下の問題が消えるわけでもない。

 

さらに目標が最外縁の「門」に至った時点でいきなり地下への侵入を始めた場合には、それを阻む手立てがない。

たしかにハイヴ内においては光線属種は照射攻撃を行わなくなるのが通例でまたその通りになったとして。目標が地下へ潜った後に即時追撃をかけられれば背後を取ることもできるだろうが、地下茎構造内の戦闘となればやはり戦術機動の自由は封じられがちになり暴れ回る衝角触腕への対処は一層困難になる。

 

 

「だが貴軍と指揮下の国連軍部隊の助力が得られるならば――イカルガ閣下」

「ふむ。どうかね少佐」

「は。現状我が軍の作戦能力は相当に限定的な点にご留意頂ければ」

「承知しているよ。ま、慎始敬終であるかな――殿下」

 

青い瞳の貴族の願いに視線はそちらへ合わせたままで青の斯衛はあえてか日本語で問い、それに戦場の犬も母語で応じ。

そしてその後に政威軍監からの伺いが寄越されること程度は冥夜にも判っていた。

 

「良きに」

「御意。少将殿、我等生残の兵、微力乍ら合力致そう」

「ありがたい。僣越ながら英国と連合を代表して感謝申し上げる」

 

実に迂遠な遣り取り ― そこから漸くに出た斑鳩公の模範的標準英語、それを辛抱強く待っていた英軍将官は軽く目を伏せ礼を述べる。

 

「公式の書面は後ほど、なにぶんここには政治家達も官僚連中もおりませんので」

「其れが電信で国元に届く頃には暁の祝いとしたいものです――少佐、進め給え」

「は」

 

そういくらかの軽口も出る中、実務に終始する表情で進行を神宮司少佐 ― まりもが受けた。

 

「まず確認させて頂きますが――こちらから進出しての超長距離狙撃作戦は困難です」

「理由を聞こう」

「目標の侵攻ルート予測の正確性や待ち伏せ地点の掃討などは洞穴を用いての伏撃作戦も同様ですが」

()()()が必要と?」

「はい。低速でも80km先の動体目標への精密砲撃など、少なくとも小官には不可能です」

「貴官には……、いや少佐、もしや貴官が狙撃担当なのかね? 先の作戦でも?」

 

はい、と明確に答えた少壮の女将校に老境にさしかかりつつある将軍は素直に驚嘆の色を浮かべ、居並ぶ参謀らも同じくやや姿勢を正した。

 

「そうか、マリモ・ジングウジ。どこかで聞いた覚えがあると…」

チョンチン(重慶)戦線のファントムライダー…『魔女の猟犬(マギカ・ウェナティクス)』か」

 

この場においては、脇に控える従兵等を除けば少佐級など下位も下位。

世界に冠たる実戦部隊・ツェルベルスを率いる黒の狼王は兎も角、連隊長代理を名乗る彼女が、佳麗と称えて相応しい容姿にその年齢からみても単に指揮層の戦死による地滑り的な臨時の人事だろうと侮る部分があっても無理はなかった。

 

「いやすまない。阻止制圧火力は、ボスニア湾戦隊からの対地ミサイルと軌道爆撃だな」

「AL弾の運用も含みます。軌道爆撃は着弾までの時間差の都合上動体目標阻止には不向きですし洋上火力は駆逐艦4隻、対して目標は2体。拘束時間は限定的では」

「…いつまでも仲良く近くを歩き続けるとも限らんしな」

「加えて狙撃手が。現在我が軍には自分を含めて任に堪えうる者が2名しかおりません」

「速やかな排除を目指すなら同時4発の命中弾が必要なのだったな」

「はい。それも目標が積極的には相互支援をしないという前提で、です」

「各員2度の照準と発射に必要な時間は?」

「軍機に触れるため小官にはお答えできません。が、先の作戦の詳報をご参照下されば」

「我が軍にも狙撃手はいる。腕は保証しよう」

「英軍が誇る特殊空挺群の手腕は存じております。しかし機密指定機材の貸与については小官の一存では。また貸与が叶ったとしても乗り換えに伴う機種転換訓練ないし貴軍装備機とのマッチング、及び個人設定の構築作業は時間的猶予を置いたとしても()()では不可能かと」

 

当然といえば当然ながら従前より種々の可能性を考慮していたのだろう、まりもの応答に淀みは無く。

 

「…では目標を1体に限定しての排除は可能かね」

「不可能とは申しません。しかし残った目標との距離が120km以上離れていなければ護衛機含めた狙撃部隊の帰還は極めて困難になります」

「…成程。貴官には酷な話だ」

「人材の希少度でいえば、部下の方が余程」

 

とまれ以上の点から、

 

「進出狙撃作戦は実現性が低いと考えます。よって貴軍作戦案と重層化する形でハイヴ最外縁部の『門』を隠蔽壕に利用しての狙撃作戦の後、討ち漏らした際には坑道戦術での伏撃。帝国軍としてはこれを提案致します」

 

なお伏撃となった場合の対処装備は現在準備中ですとまりもは申し添えつつも。

 

「ただし、最大の懸念点がひとつ」

「そもそもヤツらが大人しくハイヴまで来るか、だな」

「はい」

 

進出狙撃作戦こそは、その点の緩和を狙ったものであったのだ。

現状出現した超重光線級には2体共に北上の動き自体は観測されてはいるが――

 

 

目標が、遠くソ連領内深くで進軍を止めその場に留まってくれるならともかく。

ハイヴを射程に収めたあたりで停止し居座りを決め込まれれば、その広大なレーザー防空網によって周辺一帯の空も地上もまさに封殺されてしまう。

そうなれば伏撃を企図して籠もっていた欧州連合軍に帝国軍・北欧国連軍は文字通りに身動きが取れなくなる。

 

 

「持久戦になった場合はハイヴへの侵入BETAを迎撃しつつ制圧火力の充実を待たねばなりませんが…連合軍部隊の物資は」

「着の身着のまま手ぶらで飛んで来た我々が言えた台詞ではないが、いささか心許ないな」

 

燃料弾薬、そして水。

やはりこの北欧の地は遠すぎた。

 

 

海上輸送は時間を要し、空輸は光線属種の存在により採りようがない。

ならばと軌道経由に頼ってしまえばその分火力の準備が遅れるし、そもそも地上へと人類を縛りつけている重力を振り切り天空へと跳ぶためには相応に高いコストが必要になる。

 

とりわけ水は、重いのだ。

衛士は最悪強化装備の濾過機能を利用してある程度は「自己循環」が可能だが、その衛士の数倍にもなる人数の、他要員たちはそうはいかない。

 

 

さらには本来他BETAへの機動防御と捜索撃滅にあたるべき戦力を地下に集めて隠している期間が長くなればなるほど、当初より懸念のひとつでもあったスカンジナビア半島広域へのBETAの再散逸という事態に陥る。

 

そしてまた、先の北部滞留背撃BETA群10万がそうであったように、万が一超重光線級がハイヴを素通りして北上し、さらには半島北部に2000m級の連峰を成して聳えるスカンジナビア山脈に登って陣取るような事になれば ― そこを中心に文字通り地平線と水平線の彼方までが絶死の照射圏内と化し、人類は再びこの北欧の地から灼き溶かされて叩き出される。

 

さらに或いは、未だ不明なハイヴ建設に関し、その中枢たる反応炉に類似する器官を超重光線級が抱えていることを考慮すれば、地上に出てきたあの巨大種を放置するとそこに新たなハイヴを建設し始める可能性すら排除できない。

 

新規建設後のハイヴの稼働についても未解明のことだらけだが、少なくともオリジナルハイヴ:甲01カシュガルについては着陸ユニットの落着後20時間以内にBETAを吐き出し始めたことが確認されていて、つまり新規ハイヴも同様であった場合には一昼夜程度で眼前に新たな敵の拠点が築かれることになってしまう――

 

 

「本当に地上戦では手段がないか? ファ島基地からの精鋭ならどうだ」

「それに帝国の『ツイン・ブレード』は先の作戦で単機誘引してみせたと」

「馬鹿な、ギャンブルで手練れを損耗すれば坑道作戦にも支障を来すぞ」

「そもそも特定個人の能力に依存しきったそれを作戦といえるのか」

「どうかねアイヒベルガー、ジングウジ両少佐」

「無謀です。北上BETAの軟調化は遮蔽の減少を意味します」

「アイヒベルガー少佐と同意見です。近接戦に長けた精鋭は白兵攻撃時に欠かせません」

 

交わされる議論にやがて作戦室には紙巻きの煙が混じりだし。

 

ちらとした斑鳩公のと気遣う素振りの神宮司少佐の、そしてすぐ気づいた風の少将閣下の視線とには冥夜は小さく手を挙げ制した。

煙草の煙は正直不快ではあるが、己一人が我慢すれば良いもので議論を阻む謂れも無い。

 

「いずれにせよ延々ソ連領域を北上されたら手出しの方策がないな」

「それに先の北方滞留群と同じく山脈南まで進んでくれればまだいいが…」

「中途半端に立ち止まられても厄介だ。ハイヴから最寄りの国境までは160kmしかない」

「おまけに東西10kmは非武装地帯、本国と国連のソ連大使を通じてなんとかならんか」

「折衝は進めているだろうさ、ポリティシャンズ(政治屋共)イレブンジズ(おやつとお茶)の合間にな」

「討伐自体はおそらく不可能ではない…が、またしてもBETA共のご機嫌次第か」

 

 

不確定な戦場の霧 ― それを厭うならば、少なくとも軍事的合理性に対してより配慮して兵を起こすべきではあった。だがそれを許さぬ政治の都合が彼らを戦場へと追い立て、結局どこまでも祟る。

 

極論すれば有志参戦の帝国はともかく、文字通り軍事的にも政治的にも出血を続けながら戦線を維持するほかない欧州連合――

 

そして往々にして現実というのは、想定のうちの、わりとツイてない方へと進んでいく。

 

さらにこの3時間後時点での超重光線級2体の予測進路は、おそらくは旧ソ連領内を進むと目されるものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再度着替えた帝国軍野戦服、ややの肌寒さのため上着を羽織って。

短躯でしかし歴戦の衛士・龍浪響中尉が歩みを進めるロヴァニエミハイヴ南・帝国軍駐屯地は曇天の下、ある種奇妙な雰囲気に包まれていた。

 

絶やさざるべき緊張の中にしかし漂う弛緩。

疲労、悔恨、哀悼、怒りと憎しみと復仇の念にそして――安堵。

 

なにせ一連の絶望的といっていい防衛戦が一応の収束をみたと思った直後、次はあの動く巨大な災厄が現れたと思ったらその襲来はまだ50時間は先だそうで。

 

だからそれを知ってしまえば ― ここまで生き残ることができた者もみな疲れ果てていたから、頭と身体で共に戦意と緊張とを堅く保つべきと理解してはいても、やはりその双方にはもう休息が必要だった。

 

だが気づけばいつの間にかすっかり古参兵の枠に入っている響から見ても、今の指揮層の人たちはそうした空気というのをかなりうまく扱っていた。

 

まあ…神宮司少佐に斑鳩閣下だもんな、さすがにわかってる。

 

 

なにしろまずは飯だと階級の上下の境無く設けられた大型天幕の下の飯台に並べられたのはきちんと温められた戦闘糧食Ⅱ型。

しかも米飯は合成でない本物で、導入されたばかりのはずの食べやすいトレー型、そこに手指の疲弊を気遣ってだろう箸の他にも匙がつけられ、さらにはさすがに量こそ少ないものの貴重なはずの水を使った味噌汁までが供されて、その遠く離れた祖国への郷愁を誘う味と香りに流れ落ちる涙と共に啜る者も少なくなかった。

 

そして防衛戦が始まる前に軌道輸送されてきたコンテナ群 ― 帝国軍制式塗装のもの以外にも急遽かき集められたことを示すように国内軍需企業各社のロゴが入ったそれらの中には一際目を引くライムグリーンの差し色が入ったものも混じっていて、それを見る柚香の表情が微妙だったのは通りかかる衛士らに整備兵たちまでが「カワザキか…」と呟いていったからではないだろうが、ともあれそれらの中から防衛戦開始前に引っ張り出してもうほとんど使い果たした武器弾薬のその隙間には、それら以外の――軍事郵便に恤兵品が詰め込まれていた。

 

家族、恋人、近親あるいは地縁者。そういった人たちから届いた便りに品は見る者読む者を大いに慰めたし、響宛にも実家からの葉書が来ていた。

 

だがその時は正直むしろそんなことより、故郷の小学校からの慰問袋を開く神宮司少佐をたまたま見かけて。

そこに入っていたのは児童たちが描いたのだろうけしてうまくはない戦術機の絵やらたどたどしい字の寄せ書きやらだったみたいだけれど、それを見る少佐のその眼差しがあんまりにも優しくて暖かくてとても綺麗で。

ああやっぱり本当はこういう人なんだなあと思わず見とれてしまっていたら、一緒だった柚香に思い切り足を踏んづけられた。

 

 

だがそれでもまた、戦いになる ― それを忘れる者がこの戦地にいるはずもなく。

 

「おう少佐殿、弐型はもうやってらあな、次は94式だが…斯衛さんは大丈夫か?」

「なんとか…即応部隊に臨時編成する機だけに集中させてはいますが」

「こっちも機数が減っちまった分手数にゃ余裕が出てるが、00式は元がなあ」

「それに触ったこともない機体なんてこの状況でやれませんよ」

「まあ雑用の手伝いでよければですね」

「助かる皆、よろしく頼む」

「それよか少佐殿、ちったあ儂らに任せて休んでくれよな」

 

帝国軍野戦整備場では74式導入以前より軍に奉職しているのだろう老齢といって差し支えない古兵を筆頭に整備兵らが工具を振るい、

 

「大尉、すみません第1中隊は」

「構わん、神宮司少佐の命に従ってくれ。私以外のは後でいい」

「00式改主脚にやっとアタリが出たから次は主腕をみられるはず起重機空いてますかっ」

「ちょっと待ってくれ!」

「急いで下さいすぐにあっ改型は燃料搭載多いって言ったでしょそれじゃ足りない!」

「おい伍長」

「班長あとにして下さいッ」

「聞けってあの中尉さんな、戻ったら次は点検兼ねて2()()()()()()ぞ。いいな」

「え、…あ、で、でも」

「閣下の許可は取ってある。お前さんも少し休んどけ、新型の整備書見ながらでもいい」

 

斯衛軍同場でも戦術機整備の職能者たちがようやくに得た休息を交替で挟みながら、肌寒さの中でも額に汗して駆けずり回る。

 

そしてそれを待ちながら衛士たちは翼を休める――再び戦いの空へと飛ぶために。

 

大体の者がまず先に散った戦友の遺品を整理して、その後ある者はまだいつ出せるかわからぬ故里への手紙をしたため。ある者は生き残れた戦友と共にカードに興じ、またある者はすることもないし寝るに限ると上着をかぶって草枕と決め込んだ。

 

修理整備の順番待ちの機体が並ぶ駐機場の一角、そんな衛士たちが思い思いにたむろする一帯へと響も入ってしばらく。

 

へ…、うわやべ。

 

俺も寝るかなと横になろうとしたその時に少し向こうに停まった装輪車を見、降りてくる人たちを見て慌てて飛び起きた。

 

「で、殿下だ」

「は? ぅえっ」

「おい馬鹿起きろっ」

 

青成す黒髪、冥い夜の海の瞳に御手には黒鞘の宝刀。

青と赤の斯衛を伴い、紫の強化装備のそのお方が。

 

慌てて気をつけの姿勢から敬礼する帝国軍衛士たち、少し向こうの愛機の下で肩を預けあいウトウトしていた白牙中隊の女衛士たちもすっ飛んできたが青の政威軍監閣下はいつもの古拙の笑みを浮かべて片手で制し。

 

「かまわん野戦ぞ、みな楽に致せ。殿下も衛士で在らせられる故にな」

「は、はあ…」

 

数時間前にはなりゆきでお供する事態になったとはいえ、本来なら近くどころか同じ高さに立つこと自体がないはずの方。

 

長いこと続いたその作戦会議の後には、野戦病院とした天幕を訪ねられ傷病兵ひとりひとりの寝台の傍に膝をつき紫の強化装備の被膜越しとはいえ自らその手を握っては「もうすぐ国元へ帰れますよ」と励まして回られたと――そこへ。

 

「馬鹿者! 貴様!」

「し、失礼しました!」

 

その鋭く響いた怒声は殿下の囲みのひとつ外あたりから、第2連隊の上官と部下か。

 

同連隊はその多くが帝都防衛師団由来で要するにお膝元の部隊、当然軍紀の厳しさでいえば国内随一と聞きもする。

だが起立が遅れて叱責されたその部下の目が赤かったのは上官の怒声のせいではなくて、今なおその手に握る手紙と1枚の写真ゆえだったろう。

 

それだけで今この場にいる者のほとんどがそんな事情を察したし、それは至尊の方も同様だったらしく。

優美に笑みを形作った表情は変えず、いや見ている響にもそれが明らかに貼りつけたものにすぎなくなったと気づいた瞬間、その夜の瞳の視線がわずかに動くやそれを受けた青の斯衛が僅か低頭し。

 

「構わんと言った、大尉」

「はッ! 閣下、お騒がせ致しました!」

「違う。斯様な懸軍、稀な便りに家族の写真が何れ程兵の心の支えに成るか貴官も解ろう」

「は、はっ…」

「すまぬな少尉、邪魔をした」

「い、いえッ…」

「大尉、あなたの忠節も嬉しく思いますよ」

「はッ! 身に余るお言葉拝謝致します!」

 

反り返るほどの気をつけからの敬礼をした、その大尉と少尉へと進み出た長身が諭せば次いでの殿下直々のお言葉に、強面の上官も恐縮しきりといった風情。

 

「あっ、あの閣下っ、失礼ついでにお願いが」

「申してみよ」

「はッ、あのこれ、故郷(くに)からの手紙で…子供が、生まれたと。男の子が」

 

そうして画素も荒い小さな写真を見せる少尉自身もまだ薄くも雀斑が残るあどけなさ、いいとこ二十歳あたりと地方出身の兵役組で衛士適性が見つかった口か。

 

「それであの、閣下に名前をつけてもら、いえ、いただければと」

「ふむ」

「将来は閣下にお仕えできるくらいに強い衛士に…なってくれればと思いまして」

 

前から考えていたのかそれとも単なる思いつきなのか、いくら政威軍監・斑鳩公が稀代の英傑と名高いとはいえ政威大将軍・悠陽殿下その方を差し置くような真似になるのと、そもそも市井の者が口にしていい願いなのかの考慮も緊張の余り吹き飛んでいたのだろうか。

 

しかし今度は青からちら、と流された視線に殿下は今度は本当の笑みを深められ、大きく頷かれた。

 

「相分かった。考えておこう」

「あ、ありがとうございます!」

「但し私は貴官にしか伝えん、細君には貴官の口から直接伝えよ。良いな」

「は…はいッ」

「それと令息が元服を迎える頃迄には衛士等不要の世にするのが我らの務めぞ」

「了解です!」

 

重畳、と鷹揚そのものに零した斑鳩公は、そして周りを見渡すように。

 

「彼奴はまだ戻らぬか?」

「中尉殿でしたら間もなく ― ああ」

 

問われた白牙の05が振り仰ぐ間に徐々に大きくなりゆく大気を震わす遠雷の如くの響き。

曇天の下、荒野の果てにぽつりと見えた黒点は見る間に大きく成り来たり。

 

「お戻りです」

 

低空にて。南寄りの進入。

地上から見上げる面々の、鼓膜を轟と揺さぶって後に髪を羽風で揃って大きく靡かせ。

 

その黒い機体は肩部と跳躍機翼端から鋭くヴェイパートレイルを引きつつ一旦駐機場直上を通過、場周経路へ入ってからのオーバーヘッドアプローチ(スリーシックスティー)

 

「01より03。中尉、功一等の卿に殿下が御言葉を下さる。降りて参れ」

 

頬部通信機に呼びかける斑鳩公の傍らで、殿下の頭上を全く彼奴奴と舌打ちせんばかりの月詠中尉に内心でビビりながらも響は着地までに至るその機動と挙動とに以前の彼の常との違いを見出していた。

 

また極端な機体っぽいなあ…

 

とはいえやはり衛士としてはまだ遠目にしか見ていないこの新型に興味がないはずもなかったが高貴のお歴々を前に好奇心むき出しで駆け寄るわけにもいかない、だが駐機場隅へと機を落ち着けて後降機し歩いてきた黒の中尉の顔を見ればさすがに少し休んだらどうだと言いたくなった。

 

「中尉、此方へ」

「…は」

 

御前へと至り型通りの敬礼をした其の彼は。

 

頭の傷の包帯は、何度か交換してはいるのか真白な中にしかし再び滲み始めた血の斑点。

そして澱み沈んだ瞳の色は常のものとは云えその下には大きな隈、伸びた無精髭の頬は明らかに窶れまた元から血の気も薄かった唇はさらに色を失い乾いているときては。

いっそ幽鬼かと見紛う程で、重傷者は除くとしても野戦病院の患者の方がまだ生気がありそうだった。

 

その彼を眼前にするや、殿下は一度僅かに目を伏せられ。

 

「――、…」

 

それを上げられた後も数秒の間恰も言葉を探すかの如くに小さく口を動かされてから。

 

「……此度のいくさ働き…まこと美事と申すもの」

「…は」

「拠って此の期に際し、皇祖の故事に徴し金鵄勲章を授與し――」

 

だがそこにはすでに貼りつけられた笑みすらもなく。

 

「永く武家の威烈を光にし以て其方の忠勇と――」

 

まるで人形が、あらかじめ仕込まれた台詞を流しているだけの ― いや。

 

「更なる…武功を、獎勵……せんとす」

 

その口上の、最後の部分だけは。

その意味するところをひどく悔いておられるような。

 

帝國の武人としての最高の栄誉のはずが。

まるで与える方にも与えられる者にも歓びも安堵も欠片ひとつとてない、ただ痛みだけを確認する作業のようになってしまって。

 

ただ――

 

 

「よく……ご無事で……」

 

再びやや俯かれたまま伸ばされた殿下のその御手が、黒の被膜の手を取って。

 

「あまり無理を……」

 

御手を下さるのは他の傷病者も賜る恩寵。ただ今は。

 

「されては…いけません……」

 

撫で、さすって、両手で握って。

いたわり、暖め、癒やすように。

 

だが届かぬと知り、叶わぬとも知るその愛おしさは痛々しいまでに切なく――

 

 

「……殿下、間もなく連合大統領からの表敬通信の御時間に」

「……わかりました。では公、私はこれで」

 

実際よりもひどく長く感じたその時間、ある種異様なその空気を破ったのは月詠中尉のやや押し殺した風な声。

そしていつもの気遣うような笑顔に戻られた殿下はまだ大変ですが衛士の皆さんお願い申し上げますと述べられその傍付と共に装輪車で去って行かれた ― ものの。

 

 

…いやいやこれは…

 

鈍いだのなんだのと散々言われる響にしてもさすがに判った、あの殿下のご様子は。

なにせ彼の中尉の手を取った時の殿下の瞳は、吶喊から何とか生きて戻った時に迎えてくれた柚香の瞳とまるで同じ色に見えたから。

 

でもマズいんじゃないのか…?

 

当事者の片割れたる彼の中尉殿はいつも通りの鉄面皮のままだが傍付斯衛の月詠中尉の調子からして好ましからざる関係ってやつらしい、そりゃそうだろういくら中尉殿が斯衛所属で帝国最強の衛士とはいえ身分違いにもほどがある。

 

 

殿下がいわゆるお年頃なのは事実でいわゆる皇婿ならぬ将婿がどなたになるかは以前から市井の巷ですら話題に上ったりもする ― それこそそのお相手は斑鳩家当主そのお方だというのがもっぱらの噂 ― 一方で、他国はどうだか知らないが少なくともここのところの帝国では将軍家含む摂家級の方々の男女間での艶聞含む醜聞なんて聞いた覚えがない。

 

つまり帝国では代々続くお偉いお武家様がたにもその内側では当然色々あるんだろうけどそれが庶民に見えたり聞こえたりすることは一切なくて、伝えられるのはおおむねたいていどこそこの誰それ様と誰それ様がご成婚なさるとかなさったとかの確定もしくは完了形になるのが常で。

 

 

とするともしかして…ヤバいもん見た、か?

 

響は走り去る臨時御料車を敬礼で送りながらたぶん同じく見送る面々のうち少なくとも平民皆は自分と同じような思いと思い、気遣わしげに視線を周囲へ伸ばしたくなる衝動をなんとか堪える。

 

それにしてもこの場に篁中尉がいなくて良かった、前々から少々怪しいとは思っちゃいたが文武両道・謹厳実直の仮面の下にあれだけの激情家の素顔を隠していた彼女が今の場面を見ていたら、無表情のままおもむろに中尉を刺してすぐに自分もその後を追うとかしかねない怖さがある。

 

やっぱり少佐、少佐殿しか!

 

武家はあかん、でも神宮司少佐殿なら厳しいところはあるけれど本当はすごく優しいひとだから――と、尽きせぬ妄想に逃走を図る巨大種殺しはしかしまたすぐその戦場の犬から過酷な任務を下されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんルビコン旅行は如何でしたか
私もなんとかトロコンしました

某ミ○イルもこれくらい動けばなあと…(小声


いつもながらなんだか冗長な感じになってしまいました…
次回こそ戦闘シーン入れたいと思います


ご意見ご感想お待ちしてまーす


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Muv-Luv UNTITLED 29

 

 

 

 

 

2003年 6月 ―

 

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ付近。

帝国軍駐屯地、戦術機整備場脇衛士待機所(仮)。

 

 

「さあ、もう良いぞ」

「は、はあ…」

 

解散して良し、と。

曇天の荒野に走り去る装輪車 ― 臨時の御料車が立てる土煙を見送って、あからさまにやれやれ面倒事は去ったとばかりな声を出したのは長身の青い斯衛・政威軍監斑鳩公崇継その人。

 

だが短躯ながらも生気溢れる快男児・龍浪響中尉を含むこの場に居合わせる帝国軍ならびに斯衛軍の衛士らほぼ全員からすれば、むしろあなたも完全にそっち側の方なんですがと揃って心の声を上げつつもまあせっかくのお言葉ですからとこれ幸いに三々五々退散を決め込むその中で、

 

「御苦労中尉、卿も下がれ」

「…は」

 

今のこの面倒事の当事者でもあるはずの黒の中尉殿は常の如く世事一切に興味なしとの風情で、やはり型通りの敬礼の手を下ろすと取り出した密封包装の飲料水を一口飲んでから巻かれた包帯の下の傷にも構うこともせず残りを頭からかぶった。

 

文字通りの一騎当千、新型機を得てさらに戦場を駆け続けてきた黒の英雄は流れ落ちる水を拭うこともせずやや俯き息をつくその姿、すでにその消耗ぶりは明らかで。

そして一呼吸置き踵を返しかけたその折にわずかとはいえふらついて ― だがその彼を小揺るぎもせず支えたのは直接の上官にして大隊長たる崇継だった。

 

「少し休め。慣熟も概ね済んだであろ、卿が止まらねば整備の兵も止まれぬ」

「…」

「今逸らずとも大物が控えて居る、必ず出してやる故暫し力を恢復させよ」

「……了解」

「そうそう、卿には言伝を幾つか預かっても居るのよ」

 

次いで支えるその手を部下の肩へと親しく回し、

 

「『雪待』の格子共が卿の復りは何時に成るやと馴染みの高尾をせっついて居ってな」

「…」

「甲20以来随分足が遠のいて居るらしいが廓の門を潜る暇も無い程多忙であったか?」

「…まあ」

 

やおら顔を近づけてのひそひそ話、崇継は部下たる中尉よりも顔半分ほどは背が高い。

 

それは秀麗そのものの容姿の高貴の御方のおよそ見たこともない気さくな姿で、一方無愛想さは極まるものの目鼻立ちもまあそれなりで今は水も滴る益荒男たる中尉との取り合わせ。

 

その2人揃っての強化装備での近すぎる身体と顔同士の距離に少し遠巻きに様子を伺っていた白牙の女子斯衛たちからは黄色い悲鳴、その彼女らのうちからは垂れた鼻血を抑えつつ「捗る…」とかの意味不明な発言も聞こえてきたが、

 

傾城町の大見世だっけか…?

 

なんとなく逃げそびれていた響の耳にはそのどこかで聞き覚えのある名詞が届き。

たしか一見さん完全お断りの妓楼でどっかの武家の御用達とは聞いたことがあった気がするが、まさか斑鳩昵懇だったとは。

 

 

負って果たした任務に釣りあうかはともかく昇進とそれに伴う昇給のみならず前線勤務の各種手当てがつく響の懐事情をしても、件の青楼あたりは奮発してもそうそう遊びに行ける処じゃない。

そもそも入れてもらえないという敷居の高さを抜きにしてもなにせあの階層というか領域のいわゆるお遊びとなれば、やれ趣だの雅だのまで気を配る必要があるとかコトの前には取り巻き含め一席設けて歓待するのが定番だとかむしろ初顔合わせの際にはそれ()()で終わるのが常識だとか、本来の料金よりそうした諸費用のお支払いの方が大きいとも聞くし。

 

ただしその分並ぶ娼妓は粒ぞろいの美姫ぞろいのうえ床の組手の技に留まらず言葉遣いから立ち居振る舞いつまり行住坐臥総てに至るまで、当たり前だがそのへんの街娼やら辻君やらとはまるで世界が違うのだとか。

 

 

そんな風にやっぱ斯衛は違うなあ、と羨むような感心のようなあるいは呆れのような思いでいると、

 

「おや龍浪中尉…構わん皆まで云うで無い」

「え?」

「貴官の大功に報いるは何も俸禄褒章に限らぬし、帰国の暁には如何かな?」

「え。いやあの…い、いいんですか?」

 

その望外の誘いに響は戸惑うも。

政威軍監閣下は無論の事ぞと普段の古拙の笑みよりずっと深めて見せて、それならますます必ず生きて還らねばと健全な男子たる者として決意を新たにするも、

 

「だがそう云えば御内儀が有るのだったか?」

「は、いえ。千堂少尉とは同僚ですが」

 

これまでにも周りの皆には嫁だなんだとさんざん茶化され続けているから誰とも問われぬままでの響の即答、しかし変わらず気安く中尉と肩を組んだままの斑鳩公はほうと呟きその耳にした姓を数瞬だけ反芻されたようでもあったが。

 

にしても、今そのテの話を聞くのはちょいとキツいぜ…

 

健全な男子であるだけよけいに。

日本を発ってもう二ヶ月ほど、当たり前と言えば当たり前だがその間ずっとご無沙汰だ。もちろん死ぬか生きるかの瀬戸際だらけでその最中にはそんな余裕なんてありはしないが、だからこそ今こんな風に眠れて食べて少し休める時がヤバい。

 

 

生への渇望を抱いて死線を越えた後に来るのは強い性への衝動だというのは種の保存を本能に組み込まれた生物たる人間としては当然の流れ、だから見慣れてるはずの女性衛士の強化装備姿にも色んなところに普段よりずっと目が行ってしまう、正直言って目に毒だ。

 

なにしろまだ眼前には見える危機が残り迫っている最中であって、なし崩し的にずいぶん緩められてはいる軍紀の中でも飲酒と同衾だけは御法度なことくらい皆が判っている。

 

だからそれとなくほんのり柚香を避けているのもそれが理由、つまり心なしか普段より温度も湿度も高い気がする視線と自分の名を呼び開閉する彼女の桜色の唇やら柔らかくも美しい曲線を描く腰回りやらもう少し大きめな方がホントは好みだがそれでも立派に強化装備を押し上げているその胸の膨らみやら。

そんな気丈だがどこか従順さをも匂わせる彼女と一緒に、いま兵舎なんかに行ってしまえば自制を保つだけの自信がないからで――

 

 

「ならば良いかな。まあ序でに我が大隊へ来てくれれば尚良いな。如何かね龍浪中尉」

「……は?」

「我が隊に入らぬか? 貴官にならば此奴の列機も任せられよう」

「い、いや…、その…」

 

笑みを形作ったままに見下ろしてくる怜悧な視線、唐突な勧誘。

 

俺が…斯衛? しかもあの16大隊?

 

帝国軍の衛士なら、全員とまではいわないがその大半は一度は夢見る話。

しかも「強力な衛士」を集めていると聞く大隊長その人からの直接の勧誘だなんて、下半身方向に行きかけていた邪な考えも吹き飛ぶもの。

 

 

斯衛軍第16大隊。

帝都城は北の丸をその牙城とする帝国最強の衛人。

 

98年の京都防衛戦及びその翌年の明星作戦そして01年の甲21号佐渡島攻略という激戦の中で損耗と補充再編を繰り返しながらもその威を減ずるどころか増さしめ続け、近年でも先の大逆未遂事件の折には帝国軍最精鋭と謳われていた旧帝都防衛師団の精兵たちをまるで寄せつけず撫で斬りにし、甲20号攻略でも全軍の先鋒を務めて押し寄せるBETAを草でも刈るように討ち倒しハイヴ深奥への道を斬り開いた精鋭中の精鋭。

最近では世界的にもそれこそあのツェルベルスに比肩しこと対人戦闘能力ではほぼ確実に凌駕するとまで評され、とりわけその近接白兵戦闘能力の高さは砲戦主体へと向かう戦術機運用の潮流に一石を投じるどころか一蹴してしまったとまで囁かれている。

 

そしてさっきから実に親しく話をさせてもらっているその長たる斑鳩公は、名実ともに帝国軍政両面のほとんど頂点。すなわち世界第3位の軍事大国の7500万臣民を統べる日本帝国指導層、その五指どころか三指に入る。

つまりその気になれば小国のひとつやふたつは消し飛ばせるしその動向次第で国際情勢が動揺する、実際に今ここで目の前で笑っているこのお方がなにかの気まぐれでも欧州から手を引くと言いだせば国元の参謀本部は恐らくそれを受け容れ帝国軍は即座に撤兵を開始するだろう。そうなればその後のロヴァニエミ防衛の成否に影響が出ることも間違いはなく東西の均衡まで変わってくる話にまでなるという、要人中の要人。

 

おまけにそんな絶大な権力に併せて「帝国最強の衛士は誰か?」との話題になれば必ずその筆頭格に名が挙がるほどの天才的な使い手でもあり ― すなわち世界屈指の衛士ということだ ― 、家格含めた出自を一切問わず実力最優先で集められた猛者揃いゆえそれだけに曲者も多い16大隊員をしてこれまでに一度の出藍も許していない――いや、たった一人だけ、入隊直後にそのあまりに奇抜かつ鋭い機動ゆえに「鈍重な82式同士では私が下手の手合割よな」とまで公に言わしめた少年兵がいて、あげく対BETA統合仮想情報演習(JIVES)(単機戦)で過去最高得点を叩き出したその彼を公は大いに気に入られて当時極秘裏に開発中だった試製98式4機のうち1機を任せたといわれ。

 

そうしたいわば生まれながらの高貴さだけに囚われない気っぷの良さに加えてさらには長身美形ときては、天は二物も三物も与えてるわけで正直ほとんど反則といえる。

 

 

そんなお方にしかし響が官位姓名を直接名乗ったのは数時間前欧州連合軍との作戦会議へ赴く際の運転手を務めた折が初めてで。

 

つまり以前からたぶん「巨大種殺し」としての認識くらいはしてもらえていたのだろう、でなければまさかいきなり子飼いの大隊エースの僚機にしようとかまではお世辞でも言わないはず。

大袈裟な通り名だと恥じたことの方がずっと多いけれどそれで祖国のトップにまで認知されて評価してもらえるというなら、単純に嬉しくて誇らしい気持ちにもなる部分も――だが。

 

 

「…すみません。身に余る光栄なお話ですが…」

 

お断りを。

不興を買って怒らせるかもという怯えも正直あったが、その上でなお。

 

 

過信を承知でいえば ― 単純な衛士個人としての強さなら、帝国軍内では十分に精鋭揃いといえた神宮司大隊その中でも今となっては一二を争う立場だと、責任と共に自覚してきた。

だが一方で、16大隊の先頭に立つ斑鳩閣下や中尉殿と較べたら実力的には天と地ほどの差があるというのが実感で。

 

実際のところ現在の自負にまで至る機動術のその発端は、偶然のなりゆきで中尉と一緒に飛んだあのリヨン攻略戦での衝撃と気づき。その後も奇縁かわりと近しい配属になり、以来その隔絶の域の戦闘機動を見て、教わり、学び、また言葉は悪いが盗む形で自らの血肉に変えてきた。

 

なにせ訓練校時代から実技含めて首席だったことなんてない、つまり才能自体はそうあるわけじゃない。だから今より強くなろうとするならなにかを変える必要がある、そして16大隊は中尉殿含めて帝国・斯衛両軍から集められた選りすぐりの衛士たちが日々切磋琢磨し腕を競いあってさらに高みを目指している、そんな要するに「上澄み」の環境。その中に身を置けば、本当にやっていけるのかという不安もあるが逆にだからこそ自らの伸びしろを拡げることができるかもしれない。

 

 

それに俸給含めた待遇はよく知らないがなにより名誉なことには間違いなくていつも心配ばかりかけている両親だってご近所に鼻が高いだろうし、ついでに子供っぽい助平心で言ってしまえば、第3世代型機最強格・斯衛専用機たる00式 武御雷にも乗れるようになる。

 

 

そしてたぶん――内地勤務が多くなって、今よりは危なくないかもしれない。

それこそ両親も今よりは安心させてやれる。

 

なにせ斯衛軍の中では近隣国での作戦だった甲20号攻略を除けば、外地を飛び回っているのは開発中隊・白い牙くらいのもの。

斯衛本来の任務は本土守護、なかんずく帝都と帝都城護持を主眼とする16大隊に入れば ― 少なくとも当面は危険極まる最前線からは離れられるだろう。

 

そもそもその白い牙中隊・武家生え抜きの腕利き衛士の集まりである彼女らをして、篁中尉以下あのツェルベルスの隊員すら一対一なら瞬時に斬り刻むほどの甲12リヨン以来の生き残り数人を除けばほぼ全員戦死による補充を繰り返しているという凄まじい損耗率が、最前線での衛士の死傷率の高さを物語っている。

 

 

だが、だからこそ。自分が知らないところで、いないところで。

 

柚香や神宮司少佐、それに駒木大尉だって。

戦死したと聞かされたら ― 耐えられないかもしれない。

 

たぶんこれはとんでもない思い上がりで、自分の腕と翼と刃が届く範囲なんてひどく狭くてちっぽけなものだとは思う。

自分が先に死ぬ可能性だって高いのだし、戦場の現実はまるで甘くはないから喪うときはきっと一瞬でどうしようもなくて、結局は後悔する ― 浅葱のときと同じように。

 

でも、それでも――

 

 

「左様か。ふむ残念だが仕方あるまい」

「申し訳ございません…」

「良い良い。然し力と誉とには染まらぬか、卿の予想が当たったな」

「…は」

「え?」

 

怒りはせずとも言葉通りに少しは残念ではあるとの声を出しながら、矢張りいくさと男を見る眼はあるな?と常よりさらに含みの有る笑みを漏らす斑鳩公に、響は帝国きっての英雄2人の話題にのぼることなんてあったのかとその点は素直に嬉しくも面映ゆく、

 

「ま、あの猟犬を支える意思ならそれも又善し」

「は、はい」

 

だが顔にそう書いてあるぞよとはっきり指摘されればさらに恥ずかしくもある。

ついでにまあ是れも何かの縁よ件の見世の二階は好きに使って良いとまで言われてしまって、本当ですかぶっちゃけそっちの方には興味も期待もものすごくありますがそれでのこのこ登楼するにはあまりに図々しい気もするし実際いくらくらいかかるんですかね給料下ろしてこなくっちゃと内心かなりの逡巡が――

 

「ははは、正直者よな。卿も少しは見習ったら如何だ?」

「…」

「す、すんません」

 

また見透かされて恐縮しきりの響に、げに愉快そうに笑った斑鳩公は、無口な部下と肩を組んだまま ― 実際は逃がさないよう捕まえていたのだろうその大笑を引っ込めるやすぐに常のアルカイックな笑みに――ややの冷たさを加え。

 

「で、話の続きよ。卿、以前、ついた新造の年季を買い上げたとか」

「……、…はい」

「其の娘がな、また苦界に戻ったそうだ。別の暗屋だがな」

「……何故」

「御陰で病床の親も看取れた故に、卿に借りた金子を返す為だと」

「…あれは別に貸したわけでは」

「然れば卿は唐変木だと云うのよ。何故囲ってやりもせぬのに身請けの如き真似をした」

「…俺には必要ない金で」

「其れが浅墓、卿の節穴でも判る程に義理堅き娘なら如何するか迄知恵が回らなんだか」

「……」

「此程女手一つでは活計がやっと、年季に利子の身請け分。身をひさぐ他になかろ」

「……俺は」

「兎に角目を掛けて居た新造を玩具にされたと高尾太夫は癇々で、散々に叱られたわ」

「……どうしろと」

「今更卿に娘心を事解せよとは云わぬ。行って、逢ってやれ。それで良い」

「……了解」

 

そうしてようやくにその口元に常の笑みを戻して浮かべ、死ねぬ理由するか否かは好きにせよと仕舞いに部下の肩をひとつぽんと叩いて。

後ろ手に小さく手を挙げながら高貴の斯衛は整備場の方へと歩き去っていった。

 

「…」

 

…ええと…

 

立ち去る機を逃したがゆえにその男同士の内緒話、というには込み入った話を立ち聞きするようなことになった響は正直戸惑う。

 

普段からおよそBETAと戦うこと以外にはまるで興味がなさそうでしかも鉄面皮を地で行くこの中尉殿が、同情からか人助けめいた真似をしていたらしいことはともかく、ごくわずかにその澱んだ瞳に後悔というか憤りの色を揺らめかせたことに。

 

まあ…なんだかんだ、このひと悪い人じゃないからなあ…

 

「なんか……大変スね」

「……」

「俺もしょっちゅう鈍いだのなんだのって言われるんで…へへ…」

「……」

 

そんな響の下手なフォローにも、ちらと寄越された視線には無言の中でも謝意なりが混じる関係性。

 

だが今は ―

 

「でもまあ…中尉の親切心は伝わってますって、きっと」

「……親切じゃない」

「え?」

 

呟いた黒の掌中では飲料水パックが握り潰され。

今度こそ踵を返した男は未来ではなくもうどうやっても取り戻せない過去だけを ― それももう、おぼろげにしか追えないなにかを ― ただ見ているようで。

 

 

「………似ていた気がした。…   に」

 

 

北辺の風に紛れて消えたその語尾は、誰かの名前だったように響には聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超重光線級侵攻開始から15時間 ―

旧フィンランド・ロヴァニエミハイヴ東南東150km。ルカ付近。

 

 

低空での匍匐飛行、高度は40mをやや切る。

 

「04より01、敵影なし」

「02同じく。オールクリア」

「01了解…、ヴァルキリーリーダーよりCP。付近に敵影なし」

「CP了解。哨戒を続けられたし」

 

管制ユニット内コネクトシート上、長いお下げに大きな眼鏡の小隊長・榊千鶴少尉は500m間隔で左右に拡がる列機2機からの報告を取りまとめて指揮所へと送り一旦通信を終えた。

 

得られた休息により身体の調子もおおむね許容範囲内にまでは回復し、乗機・94式不知火弐型も整備班の奮闘により完調とまではいえずとも問題はなく。

原型機たる94式不知火より強化されたセンサー類と増加した燃料搭載量はCAP ― 戦闘空中哨戒任務においても効力を発揮する。

 

今は3機編成にて行動中のヴァルキリーズ、極東一の狙撃兵・珠瀬壬姫は来るべき別の最重要任務のため駐屯地で待機中。

元々彼女については本来の上司たる香月副司令から生かして帰せと言われていたから、その時が来たというべきか。

 

 

ハイヴ外縁近辺で守りを固める防衛主力の欧州連合イギリス軍2個連隊を支援すべく、同軍ファスタオーランド基地発の精鋭約2個大隊を主軸とする哨戒部隊が、ハイヴを中心としてスカンジナビア半島北部の主に南東部へと向けて広く展開していた。

 

欧州連合軍防衛部隊到着前の激戦を経て戦力を消耗した日本帝国軍並びに北欧国連軍部隊からはそれぞれ生残機のうちから優先的に補修整備を受けた第3世代型機がそこへ参加し、低軌道偵察衛星と震動センサーとで構成される早期警戒網の穴 ― 前者は周回周期により観測に空白の時間帯が生まれ、後者はその数が著しく減少して復旧の目処も立たない ― を塞ぐ。

 

 

とはいっても…

 

千鶴はまず網膜投影の情報視界・メインゾーンの外部映像経由で隊機2機の飛行状況を念のため確認してから、同情報視界内・左側の戦域マップを切り替えた。

 

段階的に縮尺を変更しておよそ250万分の1、右に東の白海・左に西のボスニア湾が表示される程度にまで広域を表示させれば ― そこには巨大な三重の同心円が2つ。

 

 

日本人にわかりやすくいえば台風の、アメリカ人にならハリケーンの進路予想図のようなものだが――この場合、その中心部はそれら自然の猛威すらも凌駕して余りある脅威・超重光線級。

 

黄色く表示される最外環は半径160kmにも及びそれが平均的な戦術機匍匐飛行高度・40mに対する照射圏、次いで半径120kmからはじまるオレンジ圏が戦術機地上高・20mへの照射圏、そして最も小さくしかしてその実半径80kmにもなる赤の圏内がいかなる対象をも灼き消す絶対致死の領域を示す。

 

はるか南ヴェリスクハイヴを発したそれら2体の目標は平均およそ20km/h程度の低速でだが互いに500-1000mほどの距離を保って休まず北上を続け、現在旧ソ連領内ヤンゴリあたりにいるらしい。

 

 

「まずいわね…」

 

そうぼやいてみたところでなにが変わるというはずもなくそもそも千鶴には作戦の立案権なぞありはしないし命令に従って全力を尽くすほかないのだが、元来超重光線級討伐を任務として課されていたという当事者意識に加えて生真面目なその性分が彼女にそうさせていた。

 

「東側に…行っちゃうかなあ」

「ええ…」

 

隊内の回線。

等倍では小さくしか見えない距離、左翼へ展開した戦乙女04・快活な短躯の鎧衣美琴少尉もまた広域図を見ているようで。

 

「東の海側を進まれると…今次作戦のパターンだとそのまま北へ抜けてしまう率が高いわ」

「その場合に途中から西に向かってハイヴを目指すケースは?」

「多く見て…8%」

「…望み薄だね」

「榊が中尉を落とす率よりは高い」

「ふん、言ってなさい」

 

千鶴はどういう意味の()()()かはあえて問わずに、しなやかな獣・02彩峰慧少尉の軽口を流した。

 

 

先のロヴァニエミ攻略戦時と同じく狙撃作戦。

加えて半径30kmの地下茎構造物(スタブ)圏内にまでおびき寄せての坑道戦術。

 

だがこの二段構えの討伐作戦は共に、目標たる超重光線級がハイヴ近傍まで進軍してくることが前提で。

 

そもそも本当に目標後背が文字通りにデッドシックスたりえるのか否か以前に、このまま手出しができないソ連領内を北上されれば先の北部滞留BETAに類似した展開になる確率が高い。

 

その際と同じように半島北部のスカンジナビア山脈山麓部で立ち止まりやがて南下・あるいは居座り続けてくれるならばまだいいが、光線級でもそのレーザー攻撃範囲は単純射程300km・重光線級ならば同1000kmにもなるわけで、万が一にも「登山」されて高所をとられたら誇張抜きで人類軍はおしまいだ。

 

ハイヴは封殺。補給は途絶える。半島全域にBETAは拡散。

いくばくかの幸運に恵まれればもしかしたら地表構造物(モニュメント)を遮蔽にして反対側の最外縁「門」からこそこそ逃げ出すことができるかもしれないが、その場合せっかく攻略して必死で守ってきたロヴァニエミハイヴは放棄せざるを得なくなる。

 

 

それら種々のリスクを考慮すれば、超重光線級2体は可及的速やかに撃滅するのが望ましいのだが ―

 

 

「白海にはソ連艦隊がいるんだよね? なんとか協力してもらえないかな」

「梨の礫じゃないようだけど…」

 

30kmほど西、荒野の向こうの国境線を見はるかすようにする美琴の意見はある種国連軍所属ならではとも。

 

防衛戦の最中にソ連軍の対地支援が決定した旨の司令部通達を聞いた覚えはあるが、それが完全に戦意高揚のための方便だったとは言わないまでも、実際のところ決定から実施に至る過程のうちどこまで進んでいるかはまったく不明だ。

 

「そもそもアテにできる戦力がある?」

「ソ連の北方艦隊はたしか、洋上艦艇の数は大したことないけど潜水艦が多いのよ。原潜もね。だから総火力はかなりのはず、まあそれでも…」

「鉄原じゃ大和級・改大和級計5隻と米艦隊とで攻撃したけど全部迎撃されたもんね」

「それも単体相手によ。北方艦隊は旗艦からしてミサイル重巡だったと思うし、瞬間の火力量はともかく持続性では疑問符がつくわね」

 

 

それにソ連にとっては西側勢力により攻略なったロヴァニエミが落ちたところで表向きにはお見舞いの一言くらいは言うかもしれないが実際には痛くもかゆくもないどころかざまを見ろと指をさして笑うくらいが本音だろうし、なにより連中にとって一番面倒なのは、超重光線級に領内に居座り続けられることのはず。

 

排除が極めて困難なこの大型種が止まることなく北上を続けているのが現状ならば、無闇に刺激して停止されたりあるいは攻撃源たる洋上の北方艦隊を狙われたりするより静観注視という名の放置を続ける選択をする蓋然性が高いのではと ―

 

 

ならば、

 

「ヤツが国境を越えたあとなら」

「あるとしたら、そうねえ」

 

果敢な攻めを信条とする慧にすれば、待ち伏せよりは打って出て解決してしまえるならその方がいいのだろうが。

 

 

もはや東西対立の再燃が明らかなこの国際情勢下では、敵対勢力に善意の協力などは望むべくもない。

国家の威信やら軍のメンツだのを一旦忘れて共産主義者に頭を下げた上でさらに自勢力圏内で敵方の武力行使を是認するとしても、現時点のこの北欧でより困っているのは西側なのだから、ソ連を盟主とする東側にしてみれば軍事的助力の条件となる対価はつりあげ放題だろう。

 

 

ただ、

 

「もし私がソ連軍の立場なら――」

「! 対地レーダーに感!」

「ッ緊急降下!」

 

言いかけた千鶴を遮ったのは美琴があげた警告、同時に鳴るセンサー音が響く管制ユニットの中で3人の戦乙女は揃って即座に機体の高度を下げた。

2秒以内に一気に着地状態にまで持ち込むが幸いにして照射警報はなし。

 

「どこから!」

「たぶん地下だよ東北東25kmっ」

「国境線ギリギリ」

「了解、もう少し情報を取るわ――CP!」

 

指揮所へと敵発見の報を入れる間に千鶴は自機に抱えさせている02式中隊支援砲のステータスを確認。

隊の2機も同じくする中、04番機の美琴はわずか高度を上げて地平線までの距離を稼いだ。

 

「04より01、大隊規模総数…500、かな。前衛に突撃級、50-80」

「まだ突撃級がいた」

「だね。迷い組か湧き組か、どっちだろう」

 

一次索敵を終えるや再び素早く地表へと戻った美琴と右主腕の74式近接戦闘用長刀をくるりと翻して逆手に持ち替えた慧に、千鶴は了解との応えを返しつつ。

 

「『オーラ付き』の数次第だけど――」

 

管制ユニット内の淡い光を眼鏡に反射させながら02式のコッキングレバーを引いた。

 

「片づけましょう」

「「了解」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少し、ほんの少しだけれど。

敵の動きがよく見えて、視野も広くなった気がする。

 

慧を先頭にしたデルタの後ろ側一角を担いつつ、美琴は乗機弐型を鋭く前進させた。

 

 

光線級なし。

ハイヴ本体を防衛するイギリス軍までにはたっぷりとした縦深がある、焦る必要はない。

 

国境線10kmの非武装地帯寸前で待ち受けた突撃級群を散開して背撃、それら爆走する全高16mの巨大生物どもを沈黙しうずくまるだけの巨大な肉塊に変え。次いで後続の要撃級・戦車級の群れと交戦する。

 

 

曇天の荒野、敵中所々に確認できる青い燐光 ― 「オーラ付き」。

その数およそ20体ほどか、他の通常種及び戦車級も含めて構成される400あまりの敵群にしかし臆する素振りもなく突入していった慧への主たる支援は、常より彼女とコンビを組んで息が合ってる小隊長の千鶴に任せる。

 

壬姫さんがいないから――

 

その代わりをするのはとても無理だけれど。

援軍も来てる、少し心許ない補給の件はこの場では一旦忘れて両主腕の02式に加えて背部兵装担架の87式突撃砲2門も同時にダウンワード展開させた。

 

面制圧だっ!

 

その美琴の攻撃的な思惟と視線照準とに応えたFCSが地を這う目標を次々に捕捉、84式の120mm滑腔砲からHESHをばらまき同時のその36mmに02式の57mmも併せたAP弾で一気に掃射をかける。

 

爆炎を指向する銃口が放つ斜め十字のマズルフラッシュの向こう、噴きあがる土煙の中に千切れ吹き飛ぶ戦車級と穿たれ血飛沫をあげる要撃級。

だがそれらと美琴の間に割り込むように飛び込んでくる「オーラ付き」が4体、

 

こいつらは厄介だ ― けどっ

 

隊列を崩しつつも大きな弧の機動、「オーラ付き」の急激に速度を変えての突進を警戒しつつ本隊から引き剥がしてしまえば。

 

「千鶴さんっ!」

「了解彩峰3秒もらうわっ」

「2秒でやって」

「無茶言わない!」

 

即座に機首を巡らした01番機・千鶴の放った57mmの火線が無防備に晒された「オーラ付き」の尾節を次々にぶち抜く。

 

その肉片を飛び散らせながらも強化亜種はまだしばらくはその動きを止めない、無論油断して近づけば危険だから美琴はそちらへも注意を割きつつ引き続いて指向してくる要撃級通常種とは距離を保ちながら放つ火線で戦車級を蹂躙し、あらかたそれらの排除を終えたところで逆撃とばかりに前に出た。

 

慧さんのようにはいかなくたって――

 

機動の余地さえあれば通常種なぞは弐型にとって敵ではない、すり抜け振り回し背後を取って着実に1体ずつAP弾のバースト射撃で尾節を粉砕して葬りながら慧へと向かう「オーラ付き」へはちょっかいを出して陽動を果たし、

 

「おっと!」

 

後方から飛びかかってきた要撃級へは逆に機体を屈めつつの急速後進、その下を潜り抜け躱し着地後の無防備な背部を撃ち抜く。

 

「千鶴さんチェックシックスっ」

「了解!」

 

当然気づいてはいたのだろう、即座に背部兵装担架を後方へと跳ねあげ2門の突撃砲を起動した榊機は敵陣を切り裂きかき乱す彩峰機を休まず支援し続け、美琴はその2機のサポートに回りながら隙を見せた個体を片っ端から刈り取る。

 

当人らにしてみればただただ懸命な任務遂行、積みあげた訓練と潜り抜けた実戦の成果にすぎない。だがそれらすべての機動に砲撃、近接戦に連係はもはや腕利き熟練兵のものと称して差し支えなく――

 

「04クリア!」

「02同じく」

「01敵の殲滅を確認。CP」

「CP了解。哨戒の継続は可能か?」

「ヴァルキリーリーダー了解。引き続き哨戒に当たる」

「こちらノルドUNCP。大した手並みだな極東の戦乙女は、お株を奪われたよ」

 

突撃級の排除からものの10分ほど、無事掃討を終えた美琴はそれら回線上のやりとりを聞きつつ少し離れていた位置から隊列を再構築、その前に周辺の索敵をもう一度とわずか高度を上げ。

 

「…」

 

ふと。

最初の背撃で屠り地に伏して動かなくなっている突撃級の群れのうち1体が眼に入った。

何かの違和感。

 

巨体前面には大きな紡錘形の装甲殻。

そして基本濃緑色のそれに時折ほかに赤色黄色等の歪な斑点模様が浮かぶのは、砲弾痕の再生痕だと言われていて。

 

今も頽れるこの個体の装甲殻には、まだ再生が終わらずというか穿たれてほどなくといった様子の大穴が空いていた。

 

…これって…

 

「千鶴さん慧さん、さっき突撃級に120mm使った?」

「…」

「いいえ」

 

無言で首を横に振る慧と簡潔な応えの千鶴に美琴はいま見ている映像を複写し転送した。

 

「じゃあこれ、なんだろう」

「砲撃痕……でも浸徹榴弾(APCBCHE)の射入口じゃない」

「…そうか。ソ連軍は攻撃自体はしてるのね」

「だねえ」

 

集まってきた隊機らと共に残余の死骸も検分すれば、装甲殻に瘕持つ個体は他にも数体。

 

ソ連軍の保有する対地ミサイル・SS-N-27 シズラーなら弾頭の炸薬量は400kgを超える、射入角によるとはいえ直撃したならさしもの突撃級とはいえ吹き飛ぶだろうしそうでなくともこの程度で済むはずがない、だからここまで来たのは至近弾か破片を受けた程度の個体なのだろう。

 

その一方で無傷で通過してきた個体の方が圧倒的に多く後続の要撃級戦車級群にも手負いのものはほとんど見られなかったことから、つまりソ連軍は探知した目標群に向けて数発あるいは1発だけとか撃ち込んでお茶を濁しているんじゃなかろうか。

 

「やっぱり支援は形だけ」

「それはそうなんだけどさ。こいつら地下から出てきたでしょ」

「…つまり、『トンネル』ができてるってことね」

「しかも大隊規模だったんだよ、突撃級が掘削機(シールドマシン)役をした大穴があるはず」

 

()()()()()()にね、と手振りで示す。

 

「射爆地点は散発的で突撃級はもうそんなに多くないはずだし」

「偵察衛星の情報を洗って群れの特定ができれば」

「『トンネル』の入口地点が推測できる?」

「うん。だからうまくすればひょっとして、伏撃地点に使えないかな」

 

トンネルなら目標が攻撃可能範囲を通らなくても地下を通って帰還が可能 ― と。

 

「…面白い案ではあると思うけど」

「やっぱりダメかなあ」

 

千鶴の小さなため息には、美琴も怒るつもりはない。

 

「まず ― 目標が東の白海側を通る可能性が高い以上、()()が有効な位置にあると仮定したら最短120kmは先。それも未知の地下道よ、リスクが高すぎるわ」

 

既知の自然洞窟で、長大なものなら200kmを越えるものも確認されてはいるものの。

 

 

軍事行動は冒険家の探検とは違う。仮にソ連が越境を認めたとしても ―

 

進入は当然戦術機部隊で行うことになるがそれが先遣調査隊にせよぶっつけの攻撃隊にせよ、無線とGPS信号の喪失には角・加速度センサー類である程度は代替できたとしても内部構造が複雑に分岐していた場合は遭難の可能性が否定できない。

 

同時にその地下洞穴が全域にわたりハイヴの地下茎構造物並に強固だという保証もない以上は常に崩落の危険性を抱えながらの進軍になり(以前リヨンハイヴ近辺で撃破した母艦級の死骸の向こうの坑道もその先すぐで崩れて塞がっていた)、BETAと遭遇しても火器どころか噴射圧や轟音を伴う跳躍(ジャンプ)ユニットの使用すらも憚られる。

また戦闘機動はおろか移動自体が戦術機の歩行のみに制限されるとなればその進軍速度は顕著に低下してしまい、臨時緊急作戦としての用をなさなくなってしまう。

 

 

「そもそも国境のすぐそばに出ていたらこの場合ほとんど意味がないし」

「でも偵察衛星からBETA予測の注意喚起もなかった。トンネルは長いかも」

「いや…そっか、新たに掘ってたんなら速度もかなり落ちるから」

「そう、単に長時間地下にいれば失探リストに入るわ」

「…そういえば前衛中衛一気に出てきた。榊にしては冴えてる」

「うるさいわね。で彩峰、あなたがソ連軍で白海にいたら遠近どっちのBETAを撃つ?」

「……なるほど。西側に抜けそうなヤツを狙うってこと」

 

得心した風な慧に、でしょ?と千鶴が肩を竦めた。

 

 

BETAは基本、人類の攻撃に対して逃げることなどない。

まったく意に介さないか ― 逆に向かってくる。

 

それがBETAの地球上の生命体とまったく異なる点であり同時に最も厄介な点で、絶対に勝てない状況だろうがなんだろうが最後の一匹になるまで攻撃をやめずまた大型種ともなると生命力も高いために迎え撃つ人類側としてはとにかく不毛な消耗を強いられる。

 

ゆえに、比較的安全な海の上にいるといえど、まず自分たちの方へと突進してくる可能性が低く同時にちゃんと協力はしていますよという西側への弁明となりさらに海側を北上するBETAは無傷で通せばいずれスカンジナビアへ拡散して資本主義者たちへの嫌がらせにできるかもしれないという、一石三鳥の手法。

 

 

「ただ ― 」

 

さっきの話の続きだけれど、と言いつつ千鶴機の主腕が動き空になった02式のドラムマガジンを排除した。どん、と重い音を立てて荒土に鉄の塊が落ちる。

 

「トンネルはともかく、ソ連にも超重光線級排除のインセンティブはあると思うのよ」

「どんな?」

 

その慧の問いに千鶴は軽く眼鏡を押しあげ。

 

「甲04ヴェリスク。今あそこはたぶん、空っぽだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然 ― 欧州連合の軍にとっても政府にとってもそれは想定範囲内だった。

 

だがこの場合でも、「誰がヴェリスクのBETAを掃除したと思ってるんだ、空き巣や火事場泥棒めいた真似はやめろ」というのを少なくとも外交の場では「自国の利益のみに囚われることなく人類共通の敵を打倒するため価値観の相違を越えて協力してほしい」と言い換えざるを得ない。

 

 

なにしろ欧州連合盟主国たるイギリスはその本土たるグレートブリテン島に軒並み避退国家化した欧州大陸諸国民を抱え込んでいて、その中には当然東側陣営国家の人々も含まれる。

そんな彼らの多くは常識的かつ良心的な一市民に過ぎないが、国家の枠組み自体が消えてなくなったわけではなく――個々の人間というのは、往々にして、その帰属する集団とまったくの無関係ではいられない。

 

そもそも欧州全体が疲弊し困窮の度合いを日々強めていく中での冷戦の本格再開とあっては ― 先鋭化した英国民の中には間借りの厄介者はみんな出ていけとわめく者たちが現れ、それには西側避退国家民らも誰のおかげで本土が守れたか忘れたのかと反発をし、そしてその中でもまず最初にアカの手先はいなくなれとこればかりは一緒になって同東側住民たちを攻撃するから、ただでさえ元々気まずかった彼らの立場はより悪くなった。

 

おまけにそんな人々は皆揃って過大な戦費を賄うための重税にあえいでもいるわけで、社会全体に蓄積しているフラストレーションは相当なもの。

その状況下で不用意に外交上でのトラブルを起こせばそれが火種となってあっという間に大火事になる、そうでなくても自国内に大量に他国民を住まわせていること自体が潜在顕在裏表、あらゆる意味でリスクの源でしかないのに。

 

 

それら諸々の要件を折り込みつつの言葉による丁々発止は外交交渉を担当する当人らの間では見えない火花を散らす真剣勝負 ― かもしれないが、実際に血を流してBETAを食い止めている現場の軍人たちにしてみれば。

 

ただでさえ与えられた兵力は少なく目の前の状況だけでも手一杯だったところに頼んでもいないバカでかいプディングまでつけられて、空調の効いた安全なオフィスで紅茶にスコーンを楽しみながらなに言ってんだ遊んでないでさっさとしやがれというものになる。

 

 

ともあれ欧州連合の読むソ連側の思惑とは ―

 

 

BETAを吐き出しきったヴェリスクに再度それらが充填される前に殴り込みをかけ、手つかずのフェイズ5ハイヴにたっぷりと貯め込まれているはずのG元素を根こそぎ入手してそのあとは、野となれ山となれにするのではないかと。

反応炉も破壊せず残して西側へのハラスメント源にするかもしれない。

 

ただ、それをするにも超重光線級2体に十分にハイヴから離れてもらう必要があるはずで。

 

というのも絶対の対空防御網を成す超重光線級、3パターンある照射行動のうち最も出力が低くまた射程も短いと予想される連続照射のレーザーですら重光線級のそれと同等と推認されている。

そして光線属種は帰属ハイヴへの攻撃に反応して迎撃照射行動を取るのが常なことから考えれば、戦術機部隊は標準的な匍匐飛行高度40mであれば相対距離およそ160km程度から地平線下の見逃し距離に入って侵攻できるにしても、その援護となるもののうち、艦隊火力は発射後低高度を進む巡航ミサイル中心がゆえにまだしも軌道爆撃については高い高いお空の上から飛んでくるわけで、ハイヴ直上高度ですらともすれば600kmの彼方からでも迎撃される可能性がある。

 

だがこれについて実際にはどうなるのかと試してみようにも、その試射に反応されて超重光線級が北上の足を止めたりしたらそれこそ藪蛇になる。

 

ゆえにソ連軍にとっては現状待ちの一手が最良なのかと問われれば ― そうとも言い切れない。

 

東側盟主たるソ連軍は世界第2位の勢力であり他の列強と比してなお強大と評して差し支えない規模と力を保持するが、いわゆる東側陣営その全体としてはBETA禍により構成国が軒並み避退国家だらけになったことも含めて、明らかに西側総勢力に劣後する。

 

つまり通常状態のフェイズ5ハイヴの攻略は、戦力的にはおそらく相当に厳しい。

 

よってヴェリスク奪取を試みるなら速攻の他に手段はないが、現状では他の東側諸勢力には動員の兆候は確認されておらずソ連軍がハイヴ攻略を発起したところで攻勢実施には少なくとも数週間は時間を要するとみられ、ならばソ連軍単独で攻撃しようにも ―

 

年初のエヴェンスクハイヴ攻略によって得たG元素を用いて早くもレールガンの開発と実戦配備に成功していたとしても現時点ではその数は限定的と思われ、またそれ以前からコツコツと戦場で死体漁りをして集めた分とあわせてもなお、先年暮れチョルォンにて軌道降下部隊が大打撃を被ったこともあり欧州戦線側へ迅速に投射可能な戦術機戦力のみでヴェリスクの最奥部にまで辿り着くことが可能か――

 

そのためにはやはり、突入部隊の損耗を最大限抑制した上でハイヴ攻略前の地上制圧を短時間で行う必要があり、それには北方艦隊と軌道爆撃による火力支援が不可欠。

 

 

つまりソ連としても、超重光線級を可及的速やかかつ確実に葬ることができるのならば多少の算盤弾き程度はするのではないだろうか。

 

さらに付け加えるなら、うまくすれば ― 今なお未解明の部分も多いあの巨大種が、その絶大な照射能力のエネルギー源として抱えている反応炉に近しいと思われる器官をまるごと2つも入手できるかもしれないと目論む可能性も存在すると――

 

 

「しかし貴軍は…実際に、あの化物を無力化できるのですかな?」

「幸いにも現在、作戦域に我が軍の最精鋭が揃っておりますのでね。()()()()()()()、彼らは『特殊装置』への慣熟も済んでおります。加えるなら ― 」

 

そうあえての余裕すら漂わせながら。

欧州連合軍並びに同外交部は、その交渉の席上で鬼札(ジョーカー)を切る。

 

 

Imperial Royal Guard(日本帝国斯衛軍) ― The Carnage Zero。

 

レイヴンブラックに染め落とされた鬼を操る最強の衛士「ツイン・ブレード」。

 

 

超重光線級に対し単機真っ向からの近接戦で後退せしめた衛士なぞ、現時点では彼をおいては他になく。

 

さらにはマスタークラスのハイ・サムライらにラビドリー・ドッグ率いるUNヨコハマ・マジックブレットまでをも擁するエンパイア・オブ・ジャパン ― 世界最強のアメリカ軍部隊にすら局地戦ならば優越するとされる戦闘技能集団。

 

今ならば、その彼らが欧州連合軍が誇る精鋭らと共に作戦参加するという――

 

 

食糧支援の拡充と()()()()供給についての交渉の加速。

 

それらを条件に、国連の仲介と影響を最小限に留めた相互の直接的な交渉の結果の東西合同軍事作戦としてはおそらく83年の海王星(ネプチューン)作戦以来となる――超重光線級排除作戦の実施が決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超重光線級侵攻開始から23時間 ―

バルト海・ファスタオーランド島前線基地。

 

つい1日半ほど前にほぼ総てのTSFを送り出したこの基地は、だが再び戦場の空気と喧噪に満たされていた。

 

「急げ急げ! 時間がないぞ!」

「とりわけヤーパンの連中は時間に厳しい、遅れて嫌味を言われたくないだろっ」

MGM-140(ミサイルランチャー)もありったけ出せ!」

「整備班長、BWS-8(フリューゲルベルデ)は」

「作戦を聞いてないのか重石にしかならん、自殺志願者がウチ(44)にいるか?」

 

滑走路脇のハンガー内、急ぎガントリーに固定された部隊機の装備が変更されていくなか通信回線は整備兵たちのやりとりが入り混じり騒がしい。

 

その中でイルフリーデ・フォイルナー少尉は結い上げた金髪をなびかせつつ、ホイストケーブルではなく上昇する整備パレット上から愛機・EF-2000 タイフーンを見上げた。

 

やっぱり…

 

「…重いな」

「ですわね」

 

愛機の両脇、同じ西ドイツ軍仕様のEF-2000へと向かう同僚にして親友たるヘルガローゼ・ファルケンマイヤー、ルナテレジア・ヴィッツレーベン両少尉も思いは同じらしく。

 

背部兵装担架の2門のGWS-9 突撃砲、両主腕には適宜各自の選択装備を持たせる上に両肩部にはMGM-140という爆装状態。

それら作戦のための兵装に加えて満タンの燃料と推進剤、ついでに整備班はじめ直接作戦には参加しない皆の願いと期待まで込められているとすればなおさら。

 

「…いつものことじゃない。それよりルナ、またなにか気がついたことでもあったの?」

 

イルフリーデはあくまで軽い調子にと努めながら。

例のゼロの新型を見た当初は相当にはしゃいでいたルナが、だがすぐに ― あの500体の重光線級含む5万のBETA群を共に迎撃した時から、何やら考え込んだ風になったことには気づいていたから。

 

「ええ、まあ。あとで話しますわ」

「そうね。じゃあ」

「ああ、またあとでな」

 

また、あとで。

いつもの ― しかしいつも、保証も確証もないその約束を友と交わして。

 

「主腕にはMk-57(中隊支援砲)をお願いしますっ」

 

管制ユニットに身を放り込み機体と接続、コントロールパネルに指を走らせ機体状況の最終確認。

 

臨時も臨時の編成で、しかも突撃作戦。

でもその中でもたぶん、砲撃支援を担う事になる。爆装の上に長物にあたるMk-57を持っていけば運動性の低下はさらに著しいが、

 

「なんだと少尉、それでいけるのか?」

「私、ツェルベルスですよ?」

「お嬢様が言うようになった――必ず帰って来い!」

「了解!」

 

そうあえての軽口を叩いてみせて、イルフリーデは機体をリフトオフさせた。

両脇のヘルガとルナたちと同様に、準備を終えた隊機らと共に主脚歩行で滑走路へと向かう ―

 

 

 

 

ほんの2時間前までは、ハイヴ防衛線よりはるか前方で哨戒任務に就いていた。

 

二交代の小隊単位で戦線へと散りBETAを索敵、発見したBETA群が大規模なら速報を担うもたいていは小群だったから、慣熟なったXM3の効果は抜群そのまま適当に駆逐しては再度巡回 ― を繰り返していたところ。

敬愛する大隊長 狼王アイヒベルガー少佐より急遽の命令、僚機たるヘルガとルナと共にファ島基地への帰投となり。

 

取るものも取りあえず多少の時間差はあれどほとんどまさしくとんぼ返りとなるその途上、大隊長以下召集された限られた人員わずか11名のみで構築された回線内にて伝えられた作戦内容には皆が言葉を失った。

 

 

「ボスニア湾を南下して反時計回りの大迂回機動、目標の後背を衝く ― ?」

 

そうだ、と答えた網膜投影内左下・通信ウィンドウ内の狼王には迷いはなかった。

 

「レニングラードからラドガ・オネガ両湖を経由。ヴィゴゼロ湖ないしマトコズニヤ湖北にて目標2体を捕捉し撃滅。その後西進して越境、帰投する」

「本任務はソ連側との共同作戦になりますので領内通過については問題ありません」

 

補足した后狼ジークリンデ・ファーレンホルスト中尉の怜悧な表情も常と変わらず。

 

決定の場がはるかに遠いニューヨークの会議場だったかどこかの高級サロンだったかは知らないが。

ともかくやっと()が話をつけたかこのBETA大戦下で国境なんぞという見えない障壁が一時的だろうにせよ消えたことは素直に喜ばしい、そこで質問を?と短躯の虎女 ベルナデット・リヴィエール大尉が投げかけた。

 

「まず、こちらの戦力は?」

「我々11機に加えてライヒとリッターからあわせて同数程度と」

「2個中隊ぽっちであのデカブツを2匹やれっての? メチャクチャね、レッドベア共は?」

「洋上と軌道上の艦隊から砲爆撃が。TSF部隊の展開は間に合わないそうです」

「ハ、なら領域侵犯してもスクランブルしてくる連中なんていなかったってことね」

 

だとしたらまったくおめでたいお話じゃないとフランスの騎士はそう皮肉そのものの物言いで吐き捨てる、回線内の皆もあの第三インターナショナルの末裔どもがこちらと素直にお手々繋いで戦陣に並んでくれるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

 

だから、

 

「できるできないはまあともかく――『撃滅』しちゃっていいわけ?」

「本共同作戦に関する覚書では『目標2体の()()()を目的とする』と」

「いかにも外交屋どもが好きそうな言い回しだわ」

 

さほどに深刻ぶりはせずともベルナデットの言葉にはやはり棘。

 

配下の重光線級共がいない以上、超重光線級の放射頭節を破壊するなりしてレーザー照射能力自体を無力化しさえすれば。

あとはヤツの放射頭節が時間経過による再生能力を有していたとしてもその前に遠距離から大威力の砲火力で煮るなり焼くなり自由自在にできるのだから、それだけを作戦目標に――というわけにはいかないのが東西冷戦下での世界の都合というもの。

 

「おそらく、照射能力を奪った時点でソ連側から攻撃中止要請が来るでしょう」

「ああ、TSF部隊の準備が()()()()()()()でしょうしね」

 

宝の山かもしれない生きたサンプル、それらをみすみすくれてやる必要はない。

まして人に危ない橋を渡らせて高みの見物を決め込んでる連中などに。

 

「だからコミー共がすっ飛んでくる前にあと腐れなくブチ殺――せればだけど」

「それについてはジングウジ少佐から対策装備の準備が整ったとの報が」

 

こちらを、と回線経由で面々へと送られた画像データ。

そこには全長7mほどらしい、オレンジ色の六角柱。

 

日本帝国軍整備班により急ぎ作成されたらしきその仕様書というか設計書、網膜投影で回覧するこの場の皆には手書きかつ殴り書きの日本語での添え書きは解せなかったがその中のアルファベットと数字の組み合わせだけはすぐ読み取れ ―

 

「S-11…それも指向性タンデム弾頭、ってこと?」

 

 

戦術機運用型・対BETA巨大種制圧資材 ― 試製刺突破甲爆雷。

 

損傷機から取り出したのか縦2連結、さらにその先端には同じく損傷し修復が間に合わなかったゼロからだろうか装甲部のスーパーカーボンブレードを流用したと思しき鋭利な刺突部。

 

超重光線級の主体節外皮はあれだけの巨体相応に強靱で至近距離での大爆発にすら耐えうることが判っているが、一方その高い耐爆性能の傍ら斬撃および高速質量弾での切断や貫通は可能なことも判明している。

ゆえに蟻の一穴を穿って後にS-11の熱線と爆轟とを押し込みさえすれば十分に仕留められるのではと――

 

 

「まあたしかに威力はありそうだけど……これ、どうやって刺すわけ」

「おそらく……白兵で直接。持ち手もついていますし」

「……今さらだけど正気を疑うわね」

 

現地部材でのあり合わせ、しかも急造品とくれば仕方ない部分があるにしても。

愕然とまではいわないまでも半ば程度は唖然呆然、端で聞いている皆も揃って小さく首を振る。

それはなにしろ帝国軍+S-11となれば容易に想起される単語はKAMIKAZEになるからで、

 

「遅延信管なのよね?」

「はい。それに運用はあちらの要員で行うと」

「そりゃそうでしょうよ、こんなのユニオンじゃあんたらかジョンブル連中の懐かしのBWS-3(フォートスレイヤー)使い共しか扱えないし、だいたいあの触腕をかいくぐって零距離まで…ああ」

 

そういえばもう実際にやってみせたヤツがいたし他にも当を幸いに近づく総てをカタナ片手に斬り飛ばしては突っ込めそうなヤツもいた。

 

「っとに冗談みたいな連中ね…じゃあ私らはその突入支援?」

「基本的にはそうなります」

「了解、でもそいつをぶちかますにしたって手数の問題は…それにそもそも匍匐飛行前提、ヤツら2体が予測ルート通り動いたとしても――さっきのコースじゃオネガ湖を越えたあたりで探知内、つまり照射圏内に入るでしょ。そこからどうすんの」

「ご指摘の通りです ― こちらを」

 

傾注、と促されるまでもなく。

皆もまた操縦は半ば自動航法に任せて転送されてきた戦術マップへと目を移した。

そこには偵察衛星による俯瞰画像、二つの大湖を含む多くの湖が点在するなか曲がりくねってそれらのうちいくつかを繋げる川と ― 水路。

 

「白海ーバルト海運河…なるほどね」

「偵察衛星によればラドガ・オネガ両湖にはまだ水位があります。その北、分水嶺先のヴォロゼロ湖以北も最近まで水が残っていたとみられ、ヴィグ川流域含め運河の北側は大半凹型地形の残存が確認されています」

 

 

【挿絵表示】

 

 

偵察衛星の映像に加えて、これについてはソ連側の情報提供があってこその判断ともいえ。

 

基本的にBETAは水を ― それが大規模なものであれば、だが ― 避ける。

 

そして作戦域となる旧ソ連領・カレリア自治ソビエト社会主義共和国は27000もの河川とその倍以上にもなる湖沼を持ち、件のヴィグ川にしてもその川幅はそれこそ話に聞く急流だらけのニホンのものとは比べものにならないほどに広い。

 

「加えてカレリア水域内は総じて北および西側の標高が高くなっていますので、目標50km近辺までは地平線下の隠蔽飛行が可能と見込まれています」

 

とはいえ、

 

「そう水深があったわけじゃないでしょ」

「はい。場所によっては北岸壁の低いところも」

 

 

たとえそれが1機であっても高度を逸脱するなりして超重光線級に探知されれば、その行動が予測から外れてしまう可能性が高い。

 

そうなれば ― 白海のソ連艦隊とユニオンのボスニア湾戦隊は巡航ミサイル攻撃で、特に後者は500kmの彼方からの亜音速支援で作戦域への飛来まで5分以上を要するとはいえ共に終端まで自律誘導が可能がゆえにともかく、軌道爆撃は極超音速弾ながらも発射から着弾までのタイムラグが10分以上でかつ誘導能力も相応に限定的となるためその効果は薄弱化を免れない。

 

いずれにせよどちらもほぼ確実に迎撃される前提での支援攻撃、いわば目標の足止めのための鉄火力ではあるものの、異常に高度な目標捕捉能力を備える光線属種には「当たらないとわかっている弾」は完全に無視されるケースも少なくなく、軌道爆撃分を欠いた遅滞火力で目標2体の拘束に足るか否かは ―

 

そしてそれら洋上・軌道上ともに爆撃は当然ながら目標北側からの飛来。

 

ゆえに攻撃隊の存在が露見した場合でも、超重光線級は従来レールガン系兵装を除けばせいぜい120mm砲弾程度の携行火力しかないTSF部隊よりも500kg近い炸薬を搭載する爆撃弾をより危険度の高い目標と判断してその迎撃を優先する可能性は存在する――が、たとえ偶然ではあっても万が一にも1体が北面したままもう1体が南面してそれぞれ防御にあたるといった連携めいた体勢になってしまった場合、砲爆撃も肉迫攻撃も封じられた形になって事実上撃破は不可能になる。

 

 

「要するにバレたらおしまい、露出した川底ギリギリを飛び続けろってことね」

「また我々が目標160km到達時点で軌道爆撃、同80kmで洋上支援が開始されますので」

「ミサイルの配備数を考えれば一発勝負よね」

 

なるほどそれでこんな少数精鋭ってわけ、にしても戦闘そのもの以前に先立つそっちの方が疲れそうだと言わんばかりにリヴィエール大尉はその細く小さな肩を竦めるも、

 

「れ、連帯責任…」

「…上等だわ。やるわよジョゼ」

「…そ、そうね。やりましょ」

 

同じく作戦参加にと選抜指名を受けた彼女の部下の金髪衛士2人は強気の仮面をかぶり直すもすでに半分顔色がない。

なにしろ軍のみならず国家としてのユニオン全体の命運がかかっているといっても過言ではない任務内容、ミスを犯しても自分一人が溶けて死ぬだけと割り切ることも許されない。

 

そしてその彼女らの心境をさらに悪化させるつもりがあったわけではないのだろうが、

 

「お待ち下さい中尉。ルート上の各湖内には島も多くございますし水位も下がっているとなれば遮蔽としての利用と水平線下の進行が可能かもしれませんが――()()となりますと」

「その通りですヴィッツレーベン少尉。ルート全体には19の、うち、より露見と照射リスクが高まるオネガ湖北方面に12の閘門が存在します」

「…閘門及び水路の内径を伺っても?」

 

努めて表情を変えないようにしているそのルナの問いに。

 

「最小部で幅14m。水路内水深は4m。最小Rは500mで総延長50km」

 

同じく淡々と事実を告げるだけといった后狼にしかし一同は一瞬言葉をなくし。

船舶の場合航行速度上限は4.3ノットだったそうですとまで付け加えられて、「いや無理だろ」と回線にぼやいたのは隊の賑やかし兼本音担当ウォルフガング・ブラウアー少尉。

 

 

なにせツェルベルスはじめ欧州の騎士たちが駆る白騎士・EF-2000は大型機ではないが小型機でもなくそれはフランスの疾風ラファールにしても似たようなもの、ゆえに装備状態の全幅は10mに近く兵装担架を含めた全高は3m超、全長はいわずもがなの18m。

 

 

「また作戦時刻は日中になりますが域内の天候は曇天、かつ霧の発生が予想されます」

「視程は1km未満…ですか」

「それじゃほとんどなんにも見えないんじゃ…」

「ただし危険域の閘門内の階段水路は下りのみ、また内壁にも喫水上の高さが多少は」

「大して変わらねえよ…」

 

追加された悪条件に比べて申し訳程度の緩和では、青ざめを通り越しそうなエイス・ダンベルクール両少尉にブラウアー少尉も悪態そのもので相づちを打つ。

 

「それにヤツとの接触までは極力戦闘回避でしょ、上陸以降ずっと匍匐飛行で燃料は?」

「レニングラード沖まで給油機が随伴します。が、以降作戦域までは700km」

「戦闘と帰還まで考えれば余裕はなしか…支援爆撃の持続時間から考えてもゆっくり飛んでるヒマはないわね」

 

 

最も狭くなる閘門部はほぼ直線が多いのだろうが実際にはBETA含めてどんな障害物が落ちているかもわからない上に視界は悪く、加えていくらTSFが光線級出現以前のジェット機に較べればはるかに機動の自由度は高いとはいえ水路内には機体を片膝着かせて停止させられるだけの深さもないのだから失速落下はもちろん落着停止も許されない、ちょっとどこかにぶつけたりして内壁を崩してしまえば後続機が通れなくなってしまうしおまけに時間的猶予もない。

 

 

つまりは霧に煙ってよく見えない機体サイズギリギリの狭隘な通路をスロットルを開けぶっ飛ばして駆け抜けろと来た。

 

ついでにいえば本題はさらにその先、あの「ハイヴ上の怪物(ギガント)」をなんとかしなけりゃならない。

 

 

Sie machen wohl Witze(冗談キツいぜ)...」

「フン、Wenn du Angst hast(怖けりゃ), wickle deinen Schwanz ein und renne(尻尾巻いて逃げたらどう、), du feiger Hund(臆病犬).」

「っと、Ich würde das gerne tun, wenn möglich, Captain!(そうしたいのは山々であります大尉殿!)

 

吐き捨てた母国語でのぼやきに流暢なそれで返されて。

ヤケクソ気味に背筋を伸ばして敬礼までしつつのブラウアー少尉のその応え、だがそこには自分たちより適任の衛士がいないってんなら仕方ねえ、との諦めと自負。

 

 

なにしろ今こうして集められたのはわずか1中隊未満11人。

狼王に后狼、音速の男爵に隻眼の雌狼。若年組の4名とてリヨン以来の猛者。

そしてフランスからは炎散らす竜騎兵・四丁拳銃とその新進気鋭の従騎士2人。

 

他にも名のある衛士らに部隊はあれど、ハイヴ防衛こそが本来欠かすべからざる任務。

その中で先日来ファ島で行われてきたDANCCT(異機種・異国籍部隊間連携訓練)参加者より選り抜かれたこの面々は、誰よりも彼らの力量を知る狼王と猟犬とが個々の能力のみならず他参加衛士との連携をも重視して峻別した顔ぶれといえ限られた頭数の中では最大限の効果を発揮すると判断されたがゆえに ―

 

 

 

 

北洋の淡い陽光の中で瞬く誘導灯に着陸灯、その滑走路脇に立ち並ぶは欧州の精鋭騎士らが駆る巨大な動甲冑。

 

「七英雄」のうち3名が駆るシュヴァルツ・ヴァイス・ローテの各EF-2000に従うアッシェグラウの同型機が5、さらにはアルジャンに輝く竜騎兵ラファールが3。

 

物々しくも爆装した彼らが見上げる北の空には、今まさに飛来せんとする複数の機影。

 

次いでセンサーが捉えたジェットの轟音、そのバーナー・ノイズこそは戦神が吹き鳴らす角笛の響き ― それらを伴い闘争の刃を引っさげて、一騎当千のサムライ共がやって来る。

 

「まあ今回は大人しくオンピアの連中のコール・ド・バレエ(バックダンサー)務めましょ」

「あッ、大尉ならクラシック・チュチュもお似合いかと!」

「ハ、よしてよチャイコフスキーってガラじゃないわよ」

「なら赤い風車(ムーラン・ルージュ)の羽根つき衣装でカンカン(足上げダンス)と?」

「ああエイスとダンベルクールなら似合いそうだわ、()()()()見せて頂戴」

「おっといいねェ、ウチからも3人出すぜ、それなら整備班の連中だって大喜びだ」

「(無視)」*3

「っとに愛想がねえな、カードの負け分もう待ってやらねえ()()()()請求するからなっ」

 

だが迎える彼らも怯懦は戦意で塗り潰し、そう軽口を叩きあいつつ。

 

 

この手練れの集いを以てしてなお、予想される損耗率は ― 15%。

 

それも超重光線級との戦闘を除外しての数字にすぎず、曲芸まがいの飛行経路(タイトロープ)をクリアして後あの化物と真正面きってやりあって果たして何人が生きて戻れるだろうかそもそも仕留めること自体ができるだろうか。

 

 

「ところで大尉、右に左にと機体を振ってはパソ(ステップ)を踏むならバレエよりむしろフラメンコじゃございませんの?」

「それもいいわね。ただあんたくらいにでっかいとバタ・デ・コーラからうっかりはみ出すわよ、気をつけて踊るのねニション」

 

 

だが勝算のない戦いなんぞはいつだってやって乗り越えてきた。

無理を通さば生きてこられた、でなけりゃとっくに冷たい心臓抱えてBETAの胃の中。

 

ならば今日も今日とて最後まで踊りきった者だけが生き延びられる、地獄の谷のフラメンコ・サヴァイヴァー。

 

 

「皆、いつもの如く戦い、全身全霊を賭けて祖国と人類に尽くせ。そして――」

 

いつもの如く帰還せよ。

それが鉄血の黒き狼王が下す、栄光のドイツァ・オルデンの裔 ツェルベルスの指標。

 

「さあ行くわよ ― 撃鉄を起こせ!」

「ウィ、オン・ニヴァ!」

 

同じくAu-delà du possible(最高を越える)を眼目に掲げるフランスの銃士らもまた。

 

 

 

ここは北辺バルト海。

BETA大戦最前線中の最前線・煉獄の激戦区スカンジナビア。

 

神に背を向け悪魔を撃ち抜く命知らずの男と女。

 

勝利と生還叶うか否かは――すべて己の腕ひとつ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな大好き伝統のオペレーション・タイトロープw


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