似たもの同士はすれ違う (エリアルの人間)
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出会い

 はじめまして。
 需要ありそうでしたら続けていこうと思います。

 よろしくお願いします。


「日本で世界最強のウマ娘を育てたい」

 

誰もが小さい頃に1度は夢みて、そして諦める。そんな凡庸で、だけれど実現できないよくある夢。

そんな夢をご多分にもれず自分も持った。

違ったのは、俺がその夢を諦めなかった、いや諦めずに済んだことだ。

才能があった。

ウマ娘に関する資料や論文内容はスポンジが水を吸うように流れ込んでくる。テレビで見るウマ娘達の体調やレースの流れが手に取るように分かる。

環境も良かった。

近くには大きなウマ娘資料館があって調べものには困らなかった。

何より、人に恵まれた。

小学の同級生達は学校でも一日中ウマ娘の勉強しかしてない自分を誰も笑わなかったし、それどころか応援してくれたり、時には称賛してくれる。資料館の職員さんは最新の論文や情報をいつも持ってきてくれる。両親は「お前のやりたいことをやりなさい」と優しく背を押してくれた。

 

本当全てにおいて俺は恵まれていたと思う。

結果最年少12歳で中央トレーナーの試験に合格して、それを耳にしたと思われるアメリカの大学からの推薦に応じて大学へ飛び級した。

そこでがむしゃらに頑張って論文やら研究やらを学会に出したり、実際にウマ娘のトレーニングに参加させてもらったりしてあっという間に8年。

 

 

「感謝!よく来てくれた!日本ウマ娘トレーニングセンター学園は君の入職を心から歓迎する!」

「はい理事長。これから宜しくお願いします。」

 

日本に帰ってきた俺は日本ウマ娘トレーニングセンター学園―――トレセン学園に入園して、その当日に運命の出会いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総てのウマ娘達の幸福」という他人から見れば縁木求魚で荒唐無稽と思われる夢。幼い頃からウマ娘として英才教育を受けた私はいつの間にかそんな夢を描いていた。

「辛い道だぞ、ルナ。」

「叶わない夢かもしれないわよ?」

 

この夢のことを告げた時、いつも厳格な両親が私が初めて見るような表情で聞きかえしてきたことを覚えている。

その時私は幼いながらもこの先待ち受ける苦難が如何程のものになるか想像ができた。それでも―――

 

「そうか。ではその夢を往きなさい。お前が描く夢を私たちは応援しよう。」

 

両親からの承諾を得て私は「全てのウマ娘達の幸福」を果たすためには何が必要なのかを考えた。答えは簡単だった。

必要なのは―――力だ。

政治力に経済力、ウマ娘としての実力…挙げればキリがない。私には力が必要だ。そうでなくては世を変えることなど出来はしない。

 

その為に私は

「常に頂点を目指す…いや、頂点に君臨しなければいけない。」

全てのウマ娘が、いや全ての国民が「最強のウマ娘といえば?」「ウマ娘の頂点は誰か?」と問われた時に迷いなくシンボリルドルフと答えられる存在に私はなる。それが私のなすべきことだと悟った。

 

 

 

 

 

 

トレセン学園に入ってからも私は順調に歩み続けた。入試の結果は当然1位だったし、レースの実力でも同年代はおろか1つ2つ上の世代でも現状私に並びたつものはいない。小学から学園に上がる時に急激に成長して大人びてきたことも影響し見た目の風格も出てきた…ように思える。

なんにせよ、私は全国屈指のウマ娘達が集められるトレセン学園でも頂点をとることができた。先ずは上手くいったといえる。

 

しかし、ここにきて大きな問題が発生した。

私にトレーナーがつかないのだ。

 

実力が不足していることはない。先程も述べたが私はこの学年で1番…正直現時点では抜きん出て速い。当然最初の選抜レースでは新人から熟練まで溢れるほどのトレーナーに勧誘された。

そこまでは良かった。事実彼らの中には私の目標を十分に果たせるような腕があるトレーナーもいた。

 

だが、私が夢を語ると彼らは厳しいと去っていく。

「私では力不足だと思うわ。ごめんなさい…」

「生徒会長に立候補してその上で三冠…?流石にそれは…」

「…良いトレーナーが見つかると良いね」

 

分かっていたことではあった。わたしの夢と目標はあまりにも高く、険しい。それは理解している。

だが…日本の頂点ともいえるこの学園に所属するトレーナー達でさえ私の夢は厳しいと匙をなげる。この事実が私の心に負担にならなかったというのは…嘘だろう。

 

2月がたっても現状は変わらなかった。いつも選ばれるのは私ではない。2番の子だ。選抜レースへ出場する回数も減らした。最初は3日に1度は出ていたが今では週に1度出れば良い程度。

…正直、6月頭にはもう半ば諦めていた。7月に入ったら両親に相談して形だけのトレーナーでも用意してもらい、あとは自分で何とかしようと考えていた。

 

「雨、か。」

 

そう考えていた最後の選抜レースの直前に降り始めた雨は、まるで空が私の先を表してるようにすら思えた。

 

「…走ろう。」

 

この暗雲を振り払うように。より強く。より速く。

結果は変わらずとも常に目指すは頂。それが私の在り方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい走りだった!」

「…貴方は?」

 

レース後に興奮した様子で話かけてきたのは長身の比較的顔立ちが整った男性だった。

雨が降っているのにも関わらず傘もささずに走ってきたようだ。裾が泥まみれだ。

 

「あぁ、すまないね。俺は今日この学園に来たばかりでね、そのついでに理事長と理事長補佐に選抜レースを見ていかないかと―――」

 

なるほど、と納得する。確かにこの顔は見たことがなかった。私は基本1度見た顔を忘れない。今日初めて来たというのならば合点がいく。…どうやら本当に興奮していたようなのか傘をぶん投げて走ってきたようだ。少し遠いところで理事長補佐のたづなさんが2つの傘をもちながらアタフタしているのが見えた。

 

「まぁ俺のことなんてどうでも良い!単刀直入にいこう!君、俺の…」

「待て。」

 

少し強い口調で彼の言葉を私はもう遮った。その言葉を軽率に口にして欲しくなかったのだ。

 

「少し、話そうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、初めましてトレーナくん。シンボリルドルフだ。学年は中等部1年。今日は私に声をかけてくれてありがとう。嬉しかったよ、とてもね。」

 

私は選抜レースを終えた後、彼に割り当てられる予定だという部屋でトレーナーくんに、自己紹介をした。かなり砕けた口調だが、そっちの方が良いと彼の方から提案があった。私もそちらの方がありがたいと甘えさせて貰った形だ。

 

「さて…私の担当になりたいということか。…とても嬉しいよ。最近そんな話はなかったからね。」

「本気で馬鹿げてるな…と言いたいところだが」

「うん、もちろん理由があるんだ。」

 

チラリと、落としていた視線をあげて彼を見る。

優しい目だった。同時にとても強い決意を秘めているように見えた。何を言われても意思は変わらないぞ、と。

本当に嬉しい…嬉しいことだ。

けれども…私はもう一度視線を落とす。

私はそれ以上に恐ろしかった。

 

…話すのが、怖い。

伝えたら彼も他のトレーナー達と同じように諦めてしまうんじゃないだろうか。それは無理だと、この私に向けてくれているこの熱意が翻って否定されるのが、堪らなく怖かった。

 

「大丈夫だ。」

 

彼のその一言で。一言だけで。私は自分でも驚くほど落ち着けて、

 

「私は―――」

 

全て話すことができた。

 

私の夢は全てのウマ娘達が幸福に生きられる社会を作ることだと。

そのためレースだけではなく、全ての点で頂点に立つ必要があることから生徒会長になろうと考えていること。

それが原因で他のウマ娘達より練習量は確実に落ちる。

それでも私は

 

「勝ち続けたいんだ。唯一無二の頂きとしてウマ娘達の目標と道標となり続ける存在でありたい。」

 

私の独白が終わると、しばし静寂が部屋を包んだ。何分その静寂が続いたのかは覚えていない。ただ私は落としていた目線をあげられなくて、酷く長く感じたことだけは鮮明に思い出せる。

 

「俺も言わなきゃ、ズルいよな。

 

―――俺の夢はさ、ルドルフ。世界最強のウマ娘のトレーナーになりたいんだよ。それも日本でさ。」

 

反射的に顔をあげていた。

そんな私を放っておいて彼は少しだけ寂しそうに続けた。

 

「アメリカでよく笑われたよ。なんだその子供じみた夢はって。そもそも世界最強ってなんだよってさ。」

「…それは興味深いな。君が思う…世界最強の基準とは、何かな?」

 

そうだなぁ…と、目を閉じて少し考える彼を私は強く食い入るように見つめていた。

 

「例えば、誰でもいい。質問するんだ。そう、誰でも良い。道行く学生、八百屋のオバサン、有名な野球選手に内閣総理大臣や外国の大統領。皆に質問する。」

 

あぁ。身体が、震える。

 

「世界最強のウマ娘って誰だと思う?って。そしたら皆が口を揃えて答えるんだよ―――」

 

なんてことだ、君は、いや君だったのか。

 

「―――シンボリルドルフ。」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「さっきはごめんな?折角話してくれたのに黙っちゃってさ。感動してたんだ。君は最強なだけじゃなくて全てにおいて完璧なウマ娘になりたいんだな。

…最高だよ。シンボリルドルフ。君は俺に興味はないかもしれないが、俺はもう君の専属トレーナーになりたくてなりたくて仕方がない。

 

本当にミスったよ。あっちの我儘聞いて6月後半まで残るんじゃなかった。4月からちゃんとこっち来てればもっと早く会えたのになぁ。全く、外国いると日本のウマ娘の話題入ってきにくいんだよなぁ。

 

………さてと無駄話は置いといてだな、自己紹介という名のプレゼンをしよう。精一杯気に入って貰えるように話すから、良ければ最後まで聞いてくれ。おれの名前は―――」

 

padを取り出して説明する彼の声は私には届いていなかった。時が止まったようなとはあのような感覚のことを言うのだろう。気づいた時には彼の自己紹介という名のプレゼンテーションのページは14と表示されていた。一瞬やってしまったかと思ったがよく考えたら聞く必要はなかった。自分のトレーナーの経歴や特技、趣味なんてすぐに分かることになるだろう。

 

 

「もう…大丈夫だ」

「いや、ちょっと待ってくれ!まだ経歴も終わってないぞ!良ければ最後までとかさっきは言ったがやっぱり絶対最後まで聞いてくれ!頼む!自分でいうのもなんだが俺も結構凄いとこあるんだよ!」

「…ふふ」

 

目に見えて慌て出す彼を見て久方振りに心からの笑みが零れた。ここまで私をやる気にさせておいて、もう君以外のトレーナーなど考えられないと思っているのに、この男は断られると思っているのだ。

 

さて、このまま大慌てで自分の研究やら論文やら得意分野やらを説明する滑稽な彼を見ているのも面白いが、流石に可哀想になってきた。

 

「違うよ。もう決めたんだ。私のトレーナー君。」

「ホントか!良し!良し!ヨーシ!!じゃあ早速契約書を…」

「待ってくれ。」

「ん?」

 

このまま契約書にサインしても良かったのだが…

 

「すまないな。君の口から聞きたいんだ。さっきは私が止めた言葉をね。ふふ、何事も最初が肝心と言うだろう?」

 

これは半分本当で半分嘘だ。私はただ彼の口から聞きたかったのだ。

 

「あぁ、なるほど。そりゃ道理だ。」

 

そういうと彼は流れるように片膝をついて膝をついて片手を差し出す。

 

「偉大な未来の皇帝シンボリルドルフ。君はたかだか1トレーナーである俺の無茶苦茶な夢を叶えてくれるかい?」

「ふふ」

 

これは良い。少々大袈裟に見えるがトレーナー君と私が歩む遥かな道への第1歩だ。これくらいがちょうど良い。

 

「そうだな。では此方も問おう。たかが1ウマ娘が抱く先の見えない荒唐無稽なこの夢を君は叶えてくれるかな?」

あわせて私が手を差し出す。

彼はニヤリと1度笑って痛いくらいに強く返してくれた。

 

「よろしくな。私のトレーナー君。」

「ちょっと待ってくれ、よろしくしたいが、痛い、痛いぞルドルフ。」

「ふふ、すまないね。」

おや、強く握りすぎていたのは私の方だったかな?

 

「…やんだな、雨。」

「うん。よく晴れた。」

 

 

私はその日、運命の出会いをした。

 




本題まで遠いです。
私は信頼描写とかしっかりした方が後々よくなると思うのでお付き合いいただけると幸いです。


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似た者同士は惹かれあう

本日二話目目です


『一時間くれルドルフ!とりあえず今のお前の状態を確認する為のメニューを作ってくるから!ここで好きなことやってくれ!』

 

 そう言い残すとトレーナーまさに嵐のような勢いで部屋から出て行った。…疾風迅雷。瞬発力、という点のみならばウマ娘にも負けないのではないだろうか。

 

 さて、言われた通りここで待つことにした私はコーヒーでも入れてゆっくり待っていようと思ったのだが…

 

「………」

 

落ち着かない。彼がいつ帰ってくるのかとそわそわしてしまう。まだ昂ぶった感情が収まらないようで、ソファに落ち着いて座っていられない。

 少しはしたない気もするが、カップを片手に持ちながらトレーナー君の部屋を歩きながら観察してみることにした。

 とはいっても…段ボールばかりで今すぐ使えそうなものは3つもモニターがあるパソコンくらいだ。

ふむ、探索するようなところはもうないな。

 

 

 そう思ったところで丁度コンコンと小気味のよい音がドアからして、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「どうぞ。」

「失礼します~。理事長補佐のたづなです~。トレーナーさんにお願いされてお茶菓子持ってきたんですけど、いかがですか?」

 

手に持っているトレーと菓子を落とさないようにゆっくりと緑の制服を着た女性が入ってくる。

 

「ありがとうございます。…ちょうど小人閑居していたところです。」

 

手持ち無沙汰だった私にとっては非常に有難い提案だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで…なぜトレーナー君は理事長補佐をここに?」

「たづなでいいですよー。先ほど図書館へトレーナーさんが走り去っていく途中に呼び止められまして…ルドルフが暇してるだろうから自分の部屋整理のお手伝いの予定時間の分、話し相手になってくれませんかって頼まれたんですよ。それにしてもトレーナーさん凄く速くてびっくりしてしまいました!一瞬ウマ娘かとおもいましたよ!」

 

どうやらスタートダッシュのみならず走り全般いけるようだ。いよいよトレーナー君のことがわからなくなってきた。

 

トレーナー君のことがわからない?

はたと、気づく。熱に浮かされすっかり失念していたが、私は彼のことを名前と今日学園に来たということ以外何も知らない。

 

「それにしてもルドルフさん!よかったですね!彼が専属トレーナーになってくれるなんて!」

「はい、理事長とたづなさんにはご心配ををかけてしまい申し訳ありませんでした。これからは彼と二人、互いに新人として奮励努力していこうと考えております」

「…?」

 

 

私の言葉を受けてたづなさんがなにか合点がいかないように首をかしげた。

特に間違った事は言ってないように思えるが…

 

「何か、おかしかったですか?」

「えーと、彼の経歴とか…お聞きになりませんでした?」

「お恥ずかしながら…あのときは私を理解してくれるトレーナーが現れてくれたことに少し、いや、かなり興奮してしまいまして…彼の説明があまり、耳に入っておりませんでした。」

「ええ!?聞いてないのに契約結んじゃったんですか!?」

「…はい。」

 

言われてみれば確かにその通りだ。

トレーナーの経歴も知らずに担当を決めるなど、前代未聞のことだろう。

後悔など微塵もしていないが、己の浅慮さに今更ながら恥を感じてきた。

 

「ふふ、同学年どころか上級生からも尊敬されるルドルフさんにも可愛いところがあるんですね。」

「………あまりからかわないで頂けますか。」

 

 …顔が熱い。きっと私はわかりやすく赤くなってしまっているのではないだろうか。

 こんな姿はトレーナー君には見せられない。

 

「でも、間違っていませんよルドルフさん」

「…?間違っていない、とは?」

 

ふと、彼女の言葉に違和感を感じて聞き返す。彼女は『間違っていない』と言い切った。

なぜ断言できる?彼は今日トレセン学園に来たばかりだと私に説明していた。しかし、彼女の口ぶりは明らかに私のトレーナー君のことを知っていて、その上で『間違っていない』といっているのだ。

つまり…理事長補佐はトレーナー君がこの学園に来る前から彼のことを知っている、ということになる。

この事が私は無性に気になった。

 

私のこの質問に対して彼女は「どう説明しましょう…」と少し悩んだ後、

「そうだ!トレーナーさんの名前はお聞きになりましたよね?それなら少し検索してみましょう!きっとその方が早いです!」

パチンと両手の前で手を合わせて、私に端末を貸してくれた。

 

何を言ってるのかわからず少し怪訝に思ったが言われたとおりに彼の名前を打ち込んで検索をかけてみて――

 

「な…」

 

目を疑った。

『中央トレーナー認定試験最年少合格記録更新!』

『日本ウマ娘界の神童!アメリカ**大学へ』

『**年USA最優秀サブトレーナー賞受賞!新進気鋭の麒麟児の一日に迫る!』

 

なんだ、これは。

 

今挙げたものなどほんの一部だ。主に英語だが、日本語はもちろんあるし、中国語にドイツ語、果てはアラビア語まで。彼の功績や研究をたたえる記事が万万千千とまでは言わずとも到底一日二日では読み切れないほどの数現れた。

 

『結構すごいとこあるんだよ』とトレーナー君が言っていた事を思い出す。

これでなにが、結構すごいだ。謙遜にもほどがあるだろう。

 

「実は…彼の学園での立ち居位置はただのトレーナーじゃないんです。”プロフェッショナルトレーナー”というウマ娘の皆さんのみでなく、ウマ娘を育てるトレーナーの皆さんにもアドバイスや指導を行う、学園が今年度から新たに設置した立場になります。」

 

再び驚愕した。

つまり、日本最高峰のウマ娘育成の場であるトレセン学園がわざわざ彼のために新しい立場を作ったと言うことだ。

 

「日本には八年もいらっしゃいませんでしたから全然でしたけど、アメリカでは結構ニュースになってましたよー。ジャパンの天才が我が国を発つ、止めた方がいい!ーみたいな感じでした。ふふ!」

 

 よく考えてみれば。おかしな点は多々あった。

 先ほどの選抜レースが始まる前、やけに見に来ていたトレーナーたちが騒がしかった。まるで有名人でも来ているかのように。

 今日初めてトレセン学園にきた?これも奇妙だ。この時期に入園する新人トレーナーなどいる訳がない。

 極めつけはこの部屋だ。どう考えてもただの新人トレーナーに割り当てられる部屋の大きさと設備ではない。

 

 

「そう…でしたか。己の寡聞が恥ずかしい。そして大変ありがたく思います。…しかし」

「不安…ですか?」

「ええ。…正直私でよかったのかと。」

 

どうやら態度に出てしまっていたようだ。

私は確かにウマ娘としての能力はこの学園では抜きん出ているかもしれない。

しかし、それは所詮”この学園で”だ…私で彼に釣り合うのだろうか?

 

「あら、そんな心配いらないと思いますよ?私、彼の専属のウマ娘はルドルフさんしかいないと思います。」

「だと良いのですが…。」

「…信用できません?」

「…」

 

それはそうだろう。彼女の言葉を否定することにはなるが…彼女は”駿川たづな”であって、私のトレーナー君本人では無いのだから。

 

そんな私の考えを見抜いたのか、「後で怒られちゃうかもですけど…」と何やら彼女の携帯を操作し始めた後、私に悪戯っぽく笑いかけた。

 

「実はですね…そんなトレーナーさんが学園の選抜レースをみてどんなことを話すのか聞いてみたいと理事長が仰りまして、録音しちゃってるんですよね。ルドルフさんが出ていた選抜レースの時の彼の音声。聞きたいです?」

「はい。」

自分でも分かるほど食い気味に私は頷いた。

 

 

 

 

 

『なるほど…いえ、素晴らしい施設だと思います。あちらのトップ施設にも全く劣っていませんよ。おっ、始まりましたね。うん…流石トレセン学園の娘たちですね。入学して約3ヶ月でこの実力ですか。非常に高いレベルでまとまっていると………失礼、質問いいですか?この選抜レースって中等部の一年生しかでてないんですよね?

てことはあの娘も…そう4番の今逃げてる娘です!トレーナーもいないのにあの逃げを選べるんですか!?え?このレベルの逃げられる娘なら他にいるって?違いますよ!どう考えたってあの娘の脚の適正は逃げじゃない!明らかに差しか先行だ!彼女もそれを理解している!それを理解してなお逃げているんです!

 

なぜ?このレースの出走ウマ娘16人のうち今回の作戦割り当ては彼女を除いて逃げ2先行9差し4で明らかに先行過多、かつ3番と5番の娘が逃げだから先行策を彼女がとった場合、他の先行のウマ娘よりも位置はほぼ確実に下がるんです、ということは強制的に差しに近い形となるんですよ。いや、それでも彼女は勝てるでしょう、それだけ彼女の脚は素晴らしい。しかし雨が降っている今は馬場が重く、もしかしたら、万に一つの確率で2着がありえるんです。だから最も確実に、安定して勝つならば逃げを…ちょっと待ってください!400からのラップ測るので!

 

…なんてこった!殆ど変わってない!2400の慣れない逃げの重馬場で!?落ちないって!?マジか!

すいませんたずなさん!行ってきます!さっき理事長室でしばらく専属にはならないと思うとかいいましたけど嘘でした!嫌です!待ちません!確信してるんですよ、俺は彼女を育てるために日本に帰ってきたんです!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

「どうですか…?」

「…よいのだろうか。あまりにも、出来すぎている。運が、良すぎる。彼はもっと───」

「いいえ。運なんかじゃないと思います。」

 

ピシャリ、と。

温和な彼女からは聞いたこともないくらいに強く、遮られた。

 

「知ってますよ。私も、理事長も。ルドルフさんがその年でご自分の夢のためにどれだけ頑張ってるかも、どれだけ悩んでらっしゃるのかも。」

 

「上手く言えませんけど…ルドルフさんがそれだけやって来たからトレーナーさんはルドルフさんのトレーナーになりたいって思ったんです。」

 

言葉が出ない。

 

「ですから…これは絶対に運じゃありません。ルドルフさんの頑張りが、報われただけなんです。」

 

「…申し訳ない。この様な姿…他人に見せる訳には、いかない、いかないの、だが…」

「はい。いいんです。」

 

私は初めて、人前で、泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きました?」

「…ええ。お見苦しいところをお見せしてしまった。」

 

 

「ありがとうございました。もう大丈夫です。

私はただ己の道を、我が夢を征きましょう。唯一無二の皇帝となり、”最強”であり続けましょう。」

 

そう顔を上げて告げたルドルフさんは見違えるように晴れ晴れとしていて、なにより一回り年上の私でさえ見ほれるほどに、憧れてしまうほどに、格好良かった。

 

「ルドルフー。作ってきたぞー!

たずなさんも。お待たせしました。急な頼みにも関わらず聞いて下さってありがとうございます。」

 

ひと段落したところでタイミングよく扉が開き、トレーナーさんが戻ってきた。

また走ってきたのだろうか?少し息が上がっているように見えた。

 

「全然大丈夫ですよ?ルドルフさんとお話出来て私も楽しかったです!…急に頼み込まれた時はちょっとビックリしちゃいましたけど…」

「…面目ない。普段はこんなことないんですけど。ちょっと、舞い上がってしまいまして…」

「あら、いいじゃないですか。ウマ娘界の麒麟児にこういう子供らしい一面があるなんて可愛いとおもいますよ?」

「…あんまりからかわないでください。ルドルフもいるんですから。」

 

そう言ってトレーナーさんは少しバツが悪そうにルドルフさんを見る。どうやら彼も彼女の前では情けないところは見せたくないようで。

…これは後で録音を聞かせちゃったことを謝らないといけませね。

 

「ふふ…それじゃあ私はトレーナーさんも帰ってきたことですし失礼しますね~。」

 

「ありがとうございました。大変有意義な時間でした。」

「これからもよろしくお願いします。」

 

部屋を出る前に二人そろって深く礼をしているのが見えて、思わず小さく笑みが零れた。

 

 

本当にもう───

 

 

歩きながらルドルフさんに駆け寄ったせいで、びしょ濡れになってしまったトレーナーさんを更衣室に案内している時のことを思い出す。

 

 

「ルドルフさんは同年代だと現時点で…どのくらいの強さなんでしょう?」

「そうですね。まぁ1度見ただけですから大凡ですが…世界最強を上の上とすると…その一つ下、上の中くらいですかね。」

「え!?」

「全体的に最高峰であることに間違いはないんですけれど…具体的にいえば、そうだなぁ足りないものは───」

 

驚く私とは対照的に彼は驚くほど冷静に分析を続けていた。 その容姿は20歳にしてはあまりにも成熟しているというか、達観しているというか。大人びている、というか。

 

「…そうなんです?」

「意外ですか?」

「はい…トレーナーさんのあの興奮した様子をみると、正直世界でも抜き出てるのかと…」

「うーん…トップクラスであることは間違いないですけどね。抜きん出てる、とはまだ言えませんね。」

「では…何故ここまでルドルフさんのことを…?」

 

気になった。ならば何故彼はこんなにもルドルフさんに入れ込んでいるのだろう。それこそ普段の態度が豹変するほどに、だ。

 

「逃げです。」

「…逃げ?」

 

「あの逃げはですね、たづなさん。才能とかじゃ絶対出来ないんです。彼女はあの逃げを選ぶために、絶対に努力をしている。出走するウマ娘達全員の特徴や作戦、を理解して自分と照らし合わせてシミュレーションしてみてやっと最適解だと理解できる。

それをですよ、言葉は悪いですがたかが1回の選抜レースの格下相手、しかもトレーナー無しでやってるんです。

 

彼女のことを俺はまだ全然知りません。何を目指しているのかも、どんな理由があるのかも。それでも彼女は本当に負けたくない、負けられないんだと俺は思ったんです。そしてその為にどれだけ努力したのかもそれだけは伝わったんです。」

 

その時、私でさえ、ただ彼女のことを見ていただけの私でさえ、確信した。

ああ、この人だと。

ウマ娘、シンボリルドルフのトレーナーはこの人なんだと。

「正直そこだけでも、惚れました。加えてあの実力ですよ?もうベタ惚れです。俺、絶対あの娘の専属になりますよ。…まぁ、正直不安ですけどね。そんな凄いシンボリルドルフに俺で釣り合うのかなって。」

「大丈夫ですよ。ご自分がなんと周りから呼ばれているかお忘れですか?」

「だと、良いんですけどね。」

 

 

───そっくり(お似合い)なんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てことでルドルフ。待たせたな、はいよ。」

「随分と早かったね。まだ45分もたってないと思うが…」

「ここ5日分しか作ってないからな。詳細は君のことをもっと知ってからだ。」

「ふむ。確かにその通りだね。」

 

渡された紙には今日の午後を含めた五日分のスケジュールと身体機能測定トレーニングの種目や時間が細かくかかれていた。今日を1として予定を大まかに纏めると…

 

1遊びに行こう。(カラオケとかどうだ?)

2身体検査 1度目

3リフレッシュしに行こう。(ルドルフの趣味によって変える予定)

4身体検査 2度目

5結果を元にした今後の方針等を決定するためのミーティング

 

「…ふむ。」

 

見事なものだと感心する。

特に身体検査の内容は時間、距離、コースなどが細かく決められており、これを1時間足らずで作ってきたというのは彼の能力が如何に優れているかを証明するものだ。

 

 

「トレーナー君、質問良いかな?」

「あぁ。なんでも良いぞ。」

「身体検査が2回あるのは私の調子によってどの程度差が出るのかを確認するためかな?」

「その通りだ。流石ルドルフ。」

「私はそれを踏まえると検査は3回必要なのではないかと考えるのだが…どうだろう?」

「ルドルフ。その時々の調子の内訳は?」

「不調、普通、好調だ。」

 

なるほど、と一拍おいて彼は少し思考する。

どうやら彼の指導方針は所謂”ワンマン”なものではなく相談し合いながら指導を進める方針のようだ。

優秀であればあるほど前者の方針を取るトレーナーが多い印象だが、彼はどうやら後者らしい。私としても其方の方がありがたい。

 

「そうだな、これは後々話すつもりだったが…ルドルフ。俺のウマ娘の調子に対する持論を聞いてくれるか?」

「喜んで聴こう。」

「俺はウマ娘の調子には5段階あるとかんがえている。さっきお前があげた3種の上と下にそれぞれ絶好調と絶不調を加えた5段階だ。ルドルフ。今自分自身だとどこだと思う?」

「不調かな?」

「そうか。因みに俺は確かに不調寄りではあるが絶不調だと思う。ここの食い違いはまだ会ったばかりだから仕方がない。これから治していこう。

 

それに自分の調子を即答できるのはお前が今まで努力して自身の管理をしていたからであって、普通のウマ娘にはそうそう出来ない事だ。ありがとうルドルフ。トレーナーとして非常に助かるよ。」

 

 

これは参った。今まで様々な賛美や尊敬を集めてきたが…これほどの喜びはなかった。

トレーナー君に少し褒められるだけだと言うのにこれはどういう事だろうか?

 

(落ち着け。落ち着くんだシンボリルドルフ)

 

自分にそう言い聞かせる。

 

先程決意しただろう?

彼の期待に応えられるように、より一層未来の皇帝に相応しい態度であれ。

 

…抑えるんだ。耳は大丈夫か?尻尾ははしたなく揺れていないだろうか?

 

「頂点を目指すのだからね。当然のことをしていたまでだよ。」

「そうか、流石だよ。後でルドルフ自身が考えたメニューとかも見せてくれるか?参考にしたい。」

「勿論だとも。」

 

…うん。問題ないようだ。

全く早く慣れなくてはな。これからずっと共にいるのだからこの程度のことで昂揚しているようでは先が思いやられるというものだ。

 

 

「話を戻そう。俺はこの5段階のうち、普通と絶好調の2つのデータが欲しい。その2つさえあれば好調時の走りも予測はできる。確かにお前の言う通りそれぞれの調子で正確なデータをとるのも悪いとは言わないが、そんなことに時間を使うのは俺はトレーナー側の怠慢だと考えている。」

「む?ならば今日も走るべきではないか?今の私が絶不調ならば、1日ずつ予定をずらせば絶不調、普通、絶好調の3つのデータが取れて全ての調子の詳細が分かるぞ?」

「ハッハッハ、それこそ無駄だ。絶不調と不調のデータなんか要らん要らん。」

「…?」

「ルドルフが不調以下で走ることはもうないからな。」

 

あぁ、本当に君は───

 

「…どうした?」

「ふふ、いや何。困ったな、出会ったばかりだと言うのに私は君の事をこの上なく気に入ってしまってな。私はここまで軽いウマ娘だったのかと、自分でも驚いてしまってね。」

「そりゃずっと見つからなかったトレーナーがやっとみつかったんだ。俺でなくても気に入るさ。それに軽いと言うなら俺だぞルドルフ。今まで何百人もウマ娘を見てきたってのに、一瞬で一目惚れだ。軽すぎてビックリだ。」

 

 

「…」

「…」

「…」

「ふ…」

「ふふ…」

 

どちらともなく笑い出す。

たったこれだけのことなのに満ち足りる。

力が溢れてくるようだ。

 

 

「そうだな、では外出の前に、軽い者同士共に昼食に行かないかトレーナー君。学食でカルボナーラなんてどうだい?」

「なんだルドルフ!お前シャレ言うのか!そうだな、じゃあ俺はトロピカルジュースでも追加で頼むかな!」

「おお!それは悪くないな!食品と飲料であれば会話の中に入れても違和感がない!一文で3つもかけられる!」

 

 

さぁ往こうトレーナー君。勇往邁進、きっと君とならどこまでも道が切り開けるさ。




 最近忙しいので投稿頻度おちます。
 モチベになるのでよろしければ評価、感想等おまちしております。


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ひとときの

 今回までです。次回からやっと本題に入れます。


まだ本題にも入っていないのですが、たくさんの評価と感想ありがとうございます。また、誤字報告も本当に助かります。
感想等に反応できず申し訳ないです。時間ができましたら一括でお返しいたしますのでお待ちいただけると幸いです。

 この度ハーメルンで初めて整形というものを使いました。読みやすくなっていれば幸いです。


 

「いやぁ助かったよ。流石だね、君は。本当に僕と同い年は思えないよ」

「問題ないさ。最初は俺も大変だったよ」 

 

 目の前でぱたんと手帳が閉じられる。

 彼はルドルフの一つ下の学年、つまるところ今年の新入生であるエアグルーヴというウマ娘のトレーナーだ。このエアグルーヴというウマ娘は今年の夏から生徒会、しかも副会長になった。

 

「うん。やっぱり大変だね。生徒会の活動とトレーニングを両立させるというのは。メニューや予定を考えるだけでも頭がパンクしそうだよ」

「そうだな。だがもっと大変なのはそれをこなすウマ娘自身だろう。彼女達が努力しているのだからトレーナーである俺たちもこれくらいはしなくては」

 

 

 

 ということで、彼女の専属トレーナーである彼も一年半前の自分と同じように生徒会の活動をしながらレースに勝てるような育成メニューを考える必要が生まれた。

 新人である彼には流石に難しかったらしく、今年の9月ごろに似たような境遇にある自分に相談をしにきたわけだ。それから年が同じということもあり、よく話す間柄となった。

 

 

 

 

「改めて君の凄さを実感するよ。こんなことを一年半も続けているんだろう? …しかも、メイクデビューは大差で、サウジアラビアRCは4バ身。内容も完璧ってことだ」

「ルドルフが強いからだよ」

 

 彼女のトレーナーになって一年半ほど経つが、共に過ごせば過ごすほどルドルフは天才だと、分かる。彼女は一を聞いて十を知る、海綿が水を吸うようなとか、そんなありふれた言葉で表現できるようなものではない。

 それでいてその才能に驕ることなど決してなく、日々努力を欠かさない。なんて素晴らしいのだろうか。 

 しかもだぞ? 彼女は不平不満を言うことなく、従ってくれるのだ! 俺を信頼して! 

 なんだ? 最高かシンボリルドルフ? 最高だったわ。幸せだな、俺。

 

「……どうしたんだい?」

「……いや、なんでもない」

 

 話がずれた。

 つまり、だ。そんな素晴らしい娘を担当に持っているのだ。”生徒会で忙しいから”如きの理由でこれくらいの結果も残せないようではトレーナーとして彼女に微塵も釣り合わない。

 

 

「今度、ご飯でもおごらせてくれないかい? いつも世話になっているし」

「要らんよ。たいした事じゃない。そもそもこれも俺の仕事の一部だ」

「そういわないでさ、この忙しい時期にわざわざ付き合ってくれたんだ。……もう少しだろ、ホープフルステークス」

 

 次に挑む……いや獲るのはホープフルステークス。

 ジュニア王者を決める今年最後にしてルドルフにとっては最初のG1。

 そう、G1だ。当然出てくるウマ娘たちのレベルも格段に上がるだろう。それに皆ルドルフを超えようと、この世代の顔は私だと燃えているはずだ。徹底的にマークされることも考えられる。

 それでも―

 

「全く問題ない」

「断言するのかい?」

「断言するさ」

 

 負けるわけがないだろう。

 彼女のトレーナーになってからトレーニングはほぼ完璧だ。ルドルフのおかげで理想に近い形で行なえた。

 調子も絶好調といっていい。他のウマ娘達がどれだけ調子を上げてこようが関係ない。

 距離は2000。得意な距離だ。サウジアラビアと違って十分に実力を発揮できる。 

 

 そして、なにより

 

「彼女はシンボリルドルフだからな」

 

「……全く。羨ましいよ」

 

 本当に。

 その言葉を自信をもって言えることが、本当に羨ましい。

 

 僕にも同じことが出来るだろうか? 来年、彼と同じ立場にたって、エアグルーヴなら絶対に勝てると断言できるだろうか? 

 

 …… 無理だ。少なくとも、今のままでは。

 

 エアグルーヴのせいじゃない。

 寧ろ彼女はシンボリルドルフさんにも劣らない素晴らしいウマ娘だ。彼女のトレーナーになれた時は本当に嬉しかったし、今だって誇りに思っている。

 

 僕だ。

 僕が、僕自身が自分の作るトレーニングに自信を持てていない。エアグルーヴの理想になれていない。

 

 彼女自身から別の提案や質問を受けては頭を悩ませることも少なくない。

 

 ……彼らにはそんなことはないんだろうな。

 あの2人の在り方はまさに「理想」だから。

 

「ふと思ったんだが、君たちの間で意見が割れたりすることとかってあるのかい? いや、あるわけ……」

「あるぞ」

「え?」

 

「そしてそのことについて……」

「今から語り合わねばな、トレーナー君」

「ルドルフさん!?」

 

 いつの間に来ていたのか、生徒会長シンボリルドルフと、状況が分からないと言う顔をしたエアグルーヴが後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまです会長。こちらで最後になります」

「ああ、ありがとう。……なんだ。殆ど完成しているじゃないか」

「はい。少しばかり私が手を加えておきました」

「助かるよエアグルーヴ」

 

 エアグルーヴ。彼女は今年の夏に生徒会副会長に立候補し、現在私の右腕として活躍してくれているウマ娘だ。彼女はあらゆるウマ娘の理想を体現しその指標となる女帝となることを目標に掲げており、日々力戦奮闘している。

 志が近いウマ娘が同じ生徒会に入ってきてくれたことは非常に喜ばしいことだ。

 

「……申し訳ありません」

「ん? 何のことだい?」

「会長はもうすぐホープフルステークスが控えております。本来ならば、お手を煩わせるわけには……」

「仕方がないよエアグルーヴ。現在生徒会は入れ替わりの時期らしいからね。人手が不足するのは仕方がない」

「しかし……」

 

 本当に真面目な娘だと思う。

 私としてはまだ1年である彼女に負担をかけてしまっている事の方が心配なのだが。

 

「ふふ、本当に大丈夫だよ、エアグルーヴ。私のトレーナー君が良いといっていたからね。何も心配することはないよ」

「……会長のトレーナー、ですか」

「うん。私は彼を心から信頼しているからね」

 

 本当に、時が経てば経つほど私は恵まれていると実感する。

 相変わらず出されるメニューは完璧だ。

 日々の練習で不足を感じることもオーバーワークを感じることもない。まさにベストと言える負荷のトレーニングを課してくれる。

 それどころか生徒会長となり時間が取りにくくなってからは対面しなくても良いようにと、トレーニング内容や私の調子、出場レース等を詳しく書いたノートを作って渡してくれるようになった。……トレーナー君だって、忙しいに決まっているのに。

 私としては出来れば彼とは実際に会って話したいのだが。

 

 体の調子だって、彼がトレーナーになってからは不調と呼べる日はないと言っていい。なにか調子を崩しかけた時、例えば少々頭痛がした時などは私がそう伝えた訳でもないというのに生徒会の仕事を手助けして負担を減らしてくれる。

 

 トレーナーとウマ娘という関係を抜きにして、彼個人としても私は彼と相性が良い……と思う。

 共に映画を見て内容について批評したこと。

 喫茶店でたわいもない話をしたこと。

 あぁ、神社で御籤も引いたな。

 その全てが、私にとっては非常に充実したものだった。

 

 

「やはり理想的、ですね。羨ましくすら感じます」

「おや? 君のトレーナー君もなかなか優秀だと私は思うが?」

「いいえ、まだまだです。1人で予定も組めないような男を優秀とは言えないでしょう。それにアドバイスも遅い。内容は良いのだからもっと自信を持って言えばいいものを。加えて……」

 

 このようにエアグルーヴは彼女のトレーナーに対して非常に厳しい。だが、それは彼女の期待の裏返しだろう。何せ、彼女も私と同じようになかなかトレーナーが決まらなかった。いや、正確には決まってもすぐに彼女の方から解消してしまうのだ。

 しかし今のエアグルーヴのトレーナーに変わってからはそんな気配は一切しない。

 

「だが、気に入っているのだろう?」

「………はい」

「ふふ、ならば良いのではないか?」

「……しかし、会長はトレーナーとの間にわだかまりや意見の相違など存在しないでしょう。我々もそのような関係を目指すべきだと……」

 

 ふむ、エアグルーヴから見ると私とトレーナー君の意見が食い違うことなどないと思われているらしい。

 

「いいや、そんな事はないさ。私と彼とて意見の相違で衝突することがない訳では無い。勿論、稀にではあるが」

「……本当ですか?」

「ああ。そして私とトレーナー君は現在まさに、あることで対立している」

 

 そう。如何に敬愛する私のトレーナー君といえども私とてコレは譲れない。

 

「そして。その事について今から話し合う予定なんだ。丁度生徒会の仕事も終わった。…エアグルーヴ、君もついてくるといい」

「…え? 宜しいので…」

「ああ。君にとってもきっと有意義な時間になる筈だ」

「……私にとっても有意義?」

 

 立ち上がり、少し困惑している様子のエアグルーヴを連れて彼の部屋へと向かう。

 さぁトレーナー君。危言覈論(きげんかくろん)といこうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、来たかルドルフ。時間ピッタリだ」

「当然だよ。コレばかりは私も譲れないからね。しっかりと議論する必要があるだろう?」

 

 机を挟んで向かい合う2人は異様な雰囲気を出していた。

 ……重い。ただ隣で立っているだけの僕でさえ

 強くそう感じる。エアグルーヴも同じようで、これはどういう事情だと言う様な目線を僕に向けていくるが僕の方だって知りたい。

 

 

 

 暫くして、2人が同時に取り出したのは──―

 

 

「「は?」」

 

 

 Tシャツだ。

 

 ルドルフさんが取り出したものには”ニューヨークで入浴”

 彼女のトレーナーが取り出したものには”ワンダフルなワンちゃん”

 

 ……とそれぞれ文字と対応した絵が描かれたTシャツが机の上に、置かれた。

 

「やはり、良いセンスだな……ルドルフ」

「それは此方のセリフだよ、トレーナー君」

「……」

「……」

 

「しかし、しかしだルドルフよ。俺の選んだTシャツをもう一度見てくれ。これはシャレの内容だけでは無い。見ろ! この可愛らしい犬のイラストを! お前が着ればきっと似合うぞ!」

「確かにそのワンダフルな……ふふ、ワンちゃんは非常にユーモアに富んでいるし、とても可愛らしい。

 だが、トレーナー君。1度復唱してみると良い。ニューヨークで入浴……これ程美しいの語呂が他にあるだろうか? そのワンちゃんも非常に捨てがたいが、わたしはやはり此方のTシャツを勧めさせてもらおう」

 

「……」

「……」

「ハッ?」

 

 危ない。驚きのあまりに思考と体の両方が固まってしまっていたようだ。

 希少な体験をした。

 でもこんなことでしたくなかった。

 

「……エアグルーヴ? だいじょ……!?」

 

 エアグルーヴに僕は振り向き、声をかけようとして……かけられなかった。

 怒り? 驚き? 悲しみ? 違うな、そもそも感情というものが、生気というものが感じられない。

 

 

 ──ー虚無か。

 

 え、いや、ホントに大丈夫かなエアグルーヴ? 僕、君のトレーナーとしてもう半年以上経つけどそんな顔見たことないよ? 

 

「いや、ルドルフやはり──―」

「トレーナー君の言い分も分かるが──―」

「……ちょっといいかい?」

「どうした? 今良いところなんだが」

「これ何の話なんだい?」

 

 流石に訳が分からなすぎて、2人の会話を無理やり止めて質問を入れた。

 このままだと確実に置いていかれる。いや、もう既に置いていかれているかもしれないけれど。

 

「あぁ、実はな。少し前にルドルフと2人で買い物に行ったんだが、その時に素晴らしいTシャツ専門店に寄ったんだ」

「……それで?」

「うん。その際に折角だからトレーナー君と私でこの店で1番良いTシャツを揃いで購入しようということになったのだが……」

「意見が割れちゃったのかい?」

「「その通り」」

 

「……」

「……」

 

 なんてこった。

 

 いや、知っていた。彼が、ルドルフさんのトレーナーが実はダジャレを好んでいるのは。

 彼が昼食を食べながら「ウマ娘手作りのうまい弁当か……ふ」とか真面目な顔で呟いているのを初めて聞いた時はホントに自分の耳を疑ったけれど、彼の名誉の為に黙っていた。特にルドルフさんが聞いたらビックリしてしまうと思って。

 

 でもまさか、そのルドルフさんも同類だとは想像出来ないだろう? 

 

 やめてほしい。そんなに凛々しい顔で、真剣なトーンでまるで演説でもするかのように「ニューヨークで入浴」なんて繰り返すのはやめてほしい。

 トレーナー君もさ、なんでさっき僕とトレーニングの話している時より真剣な表情してるの? 本当になんで? それにそんな必死な顔でワンちゃんなんて可愛い言葉を連呼しないで? 

 

 

「エアグルーヴ……大丈夫?」

「……どうした? ……いや、その前に少し肩を貸せ。うまく立てん。頭痛がしてきた」

 

 再び一声かけると、かなり苦しそうなではあるが返事が帰ってきた。

 良かった。一応戻ってこれたみたいだ。

 

「……知らなかったんだね?」

「知るものか! まさか会長がダジャレを好んでいらっしゃるとは夢にも……待てよ? …………もしかして、私が気が付かなかっただけか? ……くっ、私としたことが……」

「いや、僕はエアグルーヴは悪くないと思うんだけど」

「しかし副会長としては会長のことは理解していなければ……」

「別にこれは理解できなくてよくない?」

 

 全く。こっちの気なんて知らないで2人は真剣に、何より楽しそうに話を続けている。

 そんな彼らを見て──―

 

「……僕はトレーナーとして役にたてているのかな?」

 

 ……つい、口に出てしまった。

 

「……なんだ、藪から棒に」

 

 あぁ、しまったな。聞こえてしまっていたようだ。

 こんな弱気なことを言っていたらまた怒られてしまうかもしれない。

 

「羨ましくなっちゃってさ」

「気でも狂ったか?」

「違う違う、勿論ダジャレが羨ましい訳じゃないよ羨ましいって言うのはね、あの二人の在り方が、だよ」

 

 彼女をチラリと見るが……特に怒ってはいないようだ。続けろというような目をしている。

 

「彼らを見てると、僕らもあんな風になりたいなぁって思うんだ。だけれどさ、僕は彼みたいに天才じゃない。1人で完璧なメニューは作れないし、エアグルーヴのマッサージだってよく痛いって怒られちゃうし、君のトレーナーとして相応しく──―」

「少し黙れ」

 

 やっぱり怒らせてしまったようだ。

「軟弱者などいらん」と」、「弱音を吐く暇があるなら更に精進しろ」とか言われてしまうかな。

 

 

「確かに貴様は会長のトレーナーと比べ才は劣る。それは疑いようのない事実だ。……しかし、よくやっている……と思わんでもない。それに、貴様は私の在り方を認めた唯一の男だ。……私は己のトレーナーは貴様しかない……と…………思う」

 

 キョトン、とまさしく目を丸くしてしまっていたと僕は思う。まさかエアグルーヴがそんな事を言ってくれるいや、思っていてくれたなんて。

 

「なんだその目は」

「いや嬉しいよ、本当に。ありがとうエアグルーヴ」

「……ふん。礼を言うなら更に精進するがいい」

「相変わらず硬いなぁ。もう少しユーモアを出すために僕らもやってみるかい? ダジャレ」

「本当にやめろ。頼む」

「冗談だよ」

 

 エアグルーヴは冗談ではすまんぞと小さく笑う。

 

 あぁ、良いな。上手く言葉にできないけれど、きっとルドルフさん達もこんな感じなんだろうな。

 

 

「こうなれば……そうだな、トレーナー君。どうだろう、明日互いが選んだTシャツを着用し学園の生徒からどちらがより優れているのかを決めてもらうのはどうかな?」

「良し。それならば場所は学園のジムでいいだろう。流石にこの時期だからな。外は寒いし、明日のトレーニングはボクシングトレーニングを主にするからな。丁度いいだろう」

 

 なんて、感慨に浸っていたらいつの間にか恐ろしいことが起きている。これはあまりにも危険だ。下手したら学園が滅茶苦茶になる。

 

「止めようかエアグルーヴ。二人の名誉と学園を守るんだ」

「……正直に言って、今ほど貴様のことを頼もしく思ったことはない」

「はは。あんまり嬉しくないなぁ、それ」

 

 

 勿論まだまだ僕とエアグルーヴが……主に僕の方が未熟なのは分かってるけど。

 

 それでも、少しは理想に近づけただろうか? 

 

 

 

 

 




 エアグルーヴのトレーナーはエアグルーヴの旦那さんってどんな感じなんだろうって想像して書きました。

 前書きにも書きましたが次回からやっと本題です。
 お付き合いありがとうございました。

このペースだと15話くらいで終わりそうです。


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似たもの同士は

ほんとは次話と一緒にあげたかったけど疲れちゃったんで許してください。


駆ける。

一人、後方へと去った。 

 

『やってきた!シンボリルドルフ!シンボリルドルフだ!』

 

駆ける

また一人。私の視界から消えた。

 

『やはりこの娘か!ジュニア王者はこの娘なのか!?』

 

駆ける

退け。その道は私のものだ。

 

『先頭だ!シンボリルドルフ先頭だ!』

 

400の標識が見えたころには、私の前には何者もなかった。

 

だが、足りない。

さあ走れ、シンボリルドルフ。

示せ。(絶対)を、皇帝(頂点)を。期待を寄せる観客に、これより戦う強敵に、これから出会う後輩たちに。そしてなにより---

 

『シンボリルドルフ止まらない!これは決まったか!』

 

彼にだ。

 

『今ゴールイン!強い!あまりにも強い!文句なし!この世代の頂点はシンボリルドルフだ!!』

 

 

 

すぐに電光掲示板を確認する。表示されている数字は…6。申し分ない。

 関係者席にいるトレーナー君へと目を向ける。 彼は小さく笑った後、少しだけうなずいて奥へ入っていった。 

 

「…ふふ。」

 

(あの男…会長のトレーナーは薄情がすぎる。会長が勝利したのだからもう少し喜べば良いものを。) 

 

声援に答えながら、エアグルーヴがそんな苦言を呈していた事を思い出す。

…だが、私はこのやり取りが好きだった。

トレーナー君の信頼が感じ取れるようで。

 

「シンボリルドルフさん!そろそろ戻ってライブの準備お願いしますー!」

「分かった。」

 

順風満帆。ジュニア級までの我々はまさしくそう表すにふさわしい。

このまま、この道が続くのだと私は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり強い!シンボリルドルフ!まずは一つ目の冠を手にしました!』

 

指を1本掲げたときは4バ身。

今回も完璧だった。

トレーナー君は今回も少し笑ってうなずいてくれた。

万事順調。 

皐月賞でも私達の道に陰りはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『差し切った!皇帝シンボリルドルフ、日本ダービーを制した!これで2つ!三冠へ王手をかけました!』

 

 二つ目の冠も問題なく私は手にした。 

 

しかし…

 

 

(…2バ身か)

 

 

もっと上手く躱せたはずだ。

仕掛けるタイミングも少々遅い。

スタートも…悪くは無いが良くもない。

 

確かに私は日本ダービーで勝利した。

だが、納得の行く結果では決してなかった。

 

その証拠に初めて、彼は笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり皇帝は強かった!シンボリルドルフ!シニア級の強者を破り、宝塚記念を制しました!』

 

 差は、アタマだけ。

 不調という訳では決してない。彼は絶好調で私を送り出してくれた。

ただ、皆が強かった。それだけだ 。

 

 宝塚記念では…”私は負けなかった”だけだ。

 

トレーナー君は…喜んでいた。手を強く握りしめて、今まで私がみたことのない顔をして。

 

私はそれが何よりも―――

 

 

悔しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宝塚記念から数日が経った。

7月、夏だ。

春から続いたGⅠも一段落する季節。

だが我々ウマ娘にとっては当然休みという訳では無い。

GIがなくともレースは開催されている。

それにトレセン学園では恒例の夏の合宿がある。

 

皆、秋へ向けて一念発起し己を磨く時期こそが今だ。

 

…だが、

「トレーナー君。」

「あぁルドルフ、どうだ?」

「…厳しそうだ。やはり私は夏の合宿には参加出来ない。」

 

そう、私は夏の合宿に参加出来ない。

どうしても私が居なければまわらない仕事がある。

合間をぬって僅かな時間だけでも参加することはできなくはないが…中途半端になるであろうことは想像に難くない。

 

「そうか。」

「…すまないな。」

「お前が謝ることじゃないだろう」

 

目の前でパタリとトレーナー君が書き込んでいたノートが閉じられ、すぐにしまわれた。

 

「君は学園には…」

「あぁ、残れない。たとえお前が参加しなくても行くことになる。確かに俺はルドルフの専属だが…それ以上に立場もある。理事長には世話になっているからな。無茶は言えん。」

 

新しく開かれたノートに流れるように文字を書きながら問題なさそうにトレーナー君は答える。

 

そう、問題なさそうに。

 

…不安ではないのだろうか。

私は負けるところだったんだ。

正直に言って、私は君に行って欲しくない。君に隣で見ていて欲しい…

 

「うん。その通りだ。」

 

…そんな事言えるわけがないだろう。

私は生徒会長だ。個人の意見でものを決める訳にはいかない。

 

「ルドルフ。」

「なんだい?」

「…次は、勝たせてみせる。」

「…」

 

トレーナー君の言葉を反芻する。

「勝たせてみせる」か。

 

言葉の通りだ。私は…君に勝たせて貰っているんだ。

 

胸が、苦しい。

聞きたかった。

 

私は君の理想であり続けていられているだろうか

私は君の期待通りの走りができているだろうか

…私で、君につり合っているのだろうか

 

本当ならば、聞きたかった。

 

 

「…ああ。次こそ私も皇帝に相応しい走りを見せよう。」

 

だが、飲み込んだ。

これ以上無様な姿を見せてなるものか。

 

不要だ。

100の言葉など、1の行動よりも劣る。

 

「任せてくれ、トレーナー君。私は大丈夫さ。君本人が居なくともメニューは残してくれるのだろう?それだけで十分さ。」

「…そうか、分かった。」

 

故に、結果で示すだけで良い。

 

 

 

 

2ヶ月。

私はこれまでにないほどトレーニングに打ち込んだ。

トレーナー君から貰ったメニューは完璧にこなした。

生徒会活動の合間を縫ってトレーナー彼が専属となってからは1度もした事がなかった自主トレーニングも己に課した。

 

 

 

 

 

 

結果は直ぐに出た。とてもわかりやすい形で。

 

『シンボリルドルフ!大楽勝だ!前走の不安など一蹴だ!無敗での三冠達成!』

 

 

「ふ…はは」

 

無意識に笑みがあふれてしまう。

ああ、久しぶりだ。この感覚は。

 

三本。指を天へと掲げる。

無敗の三冠。

確かに私とトレーナー君にとっては、あくまで道の途中に過ぎない。

だが、それでも大きな一歩だろう。

 

内容も良かった。

否、良かった程度では無い。我ながら非の打ち所のないレースだった―――

 

―のに。

 

 

分からない。

 

 

どうして君は、笑ってくれないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その答えは、再び直ぐに結果として現れた。

 

『2着!2着だ!ジャパンカップにて皇帝シンボリルドルフ、遂に敗れた!』

 

負けたのだ、私は。

 

茫然自失としてしまってなにも考えられなかった。

レース直後に自分が何をしたのかもあまり覚えていない。

何となく、皇帝らしく1着の娘を讃えたり、見に来てくれた後輩達に答えたりした事は朧気に記憶にある。

 

 

 

ただ、確かに覚えていることは、

いつもの様に関係者席の彼の顔をみて

 

「…ぁ」

 

絶望的な確信を持ったことだ。

 

 

あぁ、終わった…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、生徒会室にて私はただ座っていた。

エアグルーヴや他の生徒会の生徒には今日は早く帰った方が良いと言われたが、無理を言って残して貰った。

居なければ、いけない気がした。

 

ウイニングライブの後の記者会見等には出なかった。トレーナー君が、全て俺に任せておけ、お前は帰って休むといいと私を帰してくれた。

 

 

 

いつの間にか、外は暗闇に覆われていて時計は午後の8時をまわっていた。

 

手が、震える。

このまま、何事もなく今日が終わって欲しい。

だが…現実は何時だって正直だ。

 

「…たづなです。シンボリルドルフさんはいらっしゃいますか…?」

「…はい。」

 

静かなノックと共にゆっくりとたづなさんが入ってきた。

もう、分かるんだ。彼女の様子で。

 

 

…分かってしまうんだ。

「…失礼します。…遅くにすみません。ですが、一刻も早く伝えるべきだと思いまして」

「いえ。」

「実は…ルドルフさんのトレーナーさんから…その…」

「…私との契約を、破棄すると伝えられましたか?」

「…」

「…」

「…はい」

「そう、ですか。」

 

 

「…少し休みが欲しいと。…学園の仕事についても休職とするそうです。…殆ど休み無しで働いていてくれましたから…理事長も、許可を出しました。」

「…そうですか。」

 

 

 

「申し訳ない。少し1人にして、くれませんか。」

「…ルドルフさん」

「お願いします。」

「…後日で大丈夫ですので、落ち着きましたら連絡下さい。色々と…やることがありますので」

 

 

 

ドアが閉じる。

彼女が居なくなって。

少しして、足音もしなくなった。

 

 

 

 

 

「…あぁ」

 

力が抜ける。

へたりと、椅子からくずれおちた。

 

 

「ああ、ああ」

 

視界が歪んで、涙が、感情が堰を切ったように溢れ出る。

 

 

「わた、わたしは」

 

君の理想になれなかった。

君の夢を叶えられなかった。

 

君を、裏切ってしまった。

 

「…ごめんなさい…ごめんなさい」

 

ひたすら、虚空に向かって謝り続けた。

意味など、ないのに。

もう、取り返しなどつかないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれ程、時間が経っただろうか。

いつの間にか涙は枯れていたが、それでも落ち着くことは出来なくて。

それからしばらく経ってから漸く自分を取り戻すことが出来た。

 

何故私は負けたのだろうか。

 

実力が足りなかった?違う。

作戦が悪かったか?それも違う。

 

菊花賞だ。

…あの時、私は確実にする必要のない無茶をした。

中一週間では抜けきらないほどの疲労を蓄積させてしまったのだ。

なんという愚行だろうか。

目先の不安を取り除く為だけに、1人でも出来ていた勝ち続けるための行動が取れなくなっていた。

 

酷い裏切りだ。

あれだけ尽くしてくれたというのに、私の下らない独断で得た結果がこれか。トレーナー君から愛想を尽かされて当然だろう。

 

いや、違うか。…もう君は、私のトレーナー君じゃない。誰の担当でもない。学園のプロフェッショナルトレーナーなのか。

 

「…嫌だ。」

 

耐えられない。不快だ。気持ちが悪い。

 

嫌だ、嫌なんだ。

考えられない。君以外が私のトレーナーになるなんて。

 

自覚している。これは傲慢だ。ただの私のエゴでしかない。

でも、それでも私は、君が欲しいんだ。

 

 

 

どうすれば良いだろうか?

 

今から会いに行く?

もう一度私のトレーナーになってくれと懇願しに行こうか?

君は優しいから、きっと私の望む言葉を言ってくれるんだろう。

 

 

でも…違う。それは違う。

私は君の足枷になりたい訳では無いんだ。

 

私は君と対等に歩きたい。

再び、共に夢をみて欲しい。

 

だからもう、

 

「私は、二度と負けない。」

 

私は諦めが悪いんだ。

 

もう一度、君に言わせてみせる。

俺の夢を叶えてくれるかと。

 

「絶対に。」

 





最近ルドルフさんが自信満々にダジャレ言ってるとなりでうなずいていてあげる職に就きたいと思うようになりました。


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もう一度、きみと

 順調だったと思う。

 トレーニングもレースも学園生活も。

 俺とルドルフは何もかもが完璧だった。

 

 皐月賞までは、だか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『差し切った! 皇帝シンボリルドルフ、日本ダービーを制した! これで2つ! 三冠へ王手をかけました!』

 

 難しいレースだった。

 

 俺の想像以上にルドルフはマークされていた。あのバ群を抜けるのは一筋縄ではなかったはずだ。

 

 もし、俺の指示通りの位置で仕掛けてしまってたならば指しきれなかった可能性がある。このレース展開で2バ身差をつけれたのは、自身でなんとかしてくれただけだろう。

 

 ……俺のミスだ。

 予測が甘かった。

 このパターンは想像してなかった。

 しかし、決して想像出来なかったわけではなかっただろう。

 一重に練り込みが甘い。

 

 

 日本ダービーは俺とルドルフで勝利したんじゃない。

 彼女に勝たせて貰ったんだ。

 

「……」

 

 やはり、と言うべきか今回彼女に笑みはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり皇帝は強かった! シンボリルドルフ! シニア級の強者を破り、宝塚記念を制しました!』  

「……良し!!」

 

 実況と電光掲示板の文字を確認し、吠えた。

 やはりルドルフは強い。シニアでも問題なく──

 

 ──待て。

 俺は何を喜んでいる? 

 

 何故、声をあげた? 

 何故、こんなにも拳を握りしめている? 

 

 ──何故、いつもの様にいられなかった? 

 

 展開は良かった。最良とは言えなくとも2番目か3番目には入ってくるだろう。

 位置取りも最高だ。おれが思い描く位置にルドルフは着いてくれた。

 タイミング? 文句のつけ所もない。

 

 だったら……勝つに決まってるだろう。

 シンボリルドルフだぞ? 

 俺は皐月賞までと同じように彼女の1着を見届けて、当然だと彼女に頷くだけで良かった。

 のに、それが出来ない。

 

 どうして、出来なかった? 

 

 ルドルフか? そんなわけないだろう。彼女は完璧にやってくれた。

 シニア級だったから? 関係あるか。そんなこと。元から分かってる。

 

 俺だ。俺のメニューが甘かった。

 

 

 

 2度目だ。ダービーに続けて2度。

 俺は君にまた勝たせてもらった。

 

 もう、次はない。

 

 

 

 

 

 

 

 宝塚記念から数日たった。

 

 7月だ。

 春から続いたGIの波も一段落つき、ウマ娘達にとっては秋、冬のGIへと向けて力を蓄える重要な時期。

 

 当然ルドルフも例外ではない。

 いや、特に無敗の三冠の為の菊花賞、さらにその先のジャパンカップと有マ記念を獲るルドルフにとってこの夏の期間の重要度は他のウマ娘とは比較にならない。

 

「……やはり、合宿には参加したいな」

 

 ルドルフのトレーニングメニューを書き込みながら小さく呟く。

 もちろん……ルドルフは合宿に参加しなくても非常に高い水準でトレーニングに取り組んでくれる。

 それこそ他のウマ娘達が合宿で行うトレーニングと同等のレベルを学園でもこなせるだろう。

 だがいかにルドルフといえども当然合宿に参加した方が効率はあがるのは違いない。

 

 

 当然のことではあるのだが目指す頂きが高い分、出来ることなら最適な形をめざしたい所だ。

 加えてルドルフが合宿に来れないと困る一番の理由は他にある。

 

「トレーナー君」

「あぁルドルフ、どうだ?」

 

 ……と考えてるところに丁度ルドルフが部屋にやって来た。

 

 

「……厳しそうだ。やはり私は夏の合宿には参加出来ない」

「そうか」

 

 何となく彼女の入って来た様子で察したが、思った通りの結果だった。

 

 顔には出さないが、心の中で悪態をつく。

 これで俺はルドルフと2ヶ月も離れ離れになることが確定したわけだ。

 確かに完全に手放しになる訳では無い。テレビ通話なりなんなりでミーティング等は出来る。

 

 だが、2ヶ月。……2ヶ月もルドルフを近くで見ていられない。

 不安にならないわけが無いだろう。

 

 

 

 ……何を弱気な。

 

 彼女が生徒会の兼ね合いで練習が疎かになる可能性があることは2年前から知ってたこと。今更な話だ。

 

 

 

 切り替えろ。

 夏合宿用のメニューを書いていたノートを閉じ、新しくもう1冊別のものをとりだす。

 

 

「……すまないな」

「お前が謝ることじゃないだろう」

「君は学園には……」

「あぁ、残れない。たとえお前が参加しなくても行くことになる。確かに俺はルドルフの専属だが……それ以上に立場もある。理事長には世話になっているからな。無茶は言えん」

 

 努めて真っ当な理由を述べる。

 こちらの不安が伝わらないように、いつも通り、冷静に、全く問題などないと示すように。

 

「うん。その通りだ」

 

 彼女は、シンボリルドルフになんら変わりはなかった。

 

 

 本音を言えば、そう、本音を言えばだ。

 俺はお前に止めて欲しかったのかもしれない。ルドルフに「残って欲しい」と言って欲しかった。そうすれば俺は──

 

 

 

 ……確かに迷惑をかけることになるが、時期が時期だ。俺が合宿に参加しないこともきっと理事長や他のトレーナー達も許してくれると思う。

 それに……俺はお前の専属トレーナーなんだ。

 他のトレーナーやウマ娘よりも……お前がみたい。

 

 

 

「ルドルフ」

「なんだい?」

「……次は、勝たせてみせる」

「……」

 

 そんな要らない思考を振り払った。

 

 違う、今考えるのは今度こそどうやって彼女を俺が勝たせるか、だ。

 

 今度こそお前に、”皇帝”に最適なトレーニングを作ってみせる。

 お前の理想に釣り合うメニューを考えてみせる。

 

「任せてくれ、トレーナー君。私は大丈夫さ。君本人が居なくともメニューは残してくれるのだろう? それだけで十分さ」

 

 

 ……俺がいなくても、大丈夫か。

 

 ルドルフに悪意などあるわけがないことは分かっている。お前は優しいから、俺を傷付けるような事は絶対に言わない。

 

 

 だから、その言葉は無意識に出てしまったんだろうな。

 

 

「……そうか、分かった」

 

 もう一度、心に留める。

 次はないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていたのに。

 3度目はたいした期間も開けずにやって来た。

 

『2着! 2着だ! ジャパンカップにて皇帝シンボリルドルフ、遂に敗れた!』

 

 敗北という、あまりにも分かりやすい結果を伴って。

 

 

 

「なん、でだ」

 

 答えはもう分かってるのに、呟く。

 

 ルドルフは”今日”出来る最高の走りをしてくれた。

 しかしそれは……ルドルフが”本来”出来る最高の走りではなかった。

 

 本当なら彼女はもっと強い。

 もっと速い。

 もっと──

 

 そう、勝てた。

 でも現実では敗北している。

 

 原因はなにか? 

 

 ……菊花賞だ。

 いや、菊花だけじゃない。

 

 練習だって少しだけ、オーバーワーク気味だった。

 ……菊花賞の後に気付いたんだ。

 ルドルフが……俺がいない間にメニュー以外にも自主的にトレーニングをしてたこと。

 だって……分かるだろ。

 有り得ないんだ、あの菊花は。

 俺のメニューだけだとあのタイムは出ないんだよ。

 その時俺は初めてそのことを知って、疲労の蓄積が読めなくなって……

 

 

 

「……嘘つけよ」

 

 

 

 嘘だ。そんなの。

 

 本当は気付いてたんだよ。

 菊花賞の前から。

 合宿から帰ってきて、最初にルドルフのトレーニングを見た時に、もう分かったんだ。

 そりゃそうだろう。

 どれだけルドルフを見てきたと思ってるんだ。菊花賞まで気づかないわけない。

 

 だから、その時点で理解していた。

 ……このまま予定通りのメニューをこなしていくと、疲労的にジャパンカップが危ないと。

 

 

 なのに気付かないフリをしたんだ。

 そんな訳ないって。

 ……今までこんなこと1度もなかったんだ。

 

 認めたくない。

 だって……認めてしまったら

 

 ──もうルドルフは俺を信用してないことになるじゃないか。

 

 

 

 だから、知らないフリをして。

 別にこのまま予定通りで行っても菊花賞で無理をしなければほぼ負けることはない。幸い菊花賞は今のルドルフなら最後流しても十分勝てる。問題ない。

 

 なんて、自分に言い聞かせて。

 

 ただ俺がシンボリルドルフと離れたくなかったから。

 俺が彼女の専属で在りたかったから。

 そんな俺の自分勝手なエゴが

 

 

 ──彼女の夢に決して消えない傷をつけた。

 

 

「……」

 

 

 終わりだ。

 まだターフにたつ彼女を見て、思う。

 

 ごめんな、シンボリルドルフ。

 キミにそんな顔をさせてしまって。

 

 

 

 

 

 

 そこからはあまり記憶にない。

 ルドルフを帰して、記者会見で敗戦の原因はとか、シンボリルドルフさんの

 様子はとか、責任は誰にあるかとかこれからどうしますかとか……

 

 そんな質問とその後の対応に追われて学園の自室に着いた時にはもう午後の7時だった。

 

 

「お疲れ様です。トレーナーさん」

「……あぁ、どうも」

 

 自室にはたづなさんがいた。

 どうやらわざわざ待っていてくれたらしい。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

「えぇ」

 

 どうやら、傍から見ても中々憔悴したように見えるらしい。

 ……まぁいいか。別にルドルフにみられている訳でも無い。

 

 そんな事よりやるべき事をさっさと済ませてしまおう。

 

「すいません。理事長はまだいらっしゃいますか?」

「はい。まだ居られますが……いかがなさいました?」

 

「……今からお会い出来ますか?」

「可能だと、思います」

「案内お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜敗。2着とはいえ素晴らしいレースだった」

「……」

 

 理事長はまずそんな慰めの言葉をくれた。

 いや、慰めではなく本気でそう思ってくれているのかもしれないが。

 

 ……これもまた、どうでもいいか。

 

「暫く、休暇を頂きたいと思います。……少なくとも今年中は」

「……む?」

「ちょっと待ってください! シンボリルドルフさんはどうするんですか!? 彼女は今年の有マ記念に……」

 

 理事長というよりは隣で聞いていたたづなさんの方が強く反応した。理事長はまだ何を言っているのか理解できない様子だ。

 

「彼女のトレーナーは辞任します」

「……え?」

「何故!? き、君たちは学園理想の関係であった! たった一度の敗戦で……」

「たった、じゃないんですよ」

 

 消えないんだ。この敗北は。

 これからどれだけルドルフが勝利を重ねようと

 どれだけルドルフが偉業を成し遂げようと。

 いや、彼女が偉大になればなるほどこの敗北は語られる。

 

 もう、二度と消えることは無い。大きな傷だ。

 それを、俺がつけた。

 

「……では、なんでですか? ……貴方とトレーナーさんの間に何が……」

「……俺とルドルフの問題ですから」

「そんな……」

 

 しばらく、誰も口を開かなかった。

 

 たづなさんは信じられないといった目で。

 理事長は、正気かと疑うような目で。

 

 じっと俺をみていた。

 

 

 

「……了承」

「理事長!?」

「これは彼らの関係だ。……但し、彼女の承認も得られなければ認められない。まだ伝えてないのだろう?」

「そのことなんですが……たづなさん。本当に申し訳ないのですが、ルドルフにはたづなさんの方から伝えて貰えないでしょうか」

「……私ですか?」

「……はい」

 

 勿論情けない事を言っているのは分かっている。

 

 でも……きっと俺が直接伝えに行ったら俺はルドルフの担当を辞められない。

 

 彼女は優しいから。

 きっと俺を許してくれる。

 もう一度頑張ろうと、俺が欲しい言葉をくれる。

 

 それは、嫌だった。

 

 

「……はい。分かりました。なんとお伝えすれば宜しいですか?」

「ただ、契約の解消だけ伝えてくれれば良いです。……それで、伝わります」

「分かりました」

 

 直ぐにたづなさんは部屋の外へと出ていく。

 理由は聞かずにいてくれた。

 ……本当に有難かった。

 

 

「理事長。俺のデスクとパソコンにルドルフの事のメニューや対策ノート等が入っております。……少しは引き継ぐトレーナーの役にたつでしょう。

 ルドルフにも自由に使っていいとお伝えください」

「……」

 

「……では、失礼致します」

 

 特にもう話す事もなかった。

 一礼だけしてドアノブにと手をかける。

 

「不問。今は何も聞かないぞ。……だが、年明け。元日に私は君を呼び出そう。その時までに立ち上がっていてくれ。

 

 君は……日本ウマ娘界にとって……必要な人材だ」

 

 

 返事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは、何をしていたけっか。

 

 適当に車を走らせた。

 地元へは帰れなかったからとりあえず、何となくで車を走らせた。海とか、山とかなんの目的もなく。疲れたら近くにホテルをとった。

 下手にルドルフのトレーナーだったとバレるのも嫌だったから、マスクとかサングラスなんかもして。

 

 

 連絡も結構きていた。

 たづなさんとか、エアグルーヴのトレーナーを含めた同僚のトレーナー達。幾人か面倒を見た事があるウマ娘からも。一応心配は無いとだけ返信しておいた。

 やはりと言うべきか、ルドルフからは何もなかったが。

 

 

 何も、決まらなかった。

 これからどうするかなんて、考える気力も湧かなかった。

 1週間、2週間と無意味な時間が過ぎていって……

 

 12月の末。

 気が付いたら中山レース場に着いていた。

 我ながら呆れる。まだ未練があるようで自分でも驚いた。

 

 

「……誰が勝つと思う?」

「やっぱり皇帝シンボリルドルフ?」

「……いやぁ、でもなぁ。世代最強と言っても……有マは分からないぞ?」

「そうよねぇ……宝塚記念は危なかったしジャパンカップは……」

「あぁ。それに負けたのは大きいぞ」

「……そうだよなぁ……初めて負けたって事はメンタルもキツイよなぁ」

 

 観客からそんなルドルフの勝利を疑問視する声が少なくなく聞こえた。

 ……腹立たしいにも程がある。

 

 お前ら如きに何が分かる。

 ルドルフが負けたのは俺が原因だ。

 更に良いトレーナーがついたであろう今の彼女なら負けるわけが無い。

 ちらりとパドックを見た感じ絶好調とは言わんまでも調子も仕上がりも良かった。

 そもそも有マはルドルフが1番得意といっても良い2500m。加えて……安定して勝つだけのレベルになら学園の合宿が終わった頃には既に達していた。

 

 

 素人の予想程度で彼女を語るな。

 今日のルドルフには”絶対”がある。

 

 

 ……なんて、一瞬思ったが。

 前のレースを見てしまったら、そう思うのも当然か。それに俺に反論する資格もない。

 1人でそう納得して、黙っておこうと思っていた。

 ……のだが、隣で座っていたウマ娘が立ち上がった。そのままズンズンとその観客の元へ近付いていって

 

「君達うるさいなぁ! シンボリルドルフさんは絶対勝つもん! はじまる前から変な事言わないでよ!」

 

 威勢よく啖呵を切った。

 

「でもねぇ……まだ子どもの貴方には分からなかもしれないけれど……」

「ボク子どもじゃないもん!」

 

「……まぁまぁお嬢ちゃん。あんまり騒いでも他の人の迷惑になるから……」

「ボクよりもおじさんたちの方がよっぽど迷惑じゃん! ボクみたいにシンボリルドルフさんを応援しに来ている人だって沢山いるのに……勝手なこと言って不安にさせないでよ!」

 

 その娘の勢いに押されて、その集団はここを離れて別の場所へと去っていった。彼ら以外にもヒソヒソと同じような事を話していた奴もピタリとその口を止めたようだ。

 

 正直、有難かった。

 自業自得とはいえ俺の所為でルドルフが批判されているのを聞いているのは、針のむしろに座っているような気分だった。

 

「……やるな、君。ありがとう。スッとしたよ」

「だってムカついたんだもん。わざわざ口に出さなくていいじゃん。……ルドルフさんは凄いんだ。……絶対負けないもん」

 

 戻ってきた彼女に声をかけ感謝を伝えると、嬉しい言葉を返してくれる。

 

 しかし……そうは口で言ってもやはり不安なのだろう。目じりに涙が浮かんでいた。

 

 

「安心するといい。今日は……あの時の、ジャパンカップのような間違いは起こらない」

「……ホント?」

「あぁ」

「……」

 

 このウマ娘を不安にさせてしまった理由も元を辿れば俺のせいだ。

 

「説明しよう」

 

 恩返し……と言うよりも贖罪というべきか。こんな事で何が変わる訳でもないが。

 できる限りこのウマ娘の不安が晴れるように詳しく説明した。

 バ場だとか、距離だとか。

 出場するウマ娘と比べてルドルフはどうだとか。

 

「……だから、最低でも2分の1。上手く行けば2バ身は差をつけて勝てる」

「……」

 

 あまりレースの事を理解していない小学生位の子でも分かりやすいように説明したつもりだったのだが……理解出来なかったのだろうか。

 まさしく”ポカン”といった顔をしている。

 

「お兄さん、なんでそんなに詳しいの……?」

「……いや。……なんでと言われても」

「……わかった! お兄さんもルドルフさんの大ファンなんだね!」

 

 ……どうやら目的は果たすことは出来たようだ。先程とは打って変わって元気ハツラツといった様子だ。

 

 それにしても”ファン”か。

 

 ……そうか。今の俺はただのシンボリルドルフのファンにすぎないなのか。

 

「あぁ、そうだな。俺も彼女のファンなんだよ」

「だよね! ボクお兄さんの事気に入っちゃった! でも勿体ないなぁ! さっきの人達にも同じこといってやれば良かったのに!」

「……そんな資格はないんだ」

「……?」

「まぁ、どうでもいいだろう。そんなことは」

 

 少し強引に話を切った。

 自分の身の上話など赤の他人にしたいわけが無い。

 それに……

 

「はじまるぞ」

 

 ファンだからな。

 応援しないといけないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残り1000メートルを通過。これから最終コーナーへと入っていきます!』

 

 2500メートル。長距離とはいえどもウマ娘の脚力ならば終わるのはあっという間だ。

 既に残り1000メートル。レースも終盤に差し掛かる。

 

「ルドルフさん……! ルドルフさん……!」

「落ち着け」

「ムリだよ!」

 

 レース序盤から隣はずっとこんな感じで祈っているのだが……説明した意味があったのか? 

 

「大丈夫だ。教えた通りだろ?」

「でもやっぱりボク不安だよ!!」

 

 ……確かに言葉だけではそう思うのも無理はないが、本当に心配はない。

 

 ルドルフの位置は最初からここまで理想的だ。俺がまだトレーナーだったらソコにつけと指示するだろう。

 レース状況も最上に近い。

 

 ならばもう何の不安がある? 

 

 

『さぁ最後の直線に入ります! シンボリルドルフまだ来ないか!?』

「ねぇ! そろそろ仕掛けた方が良くない!? ルドルフさん間に合わないよ!」

「違う」

「違うってなにさ!」

 

 まだだ。まだ仕掛けるには早い。今仕掛けると前にいる4番と5番、14番が邪魔だ。行けなくはないが無駄にスタミナを使う。

 

 少し……もう少し待て。

 五番がこれから先に仕掛けるだろう。

 そうすれば、道が出来る。

 

「……今だ」

 

 

 呟くと同時に皇帝は動いた。

 

 ひとり、またひとりと。

 皇帝は止まらない。

 抜けば抜くほど、彼女は加速する。

 

 ほら見ろ。もう彼女の前には誰もいない。思った通り、完璧だ。このまま最高速を保って2バ身。これでルドルフの勝──

 

「……は?」

「スゴい……!」

 

 まだ止まらない。

 まだ加速する。

 

 2バ身なんてものでは無い。2着との差が3バ身、4バ身と離れていく。

 

 俺が知っているよりもずっと速い。

 ずっと強い。

 

 その姿は、まさしく”頂点”

 

 

『決まった! 圧勝!! 皇帝が帰ってきた! 年末最後の大一番はシンボリルドルフが制した!!』

「やったァ! スゴいよ! 圧勝だよ! やっぱりシンボリルドルフさんはサイキョーなんだ!」

 

 何も、入ってこなかった。

 会場を揺るがすほどの歓声も。

 隣ではしゃいで俺を叩くウマ娘も。

 

 ただ情けなくて。

 

 あぁ、ルドルフ。お前は……このひと月どれだけ努力したんだ? 

 

 文字通り、血を吐くような。いや、そんな生温い言葉では足りない程の努力があったんだろう。

 それだけのトレーニングをさせて怪我をさせずに調子をも保つトレーナーも俺より遥かに優れていることに違いはないが、もう、これはトレーナーとかどうこうじゃない。

 

 

 なのに、そんなルドルフに対して──―

 

「……何を、してんだ、おれは!」

 

 この一月何をしていた? 

 たった一度の敗北で、夢やぶれたと自暴自棄になって……

 大違いだ。何が釣り合うだ。馬鹿も程々にしとけよ。

 釣り合う以前の問題だろうが。

 

 

 

「……お兄さん?」

 

 

 

 ……なのに。

 

 

 あぁ、やっぱり駄目だ。

 今日もう一度お前の姿をみて、走りをみて、どうしようもなく思ってしまった。

 

 シンボリルドルフ、やっぱり俺は君のトレーナーになりたい。

 

 

「……大丈夫?」

 

 どうやら心配をかけてしまったようだ。

 まだトレセンにも入っていないような小さなウマ娘に心配されるなんて、本当に自分自身が嫌になる。

 

 

「……いや、すまない。……大丈夫だ」

 

 

 そう、もう大丈夫。

 

 覚悟は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、考えた。

 どうすれば良いか。

 もう一度彼女に必要とされる方法を。

 自分自身が納得して君の隣に立てる方法を。

 ……正直全然思い浮かばなくて、そんな方法あるのかなんて最初は思ったりもしたが、

 

「……そうか」

 

 簡単なことだった。

 

 示せば良いんだ。結果で。

 俺はルドルフをもっと強くできると、彼女自身に示してやれば良い。

 

 どうやって? 

 

 ──皇帝を超える。

 

 1回だけでもいい。

 まぐれだっていい。

 シンボリルドルフ、彼女を超えるウマ娘を育てれば証明できる。

 ──俺ならばお前をもっと強く出来る、と。

 

「……ハハ」

 

 

 可能か? そんな事が。

 

 分かってるだろう。

 彼女がどれだけ強いのか。

 1番近くで見てきたんだ。誰よりも分かってる。

 

 

「……だが、勝つ」

 

 

 生憎もう諦められない。

 やはり俺は、お前のファンでは嫌なんだ。お前を見ていたいんじゃない。応援したいんじゃない。

 俺は、お前と共に歩みたい。

 

 だから──

 

「──勝ってみせるぞ、”皇帝”シンボリルドルフ」

 

 その後でもう一度、言わせて欲しい。

 

 今度こそ、俺に君の夢を叶えさせてくれ。

 




一応書きたいところまではかけました。
雑ですが、感想も返していきます。

面白いと思っていただけましたら評価や感想いただけると幸いですが…
それよりもわたしの2天井ヤエノムテキ完凸チャレンジの成功を願っていただけると嬉しいです。


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それぞれの

お久し振りです。
失踪しようか迷いましたが戻ってまいりました。

タウラス杯が悪いんです。あと難産でした(言い訳)

まだ待ってくださっている方がおりましたらお待たせして申し訳ございませんでした。


 あの日から私は直ぐに行動を開始した。ジャパンカップの次の日には彼の残してくれたものの引き継ぎを済ませ、次のレースである有マ記念に向けて準備を始めた。

 

 そこで早速困ったことが起きた。

 トレーナーが決まらない。

 

 いや、正確には……決まらない事は無いのだ。

 実際に私がトレーナーの募集をかけてから、すぐに立候補してくれる方は現れた。

 どのようなウマ娘であってもトレーナーが居ないとレースに出ることは出来ない。故に私は手を挙げてくれたトレーナーの中から適当に選ばせてもらった……のだが。

 

 合わない。……合わないわけではないのかも知れないがどうしても彼と比べてしまう。

 ジャパンカップの後についてくれた最初のトレーナーだけかと思ったが、その次のトレーナーでも同じだった。

 3人目はまだ決まっていないが……同じような結果になるだろう。

 

 

 私の好きにトレーニングを許可してくれて、なおかつ書類等の手続きのみ行ってくれる。そんな”形だけ”のトレーナーが欲しい。……だがそれは、私の担当になりたいと手を挙げてくれたトレーナーを貶める行為だ。

 

 

 難しい。

 私が我慢すれば良いだけかもしれないが、トレーニングに影響が出ることは目に見える。

 それで彼が満足できるような結果を出し続けられるのか? 

 妥協は絶対に出来ない。

 

「……ふ」

 

 くだらないな。

 

 なにを私は最もらしい事を考えているのだろうか。

 

 単純に彼以外のトレーニングを受けたくないだけだろう。

 そっと、生徒会室の私の机の引き出しから1冊のノートを取り出す。

 彼が私に残してくれたノートの1つだ。 表紙にクラシック12月と記してあるそれを丁寧に捲る。その中から今日のメニューが書かれているページを見つけて目を通す。あぁ……やはり、しっくり(……)くる。

 

(分かったよ、トレーナー君)

 

 声には出さずにそう返してパタリとノートを閉じて……そっと撫でる。

 

 

 

 これがあれば良い。これだけで、彼が残してくれたノートがあるだけで良い。

 幸い来年の12月──即ちシニア級の1年目が終わるまでの分のノートは既に作ってくれている。

 流石に時間が経てば経つほど正確な内容は書かれていないが、目標レースやその為に必要な能力と指針は示してくれている。

 私なら、過去のノートと今までの彼との歩みから同等とまでは言えずとも近いレベルでのトレーニングは出来るだろう。

 ……そう、トレーナーではない私でさえもそれくらいの事が出来る。

 

 だから本来ならば新しいトレーナーにも見せるべきなのだろう。

 

 

 

 だが私はそうしなかった。

 

 嫌だったから。このノートに私と彼以外の他人の文字が書かれるのが。

 私以外がこの表紙に触れるのが。

 

 非効率的で、無為無能なことだとは理解している。

 

 ……でも、嫌なものは仕方がないじゃないか。

 

 

 丁度そんな考えをしていた時、部屋の扉が2回叩かれた。

 

「少々お待ち下さい」

 

 丁寧にノートを戻し、引き出しに鍵をかけた。

 ひとつ、呼吸をして。思考を個人から生徒会長へ、皇帝へとと切り替える。

 

「どうぞ」

「やぁ、こんにちは。ルドルフさん」

 

 そう挨拶をしながら、ゆっくりと入ってきたのは人の良さそうな男性だ。

 

「貴方は……」

 

 この人とは何度か会ったことがある。確か……

 

「エアグルーヴのトレーナーでしょうか」

「覚えていてくれたんだね。僕とは直接話すことはあんまり、というか殆どなかったから分からないかと思ったんだけど。

 やっぱりエアグルーヴの言う通りホントに人の顔忘れないんだね、凄いや」

「どうぞおかけください。何か飲み物でも出しましょう」

 

 

「あぁ、ゴメンね。気遣いありがとう。でも大丈夫だよ。ルドルフさんも忙しいだろうし、多分すぐ済む話だよ」

「……」

 

「うん。簡単に結論からいうとね、僕が君のトレーナーに立候補しようかと思って来たんだ」

「……申し訳ないのですが、何を言っているのか理解できません。貴方は……」

 

「その通りだよ。僕はエアグルーヴの専属トレーナーだ」

「……」

「僕はね、君が”トレーナー”を求めているように見えなくてさ」

 

 目を見開いてしまう。

 ……何故気づいた? 先程も言った通り、かかわりがあるとはいっても決して深いものではない。

 そんな彼が何故? そこまで態度に出てしまっていただろうか? 

 

「でも、トレーナーが居ないとそもそもレースに出られないじゃないか?」

「……」

 

「僕はエアグルーヴの専属トレーナーだし、来年からはクラシック。君が今年王冠を3つ取ったように、僕は来年彼女に3つのティアラを取らせてあげたい。

 ……だからルドルフさん。僕は君のトレーニングを見ることは出来ないし、彼のようなメニューを作るなんて絶対無理だ。あ、これはエアグルーヴの専属とか関係なく不可能かな?」

「……」

 

「でも……ウマ娘1人分のレースの手続くらいならできるよ」

「……」

 

「心配はしなくても良いよ。エアグルーヴとは相談済だからね」

「……何故私にそのような提案を?」

 

「君が欲しているのはトレーナーという立場をもった人間であって、指導者ではないと[[rb:僕が>・・]]

 考えたからだよ」

「……」

 

 ようやく理解した。

 そうか。エアグルーヴか。

 

 確かに学園内で彼の次に私と共に過ごす時間が長い彼女ならば気が付くのも納得がいく。

 その上で彼女からトレーナーへと依頼したのだろう。

 

 申し訳ない。後輩にこのように気を使わせてしまって。

 情けない。如何にほぼ手放しといえども多少の負担はかかるだろう。

 

「違ったら違うで良いんだけど……」

 

 だが、もう手段を選んでいる場合ではない。

 有馬記念も近いのだから、これ以上仮のトレーナーのことに時間を割くのは得策ではない。

 

「いえ、有難い申し出です。是非お願い致します」

「うん。彼が戻って来るまでの短い時間になると思うけれどよろしくね」

「……はい。よろしくお願い致します」

 

「全く、何してるのかなぁ。本来ならこんな事する人じゃな……」

「彼の話は良いでしょう。……それよりも契約書類等の準備にはどのくらい時間を要しますか?」

「そ、そうだね。まぁ2時間もあれば準備できるよ」

 

「分かりました。……では4時間後にまた生徒会室で合うのは如何でしょうか。私はその間に本日のトレーニング等を終わらせておきます」

「うん。分かったよ」

「では失礼致します」

 

 一礼して、生徒会室を出てトレーニングへと向かう。

 ……エアグルーヴと彼女のトレーナーのおかげでどうにか道はできた。

 

 

「……見ていてくれ」

 

 私は負けないよ、トレーナー君。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様に頼みがある」

「珍しいね、エアグルーヴが僕に頼みなんて」

 

 本当にエアグルーヴが僕に頼み事をする事は少ない。まぁまぁ長い付き合いだけれど殆ど思い出せないくらいだ。

 

 ……いや、何故か部屋の掃除をさせて欲しいと凄い剣幕で頼まれたことがあったかな。あれの印象が強すぎて、他の頼み事の印象が薄れてしまったのかもしれない。

 

 

「貴様、会長のトレーナーになってくれんか?」

「何を言ってるんだい?」

 

 思考よりも早く声が出た。

 それだけ、何を言っているのか理解出来なかった。

 

 

「まぁ聞け。……会長がトレーナーを募集していることは知っているな?」

「勿論さ。学園で知らない人は居ないだろうね。そして一度は決まったことも知ってるよ」

「……ならば3日もせずに契約解消に至ったことも知っているだろう」

 

「うん。……だからこそ分からないな。契約解消されてしまった彼は優秀だ。ただ単に相性が悪かっただけじゃないかな? 

 それにまた新しいトレーナーが決まったそうじゃないか。彼女も良いトレーナーだし──」

「おそらくまた3日も持たんと私は見ている」

 

 

 

「……ますます分からないよ。エアグルーヴ」

「貴様には今の会長がどう見えている?」

「……? 君の質問の意図が分からないんだけれど」

「いいから答えろ」

「いつも通り威厳があってカッコよくて、余裕があって……うん。生徒会長、皇帝かくあるべしって感じかな?」

「私にはそうは見えん」

 

 そう、エアグルーヴは言い切った。

 ……さっきから何やら確信しているように話ているように感じられた。

 

「確かに、貴様のようにあまり会長と話す機会が無い者からすれば……何ら変わりのないように見えるだろう。

 ……だが、私には会長が無理をしているようにしか見えない。……私にしか分からないのかもしれんが」

「そう見える理由というか、証拠みたいなものはあるのかい?」

 

 

 

「……日々の小さな違和感だ」

「違和感?」

「あぁ。上手くは言えん。……そうだな……例になるか分からんが会長があれ程好んで使用していらしたシャレも全く聞かん」

「なんだって? 本当かい、それ?」

 

「ああ。それもすべて、ジャパンカップで会長が敗れ、あの男との契約を解除してからだ」

「……」

 

 

「正直……私はあの男に対して強い不快感を感じているぞ。これ程までに会長を追い詰めておきながら自身は休暇だと? 会長が何をした? たった一度敗北しただけで愛想をつかせて専属を辞めるなど……」

「それは無いよ、エアグルーヴ。彼は一度負けた程度でルドルフさんを見限って辞めるような人間じゃない」

 

 今度は僕が言い切った。

 

「なぜ断言出来る?」

「君と同じさ」

 

 彼がどれだけルドルフさんのことを大切に考えているのかは、僕がこの学園で一番知ってるつもりだ。

 あまり関わりがないエアグルーヴには分からないかもしれないけれど、彼がルドルフさんをたった1回の負けで見限るなんて絶対にありえない。

 

「……では、何故だ」

「……僕だって、知りたいよ」

 

「……」

「考えても仕方がない。それよりも最初に君が僕にルドルフさんのトレーナーになって欲しいという提案の意図が分からないよ。説明がほしいな」

 

 そう、今大切なのはこれだ。

 今までの話ではエアグルーヴが僕にルドルフさんのトレーナーをやって欲しいという理由がない。

 

「……おそらく会長には”トレーナー”は必要がない」

「いや、必要だから募集をしてるんじゃ……?」

「分かりやすく言うならば……会長はあの男以外が考えたメニューやトレーニングを必要としていない」

 

 

(……あぁ、そういうこと)

 

 そう言ってくれると分かりやすい。ようやく理解出来た。

 

「……つまり必要なのは契約という形かい?」

「そうだ」

「……」

「……頼む」

 

 エアグルーヴが、初めて僕に頭を下げた。

 

 最初は少しだけ、悩んだけれど。

 担当ウマ娘の頼みなんだ。

 できる限り答えてあげるのがトレーナーというものだ。

 

「うん、分かった。エアグルーヴの頼みならやってみるよ。けれども、例え手続きだけ行うような形だけであっても仕事が増えることに変わりはない。……もしかするとトレーニングの質が落ちるかもしれない。

 それでもいいのかい?」

「理解している。……その上で頼んでいるのだ。

 

 ……それだけの恩が、私は会長にある」

「そうだね。僕も同じだよ」

 

 

「となると……チームを作ることになるのかな? それは面倒なんだけど……いや、理事長に事情を話せば2人ならどうにか大丈夫かな? ……うーん大変だなぁ」

「最初だけだ。後は大した負担にはならん。……それにこの程度の負担で私のトレーニングが疎かになるようでは」

「女帝のトレーナーには相応しくないかな?」

「……ふふ、分かってきたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時は、半分は信じていなかった。エアグルーヴがただ心配してそう思い込んでるんじゃないかって。

 本当は気の所為なんじゃないかって。

 

 

 ──でも結局はエアグルーヴの言ってた事は正しかった。

 

「……何をしてんだよ、君は」

 

 ルドルフさんがいなくなった生徒会室で一人呟いた。

 

 言ってたじゃないか。

 トレーナーは担当ウマ娘に無理をさせてはいけないって。

 そんなんじゃトレーナーとして失格だって。

 

 ……ルドルフさん、凄い無理してるじゃないか。君が止めてあげないと、いや君じゃなきゃ止められないだろ。

 君の愛バがあんなに苦しんでるんだよ? 

 休んでる場合じゃないだろう? 

 

「……はやく戻っておいでよ」

 

 

 返事は勿論、あるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―

 

 結論からいうと、私は有馬記念で汚名返上を果たしたが彼は私の専属には戻ってこなかった。

 

 ……いや、それどころか海外へ行く事になったようだ。

 その話を知った時は本当に絶望しかけたが、たづなさんが言うには半年程、長くても一年で帰ってくると聞き、胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 大阪杯に出ることは出来なかった。

 クラシック時の有馬記念の無茶がたたってしまったという所か。

 それ以外にも生徒会の仕事をこなしつつ、メニューやトレーニングをトレーナー君のノートを参考にしながらとはいえ自ら立案し、実行するのは流石に骨が折れた。

 故にシニア級にて、私が最初に獲ったのは春の盾となった。

 

 

 そんな事よりも大きな出来事がその後にあった。

 

 春の天皇賞の数日後に彼は日本に帰ってきたのだ。予定よりずっと早く。

 聞いた話では、半年から一年はかかるであろう仕事を4ヶ月程度で終わらせてきたらしい。

 

 もしかしたら、などと一瞬だけ淡い期待を抱いたがやはり私の元へ戻って来てはくれなかった。

 

 

 

 

 また、語るだけでも腹立たしいことだが……帰ってきた彼に対しての悪評が少し学園内でたった。

 

 特に新入生や新人のトレーナーから。

 

 トレーナーらはまだ20代前半でありながらトレセン学園でプロフェッショナルトレーナーという地位についている彼への嫉妬か。

 

 ウマ娘達は……やはり既に薄れた事とはいえ私の敗戦時の記者会見を覚えていることが理由だろう。

 

 

 ……頭が上がらない。

 勝利したときは私を表にたてて彼は殆どメディア露出などはせず、影に徹してくれたため彼自身の功績というものは世間にはあまり知られても称えられてもいない。

 

 つまり、分かりやすく表に出たのはあの記者会見が最初である。学園関係者や余程のウマ娘ファンでもない限り私のトレーナーが彼であることを知ったのはそこが初めてになったはずだ。

 

 それはそれは”的”にしやすかったに違いない。

 

 事実ジャパンカップ直後の彼への批判は酷いものだった。

 

『皇帝でさえ勝たせられない無能トレーナー』

 

 そもそも私を皇帝にしてくれたのが彼だ。

 

『連戦させるとか本当頭悪いよな。なんか子供のころ天才とか言われてたらしいけど全然ダメじゃねぇか』

 

 無理を言って菊花賞とジャパンカップに出ることを頼んだのは私だ。

 

『ガキの頃もて囃されただけで皇帝のトレーナーになれるとか、ラッキーだなコイツ』

 

 

 ──黙れ。貴様に私と彼の何が分かる。

 

 

 

 思い出しただけで、腸が煮えくり返る。

 だがきっと、これは彼自身が狙ったことなのだろう。私に批判が来ないようにと。

 本当に、頭が上がらないどころの話ではない。

 

 

 私が有マ記念で勝った事で話題も消え去ったが、彼自身のイメージは悪い方向で固まったまま。

 ……学園でそのような噂が流れるのも仕方がないことかもしれない。

 

 しかし生徒会長という立場がある以上、私が大々的に表立って動く事も出来なかった。

 わざわざ私に事の真相を聞きに来たウマ娘やトレーナー、彼の悪評を聞き出そうとしに来た記者達には良く話をして(・・・・・・)分かってもらったが、全員にそうする訳にもいかない。歯がゆい思いだった。

 

 ……そんな心配は要らなかったが。

 

 

 なんの事は無い。彼は全て行動と結果でその悪評を消し飛ばした。

 

 ”1度も見たことがないのに何がわかるのかしら”と言っていた新入生は彼の指導を2時間だけ受けた後、次の予約を専属のトレーナーに強く頼み込んでいた。

 

 ボロを出してやると息巻いて彼とのトレーニングメニューの話し合いに向かったトレーナーは、帰ってきた後”ありゃ無理だ、ホントに天才だわ。次も頼むことにする”と笑っていた。

 

 

 そうして帰ってきてからひと月もすれば私との関係の噂も学園からピタリとやんだ。

 彼の学園内での評判は悪いどころか以前よりと良くなった。

 多くのウマ娘が彼の元に自身の専属になる事を求めていた。

 

 だが、彼は新たに専属トレーナーとなることはなかった。

 

 

 

 ……その事に私は少なからず喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月の宝塚記念は出なかった。

 どうしても私には果たしたいことがあったからだ。

 宝塚記念に費やす分の時間を生徒会等の仕事に費やし、夏合宿にも参加できるように時間を作った。

 

 

 シニア2つ目の冠は秋の天皇賞だった。

 着差はたいしてつかなかったが、私が気にすることでは無かった。

 

 何故なら私が最も拘ったのはジャパンカップだからだ。

 菊花賞と同様の10月後半の天皇賞秋から11月後半のジャパンカップを獲る。

 

 そう、昨年と同じ予定で今度こそジャパンカップで勝つ。

 

 それで敗北が消えることはないとしても、意味の無い自己満足だとしても

 これだけは、譲れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シニア級の1年も、今日で終わった。

 

 私は負けなかった。

 

 天皇賞春秋制覇、ジャパンカップは雪辱を晴らした。そして今日有マ記念だって連覇した。

 クラシックとシニアで……戴いた冠は9つ。

 以前の私であれば十分に誇れる結果。

 

 私はまさに絶対の皇帝となった。

 

 なったはず、なのに……

 

「……まだ足りないのかな」

 

 君は帰ってきてはくれない。

 私の元へ戻ってきてくれない。

 

 だから、こんなにも満たされない。

 

 学園の生徒からの尊敬も

 メディアや世間からの賛辞も

 滅多にない両親からの労いの言葉も

 

 

 

 

 すべてが、虚しい。

 

「……どうすれば?」

 

 彼のノートを抱きしめて、呟く。

 もう、このノートで最後だ。シニア級の2年目からは彼のノートはなくなってしまう。

 

 練習だけならば問題ないと思う。

 今までの経験と彼の残してくれたデータを使えば、質は落ちるがそう易々と敗けることは無いだろう。

 

 ……でも、またひとつ彼との繋がりがなくなる。

 

 

 

 ──怖い、怖いよ。

 このまま少しづつ時間が経てば君は私の事は忘れてしまうのではないか。

 今はまだ誰の専属にもなってはいないが、いつか私を超えるウマ娘を見出してその娘と共に私を置いて先へいってしまうのではないか。

 

 ……嫌だ。

 けれども、分からないんだ。

 これ以上どのような結果を示せば良い? 

 

 

「……分からないよ」

 

 これ以上……何を果たせば良い? 

 

「……教えてくれ、トレーナー君」

 

 私はどうやったら君を取り戻せるんだ? 

 

 

 

「訪問! 理事長の秋川だ! 生徒会室はまだおられるか!?」

 

 そんな私の思考を消し飛ばすような大きな声が、扉の外から聞こえた。

 

「……少々お待ちください」

 

 ノートを隠して、1つ深呼吸をする。

 

 私は皇帝シンボリルドルフ。

 

 シンボリルドルフだ。

 他人の前で、弱みなど決して見せない。完璧なウマ娘。

 それこそが、シンボリルドルフ。

 

 

「どうぞ」

「失礼! 夜分遅くかつ、有馬記念の疲れもある中訪問してしまって申し訳ない!」

「……いえ、構いませんが」

「これを君に見て欲しい!」

「……URAファイナル?」

 

 手渡された資料の表紙にはそう記してあった。

 早速パラパラと資料を捲っていく。

 

「……」

「新しいレースを私は作ろうと思っている! ……全ての馬場、全ての距離で全てのウマ娘が輝ける舞台だ!」

 

 理事長が熱意ある声で、資料の中身を要約して説明してくれているが、あまり耳には入ってこなかった。

 内容に釘付けになってしまって。

 

「シニアもクラシックもジュニアも関係ない! それぞれが最も得意とする分野で誰が最強なのかを決める!」

 

 ……これは

 

「そんなレースを私は作りたいと考えている……のだが、その為には私1人の力では不可能!」

「……ふ」

 

 なんと、都合の良い。

 一通り読み終わると、思わず笑みが零れた。

 あぁ、渡りに船とはこの事か。

 まさに天啓を得た気分だ。

 

「皇帝シンボリルドルフ! 君は我が学園の生徒会長でありながら世間からの人気も申し分なく、もはやその発言力、影響力は1生徒の域に留まらない! 故に! この企画を成功させるには君の協力が……」

「引き受けましょう」

 

 

「即答!? ……むむ! 私としては

 非常に嬉しいのだが、かなり忙しくなるぞ? ……それこそレースに出ることも殆どできなくなる可能性が高く……」

「構いません。素晴らしい提案だと思います。……このレースを制したものこそ”最強”に相応しい。この称号は是非私も欲しいところです」

 

 

「感謝! そう言ってくれると嬉しい! 

 

 ……だが君は既にその称号を手にしているだろう?」

 

「いいえ。まだ……足りないのです」

 

 そう、足りない──まだ足りないから、彼は戻って来てくれないのだろう。

 

 

「……そうか」

 

 理事長はそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

「お疲れ様です会長。……少し休憩しましょう。……紅茶を入れます」

「あぁ。そうしようか」

 

 2人きりの生徒会室。

 そう私に答えながらも会長は作業を止める事はない。

 

 ……会長は働き過ぎだ。

 最近はレースに出ることは無くなったし、生徒会の代替わりもすんだ事で”生徒会の”仕事は減った。

 

 まだ公には発表されてはいないが、開催が予定されているURAファイナル。

 会長はその新たな大会の開催の為にも色々と動いている。加えてレースにはあまり出ていないとはいえ、トレーニングをご自身で考え実行までしているのだ。

 ……本当に、会長は働きすぎだ。

 少しはお休みになって欲しい。

 

「私の心配は要らないよエアグルーヴ。それより君やブライアンの方が大切な時期だろう?」

 

 ……そんな思考が顔に出てしまっていたようだ。

 

「いえ今年も合宿には参加できそうですので私もブライアンも調整になんら問題はありません。我々は副会長ですから会長にばかり仕事を任せる訳には……」

「ブライアンはまだ良いかもしれないが、君は宝塚記念が近いだろう。分かっているとは思うが初年度のシニアは重要だ」

 

 

「……しかし」

「エアグルーヴ」

 

 少しだけ強い語尾で反論を止められる。

 

 

「……分かりました。では休憩が終わりましたら本日は失礼します。

 しかし……あまり無茶はなさらないでください」

「問題ないよ。生徒会の代替わりも済んだ事だし、今までと違って私1人でどうとでもなる」

「生徒会以外の仕事もあるでしょう」

「それも含めて問題ないと言ったんだ。特にレースも入れていないからね」

「……分かりました」

 

 ……結局、いつもと何も変わらない。

 我々では、会長の助けにはなれないのか。

 己の不甲斐なさに腹が立つ。

 

 

 

 そんな時ふと、小さく声が聞こえてきたような気がした。

 

「……カイチョー」

 

 ……やはり聞き間違いではない。

 声が段々と近くなってきた。

 

「……はぁ」

「おや? ……ふふ、また急に来たな」

 

「カイチョーカイチョーカイチョー!」

 

 ばたりと勢いよく生徒会室の扉が開かれて、1人のウマ娘が入って……いや、この勢いだと突っ込んで来たと表現した方が正しいか。

 

 トウカイテイオー。

 今年入学したばかりのウマ娘で会長に憧れているらしく生徒会に属している訳でもないのに、よくこのように生徒会室にやってくる。

 

 

「……喧しいぞ。何度も言っているがここは生徒会室だ。もう少し静かにしろ。 そして急に来るな。会長は多忙なんだ」

「いいさ、エアグルーヴ。丁度我々も休憩をとるところだった。よく来たなテイオー」

「えへへっ! やっぱりカイチョーは優しいなぁ!」

 

 三冠を目指している点や、6月も終わるこの頃になっても未だにトレーナーが決まっていない点など、過去の会長と重なる部分が多いからか、会長もトウカイテイオーのことを気に入っているらしい。

 その証拠に……会長は既に私があれ程言っても止めなかった作業の手を止めて、テイオーの相手をしている。

 

「エアグルーヴ。すまないがテイオーにも何か飲み物を出してくれるかな?」

「はい。おい、紅茶で……いいや、お前はココアだったか」

 

「あ、ううん! ボク直ぐに戻らなくちゃいけないから飲み物は大丈夫だよ!」

「……何?」

 

「ふむ、そうか。それは残念だが……では今日はどうしたんだテイオー?」

「うん! ボクね、カイチョーに報告しに来たんだ!」

 

「……報告?」

「そう! ボク今日ね、やっとトレーナーが決まったんだぁ! カイチョーには前から相談してたから早く教えないとダメだと思って!」

「そうか、良かったな、テイオー」

 

 

 

 

「……因みにどんなトレーナーなんだ? お前のような奴の専属は並のトレーナーには務まらんだろう」

「お前のようなヤツって何さ!?」

 

「……ふふ、テイオーは優秀だからな。そのテイオーが選んだトレーナーもきっと優れたトレーナーなのではないかとエアグルーヴは思ったのではないか?」

「なるほど! ふふん、仕方ないなぁ! ではこのテイオー様が教えてしんぜよう!」

「……はぁ」

 

 そう言ってトウカイテイオーはふんぞり返って胸をはる。

 ……会長に憧れるのならば、普段の態度からもう少し見習えと言いたい。

 

 

「うん。ありがとう、テイオー」

 

 まぁ、テイオーによって会長の気分が少しでも和らぐのならばこのままでも良いのかもしれない。

 

「えっとね……あれ、どうやって説明すれば良いんだろう? なんか凄い人って事は知ってるんだけど」

「……なんだ? まさかトレーナーの経歴も聞かずにに決めたというのか?」

 

「そんなわけないじゃん! ちゃんと説明は聞いたよ! 

 ……でもなんか難しい経歴と研究内容ばっかりでボクよく分かんなかったんだよぉ。

 分かんないから良いって言ったのに、”ちゃんと聞いてから本当に俺で良いか判断してくれ”って聞かなくてさー。ボクからお願いしに行ったんだから良いに決まってるのに」

 

「当然だろう。聞かなかったお前が悪い」

「ふむ……しかし、それでは分からないな。凄いトレーナーといっても、トレセン学園には多くの優秀な人材がいる。如何に私とエアグルーヴとてそれだけで絞ることは難しい」

 

「でもきっとエアグルーヴも会長も絶対分かると思うよ! マックイーンのトレーナーが言ってたんだ! 凄いトレーナーで、みんな専属になってもらいたがってるって!」

 

「では何か断片的にでも覚えている事を言え。有名な奴だというのならそれでわかるかもしれん」

「うーん……とね」

 

 ……腕を組んで考え出した。

 さっき聞いた話じゃないのか? 

 本当に話を聞いていたのかこいつは。

 

 

「えっと、ここ1年半くらいは専属のトレーナーにはなってないらしいんだよね。だからボクも頼みに行く時不安だったんだ」

「チームトレーナーか?」

 

「違うよ。ボク、チームトレーナーじゃなくて専属トレーナーじゃなきゃヤダし。……あ、そうだ! ちょっと前まで海外に行ってたんだって?」

「ほう。まぁ珍しいな。大方絞れるぞ」

「……海外に?」

 

 

 

 

「うん! それで去年の4月の終わりくらいに帰ってきたって言ってた!」

「……何だと?」

「……」

 

 待て、まさかそれは。

 

「後はね……なんだっけ。ボクもテンション上がってたからあんまり覚えてないんだけど……なんかトレセン学園の中でも特別な役職らしくて……」

「……プロフェッショナルトレーナーか?」

「……」

「それそれ! なんだ! やっぱりエアグルーヴ知ってるじゃん!」

 

 

 チラリと、会長を見る。

 

「でね! ボク、トレーナーと契約する時にね約束したんだ!」

 

 無表情だ。まるで、感情がなくなってしまったかのように。

 

「ボク、カイチョーに勝つ! 

 トウカイテイオーは皇帝シンボリルドルフを超える”帝王”になってみせる! 

 

 えへへっ! センセンフコクだよ、カイチョー! 首を洗って待っててね!」

 

 テイオーはそう言い切ると、踵を返して生徒会室から出ていこうとした。

 

「おい……待……」

「……待て、テイオー」

「ん? なにカイチョー?」

「……そのトレーナーの名は、名前はなんというんだ?」

 

 どうにか ”絞り出した”

 そんな声だった。

 

「トレーナーの名前?」

「覚えているだろう?」

 

「勿論だよ! ボクの(・・・)トレーナーの名前はね──」

 

 

 

 ──────

 

「……」

「……」

 

 テイオーが出ていった後の生徒会室はまさしく嵐が過ぎ去ったように静かだった。

 私も、会長もしばらく声どころか物音ひとつ立てなかった。

 

 まさかあの男、テイオーのトレーナーになったとは。

 

 帰ってきてから幾度も幾度もウマ娘から専属の願いは受けていながらも断り続けていたことから、もう特定のウマ娘につくことはないと思っていたのだが。

 

 ……一言くらい会長にあっても良いだろうに。

 今だけではない。契約を解消してから恐らく一言も会長とあの男は話していないだろう。

 私が口を出すべきではないことは分かってはいるのだが……

 

「……ふ」

「……会長?」

 

「……ふふ、はは、ははは!」

「……」

 

 そんな考えは消え去った。

 

 会長は、笑っていた。今まで見たことがないほど。高らかに。

 

「ふふ、そうか。私を超えるか」

「……」

 

 声などかけられるわけがなかった。

 

「……君も、テイオーにはそれが出来ると思っているのかな? 

 

 ……そうなんだろうね。そうでなくては専属にはならないだろう」

 

 

「……私では果たせなかった君の夢をテイオーとなら為せると? ……ふふ」

 

 

 

 ピタリと、笑みが止まった。

 

 

「……やれるものならやってみるが良い、トウカイテイオー。この皇帝を超えてみろ」

 

 

 この時、私は初めて会長に恐怖を覚えた。

 

 

 

 




ウマ娘の学年の辻褄ぜったい合わない。


これからもゆっくりになりますが待っていただけると嬉しいです。

ほかにもウマ娘の面白い小説たくさんあるからそっち読んで待っててくださいませ。


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