Fate/lyrical STARDUST (るーは)
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#00. 正義の味方

「身体は剣で出来ている

 

血潮は鉄で心は硝子

 

幾多の戦場を越えて不敗

 

ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし

 

担い手はここに独り

 

剣の丘で鉄を鍛つ

 

ならば、我が生涯に意味は不要ず

 

この身体は─

 

無限の剣で出来ていた─!!」

 

 

時は第五次聖杯戦争の終局。この儀式に参加した魔術師の青年、衛宮士郎は対峙するサーヴァント、ギルガメッシュとの最終決戦の幕を、詠唱と共に切り落とした。

 

 

 

炎の壁は二人を飲み込み、世界を一変させる。

 

 

 

 

 

荒野に突き刺さるは無限の剣。

 

それこそが衛宮士郎の心象風景。

 

魔法に最も近いとされている魔術の最奥・固有結界。

 

衛宮士郎の切り札「無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)」が発動された。

 

 

「そうだ、剣を作るんじゃない。俺は無限に剣を内包した世界を作る。それこそが、衛宮士郎に唯一許された魔術だった。」

 

「固有結界か。それで、この見窄らしい心象で何が出来る?」

 

ギルガメッシュは宝具「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を使用し、そこに貯蔵する剣の宝具を士郎に向けて発射しようとする。しかし士郎は射出される前にその門をこの世界に刺さっている剣を飛ばして破壊、射出を防ぐ。自分の攻撃をかき消されたギルガメッシュは驚いていた。そんなギルガメッシュに士郎は語る。

 

「驚くことじゃない、これらは全て偽物だ。お前が言う取るに足らない存在だ。だがな、偽物が本物に敵わないなんて道理はない。お前が本物だと言うのなら、ことごとくを凌駕して、その存在を叩き落とそう。

 

行くぞ、英雄王─

 

武器の貯蔵は十分か?」

 

衛宮士郎の宣戦布告が、この世界に響く。それを受けたギルガメッシュは嘲笑と共に答える。

 

「ハッ、思い上がったな、雑種…!」

 

 

ギルガメッシュは宝物庫の門を開き、士郎を狙って次々と宝具を射出する。しかし、士郎は対応する剣を地面から抜き取り、次々と剣同士を相殺していく。射出される剣を解析し、同じ剣を世界から手繰り寄せ、相殺していく。

 

「何故、雑種ごときの剣が?」

 

「わからないか?千を超える宝具を持つお前は、英霊の中でも頂点に位置する者だろうよ。だがな、お前は王であって戦士じゃない。一つの宝具を極限まで使いこなす道を選ばなかった、俺と同じ半端者だ!」

 

そう、ほとんどの英霊と違い、ギルガメッシュは無数とも言える膨大な数の宝具を所有している。それが彼の長所でありながら短所であった。

 

「ぐ…贋作を作るその頭蓋…!一片たりとも残しはせん!!」

 

士郎の言葉に眉を歪ませ、ギルガメッシュは怒号と共に更に門を展開した。しかし撃ち出した宝具は士郎が手繰り寄せ、同じく撃ち出したた剣によって全て撃ち落とされて相殺され、剣を手にした士郎が目の前まで迫る。ギルガメッシュは咄嗟に剣を持ち、宝具の撃ち出し合いから鍔迫り合いに移行する。

 

「莫迦な…この我が、このような贋作に…!?」

 

「他のサーヴァントが相手なら、こんな世界を作ったところで太刀打ちできないさ…!無限の剣を持ったところで、究極の一には対抗できない…!だがお前が相手なら、先に剣を用意している俺が、一歩先を行く!」

 

その言葉と共に、ギルガメッシュの剣を士郎は砕く。

 

「お…のれ…!おのれ!おのれおのれ!おのれぇ!」

 

火花が散る激しい接近戦を展開し、士郎はギルガメッシュの剣を上空に打ち上げる。その剣諸共ギルガメッシュは上空から宝物庫の門を開き、士郎の頭上から雨のように宝具を降らせる。しかし立ち昇る煙の中、またしてもそれらは相殺される。

 

「おのれ!貴様ごときに本気を出さねばならんとはなぁ…!!」

 

更に門を展開し、次々と宝具を撃ち出すギルガメッシュ。しかし士郎は剣を抜いてその全てを弾いてギルガメッシュに接近する。焦るギルガメッシュは次々に士郎の背後から撃ち出される剣に門を破壊されていき、徐々に追い詰められていく。剣を振るい、撃ち出された剣を打ち砕きながら迫りくる士郎を確実に殺すべく、ギルガメッシュは士郎の周囲360°を門で取り囲み、一斉に宝具を射出して大爆発を起こす。しかし、その爆発の煙から士郎が飛び出した。

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)…!!」

 

士郎は防御型宝具、「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」を展開し、攻撃から身を守っていた。迎撃すべくギルガメッシュは門を開いて上空から急降下する士郎を殺そうとするが、士郎は熾天覆う七つの円環の余波で身を守りつつ空中で宝具を回避し、そのまま莫耶の剣を投影し右手に握り、加速しながら急降下する。

 

ギルガメッシュは苦い顔を浮かべながら、王の財宝から彼の持つ究極の一、乖離剣エアを用意する。これは彼の持つ最強の宝具にして対界宝具、すなわち世界そのものに作用する宝具である。固有結界は世界を世界で塗り替える魔術、この乖離剣の一撃「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」を喰らえばたちまち壊れてしまう。しかし、ギルガメッシュはこの剣を握ることを渋っている。彼の言う「雑種」である衛宮士郎相手にこの剣を使うことは、己のプライドが許さなかった。これは己が認めた相手にしか使わない。しかしそんな迷いを苦虫を噛み潰すように押し切り、ギルガメッシュは遂にこの宝具を起動させようとする。

 

「うおぉぉぁぁぁああーーーっ!!」

 

しかし、この宝具は起動に少しの時間を必要とする。起動直前に士郎は怒号と共に急降下の勢いを乗せた斬撃をギルガメッシュに喰らわせ、乖離剣を持つ彼の右腕を勢いよく切り落とす。そのまま立ち上がると同時に士郎は左手に干将の剣を投影し、ギルガメッシュに向かって振りかざす。

 

遂に勝機を失ったギルガメッシュ。彼の口から出たのは、「雑種」「贋作」と見下し続けた士郎への、怒り混じりの、認めたくなかった、されど認めざるを得ない称賛だった。

 

「…認めよう…今はお前が、強い!!」

 

「逃がすかぁぁぁぁーーーっ!!」

 

後退するギルガメッシュを、士郎は思い切り斬りつける。こうして戦いに決着が着いた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、最後の斬撃を浴びせた瞬間、固有結界が閉じた。魔力切れだ。展開直前までは真っ暗だった空が、少し明るくなっている。士郎は目の前で力を使い果たして倒れていた。ギルガメッシュは片腕を失い、胴を傷つけられながらも立っている。

 

「魔力切れとはくだらん末路だ……お前の勝ちだ…満足して死ね、贋作者(フェイカー)…」

 

ギルガメッシュは動けない士郎にとどめを刺そうとする。しかし、その直前に切断された彼の腕から黒い魔力の渦が現れる。

 

「なにっ!?この我を…取り込んだところでっ…!待てっ!」

 

「聖杯の…孔…!?」

 

それは聖杯の孔だった。聖杯はギルガメッシュを取り込もうと孔を広げるが、取り込まれまいとギルガメッシュは最後の足掻きとして、目の前にいる士郎に宝具「天の鎖」を絡ませる。彼は士郎に踏みとどまってもらうことで聖杯から脱出しようと企んでいた。

 

「あの出来損ないめ!同じサーヴァントでは、核にならんとさえ分からぬのか…!」

 

「くそっ…道連れにする気か!」

 

ブラックホールのように広がる聖杯の孔に吸い込まれまいとするギルガメッシュ。踏み止まらなければ飲み込まれてしまう士郎。

 

「戯け!死ぬつもりなど毛頭ないわ!踏み止まれ下郎!我がその場に戻るまでな!!」

 

「っ…ふざけるな…こうなったら、腕を千切ってでも…!!」

 

士郎の腕は限界を迎え、今にも千切れそうだった。そんなとき、彼の背後から聞き覚えのある人物の声が聞こえる。

 

「…フッ、お前の勝手だが、その前に右に避けろ!」

 

「えっ…」

 

「貴様っ…っ」

 

士郎が言われたとおり右に避けると、一本の矢が士郎を素通りしてギルガメッシュの額に突き刺さった。

 

「アー…チャー…」

 

士郎の腕から鎖が解け、ギルガメッシュは聖杯の孔に吸い込まれ、孔は閉じた。膨張した孔は地面を刳り、まるでクレーターができたのかのように見えた。

 

衛宮士郎は生き残った。

 

「あいつ…カッコつけやがって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利を祝福する朝日が昇る中、赤い外套を纏った傷だらけの男が陽を見つめていた。男の身体からは魔力の粒子が溢れ、天に登っていっている。

 

「アーチャー!」

 

静かな丘に響く少女の声。男は振り向かず、ただじっと佇んでいた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…アーチャー…」

 

「…残念だったな、そういう訳だ。今回の聖杯は諦めろ、凛」

 

凛と呼ばれた少女は、アーチャーの言葉を聞いて悲しそうな顔を浮かべた。見ていなくともそれを察したのか、アーチャーは笑みを零す。

 

「っ、何よ!こんな時だってのに、笑うことないじゃない!」

 

「いや失礼、君の姿があんまりにもアレなものでね、お互い、よくもここまでボロボロになったと呆れたのだ」

 

そう言いつつ、今にも消えそうなアーチャーは少しだけ凛の方に身体を向ける。

 

「アーチャー…もう一度、私と契約して…?」

 

彼女の最後の望み。彼の生き様と過去を知った凛は、アーチャーのことを救いたいと思っていた。

 

「…それはできない、私にその権利はないだろう。それに、もう目的がない。私の戦いはここで終わりだ。」

 

顔を背け、アーチャーはその願いに答えなかった。

 

「けどっ…けどそれじゃ、あんたはいつまで経っても…救われ…」

 

そう言っている途中で、凛の目から涙がこぼれる。アーチャーは再び凛に目を向ける。

 

「っ…参ったな……凛」

 

少女の名を呼ぶ。少女は俯いていた顔を上げ、涙で濡れた瞳で男を見る。

 

「私を頼む。知っての通り、頼りない奴だからな、君が支えてやってくれ」

 

「アー…チャー…?…うん、わかってる…私、頑張るから、あんたみたいな捻くれた奴みたいにならないように頑張るから…!きっとあいつが、自分を好きになれるように頑張るから…!だからあんたも…!」

 

男の残す最後の望み。それは彼と同じ存在 ─ 衛宮士郎の未来を凛に託すということだった。

 

「答えは得た。大丈夫だよ、遠坂。俺も、これから頑張っていくから」

 

凛はその笑顔を見て、我慢していた涙を流す。

 

朝日が昇る中、彼はその言葉を残して風のように消えていった。

 

「…何だ、結局文句言い損ねちゃったじゃない…」

 

すると後ろから足音が聞こえる。振り向くと、そこには傷だらけの、それでも戦いに勝利した衛宮士郎が、笑顔で立っていた。

 

「帰ろう、遠坂」

 

朝日を背景に、凛は親指を立てて笑顔を作る。

 

彼らは聖杯戦争の勝者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、熾烈を極めた第五次聖杯戦争は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作 

 

奈須きのこ / TYPE-MOON

 

─Fate/stay night [Unlimited Blade Works]

 

 

彼は、未来の自分と同じ道を進むことを決意した。

 

己の理想を抱いて、彼は走りつづける。

 

 

都築真紀 / ivory

 

─魔法少女リリカルなのはA's

 

 

そして、彼は奇妙な、残酷な、それでも儚く尊い運命に出会う。

 

 

運命の歯車は、既に加速しようとしていた。

 

 

これは、正義の味方と魔法少女が、残酷な運命に抗う物語─

 

 

 

Fate/lyrical STARDUST

 




「これは…夢か?」

「世界を巻き込む悲劇…」

「あの子は…誰だ…」

次回

「一滴の涙」


時系列はアニメ版 Fate/stay night [Unlimited Blade Works] のエピローグ後、そして魔法少女リリカルなのはA'sの本編開始前です。

忙しいですが空いた時間を使って投稿できていければと思っています。

※先述のとおり、Fate/stay night [Unlimited Blade Works] の最終回後のストーリーとなっています。なので、未視聴の方はネタバレに気をつけてください。

最初はプロローグから始めるのが僕の癖ですね(笑)


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#01. 一滴の涙

その日、少年は世界と契約した。

 

それが何を意味するのか、その末路を彼は既に知っている。

それでも彼は恐れない。

 

彼の歩む可能性のある未来は、理想と大きくかけ離れている。しかし、それを知っても彼は契約した。

 

今の彼には諦めない心がある。

 

契約した理由は、その場で起きた災害の数百人の被害者を救うためだった。そのときの彼では全員を救うことができなかった。その場に現れた世界の意思。彼は迷わず未来の彼と同じ道を選んだ。

 

理想と現実の差に絶望することはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それがアーチャーと同じ道を歩む場合なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

夜の砂漠で衛宮士郎は空を見上げていた。世界の意思を通じ、霊長の抑止力・アラヤと契約し、死後に守護者という英霊紛いの存在となることが確定した士郎。来る未来の姿を知っていながら、それでも彼は諦めないことを自身に誓っている。

 

「救ってみせるさ…みんな」

 

世界と契約し、幾分かの時が流れた。士郎の身体は契約の影響で数本の魔術回路と魔力量が増え、サーヴァントほどではないにしろ、第五次聖杯戦争終盤での遠坂凛の魔力のバックアップがある状態とほぼ同じ状態となっていた。

 

そのおかげか、今まで以上に魔術を駆使できるようになり、より多くの人を助けられた。また、契約したその時のように、世界の意思のおかげで災害や戦争の被害者を、自分が救える限界を超えて救えた。

 

そんな日々が続き、今は砂漠のど真ん中にいる。先程も自然災害の被害者達を救ってきたばかりだった。

 

「………」

 

そして彼は眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒く何も見えない不思議な空間に佇んでいる。

 

「これは…夢か?」

 

光がない。走り出し、彼は光を求める。しかしどこにも光はなかった。

 

「奇妙な夢だ…」

 

しかし、かなり遠くに小さな光を見つける。彼は走り出す。だがどんなに走っても光には近づけるものの一向に届かない。

彼が光に近づける限界まで近づくと、朧気ながら何かを目で捉えた。

 

それは一冊の本を持つ裸体の少女だった。

 

「なっ…え…?」

 

裸体という時点で奇妙すぎる夢だが、そんなことを気にする余裕もなく、映像は進む。本の形は朧気としていて特徴は掴めなかった。しかし、本からは禍々しい魔力を感じ取った。

 

本から4つの人の形をした光が出てきた。

 

その光は様々な場所を駆け巡り、かけらを集めていく。

いくつものかけらは本に取り込まれ、少女の姿はその時とは打って変わって銀髪の女性と化す。

 

そして彼女を起点に黒い光が膨張する。そして女性は士郎の方を振り返る。映像はそこで終わった。

 

こんな奇妙な映像だったが、最後の黒い光が何を表しているのかを士郎は察していた。

 

「世界を巻き込む惨劇…」

 

そして最後の瞬間、彼は見逃さなかった。振り返った際に僅かに見えた、彼女の瞳に浮かぶ一滴の涙を。

 

「あの子は…誰だ…」

 

瞬きをすると今度は一瞬でとある街にいた。真っ暗だった空間から急に街のど真ん中に移動したせいか、目に負担がかかる。しばらく目をこすって光に慣れると、ここがどこなのかを知るために街のあらゆるところを見渡す。

 

「どこなんだ…ここは」

 

街は海と山に囲まれた土地である。士郎の故郷である冬木市にそっくりな環境だった。

看板を中心に見渡すが土地の名前は書かれていない。だがとある建物を見ると、彼はその名前がこの土地の名前であることを確信した。その他の場所でも同じワードがあったからだ。

 

「海鳴大学病院…海鳴っていう単語がこれで7つ……つまり海鳴っていう土地……こんな場所知らない…何で俺はここに…?」

 

しかし何の意味もなくこの夢を見るとは思えない。士郎は先程の映像との繋がりがあるのではと疑った。

 

たちまち周りがぼやけていく。

 

そして完全な暗黒に還る。

 

目を開くと、薄く明るい青空が広がっている。

 

「夢…か」

 

奇妙な夢を見た。

 

「……海鳴っていう場所か」

 

夢の記憶が明らかなうちに忘れないように文字にする。

 

(…妙だけど、何もないわけじゃない。きっと何かがこの海鳴っていう場所で起こるんだ、それこそ世界を巻き込む惨劇かもしれない…

それに…あの子の涙……あれは…)

 

衛宮士郎は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(日本に帰国するのは何年ぶりだろうか…藤ねえや桜は元気だろうか)

 

後日、空港にて士郎は日本に残してきた者のことを考えていた。しかし今回は冬木市には帰らず、海鳴という場所に行くことが決まっている。

 

(…しかし、なんで行ったことも聞いたこともない場所の風景が……?それに、あの子の映像……)

 

謎が深まる夢を回想しつつ、士郎はボーディングゲートに足を運ぶ。飛行機はそのまま日本へと飛んでいった。

 

(惨劇が始まるその前に終わらせたら…俺はまた世界中に飛んでいくからな…)

 

このとき彼は知らなかった。この出来事が彼の理想と後に相反することに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後日本に入国した士郎は空港の高速バスに乗って、海鳴という場所に向かう。海岸を走るバスに乗って、士郎は窓の外の景色を見ていた。

夢の中で見た海と同じ海。一度も訪れていないはずだが、寸分違わず同じだった。

 

そのうち、予め出発する空港で予約していたホテルにバスが到着する。かなり豪華で、海鳴という場所にある唯一のホテルらしい。ホテル代はどうやら正義の味方として活動してきた中で現地で就いた短期のバイトの給料で払ったらしい。滞在先を確保できるほどの金銭は持ち合わせているようだ。

 

そして荷物をおろし、予約した部屋に入る。その日は疲れからかすぐに眠りについてしまい、調査は明日ということになった。

 

 

 

翌日、士郎は朝食をとって早速その本の調査に乗り出した。魔力探知を遠坂凛から学んでいたため、あらゆる場所を散策して夢の中で感じた禍々しい魔力を感じ取ろうとする。しかし、あちこちを探し回ってもその魔力は感じ取れない。ただ時間だけが過ぎていっただけだった。

 

「やっぱりここじゃないのか…?」

 

時刻は昼前を回っていた。小腹が空いてきたが、士郎は普段は自炊している。近くにあるスーパーに入り、士郎は食材を調達しようとする。ホテルの部屋にキッチンはないが、自分でキッチンに使うコンロを持ってきているため、そこは問題ない。

 

そしてレジに並ぼうとしたとき、突然大声が聞こえた。

 

「ひったくりやー!!」

 

関西弁の女の子の声がスーパーに響くと同時に男性が猛ダッシュで出口へと走っていった。この男がおそらくひったくり犯なのだろう。士郎はそう確信し、男の後を猛追する。

 

「待ちやがれぇぇ!!」

 

「なんだてめぇhぐはぁっ!!」

 

伊達に正義の味方をやってきてないためか、常人を遥かに上回る運動能力でひったくり犯を取り押さえ、逮捕術のようなものを駆使して一瞬で無力化する。投影魔術を使って剣を振るえばもっと楽だが、人が大勢いる場所でそれはできない。そもそも、魔術を多くの人に知られると神秘が薄れる。

 

「捕まえたぞ!!誰か警察を!!」

 

士郎は周りに呼びかけ、その光景を見ている誰かが警察に通報した。しばらくして警察が到着し、男は逮捕され、士郎は事情聴取を受けた。その最中、荷物を奪われた人がやってくる。その子は車椅子に座っていた。

 

「あ、貴方が犯人を取り押さえてくれたんですか?ほんとにありがとうございます…」

 

少女は士郎に頭を下げる。

 

「あ、あぁ…別に大丈夫だ、気をつけるんだぞ」

 

そう返した士郎は振り返る。しかし少女が士郎の裾を掴む。

 

「え、えっと…その……お礼をさせてもらえませんか…?」

 

少女はお礼がしたいらしい。だが士郎は見返りを求めない。強いて言うなら、犯人を取り押さえ、少女の荷物を守れたこと自体が彼にとっての報酬だった。

 

「いや、お礼なんてそんな…」

 

そう言いかけたときだった。士郎の脳裏にあの夢の映像がよぎる。

 

(っ…この子…まさかっ…!)

 

士郎は確信した。この子こそが夢の中で見た少女なのだと。顔も髪型も全く同じだった。少しフリーズしている間も、少女は士郎の手を握っていた。

 

「んんっ…じゃあ、お言葉に甘えて…」

 

「おおきn…じゃなかった、ありがとうございます♪」

 

少女の純粋無垢な笑顔を見ると、士郎は自分の予測が外れてほしいと心の隅で思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店・翠屋。海鳴市の中でも有名な喫茶店で、スイーツがかなり美味であるらしい。少女の車椅子を押しながら、士郎はそこに向かっている。

 

「うちは八神はやてって言います、よろしゅうお願いします」

 

「俺は衛宮士郎。士郎って呼んでくれ。あと丁寧語じゃなくてタメでいいぞ」

 

「じゃあ、士郎さんでええかな?」

 

自己紹介を交わしながら翠屋へと歩いていく。

 

「いらっしゃいませー♪」

 

ドアを開けると、店員と思われる少女がテーブル席へと案内してくれた。士郎ははやてと向き合うように席に座り、メニューを取る。店内は様々な客で賑わっていることから、かなり人気のある店なのだろう。

 

「ほんのお礼です、うちが払うから気にせんでええよ、士郎さん」

 

「生憎俺あまり腹減ってないからな…紅茶でいいぞ」

 

「そか、まあ士郎さんがそれでええなら。それにしても、久しぶりやなぁ…ここに来て食べるの」

 

「久しぶり…?はやて、最後に来たのいつなんだ?」

 

「もううちが小さい頃や、あの頃はまだ両足で立てたし、お父さんお母さんも…」

 

「…天涯孤独…か……」

 

はやての話は心が締め付けられた。幼い頃に両親を亡くし、数年前から足が不自由になり、学校にも通えないままずっと通院しているというものだった。ずっと一人で彼女はすごしてきた。

 

「…俺も、家族がいないんだ」

 

「えっ…士郎さんも…?」

 

「あぁ…かなり前だけど、大火災で」

 

「そ、そんな…」

 

テーブル席の空気が重い。はやては話題を変える。

 

「えと…そや、士郎さんはここに来たことあるん?」

 

「いや、今日が初めてだ。そもそも海鳴に来たのが昨日だから…」

 

「えっ、じゃあ…住む場所がないっちゅうこと?」

 

「い、一応ホテルならあるけど…金結構かかるんだよな…」

 

思い返せば、ここに滞在する期間が伸びるのかもわからない。ホテル代がすぐに底をついてしまいそうな気がした士郎は、選択を誤ったと思った。これならアパートを借りてバイトしたほうが安いと。

 

「えと…よければ、うちに来てもええよ?」

 

「…え、いいのか?」

 

確かに金銭面はこれで大幅に改善できる。しかし問題は大人の男が少女の家に住んでいいのかという倫理的な問題だった。

 

「一人でずっと寂しいし…士郎さんさえよければ、住ませてあげるよ?」

 

彼女はどうやら士郎を住ませる気でいるらしい。考えていると、再びあの映像が脳裏をよぎった。

 

(っ……あまりに似すぎている…信じたくないけど…)

 

彼女のそばにいればどうにか悲劇の源をつかまえ、悲劇を回避できるかもしれない。そう思った士郎は口を開く。

 

「はやて、ありがとうな♪」

 

笑顔を作り、士郎は手を出す。

 

「こちらこそおおきに♪」

 

士郎の手をはやては掴む。こうして二人の共同生活が始まることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この出会いが、その後の運命を変えるものと知る者は誰もいなかった。




「なんだこの本は…異質だな…」

「な、何が起きてるん!?」

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士」 

「夜天の主に集いし雲──」

「──ヴォルケンリッター。何なりと命令を」

次回

「運命の夜、再び」



文の中で出てきた夢についてですが、この夢は士郎の精神にアラヤの抑止力が世界の意思を通じて干渉したことで見た夢ということです。

現在の士郎の戦闘力はUBWのギルガメッシュとの最終決戦時、凛の魔力ブーストを受けたのとほぼ同じという設定です。また、無限の剣製に貯蔵されている剣の種類もかなり増えています。「劇場版Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い」に登場したイガリマ、シュルシャガナも入っています(笑)

追記:感想、評価してくださると作者が喜びます(笑)


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#02. 運命の夜、再び

衛宮士郎が八神はやての家に住んでから数日が経過した。今まで独りだったはやての生活も、世界中を巡ってばかりだった士郎の生活も、ガラリと変わった。

 

はやてはずっと独りで食事を作っていたり、通院していたりしていた。車椅子の少女にとってはかなり難しかった。しかし、士郎が来てからそれは変わった。今は士郎がご飯も洗濯も家事ならなんでも引き受けてくれるし、はやての通院にも付き合ってくれる。そして士郎の生活も変わっていた。久しぶりに他人のために食事を作ったりしている。いや、実際は世界中で被災している人たちのための食事を作っていたのだが、場所がかなり物騒だったので最低限生きる上で必要な食事しか作れなかった。そのため、こういう一般的な家庭で提供される食事を作るのは久しぶりだった。

 

「はやて、今夜何食べたい?」

 

「そうやなぁ…今夜は…うーん…」

 

「じゃあ病院の帰りにスーパーに寄ろう、そこで選んでいくか」

 

「せやな♪」

 

士郎の作るご飯を、はやては毎日楽しみにしていた。これまでずっと独りだった彼女にとって、士郎と食べる食事は格別だった。

 

 

 

 

 

海鳴大学病院

 

今日も士郎ははやての車椅子を押して病院へと向かう。

 

「あ、はやてちゃん、士郎さん♪」

 

「こんにちは、石田先生」

 

「今日もうちの診察よろしゅうお願いします」

 

最初は急に大人の男性がはやての車椅子を押していることに、担当の石田先生は思い切り驚いていた。しかしはやては

「士郎はうちの従兄弟で、遠いとこから久しぶりに会いに来てくれたんや」

と説明したことでなんとか切り抜けた。今ではすっかり石田先生からも信頼されている。

 

「そうそう、士郎さん少し…」

 

「…はい?」

 

一通りの診察が終わったとき、廊下のベンチに座っていた士郎。はやての診察室に入る前に、士郎は部屋から出てきた石田先生に呼び出される。

 

「実は明日、はやてちゃんの誕生日なんですよ」

 

「そうだったんですか?誕生日か…」

 

「今の状態なら健康面の問題もないので、せっかくですし、豪華な食事をするのもいいですよ♪」

 

「…わかりました、それじゃそうさせてもらいます」

 

士郎は明日のために大量の食事を用意することにした。

 

「じゃあ、明日もお願いします」

 

「はやてちゃん、士郎さん、また明日♪」

 

「さよーならー」

 

そのままスーパーに向かうが、今夜用意するのはあくまでもはやての要望に応えた普通の食事。誕生日用の豪華な食事は後でこっそり用意するつもりだ。

 

「んー、魚のフライでも作るか」

 

「えらい美味しそうやなぁ、楽しみ♪」

 

「簡単にできるから食べたいときに言ってくれればすぐ作れるぞ?」

 

「ほんま士郎は料理上手やね〜」

 

「…士郎?」

 

「あっ、さん付けのほうがええんかな?」

 

病院では疑われないよう呼び捨てで呼んでいたはやてだったが、相手はかなり歳が離れている大人にして血縁関係のない他人だ。だが士郎は特に気にしていなかった。

 

「いや、別に俺は呼びやすい呼び方でいいぞ?今は俺達、家族なんだろ?」

 

士郎ははやてに笑顔でそう伝える。

 

「じゃあ士郎でええな♪」

 

こうして普段でもはやては士郎を呼び捨てで呼ぶことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を食べ終わり、はやてを風呂に入れ、士郎はリビングのソファに座っている。はやてが寝たあとに食材を買って、夜中のうちに料理を作り上げるつもりだ。待っている間、彼はあの夢の内容を思い出していた。

 

(…はやてがああなる前に…食い止めなきゃな)

 

少しうろうろしていると、何やら謎の気配を感じた。振り返るとそこには鎖で閉じられた茶色い一冊の本があった。本の中央には剣のような十字架が飾られている。

 

「なんだこの本は…異質だな…」

 

 

 

はやての髪を乾かしていると、彼女が口を開いた。

 

「士郎、明日…実はうちの…」

 

「…何か特別な日なんだろ?なんとなく察した」

 

「っ!?まだ何も言ってないのに?」

 

察されたはやては驚いて素っ頓狂な声を上げる。まあ士郎は既に答えを知っているのだが…

 

「まあ待ってろ、明日ははやてにとってとてもいい日にしてやるから♪」

 

笑顔で士郎はそう答えた。はやては嬉しくなって涙が零れそうだった。今までずっと一人で誕生日を迎えていたのだから、誰かに祝ってもらえるとなると嬉しくて感情が溢れそうになる。

 

「はっはやて?大丈夫か?」

 

「え、ええ、平気やよ?ちょっと嬉しくなっただけや」

 

「期待していろよ、今夜はお前が寝るまで隣にいてやるから」

 

安心させるために士郎はそう口を開く。はやてはとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6/3 21:00

 

はやてはベッドでぐっすりと寝ており、それを確認した士郎はこの時間でも空いているスーパーに行くために外に出る。なるべく早めに買い物を済ませ、できることなら日が変わる前に料理を完成させたかった。

 

「すき焼きにオムライスにシーザーサラダに…ケーキは思い切ってデコレーションケーキにするか」

 

着々と買い物を済ませ、最後に立ち寄った場所はデコレーションケーキを買うためのケーキ屋だった。夜まで営業していたことは本当に幸運だった。

 

そして家に戻り、長時間の料理に取り掛かる。ケーキはちゃんと冷蔵庫に入れてるのでご安心を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6/3 23:50

 

豪華な食事を作り終えた士郎は冷蔵庫にそれを保管し、就寝に着こうとする。だが急に彼は寒気のような変な感覚に襲われた。

 

「なんっ…だ……これ…」

 

そして急に脳の中をあの夢がぐるぐると映し出される。一通り映像が流れると、士郎は放心状態から急に我に返る。

 

「はやてっ!!」

 

士郎はダッシュしてはやての部屋へと駆け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

6/3 23:59

 

「な、何が起きてるん!?」

 

はやては起きていた。目の前にはあの鎖に閉じられた本が妖しい光を放ちながらその場に浮かんでいる。

 

『Anlaufen』

 

「大丈夫か、はやて!」

 

本から謎の音声が響いた直後、士郎が扉を開けて入ってくる。本の真下には魔法陣が展開されていた。

 

「士郎、これ一体何が…!」

 

「ま…まさか…」

 

士郎は似たようなことを数年前に経験している。忘れもしない、第五次聖杯戦争の開幕の刻。彼のサーヴァント・セイバーが召喚された、運命の夜のことを。

 

魔法陣から強烈な光が放たれ、その閃光に驚いた士郎は目をつぶって尻餅をつく。

 

 

 

 

光が収まると、魔法陣のあった場所には4人の姿があった。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士」

 

「夜天の主に集いし雲──」

 

「──ヴォルケンリッター。何なりと命令を」

 

 

それぞれ桃色の長髪の女性、小柄な赤髪の少女、金髪の短髪の女性、獣の耳を生やす屈強な男性が士郎とはやての目の間にひざまずいている。彼ら四人は目を開き、それぞれ立ち上がる。

 

 

窓から入る月明かりに照らされた騎士と座ってそれを見ながら対極の位置に座す士郎。

 

 

 

その光景は、まさに聖杯戦争の始まりの夜と同じ──運命の夜の再来だった。

 

 

 

「な…なんだ……サーヴァント…か…?」

 

「…サーヴァント…?」

 

士郎の言葉にピンクの長髪の女性が疑問符のついた声で応える。どうやらサーヴァントとは違うらしい。

 

「…生憎私はサーヴァントなどという存在ではない。私はヴォルケンリッター、烈火の将・シグナム。貴様は何者だ。我が主の敵とみなせば…斬り捨てる」

 

殺気の籠もった声でシグナムは腰に携えている剣を抜き、士郎の眼前に突きつける。しかし士郎は冷静なまま、彼女の問に答える。

 

「俺は士郎…衛宮士郎だ。お前らの言う主って奴の敵じゃない」

 

「……」

 

口先で言うことでは信じられないのか、士郎に突きつけた剣を降ろさないシグナム。士郎も士郎で、対抗するべく剣を投影するために魔術を起動しようと、腕を青く光らせる。

 

「あのよーシグナム」

 

「何だ?」

 

赤髪の少女が会話に割り込んでくる。彼女が指差すは士郎──否、士郎の後ろだった。

 

「気絶してんだけど、そいつ」

 

見ると、はやてが突然の出来事に目を回して気絶していた。

 

「ほぇぇぇ……」

 

「……とりあえず、今は彼女をどうにかしないか…?」

 

「……ああ」

 

シグナムは突きつけていた剣を鞘に納める。今は戦うよりもはやての安全確保が先決だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車は遂に加速を始めた。

 

この先の激闘と火花を、彼らはまだ知らない。

 

そして、正義の味方の葛藤と絶望も……。

 




「闇の書…これがか」

「みんなの衣食住、私がしっかり管理せなあかんゆうことやね!」

「シロウ、サーヴァントとは何なのだ?」

「あいつそっくりだな…ほんとに」

次回

「温もりのある日々」



Fate/stay night屈指の名場面、運命の夜の構図で書いてみました。どうでしょうか?セイバーも月明かりにてらされていたのでその描写を文字にしてみました。

思えばはやての中の人って遠坂凛と同じ植田佳奈さんだったんですね、なんか奇跡なような気がします笑

次は日常回です、士郎の料理上手っぷりがシャマルのメンタルを折りそうな気がしますね笑

この先は時間がかかりまくるので遅くなりますが、期待しないで待っててくれると幸いです(汗)

感想、評価お待ちしております!


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#03. 温もりのある日々

気を失ったはやてをどうにか介抱し、士郎は突然現れたヴォルケンリッターと名乗る4人の騎士の話を聞くことにした。

 

「とりあえず…まずは話し合いからじゃないか?こっちの事情も知っておいてもらいたいし…えと…(汗)」

 

突然のことだったためか、まだ最初に名乗ったシグナムの名前すら覚えられていなかった。

 

「申し訳ない。私はヴォルケンリッター、烈火の騎士・シグナム」

 

まずはピンク髪の長髪の女性が名乗る。

 

「同じく、鉄槌の騎士・ヴィータ」

 

続いて赤毛の少女が名乗る。

 

「同じく、湖の騎士・シャマルです」

 

更に金髪のショートの女性が名乗る。

 

「同じく、盾の守護獣・ザフィーラだ」

 

最後に屈強な白髪の男性が名乗る。

 

全員騎士と名乗っているが、どの名前も過去の英雄としての記録はない。そのため、彼らがサーヴァントではないということを士郎は理解した。

 

「我らヴォルケンリッターは闇の書の主の命に従う者だ。貴様は主の敵か?」

 

シグナムが士郎に問う。

 

「俺は違う、そもそも主の存在自体ついさっき知ったばっかりだ。俺は衛宮士郎、正義の味方をやっている人間さ」

 

「シロウ…シロウか」

 

「まあ、こいつ嘘を言ってるわけじゃなさそうだし…詳しいことは主が目覚めたらはっきり教えてやるよ」

 

「その…主って誰のことだ?」

 

士郎はまだ多少理解が追いついていなかった。

 

「今貴方の後ろで寝ている女の子のことですよ」

 

「俺達は主を護るために召喚されたのだ」

 

士郎は理解した。ヴォルケンリッターの主が誰なのかを。

 

「はやてのことだったのか…主って…」

 

 

そう話している内に夜が更けていく。今日ははやての診察の日、そして誕生日であった。

 

「…ん、士郎おはよ……って…ほぇぇぇ!?」

 

目が覚めたはやての目の前には新たに4人の姿があった。急な出来事に誕生日早々、一瞬で眠気が吹っ飛んだはやてであった。

 

 

 

 

 

 

海鳴大学病院

 

「えぇと、はやてちゃん、士郎さん…後ろの方たちは…」

 

「えと…その…俺もよく…」

 

予定通り診察に行ったはやて達。問題はシグナム達も同行してきたことだった。シグナム曰く「主はやてに危険が迫ったときのために」ということらしいが、いくらなんでも急に人が増えたのだから怪しすぎる。その上彼女達は黒く薄い衣服に見を包んでいる。これはどう言い訳しようともコスプレとしか言えない。

 

「あの、石田先生?」

 

「なぁに、はやてちゃん?」

 

「実はこの人たち、士郎も面識のない遠い親戚なんです。遠くの国から、私の誕生日のサプライズに来てくれはったみたいで、コスプレまでしてくれて…」

 

いくらなんでも無理がありすぎる嘘だったが、それしかなかった。しかし石田先生は怪しみながら4人を見ている。

 

「そ、そうなんですよ〜♪(汗)」

 

と口を開いたのはシャマルだった。それに続く形でシグナムが口を開く。

 

「ええ、はやての記念すべき誕生日のために、海外からきました」

 

本人達が便乗したおかげで信憑性が多少高まったのか、石田先生も納得してしまった。

 

「なるほどね、良かったわねはやてちゃん♪」

 

「え、えぇ…(汗)」

 

(こんな嘘が通るのか…汗)

 

 

 

 

 

八神邸

 

診察を終えて帰ってきたはやて達。早速全員がリビングに集まると、シグナム達が己自身のことについて説明を始める。はやては飾っていた本を手に取る。この本こそ、シグナム達を召喚した魔導書のようなものだった。

 

「闇の書…これがか」

 

士郎が口を開く。いかにも不吉そうな名前だが、外見上は闇という感じはしなかった。

 

「綺麗な本だったから飾っとったんやけどね〜」

 

「信じられないかもしれませんが、それは魔導書…あらゆる魔法が書かれている書です」

 

魔法、それは現代だと誰も信じられないもの。多くの少女が夢見るもの。

 

「これが…魔法…うち、魔法使いになれるん?」

 

はやては少し目をキラキラさせながら問う。

 

「魔法…それが…嘘だろ…」

 

士郎は少し衝撃を受けている。というのも、彼の知る魔法は、はやてやシグナム達の魔法とは基準・定義が違っていた。

 

この世界、この宇宙全ての原点である魔術師達の最終目標、根源の渦。そこに到達でき、抑止力に排除されなかった魔術師に発現する、魔術を遥かに上回る神秘。5つの魔法が確認されており、その内明確に判明しているものは、第二魔法「並行世界の運営」、第三魔法「天の杯(ヘブンズフィール)」、第五魔法「魔法・青」。いずれも可能性世界の往来、不老不死の実現などと、魔術では絶対に成せないものである。

 

「シロウ、魔法がなにか…?」

 

「魔法って…根源に到達して…そんな凄まじいことだったのか…」

 

士郎は第五次聖杯戦争後に遠坂凛と共にイギリスにある魔術の総本山、時計塔へと留学し、そこで一通りの魔術の知識を覚えた。また、遠坂凛が第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの門下生の家系のため、知識として魔法の基本のことも凛から学んだ故に知っている。

 

「根源?なんだそれ?聞いたことねーぞ」

 

しかし彼女らの言う魔法とは定義が違っていた。実質士郎の認識では魔術に近いものである。

 

 

この物語では

 

型月世界の魔術 ≒ リリカルなのは世界の魔法

 

型月世界の魔法 > リリカルなのは世界の魔法

 

と定義する。故に、衛宮士郎と魔法少女達のパワーバランスはほぼ互角とする。

 

 

「あ…えっと……どうやら俺の認識と違うらしいな、そっちの魔法は」

 

「ってことは士郎も魔法について何か知ってるっていうのか?」

 

ヴィータが鋭い質問をする。はやてにとって士郎は普通の人間という認識だったので、多少驚いていた。

 

「え、士郎も魔法について知っとるん?」

 

「ま、まあ一応…でも使えはするけどあまり実用的じゃないっていうか戦闘用で…使うべき時にしか俺は使わないって決めているから、その時までのお楽しみだ」

 

そう言って士郎ははやての頭を軽く撫でる。彼女は士郎の言葉に驚いていた。

 

「ほぇ~…士郎も魔法使えてたんね…すごいなぁ」

 

「いつか機会があれば、見てみたいものだな」

 

ザフィーラがそう呟く。見た目に違わず戦闘はかなりの得意分野なので守護獣としての血が騒ぐようだ。

 

「ああ、私も見てみたいものだな」

 

シグナムがそう言って微笑む。彼女もどうやら戦闘は好きな分野らしい。

 

「それで、その闇の書はどうすればいいん?」

 

「あらゆる魔道士からの魔力を蒐集し、666ページを埋めて完成させるんです」

 

「ん〜、それやとその魔導師さんに迷惑をかけるいうことやろ?」

 

「迷惑…?」

 

「とにかく、わかったことが一つある。闇の書の主として…」

 

はやては一呼吸置いて口を開く。

 

「みんなの衣食住、私がしっかり管理せなあかんゆうことやね!」

 

その言葉を聞いた4人の守護騎士達は言葉を失った。まじで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからはやてはヴォルケンリッターの衣食住を管理することになった。

まずは衣。はやてが全員の体格を測り、士郎がそれをメモに取って全員分の衣類を買ってくる。ただし、4人の内3人が女性のため、女性用の衣類、特に下着を買う際はかなり苦労した。ちなみに買い物に行ったのは士郎一人だけである。なんでさ。

 

続いて食。既にそこは問題ない。はやて、士郎、守護騎士達6人分の食事を用意すればいいだけだからである。士郎は大勢の分の料理もちゃんと作れるのでそこは安心である。ちなみにはやての誕生日の夕食は事前に士郎がたくさん作っていたので、かろうじて量は足りていた。

 

最後に住。この家の使っていない部屋を各々の好きに使っていいという感じであった。

 

新たに4人を迎えた新生活が始まり、幾分かの時が流れた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり士郎!アイス買ってきたか?」

 

士郎が買い物から帰ると、真っ先にヴィータが玄関に駆けつけてくる。大好物のアイス目当てらしい。

 

「まったく、ヴィータの好きなの買ってきたけど毎日食べてたら太るぞ?」

 

「う、うるせーな!美味いんだから毎日食っちまうだろ…」

 

「おかえりなさい、士郎さん♪今日は私が晩ごh」

 

「シャマルの飯よりシロウの飯のほうがいいな…」

 

「シグナムひどい!私泣いちゃいますよ!?」

 

「あの出来は酷いものだ…ドッグフードのほうがマシだったぞ…」

 

「ザフィーラまで!士郎さん、私のご飯はそんなに不味いですか…?」

 

「え、えぇと…ひとまずシャマルでもレシピ通りにやってればそれなりに美味いはずなのに…?」

 

「シャマルったらいつもオリジナル料理作りたい言うて勝手に調味料付け足すんやよ…」

 

「だって私オリジナルの料理くらい一回作ってみたいですー!」

 

「あのなぁ…まずは基礎をしっかりとな…(汗)」

 

「みんなひどいですー!士郎さんが料理上手すぎるから私の立場がー!」

 

最初にシャマルが作った料理の出来は壮絶なものだった。某ジャイ〇ンシチューほどヤバくはないが調味料の組み合わせが最悪なベストマッチをしていたのである。

 

「士郎の料理はほんま美味いな〜♪」

 

「悔しいけどすごい美味しいです…うぅぅ…」

 

「これが和食…うん、美味い」

 

「その気になればアイスも作れるぞ?」

 

「士郎のアイス!?何それギガ美味そう!」

 

「落ち着けヴィータ、アイスに反応しすぎだ」

 

このように食卓をみんなで楽しく囲んでいた。

 

また、あるときは─

 

「シロウ、少し外で身体でも動かさないか?」

 

「別にいいけど…シグナムなんでお前竹刀なんか持って」

 

「フッ、決まっているだろう?聞けばシロウは剣術の心得があると。その実力を見てみたくなってな」

 

「まあ…俺のはアーチャーの剣筋とほぼ同じだし多分やれると思う、それに最近竹刀持ってなかったからな…」

 

((アーチャーの剣筋…?弓兵の剣筋とか矛盾しているぞ…?))

 

ヴィータとザフィーラがそう心で呟く。まあアーチャーの剣筋とか言われたら普通は耳を疑うはずである。

 

 

 

 

広い公園

 

休日の公園では子供達やその親が大勢いる。あまり人がいない場所へ行き、士郎とシグナムは竹刀を構えて互いに向き合う。はやて達も一緒に着いてきた。

 

「無理してケガしちゃあかんよ〜」

 

「シグナムの実力に士郎さんがどれだけ食らいつけるかですね…」

 

「いや、それかむしろアイツはシグナムと互角かも…」

 

「…それ以上の可能性もあるな…」

 

静かな風が草むらに吹く。それが開戦の合図となった。

 

「だぁっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

士郎とシグナムは互いに駆け出し、竹刀同士を激しくぶつけ合う。だがパワーではシグナムが有利で、鍔迫り合いでは士郎を押し負かす。

 

「あめぇ!」

 

だが少し吹っ飛ばされた士郎はバク転で転倒を回避、そのまま上から風を斬るスピードでシグナムに竹刀を振り下ろす。スピードでは士郎が有利だ。

 

「この速度…なるほどな!」

 

そのまま竹刀同士をぶつけ合い、小規模の乱気流すら発生していた。騎士としての才能vs血反吐を吐くほどの努力。気づけば大勢の人が士郎とシグナムの戦いを見ていた。はやて達は言葉を失っていた。

 

シグナムの竹刀は当たればダメージは大きい。しかし士郎は当たる前に竹刀を速い速度で振って防御し、崩れたところに一撃を加えようとする。しかしそのスピードを乗せた剣戟はシグナムのパワーの乗った竹刀によって弾かれる。これが続いており、勝負は互角だった。

 

そしてついに両者の竹刀がへし折れた。決着は着かず、勝負はお預けとなった。互いの動きが止まると、大勢の観客という名の公園にいた人が拍手を送っていた。

 

「ふぅ…ふぅ…シロウの腕がここまでとはな。私のスピードを上回っていたか…」

 

「パワーがありすぎる…シグナムの太刀筋、受け流すだけで精一杯だった…はぁ、はぁ…」

 

「すごい戦いだったけど、二人とも無茶しすぎやよ?」

 

ちょっと怒り気味のはやてが近づいてくる。

 

「あ、主はやて…その…すみません(汗)」

 

「つい夢中になって…(汗)」

 

その感覚は士郎にとって懐かしいものだった。キャスター陣営との戦いの後に頻繁に行っていた、セイバーとの特訓。それは今のようにガチではなかったが、それに近い感覚ではあった。

 

 

 

 

 

 

その夜

 

はやてがヴィータ、シャマルと入浴している間、士郎はシグナムのことをじっと見ていた。

 

「シロウ…何か?」

 

「いや…剣技も雰囲気も…あいつそっくりだな、ほんとに」

 

「あいつとは…?」

 

「あぁ…今はいないけど、かつて一緒に戦った俺のサーヴァント、セイバーっていうんだ」

 

「サーヴァント…そういえば我々が召喚された時も同じことを言っていたな…シロウ、サーヴァントとは何なのだ?」

 

シグナムが興味ありげに質問する。

 

「その…簡単に言うと現代に一時的に蘇った、過去の英雄のことだな…セイバーは最優のサーヴァントって呼ばれてて、その異名に違わずほんとに強かった」

 

「セイバー…か、もし会えたら会ってみたいものだな」

 

「シグナムー、出ましたよー」

 

シグナムがはやてを風呂から出すのを手伝いに行った。

 

犬の姿で寝ているザフィーラを見ながら、士郎は一人で考えていた。

 

(4つの人影……それに蒐集……)

 

もちろんあの夢と繋がる点はいくつもあった。だが彼はそれを言えなかった。夢で見た末路を言うことを躊躇してしまっていた。こんな温もりのある日々が消えてしまいそうだったからだ。

 

だがそれは己の掲げ、抱いた理想と相反する。そのことに気付けるのは、しばらく先のことである…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日は刻一刻と残酷に近づいていった。




「はやてちゃんの命を救うには、もうそれしか…!」

「主のためなら、騎士の誇りをも捨てると誓ったのだ…!!」

「…これがお前達の…正義なのか…?」

「話を聞いてってばぁ!!」

次回

「交戦」

時間が開いてしまいました(汗)
シグナムってセイバーと似てる気がしたので、ufo版UBWの#08辺りで打ち合ってたように今回竹刀で模擬戦させました。
ちなみにシグナムが士郎を呼ぶ時「シロウ」としてるのもセイバーを意識しています(笑)

物語中でも定義したように、型月世界の魔術とリリカルなのは世界の魔法はほぼ同じというふうにして書いていきます。

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#04. 交戦

「気をつけろ!シロウ!!」

 

「そこだぁっ!!」

 

とある砂漠の世界。ここにはシグナム、シャマル、士郎の3人がいた。相対するのは巨大な図体を持つ、この世のものとは思えない猪のような獣。一見するとこんな獣相手にたった3人で戦うのは無謀に思えるかもしれない。しかし、シグナムと士郎は問題なくこの怪物と渡り合えている。

 

「レヴァンティン!」

 

Verstanden(了解)

 

投影、開始(トレース・オン)

 

シグナムは彼女の魔剣・レヴァンティンに赤紫の魔力を注ぎ、猛スピードで迫りくる怪物の顔面を真正面から叩き切る。怪物は思い切り吹き飛ばされ、バランスを崩して倒れる。

その隙に士郎は3対の干将・莫耶を投影し、内2対を回転させながら吹き飛ばされた怪物を囲むように投擲し、残る1対の干将・莫耶を巨大化させて怪物の頭上へと飛翔する。

 

「───心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

───心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

鶴翼三連ッッ!!」

 

「■■■■■■■ーーーーーッッッ!!!!」

 

急降下した士郎が巨大化した干将・莫耶を振り下ろすと同時に先程投げた2対の刃が同時に怪物の胴体に直撃する。高速回転によって威力を高めた2対は大爆発を引き起こし、同時にその首は士郎によって胴と切り落とされる寸前までの深い傷を負った。無力化には十分だ。

 

「よし、シャマル、蒐集だ!」

 

「えぇ!」

 

この獣、もとい魔獣は魔力を持っていた。シャマルが闇の書にその魔力を蒐集する。蒐集した魔力は空欄のページを埋めていく。

 

「どれだけ溜まった?」

 

「そうね…5ページね」

 

「少ないな…でもこれで合計250ページを超えたはずだ…」

 

「とにかく今日はもう疲れたでしょう?戻りましょうか…」

 

砂漠の中での戦闘は過酷の一言に尽きる。連日連夜彼らはこのような環境で戦いに出ていた。

 

何故このような状況になったのか。それは少し前まで遡る──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前、10/27

 

その日、診察室でシグナムとシャマルは石田先生の話を聞いていた。彼女の口から告げられた事実は残酷なものだった。

 

「命の危険…!?」

 

「はやてちゃんが…!?」

 

「えぇ…はやてちゃんの脚は原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが…この半年で麻痺が少しずつ上に進んでいるんです……この2ヶ月は特に顕著で…

このままでは、内臓機能の麻痺に発展する危険性があるんです…」

 

しばらくしてシグナムとシャマルは診察室から出て、人気のない廊下へと移動する。

 

「…何故…何故気付かなかった…!!」

 

シグナムは悔しさと無念を吐き散らすように壁を拳で叩き、頭をこすりつける。

 

「ごめん…ごめんなさい…私…!」

 

シャマルはベンチに座って泣いて謝っている。

 

「お前にじゃない!自分に言っている…!」

 

はやての脚の麻痺は病気ではなかった。

闇の書の呪い。はやてが生まれたときから存在していた闇の書は、はやての身体と密接に繋がっていた。抑圧された強大な魔力は、魔導師の魔力源であるリンカーコアが未成熟なはやての身体を蝕み、健全な肉体機能どころか生命活動さえ阻害していた。

そして闇の書の解放を迎えたことで、それは加速した。

 

それはヴォルケンリッターも無関係ではなかった。極僅かとはいえ、活動のためにはやての魔力を使用していた。

 

 

 

 

病院の外で4人が暗い顔をしながら話している。打ち寄せる波の音が悲壮感を際立たせていた。

 

「…助けなきゃ…はやてを、助けなきゃ…!」

 

涙を我慢していたヴィータが声を上げる。

 

「シャマル…!シャマルは治療系得意なんだろ!?はやての脚だって、治せるんだろ!?」

 

「ごめんなさい…私の力じゃ…」

 

「…なんで…なんでだよぉっ…!」

 

ヴィータの嘆きはシャマルに向けたものではなく、どうにもならない運命に対して向けられていた。

 

「シグナム…」

 

「…我らにできることは、あまりに少ない…」

 

シグナムは剣の形をしたネックレスを取り出し、それを眺めている。

 

「お前ら、こんなとこにいたのか…帰るぞ?」

 

士郎がその場にいた。全員が振り返る。

4人は先程家にいるはやてに「散歩に行ってくる」と伝えていたため、遅いと感じた士郎が迎えに来た。

 

「シ…シロウ…」

 

「シグナム…どうした?」

 

「…話がある…」

 

帰り道の中、士郎は彼女達の口から全てを知った。

 

「嘘だろ…闇の書が……」

 

「…これが現実だ…だが、我らはどんな手を使ってでも……主はやてを…」

 

「…それで、救う手段は…何かあるんだろう…?」

 

「……蒐集だ」

 

「闇の書を完成させてはやてを真の主にして…絶大な力を与えて、命を救うんだ…!」

 

「蒐集…っ…!」

 

再び士郎の脳裏にあの夢の映像が流れる。本に集まるキラキラ光る欠片。それが魔力を表していた。そしてはやての姿が銀髪の大人の女性と化すところまで映像は流れた。

 

「士郎…おい士郎、大丈夫か!」

 

ザフィーラが士郎に問いかける。士郎は片手で頭を抑えていた。

 

「平気だ…少し眠れていなくて頭痛が…それより…」

 

適当な嘘で誤魔化して話を進めるように促した。

 

「…蒐集は、はやてに止められていたんじゃなかったのか…?」

 

はやてはシグナム達に命令として「蒐集は行わないでほしい」と伝えていた。そこが引っかかっていた。

 

「でも…でも、はやてちゃんの命を救うには、もうそれしか…!」

 

「主の命に背くことは騎士の誇りに背くこと…だが…私は…主のためなら、騎士の誇りをも捨てると誓ったのだ…!!」

 

今にも泣きそうな声でシャマルとシグナムが叫ぶように言う。もう残された手段は一つしかなかった。

 

「……わかった…俺も協力させてくれ、いや…協力する…!」

 

「士郎…!」

 

「…俺は正義の味方として、はやてを救う…お前達も救う…!」

 

ありふれた家族の幸せを知った士郎だからこそ、身近な人を守りたいという気持ちが溢れた。

 

「だが…魔法を使えるとはいえ、士郎は…ただの人間だろう…?」

 

ヴォルケンリッターは人間に極限まで近いとはいえ、魔力生命体。士郎は世界と契約しているとはいえ、身体はただの人間。蒐集に協力するには不安要素があった。

 

「……わかった、俺の力を見せる…初めてだろうからな…」

 

士郎は両手を開き、目を静かに閉じる。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

すると腕に青い光が灯る。士郎の魔術回路が起動した。両手に青い魔力で形成された影が現れ、それは双剣に姿を変える。

干将・莫耶。アーチャーが主に使っていた武装で、士郎も聖杯戦争の中で度々使っていた剣。

 

「これだけじゃない、俺は様々な種類の剣を扱える…」

 

「士郎さん…」

 

「…レアな魔法だな…俺達もこのようなものは見なかった」

 

「…あの剣術と組み合わせると、かなり強力だな…」

 

各々が士郎の力の断片を見て感想を言う。

 

「…シロウ…感謝する…」

 

シグナムは礼を告げた。人間のままでも激戦に身を投じる強い覚悟があることを感じたシグナムは、士郎に感謝していた。

 

「…あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在

 

蒐集から帰還し、士郎達は家に帰る。

 

「おかえりなさい、みんな♪」

 

「ただいま戻りました、主はやて」

 

「ごはん出来とるよ、みんなで食べよか♪」

 

はやての無垢な笑顔を見ると心が安らぐと共に、この笑顔が消えてしまいそうなことに対する悔しさ、悲しみが溢れ出す。そんな苦しい気持ちを抑え、3人は各々手を洗いに言った。

 

 

 

その晩、はやてが就寝すると5人はリビングに集まり、会議を始める。内容は当然というべきか、闇の書の蒐集に関することだった。

 

「そういえば士郎さんは飛行魔法を持っていないんですよね…?」

 

「あ、あぁ…俺の知ってる魔術師はそんな魔術は持っていないから、大抵身体能力を魔術で強化して飛行に近いことをやっていたけど…」

 

「いずれ魔導士と相対することもあり得る…これを機に士郎にもデバイスを持たせるのはどうだ…?」

 

「デバイスは難しいんじゃねぇか…?あ、でもシャマルならそういうのできるよな?よく身に付けてるアクセサリーに魔法の効果を付け足すような」

 

「できるけど…士郎さんが自身の魔力と繋がりのあるアミュレットみたいなものを持っていればだけど…」

 

「魔力と繋がりのあるアミュレット…お守りみたいなものなら、これ持っているけどな…」

 

ポケットから士郎は赤い宝石のペンダントを取り出す。第五次聖杯戦争の始まりの夜、学校の中で口封じとしてランサーに殺されかけた際に遠坂凛に治療してもらった時に使用された、魔力の籠もったペンダント。士郎にとっては思い出深いものだ。

 

「綺麗な宝石…これに飛行魔法を士郎さんが使えるよう、効果を付与すればいいのね?」

 

「あぁ…頼んだ」

 

シャマルは士郎からペンダントを受け取ると、両手でそっと包み込む。

 

「つくづく悪いな…」

 

「大丈夫よ、すぐ終わるから」

 

「…それで、明日はどうする?」

 

「…あのさ、ここ最近妙にでかい魔力を感じるんだよな…あれ蒐集すれば、ページもかなり稼げるんじゃないかなって思うんだけど…」

 

「…なら、お前に任せるぞヴィータ。ザフィーラと共に行ってくれ」

 

「了解した。だがその量の魔力なら、恐らく苦戦は避けられまい…必要とあらば救援を要請するが、それでもいいか?」

 

「了解した。シロウも来てもらえるか?」

 

「…あぁ、これがはやての命を救うことになるのなら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の夜

 

家でテレビを見ている士郎とシグナム。だが突然ザフィーラからの念話が飛んでくる。

 

(士郎、シグナム。ヴィータが魔力反応の源と交戦中だ…だが、相手は魔導士らしい…あれだけの魔力で魔導士なら、苦戦は免れないかもしれない!)

 

(魔導士だと…そうか、戦闘の準備だけはしておこう)

 

(幸いはやてはシャマルと買い物に行っている…準備しておく!)

 

(このことは私からシャマルにも伝えておこう)

 

士郎は側に置いてあった凛のペンダントを手に取り、正義の味方として活動していた時に着ていた薄い茶色の外套を全身に纏い、フードを被る。シグナムはベランダに出て、ペンダントになっているレヴァンティンを起動し、甲冑を纏う。

 

「行くぞシロウ!」

 

「ああ!」

 

二人は夜の街へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結界を張った街の中でヴィータはザフィーラの言っていた魔導士の少女・高町なのはを攻撃していた。ヴィータの鉄槌型デバイス・グラーフアイゼンの全てを打ち砕く一撃は、魔力障壁でダメージを凌いだなのはをビルから吹き飛ばした。

 

「レイジングハート…お願い!」

 

『Stand by ready.』

 

落下するなのはは、彼女のデバイス・レイジングハートに声をかけ、桜色の光に包まれて魔法少女の姿に変身する。レイジングハートは杖の形をしたデバイスへと変形する。

 

「てめぇ!」

 

なのはに向けてヴィータは鉄球をアイゼンで叩いて遠距離攻撃を行う。質量の乗った重い攻撃は凄まじいダメージを生むが、変身した今、なのははレイジングハートを向ける。

 

『Protection.』

 

先程生身で展開した魔力障壁とは比べ物にならない防御力を持つ魔力の壁をレイジングハートが形成し、ヴィータの鉄球を耐え抜く。

 

「どうしていきなり襲いかかってくるの…!?」

 

プロテクションを解除するとなのははすぐさま攻撃態勢に入り、レイジングハートも砲撃モードに変形する。

ヴィータはなのはの問いかけに答えず、一気に接近してアイゼンを叩きつけようとする。しかし、なのはは既に砲撃の準備を終わらせていた。

 

『Divine…

 

「話を聞いてってばぁ!」

 

Buster.』

 

接近するヴィータに向けて強力な砲撃が放たれる。間一髪で身をひねって回避するものの、甲冑の一部である帽子が吹き飛んでしまう。うさぎの人形がくっついている帽子はボロボロになりながら地上へと落ちていく。

 

「……っ…!」

 

ヴィータは目の色を変え、怒りのままにグラーフアイゼンを振り上げる。これらの甲冑ははやてにデザインしてもらったもので、4人の中でもヴィータは特に気に入っていた。それを傷つけられたことが、怒りのスイッチを入れてしまった。

 

「グラーフアイゼン!カートリッジロード!」

 

『Patrone laden』

 

グラーフアイゼンが伸び、柄に隠れていた弾倉が顕になる。弾倉から空になった弾丸が飛び出し、新しい弾丸が装填される。

 

『Raketen Form』

 

同時に、先端の形状が変形する。一方は鋭い円錐に、一方はジェット噴射に。高い攻撃力を持つ「ラケーテンフォーム」に変形したグラーフアイゼンは、そのままロケットを噴射し、その勢いでヴィータが高速で回転する。

 

「ラケーテンハンマー!!」

 

高速回転で威力を更に高めたヴィータが凄まじいスピードでなのはに襲いかかる。

 

「れ、レイジングハート!」

 

『Protection!』

 

再び魔力障壁を張るが、ラケーテンフォームの鋭い一撃は防御を貫通し、同時にレイジングハート本体も思い切り傷つける。

 

「うそっ…きゃぁぁっ!!」

 

なのはは吹き飛ばされ、ビルに激突して壁を突き破り、大ダメージを負っていたために変身も解除されてしまった。ボロボロになったレイジングハートは既に停止寸前までになっており、攻撃ができない。ゆっくりとヴィータは無防備ななのはに接近する。

しかし、その寸前でもう一人の魔導士が立ち塞がった。すぐさまヴィータはグラーフアイゼンを振り下ろすが、目の前の人物に受け止められる。

 

「だれだてめぇ!こいつの仲間か!」

 

「…友達だ!」

 

更になのはの隣に二人の魔導士が現れた。一人は金髪の少年。一人はオレンジ色の髪の女性。目の前にいるのはツインテールの金髪の少女。

 

「なのは、遅くなった…大丈夫?」

 

「ゆ…ユーノくん…」

 

「もう大丈夫、あたし達が相手するから!」

 

「アルフさん…」

 

「…民間人への魔法攻撃…軽犯罪では済まない罪だ」

 

「なんだてめぇ…管理局の魔導士か?」

 

「時空管理局嘱託魔導士…フェイト・テスタロッサ」

 

「…フェイトちゃん…」

 

フェイト・テスタロッサ。PT事件(プレシア・テスタロッサ)に強制的に関与されていた魔導士の少女。今は無罪が確定し、かつて敵対していた時空管理局に所属している。また、PT事件で戦ったなのはとの間には友情が芽生えていた。

 

「抵抗をしなければ、弁護の機会が君にはある…」

 

「誰がするかよそんなこと!」

 

ヴィータは再びフェイトに襲いかかるが、フェイトのデバイスのバルディッシュが攻撃を受け止め、アルフが横から殴りかかる。ヴィータは連携攻撃に吹き飛ばされ、ビルから外に出る。

 

「ユーノ、なのはをお願い!」

 

「わかった!」

 

フェイトとアルフは吹っ飛んでいったヴィータを追いに行く。久しぶりの再開の場は戦場となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロウ、見えたか」

 

「ああ…ヴィータが苦戦しているな…シグナムはヴィータの援護を頼む。俺が後方支援をするから」

 

「この距離からか…?だが飛び道具でも持っていない限りそれは…」

 

「俺は弓も投影できるから安心してくれ、それより早くヴィータを頼む」

 

「…わかった」

 

同時刻、シグナムと士郎は結界内に突入し、戦況を観察していた。突入したときはヴィータが吹っ飛ばされた辺りなので、ビルの内側の出来事はわからない。

シグナムはヴィータの元へと飛行し、対して士郎はその場に留まり、援護射撃のために弓と矢に使う剣を投影する。

 

投影、開始(トレース・オン)

 

投影した黒い弓に銀色の剣を引っ掛けて腕を引く。この剣は宝具ランクとしてはD〜Eの低ランクだが、あくまでも敵の妨害用の援護射撃のため、本気で傷つけるためのものではなかった。弓を引くと剣は士郎の魔術によって形状を変えて細くなり、矢として撃てるようになる。

 

 

 

しかし、次の瞬間士郎は目を疑った。ビルから二人の魔導士がヴィータに接近する。問題はその姿だった。

 

 

その内の一人が金髪の少女だった。

 

 

少女だった。

 

 

傷つけるわけではないにしろ、少女を射抜くことを士郎は躊躇していた。それは正義の味方として。正義の味方だからこそ迷った。

 

 

そして理解した。この蒐集は、子供相手でも無慈悲に行われることを。

 

 

「…これがお前達の…正義なのか…?」

 

 

だが迷う間にヴィータは二人の魔導士の連携攻撃に追い詰められていく。ここで士郎が撃たなければ、シグナムの到着が間に合わずヴィータは敗北する。

 

「くっ…許せ…っ!」

 

 

 

右手を開き、携えた剣の矢がフェイトに向けて放たれた。




「レイジングハート…そんな、今撃ったら壊れちゃうよ…!」

「俺…勝手なことを言うかもしれない…」

「こんな魔法…見たことないぞ…」

「私は誓ったのだ…もう後には引けないのだ…!」



次回

「迷い、揺らぐ」


飛べないとサーヴァントでもない限りあまり戦いにならなそうな気がしたので、士郎がずっと持っている凛のペンダントをレイジングハートみたいなデバイスらしい能力を付与しました。一応効果としては「衛宮士郎に飛行魔法を付与する」です。

少女を射抜くなんて士郎にとってはできないことですよね、だからここで迷いを描写することにしました。実際にUBWで目の前でイリヤをギルガメッシュに殺されていますし。

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#05. 迷い、揺らぐ

『Master!』

 

バルディッシュの音声が響く。フェイトが振り向くと、一直線に光の筋が自身に向かってきているのを見た。

 

「くっ…バルディッシュ!」

 

フェイトは魔力障壁を展開するが、士郎の弓から放たれた、迫る光は低ランクでも宝具。しかも壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)として打ち出されたそれは、障壁に着弾した瞬間凄まじい光と音と衝撃をもって散る。

 

「きゃあぁああっ!!」

 

幸いにもバルディッシュは傷が少しついた程度で済んだが、障壁は粉々に割れ、衝撃は緩和できずにフェイトを吹き飛ばす。そのせいで追っていたヴィータを取り逃がしてしまった。

 

「フェイトォ!」

 

「させるかぁ!!」

 

フェイトの使い魔のアルフがフェイトのもとに飛んでいくが、ザフィーラに阻まれ、回転蹴りを入れられて吹き飛ばされる。

 

「アルフ!くっ…」

 

フェイトはバルディッシュを構えるが、空中からシグナムに斬りかかられて妨害されてしまう。咄嗟に防御したのはいいが、未知なる敵と相対したフェイトの身体には緊張が走っていた。

 

「シグナム…」

 

「どうしたヴィータ。油断でもしたか?」

 

シグナムはヴィータのもとに飛来し、彼女に声をかける。

 

「うるせぇ、こっから逆転するとこだったんだよ!」

 

「そうか。それは悪いことをしたな…それと落し物だ。破損も直しておいた」

 

シグナムはヴィータの甲冑の一部の、ウサギの人形がくっついた赤い帽子をひそかに回収していた。なのはの砲撃でボロボロになっていた箇所は元通りになっていた。

 

「…ありがと…シグナム…」

 

帽子をシグナムに被せてもらったヴィータは小声で礼を言う。

 

「あまり無茶はするな。お前が怪我でもしたら、我らの主が心配する」

 

「分かってるよ…」

 

「一対一ならばベルカの騎士に…」

 

「負けはねぇ!」

 

ベルカの騎士の決まり文句を言い放ち、ヴィータは索敵中のユーノのもとへ、シグナムはフェイトを見ながら剣を掲げる。

 

「レヴァンティン、カートリッジロード!」

 

『Explosion』

 

先程ヴィータがグラーフアイゼンに放った言葉をシグナムも彼女のデバイス・レヴァンティンに放ち、峰の根本から空になった弾丸が飛び出し、新たな弾丸が刃の中で装填される。同時に、紫色の稲妻と紅蓮の焔をその刃に纏い、その剣の異名「炎の魔剣」に相応しい姿を見せる。

 

「紫電一閃!!」

 

直後、シグナムが炎を纏ったレヴァンティンを構え、稲妻を身体に纏い加速する。一瞬でフェイトの眼の前に現れたかと思えば、炎の刃を振り下ろしてフェイトを攻撃する。攻撃を受け止めたバルディッシュは柄が切断されてしまい、その隙に追撃が迫る。

 

『Defenser!』

 

フェイトは黄金色の障壁を形成するが、先程の一筋の光のときと同様にいとも簡単に割れてしまい、バルディッシュの本体の黄色の水晶を刃が抉る。大きなダメージを受けたバルディッシュは機能が大きく制限され、フェイトは思い切り斬り払われて吹き飛ばされ、ビルに激突してしまう。

 

「フェイトちゃん!!」

 

その様子をなのははユーノが張った結界の中で見ているだけしかできなかった。フェイトだけではない。アルフはザフィーラに格闘戦でダメージを負い、ユーノは転送準備中のところをヴィータに妨害され、結界を張って完全に防御するが結界を破る作業に手を回せない。レイジングハートが半壊し、バリアジャケットも展開できない彼女は戦闘に参加できない。目の前で仲間が一方的に蹂躪されるのを、ただ見ているだけしかできない。何もできない自分に泰する悔しさを感じながら、彼女は半壊したレイジングハートを強く握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

「…俺は…何を…」

 

ビルの上から士郎が戦況を見ていた。自身が放った一つの矢を発端に、敵対する魔導師の少女たちが蹂躪されている。自分が発端だった。シグナム達の正義を信じて行動したが、それは一方の正義を斬り伏せることになる。

 

かつて、彼の養父であった魔術師殺し・衛宮切嗣はこう言っていた。「誰かを助けるということは、誰かを助けないことなんだ。正義の味方というのは、とんでもないエゴイストなんだ。」と。救いたかった人類に対してそれを行い、全てが摩耗した者が切嗣やアーチャーだった。士郎は、アーチャーと戦った際に彼の記憶を見たときの感情を思い出す。胸が張り裂けそうなもの。誰かを救うために、誰かを殺すのか。はやてを救うために、魔導師の少女たちを傷つけるのか。

 

「………俺は…どうすれば…」

 

 

 

 

 

 

 

「助けなきゃ…私が、みんなを…助けなきゃ…!」

 

苦戦するフェイト達。何もできないまま戦場を見つめるなのは。そんななのはに、壊れかけているレイジングハートが声をかけた。

 

『Master』

 

「レイジングハート…?」

 

『Shooting Mode Acceleration』

 

半壊のまま、柄の部分から桜色の翼を広げる。現時点で扱える最大火力の砲撃魔法、その待機状態。

 

『Let's shoot it, Star Light Breaker』

 

「レイジングハート…そんな、今撃ったら壊れちゃうよ…!」

 

当然、最大出力のあの魔法を放つことを意味していた。だが、今の状態で放ったら凄まじい反動によって機能が完全に停止してしまうかもしれない。それでも、レイジングハートはなのはに語る。

 

『I can be shot. I believe master』

 

迷うなのはの背中を押すように、レイジングハートは続ける。

 

『Trust me, my master』

 

「…うん、レイジングハートが私を信じるなら、私も信じるよ」

 

なのはは覚悟を決め、結界に向けて魔法を放つ準備を開始する。

 

「なのは…大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫…スターライトブレイカーで撃ち抜くから!…レイジングハート、カウントを!」

 

『All right』

 

カウントを始め、同時に空中に散らばった多数の魔力を一箇所に収束する。なのはが編み出した最強の威力を誇る魔法・スターライトブレイカー。限界以上にまで集めた魔力を一気に放ち、立ち塞がるもの全てを破砕する一撃。

 

『Count, 9, 8, 7, 6, 5, 4, 3, 3, 3,』

 

しかしシステムが損傷している影響で、発射準備が整っているにも関わらずカウントは0を告げなかった。集まる桜色の光を見た戦場の魔導士たちは、光を警戒していた。

 

「レイジングハート…大丈夫…?」

 

『No problem. 3, 2, 1』

 

そして、遂に発射の瞬間が訪れた。しかし、一向に光は発射されなかった。何か不具合が起きたのか?

 

そう、レイジングハートにではなく、なのは本人に不具合が起きていた。

 

なのはの胸から、腕が生えていた。

 

「なのはぁ!!」

 

胸の中にある魔導士の力の源、リンカーコア。シャマルはそれを狙い、直接リンカーコアを捉えようとした。その結果がこの衝撃的な光景を生んでいた。

 

「リンカーコア、蒐集開始!」

 

淡々となのはのリンカーコアを吸い取り、闇の書のページへと書き換えていくシャマル。そんな彼女を、フェイトがシグナムの隙を抜けて狙いに行った。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

「しまっ…シャマル!!」

 

「っ…!!」

 

なのはの魔力が膨大なためか、蒐集が終わるまであと半分というところだった。しかし、目の前に立ち塞がる人影がいた。

 

「っ…邪魔だ!!」

 

フェイトは壊れかけのバルディッシュを振り下ろすが、その刃は白い刃に止められる。

 

「…申し訳ないと思っている…だが……俺の仲間を傷付ける前に、まず俺と戦え…!」

 

外套のフードを被った士郎が、フェイトの攻撃を止めていた。すかさずもう片方の手に黒い刃をどこからともなく取り出し、返す刃でフェイトのバランスを崩した。

 

「ぐあっ…!」

 

「……本当に…これでいいのか…?シグナム……」

 

士郎はフードの内側で迷いを抱えた表情を浮かべていた。自分達の目的で他人が苦しむ。その光景が、正義の味方としての心に深い傷痕を残す。

 

「このっ…!」

 

フェイトは空中で体制を整えて再び士郎に突撃するが、士郎は手に持つ双剣を急に離した。

 

「!?」

 

「…傷つけたくはないが…少し眠ってもらう……悪い…許せ…」

 

士郎は手放した剣をフェイトの前で弾けさせた。模造品とはいえ宝具の神秘を持つ刃が爆弾となったとき、凄まじい衝撃を生む。直撃しない距離で破裂させたため、フェイトの身体に傷は付かなかったものの、強烈な光と音で気絶に持ち込むことには成功した。時間稼ぎは完遂できた。

 

「フェイトぉ!!」

 

「………っ…」

 

落下するフェイトのことを放っておけなかったのか、士郎は彼女を抱きかかえてビルの屋上にゆっくりと寝かせた。その光景はアルフの目にはっきりと映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…ぁ…」

 

なのはは苦しむ表情を浮かべながらレイジングハートを構えていた。力を吸われていく感覚の苦痛は小学生の身体には耐え難いものだった。それでも、なのはは結界を壊すために、最後の力を振り絞った。

 

「ス…スターライト……!…ブレイカァァァァァッ!!!」

 

桜色の閃光がその場を照らす。一筋の光が、硝子を割るように結界を穿ち、夜空へと飛んでいく。どうやら蒐集されている最中にも魔力を限界まで集めていたようで、結界を壊すには十分過ぎる威力を誇っていた。しかし、今の一撃で全ての力を使い尽くしたのか、ゆっくりとなのはは倒れ込む。リンカーコアは輝きを失っていた。全ての魔力を吸いつくされてしまったらしく、シャマルは闇の書を閉じて抱えていた。

 

「結界が貫かれた…戻るぞ!」

 

「…ああ…!」

 

士郎は守護騎士達に着いていく。だが、人の姿に戻ったアルフに阻まれた。

 

「どういうつもりなんだ…!」

 

先程フェイトを気絶させたと同時に彼女のことを気遣っていた光景をアルフは見ていた。ただ敵対しているだけではないこの行為に彼女は困惑を隠せなかった。士郎は目をフードで隠したまま彼女に告げた。風に揺れる赤い前髪がちらりと覗いた。

 

「…俺は…出来るだけのことをしただけだ……」

 

そのまま士郎は夜空へと飛び去っていく。

 

「おい、待て…!くっ…」

 

だが戦闘でやられた傷が彼女の身体を引き止めた。苦しそうな、悔しそうな表情を浮かべてアルフはフェイトの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その帰り道

 

 

 

「蒐集の際に敵に隙を作ってしまった…済まない、シャマル…」

 

「大丈夫ですよ…士郎さんのお陰で時間は稼げましたから」

 

「感謝する…シロウ…」

 

「………」

 

士郎はただ黙ったままだった。

 

「…士郎、なんだか元気ねーみたいだけど、大丈夫か?」

 

ヴィータが声をかける。表情も暗かった。

 

「…俺、勝手なことを言うかもしれない…」

 

「……何だ…?」

 

「…俺はひょっとしたら…この先あのような戦いには…参加できないかもしれない…」

 

葛藤する表情を見せながら、苦し紛れに言葉を紡ぐ士郎。

 

「……シロウ…お前は私達に協力すると言った。その言葉に、嘘偽りがあったと言うのか…?主はやてのために戦うと、その言葉は出任せだったのか…?」

 

見ると、シグナムが残念そうな表情を浮かべて士郎を見つめていた。彼女は既に主の命令に背き、騎士の誇りを捨てていた。その苦しみを乗り越えてでも、はやてを救うと固く誓った。しかし士郎は迷いを抱えたまま共に戦っていたのか、と知ると裏切られたような気持ちにもなってしまう。

 

「わかってるさ…自分勝手な言い分だってことくらい…!でも…俺は彼女達を傷つけることなんて……」

 

「……一体、何がお前をそうさせたのだ…聞かせてもらえないだろうか…?」

 

ザフィーラが士郎を諭すように話に入ってくる。士郎は苦しそうな表情をしながら、拳を固く握っていた。

 

「…何か苦しいことがあるのなら…私達にも分かち合ってください…」

 

シャマルもそう言って士郎の背中を撫でる。冷たい夜に彼女の手は非常に温かく感じられた。

 

「……以前俺は…目の前で彼女達のように小さな女の子を殺されたんだ…」

 

第五次聖杯戦争の中で、彼は凛と共に、バーサーカーのマスターであるイリヤと対話を試みた。イリヤも彼らとの対話を望んでいた。特にイリヤは士郎に対しては愛のような感情を向けていた。中には憎しみも含まれていた。これは第四次聖杯戦争の最後でイリヤの父・切嗣が士郎を養子として迎え入れたが、イリヤにはもう会うことさえも許されなかったことが原因で、捨てられたと感じたことが起因していた。イリヤもその憎しみを持ちたくはなかった。その時はすれ違いを解消できるチャンスが来ていた。

 

しかしその機会は無情にも壊されることになる。最強のサーヴァント・ギルガメッシュが一足先にイリヤの下に攻め込み、バーサーカーと激闘を繰り広げたことで、対話のチャンスは奪われてしまった。神話の戦いの果てにバーサーカーは全ての試練を使い切る結果に終わり、ギルガメッシュの手でイリヤは殺された。ギルガメッシュは聖杯を人類の裁定に使うという目的のために、イリヤの心臓を奪った。その一部始終を士郎は目に焼き付けてしまった。それが今でも深く心に刻まれている。

 

「……だから、俺は…俺は……」

 

「…シロウ……」

 

シグナムは士郎の葛藤に納得していた。確かに今回の蒐集は彼の心の傷を抉る出来事だった。だが、一度この蒐集をやめてしまうと、今度ははやての命が危ない。主の命のためなら誇りさえも投げ捨てる。彼女の鋼の決意は揺るがなかった。

 

「……ならばシロウ、その「傷つけたくない」という意志の強さを、私に証明しろ」

 

「シグナム…」

 

「私も後には引けない…既にこの身は騎士の誇りを捨てている……それでも私は…何を犠牲にしてでも、主はやてを救うことをこの剣に誓った……!私は誓ったのだ…もう後には引けないのだ…!…それでも、シロウの意志が私の意志を超えるのなら、私は…私達は、この蒐集から降りる」

 

「なっ…」

 

「シグナム、それは…!」

 

「蒐集のやり方なら他にもあるだろう…それを模索していけばそれでいい……主はやての身に何も起こらないのならな…」

 

シグナムはレヴァンティンを手に持ち、士郎にその刃の切っ先を向けていた。

 

「…だが、私の意志がシロウの意志を超えたときは……遭遇したら魔導師と戦い、蒐集するという今回のやり方で続けさせてもらう」

 

「………」

 

「譲れないものが互いにあるときは、どちらの信念が上かで決める…そういうものだ……さぁ、剣を取れシロウ…!!」

 

夜空の下でシグナムの宣戦布告が響く。士郎は握り締めていた手を開き、魔術回路を起動した。

 

投影(トレース)……開始(オン)……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時空管理局・本局

 

なのはが魔導士達に襲われたという報告が入り、既にアースラは地球に向けて発進したあとだった。事態を重く見た執務官の少年クロノ・ハラオウンは、今回の戦いのデータを見ていた。

 

「…この戦い方は…やはりそうか……ベルカ式魔法…」

 

戦闘の様子を見ていたクロノは、魔法の種類を推察し、今回の敵がどのような者なのかを予測していた。だが、映像が進むと彼は疑問符を浮かべた。

 

「…なんだ、この光……誰だ…これ…」

 

ちょうど、士郎がフェイトに矢を放った瞬間だった。映像から魔法の解析を行ったが、結果は何も分からなかった。

 

『Unidentified』

 

「…未知の魔法…?」

 

映像を進めると、今度はフェイトと数回斬り結ぶところが映し出される。手元をよく見ると、何もない空間から急に剣を生み出して手に取っているのが確認できた。それだけではなく、任意でその剣を爆発させたというやり方でフェイトを気絶させたところも。ただの剣を弾けさせても、ここまでの衝撃は起きないのが普通だ。

 

「こんな魔法…見たことないぞ…」

 

ベルカ式という魔法を使う強敵と、未知の魔法を扱う謎の魔導士の存在。不穏な空気が、暗い執務室を包んでいた。




「何があろうと!!私は絶対に!!」

「フェイトちゃん…私…」

「なのは…ううん、何も言わないで」

「っ…はやて……俺は…っ…」


次回

「疑念と信念」


まじで更新が遅れてすみませんでしたぁぁぁぁ(っ ̯ -。)
大学入ってから忙しくて書く暇があったら寝てたり別のことやってたので、気づいたら2年経ってました(泣)

最近新しく執筆を始めたガンダム00と東方の小説と同時並行で書いていくつもりです。ただ、なのはのアニメ本編の描写やセリフを見ながら書いているので、時間がかかるのがネックです、、、本編と関係のないオリジナルの展開を書く場合なら割りと筆が乗るんですが、、、

それでもどうにか頑張るつもりではあるので、どうかよろしくお願いします、、(っ ̯ -。)


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