あなたと共に、旅をしよう (ツバサをください)
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プロローグ

 こんにちは。《ツバサをください》です。

 タグにもある通り不定期投稿となります。また、それ程頻度も高くないです。あまり期待はしないでください。一応、この後に第一話も投稿しておきます。

 読者の皆様に楽しんでいただけたら幸いです。


 ◇◆◇

 

 とてつもない衝撃が襲いかかった。自分の身体はそれに振り回され、四方の壁に何度も叩きつけられる。飛び散る破片が肉体に抉り込み、あらゆる場所から出血が始まった。おまけに途中で頭でも打ったのか、意識が朦朧とし始める。

 

 『…………!!』

 

 何者かが叫び、幾つもの影がこちらに突撃を開始した。もう耳が役目を放棄しかけているのか、何を言っているのかは聞こえない。残された己の時間があと僅かであることを悟る。

 こんな身体の状態では反撃する余裕もない。霞み始めた視界がじわじわと緑色に染まっていく……緑色?

 その瞬間、落ちかけた意識が急激に引き戻され、覚醒する。溢れだす感情は憎しみと名付けられた黒い炎。次々とくべられる薪により、燃え上がる炎は留まりを知らない。

 あいつらは、大罪(・・)を二度犯した。さらに今、反省の色なく三度目を犯そうとしている。正義の味方のふりをした悪党の集まり。許せるだろうか、いいや許せる訳がない。例え自分以外が許そうとも、許すつもりなどさらさらない。

 ボロボロの身体を無理矢理動かし、一度手放した操縦桿を握る。まだ、やられる訳にはいかない。もう少し時間を稼がねばならない。

 ならば残る選択肢はたった一つ。ただそれを選べば、皆の元へは帰れない。しかし迷うことなくそれを選ぶ。もとより微かだった可能性だ。更に言えば自分にはもう、何も残ってはいない。

 恩人とも言える彼女は去り、再会が叶った最愛の家族も自分の手元を離れて自身の道を歩き始めた。残ったのは己のみ。どうやら此処が旅の終着点だったようだ。

 

 『ねぇ■■■、貴方はこの旅どうだった?』

 

 脳裏にある女の声が響く。その声は存在しない筈の姉を思わせるような少女のもので、はっきりと聞こえた。

 それは当然のこと。彼女と死別してから多くの人と出会い、親交を深めようとも、彼女の姿は色褪せることはない。彼女の魂は常に共にある(・・・・・・)

 

 「ああ……楽し、かったよ。■■■の、言うとおり……だった。」

 

 果たして今、自分はどんな顔をしているだろうか。笑っているだろうか、泣いているのだろうか。少なくとも悔いはない。自分は元々、路地裏でくたばる運命だった人間だ。こうなったのは奇跡の連鎖があったに他ならない。

 だから、短くも長かった旅に幕を下ろそう。皆を追うこいつらを全滅させ、この旅で知った多くのことを手土産に彼女に会いにいこう。そしてお礼を言うのだ。こんな最高な旅をさせてくれてありがとう、と。

 

 「……さよ、うなら、皆。《SACRIFICE》、起動。」

 

 自身が駆る機体に搭載された、たった一つの音声認識システム。『犠牲』と名づけられた通り、起動したが最後、生きて帰ることなど不可能である。

 入力が成功したことで再起動を果たした愛機に後を託し、乗り手である自分の意識は闇の中に沈んだ。



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第一話 

 ◇◆◇

 

 何処かもわからない宇宙の海を一筋の光が駆け抜けていく。その光景を目の当たりにした者がもし仮にいたのなら、あまりもの速さにきっと流星だろうと思い、大して気にしないだろう。

 だが、今この瞬間も世界を旅するように飛んでいる光はただの流星ではない。この光を作り出しているのは、人の形を模した巨大な機械だった。

 白く塗装された装甲に身を包み、腰部と背部にはそれぞれ二本ずつ計四本のアックスを装備。緑色に輝くツインアイと角のような二本のアンテナを持つ頭部、そして動力源であるエイハブ・リアクターが二つ搭載されているという事実はこの機体が約三百年前に製造された悪魔の名を冠する《ガンダム・フレーム》であることを証明している。

 ……と、此処だけ見れば過去から蘇ったばかりという印象を受けるだろうが、宇宙(そら)を飛ぶ悪魔は既にこの時代で何度かの戦闘を行っていたようだった。

 必要最低限しかない白い装甲と両手両足にはキャンバスに絵の具をぶちまけたかの如く血と油がこびりつき、四本のアックスは刃こぼれしており新品とは思えない状態である。

 

 『……!』

 

 満身創痍といっても過言ではない悪魔は新しい景色を堪能する子供のように周囲を見渡していたが、突如ある一点に視線を固定した。

 悪魔が見つめる先には、八機の緑の装甲を持つ機械がいた。二年前に起きたアーヴラウ事変において社会的信用が失墜したギャラルホルンのモビルスーツ《グレイズ》である。感情が浮かぶ筈のない造られた機械の目に深い恨みと憎しみが宿る。

 そして軋むスラスターを無理矢理に点火し、それらが居る場所へと突撃を開始した。

 

 『接近警報!データベース該当……無し!奴です!《角笛狩り》が出ました!!』

 

 《角笛狩り》、それは最近あったある事件(・・・・)を境に現れた神出鬼没の狩人。ギャラルホルンのデータベースに存在しない未知のガンダム・フレームを操り、徹底的にギャラルホルンの機体のみを攻撃し、破壊し尽くすことからその名がついた。

 因みに、幾ら集めようともこの者についての情報は一つも見当たらなかった。故に全てが謎に包まれており、動機なども不明である。

 

 『何!?総員、戦闘準備!警告などは不要、射程に入り次第攻撃開始!奴に捕まれたら終わりだと思え(・・・・・・・・・・・・・・)!!』

 

 隊長を務める男が乗る角付きのグレイズの命令に従い、八つの銃口が一直線に突っ込んでくる悪魔へと向けられる。狙われていることに気づいた悪魔だが、それがどうしたと突撃する速度を緩めない。

 やがて数秒の後にグレイズが持つライフルが発砲された。迫る弾丸一発一発に大した威力はないが、装甲が薄いどころか無い部分が多い悪魔にとっては当たりどころ次第で致命傷足りうる。

 これ程の弾幕を避けきれる訳がないと部下達七人は勝ちを確信する。しかし一度悪魔との戦闘経験がある隊長の男だけは気を緩めないでいた。それが、彼らの未来を決定づけることになる。

 

 『なっ……!?嘘d』

 

 繋がっていた通信が一つ途切れた。誰が殺ったのかは考えるまでもないだろう。先程驚愕の声を上げた男が駆るグレイズのコクピットは悪魔に掴まれ、深々と太い杭が突き刺さっていた。『捕まれたら終わりだと思え』、隊長の言葉は何の比喩でもなかったのだ。

 あの弾幕を見事無傷で回避してみせた悪魔は掌から生えたそれを再び内部に収納すると、残りの七機を睥睨した。心臓を握られたかのような恐怖に襲われ、確実だった勝利を幻想へと変えられた部下達は一切動けない。一度抜けた気をすぐに引き締め直すなど不可能だ。それも死神が近くにいるなら尚更である。

 新たな血と油を浴び、その身を更に凶悪にした悪魔は腰部のアックスを二本構える。奇しくもそれは彼らのものと全く同じ形状をしており、以前に狩った者達から強奪したことを証明していた。

 当然、そんなことなど余裕を失った部下達が気づける訳がなかった。死神の鎌を向けられた彼らに提示された選択肢は一つしか残っていない。死、それが唯一の選択肢である。

 

 『た、助けてくれ!うわぁぁぁ!!』

 

 その通信がどの部下からだったのかはわからない。ただ確実なのは、隊長の男が気づいた時には既に悪魔が六機のグレイズを破壊した後だったという事実のみ。これは機体整備もろくにされていない骨董品が何故《角笛狩り》と呼ばれているかを何よりも証明していた。

 一機目と同様の手段で七機目を葬った悪魔はただの浮遊物と化した緑の物体を蹴り飛ばし、残った隊長機を捕捉する。もう逃がさない、向けられたツインアイはそう言っているようだった。

 

 『おのれぇぇぇ!!』

 

 お荷物となったライフルを放り投げ、アックスを取り出した隊長機は怨嗟の声を上げながら襲いかかる。対する悪魔も鉄屑へと変貌した二本のアックスを捨て、背部のものを一本手に持って迎え撃つ。

 間もなくして両者のアックスが正面からぶつかり合い、鍔迫り合いになる。されど拮抗したのはほんの一瞬だけであった。悪魔のツインリアクターが生み出す大出力にグレイズが敵う筈がなく、じわりじわりとアックスが隊長の男に近づいていく。勿論それは隊長の男の想定内であった。

 残った最後のグレイズは押し切られる直前に、いきなりアックスを引く。押し合っていた力が突如消滅したことで必然と前方に体勢を崩した隙を逃さず隊長機はサマーソルトを決めた。アックスを失った両手は真上へと弾かれ、無防備な胴体が晒される。

 

 『うおおおぉぉぉ!!終わりだ、《角笛狩り》ぃぃぃ!!』

 

 振り下ろされるアックスが悪魔を仕留めんと迫る。その瞬間のことだった、悪魔の双眸が一層強く輝いたのは。

 片足でグレイズの手首を蹴り、アックスを防いだ悪魔は間髪入れずにもう片方で胴体を蹴る。その運動速度はこれまでのものより数段早かった。

 必殺の一撃を決め損ねた隊長の男は一度距離を取ろうとするが、何故か機体が後方に退かなかい。どういうことだとメインカメラを動かした彼は嘘だと目を疑った。

 なんと人間に近い形状をしていた悪魔の右足部分がクローのように変形し、機体を掴んでいたのだ。幸い巻き込まれなかった片腕で抵抗するが、拘束は緩むどころか締まっていくばかり。装甲が歪んでいき、機体が悲鳴を上げ始める。

 それでも機体を動かして足掻く隊長だったが、悪魔のふくらはぎ辺りから聞こえた音に顔を青ざめさせた。その音は己の部下二人を葬った杭が発射される時と同じ。彼は以前の戦闘で必殺のそれが両手だけに内蔵されていると思っていた。しかしあの杭は悪魔の脚の中にも隠されていたのだ。

 発射された杭がカメラをじわじわ埋め尽くしていく。最後の最後まで抵抗を試みるも虚しく、残った一機もコックピットを貫かれた。

 騒ぎは静まり、この場を静寂が包み込む。迫る新たな敵の影はない。つまり戦闘が終わったのだ。されど悪魔の緑の瞳には憎悪の炎が未だ消えずに灯ったままであった。

 

 『……!!!!!!』

 

 咆哮を上げた悪魔はスラスターを点火、そのまま足で掴んでいる隊長機を近くのデブリに叩きつける。そして残っていた最後のアックスを握ると……全力で振り下ろした。

 既にパイロットが事切れたグレイズはただの鉄屑。そんなものに避ける術はなく、アックスが深く機体にめり込む。油が跳び、爆発を起こす。

 悪魔は何度も何度もそれを繰り返す。一撃一撃に深い憎しみを込め、それをぶつけるようにアックスを振り下ろす。瞬く間に胴体以外も使い物にならなくなっていく。

 果たしてどれだけの時間が経ち、どれだけの鈍い音が響いただろうか。具体的な数値は不明であるが、悪魔が最早鈍器にもならなくなったアックスを放り投げた時にはグレイズはデブリと半ば同化しかけていた。

 

 『……。』

 

 あれだけ殴っても尽きぬのか、未だ悪魔は怨嗟の籠った眼差しを緑の残骸へと向け続けている。だが、殴る武器も無ければ怒りをぶつける対象も存在しない。

 もう此処にいる理由などない悪魔はまた何処かに去るかと思われたが、どうしてか軽くデブリを蹴ると全身を脱力させて漂い始めた。鈍く輝いていた緑のツインアイも消え、微動だにする様子も見られない。

 戦闘時にとんでもない軌道で動いていた為忘れかけていたが、悪魔が宿るこの機体は過去より蘇ってから戦闘か当てもなく飛ぶことしかしてこなかった。つまるところ整備不良なのだ。それでもあんな動きが何故可能だったのかは不明である。

 機械という視点で見れば間違いなく全機能を停止していると言えるだろう。隙だらけとしか言い様がない。しかし不思議と襲撃すれば呆気なく返り討ちにあうという予感がしてならない。四肢に隠された杭を捩じ込まれる光景が眼に浮かぶ。

 威圧感、と言えばいいのか。動かぬ機械となった筈なのにまだよく分からないナニカが中で動いているように感じられるのだ。それが周囲に眼を向けている。

 とはいえ、悪魔を駆る何者かが標的としているのはギャラルホルンに与する機体のみ。故に……

 

 『おーい、そこの君。生きてる~?できるなら返事して欲しいな~?』

 

 『返事はなしかい……。でも生体反応はある、一度ハンマーヘッドに連れて帰るよ。』

 

 『了解、姐さん。』

 

見知らぬ機体に掴まれ連れていかれそうになっても、抵抗する様子は一切見られない。

 

 『しっかし姐さん、この形って……』

 

 『ああ、間違いない。あの子達のと同じ《ガンダム・フレーム》の一機だろうね。まぁ、話は中にいる誰かさんに聞こうとしようじゃないか。』

 

 和やかに会話を交わす三機に連行されていく悪魔。これが彼女らを待ち受ける残酷な運命を変えることになるのかどうか、今は誰も知らない。  



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第二話

 ◇◆◇

 

 「おっと、こいつか。この辺をフヨフヨ漂ってたっていう機体は。」

 

 此処はハンマーヘッドの機体格納庫。部下からの連絡を受けてやって来たのはハット帽の男……名瀬・タービン。彼は満身創痍ながらもその二つの足でしっかりと立つ機体を見上げた。

 名瀬・タービン、木星航路最大の影響力を持つ《テイワズ》の下部組織《タービンズ》を率いる者である。木星圏では武闘派として知られ、上からの信頼も厚い。

 

 「アミダから聞いてたが……やっぱこいつは《ガンダム・フレーム》にちがいねぇな。それにしても、抵抗しなかった、っていうのはどういうつもりだ?」

 

 何の抵抗もせずに連れてこられた謎の機体には、自分だけでなく、この船に乗る全員が注目しているであろう。その証拠に格納庫には過去最大級にタービンズのメンバーが集まっていた。

 地を蹴り、機体のコクピットがある胴体部分まで移動する。そこにいたのは幾つものコードを繋いだ機器とにらめっこをしている四人の嫁(・・・・)

 

 「どうだ?開きそうか?」

 

 「あ!ダーリン!!」

 

 名瀬の声にいち早く反応したラフタ・フランクランドは自身の愛情を表現するかのように抱きつく。しかしその様子はどちらかと言えば父親に懐く娘のようである。

 

 「こらラフタ、姐さんの前でなにやってんの。」

 

 「別にいいさ、アジー。それよりもこっちの件だけどね、エーコの持つ強制解除コードじゃびくともしないってさ。」

 

 引っ付き虫のように名瀬にくっつくラフタをたしなめるのはアジー・グルミン。そして『姐さん』と呼ばれているのは名パイロットとして知られるアミダ・アルカ。因みに彼女こそが名瀬の第一婦人、つまり正妻なのだ。

 

 「うーん、一度試した時あの子達の方なら上手くいったんだけどなぁ……。同じ《ガンダム・フレーム》なのに何でだろ?」

 

 最後に未だに機器とにらめっこを続けるのはこの船に格納された機体の整備を担当するエーコ・タービン。彼女は諦めずもう一度己の知りえるコードを入力するが、ぴくりとも動かないことを目の当たりにすると、お手上げだと機器を放り投げた。

 対面を楽しみに集まったメンバー達は残念がるが、どうせ近いうちに出てくるだろうと夫である名瀬に手を振って格納庫を後にする。此処に連れてきた際にパイロットである何者かはちゃんと意識があることを確認しているのだ。やがて、名瀬とエーコだけがこの場に残された。

 

 「一体どんな奴かと思って楽しみにしていたんだが……まぁ仕方ないか。エーコ、今度はそいつが出てきたら連絡をくれ。」

 

 「りょうか~い……ん!?」

 

 此処にいる理由がなくなった名瀬も退出しようとエーコに背を向ける。しかし突如聞こえた駆動音とそれに驚く彼女の声に慌てて振り返った。何が起こったのかは考えるまでもない。

 今まで全く動かなかったコクピットがゆっくりと開き始めた。それはまるで船長である自分を待っていたかのように見える。考えすぎかもしれないが、こんな御時世だ。用心するに越したことはない。

 警戒度を数段引き上げ、エーコを下がらせて中の者が出てくるのを待つ。どんな者が現れようともこの船は傷つけさせない、そう意気込んでいた名瀬だったが、その気概は空回りとなる。

 ご丁寧にも両手を上げて降参の意を示しながら降りてきたパイロットは、名瀬が知る子供達を纏めるあの男よりやや小さい背丈の少年であった。

 左目を隠す小麦色の髪は端まできちんと手入れがされて、整えられている。意外だったのはパイロットスーツは着ておらず、その髪に似合わない血がこびりついた紺色のコートを身に纏っていたことだ。しかもそれはどうも彼の体格に合っておらず、ぶかぶかである。

 

 「あんたがその機体のパイロットだな?」

 

 「そうだ。」

 

 真っ黒な瞳が名瀬を射ぬく。目線はやや鋭いものの、敵意や殺気などは欠片もない。恐らく、生まれつきのものだろう。

 ならば何故此処に連行されかけた際に一切の抵抗をしなかったのか。内心で疑問を浮かべる名瀬だが、それを問うよりも早く眼前の少年が答えを口にした。彼自身もこのことを不思議がられていることは承知しているらしい。

 

 「俺は『元』ヒューマンデブリだ。離ればなれになった家族は何処にいるか知らないし、他に行く宛もないんだよ。」

 

 「元とはいえヒューマンデブリか、成る程な。そして俺達と戦う理由がなかったから抵抗しなかった訳か。」

 

 ヒューマンデブリ、それは安値で取引される孤児。当然のように人権は剥奪され、購入者達の道具として命つきるまでこき使われる。

 しかもこの少年のように人間としての地位を取り戻したとしても、右も左も分からないまま世間に呑まれて死に至ることが多い。要は彼は幸運だったのだ。

 大方事情を察した名瀬は頷き、その視線を少年の後ろへと向ける。そこにあるのは現在倉庫の主役となっている機体が一つ。

 幾ら所有者の手元から逃れたヒューマンデブリであろうが、動く機体……それも《ガンダム・フレーム》を持っているなどおかしな話だ。所有者に資産を持ち出した泥棒として始末されるのが普通だろう。

 自分を見ていないことに気づいた少年は名瀬の視線を追い、同じように愛機を見上げる。何か思い入れがあるのだろうか、彼は身に纏うぶかぶかのコートを握った。

 

 「……おいヒューマンデブリの坊主、俺達に敵対するつもりがないなら、教えてくれるな?」

 

 「ああ……勿論、話すさ。此所までの経緯や、どうしてこの機体を持っているのかなど、全てな。ただし……一部の内容は他の誰にも話さないでくれ。あまり知られたくはないんだ。」

 

 「……だから人が少なくなるまで待ってたのか。まぁそれは聞いてからにしてやるよ。」

 

 

 ◇◆◇

 

 所属不明の謎の機体が担ぎ込まれてから数時間が経った頃、機体格納庫に全員集合の放送が流れる。それが例の件についてであろうことは誰でも予想ができた。

 おまけに皆関心が高いため、集合がかかってから数分でこの船に乗る全員が集まった。勿論その中にアミダ達の姿もある。というか、ラフタとアジーを連れて最前列にいた。

 

 「やっと出てきたんですかね、あの機体のパイロットが。」

 

 「多分そうだろうよ。でないと、アイツがこんなことしないだろうからねぇ。」

 

 だんだんざわざわと騒がしくなっていく格納庫だが、船長にしてこの場にいる全員の夫である名瀬が一人の少年を連れて出てくると、場は一瞬で静寂に包まれた。

 此処にいる者達の視線が二人へと集まる。正確には、綺麗な髪と血がついたコートというアンバランスな格好をしている少年に多くの目が向けられる。

 

 「よーし皆、よく集まってくれた。今日はお前らに新しい家族(・・)を紹介するぞ。」

 

 「クバラ・ミクスタ。元ヒューマンデブリで、今日からタービンズ所属になった。よろしく頼む。」

 

 「もうお察しかもしれんが、コイツは例の機体のパイロットだ。当然戦闘の際には力になってもらう。因みにだが、コイツはアホほど強いからな。まぁともかく、良くしてやってくれ。」

 

 名瀬のその言葉を最後に解散となったが、誰一人としてこの場を去る者はおらず、皆揃ってクバラの元へと集まった。元々タービンズは名瀬が結婚を理由に、地獄の環境から救いだした者達の集まりである。その為、女性ばかりなのだ。

 大勢のメンバーに囲まれ質問責めにあうクバラだが、意外にも困惑することなく一つ一つ丁寧に答えていく。ただ耳を澄ませば疑われない程度に所々ぼかしている。

 信用を得る為に名瀬に明かした過去の一部を相当知られたくないのだろう。まぁ、それをつい先程聞いた名瀬からすればそう思うのも納得なのだが。

 

 「え~と、クバラだっけ?いきなりだけど、ちょっと戦ってみない?ダーリンがアホほど強いって言うからやりたくなっちゃった。」

 

 「あんたは?」

 

 「ラフタ・フランクランドよ。あと、一応敬語は使いなさい。年上よ?」

 

 血が染み付いたコートの上からクバラの腕を掴んだラフタは、悪いことをした弟をしかる姉のような口調で注意する。その様子が本当の姉弟のように見えたのか、格納庫が笑いに包まれた。

 

 「敬語か……悪いが使ったことがない。すまないが、このままでいかせてもらう。」

 

 「ああ、そう……。んで、どうするの?」

 

 「戦闘か、勿論やる。」

 

 「お、やる気マンマン。それじゃこっちに来t……ちょっとなんでその機体に乗ろうとしてんの!?」

 

 慌ててラフタは自分の機体に乗り込もうとするクバラを止める。振り返った彼は首を傾げ、戦おうと言ったのはあんたなのに何故止めるんだと疑問符を浮かべる。

 先程ラフタが言ったのは戦闘シミュレータによる戦いなのだが、幼き頃からヒューマンデブリであったクバラはその存在を知らなかったのだ。

 困惑する両者だが、クバラの事情を知る名瀬がシュミレータのことを話すと微かに驚きの色を浮かべながら元の位置に戻ってくる。そして元気に案内するラフタの後についていった。

 

 「あ、そうだ。聞きづらいんだけど……君って『阿頼耶識』ついてるの?ちょっと色々あって、対応してるのも一応はあるんだけど……。」

 

 「ああ、ついてる。だが、多分俺のは(・・・)対応していないだろう。大丈夫だ、阿頼耶識が無くともそれなりには戦える。」

 

 おずおずと尋ねたラフタに対し、あっさりと答えたクバラはコートを脱いで背中を晒す。そこにあったのは彼女らが知る子供達についているものではなかった。

 粗悪な阿頼耶識は一部分が背中から飛び出し、その様からヒゲと呼ばれる。ラフタ達が知っているのはこちらの方で、弟分にあたる組織に属する者達の殆どについていた。

 しかしクバラのは何も飛び出しておらず、どちらかと言えば金属の鉄板が張り付いているような感じだ。確かにこの船にあるシミュレータには対応していなさそうである。

 

 「それも、阿頼耶識?」

 

 「そうだ。というか、正確には阿頼耶識と言えばこちらの方が正しいらしい。彼女曰く、これがオリジナル(・・・・・)のものだそうだ。」

 

 コートに触れ、自分の機体を見上げるクバラが指す彼女が誰であるかは名瀬と彼以外知らない。それを知る為には、彼がひた隠しにする過去を明らかにするまで待たねばならないだろう。

  



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第三話

 ◇◆◇

 

 火花が散り、宙を駆ける二機はつばぜり合いへと移行する。己の得物をぶつけ合うそれらは全くの同型機であるため、出力も何もかもが同じである。しかし広がる光景はそれが嘘なのではないかと思わせてしまうようなものであった。

 展開式のブースターを全開にしてやや上から押しつけるようにする機体は至るところに傷がついており、片足は切断されたのか無くなっている。

 それに対し、片手を添えてブレードを受け止める機体はつい先程生産された新品のような状態である。当然四肢も健在だ。 

 もう一度確信するが、現在戦闘を行っている機体は全く同じ性能をしている。ならば何が差を生み出すのか、それは機体を操る者の『腕』である。どれ程高性能の機体があろうとも、中の人間によってはただの的と化すという訳だ。

 

 「こっ、のおおおぉぉぉ!!」

 

 「甘いぞ。」

 

 クバラが操縦するテイワズの新型機体、辟邪がつばぜり合いにばかり意識を集中させるラフタを蹴り飛ばす。当然、対応は間に合わずに彼女の機体は弱点である胴体をさらけ出してしまう。

 すかさずクバラは専用ライフルを取り出して撃ち抜こうとするが、ラフタも簡単に墜とされまいとブースターを噴射したまま方向を変え、彼に向かって一直線に突撃する。

 

 「突っ込んでくるか……予想外だな。」

 

 「家族の皆が見てる前でこのまま何も出来ずに無様にやられたくないからね!!」

 

 普段ならラフタは幾ら戦闘シミュレータでもこんな馬鹿な真似はしない。此処での動きが癖になり、実際の戦闘でもやりかねなくなってしまうからである。命のやり取りをするにしろしないにしろ、自分が機体を動かしているという事実は変わらないのだ。

 それを分かっていながらラフタが命を全力で投げ捨てる行為を選択したのは、この戦闘を同じ船に乗るメンバー達が見ているからである。少し前に加入した新参者に成す術もなく負けるのは彼女のプライドが許さなかった。

 しかしラフタはクバラに触れる前に真下へと吹き飛ばされる。最小限の動きで突撃を回避し、がら空きの背部にかかと落としを決めたのだ。

 

 「これで、終わりだ。」

 

 ブレードを両手に持ったクバラの辟邪はラフタが体勢を取り戻す前に両断した。当然撃墜判定が出され、戦闘は終了した。

 

 「あーもぅ!こんなに強いなんて聞いてないんだけど!!」

 

 「ははは、だから言っただろう?こいつはアホほど強いって。」

 

 コックピットから出てくるなり悔しさを前面に押し出すラフタの愚痴に名瀬は笑う。戦闘開始前にこのメンバーの中でクバラの異常な強さを知っていたのは彼のみである。

 名瀬はクバラの過去をこの中で唯一知る者だ。だからこそ、あの子供達のエースと同等かそれ以上の強さを彼が持っている理由も知っている。とはいえ流石に、あのギャラルホルンの部隊を何度も潰してきたことには驚きを隠せなかったが。

 

 「これは度肝を抜かれたねぇ。こんなに強いとは。何処でそんな力を手に入れたんだい?ただの元ヒューマンデブリにしては強過ぎると思うんだけど。」

 

 「……この機体が俺を鍛えてくれた。阿頼耶識にも頼らない戦い方もそうだ。」

 

 アミダの問いにクバラは再びコートに触れながら機体を見上げる。彼の脳裏に蘇るは一人の少女。路地裏で出会った彼女は自分にもっとこの世界を見て来て欲しいと言い、この機体を贈ってくれた。今はもう……話すことも叶わないが。

 

 「ふぅん、何やら訳ありみたいだけどあまり突っ込まないでおくよ。此処にいる皆が全てを共有している訳でもないしね。」

 

 「……すまない。だが、そうしてもらえると助かる。」

 

 過去を思い出すようなクバラの様子にアミダは問い詰めることを止める。先程彼女が言ったように、タービンズに属する者にだって誰にも明かしたくない秘密があるのだ。

 

 「そういえば船長、今は何処に向かってるんだ?」

 

 「船長はよしてくれ。そんな風に呼ばれる柄じゃあない。」

 

 これまでにない呼び方に名瀬は苦笑いを浮かべ、クバラの頭をわしゃわしゃと撫でる。彼はそれなりに背が高いが、この船の長に届く程ではない。

 

 「それと何処に向かってるって話なんだが、丁度目の前にある火星を拠点にしている弟分の組織のところだ。『鉄華団』って言ってな、お前ぐらいの者達が自分達だけで運営している。何やら変なものを掘り出したって聞いたから見に行くのと、お前を紹介してやろうと思ってな。」

 

 「火星(・・)、か……。」

 

 視界に映る割合を徐々に増やす惑星の名を呟きながら、クバラはある時のことを思い出していた。名瀬に明かした過去の全てのうち、彼が言わないで欲しいと言った部分である。

 余程恐ろしい体験をしたのか、クバラの顔がだんだんと暗いものになっていく。それに気づいたアミダが同じように彼の頭を撫でだした。

 

 「突っ込まない、とは言ったけど辛かったら吐き出しなよ?無理にため込む必要はないんだからさ。」

 

 「ああ、ありがとう。だが、もう大丈夫だ。」

 

 顔を上げ、母性を感じさせるような表情をしているアミダに礼をしたクバラはいつもの様子に戻っていた。

 船は降下を開始し、火星の大地が肉眼でも見えるようになってきた。すると名瀬はクバラに機体に乗り、ラフタとアジーに続いて火星に降りるように指示する。

 首を傾げたクバラがどうしてと問うと、名瀬は組織の方で問題が発生したようで戻らないといけないと面倒くさそうに答えた。

 ブリッジを後にしたクバラは前を行くラフタを追いながら壁を蹴って格納庫へと向かう。そこには初めて出会った時以上に整備された愛機があった。

 幾重もの戦闘で返り血を浴びて赤黒かった装甲は純白の白になり、所々痛んでいたフレームも修繕されている。ただ予備がなかったのか、何処を見ても武器は積まれていなかった。まぁ、この機体は武器が一体化しているので問題など一切ないのだが。

 

 「さて、行くか……アセビ(・・・)。」

 

 新品同然になった愛機を見上げ、クバラは誰にも聞こえない声量でそう呟いた。この名を他の誰かに知られてはいけない。彼女の名は彼が周囲に隠す過去で重要な部分にあたるのだ。

 そしてクバラの声に呼応してか、機体のコックピットが開く。脱いだ血まみれのコートを畳んで脇に抱えて乗り込んだ彼の背中にオリジナルの阿頼耶識が接続される。この感覚ももう慣れたものだ。

 正面のディスプレイに《ASW-G-00 GUNDAM SOLOMON》と表示され、活動を停止していた愛機が動き出す。

 

 『クバラ君、発進準備できたよ!』

 

 「了解。クバラ・ミクスタ、ガンダムソロモン、出撃する!」

 

 オペレーターの通信にクバラは操縦桿を全力で押し出す。カタパルトによる加速で身体が押し付けられるが、それも僅かな時間であった。

 宇宙(そら)に飛び出した悪魔は一度感覚を確かめるように宙返りをすると、先に出撃していた二機の機体の後を追って火星へと降りていった。

 

 

 ◇◆◇

 

 名瀬の兄貴から前の二人と新入り一人がやってくることは聞いていたが、まさか男、それも俺達と同年代の奴だとは思わなかった。兄貴の家族だから、また大人の女性だと勝手に解釈してしまっいた。

 

 「クバラ・ミクスタだ。元ヒューマンデブリで、タービンズに拾われた。それと、あのガンダム・フレームのパイロットだ。」

 

 しかも驚いた部分はそこだけではない。丁度今、クバラだとかいう奴が言ったように、俺達の主戦力と同じガンダム・フレームに乗っていた。……いやちょっと待て、今何か大切なところを見落としたような気がするんだが。

 

 「……ミクスタ?ねぇオルガ、こいつアトラの本当の家族?」

 

 隣にいた三日月……ミカが俺を見上げてそう聞いてきた。それだ、俺が見落としていたのは。性別は違うが、髪の色だったり顔つきは俺達の飯を作ってくれるアトラと似ているところが多い。

 しかしアトラ本人からそういう人がいるとは全く聞いたことがない。いや、話さなかっただけか。

 

 「ミカ、そういうのは本人に聞けよ。」

 

 「あ、そうか。あんた、アトラの家族?」

 

 首をぐるりと回転させ、クバラに向き直るミカ。その視線に僅かな敵意が宿っているのを俺は見逃さない。幼い頃からの相棒は仲間を守ろうとする意識が強いあまり、それに手を出そうという者には見境なく牙を剥くのだ。

 

 「アトラ?……いいや、たまたまだろう。俺は幼い頃からずっとヒューマンデブリだった。家族なんていやしないぞ。」

 

 ミカの目線が若干鋭くなった。何か引っかかることでもあったのだろうか。

 

 「悪いが質問は此処までにしてもらって良いか?これからラフタにシミュレータで戦おうと誘われているんだ。」

 

 「お、そうか。なら出来れば俺達も混ぜてもらって良いか?どうも、ガンダム・フレームを持つお前の腕に興味がある奴が多くてな。」

 

 「わかった。ラフタには俺が話しておく。それじゃあな。」

 

 クバラが席を立ち、部屋を後にする。しかしミカは彼から視線を外すことはなかった。それどころか自分も立ち上がり、その後を追おうとする。どうにもシミュレータに参加しようという風には見えなかった。

 

 「ミカ、どうした?なんかあったか?」

 

 「オルガ、俺はあいつが嘘をついてると思う。偶然かな、誤魔化す時の感じがアトラと同じ(・・・・・・)だった。」

 

 「んだと?」

 

 ミカの言葉に思わず驚きの声が出た。確かに他人というには似すぎていたと思ったが、まさかそんなところまで同じとなると怪しくなってくる。

 となると何故嘘をついたんだとなるが、元々頭を動かすのは苦手だ、幾ら考えようと無駄になるだろう。ならば残った選択肢は一つしかない。

 

 「ミカ、頼みがある。クバラに話を聞いてきてくれないか?俺はまだやらないといけないことがあるんだ。」

 

 「元々行くつもりだったし、勿論やるよ、オルガ。」

 

 そう言ってミカもこの部屋から去り、俺一人になった。ソファーから立ち上がり、仕事用の机へと移動する。

 思えば鉄華団を設立し、団長になってからは身体を動かす機会がかなり減ってしまった。座ってばかりの仕事には慣れたものの、やはり運動したいという感情は少なからず存在していた。

 

 「……今日は比較的少ないし、終わったらシミュレータの方に顔出すとするか。」

 

 スイッチを切り替えるように自分に言い聞かせ、俺は積まれた書類を取った。

      



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第四話

 ◇◆◇

 

 青年にとって恩人である彼女から貰ったコートはあの出会いから約一年の時が流れようとも、未だ彼にとっては大きすぎるものだった。かなり背が伸びたと彼自身では思っているものの、ずりずりと地を滑るコートはまだまだ足りないと言っているようだった。

 ポケットに手を突っ込み、青年はシミュレータがある部屋へと歩いていく。周囲を見渡せばこちらに興味津々な目線を送ってくる少年達がいるが、不思議なことに誰も話しかけようとしてこない。

 普通ならばあの年代は何でも自身で確かめようと様々な行動をするらしいのだが、どういうことだと青年は原因を探る。思い浮かんだ可能性は二つ。彼が身につけている血のついたコート、そして、後ろから感じる敵意。

 歩みを止め、身体ごと振り返る。そこにいたのは先程青年とアトラの関係を聞いてきた少年。団長であるオルガ・イツカが最も信頼する懐刀、三日月・オーガスだった。身長差故にこちらを見上げる青の瞳から感情を読み取ることは難しい。

 

 「何の用だ?別にシミュレータの部屋までの案内はいらないぞ。」

 

 「案内?俺はたださっきの質問の答えを聞きに来ただけ。」

 

 かつて悪魔に魂を売った三日月の声はどこか感情が欠落したようなものだ。感情の起伏がほとんどなく、まるで機械を思わせる。そう、例えるなら機体の一部品のようだ。 

 

 「さっきの質問の答え?あぁ……嘘だと思った訳か。」

 

 青年の問いに三日月は無言で頷いた。その様子からはこれ以上誤魔化すなと威圧しているようである。

 さて、どうしたものかと青年は思案する。少し前に『ミクスタ』のファミリーネームから鉄華団の給仕を務めるアトラ・ミクスタとの関係について問われたが、彼が答えたことは嘘でもあるし真実でもある(・・・・・・・・・・・・)。 だがきっと求められているのは血縁関係の方だろう。

 仕方ない、彼女のことだけは伏せて話そうと青年は決めた。ただ、此処は誰が聞いているかはわからない。彼が最も危惧するのは、この話がアトラに伝わってしまうことである。それを避ける為にも、彼は自身の過去を容易には明かさない。

 

 「……三日月、どこか誰も来ないような場所はあるか?」

 

 声の大きさを極限まで小さくし、青年は三日月だけに聞こえるようにして問う。こんな多くの目から逃れられる場所など少ないかもしれないと質問した後に思ったが、意外なことに即答が返ってきた。

 

 「バルバトスの中。」

 

 「正気か?」

 

 呆れた声には答えず、三日月は「こっち」と青年を先導して歩きだす。こうなっては残された選択肢は一つしかない。彼はため息を一つつくと、その後についていった。

 それから数分歩き続け、二人は人気のない目的地に到着した。三日月が電灯を灯すと、真っ暗だった格納庫が明るくなる。

 彼らは特に言葉を交わすことなく歩き、三日月の搭乗機であるガンダムバルバトスのコックピット部分まで進んでいく。そして出撃する訳でもないのに乗り込んだ。更に青年も続き、開いていた機体の胸部は元に戻った。これで誰かが此処に来ようとも二人の姿を見つけることはほぼ不可能である。

 

 「じゃあ、話して。」

 

 阿頼耶識を接続せずに腰かけた三日月が横のモニターにもたれ掛かる青年を急かす。無意識なのか不明だが、彼は幼馴染であるアトラのことが絡むと容易にタガが外れてしまう性質を持つ。まぁ、それはクバラにも言えること(・・・・・・・・・・)なのだが。

 未だ敵意を残す青い瞳を向けられた青年は「分かった」と返すと、当時無力で無知だった己を呪うかのような目で宙を見ながらアトラとの血縁関係を明かした。

 

 「取り敢えず、結論だけ先に言っておく。俺とアトラは血の繋がった兄妹だ。とはいえ、俺が彼女を一方的に知っているだけだが。」

 

 「何で隠してたの?」

 

 目の前の青年が幼馴染の兄であるというなかなか衝撃的な事実を聞いたのだが、三日月は淡々と疑問を口にした。特段隠すような関係でもないのに、嘘をついてまでその事実を伏せようとするのは誰しもが不思議に思うだろう。

 当然の問いに青年は一層自己嫌悪の色を濃くする。彼だってこんな暗い過去が無ければ、堂々とその関係を明かしていた。それ程までに彼の行為は残酷なものだった。

 

 「俺がまだ赤ん坊だったアトラを地獄に放り込んだからさ。だから隠しt……ガッ!!」

 

 「お前、何してんの?」

 

 明確な殺意を瞳に宿した三日月は青年の首を掴むと、そのまま押しつけた。その衝撃で彼がもたれていたモニターが壊れ、剥き出しになった回路からスパークが走る。

 

 「……言い方が悪かった。助けたつもりだったが、結果的にそうなったんだ。」

 

 「どういうこと?」

 

 その言葉に首を傾げつつ、三日月は手を離した。かなり強く締めていたようで、青年は咳き込みながら肺に空気を取り込む。

 

 「あれはまだアトラが生まれて一年経ったぐらいの時の話になるな……。」

 

 青年が脳裏に浮かべたのは全ての始まりの日。暖かい一般家庭が崩壊し、生き残った子供二人がそれぞれ異なる地獄に落とされた日のことである。

 

 

 ◇◆◇

 

 「ハッ……ハッ……」

 

 日も落ち、だんだんと暗くなっていく道を幼い一人の男の子が息を切らしながら駆けていた。見る限り六、七歳あたりの彼の腕の中には、まだ話すこともできない赤子がいる。

 まるで何かから逃げるように全速力で道を進む男の子に、声をかける者はいない。そもそも人気がない場所なのである。だがもし仮に人がいたとしても、この状態は継続されているだろう。

 

 「ゲホッ……くそ、まだだ。まだ来てる。」

 

 ちらりと後方を確認し、再度走り出した少年は決して少なくない返り血がついていた。その中にはきっと男の子自身のものもあるだろう。膝はこけたのか、傷口ができていた。

 しかし妹である赤子にはつけてたまるかと適度に滴る血を拭い、体力のある限り走り続ける。どれ程走ったのか、そんなことはどうでも良かった。肝心なのは、後ろを追ってくる者達から逃れられるかどうかなのだ。

 逃げる少年を追跡する者達、もとい彼の家庭を一瞬にして崩壊させた者達は無法者の海賊であった。

 彼らは両親を失った子供を拐ってヒューマンデブリとして売り飛ばしたり、強制的に阿頼耶識の施術を行って使い捨てのパイロットとするなど、かなり悪質な手段で儲けを得ていた。今回、その狙いが不運にも少年の家族となってしまったのだ。

 

 「カハッ……何処か……何処かないか?」

 

 歳のわりに大人びた少年は、とうとう体力の限界を迎えてしまった。もう逃げきることは叶わない。そもそも大の大人に子供が追いかけられれば、いつか捕まるのは目に見えている。

 ならばこの妹だけはと少年は周囲を見渡す。完全に日が落ち、暗闇ばかりが広がる景色のなか、一ヶ所だけやけに明るいところがあった。

 悲鳴を上げる身体に後もう少しだからとむち打ち、三度少年は駆け出す。目的地は唯一の希望である、あの明るい場所。だんだんと追っ手の声が近づいてくるが、聞こえないふりをして彼は足を懸命に動かした。

 

 「あら、一体何事かしら?」

 

 そして、運命の女神は少年に微笑む。異様に明るい目的地から騒ぎの原因を確かめるべく、一人の女性が姿を表した。その女性はかなり扇情的な格好をしていたのだが、妹を救う為に必死な少年は関係ないと思考から排除する。

 

 「ハァ、ハァ……妹を、アトラを頼む!」

 

 「いきなりやって来て何なの、坊や?それに『頼む』って……ああ、そういうことなのね。」

 

 肩で息をしながら事柄の要点だけを述べる少年に首を傾げる女性だったが、聞こえてきた声で目の前の初対面の彼が追われていることを把握した。更に幸か不幸かその内容も。

 

 「良いわよ。妹を守る為に自分を犠牲にするお兄さんは大好きだわ。」

 

 「感謝する!」

 

 女性の了承を聞くがいなや、少年は簡潔にお礼の言葉を口にして走り去っていった。騒ぎが遠ざかっていくことから恐らく、いや確実に彼は此処から反対方向に逃げたのだろう。

 そんなことを考えていると、兄の暖かい腕の中が恋しいのか、女性に抱かれた幼い妹はわんわんと泣き出す。その声は大きく、遠くへ行ってしまった兄にも届きそうであった。

 

 「よしよし、もう大丈夫ですよ~。」

 

 泣き声を聞きつけて少年の追っ手が戻ってきては意味がない。女性は泣き止む様子のない赤子をあやしながら建物の中へと入っていく。やがて暗闇の中で輝く光も消え、完全な静寂が場を支配した。

 確かに運命の女神は妹を救う為に自らを犠牲にしようとする少年に微笑んだ。しかし、その女神は果たして本物のものだったのだろうか。

 少年がアトラを預けた女性が消えた建物には、一つの看板がぶら下がっていた。その意味を後々知り、彼が後悔することになるのを今は誰も知らない。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……これで良いか?」

 

 「うん、十分。オルガにも伝えておく。」

 

 三日月に過去を明かしたクバラはため息を一つつき、容易に他の人には話すなと念を入れる。これがきっかけで名瀬にしか明かしていない方の過去も明るみに出ては困るのだ。

 とはいえ三日月に過去を話した以上、団長であるオルガには伝えておくべきだと考えていたクバラは彼の返答に口を挟むことはしない。

 ハッチが開き、クバラと三日月はバルバトスから降りる。念のために周囲を確認するが人の気配は何処にもなかった。

 

 「そういや三日月、お前とアトラはどんな関係だ?」

 

 「うーん、どうなんだろ。でもお揃いのこれはある。」

 

 逆にアトラとの関係について聞かれた三日月は、腕につけているものをクバラに見せる。彼女お手製のそれは誰の目から見ても大切に扱われていることがよくわかった。

 

 「そうか、なら……」

 

 「ん?どうかした?」

 

 「いいや、なんでもない。俺はシミュレータの方に行って来る。またな。」

 

 「わかった。それじゃ、またね。」

 

 喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、クバラは三日月と別れてラフタ達が待つ場所へと向かう。その言葉(・・・・)を伝えるには、まだ早すぎるのだ。最も、妹を地獄に叩き落とした最低な兄にそれを言う資格があるのかも不明なのだが。

    



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第五話

 ◇◆◇

 

 「お、クバラか。随分と遅かったな。」

 

 「悪かった、アジー。少し団長殿と話してた。ラフタは……やっぱりもう始めてるか。別に話を通さなくても良かったな。」

 

 シミュレータの部屋に入ってきた俺に気づいたアジーに軽く謝罪し、映し出されている戦闘の様子をやや後ろの方から眺める。というのも、画面に近いところは鉄華団の少年達が陣取っているのだ。

 画面を食い入るように見つめる少年達は口々に「昭弘さん、頑張れー!」などと声援を送っている。その口振りから察するに、今ラフタと戦っているのは昭弘という名のパイロットらしい。ラフタとほぼ互角に戦っているあたり、かなりの腕前のようだ。

 

 「あ!見つけたぞ!お前か、クバラってのは!」

 

 二人の戦闘を眺めていると突然背後から声をかけられた。振り返るとそこには大きな体躯をした青年の姿。見た目からの年齢からして立場もなかなか高そうだが、それに似合わない程に陽気さを感じさせる。

 

 「確かに俺がクバラだが、お前は誰だ?」

 

 「おっと、わりぃ。俺はノルバ・シノ、流星隊隊長だ!」

 

 やや大きめな声でニカッと笑顔を浮かべるシノ。その元気っ子さは、俺に彼女のことを思い出させた。お嬢様は皆おしとやかだというイメージを盛大に破壊した彼女は今でも、俺の中で生きている。

 

 「……おい、どうかしたか?」

 

 「いや、少し昔のことを思い出してただけだ。それで、何の用だ?」

 

 「まぁ、はっきり言えばこの後シミュレータで勝負したいんだ。とうとう俺もガンダム・フレームを手に入れたからさ、そいつを上手く扱えるようにしたいんだよ。だからさ、相手頼めるか?」

 

 そう言ってこちらに手を差しのべるシノは何処か昔を思い出しているようだった。それも、俺と同じような暗い記憶。今この瞬間だけは、彼の笑顔が作り物であるように見えた。

 

 「別に構わない。ただ、ラフタの後になるが大丈夫か?」

 

 俺は自分より一回り大きな手を取る。シノは「大丈夫だ、全然構わないぜ!」と先程と同じ元気さを取り戻した。全く、本当に彼は性別こそ違えど彼女によく似ている。

 気づけば片手が無意識に身に纏うぶかぶかの紺色のコートに触れていた。所々返り血がついているのは、これを預けられた直後に俺の目の前で彼女が鮮血を散らして亡くなったから。あの瞬間はどれ程の時間が流れようとも鮮明に思い出せる。

 警報が鳴り止まず、マッチポンプとしか言い様のない襲撃に皆が混乱するなか、彼女はこの状況を打開するために躊躇なく自身を悪魔の供物とした(・・・・・・・・・・・)

 確かに他の手段はなかった。だが彼女がそうする必要性もなかった。実際のところ、捧げる供物は誰でも良かったのだ。ならば、名家のお嬢様よりも偶然拾われたヒューマンデブリの方が良いに決まっている。

 

 「……はぁ。」

 

 馬鹿なことを考える自身に対してため息を一つ。全ては『もしも』の話。今さら何を言おうと過去が変わる訳ではない。それに、彼女は俺にこの世界を旅してきて欲しいと願った。仮定の話をすることはその願いを踏みにじることと同義である。

 それでも考えてしまうのは、俺が彼女を好いていたからだろうか。下半身不随になって捨てられた俺を拾うどころか、治療してくれた彼女を。

 首を振る。それは否定ではない。過去に思いを馳せていた意識をこちらに引き戻すためのもの。最近過去を振り返ることが癖になりつつある。そうしても辛くなるだけなのに。

 

 「おい、クバラ。どうやら終わったようだぞ。」

 

 アジーに肩を叩かれ、顔を上げてシミュレータの方を見るとラフタが早く早くと手招きしていた。その近くで昭弘が悔しがっている辺り、ギリギリ彼女が勝ったらしい。

 

 「そうみたいだな。ありがとう、アジー。」

 

 「別に構わないさ。」

 

 あまりボコボコにしてやるなよというアジーの言葉に、あの機体じゃないから瞬殺はできないし大丈夫だと返してシミュレータの方へと向かう。三日月と会った時と変わらず好奇の視線が突き刺さるが、大して気にもせずに進んでいく。

 中は当然かのように阿頼耶識の接続部があるが、勿論オリジナルである俺のものには対応していない。いやむしろ対応するものがあったらおかしいのだが。

 操縦桿を握り、戦闘開始を待つ。数秒後にモニターが切り替わった。真っ暗な宇宙の中、正面にラフタの乗る機体を視認。例えシミュレータであろうとも戦闘だ、手を抜くつもりは一切無い。というか、手を抜けば後で確実に文句を言われてしまう。

 

 『さぁ、行くわよ!今度は負けないんだから!』

 

 「悪いが、勝つのは俺だ。」

 

 ブースターを展開し、ラフタが突っ込んでくる。接近戦を仕掛けるつもりだろう。彼女もそうだが、俺も愛機の特性上、得意とするのは同じである。

 故にこちらも装備されているパルチザンを手に持ち、操縦桿を押し出す。実際の時程ではないが、シートに押しつけられる感覚が全身を駆け巡った。

 ほどなくして二つのパルチザンが衝突し、甲高い音を響かせる。ラフタはその衝撃を利用して一回転、間髪入れずに振り下ろしの二撃目を繰り出してきた。

 俺が今まで殺してきたギャラルホルンの雑兵なら、あっさりと決まったであろう攻撃。間違いなくラフタは強者の部類に入るパイロットだ。そしてそれは彼女に善戦した昭弘という者も同じ。

 しかし、俺はそんな程度の部類に収まるつもりはない。あの機体と願いを託してくれた彼女の為にも、まだまだ止まるわけにはいかない。

 機体をパルチザンの軌道上からずらして振り下ろしを回避すると、丁度良い位置に来た頭部を蹴り上げる。ラフタは攻撃を避けられた直後から回避に移ろうとしていたが、僅かに遅かった。

 

 『ぐっ……まだまだぁ!!』

 

  蹴られた勢いを逆に利用し、ラフタは一旦距離を取る。そして接近戦では幾ら自分が得意と言ってもいつか墜とされてしまうだろうと判断したのか、ライフルでの機動射撃に切り替えてきた。

 

 「……チッ、面倒臭いな。」

 

 舌打ちを一つしながらパルチザンを持ったままブースターを吹かし、突っ込む。今ので完全に明らかになっただろうが、俺は射撃が苦手だ。以前の時のような銃口を突きつけるような超至近距離ならどうにかなるが、距離を取られると詰めるしかない。

 迫り来る銃弾を弾き、避け、ラフタへと接近する。タービンズに拾われる前は、多い時で二十機以上の機体から繰り出される弾幕を相手にしていたのだ。この程度なら問題ない。

 

 『うっ……そでしょ!?』

 

 「隙ありだ。」

 

 驚きで動きが一瞬止まった隙を見逃さず、パルチザンを胴体に叩き込む。ブースターでの加速も加わった一撃は容易く撃墜判定を出した。

 

 「だあぁぁぁ!!悔しいぃぃぃ!!」

 

 そう叫びながらコックピットから出て来たラフタは苦笑するアジーの元へと駆け寄り、慰めて貰っている。完全に子供な俺が言うのも何だが、彼女は見た目に反して些か精神年齢が低いのではないだろうか。

 少しどころか結構失礼なことを考えながらコックピットから出て、シノを探す。そして丁度少年達に囲まれている彼を見つけ、声をかけようとしたところ、扉が開いてオルガが現れた。

 その表情を見る限り、どうやらシノとの戦闘は持ち越しのようだ。面倒な匂いがする。

 

 「アジーさんにラフタさん、ちょっと一緒に来てくれませんか?名瀬の兄貴が来る前に言ってたものの話なんですが。」

 

 「了解、今行くよ。あとクバラもおいで。あんたもタービンズの一員なんだから。」

 

 残念そうな顔をするシノに申し訳ないと謝罪した後、扉の前で手招きするアジーの元へと向かう。以前タービンズの誰かから言われた関係で例えるならば、さしずめ彼女は一番年上のお姉さんになるだろうか。

 

 「さて、ついたぞ。あいつは何処だっと……あ、丁度来たな。」

 

 採掘場に到着したオルガの視線の先を追うと、やけに豪華な一台の車が走ってきていた。鉄華団の協力者なのだろうか。しかしそれならタービンズも所属しているテイワズで十分な筈だ。

 情報を整理するも疑問が解消できず、俺は首を捻ったままだったが、車に付いていたマークが視界に入った瞬間、沸き上がった感情に流されてそんなことはどうでもよくなった。

 

 「ギャラルホルン……!!」

 

 忘れもしない。捨てられた俺を拾ってくれた彼女の家を突如襲撃し、俺の恩人を殺した連中。しかも襲撃理由は事実無根な言いがかりだ。つまりマッチポンプ。こんな奴らが現在警察的役割を担っているなどと俺は絶対に認めない。

 

 「……クバラ、どうしたの?凄い殺気だけど。」

 

 「あ……すまない。」

 

 知らず知らずのうちに漏れてしまっていたようだ。こちらを心配するラフタの眼差しを受け、無意識に放出していた殺気を内へとしまう。しかし彼女の疑問に変わった視線はこちらを向いたままだった。

 どうにか鎮めようとするも全身を駆け巡る怒りの感情は収まらず、むしろより荒れ狂う。未だ名瀬にしか明かしていない彼女に関する過去だが、このままではいずれ近いうちに問い詰められるかもしれない。

 やがて車が停車し、中から二人の男が出てきた。金髪の男は服装を見る限り、かなり上の立場にいる人間のようだ。隣にいるもう一人はその部下といったところか。

 

 「お待ちしておりました、マクギリス准将。遠路はるばるお疲れ様ですっと……これで取り敢えずは良いか?」

 

 「ああ、大丈夫だ。それで早速本題に行きたいところだが……君の後ろの面々について説明を願いたい。」

 

 蒼い瞳がこちらを捉えた。悪意はない。だがギャラルホルンというだけで、怒りの炎はより強く燃え盛る。それが多少なりとも向こうに伝わったようで、マクギリスと呼ばれた男は苦笑を浮かべた。

 

 「おっと……大層嫌われているようだ。余程我々……いや、ギャラルホルン全体に恨みがあると見える。」

 

 「お察しの通りだ。だが、いきなり悪感情をぶつけたことはすまないと思っている。」

 

 形式上謝罪しておくが、発した言葉はただの棒読みだ。その様子を見て俺に任せるのは物事がややこしくなると思ったのか、アジーが一歩前に出た。

 

 「横からですまないが、私達はテイワズ傘下のタービンズだ。貴方達と同じく、鉄華団が掘り出した物に関しての調査に来ている。」

 

 「了解した。ならば()が目覚める前に話を済ませてしまおう。人を退去させたとはいえ、何かの拍子に動き出す可能性もある。」

 

 俺達が何者なのか把握したマクギリスはアジーやラフタ、オルガと情報交換を始めた。だが、彼の視線が時々こちらに向いていることには気づいている。タービンズは名瀬を除くと女性が構成していることで有名な部隊だ。怪しく思うのも当然のこと。

 まぁ、どうせすぐにわかる。角笛の兵士を数多く狩ってきた、奴らにとっては悪魔そのものと言っても良い機体。それが俺の愛機なのだから。

  



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第六話

 ◇◆◇

 

 それを見つけたのは偶然だった。ただ何気なく見上げた空に、ギャラルホルンの艦隊が陣取っていた。さらにそこから計十機程の機体が射出される。

 降下用のグライダーらしきものを展開し、一直線にこちらへと突っ込んできた。その先陣を切るのは黄土色に塗装された、見るからに明らかな隊長機。

 

 「おい、あれはお前ら(ギャラルホルン)のところの機体じゃないか?どういうことだ。」

 

 情報交換に参加出来ず、手持ち無沙汰になっていた俺の言葉にオルガ達は一度話を止めて視線を上へと向けた。そして次々と火星に降り立つ機体を視界に捉えると、マクギリスはその隊長機に向かって声を張り上げた。

 

 「なんのつもりだ、クジャン公!」

 

 『しらを切るな、ファリド公!貴様の考えなどお見通しだ!』

 

 「……悪い、アジー。ちょっと用事ができた。」

 

 拡声器での返答を聞いた瞬間、どうにか抑えていた怒りが爆発し、俺は機体格納庫に向かって走り出した。アジーやラフタの呼び止める声など無視一択だ。誰も止められない、止まる訳にはいかない。

 こうなるのも仕方ないだろう。クジャン公だとか呼ばれたあの声の持ち主は、彼女を殺した張本人(・・・・・・・・・)なのだ。厳密に言えば彼女はその命を悪魔に捧げたのだが、襲撃部隊の隊長らしき男は間違いなくあの声だった。ならば俺がそう見なしても何ら不思議ではないはずだ。

 

 「格納庫はっと……これは幸運だな。誰もいないじゃないか。」

 

 記憶を頼りに格納庫へと到着すると、暗闇の中で白の輝きを放つ愛機はすぐに見つかった。周囲に人影は見えず、誰も来る気配はない。

 

 「なぁ、アセビ。きっと優しいお前はこんなこと望んでないだろう。戦ってばかりじゃなくて、俺にもっと色んな世界を見て来て欲しいと言うだろう。だけどな、俺は許せないんだ。俺からお前を、お前からあの日々を奪った奴らを。」

 

 開いたコックピットに乗り込み、背中をさらけ出して阿頼耶識を接続する。やはりというべきか、繋がった機体から不満げな感情が流れてきたような気がした。これは彼女が俺に託した願いとは違う。俺の勝手な復讐だ。

 

 「先に謝っておく。ごめんな、アセビ。俺は嫉妬深い上に自分の感情さえ制御できない馬鹿なんだ。だから、お前の仇がいるこんな状況を見逃すなんて真似はできない。」

 

 操縦桿を握り、前へと押し出す。目標は当然、あの黄土色の機体。襲撃の時とはやや異なる格好をしているが関係ない。ただ、殺すだけのこと。

 

 

 ◇◆◇

 

 「それ以上近づくな、クジャン公!モビルアーマーが目覚めるぞ!!」

 

 『ならば問題などない!モビルアーマーなど、私が討ち取ってくれる!』

 

 マクギリスの静止を無視、それどころか好都合とイオク・クジャンは自身の駆る機体を一歩前へと踏み出させる。それは彼の未来を決定づけるものであった。

 瞬間、大地が震えた。地震ではない。半ば地中に埋まっていた厄災が人間という定められた抹殺対象を感知して目覚め、動きだしただけのこと。

 耳障りな鳴き声を響かせ、甦った厄災は産声かの如く搭載された武装の一つを使用した。

 

 「え……何あれ、アジー?ピンクっぽいものが口から出てるけど……。」

 

 「あれはビーム兵器!下手な装甲だとあっさりと溶かされてしまう代物だよ!」

 

 「皆、撤退だ!もたもたしてると、ぶち殺されちまうぞ!!」

 

 オルガの号令に合わせ、採掘場にいた団員達は我先にと撤退を開始した。しかしその速度は厄災からしてみればあまりにも遅いもの。今からでも行動を開始すれば、容易く全員を屠ることが可能だ。

 だが幸運にも、厄災の標的は彼らではなかった。再び大地を震わせ、その全貌を明らかにした人造の天使は伸縮自在の尾の切っ先をイオク達に向けた。

 

 『くっ、なんという威圧感。だが、相手にとって不足はない!』

 

 かつて人類の天敵と言われた敵に対し、果敢に立ち向かおうとするのは物語の英雄のようだ。されど力が伴っていなければ、それは蛮勇へと成り下がる。

 

 『イオク様、お止めください!』

 

 『現在の装備では討伐など不可能です!ここは撤退するのが得策かと!』

 

 黄土色の隊長機は配下の機体に抑えられ、残った者達は主君を墜とさせはしないと壁になろうとする。あの厄災との距離はまだ十分にある、説得する時間ならまだある。そう考えたのは配下の誰だったのかはわからない。ただ一つ明確なことは、その希望が打ち砕かれたということのみだ。

 三度目の衝撃。イオク達の退路を塞ぐかのように現れたのはギャラルホルンに属する者なら誰もが知っている機体だった。

 必要最低限の白い装甲に、不自然に膨らんだ四肢。緑のツインアイは怒りに輝き、漏れでる駆動音は怨嗟の鳴き声が如く。《角笛狩り》と呼ばれ、恐れられる悪魔の機体(ガンダム・フレーム)がそこにいた。

 

 『つ、《角笛狩り》だと!?なんでこんな時に!』

 

 配下の一人が悪態をつくが、そうしたところで状況が好転する訳もない。かつての襲撃者を捉えた悪魔は一歩、また一歩と恨みを晴らすべく歩みを進める。その単純な動作だけなのに、放たれる威圧感や殺意は凄まじいものだった。

 

 『イオク様、撤退を!』

 

 『貴方様が亡くなれば、クジャン家がどうなるかはお分かりでしょう!撤退までの時間は、我々が稼ぎます!』

 

 前門の虎後門の狼ならぬ前門の天使後門の悪魔。この世の終わりと言っても差し支えない状況に置かれ、ようやく英雄気取りの大馬鹿者は現実を見るようになったと思われた。が、それでも奴は渋る様子を見せる。前後を挟む化物の脅威さをちゃんと理解出来ていないからだ。

 このような輩は一度痛い目を見なければ学習しない。配下が愚かな主君を説得するには、圧倒的に時間が不足していた。

 

 『……!!!!!!!』

 

 怨嗟の咆哮が上がる。それに応じてか、耳障りな鳴き声が続いた。イオク達にとっては時間切れ、彼らにとっては虐殺開始の合図といったところだろうか。片や積年の恨みを果たすべく、片や命じられた任務を遂行すべく、悪魔と天使は同時に襲いかかった。

 

 『早急に撤退を!このままではイオク様まで……ガッ!?』

 

 不可思議な軌道を描くテイルブレードが配下の一機を軽く吹き飛ばし、地面と衝突する前にあっさりとコクピットを貫かれる。糸の切れた人形のように崩れ落ちた機体は投げ捨てられ、採掘場を墓場にした。

 可愛い部下を殺され、憤怒の感情を露にしたイオクがレールガンを構えるも、その引き金が引かれることはなかった。突然飛来した配下の機体が衝突し、体勢を崩したのだ。

 敵討ちすらさせてもらえないのかと自らに突っ込んできた部下に怒りをぶつけとようとした配下思いの愚者だが、どういうことか通信が繋がらない。何があったのだとメインカメラを動かすと、胴体部分に大穴を空けられた機体がモニターいっぱいに広がった。そしてこの間にも、決して少なくない数の機体が鉄塊と化していく。

 

 『おのれぇ!私の部下達をよくも!!』

 

 激昂し、天使と悪魔を睨むイオクだが、殺戮者達は怯む様子など見せずに新たな犠牲者を生み出す。天使の光線が接近してきた機体を飲み込み返り討ちにし、悪魔の杭がその手に捕らえた獲物を串刺しにして自身を返り血で染め上げる。

 現在進行形で減り続ける通信からは撤退を促す声ばかり。普段ならば何を言うのだと一蹴するところだが、流石に敗色濃厚だと気づいたようだ。残った者達に退却する旨を伝えると、イオクは機体を反転させて戦場から離脱した。

 その光景だけ見れば、自身の部下を盾に逃げ出す無能な指揮官としか言えない。当然配下からは不平不満が出る筈だが、彼に仕える者達はそんなことを誰一人として漏らさず、それどころか進んで囮になろうと攻撃を一層苛烈なものにした。

 

 『なっ!?こいつ、イオク様を狙って……ぐわぁ!?』

 

 しかし、それでも厄災戦時代から甦った二つの遺物相手には大した時間を稼ぐことなどできない。特に悪魔に限っては撤退を始めたイオクを仕留めんと、動きが数段向上している。少し考えれば予想できたことだ。目についた人間は全て同じ標的である天使に対し、悪魔はあの大将に決して浅からぬ恨みがあるのだから。

 行かせないと次々に進路に割り込む緑色の機体。それらはかつて悪魔が葬ってきた機体の新型だが、関係ないと須く一撃で沈めていく。

 このままでは不味いとまだ生存している一機が援護に向かおうとする。その行動を見た同僚が待ったをかけるも、遅かった。今彼らが戦っているのは《角笛狩り》だけではないことを、悪魔を止めんとした者は失念していたのだ。

 反転した次の瞬間、自身に背を向けた標的に狙いを移した天使の尾が胴体を貫き、また一機沈む。繰り広げられる戦いは最早蹂躙劇というレベルに突入していた。

 

 『うおっ!?何だこいつら!?』

 

 天使の足下から湧き出るように飛び出してきた昆虫らしき機械が残り数少ない機体に組み付き、押し倒す。さらにそこに餌を見つけた蟻の如く同型が殺到し、転倒した機体は見えなくなってしまった。

 

 『この、離れろぉ!ぐわぁぁぁ!!』

 

 暗い青に覆われた中から微かに覗く火花と共に悲鳴が上がる。そうしてまた一機、反応が消失した。

 あとは片手で数える程度しかいない。それ以外は悪魔に喰われたか、天使の犠牲となったかだ。彼らは背中合わせで陣形を組み、再度咆哮と鳴き声を上げる悪魔と天使を睨む。だが忘れてはいけない、この戦いは『蹂躙劇』だ。やられ役になった者は、どんな小細工をしようと勝利どころか生き残ることもできない。

 奇しくも悪魔が駆け出すのと天使が部下に攻撃開始を命じたのは再び同時だった。弾幕を悠々と回避しながら放たれた殺気に怯んだ一機が頭部を悪魔に鷲掴みにされ、宙吊りとなる。救出可能な者はもういない。残りは天使がこちらの標的だ、手を出すなと言わんばかりに己の部下で包囲していた。

 

 『……!!!!!!』

 

 隊長機を仕留め損ねたからか、先程とは比べ物にならない咆哮を上げる悪魔。至近距離でぶつけられた怒りと恨みに、捕らわれた機体のパイロットは恐怖の鎖に縛られ、脱出することも叶わない。

 やがて聞き慣れた音が響き、心臓を打ち抜かれた機械がまた一つ採掘場に倒れる。悪魔が天使の方を見やれば、既にそちらも終わっていたようで、無惨な姿になった機体が転がっていた。

 あれほど騒がしかった戦場は、愚かな大将によって殺された数多の兵士の墓場へと成り果てたのだ。

      



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