呪い満ちるこの空を -flying MIKO- (甲乙兵長)
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【プロローグ・序:紅白巫女はだらけたい】


連載中の作品を置いて、別の連載を書いてしまう・・・・・・。

創作者あるあるだと思いますが、自分がそうなると感慨深いです(?)

というわけで、呪術廻戦に挑戦。

タグにも載せてますが、一応注意。

作者の原作知識は単行本と設定集、小説までで、ジャンプ本誌の最新情報は適用されてません。

書いてみたい勢いで書き上げたので、自己満足です。

それでも良ければ読んでください。できれば評価、感想ください(DO☆GE☆ZA)。



 

 闇に沈んだ黒々(くろぐろ)しい木立を縫う人影が二つ。

 ひとりは長い髪、もうひとりは短髪の少女たちが、息を乱して逃げていた。

 

「はひぃっ・・・・・・めちゃヤバじゃないですか! 推定二級なんて出まかせもいいとこですよ!」

「黙って走りなさい! 追い付かれるわよ!」

「そんなこと言ったってぇ! 文句も言いたくなりますよ! もともと東堂(とうどう)さんに回ってきた依頼なのに、なんで三級術師三人編成で格上相手しなきゃならないんですかっ! しかもあれどう見積もっても準一級レベルですよねっ?! 判定ガバガバじゃないですか田辺(たなべ)のバカーっ!」

「仕方ないでしょあの東堂(バカ)が任務突っぱねて高田ちゃんゲストの地元ラジオ生視聴しに行っちゃったんだから! にしても、あなた今日舌がよく回るわねっ。そんな元気があるなら少し囮になってくれない!?」

「無理ですよっ無理無理っ! 真依さんの弾も私の抜刀も通じませんて! 硬すぎる!」

「でもこのままじゃジリ貧なのには違いないでしょ! 一か八かに賭けるしか・・・・・・っ!」

「桃さん早くカムバァーックっ! 応援プリぃーズっ!」

 

 緊急時につき品もなく声高な絶叫の応酬を交わしながら、三輪霞(みわかすみ)禪院真依(ぜんいんまい)は林を抜けぽっかり(ひら)けた場所へ出た。

 勝負をしかけるならここしかないと真依は判断。立体物がない平地なら銃弾も当たりやすい。代わりに、相手からも丸見えという問題には目をつむる。

 

「いい!? あなたと私で交互に呪霊(じゅれい)のヘイトを移しながら時間を稼ぐの! (はら)えはしないけど、なんとか保たせるしかないわ! (もも)が応援を連れてきてくれるまで!」

「わたし知ってます! 最近流行りのモン狩りゲームでやったことあります! わたしすぐ死んじゃうんですけど! 操作複雑すぎですアレっ! 道具とか罠とか意味わかりません!」

「なら死ぬ気で頑張りなさいっ、現実はゲームみたいにキャンプへ帰してなんかくれないんだから!」

「ひぃーん! 助けてメカ(まる)ぅーっ!」

 

 臆病風に吹かれつつも、涙目で刀に手をかける三輪。

 真依は隣で頭上に向けリボルバーを数回発砲し、リローダーから新たに弾丸を装填する。

 

「なんで弾無駄に使っちゃうんですか!?」

「無駄じゃないわよ! 仲間への合図! ここにいるって(しら)せてるのっ!」

Ok(オケ)把握っ!」

「脊髄反射で適当な受け売り言葉使わないでくれる!? 力抜けるから! あとそれもう死語じゃない!?」

 

 そのとき、林の向こうがざわざわと騒ぎ立てる。

 領域化した森林の迷宮に普通の動物は存在しない。ゆえに、残る可能性はひとつだろう。

 シャン――暗がりから清澄に響き渡る錫杖の音色。

 ぬるりと木陰から染み出た存在は、一見すると地蔵に似ている。だが、千手観音のように連なる無数に広がった腕と、携えられた歪な錫杖、石造りの顔面に走った亀裂から生物的な血肉がうぞうぞと蠢いていた。

 かつては人々に(まつ)られていた存在が、いつしか呪いをため込み呪霊となることなどザラにある。

 この千手地蔵(仮称)もその(たぐい)。事前情報よりも急成長しており、等級は三輪の言う通り純粋な力量では二級の域を超えている。ただでさえ格上だった呪霊が、より強者となっていた事態も、悲しいかな呪術師の間で良くあるトラブルのひとつだった。

 

(さいわ)い動きは(ノロ)い。霞と連携して対処すれば、なんとか・・・・・・)

 

 状況は不利だが、悲観に沈めば絶望に食われる。身を苛む恐怖と怯えも呪力(チカラ)に変えて、真依は照準を定め引き金をしぼった。

 (コケ)だらけの石肌に火花が散る。即座に駆け出し移動するも、何か違和感が拭えない。

 

(発砲音が、聞こえなかった?)

 

 そういえば、先ほどからやけに周囲が静かだった。影絵のような(こずえ)が風に揺れているのに、葉の擦れ合う音がしない。そもそも、己が地を蹴って走る靴音すら、何も。

 真依は三輪に振り返った。

 彼女は焦った表情で真依に向かって口を動かしている。唇だけが形を変えて肝心の内容が聞き取れない。

 

 () () () () ()

 

 自分の声すらも知覚できない異常を理解して、これを呪霊の仕業と解釈した。

 

(音を消す術式? マズイ、声かけができないんじゃ連携も何も――!)

「    !」

 

 真依さん! と少女が叫んだのを目で(とら)えて、次瞬、真依は腹から生じた衝撃に吹き飛ばされた。

 攻撃されたと遅まきに察し、気が付けば地面に転がっている。

 

()ッ・・・・・・)

 

 鈍痛を逃がすように苦しげな咳を吐き、上体を起こせばすぐそこまで迫る拳。

 咄嗟、横転して回避するも、二打三打と千手地蔵の腕が遠間から伸びる。

 

(風切りが聞こえないせいで攻撃タイミングが分かりずらいっ。一瞬も相手から視線を逸らせない! 音がないことがこんなに厄介だなんて・・・・・・っ)

 

 内臓や骨に異常はない。だが尾を引く痛みから挙動に明かなラグが生まれ、無音の拳打が暗殺技法のように繰り出され続ける現状では、防戦一方。リボルバーを構える隙も与えられない。

 しかしそこに、地蔵の背後へ回り込んだ三輪が必中の太刀を振るう。

 呪霊の首へ吸い込まれた忍びの一撃は鋼の閃花を咲かせるが、刃は連なる腕の二本によって器用に白刃取りされ、欠片のダメージももたらしていない。

 ばきりっ、と音もなく折られた得物に呆然とする三輪を、石の裏拳が打ち据える。いいのを顎に受けてしまったか、(くう)に螺旋を描いた少女は地を這って動かなくなってしまった。

 追い打ちのため無数の拳の肘を引く呪霊の頭部を、一発の銃弾が穿つ。

 身体を固定したまま首だけ反転した千手地蔵は、口の端を引き裂くように広げて、怪物的な口腔を晒しながら怒りを露わに(人間)を睨んだ。

 

(あーあ。やっちゃった)

 

 銃口から白煙をくゆらせ苦笑した真依は、ついでに舌を出して挑発する。

 気を失った三輪に逃れる術はない。その点真依はまだ余力がある。けれどさすがにそう何度も避けれはしないだろう。怒りに任せて乱発されれば間を持たず挽肉にされるのは必定で、救援はもはや絶望的。来たとしても、真依が息をしている可能性は低かった。

 

(私の人生、こんな形であっけなく終了? ほんっと、ついてない。特別強いわけでもない呪霊相手に、他の誰かの引継ぎみたいな任務で・・・・・・呪術師の、禪院の家なんかに生まれさえしなければ・・・・・・呪霊なんて化け物と関わらずに・・・・・・)

 

 死期を目前にして、少女はどこか冷めた気分だった。もしかしたら、安堵すらしていたかもしれない。

 せめてもの抵抗に、残った弾丸を全部見舞ってやる覚悟で銃口を向ける。石の外皮には効かなかったが、威嚇のように(あご)を外した口内なら柔らかそうだ。

 呪霊が拳を引いたのを見て、真依も引き金をしぼっていく。

 鈍化する時間の中、最後に浮かんだのは、小さな手を掴んで先導する姉の顔。

 

(最悪――こんなときに真希(まき)を思い出すなんて)

 

 内心盛大に舌打ちしながら、自嘲の笑みでトリガーを引いた。

 当たったかはわからなかった。

 ただ、肉薄するおびただしい物量の打撃を前に、真依は静かに瞼を閉ざした。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、?

 痛みが来ない。それとも痛覚を認識する間もなくあの世へ堕ちたのか。

 否。風を感じる。土の匂いも。()()()()()()()

 

 

 

「なに安らかな顔してるの? 面倒に駆り出されたコッチの気も知らないで」

 

 

 

 生きている、しかも聴覚が戻っている。そう自覚して、真依は眼を開き――絶句した。

 地蔵の呪霊はどこにもおらず。

 代わりに佇んでいたのは、ひとりの少女。

 セミロングの黒髪をなびかせ、華奢な肩に大幣(おおぬさ)を担ぐように乗せ、袖のない赤と白の巫女を思わせる装束をまとった、どこか怠惰な印象を抱く少女。それは眠たげな半眼のせいかもしれないし、鬱陶しげに首を回す年寄り臭い所作のせいかもしれない。

 だが、強い。圧倒的に。並ぶ者がごく限られるくらいには。

 真依は彼女を知っていた。その名は、呪術界隈で知れ渡る最強呪術師・五条悟と比肩する。

 若干十七歳。真依とひとつしか違わない生まれで、同じく最強の呼び名を戴く少女。

 

 

 その名を――博麗霊夢(はくれいれいむ)という。

 

 

 

 





読了感謝! です!

いかがでしたか? 興味が引けたら幸いだなぁ。

とりあえずプロローグはできてるので連日投稿しようかと思います。

あとは知らない。ストックでき次第かも。

原作が終わってないので、完結までは行けないと思うけど。



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【プロローグ・継:紅白巫女は見せつける】

やっちまったZE☆

ハーメルンで呪術廻戦SSをざっと見漁ったら、敵呪霊の特徴が結構かぶってるお方がいらっしゃった。

本当に偶然ですし、後追いはこちらなので全面的に自分が悪いのですが・・・・・・。

なにかしら文句や訴えがあるようなら変更もやむなし。

とりあえず、今はそのまま投稿させてもらいます。





 呪い。

 

 

 それは人々の負の感情から漏出する凝り固まった(ストレス)の集まり。

 ゆえに邪悪、ゆえに醜悪。ヒトという種がひた隠しに抱える悪性の業が呪いであり、形を持った象徴が呪霊という害獣なのだ。

 日本で年平均一万人と数えられる怪死者・行方不明者などの末路は、多くがこの呪霊による被害である。

 そんな人に仇なす因子を社会の裏で駆逐するのが、呪術師。

 己から捻出する呪いを異能に変えて、危険な呪霊を日々祓徐(ころ)している専門家だ。

 しかし、人が存続する限り、呪いもまた蔓延(はびこ)り続ける。

 かつての平安時代ほどではないが、年々強大になり続ける呪霊たち。さらには、他者を呪うことで糧を得る呪詛師(じゅそし)たちの暗躍。終わらないマラソンゲームの最中、あちこちを駆けまわり対応に追われる呪術師の中でも、最強と(ぐう)され、(おそ)れられる人物がいた。

 呪術師家系の御三家のひとつ、管原道真(すがわらのみちざね)を祖先に持つ五条家の末裔――五条悟(ごじょうさとる)

 知恵持つ呪霊も、私腹を肥やす呪詛師も、この名を知らぬ者はいない。

 しかし、彼と同等の実力を持つと噂される少女が、もうひとり。

 

 

 博麗霊夢。

 

 

 名家というわけでもないごくあり触れた神道系の一族に産まれた特異点。

 府立呪術高等専門学校京都校所属の、特級(規格外)(かんむり)を付与された才媛である。

 

 

 

 

「霊夢・・・・・・あなた、四国に出張中じゃなかったの?」

「ピンチを助けた恩人に向ける第一声がそれ? あんなの、秒で(カタ)して観光してたに決まってんでしょ。せっかく無名の秘湯に浸かってたのに、上から緊急のお達しで呼び戻されてこちとら不機嫌なのよ。あとで代金請求するから」

「特級なんだから私なんかよりよっぽど稼いでるでしょうに・・・・・・」

 

 真依の不平に聞く耳持たない霊夢。魔法の黒いカードを扱えるような立場に関わらず、彼女は金に意地汚い。フリーランスの冥冥(めいめい)ほど飛びぬけていないが、自他共に認める守銭奴ではあった。

 少女の頬は上気し赤らみ、髪はいつもより(つや)めいて見える。どうやら本当に少し前まで入浴中だったらしい。

 ちなみに、真依たちがいるこの場から四国まで車で約七時間余りの距離がある。たとえセスナに乗ってやってきたとしても、間に合うとは到底思えなかった。

 

(神出鬼没・・・・・・相変わらず正体不明の術式よね。まぁ、無下限(むかげん)呪術だってわけわかんないんだから、同格の霊夢が容易く見切れる類じゃないのは当然でしょうけど)

 

 危うい渦中にありながら、二人の少女は呑気に語り合う。

 その隙を逃さず、霊夢の足元より幾条もの伸びる手掌が放たれた。

 

「おっと」

 

 足場を蹴って(くう)に逃れ、そのまま少女は重力を無視し浮遊する。

 地面が陥没していたので分かりづらかったが、どうやら霊夢は呪霊の禿頭を足場にしていたらしい。大地に首だけ生えた地蔵の周囲から、空ぶった灰の腕が樹木のように生え揃っている。

 

(なんであの呪霊晒し首みたいな状態なの?)

「あの娘が呪霊の頭上から踵落とししたからだよ、真依ちゃん」

「桃!」

 

 胸中の疑問に答えたのは髪を角のように結んだ金髪の少女。三年の西宮桃(にしみやもも)である。

 箒を跨ぎ浮遊する彼女の後ろにはぐったりした三輪が干されていた。隙を見て回収したようだ。

 西宮は地蔵呪霊が自分たちの手に負えないと断じた真依が、救援を呼ぶため単独で避難させたのだ。領域で異界化されたのは地上までで、空は手薄だった。付喪操術(つくもそうじゅつ)で飛行できる西宮だけならば脱出は十分可能だった。

 

霊夢(彼女)はあなたが?」

「わたしができたのは外で待機してた田辺さんと合流するまで。高専の歌姫(うたひめ)先生に連絡したら、速攻で出張中の(れい)ちゃんまで話が繋がったみたい。たぶん、禪院家の計らいかな」

「・・・・・・そういうこと」

 

 御三家の一角、禪院家は真依の生家である。けれど、決して関係は良好ではない。

 禪院に産まれた双子の姉妹。女であり、呪いを見る力すらろくに備わらなかった真希()と、術師としては落ちこぼれもいい真依()。実力主義と男尊女卑が横行する家において、親族たちの風当たりは強く、実家を出た姉と違って、居残った真依は常に苦境であった。

 そんな家系が、純粋に真依を心配して霊夢を呼び寄せたとは考えづらい。一応の宗家筋ゆえか、なんらかの貸し借りか、勢力争いのダシにされたといったところが妥当だろうか。

 苦味に顔をしかめる真依に、西宮が悪い空気を察して話題を変える。

 

「まさか霊ちゃんが来るなんて思わなかったけどね。なんにしろ、もう大丈夫だよ」

「ええ。でしょうね」

 

 二人は夜空に視線を移した。

 西宮と違い、身ひとつで風を切る赤白装束。それを捉えようと追いすがる怪腕群だが、風にそよぐ紙のようにひらひらと(かわ)されている。

 何にも縛られず、物理法則にすら逆らって自由に駆ける少女の雄姿に、真依は眩しいものを見るように目を細めた。

 

 

 

 

「なんか飽きたわね」

 

 死角から突き出された貫手を首だけで回避し、コースを限定するように張り巡らされる呪霊の腕の隙間を縫って虚空を泳ぐ。それほど速い動きでもないのに、敵の攻撃はかすりもしない。剛に対する柔の要領で、流動する液体のごとく星空を背に舞い踊る。

 

(腕の射程は五十メートルくらい。わざとギリギリの範囲で漂って手を探ってるけど、基本攻撃方法はそれくらいかな。()れてやり方が雑になってるし、ワンパターン。固有の術式は音消し。効果範囲は腕とそう変わらないか。準一級相当には違いないだろうけど、異能(チカラ)に目覚めてからそう時間は経ってなさそう。急に強くなった理由が気にかかるところよね)

 

 冷静に分析しつつ、背後から迫る拳を()()()()

 すでに地蔵の術式影響下にある霊夢の耳には外界の音は一切情報として入っていない。その気になれば準一級の術式ぐらい『無縁化(むえんか)』できるが、面倒なので力は発動させていなかった。

 無音世界に放り込まれても、避ける程度なら持ち前の直感で賄える。

 大方の分析を終え、霊夢は地上の呪霊を冷淡に見据えた。

 

(・・・・・・火照りも冷めたからそろそろ祓うか)

 

 霊夢にとって、この敵は真面目に取り合う必要のない雑魚である。

 特級の位階に座す少女からすれば戦いですらない。温泉で熱くなった身体を冷ます戯れ相手程度にしか興味を持たなかった。

 だからこそ、あくまで気軽に(ころ)す決定を下す。

 

【オ・・・・・・レ、ヨ】

 

 濁った音が脳に刺さる。

 聴覚ではなく、頭に直接ねじ込まれる昏い怨念。

 

【オソ、レ・・・・・・ヨ。オソレ、ヨ】

 

 か細い信仰を失い、堕落した怨霊の思惟(しい)が、爛々と空を駆ける巫女を射抜いていた。

 

【ワレ、ヲ、オソレヨ・・・・・・ワワワレヲヲヲヲ・・・・・・】

「知らないわよ。恨むのは勝手にすればいい。けど、私を巻き込むなら覚悟をしなさい――欠片も残さずぶっ潰される覚悟をね」

【ヲヲヲォォォオオオオオオオオオ!】

 

 呪霊は怒りの咆哮を上げてありったけの腕を突き出した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分たちに突如向けられた攻撃に対して、少女たちは対処できなかった。

 そして、必要もない。

 ガィィンっ! と、見えない壁に阻まれる呪いの千手。

 真依らの手前でガチャガチャと渋滞を起こしせき止められた怪腕群は、障壁を突破しようと藻掻きながら暴れ狂っていた。足元の土中からも仕掛けているようだが、衝撃の震えをわずかに感じるだけで傷つけるにははるか遠い。

 身構えながらも圧倒される真依は、いつの間にか自分たちの四方に突き立った杭状の呪具に気付く。呪力を帯びたその杭を起点に、不可視の力場が発生していた。

 

(結界術!)

 

 瞠目した視線の先に、呪霊の背中をとった霊夢が剣指を立てていた。

 

「こすい神様ね。弱いモノ虐めしかできないような性質(タチ)だから、みんなに忘れられるのよ」

 

 首を180度回した地蔵は大口を開き呪力砲を放つ。

 だが、地面すれすれに身を屈めた霊夢には届かず、真下から掌底で顎をカチあげられる。

 おそらくこの呪霊に脳震盪のような概念はないが、ダメージは確かに受けるため効果はある。

 一撃で下顎が粉砕された呪霊は大幣を持たぬ手を頭上に掲げ、呪力を漲らせる巫女を視界に映す。もはや、抵抗の余力はなかった。

 

「じゃあね―――」

 

 終わりを告げた霊夢の手中に顕現した太極を描く大玉の呪力に、準一級呪霊は跡形もなく圧し潰された。

 

 

 

 

「すご・・・・・・」

 

 西宮の感嘆に、真依も内心同じ気持ちだった。

 理解していながらも、改めて思い知る。差を、見せつけられる。

 

(これが特級・・・・・・)

 

 終始優位を揺らがせず、足手纏いすら利用した不意打ちにも即時対応し、埃ひとつ付着させないまま容易く勝利した少女。

 単純に格上というなら、同校所属の男子学生たちも該当する。だが、個人的に霊夢の立ち振る舞いは彼らよりずっと超然として隔絶していたように、真依には感じた。

 己が作ったクレーターを前に、はぁ、と疲れたような息を吐く巫女。ほぼ本来の性能を発揮していないにも関わらず億劫げなその様子は、やはりどこか年寄り臭い。

 霊夢は真依らに眠たげな目を向け、平時のように悠々と言い放った。

 

「じゃ、帰りに焼肉奢ってね真依。もちろん、食べ放題じゃないとこよ」

 

 

 




読了感謝!

術式持ち相手とはいえあまり霊夢の強さを表現できてない感がある。

だけどあんま敵を強くしたら京都女子組があっさり死ぬし、難しい。

連日投稿は明日で最後。それ以上は展開思いつくかストックたまってからですかね。




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【プロローグ・終:紅白巫女は東へ向かう】

プロローグはこれにて(おわり)

この話より先は時系列的に原作第一巻以降に当たります。




 

 ――京都。

 有名な、碁盤の目状の独特の通りが直交する、呪術的観点からも東京と並ぶ重要な霊地。

 雅で伝統的な街並みの外れ、敷地内に寺社仏閣を備えたとある学校が存在する。

 表向きは宗教系の専門学校で通っているが、実際は呪いに関する事象のことごとくに所縁(ゆかり)を持つ若い呪術師育成の場であり、日本の西側で活動する呪術師たちの枢要拠点でもある、京都府立呪術高等専門学校。

 翌日帰還した真依たち三人組とは校門で別れて、霊夢は学長室の戸を開いた。

 

「たのもー。お茶出して」

「一言断りくらい言えないのアンタは・・・・・・」

 

 霊夢を出迎えたのは、黒髪を後頭に一房結び、顔に大きな傷跡を残す正統派な白衣(びゃくえ)緋袴(ひばかま)を身に着けた巫女の女性。

 庵歌姫(いおりうたひめ)。京都校の教職に就く人物で、霊夢含めた真依たち学生との交流は深い。

 

「重ねるならば、敬意と礼儀も欠いておるぞ。己が責と立場を弁えた言動をせい、博麗」

 

 そう叱る、部屋の最奥に陣取る豊かな白髭の(おきな)は、京都校における最高指導者・楽巌寺嘉伸(がくがんじよしのぶ)学長。腰の曲がった年嵩なれど、呪術界を牽引してきた上層役員であり、眼窩にはまる炯々とした眼光はいまだ衰えない。

 およそ、京都校における教員トップ2に当たる二人に対して、客人用のソファに尻を落とす霊夢はマイペースだった。

 

「面倒だからパース。お堅いのは加茂(かも)あたりに頼んでよ。わたしは責任とか重たいもん持ってたくないから」

「やれやれ」

「なんで東堂といい五条といい、強い術師はこう自由なのかしら・・・・・・」

「さあ? 考えたこともないわね。確たる芯の有無じゃない? 悟は異端にしても、葵はそこんとこ揺るぎないだろうし」

「アナタは持ってるの? 確たる芯ってやつ」

「働きたくない。だらけてたい。養ってほしい。将来の夢は専業主婦。平日昼間にあくせく労働に励む社会の奴隷たちを尻目に、ドラマ見ながら寝転んで煎餅かじってたいわね」

「アナタ主婦ナメすぎでしょ。家事どうすんのよ」

人形(ヒトガタ)に任す」

「やっぱナメてるわ。便利だからって呪術を多用しない。アナタ普段もそれで生活してるでしょ」

「あたしがあたしの力をどう使おうととやかく指図されたくないわ。迷惑にはなってないんだから。・・・・・・しゃあないわね。人形式鬼(ヒトガタシキ)()を十枚でどう?」

「堂々と賄賂渡してくんな」

 

 咎めつつも、若干気を惹かれた歌姫、ちらりと卓上の符を盗み見る。さすがに学長の前で手を伸ばしはしない。独身にとって家事は趣味でもなければ大抵面倒ごとである。

 

「ならコッチは?」

 

 ぽい、っと軽く投げ渡された物を認識して、歌姫と楽巌寺の顔色が変わった。

 

「これ、アンタどこで?」

「真依たちのヘルプに行った先で、呪霊の消滅した場所に残ってたのよ。あの音消し地蔵が短期間で強くなったのは()()のせいね」

 

 霊夢が回収したのは、死蝋(しろう)化した指のようだった。

 指に宿った強烈な呪力からして、それはまぎれもなく特級に相当する呪物に他ならない。

 

宿儺(すくな)の指、か」

「おそらくは」

 

 学長の呟きに、歌姫は同意した。

 

「宿儺・・・・・・ってなんだっけ?」

「ちょっと、ボケボケするにも限度があるでしょ。両面宿儺――かつて平安時代に実在した最凶最悪の呪術師にして、呪いの王よ」

 

 今より千年前、それはまさに呪術最盛期とも呼べる時代。

 現代より強大な呪霊が跋扈し、呪いを力とする降霊師やまじない師が最も影響力を(ふる)ったときでもある。

 そんな世代において、両面宿儺と呼ばれ、恐れられた凶悪無比なひとりの呪術師がいた。

 (カオ)が二つ、腕が四本とされていた宿儺の遺体は死後呪いを振りまく厄災の種となり、切り離された計二十本の指はそれぞれが特級呪物に数えられ、いまだ捜索が続けられている。

 強い呪いを孕んだ呪物は取り込んだ呪霊に力をもたらすと言われている。霊夢の見解通り、件の音消し地蔵が事前調査より等級を上げていたのは宿儺の指が原因だろう。

 

「ふぅーん。じゃあやっぱり強いんだ。その宿儺っての」

「まぁ、遺失したものも多いから詳細に文献が残ってるわけじゃないけど、そうでしょうね」

「なんかその指から、残留した意思みたいなのが感じ取れたわ。千年前の代物の癖に随分としつこい王様ね。まだ虎視眈々と復活を目論んでるっぽいわよ。もしかしたら近いうち、それ関連の厄介ごとが起こるかもね」

「・・・・・・それは、特級のアナタから()た見解?」

「巫女の勘よ。馬鹿にはならないでしょ?」

 

 歌姫は唇を(つぐ)んで溜息を押し殺した。

 巫女・博麗霊夢の持つ謎の直感力。俗に神感(シンカン)・・・・・・神がかり的な予感性という生来の機能は、彼女のみならず高位の呪術師が誰しも認める()()である。未来を見通せるといった単純なものではないし、そうそう当人に都合のいいように作用はしないらしいのだが、決して軽んじていい類ではない。

 それは、一年前の京都・東京の同時多発呪術テロを予見していたことからも立証されている。

 

「楽巌寺学長」

「分かっておる。ただちに封印処置を施さねばな。忌庫(きこ)の警戒も高めるよう進言しよう」

 

 呪物自体の覚醒。そして第三者による悪意の介入を危険視した二人は、即座に対応を開始すべく動き出す。

 険しい大人たちを尻目に、気楽な少女はゆらりとソファから立ち上がった。

 

「じゃ、あたしはそれ届けに来ただけだから。あーあと、今回みたいな例があるから、補助監督たちの情報更新はもっと密にしといたほうがいいかもね。間が空いて呪霊が強くなってて派遣員が死にましたはゴメンでしょ? あたしだって救助に何度も呼ばれたくないし」

「待ちなさい」

 

 去ろうとする肩を掴まれる。

 

「アンタのことだから察しはついてるでしょ。コレを、筵山麓(むしろやまふもと)まで届けて頂戴」

「はあ? いやよ。あたし、さっき帰ったばっかでしょ。四国くんだりからずっと動き詰めなんだから休ませて」

「アナタに預かってもらうほうが何より安全なの。特別任務でお給料は弾むから」

「誤解されてるみたいだけど、あたしは別にお金がたくさんあればいいんじゃなくて、小銭のジャラジャラ感と贅沢感で心の潤いを満たしてるだけ。給金の多寡は関係ないし、なんなら巨額だろうとタダだろうと面倒はゴメン。歌姫が持っていけばいいじゃない」

「私も色々手続きや事後処理、他の任務とか雑事が溜まってるのよ」

「ならなんで学長室でぼーっとしてんの・・・・・・」

「アナタが報告に帰ってくるから待ってたんでしょうが!」

 

 グダグダと足掻いてサボろうとする霊夢を、床板を叩く音が一喝した。

 振り返ると、椅子から立ち上がり杖を突いた老君が、厳格な空気をまとって対面する。

 

「博麗。これは命令じゃ。呪術高専京都校学長として、『宿儺の指』運搬・護衛の任務を与える。・・・・・・異存はないな?」

 

 有無を言わさぬ張りつめた威圧感。思わず歌姫すら息を呑む。

 だが、それがどうした。

 

「大ありに決まってんでしょ。バカなの? 耄碌(もうろく)した? おじいちゃん」

「・・・・・・まったく。似てほしくないところまで五条に(なら)いよって」

「あたしはもとからこういう性格よ。悟がどうこうなんて関係ないわ。いちいち比較しないでくれない? 気持ち悪い」

「ならば、もう少し素直になってほしいものじゃがな。勝手なのはあ奴ひとりで十分」

「上の老害どもに媚びへつらえって? 従順に、滅私奉公で仕えろとでも? 孫世代に懐かれたがるのは年取った証拠よ。隠居したら?」

「儂が必要ない世になればな。いつとて呪術師は不足しておる。すべてを担えとは言わんが、お主が動けば救われる者がいる。此度も、お主が引き受ければ不要な犠牲は出んかもしれん。逆に、そうでなければ、別の者が任を受けることになるじゃろう。お主より弱い術師がな」

「・・・・・・へえ? あたしに喧嘩売るっての?」

 

 暗に、楽巌寺は告げていた。お前が受けなければ同輩(真依たち)にお鉢が回る可能性があると。

 剣呑に尖る視線同士が虚空で火花を散らす。

 

「学生を脅し材料にするなんて、ご立派な教育者精神ね。知り合いを秤にかけた程度で、あたしに首輪をかけれると思ったの」

「まさか。そのような恐ろしい発想、儂にはないのぅ。任務派遣の決定権は儂の一存で決まるわけでもない。あくまで、可能性の話じゃよ」

 

 互いに、今にも激突しそうな雰囲気をかもしている。いや、すでにはじまっているも同然だ。

 ゆらゆらと、チリチリと。静かに放散される呪力の鍔迫り合いが、水面下で繰り広げられていた。

 

「ストーップ! 二人とも落ち着いて!」

 

 止めたのは、部屋に唯一同室する歌姫である。

 両者の間に入るのは準一級の彼女をして恐々ものだが、放っておけば本気でおっぱじめかねないと畏怖を()して仲裁に入った。

 

「学長、学生をダシにするような発言はお控えください。教員として、仲間として、私も見過ごしてはいられません。霊夢への対応も同様です」

「フム・・・・・・」

「霊夢、アナタもひとりの呪術師。それも特級と呼ばれる立場なら、己の職務に責任を持ちなさい。他の誰より強く生まれたアナタは、普通のヒトにはできないことができる。だからそうしろ、こうしろ、っていうわけじゃない。アナタがどうするかは、アナタの意思で決めるものだもの。でも、自覚は持つべきよ。いつまでもチャランポランな子供じゃ済ませないわ」

「・・・・・・・・・」

「それに、何かあるかもと焚きつけたのはアナタ。確証はなくとも、アナタの発言は無視するには重すぎる。言霊は、慎重に扱うべきよ」

「・・・・・・はあ」

 

 何かしら思う部分はあったのか、ガリガリと頭を掻いてリボンを揺らし、不機嫌に霊夢は手のひらを差し出した。

 

「分かったわよ、届ければいいんでしょ。東京に」

「・・・・・・いいの?」

「発言に責任持てっつったのはあんたでしょうが。いいから、気が変わらないうちに渡しなさい。キモい指」

 

 歌姫はありがとう、と微笑んで、呪物を少女に手渡した。

 霊夢は危険物であるそれをポケットへ適当に押し込んで、ビシリと指を突き出す。

 

「あたしはあたしの気まぐれで仕事を受ける。スタンスは今までと変わらない。餓鬼だから御しやすいとうぬぼれて、思い通りに動く駒だなんてゆめゆめ考えないことね」

「承知しておるとも」

「どーだか」

 

 好々爺(こうこうや)じみた笑みを返す学長を胡散臭そうに睨みつけ、霊夢はスカートを翻す。

 木造の廊下に靴音を響かせながら、霊夢は暗澹たる胸中をわだかまらせていた。

 

(東京――天元(てんげん)のお膝元か)

 

 

 

「イヤな因果よね――理子(りこ)さん」

 

 

 

 か細い独白は宙に溶け、誰の耳にも残らなかった。

 

 




読了感謝!

連続投稿は今回で終了。以降は別でお待ちください。

最後に意味深な雰囲気を残しましたが、設定として開示できる日がくるだろうか・・・・・・。




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【第壱話:紅白巫女は祈らない】


お久しぶりです。

元々やっていたFate二次創作を差し置いて、また呪術投稿します。

だって筆がどちらかというとコッチのほうが乗ってるんですもの。

ネタは新鮮なうちに書き出しておきたいですし。

また区切りの良いとこまで、連日で出していきます。




 

 

 木の香りが混じった薄暗がり。ぼぅ、とロウソクの灯りが闇を照らして、瓦屋根を支える支柱を浮き上がらせている。

 

「――誰だ」

 

 寺院か、あるいは稽古場のようなお堂の奥から、男の声が誰何(すいか)する。

 出入口の正面扉は閉じられたまま。しかし、隙間もないのに微風が生まれ、暗がりから人影が像を結び、歩み出る。

 

「相変わらず、似合わないセンスしてるわよね」

 

 灯りの下に現れた少女、博麗霊夢は不可解とばかりに片眉を上げて男を見据えた。

 いつもの改造巫女服ではなく、ロゴTシャツにパーカーを羽織り、ジーンズ生地の短パンとスニーカー、加えてリボン代わりに頭を飾る斜め被りの野球帽という、年相応の若者らしいラフなスタイル。

 霊夢の視線の先、羊毛フェルトに針を刺す作業中のグラサンをかけた強面(こわもて)男の周辺は、彼が制作したであろう様々な人形が軒を連ねていた。そのどれもが、暴力団組織のボス然とした雰囲気をかもす彼とはミスマッチな愛嬌を備えしカラフルなぬいぐるみばかりで、外野に凄まじい違和感をもたらしている。

 そんな少女の評価を今さら歯牙にもかけず、男は作業を止め、闖入者をサングラスの奥から睨んだ。

 

「博麗か。私が気配を悟れないとは・・・・・・さては術式で跳んできたな? あまりアレを使えば上がうるさいぞ」

「おひさー、夜蛾(やが)さん。別にいいじゃない。ちゃんと最寄りの駅前までは電車で来たんだから、誤差よ誤差。最終的な行き先は向こうも知ってるんだから、多少ショートカットしたって問題ないわよ」

 

 あっけらかんと応える霊夢に、男――東京都立呪術高等専門学校学長である、夜蛾正道(やがまさみち)は、やれやれといった馴染み深い風情の息を吐く。こういった輩の無軌道ぶりによく振り回されている苦労人の証拠だった。

 

「まったく。・・・・・・用向きは、例の特級呪物だな。京都の学長から話は聞いている」

「そ。ならさっさと受け取ってくれる? いつまでもこんなキショイのポケットに入れてたくないし。こっちも予定があんのよ」

「予定?」

「せっかく東京まで来たんだもの。竹下通りで買い食いしてから、色々都市部を観光して回るの。あたしあんまり東京来たことないしね。アキバにも行ってみたいわ」

「そうか。しかし悪いが、まだ呪物は受け取れん」

「は? ここに来て拒否(きょひ)られるとか意味わかんない。なんのためにご当地駅弁贅沢回し食いしながら来たと思ってんのよ」

「落ち着け。お前が移動している間に、状況が変わったのだ。実は―――」

 

 

「『宿儺(すくな)の器』になり得るかもしれない少年を保護しちゃってさー。検証のために呪物の『指』が急遽必要になったってワケ」

 

 

 先刻の焼き増しのごとく、音もなく空気が揺らぎ長身の人影が食い気味に答えた。

 夜蛾と霊夢の間に突如出現した白髪の男。見上げるような背丈だが体格はスラっと引き締まり、全身は黒づくめ、目元は目隠しで覆われている。唇は軽薄な弧を描き、顔は霊夢を向いていた。視界を閉ざされているにも関わらず、確かな視線を布越しに感じる。

 知らないはずはない。

 彼こそは、日本、否、世界的に考慮しても誇張なく最強の人類。

 

 

 特級呪術師・五条悟。

 

 

「そこでちょーど、見つかったばかりの指があるって話じゃない。すでに保管されてる呪物を忌庫(きこ)から引っ張り出すのって手続きが面倒だからねー。グッドタイミンっ、て具合で、こうして回収に来たんだ」

「・・・・・・あっそう」

「アレレー? 興味なし? ドライだなー。ウケるくらい上層部だっててんやわんやのチョー面白案件なのに」

「それはあんたの個人的な楽しみ方でしょうが」

「霊夢だって上の連中嫌いでしょ? 普段重鎮ぶって脚を腐らせてる奴らがオロオロしてるサマはめっちゃ笑えるよ」

「どうでもいいが、お前ら二人揃って普通に扉から入ってこれんのか、問題児ども」

 

 夜蛾の文句も素通りさせて、二人の特級は挨拶もなく会話する。

 五条は発言からも察せられるように、呪術界上層部が大嫌いだ。

 いわく、腐ったミカンのバーゲンセール。霊夢とてことあるごとにうるさい老害連中は鬱陶しいし、全員綺麗にくたばったら心なしよく眠れそうと考えてはいるが、あくまで考えるだけだ。ぶっちゃけいてもいなくてもどうでもいい。

 霊夢が無関心な現状維持派だとすれば、五条は改革派スタンス。呪術師、非術師など含め安寧と大義の名の下、己の益の犠牲に他者を切り捨てる思考停止爺たちを刷新(リセット)したいらしい。

 よって、時折なんだかんだ共感意識を煽る言動をしてくる。中立立場の霊夢を自分側に寄せておきたいのかもしれないが、そういう政争に巻き込まれること自体が面倒極まるので、基本無視。露骨に口説けば確実にこじれ戦争になる未来が見えているから、五条もあくまでそれとなくで済ませているのだろう。

 

「で、(コレ)はあんたに渡せばいいの?」

「うん。結果がどうなるかは、例の少年次第だけどね。上手くいけば、呪いの王を制御できるかもしれない。失敗しても、厄介な呪物をあるだけ取り込ませて呪力で祓えば、宿儺という脅威の可能性を目減りさせられる。どっちにしろ旨味はあるよ」

「ふーん。呪物取り込ませるってどうやんのよ」

「文字通り、飲み込ませる。少年――虎杖悠仁(いたどりゆうじ)っていうんだけど、彼が仙台の通ってる学校に保管されてた『宿儺の指』をやむなく飲み込んじゃったのがキッカケ。本来は回収するはずだったんだけど、(めぐみ)がしくじっちゃったみたい」

 

 ま、お陰で隠れた人材が見つかって結果オーライだけど、と前向きな五条。

 恵という名は、薄っすらとだが記憶にある。五条が受け持つ一年生で、自由人の勝手に巻き込まれる哀れな子羊だ。そういえば真依も、いつぞやそんな名を口にしていたように思う。

 

「隠れた人材ってことは、その虎杖って非術師(ひじゅつし)?」

「そーそ。呪いを見たこともないごく普通のパンピー学生だよ。興味出た?」

「んなワケないでしょ。強力な呪霊の器とかとんだ爆弾だわ。ビビリな上がほっとくわけない。いずれにしろ遠からず死刑は確定。知らずに目を付けられたその男子が人並みに可哀そうってだけよ」

「確かにね。でも、もしかしたらって、僕は期待してる」

「期待?」

 

 受け取った『指』を示しながら、五条は子供のような笑みを貼り付けた。

 

「キミと、去年の乙骨に続いて、大きな流れが来てる。宿儺の器という未知の到来は、なんらかの前触れじゃないかってね」

「それがいいこととは限らないのに?」

「かもしれない。けど、僕の生徒たちは優秀だからね。きっと、なんとかなるさ」

 

 妙に確信めいた楽観を述べて、五条はその場をあとにした。

 現れたときと同じく霞のように姿を消した虚空を眺めて、黙っていた夜蛾が嘆息する。

 

「だから普通に扉を使え」

 

 

 

 

 霊夢は宣言通り、用事を済ませてから竹下通りを練り歩き、アキバで時間を潰してからとある場所を訪れた。

 斜陽のオレンジが照らす中、区画ごとに小奇麗な灰の石がつらつらと並び、ひそやかな静寂が場を満たす。ここは死人が眠ると言われているのだから当然だ。もとより、人気は霊夢以外どこにもない。

 墓地に唯一立つ生者の少女は、一角に据えられた墓石の前で、手を合わせるでもなく、パーカーのポケットに手を突っ込んで黄昏ていた。

 石に刻まれた名は、『天内(あまない)』。

 天元という、不死の術式を有する存在が、五百年ごとに求める生贄――『星漿体(せいしょうたい)』であった少女――天内理子(あまないりこ)の墓。

 多くの者にとっては、ただの『星漿体』という記号に付属した人物でしかないが・・・・・・霊夢にとってすれば、若干おもむきが異なる、恩人。

 彼女がいたからこそ、霊夢は腐らず、人間らしい情緒を得られたのだから。

 

「・・・・・・東京に来たくなかったのは、別に墓を見たくなかったとか、死を認めたくなかったとか、そんなもっともらしい理由じゃないのよ。単に、どう向き合えばいいのか、わからなかった」

 

 ぽつりぽつりと、霊夢は心の風呂敷を広げるように語り出す。

 

「だって、コレはただの名前が入った石ころだもの。遺骨すらない。本物は高専のどっかで処理されて保管されてる。天元の器に選ばれた人間の遺骸、どんな輩が欲しがるかわかったもんじゃない。だから、ここは本当に形だけ」

 

 湿ったぬるい風が、木々を揺らす。

 グラデーションがかった空。太陽は地平線に吸われていき、逢魔(おうま)が時は終わりを迎える。

 明かりを灯す人々の営みを遠目に眺めて、霊夢はふと横を見た。

 

「なのに、後生大事に世話を焼き続けてるの? あんたは」

「それが、家族である私の役目ですから」

 

 博麗霊夢は祈らない。

 死者の魂が現世に残るなんて信仰はない。肉体が朽ちたら、人は終わりだ。かといって、墓石に独り言を落とすほど彼女はロマンティシズムに浸っていない。

 聞き手は、黒基調でまとめた私服姿の女だった。

 黒髪を肩まで伸ばす、使用人のような楚々とした立ち姿。直接顔を合わせるのは約十年ぶりになるだろうか。年齢に比して、あまり老いを感じさせない容姿をしていた。

 歩き、揃って墓地から場所を移しつつ、久闊(きゅうかつ)(じょ)する。

 

「お久しぶりですね。霊夢さん」

「昔みたいに、霊ちゃんって呼んでくれないの?」

「あなたは特級でしょう。それに、もうそこまで子供でもありません」

「別に構わないんだけどね。知り合いにも一人呼んでるのがいるし。あなた、高専の階級とか、気にする立場でもないじゃない。今、何してるんだっけ」

「一応教師を。一般の学校で保健室の先生をやってますよ。副業で『窓』も担ってます」

「あー。漫画で男子がエロいことする人って勘違いする役職ね」

「不名誉極まりないんですけど」

 

 くつくつと悪戯っぽく笑う霊夢と、苦笑する女性。

 懐かしくも、どこか寂しいやり取りだった。

 

「あなたこそ、活躍は窓にまで伝わってますよ。あの五条悟に並ぶ術師だって」

「なにその噂。戦ったこともないのになんで並ぶなんて分かんのよ」

「一度もないのですか?」

「組み手すらしたことないわ。だってめんどいじゃない。それに、悟とあたしじゃ殺し合いにでもならないと勝負着かないし」

「・・・・・・恨んでいないのですか? 彼を」

「なぜ? 確かに理子さんが死んだのは護衛のアイツらがへなちょこだったからよ。でも、最後に希望を与えた。あの人に『生きたい』って我がままを言わせた。それで、あたしとしてはトントン」

 

 殺した奴も悟が()っちゃったしねー、と、霊夢は軽く言ってのける。

 真意か、ハリボテか。外様(とざま)の女に心中は覗かせない。それでいいと、女は思う。それはきっと、他人が踏み入ってはいけない領分だろうから。

 

「そういうあんたは?」

「恨みます」

 

 即答だった。けれど、言葉と裏腹に、目つきには穏やかな光がある。

 

「守れなかった彼らを。殺した男を。天元を。お嬢様を奪った全てを、きっと私は、呪いながら死んでいきます。どれだけの徳を重ねたとしても、寸前で命を拾われたのだとしても・・・・・・恥知らずでしょうか?」

「いいんじゃない? そんくらいの呪い、アイツなら背負うでしょ。普段からフワフワと自由なんだから、いい重石だわ」

 

 公共機関を利用し、閑散とした風景から人騒がしい街並みに戻ってくる。

 思い出話に華を咲かせ、狭間の時間を気にせず過ごせた。

 

「あたし、この先のホテルだから」

「そうですか。私は明日も仕事なので、本日は失礼します」

「うん。わざわざお墓まで出向いてもらって悪かったわね。また暇だったら会いましょ」

「それって、会わない相手との常套句では?」

「かもね。まぁ、あんまあたしとは大っぴらに関わらないほうがいいけど。悪意を持つ連中が寄ってくるかもしれないし。知ったらタダじゃ済ませないけどね。気楽でいいわよ、気楽で」

「分かりました。覚えておきますよ、霊ちゃん。・・・・・・どうか、お元気で」

「ええ。じゃあね――美里(みさと)

 

 

 





読了感謝!

作者は東京の地理をよく知らないので、街並み描写の端折りや不足は見逃してほしいです。

あと、黒井美里(くろいみさと)がなぜ生きてるのか。これは本編でもなんか曖昧だったので、生き残ったと仮定して話にしています。間違ってたら、別世界線という解釈で、どうぞ。

それから東京に天内理子の墓がある理由。これも特になし。彼女が東京出身であるかは不明ですし、両親云々の出身地も不明なので、墓を出す場合どこに置けばいいのか判断つきませんでした。現状、東京なのは、一応逝去したのが筵山なので。



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【第弐話:紅白巫女は駆けつける】


最初のオリキャラは使い捨て。たぶんもう出てこない。

後半は、原作展開との絡みに入ります。




 

 

 補助監督のひとり、鹿原幸生(かばらゆきお)は高専所有の車の側で人を待っていた。

 すでに時刻は深夜。しかも山中にある廃れたキャンプ地ともなれば人気は皆無。

 アイドリング中の自動車ライトが唯一の光源である圧倒的暗闇。虫の輪唱する声と、時折思い出したようにがさりと揺れる枝葉が、梅雨明け直後の暑苦しい外気と相乗し、彼の精神をジリジリと削っている。

 補助監督の代名詞、黒スーツの上着を座席に脱ぎ捨てカッターシャツをめくり、暫定クールビズスタイルで顔を扇ぐ。学生のため用意された多めのミネラルウォーターをひとつ開けてあおり、鹿原はスマホで時間を確認した。

 

(一時間・・・・・・博麗さんなら心配ないと思いたいが、少し時間がかかってるか?)

 

 送り届けた少女を思い、鹿原は彼女が向かった先を見つめる。

 元キャンプ地であるゆえに、放置されたロッジの崖下には大きめの河原がある。かつては家族連れや釣り好き、バーベーキューを行う若者などで賑わっていたそうだが、一年ほど前、子供が河原で溺れるという事故以来、不可解な水難事故が目立つようになった。

 死亡事故が相次ぎ、それがネットに取り沙汰されて客足は途絶え、キャンプ場は廃業・閉鎖に追い込まれた。さらにそれ以後も、噂を知らないぽつぽつ訪れる写真家や釣り人などが、謎の失踪を遂げている。

 そして現在、一部の界隈では心霊スポットとして話題となり、高専が調査員を派遣。河原に強い残穢(ざんえ)を確認し、準一級術師二人組が呪霊討伐に向かったが・・・・・・いまだ帰らぬまま。

 相手が一級以上の呪霊である場合を考慮し、派遣員として特級の霊夢に指名がかかり、出向いたというのが、此度の経緯である。

 基本、めんどくさがりで労働時間に縛られるのを嫌う霊夢の性格を知っている鹿原は、妙に時間がかかっている事実にほんのりと嫌な予感をため込み始めていた。

 

(まさか、博麗さんが? 特級が? いやいや、今までだって一級案件、特級案件はあったし、ちゃんと傷一つなく帰ってきたじゃないか。気のせいだよ、気のせい。蒸し暑さで嫌な想像に振れちゃってるだけさ)

 

 再びボトルのを水あおるも、気付けば一本空にしていた。暑いと思っていたはずなのに、その実背筋を這う冷たい不快感。時計を確認する頻度が増える。

 

(ヤバイんじゃないか? 高専に連絡したほうが・・・・・・でも勘違いかも。いや、勘違いかどうかとかいう話じゃなくて・・・・・・)

 

 ドチャ!

 

「ひぃ!?」

 

 すぐそばで水気を含む物体が落ちた音。

 悲鳴を上げて音の方向に携行ライトと視線を遣ると、一抱えほどある変形した鯉のような魚類の頭が、異形の血に塗れ地面に転がっていた。首の断面は、引き千切られたように乱雑な切り口をしている。(すす)が風にさらわれるように塵と化していく異形は、鹿原にとって馴染みある存在だった。

 

「じゅっ、呪霊?」

「あぁ、サイアク・・・・・・」

「うぴゃあ!?」

「なに、大の男が萌えキャラみたいな悲鳴上げても需要ないわよ」

「は、博麗さん」

 

 いつの間にか男の背後に立っていたのは、待ち人たる少女であった。

 全身に水気を吸わせて、巫女服の端から水滴を落としている。鬱陶しそうに額に張り付く前髪をかき分けて、霊夢は鹿原に問いかけた。

 

「タオル持ってきてる? あと着替え」

「あ、はい。バスタオルとジャージが」

「じゃ、寄越して。全身ずぶ濡れで気持ち悪い」

 

 急ぎトランクから荷物を取り出して霊夢に渡し、車の対角側であらぬ方向を眺める鹿原。

 ほどなく布擦れの音が聞こえ、着替えているのがわかる。

 

「あの、呪霊は」

「祓ったわよ。領域に引きずり込まれてね。たぶん特級に半身突っ込んでたんだわ。お陰でずぶ濡れ。しかも二体いたし」

「に、二体?! だ、大丈夫だったんですか?」

「大丈夫よ、不意打ちで裾の一部持ってかれたけど。問題なく倒せたわ。似た外見で、能力的にも相性合致してたし、二体で特級相当なのかもね。ま、もう祓ったんだからどーでもいいけど」

 

 衣擦れが終わり、鹿原の横合いから湿ったタオルが返される。

 赤いジャージに着替えた霊夢は、濡れた髪が邪魔だったのか、リボンでセミロングを一房にまとめて背中に流していた。

 

「はぁ。こういうとき、無下限を常時発動させてられる悟が羨ましく思うわ。あたし反転術式苦手だからどうしようもないけど」

「はあ。私には分からぬ話ですが、素人目には博麗さんも十分以上お強いかと」

「力の強弱じゃなくて、便利かどうかの問題。・・・・・・ちなみに、悟、いまどこにいるか知ってる?」

「少々お待ちを・・・・・・五条さんは、出張中ですね。一級術師が失踪した任務調査で、場所は東北の―――」

「つまり、東京にはいないのね?」

 

 頷いたのち、霊夢は自身のスマホでとある連絡先へ電話をかける。その間に、鹿原も呪霊討伐の簡易報告を高専のネットワークに上げ始めた。すでに次の任務地情報が割り振られている辺り、特級の多忙さと、動員できる術師の不足が察せられる。

 

「・・・・・・、悟? あたしだけど。訊きたいことがあるの。あ? あんたの阿呆な課金額なんか興味ないわよ。いいから、真面目に聞け。こないだ、『宿儺の器』の少年保護したって言ってたでしょ。あの件どうなった? 秘匿死刑? 高専に入学したの? ソイツの容姿、簡単に説明して」

 

 連絡相手は五条悟らしい、と薄っすら意識を傾けつつ、話が進むにつれて霊夢の声音に苦い風味が広がっていく。

 

「じゃあ黒髪のツンツン頭の男子に覚えは? ・・・・・・アレが恵って奴か。わかった。了解。オーケー。・・・・・・ええそうよ。さっきの呪霊討伐中、あたしは神感で二人を観たの。で、質問」

 

 霊夢はこめかみを抑え、語調を落とし通話口の教師へ訊ねた。

 

 

「悟、あんた虎杖だけが死ぬのと、虎杖以外の大勢が死ぬの、どっちが最悪?」

 

 

 ***

 

 

 伏黒恵(ふしぐろめぐみ)は、正しく窮地に立たされている。否、死地というべきか。

 少年院で発生した特級呪霊に端を発した此度の事件。

 緊急時につき派遣されたのは一年三人。

 領域に取り込まれた民間人の生き残りはなく、同行した釘崎野薔薇(くぎさきのばら)と共に脱出するのが精一杯。残ったもう一人の同級生は、伏黒たちが逃げるまでの足止めを引き受け、特級呪霊を食い止めた。

 しんがりをつとめた虎杖は最凶の呪霊・両面宿儺を内に宿す、五条いわく千年現れなかった前代未聞の逸材。

 彼は、伏黒たちが脱出した暁には合図を出し、宿儺と特級呪霊をぶつける算段をつけた。

 結果的に、それは功を奏したのかもしれない。だが、ことは都合よく運ばなかった。

 

 

 宿儺の暴走。

 

 

 なんらかの理由で、虎杖の肉体は彼の制御下から遠ざかり内なる怪物の手に委ねられた。

 鍵のかかっていない檻に宿儺が行儀よく収まっているはずもなく。

 揚々と自由を得た宿儺は、特級呪霊を祓ったのちに伏黒の前へ現れ、己の心臓を抉り出した。虎杖が肉体の主導権を取り戻しても、意識を戻せなくするためだ。意識を取り戻すのは死と同義。元が呪霊である宿儺自身は心臓を欠いていても生きていられる。ダメ押しとばかりに特級呪霊から奪った呪物の『指』を飲み込んで、ヤツは伏黒に襲い掛かってきた。

 相手は特級とはいえ呪力量は『指』三本分程度。全盛からすれば一割強。さらに主要臓器を欠損した現状は、死なずともダメージを負っていることに変わりはない。

 活路はあると思っていた。勝てぬまでも、ある程度危機を意識させ、心臓を己で治癒させさえすれば、虎杖は無事に戻って来れると。

 けれど、いや、やはりというべきか。

 格が違う。呪いの王は、万全と程遠い状態をして、弱小な術師を圧倒した。

 術式もなく、呪力量は指三本分であるにもかかわらず、人外の膂力と敏捷性で伏黒をおもちゃのように翻弄し、吹き飛ばす。

 顧みれば、受肉したばかりの宿儺相手にすら勝てるビジョンが見えていなかったのに、より力を増した特級呪霊に対抗できるはずもない。

 受肉した宿儺を止めたのは虎杖と五条。自分はただ、気圧されていただけ。

 かくして、伏黒は死地の断崖に追い詰められ、命を捨てねばならなくなった。

 ――自分が助けた人間が、将来人を殺したらどうする。

 自分が放った言葉だ。

 巡り巡って、それが今、己に帰ってきている。

 呪術高専の規定に基づけば、虎杖は死刑になっているはずだった。彼が生きているのは、伏黒が発した私情(ワガママ)を、五条が叶えたから。無論、それが全てでもないだろうが、懇願したのは事実だ。

 宿儺を野放しにすれば、間違いなく甚大な被害と犠牲をもたらす。邪悪な呪霊として、祓われるそのときまで。

 

(それはダメだ。宿儺に・・・・・・虎杖に、そんな真似をさせるわけにはいかない)

 

 殺させないために、命を懸ける。

 たとえ虎杖を殺してでも、止める。

 それが、助命をこいねがった伏黒が背負わなければならない責任であると思うから。

 

「いいぞ、命を燃やすのはこれからだったわけだ」

 

 追い詰められたこの局面にきて、突如雰囲気を一変させた伏黒に、宿儺が喝采する。

 伏黒の身体から迸る呪力の陽炎に、尋常ならぬ気配を感じながら、しかし歓待するように両腕を広げ自ら歩み寄ってくる。ナメているのか、自信があるのか。どちらにしろ真正直に相手してくれる気概とは好都合だ。

 

「魅せてみろ、伏黒恵!」

(ああ。やってやるとも)

 

 歴代の十種影法術師(とくさのかげぼうじゅつし)が誰も使役できず、敵と術師を殺さない限り消えない制御不能の式神(バケモノ)

 目の前の宿儺(バケモノ)(たお)すために、その封を破る。

 

布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)―――」

 

 言霊を紡ぎかけた伏黒と宿儺の間に、赤と白の人影が割り込んだ。

 そして、次の瞬間、伏黒を襲った浮遊感。

 

「は?」

 

 気が付けば、涙を落とす曇天を視界一杯に映し、仰向けに倒れていた。まるでコマ送りのような唐突さに、思考が空白化する。

 

「やめなさい。ソレやると、死ぬの、あんたとこいつだけじゃ済まないわよ」

 

 眼球に飛び込んでくる雨粒を庇いながら、伏黒が声の方向に視線を巡らせれば、そこには―――。

 

 

 

「死にたくなきゃそこで寝てなさい。面倒だけど、(アイツ)の代わりにやったげる」

 

 

 

 日本で五人しか存在しない特級術師(最強)のひとりが立っていた。

 

 

 

 





読了感謝です!

霊夢「どけ! あたしが相手だ!」(某お兄ちゃんオマージュ)←なってない。

次回は宿儺とのくんずほぐれつ。




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【第参話:紅白巫女は見送る】

霊夢VS宿儺の場面。

どっちも本領ではないのでそこまで出たらめにはなりませんが。

なかなか霊夢が特級である証明になるような強敵を出せないのが辛いなー。





 

 ――言うまでもないでしょ。

 男の軽口を思い出す。

 ――たぶん、上の連中の差し金だね。邪魔な僕がいない間に、身に余る呪霊討伐に行かせて体よく悠仁消そうって魂胆だろうね。場合によっちゃ、受け持ちの一年に累が及んでも嫌がらせになる。

 あのクソ詰め袋どもめ♪ と、妙な口調の軽々しさとは裏腹にこもった呪詛は本物だった。のぞかせた怒りの上澄みは、五条の募らせた鬱憤の深さをこちらに伝えてくる。

 ――こっちもなるだけ早く片付けるようにするけど、微妙なとこかもしれない。工作で緊急性の高い面倒な任務を寄越してるから、無視もできないしね。ハハッ、ヒトの足引っ張る努力ばっか上手いんだから。

 鹿原にうかがったところ、霊夢にもすでに次の派遣先が来ているらしい。ご丁寧に東京からほど離れた辺境だ。助けに向かえる特級、ないし一級を遠ざけるためだろう。こうも露骨だともはや失笑。五条に同意をせざるを得ない。

 ――あー、そっちもか。ま、できればで構わないよ。君にとっちゃ、顔もろくに知らない姉妹校の学生たちだ。必死こく理由もないだろうしね。

 言われなくてもそのつもり。

 そう。少なからず見知った者たちなら考えなくもないが、例の一年たちに面識のない霊夢がそこまで頑張る理由はない。

 たとえ、被害が一般人に広がろうと、それは差配した上層部のせいだ。特級の発生はまだ未来の出来事。誰かを向かわせる、あるいはすぐに避難誘導させようにも、どこでいつ起こるのかハッキリ分からない以上、情報を握り潰される可能性が高い。網を張るにも東京という情報だけでは範囲が広すぎる。

 通話を切り、溜め息をつく。上層部と五条のバチバチに巻き込まれるのは勘弁してほしい。

 呪霊と戦っている刹那に見えたのは、二人の男子。入れ墨ような紋様を身体に走らせた学生と黒髪のツンツン頭。どちらも高専東京校の制服だった。次に、入れ墨と方陣を背に抱えた異形が争っている情景。無数に積み重なった死体。流れる血河。瓦礫と化した街並み。

 垣間見た光景はおよそ穏当とはかけはなれていて、霊夢の気分を急降下させている。外れているに越したことはない。

 でも、もし、この未来が杞憂でなかったなら・・・・・・。

 

 

 

「美里が勤めてる学校の近くで助かったわ。お花摘み中に座標に使っちゃったのはさすがに悪かったけど」

 

 あとでフォローいれなくちゃ、と暢気に呟く。

 

「ってか、よりによって雨? 新しい服がまた濡れたじゃない―――」

「危ない前!」

 

 呪霊を前にゴネ出す霊夢に伏黒の絶叫が飛ぶ。

 直後、矮躯に叩き込まれる宿儺の拳。幾度となく伏黒を宙に舞わせた重い打撃だ。

 しかし。

 

「ほぅ」

「礼儀がなってないわね、呪いの王様。女の準備は待ちなさい。急かすのは無粋よ? それとも、指数本分の魂じゃ理知もろくに備わってないのかしら?」

 

 剣指を立てた霊夢の手前で、拳が止まっていた。透明な壁に阻まれているように。くしくも伏黒から見たその姿は、五条の無下限と既視感のある状態だ。

 

「さて、どうかな。女、お前は覚えがあるぞ。いつぞやか、俺の(一部)から俺の魂を見ていたな」

「覚えてないわね」

「そうか。ならば構わん。貴様のせいでいま俺は機嫌が悪い。せいぜい末期(まつご)まで良い悲鳴(こえ)で楽しませろ」

 

 漲る呪力。五指を広げ、風を斬る裂爪が、行く手を阻んでいた不可視の障壁を打ち砕く。

 即座に間を詰め横薙ぎに振るわれた腕をスウェーし、続けて絶え間なく突き出される拳撃を最小限の動きで躱す。術で壁を作る暇を与えないつもりかと分析しながら、宿儺の剛腕をまともに受け合わず、中国拳法の八卦掌を思わせる円軌道主体の体捌きでひたすら打ち込まれる打撃の威力を流し、殺していく。

 

「面白い動きだ」

 

 宿儺の姿が掻き消え、少女の背後からつむじへ踵を落とす。

 リボンに足が触れる直前で霊夢は背中から宿儺に体当たり、同時に軸足を刈って腕を掴むと一本背負いをかます。自分より大柄な男子の身体がアスファルトに沈み、形成されたクレーターが威力のほどを思い知らせた。

 だが、戦ってる霊夢に油断はない。

 

(一発一発がクソ重いわね。並みの特級よりよっぽど厄介。これでまだ指二本ってんだから、元の化け物加減が知れるわね)

 

 バックステップで距離を取りつつ構えていると、様子をうかがっていた伏黒が声を上げた。

 

「気を付けてください! そいつは少年院の特級から奪った指を食っている!」

「情報ありがと。でもそれ以上近付かないでね。邪魔だから」

 

 辛辣な警告に二の句が継げなくなる伏黒を尻目に、埃を払った宿儺がゆったり立ち上がりながら口端の血を拭う。

 

「なかなかやるなお前。そういえば確か、あの男と同格だったか」

「あの男? ああ悟か。まぁハンデありだし。やる気出すなら、さっさと反転術式なりで心臓直したら? そのくらいは待ってあげる」

「その手は食わん。小僧の中の俺が消えても大本に問題はないからな。とはいえ、少々今の世に興味も出た。あとで手を打つとしよう」

「あっそう。ま、期待はしちゃいなかったけど。だからって、素手縛りでいつまで抗ってられるかしら」

 

 宿儺はこれまで術式を使っている様子はない。伏黒ならいざ知らず、五条と同格と認めている霊夢に対しても徒手空拳。単純に使えないのか、あるいは使えない理由があるのか。呪力を惜しんでいない気配からして、燃料不足という感はない。

 

(領域でも使って術式が焼き切れてるとか? クールタイム中なら叩くチャンスだけど。宿儺の術式自体知らないから、対処法もないけどね。まさに出たとこ勝負か)

 

 歌姫に色々聞いとくべきだった、とやや後悔していると、宿儺も何やら透徹した視線で霊夢を射抜く。

 

「縛っているのはそちらも同様だろう? 俺を結界補強の片手間に倒そうとは無礼な女だ」

「なんのこと?」

「とぼけるな。目の前のお前が本体でないのは分かっている。人形(ひとがた)の式神といったところだろう。上手く擬装を施しているが、俺の目は欺けん。大方本体は、空に展開している結界術の補強中といったところか。万が一、結界外に影響が出ないように。念入りなことだ」

「大した慧眼ね。ミレニアムものの腐敗具合だけど、腐っても元・呪術師か」

「ほざけ。人形で俺を足止めなど思い上がりもはなはだしい。その躯体(カラダ)で扱える術は限られているはずだ。早めに片を付けて本体を探さねばな」

 

 獣のような前傾をとった宿儺を牽制するように、袖から呪符を三つ取り出し投擲。

 難なく飛来したソレを鷲掴み、引き千切る。だが、呪符に触れた宿儺の手には火傷跡のような爛れが残っていた。

 

「受肉した呪霊に符など効かん。が、なかなか強い術だ。肉体にも影響が出るとはな。結界術にも長けているようだし、貴様は存外術師としては俺の生きた時代に近いらしい」

 

 呪霊の言に取り合わず、霊夢は再び両袖から呪符を紙吹雪のようにバラまいた。外見の収納性に反した異常な物量の符は独りでに宙を舞い、宿儺の周囲を取り囲む。螺旋を描いて呪力の火花を弾けさせる呪符群は、指揮官の号令を待つ銃口の群れと同じであった。

 これで仕留めきるのは不可能だろう。だが先の反応を見る限り、損傷を与え動きは止められる。

 

「中の男子には悪いけど、もろともあんたはここで祓う」

 

 両手のひらで印を組み、術を発動させる間際。

 

「言ったはずだ。思いあがるな、と」

 

 斬! ――見えない刃物に切り裂かれた霊夢と宿儺を隔てる呪符。

 自ら切り拓いた活路を突破し、颶風(ぐふう)と化して宿儺は少女へ踊りかかった。

 咄嗟に印を組み換え一重(ひとえ)結界を張る霊夢だったが、

 

「『(ハチ)』」

 

 先ほどの再現、不可視の斬撃が展開した障壁を寸断する。

 当然、無防備となった霊夢へ向け、宿儺は槍のような手掌を繰り出し、急所を貫いた。

 

「かふっ・・・・・・」

「ぬかったな。少し前から術式は使えたのだ。俺の斬撃は人形の壁ごときに防がれる代物ではない。これほど精巧に編まれた傀儡術式、本体の五感をいくつか縛った上で、感覚の共有があればこその操作性だろう? 痛みは連動しているはずだ」

 

 貫通した腕には、一滴の血のりも付着していない。だが、呪骸(じゅがい)操作を行う術師には、感覚のフィードバックが存在している。心臓を貫かれた霊夢には、正しくその痛みが共有されていた。

 

「もう少し痛めつけて遊びたいところだが、どうせなら本体でしたほうが楽しそうだ」

 

 邪悪な嗤いをこぼして、腕を引き抜こうとする宿儺を、霊夢が掴んで止める。

 そして。

 

 

「博麗呪法・『八方鬼縛陣(はっぽうきばくじん)』」

 

 

 いつの間に設置されていたのか、呪骸の霊夢、宿儺を八角形に囲った全長40センチほどある針――封魔針が互いを結ぶ楔となって、特級呪霊を捕縛する。

 空を奔る呪力のスパーク。その内側で感電したように藻掻く宿儺。抜け出そうにも、呪骸が全身を使って宿儺にまとわりつき容易にはいかない。

 さらに、彼の背後に現れた()()()()()が、その背中にそっと触れる。

 

「あんた、自由になったからってお喋りと油断が過ぎるわよ。お陰で仕込む時間はいくらでもあった。ちなみに、術式を使おうと呪力を練っても、余計に陣が抑え込もうと躍起になるから、苦痛が増すだけよ」

「キっ・・・・・・さま・・・・・・!」

「今のあんたじゃ、この陣を抜けるのは骨でしょう。その間に、決着は着く」

 

 触れた指先から、宿儺の内側に意識の糸を伸ばす。肉体の奥底で宿儺に押し込められ、足掻くもうひとつの存在を知覚し、呼びかけた。

 

「起きなさい寝坊助。待ってあげるのも限度があるから、迎えに来たわ。道筋を作るから、覚悟があるなら出てきなさい」

 

 応えるように、すぐさま浮上してくるもうひとつの魂。

 肉体の主導権が宿儺から元の持ち主である虎杖に置き換わり、半身に走っていた紋様が消えていく。

 

「・・・・・・あざっす。ご迷惑、おかけしました」

「本当にね」

 

 虎杖が復帰したのを確認し、溜息を吐きつつ鬼縛陣を解除。式鬼(シキ)も破れた紙に戻る。

 霊夢に向き直った虎杖の胸には、暗い孔が穿たれたままだった。

 

「反転術式は得意じゃないから、出血と痛みを一時的に封じるのが精一杯。あたしの術式なら肉体の損傷を少しの間無視してられるけど、高専に戻っても、さすがに無くした心臓を再生させるなんて真似、並みの術師には難しいと思う。悟でも、自分ならいざ知らず、他人に対して術かけるのは専門外らしいし」

「わかってる。それは、仕方のないことだと思う」

「そ。なら、行ってきなさい」

 

 虎杖は礼を言って、少女の横を通っていった。

 振り向いた先で、虎杖と伏黒が言葉を交わしている。

 ほどなく、二人は語り終え、術の手応えが消えたと同時に、虎杖は流血を落として、地面に倒れ伏した。

 天を仰ぐ伏黒と、学生たちを見送る霊夢。

 勢いを増す冷えた雨音だけが、葬送の場に響いていた。

 

 




読了感謝!

おおよその筋道は変わらず。

捕捉設定
・霊夢の傀儡操術:骨子になる式鬼そのものは博麗呪法に含まれていたが、身の回りの世話をさせるならいざ知らず、戦闘に活用できるほどのレベルではなかったのを、夜蛾学長に師事して囮戦術に昇華させた。
 囮用は霊夢に似せたヒトガタ。家事とかやってくれるのは某アクションホラゲーの三角様みたいな烏帽子で頭を覆った神主みたいな恰好のヤツ。

時おり、こうして本編で発揮できなかった設定を載せたりするかも。読んでも読まなくても自由です。



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【第肆話:紅白巫女は秘め抱える】

連投の最終日。

評価を付けてくださった方々、大変ありがとうございます。バーに色がつきました。

話としてはそこまで進行ないかな?

サントラのREMEMBER、無限に聞いてられる。っていうかサントラほとんどカッコよすぎ。




 

「おや」

「あ・・・・・・」

 

 ()くる日のこと。

 前日までの曇天は彼方へ消え目の冴える蒼が空を覆っている。

 夏に差し掛かった模様替えの季節、降り注ぐ熱波が順調に地上を焼いていた。

 自販機の前で炭酸を補給していた霊夢に、声を上げた白衣の女。

 

「やぁ。きみと会うのも結構久しぶりだよね」

硝子(しょうこ)も、変わりないみたいで。一応聞くけど、ソレ、濃いシャドーじゃないわよね?」

「ああ。これでも忙しい身でね。毎日ケガ人や死体と向き合ってばかりさ。きみたち前線で活躍する術師に比べれば、高専の中でぬくぬくとしているも同然だろうけど」

「なに、皮肉? 代わりがいないのも考え物よね。仕事人間なのも大概にしないと、カビかキノコが生えるわよ」

「確かにきみくらい適切適当な生き方をしていれば、ストレス抱えることもないかもしれないね。・・・・・・五条は?」

「補助監督の、意気地(いくじ)とかいうのと一緒に地下にいるわ。辛気臭い場所だから、あたしあんまいたくないんだけど」

伊地知(いじち)だね。あと、人の職場をこき下さないでくれよ。ならここで待ってるかい?」

「いえ、地下のほうが涼しいからついてくわ」

 

 少女と女は連れだって歩き、高専の地下に続く道のりを降りていく。

 私立の宗教校という擬装の寺社仏閣の下には、およそ普通の専門学校でもあり得ざる施設が目白押し。その中のひとつに、死体安置所、遺体の保管や検死目的のモルグが用意されている。

 並んでそこを目指す間、霊夢は女――家入硝子(いえいりしょうこ)に、ひとつ問いを投げかけた。

 

「硝子」

「なんだい?」

「仮に、虎杖に術式をかけて高専まで連れてきてれば、あんたは助けられた?」

「無理だろう。反転術式だって万能じゃないんだ。手足くらいなら、切断部位が綺麗に残ってればひっ付けて、リハビリ次第で機能を取り戻すかもしれない。でも、内臓、それも心臓くらい重要な器官を一から再生するなんていうのは、人間の所業じゃない。・・・・・・件の宿儺なら、可能だったのかもしれないけどね」

「・・・・・・そ」

「きみが責任を感じる必要はないと思うよ」

「感じてなんかないわ。どっちにしろ、どうしようもなかった。最初からあたしが被害度外視で本気で宿儺を徹底的に追い詰めて、無理矢理治癒させる手もあったのかもしれないけど、推し量った性格上、ああいうのは到底思惑に乗ってくるタイプじゃないわ。他人を虐げる行為に悦を感じる変態だもの。虎杖が復帰するまでに被害がでない保証もない以上、早急に倒してしまうしかなかった」

「きみは優しくて、どこか甘いからね」

「ちょっと、話が飛躍してない?」

「してないとも。きみはその気になれば虎杖くんごと宿儺を祓えた。そうせず、虎杖くん自身を呼び起こして選ばせたのは、きみなりの優しさで、甘さだろう?」

「・・・・・・そんなんじゃ」

 

 ない、とは断言できなかった。優しいかはともかく、甘いのは確かだろう。

 特級と呼ばれる規格外の位を持つ霊夢。けれど、彼女もまた他の学生と同じ未成熟な少女(こども)なのだ。達観したようでも、大人らしい振る舞いを要求されても、発展途上である限り、完成された型に(ハマ)らない。

 それが、霊夢の強みでもあり、弱み。ゆらゆらと揺れるヤジロベエのように、どっちつかず。(うつつ)(まぼろし)を行き来する、宙ぶらりんな存在なのだから。

 

「わたしは構わないと思うよ。一貫した強さは確かに頼もしい。けど、頑なさはときに悪癖に転じて、本人も、周囲も潰しにかかる場合もある。特に、この業界は恨みつらみ、嫉妬や欲望といった、人間の暗黒面と嫌でも向き合わされる。だからわたしは、きみくらい脱力して気楽なほうが、よっぽど長生きで、真っ当な道のりだと考える」

「フォローのつもり?」

「さてね。受け取り方は自由だ・・・・・・着いたよ」

 

 電灯すらほぼ皆無な、暗い廊下の続く区画に、安置所はあった。

 

「――いっそのこと上の連中・・・・・・全員殺してしまおうか」

 

 自動扉をくぐった先、壁面に遺体を収める引き出しがロッカーのように並ぶ白と銀色の殺風景な一室で、目隠しをした白髪長身男が、壁際に座りながら物騒な言を漏らした。

 

「珍しく感情的じゃないか。彼のこと、随分とお気に入りだったんだな」

「僕はいつだって生徒想いのナイスガイさ。あ、霊夢、ジュースは?」

「あ? ・・・・・・あぁ。忘れた」

「オイオイ、大切な生徒を失った傷心をわずかばかり癒すために糖分が要るって言ったじゃない。自販機行くっていうから小銭預けたのにさ」

「うっさい。大体、お金はそこの池寺(いけじ)とかいうのが出したんでしょうが」

「伊地知です」

「ほら、喧嘩しない。五条も、あまり伊地知をイジメてやるなよ。わたしたち現場組と上との間で苦労してるんだ」

(もっと言って!)

「男の苦労なんて知ったこっちゃないね」

「そうか」

 

 女医が発した慰めの言葉に恍惚とした(気持ち悪い)顔をしていた気弱そうなスーツの男は、続く硝子の台詞で突如梯子(ハシゴ)を外されたかのように呆然とする。

 そして、検察台に乗せられた虎杖の遺体からかぶさっていたシーツを外し、硝子は酷薄な医者の表情をのぞかせた。

 

「好きにバラしていいんだよね?」

「役立てろよ」

「誰にモノ言ってんの」

 

 二人の大人が繰り広げる何気ない会話を聞きながら、そういえばこの二人は同期だったと思い返す霊夢。

 美里からの話では、ここにもう一人、去年死んだ夏油(げとう)という特級の呪詛師が、かつての級友であったらしい。

 夏油は五条の学生時代の親友で、思想の違いから(たもと)を分かち、去年の呪術テロを起こした末、最後は五条によって(たお)されたとか。

 

(コイツがそんな重たい業背負ってるとはね。伊達に年食ってないわけか。普段の調子が明らかに見た目は大人、頭脳は子供なクズでしかないんだけど)

 

 霊夢が考えごとに耽っている横で、五条がイボ痔に対してどーでもいい教師理念を講釈している間に、硝子は器具を揃えて解剖に取り掛かろうとしていた。

 

「どうでもいいけど、きみたち、そこで見てる気?」

 

 硝子の暗に退出を促す台詞に、その場の人間は誰も答えず絶句する。

 なぜなら、彼女の後ろで死んでいたはずの虎杖が、今まさに上体を起こしていたからだ。

 

 

 

 死んでいたはずが、生き返った虎杖悠仁。

 間違いなく宿儺の仕業に他ならないが、目的は不明。虎杖も死んでいる間の出来事は覚えていないという。虎杖の内にある己が消えることに頓着していなかった呪霊の唐突な改心に、不気味な目論みを察せずにはいられないが、とにかく五条は好意的だった。

 諸々の報告と準備のため、五条と家入は安置所を退室。

 あとは、簡素な衣服を着込んだ虎杖、霊夢・・・・・・眼鏡が残される。

 

「ありがとな」

 

 少年は、なんとなく出どきを見失って壁際に背を預けていた紅白巫女にそう言った。

 

「何が?」

「ちゃんとお礼言えてなかったかなって。あんたが止めてくれなきゃ、俺は伏黒を殺してたかもしれないからさ」

「・・・・・・結局、あんたは切り捨てたでしょ」

「そっちは仕方ない。俺のせいだ。俺が弱かったばかりに、宿儺の好き勝手を許しちまった。アイツがどんだけヤバイもんか、俺は本当の意味で理解できてなかったんだ」

 

 慢心してた、と虎杖は省みる。

 千年に一人の逸材。宿儺の器という特異・・・・・・否、異常体質。それが呪術に一切関りを持たない家系から突発的に産まれたという未曽有の事態。

 よく知りもしないまま、免疫があったからと劇薬を摂取し続けた報いだと、霊夢も解釈し、虎杖自身も猛省している様子だった。自分が死ぬだけならまだしも、友達を殺しかけたことこそが、もっとも許せない悪であると、本心から考えているらしい。

 

「あんた・・・・・・イカれてるのね」

「え?」

「ほんの少し前まで呪いとも、ましてや本気の殺し合いなんかとも無縁だった高校生が、実際死ぬような目にあって、それでも他人を巻き込まなかったのが嬉しい? 誰も殺さなくてよかった? 馬鹿じゃないの」

「・・・・・・そりゃ、痛いのも、苦しいのも、死ぬのも怖くて、嫌で逃げ出したかったけど」

「・・・・・・・・・」

「逃げたせいで、後悔したくなかったから。・・・・・・学長に言われたみたいに、じいちゃんの遺言を、呪いにしたくなかったから」

「遺言?」

 

 人を助けろ。手の届く範囲でいい。迷っても、感謝されずとも気にするな。お前は大勢に囲まれて死ね。俺みたいになるな―――。

 亡き祖父の言葉を理由に高専の門を跨いだ虎杖に、夜蛾は『そのままでは祖父を呪うことになる』と評した。その末に、宿儺を食うという、誰にも代わりが務まらない役目をできるのは、自分だけ。そこから逃げれば、のちの生涯をずっと後悔すると。

 

「それに、寂しがりなのも本当だからさ。死ぬ間際に誰にも看取ってもらえなかったら、ちょっとへこむなって」

「・・・・・・・・・」

「だからさ、最期に伏黒と話させてくれたのもさ、結構嬉しかったんだ」

「・・・・・・はぁ~」

 

 肺の空気をカラにするかのごとく、深ぁ~い溜息を落として。

 霊夢は壁から背を離し、出入口に向かう。

 

「えっ、あ、あのっ」

「帰る。虎杖のことは、誰にも漏らさなきゃいいんでしょ。また狙われたら面倒だものね」

 

 眼鏡が狼狽えて引き留めようとするので、端的に言い捨てた。

 押し黙った男を尻目に、霊夢は再度虎杖に首を向ける。

 睨みつけるの表現が正しい視線の鋭さに、虎杖はわずか息を呑んだ。

 

「あんたは馬鹿。そんで、悟とは別路線であたしの嫌いなタイプだわ」

「えぇ・・・・・・」

「これからも呪術師やってく気なら肝に銘じなさい。その善人的な皮を被った自己犠牲道、さっさと見直さないと、あんた将来、絶対どっかで致命的なやらかしをするわよ」

「・・・・・・・・・」

「じゃ。もう会わないことを祈るわ」

 

 一方的に不平を突き付けて、霊夢は部屋をあとにする。

 廊下を進み、地上へ戻る最中も、少女は不明瞭な苛立ちに支配されていた。

 自分でも分からない。なぜ、こうも虎杖の善性が神経を逆なでするのか。

 彼が何を動機にどのような道を歩もうと、霊夢にはてんで無関係だというのに。

 

(ああ、良くない。良くない兆候だわコレ。あたしのほうこそ、こんなコンディションじゃやらかしそう。・・・・・・今日は寝るか)

 

 こうして誰にも言えぬ秘密を抱えたまま、京都に帰る道すがらを寝て過ごした霊夢は、わだかまった感情を胸の奥底に残留させたことを忘れ、日々を過ごしていくこととなる。

 その正体を明確化するのは、まだ未来のことだ。

 

 

 




読了感謝!

次回から少し京都組との交流やろうかな。そこまで深く掘り下げれないかもですが、交流会までの箸休めとして。

日常回って修羅場みたく分かりやすい山作れなくて結構しんどいんですけど。

また書きあがるまでお待ちください。




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【第伍話:紅白巫女は語り合う】


お待たせ。

日常回その1。

京都校の連中に女子女子した会話をさせたかった。




 

 

 カーンカーン―――。

 

 

 年季を感じさせるチョコレート色。古びた鳩時計が定刻の鐘を鳴らす。

 日差しの入らない照明のしぼられた薄闇の室内。縦長に伸びる広めの廊下じみた空間には紙の匂いが満ちていた。

 圧迫感すら催す大きな書棚。それが両側壁面を横に縦に占領し、スペースが足りずあふれ出た分厚い古書がそこかしこで積み重なって無数のタワーを形成している。一歩間違えば圧死する物量と混沌ぶり。けれど、雑然とした光景に比して埃っぽさはなく、カビ臭さもない。

 重厚な本の山岳を避けて通り、床板を軋ませ奥へ進む。

 一室の最奥に、図書館のカウンターのような机が据えられ、人がひとり、座って本に目を通している。ページをめくる音と、卓上に置かれた蓄音機から発せられるノスタルジックな環境音が、部屋の雰囲気と合致していた。

 読書に耽る人物を見ようとするも、顔をうまく認識できない。

 眼鏡をかけた金髪の女。

 それ以上の要素が、まるで検閲をかけられているかのように読み取ることができなかった。

 知らず、前のめりなった際、ギシ・・・・・・自らが踏みしめた床の軋みが、どこか寂しげに完結していた部屋の調和を乱し、本を読んでいた人物の指を止める。

 つい、と視線を向けられたのは分かるのに、目鼻立ちは変わらず靄がかっている。

 

「あら。迷い込んでしまったの? 仕方のない子ね」

 

 書を閉じ、卓上に置くと、女の膝から一匹の猫が飛び上がる。

 茶色の体毛。尻尾は二又に分かれ、先端は粉雪を散らしたように白い。

 

「まだ、貴方は此処に来るには早いわ。もう少し、試練が必要」

 

 女の優しげな声音が、浸透するように脳に響く。

 

「そうね。どうやら『器』と接触したようだし、『あの男』が本格的に動くのも時間の問題。いい小手調べになるでしょう。とはいっても、貴方は直接彼をどうこうできはしないでしょうけど」

 

 世界が揺れる。景色がひずむ。

 書棚が、本の山が、カウンターが、猫が・・・・・・目に映る全てが、水面に反射した風景のごとく、揺らめきひずみ、形を崩れさせていく。

 ほろほろと原形を失って、色が白く褪せていく中、女は歪んだ口を一層歪め、微笑んだ。

 

「思うままに進んでみなさい、()()。その先で、いずれまた逢えるわ」

 

 その名を耳にしたとき、ようやく女が誰だったのかを思い出して。

 しかし言葉はこぼれないまま、博麗霊夢の『夢』は終わりを迎える。

 

 

 

 

 寝覚めはよろしくなかった。

 記憶にないが、何か夢を見ていた気はする。眠りが浅い証だった。

 

「ふぁ~あ・・・・・・」

 

 はしたなく、欠伸を漏らして寮の廊下を歩く。

 学生ながら特級という格に割り振られた霊夢。その多忙さは他の学生と比べるべくもないほどであり、高専にいるときのほうが珍しいと言えてしまうレベル。寮の自室で眠るのも、もはやいつぶりになるだろうかと顧みる必要があった。

 出張も悪いばかりではない。海外に出張る機会の多い五条や東京校の乙骨(おっこつ)なんかとは違い、活動範囲は日本に限定されている霊夢。代わりとばかりに津々浦々巡らされるものの、ご当地産の食や文化をこっそり堪能する特権は、存外気に入っている点でもあった。

 かといって、高専の自室を懐かしく感じてしまう感覚はややショックでもある。なんというか、単身赴任などで家を空け気味なサラリーマン気分というか、知らぬうちに近所の小学生が中学に上がっていたときのような気分というか。年月の儚さに虚しくなる。

 

(あたし、働き過ぎじゃね?)

 

 将来は旦那に養われて云々かんぬん。いつぞやか歌姫に吐露した未来像だが、どっちかといえば、今の自分は日夜忙殺される仕事一筋の寂しい独身女そのものではなかろうか。

 まだ若い、と楽観視できるほど能天気ではない。

 なにせ呪術界に女の絶対数は少なく、霊夢の認知する限り独り身ばかり。

 そも、呪いという根絶されないマラソンゲームに日々追われる中で、真っ当な良い出逢いなどそうそうあるはずもなく、まして呪術師として生き残っている男どもは、頭のネジが何本かはじけ飛んでいるかのようなイカレ具合。補助監督も大体が一回り上の年代だ。これでは、運命の相手探しより、まだツチノコ探しのほうが現実味がある。

 霊夢は辿りついた先、高専女子寮の食堂で、各々朝餉(あさげ)を口に運ぶ女子一同に興味本位で理想のタイプなどを訊ねてみた。

 

 

 

 禪院真依の場合。

 

「別にどうでもいいわよ。元々、家系的に私は恋愛の自由なんてあってないようなものだし」

「でも伏黒のこと気にしてたんじゃなかった?」

「そりゃ、他の男どもと比べれば・・・・・・ねぇ、なんで伏黒くんのこと知ってるの?」

 かいつまんで事情を説明。だが、妙に視線が刺々しい。なんでもない風を装っているが、意外とマジな感じなのか。

 

 

 

 西宮桃の場合。

 

「わたしはタイプで言えば頼り甲斐のある人がいいかな~。精神的にも肉体的にも」

「意外でもないけど高望みね。っていうか、セバスチャン・スタンが好みって言ってなかった?」

「まぁねー。やっぱガタイ良くて適度に筋肉なのは憧れでしょ。モヤシっ子よりは」

「じゃあ東堂―――」

「あれはない。絶対」

 目が死んでいた。だろうな、とは分かっていたけども。

 

 

 

 三輪霞の場合。

 

「えー。わたしはそのぉ~・・・・・・やっぱり人並みにカッコいいっていうか~。別に顔立ちが全てとかの話じゃなくて、一緒にいて楽しいなぁ~って思う人というか~。ドキドキしつつも安心する気の知れた人というか~・・・・・・」

「いっちばんフワフワでいっちばん乙女な抽象的解答ありがとう。ぜんっぜん参考になんないけど」

 三輪はやはり三輪だった。もっとも普通。そこらの女子高生とたぶん相違ない。なんで呪術師やってんだろコイツ。

 

 

 

 結論、身近な男の好みは案外普通。ゆえに、難易度はルナティック。

 

「そういうアナタはどうなのよ?」

「養ってくれる男」

「霊ちゃんらしいと言えばらしいけど・・・・・・」

「それで抽象的って言われたくありませんっ」

「んー。最悪、女でもありっちゃあり」

「えっ」

「ちょっと、ここにきておかしなカミングアウトしないでくれる?」

「なんというか、節操なさすぎて普通に引く・・・・・・」

 

 八割冗談だったのだが、さりげなく距離を取られる霊夢。進んで百合に走りたいわけじゃないのだけど。

 

「なんだか盛り上がってるわね。一体なんの騒ぎ?」

「婚期の話」

「ぐふッ」

 

 入室と同時に言葉の刃が歌姫を襲う。

 庵歌姫。すでに三十路。婚期という台詞が凶器になり得る残酷な年齢。本人が気にしないタイプだったらどうということはないんだろうけど、反応からして違うっぽい。

 

「いやでも、歌姫先生は結構いい物件に思うんですけどね」

「ま、ちょっと趣味がオヤジ臭いのがキズだけど」

「いかにもできる女な雰囲気なんだけど、いじるとなかなかカワイイし。ツンデレってやつ?」

「あんたら好き勝手言ってんじゃないわよ・・・・・・あと真依、スポーツ好きをオヤジ趣味とかいうのは偏見もいいとこだから。女ならヨガとかインスタとか好きでしょぐらいの間違った認識だからね」

 

 ふら付きながら立ち上がり、ウォーターサーバーから水を汲む。

 実際、客観視しても歌姫は美人の部類だ。顔の傷跡は仕方ないにしても、世話焼きだし気が利くしスポーツ趣味も人によっては共通の趣味を元に気が合うメリットになり得る(なお推しチームなどが相反していた場合は除く)。

 ただ、腰に手を当ててビールか風呂上りの牛乳みたいな飲み方を水で実践するのはちょっと不安。女だらけの場で細かなところに意識を配ってなんかいられないかもしれないが。

 

「っていうか、本当になんの話だったの?」

「まぁ結婚願望の有無とか、男のタイプとか。女子女子した話題をたまにはするべきかと」

「・・・・・・霊夢は高専にいないときのほうが多いものね。いいんじゃない? 年頃の女の子っぽくて・・・・・・あ」

 

 声を上げた歌姫。そういえばと思い出したように向きなおる。

 

「結婚といえば霊夢、アナタ宛てに見合い写真が届いてたわね」

『・・・・・・・・・・・・・・・』

「ああ、アレか」

 

 絶句した様子の級友たちと裏腹に、霊夢は冷めた調子で湯呑をあおる。

 

「どっどどどっ、どういうこと? 霊ちゃん?」

「霊夢さん、お見合いするんですか!」

「んなわけないでしょ。上のジジイどもが勝手に自分とこの息子とか孫の写真送りつけてくんのよ。年齢の遠い近い関係なくね。あたしって、由緒正しい呪術家系でもないのに、突発的に特級にまで上り詰めた稀有な例だから、血筋を残そうと・・・・・・あるいは、家に取り込んで発言力の足しにしようとする連中がわんさかいるのよ。真依なら、分かるんじゃない? そういう思考回路」

「まぁ・・・・・・よくあることよね」

 

 御三家の一角、禪院という歴史ある家系の嫡子からすれば、政略婚くらい狼狽えるに値しない些事である。ただでさえ呪術、術式という異能は生まれ持った才能が評価の八割に直結する。ならばこそ、優秀な遺伝子は後世に継がせて当たり前というのが、呪術界上層部の共通認識だ。そうでなくとも、古式ゆかしい家柄なんて大概そんなものだろう。

 

「縁談なんて体裁を取ってるけど、ようはさっさと種馬を見繕えって言ってんのと同じよ。あたしを優秀な赤子を作る揺りかご扱いしてんのが見え見え。そんなのに、いちいち構ってんのも馬鹿らしい。いつも通り捨てといて」

「はいはい。ちなみになんだけど、今回の中には御三家の子息も含まれてたみたいよ」

「は? 誰?」

禪院直哉(ぜんいんなおや)。それから・・・・・・加茂憲紀(かものりとし)くん」

「ブッフォ!」

 

 思わぬビッグネームに真依が吹き出す。

 禪院直哉は真依の親戚筋にあたる男。性格は禪院という家柄を煮詰めた男尊女卑主義にして自己中心主義。端的に評せばクズ。誰もを見下しみなに嫌われる最低な輩だが、実力だけはほどほど高いゆえに表立って逆らえる者は少ない。

 そして加茂憲紀。言わずもがな、現在高専に所属する三年。御三家・加茂家の嫡男でもある。ただ、どうにもお堅く融通が利かない。また、細かい事柄をちくちく訂正したりするナチュラル煽りスト。よって型破りで身勝手なタイプ、東堂や霊夢なんかとは根本的に反りが合わない。

 断言できる。絶対に霊夢も加茂もお互いゴメンだろうと。

 

「うわぁ・・・・・・ラインナップ最悪じゃん」

「ええと、まぁ、その、直哉ってひとはよく知りませんけど、加茂さんはほら、付き合ってから見えてくる意外な側面とか、なきにしも・・・・・・うん」

 

 どちらも知っているからこそ西宮は絶望を漏らし、仮にも仲間であるからフォローを入れようと頑張ったイイ子の三輪は、尻すぼみ。

 まぁ、つまりはそういう面倒な連中の見本市なわけである。

 

「・・・・・・本当に身近な男連中はまともなのがいないわね」

 

 なんというか、ただただ暗澹たる気持ちばかりが湧きおこる朝であった。

 ちなみに、二年のメカ丸。一年の後輩は素で忘れられているため、お察しである。

 

 





読了感謝!

日常回じゃねえのって? 冒頭? 気にするな。

思わせぶりなシーンを日常に混ぜたくなっただけだ。

男のタイプは「じゅじゅさんぽ」と設定資料を参考に。



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【第陸話:紅白巫女は義理を果たす】

日常回その2。

ちなみに、作中で他人を呼ぶとき、一応キャラごとで

「お前」が「おまえ」だったり、

「あんた」が「アンタ」だったり、

「君」が「キミ」だったり。

一人称・二人称でもなるべく他人とかぶらないようにしています。

あくまで大雑把で、いちいち適用してるわけじゃないし、場面違いでは普通に前回と違ったりしてる可能性があります。

一番はっきりしてるのは霊夢で、一人称「あたし」二人称「あんた」「あなた」。

長文失礼しました。本編どうぞ。




 

()っ―――!」

「フッ! ハァッ!」

 

 高専京都校の屋外運動場。

 青々とした人工芝生が目に優しい舞台で、遠慮なく草を踏みにじり拳を交える両者。

 ひとりは特徴のない赤ジャージに袖を通す黒髪をリボンでまとめた少女。

 もうひとりは髪をつむじで結い左目を縦断する乾いた傷持ちの筋骨隆々な男。

 前者は特級呪術師・博麗霊夢。

 後者は一級呪術師・東堂葵。

 共に現役の学生としては破格の等級、強さを誇る二人である。

 東堂の大砲掃射のような連突を避け、受け流し、ときにはカウンターの呼び水にする霊夢。

 反撃の掌打や裏拳を鳩尾、喉、顎といった弱所に受け、続けざまの金的蹴りにもなんら怯まず膝で阻み対処。技後硬直の隙に体格差を活かし組みつこうと手を伸ばす。

 霊夢から見た東堂は、その上背と鋼のごとく重厚な恰幅から立ち上がったヒグマに匹敵する威圧感を持つ。並みの少女なら恐怖に負けて身を縮こまらせ悲鳴を上げることだろう。男であろうとも根負け必至。無論、霊夢はどちらにも当てはまらない。

 クワガタの顎のように挟み込む両腕をしゃがんで躱し、相手の力と前に崩れ気味な体勢を利用して東堂の身体を押し投げる。

 受け身をとり反転した東堂の目先にはシューズの片側。首を傾げ最小限の挙動で回避するも、一瞬霊夢の姿を見失う。

 強襲する顎への衝撃。蹴られたと気付いたときには反対側から遠心力を借りた足刀が頭部を打ち据え、脳を左右に攪拌。三半規管が一時的に狂わされる。

 ふら付く巨漢の正面に陣取り、トドメとばかりに腰の乗った掌底をみぞおちへ叩きこんだ。

 が、インパクトの直前、そこへの攻撃を予見していたかのように太い前腕が行く手を阻む。さらに、霊夢の細腕をガシリと掴んだゴツゴツの手のひらが骨を軋ませた。

 

「っ・・・・・・!」

 

 その瞬間、光の速度でシナプスを駆ける情景。

 上半身に組みつかれ、逆さに身体を持ち上げられたのち頭から大地に叩き落される自分。

 

(まじかこのゴリラか弱い女に向かってブレンバスターとかあり得るなちくしょう!)

 

 神感が見せた0.1秒の硬直を振り切って、強く地を蹴り両足で東堂の頭を挟み捉える。無理な可動に肩の筋が悲鳴を上げるが、構わず巨体を浮き上がらせてプロレス技にはプロレス技で応じた。

 

「ふぐぉ!?」

 

 やや変則気味のフランケンシュタイナー。

 捻りが足りずそのまま脳天を叩きつける形となったが、相手の体重が加算された落下衝撃は相当なものだ。芝生とはいえ、場合によっては頭部がパッカーンとクルミになるか、そうでなくとも頭蓋骨、頸椎へかかる負担は計り知れない。

 霊夢は緩んだ拘束から脱出、距離を取って肩を回す。痛みはあるが、動きに支障はない。

 

「フゥン・・・・・・トァッ!」

 

 東堂も脳天から地面に刺さったまま両腕で支え三点倒立。身体のバネを活かして高く舞い上がり、捻りすら加えながら体操選手のようにシュタっとブレなく着地する。

 タラリ、と裂けた頭皮から血を流しつつも、東堂は不敵な笑みを絶やさない。

 

「フフ、やはり闘争とはこうでなくてはな。血沸き肉躍る、巧緻を極めた一進一退の詰将棋。先手後手の読み合い、即応力に胆力。呪力なしで、生来付きまとう体格差、膂力差をものともせず、この俺と拮抗・・・・・・否! 翻弄するとは。さすがだ」

「あっそう。ご機嫌なとこ悪いけど、もういいかしら。あんたの相手疲れんのよ」

「いやいや。まだまだまだまだ! いま、俺の闘志は熱く燃えている。備える交流会にも、楽しみができたからな。お前から言い出したからには、気のすむまで付き合ってもらうぞ、博麗!」

 

 豪胆に言い放ち、構える東堂を虚ろに眺めて、霊夢は早速自らの発言を後悔していた。

 

 

 

 ジャージ少女と上裸男が肌を打ち交わす光景を、離れた位置から眺める機械的な目。

 合金の皮膚に鋼の骨格、躯体に仕込まれた数多くの絡繰り仕掛け。高専京都校の制服を着込んだ人型呪骸(じゅがい)が、腕を組み二人の戦いを見届けている。

 

「あ、メカ丸ぅー! どうしたんですか、そんなところで」

「三輪・・・・・・それに、真依と西宮カ」

 

 京都校所属二年の究極(アルティメット)メカ(まる)。それが呪骸の名であり、仲間に認知された姿だった。本体となる人間は、遠方からメカ丸の感覚を通して状況を認識している。

 各々運動着に着替えたお馴染みの女子三人組が、彼の近くにやってくる。

 

「見ての通り博麗と東堂の模擬戦を観察していル。お前たちも訓練カ?」

「交流会も近いしねー、ちょっとは鍛えとかないと。けど、霊ちゃんが東堂くんと模擬戦なんて珍しいね。いつも面倒がって逃げてばかりだったのに」

「なんでも博麗が東堂に借りを作って、その返礼に呪力無しの条件で模擬戦を約束したらしイ」

「借り?」

「詳しくは知らン。任務の一部を代わってもらったそうダ。ヤツにしては珍しく、随分とやる気があったらしイ。厄介な呪霊討伐を複数掛け持ち状態で最速解決したそうだからナ」

「ちゃんと詳しく知ってるじゃない。なに、アナタ霊夢のストーカー?」

「理由までは知らないという意味ダ。鬱陶しい邪推をするナ」

 

 鉄面皮から苛立ちをにじませて真依の煽りを真面目に切り捨てるメカ丸。

 まぁまぁと緩衝材の三輪が苦笑いで場を収める。

 

「今のところどっちが優勢です?」

「博麗だナ。東堂をうまくいなしてクリーンヒットを避け続けていル。とはいえ、一撃浴びれば逆転されかねないのが東堂の恐ろしいところダ。小技を着実に当ててダメージを蓄積させているが、あれで東堂がダウンするのは千里の道のりだろうナ」

「ひゃ~、見てるコッチが怖い、あのスレスレ感。いま拳と顔の間ミリ単位じゃなかった?」

「私としては、あの体格差でなんでポンポン熊並みのヘビー級をぶん投げられるのかが不思議でならないわ」

「博麗は八卦掌や合気、柔術といった主に相手の力を利用する技に長けていル。重量、リーチ、腕力。身体的な面で博麗が東堂クラスの巨体に勝る点は一切なイ。それでもああして翻弄できるのは、相手の使う運動エネルギーをそのまま自分のものとして掌握しているからダ。当然、言うは(やす)し、行うは(かた)しだガ」

「私も寝技とか使えたほうがいいのかな?」

「三輪は刀を主体とした戦術が基本ダ。仮に、太刀を失った場合を想定しても不足にはならんだろうウ。あくまで時間稼ぎ、対人に限るだろうガ」

「じゃ、あとで頼んでみましょう! いまは東堂さんが怖いので!」

 

 明るく情けない三輪は西宮とともに柔軟を始める。西宮なんかは最初から体術などの技術面は捨てているようだ。なまじ不得意分野をかじるより、得意な領分を伸ばすか、相手をそこに押し込むかのほうが彼女には合っているように思う。体力増加はどうであれ必要という考えのようだが。

 先輩と同輩が身体を伸ばす最中、残った真依はメカ丸に黙って視線を送っている。

 

「・・・・・・なんダ」

「アンタ、霞に対してはどうも甘いというか、好意的よね。そのくせ、距離感は一定で保っておこうと線を引いてる感じ。あぁ、それは誰に対しても一緒か」

「そんな自覚はなイ」

「ふぅん。そう・・・・・・ま、あの子はいい子だし、術師には異常なくらい普通だからね。贔屓(ひいき)もしたくなるでしょう」

「何が言いたイ?」

「私以外に遠距離得意なアンタの意見を聞いておきたいのよ。交流会に備えてね」

 

 妙な迫力のこもった眼差し。それは正面の霊夢たちを眺めているようで、ここではない誰かを見据えている様子だった。先日、楽巌寺学長に同行した東堂同様、東京で焚きつけられるものがあったのかもしれない。

 にしても、助力の乞い方が不器用すぎる。

 

「・・・・・・お前とオレとでは遠距離でもタイプが違うと思うが・・・・・・まぁ、聞きたいことがあるなら聞ケ」

「じゃあ対物(たいぶつ)ライフル? とか持ってるかしら? サブマシンガンでもいいけど」

「エ?」

 

 得物をマルチに使いこなすのは容易じゃないと諭すメカ丸だった。

 

 

 




読了感謝!

別に真依強化フラグとかじゃないからマジで(真顔)。

本編の発言はアクション映画に触発されただけだから。

あと話変わりますけど、

メカ丸の小型呪骸ってどれくらいまでのがあるんですかね? 渋谷事変でのメダリオンみたいな奴だけじゃなくて、「トリコ」の超小型GTロボみたいなのもあるのかな。




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【第漆話:紅白巫女は共有する】


日常回その3。

京都校の生徒はとりあえず一回出演させるつもりだったので、今回は加茂回。

こんな感じでいいのかな? 自分で書いててよくわかんねぇ。




 

 

「・・・・・・・・・」

 

 質素な和風の一室にペンの走る擦過音。

 男子寮の一角に割り当てられた三年・加茂憲紀の部屋である。

 本来、御三家の嫡男たる彼が高専に通う必要はない。そんなことをせずとも、加茂家の相伝術式を継いだ彼の将来は約束されているも同然なのだ。

 だが、呪術界のみならず高専関係者にも加茂家当主としての名を知らしめるため、ないしは、爛れた側妻(そばめ)と呼ばれ家を去った母の名誉を取り戻すため、幅広い者たちに己の実力を認めさせる必要があった。ただ本家の内側で燻っていたのでは到底賄えない。

 そんな彼は、もっぱら自習の最中である。

 高専は、その名の通り体裁は学校。呪術以外の教科がないわけではない。

 高専生は呪術師として幾度となく現場に駆り出される。割り振られる仕事量、難易度は個々人の等級などに左右されるが、ゆえに一般的な学校のように画一的な座学スタイルは実質不可能。授業をしようにも出席のバラつきが出るし、進行速度にも差が出てしまう。教師とて自分の任務もあり暇ではない。

 よって、各学年の担任が個人の学力に応じた課題を与えている。提出までの期間や量も任務との兼ね合いが考慮されたもので、生徒数が少ない高専ならではの措置とも言える。

 これは決して義務ではない。課題をこなさなかったからといって退学なんてことには滅多にならないし、代わりに討伐任務などを請け負えば評価点はプラスされる。ようは、勉強するかはそれぞれの自由なのだ。

 加茂は、そんな中でも進んで勉強するタイプ。すでに学校側から与えられた課題は終えており、いま行っているのは自分のための研鑚だ。

 かれこれ二時間ほど。任務も特にないオフにも関わらず無言で字を書き連ね、余人にとっては面白みの欠けた時間を一旦打ち切る。分かりづらくも達成感ある顔つきなあたり、加茂にとっては、充実したひと時であったようだが。

 

「ふぅ。・・・・・・こんな時間か」

 

 興が乗ってそれなりに遅い時間までのめりこんでいた。

 頭を冷やしがてら、学内の自販機に飲み物を買いに出る。

 自室には旅館などにあるような小型冷蔵庫が置いてあるが、そちらは輸血パックを入れておくためのものだ。相伝術式、『赤血操術(せっけつそうじゅつ)』は術師当人の血液を操るゆえに、こうした事前準備は必須である。自戒も含め、外出時は任務外だろうと学内だろうとパック三つは持参する。

 入れる業者が限られているため自販機のレパートリーが少ないが、加茂自身大量生産飲料に大して贅沢を求めたりしない。

 電飾が暗闇に映える中、購入したボトルを持ち遠回りの帰路に就く。

 手入れの行き届いた庭木や芝、小池など。奥まったところなら学長お気に入りの枯山水もある、伝統豊かな京都らしい色を感じさせる敷地内。

 かなり見慣れた風景だが、夜間にみるそれはまた昼とおもむきが異なる。

 もうじき男子寮に到着するかというタイミングで、加茂は正面に小柄な人影を見咎める。

 

「・・・・・・博麗?」

「あ? ゴー☆ジャスか」

「加茂憲紀だ。時折ふざけるがそれは誰のことだ」

「レボリューションっ! って一発屋芸人。いまや立派なようつばーでしょうけど」

「テレビはそれほど嗜まない」

「だからようつばーだって。ネットの動画コンテンツ・・・・・・ま、どうでもいいか」

「こんな時間に何をしている」

「まさしくおまいうでしょ。あんたこそ、うろついてるじゃない」

「私は飲み物を買った帰りだ。自習が思ったよりはかどってな、頭を冷やしがてら遠回りをしていた」

「うっわ、ガリ勉。運動できる糸目むっつりのガリ勉委員長だ」

「自己研鑽は悪いことではないだろう。あと、糸目はともかく、むっつりは心外だ」

「えー、だって加茂見るからにマザコンそうな顔してるし」

「どんな顔だ。しかもむっつりとマザコンは無関係だろう」

「そうでもないわよ。女がイケメン好きなように、男は母性を求めるからね。最近流行りのバブみってやつ? 彼女とか恋人とかは、極論、男にとっては条件付きで世話を焼いてくれる母親代わりって聞いたことあるわ。母親は、おおよそ無条件で子供の世話を焼くでしょう?」

「本当に極論だな・・・・・・」

「でも、少なくともあんたの動機はソレでしょ? 親孝行な息子ね」

「―――・・・・・・真依か」

 

 余計なことを、と毒を漏らす加茂。

 表向き、加茂憲紀は嫡流の男児として知られているが、実際は妾の子。秘匿されているが、ヒトの口に戸は立てられない。内情はある程度、他の御三家にも伝わっている。

 相伝の術式を継いだ宗家の男児が生まれなかったからこそ、加茂は受け入れられ、けれど母親は排斥に追い込まれた。

 真依の家、禪院は良くも悪くも男社会で才能主義。妾腹であろうと資格があると認識されたならおおらかな一面もある。それが全体共通というわけでもないが。

 

「いいんじゃない? 別に、親を大事にするのは悪いことじゃないわよ」

「・・・・・・君は」

 

 諦観を込めた寂しい横顔に、加茂は少女の事情を察する。

 同じ高専の仲間とはいえ、あまりプライベートな部分で親交が深かったわけでもない。身内の不幸も、この業界ではあり触れている。だから平気だろう、と言ってしまえるほど冷血漢ではない。

 

「ま、あたしの親はいまもピンピンしてるでしょうけど」

「・・・・・・・・・」

 

 非難の目つき。具体的には『思わせぶりな態度しやがって』というニュアンス。

 

「折り合いが悪いのは本当よ。あたしってほら、突然変異といって差し支えないレベルの才覚持ちだったから、一時は、親戚一同にも怪物扱いだったし。逆に現人神(あらひとがみ)とか讃えられたりしたし。そんときはまだ、両親も愛情持って守ってくれてたんだけど。・・・・・・五歳のとき誰かに拉致されてね。なんとか五体満足で帰ってきたら、なんか、今まで以上に性格が凍えちゃっててさ。ぶっちゃけ、一切可愛げのないロボットみたいな感じだったのよ」

「それは・・・・・・」

「あたしには、攫われてたときの記憶がない。医者によると、拉致されたショックでってことらしいけど。でも、なんていうか、一気に心だけ時間が進んだっていうか? 身体は子供でも脳みそが不自然に年食ってたっていうか。行方知れずだったの、たった二日ぐらいだったんだけどね」

「・・・・・・・・・」

「そんなわけで、48時間足らずで子供らしさがいつの間にか消え去って、その上異能も極端に成熟しちゃったからさ。両親も怖がって、あたしを避けるようになった。露骨に怪物扱いするわけじゃないんだけど、あの怯えた目――自分の子供を見る眼じゃなくなってた瞬間、親との間に不可侵の一線が引かれた。あの人たち自身、あたしを怖がってしまったことに引け目を感じてるみたいだし」

 

 別にあたしは気にしちゃいないのにね、と語調は明るく振る舞う霊夢。そこには、やはり寂しさというより、諦めの色が濃く残っている気がした。

 呪術師は、人ならざるモノに立ち向かう、一種の超人だ。呪力で強化した身体は、一般人のそれを凌駕し、固有の術式は世の条理を超越する。当たり前だ。呪霊という怪物を祓うなら、こちらも同等以上の領分に踏み込まなければならない。そうしなければ、ただ害され、呪われ、殺される。

 だが、呪術師もまた、大衆にとっては怪物なのも事実。守る者に(おそ)れられるのは、きっと何よりも心に刺さる。感謝や報酬を欲するつもりはないのに、救う行為から意義と意味を切り離して振る舞うのは、容易なことではない。

 善行は報われてほしいし、些細な悪行は許されてほしい。矛盾した観念だ。

 だから、彼女たちは一方的で身勝手な想いで戦う。甲斐がなかろうと、不平等だろうと。己がそうしたいからそうする。誰にどう思われるかに囚われるのではなく、自らの初期衝動を原点にして。

 

(だから、博麗や東堂は強いというのか。まず何よりも、自分の意思で、自分のために戦っているから? 私は・・・・・・)

 

 加茂家嫡男として――定型文じみたこの言葉は、空虚なものでしかないとでも? 伝統や規則を重んじるのが、ただの枷でしかないなど、あまりに不憫ではないか。

 自由と混沌は別物だ。かといって、秩序と戒めが、可能性を狭める窮屈なだけの囲いである世界は違うと加茂は思う。

 しかし、その境界を見極め、人々に当てはめるのはあまりに困難。

 少なくとも、独力で叶えられるものではない。

 

「ま、そのあと知り合った人に、色々と人間らしさを教え直してもらったんだけど――お詫びはこれでおしまい」

「お詫び?」

「勝手にあんたの事情だけを知ってるのはフェアじゃないわ。だから、あたしの昔話も一部教えてあげたの。これで等分。後ろめたさはなーし」

「・・・・・・勝手な話だ。自分からまくし立てておいて」

「いいじゃない。乙女の秘密よ。真依たちにも話したことないんだから。あ、だからって、『コイツ俺のこと好きなんじゃ』とか、気持ち悪い勘違いしないでね」

「するわけないだろう。こっちから御免だ」

「あたしも。ってなわけで、もう手は打ってるけど、あんたからも見合い話はなかったことにしといてね」

「なに? 見合い?」

 

 霊夢に渡ってきた縁談について聞き、家の人間が許可なく仕組んだことを察する。取り返しがつかなくなる前に火消しを行わなければ、と頭痛を抑えた。

 

「で、結局君は何をしていたのだ」

「ちょっとした自主練」

「なんだ。私と大差ないじゃないか」

「一緒にすんな」

 

 特に、これといって仲良くなったわけでもない。

 認めがたい部分は多々あるし、自己中心的ばかりなのはどうかとも思う。

 ただ、この晩から、加茂は少しだけ、霊夢と秘密を共有した。

 

 

 





読了感謝!

学校の授業体系なんかは完全に妄想で、こんなのあるか? という疑問や矛盾を抱かれる方もいるかもしれません。まぁ、そこのあたりはフレキシブルで。

霊夢のバックグラウンドを一部開示。どこに攫われて何をしてたんでしょうね(すっとぼけ)。

次回で連日投稿をまた区切ります。最近娯楽のインプットがおろそかすぎて諸々の小説制作に行き詰まってきた感があるので、ちょっとクールタイムを置くかも。



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【第捌話:紅白巫女は次に備える】


日常回その4。

連日投稿最終です。

出番が少ないのでキャラがあんま掴めてない新田弟の回。

捏造設定アリ。




 

 

「ちょっと面貸しなさい」

「えぇっ」

 

 高専京都校の廊下でばったり遭遇した先輩に、新田新(にったあらた)は一昔前の不良じみた洗礼を受けた。

 有無を言わさぬ圧力を感じ、身を翻す巫女服少女にとぼとぼと続く。

 新は霊夢とそれほど交流がない。いくら高専の生徒数そのものが少なくても、学年の壁などないに等しくても、相手は特級、自分は雑魚。猛悪な呪霊と日々命を削りあうまぎれもない絶対強者と、サポートしかこなせない後方支援。役回りも違えば活躍の場も違う。もっと言えば、霊夢のこなす任務は危険すぎて並みの術師が同行できないのがほとんどだ。

 五条悟と同様、特級ともなれば単独のほうがフルポテンシャルを発揮できる。足手まといが付き添っても、敵に有利を渡すばかりで、味方のメリットは無きに等しい。

 孤高の強さ。ゆえに生じる孤立。集団から外れた存在への、不理解と拒絶。

 そんな世の不条理もなんのその、マイペースにずかずかと距離を詰めたり、置物のように無関心だったり、気まぐれな態度で他者と接する。癖が強く、少し話せば喧嘩腰になりかねない京都校面子において、いつしか霊夢は中立的な席を獲得していた。

 ある種の図太い神経持ち特有の思考回路が、新は苦手だった。

 ただまぁ、そういった輩に振り回されるのには案外慣れていたり。

 元ヤンで東京校の補助監督をやっている姉とか。

 知り合った男に第一声女の好みを堂々訊ねる先輩とか。

 自分の前を凛と歩く規格外とか。

 

(おれ順調に苦労人道を邁進してる気がするんよなぁ。ってか今さらだけど博麗先輩めっちゃ背筋ピンとしてるやん。だらけてるように見えて歩き姿が綺麗とかいうギャップ)

 

 死んだ面相をさらしながら半自動的に足を進めていると、いつのまにか霊夢のリボンが間近にあった。

 

「おわっ」

「なにぼーっとしてんの。目的地はここよ」

 

 ジト目で新を咎め『目的地』の扉を開く。校舎裏ではなかった現実にやや安堵。

 入室する霊夢を横目に新は頭上の表札を見た。

 

「『理科準備室』?」

 

 宗教系専門学校である呪術高専にも、普通の教室や保健室、職員室や準備室といった設備が一通り揃っている。それに加え、呪物を保管する部屋や捕えた呪詛師の拘留所、遺体安置所などの一般的な学校施設にそぐわない特殊系統が存在している。

 高専の理科準備室とはすなわち呪霊の特徴や性質の課題だとかに用いる、呪物、受肉化、ミイラ化したホルマリン漬けなどが置いてあったりするあまり近寄りたくない場所だ。

 無論、こういった部屋へ雑多に収められるのは封印といった処置が必要ない類の呪物である。もっと危険なものは、警備が厳重な忌庫へ送られる。

 カーテンで封をされた薄暗い密室で、二人は向き合った。

 

「博麗先輩、いったいなんの・・・・・・」

「あんた、反転術式使えたわよね?」

「え? あ、はぁ、一応。でも得意ってほどじゃ」

「ちょっとコイツに術式かけてくれる?」

(聞いてないし・・・・・・)

 

 霊夢は背後の水槽からまな板サイズはある一匹の魚を臆することなく掴み上げ、それを机に乗せた。

 その魚はなにやら目が複数眼窩にひしめき、エラやヒレとは別に透明感のあるクラゲの触手のようなものが生えている、端的に言ってかなりキモい奇形魚だった。

 

「これ・・・・・・呪霊っすか?」

「正確には呪物を取り込んだ受肉体の魚。安心なさい、蠅頭(ようとう)レベルの力しかないわ。ただ、コイツにはちょっとした特徴があるの」

 

 言うや否や、どこからか取り出した封魔針を呪魚の頭に突き立てる。

 当然、ビチビチと暴れ狂い飛沫を散らす魚だが、やがてだくだくと卓上を血で汚しながら微動だにしなくなる。

 

「この『回春魚(かいしゅんぎょ)』は一定時間経つと、空気に漂う微細な呪力をかき集めて自らを治癒する性質がある。今みたいに頭の急所を貫いても、切り身にしても、微塵にしてミキサーにかけても、元の状態に回帰して再び息を吹き返す。理論上だけど、動物に捕食されたあとのフンからでも再生するって言い伝え」

「不死身、ってわけですか?」

「それに限りなく近くはある。だから『特級番外呪物』として、忌庫に保管されてた。けど言った通り、実際に害をなすレベルの力をほとんど持たず、かといってアメーバみたいに分断した分だけ無限増殖するってわけでもないし、交配もしない。ただ一個で完結した不死身。高専の記録上、捕獲されてから約四百年はずっとコイツだけなのよ」

「そらまた、奇妙な話っすね」

 

 さりげなく露呈した特級区分の受肉呪物を平然と持ち出してくるあたり、やはり特別なんだなと少女を遠い目で眺める。再生するからといって躊躇なく殺す感性に若干引いた。

 

「で、この魚がおかしいのは分かりましたが、コイツに術式をかけるんですか?」

「そ」

「でも放っておいても再生するんですよね?」

「だから、練習に持ってこいなの。・・・・・・反転術式のね」

 

 ここにきてようやく、霊夢が新に声をかけた理由を把握した。

 放置しても無限に再生し生き返る特殊な呪物を使って、反転術式を学ぼうというのだ。

 元来、呪いとは負の感情より発生する。それは戦術的に扱われる呪力とて同じ。そのマイナスエネルギーをかけ合わせ、プラスのエネルギー、つまり他者を害するのではなく癒す力に転ずる技法を、呪術師の間で反転術式と呼称する。

 ただ、現状、高専内で反転術式を他者に施せる人材はかなり稀少だ。新も確かにその一人でもあるが、端的に言って東京校に駐在する教師とは比べ物にならないお粗末さ。

 

「硝子は忙しいからね、あんまこっちの都合で圧迫したくないのよ。あんたは硝子に比べりゃヘボもいいとこだけど、仮にも一線で活躍してるわけだし、さすがに独学でやるには限度があるのを痛感したわ」

 

 それにあんた暇でしょ。と素で失礼なことを宣ってくるが、基本誰かに頼るという真似を厭う霊夢がこうして教示を求めたのは、なかなか深い葛藤ありきの選択だったのだと思う。

 

「とは言われても、おれのは生得術式のついでで会得したものなので、参考になるかは」

「するわよ。何がなんでも役立てる。一を見て十を学べばいいだけだもの」

 

 天才発言、と戦慄した新は少女の妙な貪欲さに疑問を抱く。

 

「なんでそこまで・・・・・・」

「別に。ちょっと、自分の不足でついたケチを潰しとかないと気が済まないってだけ。・・・・・・再生治療まで目指すのは、果てしない道のりだけど」

 

 独り言を卓上に落として、慙愧(ざんき)の念らしき感情をのぞかせる霊夢。

 少し、意外だった。

 彼女は初めからなんでもできて、根本的に自分とは魂から出来が異なるのだとどこかで抱いていたから。ふと垣間見せた人らしい『後悔』に、新は曇っていた視界が拓けた気分だった。

 

「まあ、そこまで深く捉えなくてもいいわよ。苦手分野を、いつまでも苦手で終わらせたくないってだけだから。ほら、ぱぱっとやってひゅーんひょいってして」

「なんですかその擬音表現」

「昔硝子から聞いた反転術式のコツ」

「絶対いい加減ですって」

 

 あるいは教えるのが致命的に下手か。

 反論しつつも、渋々新は奇形魚に手をかざし、術式を発動させる。

 淡い燐光が照射されて、微動だにしない魚の傷口に群がった。

 集中力のいる作業ゆえ、対面の霊夢は完全に意識外に追いやられる。

 

(傷の治りが早い・・・・・・目に見える速度で塞がっていってる。擦り傷の治療でもここまで分かりやすくないのに。この魚が特殊だからか? 反転術式の呪力を糧にして、自己再生も同時にやってるからこそだからかも。確かに、コツを掴む練習台としてはなかなか・・・・・・)

 

 奇形魚の特殊性に感心すら抱いていると、やがて、ピチピチと卓上で元気に跳ね始めた。

 こんな短時間で生き返るなんて、と新が驚き固まっていると、対面の少女がふむふむとばかりに顎に手を当て思案していた。

 

「・・・・・・・・・、こう、か」

 

 おもむろに両手を胸の前で構え、呪力を放出。

 初めはただ通常の呪力をもやもやと漂わせているだけだったのが、徐々にその性質が変化していくのを、新は敏感に感じ取っていた。

 

(マジですか。たった一回間近で実践しただけでもう? やっぱ天才なんやな)

 

 基礎的な知識などは土台にあったのかもしれないが、それを加味しても異常な飲み込み。

 とはいえ、新から見てもまだ反転には至っていない。だが、取っ掛かりは掴んだようで、先ほどまでよりは表情が晴れやかに見える。

 

「うん。掴みは理解した」

「さすがっすね。じゃ、おれはお役御免で―――」

「なに勘違いしてるの?」

「ひょ?」

 

 ダン! ・・・・・・再び急所を抉られ絶命する奇形魚。

 さらに、ウナギの解体のごとく刺されたままあらかじめ用意されていた包丁で捌かれていく。

 

「とりあえず次はぶつ切り状態からの回復。あんたがもっかい試したあと、あたしもやってみるわ。それが満足いったら切り身分け、次に微塵切り。いまのところの最終目標は粉々にした状態から再生させること。あんたもさっきので理解したでしょうけど、コイツは呪力を与えてやるだけでも自分で自分を勝手に直していくわ。だから、欠片状態から元に戻せてようやくある程度形になったレベルの習得と考えるべき。そのあとはまぁ、自分か、訓練後の誰かの治療でもやってみて、ようやく及第点かしら」

「・・・・・・・・・・・・えーっとぉ」

「あたしの気が済むまで付き合ってもらうから、今後スケジュール調整よろしく」

 

 ちゃんと拘束時間分賃金は払うから、という霊夢の声を遠くに感じながら、新はこれから先の苦労に思いを馳せた。

 

 

 





読了感謝!

この小説内で新田弟は保存術に加え若干反転も使える設定。

他の候補がいなかったんですよ・・・・・・京都校側の話に硝子を絡ませるのはなんか違うし、乙骨は海外だし。

だいたいなんでもできてしまう天才肌霊夢ですが、たまには行き詰まったり。

盛り上がりどころ手前ですが、交流会で霊夢をどう動かすか悩んでるので、

次回はちょっと遅れるかもしれません。



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【第玖話:紅白巫女は巻き込まれる】


久しぶりです。

気が付いたら一か月も空いてました。

更新してなくても読んでくださってるかたがいらっしゃるので、

なんとか応えようと頑張りました。




 

 

 呪術高専夏季の一大イベント。

 

 

 東京・京都姉妹校交流会。

 

 

 環境変化や気温の変動などによって生じるストレスが、もっとも多く呪いとして現れやすいのが初夏の繁忙期。それを越えると、基本的に呪いの発生が落ち着き始め、わずかながら呪術師のスケジュールに空きが生まれだす。年中忙しいという場合もあるが、おおよそのルーティンは毎年同じ。

 交流会は、そんな晩夏に行われる。

 両姉妹校所属の若き呪術師たちが己が研鑚の成果で(しのぎ)を削る呪術合戦。

 命を奪う、再起不能になるような負傷を与える以外ならなんでもあり。

 開催期間である二日間のうち、初日は団体戦、二日目が個人戦で行われるのが恒例だ。

 二・三年メインではあるものの、交流会にこれといった参加資格はないため、人数合わせとして一年が駆り出されることも往々にしてある。現に、去年はひとり、今年は二人、東京側から一年が参加する予定らしい。

 等級による区別なども存在しないため、完全な乱戦形式となっている。

 

「シード権を主張したいわ」

「アナタはサボりたいだけでしょ?」

「当たり前よ。ようやっと真夏のクソ忙しいスケジュールが片付いたと思ったらコレだもの。ぶっちゃけあたし出る必要性ないわよね? メリットないし。今からでも京都戻ってエアコン利かせた部屋で猛烈にぐうたらしてたいんだけど」

「ダメだ。特級だからといって交流会は免除にならない。去年の乙骨のときもそうだったろう」

「来てるといいがなぁアイツ。今年は去年の雪辱戦だ。博麗、お前も気張れよ」

「だからぁ、頑張んのがイヤだっての。あんま暑苦しい気配漂わせないで、ただでさえムサいんだから」

「っていうか、霊ちゃんの言い分だと個人戦はどうにかなっても、団体戦はどうしようもないよね?」

「そこはあんたらの出番でしょ。期待してるわー」

「ただただ怠慢のダシにされているだけでしかないナ。いっそ清々しいふてぶてしさダ」

「そうです! 去年は乙骨って人に惨敗してますからね! 知りませんけど! 同じ特級の霊夢さんは、存分に活躍してもらわないとっ。京都の面目黒塗りのままですよ!」

「ねぇ、なんで霞こんな気合入ってんの?」

「交流会で活躍すれば、現役の術師から注目されて推薦が受けやすくなるからでしょ。貧乏解消に、一刻も早く昇級したいのよ」

「お姉ちゃんは頑張りますよーっ! 見ていてくださいマイリトルブラザーズ!」

「三輪、あまり気負いすぎれば逆効果だゾ」

「いいんじゃない。モチベーションがあるのは。ま、実際、今年の団体戦は霊ちゃんいるから勝ちはほぼ既定路線だろうし、個人戦で下手こきすぎなきゃなんとかなると思うけど」

「楽観な上に他人任せは関心しないな。呪霊との戦いでもトラブルはつきものだ。どんな内容で争うかは関係者しか知らないが、必然、東京校との衝突は避けられないだろう。呪術師同士ともなれば様々な要因の重なり合いが予想される。容易に済むと油断していると、足元をすくわれるよ」

「はいはいわかってますよーだ」

「加茂の言うとおりね。あたしが全部片づけたんじゃあんたらの成長に繋がんないでしょ。つまり、あたしはなるべく手を出さないほうがより緊張感を持ってのぞめるわ。獅子は若人(わこうど)を千里の滝に放り込むってヤツよ」

「霞じゃないんだから反射で適当に喋るのやめてくれる? ツッコむのも億劫だけど慣用句無茶苦茶。しかも、どっちにしろサボる言い訳にはならないし。まったく・・・・・・」

 

 交流会会場、高専東京校の敷地を一行は侃々諤々(かんかんがくがく)進む。

 やがて見えた石階段を昇り切った先の広場に、彼らは待ち構えていた。

 

 

 眼鏡をかけたポニーテールの、どこか見覚えのある顔立ちをした少女は、東京校二年の禪院真希(ぜんいんまき)

 口元までを制服の襟で覆い隠す白いマッシュルーム頭の少年は、東京校二年の狗巻棘(いぬまきとげ)

 ツンツンした黒髪を逆立たせた冷めた目の少年は、東京校一年の伏黒恵。

 なぜか横に旅行前のような荷物を置いて不機嫌そうに腕を組みガンを飛ばす茶髪の少女は、東京校一年の釘崎野薔薇。

 そして、何度見ても珍生物な二足歩行型大熊猫、東京校二年、パンダ。

 

 

 以上の東京校面子が、現れた京都一行を出迎える。

 その中に虎杖の姿がないのを確認して、まだ合流していないのかと内心呟く霊夢。復活ののちに五条が交流会までには復帰させると言っていたのを知っているからだ。

 

(正直、大見得切った手前、顔合わせ辛いのよね)

 

 複雑な心境に曇る霊夢とは裏腹に、先頭の真依が早速喜々と食ってかかる。

 

「あら、みなさん揃ってお出迎え? 気色悪い」

「乙骨いねえじゃん・・・・・・」

「うるせぇ、早く菓子折りだせやコラ。八つ橋葛切りそばぼうろ」

「しゃけ」

「腹減ってんのか?」

 

 四人の挨拶(?)から始まる両校の顔合わせ。尖った態度は今さらだ。

 その横で、知ってる顔と知らない顔をそれぞれ分析する霊夢。

 

(なかなかクレイジーな一年ね。元気のよいこと。あのマッシュルームが呪言(じゅごん)使いか。暑くないのかしらあの恰好。で眼鏡が真依の姉・・・・・・呪力一般人並みの天与呪縛。悟が()ったあの男は呪力ゼロだったらしいし、さすがに学生でソレと同レベルじゃないわよね。伏黒は相変わらず陰気な調子。虎杖の件とは別で、単純に性格の問題でしょ。ただアイツ、悟によると潜在力で言えばここの全員千切れる次元なのよね、あたし以外で。無自覚なのが盛大な枷になってるけど。パンダは・・・・・・パンダだし)

「てか、そこの女子はなんで制服違うワケ? こちとら夏服でも真っ黒長袖なのに、不公平じゃない」

 

 思考に没していると、釘崎が霊夢を指して不遜に宣う。

 にわかに緊張が走る京都の面子だが、当事者は別段気にした様子もない。相手は察するに自分を知らないようだし、階級を盾に横柄に振る舞うのも性に合わない。権力闘争に明け暮れる老害たちと同類になるのも御免である。

 

「その人は例外が許される立場なんだ。以前話したろ、少年院で、宿儺から俺を助けてくれた特級術師の博麗霊夢さん」

「ああ・・・・・・あんたが、アイツの最期に立ち会ったっていう」

 

 釘崎は特級という事柄より、仲間の死に際に同席したことのほうが重要だったらしい。複雑そうでありながら、険悪な目つきが途端に和らぐ。

 その変容に、初対面だが霊夢は素直な好感を抱いた。

 呪詛師を除いた術師たちが霊夢へ対する反応は大抵三パターン。媚びるか、怯むか、敬うか。釘崎の反応はどれとも違う。席次ではなく純粋に霊夢という一個人を同列認識している証拠だった。

 役職や階級で人間を判断するような、そういった連中の相手は嫌というほど経験している。だからこそ、ちゃんと等身大を見ている釘崎のような人種は喜ばしい。

 

「これはあたしの知り合いが(こしら)えてくれたの。個人で店やってるから、必要なら今度紹介したげる。私服のオーダーも受け付けてくれるし、口利きで割り引かせたりもできるわ」

「マジっすか。ちなみに、相場おいくらくらいで・・・・・・」

「んー、ざっとこんなもん」

「え! 安っ! その服も生地とか結構良さげなのに!?」

「儲けより半分以上趣味でやってるタイプだからね、アイツ。お金に執着がないっていうか。たまに変なコスプレ衣装勝手に作って送ってくるときもあるけど」

 

 それも十分コスプレでは? という共通思考が場に流れたが、誰も口にはしない。虎の尾を進んで踏みに行くバカは生き残れないのだ。

 

「そういえば、霊夢さんが服真っ赤な理由、聞いたことありませんでしたね」

「別に大したものじゃないわよ。リボンに合わせたかったから、必然的に赤白で落ち着いただけ。あと、全員没個性のまっくろくろすけなのダサいし」

 

 三輪の疑問に忌憚なく応える横から、引率の歌姫が段差を昇ってやってくる。

 

「みんな揃ってるようね。喧嘩もしてないようで何より。で、あのバカは?」

「悟は遅刻だ」

「バカが予定通りに来るわけねえだろ」

「誰もバカが五条先生だとは言ってないですよ」

 

 思い思い口を滑らせ、五条へのある種の信頼の置き方を再認識する中、台車のようなものを押しながら噂の当人が現れた。

 いつもと変わらない逆立ち白髪に目隠しの長身男。歌姫は心底嫌そうな、三輪は画面越しの芸能人をナマで見た女子高生のような顔をする。

 妙にご機嫌な様子で海外土産を京都校組(歌姫・霊夢除く)に渡していく姿に、霊夢はそこはかとない予感を覚えた。神感云々などではない、経験則から培われたレーダーが、五条から良くない気配を察知している。こういうとき、五条はろくなことを仕出かした覚えがない。

 

「そして、東京のみんなにはコチラ!」

 

 ハイテンションの教師に対し冷めた目の生徒たちは、公開された台車の中身に思考を深淵へ突き落とされた。

 

「はい! オッパッピー!」

 

 とある肉体系芸人のお決まり芸をかまして登場したのは、宿儺の器・虎杖悠仁。

 霊夢、伏黒、釘崎からすれば、約二か月ぶりの再会である。

 しかも、死別。霊夢と違い、二度と顔を見ることはできないと思っていた伏黒、釘崎の表情は名状しようがない。他の二・三年も、直接顔を合わせるのは初めてな上、すでに故人であった虎杖の出現にコメントのしようがなかった。

 サプライズ出演の当人も、東京組の微妙な反応に、徐々に顔色が悪くなる。

 

「はーい、京都のみなさーん。これが宿儺の器、虎杖悠仁くんですよー」

 

 硬直する虎杖を台車ごと動かし、京都側に向ける五条。十中八九、企画立案の下手人に他ならないが、呵責は微塵も感じられない。明かな愉快犯だ。

 で、京都の面子もなぜか五条のピンクのミイラ人形みたいな土産に夢中であるため、必定、虎杖の困惑面は既知の霊夢へ向けられる。

 

(ンな顔で見られても知らないっての。恨むなら安易に悟の案に乗った自分を恨め)

 

 そっと、視線を逸らす。再会前とは別種の居たたまれなさだった。

 立ち会うのも惨いサプライズを終え、いよいよ交流会一日目・団体戦の競技説明。

 

 

 その名も、『チキチキ呪霊討伐猛レース』。

 

 

 敷地内に放たれた二級のボス呪霊を、先に仕留めたチームの勝ち。ボス以外にも、三級以下の呪霊が複数はなたれ、日没までにターゲットを祓えなかった場合は討伐した総数の多い側が勝者となる。妨害もありだが、死に至る怪我や再起不能になるような手段はご法度。特に目新しさもなく、順当なところだった。

 といったところで、夜蛾にコブラツイストをかけられていた五条が、霊夢へ向けもがきながら手招き。

 

「霊夢、霊夢」

「・・・・・・なに。自業自得なんだから助けないわよ」

「違う違う。いいから。ほら学長も」

「・・・・・・団体戦のおおよそのルールは先の通りだ。だが、今回、去年の結果を踏まえ、一部ルールを抜本的に変更する結論に至った」

 

 なぜか苦々しく眉をひそめ、怖い顔つきをさらに強張らせる夜蛾。隣の楽巌寺も分かりづらいが沈み気味。

 対照的に、能天気な微笑みで近寄ってきた霊夢の頭に帽子のようなものをかぶせる五条。

 

「は?」

「いやぁ、去年の憂太が結構しっちゃかめっちゃか暴れたじゃない? 里香(リカ)ありきとはいえ、特級一人でああも一方的な決着の着きかただと交流もクソもないってことでさー。今年から別枠を(もう)けることにしたんだよ」

「知らんがな。それよかコレの説明をしろ」

 

 霊夢にかぶせられたのは頭頂にカラフル模様の風船が据えられた、昔のバラエティ番組にありがちなオモチャの帽子。

 

「身も蓋もない言い方するとさ、普通に団体戦を行うと霊夢単騎でその他大勢を圧倒しうる可能性が高い。それじゃ他の学生が活躍し甲斐がないよね? そ・こ・で! 当初は呪霊を追いかける競技内容を根本から見直し、特級術師である霊夢を追いかける、んぅチキチキ! 霊夢逃走中ぅー! を、開催する運びになったわけさ! 頭の風船は、ボスのターゲットマーカーだよん!」

「・・・・・・・・・」

「とまぁそういういうわけでー! 色々と変更点もあったけど、ようは霊夢と君ら姉妹校全員で行う鬼ごっこだ! 高専呪術師トップランカーの実力の一端を、身を持って知れる絶好の機会! 盛り上がっていこうぜ生徒諸君! 打倒・特級ってね!」

「帰るわ」

 

 ライブ中観客を盛り上げるアイドルのようにボルテージを加速させる大人げない大人に呆れた様子の学生たち。

 その端で、当たり前のように紅白巫女は帽子を投げ捨てた。

 

 

 





読了感謝です!

続きを投稿したいのですが、交流会の一区切りがまだ全部書き終わってないのです。

だから明日以降の投稿はちょっと決めかねてます。

不安定でごめんなさい。



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【第拾話:紅白巫女は危急を告げ・・・・・・】


次話投下。

特殊タグとかフォントとか、試験的に活用しました。




 


チキチキ! 霊夢逃走中~!

新規ルール解説!

 

①敷地内を移動する博麗霊夢(ターゲット)の頭に付けられた風船(マーカー)を先に割ったチームの勝利。日没までに決着しなかった場合、霊夢一人の勝ち越しとする。以下の順位付けは、討伐した呪霊総数の多い順に決定する。

 

②霊夢(ターゲット)は生得術式、また攻撃性の高い術式を生徒相手に使用禁止。呪力強化による攻防はあり。ただし、結界術などで自身や風船を守る行為は禁止。また形代で分身を作ったとき、必ずオリジナルだけが風船を保有すること。

 

③原則、霊夢(ターゲット)は敷地内の呪霊を祓うことは禁止。生命の危機に及ぶ場合はその限りではない。


 

 

 三つの前提に加え、両校ともに互いの妨害はあり。霊夢(ターゲット)と電話等による意思疎通は禁止など、細々とした判定ラインを明確にして、迎えた正午。

 

「・・・・・・はぁ~」

 

 派手なターゲットマーカー(呪力でしか壊せない風船)が付属した帽子を間抜けにかぶり、霊夢は遠い目で梢向こうの青天井を眺めていた。

 結局、押し切られる形で競技に参加する羽目になった霊夢。

 五条の単なる悪ふざけであったなら普通に宣言通り帰る腹積もりだったが、どうにも学長二人も正式に認めた内容であり、今になって覆すのは不可能との言い分。じゃあなんでギリギリまで当の霊夢に報せなかったのかと言えば、逃げ道を封じる意味合いも含んでいたからだ(発案は五条。殺意が湧いた)。

 ただ、胡散臭さは隠しきれない。

 此度の催し、どこか両校の交流というより、霊夢個人を試している気配があった。

 それを直球で五条に訊ねれば、奴は苦笑いしつつ、

 

「やっぱ分かるー? いや、どーもお(カミ)がさぁ、霊夢の格付けに疑問を持ち始めてるらしいんだよねー。少なくとも、そういう態度をなんとなしに示してる」

「は? どういう・・・・・・」

「二か月前の宿儺暴走の件。霊夢、宿儺を祓うんじゃなく、悠仁を叩き起こして止めたでしょ? けど、上層部からすると、きっちり仕留めてほしかったのが本音のところなわけよ。自決なんて形じゃなくてさ」

「・・・・・・済んだ案件をグダグダと・・・・・・自分たちで救援に駆けつけられない細工しておきながら、いざ間に合ったらキッチリ殺せって? どんだけ自己中な連中なの。駄々こねるガキかよ」

「ねぇ~。ま、ぶっちゃけ、単なる難癖でしかないわけだから、無視が順当なんだけど、そこに余計な茶々を入れてボヤを大きくしようとする連中がいてさ。禪院家や加茂家の木っ端派閥なんだけどね?」

「もしかして、見合いを一方的に破棄したから? ウッザっ」

「縁談の引き合いにされた当人たちは二の次で、霊夢を追い落とそうとする動きを煽って特級階位を体よく剥奪しようとしてるんだろうね。きみを凋落(ちょうらく)させたって、連中が偉くなるわけでもなければ、逆に状況が悪くなるって分かりきってんのに。古くっさい権威やカビだらけの誇りしか縋るものがないから、本末転倒なことをしでかす」

「別に、あたしはいいんだけど? 特級じゃなくなろうと、あたしはあたし。階級が博麗霊夢なわけじゃない。むしろ仕事が楽になっていいかもね」

「いやぁそう都合よくは行かないでしょ。そういうやり方が通じるって変な自信付けちゃったらますますバカが助長する。下手すりゃ底の底に辿り着くまでしつこく粘着しかねないよ? 嫌でしょ、四六時中、一挙手一刀足監視されて、揚げ足狙われて。僕なら辛抱ならないね。思わず皆殺しにしてしまいそうだ」

「・・・・・・確かにウザいけど、それと今回が関係あんの?」

「もちのろん。今回の流れは、霊夢の有用性、ないし、危険性を忘れたか、そもそも知らなかったバカの小規模な暴動だ。だったら、改めて知らしめればいいんだよ。きみが連中にとって手出し無用(アンタッチャブル)な席を獲得すれば、安易な愚挙は起こせない。その点、交流会の活躍は、幅広い術師に周知される。しかも、加茂家の嫡男や、落ちこぼれ扱いとはいえまがいなりにも禪院の姉妹。相伝を継いだ恵に、現役学生ながら一級術師の葵。この面子に対して、ハンデありきに勝ちを得れば、大きな声は上げづらくなる。学長たちからしても、君が不要な疑いで追い落とされるような事態は避けなきゃならないし、万が一呪詛師にでも堕ちられたら目も当てられない。だからこそ企画された、言っちゃ悪いけど救済措置なんだよ」

「で、五条(あんた)が御三家立場から援護するって? ちゃっかり陣営に引き込もうとしてんじゃないでしょうね」

「まっさかカーニバル」

「顔逸らすな。ったく・・・・・・その案を成立させるには、あたしがみんなを圧倒しなきゃならないわけでしょ」

「あっれ~? 自信なさげなのかな?」

「違う。これじゃ交流会なんてのはお飾りで、あたしの当て馬にみんながあてがわれてるようなものじゃない。そんなクソつまんない思惑に納得しろっての?」

「んー大丈夫でしょ。それはそれ、これはこれって呑み込んで自分なりの意義や意味を見出すくらいには、みんな弁えてると僕は思うけど」

「・・・・・・・・・」

「何ごともやってみなきゃ分からない。きみが想定するより、みんな強いよ。油断してると、あっという間に食われちゃうかも」

「楽しそうね」

「そりゃ、若人の成長は眩しくて、愛しいモノさ。立ち向かう壁が高ければ高いほど、挑む側の性根が出る。僕は、僕の生徒を信頼してる」

「喜々として壁を築くサドが言うわね。・・・・・・乗ってやろうじゃない。等級云々のややこしい事情なんざ関係ないわ。向かってくるなら叩き潰す。久々にガチでやったろうじゃない」

「フフン。調子づいてきたね。じゃ、もう一つ、きみのやる気を出させる報奨を提示しようか―――」

 

 そんな会話があったのが数刻前。

 最終的には乗り気になったものの、時間を置くと見えてくる己の浅慮。煽り耐性が貧弱になっている自覚もあるが、もはや火蓋は切られようとしている。吐いた唾は飲み込めない。

 それに五条の言っていた報奨の件は、十分旨味のある話だ。足元を見られている感が否めないのが腹立たしいが。

 珍しく、霊夢の意気を奮い立たせる。

 

《えー、開始一分前でーす。ではここで、庵歌姫先生に、ありがたーい激励のお言葉をいただきまーす》

《はっ!? えっ、えーっと・・・・・・ある程度のケガは仕方ないですが、あー、その・・・・・・時々は、助け合い的なアレが・・・・・・》

《時間でーす》

《ちょ! 五条アンタ―――!》

 

 何やってんだか。期せずして各所に散らばる学生たちの心が一つになった。

 おふざけを挟んだことで、ついに開始刻限に達する。

 

《それでは、交流会団体戦・・・・・・スタァートっ!

 

 

 

 開幕から十数分。

 霊夢は身を隠し手持ち形代を四体の式鬼に変えて学生たちの動向を見守っていた。

 瞑想のように瞼を閉ざし、あぐらの姿勢で微動だにせず網膜に直接伝心される複数の情景を観測する。

 五感の内、視覚と聴覚を式鬼と同期。不要な嗅覚、味覚は閉鎖。表皮をなぞる大気の動きだけが本体で唯一感じ取れる外部情報だ。

 夜蛾に師事して最適化された霊夢独自の傀儡操術。専門分野ではないため、いくつか五感を封じ、感覚の共有を義務付ける縛りで術式の精度を上げている。プログラム通りに動作させるならともかく、マニュアルで四つの異なる身体を操ることは、両手足で全く別の作業をすることよりも困難だ。

 そんなマルチタスクを滔々と継続しつつ、各地の状況を把握して思わず溜息が漏れた。

 

(こいつら、競技に興味なさすぎね)

 

 霊夢(ターゲット)を探すでもなく、雑魚呪霊を狩ってポイントを稼ぐでもなく。各人好きなように振る舞っていた。

 虎杖と東堂。伏黒と加茂。真希と三輪。メカ丸とパンダ。西宮と釘崎。

 対戦カードとしてはこのような図式。残った狗巻と真依は式鬼の手が足りず捕捉できていない。どちらも索敵に長けているタイプではないが、真っ先に警戒するとしたら射手としての観察力、視力の高い真依だろうか。狗巻は情報が少なく類推が難しい。

 あくまで真面目に探していれば、の話だが。

 

(加茂たちが総出で虎杖にちょっかいかけに行ってたわね。東堂に邪魔されて頓挫したみたいだけど。察するに、宿儺の器存命を危険視した学長の指示かしら? 虎杖を殺せ、みたいな。まぁ東堂は乗るわきゃないけど、生真面目な加茂委員長がいるからねぇ・・・・・・あたしと違って、虎杖じゃなく呪いと認識してたら殺害もやむなしか。三輪なんかは、内心嫌がりはしても正面から反発できる度胸ないし、真依たちはリーダー加茂の旗に続くのが妥当。で、当然、伏黒たちはそれを阻止しようとするわよね。結果、現状に至ると)

 

 競技を放ってやりたい三昧。一応真面目に取り組もうとした霊夢がバカに思えてくる。

 不確定要素として狗巻、真依の動向が気にかかるところだが、監視の目は増やせない。今の霊夢では、式鬼の同時操作は四体までが限界だ。

 

(となれば、それぞれの監視を行いつつ残った二人の奇襲に警戒。しばらくは静観かしら。鬼ごっこっていうかかくれんぼじゃないのコレ。あ、メカ丸・パンダが移動するわね。桃・釘崎とどっちに()けるか。・・・・・・珍獣対決も気になるけど、桃にしとこ)

 

 文句を垂れる間にも、勝手気ままに変動する天気のように、状況は推移する。

 伏黒・加茂は建物内でいちゃついてるようで、気付かれないよう屋外から追跡。

 三輪の刀を略奪した真希は姿を見せた真依と因縁の姉妹対決。近距離からの弾丸を掴むとかいう漫画みたいな真似をしでかしてる。

 一方の西宮・釘崎は釘崎に軍配が上がったものの、真依の横やりで昏倒。西宮は箒が一時的に使えないせいで徒歩移動を強いられている。じきに索敵、サポートに戻るだろう。

 虎杖・東堂戦はいつの間にやら指導じみた形式に置き換わっていた。東堂が虎杖を殴り叩いて矯正しつつ、より上の段階へ導こうとしてるのが見て取れる。虎杖は気難しい理系ゴリラのお気に召したらしい。随分な気に入られようだ。

 

(総観した限り、戦績は京都が劣勢かな。もうちょっと頑張んなさいよ・・・・・・とか、どの口が言うんだって話だけど。メカ丸とパンダの決着はどうなったかしら。桃か真依に尾けてるのを代わりに送って・・・・・・そういえば霞どこ行った?)

 

 あちらこちらと、一歩も動かないまま忙しなく状況に合わせて式鬼たちを派遣し把握に努める霊夢。気分的にはスポーツ中継を同時視聴しているようなものだが。

 すると、そんな彼女の前頭を、馴染みある感覚が貫いた。

 

「―――っ!」

 

 

 ――片腕の白面――樹木――血――(とばり)――見知らぬ禿頭男――河川――虎杖と東堂――五条悟――ツギハギ面――宿儺の指―――。

 

 

「っあ・・・・・・く! 今のッ・・・・・・!?」

 

 不意に到来した神感。稀に見る情報量の圧力は洪水のように頭を圧迫し痛みすら催す。

 刹那に圧縮された情景の数々を、ひとつずつ解析するより先に行動を起こすべく霊夢は術式を解除した。

 回帰した五感が真っ先に認識した年季の入った木の香り。開眼した周囲に広がる埃混じりの薄闇は、寺社地帯に据えられたお堂のはらわただ。

 

「詳しくはわかんないけど、緊急事態が迫ってるのは間違いない。冥冥(めいめい)のカラスを捕まえて・・・・・・いえ、直接跳ぶか。ともかく、教師側に事態を知らせないと」

 

 復帰して間もないにも関わらず、焦燥に衝き動かされるまま出口に駆け寄り木扉に手をかけて―――。

 

 

 ゾクッ! と脊髄を走った怖気に、乱れかけた思考が瞬間冷やされる。

 

 

「――――」

 

 呪いの気配・・・・・・背後。

 臨戦の備えを袖からひっそり取り出し、振り返ったその向こう。

 つい先刻まで己が座していた場所に突き立った、鈍色に艶めく大小。

 

(刀――呪力――呪具!)

 

 近接する空間を歪めるほど濃密な呪力を漂わす二振りを、共に特級相当の呪物と断じた・・・・・・瞬間。

 しわがれた、人ならざる怨嗟が闇を震わせた。

 

 

【 領 域 展 開 】

 

 

 





読了感謝!

一体ナニがやってきたのか。

気になる部分で切っていくスタイルが好み。



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【第拾壱話:紅白巫女は真心を顕す】


世間一般は休日なので投稿時間いじってみました。




 

 

 悪意、襲来。

 

 

 交流会観覧席に広がった焼ける匂い。

 壁の一面に張られた区画内の呪霊とリンクしている呪符が、一斉に赤く燃え尽きた。

 

「え・・・・・・ゲーム、終了? しかも、全部赤色?」

 

 あまりに唐突な決着に一同が困惑する。

 東京校が祓った場合は赤、京都校が祓った場合は青。燃焼反応の違いによってどちらの陣営がポイントを得たか、あるいはターゲットを仕留めたかを判別できるシステムとなっていた。

 直近では一対一。学生同士の妨害という名の私闘によってゲーム進行は一時停滞気味であった。

 それが、突然の幕切れ。不可解に過ぎる。

 

「おかしいな。カラスたちが何も見ていない」

 

 白銀の長髪を三つ編みにまとめ美貌を半分覆い隠すように前へ垂らした女が訝しむ。

 黒鳥操術(こくちょうそうじゅつ)と呼ばれるカラスを使役する術式を持つ、一級術師の冥冥だ。高専所属ではないフリーランスの術師だが、此度の交流会に際して学生たちを見守るために雇われた。

 視聴覚室のような部屋にはいくつものモニターが設置され、冥冥が操るカラスが見た景色を映し出す細工がされている。これによって、各々学生がどこで何をしているのかを傍観していたわけだが、今や沈黙に黒く染まっている。

 

GTG(グレートティーチャーゴジョー)の生徒たちが優秀だった・・・・・・と言いたいとこだけど、もうひとつの可能性も考えられる」

「未登録の呪力でも札は赤く燃える。つまり・・・・・・」

「外部犯・・・・・・侵入者ですか?」

「ふむ。天元様の結界が作用していない、ということかな」

「外部であろうと、内部であろうと、不測の事態に変わりあるまい」

「確かにね。ただ、不審なのは――霊夢に付けたマーカーまで消滅したこと」

 

 はっとした歌姫が自身のスマホから電話をかける。が、無機質なコール音が響くばかり。

 

「ダメ、霊夢に通じない。少なくとも、連絡を取れる状況にないのは確かね」

「よほどの相手でない限り、特級の彼女がこの短時間で負けるとは考えにくい。なんらかの足止めを喰らっているか、それとも・・・・・・」

「あるいは、()()()()()()()

 

 夜蛾から継いだ冥冥の台詞が、場の空気を凍らせる。

 途端、激情を露わに歌姫が反発した。

 

「そんなっ・・・・・・あり得ない! 霊夢が呪詛師と繋がっているっていうの!?」

「落ち着きなさい歌姫。私はあくまで考えうる可能性の話をしているだけだ。根拠はないし、証拠もない。博麗の少女が呪詛師側と組んでどんなメリットがあるかも分からない。だけど、明確な反証もまた存在しない」

「だけどっ」

「誰であろうと、闇に身を堕とすことは(まま)あり得る。それは、君も、私も例外ではないよ。かつての夏油君が、そうであったように」

「・・・・・・・・・」

 

 その名を聞いて二の句を継げなくなる歌姫に対し、パン! と五条が軽い拍手で悪い空気を飛ばす。

 

「はーいはい。お喋りはそこまで。この場でアイツもコイツも疑ってかかってもしょうがない。まずは学生の保護が最優先。あとのことは終わってからゆっくりと解き明かせばいい。学長」

「うむ。私は天元様の元へ。悟、歌姫は楽巌寺学長と共に現場へ向かってくれ。冥はここから学生たちをモニターし、悟たちへ逐一報告を」

「委細承知。賞与、期待しますよ」

 

 

 若芽を守るべく動き始めた呪術師たち。

 暗躍する呪詛師、呪霊の脅威。

 東京校、京都校の学生たちが総力を賭け事態の収拾に立ち向かう。

 一方で―――。

 

 

***

 

 

 ――領域展開。

 

 

 曰く、呪術戦の極致。深奥にして秘中の切り札。特級に匹敵する術師、呪霊は集約的にこの次元へおのずと手を伸ばす、呪術界隈における最高到達点のひとつ。

 元来己の内側(ココロ)にのみ広がる生得領域を、現実世界の限られた結界内で具現化する。呪力消費が大きく、一日に何度も行使できるような類ではないが、それだけに切り札としての有用性は高い。領域の中には、発動した時点でほぼ勝ちが確定する代物すらある。

 大別した主な効果は二つ。

 一、環境要因の拡大による基礎ステータスの上昇。すなわち己のホームグラウンドを形成することで術者の能力値にバフがかかる。

 二、領域内で発動した術者の術式は、敵対者に()()()()()。必中というよりは、領域内の空間そのものがすでに術式とリンクしているため、正確には「()()()()()()()()()()()」といった側面が強い。ただし、呪力で受けるなどで必中効果を相殺する対応法も確立されている。

 しかし、それでも圧倒的な脅威であることに違いはなく。

 

 

【 領 域 展 開 】

【―――忌哭刀輪峡(きこくとうりんきょう)

 

 

 端的に表すなら、そこは名の通り深い渓谷だった。

 まず体感するは、暗く、冷たく、魂すら凍る冥界のような悍ましい空気感。呼吸するだけで肺が爛れかねない腐敗の瘴気。晩夏とは程遠い季節外れの冷気が、吐息を白く染め上げる。

 五車線道路ほどの亀裂幅しかなく、両脇を遥か高みまで覆い潰すネズミ返しの断崖に挟まれている。上から光はほぼ届かず、深海のごとき暗闇を、崖ぎわで均等に並ぶ不気味な蒼白い焔の灯籠が照らしていた。

 空間としてはそれなりに開けているにも関わらず、息の詰まる閉塞感と圧迫感。領域全体が放つ、「お前を逃がさない」という絶大な執念が物理的な重圧となってのしかかる。

 パキ、と踏みしめた大地の感触に違和感。一瞥すれば、足元で瓦礫のように見えていたのは全て人骨の群れだった。何百人何千人に匹敵する分量の朽ちた遺骸が、地面の代わりとなって辺り一面をびっしりと埋め尽くしている。

 そして、少女から見て正面に、亡骸で築かれた小山で胡坐をかく影がひとつ。

 しゃれこうべに突き立つ二振りの太刀を両脇に、傷つき、擦り切れたおんぼろな甲冑をまとう武者。経年劣化を経て老竹色にくすんだと思しき鎧は、数々の戦を潜り抜けた勲章傷を多く刻んでいる。ほぼ露出皆無な戦姿の中で唯一、伏せられた頭だけが兜をかぶらず、相貌に影を作っていた。

 おそらく領域の主であろう相手は、背中を丸めて眠っているように、あるいは死んでいるように微動だにしない。

 

(呪詛師・・・・・・いえ。この気配、呪霊ね)

 

 霊夢は相手の正体を分析しつつ、抜き放っていたお祓い棒と呪符を構えた。領域の対策である結界で自身も保護したため必中術式にも対応できる万全の態勢。

 沙羅(シャラ)、と紙垂(しで)が冷たい風に揺らいだ。

 その音を聞き取ったか、霊夢のかもした戦意を察したか、ようやくのっそりと顔を上げた武者の呪霊。

 幽玄な灯籠の明かりに照らされたかんばせ。総面具に隠され、素顔は分からない。ただ、つむじで結ばれ背中に流された白髪混じりな灰色の長髪から、ある程度老齢に至った人間体に近いことがうかがえる。

 面具の虚ろな眼窩より向けられる眼差しは何色にも染まっていなかった。敵意も悪意も感じず、これといって含むものがない透明な視線。本当に霊夢が見えているのかすら怪しいほど、見られているという感覚が薄い。

 けれど、まるでそういった動作をこなす機械のごとく、両脇に供えられた大小を掴み、抜き放ちながら見えない糸に引き上げられるように立ち上がった。

 情緒がない棒立ち。ただただ、無機質で、不気味。

 一見、立ちすくんだようにしか見えない自然体。だが、それが適度に脱力した『無構』という名の構えであることを、霊夢は肌で感じ取っていた。事実、隙だらけに見えて迂闊に踏み込めない。

 

(二天一流でも使うのかしらコイツ。宮本武蔵かっての。他は、天道流とか柳生なんたらとか。組み合わせが小太刀じゃなくて大刀と小刀だけど。目的がなんにせよ、邂逅一番領域に引きずり込んだことから考えて、最低でもあたしの足止め、ないし殺害ってところに違いはないでしょうね)

 

 仮に、この呪霊に仲間が存在するならすでに活動を開始していても不思議はない。

 以前、いつものどうでもいい近況報告に混じって、目隠しの最強がのたまっていた。

 ――どうにも徒党を組んで暗躍してる特級相当の呪霊がいるみたいだ。しかも高専に呪詛師と通じてるヤツがいる可能性もある。京都側は歌姫に頼むつもりだけど、霊夢も、どっかで怪しい素振りのヤツ見つけたら注意しといて。多分、この先良からぬ事態が起こるかもよ。

 ウキウキと声を弾ませていたことからして、状況を楽しんでいるのがありありと想像できる。マジクレイジーなドSサイコ野郎。

 

(内通者がどっかにいるなら襲撃があえて交流会の日取りになったのは偶然じゃないと考えるべき。じゃあ理由は? 未熟な高専の学生を一網打尽にするため? 手薄になった京都で何かやる気? それとも・・・・・・)

 

 よぎるのは領域に呑まれる直前に観えた神感の最後。ツギハギ顔の呪詛師か呪霊が宿儺の指を手にしている姿だ。

 

(未発見の呪物・・・・・・と捉えるのは楽観か。連続して観えたからには無関係なわけない。妥当なケースは、東京保有の呪物が奪われるパターン。あたしの前にいるコイツ以外にも囮を配置して、悟たちの意識を他へ移している間に忌庫へ侵入し強奪。外には真依たち学生がいる。人質扱いされたら教師陣が無視するわけにいかない。ちっ、いい感じにペース掴まれてるかもね。さっさとコイツ祓って外の状況知りたいけど)

 

 五条が遭遇したという特級相当の呪霊たちは、人語を介し、意思疎通がはかれるレベルだったと聞く。対して、目の前の武者は空っぽだ。自我らしい仕草が欠片もない操り人形のよう。

 

(実は呪骸とか? でも領域を発動できるクラスの呪骸なんて聞いたことないわね。遠隔で誰かが操ってるような繋がりはなさそうだし。パンダみたいな核持ち呪骸の究極系と捉えるべきか・・・・・・)

 

 意識を集中し、相手の呪力の流れを読む。

 呪骸には呪いの源である核が身体のどこかに存在する。一般的に、より呪力の濃い箇所が核の配置場所だ。弱点を欺くためにブラフを張っている可能性もあるが、果たして。

 

(ん? これって・・・・・・)

 

 霊夢が何かに気付いたと同時、今まで棒立ちだった武者が、突如動いた。

 ゆらり、ゆらり。カチャリ、カチャリ。

 夢遊病者か幽鬼のように、甲冑を擦り鳴らしながら揺れ歩く。安定に欠ける歩行なれど、見る者に言い知れぬ不安感を与え、着実に近寄ってくる姿は、さながらホラー映画の怪人だ。

 

(目的不明、正体不明、当然術式も不明。けど近接で鍔ぜりあうのは明らかに下策)

 

 よって取るべき手段はおのずと決まる。

 霊夢は手早くマーカーである帽子を外し、武者へ向けて投擲。

 攻撃と判断したらしい武者の小太刀が反応し切り伏せるも、爆ぜた風船から赤い焔が燃え上がる。ダメージを負うような威力ではないがフラッシュバン代わりにはなる。

 

(間合いを維持して先行制圧!)

 

 赤い焔幕を突き破り、五枚の呪符が武者の眼前へ。

 これには大太刀を振り抜くが、呪符は切り裂かれず、風になびく紙のように刀身へ絡み付いた。にわかに刀が重くなり、動きを制限。加えて後続で放たれた呪符が残った小太刀も封殺する。

 

(――と思わせて)

 

 間髪入れず()()()()()、少女はお祓い棒を敵の頭めがけ打ち付ける。

 パァンっ! ・・・・・・風を切った紙垂が、武者の頭部を吹き飛ばした。

 文字通り、欠片も残さず消滅させたのだ。

 

「近接一閃で確実に急所を滅する。・・・・・・ちなみにこの大幣(おおぬさ)、呪具っていうか神具。呪いとは逆の(プラス)のエネルギーを宿してるから、呪霊には特効よ」

 

 聞こえてるか分かんないけど、と首をなくして倒れ伏す呪霊の背に告げる。

 どれほどの強力な呪霊であろうと、頭である部位を破壊すれば基本死ぬ。呪力で形成されているからこそ、それを束ねる司令塔が消失すれば、あとは塵に帰るだけ。

 本来なら。

 

「無事なのは分かってる。あんたの呪力は武者の身体じゃなくて()()()()()()()()()。つまり、あんたは武者の形をした呪霊じゃなく、本体である刀が、生み出した呪骸を操っていたってことよね」

 

 先ほど呪力の流れを透視したさいに気付いた事実を開示する。

 そして、その性質を知ったゆえの弱点も。

 

「けど、扱い手を自己生成してまで必要としてたってことは、いないと不自由ってわけよね? じゃなきゃ意味ないし。呪骸といえど、再生中は無防備だろうし、呪符の効力で本体も拘束済み。時間は十分稼げるわ。そしてその間に―――」

 

 霊夢は両手のひらを胸の前でピタリと合わせた。

 まるで拝むようなその構えは、印相における堅実心合掌。

 

「全部終わるわ」

 

 ――呪術師の領域への対策としてもっとも効果的な方法。

 己も領域を展開し、相手の領域を塗りつぶす。

 より洗練された術師の領域こそが、その場を支配するのだ。

 すなわち―――。

 

 

「領 域 展 開」

 

 

 博麗霊夢の心象(セカイ)が顕れる。

 

 

 





一応解説
総面具:戦国武将が鎧や兜とともに装着してる仮面みたいなヤツ。


リリースされたゲームやりたいので連チャン一旦切ります。

続きは交流会の騒動を書き終わってからにしたいですね。



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【第拾弐話:紅白巫女は未知(キチ)遭遇(であ)う】


間が空きましたが続きやってきまーす。


毎度一回Wordで内容をひと通り書いてから

行間をあけたりルビ振ったり投稿用として調整してるのですが、

仕事終わりでめっちゃ眠い中やってるので、

おかしかったらご報告ください。



 

 

 もともと、領域まで使用するつもりではなかった。

 

 

 敵の呪力量は膨大でも、脅威らしい脅威性を一度も見せていないし、場合によっては必中効果を相殺しつつ相手の地盤で順当に倒すことも視野に入れていた。

 けれど領域の発動を思い切ったのは、やはり相手の目論(もくろ)みであろう時間稼ぎにお行儀よく付き合ってやる義理がないこと。そして、本領を発揮する前に叩くことを優先したからである。

 どんな強力な技や術式があろうが、発揮できなければ関係ない。

 これは経験的な直感だが、おそらく、この付喪神じみた呪霊は己にとって厄介な性質を有している可能性が高い。霊夢の術式を知った上で選出されていると仮定するならあり得る話だ。現在手を抜いている、または制限されている理由は不可解だが、下手に猶予を与えて反撃の芽を残しておく必要はない。

 だからこそ、領域によって決着させる霊夢の判断に、誤りはないはずだった。

 

「領域展開―――!」

 

 ・・・・・・しかし。

 振り返れば、このとき霊夢はガラにもなく焦っていた。

 先手を許し、外界と遮断され、仲間の安否も掴めない孤立無援。

 自分だけならなんとかなる。でも、自分の力が及ぼせない場所はどうしようもない。己の手が届かないところで、仲間がもし、死にかけていたら。顔見知りが傷ついていたら。なまじ力があるからこそ、霊夢は驕っている側面があった。それを未熟な性根のせいと言われれば、決して否定はできないだろう。

 外には、最強の五条がいて、教員がいて、東堂のような殺しても死なないような奴がいるのも承知しているはずだったのに。

 当時見ず知らずの伏黒たち(学生たち)を助けるために他人の手すら借りて奔走し、救おうとした経緯から考えても、少女の精神的傾向は顕著だった。

 

 ――優しくて、甘いから。

 

 女医の語った分析は、的を射ていたわけだ。

 英雄願望や救済使命感などではない。ただ、己の心に従った結果がそうであっただけ。身内と認めてしまった誰かに対して、必要以上に優しく甘くなってしまうような、無意識の傾向。

 だからこそ、他人と深い親交は避けなければならなかった。・・・・・・自覚して、接していたつもりが、いつの間にか予想よりも深入りしてしまっていた。

 結果。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()、っと、領域発動寸前の霊夢の眼前に開いた空間の裂け目。

 真っ暗な向こう側に、無数の眼がぎょろぎょろとひしめき、生理的嫌悪感を助長する。

 異形の眼を持った暗闇が、スライムのように外へと溢れ、長い髪の女に変容。

 霊夢は、その輪郭、その顔立ちに既視感を覚えた。けれどなぜか、思い出せない。身体と心にブレーキがかかり、硬直する。

 ニタリと成熟した女の上半身をかたどった形持つ影が、裂けた笑みを浮かべ、両手を呆然と固まる霊夢の頬に持っていくと、おもむろに異形の唇で少女のソレを塞ぐ。

 

「――――っ!?」

 

 唐突な口付けが何を意味するのか。不明ながらも危険を感じて術式を発動させようとするも、半瞬、相手のほうが早かった。

 

陰陽呪法(おんみょうじゅほう)彌漫方塞(びまんほうさい)

 

 ・・・・・・領域使いの術師にとって、もっとも気を配らねばならない場面は二つ。

 消失直後と、発動直前。

 前者は、領域消失後は生得術式がオーバーフローし、一時的に行使できなくなるため。

 後者は、領域展開前には呪力の溜めが必要で、強い集中力を要するため。

 さらに、溜めの間、領域消失直後と同様、脳が多大なリソースを割かれることで術式の使用がおろそかになっていること。

 切り札と言われるだけあって、確かに強力なのに疑いないが、相応のリスクもまた孕むものなのだ。

 今回の霊夢は、まさしくその数少ない隙を()かれた形となった。

 

「っ!」

 

 正気に戻った霊夢は袖から暗器のごとくお祓い棒を引き抜き一閃。影女の上半身を粉砕し、残った頭蓋を顔から引き剥がしてテニス打ちの要領で薙ぎ払う。

 霞となって消える刹那まで、女の気味の悪い笑みが消えることはなかった。

 

「ちっ、あたしとしたことが・・・・・・あんなわけわかんないのに初めてをくれてやることになるなんて。別に誰って予定もなかったけど!」

 

 ゴシゴシと気持ち悪いスライムの感触を乱暴に拭いつつ、自身の五体をあらためる。

 一見、何も変化ないように思う。毒のような刺激物の味はしないし、手足の痺れや眩暈もない。呪力の流れも正常に回っている。なんらかのマーキング術式が刻まれた形跡もない。だが、何か工作を受けたはずなのだ、確実に。相手の口腔から何かが内側に干渉したのを感じたのだ。

 

(・・・・・・まさか)

 

 ふと可能性に思い至り、霊夢は先刻と同じく合掌する。

 

「・・・・・・領域展開」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 変化はない。周囲の情景は渓谷から変わらない。

 己の心象が世界を染め上げようと溢れ出る独特の感覚。領域使いにしか理解しがたいあの手応えを、まるで感じなかった。

 原因は、言わずもがな。

 

(噓でしょ・・・・・・生得術式に異常はない。ちゃんと『夢想天生(むそうてんせい)』は機能してる。だけど、生得領域を外界に広げようとした途端うんともすんとも反応しなくなる。術式を封じられたんじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 領域封じ。

 あの裂け目から這い出た影がやらかしたのは、単純に言えばソレだった。

 

(彌漫方塞、だっけ。まさしく広がり満ちるのを塞き止めるってわけか。こんな封印術、あたしでも知らない。領域展開のみを封殺する術なんて聞いたことも―――)

 

 そのとき、混乱の少女を新たに襲う謎の怖気。

 大鎌を首筋に沿わせた、死神のビジョンを垣間見る。

 反射的にその場から飛びのき、流れた冷や汗を頬に伝わせながら正面の『敵』を捉えた。

 

(神感・・・・・・じゃないわね。ただの剣気が見せた死のイメージ。どうやら、変なのに絡まれてたせいで手遅れになったみたい)

 

 呪骸の頭を再生させた鎧武者。いや、すでに彼は甲冑をまとっていなかった。

 戦装束を脱ぎ捨て簡素な着物と袴を身に着け、片膝を立て、面被りの顔を上げている。

 だが、驚くべきは、霊夢の反応を見て武者だった呪霊が、声を発したことだった。

 

「おお。なかなか良い反応じゃのう。ささやかな殺気もよく感じ取れておる。これは女子供とはいえ、侮ってかかるべきではないようじゃ」

 

 よっこらせ、とジジ臭い仕草で立ち上がりつつ、首や肩を回す年寄り口調の剣客。ほんの少し前まで感情のない人形同然であったはずが人間味を持った挙動を得ていた。

 

「・・・・・・あんた、喋れたの」

「うん? いやぁすまんすまん。さっきまではちょいと寝惚けておったようでな。何せウン百年ぶりに現世へ放り出されたもんで、なかなか意識がしゃっきりせんかったんじゃ。一度頭吹っ飛ばされたお陰で、眼が覚めたがの。夢見心地で刀を振り回していたような気もするが、大事なかったか?」

「呪霊が心配するの? 敵であるあたしを」

「応とも。気骨の入っとらん寝惚け太刀なんぞで負傷して本領を出せなんだら、快く斬り結べんではないか」

「戦うのは前提なのね」

「相対した時点で矛を交えるのは避けられぬ。何せ、儂はその一念のみのために、この末路を選んだでな。強いやからと、死ぬまで、死んでも、斬り合い殺し合い奪い合い・・・・・・一時は安穏を目指し、捨てようと考えた時分もあったが、もはや過ぎたこと。儂は剣。剣は儂。刃鬼一体(じんきいったい)の悟りに達したのなら仕方あるまい。剣はどこまでも、人を斬り殺すための武具。儂はその体現よ」

「・・・・・・そういうこと」

 

 気安い印象の老練な剣客。その本性は、まぎれもない気狂いだ。自らの愉悦のため進んで畜生道に堕ちている。言動の端々からにじみだす、純粋で血生臭い思考回路。この純度、複数の人間の感情が合わさってできる自然発生的なものでは決して再現不能な狂気性。

 

「あんた、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「正しくは、血肉から魂魄に至るほぼ全て、じゃがな。出来上がったのが、この大小よ」

 

 人体器物(じんたいきぶつ)

 文字通り、人の肉体を素材にして加工・製造された道具を指す。

 古今、魔術的に人間の血肉を無機物と組み合わせることで魔道具化させるような実験・研究は数多く行われてきた。無論、呪術もそう。悍ましい行為ゆえ、嫌厭され、禁忌とされるも、それが己に有益とになり得るのならば外道となることも厭わない者は一定数存在する。外国のまじないでは、アルビノの身体が幸運を呼ぶなんてデマが近年まで信じられ、裏で遺体を売買するようなやからもいたほどだ。

 呪具や呪物と呼ばれる類には、個人の怨念や呪いを宿す一品も確かにある。

 かといって、死んだあとも戦い続けるために自分の遺骸を快く刀の材料に提供する狂人の感性など理解したくもないが。

 

「さて、では良いかの? ()()()。それとも不服か? 何か小細工をされたようじゃが」

「あんたの仲間じゃないの?」

「はて。斯様(かよう)なモノと連れ合いだった記憶はないが・・・・・・いかんな。まだ頭がボケとるようじゃ。目覚める以前の事柄が一向に浮かんでこん。ま、太刀合(たちあ)うに、そんなものは不要であろう。万全でなかろうと、手は抜かん。それこそ、強者たるお主に対する侮辱じゃ」

遠慮近憂(えんりょきんゆう)って言葉知ってるかしら老いぼれ」

「生憎年寄りなんで耳が遠くて――な!」

 

 気炎一喝。

 ほとばしった呪力が、刀身に巻きついた呪符を四散させた。

 

 

 





読了感謝!

最後のところ、微妙な終わり方なのは元の原稿が

長くなりすぎたのを二つに分けたから。


設定のおまけ解説(?)
・「領域の発動前も弱点」は独自解釈。

・彌漫→一面に広がり満ちること。
・方塞→モチーフは陰陽道の「方塞(かたふた)がり」。
    行くと災難に遭うとされる方角。

・キスの理由:
 「口」は人間の内側に入るための入り口なので、
 細工をするなら接吻による粘膜接触が適当とされた。
 ファンタジー設定では契約だとか魔法的エネルギーの流入などに使われる。
 あとは、好みの問題。味気なく術かけるとかよりはいいかと思った。

・鎧武者あらため剣客:
 半オリジナルキャラ。元ネタは東方にいる。
 ほんとはもっと無口で陰鬱な雰囲気のツワモノ感を出したかった。
 結果がこれだ。
 作者は葦名一心ではなく死なずの半兵衛を思い浮かべていたのに・・・・・・。
 いやどっちかといえば一心のほうが猛者感は出るんだけど。
 書いてる最中はなぜか金尾哲夫じゃなく
 大塚芳忠がイメージCVで出てくる。なぜ?
 鬼滅と転スラを引きずっているのか。




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【第拾参話:紅白巫女は開示する】


UAがもうじき 30000 行きそう
(投稿する頃には行ってるかも)。

追ってくださってる方、新しく読み始めた方、
改めてありがとうございます!

※一部の台詞が説明で長ったらしく重なっているので
 例外的に改行しています。

本編どうぞ。




 

 苛烈な踏み込みから敵手が肉薄。横一文字を大幣(おおぬさ)で受け止め、紙垂(しで)で小太刀を絡めとる。

 右手の大刀が袈裟斬りに振り下ろされるが霊夢は構わず、拘束した太刀ごと相手を引き寄せながら蹴りを放つ。

 

「むぅっ?」

 

 防御も回避もしない攻勢一択に剣鬼(けんき)が唸り、すぐさま意味を把握した。

 刃は少女の露出した肩口へ食い込み、そのまま裂断の手応えなくスルリと身体を()()した。まるで霊夢の形をした蜃気楼であったように。

 だが、勢いのある蹴撃はまぎれもなく本物で、腹に叩き込まれた衝撃は剣鬼のガタイを退かせる。大太刀二本半分ほどの距離が空いた。

 (シャ)っ、と血振りするようにお祓い棒を振る霊夢を、老人は胡乱げに見つめる。

 

「はて・・・・・・面妖。確かに刃の真中(まなか)で捉えたと思うたが、気のせいか? いま、お主の身体を刀が通り抜けたように見えた」

「なら、あんたの見たものが真実なんじゃない? 検証の時間は上げないけど、ね!」

 

 ハンドボールサイズの陰陽玉による牽制球。いともたやすく両断され、しかし次から次へと次弾投擲。陰陽玉のみならず、いつもながらの奇術師も真っ青な規格外収納量を誇る袖口から退魔符が竜巻のごとく乱舞する。中・遠距離技のオンパレードで、剣鬼を近付かせない思惑だ。

 けれど、自ら修羅となった狂人の妙技は物量による弾幕を一蹴する。

 

「【雨後(うご)(かさ)】」

 

 ほんのわずか、相手の両手がブレたと同時に、殺到する全ての術符が粉微塵に消え去った。

 一拍遅れて吹き抜けた巨蟲の羽ばたきのような風切りの音。何が起こったか見えはしなかったが、推察はできる。

 

(このジイさん全部一瞬で刻みやがった! 残像すら見えない。虫の羽ばたきみたいな音はたぶん何重にも重なった斬撃の余波。音が遅れてくるとかどんだけよ・・・・・・っ!)

 

 そも、二刀流である意味とは何か。

 基本的に、刀剣を用いた戦術は一本を両手持ち、あるいは片手剣と小盾の組み合わせが王道だ。武士が腰に二本差しているのも、破損したときなどの予備として脇差を所持していたにすぎない。

 敵の攻撃を防ぎたいなら、それこそ盾を使うか身を躱すことを念頭に置く。刃物を刃物で受け流すには偏った技量が必要で、まともに鍔ぜり合ったら刃こぼれする。端的に言って、真っ当な剣術士からすれば二刀流はロマン兵装、実戦的ではないのだった。

 そう、防御のためではない。

 二刀流の意義とは、手数の多さ。攻撃性の高さにある。

 守りを捨てて、攻めに重心を置いているのだ。

 とはいえ、まさか音より速い剣撃なんてもの、当然想定したことはないわけだが。

 

(ま、悟や、最速の術師で知られる真依のジジイも速度関連では筆頭だけど)

 

 内心の焦りを冷淡な面で覆い隠し、霊夢はすでに設置した封魔針を起動。だが、鬼縛陣の呪雷が禁ずるより先に剣鬼は次手を振りかぶっていた。

 

「【虚間(こげん)(つじ)】」

 

 裂空が少女を突き抜けた。

 斬波(ザパ)ァッ! と、霊夢の背後に巨大な十字傷が刻まれる。

 岩壁に深い裂溝を穿ったそれは、剣鬼の両刃が撃ち放った虚空を切り裂く斬撃のしるし。少女の身体を四分割するはずだった十字衝は、なぜか彼女を素通りし、スリ傷ひとつ残していない。

 遅れて鬼縛陣の枷を受けながらも、涼しい顔で剣鬼は得心いったとばかりに頷いた。

 

「なるほどの。やはりすり抜ける現象に偽りないか。それが、お主の術式(タネ)じゃな?」

「・・・・・・ま、バレたんじゃしょうがない」

 

 確信持って見抜かれたからには、隠し立てる意味はなかった。

 

 

「あたしは二つの術式を持ってる。先天的なものと、後天的なもの。

 まず後者は、これまで使用し、いままさにあんたを縛ってる緊縛術や結界を作り出す『博麗呪法』。

 そして、前者があたしが生まれながら持つ生得術式、『夢想天生(むそうてんせい)』。あんたの剣技がすり抜けるのは、この術式による効果で、あたしが何モノに影響されない『(クウ)』に身を置いているから」

「空?」

「そ。仏教的な概念だと、我体・本体・実体がなくむなしい状態。般若経にも『空』の概念は記されていて、何がしかで一度は聞いたことある文言なんじゃないかしら?」

 

 諸法は幻のごとく、焔のごとく、水面の月のごとく、虚空のごとく、響きのごとく、ガンダルヴァの城のごとく・・・・・・などなどと続く、十の比喩が列挙されたものだ。

 

「『空』っていうのはつまるところ有と無、二つの両極どちらからも()()()()()状態。不偏(ふへん)にして不変(ふへん)(まぼろし)でもなく、(うつつ)でもなく、どちらでもない・・・・・・ゆえにこそ、()()()()()()()()()

 通俗的に知られる悟りの概念とは結構違うけど、まぁそういうのに似た術式を持ってるってだけだから関係ないわよ。難しいなら、もっと簡単に表現すると、あたしに物理的、呪術的、精神的な脅威は一切届かず()()()()()

 どんな強烈な一撃も、あたしに傷を負わせられない。

 どんなに悪辣な術式であろうと、あたしに影響を及ぼさない。不透明な透明人間ってところね」

「ほぉ。それはまた、埒外な」

「でしょ? けどまぁ特級なんてレベルは大概そんなもんよ。どっかの人格破綻にしろ、純情一途にしろ、ね」

「カカ・・・・・・にしても、『空』、か。なるほど、まっこと霊妙。なかなか乙じゃな。斬り甲斐があるわい」

 

 開示された術式の正体に、絶望どころか喜々と微笑する老人。

 実際、霊夢に攻撃は一切通用しない。しかし、逆は違う。

 敵の攻撃、術式の最中でも霊夢は反撃を行えるのだ。理不尽と言わずなんという。

 しかも術式情報の開示によって、さらに術式効果が補強されるというのに。

 

「ついでにもう一方の結界術についても講釈しましょうか。

 単純に結界と一括(ひとくく)りに言っても、使い方は色々よ。元来は、ある場所を起点に境界を定め、隔てる術。古く語られる妖怪、怪異、呪霊などの異形から、人間の暮らす世界を守護するための手段。

 だから基本的に、結界術は『守る』『封じる』ってことに重きを置いている。『祓う』『滅する』はまた系統が別ってわけ」

「ぐぬっ・・・・・・!」

 

 語りながら、じりじりと手足を動かそうと抗う剣鬼を、円環状の結界が拘束する。さり気なく追加されたしがらみによって、彼の四肢は身じろぎすら叶わなくなった。

 剣鬼の術式はおそらく刀の斬撃を基礎としたものだろう。見えないほどの瞬速剣も、虚空を裂く飛翔剣も、必ず武器の振りが必要だった。ならば、そもそも振らせなければ必中付与された斬撃でも無力化できる。

 

「じゃあ結界は守り主体の使い方しかできないのかって言われれば、そうでもないわ。

 たとえば、二つの結界壁を同じ面、同じ軸に同時展開した場合、どういう現象が起きると思う? 答えは単純、籠めた呪力量の強いほうが術として成立し、弱いほうは消えてしまう。

 ならまったく同等の呪力だとどうなるか・・・・・・弾かれ合う。磁石の反発みたいに。同等の結界術が同じ座標に存在すると、競合して反発作用が生じるのね。

 で、あたしはこの仕組みに有用な使い道がないか考えた」

「・・・・・・・・・」

「あたしって()()()()

 呪力強化で身体能力を向上させる方法は呪術師では一般的だけど、あたしの呪力総量って現存する特級の中では下から数えたほうが早い。一級に毛が生えた程度なのね。

 そんな呪力量での身体強化じゃ、特級クラスの呪霊に対抗できない場面もきっとある。

 あたしは悟みたいに呪力コスパ最強な目は持ってないし、乙骨みたいな短所を補って余りあるほど莫大な呪力量もない。けどだからこそ、自前の突破力というか、攻撃力を補う方法を模索した。

 その結果として生み出したのが、同等結界の同時展開による反発を複数枚で行うことで、敵にぶつける技」

 

 その名も。

 

 

「《八衝(はっしょう)(れつ)――八重咲(やえざ)き》」

 ズドン!!

 

 

 凄まじい轟音が領域の渓谷を震撼させた。

 八つ重なった結界壁がそれぞれの結界と押し合い()し合い、爆発的な反発力を生み出し囚われの呪霊を吹き飛ばす。陣の呪縛から解放されたのもつかの間、剣鬼は巨人に殴られたと錯覚するほどの衝撃に総身を粉砕され、本体である大小すら砕け散り、岩壁に大きなクレーターを作った。

 手を構えたまま残心した霊夢は、息を吐き、続けて陰陽玉を生成。

 その眼には、まだ強い警戒が宿っている。

 

(念には念。不用意に近付かず鬼神玉(きしんだま)で・・・・・・)

 

 陥没に埋まり、ひしゃげ潰れた腕で柄のみとなった刀を未練がましく握る項垂(うなだ)れた剣鬼に、止めの一撃を放つべく呪力を高め―――。

 

 

「【時元(じげん)(たち)】」

 

 

 (シュン)っ――走った剣閃が霊夢の細首を通過した。

 (むくろ)はまだ断崖に埋まっている。だが、霊夢のすぐそばには両手に刀を握った()()()が立っていた。

 

「っ、《陰陽鬼神玉(おんみょうきしんだま)》っ!」

 

 陰陽玉の発展形。直径15メートルにもなる呪力玉を至近から叩きつける。

 

「ぐ、ぬぉッ、止めきれんっ・・・・・・がぁぁああああっ!?」

 

 相手の骸骨は刀をクロスし防御姿勢を取るも、その呪力質量に圧倒され骨塚に沈む。

 巨大なスプーンで掬われたような地形に変貌した破壊跡を前に、霊夢は妙な呆気なさへの違和感を覚えた。

 

(さっきの骸骨・・・・・・あの呪霊よね。刀持ってたし。岩壁の骸はもう消えてる。隙を見てその辺の遺骨に入れ替わってた? なんか釈然としない・・・・・・アイツの術式、斬撃由来かと思ってたけど違うのかしら?)

「っ?」

 

 首筋から走る不意の痛み。患部に触れた手のひらを見れば、ぬるっと赤い液体が付着している。切れている――幸い、そこまで深くはないようだが、それよりも霊夢は己が負傷している事実に愕然とする。

 なぜなら、『夢想天生』はいまだ発動されたままだからだ。

 

(『空』の状態であるあたしに斬撃を届かせた・・・・・・術式が中和されてる。でも、『(てん)』のカウンターは起動してない。どういうこと?)

 

 必中の攻性術式には領域対策用結界、《八衝(はっしょう)(てん)》によるカウンター。

 それ以外には『夢想天生』による攻撃無効化が作用する仕組みになっているはず。

 からくりを考察する少女。すると、手前の地面から傷一つない大太刀と小太刀が骨の瓦礫をどけて現れる。

 次に起こった現象は、いわば動画の逆再生のようだった。

 その辺に散らばっている遺骨が独りでに動き、集まり、人体の形に成形される。呪いの妖刀を始まりに、指、拳、前腕、上腕、鎖骨、頸椎、肋骨と組み合わされていき、やがて学校理科室に飾られるような人骨標本が出来上がる。

 それだけにとどまらず、骨から筋肉の束が張り付き、血管、神経、脂肪、内臓とグロテスクな生々しさを傍目に見せつけながら文字通り『肉付け』されていく。

 発達した男の裸体に衣服の着流しがまとわりつき、なぜか最後まで再生されなかった骸骨面(がいこつづら)の顔面へ、虚空から出現した面具が締めとばかりに取りつけられた。

 面越しの虚ろな眼窩に、蒼い鬼火のような光が灯る。

 後頭にまとめた()()()()を冷たい風になびかせ、黄泉返(よみがえ)った剣鬼は張りのある声で告げた。

 

 

「さて、仕切り直しと行こうか。幻だろうと『空』だろうと関係ない。この世界で、刃鬼(わし)に斬れぬモノなどないことを教えてやろう」

 

 





読了感謝!

今回は本文書くのよりも、
文字大きくしたりフォント変えたり動きつけたり、
といった慣れない作業が大変でした。
頑張った甲斐はあったと思います。

あとしれっとじいちゃんを剣客から剣鬼呼び。それっぽさは増した。


本編おまけ解説
・雨後の暈:
 モチーフは富岡義勇の『凪』。
 目に見えないほど速い無数の斬撃。またの名を空間殺法。

・虚間の辻:
 モチーフは黒崎一護の『月牙十字衝』。
 飛ぶ十字の斬撃。またの名を七十二煩悩鳳(ポンドほう)

・時元の断:
 特定のモチーフはなし。
 なんかすごい斬撃。亡霊や概念化した存在にも通用する。

・夢想天生:
 本編のヤツそのまま。小難しく理屈付けしてるけど、
 結局は原作通りの『空を飛ぶ程度の能力』の拡大解釈。

・八衝・烈:
 モチーフは新劇エヴァの破で
 『最強の使徒(ゼルエル)』が使ってた積層型ATフィールド。
 ようは壁飛ばし。枚数が増えるほど威力が上がる。
 またの名を『ファランクス』。

・八衝・纏:
 モチーフは呪術廻戦の『落花の情』。
 裏話、霊夢は禪院の領域対策を知らない。単に発想がかぶっただけ。
 またの名を『炸裂装甲(リアクティブアーマー)』。

・陰陽鬼神玉:
 本編の通り。デカい陰陽玉。

・剣鬼の術式:
 待て。しかして希望せよ。お願い。

長文失礼しました。



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【第拾肆話:紅白巫女は剣の鬼と鎬を削る】


話、進んでる? 進んでない?

なんか説明文で結構食われてるかも。

いまだに、バトルシーンってどれくらいの長さが
ちょうどいいかわからない。

あと、今回も会話文の重なる場所は改行してます。
今後、そういう方向になっていくかもしれません。




 

 

「ところで、もう一人の脅威はどうするのだ?」

 

 火山頭の呪霊が、隣の男に訊ねた。

 肌焦がす日射。延々と続く煌びやかなブルーオーシャン。時おり海面に顔を出す、デフォルメされたタコのような愛嬌ある生物。

 南国の砂浜に並ぶビーチチェア、パラソルの陰で寛ぎながら、四人の人物が話し合っている。

 

「もう一人?」

「五条悟と同格とかいう小娘の話だ」

「あぁ、博麗霊夢。そっちは放置でいい。そういう縛り、契約でね。僕らが干渉すると事態がややこしくなる。下手すれば、彼女らに全滅させられかねない」

「彼女ら?」

*****(全滅とは、穏当ではないですね)

 

 フランケンシュタインの怪物のような、半裸の身体に縫合痕が走る男が疑問を呈し、両目から木を生やした白兜(しろかぶと)の異形が不可解な言語で続ける。

 すべからく、彼らも呪霊だ。

 火山頭――みなから漏瑚(じょうご)と呼ばれる特級呪霊は、その大きな単眼を怪訝に細める。

 

「・・・・・・夏油、貴様我々呪霊以外の『何』と繋がっている」

「彼女らも呪霊だよ。まぁ、中にはそんな秤に収まらない化け物もいるけどね。アレも、その内の(しもべ)だよ」

 

 飄々と応じるのは、この場で唯一の人間だ。撫でつけた黒髪の額に縫い目のある男、夏油傑は、一行とはほど離れた木の日陰に座り穏やかな水平線を眺める、一匹の猫を視線で示す。外見的には、尻尾の先が白いという以外、特徴らしいもののない普通の猫だ。

 

「いつの間に迷い込んだのかと思ったら、夏油の客だったんだ。愛想全然なくてさ」

「で? その彼女らとやらはなんの集団なのだ」

「『異境(いきょう)』」

「・・・・・・っ!?」

 

 名を紡がれた途端、漏瑚は眼球が飛び出んばかりの衝撃に見舞われる。

 

「その反応だと、漏瑚は知っているようだね」

「馬鹿なっ。あんなもの、現実味のないただの言い伝えに過ぎんものだろう!」

「事実だよ。異境は実在する。僕たちの過ごすこの世とは異なる、『隠世(かくりょ)』にね」

「ねー、異境ってなんなの? あの世?」

 

 ツギハギ面の呪霊、真人(まひと)は湧いた疑問を親に訊ねる子供のように問いかける。

 

「それに近しくも遠い場所さ。この世とあの世の狭間、本来誰も干渉し得ない別位相の次元とでも言えばいいのかな。そこにある小さな隠れ里を、俗に異境と呼ぶ。俗に、というのは、正しい名をほとんどのモノが知らない、あるいは、忘れられたからさ」

「夏油も?」

「いや。僕は異境の真名を(おさ)たる存在から聞いているよ。でも、話せない。これも契約」

「ふーん。話せないって、何も言えないのかい?」

「そうだな・・・・・・まぁこれくらいなら大丈夫か。

 異境に過ごす彼女らは、そのほとんどが現世から姿を消した有名無名の神霊・呪霊。その総戦力は僕らをはるかに凌ぎ、侵攻したなら高専でさえも容易く壊滅させられるほどだ。

 現代最強の呪術師、五条悟でも、苦戦は免れない」

「そんなヤバイ奴らがいるんなら、全部そっちに任せちゃえばいいのに」

「無理だよ。異境・・・・・・というか、異境を統べる存在は、現世の趨勢(すうせい)に興味がない。自分の築いた箱庭の管理に腐心しているからね。

 呪霊が勝とうと、呪術師が勝とうと、対岸の火事。ある意味、そのお陰で、呪詛師(ぼくら)呪術師(かれら)も自由に振る舞えている面もあるんだけど」

「飛び火しないなら無関心か。つまんな」

 

 しらけたと言わんばかりに深くチェアへ背中を預ける真人。

 隣から、白兜の呪霊、花御(はなみ)が聞き取れないが意味だけ理解できる独自言語を発した。

 

「【そも、異境の者らは何を目的として異空に潜んだのですか?】」

「理想郷を作るためさ。人間と呪霊が共存できる社会体制・・・・・・そのモデルケースを、自分の箱庭で創造しようとしている」

「は? ・・・・・・ジョーク?」

「大真面目だよ。少なくとも、異境の長はね。何せ千年以上前から試行錯誤を繰り返しているんだ。

 信仰は薄れてゆき、人間という霊長がこの星で台頭する時代――それをずっと昔から予見し、そして神霊や精霊、呪霊の行く場所が現世からなくなる日も遠くないことを察していたんだろう。だからこそ、人から忘れられた神々が拠り所とする楽園を構築しようとしている」

「ふん。噂通りの文句だが、胡散臭くてしかたないな」

「呪霊の楽園なら、人間いるのおかしくない?」

「彼女はね、確かに神々の威光が堕すことを憂い、呪いがただの害獣としてしか受け入れられない世界を(いと)った。

 だけど、同時に異境の長は人間も同じく愛し護るべき種として存続させようと目論んでいる。ひとえに、彼女自身の趣向だけど。

 ゆえにこそ、ヒトと呪霊、両者がバランスを保ち共存できる理想を追い求めているのさ」

「そんなのできるの?」

「さぁ? なんとも。ただ、時間も手間も惜しんでないしね。今後何百年と賭けて、精巧なジオラマを造るようにひたすら調整を続けることだろう。己の大願が現実となるまで永遠に・・・・・・少なくとも、異境の長が我々に牙を向くことはほぼない。むしろ手助けすらしてくれる。

 彼女の執着はあくまで、博麗霊夢ひとりだ。こちらが不要なちょっかいをかけなければ心配はない」

「・・・・・・向こうから首ツッコんできたら?」

「おススメはしない。君らは縛りの対象外だから、やろうと思えばやれるだろうけど。眠る竜の鼻先で銅鑼を鳴らすくらいの覚悟がないとね。

 それに、言ったろ? 異境の長は博麗霊夢にご執心だ。過保護なほどね。

 だから、あっちはあっちで、僕らと博麗霊夢が接触しないよう場を整えるだろう。とにかく、僕らは僕らの作戦に集中すればいい」

 

 

「目標はあくまで、宿儺の指と保管された呪物だ」

 

 

***

 

 

「儂の術式(タネ)は《等活鎖獄(とうかつさごく)》というての。効果を一言で評せば、とにかく儂を()()()()()()()

 幾度刀を砕かれようと、躯体(カラダ)を屠ろうと、儂が望めば健常な状態へケロリと戻る。呪力での再生とどう違うのかと言われれば、単純明快、一層死にづらいというだけじゃ。

 呪いでも急所を抉れば祓えもしよう。じゃが儂は例外。殺したくば、呪力が尽きるまで殺し続けるしかない」

「なんで急に・・・・・・」

「お主にだけ手の内を語らせたのでは不公平じゃろう。それに、こうした方が術の効きが良いことを思い出したのじゃ」

 

 声に壮健な張りと生命力が満ち、頭髪は黒く変異、いや、若返っている。

 両手に大小をゆったり握り、準備運動のように両肩と首を回す。身なりは軽装。最初の鎧姿を思えば護りをほぼ捨てたと言っていい様子だ。

 だが、全身から立ち昇る呪力の陽炎はこれまでより遥かに巨大で、力強い。敵である霊夢を前にほどよいリラックスした態度は裏打ちされた余裕の表れか。誘いか・・・・・・。

 

「特段、強い類ではなかろう? お主のように絶対の回避力でもなく、敵を必殺できる系統でもない。直接的な攻撃力は皆無じゃ。が、儂には()()でよい」

 

 己の誇るべき宝のように、刀を誇示する剣鬼。

 彼が用いる手段は己自身。無骨でシンプル。刃鬼一体を成す修羅なればこそ相応しい。

 

「ちなみに、領域内では全ての者が術式の恩恵を受ける。呪力は己で捻出してもらうがな。まぁ、お主はそうやってすげなくしておるから伝わっておらんじゃろうが」

「敵にも回復効果を与えるってわけ? 随分大盤振る舞いね」

「そうじゃ。お主が生きたいと望めばそれで叶う。幾度でも。幾度でも――斬り合える」

 

 くつくつと、酷薄に(わら)う。

 心底愉しくて仕方がない悪童のような、人を奈落の底へ道連れにする悪鬼のような。

 

「儂はただそれだけが欲しい。その一念で刃を振るい、その一念で一線を越えたゆえな。さて、話はもうよかろう。ここからは剝き出しの刃物(わし)を見せてやる」

「・・・・・・っ」

(はや)く死ぬでない。(やす)く死ぬでない。儂を孤独(ひとり)にするな。幾度でもいつまでも、ただ()れかしと願い続けよ。儂の世界はそれを許す」

「構ってほしけりゃ小遣い寄越せやジジイ。巻き藁相手にだんびら振るってろ」

 

 噴出した殺意。赤錆の呪力が烈風を呼ぶ。

 一足で間合いを無為にした剣鬼の牙が霊夢に襲いかかった。

 

 

 

 剣鬼の武器は変わらず太刀の二本きり。腕が複数あるわけでもない。基本戦術は対人剣術の殺人剣。だがいかんせん、スピードが桁違いだった。

 躱し、防いで、凌ぐ。それでもなお間に合わない。

 前傾一択の攻勢。遺骨を巻き上げ、谷底を駆けまわりながらも、刃は着実に迫ってくる。

 

「【風化(ふうか)斬雨(きりさめ)】」

 

 白刃が閃く。

 瞬間、剣鬼の前方が斬り拓かれる。眼に映らぬほどの瞬速剣で足元の骨塚が塵となって宙を舞った。辛うじて霊夢の視力が捉えられるのは大気に残る斬衝のみ。蒼白い行灯に照らされる白刃の軌跡はダイヤモンドダストのように幻想的だった。

 斬滅の神風が霊夢を呑み込む。

 だが、刃の嵐のただ中であっても少女は五体健在だった。

 

(『夢想天生』は通用してるわね。・・・・・・なら問題は、なんの攻撃があたしに届いたのか検証する必要がある)

 

 すでに反転術式(じりき)で治癒された首筋を撫で、霊夢は己の靴底に『烈』を展開。反動で一息に敵との空白を踏破し、取り出した封魔針三本を相手の正中線に叩きこむ。

 しかし、針は空を切った。

 

「残像じゃ」

 

 背中を取った剣鬼の声。

 連なった大小が幾度も首と胴を横切る。

 

「・・・・・・っ。九重咲(ここのえざ)きっ!」

 

 わき腹に違和感。振り返らぬまま後方に『烈』をぶつけ、間合いから引き剥がす。

 空気が弾ける音と、一拍遅れた轟音。身を翻して左手にお祓い棒を握り、壁面まで飛んで行った剣鬼の残骸を注視しながら残った手で横腹を探る。

 生暖かい液体の触感と鋭い痛み。横目で見やった手のひらには血糊(ちのり)がべったり付着していた。

 

(さっきより傷が深い。内臓にまで及んでなさそうだけど、これではっきりした。あの呪霊は()()()()であたしの術式を突破してくる)

 

 剣鬼の術式は限定的な不死不滅。領域はそれを敵味方問わず平等に分け与える。開示された情報が真実であるなら、領域の必中効果は治癒のはずだ(『纏』に阻まれているので霊夢には影響しないが)。斬撃はただの呪力を込めた一撃に過ぎない。

 にも関わらず、その『ただの斬撃』が霊夢に傷を負わせている。

 普通なら考えられることではない。経験上、いかな呪霊、呪術師にも『夢想天生』を破られたことなど一度もないのだ。実際に確かめたわけではないが、五条の無下限も無効化できる計算である。

 それだけの不条理を、普通の一太刀が越えるとなれば、まさに奇想天外。

 けれど、霊夢は即座に目の前の事実を現実とすり合わせた。

 

(切り替えなきゃね。事実として、あいつの攻撃はあたしに通る。でも全てじゃない。調子の問題か不慣れだからか定かじゃないけど、最初から届くならこの程度で済まさないはず。ってことは、まだ上がある)

 

 反転の燐光を傷口に当てながら、大幣を収納する代わりに新たな針を取り出した。

 それは、これまで使用した封魔針に呪符や注連縄が追加された、太く物々しい様相の呪具だった。

 

「やれやれ。一体どれだけ袖口に忍ばせとるんじゃ。忍びも真っ青の収納術じゃのう」

 

 もはや驚きや呆れを超越し感心すらのぞかせて、剣鬼は何食わぬ顔で現れた。

 

「そりゃ種はあるわよ。なんのために邪魔くさい袖を別で付けてると思ってんの。

 ま、仕組みを知りたかったら、量子力学の勉強から進めないとね。シュレディンガーの猫って知ってる? コペンハーゲン解釈とか認識論とか。

 そういう、どちらでもあってどちらでもない、観測できないがゆえの確率操作による拡大解釈。簡潔に言えば、誰にも見えない袖の中には何が入っていて何が入っていないのか誰にも分からないじゃない? あたし自身、自分の持ち物がどれだけ入っていて入っていないか詳しくは覚えてない。

 だから、いくら使っても呪符は尽きず、針も絶えないってわけ。あくまで、袖に入れられるサイズしか入らないけど」

「なるほど分からん」

「ようは小物サイズはなんでも入っていくらでも出てくるポケットとでも思ってなさい」

 

 両者互いに、正面からの睨み合い。

 その気になれば瞬きの間に懐へ飛び込める、あるいは斬り裂ける手段を保持するからこその、一時的な膠着。

 話しながら、呪術師と呪霊は機会をはかっている。

 

「そっちこそ、どうやってあたしの術式を越えて実体を掴んでるのか教えてほしいわね」

「と、言われてもなぁ。ただ、ハザマを狙って太刀を滑り込ませておるに過ぎん」

「ハザマ?」

「お主流に言うなら『空』か? ほら、あるじゃろう。この世には、眼に見えておるつもりで、結局は捉えられん概念(モノ)が」

「・・・・・・空間ごと斬ってる、とでも?」

「惜しいが、まだ足りん。それだけならとうにお主の身体はバラバラよ。

 お主はもっと曖昧で、もっと形容しがたい場所に自身を置いとる。そこへ辿り着くのはおおよそ不可能じゃろう。儂とお主は、同じ部屋に立っているようで別の部屋におるような状態じゃ。距離では埋められん。

 じゃが、儂はそういうカタチ無きモノも断てるよう、修練を重ねてきたでな」

 

 もとより、(れい)を断つのは昔からやっておったことじゃ、と朗らかに笑う剣鬼。

 ・・・・・・詳細は不明だが、つまるところ、老練の修羅はその年輪相当の不条理を覆す方策を得ているのだろう。剣の極み。刃鬼の悟り。そういった術式などという付属物とは別種、ただ(ワザ)の研鑚を重ねた遥か果てに至ってしまっている。

 

「とはいえ、なかなか容易にはいかなんだ。お陰で仕留めどきを幾度か失したが、なぁに、()()()()()

 

 大太刀を肩に、小太刀を前に。前後に両足を大きく開いた、順当な姿勢とは程遠い傾奇者(かぶきもの)のような構え。

 少女は針を握る手がじっとり汗ばむのを自覚する。

 いつしか震えが這っていた。寒気が、怖気が、背筋を這いまわって脳髄を犯す。

 ――恐怖。

 必殺にはあまりに遠いこの間合いで、すでに刃筋を表皮に添えられている錯覚。

 確信があった。次から、剣鬼の刃は自分に届くという、疑いようのない確信。それだけの威迫と鬼気が敵から漂っている。気を抜けば、命に鋼が食い込むと。

 だからこそ、霊夢もまた心を深くに持っていく。

 

 息を吸い、吐く。

 それを一定のリズムで、絶え間なく。

 思考がぼんやりと薄らいでいく。

 

 負けないため。死なないため。外界にこの脅威を持ち越さないために。

 領域の手応えはいまだ戻らず、信頼する絶対回避も攻略されつつある。状況としてはこれまでにない窮地だ。しかし、それがなんだというのか。

 潜行する。沈降する。己の(うち)の深く暗い奥の奈落へ、意識を落としこんでいく。

 深海に光や音は届かない。余計な雑音、雑念を排し、凪の境地に没するのみ。

 

 そして、

 カラン、とどこかで頭蓋が転げ落ち。

 

 

『――――!』

 

 

 踏み込み、迎え撃つ両者の戦いはさらなるステージへ進んでいった。

 

 

 

 





読了感謝!

頭から表現捻りだす労力と実際の文字数が
伴っていない件について。

処女作より無駄な難解さや文章の分かりにくさみたいなのを
緩和しようとしていたはずが、結局似た形になっていくという。

中二病が治っていない証拠(する気もない)。


本編のおまけ解説
・等活鎖獄:
 モチーフはまんま、等活地獄。
 どれだけ傷つこうと、「活きよ、活きよ」と
 願うだけでたちまち癒され、何度でも苦痛を味わう。
 
・風化の斬雨:
 モチーフは、あえて言うなら朽木白哉の『千本桜』。
 それか、宿儺の『伏魔御厨子』みたく、絶え間ない斬撃で
 障害を細切れにするみたいな。

・霊夢の収納術:
 まぁ・・・・・・それっぽく装飾してるだけなので。
 一応調べた上で書いてますが、物理学の深淵は素人に深すぎる。




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【第拾伍話:紅白巫女は夢想(ユメ)に立つ】


日間のランキングトップ100に入ってました!


ただ、霊夢があまり強い印象がないようで
残念がる人もいらっしゃいます。
実際、苦戦してますしね(苦笑)。

五条に匹敵は、ハードル上げ過ぎたのかな
と少し反省しています。

貴重なご意見・感想や評価はありがたいので
今後もよろしくお願いします!




 

 

 幽闇の谷底で、二つの影が交錯する。

 死闘を演じるのは呪霊(ノロイ)人間(ヒト)

 錆びくすんだような着流しが翻り、空の少女が在るところへ刃を引っ掻けた。

 

「【時元光叉(じげんこうさ)】」

 

 切っ先に虹がかかる。

 折り重なる時空間をなきがごとく引き裂き、極彩色の軌跡が生じる。太刀が筆となって三次元上に虹を描き、絢爛な情景を作り上げるが、実情は凶悪極まりない。それは真っ当な生命が触れてはならない致死の線だ。

 押し潰すように展開された極みの剣閃。視界を埋め尽くす万華鏡のような暴威を前に、霊夢は最小の挙動で攻撃をかわす。

 不破(ふわ)の術式をありのまま超越する剣鬼の御業を皮膚に、衣服に触れるすれすれで凌いだ。

 それでも、わずかに接触した部位から焼け尽くような激痛が神経を貫くが、明鏡止水の霊夢を醒ますには不足だった。

 冴えわたる五感。澄みきる景色。()()()()()

 煩雑さを捨て、純化する。

 肉薄した霊夢は徒手を構えた。逆の釘は使わないのか。疑問を挟む剣鬼は思考より先に手が動く。

 突きこまれる掌底をほぼゼロ距離から寸断するべく手首をスナップ。全盛に戻った(おきな)に距離の在るなしはもはや無意味だった。

 が。

 

 

黒閃(こくせん)

 

 

 黒い稲妻が弾けた。

 老いた狂人の妙技を、純粋な『力』が打ちのめす。

 気を取り直したときには、問答無用で腹に大穴を空けられ、大小は粉砕されていた。

 

(なんじゃ、いま、黒い光が―――)

 

 領域の恩恵で瀕死から即時復帰し、敵を探す。

 その横っ面に、再び漆黒の煌めきが散り、頭蓋が爆ぜる。

 

(ぬぉ・・・・・・呪力の防御が一切役立たんっ。護りの呪力ごと一撃で爆砕されとる!)

 

 蹴り抜いた姿勢で残心する霊夢へ、首無しの凶刃が振るわれた。

 

 

 黒の輝きは止まらない。

 

 

 反撃は薙ぐような裏拳でへし折られた。踏みとどまろうとする足の甲を踏み砕かれ、懐を抉る掌底が放たれる。あばらと内臓が大砲の通過跡のように消滅し、手刀に四肢が分断された。

 かつての本体を潔く捨て、新たな本体を再構築。

 顕現したのは少女の足元。骨塚を割り裂き、極彩を帯びた大太刀の刺突が心臓へ。

 だが、あらかじめ来る場所が分かっていたかのように、霊夢は白刃を両手で挟み、漆黒の雷電が刀身を破壊。

 剣鬼は残った刃をしゃれこうべに突き立てる。

 すると、地面をなす大量の人骨が持ち上がり、いくつもの巨大な手のひらとなって少女へと雪崩れ込んでいった。

 領域を形成する骨の群れは、全てが剣鬼を構築する身体と定義される。遠隔で操ることなど造作もない。

 当然、この程度で止められるとも思っていなかった。巨掌を隠れ蓑に、剣鬼は蒼白い眼光で見えぬ敵手を睨みつける。

 小太刀を逆手、大太刀を順手―――。

 

「【虚空凌駕】」

 

 振るったはずの両太刀は、刀身がどこかへ消えていた。

 空間を越えて、敵の存在する座標へ直接斬撃を送る業である。

 障害や距離に関係なく、敵を正しく認識してさえいれば星の裏側まで届かせる攻撃。領域の必中よりも鮮やかに、速やかに、対象は切り裂かれる・・・・・・はずだったが。

 手応えがない。肉を抉り裂いた会心が伝わってこなかった。

 それどころか、刀身が動かない。何かに縛られている感覚だ。咄嗟に手放そうとするも、転送空間の断面から白い紙の蛇が両腕を絡めとる。

 すでに見慣れたお祓い棒の紙垂。それにぐいっと引き寄せられ剣鬼は強制的に身体ごと『向こう側』へ跳んでしまった。

 一瞬の暗転、そして、目先に迫った黒い火花まとう貫手に頭を貫かれる。

 

「ウ、ぬぅッ・・・・・・まだまだァ!」

 

 吼えたと同時、再び領域中の骨塚が流動。

 今度は、それぞれが人体の形をとり、極彩色に煌めく刀を携えて立ち上がる。その数は、渓谷に存在する遺骨のありったけ。数の暴力、人海戦術。なりふり構わない物量作戦に訴えかけた。

 足元から、背後から、左右から、前方から、近くから遠くから――骸の兵団が一個の生命のごとくひとりの少女に殺到する。さながら、霊夢はミツバチの巣に侵入したスズメバチ。集約された総意のもと、絶殺を遂げんと迫りくる。

 瞬きの間に無惨な死体へ変わるだろう時の中、依然霊夢は冷静に。

 ほぼ同時に突きこまれる刃に優先順位を付け、さばき、流し、砕き・・・・・・打ち返し折り曲げひしゃげ潰し逸らし奪い投げつけ巻き取り踏みしめ叩き割って。

 

(こやつ、なぜここまで動きが良くなっている・・・・・・っ!?)

 

 傷つき、血を吹き、装束をまだらに染めながらも、能面のように沈着な様相。

 確実に致命傷を避けながら、難解なパズルを攻略するように怒涛の一瞬をくぐり抜ける。

 ついで、地中へ向けて拳が放たれ、これまででもっとも大きな黒の雷光がほとばしった。

 

 

 ズシンッ!!

 

 

 領域が震撼する。

 凄まじい過負荷に、小世界が揺らぎ、各所の背景(テクスチャ)が溶けるように崩壊を始めていた。

 

「・・・・・・。なんじゃそれは。まったく歯が立たんではないか」

 

 人骨の消失した、剥き出しの大地。爆心となった窪地の淵に再帰した剣鬼は、仮面の顔に隠しきれない動揺を見せる。

 大きく穿たれたすり鉢状の破壊跡。少女の拳でできたとは想像だにできないそこに、氷の表情で佇む、血染めの矮躯。

 息も荒げず、痛みに呻かず、冷淡な能面を張り付けた巫女は、ぼんやりと薄らいだ虹彩を呪霊に向ける。

 

「黒閃。呪力を戦闘で扱うヤツなら、極論、誰でも起こりえる現象」

 

 発される台詞は機械的で、人間的な起伏を感じない。

 

「攻撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突したさい、空間は歪み、黒く光ったように映る。

 威力は平均、通常の2.5乗。

 本来、黒閃は極度のコンセントレーション状態でのみ偶発的に起こる。まぐれでも実力でも、最初の一回さえ越えてしまえば、連続して出すことも可能。

 呪力操作が呼吸のように自然とでき、通常時の呪力強化とは別次元のポテンシャルを発揮することができる」

「・・・・・・・・・」

「黒閃は、狙って出せる類じゃない。一発出せれば、連続で三・四発までは行けるかもしれない。それは極限の集中状態、アスリートでいう『ゾーン』に入るから。

 でも、あたしはその『ゾーン』を術式で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが―――」

 

 

 《術式順転・寂静(じゃくじょう)》。

 

 

 身体を物理的に(うつ)ろへ送る夢想天生の発展・・・・・・己の心を『空』に置き、疑似的なトランス状態を作り出すことで封印された肉体の潜在力をフルに引き出す。それは単に感覚器が優れ、精神の不動を獲得し、全力パフォーマンスを発揮できるだけではない。

 その真価は、高度かつ破壊的。

 すなわち、呪力操作の完全循環。一部強者でも限定的にしか辿り着けない黒閃発生という上位ステージ。その()()()()()()を実現していた。

 

「ああ・・・・・・」

 

 知らず、彼は震えていた。

 一歩一歩、少女が近付いてくる。今や、太刀が届く云々など彼女にとって些事だった。

 彼は悟ってしまっていた。思えば、それは邂逅から首をもたげていた想い。

 剣鬼(おのれ)では霊夢(こやつ)に敵わない。

 呪術師は決して呪霊を逃がさないだろう。

 多彩多芸な巫女の手管。領域を封じられて、拮抗できている気でいたが、とんだ思い違いもあったものだ。

 絶対回避の術式。堅牢堅固の捕縛術・結界術。そして、防御無効の一撃必殺。

 特級(規格外)の冠位において、霊夢は他の誰にも劣らない。

 極上の敵だ。

 震えが止まらない。

 圧倒的強者と矛を交えられる歓喜が、総身を震わせてたまらなかった。

 

「ク――カカカッ」

 

 喉奥から漏れ出る音。喜悦のような、嗚咽のような、定義不能の引くつき。

 剣鬼は心底感謝を捧げた。この出逢いを用意してくれた、全てに。

 ああ。狂って(悟って)よかった。

 世の真実はやはり、斬り裂いた先にこそあったのだ。

 生涯を捨て、骸を捨て、魂を捨て・・・・・・■■を、■■を捨てて。

 行き詰まった、第二の生の総集を、ここに。

 

「雨を払いて幾十年、風を裂いて半世紀、時元(じげん)を断って幾百年―――」

 

 握り馴染んだ己の分身、刃鬼一体の大小を構え。

 

人鬼調略(じんきちょうりゃく)()御霊(みたま)(ちゅう)す」

 

 人として、呪霊としての全てをこの二振りに。

 

 

「――【冥魂魄掠斬(めいこんはくりょうざん)】」

 

 

 剣鬼の全霊。生きる者も死する者も平等に冥界へ落とす秘中奥義。

 派手さはない。軌跡もない。ただ冷たいそよ風が吹き抜けた瞬間には、終わっている。

 分からないからこそ、防ぎようがなく、凌ぎようもない――はずだった。

 けれど・・・・・・案の定、というべきか。

 霊夢に諦めなど塵ほどもない。

 

(けん)()()(しん)(そん)(かん)(ごん)(こん)

 太極(たいきょく)――両儀(りょうぎ)――四象(ししょう)――八卦(はっけ)形成(かたな)せ」

 

 技を放った直後、剣鬼は遅ればせながらふと気付く。

 霊夢が持っていた、物々しい針はどこへいったのか。

 答えは、近くに寄り添っていた。

 剣鬼を中心に八角形の位置を取り巻く、特別性、八本の儀礼用封魔針。

 それは普段使いの封魔針とは別種。とある目的のためのみに使用される呪具だ。

 両手で印を結んだ(あるじ)に呼応して、名を呼ばれた八本の針が我先に呪力を走らせる。

 点と点が結ばれ、光の帯が空を走り、顕現したるは八卦象図(はっけしょうず)

 太極(中心)に位置する剣鬼は、己を取り巻く術の詳細に見当が付き、感心とも諦めとも取れる儚げな笑みを浮かべた。

 

「なるほどの・・・・・・殺して死なぬなら閉じ込める、か。自然の発想よなぁ」

 

 足掻く様子はない。太刀を振るえばまだ、という念はすでに()ぎり去った。これはただの暴力で破壊できる類の術ではない。その事実に気が付いてしまったのだ。

 狂気が失せ、稚気(ちき)のある雰囲気がどことなく宿り、自らの命運をそっと見送る。

 

(たの)しい逢瀬であった。悔いはない。・・・・・・のう、幽々(ゆゆ)さま」

 

 かすれる記憶の隅で拾った、生前の大切。

 幼い頃の主人と、小さな手に棒きれを持った白髪の幼子と、刹那まみえて。

 

 

「夢想天生・(ごく)(ばん)――夢想封印(むそうふういん)!」

 

 

 刃に酔った修羅の魂は、まばゆい光に閉ざされた。

 

 

 

 

 ポタポタと、石畳に朱が落ちる。

 鬱陶しげに鼻血を拭って、霊夢は倦怠感から壁にもたれた。

 殴られているような頭痛。重石がまとわりついたように鈍い手足。持ち上げるのも億劫な両腕は、赤い亀裂が無数走っている。呪霊の攻撃だけではない。黒閃乱用によって生じた反動は、少女の身体に爪痕を残していた。

 疲労から、その場に座り込む。

 

「はぁっ・・・・・・だから、あれは使いたくないのよ。治せるにしても、めっちゃ痛いんだから。黒閃連続使用・・・・・・人間には負担がでかいっての」

 

 しかし、仕方ない選択だった。あのままでは遠からず『烈』にも対応され、主導権を握られるのは自明である。初見の技で完封するのが最善という判断だった。

 代償は大きいが・・・・・・。

 クリアだった思考は鈍り、凄まじい睡魔が霊夢を誘う。

 『寂静』の霊夢は神感発動頻度もこれまでになく増える。いままでも、修羅場や強い危機感を察知したときは増加の傾向を意識していたが、此度はその比ではなかった。一瞬先、一歩先の未来予測を次々と突きつけられ、随時対応しなければならない苦労。わずか数秒間の交錯が何時間にも延長されたような体感は余人には想像もできない苦痛である。

 最中は、全能感に酔っているから流せるが、終わった途端この有り様。コスパが悪いにもほどがある。

 高速処理に熱を上げている脳をなんとか働かせ、反転術式で全身の治癒を開始。こめかみにネジを少しずつ挿入されるような痛みが続くが、このままでは歩くのもままならない。

 バサバサと、そばに降り立った黒い羽ばたき。

 目を遣ると、一羽のカラスが黒曜の眼を傷ついた霊夢に向けている。

 冥冥のカラスだった。

 

「・・・・・・特級クラスの呪霊が襲撃。封印処置は施した。学長たちに伝えて、学生たちのほうで暴れてるのは囮。敵の目的は高専忌庫の特級呪物。悟を向かわせて。ツギハギ顔の呪霊は一級以下じゃ死ぬだけよ」

 

 端的に知る限りの情報を報告。一息で話したため息を整えると、なおもカラスはつぶら瞳を少女に寄越している。

 

「こっちの応援はいらないわ。ほとんど自分で付けたような傷ばっかだし、治したら勝手に戻る。他の連中を優先しなさい」

 

 了解とばかりにカァー、と一声鳴き、カラスは羽を広げて飛んでいった。

 黄昏時(たそがれどき)の空模様をぼーっとに眺める。

 (とばり)らしき澱んだ天蓋が破壊され、戻った青空に立つ人影が見知った馬鹿だと知ると、霊夢は安心して目蓋を閉じた。

 ・・・・・・少しして響いた地を揺らす轟音に、なにやってんのアイツ、と悪態を付きつつ、一区切り治療を終えた霊夢はとうとう眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

「あらま。こんなところでお眠りとは。気が抜けてるにもほどがありますよ。博麗の巫女さん」

 

 映像のコマが飛んだように、いつの間にかそこにいる、霊夢と同じぐらいの年頃の少女。

 淡い燐光をまとう霊夢の前で膝をたたみ、独り言をつぶやき続ける。

 

「けれど、まぁあのおじいさんはお二人曰く結構なものだったそうですからねぇ。才に頼らず、千年に及ぶ研鑚でのみ成りあがった怪物だそうですから。殺しても死なない相手というのは、格好の時間稼ぎ要員だったでしょう?

 ただそれも、領域を封じられてたからこそ成立した窮地だったんでしょうが」

 

 神業に達した剣鬼を『時間稼ぎ要員』と貶めた少女は、セミロングの髪を一房指に巻いてくるくるとなんのけなしに弄ぶ。

 

「なんにせよ、作戦は完遂です。正直私はあの、えっと、げ・・・・・・下々(げげ)? ゲゲゲ? なんでしたっけ。まー適当にパックン頭とでも呼びますが、あのお坊さん崩れは信用ならないんですよねぇ・・・・・・互いの領分は線引きできてるとは聞いてますけど。あっ、でも元から信用信頼なんて必要ないですねっ。邪魔なら消せばいいんですし」

 

 悪意や邪気もなく、物騒な台詞をただただ当たり前のように漏らす。

 そこで、少女は袖口から一枚の呪符を取り出し、残念そうに表情を沈めた。

 

「あぁ、お呼び出しがかかってしまいました。いやですね、独りをペチャクチャと。無駄話ばかりで・・・・・・」

 

 よいしょ、と立ち上がった少女は、結局何をしにやってきたのか不明なまま、青いスカートをひるがえして歩き去る。

 だが、ローファーの靴音が止まった。

 茂みが揺れる。風もないのに、一帯の緑が一斉に騒ぎ出し、無数の、小動物のような気配がじっと二人を見つめている。

 

「過保護ですね。大丈夫ですよ、もう帰りますって。顔合わせはできました」

 

 少女は首だけ振り返る。

 草葉の陰影にひそむ不気味な眼たちを背景に、嬉しそうな嗤いをこぼした。

 

 

「今度は起きてるときに。同じ巫女仲間として、友達になれるといいですね、霊夢さん」

 

 

 





読了感謝! です!

・・・・・・・・・・・・やりきった。

まぁ、また、なんというか、
色々やりたいことを突っ込んだ結果コレという。

戦闘シーンごっちゃりし過ぎかな?
何が起こってんのか分からないとか言われても仕方ないかも。
決め技は、霊夢十八番のヤツって決めてたんですが。

あと、最後のひとは、あれです。あれ。

今さらですが、タグ追加したほうがいいかもしれない。

本編おまけ解説(短めにいきます)
・虚空凌駕:
 モチーフは特になし。空間跳躍の斬撃。

・骸の兵団:
 モチーフは特になし。
 というか、いっぱいあってどれがとかはない
 あえていうなら山本総隊長の卍解。

・冥魂魄掠斬:
 派手さをなくし、人間や亡霊など
 あらゆる存在を直接冥界に堕とす。

・術式順転『寂静』:
 色々こねくり回したけど、霊夢流の順転に据えた。
 黒閃めっちゃ打てるけど、あとでめっちゃシンドイ。

・夢想封印:
 言わずもがなのヤツ。
 儀式的な工程が必要で、エフェクトとしては
 同人アニメ『幻想万華鏡』を参考に。





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【第拾陸話:紅白巫女は夏空を眺める】


交流会の後日談。

連日投稿はこれで一旦打ち止めです。



 

 

 カイーン!

 

 

 白球が高く跳ね上がった。

 打者・三輪のピッチングを見て、走者一塁・西宮が迷わず出走する。

 

「西宮っ、まだ走るなー!」

 

 京都校ベンチから歌姫監督が叫ぶがすでに遅く、山なりのボールは構えていたセカンド・狗巻のグラブに吸い込まれ、一塁に送球。パンダがこれを受け取り、めでたく2アウトのダブルプレーとなってしまった。

 

「え、なんで?」

 

 競技ルールに広くない金髪少女が訝しんで、監督に説教されている。

 霊夢は、両チームどちらにも参加せず、フェンス向こうの木陰でのんびり観戦していた。

 

「・・・・・・平和ねー」

 

 呪霊・呪詛師の襲撃から一日空けて、

 学生たちはいま、野球に興じていた。

 

 

 

 

 謎の一行による姉妹校交流会襲撃事件。

 負傷者は出たものの、幸い、学生の中で命に関わるような怪我を負う者はいなかった。

 代わりに、東京校で駐在していた、五条や学長たちとは別行動の術師たちは数人帰らぬ人となった。身体の異様な変形による殺され方からして、以前報告にあったツギハギ面の特級の仕業と見て間違いはない。

 学生への襲撃に際して、別働であったツギハギ面の目標は忌庫の特級呪物。

 結果奪われたのは、二種類。

 

 

 ・両面宿儺の指、六本。

 ・呪胎九相図(じゅたいくそうず)、一番から三番。

 

 

 『指』を取り込むことによる虎杖悠仁の強化阻止、自陣の戦力強化・・・・・・可能性としては挙がるものの、決定的とは言い難い推測だ。

 ひとり、五条の働きで捕縛した呪詛師を尋問するも、要領得ない解答ばかりで手掛かりには繋がらなかったという。

 

「高専の襲撃・・・・・・去年の夏油のときから考えれば二度目だ。防衛システムを見直す必要があるな」

「こうも易々と侵入を許していては、仕方なかろう」

「守りも、天元様のものとは別の結界を用意する必要があるかもしれん。あとで霊夢に相談を―――」

「いいけど、手間賃は弾んでね」

 

 (ふすま)を開け放ち、畳敷きに入ってくる巫女服少女。

 

「霊夢、怪我は・・・・・・」

「回収された時点でほとんど治ってたわよ。一部、消えにくいのもあったけど、死ぬような類じゃないし。それよか、こっちの用事が先でしょ」

 

 歌姫の隣に座り、袖口から、何やら模様が刻まれた手のひらサイズの立方体を取り出す霊夢。畳に置かれたそれが何かを察した夜蛾が声を上げた。

 

「それが、例の呪霊を閉じ込めた『封印柩(ふういんきゅう)』か」

「ほぉ。(なま)で見るのは初めてだな」

 

 前髪を分けて、冥冥が興味深そうに匣を眺める。

 

 

 極ノ番・《夢想封印》。

 霊夢の術式、『夢想天生』と結界術を組み合わせた奥義だ。

 その力は、相手との呪力差、力量差に関係なく、問答無用で敵を封印する術。

 一度封印された相手は、呪霊であろうと呪詛師であろうと、術式が綻ばない限り永久に小さな立方体へ閉じ込められる。どんな術式や暴力をかざしても、中から破壊することはできない。しかもこれは、仮に霊夢が死亡したあとでも継続する。つまり、術師を倒しても、一度囚われたら解除できないということ。

 不殺(ころさず)して禁ずる、究極の封印術。

 成功してしまえば、五条であろうとも自力での脱出は理論上不可能とされている、領域を除いた霊夢の切り札。

 とはいえ、完全無欠では決してない。

 まず発動の儀式として、特殊な封魔針で敵を囲い、そこに一定時間相手を留める必要がある。ただこれは『寂静』のトランス状態で、ある程度短縮させられる。さらには領域使用に匹敵する集中と呪力もなければならない。儀式が失敗すれば使った呪力はパアとなり、ほぼ戦闘は行えなくなる。

 確実に捕らえられる場面を構築して、ようやく踏み切れる奥の手なのだ。

 基本的に、『夢想封印』は素面(しらふ)で扱うには重すぎる術である。『寂静』前提ともなれば、あとの揺り戻しにやってくる疲労も絶大。リターンに対するリスクが大きいので、同等のパフォーマンスを発揮する領域展開のほうが、どっちかと言えばコスパは良い。

 そのあたりの事情が、霊夢に使用を躊躇わせる原因となっている。

 

 

「分かった。(はこ)を預かろう。拘束の地盤を整えて、あとで封印を解除してくれ。何か有益なことを知っていて、かつ素直に口を割ってくれるタイプならいいんだが」

「無駄よ。これ、もう()()()()()()()

「どういうことじゃ?」

 

 楽巌寺の問いかけに、霊夢は黙っていくつか印を結んでいく。それは、匣を開けるためのパスワードのようなものだ。

 ここで解くつもりか――にわかに騒然とする一堂に、五条が手をかざし場を制した。

 匣型の外装が溶けるように消えていく。が、そのまま全てが消失しても、囚われていた存在は部屋に現れなかった。

 

「あらかじめそういう仕掛けを誰かにされてたか、あるいは自分からか・・・・・・気づいたら中の呪霊が消滅してたのよ。あの呪霊は不滅の術式持ちだったけど、封印状態じゃ術式はほぼ発動させられない。閉じた領域みたいなものだからね。つまり、証人になりえる人物が亡くなって、迷宮入りしたってわけ。とんだサスペンスだわ」

 肩を竦めて皮肉げに語る。だが内心は、不覚を取らされたことを誰より悔いていた。

 

(・・・・・・アイツは何か知っていたかもしれないのに。あの影と、あの場所について)

 

 思い起こすのは、領域を阻害しに来た異形の影。

 前兆も何もなく、いきなり空間を裂いて現れた正体不明の存在。記憶を辿れば、剣鬼の妖刀が出現したのもまったく気配はなかったはずだ。そして、剣鬼をサポートするかのようなタイミングと立ち回り・・・・・・当人はとぼけていたが、無関係とは考えられない。

 

(あの女の顔、確かに見覚えがあるはずなのに思い出せなかった。やっぱり、あたしは記憶になにがしかの蓋がされている)

 

 約十年前、誘拐された時期に、自分は何を経験したのか。

 何を目的としてそのような行動に出て、自分は無傷で解放されたのか・・・・・・。

 誰と、どこで、何を。

 貴重な機会を失った後悔はでかい。が、なくなったものは仕方がない。切り替えなければ。

 

「なんにせよ、今年の交流会は中止せざるを得ませんね」

「うむ」

 

 考え込んでいる間に、話は交流会の進退を決める場面となっていた。

 学長二人が意見を一致させる中、待ったをかける目隠し男。

 

「ちょっとちょっと、それは僕らが決めることじゃないでしょ」

 

 不審げな視線に囲まれながら、五条はニヤリと唇を歪めた。

 

 

 

 

 ――かくして、両校生徒の意見を尊重し再開された交流会。

 二日目の種目は個人戦・・・・・・のはずが、五条の計略で『野球』となり、珍しく歌姫が便乗したことで、呪術高専夏の甲子園が開催される運びとなった。

 霊夢はどちらのチームにも入らず、さすがに野球で個人プレーは不可能なので普通にパスし、試合を観戦する立場を得る。

 ぼーっと、白球を追い青春する若人を遠巻きに見ながらも、少女の意識は少し前の対談に飛んでいた。

 

 

 

 

 翌日の野球が決まったあと、霊夢は五条に呼び出された。

 

「それじゃ、約束の報奨を払わせてもらおうかな」

「ああ・・・・・・あたし別に勝ってないけど」

「いいんだよ。トラブったんじゃ仕方ない。どっちにしろ、話すつもりではあったしね」

 

 勝敗関係なかったのかよふざけんなこの白髪(しらが)

 理不尽な憤りを表情筋のヒクつきに留めて、霊夢は先を促す。

 

「結論を言えば、『何も分からなかった』ってのが分かったくらいかな」

「はあ?」

「ま、聞きなよ。きみが知りたがってた情報――『異境』については、五条家当主の力を使っても、ほとんど解明できなかった。五条の蔵書や言い伝えなんかも全部洗ったんだけどね。何せ神隠しという現象自体、色んな事象とごっちゃにされがちだし、新鮮味のありそうな話は、どこにもなかったよ。これ以上となれば、他の御三家調べるしかないだろうけど、そんなのに協力してくれるわきゃないしねぇ」

「そ。別に、そこまで期待してなかったわ」

「ただね、御三家だってそれなりに古くから色々な呪術関連の知識を蓄えていたはずなんだ。何せ年季だけは立派だからね。けど、分からない。仮にも一家系の当主権限で探ってみても、だ。ここから推測されるのは、ひとつの事実の裏付けだ」

「・・・・・・誰かが意図的に隠した、ってこと?」

「可能性の話だけどね。でも、埃が全く舞い上がらないとなると、事前に掃除したやからが必ずいる。そうでなきゃ説明がつかないよ。しかもそいつは、御三家より先んじて手を打ち、なおかつ現状でもイニシアチブを握り続けている。怖い相手だ」

「けど、尻尾は見せたわ」

「そうだね、きみの前に現れた特級と、影。これが新たな手掛かり。・・・・・・だけど、気を付けなよ」

 

 ひっそり沈めた声音で、五条は独り言のように告げる。

 

「何も尻尾を出さなかった相手が突然露骨になった。これは、隠す必要がなくなったという意味だ。または、知られたところでどうとでもできる、という支配者側の思想。・・・・・・すでに、きみも僕らも、誰かさんの描いた計画の内に組み込まれてる。後手に回ってる限り、勝ち目はない」

「天下の最強呪術師が、弱気?」

「まさか」

 

 五条は椅子から立ち上がり、端正な顔に悪ガキのような笑みを刻んだ。

 

「自分が上だと思いこんで、調子に乗ってる傲慢バカに『分からせる』のは、最高に気分がいいだろう? 楽しくなるのは、これからさ」

 

 

 

 

 カイーン!

 少女を現実に引き戻したのは、金属の快音。

 打者・虎杖。天与呪縛の真希に匹敵するフィジカルパワーを持った快男児が、スペアメカ丸(ピッチングマシーン)の投球を空高くへ打ち返した。

 術式使用を許可されている西宮が、箒で球を追うが、間に合わない。

 このホームランが決定打となり、試合は終了。

 姉妹校交流会二日目甲子園は、2対0で、東京校が勝利を収めた。

 

 





読了感謝!


次回以降はまだ未定です。
小話挟むか、渋谷に行ってしまうか。

マイペースに頑張ります。



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【隙間話:不帰(かえらず)の廃線】


アツがナツい!


くだらんこと言いましたごめんなさい。

お待たせして申し訳ないのですが、今回は少ないです。

また、視点とか人称とかも変えていますのでご了承ください。




 

 

 自分の髪が嫌いだった。

 

 

 母親由来の授かりものだけど、不満を漏らさずにはいられない。

 巻き毛で、全然真っ直ぐならなくて、頑固で、ひねくれて、やたら派手で・・・・・・まるであたしそのものだ。

 いわれもなく注意されるし、遊んでると思われて脳みそがスポンジでできてるようなうざったい連中には引っかかるし。地毛なんだから仕方ないだろ。

 無難に合わせて染めたって、負け犬気分でみじめなだけだ。アクセとかはあたしの趣味だけど、他にだって平然と好き勝手やってる奴らはいるのに、なんで毎度あたしだけが槍玉に挙げられてるんだ。あのクソ教師。

 「好かれてんじゃない?」とか、ゾっとしないことを学校の知り合いは何気なくいう。冗談じゃねえ。サブいぼ立つわ。

 普段から思っていた。あたしは、どうにも周囲との温度がズレている。ぬるぬるでダラダラな半身浴を日常的にキメてる奴らと対照的に、あたしの空気は冷え込んでいる。テンションについて行けず、KY(死語だろこれ)扱いされるのも珍しくない。それをミステリアスとか、鼻にかけてるとか、好意的悪意的に好き勝手論評される・・・・・・煩わしい。

 原因はわかっていた。

 あたしには、普通じゃ見えないものが見えてしまうから、見えてない連中とは根本的に共感できない。

 幽霊、と呼べばいいんだろうか。

 いや、あれは、そんなフワフワとした存在には思えない。悪霊、とも違う気がする。あたしが特別見えすぎてるせいなのかもしれないけど、アイツらはとても生々しくて、おぞましくて、気持ち悪い。まるで人のはらわたから真っ黒な部分だけを抽出したみたいな、絶対にやばいと直感させる異形ども。

 だからあたしは外出したくない。外に行けば、否応なくアイツらを視界に捉えてしまう。

 いつも、目にしてしまったら絶対に意識を向けないよう努めていた。見えていることに勘付かれたら、何をされるかわかったもんじゃないからだ。

 けれど、家にいるのはもっと嫌だった。

 クソ親父・・・・・・あたしの親は、あたしを必要以上に縛ろうとする。

 やれ勉強しろ、やれ真面目に学校行け。

 かと思えば、放課後は寄り道せずまっすぐ帰れだの、小遣いろくに寄越さないくせに高校に上がってもバイトはするなだの、友達付き合いはちゃんと選べだの、知り合いの前でいきなりに文句つけてくる・・・・・・鬱陶しいなんてレベルじゃない。今時、門限とか、何でもかんでも価値観が古いんだよ。

 自分だってわけの分からない土産だの骨董品だの扱ってて、それ以外の素振りも妙に秘密的で怪しくて。

 実は女でも囲ってんじゃないかとすら思う。

 女――母親。

 今更、見知らぬ他人に母親名乗られても困惑するだけだ。

 あたしの母親は、結構前に死んでる。事故、だったらしい。

 遺体はひどい有様だったらしくて、あたしは葬式の最中も、ずっと真っ白な木の棺だけを眺めていた。中身は、一度も見せてくれなかった。

 ただ、棺の周囲に黒いモヤみたいなのが漂っていたのだけ覚えている。うっすらとだが、人のような形にも見えた。

 思えば、あれは母さんの残留思念とかじゃないのか。

 母さんは、あたしにお別れを言いに来ていたのではないか。

 ・・・・・・もはや、知りようもない妄想でしかない。

 以来、まるでなんかのフィルターがかかったみたいに、あたしは普通じゃないものが見える目になってしまった。

 親父にそれを一度だけ相談したことがある。

 アイツは血相を変えて、ひどく怯えたような面をしてから、どこかに電話をかけて、悲鳴みたいな怒鳴り声を通話口に放って・・・・・・それからのことは、なんでか曖昧だ。

 あたしへの束縛が増したのも同時期だから、無関係じゃないはずなんだけど。

 ともかく、あたしは外が嫌いだ。人波が雑多な場所はチャラいのやイヤらしい目つきのオッサンが声かけてきて無理。逆に、人気が無さすぎる場所も絶対無理。さびれたビルや建物の前を通るときは、息をひそめてすらいる。

 かといって、自宅も論外だ。何せ、現在進行形でプチ家出中なんだから。

 よって、

 

「だからといって、毎度うちに来るのもどうかと思うのだけど」

 

 この、冴えない眼鏡男の下に転がり込んでいる。

 

「現役女子中学生・・・・・・もうじき高校生だけど・・・・・・と接点持てるなんて、こーりんぐらいの歳なら金出してでもやりたがる贅沢じゃねえの。むしろ感謝しろ。指一本でも触れたら前歯全部へし折るけどな」

「うーん。この口の悪さとふてぶてしさ。なんでこんな可愛げない子に育っちゃったんだか」

「育ててもいないのにあたしを語るな」

「でも、おしめ変えたことぐらいは・・・・・・」

 

 余計な戯言をこぼしかけた男に黒歴史粉砕アタック、もとい読んでいた漫画雑誌の(かど)で殴りかかる。

 

「ちょっと、危ないからっ」

「うっさい、乙女の貞操と月刊雑誌の重みを知れ」

 

 ガンガンと打ち付ける攻撃を凌ぎながら、こーりん・・・・・・森近(もりちか)霖之助(りんのすけ)は苦笑しつつあたしを見て問いかける。

 

「で? 今夜はちゃんと帰るの?」

「やだね。一人で寝酒して不貞腐れてりゃいいんだ。クソ親父。そんで腎臓悪くして死ね」

「あまり嫌ってやらないで欲しいな。きみの親父さんも、ずっと寂しくて、不安なのさ。きみが、母親のようにならないかと」

「・・・・・・・・・」

「きみのお母さんも、きみのように、普通には見えないものが見えてしまっていた。それと同じになってしまったきみは、いつ、何に狙われてしまうか、わからない」

 

 こーりんは両親との昔ながらの友達だ。そして、あたしの見えてしまう体質についても、馬鹿にしたりせず、理解を示してくれた。香霖堂(こうりんどう)とかいう、親父と似たような系統の物品を扱っている、オカルト側の人間だったからだ。呼びやすいからあたしはこーりんってあだ名を付けた。

 こーりん曰く、道具を売っているというよりは作る側らしいけど。詳しくは知らない。

 母親があたしと同じだったっていうのも、こーりんから最初に聞いたことだった。

 こーりん、そしてたぶん親父は、あたしが見ているものが『何』か、その答えを知っている。でも、何度訊ねたところで、教えてはくれない。

 

 

「知ることは、決して良い方向に繋がるとは限らない。知恵や知識、もっといえば、名前や特徴・・・・・・そういう類いを知ってしまうだけで、『あちら側』と関わりを持ってしまう。だから、できることなら、何も知らないままが一番の安全なんだ」

 

 

 もっともらしい言論で、当時のあたしは言いくるめられてしまったが、かといってずっと蚊帳の外、部外者の扱いなのはたまらないものがあった。

 母親の『事故』。それが、世に溢れる平凡な『死因』でないのは、すぐに想像できる。

 隠されたまま、のらりくらりと、誤魔化されて。

 これじゃ、いつまでもあたしは・・・・・・。

 

「あ、そうだ。どうせ泊まるなら、また仕事を手伝ってくれ」

 

 ぼーっとしていたあたしは、こーりんの提案に呼び戻される。

 

「お得意先から、新品の注文だ。変更は特にないそうだから、前回と同じ仕様で作ってみて欲しい」

 

 こーりんから手渡されたのは、仕様書とデッサン図面の紙束。

 道具屋とかいう割に、オーダーメイドで服飾のデザイン、縫製まで請け負ってるらしい香霖堂では、こういった注文はそれなりにあることだそうだ。

 

 

「暇して時間を潰すくらいなら、バイト感覚で仕事を覚えてみれば? 無駄にはならないと思うよ」

 

 

 何度目かの家出中にそう説得されて、手伝い始めたのがきっかけ。

 ミシン糸の取り換え方法すら知らなかったあたしに、服を自分で縫うなんて全く経験のない無茶ぶりを強いてきて、けどいつの間にか、ズブズブと深いところまで関わるようになってしまったという腹立たしい経緯が、あたしを少しはマシな人間にしている。

 少なくとも、学校でのんべんだらり身体動かしてだりーねみー言って呼吸してるだけの連中との違いを、人知れず築けるのはやや誇らしい自信になった。

 

「またこの服か・・・・・・なんだ、この中途半端な巫女服みたいなの。完全コスプレじゃん。脇丸出しで、袖だけ別個で付けるとか、意味わかんないぞ。しかも何度も新しいの作るとか、イメクラでお殿様プレイでもされてんの?」

「デザイン原案は僕だよ。最初はもっと『らしい』感じだったんだけど、顧客の要望に答えてるうちにこうなったんだ」

「お前巫女好きなの?」

「魔法少女や魔女っ子も悪くないと考えてる。きみにも似合いそうじゃない?」

 

 変態の意見はゴミ箱へ捨て、あたしは慣れた作業に取り掛かる。

 なんだかんだいって、この過程は嫌いじゃない。

 ただの布が少しずつ形になって行くのは達成感があるし、いずれ本当に家を出て食っていくための下地にもなり得る有益な行為。

 何より、作業中は、嫌なものも、嫌なことも、見て考えなくて済む。

 あたしは無言で、布にピンや針を突き刺していった。

 

 

***

 

 

「はあ・・・・・・」

 

 いつにも増して、帰りの足取りは重い。

 こーりんの仕事手伝って、直接学校通って、帰って勉強やら作業やらに時間使って。

 そんな生活が一週間続き、さすがにこーりんからお小言をもらうようになった。

 

「そろそろ、うちに顔出したら? お父さん、電話で連絡だけは毎日してくるんだよ?」

 

 余計なお世話だ、と突っぱねたくはあった。今回の腹の虫はなかなか収まらない。

 学校行っての、帰路。夕暮れの道を、なるべく無心で歩く。

 顔はあまり上げない。下手に奴らを目撃したくないから。

 アスファルトの汚れや電柱、ローファの爪先を見下ろしている。はたから見たらさぞ暗いヤツに思われるかも。実際、表情が沈み切ってるのも自覚してる。

 会いたくない、のは確かにそうだ。

 気まずい、のもそう。

 毎度、このタイミングが一番憂鬱なのだ。在るべき場所に押し込められる瞬間。自分から箱詰めされに行ってる気分。なんていうか、昔病欠で学校休んだ次の日、自分のあずかり知らぬところで人と世界が回っているのを理解してしまった虚しさみたいな孤独感。

 家の近所に差し掛かった。あと数十メートル直進した角に、瞼に焼き付いた家の輪郭が見えてくる。

 ふと、明らかにするのを避けていた本音が、口から漏れた。

 

「帰りたくねえな」

 

 その瞬間―――

 

 

 あたしは、古びた駅のホームにいた。

 

 





読了感謝!

誰の視点なんでしょうね(すっとぼけ)。

いまのところ、『彼女』は呪術と関りのない一般人。
呪霊、見えてはいますけど、接触は完全に避けています。

どっかの『見える子』ちゃんみたいに。
アニメ早く見てえな。



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【隙間話:不帰(かえらず)の廃線2】


今回の連投は以上です。

先はまだまだ長いですね・・・・・・。原作も今作も。

渋谷の混沌をどこまで表すかが問題だ。




 

 

「え・・・・・・は?」

 

 気が付けば、佇んでいたのは駅のホーム。

 頭が困惑で染められる中、辺りを見回して情報を得る。

 都心みたいな黄色い点字パネルのない、擦り切れた白線だけが雑草飛び出る石の地面にへばりつく。見える景色は濃い緑の木々や藪、森ばかり。背中には、古びて乾燥した灰色に近い茶色の平屋みたいな建物。吹き抜けには改札らしい仕切りがあって、その向こうもまた森だ。立地どうなってんだ。

 どうやら、ここは無人駅、らしい。

 ほぼ雑草に浸食された線路は、錆びだらけで、まったく整備されてる様子がないけど・・・・・・。田舎の廃線みたいな感じか。

 明らかな異変。あたしは、家の近くに、都心にほど近い地域にいたはずなのに、一瞬で見知らぬ場所へ来ている。

 ベンチらしきものが一応備え付けられている。が、誰も座っていない。

 というか、人の、いや・・・・・・生き物の気配が、ここにはなかった。虫の声すらしない。

 幸いといって良いのかなんなのか、時間帯に変わりはなかった。オレンジと藍色がグラデーションがかった空に、一等星が輝く時間。季節的にはもうじき秋。夏至と違って明るい時間は短くなっているが、それほど遅くもないだろう。

 けど、あたしの甘い考えは、スマホを確認した瞬間に消える。

 

「なんっ、だよ、これ・・・・・・」

 

 ホーム画面の表示がバグっていた。落としてもいないのに。時計は文字化(もじば)けて意味が分からないし、電波も当然立っておらず、アプリ全般も反応しない。それどころか、タッチ連打してたら画面が真っ暗になって、勝手に電源が落ちてしまった。

 冷たい汗が背中を伝う。心臓の音が近い。

 この感覚、近しいものを知っている。アイツらの中でも時たま見かける、姿を見ただけで吐き気が湧きあがるタイプのヤツ。あれがかもし出すヤバイ気配と、いまこの場に漂う異質さが、あたしの頭で合致する。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・・・・!

 分からないけど、何も知らないけど、ここにいるのだけはマズイ。

 直感が囁く。すぐに行動しないと・・・・・・あたしは、公衆電話とか、せめて現在位置を把握する手がかりがないか探そうと、急いで駅の改札をくぐった。

 思えばそれは、焦りと恐怖に負けた現実逃避の愚行でしかなかった。

 

 

 ――ぞわぁっ!

 

 

「あ・・・・・・ッ」

 

 見えない何かが、身体を通り抜けた。

 違う。あたしが()()()()()()()()()()

 途端に感じる、寒気、怖気? に二の腕を抱いた。

 空気感が変わっている。何もない改札をくぐっただけなのに、明確な差異がこの場所にある。

 がさり、と藪の向こうが動いた。さっきまで何もいなかったはずなのに。

 いや・・・・・・いなかったんじゃなくて、いたけど、あたしが気付かなかった? 

 もしかしたら、あたしがくぐったのは、漫画やアニメとかで見かける、存在を認識できなくなる結界とか、そういうもの・・・・・・? こっちから見えない代わりに、あっちからも見えない、とか。

 じゃあ、そこから出たあたしは―――

 

「っ!」

 

 即座に反転、プラットホームへ戻ろうと踵を返す。

 ぬる・・・・・・っ。

 

「ひっ」

 

 右足首に、何か絡みついた。

 見下ろすと、それは赤い、透明な粘液にまみれた触手みたいな管。

 ズズ――引っ張る力を感じて、咄嗟に改札の仕切りにしがみついた。

 そのまま触手の先を視線で伝って、ソイツの姿を目撃する。

 藪から出てきたのは、軽自動車くらいはある、白い卵型の異形。表面には大小様々な眼がびっしりあって、全方位を見渡せるような構造だ。あたしが集合体恐怖症なら、いまごろ悲鳴を上げているところだ。卵型のボディを支えるのは、人間の腕のようなもの。軽く十人分はある本数が、異形の巨体を支えている。

 そして、真ん中で分割されたボディの内側、口のような場所から、触手みたいに伸びた舌があたしの足を絡めとっている。

 つまり、自分の生殺与奪を、あの怪物に握られている状態。食われかけてる、ということ。

 

【見て、見て、見え、見れ、見見みみミミててテてて】

 

 ぐぐぐぐ・・・・・・その大きさ通りの剛力で、足を引っ張り、身体が浮く。

 どさり、と学校鞄が落ちた。

 あたしは必死に板切れを掴むけど、ピンと張った足と背中が、徐々にビキビキと悲鳴を上げだす。スカートの中身をのぞかれてる非難を言う余裕もなかった。

 

「ぐぁぁぁあっ、くそッ。こんな、わけわかんないまま、キモい怪物に食われたくないってのっ・・・・・・!」

 

 痛みを誤魔化すように叫ぶも、腕はすでに限界がきていた。

 意外な仕切りの頑丈さに助けられていても、か弱い女の腕力じゃジリ貧。かといって、この場で逆転できる手段はない。助けも、期待なんてできやしない。

 ――あたし、ここで死ぬのか?

 死。

 底のない穴ぼこに、突き落とされたような絶望感。

 明日も、変わらない日々のはずだった。憂鬱ではあっても、仕方なくクソ親父と顔合わせて、たぶんまた喧嘩して、学校行って、クラスメイトの雑音を横目に自分の世界に籠って、こーりんとこに寄ってって作業して・・・・・・。

 喉がひきつけを起こす。視界が熱くなって、歪む。

 こんなにも呆気ないのか? あたしは、こんなにも、弱かったのか?

 (しゃ)に構えて、世の中を俯瞰してる気になって、周囲をバカみたいに思って。

 同じじゃないか。あたしだって。何も違わない。特別でもなんでもない。

 怖い。

 怖い・・・・・・っ!

 泣き叫びたい衝動が胸を圧迫する。理不尽な現実を感情が拒絶する。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ・・・・・・。

 こんな形で死にたくない。誰にも看取られず、誰にも知られず、ただ消えるようにいなくなるなんて・・・・・・そんなの!

 

 フラッシュバックするのは、葬式の終わり。

 真っ暗な部屋・・・・・・母だった骨壺を前に、大きかった背中を丸めて、呆然とする男の姿。

 声もなく、涙もなく、ただただ無言で、けれど、見ているだけで切なくなるような、寂しい背中。

 小さいあたしは、それに声をかけることができなくて。

 もし触れたら、砂みたいに崩れてしまうんじゃないかって、恐ろしくて。

 でも、眼を離したら、消えてしまうかもってぐらい、儚く煤けていて。

 眼を、逸らせなかった。

 あの背中を、今度は、あたしのせいで―――

 

「っあ―――」

 

 とうとう、腕が離れた。

 引き寄せられる。食われる。死ぬ!

 怪物の開いた大口に、吸い込まれる最中。

 間延びした灰色の時間で、あたしは―――

 

 

 黄昏の夜空に、彗星を見た。

 

 

 ドンッッ!!

 

 

 怪物に落ちた流れ星。

 巻き上げられた粉塵の向こうになびく、黒くまっすぐな髪。

 見覚えのあるコスプレみたいな巫女服を来た、同い年ぐらいの女。

 振り返ったその横顔を、はっきり認識する前に、あたしの意識は暗闇に落ちた。

 

 

***

 

 

 目が覚めたら、病院だった。

 あたしは、無事日常に帰ってきたらしい。

 見舞いに来た親父が、ベッドに座るあたしの目の前で崩れ落ちて、わんわん泣きじゃくるのを聞いた。母さんの葬式でも、涙は見せなかったあの親父が、みっともなく。

 

 あたしは、大切に想われてたんだ。

 

 自然とそんな『当たり前』の考えが浮かんで、衝動的に、親父の背中を撫でていた。

 あとでやってきたこーりんに微笑ましい顔をされて、盛大に恥かいたけど。

 それから、あたしは自分の身に起こったことの顛末、その正体を知らされた。

 呪い。呪霊。呪術師。

 明かされてみれば、なるほどあのおぞましさは呪いだわ、と納得しかなかった。

 あたしが飲み込まれたあの場所は、消失譚――俗に神隠しの舞台にされる、漂う異界のひとつらしい。呪術師の界隈では、『不帰(かえらず)のわだかまり』と呼ばれている。

 色々な理由で、自分の帰る場所を見失い、あるいは帰るのを拒絶する気持ちが、あの場所へ人を引き寄せる。そこには、集められた餌を貪る呪霊がたくさんいて、本来なら取り込まれて間もなく死んでいてもおかしくなかった。

 ひとえに、あたしが生き永らえていたのは、無人駅の防護があったから。

 そもそも、『わだかまり』と呼ばれるだけあって、ああいった不完全な領域はもっと曖昧で、ぼんやりしているのだという。けど、あそこには匂いも、色も、風や土も満ちていた。現実と変わらないくらいに。

 

「専門家いわく、まるで、人工的に整地された領域、らしいよ。結界も張ってあったから、何者かの手が加えられていたのは確かだって」

「専門家?」

「きみを助けてくれた女の子。僕のお得意様。きみが作ってる衣装も、彼女のためのものだ」

 

 そこで、あたしは思い出した。紅白色に分けられた、改造巫女服。確かにあたしが自分で手掛けていた衣装だった。

 

「実は、いま、そこにいるんだけど」

 

 こーりんは病室の外を指さして言う。

 それを合図に、スライドドアががらりと開けられた。

 ショートに揃えられた黒髪を揺らし、頭に大きなリボンを乗せた、同い年ぐらいの女子。

 鳶色の眼は、なんていうか、透明感があるというか、虚ろというか。

 ここではないどこか遠くを見ているような、超然とした雰囲気があった。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「いやなんで黙ってるの。周囲に百合が咲きそうなんだけど」

 

 無言で見つめ合うあたしたちに文句を垂れるこーりん。若干興奮してるのなんなんだ。咲かせねえよ。

 ぐるる、と唸りながら睨んでいると、相手の女がこほん、とわざとらしい咳をした。仕切り直し、ということだろう。

 

「初めまして、あたしは、博麗霊夢。いつも、衣装作ってくれてるって聞いたわ。だから、その、ご苦労さま、というか、ありがとう・・・・・・」

「お、おう」

「いやだから何そのぎこちなさ。初心なの? あざとい萌えなの?」

「うるッさい霖之助! しゃーないでしょ、同年代と接する機会少ないのよ! 大体あたしに関わるヤツは野郎のオッサンか年上の女性しかいないの! ええお礼のひとつ言うのにドア前待機して頭の中で台詞反芻してたのにいざ対面すると真っ白になって何も出てこなくなったコミュ障ですが何かっ!?」

「落ち着け。息継ぎしろ」

 

 思わずあたしは突っ込んだ。神秘的に見えた印象が仮面となってポロリする。

 なんていうか、ぶっきらぼうな感じだけど、案外面倒見良さそうというか。身内に対しては判断緩くなりそうというか。人なれしてないというか。

 ちょうどいい言葉を探して、頭で検索をかけ、ぱっと浮かんだ単語が飛び出す。

 

「あれか、最近流行りのツンデレ」

「ブームはとっくに過ぎたわ! その属性は殿堂入り! って誰がツンデレよ!」

 

 その言動がもうそうだろう。ガミガミ攻め立てる博麗の様子が若干おかしくて、あたしは吹き出してしまった。

 ああ、なんも気にせず笑えたのって、最近あったっけ?

 

「はは。やっぱり、相性良さそうだと思ったけど、想像以上だ。霊夢は似た年頃の友達がほぼいなくてね、是非とも、きみには友達になってあげてほしい」

「勝手言ってんじゃねえよバカこーりん。・・・・・・ま、まずは知り合いからな」

「ふーっ・・・・・・別に、あたしは友達うんぬんはどうでもいいけど。あたしに関わると、ろくでもない目に遭うかもしれないわよ。今回みたいに」

 

 正しく、それは警告だった。話から察するに、博麗は呪術師なんだろう。呪いと命がけで渡り合う人種。初めて目にする、普通からズレた側の人間。

 そんな奴らとまともに付き合うのは、確かに簡単じゃないだろうけど。

 

「もう知っちまった。いまさら、全部忘れるのは無理だ。関りを断つのも、きっと。見えちまうのは、どうしようもないしな。だったら、改善策を探していくほうが建設的だと思う」

「・・・・・・そ」

「まだ礼を言えてなかったな。博麗が、あたしを助けてくれたんだろ?」

「霊夢でいいわよ。苗字は苦手。・・・・・・神隠し関連の件を探っててたまたまね。言っとくけど、今後何かに巻き込まれても、全部面倒見れる保証はしないから」

「わあってるよ。今回は助かった。ありがとうな」

 

 手を差しだし、おずおずと握り返した知り合いへ向けて、あたしは名乗り―――

 

 

***

 

 

 黄昏の病室。

 交流会のあと、一度京都に戻った霊夢は、そのまま都内の病院へ足を運んだ。

 ベッドで静かに眠る、『友達』の見舞いのために。

 彼女は、一年半前からずっとそのまま。

 助ける方法も、原因も、いまの霊夢にはどうにもできない。

 死んでいるわけでもなく、生きていると呼ぶには希薄な存在感。

 全国に似たような呪障者は無数にいて、彼女はそんな中のひとりに過ぎない。

 よくつるむ京都の三人にも、彼女のことは内緒だった。

 最初にできた、自分を人に戻してくれた二人とはまた異なる恩人。

 年の近い特別な『友達』。

 顔を見て、新しい花を飾って、霊夢は帰るときの、お決まりの言葉を告げた。

 

 

「また来るわ。じゃあね、茉理沙(まりさ)

 

 





読了感謝!


最後にどんでん返し。

石は投げないで?

幕間はこれでおしまい。次から本編予定です。



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【第拾漆話:紅白巫女は手向けを放つ】


アマング・アスの声マネ動画見漁ってて遅れました。


時系列的には、真人VSメカ丸の決戦。






 

 

 死が迫る。

 手のひらの形をした死が。

 

 

 コックピットに乗り込んできた異形の呪霊――真人(まひと)

 ツギハギの顔面を心底おかしそうに、心底愉快そうに、嘲りと哀れみと快感が混合した、なんとも気持ち悪い三日月を口に浮かべて刻一刻迫ってくる。

 自分の手には最後の切り札――簡易領域(かんいりょういき)を封じ込めた充填筒が一本。ボタンひとつで下部から針を突き出させ、眼前の化け物へ打ち込みにかかる。

 効果のほどは実証済み。当たれば勝てる。だが・・・・・・。

 

(・・・・・・くそっ)

 

 どこで、間違えたのか。

 何が悪かったのか。

 生まれついての呪いを忌み、自由の利かぬ己に憤り、そんな生涯を科した何者かを憎んだ。今ある力を差し出して、呪縛から解放されるなら、悪魔に魂を売っても構わないと夜ごと呪詛を吐いた。

 そして、大切なものができてしまった。

 彼らとともに、日の下を歩めるなら、見知らぬ誰かを蹴落とし、血に汚れることも厭わない。たとえその先が、大切な彼らの敵になる、本末転倒な未来だったとしても。

 罪を犯すことに正当性をあてがい、願いが叶うならどうなってもいい――自棄に近い刹那的で身勝手な渇望の報いがこの結果なら、はじめから、優しい光など与えてほしくなかったのに。

 どこまでも、度し難く歪んで、質の悪い境遇だった。

 おおよそは、自業自得でしかないわけだが。

 

(俺は、ただみんなと―――)

 

 両手と針が交錯する瞬間、与幸吉(むたこうきち)はいらぬ感傷に苛まれた。

 それが、切っ先を鈍らせたわけではないだろうが・・・・・・。

 

 

 半端者の結末に、救いはなかった。

 

 

***

 

 

『霊夢! メカ丸が呪霊一派に情報を流した内通者の可能性がある! 高専に記録された所在地はダミーだったわ! いますぐメカ丸の本体のところへ跳んで!』

 

 少女に入った歌姫の一報。

 全国を飛び回り、その最中で高専の結界防備増強を進める計画を夜蛾学長と打ち合わせていたのだが即座に打ち切り、霊夢は歌姫の要請通りに行動した。

 

 

 『夢想天生』による瞬間移動――己の存在を現実世界から『浮かせ』、他者の観測する意識下に自身を滑り込ませる方法。ようは、他人の認識を借りて自分があたかも初めからそこにいたように現実を誤認させる裏技のようなものだ。

 ただし、これには霊夢を知性ある他者が『観測していない』場合のみ使える。たとえば、ずっと視界に霊夢が映っていたら、霊夢がそこに存在している結果が現実で確定してしまうためNG。逆に、個室や木陰、あるいは視界外など・・・・・・観測する側が霊夢がそこにいる事実を断定化させられない、いるのかいないのかはっきりしない不確定さが介在する場合は、移動可能といった具合になる。

 また、博麗霊夢の実在を認知している既知の者でなければ、術式対象、『座標』としては成立させられない。代わりに、相手が実際どこにいるか知らなくても、登録された番号に電話をかけるような要領で認知している相手の場所へ問題なく跳べる。

 まとめると、

 『誰かに居場所を特定されていたら使えない』。

 『他者の観測結果を借りて移動する』。

 『障害や距離には影響されない』、瞬間移動法。

 

 

 名を―――

 

(《遍転(へんてん)》)

 

 フッ――身を隠した霊夢から、重力が消える。

 続いて身体の感覚が薄れていき、霊夢の存在が極限まで希釈される。自意識が漂白される一歩手前の、なかなかに危ういラインまで。概念化された身体は、わずかな浮遊感ののち、瞬く間に目的地であるメカ丸の下へと実体を移す・・・・・・はずだった。

 

「っ!」

 

 ぐにゃり、と『座標』としてメカ丸まで繋いでいた意識の経路が乱れ狂う。

 まずい、と乱れた海流のようにねじれた経路に引き込まれる寸前、術式を解除。

 途端、気付けば霊夢の身は空中に投げ出されていた。

 

(気が付いたら石の中、よりはマシだったわね。《遍転》は一歩間違うと結構あり得るから・・・・・・にしても、くそっ。なんかに術式を阻害、いえ、狂わされた。メカ丸が? アイツにこの手は明かしたことないはずだけど、対策打たれてたか。あるいは―――)

 

 危なげなく空中に浮かび、考察していた霊夢の意識を引き込む・・・・・・音。

 あえていうなら遠く響く花火に近い、散発的にやってくる大気の振動。

 多く修羅場を経験した霊夢は、直感的に察した。爆発音!

 空中に『烈』の足場を複数作って瞬間加速。弾ける空気を押しのけて、全速力で空を飛翔する。

 現れたのはどこかの山中。舗装された道が数えるほどしか見受けられない緑の丘陵地帯で爆発の原因など、そう選択肢は多くない。

 

(戦闘・・・・・・すでにことは起こってる。スタートで出遅れたか)

 

 歯噛みしながらも、飛行と加速を繰り返して爆心地をひたすら目指す。

 ・・・・・・別に、霊夢はメカ丸とそこまで親しかったわけではない。

 基本、女子三人組から他の男子の渡り扱いを受けていた不遇なヤツ。天与呪縛によって、生身で日の下を歩けないことを強いられた経緯には、多少なりとも同情はした。

 だから、メカ丸が容疑者として挙げられたとき、どこかで納得してしまったのは確かだ。己の恵まれない境遇を嘆いて、バカをやらかす可能性は大いにあると。あるいは、譲れない想いができてしまったのかもしれない。

 共感はできる。同情もする。だが、それとこれとは別の話。やりっぱなしで逃げるのは許さない。

 抗うにせよ、(あがな)うにせよ、仮にも同じ学校で過ごした身として、顔も合わせないままどこかへ都合よく消えてしまうなんてことは、決して。

 だから、

 

「あたしが着くまで生きてなさい、メカ丸・・・・・・っ!」

 

 こぼれた悪態は、切なる祈りのようだった。

 

 

 

 

「おつかれ。少し危なかったんじゃない?」

「術式の解放タイミングに合わせて自ら弾けた。あとは領域を解けば、まず死んだと勘違いしてくれる。全て計算。危なくなんてないさ。にしても、簡易領域か・・・・・・本番前にいいモノ見れたんじゃない?」

「そうだね。嘱託式の『帳』の調整もこれで済んだ。呪力や言霊を他者に託して問題なく発動させられる・・・・・・おっと。悪いが想定外のトラブルがやってきたみたいだね」

 

 真人と夏油。二人の人物が雑談を交わす頭上で、突如天蓋が砕かれた。

 メカ丸との戦闘に際して用意された、実験場込みのバトルフィールである『帳』が、ガラスのように破壊され辺りの色彩が元の姿を取り戻していく。

 二人は空に佇む小さな人影を見咎めた。

 手のひらでひさしを作り眼を細める真人が、その正体を看破する。

 

「赤と白の装束。あれが噂の博麗霊夢? ほんとに虎杖と変わらないガキなんだ」

「ああ。しかし、彼女ほどの結界術師ならこの程度は壊せてしまうか。やはり作戦決行では、彼女らの協力が必要不可欠―――」

 

 

「陰陽鬼神玉っ!」

 

 

 放たれた視界を覆いつくさんばかりの呪力玉に、地上の人影は森林ごと圧潰された。

 死体を確認する余裕もなく、霊夢は崩れ落ちた巨大な鋼鉄のカタマリに近寄る。

 とっくの昔に廃棄されたダムコンクリートの重厚な堤防に伏す、破壊された巨人。いわゆる巨大ロボットのようなその造形に、既視感を覚えたのだ。

 大穴が空いた頭部から、油のような、血液のような、濁った液体が零れ落ちている。

 砕けた淵に手をかけて、中を見下ろすと、そこはどうやらコックピット座席のようで。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ()()は、元の顔が分からなかった。

 けれど、霊夢は自然とその名を口にする。

 

「なにやってんのよ、メカ丸。バカね。呪霊なんかを当てにするから、痛い目見るのよ。そうまでして、健常になりたかった? あたしたちを、仲間を、霞を、裏切ってまで」

 

 嘲るような、抉るような毒を吐く。瞳は冷淡に凪いでいて、語調に乱れは微塵もない。

 けれどそれは、感情を水底に押し留めているようにも見えて、どこか、哀愁をまとっているような気がした

 あるいは、もっと熱く脈動する『何か』か。

 

「違うわよね。あんたは、あたしや他はどうかしらないけど、霞だけは、ずっと気にしてる感じだったわよね。ちょっとキモいくらい。下手すりゃあんた、ストーカーとかしてなかった? あの天然記念物いい子ちゃん、京都校の癒しなんだから、傷つけちゃ罰が当たるわよ。っていうか、あたし自ら人誅(じんちゅう)を下す」

 

 ざり、と背後で砂を踏む音。

 霊夢は音もなく左袖からお祓い棒を抜き、右袖から呪符を扇状に掴み広げる。

 

 

「どっちにしろ、あんたは許さない。裏切ったことにじゃないわ。秘密にして、背負いこんで、一人で罪も罰も引き受けようとした、その傲慢さに腹が立つ。

 だって、あんた弱いじゃない。あたしより、弱いじゃない。

 縛りだったのかなんなのか知らないけどさぁ、やり方、あったでしょ。・・・・・・色々引っかき回して、一方的に傷つけて、挙句、そうやって逃げた。

 ほんっと、最低。マジむかつく」

 

 

 だから。

 

「だから、許さない。あたし、根に持つの。・・・・・・覚えてるから」

 

 巨大メカ丸の頭から飛び跳ねて、霊夢は崩れていない天端道路に降り立った。

 正面には、ツギハギ面に軽薄な笑みをたたえた、半裸の呪霊。

 

「済んだ?」

「ええ。律義に待っててくれたのね。意外」

「まぁ、最後の別れくらい、言わせてあげるよ。途中で何度か吹きそうだったけど。よくわかんないんだよねぇ、死者への手向けとかってやつ。死んだらただの肉塊だろ? きみ、調理前の生肉にいちいちお別れ言って食うの?」

「いいえ。縁もゆかりもないモノに向ける言葉なんてないわ。死体に語っても、結局は自慰。自分を慰めるだけ。そんなのは、誰だって知ってる。けどね、無意味に意味を、無駄に意義を与えて糧にするのが、人間なのよ。明日を生きるために、今日と過去を、割り切らなきゃならないから」

「ふーん。やっぱ分かんないな。っていうか、別に分かりたいとも思わないや」

「そ。ところで、一応訊ねるわ。メカ丸をやったのは、あんた?」

「ああ。不自由な身体を直してやったのも俺だよ。再整形していいツラになってただろ?」

「そう・・・・・・じゃあ、多くは望まないわ」

 

 氷の殺意を眼光に宿し、巫女は両の得物をゆらりと構えた。

 

 

「いますぐくたばれ、クズ野郎」

 

 

 





読了感謝!


運命は、そう変わらない。

じゃあなんでわざわざここ描写するのって?
も、もうちょっとしたらそれっぽいフラグ立てるから・・・・・・。


おまけ解説
《遍転》:詳細は本編中の通り。分かりづらいなら、知り合いの下に即跳べる瞬間移動って認識でオッケー。



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【第拾捌話:紅白巫女はたじろぐ】

 

(虎の尾を踏んだかな?)

 

 放たれる殺気にチリチリと皮膚を焼かれながら、真人は内心冷や汗をかいていた。

 幸吉を殺めたのも、それを元手に少女を煽ったのも自分で、戯れに居残ったのも己の判断。それについて後悔は特にないが、さすがに現状の不利は理解していた。

 間もない時間で解除されたとはいえ領域まで発動し、呪力にそう余裕はない。ガワは取り繕えているが、幸吉の簡易領域による魂の傷はいまだ尾を引いていて、回復させるにも呪力と時間が必要だ。

 残る手の内は、腹に収めた『改造人間』数十体、『自己の変形』に『無為転変』。一級術師ぐらいまでなら、そこまで焦るほどでもないのだが、いかんせん相手は特級。漏瑚を容易く追い詰め、花御を瀕死にした五条悟と同等級。小娘とはいえ、そこらの術師とは危険度がまるで違う。

 

(ま、ほどほど遊んで適当にとんずらするか。相手の手札がひとつでも開示されたら御の字。そうでなくても、痛手はない)

 

 なぜなら、真人を傷つけられる存在は限られているから。

 『無為転変』で魂の形状を常に健やかなままへ保つ真人には、普通の攻撃は意味を成さない。彼に届きうるのは、魂の輪郭を理解し、それに触れる手段を持つ者。虎杖とともに己を追い詰めた七三術師の攻撃でさえ、牽制程度にしかなっていなかったのだ。

 まして、いまの真人はあの頃よりも遥かに強くなった。

 勝てるかどうか分からないが、敗北するイメージもまたない。

 

(あ、けどコイツ殺すと、『異境』とかいうのに眼を付けられるのか。なら、とりあえず四肢を壊してダルマにでもするかな。動けなくできたら今後だいぶ楽になる―――)

 

 ドンっ!

 真人の上半身が吹き飛ばされた。

 ぐらりと揺らぐ下半身に向け、霊夢は『烈』を放ったまま残心している。

 

「ヒトを前に考えごととは余裕ね。言ったでしょ。いますぐくたばれ、って」

 

 呆気なく決着――かと思えば。

 真人の右足が振り抜かれ、先端が槍となって顔面に伸びる。

 あらかじめそれを読んでいた霊夢は障壁を張って攻撃を防ぎ、呪符を投げた。

 残った左足から蛇に擬態した真人がにょろにょろと身を振ってそれを躱す。『烈』による一撃を、魂の核を瞬時に脚側へ移動させたため軽傷で済んだ。そうでなければ、いくら魂の形を保ててもしばらく再起不能になっていたところだ。

 

(やっば、めっちゃ容赦ないじゃん。ドライに見えて情には厚いか? とはいえ、いまは突っつけそうな粗さがししてる場合でもないな)

 

 元の人型に戻りつつ、真人は手を皿にして口から小さな肉塊をいくつも吐き出す。

 乾燥した何か、としか形容できないそれが、元は人間だと察せられる者はごく一部。

 

(渋谷まで少し温存しようかとも思ったけど、いいや使っちゃえ!)

 

 どうせ補給なんてどこでもできると、真人は肉塊たちの魂を合成し、再変形。

 無理矢理混合された魂は互いに拒絶反応を示し、炸裂する。

 

多重魂(たじゅうこん)――撥体(ばったい)っ!」

 

 ゴバッ! と霊夢に殺到する改造人間たちのアギト。刺々しい刃物を全身から生やした無数の大蛇が、少女をバラバラにしようと喰らいかかる。

 だが、彼女はすぐそばにまで迫る致命の牙を当然のように無視し、前進を敢行。

 肉蛇の攻撃は少女の身体を素通りし、障害をものともせず真人の眼前へ躍り出た。

 

「マジか!?」

 

 驚愕を発しながら即断で手のひらを巨大化。相手を包み込むように挟むも、捉えた感触がない。

 

(これが『夢想天生』! 本当に実体がないみたいだ!)

 

 未知なる術式への好奇心に二色の瞳を輝かせる呪霊。

 その首に、帯状のモノが巻きついた。

 それは、複数の呪符を呪力で連結させて構築した『呪帯(じゅたい)』。ただの呪符投擲では容易く対処される経験を踏まえ、操作性とスピードを補う技として霊夢が編み出したものだった。

 続けざまに伸ばされた四本の呪帯が真人の手足を一瞬で拘束するも、彼は囚われた部位を自切。頭部、胴体、手足とそれぞれが独立した動物に変身して辺りに散らばる。

 

(的を散らす気か。体積でいえば『胴体』の狼、重要そうな度合いでいえばコウモリになった『頭』。けど、初撃の対応から推測する限りそういった真っ当な基準は当てにならない。内包する呪力の総量・・・・・・これもブラフを張られる可能性がある。あの鎧武者といい、特級は一筋縄では行かないやつばっかね)

 

 と、分散し自律行動する部位を眼で追っている中、違和感を覚えた。

 (ひとつ)胴体(ふたつ)右腕(みっつ)左腕(よっつ)右足(いつつ)―――

 左足は?

 ぼこっ、と霊夢の直下から道路のコンクリートを砕き割り、改造人間による濁流攻撃が火山のごとく噴出した。

 

(地中に潜って・・・・・・っ、でも、あんたの攻撃はあたしに効かない。そんなのはすでに承知してるはず)

 

 ならばこれは陽動。魂の核とも呼べる部位が存在すると仮定して、それが遠方に退避するまでの時間稼ぎか。それとも、本命が別に構えているのか。

 改造人間の噴火から逃れた霊夢は、一帯の呪力を探索。

 すると、自分が先ほどまで取り込まれていた濁流の中から、人影が飛び出してきた。

 ヒトの形こそとっているが、明らかに異形だと分かる風体。

 目鼻がなく、耳もなく、口こそあるが言葉を発さず・・・・・・鍛え抜かれた身体を躍動させて、果敢に強襲を仕掛けてきた。

 

(ツギハギ・・・・・・じゃない。改造人間!)

 

 呪力量と巫女の霊視力で見抜いた正体は、混合された魂のカタマリ。彼女は知るよしもないが、ソレもまた複数の魂をブレンドした攻撃特化改造人間・『幾魂異性体(きこんいせいたい)』。

 繰り出される拳は言わずもがな霊夢に当たらないが、振り抜かれたその破壊力は、触れずとも理解できるほど激烈なものだ。気を張らなければ耐えるのは難しいだろう。

 しかし、一撃がどれだけ重かろうと霊夢の前では空しいばかり。

 

「陰陽玉―――」

 

 真人に利用され、いいように形を変えられた被害者に、わずかたりとも憐れみを抱く。

 だから、せめて一撃で屠るべく左手に呪力を集中させた、そのとき。

 

 

 ()()っ。

 

 

 悪足掻きに突き出された異形体の右拳から、見覚えのある縫い目の腕が伸び―――

 霊夢に()()()

 

「っ!」

「捕まえた♪」

 

 無為転変。

 異形体の身体から右上半身を生やしたツギハギが、己の術式を解放。

 ゾクっ! と接触か所から広がる嫌悪感と異物感。

 振り払おうとする反射速度よりも早く侵食する、冷たい呪力。

 肉体よりももっと深い部分、霊夢の魂に直接伸ばされる、見えない手のひら。

 それが少女の魂に指を引っ掛け、呪霊は思わずほくそ笑む。

 しかし。

 バチンッ! と、彼の術式は何か障壁のようなものに阻まれた。

 そして、不可解さに硬直した脳裏に響く、()()()()()()()()

 

(ダメよ。その娘は大事な『楔』なのだから、お触りは厳禁。いまのアナタに、二度や三度触れられたくらいじゃ影響されないでしょうけど、かといって、下男にドレスの裾を踏ませるほど寛大でもないわ。私は、宿儺ほど短気じゃないから、このくらいで許してあげる)

「はっ――ぶふぅッ!?」

 

 現実に意識を戻した真人に放たれた『烈』の掌底。

 上半身を吹き飛ばされながらなんとか着地し、ボコボコと再生を始める真人の頭上に影がかかった。

 

「陰陽鬼神玉っ!」

「やばっ」

 

 再生を半端で中断し脚を優先で変身させて飛びのく。

 ズシン! 巨大な呪力玉が堤防を粉砕。虫食いとなった瓦礫の一部から、塞き止められていた貯水池の水が山の中へ流れていく。

 辛うじて魚に変化し堤防内の貯水池へ身を隠した真人だが、さすがに潮時を感じていた。

 

(あの博麗とかいうガキ、虎杖にとっての宿儺みたいな形で『何か』に憑かれてるのか? 一見優しげな風だったが、随分おっかなそうな気配だった。手を出すのはやめだな。呪力もそろそろ尽きそうだし、いい加減逃げるか)

 

 『夢想天生』で『空』にあるはずの霊夢に触れられたタネ。

 『無為転変』における、『肉体の先に魂がある』、という真人の認識。

 それを広げることで、真人の認識する範囲内に霊夢の魂が『在る』と強く思いこみ、先の接触は成功した。解釈の広げ方による、『無為転変』の拡張術式、とも定義できる、ある種奇跡に近いぶっつけ本番のやぶれかぶれだったわけだが、結果的に功を拾った。

 だが、同じ手はもう通用しないだろう。触れられると理解したならば、徹底的に近づけさせなければいいだけ。改造人間主体で攻めようにも、呪力枯渇間近ではいくらなんでも危険すぎる。

 犯すべきリスクはもうここにない。

 自由に変身して逃走を図れる真人なら、この程度の窮地問題ではなかった。

 ・・・・・・ただ、彼は特級と呼ばれる存在の力を舐めていた。

 分断させていた他の身体(たましい)を水に潜らせて回収し、十全な状態に戻った直後。

 

 

「『博麗呪法・八方龍殺陣(はっぽうりゅうさつじん)』」

 

 

「がっ、ァアっ!?」

 

 迸る呪力の稲妻が、湖一帯を覆いつくす。

 その中を泳ぐ真人も、放電に巻き込まれ動けなくなる。

 しかも、湖に満たされた雷撃は、真人の魂にまで影響を及ぼし、壮絶な苦痛を与えてきたのだ。

 

(魂に直接干渉する類の攻撃・・・・・・っ! こんな手札もあったのかっ!)

 

 生得術式による絶対回避力が頼みの綱と思いきや、想像を上回った。

 悶える呪霊の鼓膜に、少女が響かせる大音声が届く。

 

「聞こえてるでしょ。どうかしら、『龍殺陣』の水浴びは。あんた、ヒトの魂をいじくれるんでしょ。お陰でさっきは随分気持ち悪い思いをしたけど、あんたの術式が作用してもあたしには多少の無茶がきくらしいわね。大きな収穫だったわ」

 

 何らかの術で声量をあげているのか、霊夢の声音が山彦のように廃ダムを含む付近一帯へこだまする。

 

「『鬼縛陣』は対象を縛り、拘束する術。対して『龍殺陣』は、不定形だったり実体がなかったりする相手――たとえば人間に憑依するようなタイプ――の呪霊なんかを滅するための術。これのいいところは、人間には無害で呪霊にしか作用しないこと。だから、ここら一帯にあらかじめ術式発動の『楔』を打ち込んでおいたのよ」

(・・・・・・っ!)

「あたしが無策で挑んでると思ってた? ただのガキの癇癪で、怒りのままに動いてると? 残念ね。むかつくし苛立つし気持ち悪いけど、あんたの危険性はよぉーく理解してるつもり。このまま放置してたって、なんの旨味もない。害しかない。あんた、色々やらかしすぎだから」

 

 だからここで・・・・・・。

 湖を見下ろす位置に浮遊する霊夢は、静かに両手を合わせて。

 

「領域―――」

 

 

【 領域展開 】

【 渾崙冥逢夜行(こんろんめいほうやこう) 】

 

 

「っ、やっぱり来たわね!」

 

 突如として、少女を覆い潰す漆黒に閉ざされた闇黒空間。

 一寸先すら見通せない、完全な『闇』。己の持つ領域とは似ても似つかないそこが、例の鎧武者を連れてきたやからの手引きとすぐに把握した霊夢。

 件の連中がツギハギの属する呪霊一派と通じているなら、真人をみすみす祓わせなどしないであろうと。

 尻尾を出す機会を、ひそかに霊夢は狙っていたのだ。

 周囲に五感と呪力探査を張り巡らせていると、背後に気配がひとつ。

 居合のごとく、袖からお祓い棒を抜いて一閃する。

 会心の手応えは、人の形をした影を切り裂いていた。

 

「っ!?」

 

 霊夢の相貌が一瞬強張る。

 今しがた薙ぎ払ったそれが、本来ここにあるはずのない、見覚えのある顔つきで。

 

「理子、さん?」

 

 己が切り捨てた存在の残骸が、ばたりと転がる。

 闇の中で、不自然なほど鮮明に映る、分断された胴体。はみ出た内臓、バケツをぶちまけたように流れる血の海。見覚えしかないヘアバンドと三つ編みとセーラー服。「霊夢には赤が似合いそう」とプレゼントしてくれたリボンと、自分のヘアバンをやや強引にお揃いと結びつけて笑い・・・・・・。

 ぼんやりとした死体の眼が、無言で何かを訴えるように霊夢を見つめていた。

 

「・・・・・・っざけんな!」

 

 『烈』を叩きこみ、『天内理子の形』だったモノを塵に帰す。

 

「こんなしょうもない幻であたしが動揺すると思うのか! 出てこないなら」

()()

「―――――」

 

 耳に馴染みのある、声。

 一年半前までは毎日のように「霊夢ーっ!」とやかましくもハツラツと呼びかけてきた、親友の・・・・・・。

 どくんどくん・・・・・・鬱陶しく響く心臓の音が邪魔くさい。

 冷や汗をかきながら、ゆっくりと振り返った。

 視界に映った、金髪の癖っ毛。いつもお前の真っすぐな髪が羨ましいと愚痴をこぼしていた、蓮っ葉で、意外と繊細で乙女チックな、裁縫が得意分野になっちまったと文句っぽい自慢を垂れた、彼女の―――

 

「違うっ!!」

 

 陰陽玉で跡形もなく消し去った。肉片一つ残さない。

 

「博麗、なんでダ」

 

 不可解は続く。

 いつの間にか正面に立っていた、長身瘦躯の鋼の身体。

 ジリっとノイズが走った直後、その姿が見覚えのない顔に傷のある男に移り変わる。

 いや、面影はあった。あのコックピットで、動かぬモノと化していた誰かと同じ。

 

「メカ―――」

「なんでもっと早く・・・・・・来てくれなかった」

「・・・・・・っ」

「お前が間に合わないから、みんな死んだ」

 

 知らず、蒼ざめて後ずさった霊夢の靴底が、ぴちゃりと水を弾いた。

 足元に広がった、無数の死体。床一面の、血の池地獄。

 どの顔も、覚えがある。間に合わなかったモノ。見過ごしてしまったモノ。

 霊夢の手から零れ落ちた、被害者たちの亡骸が。

 

「ほら、みんな死んでいく」

 

 ぱぁん! ・・・・・・破裂した与幸吉だったモノ。

 なのに、何者であるか不明な振動だけが、少女の脳に直接呼びかけていた。

 

 

「みんな死ぬ。間に合わない。

 特級? 最強格? 何がだ? どこがだ?

 お前は肝心なところで役立たず。交流会のとき、もし自分のあずかり知らぬところで誰かが死んでいたら。仲間が無惨に変えられていたら。ツギハギ面に、全部見る影もなく変えられたりしていたら。そうでなくとも、特級に真正面から相対して死んでいたら?

 前回は運が良かっただけ。今後もっと凄まじい修羅場がやってきたとき、果たして同じ奇跡を信じられるか? 

 答えは、」

 

「「NO(いいえ)」」

 

 

 詰問するような、追い込むような謎の声に、己の放った台詞が同調する。

 俯いた霊夢の表情は暗く冷たく沈んでいた。だが、双眸には、まだ一粒の光が残っている。

 

「・・・・・・知ってるわよ。あたしが悟ほど強くないのは。あたしが取りこぼしたモノ、全部覚えてる。失わないために、もっと貪欲になるべきだってことくらい。同じことを繰り返さないために、手を伸ばさなきゃならないくらい、わかってる」

「なら求めなさいよ。なりふり構わず、向う見ずに、明日も未来も投げ捨てて。()()()()()()()()()()()()()()――全部背負ってみなさいよ」

「うるさい! 誰とも知らぬヤツにンなこと説教される筋合いはないのよっ!」

 

 パン! と両手を合わせ、呪力を高める霊夢。

 あたりの暗闇からは天内理子が、霧雨茉理沙が、与幸吉が、他にも覚えのある死んだ顔つきの者たちが、霊夢に群がり包み込む。

 誰もかれもが、お前のせいだ、おまえの過失だ、お前の責任だのなんだのと、恨みつらみを訴えてくる。優しく温かだった彼ら彼女ら。その表の面に隠れた、裏の本心がこれなのか? 彼らは、自分たちを掬いあげることができなかった霊夢を恨んでいるのか?

 

 

 そんなはずはない。

 

 

 知っている。覚えている。些細なこと、些末なこと、大それたこと、馬鹿らしいこと、記憶する限りのあらゆる思い出が、怨嗟を吐くコイツらが偽物だと断じている。もとより、死者の声が生者に届くなどという御伽噺が、この世界にまかり通ったりしないのだから。

 そこでようやく気付くのだ。これは、この既知の姿を取った恨み言の数々は。

 

(全部、()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・・・・自分を傷つけて、誰かに慰めてもらって、救ってほしいという弱い心が生んだ自罰心。自責、悔恨、恐怖。そういった感情が具象化し、己を圧し潰しにかかるのがこの空間。つまり―――)

 

 取るべき最適解。

 偽りを浄化し、清算する。

 領域には、領域で。

 もう誰にも邪魔はさせない。

 

「領域展開っ!」

 

 

「 夢辺靈異殿(むへんりょういでん)っ!! 」

 

 

 





読了感謝!


改めて見ると単話になかなか詰め込んでるかな。

真人の夢想天生攻略法はやや無理矢理かも?
とりあえずノリと勢いで行こうや兄弟!(思考放棄)



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【第拾玖話:紅白巫女は否定する】

 

「っぷはー、たーすかったー」

 

 貯水池のほとりから移動した山中で、真人は大袈裟に疲れたアピールをして木の根に座り込んだ。

 見計らっていたように、そばの木陰から袈裟をまとった男が歩みよる。

 

「無茶し過ぎだよ。彼女らの介入がなければ、きみが祓われていたところだ」

「ははっ、まぁ面白みを求めちゃうとさ、どうしたって刹那的になるんだよ。瞬間瞬間の閃きと煌めきを大事にしなきゃ、人生楽しくない」

「きみの人生論はともかく、これでわかっただろ? 特級術師相手にまともな方策で戦うのは無意味だ。五条悟、博麗霊夢。この二人には、相応の対策をそれぞれ講じた上で気分よく戦わせないようにしなければならない。それは、必殺に等しい『手』を持つきみでも一緒さ」

「よくわかったよ。でも、『夢想天生』みたいな反則級の術式持ちにも、解釈の広げ方で俺の術式は干渉できる。このことがわかっただけでも、ちょっかい掛けたのはまったくの無駄ではなかった」

「ふむ」

 

 興味深げに頷く夏油。真人の柔軟な発想と対応力に感心する中、己の思惑通りにことが進捗していることを再認する。

 

(場合によっては、ここで真人を取り込む可能性もあるかと思ったけど、まだまだ先はありそうだ。願わくば今後も、壮絶な修羅場を潜り抜けてほしいものだが・・・・・・)

 

 と、両者は同時に何かを察知したかのごとく顔をあげる。

 瞬間、話し込む二人の近くに、蒼白い焔が噴きあがった。

 すわ奇襲かと警戒し腰を浮かせかけた真人を、夏油が冷静に片手で制する。

 

【無駄話をしていないでさっさと撤退しろ。ヤツの命がけの足止めを浪費するな】

 

 焔から、年齢や性別を推察できない苛立ち混じりの声が投げられる。

 夏油は、それに向き合い、慇懃(いんぎん)(こうべ)を垂れた。

 

「忠告感謝する、『異境』の使者。いや、大妖狐と呼ぶべきかな?」

【・・・・・・・・・次、その名を口にすれば命はない】

「おっと、それは怖い。要らぬ好奇心は胸に仕舞うとしよう。ところで、あれでも博麗霊夢は無力化に至らないのかな?」

 

 男が仰いだ先の空に浮かぶ、大きな黒い靄の球体。

 貯水池直上で黒い太陽のようにすら見えるそれが、異境の呪霊、そのうちの一体が生み出した領域の具現であることは察しがついた。

 

【当たり前だ。アレは、取り込んだ知性体の後悔、恐怖、鬱積・・・・・・そういったマイナス感情を抽出し対象者と強制的に相対させる領域だ。いわば、当人が眼を背けてきた古傷を無理やり広げるような術式。精神の脆い者なら、そのまま己の蓄えた絶望に喰われて自死するだけであろうが、博麗の巫女に通じるわけはない】

 

 時間稼ぎが精々だ、と焔は告げる。

 

「なるほど。とはいえ、ただでことを済ませないのがあなた方のリーダー・・・・・・いや、()()()だ。あれを持ってきたことにも何かしらの思惑が隠れていると私は推理しているのだが、いかがか?」

【言ったはずだ、人間(ひと)モドキ。時間を無駄にするな。貴様と語る戯言などない】

 

 断ち切った物言いで切り捨てて、焔は何もなかったかのようにその場から掻き消えた。接触していた草木は焦げた様子もなく、青々としたままそよ風に揺れる。

 しばし、焔の消えた空間を無機質な視線で射抜いてから、ふう、と夏油は首を回してどこぞの誰かのように疲弊をアピールした。

 

「彼女らと話すのは、いちいち神経が削れるよ。人間モドキ、まぁ、言い得て妙かな」

「あれが異境のヤツか・・・・・・なんか、なんのために割り込んできてるんだか、よくわかんないな」

「それでいいと思うよ。不用意に踏み込んでも、逆鱗に触れるだけだと思うからね。文字通り、触らぬ神に祟りなしさ。・・・・・・それより、逃げるよ。グズグズしてると、彼女が出てきてしまうかもしれない。動けないなら手を貸すけど」

「いらないよ」

 

 はいはい、とばかりに肩を竦めて真人は立ち上がり、二人の人物は揃って鬱蒼と繁った暗闇へ姿を消した。

 ・・・・・・それから約一分後。

 バキィィン・・・・・・内部から砕けた領域の黒繭。

 霧散する破片の中には、紅白色彩の巫女装束の姿のみがあった。

 

「・・・・・・逃げやがったか。畜生」

 

 隠すことなく舌打ちを放って、崩れた堤防の一角に降下。どうにも逃げの上手そうなやからたち。いまから追跡しようと無駄足に終わるだろう。

 それでもなんらかの置き土産が仕掛けられていないか一応周知を確認する。領域発動直後の消耗と相まって、隙を突くには絶好の機会だからだ。

 安全確認の上、スマホを取り出し、とある番号にコールする。

 

「・・・・・・歌姫? あたしだけど。メカ丸は見つけたわ。ただ、相手に先を越された。・・・・・・そう。口封じされたみたい。大丈夫、戦闘はあったけど特に傷とかはないから。敵方の下っ端呪霊は一体祓ったし。うん。指定座標を別で送るから回収班と処理班を寄越して。うん、お願い。あ、あと、霞に――いえ、なんでもない。なんでもないったら。余計なことよ。じゃあね」

 

 後始末を要請して、霊夢は巨大ロボの残骸に目を向ける。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ――博麗、射撃訓練がしたイ。陰陽玉を貸してくれないカ。何に使ウ? 的だガ。

 ――なぜチョコの代わりが単三電池になるんダ。吹き込むほうもほうだが、影響される三輪も三輪ダ。・・・・・・いや、エネループならという話ではなク。

 ――名前の由来? 知らんのカ、あの傑作アニメヲ。ちっ、今度ダビングして持ってくるから見ておケ。まずは第1シーズンから順番にダ。地上波で全3シーズン、OVAが三本、外伝が・・・・・・おい、どこへ行ク。

 

「・・・・・・・・・掘り返せば意外と、アイツあたしに絡んできてたのね」

 

 後ろめたい秘密を抱えて、ボッチだった自分と、強すぎて他と足並みを揃えにくいがゆえの孤高ボッチ。もしかしたら、そんな些細な共通点にシンパシーを見出してお節介を焼いていたのかもしれない。要らぬ気遣いだ。

 もう、それが真実なのか訊ねることもできないわけだが。

 霊夢は感覚を確かめるように手のひらを開いて閉じて、黙考する。

 

(あのとき、ツギハギに魂を触れられた瞬間、気持ち悪さと同時に妙な感覚を覚えた。内側から得体のしれないモノがにじみ出たような、どこか、懐かしいような・・・・・・)

 

 首を振って、余計な郷愁を頭から追いやる。

 いま、重要な点はそちらではなかった。

 

(改めて考慮すべきは、ツギハギの術式があたしに作用した際に読み取った、『魂への干渉という行為のやり方』。一回ぽっきりだし、不完全な形だったけど、なんとなくコツは掴んだ気がするのよね。この方法を術式の反転に落とし込んで、活用すればワンチャン使い道が・・・・・・)

 

 推定する限り、成功確率は低い。さらには、上手くいっても決していい結果に繋がらない可能性があるということ。愚かな巫女の独りよがりが、仲間の顔を曇らせるかもしれない。

 けれど・・・・・・。

 悩んだ末、意を決した少女は、鋼鉄のコックピットに入り込み、すでに肉塊でしかない少年の身体に触れ、無機質に言い放った。

 

「恨んでくれていいわ、メカ丸。ちょっと、あたしの実験に付き合って頂戴」

 

 手のひらに呪力をまとわせ、術式を起動。

 

「術式反転―――」

 

 

 ・・・・・・燐光がコックピットからこぼれ、しばらく経ったあと。

 事後処理班がやってきて、()()()()()死体袋に詰められた与幸吉の遺体搬送に立ち合い、ロボの回収に追われる高専関係者たちと入れ替わりで霊夢は廃ダムを去っていった。

 

 

 

 ―――そして。

 時間軸は、先へと進み。

 

 

 

 10月31日。ハロウィン当日の、東京・渋谷。

 この日、この場所の出来事を境に、日本はかつての日常を失った。

 

 

***

 

 

〔呪術高専始末事案記録帳 FileNo/■■■■ 10月31日 PM.□□:□□

 仮称・渋谷大規模呪術テロについて〕

 

 東京渋谷、東急百貨店を中心に半径約400m範囲の『帳』を無差別観測。

 

 『帳』の影響は一般人の脱出に及び、術師・補助監督は自由に出入り可能。『窓』には個人差あり。電波妨害により、情報交換は『帳』外、ならびに補助監督を利用して行われる。

 

(補足:当時の渋谷はハロウィンのため大量の非術師がテロに巻き込まれたと推測)。

 

 内部の『帳』境界面にて、非術師たちが「五条悟を呼べ」と要求。

 

 不透明な状況、目的のため、緊急招集された関東圏の呪術師は『帳』外にて一時待機。

 

 呪術高専上層部より、特級呪術師・五条悟、ならびに博麗霊夢による、渋谷大規模呪術テロの早期平定を正式に発表した。

 

 

・・・・・・

 

 

〔呪術高専始末事案記録帳 FileNo/■■■■ 事後追記

 仮称・渋谷大規模呪術テロ改め、渋谷事変について〕

 

被害規模:

 一般人の軽重傷者及び死亡者・行方不明者、約数千~数万人(詳細不明)。等級不詳の呪霊大量発生のため都内全域を避難区域に指定。都民全ての疎開により二次的被害は数百万人規模に及ぶ。

 現官房長官、総理代理、官僚など政府関係者多数が安否不明。

 都内官邸機能の喪失。以後は大阪に本部を移動。

 

 高専所属・非所属の呪術師・補助監督の軽重傷者、39名。死亡者・行方不明者、67名(名簿は別紙参照)。

 

 特級呪術師・五条悟――呪物『獄門疆(ごくもんきょう)』に封印。敵性呪詛師(夏油傑)に奪取。安否不明。

 特級呪術師・博麗霊夢――敵性呪詛師と交戦。のち、消息不明。

 

 

・・・・・・

 

 

〔呪術総監部の正式通達要綱〕

 ・夏油傑:生存確認。再死刑の宣告。

 ・五条悟:渋谷事変共同正犯と認定。呪術界永久追放。封印解除の禁止。

 ・夜蛾正道:夏油、五条の教唆扇動を行ったとして死罪と認定。

 ・虎杖悠仁:死刑執猶予取り消し。死刑執行人に特級術師、乙骨憂太(おっこつゆうた)を任命。

 ・博麗霊夢:渋谷事変混乱幇助(ほうじょ)内応(ないおう)の容疑で特級資格剥奪。発見次第、拘束あるいは殺害を全術師に伝達。

 

 

 





読了感謝!


霊夢の領域出しといて名前だけかよ!
という感じのひともいるかもしれませんが、もうちょっと引っ張る。
渋谷では明かせるから。

後半はなんだか渋谷事変のまとめ報告みたいな感じで、
「文字数稼ぎか?」「サボりか?」と言われそうな不安が・・・・・・。

いよいよ呪術廻戦の大きな戦いにこの作品もあがります。
とはいえ、原作内にあるような描写は省いて、要所要所だったり
オリジナルだったりする部分に絞ります。

ぶっちゃけ、いつ投稿できるかわかりません。
なので気長に待っててください。



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