虚構のウマ娘 (カイルイ)
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第1話:切羽詰まった二人

4月

マイティフッド

東京トレーニングセンター学園

 

 学園へと続く道には春らしく桜の花が散っている。

 

 日差しがそれらを幻想的に照らし出している。

 

 アスファルトに落ちた花びらを踏みしめながら一歩一歩進む。

 

 目の前の景色が淡くぼやけて見える。

 

 

 途中、新入生たちが楽しそうに横を走り抜けてゆく。

 

「彼女たちはとてもキラキラ輝いてみえた」

なんて玄人ぶって思ってみる。

 

 てくてくと道なりに無心で歩いてゆく。

 

 人通りが多くなり学園の門まで来たことに気づく始末だ。

 

 

 それらの精神的な不安を表には出さないようにしているのもあって、

声を掛けられることもない。

心配してくれるような友達がいないのも事実ではあるが。

 

 

 いわゆるメンタルブレイク状態なので授業も全く身に入らない。

 

 せっかくの昼休みも全く気が休まらない。

大好きな食事も味を感じない。

 

 

 目の前の牛丼に対して食欲がわかない。

正直食べることが億劫になるくらいだ。

 

 

 定食の味噌汁に浮かんだ自分の顔を見て、つい昨年のことを思いだした。

 

 

 これでも地元の期待の星としてこの東京トレセン学園に入学したはずだった。

夢と希望、安っぽい言葉だが当時は満ち溢れていた。

 

 

 だが、ほんの些細な出来事で両親や地元の友人に連絡すら取っていない。

 

 

 こんな状態なのには理由があるのだが。

 

 

「隣、いいですか?」

 みたことないウマ娘二人が声をかけてきた。

 

「え、ええ。どうぞ」

不意打ち的な登場に少々驚いてしまった。

 

「あ、あの」

勇気を出して会話を切り出してみたが、

お互いに会話に夢中でスルーされてしまった。

 

 

 一瞬自分と食事をしに来たのかと思ったのだが、

私を蚊帳の外にして会話と食事をとり始めたので

席取りだったのかと気づいた。

 

 わかっていることだったけれど、精神的に結構来るものがある。

 

 

 去年の今頃と比べるとヘナっとしている耳にメンタルに追い打ちをかける

情報が入ってきた。

 

 

 「今度の選抜レース、どうしようか?」

「早くトレーナーさんに実力見てもらって、担当になってもらいたいな!」

「そんな調子のいいこと言っちゃってもう~」

「えへへ。でもさ、どんなウマ娘さんたちがいるか楽しみだよね」

 

 

 昨年の自分と照らし合わせて、胸が苦しくなる。

 

そう。理由は選抜レースなのだ。

 

 

 今の自分は所属チームもなければ担当トレーナーもいない。

加えて2年目なのだ。そして「噂」もある。

 

 

 つまり、だれも担当したがらない条件がそろっている。

だからと言って、選抜レースを無視もしたくない。

 

 

 ウマ娘である以上、というより

トレセン学園に来た以上、トゥウィンクルシリーズへの憧れは捨てきれない。

いや、捨ててなるものか。

しかし、先程の悪条件とブランクもあってレースへ出たとしても、恥をさらすだけ

という気もして億劫になる。

 

 

 このトゥウィンクルシリーズへのあこがれと醜態をさらしたくないという気持ちが

入り乱れ、今時期の希望に満ちた雰囲気もあり、こんな思いになっている。

 

 

 気分もよくないので、さっさと食事を終え練習コースへと向かう。

 

 

 ここに来て初めて気づいたが、本日も選抜レースが実施されていた。

野次ウマ娘たちの歓声が、とても感傷的な気持ちにさせる。

 

 

 暖かく柔らかい湿った風が吹き抜ける。

辺りの草花がさわさわと流れる。

手すりによりかかり、無心でレースを眺めていた。

 

 

 その時後ろから

「誰かの応援かい?」

そう声をかけられるのだった。

 

同時期

マキダテッペイ

東京トレーニングセンター学園

 

 理事長室へと呼ばれた。

おそらくチームの存続問題だろう。

 

 ついに最後のウマ娘がチームをやめてしまったのだ。

その時は誰もいないチームルームで消沈していた。

 

 ひときわ緊張しながら、身だしなみを整え入室する。

 

 理事長はいつもの陽気な様子とは相反して、真剣に淡々と話を進める。

 

 緊張しながら部屋を出る。話の内容は、想像通りだった。

 

 予想外だったのが、私に退職を勧めなかったことだ。

 

「まだチャンスがあるってことか。」ホッとしたためか独り言を発しながら廊下を歩く。

ブツブツと発しながら目的もなく歩く。

 

 昔から困ったとき、考えことをするときはこうしてきた。

ひらめいたり、考えがまとまったりするのだ。

 

 目下の目標は担当ウマ娘を探すことだった。

そうすればほかのウマ娘への呼び水になるのだ

そして何とかしてチーム「バーナード」を存続しないとならない。 

 

 

 手当たり次第に声をかける手もある。

しかし、レースに出場や勝利できないチームには誰も入りたがらないのは明白であって、メンバーのいない現状では厳しいもの事実だ。

そのために担当を持つことが最優先なのだ。

 

 

「いけぇー!」

「差し替えせー!」

 

 野次ウマ娘たちが盛り上がっている。

 

 

 それに加えてスカウトに来たトレーナーたちも群がっている。

どうやらトレーニングコースまで来たらしい。

 

 

 本日は第一回春季選抜レースが実施されている様だった。

すでに第一走組が競っている。

 

 

 今年はどんな娘がいるのだろうと思い、双眼鏡を構える。

しかし。

 

 それから何組かレースを見たがどうにも奮い立つものがなかった。

どのウマ娘もはやく、個性も際立っている。

 

 

 みんなキラキラと輝くものを持っている。

なのだが、面白みともいうべきものがないのだ。

 

 正直贅沢を言っている余裕はないのだが。

 

 第一そんなキラキラした娘たちには有力なスカウトが群がっている。

 

 

こちらの出る幕はなかった。

 

 

 レースも半ばになってきた頃、てくてくと歩いてくるウマ娘がいた。

 

 

 声をかけると新入生の子で、最大手のチームの様子や憧れのウマ娘の姿を見に来ているのだそうだ。

 

 

 「目標は三冠ウマ娘です!」彼女はにこやかに言う。

それから当面の目標や親が応援してくれている旨を話してくれた。

 

 

 「以前は多くのウマ娘たちがこうやって夢を語っていたっけ」

一瞬過去の記憶がよみがえった。

 

 

 新入生の子の華やかなオーラの前には、とてもじゃないが勧誘の話はできなかった。

 

 

自信の実力では彼女の夢を壊してしまいそうだと感じたのだ。

 

 

 その子はその後追っかけとして去って行った。

今思えば、かなり自信喪失しているのだなと感じる。

少し前なら、若さとノリで「よっしゃ!行こう!」くらい言っていただろう。

 

 

 その奥にももう一人ウマ娘がいた。その顔に見覚えがあった。。

 

 

「誰かの応援かい?」

 

 

 「いえ。そういうわけでは。」

そのウマ娘は少したどたどしく答える。

 

 

「君は確か...」

 

 

「わたくしはマイティフッド」

こちらの言葉を待つことなく名乗る。

 

 

「あなたは?」

かえってこちらが後れを取ってしまった。

 

 

「僕はマキダだ。知ってると思うがトレーナーだよ」

 

「あら。そうでしたの。」

「まあ、ここにいらっしゃる男性はそうでしょうね」

 

 思ったより興味のなさそうな答えだった。

大抵の場合、トレーナーから声をかけられれば興奮する娘が多いものだ。

それもあって少し意外に感じてしまった。

 

 それからしばらく、特に何をするわけでもなくレースを見ていた。

 

突然

「マキダさんは何をしに?」

彼女が話を持ち掛ける。

 

 

 チームメンバーがいなくなって、担当を持たなければ風前の灯火であること。

そして考え事をしながら歩いていたらここに来たことを明かす。

 

「君は?」

こちらも聞き返す。

 

「わたくしもあなたと同じようなものですわ」

「デビュー戦で失敗したことがきっかけで、チームを転々といたしましたわ」

「今となっては未勝利のまま春を迎えて、わたくしも風前の灯火でしてよ」

 

 彼女は諦めにも似た笑みを見せる。

 

「そうか。似た者同士か。」

「類は友を呼ぶとはよく言ったものだな。」

 

「あら。わたくしとお友達になってくださるの?」

彼女は少し微笑んでいた。

 

「喜んでなるさ。僕も孤立しているしさ」

ここまで淡々と会話が進む。

 

「よかったら僕と組んでくれないかな」

思い切って切り出してみる。

 

「いいえ。まだお受けするわけにはいきませんわ」

彼女はレースを見たまま言う。

 

 なぜだか失恋をしたような気分になる。

「そっか。なんだか悪かったね」

そう言ってまたレースに目をやる。

 

しかし

 

「わたくし、決心がつきましたわ」

「今度の選抜レースの結果を見てから決めて欲しいのです」

「これ以上がっかりさせて友達を失いたくありませんの」

 

 彼女の目に初めて光が見えた。

 

「今のわたくしの走りを見て、決めてくださいまし」

 

 ああそういうことか。

もう誰も失望させたくないという彼女の思いが理解できた。

 

それを理解したうえで、

「わかった。今度のレースを楽しみにしているよ」

 

 

そういうと彼女は嬉しそうに微笑む。

 

 すると

「で、ではよろしくお願いいたしますわね」

彼女は少し恥じらいながら手を差し伸べてくる。

 

 

「ほ、ほら。お友達の証ですわ」

耳がピコピコとはねている。

 

「ああ。初めましてマイティフッド」

そう言って彼女の手をしっかり握る。

 

「ええ。マキダさん」

 

 彼女もまた力強くそれを返す。

 

 彼女の眼もとは少し緩んでいた。

「それと、わたくしのことはフッドとお呼びくださいませ」

「では、そろそろお暇致しますわね」

 

 小さく手を振り彼女は歩いてく行く。

 

 哀愁を漂わせていた桜の花びらが、今は彼女を鮮やかに飾っていた。

 

 そして自分も再起に向け気合を入れなおすのだった。



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第2話:同室のウマ娘

4月某日

 

マイティフッド

東京トレーニングセンター学園

美浦寮

 

 机に向かい日記をつける。

 

 入学当初からの日課だ。

 

 今日あった出来事を思い出す。

 

 思わず微笑んでしまう。

 

 「何かいいことでもあったのか?」

 同室のウマ娘に問われる。

 

 思いふけっていたので驚く。

 

 「あら!カリバー!」

 「いつの間に戻っていらしたの?」

 

 声の主に問い返す。

 

 「いつの間にって、君が日記を書くまで一緒に話していただろう?」

 確かにそういわれればそうだった。

 

 「まあ、君が嬉しそうで何よりだよ」

 「ずっと暗い顔をしていたからね」

 

 カリバーと呼んだウマ娘は少しキメ顔している。

 

 カリバーことエクスカリバーは私のルームメイトだ。

 よく図分と私とを比べてからかってくる。

 

 というのも彼女は関係者からの人気も高い有望株だ。

 

 昨年のジュニアG1レース朝日杯FSを勝利しており、現在負けなし。

 次走は皐月賞でクラシックレース制覇を目標にできる実力者だ。

 

 「それはそうと、何があったんだい?」

  カリバーは私のベットに腰を掛ける。

 

 「大したことではなくってよ」

 「プライベートなことですから放っておいてくださいまし」

 

 「おや。友達に対してずいぶんきつい言い方だね」

 カリバーは肩をすくめる。

 

 「え?」

 私は驚く。

 「ん?」

 カリバーはそんな私を見て驚く。

 

 「もしかして、ずっと私のこと友達だと思って...?」

 わたしは彼女の顔を見る。

 

 「あったりまえじゃないか!」

 「傷つくなぁ!」

 カリバーは呆れ気味に言う。

 

 「オッホッホッホ!」

 私は盛大に笑う。

 「そうだったんですのね」

 

 カリバーが私のことを友達だと思ってくれていると知り、

 気分が高揚する。

 もっとわかりやすく言えば、超うれしい。

 

 その勢いで、自分にトレーナーが付いたことを話す。

 すると、カリバーは一瞬目を丸くし、すぐ後に私に抱き着いてきた。

 

 「ど、どうかいたしまして?」

 さすがに私も困惑する。

 

 「どうもこうもないさ」

 「君にトレーナーがついてうれしいのさ!」

 「今度は上手くいくといいね」

 

 彼女は自分のことではないのに鼻を赤くしている。

 

 20秒くらいだろうか、抱き合っていた。

 

 彼女は離れ、自分の机から箱を手にする。

 

 「そうだ!おいしいお菓子が手に入ったんだ」

 「折角だし一緒に食べよう!」

 

 彼女はうるんだ目で言う。

 

 何について泣いているのか想像はついた。

 が、みなまで言うつもりはなかった。

 

 「ええよくてよ」 

 

 そう言って、私はお茶を入れ団欒をする。

 友達の団欒は私にとって初めての出来事だった。

 

 恐らくこの会話の為に買ってくれたであろうお菓子を食べる。

 とてもおいしいクッキーであった。

 

 

 入学して初めて布団の中で夜遅くまでおしゃべりをした。

 

 翌朝はちょっと寝不足気味になってしまったが、心は満足していた。

 

 久しぶりのトレーニングにも胸を馳せながらチームルームへ向かったのだった。



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第3話:マイティフッド抜錨!

4月某日

 

マイティフッド

東京トレーニングセンター学園

 

 今日は雲一つない快晴だ。

 遠くに見える校舎がにじんで見える。

 

 今日は気温が上がりそうだ。

 初夏が近づいてきたことを感じさせる、少し湿ったやわらかい風が髪をなでる。

 ふと立止まって深呼吸をする。

 

 先週まで感じていた、焦燥感にも似た不安感が消え、

 今は緊張にも似た胸の昂りでいっぱいになっている。

 

 つまり、ドキドキわくわくでいっぱいということである。

 

 自分の横を元気よく、他のウマ娘たちが駆け抜けてゆく。

 

 今まで感じていた焦り、どうしようもない緊張感はない。

 

 駆け出したい気持ちを抑え、トレセン学園へと向かう。

 気持ちがとても軽い。

 ほかの生徒の軽やかな声、風の音、光る水面。

 今まで気にすることはなかった多くを楽しみながら歩みを進める。

 

 しかし結局いつもより少し早く教室の席に着く。

 

 一限目の支度を整え窓の外を見る。

 

 トレーナ共にトレーニングを励むウマ娘の姿が、目に入ってくる。

 トレーナーと一緒に笑う娘、注意を受ける娘、話し込む娘。

 様々だ。

 私もあんな風に、誰かと一緒に走れるのかと思うと胸がときめいてくる。

 去年の今頃感じていた感情そのものが蘇ってきたのだ。

 

 だがすぐに負のイメージが湧いてくる。

 最初のトレーナーとはうまく行かなかったために、

 今度のマキダさんとは何とかうまいこと行かせたい。

 

 今日の為にいろいろと準備と調整と怠らなかったのだ。

 やり残したことはないか、方法は間違っていなかったか…。

 

 頭を軽く振ってそれらの考えをかき消す。

 私の悪い癖だ。いつも考えすぎて自分に枷をつけてしまう。

 

 パンっと太ももをたたいて気付け代わりにする。

 

「やあ。元気かい?」

 声をかけ私の前の席に腰を掛けるエクスカリバー。

 

 それなりだと返す

「今日走るんだって?」

 

「ええ。今日が私にとっての決戦でしてよ」

 

 私はいたってまじめだったが、彼女は笑いながらこう返した。

 

「決戦はまだ先さ!開戦の間違いだろう?」

 

 その言葉に自信を持って返すことができなかった。

 またネガティブに

 保身のために己を出さないように

 

「追い込んでごらんよ」

 

 黙ったままの私にそう言った。

 

「ほら最後方から一気にさ!こうシュッとさ!」

 

 彼女はジェスチャ―を交えながら言う。

 

「気持ちは追いこんじゃあだめだよ」

 

 私の二の腕を軽く叩くとにこやかに去っていった。

 

「最後方からの追い込み…」

 つぶやきながらぶっつけ本番でできるのか不安だった。

 

 授業中はどうするかで頭が一杯だった…

 訳ではなかった。

 半ば吹っ切れで思いついたことをやろうの精神になった。

 

 後はそれがうまく行くのかどうか脳内シュミレーションの繰り返しだった。

 

 それが功を奏したのか、気づけば昼休みだった。

 

 気持ち軽めに食事を終え、午後に備えて着替えを済ませる。 

 

 校庭、もといレース場には、すでに多くのウマ娘たちが集まっていた。

 今後の人生にかかわる選抜レースを受けるために。

 

 同級生や先輩の中には、私を冷ややかな目でいる者もいる。

 「未勝利とはいえメイクデビューを走ったのに恥ずかしくないのかしら」

 どこからかそんな声も聞こえる。

 

 構うものか。恥という恥はすでにさらしてきたのだ。

 雑誌やニュース、SNSで叩かれまくった私にとって、

 その程度は野次でも罵声でもなかった。

 

 しかしそれを聞いた新入生や、これから初トライアルを受ける娘たちからの

 軽蔑するような視線は胸に刺さる。

 

 「フッド、勝つんだぞー!」

 威勢のいい応援が私にかかる。

 

 予想外の応援に思わず振り返ると、やはりエクスカリバーであった。

 この一言によって、場の空気が変わった。

 

 「やってやりますわよ!」

 と力こぶを作るポーズでそれに答える。

 

 ふと目をやると、多くのトレーナに交じってマキダさんもいるのだった。

 

 緊張をほぐすためにもう一度太ももをパンっと叩き、レースに備えるのだった。

 

 ターフにはゲートが準備され順次ゲートインして行く。

 

 ゲートの中で蹄鉄を確認する。

 

 「今度は問題ないですわね」ぼそっとつぶやく。

 

「各ウマ娘ゲートイン完了!」

 アナウンスが響く。

 

 開始に備え構える。

 

 ゲートが開く。

 やり直しをかけたレースが今スタートした。

 

同時期

マキダテッペイ

東京トレーニングセンター学園

 

「いよいよだな。選抜レース」

 同僚トレーナに声を掛けられる。

 

「今年もこの時期が来たな」

 机を整理しながら答える。

 

「今年はあたり年だぜ。育て甲斐のありそうな娘達が一杯だ」

 同僚はにこやかに言う。

 

 彼の言葉には、気に食わぬところもあったが堪える。

 「今年の注目株は誰だい?」

 今年のウマ娘の情報を調べ忘れていたために、少し探ることにした。

 

 「今年は何と言ってもグランドツアラーだな」

 「抜群の切れ味とスタミナが特徴だ。将来は大物ステイヤーになるんじゃないかな」

 なぜか自慢げに語る

 

 「後はヒノモトサムライかな。彼女は逆にスプリンタータイプだな」

 「最後の直線のスパートは、瞬間移動なんて言われるほどらしいぜ」

 

 「こういうウマ娘を育ててみたいよな」

 彼は腕組をしながら目を瞑っている。

 彼女らの走る姿を想像しているのだろうか。

 

 「マキダは誰に目星をつけているんだ?」

 「ああ。僕はマイティフッドだな」

 自分でも驚くほどに素直に答える。

 本来は多少話を合わせるために同じ娘と答えるものだが。

 

 「マイティフッド!?やめた方がいいぜ」

 「曰くつきなのは知ってるだろ」

 「昨年メイクデビューで轟沈して以来、全く活躍なし」

 「言い訳して、当時のトレーナーに見限られて以来、学園中のトレーナから干されているのは知っているだろう?」

 

 同僚はかなり驚いているようだった。

 

 「お前が大穴ウマ娘が好きなのは知っているけど、やめた方がいいぜ。マジで」

 気に障る言い方だったが、心配していることも感じられた。

 

 「まあ、レースを見てから決めるさ」

 そういって私は席を立ち、レース場へと向かった。

 

 すでに多くのウマ娘達が準備を進めていた。

 準備体操をする者、会話をする者、不安そうにおろおろする者。

 十人十色だった。

 

 フッドはというと、黙々と準備体操を行っていた。

 一応経験者ゆえか、手慣れたものだった。

 

 彼女はこちらに気づいたのか、小さく手を振る。

 こちらも、それにこたえるように返す。

 

 周りのトレーナたちは、タブレットのデータを見て、各々話し込んでいるようだった。

 つられてデータに目を通すが、

 「この時点ではあまりあてにならないだろうな」とぼやくだけに留まった。

 

 「東京トーニングセンター学園選抜レース、これより開始します」

 「芝2000メートル参加者は準備を開始してください」

 実況が流れる。

 

 それぞれがゲートへと向かう。

 

 「各ウマ娘ゲートイン完了」

 「体制整いました」

 いよいよだ。

 

 「ゲートオープン!」

 「ポンっと飛び出していったのは、3番グランドツアラー」

 「これはいいスタートを切りました!」

 

 「ハナを切って進むのは1番デスクトップ!」

 「そのすぐ後ろ6番デュアルモニター!」

 「少し離れて3番グランドツアラー!」

 

 「ここまでで先頭集団を形成しています」

 

 「少し間が空いて2番ヒノモトサムライ」

 「最後方には4番マイティフッド」

 どうやら逃げウマ娘のいない展開だ。

 

 先の3人が先行集団、ヒノモトサムライあたりが差しウマだろうと予想できた。

 フッドは不気味に後方に控えていた。

 

 この時少し不思議に感じた。

 昨年までは前へ前へ行く先行策だったはずだったかからだ。

 そして最終コーナーでスパート。

 その日のコンディションによってそのまま沈んだりもするような走り方だった。

 

 ウマ娘達がコーナーを曲がってゆく。

 

 皆力強く走る姿は美しい。

 

 青々としたターフの上を必死に駆けてゆく。

 フッドの走る姿は、ブランク明けとは思えないほど実戦的だった。

 

 「各ウマ娘第二コーナを曲がって向こう正面へ!」

 「先頭ここで変わって6番デュアルモニター」

 

 「ここまで10バ身ほど、よどみのない展開になっています」

 「紛れはなさそうです」

 

 「各ウマ娘第3コーナーへ」

 「ここまで平均ペース!展開への影響はなさそうです!」

 

 レース展開自体は平均的で、他のウマ娘達も特に掛かり気味というわけではなかった。

 

 「もう一度先頭から、6番デュアルモニター」

 「ここにいました4番マイティフッド」

 

 「2番ヒノモトサムライは現在中段!」

 「この位置から届くのか!?」

 「各ウマ娘ここでペースを上げてゆきます」

 

 ほかの娘達ペースを上げる中フッドは現在のスピードを維持していた。

 おそらく最後の直線勝負なのだろうか。

 

 「第4コーナーを抜けて直線の攻防!」

 「最初に仕掛けたのは6番デュアルモニター」

 「グランドツアラーここで抜けた!」

 「内から一気にヒノモトサムライ!」

 

 ヒノモトサムライが完全に抜け出していた。

 「速い速い!ここから一気にちぎるか!」

 「追いかけてくる娘はまだ3バ身後ろ!」

 「これは決まったか!」

 

 観客のウマ娘たちの熱気も最高潮に達している。

 トレーナたちの中には熱くなっているものもいる。

 

 しかし次の瞬間状況は一変した。

 「先頭は依然ヒノモトサムライ」

 「ここで先頭変わってマイティフッド」

 「ん?先頭変わって?」

 

 僕をはじめとして多くの者が困惑したであろう。

 完全に突き放しにかかったウマ娘をぶち抜いていったのだ。

 

 少なくとも第4コーナの時点で8馬身はあったリードを一瞬で詰めたことになる。

 

「マイティフッドだ!先頭はマイティフッド!」

「さらに差を広げる!」

 

 200メートルを通過した時点で、フッドは先頭を突き進んでいた。

 

「2バ身から3バ身のリード」

 

 ヒノモトサムライも必死に…

 ものすごい形相で追撃を試みるが、儚く散った。

 

 完全に速度域が違う。

 あれよされよと差が開いてゆく

 

 恐らく勝利を確信して疑わなかったその瞬間に見える背中程

 つらいものはないだろう。

 

「これは決まった」

「マイティフッド今ゴールイン」

「2着にはヒノモトサムライ」

「信じられません。何があったのか!」

 

 実況が我々の心境を代弁していた。

 何があったのか…

 

 熱気と歓声に満ちていた場内は、一変して沈黙に包まれた。

 予想外の勝者へのブーイング?

 いや違う。訳が分からなさ過ぎて皆言葉を失っているのだ。

 

 「よくやった!フッド!」誰かの歓声で、ようやく場内は音を取り戻した。

 

 走り終えたフッドは足取り軽くこちらへとやってきた。

 

 「さあ。マキダさん。いかがでしたか?」

 他のトレーナーには見向きもせず、寄ってくる。

 自信ありげにフッドは微笑む。

 

 勝利を自慢したくてうずうずしている顔を前にして、こちらも不思議を温かい気持ちになる。

 

 よろしくねと手を差し伸べる。

 

 彼女は両手でそれを握り返し満面の笑みで

 

 「ええ!」

 と返すのだった。

 

 他チームの敏腕トレーナーがヒノモトサムライらに声をかけに行ったことで、

 ほかのトレーナー達の声掛けも始まった。

 

 負けたウマ娘らの中には、負けたことが理解できていないものもいたようで、

 いまだに戸惑っていた。

 

 ヒノモトサムライもその一人だ。

 声をかけられてもなお、ボーとしていたほどだ。

 沈黙が解け、徐々に活気を取り戻すレース場。

 

 そこから少し逃れるように二人で移動する。

 

 二人でトレーナー室へ向かう途中、エクスカリバーに会った。

 

 彼女はフッドを見つけると抱き着き、勝利を祝っていた、

 「よくやったよフッド!しかしあの走りは驚いたよ」

 

 「しかし、私のアドバイスも確かだろう!」

 と誇らしげに言う。

 アドバイス?とエクスカリバーに問うと、

 「追い込むように伝えたのさ」という。

 

 それを聞いて納得した。

 昨年までの作戦を急遽変更した理由が明らかになったのだ。

 

 エクスカリバーによると、フッドとの会話でもしやと思ったのだそうだ。

 

 トレーナーとして彼女たちの友情とエクスカリバーのやさしさに敗北したように感じた。

 

 そのままエクスカリバーはトレーナーのもとへと去ってゆく。

 

 トレーナー室で堅苦しい事務手続きを終え歓談にふける。

 

 それも落ち着き、日も落ちかけてきた頃。

 

 「さすがに疲れましたわ」

 フッドは眼をつむり、こちらの肩にもたれかかる。

 

 徐々に力が抜け始める。

 このままでは休まらないだろうと、彼女の頭を太ももに乗せる。

 

 「こりゃ。本気で寝ちゃったな」

 フッドの穏やかな寝息を聞き、起こすことをあきらめた。

 

 開け放しの窓から入るやわらかい風が二人を包んでいた。

 まだ明るい夕焼けを眺めながら。

 何とも言えない感情で、この時間を過ごしていた。

 



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第4話:夢

マイティフッド

東京トレーニングセンター学園

 

美浦寮

 

意識が戻ってくる。

最後の記憶はトレーナーの膝の上で目をつむったことだ。

 

いつの間にか自室にいた。

 

「お。眠り姫のお目覚めだね」

ベットに腰を掛けたエクスカリバーは穏やかに微笑む。

 

「あら。いつの間に?」

 

寝落ち特有の記憶喪失になっていた私は、思考停止になる。

 

「トレーナーさんが届けてくれたんだよ」

「それで寮長さん経由で私のもとさ」

 

ほら、急いでシャワーを浴びておいでよ。もうすぐ時間すぎちゃうよ」

 

 時計を確認すると急いで浴場へと向かう。

 

頭から湯を浴びながら今日一日の出来事を整理する。

 

 選抜レースで勝利し、専属のトレーナーが付いた。

 

夢なんじゃあないかと今でも思う。

 

部屋へ戻るとエクスカリバーが食事を用意していてくれた。

この時間では食堂は閉まっているので、買い置きしてくれたようだった。

 

「いやーコンビニめしで悪いねー」

とエクスカリバーは頭を搔きながら言う。

 

サンドイッチとお茶が並んでいた。

「ありがとうカリバー。わざわざ買いに?」

 

「わざわざというほどでもないよ」

「自分の用事のついでさ」

 エクスカリバーはにこやかに言うが、だとしても彼女のやさしさが染みる。

 

私は改めて礼を言い食べ始める。

 

食べ終わったところで、消灯時間が近づく。

布団に入ってもなおなかなか寝付けなかったのだった。

 

 

東京トレーニングセンター学園

マキダテッペイ

 

今日がトレーナーとして彼女とかかわる初日だ。

いろいろと確認事項もある。

 

だが、面倒臭さより気持ちの高ぶりが勝っていた。

 

「入りますわね」

ノックの後、澄ました表情でフッドはやってきた。

 

 

「昨日はいろいろとご迷惑をおかけしたみたいで」

と、気にしているようだった。

 気にしてないよと笑顔で返す。

 

「トレーニング前に確認しておきたいことがあるんだ」

急ではあったが、話題を振る。

 

「何かしら?」

フッドは少し首をかしげる

「自己紹介がまだだったね」

「僕はマキダテッペイ。実は得手不得手がはっきりとある」

そして、

・自分が本来はOP戦などを中心にコツコツと確実な勝利を目指すトレーナーであること。

・G3以上の重賞レースは経験も少なく勝率も悪いこと。

・それが理由でウマ娘達がチームを離れたこと。

を中心として過去のいきさつを説明した。

 

「あら。そうなんですのね」

と不思議そうにしたのち、

「どうして自分が不利になりそうなことを先に?」

とさらに不思議そうにしていた。

 

「こういうのは先に言っておかないとね」

頭を掻きながらそう言われればそうだと感じるのだった。

 

「そういえば何か出たいレースはあるかい?」

「夢のレースとかさ」

 

彼女は少し悩んで、

「特に今は…レースで勝てればそれで…」

言葉を濁しつつ曖昧に答える。

 

「ほんとのところは?12冠?」

とかなり無茶に言う。

 

緊張がほぐれたのか、フフっと笑い

「キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス…」

小さな声で確かにそう呟いた。

 

「わお!」

あまりに突然で純粋に驚いてしまった。

 

「やっぱり難しいですわね」

と遠慮する彼女であった。

 

「いやー。3冠とかと予想していたものだからついね」

KG6&QES。イギリスで開催されるヨーロッパを代表する中距離G1。

 

現在のところ日本のウマ娘で制覇したものはいない。

過去にあのエアシャカールなどの優秀な者たちが挑んだが…。

 

「フッド。そのレースに出たいのか?勝ちたいのか?」

「どっちだい?」

 

彼女の眼はまっすぐこちらを見つめたまま

「勝ちたい」

そう言った。

 

「やれるだけやろうか」

そういうと彼女は静かにうなずいた。

 

「で。なんだけれど」

「いきなりホイホイと出られるものでもないから、直近の目標を決めたいんだけど」

そういうと

 

「それなら今年は3冠路線で攻めたいですわね」

とシリアスな口調からいつもの調子に戻る。

 

「まあ。今からですとダービーと菊花賞かしら」

ちょっと残念そうに言う。

 

これには訳ありなのだ。

そもそもマイティフッドは今だ未勝利なのである。

 

つまるところ

 

未勝利戦に勝利

  ↓

1勝クラスなどの条件戦勝利

  ↓

OP戦勝利

  ↓

重賞挑戦

  ↓

G1挑戦

 

といった流れが現実的であろう。

しかしその目標とする皐月賞までにはこの条件はクリアできない。

 

「そうだな…さすがに難しいな…」

と肩をすくめる。

 

「よし。なら直近の目標は青葉賞だ」

「そこで1~2着入りしてダービー出走を狙おう!」

 

「そのためには今週末の未勝利戦に挑戦といこう」

「なかなかハードだけどな」

 

彼女を見るとサムズアップをしていた。

「よっし!それでいきますわよ」

「では」

張りきった彼女はなぜか唐突に服に手をかける。

 

「こら」

恐らく暴走したであろう彼女にストップを呼びかける。

 

「大丈夫ですわ!制服の下にすでに着ていましてよ」と胸を張る。

が、「モラルとしてよくないから更衣室で着替えてきなさい」

と注意する。

「Oh」

謎のネイティブ発音に困惑しながら彼女を見送る。

 

「しかし…」

正直KG6&QESというのは驚いた。

海外G1の経験なんて自分にはないのだ。

国内だってそれほどだ。

 

かなり気合を入れる必要があること感じ、若干震えていた。

 

20秒くらいして

 

「さあ。マキダさん。どんなトレーニングですの」

 

「今日からはとにかく体力とパワーメインでやっていこうと思う」

「現時点で十分なスピードはあるからね」

 

そしてトレーニング内容を伝える。

彼女はターフに入ると別人のようになる。

以前の競技の癖か、一礼をしてからターフに入るさまを見るとウマ娘としての威厳を感じる。

 

芝をダートを駆けてゆくその様は美しいの一言であった。

少しカールのかかった栗毛をなびかせ一歩一歩をしっかりと。

まるで地面をつかむように走る。

 

今まで担当したウマ娘には失礼であるが、目を離せない話したくない魅力を感じた。

そんなフッドを日が暮れ、トレーニング終わるまで見ていた。

 

「終わりましたわよ」

 

ちょっと息を切らしたフッドがやってくる。

 

「よし!今日は終わり!」

その後、1時間ほどミーティングと反省を行って解散となった。

 

「いいかいフッド。これが僕のトレーニングのルーティーンになるからよろしくね」

 

「ええ。わかりましたわ」

 

彼女は荷物をまとめると一礼してトコトコと小走りに去っていった。

 

自分も反省記録をつけレース記録などの調査を行った。教員室には同僚がまだ残っていた。

 

以前私にフッドの担当はやめておいた方がよい言った奴だった。

 

「おお。まだ残っていたのか」

そう声をかけると書類とにらめっこしていた。

 

「ああ。マキダか。ちょっとな終わりそうにねえや」

諦めの笑顔を見せる。

 

「定時ダービー組のお前が珍しいな。トラブルか?」

定時になると一斉に帰宅する者たちのことを一部ではそう呼んでいる。

悪いわけではないのだが、中にはやりっ放しや部下に押し付けての出走者が多いのも事実で嫌味でそう呼ばれている。

 

ちなみに彼はいい加減に帰る。

トレーニングもちょっと真剣さがたりないやつだった

「いやそうじゃないよ。今度担当するウマ娘の娘のデータだよ」

 

「お?この前の注目株か?」

グランドツアラーやヒノモトサムライかと思ったが、全く予想外のウマ娘だった。

 

「そんな出来上がったのはうちには来ないよ」

「このランフェティバルって娘はなかなか厄介なんだよ」

肩をすくめる。

 

データ上は確かに優秀とはいいがたいものだった。

「だけどよ。何の疑いもない目でよG1走りたいなんて言われたら断れねえんだよこっちは…」

 

顔は見えないがなんだか悲しみを感じる。

いつになく真剣だった。

 

「デビューできるかすら怪しいのによ…」

かみ殺すような小さい声だった。

 

「俺よ。まだまじめな心が残っていたみてえだわ」

同僚はそう言いうと、同クラスのウマ娘の過去の勝利記録などを調べ始めていた。

 

「ほどほどにな」

そういって部屋を出るのだが、彼だけでなく自分のフッドについても不安に思うのだった。

 

今思えば大層な約束をしてしまったものだ。

「叶わない夢は追わない」それをモットーとして生きてきた。

だからこそ、「夢ではなく目標にする」努力をしてきたし、させてきた。

 

しかし、夢のまた夢は経験がない。

絵に描いた餅を本物の持ちにする力は誰も持っていない。

後は彼女を信じるほかないのも事実だった。

 

私たちトレーナーは人一人の人生を握っている。

いい加減なトレーニングやレーススケジュールは組む訳に行かないのだ。

 

だからこそ…

 

まずは眼前の未勝利戦を確実に勝ち上がらなければならないのだ



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