王のもとに集いし騎士たち (しげもり)
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王への道
挫折


「またダメだったか・・・」

 

俺は届いた通知を見て深々とため息を吐く。

そこには不合格の文字。

全国から集まる応募者の中から数少ないトレーナーへの資格試験。

それは年々難関となり必死で勉強したものの5回目の試験もあえなく不合格となった。

全国2万人以上となる応募者から合格者はわずか100人。筆記だけではなく面接などでも厳しく審査される。

もっとも俺は1次試験すら通過できなかったが。

 

昔は資格なんかなかった。セクハラ問題やいじめ問題が問題視されトレーナーは資格試験になり難易度は年々高くなっている。

昔と違いウマ娘が普通に暮らせているのは女性の権利と種族の被差別が法律で決められたからだ。

 

「もうはや5年か・・・」

 

俺は参考書が積まれた狭い部屋の中を見回す。

今回で心がぽっきり折れた感じがする。もはやどんなことをしてもトレーナーになる道が思い浮かばない。

 

「もう別の道を探すべきなのかもな」

 

俺には昔からウマ娘の能力がなんとなくわかった。熟年トレーナーが長年の経験で持つといわれるそれをすでに持っていた。

だからこそウマ娘のトレーナーになるという目標を持った。

 

「思えば大学に行かず地方の専門学校や養成学校から下積みするべきだったのかもな・・・」

しかしそれではしょせん下積みで終わる。長い時間かけても才能のある一部の者しかトレーナーになれない。

しかしせめてウマ娘に関係する仕事につけたのではないか。

そんなとりとりとめもないことを考えるといつしか部屋の中は暗くなっていた。

 

「もうこんな時間か。行くか…」

 

俺は重たい足を引きずるようにゆっくりと部屋の外に歩き出した。

 

 

 

 

「やあ、先生!いらっしゃい!」

 

行きつけの酒場の中に入ると若い男が明るく声をかけてくる。

 

「これを」

「ああ、今回も儲けたようですね。さすがの博識です」

 

俺が紙の束を男に渡すと男は代わりに札束を俺に渡してくる。

 

「先生はメインしかしないんですか?今度のマイル第2レースの話も聞きたいんですが」

「あれはやめておいた方がいい・・・八百長だから」

「へえ!やっぱりですか!」

 

俺の言葉に男は大げさにうなづく。

 

「新人のあの子は顔がいいからな。新しいアイドルを出したいんだろう」

「お偉いさんが八百長レースやるとこっちが困るんですがねぇ」

「違いない。ああ、何か食べるものを」

「いつものやつでいいですか?」

 

そういって男は厨房に引っ込んでいく。

ここはよくある”賭場”だ。

賭けレースは表向きには禁止されているが昔から裏では多くの人がレースに賭けている。

国も賭け専用の大会に限り賭けレースが許可されてはいるものの。

還元率が低すぎ税金もかかり絶対に儲からないようになっている。

 

俺はここで金を稼いでいたので勉強にひたすら時間を費やせた。

もっともそのせいでずいぶん長い間苦しむことになったが・・・

皮肉なことにレースでの的中率の高さから一部では先生ともいわれて持ち上げられている。

 

「だけどそれも終わりか・・・」

 

ぼんやりと店内を見ていた俺のもとに食事が運ばれる。

 

「先生お待たせしました」

「・・・その先生はやめてくれ」

「いやいや先生ほど博識な方はいませんからね!次のレースのお話を聞かせてくださいよ!」

「仕方ないな。まあ今の理事長になってまともなレースも増えただろうけど次のレースは・・・」

 

ニコニコと笑う男を適当にあしらいながら俺はゆっくりと食事を始めた。

 

 

 

 

 

 

帰り道の商店街で桃色の髪を見て俺は足を止める。

 

その店先ではかわいらしい少女と人のよさそうな青年が売り子をしていた。

 

「そのニンジンせんべいをもらえるか?」

「あっいらっしゃい!」

「先生。こんにちは」

「先生はやめてくれ」

 

二人が明るく挨拶を返してくる

 

「昨日のレースは良かったな」

「これも先生のおかげですよ」

「うんうん。みんなも喜んでくれたんだよ!」

 

この間のレースで勝ったハルウララたちが明るく笑うのを見て思わず申し訳ない気持ちになってしまう。

初めて会ったときは偉そうに講釈を垂れたが今にして思えば恥ずかしいことをした

 

「いや何も知らない素人が偉そうなことを言ってすまなかった」

「いえいえ、ダートの適性があるなんてわかりませんでしたから。おかげで助かりました」

「ウララもみんな喜んでくれてすっごく楽しいよ。ウララのこと応援してくれる人がまた増えたんだ!」

 

明るく笑う二人を見て嬉しく思うと同時に胸の奥が痛くなる。

もし試験に受かっていれば俺もウマ娘と笑い合うことができたのだろうか?

 

「そうか。二人の助けになったなら何よりだ。次も頑張ってくれ応援している」

「ありがとうございます」

「次のレースも見ててね!かんばるから」

 

にこやかに笑う二人に代金を払い菓子袋を受け取ると俺は足早に立ち去る。

 

 

「少し話しただけでもあのトレーナーは優秀だ。俺なんかが言わなくてもいずれ気づいただろう」

 

彼は少し話しただけでも相棒のウマ娘のことを大切に考えていたのが良くわかる。

ああいった気持ちの良い若者がトレーナーにふさわしいのだろう。

 

・・・俺なんかではなく

 

ふと手に持った菓子袋をいつの間にか強く握りしめていたことに気づいて苦笑する。

 

「・・・ああこれは中身がすっかり割れてしまったな」

 

俺はゆっくりと明かりが落ちて暗くなった道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガチャ爆死記念の爆死系主人公 
ガチャで引き当てれなければそもそも育成すらできないよねという話

誤字脱字が多すぎて申し訳ないです・・・
何か変な文章があればお知らせ下さい


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出会い

 

 

 

「いつの間にかここへ来てしまったか」

 

俺はレース場の前で苦笑する。

 

 

あれから就職活動をしたものの、5年のブランクは長すぎてどこも雇ってくれそうなところは見つからなかった。

 

「結局賭けレースで稼ぐしかないのか・・・」

 

しかし賭博は違法だ。儲かってはいるがいつ捕まってもおかしくはない。

それに裏の世界は危険な人間だって多い。賭け場のあの男だって小指が・・・

重い気持ちであたりを見回すと人に囲まれたウマ娘を見つける

 

「…あれはキングヘイローか」

 

近づくとキングヘイローが高笑いをしながら新聞記者の相手をしていた。

能力の高さから注目してた子だ。今は適正の違いから結果が出せないようだけど。

 

「広報活動か」

 

走る競技者だけでなくアイドルの側面もあるウマ娘はよく広報活動をしている。

地方に行けば駅前や大型スーパーで歌うウマ娘がよく見られるものだ。

 

「おや、あれは・・・」

 

俺はその横で合の手を入れる知り合いに気づいてゆっくりと近づく。

 

「こんにちは。今日はどうしたんだ?」

「あ、こんにちは先生!」

 

ハルウララが元気よく返事を返す。

 

「今日はキングちゃんの手伝いをしに来たの」

「へえ、だけど人が集まりすぎてるので場所を移動した方がいいんじゃないか?」

「うん。そうだね!そうする」

 

どう見ても記者を含む見物人は最近の注目株のハルウララの方に注目している。

逆効果なんじゃないか?という言葉を飲み込んで俺がやんわりと助言すると。

明るく返事をしたハルウララがキングヘイローのもとに走ってゆく。

 

「・・・ってなんでこっちに来るんだ」

ハルウララはキングヘイローを引っ張ってこっちに走ってくる。

 

「・・・なんですのこの人は」

「先生だよ!トレーナーが言ってたんだ。すごい人だって」

 

胡散臭げにこちらを見たキングヘイローにハルウララは明るく説明を始める。

 

「・・・先生はやめてくれ。こんにちは」

「よろしく。キングヘイローよ。ところで・・・」

「ああ、話なら場所を変えないか?」

「・・・そうね。いいわよ」

 

俺はまわりのみんなの注目を集め始めたのに気が付くと二人と共に足早にそこを離れた。

俺みたいなものが注目を集めるとろくなことがない。

その経験はすぐにも的中することになるとはその時の俺は考えもしなかった。

 

 

 

喫茶店で二人にニンジンパフェを注文するとキングヘイローはこれまでのことを話し始める。

 

「・・レースで結果が出ないから、別の方法で注目を集めようとしたのか?」

「人聞きが悪いわね!次のレースでは勝つわよ!」

 

俺の言葉に怒ったようにキングヘイローが答える。

レースでも結果が出ずチームにも入れなかったキングヘイローは広報活動を決心したらしい。

話を聞けば困った同室のキングを見ていられないハルウララが持ち前の親切心から広報活動を手伝い始めたらしい。

 

「おかわり!」

「あ、ウララも!それで先生の目から見てどう?」

「先生はやめてくれ。そうだな・・・」

 

二人ともどれだけ食べるんですかね・・・まあ機嫌がよくなったみたいでいいことだけど。

 

俺はコーヒーを飲みながらハルウララの問いに考えたことをゆっくりと答える。

 

「いや、キングヘイローは優秀だぞ。短距離も強いがあと3年ほど専門の訓練を積めば

マイルも中距離も勝てるようになるだろう」

 

俺の言葉にキングヘイローは目を輝かす

 

「あなたよくわかってるじゃない!でも3年か・・・私は今すぐに結果が欲しいのだけど」

「それは焦りすぎだろう。今の状態では短距離しか勝てないぞ。トレーナーはなんて言ってるんだ」

 

俺はキングヘイローの能力を見ながら答える。この子は優秀だから短距離なら問題はないだろう。

他の距離特性は劣るものの成長期のこの子たちが化ける可能性は十分ある

 

「あら?私のように優秀なウマ娘にトレーナーなんて不要よ!」

 

そういってキングヘイローは高笑いをする。

確かにすぐトレセンに入学できるだけでも他の地方のウマ娘とは違って優秀だろう。

だが一人での練習には限界があるし他者の視点は重要だ。

メンタルのケアも特にこの年頃の子には重要になるだろう。

 

「・・・そうか。それでなんで結果が欲しいんだ」

「・・・それは」

 

話を聞くと家出同然で出てきたキングは実家に対してどうも隔意を持っているらしい。

 

「・・・要は母に実力を認めてほしいのか?」

「違うわよ!優秀な私をみんなは知るべきだって言ってるの!」

 

キングヘイローが怒ったように言う。パフェを顔につけたままでは迫力がないが。

 

「・・・でも短距離の方がいいのかしら?」

 

悩んだようにつぶやく彼女は悲し気に目を伏せる。

 

「・・・5年」

「え?」

 

思わず口をついた言葉にキングヘイローは不思議そうな顔をする。

 

「くだらない夢のために5年を無駄にした男を俺は知っている。

人には捨てられない夢があるだろう。たとえ失敗したとしても」

「捨てられない夢・・・」

 

俺はキングヘイローの言葉に頷く。

 

「そうだ。それが本当に自分の夢なら追いかけるべきだと思う。

逆に人から押し付けられた夢なら捨てるべきだろう」

 

「・・・私の夢」

 

キングヘイローは考えるようにつぶやく。

捨てられない夢なら追いかけるのもいいだろう。俺とは違って彼女には才能があるのだから。

もう少し彼女には将来を考える時間が必要なのかもしれない。

 

「あそこの学園はみんな優秀だけど少し急ぎすぎているように思うな」

「え?急いでないよ?のんびりもしてないけど」

「いやそういうことじゃなく」

 

首をかしげるハルウララの言葉に俺は苦笑する。

 

「3年縛りだったかな?3年では結果が出せない子もいるし期間があまりにも短い」

 

トレセン学園では新人は3年での結果を求められると聞いたことがある。

2千人以上を誇るマンモス校で教師やトレーナーも合わせて400人以上いる。

教育費や競技費用など年間何億もの金が動く場所では結果が求められるのは仕方がないことなのだろう。

ウマ娘も新人トレーナーの移り変わりもあまりにも早い。

ウマ娘のレース活動は続くとしても、その子と共にいるトレーナーは交代していく。

 

「あまりにも結果が早く求められていると俺は思う。まあ、みんな条件は同じなのであとはやり方だろう」

「やり方?」

 

俺は真剣な目をしているキングヘイローに考えたことを告げる。

 

「ああ、短距離のレースで結果を出しながら少しづつマイルや中距離で適応するスタミナをつければいい。

 別にデビューしたばかりで方向性を狭めることもないだろう。あとは優秀なトレーナーをつけることだな」

 

俺は考え付くままにほかにもいくつかの練習方法をキングヘイローに教える。

実際マイルから長距離まで対応する才能のあるウマ娘は多数存在する。

なら短距離から中距離まで適応するのは不可能ではない。

 

「・・・へえ。決めたわ!」

「え?何を」

 

キングヘイローは俺を指さしながら堂々と宣言する。

 

「あなたにこのキングのトレーナーになる栄誉を上げる!」

 

「・・・え?」

 

俺は突然の宣言にびっくりするが少しして苦笑して答える。

 

「・・・残念だけど俺はトレーナー資格持ってないんだ。ただの一般人なんだよ」

「そうなの?そんなに知識があるから私てっきり・・・残念だわ」

 

肩を落とすキングをなだめながら俺はなるべく早くトレーナーをつけることを彼女にすすめるのだった。

 

 

「ありがとう!ごちそうさま!」

「ええ、礼を言うわ。ありがとう」

「こちらこそ」

 

俺は手を振り彼女たちと別れる

 

「・・・本当にありがとう」

 

キングヘイローの一言は俺の胸を温かくした。

今までの苦労がなんだか報われたような気がして嬉しさがこみ上げた。

だけど自分にはその手を取る資格がなかった

 

「なりたかったよ・・・本当に。俺もキングのトレーナーに・・・」

 

二人の背中が小さくなり見えなくなると俺は首を振って背を向けて夜の道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




困っている人を見捨てておけない。それがキング
同室だけあってある意味人の良さはハルウララと共通なのかも

ただこの世界ではキングはダンシングブレーヴとグッバイヘイローの因子を受けついでるので十分行けるはず


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資格のないトレーナー

「いや、本当にはいっていいのか?」

「いいのよ。関係者なら許可してもらえるわ」

「・・・そんな無茶苦茶な」

 

俺はきょろきょろしながら学園の校門をくぐる。

完全に不審者だ。

 

話は少し前。就職活動に相変わらず失敗した俺が商店街を通りがかるとキングヘイローとハルウララに出くわした。

話を聞けば以前の広報活動の手伝いのお礼にキングヘイローがハルウララの売り子の手伝いをしているとのことだった。

その後「手伝って欲しいのだけれど」というキングヘイローの言葉でここに連れてこられた。

 

「なんで俺はこんなところに連れてこられてるんですかね・・・」

 

俺は見慣れない建物の中を見渡す。

どうやら使われていないトレーナー室らしいというのが置かれた書類からわかる。

 

「あなたにこのキングのトレーニング計画を立案する権利を上げるわ!喜びなさい」

 

そしてオーッホッホッとキングヘイローは高笑いを上げる。

 

「はぁ・・・いやホントにトレーナーつけたほうがいいぞ。ここには優秀な人が多くいるんだから」

 

俺のような出来損ないにかかわるのは優秀な彼女にとって無駄にしかならないだろう。

 

「嫌よ・・・私を見てくれないもの」

 

キングヘイローは小さくつぶやく。

 

「え?なんか言ったか」

「なんでもないわ!それより早くしなさい」

 

そういってキングヘイローは紙の束を押し付けてくる。

 

「いやいや、だいたいどうするつもりなんだ?短距離でいくのか、それともマイルを目指すのか?」

「ふふふ。聞いて驚きなさい!両方よ!」

 

むふーと鼻息荒くキングヘイローが答える。

 

「全部よ!キングたるものすべてのレースを制覇しなくてはいけないわ!」

 

キングヘイローの高笑いを見て俺は首を振る。

 

「それは時間がかかるだろ・・・なら3年間は短距離で結果を出しつつマイル適性を伸ばす方向で。

 3年後はアルクオーツスプリントを目指すか。ダイアモンドジュビリーステークスもいいんだけど」

「アルク・・・そんなレースあったかしら」

 

キングヘイローは首をかしげる。

 

「・・・UAEメイダンって知ってる?」

「どこよそれ」

「・・・ウララさんたちにドバイゴールデンシャヒーンを目指すように言ってるんだけど聞いてない?」

 

ようやく気付いたようにキングヘイローは目を見開く。

 

「それって海外!?冗談じゃないの?」

「冗談じゃないよ。二人にはその能力がある」

 

少なくとも今のハルウララの成長率なら3年後は十分行ける。

短距離のダートなんてハルウララに用意されているとしか考えられないコースだ。

日本にはこのカテゴリーのG1競走が全く存在しないのでハルウララは将来海外で活躍することになるだろう。

賞金のドル建てはレートを考えて両替をとか言ったら

ハルウララとトレーナー君の二人は冗談だと思って笑っていたが。

日本よりアメリカではダートが主なのでいずれ海外が活躍の場になるだろう。

 

「え?海外・・・」

「いや短距離やダートは日本じゃ人気あまりないから・・・海外で結果だしてハリウッドでたほうがいいでしょ」

「はいうっど!?そ、そうよね私ならそれくらいじゃなきゃね!」

 

キングヘイローは高笑いを上げるが噛んでる上に笑いに力がない。

この子信じてないな・・・

 

「情報は世界規模でチェックしないとね!いつレースに呼ばれるかわからないし!」

 

 

キングヘイローの機嫌が良くて何よりだ。だが誰も信じなくても俺だけは信じる。

 

俺に手を伸ばしてくれたこの子にはできる限り報いたい。

時折見せるキングヘイローの悲しげな顔をなんとかしてあげたい。

 

 

「・・・ほっとけないよな」

「え?どうしたの」

「・・・いや、何でもない」

 

そうして俺は学園のトレーニング室のことを聞きながらスケジュール表を埋めていったのだった。

 



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最初の一歩

「・・・なんで短距離だけ伸びてるんだろうな」

 

「あなたのスケジュールが悪いんじゃないの?」

「いやいや心外な」

 

あれから学園に様子を見に来ている。

キングヘイローはメキメキとその能力を伸ばしている。

しかしやはり短距離の能力の伸びが良い。

特にパワーがどんどん伸びている。

・・・マイルまで距離を延ばすことはできてはいないが。

 

「いつも誰と並走してるんだ?」

「う~ん。スペシャルウィークさんとかセイウンスカイさんとかハルウララさんとか?あといつもの2人かしら

たまにカワカミプリンセスさんとも走るけれど」

「・・・パワー系の人たちばかりなんですがそれは」

 

俺はキングと仲の良い3人と取り巻きの2人を思い浮かべる。

この驚くばかりの成長率は優秀な友人3人の影響もあるのかもしれない。

他にはキングの取り巻きも学園に入学しているだけに能力は高い。

ただ脚質を間違えたために伸び悩んでたのでそれを教えるとえらく感謝された。

キングの友人で一緒にトレーニングしているということもあり、今では二人のスケジュールも組むようになってきている。

 

「末脚が伸びてるのはいいことだけどね。それでまだトレーナーは見つからないのか?」

「探してるんだけどいい人がいないのよねぇ」

 

キングヘイローは目をそらしながら答える。この子探してすらいないだろ・・・

 

「キングと後二人も一緒に教えてるんで関係者と勘違いされてるんだぞ

 こないだは緑の制服の受付嬢にご苦労様ですとか声をかけられたし。絶対誤解されてるだろ・・・」

「あら?学園に通いやすくなっていいんじゃない?」

 

キングヘイローは楽しげに笑うが俺の方はいつバレて追い出されるか気が気じゃない。

せめてあと3年はバレずに面倒を見てあげたいのだが。

 

「それで次のレースなんだけど・・・」

「いや問題ないだろう。なんでG3ごときに不安にならなければいけないのか」

「そ・・・そうよね!このキングにはあまりにも小さい相手にょね!」

 

キングヘイローは高笑いを上げるが噛んでる上に笑いに力がない

 

「はぁ・・・レースの組み立てのミーティングをするか」

「そう?話し合いは大切よね!」

 

俺は喜ぶキングヘイローとともに今では専用室となっている部屋に向かう。

そして当日は関係者としてレース場に行くことをキングに約束させられるのだった

 

 

 

 

 

「勝ったか・・・」

 

レース場の向うではキングヘイローが観客席に向かって手を振っている。

 

俺は汗ばんだ手をズボンで拭う。

 

「こんなレースは勝って当然だ」と俺はキングヘイローに言っていたが

これほどまでに勝利を祈ったレースは無かった。

 

「本当に良かった。今までレースを見てもこんな気持ちになったことなんてなかったのにな」

 

俺は思わず苦笑する。今までレースを見ても冷静に能力値を見るばかりで

自分の予想を確かめるだけの作業だったように思う。

 

それに思えば賭けレースは長いことしていない。

それは真剣にレースに打ち込んでいる彼女たちに失礼だと思ったからだ。

 

「しかし生活費はどうするかな・・・」

 

昨日も俺は就職活動に失敗していた。

ズボンの中の財布はずいぶん軽くなっていて心もとなかった。

 

 

 

 

「あら?あなたの部屋はトレーナー宿舎に申し込んでるわよ。行ってみたら?」

「・・・いいのかそれ。というかよく通ったな」

「いちいち何百人もいる教師たちの資格まで学園も確かめてないわよ。

 このキングに任せておきなさい!」

「いや、ふつう確かめるだろそれ・・・」

 

高笑いをしているキングヘイローはいやに頼もしい。

良くも悪くもウマ娘優先の学園だからウマ娘の届け出が優先される。

まさか一般人が入り込んでるとは学園も予想していないだろうし

それにキングヘイローの家柄の信用力もあるだろう。それが彼女の重荷にもなってはいるけれど。

 

「どうかした?」

「・・・いや、給料は出るのかな?」

 

俺の言葉にキングヘイローは不思議そうな顔をする。

 

「出るわけないでしょ」

「・・・ですよね」

 

まあ、住む場所と食事が出るだけでも儲けものだ。

お金が欲しければ部屋の中に積まれた専門書を売ればいいだろう。

・・・もう俺には不要なものだ

 

「さあ!そうと決まったら引っ越しよ!」

「そこまでしなくとも・・・ありがとう」

「いいのよ!私に任せておきなさい」

 

全く助けられてばっかりだ。

キングヘイローの高笑いに励まされるように俺は引っ越しの準備を始めていくのだった。



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ケガの予防

「いや・・・見ないで!見ないで・・・」

「ここの位置を見てくれれば筋肉の付き方が人とウマ娘では違うのがわかるだろう」

 

俺はハルウララとそのトレーナー、取り巻きの二人に説明しながらキングヘイローの足をつかむ。

 

「そして太ももの血管の太さも違う」

「ひうっ!・・・いやぁ・・・」

「二人一組できちんと毎試合ごとに全身のマッサージは行うように。練習後は足だけでもいいけど」

「イっ!・・・・・・」

「足だけでなく手や首にも負担はかかる。腕の振りは重要なのだが肩にも負担が・・・」

 

今日はみんなを集めてマッサージの講習だ。みんなは真剣な表情で聞いてくれている。

キングヘイローも疲れているのかすぐ寝入ってしまった。

時折ビクンビクンと痙攣しているようだが相当疲れがたまっているようだ。

こうなる前に処置をするべきだったのだが。

 

「キングちゃん凄い・・・」

「これはもううまぴょいなのでは?」

「あの、これって必要なんですか?」

「必要だ」

 

真剣な表情の女性陣に応えながらもマッサージの手は止めない。

 

「トウカイテイオーやサイレンススズカはけがをしているがその理由がわかるか?」

「走り方が独特なのもありますがサイレンススズカはガラスの脚ですから・・・

走りに体が耐えられない・・・ですか?」

「正解だ。さすが優秀だな」

 

とんでもないと謙遜するトレーナー君にマッサージの押す場所を説明しながら俺は続ける。

 

「あらゆる技術が向上して走りは高速化している。速さも昔は60㎞今は65㎞そしていずれは70㎞を超える」

 

毎年ものすごい速さで技術は向上している。それは才能のあるウマ娘が多いという今の状況があるのかもしれない。

黄金期と呼ばれるものがあるのならそれは今なのだろう。

 

「そしてそのスピードにウマ娘は耐えられない。医療も進んでいるがケガが多ければいずれ壊れる」

 

俺はマッサージオイルをぬぐいながら説明を続ける。

ときおりキングヘイローが飛び跳ねるがもう少しマッサージを続けたほうが良かっただろうか。

 

ケガがない超人なんてゴールドシップやスペシャルウィークくらいのものだからな・・・

 

「俺たちの役目はケガをいかに未然に防ぐかということが大切だ。

 ケガなんてさせるトレーナーは3流以下だろう」

 

俺はハルウララたちにマッサージの説明を行う。

 

「テーピングはもちろん針でも灸でも必要ならなんでも学んで取り込んで活用しないとな・・・さあ、みんなやってみろ」

 

恥ずかしがったりくすぐったいと笑い合ったりでなかなか進まなかったが

 

「次はミホノブルボンがケガで動けなくなるだろう。嘘だと思うなら次のレースを見てればいい」

 

その言葉が現実となってみんなは真剣に練習に取り組むようになった。

もっともキングヘイローがマッサージをするとすぐ寝てしまうのはどうにかならないものか。

そんなに疲れるほどきついトレーニングをしているつもりはないのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キング受難の回でした。耳や尻尾があるなら筋肉の付き方も違うのでは?という話


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女性記者

「今、お時間よろしいですか?」

「ああ、かまわないが・・・」

 

最近よく学園で見かける女性記者に声をかけられる。

おそらくは学園専属の広報担当だろう。

新聞社などの記者連中とは違い知識量がけた違いだ。参考になることも多い。

そのため参考としてなるべく話しかけられれば答えるようにしている。

 

「今は並走で折り合いの練習です。以前なら友人をムキになって追い掛けていたのですが。

ウララさんなら追い越されても平然としてるんですが。難しいものです」

 

尋ねられるまま俺は質問に答えてゆく

 

「スマートウオッチによる心拍数の計測、

GPS装置を用いたコースでの運動量調査など機材がある分データ取りはずいぶん便利になりました」

 

彼女は熱心にメモを取り始める

 

「あとは・・・今はスタミナが課題かな。できればいずれマイルや中距離でも通用するようになるといいのだけど」

「能力的には短距離なのに他のコースに出るんですか?」

 

彼女は驚いてメモを取る手を止める

 

「それでは迷走することになりませんか?目標がしっかりしている方がいいと思いますけど」

「迷走か・・・」

 

俺はコースを走るキングヘイローを見つめる。きょうはスペシャルウィークとの練習か。

コースは他にも多くの生徒が練習をしているがその中でもキングヘイローは目立つような子ではない。

他の多くの生徒の中に埋没している。今はまだ。

 

「迷走もいいんじゃないですか?ゴールが見えているのなら」

「・・・ゴールですか?」

 

俺は黙って頷く。レースを走っているキングヘイローはスペシャルウィークに追いつけずどんどん離されていく。

だけど彼女は走ることをあきらめない。

 

「迷って走ることも時には必要でしょう。自分の走るための答えは簡単には見つからない」

 

それに彼女には雑音が多すぎる。世間の評価や優秀な成績を残した母親。そして周囲に褒めたたえられる強すぎるライバル。

 

「ゆっくりと考える時間がなさすぎますけどね。世の中の雑音が多すぎる」

「でもそれでは彼女がつぶれてしまいませんか」

「彼女たちは俺たちが思っているより強いですよ。それに折れそうな心を支えるのもトレーナーの役目でしょう」

 

彼女の問いに俺は笑う。

 

「それに彼女は”一流”です。どんな困難があっても立ち上がってきちんと結果は出すでしょう」

 

───キングは生まれながらの(キング)ですから

 

「すばらしいっ!」

「うおっ!」

 

突然奇声を上げた彼女に俺は驚く。

 

「レースの結果だけではなく彼女の将来を見据えて行動しているとは!

あなたはそのトレーナー人生のすべてをかけて彼女を見守り支えるということですね!

3年などという小さな期間に縛られずその生涯を彼女に捧げるというのですね!

ああ、なんてすばらしい!」

「・・・誰もそんなことは言っていませんが」

 

彼女は突然暴走するのが玉に瑕だ。しかもどこが暴走のツボなのか理解不能なのが大いに困る。

この学園は優秀な人が山のようにいるがそれだけに奇人変人が多い。

一流の人たちは譲れないこだわりがあるものだからそうなるのかもしれないが・・・

 

俺は暴走した彼女に頭を下げて話を切り上げるとコースを走り切って倒れたキングヘイローのもとに歩き始めた。

 

 

 

「しばらくは短距離レースで5連勝ほどしてもらうから」

「あなたこの記事に書かれていることとずいぶん言ってることが違いませんことっ!?」

 

後日インタビュー記事を読んだキングヘイローに叱られた。げせぬ。



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世間を斜めに見る男

「不正がまかり通っている!八百長ばかりじゃないですか!

アスコットでのレースの超音波事件を忘れたとは言わせない!」

 

食堂に俺の大声が響き渡る。

 

「おまけにレースでまだ幼い女の子に罵声を浴びせる異常者ばかりだ!マスコミなどは頭がイカレている!」

 

徐々に熱がこもり大声が響く。

 

「今のレースなんて犬のクソだ!まじめに努力している彼女たちの顔に泥をぬって老人たちは平気な顔をしている!」

「あなたちょっと落ち着きなさい!」

 

俺はキングヘイローの声ではっとなる。あたりを見回して慌てて椅子に座りなおす。

 

「すいません。失礼なことを言いました」

「いえいえ、いいんですよ。ですが私は不正は過去のことと信じています」

「・・・はい。おっしゃる通りです」

 

困ったように笑うたづなさんにひたすら俺は頭を下げる。

 

時折挨拶をしてくる彼女が受付嬢なんかではなく、事務局の最高責任者で理事長の片腕だと知ったのは最近のことだ。

知識も豊富でレースのことをよく熟知していて、レースの生き字引きともいわれるほど過去のレースにも詳しい。

 

こんなことになったのは食堂でキングヘイローを連れたたづなさんに話しかけられて、昔のレースのことに話が行ったからだ。

少し熱くなったせいでみんなの注目をあびてしまった。せっかく食堂の片隅で食事してたのに・・・

そこの女子学生たちこちらを見てコソコソ内緒話をするのやめてくれませんかね?

 

「あんたも熱くなりすぎよ。でも不正なんて行われてるの?」

「・・・今でもな。みんな自分の人生をかけてるんだミスはしたくないだろ?

 話し合いで決まるならそれに越したことはない」

「それは・・・」

「なら言わせてもらいますが芝、中距離のG3レース後のライブ、どうして右前列はいつも同じメンバーなんですかね?」

「・・・」

 

押し黙ったたづなさんに俺は慌てて頭を下げて謝る。

 

「すいません。妄想ですよ。くだらない俺の妄想です」

 

俺は乾いた笑い声をあげる。どうもここにきてウマ娘に感情移入しすぎているきらいがある。

昔はこうじゃなかった。不正を見ても見ないふりをしてきたじゃないか。

そんなこと世の中ではよくあることだ。

 

 

それにキングヘイローたちのような将来のあるウマ娘を評価しない世間に憤りを感じている。

・・・いや今まで俺を評価しなかった世間に憤っているのか。これでは逆恨みだな。

 

「ですが・・・」

「ああ、そういえば俺になにか話があるんじゃないんですか?」

 

俺は慌てて話を変える。

 

「ええ・・・どうも書類が出てないようなんですが」

「え?」

 

おれは慌ててキングヘイローを見る。キングヘイローは思い当たることがないのか首をかしげているが。

 

「どうも書類を探したんですが無いんですよ」

「・・・はあ」

 

そんな話は聞いてないぞ・・・ひょっとして俺が一般人だとバレたのか?

背中を冷汗が流れる。

 

「ですから早く書類を出してください。チーム登録届と物品購入目録と消耗品請求届を。

 3人もメンバー抱えてるんですからなるべく早くお願いしますね」

「申し訳ないです。すぐにお届けします」

 

俺はキングヘイローをにらみつける。

・・・あいつ目をそらしやがった。何が書類はこのキングに任せておけだ。

 

「それではなるべく早くお願いしますね」

「申し訳ないです。すぐに作成してお届けします」

 

俺は頭を下げてたづなさんを見送りその姿が食堂から見えなくなると盛大に息を吐く。

握りしめた汗でにじんだこぶしをゆっくりと開く。

 

「・・・緊張したぞ。書類のことなんて聞いてないぞ?」

「何言ってるのよ。端末にメール来てたでしょ」

「普通、あれが俺宛だと思わないだろ・・・」

 

部屋に置いているパソコン端末に届いていたメールを思い出す。

だいたい空いてるトレーナー室に潜りこんでるのに普通に過ごせてるのがおかしい。

キングヘイローはどんな届け出してたんだ?ハルウララのトレーナー君にフォローしてもらったとは聞いたが・・・

噂では切れ者らしい理事長に泳がされているとも考えられるが。

 

「あなた私のトレーナーなんだからしっかりしなさいよね!

 一流の私には一流のトレーナーが必要なのだから努力しなさい」

「・・・善処するよ」

 

キングヘイローと言い合う気力すらなくなった俺は急いで書類作成のためにトレーナー室に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうしてライブでモブ子はいつも同じメンバーなんですかねということから思いついたネタ
エアグルーヴのカメラフラッシュとかもありますけど
スポーツではいまだにレーザー照射とかありますからね・・・


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走行練習

「美しいな」

「え?」

 

走り終えて息を整えているキングヘイローに声をかける。

 

「走り方は、頭が下がっていない為、姿勢が良く、お尻が引けているような姿勢だ。

まさに究極の美だと言って良いだろう。

膝は腰の位置まで前の方に高く上げられ、後ろに引いた腕とのバランスもしっかりと取れて、

負担がかからない走り方であり、短距離走において疲れにくい。まさに究極。

前にきた手の指先が顎より上にいくことがないことはもちろん、

顎のラインで腕を止めることによって、肘は前に出過ぎることもなく

肘をしっかり後ろに引くことができている姿は芸術そのものだ。

腕を引く時、腕を1度垂直に下ろしながら後ろまで持って行き肘が90度に曲がり、

その生み出す遠心力は素晴らしい。まさに生ける伝説。

そしてスタートダッシュの足裏の接地の変化は歴史上類を見ない。

あらゆる角度から撮影し後世に残すべきだろう」

「そ、そうよね!このキングなのだから走りも一流なのよ!」

 

照れながら笑うキングヘイローに短距離走ではねという言葉を飲み込む。

思いつくまま感想を述べたがキングヘイローの頭を上げる走法は短距離の理想だ。

短距離も長距離も基本の走行体勢は同じだけど上半身の筋肉量と肺活量が影響してくるだろう。

 

「そろそろマイルレースにも出てみてもいいんじゃない」

「コース取りとペース配分身に着けたらな。最近セイウンスカイさんとばかり走ってるだろう」

「ええ、そうだけど」

「変な癖がついてる」

「ええええっ!?」

 

彼女は驚くが別におかしいことではない。セイウンスカイは常に駆け引きを行うレース運びだが。

いつも一緒に走っているとそれにつられてどうしてもフェイントやトリッキーな動きを身に着けてしまう。

もっともその変幻自在な動きに対応するためスタミナがつくのは痛しかゆしだが。

駆け引きも重要だがそれはきちんと技術を身に着けた上でのことだ。

 

「駆け引きも必要だけど今は全体的な判断力を身に着けて欲しい。

あの二人なんかはどうだ」

「・・・あの子たち大丈夫なの?」

 

キングヘイローは芝生の上に座り込んでいる二人を見つめる。

いつもの取り巻き二人はまだまだ成長途中だが結構優秀だ。だてに学園に入学してない。

キングヘイローに比べれば劣るかもしれないが今からデビューしても十分やっては行ける。

 

「レースの位置取りや呼吸の息継ぎは参考になるぞ。一流の友人もまた一流というところだな」

「そうよね!」

 

「呼吸リズムは中距離は着地のタイミングではなく足の振り上げたタイミングだから、スペシャルウィークさんとかね」

「わかるけどリズムを変えるのは困るわね」

「裏拍のリズムは身に着けるべきだな。そのためのダンスレッスンでもある」

「無駄な練習は無いってことね」

「そういうことだ」

 

キングヘイローは真剣な顔で考え込む。

 

 

「そうね。今の走行で直すところはないかしら」

 

「俺には見つからないな・・・なあ、トレーナーは見つからないのか?」

 

すると急に不機嫌になったキングヘイローは怒ってそっぽを向く。

 

「ええ、見つからないの」

 

最近は俺にもわかってきた。だれも彼女を見ようとしていない。いや世間の人たちは見ていないというべきか。

 

キングヘイローに寄って来る人の多くは”あの母親の子供だから優秀ですね””あの母親のように有名になってみないか”

と枕詞のように母親と言葉の前につけてくる。

いまだにキングへは他のトレーナーからの勧誘はあるらしい。

どこかの馬の骨のような俺よりは自分の方が権力も実力もあると思っているのだろう。そしてそれは正しい。

しかし俺の恩人をそんな彼らには任せたくはないとも強く思う。

 

「1年もたたずに理想のフォームを手に入れるのは天賦の才と人一倍の努力のたまものだろう。

 俺には正直これ以上のことは思いつかない。キングの才能を生かせないかも・・・」

「何言ってるのよ。私はキングなのよ?」

 

そういって彼女は高らかに笑う。

 

 

「あなたに心配されるほど私の才能は小さくないの

 あなたは黙って一流の私にふさわしいトレーナーになるように努力してしっかりついてくればいいのよ」

 

キングヘイローの自信にあふれる笑みを見て俺は思わず笑ってしまう。

自分の悩みはひどくちっぽけなものなのだとキングの笑い声を聞くたびに思う。

一流のそばにいたいのなら俺も一流になれるよう努力して自信をつけるべきなのだろう。

 

「・・・トレーナー資格はないけどな」

「はいはい。それじゃあの二人を走らせるわよ」

 

二人に向かって走り出したキングヘイローのあとを俺は笑いながらついていく。

いつまでもこんな日が続けばいいと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




頭を上げる走りってウサインボルトじゃね?というネタ


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チーム レグルス始動

捏造設定回 読み飛ばし推奨


「本当によく来てくれた!」

「いえいえ、こちらこそ呼んでくれてありがとうございます」

 

目の前のアオ君を俺は出迎える。

 

彼はハルウララ専属の優秀なトレーナーだ。人柄も良いのでぜひ協力してほしかった。

アオ君は自分の名字からのあだ名だと思っているが。

アオハルから取ったことは俺だけの秘密だ。

 

 

「ですがよくチーム名、一等星の名前取れましたね」

「キングが強引に学園と交渉したらしい。一流の私には一流のチームが必要なんだと」

「ははは、キングさんらしい」

 

ホントに何かコネや家柄使ってるんじゃないだろうな・・・

 

チーム名前はレグルス。レグルスの王という言葉にこだわった結果だ。

 

最もレグルスは小さな王という意味だ。ただ、たとえ今は小さくとも・・・

 

「全員で何名なんですか?」

「選手5人とトレーナー二人で登録してある。もっとも選手3人はデビュー前だが」

「チームとしてはぎりぎりですね」

 

俺はアオ君に資料を渡す。

 

「キングとウララさんは置いておいて問題はこの3人だな」

「ローレルゲレイロさんとゴウゴウキリシマさんとカワカミプリンセスさんですか・・・」

「キングとよくいる二人なんだが・・・二人とも実家に問題を抱えている。

 メンタルケアが重要になってくるだろう。トレーナーのあてはないか?」

「もうみんなどこかについてますからね・・・トレーナーの数が少なすぎます

 来年は増やすようですけど」

「3年で切り替わる今でさえ少ないからな・・・」

 

トレーナーは毎年400人くらい入ってくるがそれと同じ数が毎年結果を出せずにクビになる。

2000人からいる生徒に一人一人トレーナーをあてがうのは無理だとわかるが・・・

才能のある子ならマンツーマンで教育したい。

 

「問題はカワカミプリンセスだな。みんなが短距離適性なのに一人だけ長距離だ」

「短距離もマイルもいける上に距離適性1900~2500ってすごいですね」

「なんでもできるから下手をすれば平凡に落ち着いてしまう恐れがある」

 

この子はスタミナがない今は目立たないがパワーも瞬発力もあるのでトレーナーによっては大化けする可能性がある

どこかにあの子の望む”王子様”が転がっていないものか。

 

「来年になったら新人トレーナーを無理やりにでも勧誘しよう」

「確かに人手は欲しいですけど来てくれますかね?」

「問題は実績だろうな。時間さえあれば結果はついてくるんだが・・・」

 

主な練習メニューや出走予定のレース表を俺たちは眺める。

 

「あと俺は歌やダンスのことはわからないんだが・・・」

「僕もですよ ウイニングライブは課題ですね」

「・・・そうか。歌は捨てよう。ウイニングライブ関係の練習は捨てる」

「捨てるんですか?歌や踊りに評価点はつきますが・・・」

 

アオ君は驚く。まあほかのチームは歌や踊りに時間をかけているところも多い。

しかし彼女たちを芸能界入りさせたいわけじゃない。

逆にその時間を切り捨てることでレースに集中できる。

 

ああ・・・苦手なものをやっている時間は無い。時間が惜しいからな。

学園で行うレッスン授業だけで十分だろう。

 

実際1位になれないとウイニングライブ出れないんじゃなかったか?そんなものに時間をかける余裕はない。

適当に口パクしてればわからないだろう(暴論)

 

 

「他には何かあるか?」

「・・・そうですね」

 

アオ君は少し考えこむ。

 

「あとはお願いなんですがウララの希望するレースに出させてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。彼女たちが楽しく走ってくれることが一番だからな」

 

俺は一般人でレースの手伝いでキングのファンでもある。

だから勝ち負けよりも彼女たちの笑顔が見たい。そう言ったらアオ君も同意してくれたのは驚いたが

 

「ここのトレーナーはみんな優秀なんですよね。同期の人たちを見たら自信なんてなくなりますよ。

新人トレーナーなんか相手にしてもらえずに・・・そんな時声をかけてくれたのがウララなんです」

 

アオは懐かしむように遠くを見つめる。

 

「嬉しかったですよ。だから彼女のために何かしようって。彼女の笑顔を守ろうって。

ははは・・・やっぱ変ですよね」

「・・・いや。俺も似たようなものだからな。お前のような優秀なトレーナーが来てくれて本当に良かった」

 

優秀ではないですよと笑うアオを見て俺もつられて笑う

 

なんだかんだ言いつつ俺たちは彼女らの一番のファンなんだ。だから

 

――たとえ今は小さな星だとしても。決してその輝きを失わせはしない

 

そんな決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 




ウマ娘たちの最初のファン数が0人ではなく1人なの深い


以下取り巻き二人の設定。ほどんど出てくることはないですが

ローレルゲレイロ 芝A 短距離A マイルにも適正あり 
自分の名前をひどく嫌う。小学生のあだ名はゲロ・・・
小学生の時は殴り合いに明け暮れたってスポーツ間違えてませんかね?
格闘技してて礼儀正しいので一見強さがわからないが。
ゲレイロは戦士を意味するから桂冠の戦士という勇ましい名前だ
ただ女性につける名前かと言われると・・・
日本ではなくヨーロッパ的な名前ではあるが・・・そうはいってもここは日本だ

黒髪黒服の少女 ネコ目

ファッション不良のウオッカがライバル枠

「レースなんてどうでもいい。私の名前を誰にも笑って欲しくない」とのこと

ゴウゴウキリシマ 芝A 短距離A マイルにも適正あり 
妹のレッツゴーキリシマはメジロ家につながる異母兄弟という複雑な家庭
優秀で家柄の良い妹の方が可愛がられているようだ。
そのためメジロ家をひどく嫌っている
再婚は仕方ないにしても、これメジロ家やらかしてる・・・

メジロライアンをライバル視してマイルで戦うことがあれば容赦しないと言っている
ボブカットの髪の少女 

「血筋ではなく、努力は才能を超えることを証明して見せます~」とのこと

レッツゴーキリシマは大河ドラマにも出てますからね。芸能界組です
二人ともキング以上に実家とこじれてることに・・・


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勉強会

どんな事勉強してるのだろうか?という話 説明は超適当なので本気にしないで下さい


「セイウンスカイは外枠に出るフェイントをかける時に右手を大きく上げる

スペシャルウィークは末脚をかける時に右足太ももを大きく上げる。他にも・・・」

「ちょっと!そんなの見分けつくわけないでしょ」

 

「右側の変化だけに注意してればいいんだ。いけるいける」

 

「他にも位置取りの時耳を傾ける子、追い上げの時後ろを振り向く癖のある子が・・・」

 

今日は勉強会だ。俺はモニターに映し出されたレースの様子を解説する。

 

 

「だいたいそれがわかるのって追い越されてる時でしょ」

 

「差しなら相手を観察して対応できる。頭の片隅に入れておいても無駄にはならない」

 

今日は勉強会だ。肉体疲労がたまる前に休憩と勉強のローテーションとなる。

 

「差しは常に相手の動きを見て自分の位置を有利に運ぶんだ。

一手一手が大事なチェスと一緒だよ」

 

「私チェス苦手なんだけど 母様に勝てたことないのよね」

 

「それは相手が悪い・・・とにかく一手一手がはまれば負けることはない」

 

後半からの進行は判断力と対応力が求められる。

大前提として追い上げのパワーとスピードも必要だが。

 

「先行に変えたほうがいいのかしら・・・」

「距離に応じて変わるけどな。差しもうまくすれば状況をコントロールできるので捨てたもんじゃない」

 

短距離の差しは一瞬の状況判断が求められるからな。中距離のような余裕がないので難しい。

 

ハルウララにはアオ君が人形やイラストカードを使って遊びながら工夫して勉強を教えている。

彼も苦労しているな・・・

 

「それじゃ次はコース展開時の時間配分だな」

 

俺は壁にかけられたモニターにグラフを映し出す。

 

限界曲線が画面に映し出される。

 

「授業で習うと思うが各距離における限界曲線の考察だ」

 

1600芝の限界ラインと曲線の接線の画面に切り替える。

 

「差しや先行で曲線の変化率は変わりますね・・・」

 

「3Fと表示される上がり3ハロンの分析だが、そこだけを切りとるのではなく、

曲線で表示するとペース配分にもなる。この分散点が・・・」

 

「これ高等部で習う話なんだけど」

「なら今は見方だけでも覚えてくれればいい。トレーナーが理解してれば十分だからな」

「ならなんでこんな勉強してるのかしら?」

「今の自分の力は知っておいた方がいいだろ」

 

この学園の子たちは優秀なのでついつい専門的な講義をしてしまう。

相手がまだ幼い・・・年頃の子たちというのをいつも忘れることがある。

 

「これは切片変えればいくらでも曲線率の表示が変わりませんか?」

「さすがだな。脚質によりぺースが違うから各ウマ娘で理想とすべき走行はコンマ単位で違う。

俺たちはなるべく早くそれを見つけ出さねばならない。

体の成長率により常に変化することも気を付けねばならないが」

 

俺はグラスワンダーの質問に答える。

 

俺はグラフを表示させながら解説する。こんな理論はトレーナーが知っていれば十分なんだが。

数値できちんとお前たちは成長しているんだぞ、と自信をつけさせることが主な目的だ。

単なる数値だけでも良いがいろいろなグラフならわかりやすい。

 

「そうなんですか~ 」

「学園の提供するデータは膨大だからな。もっとも練習では速度やペースは考えないほうが良いが」

 

だからなぜいるグラスワンダー。時々勉強会にキングヘイローが友人引っ張ってくるので困る。

 

「勉強になります~」

「あまり役には立たないだろうけどな」

 

部屋を少し覗いて出ていったアグネスタキオンには鼻で笑われたぞ・・・

 

アメリカなどの最新論文が読めれば・・・

和訳をキングに頼むか。いやいや彼女の時間を無駄にするわけにはいかない。

 

「次は過去のラップタイムのグラフと前半3F-後半3Fのグラフからのラップタイムを予想・・・」

 

俺は自分の能力の少なさを悔やみながら次のグラフの解説を始めるのだった。



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競技服

ハルウララとキングヘイローの衣装が出来上がってきた。どちらも学園から支給された競技服だ。

 

とはいえデザインの打ち合わせは入念にしてある。

 

残り3人はデビュー前だしカワカミプリンセスに至ってはこだわりすぎてなかなか決まらない。

 

・・・ドレス姿で走るのはやめろ。似たような服のウマ娘は多いが年頃の娘はこれだから困る。

 

「とうとう私の服ができたわ!これを着てレースで勝つのよ!」

 

キングヘイローはなみなみならぬ意気込みだ

 

「デザインセンスがいいな・・・配色もいい。良く似合っている」

「ふふふ・・・母様の仕事を昔から見ていたからね」

 

学園の服飾デザイナーもいるがキングはそのデザイナーと何度も打ち合わせをして形にしていった・・・

 

「肩があいてるがいいのか?肩の動きはいいみたいだが」

 

「ここはこだわりのポイントなのよ。スーツ状だと腕が動かせなくなるし」

「むむ・・・しかし、スカートが短すぎやしないか?」

 

「え?こんなものだと思うけど。このスカート丈はよく考えてのことなんだけど。

長いと走るのに邪魔になるし短いとフリルのバランスが悪くなるのよ」

 

「確かにフリルなどのデザインの良さは認める。認めるが・・・」

 

レースはカメラ中継される。大きな試合ともなればあらゆる角度から撮影されることになる。

 

「う~む・・・ハルウララさんのような服じゃダメか?」

 

「いやよ!・・・あ、こほん。ウララさんはダート専用じゃない。服の素材がいいのはわかるけど」

 

ハルウララは一見体操服姿だがダートを走るため学園に談判して俺やアオ君が素材を選びぬいた逸品だ

 

4重構造で複合素材。水や泥や土がつかずに汚れがすぐ落ちる。着心地や肌触りなども抜群。耐熱耐寒耐水も完備。

サイズも各部をミリ単位で調節してあるので走行の邪魔にはならない。

あまりにも関節の稼働や着心地にこだわったので装飾は無くなったが。

脚部も何とかしたかったのが素材や靴にこだわりすぎて素材が尽きた。

仕方ないので脚部に新開発の特殊サポータをしてある。

絆創膏に間違われるがあれは転倒時に筋を傷めないためのものだ。

まあデザインが目立たないのは認める。だが実用性と機能性はシンボリルドルフなんかより数段上だ。

 

「勝つためだけに特化してしまったからな・・・ウララさんの何でもいいという言葉に甘えすぎた」

 

「まあ、私の服もきちんと採寸してるから走るのに支障はないわよ。どう?」

 

キングヘイローが目の前でくるりと回る。

 

「センスが良くデザインもいいしキングの魅力を引き出せてはいるが・・・

もう少し靴は改良が必要になるな。素材を変えよう」

 

あとは靴か。目立たないように改良はできるだろう。そしてもう一つ。

 

「ブルマを履かない?ちょうどウララさんの服の開発時に余った素材か・・・」

 

「嫌よ!走るのに邪魔になるでしょ!」

「いやいや・・・機能的にだな・・・」

「機能を求めたらミホノブルボンさんみたいになるでしょ!」

「うぐっ!しかしハイレグじゃなくても股関節の稼働を妨げない素材が・・・」

 

いろいろと言い合ったが結局今のままで落ち着いた。

まあ、競技時は競技用パンツだから・・・それでも何とかして欲しくはあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 




キングさん見えてる!見えてるから!の回
見えて嬉しい。しかし見せてほしくないというジレンマ


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Storm

3月の後半に暑い日差しを手で遮る。

 

目の前には全長1キロメートルを超えるスタンドが伸びる。

隣接するのは巨大なホテルでその設備は見る者を圧倒する。

ドバイにあるメイダン競馬場はその豪華絢爛さで見る者を圧倒する。

 

 

俺たちはUAEメイダンにきている。日差しが熱い中をコースを歩く。

 

「ホントにここ走るの?砂漠みたいなんだけど」

「ああ・・・歩くだけで足が沈み込むな」

「砂が深いですね・・・こんなのどう走るんですか?」

 

コースをみんなで歩きながら調査する。

 

「うわ!足が沈むよ!このコースたのしーねー」

「こんなほこりっぽいコースを喜ぶのウララさんくらいのものですわ!コースの向うに砂丘ができてますわよ!」

「いやそこまでじゃないから。砂の筋が日本庭園みたいだなとは思ったが」

 

はっきり言って普通のウマ娘では歯が立たないだろう。聞くと見るとではやはり大違いだ。

昔はアメリカからコース用に土だけ運んできたらしい。海外はスケールが違う。

 

「昔はアメリカのような土だったらしいが最近変更されたからな。ウララさんにはチャンスでもある」

 

海外コースを見たいと言ったらキングヘイローの家が旅費を出してくれた・・・どれだけ金あるんですかね。

 

「日本のような砂質だがクッション層よりも深い。掘り進める馬に有利になる」

 

 

他にもコースを見に来ている外国のウマ娘をざっと見て俺はみんなに声をかける。

 

「それじゃウララさんには明後日・・・次に行われるレースに出てもらうか。強いウマ娘はいなさそうだし?」

「「えええっ!?」」

「うん!い~よ。こんな見たことない場所は走るの楽しそうだし!」

 

みんなの叫び声と共に明るいハルウララの声が真っ青な空に響き渡った。

 

 

「足跡が1センチ沈み込んでます。蹄鉄は変えたほうがいいかも・・・」

「気温は大丈夫か?湿度は問題ないだろうけど」

「ウララの服は耐熱機能もありますから、しかし脚部が・・・」

「そこはなるべく外にいる時間を短く取ろう。レース開始までストールを腰に巻いてもいいだろうし。練習後のマッサージは念入りにな」

 

夏場気温が50度にもなると言われる気温は思った以上に暑い。体力がどんどん削られていく。

 

「ちょっとちょっと!いきなり走るわけ?大丈夫なの?」

「いや他に強いウマ娘が見えないからな。どう考えてもここボーナスステージだろう」

「・・・とてもそうは見えないのだけど」

 

外国から来たどの馬も体格がごつく身長もハルウララの2倍くらいある。

アメリカから来たものも多く上半身が鋼のような筋肉に覆われている。

 

外見だけ見れば勝てる気がしないだろう。

 

「まあキングが出れないのは残念だけどな。もう少し練習を積んでからだ」

「ええ。勉強させてもらうわ。それに今回はウララさんを応援しないといけませんもの!」

 

キングヘイローは高笑いをするが面倒見のいいキングヘイローのことだ。

ハルウララのフォローも万全だろう。一緒に観光で遊ぶこともリラックスするメンタル面で必要なことだ。

 

「観光にでも行ってリラックスしてくればいい。体調は万全にな」

「はい!私、この日のために計画をしてまいりました!」

 

カワカミプリンセスがガイド本を片手に意気込む。

 

 

俺は彼女らを見送ってアオ君と二人でコースの調査を続けるのだった。

 

――狙うはドバイゴールデンシャヒーン

  左回り ダート 1200m (G1)

 

「胃が痛くなってきた・・・胃薬持ってるか?」

「あなた緊張しすぎよ!もって来てるけど」

 

キングヘイローは腰のポーチから薬を取り出し渡してくれる。

 

「僕も緊張して何も食べれませんでしたよ・・・」

 

ハルウララたちはケバブを気に入って肉の塔をぺろりと平らげていたが。

俺たちは食事をする気になれなかった。まあこの試合が終われば食欲も出るだろう。

 

「先生勝てますか?」

「・・・勝負は時の運だがウララさんより強い馬はいない」

 

俺はコースに出てくる海外のウマ娘を見てつぶやく。

 

「そういえばウララを呼ぶとき先生はいつもさん付けしてるんですね」

「・・・逆になんでみんながウララさんに敬意を払わないのか本気でわからん。

最強とはあいつのためにある言葉だぞ」

「そこまで言いますか」

 

「俺は今までダートに関しては彼女より強いウマ娘を見たことがない」

 

最強ともいわれたオグリキャップですら短距離ではハルウララに勝てない。

いい勝負になるとしたらタイキシャトルか。

ダートにいる彼女に比べたらシンボリルドルフなど仔馬に見えてくる。

もし彼女とダートレースで戦うとかキングヘイローが言い出したら全力で止めるだろう。

 

「唯一短距離が得意な適性は神とやらが強すぎる彼女に与えたハンデだと思う。時間があればマイルもいけるんだが

・・・これで勝てないなら詐欺だ。ドバイワールドの2000mが出れないのは欲張りすぎるなということなのだろう」

 

みんなで美しいモスクを観光したせいか普通は言わない運命論を考えてしまう。

 

「・・・いや先生にそこまで言ってもらえると助かります」

 

アオ君の顔に笑みが戻る。

 

 

 

 

 

コースに出たハルウララは楽しくて思わず隣のウマ娘に話しかけてしまう。

 

みんなと走ればきっともっと楽しくなるだろう。

 

「えへへ、たのしーね」

「余裕デスね・・・」

 

隣の身長の高いウマ娘はあきれたように言う。

 

「えへへ、みんな今日のレースは喜んでくれると思うよ!」

 

私は集中力がなくてあきっぽいとみんなに言われた。走ると体軸がぶれて壊れたポンコツだとさじを投げられた。

だけど今のトレーナーに出会ってレースを走ることだけは飽きることがなくなった。

 

 

私はみんなの笑顔が見たかったから走り続けた。だけど最近はふとこんなことを思ってしまう。

 

――勝てばもっと喜んでくれるだろうか。応援してくれるみんなと・・・私をいつも応援してくれるトレーナー君は。

 

 

 

「「ウララさーん!!」」

 

キングヘイローとカワカミプリンセスが大声で応援している。

 

コース上に出てきたハルウララにキングヘイローと俺たちは大きく手を振る。

 

ゆっくりとゲートに入るハルウララはこちらに大きく手を振っている。気負ってはいない。好調だ。

 

「ダート1200は350mの直線、正面コーナーを左に回ると直線400mが続く。学園でいつも走るコースに近い」

 

「直線が長いので差しが決まりそうですが」

「普通はハイペースでないと差しの追い込みは決まらない。だがウララさんの速度ならひっくり返せるはずだ」

 

 

ゲートが開き一斉にみんなが飛び出す。先頭集団は内側のコースに寄りハルウララは前をふさがれる形になる。

 

「ウララさーん!」

「ウララっ!」

「・・・まだ早い。カーブが終わる時だ」

 

そのまま先頭集団に前をふさがれながらハルウララはカーブを曲がり大回りをしてコースの真ん中に躍り出る。

誰も走ろうとしないコースの真ん中。

 

 

壊れたスプリングといわれた脚は砂を蹴る反動を受け流す。

 

揺れる体とバカにされた体軸は砂に固定されしなやかに前に進む。

 

踊るようだと言われた腕の振りは砂の上で彼女の体を加速させる。

 

ハルウララの脚が砂を蹴るたびにコースに穴が開き砂が舞い上がる。

 

 

ハルウララの前には何も邪魔者はいない。

どこまでもその前には砂の道が続いている。

 

 

 

「「「いっけぇえええ!」」」

 

 

 

その時砂嵐が巻き起こった。一瞬あたりが暗くなる。

いや、ウララの踏み込みで砂が巻き上がっていると気づいたときには

ハルウララは他のウマ娘をはるか彼方に置き去りにしていた。

 

砂の嵐から飛び出したハルウララは風を切りながらゴールを目指して駆ける。

 

 

 

そして勝負は一瞬だった。気づけば一人でゴールした後こちらに手を振っているハルウララが見えた。

 

わずか1分の攻防。それをハルウララは見事に制した。

 

 

 

「うっ・・・ウララぁ・・・よかった・・・」

 

男泣きに泣いているアオ君を始めキングヘイローたちも泣いている。

 

「ウララさん・・・すばらしい走りですぅぅ」

 

「うっ・・・すばらしいですわ。私もダートを目指します」

 

いやキングにダートの適性ないから。

 

「あなたなんで泣いてないのよ!」

 

「俺が泣くときはキングが優勝した時だと決めてある。

 それに・・・勝つのがわかっていたからな」

 

だか大いに緊張した。この汗は暑さのせいばかりではない。

 

「「「おおおお!!!」」」

 

一瞬静まり返った会場は大勢のどよめきと喧騒に包まれる。

人々のどよめきがスタンドを揺らす。

それはそうだろう。誰も勝つと思ってなかった小さな馬が圧倒的な走りで勝利するのだから。

 

レース場を見るとハルウララは大きな外国のウマ娘に囲まれて健闘をたたえられている。

ハルウララはどこでも人気者だ。いや彼女たちの心に残るレースを見せたからだろうか。

遠くからでも「ミーは心が震えたね」とかハルウララを抱きしめているウマ娘の姿が見える。

 

「・・・さあ、みんな急いでウララさんを迎えに行くぞ!」

「はい!」「ええ!」

 

俺たちは走ってハルウララのもとに向かっていった。

その後巨大な黄金のトロフィーを持ち上げるハルウララに笑ったりウイニングライブで応援に大声を張り上げたり。

商店街の人たちへのお土産の買い物や観光など

俺たちは大いに羽を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ガチャ回す金があるのだったらハルウララの会に入会するべきなのでは・・・
と思ったら入会の受付が休止されてた・・・
そんなー・・・献金するか・・・

ゴールデンシャヒーンは最低人気から圧倒的勝利をつかみ消えていったゼンデンが悲しすぎる。


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砂嵐に棲む竜

――竜であるならば下々の小さな勝負や争いごとなどを気にかけるものであろうか。

  かの存在は存在自体が唯一無二であるのだから

デイリーレーシングフォーム著

 

 

「帰るか・・・」

「来たばかりで何言ってるのよ!」

「いや、ちょっと予想外でな・・・」

 

アメリカのダートが目の前に広がる。

今回はアメリカからの招待での参加だ。

ドバイの優勝記念の時に声をかけられて日本に帰る前にアメリカに寄ることになった。

これも経験だろうとみんなでやってきて今は下見中だ。

 

 

「土の下は硬い路面だ。土の下はレンガの上を走るようなものだぞ」

「ウララへの膝への負担が心配です」

「ウララさんなら大丈夫だろうが日本のウマ娘なら慣れないと足を痛めるだろうな。

上面の土はそんなにグリップ力は無いのだが・・・」

 

日本では砂が主だがアメリカでは土のダートだ。海砂と山砂・山土の違いもある。

日本ではクッション層が上に敷かれダートの質はグリップ力にも影響する。

アメリカのダートで高速の走破タイムが出るのはこの路面が理由らしい。

しかも排水性が高くないので雨が降れば泥の海になるので非常に天気に左右される。

 

 

「坂がなくて平坦なのは助かりますが」

「カーブでの摩擦の違いがな・・・蹄鉄はスパイク状の物に変えるか」

「そうでした。米国ではスパイク鉄の使用が認められているんでしたね」

「パワーを必要とし反動もあるがウララさんなら大丈夫だろう・・・」

 

金属加工はアオ君にお任せだ。

一通り見て回るとずいぶん時間が過ぎていた。

 

「・・・休憩を入れるか。ウララさんたちは時差に注意だな」

 

本当はもっと休息を入れておきたいところだが今でもハルウララの体調は万全だ。

キングヘイローたちがいるからだろう。

 

「ウララおなかすいたかも・・・」

「何か食べに行きましょうか!アメリカだとステーキかしら?」

 

「バーベキューもいいですわよ!チョコレートも有名です!下調べはばっちりです!」

 

とガイド本を持って意気込むカワカミプリンセスに連れていかれる彼女らを俺たちは見送った。

レキシントンは街全体に活気が感じられ家々は美しくこの州は寂れた感じがしない。

 

「米国の競馬は全て左回りで最後の直線が短いから・・・」

 

残った俺たちはレース用の蹄鉄や靴の種類を話し合うのだった。

 

 

――アメリカ・キーンランド競馬場

   マディソンステークス(G1) ダート1408m(7f)

 

 

 

どこまでも抜ける青空の下、多くのウマ娘たちがコースに集まっている。

 

「ヘイ!ジャパニーズ!おうちに帰ってな!」

 

ハルウララがコースに出るとウマ娘たちが声をかけてくる。

どの子もハルウララの倍ほどの身長がありハルウララは自然と彼女らを見上げる形になる。

 

どの子も日本では見たことがないような強い体をしたウマ娘だ。

 

「ウララだよーよろしくね!」

「オゥ!余裕ね~」

 

全く緊張してないハルウララの笑顔に他のウマ娘があきれる。

 

 

ハルウララは楽しくて思わず笑顔になる。こんな見たこともないコースをどこまでも走るのは気持ちいいだろう。

日本ではみんなと走るときも楽しかった。だけどその時の楽しさとはまた違う。

宝石箱の中身が全部自分のものになったような気持ちだ。観客の皆も喜んでくれるだろう。

大切な友人たちも。ここまで運んでくれた優しいトレーナーも。

 

 

 

『続いてUAEで圧倒的走りを見せた、東洋から来た砂上の怪物!

 砂嵐を呼ぶ竜!ハルウララ!』

 

ハルウララの紹介がおこなわれると会場がどよめく。

 

「今日はいいレースにしようね!」

「へっ、あたりまえだ!大物退治は得意なんでな!」

「ふふふ。ドラゴンさんが暴れないようにしないとネ」

 

彼女たちはゲートに入ると真剣な表情になる。

だけどハルウララだけはちょっと悲しげな表情になる。

1分もかからずこの楽しいレースが終わるのが悲しい。

大好きなデザートはゆっくり食べたいのに・・・

 

他のウマ娘はハルウララの表情を見て薄く笑った。

 

――なんだ、こいつは。おびえているじゃないか。

 

それが勘違いだったことに彼女たちはすぐに気づかされることになる。

 

 

そしてゲートが開く。

 

 

一斉にウマ娘たちが土を蹴散らして進む。

 

どのウマ娘も最初から飛ばしておりその後ろをハルウララがちょこんとついていく。

 

前のウマ娘たちの巻き上げて飛ばした土が後方のウマ娘たちに降りかかる。

 

「・・・これは差しの走行は厳しいな。タイキシャトルが先行脚質なのがわかる」

 

思わずハルウララは砂をよけてコースの手前で外側に出てしまう。

 

「ウララさん!」

「ウララっ!・・・だけどカーブを抜ければ!」

 

「いや、まだだ。理想的な走りだ。差しにかかるタイミングもいい・・・コースを抜けるぞ」

 

コースを抜けたウララが追い上げにかかる。

 

外から回り込んだウララの跳ね飛ばす砂が小さな砂嵐を巻きおこし一歩一歩踏み込む足がコースに穴を作る。

 

「「ウララーーッ!!」」

 

一人二人と次々とハルウララは他の子を追い抜いていく。

 

 

 

 

ウララは楽しさに思わず笑った。

 

どうしてみんな勝ち負けにこだわるのだろうか。そんな事ほんの些細なことだ。

 

風を切って走るのがこんなにも楽しい。

 

足を取るような土は逆に体の揺れを抑え体を前へ前と運んでくれる。

 

 

 

「嘘だろ・・・」

 

あるウマ娘はウララが地面を蹴るたびに地面が深くえぐれコースの地面が割れるように錯覚した。

 

「あれがドラゴン・・・」

 

あるウマ娘は舞い散る土がウララの翼のように見えた。

竜が飛んだ・・・それはあまりも早く走るウララの背を見失ったからかもしれない。

 

 

 

他のウマたちはハルウララを意識して速度を上げるが・・・

 

「みんなウララさんを意識しすぎだ。かかったな」

 

他のウマ娘はコース手前でペース配分をみだされている。

たとえ追い込み開始の4秒ほどの差でもその差は大きい。

 

 

 

 

 

みんなを抜き去りハルウララは前方に出る。

 

そして砕かれた砂は嵐を巻き起こし一瞬ウマ娘たちの姿が見えなくなる。

 

その砂のカーテンの中から一人のウマ娘が飛び出す・・・ハルウララだ。

 

そして風を切る音と共にハルウララはゴールを通過する。

 

多くのウマ娘を抜き去ってゴールしたハルウララは俺たちに笑って手を振る。

 

コースの外側をぐるりと回って他を引き離すハルウララの圧勝だ。

 

 

 

 

 

「ぐすっ。ウララさん良かったですわ・・・私もダートを目指します」

 

いやキングにダート適正ないから。

 

 

「ウララ・・・よかった。」

「ウララさん!素晴らしいです!」

 

「・・・ああ、勝つとわかっていても緊張する」

 

 

みんな喜んでいる中で俺はレースを分析する。

 

「しかし課題が出来たな・・・記録を狙えたところだが・・・」

 

コース取りが良ければ記録を狙えた。

集団からどう抜け出すかが大きな課題だろう。まだまだハルウララは上を狙えるはずだ。

 

 

「・・・今はウララさんをたたえよう」

「そうですわね!皆行きますわよ!」

 

 

「まだ勝負だ!走りやがれジャパニーズ!」

「オゥ!ジャパンには返さないネ~」

「うわわわっ!」

 

俺たちはアメリカのウマ娘たちにもみくちゃにされるハルウララのもとに駆け出して行った。

 

 

――後日

 

「英語の歌詞が歌えないのもウララさんの課題だな・・・」

「英語ですか・・・いえ、次回は練習すれば・・・」

「そんな時間は無い。スキヤキ(上を向いて歩こう)でも歌わせておけ・・・」

 

後日カウボーイハットをかぶるハルウララの写真で新聞は埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

 

 




上を向いて歩こうは名曲中の名曲。テンポはカントリーミュージックに近いかも

ウララさんに勝負心が足りない?争いは同レベルのものでしか発生しない!(キリッ)


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賞金の使い道

捏造設定炸裂の回です。読み飛ばし推奨回


ドバイでの賞金が振り込まれた。アメリカの分は審査ののちまた後日だ。

 

悩んだ末に活動資金が必要なので結局は円建てで受け取った。

 

1着賞金87万米ドル約9,400万

 

「分配は・・・」

「先生にお任せしますよ」

「・・・あまり人が良すぎると悪いやつに騙されるぞ」

「そこは先生を信頼してますから」

「すまんな。次の賞金が出るまで今回は頼らせてもらう」

 

ハルウララの賞金 1着賞金87万米ドル約9,400万だが全額が入るわけではない

 

ここでサラリーマンと同じように源泉徴収額がかかり消費税がかかる。

学園の方で消費税額控除してくれなければ専門の税理士を雇うところだ。

旅費や食費を経費として認めてくれるのは助かる。

税金の不足分は学園が調節して支払い代行してくれる。

ウマ娘の個人所得とせず事業所得とみなしてもらうらしいがそこはお任せだ。

そして寄付金としての控除がある。

 

税引き後 残り約7700万円

 

ちなみに賞金の3割は学編への寄付だ。チームの規模や賞金額によりもちろん個々で違うが・・・

その後いくらかが抜かれて手元に残る。

一部の10%の1軍のウマ娘が他の生徒と教師の生活を支えている。

才能のある学生の入学費が安く生活が保障されている理由がそれだ。

食費やコースの整備や服などは莫大な金額がかかる。

あながちシンボリルドルフのすべてのウマ娘のためというセリフは間違いではない。金額的にはだが。

ただこれらは彼女たちが知るべきことではなく俺たち大人が解決すべき問題だろう。

資金の計算で彼女らを困らせることは無い。

実際問題、学園は自転車操業の運営ともいえるが・・・理事長を始め経営に優秀な人が多い。

 

寄付金後 残り5390万円

 

「・・・そういえばウララさんはどうだ?記者連中が押しかけてないか」

「記者たちもまさか商店街で売り子してるとは思いませんよ

もっとも気づいてる詳しい記者は何人かいますが」

「そうか。もうすぐ学園で記者会見が行われるだろうけどな」

 

俺はハルウララの周りをうろついていた男を思い出す。

 

「十分注意しろよ。彼女を利用しようとする悪い大人は大勢いる」

「将来的にはSPも雇いたいところですけどね。警備員をつけないといけないとも考えています」

「さすがにそこまでは・・・まあ学園内は警備が行き届いているけどな」

 

彼もたいがい心配性だ。俺も人のことは言えないが。

 

 

会話をしながら俺たちは計算を続ける。

 

「予備の衣装、靴。いずれは次の遠征代か」

今回は旅費がキングの家が出してくれたが次からは自分たちで計画して払わねばならない。

キングヘイローの家にいつかお礼に行かないといけないな・・・

 

「それにあの子たちの衣装もでしょう」

「そうだな」

学園から服や靴は支給されるが一定の水準でそれ以上こだわるなら各自でということだ。

靴底の蹄鉄の素材や形にこだわればお金は湯水のように流れてゆく。

スポーツというのは恐ろしく金がかかる。

スポンサーをつければいいのだが学園の学生はそれが原則禁止されている。

大人たちや会社の宣伝に巻き込まれたり裏の世界に八百長や賭け試合持ち掛けられたりの危険を理事長は気にしている。

そしてそれは正しいしスポンサーがいないからこそ学園は自由に発言できてるともいえる。

 

「5人で1000・・・いや1390は欲しい。もっともこれ以上メンバーが増えなければだが」

「増やさないんですか?」

「これ以上面倒見れるか?」

 

俺の言葉にアオ君は黙って首を振る。

 

運営費後 残り4000万円

 

「半分は・・・いや3000はウララさんが取っておいた方がいい。広報パーティの付き合いもあれば将来もあるし」

「将来ですか?」

「ああ、結婚もあるだろうし子供も生まれるだろう」

「そんな・・・早すぎやしませんか?」

 

口から出かかったそれはお前たちしだいだろという言葉を俺は飲み込む。

 

「ウマ娘のレースで活躍する期間は短い。それに人生何かあるかわからん。

ケガや病気にはさせないが結婚を始め先のことなんて誰にも分らないしな」

「そうですね。ではウララの名義で貯蓄しておきます」

 

手取り後 残り1000万円

 

「・・・金額的には多いが何かするには少ない」

「物品や資材の購入はどうです?」

「そこはできるだけ学園を頼らせてもらおう。その分は払ってるんだし」

 

 

あの学園長は変な重機やニンジン畑など無駄遣いが多いが役に立つだけに文句が言えない。

理事長はポケットマネーというが理事長の給料は一体どうなっているのか・・・

 

「ウイニングライブ用の費用というのもありますが」

「・・・そこは捨ててるからな。ステージ衣装買うくらいなら他に使う」

 

他のウマ娘は芸能界を目指してライブ用に衣装やステージセットまで用意するらしいがそんなものは不要だ。

 

「あと使ったことがないのは広告費用、宣伝費用か・・・」

「広報活動で百貨店やレース場で歌うというのはありますが・・・」

 

俺は学園出入りの広告業者にもらった資料を読むがいまいち効果がわからない。

 

「全くわからん。芸能界のことなんて知らないからな」

「僕もですよ。・・・必要なんですか?」

「芸能界や歌手や俳優を目指してるウマ娘はつぎ込むらしいが。

学園内にはレースより芸能活動を重視するチームもあるからな・・・

あとSNS宣伝費か。工作費に近いな」

「ああ、人気稼ぎですか。」

「悪い噂の火消しもあるだろうけどうちのメンバー気にしないからな・・・」

 

キングヘイローなんかは悪い噂を言われなれているともいう。地味に傷ついてはいるだろうが・・・

 

それに芸能界はあまり近づいて欲しくない。騙されるという娘の事件などもあるし。

悪い大人たちに利用されて欲しくない。

 

「俺達では考えが浮かばないな。ウララさんを呼ぶか」

「ウララに聞くんですか?」

「稼いだのはウララさんだしうちのエースなら何かアイディアもあるだろ。」

 

まああまり期待してないが・・・

 

「ウララちゃんありがとうありがとう!」

「えへへ・・・いいんだよ」

 

「なんでこんなことに」

 

目の前では泣きながら感謝する商店街の人たちに囲まれているハルウララがいる。

 

ハルウララに尋ねると「助けて欲しいんだけど・・・」

 

と言われて借金で苦しんでいる商店街の人を助けることになった。

 

「ありがとう!!これでこの店を立て直せるよ!」

 

「人が良すぎるだろ・・・」

 

事業がうまくいかず借金や金銭問題で困っている人達、生活苦の商店街の人にハルウララは威勢よく金をばらまいていた。

 

まあ、稼いだお金をどう使うかは本人の自由だが人が良すぎる。

 

俺は笑い合うハルウララと商店街の人を見てため息をつく。

 

その後俺はまたこんなことがないようお菓子はハルウララの名前を使った商品開発などのアイディアの助言。

学園へのウマ娘用の物品納入の口添えやホームページでの客寄せとネットでの宣伝。

それと税金対策や店舗の運営などのコンサルタントをアオ君と一緒に教えて回るのだった。

 

 

 

だがこれがのちに巡り巡ってハルウララたちを助けることになると知るのは

それからずいぶん先の月日がたってのことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「人の心を買ったよ~」の巻
この後誹謗中傷を受けたりウララを害しようとする人たちから彼らは全力でウララを守ることになります
まあそれ以上の結びつきがウララたちと周りの人たちには以前からあるのですが

ウララを狙う大人はたくさんいます。史実では色々大変なことになってましたが・・・


あと税金高すぎませんかね

理事長「寄付!私は全財産をこの学園につぎ込んでいるっ!諸君らにもそのつもりでいてもらいたい!」
ざわ・・・ざわ・・・

もちろんこのあとたづなさんに理事長は叱られた。


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皐月賞の戦い

キングヘイローは実家とあまりうまくいっていない。この間も電話でひどく言い合いをしていた。

 

そういったときはひどく無謀なレースに出たがる。自分の力を証明したいのだろう。

 

俺たちは助言はするが強くは止めない。彼女たちが望むならば最大限希望をかなえるだけだ。

 

 

キングヘイローはセイウンスカイと何事か話していたようだが彼女たちはそれぞれゲートに入り始める。

 

セイウンスカイもスペシャルウィークも出走している。

 

――皐月賞

 

止めるべきだったかと考えるがかぶりを振る。

 

 

ゲートが開いてレースが始まり、一斉に皆がゲートから飛び出していく。

 

スタートは理想的、体軸もマイルに適応

 

しかし1600mでスタミナがきれる。1700mで首が上がり体が起き上がる。位置取りが悪い。

 

俺は唇を噛みしめる。

落ち着け。まだレースは続いている。

 

1800mでキングヘイローは完全に息が切れ集団の中に埋まる。集団から抜け出す手段を今のキングヘイローは持たない。

セイウンスカイは単独で逃げ切っていたがここでスペシャルウィークが集団から飛び出す。

 

1900mキングヘイローはもはや集団についていけず、速度も落ち始める。

そのはるか前をスペシャルウィークが単独でゴールを駆け抜けていく。

 

 

 

 

最初は行けると思った。

だがいまでは心臓は早鐘を打ち足が重い。

汗で髪が顔に張り付く。

練習で一緒に走っていた友人たち。

彼らの背中はいつもより遠くもう追いつけはしない。

 

皆より遅れてゴールした彼女は振り向くことなくコース上を後にした。

 

 

 

 

 

ずいぶんレースに集中してたようだ。気づくとレース場のざわめきが耳に入ってくる

 

『すごいなあの子!スペシャルウィークってこの走り見たか?』

『ああ・・・しかしキングヘイローはダメだな。なんだよあの走り』

『家柄がいいだけだろ?小さなレースしか通用しないよ』

『そうだな。しかしセイウンスカイって子も・・・』

 

俺は横のアオ君に問いかける

 

「お前はいつもこんな気持ちなのか?」

「・・・ファンっていうのは勝っても負けても全力で応援するもんです。

それにウララが笑っているのに僕が泣くわけにはいかないでしょ?」

 

アオ君はそういって「残念だったねー」と残念がるハルウララたちを慰める

 

「キングさんのところに行ってあげてください。彼女が待ってます」

「・・・ああ」

喧騒に包まれるレース場を俺は駆け出して離れていった。

 

 

 

 

 

 

「あんたひどい顔ね」

「え?」

 

控室のキングヘイローは思ったより普通そうだった。

 

「なんであなたが泣きそうな顔をしてるのよ

泣くのは私が優勝した時でしょ」

「あ、ああ・・・そうだな」

 

キングヘイローは負けたというのに平気そうだ。

 

「・・・負けるのはわかっていたからよ」

「え?」

「あなた顔に出すぎよ。走る前からあなたの顔に負けると書いてあればあきらめもつくわ」

「・・・そうか」

 

そんなに表情に出ているのだろうか?

 

「次のレースはどうしようかしら?もう挑戦なんてしなければ良かったのかしら?」

 

「・・・そんなことはないだろう」

 

その時スマートフォンの着信音が鳴り響く。

 

「……お母様」

 

キングヘイローが電話を取ると女性の声が響く。

 

『そういえば凄かったわね、スペシャルウィークさん』

 

『あんなに人を惹き付ける走りを見たのは久々よ』

 

母親か・・・

 

アメリカ人の母親はどうしても言い方が直接的だ。彼女の家系のことを考える。

 

 

・・・キングヘイローが本当に認めて欲しいのは世間の人大勢なんかじゃない。たった一人だ。

 

なら”彼女”と同じ位置にキングを立たせるだけの話だ。

 

 

電話を終えて潤んだ瞳のキングヘイローに俺はゆっくりと声をかける。

 

「少し話がある。俺についてきてくれないか?」

 

俺はキングヘイローと共に薄暗い通路を歩き始めた。



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新たな道

「落ち着いたか。今日のレースはよく頑張ったな」

「落ち着いたのはあなたの方でしょ?」

「それもそうだな」

 

俺は目の前のお茶を飲みながらぽつぽつと語り始める。

 

「・・・何から話そうか。母親グッバイヘイローはG1を7勝した有名なモデルでもありデザイナー。

父は伝説と言われるダンシングブレーヴの家系でイギリス名家の子孫。

日本に来て知り合った二人のロマンスはいまだに小説の題材になるほどだ。

親戚の子供たちにはキョウエイマーチ・ジョウテンブレーヴ・テイエムオーシャンといてどの子も将来を嘱望されている」

 

「ちょっと・・・」

「母親の戦績はデモワゼルステークス、ハリウッドスターレットステークス、ラスヴァージ・・・」

 

「ちょっと!」

「なんだ、間違いがあったか?」

「いや違わないけどなんであなたが私の家のこと調べてるのよ!」

 

「俺は戦う相手のことをとことん調べる主義だ」

「戦う相手って・・・母様に何かしたらいくらあなたでも許さないわよ!」

 

キングヘイローはこちらをにらみつけてくるがそれは戦う意味が違う。

 

「俺はキングの家族を尊敬している。調べれば調べるほど偉大さに打ちのめされる。

今ならまわりの人たちが騒ぎたてるのがわかる。キングは奇跡の存在だ。」

 

「いや・・・まあ、それほどでもあるわね」

 

褒められてまんざらでもない顔をするキングヘイロー。

 

その顔を見て、血筋だけは生まれながらに王だねという言葉を飲み込み資料の束を渡す。

 

「なによこれ?」

 

「今後・・・将来的に出てもらうレースの資料だ」

 

まとめた資料をめくりながら説明を行う。

 

「高松宮記念でもいいが世界を狙うなら・・・」

 

2月 ブラックキャビアライトニング      オーストラリア

3月 アルクオーツスプリント         UAE

4月 チェアマンズスプリントプライズ     中国香港

6月 キングズスタンドステークス        英

6月 ダイアモンドジュビリーステークス     英

7月 ジュライカップ              英

10月 スプリンターズステークス        日本

12月 香港スプリント             中国香港

 

「これで1年でG1を8勝できる。2年で16勝だ3年なら24勝になる」

 

その後強力な海外勢と大型新人の出る日本勢に目を付けられるときつくなるかもだが・・・

今なら敵は少ない。

 

「ちょっとちょっと!」

 

「他の人は海外に目を向けていない。今がチャンスでもある」

 

手続きが恐ろしいほどめんどくさいうえに海外勢は強いというイメージもある。

縛りも厳しく大きなレースの前に事前に出るレースもある。

またドーピングなどの薬物検査などに引っかかれば国内でも出場停止になる恐れがある。

コースも日本とヨーロッパでは真逆と言って良い馬場だ。

エルコンドルパサーやウオッカなど海外に行きたいと言ってはいるようだが具体的な資料集めなどの行動は起こしていない。

 

「海外を意識している人も多い。俺たちも海外に行くべきだろう。国内ではG1の数が足りない」

「・・・あなた怒ってる?」

 

キングヘイローは俺を見て困ったように尋ねる。

 

「いや、一番許せないのは俺自身にだ」

 

キングヘイローを悲しませるような自分自身に一番怒りを感じる。

 

なんでたかがか1敗したぐらいで誰もかれもそんなにキングヘイローのことを悪く言えるんだ。

勝負は時の運もある。いくら完璧にレースを組み立てても負ける時は負ける。

 

最初に海外で賞を取るのは一流であるキングヘイローとその仲間たちだろう。仲間だからという欲目もあるが。

 

「あの時のアメリカよりも今の日本の方がよほど厳しい!」

「あなた・・・アメリカも強い人多いわよ・・・」

 

「強いと言っていただろう。デビューが早すぎたとも。おびえてるんだよ。いまのウマ娘たちに」

「母様はそんな人じゃないわ!」

 

怒ったキングヘイローを慌ててなだめる。

 

「・・・すまん。おとしめるつもりじゃないんだ」

 

正確に言えば本当に怖いのは娘が傷つくことなのだろう。

だからキングヘイローをレースの世界に行かせたくはなかったのだ。

娘を大切に思っているのは確かだろう。ただ母娘共にすれ違いが多いが。

 

――だが(キング)がその程度のことで膝を屈するものか

 

「不屈の闘志を持って立ち向かっていくキングの方が素晴らしいと俺は思う

 だがそれとともに実績が見たいというなら見せてやる」

「は・・ははっ。そうよね!」

 

キングヘイローは俺の言葉に高笑いをする。

いつもの調子に戻ったキングヘイローを見てほっとするが・・・

 

 

・・・今思ったが将来的に俺捨てられないよね?

 

「・・・な、なあ。俺が学園から追い出されてもキングについていっていいよな?」

「なんでそんな捨てられそうな子犬の眼をしてるのよ・・・

 あなたにはこれからもきちんとトレーナとしてついてきてもらうわよ!」

「そ、そうか。良かった・・・」

 

俺はほっと胸をなでおろす。

 

 

力のない俺だがせめてキングヘイローの盾となろう。

 

俺はそんな決意を新たにした。



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王の誕生

「キングススタンド! このキングにふさわしい名前のレースだわ!!」

「そうか。それは良かった」

 

ここはイギリスのアスコット競馬場。

俺はコースの上に腹ばいになるとゆっくりと前進し始める。

 

「ちょっと!何やってるのよ!!」

 

コースの上で匍匐前進する俺をキングヘイローが叱る。

 

「恥ずかしいわね!」

「いや芝の形状と土質を確かめていた・・・わかっていたが難しいコースだな」

 

低温と降雨の多い場所なら芝が違うのはわかっていたが。

イギリスはワックスされた砂と化学合成物質の混合物をコースの素材とする。

 

「芝の長さも若干長め、地下茎の密度が濃くてクッション性の高い柔らかい馬場だ」

 

パワーを使うことになる分キングヘイローが有利か。日本よりは重い芝質だ。

日本の馬場は世界屈指の高速馬場なので真逆の海外に出れば多くのウマ娘は戸惑うだろう。

 

「考え込んでどうしたの?」

「芝の反発力が明らかに違う。靴も変えるか・・・今回は底の蹄鉄を変えて

インソールも変えるか。接地時の衝撃吸収性を変えよう」

 

俺は説明をしながらコースの芝を踏みしめる。

 

「芝やコース状況も違うからな。軽く走って慣れておきたい」

「今までと何か違うの?」

「だいぶ柔らかい。いや柔らかすぎるかもしれない馬場だ芝の塊が飛びやすい。」

 

「靴を調節するって・・・できるの?」

「やるしかないだろう。レースまで時間もないし。練習で違和感があったらすぐに言ってくれ」

 

アオ君は金属加工できるから頼らせてもらおう。

靴もいずれは専用のものを開発したい。

 

「まあアンタに任せてるからそこらへんはよろしく頼むわ・・・」

 

日本は硬い馬場がイギリスでは逆に柔らかくなる。

コースは起伏が激しい場合上に芝も日本以上にうねっている。

パワーのあるキングにとっては逆に強みになるだろうけれど・・・

 

 

 

――キングズスタンドステークス 芝 1006m (G1)

 

 

 

俺の予想では鼻差でキングヘイローが勝つだろう。もっとも絶好調と言える体調ならという但し書きが付く。

ひどい賭けだ。地球の裏側まで引っ張り出して期待させて綱渡りをキングにさせようとしている。

相手の子達は万全の仕上がりだ。それはそうだろう。なんといっても歴史あるレースなのだから。

 

出場してくるウマ娘はみな優秀だ

 

「心配ですか?」

 

カワカミプリンセスが俺に訪ねてくる

 

「・・・心配というより怖い。できることなら今すぐここから逃げ出したい」

 

キングが傷つくのが怖い。みんなの残念な顔を見るのが怖い。

・・・みんなとの、キングヘイローとの日々が終わるのが怖い。

 

「大丈夫ですよ!」

「名前からしてもここはキングさんの故郷です!必ず勝ちます!」

 

カワカミプリンセスたちの元気な言葉は俺の不安を吹き飛ばす

 

「そうだな。ここまで来たら俺たちはキングの応援をするだけだ」

 

俺はレース場を見渡す。そよ風が吹いている。風向きは良い方向だ。

 

「・・・ここは昔はクイーンズスタンドプレートと呼ばれていた。それが女王の死と王の即位でキングズスタンドステークスという名前になった」

 

「そうなんですか!なら今回は王様の誕生ですね!次のレースは即位式でしょうか?」

「は・・・ははっ、あははは」

 

俺はカワカミプリンセスの言い回しに思わず吹き出す

 

「もう笑わないで下さいよ」

「ははは・・・ごめんごめん」

 

そうだな次のレースで女王陛下から優勝カップをもらいたいじゃないか。戴冠式を俺は見てみたい。

 

 

 

 

 

 

全くアイツはわかってるのかしら?自分が短距離ばかり進めてることに。

 

「短距離のレースばかり薦めるなんて。迷ってる暇もないじゃないの」

 

自分の中にちっぽけなわだかまりが転がっているのがわかる。

 

希望をもってここまで来たが。その胸の中のつかえがここに来ればなくなるかもしれないという予感もあった。

 

アイツの顔には勝てると書いてあった。厳しい勝負になるだろうが。

 

――ならば勝とう

 

 

 

キングヘイローはゆっくりとコースに入る。

 

そして開かれる扉。

 

ウマ娘たちがはじかれるように飛び出していく。

 

 

「早い・・・」

 

ウマ娘たちはペースを上げて集団となって走り始める。

 

キングヘイローも集団に囲まれるが位置を変えながらカーブに入ろうとする。

 

 

「ここはいかせない!」

 

先頭に立つウマ娘が内側に位置を変えてフェイントのブロックをかけようとする。

 

「みえみえなのよっ!」

 

「なっ!」

 

キングは足を踏み込んでそのまま横をすり抜ける。

 

「私は負けられないのよ!」

 

そのままキングは芝を蹴散らし加速する。

 

「くっ!まだだ」

 

キングに追いすがるウマ娘。

 

二人はそのまま並びながらカーブを抜け出していく。

 

 

 

 

 

「「キングさーん!!」」

 

「キングさんよく抜けられましたね・・・」

「・・・セイウンスカイに助けられたな」

 

セイウンスカイと共に練習しているため少々のフェイントならキングには効かない。

 

きちんと対応して抜け出してゆく。

 

 

「うおおおっ!」

「くっ!まだっ!」

 

二人は他のウマ娘を引き離して加速する。

 

二人は地面を踏みしめそのたびに風に乗った芝の葉が渦を巻く。

 

キングヘイローはひたすら前へ前へと突き進んでゆく。

 

 

二人はそのまま加速しもつれるようにゴールに飛び込んでゆく。

 

どちらが先にゴールしたのか。

 

観客席は音もたてずに静まり返る。

 

「「「おおおおおっ!」」」

 

やがて掲示板に番号が映し出されると会場がどよめきに包まれる。

 

 

大きなモニターに映し出された写真の結果は頭半分キングが早い。

 

「「やった!キングさーーん!!」」

 

「すごい、勝ちましたよ!」

「ああ、レース展開の速さにキングの脚があっていた・・・よかった。本当に」

 

 

俺たちは手を振るキングに向かって大きく手を振り返す。

 

 

 

「「おつかれさま~」」

「キングちゃんやったね!」

「すばらしいです!」

 

「みんなありがとう!」

 

控室に帰ってきたキングヘイローをみんなは嬉しそうにねぎらう。

 

「一流の私には当然のことよ!お~っほっほっ」

 

キングヘイローも嬉しそうに高笑いする。

 

そしてキングヘイローは喜んでスマートフォンを取りだす。

 

「みんなからの祝電よ!」

 

そこには学園のみんなからのメッセージが並んでいた。学園でもレースが中継されたのだろう。

 

その時控室に着信音が鳴り響く。

 

「お母さまかしら!」

 

キングヘイローは喜んで電話を取る。しかしそこから流れたのは祝いのメッセージなどではなかった。

 

『せっかく運良く勝てたのだからメッキがはがれる前に引き返しなさい』

 

『その調子じゃこの世界で行き残れない』

 

『・・・これ以上無様な姿をさらす前に帰ってくることをお勧めするわ』

 

静まり返った控室にとげとげしい言葉が流れる。

 

「キング・・・」

 

俺たちは悲し気なキングヘイローに声をかけることができずただ立ち尽くすだけだった・・・



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君主の即位

「連戦になるが体調の方は良いのか?」

 

「誰に尋ねてるのよ。一流の私は体調管理も万全よ!」

 

キングには連戦となるがここで走らせてやりたい。

 

「日本から離れたここならきっと見えてくるものが・・・」

 

「何か言った?」

 

「・・・いやなんでもない」

 

俺は頭をふって空を見上げる。

 

「予報では晴れだが雨が降らなければいいんだがな」

「大丈夫よ。たとえ雨でも負けはしないわ!」

「・・・頼もしいな。用意はしておくが」

 

 

 

 

当日は薄曇りの天気、気温は23度。

 

 

――ダイアモンドジュビリーステークス 芝 1207m (G1)

 

イギリス王室主催のロイヤルアスコット開催5日目、最終日のメインレース。

 

 

女王陛下自らがプレゼンターとなる歴史のあるレースだ。

 

 

「がんばってね~」

「応援してますわ!」

 

声をかけてくれたハルウララやカワカミプリンセスが部屋から出ていく。

みんながいなくなった控室。そこでキングは始まる時を待っていた。

いやそれは終わりなんだろうか。

 

 

誰もいない控え室に着信音が鳴り響く。

 

「・・・母様?」

 

どこかで期待していた。だからいつも持ち歩いて母親の電話を待っていた。

 

『あなた、そんなレースに出て無駄だとわからないの・・・あなたが思うほど簡単じゃないのよ』

 

ずっと期待してた。いつか頑張る私を見て欲しくて。

 

『聞いてるのあなた』

 

ずっと期待していた。いつか私を褒めてくれる日が来ることを。

 

「・・私、母様のこと嫌いじゃないわ」

 

『えっ?』

 

「今はレースが楽しいの。今までは義務感で走ってた。だからもういいの」

 

母様の”あなたはダメだ”という言葉を否定したくて。ずっとずっともがいてた。

 

・・・だから似た者同士のアイツをスカウトしたのかもね。

 

 

「走る楽しみというのを思い出したの。もうずいぶん長い間忘れていたわ・・・だからもういいのよ」

 

『・・・そう。なら勝ちなさい』

 

ひどい言葉だ。今更になって。

 

「・・・ええ・・・あなたのためではなく、他人のためではなく、自分自身のために」

 

――勝つわ

 

いつの間にか会話はなくなった・・・でもずっと最初から会話なんてなかったのかもしれない。

言いたいことを言って相手の言葉を受け止めないのでは会話とは言えないだろう。

 

ゆっくりと電話を切る。

 

気づけばいつの間にかコースに出ていた。

 

ゆっくりと雲が流れ、雲の切れ間から光が差し込む。

 

ずいぶんと日差しがまぶしい気がする。日差しが目に染みる。

 

だが今までになく体が軽い。ずっと体に巻き付いていた鎖がはずされたような気持ちだ。

 

 

 

 

「キングちゃーんがんばってーっ!」

「がんばってくださーいっ!」

 

「キングさん勝てますよね?」

 

取り巻きの二人が不安そうに声をかけてくる。

 

「・・・勝てるさ。そのためにここまで来たんだ」

 

俺はコース上に出てきたキングヘイローを見る。

 

「キングは倒れても倒れても何度も起き上がってきたんだ」

 

――誇りを取り戻した(キング)は負けはしないさ

 

 

ずっとキングヘイローは綱渡りを続けてきた。それは今でもだ。

 

ひどい話だ。彼女は勝てるという自信をもって走ることなんてずっとなかったはずだ。

 

だがそれでも走り続けてきた。何度も落ちても這い上がって続けてきた。

 

不屈の心が彼女の美しさだ。今まで心が折れそうな出来事を何度も乗り越えてきた。ならば・・・

 

 

 

 

 

 

ゲートに立つキングヘイローは落ち着いていた。

いつもならまわりの子を意識するのに今日は気にならない。

 

扉があきキングヘイローはコースに飛び出していく。

扉の先には緑の海がどこまでも広がっていた。

 

脚を踏みしめるその先の芝の柔らかさが心地よい。

 

キングヘイローには前を走る子の動きが見えた。みんなの動きが手に取るようにわかる。

 

「前の3番、脚の踏み込みが遅い」

 

位置をずらして相手の脇をすり抜ける。

 

「コーナーの曲線・・・わずかに速度が落ちる。内側の芝は深い」

 

キングヘイローはわずかに外側に位置をずらしもう一人を抜かし、コーナーを切り込んで駆けていった。

 

 

 

 

もう人の喧騒もざわめきも聞こえない。

 

 

息が苦しい。脚が思うように上がらない。だけど脚を動かさないと。

 

ゴールまでの道は見えているのだからっ!

 

体にまとわりつく風を追い抜くとそこには光で出来た道がどこまでも伸びていた。

 

 

 

 

 

残り 200m

 

「「いけえええっ!!」」

 

チームみんなの声と共に一陣の風が吹き荒れる。

 

飛ばされた芝が渦を巻き、キングヘイローは緑の風をまといながら駆けてゆく。

 

そしてキングヘイローは他の馬を置き去りにしゴールに飛び込んでいった。

 

 

 

 

「「おおおおおっ」」

 

会場のどよめきと共に俺は力が抜けて座席にへたり込む。

 

「勝ちましたわよ!」

「よかったです~」

「「キングさーん!」」

 

みんなは手を振るキングヘイローに大きく手を振り返す。

 

「勝ったか。良かった・・・」

 

俺は空を見上げる。みんなに涙を見せないように。

 

彼女はやり遂げたのだ。いやこれが始まりなのだ。彼女の歩む道の。

 

 

空はどこまでも青かった。

 

 

 

 

 

キングヘイローが表彰台に向かうとひときわ大きな歓声が観客席から上がる。

表彰台に立つキングヘイローのもとに一人の品の良い老夫人が近づく。

 

「女王陛下!」

 

陛下が彼女のもとに現れる。女王は表彰式の人たちに声をかけながら近づいてくる。

 

やがて女王はキングヘイローの前に来るとゆっくりと顔を見つめた後口を開く。

 

「ふふっ。あなたには彼女の面影がありますね」

 

「え?」

 

キングヘイローの前に立ち止まった老婆はキングににこやかにほほ笑む。

 

「あなたのおばあさまにもあったことがありますよ。もっともあなたの生まれる前ですけれど

そのお孫さんが活躍して嬉しく思います」

 

キングヘイローは思う。お父様とおばあさまは喜んでくれただろうか。

思えばずっと私はお母様しか見えていなかった。

 

「キングさんこれからの活躍を期待していますよ。

できればまた来年、あなたに出会いあなたの勝利をたたえたいと思います」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

微笑んで気品のある女王はその場を後にする。

 

王子や王女もキングヘイローと会話したのち会場を去って行った

 

キングヘイローはずっとその後姿を眺め続けていた。その後ろ姿が見えなくなっても長い間ずっと。

 

 

 

 

 

「あああーっ!失礼がなかったかしら!」

「礼儀は完璧だっただろ?おかしなところはなかったはずだけど・・・」

「もう少し何か気の利いたことを言っておけば!!」

 

頭を抱えるキングヘイローを俺たちはなだめる。

 

「また来年お会いした時に話せば良いのでは?」

 

というカワカミプリンセスの言葉にキングヘイローが持ち直すまで

俺はしばらくキングヘイローをなだめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(注意事項)こちらのウマ娘世界の女王陛下は現実とは一切関係ないので別人です・・・

現実世界でもロイヤルアスコットは王室主催ですが


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学園の日常
お悩み相談 サイレンススズカ


「短距離向けだな。差しもいけるが距離的に先行に変えたほうがいいだろう。スタート技術を覚えることとパワーをつけることだ」

 

真剣な表情で俺の話を聞くのは。トレアンサンブル大和なでしこという感じの黒髪の少女だ。

 

「君は母親のダイナアクトレスと同じく完全な短距離よりだ。中距離ではスタミナが続かない」

「そうなんですね!気づきませんでした」

 

この子は面倒見のいいキングが連れてきた子だ。

キングが外国の名家なら彼女は日本の名家だ。

超優良な血統を言われているのに結果が出ないのでキングヘイローがシンパシーを感じたのだろう。

共にデビュー戦でレースを競った相手でもあるし。

学園にいる姉のステージチャンプも血統で有名だがレースでライスシャワーとウイニングチケットにぼこぼこにされていたが・・・

 

「ありがとうございます!私なにをやってもダメで・・・希望が持てました」

「いや・・・いつも隣にいる子が優秀だからだろう。君には君に合った場所がある」

 

彼女はいつも親友のグラスワンダーと共にいるが優秀で距離特性も違う子と練習してれば迷うのは当然だろう。

グラスワンダーが日本趣味なのはこの子の影響かもしれないなとキングに聞いた情報を考える。

 

「ありがとうございます!今度練習ご一緒してもいいですか?」

「・・・そこらへんはキングに許可を取ってくれ」

 

アドバイスを聞いた少女は嬉しそうにしながら何度も頭を下げて帰っていく。

 

 

 

「やっとおわった・・・キング、もう連れてこないでくれ」

 

犬や猫拾う感覚で連れてくるんじゃないよ。元に戻してきなさい。

 

「仕方ないでしょ。頼まれたらほっとけないし」

「面倒見が良すぎる。適当にあしらわないときりがないぞ・・・」

 

結果を出したキングヘイローを頼って学生たちがキングに相談にやってくる。

そして脚質やレースの距離の相談は自然と俺が相談に乗ることになる。

キングヘイローは面倒見が良いためここしばらくトレーナー室がお悩み相談室になっている。

 

「ホント安請け合いするのはやめてくれ」

「そんな嫌そうな顔をしないでよみんな喜んでるわよ」

「いやただでさえチームの加入を応募者に断ってるんだから・・・断るのは俺なんだし」

 

最近どこかしこで見られる「私に任せておきなさい」とかいうキングの態度は頼もしくも憎らしい。

希望者にチームの加入を断るのは俺としても心苦しい。

就職を失敗し続けた経験があるだけに胃が痛くなるので困る。

 

「時間がとられるのが嫌だ。あとは適当なこと言ってるので後で恨まれるのが怖い」

「そんなに時間かかってないでしょ。的確な助言だからみんなも感謝してるわよ」

 

いやいや一人12分でも10人だと2時間だろう。いっそのこと会話せずにメモだけ渡すか・・・

 

「あと俺はそんなに能力がない。キングが優秀なだけだ」

「そんな謙遜しなくても。・・・あと一人見て欲しいんだけど」

「今日はこれで最後だぞ。誰なんだ?」

「サイレンススズカさんなんだけど」

「はぁ!?」

 

 

 

目の前の少女を見ながら考える。

見れば見るほどとんでもない能力だ。

リギルからスピカへ移籍した後骨折からリハビリしてたらしいが。

 

「私はこれからも走っていいんでしょうか・・・」

「・・・お前が走りたいと望むならかなわない夢はないだろ」

 

耳がしゅんと垂れてるサイレンススズカに言葉をかけていく。

 

「お前の夢は”境地”ともいうべきものだ。焦ることはない。時間をかければ必ず夢はかなう。

お前にはその力があるんだから」

 

弱気になってるサイレンススズカに俺は声をかける。

 

「お前は”伝説級”の存在だ。望むなら国内だけでなく海外でも活躍できる

治療に専念することだ。スピカのトレーナーはなんて言ってたんだ」

 

「今は何も考えず治療に専念することだと」

 

「まあ、そうだな。彼は優秀だから助言を聞いておけばいい。大丈夫だ。ここの学園の医療は最新設備だからな」

 

実際理事長のおかげで最新医療で大きなけがから復帰するウマ娘は多い。理事長に足を向けて寝れないところだ。

それにケガで不安になっているのだろう。ずっと考えていると悪い方向ばかりに考えが行ってしまうものだ。

 

「俺にも経験があるがあまり考えこまないほうがいい。うまいもの食べて映画でも見て気持ちを切り替えることだ」

「・・はい」

 

「お前は100年、いや300年に一人の逸材だ。キングに協力してる俺が言うんだから間違いない」

 

「はい」

 

落ち込んでいるサイレンススズカをひたすら励ます。

少し明るくなったサイレンススズカは何度も礼をして帰って行った。

 

「ふう・・・疲れた。なんでこんなことをしなければならないのか」

 

俺は疲れて机に突っ伏す。

 

「ほっとけないでしょ。喜んでたんだからいいじゃない」

 

「なんで敵に塩どころじゃなくニンジン上げねばならんのだ。後悔しかない」

 

「なんかべた褒めだったけどそんなにすごいの?

他の子をウララさんたち以外にあんなに褒めてるあなたを見たことがないんだけど」

 

「・・・成長しきればマイルだけで言えばこの学園・・・いや日本で勝てるやつはいない。ただ、まだ成長途中だが・・・」

 

あれからまだ伸びるなんて悪夢でしかない。絶対に敵にはしたくない相手だ。

スタミナを増やせばマイルだけでなく中距離でも敵はいないだろう。

 

「あのままケガのままでいてくれれば・・・相談に乗るんじゃあなかった」

「嫌なこと言わないでよ!というか本当に勝てないの?」

 

弱音を吐いた俺を叱り飛ばすキングヘイローの言葉にレース方法をいくつか考える。

 

「勝てないわけじゃなく出がかりを潰すとかフェイントかけるとかあるけどからめ手だからな・・・」

 

いくつか方法があるがやはり序盤での位置取りなどのからめ手しか思い浮かばない。

セイウンスカイあたりならうまくやるだろう。

ただ逃げ足を潰せばあとはどうとでもなるともいえるが。

スズカにスタートダッシュを教え込めば・・・いやいやこれ以上強くしてどうする。

 

「しかし惜しいな・・・専属トレーナーがつけば世界を狙えるものを。

いや手が付けられなくなるからこのままの方がいいのか」

 

スピカは優秀なメンバーが多すぎる。いくら優秀でも自然と一人では見れないところも出てくるだろう。

トレーナーは優秀だが今はスペシャルウィークだけにかまいすぎるように思える。成長期だから仕方ないのか。

俺ならメンバーは骨折まではいかせないしリハビリだって・・・いや、うぬぼれが過ぎる。俺はそんなに優秀じゃない。

 

「気になるんだったらうちのチームに入れてみる?」

 

「やめてくれ。これ以上時間も人手も足りないしな。

彼女にはそばにいてメンタルケアしてくれるようなトレーナーが必要だ」

 

もっともみんな学園トップのチームスピカに遠慮してるのかもしれないが。

あとはリギルからの移籍の件もあるか。他の人にとって優秀な人材が自分のチームから敵に回るのは悪夢でしかない。

それにトレーナー探しなら俺より人付き合いの良いアオ君の方が適任だろう。

 

「それに俺はキング専属みたいなものだからな」

 

「へ?そ・・・そうよね!一流の私には一流のトレーナーが必要なのだから!」

 

高笑いを上げるキングヘイローに俺はもうこれ以上人を連れてこないでくれと祈るのだった.

 

 

 

 

後日おせっかいなキングヘイローと共にサイレンススズカのトレーナー探しに奔走することになるとはその時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 




スズカはあの史実もあってどうしても助けたい子ですよね
アニメ版スズカの話。チームスピカがいたらみんな彼らに遠慮するよねという話
ゲームのように専属トレーナーがついてる世界線なら骨折まで行かないのですが
史実補正がつけば最強の彼女がいるためマイル戦での勝ち目は・・・

しばらくは日常回。もしくはキングヘイローのおせっかいの話
ちなみにトレアンサンブルは史実でグラスワンダーの奥さんです


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お悩み相談 ダイワスカーレット

「ウオッカも”海外をめざすー”なんて言ってるのよ」

 

「・・・そうか」

 

ダイワスカーレットの前に紅茶を運ぶ。

 

今回もおせっかいなキングヘイローが彼女をつれてきた。

 

「ありがとう・・・私も今のチームで伸び悩んでるのよね」

 

・・・もう連れてくるなといってるのに。キングヘイローは絶対許さない。

 

「でも今のチームを移動しても当てがないのよね・・・フリーになるからは・・・その、一人だと困るし」

 

・・・明日は休みだしトレーニングを2倍ほど増やすか。今の体力と筋力ならたぶんいけるだろう。

 

「ねえ、ちょっと聞いてる?」

「・・・ああ、専属トレーナーを探して欲しいということだな」

「そんなこと言ってないし!・・・そうだけど」

 

俺は彼女の前に5枚の紙を並べる。

 

「性格や相性を考えればこのあたりだろう」

 

5枚の調査書の写真には人のよさそうな優しげな顔が並んでいる。

 

「この人たちが・・・」

 

ごくりとスカーレットが喉を鳴らす。

 

「新人だから経験不足は仕方ないがここに来る以上能力は問題ない」

 

「この中から決めるのね・・・じっくり考えて・・・」

 

スカーレットはじっと穴のあくほど写真を見つめる。

 

「残念ながら時間はあまり無い。できれば今からでも会いに行って欲しい」

 

もう学生とトレーナーの組み合わせはほとんど決まりかけて残りは少ないからな。

相手が決まらないトレーナーはいずれ他のチーム入りになる。

 

「そ・・そんな、この中からなんて・・・」

 

スカーレットは迷ったように書類に目を落とす。

 

「その中からというわけじゃない。性格が合わなければまた来年見つければいい。

自分の人生を左右することになるのだから」

 

「人生を左右・・・」

 

「それにキングに言わせると運命の相手は会った瞬間に分かるそうだ。そうでなければ違うのだと」

 

「会った瞬間わかる・・・」

 

スカーレットは壊れ物を扱うように書類を抱え込む。

 

「ありがとう!相談してよかったわ!」

「ああ、いい出会いがあることを願っている」

 

俺は礼を言って喜ぶスカーレットを見送った後、盛大にため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

「もう連れてくるなって言っただろ!なんで結婚相談所のようなまねごとしなきゃならんのだ!」

「大声出さなくでも聞こえてるわよ・・・」

 

俺はキングヘイローに大声を上げるがキングヘイローはこりた様子もない。

トレーニング後のぐったりした姿勢のままカワカミプリンセスに飲み物を渡されている。

 

「仕方ないでしょ。スズカさんやネイチャさんやクリークさんを見たら・・・

他の子たちに泣きつかれるのよ」

 

サイレンススズカもナイスネイチャもスーパークリークも

専属トレーナーとの出会いのきっかけは俺たちだと思われているが・・・

 

「そんなもの彼女たちの運が良かっただけだろ」

「彼女たちはそう思ってないわ・・・」

 

サイレンススズカはまだしもナイスネイチャはアオ君が友人と歩いてた時のことだし、

スーパークリークは迷子・・・いやハルウララが迷っている彼に学園を案内してた時の出会いだ。

どちらも全くの偶然だ。結果的に彼女たちの運の良さにすぎない。

 

「みんな王子様に出会いたいのですわ」

「うぐっ・・・核心を突くことを言いますわね」

 

カワカミプリンセスの言葉は真実でもある。

・・・いやトレーナー探しは言い訳や方便だとも言える。

要は相談にくる子たちは彼女達を見て恋人が欲しくなったのだ。それが優秀なトレーナーであるならなお良い。

 

「とにかく俺はもうしないぞ!もうやめる!」

「ここまできたら辞めれるわけないでしょ・・・」

 

キングヘイローはため息をつくが・・・

今年のトレーナーなんて相手が決まってない人は残り少ないので、相談してくる学生全員に紹介するのはもう無理な話だ。

 

「そういえば今、スカーレットさんが引退するかもとか言ってましたわ。トレーナーと結婚するかもしれないんですって!」

 

カワカミプリンセスの言葉に俺たちは驚く。

 

「もう見つけたのか!?そういえば彼女先行脚質だったな・・・」

「冗談言ってる場合かしら。見つかったなら良いのだけれど・・・」

「一目惚れなんて運命ですわね~」

 

カワカミプリンセスの説明だともう相手のトレーナーを見つけたらしい。1日たってないだろ・・・

 

「部屋を飛び出して一人目に出会った瞬間決めたとおっしゃってましたわ!」

「・・・それ本当に大丈夫か?責任持てないぞ!」

「相手のトレーナーの性格に問題は無いでしょ・・・というか相手のことあなたたちが調べたんでしょ」

 

そこまで言ってキングは慌てて俺を引っ張って物陰に隠れる。

 

「おい、どうしたんだ?」

「静かに!」

 

やがて廊下を走る音と共にドアが蹴破られるように開く。

 

「おいっ!キングとあの噂のトレーナーはここにいるかあっ!」

 

「いえ?まだこちらにはきておりませんが。ご用件があれば伝えておきますが・・・」

 

部屋に入ってきたウオッカにカワカミプリンセスはにこやかに対応する。

 

「チッ。邪魔したな!俺も早く探さねえと・・・」

 

そしてまたドタドタと足音が遠ざかる。

 

「なんだあれは?」

「おおかたスカーレットさんに自慢されて自分も専属トレーナーが欲しくなったんでしょ」

 

俺たちは隠れていた物陰からはい出す。

 

「・・・俺の噂ってなんだ?」

「・・・あなたは知らないほうがいいわ」

 

そう言ってキングヘイローはそっと目をそらす。おい、めちゃくちゃ気になるんですけど!

 

「しかしどうするか・・・きっとまたやってくるぞ」

「もうこの部屋は使えないわね・・・」

 

「それならお引越しをすればよろしいのでは?

反対側の建物にはまだいくつか空き部屋があったはずです」

 

カワカミプリンセスはそういって窓の外の建物を指さす。

 

「仕方ないわね・・・」

「そうするしかないか・・・」

 

そして俺たちは別の部屋に引っ越しをしてしばらくは彼女たちから隠れながら過ごすのだった。

 

 

 

後日ダイワスカーレットに渡した書類を巡って、血で血を洗う争奪戦が繰り広げられたと聞くのはもう少し後のことである。

 

 

 

 

 

 

 




残り4枚のうち1枚はトウカイテイオーがとったと聞きますが残り3枚の行方は依然不明。
ダイワスカーレットさんは身の危険を感じて理事長に保護を求めたとも言われる都市伝説があるようです。

あと第3棟にはおじさんの姿をした愛のキューピッドが住むという都市伝説が・・・



orione様、あのときの様、誤字報告ありがとございます。感謝です!


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トウカイテイオー

「ぐあああっ!俺はゴミだ!ミジンコ以下だ!メダカに食われて死ねばいいんだ!」

 

俺の大声が部屋に響く。

 

「またどうしたのよ?」

 

キングヘイローがジト目で俺を見てくるが・・・

 

「俺の無能さに嫌気がさしてな・・・無能な俺がキングたちのトレーナーを続けるとどうなると思う」

 

「どうなるの?」

 

「日本に居場所がなくなる」

 

「えええっ!?」

 

ハルウララが大声を上げる。

 

 

「まあ、聞け。この後の予想だがキングはイギリス中心に海外で連勝を続けるが、7年後には強い後輩も多く勝てなくなる。

学園卒業後は海外のハリウッドで役者でもするしかない。もしくはイギリスに名誉勲章もらって向うで暮らすしかない」

 

「はぁ?」

 

キングが呆けたような顔をする。俺の無能さにあきれているのだろう。

 

「ウララさんは卒業までアメリカでG1を連勝し続ける、小さいレースの勝利は数えきれない。

大統領にすら称えられるが国内であまり勝てない。アメリカでは映画の題材になるが日本では店の店長がいいとこだ。

英語が出来れば外交官という手もあるが・・・」

 

「ウララは店番得意だよ~」

「十分だと思いますが・・・まあ日本では適応G1レースがないですからね・・・」

 

ハルウララたちはニンジンせんべいをかじりながらのんびりしている。その気楽さが憎い・・・

 

俺は机に突っ伏してため息をつく。

 

「俺は無能だ・・・こんな結末でなんで続けようと思うのか。もうここを出ていくべきだ」

「出ていっても当てなんてないでしょ」

「・・・ぬぐぅ」

 

冷静なキングヘイローのツッコミにぐうの音も出ない。

 

 

「キングさんどうします?」

「・・・何時もの発作だからほっておきましょう」

 

キングヘイローはあきれたように言う。

 

「忙しかったから先生疲れてるんですよ。少し休んだらどうです?」

 

アオ君が気遣う言葉をかけてくれる。人の情けが骨身に染みる。

 

「すまんな・・・そうか休みか・・・」

 

思えば近くのトレーナー寮と学園の往復しかしていない。

 

「すまないが少し休ませてもらう」

「ええ、一流のトレーナーは休息もおろそかにしないものよ。しっかり休んで来なさい」

 

俺はキングヘイローに声をかけられながら寮に戻るのだった。

 

 

 

 

 

「結局ここに来てしまったか・・・」

 

目の前では練習コースを走っているウマ娘たちがいる。

 

映画やアニメ見て部屋の中で羽を伸ばしていたが、3日目には気になって学園の練習場の前に立っていた。

 

 

「こんにちは!おじさん!一人でいるのってめずらしいね!」

「今日は先生!」

 

トウカイテイオーと後輩君が声をかけてくる。

トウカイテイオーはケガをしたこともありチームから一時離脱中だ。

今はチームとは別に専属トレーナーを見つけたらしい。さすがにチームからは抜けないと思うが・・・

キングによると最近はいつも機嫌が良いとのことだ。

 

「(おじさん・・・)体調がよさそうだな」

「いつでも絶好調だよ!」

 

地味にショックを受けながら俺はふとテイオーの足を見る。

 

「休んだ方がいいな・・・足を痛める恐れがある」

「ええっ!?」

 

トレーナーの後輩君が盛大に顔を青くした。

 

 

 

 

 

「くすぐったいってば!うひゃぁ」

「ここですか?」

「そう、そこの筋だ。次はふとももの・・・」

 

保健室に向かい後輩君にマッサージの指導を行う。

 

「機械じゃダメなんですか?他のマッサージ師も?」

「機械ではどうしても不十分だしウマ娘の筋肉は一般人とは違うからな・・・」

「プールでの水中ウォーキングはどうでしょうか?」

「故障リスクゼロだがウマ娘は胸と臀筋の筋肉中心に鍛えることになるからな。パワー系になる」

 

説明をしながら足をもむ場所と足首の稼働範囲を説明する

 

「ウマ娘は一般の人と関節の稼働が微妙に違うのでわかりにくい」

「テイオーは軽い走りなのにばねが利いてますからね・・・」

「テイオーは小柄な体格のわりに筋力と関節の可動域が優れているからな」

「うひゃひやくすぐったい・・・」

 

テイオーはひどくくすぐったがって暴れる。でもこれは必要なことなのだが・・・

 

「骨密度や筋肉密度も測るべきだな・・・」

「食事療法も必要ですね。最近は一般のスポーツ理論が通用しなくて戸惑います」

「・・・ウマ娘用に学問の系統一つ増やすべきだとは思うな」

「あっそこはっ・・・うう・・・」

 

 

 

 

マッサージを終えて顔色が良くなって気分の良いトウカイテイオーにふと尋ねる。

 

「なあ、テイオーの言う最強ってなんだ?」

 

「サイきょーはサイきょーだよ!僕の強さを見てもらうことさ!」

 

「だが、試合に勝つばかりとは限らないだろう」

 

学園の中距離が得意なウマ娘は優秀な選手ばかりだ。

 

「そうだね。目指しているのはカイチョーなんだ。僕はあれ以上の走りをしたいんだ」

 

 

トウカイテイオーは眼を輝かせてシンボリルドルフのことを語る。

 

トウカイテイオーのタイムはそれほどでもない。だが一番外枠を走って勝利などとんでもなく力強い走りをする。

レースにドラマがあるとすればドラマを作れるというのがトウカイテイオーなのだろう。

 

「みんな強い子たちばっかりなんだよ。みんなと走っていればサイキョーに近づけると思う」

 

後輩君の尽力もあるのだろうが、一度足を痛めたものの今は奇跡の復活を遂げたトウカイテイオー。

そしてライバルと競い合い高め合うなんてそれこそドラマだ。

 

「勝利を超えた先にある、目指すべき背中か・・・」

 

走ることの意味や目的は人それぞれ違う。

 

 

・・・そうか、俺は勝ちにこだわりすぎていたのかもしれない。彼女たちを勝たせなければと変な使命感に燃えていた。

 

その重圧感に俺はまいっていたのだろう。

 

勝利などという結果なんて後からついてくる。

 

「教えられたな・・・そうだ、これを渡しておこう」

 

俺は胸ポケットから旅行券を取り出す。

 

「これは?」

「温泉旅行ご招待券?」

 

「商店街の人たちにもらったが俺にはいっしょに行く相手もいないしな・・・」

 

ペア券って相手いないのだが嫌がらせなんだろうか。アオ君たちは喜んでいたが・・・

 

「湯治にでも行ってくればいいだろう。体を大切にな」

 

「ありがとう!おじさん!」

 

トウカイテイオーは大喜びだ。その無邪気な笑顔に思わず笑ってしまう。

 

最近は俺もキングヘイローのお人よしがうつってしまったようだ。

 

「・・・ああ、活躍を期待している・・・だがサイキョーの道のりは遠いぞ」

 

俺はにやりと笑う。

 

「キングたちもいるからな」

 

「うん!負けないよ!にしし」

 

トウカイテイオーは不敵に笑う。

 

 

 

俺は笑ってその場を立ち去った。

 

彼女とは適正の違いからキングヘイローと戦うことはないだろう。

 

だが帝王に他にも(キング)がいることを知って欲しかった。たまには仲間を自慢したいじゃないか。

 

――さあ、俺の仕事を始めようか

 

「・・・愛想をつかされないうちにな」

 

俺はいつものトレーナー室に足取り軽く向かって行った。

 

 

 

 

 

――後日

 

「そういえば・・・商店街から何かもらったとか」

「何か・・・ああ、新しい商品のハルウララ印豆腐もらったぞ。ヘルシー志向のアメリカで売り出すんだと」

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




トウカイテイオーは順調にフラグ回収中の巻。

短距離ではバクシン”王”がいずれ出てきますからね。あとカレンチャンとか。

ガチャで爆死すると叫び声をあげることはよくあります・・・


かがち様誤字報告ありがとうございます!感謝です!

ちょっと見返さないとあまりにも誤字が多すぎました・・・


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アグネスタキオンの薬

「理屈はわかるが・・・」

「なぜだい?今も変わらないだろう」

 

机に置かれた瓶を前に俺は押し黙る。

いくつかは小瓶に小分けにされて中身の分量を変えられている。

隣にはアオ君や後輩君もいて熱心にメモを取っている。

 

「あら、めずらしいわね」

「やあ、おじゃましているよ」

 

部屋に入ってきたキングヘイローにアグネスタキオンは気軽に返事を返す。

 

「どうしたのよ」

「ああ、皆に新しく開発した薬を飲んでもらおうと思ってね」

「えっ?」

「・・・いや驚くことじゃない。効果が良いのはわかるんだが」

 

難しい顔をしたキングに俺は説明する。

 

「俺たちは人生で何回注射うってると思う?」

 

「う~ん。1年で予防接種やワクチンなんかで2回としても80歳までで140回ほどかしら?」

 

「薬だけでももう少しいくけど、ケガや骨折、病気をすればその2倍はいくだろうけどな」

「アメリカのウマ娘はその4倍はいくけどねぇ」

 

「そんなに!?」

 

キングヘイローは驚くが、アメリカのウマ娘はレース前に予防としてプロセミド(ラシックス)うつからな・・・

その他にも薬物使用は多いので回数が多くなる。

改正されつつあるがドーピングはアメリカ競馬の問題でもある。

 

注射だけでこれだ。飲み薬などを考えると俺たちが体に取り入れている薬は相当なものになるだろう。

 

「私はね、この状況を変えたいんだよ。せめて関節を傷めることがないように

現状のヒアルロン酸とトリアムシノロンはなんとかしたい」

 

「関節内注射ですか・・・トウカイテイオーの時に考えましたが・・・」

 

トウカイテイオーの専属だけに後輩君は彼女の言葉を熱心に聞いている。

 

「皆への飲み薬の件、考えておいてくれたまえよ」

 

そういって帰っていくアグネスタキオンを見送り俺はため息をつく。

 

「また薬の話?相手にしちゃダメよ」

 

「いや、彼女の言うことは一理ある。今でも俺たちは薬漬けなのだし

注射よりも副作用の無い飲み薬で何とかしたいというのもわかる」

 

タキオンの説明を聞く限りではこの薬はだだの関節用の薬だし、成分も危険物は入ってはいない。

 

「しかも彼女にその技術がありますからね・・・」

 

アオ君がメモを見返して感心したようにつぶやく。

 

多くの人やウマ娘は病気になれば薬を打つが、現状それしか対応策がなければ薬に頼るしかない。

アグネスタキオンと医者の違いは単なる信用度の差でしかない。実績の差とも言える。

 

アグネスタキオンの熱意と科学技術は本物だが、副作用がないと完全に判断するには時間がかかるものが多すぎる。

 

「彼女なりに骨折の多い現状を何とかしたいんだろうな。この間は妊娠薬を開発したと言っていたが」

 

「妊娠薬!?」

 

「出産での死亡率を何とかしたいんだと・・・スペシャルウィークには言うなよ。被検体になりかねん」

 

「言わないわよ!」

 

顔を赤くしてキングが反論する。

 

ウマ娘は出産前後や産褥熱などで多くの薬使うからな。

母体の影響減らすために時期をコントロールして妊娠させるのは本末転倒だと思うが。

 

 

「・・・それじゃあ」

「・・・飲みますか」

 

話を聞いていたアオ君や後輩君は瓶を手に持つ。

 

「それじゃ飲むか。各自体温の計測を忘れずに」

 

俺は腕のスマートウォッチを確かめる。

 

「ちょっとちょっと!」

 

小瓶を手に持った俺たちにキングが慌てる。

 

「なんだ?」

「それ・・・大丈夫なの?」

「タキオンの知識は信用できるぞ。それに被検者は多い方がいいだろ。治験バイトみたいなもんだ」

 

俺も瓶を手に持つ。

 

「・・・あ、俺たちだけだとウマ娘への影響がわからないか」

「・・・仕方ないわね」

 

俺のつぶやきにキングヘイローは残った瓶を片手に持つ。

 

「おい、キング!」

「なによ・・・あなたたちがタキオンさん信じてるなら私も信じるわよ

それにみんなのためになるなら飲まないわけにはいかないでしょ!」

 

キングヘイローはそう言って高笑いをする。

 

「・・・お人よしめ」

「あなたたちもでしょ」

 

まあ、トレーナーみんなウマ娘のためならなんだってやるだろう。

学園の中のトレーナーはバカばっかりだ。俺もそうかもしれないが。

 

俺たちはそろって小瓶の中身を飲み干す。

 

「・・・何も起きませんね」

「関節用の薬だからなぁ」

「・・・体温、血圧異常なし。これどれくらい続けるんですかね」

「最低1カ月はいるだろうなぁ」

「これ少し苦いのよね。成分はヒアルロン酸とかコラーゲンとか?」

「飲めなくはないが・・・さすがに彼女のことだから経口摂取できるようにしてるだろうけどな」

「分子結合変えたと言ってましたし」

 

俺たちはしばらくの間、黙々とデーター取りを行うのだった。

 

 

 

 

――後日

 

「え?タキオンさんから薬?もらってるけど」

「薬を見つけたぞ!スカーレットを捕まえろ!!」

「えっ?えっ?」

 

後日タキオン印の関節痛の薬が美肌効果があることがわかり、学園の生徒の間で奪い合いの騒動になるのはもう少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダイワスカーレットさんは身の危険を感じて理事長に保護を求めたとも言われる都市伝説があるようです

ウマも人も薬は共通だよねというネタ。アメリカの獣医師が馬に応用したのが始まりらしいですが。
タキオン先輩はウマ娘の中で実際に歴史を変える知識を持つのでは?という話(医学的に)



やはりスマートファルコンがダートAで実装されましたね
ストーリー見る限りでは思ってたのと性格が違うw


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海外から来たウマ娘

 

 

 

 

「なぜこんなことに・・・許せない」

 

金色の長い髪の少女がつぶやく。

目の前では明るく手を振るハルウララがいる。

その可憐な笑顔に目を奪われるが、周りからはハルウララを笑う声が聞こえる。

 

 

『やっぱり駄目だなぁ』

『海外で活躍したなんてフェイクニュースだろ』

『連敗記録を更新するんじゃないか?』

『また負けちゃったねえ』

『まあ、次があるさ。いつか勝つだろうさ』

 

観客席で笑い声が起こる。

ハルウララは人気があるため好意的な意見もあるが、彼女を笑うものも多い。

ゼンデンは思う。こんなことが許されていいはずがない。

彼女は史上最速。ダートの王者ともいえるウマ娘だ。もっと敬意を払われるべきだ。

 

こんな適性の合わないレースで笑われるべき存在ではない。

 

「決めたわ・・・」

 

 

 

 

「ウララさん!一緒にアメリカに帰りましょう」

「ええっ!?・・・そんなこと言われても」

「突然現れて勝手なこと言わないで!」

 

突然部屋に現れたゼンデンというウマ娘とキングヘイローが言い合いを始める。

ハルウララは二人にそれぞれ腕を持たれて困り果てている。

 

「二人ともちょっと落ち着け」

「そうですよ、ウララが困ってます」

「あわわっ。腕を引っ張るのはやめてー」

「あっ・・・ウララさん。ごめんなさい。でも私は許せないんです!」

 

アオ君が間に入りなんとか二人を止める。落ち着いたウマ娘に話を聞くと・・・

 

 

 

ゼンデンは引退したウマ娘だ。思い入れのあるドバイのレースを見に来た時ハルウララを見た。

その時の感情は一言では言い表せない。驚き、羨望、期待・・・そして大きな悲しみ。

一度でいいからあの子と走ってみたかった。ハルウララの走りはゼンデンを虜にした。

 

レースで最低人気で相手にされなかったところから勝利をもぎ取った経歴もあり

ハルウララに強い親近感を抱いてますますファンになった。

 

そして彼女がその熱意で日本語を学び日本行きを決めるのもそう時間はかからなかった。

しかしやってきた日本でハルウララの置かれた状況を知ってしまう。

 

「ウララさんが笑われるのが我慢なりません!」

「気持ちはわかるが、ウララさんに人気が出る以上仕方ないからな・・・」

「むつかしいところですが、ウララは皆にバカにされてるわけではないんですよね・・・」

 

本当にウマ娘に観客が興味がなければ彼らの行う反応は無視だ。

走っても無視され新聞にも載らず悲しい思いをするウマ娘は大勢いる。

ハルウララは人気があるためバカにされて笑われているというわけではない。

いわばお笑い芸人枠というかレースにお約束のオチをつける存在というか・・・

まあハルウララの能力を知る人が、そんな芸人に甘んじている状態が許せないのはわかる。

 

 

「それでも許せない!ハルウララさんを連れて帰ります!」

 

「そんなことできるわけないでしょう!」

 

ゼンデンとキングヘイローが言い合いを始める。

 

「ウララさんもその方がいいに決まっています!聞くまでもないでしょう!」

「それなら聞いてみればいいわ!」

 

二人が一斉にハルウララの方を向いて尋ねる。

 

「「どっちですの!?」」

「う~ん、私は日本にいるほうがいいよ」

 

ウララはあまり悩むこともなく明るく答える。

 

「日本にはみんながいるし・・・それに私、英語ができないから!」

 

「はぁ?・・・いやそんなはずは・・・ええ!?」

 

ゼンデンは混乱しているが無理もない。

 

ハルウララはジェスチャーと独特の明るい雰囲気で乗り切っているので一見気づかないが英語が喋れない。

そのくせなぜか各国のウマ娘と意思疎通が成り立っている。

とんでもないコミュニケーション能力ともいえるが・・・

だからこそ諸外国の人に囲まれるハルウララを遠くから見るとみんな勘違いをしてしまう。

 

「そんな・・・あっ、痛たたっ」

 

力が抜けて座り込んだゼンデンは足を抑えて苦しみ始める。

 

「あなた、大丈夫?」

「どうしたの?足が痛いの?」

「足の痛みが消えないんです・・・骨折の痛みが消えなくて」

 

ゼンデンは顔をしかめながら答える。

 

「それならこれ飲んで見てよ!よく効くから」

「あっ、それは・・・タキオンの・・・」

 

ハルウララは部屋の隅に置いてあった瓶を手に取って渡す。

 

「ウララさんがそうおっしゃるなら」

 

俺たちが止める間もなくゼンデンは瓶の中の薬を飲み干してしまう。

するとゼンデンは驚きで目を丸くする。

 

「これは!足の痛みが消えた!?・・・ウララ様!ありがとう・・・ありがとうございます!!」

 

号泣してゼンデンはハルウララに抱き着く。

 

「・・・なんともないようね。良かったのかしら?」

「筋肉密度と骨密度のテスト用なんだが・・・」

 

キングヘイローが首をかしげるが、あれはアグネスタキオンが置いていった新開発の薬だ。

みんなには絶対に飲むなといっていた薬なんだが・・・

 

喜んで飛び跳ねるゼンデンとハルウララを、俺たちは複雑な気持ちで見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「私はきっとまた戻ってきます。その時はウララ様を必ずアメリカに連れ戻して見せます!」

 

ゼンデンはリハビリのためアメリカに帰ることになった。

ゼンデンは出発時間ギリギリまでハルウララの手を放そうとはせず名残を惜しんでいる。

 

「いろいろと突っ込みどころが多いがウララさんが英語を話せないと無理だと思うな・・・」

 

「うん!また遊びに来てくれるとうれしいな!」

「ええ・・・その時には共にダートを駆け抜けましょう」

 

俺たちは手を振って去ってゆくゼンデンを見送る。

 

「先生、ほかにも海外からウマ娘が来そうですね」

「・・・言うな。とりあえず学園の警備を強化してもらわないとな」

 

アオ君の言葉が現実になりそうで怖い。

ハルウララへの海外からのファンレターが増え続けているからな・・・

 

 

俺は飛び立っていく飛行機を見送る。

これ以上問題を連れてこないでくれと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かがち様、矛盾者様 誤字報告ありがとうございます。感謝です。

感想をもらったのでもう少し続けることに。次回はもう少し後になるかも

海外オリキャラ登場です。海外編で登場予定。


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トレーナーの給料編

 

 

 

今日はトレーナーの飲み会だ。気が進まないがアオ君のみんなが期待してますからという言葉で参加している。

・・・俺なんかが参加しても場が盛り上がらないだろう。少ししたら帰るか。

 

「えっ!先生やめちゃうんですか?」

 

後輩君にこれからのことを聞かれて答える。

 

「ああ、べつにこれからもキングのマネージャーは続けるんだから今までと変わらんだろう」

 

ふとトレセン学園の任期が終わればどうするかという話題になった。

その後のことを聞かれて俺は答える。

キングヘイローたちが学園を出た後はそれについていく予定だ。

 

「いや、しかしトレセン学園は環境いいでしょう?保証も手厚いですし」

 

「確かにな・・・料理はうまいし施設も充実してる。・・・ただ給料が出ないのはな・・・」

 

「は?」

「え?」

 

アオ君たちは驚くが、俺は正式に試験を受けて学園に雇われたわけじゃない。いわばモグリで学園の温情でいるだけだ。

学園から食費は出るし学食も学園の設備も利用できる。通信費も無料だ。生活には困らないのだが・・・

 

それに今はキングのポケットマネーで生活してるようなもんだし。

 

いわばヒモだ。時々求人誌を眺めているのだが就職できるイメージがわかない・・・

 

俺はふと当時のことを思い出す。

 

キング「私はあなたの将来を買うわ!あなたにはそれだけの価値があるのよ!」

俺  (やだ、男前・・・)

 

そんなこと言われたら一生ついていくわ!

 

 

「キングさんの家からいくらもらってるんですか」

 

俺は黙って片手を突き出す。

 

「50万ですか」

 

「いや5万だ」

 

「はぁあああ!?」

 

キングヘイローのポケットマネーだ。あの子も買いたいものがあるだろうに・・・

 

それを考えると無駄に使うことができない。断ってもお金を押し付けてくるので断り切れない。

キングヘイローの孫に小遣いを上げるおばあちゃんのような表情は気にかかるが・・・

 

光熱費と食費や通信費がかからないので俺には実質書籍を買うくらいしかない。あとは趣味のゲームくらいか。

書籍も学園の図書館に要望出せばいいんだが時間がかかるしな・・・

あとで本は代理購入に出来ないか学園に問い合わせてみよう。

 

「ねぇ、あなた私にやとわれてみない?その3倍・・・いえ5倍出すわ」

「・・・そんなことができるわけないだろう。断らせてもらう」

 

なぜかすごい勢いで迫ってくる女トレーナーをあしらう。

・・・金額に少し惹かれたのは秘密だ。

 

「それに自分の意見が受け入れられる今の環境も気に入ってるしな」

 

トレーナーとウマ娘で意見が合わずに対立することなんてよくある話だ。

チームにトレーナーが多くいれば新人トレーナーの意見が受け入れられることは少ないし、

それは企業などのプロチームに行けば派閥という形で表れてくる。

 

 

「しかしもったいないですね。企業のチームトレーナーになればもっと儲かるでしょうに」

「それは買いかぶりすぎだ。俺は企業の面接にもいったが断られた」

 

「ええっ?断る企業なんかあるんですか?」

「ああ、あるぞ。たとえば・・・」

 

俺が面接で落ちた企業名を答えるとみんなは難しい顔になる。

 

「あそこがそんなに難易度が高いとは思えませんが」

「コーチ陣の入れ替えの時なんですかね・・・」

 

せっかくの酒の席だ。もう少し明るい話題の方がいいだろうと俺は話題を変える。

 

「まぁ、上には上がいるということだよ。そういえばこないだの新人生徒たちのレース運びは良かったけど」

「ああ、聞いてくれよあれは・・・」

 

チームスピカのトレーナが面白おかしく語りだし俺たちは笑いながら相槌を打つ。

 

みんな気のいいトレーナーばかりだ。みんな優秀だから話しているだけで勉強になる。

変わり者も多いというがウマ娘の最高学府だけに人柄がいいやつばかりだ。

いや、あの理事長が選んだ人たちだからか。

 

「・・・みんなと話すのもたまには良いかもしれないな」

 

俺は久しぶりに楽しい時間を過ごし帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

――後日

 

 

「ねえ、あなた!私の家がケチだったという噂が流れてるのだけど!」

「ひどいな・・・おおかたキングの母親の商売がたきが流した噂だろう」

 

その後小遣いを増やすというキングヘイローと絶対にいらないと言う俺とで激しい言い合いになるのだが

結局は今のままでしばらく続けるということで落ち着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の給料はキングの実家から出てます。キングは見栄を張って自分が払ってるように言ってますけど
(そのせいでややこしいことに)

キング母「今までの家庭教師代より安いんだけどいいのかしら・・・」
キング 「今度絶対にお金を受け取るようにきつく言っておくわ・・・」

ちなみにモグリトレーナーは企業面接をトレーナーではなく一般応募で受けてるので落ち続けてます。

実際ゲーム中のトレーナーの給料っていくらくらいなんでしょうかね?



マルゼンスキーさんがカウンタックLP400持ってるとしたら整備費用だけで月60~100万はいきますからね
(自分で整備できる。もしくは実家が整備屋と提携してるかもと言うのはありますが)
レースで結果を出してる人の家はそれなりにお金を持っているのでは?という話
あとマルゼンスキーさん乗ってるのは25アニバーサリー版だと言ってくれ・・・え?オリジナル?


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少女と竜のおとぎ話
捕らわれた少女たち


 

 

 

 

 

 

――その薬を使えば勝てると皆が囁く。

  その薬を使ってないものはお前だけだと皆が囁く。

 

  人の心を蝕む薬。それは麻薬よりも恐ろしく少女たちを闇へと引きずり込む。

 

 

 

 

 

風が強く吹き熱い日差しが降り注ぐ。

目の前には赤土の道が続く。

 

ここはアメリカのレース場。

 

「相変わらず日差しがきついな」

「レース当日は雨のようですけどね」

 

俺たちは再びアメリカに遠征にやってきた。今はレースの下見中だ。

 

「水はけが悪いのが気になるな。泥の海になりそうだ」

「ウララなら雨でも大丈夫ですが・・・競技服も雨用にしますか」

 

俺とアオ君は天気予報を見て難しい顔になる。

 

「そういえばウララさんはどうしたんだ?見ないのだが・・・」

 

「ウララさんなら他の子たちにさらわれていったわよ」

 

キングヘイローが疲れたように答える。さすがに止めようとしたらしいがウマ娘の波に押し返されたらしい。

・・・何人が押し寄せたのだろうか?

 

「相変わらずウララさんの人気はすごいな・・・」

 

ハルウララはアメリカから来たウマ娘に囲まれハーレムのようになっている。

そのあとを数人の新聞記者を引き連れて移動しているのでひどく目立つ。

 

ハルウララは英語が少しだけ話せるようになった。ゼンデンの熱意のたまものでもある。

もっとも聞き取りだけはできるのだがまだ片言でしか話せないようだ。

 

 

ハルウララはレースが近づいたためみんなと別れ控え室に向かっていると言い争う声が聞こえて足を止める。

物陰を除くとそこには茶色のブロンドの髪のウマ娘の少女と中年のトレーナーが言い争っていた。

 

「これを打っておけ」

「だけど・・・」

「あのジャップのガキに負けてもいいのか?」

「お前にはもう後がねえんだぞ!」

「・・・」

 

「どうしたの?」

 

見かねたハルウララが声をかけると二人は慌てて話を中断する。

 

「ちっ、いいな!」

「はい・・・」

 

トレーナーはハルウララを押しのけて去っていき、残った少女は渡された袋を見つめる。

 

 

「大丈夫?」

「ほっといて!」

 

ハルウララはウマ娘に声をかけるが少女は通路を駆け出して走り去っていく。

ハルウララは首をひねりながらも自分の控室に戻っていくのだった。

 

 

――アメリカ・サラトガ 競馬場

アルフレッド・G・ヴァンダービルトハンデキャップ(G1) ダート1207m(6f)

 

 

天気予報通り雨だ。コースは雨が溜まり湖のようになっている。

 

ハルウララが雨の中をコースに向かって歩いていると隣にさっきの少女が見えた。

 

ハルウララは気になって隣の子を見るが女の子の顔が真っ青だ。

脚も震えている。

 

 

ゲートに入ると小雨だった雨がだんだん強く降り始める。

 

ゲートが開き一斉に泥をはねながら駆けだす。

ハルウララは水しぶきを上げながら後続を引き離す。

 

 

カーブを抜けた最後の直線。

 

ハルウララの脚は水しぶきを上げで泥を跳ね飛ばしながら駆ける。

一歩目で泥のカーテンを作り出し。

2歩目で先頭に追いすがり3歩目で先頭のウマ娘を追い抜く。

 

ハルウララは先頭を抜き去るときその娘の様子を見る。見てしまった。

 

 

ハルウララは走りながら考える。

脚の震えは痙攣じゃないかな。あれはどこかで見たことがあるような。

サイレンススズカさんが足を痛めた時の症状によく似て・・・

 

気づいたときにはハルウララはゴールの前で足を止めていた。

その横を次々とウマ娘が通り過ぎてゆく。

 

 

 

観客席はざわめいていた。

 

『あれ何で足を止めたんだ』

『コースに慣れないから足を痛めたんじゃねえの?外国から来たウマ娘にはよくあることだろ』

『大したことはねえな。これだから海外ウマ娘は・・・』

 

レースを見ていたキングヘイローたちは一斉にハルウララのもとに走っていく。

 

 

 

 

ウララは通路を泥だらけでずぶ濡れのまま歩いていた。

いつもの元気がなく足取りも重い。

 

 

「ウララ様!」

「ウララさん大丈夫ですの?」

「うん、だいじょーぶ・・・」

 

ハルウララを迎えに来たキングヘイローたちへの返事も元気がない。

 

「でも・・・」

 

俺はキングヘイローの肩に手を置いて言葉を止める。

 

ハルウララの前にアオ君が進み出る。

 

「よく頑張ったなウララ」

「えへへ・・・調子出なかったかも」

 

「よく頑張った。ウララが決めたことならそれが一番正しいんだよ」

 

ハルウララの笑顔が崩れる。

 

「うっ・・・うわああああんん!!」

 

ハルウララはアオ君の胸に抱きついて泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

「あのウマ娘か・・・確かビッグブラウンと言ったか」

 

ハルウララから話を聞いた俺たちはお互いに困った顔で黙り込んでしまう。

 

観客席から見てても震えてたり突然しゃがみこんだりと体調が悪そうな子だった。

脱水症状だったのだろう。そんな子をレースに出すトレーナーも問題だが止めない開催者とレース場も問題だ。

 

「ウララさんはあの子がかわいそうになって試合を放棄したのね・・・」

「アメリカのドーピングの闇だな。ウララさんには見せたくなかったが・・・」

 

使用許可されているラシックスと一部のステロイド剤、そしてそれに紛れて多数の薬品を打っている。

アメリカのウマ娘は薬漬けだ。

 

「これからどうするの?」

「ウララ・・・もう調子でないかも・・・」

「ウララが楽しく走れることが第一です。 僕は日本に帰るべきだと思います」

 

アオ君が怒りのこもった声で断言する。怒りを感じているのはみんな同じだ。

 

「勝つことが重要ではないからな。そうだな日本に帰るか・・・」

 

 

 

 

その時ノックと同時にドアが開かれる。

 

「ウララ様申し訳ありません!こいつのせいで!

「ご・・ごめんなさい」

 

ゼンデンがビッグブラウンを引きずって部屋に入ってくる。

姿が見えないと思ったらビッグブラウンを捕まえに行っていたらしい。

 

「神聖なレースを(ケガ)すとは!足の1本でも折りますか?」

「いやいや、それはダメでしょ。その子も被害者みたいなものなんだから」

 

キングヘイローが慌てて止める。

 

「いいんだよ。ケガがなくて良かったね」

「うっ・・・ぐすっ・・・ごめんなさい」

 

泣き崩れたウマ娘をハルウララは優しく抱きしめる。

 

「ねえ、ウララはどうしたい?」

「みんなが笑ってレースができるようになればいいと思うな」

 

アオ君の問いにハルウララは優しげに答える。まるで祈るかのように。

 

「わかったよウララ・・・先生良いですか?」

「ウララさん・・・あなた。判ってるわよね」

「くそっ・・・どいつもこいつもお人よしめ。どうなっても知らんぞ」

 

俺はアオ君やキングヘイローの言葉にため息をつく。俺だって同じ気持ちだ。

 

「みんなの協力が必要だ」

 

俺はみんなの顔を見回す。

 

「アメリカ競馬界を潰す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ビッグブラウン

走るレースは常に1着。G1レースも4勝と最強の競走馬。
しかしベルモントステークスで惨敗したことがきっかけでドーピング問題が問われることになる。


ドーピングではサンタアニタパーク競馬場で22頭の競走馬が相次いで死んでますからね。
薬はダメ。


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反撃の狼煙






 

 

 

 

 

「作戦会議と行くか」

 

だいぶ落ち着いたビッグブラウンを椅子に座らせて俺はテーブルを囲んだ皆を見回す。

 

 

「アメリカ競馬界を潰すってできるの?」

「まあ、言葉の綾だな。現実にそんなことは無理だ。俺たちの目的は何だ?」

「え~と、注射を打たせないこと~」

 

 キングの取り巻きが答える。

 

「そうだ。なら戦う相手は?」

「ウマ娘たちを脅す悪いトレーナーたちだろ」

「それはちょっと違うな。敵はアメリカのウマ娘たちだ。正確にはその心というべきだ」

 

みんなが打つから私も打たなければいけない。

薬を打たないと勝てない。

その弱みにトレーナはつけ込んでくる。

 

そして薬の副作用で骨がもろくなり骨折して歩けなくなる。

現在はウマ娘が足を痛める謎の事故と世間で騒がれているが何のことは無い。薬の副作用だ。

 

またトレーナーばかりが悪いのではない。彼らも担当ウマ娘が勝てなければ企業やチームから即クビだ。

それに担当のウマ娘が骨折すればすぐに責任問題となる。企業やレース開催者などを含めた社会全体の問題だ。

一番薬の怖さを知っているのは彼らトレーナーかもしれない。

 

「その悪循環を断ち切るために意識改革だな」

「具体的にはどうするの?」

「いくつか案はあるが・・・」

 

 

1・ハルウララが薬なしで圧倒的強さを見せる。薬では成長できないことの証明。

2・ネットなどでドーピング問題を大々的に公表し社会問題化させる。ウマ娘が使いつぶされていることを知らせる。

3・ドーピング拒否のウマ娘の仲間を増やし、ウマ娘を脅すようなトレーナーから独立させる。

 

1・2の策を続けて最終的には3の反対派のウマ娘の人数を増やすのが目的だ。

 

「・・・決定的要素に欠けるんじゃないでしょうか?」

「そうだなぁ・・・俺たち少人数だとどうしてもな」

「ホントにこんなので大丈夫なの?」

 

キングヘイローが疑う目で見つめてくるが・・・

 

「最終目標はトレーナーとウマ娘を引き離してウマ娘の反対派チームを作ることだから、

現役選手の3割・・・いや1割でもウマ娘を引き込めれば大丈夫だろう」

 

今までの慣習を変えるのは無理だし、薬を打ってでも優勝したいというウマ娘もいなくならないだろう。

結局は時間をかけて解決していく問題だ。

 

「時間がかかる問題だな。やはりあまり効果がないかもしれない」

 

俺はため息をついて計画をやめようかと考える。

 

 

「そうとも言えませんよ」

 

考え込んでいたゼンデンが声を上げる。

 

「あの骨折用の治療薬を分けてもらえませんか?骨折で引退した優秀なウマ娘はたくさんいます。

彼らを治療する代わりに味方につければ上手くいきます」

 

あの骨折用の治療薬は実験段階なのだが・・・安全性を高めるようにアグネスタキオンに頼むか。製造費はいるが。

まあ、ウマ娘に影響力を持つ人が反対派に回ってくれれば力強い。

それに引退したウマ娘にトレーナーになってもらうという手もある。

 

「私も協力させてください。脚が折れる恐怖におびえながら走るのは、もう嫌なんです!」

「わかった。こちらからも頼む」

 

ビッグブラウンの言葉に俺は頷く。

 

「まずは目標は1000人だな、最終的には1万になればいいだろう」

 

「大丈夫よ!この私がしっかり集めて見せますわ!」

「さすがですキングさん!」

 

キングヘイローたちもやる気は十分だ。

 

「よろしく頼むよ」

 

 

毎年2万人ものウマ娘が生まれるアメリカ。

巨大な敵を相手にする戦いが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アメリカは障害とか繋駕速歩用二輪馬車、クォーターホースも生産しているので、
日本みたいにサラブレッドだけ生産している国よりはサラブレッドの頭数が違います。

馬車を引くウマ娘・・・いや、無理があるかも。
日本のばんえい競走なんかはウマ娘世界にあるんでしょうか?
それはそれでネタになりそうですけど。


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迫る闇

 

 

 

 

「証拠は取れた?」

「ばっちりです!」

「良くこんなの撮れたな・・・」

 

俺はキングヘイローの取り巻きたちが撮ってきた映像を見て驚く。

映像には脅されているウマ娘と薬を打たれる瞬間が映し出されている。

 

「どこも隠そうとはしてませんでしたからね余裕でした」

「それだけ日常的に行われてるってことね」

 

これをネットで公開するか。ウマ娘の身元は分からないようにしないとな

 

「映像を消されないようにウマッター社に工作費も払わないといけませんわね・・・」

「それは賞金をあてるしかないか・・・」

 

パソコンを操作しているカワカミプリンセスが難しい顔をする。

ネット工作費もいくらかは払わないといけないだろう。

戦争には金がかかる。頭の痛い問題だ。

 

「セクレタリアトさんやシービスケットさんを仲間に引き入れました!」

 

ゼンデンが部屋に飛び込んでくる。彼女はウマ娘を仲間に引き入れるために飛び回っていた。

 

「本当?!すごいわね」

「よく仲間になってくれたな」

 

歴史的ウマ娘で映画にもなった大女優の二人だ。

 

「もちろん親族の娘たちの治療が条件ですが。

あとはサージェントレックレスさんもです!

戦友の治療に困ってましたので」

 

思っていたよりも有名人の親族にまで被害は広がっていたらしい。

 

軍曹(サージェント)?そんな子いたかしら」

「レースには出ないが超大物だぞ。それに彼女は今は大佐のはずだ」

「彼女が仲間になれば一気に社会問題化しますね」

 

サージェントレックレスはアメリカ軍のウマ娘トップだ。

コカイン入りのコカ・コーラや覚せい剤製造の過去もあるように

軍部は薬物と切り離せない。

今の軍隊も薬物関係は深刻な問題だ。

 

「これで勝ったも同然ね!」

 

キングヘイローは高笑いするが、かかった費用を考えると頭が痛い。

 

大至急に薬を送ってもらったが製造費を含めて結構かかった。

”治療結果を送ってくれたまえ”とアグネスタキオンには言われたが

資料の取りまとめと薬の送付で大忙しだ。

 

 

「あとはウララ様に実地指導してもらえるとSNSに書けば登録者はうなぎ上りです!」

「いや無理だろう。現実的に考えて。車で各地を回ることなんて無理だ。」

 

俺はゼンデンの言葉に冷静にツッコミを入れる。

 

「このままで済めばいいがな」

 

俺はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

ハルウララはじっとレース場を見つめていた

 

「ウララどうした?」

「あ、トレーナー。どうやったらみんなが楽しくなるのか考えてたんだ」

 

アオ君の言葉にまたハルウララは考え込む

 

「レースに勝てばいいのかな?」

「勝たなくてもいいんじゃないかな?」

「えっ?」

 

ハルウララは驚いてアオ君を見る。

 

「空が青いよね。この青空の下を走ったら楽しくなると思うよ。

みんな大切なことを忘れてるだけさ」

「トレーナー・・・」

 

ハルウララは空を見上げる。

 

「みんなが笑えるようになるかな?」

「もう笑えてますよ。ウララ様」

「そうです。ウララさんたちの気持ちは皆に通じています!!」

「えへへ、そうかな?」

 

ゼンデンとビッグブラウンの言葉にハルウララは笑う。

 

――デルマー 競馬場

  ビングクロスビーステークス(G1) ダート1207m(6f)

 

 

 

「ウララさんのあのサングラスはどうにかならないのか・・・」

 

「ウララが気に入ってしまって・・・」

 

 

コースに出てきたハルウララはハート形のピンク色のサングラスをしている。レーザー照射などの妨害を防ぐためだ。

これからは妨害工作もひどくなるだろう。ネットにも攻撃的な書き込みが多くなりつつある。

 

「帰ったらタキオンに頼み込んでコンタクトレンズの開発をお願いしよう」

 

ウマ娘のためなら協力してくれるだろう。開発費は取られるだろうが・・・

 

 

 

 

ハルウララがサングラスを上げて周りを見回すと調子のおかしい子が何人かいる。

熱があるのか顔が赤かったり逆に震えているような子だ。

みんなが言っていた脱水症状になっているのだろう。

 

「みんな大丈夫だよ。なんとかするからね」

 

「お前何言ってるんだ」

 

小柄な白い前髪と黒色の髪をした軍服を着たウマ娘がハルウララをバカにしたように笑う。

 

「勝ち負けなんかじゃないんだよ。

 本当のレースってねここがポカポカあたたかくなるんだよ」

 

そう言ってハルウララは胸に手を当てる。

 

「みんながまた笑えるようにするよ。もちろんあなたもね」

「・・・ふん。一人で何とかしようってか?頭がどうかしてるぜ」

 

きつい言葉を言うウマ娘だが尻尾が勢い良く揺れている。彼女も期待しているのかもしれない。

 

 

 

「えへへ、ウララいきま~す」

 

ウララはゲートに入る。そして土をゆっくりと踏みしめる。

 

――走ろう。みんなを笑顔にするために

 

そしてゲートが開いた。

 

 

 

乾燥して岩のように固い地面。

 

その土を削るようにハルウララは駆ける。

 

 

蹄鉄が固い路面を砕き砂が空を舞う。

 

「嘘だろ・・・」

 

軍服を着たウマ娘はハルウララの脚力に驚愕する。

 

「岩を砕くような重い蹄鉄をつけてなんであの速度を出せる!?」

 

ウマ娘たちは速度を上げるがハルウララに次々に抜かされていく。

 

 

竜が咆哮を上げる。それは巻き起こる風が聞かせる幻聴なのかもしれない。

 

 

ハルウララの振りぬく腕が風を巻き起こす。

ハルウララはふと青空が高知の青空と同じ色をしていることに気づいて笑みを浮かべる。

 

踏み込んだ脚は砂を巻き上げていった。

 

 

 

 

 

「ウララさーん!」

「ウララ様―!」

 

応援席で俺たちは声を張り上げて応援する。

 

「全く勝たなくてもいいなんてとんでもないこと言うのね」

「あはは・・・まずかったですかね?」

 

笑うアオ君にキングヘイローがため息をつく。

 

「そんなこと言ったらウララさんが勝つに決まってるじゃない」

 

 

 

 

見つめるその先にはコース上に砂嵐が巻き起こり始めていた。

後続のウマ娘たちはハルウララに追いすがろうとするが誰も追いつけない。

 

砂嵐を突風と主に抜け出たハルウララはゴールに飛び込んでいった。

 

 

 

「新記録!新記録が出ました!1分3秒8!歴代最速です!」

 

アナウンスと共に観客席がどよめく。

 

『おい、あの子凄いぞ!』

『なんだ、あの走りは。以前のレースで故障したんじゃないのか?』

『あの子海外から来たのか?本当に?』

 

 

「やったわ!」

「勝ちましたね」

 

観客席は興奮に包まれている。

 

「しかしあの人が出るとは思いませんでしたね」

「ああ・・・ウララさんの顔を見に来たのだろう」

 

自分が信頼できるウマ娘かどうか見に来たというところか。

しかし大佐直々とは大げさな。テロでもあるまいし・・・

 

「しまった!」

 

そこまで考えて俺は大声を上げる。

 

「え?どうしたの?」

「ウララさんが危ない!」

 

 

 

 

 

レースが終わりハルウララは控室への通路を歩いていた。

ハルウララが通路を歩いていると三人の黒服を着た男たちに前をふさがれる。

 

「あれ?ウララに何か用?そこを通して欲しいんだけど・・・」

 

男たちはハルウララの言葉に答えずに服の中から銃を取り出す。

 

「我々についてきてもらおう」

「うわわわっ!」

 

ハルウララは驚いてもと来た道を全速力で戻り始める。

 

 

「ちっ、殺すな。捕まえろ!」

 

 

黒服を着た男に追われるハルウララは通路を必死に走る。

 

 

「こっちだ!」

 

そのとき横の通路から現れた軍服を着たウマ娘がハルウララを引っ張り通路わきの扉に押し込む。

そこは非常階段が上に続いていた。

 

「いいか、ここを上って突き当りをまっすぐ行くと仲間のところに行ける。すぐに行け」

「で、でも・・・」

 

突然のことにハルウララは慌ててしまう。

 

「ハルウララ。仲間のことを頼む」

 

軍服のウマ娘はハルウララの瞳をじっと見つめる。

 

「よそから来たお前にこんなこと頼むのは間違ってるとわかってはいる。

だけど俺たちにはお前しか頼るものがいないんだ。お前は俺たちの希望だ」

 

そう言ってハルウララの頭を乱暴に撫でた後ウマ娘は扉の外に飛び出していった。

扉の外から争う物音が聞こえてくる。

ハルウララも扉を飛び出そうとしたが、何かに扉がふさがれているのかびくともしない。

 

 

「まだ名前も聞いてないのに・・・」

 

ハルウララはこぼれそうな涙をぬぐうと振り返らずに駆け出して行った。

 

 

 

 

俺たちはハルウララと出会った後、話を聞くと慌ててレース会場を飛び出す。

 

「競馬場協会に助けを求めればどうでしょうか?」

「いや、競馬場に武器を持ち込んでいるからな。会場や協会の一部が敵になっている危険がある」

 

武器を競馬場に持ち込んでいるとすれば内部に協力者がいると考えたほうがいいだろう。

 

「ウララが心配です。レース出場は見合わせないと・・・」

「それもだが警備だな。相手は銃を持っている」

 

日本とは違うとわかってはいたが、実際に事件に合うとどうしようもなくなる。

 

 

「それなら心当たりがあります!」

 

俺たちの話を聞いていたゼンデンが自信ありげに声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




軍服ウマ娘 

軍曹と呼ばれた馬

軍馬サージェントレックレス(Sergeant Reckless)モンゴルで生まれた馬
朝鮮戦争の戦火の中で負傷者を背負って走り抜け単独での補給も成功させる
アメリカに戻った後は司令部より正式に参謀軍曹へと任命された
米軍の歴史において最も多くの勲章を受けている


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正義の味方参上!

 

 

 

 

 

 

 

「アタシが来たからにはもう大丈夫だよ!」

「なんでビコーさんがここにいますの?」

 

目の前にいるのはビコーペガサス。

 

「アタシはアメリカ生まれだよ?ケンタッキー生まれなんだ」

 

話を聞くとケンタッキー州には大勢のウマ娘がいてそれで知り合いも多いらしい。

今は学園のレース出場組は合宿の真っ最中だが低学年組は夏休み期間中らしい。

 

「それに生まれ故郷の一大事だから他人事じゃないし」

 

そう言ってビコーペガサスは笑う。

 

「私も協力しよう」

 

ビッグブラウンに連れられ部屋に軍服のウマ娘が入ってくる。

 

「サージェントレックレスだ。共に戦わせてもらおう」

 

今までは軍と競馬会の争いになるので口出しは控えていたがここまで事件が大きくなると動かなくてはいけなくなったようだ。

 

「レックレスさん・・・よかった。無事で」

「ああ、軍隊であんな争いには慣れている」

 

レックレスはハルウララに笑いかける。

 

「ハルウララ、アメリカ軍に入らないか?今なら士官待遇で優遇するぞ!」

「えええっ!?」

 

レックレスはハルウララの手を握って勧誘し始める。

ハルウララがYESと言うまで手を離さない勢いだ。

 

「ダメに決まってるでしょ!」

「何を言うんだ!彼女が軍にいないのは世界平和の損失だぞ!」

「競馬界の損失よ!だいたい性格的に軍隊に向くわけがないでしょう!」

「あわわわ・・・二人ともおちついて・・・」

 

レックレスとキングヘイローがハルウララを挟んで言い合いを始める。

 

「あー、ごほん」

 

ビコーペガサスの咳払いで二人の争いが止まる。

 

「ここは危険だからね。移動しようか、”先輩”たち」

 

ビコーペガサスは笑って部屋を出ていく。

俺たちは顔を見合わせた後その後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

「日当たりが悪いですわね・・・」

「前の部屋は行動が筒抜けだし避難しにくいでしょ」

「せっかく一番眺めのいい部屋を取ったのに・・・」

 

キングヘイローは前のビルの壁しか見えない窓を恨めしそうに眺める。

ただビコーペガサスの説明を聞くと丸見えで避難しにくい屋上階より

目立たなく避難しやすい三階の方が良いとわかる。

 

「競馬場もそうだけど部屋の前に名前のわかるものを置かないこと。

必要なら空き部屋に名札をかけておく必要もあるし部屋は常に番号で確認すること」

 

ビコーペガサスは部屋の前を確認する。

 

「いつでも逃げ出せるように貴重品とパスポートは身に着けといてよ。

そしていつでも外に出れるように靴は近くに置いておくこと」

 

そしてビコーペガサスはみんなを連れて非常口に向かう。

 

「いざというときはエレベーターは使えないからね。非常口の場所は確認しておくこと」

 

ビコーペガサスは非常口を確認して外を確かめる。

 

「きちんと整備されてるね。安いホテルだと非常口が物置になってたりするんだけど」

 

「詳しいですわね・・・」

「ヒーローたるものこれくらいの知識は常識だよ?」

「いやいや、それにしたって詳しすぎますわよ」

 

キングヘイローを始め俺たちはその警備員のような知識に感心する。

 

「この国は突然テロでビルが崩れるようなことが起こるからね。

日本は平和でいい国だけど一人くらいアタシのような者がいても・・・」

 

そこまで言ってビコーペガサスは苦笑する。

 

「さぁ!避難訓練をしようか!

 先輩たちに言うまでもないことだけど、適切な事前の計画と準備は、最悪の行動を防ぐ!」

 

俺たちは言われるままビコーペガサスの指示に従って避難訓練を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな大好きビコーペガサス参上!
ヒーローの名に恥じない協力なサポートカードのお世話になった人も多いはず
(必殺技が使いにくい短距離専用だったりしますが・・・)


平和な日本ではただのヒーロー好きで終わりですが
それで終わらないのがビコーペガサス


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迫る魔の手






 

 

 

 

 

 

ビコーペガサスのもと避難訓練をしつつ1週間が過ぎた。

あれから何事も起こらずそろそろ次のレース場に向かおうかと話し始めた時のこと。

 

 

 

 

男が突き当りの部屋から出てくるのが見える

 

「ん、あの部屋って・・・作戦の部屋だよね?」

 

ハルウララが首をかしげるがあそこは誰も入らない空き部屋だ。

あそこは俺たちの居場所をごまかすために空き部屋に名前のプレートをかけておいた部屋だ。

 

 

「怪しいやつだ!待てっ!」

 

逃げ出した男を追ってビコーペガサスが走り出す。

 

 

 

男とビコーペガサスが階段に消えると同時に部屋から炎が噴き出す。

あっという間に炎が天井付近まで吹き上がる。

 

「わわっ・・・火が!」

 

スプリンクラーが作動するが火が消える様子がない。

 

「火が消えませんね」

「薬品で燃やしてるのか・・・火の回りが早いな」

「消火器はどうなの?」

「天井まで燃えてるからな。時間の無駄だろう」

 

その間にも突き当りの部屋から轟音と共に炎が噴き出す。

 

「行くぞ皆、避難だ!」

 

俺たちは訓練通り姿勢を低くし、ハンカチを口に当て煙を吸わないように移動する。

 

「非常口にも階段にも罠は無いようですわ!」

「それなら訓練通りに移動しよう」

 

前をカワカミプリンセスが確認しながら移動して、俺たちは怪しい者が来ないか見張りながら移動する。

日ごろの訓練のたまものかすぐにホテルから避難することができた。

 

「まだビコーさんが中に!助けに行かないと!」

 

炎に包まれ始めたホテルに戻ろうとするキングヘイローを俺は慌てて止める。

 

「知識のあるビコーなら大丈夫だ!行くなら俺が行くから!」

「ウマ娘の脚力ならすぐよ!あなたはそこで待ってなさい!」

 

キングヘイローを止める俺が引きずられ始めた頃、

ホテルの2階の窓を突き破り炎の中から人影が現れる。

 

「ビコーさん!」

「ごほっごほっ」

 

男を抱えたビコーペガサスが煙で咳き込む。

 

「やけどが心配だな・・・早く軟膏を」

「ええ・・・ちょっと、じっとしてて」

「うひゃひゃひゃ、くすぐったい!大丈夫だよ」

 

キングヘイローたちに軟膏を塗られるビコーペガサスが笑いながら暴れる。

 

「みんな大丈夫か!?」

「ええ、こっちは何とか無事よ」

 

騒ぎを聞きつけ調査に出ていたサージェントレックレスが姿を現す。

 

「こいつが犯人か?こいつは見覚えがあるぞ・・・」

 

気絶して転がる男を見てサージェントレックレスが難しい顔をする。

 

「知ってるの?」

「ああ・・・軍基地でコカイン売ってた小物だが、元締めが問題だな」

 

コカイン合法化の州で薬物売っていたため逃したが、今度はきっちり調べないといけないなと言いつつ

サージェントレックレスは男に手錠をかける。

 

「元締めってそれじゃあ仕掛けた奴は誰なのよ?」

「チャーチルダウンズ社だろうな。前にも同じような手口があった」

 

「巨大企業じゃないの・・・」

 

キングヘイローが難しい顔をする。相手は競馬場やカジノを多数持つ賭博関連組織だ。

 

「とりあえず先輩たち移動しようか」

「そうですわね。ビコーさんは病院ですけど」

「うえっ!?」

 

カワカミプリンセスに肩をつかまれたビコーペガサスは変な声を上げる。

 

「大丈夫だって!病院は嫌だー!」

「はいはい行きますわよ」

 

引きずられていくビコーペガサスを見送って

俺たちは消防車の到着と共に騒ぎの大きなる現場を足早に離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チャーチルダウンズ社が悪者に。現実ではそんなことはないはずなので・・・
賭博関連組織の最大手なので敵役になるのは仕方ない(暴言)


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王者爆走

 

 

 

 

 

 

俺たちは離れたモーテルに避難した。しばらくはモーテルの移動だ。

ビコーペガサスの助言で貸倉庫に置いた荷物はほとんどが無事だった。

 

 

捕まえた男は最初とぼけていたがサージェントレックレスの尋問におとなしくなってしゃべり始めたらしい。

 

「それじゃあ誰かにやとわれて私たちを殺しに来たってこと?」

「殺しというか警告だろうな。上級ホテルだけあって客はみな逃げ出せている。被害額はとんでもないが」

「警告でそこまでするの?」

「ああ、爆発物を仕掛けられてなかったのは幸いだ。もっともそんなことをすればテロ認定されて絞首台いきだが」

 

しかも麻薬の売人ときている。確かに少し前に検査でクラス1の禁止薬物検出が出たとして大騒ぎになったことがある。

脱法ドラッグが出てくるとなればいよいよ問題は根深い。

 

サージェントレックレスは提案だがと前置きして話を続ける。

 

「犯人と証拠を集めて裁判に持ち込みたい」

「裁判で勝てるの?」

 

キングヘイローの言葉に彼女は首をふる。

 

「まあ、会社までは無理だろうな。せいぜい実行犯たち数人といったところだ。

だが相手の力を削げるし、今後襲われることがないようにすることが大切だ」

 

カウンターは素早く打つことだとサージェントレックレスは続ける。

 

「・・・そうね。それじゃあ、お願いするわ」

「わかった。それでは移動するか」

 

 

 

 

 

レックレスの運転する軍用トラックで移動中に、外を眺めていたビコーペガサスが声を上げる

 

「あれ?あの車ずっとついてきてない?」

「ああ、あの車確かにずっとついてきてるね」

 

みんながその黒色の車を見るとハルウララが大声を上げる。

3台の黒色の車がこちらをずっと追跡している。

 

「あ、あの人たち襲ってきた人たちだよ!」

「なんですって!?」

 

キングヘイローはその車をにらみつけていたがゆっくりと立ち上がり

荷台に置いてあった鉄パイプを両手につかむ。

 

「おいキング。何をする気だ?」

「ちょっとあいつらを止めてくるわ」

「そんな無茶です!」

 

俺たちが止めるのも聞かずキングヘイローはトラックの荷台から飛び出していく。

 

「あなたたちは先に行きなさい!」

 

そしてキングヘイローは追跡してくる車に向かって駆け出していく。

 

「私の友達が襲われて黙っていられるわけないでしょ!」

「わわ!キングちゃんが~」

 

みんなの声を置き去りにしてキングヘイローは駆ける。

 

 

 

 

キングヘイローは怒っていた。

 

「私の友達を襲って、女の子みんなを悲しませて」

 

キングヘイローは車に向かって一直線に加速する。

 

 

「みんなが明日を夢みてんのよっ!その夢をっ!」

 

キングヘイローは速度を上げて加速する。

 

蹄鉄がアスファルトを削り火花を散らす。

 

 

「邪魔は!させない!」

 

 

キングヘイローの握りしめた鉄パイプが車のガラスにあたり大きなひびが入る

 

車はスピンしながら路肩に乗り上げて停車する

 

「一つ!」

 

慌てた他の車から男が身を乗り出して銃を撃ってくる

 

キングヘイローは左右にステップを踏みながら銃撃をかわす。

 

 

「そんなへっぽこの弾が当たるわけないでしょ!」

 

キングヘイローは右手に持った鉄パイプを大きく振りかぶり

槍のように車に投擲する。

鉄パイプは窓ガラスを突き破り車は回転しながら止まる。

 

「二つ!」

 

キングヘイローは銃弾を走りながらかわすとジャンプして

車の天井に飛び乗る。

そして手に持ったパイプを真下に突き刺すと、車はスピンしながら急停車する。

 

「三つ!」

 

車から飛び降りるがキングヘイローは足元を見て眉を寄せる。

 

「蹄鉄が・・・無茶をしすぎたわね」

 

靴が破れ蹄鉄も割れている。これでは走れそうにもない。

 

キングヘイローが顔を上げると壊れた車から男たちが現れ銃を構えてこちらに向かってくる。

 

「手加減しすぎたかしら?」

 

だが血生臭いのは(キング )にふさわしくはないだろう。

 

 

「ウララさん、へっぽこトレーナー後は頼んだわよ」

 

男たちはキングに銃を向ける。

 

「おーっほっほ」

 

キングヘイローは腰に手を当てて高笑いをする。

 

犯罪者どもに泣いて命乞いなどしない。

 

最後までキングは王なのだから。

 

そして発砲音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ヒーロー見参

 

 

 

 

 

発砲音が鳴り響くとともにキングヘイローの近くに居た男たちが崩れ落ちる。

 

「え?なんで・・・」

「もう!大丈夫?」

 

倒れた男たちの後ろから銀色の軽鎧を着たビコーペガサスが姿を現す。

 

「ちっ!新手だ撃ち殺せ!」

 

ビコーペガサスは相手の銃撃を大きな手甲ではじく。

 

 

「ペガサス流星パンチ!」

 

叫び声と共に近くにいた男たちがバタバタと倒れる。

 

「シルバーキャロットただ今参上!」

 

男たちを倒し銀色の軽鎧をつけたビコーペガサスが右腕を天につき上げ見えを切る。

 

「この銀色の輝きを恐れぬならばかかってこい!」

 

ビコーペガサスが男たちにとびかかる。

 

「ペガサスキック!」

 

ビコーペガサスは銃弾をよけながらまわりにいる男たちを蹴り飛ばし始める。

 

「こんのおおおおっ!」

 

男らしいカワカミプリンセスの言葉と主に蹴り飛ばされた男が宙を舞う。

 

 

 

「ビコーさん、カワカミさん・・・」

 

キングヘイローが周りを見ると追いかけてきたみんなが戦い始めている。

 

「キングさん!」

「大丈夫ですか?」

 

「あなたたち・・・」

 

キングの取り巻きがやってきてキングヘイローの両脇を抱える。

 

「みんなありがとう」

 

そっとつぶやいた言葉を聞こえないふりをしながら、二人は急いでキングヘイローを運んで行った。

 

 

 

 

 

「煙幕弾!」

「撃ちます!気を付けて!」

 

俺とアオ君は車両に積んであった煙幕弾を撃ちライフルを持つ襲撃犯を牽制する。

あたりが煙に包まれ銃撃の音も少なくなる。

やがて皆の活躍により男たちは全員倒れ伏すのだった。

 

「よし!一人も逃がすなよ!」

 

サージェントレックレスたちは男たちに手錠をかけ荷台の片隅に積み上げ始める。

 

「キング・・・無事でよかった」

 

二人に抱えられたキングを見て俺は胸をなでおろす。

 

「本当に無茶ばかりして!あとで説教だからな!」

「し、仕方ないじゃない!あいつらが悪いのよ!」

 

キングはそっぽを向いて反省の色がない。

 

「危険なことばかりして!今度ばかりは・・・」

「まあまあ、今回は仕方ないよ」

 

俺の言葉をビコーペガサスが止める。

 

「このままだといつかみんな大怪我していたからね。いつか戦わないといけなかったんだ。

それが今だっただけの話だよ」

「それはそうだが・・・」

 

ビコーペガサスの言葉は正しいが無茶ばかりするキングヘイローには言っておかなければいけない。

何度言っても聞いてはもらえないのだが。

 

 

「あ、痛たた・・・」

「ビコーちゃん大丈夫!?」

 

ハルウララが救急箱を持って駆けつける。

 

「ビコーさんどうしてこんな無茶を!」

「やだなぁ。無茶をしてるのはキング先輩も同じでしょ」

 

擦り傷を手当てしてもらいながらビコーペガサスは笑う。

 

「みんなの笑顔を見たいと思って。アタシはレースじゃいい成績でないからさ」

 

ビコーペガサスはゆっくりとこぶしを握る。

 

「だから自分にできることをするしかないんだ。・・・とアタシが言っても説得力無いんだけど」

 

アハハとビコーペガサスは笑う。

 

「ビコーさん。あなたこそ本当のヒーローですわ!」

「うん。ウララもそう思うよ!」

「そうですわ!」

「いやだなぁ。みんな。恥ずかしいじゃないか」

 

ビコーペガサスはみんなの言葉に照れて顔を赤くする。

 

 

「だけどその鎧はどうしたんですの?」

「ああ!これはトレーナーに作ってもらったんだ」

 

もともとヒーロー好きのビコーペガサスのトレーニング用にと重い鎧を作ったらしい。

なまじ作りが良いので銃弾をはじく対悪人用の装備になっている。

こんな使われ方をしていると知ったらトレーナーは顔を青くするだろうけれど。

 

「トレーナーがつきましたの!?」

「ああ、風に運ばれてトレーナーの履歴書が机の上に来てね。これも運命ってやつだね!」

「なんだか心当たりのある話だわ・・・」

 

話を聞いていたキングヘイローが遠い目をする。

 

 

 

やがてパトカーが数台やってきて警察官とサージェントレックレスが話し合いを始めた。

 

 

「だけど大ごとになったわね。これじゃレースどころじゃないわ」

「そうだな、しばらくは他の人にレースを頼むか」

「他の人って・・・誰かいるの?」

 

俺はキングヘイローの言葉に答える。

 

「いるさ。強力な助っ人がね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勝利請負人参上

 

 

 

 

「蹄鉄はきつくない?コースは大丈夫?練習でも言ったけど日本とは芝が違うから・・・」

「何度も言わなくでもわかってるって。お前は俺のお母さんか」

 

トレーナーに軽口を叩きながらもまんざらではないウオッカを見てダイワスカーレットはため息をつく。

 

希望の箱を送り届けてもらえないかな。彼らの注文通りにね。

とか言ってタキオンは笑っていたが・・・

 

いや、どう考えてもパンドラの箱じゃないのかしらとウオッカを見て思う。

 

「まあ、大船に乗った気持ちで見ていてくれよ」

 

そう言ってウオッカはコースに向かって歩いていく。

 

「あなたも心配性ね。ウオッカなら大丈夫でしょ」

「いえ、せっかくなら100%の勝率にしときたいので・・・」

 

ダイワスカーレットはウオッカのやせ型の男の専属トレーナーを見てあきれる。

真面目なうえに心配性だ。これでウオッカと相性が良いのだからわからないものだ。

ウオッカがキングヘイローのところに乗り込んで専属トレーナーを見つけてきた時は驚いたものだが。

 

「私も自分のトレーナー連れてくるんだった・・・」

 

もっとも彼はタキオン印の薬をウマ娘たちへの発送する作業で忙しいのだが。

 

 

 

ダイワスカーレットたちも通路を歩き始めるが

突然ダイワスカーレットは通り過ぎる男に振り向いて手刀を振り下ろす。

男はうめき声をあげゆっくり崩れ落ちる。

 

「えっ?ダイワスカーレットさん!?」

「これよ」

 

ダイワスカーレットは男が手に持ったレーザーポインタを握りつぶす。

 

「全く、あいつのレースなのにくだらないことをするのね」

 

ダイワスカーレットはゴミとなった残骸を投げ捨てて再び歩き出す。

 

「他にもいないか探してくるわ」

「あ、僕も行きます」

「あんたはウオッカを見ててあげなさい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

頭を下げるトレーナーに手を振ってダイワスカーレットは駆け出して行った。

 

 

 

 

「やっぱアメリカは規模が大きいなぁ。シカゴのビルも大きかったけどここも大きい」

 

ウオッカは競馬場を見て感心する。広々としており設備も良いし建物も大きい。

よく見ればコースは東京競馬場より小さいのだが平坦なコースで見晴らしがよいので広く感じる。

何より芝が美しいことがウオッカを喜ばせる。

 

チャーチルダウンズ社の経営なのが気になるとトレーナーは言っていたが、そこらのややこしいことはお任せだ。

 

「しかしみんな辛気臭い顔をしてるな・・・」

 

どうもレースに出ているウマ娘たちの表情が暗い。皆思いつめたような顔をしている。

 

だが皆実力派ぞろいだ。しかも薬でその能力がさらに上がるなんて洒落にならない。

 

 

「ずいぶん暗い顔をしているな。せっかくの良いレースなんだけどな」

 

ウオッカの言葉を聞いて近くにいた青い髪のウマ娘が怒る。

 

「あなたには何がわかるのよ!私達がどんな重圧に耐えたとっ!」

 

「重圧?それくらいの重しがあるくらいが走るのにちょうどいい。」

 

ウオッカはニヤリと笑う。

 

「夢や希望や願いってやつを背負ってるからな。恥ずかしい走りは出来ねえ。そうだろ?」

「つっ!」

 

「あんたたちと走れるのを楽しみにしてるぜ」

 

ウオッカは笑いながらゲートに向かう。

 

 

 

――アーリントンパーク競馬場

  アーリントンミリオンステークス(G1)   芝 2012m(10ハロン)

 

 

 

ゲートがカーブの曲線のコースに設置されているのを見てウオッカは思わず笑う。

 

「いいね。せっかくの海外レースなんだからこういう目新しいところがないとな!」

 

そしてゲートの中で心地よい緊張感のまま待機しているとゲートの扉が開く。

 

ウマ娘は一斉にゲートを飛び出していく。

 

ウオッカは後方に位置しながら内側の良い位置を取り芝の走りを確かめる。

 

「地面の間隔は良い感じだ。みんなはパワーもあるしペースが速いな・・・だが」

 

ウオッカは違和感を感じる。どうもみんなにゆとりというものが感じられない。

いくらペースが速くともレースに対応するための余裕は常に持つべきだ。

 

「トレーナーの言っていたウサギには前を走らせていればいいというのはこういうことか」

 

みんながレース展開を急ぐのは薬のせいなのか、それとも彼女らのトレーナーに後がないことを

彼女たちが気付き始めているからなのかそれはわからない。

 

 

 

 

「ウオッカーーっ!!」

 

レースを見ていたトレーナーは声を張り上げる。集団はひと固まりとなって最初の曲線コースを抜け

直線コースを走り始める。

 

 

ウオッカは天性の勝負勘と恵まれた身体能力がある。ダイワスカーレットとの練習でレース運びも上達している。

 

それに観察眼が加われば負けることはないだろう。

 

やがて集団は直線を抜け最後の曲線コースに入ろうとする。

 

「ここからだ。何度も言ったのは悪かったけどさすがに心配だったからなぁ・・・」

 

トレーナーはため息をついた後、声を張り上げて再びウオッカの応援を始めるのだった。

 

 

 

 

後方についていたウオッカは息を整え体力の回復に努めていた。

 

「よし。だいたいわかった(・・・・)。ここからギアを上げさせてもらう」

 

曲線のコースに入ると同時に後方にいたウオッカは3人のウマ娘を抜き去る。

 

「コースの入りは芝でバランスを崩しやすく、数人が数テンポ遅れる」

 

トレーナーは芝の張替えが行われたとか言っていたか・・・

ウオッカは徐々にスピードを上げながらウマ娘を抜き去っていく。

 

直線に入ると同時にウオッカは密集したウマ娘をまとめて抜き去る。

 

「アメリカは好位置の確保に必死になりすぎる。密集しすぎるのは欠点だぜ」

 

競り合いならウオッカは負けない自信がある。

そして加速したウオッカは先頭を走るウマ娘に追いすがる。

 

「くっ!私は負けられないのよ!」

 

先頭を走る青い髪のウマ娘は加速しながら必死に走る。

 

「このレースは親友(アイツ)も見てるからな。みっともない走りはできねぇ!」

 

残り200メートル。ウオッカは残った力を振り絞り地面を踏みしめる。

 

「ここはオレの距離だ!」

 

ウオッカは速度を上げ先頭のウマ娘を抜き去る。

そして速度を上げながらゴールに飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

歓声に包まれる競技場の一室。

窓から男が顔をのぞかせる。その手には長いライフルが握られウオッカを狙う。

 

「そんなことやめときなさい」

「誰だっ!」

 

男が振り向くとそこにはダイワスカーレットが立っていた。

 

「いつの間に・・・」

「もう少し周りに気を付けておきなさい。次があればだけど」

「くっ・・・」

 

男はダイワスカーレットに向けてライフルを構える。

 

「あなた手が震えてるじゃない。そんなんじゃ当たらないわよ」

「この距離でははずさない!」

 

男はライフルを構えなおす。

 

「おおかたウマ娘に逃げられたんでしょ。自棄になっても良いことはないわよ」

 

ダイワスカーレットはニヤリと笑う。

 

「お前に何がわかる!あいつさえいれば俺だってG1のトレーナーになれる!お前たちさえいなければ・・・」

「夢は一人で見るもんじゃないわよ。私たちの夢は特にね」

 

ダイワスカーレットは肩をすくめる。

 

「薬なんか打って女の子をダメにして泣かせる奴らに誰がついていくもんですか」

「うるさい!おれはアイツに夢を見たんだ。その夢をあきらめられるものか!」

 

部屋に銃撃音が響く。

男のライフルから放たれた弾丸はダイワスカーレットの髪を揺らし、散らされた髪の毛が空中を舞う。

 

「トレーナーって勇気があり、献身があり、愛があるものよ。

だから私たちはトレーナを信じるのよ」

 

自分のことしか考えない奴はお呼びじゃないわよ。とダイワスカーレットは笑う。

 

「知った風なことを!」

 

男が再び引き金を引こうとした時、青色の髪のウマ娘が部屋に飛び込んでくる。

 

「トレーナー!」

 

ウマ娘はトレーナーの前に立ちはだかる。

 

 

「そこをどけ!」

「・・・どきません」

 

ウマ娘は首を振る。

 

「組織を裏切ってやっていけるわけないだろ!俺たちはおしまいだ!」

「おしまいじゃないです。ずっと一緒にやってきたじゃないですか」

 

彼女は微笑む。

 

「資格も居場所も理由も・・・何もかもがなくなっても」

 

ウマ娘はゆっくりと男に近づく。

 

「・・・まだ私は走れます。だからやり直しましょうトレーナー」

「メディーナ・・・」

 

 

男はうなだれたままゆっくりと銃を下す。

 

それと同時に警備員たちと男が部屋に飛び込んできた。

またたく間に男は警備員に取り押さえられる。

 

「スカーレット!大丈夫!?」

「トレーナー?どうしてここに?」

 

心配した顔の自分の専属トレーナーを見てダイワスカーレットは驚く。

 

「無事でよかった・・・いや、ウオッカさんから連絡があって」

「ぐぬぬ・・・あの地獄耳め、この騒ぎが聞こえてるならもっと早く警備員送りなさいよ!」

 

よく考えればこの部屋からウオッカまでは障害物は無いので声が届くはずだ。

私が気付いたようにウオッカもこの部屋からライフルのスコープが光を反射するのが見えたに違いない。

ウオッカもおとなしく隠れればいいものを観客に手を振っている姿に腹が立つ。

こちらの気も知らないで。

 

 

「大丈夫?ケガはない?」

 

(むむむ・・・ここで怖かった~とか言って抱きつくべきか・・・いえ、キャラじゃないわね・・・)

 

ダイワスカーレットは溜息を吐く。

 

「おかげさまでケガはないわよ」

 

狙撃犯の男は警備員に手錠をかけられ連れていかれる。

メディーナと呼ばれたウマ娘はこちらに頭を下げた後、男と共に部屋を去って行った。

 

 

 

 

「バカな子ね・・・あんなになってもトレーナーから離れられないなんて」

 

だけどその気持ちは痛いほどわかる。トレーナーと歩んだ日々はかけがえのないものだから。

 

「ねえ?あんたは私に夢を見てる?」

「夢?必ず一番になると確信していることは夢じゃないからなぁ」

 

ダイワスカーレットに尋ねられた専属トレーナーは首をひねる。

 

「それに僕たちはウマ娘に夢を見せる立場だからね。もっともそれはトレーナーの義務なんだけど」

 

こんなこと言っても似合わないけどね。そう言ってトレーナーは頭をかく。

 

「ホントに似合わないわね」

 

ダイワスカーレットはくすりと笑う。

 

「それじゃウオッカのところに行きましょうか。しっかり文句を言っとかないとね!」

 

ダイワスカーレットとトレーナーは歓声に包まれる競技場に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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記者会見

 

 

 

 

ホテルで襲撃犯の情報をサージェントレックレスと話していると調査に行っていたアオ君が部屋に飛び込んでくる。

 

「先生!ニュースを見てくださいドーピングの件です!」

 

慌ててニュースをつけるとテレビでは記者会見が始まっている。

そこでは競馬場運営大手のストロナックグループやチャーチルダウンズ社・ニューヨーク競馬協会など

主要競馬場の代表者が並んで会見を行っていた。

 

『我々はウマ娘の健康被害を防ぐためレース当日のラシックスを段階的に禁止するものである』

『そしてステロイドについてはこれを禁止するものである』

 

会見ではドーピング禁止の会見が開かれていた。これから段階的に実施されるらしいが

これは大きな一歩だ。

説明では種類によりラシックスはステークスレースのみ禁止でステロイドも一部は有効だ。

だがこれでドーピングに悩むウマ娘は大きく減ることになる。

 

「捕まった犯人の取り調べが始まったからな・・・いやハルウララのおかげか?」

「いえ・・・アメリカのウマ娘の頑張りですよ」

 

サージェントレックレスの言葉にアオ君がつぶやく。

 

今はドーピング反対派のウマ娘の規模は2万人を超えその半数のトレーナーが

契約解除で解雇されている。

その人数は加速度的に増加して、それと共に社会問題化している。

さすがにこのままではまずいと思ったのだろう。

 

反対派はセクレタリアトやシービスケットを中心としてウマ娘の自由と保護の団体に

変化していた。

俺たちに出来るのはここまでだ。活動はこれで終わりだな。

 

 

 

「終わったの?」

「そうですわ!私たちの勝利です!」

「これで苦しむ子たちは減るだろう」

 

「そっか・・・えへへ。よかったね・・・本当によかった」

 

俺たちの言葉にハルウララは静かに笑う。重荷を一つ(おろ)したように。

解放された彼女らの将来を祈るように。

 

 

「しかし奴らは抜け目がないな。今回も取り逃してしまった」

 

サージェントレックレスは悔しがるが、カジノと競馬会の元締めたちを相手に

ここまで戦ったのだ。

 

 

ウマ娘たちと会社の争いにはならずに大会社から譲歩を引き出した。

犠牲者無くして問題を解決したのだ。理想的な勝利と言えるだろう。

 

ただ、その勝利者はだれにも知られることはない。

ただレースで記録を出した日本から来たウマ娘と記事に乗るだけだ。

 

「栄光なき勝利者か・・・」

「でもこれで良かったんですよ。誰も傷つかないのがウララの望みですから」

「そうだな・・・」

 

俺たちは会見の様子を眺める。

 

「まるでおとぎ話ですね。まだ信じられません」

「そうだな。英雄としては語られないだろうが」

 

 

おとぎ話はだれも真実を知らないからおとぎ話なのだ。

これはウマ娘たちに語り継がれてゆくだけのおとぎ話。

 

 

俺達は静かにテレビに映る映像を眺めつづけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アメリカ競馬会は大きく方針を変えることになった。

2020年ステロイドに関しては一部を除きほとんどの州で禁止された。
ラシックスにおいては2歳戦で当日のラシックス使用を禁止、
更に2021年現在はすべてのステークスレースでラシックスの使用を禁じるとしている。


だがアナボリックステロイドについては馬がもともと自然に持つとしておよそ半数の州では禁止になっていない。


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おとぎ話の始まり

 

 

 

 

「ハルウララ様ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

「えへへ、みんなよかったよ~」

 

ハルウララがウマ娘たちに抱き着かれている。

 

「ううっウララ様またいつでも来てくださいね」

「そうです。私たちはいつでも歓迎します!」

 

ゼンデンとビッグブラウンがハルウララとの別れを惜しんでいる。

 

「うん!二人も元気でね」

 

空港では大勢のウマ娘が見送りにやってきていた。全員は空港内に入りきれずあふれ出ている。

 

 

次の日の新聞にはドーピング問題と大会社の決定が大きく取りざたされていたが

ハルウララたちの名前はどこにもなかった。

彼女達の活躍があったことは確かだ。そのことはウマ娘だけが知っている。そして俺たちも。

だが彼女の笑顔を見るとそれでいいのだと思ってしまう。

 

 

 

「助かったわ。だけど一緒に帰らないの?」

「ウオッカがもらったバイクで走り出していったからね。

あのバカを引きずってこないといけないのよ」

 

そう言ってダイワスカーレットは肩をすくめる。

 

ウオッカはサージェントレックレスのコネでタダ同然で陸軍の中古のバイクを手に入れた。

バイクにテンションの上がったウオッカはアメリカ横断だと言ってトレーナーを引きずって飛び出していったらしい。

サイドカーをつけているのでバイク初心者でも大丈夫なはずだ。たぶん。

 

「それに色々片付けないといけないからね。学園にはよろしく言っておいて」

 

裁判で狙撃犯の弁護に回る予定らしい。

銃を向けられた犯人を助けようなんて本当に人が良すぎる。

ダイワスカーレットらしいともいえるが。

 

 

 

「きっと、また来てくださいね。こんどは街を案内します!」

「うん!楽しみにしてる!」

 

ハルウララは多くのウマ娘に抱き着かれて別れを惜しまれているが

あちらも挨拶は終わったようだ。

 

 

「ここでお別れだな」

「ありがとう助かった。できればもう少しお礼をしたかったのだが・・・」

 

調査も大部分はサージェントレックレスの好意に甘えた形になった。

軍や警察の話し合いでもほとんどお世話になりっぱなしだ。

 

「いや、そんなことは無いぞ」

 

サージェントレックレスは笑って胸から取り出した紙切れをヒラヒラさせる。

 

「あ、それはレースの!」

「ああ、たくさん貰いすぎてどうしようかと思ってたところだ」

 

サージェントレックレスが手に持つのはウオッカのレースの馬券だ。

万馬券となるだろうがいつの間に・・・

 

「キングの嬢ちゃん。いい旅だったな」

「ええ、おかげでいい旅だったわ。また案内させてあげてもよくってよ!」

 

キングヘイローは高笑いを上げる。

 

「また次があればだがな。元気でな」

 

俺たちはにこやかに笑うサージェントレックレスと握手して別れ搭乗口に向かう。

 

 

 

「やれやれしばらくはアメリカに来れないな。暴れすぎた」

 

俺はため息をつく。

今回で良くも悪くもあまりにも目立ちすぎた。しばらくはほとぼりをさますべきだろう。

 

「何弱気なこと言ってるのよ!まだまだ世界のレースを回るわよ!」

 

キングヘイローは高らかに宣言する。

 

「世界は広いのよ!まだまだ私たちの活躍を知るべき人は多いのよ!」

 

そう言ってキングは高笑いをする。

 

その高笑いはアメリカの青空にどこまでも響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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