異世界から呼ばれて魔王に進化した勇者です (八葉と黒神の剣聖)
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勇者から魔王へ
プロローグ


物語開始はラミリスが魔王になる前。ミリムが暴れる前です。


 これは、俺が1人のスライムと出会う遥か昔。異世界からこの世界に来て最古の魔王になるほんの少し前、勇者として旅をしていた頃の話しである。

 

 

「えっと……この辺にいるはずなんだが……」

 

 

 周囲を見渡し目的の人物を探す。今いるのは森でここには妖精ラミリスがいる。彼女に会いに来たのだが、中々見つからずにいた。

 

 

「ったく。探すのも一苦労……ん?」

 

 

 何かの気配を感じ取り腰に携えている刀に手を置き警戒するが、近づている気配の正体に気付き警戒を解く。それとほぼ同時に、茂みから金髪の羽根が生えた女性が姿を現す。

 

 

「やっと姿を見せたかラミリス」

「君が来るのが遅いだけ。どれだけ待たせるつもりよ?」

「それは悪かった。俺だって暇ではない、たまたま近くに来たついでに寄っただけだ。…妙な噂も聞いたしな」

「噂~?取り合えずついておいで」

 

 

 ラミリスの後を付いて行くと、小さな小屋が見えてくる。その近くには湖があり、ゆっくり過ごすにはとても良さそうな所だった。

 

 

「いい場所だな。『勇者』になっていなければ、ここで隠居するのも悪くなかったな」

「…残念ながらそれはこの世界に呼ばれた時点で無理な話だったわね。ある程度自由に動けているだけマシだと思わないと。さぁ入って」

 

 

 小屋の中に入り椅子に座る。少し待っていると、ラミリスがお茶を淹れてくれたので一口飲み心休める。ここまで休み無しで歩いたから体に染み渡る。

 

 

「それで噂って何?まさかよからぬ話じゃないでしょうね?」

「そうならないことを祈りたい。聞いた話ではヴェルダナーヴァと人の間に子供が産まれたらいしいぞ。確か女性だったか。その後はどうなったか知らないが、今はヴェルダナーヴァが与えた小竜と暮らしているらしい」

「え?マジで?嘘でしょ?」

「残念だが事実だ。それも数年前の話だ。知らなかったのか?」

 

 

 少し意外だと思いつつお茶を飲む。あの話は結構有名だったんだけど。それ以外にも面倒そうな話が上がっていたが、あの魔王が動かないなら問題ないだろう。

 

 

「どんな子なの?そのヴェルダナーヴァと人の子って」

「名前はミリム。会ったことはないが、聞いた限りだと素質はとんでもないそうだ。ヴェルダナーヴァから力の大半を引き継いでいるらしいからな。……何も起きないといいけど」

「起きたらアンタの出番。勇者だから格好よく止めないと」

「……(簡単に言うけどなぁ……)」

 

 

 (実際に戦えば俺が負ける……と思う。やってみないと分からないけど。でも無理だろうなぁ。魔王にでも進化しない限り。あるいは覚醒するか。だから面倒事にならないことを祈りたい)。

 

 

「という訳で何かあれば助けて欲しい。ただの杞憂に終わればいいけど……念のため準備はしておかないと」

「まるで何か起きるみたいに聞こえるけど?」

「どの世界の人間も本質は変わらないさ。理解の及ばない力を持つ存在を人は恐れるし、中には良からぬ事を考える奴もいる」

 

 

 出過ぎた力は争いを呼ぶ。それはこの世界に来て初めに知った事。幸いにも俺を呼んだ人には『世界を巡って数多の人を救って欲しい』と頼まれたげで、力を悪用されることは無かった。

 

 

「もし俺がミリムと一戦交える事になれば骨だけは拾ってくれよ」

「最初から負ける前提ッッ!?」

「最後までは諦めないけど多分無理。俺の炎では太刀打ち出来ん。剣技なら何とかなりそうだが、力で押されたらきつい」

「……なら精霊の力を借りる?フレアのスキルも強化されると思うし」

 

 

 その手があったか。確か召喚で呼び出した人間に精霊の加護を与えて安定させるという話を聞いたことがある。俺は当初から安定していたけど。それも偏にスキルのお陰だ。我ながら俺のスキルはどれも汎用性が高い。(凄まじい高火力の炎なのに傷まで癒せるなんてな。その上さらにもう一段階能力を引上げれるし。本当これから先どうなるんだろう……)。

 

 

「精霊の力は借りない。エクストラスキルが1つ、ユニークスキルが2つあるし。上手く立ち回ればなんとかなるだろ」

「確か『炎の加護』に『日輪の加護』。あと『修復の炎』だっけ?」

「全部炎系統だね。理由は大体分かるけど」

「?」

 

 

 恐らくはここに来る前の俺の一家が関係しているのだろう。この世界の仕組みはまだ分かっていないが、元居た世界に関係するスキルを得る事は少なくないらしい。そのスキルにも色々あってエクストラスキルや特定の条件を満たすことで固有能力(ユニークスキル)に進化したり究極能力(アルティメットスキル)なども存在する。それと各属性などの耐性も。最もこれは種族によって変わるが。

 

 

「まだまだ知らないことが多いな。俺のユニークスキル……『炎の加護』と『日輪の加護』はもう一段階上……究極能力(アルティメットスキル)に進化する可能性がある」

「何でそんな事分かんのよ?」

「時々世界の声?って奴が聞こえるんだよ。《今のままでは召喚者の願いはかなえられない。勇者のまま進化をしないといけない》って」

 

 

 この世界に来てからずっと頭に響ている。最近は特に酷い。『今のままでは……』その言葉の意味するところは分からないが、近い内に何かが起こるのは確実だろう。勇者のまま進化っていう意味をずっと探しているが分からない。例の魔王さんに聞ければいいんだけど。

 

 

「取り合えずもう少し色んな所を回ってみるよ。助けを求めている人間や魔人はいるし、未開拓の土地にも行ってみたいから」

「折角なら仲間と一緒に国でも作ってみたら?」

「それもいいかもな。数多の国との国交を結んで。一度真剣に考えてみるよ」

「アタシは応援するわよ。何かあったら言いなさいっ!いい土地も紹介してあげるわさ!」

「期待半分にしとく。んじゃ伝えたいことは言えたし。俺は行くからな」

 

 

 飲みかけのお茶を一気に飲み干し、側に立て掛けてあった刀を手元に手繰り寄せて席を立つ。そろそろ次の土地に向かわないといけない。先に仲間も待たせている事だし。

 

 

「次は半年後ぐらいに来る。元気でな」

「アンタも無茶しないように。たまにはアタシや仲間を頼る事」

「分かってる。んじゃな」

 

 

 軽く手を振ってから小屋を出る。とりあえずは仲間と合流か。何処に行くかはそれから考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公のスキル詳細は少しずつ明かしたいと思います。


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鉄と炎の国

 唐突だが、俺達は窮地に陥っていた。俺は今仲間と一緒にある魔獣を討伐しに来ていたのだが、聞いた話と実際に見た魔獣が天と地ほどの差があり言葉が出なかった(主に仲間達)。

どれ程の差があるか、簡単に説明すると猫とライオン……ではあまり分からないか。大きさで言うと小さな小屋と大きな屋敷と言えば大体分かるだろうか。ともかく、一筋縄ではいかない相手なのは確実だ。

 

 

「おいおい。どうすんだよフレア。こんなの俺達では無理だって!」

「い、一時撤退して……」

「言っておくが逃げるという選択肢はないぞ。と言うか避けろ」

「「え??」」

 

 

 魔獣が雄たけびを上げ乍ら大きな右腕を振り下ろしてくる。俺は瞬時に回避するが、仲間の2人……ベルとアレクは直撃を受けてはるか後方へと飛ばされていく。

 

 

「うわぁ……すげー破壊力……」

 

 

 直前に結界を貼っていたのを見ていたが、それを見事に粉砕。っと、そんなことを言っている暇はないか。あの2人とは付き合い長いし、血反吐を吐くまで鍛えているから問題ない。後で回収に行こう。

 

 

「グルルルルル……」

「ふっ……。俺を殺そうとしても無駄だぞ?お前は日輪の如き炎に焼かれて死ぬ」

 

 

 2つのスキルの複合。刀身に炎を纏い、温度を太陽に匹敵するまで上昇。かつ範囲を刀身のみに調整し、周囲への被害を極限まで抑える。

 

 

「許せよ。お前が暴れると近くの街に被害が出るんだ」

 

 

 魔獣に謝ってから刀を振り下ろし塵1つ残さず消滅させる。断末魔をあげる暇すら与えずに。さてと、これで依頼完了だしアイツらの元に行くか。

 

 

(しかし……あの手の魔獣は温厚なはずだが。様子を見る限り何かに怯えているみたいだし、何か起きる前触れか?もしくは既に起きていて……まさかね)

 

 

 ふと、以前ラミリスと話した事を思い出すが、流石にあり得ないだろうと思いつつ吹き飛ばされた仲間たちの元に向かうと、2人は壁に埋もれており、呆れつつも引き抜いてから傷の治療をする。

 

 

「すまねぇフレア」

「ごめんなさいフレア様」

「気にすんなベル。だがアレク…お前は許さん」

「何でだよ!」

 

 

 反論してくるアレク。そんなの決まってるだろ。男性には厳しく女性には優しく。特にベルは後方支援だからね。中近距離のアレクにはもっと身を粉にしてもらわないと。

 

 

「それよりフレア様。最近魔獣が騒がしいですね。今月に入って40体目ですよ」

「あの噂は本当なんじゃね。ミリムと幼竜に手を出す話」

「……」

 

 

 出来れば嘘であって欲しい。仮に幼竜が殺されミリムが暴れたとなれば誰も止められない。無論俺は立ち向かうぞ。数多の人間の想いを背負って戦ってる。勝負に負けても戦いには勝たないといけない。

 

 

「取り合えず国に戻るぞ。周辺で暴れている魔獣は倒したって」

「そうだな。そろそろこの長期勤務の文句を言ってやる」

「随分機嫌悪いですねアレクは……」

 

 

 ま、気持ちは痛いほどわかるがね。流石の俺も疲れたし少し休暇をもらうか。そうと決まればすぐに向かおう。

 

 

「行くぞ二人とも」

「あ。ちょっと待てよフレア」

「ま、待ってください!」

 

 

 2人と共に我らが国へ。俺達が拠点としてる国……正確には俺を呼んだ国は鉱山都市・サンフレアと呼ばれている。他にも炎の国などと呼ばれとても大きな国で、その名の通り鉱石で有名だ。この土地限定の鉱石もあって、他の国との交易もある。

 因みに俺の名前はこの世界に来てから召喚者に付けられた名前で本名は別にある。本名で呼ぶ奴は一人しかいないけど。

 

 

「そういえばフレア様。最近あの人から連絡ありませんね」

「あぁ。あの吸血鬼か」

「……出来れば連絡はない方が嬉しい」

 

 

 脳裏に浮かぶ吸血鬼の姫。ある出来事で知り合ったのだがそれ以来お気に入り認定されてしまい、事ある度に呼び出されている。しかも国と同盟まで結んで外堀を埋められてしまい逃げる事が出来ない状態だ。

 

 

「しかしあの時は大変だったよな。吸血鬼の王国に狼型の幻獣が出て。昼間だったから何とかなったけど夜だったら……」

「全員あの世行きでしたね。フレア様の加護のお陰です」

「あぁ。思い出すだけで憂鬱だ……っと、到着だ」

 

 

 国への大きな入口が見えてくる。入口に常駐している衛士に挨拶をしてから中に入り、歓楽街を通り過ぎ、国の中心に建っている城へと向かう。門番をしている兵士に開けて貰い中に入って、大きな広間へと進んで行く。

 

 

「んじゃ行ってくる。ゆっくりな」

「はい。ゆっくり休んでください」

「親父に宜しくな」

 

 

 2人と別れて広間の中心にある円盤の上に立つ。円盤の中央にある宝珠に魔力を流し、円盤を炎で浮かせて最上階に。円盤が停まったのを確認してから目と鼻の先にある大きな扉を開ける。 

 開けた先は一階の広間よりはるかに広い部屋。真紅の宝石で覆われ、豪華なシャンデリアもある。この部屋は国王との謁見場。いわゆる玉座であり、政治や国の各区を束ねる七賢者が集まる場所である。

 

 

「戻ったぞ国王……」

「フレアァァァァ!」

「ぐはっ!」

 

 

 高貴な服装を纏った中年親父……国王がいきなり抱き付いてくる。またか、これだから国に帰りたくない。国王なのだからもう少し頑張ってくれ。何より俺を呼んだ張本人だろう。

 

 

「フレアよ。私の国はどうなる?魔獣の被害が増えておらぬか?」

「そ、そうだな。だから俺やベル、アンタの息子が頑張っているのだろう?大分疲れているし、周辺の魔獣は蹴散らしたから休暇を与えてやってくれ」

「おぉ。流石は我が国の名を背負った勇者。そなたとベルには休暇を与えよう。1週間ほど休むといい」

「了解……ってアレクは?」

「ふっ。あんな親不孝者は知らぬ。それと先ほどルミナス殿が……」

「おっと俺は用事があるんだった。ルミナスにはいないと伝えてくれるか?」

「居留守をすれば死ぬ一歩手前まで血を貰うと言っておったぞ」

「……」

 

 

 おのれあの吸血鬼。俺を逃さないつもりか。はぁ……俺の何処が気に入ったが知らないが、後で連絡するか。場合によっては王国に行く必要も出て来るだろうし。いくら彼女から教わった術で王国に一瞬で飛べるとはいえ、魔力消費が激しいからな。出来れば控えたい所。

 

 

「やれやれ。暫く自室にこもるぞ」

「心得た。しばし休むとよい」

 

 

 玉座から退室し自室に向かう。すぐにベットにダイブしたい所だが、吸血鬼の姫様に連絡を取らなければ。どうせ大したことの無い話だろうけど。

 

 

「よし。連絡するか」

 

 

 ルミナスから預かった宝玉に魔力を流す。淡く光り、彼女の声が聞こえてくるのを待っていると、光が強くなり体を覆う。

 

 

「んん?ちょっと待て。何かとても嫌な予感がーーー」

 

 

 --と不安を抱くも時既に遅し。周囲の景色が一瞬で見慣れた物に変わる。黒を基調とした薄暗い部屋。俺の部屋は玉座同様に真紅に染まっているから、見分けは付く。ここは……吸血鬼の王国にある城の部屋だ。

 

 

「転移術……しかも俺が魔力を込めた瞬間に発動したという事は」

 

 

 後ろを振り向くと見慣れた宝珠がある。その宝珠を調べると、俺の部屋に置いてある宝珠との繋がりを感じ、仕組みを瞬時に理解する。

 

 

「宝珠間のパス……道を介して飛ばされたか。新しい術式だな。いつの間に仕組んだ?」

 

 

 思い出したり調べても無駄だから諦めよう。この手の仕込みはルミナスの得意分野だ。普段は高圧的でマイペースなのに、お気に入りに対しては積極的だ。

 

 

「後で文句の1つでも言うか」

 

 

 心に決めた時だった。部屋の扉が開き、銀髪で赤と青のオッドアイを持つ、白と黒を基調としたゴスロリの服を着た女性が入ってくる。彼女がルミナス・バレスタイン。吸血鬼の姫であり神祖。王国を束ねる王だ。

 

 

「ふふ……。大分驚いたようじゃのぅ?」

「心臓に悪い。死ぬかと思った」

「ほぅ。昼間なのに死ぬのか?確かお主の弱点は夜だったはず。昼間は無敵じゃろうて」

「太陽を克服してるアンタが羨ましいよ」

 

 

 ルミナスは吸血鬼でありながら太陽を克服し、弱点の無い超克者である。本当に羨ましい。俺は夜が弱点だからなぁ……。全体的に能力下がるし、耐性も落ちるし。

 

 

「で?何の用だ?俺忙しいんだけど?」

「お主が喜びそうな話があっての」

「嫌な予感しかしないのだが?」

「まぁ座れ。お茶を出す」

 

 

 近くのソファに座り、ルミナスがお茶を淹れている所を見ながら、彼女の話しに身構えるのであった。



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お茶会

 ルミナスが紅茶を淹れたマグカップを渡してくる。それを受け取り一応念のために聞いてみる。

 

 

「……毒入っていないよな?」

「今すぐお主の血を枯らしてやろうか?」

 

 

 素晴らしい笑みで威圧しながら言ってくる。女って怖い。まぁ疑った俺が悪いんだけど。取り合えず気を落ち着かせるためにも一口頂こう。

 

 

「ん……美味しい」

「そうじゃろう。で、面白い話だが、お主の国は大丈夫か?例の竜の子がいる国の近くじゃろう?」

「大丈夫って信じたい」

 

 

 実はミリムのいる場所は結構近い。近いと言っても間に5つの国を挟むが。それでももしものことがあれば我らが国も焦土化するだろう。ちょっと待て、面白い話ってミリムの事かよ……。

 

 

「一応それなりの手段は考えている。強固な結界を貼ったり、王国軍の戦力強化や、魔術協会と協力して魔鉱石を利用した魔力砲を城壁に設置したり」

「ほぅ。興味深い話じゃのぅ。その魔鉱石とは?」

「これだよ」

 

 

 首飾りについている赤い魔鉱石を見せる。ルミナスは興味深そうにジーと見た後に魔鉱石に触れる。ルミナスは近くで見たいようで、首飾りを外そうとした時、ルミナスは膝の上に座り、魔鉱石に触れる。

 

 

「確かに僅かだが魔力を感じる。話しからするに、お主の国で開発した鉄の筒の動力源にし、魔力を流すことで放たれる。と言った所か」

「正解。基本的な部分は魔術師がやる。一部は俺の力もあるけど。見に来るか?」

「ふむ。ベルとも話がしたいが、今はのぅ……ん?」

 

 

 ルミナスが俺の顔を見てから左胸に手を置く。少し険しい顔を浮かべつつも、ルミナスはゆっくりと顔を近づけてくる。彼女の赤と青の瞳が目と鼻の先まで来て、甘い匂いも僅かに漂ってくる。

 

 

「また無茶をしたな?魔人化が進んでおる」

「ま、今月40体ほど倒したからね。仕方ないだろう?特性だから」

「もう戻れん場所まで来ておる。上級魔人への進化も近い。そうなれば……」

「その時はその時。この世界に来た時点で覚悟は決めてる。それに、例え魔人になっても勇者である事は変わらないし、国王含めて仲間も何も言わない。自分の事は一番知ってる」

「そうか。だが貰っていくぞ。お主の血は絶品じゃからの」

 

 

 左の首筋を指でなぞった後、やんわりと噛みついてくる。彼女の小さな犬歯が少し食い込んでくるのと血を少しずつ吸い取られているのを感じ取る。

 ルミナスが言うには幸福な人間の血は美味しいらしく、その為に人間を保護し、文明や技術を発展させているとか。血も必要最低限しか接種していないとも言っていたな。俺はがっつり取られているけど。

 

 

「俺の血って本当に美味しいのか?」

「飲んでみるか?」

「何でそうなる。俺は吸血鬼ではないから味は分らん」

 

 

 知りたくもないけどね自分の血の味。それにしても慣れって怖い。最初は全然ダメで少し吸われるだけで気絶していたのに今では苦ではない。必要な事だから仕方ないけど。

 

 

「悪いなルミナス。嫌だろう?」

「む。嫌だったら呼び出さん。知ってしまった以上は放って置けん。街も救って貰ったからの。妾が好きでやっているだけだと思っておけ」

「助かる。少しずつだけど体が軽くなって来た」

 

 

 決して危ない方向での軽くなったではないので勘違いしないで欲しい。体の不純物が抜けていっているという意味だ。もう少し詳しく言うと、血を吸われると同時に宜しくない魔力も吸われている。

 その理由は、俺が炎で魔獣や魔人を倒した際、その場に残った魂と精神を目に見えない魔力の炎に変換され自身に吸収されている。お陰で力はどんどん増しているが魔人化も進み、属性なども反転しつつある。それだけならいいのだが、時折不純物……人の体では宜しくない魔力が吸収した時に産まれ、様々な影響を及ぼす。なのでこうして定期的に血と一緒にルミナスが持って行っている訳だ。

 人に悪影響でもルミナスの様に魔人ならむしろいい影響が出るらしい(あくまでもルミナスが言っていた話なので事実かどうかは知らない)

 

 

「……こんな所か。前回に比べたらマシだが、随分と溜め込んで居る。どうにかならんのか?」

 

 

 ルミナスが離れながら頬を引っ張って言う。どうにか出来たらやっている。どうにも出来ないからルミナスに頼っているのだろう。それに彼女の方から言ってきたことだし。

 

 

「どうにかできたらやっている。ありがとう。そろそろ戻る」

「そうか。あまり無茶は……いや、言わないでおこう。またの」

「あぁ。またな」

 

 

 ルミナスに別れを告げ宝珠に魔力を流して自室に戻る。慣れた空気を感じ緊張が解ける。やっぱり慣れないな。2年前に戦った炎の魔人より難しい。

 

 

「っと。戻った事を国王に話さないと」

 

 

 自室を出て再び玉座へと向かうが、その途中で何やら焦げた匂いを感じ取りその場所へ向かう。また妙な遊びでもしているのかと思っていたが、目当ての場所に着いた途端に足を止めてしまう。

 そこでは綺麗に焼け焦げたアレクが倒れていた。側には涙目になっているベルの姿。彼女の手には俺が修理を依頼していた刀がある。根元からぽっきり折れてるが。

 

 

「……何があったベル?」

「あ、フレア様。その……私、刀の修理が終わったと聞いて取りに行っていたのですが、後ろからこの馬鹿……若様にいきなり背中を叩かれて落としてしまい、パキっと……」

「おぅ。それはアレクが悪いが……」

 

 

 少しやり過ぎな気がする。生きてる……よな?生命力は感じるし大丈夫だろう。跡継ぎが死んだら大騒ぎだ。

 

 

「ベル。やるならもう少し加減する事。人間と魔人では肉体の強度が違う」

「うぅ。気を付けます」

 

 

 頭を下げるベル。彼女は元々ある国の奴隷だった名も無き魔人。それを保護して以来一緒に付いて来ている。名前に関しては有った方が良いと思ってつけた名前。そう言えばその時にラミリスが言ってたか。名前を付けられた魔人は進化して強くなるって。ベルはそんな事無かったけど。

 

 

「所でフレア様。ルミナスちゃんとの話は終わりましたか?」

「終わったけど問題は山済みだ。もう戻れない所まで来ているらしい」

「……その、提案ですけど彼に相談してみては?」

「あー……アイツか」

 

 

 2年程前。ある炎の魔人と死闘を繰り広げたことがある。俺の炎の加護はその時会得したものだ。その魔人はえげつないほど強くて、結果的に痛み分けになったが後から半分手を抜いていた事を知ってぶん殴ったことがある。

 今でもその魔人と縁があり、何かあったら相談したり、修行相手になって貰ったり等と色んな面で世話になっている。

 

 

「休暇貰ったし行くか」

「では準備してきますね。刀ももう一度修理に出してきます」

「ラジャ。また後で」

「はい」

 

 

 一礼してから去って行くベル。それを見送ってから綺麗に焼け焦げたアレクの背中に手を置き、炎で傷を癒す。焦げた跡が消えると、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「自業自得だ。出かけるぞ。炎の魔人に会いに行く」

「え?ちょい待ったぁ!」

 

 

 右腕を掴んでくるアレク。彼の顔から冷や汗が留めなく流れ体が震えている。まるで何かに怯えている様に。無論その正体を知っている俺は、問答無用で引きずりながら玉座へと向かう。

 

 

「おい待て!俺も行かないといけないのか!?」

「当たり前だ。丁度いいから鍛えて貰え」

「嫌だ!今度こそ死ぬ!」

「安心しろ。領域を展開して俺の日輪の加護を共有してやる。一定時間なら日中無敵だ」

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 

 アレクの叫び声が響くが気にせず玉座へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 



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1つの願いと変わる自分

 王国を出て三つの山を越えた先。そこには大きな平原がある。ここは俺と炎の魔人が死闘を繰り広げた影響で出来た場所。炎の魔人・エンブはここに住んでいる。色々な意味で危ない奴だが根はとてもよく、俺達や国の事を気にかけてくれている。いきなり訪ねても怒らないしいい奴だ。あぁ、アレクは来てないぞ。国王に説教されてるからな。

 

 

「よく来たなフレア。今日は何用だ?」

「少し相談。聞いてくれるか?いい酒も持って来てる」

「珍しいな。大体は予想できるが腰を降ろしてから聞こう」

「助かる。ベルも付き合ってくれ」

「分かりましたフレア様」

 

 

 適当な所で腰を降ろし盃に酒を入れてエンブに渡す。自分とベルにも同様に淹れて渡し、軽く当ててから一口飲み、ルミナスとの話をする。どういった返事が来るか身構えていると、エンブは呆れながら言った。

 

 

「なら魔人になればいいだろ。お前の場合は上級魔人に進化するが」

「簡単に言うなよ。俺だって結構悩んでいるんだから」

「中途半端が一番危険だ。いつ『ボンッ!』っていくか分からんぞ」

「何それ怖い……」

 

 

 本気で言ってるなら洒落にならんが嘘をつくような奴ではない。ルミナスも言っていたが時間は殆ど無いのか。

 

 

「先に行っておくがお前の体質を考えると、少しでも瘴気が多い所に行けば強制的に進化する。加えて後30体ほどの魔人や魔獣の魂を喰らっても同じだ。進化の詳しい条件は知らんが、何かしらの強い力で壁を超える事で進化するとだけは言っておこう。あくまでも私見だが」

「成程。壁……ね。それに必要なのは数多の魂。確かギィもそれで受肉したと聞いた。ヴェルダナーヴァとのいざこざは知らないけど」

「うむ。あれはすさまじかった。結果的にギィが負けたが、ヴェルダナーヴァ殿から調停者として世界の平穏を保って欲しいと頼むだけの力はある」

 

 

 懐かしそうに話すエンブ。マジでコイツヤバいよな。原初の悪魔とも知り合いだしルミナスとも顔見知りだし。いつから生きてんだよ。聞いた話ではヴェルドラ殴り飛ばしたって言ってたし。手抜いてたとはいえよく痛み分けまで持っていけたな俺。

 

 

「ギィと言えば聞いたぞ。原初の紫とやりあったらしいな」

「そんな事もあったな」

「半年程前ですね。あれも痛み分けでしたか」

 

 

 原初の悪魔の1人。あれも偶然遭遇して戦ったが決着付かず。召喚者は焼き払ったから当分は出てこないだろう。アイツらはマジで解き放ったらダメだ。ギィや配下の2人は良いとして。

 

 

「顔覚えられてるだろうな……」

「もし悪魔を召喚する時が来れば間に割ってきそうですね」

「絶対に紫陣営の悪魔は呼ばねぇ……」

 

 

 そもそも呼ぶつもりはないが、呼ぶことになれば他の色にしよう。あぁいったヤバい奴の制御なんて出来ないし、出来る奴なんてこの先現れないだろう。もし現れたら顔を見て見たい。

 

 

「ふっ。色々あるが今を全力で駆けて抜けてみろ。そしてギィのように魔王になって俺に勝ってみろ」

「さり気無く促さないでもらえる?後アンタに勝つなんて無理だから」

「無理って言うな。お前は勇者でありこの世界の人間。そして俺が惚れた男だ。前だけ見て不可能を可能にしてみろ。お前には無限の可能性が秘められている」

「持ち上げすぎだっての。あとキモいぞ先生」

「キモい……だと」

 

 

 何やら精神的ダメージを負っている様子。俺は気にせずお酒を飲みながらベルが焼いたクッキーを食べる。相も変わらず絶品だ。家事も一通りこなせるし。

 

 

「時にフレアよ。友は増えたか?」

「ん。色んな種族の友が増えた。その度にあの時を思い出す」

「あの時ってもしかして……」

 

 

 そのもしかしてだ。俺が国王に呼ばれてサンフレア王国の勇者になったあの時。俺の人生は変わって狭かった世界が広がった時だ。

 

 

「そういやベルには話してなかったな。俺がここに来る前に何をしてたか。興味ある?」

「それはもちろんありますよ。きっと今みたいに素敵な方だと思います」

「……うん。まぁ……ね」

「?違うのですか?」

 

 

 やや驚きつつ首を傾げるベル。どうしよう素直に話すべきか。きっと聞いたら驚くがいいか。長い付き合いになるし、いつまでも隠しておくのは良くない。

 

 

「全然違う。この世界に来る前……俺が日本に居た時は友達一人いない寂しい子供だった」

「冗談言わないでください」

「残念ながら事実。俺は炎と太陽を司る神を崇める一家の長男でね。子供の頃から霊感が恐ろしく強かったんだ」

「霊感ですか?そういえば時々妙な声が聞こえると言っていましたね」

「そ。お陰でお化けが見えたり、聞こえない声が聞こえたり。だから両親に子供の頃から言われ続けてたんだ」

 

 

ーお前は特別だ。他の人間とは違う。故に友など不要。その身は神にささげるのだ。

 

 

「ってね」

「えっと……その……」

 

 

 うん。言いたいことはとても分かる。だが俺はその言葉通りに成長し、この世界に来るまで友達一人いないし、他人と接する機会も全くなかった。

 

 

「同級生の子が度々『遊ぼうぜ』って誘ってくるけど毎回ごめんて謝って断ってた。そんな日が続くと誰も声をかけてこなくなる。そんな時だ、年に一度祠の前で祈りを捧げるんだけど、その時に炎に包まれてこの世界に来たんだ」

「確か国王に呼ばれたと仰っていましたね」

「あぁ、そしていきなり言われた」

 

 

―今日からこの国と民、数多の助けを求めている者たちに手を差し伸べる勇者として生きて欲しい。

 

 

「正直何言ってんだオッサンって言いかけたが、なまじそういった事に慣れてるのか直ぐに適応してな、国王から名を貰うと一緒に望みを言ったんだ。ずっと子供の頃から欲しいと願った物を」

「それって……」

「あぁ……」

 

 

 子供の頃から望み、ずっと手を伸ばしても触れる事すら出来なかったささやかな望みを国王に言った。

 

 

「友達が欲しいって…馬鹿な事やって、怒られて、一緒に笑って、決して切れることの無い絆で結ばれた友達が欲しいって」

「それで……陛下は何と?」

「笑った」

「え?笑った?」

「そうだ。でかい声で…玉座に響き渡るほどのでかい声でな」

 

 

 あれは絶対に忘れんっ!二度と忘れてたまるか。俺は真面目に言ったのに大笑いしやがって。でもその後に言った彼の言葉の方が忘れられない、だからこそ俺はあの人の望みを叶える。その代わりにあの人は俺に居場所と自由を与えてくれる。例え戻れない所まで堕ちたとしても。

 

 

「あの人は言った。『この国に呼ばれサンフレア王国の勇者となった時点で、国に生きる人は皆そなたの友だと。国王である自分も含めて』って。思わず泣いてしまった。だから願ってしまう」

「何をですか?」

「んなもん決まってるだろ」

 

 

 俺が今願うのは一つしかない。元居た世界では何も願わず、親の言いなりになって生きていた俺がこの世界に来て初めて願った事。それは……。

 

 

「俺の大好きな国の平和と笑顔。勇者としてではなくサンフレア王国の一民(・・)として、民の友(・・・)として叶うなら未来永劫見守っていきたいって」

「……」

 

 

 俺のたった1つの願い。この事を知っているのはこの場にいる2人とアレク。そして国王だけ。ラミリスやルミナスも知らないことだ。

 

 

「うん。聞いてもらったらモヤモヤが無くなったな。どうせ戻れない所まで来ていることだし、行ける所まで行って足掻いてみるか。ギィのように魔王を目指すのもいいかもしれない」

「ふふ。私はずっとお側にいます。フレア様の願いが叶う時まで」

「なら俺も加えて貰おうか。弟子を見守り導くのは師の役目だからな」

「……ありがとう。ベル、先生」

 

 

 感謝の言葉を伝える。この世界に来て本当に良かったと心のそこから感じる。何かあっても皆となら乗り越えられると思う。

 

 

「さてと、帰るかベル。また周辺諸国を回る」

「はい。エンブ様。またお会いしましょう」

「いつでも来い。楽しみにしてる」

「おぅ。それじゃ……」

 

 

 立ち上がろうとした時だった。とても強烈は魔素が込められた障気の嵐が襲いかかってきたのは。

 

 

「っぅ!?何だ!?どこから……っぐ!?」

「お、おい!」

「フレア様っ!?」

 

 

 体の中に大量の魔素が入ってくる。まるで拠り所を求めるように。魔獣を倒した時とは違う。明確に意思がある。このままだとエンブの言うとおり暴発しかねないぞ。

 

 

「……ったく。世話のかかる奴だ。こんなことなら姉と妹を呼ぶべきだったか。いや、ラミリスの誘いを断ったコイツの自業自得か。折角光の精霊を確実に呼べるのに断りやがって。ま、加護を与えていないのに勇者として認めたラミリスも問題あるが」

「何をッ…言ってッ……?」

「大丈夫だ。そのまま受け入れろ。殆ど魔人化してたお前だ。誰も文句言わねぇよ。ちょっと魔素は多くて体が付いて行っていないだけ。時期に慣れる」

「慣れるって……うっ…意識が」

 

 

 意識が沈んでいくと同時に頭の中に声が響き渡る。この世界に来て新しい力を手に入れる度に響く声。その声が今言う事ぐらい分かる。

 

 

 

『規定数量の魔素を会得。これより進化が始まります』

 

 

(ダメだ止まらない。こんな時に……)

 

 

 全身の力が抜けていく、限界だ。薄れる意識の中でもあの時の……ラミリスの誘いを断った際の言葉が脳裏に響く。

 

 

 

ー光の精霊を呼べるのにいいの?折角勇者の素質があるのに。安定してるけど契約って形で連れて行ったら?

 

ー別にいいよ。俺には日輪がある。決して陰る事の無い日輪。数多の闇を照らして受け止める日輪が。

 

ーそのせいで魔獣や魔人の残滓を吸収してるでしょうが!今はいいけど絶対にぶっ壊れるわ、現に魔人化が進んでいるのに!反転して堕ちても知らないわよ!

 

ーそん時はそん時。俺の呼びかけに来てくれるであろう精霊さんは後輩たちに譲ってやってくれ。

 

 

 

(後悔しても遅い。俺自身で決めた道。だから最後まで振り返らずに突き進むだけだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔王になる前に魔人へ。主人公の過去とこの世界に来てからの願い。ミリムとの戦いまで後僅かです。


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東へ出陣

 頭に声が響くと同時に体が変わっていく。中身が作り替わっているのだろうか。途中から考えるのを辞めた。どのみち目を覚ませば分かる事。死なないだけマシだろう。問題は多いが仕方ない。ラミリスの拳骨と、ルミナスの魔法ぐらいは正面から受けて土下座して謝る。

 

 

(問題はあの瘴気。目が覚めた時どうなっているかだが……俺はアレを日輪で晴らすことが出来るのか?いや、やらないといけない)

 

 

 原因を調べるのは当然として、晴らすことは出来なくても集めるか吸収して正常な魔素に変換しないといけない。それならば炎の加護で大丈夫。問題は集め方だ。

 

 

(そう言えば昔父さんが言ってたか。太陽は光と恵みをもたらすが、時に反転して黒く染まり、全てを飲み込むと。ん?待てよ。確か太陽って……)

 

 

 記憶にある太陽の情報を洗い出す。確か強力な磁場や引力があって近づけば吸い寄せられたり、一定の距離を保ったり。なら疑似的な太陽を作ることが出来れば何とかなるか。そして反転させて黒い太陽に変えれば……。その前に今の力でどうやってやるかだが……

 

 

『ユニークスキル『反転者』を獲得……成功しました。エクストラスキル『疑似太陽生成』を獲得……成功しました。加えて『疑似太陽生成』を日輪の加護に融合させ新たにユニークスキル『太陽の加護』に変化し、能力が向上、新たな能力が追加しました』

 

 

(………は?)

 

 

 待て、確かに今出来たら嬉しいと望んだが、スキルとして習得するとは聞いていないぞ。予定では加護二つと魔法で何とかするつもりだったんだけど。

 

 

(そう言えば進化している最中か。魔人に進化しているから決してあり得ない事ではないか)

 

 

 この状況ならユニークスキルを進化させることも出来るだろう。だがそれは今では無い気がする。あの瘴気の正体が分かった時。恐らくはその時だろう。

 

 

(問題はこれでクリア。あとは実際にやってみよう。……そろそろか)

 

 

 意識が少しずつ覚醒してくる。世界の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。少し今の自分が怖い。全く違う自分に変わっていたらどうしようと。

 そう思っている間にも、進化が終了し視界が明るくなってくる。目を開けて最初に映ったのはベルの顔と自室の天井。先生が運んだのか。

 声を掛けようか考えていると、タイミングよくベルが顔をこちらに向けて視線が合う。

 

 

「おはようベル。あれからどれぐらいたった?」

「……っ。半日です。その……わたしーーー」

「大丈夫だ」

 

 

 優しく頬に手を添えて落ち着かせる。そうしないと今にも泣きそうだ。泣かれると非常に困る。色々な意味で。

 

 

「君から見た俺はどうなってる?」

「感じている通りだと思います。進化は無事完了してます。魔素量も10倍程。ルミナスちゃんが取っていた良くない魔素も体に馴染んでます」

「そうか。取り合えず国王に会いに行くか。状況把握したいし」

「はい。現在分かっている事は道中で」

 

 

 ゆっくりと起き上がって赤い外套を着てから刀を後ろ腰に携える。その時に鏡を見て自分の顔や体を確認したが特に変化はない。だからこそ怖いが。

 

 

「行くか。状況を教えてくれ」

「はい。では……」

 

 

 玉座に行く途中で現状をベルに聞いた。あの瘴気は王国から東の方角から来た物。その正体はまだ分かっていないが、先生は心当たりがあるらしく様子を見に行っているらしい。また、その瘴気の影響で一部の魔獣が狂暴化しており、周辺の町や村に被害が出ている。

 国王はその対応で追われ、アレクも部隊を率いて住民の保護や受け入れを行っている。最も周囲の大きな国には被害が出ていないらしい。ルミナスの王国も大丈夫だと連絡があったと。

 

 

「問題は東に行けば行くほど瘴気が濃くなって、魔獣が増えている事です。ですが魔獣たちもある場所……王国には近づいていないのです」

「それは瘴気の源か?」

「はい。瘴気が結界になって入れても出れない。故に魔獣は本能で近づいていないようです」

 

 

 なら中に元凶がいる。そしてその元凶に先生は心当たりがある。大人しい魔獣が暴れていたのも東方面。それが予兆だとすれば、アレクが言っていたミリムの幼竜に手を出す話は本当だったのか?

 

 

「……ひとまず行ってみるか……ん?(あー……この顔は……)」

頭の中で考えを整理していると、隣にいるベルが何事か言いたげにしていた。

「どうかしたのか?ベル」

「…いえ、私もお供させて下さい」

「それは助かる。君の霧魔法は凄いからね」

 

 

 ベルは霧を扱う魔人。なので相手を欺いたり惑わすことに慣れている。勿論俺やルミナスから魔法を教わって会得してるので、魔力の扱いは一流だ。

 

 

「で……魔人に進化して変わりましたか?」

「あぁ。疑似太陽が作れて反転させることが出来る」

「……はい?疑似太陽?反転?」

 

 

 きょとんとした表情を浮かべるベル。実際に見せてやりたいが、制御に失敗してボンっと行くわけにはいかない。

 

 

「っと着いたが……うわぁ……」

 

 

 玉座には人がごった返している。七賢者は当然として、王国軍の兵士や魔術師など慌ただしく移動している。俺が玉座に来た事も気付いていない程に。

 

 

「取り合えず行こうベル」

「はい。その……後でお時間貰えますか?」

「いいよ。後で作る」

 

 

 約束してから人の波を掻い潜り国王のいる玉座の最奥に。視界に彼の姿が映るが忙しそうだ。一旦後に回そうと思った時に国王と視線が合う。

 

 

「今大丈夫か国王」

「問題ない。体は無事か?」

「まぁね。済まないな魔人になって」

「ん?何故謝る」

 

 

 国王は俺の肩に手を置いて言った。

 

 

「むしろ進化してくれて嬉しい。我らサンフレア王国は長寿の種族。王家の人間は1000年から1500年。市民でも500年は生きる」

「あー……」

 

 

 忘れてた。そう言えば一応魔人に分類されるんだったか。確か山の民だっけ。だからこそ不毛の大地の一部である荒れ狂った山脈に国を作ることが出来た。故に長寿だったな(今まで完全に忘れてた)。

 

 

「取り合えず本題だ。俺は東に……」

「うむ。その辺は頼んだぞ!日輪の勇者」

「……おい全投げかオッサン」

「宴の準備はしておく」

「その前に言いたい事が……」

「無事の帰還を祈る。お主の友として」

「……もういいわ」

 

 

 溜息を付きつつ肩に置かれている手を払う。信じてくれているからこちらの話を聞かないのだろう……多分。

 

 

「それじゃあ事後報告で良いな?忙しいだろ?」

「あぁ。気をつけてな。ベル殿もよろしく頼む」

「承知しました陛下」

「んじゃ行ってきます」

 

 

 手を振ってから離れて玉座を出る。瘴気の源はここから走って5日は掛かる。だが空を飛べば半日ほどで到着するがその前に行くところがある。

 向かったのは国の西側にある魔鉱石を使用した道具を作っている工房で各部門に分かれている。俺の刀もここで作られたもので、その人物に会いに来ている。

 

 

「失礼します。刀匠さんいますかー」

 

 

 大きな声で呼ぶと、中から大きな金槌持った中年男性が太刀を持って出て来る。この工房を担当している人で俺は刀匠さんと呼んでいる。

 

 

「おぅ小僧。丁度良かったな。ほらよ」

「おっと」

 

 

 投げてきた太刀を受け取る。少しだけ抜き刀身を確認。薄紅色に輝き、強い力を感じる。流石魔鉱石100%。魔法闘気の調整もしやすいし、何より太陽の加護の力も最大限に引き出せる。

 

 

「いつもごめんなさい刀匠さん」

「気にするな。お前さんが魔人になった事は聞いていた。それを踏まえて調整してある」

「流石……。後で試すか」

「折るなよ」

「分かってます。では」

 

 

 一礼して工房を出る。そのまま向かったのは外に繋がる大きな門。ここでは外から兵士や保護された住民が慌ただしく出入りしている。あまり邪魔をしない方が良いだろう。

 

 

「行うベル。その前に時間が欲しいて言ってたな」

「はい。名前をもう一度付けて頂きたいと」

「そっか。今の俺は魔人だからな。了解だ。これからもよろしく頼むぞベル」

 

 

 初めて会った時と同じ様に名前を呼ぶと、魔素が抜けベルの体に入って行く。これが名付けか、慣れるのに時間が掛かる。で、ベルはどうなって……ん?大して変わっていないような……。

 

 

「ベル?大丈夫か?」

「はい。霧魔人から幻霧魔人へ進化しました」

 

 

 確かに魔素量が大幅に上昇している。何がどう変わってるかは道中聞くとしよう。太陽の加護についてもおさらいしたいし。

 

 

「んじゃ行くか。門をくぐって少し離れたら飛ぶぞ」

「了解しました」

 

 

 気付かれないように門をくぐり、少し離れたところから炎の翼で東に向かった。

 

 

 

 

 

 




アニメ・漫画勢の自分ですが、最近はなろうの方を読んでます。途中矛盾点があれば少しずつ訂正していきます。


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決戦の始まり

 東へ向かい始めた俺とベル。すんなりと到着するかと思っていたが、途中で3体の魔獣と遭遇で足止め。一体をベルに任せて2体を引き受けていた。

 

 

「ガァァァァ!」

「ったく煩いな」

 

 

 力強い咆哮を太刀で一刀両断。そのまま流れるように炎の斬撃を放って首を斬り落とす。確実に消滅させるために、斬り落とされた胴体に手の平サイズの太陽を放って圧縮して爆発。近くに居たもう一体の魔獣を巻き沿えにして倒す。

 

 

「あのサイズで半径10メートルか。もう少し加減しないと」

 

 

 こればかりは慣れるしかないか。今まで使いなれていた『日輪の加護』は『太陽の加護』に進化して無くなったうえに、新たに獲得した『反転者』もまだ能力の詳細が分からないため、何処か試す必要がある。

 

 

「終わりましたフレア様」

「お疲れ。見てた?」

「ばっちりと。もしかして条件が無くなりましたか?」

「まぁね」

 

 

 やっぱり気付かれるか。今更だが『日輪の加護』には使うのに条件がある。それは太陽の光か若しくは匹敵する程の強い光に当たる事。それに伴い、全ての耐性を得て、身体能力が上昇し、自身へのデメリットを相殺出来る。また最大で2000倍まで思考加速する。他にも光合成のような物も可能で、ルミナスから教わった魔法と複合すれば、魔法威力も向上する。

 だが『太陽の加護』に変わり、太陽さえ存在すれば自動発動となり、新たに魔素上昇とエクストラスキルとして習得した『疑似太陽生成』が加わった。思考加速は1万倍まで上昇し光合成も最大量が増え、太陽光を魔素に変換して補充したり、ベルや先生といった魔人に分ける事が出来るようになった。

 作った太陽は魔素の塊のため複数作り出せる。また分裂や爆発。周囲の魔素を吸収して膨張等も可能。『反転者』で作った太陽の特性を逆に変える事も可能。

 

 

「と言った感じだ。疑似太陽の調整はルミナスから教わった魔力調整で何時でも作れるから、上空に大型の疑似太陽を展開して一定時間なら夜でも全開で戦える。『反転者』は使いどころが難しい」

「と言うと?」

 

 

 簡単に言うと自分が放つ魔法や触れた物の属性・特性を逆に変える事が出来る。それは相手が放つ魔法も同じ。

 

 

「その辺はぶっつけ本番。今はあそこに急ごう」

 

 

 既に視界に映っている瘴気の結界。近づくにつれて狂暴な魔獣が増えている。途中で生存者を保護しつつ王国に行ったり来たりを繰り返している。

 

 

「しかし先生は何処に行った?」

「さぁ?フレア様を運んでから北に行きましたけど」

「……北って」

 

 

 あまり考えないことにしよう。だが状況によれば出て来るのは確実か。やだなぁ……勇者を名乗ると因果が巡るってラミリス言ってたし、魔王と接点持ったり早死にしたり。俺の場合は魔人に進化してるし。後悔はしてないけど

 

 

「途中で巨人の国に寄るべきだったか」

「門前払いですよ。ただでさえ最近はいざこざがあるのに」

「うちは山に囲まれてあちらは平原だからね」

 

 

 色々と国でも厄介事がある。その一つで俺もあの国で一番強い魔人と戦ったことがある。(その人物は後に魔王を名乗るのだが)

 

 

「手は考えてる。そう言ったのは種族や立場・身分関係なく共有しないといけない。今は問題が多いけど協力すれば乗り切れるさ」

「そうですね。その為にも」

「あぁ……着いたな」

 

 

 王国全体を覆う瘴気。この王国は一度だけ来たことがある。まだこの世界に来て間もない頃にアレクと来たことがある。ヴェルダナーヴァと会ったのもその頃だ。

 

 

「うっし。気合い入れていきますか。ベルは周辺を宜しく」

「分かりました……え?お留守番?」

「当然。誰か来るかもしれないから頼んだ」

「……はい」

 

 

 とても不満そうだ。顔を見ればよく分かるが、外から誰かが来るかしれない。その時に俺が入って行った事を話して貰う必要がある。

 

 

「じゃあな。帰って来なかったらそう言う事だ(・・・・・・)

「……お気を付けてフレア様」

 

 

 彼女に見送られて中に入り直ぐに足を止める。視界に映ったのは崩壊した建築物と王宮。以前訪れた時の綺麗な街並みは全くない。誰か生存者はいるかと思ったがそれ以前の問題だ。

 

 

「魔素が混じった瘴気が酷い。低級の魔人や人間は生きられないぞ」

 

 

 この様子だと生存者はいない。魂も存在しない。仮に存在しているのなら鳥肌が立っている。霊感が強い影響だ。

 

 

「さて、その中心は……」

 

 

 崩壊した建築物を乗り越え圧倒的な気配を放つ場所に。以前見た時とは全く別物の気配。噂で聞く3体の竜と全く引けを取らない。この世でただ一人の竜魔人だから類似しているのは当然だろう。だが俺が感じている気配はそれとは別の物。その姿を見た時確信に至る。

 

 

「この世界2人目の魔王か。名乗るかは別として、その力は原初の赤にして最初の魔王に匹敵する」

 

 

 上空にいる1人の少女ミリム・ナーヴァ。竜の翼と角を顕現させ、右手には剣を持っている。近くに幼竜の遺体があり、無惨に殺されていた。

 

 

(どの世界でも人間の本質は変わらないか。ならその責任は俺が引き受けよう。ミリムを止める。それが俺の勇者として最後(・・)の戦いだ……と視認されたか)

 

 

 強烈な殺気。ミリムがこちらを見下ろしてくる。自我があるかと思いきやそうではなさそうだ。目に光は灯っておらず、彼女を中心に魔素の瘴気が周囲に放たれている。

 

 

「さぁ行くぞミリム。俺の命が続く限りお前の怒りを受け止めてやる」

 

 

 太刀を抜き全身に炎を纏う。幸いにも太陽の光はわずかに射しているから『太陽の加護』は発動する。アルティメットスキル持ちにユニークスキルで対抗できるか分からないが、やって見せよう。

 

 

「秘剣・炎神」

 

 

 太刀に炎を纏いミリムに立ち向かう。後に俺が太古の魔王の1人に加えられる戦いの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

 

「おいおい……ミリムの力は底なしかよ」

 

 

 戦いが始まり数時間。俺はミリムの攻撃を流す事で精いっぱいだった。スキルの差。力の差。それらは技量で埋めれる。魔素量はあくまでも強さの基準。最終的に優越を付けるのは技量だ。

 

 

「一の太刀・螺旋昇」

 

 

 炎の斬撃で螺旋を描きミリムの攻撃を防ぎつつ反撃するが、ミリムはお構いなしに螺旋を消し剣を振り下ろす。正面から受け止めつつ、刀身の角度を調整して力を逃がすが、簡単に薙ぎ払われる。

 

 

「くそ!出鱈目すぎるだろ!」

 

 

 俺も『太陽の加護』で力は増幅しているはず。それでも上から圧倒的な力で押してくる。ここは一旦距離を取って体勢を整える。

 

 

「ソルフレア」

 

 

 ミリムの目の前で疑似太陽を生成し爆発。彼女が一瞬防御に回ったのを確認してから後方に下がる。息を整え消費した魔素を瞬時に補充しつつ構えを変える。

 

 

「さてと、ここから切り替えて……え?」

 

 

 ミリムの魔素が膨れ上がり一か所に集まる。あれはヤバい。似たような技を見たことだある。その前にアイツはこの一帯吹き飛ばすつもりか!?

 

 

「どのみち避ける事は出来ないな」

 

 

 魔素の大半を使用して黒い太陽を2つ作り出す。これでアイツの一撃を吸収しつつ、もう一つの黒い太陽で放出させる。一気に集約するのではなく集めながら放つ。以前ルミナスの屋敷に飛ばされた際の魔法の応用だ。

 

 

「来るか!」

 

 

 巨大な魔素の塊がレーザーのように放たれる。後にドラゴンノヴァと呼ばれる技を、黒い太陽で受け止める。それと同時にもう1つの黒い太陽でミリムに返そうとした時、受け止めていた黒い太陽にヒビが入る。

 

 

「ヤ、ヤバい!許容量を超える」

 

 

 吸収するといっても限度がある。限度を超えるとどうなるか。それは簡単だ。爆発する。

 

 

「くそ上空に……あ」

 

 

 時既に遅し。許容量を大幅に越え、黒い太陽がどんどん膨張していく。爆発まであと3……いやもう無理。太陽が破裂する。最後の足搔きとして上空に投げ飛ばすが、それと同時に爆発。結界を貼るが爆発に耐え切れず、巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

 

「いつつ……もう少し加減しろよ……」

 

 

 愚痴を吐きつつ瓦礫を動かしてゆっくりと立ち上がる。今ので魔素の大半を消費してしまった。正直体を動かすのもやっとだが、『太陽の加護』で直ぐに戻せる……あれ?戻らない?まさか……。

 そう思って空を見上げると、太陽の光が射していない。辺りは薄暗くなっている。これは非常にまずいぞ。

 

 

「今ある魔素で疑似太陽を生成しても半分ぐらいしか戻らない。それでミリムを抑えるのはきついぞ」

 

 

 何とか手段を考える必要がある。周辺の魔素を集めて大きな太陽を作る事も可能だが、アレ相手に出来る余裕もない。そもそもさせてくれないだろう。

 

 

「所であの野郎は……っ!」

 

 

 背筋が凍る。まさかと思いつつ振りかえると、無傷のミリムが剣を振り上げて立っている。詰みだ。せめてかすり傷程度は負っていてもおかしく無いだろう。寧ろその方が俺の後に戦ってくれる誰かが戦いやすくなるし、少しはこちらが有利になるはず……多分。

 

 

(……ジ・エンドか)

 

 

 剣を振り下ろすミリム。本気で諦めた時だった。

 

 

「おい。もう諦めるのか日輪の……いや太陽の勇者」

「!!!」

 

 

 それ(・・)は目の前に現れてミリムの一撃を受け止めた。原初の悪魔にしてこの世界最初の魔王。ミリム以上の圧倒的な存在を放つ魔王。

 

 

「ギィ・クリムゾン……遅くないか?」

「ふん。助けるつもりはなかったが、そこの妖精女王が煩かったからな」

「妖精って……」

 

 

 ギィ・クリムゾンが視線を向けた先には、とても怒っているラミリスの姿。きっと俺が魔人になっているからだろう。というか魔王なのにラミリスの言いなりになるのかよ……。

 

 

「後でぶん殴るから覚えてなさいフレア」

「分かってる。で?どうやって止めるんだ?アイツの底知れぬ怒りが魔素に還元されて膨れ上がってる。加えて周囲の魔素も喰らってるし」

「オレに手がある。その前に……」

 

 

 ギィ・クリムゾンはミリムの剣を弾き返して上空に蹴り飛ばし結界を粉砕する。おいおい、俺が一撃も入れれなかったのにあんなにも簡単に入れるのかよ。

 

 

「さっきの黒い太陽でアイツに吸収される前に魔素をお前が集めろ。瘴気はラミリスが上手くやれ」

「上手くって。どうやるのよこの子も大分魔素を消費してるし」

「了解だ。集めた魔素は?」

「好きにしろ。何だったら自分の力に変えてもいい。これだけあればお前のユニークスキルを進化出来るだろう」

「簡単に言うけど……分かった。周辺の魔素とミリムの攻撃で生じる魔素はこっちで何とかする。ついでに背中も護ってやる」

 

 

 外套を脱ぎ捨て太刀を左手で持つ。それを見たギィ・クリムゾンはゆっくりと上空に向かって行き、ミリムとの決戦が始まる。

 

 

「よし。上手くやるぞラミリス。周囲の被害を最小限に抑える」

「了解。ってあら?あの2人西に行ったわよ」

「西!?何で!?って急いで追いかけるぞ!」

 

 

 ラミリスの腕を掴み、あの2人を全力で追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦いは続きます。西側ピンチですが……。


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絶望を希望に変える為に

 ギィとミリムの決戦はすさまじかった。2人の力がぶつかる度に、凄まじい衝撃波とエネルギーが甚大な被害をもたらす。俺は途中でラミリスと別れ、出来る限り被害を抑えるべく先回りし、巨人族が住まうダマルガニアに来ていた。

 

 

「ダグリュール!いるか!」

「フレアか!一体これは何だ!?」

「説明は後だ。ギィとミリムがこちらに来ている。急いで民のみんなを避難させろ。あの2人の戦いに巻き込まれたくなかったらな!それと最悪の事態には備えておけよ」

 

 

 それだけを言い残し西側の国に状況を知らせて周る。ギィとミリムは少しずつこっちに近づいて来ているが間に合うだろうか。

 

 

「何でこっちに来るんだよ。恨みでもあるのか?いや、土地の広さかも知れないが」

 

 

 今はそんな事を考えるより飛び回る方が大事だ。あとは王国のみ。あの2人の位置を確認しつつ出来る限り早く行こう。

 

 

「見えてきた。急いでーーーはっ!」

 

 

 背後から強い魔素の反応。振り返った先には、さっき見たより強烈なミリムの一撃が迫って来ていた。恐らく流れ弾だろう。俺は咄嗟に避けてしまい、ミリムの一撃が山を穿ち王国に直撃。大きなきのこ雲が立ち上る。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 何で……何で俺は今避けた。受け止めるのは無理でも逸らすことは出来ただろう。なのに……いや、すぐに向かおう。国王の事だ。何かしらの策を講じているはず。

 炎の翼を羽ばたかせ、王国の上空から周囲の被害状況を確認する。眼下に見えるあまりの光景に言葉が見つからない…酷い有り様だ。直撃を受けた場所には文字通り〝何もない〟人が居た形跡すら殆ど残ってはいない。この国の人口は約10万。対して感じ取れる気配は1万程。俺が避けたせいで十分の一の国民の命が失われた。せめてもの救いは城が無事だったことか。

 

 

「……せめて魂だけでも」

 

 

 茫然と成りながら、王国全体を結界で覆い魂を結界内に閉じ込める。魂さえ無事ならばまだ何とかなるかもしれない。それに肉体が残っている者は低確率で蘇生出来る

 

 

「……俺は何をしてるんだよ」

「フレアか!?」

「っ!!」

 

 

 唐突に俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた(今の声はッ!……恐らく城の方面からだろう)。城内を覗けばアレクが城の回廊にいるのが見えた。此方に気付いた様子の彼に構わずすぐに降りて抱きしめる。

 

 

「お、おい!男に抱かれる趣味などないぞ」

「黙ってろ!生きてて良かった」

「……まぁな。正直目を疑う光景だったが。大丈夫か?随分ボロボロだが」

「何とかな。すまねぇ」

 

 

 アレクから離れて心を落ち着かせる。取り合えず跡継ぎが死んでいなくて良かった。詳しい話を聞きながら玉座の方へと向かう途中、城に避難していた民達が目に入る。

 

 

「何人生き残った?」

「今確認中だが、8000人程。丁度避難誘導している時にさっきの光が来た。親父や七賢者は無事だ」

「……そうか」

 

 

 ダメだ。聞いているだけで自分が許せなくなってくる。もしもあの一撃を逸らすことが出来ていたら、もっと多くの人の命を救えた筈なのに。今更言っても仕方が無い。今は生き残った民達をどうするか考えないと。

 

 

「親父。フレアが帰って来たぞ」

「ーーッ!?よくぞ無事だった!」

 

 

 国王は勢いよく立ち上がり俺の両肩を掴んでくる。その顔を見て俺が生きて帰って来たことを心の底から喜んでいる事が分かる。でも俺は……。

 

 

「陛下。俺はーーー」

「フレアよ。今は自分の成すべきことを成しなさい。先ほど魔人殿が尋ねて一通り報告してきた。あの魔王殿に重大な役目を与えられたらしいな」

「……だけど今は皆をどうするかが優先だ。生き残った人を安全な場所に避難させないといけない」

「安全な場所などない。だからこそお主は魔王殿から任された役目を果たせ。僅かなら力添えも出来る」

「……ッ」

 

 

 あぁ。本当にこの人は変わらない。この世界に来て10年。何一つして変わらない。どうしてこの人は何も聞かないんだ。

 

 

「いいな。すぐに戻れ」

「……無理だ。アンタを含めて民が避難するまで戻らない」

「……だが安全な場所など何処にも無いだろう。既に争いは近くで起きている」

「大丈夫。俺の部屋にある宝珠からルミナスのいる場所に飛べる。アレクは先に行って状況を説明して来い」

「わ、分かった!」

 

 

 無茶かもしれないがルミナスなら協力してくれると信じている。俺が今やるべきことは遺体を含めて皆を安全な場所に避難させることだ。

 

 

「遺体は回収したか?」

「あぁ。出来る限りだが。何をするのだ?」

「……反魂の術。確率は低いがやってみせる。だから結界を貼って魂が逃げないようにしている」

「ならぬ!」

「っぅ!」

 

 

 力強い言葉で止められる。何故止めるのか問い質したいが、国王は首を振って優しい声で言った。

 

 

「失った命は戻らぬ。反魂の術で蘇ったとしてどうなる?彼らはそれを望むのか?私は知っている。あの光が来るまで民達は必至に手を取り合ってここに逃げていた。お主は必ず戻ってくると、そして此度の異変を解決してくれると信じて疑わずにな。それが間に合わず、命が失われたのは力の無い私の責任だ。お主の責任ではない。何でも一人で背負うな!」

「……」

 

 

 思わず息を飲む。これが国を束ねる王の威厳。ルミナスもそうだが上に立つ者は、力ではなく別の何かで強い。今の俺には理解出来ない事だろう。

 

 

「分かった。少し一人にして欲しい」

「うむ。必ず生きて帰る事。なぁに、もう一度やり直せばいい。時間はある」

「そう……だな。生きて帰って来る」

 

 

 肩に置かれた手を払い焦土化した街に向かう。あんなにも綺麗な街が一瞬で消えてしまった。俺が避けなければ、いくら咄嗟といえ避けなければ。だが国王の言う通りだ。今の俺に出来る事は一つしかない。

 

 

「戻らないと。ラミリス一人では厳しい。でも……」

 

 

 ゆっくりと瓦礫の上に降り、今の視界に映っている景色を目に焼き付ける。もう2度と後悔はしない。こんなことを繰り返さない。俺を信じている人達のためにも、必ず再興してみせる。どれだけ長い月日を重ねようとも。

 

 

「さて。精神的にはきついがそろそろ……ん?」

 

 

 視界の端に何かが映る。もしかして生存者かと思って駆け付けると、そこには毛先が紅い白狐が大怪我を負って倒れていた。幸いにもまだ息はある。ゆっくりと抱き上げて、治癒の炎をで覆い傷を治す。

 

 

(良かった。まだ治せるぐらいの魔素は残ってたか)

「……!!」

「お?大丈夫か?」

 

 

 目を開けた白狐の頭を優しく撫でると、助けたお礼か頬を舐めて甘えてくる。もう大丈夫そうだな。あとはこの子もルミナスの所に連れて行ってもらおう。

 

 

「安全な場所に運ぶから待ってな」

「ほぅ。その安全な場所とは何処の事じゃ?」

 

 

 背後から聴き成れた声が聞こえてくる。声からして心配して見に来たのだろう。彼女(ルミナス)は俺の横に立ち周囲を見渡す。

 

 

「酷いの。あれだけ綺麗な街が一瞬で焦土化するとは」

「その責任は取るさ。この子を頼むルミナス」

 

 

 白狐を渡そうとするが離れない。何とか引きはがそうとしても、尚の事強く腕にしがみついてくる。それを見ていたルミナスは白狐の頭を撫でながら言った。

 

 

「今のお主を放って置けんようじゃの。それだけ酷い顔をしていれば当然か」

「そんなに酷いか?」

「酷い。妾と出会った時とは大違いじゃ。そんな状態のお主を行かせるわけには行かん。どうせ死ぬ」

「分からないと思うが?」

「確実に死ぬ。そもそもアルティメットスキル持ちにユニークスキルで叶うはずが無いのじゃ。それに魔王種を得ておるのじゃろう?ただ戻るより、何かやってから戻った方が良いと思うが?」

 

 

 魔王種とは特定の条件を得る事で会得するらしい。魔王を名乗るには最低限必要であり、真なる魔王に進化するには約1万の魂が必要とされる。そうか、俺は気付いていなかったがルミナスは気付くのか。いつ会得したか、どうやって会得していたかは大体分かるが。

 

 

「俺にギィやミリムの様になれってか」

「それも良いかもしれん。決めるのはお主だが。どのみち、あ奴らがこの一帯で力をぶつければどうなるかは分かるじゃろう?」

「邪悪なエネルギーと魔素で下手をすれば不毛の土地になる。人間はおろか上位魔人すら生きる事が出来なくなる」

「それをどうにか出来る力をお主は持っている。だが力が足りない」

「…その通りだ」

 

 

 ルミナスの指摘は最もだ。俺の『太陽の加護』と『反転者』で邪悪なエネルギーと魔素を集めながら正常な物に反転させて放出することが出来る。だが今の力では黒い太陽で集めれる量をすぐに越えてしまう。先ほどのミリムの一撃のように。

 

 

「……ユニークスキルをアルティメットスキルに進化出来れば何とかなるけど。条件満たしてないよね。そもそも分からないし」

「だからって諦めるのか?」

「そんなことは言ってないけど……。うーん」

 

 

 首をかしげて必死に考えを巡らせる。俺の持っているユニークスキルやエクストラスキル、それと剣技。全部を駆使してギィからの頼みを叶えられるのか。あの2人の力が衝突するたびに発生するであろうエネルギーや魔素をどうするか。日本に居た頃の知識をフル回転させるが思いつかない。ルミナスが考えている事は最終手段だ。

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

(選択肢は一つしかないじゃろうが馬鹿者……)

「お。いたいた二人とも!」

 

 

 他に良い案が浮かばず途方に暮れていると、夜薔薇宮に行っていた筈のアレクが片手を挙げてやって来る。どうやら避難は無事に終わったようだ。タイミングが良いのか悪いのか。

 

 

「終わったのか小僧?」

「はい。あとはベルだけど……」

「アイツはラミリスの所。それより今は放って置いてくれ」

「は?その状態のお前を放っとけるか。どうかしたか?」

「二つに一つの選択肢で悩んでいるのじゃ。ちとこの阿呆の背中を蹴ってやれ小僧」

「え?蹴る?怒られる気がするけど……で、その選択肢って?」

 

 

 (聞くなっ!。聞かないでくれ親友。結界内の魂を喰らって覚醒魔王に進化するか、このまま行って無駄死にするかで悩んでるなんて死んでも言えるかっ!。)

 

 

「結界内の魂を喰らって覚醒魔王に進化するか無駄死にするかの2択じゃ」

「ちょっと姫様ッ!?」

「……」

 

 

 この吸血鬼、俺が必死で悩んでいるのを裏手にとって虐めて楽しんでやがるな。だから性格悪いって言われるんだよ!(言っているのは俺だけだが)

 

 

「何で悩むんだよ馬鹿かお前?」

「誰が馬鹿だ!俺は必死で悩んでんだぞ!」

 

 

 思わず声を荒げてしまう。いくら親友でも言っていい事と悪いことがある。此でも寛容さには自身がある方だが、今のこいつの発言は許せない。

 

 

「煩いぞ。つかお前。魔獣とかの魂を自然に喰らってるくせに民の魂は喰らわないのか?そんなんだから真の勇者に覚醒することなく、魔人に進化するんだろ。中途半端な野郎め。お前の霊感は何の為にあるんだよ。幽霊系統の気配を感じ取るだけか?」

「……」

「どーした言い返せないか?だろうな?普段は自分が最後まで諦めるなって言いながらお前は諦めるのかよ。お前を信じて待っていた民も浮かばれねぇわ。悩む暇あるんだったら即行動に移せよ臆病者」

……ブチィィッ!!

(おや?珍しくキレおったわ)

 

 

 〝ナニカ〟が切れる音が響き、頭の血が沸騰したマグマのように熱い。衝動のままにアレクの顔面をぶん殴る。盛大な音が響き渡り、腕の中に居た白狐はルミナスの元に逃げて行くが、それに目もくれる事無くアレクの首元を掴み持ち上げる。

 

 

「そうだよ。てめぇの言う通りだアレク。俺が臆病者で咄嗟に避けなかったらこんなことにならなかったんだよ。だからこそ言ってやる。てめぇに俺の気持ちが分かるか?誰も何も言わねぇんだよ!オッサンも生き残った民達も!あの光の後に来たら誰だって疑うだろうが!なのに誰も聞かないんだよ!」

「はっ……そういう事かよっ!」

 

 

 返しの一撃が鳩尾に突き刺さる。鈍い痛みが全身に走り膝を付いてしまう。反撃したくても出来ない。反撃出来る(そんな)力は残っていなかった。

 

 

「どーした勇者様?やり返さないのか?あぁ無理なのか。それだけボロボロだったら無理だよなお前らしくない。だけどな……」

「うぐぅ。何を……」

 

 

 今度はアレクが首元を掴んで持ち上げてくる。その力はとても強く振り払えない。腕を掴むだけで精いっぱいだった。

 

 

「傷だらけのお前を責める訳ないだろう。責めてる奴が居たら俺がぶん殴ってやる。きっと結界内にいる皆もそう思っている。霊感強いお前なら何か感じとれるだろう?」

「……」

 

 

 心を静めて周囲の気配を探る。少し経つと周囲に無数の淡い光が現れ結界内を覆う。とても幻想的な光景。光一つ一つから強い力を感じる。

 

 

「これは……皆の……」

「ほぅ……神秘的じゃの」

「……皆同じ思いだ。お前が責任を感じてるのは分かる。ならさ」

 

 

 アレクは手を離して視線を宙に彷徨わせる。彼が何を言いたいのか、そんな事は…10年来の付き合いだ。この世界に来て最初の親友だ。言われずとも顔を見れば全部解る。

 

 

「改めて皆の想いを背負って、この国の、世界の希望の太陽になってみろよ。お前がどうなろうと俺達のダチだって事には変わらない。そうだろ?」

「……だな」

 

 

 (あぁ、アレクの言う通りだろう。俺がどんな姿になろうとも皆との関係は変わらない。ならやってみせよう。ミリムの相手がギィに変わった時点で俺の勇者としての戦いは終わっている。今の俺の戦いはあの2人の戦いの被害を最小限にすること。それがこの国を、世界を救う事に繋がる)

 

 

「ルミナス。もしもの時(・・・・・)は頼む」

「覚悟は決まったか。良いじゃろう。その時は一思いに殺してやる」

「悪いな。アレクは部屋に封じてある2本の刀を持って来てくれ。この太刀はミリムとの戦いで消耗している」

「分かった。成功することを祈ってる」

「おぅ。また後で」

 

 

 アレクに手を振って街の中心、魂が一番集まっている場所に向かう。どうか聞いた話が本当である事を祈ろう。

 

 

(頼む皆。俺に、皆を守り抜く力を託して欲しい。もう二度と悲劇を繰り返さないために。一緒に戦おう!)

 

 

 手を空に向け無数の魂(みんな)に問いかける。俺の想いに魂は答えてくれたのか強い光を放ちながら体に入ってくる。十・百・千と。留めなく入ってきて一万を超えた瞬間だった。

 

 

ー進化の発芽に必要な人間の魂を確認しました。これより魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始します。

 

 

 頭に響く世界の声。同時に強烈な睡魔と眩暈に襲われる。先日の瘴気が入って来た時とは訳が違う、拒絶することが出来ない強制力。もっとも今更拒むつもりもないが

 

 

(どうか間に合ってくれ。最悪の事態になる前に……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いざ魔王へ。


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覚醒と復帰

ー魔王への進化にともない全ての身体能力が大幅に上昇します。さらに余剰分の魂を使用しスキルを進化させます。ユニークスキル『太陽の加護』と『炎の加護』を統合し、究極能力『焔天之王(ウリア)』へと進化。新たに森羅万象・演算予測・性質変化・形状変化・魔素還元・焔天の加護が加わります。

 

 

 世界の声が聞こえてくる。ウリア……たしか天使ウリエルの元となった予言者の名前。ウリエルの特性を持っていたか。強い光と強い炎を生み出す存在。

 

 

-加えて『魔王覇気』『心天眼』を獲得……成功しました。以上を持ちまして魔王への進化を終了します。

 

 

 進化が終了し意識が一気に覚醒する。瞼を開けて最初に映ったのは青い空とルミナスの顔。おや?頭の下に柔らかい何かがあるのは気のせいだろうか?いや、気のせいではないな。

 

 

「人生初の膝枕が吸血鬼とは」

「不満か?それより早く行かんか」

「勿論。直ぐに行く」

 

 

 ゆっくり起き上がり体を軽く動かす。大きな力がぶつかっている。その振動がこちらまで届いており、このままだと甚大な被害になるだろう。そうならないためにすぐに向かわなければ。

 

 

「えっと刀は……ここか」

 

 

 近くの岩に太刀と小太刀が立て掛けられている。太刀を後ろ腰に小太刀を右腰に携えて準備完了。この2本の刀は、俺と一緒にこの世界に来て、その時に特殊な能力を付与された妖刀。全てを断ち切る事が可能で、当時の俺では扱いきれず、封じていた。

 

 

「行ってくる。ありがとう傍に居てくれて」

「気にするな、貸しにしておく」

「大きな借りだ。絶対に返す」

 

 

 約束してから結界を解除しミリムとギィの元へ向かう。2人はダマルガニアの中心で激戦を繰り広げている。俺はすぐに2人の上空へと移動。その時にギィはこちらに気付く。

 

 

「貴様!今まで何処で何をしていた!」

「何でもいいだろ。俺を見たら分かるだろうし、それより今はそんな事を話している暇はない。周辺一帯を浄化結界で覆うからその中で戦え」

「浄化結界だと?それに貴様……」

 

 

 ギィならすぐに気付くが今はそんな事どうでもいい。俺はすぐに光の結界でミリムとギィを含めダマルガニアを覆う。この結界、正確には究極能力で生み出した光には『浄化』『加速』の効果があり、焔には『再生』『修復』の効果がある。発揮するには光に触れるか照らされる。炎で覆われるか触れる。それらを満たすことで発揮する。

 

 

「これでどうだギィ?ある程度なら抑えられる。もし最悪の事態になっても猶予はあるだろう」

「ほぅ。それが貴様の究極能力か。進化している事は置いておき助かる。これで加減する必要が無いからな。ついでにそこで倒れている堕落した妖精を頼む」

「堕落……ってマジか……」

 

 

 気配が変わっているラミリスを見つけすぐに向かう。土埃を払って焔で覆い傷を癒しながら、魔素を光に変えて右手に集める。

 

 

「待ってろよ。すぐに治す」

 

 

 傷が癒えたのを確認してから、光を雫に変えてラミリスの体に落とす。『光の涙(ライトティア)』。自身の魔素を光の雫に変えて分け与える魔法だ。

 

 

「う……んん?」

「大丈夫か?」

 

 

 ゆっくりと瞼を開けるラミリス。上体を起こして周囲を見渡してから俺の顔を凝視する。俺の顔に何かついているのだろうか?それとも別の誰かと思っているのか。ラミリスの場合は後者だな。

 

 

「アンタ……何でギィやミリムみたいになってるのよ!」

「色々あったんだよ。それよりギィの援護。それと姿変えるから」

「は?」

 

 

 焔天之王の形状変化で姿形と声をある人物に変える。その人物とは日本にいた時の双子の妹。流石に性別は変えれないが(そもそもそんな趣味はない)ギィの援護には小柄の方が良い。理由は他にもあるが。

 

 

「っし。行くか。妹には悪いが力で押してくる相手には技術で防ぐしかない」

「前よりもやばくなってないアンタ?」

「失礼な。あの魔人のように完璧な女に変わってるわけではないぞ。あくまでも姿形と声だけだ」

「それでもよ。ま、支援と援護は任せてフレアは結界の維持に専念しつつ立ち回りなさい」

「分かってる。援護頼んだからな」

 

 

 再び上空に戻り結界を多重で張る。念には念を。あの2人の力の衝突が大きくなっている。見ているだけでミリムの一撃が強烈なのが分かる。

 

 

(それを受け止めているギィもヤバいが……っと!)

 

 

 流れ弾がこちらに来る。太刀を抜き全身と刀身に光を纏って斬り伏せる。姿を変えたのは力を使い分ける為。光と焔は同時に使えるが出来れば切り札にしたい。身の丈にあった力の使い方を。その為には姿を切り替える。俺の究極能力は攻撃より支援型だし。

 

 

「こ、こっちに来るなぁ!」

「ラ、ラミリス!?」

 

 

 あちらにも流れ弾が。しかもラミリスの死角で魔法を放つ準備をしている最中に。瞬時に姿を切り替えて右手に焔を集めて息を吹きかけて放ち、ラミリスを守る。

 

 

「油断大敵だ。つか詠唱必要なのかよ」

「種類によっては必要よ……ってアンタ後ろ!」

「……!」

 

 

 背後から迫るミリムの剣を焔を纏わせて防ぐ。その後方では顔を歪ませているギィ。どうやら手痛い一撃を喰らったようだ。

 

 

「しっかり抑えろ原初の赤」

 

 

 文句を言いつつ踏み込んでミリムを弾き飛ばす。以前ならあり得ない事だろう。それでもミリムとの力の差は大きい。覚醒魔王としては拮抗していても竜種と魔人で考えると天と地ほど差がある。

 

 

「丁度いい。今からミリムの『憤怒之王』を解析する。半日程抑えろ」

「はぁ!?無茶言うなおい!」

 

 

 本気で言っているんだろうが、とはいえ無茶ぶりがすぎる。取り合えず文句と一緒に一発殴りたいが、そんなことをするとあの氷竜姫に殺されかねん。

 

 

「ついでにお前の究極能力もコピーする。使い勝手がよさそうだからな」

「何で出来るんだよ!」

 

 

 文句を言いながら一歩踏み込んでミリムの剣を弾き返す。そのまま焔の翼で空中に飛び、ミリムと剣をぶつける。力はあちらが上だが技量はこちらが上。力を流しつつ反撃をする。

 

 

「六の太刀・紅蓮迅」

 

 

 小太刀で焔の斬撃を放って右に回避させるように誘導するが正面から斬り伏せられる。俺の思考を読んでいるというより、本能で防いでいるのか。そうでもなければ死角からのラミリスの魔法に対応できない筈。

 

 

(あぁ言ったタイプはやりにくい。何を考えているのか分からん)

 

 

 だからこそ怖い。また先日の一撃が飛んでくる可能性もある。流石に同じヘマを二度も踏む気はないが。アレを打たせない程度に距離を保って出来る限り魔素を使わせる。

 

 

「喰らいな」

 

 

 光と焔を集約・凝縮し放出。ミリムの目の前で爆発させ周囲を拭き飛ばし、爆風を利用してギィの前に降り立ち小太刀を鞘に戻す。

 

 

「前より威力は高いが……」

「ふん。少し抑えたな。無傷だぞ」

「……」

 

 

 だよね。分かっているさそれぐらい!魔力操作には自信はあるけどまだ加減が難しいんだよ。光と焔の比率が!性質変化で殺傷力高めにしてるけど!

 

 

「ちょっとフレア!アタシまで消し飛ばすつもり!?」

「まだ加減が難しい。それよりまだかギィ?」

「殆ど終わっている。それより貴様。魔素還元と演算予測を使ってねぇだろ?」

「な、なんのことかなー……?」

 

 

 視線を逸らして誤魔化そうとするがラミリスに頭を叩かれる。それもそのはず。ラミリスとルミナスは俺の本気を知っているからだ。

 

 

「分かったよ。本気でやる。巻き込まれるなよラミリス。それとギィ、あと1時間で日没だから夜の間に決着つけろ」

「分かっている。流石にそろそろ終わらせたいからな」

「頼んだからな」

 

 

 小太刀を右手で抜き太刀を左手で持つ。大きく深呼吸をしてから、体内に疑似太陽を生成して体の隅々に光と焔を浸透させ、身体能力を限界まで上昇させる。

 

 

「滅多に見られない本気だ。その目に焼き付けろよミリム。加減出来ずにやり過ぎても文句を言うな」

 

 

 小太刀に光。太刀に焔を纏い、焔の翼を展開させて再びミリムに向かった。

 

 




終戦まで後僅か。


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終戦とこれから

 リミットは一時間。それまでにミリムの力を出来る限り削らないといけない。それには暴走している原因である究極能力『憤怒之王』を止める必要がある。ミリムが怒っている限り魔素は上昇する。それが『憤怒乃王』の正体。

 ただでさえ竜種の時点で現存する3体の竜に匹敵する。いや、目の前のミリムは凌駕しているだろう。だからこそ流しつつ長期戦に持ち込みたかったのだが。

 

 

(どのみち何処かで本気を出す必要がある。そう言った意味では丁度いい)

 

 

 以前なら一瞬しか本気を出せなかった。それだけ『日輪の加護』は力が強すぎる。故に剣術を磨き、先生との戦いで『炎の加護』を得た。大概の魔獣と魔人はそれだけで葬ることが出来る。『日輪の加護』は能力を3割程まで抑えても問題は無かった。

 

 

(俺の究極能力は支援型だが、使い方によれば攻撃型になる)

 

 

 太刀に焔を纏い解き放つ。ミリムは回避するが演算予測で一歩先を読み焔で足を掴む。そのまま焔を蛇のように全身を巻きつかせ拘束。拘束から逃れる前に一撃を叩きこむ。

 

 

「三の太刀・焔華」

 

 

 『加速』を用いた神速の抜刀。手応えあり。ミリムから感じる魔素も少し弱まった。

 

 

(ん?という事は……)

 

 

 ゆっくりと振り返る。ミリムは斬られた箇所を押させ顔を歪めている。痛覚無効だと思っていたのだが効いているようだ。それに意識が向いたのか怒りが少し収まっている。

 

 

「あともう一押しという所で時間切れだ」

「分かってる。時間が経つのは早いな」

 

 

 周囲が暗くなっている。太陽は落ち、空には満月が輝いている。あとはギィに任せるか。後処理を含めて彼の仕事だろう。地上に降り太刀と小太刀を鞘に戻すと、ラミリスが近づいてくる。

 

 

「7日目でやっと収まったわね。あとはギィに任せなさい。それにしてもエルフの国はどうして幼竜を殺したのかしら?」

「エルフの国?」

「そうよ。アンタがミリムと最初に戦ったのもエルフの国。って、気付いてなかったの?」

「……」

 

 

 おかしい。俺が向かったのはミリムが住んでいた場所。それなのに戦っていたのはエルフの国だって?魔人に進化したばかりだったから認識が狂っていたのか?

 

 

「それにしてもヤバすぎるだろアレ」

「確かにヤバいけど、それでも魔王に開花はまだ(・・)してないわ」

「……は?」

 

 

 ラミリスの言った事に耳を疑ってしまう。どう考えてもアレは魔王と言っても過言では無いだろう。それにまだって事はこれからあり得るってことだよな。

 

 

「なら今のアイツは単純な竜種としてあれだけの力を持ってるのか。あの王国が一瞬で焦土化するわけだ」

 

 

 それだけ父親から継いだ力は強大だという事。それを知らずに手を出したエルフの国は壊滅。自業自得だし同情の余地も無いな。

 

 

「詳しくはミリムが正気に戻ったら聞こう。援護するぞ」

「あと一押しだから大丈夫……って聞かないわよねアンタ」

「分かってるじゃん」

 

 

 太刀を抜き焔の斬撃を放って牽制。ラミリスも魔法でギィが戦いやすいように支援。少しずつだがミリムの怒りが収まっていくのを肌で感じる。あともう一押しだ。

 

 

「隙を作る原初の赤。止めは頼むぞ」

「任せておけ。ヘマをするなよ」

「するわけ無いだろ。合わせろよラミリス」

「任せなさい!」

 

 

 太刀に光と焔を集約させ薙ぎ払う。それと同時に光と焔を光線のように解き放つ。

 

 

「プロミネンス・ノヴァ」

 

 

 広範囲を薙ぎ払う一撃だがミリムが難なく回避。それにラミリスが魔法で合わせて一撃入れ、ミリムの体勢を崩す。そこを逃すことなく止めの一撃をギィが完璧にミリムの鳩尾に入れる。

 

 

「決まったか!」

「完璧に入ったから決まらないと困るわよ!」

「必至だな……」

 

 

 多分限界も良い所なのだろう。その願いが届いたのかミリムは鳩尾を抑えながら墜落。ギィもゆっくりと降りてきて額の汗を拭う。

 

 

「ふぅ。苦戦させやがって」

「お疲れ様。さてと……」

「ちょっとフレア?」

 

 

 倒れているミリムの元に向かう。詳しい話を含めて言いたい事と聞きたい事は沢山あるからな。

 

 

「起きろミリム」

「うぅ……ん?」

 

 

 目を覚ますミリム。まだ痛みが残っているのか鳩尾を抑えながら立ち上がり周囲を見渡し、俺達の方を見る。

 

 

「お前は……日輪の勇者か。後ろにいるのはギィとラミリス……」

「そうだ。お前が怒りで我を忘れてここで俺達と戦ってた。覚えてるか?」

「……朧気だが覚えている。魔導大国があの子を殺して、それから……最初にお前と戦った」

「そうだな。その後はギィと戦って俺はこの周辺の連中に逃げるように伝えて周った。その途中でお前がサンフレア王国を吹き飛ばした」

「えぇ!?本当なのフレア!?」

 

 

 大きな声を上げ驚きながら聞いてくるラミリス。ミリムも心当たりがあるのか顔を俯かせる。どうやら正気を失っていたが何をしていたかは記憶に残っているのか。

 

 

「その事はもういい。守れなかったのは俺の責任だし死ぬまで背負う。それよりもこれからだ。責任取らせるよなギィ?」

「当たり前だ」

「了解。んじゃ帰るわ俺」

 

 

 指を鳴らして姿を切り替えると同時に究極能力に枷を掛ける。ミリムが正気に戻ったし後の事はギィに任せよう。

 

 

「ちょっと待て。お前魔王を名乗るのか?」

「名乗るわけ無いだろ。興味ないし。これから忙しいし」

「そうか。だが何かあれば頼む。お前のスキルは色々と使い道がある」

「コピーしたなら自分で何とかしろよ。ラミリスも元気で。落ち着いたら連絡する」

「あんまり無茶したらダメよ」

「ん。またな(・・・)皆」

 

 

 3人に手を振り焔の翼を羽ばたかせ王国へと戻る。その途中で王都に複数の光が灯っているのが見え、王都上空で停止して見下ろすと、瓦礫の回収作業や移動作業を始めていた。

 

 

「ルミナスの所に行かなかったのかよ……」

 

 

 少し呆れながらもゆっくりと降りる。作業をしているのは鉱山の作業員と軍人。指揮を執っているのはアレクだった。言う事を聞かなかった理由を問い質したいが、答えないだろうし聞かないでおこう。

 

 

「フレア様……?」

「お?ベルと……白狐か」

 

 

 ベルと白狐。一緒に居たのか。揃って俺を見て驚いているが、声を掛けてきた言う事は気配で気付いたかな。ともあれ一通り事情を話そう。半壊した王国と戦い。俺が真なる魔王に進化した事を全部話す。

 

 

「成程。だから私にも世界を言葉が聞こえて祝福(ギフト)が贈られたのですね」

「うん。ベルの力もかなり増幅してる」

「だと嬉しいです。それとこの子ですけどルミナスちゃんに渡されて」

「あぁ。保護したんだよ。折角だし名前を付けてあげよう。おいで」

 

 

 声をかけると白狐は飛びついて来たので受け止める。優しく撫でながらどんな名前が良いか考える。白い体に毛先は赤い。尻尾は3本。白と赤か……。

 

 

「良し。君は白焔(ハクエン)だ」

「……!」

「うお……!」

 

 

 ごそっと魔素を持っていかれハクエンを包み込み吸収されていく。3割ほど持っていかれたんですけど……。まだ慣れないなこの感覚は。などと思っていると進化が終わり、尻尾が9本に増えたハクエンが現れる。

 

 

「これは……九尾ですか」

「あぁ。とても強い力を感じる。よしよし」

 

 

 体をモフモフと撫でる。これでしゃべってくれたりしたら嬉しいけど流石に難しいか。念話とか出来たら意思疎通も出来るし楽なんだけど。思念伝達とか会得してないかな。

 

 

『フレア様。その……少しこそばゆいです』

「おっと。それは済まない……え?」

「あら……?」

 

 

 おや?頭に可愛らしい声が聞こえたのは気のせいだろうか。ベルに視線を向けると、少し驚いた表情を浮かべている。どうやら気のせいではなさそうだ。

 

 

『どうかなさいましたか?あぁ、お二方の頭に語り掛けているからですね。ごめんなさい』

「大丈夫だハク。気にしないで欲しい」

「少し驚いただけですから大丈夫です。これも進化した影響でしょうか」

『はい。元より狐種は賢い種族ですから。元々『思念伝達』は会得していましたし、また進化したことによりユニークスキル『打払者』を会得しました。流石に人型にはなれませんが大きくなれますよ』

「なる……ほど」

 

 

 名付けをするだけでこれだけ変わるのか。ルミナスから聞いたことがある。意味不明な進化をしたり新たなスキルを得たりすることもあるというが、確か強く願う必要があるんだっけ?詳しい事は分からない。分からないなら勉強するか。

 

 

「ふふ……。私も似たようなものですし、これからよろしくお願いしますハクエン」

『はいベル様』

「もう打ち解けてるし。まぁいいか。城に向かうぞベル。被害状況を改めて聞く」

「周知しました。それと明日で宜しいですが、エンブ様と彼の姉様と妹様にお会いになってください」

「そう言えばいるって言ってたか。了解」

 

 

 どんな人物か気になるところだ。出来れば先生のような方では無い事を祈ろう。聞けばもしもの事を備えて呼びに行っていたらしい。今は復旧作業を手伝っているらしく、国王にも許可は得ているとか。

 

 

「戻ったぞ国王」

「おお。無事だったかフレアよ。皆下がれ。これから彼等と話をする」

 

 

 玉座にいた主要人物を下がらせ、通り過ぎる人達に一礼してから国王の前で片膝を付く。それから戦いが終った事を報告。国王は安堵の息を漏らし微笑みを浮かべる。

 

 

「流石は国の名を背負う勇者……いや今は魔王か。ともあれ無事でよかった。これからが険しく大変な道だが、共に乗り越えて行こう」

「あぁ。俺がいた世界の技術で再現出来るものは惜しみなくお教えする」

「うむ。だが今は休む事だ。作業は明日から出構わない。ベル殿もゆっくり休んで欲しい」

「はい。お言葉に甘えて今日は休ませてもらう」

「お気遣いありがとうございます陛下」

 

 

 深く一礼し、自室に戻ろうと立ち上がった時だった。国王が軽く咳払いし、少し気まずそうに言った。

 

 

「フレアで合っておるよな?」

「………」

「いや、私は分かっておるぞ。何といってもそなたを呼んだ人物だからな!分からぬはず無いだろう!」

 

 

 うんうんと何度も頷く国王。割と本気傷ついたわ俺。姿を切り替えていない俺も悪いが、せめて話しの前に聞くべきことだろう。同級生が俺と遊べず残念そうな顔をした時より傷ついたんだけど。

 

 

「……結構傷ついたわオッサン」

「うぐぅ!す、済まないフレア……いやホムラよ」

「本名で呼んでも許さん」

「そ、そこを何んとか……」

 

 

 両手を合わせて懇願してくる国王。こういった所がこの人の良い所なんだよね。因みに俺の本名は炎神焔(ホムラ・ホノカミ)と言う。本名で呼ぶのは国王とルミナスが虐めてくる時ぐらいか。

 

 

「次は無いからな。行くぞ2人共」

「あ、待ってください」

『では失礼します陛下』

「う、うむ。明日から頼むぞ」

 

 

 少し立ち直った国王に見送れて自室へと向かう。その途中でベルが、国王が俺の事をホムラと呼んだことを聞いてくる。そう言えばまだ話してなかったか。

 

 

「フレアってのはこの世界に来て国王が付けた名前。元の名はその時捨てたんだ。国王は拗ねた時呼んでくるけど。呼びたかったら好きに呼んでいい。ルミナスも時々読んでるし」

「では、そのお姿の時はそちらの名前で」

『私もそうしますホムラ様』

「ん。それじゃあお休み」

 

 

 部屋の前に到着。ハクエンをベルに渡して部屋に入りベットにダイブ。そしてすぐに眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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避けられぬ滅び
楽しい時間


 あの戦いから半年が経った。国の復興は少しずつ進んでいる。ギィやラミリス、ミリムとは会っていない。あの後ミリムが真なる魔王に進化して一騒ぎあったらしいが、詳しい事は知らない。魔導大国は完全に過去の存在となったが。

 巨人族の住まうダマルガニアも被害が出て砂漠化が進み始める。これからどうするかは聞いていないが、こちらにも影響があるのは確定だ。幸いにも少し猶予はある。原因を調べたがかなり厄介で、生命力の弱い物が生きる事を許される場所は一部となり、少しずつサンフレア王国にも迫手ってきている。俺の焔天之王でも浄化出来ない程に酷かったが、これに関してはダグリュールと天使達に任せ、俺達はこれからの事を考えないといけない。

 その為に俺はサンフレア王家の側近となり毎日復興作業等をしている。そして今もアレクと一緒に瓦礫を撤去し整地した場所に家を建てていた。

 

 

「そこの床板取ってくれ相棒」

「了解」

 

 

 近くに積まれている床板を一枚取り二階にいるアレクへ投げる。受け取ったアレクは慣れた手付きで釘を打ち込んでいく。打ち終えたをの確認してから一枚ずつ投げてはアレクは受け取り釘を打ち込んで床板を敷いていく。

 

 

「相変らず手慣れてるなアレク」

「ガキの頃からやってたからな。しかし慣れねぇなお前の姿。知ってるのは俺達と先生の姉妹だけだろ」

「まぁな」

 

 

 今は魔王としての姿ではない。基本的に街や王国の外を出る時は姿を変えている。国王やベル達は慣れたようだが、アレクとはこの姿であまり行動しないので慣れていない。いい加減慣れて欲しいが。

 

 

「あれから半年か。少しずつ復旧作業は進んでるが……」

「王都完全復興までは約5年。ミリムが吹き飛ばした山を整地して新たな都市を作るのに10年。しかも東と西で役割が違う」

「そう言った意味では先生が姉妹たちを連れて来てくれて良かったな。手は足りないし、お前の下についてくれるし」

「確かに……」

 

 

 外に出て周囲を見渡す。俺達がいるのは王都の民が住まう場所で、建造途中の家や修復中の家が沢山並んでいる。幸いにも作業に必要な道具等は無傷で、この国で野菜等を栽培している農園も無事だった。不幸中の幸いだろう。

 

 

『ホムラ様。お弁当をお持ちしました』

「ハク。ありがとう」

 

 

 ハクエンが大きな包みを咥えてそばに来る。お弁当と言ってたか。そろそろ休憩したいしちょうど良い。

 作業をしているアレクに声を掛けると、アレクは『もう少しやってから行く』と言ったので先に広場へと向かう。

 

 

「そう言えばラミリスは元気にしてるかな」

『きっと元気ですよ。時間があればお会いに行かれたら宜しいかと』

「あぁー……精霊の棲家に行くのはきついなぁ……あの子に怒られそう」

『もしかしてずっと呼ばれるのを待っていたのに呼ばなかった光の精霊様ですか?』

 

 

 おっと、その話誰から聞いたのだろうか。ルミナス辺りに愛でられた時にでも聞いたかな。ベルは詳しいこと知らないしアレクには懐いていないし。

 

 

「そうだよ。棲家の最奥に行って祈れば精霊が来るんだけど、祈るより早く待っている子がいてね。俺は霊感強いから気配で感じ取ってしまって。ラミリスも気付いてたし」

『なのに断ったのはこれから訪ねてくる勇者になる可能性を秘めた子の為。ホムラ様らしいですが……』

「『ずっと待ってたのに呼ばないなんて最低』と思われても仕方ない。だから用があれば別の場所で会うんだよ」

 

 

 行けば絶対に待っているのが分かる。他の誰かに付いて行ったなら問題無いが、ラミリスが律義に待っていると言っていたので、行かないわけにはいかない。

 

 

「きっと怒ってるだろうな。俺に宿っている勇者の卵もどうなったか分からないし。孵ってたらまた運命も変わったのかもしれない」

『運命は誰にも分からない。だから今を必死に生きるとルミナス様が仰っていました』

「彼女らしい。あぁいった所に惹かれるよ」

『……え?』

 

 

 ハクエンが足を止め、何か不味い事を聞いてしまったような表情を浮かべる。何か不味い事でも言っただろうか。覚えが無いのだが……。

 

 

「どうしたハク?」

『な、何もありませんよ。それよりウインディ様が待ってます』

「お?1人だけか」

 

 

 広場で1人寂しそうに座っている緑髪の少女。彼女は先生の妹で風を司る魔人。姉であるパールヴァティと一緒に先生が連れて来て、それぞれ名乗っていた名前を付けた。最初は渋ったのだが、戦いの跡と砂漠化を見て協力したいの申し出てくれたので、断る理由も無く、名前を付けるのと一緒にこちらからお願いした。

 

 

「ウインディ。お待たせ」

「あ、ホムラにハクエン。遅いよ!」

 

 

 おっと、かなりお怒りの様だ。先生は何も言わないけど、パールさんはこの辺り厳しいからなぁ。仕事さぼって散歩してるのを見つかると、にっこり笑いながら詰め寄ってくるし。

 

 

「真面目に仕事し過ぎ。少しはサボらないと」

「成程。だから来るのが早いのか」

『パール様に報告します』

「ふぇ!嘘!頑張ってるから言わないで!」

 

 

 泣きついてくるウインディ。どの世界でも弟や妹は兄と姉に敵わないのか。まぁあの人は本気で怖いから納得するが。

 

 

「言わないよ。そもそも言う必要が無い」

「え?それって……」

 

 

 ウインディは恐る恐る振り返る。その先にはどす黒いオーラを纏った青髪の女性が腕を組んで立っていた。彼女が先生とウインディの姉であるパールヴァティさんだ。

 

 

「あ、姉様……」

「ふふ……お弁当を食べる前にお説教ですね」

 

 

 微笑みながら水で斧を作り出す。それを見たウインディは体を震わせながら俺の背後に逃げ、背中を押してくる。ちょっと待て。能力を抑えているこの状態では太刀打ち出来ないんだけど!?

 

 

「ホムラ様。そこの愚妹をこちらに」

「了解パールさん」

「ちょっと!?」

 

 

 首根っこを掴み、ウインディをパールさんに献上する。受け取ったパールさんは姿を消し、その数秒後にウインディの悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「怖いはあの人……」

「ふっ。俺の姉だからな」

「うぉっ!」

 

 

 いきなり現れる先生。しかも隣だから尚の事だ。現れるならせめて声をかけて欲しい。

 

 

「調査報告だ。国王にも伝えるが、後100年程でこの国は死の大地と化す」

「っ……そうか。国王に伝えてくれ」

「……おぅ。まぁ彼がどうするかは分かるが、これからについては早急に考えておけ。特にお前は魔王だ。死なせるわけには行かん。そしてお前が守りたい物も」

「分かってる。その件は近い内に俺から進言する」

「了解」

 

 

 炎の転移術で城へと向かう先生。さてと……これからの事を話さないといけない。砂漠化を止める手段がない以上は移民する事を視野に入れ、命の選択を選択することを考えないといけない。流石に俺一人で判断が出来ないから、アレクや国王と考えないと。

 

 

「お弁当食べようハク。折角ベルが作ってくれたから」

『……はい』

 

 

 適当な所で腰を降ろしハクエンを膝に乗せる。包みを解いて中に入っていた箱を開ける。中に入っていたのはサンドイッチ。しかも丁寧にハクエンが食べれる物と俺達の分ときちんと分けてあった。

 

 

「頂きます。ほらハク」

 

 

 ハクエンの分を1つ取り口元に持っていくと、ガブっと大きな一口で食べる。そういえば狐って主に何を食べるんだっけ?俺の住んでいた地域はいなかったし。そもそも戦時中だったし。

 

 

(まぁいいか。気にしても仕方ない。あむ)

 

 

 俺も1つ手に取り食べる。うん、野菜の味だ。流石にお肉は無いからね。そもそも食べる習慣が無いって言ってたし。勿体ない。

 

 

「うぅ……あんなに怒らなくてもいいじゃない姉様……」

「自分から手伝うと言ったのはウインディでしょう。小休止ならともかくサボるのは許しません」

「戻って来たか」

 

 

 怖い姉にみっちり絞られたウインディ。目に涙を浮かばせている所を見ると、何時もの3倍程絞られたようだ。

 

 

「大丈夫ウインディ?」

「大丈夫じゃないよホムラぁ!」

 

 

 

 背中に抱きついてくるウインディ。彼女の気持ちは痛いほど分かるが、今回ばかりはウインディが悪いので、何も言えない。

 

 

「こらウインディ。ホムラ様を困らせてはいけません」

「いいよパールさん。俺の妹も事ある度に甘えてきてたし」

 

 

 ウインディの頭を優しく撫でる。こうして甘えてくる分には何も言わない。この国の子供も、えげつない体当たりしてくるし。寧ろこれぐらい距離が近い方が俺も遠慮しなくて済む。

 

 

「所でホムラに聞きたいことがあって」

「どうした?珍しいな。あむ」

 

 

 基本的に俺が聞くことの方が多い。知識も力も俺より上だ。鍛錬をする時も、彼等の技術を教わっている。俺が編み出そうとしている最終奥義に取り入れたいから。

 

 

「ホムラはルミナスの事好きなの?」

「ぶっ!?」

『!?』

「え!?」

 

 

 いきなり何を言うこの魔人。食べていたサンドイッチを吹いてしまったではないか勿体ない。しかも何でルミナスの話が出て来る。別に関係ないだろうに。

 

 

「別に、俺と彼女は友達だけど?」

「その割には結構な頻度でこっそり会ってるけど?しかも君と話をしている時のルミナスは何か変だし」

「どう変なんだよ。俺には分からん」

「鈍い。君と話してるときは声が少し高くて頬が赤い。何より!」

 

 

 顔を近づけてくるウインディ。思わず少しだけ後ろに下がってしまう。距離感が殆ど無いのは別に構わないが、不慣れなせいか落ち着かない。

 

 

「あんなにグイグイ行くなんておかしいよ!ベルやハクエンならまだしも君にだよ!」

「そうかな……。彼女と会って2年半程経つけど、特に変わらないし、抱きついて来て血を吸うなんていつも通り。魔王に進化してからは無いけど」

「え?血を吸って抱いてた?」

「ちょっと待て!言い方おかしいぞ!?」

 

 

 誤解を招くような言い方は辞めてくれ。パールさんが頬を赤めている。決して俺とルミナスは皆が期待しているような関係ではない。

 

 

「でもおかしいよね姉様。ルミナスを含めた上位の吸血鬼は血を必要としないのに」

「ウィンディ。人の恋事情に関わってはいけません」

「待って。誰と誰の恋事情?」

「ルミナス様とホムラ様ですが?」

 

 

 うん。これ以上は止めておこう。色々と心に大きな傷が入りそうな気がする。でも何だろう。とても今が楽しい。この楽しい時間を守り続けるためにも決断しないといけない。

 

 

(ルミナスに相談するか……あ……そういう事か)

 

 

 少しだけウィンディが聞いて来た理由に気付いてしまった。



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知らない所で

「んー……。どうしたものか……」

 

 

 書類を見ながら頭を悩ませる。今考えているのはこれからの事。王都は無事に再興し、新たな街を作る計画は白紙。今は国王とアレクを中心に砂漠化が進み王国が飲み込まれる事と、どこか別の場所に移民をしないといけない事を民に話し備えている。

 俺に託されたのは移民先。南の大陸か、北の大陸の間にある小さな島か。他にも候補はあるが、一からやり直すなら、彼等に適応した場所の方が良いだろう。それとは別にもう1つ問題があるのだが。

 

 

「なぁ国王。本当にいいのか?」

「私と七賢者。その他望む者がこの国と共に最後を迎える事か?」

「俺は反対しないけどさ。若い命や才ある者。技術や知識がある民は強制移民だし。魔術協会に対してはエリンの指揮の元、準備済ませてるし」

 

 

 これが大きな問題だ。この国の人口の大半は高年齢。そして国王が認めてこの国と共にすると言った民は4500人。半分以上が残ると言っている。皆が決めた事なら止めはしないが、そのお陰で一部の若者が技術を引き継ぐために地獄を見ている。

 

 

(はぁ……俺がもっと強ければこんなことには……)

 

 

 まだあの時の傷は癒えていない。時々だが自分を責めてしまう。その度に優しく接してくれるアレク達の気使いがとても辛い。

 

 

「陛下。失礼するよ……っとフレア様もいたのか」

「おぉ。エリンか」

「……ん。どうした?」

 

 

 さっき話しに出てきたエルフのエリンが姿を現す。何かあったのだろうか。そうでもなければここには来ないし。

 

 

「ルミナス様が顔出せって」

「……そういえばここ数年会ってないな」

「若様とマリンさんは会ってるのにね」

「仲良いよねあの2人」

 

 

 それは悪いことではないだろう。マリンというのはルミナスの配下の吸血鬼の1人。アレクと仲が良く、隠れてコソコソ何かやっているのを度々見かける。

 

 

「……少し出て来る」

「ルミナス様の所……ではないか」

「あぁ。夕方までには戻る」

 

 

 姿を切り替えて城から飛び立つ。向かうのは王国から南に進んだ場所にある泉。考え事や気分を切り替えるには丁度いい場所だ。この場所もいつかは無くなると考えると……いや、止めておこう。

 

 

「さて……たまには振るうとしよう」

 

 

 愛刀である正宗を顕現させる。究極能力で生み出す炎と光で錬成した影響か、刀身が紅く染まり、金色の桜が刀身に描かれている。ただでさえ小太刀と同様に全てを断ち切ることが出来るのに、更に進化し、安易に振るうことが出来なくなった。

 

 

「ふん!」

 

 

 神速の居合斬りを放ち、水しぶきをあげる事無く湖を綺麗に一刀両断する。毎日先生達と鍛錬しているお陰で、魔王に進化した時よりも剣技は進化している。鍛練の最中にユニークスキル『剣聖』を手に入れ、相手の剣技を瞬時に解析し会得したり、自身の剣技と合わせるとほぼ全ての攻撃を斬り伏せることが出来るようになった。『魔法闘気』等、剣に関係するスキルが含まれている。流石にミリムのドラゴ・ノヴァやヴェルザードの白い閃光は防ぐことしか出来ないが。

 

 

「……いくら剣の腕前が良くても、役に立たなければ意味がない。結局俺は勇者だった頃から変わってないのか……」

 

 

 鞘に正宗を納める。力を得て能力が向上しても役に立たなければ意味がない。役立てるには、相応の立場が必要だろう。王家の側近以外に、誰か俺を上手く使ってくれる奴がいれば……。

 

 

「そうか。その手があったか」

 

 

 ある事を思いつき、城へと直ぐに戻った後、自室の宝珠に魔量を流し、ルミナスのいる城へと転移。部屋を出て彼女のいる場所へと向かっていると、聞き覚えのある2つの声が聞こえてくる。

 

 

「どうだ?上手くいきそうマリンさん?」

「何とかね。ルミナス様の許可は貰ってるから準備するわ。私達からしても貴方達の加工技術や錬金・錬成術は喉から手が出るほど欲しいし」

(……)

 

 

 この声はアレクとマリンか。気付かれないように魔力感知で2人の会話を聞く。

 

 

「それにしても大変ね。貴方からしたら全員生き残って欲しいでしょう?」

「まぁな。でも親父や皆が決めた事ならそれを尊重する。それに生きた証は残るし、どれだけ時間が掛かっても必ず砂漠化の問題を解決して完全復興させて慰霊碑を建てる」

「ふふ……応援するわ。その為にも裏で進めている計画はフレア様に気付かれないように。あの人は色々と面倒くさいから。ルミナス様も時々愚痴ってるし」

「それでいいんだよ。寧ろ面倒じゃない男なんて存在しないさ。それに……アイツにはもっと我儘言って自分勝手に動いて貰わないと。名乗っていないとはいえ魔王なんだからさ」

「でもそこがあの人の良い所で危ない所。そろそろルミナス様もキレそうだし。もっと自分の想いを吐き出せって」

(……)

 

 

 成程。俺は結構面倒な男なのか。あまりそう感じていなかったが、付き合いの長い連中から見ると、そう見えるのかもしれない。正直何処が面倒か分からないけど。

 

 

「……おい」

「!?」

 

 

 背後から声を掛けられ、思わずビクッとしてしまう。幸いにも音は立たなかったからアレク達に気付かれていないが流石に驚いた。魔力感知を使っているのに感知させないとは。そんな芸当が出来るのは一人しかいない。

 

 

「驚かせるなよルミナス。人が教えたスキルまで使って」

「盗み聞きする面倒な男が悪い」

「君も聞いてるじゃん……」

「妾は内容を知っているだけにすぎん。それより面を貸せ。大事な話がお互いあるじゃろう」

 

 

 俺の手を掴み俺が来た方向とは逆……ルミナスの私室がある場所へと向かっていく。部屋に入るとルミナスは手を離し紅茶を淹れ始める。俺はルミナスに許可を得てからベットに腰を降ろす。それと同時に、紅茶とクッキーが置かれた小皿を出してくる。

 

 

「ほれ。落ち着くぞ」

「ありがとう」

 

 

 カップと小皿を受け取り、まずは紅茶を一口。今回はハーブティーか。クッキーの方はバターの味がする。形も綺麗だしベルから教わったのか。

 

 

「珍しい。紅茶はいつも通りだがクッキーは初めてだ」

「妾も乙女だからの。こういった物もたまにはいいじゃろう?」

「……え?乙女?ちょっと年齢的に……あ」

 

 

 しまった。女性に年齢云々を言うのは地雷だ。ルミナスのように長生きしている人物には爆弾に匹敵する。だってルミナスは乙女より大人の女性だろう。妖艶な笑みといい、乙女と思う方が無理だ。

 

 

「その……ルミナス?」

「ふふ……覚悟は良いな?」

「・・・・・・」

 

 

 なんとも素晴らしく冷たい笑みを浮かべながら、俺が持っていたカップと小皿を取り上げて机の上に置き、抱きついてくる。この後彼女が何をするかなど考える必要もない。

 

 

 

生と死の抱擁(エンブレイスドレイン)

 

 

 

「いたたたたたた!痛い!めっちゃ痛い!すまん!悪かったぁ!」

 

 

 彼女のユニークスキル『色欲者』による激痛と不快感が襲ってくる。並みの人間や魔人なら即死してる所だ。俺は覚醒魔王なので死ぬことは無いが、何時もより酷いんですけど!?

 

 

「たまにはいいと思って出したのだが、よもや妾にあのような事をほざくとは!」

「だからごめんって!俺が惚れたのは大人の魅力がある君で乙女の君ではない!」

「そんな事知っておるわ!だからこそいつもと違う妾を見せたのじゃ!」

「そんな無茶しなくていいって!」

「少しは貴様に素直になって貰おうと思っただけだこの鈍感野郎め!」

 

 

 更に力を強めてくる。割とマジて勘弁してください。死なないとはいえ限界に近いので。というか『生と死の抱擁』を受けるのは随分久しぶりだな。勇者時代は事ある度に拘束という名目上やられていたが。

 

 

「あの!そろそろ勘弁してもらえないかな!?反省したからさ!」

「ふん。貴様は繰り返すからな。もう少し念入りに〆ておこう」

「酷い!また黒歴史を増やす気か!」

 

 

 この後一時間近く説教されながら酷い目に合いました。やっぱり種族関係なく女って怖い。次から怒らせないように善処しよう。

 

 

「ふぅ。こんな所でよいか。次は無いぞ」

「……おぅ」

 

 

 ようやく解放される。きっと今の俺の顔は酷いだろう。今は親友だがこれ以上の関係になると尻に敷かれる予感しかしない。どのみち俺はともかくルミナスは俺の事なんて…なんとも思っていないだろうが。

 

 

「少し胸を借りる。よいな?」

「いいよ。動けないし」

 

 

 ルミナスが横を向き、左胸辺りに頭を当てて体を預けてくる。しかし久しぶりに会った影響か少し馬鹿な事をした気がする。まぁお陰で肩の力も抜けて少し気持ちが軽くなったな。心臓の鼓動は早いけど

 

 

「やはりおかしい。妾に惚れてるお主の鼓動が早いのは理解出来る。なのに何故妾の鼓動も早く体が熱い?」

「俺に聞かれても……」

 

 

 それが恋ですよ。と言えればいいのだが、ルミナスのような魔人がそう言った感情(恋愛感情)を持ち合わせているとは思えない。あくまでも個人的な考えだが。

 

 

「……ホムラ。1つ我儘よいか?」

「どうぞ。男は女の我儘を聞いて叶える義務がある」

「そんな義務があるとは初めて聞いたがまぁよい」

 

 

 おや。この辺りはどの世界でも共通だと思ったが違うのか。あまり過度に知識を教えたり持ち込んだりするのは控えよう。後々自分の身を滅ぼすことになるかもしれない。

 

 

「砂漠化の問題が解決する時まででいい。妾の所に来ないか?」

「……迷惑だろ。約3500人もいるのに」

「迷惑な物か。マリンも話していたように拒む理由が無い。暇を持て余している上位吸血鬼からしたらいい刺激になる。加えて献血という形で少量の血を貰えれば、下位の吸血鬼達は夜な夜な人を襲う必要もなくなる」

「加えて共同開発等も出来るから更に発展するか……」

 

 

 そう考えればお互いに良い話なのだろう。以前から錬金・錬成術、加工術に興味があるとルミナスは言っていた。現に彼女から教わった魔法を組んだ新しい術も開発されている。彼女達からすればこれほど興味を惹くものは無いだろう。

 

 

「じゃが……お主は難しいの。配下の者は良いとしてお主は魔王。いつかは名乗る身としても簡単に受け入れる訳にはいかぬ。ギィが何を言うか分からん。魔王で無ければ手元にずっと置いておくのだが」

「……別に良いんじゃないか。君が望むならいいよ」

 

 

 ゆっくりと後ろに倒れて横になる。確かに俺は世界に認められた魔王だか名乗っている訳では無い。ギィが何か言ってくるなら自ら事情を話すさ。

 

 

「君になら縛られても構わない。これから長い時を生きるし、誰かが隣に立っていてくれたら助かる。長い時を掛けてあの国を再建させた後も、傍に居て欲しいなら傍に居る。手元に置きたければ置けばいい」

「……ふふ。お主は……」

 

 

 ルミナスは微笑みながら覆うように抱きしめてくる。両腕を首に回し、俺にも同じ様に抱きしめろと催促してきたので左腕を腰に回し、右腕で頭を優しく撫でる。

 

 

「妾の事好きか?」

「好きじゃなかったらあんなこと言うか。そういう君は?君の瞳に俺はどう映ってる?」

「どう映ってて欲しい?」

 

 

 上体を起こし顔を近づけてくるルミナス。赤と青の瞳が目と鼻の先に現れ、その瞳に視線が吸い寄せられ心臓の鼓動が更に早くなり、思わず顔を逸らしてしまった。

 

 

「妾の勝ちじゃの」

「はいはい。俺の負けですよー」

 

 

 少し離れて頬を突くルミナス。決して恥ずかしくて視線を逸らしたわけではない。見ていると色々と持ちそうにないかっただけだ。

 

 

「安心しろ。妾の瞳に映るお主は出会った時から変わらぬ。勇者なのに魔人である妾を助けたあの時と」

「俺って全然成長してないのかね……」

「輝きは増してるがな。妾には眩しすぎる。だが……」

 

 

 再び顔を近づけてくる。今度は互いの息遣いが分かる距離。顔を突き出せば口付け出来る距離だ。

 

 

「その眩しさがとても愛おしく感じる」

「さ、左様ですか……(ち、近い!近すぎるって!)」

 

 

 超至近距離で微笑むルミナス。マジでヤバいです。破壊力が凄まじい。改めて吸血鬼の神祖であり姫である事を痛感する。こんな事されて惚れるなってのが無理だよ。まぁ俺の場合彼女の心に惚れたけど。

 

 

「良い返事を期待しておる。準備は進めておくからの」

「……了解。国王に伝えて話を詰める」

「うむ。出来る限り早くの。そろそろ戻れ、小僧が気付く前に」

「ん。それじゃ……離れて。そろそろヤバいから」

 

 

 ルミナスの両肩を押し離れて貰ってから起き上がる。何とか大丈夫そうだ。それにしても今日のルミナスはいつもと違いすぎて心臓に悪い。いい気分転換になったけど。

 

 

「じゃあまたな。近い内に連絡する」

「あまり無理をするな。愚痴や悩みならいくらでも聞く。全部吐き出すのもたまには大事じゃ。酒ならいくらでも付き合ってやる」

「助かる。それは次の機会にしよう」

「ではまた……っとその前に」

「……?」

 

 

 ルミナスは俺の前に立ち、右手で視界を遮る。何をするかと思っていると、唇に柔らかい何かが当たり、それから視界を遮っていた右手を退かすルミナス。

 

 

「何したんだ?」

「……別に。お主が気にする必要はない」

「そうか。またな」

「ん……」

 

 

 少し様子がおかしい気がするがまぁいいだろう。アレクが戻る前に王国へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロインはルミナスです。


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魔王とのお茶会

 雲一つ無い青い空の今日この頃。サンフレア王国は朝から慌ただしい。ルミナスの治める国、夜薔薇宮への移民準備を進めているからだ。と言ってもアレクとマリンが裏であれこれしていたお掛けで滞りなく進んでおり、その様子を上空からウインディと一緒に見守っていた。

 

 

「順調に進んでるね」

「あぁ。だって今日はアレを転位させる日だし」

 

 

 俺達の丁度下には大きな屋敷程の窯がある。その周囲には50人程の技師や鍛冶師が作業をしている。あの窯は完成してから一度たりとも炎が消えた事がないらしい。故に今の状況はかなりレアらしい。

 

 

「炎と言えばホムラはここに来る前に炎の神を称える一家の長男だっけ。その影響で友達いなかったとか言ってたけど」

「そうだけど?」

「でも、神社ってのに参拝する人は来るでしょ?仲良くなった子ぐらいいないの?」

「あー……一人いたね。母親と一緒に参拝していた子。迷子になって保護したんだよ」

 

 

 確か女の子だったはず。名前は……シズだっけ。とても優しい子だったと記憶している。元気にしているといいけど。

 

 

「ま、向こうの事なんて興味ないけど。美味しいご飯以外」

「だったら何で聞いた……」

 

 

 相変わらずな彼女に思わずため息がでる。そんな事だからパールさんに説教されるんだよ。でも少し気になる。あの戦争がどうなったかとか家族は無事なのか。個人的には最悪な一家だったけど、愛着はあったし。

 

 

『ホムラ様。お客様が来られてます。直ぐに王宮にお戻りを』

「了解。準備出来たら呼んでくれウインディ」

「ラジャ!」

 

 

 ウインディと別れ王宮に戻る。一体誰が来たのか考えていると、かつて戦った原初の紫と同じ気配を感じ取る。だがギィではない。という事はあの2人のどちらかという事か。

 

 

「お茶会ね……」

 

 

 定期的にギィとラミリス、ミリムの3人でお茶会を開いている話を聞いた。俺の所にもお誘いが来たのだが忙しくて断っている。流石に1回は顔を出すか。あれから会っていないわけだし。

 

 

「お久しぶりですフレア様」

「……どうもレインさん。お茶会?」

「はい。今日は首を掴んででも連れて来いと我が主から」

「……了解だ。後ろの扉を通ればいいのかな?」

「はい。どうぞ」

 

 

 心を落ち着かせ、正宗を右逆手で持ち扉を通り抜ける。通り抜けた先には4つの椅子と丸い机。周囲は白い壁で覆われている。これはギィが生成した空間……アイツの城の一角か。

 

 

「ふっ!」

「!?」

 

 

 光の弾丸が高速で迫ってくる。冷静に速度を見切り正宗を抜いて斬り伏せる。今のは俺の焔天之王で生み出した光。あの野郎……ふざけた挨拶じゃねぇか。

 

 

「腕を上げたな。機会があれば剣技のみで相手をしてもらいたい。つか教えろ」

「断る。アンタに唯一勝てるものだからな」

 

 

 正宗を鞘に納めて机に立てかける。それから椅子に座りだされた紅茶を一口……む。これもいいな。でも個人的にはルミナスが淹れた方が好みだ。

 

 

「……で?吸血鬼の姫と何を企んでる?」

「移民だ。砂漠化の問題が解決するまで。文句ある?」

「文句はねぇよ。あの件に関しては。だが……」

「はいはい。一定の距離は保ちますよ。どのみち色々やりたいから落ち着いたら旅に出るし」

「今でも十分だろう?まだ力を求めるのか?」

「……当然だ」

 

 

俺にはギィやミリムのような力はない。ましてや能力をコピーなんてできないし、竜種としての絶大な力があるわけでもない。俺にあるのは刀だけだ、ならそれを限界まで極めるのが当然だろう。その為に必要な物は全部手に入れるさ

 

 

「あんな思いは……もう嫌だっ。俺は強くなる。例えアンタやミリム、既存している3体の竜種が相手だろうと誰だろうと…負けない為に」

「だが『焔天之王』では相手を倒せない、それを補うための刀とは言え限界がある。それは分かってんだろう?その上で何故お前は『焔天之王』を『反転者』で逆の性質と特性を持った究極能力に変えて会得していない?」

「……痛い所突くなよ」

 

 

 流石は最強の魔王。俺の焔天之王をコピーした時点で気付いてたか。彼の言う通り、俺の究極能力は『反転』させて別の究極能力に変える事が出来る。そして会得することも、やってない理由は確実にギィにコピーされることが分かってるからだ。

 

 

「やってもいいけど、これ以上体に負担をかけるとルミナスに怒られる」

「随分と愛されてるな。2つの究極能力ぐらい同時に使ってみせろ」

「無茶言うな……っと。来たか」

 

 

 扉が開きミリムとラミリスが姿を現す。2人は同じ場所にいたのか。ラミリスが手のひらサイズだが今気にしないでおこう。さて……取り合えず色々と備えるか

 

 

「久しぶりだなギィ!それと……」

「取り合えず一発殴るわよフレ……ホムラ!」

 

 

 ラミリスが右頬を全力で殴ってくる。おかしい、以前はとても痛かったのだが、なぜか痛くない。ぺちぺちと可愛らしい手で頬を連打してくる。ちょっと鬱陶しいな

 

 

「おいギィ。どうしてラミリスが小さい?」

「あぁ。堕落して転生と成長を繰り返す魔王になってな。お前が馴染みある姿は一定期間しかなれない」

「そうか。随分みじめな姿に……」

 

 

 悲しむ振りをしながらラミリスの頭を持ち肩に乗せる。さて次はミリムだが……

 

 

「よぅ。久しぶりだな」

「む、ラミリスとはもういいのか?」

「良くないわよ!アンタ最近コソコソ何をーーー」

「はいはい。その件は今から話す。殴りながらで良いから聞いてくれ。頼みたい事もあるし」

「え?アンタが私に頼み事……」

 

 

 とても意外そうな表情を浮かべるラミリス。一発弾き飛ばしてもいいだろうか、俺だって友達を頼る事ぐらいはある。最近になってからだけど

 

 

「近い内に会いに行くから。時間作っといて」

「それは構わないけど。もしかして吸血鬼とコソコソしてるのと関係してるわけ?」

「……まぁ聞いてくれや。ミリムもいいか?」

「もしかして砂漠化の件か?アレに関してはワタシにも責任はある。何でも相談するといいぞ」

 

 

 ひとまず現状を皆に話し、それに対しての行動を説明。ミリムとラミリスは何も言わずに聞いていた。そして全部話した後、最初にラミリスが口を開く

 

 

「成程……ね。それで知識が必要だから私の元に来るわけか」

「あぁ。光の精霊の力が必要だ。来るかは分からないけど」

「大丈夫よ。きっと来てくれる。いつ頃来る?」

「移民が完了して落ち着いて、国の終わりを見届けてから。後100年以内に訪ねる」

「了解。準備しておくわ」

 

 

 よし。今必要な話はこれだけか。ルミナスの元に居る件はギィの許可を得ている。他に話すことは特になかったはず。

 

 

「という訳だから帰っていい?今忙しい」

「ダメだ。ワタシは用があるのだ」

「……何?」

 

 

 大変嫌な予感がする。ミリムの用とは何だろう。まさか戦えとか言わないよな。どう考えても負ける未来しか見えないのだが。

 

 

「改めてお前と軽く手合わせしたい。あの時のお詫びだ。構わぬよなギィ?」

「好きにしろ」

 

 

 ギィは机を軽く叩き空間を広げる。ラミリスは俺の頭の上を動かない。ミリムは机を飛び越えて準備運動を始める。

 

 

「やれやれ……軽くだな?」

「勿論だ。あの時は暴走してフレアの剣をきちんと見れなかった。だからこの場を借りて見せて貰うぞ」

 

 

 見覚えのある剣を取り出すミリム。結構ヤバい剣だな。俺の錬成前の正宗といい勝負している。魔素量は上昇していない所を見ると本当に軽い手合わせのようだ。

 

 

「しっかり捕まっていろよラミリス」

「落とさないようにね」

「はいはい」

 

 

 正宗を左手で抜き鞘を壁に立てかけ、剣先で自身中心に半径1メートルの円を描いて構える。

 

 

「さて……。いつでもいいぞ。俺はこの円から出ない」

「ほぉ……。楽しみなのだ!」

 

 

 正面から突っ込んでくるミリム。間合いに入った瞬間に力を入れて殺気を放つとミリムが急停止し、距離を取る。少し冷や汗をかいている所を見ると、届くとは思っていなかったのだろう。

 

 

「その距離から届くのか?いくらお前の刀が長いとはいえ」

「あぁ。この円はあくまでも今の俺の領域。間合いは最低でもこの10倍以上はあるっ!そして今君が立っているそこも―――間合いの内だ!」

「!?」

 

 

 正宗を横薙ぎに振るいながら斬撃を飛ばす。ミリムは跳躍して回避しながら隙を狙って再び正面から突っ込んでくる。瞬時に両腕で正宗を持ち直し受け止める。

 

 

「いい反応なのだ!そんな重い得物でよく動く」

「慣れって奴だ」

 

 

 剣を弾き連撃を繰り出す。ミリムはそれを容易く避けながら反撃を繰り出してくる。その反撃を正確に返しつつ誘導し、隙を作らせた所を柄で突き飛ばす。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 鳩尾を抑えながらも壁の手前で体勢を立て直すミリム、あの時とは違い十分戦えている。条件次第ならミリムにも負けない可能性が出てきたな

 

 

「やるなフレア……いやホムラよ。そろそろワタシも本気を出す」

「え?ちょっと待ちなさいミリム。軽い手合わせでしょ?」

「……ギィ?」

 

 

 視線を送るとにやけ面を浮かべるギィ、止める気無いなあれは。それに本気を出すといっても魔素は増えていない。あくまでも魔王として本気を出すという事だろう

 

 

「いいぜ。折角だから付き合ってやる。外に出してくれギィ」

「いいだろう。ヴェルザードにはオレが伝えて置く」

 

 

 ギィが再び指を鳴らすと俺達は城の外に転移、ミリムは鎧を纏い額に角を顕現させてからさらに上空へ移動。俺はラミリスの頬を突き大丈夫だと伝えて頭から離れてもらう

 

 

「無茶したらダメよ!」

「分かってる」

 

 

 釘を刺されてから炎の翼を羽ばたかせ上空に。さて……魔王として本気を出すなら俺も全力をだなさいと。

 

 

「周りに被害出ないように気を付けろよ」

「それぐらい分かっているのだ。ゆくぞ!」

 

 

 さっきより速い速度で迫り、剣を振り下ろしてくる。刀身に焔を纏い受け止めると、衝撃波が周囲に走る。思ったより重い一撃だ。不用意に受けないほうが良さそうだな。

 

 

「ふっ!」

「っと!」

 

 

 力任せに薙ぎ払うミリム。後ろに後退しつつ相手の出方を伺いたい此方にたいし、そうはさせまいと、怒涛の連撃と光弾を放ってくる、こちらも焔弾を放ち迎撃しつつミリムの剣劇を受け流していく。

 

 

「ここまで攻めても崩れないとは。大した奴なのだ!」

「経験の差だ!」

 

 

 回転斬りでミリムを斬り飛ばしてから全身に焔を纏うと、体勢を立て直したミリムは力を集約させはじめる。あの構えはーーードラゴ・ノヴァかっ!?

 

 

「ゆくぞ。ドラゴーーーん?」

「……ん?」

 

 

 溜めた力を解き放とうとした時、周囲の温度が下がる。そして感じるヤバい気配。それは丁度俺の真後ろから。どうしよう、振り向きたくないのだが。

 

 

「……ミリム?どうする?」

「お、お前に任せるのだ……」

 

 

 人任せにも程がある……無視する訳にもいかないか。結構暴れたしね。覚悟を決めて振り返ると、そこにいたのは竜種の一体でありギィの相棒であるヴェルザードだった。

 

 

「その……すまない」

「あら。まだ何も言ってないわよ?それに貴方はミリムの挑戦を受けただけじゃない。咎めるなら……」

 

 

 ミリムに視線を向けるヴェルザード。ミリムは一瞬で俺の背後に回り込み背中を押してくる。俺にどうにかしようと押し付けても無駄だ、例えどんな種族でも女は怖いからな!

 

 

「大丈夫よ。こうなる事を分かっていたのに止めなかったギィが悪いから。2人には何も言わないわよ。特に貴方には面白い物を見せて貰ったし」

「どうも。誉れ高き白氷竜にそう言ってもらえて光栄だ。もしよければ手合わせ願いたい。ヴェルドラへの対応を身に着けたいし」

「いいわよ。落ち着いたらね。さて……」

 

 

 ギィの元へと向かうヴェルザード。身を包んでいた冷たい圧が消え去り緊張の糸が切れたのか、体の力が抜けてゆっくりと落ちて行く。

 

 

「おっと。大丈夫か?」

「済まないミリム」

 

 

 右手を掴むミリム。そのままゆっくりと地上に降り正宗を鞘に納める。上空が雲に覆われているせいか魔素が回復しない。この後激務が待ってるのだが。

 

 

「取り合えず帰るか。またなミリム」

「うむ。何かあれば遠慮なく頼るのだぞ?」

「了解。説教受けているギィとラミリスに宜しくな」

 

 

 言伝を頼み王国へと戻った後、窯の転位作業等で俺が過労死しそうになるのはまた別の話しである。

 

 



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妖精の棲家

 朝早く。俺はハクエンを連れて夜薔薇宮を散歩兼見回りをしていた。移転作業もある程度目処がつき、移民も大半が終わっているが、完全に終えるまでもう少しかかりそうだ。だが、時間はかけた方が良い。一気にやるよりも少しずつの方が適応しやすいからだ。

 

 

「この時期は寒いな……」

『天気も曇っているので尚の事ですね。温まりに行きますか?』

「雪降るかもしれないしな……」

 

 

 今の季節は冬。天気が不安定な大森林は兎も角、ここや王国は変わりにくいが油断は大敵だ。それにハクエンも結構きつそうだ、ウインディなんて先生から離れなかったし。

 

 

「ハク。コートの中入るか?」

『……そうやって尻尾をモフモフするつもりでしょう?』

「それはルミナスだろう。たまに枕にすることはあるけど。おいで」

『ではお言葉に甘えて』

 

 

 体を小さくさせてフードの中に納まるハクエン。顔だけ出したのを確認してから散歩を再開。特に目立った事は無いと思っていた時だった。王国の民が住まう区画の入口で、アレクとマリンさんが談笑している所を目撃したのは。

 

 

「おぅ……花畑」

 

 

 彼等を纏う桃色の雰囲気に呑み込まれそうになる。このまま2人がゴールインすれば人間と吸血鬼のハーフが産まれる可能性があるのか。これは全力で陰で応援しよう。

 

 

「こっそり背中を押そうハク」

『そうですね。影でこっそり覗いている方がいますが』

「覗いてる……ん?」

 

 

 丁度アレク達から死角になる位置でルミナスが熱い視線を送っている。気付かれたら雷落とされるぞ。しかもなんか小言で余計な事言ってるし。

 

 

「押せ!押さんか小僧!男ならグイグイ行かんか!」

「『……』」

 

 

 アレク達が魔力感知を切っているせいか気付いていない。俺とハクエンにはばっちり聞こえている。マジで止めた方が良いかも知れない。下手をすればアレクの2つあるユニークスキルの1つである『断罪者』に引っかかる可能性が出て来る。

 

 

『あの……ルミナス様の為にも……』

「いや。放って置こう。俺達は何も知らない」

 

 

 180度反転して鍛冶区画に向かおうとした時、ルミナスの魔素が少し減少したのを感じ取る。まさかと思い視線を向けると、彼女の顔が青ざめている。

 どうやらアレクの『断罪者』が発動した模様。自身より下位の存在は条件を満たすと問答無用で即死、上位の存在には何かしらのデメリットが生じる。ルミナスの場合は体調が悪くなるようだ。

 

 

「全く……」

 

 

 アレク達に気付かれないようにルミナスの隣に転移して腰に右腕を回す。ルミナスは悔しそうな顔と嬉しそうな顔をしてから体を預けてくる。

 

 

「自業自得だぞ」

「分かっておる。小僧の癖にやりおるわ。奥手の癖に」

 

 

 それは関係ない気がするが、あの2人がどうなるかは気になる。ので、あまり余計な事をしないように釘を刺しておこう。

 

 

「もう大丈夫だな。俺は鍛冶区画に行ってくる。頼んでいた物が完成したらしいからな」

「ならこれからラミリスの元に向かうのか。何をするのか楽しみにしておく」

「あぁ。夕方までには戻る。何かあったらすぐに連絡して欲しい」

「分かった。気を付けての」

 

 

 ゆっくりとルミナスが離れたのを確認してから鍛冶区画へ。既に大半の工房は移設しており、俺の刀を担当している刀匠さんもいる。だが向かうのは刀匠さんのいる工房ではなく、魔鉱石を様々な物へ錬成及び加工している場所だ。

 

 

『一体何を頼まれたのですか?』

「着いてのお楽しみだ」

 

 

 暫く歩くこと数分。鍛冶区画到着し、一件の工房へと入る。中では1人の少女が30cm程の魔鉱石で作られた人形に可愛い服を着せている所だった。

 

 

「可愛い服だねリン」

「あ。フレア様!それにハクちゃんも!」

 

 

 俺達の呼び声に笑顔で答えるリン。彼女はこの工房の錬金を担当する立派な錬金術師であり、怒るととても怖い少女である。

 

 

「頼まれたお人形出来たよ。もしかしてルミナス様への贈り物?それにしては複雑な仕組みだけど。小さな宝珠も作って欲しいて言ってたし」

「とある素敵な妖精さんの器。宝珠は核に使うから後で俺の能力で錬成する。後でもう一度調整頼んでもいい?」

「勿論。その変わり今度ルミナス様とお茶したいって伝えてくれる?」

「了解だ。任せて」

「うん。はいどうぞ」

 

 

 リンから少し重い人形と宝珠を受け取り、仕上がり具合を確認してから鞄にしまう。それから宝珠に焔で錬成しつつ特殊な結界で保護をして作業終了だ。

 工房を出て、城に一旦戻ってから以上が無かった事をルミナスに報告し、ベルを連れてラミリスのいる迷宮へと地道……ではなく空を飛んで向かう。

 

 

「あのホムラ様。私も付いて来て宜しいのですか?」

『それを仰るなら私もですが。もしもの事を備えてせめてベル様だけでも』

「別にいいさ。3魔人がいれば大丈夫。皆強いし、俺との鍛錬でそれぞれのユニークスキルが進化してる。究極能力に覚醒するのも近いだろう」

 

 

 基礎能力が優れている影響か成長速度が速い。実際に本気で戦っていないので分からないが、究極能力を使わず、ユニークスキルのみで戦闘すれば少なくともエンブにはかなり苦戦を強いられるだろう。中でもパールヴァティの水、ウインディの風、エンブの炎を交えた合体技はヤバかった。

 

 

「先生が暴風竜と殴り合った話は嘘ではなさそうだよね」

「ユニークスキル同士でも魔素量で明らかに暴風竜の方が上のはずですが」

『あの人に常識を求めてはいけません』

 

 

 それには同意する。そもそも魔人やギィ達に常識の範囲内で解釈をしてはいけない。絶対に痛い目を見るのは確定だ。

 

 

「さて、そろそろ到着だけど……」

「いやぁぁぁぁ!」

 

 

 響き渡るラミリスの悲鳴。視線を降ろすと、大きな蟻に追いかけられているラミリスの姿が。おいおい、迷宮で待っているって言ってなかったか?

 

 

「大丈夫かラミリス?」

「大丈夫なわけないでしょ!アンタが遅いから迎えに行こうとしたらいきなり襲われたのよ!」

「そうか。ならそのまま逃げておけ。ベル」

「はい」

 

 

 ベルは杖を取り出し巨大蟻の目の前に分厚い石柱を具現化させ衝突させる。ベルの究極能力『幻影之王(ファントム)』。生み出した幻影の具現化及び実体化や、五感を狂わせたり認識等をずらす事が出来る。ベルがその気になればミリムクラスでも欺く事が可能だとか。

 因みにこの究極能力は俺が魔王に進化した時に強く望んでユニークスキルを進化させたと聞いた。加えてアレクのユニークスキルが強力になったのも同じ理屈だ。

 

 

「巣へと帰って貰います」

 

 

 濃霧が巨大蟻を覆い巣へと誘導させる。巨大蟻は戸惑いつつもゆっくりと巣へと戻って行き、それを見ていたラミリスは『おぉ……凄い』と声を漏らしていた。

 

 

「ふぅ。これで大丈夫。お久しぶりですラミリスちゃん」

「うん。久しぶりねベル。ホムラの肩に乗ってる子は初めてかな?」

『はい。ハクエンと申します。貴女の事はホムラ様達から。どうぞ背中にお乗りください』

 

 

 ハクエンは肩から飛び降りてラミリスが乗るのに丁度いい大きさに変えるとラミリスが『え?いいの?』と聞き、ハクエンが頷いたのを確認してから背中に乗り、妖精の棲家へと談笑しながら進む事数分、妖精の棲家の入口に到着し中に入る。以前来た時と変わらず、色んな精霊がいて、ベルとハクエンは目が離せないようだ。

 

 

「うわぁ……精霊がいっぱい……」

「凄いでしょ。でもこの先に行けばもっと凄い事が見れるわ」

「俺が光の精霊に罵声を浴びせられる姿をね」

『出来れは見たくないですが……』

 

 

 まず来るか分からないけどね。来ても何されるか分からない。精神生命体だから殴られないけど、酷い事言われるかもね。

 

 

「到着よ。祈りなさいホムラ」

「……了解」

 

 

 中心まで進み、大きく深呼吸して祈ろうとした瞬間だった。頭上からとても冷たい声が聞こえてきたのは。

 

 

「誰かと思えば魔王に進化した元勇者じゃない。久しぶり……初めましてかな?」

「「『……』」」

 

 

 俺達の前に姿を現す精霊。間違いない。ここに始めて来た時に祈るより早く待ち構えていた光の精霊だ。とても素敵な笑みを浮かべているが、俺達からしたら恐怖そのものだが。

 

 

「初めまして。まさか来るとは思わなかったけど」

「言いたい事沢山あるから。覚悟いい?折角待ってたのに祈らずに帰って魔王に堕落した元勇者さん?」

「……ぐぅの音も出ないから後で聞く。俺の頼みを聞いてくれないか?」

「内容によるかな。まぁ……付いて行かない選択肢はないけど。絶対もう一度来るって信じてたし」

「ありがとう。実は……」

 

 

 今までの事を話し、これからやりたい事、やろうとしている事を話す。光の妖精は何も言わずに聞き、全て話し終わった後、瞼を閉じて少し考えてから瞼を開ける。

 

 

「成程ね。話しを聞く限りはかなり酷い。でもかなり難しいと思う。私の知識や力は全く役に立たない。それでも契約したい?」

「あぁ。それなりの物は用意している。君に頼みたいのは一緒に考えて欲しいんだ。砂漠化を解決する手段を。それだけでいい。期間もそれまでだ。頼めるか?」

「……そうだね。正直絶望的だと思う。それこそヴェルダナーヴァでもなければ解決出来ない。けど……」

 

 

 光の精霊は微笑みながら右肩に座り、ベルとハクエンを見てから俺を見る。小さく頷き、ラミリスと視線を合わせて言った。

 

 

「ラミリス。ホムラが死ぬまでついてくよ。妖精として彼の生き様を見守りたい。勇者では無いから宿れないけど、契約という形で」

「分かったわ。君が決めたなら何も言わない。大事にしてよホムラ」

「あぁ。ありがとう。では早速始めよう。君に渡すものがある」

「ん?もしかして鞄の中に入っている物かい?」

「うん。気に入るか分からないけど」

 

 

 鞄の中から人形と宝珠を取り出す。珍しい物を見たのだろうかラミリスと光の精霊は興味津々のようだ。確かにこの手の物は珍しいだろう。俺も作っているのを見て驚いたから。

 

 

「宝珠を核としてこの人形を自由に使って欲しい。それと名前を贈ろうと思う」

「いいの?私器があれば助かるし嬉しいけど。それに名前まで」

「それぐらいはしないといけないと思う。細かい調整が必要なら言って欲しい。作った子に頼むから」

「……ありがとう。待ってて良かった。宝珠を人形にセットして。後は私がやる」

「了解した」

 

 

 人形の背中に宝珠を嵌めると、光の精霊は宝珠に宿り人形が輝く。そしてゆっくりと浮遊し姿が精霊へと変わっていく。それと同時に俺は彼女に名前を付けた。

 

 

「君の名前はユニ。今日から宜しく頼むよ」

「ユニ……いい名前。ありがとう」

 

 

 彼女がお礼を言ったと同時に魔素がごっそりと抜けユニに吸収され、彼女は進化する。姿形こそ変わらないが、ベルやハクエン、先生達以上に大きく変わり、見ていた俺達は驚きを隠せないと同時に、これがもし悪魔だったらと考えてしまった。

 

 

「これからよろしくホムラ。手を出して」

「あぁ……」

 

 

 右手を出すとユニは微笑みながら触れる。何をするのかと思っていると、何かが体に流れてくる。それだけではない、彼女との強い繋がりを感じる。

 

 

「ユニ?これは……」

「ふふ。ずっと付いて行くって言ったから。私の能力には繋がりが必要だからね。名前を貰い進化した時に得た能力を最大限に引き出すには」

「そうか(ちょっと気になるけどいいか)」

 

 

 しかし上位精霊が進化するとどんな種族なのだろうか。精神生命体である事には変わらないと思うけど。今は考えなくてもいいか。ここでの用事は終わった訳だし。

 

 

「ありがとうラミリス。苦労を掛けた」

「別にいいわよ。絶対に大切に。ユニも頼んだわよ」

「うん。定期的に会いに来る。その時は沢山お土産話してあげる」

「楽しみにしてるわ。それじゃあねホムラ達」

「元気でラミリス。またお茶会で」

 

 

 ラミリスに別れを告げ、夜薔薇宮へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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別れと旅立ち

ーそうか。皆は元気にしているか……。

 

 

 国王が安堵の息を漏らしながら言った。今日はユニを連れて王国へと戻って来ていた。理由は移民した民達の事を伝える為。吸血鬼達と上手くやっていると伝えに来ていた。

 

 

「因みにだが馬鹿息子はどうだ?上手くやっているか」

「あぁ。マリンさんと一緒に。ここに来る前も仲良く話をしていた」

「うん。そこは安心して良いと思うよ陛下。何かあってもあの2人は私達で守る」

「ありがとうユニ殿。しかし……考えたなフレアよ。そのような方法で妖精を受肉させるとは」

 

 

 それに関しては先生達にも言われたぞオッサン。しかもルミナスにも原理等を根掘り葉掘り聞かれた。加えて3日ほどユニを離さなかったし。

 

 

「リンに微調整を頼んでからいい感じ。私の『領域展開』と『共有』でホムラと魂が繋がってる者の力を使役しても問題ないし」

「当然だろ……って普通に考えたら他人の力を借りるとか出来ない筈なんだけど?」

「それを可能にしたいって名前を貰った時に願ったから。それより今は私より外だよ」

「……そうだな」

 

 

 国王と共に外の回廊に向かい砂に埋もれた王都を見る。既に王都は完全に砂に埋もれて邪悪な砂嵐は吹き荒れている。生きている民は城にいる数百人だが、環境の激変により生命力が減少。命の灯が残り僅かだった。

 

 

「向こうの皆は慣れてきたから寿命に変化はないけど、ここに居る皆は結界内とはいえ影響が強い。本当にいいの陛下?」

「皆が決めた事だ」

「そう……ホムラは最後見届ける?」

「……見ない。見たら自分を責める。だから今日が最後だ国王」

 

 

 焔を纏い姿を魔王へと戻す。力を抑える為と鍛錬の為に姿を変えているが、やっぱり本当の姿の方が体が楽だ。ま、あっちの姿も慣れたから問題は無いけど。

 

 

「巨大な砂嵐が迫って来ている。後は俺達に任せて欲しい」

「頼んだぞ。いつか必ず、この地に再びサンフレア王国を再建してくれ」

「分かっている。国の名を背負う魔王として必ず。だから『さよなら』とは言わない。またな」

「元気でな。さぁ行くといい。君でもあの砂嵐は堪えるだろう。後ろを振り返らず前だけ見てるんだ」

「あぁ。元気でなオッサン」

 

 

 軽く拳をぶつけ合い、夜薔薇宮の自室へゲートを開く。通る際、国王が『ルミナス殿と仲良くな』とお節介な一言を言われてしまい、苦笑いを浮かべながらゲートを通って自室に戻る。

 

 

「戻ったかホムラ」

「いたのかよアレク。姿を変えるから少し待て」

 

 

 光を纏って姿を変える。この姿に慣れつつある自分が怖いが、鍛錬を積むには丁度いい。特に練習中の新技の精度を上げるには。

 

 

「ここに居て良いのかよ」

「別れの挨拶は済ませている。それに、お前も今日からだろ?準備は良いのか?」

「終わっている。後はルミナスに挨拶をしてベルに頼んでいる物を取りに行くだけだ」

「そっか。暫く会えねぇのか」

 

 

 寂しそうな表情を浮かべるアレク。俺が今日から旅を始めるからだろう。気持ちは有難いが抑えて欲しいし、アレクにはやるべきことが多いだろう。

 

 

「精々マリンさんと仲良くな。良い報告楽しみにしておくよ」

「何を期待している?俺と彼女はそんな関係ではないぞ」

「とか言いながら頬をお互いに紅く染めている事を知ってるんだから」

「な、何の事だよ……」

 

 

 俺達から視線を逸らす相棒。別に隠す必要はないだろう。堂々といちゃいちゃしてたって茶化すのはルミナスぐらいだろうから。俺は何も言わないぞ、何だったら仕事を代わってやる。

 

 

「さて、俺はベルの所に行く。そのままここを出るから何かあれば連絡してくれ」

「……了解。あまり無茶するなよ。何かあれば帰ってこい。余計な心配かもしれんが」

「その通り。自分の心配だけをしてろ。そんじゃあな」

「あぁ。行ってこい」

 

 

 アレクに見送られ向かうのはベルの部屋。ノックをしてから中に入ると、部屋の中では真紅の細長い銃を整備しているベルの姿があった。

 

 

「それの調子はどうだ?」

「完璧です。細かい調整はマリンさんが。流石としか言えませんね。試作機とは思えません」

 

 

 この世界に銃は殆ど無い。少なくとも俺は見たことが無い。そこで俺の中にある知識を元にこの世界の技術を当て嵌めて作成してみた。サンフレア王国の魔素を吸収し解き放つ技術と、吸血鬼の技術の1つである魔素をイメージした物質に構成する術。そこに鍛冶師が魔鉱石で外側を作り俺の焔で錬成したものに組み込んだのだ。

 

 

「出来れば元居た世界の知識なんて流したくないけど、世界のバランスがどうこうって言われそうだし」

「影響がない程度や、皆の為になる物なら構わないかと。美味しい菓子や食事とか」

「ベルの言う通り。程々なら大丈夫だよホムラ」

 

 そうは言うがあまり宜しいくないと思っていたり、近い将来はあり得そうだが、実際に悪用する連中だって現れる訳だ。時折異世界人や新たな勇者の話は耳に入る。俺も魔王である以上は、ルドラのような勇者と戦う日も来るのだろう。

 

 

「これで大丈夫。どうぞホムラ様」

「ん。ありがとう。済まないが俺の不在の間は頼む」

「何かあったらすぐに呼んで。今のホムラならヴェルドラクラスが来ても何とかなる」

「流石にヴェルザードクラスは無理だけど」

 

 

 ヴェルドラがどれだけの強さなのかはヴェルザードから聞いている。因みにヴェルザードには先日対竜種の対策を考えるために挑んだのだが5分程で叩きのめされた。流石はヴェルダナーヴァの妹。彼から少し話しを聞いていたがヴェルグリンド同様に化け物だ。

 

 

「竜種とは戦いたくないな。稽古なら構わないけど。ヴェルダナーヴァとも軽く手合わせはしたけどボコボコにされたし」

「え?彼に挑んだの?馬鹿じゃない?」

「仕方無いだろう?俺がこっちに来てアレクと旅を始めた頃に、向こうから来たんだから。竜なんて初めて見たから怖くて放心したわ。異世界に来ていきなり創造主と遭遇なんてふざけてる、敵意無かったけど生き残るためには挑む他なかったし!結果的に惨敗で手も足も出なかったけど!マジてアレに認められたギィはどんだけ化け物なんだよ!しかもその後にヴェルザードと三日三晩戦ったんだろ。アイツもヤバくね?」

 

 

 実はヴェルダナーヴァと面識があったりする。何でもあの時代は異世界人なんて殆どおらず、勇者を名乗っているのも俺だけだったらしく、それで興味をもたれて会いに来たらしい…どうも話がしたかっただけのようだ

 

 

「その辺りは何時か話すよ。彼が言った事は未だに考えさせられるし」

「ちょっと気になるんだけど?教えてよ」

「嫌だ。答えが出てから」

 

 

 彼に曖昧な返答をしたわけではないが、あの時は勇者として答えを出した。故に今度は魔王として考える必要がある。

 

 

「そういう訳だからまた今度だ。行ってくる」

「お気を付けて我らが主とユニさん」

「うん。こまめに連絡入れるから」

 

 

 優しくベルの頬を撫でてから部屋を出る。あと挨拶をしないといけないのは先生達だが城にはいないみたいだ。今日から旅を始める事は伝えてあるしいいか。なら向かうのは夜薔薇宮の出口だ。

 

 

「行こうかユニ。準備も済ませたことだし」

「うん。まずは何処に行く?」

「風の赴くままに……かな」

 

 

 やる事は決まっているが向かう場所は決まっていない。ので、勇者時代と同じ様に風の赴くままに行こうと思っている。その変わりに過度に干渉しないようにするが。何でもかんでも首を突っ込める立場ではないし。

 

 

「もう行くのか?」

「……ルミナス」

 

 

 夜薔薇宮の出口でやっぱりというべきかルミナスが待っていた。というか出口は一つしかないけど。城に居ない時点でここに居る事を考えて置くべきだったな。

 

 

「もう少しここにおらぬか?そんなに急がなくてもよいじゃろう?」

「まぁね。でもアレクが居るし俺の友達も残ってくれる。何かあれば君と一緒にここを守ってくれるって信じてるから」

「その信頼が重いと気付かんか。馬鹿者」

「俺が好きになった女は強い。だから信頼してる」

「……はぁ」

 

 

 思いっきり溜息を付くルミナス。自分で言っておきながら少し恥ずかしいが、多少は強気で行かないと。どちらかと言えばルミナスが押してくるタイプなので、たまには俺から押すのもいいだろう。

 

 

「全く、妾の何処に惚れたのか……その想いを嬉しく感じている妾も妾だが、まぁいい。渡すものがある」

 

 

 ルミナスは自身が身に付けているものと同じ首飾りを取り出して俺の首に付ける。そう言えば欧米の教会だったか。そこで似たような物を見たことがある。十字架だっけ?ルミナスが小さい十字架の首飾りを身につけている時点で気になってはいたのだが。

 

 

「ちょっとしたお守りじゃ。以前身に着けていた魔鉱石のお守りは壊れたと言っていたからの」

「ありがとう……って近い」

「ん?照れておるのか?確かにその姿だと妾と身長は変わらんからの」

「じゃあ戻す」

 

 

 焔を纏って姿を戻すと同時にルミナスが力強く抱きしめてくる。また嵌められたか、昔からずっと手の平の上だ。一生頭は上がらないだろう。

 

 

「これでよし。無茶はするな。あの時のように辛いことがあれば帰ってこい」

「うん。辛かったら頼る。それは君も」

「分かっておる。じゃがお主の友は皆頼りになるから余程の事がない限り大丈夫じゃろう。いつかは魔王を名乗る身としては出来る限り妾自身で何とかする」

 

 

 ゆっくりと離れて自信に溢れた表情を浮かべる。これなら大丈夫か。俺が居なくてもきっと大丈夫と信じよう。

 

 

「それじゃあ皆を頼む。こまめに連絡は入れるよ」

「当然じゃ。それと旅話も楽しみにしている。こやつを頼むぞユニ」

「任せて。ルミナスも無理しないように」

 

 

 両手でルミナスの頬を触るユニ。少し微笑ましい光景だ。暫く見れないので目に焼き付けておこう。

 

 

「行くぞユニ。元気でなルミナス」

「……行ってらっしゃいホムラ」

 

 

 ユニを右肩に乗せルミナスの横を通り夜薔薇宮を出る。ひとまずは風の赴くままに向かおう。力と知識を付けるために。

 



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太陽の騎士
新たな仲間と遺跡


今回から新章です。


 旅を始めて凡そ一年。この一年は夜薔薇宮の周囲をグルグル回り近くの集落を転々としつつ、勇者時代と同じ様に魔人や人を助けていた。いつの間にか太陽の騎士(ソルス・オブ・ナイト)と呼ばれるようになっていたが、気にすることなく旅を続けている。

 その途中で俺とユニは、西側……すなわちダマルガニアより西に向かえないかと考えていた。何でもこの一年でさらに砂漠化が進んだらしく、既にサンフレア王国は砂に埋もれているとか。ともあれその手段を雨宿りついでに洞窟で考えていた。

 

 

「正直無理だと私は思う。君の能力の結界でもね。あぁ、最近会得したもう一つの究極能力でも無理」

「だよな。魔素を浄化し還元する結界は何種類か編み出したけど、実際に使うとなれば同時に発動して長時間維持しないといけない」

「細かい調整も含めて難しい。貴方だけなら問題ないけど、私が行けば即死……ではないけどきついかな」

 

 

 結局の所手段無しか。ダマルガニアも簡単には入れそうにないし、1人で行っても砂嵐が吹き荒れているから方角が分からなくなる可能性もある。空飛ぶのも危険だし。

 

 

「待つのも重要。今は少しずつ力を貯めて色んな知識から技や魔法を編み出そう。ヴェルザードからの宿題もあるし」

「妖気の制御だろ。魔力操作とは違うから難しい。能力に枷を掛ける事とまた違う。完全に外に漏れないようにするのは難しいよ」

「でも君が魔王と気付かれないようにするためには重要。こればかりは修行あるのみだね。特に戦闘中」

「……頑張ります」

 

 

 改めて自分を見直すと出来ない事……必要な基本を会得していない物が多い。特に妖気を制御する術については甘すぎるとヴェルザードから指摘されたので、絶賛修業中である。

 

 

「本当に難しいよな。戦闘中はある程度良いとして、少し動くだけで漏れるもん」

 

 

 少し腕を上げると、黒い靄のような物が少し出て来る。これが妖気と呼ばれる物で、ヴェルザードは完璧に制御できる。戦闘中でも完璧に。末恐ろしい技術だ。

 

 

「さて、雨も上がったし出ようか」

「あぁ。遺跡も近いしね」

 

 

 立てかけていた刀を左腰に携え洞窟を出ると、先程まで雨が降っていたことが嘘のような晴天だった。

 

 

「いい天気。行くぞユニ」

「了解」

 

 

 向かうは洞窟より少し西。少し進むと開けた場所に出て来る。その更に先には遺跡の入口があり、その前には一体の白い上位竜族が座っていた。属性は氷だが、あの手の輩は数多の知識を得ているので大人しい(ミリムから聞いた話だが。ついでに他にも色々と聞いている)。しかし……こんな所にいるのはおかしい。遺跡に惹かれたという訳だはなさそうだが。

 

 

「あの子……右足を怪我してる。しかも鋭利な何かで切り裂かれて」

「それはマズイ。直ぐに治療したいのだが……」

 

 

 近づいて大丈夫だろうか。少し怖いが妖気等を抑えて近づこう。ゆっくりと近づくと、氷竜は俺に気付き視線を向けてくる。俺は視線を合わせ逸らす事無くゆっくりと近づく。敵意が無い事を示しながら。

 

 

「大丈夫。君の傷を治すだけだ」

「……」

 

 

 一歩一歩と近づくと、こちらの想いが届いたのか氷竜は警戒を解く。安堵の息を漏らしながら駆け寄り、右足に触れて焔で癒す。傷が癒えたのを確認してから体を優しく撫でて伝えると、氷竜はゆっくりと立ち上がる。

 

 

「もう大丈夫。次からは気を付けろよ」

「また何処かでドラゴンさん」

 

 

 別れを告げて遺跡に入ろうとした時。氷竜が頭を甘噛みし、同時に思念が脳に過ぎる。

 

 

『遺跡に入るなら私も行く。助けてくれたお返しに』

「え?それは良いけど……」

「君が入るには……待って。君は上位竜族。なら……ホムラ。名前つけてあげて」

「名前?どうして……あ!そうか!」

 

 

 この子は上位竜族。すなわち竜王に進化する一歩手前だ。確かミリムの住まう国の竜も人化して人と交わったと言っていたし、ここで名前をつけて竜王に進化すれば人型にもなれるのか。

 

 

「えと、君が良ければだけど……どうする?」

『いや、名前は……でも一緒に遺跡に入るから必要かぁ……』

「別に無理はしなくていい。竜に名前付けたらミリムになんて言われるから分からないし」

『ミリムって……魔王ミリム様?知り合い?』

「あぁ。俺も魔王だ。名乗ってないけど」

『え……?』

 

 

 おや?ドラゴンさんの様子がおかしくなったぞ。止めどなく冷や汗が顔を流れている。そういえば俺が魔王って言ってなかったな。

 

 

『ま、魔王様……。わ、私なんてことを……』

「別に気にしていないからいいよ」

「大丈夫。ホムラは優しい魔王だから気にしない。こうやって抱きしめても」

 

 

 背後から頭に抱きついてくるユニ。彼女の言う通り甘噛み程度では何も言わない。むしろあれぐらい心を開いてくれた方が嬉しいしね。

 

 

「そういう訳だから一緒に遺跡に入ろう。君のような強い子がいてくれると助かるよ」

『私なんて魔王に比べたら全然強くないですよ!』

「そんなことは無い。だから一緒に行こう」

「ふふ。ホムラは意外と押しが強いよ。気に入った子は特に」

『……』

 

 

 強制はしないが、実際に彼女のような強い子が友達だったら凄く嬉しい。名前を付けるのも許可を取ってからだし。

 

 

「俺は旅をしてるんだ。ここから西の砂漠化を解決するために。それには数多の遺跡を巡って色んな知識を得る必要がある。手強い場所に向かう事もある。だから仲間がいてくれると助かるんだ。どうかな?」

『……私なんかで良いんですか?』

「うん。竜と友達なんて滅多になれないし。きっと皆ともすぐに仲良くなれる」

『皆と……分かりました。貴方には傷を治していただいた恩があります。私でよければ連れて行って下さい』

「ありがとう。ではそのお礼として、君の名は……アルビオンだ」

 

 

 ごそっと魔素が抜けアルビオンを覆う。少しずつ魔素が吸収され、中から一回り程大きくなったアルビオンが姿を現した。これが竜王か……超克者の吸血鬼以上の力を秘めている。最近分かった事だが、名づけ親の魔人次第で進化後の強さが変わるらしい。

 

 

「凄い……竜王って初めて見るけどこんなに力を秘めているんだ」

「話としては聞いていたけど凄いよ」

 

 

 驚きを隠せないでいると、進化を終えたアルビオンの体が輝き、銀髪の小さな少女の姿へと変わる。これが人化と呼ばれる物か。どうして少女なのかは聞かないでおこう。

 

 

「また女の子増えたね?帰ったら楽しみ」

「怖いよ俺は……。で?どうだアルビオン?」

「はい。まだ未熟ですが竜王に進化しましたホムラさん」

 

 

 それは良かった。未熟と言っているが内に秘めた力は進化前と桁違いだ。ミリムに色々と言われ、帰ったらルミナスにも冷たい瞳を向けられながら何か言われそうだがいいだろう。

 

 

「よし行こう2人共」

「楽しみだね。どんな罠があるかな?」

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 2人と共に遺跡へ入る。目当ては最奥にあると言われる魔導書。古代魔法と言われる物でとある魔導大国の宮廷魔術師が残した物とか。ギィが滅ぼした2つの魔導大国かエルフの魔導大国の生き残りのどちらかと予測している。

 

 

「あの……ホムラさんはどうして遺跡に?先ほども強い仲間が居たら助かると言っていましたが」

「少し昔……いや結構前に色々と。話せば長くなるけど、西側の砂漠化を解決して国を再興したいんだ」

「魔王になったのはその前の戦い。ホムラは元勇者の魔王。種族は半神半人だよ」

 

 

 魔王となった際に種族が進化している。不老不死になったのも覚醒した影響だ。なので時間は無限にある。だからといって時間をかけ過ぎるのは良くない。出来る限り早く何とかしたいものだ。

 

 

「だから俺は他の魔王とは違う。理不尽な暴力とかは振るわない。他の仲間もいい人ばかりだ。戻る時があれば紹介するよ」

「はい。楽しみにしてます」

(ま、一癖も二癖もあるけどね)

 

 

 きっと他の皆とも上手くできるだろう。ルミナスには数日愛でられそうだがいい経験になる。その為にもこの遺跡を踏破しなければ。

 

 

「おや?広間に出ましたね」

「結構暗いね。ちょっと待って」

 

 

 淡い光を生み出し展開するユニ。周囲が明るくなり、最初に現れたのは大きな魔鉱石で出来たゴーレムだった。それも俺達の目の前に。その背後に扉があるのを見ると門番だろう。

 

 

「魔鉱石で作られたゴーレム。大きさは10メートルぐらいか」

「魔力の反応はないけど……」

「これも魔導大国の産物ですか?」

「どうだろう?分かるかユニ?」

「ちょっと待って」

 

 

 警戒しつつゴーレムに近づき解析を始める。今の所は問題もなさそうだし周囲を調べよう。アルビオンに右側を任せて左側の壁を調べるが何もない。スイッチとかあればいいのだがとお思ってると、あからさまに窪んだ場所を見つける。

 

 

「ホムラさん。一部窪んでいる場所が」

「そっちもか。俺の方にもあった。押していいぞ」

「え?でも罠だったら大変な事に」

「大丈夫。扉の開閉スイッチかもしれないから。それ」

 

 

 窪んだ箇所を押す。レンガが更に沈み、カチッと音が鳴る。その後にアルビオンが恐る恐る押し、同様の音が鳴るが何も変化が起きない……と思っていると、ゴーレムの足元に魔法陣が展開され、ゴーレムに魔力が注がれていく。

 

 

「ん?この魔法陣は周囲の魔素の吸収して……って、何してるの二人とも?」

「悪い。扉の開閉スイッチかと思えば門番の覚醒スイッチみたいだ」

「後で説教。頼んだよ」

「おう。アルビオンも下がってな」

「は、はい!」

 

 

 2人が下がったのと同時に、ゴーレムの目が光り俺の方を見る。どうやら一番近い敵対生物に自動的にターゲットが向くようだ。

 

 

「さて、練習中だが試し撃ちだ」

 

 

 右手を胸に添えて左手に光を集約。威力を30%程に抑えて、光線として解き放つ。

 

 

太陽の一撃(ソルスレイ)

 

 

 光の光線がゴーレムを焼き払い、一瞬で炭と化す。ミリムのドラゴ・ノヴァを元に編みだし、対竜種の対抗策として練習中の物。左手で放つ時は敵を完全に消滅させる時。右手は敵を無力化か、浄化する時にとスキルを使い分けている。

 

 

「凄い……高熱の光破熱線……」

「あれでまだ30%か。フルパワーで撃てばどうなる事か」

 

 

 ユニとアルビオンが絶賛してるが、正直制御がとても難しく、本気で撃てないのが欠点だったりする。周囲の被害を考える必要が無いのなら構わないが。

 

 

「さて、これで扉が開くといいのだが」

「私が開けてきます」

「ん。任せた」

 

 

 駆け足で扉に向かうアルビオン。両手を置き、深呼吸をしてから力を込めるとゆっくりと扉が開き始める。それを確認した俺達も扉を押し開けると、大きな真紅の大剣と、蒼白の大剣。加えて埃に埋もれた本が姿を現す。

 

 

「アレは……ユニーククラスの剣が二本。本は情報通りだけどあの二本は予想外だね」

「戦利品といて頂いておこう。青い方は君が貰うといいアルビオン。属性も氷みたいだし」

「それは嬉しいですが、私は剣を扱えませんよ?」

「それなら大丈夫。俺と修業する機会もこれから多いからその時教える。ユニには魔導書を」

「勿論。先に見せてもらう」

 

 

 ユニは魔導書の側に。俺は剣の前に立ち最初に蒼白の大剣を抜いてアルビオン渡す。彼女は大きく頭を下げてから受け取り、軽く振って手応えを確認。手に滲んだのか、頬が少し紅潮していた。

 

 

「相性は重要。さて……」

 

 

 真紅の大剣を抜く。今愛用している太刀以上で正宗には届かないが凄まじい力を感じる。良い剣だ。暫くはこれを愛用しよう。

 

 

「どうだユニ?」

「外れかもしれない。取り合えず外に出て詳しく見て見る」

「了解だ。出るぞアルビオン」

「分かりました」

 

 

 大剣を背中に担ぎ、遺跡を出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪だくみ

 日が沈み、静まりかえった夜。遺跡から出た時にはすでに外は暗く、空には星が輝いていた。せっかくなので、近くの開けた場所で野宿をすることにして、大きな火を囲って晩食を済ませた後、遺跡の場所を教えてくれたギィに連絡を取っていた。

 

 

「……という訳だ。魔導書の中身はユニが確認してる」

『外れじゃない事を祈ってる。というかてめぇ。後ろにいるガキは竜王じゃねぇか』

 

 

 光の球体から見えているのだろう。背後で焼き魚を食べているアルビオンを興味深そうに見ている。情報としてはヴェルザードから聞いているのだろう。

 

 

『それと明日の夜あけておけ。頼みがある』

「何だよ頼みって。ミリムやラミリスに頼めばいいだろ?」

『あいつ等に裏方なんて任せられるか』

 

 

 どうやら悪だくみ系統はあの2人に任せられないようだ。ラミリスは兎も角、ミリムなら問題なさそうだが、ギィにも考えがあるのだろう。彼の作りたい世界の為に。

 

 

「了解だ。こちらから向かえばいいか?」

『あぁ。お前達なら問題無いだろ。待ってるぜ』

「分かった。事前に連絡する」

 

 

 パチンと指を鳴らして球体を消す。さて、奴の頼みとは何だろうか?最近活発に活動している例のカザリームという魔人か、それとも堕天使とダグリュールか。ルミナス達の方は何も聞いていない。それとも……近頃感じるかつてのような大きな戦いの予兆か。

 

 

(だとしたら……ヴェルダナーヴァとルシア嬢が亡くなった後にルドラがギィに言ったのは……。ならば俺は……いや、余計な事を考えすぎか。俺は俺だ。自分の成すべきことと、かつて彼に言った事を最後まで貫くだけだ)

 

 

 彼から能力の代わりに託された赤い外套を纏う。そういえばヴェルダナーヴァは何時になったら復活するのだろう?そろそろ復活してもおかしくない頃なのだが。

 

 

(考えるだけ無駄か。今は魔王としての責務を果たそう。その為には……)

 

 

 背後に視線を向ける。先程まで焼き魚を食べていたアルビオンはユニと一緒に遺跡で見つけた本を読んでいる。俺も少し読んだが、専門分野では無かったのでユニに託した。あの系統の本はエリンやルミナス。ベルの方が興味を持つだろう。

 

 

(そろそろ戻るか。一年連絡していないし)

 

 

 いい加減に皆に顔を見せないといけないか。特にルミナス。放置していると何されるか分からない。機嫌を悪くする前に戻ろう。

 

 

「ユニにアルビオン。北に向かう」

「北……あぁ原初の赤の所か」

「何かありましたか?」

「頼みがあるらしい。どうせ面倒な事だが、一応聞きに行く。準備してくれ」

「はい」

「了解。直ぐに済ませる」

 

 

 火を消し大剣を背中に背負う。ここからギィの居城である北の大地までは空を飛んで数時間。転移術を使えば一瞬だが、奴の術に弾き飛ばされる。ので地道に行くしかない。

 

 

「準備済んだよホムラ」

「私も大丈夫です」

「よし。それじゃあ行くか」

 

 

 ユニを肩に乗せ、翼を顕現させたアルビオンと共に北へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「う、うわぁ……一面氷だ……」

 

 

 一面氷の大地を見て驚きを隠せないアルビオン。その気持ちは大変よく分かる。それだけこの地は過酷で誰も近寄らない。加えてヴェルザードの妖気も漂っているから尚の事だ。

 

 

「行くぞアルビオン。あそこに見える城にギィはいる。それとも君は城の一番上にいるヴェルザードに会いたいかな?」

「は、はい!是非とも!」

「じゃあユニ。頼んだ」

「了解。私も話したいし。行くよ」

 

 

 2人はヴェルザードの元へと向かう。俺は城の入口に向かいゆっくりと着陸。それと同時に扉が開き、中からミザリーが姿を現す。

 

 

「ようこそフレア様。我らが主がお待ちです」

「そうか。失礼する」

 

 

 ミザリーの案内の元、城の中を進む。暫く進んだところで大きな扉と、その両隣に立っている門番。門番は俺とミザリーを見ると扉を開け、今までとは違う空間が視界に映り、その一番最奥にはギィが玉座に座っている。

 

 

「どうぞ」

「あぁ。案内ありがとう」

 

 

 ミザリーの横を通り過ぎ中に入り、ギィの配下達の前を通ってギィに近づく。俺の間合いに入った所で足を止めると、ギィは笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

 

「よく来た我が友フレア。息災そうで何よりだ」

「お陰様でな。お前は変わらない……っと、土産は無いぞ」

「お前に土産を期待するか。場所を変えるぞ。お前の新たな仲間の力を見ていたい」

「了解」

 

 

 城の外にある小さな広間に移動する。そこに置かれてある椅子に座り、ギィが向かい側に座ると、レインが紅茶を俺達の前に差し出す。

 

 

「で。話しってなんだよ。面倒な事はやめてくれ」

「安心しろ。お前にしか出来ない頼み事だ。その前に……随分やるじゃないかあの竜王は」

 

 

 上空に視線を向けるギィ。俺達の頭上ではヴェルザードとアルビオンが軽い手合わせをしている。経験も力も圧倒的にヴェルザードが上だがアルビオンは喰らいついていた。その様子をギィは興味深そうに見ている。

 

 

「お前の所には色んな連中が集まるな。炎・風・水を司る魔人。そしてあの幻霧魔人。光の精霊や竜王……と、確か物好きな吸血鬼がお前に仕えたか。お前が夜薔薇宮にいない間雑事をこなす」

「あぁ。ゼノアの事か。アイツは俺が初めて夜薔薇宮にいった時に助けた吸血鬼の1人でな。俺達が移り住むと聞いて真っ先に不在の時の対処を申し出たんだ。だから安心して離れることが出来る」

 

 

 出来れば不在時の情報も定期的に欲しいのだが、連絡が無いという事は問題が無い証だろう。もしくは俺の手を煩わせたくないかのどちらか。

 

 

「さて、話を変えるが最近妙な話を聞いてな」

「妙な話?」

 

 

 ここからが本題か。妙な話という事は戦争の予兆ではない。となると……最近活発に行動している魔人達か。ギィが興味を持つのは古くからいる3人。頼み事もあると言ってたから、俺の関係者か。

 

 

「とある王国が急成長を遂げているらしい。それに反応してか周辺の諸国が進行を計画していると聞いた」

「へぇ……。それは大変だな。それと俺が……まて、最近急成長って……」

 

 

 思い当たるのは1つしかない。俺の耳に入っていないだけで夜薔薇宮が予想を上回る速度で成長していたら、周辺諸国が感化され手を組んで攻め入る可能性はあり得るだろう。

 

 

「新たな魔王が誕生するには丁度いい舞台だろう?俺の見込みでは4人生まれる。誰かは分かるよな?」

「ディーノにダグリュール……アイツは聖なる存在だから名乗るだけかもしれんが、残りの2人は噂のカザリームと……ルミナス。そういえば真なる魔王に覚醒することに拘っていた」

「ほぅ。なら好都合だろう。お前はどう思う?」

「どうって……アンタの見込み道理になった場合、夜薔薇宮には2人の魔王がいる事になる。問題になるだろう?」

「それなら構わねぇ。あの場所の支配者はルミナスでお前は不毛の大地。お前達は居候の身だ」

 

 

 本当にいいのだろうか怪しいが、調停者であるギィが許可したなら深く考えないようにしよう。しかし、いつの間に俺が不毛の大地の支配者になったのだろうか。これも深く考えない方いいだろう。かの地の復興は俺達の悲願なのだから。

 

 

「それでだ。お前にはあの吸血鬼の姫の覚醒を見届けて欲しい。どのみちあの王国は確実に狙われるからな」

「狙われる?誰に?」

「それは自分の目で確かめろ。あぁ、くれぐれも頭上と因果には注意だ我が友」

「……」

 

 

 何を企んでいるのか知らんが、どうやらあの時と同じかそれ以上の何かが起きるのは確定か。もう二度とあんな思いをしないためにもすぐに戻らないといけない。

 

 

「ルミナスの覚醒は兎も角、頭上と因果には気を付ける。話しはそれだけか?」

「あぁ。次は……そうだな。落ち着いたらまた会おう」

「出来れば会いたくないがな」

 

 

 紅茶を飲み干して立ち上がり、手合わせを終えたアルビオンとヴェルザードと軽く話をし、ヴェルザードに礼を言ってから夜薔薇宮へと戻った。

 



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帰還

 北の大地での会談から数日、夜薔薇宮へと戻って来たのだが、一年前より一回り……いや、二回りほど大きく発展していた。ギィから聞いてはいたが驚きだ。周辺の国が狙う理由がよく分かる。

 

 

「凄いですね。綺麗で神秘的な王国と聞いていましたが」

「多少はバランスが崩れると思っていたけど、むしろ以前よりいい感じになっている」

「その過程を今から聞きに行こう」

 

 

 夜薔薇宮へと足を踏み入れ、向かうのは俺達が住まう大きな屋敷。道中でサンフレア王国の民達が賑やかに騒いでいる光景や、超越者と話をしている光景。そして懐かしい鉄と炎の匂い。今からでも見て周りたいが、今は抑えよう。

 

 

(ルミナスも上機嫌だと良いが)

 

 

 実際に会ってみないと分からないだろう。戻る事は事前に伝えてあるし、説教はないと信じたい。アルビオンの件も小言で済んで欲しい所だ。

 

 

「着いたね。ここが私達の家だよアルビオン」

「……」

 

 

 大きな屋敷の前まで来る。その大きさに驚きを隠せないアルビオンだが、俺は気にせず中に入り、遅れてユニ達が入ってくる。向かうは3階の南側にあるアレクの部屋兼会議室。基本的にアレクはここに居る。

 

 

「入るぞアレク」

 

 

 軽くノックをしてから中に入る。返事を聞かずに入るのはいつも通りだ。流石に仕事部屋でよからぬことをしているはずがないからだ。マリンさんも傍にいるからサボれないし。現に部屋の中でアレクはマリンさんに膝枕されて爆睡してるし……ん?爆睡?

 

 

「……え?」

「あら?フレア様?」

「……えっと。後にした方が良い?」

「そうね。アレクは過労で倒れたから暫くは起きないわね。半日ぐらい待って貰える?」

「了解。それとすまん」

 

 

 視線を外しながら謝ると、マリンさんは小さく微笑みながらアレクの頬を撫でる。あぁ、アレクは既に彼女の尻に敷かれてるのか。過労の原因が少し気になるが。

 

 

「他の皆は?」

「魔人の方々は見回り。ベルさんはルミナス様の所よ。ゼノアは貴方の部屋じゃないかしら。ハクエンは見てないわ」

「分かった。ユニはゼノアの所に行ってくれ」

「ん。後で合流する。ホムラを頼んだからねアルビオン」

「了解です」

 

 

 俺の部屋に向かうユニ。彼女を見送ってから俺とアルビオンは城の自室に転移し、彼女のいる玉座へと向かったのだが、大きな扉の前に来た瞬間、扉の向こうから恐ろしく冷たい殺気が飛んでくる。殺気の正体は一人しかいない。俺の手が震えているのが証拠だろう。

 

 

「あ、あの……どうして冷たい殺気を向けられているのですか?」

「それは……入ってから確かめよう」

 

 

 ゆっくりと扉を開けて中に入る。玉座には腕と足を組んで座っているルミナスと、その両隣にはルイとロイが顔を青ざめさせて立っていた。

 

 

「よぅ。久しぶり……だな。元気そうで何よりだ」

「どこぞの馬鹿が連絡をよこさんからの。加えて……」

 

 

 ルミナスが冷たい瞳をアルビオンに向ける。向けられた当人は、ビクッと驚きながら俺の背後に隠れて抱きついてくる。この行動が更にルミナスの怒りを買う事になり、彼女は一瞬で俺の前に移動し、右手で頬に触れながら顔を近づけてくる。

 

 

「随分可愛らしい女子がおるがどういう事じゃ?力と知識を身に着ける為に旅をしていたはずじゃろう?」

「その途中で仲間になったんだよ。…怖いんだけど?」

「妾の何処が怖い?普通に接しておるじゃろう」

「と、ルミナスが言っているがどう思う兄弟?」

 

 

 ルミナスの後方に居るルイとロイ兄弟に訪ねるが、2人はそっぽを向いて答えない。その時点でルミナスが怒っているのは確定だ。どうにかして落ち着かせないと。

 

 

「言っておくが、アルビオンは君から俺を取ったりしないぞ。部下って訳でもないし友達だ」

「本当か小娘?」

「は、はい!ホムラさんとは友達です!」

 

 

 背から離れて、目線をルミナスから外す事無く全力で答えるアルビオン。それを見たルミナスは微笑みながらアルビオンの頬に触れる。

 

 

「ならよい。我が友が世話になった。感謝するぞ」

「お礼は結構です、私が決めた事ですから。あの……ちなみにルミナスさんはホムラさんとどういった関係で?」

「ほぅ。知りたいか。耳を貸すがよい」

「余計な事言うなよルミナス」

「安心しろ。お主の黒歴史は後でひとつ残らず話す。あぁそれと晩食の後は時間を空けておけ。よいな?」

「了解。また後でな」

 

 

 玉座から退室し屋敷の自室に戻る。扉を開けて中に入ると、執事服を着た吸血鬼の青年ゼノアとユニが話をしていた。ゼノアの手に分厚い本があったのを見ると、近況の話しだろうか。

 

 

「あ。おかえりホムラ。丁度近況報告受けていたところ」

「そうか。問題は無かったか?」

「えぇ。問題など起きるはずがございません。アレク様とマリン殿の仲も宜しいので」

「良かった。暫くは常駐するからゆっくりしてくれ。その本にも目を通す」

「承知しました。何かあればお呼びください」

 

 

 本を机の上に置き一礼してから退室するゼノア。俺は椅子に座り全身の力を抜くと、紅茶が注がれたカップが机の置かれる。ユニが気を利かせて淹れてくれたようだ。

 

 

「ルミナスの話はどうだった?」

「夜空けておけだって」

「堂々と夜這い宣言か。大変だね」

 

 

 紅茶を飲みながら心配している素振りを見せるユニ。他人事だからって酷くないかな。血を取られた次の日って結構しんどいんだぞ。しかも決まって抱き枕にして爆睡するし。もう少し色々と気にして欲しい所なのだが。

 

 

「少し休む。何かあったら呼んでくれ」

「了解。ホムラも何かあったら呼んで欲しい」

 

 

 優しく微笑んでから部屋から出るユニ。それから瞼を閉じて脱力すると、睡魔が一気の襲い掛かってくる。どうやら張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったようだ。

 

 

(少し……少しだけこのまま……)

 

 

 寝ないように気を付けて瞼を閉じる事数時間。そろそろルミナスとの約束の時間だと思って瞼を開けると、部屋の窓の近くに椅子を置き、月光に照らされてお酒を飲んでいるルミナスが居た。

 

 

「少し早い夜這いだな」

「何を言っておる馬鹿者。それよりもう少し寝ていても構わんぞ」

「大丈夫。結構休めたから。それで?話ってなんだ?」

「あぁ。お主の旅の話を聞きたくての。加えて大事な話もある。近くによっても良いか?」

「いいよ。おいで」

 

 

 膝に手を置くと。ルミナスはお酒の入った器を机の上に置き膝に座る。そのまま視線を合わせる事になり、沈黙の時間が数分続いた後、ルミナスの方から腰に手を置いてきたので、俺も右腕をルミナスの腰に回すと、彼女は微笑みながら優しく抱きしめてくる。

 

 

「女心が分かってきたのホムラ。じゃが……大事な話がある故少し待て。妾も我慢してるからの」

「意外だな。いつもなら大事な話でも血を吸いながらなのに」

「それだけ重要という事じゃ」

 

 

 ゆっくりと離れて体を預けてくるルミナス。こちらに背中を向け、器にお酒を注いでから一口飲み、少し間を置いてから口を開く。

 

 

「近頃周辺諸国で妙な空気が流れておる。かつて……ホムラが魔人に堕落し魔王と覚醒したあの時に近い」

「そうか。俺は何も知らないな。もしかすると急激に発展したから狙ってるんじゃないか」

「だとすれば愚かじゃのう。たかが人間が吸血鬼に敵う訳が無い」

 

 

 確かにその通りだ。加えて俺の配下も居る。皆魔王種を持つ魔人や魔物と同等かそれ以上。ルイとロイ兄弟のように、ルミナスに使えている吸血鬼も皆同様だ。

 

 

「で。お主は何か知らぬか?知っていることがあるなら話せ」

「さぁ?」

 

 

 知らないと誤魔化す。普段ならこれで諦めてくれるのだが、今回は通じなかった。ルミナスはこちらに向き直り、真剣な表情で右手で頬に触れてくる。

 

 

「本当に知らぬのか?隠し事の一つや二つは文句は言わぬ。だが……もしお主に関係する事なら隠さず話せ。力になる」

「……俺には関係ない事だ。この一年まともに連絡していなかっただろ。周辺諸国が何を企んでるかは知らない。でも喧嘩売ってくるなら好都合だろ?君の覚醒の餌になるんだから」

「それはそうじゃが……また抱え込んでいないじゃろうな?妾は……いや、本当に知らぬならよい。連中の出方次第だがまた相談する。力を借りるかもしれんからの」

「ん。また声をかけて欲しい。俺も何かあったら相談する」

 

 

 右手の小指を出す。どういう意味かルミナスは知っているので彼女も同じ様に右小指を出して指切りを交わす。それと同時に少し嘘をついてしまった事に罪悪感を抱くが、こればかりはギィとの……魔王同士の約束だ。覚醒していないルミナスを巻き込むわけにはいかない。全部終わってから話そう。一発殴られそうだけど。

 

 

「さて。では旅の話を聞かせて貰おうか」

「了解。寝不足になるなよ」

 

 

 俺は夜明けまでこの一年の話をするのであった。



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慌ただしい朝

 夜薔薇宮に帰って来てから数日。俺は溜まった仕事を片付けつつ周辺調査を行って貰っていたエンブとウインディからの情報を整理していた……のだが。思ったよりも忙しくほぼ完徹状態。鍛錬もあまり出来ていない状態だった。 

 そんな中で俺の部屋にはアレクとベルが訪ねてきたので、少し小休止を取りお茶を飲んでいた。

 

 

「はぁ。何でこんなに書類が多いんだよ」

「なんか悪いな。俺の方で片付けたかったけど、ルミナスの奴が『自分の仕事は自分でやらせろって』」

「あのババ……ルミナスめ……」

(うわぁ……珍しくホムラ様がイライラしてる……)

 

 

 まぁ少し機嫌が悪いのだが落ち着こう。ルミナスは間違った事は言っていない。言っていないが……定期的に戻るべきだと少し後悔してしまった。

 

 

「そう言えばアルビオンさんはどちらに?」

「あぁ。ルミナスに捕まってる。色々と話したいんだろ」

「今頃お前の黒歴史暴露されてるぞ。良いのか?」

「別に。お前こそいいのか?マリンさんと仲良くしてることでルミナスにいじられてるだろ」

「うぐっ。何の事だ?」

 

 

 冷や汗を流しながら目を逸らすアレク。どうやら相当遊ばれているようだった。ルミナスからしたら格好の得物だろう。どんな風に弄られているかは想像できるが。

 

 

「で。2人はどうだ?」

「ふふ。良い感じです。ゴールインも近いですよ」

「そうか……よし、今から空いてるかベル?」

「今から……はい。私でよければ」

「ありがとう。んじゃ少し出て来るよアレク」

「おぅ。俺は部屋に戻ってるからな」

 

 

 アレクと別れ、ベルと一緒に向かうのは工房区。途中でユニとも合流し、パールさんと遭遇したので情報交換。その後に工房区へと到着。一年前より何か所か増築しており、巨大窯も平常運転だ。

 

 

「しっかし賑わってるな。所々吸血鬼達も居るし……っとあれはゼノアか」

「隣に居らっしゃるのはロイさんですね。ルイさんはいないようですが」

「色々あるんだ。行くぞ」

 

 

 2人は声を変えずに装飾品が売られている工房に。中にいるおばちゃんに声を掛けると、大きな声と笑顔で出迎えてくれる。その姿を見ると祖母を思い浮かべてしまうがそれも遠い過去の事。あの世界でどれだけの時間が過ぎたか分からないが、家族が元気である事を祈ろう。

 

 

「おば様。こちらの魔鉱石でペアの腕輪をお願いします」

「任せときな。皇子とマリンさんの分だろ?」

「うん。頼んだよおばちゃん」

 

 

 純度の高い魔鉱石を渡して工房を出る。そのまま夜薔薇宮を見て周ろうとした時だった。西から強烈な魔素を感じ取る。無論隣にいたベルも直ぐに気付き、魔人達とゼノア。ユニやハクエンも瞬時に集まって来た。

 

 

「ホムラ様!この気配は」

「あぁ。幸いにも気付いているのは俺達だけ……狙いは俺だろう。魔人たちは夜薔薇宮に被害が出ないように気付かれぬよう結界。ゼノアとハクエンはルミナスに報告。ベルは幻惑で気配を遮断。ユニは付き合ってくれ。頼んだぞ」

 

 

 瞬時に指示を出してユニを頭に乗せる。ユニがしっかり掴んだのを確認してから空高く飛び上がり、夜薔薇宮より東にある少し開けた場所に向かう。その途中に後ろを振り返ると、桃色の髪が見え、あぁやっぱりかと納得しスピードを上げると、桃色の髪……ミリムが何を思ったのか複数の光弾を解き放って来る。

 

 

「いきなりかよ!アイツに何かしたか!?」

「文句言っている暇あったら避ける!」

 

 

 光弾の間を掻い潜るように避けるが、避けた先に光弾が飛んでくるに加えて、俺の体から僅かに放出している魔素に反応して磁石のように吸い寄せられてくる。

 

 

「やば。ホムラに吸い寄せられてるッ!!」

「魔素に反応してるのか。面倒だが撃ち落とすぞ」

 

 

 後ろ腰に携えている銃を抜き、光弾の弾速と弾道の予測と処理を瞬時に行い、銃に魔素を注ぎ込む。そして光弾全てを視界に入れて解き放つ。

 

 

「行け!」

 

 

 一発の炎弾が放たれたのと同時に光弾の数だけ分散。全ての光弾に直撃し爆風と衝撃が周囲に伝わる。ゆっくりと地上に降りると、目の前にご機嫌な様子でミリムがやってくる

 

 

「久しぶりなのだ!腕は鈍っていないようだな!」

「鈍ってるわけ無いだろ。何しに来た?」

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた」

 

 

 何だろう。とてもどうでもいい事のような気がするのは気のせいだろうか。俺の中ではお茶会に参加しないから強引に連れて行こうと思っての行動だと思ったけど、ミリムから殺気を感じない所見ると絶対に違う。絶対に碌でも無い事だろうなぁ……。

 

 

「遊びに来たぞ!」

「帰れ!」

「何!?」

「何じゃない。俺だって忙しいんだ。君と遊んでいる暇はない」

「なら何で私から逃げた?鬼ごっこをするのだろう?」

「しねぇよ!」

 

 

 つい大きな声で突っ込んでしまった。というか遊びに来るなら事前に連絡しておけよ。事前連絡あったならあそこまでの厳重警戒する必要なかったのに。

 

 

「生憎と今日は遊べない。また日を改めて……いや、そう言えば俺の相棒が暇してたな」

「相棒……あの皇子か?」

「あぁ。アイツとなら目いっぱい遊んでいいぞ。ただし組手等は禁止だ。ちょっとした遊戯があるから」

「遊戯?それは面白いのか!?」

「あぁ。面白いとも。興味あるならついてこい」

 

 

 ゆっくりと浮上し夜薔薇宮へと戻る。ミリムが興味津々に後を付いてきたのを確認してからユニ経由でアレク以外に連絡。怖い吸血鬼の姫は大層怒っていたがどうにかなる……だろう。

 という訳で民達に気付かれないように俺達の屋敷へ帰宅。そしてアレクの部屋にノックしてから入ると、アレクは『何だもう帰って来たのか?』とこちらに振り向きながら言ったが、俺の背後にいたミリムを見た瞬間、顔が一気に青ざめていく。

 

 

「は……?ミリム?何で?」

「お前と遊びたいって」

「え?俺と!?お前ではなく?」

「あぁ。頼んだぞ親友!」

 

 

 微笑みながらアレクにミリムを押し付ける。どういう状況なのか理解していない内に部屋を出て自室に逃走。何やら怒鳴り声が聞こえてきたが俺は知らない……というかこれから他の魔王との交流はあるわけだから慣れて貰わないと。

 

 

「ふぅ。何とかなったか」

「若様はそうではないけど。正直少し見損なった」

 

 

 フードの中に隠れていたユニが顔を出し冷たい視線を向けながら言った。アレクならきっと大丈夫だろう。問題は後でルミナスにどう言い訳するかだが。

 

 

「ルミナスにどう言い訳するよ」

「自業自得。というか今すぐ言い訳したら?後ろ」

「後ろって……うわぁ」

 

 

 振り返った先には俺の大きな椅子に座って青筋を立てているルミナスの姿が。取り合えずそろそろ朝ご飯んだし釣るか。

 

 

「ルミナス。そろそろ朝食だし良かったら一緒にどうだ?」

「は?」

「だから朝食でも……」

「その前に話すことがあるじゃろう?」

「話す事?一体何のこと「ふッ!」ーーッ!?」

 

 

 気合いの入った掛け声と共に、見覚えのある小太刀の剣先が俺の眼前に突きつけられた。そう言えばもう一本の愛刀の小太刀はルミナスに渡していたか。(というか今殺す気だったよなこの吸血鬼!?ちょっとヤバい女の子が来たぐらいで大げさな!)

 

 

「何故あの小娘が来た?軽く蹴散らさんか、同じ魔王じゃろうて」

「夜薔薇宮が吹き飛んでも良いのか?」

三重精霊結界(トライエレメントフィールド)とベルの『幻影乃王』があれば問題ない。あ奴は他の竜種と同じ天災じゃぞ」

「君の目の前にも天災がいるが?」

「貴様は別じゃ」

「そ、そうか」

 

 

 いまいちルミナスの基準が分からない。最近は既存する魔人や魔物でクラス分けがされている。俺とミリムは中でも一番危険な天災級らしい。怒らせたら世界が滅ぶとか。そんなことは絶対にしないと思うが、ある意味、人や魔人に畏れられているのは良い事だ。上手く利用できるし。

 

 

「今はアレクに任せてる。君は今すぐ……」

「ホムラよ!」

「「!?」」

 

 

 ミリムの大きな声と同時に扉がこちらに向かって飛んでくる。俺はすぐにルミナスを抱き寄せて扉を粉砕。部屋の中にとても悔しそうな表情を浮かべたミリムが姿を現す。

 

 

「どうしたミリム。アレクと遊んでいただろ」

「確かにそうだがつまらん!それに全く勝てないぞ!」

「何して遊んでた?」

「えっと……囲碁だ!」

「何選択してんだあの馬鹿」

 

 

 そんな難しい事ミリムに出来る訳がないだろう。後で一言言っておこう。ともあれ、ミリムが俺の方に逃げてきたなら何とかしないとな。腕の中にいるルミナスも怒りで震えてるし。

 

 

「という訳だからさっきの続きをやるぞホムラ!」

「悪いがこれから仕事」

「そんなもの配下の者に任せておけばいい。魔王なのだからもっと気楽にした方が良いぞ」

「そうはいかない。魔王としてやるべきことがある。守る物もな。遊びたいなら事前に連絡してくれ」

 

 

 ミリムの頭を右手で何度か軽くたたく。何とか分かって欲しいのだが相手はミリム。そう簡単にはいかないだろうと思っていると、ルミナスが俺の腕を払ってミリムと俺の間に立つ。

 

 

「む。何だお前は」

「妾の事はバレンタインとでも呼ぶがいい。そんな事より貴様。ホムラはこの後砂漠化についての話が配下の者どもとある。邪魔をするな」

「お、おい……」

 

 

 そんな事でミリムが折れるはず無いだろう。確かに会議はあるが昼からだ。それも簡易的な計画を組むだけだから俺が絶対に居ないといけないわけではない。事後報告でも言い訳だし。

 

 

「む……砂漠化の件か。それなら仕方ない。また後日遊びに来ても良いかホムラ?」

「え?あぁ構わないよ。事前に連絡してくれたら」

「うむ。ではまた来るのだ!」

 

 

 手を振って去っていくミリム。もしかして強気に出たルミナスに気圧された……いや、そんなことは無いか。いつものミリムなら売られた喧嘩を買うだろうし……。

 

 

「ふん。あ奴もあの事は責任を感じているようじゃの」

「砂漠化の事か。アイツの事だから気にしていないと思ってたが……もしかして」

「そういう事じゃ。で?妾と朝食を食べたいのか?」

「それは……いいよ。腕によりをかけて。折角だし皆呼ぼう。手伝ってくれるかユニ?」

「了解。んじゃ皆呼んでくる」

 

 

 皆を呼びに行くユニ。さて……完徹明けにキッツい事があったが、今日も一日頑張って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 




天魔戦争まで後僅か。


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調査と勇者

 周辺諸国に漂う不穏な気配が日に日に大きくなっている。そろそろ何かが起きる前触れだろう。その何かについて俺達も調査を開始しており、その一環として、俺はアレクとベルと一緒に一番近い小さな国に足を運んでいた。当然俺は姿と性格を切り替え、アレクとベルは幻影乃王で姿と気配を変えている。

 

「んー。今の所は何もなさそうだな」

「ですが同盟に加盟している事には変わりません。小さな国だからこそきちんと調べないと!」

 

 

 とても気合が入っているベル。その理由は数百年振りにこの3人で行動しているから。そう思うとあれから時がたった。俺とベルはまだまだ生きるからいいが、アレクはあと500年程。どうにかしてアレクを上位魔人と同じ位長寿にするために手を打たないと。

 

 

「気合が入っているのは良いが空回りしないように」

「大丈夫です。絶好調ですから。若様はどうです?」

「俺か……うん、ホムラに比べたらマシな方だろ」

(ん……?気になる言い方だが……おや?)

 

 

 一瞬アレクの首に見覚えのある後を見つける。そう言えば昔ルミナスから聞いたことがあるな。吸血鬼が人に噛みついた時、低確率で噛みつかれた人も吸血鬼になるって。もしくは吸血鬼の血を飲むか。それでも余程相性が良くないとならないって聞いたけど。

 

 

「んな事より情報収集。まずはこの国の戦力調査だ」

「了解。まずは中央にある大きな屋敷だ。頼むぞベル」

「承知しました。不可視の幻霧」

 

 

 俺達を不可視の幻霧が覆う。これにより周囲からはいたって普通の人間と認識され、正体が気付かれない。妖気を制御するのも大分様になって来たし。だからといって気は抜けない。何故なら街に出た途端に空気が変わったから。かなりピリピリとしている。

 

 

「おいおい……嫌な空気だな」

「えぇ。それに武装している方も居ますね」

「……それだけでは無いな。見覚えのある顔の奴がいる」

 

 

 指を指した方には、西洋人が3人いる。恐らく俺と同じ異世界人だろう。近頃は召喚された異世界人が猛威を奮っているらしい。だがその力は強大故、召喚者に逆らえぬよう術で縛られている。俺はそうでもなかったし、そもそもあの時代がまともに召喚成功した人間は殆どいなかった。

 

 

「術式が安定したのでしょうか?」

「どうだろうな。だがホムラと同じって事はユニーク持ちは確定。厄介だぞコイツは」

「ルミナスやルイ兄弟。超克者なら問題無いだろ。下位の吸血鬼や王国の民はきつそうだが。人数をもう少し調べよう。西と東には先生達が調査している。数次第では俺達も加わる必要があるだろう」

「そうですね。では上空で待機しているアルビオンさんに」

 

 

 アルビオンに連絡をしてから情報収集再開。細かく兵の数と異世界人の数を数えつつ装備も確認し、ユニ経由で別調査しているエンブ達の情報を受け取り照らし合わせると、装備が恐ろしいほど一致してしまった。

 

 

「これで完全に結託しているのは確定ですね。残りは四か国。このまま向かいますか?」

「そうだな……このまま転移しよう。もう少し裏が欲しい」

「裏?確かに誰が焚き付けたか知りたい所だな」

「ん。行くぞ」

 

 

 指を鳴らして次に転移し再び調査。その度に情報を照らし合わせて確実な物にして行く。それを4回繰り返したところで、俺は誰かに付けらていることに気付く。

 

 

「誰か付けてきてる」

「え!?」

「マジか!」

 

 

 2人が気付いていないという事は気配遮断系統のスキルを持ち、纏っている幻霧が効かない相手という事だ。なら早めに捕まえておこう。

 

 

「さて……」

「っ!?」

 

 

 振り返って瞬間に黒い影が動き出す。体を光に変換させて影の前に瞬間転移し大剣を抜くと、黒い影……黒髪の少年は慌てて立ち止まる。

 

 

「はや!?」

「当たり前だ小僧。所でどうして後を付けた?」

「えっと黙秘権を……」

「使わせるか」

「ひぃ!分かりました話します!というか聞いてくれるんですか!?」

「あぁ。その変わり俺達のボスと一緒にな。異世界人」

 

 

 少年の襟元を掴み持ち上げベル達と合流。事情を話してから城へと転移し、玉座で付けている吸血鬼達と話をしているルミナスの前に突き出す。

 

 

「土産だルミナス」

「青臭い小僧など要らぬ……ん?貴様と同じ異世界人か?」

「うん。俺達を付けていてね。話しを聞いてやろうと思うんだ。色々と知っているみたいだしね?」

 

 

 少年の顔を覗き込みながら言うと、少年は『え?何の事?』と言わんばかりの表情を浮かべる。妙だな、てっきり俺達のことに気付いて後を付けていたと思ったが。」

 

 

「小僧な名前は?」

「はい。雨宮湊(ミナト・アメミヤ)です。一月ほど前にこの世界に呼ばれて」

「一月……思ったより近いの。で?我が親友達の後を付けていた理由は?」

「それは……その……」

 

 

 俺達から視線を外すミナト。よし軽く脅すか。俺の魔王覇気が魔神覇気に進化したし。威力を調整すれば吐かせることも出来るだろ。

 

 

「素直に言わねぇと脅すぞ。さっき聞いてくれるんですか?って言ってたよな?」

「うっ。確かに……でも下らない理由で……」

「それでも話すのじゃ。妾達は今忙しい。いつ争いが始まるか分からぬからの」

「争い……そう言えば噂で8つの国が天使達の恩寵を受けて吸血鬼の国に攻め入るって。本名の巨人の国は天使たちが責めるそうですけど」

「「……」」

 

 

 思わぬ所から凄い情報もたらされたんですけど。というかこの子、どうも親近感を感じるんだよな……。

 

 

「貴様……ミナトだったか。それは真か?」

「はい。確かに聞きましたよ。日時は一月後です。詳しい戦力分配も知ってますが」

「……おいホムラ。もしかしてこの子」

「あぁ。俺達の早とちりか。すまねぇミナト。疑ってしまった」

「疑った?何をですか?」

「それは……」

 

 

 俺達が何をしていたか説明する。話を聞いたミナトは少し申し訳なさそうな表情を浮かべてしまった。まぁタイミングが悪かったから仕方ないだろう。彼も俺達に頭を下げたからこの事は追及しないでおこう。」

 

 

「ただいまホムラ。情報収集終わった……あれ?」

「ん。おかえりユニ。どうした?」

 

 

 帰って来たユニだが、ミナトを見て何かに気付く。暫く彼を見てから俺の肩の上に乗ると、真剣な表情で言った。

 

 

「ホムラを殺しに来たの?誰の差し金?」

「え……?」

「ユニ……さん?」

「それって……まさか!」

 

 

 そこで感じた親近感に確信する。それと同時にミナトは謝りながら騎士剣を抜き一瞬で間合いを詰めてくる。

 

 

「ごめんなさいフレアさん。これも僕の役目です!」

「っ!(速い。しかも不意を突かれた!)」

 

 

 完全に気を抜いていたから反応が遅れた。しかもかなりの速度、これはやられる!

 

 

「貫け!」

 

 

 剣先から放たれる光。光は腹部を貫通し実体化。光は壁に突き刺さり俺は貼り付けにされる。光を実体化する能力の持ち主か。さらに剣技の方も中々だ。

 

 

「ホムラ様!」

「待たんかベル!」

 

 

 助けに入ろうとしたベルを制止するルミナス。ベルだけではなく、この場にいるルミナスの配下達も彼女の指示で動こうとしない。アレクに関しては剣を持つだけで抜こうとしていない。

 

 

「くそ……上手く俺達を暴きやがったな後輩」

「そうでもしないと魔王の首は取れませんから。どうかご容赦を」

 

 

 剣先に光を集め近づいてくるミナト。次の一撃で確実に仕留めるのだろう。さて……このままやられるわけにもいかないし、まだ未熟な彼を斬るのもあれだろう。どうしたものか。

 

 

「なぁ。俺が魔王って誰から聞いた?しかも夜薔薇宮にいる事を知ってる奴なんて殆どいないはずだけど」

「……ラミリス様からです。勇者として認められ、挑むなら貴方に挑めと」

「成程……ルミナス。どうしようか」

「好きにせよ。お主の決めた事に文句は言わぬ」

「だな。よっと!」

 

 

 腹部を貫いてる光を粉砕。傷を焔で癒してから右手に太陽を作り出す。折角俺に挑んできたんだ。勇者として認められたのなら、俺がたどり着けなかった所に到達してもらおう。

 

 

「小僧。俺の事はラミリスから聞いてるな?俺を仕留めたいのなら真なる勇者に覚醒してみろ」

「……!それは……」

「なぁに。不意とはいえ俺に一撃入れたんだ。10年位修業すればいけるだろ。それまで付き合ってやる。その代わり」

「なんですか?」

 

 

 俺は少しニヤケながらルミナスに視線を送り、考えている事を伝えると、彼女は呆れた表情を浮かべつつ『好きにせよ』と返事が来る。

 

 

「俺には成すべきことが多くてな。定期的に夜薔薇宮を開ける事も多い。その間に魔人たちと共に守ってくれないか?」

「な、何で僕がそんな事……。勇者が魔王の住む国を守ったらおかしい……いや、でも貴方は確か……ぐぬぬ……」

 

 

 俺の事を知っているのなら簡単には断れないだろう。ラミリスがどういった意図で俺に送り込んだか知らないが、俺としては強い奴が味方になってくれると心強い。それに異世界人を放って置けないしね。

 

 

「どうする?俺としては心強い友を得る。君は覚醒することが出来る。悪い話ではないが?」

「……成程。ラミリス様が仰った通りですか」

 

 

 ミナトは剣を納めて殺気を消す。俺への敵意も消えたので太陽を消し力を抜く。しっかしラミリスの差し金か。ひと段落着いたら〆るか。

 

 

「さて、取り合えずミナト。詳しい話を聞かせて貰おうか?」

「え?」

「そうじゃの。色々と知っているようじゃ。素直に話せば拷問の類はせぬ」

「え?え?」

 

 

 頬をニコニコとさせながら近づく俺とルミナス。ミナトの顔がどんどん青ざめていき、周囲を見渡して助けを求めようとするが、ひと段落着いたので皆と話し合いを再開している。

 

 

「あ、あの……程々にお願いします」

「大丈夫。話しを聞くだけだから」

「ホムラの言う通り話を聞くだけじゃ。まぁ騒ぎを起こしたバツは受けて貰うが。きちんと面倒を見るのじゃぞホムラ」

「分かってる。んじゃ……お茶を飲みながら話をしようミナト」

「……はい」

 

 

 という訳で、ラミリスの差し金だがまだまだ未熟勇者のミナトを一人前に鍛え上げる事になったのであった。

 

 

 

 

 



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ちょっとした巡回

 勇者ミナトに襲われてからはや2週間、その間俺達は彼の情報を元に備えていた。結託した周辺諸国が攻めて来るまでは残りあと3週間だ。どれだけの数が攻めて来るかはおおよそで、異世界人が30人だという事は分かっている。しかも夜薔薇宮に直接攻めて来るらしい。恐らくは転移術だろう。侵入を防ぐ結界はマリンさんが開発しているが使わないらしい。理由をルミナスに聞いたら『来るなら丁重に出迎えよ』とのことなので、その通りにすることに。

 また、夜薔薇宮周辺に展開する兵士たちはルイ兄弟やマリンさんが担当。一番数が多い所はルミナスが出向き、自身の覚醒の贄にする予定だ。俺達は城の警護で、3魔人は各地に展開するルイ兄弟達の援護。ミナトはアレクの護衛と、担当が決まっていった。俺とベル、ユニを除いて。

 

 

「……で。俺達は何をするんだろうね」

「当日は民と非戦闘員を地下に避難させるから、その誘導?」

「もしくは攻め入る異世界人の相手……それはないと思いたいですが」

 

 

 正直今のルミナスが何を考えているか分からない。詳しい詳細等を一緒に決めたりはしたが、基本は『妾達で引き受ける』と言っていたのであまり言えない。だけど心配なので3魔人をルイ達に付けたのだが。願うならルミナスの背中を守りたい……でも余計な事って言われるのも嫌だし。

 

 

「入るよーホムラ」

「失礼しますホムラ様」

「お。パールさんとウインディ。時間通りだね」

 

 

 これからちょっとした話し合いをする。エンブはミナトと鍛錬中なので後で伝えに行く予定だ。しかもその後にはルイ達にも相談事があるので今日は大変だったりする。

 

 

「わるいな2人供、少し聞きたいことがあってな。今回の戦いで恐らくルミナスは覚醒するだろう…どう思う?」

「ん?別にいいんじゃない。ルミナスも覚醒したがってたし」

「えぇ。文句を言う方はいらっしゃらないかと。どうかしましたか?」

「……いや。それならいいんだ。俺も何も言わないし」

「「「「???」」」」

 

 

 ベル達は首を傾げる。ギィとの事はまだ誰にも話していない。話すのが怖いのもあるが、俺があの男の指示で監視を命じられている事を知られたくないのもあるが。

 

 

「そう言えばどうしてルミナスは覚醒したがってたんだろ?別にあのままでも十分強いのに」

「ふふ……。それは簡単ですよウインディ」

「どういうことパールさん?」

「ホムラ様には話しません」

 

 

 おっと、どうやら男には関係ないようだ、どのような理由かは知らないが、正直気になっているのは事実。時間があれば聞いてみよう。

 

 

「さてと、俺達が何をするかは考えて置く。各自準備を怠らないように」

「了解しました」

「ラジャ」

「んじゃミナトの様子を見てくる」

 

 

 部屋を出て向かうのは訓練場。中ではエンブがミナトの相手をしている最中で、状況は辛うじてミナトがエンブに食らいつけているといった所だ。邪魔をするのもよろしくないので、近くの椅子に座って観戦するとしよう。

 

 

「どうしたミナト?昔のフレアはもっと強かったぞ」

「昔のあの人と一緒にしないでください!」

 

 

 エンブの挑発に乗りつつも冷静に対処するミナト。こうして見ていると昔の自分を思い出す。あの頃の俺はまだまだ未熟だった。ヴェルダナーヴァに期待はされてたが、正直荷が重かった。

 

 

(あれから結構経ったか。俺も魔王らしく欲しい物は全力で取りに行くか)

 

 

 外套の内ポケットに入っている小さな箱に触れる。この箱はある遺跡で偶然見つけた物で、俺には似合わないもの。それこそルミナスのような高貴な姫に似合うものだ。

 

 

(無事に覚醒したら渡すか。きっと似合うはず)

「む……フレアか」

「え?いつからいたんですか先生?」

 

 

 俺に気付き鍛錬を一旦中止する2人。丁度良かったのかそのまま小休止を取る事になり、ミナトは隣に座ってお茶を飲みながら体を伸ばす。

 

 

「ふぅ……流石は炎の魔人。屈強な肉体から放たれる格闘術は凄まじいです。掠るだけで裂傷になりますし」

「その魔人と俺は数百年以上前に死闘を繰り広げたんだぞ」

「えと、何年この世界で生きてるんですか?」

「さて……何年かな?」

 

 

 正直な所覚えていない。あの戦いも結構前になるし、アレクの寿命を考えると500年は軽く超えている。その証拠として小さな国が数多く生まれ、ルドラが治める帝国も繫栄している。そして小さな争いも。

 

 

「もう忘れた。昔の事は重要な事と3人で馬鹿したことぐらいしか。まぁ後悔もあるけど。あの時……ユニを受け入れていたら魔王ではなく真なる勇者に覚醒していたかもとか、ミリムの件に関しては完全にエリンの故郷の王が悪いし、アイツも反省しているから必要以上に責めない。今は……目の前の事に集中だ。頼りにしてるぞ」

「はい。期待に応えて心身共に強くなります。所で、フレアさんは僕と同じ日本出身ですよね?どの時代から来たんですか?」

「ん?丁度アメリカに喧嘩売った時な」

「真珠湾の……もしかして東京大空襲の時ですか?」

「東京……何?」

「東京大空襲です。後の歴史で習いました。僕は西暦2012年から来たので」

 

 

 おぅ。俺が飛ばされた時よりかなり未来じゃねぇか。しかし、あの時は空襲はなかったから、飛ばされた後に東京は焼かれたのか。あんな大国に喧嘩を売るから悪い。どのみち勝てる戦では無かったのだから。

 

 

「そうなると妹は無事だろうか。願うならもう一度会いたいが……」

「妹ですか……って。フレアという名はこの世界の名前でしたね。本名は何て名前ですか?」

炎神焔(ホムラホノガミ)だ。聞き覚えあるか?」

「……え?ホノガミ?あの有名は神職の?」

 

 

 おや?家は確かに神を崇める一家だが神職では無かったはず。どうやら俺がこの世界に来た後に有名になったようだ。

 

 

「確かあの一家の優秀な跡取りの青年がいきなり消えたと本に書いてましたね。その妹さんも戦後に行方不明になったと」

「……行方不明。見つかったのか?」

「見つかっていません。ですが、妙な渦に飲み込まれて消えたそうですよ。僕みたいに」

 

 

 それって……俺やミナトのようにこの世界に来ている可能性があるという事だよな。もし来ているなら会いたいものだ。あれからどれだけの時間が過ぎたかは分からないが、話したい事は沢山ある。

 

 

(そうなるとこの世界に呼ばれる異世界人はどの時代からなのか分からないのか……)

 

 

 あくまでも歴史上での話で、実際にこの世界に来るのがすっと先の可能性もある。この状況が落ち着いたら探しに行って見よう。

 

 

「そろそろ再開するぞミナト」

「はい。ではフレアさんまた」

「おぅ」

 

 

 さて何処に行こうか。ルミナスは忙しいし、アレクも朝から雑事に捕まっている。他に手の空いていそうな奴は……ユニとハクエンか。確か書庫にいるはずだし顔を出すか。

 階段を上り一つ上の階へ。書庫の扉をノックしてから入ると、中ではユニが大きな本を空中に浮かせて読んでいて、ハクエンは机の上で丸くなっていた。

 

 

「ハク?寝てるのか」

「ん。さっきまで私と遊んでたから。どうかした?」

 

 

 ユニは本を読みながら肩に座る。今読んでいるのは先日の遺跡で手に入れた魔導書。ユニは主に魔法と俺達のスキルを使って戦う。彼女の究極能力『絆乃王(ククリヒメ)』は自身と魂で繋がっている存在の力を借りる究極能力。本来なら自身が名付けした存在のみ有効だが、俺と魂で繋がってるのを上手に使ってベル達の能力も使用できるというギィとは違う意味でヤバい能力だ。

 

 

「しかし、君やベルと言い究極能力って覚醒勇者か覚醒魔王しか会得出来ないと思ってたけどそうではないのか」

「そうだね。その二つに近いか同等の力を持つ者でも天使系・悪魔系以外の究極能力を会得出来るよ、条件を満たせればだけど。私は光の精霊でユニーク持ちだったし、ヤバい魔王さんに大量の魔素で名付けされて魂が繋がれれば進化するさ。正直予想外だけど魔人達も覚醒は兎も角進化はするんじゃない?ギフトを贈られてるはずだし」

「成程……そうなると次はアルビオンか……」

 

 

 潜在能力を含めるとアルビオン辺りが会得しそうだ。最近は剣技を教えて欲しいって言ってくる位だし。俺としても対竜の対抗策を組めるし。

 

 

「なんか俺の周りには一癖も二癖もある連中ばかりだな。俺の立場ってどうなんだろ」

「まぁボスって言うより悪友?エンブとかベル達はそうでしょ。私は相棒でアルビオンはマスコット?あぁそれだとハクと重なるか。崇拝してるのはゼノアぐらいかな?」

「そう考えると俺らのボスはアレクか」

(君はルミナスだけど。最近は隠す気配ないし……)

 

 

 先々を考えると俺達だけの部隊を編成する必要が出て来るだろう。リーダはアレクとしてどう編成するかだが、皆で考えよう。

 

 

「さてと、今日はここでグダグダするか」

「戦争も近いし休める時に休んで。私と君は一緒に戦うんだから。というか私単体では弱いし、君の魔素だよりな所もあるから」

「分かってる。んじゃ何冊か本を……」

 

 

 本棚から何冊か本を出し、近くのソファーで横になってから読み始めた。

 

  

 



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戦いの前の宴

ーほぅ。宣戦布告とは律義じゃのぅ……。

 

 

 玉座にて小さな紙切れを見ているルミナス。その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。既に出迎える準備は完了しており、後は時が来るのを待つだけ……という時に律義に宣戦布告してきたのだ。というかこれって相手側が完封負けする流れだよね。

 

 

「さて太陽の騎士。この紙切れはどうする?」

「捨てたらいいだろ。俺は興味ない」

「それもそうか」

 

 

 パチンと指を鳴らして紙を燃やす。しっかし相手側も災難な物だ。どんな切り札があるか知らないが、勝ち目は限りなく低いだろう。こちら側の切り札は俺だが、俺にも役割はある。夜薔薇宮に直接転移してくるであろう異世界人達の相手。元勇者として斬るのは心が痛いが、そろそろ人間の魂を補充したいと思っていたところ。アルビオンやユニの名づけの時に結構分けたからね。加えてもし犠牲者が出た場合に反魂の術を使う時に魔素に変換させて代用も出来る。

 

 

「時にルミナス。覚醒したら君に贈り物をしたいと思っている。何が欲しい?何でもいいぞ」

「……」

「ん?どした?」

「……あぁ。少し驚いた。よもやお主の口から贈り物(その様な)言葉を聞けるとは思っていなかった」

 

 

 少し面を喰らったという事か。言われてみれば予め贈り物をしたいだなんて言ったことが無かったか。

 

 

「で。本当に何でもよいのじゃな?」

「俺が叶えられる範囲内なら」

「承知した。考えておこう」

 

 

 妖艶な笑みを浮かべるルミナス。こいつはかなりの無茶を求めてくるな。何を求めてくるか考えつつ玉座を出て城の一番上に向かう。戦は明日の朝の予定。夜薔薇宮から東西南北20キロの地点には連合軍が展開している。俺は座り正宗を隣に置いて精神統一を始める。

 

 

(ふぅ。ルミナスも人が悪い。結局異世界人は皆招き入れて始末しろって言うし。まぁ……)

 

 

 相手が悪かった。としか言えないな。裏で誰が糸を引いているか知らないが、ルミナス達の力を侮り過ぎだろう。多分俺がいる事を知らないのもあるだろうが。そう考えると、時代によって姿を変えた方が欺けるか。

 

 

「あの時は時が経つのが早く感じたが今は遅すぎる。それだけ時間が有り余っている証拠でもあるが」

 

 

 だからと言って怠けるつもりはない。やるべきことと守る物が沢山ある。その為に必要な物は全て求め会得する。当然攻め入ってくる異世界人からもだ。奴らの魂をもらい受け、己が力の糧にさせてもらおう。

 

 

「さて。奴らの魂は俺に何を与えてくれるだろうか」

「何物騒なこと言ってるのさっ!」

「いて!」

 

 

 背後からユニに叩かれる。『まったくもう…』とぶつくさ言いながら呆れた様子の彼女は、そのまま右肩に座り、持参したお菓子を食べ始める。食べているのはカステラ。最近ベルとルミナスが密かにハマっているお菓子だ。

 

 

「ホムラも食べる?明日の朝早くから開戦だし。今のうちに甘い物補給しておかないと」

「俺はいい。寧ろ頭を使うユニが食べて」

「む。私の為を思って言ってくれるのは嬉しいけど、どうせ優しくするならルミナスにした方が良いよ。覚醒したら10日は傍に居ないといけないからね」

「いないといけないかぁ」

 

 

 この事は仕方ないだろう。彼女は俺が目覚めるまで傍に居てくれたわけだし。今度は俺がルミナスの寝顔を堪能させてもらおう。

 

 

「おぅ。ここに居たのかお前達」

「先生?どうした……て。何だよその樽」

 

 

 大きな樽を担いでいるエンブ。僅かに麦酒の香りがするという事は、近頃開発した麦を使ったお酒か。因みに俺は果実酒の方が好みなのでまだ飲んでいなかったりする。

 

 

「明日の決戦に備えて皆で飲もうと思ってな。お前はどうする?」

「俺はいい。皆って事はルイとロイも来るんだろ。俺はもう少し上の屋根から見てるよ。ユニは?」

「私は頂こうかな。陽も沈んできたし」

「そうか。程々に」

 

 

 ユニを肩から降ろして少し上の屋根に移動。暫くするととエンブ達の賑やかな声が聞こえてくる。たまには少し羽目を外すくらいは良いだろう。それはそうと考える事が1つで来たな。

 

 

(そろそろ新し土地を見つけないといけないか。ここから離れるという訳では無いが、このままいい意味で発展を続けると領地拡大より新しい土地を見つけて、農作物の栽培や工房等を専門とした都が近くに必要だが……)

 

 

 実際にやるとなれば時間はかなり必要だろう。その間にも発展と人口増加はするわけで。いつまでもルミナスにおんぶにだっことはいかない。これ以上弱みを握られないためにも。

 

 

(俺の独断で進める訳にはいかない。纏めてからルミナスに……)

「辛気臭い顔をしておるの。酒が不味くなる」

「あ……」

 

 

 甘い香水と麦酒の匂い。いつの間にかルミナスが膝に座って月光に照らされながら優雅に麦酒を飲んでいた。というかまた気配遮断して。俺をそんなに驚かせたいか。

 

 

「何か用か?」

「別に。1人寂しそうだったから構ってやろうと思っての」

「結構だ」

「そう言うな。お主も飲め」

 

 

 ルミナスは自身が飲んでいた容器を俺に渡してくる。よく見ると彼女の頬が少し赤く染まっている。本来なら『毒耐性』があるので酔わない筈だが、効果を弱めている様子。因み俺自身の耐性等は『焔天之王』に含まれており、条件を満たないと発動しなかったりする。

 

 

「太陽も無い事だし純粋に酔えるぞ」

「だったら生み出すまでさ」

 

 

 手のひらサイズの太陽を生み出す。ルミナスはとても不服そうな表情を浮かべつつ麦酒を一気に飲み干す。

 

 

「付き合いの悪い男よ。そんなんだと欲しい物も手に入らん」

「俺は毎日貰ってる。民の笑顔をね」

「一年帰らなかった男が良く言う。妾が言いたいのはな」

 

 

 ルミナスは俺の方に振り向き、両手で頬に触れながら顔を近づけてくる。最近は特に距離感が近い気がする。ただルミナスが俺を弄って楽しんでいるのか、あるいは真剣なのか。酔っている所を見ると前者だろう。

 

 

「もう少し自分の我儘を言え。ベル達に言えぬのなら妾に言ってみろ。お主には世話になってるからの」

「別にない。世話になってるのは俺の方だろう。君の方こそ俺に我儘の一つでも言ってみろ」

「それなら妾の覚醒後に言う。だから覚悟しておけ。戦の報酬じゃ」

「……分かった。ほら離れる」

 

 

 ルミナスを持ち上げて隣に座らせて横になる。我儘か……今更何を求めればいいのだろうか。元居た世界で欲しかった物は手に入れた。なら次は手に入れた物を守り導くのがやるべきことだろう。俺の力はその為にあると思っている。今もこれからも。ただ振るう相手が変わっただけだ。

 

 

「かつてヴェルダナーヴァが俺に聞いて来てな」

「そう言えばそれなりに交友があったか。その外套も……」

「あぁ。アイツと最後に話した時にもらったんだよ。俺のいた世界の話を沢山話したからな。そのお礼って」

「そう……(ならその外套にはあ奴の力が込められているのか)

 

 

 やや真剣な表情で外套に手をかざすルミナス。恐らくは外套を解析鑑定しているのだろう。これはユニやベルも行っていたが結果は何もわからず。なのであの2人も俺も諦めている。

 

 

「……むっ!」

「お、おい!」

 

 

 ルミナスがゆっくりと倒れてくる。慌てて受け止めようとしたが俺の肩に手を置いて耐えた。何があったのか確認しようと声をかけると、無言で外套を握りしめる。

 

 

「末恐ろしいの。竜種の力は」

「まぁヴェルダナーヴァだし。つか分かったのか外套の正体」

「……今は何も起きんじゃろ。少し強い力を感じ取っただけじゃ」

「君の言う少し強いって宛てにならんのだが……」

 

 

 なんかとても怖いんだけど。俺から見たヴェルダナーヴァって力は恐ろしいけど考えている事は共感出来る。俺の話に目を輝かせるぐらい無邪気な面もあるし。あの時代は異世界人が殆どいないし召喚成功した例も全くなかったらしいし。

 

 

「何時転生するんだろうな。話したい事が沢山あるんだけど」

「ヴェルドラが姉に殺されて復活する定期を考えると、もう復活していてもおかしくない。何か特別な理由か……」

「あるいは既に転生する時間と場所が決まっているか。まぁどっちにしろアイツ不在の間はギィが何とかするだろ。俺は俺でこの世界に来た異世界人が間違った道に進まねぇようにするだけだ」

「早速その時が来たの。明日は頼んだ。頼りにしてる」

 

 

 ルミナスは優しく微笑んでからエンブ達の元へと戻って行く。俺も暫く彼らの宴を見守っていた。

 

 

 

 



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新たな魔王の誕生とその裏で

「そろそろか……」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり正宗を右逆手で持つ。今の時刻は6時30分。後少しで開戦の時刻だ。こちらの準備は整っている。後は連中がどう出て来るだが。

 

 

「よぅ魔王様。そろそろだな」

「おはようアレク。気合い十分だな」

 

 

 武装したアレクが姿を現す。彼も異世界人の相手をしてもらう予定だ。担当は南。俺達の予測では、夜薔薇宮周辺に展開している連中同様に東西南北に転移してくると予測している。北は俺で西はゼノア、東はアルビオンだ。

 

 

「一応言っておくが出来る限り無傷で捕縛だぞ。救いようのない下種は斬って良いが」

「分かってる。異世界人にも色々事情はあるだろうし穏便に進めるさ」

「頼むぞ。そこにいる二人も」

 

 

 背後にいるアルビオンとゼノアにも釘を刺す。あの2人なら大丈夫だと思うが念の為だ。異世界人に罪は無いから。

 

 

「ふわぁ……お早う皆」

「おはようユニ。大丈夫?」

「まぁね。そうだ。ルミナス達はもう行ったみたい。タイミングは合わせるって伝言残して」

「了解。建物に先生達の結界も張ったし、ベルとハクは城の中で待機。後は……」

 

 

 連中が来るのを待つだけ。どのようなやり方で開戦するか。そして裏で誰が糸を引いているか。まぁ大体は予想できている。

 

 

「……!ホムラさん。空間が揺らぎました」

「あぁ。加えて巨人国の方に何か出やがった。という事は……」

 

 

 かすかに感じるこの気配は天使か。そちら方面は詳しくないから何も言えないが、こちらに来ないなら放置しておこう。

 

 

「おや?この感じは……来ましたねホムラ様」

「うっし行きますか」

「はい。出来る限り穏便に。丁重におもてなししましょう」

「おぅ。頼んだぞ」

 

 

 それぞれ担当場所へと向かうアレク達。ほぼ同時に夜薔薇宮の四方に光の柱が現れて異世界人達が転移してくる。北側には男性と女性3人ずつ。皆西洋人だった。

 

 

「さて……。敵意が無いか確認の後に対応を考えるか」

 

 

 焔を纏って異世界人の前に一瞬で到達。ゆっくりと着地する。異世界人達はこちらを向き武器を抜く。しかし敵意も殺気も無い。纏っている気配から予測すると、何か弱みでも握られてるのか?

 

 

「よし。話をしようか。俺は無意味な戦闘をしたくないし、君達も嫌だろう?だから素直に投降して欲しい」

 

 

 こちらに敵意が無い事を示す。出来る限り穏便に済ませたい事も伝えると、先頭にいたボーイッシュな女性が、少し怯えながら口を開く。

 

 

「投降なんて出来ないよ。僕たちに選択肢はないから。逆らえば召喚主の魔法使いに殺される」

「あぁ。殺される位なら死んだ方がマシだ」

「もう嫌だしね。あんな思いは」

「だから貴方達には悪いけどやられてもらう」

(……ふむ)

 

 

 予想通りの回答か。しかし話に聞いていたが随分不自由を強いられているみたいだな。元勇者として放置しておくわけにはいかないだろう。かつてなら何も出来なかったが今は違う。今の俺なら彼等を縛っている物を斬ることが出来る。

 

 

「自由になりたいか?俺ならお前たちを縛っている術式を斬れる」

「え?自由?」

「何言ってるんだアンタ……」

「冗談言わないでよ。私のスキルでも解除出来なかったし」

「冗談は言わん。俺は魔王だからな」

「「「「「「!!!」」」」」」

 

 

 揃って驚いた表情を浮かべる異世界人達。確かに目の前に魔王が居たら驚くか。或いは俺が魔王に見えないか。話題になるのはギィやミリムだしね。俺の事なんて全然出てこないだろ。

 

 

「魔王……様?」

「ぜ、全然見えないよな?」

「と言うか魔王が何でここに居るんだよ!?」

「そうだよ!魔王ってもっと傲慢で理不尽だよね!?絶対に嘘だ!」

「……(信じて貰えねぇ……)」

 

 

 俺ってそんなに認知されてねぇのか。まぁ魔王だけど魔王って名乗ってねぇし、形式として名乗る事あれどミリムの様に堂々言ってないから仕方ないか……もう少し魔王らしいことするか。まず手始めに彼らを自由にしよう。

 

 

「よし。動くなよお前達」

 

 

 正宗を左手に持ち替える。当然異世界人達は警戒するが、気にすることなく『心天眼』を使用し、彼等を束縛している術式と、何処に繋がっている回路を確認し、一刀両断する。回路は切れ術式は粉砕。異世界人達の体がふらつき膝を付く。

 

 

「え……?」

「体が……軽い?」

「そ、それにあの下種の声も聞こえない……」

「どうなってんだ……」

 

 

 自分の体を確認して驚いた様子の異世界人達。今の技は体を斬るのではなく精神を斬る技の応用。要は術式と回路のみを斬る絶技だ。勇者時代は出来なかったが日々鍛錬を積んだ結果、空間など普通斬れない存在が、スキルを使わずに斬れるようになった。

 

 

「これで自由だがどうする?俺に挑むか?別に構わねぇぞ。姫から丁重にと言われてる。こちらとしては素直に降伏を進めるが?」

「……そんなの決まってるよな皆」

「あぁ。自由にしてくれたみたいだし」

「アンタが魔王って信用ならないが、借りは返す」

 

 

 揃って頷く異世界人達。無駄な血を流さずに済んで良かった。彼等の処遇はこれから考えるとして、他の場所に誰がいるか聞くとしよう。

 

 

「そこの君。他にどんな奴がいるのか聞いて良い?それと名前を教えてくれると嬉しい。俺はフレア。本名はホムラ・ホノガミと言ってね。好きな方で呼んで欲しい」

「えっと……僕?僕はランって言います。他の皆も僕等と同じです。1人を除いてですけど」

「1人?どんな子かな?隣のかっこいい少年」

「か、かっこいい……?そんなにかっこいいかな俺……って聞かれたら答えないと。俺はシン。そいつは……」

 

 

 シンと名乗った青年からその一人について聞く。何でもそいつだけ進んで支配を受けたらしく、この戦いで夜薔薇宮を落とせたら報酬として吸血鬼の姫を求めたらしい。その事を聞き少し殺気が漏れてしまうが丁度いい。そんなに我が物にしたいのならさせてやろうじゃないか……覚醒した彼女の餌食にな。

 

 

「よし。そいつは捕縛するように伝えよう。どうやら俺達の事を舐めているようだからな」

 

 

 他の3人に思念を伝達。思わしき人物を捕縛するように伝えてからミナトを呼び彼らの身を預ける。そして向かうのはルミナスの向かった本陣。無事覚醒するのならば誰かが迎えに行かないと。彼女の配下は進化の眠りに落ちるから。

 

 

「さてと、本陣はこの辺り……んー……凄い死の気配。という事は……」

 

 

 地上を見ると結構な数の死体が並んでいる。そして漂っている死の気配。分かっていた事だが一方的だな。まぁ『色欲者』の能力なら容易い事だろう。そして中心にはルミナスと同盟国のお偉いさん達の姿。彼等は色々と話してもらう為に捕らえるように伝えてあるから大丈夫だろう。一応声はかけるが。

 

 

「ルミナス。そいつらは……」

「……分かっておる。殺してはおらぬから案ずるがいい。しかし……」

「……!」

 

 

 ルミナスがふらつく。地面に倒れる前に腰に手を置き支える。そう言えば人間の魂一つ感じ取れないと思ってはいたが、そういう事か。世界の言葉は本人にしか聞こえないし、今のルミナスの状態が分かるはずもないだろう。

 

 

「大丈夫か?眠いだろ。寝て良いぞ」

「寝ない選択肢はないじゃろうが。妙な事はするなよ」

「大丈夫。お姫様抱っこで連れて帰るだけ」

「それを妙な……」

 

 

 ゆっくりとルミナスの瞼が落ちる。いまから10日は眠り続ける事になるだろう。そう考えると俺が7日程で目覚めたのがどうしてか気になるし、魔王なのに半神半人なのが凄い気になるが…まぁいいだろう。今はルミナスを部屋に送らないと。

 

 

(しっかし、この世界は分からねぇことだらけだよヴェルダナーヴァ。だからこそ楽しいんだけど)

 

 

 

 今は亡き竜に言ってから夜薔薇宮へと急いで戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 連合国及び異世界人達との戦いの次の日。ルミナスと配下……吸血鬼達が眠りにつく中、念の為被害を確認し、大きな損壊が無い事を確認できれば結界を三重に展開。こちらはひと段落着いたが、大陸各地でも小規模の戦争が起きている。油断は禁物だ。特にダグリュール方面はまだ続いているようなので、落ち着いたら聞きに行こう。 

 それ以外にも片付ける事は多い。保護……こちらに下った異世界人達をどうするかを考えないといけない。出来る限りは彼らの自由にしてあげたいのが本音だが、そうはいかないだろう。下ったからには最低限俺達の力になって貰わないと困る。どのような形であってもだ。

 中には既に自分から行動を移している人も居て、工房方面に入り浸っている者もいれば、エリン達に魔術を習っている者もいる。他にも色んなところに行ってみたいと言っている人もいて、出来れば夜薔薇宮を拠点にしたいとか。これに関してはルミナスと用相談の為保留にしている。(ちなみにその話を先生が聞いて色々と戦いのイロハを教えているとか)。

 なので今はそれらを纏めた書類を作成している最中だ。出来ればアレクに纏めて欲しいのだが、マリンさんが心配らしいので俺が引き受ける事に。うん、たまには書類仕事もいいだろう。

 

 

「よし、半分ぐらいは纏めたか。自由に好き勝手していいって言ったのに結局半数は教会やら工房やらに入りたがるなんてな、冒険者もある意味驚いた。小国は増えてきてるけど簡単には入国出来ないし」

 

 

 まぁそれぞれが自分の意思を持って行動しているならいいだろう。それにしてもミナトの話を聞いて攻め込んできた異世界人に妹が混じっていると期待したがいなかった。むしろいない方が嬉しいのだが。出来るなら静江ちゃんと元気にしていて欲しい。

 

 

「うっし。後は明日に任せてやることやるか」

 

 

 筆を置き外套を纏って外に出る。向かうのは人や魔物、魔人達が居ない広い荒野。ここなら多少暴れても問題ない。恐らく戦うのは確定……いや、俺の方から喧嘩を売る事になるだろう。久し振りに血が滾る。

 

 

(さて、勝率はどれぐらいだろうか。ミリム以上の化け物に加えてヴェルダナーヴァに認められた男だ。ルドラとは違う意味で最強だろう)

 

 

 暫く待ち続ける事数分。背後から強い気配を感じ振り向くと、その先に居たのは赤い長髪に瞳を持つ魔人……最初の魔王ことギィ・クリムゾンのお出座しだ。笑みを浮かべている所を見ると俺の考えは筒抜けなのだろう。現に奴の手には今まで感じたことの無い巨大な気配を纏った剣が握られている。

 

 

「待たせたな太陽の魔王……いや太陽の騎士か。お前の事だ。こうなると分かっていた」

「そうか。改めて聞きたい事が沢山ある。付き合って貰うぞ」

 

 

 正宗を顕現させて剣先をギィに向ける。彼も剣を持ち替え構える。さて、今の俺が奴相手に何処まで出来るか。やれるだけやってみるか。

 




VSギィ。話しという名の戦闘です。


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異次元の剣と心配症の皇子

ーガキィン!!!

 

 

 正宗とギィの剣がぶつかり、大きな音と衝撃波が響き渡る。お互いにまだ剣の戦い。魔法等の小細工は全く使っていなかった。時折猛毒の爪が飛んでくるが見なかったことにしよう。喰らったとしても太陽があるから毒は直ぐに解毒されるし。と言ってもいつまでも様子見を続ける訳にはいかない。そろそろ仕掛けるか。

 

 

「仕掛けてくるか?そろそろ」

「チッ、よくお分かりで!」

 

 

 一歩下がりつつ切り返し、ギィの上体を後ろに逸らす。やや後退するギィ。本来なら透かさず攻勢に出たいところだが、ここはあえて慎重に、成るべく手の内を明かさぬように仕掛ける。何せ相手は一度見た技やスキルを自分の物に出来るふざけた魔王なのだから。

 

 

「それなら……」

 

 

 ギィとの間合いを一定に保ちつつ光で2体の分身を作成と同時に偽物と本物の気配を混ぜる。おそらくこんな小細工はギィには通用しないだろう。現に奴は気にすることなく分身を一刀両断にし、俺に剣を向けてくる。だか、さっきよりも少しだけ反応が遅い。並みの魔人や人間相手なら問題にならない程度の差。その隙に、俺は一気にギィとの間合いを詰めながらーーー技を放つ。

 

 

ー紅蓮一閃

 

 

 ただの振り下ろす一撃だが、刀身に太陽と同程度の焔を纏わせているので受け止めようとすれば例え魔王でも大火傷は免れない。それを分かっているギィは避けるかスキルで相殺するかの2択しかない。

 

 

「はっ。そう言う事か!」

 

 

 ギィは笑いながら紅蓮一閃を正面から受け止めて焔を四散させる。成程そう来たか。俺の生み出した殺傷力の高い焔を、調和の焔……すなわち俺の焔天乃王のもう一つの焔で効果を零にしたのか。その手を考えてはいたが実際に初見で難なく成功させるとは、それもコピーした他人のスキルで……流石と云うべきか。当然だが俺も同じ事は出来る。分身を相手に自分の究極能力と保有している能力がどれだけ恐ろしいかは、身をもって実感している。

 

 

「全く規格外の男だな」

「それは貴様にも言える事だろう?魔王でありながら聖なる力と魔の力をその身に宿す異質な男。俺は貴様が半神半人とは認めん。大方あの光の妖精が調べて推測の範囲で言ったのだろう?」

「よくご存じで!」

 

 

 一歩踏み込みギィを斬り飛ばしながら複数の斬撃を放つ。ギィは軽やかに斬撃の間を潜り抜け禍々しい爪と剣での連撃を繰り出してくる。正宗を巧みに扱って的確に防ぎつつ反撃。一進一退の攻防を繰り広げていると、ギィの方から距離を取ってくる。

 

 

「どうした?」

「……気に食わん。能力はいいが剣は本気じゃねぇだろ」

「おっと……そんな事ないけど?真面目にやってるし」

「それは分かる。剣と能力を上手く合わせてな。だが俺が見たいのは貴様の純粋な剣技だ。あぁついでに『黒い太陽』の力も見せてくれたら嬉しいが」

 

 

 この野郎……あくまで軽い手合わせってのを忘れてねぇか。仕方ない。軽い手合わせが殺し合いに発展するなんて日常茶飯事か。

 

 

「いいぜ。本気で言ってやるから後悔すんなよ」

「安心しろ。後悔はしない主義だ」

 

 

 ギィの纏っている魔素が上昇する。こいつはミリムの『憤怒之王』か。しかも完璧に制御している。成程な。コピーした究極能力を解析して調整してるのか、加えて相手によって能力を切り替える。『憤怒之王』という事は正面から受けるつもりか。

 

 

「いいだろう。見せるのは一瞬だ」

 

 

 全身の力を抜き纏っていた焔を消して魔力を正宗に伝導させると、刀身に刻まれた桜が淡く発光する。そして、呼吸を整え刀を構えた次の瞬間ーーー。

 

 

「!?」

 

 

 ギィは何かを感じ取ったのだろう。表情が変わり剣を構えるがもう遅い、俺の剣は勇者の頃とは次元が違う。概念を斬り、例え時間を止めようとも止める事が出来ない剣。その速度はまさしく時を超えた一撃だ。

 

 

ー絶技・加具土命

 

 

 剣先がギィの腹部を掠める。本気で放ったが殺す気で放ったわけではない。故に出血もなく薄皮一枚を切っただけ、もし殺す気だったなら防御する隙も与えずにに首を落としている。

 

 

「……はっ。成程な。流石にこいつは俺には出来ねぇ。俺達と会わない間に異次元の剣を会得したようだな」

「日々の努力は裏切らない。さぁあの時のお茶会の約束は果たしてやった。いい加減にお前の望む世界を教えて貰おうか?大方の予想は付いてるが」

 

 

 正宗を左逆手に持ち替える。問われたギィは傷を治しただ一言だけ。

 

 

「お前は好きにやれ。定期的に顔を見せてくれたらいいさ」

「……そうかよ」

 

 

 ギィが言うなら好きにしよう。まぁ最初から好きにするつもりだけど。何か余計な事したら直接乗り込んでくるだろうし。

 

 

「俺は帰るぜ。また相手を頼むぞ太陽の……いやお前は聖魔人だな。聖なる力と魔の力を持った魔王」

「好きに呼べよ。呼ぶなら≪太陽の騎士≫の方が嬉しいが。かの王国の名を背負うものとして」

「分かってる。あくまでも魔王間の呼称だから気にするな。またな」

 

 

 笑いながら飛び去って行くギィ。お茶会の約束もそうだが今回の手合わせはギィも得るものがあったようだ。俺としては出来る限り会いたくもないし戦いたくもない。余程の事がない限り勝てない戦に挑みたくはないから。

 

 

「はぁー……しんどい」

 

 

 彼の姿が見えなくなると緊張の糸が切れて姿が変わると同時に地面に倒れる。視界に映るのは一面の青空と眩しい太陽。能力を最大限発揮できるこの状況でもギィに届くかと考えたら怪しい。互角の戦いは出来ても勝てる確率は低いか。やっぱりアイツの究極能力がエグイんだろうなぁ……。

 

 

「もう一つの究極能力と『焔天乃王(ウリア)』。両方とも根本的な力を底上げして同時発動出来るように鍛え直すか」

 

 

 そうと決まればすぐに戻ろう。ルミナス達が起きたら騒げないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 ギィとの軽い手合わせから2日後。戦争もひと段落付き、戦いの気配は消えて行った。ギィから聞いたが覚醒したルミナスだけでなくダグリュールが魔王を名乗ったとか。正直関係ないので気にしないことにしている。誰が魔王の席に着こうが知らないし、興味も無いからだ。

 

 

「うーん。周辺諸国の処理をどうするか……。各国の王は捕縛しているし、拷問して吐かせた後に始末するか?丁度いいから一か所に集めて……」

 

 

 まぁそんなことを考えるより後処理で大変なのだが。一通りの方針を決めるのは勿論、連中をどうするかも決めないといけない。あぁ……保護した異世界人はそれぞれの意思を尊重している。例の小僧は牢屋だが。彼には目覚めたルミナスの餌食になって貰う予定だ。

 

 

「諸国を纏めて一か所に集めるの良い案か……って何で俺がやってるんだよ……」

 

 

 正直これはアレクの仕事だろう。なのに俺がやっている理由……は少し前に話したな。愚痴を言っても仕方ない。俺もルミナスの事が心配だし。

 

 

「入るぞ魔王様」

「む……馬鹿皇子(アレク)か」

 

 

 絶賛仕事をサボっている馬鹿皇子(アレク)が入ってくる。しかしその手に大量の本を持っている所をみると、多少は仕事をこなしていたみたいだ。

 

 

「今日も起きないなみんな。ルミナスはあと5日ぐらいか?」

「そーだな。俺が七日で目覚めたのが異常だろ。つかどうしてルミナスの話が出て来る?」

「目覚めたら彼女が求めてるものをあげるんだろ?んな物一つしかない」

「……なんだろうね?」

 

 

 ルミナスが何を求めてくるかは考えない方が良い。かなりの無茶を言われる可能性が高いからだ。まぁ逆を言えば俺の想いは一生届かないという事だが。今はそんな事よりも後の事を考えないといけない。

 

 

「連中はどうする?」

「諸国の王は全員戻すが、どっかで統一しようと思ってる。属国にするつもりはないが丁度いいだろう。以前話していた件と同時進行だ、夜薔薇宮も絶対じゃあない。仮に暴風竜が来たら……あぁ考えたくもない」

「だな、避難地という面でも早急に進める必要がある。こればかりはルミナスの許可がいるが」

「俺達は兎も角、吸血鬼達はな」

 

 

 最近はヴェルドラも大人しいが噂を聞いてこないとは限らない。来たときのことを考える必要はあるだろう。いついかなる時にも最善の選択を取り犠牲を零にしないと。

 

 

「そう言えばお前の直轄組織の名前は決めたのか?俺は魔術協会が下についてくれてるが、ホムラは魔人やベル達、それと今回下った異世界人のシンとラン。後はザイファか?」

「うん。全部で9人だな。俺は構わないって言ったんだが押し切られてな。まぁ好きにしていいって言ったから仕方ない」

「確かにみんな好きにしてるな。エリンさんに弟子入りしたり、冒険者になりたいって言っている奴もいたか。そいつらは先生が鍛えるって言ってたぜ」

「当然だろ。まだこの世界に来て日が浅いからな。シフォン達も俺が鍛える予定だ。ミナトのいい刺激になる」

 

 

 貴重な戦力と考えるつもりはない。あくまでも友達だ。だから出来る限り死なせないし、好きな事をやらせる。この世界に来た異世界人は皆勇者の卵。何人覚醒するかは分からないが少なくとも『聖人』まで至るだろう。

 

 

「んー。よし、後のまとめは頼んでも良いか?」

「任せろ。お前は少し休みな」

「そーするよ」

 

 

 細かいまとめをアレクに任せて部屋に戻る。そして3日後。ついにルミナスが目覚めるのであった。




主人公はまだまだギィには届きません。もっと強くなります。


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一つになる想い

「……さて。そろそろかな?」

 

 

 ルミナスの寝所の前。扉の隣にある壁にもたれてその時を待っている。戦争から丁度10日。ルイ兄弟やマリンさんが目覚め、ルミナスも今日目覚めるはず……。なので出て来るのをここで待っているのだ。

 

 

「俺の時は膝枕をして待っていてくれたけど俺がやるわけにはいかないな。追いそれと女性の寝顔を見る訳にはいかない」

 

 

 見たら拳骨が飛んでくるだろう。やられたらやり返せとよく言うが、今回はやられたらやり返すなが正しい。心身ともに殺されないためにも。

 

 

「おや?こんな所で待ってていいのかしら……フレア様?」

「うっ……別にいいだろうマリンさん?」

 

 

 如何にも不満げな表情でマリンさんは言った。分かるよ言いたい事は。ルミナスは俺が目覚めるまでずっと傍に居たから俺もせめて目が覚めた時ぐらいは隣に居ろって言いたいんでしょ?でもそんなことをしてみなよ。後が怖い。

 

 

「別に気にしなくてもいいじゃない。それにルミナス様は何も言わないわ」

「……でもなぁ」

「後からブチブチ言われるよりずっとマシよ」

「……分かったよ」

 

 

 言い募る彼女に押し切られてしまい、深呼吸をしてから部屋の中に入る。ルミナスは……まだ眠っている。俺は椅子をベットの前に置いて座り、持参していた魔導書を読みながら目覚めるのを待つが、視界にどうしても魅力的な寝顔が入ってしまい、魔導書の中身が入ってこない。

 

 

(心臓に悪いな……しかしルミナスは7日膝枕してたんだろ?よく耐えたわ)

 

 

 あの時のルミナスに敬意をしめしていた時だった。かすかに空気の流れが変わる。ゆっくりと魔導書を閉じた後、ルミナスの瞼がゆっくりと開く。吸血鬼の姫覚醒だ。

 

 

「……ここは。妾の部屋……」

 

 

 ここが何処か分かっているようだ。それなら大丈夫だろう。理性の無い化け物になっていない。まぁルミナスなら問題無いだろうけど。

 

 

「おはよう。無事に目覚めてよかった」

「お主……丁度良い。周囲には誰も居らぬか」

「あぁいない。俺とルミナスだけだ」

「そうか……なら隣に来ておくれ」

「はいはい」

 

 

 ルミナスの隣に座る。もしかして覚醒前の話しだろうか。さて……ルミナスは何を望んでいるのだろう?出来る限り俺が叶えられる範囲にして欲しい所だ。

 

 

「ふむ……言いたいことがあったのだが忘れてしもうた。やはり伝えるより行動で示した方が伝えやすい。だから……」

「ルミナス?」

 

 

 ゆっくりと上体を起こすルミナス。それから両手を俺の肩に置いた彼女は、力を込めて押し倒してくる。血が欲しいのか?いや、それなら首に噛みつくだけでいいはず。それなのに押し倒したという事は別の理由か。

 

 

「大胆で積極的な女だ」

「嫌か?妾は欲しい物を全力で取りに行っているだけぞ」

「……そうか。欲しい物は俺か。何処が良いのか」

「それは主にも言えることじゃ」

 

 

 頬に手を添えて顔を近づけてくる。そう言えば似たような事が前にもあったか。確かあの時は別れる前に目隠しをされて唇に何かされたか。あの時はルミナスの顔を直視できなくて逸らしたんだっけ。

 

 

「のぅホムラ。どうして妾なのじゃ?ベルやユニでもいいじゃろうて」

「どうしたんだよいきなり。あの2人は大切な家族だけど?」

「……家族か。なら尚の事聞かねばならぬ。どうして妾の事が好きになった?」

「どうして……か。俺と似てるからか?」

「似てる……あぁ、そう言えば妾の昔を話したか。確かに境遇は似ている。じゃが」

 

 

 それだけでは納得しない様子。勿論他にも理由はあるさ。俺に無い物を沢山くれた。元居た世界では得られなかった物を沢山だ。

 

 

「出会った時を覚えてるか?」

「当然じゃ。あれだけ熱い焔を放っておきながら感情があまりない冷たい男だったからの。理由を聞いて納得はしたが」

「だからルミナスには感謝してる。あれだけグイグイ来られて好きにならないわけ無いだろう?君にとっては遊びかも知れないが」

「遊びな物か。少なくとも心臓の鼓動が早くなり体が火照り始めてからは本気で欲しいと思い始めた」

「……本当にどこがいいのやら」

 

 

 これ以上考えても無駄だろう。正直にルミナスの想いを受けとる。男なら当然だ。どのみち逃がしてくれそうにないし、きちんと答えないと離してくれないだろう。

 

 

「俺は面倒で馬鹿だぞ?」

「そんなことは知っている。それでもだホムラ。妾は嫌いか?妾の想いは嫌か?」

「嫌じゃないし大好き。君が俺を求めるなら、俺も君を求めても文句は言えないぞ?」

「当然じゃ」

 

 

 瞼を閉じるルミナス。そっと彼女の頬に手を添えて優しく彼女の唇を奪い、ゆっくりと離れると、ルミナスは微笑みながら両腕を首に回して抱きつき、再び唇を重ねてくる。 

 

 

「ん……ふふ。これでお主は妾の物。あぁ勿論、魔王フレアではなくホムラの方じゃぞ」

 

 

 念を押すように言って頭を撫でてくる。とても優しく、親が子どもの頭を撫でるように。俺がルミナスの事を良い女というのはこういう所だ。優しい所もあれば厳しい所もある。俺の母親とは大違いだ。

 

 

「この世界に来て君と……皆に出会えて良かった」

「いきなりどうした?」

 

 

 不思議そうな表情を浮かべながらルミナスは右頬に触れてくる。そう言えば彼女にこんなことを言うのは初めてか。あんましここに来る前の事を話してないしな。ちょっと特殊な一家としか。

 

 

「この世界に来て色んな人や魔人と出会って。戦ったり友達になったり。元居た世界では絶対にあり得ない事だ。そもそも神社の外に出してもらえないし基本監禁だし。神社に来る人と接触するのも禁止だ。そんな中でもある少女とは仲が良かったな。よく妹と遊んでいたし」

「……そうか。だからあんなにも冷たくて、感情を表に出さず、感謝されても戸惑っていたのか。何とも最悪な一家じゃの」

「まぁ愛されていないからな。俺は神社を継ぎ神に身を捧げる。一種の奴隷だ。親の愛なんて知らないし、俺の事なんて血を絶えさせない為の装置。暴力振るわれるのは日常茶飯事。だから……この世界に来て、俺の事を心の底から必要としてくれたアレクやオッサン、王国の民には感謝しかない。ヴェルダナーヴァも俺の話しを親身になって聞いてくれたし。保有している究極能力まで与えてくれるって言ってたしな。結局断ってその代わりに外套をくれたけど。本当にいい出会いしかない。色々と大変だけど」

「それだけお主に期待しているという事じゃ。そしてお主は答えるために日々精進する。なら自然と付いてくる者が現れるのも必然と言えるだろう」

 

 

 腕を回して抱きしめてくる。こうして誰かに自分の過去を聞いて貰うと少しだけ楽になる。ヴェルダナーヴァに話した時もそうだった。自分の事を知って貰う。それはとても勇気が必要だ。人によれば一気に関係が悪くなる可能性がある。だから基本的には話さない。心を許した相手以外には。

 

 

「その期待に応えるためにも日々精進しないとな」

 

 

 ルミナスの肩に手を置いてゆっくりと押して離れる。何時までも2人だけの空気を堪能するわけには行かない。皆彼女の目覚めを待っているし。

 

 

「皆玉座で待ってる。早く行ってやれ」

「……また後で時間を作れ。よいな?」

「ん。必ず。それとこれも。覚醒した君に」

 

 

 小さな箱を渡す。受け取ったルミナスは迷うことなく箱を開け、中に入っていた物を取り出すと、彼女は嬉しそうに微笑みながら箱に入っていた物……月の指輪を眺める

 

 

「月の指輪……遺跡で手に入れた物か?」

「あぁ。夜魔の女王である君に似合うだろう。因みに対となる太陽の指輪もあるらしい。揃えるといい事があるとか」

「ふむ。面白い話よな。なら嵌めるのはまだ今では無い。対の指輪を手に入れた時じゃ」

 

 

 そう言ってから指輪を箱に戻しベットから立ち上がるルミナス。軽く体を伸ばすと、何時も知っている雰囲気に変わる。相変わらず切り替えが早い。

 

 

「では玉座に向かうとしよう。細かい話はその後じゃ」

「了解。後でアレクと向かう」

 

 

 約束を交わしルミナスを見送った。これで暫く平和……と思っていたのだが、予想だにしない人物が俺の前に現れる事を……この時はまだ知らない。



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赤髪の旅人

 あの戦いから早くも50年。恐ろしいほど何もない平和な日々が続いた。異世界人達はいつの間にか仙人まで覚醒し、多大な成果を残し、夜薔薇宮の発展に貢献。加えて周辺諸国を一か所に纏めて都兼避暑地の開拓もあっという間に終わった。丁度何もない大きな山と広大な平原があったからだけど。その辺をルミナスに少し言われたが、結果的には彼女達に有益な事しかないので問題なしだろう。

 それに伴い俺達の拠点も移転し一回り大きくなった。あぁ、魔術協会も移転している。そちらに関しては色んな人物が入門した影響だ。移転先は山を覆う様に建築した地下の吸血鬼の避暑地に繋がる神殿。アレクとマリンさんはそちらに住んでいる。俺とルミナスも変わらず仲が良い。会える機会は少し減ったが、こまめに連絡は取っているので寂しくはない。

 さて、戦いの後に関してはこれぐらいでいいだろう。今はある客人達とお茶会をしている。その客人とは、珍しく遊びに来たラミリス。ユニと仲良く俺の机の上で話していた。

 

 

「……て感じでね。皆好きにやってる。ラミリスの心配は無用だよ」

「それは良かったわ。結構心配だったのよねホムラの件があったし」

「大丈夫だよ。ホムラと違って真っ直ぐな子達だから。ミナトも頑張ってる」

「そうよね。ホムラとは違って面倒な子じゃないもんね。きっとあの子も……」

 

 

 軽く悪口を言われているがまぁいい。俺はラミリスよりもソファーで優雅に紅茶を飲みながらカステラを食べているギィの相手をしなくてはいけない。

 

 

「中々美味いじゃないか。紅茶もいい。あの幻霧魔人が用意したのか?」

「そうだよ。つーか何をしに来たんだよ」

「ラミリスがお前の所でお茶会を開くと聞いてな。暇だったから邪魔した」

「帰れ」

 

 

 素直な意見だが来てしまったなら仕方ない……わけ無いだろう。ミリムの奴が強襲してくる可能性が上がるじゃねぇか。ラミリスも話があるから来たのに、暇だからって連絡なしに来るなよ。

 

 

「所でホムラ。ホノカって知ってる?」

「……ダレデショウ?」

「何で片言なのよ……」

 

 

 おっと。聞き覚えのある名前の聞いて少し変な答え方をしてしまった。勿論その名は知っている。だって妹の名前だから。というかラミリスが知っているって事はアイツもこの世界に来てるのかよ。どんな顔をして合えばいいのかね。

 

 

「知り合いかフレア?」

「まぁな。出来る事なら会いたくない人物の1人。俺の妹だ」

「あらやっぱり。アンタの変装と瓜二つだからまさかと思ったけど」

「もしかして教えた?ここに居る事?」

「……てへ」

(……この堕落妖精め)

 

 

 何処まで話したのか軽く問いただすと、ラミリスは俺の名前しか出していないらしく、ミナトの件で反省したので詳しい詳細は話していないらしい。

 

 

「ならいい。けどいつかは会う時が来るのか」

「ど派手な兄妹喧嘩はやめてね。色々と大変だから」

「分かってる。出来る限り対話を試みるよ」

(ふっ。フレアの妹か……)

 

 

 まぁ子供の頃は喧嘩しなかったし大丈夫だろう。しかしラミリスの元を自力で訪ねたのなら迷ったのか。召喚されなかっただけまだマシか。どんな感じに成長したか楽しみだ。

 

 

「失礼します先生……おや?ラミリス様?それに……ギィ・クリムゾン」

「久しぶりミナト!元気にしてた?」

「え、えぇ。もしかして魔王のお茶会?」

「違う。ギィは乱入だ。どうした?」

「はい。地下に向かう昇降機が故障しているみたいで。エリン様はシルビア様の所に行ってらっしゃって修理出来ないんです」

 

 

 おっと。それは急がないと。確か何人か来ていたな。修理となると回路の見直しからか。エリンが居ないと結構大変そうだ。

 ギィ達に一旦離れる事を伝えて街に出る。多くの人で賑わい盛り上がっている。様々なお店が並び色んな人が出入りしていた。

 

 

「流石行商区。凄い賑わいだな。隠れて犯罪とかないよな?」

「大丈夫ですよ。先生が率いる剣星の1人。シンの直轄である自警団が見回りしていますから」

「それなら安心……って言ってると、大きい爆発とかーーー」

 

 

ードカン!!!

 

 

「「……」」

 

 

 近くで大きな爆発音。くれぐれもさっきの言葉は演算予知で分かっていたから言ったのではない。本当にタイミングが良すぎた。ミナトが凄く睨んでくるが、俺は悪くないぞ。

 

 

「急ぐぞ」

「当然です」

 

 

 瞬時に姿を少年に変える。普段なら妹の姿を借りるのだが先ほどの話を聞いた以上は借りれないので少年姿で現場に向かう。そこは青果店で、大きな黒煙が上がっていたが、炎は人間に擬態したパールさんが消火し、ウィンディが店主を救出していた。

 

 

「自分も行ってきます」

「任せた。俺は……見つけた」

 

 

 この場から逃走する3人組を発見。武装している所と手慣れた逃げ方を見ると盗賊か。残念ながらそう簡単には逃げられねぇぞ。

 全力で後を追いかけると、盗賊3人衆は急に足を止める。前方を索敵すると、1人の人間が立ち塞がっているのが分かった。俺も足を止めて伺うと、黒いコートを着てフードを深く被った1人の人物がいた。

 

 

「てめぇ!いきなり現れるんじゃねぇ」

「死にたくなかったらそこを退くんだな!」

「……」

 

 

 威勢よく言う盗賊2人。だが黒コートの人物は、盗賊たちが背負っている大きな袋とかすかに匂う果物の香りを感じ、鋭いまなざしを向けながら言った。

 

 

「その荷物を降ろしなさい。今ならまだ軽い罪で許されるわ」

「あ?何言ってんだガキ。降ろす訳ないだろうが」

(この声は……)

 

 

 聞き覚えのある女の声。だけどまだアイツとは限らない。似た声という可能性もあるからだ。

 

 

「兄貴!追っても来るからコイツをやっちまいましょう」

「そうだな。行くぞおめぇら!」

 

 

 追っ手を警戒して強行突破を試みる盗賊3人。黒コートの人物は溜息を吐きながら後ろ腰に携えている大きな弓を構えた時だった。黒コート人物から一瞬強烈なエネルギ―を感じ取る。そのエネルギーはミナトやシン達を上回る物だ。

 

 

「ライトニングアロー」

 

 

 左手に光の弓が現れ超高速で放ち、正確に盗賊達の足を貫き膝を付かせる。凄まじい早業だ。恐らく盗賊達は弓を構えたことすら気付いていないだろう。

 

 

(あの撃ち方は……)

「さて……」

 

 

 黒コートの人物は弓を剣へと変形させて盗賊達に向ける。先ほどよりも鋭く冷たい視線を向けて。向けられた盗賊達は体を震わせて後ろに逃げようとするが、彼女の圧に圧されて動けない。

 

 

「お縄にかかりますよね?」

「は、はい……」

 

 

 とても盗賊達が可哀そうに見えてくるが、無事に捕らえられたのでいいだろう。俺は黒コートの人物を警戒しながら光で縄を形成して近づく。

 

 

「ありがとう優しい人。お陰で助かった」

「あ……そんな。寧ろ勝手な事をしませんでしたか?」

「そんなことは無いさ。手が足りていないからね。よっと」

 

 

 盗賊達の両手を縛り動けないように。彼等は都の法に裁かれてもらうつもりなので、シンに思念で伝えて念のために壁に縛って置く。

 

 

「よし。これでいい。あの、良ければ名前を聞いても?」

「はい。では……」

 

 

 フードを脱ぐと、中から現れたのは赤い髪に紅い瞳の女性。その顔を見て『やっぱりか』と思っていた。彼女の顔を忘れるはずがない。出来る事なら元の世界で幸せな暮らしを送って欲しかっが…

 

 

炎神・炎華(ホノカ・ホノガミ)。10年前にこの世界に迷いこんだ異世界人で旅人です」

「ホノカ……いい名前だね。俺はフレアよろしく頼むよ。お礼したいから来てくれる?」

「お礼……ありがとうございます」

 

 

 ホノカ……妹を連れて向かったのは俺達の拠点。正直危険ではあるが自室に案内するわけではない。客間に案内してベルに紅茶とお菓子を出して貰う。

 

 

「どうぞホノカ様」

「は、はい。(う、うわぁ……凄い屋敷……フレアさんって結構凄い人なのかなぁ?)」

「ありがとうベル」

「いえ。ごゆっくりしてください」

 

 

 一礼してから奥に入って行くベル。淹れて貰った紅茶を飲み、遅れてホノカも一口飲むと、少し目を見開き頬が赤く染まる。流石ベルが淹れた紅茶。兄妹だから好みも似ているのか。

 

 

「あの。フレアさんは凄い人ですか?」

「凄い人……まぁこの屋敷に住んでるからね。こう見えてこの都を統治している皇子の側近だ」

「皇子。確かアレク陛下でしたか。とても優しいお方だと聞きました。出来ることなら謁見したいのですが……」

「何かあったのか?」

「……その。ある人に……妖精女王に聞いたんです。この世界に兄がいると。そしてこの地にいるとダークエルフから」

 

 

 顔を俯かせて小さな声でホノカは言った。何の為に俺に会いに来たかは聞かない方が良いかも知れない。どのような理由であれ、今は会う訳にはいかないから。

 

 

「分かった。もしかしたら殿下が知っているかもしれない。謁見の件も含めて尋ねてみよう」

「ありがとうございます」

「うん。今日はここで休んで行くと言い。部屋を用意する」

 

 

 思念伝達でベルに伝え、俺は神殿へと向かった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

~その日の夜 ホノカSide~

 

 

 

 

「う……ん?」

 

 

 強い光で目を覚ます。ゆっくりと瞼を開けると見慣れない天井と、カーテンの隙間から月光が差し込んでいるのが見えた。

 

 

「そっか。今日は野宿じゃあなかった」

 

 

 今日は兄がいると聞いた都で一晩泊まらせてもらっている。まさか盗賊を捕らえただけでこんなにいい場所に止まらせてくれるなんて。久し振りに凄く疲れが取れている。フレアさんには感謝しないと。皇子への謁見許可も取ってくれると言っていたし。

 

 

「ちょっと外歩いてみようかな」

 

 

 ベットから出てコートを着る。念のために愛用の弓剣を後ろ腰に携えてから外に出る。夜の都はとても静かで神殿以外光が無い。昼間あれだけ賑わっていたのが嘘のようだ。

 

 

「とても静か。周囲には誰もいない。本当に兄さんはこの地にいるのだろうか?」

 

 

 フレアさんに詳しい話を聞いた。私の兄……ホムラ兄さんは今は魔王として活動をしていると。魔王になった詳しい経緯は聞けなかったけど、昔に大きな戦いがあってミリム・ナーヴァを止める為に覚醒したと。しかも人間から魔人に反転して。それからも色々あって今はこの都か魔王ルミナスがいる夜薔薇宮のどちらかに滞在している。

 

 

(勇者から魔王に。とても辛く苦しい事があったはず。なのに私は……)

 

 

 妹として兄の力に慣れなかった。この世界に来る前も。家に縛られ窮屈な生活の日々。私は兄の背中を見ているだけだった。何か出来る事があったはずなのに何もしなかった。

 

 

(だからこの世界に来て消えたはずの兄がいると聞いて嬉しかったけど)

 

 

 来た時代が違い過ぎる。向こうでは5年程しか違わなかったのに。ここでは数百年以上過ぎている。もしかしたら千年越えているかもしれない。

 

 

「どんな顔をして会えばいいのだろう……」

 

 

 そう考え始めた時だった。ふと近くに誰かがいることに気付きそちらに視線を向ける。その先は私が泊っている屋敷の上。そこでは月光に照らされてる1人の男性がいた。

 

 

「おや?こんな時間に外に出ない方が良い」

「あ……すみません。少し夜風に当たりたくて」

「そうか。なら吸血鬼に気を付ける事だ。君の後ろにも」

「え……?」

 

 

 後ろを振り返る。背後には私と同じぐらいの銀髪に赤と青のオッドアイ。そして黒のドレスを纏った1人の女性がいた。その様子に視線を奪われ見惚れてしまう。それだけ彼女は美しかった。

 

 

「綺麗……」

「見惚れたか人の子。じゃが妾に見惚れるのはやめておけ」

「そうだな。身が幾つあっても足りんぞ。滅ぼしたくなければ線引きをしておけ」

「は、はい。(あれ?この男性と話しているとどこか懐かしいような……)」

 

 

 会うのは初めてのはず。なのにどこか懐かしいこの感覚は何だろうか。まるで兄さんと話している感じだ。

 

 

「夜風に当たるのは控えた方が良い。今日は帰れ。明日フレアがお前の元を尋ねる。朝から忙しいぞ」

「もしかして盗賊団の……分かりました。では……おやすみなさい」

「おやすみ。優しい人よ」

 

 

 男性と銀髪の女性に頭を下げ屋敷の部屋に戻る。あの2人が何者なのか気になったけど、今は気にしないでおこう。近い内に会える気がするから。




主人公の妹登場。彼女は重要なポジションを務めて貰います。


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黒き幻獣

「うし。準備はこんなものか」

 

 

 鏡の前に立ち身だしなみを確認する。右腰に刀を、後ろ腰には銃を差して此で準備万端だ。これから先日現れた盗賊団の拠点と思わしき廃城に向かう予定だ。シンの調べではここから南に30キロ程の地点にあり、周辺の街や村に被害を与え、若い女子供や男性を誘拐しているらしい。このまま放置するわけにはいかないので俺ともう1人……ホノカにも頼もうと思っている。

 

 

「よし行くか。久し振りに暴れるぞ」

 

 

 気合いを入れて部屋を出る。途中で仕事部屋に寄り作業中のゼノアに一言声をかけてからユニと合流。二人で屋敷を出ると、屋敷の扉の前でホノカが身支度を済ませて待っていた。

 

 

「おはようございますフレアさん。今から盗賊団のアジトに向かうんですか?」

「うん。どうして知ってるの?」

「えっと……昨晩聞いたんです。なので待ってました」

「そっか(一晩寝て忘れていると思ったけど)」

 

 

 忘れずに待っているとは出来た妹だ。捜す手間が省けた。さてと、ホノカがどれほどの実力かは分からないが、一先ず背中を任せてみるとよう。

 

 

「んじゃ行こうか。結構歩くけど大丈夫?」

「はい。基本歩きですから」

「そうか。なら話ながら行こう。ユニも良いか?」

「いいよ」

 

 

 ユニが頭に座ってから移動開始。道中でホノカがこの世界に来た時の事を聞いてみる。あまり聞かない方が良いとも思ったが、ホノカは普通に話し始める。

 

 

「私がこの世界に来て最初に出会ったのはラミリス様です。彼女の迷宮の前にいつの間にか居たんです。丁度弓の鍛錬をしている時で。その時に『射手者』を会得しました」

「そっか。ラミリスの所か。運がいいね」

「えぇ。ですが……あの人は会うなりいきなり私の事を兄の名で呼んだんです」

「そ、そうか……(まぁ妹の姿借りてあってたらそうだよな……)」

 

 

 うん。昨日は軽くラミリスを〆たがアイツは悪くない。今回ばかりは俺の自業自得だろう。しかしラミリスの所か。中々運がいいじゃないか。

 

 

「で。ホムラがここに居るって知ったんだ」

「はい。正直半信半疑でしたけど、一年前にミリムさんと会って詳しい話を聞いたんです。都の場所と一緒に」

「ミリムにね。大変だったでしょ?」

「とても大変でした。毎日組手してましたから」

(うわぁ……想像したくねぇ……)

 

 

 ミリムの事だ。ニコニコ笑いながら楽しんでいただろう。しかも毎日か。きっとホノカの強さも底上げされた事だろう。近い内にミリムの所に顔を出そう。

 

 

「おっと。近くまで来たね。あの森の奥だ」

「そろそろ見張りも居るだろうから注意だ」

「了解です。索敵は任せてください」

 

 

 周囲を警戒しながら森に入る。この先に廃城があり、その近くに地下に繋がる井戸があるはずだ。そこから地下に向かい地下から城に潜入。その前に誘拐された人を救出する。

 

 

「あの。どうして盗賊団は人を誘拐したのですか?若い男性ならともかく女子供まで」

「簡単だ。男は労働、女子供は高値で売る。もしかしたら女は欲求満たすだけの道具にされてるかもな」

「そんな……そんなことをする人がこの世界にもいるなんて」

「普通にいるよ。しかもこの辺りは地下に広い空間があって魔素に満ち溢れてる。かなり純度の高い魔鉱石が採れるから尚の事。密かに私達も狙ってたからね。盗賊団はどうするの?」

「……状態による」

 

 

 それだけを言って森を進むが思ったよりも暗く視界が悪い。茂みもかなり深いし罠の類が何処にあるか分からんが、俺の『心天眼』とユニの『領域展開』による『空間把握』で罠の位置は看破される。勿論見回りもだ。

 

 

「ーッと。見回りだな」

「ん。隠れよう」

 

 

 茂みに隠れて身を沈め、少し様子を伺っていると2人の男が目の前を通り過ぎる。その2人の整った装備と先日の3人の装備を見比べて、少し……いや結構違和感な感じ取る。勇者だった頃も何度か盗賊団を潰したが、共通して装備は整っていなかった。にも関わらず彼等の物は整っている。裏に何かいるのだろうか。

 

 

「……少し待っていてくれ」

「え?もしかして……」

「了解」

 

 

 気配を消して音を極限まで消し2人の後を付け、間合いに入った瞬間に刀を抜き2人の精神を斬る。2人は何をされたか理解することなくゆっくりと倒れ、彼等が持っていた剣を拝借してユニ達の所に戻る。

 

 

「頼むユニ」

「任された。直ぐに終わらせる」

 

 

 剣に手をかざし解析鑑定を始めるユニ。10秒ほどで解析鑑定は終了。ユニの口から出た言葉は、俺の予想通りだった。

 

 

「これ。うちの鍛冶職人が制作した物。横流しは絶対にあり得ないからもしかすると……」

「国交を結んでいる小国に輸出した物を奪ったか。これで首領の正体を絞れるな」

「うん。多分アイツだろうね」

「アイツ……ですか?」

「あぁ。50年前の戦争で捕らえた異世界人が居てな。ルミナス姫を我が物にしようとした愚か者で、いつの間にか逃げてたんだ。多分そいつ。取り合えず急ごう」

 

 

 周囲を警戒しながら進み森を抜ける。最初に視界に映ったのは廃れた廃城。廃城の門の前には門番が2人。正面から突破すれば気付かれるのは確実。なので廃城から離れた井戸に向かう。中を覗くと廃城に続く地下道があったので中に降りる。

 

 

「よっと。うわ。何だこの匂い」

「凄い血生臭いんだけど」

「酷いですね」

 

 

 それはもう凄い匂いだ。その匂いは廃城方面から強くする。これはかなり覚悟を決めて進まないといけないな。勇者時代に何度の経験したがこれはあの時以上だ。

 

 

「魔物はいないみたいだから巡回する盗賊達に気を付けよう」

「了解しました」

「索敵は任せて」

 

 

 地下道を進み始める。匂いがどんどん強くなるが次第に慣れてくる。慣れって怖いと思っていると、3方向の分かれ道の前に来る。正面と左右。位置的に右が城の地下で正面はその先の空洞。左は……人の気配を感じる所を見ると牢屋か。

 

 

「城方面は後回しか。どうするホノカ?」

「私は左に。人質の保護は任せてください」

「了解だ。行くぞユニ」

「ん。気を付けてね」

 

 

 一旦ホノカと別れて正面の道を進む。その途中でユニに周辺を詳しく調べて貰うと、ここは事前情報より強烈な魔素が満ちており、人にもかなり影響が出るだろうとのこと。これは早めにケリを付けないといけない。

 

 

「これだけ魔素が酷いとあの時を思い出すな」

「それってミリムの時?」

「違う。初めてルミナスにあった時……俺が幻獣と呼んでいる存在と会った時だ。種族の枠から外れた個体……とでもいうべきだろうか。街や国を軽く滅ぼせる存在だ」

「あー。そう言えばルミナスから聞いたかも。手も足も出なかったって」

 

 

 それだけの魔獣が存在するはずがない。そう思う奴もいるだろうが俺達は実際に見て戦っている。あの時の狼幻獣……フェンリルとでもいうべき存在はとても強かった。なんせ魔法攻撃は効かないし、魔法を喰らって会得して強くなるし。しかもスキルではなく俺と同じ特性。加えて面倒な事に魔素を伴った攻撃もあまり通じない。夜だったら勝てなかっただろうな。

 

 

「そう言えば……アイツどうやって夜薔薇宮に現れたんだろうな。魂もどっかに行ってしまったし」

「え?いきなり現れたの?」

「あぁ。ルミナスの話だと予兆なくいきなり。不審な人物が居たわけでも…‥いや、妙な獣を連れた人間がいたみたいだけど、その時も魔素が充満してたらしい」

「うーん……今の状況と当てはまる箇所はあるけど、強い気配はないし……」

 

 

 ユニの言う通り強い気配はないが、用心した方が良いと直感している。もしあのクラスが出て来たら厄介な事になりそうだ。出来る事なら捕縛したい所だが難しいだろう。最悪魂だけでも回収しなければ。

 

 

「おや?開けた場所に出たね。でもここは……」

「牢屋……いや飼育小屋か?しかし……」

 

 

 飼育小屋らしき部屋は上に向かっている。頭上は暗く頂上が見えないが、城へと続いているのは確かだ。俺とユニは警戒しながら中に入ると、小屋の中は一面血の海で、その中央には見覚えのある転移台と古びた本があった。

 

 

「この本は……ちょっと読んでみようか」

「頼む」

 

 

 本を空中に浮かせて開く。ゆっくりとページをめくりながら内容を確認していくユニ。いつになく真剣に呼んでいたユニだが、半分ほど読んだところで本を閉じた。

 

 

「この本は魔獣の育成日記。そして書いた人物はホムラの予想通りの人物だった」

「そうか。で、魔獣とは?」

「……ある魔法使いから3つの頭を持つ犬を引き取ったって。何でも『前回は失敗したけど今回は上手くいく。忌々しい太陽を消滅させれる』と。太陽は君、前回は失敗は……もしかすると」

 

 

 成程。そう言う事か。ならここに居たのはあの時の狼と同等……あるいはそれ以上の化け物という事だ。こいつはかなり苦戦しそうだな。特性と体質、加えてスキルも特定しないといけないし。

 

 

「魔法使いに心当たりある?随分君に恨みがあるみたいだけど」

「うーん……思い当たる事があり過ぎるな」

「うん。聞いた私が馬鹿だった。ホノカと合流して上に行こう」

 

 

 小屋から出て来た道を戻り分かれ道まで戻る。丁度ホノカも戻ってきて、人質が捕らえられていた牢屋を解放し、盗賊団は痛い目に合って貰ったとか。その後は自警団達に連絡している。事後処理も完璧だ。

 

 

「そちらはどうでした?」

「それは上に行って確かめよう。解析は頼むぞユニ」

「了解相棒」

 

 

 刀に手を置いて城に繋がる道を進む。暫く進むと大きな扉が現れ、門番が2人いたがホノカが睡眠矢を放ち眠らせ扉を開ける。城の最下層なのか電気は付いておらず薄暗いし血の匂いがとても強く、気分が悪くなりそうだ。

 

 

「地下道より強い血の匂い」

「慣れてるからいいけど結構きつい。ちょっとごめんフレア」

「いいよ。フードに入れ」

 

 

 フードの中に身を隠すユニ。最近はこういった場所に来ていなかったから仕方ないだろう。俺とホノカは周囲を索敵しながら周回している見張りをぶった斬り進むと、意外と早く玉座に繋がる扉の前に辿り着く。

 

 

「この先ですか」

「あぁ。中の様子を見てから……」

 

 

ーぎぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 

「「!?」」

 

 

 中から大きな悲鳴が聞こえてくる。俺は直ぐに扉を蹴り飛ばして突入。中に居たのは20メートルはある3つの頭を持つ黒い魔獣。そして一番最奥には、50年前に捕らえた異世界人でいつの間にか逃げていた男……テツトだった。

 

 

「あ?誰……っててめぇは」

「……やっぱりか。しかも」

 

 

 黒い魔獣に眼が行く。纏っている魔素と中身、間違いなく生物の枠を外れた存在で、俺が幻獣と呼んでいるものだ。3つ首……ケルベロスって奴か。

 

 

「はっ。何かいるって思っていたがまさかお前とはな。丁度いい、そこの女と一緒にケルベロスのエサにしてくれる≪太陽の騎士≫」

「ケルベロス……名付きか。面倒だなコイツは……」

「クク。魔王ともあろう男がたかが魔獣に畏れるのか?」

「え……?魔王?」

「……」

 

 

 面倒な事をバラしてくれたな。まぁいい。いずれは気付かれるから仕方ねぇ。今はあのケルベロスをどうにかしないといけない。テツトの相手はホノカに頼もう。俺の妹ならあの程度抑えられるだろう。

 

 

「ホノカ。あの男を捕らえてくれ。やれるな?」

「は、はい。(さっきの言葉……もしかして……)」

「んじゃ頼むぞ」

 

 

 ケルベロスの前に立つ。野郎は俺に気付き振り返ると強烈な魔素が襲ってくる。日記に記されていた言葉……今回は失敗しないと断言していたのは冗談ではなさそうだ。

 

 

「ユニ。特性と体質の解析を急いでくれ。何が通じるかは俺の方でやる」

「任された。君の記憶の狼と合わせながら解析を進める。『焔天乃王』の力は抑えめに」

「……分かってる。行くぞ」

 

 

 右手に力を入れてケルベロスを城外へと吹き飛ばす。吹き飛ばした方角は西、何もない平原だ。あそこなら多少暴れても問題ない。後を追い無傷で平原に立っているケルベロスの前に降り立つ。

 

 

「グルルルル……」

「まずは様子見。行くぞ」

 

 

 『焔天乃王』を発動させ出力を20%程に抑えてケルベロスへとの戦いを始めた。



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2つ目の究極能力

ーガァァッッ!!

 

 

 ケルベロスの強烈な咆哮。それが衝撃波として襲ってくるが、前方に結界を展開して防ぐ。戦闘が始まって数分経つが、互いに一進一退の攻防が続いている。俺の体には傷やダメージは全くない。ケルベロスには大分入っているはずだが、その様子は見受けられない。

 

 

「痛覚無効は確実。後は……超速再生。他にもありそうだが……」

「グゥッ!」

「おっと!」

 

 

 右前足の鋭利な爪が襲ってくる。正確に回避しつつ急所に反撃。ケルベロスが軽く空中に浮くが、左前脚で反撃してくる。その一撃を空に回避しつつ大きな炎玉を放つ。

 

 

「《メギト》!」

「ガァッ!」

「っ!?」

 

 

 放った炎玉を喰らうケルベロス。そして僅かだが纏っている魔素が上昇。それを見た俺は嫌な記憶が蘇ってくる。

 

 

 

ー喰らいな……インフェルノッ!!

 

ーだ、ダメじゃ日輪の勇者。そいつはーーー

 

ーグガァッ!

 

ーなっ!?炎を喰らった!?

 

 

 

 あの時の狼野郎と重なった。どうやら前回の狼野郎の特性と体質を組み込んでいるようだ。そうなると魔法は使えない。『粒子崩壊』も使えねぇ。だがあの時とは違う。『焔天之王』との相性が悪いのなら、もう一つの究極能力を使うまで。

 

 

「ユニ。解析はどうだ?」

「大体終わった。前回の狼の能力に加えてアイツの体内の魂の数から推測して魂魄を喰らう事で強くなる。『暴食之王』に近い能力だね。究極能力ではないけど結構厄介だ。どうする?」

「『武神之王(タケミカヅチ)』で行く。どのみち接近戦じゃないと無理だからな」

 

 

 焔と光を消して刀を抜く。鍛錬の末に『剣聖』が進化した究極能力。その名の通り武術と剣術に特化した能力で、この能力に俺の剣技が加わると無類の強さを発揮する。こいつのお陰で『焔天之王』に頼る事無く戦う事が出来る。

 

 

「魔素を使用した魔法攻撃は効かない。だが……実在するものに纏えば別だ」

 

 

 『焔天之王』の焔を刀身に纏い光速で切り抜ける。ゆっくりと鞘に刀を納めるとケルベロスが綺麗に真っ二つに分かれる。確実に心臓(コア)は斬った。手応えもあるのだが……。

 

 

「まぁそう簡単にはいかねぇよな」

「そうだね」

 

 

 ケルベロスの半身から黒い靄の様な物が現れ残りの半身と繋がる。その靄は肉体を繋いで完全に修復。ケルベロスの6つの目が怪しく光り立ち上がった。

 

 

「斬られる前と変わらねぇな?」

「多分肉体に魂が癒着しているから。肉体から離れない限り再生して生き返る。これは困った」

「まだコイツ特有の特性も分かってないのに……おや?」

 

 

 城の方向から炎玉が飛んで来て俺とケルベロスの間に墜落。中から全身傷だらけのテツトが姿を現し、跡を追う様にホノカが隣に現れる。

 

 

「はぁ……はぁ……なんだよこのアマ。くそっ」

「覚悟はいいですか?」

 

 

 弓をテツトに向けるホノカ。無傷の妹を見るとかなり一方的にやられているようだ。少し可哀そうに感じるが、自業自得だろう。というか10年程で強くなりすぎてない?

 

 

「こうなったら仕方ねぇ……ケルベロス!」

 

 

 後ろに立っているケルベロスの名を呼ぶと、テツトは含み笑いを浮かべ両手を広げる。その時、妙な悪寒が背中を走る。何か、何か嫌な予感がする。

 

 

「くくく……こいつは魂魄を喰らえば喰らうほど強くなる。質量が多ければ尚の事な」

「どういう意味です?言っている意味が分かりません」

「今に分かるさ。兄妹ともども死ね!」

「っ!まさか!」

 

 

 そのまさかが的中する。その身を供物として捧げるテツトを、ケルベロスは躊躇なく喰らい尽くす。アイツが言った事が本当ならかなりヤバい。魂魄は魂……質量とは存在値と考えると、強い人間や魔物を喰らうと急激に強くなるという事だ。もし仮にテツトがシン達と同じ段階まで覚醒していたらケルベロスは一気に成長する。

 

 

「グ……ガァァァァァ!」

 

 

 テツトを飲み込むと同時に大きな雄たけびを上げるケルベロス。黒い魔素が全身を覆い一回り大きく成長……進化する。この威圧感は違いない。俺やルミナスの一段階下。魔王種を獲得した存在だ。

 

 

「な、なな、でかくなりすぎでしょ!」

「冷静になれホノカ」

「無理だよ兄さんーーーあ……」

「……ち。気付いてたか」

 

 

 まぁバレてるとは思っていたけどね。テツトが兄妹共々とか俺の事を魔王って言ってたし。気付いているなら普段通り接したらいいのに。何を遠慮しているのやら。

 

 

「まぁいい。下がっていろホノカ」

「下がっていろって。待って兄さん。ここは協力して……」

「やめておけ。今のお前では勝てない。ミナトでも無理だろうな。多分昔の俺でも。しかし今は違う。あの時は力も足りずスキルを限界まで引き出して死にかけた。だが!」

 

 

 腕を交差し魔素を急上昇させる。『武神之王』のある権能を使うにはかなりの魔素が必要だ。今日は太陽が出ていないので『焔天之王』の権能の一つである『焔天の加護』が使えず、使用した魔素を還元できないが仕方ない。

 

 

「さぁ。その目で刮目するがいい。お前を裁くのは太陽ではなく仏だ。『心意創生・武神招来』」

 

 

 俺の背後に10メートル近い強面の仏が現れる。『武神之王』の権能の一つである『心意創生』。自身の心を具象化(カタチに)する権能。簡単に言えばイメージした物を具現化することが出来る。俺が主に具現化するのは背後に現れた仏か固有結界の二つだ。

 

 

「……後ろにいる大仏。ナニアレ?」

「スキルの権能。私も初めて見て絶句した。というか対竜種様なのに手札晒していいのやら?」

「良いんだよ。どのみち魔法効かないし重ねる必要も無いからな。そういうわけで、とっとと蹴りをつける」

 

 

 刀を抜くと、背後の武神も同様に刀を抜く。武神は俺の動きと連動し、常に俺の背後に居る。この武神のお陰で俺より遥かに大きい奴とも戦える。実際、目の前のケルベロスはぶるぶると体を震わせて、耳や尻尾も垂れ下がり、すっかり武神の放つ威圧に怯えきっている。

 

 

「ガ……ァァ」

「これは……」

「決まったかな?あれだけ怯えてたら……ホムラ」

「分かってる。《破断剣》」

 

 

 光の一撃を振り下ろしケルベロスを跡形も無く消し飛ばす。大地も少し切り裂いてしまったが仕方ないだろう。時間を見つけて修復しておこう。『焔天之王』の力を使えばすぐに終わる。

 

 

「えっと。終わりですか兄さん?」

「まだだ。残ってる物があるだろ」

「上見てごらんホノカ」

「上……あ」

 

 

 上空に黒り靄が集まり球体に変化する。あの球体の中には強い怨念を感じる。あの時のフェンリルから感じたのと同じだ。やはり誰かが裏にいるのだろう。あれだけの魔獣を生み出したとなるとかなり博識か、似たような事をやったことがあるかの2択か。

 

 

「取り合えず回収だね。解析して解剖して、一通り情報を得たら消そう」

「そうだな。回収頼む」

「了解」

 

 

 黒い球体に近づき、警戒しながら手を伸ばすユニ。結界に包み込んで回収しようとした時だ。ドクンと球体が高鳴り、黒い触手がユニに襲い掛かる。

 

 

「えーーー」

「危ないユニ!」

 

 

 球体とユニの間に瞬間移動し、黒い触手を一太刀で斬り伏せてからユニを抱き寄せて距離を取る。危ない、危うくユニが取り込まれる所だった。どうやらあの状態だと誰でもいいから依り代にしようとするようだ。

 

 

「兄さん!ユニさん!大丈夫ですか!?」

「俺は大丈夫。ユニは?」

「……」

「ユニ?」

 

 

 体が少し震えている。彼女にしては珍しい事だ。ただ驚いただけか、何か感じ取ったのか。どちらにしても心配だ。

 

 

「兄さん。あの球体を壊します」

「あぁ。勿体ないが頼む」

「承知」

 

 

 ホノカが弓を目一杯に引き絞る。強烈な炎を矢に纏わせ球体に向け解き放つ…が、球体を結界が多い炎の矢を弾き飛ばす。しかもかなり強固な結界……加えて先ほどまで結界は無かった……という事は、俺たち以外に誰かいるって事だ。

 

 

「クク……あの小僧は失敗したか」

「っ!誰!?」

「……!あそこか」

 

 

 近くの高台にフード付きのコートを着た人物が居た。声からして男か。男から発せられる気配をどこかで感じたことがある気がする。エリンに近い気配か?それにしては随分混じっているようだが。

 

 

「忌々しい魔王。此度は失敗したが次は成功させる。既にお前の近くにも私の手が及んでることを忘れるな。流石の貴様でもアレは倒せんだろう。それが実証出来れば、奴に…ギィに復讐出来る」

「ギィ……お前、あの魔導帝国の生き残りか?それともルミナスの兄貴の知り合いか?」

「どうだろうな?そんなことを気にする暇があるなら周りを警戒する事だ。あの3人もそろそろ限界だろう。大切な仲間を失いたくなければ、精々手遅れにならぬよう頑張るんだな。そこの羽虫のように」

「ユニの事か。どうやら死にたいようだな?言っておくが戦闘後()の俺は手強いぞ」

「だろうな、だが生憎とお前に挑むほど馬鹿じゃない。私はソレを回収しに来ただけだ」

 

 

 そう言って球体を杖に吸収する男。そのまま姿を消し居なくなる。周囲を探るが気配を感じない、長距離の空間転移か。中々卓越した使い手のようだ。

 しかし……面倒な奴に目を付けられたな。あの大国の生き残りと思わしき人物か。ギィを呼び出した連中らしいが詳しい事は知らない。俺がこの世界に来る前の事だからな。

 

 

「よし帰るか。ホノカはどーする?」

「勿論一緒に帰ります。行く当てもありませんから」

「そうか。じゃあ帰ろう。ユニも良いか?」

「……ん」

 

 

 小さく頷くユニ。少し心配だがユニなら立ち直ると信じて都へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2つ目の究極能力は武神乃王(タケミカヅチ)です。



権能

・時空切断

・剣聖

・武神

・心意創生

・零の極意


になります。


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夜桜と乱入者

 廃城での一件から早くも1週間。いつも通りの日常が戻り平和に生活していた。あの城の調査はシン達に任せており近い内に報告が来る。妹……ホノカはルミナスの護衛や話し相手をしてくれている。俺の仕事も手伝って貰ったり。そして現在俺は……目の前にある大量の書類の片付けに追われていた

 

 

「ザイファめ……何でもかんでも発注しやがって」

 

 

 ザイファ……主に農作や養殖等を担当している子で、一癖も二癖もある面白い子だが……色々とネジが外れると手がつけられくなるのだ。余談だがミナトが好きな特撮ヒーロー系の話しもヒートアップすると大変である。

 

 

「取り合えず速攻で……ん?」

 

 

 『コンコン』とノック音が響いた、俺の『どうぞ』の声で扉が開きホノカが部屋に入ってくる。今日は確かパールさんやウインディと一緒のはずだが。というか最近あの辺と絡むことが無い気がする。まぁ仕事以外ではの話だ。

 

 

「失礼します。ええと兄さん?その書類は……」

「手伝って。仕分けするだけでいいから」

「…了解です。直ぐに終わらせましょう」

 

 

 ホノカと手分けして書類を仕分けしながら誤字を修正していく。彼女はまだこの世界の言葉に慣れていないのだろう。俺も慣れるのに50年近くかかったからな。何度ルミナスに叱られたことか。

 

 

「よし。こんなものか」

「こちらも終わりました。それにしても凄い量の発注ですね」

「好きにしていいって言ったからな。やり過ぎなければいいさ。さーてこの後何するか」

 

 

 実は今日一日暇だったりする。特に予定もないのでグダグダするのも良いが、そんなことを目の前の妹が許してくれるとも思えない。

 

 

「では妾の相手をしてもらおうか?」

「む……」

「あ、姉さん……いえ姉様」

 

 

 背後にいきなり現れるルミナス。瞬時に仕事モードに切り替えるホノカ。さて……俺も切り替えるとしよう。仕事中に来たというという事は無理難題を押して付けてくるに違いない。

 

 

「相手ってどっちの相手だ?ルミナス?」

「ふふ……どっちだと思う?」

「……生憎と今日は雨だぞ」

「あれ?今日は晴れてますよ兄様?」

「今はね」

「……?」

 

 

 いまいち言っている意味が分からないホノカ。まぁこのまま晴が続けば妹も誘っていいだろう。気温も上がってきたし、そろそろ咲いているだろうから。

 

 

「お酒の用意は頼んでも?」

「勿論じゃ。美味しい食事を楽しみにしている。ではの。ん……」

「!?」

「お、おい!」

 

 

 妹に見せつける様に頬にキスをして去って行くルミナス。目の前にいたホノカの顔は真っ赤である。しかも口を大きく開けてパクパクしている。ルミナスには公私混同は避けるようにと伝えたはずなのだが。現にホノカは基本的に『兄さん』呼びだが仕事の際は『兄様』だし。

 

 

「そうとなれば材料調達だな。一緒に行くか?」

「勿論です。夜何をするか聞きたいですし」

 

 

 ニコッと微笑むホノカだが、その微笑みの後ろにどす黒い物が見える。改めて一緒に過ごす事になり幾つか気付いた点がある。それは……うん、今日の夜話そう。きっと潰れるから。

 

 

「よし行こうか」

「はい。何を作るか考えながら買いましょう」

 

 

 仕事部屋を出て街に出る。道中でアルビオンとハクエンと出会した。買い出しの事を話すと、2人も手伝ってくれるとのことなので手分けすることに。俺はアルビオンと、ホノカはハクエンと。買い出しは2人に任せて俺達は農林水産区にあるビニールハウス群に向かう。

 

 

「で。どうして買い出しに?」

「あぁ。夜にあの場所にルミナスが行きたいみたいで」

「あの場所……あぁ桜が綺麗なあそこですか」

「そ。だから美味しい料理を作るつもり。俺とホノカでね」

 

 

 何を作るかは材料次第。恐らく和食メインになるだろう。今からでもある程度固めておかないと。

 

 

「到着しましたね。ザイファさんは……どこでしょう?」

「そうだな。いつもなら直ぐに来るはずだけど」

 

 

 この一帯はザイファが管理している。なので俺が来たらいつも直ぐに顔を出す筈なのだが出てこない。まさかビニールハウスの中で爆睡しているのか?あの子なら……全然ありえるな。

 

 

「取り合えず端から順番に探してみよう」

「了解です。周りの人にも聞いてみますね」

 

 

 早速ザイファを探し始めようとした時だった。突如俺とアルビオンの間にヌッと眼鏡をかけた女の子の顔が現れた。

 

 

「うぉぉぅ!?」

「ひぃっ!?」

 

 

 驚きのあまり魔王らしくない声を上げてしまう。アルビオンに至っては顔を真っ青にして俺の背後に隠れてしまう。一瞬心臓が止まりそうになった。魔王がショック死なんて笑えねぇぞ。

 

 

「おはようフレアさん。アルビオンさん。今日は何用ですか?」

「お、おはよう。えと和食に使う野菜を取りに来て」

「成程。では後で屋敷に配送しておきますね。良いものをジブンが選んでおきますよ」

「た、頼んだ」

「ではまた後で」

 

 

 早足で去って行く眼鏡少女。彼女こそが目当ての人物ーーザイファである。とても優秀な才女なのだが、さっきのようにいきなり現れる事が多々あり。完璧な気配遮断能力で俺達を度々驚かせている。

 

 

「帰るか」

「そうですね」

 

 

 用は済んだので屋敷に帰還。ホノカ達はまだ帰ってきていないようなので先に厨房に向かおうとしたのだが、エントランスにあるソファーに仰向けで倒れているエリンを見つける。

 そういえば最近はシルビアの所に毎日行ってたか。大丈夫だとは思うが声をかけておこう。

 

 

「よぅエリン。シルヴィに随分な扱いを受けているようだな?」

「……パパ?」

「誰がパパだ」

「じゃあお父さん?」

「そっちもダメだエリン。いくら親代わりとは言ってもな」

 

 

 優しくエリンの頬を撫でる。この子は俺とシルヴィ……シルビアとその旦那と会うきっかけになった子。幼くして両親を失い、エルフの街のスラム街で1人死を待っていたのを俺とアレクが保護。その後にシルビアの頼みで親代わりになったのだ。

 

 

「で?進展のほど(あちら)はどうだ?」

「建国宣言はまだ先かな。色々とお願いは頼まれてるけど、それは皇子の仕事だし。パパとママは……相談聞くぐらいかな?」

「相談か……まぁあの馬鹿の件もあるし酒の一つくらいなら付き合うさ。それとエリン。ルミナスの前で絶対にママって言わないように。変なスイッチ入るから」

 

 

 そうなった場合は自己責任だ。俺に助けを求めても全力で逃走するぞ。様々な手を行使してくるが、何とか耐えるしかない。

 

 

「そうだ。今日の夜あの場所に集合だ。みんなにも声をかけておいてくれ」

「了解フレア様。また後で」

 

 

 軽くエリンの右頬を突いてから厨房へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 日付が変わる少し前。俺は近くの山をくり抜いた広大な空間に来ていた。ここには小さな湖と大きな桜の木がある。この桜……何とヴェルダナーヴァが俺の記憶を元に作り出した物。今でも覚えている。あの人の褒めて欲しそうな顔を。隣に居たルドラとヴェルグリンドは思いっきり呆れていたが。

 

 

「さ、桜……」

「まぁそういう反応するよな」

 

 

 隣に居たホノカもあの時の2人と同じ表情をしている。大丈夫、俺の配下の連中も何か言いたそうな顔をしていたから。ルミナスは見惚れていたな。

 ともあれ、この場で行われるのはただ一つ、花見という名の会議だ。因みに友好関係を築いている小国の王とかも参戦している。その辺の相手はアレクに任せ、俺の方は桜の木の下で見覚えのあるハイエルフが寛いでいるのが見えたので声をかけるとしよう。

 

 

「連絡無しでの乱入は願い下げだが、シルヴィ?」

「あら?誰かと思えばお義兄さんじゃない」

「誰が義兄さんだ」

 

 

 全力で突っ込む俺。この図々しいハイエルフは名をシルビアといい、勇者時代からの付き合いだ。

 

 

「まぁ座るがよいホムラ。お主も飲むじゃろう?」

「当然」

 

 

 ボトルを手に取り蓋を開ける。桜の木に背中を預けてボトルの半分ほど一気に飲む。それを見ていたルミナスは上機嫌で、シルビアは怪訝そう顔を浮かべている。

 

 

「中々美味いじゃろ。ザイファのお陰じゃな」

「このお弁当も美味しいわ。私の国でも振るって欲しいぐらい」

「国ってのはまだ先の話だろ。もう少しかかるって聞いたが?」

「えぇ、けど名前はもう決まってるわ。是非とも国交を……ってこの話は皇子にしないとね。んく」

 

 

 『ぷはぁ』とボトルの残りを一気に飲み干すシルビア。彼女の頬が真っ赤に染まっている所をみると、既に出来上がっている。隣のルミナスはさらに赤いしペースが速い。この2人は何時から飲んでるんだか。

 

 

「お母様?こちらにいらしていたのですか?」

「エルメシア?どうしたの?」

 

 

 シルビアの娘エルメシア。会うのは随分久しぶりだな。赤子だった頃に一度会った以来か。子供の成長は早いとよく言うが、見ない間に随分と大きくなったな。

 

 

「久しぶりだなエル公」

「フレアのおじちゃん?」

「ぐふっ」

「「ぷぷ!」」

 

 

 心に大きな剣が深く突き刺さる。そしてルミナスとシルビアは軽く吹く。だが俺もこの程度で参るような豆腐メンタルではない。外観は兎も角中身はオッサンだからな。

 

 

「ごめんなさいおじ様。これ見て。ユニ様から頂いたの」

「花を形どった水晶か。でもまだ色が無いね」

「色?」

 

 

 エルメシアがユニから貰った花の水晶は透明。まだ何色にも染まっていない。ユニの奴、ワザとだな。俺の所に持って来たら赤く染めて焔を灯してくれるとでも言ったのだろう。

 

 

「エル。ユニの所に戻って水晶の染め方を聞いてごらん?」

「染め方?」

「あぁ。この水晶は魔法を吸収してその色に染まるんだ。いい練習にもなるから行っておいで」

「うん。また後でねおじ様」

 

 

 ニコッと笑いながら走り去っていくエルメシア。子供の純粋な笑顔はいい。少しシルビアの事を羨ましいと思ってしまった。

 

 

「子供か……」

「……(予定あるのルミナスちゃん?)」

「……(覚醒している妾達の間に出来るわけ無かろう……と言いたいが、あ奴のあの顔を見るとな)」

「……(頑張ってみる価値はあると思うけど。最強の魔王の1人に吸血鬼の姫。きっとすごい子が産まれるわ)」

 

 

 何やらルミナスとシルビアがひそひそと俺に聞こえないように話をしている。女子の会話に介入するなど、そんなことをすれば漏れなくルミナスのえげつない魔法が飛んでくる。

 

 

「それよりフレアちゃんもこっちにおいでよ。色々と話を聞きたいから」

「俺はここでいい」

「そうはいかん。お主も座らんか」

「……分かったよ」

 

 

 ルミナスの隣に座ると、彼女は直ぐに俺の膝の上に座って未開封のボトルを手に取ると蓋を開けて一気飲み。それから抱きついて来て首に噛みついてくる。

 

 

「あら大胆。お熱いわね」

「噛まれる身にもなって欲しいがな。ちょっと飲みすぎだぞルミナス」

「んー。たかがボトル15本程度で飲み過ぎとは言わぬぞ。あむ」

「こーら」

 

 

 ポンポンと軽く頭を叩くが止める気配が無い。これはルミナスが寝落ちするまで待つしかなさそうだな。流石に明日影響が出るほど血を飲む様な事はしないとおもうけど。

 

 

「さてフレアちゃん。今日は語るわよ色々と」

「……了解」

 

 

 まだまだシルビアから解放される気配はなさそうだ。 

 




話しは続きます。


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宴会とデート

「だから何でフレアちゃんはそんなに強い訳?」

「日々の努力の賜物」

「絶対嘘だわ!」

 

 

 大きな声で否定するシルビア。何の話をしているかは今のやり取りで分かるだろう。何故に俺が強いかだ。この手のくだらない話は直ぐに終わるはずなのだが、完全に出来上がったシルビアが終わらせようとしないのだ。

 

 

「普通の刀でランクが上の得物と互角に戦えるなんておかしいわ。魔法だって何で斬れるのよ」

「いや、それぐらい出来ないと剣士の名折れだ」

「究極能力だって3つもあるし権能もとんでもないわ」

「言っておくが、天使系や大罪系には及ばねぇからな」

 

 

 ギィやルドラなどが持つ天使・大罪系の究極能力(アルティメットスキル)には俺の『武神之王』以外の二つは届かない。純粋な能力では劣らないと自負しているが、如何せん燃費が悪い。それ故、総合的にみると及ばないのだ。俺はそれを補うために剣と武術、魔法等を磨いて色んな技を編み出している。

 

 

「俺に特筆した能力(大した力)は無いからな。強いって言われてもギィやミリム程ではないし」

「覚醒魔王の時点で十分強いわよ。ルミナスちゃんもそう思うでしょう?」

「んー……」

 

 

 抱き着いているルミナスに問うシルビア。ルミナスはゆっくりと顔を上げ、焦点の合わない瞳を俺に合わせると、両腕を首に回して唇を重ねてくる。

 

 

「んぅ……ちゅう。もう少し静かに話さんか。頭が痛いし血が飲めぬ。まだ飲んでおらぬが」

「……悪かった。それと人前でキスは控えるように」

「私は気にしないから」

「俺の精神(メンタル)が持たない」

 

 

 基本的に周りの目を気にしないルミナス。特に酔っている時はかなりヤバい。そう……今のように。どうにかして止めなければ。

 

 

「それとルミナス。酒飲むか血を飲むか首を甘噛みするか、どれか一つ選べ」

「全部」

「…よし酒を今すぐ止めよう」

「あっ!妾のお酒ッッ!!」

 

 

 おもちゃを取り上げられた子供の様な仕草を取るルミナス。必死に俺が持っているボトルに手を伸ばすが、身長差で届かない。よし、周りに空いていないボトルも無いしこれ以上飲むことは無いだろう。

 

 

「シルビアよ。こやつは酷い男じゃ。妾から酒を奪いおったぞ」

「飲み過ぎだし仕方ないと思うけど?」

「それでいいのじゃ。酔い潰れでもしないと傍に居てくれぬ。こんなにも愛しておるのに。ん……」

 

 

 再び唇を重ねてくるルミナス。これは大変よろしくないぞ。幸いにも今は周りにシルビアしかいないからいいが、この状況を他の連中に見られてみろ。ホノカなんて無言で弓を向けてくるぞ。何でかブラコンって奴になってるし。重度ではないみたいだけど。

 

 

「そろそろやめておけルミナス。じゃないと部屋に飛ばすぞ?」

「むぅ……ふん」

(扱いに慣れてるわね……)  

 

 

 拗ねて俺の胸に顔を埋めるルミナス。それとほぼ同時に『ヒュウ』と怪しい風が通り抜け邪気をわずかに感じとる。これは余りよろしくない奴だ。

 

 

「今日はここまでだシルヴィ。エル公連れて帰れ」

「え?どうしたのよいきなり」

「妙な気配がする。2人に何かあればあの馬鹿に顔向け出来ん」

「……分かったわ。殿下と話をしてから帰るわね」

「悪いな。俺達も撤退するぞルミナス。皆に伝達しないと」

 

 

 この場にいる配下とアレクに伝達し、ルミナスの頬を突くが反応が無い。どうやら不貞腐れて寝てしまったようだ。しかも離れないようにがっちりと抱きついている。仕方ねぇ。一晩ぐらい抱き枕になってやるとしよう。

 

 

「全く。普通にしていたら絶世の美女なんだけどな。…隙だらけだし気を抜きすぎじゃないか?」

 

 

 軽く頬を抓るが起きる気配はない。ここまで無防備な彼女は珍しい……っと。やり過ぎると起きてしまいそうだ。妙な気配も感じるし早く連れて帰ろう。

 

 

(しかし……異質な気配だったな。周囲を警戒しているランに明日聞いてみるか)

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

ー次の日の朝ー

 

 

「……むむ。重い……」

 

 

 体に圧し掛かる重みで目を覚ます。すると視界に映ったのはとても不機嫌そうなルミナスの顔だった。

 

 

「……お、おはよう」

「おはよう。所で今妾の耳に重いという言葉が聞こえたのじゃが?」

「な、何の事でしょう姫?か弱い少女に重いなんて言う訳がないかと」

「ほぅ……。白を切るか」

 

 

 ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべ両手で俺の両頬に触れながら顔を近づけてくるルミナス。さて……この状況を乗り越える手段はあるのだろうか。誰か良い意見を言ってくれると大変助かるのだが、生憎誰も居ないので1人で何とかするしかない。

 

 

「選ぶがよい。一日妾に尽くすか、一日妾とデートするか」

「じゃあデート。都の神殿以外行った事ないだろう?」

「……デ、デートか。そうか……うん……」

 

 

 此方の返答に頬を赤らめるルミナス。この反応はあれか。予想外の答えが返って来て困ったパターンか。案外可愛い所がある姫様だな。

 

 

「……では一時間後に宮殿で落ち合おう」

「了解。それじゃあ失礼して」

「んっ!?」

 

 

 昨日の仕返しとしてルミナスの唇を奪う。いつもはやられる側だからたまには良いだろうという悪戯心だったのだが、今のルミナスには効果覿面だったようで、彼女の心拍数が一気に上がったのを感じる。

 

 

「昨日の仕返し。次からは酒に酔った勢いでキスしない事」

「……むぅ。油断した。デートの際は覚えておけ。やり返すからの」

 

 

 小悪魔のような笑みを浮かべて離れるルミナス。部屋を出る際に俺にニコッと微笑んでから退室。彼女の気配が遠くなったのを確認してから出かける準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うえぇ……死ぬぅ……」

「……何してんだこの馬鹿」

 

 

 神殿にあるアレクの部屋。待ち合わせの場所をここにしたのには理由(ワケ)がある。先日の妙な気配について報告が上がっていると踏んでだ。しかし、いざ来てみると俺達の王は顔を真っ青にしてくたばっているではないか。隣でニコニコとどす黒い笑みを浮かべているマリンさんを見るに、相当絞られたようだ。

 

 

「調子乗って飲み過ぎた。おのれシルビアめぇ……」

「自業自得よアレク。シルビア様は悪くないわ」

「その通り。それよりアレク。いくつか聞きたいことがあるのだがその前に、何で身重のマリンさんがここに居るんだ?」

「ぎくぅ!?」

 

 

 ビクッとアレクの体が跳ねる。この野郎。いくら安定期に入っているとはいえ身重のマリンさんに働かせるとはいい度胸だ。あとでルミナスに報告だな。

 

 

「はぁ。マリンさんも自分の体をもっと労ってくれ。仕事はこっちに回してもらって構わないから。ゼノアにも伝えて置く」

「ありがとうフレア様。その優しさをもう少しルミナス様に向けて貰えると嬉しいのだけど。みんな期待してるから」

「何の期待だよ……っと。そうだアレク。ランから報告上がってねぇか?」

「あの戦乙女からか?特に無いな。或いは報告するか悩んでいるか。シンの元に行って見ろよ」

「了解。デートついでに寄ってみる」

「「……デート?」」

 

 

 少し面を喰らった表情を浮かべる2人。何だよ、俺がデートとか言ったらダメなのかよ。まぁ……それだけ最近は彼女と一緒にいない証拠になるんだけど。

 

 

「待ち合わせここか?」

「あぁ。そろそろ来るはずだけど……っと。来たな」

 

 

 ガチャンと扉が開き、何時もと少しだけ服装が違うルミナスが入ってくる。顔を隠すためか頭巾を被っており、僅かに覗く赤と青の瞳が神秘的に見える。

 

 

「待たせたの……っと。どうしてマリンが居るのじゃ。もしや小僧……」

「大丈夫よルミナス様。それより……」

「む。何じゃその笑みは?」

 

 

 ニヤニヤしながらルミナスの顔を覗き見るマリン。ジーと見続けているとルミナスの方から視線を逸らして俺の左腕に抱きついてくる。

 

 

「行くぞホムラよ。妾は歓楽街に行って見たい。ベルやウインディ達が趣味で開いているカフェが有ると聞いてな」

「お、おぅ(な、なんだ?ルミナスの顔がめっちゃ赤いんだけど。というかいつもと違う香水の匂いがくすぐったい)」

「ほれ行くぞ」

「ちょ、ちょっと」

 

 

 ルミナスに引っ張られて部屋を退出。そのまま神殿を出て歓楽街の入口に向かう。そこでルミナスは足を止めると、指を絡ませて繋いでくる。うーん……やっぱりさっきのマリンさんとのやり取りと言い昨日からなんか違和感を感じるぞ。

 

 

「最初はカフェか?」

「それは最後にしよう。どれだけ賑わっているか見て見たい。あまり見る機会は無いからの。聞く機会は多いが」

「了解。んじゃ……屋台でも行くか」

 

 

 歓楽街に入り多くの人とすれ違いながら賑わっているのを確認する。因みにだが4つの区画の中で歓楽街が一番犯罪率が高い。なのでシンの自警団の拠点がここにある。妙な連中が暴れないようにと、裏で馬鹿な事をしている連中を摘発するために。

 

 

「うん。今日も平和だな。きちんと見回りもしているし」

「治安がいいのはいい国である証。後でとシン達には褒美を与えておけ」

「大丈夫だ。休みの日は絶対に挑んでくるから」

「いつの間にか≪戦神≫と呼ばれておったか。ランは≪戦乙女≫だったな。あ奴らが覚醒した時の最初の相手は間違いなく……」

 

 

 間違いなく俺だあろうな。最初に覚醒するのはミナトかホノカだろうし。何か切っ掛けがあればいいのだが。それこそ生死を懸けた戦い、俺がミリムと戦った時みたいなね。

 

 

「どんとこいだ。まだまだ後輩には負けねぇよ」

「そのいきじゃ。おや……?あれは掲示板か?」

 

 

 歓楽街の中心。自警団の本拠地の前に掲示板があり、複数の人が見ている。あの掲示板には都周辺の状況や、仕事の依頼等が張り出されている。ふむ、もしかすると昨日の気配の正体についての情報があるかもしれない

 

 

「えっと……魔獣の討伐依頼と……」

「おい聞いたかあの話」

(……ん?)

 

 

 隣から話し声が聞こえてくる。耳を傾けると、隣にいた2人は近頃現れるある魔獣について話ているようだ。

 

 

「あぁ。黒い狐だろ。都周辺に現れて冒険者や行商人を襲ってるって話だ。丁度昨日の夜、ランさんが遭遇したらしいぜ」

「マジか。あの人大丈夫だったか?」

「大丈夫に決まってるだろ。偉大なる≪太陽の騎士≫の一番弟子で、剣星(ソードスター)の3剣星だぜ」

「そう簡単にはやられねぇよな。あの人強いもん」

(黒狐か……)

 

 

 ランで問題無いなら大した強さでは無いのだろう。だけど口振りからして倒した訳ではないようだ。恐らくは追い返すので手一杯だったか、もしくわ……詳しい話をもう少し聞きたい所だが、まずは対策を考えないと。

 

 

(どうする。ランが率いる遊撃隊の巡回頻度を増やすか?いや、人数がギリギリの状態では厳しいか)

「ホムラ?」

(となると、自警団から何人か移動させるのが良いが、あちらもギリギリだし)

「おいホムラ」

 

 

 どうしたらいいのか。考えられる手はいくつかあるが、黒狐の脅威度が分からない以上は安易な手は打てないし、かといって都に来る人達を危険な目にも合わせられない。

 

 

(ホノカとミナトも忙しいからダメだな。俺が動くとユニに怒鳴られるし。どうすれば……)

「ホムラッッーー!!」

「っ!?どうしたルミナス……あ」

 

 

 彼女の大きな声に驚き其方に顔を向けてみると、ルミナスはプクっと頬を膨らませてとても怒っていた。これは……うん俺が悪い。素直に謝らないと。

 

 

「その……ルミナス。ごめっんん!?」

 

 

 謝るよりも早く唇を塞いでくるルミナス。10秒程経ってから両手で両頬に触れながら離れる。

 

 

「ラン達なら大丈夫。お主や小僧の耳に入っていないという事は自分たちで何となるという事だから」

「……そうだな。もう少しアイツらを信じてやらないと」

「うむ。ではデートを続けよう。さっき聞いたのじゃがベルの喫茶店は閉まっているらしくての。続きは妾の部屋でお茶会と行こう」

「ん。行こうか」

 

 

 そして途中でお菓子を買ってルミナスの部屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 



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会議と遺跡群

 デートの翌日、宮殿では朝早くから月に一度の会議が行われていた。出席者は俺を含め都を支える者たち(ホノカやミナト達)と俺の配下の合計12人。この会議では先月の生産や輸出入等の報告も兼ねており、それが済めば各自で各々気になった事や改善点等を相談しあう。中心にいるのは当然アレクでまとめ役は俺だ……出来ればまとめ役もアレクにして欲しい所だが、出席者の身元預かり人と統括してるのが俺なので断るわけにもいかないのだ。

 はぁぁ……と目の前の現状に思わずため息が漏れる。概ねの報告や意見交換にも目処がたち、今回の会議もいつも通り何事もなく終わると思われたのだが、生憎とそうもいかなかった。ある案件について意見を交わしていると、突如ランとシンの二人が言い争いを始めてしまったのだ。その件の内容としては、一つは以前話した黒狐の件、もう一つが最近活発になりだした魔物と他の魔王とのやり取りについてである。後者に関しては俺とルミナスで引き受けると言ったのだが、残りの前者の黒狐の件の対応で二人は火花を散らしているのだ。

 頭に座っているユニから『早く止めなよ』と言いたげなキツい視線を向けられてはいるが、生憎と俺は疲労困憊なので、もうこのまま二人の怒りが爆発するギリギリまで放置するつもりである。

 

 

「だーかーらー!!もう少し手伝ってくれてもいいじゃん馬鹿シンっっ!!」

「誰が馬鹿だ!こっちも手が一杯なんだよっ!」

「優秀な人材を取っていく奴が何を言うんだいっっ!!」

 

 

 こんな感じで30分ほど言い争いが続いている。お互いの手が剣に伸びはじめた所を見るに、そろそろ止めないとまずいだろうなと思い、億劫に感じながらも仲裁に動きだそうとする俺の頭上からふと重さが消えた(・・・)

 

 

「二人ともそこまで。その辺りの対策はこの後私達でやるから喧嘩なら外でやって」

「うぅ……分かったよユニさん」

「すみません」

「よろしい。じゃあ閉めてね殿下」

「オーケーだ」

 

 

 ユニのキツめの一言で言い争いをやめる二人。そのままアレクが会議内容を纏めて終了。そのまま解散となり、会議室には俺とアレク、ユニとホノカそれとベルだけが残った。

 

 

「ひとまず会議は終わりましたが……どうしてそんなに疲れてるの兄さん?」

「……寝てない」

「珍しいですね。昨日は確かルミナスちゃんとデートでしたか」

「歓楽街を周ってお茶会しただけでしょ。なのに睡眠不足って……」

 

 

 ユニにはジト目を向けられ、ベルは苦笑い。アレクはやれやれと言った表情。ホノカは頭の上に?マークを浮かべている。多分3人は察しがついている。

 

 

「お楽しみだったんだねそれも朝まで」

「……ノーコメント」

「どちらかと言えば被害者だろ?ホムラは」

「まぁ……最近はあまり一緒では無かったようですし」

「うーん。確かに私と殆ど一緒だったよね。もしかするとヤキモチかな?」

「???」

 

 

 何故か嬉しそうに笑いながら頭に抱きついてくるユニ。ヤキモチ…恐らくそうだろう。俺は別に気にしないが、最近のルミナスは結構気にする。ホノカと少し出かけただけでも頬を膨らませるぐらいだし。別に疚しい事をしている訳ではないし、ただの買い出しなんだけどなぁ。

 

 

「私を含めてホムラの2番目を狙っている女の子は多いからね。ルミナスも危機感を感じているんじゃない」

「ちょっとユニさん。洒落にならないっすよ」

「本気で狙ってるのはユニ様だけです。私やラン達は親愛(like)の方ですから。ホノカさんもそうですよね?」

「え?私は本気で愛してますけど?恋愛(love)の方です」

「……妹の将来が不安だわ」

 

 

 どうしよう。妹が兄貴離れするかどうか心配だ。俺としてはいい人見つけて幸せな家庭を築きながら色々と手助けしてもらえるとうれしいんだけど。どうにかしてブラコンを矯正しなければ。

 

 

「改めて吸血鬼ってエグイわ。お前もそう思うだろアレク?」

「俺に振るな……と言いたいところだが、よく分かる。でもお前の場合は自業自得な部分もあるけどな」

「で?結局お茶会の後はどうなったの?」

「それは……」

「私気になりますっ。姉さんの意外な一面とか知りたいですし」

「……あの後。陽が沈んだから帰ろうとしたらな・・・」

 

 

 

 

ーもう帰るのか?妾はもっとお主に甘えたいし愛でられたい。

 

ー……本当にどうした?昨日といい今日といい。

 

ー嫌か?妾だって一人の女じゃぞ。愛する人に抱かれたい時もある。お主は全然妾に手を出さぬしな。妾は度々誘惑してると云うのに。

 

ー……鈍感で悪いな。そう言う男だからな俺は。良いぜ。君が満足するまで一緒にいる。

 

 

 

「……という訳だ」

「相当溜まってたんだなあの姫さん」

「それはどういう意味で言っているですか若様?」

「あーあ。これじゃあ私に勝ち目はなさそう。でもいいや。私がホムラの事が好きっていう事実は変わらないし」

「……(私の知っている姉さんと全然違うっ!……って、まだそれほど時が経っていないから知らない事が多くて当然だけど)」

 

 

 多種多様の反応を見せるユニ達。ホノカは頬を赤く染めている所を見るとまだ彼女には早い大人の話しのようだ。自分で言って置きながら恥ずかしい。

 

 

「魔王同士の子供も見れたりして。あり得ますかユニ様?」

「無理……とは言いたくないけど可能性は低いと思う。ルミナスは神祖の分身だし、ホムラは元人間だけど堕落して魔王に覚醒してるからね。勇者なら可能性ありそうだけど」

「うぐっ」

「に、兄さん!?」

 

 

 心に鋭い物が突き刺さり大きなダメージを受ける。相変らず容赦のない妖精殿だ。未だにあの時の事を根に持っている。

 

 

「まぁ2人の事は置いておいて。若様は何時までここに居るつもり?早くマリンの所に戻ったら?」

「おぅ。すぐ戻るさ。それじゃまたな」

 

 

 パパッと資料を片付け、そそくさと退出するアレク。あの二人は順調そうで何より。後は無事に出産を迎えれば大盛り上がりになるだろう。一月ぐらいはお祭り騒ぎだ。

 

 

「さてと、そろそろ私の話をしないと。ラミリスからの報告で、前回の戦争で各地に遺跡が現れたらしいの。だから今から一番近い所に行こう」

「いいぞ。付き合ってくれベル。ホノカは留守番だ」

「了解です兄さん。留守はお任せを」

「では準備をしてきますね」

「西側の門で1時間後に待ち合わせだ」

 

 

 そうして約束をしてから各々一度準備のために部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あれから一時間後。俺は姿を少年に変えてから西側の門に来ていた。外に出る時は大体この姿な事が多い、この姿でいると低燃費で魔素の消費を抑えられる(そもそも魔素切れを起こすと何故か少年になる)から便利なのだ。良い鍛錬にもなるしね。

 ともあれ少し早く来すぎたので暫く待つはめになると思っていたら、話しを聞きつけたランとルミナスが先に待っていた。

 

 

「さっきぶりだなラン。頭冷えた?」

「うん。さっきはごめんなさい師匠。ルミナスさんにも怒られた」

「妾はアドバイスしただけ。若い内はもっと言い争って方がよい……が、お主らには寿命の概念が無いからあまり若い等と言ってはならんか」

「ははは……まぁ年齢は70歳ぐらいだしね。というかルミナスさんって凄く長生きなのにもの凄く綺麗だよね。お肌なんて輝いてるし。秘訣とかあるの?」

「残念だが無いの。妾は吸血鬼の神祖だから体は老いぬ。だが肌が輝いて見えるのは……」

 

 

 何故か俺の方を見てくるルミナス。確かにルミナスの肌って輝いててとても綺麗だよな。特に化粧とかしていないのに。その辺はあまり聞かない方が良いと思っている。デリカシーが無いとか言われたくないし。

 

 

「それはいいとして何でルミナスまで来てるんだ?ランもいいのか?」

「ボクは休みでルミナスさんに対魔法戦の練習に付き合って貰おうと思っていたらユニさんに呼ばれて」

「何でも装置解除を手短にするには6人いた方が楽と言っておった」

「成る程……じゃあ後1人は……っと来たな」

 

 

 ユニとベル。そして大きな特殊大剣を背負ったアレクの三人だ。アレクにはマリンさんの側にいて欲しいので『帰れ』と言ったのだが、その本人に(目が笑ってない)笑顔で『たまには体を動かしなさい』と軽く脅されたようだ。

 

 

「よし行くか。案内頼むぞユニ」

「了解。歩いて15分ぐらいで着くから」

 

 

 ユニの案内の元。遺跡に向かい始めたのだが……。

 

 

「ユニよ。何故妾のホムラの右腕に抱き着いている?離れんか」

「私が抱きつくのに君の許可がいる訳?ルミナスこそ昨日独占したから譲りなよ」

「なんじゃヤキモチか?昨日一晩中抱かれた事を妬いておるのか?」

「……喧嘩売ってる?」

「……(喧嘩するなよ……)」

 

 

 何故かよろしくない空気の2人。(もしかしてルミナスは会議の後の話を聞いていたのか、だとしたらどうやったのか気になるな。無言のゼノアもいたし……もしやあの子の目を通して内容を把握していたとか?。だとするとこの行動にも頷けるのだが……)。

 

 

「そ、そう言えば遺跡に何があるんだユニ?」

「さぁ?ラミリスと少しは行ってみたけど、静かで何もなかった。ひときわ大きな建物には強い結界と、解除するには左右の建物を攻略しないといけないぐらいかな。あとスイッチが6個で同時に押さないといけない」

「成程の。どのメンバ―で行くか考えておくか」

「そうだな(ふぅ。何とかなったか)」

 

 

 これ以降は言い争いも無く談笑が続き、ある場所でユニが止まる。そこは何も無い平原だが、僅かに歪みがあるのが見える。成程、ベルの『幻影之王』で隠したのか。

 

 

「これは……私の『幻影空間』ですか」

「えっとそれって……」

「私の『幻影之王』の権能です。狭い場所での戦闘を行う時や、大きな建造物などを隠すのに使う権能ですね」

「それを『絆之王』で私が使わせてもらったってわけ。解除するよ」

 

 

 『パチン』と指を鳴らすと、霧が解けて古く錆びた大きな遺跡群が姿を現す。大きさ的に一つの小国ぐらいはあるだろうか。確かこの場所にあった国はあの馬鹿な国に属していたと聞く。これは色々と楽しみだな。

 

 

「んじゃ行こうか」

 

 

 遺跡群に入り目的地の中心に向かい始めるが、こういった場所に来たことの無いランは辺り見渡しては頻りに目を輝かせていた。それを見たアレクは昔の俺達の冒険譚を彼女に話し始め、それを聞いたランは興奮しながら何度もアレクに質問していた。

 

 

「やれやれ。頑張ったのは俺とベルなのに」

「まぁまぁ。実際原初の紫(ヴィオレ)と戦った時は大活躍でしたからね」

「あれ以外は何度も罠に嵌まってたけどね」

 

 

 俺達が昔話を懐かしんでいると遺跡群の中心にある大きな建造物の前に到着。ここから左右に進んだところに小さな建造物があり、その中にスイッチがあるのでそれを同時に解除する必要がある。のでメンバーを分ける事に。勿論文句なしのくじ引きで決めた結果は……。

 

 

「……なぜ妾がユニとランと一緒なのだ」

「それは私のセリフ」

「はは……(苦労しそう)」

 

 

 素敵な女性3人と、元勇者パーティー。俺達は大丈夫そうだがあちらは心配だ。まぁ問題は無いだろうと思い一足先に右に進む。その先にある建物の中に入るが、中は真っ暗だった。

 

 

「お約束だな。全く」

 

 

 右人差し指に光を形成して周囲を照らして確認する。所々崩れてはいるがそれ程廃れてもいない。思ったよりも綺麗だ。逆に怪しく感じるのもお約束だろう。

 

 

「少し熱いな」

「なら脱げよ外套」

「そうはいかねぇ。外に出る時は身に着けろってヴェルダナーヴァに言われてんだ」

「普通の外套なのにか?」

「……そうか。お前達は知らなかったな。この外套の秘密」

 

 

 この外套には秘密が幾つかある。その内の一つは他の者には何の変哲もない普通の外套と認識され、あらゆる鑑定スキルを無効化することが出来る。そしてもう一つはと、…話すなら絶対に他言しないか確認しないといけないな。

 

 

「絶対に言わないって約束するか?」

「……?あぁ話さないぜ」

「私も話しません。もしかしてあまり知られるとマズイ物ですか?」

「まぁな。さて……何処から話すべきか」

 

 

 一先ず遺跡の探索は置いておき、俺はあの時の事を思い出しながら2人に話し始めたのだった。

 

 



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外套の秘密と黄金の剣

「そう。あの時の事は覚えてるよ。そんなもの渡すなってな」

 

 

 後ろに居るアレクとベルに外套を託された時の事を話す。それは俺とヴェルダナーヴァとの最後の会話。アイツが人並みの寿命になってルシア嬢と旅行に行く前の事だ。

 

 

 

この外套(コレ)を君に。私達の親友(とも)の証として託すよ。

 

 

ーなんだよいきなり。そんな大それたものは奥さんに渡しな。俺は受けとれない。

 

 

ーそう言うと思っていた。でも…君と話すのは此で最後になりそうだから今のうちに渡したい。君自身もこれからどうなるか分からないしね。

 

 

ーあー……確かに。

 

 

 

 ルミナスと出逢う2、3年ぐらい前か。ミリムが産まれてそれほど時間が経っていなかったはず。その辺は詳しく覚えていない。結構忙しい時期だったから。

 

 

「確かにあの時は忙しかったな。親父の生誕祭もあったし」

「そういえばそうでしたね」

 

 

 そんな時期にヴェルダナーヴァから呼び出しを受けたって訳だ。いろいろと立て込んでいたのもあって後回しにしようかと思ったが、他でもない親友の頼みだ。皆に無理を言って俺はすぐに東に飛んでいった。

 

 

「そんでだ」

 

 

 

ー君のこれからを支えるために外に出る時は外套を絶対に纏って欲しい。もしも……君が絶体絶命に陥ってもう駄目だってなったその時は、絶対に助けるから。竜としてではなく“君の親友”(とも)として。

 

 

ーそれは嬉しい限りだが……で?何を隠したんだこの外套に?

 

 

ーフフッ…凄いんだよ。この外套はね、僕の因子で作ったんだ。存在値は1500万。勿論それだけでは無いよ。コレは“大きなきっかけ”となって君をもう一段階上に昇華してくれる。

 

 

ー……お、おい。なんかえげつない事を聞いたような気がするが?

 

 

ー大丈夫。僕と君以外にはただの布切れとしか思えないようにするし、解析鑑定も出来ないようにするから。

 

 

ーそれは大丈夫とは言わないけど……

 

 

 とまぁこんな感じで外套を押し付けられたわけだ。以前ルミナスがちょっかいを出してふらついたのはそういう事情である。“こいつ”は知ろうとした瞬間に弾き、対象の認識を阻害する。

 

 

「そういう訳だ。絶対に言うなよ」

「……言える訳ねぇだろ」

「ヴェルダナーヴァ様との出会いを上回る驚きです」

 

 

 この外套で色んな悪戯が出来る可能性があるからな。出来る事なら話したくないけど、ここは皆を信じる事にしよう。

 

 

「ヴェルダナーヴァとの出逢いも刺激的だったけど、外套(こっち)も中々に印象的だった」

「出会いに関してはおめーが悪いだろ。無言で刀抜いて斬りかかりやがってッ」

「旅出ていきなりラスボスだぞ。どうぞ斬って下さいって言ってるようなもんだ」

「メチャクチャ困った顔をしてたじゃねぇかあの竜。『何で僕斬られてるの?ただ話に来ただけなのに』って」

 

 

 (あの時は仕方ない。まだこの世界に来てそれほど時間が経っていなくて、碌な国も無く魔物が暴れてる無法地帯だから、目に映る物は基本敵だと思わないと生きていけない。その結果ヴェルダナーヴァに挑みボコボコにされたのだが)。

 

 

「思えばあの時アイツと出会わなかったら今の俺はいないだろな。最後に大層な役割も押し付けられたし」

「役割?ギィみたいにか?」

「そうそう。その事はまた今度だ。そろそろ開けた場所に出そうだぞ」

 

 

 通路を抜け終えるとずいぶんと開けた部屋に出れた。一番奥には3つの光があるのが確認でき。その下の台には窪みが1つずつ。恐らくアレが解除スイッチだな。

 

 

「では押してみましょうか」

「そうだな。敵も居ないようだ……おや?何だあの石像…いや機械って奴か?」

 

 

 アレクが指を向けた先には、巨大は石像らしきものがまるで門番のように佇んでいた。青いボディに右腕が剣で左腕がクロスボウの一つ目。そして3足歩行。見た感じボディに使われている魔鉱石は国の基準でアダマンタイトクラスの物だ。

 

 

「機械があるわけ無いだろ。ただの石像に決まって……ん?」

「ギ……ガガ」

「「「……」」」

 

 

 妙な音が聞こえてくる。とても嫌な予感を感じていると、石像の目が光りいきなり動き出した。

 

 

『シンニュウシャハッケン!!ハイジョセヨ!』

 

 

 不可思議な声が発せられる同時に部屋が紅く光り、石像と同型と思わしき物が50体程現れて俺達を囲う。俺はアレクを守るために刀を抜こうとするがその手をアレクが止めた。彼は口角を上げ、自信有りげに愛剣のディザスターに手を置く。

 

 

「ここは進化した俺に任せな」

「進化って……おいまさか」

 

 

 戸惑う俺を余所に、アレクは今までに感じた事の無い雷を全身に纏う。アイツのもう一つのユニークスキルは『雷轟者』(トドロカセルモノ)。『断罪者』はマリンさんのお腹の子に継がれたから少し力が落ちたものだとばかり思っていた。しかし今アレクから感じる力は俺と同じ究極能力(アルティメットスキル)の“ソレ”だった。

 

 

『雷神之王』(トール)の力で機能停止にしてくれるッ!。お前等のボディに使われてる鉱石は貴重だからな」

 

 

 アレクはディザスターを斧に変形させて、雷を纏ってから一回転して振り下ろす。

 

 

『究極雷槌』(アルティメットトールハンマー)!」

 

 

 振り下ろした一撃は、地面にめり込み大きなクレーターを形成。それと同時に強烈な衝撃波が発生し雷が衝撃波に乗って石像の中心を正確に貫いて機能を停止させる。それを確認したアレクはディザスターを剣へと変形させて背中に担ぐ。

 

 

「ざっとこんなものだ。停止した石像は後でユニさんに回収してもらおう。丁度いい機会だし、ホムラの愛刀の素材にして貰おうぜ。担当変わったんだろ?」

「あぁ。ソフィって言う最近来た異世界人だな。今までは打って貰ってたが、次から錬金で作って貰う予定…なんだけど……」

「まだ新米だからなかなかうまくいかないんですよね。最高峰の魔鉱石であるオリハルコンが中々錬金出来んないだとか」

「素材を組み合わせるのが難しいってよ。沢山失敗してもいいように全部回収しようぜ」

 

 

 石像を一か所に集めてベルの幻惑魔法で拘束し、それからスイッチを同時に押して解除されたのを確認してから外に出る。目的の大きな建造物の前まで戻ってくると、何故かとても疲れているランと、さっきよりも険悪な雰囲気になっているルミナスとユニが先に待っていた。

 

 

「どうしたラン?何かさっきより酷くないかあの2人?」

「…何も聞かないで師匠。色々と大変だったから…」

「そうはいかねぇ。師匠として弟子の悩みは聞かないと。怒らないから言ってみな」

「…ルミナスさんが罠踏んで大変だった。キラーマシンが100体程現れて全部ボク1人で倒したんだよ。だけどあのが2人その事で大喧嘩しちゃって。『ホムラのパートナーなら罠なんか踏まないでッ!』って」

 

 

 プクっと頬を膨らませながらランは言った。それだけでがどれだけ大変だったかよくわかった。(ちなみにキラーマシンとは彼女の好きなげーむとやらに出て来る魔物らしい。何でもげーむに出て来る魔物を倒すのが夢だったとか)

 

 

「でね。それでルミナスさんが……」

 

 

ー妾だって罠の一つくらい踏む。こういった遺跡に来るのは初めてじゃからのう。お主こそ慣れておるのだから事前に一言あっても良かろうに。

 

 

「なんて言ったもんだからそりゃもう大喧嘩で。ユニさんからしたら魔王が罠に掛かるなんてあり得ないしそもそも油断している事自体あり得ない。ルミナスさんも罠を踏んだのに謝らないんだよ!ボクが必死にキラーマシン斬ってる時もずっと喧嘩してるしっ!しかもめっちゃ硬いから黒曜石の剣が刃こぼれしたんだよ!折角作ってくれたソフィちゃんに何て言えばいいかぁ!」

「…そうだな。確かに罠踏んで謝らないルミナスも悪いし焚き付けたユニも悪いな。そして俺も悪い」

「そうだよっ!せめて一言謝ってーーえ?師匠悪くないよね?」

「部下のミスは上司の責任だ。ルミナスの事を心の底から愛しているとはいえ、きちんとユニや他の皆の相手をしていない俺も悪い。これからは気を付けるから、ランも弟子だからと言って俺に遠慮するなよ」

「う、うん……(そもそもホムラさんに遠慮してる人っていたっけ。むしろボク達こそ甘えすぎな気がするけど)」

 

 

 ランの頭を優しく撫でてから、険悪な空気が流れているルミナスとユニの間に立って、それぞれ右頬と左頬を思いっきり抓った。

 

 

「いたた!何するのさ!?」

「何故頬を抓る!?」

「ランから全部聞いたぞ。足引っ張ったらしいな?」

「「あっ……」」

 

 

 2人は揃って俺から視線を逸らす。もっと抓ってやろうとおもったが流石に可哀想なので離してあげる事に。

 

 

「まずはユニ。ルミナスが遺跡に慣れていないから君とランがフォローするのは当然の事だ。魔王だってミスはする。それを責めるのは良くない」

「だ、だけど……」

「だけどじゃない。そしてルミナスは謝ってきちんと後処理をする事。ランが俺の弟子だから大丈夫だと安易に思わない事だ。もしものことがあればどうする?」

「その時は『色欲者』で……」

「ん?何て?」

「…っ済まない」

 

 

 軽く威圧すると素直に謝るルミナス。ユニは不満ありまくりの様だがお互い様だ。2人の背中を押してランに謝って貰い、『次はないように』と釘を刺してから本命の建造物の扉を開ける。中は薄暗く何もないと思ったが、一番奥に光り輝く黄金の剣が台座に刺さっていた。

 

 

「うおぅ。凄い気配だな」

「少なくとも伝説級だね」

「んじゃ抜いてみるか」

 

 

 黄金の剣の柄を握り引き抜こうとするがビクともしない。軽く力を入れてもうんともすんとも言わず……こいつは中々の強敵だな。

 

 

「全く。アレクみたいに頑固だな」

「頑固はてめーだろ、ちょっと変われ」

 

 

 アレクと交代し同じ様に引き抜こうとするがやはり抜けない。両手で握り踏ん張っているが一ミリたりとも動く気配はない。アレクは一旦手を離してもう一度再挑戦しようとしたら、横からルミナスは笑いながら剣に手を伸ばす。

 

 

「全く。最近の小僧はーッッ!」

 

 

 彼女が剣に触れようとしたその瞬間。剣から強い電流が放たれルミナスの手を弾き飛ばす。予想外の事にルミナスは対応できず後ろに倒れそうになるが、直ぐに右腕を彼女の背中に回して抱き寄せる。

 

 

「大丈夫?」

「あぁ。ありがとう。ちょっと驚いた」

「怪我はないルミナス?」

「うむ。直ぐに再生できるから問題ない。しかしこの剣は……」

「…俺やルミナスに抜けない剣か」

「ボクがやってみるよ」

 

 

 ランが裾をまくって剣を握ると、何かに気づいた様子でどこか気まずそうな顔を浮かべながら俺とルミナスを交互に見る。苦笑いを浮かべながら……|簡単に引き抜いた。

 

 

「「「「「え……?」」」」」

「ははは……」

 

 

 俺とアレクが苦戦してルミナスの手を弾いた剣をランは簡単に抜いた。何故か……と考えていると、ユニがポンと手を叩いて剣に光をかざすと、彼女もなんとも言えない顔を浮かべる。

 

 

「ユニさん?何でそんな顔をしてるんすか?」

「いや……だってね~ラン?」

「うん。ボクに抜けたのなら師匠に抜けないのはおかしいなぁって……」

「む。ランが抜けるのにホムラが抜けない…はっ!まさか」

「あ、あの!それは言わない方が良いかとっ!!流石に一日二回はフレア様の心が持ちませんからっ!」

 

 

 ランに抜けて俺に抜けない……いまいち理由は分からんがユニ達は気付き、ベルは言わせないと3人を止めている。まぁ別に俺は気にならないからいいけどね。

 

 

「あ。そう言う事か。ランは勇者の資格あるからその剣抜けて、ホムラは魔王に堕落したから勇者の資格を無くして抜けないのか。だとすると俺も勇者の資格ないから抜けないわ。ハハハ」

「「「「……」」」」

「あ、あれ?何か空気変わったような……」

「……(そーいうことね。道理で言わないわけだ)」

 

 

 理由は分かったからもういい。確かに俺に抜けてランに抜けるのならそういう事だし、ルミナスの手が弾かれるのも分かる。そしてユニとランがなんとも言えない顔を浮かべるのも分かった。そして気付いた4人が言わないようにすることも。その事を言ったアレクの身に何が起こるかも。

 

 

「皆。別に俺は何を言われても大丈夫だから気にするな。魔王になった時点で俺に勇者の資格なんてないからな。さり気無く言ってくるのは問題無いが……笑いながら言う(バカにする)奴は別だ。程々にな(・・・)

「了解師匠。急所は外すからルミナスさんは治療宜しくね」

「え?」

「安心して殺していいぞ。魂さえあれば『色欲者』で蘇生できる」

「え?え?」

「丁度いいし『聖賢之王(サフィーラ)』の力試すか」

「え?え?え?」

「私は……過去に何度もやってるので見てますね」

 

 

 ランは剣を抜きユニは本を取り出して魔素を集約。ルミナスとベルは一歩下がったと所で見物。俺は後ろを振り返り大きく体を伸ばすと同時に、アレクのとても大きくいい悲鳴(バカの悲鳴)が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みにこの後は石像を回収し、黄金の剣に名前を付けてランに託して撤収。アレクは帰った後にマリンさんにこってりと絞られるのだが、それは別の話しである。

 

 

 



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新たな刀と再戦

「あれ……今日ってもしかして休日じゃん……」

 

 

 いつも通り仕事部屋へと来たのだが、机の上に置かれているはずの書類が無い。どうやら久しぶりの休日のようだ。ルミナス達と遺跡に言ったのが半年程前……ちょっと待て。そう考えるとルミナスと最後に会ったのも半年前か。

 

 

「ヤバい。非常にヤバいが休日なら行かないといけない所がある」

 

 

 行かないといけないのはソフィの所。そろそろ俺の刀が完成する頃だろう。あの石造に使われていた魔鉱石は廃城の地下から採れるものと同じだったらしく、ソフィが何回も錬金して最高ランクの魔鉱石を錬金したと聞いた。

 

 

「そうと決まればすぐに行こう。ルミナスに休日と知られる前に」

 

 

 直ぐに仕事部屋から退散して鍛冶区画にあるソフィの錬金工房に向かう。工房の中では赤紫の女の子が脚立に立って高さ10メートル程の窯をグルグルと棒のようなもので混ぜている。

 サンフレア王国の錬金は2種類あり、1つは魔術で二つの素材を融合させて生み出すタイプと、大きな窯に入っている特殊な液体(七色の不思議な気配を放っている気体に近い液体)で複数の素材を合わせるタイプ。

 ソフィは後者を専門としており、新米だが優れた才能を持っていると引退した刀匠さんから聞いた。 

 

 

「おはようソフィ。調子はどうだ?」

「あ。おはようホムラさん。そろそろアダマンタイトがーーうわぁぁ!?」

「あーー……(またか……)」

 

 

 脚立に足を引っかけて顔面から落ちる。以前も言ったがソフィはとても優秀で真面目。しかし一つ気になる点がある。それは…うん、今目の前で起きた起きた事。それは、結構ドジな所だ。今みたいに。

 

 

「いたたたた……またやっちゃった」

「大丈夫?気を付けなよ」

「うん。ホムラさんが来てくれて嬉しくて…って!後もう少しなんだから頑張らないとっ!」

 

 

 ソフィは直ぐに立ち上がら脚立を上り大きな棒を持って再び窯を回し始める。魔術の錬金はそれなりに詳しいし即興でやることも多いが、窯の方は全然分からない。回し方にもコツがあるらしいが見てても全然分からない。

 

 

「そうだホムラさん。この前区画長に言われたんだけど、あの大窯の管理をやって欲しいって頼まれたんだ。加えて次の区画長も任せたいって。私より優秀な人が多いのにどうしてかな?」

「鍛冶・錬金区画にいる人は王国の民に末裔が多くて君のように異世界人はいない。これからの事を考えてだと思う」

「そっか……後進の育成も大変って言ってたし、刀匠さんも私が来て泣いてたなぁ…っと!来た来た!」

「お?」

 

 

 『ボン』と音と同時に窯から煙が出て、煙が光り輝く魔鉱石に変わる。これが窯を用いた錬金術。ルミナスや興味がある吸血鬼達も興味津々だった技術だ。

 

 

「ふぅ。後はアダマンタイトと光砂。ユニさんから貰った光の結晶体を混ぜたら完成。その前に……あのホムラさん。正宗見せて貰ってもいいかな?参考にしたいから」

「いいぜ。何だったらルミナスに上げた小太刀…陽炎でも……いや、正宗だけにしとく」

「???(もしかしてホムラさん。またルミナスさん放置してるのかな……)」

 

 

 焔と共に正宗を顕現させ、ソフィに渡す。受け取ったソフィはゆっくりと刀を抜き、鞘を壁に立てかけて刀身を見ると、桜の紋様や色を見て固まっていた。まぁ存在値不明の刀だし、あんなに妖気ダダ洩れだから仕方ないよね。

 

 

「お、おいホムラ。懐かしい妖気を感じて来たのだが…っと取り込み中か」

「やぁ先生。ちょっと色々とね」

 

 

 妖気を感じて来たエンブ。何か問題でもあったのだろうと思ったらしいが、ソフィのあの様子を見てすぐに納得。見回りしているパールさん達にも伝えて貰った。

 

 

「相変らずヤバい刀だな。鞘に入ってないとビビるわ」

「それはごめん。そうだ先生。正宗に変わる刀出来たら久々にやる?」

「…む。良いぞ。そろそろ頃合いだしな。まさか野郎が生きているとは思わなかったし、そろそろ俺達の事を知って貰う」

「了解。それじゃ…そろそろソフィに声を掛けよう。おーいソフィ。大丈夫か?」

「………はっ!大丈夫だよホムラさん!えっと刀身は160センチぐらいで柄は40センチぐらいでいいかな?」

「おぅ。頼んだぞ」

「了解。まっかせて!」

 

 

 ニコッと微笑んでから正宗を鞘に戻して俺に返してくる。それから再び脚立に上り窯に素材を入れてグルグル回し始める。さて…あちらは任せてもいいだろう、俺は気になったことをエンブに聞こう。

 

 

「野郎って幻獣を作ってるあの魔術師か?」

「あぁ。俺達を強制的に進化させたクズだ。ギィに殺されたばかりだと思ってたが…奴が生きているのならあの男もどこかで生きているのかもしれん。トワイライトに作られた第一高弟の……名前忘れたが」

「絶対に名前出すなよ。ルミナスの機嫌が悪くなるから。(しかし……聞いている話でははシルビアと似たようなものらしいが)」

 

 

 もともと人間の3人。聞けばそれぞれ、炎・水・風の力を込められた宝珠を埋め込まれて人為的に進化させられたらしい。

 

 

「やれやれ。面倒事は勘弁して欲しいのだが」

「魔王になった以上は避けられん。それより…煙の量が凄いな」

 

 

 窯から溢れ出る煙。その量はいつもの数倍以上はある。それだけ凄い得物が出来上がる証拠だ。

 

 

「後少しで…!?来た来たぁっ!!」

 

 

 再び『ボン!』と大きな音と共に煙が集約されて一本の刀を形成する。ソフィはガッツポーズをしながら刀を取り、満足そうな笑みを浮かべながら渡してくる。

 

 

「お待たせホムラさん。どうぞ」

「ありがとう。うん……いい感じだ。名前は……」

「『村正』とかどう?有名な刀匠さんの名前」

「いいね。それ貰い」

 

 刀…村正を受け取り柄を握る。鞘の中から感じる強い力。俺の力と上手く同調してくれそうだ。後は試し切りをするだけ。

 

 

「んじゃ行くか先生」

「あぁ。ここから北に無人島がある。そこでやるぞ」

「了解。ありがとうソフィ。後俺がここに来た事はルミナスに言わないように」

「…分かりました(魔王間の都合もあるのかなぁ?)」

 

 

 ソフィと別れて向かうは北。暫く空を飛び続けていると目的地の無人島に到着。無人島はそれなりの広さで、多少大暴れしても問題ない広さだ。島の中心に降り、準備運動していると、背後から強烈な熱気に襲われる。後ろを振り返ると、エンブはかつて遺跡で手に入れた大剣に炎を纏い、白炎を纏っていた。

 

 

「おいおい…いきなり全開か?」

「魔王に挑むからな。それに…お前が相手なら限界を超えれる。いつまでもお前に頼るわけにはいかない」

「…成程。だったら殺す気で相手をしてやる」

 

 

 村正を抜き淡い光を纏う。エンブには焔が効かないから光……光粒子で相手をする。『加速』と『浄化』をの力を持つ光。それでも足りなかったら3つ目でブーストする。

 

 

「んじゃやるか」

「あぁ。胸を借りるぞ」

 

 

 数百年ぶりに熱くなれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

ーホノカside-

 

 

 

「おや?これは……」

 

 

 北から強い二つの気配を感じ取る。誰かが戦っているのだろうか?場合によっては様子を見に行かないといけないかも知れない。そう思っていると、私の前で本を読んでいたミナト君が本を閉じる。

 

 

「この気配は先生とエンブさんだね」

「そうなの?私は大きな気配としか分からないけど」

 

 

 そう言えばランも気配だけで誰か分かるみたい。ただの魔力感知とは違ったスキルを会得しているみたいだ。

 

 

「エンブさんは結構本気みたいだけど先生は5割ぐらいかな。これぐらいの戦闘なら民の皆に言わなくてもいい」

「そうかな?結構大きいけど」

「そこを判断するのも僕達の役目…というかそれぐらい判断しないと降格するよ?」

「うぅ…ランやシンも腕をあげてるしね」

 

 

 私の数字は二でミナト君は一。即ち剣星の中で2番目に強い扱いだ。なのに2人の戦闘の状況からどう行動すればいいのか分からない始末。これは色々と不味いかも知れない、うかうかしているとあの2人に追い抜かれる。

 

 

「見に行く?先生の光粒子はあまり見れないから。もしかすると3つ目も見れるかもね」

「確かに。ちょっと行って見るよ」

 

 

 部屋を退出して準備を済ませてから北へ向かう。暫く進み続けると大きな音と衝撃波が飛んでくる。飛んできた地点に向かうとそこは無人島。この無人島で白炎を纏ったエンブさんと淡い光を纏った兄さんが熾烈な戦いを繰り広げていた。

 

 

「『爆炎斬っ!!』」

「ふっ!」

 

 

 エンブさんの強烈な一撃を軽く受け止めて弾き返す兄さん。そして始まる光速の打ち合い。目で捕らえるのが精一杯の攻防。という事は私はこの攻防に付いて行くことが出来ないという事になる。

 

 

「次元が違う…。ミリムさんもふざけていたけど兄さんは……」

 

 

 私と手合わせしている時は手を抜いている所か私に合わせているんだ。だから兄さんは星王竜との約束よりも国の守護と私達の育成に力を注いでいるんだ。本当は…もっと自由にやりたい事をやりたいはずなのに。

 

 

「私は…このままでいいのかな?もっと強く…強くならないと」

「それは何の為に?」

「あ…ユニさん」

 

 

 いつの間にか隣に居たユニさん。ユニさんは私の右肩に座ると頬に手を置き、自身と私を淡い光で包む。すると兄さんとエンブさんの攻防がしっかりと視認出来るようになった。

 

 

「見え…る?どうして?」

「私の『絆之王』でホムラやラン達が持つ『心天眼』を共有した。このスキルは相手を目で見るのではなく心で本質を見抜く。良くホムラが言ってるでしょ?『目に映る外側(ガワ)に囚われているようではまだまだだぜ』って」

「聞いた事あるような……」

 

 

 もしかすると旅をしていた時によく言っているのかもしれない。理由は恐らく外にいる時の兄さんは子供の姿。その姿を見て舐めて挑む馬鹿も多いらしい。特に強い力を持つ存在はその傾向が多い。

 

 

「そう言う事。だから…っと下がって!」

「え!きゃあっ!!」

 

 

 強い炎に襲われる。瞬時に下がると私達の前にエンブさんが飛ばされてくる。彼の視界の先には光の焔を刀に纏った兄さんの姿があった。

 

 

「そう来なくては面白くない。行くぞ」

 

 

 全身に力を入れるエンブさん。本能的に何かを感じ取った瞬間、彼から凄まじい炎が放出され近くにいた私達にも襲ってくる。避けようにも体が反応しない。

 

 

(焼かれるっっ!)

「レディアントフィールド!」

 

 

 光の球体が私達を覆い炎を防ぐ。これはユニさんの究極魔法の一つかな?この人が戦っている所を見たことが無いから分からないけどこれだけは分かる。この魔法は普通じゃない。

 

 

「ちょっと二人とも。暴れるのはいいけど私達もいるからね」

「む…ユニか。それにホノカまで。済まない気付かなかった」

「悪い俺も。済まないが妹は頼んだぞ。来いエンブ」

「あぁ。第二ラウンドだ!」

 

 

 再び兄さんに向かうエンブさん。あの人の気配が少し変わった。魔素も膨れ上がっている。体にも不思議な紋様が出ているし何と言うかとても怖い。

 

 

「うわぁ……兄様本気だ」

「あれだけ熱くなっている弟を見るのは久しぶりですね」

「パールさんにウインディさん?」

「あ、やっぱり来たんだ。入りなよ」

 

 

 私と同じく観戦に来た2人も球体の中に入って貰う。2人も兄さんとエンブさんの戦いに興味があるようで真剣に見ている。

 

 

「兄様の『狂戦士化』は凄まじいね。あの状態を軽くいなすフレアも凄いけど」

「初めて戦った時とは逆ですね。最終的にはフレア様が逆転した様ですが今は…」

「今のエンブが付いてこれる所までしか力を出していない。それをエンブは気付いている」

「……(そこまで分かるんだ)」

 

 

 力の差を痛感させられる。私はあの2人の戦闘をただ凄いとしか思っていないのにユニさん達は冷静に分析している。来た時代が違うだけでここまで私と周囲と差が開くのか。

 

 

「にしても…熱いね皆」

「確かにあの2人の戦闘は熱いですが…」

「違うよホノカ。気温の事。そろそろかな」

「え……?」

 

 

 疑問に思っているとエンブさんが大きな炎玉を兄さんに放つ。兄さんは避けようとせず防御すら行わずに直撃を受け巨大な火柱か上がる。普通に考えたら致命傷だけど火柱の中から兄さんは何事も無く歩いて出てくる。兄さんは無傷だし、なんなら襟をパタパタさせて冷たい空気を服の中にいれている。

 

 

「ふぅ……熱いなエンブ。少し涼もう」

「……っ。お前……」

 

 

 何かに気付くエンブさん。彼に額に汗が流れ始める。今日はそんなに暑い日だったかな?熱でやられた……という訳でもなさそうだ。

 

 

「もっと熱くなろうぜ。魂燃やして限界超えて」

「…くっ。これが…『焔天之王』の力か」

「…?」

 

 

 状況がいまいち掴めない。エンブさんは息を荒くして全身から汗を噴き出している。そう言えばあの2人の周囲に陽炎が現れている。

 

 

「さぁ行くぜ。太陽の力をその身で味わうがいい」

「あ……」

 

 

 兄さんは今までに感じたことの無い密度の焔を全身に纏い、刀には淡い光を纏わせた。

 

 

 



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魔人達の成長

 俺達の周囲の気温が上がっていく。『焔天之王』の権能の一つである『焔天の加護』を発動させる。この権能を簡単に説明すると、太陽がある時は力が急激に上昇し、全ての属性攻撃と状態異常に対する耐性を得ることが出来る。その代わり10時から15時の間しか発動出来ないけどね。

 

 

「おいおい……『日輪の加護』以上か。コイツは気を抜くと一瞬でやられる」

「その通り。こうなったら手を抜けんからな」

 

 

 刀を両手で持ち肩と同じ高さまで上げて地面と平行にし引く。エンブも大剣を両手で持ち構えたのと同時に、彼との間合いを瞬時に詰める。

 

 

「っ!?」

「喰らえ!」

 

 

 刀を振り下ろす。エンブは何とか反応して大剣で防御するが、防ぎきれず上空へと打ち上げられ、俺はその先に転移して光粒子を纏った一撃を喰らわせる。エンブは録に受け身もとれず、地面に強く打ち付けられ大きな煙が上がる。

 

 

「くぅ。良い攻撃だな。なら!」

 

 

 小さな火炎を放って来るエンブ。避けきれないものだけを斬り伏せると、残りの火炎が軌道を変えて俺に吸い寄せられる。それらも斬り伏せるか、あえて身で受け止めて無効化すると、エンブは更に巨大な火炎玉を投げつけてくる。

 

 

「こいつはどうする!?」

「…!!」

 

 

 刀に光を纏って斬撃を放ち火炎玉を一刀両する、斬擊はその勢いのまま(・・・)高速でエンブに迫る。エンブは瞬時に防御体勢をとった、俺はそれを確認してからエンブの前に瞬間転移する。

 

 

「なっーーー!」

「ぬぅん!」

 

 

 そのまま全力で右拳を奴の鳩尾に叩きこむ。痛々しい音と衝撃が響き渡り、エンブの手から大剣がこぼれ落ちる。ゆっくりと拳を引くと、エンブは鳩尾を抑えながら両膝を着いた。

 

 

「がぁ…ぐぅ…ゴホッ!」

 

 

 大量の血を吐きだすエンブ。これは勝負ありだな。久々に熱くなれるいい勝負だった。さて……先生の傷と魔素を戻すか。

 

 

「……もう、終わりか?」

「どういう意味だ?」

「まだ……やれるぞ。お前が本気を出すまで立ち上がる」

 

 

 ゆっくりと立ち上がるエンブ。その姿は以前俺が彼に挑んだ時と重なった。そうだ、今は彼が挑戦者だ。なら俺は全力で答えないといけない。

 

 

「かぁぁっ!」

「ッッ!?(こいつは!)」

 

 

 エンブの魔素が膨れ上がり、ビリビリと大気が痺れる。そしてーーー気配が一変(・・・)した。おいおい……この目で限界を突き破る瞬間に立ち合えるとはな。覚醒こそしてないが、エンブのスキルが一段階上に昇華しやがった。

 

 

「…ホムラ。要注意だよ」

「分かってるさユニ。ただでさええげつないユニークスキルだ。究極能力に進化したらどうなるか」

 

 

 村正を鞘に納めて正宗を顕現させる。それと同時にエンブの体から今までとは違う焔が溢れ出てくる。この感覚は間違いねぇな。

 

 

究極能力(アルティメットスキル)炎人之王(スルト)。若様と同じ北欧系か」

「えげつねぇ神の名前だな。先生らしいが」

 

 

 正宗を抜刀し構える。ユニにはフードの中へと入って貰い、ホノカ達にはもう少し距離を取って貰う。さっきよりもド派手に暴れるからな。

 

 

「こいつは…力が漲ってくる。これならば!」

「来い!」

 

 

 俺が正宗を構えると同時にエンブは急接近しながら連打を繰り出してくる。さっきより重く鋭い連打を正確に防ぎながら反撃の一撃を繰り出すが軽く流されてしまう。スルトか、確か北欧神話に出て来る巨人族の王。凄まじい炎を持っていたという話だったか。先生にぴったりじゃねぇか。

 

 

「フレイムフィスト!」

「ふっ!」

 

 

 巨大な炎の拳を斬撃を放ちながら消し飛ばす。エンブは斬撃を最低限の回避で避けながら接近し強烈な蹴りを放ってくる。その蹴りを避け、ガラ空きのエンブの脇腹に柄を打ち込み体勢を崩した所を空中に蹴り上げる。

 

 

「がはっ!?」

「いい物くれてやる」

 

 

 正宗を地面に突き刺して胸の中央に光を集約させて3つ目の究極能力(・・・)強化(ブースト)。そのまま右手を胸の中央に向け乍ら左手で集約した光を光破熱線に変換させて解き放つ。

 

 

「ソルス・ノヴァ!!」」

 

 

 強烈な光破熱線が急加速し威力が更に上昇。エンブに直撃して全身を焼く。エンブは黒焦げになって地面に墜落し、背後に控えていたパールさんとウインディが慌てて駆け寄った。

 

 

「大丈夫エンブ!?」

「兄様生きてる!?」

 

 

 声をかけるとエンブはゆっくりと右手を上げた。それを見て2人は一安心し、俺も近づこうとするとエンブは手を広げて静止。どうやら今は近づいて欲しくないようだ。

 

 

「パールさん。先生の事任せました」

「はい。彼の事はお任せを。あと…私達も近い内に一戦をお願いしますね」

「兄様とは違う戦い方を見せてあげる」

「ん。楽しみにしてる。行くぞユニとホノカ」

 

 

 2人に声をかけて国へと戻った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「うぅ……強すぎでしょホムラ……」

「2人同時でも敵わないなんて……」

 

 

 目の前で倒れているのはウインディとパールさん。エンブとの再戦から数日後に約束通りに一戦交えた。結果はご覧の通りなのだが、二人ともエンブ同様に限界突破して究極能力を獲得した。詳細は後でユニに聞いておくとして。しかし……。

 

 

(マジで強すぎんだろこの3人。シルビアみたいに覚醒せずに究極能力会得するかぁ?普通)

 

 

 その辺りの原理を是非とも解明したいのだが、突き詰めると底なし沼のようにハマりそうなので止めておこう。個人的にもエンブ達が強くなってくれるとありがたい。そろそろ俺抜きでこの国を守り通して欲しいからな。

 

 

(妹達を除いて究極能力を会得していないのはアルビオンとハクか。アルビオンは直に会得するし問題はハクか……いかんな、どうにもあの噂(黒狐)が頭をよぎる)

「ぬぐぐぐぐぐぅ……」

「どーしたウインディ?」

 

 

 顔を俯かせてとても悔しそうに呻き声上げるウインディ。心配して声をかけると、彼女は勢いよく起き上がって俺に指を指しながら言った。

 

 

「絶対リベンジする!ぜっっったいに!!」

「……」

 

 

 そう言ってウインディは走り去って行く。少し困惑しているとパールさんもゆっくりと起き上がって苦笑いを浮かべて一礼してからウインディを追いかけて行った。

 

 

「……ヴェルダナーヴァ。俺の仲間…家族は色んな意味で頼もしいよ」

 

 

 亡き親友に対し思わず本音が溢れた。勿論返事は無いし、例え生きていても『それもまた王の特権』とでも言うだろう。それに配下が強くなれば自と主の評価も上がり名も広まる。俺個人としてはあまり望ましくない事だが。

 

 

「ふぅ。北の大地に引きこもっている赤い野郎(アイツ)が羨ましい。ヴェルザードと仲良く(ヨロシク)やってるんだろうな」

 

 

 そう言えばヴェルザードは何時かギィを『私の魅力で振りむかせる』とか言ってたか。妹と張り合ってるのか知らんが、つくづく竜は変な奴を好きになる。ギィといいルドラと言い。一癖も二癖もあるだろうに。

 

 

「……そう思えば皆から見た俺ってどういう印象何だろうか?」

 

 

 ふとそんなことを思ってしまった。皆に本音で話す事ってあまり無いんだよな。というか…皆優秀すぎて怖いんだよね。特にベルとユニ。ベルは気が利くし、ユニは背中押してくれるし。

 

 

「一先ずこの辺は気にしないでおこう。うん、取り合えず休むか」

 

 

 考え事は後回しにした俺は、村正を鞘に納めて自室へと戻った。

 

 

 

 

 



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自分を知る事は大切だ

「うーぬ……眠い」

 

 

 両腕を伸ばして外を見る。既に太陽は沈んでおり真っ暗な夜だ。時間は8時頃か。今日の仕事はここまでにしよう。あまり詰め過ぎるとみんなに怒られる。

 

 

「んじゃ適当に作るとするか」

 

 

 最近羽織代わりに使っている外套を肩に乗せて部屋を退出。近頃は和装をしている時の方が多い気がする。というか洋服より和装の方が動きやすいんだよね。

 

 

「ん-。今日は何にするかな……」

 

 

 何を作るか考えつつ食堂に向かうと、そこには珍しい人物が居た。エプロンを身に着けて上機嫌で料理を作っているルミナスだ。何を作っているのかとても気になるが、邪魔をしたら不味いので一旦撤退しようとすると、ルミナスと目が合った。

 

 

「あ……。邪魔したな」

「ん?邪魔でないぞ。それより今から晩食か?」

「まぁな。仕事ひと段落着いたから」

「そうか。なら座って待っておれ。たまには妾の手料理を食べると良い」

「お、おぅ……」

 

 

 むぅ。疲れているせいかルミナスの圧に気圧されてしまった。ここは大人しく座って待つ事にしよう。しかしルミナスが料理か……。ちょっと嬉しいかも知れん。

 

 

(ベルやユニ以外に手料理を食べれる日が来るなんてな……)

「待たせたの……うん?どうかしたか?」

「ん……何でもない。ちょっと嬉しいだけだから」

「手料理ぐらいで喜ぶな」

 

 

 そう言って。ルミナスは料理を持ってくる。ただ、呆れたような彼女の頬は少し紅潮していた。照れ隠しだ。(あまり言わないでおこう。言った所で『気のせいじゃ』と誤魔化されるに決まっている。)

 

 

「少し前にホノカから天麩羅(てんぷら)の作り方を聞いての。少し興味があったのとおぬしらの故郷を知るために作ってみた」

天麩羅(てんぷら)かぁ……昔の時代は高級品って言われてたっけ。我が家の祖先は京都でよく食べてたって話だけど」

「"京都"?」

「俺のいた国の地名。昔は京都に本家があって裏に住まう悪しき存在を滅していたって話だけど、時代が変わったの機に東京に家を移して神の加護の元数多の人の生活を守り祈る一家になったんだって。最近ホノカに聞いた」

「聞いたって……お主跡継ぎじゃろ。何で知らぬ?」

 

 

 ジト目を向けながら隣に座るルミナス。そんなこと聞かれても知らない事は知りません。俺達の祖先が陰陽師だったとか、妖の類と交わっていた何て俺は知らん。教えられていないという事は俺には不要……あれ?なら……。

 

 

(どうしてホノカは知ってるんだ?跡継ぎに教えずに妹に教えるって……そういや昔から親父とお袋にいわれたか『お前は特別。あの方の血を色濃く引いてる』と『先祖帰り』って。だからガキの頃から色々やらされたのか?)

「どうかしたか?妹が知っていて自分が知らぬ事を気にしているのか?」

「そんな訳ないが、自分に対する疑問が増えた。3つ目を上手く使えない事と俺の体に流れる血についてな…けど今は目の前のこの美味しそうな天麩羅かな?食べて良い?」

「もちろんじゃ」

「ではいただきます」

 

 

 両手を合わせてから一番近くにあった薩摩芋の天麩羅を1つ取り食べる。サクッと衣がいい音が鳴ってとても美味しい。何も付けてないのに野菜のおいしさが死んでなくて絶品だった。

 

 

「……どう?」

「100点」

「そうか。当然の結果じゃの」

 

 

 特に喜ぶ素振りを見せないルミナスだったが、机の下でガッツポーズをしているのをが見えた。俺か素知らぬ顔をしながら食べ続けていると、ルミナスがジーと見つめてくる

 

 

「どうかしたか?」

「いや……さっき血がどうこう言っていたじゃろ。気になるなら後で確認してやろう。妾もそろそろ欲してるからの」

「了解。そのまま襲ってくるなよ」

「お主こそ獣になるなよ」

 

 

 お互い釘を刺し、談笑しながら晩食を済ませて自室に戻る。血を彼女に飲まれる前に、机の上の軽く整理してからベットに座ると、ルミナスは何も言わずに抱きついて来てそのまま押し倒してくる。

 

 

「こらルミナス」

「美味しい血を飲むには必須事項だ。お主の場合ドキドキして貰わぬと」

「既にドキドキしているけど?」

 

 

 今の俺の鼓動は普段より断然早い。それをルミナスも分かっているはずなのに遠慮が無い。俺としても拒みはしないし、寧ろどんと来いなのだが、本人にその気がないのなら程々に(勘弁)して欲しい。

 

 

「ふふ……そろそろ頃合いかの。お主の血は絶品な上混じった味がするからの」

「……混じった?」

  

 

 一体何と何が混じった味なのだろうか?今更だが俺は自分の事を知らないのでは?家の事すらほとんど知らず親の傀儡だった。なら自分の事を知らないのも当然かもしれない。

 

 

(俺は一体何者なんだろうな。この世界では元勇者の魔王。元居た世界では両親の傀儡で神社の跡継ぎ。俺の目指す先は……)

「ホムラ?大丈夫か?」

「大丈夫。今になって自分が何者か分からなくなっただけさ。中途半端な所も多いからな。もう少し自分と向き合ってみる」

「……そうじゃの。ただでさえこの世界に来た時から厄介な体質。知らない事を知るのは大切な事じゃ」

「だな……」

 

 

 彼女の頭を撫でると、ルミナスは両腕を首に回して首筋にキスをしてくる。それから軽く甘噛みをしたり強めに噛んだり。時折舌で愛でたりと俺を誘惑してくる。

 

 

「よし。もういいかの。頂くぞホムラ」

「どうぞ」

 

 

 ポンポンと頭を叩くとルミナスはドレスを脱いで首に噛みつく。今では見慣れた光景だし、血を吸われるのは慣れてるから痛みとかも感じないけど、1つだけ出来る限り控えて欲しいことがあったりする。

 

 

(頼むから脱がないでくれルミナス!)

 

 

 恋人になってから血を飲むときは必ず脱ぐ。その理由も知っているさ。好きな物は全身で愛でる。それがルミナスだ。それが男でも変わらない。彼女らしいけど心臓に物凄くいい意味で悪いから控えて欲しい。

 

 

「ん…ちゅ。ふぅ……ご馳走様。やはりお主の血を飲むときは大胆に行かないとの」

「だからと言って脱ぐ必要あるのか?」

「ある。こうでもしないとお主を愛でられぬ。お主を感じる事が出来ぬ」

 

 

 ルミナスはそう言って腕の力を強めて唇を重ねてくる。今日は珍しく一杯甘えたい日か。血を飲みたいって言った時点で分かっていた事だ。こっちに拒む理由もないし、それでルミナスが幸せなら俺も嬉しい。

 

 

「昔も聞いたけど俺の血ってどんな味なんだ?俺は吸血鬼では無いから分からん」

「そんなに知りたいか?」

「君しか知らないし、自分と向き合うために」

「……そうか」

 

 

 瞼を閉じ左肩に頭を乗せるルミナス。彼女の口が開くのを待っていると、ルミナスは微笑みながら言った。

 

 

「最初に飲んだ時は人なのに妙な"何か"が混じっているように感じた。それは日に日に増えていき、今では半分人間で半分は異質な物」

「異質…"何か"…先祖が陰陽師とは関係ないか。なら……」

 

 

 半分は人間で半分は異質な物。先祖が陰陽師で時代が変わると東京に家を移した。何だろう、何か引っかかる。ガキの頃に両親に言われた事も気になるし、そもそもどうして東京に家を移したんだろうか。今では知ることは出来ないが、もしかしたらホノカは知っているのかもしれない。

 

 

 

「お主が何者であろうと構わんだろう。妾はお主の味方でずっと隣にいる。何かあればすぐに言え」

「……分かってるよルミナス。何かあったら相談する」

「それでよい。ん……」

 

 

 もう一度唇を重ねてルミナスは俺の隣で横になる。俺は彼女を抱き寄せて右頬にキスをしてから『お休み』と言って瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

―次の日ー

 

 

 

「えっと……アイツが居るのはここか?」

 

 

 朝早くから俺はホノカを探していた。辿り着いたのは少し特殊な修練場。何処が特殊なのかはまたこんど話すとして、ルミナスの話によると時間がある時はここで修業しているらしい。何でも一年前の俺と先生の戦いを見て考えを改めたんだとか。まぁそれは良いとしてとりあえず中に入ろう。

 

 

「入るぞホノカ。たまには兄妹で水入らずっ……うおぅ!?」

 

 

 扉を開けた瞬間、目の前に超高速の光の矢が飛んで来たので右に回避。そのまま矢は壁に突き刺さって粒子となり消えていった。……というか今のよく避けれたな俺。

 

 

「あれ兄さん?」

「ホムラさん?珍しいですね」

「あぁ。アルも居たのか」

 

 

 間の抜けた声を上げる人物が二人。どうやらホノカと一緒にアルビオンも居たようだ。修業の相手ならアルビオンが適任だろう。実際彼女もヴェルザードにかなり鍛えられてるからな。教え方も上手いだろう。

 

 

「少しいいかホノカ。たまには兄妹水入らずで話しをしよう」

「え?それは別に構わないけど。どうかした?」

「改めて家の事でな。あまりにも知らない事が多いから」

「成程。ではアルビオンさんも一緒に」

「ふぇ?私は関係ないけど……まぁいいか。お二方が言うのなら」

 

 

 二人には鍛練を一時中断して貰い、アルビオンも交えて、腰落ち着けて話し始める。ホノカに聞きたい事は纏めてあるので順番に聞いていこう。

 

 

「ホノカ。俺って何者なんだろうな?ガキの頃から両親の傀儡になってまともに外に出してもらえなかった。あの二人は相当俺に執着していただろ?」

「あぁ…それは簡単ですよ。私達には代々妖の血が流れています。何でも先祖の1人が妖に惚れたとかで」

「でもそれは昔の話しだろ。俺達の時代だと殆ど薄れてるはず……」

「えぇ。だけど兄さんの(妖の血)はとても濃い。生まれつき凄まじい妖気と畏を纏っていたらしいですから。だけどそれらの出番も無いはずですけど。今の時代に妖はいませんから」

 

 

 確かにホノカの言う通りだ。俺達の時代に妖なんて存在しないはすで、そもそも本当に居たのかも分からないが、実際に京には妖怪関連の書物がある。…大半は物語として語り継がれているだけだが。

 

 

「でも妖の血が濃いって言っても実感が……待て。そう言えばヴェルダナーヴァの話しや勇者時代に心当たりがあるぞ」

「もしかして魔物や魔人の魂を自然に喰らってしまう件ですか?ヴェルザード様から伺いましたよ」

「そうそれ。この世界に来た時からおかしいと思ってたんだよ。俺が相反する属性の究極能力を持ってる事も」

「相反する……兄さんの属性は聖と魔。私達の世界で言い換えると陽と陰。兄さんの体質が私達に流れている妖の血の影響なら……」

「喰らう“魂”は“畏”。俺達の世界で言い換えると“畏”を喰らって成長するってことか」

 

 

 んな妖怪聞いた事無いが、まぁお陰で3つ目の究極能力の使い方が分かった。俺の血が関係しているのならあの能力は魔王向きだ。ポツポツと若い芽が出てきてるみたいだし、舐められねぇようにしないとな。

 

 

「なぁホノカ。最近色んな魔人が血気盛んだろ?魔王種も出て来てるし俺達も今のままじゃあダメだ。もう少し魔王らしくしてみようと思う」

「何当たり前の事を言ってるの兄さん?それは私達にも言える事。『剣星』の皆は勇者の素質を持っている人が多いけど魔王の配下。兄さんの顔に泥を塗るわけにはいかない」

「ホノカさんの言う通りです。ホムラさんはもう少し皆に任せて後ろに控えてください。大将が先陣切っていては私達のメンツが立ちませんから」

「2人共……そうだな。なら思い切って暫く皆に任せるか」

 

 

 2人が言う事にも一理あるかもしれない。ミナトやラン達のこれからの事を踏まえれば、ルミナスの様に堂々としているのもまた一興か。

 

 

「んじゃその辺りの話をするか。行くぞ2人共」

「はい。皆を呼んできますね」

「私はエンブさん達を呼んできます」

 

 

 駆け足で修練場を出ていくホノカとアルビオン。そんな二人を見て、“知らない間に頼もしくなったぁ”と感慨に更けながら修練場を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ3つ目の究極能力を出したいところです。ヴェルドラ来襲までには出す予定です。


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黒狐の正体

 暗く静かな闇。その中で唯一輝いている物の前に俺はいた。その輝いているものとはヴェルダナーヴァが俺に贈ってくれた桜。今は夏なので葉桜だがとても神秘的な空気を纏っている。

 何で夏なのにここに来たか、それは桜の確認と周辺を覆っている結界の確認。加えて近くで噂の黒狐が確認されたからだ。

 

 

「親友が遺した数少ない物。アイツの親友として守り抜かねぇとな」

「そうだねホムラ。彼が復活したときに悲しまないためにも」

「あぁ。だからそろそろ終わらせる。これ以上被害か増える前に」

 

 

 黒狐が目撃されてからかなり経ち被害が増えている。皆が対処してくれてるが黒狐も遭遇する度に強くなっているらしい。少し前はランとシンが一方的にやられたって話だ。

 

 

「……ホムラ。来たみたい。やっぱり強い力に反応してる」

「みたいだな」

 

 

 背後から感じる強い気配。ゆっくりと振り返ると、闇の中から全長10メートル程の黒狐が殺気を放ちながら姿を表す。

 漆黒の毛並みに強靭な四肢。加えて9つの尻尾には赤い斑点まである。皆から聞いた外観と一致し最近見ない"あの子"と瓜二つだ。

 

 

『マ…オウ。コロス!』

「む!?」

 

 

 黒狐から強烈な威圧が飛んでくる。その威圧には鋭い殺気も混じっており肌に突き刺さる。やれやれ、これは中々に大変そうだ。

 

 

「さてと…サポートは任せるぞ。解析は不要だろ」

「うん。幻獣の本能に飲まれてもあの子の意識はある。ラン達を見て気付いてるぐらいだからね」

「良くも悪くも死者はまだ出てない。アイツは何も悪くねぇ。悪いのはあの外道だ」

 

 

 村正を抜き黒狐に近づく。少しずつ距離を縮め黒狐の間合いに入った瞬間だった。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

 血に飢えた獣のように襲って来て容赦なく俺に鋭利な爪を振り下ろす。俺は軽く飛んで回避するが、黒狐は瞬時に2本の尻尾を槍のように突いてくる。

 

 

(正面から受け止めるのは得策ではないな)

 

 

 受け流しながら間合いを詰め斬擊を放つ。黒狐は斬擊を尻尾で容易く防ぎ、赤い斑点から小さなエネルギー波を放つ。

 

 

「小さいが威力は高いか!」

 

 

 黒い靄を村正に纏って自身を覆うように斬擊を放って防ぐが、黒狐は後隙を狙うように爪を振るい、斬擊を掻き消して俺に直接攻撃してくる。

 

 

(むぅ……思ったよりやるな。意外と冷静じゃないか。見ないうちに強くなってる)

 

 

 爪を防ぎつつ後ろに交代。次の一撃に備えようとした時、地面から尻尾が現れ右に回避するが頬を掠める。

 

 

「大丈夫?」

「問題ねぇ……っ!?」

 

 

 グラッと視界が歪み、何かが体の中に入ってくる。これは……呪いか。くそぅ。今は夜だから無効化出来ない。かといってユニに解除してもらうのもなんか嫌だな。

 

 

「無効化出来ないなら弾き出す。下がってろユニ。呑まれるぞ」

「……!やるんだね。分かった」

 

 

 距離を取るユニ。さて……たまには魔王らしい一面を見せるとしよう。大きく深呼吸し、俺の体に流れる妖の血を覚醒させると全身から黒い靄が溢れ出て村正の刀身が黒く染まり上がる。

 

 

『ナ…二?』

 

 

 目を大きく見開く黒狐。当然の反応だろう。今の俺を知っているのはルミナスとユニだけ。他の皆には話だけしたが姿を見せていない。

 

 

『ダレダ…キサマハ……』

「おいおい。主の顔を忘れたか?変わったのは髪色だけだろ"ハク"」

『!!??』

 

 

 黒狐の名を呼ぶと奴はあからさまに動揺する。正直信じたくはなかったが、ハクエンが姿をあまり見せなくなったのと黒狐が目撃されたのは同時期。皆から戦闘時の様子から正体はほぼ特定していた。

 

 

「ハクの意識があるのは分かっている。故に何を斬るべきは明白だ」

『キルベキモノ…?マサカ!?』

「そのまさかだ。ケルベロスがいい情報を残してくれた。例え獣の性に囚われても魂に刻まれた物は消えないってな!」

 

 

 村正に漆黒の闘気を纏う。俺が斬るのはただ一つ。それさえ分かれば幻獣など怖くもない。

 

 

「全てを喰らい業を斬る」

『マ、マテ!ワルカッタ。カラダハカエス。ダカラーーー』

「……」

 

 

 命乞いをする黒狐。こちらの油断を誘うのが狙いだろう。いつもなら乗る気はないが乗るのもまた一興だろう。少しだけ力の抜くと、黒狐は笑みを浮かべながら大きく口を開けて巨大な黒球を解き放つ。

 

 

『キサマガシネ!』

 

 

 黒球が地面を穿ちながら迫ってくる。あの技もハクエンの白焔球と瓜二つだ。普通に受けると結構なダメージになるが、生憎と俺に届かせるには大きな壁がある。

 

 

「ヴィゾフニル」

『!?』

 

 

 大きな水球が黒球を覆い爆ぜる。大きな爆発と衝撃波が響き渡り黒狐が怯む。その隙に黒狐との間合いを一瞬で詰め、『心天眼』が獣の性を捕らえる。

 

 

「秘剣抜刀。『加具土命・明鏡』」

 

 

 黒狐の性を斬り伏せる。肉体ではなく中身……本質を斬る一撃。ハクエンの体を乗っている獣の本性を斬る。それにより獣の本性に乗っ取られたハクエンの意識が表に出て来る。

 

 

『オノ……レェ』

 

 

 小さく声を上げながら色が綺麗な白毛に戻り、体が何時ものサイズに戻って行く黒狐……いやハクエン。邪悪な気配は一切感じ取れず周囲が一気に明るくなり、月光が差し込んでくる。

 

 

「よっと……。大丈夫そうだね。良かった」

 

 

 気を失ったハクエンを受け止めるユニ。呼吸が安定している所を見ると上手く斬れたようだ。加えて村正の切れ味も絶好調で何よりだ。

 

 

「さて…ハクをどうするかだけど、まずはハクの特性を調べないとね。この事は私に任せて。一月で調べ上げる」

「任せる。その間はハクの傍を離れないようにする」

「そうして。また性に飲まれる可能性もあるから」

「ん。じゃあ帰ろうか」

 

 

 転移術で国に帰還。ハクエンの身を預かった次の日。未だに目覚めない彼女を撫でていると、部屋にランとシンはが入ってくる。

 

 

「し、失礼しまーす……」

「し、失礼するぜ……」

 

 

 何故か恐る恐る入る2人。恐らくハクエンにビビっているのだろう。さっきも言ったが結構ボコボコにやられた2人。その相手が俺の膝の上で眠っているとはいえビビらない方がおかしいだろう。

 

 

「大丈夫だ2人とも。獣の本性は俺が斬ったから問題ない。対処はユニが考えている。だから心配するな」

「「……」」

 

 

 2人に示すようにハクエンを撫でると、2人は警戒しながらハクエンに触れる。ハクエンは起きる事無くスヤスヤと眠っており、2人は一安心する。

 

 

「ふぅ。あんなに怖い姿になってたからどうなるかと思ったけど……」

「流石ホムラさんか。はぁ……何か悔しいわ。ホムラさんの手を殆ど頼らないって話をしたばかりなのに」

 

 

 大きな溜息を吐くシン。ランも同じことを思っているのかとても悔しそうな顔を浮かべている。ふむ……これは俺にも責任がありそうだな。表向きの事は皆に任せたが裏側はまだ俺がやっている。もう少し皆に時間を割く方法を考えるか。

 

 

「強くなりたいならギィやミリムに挑んでみろ。都合なら合わせてやる」

「あ…。そういえばホノカもミリムさんに鍛えられて強くなれたって言ってたけど……」

「今の俺達があの2人に通じるかな……」

 

 

 まぁそこは2人の努力次第だろう。上手くいけば覚醒できる可能性もあるし、ミナトやホノカの尻を叩くことも出来る。俺としてはもっと強くなって欲しい。アイツとの約束を守るためにも。

 

 

「配下が強ければ王が強い証になる。これからハク以上の怪物や魔王になった奴が喧嘩を売ってくるかもしれん。もっと自分の力を信じろ」

「自分の力を……」

「信じる……」

 

 

 それが出来ねぇと"次の段階"には上がれないし、俺も信じることが出来ない。とにかくミナト達は自身が無さすぎる。ここは強引にいくか。

 

 

「ラン。一月程有給をやる。ミリムのところに行くぞ」

「え?」

「ハクが落ち着いたら直ぐだ。聖剣も準備しておけ」

「り、了解!(う、うわぁ……生きて帰れるかなぁ……)」

 

 

 駆け足で出ていくラン。ついでにシンと軽く睨むと顔を青ざめてランの後を追いかける。さて…これでアイツらは大丈夫だろう。後はホノカとミナト。ソフィとザイファか。後者は難しいが前者はそろそろだろう。

 

 

「俺の時みたいに怪物が今の時代居ないから仕方ないか」

 

 

 ハクエンを撫でつつあの頃を思い出していると、ハクエンの目がゆっくりと開く。どうやら目が覚めた様子。ハクエンは周囲を見渡してから俺の方に顔を向けてくる。

 

 

『……ホムラ様。私……』

「強くなったなハク。中身は大丈夫か?」

『中身……あ。私の魂にあった獣の性が無い。でも力は残ってる』

「それならよかった。後はその力を使えるようにならないとね」

 

 

 ハクエンの頭を撫でると嬉しそうに眼を細める。俺と戦った記憶はないのか。恐らく切り替わる時にあの黒狐は元居た場所に戻っているのだろう。ならこの事を話すのはまた後だ。

 

 

「さて……俺はミリムの所に行くからユニの所に行っておいで」

『はい。お気を付けて』

 

 

 膝から飛び降りてユニの所に向かうハクエン。後はユニが何とかしてくれるだろう。ミリムの所から戻って来た時が楽しみだ。

 

 

「俺も準備するか。美味しい物でも持って行けば頼みを聞いてくれるだろ」

 

 

 腕を伸ばしてから部屋を出て、台所へと向かった。



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竜の都

「わーはっはっは!よく来たなホムラよ!」

 

 

 高笑いをしながら腕を組み仁王立ちするミリム。ここはミリムを信仰する竜の都。人と竜が交わった種族や色んな種類の竜が住んでいるのだが……。

 

 

「相変らず元気だなミリム」

「うむ。私は元気だぞ。という訳で……行くのだ!!!」

 

 

 右手に魔素を込めて一瞬で間合いを詰めるミリム。何と言うか最後に会ってから全然変わってないな。全く誰に似た事やら。さて……いつもなら受け止めるのだが、今回の主役は俺ではない。

 

 

「はぁっ!」

「む!?」

 

 

 俺の背後からランが飛び出して聖剣で受け止める。ただ受け止めたのではなく上手く力を四散させて。ミリムは止められて事に不満かと思ったが、むしろ興味深そうな顔をしていた。

 

 

「ほぅ。お前はホムラの弟子だな。ホノカから聞いているぞ」

「それは光栄ですよっと!」

 

 

 聖剣から光が放出されミリムを弾き飛ばすがノーダメージ。軽く腕を振っている位だ。よし、そのままの流れで頼むとしよう。

 

 

「ミリム。暫くランを鍛えてやってくれないか?」

「勿論なのだ。その代わり私の頼みも聞いてくれるか?」

「いいぜ。程々に頼むぞ」

「任されたのだ!」

 

 

 強烈な魔素を全身に纏ってランと距離を詰める。ランも聖剣を構えなおし紫の鎧を纏う。俺は邪魔したら悪いから都を見て周ろう。上空で待機しているアルビオンに降りてきてもらい都を周り始めるのだが、もう2人……心配して付いてきたルミナスとホノカが都に入った瞬間に何処かに行ってしまった。

 

 

「あの2人を探しますか?」

「大丈夫だろ。ホノカも居るし何かあれば飛んでくる」

「信頼してるんですねホムラさん。では私は貴方の護衛に専念します」

「ん、助かる」

 

 

 アルビオンの頭を撫でる。多分ヤバイことなど無いと思うが彼女が側にいてくれるのは大変助かる。

 

 

「それにしても沢山の竜と竜人がいますね」

「皆ミリムを慕う人ばかり。本人は部下など要らないって言ってるけど」

 

 

 ミリムらしいと言えるだろう。俺はもっと仲間欲しいけどね。国の力を確固たる物にするために。

 

 

「あの……頭を撫でられるのは好きなので嬉しいですが背後の視線が怖いです」

「背後……っ!?」

 

 

 背中に冷たい殺気が突き刺さる。とても怖いので振り返らずに進もうとしたが、両肩に手を置かれて無理やり後ろを向かされ、視界に何とも素晴らしい笑顔を浮かべたルミナスが映る。

 

 

「お主。配下の者は可愛がるのに妾は可愛がらんのか?」

「い、いやそんなことは……」

「最後に愛でられたのはいつだったかの?」

「……」

(これは……)

(兄さんの完敗ですね)

 

 

 部下を可愛がるのは上司の義務…だと思うのだが、ルミナスの前では今後控えておこう。まぁ可愛い所を見れるので役得だが。

 

 

「で?妾よりアルビオンの方が可愛いか?」

「君は可愛いより素敵で綺麗。瞳も銀髪も魅力的だよ」

 

 

 両手で頬を包み込んで微笑む。いつもならこれで解決なのだが…今日はダメだ。目が笑っていないし肩に置かれている手の力が強い。これは今晩覚悟しないといけないなぁ……。

 

 

「まぁ良い。最近は一緒に居れていないし後で時間を作って貰おう。神殿まで案内しておくれホノカ」

「は、はい。(う、うわぁ…絶対明日ヤバいよね……美味しい朝ごはん作ろう)」

 

 

 ルミナスは左腕に抱き着いて手を繋いでからホノカの後をついていく。道中でアルビオンが興味深そうに都の住人を見ていた。竜王からしたら竜魔人や他の竜は珍しいのだろう。

 

 

「到着しましたよ……あれ?あの小さな精霊は……」

「む。この面倒な気配はラミリスか」

「うげぇ。何でいるんだよ……」

 

 

 神殿の前に見覚えのある精霊…ラミリスが居て、俺達を見ると超スピードで俺の目の前に来てポカポカと額を叩いてくる。

 

 

「誰かと思えばホムラじゃない!お茶会に顔を出さずにこんな所で何をしてるのよ!?」

「ちょっとミリムに用があったんだよ。ラミリスこそ何をしてるんだ?」

「あたしもミリムに用があるのよ……ってあら?ルミナスも居たのね。というかホノカもいるじゃない」

「今更気付くのからラミリスよ。その前に妾のホムラを叩くな」

 

 

 パチンとラミリスにデコピンするルミナス。慌ててホノカが受け止めるがクリティカルヒットしたらしく目をクルクル回してダウン。軽めの一発だけと一撃か……多分転生したばかりだな。

 

 

「と、取り合えず入りましょう。神官さんとは顔見知りなので」

「そうだな。手土産と一緒に挨拶しよう」

「はい。では開けますね」

 

 

 ホノカはラミリスを肩に置いてから扉を開け、彼女の後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「うーん……もう飲めぬ……ぎゅー」

「うぐぅ……いきなり抱き付くなルミナス……」

 

 

 空っぽになったボトルを地面に置いて抱き付いてくるルミナス。彼女の周りには20本ほどの空になった酒のボトルが転がっている。確か持ってきた酒のボトルは200本ほど……考えるのは止めておこう。

 

 

「相変らずラブラブだな2人は」

「ミリム。ホノカとはもういいのか?」

「うむ。暫く滞在すると言っていたから話はその時なのだ。それよりさっきの話覚えているか?」

「あぁ。頼みごとなだな」

「そうだ。2つあってな。その内の一つは2人に頼みたい」

「む……妾にもか?」

 

 

 ミリムに聞き返すと大きく頷く。なんか嫌な予感しかしないのだがいいだろう。ミリムからの頼みなんて珍しいからな。

 

 

「まずは1つ。近くの湖の中心に洞窟が現れてな。入るには特殊な指輪がいるらしい。面倒だからぶっ飛ばそうとしたら神官に止められたのだ」

「当然だな。そして湖の中心という事は地下に繋がってるのか」

「そうなのだ。そして扉を開けるには月の指輪が必要らしくてな」

「ほぅ。この指輪か」

 

 

 ルミナスは箱を取り出して開け、中の指輪をミリムに見せる。彼女はやや驚いてから俺の肩を叩いて『後は任せたのだ!』と言って場所を俺達に伝えてからラミリスの所へと向かっていった。

 

 

「……どうする?俺一人で行こうか?」

「やだ。妾を1人にするな」

「了解。これからどうする?まだ飲むか?」

「飲めぬと言っただろう。部屋に戻るぞ」

「そうだな。では失礼して」

「っ!?」

 

 

 軽々とルミナスをお姫様抱っこする。ルミナスの顔が一気に紅く染まる。酒に酔っている影響もあるだろうが、この赤さは恥ずかしい証。だって沢山見てるから良く分かる。

 

 

「可愛いぞルミナス」

「こういう時だけ言うな馬鹿」

「……」

 

 

 今度は照れながら言うルミナス。その表情が胸にグサッと突き刺さり、心臓の鼓動が早まっていく。

 

 

「ルミナス。部屋戻ったら何する?」

「そんなこと決まっておる。離さぬに決まってるだろう」

「そうだな……」

 

 

 高鳴る心臓を抑えつつ用意された部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「んーいい天気」

 

 

 青い空に強い日差し。そして過ごしやすい気温。部屋から見える景色と肌で感じる事だけで直ぐに分かった。今日は最高の探検日和だ。

 

 

「起きてルミナス。いい天気だぞ」

「うーん……」

 

 

 掛け布団の中でモゾモゾ動くルミナス。彼女は頭まできちんと布団を被っている。出てこない所を見るともう少し時間が掛かりそうだが、次が控えているので出て貰おう。

 

 

「ルミナス。ミリムの頼みも聞かないといけないから出てきて」

「ん……分かっておる」

 

 

 布団の中からゆっくり出て来るルミナス。彼女の後ろに座って櫛で髪を解き始める。ルミナスはウトウトしながらも化粧していつも着ている黒いドレス…ではなく、黒いスカートに薄いシャツと同じ色のカッターシャツを着てから、カーディガンを羽織る。

 

 

「ドレスじゃないんだ。珍しい」

「デートじゃからの。ドレスばかりではお主も飽きるじゃろうて」

「そんな事ないさ。浴衣も似合うし」

「ありがとう。では…もう一つ頼むかの」

 

 

 ルミナスは俺の方を向き、薄い桃色の口紅を取り出す。『え?』と困惑していると、口紅の蓋を開けて俺に渡し、顔を近づけてくる。

 

 

「あ、あの姫。流石にそれはまだーーーんん!?」

 

 

 問答無用で唇を塞いでくる。承知しましたよ姫。塗ればいいんでしょ!?塗れば!!

 

 

「分かったよ姫。では……」

 

 

 彼女の頬に手を置いて、彼女に口紅を塗ろうとした瞬間だった。勢いよく扉が開いて元気なミリムの声が響き渡ったのは。

 

 

「お早うなのだホムラ!今日はいい天気だぞ!まだ寝てるのなら私が目覚めの一発を………あれ?起きていたのはホムラ。それに……バレンタイン?」

「……ミリム。今すぐ逃げろ。今すぐだ」

「今すぐに?それは何で?」

「いいから今すぐに逃げろ!ルミナスがブチ切れる前に!」

 

 

 と言ったのだが時すでに遅し。目の前にいたルミナスの米神に今までに見た事がない程の青筋を立てる。部屋には冷たい空気と死の気配が漂い始める。

 

 

「ル、ルミナス?落ち着こう。落ち着こうな?ミリムだって悪気があった訳ではない」

「……黙れホムラ。妾は機嫌が悪い。一時間ほどで戻るから先に行って待っておれ。よいな?

「……おぅ。程々に」

 

 

 触らぬ神に祟りなし。俺は外套を纏ってから村正を携えて湖へと向かった。




今の章も後僅かです。


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遺跡と試練

 竜の都から少し西に向かい周囲を索敵。例の湖は何処かと探していると視界に小さな湖と洞窟が見える。ミリムが言っていた場所と一致しすぐに向かって洞窟の前に降りる。

 

 

「さて…後はルミナスを待つだけだが……」

 

 

 こちらに来ている気配ない。あぁ…とても心配だがあの状態のルミナスは触れない方が良い。ホノカから連絡無いから大丈夫と信じたい。アルビオンやランからも無いし。

 

 

「しかし洞窟に入るのに月の指輪か。対の指輪があると考えるべきか」

 

 

 そうなると色々と覚悟を決めないといけないかぁ……。いや、指輪を手に入れたからってそうなるとは限らないし気にしないでおきたいのだが…。

 

 

「……結婚か」

 

 

 正直な所俺には全く縁の無い物だろう。元居た世界では両親が相手を決めると言ってたし、この世界でも無理してしようなんて思っていない。妹やミナトには人としての幸せを得て欲しいが、その事を俺がとやかく言う気はない。決めるのはアイツらだ。

 

 

「だけど…今の俺には選ぶ権利があるのか」

 

 

 ふと昔を思い出す。ヴェルダナーヴァに色々と煩く言われた事だ。思い出すだけで腹が立って来るが、いない奴に腹を立てても仕方ない。

 

 

「本当に余計な奴なんだよ。結婚したら人生変わるとか、男前なんだから女の1人ぐらい捕まえられるとか。はぁ……今も楽しいがあの時は異常だったな」

 

 

 悪い意味ではなくいい意味で。アイツ程その場にいたら楽しいと思える人物は存在しない。アレが世界最強の竜なんて信じられるか。

 

 

(まぁ…最強の因子を持っている俺が言えたことではないが)

 

 

 この事を知れば狙ってくる連中が出て来るだろう。だから話せる連中は限られてくる。ルミナスやユニにもまだ話していない。万が一の事を考えないといけないからだ。

 

 

「待たせたのホムラ」

「ん…大丈夫。怪我してないか?」

「妾が怪我をするわけ無かろう。ゆくぞ」

 

 

 ルミナスは俺の左腕に抱き着いて手を繋ぐ。そのまま洞窟へと入ると直ぐに大きな扉が現れる。扉には小さな紋様が描かれており、ルミナスは右手で触れ調べた後、月の指輪を取り出して掲げると、紋様が光って扉が開く。

 

 

「開いたな。行くぞルミナス。離れるなよ」

「分かっておる。お主こそ離すな」

 

 

 握っている手の力を強め上目遣いで微笑むルミナス。ドクっと心臓が高鳴るのを抑えつつ扉の先に進むと、地下に繋がる大きな穴が現れる。その穴を見て、かつてユニと一緒に見つけた月の指輪があった洞窟を思い出す。

 

 

「月の指輪があった洞窟と同じだ」

「成程。そうなれば対の指輪は確定かの。地下とその先の構造も似ているかもしれぬ」

「……」

「ん?どうかしたか?」

 

 

 心配そうに見てくるルミナス。特に何かあった訳ではないが気になる事はある。月の指輪があった洞窟と同じならいいが、あの時は最奥に指輪を守る魔物が居た。恐らくここにもいるだろうと推測すると、かなり厄介な奴がいる可能性がある。

 

 

「あの時は……吸血鬼のような魔物が守っていた。一瞬ルミナスと重なってな」

「…!となると、ここにもいる可能性があるという事か。しかし吸血鬼のような魔物……。そのような魔物は妾達だけだが……」

「月は夜。太陽は昼。まさか……な」

「……?何か気付いたか?」

「それは行って見てからだよ」

 

 

 ルミナスをお姫様抱っこして穴に飛び込む。もし俺の予想が正しければ仕組んだ奴と作った奴の正体が割れる。だって…月の指輪の在処を教えたのはヴェルダナーヴァだから。

 なので絶対に裏があると思っていると穴の終着点に到着しゆっくり着陸したのだが……。

 

 

「これは……」

「また扉か。全く……」

 

 

 少し膨れながら降りるルミナス。それから扉を開けると、真紅に染まった壁が視界に映り、至る所に道を遮る仕掛けがあった。しかしそれよりも大きな問題が1つ。

 

 

「熱すぎるじゃろう!」

「俺は大丈夫だけど……」

 

 

 そう、ものすごく暑かった。熱気が兎に角強烈だ。あまりの暑さにルミナスは扇子で扇いでる。これは急いで最奥に行かないとな。

 

 

「行くぞルミナス。まずはあの大きな扉を目指す」

「ん。エスコートは任せる」

 

 

 再び手を握って扉に向かう。周囲を見ながら罠に警戒するが目立って危険そうなものはない。月の指輪のあった遺跡は罠は多いわ小さな血を吸う蝶もいるわで大変だった。あんな蝶に吸われるならルミナスに吸われた方がマシだ。 

 そう思いながら仕掛けを解除して進むこと数分。大きな扉の前に到着したのだが……。

 

 

「これは……」

「ふむ……」

 

 

 扉には太陽のような紋様が刻まれている。普通に考えてスイッチを押して解除だが、周囲には扉しかないし、左右もただの壁。何もなさそうだし強引にぶっ飛ばすか。

 

 

「よし。ぶっとばーーー」

「さんでよい。どうやら魔素が枯渇しているようじゃ。焔を灯してみるがよい」

「了解」

 

 

 紋様に触れて焔を灯すと、紋様が紅く光って扉がゆっくりと開く。思わず『おぉ……』と言ってしまい、ルミナスが扇子で側頭部をペチっと叩いてくる。

 

 

「感動するな。全く……(まぁ…無邪気なホムラも良いが)」

 

 

 呆れながら腕を引っ張るルミナス。扉を通り抜けると、今度は大きな広間に出て4体の石像。その先に4つの窪みがある扉があった。

 

 

「窪みには何かを嵌める。その何かの場所は……」

「一つしかないのぅ。来るぞ」

 

 

 石像の目が光り動き始める。たいした強さでは無さそうだし一撃で消し飛ばそうとしたが、ルミナスが手を離し両手で無数の小さな赤い球体放ち石像を覆う。

 

 

鮮血の雨(ブラッティーレイン)

 

 

 球体が雨のように石像に襲いかかる。直撃を受けた石像は小さなオーブを残して消し飛ぶ。消し飛んだのをルミナスは確認してからオーブを拾って扉の窪みに嵌めて解錠し開ける。

 

 

「ざっとこんなものじゃ。ゆくぞ」

「了解」

 

 

 再び扉を通ると、視界に映ったのはとても大きな部屋。その中心には真紅の強烈な圧を放つ剣。その奥には祭壇とその上に小さな箱。どうやら遺跡の最奥の様だ。

 

 

「目当ての物はアレじゃの。月の指輪も反応しておる。しかしあの剣は…あの時手に入れた聖剣と同類か」

「……なんか妙だな。俺の『焔天之王』に反応している」

「何……?」

 

 

 あの剣を見ていると体が熱くなる。俺の究極能力が惹かれているのか

 

 

「ふむ……お主のスキルと相性が良いと考えたいが妙じゃの」

「あぁ…本当に妙だな…」

 

 

 そう思いながら真紅の聖剣に触れようとした時だった。

 

 

 

ーさぁ。最初の試練だよ親友。乗り越えられたらご褒美だ。

 

 

 

「!?」

 

 

 外套が一瞬光って聞き覚えのある声が聞こえてくる。自然と村正に手多くと、真紅の聖剣から凄まじい炎が放たれ、炎が巨人を形成し、俺達の前に立ち塞がる。大きさは7メートルぐらいだが巨人が放つ圧の影響でもっと大きく感じる。

 

 

「この圧力は……」

「中々苦労しそうじゃの…(加えてこの焔は……)」

 

 

 ルミナスの言う通り苦労しそうだ。さっきの声の正体を考えるとただの炎の巨人なわけがない。よし……ここは短期決戦だ。

 

 

「ルミナスは下がっていろ。速攻で決める」

「待てホムラ。ここはーーー」

 

 

 全身に焔を纏い巨人の顔の前に接近。巨体故に動きが鈍いと読み、そのまま焔の右拳を顔面に放つ。

 

 

「喰らえ!」

「……!」

 

 

 拳を放つと同時に巨人の目が光り、目の前に焔の渦が現れて俺の拳を完璧に止める。この止め方に覚えがあった。この止め方は俺が魔法攻撃を止める時に使う防御技だ。

 

 

(何でーーー)

「下がれホムラ!」

「はっ!」

 

 

 ルミナスの声で瞬時に下がるが、焔の渦が槍のように迫ってくる。右腕に光を集めて剣を形成して切り払う。

 

 

「ふぅ…危ない危ない。しっかし今のは…」

(やはり…か。あの巨人は勇者時代のホムラの力と似た物を持っておる。能力の複写及び転写。そのようなふざけた芸当が出来るのは……)

「まぁいい。大して脅威ではない以上考えても無駄だ。次は油断しない」 

 

 

 再び巨人との距離を詰める。今度は右拳に光を集約するが、巨人はその光に反応し、自身の右腕に焔を纏って突き出してくる。その一撃を俺は回避し、巨人の顎にアッパーを喰らわせるが、大したダメージを与えることは出来ず、反撃の一撃が飛んでくる。俺は反撃を受け流しながら光を集約して解き放つ。

 

 

『太陽の一撃』

  

 

 光破熱線が焔の体を削る。巨人が少し怯んでいる所を見ると多少は効いているようだ。このまま引き続き攻撃を続けると、巨人は右腕で熱線を弾き火球を放つ。

 

 

「俺に焔は効かねぇぞ」

 

 

 右手に光を集めて光輪を形成して放ち火球を両断。次撃が無いのを確認してから全身に焔を纏い、巨人の胸の中心めがけて突進。

 

 

 

「その巨体で俺のスピードに付いてこれないだろう!」

 

 

 巨人の防御よりも先に胸を貫き、空いた穴に追撃のソルスノヴァを叩きこむ。この一撃が致命傷になったのか巨人は雄たけびを上げ、焔の体が崩れていく。

 

 

「うっし。どんなものだ!」

 

 

 崩れている体を見て勝利を確信。少し経つと焔の体は四散し真紅の聖剣が姿を現す。まだ何かあるかと警戒するが特に何も感じず、警戒を解いて聖剣に触れた瞬間だった。

 

 

 

ー最初の試練突破おめでとう。流石に簡単だったかな?だけど約束どおりご褒美を上げよう。

 

 

 

 再び覚えのある声と同時に外套が光る。ご褒美とはこの聖剣だろうか?違うとしても折角の戦利品として頂くが。

 

 

「よし。聖剣を抜く前にあの箱だな。どうするルミナス?」

「………」

「ん?ルミナス?」

 

 

 彼女に声をかけると、ルミナスは俺の顔をジーと見てくる。何かあったかと尋ねると、ルミナスは俺の両頬に手を置き、真剣な顔で言った。

 

 

「お主。急に気配が変わった。何があった?」

「そうか?何も感じないが……」

「嘘を言うな。今のお主は勇者だった頃に限りなく近い。まるで……あの頃抱えていた大きな黒い物が無くなった感じじゃ。気付いていないのか?」

「あぁ。全然分からんな」

「む…妾も半信半疑だからきちんと確認しよう。はむ」

 

 

 ルミナスは左首に噛みつき少しだけ血を口に含み離れる。それからワインを飲むように味を確認してから飲むルミナス。飲み終えると彼女は少し驚きながら行った。

 

 

「混ざった味がしない…。どういうことじゃ。獣じみた味が消えている……。だからと言って人の血の味でもない。一体何が起きた?」

(……まさか)

 

 

 正直信じられないが、ルミナスが間違える筈がない。獣じみた味がしない……か。即ち俺の体から妖の血が消えた…いや、人の血と融合したのか。そんな事が出来るのは奴しかいない。

 そう思って外套に触れると、ルミナスもまた外套に視線を向け、少し考えた後、彼女も外套に触れる。

 

 

「そういえば…あの時に興味本位に調べようとして強い思念で弾き飛ばされたか。まるで秘密を知られたくないように」

「強い思念……そうか……」

「……ホムラ」

 

 

 ルミナスは両手で両頬に触れてくる。そうだな、そろそろ隠すのも限界だろう。ルミナスなら…俺の大切な人ならアイツも怒らない筈。素直に話そう。

 

「ルミナス。大事な話がある。聞いてくれるか?」

「奇遇じゃの。妾も大事な話がある。だかここで話すのは無粋じゃから明日でも構わぬか?」

「うん。構わない」

「ありがとう。ではこの指輪はお主に渡しておく。あの指輪は妾が回収する。聖剣の回収は頼むぞ」

「分かった」

 

 

 聖剣の元に行き柄を掴む。ランが持っている聖剣を抜くときはとても重く感じたが、この剣は重さを感じない。力を入れてゆっくり抜くと深紅の刀身が姿を表し、光りに照らされると焔が刀身に纏って鞘となった。

 

 

「回収完了。そっちはどうだルミナス?」

 

 

 指輪の回収に向かったルミナスに声をかける。彼女は既に指輪が入った箱を手に取り空けていた。中身を待て少し頬を赤く染めながら嬉しそうに中身を見ている。

 

 

「嬉しそうだなルミナス」

「目当の物が手に入ったからの。明日が楽しみじゃ」

「……そうか。なら戻るか」

「ん。場所はまた伝えるから連絡が来るまでゆっくりしていると良い」

「了解。じゃあ帰ろうか姫」

「うん。帰りもエスコート頼んだぞ」

 

 

 行きと同じように腕を組んで手を繋いでから、遺跡の出口に向かった。



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これからも一緒に

 遺跡攻略と試練を突破した次の日。朝早くから都の近くの平原に足を運んでいた。ルミナスとの大事な話はこの場所とのことで、ルミナスが何処にいるのか探していた。

 

 

「いないな……気配探知に引っかからない。全く……」

 

 

 いつもの悪戯かと思っていると、目の前が真っ暗になり誰かが密着してくる。かすかに感じる薔薇の香りで、誰か直ぐに分かるわけだが、ここは何も言わずにじっとしておこう。

 

 

「だーれじゃ?」

「高貴で素敵な吸血鬼のお姫様?」

「そこは『心の底から愛している自慢の彼女』じゃろうて」

「すみません」

 

 回答が違うかったか。次からは気を付けるとしよう。ともあれルミナスと合流出来たわけだし視界を覆っていた手も離れた。周囲に誰かいる気配はない。ここなら話しても大丈夫だ。

 

 

「さて……どっちから話す?」

「無論お主から。妾の話はそれからでも構わぬ」

「了解した。それじゃあ何処から話すか……」

 

 

 いっその事外套の事とアイツから任された役割も話すか。後者の方は誰にも話していないからこれを機に話すのもいいだろう。

 

 

「じゃあ外套から。この外套の秘密はアレクとベルしか知らない。口が堅い奴以外には話せなくてな」

「む…そんなに大層な物なのか。確かに大きな力は感じたが……まぁよい。妾は口が堅いから案ずるがいい」

「助かる。この外套はーーー」

 

 

 アレクとベルに話した内容と同じ話をする。ルミナスは顔色変えず、何も言わないで最後まで聞いてくれた。そして外套の秘密を話し終えると、ルミナスは小さく息を吐いてから外套の袖を掴む。

 

 

「成程……の。ヴェルダナーヴァの因子のみで編みこまれた外套。存在値は1500万か。こんなものがあると知ればよからぬ事を企む連中が出て来るのは当然か。だが同時に疑問が浮かび上がってくる。ギィやミリム。ルドラなら分かるがどうしてお主なのじゃ?」

「アイツとの約束がある。この外套を受け取る代わりに役目を託された。俺はそれをアイツとの最後の約束と思っている」

「役目?」

「そうだ。異世界から来て、この世界の知ろうとして色んな人と縁を紡いだ俺にしか出来ない役目らしい」

 

 

 ここから先は以前遺跡群でアレク達に話した続き。あの話には続きがあるんだ。

 

 

 

ーで?ただで渡す訳ないよな?

 

ーふふっ。分かってるじゃない。君にしか出来ない頼みがあってね。ギィには≪調停者≫の役割を頼んだ。君には≪導き手≫を頼みたいんだ。これから君のようにいろんな異世界人が来るだろう。君の様に面倒な人間…癖のある人がたくさん来ると思うんだ。

 

ーちょっと待て。誰が面倒な人間だお節介。

 

ーおや?そんな事親友の僕が言う訳ないじゃないか。アレク君が君のせいで何回も胃に穴を空けた事なんて知らないなぁ。

 

ー……ちぃっ。事実だから言い返せない。それで何でラミリスみたいに≪導き手≫しないといけないんだ?

 

ー色々と苦労している君だからだ。召喚されても君のように自由に動けるか分からない。ましてやいきなりこの世界に飛ばされる可能性もあるだろう。それが子供だった場合。見ず知らずの土地で命を落とすことになる。君の手の届く範囲で構わない。出来る範囲で構わないから手を差し伸べて欲しい。君の得意分野だよね、物好きな勇者君。

 

ー俺一人じゃきついぞ。限界がある。

 

ー大丈夫。君は一人じゃない。これから先どうなろうとも、どんな形であれ君の力になってくれる人は現れる。僕だってそうだ。命は後わずかだけど、死後必ず君の力になる。言っておくけど星王竜としてではなく君の親友の1人としてね。

 

ーんな事分かってる。もし『星王竜として』と言ったら絶交だ。ともあれ承知した。お前の分まで出来る限りはやってみる。俺が大好きなこの世界の素晴らしさとお節介な親友についても自慢しておくよ。

 

 

 この世界での最初の親友との最初で最後の約束。ギィが律義に≪調停者≫としての役目を果たしているのと同様に、俺もこの世界に召喚されて理不尽な拘束を強要されている異世界人や、迷い込んでどうすればいいか分からない異世界人を見つけては俺達の国…≪ルベリオス≫に招待してこの世界の素晴らしさを伝えて、その上でどうするかは個人に任せる。やりたい事があるなら全力で支援し、必要な物は出来る限り用意する。色んなものを見たいのなら最低限強くなってもらい旅立ちを見送る。俺が先王やヴェルダナーヴァ。ラミリスにして貰った様に。

 

 

「これが俺の役目。外套を託された代わりに与えられた役目だ」

「そうか…だからミナトやラン達に好きにさせているのか。多少の無茶ぶりを聞くのも。そしてその事をミナト達は知っている」

「……そうなるな。知らない奴も結構いるが」

 

 

 そのうちの1人にルミナスも入る。外套は兎も角、役目に関しては皆に周知済みだ。だから皆俺に力を貸してくれる。出来る限りでいいと言っているのに、真面目に役割分担して、それぞれの得意不得意分野を穴埋めして支え合って。一体誰に影響されたのか。

 

 

「だから済まなかった黙っていて」

「全く持ってその通りじゃ。だが話してくれてありがとう。お陰で妾も決心がついた」

「その決心って何?」

「む。それはーーー何故妾が言わなければならぬ。そう言うのは男から言う物じゃろうて」

 

 

 少し膨れながらルミナスは言った。確かに女性から言わせるのは男して問題があるだろう。しかし……どう切り出せばいいのだろうか。考えても出てこない。いや……ありのままルミナスとこれからどうしたいか伝えよう。指輪を手に入れた時点で覚悟は決めていた。

 

 

「一回しか言わないし一言だけ。長ったらしく言うのは性に合わないから」

「知ってる。何年傍に居ると思っておるのじゃ?お主は言葉より行動じゃろう」

「その通り。左手を出して」

「ん」

 

 

 左手を出すルミナス。彼女の手を取り懐から指輪の入った箱を出して蓋を開ける。中身を見せ、高鳴る心臓を抑えながら言った。

 

 

「俺と夫婦になってくれるか?君の人生が欲しい」

「……うん」

 

 

 微笑みながら頷くルミナス。それを確認してから箱から指輪を取り出し彼女の左薬指に嵌める。怖い程ぴったり嵌まり、結局は奴の手の平の上かと思っていると、ルミナスは俺の左手を取る。

 

 

「では、お主の人生も貰うとしよう」

「随分昔にあげてるけど」

「証が無いじゃろうて」

「そうだったな」

 

 

 ルミナスの言う通りだ。だけど今からはお互いに証がある。元居た世界では絶対に得る事が出来ないであろう証が。あの頃の俺が知ったらどうなるだろうか。多分何も無いだろうね。氷に閉ざされた心では何も感じない。

 

 

「む。お主もぴったりか。悪意を感じるの」

「逆を言えば二人で頑張れって祝言って奴だろ」

「トカゲの祝いの言葉なぞ要らぬ」

「厳しいな……」

 

 

 キッツい一言だな。俺なら結構な精神的ダメージを受けるぞ。恨みでもあるのだろうか?俺の記憶が正しければアイツとルミナスの面識はないはずなんだが。

 

 

「さて…妾とお主はこれで夫婦な訳だが……ごく一部の者を除いてこの関係は黙っておいた方がよいじゃろう」

「その前にそもそも俺達が恋人同士だったって事を知っている奴は身内以外にいないだろ」

「……そうじゃったの。忘れておったわ」

「だから大丈夫。今まで通りでね」

 

 

 余程のポカをしなければバレることは無いだろう。心を読まれたりしないかぎりは。指輪を嵌めている手も手袋で隠せばいい事だし。

 

 

「で?そろそろ君の大事な話を聞かせてよ」

「それならもう終わっておる。改めてよろしくの。沢山愛してあげる」

「…!あぁ。よろしくなルミナス」

 

 

 彼女の腰に手を置き、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鍛錬と弁当

 昨日に引き続き朝早くから平原に来ていた。昨日は大事な話で今日は弟子に指導。即ちランとの鍛錬である。ランとミリムの手合わせはホノカが立ち会っているが、かなり一方的にランがやられているらしいので、今日は気分転換に俺とルミナスが相手をすることに。

 

 

「んじゃ今日は戦闘形式ではなく、俺やルミナスの技を伝授だ」

「む。妾が教える技は…いや、メルトスラッシュぐらいなら教えられるか」

「メルト…スラッシュ?」

 

 

 首を傾げるラン。メルトスラッシュ……通称・崩魔霊子斬。霊子崩壊を剣に込めて突き技として放つえげつない必殺技だ。勇者時代に一度ルミナスのを受けたことがあるが、アレはえげつなかった。左手は持って行かれるし当時愛用していた刀は粉々になるし。だからこそ威力は保証する。威力の高い霊子崩壊を剣に込めれば、覚醒魔王クラスでもただでは済まない。

 

 

「…とまぁ威力は保証する」

「お主の数少ない敗北じゃのう。あれ以降妾は一度もお主に勝てていないが」

「ふぇ?師匠はルミナスさんに負けてるの?」

「……」

 

 

 ランの問いに答える事無く視線を外すと、ルミナスはクスクスと笑う。これを見て分かると思うが、俺は一度ルミナスに負けている。というか勇者時代の戦績は結構悪い。負けたことは少ないが勝った事も少ないのが事実だ。

 

 

「お主の言う通りホムラは妾に一度負けておる。対魔法戦が疎かったからの」

「意外かも……。今はメチャクチャ強いのに」

「それでもギィやミリムには敵わない所が多い。ダグリュールだって俺より上だと思う…が。今はその話より技の伝授だろ。取り合えず現状を見せて見な。俺も聖剣の試し切りをしたいし」

「了解。じゃあボクも」

 

 

 光り輝く黄金の剣を取り出すラン。相変らず凄まじい存在感を放っているな。クラスで言えば伝説級って所か。こちらとしても高ランクの得物と戦える機会は少ないからいい鍛錬になる。

 そんな訳で、準備運動も兼ねて軽く打ち合ったわけだが、早速よろしくない所が沢山出て来る。ランはスピードと手数、それに加えてユニークスキル『戦乙女』とエクストラスキル『魔法剣』を駆使するが、やはりパワーが足りないし決定的な一撃を持ち合わせていない。 

 

 

(やっぱり切り札も兼ねた一撃必殺は必要だな。他にもスキルの応用……魔法剣は面白いんだが)

「……むむ。何を考えてるの師匠?」

「君の良い所をどう伸ばすか。ルミナスはどうだ?」

「ふむ……1つ思いついた。メルトスラッシュを教えた後に助言する」

「という訳だから準備運動はこんなものでいいだろう」

 

 

 ランと一旦距離を取って聖剣を鞘に納める。それからルミナスは愛用の刀を抜き、呪文を唱えてから刀に凄まじい魔力を宿す。その魔力に僅かだが空気が震え、思わず身構えてしまった。

 

 

「え、えっとルミナスさん?凄い魔力だけど……」

「これがメルトスラッシュ……の前段階じゃ。このまま放てばメルトスラッシュとなる」

「へぇ……で。誰に向けて放つの?流石にそこらへんの岩……は無いから空かな?」

「誰が空に放つか。正面から受け止めてくれる優しい男がいるじゃろ」

「……え?」

 

 

 まさかと思っていると、ルミナスは俺の方を向きニコッと笑う。背中に強烈な悪寒と凄まじい恐怖が襲ってくる。お、おかしいぞ。覚醒魔王なのにあの一撃がものすごく恐ろしい。心の底から死を感じている。

 

 

「ま、まてルミナス。流石の俺もそれは受け止められ……ん?(む…この気配は…)」

「そうか…妾からの愛は受け止められんか」

「それの何処が愛なのかな!?マジで死ぬんだけど!?」

「案ずるがよい。死んでも妾の腕の中で蘇生する。その前にお主は魔王じゃからこの程度では死なん」

「いやいや。めっちゃ死を予感してるから!」

 

 

 手を振ってアピールしながら上に合図を送る。ルミナスは合図に気付いたのか一瞬目を見開いてから、チラッと上空を確認し、こちらにジト目を向けてくる。そんな目を向けられても非常に困るし、上空にいる人型の何かが誰かの配下で視察に来た理由等分からん。

 

 

「仕方ない。大切な家族との交友をのぞき見する愚か者に向けるか」

「ふぇ?」

 

 

 ランが可愛らしく首を傾げると、ルミナスは上を向き、丁度真上に居た人型の何かに強烈な殺気を向ける。当然ながら人型の何かは殺気に気付き逃げようとするが、それよりも早く技を放つ。

 

 

「跡形も無く消えるがよい。≪崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)!!≫」

 

 

 刀から凄まじい光が放たれ人型の何かに直撃し、人型の何かは一瞬で消滅。その威力にランは思わず『うわぁ……』と呆気に取られていた。その気持ちはものすごく分かる。俺も初めて見た時は同じ反応したから。

 

 

「相変らずえげつないな」

「何がえげつないじゃ。お主の加具土命にくらべたら可愛い物じゃろ。それよりこの技を教える前にやることがある」

「やる事?」

「そうじゃ。なんせこの技は魔力の調整が難しい。まずは妾が思った事をランに教えるからその辺でゆっくりしておけ」

「了解。頑張れよラン」

「は、はい!よろしくお願いしますルミナスさん!」

(だ、大丈夫かなぁ……)

 

 

 もの凄く心配だがここはルミナスに任せよう。俺は2人から距離を取り仰向けで横になる。暫くすると剣がぶつかり合う音が聞こえてきて視線を向けると、ランの黒曜石の剣に炎と水。2つの属性が付与されていた。

 

 

(属性付与を同時に二つか。威力は上がりそうだが、その分制御に力を注ぐと考えると……)

 

 

 他の部分が穴になる可能性が出て来る。その辺は慣れと経験でカバーする必要があるだろう。何事も回数を重ねる事で熟練度は増し、バリエーションが増えていく。俺の加具土命が何よりの証拠だろう。

 

 

 

(物事の本質を見抜き断ち切る剣か……。そこに『武神之王』の零の極意が加わればあらゆるもの全てを斬る事が出来る。防ぐ手段は……アイツが持っていた『制約之王』ぐらいか)

 

 

 

 正直あのスキルを持っていたある皇子とは戦った事がないので防がれるか分からない。俺と会った時は既に『正義之王』だったしね。あのスキルは色んな意味で要注意だろう。俺の配下に天使系スキルが現れたらその時点でゲームセットだ。

 

 

(元気にしているのだろうか。ヴェルグリンドがいるから息災だろうが……)

 

 

 一応東の脅威にも備えるべきか。今は大人しいヴェルドラの方を考えたい、現状を考えると奴を相手に出来るのは俺かユニ…は難しいか。『絆之王』を使ってるときは『聖賢之王』は使えないって話だし。

 

 

(一癖も二癖もある連中を上手く枠に嵌めるのは難しい。そこは俺の手腕次第か)

 

 

 そう考えるとルミナスは上手く纏めている。身近な世話を侍女に任せ、国がらみはギュンダーやルイ兄弟に任せつつ縄張りもきちんと把握し、自分の時間もきちんと作っている。こればかりは生きた年数の差か…。

 

 

「よし。一旦休憩にしようラン。大分制御が上手くなったの」

「あ、ありがとうございます……(き、きっつー……以前手合わせした時より厳しいんだけど……)」

「お疲れ様2人共」

 

 

 2人に水の入った水筒を渡す。時間にして10分程だったが、ランが肩で息をしている所を見るとかなり成果があったと見える。修業の類は時間より質。短時間でみっちりやった方がいい。時間をかけると途中で集中力が切れるからだ。

 

 

「ふぅ…。改めてダメな所多いなぁ。師匠の剣には程遠いよ」

「比べる対象を間違えてるぞラン。ホムラの剣をそこらの剣と一緒にしないほうがよい。それと目指すのもやめた方が良い」

「それは何で?弟子だから目標にしてもいいと思うけど」

「なら目標までにとどめておけ。あ奴の剣を会得するのではなく自身の剣を磨き続けて師と同じ場所に辿り着くのじゃ」

「そうだな。辿り着く境地は一緒だが過程は人によって違い、会得する物も違う。ランだけの剣を会得するんだ」

「ボクだけの剣……」

 

 

 腕を組んで考えるラン。何事もイメージするのが大切だ。どのような自分を目指し、他にはない自分だけの力を手に入れるか。それが究極能力として顕現すると俺は思っている。自分の力に適した形として。

 

 

「ゆっくり考えればいい。それが合わないならひたすら鍛錬だな。次は俺が相手をしてやる」

「その前に朝食じゃ。お弁当も用意してある事だし」

「ル、ルミナスさんのお弁当…?」

「おい、なんじゃその反応は。妾がお弁当を用意していたらおかしいのか?」

 

 

 ルミナスは冷たい笑みを浮かべながらランの頬に手を置いて顔を近づける。思わず狼狽えて頬を赤く染めるランだがルミナスは止まらない。尖った歯をチラつかせながらランの首に噛みついた所で俺は2人から視線を外し、ルミナスが用意した弁当箱を取り出し、草原の上にシートを敷いてから置いて風呂敷を外すと、中から5段の重箱が姿を現す。

 

 

「随分気合いが入っているな……(まさか持ってきた食糧全部使ってないだろうな……)」

 

 

 不安を感じながら一番上の蓋を開けると、手頃な大きさのおにぎりがぎっしりと詰められていた。まぁ…この辺りはセオリーだろう。なら2段目はと思って1段目を動かすと、再び1段目と同じ様におにぎりがぎっしりと詰められている。

 

 

(……そう来たか)

 

 

 少し呆れながら2段目を動かすと、3段目は蓋が被せてあった。大変嫌な予感がしながら蓋を開けると、3段目には野菜の天麩羅が詰められていた。それを見て、少し前のやり取りを思い出してしまう。

 

 

(ハマったのか……)

 

 

 作れる料理の量が増えるのはいい事だ。鍛錬の後に食べるのはかなり胃にきつそうだが、野菜を選んでいる辺り、ルミナスはきちんと考えているのだろう。

 

 

「となるとの4段目と5段目は……」

 

 

 3段目を動かし再び4段目の蓋を開けると、4段目には分厚いだし巻き卵。5段目は煮物と、馴染みの和食が詰められていた。これは……うん。ホノカやランは大喜びしそうだ。

 

 

「うぇ……かぷって噛まれたぁ……」

「お…おぅ……」

 

 

 右首筋を擦りながら近づいてくるラン。小さく歯型があるところを見ると結構深く嚙まれたようだ。で、噛んだルミナスはとても上機嫌。流石は絶世の美女好きだ、一体どれだけ俺の配下を犠牲にするのだろうか。

 

 

「準備出来たぞルミナス」

「助かった。お茶は水筒に入れてあるから自由に飲むと良い。さて……」

「こ、こら!」

 

 

 俺の膝に座り、お皿にお弁当の具材を乗せていくルミナス。ランも遅れてシートの上に座ってお皿に乗せていくのだが、俺はルミナスが膝に座っているので動けない。

 

 

「頂きますルミナスさん」

「ん。感想を楽しみにしているぞ」

「あの……姫?俺はどう食べるの?」

「ふっ…決まっているだろう。一度やってみたいと思っていての」

(や、ヤな予感……)

 

 

 とても嫌な予感を感じていると、ルミナスはだし巻き卵を器用にお箸で掴んで口元まで持って来る。あぁ……やっぱりか。そんな事だろうと思っていた。

 

 

「姫。流石に人前では避けてはしい」

「何じゃ恥ずかしいのか?」

「そうだよ。だから自分で取って食べるから」

 

 

 箸を手にとって腕を伸ばし、玉ねぎの天麩羅を掴んで食べる。サクッと良い音がなり、とても美味しくて甘い。以前食べた時以上だ。

 

 

「うん。美味しい」

「他に感想は?」

「それは他を食べてから」

 

 

 順番に椎茸。薩摩芋。野菜のかき揚げの順番に食べていく。その間ジーとルミナスは俺の顔を見てきて、その様子を見ていたランは気付かれないように笑っている。

 

 

「本当に仲いいね。ルミナスさんと師匠は」

「付き合いは長いからな。君が思っているよりずっと」

「それでもお互い知らないことは多いが、それは少しずつ知って行けばいい。今妾が知りたいのは……」

 

 

 そっと俺の頬に手を伸ばそうとした時だった。上空からゆっくりとミリムが俺達の前に降り立つ。その姿を見たルミナスとランは瞬時に警戒態勢。ルミナスに至っては俺から離れて殺気を漂わせている。

 

 

「どうかしたかミリム?」

「あぁ。先ほどギィがお茶会を開くと言ってな。それを伝えに来たのだ」

「なら妾は不参加と伝えて置け。ホムラは元より参加せぬじゃろう」

「む。そうはいかん。今回は全員参加との事だ。ホムラは……まぁいいだろう。ギィは何も言わないからな。だが魔王の座に就いているルミナスは参加だ。例の新参者が絶対と言っている」

「………あの愚か者か」

 

 

 ルミナスを纏っている気配が変わり周囲の空気が凍る。そのきっかけになったのは間違いなく新参者とやらがお茶会を開くと言ったからだろう。新参者がどんな奴かは話として聞いている。簡単に言えば人を見た眼で判断する野郎で、とにかく自身の力を誇示し、ルミナスやラミリスを『魔王としてふさわしくねぇ』とか言ったらしい。

 まぁそんなことを他の魔王の前で言うから、あまりいい印象はないらしく、ルミナスやラミリスに関しては相手にしていないらしい。

 

 

「行ってこいよルミナス。帰ってきたら時間作るから」

「……そう言う事ならよいか。では行ってくる」

 

 

 優しく微笑んでからミリムと一緒に宮殿へと飛んでいくルミナス。2人の姿が見えなくなってからランと残っているお弁当を食べて鍛錬を再開した。

 

 

 

 

 

 

 



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不機嫌な姫

「うぅ……もう動けない」

 

 

 バタッと大の字になって倒れるラン。あれから半刻。適度に休憩を取り乍らみっちりと鍛錬をし、ランの魔法剣による属性付与の種類が大分増えた。それでも属性の相性等で重ね掛け出来ないパターンもあるが、数が多くても困るのでこれから種類を絞る方向に。こればかりはランが何処まで考え纏めるかだ。俺の加具土命のように。

 

 

「お疲れ様ラン。今日はゆっくり休んで明日に備えろ」

「了解。近くに温泉あるから一時間位浸かろうかな?折角だしアルビオンさんやホノカも誘うよ」

「ん。俺も後から3人が上がってから向かうよ」

「はーい。師匠もあまり羽目外さないようにね」

 

 

 釘を刺してから宮殿へと戻って行くラン。羽目が外れるかはルミナス次第だか……少し心配だな。もう夕方なのにまだ帰って来ていない。難題な話でもあったのだろうか。アイツらに限ってそれはないと思いたい。

 

 

(心配だが大丈夫だろう。喧嘩を売られてもルミナスなら軽く流すさ)

 

 

 その前にルミナスに喧嘩を売る馬鹿はいないだろう。余程の馬鹿でもなければの話だが。ルミナスを怒らせたら最後……想像したくないな。

 

 

(そういった意味でも大丈夫。俺は笑顔で出迎えるだけだ)

 

 

 刀を鞘に納めて宮殿へと戻り、神官殿と話をしていると、背後に大きな扉が現れる。扉が開き姿を現したのは、物凄く機嫌が悪いルミナスだった。さて…最初の言葉を間違えるとえらい目に合うわけだが……。

 

 

「……少し酒に付き合え」

「それは良いが……その前に温泉でも入ってきたらどうだ?美女が3人いるぞ」

「今は美女よりお主が良い」

「そうか。じゃあ湖が見える高台に行くか」

「ん。すまぬの」

 

 

 神官殿にホノカ達への伝言を頼んでから湖が見える高台に移動。適当な岩にルミナスは腰を降ろしてからボトルを2本取り出す。

 

 

「果実酒か?」

「うん。ザイファが美味しいブドウとやらでワインを作っての。その試作じゃ」

 

 

 蓋を開けて渡してくる。『ありがとう』と言ってから受け取り一口飲む。ブドウの甘さがいい感じで後にも残らない。アルコールもキツくないし、お酒が飲めない人でも大丈夫そうだ。

 

 

「いい感じだな。あまり酒を飲まない俺でも大丈夫だ」

「そうじゃろ。他の魔王達も好印象だったわ」

 

 

 満足そうに笑みを浮かべながら一気飲み。あまり度数が強くないからって調子に乗ると酒乱になるのだが、止めるだけ無駄なので雑談を続け、ある程度ルミナスが出来上がったところで今日のお茶会の話を聞いてみる。

 

 

「今日のお茶会はどうだった?」

「……2度と行くものか。あの小僧の顔など見たくもない」

 

 

 と、なんとも冷たく低い声でルミナスは言った。これは思った以上にヤバい新入りの様だ。加えてあまり名も聞かないし、いつ魔王の座に就いたのかも知らない。ルミナスはラミリスの事を結構言ってるからそれなりに名は広まっていてもいいのだが……。

 

 

「対価も掲示せず作り方を教えろと一方的に言いよって。そんなに知りたければ直接足を運べばいいものを」

「ワインの作り方か。流石に何も無しでの技術提供は出来ねぇな。同盟を結んでいるルミナスやシルビア達でさえそれなりの事を要求するか合同開発だし」

「それが普通じゃ。それを『んなもん知らねぇ。とっとと教えろ吸血鬼』と上から目線で。しまいに『臆病者と仲良くするより俺と仲良くしようぜ』などとぬかして。誰が青臭い小僧と仲良くするか」

「……(もはやただの馬鹿だろそいつ……)」

 

 

 一体何がしたいのやら。ワインの作り方を含めて技術を提供したところで設備が無かったら意味がない。それすらよこせと言いそうな感じだが、そんなことを口にして、アレクや皆の耳に入ったら……ニコニコしながら消しに行きそうだな。

 

 

「下心が丸見えじゃあの馬鹿は。力で敵わぬから周りから埋めようと小汚い真似を。そんなものが通じるなら今頃お主らの国は妾の物じゃ」

 

 

 ワインを飲みながら自信満々で言うルミナス。そこに関しては彼女の言う通りだろう。本気で言っているかは置いておいてだが。

 

 

「きっとルミナスの美貌を見て惚れたんだろ。だからルベリオスを落とせば自然と君も手に入るって思っているかもな」

「あの程度の戦力でお主らを落とせんじゃろ。それと妾は死んでもあんな男の物にはならぬ。そもそも人妻に手を出す気が知れん」

「そうだな。きっと新入りもルミナスの側だけを見て中身を見ていないんだよ。大事なのは側より中身。中身を磨けば自然と側も綺麗になって輝いて、色んな人が付いて来てくれる」

「そうじゃの。妾もその1人」

「おっと…」

 

 

 膝に座ってボトルを開けるルミナス。彼女の右頬に触れると、体温が少し高いのか僅かに熱を感じるが、頬がいい感じに柔らかいのでついフニフニとしてしまい、ルミナスがジト目を向けてくる。

 

 

「ごめんルミナス。いい感触だからつい」

「別に構わぬが、このまま襲う気ではないじゃろうな?」

「何でだよ。寧ろ俺が襲われる側だろ」

「こういう風に?」

 

 

 ルミナスは鋭い歯を見せてから左首筋に甘噛みをし、小悪魔のような笑みを向けてくる。そんな彼女の頭を優しく撫でていると、ルミナスは甘噛みを止めて左胸に右耳を当てて体を預けてくる。

 

 

「噛まないのか」

「ん。また後でにする。妾の頭を撫でてくれるのなら、お主の鼓動を聞きたい」

「そうか……」

 

 

 ルミナスの頭と髪を優しく撫でる。彼女は瞼を閉じて俺の鼓動を聞いている。このまま寝るのでは……と思っていると、ルミナスは小さな声で言った。

 

 

「いい音。妾の鼓動も聞くか?」

「大丈夫。君の熱で分かるから。しかし……こうして触れてると本当に神祖の最高傑作なのか疑わしくなってくる」

「珍しいの。そんな事を言うなんて。シルビアから多少は聞いておるじゃろ」

「まぁ……ね。神祖がえげつない奴とはシルビアを含め色んな奴から聞いているが」

 

 

 神祖・トワイライトバレンタイン。ルミナスはシルビア…ともう1人を生み出し、数多の種族を配合させていたというとんでもない奴。俺がこの世界に来た時点でルミナスに跡形も無く消し飛ばされていたが、この事をある悪魔は『正直精々した』と言っていた所を聞いたので、相当えげつない奴だったのだろう。

 中でもルミナスは最高傑作らしいのだが、こうして接していると本当に最高傑作なのか疑わしくなってくる。

 

 

「ホムラ……お主の思惑通りにいけば近い内にお茶会が開かれる。既に気付かれた以上はお主は逃げられぬ」

「気付かれたって……。そう言う事か」

 

 

 朝覗いていた奴は新参者の配下か。お茶会のタイミングが中々良いと思ったがそう言う裏があったのか。裏を取って俺達と全面戦争でもしたいのかね。どう考えても勝てない戦だが、仕掛けてくるなら容赦はしない。

 

 

「格好いい所見せてくれる?」

「んー。奴の出方次第だな。名前は?」

「確か…デネブだったかの。種族は知らぬがそれなりの強さじゃの」

 

 

 それなりの強さか。ルミナスが興味を持たない所を見ると、良い所ソフィぐらいか。彼女は非戦闘員だが力を上げているって話だし。

 

 

「それなりなら大丈夫だろう。偉大なる先輩の力を示してみせよう。ついでに格好いい所もね」

「うむ。期待しておるぞ。しかし……」

 

 

 ルミナスは空になったボトルと自身の頬を触って溜息を付く。そこで俺も気付いたのだが、どうやら姫は話をしている間に酔いが冷めたようだ。当初の目的である話には付き合ったので問題は無いのだが……。

 

 

「酔いが覚めてしもうたわ。全く…お主と話すといつもこうじゃ。どうしてくれる?」

「そう言われてもな……軽く運動でもするか?」

「運動……ふむ。それも良いかも知れぬ」

 

 

 笑みを浮かべて立ち上がり、ある程度距離を取った所で愛刀を抜くルミナス。こちらも立ち上がって正宗を抜く。正宗と夜薔薇の刀。別世界の刀とこの世界最強の一角であろう刀。さて、どっちが強いのだろうか。

 

 

「手加減なしだぜルミナス」

「当然じゃ。では…行くぞ」

 

 

 太刀を構えて向かってくるルミナスを迎え撃つのであった。

 

 



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満月の元で

ホノカ回です。


「ねぇ…どういう状況なのこれ?何で師匠とルミナスさんが戦ってるのかな?」

「それを聞かれても……」

 

 

 ランに聞かれて答えることが出来ない私。なんであの兄さんと姉さんが熾烈な戦いをしているなんて分かるわけが無いだろう。出来る事なら私が知りたいぐらいだ。

 

 

「でもいい機会じゃない。あの2人が戦う…手合わせなんて珍しいし。多分お茶会のストレス発散じゃないかな?」

「あー…あの新人さんか。あれで魔王の座にいるのはちょっと不思議だけど……」

 

 

 最近魔王の座に座った新人さん。人を見た眼で判断する人で、姉さんやラミリスさんをかなり見下している。加えて顔を出さない兄さんまで……。それなりに強いならともかく、少なくとも私達より弱い事だけは分かる。一度姉さんの護衛でお茶会に行って見たことがあるけど、あまり驚異的には感じなかった。

 

 

「兎に角…ボクは2人の手合わせを見るよ。奪えるものは奪わないと」

「そうだね。姉さんは魔法と剣。兄さんは刀術…あまり見れないから私も勉強させてもらう」

 

 

 視線を2人に戻す。兄さんと姉さんは互いに譲らない戦いを続けている。一定の距離を出方を疑いながら技や魔法を放っている。特に姉さんの方は兄さんの間合いに絶対に入ろうとしてない徹底ぶりだ。

 

 

「うーん。師匠が『焔天之王』を使えないから間合い管理が徹底してるね。近づこうとしたら容赦なく魔法を飛ばしてるし。ちょっとルミナスさんの方が有利かな。月も綺麗だから」

「そっか。今日は満月だし、夜だから『焔天之王』の加護が使えない。そうなると……」

 

 

 『武神之王』かいまだに見たことがない3つ目。もしくは妖の力だろうか?でも遺跡の試練を突破して血が完全に一つになったって言ってたし。

 

 

「ん…どうやら覗き見している奴がいるな」

「ふふ……だからどうした?ふっ!」

「おっと!?」

 

 

 姉さんの突きを交わしながら斬撃を放つ兄さん。どうやら私達が見ている事に気が付いた様子だが、気にすることなく姉さんと剣を交える。

 

 

「凄い読み合いだね。お互いの事を知り尽くしているからかな?最初はルミナスさんの間合い管理が徹底しているだけだと思ってたけど」

「視線。息遣い。体の重心。そして初動から相手がどう動くか読んで、その上相手の読みの裏を突く」

「後は計算かな?ルミナスさん得意だし」

 

 

 計算…ユニさんもその系統が得意って言ってたかな。魔法の威力や範囲。特定の状況に陥った際に瞬時に最適解を導き出す。そうでもしないと時間停止空間で動けないって言ってたかな。そもそも時間が停止する事なんて起こりえなさそうだけど。

 

 

「これはどうじゃ?」

「っ!?」

 

 

 兄さんの周囲に4つの魔法陣が現れ、強烈な光弾が放たれる。無論兄さんは回避するが魔法陣が後を追尾して逃がさず、姉さんが魔法陣を操作して誘導している。その誘導先は当然姉さんの目の前だ。

 

 

崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)!!」

 

 

 姉さんの刀から強烈な一撃が放たれる。今まで見た崩魔霊子斬(メルトスラッシュ)とはけた違いの威力だ。

 

 

「や、やば。距離取るよホノカ」

「う、うん!」

 

 

 急いで距離を取るとほぼ同時に、強烈な気配に襲われ私達は止まってしまう。気配の正体を確認するべく振り返る。気配の正体は兄さんで、漆黒の妖気を纏い、正宗が漆黒に染まり上がっていた。

 

 

「魔法陣諸共斬り伏せる!≪黒陽≫」

 

 

 その場で回転斬りを放ちながら斬撃を放つ。斬撃は魔法陣を侵食して砕き、姉さんの一撃を簡単に弾き飛ばす。これには私も含め驚きを隠せない。特に姉さんは大きく目を見開いていた。

 

 

「くぅ…」

「勝負あり…かな?」

 

 

 そのまま正宗の先を左胸に近づける。姉さんは悔しそうに刀を鞘に納めてゆっくりと地上に降りる。私達も気付かれないように立ち去ろうとしたけど、兄の目から逃れられる筈も無く、私とランは捕まって連行されてしまった。

 連行された先では姉さんが岩に座ってとても悔しそうな顔を浮かべている。確かにいい所まで行ったのに巻き返されたら悔しいだろう。

 

 

「はぁ…あそこまで準備して一本取れぬとは。改めて≪太陽の騎士≫の脅威が良く分かった。そしてホノカ達が強い訳も」

「私なんてまだまだですよ姉さん。ランだって」

「少なくとも勇者時代のあ奴よりは腕が立つ。あの頃のあ奴は色々と抱えて負ったからの」

(そうか。その頃から……)

 

 

 その頃から体の異変があったのか。兄さんはあまり話さないし、陛下は『胃に穴が開くから嫌』と言うし、ベルさんは遠くを見ながら『あの時は楽しかったですね』と思い出に浸る。ロイさん達に聞いても同じことしか言わない。

 

 

「あの…勇者時代の兄さんってどんな人でした?無口で色んな事に首を突っ込んでましたか?」

「ん?そんなことは無かったの。少なくとも妾の言う事は最低限聞いていたし。旅の道中の事は小僧が度々胃を壊してベルが笑顔でキレていたぐらいかの」

「誰のせいだろう…」

 

 

 旅を始めた時は陛下と一緒で次に加わったのがエリンさんだったかな。あの人はまだ子供で、王国に預けるまで期間限定だったって聞いている。

 

 

「そんなに知りたければ本人に聞けばよかろう」

「聞いても答えてくれません。皆嫌がって話さなくて」

「ふふ……逆を言えば自分達だけの思い出にしたいのじゃろう。気が向けば話してくれる」

「話してくれるかな…」

 

 

 きっと話してくれないだろうと思っていると、いきなりゲートが開きユニさんが姿を現す。何か問題が発生したのかと心配して聞くと、ユニさんは『暇だから私も来た』と答える。

 

 

「仕事は良いのか?月末じゃろう」

「問題ない。来月の計画含めて纏め済み。来月の司会は私だからね。政治事も大丈夫。何か面倒な奴が小国にちょっかいかけてるみたいだけど」

「ちょっかいって……」

 

 

 思い当たるのは1人しかいない。でもユニさんの目やランの警備体制は完璧だし、内部に関してはシンの自警団があるから簡単にはヤサは作れない。そもそも入国するのに手形がいるから入れないけど。

 

 

「どうやって仕掛けて来ますか?」

「んー。色々と考えているけど、戦力が分からないからね。普通ならジワジワ攻めて来るかいきなり頭を取りに来る。その二つでは無いから余計に読みにくい。夜薔薇宮やサリオンにも同じちょっかいがあるなら分かるけど」

「ふむ。その辺りは聞かぬの。加えてサリオンはまだ開国しておらぬし、国交もまだじゃろ。陸路の整備もまだしておらぬし」

「基本は転移で行き来してますからね。物流の経路等は開国してからって話ですし」

 

 

 サリオンとはシルビア様の国の名前。(と言っても正式名を発表するのは開国してからとか)。私はまだ言った事がないけど、エリンが『とても綺麗で素晴らしい国です』と言っていた。開国記念祭とかも開くって言ってたから私達も日替わりで行けるかもしれない。

 

 

「ただでさえ魔獣がまだまだ沢山いて大変なのに、他の勢力からの横槍にも備えないといけないなんて」

「それだけルベリオスが発展している証だね。ソフィやザイファの技術は少しずつ普及させて、一気に発展させないように調整してるけど。これでホムラと陛下にとって試験段階(・・・・)っておかしいでしょ」

 

 

 『はぁ…』と小さく溜息を吐くユニさん。この溜息はいい意味での溜息だろう。きっと兄さんに与えられた仕事を含めてやりがいがあるのだろう。それは私も同じだ。

 

 

「でも問題があるんだよね」

「問題ですか?」

「そ。ホムラの跡継ぎ。時代の流れに沿って次の世代に託していかないといけない。≪剣星≫の皆や私達は老いぬ肉体を持っているけど、ずっと私達が中心にいる訳に行かない。セーラが継ぐと同時にホムラ達も次に託さないとね」

「それはそうですけど……」

 

 

 流石にまだまだ早いと思う。せめてあと1000年位は前線で働きたいし。でも兄さんの跡継ぎは少し賛成。あの人は大将だからも後方に控えて貰わないと。

 

 

「……ユニよ。さり気無く妾の心を抉らないでくれるか?」

「心って…あ。それはごめん」

 

 

 ルミナスさんの頭に抱き着くユニさん。その理由は言わない方が良いだろう。でも2人にはエリンが居るし、何より2人が幸せならいいと思う。

 

 

「おや?ユニも来たのか?」

「ん。仕事が落ち着いたからね。後報告多数あって」

 

 

 ユニさんは兄さんの肩に座って小さな声で何かを言う。聞いた兄さんは『はぁ…』とため息をついた。その事を心配したのかランが『戻った方が良いかな?』と尋ねる。

 

 

「その必要はないだろ。どこかで俺が正体隠してお茶会に参加して裏を取ればいいだけ」

「堂々行けばいいのに…という訳にもいかないか。あくまでも魔王のお茶会だし」

「そう言う事。まぁルミナスが行くって言うならだけど」

「絶対に行かぬ。行くぐらいならセーラと遊んでいた方が楽しい」

「そうだよな……」

 

 

 姉さんの隣に座って頭を優しく撫でる兄さん。少しユニさんがムッとするが直ぐに何時もの表情に戻って腕を組む。

 

 

「どうするかは置いておいて、例の新入りはあまりいい話は聞かないね。ラミリスも随分荒れてたし」

「そうなのか?先日会ったがそんな事無かったけど」

「そっか…って何でラミリスはここに居たんだろう?それにホムラ達も随分滞在してるね?」

「あぁ。取り合えずランが一歩先に進むまでは。あとミリムが頼みあるって言われて」

「へぇ…」

 

 

 興味深そうな表情を浮かべながらランの元に向かうユニさん。彼女の肩に座って話し始める。それを見ていた兄さんは姉さんを抱き寄せて嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

「本当にユニはよくやってくれている。俺の相棒だけではなく光の精霊としての役目まで果たしてくれて」

「勇者を導くのが光の精霊の役目じゃからの。ホノカもたまには相談してみると良い」

「そうですね。あの人の魔法含めて1つ手合わせ願うのもいいかも知れません」

「それが良い。俺もたまには相手してやらんとな。今度一緒に街でも見て周るか。いい気分転換になるだろ」

「ふむデートか。その時は妾も一緒に行かせてもらおう」

 

 

 とても怖く冷たい笑みを兄さんに向ける。その笑みだけで周囲の空気が凍るわけだが、慣れている私達は大して気にしない。姉さんとユニさんによる兄の取り合い何て何時もの事だから。

 

 

「そうだな。その時はルミナスも一緒にーーーん?」

「おや?この気配は…」

「む。まさかーーー」

 

 

 急接近してくる気配の方を見ると同時に、何かが兄さんに抱き着いて勢いよく吹き飛んでいく。飛んでいった先には兄に抱き着いて何かを言いながらポカポカと胸を叩いているミリムさんの姿があった。

 

 

「ワタシに黙って何を話しているのだ!ズルいぞ!」

「痛い!痛いってミリム!」

 

 

 どうやら私達が話をしているのを見て飛んできた様だ。多分さっきのやり取りも見ていたのだろう。直ぐに飛んでこなかった所を見るとかなり我慢したのが分かる。分かるけど…流石に飛びつくのはマズイと思う。

 

 

「おいミリム。誰に抱き着いておるか?」

「ねぇミリム。いきなりそんなことをして許されると思っているのかな?」

 

 

 そう。姉さんとユニさんが黙っていない。姉さんはミリムさんの首根っこを掴んで兄さんから離し、いつも以上に恐ろしい笑みを浮かべながら顔を近づける。

 

 

「お主とホムラが友達なのは構わぬ。いい兄貴分だからの。しかお互い魔王である事には変わらぬ。ちょっとしたじゃれ合いで周囲に大きな被害が出る事も考えんか」

「加えて元に戻すのって民の皆だよね?どれだけ時間が掛かると思う?」

「そ、それは……」

(うわぁ……)

 

 

 詰め寄られて言い返せないミリムさん。いつも見る自信満々なあの態度もこの2人の前では無力だ。この2人の前で余裕を保てる人物はこの世界にいるのだろうか。

 

 

「まぁ2人共、除け者にしていたのは事実だし、多少は大目に見よう。そろそろミリムの頼みを聞かねぇとな」

「む。そう言えば言っておったの。妾がいると都合がいいとも」

「そ、そうなのだ。ホムラとバレンタインにしか頼めないことでな。詳しい話は明日するから時間を作って欲しい」

 

 

 両手を合わせて頼むミリムさん。何だろう…普段のミリムさんからは想像できない姿だ。それほど重要な事だろうか?

 

 

「…了解。明日だな。そうなると修業は休みにしよう。体を休めてくれラン」

「了解師匠。ホノカやアルビオンさんと都で遊んでるよ」

「助かる。んじゃ今日はお開きにするか」

「そうじゃの。今日は付かれたしぐっすり眠れそうじゃ。行くぞホムラ」

 

 

 兄さんの腕を引っ張っていく姉さん。私達も後を追って竜の都へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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新たな家族

 ルミナスと手合わせした次の日。ミリムとの約束通りに時間を作ったのだが、肝心のミリムはまだ来ておらず、ルミナスも準備中。なので一足先に宮殿へと来ていた。

 

 

「しかしミリムの頼みってなんだろうね?加えてルミナスが居た方が良い理由も分からん」

 

 

 ミリムの事だから無茶ぶりでも言ってくるのだろうか?都で大きな問題が起きたとも聞いていないし、竜と人間の仲も良好。竜人と言う種族も生まれたって聞いた。特に気になる点は…ちょっと待てよ。そう言えば竜って縄張り意識強かったよな…。いや、アルビオンが異様に意識高いだけかもしれん。

 

 

(いや、その事と今の俺の考えが繋がるとは限らないか。考え過ぎだなきっと)

 

 

 うんうんと何度が頷いて一先ずそれは置いておこう。きっとミリムの事を称えまくる民達をどうすればいいか分からない事の相談だろう。それならルミナスが居た方が良い理由にも納得がいく

 

 

「待たせたのホムラ。ちと時間が掛かってしまった」

「別にいいさ…っと。今日もドレスじゃないのか?」

 

 

 あれこれと一人で考えを巡らせていると、ルミナスが宮殿へとやって来た。普段のドレスではなくセーターと黒いスカート姿のルミナス。彼女のあまり見なれない服装に少しドキッとしてしまう。それに気づいた様子のルミナスが、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

「この手の服装も好みか。ならほど…今度は着物でも来てみるかの」

「着物か。浴衣とはまた趣が違うからちょっと気になるかも」

「ふふ……。期待しておれ」

 

 

 どんな着物を着るのか今から楽しみだ。ルミナスの色を考えると自然と黒と模様は薔薇かな?仕立て次第だけど、ルミナスの事だからかなり気合を入れそうだ。

 

 

「しかしあ奴はまだ来ておらぬのか?妾達を待たせおって」

「まぁまぁ。言っている間に…っと来たぞ」

 

 

 ルミナス不満を諌めていれば、駆け足でやってきたミリム。『遅れて済まない』と謝る彼女に俺は『別に構わない』と苦笑しながら告げる。ミリムに『ついて来て欲しい』と言われた俺達は彼女の後を追い空へ向かった。都より少し西へと向かうその道中で、なにやら妙な気配を感じ取れた。

 

 

「おや?こいつはもしや…呪詛か?加えて腐敗のような感覚もするぞ」

「うむ。まさしくそれら(呪詛)に侵された場所こそが今回の目的だ。見えて来たぞ」

 

 

 ミリムにつられて目を向けた俺は、その光景(・・・)に言葉を失った。そこには広大な平原があるだけで他には一切何も無い。加えて強烈な呪詛の類を感じるし、生えている草木も腐っている。こんなことを出来る奴は1人しか思い浮かばないが、ミリムの支配圏でこんなことをしないだろう。

 

 

「酷いの。何をすればこうなるのか」

「あぁ。余程大きな力が無ければ不可能だ。一体何があった?」

「話せば長くなるのだが、その…ある人と竜王の間に生まれた子が原因で」

「子供の仕業か。その子は?」

「……」

 

 

 俺の問いかけに口を塞ぐミリム。あまり詮索はしない方が良いようだ。ともあれこの地をこのままにするわけにはいかない。少しずつ周囲に広がっているし、とっとと浄化してしまおう。

 

 

「それじゃあ終わらせるか。浄化すればいいかミリム?」

「うん。済まないが頼む」

「了解」

 

 

 ミリムの了承を得て、俺は両手に光を集めて浄化の力を広範囲に展開する。あくまでも呪詛に侵された土地の広さに合わせたものだ。後は時間が解決してくれるだろう。問題は……これだけの事をしでかした存在の方だな。

 

 

「さて…その子はどうした?」

「その子は……。その……」

「素直に話せ。君では解決できないから俺やルミナスに頼みたいんだろ?」

「怒らぬし出来る限り力になるから言うがよい」

 

 

 言いよどむミリムに焦れたルミナスが諭すように追い打ちをかけると、彼女は漸く観念して語りだした。

 

 

「その子はまだ幼い子供で、産まれてまだ一年程しか経っていない。そしてこの地が呪詛に侵されたのも一年前だ」

「「……」」

 

 

 ミリムから告げられた内容に流石の俺達も驚きを隠せない。これを生まれたばかりの赤子がやったというのか。正直耳を疑う話だが、嘘を付けないミリムが言うのなら本当だろう。

 

 

「で…その子にはもう呪いの類の力はないのだが……」

「それでも竜王と人の子なら潜在能力がヤバいだろ。誰かがきちんと育てないと」

「ホムラの言う通りじゃの。きちんと面倒を見るべきじゃ」

「……その事なのだが」

(おい。やな予感するんだけど)

(安心しろ妾もだ)

 

 

 二人揃っての嫌な予感。こういう時の的中率ほぼ確実だ。しかも今回内容は安易に予想出来るものだ。

 

 

「その子を引き取って欲しいのだッ!ワタシが育てようと思ったが全く上手くいかない。抱っこしたら泣かれるしッッ!近づくだけでも大泣き。誰にも懐いてくれなくて大変なのだぁっ!!」

「じゃあ誰が世話を…ってあの神官か。民の皆に言えばいだろ」

「言ったが『たとえミリム様の御頼みでも聞けません』って言われてしまった…」

「…まぁそうなるよな。どうする?」

「……」

「ルミナス?」

 

 

 ルミナスは顎に手を置いて真剣に考えているようだ。俺は引き取っても別に構わないが、ルミナスの方は難しいのかもしれない。ギュンダー達とも話しをしないといけないだろうし。

 

 

「済まないミリム。別の誰かを頼って欲しい。俺はともかくルミナスは難しい…よな?」

「ん?妾は構わぬ。家族が増えるのは嬉しいからの」

「という訳だから……え?いいのか?」

 

 

 予想外の返答に呆気に取られてしまう。確かに家族が増えるのは嬉しい事だが、ギュンダー達にどう説明するのだろう?まぁ政治事はギュンダーに任せてあるし、『ルミナスが決めた事は絶対』みたいな感じだし。

 

 

「当然じゃ。それにいい刺激が欲しいと思って居た所。加えて…子育てもしてみたい。エリンは殆どお主らで育てたじゃろ?」

「そうだけど……。まぁルミナスが言うならいいだろう」

「ありがとうホムラ。ではその子に会いに行くとしよう」

「案内頼むぞミリム」

「任せるのだ!」

 

 

 色好い返答をきけて上機嫌なミリムの後を付いて都へと戻る俺達。そのままある一室の前まで来るのだが、そこでミリムは立ち止まると部屋に指をさす。

 

 

「どうした?さっさと入れよミリム」

「い、嫌泣かれるし…」

「妾達が居るから大丈夫じゃ」

 

 

 ルミナスがミリムの背中を押して堂々と部屋に入る。俺も後に続いて暫く進むと小さな寝床が現れた。その寝床の上では、ミリムが話していた竜人と思わしき赤子がスヤスヤと寝息を立てていて、ミリムが近くにいるのに起きる気配が全くない。

 

 

「ほれ見ろ。起きぬし泣かぬじゃろ」

「何で…?」

(当然だろ。ミリムの気配を俺達の気配で上手く誤魔化してるからな)

 

 

 ここは技量と経験差だろうが、今それより寝ている赤子の方だろう。産まれて1年、セーラと同い年か。性別も女の子みたいだし、俺とアレクみたいに仲良くなってくれるといいけど。

 

 

「所で名前は付けているのかミリム?」

「まだつけてない」

「では良い名を妾達で考えるとしよう。どうするホムラ?性はお主でよいな?」

「いいぞ。折角だし素敵な名前が良いな」

 

 

 いい名前か…そう言えば名付けをするのはアルビオン以来か。竜と人の子…思い浮かぶのは某騎士王だが、女の子に付ける訳には行かないだろう。何かこの言葉だけは入れるとか決めれば考えやすいと思っていた時だった。

 

 

「アイカ…とういうのはどうじゃ?確かお主の故郷にいい文字があったの」

「それなら(あい)(はな)と書いて『愛華(アイカ)』でどうだ?」

「うむ。よい文字じゃ!。お主達の文化を学んでおいて正解じゃったの。では…頼んでも良いか?」

「了解。それじゃ…」

 

 

 赤子の前に立ち、『君の名前はアイカ』と呼ぶと、ごそっと魔素が抜けて赤子に吸収される。全身が一瞬淡く光るが、その際にこの子の凄まじい潜在能力を感じ取る。色んな意味で楽しみな子だな。

 

 

「良い名を貰ったの。今日から妾やホムラ、素敵な兄達が傍に居るからの」

 

 

 アイカを優しく抱っこするルミナス。その姿は母そのもので、思わず見惚れてしまった。しかし…辺り一面を呪う程の力か。どっちの親から譲り受けたか分からないが気になるな。今はもうその力はないようだが。

 

 

「ねぇホムラ。君の魔素が一気に減ったけど…ってぇ!?どうしたのその子!?」

「竜人の赤子ですか?」

「おぅ。ユニにアルビオンか」

 

 

 俺の身を案じたのか急いでやって来た様子二人は、ルミナスが抱っこしている子を見るやいなや直ぐに側に駆け寄る。興味深そうにアイカの顔を覗き込み、起こさないように頭や頬に触れている。

 

 

「で?どういう状況?」

「まぁ気になるよな。実はな」

 

 

 一通りの事情を説明し終えると、二人はは少し困惑した顔を浮かべるものの、ユニがすぐに何時も通りの表情に戻り『これから楽がしみだね』と微笑えんでいた

 

 

「折角だしホムラの跡継ぎとしてビシバシ皆で鍛えよう。良いよねルミナス?」

「その時が来たら構わぬが、程々にの」

「分かってる。それじゃあ皆に伝える」

 

 

 ユニが思念伝達で皆に伝えると、都に居たホノカとランは直ぐに来て、アイカの寝顔を見ると『めっちゃ可愛い!』と口をそろえて言う。どうやらあの子は既に彼女達のアイドルのポジションになったようだ。

 

 

「やれやれ…起こさないようにな。それとミリム。たまには顔を見せてやれ」

「うむ。時間があれば必ず遊びに行くのだ」

「ん。じゃあランとホノカ。俺は一旦戻って改めて皆に説明するから精々励め。覚醒まで行かなくてもいいから一皮むけろ」

「了解師匠」

「うん。戻った時を楽しみにしてて」

 

 

 元気よく返事を返すホノカとランだが、直ぐにアイカに視線を戻す。やや心配だがいいだろう。改めてミリムに二人を任せ、ルベリオスへと戻った。

 




次話から新章です。


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魔王の娘と仲間達
次を担う2人


今回から新章です。アイカを中心に主にフレアの仲間が主体となります。某ドラゴンも出てきます。


ー起きて。朝だよアイカ。

 

 

 

 ゆさゆさと体を揺すられながら頭に声が響く。それと同時に強烈な朝日が襲ってきて、私を起こそうとしてくる。なので布団の中に隠れようとすると、ふさふさした何かが布団を剥がして鼻をくすぐってくる。

 

 

『起きてアイカ。今日から学校でしょ?入学式に遅れたらホムラ様に怒られる』

「…それはやだ」

 

 

 パパに怒られるのは勘弁だ。ママも怖いけどパパはもっと怖い。だけど一番怖いのはユニ姉だ。あの人はちょっとでも手を抜いたら雷を落としてくる。

 

 

「起きるよハク…ちょっと待って」

 

 

 ゆっくりと体を起こして目を擦る。大きく体を伸ばして、ベットから降りカーテンを開ける。いそいそと寝巻から制服に着替えて鏡の前に立つ。服は乱れていないか、髪は寝癖が無いか。身だしなみを確認する。

 

 

「ん…大丈夫。起こしてくれてありがとうハク」

『いつもの事だから。それとこれも』

 

 

 尻尾を器用に扱って全身を覆えるほどのマントを肩に乗せてくれる。これで準備完了だ。部屋を出て一階のリビングに向かう、扉を開けると同時にパパが声をかけてくる。

 

 

「おはようアイカ。起きれたようで何より…と言いたいが、出来る限り自分の力で起きるように」

「分かってるよパパ」

 

 

 早速小言を言われるが、事実なので軽く流してパパの向かいに座って朝食を食べ始める。一緒に来ていたハクはパパの肩に座って尻尾で頬を撫でていた。食べながらその様を眺めていると、視線に気づいたのかパパが聞いてくる。

 

 

「そう言えば今年の首席はセーラだって?」

「ん。実技と学科の合計1000点満点中、セーラが学科の方で満点取ってね。私は実技で満点だけど学科が少し低かった。というかユニ姉も言ってたよ、今年の試験は難しかったって」

「ユニが言うなら事実だろうな。しかし…よもや士官学院を選ぶとは」

「悪かったね。でも魔法や農業。経済より軍事の方が向いてるし」

 

 

 私が入学したのは士官学院。他にも農業等いろんな分野に特化した学校があるのだが、私は一番過酷な学院を選んだ。その理由は勿論父の背中を追いこすためだ。

 

 

「ふぅ…ご馳走様でした。メイドさんにありがとうって伝えて置いて」

「了解だ」

 

 

 父は立ち上がってお皿を持って台所に。水に付けてから戻ってくると、小さな箱を渡してくる。

 

 

「入学祝。俺とママから」

「…!ありがとう」

 

 

 箱を受け取って空ける。中に入っていたのは薔薇のピアス。穴を空けるタイプではなく耳朶に挟むタイプだ。これなら穴を空けた後に間違って治癒魔法をかけて穴を塞いで、もう一度穴を空ける凡ミスをしなくてすむ。

 

 

「付けてくれるパパ?」

「いいよ。おいで」

 

 

 パパの前に立ち箱を渡す。受け取ったパパはピアスを取り出して私の両耳に付け、外れないのを確認してから私の頭を撫でてくれる。

 

 

「いい感じ。ママにもお礼を言う事」

「うん。それとパパ。少ししゃがんで」

「…?いいけど…」

 

 

 首を傾げ乍らパパはしゃがみ、私と目線が合う。そして隙だらけのパパの右頬に軽くキスをした。ママが良くする不意打ちだ。

 

 

「こら。そういうのはボーイフレンドにするんだ」

「うーん…ママがいるから一生無理そうだけど」

「それはないだろ……」

 

 

 苦笑いを浮かべるパパだが、ママは厳しい反面過保護な部分がある。もしボーイフレンドが出来たなんて知ったら、色んな意味でいい笑顔を浮かべてその子の所に行きそうだ。

 

 

「っと。そろそろ時間だから行っておいで。初日は入学式と軽いオリエンテーリングだから昼には終わる。遅くならないように」

「分かってる。セーラに捕まらないように気を付けるよ」

「そうだな。行ってらっしゃい」

「ん。行ってきます」

 

 

 もう一度パパの頬にキスをしてから荷物を持って玄関に向かい、壁に立てかけてあった特殊な黒い焔が灯ったランタンをベルトに引っ掛ける。このランタンは私のユニークスキルに関係しているので外出する時は身に着けている。

 

 

「よし行こう」

 

 

 玄関を開けて屋敷を出て、庭を暫く直進すると大きな門が現れる。扉を開けてそのまま学院がある方向へと歩いていくと、同じ制服を着た生徒が沢山見えてくる。視界に映っただけで150人ぐらいかな?

 

 

「今年は多いみたいだね。友達出来るといいけど…と。見えてきた」

 

 

 大きな建物…私が通う学院が見えてくる。幾人かの教官と思わしき人が生徒達の道案内をしていた。私は事前に情報として知っていたので迷うことなく門を潜ろうとした時。背後から透き通った声に呼ばれた。

 

 

「おはようアイカ」

「…セーラ?」

 

 

 声の正体はアレクおじ様とマリンおば様の可愛い娘であるセーラ。子供の頃からずっと一緒にいる幼馴染だ。

 

 

「おはよう姫。1人?」

「えぇ。護衛は必要ないと言いました。もしもの事があってもアイカがいるから大丈夫と」

「そうだね。パパがおじ様を守っているみたいに、私が近くにいる時は守るよ」

「ありがとう。行こうアイカ」

 

 

 私の手を引っ張り学院内へと入るセーラ。こけないように付いて行きながら周囲を警戒。いつもの護衛が居ない以上私が軽く目を光らせる必要がある。ただ、セーラが軽く変装しているお陰か周囲の生徒に気付かれた様子はない。教官には気付かれているみたいだけど。

 ともあれ目立たないのはいい事だろう。私も目立つわけにはいかないし、出来る事なら平穏に学院生活を送りたい所だ。

 

 

「あ。掲示板があったわ。私は…Ⅵ組ね」

「私は…あ。姫と同じクラスだ」

「あら嬉しい」

 

 

 嬉しそうに笑うセーラ。彼女の笑みは宝石のように輝いており、見た物全てを虜にする。加えて彼女のこの笑顔を見たいが為だけに、色んな小国の皇子と縁談が尽きないらしい。幼馴染としては色々と複雑だけど。

 

 

「さぁホールに行くわよ」

「分かったから引っ張らないで」

 

 

 再び手を引っ張られながら入学式が行われるホールに入り適当な椅子に座る。やっと落ち着ける…と思っていると、セーラが私のピアスに気付き興味深そうに聞いてくる。

 

 

「誰から貰ったの?」

「パパとママから入学祝」

「素敵ね。お礼はした?」

「うん。ママが良くやる不意打ち」

「相変らずファザコンね……」

 

 

 私の答えにやや引くセーラ。ファザコンとか言うなんて失礼な姫。わたしはただパパの事が大好きなだけだ!ホノカおば様に比べたら全ッ然マシだと思う。あの人は本当におかしい。隙あらばパパの書斎に居るし!『魔王フレアは皆の物』とは言っても限度があるでしょ!限度が!

 

 

「別にファザコンじゃない。セーラだっておじ様好きでしょ?」

「お父様は大っ嫌いかしら?仕事ばっかりして娘の相手を全くしないから。最後に会ったのも2か月程前よ」

「多忙だから仕方ないでしょ。私だって下手したら半年は会えないし。朝起きて家にいる方がレア」

 

 

 なので今日の朝会えたのはとても珍しい事。次はいつ会えるのだろうか。たまには休みを取って欲しい所。仕事ばかりしてたらママに絞られるから。

 

 

「そうだ。得物はどうする?決めた?」

「えぇ。入学式が終わり次第ソフィ様の所に取りに行きますわ。その後に動作確認よ」

「…そっか。なら修練場で待ってるよ。暇だしね」

「助かるわ。空いてるかの確認は任せる」

 

 

 『了解』と返事すると、舞台に学院長が上がり挨拶が始まる、私は軽く聞き流す。あまり重要な話は無く、ただの歓迎だったから。

 学院長の挨拶が終わると、私達は教室へと向かってオリエンテーリングを開始する。一体何をするかと思いきやただの自己紹介。最初は担当教官が自己紹介して、それから出席番号順に自己紹介をしていき、セーラの番で大きな騒ぎとなるが、『あくまでも一生徒なので対等にお願いしますね』と笑顔で言い、クラス全員を虜にした。

 

 

(ファンクラブとか出来そうだね)

「では次の人」

(っと。私の番か)

 

 

 順番が来たので名前を言う。目立ちたくないのでただ『よろしく』と言って席に座ると、セーラが不満そうな視線を向けてくる。

 

 

『もっと愛想よくしたらどう?』

『余計なお世話』

 

 

 思念伝達で言ってきたので言い返す。生憎と私は君のようにカリスマ性は全くと言ってないんだ。大人の女としての魅力も無いし、宝石のような笑顔も無いし。

 

 

「これで全員ね。では学級の代表を2人決めましょう。政や行事などの進行や細かい決めごとをしてもらいます。誰かやりたい人」

 

 

 教官が私達に聞いてくるが誰も手を上げない。妥当な所だろうね。いきなり言われてもどんな行事などがあるから分からないから上手くいかない可能性もある。しかも皆の事も分からないし。

 

 

「はい!私とアイカがやりますっ!」

「なッッ!?」

 

 

 何て決意を密かに固めていた私の側で、とんでもない事を言い出すセーラ。周りの状況を見てあの子が立候補するとは思っていたが、私を巻き沿いにするとは予想外だ。というか私は絶対にやらないからな!

 

 

「えっとアイカさん?」

「やりません。1人でやらせてください」

「なんでよ。どのみち誰も手を上げないわ」

「……」

 

 

 この吸血鬼分かってて指名したな!こういう所はどっちに似たんだろうね!?マリンおば様はとても良い人で優しい人。少なくとも巻き込んだりはしない。という事は…父親の方か。

 

 

「……分かった。やればいいんでしょ(どのみちあの暴走列車を止めれるのは私しかいないし)」

「ありがとうアイカ。では教官さん。私とアイカでお願いします。精一杯頑張るので」

「分かりました姫。ではⅥ組の代表はアイカさんとセーラ姫に。詳しい業務については負って通達します」

「分かりましたわ」

「……(はぁ…平穏な学生生活が……)」

 

 

 決まった以上は仕方ないし、セーラの傍に居れるのは好都合だろう。一応帰ったらパパに相談しておこう。その前に考えも纏めておかないと。

 

 

「では今日はここまで。来週から楽しい学生生活を送りましょう」

 

 

 教官が手を叩いてからの号令を合図に解散となる。クラスメイトは一斉に教室を出ていき、セーラもソフィ姉の元に向かうのを見届けてから私は一番最後に出て宮殿に向かう。宮殿内にある修練場の前まで来たのだが、扉の向こうから2つの気配を感じる。

 

 

「これは…シン兄とラン姉?何してるんだろう?」

 

 

 気付かれないように扉を開けると、修練場の中心で殺気立った大好きな姉と兄が向かい合っていた。互いの米神に青筋を立てている所を見ると何かあったね。

 

 

「今日という今日は許さねぇぞ石頭」

「それはこっちのセリフだから脳筋」

(あー……これはダメだ)

 

 

 暫く放置が安全だ。なので私は近くのベンチに座って紅茶を飲みながら2人の戦いを観戦するのだった。

 



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魔法武具

「喰らえ石頭ッ!」

「吹き飛べ脳筋ッ!」

 

 

 シン兄の右ストレートとラン姉の聖剣がぶつかり、凄まじいエネルギーと衝撃波が発生する。それだけで周囲を消し飛ばしそうだが、この修練場はかなり特殊な作りになっているので早々壊れない。もし壊れたら自分たちで修繕しないといけない。なのである程度は抑えないといけないけど……。

 

 

「メルトスラァッッシュ!」

「ライトニンゼロッッ!」

(ここ持つかなぁ……)

 

 

 2人よりこの場所を心配していると、ラン姉が前方広範囲に斬撃を放ち、シン兄は上空に回避。しかしそれを読んでいたラン姉が先回りして聖剣に強烈なエネルギーを集約する。

 

 

「ちょいちょいちょい!?」

 

 

 顔を真っ青にするシン兄だけど、ラン姉はいい笑顔で聖剣を振り下ろしてエネルギーを解放。シン兄は成すすべなくエネルギーに飲み込まれて、凄まじい断末魔を上げる。『えげつな……』と思っていると、まる焦げになったシン兄が姿を現し、その前にラン姉が降り、くるっと回ってから私にVサインを向けてくる。

 

 

「ボクの勝ちぃっ!」

「そうだね……」

 

 

 無邪気な笑顔を浮かべるラン姉。流石にシン兄が心配なので彼の元に向かい頬を突く。帰って来たのは『おのれ石頭……』と、捨て台詞だった。それを言ってからシン兄は気絶したのだが、シン兄は決して弱くない。だって私でも勝てるか分からないし、そもそも武術の師匠だからね。

 

 

「所でアイカはどうしてここにいるの?」

「セーラの得物の試し。そろそろ…っと来た」

 

 

 大きな音と同時に扉が開いて大きな杖を持ったセーラが入ってくる。杖の形状を見て少し嫌な予感がしたのだが、セーラはシン兄を見て血相を変えがら近づく。

 

 

「シ、シン様!?一体何が!?」

「あー放って置いてセーラ。自業自得」

「は、はぁ……(まさか何時もの喧嘩……)」

「その通り。さ、次は私達」

 

 

 修練場の中心に建って愛刀『灰塵』を取り出す。セーラも私の向かいに立って杖を構える。杖の先が花弁のような複雑な機構になっていて、何が仕込んでいるのか分からない。その方が個人的には楽しいけど。

 

 

「では行きますわよアイカ!」

「ん……軽く捻ってあげる」

 

 

 灰塵を抜刀。黒い刀身と紫の刃が姿を現した。対するセーラは魔素を杖に流すと、杖の花弁が淡く光る。その現象を見てソフィ姉とお姉ちゃんが開発している″ある物″を思い出した。

 

 

(魔法武具。および魔法道具だったかな。魔法を使えない人や、魔素の制御が苦手な人に向けた物。あとは家具の類だね)

「同調完了。後は魔法を撃ってみないと」

(絶対セーラには不要だと思うけど……)

 

 

 これも自分の身を護るためか。セーラもおば様に大分鍛えられてるって話だし。加えて吸血鬼と人間のハーフだから、両方の性質がある事を視野に入れないと。

 

 

「準備良さそうだね。ボクが立ち会うから思いっきりやってね」

「了解。遠慮はしないから」

「えぇ。手加減は無しですわ」

 

 

 闘気を練り上げる。それに対応するようにセーラの魔素も上がっていく。それを見て『一筋縄ではいかないか……』と警戒を高めると同時に、ラン姉が手を上げる。

 

 

「始め!」

「っ!先手必勝ですわ!」

 

 

 杖をこちらに向けて正面に魔法陣を展開するセーラ。それとほぼ同時に魔法陣から強烈な光が放たれた。

 

 

「エターナルレイか!」

 

 

 アレはユニ姉の魔法の簡易版。速射に長けている分威力は低い。だからと言って正面から受ける訳には行かないので右に回避したが、それを読んでいたセーラが先回りしていた。

 

 

 

「次はこれよ!」

「風…?」

 

 

 旋風が私の周囲を覆い逃げ場を無くす。ならば『斬り伏せるまで』と刀に闘気を纏わせると、足元に魔法陣が展開され、鎖のような物も現れる。

 

 

「これはーーー」

霊子崩壊(ディスインテグレーション)!」

 

 

 成程うまいな。旋風で逃げ場を無くした上での大技。確実に当てるにはいい手だろう。初見なら(・・・・)防ぐ手段はないし防御に回る余裕が無い。しかし相手が悪かったねセーラ。私は子供の頃からスキルの制御を間違える度に、ママにお仕置き(英才教育)として受けて来たら対処法は分かる!

 

 

「霊子破壊!」

 

 

 刀に霊子を纏って振り下ろして正面から霊子崩壊を壊す。その余波で覆っていた旋風が消し飛び、大きなクレータが出来てしまう。

 

 

「う、嘘…そうして防げるのよ?」

「お仕置き…じゃなくて教育の賜物かな?それより隙だらけ!」

 

 

 セーラとの間合いを一気に詰めながら刀に炎を纏い振り下ろすが、その一撃は結界によって防がれた。

 

 

「!?」

「え……って。忘れてた!」

 

 

 何かを思い出すセーラ。よく見ると杖の花弁の部分が光っており、そこを中心に結界が展開されていた。もしかして…と思い乍らも、もう一度刀を振り下ろして結界を粉砕してから杖を弾き飛ばす。

 

 

「あっ!」

 

 

 杖が飛んでいった先に視界を移すセーラの首に刀を向ける。そこでラン姉の手が上がり、手合わせは私の勝ち。軽くガッツポーズをしていると、セーラはとても悔しそうに『絶対リベンジするから!』と言ってから杖を回収して走り去っていった。

 

 

「どこかで見たような……」

「そうなのラン姉?」

「うん。どこだっけ……?」

 

 

 確かに既視感の様な物は感じるが思い当たることは無い。ただの想い過ごしかもしれないし、気にしないでおこう。

 

 

「さてと、立ち合いありがとうラン姉。帰るよ」

「気を付けてね。それと暫く師匠が休みだから、色々と我儘言って見たら?」

「それは嬉しいな。放課後にでも言って見る。それじゃあね」

 

 

 ラン姉に手を振って去ろうとした時だった。私は扉の前で腕を組んでいる小さな精霊を見て足を止めてしまう。その精霊とはパパの相棒であり、ある魔法の師匠であるユニ姉だ。

 

 

 

「ねぇ…後片付けをしないで何処に行く?」

「あ、後片付けって…?」

 

 

 何故か強烈な悪寒に襲われながら聞く。ユニ姉はニコニコしているが、背後で漂っているどす黒い物を見て物凄く怒っているのが良く分かった。

 

 

「あのクレータ。アイカだよね?きちんと見ていたから」

「あ、アレは仕方なくて…」

「言い訳しない。きちんと埋めて帰るように。終わるまで見てるから」

「……はい」

 

 

 有無を言わせない圧力に負けた私は、クレータしを埋めてユニ姉の確認が済んでから家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「ただいま……あ。良い匂い」

 

 

 玄関の扉を開けるといい匂いが漂ってくる。その匂いの元に向かうとリビングに到着。扉を開けて入ると、リビングでは上機嫌なママが晩食を作っていた。

 

 

「ただいまママ。良い匂いだね」

「ん。お帰りアイカ。今日は和食メインじゃ。煮物とサラダを持って行ってくれぬか?」

「分かった。パパは?暫く休みって聞いたけど」

「パパは書斎で仕事中じゃの。後で呼びに……ん?今何んと?」

「暫く休みだって」

「……」

 

 

 ママが無言になる。この様子は聞いていなかったパターンか。まぁパパは忙しいし言えなくて仕方ないかな…後々大変だろうけど。

 

 

「折角だし2人で過ごしたら?私は空いた時間でいいし」

「そうじゃの。色々溜まっている家事もあるし、農園も片付けねばならん。エリンにも声を掛けるかの」

「そろそろ収穫か。なら明日やろうよ。大根にレタス…キャベツと人参だったかな」

「うん。我が家に残るのは三分の一程度。残りはザイファに品質確認をしてもらった後に売り場に回す」

 

 

 そうなると念入りに準備しないと。蔵にどれだけ入るか見ないといけないし、ザイファ姉にも連絡しないと。収穫した後は次の野菜の種を植える為に整地もしないとね。

 

 

「それと…果物も収穫する。そちらは妾がやるからお主とエリンは大変じゃが大根担当じゃ」

「レタスやキャベツの方が大変な気がするけど…あ。小皿何枚?」

「エリンが居ないから3枚。あと盛り付ける大皿を出しておくれ」

「ん。よっと」

 

 

 脚立に乗って大皿と小皿を出し、大皿をママに渡して小皿をテーブルに。それから大皿に盛られた野菜のサラダと、煮物をテーブルに持って行く。

 

 

「よし。後は……」

「パパを呼んで来てほしい。後はやって置く」

「分かった」

 

 

 マントを畳んで荷物を一緒にソファに置いて書斎に向かう『コンコン』と扉をノックしてから入る。

 

 

「パパ?晩御飯出来たって。後ママが怒ってる」

「そうか……え?ママが怒ってる?」

 

 

 やや驚いた表情を浮かべるパパ。『休みの件』と伝えると、『あー……』と天井を見上げてから立ち上がり、リビングに向かう。私も後を追ってリビングに戻ると、ママが良い顔でパパに詰め寄っていた。

 

 

「色々話があるから朝まで覚悟しておけ」

「……おぅ」

(相変わらずラブラブだなぁ……)

 

 

 私としては夫婦間の仲が良いのはとても嬉しい。噂では最強魔王夫婦とかいう渾名まで付けられているとか。

 

 

(先に座っておこう)

 

 

 先に椅子に座り暫く待っていると、私に気づいたママが話を切り向かいに座る。パパは私の隣に座って、手を合わせて『いただきます』と揃って言ってから食べ始める。

 

 

「ん。この煮物…筑前煮だっけ?美味しい」

「それはよかった。ちと濃いか心配だったが」

「そんなに濃くないけどなぁ…あむ」

「私も大丈夫」

 

 

 それを聞いたママは安堵の息を漏らす。ごく稀にだが、パパの国の料理を再現したとき、滅茶苦茶濃い時がある。数年前に味噌を作った時はえげつなかった。

 

 

「そうだパパ。セーラの杖の事聞いた?」

「んく…あぁ花弁の杖か。ソフィが泣いてたぞ。『要望と我が儘と文句が多すぎるパワハラだ!』って」

「うわぁ……」

 

 

 その光景が目に浮かぶ。パワハラの概念があるかは置いておき、あの人が泣くほどの得物なのか。私の『灰塵』は一月ほどで仕上がっていたけど。

 

 

「五つの花弁それぞれが特殊な機構になっているらしくてな。接続には専用の魔術回路をくんでいるらしい。次世代の魔法武具のベースにするとか」

「そうなんだ。今支給されてるのもかなり高性能だと思うけど」

「色々あるからなぁ……。あ、注ごうかママ?」

「む。珍しいの。妾を酔わせて何をする?」

 

 

 

 露骨に話を切りママにお酌するパパ。きっと私の知らない所で色んな問題があるのだろう。魔物の脅威もそうだし、他の魔王ともうまくやらないといけない。加えてパパの国を狙う存在もあるから。

 

 

「ま。アイカは気にせず青春を謳歌してパパとママに我が儘言いな。『魔王の娘だから』とか気にするな」

「パパの言う通りじゃの。お主は好きなことをすればよい。その上で妾達を助けてくれるのなら、喜んで受け入れよう」

「……うん」

 

 

 あくまでも一人の娘として接してくれる2人。例え血の繋がりがが無くても。それは剣星の兄や姉を背中を見ていれば分かる。本当の妹の様に可愛がってくれたから。

 

 

「じゃあ我儘言っていい?」

「いいぞ。何でも言ってみろ」

「いいんだね。じゃーーー」

 

 

 私は笑みを浮かべながらパパに言った。

 

 

「弟か妹が欲しい」

「んんっ!?」

 

 

 聞いたパパはとても驚いた表情を浮かべて喉を詰まらせる。慌ててお茶を飲んで強引に流し、『ふぅ…』と息を吐く。因みに弟も妹も欲しくない。だってパパとママ取られるから。

 

 

「嘘。冗談」

「洒落になんねぇぞ…なぁルミナス」

「ふふ……パパの頑張り次第かの?」

「こ・ら!」

 

 

 いい笑みを浮かべるママ。ママが反応しなかったのは私が嘘を言ったと分かっていたから。パパは馬鹿正直だから何でも真に受ける。今みたいにね。だから弄りがいがあるんだけど。

 

 

(でも…何時かは本当の我儘言ってみようかな…)

 

 

 胸に秘めているある想い。それをいつか言う日が来ることをパパとママの顔を見ながら祈った。



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農作業と面白い物

 朝早く。朝食を済ませた私は庭にあるビニールハウスの前に来ていた。ママとの約束通り野菜などを収穫するために。

 

 

「えと…まずはコンテナからかな。確か倉庫にあるから取りに行こう」

 

 

 ビニールハウスの隣に建っている倉庫に向かい、中にある大量のコンテナを運ぶ。運び終えて次どうしようかと思っていたら、背後からミナト兄に声を掛けられた。

 

 

「おはようアイカ」

「おはよう。どうかした?」

「あぁ。先生がきちんと休んでいるか見に来てね」

 

 

 成程。その確認が重要だ。休みなのに仕事しているとか日常茶飯事だからね。けど今回は大丈夫なのでその理由を伝える。

 

 

「朝までママとお楽しみだったから大丈夫」

「うん。それなら大丈夫だね」

 

 

 そして納得するミナト兄。納得されても困るのだが、この事に関しては皆の周知済みなので寧ろ安心するらしい。どんだけあの人仕事熱心なんだろ……。

 

 

「そうだミナト兄。ザイファ姉見た?」

「え?見てないけど?今日は普通に仕事だったはず…でも朝から見てにいないような。朝会にもいなかったし」

 

 

 まさか無断欠勤?そんなことをしたらパパに雷落とされるはず。体調が悪いのかな?でも剣星の皆が体調崩すなんて聞いた事無い。怪我は日常茶飯事だけど。

 

 

「……まさかとは思わないけど、中にいる?」

「あり得るかも…取り合えず頑張って。僕は行くところあるから」

 

 

 駆け足ぎみに去っていくミナト兄。珍しく私にあの人を押し付けたね。まぁいいや、中入って確かめよう。

 

 

「どうかいませんように」

 

 

 念のために祈ってからビニールハウスに入って捜索。周囲を見渡して気配を探るが見つからない。『よかった……』と安堵の息を漏らしたのもの束の間。足に何かが当たり視線を下ろす。その何かを見て言葉を失った。その何かとは、うつ伏せに倒れている泥だらけの誰かで、私は少し間を置いてから叫んでしまった。

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 大きな叫び声が響き渡り、勢いよくビニールハウスの扉が開いてエリンお姉ちゃんが入ってくる。『な、何事?』と尋ねてきたので、足元に指を指して見せると、お姉ちゃんは顔を青ざめながらも、生存確認を始める。

 

 

「もしもーし。生きてるー……ってあれ?」

「お姉ちゃん?」

 

 

 お姉ちゃんは倒れてる人の顔を見て、なんとも言えない顔になる。もしかして知り合いかな?と思いながら、私は恐る恐る倒れてる人を仰向けにし、顔を見た瞬間その理由が分かった。

 倒れていたのはザイファ姉で、しかも爆睡している。とても気持ち良さそうな顔を見て、お姉ちゃんが何とも言えない顔になるのも頷けた。

 

 

「お姉ちゃん」

「いいよ。耳塞いどく」

 

 

 お姉ちゃんが耳を塞いだのを見てから大きく息を吸い込み、強烈なモーニングコールを放つ。

 

 

「おはようザイファ姉っっっっ!!!」

「ひぃっっっ!?」

 

 

 そして飛び起きるザイファ姉。キョロキョロと回りを見渡して周囲を警戒した後に私たちの方を見る。

 

 

「な、何かあったっすか!?」

「それはこっちの台詞。何してたの?」

「それは簡単ですよ。今日収穫って聞いたので昨日から準備してたっす」

「なら一言頂戴よ……」

 

 

 多分そうだろうと思ってたけど、やっぱり一言欲しい。我が家で殺人事件とか洒落にならないから。

 

 

「はぁぁ……朝から疲れた。始めよお姉ちゃん」

「そうだね。ザイファはいつも通りよろしく」

「了解っす」

 

 

 ザイファ姉と分かれてお姉ちゃんと共に大根が植えてある列に。長さは30メートル程あって本数は何本あるか分からない。加えて5列もあるから大変だ。

 

 

「よし頑張りますか。所でお父さんは?」

「パパは朝までこってり絞られて楽しんでた」

「またか……」

 

 

 苦笑いを浮かべながら大根を抜き始める。さっきも言ったけど日常茶飯事だから、私も含めて特に気にしてないしむしろ『もっとやってママ』って思ってる。

 

 

「お姉ちゃんは妹か弟欲しい?」

「アイカがいるから要らない」

「だよね。只でさえ忙しいのにもう一人増えたら取られる」

 

 

 それは言えてるかも。特に年が近いと上の子が下の子にヤキモチ焼くってよく聞くし。

 

 

「もう少しパパの手が空けば旅行とか行けるのに」

「そうだね。新婚旅行も行ってないって話だし、たまには2人で思いっきり羽を伸ばして欲しい」

「ならお姉ちゃん……」

「うん……」

 

 

 ここは娘である私達の出番だろう。ほかの皆に根回しして協力して仕事を回せればパパの手が空く。私もある程度の仕事は手伝ったことがあるからこの際、学院に通いながら回してもらおう。

 

 

「こらこら。口ばっか動かさず手を動かせ娘共」

「あ。パパ」

「おはよう」

 

 

 麦わら帽子に作業服姿のパパが入ってくる。そっちの状況を尋ねると『もう終わったから選別中』と言ってくる。流石パパだ。

 

 

「昨日はお疲れだったねお父さん?」

「いつもの事だろ。俺としても昼間軽く暴れたから助かった」

「じゃいつもよりこってり?暴れたあとのお父さんの魔素量ってとんでもないし」

「そんなことねぇよ。むしろルミナスの欲求の方がえぐいわ」

 

 

 パパの言う通り、確かにママの愛情は凄い。素の分鞭もきついけど。

 

 

「そうだアイカ。収穫が終わったら修練場に来るといい。面白いものを見せてやろう」

 

 

 パパはそう言って指を鳴らすと、全身が赤い焔に包まれていつもの赤い外套と漆黒の服装に変わる。

 

 

「んじゃ待ってるからな」

「うん」

 

 

 再び焔に纏われ姿が消える。面白い物とは何だろう?物凄く気になるのでせっせと収穫を済ませて表に出し、ザイファ姉の確認を終えてから市場に運ぶ。

 

 

「ありがとうっすアイカさん」

「ザイファ姉もね。あと次から気を付けて」

「気を付けるっす……」

「ん。それじゃまたね」

 

 

 ザイファ姉に手を振って、私は宮殿へと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「えっとパパが指定した修練場はここだね」

 

 

 指定された修練場の前に来る。因みに修練場は全部で5つあり、その内の一つはパパの遊び場になっている。その修練場の入口が目の前にあり、私は深呼吸してから扉をあける。

 

 

「入るよパパ……って、うわ……」

 

 

 中に入り最初に視界に映ったのは綺麗な夕焼けと見たことの無い建物。見たことのないその光景に目を奪われてしまい、呆気に取られてしまう。

 

 

「……凄い。これって……」

「えぇ。私の『幻影空間』です」

 

 

 背後からベル姉に声を掛けられ振り返る。その先は巨大な砲台が500メートル程あり、その下は海だった。一体ここは何をイメージして作った光景なのだろう?絶対にこの世界では無いのが明らかだ。

 

 

「いい景色だなアレク」

「あぁ。ランの好きなゲームの世界だったか?」

(あ……)

 

 

 近くからパパとおじ様の声。そちらを見ると正宗を持ったパパがおじ様に背を向け乍ら夕焼けを見て、おじ様は塀に座って見ている。その近くにはママも壁にもたれていた。

 

 

「確か…ランの好きな銀髪の英雄と、誇りを大切にする親友。加えて英雄になりたい親友が決闘した場所だ」

「へぇ…なら持ってこいの場所か」

 

 

 おじ様は塀から降り愛剣であるディザスターを取り出し、ママも愛刀の夜薔薇の刀を抜刀し目を合わせる。

 

 

「足を引っ張るなよ小僧」

「アンタもなルミナス」

 

 

 そして同時にパパに向かう2人。上手く連携しながら攻めるが、パパは涼しい顔で2人の剣を捌く。剣がぶつかり心地よい金属音が響く中、ベル姉が懐かしそうに話し始める。

 

 

「建国当初…私達3人でよくサボってて。この修練場も遊び場として作ったんです」

「そうなんだ。でもサボってたら怒られない?」

「ふふ……うまい事騙していたから余程暴れないと気付かれない物です。でもユニさんには結構バレて」

「あの人勘いいからなぁ…」

 

 

 宮殿内で起きていること全て把握しているんじゃないかと時折思うぐらいピンポイントで姿を現すユニ姉。その前に建国当初って恐ろしい程忙しいって聞いたような。そんな時にサボるなんて命を無駄にするような物だろう。

 

 

「そしてバレる度に雷落とされて。特に陛下はこっぴどく」

 

 

 

ーねぇ…忙しい時にサボるってどういう事?いろんな国との対談がいっぱい詰まってるんだけど?政治事だって沢山溜まってる。サボる余裕ないよね?

 

ーうぅ…はい。でも今回はホムラがーーー。

 

ーん?ホムラが何て?

 

ー何でもありません。

 

 

 

「こわぁ……」

「怖いですよね……」

「そしてパパに甘い」

 

 

 なんだかんだ言ってパパには甘いんだよねあの人。でもパパの事だから仕事片付けて時間が空いた時に上手くサボっていると思う。だからユニ姉も強く言えない。

 

 

「加えてルミナスちゃんも混ざるようになって。でもあの人はきちんと目的があった」

「目的?」

「うん。ここだとホムラ様は正宗を遠慮することなく振るえるから」

 

 

 そっか…ここならあの化け物刀を抜けるんだ。外だと妖気が恐ろしいから安易に抜けなくて、聖剣をしようする方が多い。そう言った意味ではいい息抜きになるし、ママとしてもいい鍛錬相手になるんだ。

 

 

「流石親友。簡単にはいかないか」

 

 

 おじ様の声が聞こえてくる。気付けばパパとママ達との打ち合いが一旦止まっている。おじ様は満足そうにパパを見る反面、ママは目を閉じて考え事をしているようだ。

 

 

「さて、そろそろ…」

「待て小僧。妾はホムラと勝負がしたい」

(え?)

 

 予想外の事を言うママ。パパは笑みを浮かべながら『いいだろう』と答え、ママは嬉しそうな笑みを浮かべながら愛刀に凄まじい霊子を込め、刀身を焔で保護する。

 

 

「では…ゆくぞ!」

 

 

 パパに向かうママ。目の前で最強魔王夫婦の勝負が始まるのであった。



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強さの秘密

前半フレア。後半アイカ視点です。


「では…ゆくぞ!」

 

 

 強烈な霊子と焔を刀に纏って距離を詰めてくる。正宗を構えて出方を伺うと、ルミナスは縦に刀を振り下ろし、俺は正面から受け止めるが、凄まじい一撃で少し後ろに下がってしまう。

 

 

(予想より重い。ならーーー)

 

 

 受け止め方を変え二撃目を再び正面から受け止めると、周囲に強烈な衝撃波が飛び、足元が多きく凹む。安易に受け止めると腕ごと持って行かれそうだな。

 

 

(なら、受け流しながら反撃するのみ!)

「っと。お主ならそう考えるがその隙は与えん!」

「!?」

 

 

 間合いを一気に詰めて怒涛の連撃を繰り出すルミナス。反撃する間も与えられず、一歩一歩後ろに下がりながら防ぐが、防ぐ度に腕が弾かれてしまう。

 

 

(っちい!メルトスラッシュ並の重さだな!加えてスポットで受け止められないから弾かれる!)

 

 

 それでも直撃は避けながら防ぎ、反撃のタイミングをうかがう。このハイペースがいつまでも続くとは限らないからだ。

 

 

「どうしたホムラ!?妾ごときに押されてるのか!?」

「戦略的防御と言って欲しいね!!」

 

 

 やや強がるがこのままだと不味い。ここは無理にでも距離を取ろう。上手く誘えば体勢を立て直せそうだ。

 

 

「っ!」

「はっ!?」

 

 

 軽く覇気を出すと、ルミナスが警戒する。そこで彼女の剣を防ぎながら弾き飛ばされる様に後退。すかさずルミナスは間合いを詰めてくるが、コンマ数秒あれば立て直せる。

 瞬時に切り替えてから息を整え、刃に魔神覇気を纏わせながら間合いを詰める。

 

 

「むっ!?嵌められたか!」

「遅い!!」

 

 

 刀を斜めに振り上げ、ルミナスは防御するが受けきれず後ろに弾かれる。ここから更に体勢を崩すべく追い討ちを放ち、ルミナスは片膝を付きかける。そこを逃さず袈裟斬りを放つが、ギリギリで空高く回避されてしまう。

 

 

「逃がすかっ!」

 

 

 ルミナスの後を追って同じ高さまで飛び、何度か剣を交えた後に地面に向けて叩き落とす。ルミナスは一回転しながら体勢を立て直し、左手に赤いエネルギーを纏う。

 

 

「喰らうがよいっ」

 

 

 そこから赤い光弾を無数に放ち俺の周囲に展開。見覚えのある技だと思っていると、ルミナスは手を握り、それを合図に展開された光弾が襲ってくる。

 

 

「そうなるわな!」

 

 

 迫りくる光弾を斬り伏せるが、対処しきれない部分は直撃。大したダメージではないので気にせず間合いを詰めようとした時、直撃し爆発した光弾が焔となって覆いこむ。

 

 

(ダメージは無いがっ!)

「止めじゃ!」

 

 

 再び左手を広げると、背後から強烈な光に襲われる。その正体を確認するべく振り返り、視界に映ったのは巨大な魔法陣。その魔法陣を見て固唾を飲んでしまう。あの魔法陣は、ユニが生み出した究極魔法の中でも飛び切りヤバい奴だから。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 覆っていた焔を斬り飛ばし、刀身に光粒子を込め覇気を纏う。そして魔法陣から放たれた光の矢を真っ二つに切り裂き直撃を避け、魔法陣を粉砕するが、妙に威力が低いことに気付く。

 

 

(威力が低い?)

 

 

 この事に思考が一瞬囚われ、その間にルミナスの気配が感じ取れなくなっている事に気付く。

 

 

「しまっーーー」

 

 

 しまったと思ったが時既に遅し。『捕まえた』と耳元で囁かれると同時に頭にルミナスが抱き付いてくる。ぎゅーと思いっきり強く。

 

 

「ふふ……流石のお主も気付くのが遅かったの」

「くそぅ……」

 

 

 よもや大技を囮に使うとは思っても居なかった。超悔しいが、普通に考えるとおかしい所はあった。間合いは超詰めてくるし、制御が難しそうな事してるし。

 

 

「最初からコレが狙いかぁ…」

「いい顔じゃの。眼福眼福……」

 

 

 そしてとても嬉しそうな表情になるルミナス。そのまま頬にキスをしてきてゆっくりと地上に降りる。ルミナスは抱きついたまま離れようとしない。

 

 

 

「ラブラブだねパパ」

「いつもの事だなー」

「右に同じです」

「感想言う前に助けて」

 

 

 アレクに手を伸ばそうとするが、その手をルミナスに捕まれてしまい伸ばすことが出来ない。誰か助けてくれる人いなかなぁ?

 

 

「さて…我が家のルールその一。敗者は勝者に従わないといけない」

「……何をお望みで?」

 

 

 大変嫌な予感がする。その前に我が家のルールにそんなのあったっけ?記憶にないんだが。

 

 

「建国記念祭と夏祭り。家族でデートしよう」

「いいぞ。あまり一緒に過ごせてないし、たまには羽目を外そうか。アイカはどうする?」

「勿論行くに決まっている。でも時間取れるの?」

 

 

 心配そうに聞いてくるアイカ。普段の忙しさなら当然だろう。しかし、建国記念祭も夏祭りも数日行われるので休みは必ず取れるが、その心配はアイカにも値する。

 

 

「建国記念祭は学院も関係してくるからアイカも忙しいぞ」

「え?」

 

 

 顔が面白い程真顔になる。あの顔だと知らない…いやこれから知らされるのだろう。なら詳しい詳細は言わない方が良いかも知れない。

 

 

「まぁ教官殿が話してくれるから精々頑張れ。ある程度は助けてやる。これもクラス代表の務めだな」

「平穏な学生生活が……」

 

 

 大きく溜息を吐いて項垂れるアイカ。そんな彼女を見たルミナスか俺から離れて思いっきり抱きしめて頭を撫で、俺も同じ様にアイカの頭を優しく撫でるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

―アイカsideー

 

 

「いい満月だね……」

 

 

 我が家の屋上から夜空を見上げ、銀色に輝く満月を見ながら今日あったことを振り替える。パパとママの手合わせは、学べることがとても多かった。

 

 

「パパの動きは無駄がないし、ママのあの技は強烈。何処かで教えてもらえないかなぁ……」

 

 

 教えてくれるか怪しいけど、頼んでみれば案外いけそうな気もする。その代わり超スパルタだけど。

 

 

「ここに居たのかアイカ」

「ママ…?」

 

 

 いつものゴスロリドレスで声をかけてくるママ。心配そうに隣に来て、私の頭を優しく撫でてくる。

 

 

「何かあったか?」

「何も。パパとママはラブラブだと思って」

「当然じゃ。付き合い長いからの」

 

 

 どれだけ長いかは知らないけど、今で言う太古の時代からの付き合いらしい。結婚したのは18年前って話だけど。

 そう考えると『パパとママは何歳?』と疑問に感じるが、剣星の皆もあぁ見えてかなり歳いってるらしいし気にするだけ無駄かもしれない。

 

 

「パパは…どうしてあんなに強いのかな?」

「長生きしてるから…では答えにならぬか。聞きたければ本人に聞くといい。たまには一緒に寝るのも良かろう」

 

 

 この年でパパと一緒に寝るのかぁ……。でもこの時間に話を聞くならそうなるよね…。お姉ちゃん居るし絶対何か言われそうだけど…。

 

 

「ふふ……別に親子だから遠慮しなくてよいぞ。折角だから妾も混ざるかの」

「えぇ……」

 

 

 絶対に一晩愛でられるに決まっている。断りたいけど、パパの強さの秘密は気になるし…よし。腹を括ろう。

 

 

「じゃあそうしようかな。たまにはいいかも」

「ふむ。では行こうか」

 

 

 私の手を掴んでパパとママの部屋に向かう。部屋の中ではパパが聖剣の手入れをしていて、入ってきた私達を見て少し驚きつつも声をかけてくる。

 

 

「どうした?ルミナスは兎も角アイカは珍しいな」

「色々と話聞きたくて。そのまま一緒に寝ようかと」

「そうか。たまにはいいかもな。エリンも呼ぶか?」

「そうじゃの。少し待っておれ」

 

 

 お姉ちゃんを呼びに行くママ。それからパパは聖剣をしまうベットに座る。隣を叩いたので私はパパの隣に座ってもたれかかる。

 

 

「で?話って?」

「ん。パパの強さの秘密聞きたくて」

「俺の?うーん困ったな」

 

 

 顎に右手を置いて困った顔をするパパ。そんなに困った質問だろうか?私はパパの答えを待っていると、パパは後ろに倒れて仰向けになり話し始める。

 

 

「簡単に言えばハートの問題だ。精神論になるが必要なのは最後まで諦めない事。折れない心。そして…誇りか」

「誇り?」

「あぁ。内容は人それぞれだ。進む道によって変わる」

「進む道か…」

 

 

 その道を考えながら私もゆっくりベットに倒れると、パパが優しく抱き寄せて来たので私はそのままギュッと抱きしめると、少しだけパパの体がポカポカしている事に気づく。

 

 

「夜なのにポカポカする」

「風呂入ったばっかりだからな」

「そっか。確かに薔薇の匂いする…」

 

 

 僅かに香る薔薇の匂い。ママが使う石鹸とは違って少し甘い香り…じゃなくて!今はそんな事どうでもいい!今はパパの強さの秘密を知りたいから。

 

 

「進む道によって変わるって言ったけど、最終的に辿り着く場所は一緒だよね?」

「それは剣や武術などの事。この場合の進む道は人生だな」

 

 

 成程。それなら分かる。人によって人生は変わる。その道によってそれぞれ抱くものも変わるという事かな。

 

 

(私の進む道はーーー)

「……深く考えない事だ。折角一番過酷な道を選んだんだから好きな事をやればいい」

「好きな事?」

「そう。俺は出来なかったからな。出来れば可愛い娘達には好きな事をさせたい」

 

 

 私の頭を優しく撫でるパパ。その時にチラッと見えた顔は何処か辛そうだった。パパの過去は知らない。私が知っているのは血の繋がりが無くて、元勇者の魔王って事しか知らない。ママに関してもそう。吸血鬼の神祖で姫。トワイライトって人の血から作られたって頃ぐらいしか。そう考えれば私って両親の事をあまり知らないような。

 

 

 

「そういう訳だから、アイカは好きな事を沢山やればいいさ。必要最低限の支援位はしてやる」

「大丈夫。パパの力は借りない。勿論ママの力も」

「そうかい。それが一番良いさ」

 

 

 パパの言う通り、余程の事態が起きない限り両親の手は借りない。どんな逆境でも乗り越えて見せないと。

 

 

「士官学院頑張るよ。パパの背中越えて見せる」

「いいね。頑張りな」

「ん。お休み」

 

 

 パパの頬にキスをして瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「うぅ…何か背中に張り付いてる…?」

 

 

 背中から感じる何かに目が覚める。カーテンの隙間から朝日が差しているのを見ると、夜が明けたのが分かる。しかし何故か見動きは取れない。誰かが背中から張り付くように抱きしめているからだ。

 

 

 

「お?起きたかアイカ」

「おはようパパ。動けない」

 

 

 

 そうパパに言うと、私の後ろに視線を向けて苦笑いを浮かべ、私もなんとか首を回して誰がいるのか確認。視界に映ったのは気持ちよさそうに寝ているママだった。

 

 

「マ…ママ…何で?」

「お前が寝た後エリンを捕まえられなかったママが来てな。エリンを抱き枕に出来ない代わりにアイカで我慢するって」

「何で…?」

 

 

 『そこはパパだろう』と突っ込みたいけど、私が独占してたから抱きしめられなかったのかな。だとしてもこの状態はマズイ。学院の休みは一日しかないから今日は授業がある。時間は…まだ5時ぐらいかな。お風呂も入りたいし何とか抜け出さないと。

 

 

「助けてパパ」

「…だな。ちょっと待ってろ」

 

 

 パパはママの頬を掴みゆっくりと引っ張る。ママが面白い顔をしながらゆっくりと瞼が開いて腕の拘束が弱まり、その隙に抜けだす。

 

 

「妾の睡眠を邪魔するのは誰じゃ?」

(や、やば。無理矢理起こされて不機嫌!?)

 

 

 大変嫌な予感がしていると、パパがママを思いっきり抱きしめてママの顔を自身の胸に埋める。するとママは嬉しそうに微笑みながら両腕を首に回してキスをした。

 

 

『この隙に行きな。気を付けて』

『ん。行ってきますパパ。あと…頑張って』

 

 

 

 パパの武運を祈って、学院に向かう準備を始めるのであった。



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民を守る力

「えっと後は…午後の実技の準備か」

 

 

 昼休み。クラスの代表として仕事をこなしていた。後は午後から行われる実技の準備で、書類を確認すると、『魔術学院で開発された物を使用』と書いてあった。しかしそんな物が何処にあるかは聞いていない。となると、魔術学院側から持ち込まれるのかな?

 

 

「困ったな。授業まであと30分位だし…っと。あれは……」

 

 

 黒いフード付きのロープを纏い見覚えのある制服を着た生徒を見かける。大きな箱を持っていたのも見えたので声をかけてみる。

 

 

「君。もしかて実技で使用する物を持ってきたのかな?」

「あ。そうそう。エリン師匠に頼まれて……あれ?アイカちゃん?」

「ん?この声は……」

 

 

 聞き覚えのある声。まさかと思ってフードの中を覗くと、エルフ独特の耳と蒼い瞳に整った綺麗な顔。あぁ…この子の事はよく知っている。

 

 

「久しぶり。レン」

 

 

 彼女の名前を呼ぶとそよ風が吹いてフードが外れる。エルフの魔法使い…レンはニコッと微笑んだ。

 

 

「ふふ……久しぶりだね。士官学院に入ったとは思わなかった」

「それは私も。お姉ちゃんに弟子入りしているのは知ってたけど魔術学院にいるなんて思ってなかった。持とうか?」

「大丈夫。思ったよりも軽いからね。教官室どこ?」

「案内するよ」

 

 

 雑談をしながら彼女を教官室に案内する。レンは…私よりも一つ上の子。何でもサリオンでお姉ちゃんが魔法をお披露目した時に惹かれて弟子入りしたとか。それも10年位前の話し。

 

 

「レンはどうして魔術学院に?」

「魔法を学ぶには一番いい学院だからね。加えてサリオンの大使も兼任出来るし、一石二鳥」

「それはそうだけど、シルビアおば様にいい様に使われないように」

 

 

 お姉ちゃんみたいに過労死しない事を祈ろう。たまに屋敷に返ったらソファで死んでる所見かけるし。

 

 

「っと。教官室着いたね。中にいると思う」

「ありがとう。昼から楽しみにしてて」

 

 

 笑顔で言ってから教官室に入るレン。それと同時に予鈴が鳴ったのでグラウンドに向かうと、私以外のクラスメイトは集まっていた。

 

 

「遅かったわねアイカ」

「どっかの姫がサボったから」

 

 

 声を掛けてきたセーラにジト目を向け乍ら言い返す。元より今日の仕事担当はセーラなのに、理由を付けて逃げやがった。そのお陰で私が仕事が回ってきたんだ。

 

 

「それはごめんなさいアイカ。お父様から連絡が来て」

「言い訳しない」

「うぅ…」

 

 

 こういう時だけおじ様を利用するのは良くない。というか学校行ってる娘に連絡なんてしないでしょ。私だって全くないのに。

 

 

「全く…後でおば様に言わないと」

「そ、それだけは許して!」

 

 

 涙目で訴えてくるセーラだが、生憎とその訴えは受け入れられない。なに、おば様は厳しい人だからこってり絞られたらいいさ。

 

 

「ほら。教官来たよ。静かにする」

「むぐぐ……」

 

 

 教官とレンがグラウンドに来てセーラも口を黙らせる。さて…今日の実技は一体何をするのだろうか。前回は武具の適正だったけど、レンがいるって事は魔法の類かな。

 

 

 

「みんな揃ってるね。今日の実技は"ある物"のテストをしてもらう。レン」

「はい教官」

(テスト…?)

 

 

 なんのテストだろうと思っていると、レンは持っていた箱を地面に置いて中から一本の魔法瓶を取り出す。中には小さな宝珠と液体が詰まっており、僅かに魔素も感じる。

 

 

「現在魔術学院で研究中の自立防御型のゴーレム。これの耐久テストをして欲しい」

「自立…?」

「防御型…?」

 

 

 レンの言った事がいまいち理解していない皆。確かに士官学院では滅多に聞かない言葉だが、私は聞き覚えがある。パパが以前におじ様と話をしていて、『攻撃ではなく防御に適して自立稼働するゴーレムが欲しいな』と言っていた。それを戦争に使うのではなく、『民を守るためだけに使用』と用途を絞って。

 

 

「まずは起動しないとね」

 

 

 魔法瓶の栓を開けて地面に液体と宝珠を埋めると、地面が隆起して2メートル程のゴーレムが形成された。

 

 

「このゴーレムは防御しかしない。攻撃手段は皆無。だから遠慮なく魔法や剣をぶっ放して構わないよ。何処まで耐久出来るかを知りたいからね」

「そういう訳だから出席番号一番から行こうか。頼むよアイカ」

「え?私結構後ろだけど?」

「下の名前で最初は君」

「理不尽な!?」

 

 

 一種の苛めでは無いだろうか。そう思ってしまったが指名された以上はやるしかない。ゴーレムの前に立ち、愛刀を抜刀して考える。

 

 

(さて…問題は何に対して耐性があるか。民を守るとなれば範囲が広い。そもそも誰を守るか気になるけど…)

 

 

 この場合はレンかな。このゴーレムを作ったのはレンだし、対象を守るという回路を組めば容易い事だろう。なので試しにレンを攻撃したいが抑えよう。あくまでも耐久テストだし。

 

 

「よし…手始めにーーー」

 

 

 刀に焔を纏って振り下ろす。ゴーレムは右腕を上げて容易く止めて見せた。成程、物理と魔素で形成した物への耐性はあるか。

 

 

「となると。こっちはどうかな」

 

 

 一旦下がって今度は刀の先に焔を集約させて刺突。再びゴーレムは右腕で防御するが、今度は防げず刀が貫通する。

 

 

「おぉ!」

「貫通したぞ」

「さっすが!」

 

 

 クラスメイトから驚きと称賛の声が聞こえる。大してレンは顎に手を置いて貫通したゴーレムの右腕を見ている。恐らく今の一撃を見てどれだけの耐久があるのか調べているのだろう。

 

 

「ねぇレン。予備はあるんだよね?」

「ん?もちろんあるから遠慮しなくていいよ」

「りょーかい」

 

 

 刀を縦に構えて霊子を集約。その上から黒紫色の焔を纏って霊子を漏れないようにする。それを見ていた教官は興味深そうな笑みを浮かべ、レンも少し驚いていた。これは以前ママが使っていた技…を私なりに考えて練習した技。幸いにも私のユニークスキルのある権能を使えば何とか出来そうだったから。

 

 

 

「秘技・怨嗟豪炎斬!」

 

 

 

 そのまま刀を振り下ろしてゴーレムを一刀両断。それから黒紫色の焔がゴーレムの断片に纏わりついて炭と変えてしまった。

 

 

「……わぉ」

「え、えげつな……」

 

 

 

 それを見ていたクラスメイトが思いっきり引く。そして教官も苦笑いを浮かべている。私は気にすることなく刀を鞘に納めてからレンの方を向く。

 

 

 

「流石にやりすぎたかな?」

「そんな事無いよ。いいデータが取れた。まぁ…後の子のハードルは高そうだけどね。ベディ教官」

「そうだね…じゃあ次行こうか。下がっていいよアイカ」

「了解」

 

 

 皆の所に戻って実技再開。順番にゴーレムに挑むが、中々上手く倒すことが出来ず苦戦する。それでも皆考えて腕を斬り落としたり足を粉砕したりと善戦する。ただ一人を除いて。

 

 

「クリムゾンランサー」

 

 

 焔で槍を形成して解き放つセーラ。焔の槍はゴーレムの核を貫き、それによってゴーレムの体が崩れて土になる。流石セーラ…だけど上位魔法をレンの前で放つのはよくないかなぁ。

 

 

「これでどうでしょう?」

「うん。見事だね。魔法の選択肢もいい」

「ありがとうございます教官」

(甘くない…?)

 

 

 まぁ今に始まった事では無いからいいか。ともあれ最後であるセーラが終わった訳で。いつもなら後は自由時間だが、今日はそれ以外に何かある気がする。近々行われるイベント等の話しも無いし。

 

 

「さて…今日の実技はここまでだが、1つ大事な話がある。来週行われる校外学習だが、我々のクラスはサリオンに決まった」

「っ…(サリオンって……)」

 

 

 シルビアおば様が治めている国。他のクラスは属国って聞いているけど、何で私達はサリオンなのだろう?理由はいくつか考えられるが、一番はセーラの外交の勉強だろうか。

 

 

「当日は現地集合だ。私が決めたルートを通って来て欲しい。帰りは転移陣で帰れるから心配しないで」

「え?現地集合ですか?」

「ま、魔物とかいっぱいいるのに?」

「怖いよな……」

 

 

 確かに皆の言う通りだろう。ルベリオスから一歩出れば外は魔物の巣窟。故に数多の人がルベリオスに流れ込んでくる。安定した生活と平和を求めて。

 

 

「それに関しては、指定してルートで来てくれたら問題ない。ルベリオス周辺とルート周辺の厄介な魔獣はラン達が倒してくれてるからね。加えて当日は、中継点に遊撃隊のメンバーと空からきちんと見てくれている人も居るから大丈夫」

 

 

 と教官は言った。成程、事前に準備はしてあるって事か。まぁそうじゃないと誰か死んだら大変だからね。

 

 

「というわけだから解散。当日はあまり無茶をせずゆっくり来てね」

 

 

 教官が手を叩いて実技の授業は終わり。クラスの皆が教室に戻っていく。私も戻ろうとしたけど、後ろからレンに手を握られる。

 

 

「レン?」

「ちょっといい?放課後にベルさん達の喫茶店に来て欲しい。相談があって」

「勿論いいよ。放課後だね」

「うん。忙しいと思うけどお願い。また後で」

 

 

 駆け足でレン。彼女の顔が少し深刻そうだったのを見ると、かなり厄介そうな内容みたいだ。

 

 

(……なにかあったのかな?)

 

 

 少し心配しながら教室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 放課後。レンとの約束通りベル姉達の喫茶店の前まで来ていた。レンは……気配が感じ取れないのでまだ来ていないのだろう。なので外のテラスで待とうしていた時だった。

 

 

「あれ?珍しいねアイカ」

「おや?ウインディ?」

 

 

 声をかけてきたのはウインディ。エンブ先生やパール姉の妹だ。この人がお店に居るなんて珍しい。隙あらばサボる人だから。

 

 

「珍しいねウインディ」

「物資の運搬。今月は限定メニュー多いからね。アイカは?」

「私はレンから相談あるって言われて」

「あの子から?もしかしてあの件かな?」

 

 

 心当たりがあるウインディ。となるとパパ達の耳にも入っているね。なのに私に相談してくると言うことは、優先順位は低いけど急ぎの内容か。

 

 

「気長に待ってるよ。ベル姉居るみたいだし声かけとく」

「厄介事だったらすぐに言ってね。それじゃ!」

 

 

 手を振ってから去っていくウインディ。見送ってからベル姉に一言言って外のテラス席で気長に待ってると、駆け足でレンが来る。

 

 

「ごめんアイカちゃん。ちょっと片付けに時間かかっちゃって」

「大丈夫。のんびりするのも好きだから」

「ありがとう。えと、何か頼んでくるから待ってて」

「ん。気長に待ってる」

 

 

 レンはお店の中へと入っていき、私はのんびり待っていると、コーヒーが淹れられたマグカップを持ってきて私の前に置き、レンは向かいに座った。

 

 

「それで頼みだけど…ホムラ先生とルミナス様に渡して欲しい物があって」

「渡したい物?直接渡したらいいじゃない」

「その…物が…ね?」

 

 

 瞼を閉じるレン。そんなに怪しい物…を私に託さないで欲しい。というか持ち込まないで欲しい。もし爆発でもしたら大騒ぎだから。

 

 

「で。渡して欲しいのが、エルメシア様の誕生日パーティーの招待状」

「パーティーの招待状!?何でそんな危ない物……え?招待状?」

「そう。これ」

 

 

 カバンの中から2通の封筒を出す。私はとても恐ろしい物だと思っていた。それにしても招待状か。確かエルメシアの誕生日って……。

 

 

「待って。校外学習の次の日?」

「その通り。もっと早く出さないといけないのに、シルビア様がギリギリに渡して来て。ホムラ先生に渡さないわけにもいかないし、でもいきなり渡すと予定を合わせるのが大変でしょ?」

「大丈夫だと思う。暫く暇らしいしね。パパとママに渡しとくよ」

「ありがとう。その…当日はお願いね。後気を付けて」

 

 

 

 封筒を懐にしまい、少し雑談してから屋敷へと帰った。



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いざサリオンへ

「よし…身だしなみはこんな所かな?」

 

 

 校外学習前日の朝早く。鏡の前に立ち身だしなみを整えていた。制服ではなく、黒と紫を基調とした私服に着替え、焔と光が込められた小さな宝珠付きのネックレスを身に着ける。フード付きのマントを羽織ったら準備完了だ。

 

 

「さて…サリオンにはパパとママも一緒に行くから早く行かないと」

 

 

 遠出用の鞄を背負ってから愛刀を腰に携えて玄関に向かう。そこでは小さなパパが先に来ていてハクエンと戯れている。因みにサリオンへはパパ達だけではなく、おじ様達も向かうらしく、そちらはミナト兄が付いているらしい。私達は他にパール姉とハクエン。後レンも一緒だ。

 

 

「パール姉は?」

「一足先にある場所に向かっている。悪いがサリオンに向かう前に寄る場所があってな」

「そうなんだ。だから朝早くから出るんだ」

「そうだ…っと。ママも来たぞ」

 

 

 頭巾を被ったママが姿を現す。そういえばお姉ちゃんが居ないような。ちょっと気になったのでパパに聞くと『一足先に向かった』と返事が来る。大変だなぁ…と思い乍らブーツを履いてきちんと紐を締めてから屋敷を出ると、綺麗な青い空が視界に映る。

 

 

「いい天気…」

「そうじゃの。絶好の遠出日和だ」

『はい。こんな日は草原を思いっきり走りたいですね』

「私は飛んでみようかな」

 

 

 こういう時は竜の姿になれたらいいのに。って思うけど私は竜化出来ない。その代わり体の中身は竜王と変わらないけど。でもそのお陰で人間と全く変わらない外見だから竜魔人と気付かれない。

 

 

「あ。おはようアイカちゃん。ルミナス様」

「おはようレン。今日はよろしくね」

「よろしく頼むぞレン」

 

 

 レンも合流し、パパが玄関のカギを締めたので出発の準備完了だ。エルメシアへの誕生日プレゼントも持ったし、後は五体満足でサリオンに到着するのみ。

 

 

「よっし行くぞ。ある程度の魔獣はラン達が倒しているが、油断しないように」

「分かってるよパパ。後ろは任せたからねレン」

「ふふ……任せて」

 

 

 軽く拳をぶつけ合う。その様子を見ていたママが懐かしそうな顔を浮かべていた。もしかして昔のパパ達と重ねたのだろうか。あの頃のパパ達の事を一番知っているのはママだしね。

 

 

「さて。前衛は若い娘たちに任せるかの」

「そうだな。おいでルミナス。ハクもいいぞ」

 

 

 自然とママを抱き寄せて手を繋ぎ、ハクエンを右肩に乗せて歩き始めるパパ。どことなく嬉しそうな雰囲気が出ているのが分かった。私とレンはそんな3人の後を歩いてルベリオス西側の門へ向かい、衛兵さんと手続きをしてから門を開けて貰う。

 門が完全に開いてから通り抜けルベリオスの外へと出る。外は一面緑の平原で魔獣の姿はない…と思っていたのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

 

 

「キシャァァァァ!」

 

 

 3体の天空竜が私達の前に現れる。恐らくルベリオス内に侵入しようとしたけど結界があって入れなかったのだろうか。そんな時に門が開いたので出て来た私達を倒して入ろうとした。って所かな?確かにいい手だけど正直相手が悪いと私は思う。

 

 

「さて…たまにはパパに格好いい所見せないとね」

 

 

 灰塵を抜刀して天空竜に向かう。3体の天空竜は雄たけびを上げながら高速で迫ってくるが、そのうち2体はレンが光の鎖で拘束して身動きを取れなくする。それに残りの一体が動揺して動きが鈍り、そこを見逃さず首を斬り跳ねる。

 

 

「ギャッ!?」

「止め。怨炎!」

 

 

 黒紫色の炎の球で天空竜を覆い滅却。天空竜は跡形も無く焼失し、淡い光だけが残ってそれも腰に携えているランタンの中に入る。残りの2体はレンの魔法で跡形も無く消し飛んでいた。

 

 

「流石レンだね。今のは光魔法?」

「そう。ホムラ先生のソルス・レイを万人に使えるように改良した魔法だね」

「成程…」

 

 

 ではさっきの魔法は光破熱線って事かな。アレってめっちゃ痛いんだよね。皮膚は焼けただれるし、魂も焼かれるし、威力エグイし。というかあんな頭おかしい技を簡易魔法にしないでよね。

 

 

「無事に倒せたな。このまま気を抜かずに行くぞ」

「うん。で、何処に行くの?」

 

 

 パパに行き先を聞くと、パパはある方向を指さす。その方向に何があるか考えていると、ママがムッとした顔を浮かべる。

 

 

「廃城の地下か。確か魔鉱石採集場にして整備したと聞いていたが」

「あぁ。その更に地下階層が4つ見つかってな。その一番地下に湖があるんだ」

「いわゆる地底湖って物ですね。それがどうかしましたか?」

 

 

 レンがパパに尋ねるが、パパは答える事無く歩き始める。あぁ…これはかなり面倒な事で、しかも昔似たような事があったパターンかだね。

 

 

「えっと…何で先生は何も言わないんだろう…?」

「多分面倒事。行こう」

 

 

 パパ達の後ろを歩きながら襲ってくる魔物を討伐。面倒な魔物は排除済みと聞いていたけど小型の魔物が多い。明日来る皆は大丈夫かな。

 

 

「結構多いね。皆心配」

「大丈夫。大型やネームドは討伐済みだし、あれぐらいの小型は倒せないと」

「だとしてもね…」

 

 

 魔物の数が多いって話も聞く。何かの予兆ではないことを祈りたい。例えばヴェルトラが来訪するとか。もしそんなことになれば堪ったものはないけど。

 

 

「ペースあげるぞ2人とも」

「いいよパパ。ちゃんと付いていくから」

「私も問題ありません」

 

 

 ペースをあげるパパ達の後を付いていくこと数分。今は採石場へとなった廃城に到着。

 そのまま地下に進み例の更に地下へと続く道に向かうと、大きな扉が見えてきて、その前ではパール姉とソフィ姉が待っていた。

 

 

「おはよう二人共。朝からご苦労」

「おはようホムラさん。今日は宜しくね」

「うん。所で仕事は?」

 

 

 ニコっと笑いながらソフィ姉に聞くパパ。聞かれたソフィ姉は何も答えずニコっと微笑んだ。というかソフィ姉が来るって言ってなかったよね?

 

 

「フレア様。ソフィにも息抜きが必要かと。色々と仕事を抱え込んでいますので」

「……今回だけな。ま、セーラの無茶振りもあったし多目に見よう」

「まぁ仕方ないよね。ぎゅー」

 

 

 ソフィ姉に抱きついて胸に顔を埋めると、ソフィ姉は涙目になりながら私の頭を撫で始める。

 

 

「うぅ…アイカは素直でいい子だね。どこかの殿下の娘とは大違い」

「そんなに無茶ぶりされたの?」

「そうだよ!」

 

 

 

 大きな声を上げるソフィ姉。そしてとても珍しいソフィ姉の愚痴が炸裂する。

 

 

「あの花弁の杖いつ言ってきたと思う!?入学式一週間前だよ!?しかもシンに頼まれて魔素で動くバイクの試作設計とかホムラさんの村正の点検とかでめっちゃ忙しい時に!なんでお抱えの鍛冶師じゃなくて私なの!?」

「そ、それだけ頼りにされてるって事だと思う」

「私はホムラさんとアイカの専属鍛冶師で錬金術師!王族には昔から仕えている人いるんだから!」

「ま。そっちに頼むのが普通だな」

 

 

 苦笑いを浮かべながら言うパパ。というかソフィ姉って私はパパの専属だったんだ。その話は初めて聞いた気がする。そうなると普段の仕事に加えて日々新しい物を編み出していく中で、セーラの無茶ぶりとか聞く余裕ないよね。

 

 

「まぁソフィ。その件に関してはマリン殿に雷を落としていただいたのでそれでよしとしましょう」

「お、おば様の雷……」

 

 

 きっとこってり絞られたと思う。あの人の雷はママとは別の意味で怖い。あの陛下に有無を言わせない程だから。

 

 

「よしソフィ。君もサリオンに行こう。どうせシルビアに捕まって宴会確定だし、ルミナスとシルビアが潰れた後に沢山愚痴を言ってくれ。いくらでも付き合うから」

「うん。折角だからお付き合いさせてもらおうかな」

「たまには息抜き大事だからね」

「……」

 

 

 話の流れでソフィ姉の同行も決まるのだが、さり気無くお酒のお誘いは良くないと思う。というかパパってお酒飲むイメージ無いんだけどどうなんだろう?ママは結構飲んでパパの膝を枕にして寝ているのはよく見かけるけど。

 

 

 

「それじゃあそろそろ行こうか。ソフィとパールさんは同行頼む」

「了解ホムラさん」

「お任せください」

「「「……」」」

 

 

 私達を置いて扉を開けようとするパパ。無論そんな事が許されるはずも無く、ママが『待った』と言い、腕を組みながら言った。

 

 

「妾とレンが置いて行かれるのは構わぬが、せめてアイカは連れてゆけ。これも勉強だ」

「それは良いけど…」

「じゃあ私残るよ。レンとお話ししたいし」

「そうか…じゃあ行こうかアイカ」

「う、うん」

 

 

 ママの一声でソフィ姉と交代。パパは扉を開けて中に入って行く。私はその後をパール姉と一緒に付いて行き暫く進むと開けた場所に出る。そこでパパは足を止めて下を見る。

 パパの視界の先には全長10メートル程の大きな穴。落ちないように覗き込むけど一面闇で地面は見えない。この下に4つの階層と地底湖があるって言ってたよね。結構探索大変だ。

 

 

「……この感じたことある気配は行くの嫌だなぁ」

「どういうこと?」

「言ってからのお楽しみだ。行くぞアイカ。パールさんも宜しく頼む」

「はい。慎重に降りましょう」

「おぅ。捕まってろアイカ」

 

 

 パパは私を右腕で持ち上げて穴に飛び込む。パール姉も付いてきて周りを警戒しながら降りていくと地面が見えてきたのでゆっくりと着地し、周りを見渡すパパ。

 

 

「以前の事を考えると近くに……あった。あれだな」

「あれは…扉?それにあの紋様って……」

 

 

 パパが指を指した先には大きな扉と謎の紋様。気になった私はパパの右腕から飛び降りて扉に触れる。

 

 

「何だろう。扉の向こうから大きな気配を感じる」

「大きな気配……どうやら何かいるのは間違いなさそうですね」

「……」

「……?フレア様?」

「パパ?」

 

 

 紋様をジーと見ているパパ。それだけではなく時折唇を動かして誰かと喋っているようだ。その誰かがとても気になるけど、もしかしたらユニ姉かもしれないから聞かないでおこう。

 

 

「行くぞ二人共……と言いたいが、ここからは俺一人で行く。前回はルミナスと一緒でも問題無かったが、今回は一人で来いって言ってる」

「一人でって…もしかして昔話してくれた試練って奴?」

「あぁ。悪いが待っててくれ。終わってから呼ぶ」

「承知しました。ここでお嬢様達とお待ちしてます」

「うん。じゃ行ってくる」

 

 

 パパは扉を開けて中に入ると、扉は自然と閉まり鎖で施錠され、それを見てから私は上で待っているママ達を呼んだ



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ちょっとした女子会

ルミナス様のメイン回


 パパが洞窟内へと入ってから数時間。私達は大穴の近くで気長に待っている。ソフィ姉はレンと紅茶を飲みながら雑談していて、ママはハクエンを膝に乗せて愛でている。私は愛刀を身が磨きながら『まだかな……』と声を漏らしながら待っていた。

 そんな中1人ソワソワと落ち着きがない人が1人。そうパール姉だ。大穴を除いたり周囲をグルグル歩いたりと落ち着きが無かった。

 

 

「心配し過ぎじゃないパール姉」

「え?別にフレア様を心配している訳ではありません。その…近くにある牢屋が気になって」

「牢屋……?」

 

 

 牢屋って確かケルベロスっている魔物を育てていた奴だっけ。確かパパが幻獣って総称で言って、姿形からパパの故郷の神話に出て来る存在に当てはめて名前を決めているんだっけ。どうして気になるんだろ?

 

 

「幻獣は我々姉弟と似た経緯で作られています。なので気になって。もしかするとあの時の実験データがあるのではないかと」

「成程…。でもあの牢屋には日記しかなくて大した情報が無かったって話だよね。それに魔物を生みだす方法ならママに聞いた方が早いような……」

「……お嬢様。その件は尋ねない方がよろしいかと。神祖トワイライトに関しては絶対に」

「う、うん」

 

 

 まぁそうだよね。かなり酷い事してたって話だし、ママにとっても辛い話しだと思う。ならママの高弟について聞くのはいいかも。確かシルビアおば様ともう1人いるって聞いたような。確か名前は……何だっけ?

 

 

「ジャヒルの事を知るのは止めておけ。あ奴は神祖と同じぐらい外道じゃ」

「うわっ!?」

 

 

 いつの間にか隣にいたママに驚いてしまう。お願いだから気配を完全に消さないで欲しい。特に警戒していない時は絶対に。よし…仕返ししよう。

 

 

「ねぇ。ママはパパの何処が好きになったの?」

「え?何じゃいきなり」

「急に知りたくなったから」

「いきなり唐突じゃのぅ……」

 

 

 困った顔を浮かべるママ。過去に何度か聞いた事があるけど一度も答えた事がない。何だかんだ理由を付けて逃げるけど、今回は逃げれないから。

 

 

「パパの好きな所か。それはの…っとそうじゃパール。例の牢屋へ向かうといいい。ついでにアイカも連れて行け。ホムラには伝えて置く」

「え?」

「ーーーふふ。分かりました。行きましょうお嬢様」

「ちょっとーーー」

 

 

 

 襟を掴まれて軽軽と持ち上げられて連行される。その時視界に入ったママの良い笑顔を見て、『またやられた』と物凄く悔しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ールミナスsideー

 

 

 

「ふふ……まだまだ甘いのぅ……」

 

 

 ハクエンを撫でながらとても悔しそうな顔を浮かべて連れて行かれるアイカを見て思ってしまう。まだまだ視野が狭い、妾とあ奴の事を詳しく聞きたいのなら、もう一皮向けないといかぬな。

 

 

「たまにはアイカに話してあげたら良いのにルミナスさん」

「多分娘には話せないほど過激じゃないのかなソフィ先生」

「いや…別に話せないほど過激ではないが……」

 

 

 話さないのは単純に恥ずかしいだけと長くなるだけ。だから妾の胸の中に閉まっておきたい。まぁうっかりパパが口を滑らせる可能性はあるかもしれん。

 

 

「でも実際気になるよねレン」

「はい。異世界人であり元勇者の魔王がどうやって高貴な吸血鬼のお姫様の心を射抜いたか」

「うんうん。で、どうなのルミナスさん」

「グイグイ来るのお主ら……」

 

 

 ふむ…このままだと押し切られそうじゃの。ホムラも帰って来るまで時間が掛かるだろうし、少しぐらいなら構わぬか。

 

 

「最初は恩返しのつもりじゃった。妾達と都を守ってくれた恩返し」

「確かルミナスさんと相性悪い幻獣だっけ。凄く強かったって」

「魔素…魔法を無効化する特性でしたか。確か幻獣の特性をユニ先生が解析してアンチマテリアル系統の魔法を編み出したと。その後のケルベロスもそうですね。相手の魔法を吸収して自身の魔素に変換する…ホムラ先生の究極スキルが元になったやつですね」

「いつの間にそんな物を……」

 

 

 主が強ければ配下も強くなるとは言うが、ちと強い…いや能力がおかしい連中が多くないか?それもきっと主である魔王フレアの影響だろう。あの男ほど努力と言う言葉が似合う奴はいない。

 

 

「話を戻すがその時に色々知っての。勇者の卵を持ちラミリスに認められたのにも関わらず、体の中にはどす黒い大きな何かがあった。それを見て放って置けなくなっての。色々と世話を見る代わりに、あ奴の居た世界の話しと、旅で見て来た物を話して貰った」

「勇者時代の話しかぁ…時々お酒の席で陛下が話すけど、本当か怪しいよね」

「ホムラ先生も話さないし、元よりお酒飲まないし。酔い潰れた先生見て見たいよね」

「……」

 

 

 潰れたあ奴か…残念だが見る事は無いだろう。一度だけ見たことがあるが、あれ以降限界以上に飲まないようになったからの。

 

 

「ともあれ…色々と交友を重ねえているうちにホムラが欲しいと思った。しかし大きな問題があっての」

「問題?」

「何かあるかな…?」

 

 

 首を傾げて考える2人。そうか…ソフィはともかくレンは妾やほむが魔王になった時を知らぬのか。ふむ、問題の件は言わない方がよいかも知れぬな。

 

 

「妾達にも色々あるのじゃ。それよりお主らはどうじゃ?良い男の一人や二人は見つけたか?」

「私はまだ考えてませんね。エルフは長寿ですし、今は魔法やホムンクルスの研究で忙しいですから」

「私も。それに今は大きな計画あるし」

「計画?それはなんじゃ?」

 

 

 計画とやらをソフィに聞く。ソフィは少し間を置いてからなんとも言えない顔で言った。

 

 

「ホノカのブラコン矯正計画」

「「………」」

 

 

 思わず無言になる妾とレン。もう一度聞き返そうと思ったが、きちんと記憶してあるので聞き間違いではないだろう。

 

 

「あの人のブラコン加速してるんだ」

「言われてみればアイカが我が家に来てから、家で見る頻度が増えたの」

「そろそろどうにかしないといけないから、ランとミナト中心で作戦会議してるんだ」

 

 

 それは非常に助かるの。あ奴もいい加減兄離れしなければならぬ。そろそろ結婚も視野にいれぬとな。

 

 

「何でホノカはあそこまでホムラさんLOVE何だろ?兄妹ってのもあるだろうけど」

「正直不思議だよね。特殊な家系と伺ってますけど」

「色々あるのじゃよ。あ奴らにしか分からない事もある」

 

 

 故に妾もあまり首を突っ込まないようにしているが、ブラコンとやらが加速しているのは事実。流石の家族行事まで家にいることは無いが。

 

 

「まぁ…義妹の件はお主らに任せる。今はホムラが帰って来るのを……ん?」

 

 

 

 ふと叫び声のような物は一瞬聞こえる。その声はソフィとレンにも聞こえたようで揃ってその方向を見る。その方向とはアイカ達が向かった牢屋だった。

 

 

「今のって叫び声…だよね?」

「パールさんが叫ぶわけ無いし……」

「我が娘も簡単に叫ぶような弱い子に育てたつもりはないぞ」

 

 

 子供の頃から厳しく育てている。簡単には負けぬし弱い所も見せぬ…が。少し心配じゃの。どれ様子を見に行くとするかの。

 

 

「2人共。妾が見に行く故、待っていて欲しい。直ぐに戻る…はっ!」

「え?この気配って―――」

「来ます!」

 

 

 覚えのある気配と同時に、妾達の背後に黒い靄に覆われた三つの頭を持つ巨大な獣が姿を現す。その姿を見て一瞬驚くが瞬時に切り替える。ソフィとレンも戦闘態勢に入るが、それよりも早く獣が巨大な炎玉をそれぞれの頭から放つ。

 

 

『ここはお任せを』

 

 

 ハクエンが体を大きくして炎玉を尻尾で薙ぎ払うが、それを見越していたかのように獣はハクエンの首に噛みついて大穴へと落としてしまう。それから獣は妾達の方を向く。

 

 

「……どういう原理でケルベロスが蘇ったか知らぬが、かつてホムラが戦った時よりも桁違いに強いの」

「そ、それってヤバくない?3人で大丈夫かな?」

「応援を呼んでいる暇はありませんし、ここは私達で乗り切らないと」

「その通りじゃ。じゃが3人ではなく5人じゃよ」

 

 

 上に人差し指を向けるとほぼ同時に、灰塵を抜いたアイカとランスを持ったパールが降りてくる。アイカは妾達の方を向くことなく『巻き込んでごめん』と言ってからケルベロスへと立ち向かっていった。

 

 

「ちょっとアイカちゃん突っ込まない!ソフィ先生後方支援お願いします!」

「了解!まっかせて!」

 

 

 アイカに続きソフィとレンも立ち向かっていく。意外とあの3人なら妾達の手助けはなくても何とかなりそうじゃの。前衛をアイカが務めえて後方支援をソフィが担当してレンは魔法による補助。互いの息を合わせれば大丈夫そうじゃ。

 

 

(さて…愛しい娘の成長を見せて貰おうかの)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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子は親に似る物

「合わせてアイカ!」

「オッケー!」

 

 

 ソフィ姉が錬成で生み出した赤い光球と蒼い光球を放って、ケルベロスの左右の口に嵌めると同時に2つの光球が大爆発を起こす。ケルベロスは大量の煙を吐きながら怯み、そこを逃す事無く真ん中の頭を斬り落とす。その後にケルベロスの上を取ったレンが強烈な魔法を撃つ。

 

 

「アルテラカノン!」

 

 

 とても細い光の線でケルベロスの首を撃ち抜く。撃ち抜かれたケルベロスは断末魔を上げるが、周囲から魔素を吸収して撃ち抜かれた箇所と斬り落とした首を再生し、魔王覇気で私達を弾き飛ばすけど何とか耐えて、逆に大したダメージを負ってないケルベロスを見て苦笑いを浮かべてしまう。

 

 

「ノ、ノーダメージ……」

「再生はやぁ……」

「パパどうやって倒したの…?」

 

 

 パパの強さを痛感してしまう。あんな怪物どうやって倒してのだろうか?幸いにも今回は魔法が効いている。それだけでも戦い方の幅は広がるからやりやすいか。

 

 

「魔法を軸に攻めよう。一撃必殺とか無いレン?」

「あるにはあるけど…チャージに時間がかかるよ」

「ユニさんみたいに詠唱無しでは放てないからかなり時間いるかな」

「無いよりマシ。さて……」

 

 

 マントを外して息を整える。それからランタンの扉を解放し、いつでもスキルが使えるように準備。私の予想通りなら、後々必要になってくる。

 

 

「んじゃ……久々に真面目にやろうかな。止め任せたよ」

「任せたって…(こういうところはホムラさん似かぁ…)」

「了解…(頼り方が先生と一緒なんだけど…)」

「……(なんかおかしいこと言ったかな?)じゃ宜しくね」

 

 

 視線をケルベロスに戻し、深呼吸してから奴と間合いを詰める為に突っ込む。それに対してケルベロスは三つの頭から時間差で黒い光球を放った。

 

 

(止まってガードも面倒だしこのまま突っ込むか)

 

 

 両腕を交差させて加速。そのまま光球と正面からぶつかり光球は爆発。少し痛いけど止まること無く残り2つの光球を一刀両断。それとほぼ同時にケルベロスの鋭利な爪が迫ってきた。

 

 

「いい判断だけど当たらない」

 

 

 ギリギリで詰めを躱してから右前足を斬り落とす。ケルベロスは痛そうな雄たけびを上げながらも足を再生しようとするがそうはいかない。パパから教わったある技で切断面を覆い再生を阻止する。

 

 

「ギィ!?」

 

 

 困惑したケルベロスの動きが止まる。そこを逃す事無く残りの四肢を全部斬り落として切断面を覆う。ダルマになったケルベロスは動くことが出来ずじたばたと暴れはじめる。

 

 

「んじゃ後よろしくね2人共」

「う、うん……(見ない間に強くなったねアイカ…」

「後もう少し待ってね……(あぁ…先生達のスパルタ教育の賜物かぁ……)」

「……(なんか言いたそうな顔なんだけど…)」

 

 

 うーん。何かおかしい所はあっただろうか?私の剣技や魔法では完全に消滅させられないからあぁするしかなかったんだけど…まぁいいか。

 ともあれ少し待つと、ソフィ姉とレンの強烈な魔法でケルベロスは一瞬で蒸発して黒い靄のような物がランタンに吸収されていく。

 

 

「ねぇアイカ。あのケルベロスって……」

「うん。多分牢屋に染み付いた怨念の類。でも大丈夫。私のスキル『黄泉送り』できちんと浄化したから」

「そっか。たまに使う大きいガイコツみたいに使役すると思ったけど」

「そんな怖い事しないって……」

 

 

 訳わからない幻獣何なんて再利用できないよソフィ姉。めっちゃ怖いし、何かあったら責任取れないし。大きい骸骨もランタンに溜まった魂を吐き出す時以外使わないし。

 

 

「さて…後はパパを待つだけだけど…」

「思ったよりも時間が掛かっているみたいですね」

「それだけ面倒な奴でも居たのかの。じゃがその前に……」

 

 

 ママは私の手から灰塵を取り、刀身に軽く触れるた時だった。刀身の丁度半分辺りに亀裂が入って真っ二つに折れた。とても綺麗に真っ二つに。それを見た途端に全身の血の気が一気に引いたのを感じる。

 

 

 

「あ…あぁ……そんな…戦ってるときは大丈夫だったのに……」

「多分戦闘中は闘気を纏っているから気付かないと思うよ。貸してルミナスさん。応急処置出来るか見るよ」

「それには及ばぬよ。応急処置したところでまた折れる。ならアイカに見合った刀を用意するべきじゃ」

「見合った刀?」

 

 

 みんなが疑問に思う中。ママは灰塵を鞘に納めた後にパチンと指を鳴らしって一本の小太刀と少し長めの太刀を取り出す。

 

 

「この2本をアイカに託そう。小太刀は『陽炎』と言ってな。ホムラの愛刀である正宗の兄妹刀。正宗と違い邪気や妖気を払う妖刀じゃ。そしてこちらの太刀は『陽炎』を元にソフィが打った物じゃ」

「そんな化け物何でママが持ってるの…?」

 

 

 とても疑問に思ってしまう。それにあの正宗に兄妹刀があるのも初耳だ。多分ホノカおばさんに継がれる予定だったのかな。そんな刀を扱えるか分からないけど、ママが託してくれるなら受け取ろう。パパもきっと許してくれる。

 

 

「ありがとうママ」

「気にするな。どのみち妾が持っていても使うことがないからの」

 

 

 ママから刀を受け取って右腰に携える。それとほぼ同時にハクエンを肩に乗せたパパが戻ってくる。パパは周りを見て心配そうな顔を浮かべるけど、直ぐにママが説明する。

 

 

「それは大変だったな。怪我してないかアイカ?」

「ん。擦り傷ぐらいかな。あとは両手痺れてる」

「ガード面倒だからって突っ込んだな?」

「うぐぅ……」

 

 

 グサッと心に突き刺さる。言ってもないのに何で分かるかとても不思議。ママが思念伝達で伝えた様子もない。あれか、親は子供の事を何でも知っているって奴か。

 

 

「それと女の子なんだから服装にも気を付ける事。どれ魔王の力を見せてやる」

 

 

 パパのはそういってから両手を私の肩に置き、少し考えてから力をいれる。すると私の全身を淡い光が覆い、それと同時に私の服装が変わった。

 黒と白を基調とした和装。上半身は巫女服で下半身は少し長めのスカート。私が愛用している私服よりずっと可愛かった。

 

 

「凄い可愛い……」

「そ。そんなことも出きるんですね……」

 

 

 見ていたレンが驚きを隠せない。けどなんか怪しい気がする。絶対に何かたねがあるはずだ。現にソフィ姉が『やりやがったよあの人……』と言いたそうな顔をしているから。

 

 

「どうだママ?似合ってるだろ?これなら幻獣の攻撃にも耐えられる」

「確かにそうじゃの。だが……なぜドレスにしない?その術は500年に一度しか使えぬ秘術じゃろ」

「「………え?」」

「……(言っちゃったよルミナスさん…)」

「……(ま、まぁ隠しても仕方ありませんしね…」

 

 

 今聞いてはいけないことを聞いた気がする。秘術が何とか言ってたような。でもここは聞き流す方が良いかもしれない。詳しく聞いても話してくれないだろうし。

 

 

「全く。アイカといいエリンいい何故ドレスを着ないのじゃ」

「動きにくいからだよママ。でも和装は色々改造出来るから自分好みに出来る」

「だそうだ。残念だったね」

「むぅ……」

 

 

 むすっと頬を膨らませるママ。残念だけど私がドレスを着るときは来ないと思うよ。多分お姉ちゃんも。

 

 

「んじゃ改めてサリオンに向かうか」

「その前に昼食じゃの。近くに良い景色が見れる場所はあるか?」

「良い景色?確かに少し北に向かうと湖があったかな?」

「えぇ。魔物もいませんし良い場所かと」

「決まりだね。お腹空いたし早く行こう」

 

 

 と言うわけでサリオンに向かう前に一旦湖に寄って昼食を済ませに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 空が橙色に染まった夕刻。私達は無事はサリオンに到着。空をも貫きそうな大樹の中に城があった。

 で、私達はその城の扉の前にいるのだか、門番のエルフ2人から強烈な殺気を向けられている。特にパパには強烈だ。その変わりか分からないが、私やママには全く無い。

 

 

「何かしたパパ?」

「記憶に無い。多分アレクだろ」

 

 

 成る程…と言いたいけどおじ様はサリオンに定期的に行ってシルビアおば様と話をしているから違う気がする。となるとやっぱりパパに原因ありそう。

 

 

「…あれじゃ。エルメシアの超反抗期で我が家に逃げて来たじゃろ。そのときお主がエルメシアは少し甘やかしたからその件で怒っていると思う」

「えぇ…あれはきちんとしてないシルヴィが悪いだろ」

「……(そういえばそんなことあったね)」

 

 

 8年ぐらい前かな?エルメシアがおば様と大喧嘩して家に逃げてきたことがある。ちょっとした些細な事での喧嘩なのだが、どう考えてもおば様が悪くてパパがきつく言いに行っていた。

 

 

「取り合えず中に入れて貰おうよ」

「そうだな。頼むレン」

「はい。では……あら?」

 

 

 門番に声を掛ける前に、門が開き始める。中から姿を現したのはシルビアおば様。いつもと変わらず元気そうで良かったが、おば様はパパとママを見るや直ぐに2人の手を取って城の中へと進んで行った。

 

 

「えっと…」

「私達も行こうか」

「助けに行かないとね」

 

 

 私達も駆け足で城に入って行った。



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宴会は魔境の一つ。

 無事にサリオンに到着した私達は、シルビアおば様に連れて行かれたパパ達を救出するべく後を追うと、大きな和室に到着。和室ではパパ達以外にアレクおじ様とマリンおば様。セーラと護衛に来ていたミナト兄が仲良くお酒を飲んでいた。

 

 

「これは……」

「遅かったねアイカ。色々あったらしいじゃん」

「あ。お姉ちゃんも来てたんだ」

 

 

 ひょこっと顔を見せるエリンお姉ちゃん。居る理由は察しがつくけどひとまず昼間の事を話しをする。聞いたお姉ちゃんは私の頭を撫でながら怪我の事とか心配してくれた。

 

 

「怪我はなさそうだね。服に関してはお父さんにお礼言った?」

「勿論。何か秘術とか聞いた」

「うん。先王様が編み出した錬成術の秘技。一度使うと術式は復活するまでの500年かかるらしいよ」

「成程。道理でソフィ姉がジト目だったわけだ。ソフィ姉は知ってた……あれ?」

 

 

 隣にいたはずのソフィ姉がいつの間にか居ない。周りを見渡すと、アレクおじ様の近くでミナト兄やレンと一緒にお酒を飲みながら食事をしている。

 

 

「いつの間に……」

「うーんあれは大変そうだね。私行ってくるからアイカも適当に混じりなよ。まぁお父さんたちの所はお勧めしないけど」

「あの魔境はごめんだね」

 

 

 パパはおば様に捕まり大変な状況だ。ママも混じっているから尚の事。おば様に限ってパパに手を出さないとは思うけど、あそこに混じるのはかなり勇気が必要だ。

 

 

「散歩でもしてくるかな。お酒飲みたくないし」

 

 

 気付かれないようにこそっと部屋を出る。それから何処に行こうか考えていると、以前エルメシアに聞いた場所を思い出したのでそこに向かうことにした。

 

 

「確か城の回廊だったっけ?」

 

 

 記憶を頼りに迷わないように城の回廊に向かうが、以前来たのが10年近く前なので案の定迷ってしまう。『さぁどうしよう』と思っていると、背後から誰かが来ていることに気付く。

 

 

(誰だろう…?)

「あら……?アイカ?」

「あ…この声は…」

 

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきて、暗闇から姿を表したのはエルメシアだった。そういえば和室に居なかったね。何で気付かなかったんだろう?

 

 

「迷子?もしかしておじ様達から逃げてきた?」

「そんなところだね。それと久しぶり」

 

 

 にこっと微笑むとエルメシアも笑顔を返してくる。それから訳を話しながら例の回廊まで案内して貰う。

 

 

「本当に元気そうだね。色々大変らしいけど」

「えぇ。おじ様や陛下の気持ちが痛い程分かるわ。面倒なこととか押し付けたくなる」

「適材適所だよ。パパもある程度は皆に任せてるし、基本は監理業務に専念してるし」

「その辺りの話も聞きたいのよ。頼みもあるしね」

「また喧嘩?部屋掃除した方がいい?」

「最近はしてないわよ…」

 

 

 それなら問題ない。エルメシアの反抗期が終わったとは言っても時々逃げてくるからね。事前に準備はしておかないと。

 

 

「さて…着いたわよ。ここでしょ?」

「あ、うん。ありがとう」

 

 

 目的の場所に到着。ここから見える星空と月が物凄く綺麗って聞いていたけど、残念ながら曇り空で全く見えなかった。

 

 

「今日は曇ってるわね。また次の機会かしら?」

「……だね。次見れると良いな」

「こら、顔暗い」

「はうっ!」

 

 

 両手で頬を引っ張ってくるエルメシア。そんなに暗い顔をしていたろうか?確かに夜空が見れなかったのは残念だけど、暗い顔をしていないと思うけどなぁ……。

 

 

「ねぇ。もしかして私の頬を触りたいだけとか?」

「そんなことないかしら?良い感触なのは事実だけど」

 

 

 それ、本当のことを言っているようなものだけど?よし…たまには仕返ししよう。

 

 

「………えい!」

「むふぅ!」

 

 

 エルメシアの頬を両手で挟み、とても面白い顔にする。思わず笑いそうになるけど、ぐっとこらえながら指で伸ばしたりする。

 

 

「面白い顔だねエルメシア。しかも少し筋肉がカチカチだから揉み解してあげないと」

「や、やってくれるじゃないのッ!」

「むみゅう」

 

 

 手の平で頬を挟んでくる。それと同時にエルメシアはプッと笑った。それを見てカチンときた私は同じ様に思いっきり頬を挟む。

 

 

「にゅぐぅっ!?ひはいひゃない!(痛いじゃない!)

「それは私にも言える事だから!」

 

 

 そのままじゃれ合っていると、背後から誰かに見られているのにお互い気付き、私とエルメシアは視線を向けると、物陰に隠れているシルビアおば様と目が合った。

 

 

「おば様…?」

「……何見てるのよお母様」

 

 

 キッとおば様に睨むエルメシア。おば様は慌てて逃走するも直ぐにエルメシアが追いかけて捕まえてしまう。それから話を聞くと、おば様はパパやアレクおじ様と話が終わったので、中々来ないエルメシアを探しに来たらしい。

 確かにエルメシアの為にサリオンに来たのに当の本人が姿を現さないのはマズいよね。なので2人と一緒にパパ達の部屋に戻ると、エルメシアはおば様と一緒にアレクおじ様の所に行き、私は片隅で美味しいご飯を食べようとしたのだが……。

 

 

「えいっ!」

「あぅ!」

 

 

 ママに背後から捕まえられてしまう。そのままパパとお姉ちゃん達の元に連行され、ママの膝の上に座らされて優しく頭を撫でられる。

 

 

「妾達に黙って何処に行っておったのかの?」

「別に何処でも良いじゃん」

「確かにそうだがせめて一言は欲しい」

「うっ。それはごめんなさい」

 

 

 こそっと出たことは私が悪い。これぐらいならパパは何も言わないけど、ママは少し厳しい。もう少し甘くても良いのになぁ…と時々思う。

 

 

「まぁそう言うなよママ。アイカだってこういった場が嫌いかもしれない。無理する必要ないさ」

「……!(ナイスパパ!その通りだよ!そのままもっとママに言ってやって!)」

 

 

 予想外のパパのフォローに心の中で喜ぶ。更なる追撃を期待していたけど、ママがジト目でパパを見たのを見て、『これは駄目だ』と早々に諦めてしまった。

 

 

「甘いぞホムラ。アイカがどのような道に進むか本人次第だが、妾達の娘であることには変わらぬ。このような場にも慣れる必要があるじゃろ」

「だとしても強要はダメ。俺なんかおっさんの誕生日会とか王国の建国記念際とか顔だしてねーぞ」

「……そういう所にアイカは似たのじゃな。全く…」

 

 

 少し呆れつつも納得しているママ。今回は引き分けかな?たまにはパパに勝って欲しいけど。というかパパが勝った所見たことあったっけ?

 

 

「所でパパとママは明日どうするの?会合ってエルメシアの誕生会の前だっけ?」

「あぁ。でも俺は参加しなくて良いから宿でゆっくりしている。明日は……」

「妾とデートじゃ。無論エリンもいる」

「そっか…って。お姉ちゃんも?」

「そうだよ。ごめんねアイカだけ仲間外れで」

「……」

 

 

 何か物凄くムカつくのは気のせいだろうか?まぁお姉ちゃんは多忙だしたまには良いと思うけど、言い方がちょっとだけムカつく。

 

 

「その代わりに今夜は沢山愛でてあげるぞアイカ」

「それは勘弁して欲しい。あと私の首見すぎ」

 

 

 さっきからママの視線が私の首に向けられている。新しい服の影響か、首の露出範囲が広い。帰ったら何かしらの対応をしないと。

 

 

「かぷっていったら怒るから」

「むぅ。そんなに嫌か。なら仕方ない」

 

 

 ママは私を解放すると直ぐにパパに抱き付いて胸に顔を埋める。パパは驚く様子も無く慣れた様子で優しくママの頭を撫でた。

 

 

「相変わらずラブラブっぷりね。見てるこっちが恥ずかしいわ」

「ん。そうだねエルメシア。所でおじ様と話しは終わった?」

「うん。だからこっちに来たけど……ちょっと待つわ。お母様も陛下の所だし、少ししたらルミナス様が寝るでしょ」

「…だと良いね(流石によく分かってるよエルメシア)」

 

 

 付き合いの長さがよく分かる。彼女の言う通り、シルビアおば様が混じってたら突貫するしかないけど、今は居ないから少し待つ方がいい……と思っていた。

 

 

「あら?何イチャイチャしてるのよ二人とも」

「「あ……」」

 

 

 最悪なことにおば様が気付いてしまった。それを見たエルメシアはとても大きな溜め息を吐きつつパパのところに向かう。

 私は心の中で応援しながら談笑しているパパは達を見ていると、今度はシルビアおば様に捕まってしまった。

 

 

「相変わらず可愛いわねアイカちゃん。家の子にならない?」

「自分の娘すら躾られないおばちゃんの娘はやだ」

「グフッ!!」

 

 

 物凄く痛いものが突き刺さったのだろう。よし、さらにおばちゃんに追撃しよう。

 

 

「おばちゃんはちょっとエルメシアにキツすぎ。もう少し優しく接してあげないと、パパに取られるかもね」

「そ、それは絶対ないわ!あの子が私を裏切る何てーーー」

「ねぇおじ様。エリンとアイカに弟出来ない?出来たら是非紹介して欲しいわ」

「「………」」

(うわー……言ったよエルメシア。絶対本気だよあれ)

(パパもめっちゃ困ってるよあれ……)

 

 

 従姉故かエルメシアが本気で言っているのが分かる。パパの困った顔と、おば様の真っ白な顔が何よりの証拠だ。見てる私達はとても楽しいけど。

 

 

「あのなぁエル公。シルヴィだって苦労してるんだぞ。夫がどっかに行って女手一つでお前を育てたんだ。そんなこと言うな。あと子供は二人で十分」

「え?妾はあと一人ぐらい欲しいーーーむきゅぅ」

「はいはい。ルミナスは静かに」   

 

 

 ママの口を抑えて言葉を止めるパパ。聞いてはいけない事を聞いた気がするが聞かなかった事にしよう。

 

 

「大丈夫だ。あの野郎は帰って来る。お前は笑顔で出迎えてやれ。さて…俺はこの泥酔した姫を連れて行くか。じゃあまたな」

 

 

 

 軽々とママを持ち上げて部屋を出ていくパパ。相変らず手慣れているというか、むしろ慣れてしまっているというか。皆アレを見ても無いも言わないしね。

 

 

 

「あんまりおじ様と話せなかったわ。仕方ない。一緒に寝ましょうアイカ。学校の話し聞かせてよ」

「勿論いいよ。行こうか。お姉ちゃんも」

「え?私も?私はお父さんを助けに……」

「邪魔しないのよエリン」

 

 エリンの手を掴んで引っ張るエルメシア。私もその後を追い、別の部屋で夜が明けるまで色んな話で盛り上がった。



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セーラ姫誘拐される

「ふわぁ……眠たいな……」

 

 

 強烈な睡魔と戦いながら制服に着替える。今日は校外学習の日なので朝は早い。二日酔い…という訳では無いので頭が痛いとかはない。セーラが大丈夫か物凄く気になるけど、おば様が目を光らさせていたから大丈夫よ信じよう。

 

 

「よし。あとは刀を装備して……エルメシアとお姉ちゃんを起こさないと」

 

 

 ベットで抱き合って爆睡している2人。とてもいい寝顔なので放置しておきたいが、朝からアレクおじ様と大切な会談があるのでそうはいかない。

 私は2人の頬を思いっきり引っ張っ叩いて夢の世界から呼び覚ます。それからお水と軽めの朝食を用意していることを伝えた。

 

 

「んじゃ私行くから。時間遅れないようにね」

「うい。ありがとアイカ」

「助かるわ…頑張ってね」

「ん。じゃあ行ってきます」

 

 

 2人に手を振って部屋を出る。少し急いで集合場所に向かうと、既にクラスメイトほぼ全員が揃っていた。欠員無しに安堵していると、後ろからベティ教官に頭を撫でられる。

 

 

「お疲れ様だねアイカ。昨日色々あったとミナトから聞いている」

「本当だよ。ベティ姉…じゃなくて教官」

「ふふ。でも無事に来てくれて良かった。さぁ学習内容を説明するから聞いている様に」

「了解」

 

 

 どうやら昨日の事はミナト兄から聞いている様子。となると朝から対応に追われていたのかな?ソフィ姉も居るし剣星が3人いるからある程度は決めれるわけだし。

 

 

「さて。学習の内容だけど、皆には最低4人以上でグループを作り、サリオンの技術などに触れて欲しい。それらを元にレポートを書くこと。制限時間は夕刻とする。さぁ行ってらっしゃい」

 

 

 手を叩く教官。それを合図に皆はグループを組んで行き各所に散っていく。さて…私は誰と組もうか。折角だし普段話さない相手がいいけど……。

 

 

「チビ助発見」

「っ!?」

 

 

 背後からヌッと手が伸びてきて私の頭を鷲掴みにする。視線を向けた先には、私よりすっと大きい異世界人のクラスメイトが居た。

 

 

「なんだぼっちかチビ助。可哀そうに」

「ぶった斬るよシド」

 

 

 彼の名前はシド。何でもルベリオス一の技師を目指しているとか。まぁソフィ姉とお姉ちゃんが居るからその夢は叶いそうにないけどね。

 

 

「手を離してよのっぽ。本当に斬るよ」

「おーおー。怖いドラゴンだなぁ。お前もそう思うだろセシリア?」

 

 

 彼が見た方向には1人の黒髪のショートカットの女の子がやれやれと言った素振りで見ていた。彼女はセシリア。少し神秘的な女の子で幽霊とかオカルトとかが好きな女の子だ。

 

 

「安易に女の子の頭を触る君が悪いですよ。流石の私でも殴るかな」

「おぅ…怖い女しかいねぇな……」

 

 

 私の頭から手を離すシド。しかしこの2人が残っているのは幸運かもしれない。出来ればあまり話をしない人が良かったけど、仲いいこの2人と回っても楽しいかも知れない。

 

 

「ではアイカ。私達と回りましょう」

「それは良いけど後一人は……もしかして」

 

 

 恐る恐る周囲を見渡していると、半泣きのセーラが歩いてくる。よく見るとこの場には既に私達しかおらず、どうやらセーラは皆に振られてしまったようだ。まぁ仕方ないよね。

 

 

「アイカ…その……」

「いいよセーラ。一緒の行こうか」

「ありがとう。ではルートを決めましょうか皆さま」

 

 

 地図を広げてどのルートで回るか相談。まずは個人で行きたい所を言い合ってそれを元にルートを決める。

 

 

「魔導科学から回って…」

「ホムンクルスの技術を見て…」

「共同で開発し研究している魔法道具の製造過程の見学と実技だな。というか魔導科学行けるかな俺。めっちゃ心配だわ」

「それはそうですね。メチャクチャ難しいですし」

 

 

 シルビアおば様が提唱している魔導科学。正直私も全然理解が出来ない。魔法で何処まで出来るかって事しか。なんならユニ姉とお姉ちゃんの古代魔法の研究と復元の方がまだ理解出来る。

 

 

「それじゃあ周ろうか。セーラもそれで……セーラ?」

「……うぅ」

「「「!?」」」

 

 

 ゆっくりと倒れるセーラ。彼女の背後には黒いロープを纏った1人のエルフが居て、倒れるセーラを抱きかかえる。

 

 

「ダメじゃないかアイカ・ホノガミ。大切な姫から目を離したら」

「っう!」

 

 

 瞬時に地を蹴ってエルフと間合いを詰める。そのままの勢いで居合斬りを放つが、エルフは笑みを浮かべながら後ろに飛びつつ転移で姿を消した。

 

 

「消えた!?今のって!」

「転移術か!でも何で姫さんを!?」

 

 

 驚く2人を他所に、私は強烈な怒りが込み上がってくるけど、頭はとても冷静だった。頭を何度か振ってから自身の頬を叩いて心を落ち着かせる。

 

 

「取り合えず…セーラを探そう。攫ったのはエルフだから何処かに居るはず」

「何処かって、どうやって探すんだ?サリオンは広いぞ」

「そうですよ。いくら何でも無理があるよ」

 

 

 2人の言う通りだ。この広いサリオンからセーラと攫ったエルフを見つけるのは難しいだろう。でも、だから諦める理由にはならない。何としてもセーラを探し出す。

 

 

「ねぇ2人共。助っ人頼もうか。あまり手は借りたくないけど」

「それって教官ですか?」

「いや…お姉ちゃん」

「……成程な。でもいいのか?」

「ん。緊急事態だからね」

 

 

 思念伝達でお姉ちゃんに伝えると、お姉ちゃんは直ぐに来てくれたので私は事情を説明。事情を聞いたお姉ちゃんは小さく息を吐きながら言った。

 

 

「それってシルビア様が言っていたお父さんをよく思っていない人達の仕業かも。詳しい事は知らないけどね」

「おば様知ってて放置してるの?」

「それは無いよ。多分その事も含めての会談だと思う。この事は私とお父さんで―――」

「パパはダメ!」

 

 

 大きな声で思わず言ってしまってお姉ちゃん達は驚いてしまう。慌てて手で口を抑えようとすると、お姉ちゃんが優しく私の頬に手を添えてくる。

 

 

「そうだね。お父さんには頼りたくないよね。よし。私達で何とかしよう。君達もいいかな?」

「は、はい!というか教官に伝えなくてもいいんですか?」

「一応伝えて置いた方が良いよな絶対に」

「それは大丈夫だね。後ろ」

「「え……?」」

 

 

 お姉ちゃんが指を指した方向には、腕を組み仁王立ちし、凄まじい怒気を纏ったベティ姿があった。その怒気にシドとセシリアは圧倒されるが、ベティ教官は小さく息を吐いてから怒気を抑える。

 

 

「話は聞いた。教官としては止めないといけないけど、油断していた私も悪い。サリオンでセーラが誘拐されるとは思ってなかった。だから…私も同行する。生徒の身を護るのは教官の務めだ。出来る限り穏便に済ませよう。絶対にホムラ先生には気付かれないように」

「そうだね。お父さんには気付かれないようにしないと。もし知ったらどうなるか」

「想像したくないね。2人共油断しないように」

「お、おぅ任せとけ(うわぁ…教官と協会長も一緒かよぅ……)」

「わ、分かりましたっ!(し、死んでもヘマで出来ませんね……)」

 

 

 よし。そうと決まれば即座に行動開始だ。まずはセーラが攫われた時の状況把握から。当時の事を教官に話し、その間にお姉ちゃんが周囲を魔法で調べる。

 

 

「状況は分かった。しかし何故姫だろうね。先生が気に食わないならアイカを狙うはずだけど」

「取引の材料としてじゃない?セーラの方が駒として大きいし」

「後は捕獲のしやすさか……どうエリン?何か分かりそう?」

「うん。逃走経路は分かったかな。それ!」

 

 

 杖で地面を小突くと足跡が浮かぶ。てっきり転移したと思っていたけど、どうやら転移に見せかけて逃げたようだ。となるとあのエルフはかなりのやり手だね。

 

 

「足跡が浮かび上がったんだか?どういう魔法だよ…。というか転移で逃げたんじゃねぇのか」

「魔法に魔法を重ねて誤魔化した…って所ですね。転移の魔法を詠唱すると見せかけて本当は透明化の魔法だった…で合ってますか?」

「正解だねセシリア。よく勉強してるじゃない。出来ればその時に気付いて欲しいけど」

「まぁ状況が状況だから仕方ないだろう。ともあれこの足跡を辿っていこうか。でもその前に……」

 

 

 腰の件に手を置く教官。それと同時に四方から複数の炎弾が私達に襲ってきた。私達は対応しようとするが、お姉ちゃんが瞬時に炎玉を凍らせてから、ベティ姉の刀身が伸び、鞭の様に扱って破壊する。

 

 

「す、すげぇ……」

「…!エリン!」

「分かってるさ!」

 

 

 4時の方向に杖を向けるお姉ちゃん。その方向には黒いロープを纏ったエルフが慌てて逃げる所だった。当然逃がす訳も無く、お姉ちゃんが拘束しようとするが、それより早く私達の背後から、強烈な光が通り過ぎエルフの背中に直撃し壁に叩きつける。

 少し唖然としながら振りかえると、背後にはなんとも素敵な笑みを浮かべたレンが居た。

 

 

「これでよかったですか師匠?」

「……まぁ生きてるから良し。確保してくれる?」

「了解しました」

 

 

 お姉ちゃんに言われた通りにエルフを拘束。話しを聞こうにも気絶しているので、見えないように魔法で視覚阻害して放置することに。

 

 

「所で何があったのですか?他の皆様は楽しく行動されていますが」

「ちょっと色々あってね。お姉ちゃん。レンにも協力してもらおうよ」

「そうだね。実は……」

 

 

 レンに一通り事情を説明すると途中強烈な殺気を纏ってシド達をビビらせる。普段怒らない人ほど怒ると怖いのはこの事かと痛感してしまった。

 

 

「事情は分かりました。向かった先は…ホムンクルスの研究施設。場所は2か所ですので手分けしましょう」

「2か所もあるのかよ。なら編成きちんと考えねぇと」

「なら私達3人とレンとお姉ちゃん達でお願い」

「それは危なくないですかアイカ?もしもの事を考えると、教官か協会長のどちらかとパーティーを組んだ方が良いかと」

「だからこそだよセシリア。これぐらい私達だけで乗り越えないと。良いよね教官?」

 

 

 念のために教官に確認を取ると、一回お姉ちゃんと目を合わせてから視線を戻して小さく頷く。レンはととても心配していたが、ベティ教官が何も言わずに彼女の肩に手を置いて納得させた。

 

 

「じゃあ始めるよ。危険だと思ったら逃げるように」

「油断しないようにね。本当にヤバかったら逃げて良いから」

「王家直属の方はいないと思いますが、相手はかなりの使い手ですので気を付けて下さい」

「お、おぅ…急に自身無くなったんだが…」

「ぷ、プレッシャーがきつい……」

「大丈夫。そうやって大げさに言ってるだけだから。行こう」

 

 

 痕跡を頼りに進みだす私達。この時の私達はまだ知らない。今回の件が私達が考えているより厄介な事になる事に。



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立ちはだかる壁

 痕跡を辿っていた私達。途中で左右に分かれ道があり、事前に話していた通りのパーティに分かれて再度進む。途中でエルフの妨害があったが息を合わせて撃退。相手が1人だったのも影響しているだろう。

 

 

「ふぅ…流石に魔法が強烈ですね」

「どれも学院で定めている上位魔法。正確に対処しないとな」

「……そうだね(それにしても裏に誰がいるんだろう?ベティ姉も言っていたけどパパが嫌なら私を狙うはずなのに)」

 

 

 ここがどうしても気になる。それにパパだけは嫌なのもだ。アレクおじ様…ルベリオスが嫌な訳でもないみたいだし。あの若い魔王の仕業でもなさそうだ。それにあの若い魔王はコソコソ動くタイプだし。

 

 

「お。扉が見えて来たぞ」

「やっと到着ですね。解錠をお願いしますアイカ」

「ん。任された」

 

 

 扉に触れて魔法陣を顕現させ、それからレンに教わった解除魔法で魔法陣を破壊し扉を開ける。先に進むと、下に向かう螺旋階段があったので降りて行くと、大きく開けた部屋に到着する。

 

 

「なんか気味悪いな…」

「石造りの部屋…ですかかなり魔素に満ちてますね」

「…僅かにセーラの気配がする。あの先か」

 

 

 部屋の最奥には扉があるが、かなり距離がある。このまますんなり奥に進める…筈も無く。ガタン!と大きな音が鳴ると同時に、私達を覆う様に宝珠が現れ、全長2メートル程のゴーレムが宝珠を中心に形成される。数は150体ぐらいか。

 

 

「おいおい…なんつー数だよ……」

「しかも完全に攻撃型ですね。まぁ…うちに比べたらまだマシかと」

「そうだね。1人当たり50体。行くよ」

 

 

 それぞれ獲物を抜きゴーレムに立ち向かう。シドはハンマー。セシリアは槍。2人共正確に核を貫いてゴーレムを倒していく。私も太刀に赤い炎を纏って塵にして行く。

 

 

「数の割には耐久低いな!」

「以前の実習で嫌と言う程戦わされたお陰ですね!」

「それに動きもに鈍いし!」

 

 

 ゴーレムの動きはとても鈍いし耐久も低い。以前試作で戦ったやつの方が数段強かった。なのでばっさばっさと倒していき、10分程度で全滅させる。

 

 

「うっし全滅っと。おいチビ助。姫さんはあの向こうか?」

「うん。あの奥から気配を…待って。誰かいる」

「誰かって…あれは!」

 

 

 扉の前にはさっきセーラを攫ったエルフが居た。私達は得物を構えて警戒していると、エルフは小さく笑いながら黒い球体を取り出す。その球体からは得体の知れない気配を感じ、全身に悪寒が走る。

 

 

「フフフ…流石魔王の娘。魔術師殿の言った通りか。だが…ここまでだ!」

「!?」

 

 

 黒い球体に魔素を流すと、周囲から禍々しい魔素が球体に集約されていき、全長3メートル程の8つの蛇のような頭を持った人型の魔獣が形成された。

 

 

「……何これ?」

「ちょいちょいちょい……」

「……冗談キツイでしょ」

 

 

 目の前の現状に頭が追いつかない私達。魔物が作られたのもそうだが形が異常だ。どう考えても頭が8個もおかしいし、何よりも魔素量がとんでもない。サリオンに来る前に倒したケルベロスの残滓よりもはるかに上だ。

 

 

 

「フハハハハ!お前達にティアマトを倒せるかな?エリンやレンを抜きで!」

「っぅ…どうします2人共?一旦撤退して教官と交流しますか?」

「それは無理だね…後ろ見て」

「後ろって…マジか……」

 

 

 後ろを見て言葉を失うシド。私達の背後は魔法陣があって扉を塞いでいてこの場から逃げる事が出来ない。しかも外と遮断されているみたいで思念伝達が出来ない。即ちーーー絶体絶命だ。

 

 

「さぁやれティアマト。忌々しい魔王の娘を殺すのだ」

 

 

 ティアマトと呼ばれた魔物は、エルフの指示に従い大きな雄たけびを上げた後、私に襲い掛かってくる。8つの頭の口を大きく開け、風を纏った弾を放つ!。

 

 

 

「っ!避けた後に挟撃お願い!」

「おうさ!」

「お任せを!」

 

 

 風の弾を回避してから奴の下に滑り込んで強烈なアッパーをお見舞い。ティアマトの体は軽く浮き、僅かに隙が生まれる。それから2人にアイコンタクトを送ると合わせるように技を放つ。

 

 

「金剛撃!」

「シャインクロス!」

 

 

 思い一撃と鋭く速い一撃がティアマトに襲い掛かるが、奴は簡単にそれぞれの技を手で受け止める。技を止められた2人の動きが完全に止まり、そのまま軽軽と持ち上げられて振り回した後に投げ飛ばし、全身を壁に強打する。

 

 

「シド!?セシリア!?」

「すまねぇチビ助……っぅ…」

「ごめんなさいアイカ…死なないで…うぅ」

 

 

 そのままゆっくりと地面に落ちて気絶する2人。その時ズキっと心臓に強い痛みの様な物が走り、感じたことの無いような何かが込み上げてくる。

 

 

「……ごめん2人共。直ぐに終わらせてママの所に運ぶから」

 

 

 2人を結界で覆って巻き込まれないようにする。それから大きく深呼吸してからランタンの扉を開け、全身に力を入れて力を解放し、紫色の炎を全身に纏う。

 

 

「さぁ行くよ。直ぐに終わらせる」

 

 

 ゆっくりと歩きながらティアマト距離を詰めつつ出方を伺うが、ティアマトは高く飛び上がり踏む潰そうと急落下するが、私は地面を叩いてソフィ姉から教わった錬金術で地面を隆起させて、奴の胴体を貫き天井に磔にする。

 

 

「まずは頭!」

 

 

 炎を斬撃を放って頭を全て斬り落としてから胴体を殴って地面に叩きつける。完全に致命傷だが、確実に止めは刺すために、胴体に太刀を突き刺そうとした時だった。

 

 

 

「シャァァァァ!」

「!?」

 

 

 全ての首が一瞬で再生する。再生出来ないように炎で覆っていたはずなのに。だが目の前で起きたことは事実だ。直ぐに切り替えて距離を取るが、8つの頭がそれぞれ複雑な動きで襲ってくる。

 

 

「くっ!複雑で統一性がない―――ぐふっ!」

 

 

 そして頭の一つが脇腹に直撃し、その後に頭の一つが風の弾を放つが、それは斬り落として防ぐ。だがその僅かな隙を別の頭が逃す訳なく私の右足に噛みつき、牙が深く刺さって激痛が走る。

 

 

「痛ったいなぁっ!」

 

 

 噛みついている頭に太刀を突き刺すべく腕を振り下ろすが、その腕も噛みつかれ牙が深く刺さる。ならママから託されたもう一本の小太刀…陽炎を抜こうと柄を掴むが抜けなかった。

 

 

(抜け…ない?凄く重い。何で……?)

 

 

 まるで私に抜かれるのは嫌と伝えているようだ。今まで色んな武器を扱ってきたけど、こんなことは初めての事で理解が追いつかない。

 

 

「何でーーーううっ!」

 

 

 急に体が引っ張られる。ティアマトが私を振り回しているようだ。視界がグルグル回り気持ち悪い。抜け出そうと藻掻く事も出来ず、私はそのまま地面に叩きつけられ、全身に強烈な激痛が走り、意識が飛びそうになる。

 

 

(これは…ダメだ。意識が……あ)

 

 

 僅かに残っている意識で見た物は、ティアマトが大きく口を開いてエネルギーを集約している所。あぁ…アレはダメだ。無防備な状態でアレだけの一撃を喰らったらタダでは済まないだろう。

 

 

(私は結局…パパ達が居ないと何も出来ないのか……)

 

 

 そう思いながら諦めようとした時だった。とても大きな声が響き渡ったのは。

 

 

「諦めるなんて貴女らしくないかしら!?」

(え…?)

 

 

 大きな声の後に強烈な光弾が私の目の前を通り過ぎてティアマトに直撃。苦悶の声を上げながら膝を付く。一体何かと思っていると、目の前にとても元気そうなセーラの顔がひょこっと現れた。

 

 

「……セーラ?」

「はい。貴女の最初の親友のセーラよ。大丈夫?」

「……生きてる?」

「勿論。まさか気絶させられて誘拐された挙句に特殊な拘束具で縛られるとは思ってなかったけど。私もまだまだね。油断してたわ」

 

 

 苦笑いを浮かべるセーラ。誘拐されたのは私の落ち度なのに責めてこない。寧ろ自分が悪いと言っている。悪いのは私なのに…怒られないといけないのに…セーラは言わない所か心配してくれる。その優しさが辛いのと同時に、ここがセーラの良い所だと痛感する。

 

「ではアイカ。私達四人であの魔獣をーーー」

「ば!馬鹿なっ!」

 

 

 セーラの言葉を遮るようにエルフの怒号が響く。セーラを指さして体を震わせていた。まるでここに居るのがおかしいと言わんばかりに。セーラはキッとエルフを睨んでから魔力を顎にピンポイントに直撃させて意識を奪う。

 

 

「お邪魔虫には寝て貰いましょう。ヒーリング」

 

 

 花弁が輝き、その光が私とシド達の傷を癒す。腕と足に力が入り飛び起きると、シド達もゆっくり起き上がって近づいてくる。

 

 

「いつつつつ…って姫さん!?」

「あぁ…無事でよかった…って。アイカの服も酷いよ」

「あー…うん。色々あってね。ちょっと待って着替えるから」

 

 

 ママに教わったある魔法で制服からパパに貰った私服に着替える。心なしか制服よりも力が漲ってくる気がした。これが錬金術の力って奴か。

 

 

 

「よし…仕切り直してアイツを倒そう。シドとセシリアも行けるよね?」

「おう。さっきは一撃KOだが…」

「今度はそうはいきません。異世界人パワー見せますよ」

 

 

 余程さっきの事が悔しいのだろう。メラメラと闘気が炎の様に燃え、2人の背中がとても大きく頼もしく見えた。他にも色々ありそうだけど。

 

 

 

「それでは後方支援は任せてください。シドはタンク。アイカとセシリアは前衛を頼みますわ」

「任せな。ヘマすんなよチビ助共」

「シドもきちんと肉壁になってね。ミスったら後ろから斬るから」

「それは良いですね。私は後ろから刺しましょう」

「相手間違えんなよ……」

「フフ……」

 

 

 冗談も交えながら臨戦態勢に入る。律義に待っていたティアマトは倒れているエルフを見て大きな雄たけびを上げながら襲い掛かってきた。

 

 



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力を合わせて

「キシャァァァァ!」

 

 

 咆哮と共に放たれる風弾。それをセーラが魔法で相殺し、その後に私とセシリアが両足を斬って体勢を崩す。それからシドが高く飛びながら斧を振り下ろそうとするが、ティアマトは首を不規則な動きをしながらシドに襲い掛かる。

 

 

「うぉ!なんだこの動き!?」

「そのまま突っ込んでください!」

 

 

 セーラは呪文を唱えてティアマトの頭を四角い結界で覆いつつ空間を固定して拘束する。それにより頭と首が固定されて動かせない。奴は足の傷を再生して藻掻くが、頭を拘束している結界は壊れず、その間にシドは斧に力を集約させる。

 

 

「さっきのお返しだぁっ!」

 

 

 シドの両腕に力が入り筋肉が隆起し力強い雄たけびを上げながら斧を振り下ろした。

 

 

「ビックバンッッ!」

 

 

 シドの大技がティアマトの胴体に直撃すると同時に、斧に蓄えれたエネルギーが解放され大爆発。ティアマトの体が地面に埋まった。そして追い打ちと言わんばかりにセーラが指を慣らして結界を爆発させた。

 

 

「……オーバーキル過ぎません?」

「これで倒せたらいいけど……」

 

 

 と思っていたがそうはいかず。ティアマトはゆっくりと起き上がりながら周囲から魔素を集めて傷を癒すが、結構なダメ―ジの様で、魔素が少し減少していた。

 

 

 

「おいおいおい。クリティカルヒットしただろうが!」

「恐らく魔素が満ちているので回復には困らないかと。やはりおじ様や剣星の皆様の様に肉体を消し飛ばしてから核を結界で閉じ込めないといけません」

「ま。特性じゃなくて属性特科なだけマシーーーっと。避けて!」

 

 

 ティアマトが風のブレスを放つ。私達は一旦散会してブレスを回避しながら迎撃するが、ティアマトは体を回転させて攻撃を弾く。よく見ると鱗一つ一つに僅かながら魔素が込められており、それが攻撃を弾いているようだ。

 

 

「どーするよチビ助!」

「取り合えず攻撃を止める!」

 

 

 太刀を鞘に納めて踏み込む。ティアマトの攻撃をミリ単位でかわしつつ奴の真下に潜り込み、胴体に向けてシン兄直伝の拳を放つ!

 

 

「破ッッ!」

「グギャァ!?」

 

 

 痛そうな声を上げるティアマト。攻撃も一旦止み皆体勢を立て直す中、セシリアはお返しを言わんばかりの連撃でティアマトの首を4つ斬り落とす。それを見た私とセーラはアイコンタクトで次どう動くか伝えて行動に移そうとした時、一瞬視界に映ったティアマトの状態を見て目を疑った。

 

 

(再生してない?)

 

 

 そう。斬り落とされた頭をティアマトは再生していなかった。一体どういうことかと思っていると、残り4つの頭がそれぞれ私達の方を向き、さっきと同じ風のブレスを放って来る。そのブレスはさっきより高威力で防ぐのが難しそうだ。それは他の皆も分かっていたようで回避行動に移る。ただ一人を除いて。

 

 

「同じことをしたって無駄---っとぉぉ!?」

「ちょ!シド!?」

「シドさん!?」

「何やってるんですか!?」

 

 

 ブレスを防ごうとしたのに直撃してド派手に吹っ飛ぶシド。流石に弁明の余地無しなので放置して回避に専念しつつ、ティアマトのある変化についてセーラたちと共有する。

 

 

「頭再生しない代わりに威力上がったね!」

「多分一定数減らないと再生しないのかも!」

「ではこのままの状況で討伐しましょう!少しだけ耐えてください!」

 

 

 セーラが少し距離を取ってから杖をティアマトに向ける。すると花弁が開いて赤い花が開き魔素が集約されていく。手数が少なくなった今の状況なら大技を叩き込めると判断したのだろう。なら私達はセーラを守る事に専念しないと!

 

 

「一旦足を止めて下さいアイカ!」

「りょーかい!」

 

 

 ティアマトとの間合いを一気に詰めるセシリア。それとほぼ同時に、近くの瓦礫を重力魔法で操り4つの頭にぶつけて怯ませる。それを確認したセシリアは、大きく深く深呼吸して槍を強く握る。

 

 

「ペネトレイト!」

 

 

 セシリアは一呼吸の間に超高速の連続突きを放ちティアマトの体を穴だらけにする。思わず『わぉ……』と声を漏らしてしまう程見えない技だった。初見では中々防げないだろうな。

 

 

「次!よろしくアイカ!」

「任せて!」

 

 

 セシリアと入れ替わり赤紫色の炎を大太刀に纏う。ティアマトは体を再生させる気配は無く、そのまま攻撃してくるが動きにキレがなく安易に読むことが出来る。

 

 

(右避けて左。そして下に潜り込む!)

「シャァァァァ!」

 

 

 そして読み通りの攻撃が来たので正確に回避して真下に潜り込む。奴は首を伸ばすがギリギリ届くことなく、私は大太刀を根元まで深々と刺し、炎を解き放つ。

 

 

「怨嵯豪炎撃!」

 

 

 赤紫色の炎がティアマトを覆って焼く。苦しそうに藻掻くが炎は消える事がない。私は大太刀を引き抜いて距離を取ると、セーラの目の前にバチバチと電気が迸る大きな槍が現れた。

 

 

「では―――止めです。神槍・グングニル!」

 

 

 ルベリオスの魔法使いでも限られた人した使えない最上位魔法を解き放つセーラ。放たれた槍はティアマトの核をいとも簡単に貫いてしまった。

 そして核を失ったティアマトの体はボロボロと崩れ、跡形も無く消えてしまった。再生する気配も復活する気配もない。多分大丈夫だ。

 

 

 

「……終わりだね。大丈夫セシリア?」

「大丈夫じゃないですよ……」

 

 

 大きく息を吐きながら座るセシリア。セーラもさっきの魔法で多くの魔素を消費したのか、杖を支えに何とか立っている。視線を送ると、ニコッと彼女は微笑んだので心配要らないだろう。

 

 

「で。シドも大丈夫?」

「超いてぇ」

「相手をよく見ないから」

 

 

 完全な自業自得なので手は貸さない。それよりも先にしないといけないことがある。あのエルフを捕まえないと。

 私は気を失っているエルフをきつーく縛り、簡単には抜け出せないようにする。ついでに拘束魔法で両手足も縛っておく。

 

 

「これでよし。後はおば様に渡そう。セーラもそれでいい?」

「えぇ。事を大きくするわけにはいかないわ。それと一つ聞いていいかしら?」

「いいけど?」

 

 

 セーラはキョロキョロと周りを確認しながら近づいてくる。誰かに聞かれるとまずいのだろうか?

 

 

「おじ様にバレてないよね?」

「それは大丈………夫」

「待って?とても間が長かった気がするけど?」

「その。お姉ちゃんに助け求めたし」

「絶対駄目ね。はぁぁぁ……ちょっと先に話してくるわ」

 

 

 重い足取りでパパの所に向かうセーラ。それとほぼ入れ違いでお姉ちゃんとレン、それとソフィ姉が入って来たので、私は手短に説明すると、お姉ちゃんとレンは早速この部屋と置くに繋がる扉を調べ始めた。

 

 

(何とかなった…けど)

 

 

 正直勝った気はしない。もっと上手に立ち回れたはず。何だったらセーラを誘拐されなかったらこんなことにはならなかった。きっとパパなら……。

 

 

(上手く倒すし、そもそもおじ様が誘拐されるような事はない。もっと…私がしっかりしていれば……)

 

 

 まだまだ未熟で力不足なのが痛いほど分かる。『サリオンだから問題ない』、『友好国であり同盟国だから何も起きない』、そこを突かれてしまった結果だ。

 

 

(もっと強くならないといけない。力とかそう言うのじゃなく、もっと別の……)

「大丈夫アイカ?」

「あ…お姉ちゃん」

 

 

 心配そうに声をかけてくるお姉ちゃん。調査していたはずだけど、一旦止めて私の所に来たみたいだ。

 

 

「怪我した?大分ヤバそうな奴だったみたいだし」

「ヤバいってレベルじゃない。死ぬかと思った」

「…そっか。核事壊してるし、そうじゃないかと思った。それとアイカ。あまり追い詰めないようにね。今回の件はお父さんも反省しているみたいだし」

「パパも…?」

 

  

 パパが反省……、かなり珍しいかも知れない。でも今回の件はパパだけが悪いわけでない。私もお姉ちゃんも皆甘く見ていたと思う。

 

 

「パパが…反省する必要ないと思う。もっと私が強かったら、こんな事にならなかった」

「そうかな?もしアイカが居なかったら皆やられていたかもしれない。セーラも最悪な事になっていたかもしれない」

「でも……」

「まぁ…あまり気負わない方が良いよ。抱え込む前に相談。いい?」

「うん。それは分かってる」

「うん。それじゃあ終わったら声をかけるから」

 

 

 そう言ってから調査を再開するお姉ちゃんだった。



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悩み事

「……はぁ。何か楽しめないぁ」

 

 

 小さくため息を吐いてしまう。

 今はセーラの誕生日パーティーの真っただ中だ。

 昨日あんな事があったのにも関わらず、まるでなかったかのような盛り上がりだ。

 

 昨日の事を知っているのは一部の人間のみ。

 幻獣を討伐した私達とパパ達だけで、セーラが誘拐されたことを知っているのはそれこそごく一部の人間だけだ。

 ミナト兄達は聞いているみたいだけど、シルビアおば様の部下は誰一人知らないらしい。

 レンも出来る限り話さないようにと口止めされているとか。

 

 

「何であんな事したんだろう…?」

 

 

 セーラを攫った理由はまだ分かっていない。

 あのエルフの口が思ったよりも硬くてなかなか喋らないらしい。

 ママのえげつない精神攻撃も耐えているとか。

 だけどパパは裏にいる奴が分かっているらしく、『最終判断はシルヴィに任せる』とパパは言っていた。

 

 

「どうしたアイカ?」

「あ…ママ。ちょっと考え事」

 

 

 とても綺麗な漆黒のドレスをも身に纏っているママ。

 お酒を片手に少しだけ頬が赤い。

 わざと毒耐性を弱らせて飲んでいる。

 その理由は…あまり考えないでおこう。

 

 

「今日は無礼講だから飲んでよいぞ」

「飲まないよ。セーラは飲んでいるみたいだけど、私はあまり」

「そうか。では何を悩んでいる?」

「うぅ…」

 

 

 流石ママ。

 痛いところを聞いてくる。

 どうしよう…素直に話した方がいいのかな。

 何でもママたちに相談すればいいとは限らないし……。

 

 

「ふむ…昨日の件を引きずっておるな。大方もっと強ければ…と」

「何で分かるのママ……」

「ふふ……そういうところはパパそっくりじゃからの。よし、ちと妾に任せておけ」

 

 

 ママはそういってからお姉ちゃんの所に向かう。

 何を任せておけかよく分からないけど、ここはママに甘えておこう。

 

 

「人…おおいな。見覚えのある人もいるし」

 

 

 高貴な服を纏った人が多い。

 見覚えのある人もいるし、見たことのない人もいる。 

 多分、政治ぐるみなのだろう。

 今のうちにサリオンやルベリオスと関係を紡いで置きたいと考えている人が多いはず。 

 そして…おじさまを狙う人もいる。

 だからかパパがずっとおじさまの近くで気を巡らせていた。

 

 

(凄いな…あれだけ強烈なのに、ごく一部の人間以外には気づかれていない)

 

 

 

 卓越した妖気の制御。 

 気づいている人物はかなり冷や汗を流している。

 その人をミナト兄達が見つけると外に連行していた。

 外で何をしているかは詮索しないでおこう。

 

 

「あ。ここにいたのアイカ。一人?」

「うん。一人だよソフィ姉。考え事」

「そっかぁ…一人で悩んだらダメだよ。ホムラさんみたいに誰にも相談せず一人で片づけたりとかしたら怒るからね」

「う、うん……(怒られたことあるんだパパ……)」

 

 

 多分ユニ姉かベル姉かな。

 あの二人はパパに厳しいところは厳しいし、甘いところは甘く、上手に飴と鞭を使い分けている。

 付き合いが長いからかな。

 

 

「その、パパって結構怒られてる?」

「うーん…時々かな。最近は少し暴れて怒られてたっけ。相手が相手だからそこまでだったけど」

「暴れたか……」

 

 

 あのパパが暴れているところは最後にいつ見たっけ?

 そもそも修行以外で戦っているところはあまり見たことがない。

 暴れているとなると、私が生まれて一度もないんじゃないのかな。

 

 

「誰相手に暴れたんだろ?」

「あんまり聞かない方がいいよ。ルミナスさんの機嫌が悪くなるし」

「そんな人いるんだ……」

 

 

 本当に誰なんだろうか?

 温厚なママが不機嫌になるなんて、滅多にない事だし。

 

 

「アイカ。ここにいたか」

「あ…パパ。どうかした?」

「さっきママに頼まれごとしてな。ちょっと来い。ソフィは警護を」

「はい!任されました!」

 

 

 おじ様の護衛に向かうソフィ姉を見送ってから、私はパパの後を付いていく。

 向かった先は、先日ティアマトと戦った場所だった。

 

 

「ここは…何で来たの?」

「調べ物があるのと、後処理だな。向こうだ」

 

 

 部屋の奥に向かったパパは、壁を何回か叩いたのち、右ストレートで壁を破壊した。

 その様子を唖然と見ていたら、壁を破壊した先に道があった。

 ということは、壁を叩いて空洞のある場所を探していたのかな。

 

 

「行くぞ。この奥にセーラが捕らえられた場所がある」

「この奥に…分かった」

 

 

 警戒しながら道を進むと、大きな部屋にたどり着く。

 部屋の奥には祭壇と十字架があり、周囲の壁には見たことのない魔方陣が描かれている。 

 だけど、魔方陣には魔力が流れていない。

 すでに、効果はなくなっているようだ。

 

 

「この部屋にセーラは捕らえられていたの?」

「あぁ。十字架は吸血鬼に対して、マイナスな力が発揮する。銀の銃弾とかもそうだな」

「銃…弾?」

 

 

 パパの故郷の話かな?

 少なくとも、十字架が吸血鬼にマイナスな力を発揮するとか、銀の銃弾とか知らないから。

 

 

「だが、セーラはハーフだったからあまり効果はなく、アレクから引き継いだ『断罪者』の効果で相殺したようだ」

「たしかルールとか、あらゆる状況を自分に対して平等にするだっけ?」

「そうだ。ルールを決めて、それを破った場合にデメリットが発生する。そのデメリットはルール次第だが」

「へぇ……」

 

 

 少なくとも、私はそのスキルを使っているところを見たことがない。

 パパは勇者時代に見たことがあるかも知れないけど。

 

 

「ルールによって範囲も変わるが…アレクはあまり使わなかったな。国を興してからは、同盟国と対等な関係を結ぶ為に使っていたか。大体は『虚偽』や『下心』。加えて『我欲』が混じったら、容赦なく断罪される」

「どんな感じに?」

「まぁ…度合いによるが、体調が悪くなるだけで済めばいいな。最悪死ぬ」

「えぇ…死ぬの」

 

 

 なんと恐ろしいスキルだろうか。

 でも、流石に相手ばかりではなく、自分にも影響がありそう。

 そうじゃないと釣り合いが取れないから。

 

 

「あくまでもアレクが求めるのは平等だ。だから、スキルによって顕現する天秤は、常に一定だ。どちらにも傾かないように注意を払っている」

「成程。ならセーラも気を付けているのかな」

「多分な。天秤は俺達に見えないし、かなり気を付けているはずだ。アレクみたいにどことなく伝えてくれたらいいんだが」

 

 

 そっか、だからおじさまは、会談の時に必ずパパやユニさんを含め、色んな人を連れてるのか。

 天秤の傾きが良くないと、合図を送って助言を求める。

 そうすることで、状況を共有し、考える力を身に付ける。

 あれ?でも七賢者の人達はいないような。

 

 

「ねぇ。おじさま直轄の七賢者は?」

「アレは国の内部のみだ。外は俺と剣星で対処する。王とその直轄は民のために。俺達は国の外からの脅威から民と国を守る。ま、時々言い争いはあるけどね。世代ごとによって考え方が違うし」

「確か、おじさまの指名だっけ。任期が最大10年で、頻繁に変わるよね」

「だが、いい功績を残した場合は継続だ。最大で30年ぐらいだな。(表向きにはだけど)」

 

 

 30年か…。

 人間の寿命を考えると、大体70歳ぐらいかな。

 …ちょっと待って。そうなるとおじさまやパパってめっちゃ長生きだよね。

 剣星の皆も人間なのに長生きだし……。

 

 

「強さの秘密は長生き?」

「とは限らんな。得た力を上手に使わないと」

「…そうだね。私の2つのユニークスキルを、もっと知らないと」

 

 

 魂を束縛して使役する『冥界者』と、パパに名付けされた影響で会得した『烈日者』。

 後者は扱えるけど、前者は本当に難しい。

 束縛した魂の技を会得出来るし、使い魔として使役も出来るから便利だけど、捕まえた奴が強いということを聞かない。

 

 

「そうだアイカ。夏季休暇に旅でもしてきたらいい。3か月もあれば、それなりの所に行ける」

「旅か…」

 

 

 パパも、おじ様やベル姉たちと10年近く旅をしていたっけ。

 おじ様はそこで外交の腕を磨いて……あ、ちょっと待って。

 これって利用出来るかも。

 

 

「セーラを連れて行くのもあり?」

「おぅ…何か企んでるな。まぁいいが…護衛は必要だな」

「ん。自分で声をかけるよ。それで…調査はどう?」

「大丈夫。あとは持ち帰って調べるだけだ」

 

 

 小さな瓶を見せてくる。

 中には煙のようなものが入っていたり、回路のようなものが入っている。

 アレをユニ姉に渡して解析を頼むのだろう。

 

 

「よし。戻ってミナトを助けるか」

「何で?」

「戻ったら分かる」

 

 

 いい笑みを浮かべたパパと一緒に戻ると、会場では音楽が流れていた。

 その音楽に合わせて、色んな男女がペアを組んで踊っている。

 そんな中で私は、ニコニコ微笑んでいるエルメシアと、顔が真っ青なミナト兄がペアを組んで踊っているのが視界に映った。

 

 

「色々と大変だからね。こういう場で踊るのは。そういうわけだから、あいつを助けるついでに踊ろうか」

「え?でも―――きゃっ!」

 

 

 パパは私の手を掴み、エルメシア達の近くまで引っ張って行く。

 そして、音楽のいいところで私の腰に手を置いた。

 

 

「一応ママから教わってるな?」

「う、うん。でも下手だよ?」

「大丈夫。俺も最初は下手で、おっさんや師匠(・・)に怒られたから」

「そう。じゃあ頑張る(って…師匠?)」

「じゃあ頑張って」

 

 

 気になることを言ったパパだけど、踊りの方が大変で、考える余裕がない。

 師匠に関してはまた今度聞こう。

 

 

「良いところでミナトとと変わる。それまでよろしく」

「うん。よろしく」

 

 

 ミナト兄と変わるまで、パパとダンスを続けるのであった。

 

 

 

 



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七人の賢者

 エルメシアの誕生日パーティーから数日経った。

 あのようなことがあったのにも関わらず、アイカとセーラは仲良く学校に通っている。

 だが…内部はそうはいかず、朝からアレクに呼ばれ、会議室にてサリオンでの一軒を七賢者の一人である『緋色』殿に問い詰められていた。

 

 

「魔王フレアよ。サリオンでの一件はどうお考えか?あなたが付いていながら姫が誘拐されるなど。あってはならぬこと」

「まぁ…生きてるし良かったんじゃない?」

「っぅ!」

 

 

 バンっと机を叩いて立ちあがる緋色。

 今の回答はまずいと思っているが、セーラの身に関してアイカに任せているし、アレクにもあまり甘やかすなって言われてるしな。

 

 

「何が『良かった』だ!一歩間違えばお命が失われる可能性があったのだぞ!なのにどうしてサリオン側に賠償を求めない!『知らなかった』では済まされないのだぞ」

「そういわれても…狙いは俺…というか魔王だし。シルビアも、最大限の警護はしてくれてたぞ。レンだって待機していたし」

「だったら尚の事!早く犯人を見つけて始末しなければならない!他の魔王は何をしている!」

「他の魔王ねぇ……」

 

 

 何かしら動いているのなら、情報が入ってくる。

 だけど、皆立場があるから簡単にはいかない。

 それに、今は俺が狙いみたいだし、大きく動くにもアレクの意見が必要だ。

 というか…さっきからサリオンの件でやたら攻めてくるな。

 他のみんなは何も言わないのに。

 

 

「まさかとは思わぬが、此度の一件は、あなたが仕組んだことなのか?」

「……あん?」

 

 

 思わぬ発言に、普段出ないような言葉が出てしまう。

 頭に座っていたユニも、米神に青筋を立てるが、ぐっと我慢している。

 流石の俺も、今のは聞き捨てならず、言い返そうとしたら、一番右端に座っていた『白銀』が口を開く。

 

 

「緋色殿。証拠はお有りですか?魔王フレアが事を仕組んだ証拠が」

「いいえ。あくまでも可能性として申し上げたまで。私も彼が仕組んだとは思っておりませぬ。しかし…近頃は職務を怠けている傾向にある。部下に任せ、時間が余っている様子なので」

 

 

 それは俺に言わないで欲しい。

 剣星の皆が俺の仕事奪っていくんだもん。

 だから、職務を怠けているわけではないし、空いた時間で修業しているだけだし。

 

 

「はっ。別に時間があるのはいい事だろ。剣星の皆が、大将の時間を作ってんだ」

「っ…蒼の……」

 

 

 ヘアバンドを額に身に付けた青年…七賢者で一番若い彼が言った。

 そういえば彼は、元はミナトの所に居た人物か。

 その隣にいる『灰』の青年もそうだっけ。

 『黄金』は頭がキレる男だし、『黒』は宰相も兼ねている外交のエキスパート。

 『紫紺』は昔、外交先でアレクとド派手な喧嘩をした相手……。

 そう思うと、結構な怪物ぞろいだよな。

 

 

緋色殿(ナラク)よ。慣れぬことはやめた方がいい。この場は本音で話さねば、王に伝わらぬぞ」

(ギラン)殿……」

「そういうことだ坊ちゃん。素直に言っときな」

紫紺(ダグサ)殿まで……あぁ。その通りですね……」

 

 

 黒と紫紺に背中を押された緋色は、握りこぶしを作り、やや体を震わせながら言った。

 

 

「ギィを…あの赤い悪魔をぶっ飛ばしてきてもいいですか先生っ!」

「や、やめとけ。ヴェルザードに氷像アートにされるぞ!」

「国と陛下のためなら氷像になっても構いません!」

「ダメだから!若い芽を摘むわけにいかんから絶対に行くな!」

 

 

 今にも飛び出しそうな緋色。

 ちなみに、七賢者の中では一番若く、いまだ席が確定していない上に、先代がやらかした件で組織改革に努めている。

 そのため、めっちゃ忙しいし、その上で今回の件があったので、かなり荒れている。

 そうじゃなければ、演技なんてするものか。

 

 

「落ち着きなさい緋色。他の魔王に関しては他言無用です」

「ですが白銀(ティア)殿!」

「そうだぜ。落ち着きな坊っちゃん」

「誰が坊っちゃんですか!?」

「はは……」

 

 

 これは収拾がつきそうな居ないな。

 こういう時はユニに任せたいが、いつの間にか膝に座って魔導書を読んでいる。

 仕方ねぇ、アレクが止めるまでユニと話でもするか。

 

 

「なぁユニ。頼んでいた件はどうなった?」

「セーラを捕らえられていた十字架と魔法陣?アレに関しては特に重要な情報は無かったかな。だから廃棄処分した」

「そっか。特に無しか……」

 

 

 ユニの究極能力で調べても特になかったということは、今までの幻獣や、飼育場に使われていたものと同じということになる。

 

 

「でも、アイカは良くやったよ。あの幻獣はかなり手強かった。属性特化ってものそうだけど、ウインディ抜きで良く倒せたね」

「ウインディ……って。そういうことか。ならこれから、アイツらと同じ属性も出てくるってか」

「そうなるね。属性を封じるには、同じ属性か相反する属性をぶつけるしかない。風は大地……あれ?」

 

 

 首をかしげるユニ。

 何か引っ掛かる様な感じの様子で、魔導書を閉じ、腕を組んで考え始めた。

 こういう時のユニは、邪魔をしない方がいいので、一旦アレク達の方に顔を戻すと、いつの間にか話が終わっていて、七賢者は皆退室し、アレクが暇そうにしていた。

 

 

「終わって暇そうだな」

「んなわけあるか。疲れたよ」

 

 

 大きく体を伸ばすアレク。

 近頃は宮殿に籠りっきりで、自分の時間を作れていないようだ。

 だけど、マリンさんとよく一緒にはいるので、そろそろ二人目か!と俺たちの中でも噂があるが、その気配は全くと言っていいほどない。

 

 

「そっちこそどうなんだ?アルビオンがそろそろだろ」

「確か今日からミナトと一緒に付いてくれる予定だな。ローテーション通りなら」

「いや、そっちじゃなくてアレだよ。また国が氷付けになるのは避けたいぞ」

「あぁそっち。帰って聞いてみるよ。時期によって違うから大変だ」

 

 

 アルビオンのアレとは、少々言いづらい事で、以前放置し(そもそも俺が知らなかった)、その結果として、アルビオンの溜まったものが爆発。

 季節外れの大寒波にルベリオスが襲われる事態に発展し、一晩で凍りついてしまった。

 それ以来、溜め込む前に伝えるように約束を交わしている。

 

 

「あれは大変だったね。まさかアルビオンにあの時期があるとは思ってなかった。他の皆にはないのに」

「俺も知らなかったし、アルビオンも言わなかったからお互い様だ。アレの対処も仕方ないし、皆も何も言わないだろ?ルミナスだって」

「たまに混じってるよねあの吸血鬼。というか、たまには私達にも譲りなよ」

「こらこら。だからローテーション組んだだろ。それに、ユニは相棒だから、いつでも来たらいいさ」

 

 

 彼女の頭を撫でるが、ユニは頬をぷくっと膨らませている。

 言いたいことも分かるが、魔王フレアに関しては、基本的に皆平等に接しないといけない。

 そこが難しいからこそ、一ヶ月毎にローテーションを組んで交代交代で平等に、俺の側に支えると決めている。

 これには、ミナト達のある計画が裏にあるのだが、それを抜きにしても、良いやり方だとは思っている。

 

 

「それとホムラ。剣星の数字を増やすらしいな」

「あぁ。今は7人だが、あと4人増やす。候補を選別して、試験を実施いないとな」

「確か、一人いたよな。マゴイチだっけ?」

雑賀孫一(スルガマゴイチ)。とある侍の娘で、あの子も侍だな。俺も学ぶべきことは多い」

 

 

 去年学院を首席で卒業した異世界人。

 小柄だが、彼女の銃の腕前は、俺達の知る中で一番だろう。

 加えて剣術もかなりのもので、俺やホノカが継いでいる剣技と一致している部分が多い。

 そのことを以前に聞いた時、彼女は『元は一緒で、途中で分岐したのでは?』と言っていた。

 

 ともあれ、彼女の実力は織り込み済み、アイカとも仲がいいし、遊ばせておくのは申しわけないと思っている。

 

 

「あと3人か。国も大きくなってきたし、役割を増やしていくには良い頃か」

「あぁ。セーラへの引継ぎも少しずつしていかないといけない。学院を卒業するまでに、アイカもセーラもある程度の知識を得て、多くの仲間を見つけてもらわないと」

「成程…夏季休暇を利用しての旅は、そういうことか」

「そう。あとは護衛だが……」

 

 

 待てよ、この旅は色々と利用出来そうだな。

 ルミナスには小言を言われそうだが、娘と国のためだ。

 何が何でも納得してもらう。

 

 

「よし…帰るか。何かやっておく事あるか陛下?」

「無いな。暇なときに相手してくれたらしい。運動不足になると、色々大変だからな」

「体力尽きて愛想つかされるかもな」

「うるせぇな。おめえらとは違うんだよ!」

「はいはい。んじゃまたな。2人目期待しているぞ」

「余計なお世話だ!」

 

 

 いつもの様な馬鹿なやり取りをしてから会議室を出て、宮殿内にある剣星の本部に顔を出し、書類作業をしているホノカに声をかけた後に屋敷に戻る。

 屋敷に入ると、黒い髪に赤い分厚いマントで全身を覆った少女が姿を現す。

 そう、彼女がマゴイチで、今は屋敷に勤めている。

 

 

「お帰りなさいフレア王。ミナトとアルは書斎でお仕事中。ルミナス様はアイカと遊んでいる」

「ありがとう。それとマゴイチ。あとでミナト達と一緒に部屋に来るように。話がある」

「了解。では一時間後に伺う」

 

 

 マゴイチは頭を下げて屋敷の奥に向かう。

 その後に、ルミナス達がいる場所に向かうと、そこでは、ルミナスとアイカが得物をもって手合わせをしている最中だった。

 しかし、二人の様子を見ると、アイカの方はかなり苦戦しているようだ。

 服はボロボロだし、肩で息をしているが、対してルミナスは、余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

「はぁ…はぁ…まだまだっ!」

 

 

 刀に霊子を纏い、その上から黒紫色の炎を纏う。

 あの技は、以前ルミナスが見せた技と同じだが、少しだけ違う。

 込めた霊子は兎も角、炎の制度があまりよろしくない。 

 もう少し上手に調整しないと、霊子が溢れて周りに大きな被害が出る可能性がある。

 

 

「ちょっと危ないけど、ものにしたらアイカのいい武器になる」

「あぁ。問題もあるが、ルミナスを信じよう。どうやって受け止めるか」

 

 

 ルミナスがどう対処するか見ていると、彼女は俺の顔を見た後、愛刀に手をかざし、魔王覇気を込める。

 それを見たアイカが思わず怯んでしまい、その一瞬をルミナスが見逃すわけもなく、アイカとの間合いを一気に詰め、刀の柄で鳩尾を突き、アイカはゆっくりと倒れる。

 

 

「ふぅ…もう少し覇気の耐性をつけねばな」

「そうだな。お疲れルミナス」

「うむ。お主らもご苦労じゃ。で…今月はあの二人か」

 

 

 少し不機嫌になるルミナスだが、まぁまぁと言って機嫌を損ねないようにするが、頭に座っていたユニが、ニヤッと口角を吊り上げたのを見て、ルミナスから冷たい殺気があふれ出てくる。

 

 

「何か言いたそうじゃのユニ」

「別に。ルミナスも大変だなって思ってさ。魔王フレアが皆の物と言っても、ある程度線引きして欲しいものね?でも、配下に問題があった場合は、主がきちんと相手をしてあげないと。嫌なら混じったらいいじゃない」

「ちょ、ちょいユニさん?あまり焚きつけたら―――」

「ホムラ」

「っ!どうした?」

 

 

 冷たいルミナスの声。

 非常に嫌な予感がしていると、彼女はユニに手を向けていた。

 その意味にユニが分からないわけではなく、ユニはゆっくりと上空に移動。

 あとをルミナスが追いかけ、屋敷の上空にて、二人の盛大な戦いが始まった。

 

 

「あー……またか。仕方ない。結界を張って戻るか」

 

 

 被害が出ないように結界を張ってから屋敷の自室に戻ると、約束通りにミナト達が待っていた。

 椅子に座って一息つき、アルビオンが淹れてくれた紅茶を飲んでから、会議の話とアイカ達の旅の件について話すと、マゴイチが興味深そうな顔を浮かべながら口を開く。

 

 

「その旅に私も同行したい。魔王フレアは知ってるけど、勇者フレアは知らないから」

「勇者って…あ。そういうことですか」

「成程。先生のやり残しを片付けさせるのですね」

「うん。ちょうどいい機会だし、国内はほぼ片付いている。あの時よりも環境も整っているから、国外のやり残しを片付けてもらう」

 

 

 勇者時代に残した厄介事は多い。

 魔物の封印や、古の時代の遺跡。

 国内は国の平定のために片したが、国外は一つも手を付けていないので、この際にアイカやセーラに片付けてもらおう。 

 

 

「異論はあるか?剣星の統括者であり俺の一番弟子」

「……」

 

 

 ミナトに問いかけると、彼は何も言わずに頷いて部屋から退出する。

 処理に関しては彼に任せておこう。

 俺達が辿った軌跡に関しては、ミナト達に話してあるから、上手にやってくれると思う。

 多少の遊びは交えるかも知れないが。

 

 

「じゃあ私も行く。ソフィに愛銃の調整頼んでるから」

「了解だ。準備は進めるように」

 

 

 一礼してからマゴイチも退出し、部屋には俺とアルビオンだけになったわけだが…どうしようか。

 上空の戦闘は終わりそうにないし、晩御飯の当番でもないから、やることがないし。

 

 

「ホムラさん。実は書類仕事がありまして。月末の締め日が近いので、処理をお願いします。自警団と遊撃団の経費や、支出と収入の確認。今月の生産進捗など色々と」

「……おぅ」

 

 

 どん!と、大量の書類が目の前に積まれ、思わずドン引きしてしまう。

 あれ…つい先日に大量の書類を片付けた記憶があるのだが…おかしいぞ?

 

 

「お願いしましたよホムラさん」

「頑張ります」

 

 

 頬を叩いてから、書類を片付け始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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現れた歪み

「うぅ…何か冷たい…?」

 

 

 背中に感じる冷気で目を覚まし、顔を後ろに向けると、アル姉が抱き着いていた。

 そういえば少し前からミナト兄と一緒に来ているんだっけ。

 ママとユニ姉の喧嘩の方がやばくてすっかり忘れてた。

 

 

「まだ早いけど起きよう」

 

 

 アル姉を引きはがしてからベットを出て、ドレスチェンジという魔法で制服に着替え、いつものようにリビングに向かおうとすると、パパの書斎の前で、壁にもたれているママの姿があった。

 

 

「おはようママ。どうかした?」

「む…おはよう。パパの仕事が終わらないようでな。朝食をどうしようか考えていた」

「何で?普通に入って聞いたらいいと思うけど」

「……ちょっと気まずい」

「あー…そういうことね」

 

 

 多分ユニ姉との喧嘩が原因かな。

 結局、パパが間に割って入るまで続いてたし、その後はパパとママの会話も無ければ、ユニ姉も姿も見えないし。

 喧嘩に関しては、ラン姉やシン兄だってしょっちゅう喧嘩してるし、ソフィ姉だって笑顔でセーラに切れてるし。

 別に気にしなくていいと思うけどなぁ。

 

 

「パパは気にしてないと思うよ。いつも通り接したらいいと思う」

「それが一番大変なのだが…アイカの言う通りじゃの」

「ん。じゃあ行ってきます。今日は宮殿に泊まるから」

「分かった。小僧やマリンによろしくの」

「うん。よろしく言っておくね。んっ!」

 

 

 ママの頬にキスをしてから屋敷を出て学院に向かう。

 その道中で、夏季休暇中の旅に誰を連れていくか考えていると、右肩に誰かが座り、顔を向けると、ユニ姉が座っていた。

 どこか覇気がないし元気もない。

 ママと同様に、先日の喧嘩を引きずっているようだ。

 

 

「あまり引きずっていると、パパにまた言われるよ。仕事にも影響出るって」

「そこは大丈夫。仕事とプライベートは分けているから。挑発した私も悪いし」

「じゃあ挑発しなかったらいいのに」

「だってずるいじゃん。ルミナスばかりホムラを独占してさ」

 

 

 ぷくっと頬を膨らませるユニ姉。

 プライベートでパパを独占するのは奥さんの特権だし、適度に皆の相手をしているから、あまり文句とか言えないと思うけど…。

 

 

「たまには私だってデートしたいし」

「この間、買い物行ってなかった?」

「あれは仕事だから。私が言っているのは、もっとプライベートで……って。何言わせてるのかなアイカ?」

「ごめんなさい」

 

 

 強めの圧が飛んできたので素直に謝る。

 怒らせると大変な目に遭う(子供の頃は日常茶飯事だった)から。

 それにしても、ユニ姉は昔から全く変わらないね。

 

 

「そうだユニ姉。パパが勇者時代に行った場所って知ってる?」

「ホムラが言った場所?もちろん知ってる。後で地図に書いて持っていくよ。誰と行くの?」

「とりあえず私とセーラ。あとお姉ちゃんとマゴイチ先輩が付いて来てくれる」

「なんか微妙な編成だね……」

 

 

 言われてみればそうかもしれない。

 前衛は私で後衛はセーラとお姉ちゃん。

 マゴイチ先輩は両方こなせる器用貧乏。

 結構バランス悪いなぁ……。 

 

 

「ともあれ、地図は夏季休暇までに書いておくから、計画だけ考えていて」

「了解。じゃまた後で」

 

 

 ユニ姉の頬をムニムニと触ってから別れて学院に向かう。

 学院に到着してからは何時ものように授業を受けて、クラスメイト達と夏季休暇の事を話したりしているうちに、今日の授業が終わった。

 それから宮殿に向かうと、豪華な服装に身を包んだ人たちとすれ違う。

 

 

(……会議か何かかな?)

「あ。アイカ。ここにいたのね」

「セーラ?慌ててどうしたの?」

 

 

 慌てていうセーラが駆け寄ってきた。

 そういえば今日は学院で見なかったような気がする。

 どんなに忙しくても、学院には必ず顔を出していたのに。

 

 

「アイカ。おじ様は屋敷にいるかしら?」

「いるはずだよ。どうかした?」

「国境付近の洞窟に空間のひずみが現れたらしいの。だからすぐに対処して欲しいって」

「ひずみ…了解。直ぐに言ってくるよ。セーラは待ってて」

 

 

 直ぐに屋敷へと戻り、パパのいる仕事部屋に向かうと、仕事部屋では見覚えのある青い悪魔と話をしているパパとミナト兄の姿があった。

 

 

「あ…パパにミナト兄。今大丈夫?忙しいなら待つけど」

「大丈夫だ。何かあったか?」

「えっと…青い悪魔がいるなら多分同じ内容だと思う。セーラから伝言。ひずみの対処お願いだって」

「了解だ。行くぞレイン」

「え?」

 

 

 パパは目の前にいる青い悪魔のレインに言うが、彼女は『え?何で?』といった顔を浮かべる。

 その顔を見たパパは、やや怒った顔を浮かべつつ服の襟をつかんで持ち上げた。

 

 

「行くぞレイン。ギィの使いなら最後まで見届けな。不在の間は頼むぞミナト。アレクとベルも連れて行くから、いつも通りな」

「いや、あの、私はこのまま主の所に―――」

「いいから行くぞサボり悪魔。頼むだけ頼んでそのまま返すか。たまには最後までやり通せ。またギィに怒られたいか?今度こそクビ宣告されるぞ」

「そ、それは困ります!」

「そうならないためにも行くぞ」

 

 

 ズルズルとレインを引っ張って行くパパ。

 私は手を振って見送り、ミナト兄はどこかに連絡してから仕事部屋を出ていく。

 恐らく宮殿に言って皆に伝えに行ったのだろう。

 

 

「私は…どうしよう。今日は宮殿で止まる予定だったし……。一応ママの所に行こうかな」

 

 

 理由を聞かれる前に先手を打っておこう。

 直ぐにママのいるリビングに向かうと、とてもいい匂いと上機嫌な鼻歌が聞こえて来たので、台所の方を見ると、いつものドレス姿にエプロンを来たママが晩御飯の準備をしていた。

 

 

「ただいまママ。機嫌良いね。パパと話せた?」

「うん。ユニとも話しはした。お互い悪かったからの。ところで…今日は宮殿に泊まると言っていなかったか?」

「うん。ちょっとセーラに伝言頼まれたから帰ってきた。なんでも空間のひずみが現れたんだって」

「ひずみ…そうか。だからあの悪魔が…。全く…いいように使いよって」

 

 

 恐らくレインの主であるギィへの文句だろう。

 いつもパパの手が空いているときに物事を頼むことが多い。

 あの人も悪気はないと思うけど、何かと間が悪すぎる。

 

 

「まぁ良い。あ奴の事だからすぐに帰ってくるじゃろう。後でお弁当でも持っていくかの」

「いいんじゃない。おじ様とベル姉もいるみたいだし。お弁当箱取るね」

 

 

 近くに置いてある脚立を持って来て、それに乗ってから棚の扉を開け、弁当箱を取り出してママに渡すと、ママはテキパキと具材を詰めていく。

 横で水筒にお茶を淹れていると、ママはある方向に指を差し、その方向を見ると、土釜でご飯を炊いていた。

 蓋を開けると、白い煙と熱気が溢れ出てくる。

 思わず『熱ッ!』と言ってしまい、聞いていたママが慌てて駆け寄ってきた。

 

 

「大丈夫かアイカ!?」

「ん。大丈夫ママ。少し驚いただけ。おにぎり作るね」

「ちゃんと魔法で手を保護するのを忘れぬ様にな。あと具材は机の上に置いてある」

「了解。じゃあ愛情込めて作りますか」

 

 

 手を火傷しないように魔法で保護してからおにぎりを作って弁当箱に敷き詰めていく。

 その途中で遊びに来たホノカおばさんも加わり、テキパキと作っていく。

 

 

「しかし…また次元の歪みですか。早めに対処しないと大変ですね。姉様も行かれるのですか?」

「小僧やベルが向かっているなら妾は不要じゃ。むしろ邪魔じゃろうて」

「そんなことありませんよ。兄様のやる気があがります」

「そんな単純な男ではない。さっさと作ってしまわんか」

「……了解です」

(あながちあり得そうだけど……)

 

 

 ママとおばさんの話に耳を向けつつおにぎりを作り、ママが作ったお弁当と重ねて鞄に入れる。

 あとはこのお弁当を誰か持っていくかだけど…ここはおば様の方がいいのかな。

 

 

「よし…アイカを連れていきますね姉様」

「ん。よい勉強になるじゃろうし、無茶はしないようにな」

「はい。行きますよアイカ」

「う、うん」

 

 

 おば様と一緒に歪みの場所に向かう。

 そこは国の国境ギリギリにある山の中の洞窟で、禍々しい魔素が洞窟からあふれでている。

 どう見ても異常事態で、おば様も珍しく真剣な表情だ。

 

 

「では奧に進みましょう。何が起きるか分かりませんので油断しないように」

「了解」

 

 

 大きく深呼吸してから、おば様と一緒に洞窟に入っていった。



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