漫画家と魔法少女は黄金楽土の夢を見ない (砂上八湖)
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プロローグ「砂糖はかき混ぜない」

 

「先生ぇ、消えた大樹事件って御存知ですぅ?」

 

 紅茶用のカップをソーサーに置くタイミングに合わせて、そんな甘ったるい口調の問いが漫画家に投げ掛けられた。

 月刊少女漫画雑誌の女性担当編集──祭音寺(さいおんじ)マツリは自身が注文したコーヒーに8個目の角砂糖を投入しながら、向かい合って座っている漫画家の質問に対する反応を目線で探る。

 

「……」

 

 9個目の角砂糖を放り込む。漫画家──岸辺露伴の反応は沈黙だった。オープンテラスのテーブルに肘をつき、有名な画家の画集を読み耽っている。

 明らかに「耳には届いちゃあいるけど、君の話なんて聞いていないぜ」という態度だ。

 

「んもぉ、先生聞こえてますぅ? 大樹事件ですよ、消えた・た・い・じゅ・じ・け・ん」

 

 10個目の角砂糖が熱くて黒い海の中に消えた時、露伴は大きな溜め息を()くと「あのなァ~~~」と心底呆れたような声と共に目線を祭音寺へと移す。

 声も視線も不機嫌に彩られていた。

 

「初めて少女漫画雑誌に読み切りを掲載するからって、どうせ修正もなく通るのに無駄としか思えない『ネタの打ち合わせ』をしようと君が言ったんだぜ?」

 

 実際、打ち合わせは五分も掛からず終わったしな──と、露伴は皮肉っぽく付け加えた。

 祭音寺は11個目の角砂糖をコーヒーに沈めながら「にへっ」とはにかむ。

 

「そうですよぉ、少女漫画雑誌としては異色ですけどぉ、面白いネタだから一発オーケーでしたぁ」

 

「なら早く帰って仕事をしたらいいだろう。

 なのにいつまでもダラダラ居座り続けて、挙げ句に僕の読書を妨害するとか……

 いったいどんな了見だ?」

 

 というか──と、女性編集の顔からコーヒーへと視線を下げる。

 

「いったい角砂糖を何個入れる気だ? それだと甘ったるくて飲めたもんじゃあないぞ」

 

「あぁ、これ私が考案したダイエット法なんですよぉ」

 

 右手を頬に当て、露伴は訝しむような表情を浮かべる。

 

「おいおいおいおいおい、ダイエットだって?

 もう10個は角砂糖を入れてるだろ?

 まったく逆の事をしてるじゃあないか。

 デブ育成レースを単独トップでゴールできちまうぞ」

 

 ほんのり丸顔な祭音寺はニコリとカップを持ち上げた。

 

「砂糖は入れるんですけどぉ、混ぜないのがポイントなんですよぉ」

 

 やや前のめりの姿勢で、確かに一度もスプーンでコーヒーをかき混ぜず祭音寺はカップに口をつけた。

 音は立てない。

 カップの取っ手を摘まむようにして持っている。

 表面上のマナーは完璧だった。

 

「砂糖をたくさん摂取したい欲望を満たしつつぅ、実際は適度な甘さに抑えられる『コーヒーは好きだけど苦いのは苦手』って人向きのぉ、画期的なダイエット法なんですよぉ」

 

 一気に飲み干し、ソーサーに置いたコーヒーカップの底には、なるほど溶けきっていない厚い砂糖の塊が鎮座していた。

 

「僕には理解できないな」

 

「じゃあぁ、消えた大樹事件も露伴先生には理解できないかもしれないですねぇ」

 

「なんだと?」

 

 挑発めいた仮定に、漫画家の眉が跳ね上がる。

 

「興味でましたぁ?」

 

「微塵も興味はない。だが、この岸辺露伴には理解できないなんて一方的に結論付けられようとしているのが我慢できないだけだ」

 

 どんな事件なんだ、とカフェチェアの背もたれに身を斜めに預けながら詳細の説明を促す。

 実に尊大な態度だが、岸辺露伴がこれまで築いてきた実績とプライドと自信が不思議と風格を形成し、若いながらさま(・・)になっていた。

 

 祭音寺が嬉しそうに語った詳細によると、それはテレビで生中継されながらも実在を証明する痕跡が一切ないという都市伝説めいた事件であった。

 なんでも数年前、地方の某港湾都市の真ん中に「ビルの高さに届こうかという巨大な大樹」が一晩の内に出現していたらしい。地元テレビ局の中継ヘリが実況しながら撮影していたのだが、いつの間にか大樹は消え失せており、ただ建物の一部や道路のアスファルトが損壊しているだけだったというのだ。

 

「集団幻覚なんじゃあないのか?」

 

「確かにぃ、この話の現実的な落とし所としてぇ『ガス爆発と一緒に、地下に溜まっていた幻覚性のあるガスが空中に撒き散らかされたからじゃあないか』って言われてるみたいですけどぉ」

 

 その地方都市では、(くだん)の大樹が出現した時期を境に「おかしな事件」が報告されたり目撃されたりするケースが急激に増えたのだという。

 例えば「羽の生えた大きな猫が空を飛んでいた」とか「街中や海に何本もの巨大な火柱が噴き上がっていた」「建設重機が合体してロボットみたいになった」といった、通常では考えられない(普通なら一発で嘘と判るような)ものばかりだ。

 

「ふうん」

 

 いつの間にか画集を閉じて話に耳を傾けていた露伴は、さして興味を惹かれた様子でもない気の抜けた返事を漏らすに留まった。

 

「次にウチで描いてもらうときのネタに使えませんかねぇ」

 

「使えないね、リアリティがない」

 

 即答で両断だった。

 そうですかぁ、と祭音寺は残念そうにテーブルから身を引く。

 露伴は「フン」と鼻息を鳴らして席を立った。

 

「原稿はすぐに取り掛かるよ。

 36ページだっけ?

 明日の午前中までには仕上がるから取りに来てくれ」

 

「えぇ? 36ページですよぉ? 明日ってマジですかぁ?」

 

 速いとは聞いてましたけど速すぎません?と祭音寺も釣られて席を立つが、再び露伴は「フン」と鼻息を荒く鳴らすと自然の摂理を子供に教えるかのような口調で宣言する。

 

「この僕を見くびるんじゃあないぞ。

 岸辺露伴は出来ないことを決して口にしない」

 

 絶対の矜持を持つ漫画家の顔を、昼の陽光が誇らしげに照らす。

 プロの魂に間近で触れた祭音寺は、思わずその立ち姿に見惚れてしまう。

 

「そういえば」

 

 その漫画家は「別に興味はないんだけど、この際ついでだから聞いとくかァ~~」といった素振(そぶ)りで担当編集に話を振った。

 

「ずっと『とある地方都市』だとか『某港湾都市』みたいに、そのコーヒーの甘さみたいなボカシ方をしていたが、街の具体的な名前は分かっているのか?」

 

 質問を投げ掛けられた祭音寺は「ハッ」と我に返り、一瞬の間を空けながらも記憶から怪事件が続発するという都市の名前を引っ張り出した。

 

「海鳴市というそうですよぉ」

 

 海鳴市ねえ……と小さく呟きながら、漫画家の頭の中では取材旅行のスケジュールが静かに組み立てられていた。

 

 




ジョジョっぽくなるよう頑張ります。


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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)①」

 

◼️01◼️

 

「ここが海鳴市か」

 

 乗り継ぎを重ねて目的の駅へと到着した岸辺露伴は、駅前広場に出て一望できる街の風景を見渡して呟いた。

 昼を少し過ぎた快晴。

 鼻孔をくすぐる潮の香り。

 少し離れたエリアには幾つかの高層建築物を始めとしたビル群が並んでいるものの、基本的には港湾を中心に住宅街がなだらかに広がっている。

 露伴が住む杜王町とは、同じ海沿いに位置しているという点が同じでも規模が違う。「大都会」ではないにせよ「都会」と呼ぶには十分だった。

 行き交う人の表情を観察するぶんには、とても話に聞いたような怪事件が頻発している街には思えない。

 第一印象は、そんな「平和そうで、平凡な街」だった。

 

「まあ取材してみれば分かることさ」

 

 とりあえずは宿泊先を確保する必要がある。

 ステーションホテルでも良かったが、どうせならサービスが充実した高級な所に泊まりたい。

 例の少女漫画に掲載する予定の原稿は宣言通りに完成させて渡してあるし、週刊連載している作品は2ヶ月分を先行して仕上げて編集部に送っておいたのだ。

 わざわざそうやって作った長期休暇という時間を利用し、腰を据えて取材をするためにも、満足のいく空間を提供してくれる宿泊施設が良い。

 

「旅行ガイドによると月村シーサイドホテルとやらが一番グレードが高いのか」

 

 スマホで旅行ガイドのサイトを確認する。

 高級ホテルではあるが、一般向けにリーズナブルな宿泊コースも設定しているらしい。あまり人望のない露伴だが、幸いなことに資金力はあるのでハイグレードなコースでも問題なかった。

 ホテルの近くには開園したばかりの遊園地もあるそうだが、こちらは興味が全くないので頭の中から情報を削除する。

 

「しかし駅前にタクシーが見当たらないなあ。

 いくら観光のオフシーズンでも、買い物で駅を使う人間だっているだろうに」

 

 露伴がぼやいた通り、駅前広場のタクシー乗り場には1台もタクシーが停まっていなかった。タイミングが悪く出払っているのか、他の交通機関が充実しているので地元住民の利用率が低いからなのか、そこまでは分からないが。

 

「路線バスの時刻表を見ても、どこが最寄りの停留所なのか判断できないじゃあないか」

 

 それならバスを……と思ったものの、土地勘のない露伴には適切な降車場所が分からなかった。杜王よりも「都会」なぶん、路線の種類も多いので尚更である。

 ガイドにはホテルの豪奢な設備については詳しく記載されているものの、バスを利用する人間については考慮していないのか、最寄りのバス停についての記述はない。

 

「クソ、なんて不親切なサイトなんだ。

 あとで管理人に抗議してやる」

 

 別のサイトで調べ直すのも何となく癪に触る(自分から情報弱者だと認めてしまうみたいでプライドが許さない)ので、どうしたものかと思案に耽る露伴。

 

「(無駄なことに時間を割いてしまったからか、小腹が減ってきたな……)」

 

 微妙な苛立ちが胃を刺激したらしい。

 度重なる乗り継ぎのせいで昼食を摂れていなかったことに、今更ながら思い至った。

 周囲を見渡してみると、駅前ということもあってか何軒かの飲食店が並んでいる。

 ファミレス、牛丼屋、バーガーショップ、蕎麦屋など。

 注文してから提供されるまでが短く、そこそこの値段でそこそこの量が食べられる料理を出す店が多い。しかし露伴の胃袋が欲している容量は、そこまで多くを求めていなかった。

 喫茶店で出される軽食──サンドイッチやケーキぐらいの、そんな適度な量で良いのだ。

 しかし見渡す限り、駅前に喫茶店は見当たらない。

 

「さて、どうしたもんか」

 

 いよいよとなれば駅員にでも尋ねるか、と考えていると。

 

「あの……なにか、お困りですか?」

 

 露伴の背後から、随分と若い声が掛けられた。

 首を動かし背後を窺うと、想像していたよりも更に若い──小学生くらいの少女が立っていた。白を基調とした学校制服姿で鞄を手にしているのを見るに、下校途中だったのだろうか。

 髪の両サイドを黒のリボンで短く結った、利発そうな少女である。

 

「困っているといえば、まあ、困っている内に入るのかな」

 

「ああ、やっぱり。

 駅から出てきたっきり移動しないから、そうじゃあないかって」

 

 駅前で独り突っ立て考えに耽る男性を見て、何かしらに困っていると判断したのだろう。親切心から声を掛けてくれたようだ。

 改めて露伴は少女の身形(みなり)を観察してみる。

 小綺麗な格好である。

 制服も汚れておらず、昼の日射(ひざ)しを跳ね返す上質な白い生地が実に眩しい。

 セーラー服とブレザー服の中間にあるようなデザインの制服も着慣れていなかったり着こなせていないといった感じもない。

 都会的なデザインに親しみ、生活の中に「馴染んで」いる。

 駅前にいるということは電車通学だろうか?

 

「(如何にも『都会の子供』って感じだな。小学校5~6年生ぐらいか?

 このぐらいの年齢の子供なら少しマセてるものだから、洒落た喫茶店のひとつぐらい知っているかもしれないな)」

 

 いいとこの嬢ちゃんかもしれない。

 その割に、半袖やスカートから伸びる手足の筋肉は細く引き締まっている。なにかスポーツでもやっているのだろう。

「まあ漫画のキャラクターとしては参考になりそうにないが」などと若干失礼なことを考えながらも、露伴は身体の正面を親切な少女へと向き直す。

 そして喫茶店を探しているのだと告げると、元から晴れ晴れとしていた少女の表情が更に明るくなった。

 

「それなら良い所があります!」

 

「ここから近いのかい?」

 

「少し歩きますけど、スイーツとコーヒーが美味しい店ですよ!」

 

「……僕はどちらかというと紅茶派なんだがね」

 

「はうっ!?」

 

 空気が読めていないというより少し意地悪な反応を露伴が返すと、少女の顔が絶望へと急転直下した。

 さすがに厚顔不遜な漫画家でも、これにはチクリと罪悪感が心に刺さる。傲慢ではあるが嗜虐趣味があるわけではないのだ。

 

「でも、まァ、たまにはコーヒーもいいかなァー……なんて」

 

 厚い曇天模様だった少女の表情が、再び晴天を取り戻す。随分と感情表現が豊かな子供だなあと露伴は軽く胸を撫で下ろしながら、彼女に案内してくれるよう促した。

 オススメというのであれば、一刻も早く絶妙な間隙が生じた胃袋を満たしたい。

 

「お兄さんは観光で海鳴に来られたんですか?」

 

 楽しそうに鼻唄を奏でながら先導していた少女が、ふとそんなことを尋ねてきた。露伴の格好や荷物を見てビジネス目的ではないと判断したようだ。

 とはいえ観光シーズンでもないので、疑問に思ったのかもしれない。

 

「(子供にしては目端が利くようだな)」

 

 特に隠すような用事でもないし、数ある怪事件の情報を収集するなら地元の子供を味方につけた方がいいかもしれないと露伴は思案を巡らす。

 正直、子供は苦手だが漫画のためならば我慢もしよう。

 

「いや、取材だ。こう見えて漫画家をしていてね」

 

「漫画家さん! 凄い! この街が漫画に出てくるんですか!?」

 

「うーん、取材の結果次第かな」

 

 そんな会話を交わしながら歩くことしばらく。

 なるほと確かに「しばらく」という形容がピッタリな距離に、その洒落た雰囲気の喫茶店が道沿いの風景に溶け込んでいた。

 

 喫茶店というよりも「店内で買ったものを飲食できる洋菓子販売店」と呼ぶのが正確みたいだが、数席ながらオープンカフェも設置されている。

 道沿いではあるが主要道路から外れているため交通量は多くなく、比較的静かな環境といえよう。

 なかなかに露伴好みであった。

 

「ここです!」

 

 何故か少女は自慢げに到着を宣言する。小さな体を大きく使って店の存在をアピールするのも忘れない。

 

「ふうん」

 

 そんな少女のアクションに露伴は適当な相槌を打ちつつ、シックでシンプルなデザインの正面出入口を眺め──次いでその上部に掲げられた看板へと視線を移した。

 

 ──そこには「翠屋」という短い店名が記されていた。

 

 

 



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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)②」

 

◼️02◼️

 

「う、美味(うま)い……ッ」

 

 フォークで小さく切り取ったチーズケーキの一部を口に含んだ瞬間、舌の上に濃厚でジューシーで芳醇なチーズとレモンとハーブの味と香りが露伴の語彙を激しく揺さぶった。

 頭の中では、このチーズケーキの味を称える幾万もの言葉が濁流のように流れているのに、言語化というフィルターが「美味い」という単語しか抽出できないでいる。

 露伴は漫画家であって小説家ではないのだが、口の中に広がるリアリティを上手く表現できないもどかしさが実に歯痒い。

 

「料理もスイーツも、トニオ・トラサルディーが作る以上のものはないと思っていたが……世界は広いな。まさかこんなに美味いケーキを出す店があるとは」

 

 このケーキを口にできただけでも、この海鳴市に来た甲斐があったというものだ。

 次に描く漫画は「美味いケーキを存分に堪能する男の話」でもいいかもしれない。

 

「トニオさんという(かた)は存じ上げないけど、そんなに誉めてもらえると職人冥利につきますね」

 

 保湿性に優れたケーキの陳列棚を挟んで、嬉しそうに女性が微笑んだ。露伴が訪れた「翠屋」のパティシエールをしている高町桃子である。

 聞けば三児の母だという。しかし(にわか)には信じられないほど若々しい容姿の持ち主だ。最初は露伴も「いくらなんでも嘘じゃあないのか、リアリティが無さすぎる」と疑ったほどだったが、どうも真実らしい。

 

「(このケーキの味といい、まだまだ世界には興味深いことに満ち溢れている)」

 

 感慨深げに二口目を堪能する。

 とりあえずトニオについては「愛する女性のためにはアワビの密漁も辞さないイタリア人」と紹介しておいたが、イタリア人という部分からジョークだと思われたようだった。

 その密漁に自ら積極的に荷担していたこともあり、敢えて露伴は否定したりはしなかったが。

 

「お母さんの作るケーキは世界一なの!」

 

 そんな露伴を正面に同席していた少女が、嬉々として宣言する。ケーキの味を誉められたのを、我がことのように喜ぶ姿は年相応に可愛らしく映る。

 だが相対(あいたい)する露伴の目は冷ややかだ。

 

「自分の家の喫茶店をオススメするだけじゃあなく、案内までするなんて随分と商魂(たくま)しいじゃあないか」

 

 気持ちは分からないでもない。

 露伴だって「オススメの漫画は?」と聞かれたら、間違いなく自分の作品を即答するだろうから。

 

 ジト目で見られた商売人な少女──店内で改めて「高町なのは」と自己紹介した──は「えへへ」と笑って誤魔化した。商売っ気が無かったと言えば嘘になるのだから。

 

「まあ想像してた以上の店だから別にいいがね」

 

 今は配達で不在だという父親が事前に淹れていたコーヒーを口にしながら、露伴は自身の不遜な寛大さをアピールしてみせる。

 普段は紅茶を飲む露伴だが、ケーキと同様にコーヒーの味にも唸らされた。よく「苦味と酸味とコクのバランスが日本人の味覚にマッチする」という言い回しの評価を耳にすることはあるが、このコーヒーは少し違う。

 マッチする(適している)のではなく、フィットする(合致する)のだ。

 それも一緒に提供されるスイーツや軽食の味を損なうことも上書きすることも無いよう、細心のバランスを保ったままで……である。

 

「ところで」

 

 露伴は目の前で同席する少女に、ジト目を継続させながら話し掛ける。

 

「なんだって君は僕と相席しているんだ?

 新規客の呼び込みという任務は無事に終了したんだから、宿題でもしてればいいんじゃあないか?」

 

 先程からニコニコ顔で露伴が飲食する様子を眺めているのだ。さすがの露伴も正面から観察されながらの食事は落ち着かない。

 なので暗に「帰れ」と告げたのだが。

 

「露伴先生は漫画家さんなんですよね?

 いろいろお話を聞けたらな、って」

 

 どうやら友達に漫画好きがいるらしい。なのは本人はソコまで漫画を読まないのだが、その友人から色々と作品を薦められて目を通してはいる。

 だがこの台詞から察せられる通り、その「オススメ作品」とやらに露伴が描いた作品は含まれていなかったようだ。

 そこが露伴の片眉を大きくハネ上げた。

 

「僕の漫画を薦めないとは、その友達とやらが読んでいる漫画のラインナップを見てみたいもんだね」

 

 まさか「ちょっとした図書館並に蔵書がある」とは想像もしていない露伴の発言に、なのはは「どう応えていいものやら」と言葉が鈍る。

 蔵書数に対する紹介数の割合という、おそらく単純に確率の問題だったのであろう。

 とりあえず友人の名誉を守ろうとなのはが口を開きかけたタイミングで、その騒音か店内に飛び込んできた。

 

 パトカーのサイレン音である。

 それだけではなく、救急車のサイレンも混じっているようだった。

 翠屋のすぐ前を走り抜け、やがて音は小さくなっていく。

 

「事故でもあったのか?」

 

 見えはしないが、外を窺うように首を動かした露伴は何とはなしに呟いた。田舎でも都会でも、まあよくある「音」ではある。

 早々と興味を失った露伴は視線をケーキへと戻す途中、ふと違和感を覚えた。

 それは目の前にいる親子の様子だった。

 桃子やなのはの表情は「よくある音」に対しては、やや翳りが差し込みすぎている。

 なのはに至っては、椅子からほんの僅かに腰を浮かせていた。まるでサイレンを追うように外へと飛び出して行きかねない緊張感すらあった。

 

「……?」

 

 スプーンを口に入れたまま、露伴は怪訝に思う。

 けたたましくパトカーや救急車が眼前を通りすぎれば、誰しも「何があったのか」と不安に感じるものだ。

 だが2人の反応は、それとは何か違うもののように伺えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なのは」

 

 心配そうな、母親の言葉。

 

「気を付けてね?」

 

 何に対して気を付けねばならないのか?

 気を付けなかった時の結果がどうなってしまうのか?

 

「うん」

 

 それらを全て理解した上で返答する、少女の声。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だとすると、それは街の住民が周知するところとなるほどの連続性を持った「()()」ということになるのだろう。

 露伴は口からスプーンを引き抜き、ケーキを飲み込む。

 この取材旅行の切っ掛けになった「消えた大樹」なんて噂話もそうだが、他にも興味深い案件が海鳴市では発生しているようだった。

 

「(来て良かった)」

 

 露伴は、ただただ純粋にそう思う。

 こうして厚顔不遜で鳴らす漫画家は──富豪村やランニングマシーン勝負など、これ迄もがそうであったように──自らの足でトラブルに踏み込んでいくのだった。

 

 



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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)③」

◼️03◼️

 

 結局2人から「何を知っているのか」を聞き出すことはできなかった。

 正確には聞き出そうと露伴が口を開きかけた瞬間、なのはが「用事を思い出した」と翠屋から出ていってしまったのと、それでは桃子の方でと方針転換した矢先に客(主に学校帰りの女子中高生達だ)が混雑し始めてしまい、とても情報を集める雰囲気ではなくなってしまったのだ。

 そうしてる内に、騒々しい若人(わこうど)の濁流に押し出されるようにして慌ただしく会計を済ませ、店の外へ。

 苦々しい視線を翠屋の出入口に送るが、再び入店して質問する気も失せてしまった。

 映画の面白そうな予告編を見たのに、日本では公開されないと教えられたような気分である。

 これだから学生というのは嫌いなのだと露伴は舌打ちしたものの、まだ気分に余裕は残っていた。

 

「まあ、また来ればいいだけの話だしな」

 

 せっかく長期間の取材旅行なのだ。いま慌てる必要はないと、誰に見せるわけでもないのに「大人の余裕」ってヤツを見せつける。

 フン、と鼻を鳴らしてから歩道を歩き出そうとして──

 

「しまった、ホテルの場所を聞くのを忘れていたぞ……」

 

 右手で顔の半分を覆って失態を嘆くも、やはりプライドが邪魔をして翠屋に再入店しようという気が湧かない。

 大人の余裕というよりも、子供の意地っ張りである。

 とりあえず駅前まで戻るかと考えてから、はたと気付く。

 

「そうか、駅員に聞けば良かったじゃあないか」

 

 翠屋という店と巡り会えたのだから無駄とは言わないが、随分と遠回りな時間を使ってしまったと露伴は自分の判断ミスを嘆いた。

 

◼️04◼️

 

 駅員から目的のホテルの場所とルートを聞き出し、ようやく露伴はチェックインを済ませることができた。

 道を尋ねる際に、それとなくパトカーと救急車が向かったであろう現場のことを──海鳴市で起きているであろう「事件」について探りを入れてみたが「最近は事故が多いみたいですね」という曖昧な証言しか得られなかった。

 露伴のスタンド能力「ヘブンズ・ドアー」で駅員の記憶から詳細な情報を抜き出してみることも考えたものの、あまり駅構内から動かない駅員が詳しい情報を得ている訳もないかと思い至り、それは実行していない。

 

「事故、事故ねえ」

 

 ホテルのスイートルームに荷物を置いた露伴は、取り敢えずスマホとスケッチブックと鉛筆だけを持って再び街へと繰り出していた。

 以前はカメラやボイスレコーダーなども所持していたが、最近ではスマホで全てを兼用できるようになっている。なので取材で歩き回る際も、上記のような軽装で十分なのだ。便利な世の中になったものである。

 

 道行く何人かの住民に「観光に訪れた画家」のような振る舞いで話を聞いてみたものの、駅員の時と同じく「なんだか事故が多いらしいねえ」という情報しか返ってこないのだ。

 どんな事故かと重ねて聞けば「はて……」と誰も詳細を知らないのである。

 学生も、主婦も、会社員も、警官も、老人も、子供も、若者も。

 事故が起きているということは知っているのに、それが交通事故なのか爆発事故なのか天候や動物に由来する事故なのか、そういった事故の種類すら判別がつかない。

 ただ「事故が多い」という認識だけが人々の中に存在しているようだった。

 

「なんだか変な気分だな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 中途半端に隠されているようだ。

 手品で箱に隠された美女が、いつまで経っても現れないような。

 

「だとすると、やはり高町親子の反応が気になるな。

 あれは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、と露伴はひとつの仮説をたてる。

 知っているんじゃあなく、むしろ起こしている側なんじゃあないのか?

 もしくは──事故の内容を隠している側?

 しかし単なる喫茶店のパティシエールと小学生の娘が、大勢の人間から特定の情報だけを隠蔽できるものだろうか。

 普通に考えれば荒唐無稽な推論だ。

 だが岸辺露伴は知っている。

 そういうことが可能かもしれない存在を知っている。

 

「あの2人、スタンド使いかもしれないな」

 

 超能力に形(ビジョン)を与えたような異能の使い手。

 そういう者達と(時には人間ではない者共と)露伴は過去に何度も遭遇してきたし、戦ったことすらある。

 翠屋で話題に出たトニオ・トラサルディという料理人もスタンド能力を有している。

 露伴が一番の親友だと信じて疑わない少年もスタンド使いだ。

 杜王町だけでなく、全国各地……いや世界各地にスタンド使いは存在していた。奇妙な事象が起きているらしい海鳴市に、それが1人もいないと考えるのは楽観的すぎるように露伴は思えた。

 

「最悪のケース……一戦交えることも想定しておいた方が良いかもな」

 

 あの素晴らしく美味いケーキを作れる人間とは、正直やりあいたくない。しかし露伴は「希望的観測の通りに事が運ぶことはない」という経験則を何度も思い知っている。

 とはいえ手掛かりになりそうなものが何ひとつ無い状態なので、油断なく慎重に動こうにも「何が油断につながって、どう慎重になれば良いのか」すら分からないのだ。

 

「一番良いのは、僕の目の前でその『事故』とやらが起こることなんだが……」

 

 聞き込みと風景のスケッチで移動していく内に、港湾部の近くまで来ていたらしい。

 大通りではなく、裏路地……というよりもバイクや自転車が通るような少し開けた連絡道といった感じの場所だった。

 群で空を飛ぶカモメの鳴く声が、遥か頭上から重なって聞こえてくる。離れた場所から響く(かす)かな波の音と、鼻を刺激してくる潮の匂い。港を行き交う船舶やコンテナの集積所から届く機械音。

 ──自然と人工の音と匂いが混じる街の一角(日常)

 

 どんな種類の『事故』かは知らないが、そんなものとは無縁そうに思える情景だった。

 希望的観測の通りに事は運ばない。

 ついさっき思い浮かべたばかりの経験則である。

 

「まあ、そう都合良くはいかないか」

 

 まだ取材初日なのだ。焦る必要は全く無い。

 露伴は歩き回った疲労を深い溜め息を吐くことで誤魔化し、ホテルへ戻るべく(きびす)を返した。

 歩いて戻るのも面倒だしタクシーを拾おうと考えた、その時。

 

「ゲギャァッ」

 

 頭上から、何かを(ひね)って絞り上げたような──そんな音が鳴り響いた。

 音がした方向へと思わず目を向けた露伴だったが、音の主は蒼い空には見当たらない。

 何故なら、既にそこには存在していなかったから。

 直後、その「何か」が露伴の近くに『ボッドォォーーンッ』と落ちてきたのだ。

 

「なにッ!?」

 

 露伴は咄嗟に後退(あとずさ)り、突然の落下物から距離を取る。

 アスファルトの地面に勢いよく叩きつけられた「それら」は、ピクピクと痙攣していた。しかし結構な量の血が飛び散っており、どうやら生きてはいないようである。

 

「カモメだと?」

 

 空から落ちてきたのは群で飛んでいたカモメの中の2羽のようである。何らかの原因で飛行できなくなり落下したのだろうが──

 

「……落ちて地面に叩きつけられた以外の傷が見当たらない。トンビや鷹に襲われたって訳でもなさそうだが……?」

 

 (くちばし)の周りを観察してみると、2羽とも白い泡を吹いていた形跡があった。

 よくよく見ると、眼球も異様なまでに血走っている。

 

「もしかしてコイツら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 2羽が同時に?

 露伴が真っ先に疑ったのは病気だが、同時に症状が発生して同時に失速するものだろうか?

 

「何か、何かがおかしいぞ」

 

 露伴の脳内に焦りにも似た警戒警報が鳴り響く。

 何かは分からない。

 だが何かが起きている。

 

 『ガササッ!』 『ガタッ!』 『ドタンッ!』

 

「はっ!!」

 

 冷や汗を隠せない露伴の耳に、裏路地の更に奥から重たそうな異音が続けざまに飛び込んできた。

 小さな倉庫が連なる、その狭間。

 荷物運搬ようの線路や積込場へ向かう小路の奥から聞こえた音だ。

 

「誰か、いるのか?」

 

 意識を注意して向けると、人の気配は確かに感じられる。だが露伴の呼び掛けに反応はない。

「シィィーーーン」という擬音が視覚的に見えてきそうなぐらい、静まりかえっている。

 

 好奇心は猫を殺す。

 分かっていても、好奇心こそが岸辺露伴という漫画家を突き動かす原動力でもあるのだ。

 小路の奥を覗き込もうなんて行動を、彼自身が止められる筈もなかった。

 

 できるだけ音を立てないよう、ゆっくりと物陰から様子を窺う。何を見ても大声を上げてしまわないよう、冷静であれと心に言い聞かせながら。

 そして露伴は見た。

 

 人が、踊っていた。

 

 どうも子供──それも少女のようだった。

 白い制服のような、ドレスのような服を着て踊っている。

 奇妙な形の杖を左手に持ってもいた。

 踊りと言っても、ひどく不恰好でリズムも様式も何もあったものじゃあない。ひたすらその場で手足をバタつかせているだけで、まるで踊ることで踊りを冒涜しているような有様だ。

 

 音楽も手拍子もなく、無音のダンス。

 

 口の端から、血液混じりの白い泡が吹き出ている。

 苦悶に満ちた表情だ。

 なのに顔は紅潮しておらず、土気色に近い。

 歪んではいるが、見覚えのある顔だった。

 

 これは踊りではない。

 

 高町なのはが、無言のまま激しく足掻(もが)き苦しんでいたのだ。

 

「なにをしているんだァァァァーーーーーッッ!!!!」

 

 それに気付いた露伴は、堪らず大声を張り上げてしまっていた。

 

 




とりあえず連投はここまで。


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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)④」

 

「何をしているんだァァァァーーーーーッッ!」

 

 露伴は驚愕と叱咤が混じった絶叫を上げながら、致死性のダンスを繰り返すなのはに駆け寄ろうと足を踏み出した。

 

 しかし。

 

 (すんで)のところで。

 命を左右するギリギリのところで。

 どんな状況にあろうとも冷静な観察眼を持つ漫画家は、その「動き」を見逃さなかった。

 踏み出した足が1歩で止まる。

 

 苦悶に満ちながらも、なのはの眼には強い意志が宿っている。横目ながら、その視線が露伴を捉えていた。

 そして彼女の右手が……(てのひら)が露伴に向けられて、ハッキリと拒絶の──いや、制止の意図を示しているではないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのはは露伴より遥かに年下の、小学生でしかない。そんな子供が激しい苦痛から反射的に暴れてしまう五体の一部を剛胆な意志で抑え込み、たった一度交流しただけの人物を巻き込むまいとしているのだ。

 

「(なんという意思の強さ!

  コイツ本当に小学生かッ!?)」

 

 とはいえ死へと誘うダンスは止まらない。

 筋肉の収縮と弛緩が激しく急速に繰り返される。腕や足の関節が逆方向に引っ張られ、首から腰にかけての背骨が弓形(ゆみなり)に反り上がってバキバキと軋む。

 それでも左手の杖は握ったままだった。

 右手のように彼女自身の意志で……というより、指の動きからすると「握った形のまま痙攣」して離すことができないようである。見れば5本の指がメキメキと折れてしまいそうなぐらい握り込まれていた。

 口の端からは吹き出す吐血混じりの白い泡の量が増える。眼球から水分を全て絞り出すような勢いで涙が溢れていた。

 誰の目から見ても見ても限界が近い。

 

 だが露伴は別の「モノ」を見ていた。

 なのはに制止させられたことで見ることができた。

 

 なのはを包んでいる、極めて透明に近い、何かを。

 

「なんだ、アレは」

 

 球体、だった。

 完全に透明ではなく、目を凝らせば「うっすら」と輪郭が確認できる薄く大きな球体。

 直径は1メートル程度だろうか。

 泡というよりも、巨大なシャボン玉と呼ぶ方がしっくりくるかもしれない。

 そんな不可解なものが、なのはの上半身から上をスッポリと包み込んでいるのだ。

 よくよく見ると、シャボン玉の中にはキラキラと輝く粒子状のものが舞っている。

 まるで、なのはの重苦(じゅうく)足掻(もが)きに合わせて踊っているかのようだった。

 

「つまり、アレに捕まると彼女(アイツ)みたいになるわけか」

 

 アレが(なん)なのかは全く分からない。

 誰かからのスタンド攻撃かもしれない。

 しかし露伴にとって「捕まらなければ良い」ということだけ分かれば十分だった。

 

「君には最高に美味い店へ案内してもらった『恩』があるからな」

 

 だから助けてやる──と、なのはに人差し指を向けながらポーズを取る。

 すると露伴の背後から「シルクハットを頭にのせた白ずくめの少年」のビジョンが現れた。

 苦痛に彩られていたなのはの眼が喫驚(きっきょう)に揺れる。

 そしてパラリ、パラリと。

 彼女の頬が()()()()()()()何枚も薄く()()()()()()()

 

「君は【僕の方へ吹っ飛んでくる】ッ! ヘブンズ・ドアーーーーッ!」

 

 白い少年のビジョン──露伴が持つ異能力(スタンド)がなのはへと飛び掛かり、本のページと化した彼女の頬に凄まじいスピードで『命令文』を書き込んだ。

 同時になのはの身体が、それまでの苦悶の舞踏とは異なる動きを示した。露伴がいる方向へ「グンッ」と引っ張られる挙動を見せたかと思うと、そのまま重量級の柔道選手に投げ飛ばされたかように()()()吹っ飛んだではないか。

 

「ええっ!?」

 

「おっと」

 

 インドアな仕事でありながら体を割と鍛えている露伴は、吹き飛んできた少女を易々と受け止めてみせた。

 と同時に開かれたままになっている「ページ」から、彼女の身体状況をチェックする。

 幼い身でありながら全身に異様な負荷が掛けられ、吐血するほど(いびつ)なダンスを強いられていたのだ。障害でも残ると後味が悪い。

(そうなったら、それこそトニオの店に連れていくつもりではあったが)

 

「よし、深刻なダメージは残らずに済みそうだな」

 

 肉体が持つ記憶、この場合は身体ダメージの内容を箇条書きにしたページを一瞥して、露伴は「問題はなさそうだ」と判断を下す。

 いや、女子小学生が負うには重いダメージなのだが、彼が想定していたよりも遥かに軽いものだったという理由を根拠にした判断である。

 

 事実、限りなく透明に近いシャボン玉から脱したことで、なのはの体は苦渋から嘘のように解放されていた。受けたダメージと痛みは残るが、少なくとも泡沫に囚われていた時のような耐えがたい感覚は失われている。

 

「あ、あの、露伴先生、これは一体」

 

 勝手に身体がブッ飛ばされるという自身に起きた現象に困惑を隠せないのか、なのはが抱き止められたままの姿勢で露伴の顔を見上げた。

 

「んん?」

 

 しかし露伴はなのはの疑問を聞いていなかった。眼前で起きていたことにも興味はあるが、それ以上に目を引く「文章」を目にしてしまったからだ。

 だから本来「本にされている対象は気を失う」筈なのに、なのはが意識を保ったままであることにも気付いていない。

 

「──『魔法』だって?」

 

 そう、露伴の注目を引いたのは魔法という単語が含まれた文章(つまり、なのはの記憶であり体験だ)が開かれたページに記載されていたからだ。

 露伴が思わず漏らした言葉を洩らすと、なのはは更に当惑した表情を浮かべる。

 そんなことは知ったこっちゃあないと、逆さまに見上げてくる小学生へ顔をググゥッと近付けた。

 

「君は『魔法』が使えるのか! 願望から来る妄想、思春期特有の思い込みやスタンド能力なんかじゃあなく!

 ()()()()()を!」

 

 少し前まで起きていた以上な光景など霞んでしまうほどの衝撃を受け、露伴は今までにないほどの大声を張り上げていた。

 怪奇現象や妖怪とは遭遇したことはあっても、ファンタジー小説に登場するような存在なんて少しも信じていなかった露伴にとって、これは青天の霹靂である。

 しかも読み取れた範囲以外にも、まだまだ『魔法』に関連して興味深いことが書かれているようだった。

 

「(知りたいッ! もっと知りたいぞッ!

  チラッと記憶の一部を読み取っただけだが、彼女の体験には『溶かした鉛で戦争を描いた絵画』のような重み(リアリティ)があるッ!)」

 

 漫画のネタになると、全く空気を読まずページを読み進めようとした瞬間。

 

《御多忙なところ、大変申し訳ないのですが》

 

 英語で話し掛けられているのに、自然と日本語として理解()()()()()()不可思議な声が、警告めいた口調で露伴の耳を叩いた。

 この事態にあって魔法少女のプライバシーを覗こうとしていた漫画家の手が止まる。

 

「!?」

 

 女性の声だ。

 しかしなのはが発した声ではない。周囲を見渡すが、声の主らしき人物の姿は影も形も見当たらなかった。

 

《それ以上の行動はマスターに対する『攻撃』と判断しますし、何より──》

 

 露伴は続けて聞こえてきた声が何処から発せられたものであるか、視覚的に理解できた。そう……それは発言している間、とても分かりやすく『点滅して』いたのだ。

 

《「アレ」が此方(こちら)へ近付いてきています》

 

 なのはが手にしている『奇妙な形状の杖』が喋っていた。露伴を続けざまに衝撃が襲う。

 だがよく見るとメカニカルな構造をした杖なので、人工知能や外部スピーカーによる通信なのかもしれないと頭の片隅で考えたりもしたが、それよりも『杖』が伝えてきた現状によって興奮が急速冷凍させられたのをハッキリと知覚した。

 

「何ッ」

 

 直感的に露伴の首が動く。

 意識がなのはから外れたため、彼女の「本化」が解除された。なのはは即座に大人の腕の中から飛び出し、しかし先程まで自身を支配していた困惑を引き()ることなく、露伴が首を向けた方へ鋭い視線を送る。

 

 それまで滞空していた巨大シャボン玉が、ゆっくりと動き始めていた。

 

 より透明へと溶け込んでいたが、その丸い輪郭は何とか肉眼で確認できる。そうやって視認することで理解できたが、音や臭いは感じられないため、その動向を視覚情報以外で察知するのは無理そうだ。

 

 なのはを包んでいた時に内部で舞っていた粒子状のものは、輝きを失ってはいるもののシャボン玉の底に沈殿しているようだった。

 

 そんなシャボン玉が、無駄な起動を描くことなく露伴となのはがいる方角へ「スウゥーーーッ」と近付いてきていた。

 

「こいつッ、()()()()()()()

 完全にこちらを標的(ターゲット)に定めているぞッ!」 

 

「露伴先生ッ、先生は逃げてくださいッ!

 アレはさっきまで私を襲っていたんだから、変わらず私を狙って来るるハズッ!」

 

《生体反応、および魔力反応なし。

 視覚以外での感知は極めて困難です。退避を推奨》

 

 慌てる2人の絶叫に、冷静な分析が重なり合う。

 囚われると攻撃を受けること以外は正体不明の巨大なシャボン玉が、あと数メートルと迫る。

 露伴は横目でチラリとなのはを一瞥した。彼女は自分に「逃げろ」と言ったが、肉体的なダメージが抜けきっていないので素早く動くことは無理そうだ。

 次に露伴がいない状態で攻撃を喰らうことになれば、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 

 それでは一飯(いっぱん)の恩義から彼女を助けた意味がなくなってしまう。

 なにより彼女が死んでしまうと『魔法』について知ることが不可能になってしまうかもしれないのだ。

 

「この露伴に『逃げろ』だって?

 確かにそいつが一番安全なんだろうな──」

 

 だがそれ以上に、この漫画家は(ひね)くれ者であった。

 

「だが断る。

 この岸辺露伴が、むざむざ面白いネタを棄てるような真似なんてすると思うなよ?」

 

 ……漫画家って凄い。

 なのはは唖然としながらも、そんな場違いで勘違いな感想を抱いてしまっていた。

 

 




英語は苦手なので、レイジングハートの発言は自動的に日本語に変換されます。
御容赦ください(土下座)


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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)⑤」

3000字前後を目指していたんだけど、それに収められない我が身の未熟さよ……


 近付いてくるシャボン玉の速度は決して速くはない。

 と同時に、そのスピードは一定に保たれ変化は見られない。

 しかし露伴やなのはのいる方向を明確に目指していることから、意思のようなものがあるのではないかと思われる。気になるのは「生物としての存在感」が、どうにも希薄に感じるという点だ。

 

「ということは、アレは『スタンド』ということか?」

 

 輪郭が()の光に晒されて、ますます視認し辛くなっているシャボン玉を睨みながら、露伴は仮説を立ててみる。

 

 スタンドってなんですか? という視線を送る隣の少女のことは無視して、再び彼は自身のスタンド──ヘブンズ・ドアーを出現させる。

 驚く小学生を更に無視し、シャボン玉に囚われないよう射程距離(間合い)を調整しながら近付ける。

 

「手っ取り早くいくか……【自ら割れろ】!」

 

 白い洋装の少年、ヘブンズ・ドアーが空中に絵を描く。シャボン玉には眼球に相当する器官は見当たらない。だが対象が無機物でもない限り、フライドチキンであろうとヘブンズ・ドアーの能力は適応される。

 見えていようがいまいが、生命エネルギーであるスタンドも露伴の能力からは逃れられないのだ。

 

 ──シャボン玉が生き物やスタンドであるならば。

 

「……ッ、()()()()()()

 ヤツは生物やスタンドじゃあないのか!」

 

「『魔力』も感じられないのでロストロギアでもないみたい……」

 

 ロストロギアって何だ? という隣にいる漫画家の視線を魔法少女は(さっきのお返しとばかりに)無視した。その代わり、手にした杖をシャボン玉へ向けて構えた。

 

「さっきは不意を突かれたけど……レイジングハート!」

 

《all-right. "Accel Shooter" ready》

 

 杖からの返答と供に、その先端の周囲に淡いピンク色の光球が幾つも発生した。シュルシュルと微細な音を立てながら自転している。

 露伴が好奇と驚愕の表情を浮かべながら「おおっ」と声を漏らす。

 

「シュートッ!」

 

 そんなリアクションを少女は(やはり完璧に無視されて少し怒っているのであろう)無視して、愛機(デバイス)に射撃指示を与えた。

 瞬間、凄まじい速度で一斉に光球群が撃ち出されていく。単純な直線運動ではなく、1つ1つが独立した曲線軌道を描きながら。桃色の残像が線を引くように空中に残り、辛苦をもたらす球体に突き刺さらんとする様子は獲物へ飛びかかる蛇の群を思わせた。

 

「あッ」

 

 しかし蛇は獲物に食いつけなかった。

 いや、シャボン玉に命中はしている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(あのシャボン玉には実体が無い!?)」

 

 魔法攻撃が全く通用しなかった事実に、なのはは驚愕する。幽霊的な存在であっても、魔力の塊である射撃魔法ならば何らかのダメージを与えられた筈なのだから。

 目標を透過してしまった光の弾丸は、そのまま離れた地面に着弾して穴を穿つ。

 攻撃を受けたシャボン玉は気にした様子もなく、淡々と2人へ向けて進行を続行してくる。

 

「とりあえず距離をとろう。

 接触して取り込まれさえしなければ安全だ」

 

 ノロノロと近付いて来るも段々と視認しづらくなっていく球体を見失わぬよう注意を払いながら、とりあえず露伴は隣にいる魔法少女に提案する。

 あれに囚われるとどうなるかを身をもって知ったなのはは、漫画家の進言に同意した。

 

 危険極まるシャボン玉から目を離さぬよう凝視したまま、慎重に後退(あとずさ)りする。

 変わらず2人を追尾してくるが、速度を上げる事はしてこない。

 態勢を立て直し対策を練るためにも、露伴はなのはに問い質さなくてはならないことが多くあった。

 

「……端的に尋ねるが『アレ』は一体『何』で、君は『何者』なんだ」

 

 もちろんシャボン玉からは視線をそらさずの質問だ。

 

「……」

 

 なのはも自身を苦しめた球体を睨みながら、応答には一拍を置いた。

 

「始まりは先月からです。

 海鳴市の街中(まちなか)で、いきなり苦しみだして意識不明になる人が続出する事件が何件も発生しました。

 今日までに8人、そのうち3人が亡くなっています」

 

 露伴が最高に美味いチーズケーキを食べている時に聞いたサイレンも、これまでと同様に苦しみだして倒れた被害者を搬送する音だったそうだ。

 途中で席を立ったのも、事件の調査に向かうためだという。

 

「でも病院の検査や私達の調査でも原因が全然判らなくて……」

 

 それでとりあえず事件現場の近くを探索しているときに、あのシャボン玉からの不意打ちを受けてしまったらしい。

 そのお陰で事件の原因が『奇妙なシャボン玉』だと判明したわけだが。

 

「(『()()』……ねえ……)」

 

 しかし露伴は説明の端々(はしばし)に引っ掛かるワードに興味を示していた。といっても敵性物体から意識を外すような愚行はおかしてはいない。

 

「(母親の反応からすると、なのはの調査については了解していたみたいだな)」

 

 どうやら、なのはは組織的に動いているらしい。

 街の人間が「詳細は知らないが事件が起きたことだけ知っている」のも、その組織が『魔法』で隠蔽したのだろう。

 

「で、私は調査してる人達に協力してる一般人で……」

 

「……いつからあんな物騒な魔法を撃つようなヤツを一般人と呼ぶようになったんだ」

 

「はうっ!?」

 

 到達まで数メートルの距離があるからか、2人の間にはそんなやり取りを交わす余裕があった。

 

「さて、そろそろ対策を講じないとな」

 

「魔法による攻撃も、先生の変な能力も通じませんでしたしね」

 

「変な能力とはなんだ、君の命を救ったありがたい能力だぞ」

 

 ただスタンドについて説明するには時間が足りないし、そんな場合でもない。いや、スタンドの説明をする時間があるなら、先に魔法について取材したい……というのが露伴の正直な気持ちなのだが、そこは空気を読んで言及しないでおく。

 

「物理的な力なら壊せるか……?」

 

 魔法弾を透過しているので期待値は低いが、なにせ魔法は世の(ことわり)から外れた別次元の法則だ。

 純粋な物理法則による単純な力技で、意外とあっさり破壊できるかもしれない。

 問題なのは露伴自身にアレを破壊できるだけのパワーがあるかどうかだ。

 

「まあ、そこは古代の人間に(なら)うとしよう」

 

 そう口にすると、露伴はチラリと周囲を見渡し、近くに落ちていた拳3つ分ほどの石を発見して手に取った。近付いて殴るのはリスクが高いので投擲するつもりである。

 それを見ていたなのはは眉を八の字にしながら「いくらなんでも短絡的なんじゃあないですか?」と苦言を呈した。

 投石で事態が解決したら、死ぬ一歩手前まで苦しめられた自分が馬鹿みたいに思えたからだ。

 

「訳のわからないものを簡単な方法で排除できるなら万々歳じゃあないか」

 

 そう言って露伴は投石のフォームに入った。

 だがしかし。

 

《マスター!》

 

 焦りの色を隠しきれないレイジングハートの警告。

 それが何の警告であるのか2人には瞬時に理解できた。

 

 視認できる輪郭が朧気になりながらも、ついさっきまで数メートル先に浮かんでいたはずのシャボン玉が消え失せていたのだ。

 文字通り、影も形もない。

 

「な、何イイィーーーーーーッ!?」

 

 一瞬だ。ほんの一瞬だ。

 石を拾う、その一瞬だけ視線を外しただけだ。

 なのにその一瞬で姿を消して見失ってしまった。

 

「あッ、そんな!?」

 

《消失の瞬間を探知できませんでした!

 ですが物理的に消失したのではなく、太陽光と光の屈折率の作用により視認不能な状態にあるものと推測されます!》

 

 つまり先程の魔法弾のように太陽光すら透過して歪め、完全に透明になってしまったという事か。

 そう仮説を立てる露伴の額に大粒の汗が吹き出す。

 

 「(……段々と見え辛くなっているとは思っていたが、獲物を補足しやすくするための保護色機能といったところかな)」

 

 頭の良さそうな『喋る杖』がいながら、なのはが不意を打たれた理由がこれだった。

 意図したものなのか、自然とそうなるようにできているのかは分からないが。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 

「ろ、露伴先生ッ! 急いで離れないと、また……ッ!」

 

「落ち着け、だったら『見える』ようにしてやればいいだけだ」

 

 漫画家なのに、実戦経験だけは豊富に積んでいるのが岸辺露伴という男である。

 石を掴む方とは反対の手で、地面のサラサラな土を握り混む。

 そしてそれを相撲取りが土俵で塩を撒くよりも広く拡散するよう、シャボン玉がいた辺りへ投げつけた。

 土埃が煙幕となり「ブワァーーッ」と空中に舞っていく。

 

「先生ッ、そんなことしても土埃は通り抜けちゃって意味無いですよ!」

 

「ああ、そうだな。だが影の位置はどうかな」

 

 上から降り注ぐ太陽光が空中を漂う土埃を照らし、地面に淡い影を落とし込む。

 しかしよく見ると、土埃の影がおかしなことになっている。

 薄く広がる影の一部が、周りと比べて()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「光の屈折率の関係で姿が消えているように見えるなら、影の位置も屈折率の分だけズレる筈だ。

 太陽の位置から考えて……」

 

 蒼天に座す太陽の位置を一瞥すると、再び影に視線を落とした。

 

「どうやら明るくなってる部分から、ちょいとズレた場所にシャボン玉は浮いてるらしいな」

 

 精密な位置は測定できないが、あれだけの大きさなのだから、おおよその位置さえ掴めれば適当に投げても命中するだろう。

 

「こんな方法で……」

 

「今だ、投げるッ!」

 

 呆れるような少女の声を無視して、露伴が再び石を構えようと動き出す。

 その露伴の上半身を背後から「ムニィィ」と包み込む感触が襲ってきたのは、そんな瞬間だった。

 

 景色が薄い幕に覆われたかの如く、微かに歪む。

 

 キラキラと輝く砂のような堆積物が露伴の体に押されて舞い上がるのが視界の端で見えた。

 

「何」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう認識して呟いたと同時に、露伴の全身に未だかつて体験したことのない激しい『電流のような苦しみ』が突然沸き起こる。

 

「ぐおおおオアァァァァーーーーーーーーッ!!」

 

 反射的に体が痙攣し、叫び声を上げる喉の筋肉も急速に収縮、強制的に声を遮断されてしまう。

 

「先生ッ!?」

 

「(()()()()()()()()()()()())」

 

 呼吸ができない。手足が虚空を掻きむしり、左右に身をよじらせ、頭が後ろへ大きくのけ反る。

 その足掻(もが)く動きに合わせるかのように堆積物が巻き上げられ、露伴の体にまとわりついた。

 苦しい。ひたすらに苦しい。

 筋肉が、骨がきしむ。激痛が走る。

 なのに沸き起こる苦しみ自体に()()()()()

 あくまで一方的に苦しみを与えられているようだった。

 

 そんな苦痛に苛まれ、混乱の極致にありながら、露伴はなのはを発見する前に遭遇したものを思い出していた。

 

「(カ、カモメだ……ッ!

 ここに来る直前ッ、2匹のカモメが死んで落ちてくるのを見たッ!

 あのとき既に、2体目が僕達の頭上を漂っていたんだッ!)」

 

 カモメの死体に警戒して、複数いる可能性を考慮すべきだった!

 露伴は後悔するが、すぐに脱出を試みる。

 強く握り込んだ石を振るって、内側からシャボン玉を破壊しようとしたのだ。

 

 スカァッ

 

 しかし、まるで手応えがなかった。

 空振りしたも同然に、石も露伴の腕も『膜』を透過してしまったのだ。

 更に堆積物が撒き上げられる。

 光の中で溺れているような感覚だった。

 

「(マズイッ! 物理攻撃も効かないッ!

 む、無敵かッ、コイツッ!)」

 

 完全に余裕というものが失われた瞬間である。

 

 岸辺露伴は、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 




次で第1話が終わる予定(※予定)です。


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第1話「漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)⑥」

お待たせいたしました。
今話で第1話は終了です。


5/17 後半部分に露伴の独白などを加筆、軽微の修正
5/23 加筆
6/1 指摘のあった誤字を修正



 質量のない海で溺れている。

 露伴は無駄と知りつつ、再び手にした石でシャボン玉を内側から割ろうと(逆向きに引き吊る筋肉と関節を酷使しながら)腕を振るった。

 だがやはり破壊の手応えはおろか、命中した感触すら伝わってこない。

 ただ泡の中を舞う粒子を、更に撹拌させるだけにとどまるのみだ。

 

「露伴先生ッ!」

 

 なのはが突如として現れた『2体目』に驚倒しながら、数分前の自分のように囚われてしまった露伴を救いだそうと手を伸ばした。

 

「(馬鹿なッ、『1体目』から目を離すんじゃあないッ!)」

 

 少女がしてくれたサインとは違う意味を込めて制止のハンドサインを送るが、間に合わない。

 

《Master!》

 

「あッ」

 

 なのはの幼い顔が、迂闊な自分の行動から後悔に歪むのが見えた。小さな四肢がビクリと震える。

 同時に、シュポォォーーーンッという無音の擬音が可視化したかのような錯覚が露伴の視覚を襲う。最初に確認したシャボン玉が、再びなのはの身体を包み込んだのだ。

 即座に浸透してきた激しい苦しみに、少女の全身が大きく反り返る。

 

「(クソ……ッ、このままじゃあ共倒れだッ

  この苦しさで上手くスタンドが出せないから、あの時のように吹っ飛んで脱出もできないッ)」

 

 露伴の人生において、これほど「生命の危機」を感じたことはない。だが不思議なことに「もたされる苦しみへの不快感」はあっても「死への恐怖感」は感じなかった。

 あれだけ啖呵を切っておきながら足掻(もが)くしかできない今の自分に腹立たしさや、この『攻撃』の仕組みを解明できなかった悔しさを覚えもするが、それ以上に「もう漫画を描けなくなるのは困るな」という何処か呑気な考えが脳裏に浮かぶことの大半だった。

 

 他人事のように冷静な思考とは裏腹に、身体は反射的にジタバタと虚空を掻きむしる。

 手にしていた石が地面へ落ちる。

 

 その都度、シャボン玉の内部に滞空する微粒子が陽の光を受けて輝く。

 その光景に包まれながら露伴が責苦のダンスを踊る。

 呼吸できない口が空気を求めて何度も開閉される。

 身を(よじ)って、酸素を渇望して、渋難にのたうつ。

 この度に揺れる粒子が口に入ってしまうが、それを気にする余裕はない。

 更に加速する苦しみの中にあって、実に幻想的な光景だった。

 

「(ああ……こんな状況でなかったら、この光景をスケッチしたのになあ……)」

 

 ──スケッチ。

 その単語を思い浮かべた瞬間、一流の漫画家として培ってきた観察眼が急速に記憶と連動し始める。

 このスノードームめいた物体の内部には、常に粒子が舞っていた。

 

 本当にそうだったか?

 

 いや、違う。

 露伴は然程(さほど)遠くない位置にある記憶を引っ張り出して否定する。

 なのはを助け出したあと、シャボン玉の底部に粒子は堆積していなかったか? それこそ「シェイクする前のスノードーム」のように。

 

 再度の重苦に呑まれながら魔力弾を内側から放つも、望んだ効果が得られず焦りの表情が濃くなるなのはの姿にピントが合う。

 

「(そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)」

 

 すぐ隣まで命の危機が這い寄ってきても、逆に露伴の思考はクリアに研ぎ澄まされていく。

 

 シャボン玉の中が真空になっている訳じゃあない。

 でなければ粒子が長々と宙を舞えるはずがない。

 外からも内からも物理的な物を透過するのだから、外から中へ、中から外へと空気も透過していっていると考えるのが自然だ。

 

 ならばシャボン玉内に毒ガスが充満している?

 可能性は高いが、毒ガスの発生源は何処だ?

 

 発生源。

 シャボン玉の内側にあるもの。

 

 スケッチしたい幻想的な光景。

 

 堆積する粒子。

 宙を舞う粒子。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「ま、さか」

 

 露伴は痙攣する喉に力を込め、渾身の気力を振り絞って鼻で空気を吸い込んだ。

 煌めきながら躍り狂っている粒子の一部が、空気の流れに誘われて露伴の鼻孔から体内へと滑り落ちていく。

 次の瞬間、露伴の体内で衝突を繰り返しているかのような苦しみの暴走が、その度合いを増した。

 

「(やはりそうか!

  この粒子を吸わせることで『苦しみ』を与えているッ!)」

 

 大抵の生き物は『動いて』いる。

 その『動いて』いる生き物を包み込めば、当然ながら中の粒子が舞い上がる。

 舞い上がった粒子を吸い込むと苦しみが襲ってくる。

 苦しみから体が大きく反応すると、粒子が撹拌されて更に粒子を体内へと摂取することとなる。すると苦しみが増大するから、体の反応も一層大きくなる──

 その悪循環の中に閉じ込める仕組みなのだ。

 

 同時に露伴は悟る。

 この一方的に苦しみを与えるシャボン玉に囚われたからこそ、スタンド能力という生命エネルギーを使う人間だからこそ理解できたことがある。

 

「(こいつは確かに生物じゃあない!

  『攻撃』を喰らった僕には理解でき(わか)るッ!

  こいつは『()()()()』だッ!)」

 

 海面温度と水蒸気を糧として台風が動くように。

 大陸プレートの歪みが元に戻る衝撃で地震が発生するように。

 皮膚表面が気化熱によって急激に冷やされ、切りつけられたような傷の(あかぎれ)を生む「かまいたち現象」のように。

 

 このシャボン玉は生物の生命エネルギーに反応し、苦痛という生命エネルギーを糧にして動く自然現象の一種なのだ。

 いや、生命エネルギーが関係しているなら「大自然が産み出した独立行動型のスタンド」と言っても良いのかもしれない。

 自然現象の一種なのだから魔力探知もできないし、魔法攻撃も物理攻撃もすり抜けるし、露伴のヘブンズ・ドアーも効果を発揮しなかったのだ。

 

 発生した原因はもちろん、発生する条件も何もかもが不明なままだし、おそらくこの先も判明することはないだろう。

 ただ不運な生き物が包み込まれ、更に運が悪ければ命を落としていく。

 それが今後も繰り返されていくのだ。

 

 今の露伴やなのはのように。

 

「いや、()()()()()()()

 

 (さいな)む苦しみの中、勝利を確信した露伴は穏やかに呟いた。

 苦しみのあまり身体を動かすことで更なる苦しみを与えられるのならば。

 対処法は簡単である。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし人間は外部から与えられる渋苦に対しては、条件反射的に反応してしまうものだ。言葉にしてみるのは簡単だが、ほぼ不可能に近い対処法といえるだろう。

 

「ろ……はん、せん……せ……ッ!」

 

「動くなよ、と言っても無理な話か。

 だが敢えて言うぞ、()()()()()()()()

 

 自分と同じ苦痛に蹂躙されているであろう人物から冷静に告げられたなのはは、一瞬だけ苦しみを忘れて露伴の顔を見た。

 

 パラリ、と覚えのある感覚が彼女の右頬に伝わってくる。

 

 露伴は鋭い眼差しと共に、伸ばした両手の指を

なのはへと向けていた。

 見れば彼自身の体も、なのはと同様に表面がページのようにめくれているではないか。

 

 なのはは、再びあの白ずくめな少年のビジョンを目撃した。

 『勝利の確信』を得た露伴にとって、スタンド能力を使うことなど()()()()()

 

 少女と少年の視線がぶつかる。

 そのタイミングで、ヘブンズ・ドアーの指先によって目にも止まらぬ速度の「書き込み」が発生した。

 

 肉体を『本』にして記憶や情報を閲覧し、時にはページに直接「書き込む」ことで様々な影響を与えることが可能な能力。

 それが岸辺露伴のスタンド『ヘブンズ・ドアー』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その命令文が、なのはと露伴の「ページ」へ

瞬時に書き込まれた。

 その瞬間、まるで2人の時間だけ停止したかのようにピタリと動きが止まった。シャボン玉によってもたらされていたものとは別種の、完全に「自分の意思に反した動き」である。

 

「(えっ、えっ、なにこれ!? なにこれ!?)」

 

 スタンド能力というものについて何一つ説明されていないなのはにとって、全く未知の体験だった。

 魔法による拘束(バインド)でもない、精神干渉(コマンド)でもない。けれど自分に対する攻撃ではないことだけは直感で判るのは幸いだった。

 

 体が動かなくなったことで、粒子の動きが沈静化し、やがてシャボン玉の底部へと降り積もり、地層のように沈殿していく。

『コーヒーカップの底に溜まった砂糖』のように。

 

 それと並行し、2人から急速に苦痛が薄れていった。

 

「(ッ! シャボン玉が……移動していく……!)」

 

 完全に粒子が曲線の底を埋めると、スルリとシャボン玉が同時に動き出した。

 シャボン玉の方から動く場合は粒子は舞わないらしい。漫画家と魔法少女の身体をすり抜けていく際も、堆積した苦難の粉末が踊り出すことはなかった。

 

 シュルシュルと、2つのシャボン玉は海の方へと流されるように移動していく。一定の『苦痛(エネルギー)』を得たので、動かなくなった2人は用済みということなのだろうか。

 壁や倉庫をすり抜け、大海原の上へ滑り出し、やがて見えなくなるまで露伴となのはは不動を貫いていた。

 あのシャボン玉が引き返してこないとも限らなかったのもあるが、不意打ちの『3体目』を警戒してのことでもある。

 

 そして数分間。

 戻ってくる様子も、新手のシャボン玉が襲ってくる様子もない。

 

「どうやら……心配は要らないみたいだな」

 

「……はい」

 

 自分となのはに書き込んだ『命令』を解除して、露伴は深い深い一息を()いた。

 そして凶悪な性質をもつ半透明な自然現象──名付けるとしたら『漂流(フローティング・)凶質(スルー・スペース)』だろうか──が消えていった海を眺める。

 

「(対処法が判ったとはいえ、2度と遭遇したくないな。

 まあ、漫画のネタにはなったから良しとするか)」

 

 とはいえ、と露伴は思考を巡らせる。

 この海鳴市では2つも『漂流』していた。

 では日本には──いや、世界には一体どれほどの数が『漂流』しているのだろうか。

 テレビのニュースやネットの記事で(たま)に見かける「原因不明の突然死」は、もしかしてアレの仕業だったりするのではないだろうか。

 

「もしかしたら都市伝説の『くねくね』の正体もアレだったりして……」

 

 一方、動けるようになっても、しばらく周囲を警戒していたなのはだったが、安全が確認できると同じように深い溜め息を漏らしながら(レイジングハート)を下ろす。

 そこでしばらく圧し黙っていたのだが、やがておずおずと「一般人」であるはずの漫画家へと話しかけた。

 

「あの、露伴先生」

 

「なんだい? 君の命を2度も──2度もッ 救った、この岸辺露伴に何か用かな?

 もしもその『お礼』がしたいと言うんであれば……そォ~~~だなァ~~~

 君への取材という形で返してもらってもいいんだぜ?」

 

 ものすごい勢いで恩着せがましく取材交渉してきた漫画家に、若干どころか大きく「引き」ながらも、魔法少女はどうにか愛想笑いを浮かべてみせた。

 

「とりあえず詳しい話を伺いたいので、同行してもらえますか?」

 

「おっ、つまりそれは君が所属してるであろう組織へ連行されるってことだろう!?

 スケッチブックとペンを買い足しに行ってもいいかな!? 絶対に手持ちのでは足りなくなるからな!

 いや~~~こんな経験、滅多にできないぞ。僕はツイてるなァァ~~~」

 

 上機嫌というよりも変なテンションになってしまっている。

 『魔法』や関連する事象に触れられるのが余程うれしいのだろう。

 自分を助けてくれた頼れる大人の面影は何処へやら。

 まるで遠足前日の小学生のようだった。

 

 海鳴市に置かれた支部の責任者を任されている友人から念話で指示が来たとはいえ、本当にこの漫画家を支部へ連れていって大丈夫なんだろうか?

 なのはは急に心配になってくる。

 

 ……遠くでカモメの群れが憐れむように鳴いていた。

 

 

⬅️To Be Continued……

 

 

 

 

 




「Floating Through Space」
オーストラリアの歌手シーアとDJデヴィッド・ゲッタによる楽曲。


次回は幕間を挟んで第2話になります。
今後もよろしくお願いいたします。


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天国への階段

お待たせいたしました。
幕間です。

クロノ君が杉田ボイスになる前の少年声が残ってるぐらいの時間軸だと考えてもらえれば……


 

◼️01◼️

 

 海鳴市に設置された時空管理局・第97管理外世界(地球)支部にて、ソファに浅く座った岸辺露伴は興味深いといった態度を隠しもせず、前のめりの状態でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。

 

「『時空管理局』かァ~~~~

 スゴいなあ! アイデアが次々と湧いてくるぞッ!

 いやあ、貴重な体験だなあッ!」

 

 それを正面から目の当たりにしている支部長のクロノ・ハラオウンは、困惑以外に選択肢がないといった表情を浮かべていた。

 

 丸々一棟借り上げているとはいえ、次元航行艦1隻を預かるチームスタッフが働いている割には小規模なビルを拠点とした支部である。

 会社のオフィスのようなレイアウトの事務所、しかもその一角に設けられた応接スペース──衝立に囲まれたソファと灰皿が置かれた低いテーブルという編集部でもよく見掛ける空間だ──に案内された露伴は、あからさまに激しく落胆していたものだったが……

 

 映像記録と共に基本的な説明を受けると、一転してテンションが最高潮に達した。

 鉛筆が立ててはいけないスタイリッシュな音と連動して、漫画家の興奮と喜色に満ちた声が事務所に響き渡る。

 

 説明のために空中に投影してた映像は既に消されているが、露伴は記憶力だけで正確かつ精密にスケッチとして次々と紙上に描き起こしていく。

 1枚あたり10秒も掛けられていないにもかかわらず。

 スケッチブックは3冊目に突入している。

 

「さすが一流の漫画家さんだなあ……」

 

 支部へと案内した高町なのはは、驚きと困惑がこじれて相当にズレた感嘆を漏らしていたりする。

 クロノは「ちがう、そうじゃない」と内心で友人にツッコミを入れつつも、その凄まじい技量に魅せられ始めていた。

 同時に、さきほど聴取した内容を思い返しながら今後について思考を巡らせる。

 

「『スタンド能力』か……」

 

 漫画家のテンションとは対称的に、呟かれた支部長の言葉はやや温度が低く重い。

 地球には管理局が定める『魔法』というものは存在しないとされてきた。

 しかし代替のように(発現の条件が魔術師のそれと比べて厳しいとはいえ)スタンド能力という特殊能力があるとは予想外である。

 

「(なのはやグレアム提督のように、地球人にもリンカーコアを持つ人間はいるが、生命エネルギーを(みなもと)とした『ビジョンを有する超能力』が存在するとはなあ……)」

 

 露伴から説明を受けた時は半信半疑だった。

 しかし「ヘブンズ・ドアー」の能力でミッドチルダ式言語を読み書きできるようになったのを見せられてしまえば、その特異性を信じるしかなかったのだ。

 しかも聞くところによるとスタンド能力とは別に、彼は奇妙な体験を何度も経験しているらしい。

 

 まだまだ世界は未知に満ちているとクロノは痛感する。

 

「ものは頼みなんだが」

 

 ひと通りスケッチを終えて満足したのか、出されていた紅茶を一口(すす)ると、露伴は(おもむろ)に切り出した。

 

「僕を第1管理世界……ミッドチルダとやらに連れていってもらうことはできるかい?

 是非とも取材したいなあ!!」

 

「現地の一般人に渡航許可が降りるわけがないだろう!」

 

 図々しい嘆願に、思わずクロノも大きな声で反応してしまう。

 現時点で露伴は『支部が置かれている海鳴市で発生した奇妙な死亡・昏睡事件の解決と職員救助に尽力してくれた一般人(および事情聴取の対象者)』という立場でしかない。

 月村すずかやアリサ・バニングスのように、現地協力者──この2人にはスポンサー的な意味合いも含まれているが──でもないのだから当然の反応である。

 

「オイオイオイ、オイオイオイオイオイ」

 

 断られるなんて心外だなァ~~とばかりに露伴は首を傾け、片眉を跳ね上げながら頬に右手を添える。

 

「僕は君の部下の命を救った恩人であるばかりか、事件に巻き込まれた被害者なんだぜ?

 それぐらいの便宜は図ってもいいんじゃあないか?」

 

「その件については感謝しているし、いずれ何らかの形で謝礼はしたいと思っている。

 だがそれとこれとは別問題だ。

 そもそも僕の一存で決められるような話じゃあない」

 

「ハァァ~~~~

 なのは君、キミの上司は随分と融通が利かないなァ~

 さぞかし苦労してるんだろう?」

 

「あはははは」

 

「そこは嘘でも否定の言葉を使ってくれないか、なのは……」

 

 立場が立場なだけに管理局の方針を「お役所仕事」的な判断を下さなければならないクロノとしては、現場の判断と称して命令を無視するなのは達の『管理局にとって最良でなく、当事者たちにとって最善な選択』を黙認する場合もある。

 管理局の上司として厳しい態度をとらねばならないが、1人の人間としてはそれに救われる部分があるのも確かなのだ。

 クロノも自身が頑固な人間だというのは自覚してるが、やはりそこはフォローしてほしかった。

 

「まあ最近のクロノ君は特に忙しいからねえ」

 

「今回の事件も原因が判明したから、多少は肩の荷も下りるが……

 まだまだ頭を悩ませる事件が幾つも起きているからな」

 

 なのはの言葉に深い溜め息で返事をする。

 

「ふうん?」

 

『半年ほど依頼がなくて暇をもて余して街をブラついていたら、偶々(たまたま)完全犯罪の計画を立てている犯人の独り言を耳にしてしまった名探偵』のような声が耳に届き、クロノは己が失言したことに気がついた。

 

「やはり魔法が絡んだ事件かい?」

 

「それは」

 

 貴方には関係ない話だ──と言いかけたが、露伴のスタンド「ヘブンズ・ドアー」の能力を思い出す。

 下手に事件について隠したりすると、能力を使って無理矢理にでも暴かれそうな予感がしたのだ。

 

 さすがにそんな強行手段に出てくることは無いと信じたいが、漫画を描くことへの異常とも呼べる執着の一片を垣間見た後では「絶対に無い」とは言い切れない嫌な信頼感が生まれていた。

 その場合は管理局員として対処せざるを得ないが、友人の命を救ってくれた恩人に手荒な真似はしたくない。

 穏便に帰したとしても、好奇心優先で独自に動くことは目に見えている。

 

 手綱も付けずに、この漫画家を野放しにしてはならないと、クロノの直感が囁いた。

 

「……まあ、そういうのもある」

 

「えっ、クロノ君?」

 

 渋々ながらも認めたクロノに、なのはは驚きを伴う視線を投げる。

 それを視界の端で受け止めながら、クロノは長い溜め息を吐き出した。

 

「さすがに詳細な捜査情報は話せないが──」

 

 

◼️02◼️

 

 淡く爽やかな朝の日差しが部屋の中へと降りかかる。

 よく整頓され、掃除が行き届いた部屋である。

 質素だが(おもむき)のあるデザインの家具が生活する動線上に配置されているが、その数は少ない。

 その必要最低限に置かれている家具、ロッキングチェアに男性が座っていた。

 

 陽光に背を向けているせいか、その顔には影が射し込んで判別できない。

 

 ユラユラと椅子を(わず)かに揺らしつつ、手にはグラスが握られている。

 中には乱雑に砕いた氷と、適度な量を注いだ炭酸水。

 

「良い、朝だ」

 

 男性が呟きを洩らす。

 

「健康的に迎える朝は素晴らしく、何物にも代えがたい。

 そのためには酒を(たしな)むべきではないし、煙草など論外だ」

 

 言い含めるように。

 言い聞かせるように。

 

「何の不安もなく、何事もなく、平穏に、淡々と私が望んだ未来が成就し到来するのを眺める……

 そういう毎日を私は明日も、これからも……『永遠』に迎えたい。

『天国』のような毎日を、だ。

 わかるだろう?」

 

 足下に転がる人間へ言い含めるように。

 目の前に(うずくま)る人間へ言い聞かせるように。

 

「だが『天国』のような毎日を迎えるためには、実現するための努力に毎日を費やさなくてはならない」

 

 足下に転がる女性の頭部には『矢』が突き刺さっていた。

 (おびただ)しい量の赤い血が、床に広がっている。

 見開かれた眼には生気がなく、だらんと口からこぼれる舌が死を強く印象付けていた。

 

「『音階』はわかるか?」

 

 ふいに、ロッキングチェアの男性が質問を投げ掛ける。

 全身に傷を負って踞っていた男性は、荒い息と敵意を込めた視線で応じるものの、急な問い掛けに戸惑いを隠しきれてはいない。

 

「音楽の授業で習っただろう?

 ドレミファソラシドだよ」

 

 炭酸水を口に含む。

 舌の上で冷たさと発泡の刺激を堪能してから、ゆっくり飲み込んだ。

 

「『天国』へ向かうというのは、この音階に似ている。

 ドレミファソラシドレミファソラシドレミファソラシド……

 音の高さを変えながら、音階は階段を昇っていくかの如く、永遠に続いていく。

『天国』への『階段』。

 だがいつまでたっても、どれだけ努力(おと)を重ねても『天国』はやって来ない。

 ドレミファソラシド、ドレミファソラシド……」

 

 まるでマエストロのように、グラスを持っていない方の手で見えないオーケストラを指揮して見せる。

 

「逆に考えると」

 

 指揮を中断する。

 グラスの中の氷が、()んだ衝突音を奏でた。

 

「その『階段』を制することができれば──昇り詰める手段さえ見つけることができれば……

『天国』への道筋が(ひら)かれるのではないだろうか?」

 

「まさか」

 

 敵意から正気を疑うような視線へと入れ換え、踞ったままの男が声を絞り出す。

 

「そのためだけに……!?」

 

「そうとも」

 

 椅子を「キィキィ」と小さく揺らしなから男は答える。

 

「私は『天国』へ行くためにこんなこと(努力)をしている」

 

 女の頭部に刺さっていた『矢』を手に取る。

 

「そのために彼女にも協力(努力)してもらったんだが」

 

 そのまま何の躊躇(ためら)いもなく抜く。

 ゴボリ、ゴボリと穴のような傷口から血が吹き出すが、まるで気にした様子もない。

 

「彼女は『階段』を踏み外したようだ」

 

 影に遮られて見えない視線が、床の上の男性へと注がれる。

 

「時空管理局の捜査官であるキミなら──

『魔法』なんていう別の法則を知るキミなら──

 私を『天国』へ導く音階になってくれるのかな……?」

 

 男性の背後にビジョンが現れる。

 ビジョンが男の手から『矢』を受け取った。

 しかし傷付いて動けない男からすると『矢が勝手に空中に浮かんで制止した』ようにしか見えていない。

 しかし、これから起きる『未来』は先見できた。

 

「よ、よせ……!」

 

「やめるとも。

 成功したら」

 

 弱々しい懇願に、力強い頷きで返す。

 間を置かず『矢』が放たれ、

 そして──

 

 

⬅️To Be Continued…




天国への階段(Stairway to Heaven)

レッド・ツェッペリンの有名すぎる楽曲。
半世紀前の曲だが、そのサウンドは鮮烈。


次回から第2話が始まります。
これからもよろしくお願い致します!


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第2話「怪盗を捕まえよう①」

 
 
お待たせしました。

つらつらと捕鯨文化と謎の資産家にまつわる海鳴市の捏造歴史を2話分も書いてる途中で「あ、これ必要ないやつだわ」と我に返って消去、書き直していたために時間がかかってしまいました。

あと1話を3000字程度でと書いていましたが。
あれは嘘だ(本当に申し訳ない)。


 

◼️01◼️

 

 海鳴海洋博物館は『博物館』と銘打ってはいるものの、実際の形態としては『研究施設』の方が正しいだろう。

 一部の海洋学者などから、海鳴市の近海は希少な品種が多く生息する生態系として有名であるらしい。

 加えて地下資源や海洋深層水といった海洋資源も豊富で、そうした諸々を研究するための施設として月村電工とバニングス・コンサルティングが共同出資して作られたのが海鳴海洋博物館である。

 あくまで『博物館』として表に打ち出しているのは、研究成果の一部を公表し社会へ還元する意味で一般向けに解放したいという出資者の強い要望もあったからだという。

 

「立派なことだね。

 金持ち特有の『余裕』ってヤツかなァ~~」

 

 パシャリパシャリと無遠慮に写真を撮りながら、岸辺露伴は心に浮かんだ感想を、そのまま口から放流する。

 本人は全く意識していないのだろうが、露骨な皮肉にも取られかねない台詞であった。

 

 博物館エリア内を案内していた男性が、ジロリと漫画家へ視線を送る。まだギリギリ「睨み付ける」という眼ではなかったが、かなり心証を害したのは間違いないだろう。

 

「露伴さん……!」

 

 ここは釘を刺しておく必要がある。

 そう判断したのであろう同行者が、(いさ)めるニュアンスを強めに含めて彼の名前を口にした。

 しかし『同行者』とはいっても親友から紹介されて間もないため、どれぐらいの距離感で注意をしていいのか?という戸惑いも同時に感じ取れる。

 

「なんだい、フェイト君?」

 

 名前を呼ばれたので普通に返事をする漫画家。

 やはり無遠慮で皮肉げな言動を垂れ流している自覚はないらしかった。

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは口元に拳を縦に運びつつ「オホン」と可愛らしい咳払いをしてみせる。

 親友である高町なのはから「岸辺露伴という漫画家と行動を共にするにあたっての取扱説明書(マニュアル)」を手渡されたときは

 

「(いくらなんでも失礼なんじゃあないだろうか?)」

 

 と思っていたのだが、まだまだ短い付き合いながら「まさか説明書に書いてあった事が全て本当だったとは……」とリンカーコアがガリガリと削られるような感覚を(あじ)わわされていた。

 

 ちなみに説明書には「基本的に自分が間違ってるとは思ってないから、まずそこが根本的な間違いだと説明するの超大変」と繰り返し書かれていたりする。

 

「……いえ……一応、私の友人達の家が出資してる所なので、あまり揶揄するような言い方をされるのは……」

 

「ん? ああ、例の『僕の漫画をなのは君やキミに勧めなかったトモダチ』とやらかい。

 そうか、そのオトモダチの家が資金を出してるのか。

 ……だけど、別にバカにしたりするようなことなんて僕は言ってないぜ?」

 

 いきなり意味の分からない難癖をつけられるのは心外だなァ~~と言わんばかりの表情でフェイトを一瞥すると、海鳴市近海のミニチュア生態系と表示された精巧なジオラマにカメラを向ける。

 パシャリパシャリ。

 

「……」

 

 フェイトは言葉もなかった。

 自分の漫画をオススメされなかったことを少しばかり根に持っているらしい。

 なんて子供っぽい人なんだろうか。

 右手で顔の半分を覆って思わず項垂(うなだ)れてしまうと、案内人から同情の視線を向けられているのが気配で分かった。

 

「(こんな調子で本当に事件の調査なんてできるのかな……)」

 

 義兄であり現上司でもあるクロノから頼まれた仕事を思い出しながら──フェイトは再び深い深い、深い溜め息を()くのであった。

 

 

◼️02◼️

 

「窃盗事件ン~~?」

 

 翠屋のオープンカフェスペース……その端の方にあるテーブルでフルーツパフェを食べながら、岸辺露伴は眉間にシワを寄せた。声から(にじ)み出る不満感と連動して、首がやや()()っている。

 

「露骨に嫌がってるな……」

 

 クロノは取り出したばかりの紙資料の束をテーブルに置きつつ、知己になって間もない漫画家の態度に苦笑で返した。

 魔法や時空管理局という存在を露伴が知ってから3日目になる。

 と同時に、下手にソコから遠ざけると自分から事件に首を突っ込んできて絶対に面倒な状況へと(こじ)れるたろうから「必要最低限の情報を与えることで好奇心旺盛な漫画家の行動をコントロールしよう」という判断が即座に下されてから3日目を意味しており──

 クロノと彼の(公私でも)パートナーでもあるエイミィの2人で厳選した「これぐらいなら取材とて渡しても大丈夫なレベルの事件情報」を提示する初日でもある。

 

「あのだねェ……

 せっかく『魔法』だとか『次元世界』だとか『ロストロギア』だとか、そーゆー面白そうなネタを聞かされたっていうのに……

 やっと提供される『事件』の情報が()()()()()()()だった僕のガッカリ感が分かるかい?」

 

 敵国に侵入したスパイが情報屋から「この国の将軍が好きな物はイカスミパスタだ」と教えられたら、キミはどう思う?

 ……と、露伴はパフェを一口しながら喩え話を持ち出す。

 

「事件に大きいも小さいもありません!」

 

 ところが、クロノの隣から反論の狼煙が上がった。

 彼の隣には露伴と初対面となる金髪ツインテールの少女が座っている。

 初めて彼女の存在に気付いた風に、露伴は訝しげな視線を不躾に送ると「ええと、キミは?」と(とりあえず控え目に)尋ねた。

 

「彼女はフェイトちゃん。

 私の一番の親友なんですよ!」

 

 口を開きかけた金髪少女の代わりに彼女を紹介したのは、コーヒーをトレイに載せて配膳しに来た高町なのはだった。

 

「なのは♪」

 

「なのは君の親友か。

 見るからに日本人ではなさそうだし『ミッドチルダ(向こう側)』の人間かな?」

 

「はい。今は海鳴に住んでますが」

 

「私と同じ学校に通ってるんですよ♪」

 

 露伴の前にコーヒーを置くと、無駄な動きひとつなくフェイトと呼んだ少女の背後に回るなのは。フェイトの両肩に手を添えると、頭を同じ高さまで並べて「ねー!」とはしゃぐ。

 フェイトも、テンションの高い親友に柔らかい微笑みで応じる。

 

「仲が良いねえ」

 

「ちなみに僕の義妹(いもうと)でもある」

 

 何かしらに対して(あらかじ)(忠告)を打ち込んでおくような捕捉説明がクロノからもたらされた。

 露伴は無視する。

 

「ということはフェイト君も時空管理局で仕事を?」

 

「『執務官候補生』としてクロノの補佐をしています」

 

「ふうん」

 

 気のない相槌を打つ露伴だが、フェイトから向けられる少し厳しめな視線に気付いていた。そんなものを向けられる理由も、何となく察しはついている。

 

「誤解がないようにキミに言っておくが──」

 

 なのは(大切なネタ元)の親友であるならば、おそらく彼女が抱いているであろう誤認を改めておいた方が良い。

 普段は人にどう思われていようがお構いなしの漫画家だったが、ここは自分から素直に(?)折れた形だ。

 

「フェイト君の言う通り、僕も事件に大きいも小さいもないと思っている。

 ──ただ、同じ事件でも『僕の興味を引くような事件』かどうかって差があるだけだ。

 前にチラッと聞いた『()()()()()()()()()()()()()()()()()』って事件の方が面白そうじゃあないか!」

 

「君は誤解を解く気があるのか?」

 

 クロノから呆れたような声が飛んで来た。

 露伴は気にせずパフェを食べ進めている。

 フェイトは初めて出会うタイプの人間を前に、どういう感情を表に出していいのか戸惑ってしまう。

 

「まあまあ露伴先生。

 興味を引く事件かもしれないし、聞くだけ聞いてもいいんじゃあないですか?」

 

 苦笑するなのはが仲裁(というよりも仕切り直し)に入ったことで、ようやくクロノ達の準備が報われることとなった。

 

「窃盗事件とは言ったが、単純な窃盗とは違うようなんだ」

 

 テーブルに出していた紙資料の束を露伴の前へと押し出した。半分まで食べ進めていたパフェから視線を資料へと移し、半瞬だけ考えるそぶりを見せると「そこまで言うなら仕方ないなァ~~」とばかりにパラパラと(めく)りだす。

 

「海鳴海洋博物館?

 そんなものもあるんだな」

 

「そこが事件の舞台だ」

 

 漫画の資料を集める上で博物学にも手を出している露伴にとっては、少しばかり興味を引かれる施設である。

 

「あの博物館から何が盗まれたの、クロノ君?」

 

 露伴のための資料を作成していたことは知っていても、どんな事件の資料を集めていたかまでは知らないなのはがフェイトの背後で首をかしげた。

 フェイトも同じように首をひねっている。

 彼女達にとって小学校の社会科見学で訪れたこともある場所だが、正直なところ盗むような価値がある展示物に心当たりはなかったのだ。

 

「その資料にも書いてはいるが──」

 

「……鯨の骨格標本が1頭ぶんだってェ?」

 

 速読めいた読み取りで資料に目を通していた露伴が、クロノの説明を引き継ぐように声を出す。

 なのはとフェイトの視線が漫画家へと向けられる。

 

「あー、そんなのもあったねえ」

 

「オスのマッコウクジラの全身骨格標本、だったっけ?」

 

「オイオイオイオイオイ、骨だけでも全長が14mもあるじゃあないか。

 どうやってこんなものを盗んだっていうんだ?」

 

 博物館の目玉展示物でもあるマッコウクジラの全身骨格標本。

 資料によると山口県の日本海側にある浜辺へ漂着したマッコウクジラの遺骸を博物館が買い取り、適切な処置を施した上で標本として公開していたらしい。

 骨の各部を強化繊維で繋ぎ、床に設置した数十本もの細い鉄の支柱で支え、まるで博物館の中を泳いでいるような演出で展示していたのだとか。

 それが丸々すべて盗まれたのだという。

 

「確かに大きくて凄い標本だったけど、盗むほどの価値があるものなの?」

 

 だって骨だよ?と、なのはは管理局の局員ではなく小学生としては当然の疑問を口にする。

 すると即座に露伴が「こいつマジに言ってんのォ~?」という表情の『上から目線』で解説し出す。

 

「クジラの全身が揃った骨格標本っていうのは全国でも珍しいんだぜ、なのは君。

 生物学、海洋学、博物学、いろんな学問における資料的な価値は、かなり高いと思うなァ~」

 

「露伴先生の言う通りだ。

 裏ルートで国内外の好事家に売れば、最低でも数千万円はするんじゃあないかな」

 

「もし犯人が地球とは別の次元世界から来てたのなら、更に価値がハネ上がると思う」

 

 ハラオウン兄妹の捕捉が入ると、なのはも「ほえ~」と声を上げて驚いた。ただの大きな骨だと思っていたものが、途端に札束の山に思えてくる。

 

「で? こんなデカブツを、どうやって盗んだんだ?」

 

「興味が出てきたか?」

 

 からかうようなクロノの問いに、露伴は憮然とした表情を浮かべたまま無言で先を促した。

 苦笑いを浮かべながら「すまない」と軽く謝罪を入れながら、クロノは空中に投影スクリーンを表示する。

 

「実は監視カメラに映ってはいるんだ。

 とりあえず見て欲しい」

 

 投影スクリーンには博物館内に設置された監視カメラの静止映像らしき画像が表示されていた。

 動画を一時停止しているらしく、映像を操作するアイコンも重ねて表示されている。

 クロノはそれをタッチし、動画を再生し始めた。

 

 展示エリア館内の照明が落とされ、非常灯だけが暗闇の中に展示物をぼんやり浮かび上がらせている。

 カメラはクジラの骨格標本の前半分がフレームに収まるような位置に設置されているようだった。映像のみで、音声は入っていない。

 しばらくすると、どこからともなく男性が歩いてくる姿が写し出された。懐中電灯を持っておらず、非常灯の明かりで照らされる彼の格好を見るに警備員でないのは確かだ。

 暗闇と非常灯の逆光に包まれて男の顔はハッキリとは見えない。

 彼は迷うことなくクジラの骨格標本へ近付くと、何やら棒状のものを手に取るや振りかぶり──コツンと標本を叩いたように見えた。

 

 その瞬間。

 

「何ッ!?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 映像に表示してあるタイマーに目をやると、動画の一部が切り取られたわけではないようだった。

 ここで再び一時停止がかけられる。

 

「見てもらった通り、犯人は明らかに地球の技術ではない『何か』を使って標本を盗んだようだ」

 

 これが現在進行形で僕達が捜査してる事件のひとつだ──とクロノは話を締め括り、映像を消す。

 許容できる範囲で漫画のネタになりそうな情報を渡したのだから、これで満足してくれるだろう。

 この後も滞在最終日まで情報を小出しにすれば……

 そんな甘く淡い期待を管理局の若き執務官は抱いていたのだが。

 

「クロノ、さっき君は『興味が出てきたか?』と僕に尋ねたな?」

 

 嫌な予感がした。

 

()()()()()()

 興味がグングンッと湧いてくるじゃあないかッ!

 犯人を是非とも『取材』したいねッ!」

 

 水を得た魚のように、好奇心(ネタ)を得た漫画家は瞳を輝かせながら力強く宣言した。

 

 クロノは完全に逆効果だったと失敗を悟り、テーブルの上で静かに頭を抱えるのであった。

 




フェイトが自身を「執務官候補生」と称しているのは、本作を「なのはが大怪我をして復帰した直後」くらいの時期を想定してるからです。

たぶん、露伴先生(から受ける心労)のせいで2回目の試験を落ちます。


2021.10.25 第3話に関する伏線的な部分を加筆。


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第2話「怪盗を捕まえよう②」

あまり長々と続けてもアレなので、謎解きとか短編感覚でサクサク進めていきたいですね(希望的観測)
 
 
(6/14追記)
誤字報告ありがとうございます。
助けられております。
 
 


 

◼️03◼️

 

 本人にその自覚はないが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは『巻き込まれ体質』だと言われることがある。

 親友である高町なのはも大概な『巻き込まれ体質』であるのだが、あちらは主人公的な突破力……というかダイヤモンドのように砕けない固い意思で(それこそ四肢を(うしな)おうとも)「巻き込んできた運命をパワーで破壊する」という荒業をナチュラルに実行してしまうのだ。

 

 一方のフェイトは一度(ひとたび)事件に巻き込まれると、心が折れそうなほど『痛い目』に遭うことが多い傾向にある。

 

「止めたって、どうせ『取材』と言って動き回るだろう。

 それならいっそ岸辺露伴を助手にしつつ、この事件を調査してくれ」

 

 だから隣で頭を抱えていた義兄に(本来はアースラの別スタッフが担当するはずだったけれど)依頼されたのも『巻き込まれ体質』のせいかもしれないし、きっとまた『痛い目』に遭うのだろう。

 

 本人はそんな自覚などしてはいないが、呼吸をするかのように自然と人を煽る岸辺露伴の言動に胃がキリキリと痛み始めているのを感じ、なんとなく未来を朧気(おぼろげ)に捉えてしまっているようだった。

 

 パシャリパシャリと館内を撮影する漫画家の背中が視界に入る。

 

 天才的な漫画家だと評される人。

 親友である、なのはの命を救ってくれた人。

 スタンド能力という魔法とは別系統の異能を使う人。

 親友が「(いろんな意味で)スゴい人だ」と評する男の人。

 

「凄いぞ!

 見ろよフェイト君!

 ホログラフィックだぜ!?

 実物の魚を水槽で飼う方が安上がりだろうに……余るほど財産を持ってるヤツってのは、なんでこうも無駄なことにカネを遣いたがるんだろうなァ~?」

 

 そして現在進行形で自分の胃を破壊しようとしてくる人。

 ああ、案内役の人の視線が痛い。

 引率者として、フェイトは必死に無言で何度も頭を下げる。

 

「本当に事件を調査できるのかな……」

 

 早くも涙目になりながら、そんな何度目になるのかも分からない不安を吐露するのであった。

 

 

◼️04◼️

 

 

「ここがマッコウクジラの全身骨格標本が展示してあった場所です」

 

 ややひきつった感じの声になりながら、案内役の職員が目的地への到着を告げた。

 このエリアだけ照明が全体的なものとなっており、とても明るい。

 そのため、エリア中央部分にある「何もない空間を支えている細い鉄製の支柱群」が、酷く浮いた存在に思えてしまう。

 

「出資者である月村氏やバニングス氏からの指示通り、今回の件は警察ではなく『貴殿方(あなたがた)』に一任するよう伺っております。

 必要なものがあれば、その都度おっしゃってください」

 

 どうやらフェイト達の事情を、ある程度の範囲までは聞かされている人物のようである。

 さすがに時空管理局云々までは把握している様子ではないが……

 ともあれ必要事項だけ述べると、調査の邪魔にならぬようエリアから遠ざかっていった。

 ……露伴から離れたかっただけかもしれないけれど。

 

「けっこう広い場所だな」

 

 ゆるりと周りを見渡しながら、平凡な感想を露伴は口にした。

 呑気とも思えるその発言に、少しだけイラッとしながらもフェイトは事件について質問を投げ掛けた。

 

「露伴先生は……どうやって巨大な標本を盗んだと考えてますか?」

 

「それを今から調べるんじゃあないか」

 

 至極当然な反応を示す漫画家に、なんとなく漠然と求めていた答が返ってこなかったので「それはそうなんですけど!」とフェイトは頬を膨らませた。

 女の子はよく分からないなァ……みたいな表情を浮かべた露伴だったが、特に気持ちを引っ張ることなく再び周囲を見渡し始める。

 

「逆にフェイト君は専門家……『執務官候補生』として、どうやったと見ているんだ?」

 

「質問を質問で返したらテストでは0点だって学校の先生が言ってましたよ……」

 

 専門家として問われた質問返しに、フェイトの表情が不満げに歪むものの、それも一瞬。すぐに思考回路を時空管理局執務官候補生のものへとスイッチさせ、考えを組み立てていく。

 

「監視カメラの映像ではデバイスのようなものを使っていたので、やはり魔法なんじゃないかと思います

 つまり、犯人は別の次元世界から地球に渡ってきた人物かと」

 

 空間操作系の魔法──使い手は非常に稀な収納魔法など──ならば、あの動画も説明できる。

 稀少魔法(レアスキル)であるため使い手も限られており、管理局のデータベースで照合し、該当する中で当日のアリバイを証明できない人物が犯人である可能性は高い。

 

「犯人が管理世界(そっち側)の人間かどうかはともかく──」

 

 これまで撮影した写真をフォルダから読み込んで再確認しつつ、フェイトの推理に言葉を添える。

 

「使ったのは魔法じゃあないと僕は思うね」

 

「……ッ!

 根拠はなんですか?」

 

「君達が『魔法』と呼ぶものを幾つか記録映像で見せてもらったし、実際なのは君が攻撃魔法を使う所を見たことがある」

 

 標本を支えていた細い鉄の支柱を触ったり眺めたりしながら、露伴は少女に求められた根拠を並べ始めていく。

 

「そのどれもが足元や周囲に『魔法陣』を展開していた。

 リンカーコアとやらを通じて魔力を消費し、独自の理論……たしかミッド式とかベルカ式とかだっけ?

 そういうのに従い魔法を使う場合、その形式に(のっと)った魔法陣の展開が必要になる……間違ってるかい?」

 

 特殊な例外もあるのだが、概ね間違っていなかったのでフェイトは小さく頷いた。

 

「動画を見る限り、魔法陣が展開している様子はなかった。

 だからアレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、僕は考えている」

 

 スタンド能力。

 露伴が有している『ビジョンを持った超能力』。

 魔法とは別の法則性を持った異能力。

 フェイトにとって全く未知な領域の世界である。

 魔法というものに慣れ親しんでいるせいと、巨大な標本を一瞬で消したインパクトに「魔法を使ったのだろう」という先入観で意識が囚われていた。

 

 しかしそれでも疑問は残る。

 

「あの使用していた棒状のものが『スタンド能力』だったと?

 デバイスの固有能力や、ロストロギアである可能性もあるんじゃあないですか?」

 

「フェイト君、あの馬鹿デカい標本を盗む動機はなんだと思う?」

 

 人工大理石で敷かれたピカピカの床をジロジロと観察しながら、露伴が再び問いを問いで返す。

 問われてフェイトは考え込んだ。

 収集しての独占、政治的なメッセージ、環境テロ、愉快犯──様々な動機が思い浮かぶが、盗難後の声明的なものがないことから、ひとつに絞り込む。

 

「……裏ルートで売って大金を得るため?」

 

「僕ならデバイスやロストロギアとやらを売るけどね」

 

 その方が犯罪なんてリスクを背負わず安全に億単位のカネを得ることができる……という漫画家の言葉を耳にして、フェイトは「あっ」と声を上げる。

 漫画家が並べた根拠に、それなりの説得力はあったらしい。

 

「レイジング・ハートみたいなインテリジェンス型のデバイスなら数を揃えやすいだろうし、飛ぶように売れると思うなァ」

 

 僕も欲しいなあ、とか言い始めたのでフェイトは軌道修正を図る。 

 

「……スタンド能力というのは、動画に映っていたようなことも可能なんですか?」

 

「さてね。

 スタンド能力というのは似た能力のものはあれど、基本的に個人によってバラバラらしいからなァ~~」

 

 露伴は親友の少年を通じて知り合ったスタンド使いを思い出す。

 彼は「時間を数秒だけ止める」という破格の能力の持ち主だが、過去に似たような能力のスタンド使いと戦ったことがあると聞く。

 その戦いへ至るまでの冒険譚を聞かせてもらったが、先の例を除けば多種多彩なスタンド能力ばかりだったのだ。

 世の中には窃盗に適した能力のスタンドがいてもおかしくはない。

 エリアとエリアを区切る扉を閉じたり開いたりしながら、そんなことを推測する。

 

「ところで……さっきから何をしてるんですか」

 

「『調査取材』に決まってるだろ」

 

「扉を開けたり閉めたりするのが?」

 

「……なんか言い方にトゲがあるんじゃあないか?」

 

 ムッとした表情で露伴はフェイトの顔を見た。

 やっとこちらに視線を向けてくれた気がすると、フェイトは少しズレた感想を浮かべる。

 

「そんなことはないです」

 

「……まあいい。

 ここでああだこうだと言うよりも、窃盗の具体的な方法は犯人を捕まえて『取材』すればいいしな」

 

 フンッと鼻を鳴らしながら、露伴は事も無げにそんなことを言う。

 

「え?

 あの、スタンド使いだと目星をつけても、それが誰か分からないと捕まえようが──」

 

「大体の目星はついてるぜ?」

 

「ええっ!?」

 

 さも当然のように露伴が口にしたので、フェイトは館内に大きく響くような驚嘆の声を上げてしまう。

 

「犯人が特定できたんですか!?」

 

「特定じゃあなくて目星といっただろう」

 

 露伴は手にしていたカメラの、撮影者側の液晶画面をフェイトに向ける。

 

「ホラ、入口や裏にある荷物の搬入口、館内の様々な所に監視カメラが設置してあるだろ?」

 

 操作ボタンを押しながら、次々と撮影した写真を切り替えていく。

 フェイトが覗き込むと、様々な場所に設置してある監視カメラの数々が確かに写されていた。

 

「え、あのパシャパシャ撮影してたのは監視カメラの位置を確認してたんですか!?」

 

 単に取材にはしゃいで撮影してたものと思っていた。

 

「ここは海洋資源なんかの研究をしてる施設でもあるから、情報や研究物資の外部流出を防ぐために厳重な監視体制が敷かれているんだろう。

 なら犯人は盗んだ方法以前に、どうやって監視カメラ網を突破したと思う?」

 

 露伴は腕を組ながら、先ほどまで開閉を試していた扉へ視線を向ける。

 

「そもそも……外部の人間が、出入口やエリアを区切る扉の鍵を無理矢理に解錠したり壊したりせず、ピカピカの床に何の痕跡も残さず侵入できたりするものなのか?」

 

 ここに到着してからしてきた露伴の行動を思い出しながら、フェイトは畳み掛けられる質問に必死で思考を巡らせる。

 

「念のために尋ねるんだが……こういう特殊な盗難事件は、今回が初めてなんだな?」

 

 ところが、ここで変化球を投げてくる。

 慌ててフェイトは寄越された(しつもん)をキャッチした。

 

「え、あ、ハイ」

 

「じゃあフェイト君、初犯でカネになるような物を盗む場合……キミなら何処を真っ先に狙う?」

 

「……そうですね、大金で売れるものが何処にあるか確実に知っていて、忍び込むのも逃げるのも容易な土地勘のある地元で──」

 

 監視カメラの位置。

 こじ開けられた形跡のない扉。

 躊躇いもなく目的地へ向かい、痕跡も残されていない床。

 露伴が挙げていた根拠の数々が、フェイトの中で朧気な人の形へと組み立てられていく。

 露伴が『特定』ではなく『目星』と表現した理由が理解できた。

 

「そうか、犯人は……!」

 

 ハッと顔を上げて、不思議な能力を持つ漫画家に視線を送る。

 その視線を受けて、幼い管理局執務官候補生に頷きを返した。

 

()()()()()()()()()()()

 

 組んだままの腕を頭上へと掲げ、少しだけ腰を右に傾けるポーズで露伴は断言した。

 




推理はガバガバですが、その辺は大目に見ていただけると……
(そこまで本格的なミステリをやりたい訳ではないので……(言い訳))


次でバトルをやってエピローグになる予定(希望的観測)


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第2話「怪盗を捕まえよう③」

お待たせいたしました。

前話あとがき「次回はバトル!」

今話本編「バトルまで持っていけなかったよ……」

(即落ちではない2コマ)
 
 


 

◼️05◼️

 

「内部犯、ということは──やっぱり警備の人間ですか?」

 

 クジラの骨格標本が展示してあったエリアから移動を開始する露伴を追いかけながら、フェイトは一番あり得そうな犯人像を想定する。

 親友達の親族が雇っている人間を窃盗事件の犯人として疑わなければならない状況に、心苦しさを感じる。

 博物館や研究施設の職員とは殆ど直接的な面識はない。

 それでも親友達の顔を思い浮かべ、心にチクリとした痛みを覚えてしまうのは、司法に属する職に就きながらも子供のように純粋で、素直で心優しい性格を保っているからだろう。

 

 声の表面に浮き出た感情を(珍しく)敏感に察知した露伴は、そんな考えに至るものの……すぐにそれを改めた。

 

「(そもそもフェイト君は、まだ小学生じゃあないか。

 ()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()())」

 

 考えてみれば子供ながらに犯罪者を追うというのは、過酷な仕事なはずである。

 

「(どんな事情があって時空管理局に勤めることになったのかは今後『取材』するとして……

 この歳で執務官を目指そうとしているのも、生来の『優しさ』からきているのかもしれないな)」

 

 だが今はその「管理局員」として現場(ここ)に来ているのだ。彼女の内にある子供らしさを優先させるより、彼女の信念を尊重してやるべきだろう。

 

 そんな大人としての気配りを表情や動作に含ませることなく、露伴はフェイトの問い掛けに応える。

 

「いや、警備の人間じゃあないだろう」

 

 犯行の瞬間を捉えた映像はあったが、現場まで移動している姿を写した映像は存在しなかったのだ。

 つまり『何らかの方法』でカメラに映らぬよう細心の注意を払いながら移動したのだろう。

 

 そして初犯で勤め先の大物を狙うということは、その1回で職場から遁走するつもりであるのは簡単に推測できる。

 ならば監視カメラに映らないようコソコソせず、犯行後に録画データを消したり機材を破壊したりすれば良い。

 カメラの角度的に隠れようがなかったとはいえ、犯行の瞬間を映した証拠映像が残っているのだから尚更である。

 

 それが為されていないということは、全ての機材を破壊できるだけのパワーが本人やスタンドにないか──そもそも機材を管理している()()()()()()()()()()()()()()()()ではないか。

 

「しかし骨格標本が展示してあるエリアまでのカメラに姿を映すことなく移動できている。

 警備員と同レベルで監視カメラの位置を把握できていたからだろう」

 

「スタンド能力で姿を消して移動した……とかは?」

 

「特殊な例を除けば、基本的にスタンドは1人1能力だ」

 

 実は『標本も姿を消されただけで実際には盗まれていない』という可能性も考慮して確かめてみたが、支柱の上に骨の住人は存在していなかった。

 

「そもそも姿を消せるなら、肝心の盗むタイミングで姿を晒すのはおかしい」

 

「スタンド使いが『盗む役』と『姿を消させる役』の2人いる可能性は?」

 

 だとしたら厄介だが露伴は即座に否定した。

 

「それも『盗む役』の姿を晒させた意味が不明になるし、その能力を利用して証拠を隠滅した様子もないから複数犯の可能性もないんじゃあないかな」

 

 現場のエリアを抜ける。

 無駄に広い博物館な上に、展示物が多いので直線の最短距離を進めないのも移動にもどかしさを感じる要因のひとつだ。

 

「博物館の職員で、こんなに素早く動き回れないルートを迷うことなく最速で移動でき、その上で監視カメラの死角を警備員並みに熟知するほど館内を把握している人物、それは──」

 

 呼び掛けがあれば対応できる位置……館内の所々に設置してある休憩スペースで缶コーヒーを飲みながら(くつろ)いでいた人物を視界に収める。

 促される台詞と共にその姿をフェイトも確認し、納得よりも先に驚愕が胸の内を襲う。

 

 いきなりやって来た2人から視線を向けられ、その人物も動揺している。

 

「『博物館の案内人』だ」

 

 それは先程まで露伴達を案内し、何かあれば呼んでくれと言っていた案内人の男であった。

 

 

◼️06◼️

 

 

「ど、どうしたんです?

 何か必要なものがあるなら声を掛けてくれれば──」

 

 案内役の男は、ゲスト2人から向けられる厳しい視線に狼狽(うろた)えながらも、とりあえず用件を伺おうと言葉を繰り出す。

 だが露伴はワザとらしい溜め息と仕草を同時に披露してみせる。

 

「いやいやいや。そーゆーのは、もういーんだよ。

 キミが今回の事件の『犯人』だってのは、既にバレてるんだからなァ~~~」

 

 小馬鹿にしたような半笑いを浮かべながら、露伴は露骨に挑発してみせた。

 

「はあ? は、犯人? 何のことですか?」

 

「監視カメラの映像にもバッチリ映っていたじゃあないか。

 言い逃れはできないぜ?」

 

「い、い、言いがかりだッ!

 警備の人間から、影になっていて顔がわからなかったと聞いてる!

 なのに、いきなりオレを犯人扱いだとッ!

 ちゃんとした証拠はあるんだろうなッ!?」

 

 ある程度の事件情報は案内役の男も把握していたようで、露伴の安いカマ掛けには乗ってこなかった。

 

「スポンサー関係のゲストと聞いてたから我慢していたがッ、アンタは本当に失礼で不愉快なヤツだなッ!

 アンタが何モンだろーと名誉毀損で訴えてやるから覚悟しとけッ!」

 

 案内の道中、常に不愉快な言動を垂れ流していた相手から犯人呼ばわりされたのだから、激昂するのも当然だろう。

 しかし露伴は揺るがない。

 本来の彼であれば、問答無用で「ヘブンズ・ドアー」の能力を使い、片っ端から犯人かどうかを調べていただろう。

 しかし「執務官候補生」という肩書きを持ったフェイトが事件の正式な調査という名目で活動している以上、カマをかけて自白を引き出そうとしているのである。

 だから彼は揺るがず、逆に揺さぶっていくのだ。

 

『とぉぅるるるるるるる とぉぅるるるるるるる』

 

 そんな緊迫した空気の中、やけに大きな着信音が響きわたった。

 

「ああ、僕のスマホの着信音だ」

 

 飄々とした態度で「失礼」とスマホを取り出し耳に当てる。

 この傍若無人な振る舞いに、案内役の男も(まく)し立てたばかりの口をポカンと開けて固まってしまう。

 

「ああクロノか。なに、結果が出た?

 ……なるほどなるほど、やはりそうか。

 いやぁ~助かったよ、ドーモありがとう」

 

 短いやり取りの後に通話を切ってスマホを懐へと仕舞う。

 せっかく爆発させた怒りに水を差され居心地を悪くしている案内役の男に、露伴は通話内容を伝えてやることにした。

 

「知り合いからの連絡でね。

 頼んでいた画像のコンピュータ解析が完了したそうだ」

 

 フェイトが背後で「えっ?」と驚く無言の気配を感じたものの、些細なことなのでそれは無視する。

 問題は目の前にいる男の片眉が大きく跳ね上がったことだ。

 

「スゴいよなァ~、最近の映像処理技術!

 暗闇しか写っていない真っ黒な写真でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 他の誰でもないキミの顔が写っていたそうだぜ?と、(あざけ)てみせる。

 

「バ、バカなッ!

 あの角度ならハッキリと顔は映らなかったハズだぞッ!」

 

「そんなの依頼してたなんて聞いてないですよッ!?

 ウソですよね露伴先生!?」

 

 露伴の周囲が大いに揺れた。

 だから露伴は言ってやる。

 

()()()()()()

 さっきの着信はタイマー機能で鳴らしたメロディだし、クロノに依頼もしていない。

 ──けど、マヌケは見付かったみたいだな」

 

「ハッ!?」

 

 案内役の男は反射的に口許を右手で押さえた。

 何故あの映像では顔がハッキリと映らない角度だと確信して言えるのか。

 そう意識しながら動いていた犯人以外には出てこない台詞だった。

 

「ついでに言うならキミが『スタンド使い』ってこともバレてるからな」

 

 露伴が更に追い込みをかける。

 

「……クソッ、まさかこんな漫画みたいな方法でバレるとは……!」

 

 心の底から悔しそうに男が歯軋りする。

 それはそうだろうな、とフェイトは思わず男に同情してしまう。ちょうど案内中に彼女へ向けてきた同情の視線を返すような構図になってしまったが。

 

「まあ漫画家だからね」

 

「うるせぇー! せっかくこの能力(チカラ)で怪盗デビューして荒稼ぎしてやろうとしたのによォォォ~ッ!」

 

 案内役として最低限守ってきた紳士的な態度をかなぐり捨てて、男は怒気混じりの恨み節を吐き散らかした。

 自身を『怪盗』などと称するからには、金銭目的と同時に注目を浴びて承認欲求も満たしたかったのかもしれない。

 まあ露伴にとっては『どーでもいいこと』だったが。

 

「あ、貴方を窃盗容疑で逮捕します!

 大人しく投降してください!」

 

 待機状態のデバイス──斧槍(バルディッシュ)を素早く展開させ構えながら、フェイトは自分の職務を遂行しようと投降を呼び掛ける。

 どう見ても外国人の少女に逮捕する権限はなさそうなのだが、あまりにも洗練された動きと場の雰囲気が説得力を持たせていた。

 

「それとも抵抗するかい?」

 

 追い詰められた『怪盗』がどんな行動をとるのか興味あるなァ、という態度で露伴は確認を取った。

 ()(てい)にいえば『王手(チェック)』である。

 男は唸り声を上げながら逡巡したかと思うと、パッと身を翻した。

 

「いや、逃げる」

 

 潔い撤退宣言。

 陸上競技選手ばりの綺麗なフォームで走り出した。

 

「あっ」

 

 抵抗するならヘブンズ・ドアーで無力化してやろうと構えていた露伴だったのだが、これには意表を突かれ反応が遅れた。

 その一瞬の隙は、まんまとスタンドの射程距離外へと男を逃がす結果を生んでしまう。

 

「しまった!? ま、待てッ!」

 

「『待て』と言われて待つ怪盗がいるかタコッ!

 難敵や壁に『立ち向かう』より『逃げ』を選ぶ!

 これがオレの人生哲学だッ、文句あっか!?」

 

 それなりに鍛えていたのだろう、逃走する速度は大したものだった。あっという間に隣のエリアへ続く扉へ到達してしまう。

 

「バルディッシュ!」

 

《Yes,sir》

 

 少女の呼び掛けに愛機が応え、金色(こんじき)の魔力が波となって周囲に(ほとばし)った。

 

「ブギャァーッ!?」

 

 扉を押し開けようと体当たりした男だったが、黄金色の輝きを放つ障壁に「ドッグシャアッ!」と阻まれた。岩場にいた蛙を上から殴りつけた時のような悲鳴を上げ、顔を強打した男は鼻血を吹き出しながら床へ派手に倒れ込む。

 

「結界を張りました!

 もう何処にも逃げられません!」

 

 魔法少女としての姿にフォームチェンジしたフェイトの警告。

 それが淡い金色に包まれた空間内に、凛と鮮やかに響き渡った。

 

 

 




前回も書きましたが、推理パートはガバガバなので全力で見逃せ下さい!

次回こそバトルさせます。

……本当は今話で敵スタンドの名前も披露するはずだったんですが持ち越しで。


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第2話「怪盗を捕まえよう④」

お待たせいたしました。

都合8回ほど書き直したので遅くなってしまいました。
申し訳ありません。
 
 
 



 

◼️07◼️

 

 それは、つい2週間ほど前のこと。

 海鳴海洋博物館での勤務を終えて帰る途中、備入(びいり)公巌(きみたけ)は背後から矢で射抜かれた。

 

「……、……は?」

 

 狙ってやったものか否か、それは分からなかったが──背骨や肋骨などの骨を器用に避ける形で、背中から胸へと矢が貫通していた。

 備入は自身を貫いている凶器を『茫然』と『冷静』の中間にある感覚で眺めていたのを、ハッキリ今でも覚えている。何せ痛みらしい痛みを全く感じなかったのだ。あったのは『背中を強く叩かれたような衝撃』だけ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、自分の胸から突き出た奇妙な形の(やじり)血塗(ちまみ)れになっているのを、不思議と静穏に観察できた。

 なので必然の未来が容易に思い描ける。

 

「ヤべぇな、死んだろコレ」

 

 吐き出した間抜けな台詞と共に、ゴボリと血の塊が口から吹きこぼれた。

 突然で理不尽な死の襲来に、到来するはずの走馬灯も浮かんでこない。

 

「(クソみたいな学生生活からのチンケな仕事、そんなモンに時間と労力を費やされた挙句、こんなワケ分かんねぇ死に方かよ。マジでつまんねぇ人生だったな)」

 

 無痛のまま意識が途絶えるのを迎え入れようと目を閉じた。

 しかし──いつまで経っても死神の鎌は備入を刈り取りに来ない。

 ここまで来ると、さすがに違和感が脳を刺激する。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

 不意に、背後からテンポの遅い拍手が投げ掛けられた。

 

「おめでとう」

 

 スッと脳の中に入り込んでくる、穏やかな声。

 そんな耳心地のよい祝福を授かった。

 

「君は」「階段を踏み外さなかった」「まずは天国への第一歩だ」

 

 振り向くと、建物の影から身を半分だけ覗かせた人物が備入を見つめている。体格から男性ということは(わか)ったが、顔は深く影が射し込んでいて黒く曖昧だった。

 

「階段……天国……?」

 

「そうだ。君と私が歩む道筋」「その為の能力(スタンド)だ」

 

 映像を『巻き戻し』するかのように、矢が備入の胸から抜けていく。痛みはない。むしろ「自分は選ばれたのだ」という高揚感が湧いてきて心地よかった。

 完全に体外へ排出された矢は、クルクルと回転しながら影をまとう男の手元へと還っていく。

 

「その能力を使って、自分のやりたいことを為すが良い」

 

 そうすれば階段を昇れる。

『昇る』とは『成長』するということだ。

 成長は『天国』への手段なのだ。

 だから君の望むことを自由にやりなさい。

 脳や鼓膜を(とろ)けさせる声が、備入が秘めてきた欲の背中をそっと押す。

 

「俺は」

 

 備入は子供の頃に抱いていた『夢』を、この手で掴み取ろうとするかのように──まるでその『夢』が形を持って生まれてくるかのように強く、強く思い描く。

 

 俺は──

 

◼️08◼️

 

「俺はッ! 『怪人20面相』や『ルパン』みてーにッ!

 他人からカネや宝石を奪い取ってッ

 誰も真似できねーぐらい贅沢な生活が送りてーんだッ!」

 

 案内役の男──備入は噴き出す鼻血を左手で押さえながら絶叫する。

 

「今まで無駄にしてきた時間を取り戻してやるぅあああああッ!!」

 

 ()いた右手を露伴やフェイトに向けて突き出し、その手の中に怒りの感情と共に『ビジョン』を浮き上がらせるイメージを込める。

 

「『スマッシング・パンプキン』ッ!!」

 

「ッ!」

 

 備入の右手に、何もない空間から1メートル程の『杖』が現れた。

 フェイトは魔術師が使う杖型のデバイスではないかと危惧し、反射的に構えをとる。だが次の瞬間には違和感に襲われた。デバイス特有の雰囲気というか、魔力が流し込まれる気配を感じないのだ。

 

「フェイト君ッ あれはスタンドだ!」

 

 露伴の警告が耳に届き、彼の「犯人は魔術師ではない」という推理を思い出す。

 言われて観察してみれば、なるほどデバイスっぽくはないデザインである。その先端は大きく膨らんでおり、どうやらカボチャを模しているらしい。ただしドクロめいた意匠が施されており、実に禍々しかったが。

 カボチャ頭の根本から()中程(なかほど)までにポツポツと(トゲ)が生やされているため、魔術師が使う『杖』というよりは『戦鎚(メイス)』と呼ぶ方が相応しいだろう。

 

「(見た目はヴィータやシグナムと同じ近接戦闘型の武装!

 物を盗む能力者で、魔法が使えないのであれば中・遠距離攻撃は持ってないはずッ!)」

 

 フェイトは相手の得意な距離(レンジ)に入る選択肢は捨て、攻撃範囲外(アウトレンジ)から叩く戦術を組み立てた。

 魔法少女は自分の周囲に黄金(こがね)色に輝く魔力弾──鋭利な円錐形をした砲弾みたいな見た目だが──を数発ほど形成する。

 

「させるかよォッ!」

 

 備入は魔法の存在を全く知らない。

 だがバリアと同じ輝きを放つソレに危険を察知したのだろう、すかさず右手のメイスを……彼のスタンド『スマッシング・パンプキン』を大きく振るう。

 しかしそれは、直接フェイトを殴るものではなかった。

 個別に展示してあった珍しい魚の剥製──それが鎮座している台座、そしてソレを囲うショーケースごと殴り付け、共に破壊したのである。

 

「(石膏の台座とはいえ、一撃で粉砕するだけの破壊力はあるのか!)」

 

 備入は破壊した台座とガラスの破片を散弾銃の弾のようにバラ撒いたのだ。

 

 ……実際に撃たれた散弾の速度と比べれば、破片自体の速度など大したものではない。

 とはいえ真正面から受けても何の問題ないと言えるような形状の破片でもないし、総数でもないのだ。

 

 執拗にジャンケンを挑んでくる子供と対決した時も、これと似たようなシチュエーションがあったが──今回は破片が自分を避けてくれるような軌道を描いているとは思えなかった。

 なので露伴は咄嗟(とっさ)に別の展示物の影へと身を隠す。身体の全てを隠しきれるものではないが、直撃するよりマシだった。

 

 フェイトも同じ判断を下したらしい。魔力弾の生成を解除し、瞬時に魔法による物理防御障壁(シールド)を展開して身を護った。

 

 ところが。

 

 

 ググゥンッ!

 

 

 大きくても拳大ほどだった石膏の破片や、鋭利なガラスの刃物の群れが、いきなり空中で同時に巨大化したのだ。

 

「なにッ!?」

 

 小さいものでも数十センチ、大きなものは2メートルはある『破片』が、大質量の牙となって漫画家と魔法少女に襲いかかった。

 いまや散弾銃の弾どころではない。

 大きさは破壊力に直結する。

 つまりは大砲から放たれた砲弾の如く。

 

「うおおっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 身を隠していた展示物から、慌てて露伴は距離をとった。次の瞬間には頭の大きさほどもある幾つもの破片が、その展示物を粉々に打ち砕く。

 あのまま隠れていれば、死なないまでも手酷い怪我を負っていたことだろう。

 

 フェイトが展開した防御魔法(シールド)にも、ひときわ大きな石膏の破片とガラスのギロチンが命中した。その重い衝突音から、見せ掛けの質量ではないことが(うかが)える。

 

 命中しなかったり、弾かれたりした破片が床に激突し、大小様々な破損痕を刻み付けていく。

 

「しまったッ!

 隙を突いて接近し『ヘブンズ・ドアー』で無力化してやろうと思ったのに……僕の方から射程距離の外に出(遠くに離れ)てしまったじゃあないか!」

 

 別の展示物──提灯アンコウの剥製だ──が飾られている台座に隠れながら、露伴は悪態を吐く。

 

「(叩いたものを大きくするスタンドだとッ!?

 そうすると『骨格標本を消した』事実と矛盾するが──?)」

 

 自身の推理とは違う能力を振るった男の姿を確認するべく、露伴はチラリと物陰から探りを入れる。

 

 しかし案内人の男……備入の姿は──何処にも見当たらなかった。

 少し目を離した一瞬で、彼は姿を消していたのだ。 

 

「馬鹿なッ!? いないッ、いないぞッ!!

 フェイト君ッ、あの男は何処へ行ったッ!?」

 

「えっ!?」

 

 防御障壁を解除したフェイトも周囲を見渡すが、完全に姿を見失ってしまっていた。

 

 露伴がそうしているように、ヤツも展示物の影に隠れているのか?

 否!

 備入の体格は露伴よりも僅かに小さいというだけで、展示物を支える土台を遮蔽(しゃへい)にすれば──今の露伴がそうであるように──体躯がはみ出して見えるはずである。

 

 ではフェイトが展開した結界を突破して外へと逃げおおせたのか?

 否!

 結界を突破されたような痕跡はなく、そもそも魔術師ではないはずの備入に結界を一瞬で突破したり転移したりする(すべ)は持ち合わせていないはずだ。

 

 だとするならば、

 

()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 逃げたわけでもないのに姿が見えないということは、不意打ちをしてくるということ。

 露伴は死角から攻撃される危険性をフェイトに発する。

 

《先程の現象に魔力が介在した形跡なし。

 魔力感知に反応なし、目標の位置特定は不可能》

 

「……ッ、やっぱり魔力感知で探せない!」

 

 愛機バルディッシュの分析報告を受けて、フェイトは歯噛みする。露伴の能力(の一端)しか目にしていないので何処か現実味がなかったが、目の前で魔力も使わず物理現象をねじ曲げられれば嫌でも芯まで身に染みる。

 

「何だぁ? 喋る武器とか、それが嬢ちゃんのスタンドかあ?」

 

 展示ホールに、備入の探るような声が反響する。

 音から位置を探るのも難しそうだ。

 元から博物館内は照明が小さく絞られているので、文字通り『(死角)』になっている箇所が多い。普段なら気にもならない暗がりが厄介な遮蔽物になり、色のある圧力にもなってしまっている。

 

「まァいい。どんなスタンド能力を持っていようが、()()()()()()()()()()()()!」

 

 宣言と共に『硬いモノを何度も叩いて砕く音』がする。

 音がした方向を反射的に向けば、備入の姿が消えたと(おぼ)しき場所に残されていた展示物──石膏土台とガラスの残骸──があった辺りから、何かが高く放り投げられた。

 

 頼りない照明の灯りに煽られて、キラキラと()()()が淡く輝く無数の『何か』。

 目で追うフェイトが、その正体を察する。

 

「あれは」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが放物線を描きながら、2人の頭上を覆うように()()()()()()()()()()()()

 

「しまった! 『真上』から来るッ!!」

「危ないッ、露伴先生!」

 

 瞬時に大理石の床板だったモノ達が、成人男性程もあろうかという大きさと質量を持って変質する。

 宙を舞う平べったくも爪のように尖った床板の破片が、重力という恋人の存在を思い出したらしい。放物線の終着点、漫画家と魔法少女がいる地点へと降り注ぐ。

 

 実戦や訓練を数多く積み重ねているフェイトが、一瞬早く反応して動けた。先程のように防御魔法(シールド)を展開すれば自身は助かる。

 しかし遮蔽物が意味をなさなくなった『真上』からの攻撃に晒された露伴に、それを防ぐ手立てがない。

 軽く見積もっても数十キログラムはありそうな『破片』を何発も喰らえば、間違いなく重傷を負う。

 

 時空管理局の執務官候補生として、民間人に危険が及ぶのを見過ごせるハズがなかった。

 

「ッ!? 馬鹿野郎!!」

 

 だから攻撃に対して逸速(いちはや)く動けたフェイトは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 中学生にもなっていない子供が(おの)が身を挺して大人である自分を庇う。

 そのどうしようもなく歪んだ事実に直面し、実行され、体験させられた露伴はストレートに罵声を吐き出した。

 

 なんだコイツは?

 普通、その立ち位置は逆だろう。

 普通は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なのになんでこの子供は、こんな馬鹿げた行動に出ている?

 なんでコイツは僕を庇ったりしている?

 

 決まっている!

 

「(僕が情けなくも足手纏(あしでまと)いになっているからだッ!

 ()()()()()()()()

 不甲斐なく動けずにいるからだッ!!)」

 

 露伴は、覆い被さってきた少女の肩を強めに掴む。

 瞬間的に姿を現す少年のビジョン。

 正面で向かい合っていたフェイトの綺麗な両目が、意表を突かれたように大きく見開かれた。

 

「(()()()()()()()()!!

 そんな情けない姿を他人の目に焼き付かせるぐらいなら、()()()()()()()()()()()!!)」

 

 そして露伴はフェイトと体勢をグルゥンッと入れ換えた。

 位置が逆転し、()()()()()()()()()()()()()()

 

「露伴先生ッ!? 何をッ」

 

「『岸辺露伴(おとな)の意地』さ」

 

 漫画家は、口許に小さく不敵な笑みを浮かべ。

 同時に、その背中へ無数の破片が容赦なく次々と突き刺さり、血飛沫が高く噴き上がった。

 

 

 




 
やっとスタンド名と本体の名前を出せました……
元々は「ひ●らし公式掲示板」の二次創作スレに投下してた『ひぐ◯し』と『ジョジョ』クロスSSで、沙◼️子が使う予定だったスタンドだったものです。
(諸事情あって完結できませんでしたが)

10年以上の月日を経て、やっと世に出せました。


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第2話「怪盗を捕まえよう⑤」

遅くなって大変申し訳ありません。
お待たせした分、長めになっております(区切りどころがなかったとも云う)

このシリーズ最初のスタンドバトルなので、敵が超☆小物なのは仕様です。

※追記
今後の展開が成立しなくなるガバを発見したので、後書きの内容を一部修正しました


 

 フェイトは戦慄した。

 自分を庇った漫画家の背中に、幾つもの破片が突き立てられている。

 いや、もはや『破片』ではなく『瓦礫』と呼ぶ方が相応(ふさわ)しい大きさだ。人を深く傷つけるには十分すぎる大きさだった。

 それほど落下速度があった訳ではなかったからか、深々と身体に突き刺さってはいないようだったが、それでも『身体に刺さっている』という事実は深刻だった。

 

 ただ、増大した質量に対して刺さり具合が浅すぎるようにも思える。

 

「ぐぅ……っ」

 

「露伴先生! なんて無茶なことを!

 私ならシールドも張れたのに……!」

 

 小さな破片が掠めたのだろうか。

 頭部から出血している露伴に、フェイトは涙を浮かべながら心配と抗議が混ざりあった声をあげてしまう。

 

「……子供に庇われて」

 

 呻くように露伴は声を喉の奥から絞り出し、身を僅かに(よじ)って破片を振り落とした。

 

「それを何も考えずに甘受するようなヤツは大嫌いだし、そんなヤツに僕はなりたくないね」

 

 だからと言って、と露伴は言葉を紡ぐ。

 

「何も考えずに庇うほど僕もバカじゃあない」

 

 ペラリ。

 露伴の右肩が本のページのように(めく)れる。

 そこには露伴本人に関する情報が記載されていたが、この中に彼自身が直接書き込んだ文章が加えられていた。

 

【背中の筋肉を極限まで硬直させる】

 

 破片が深く刺さらなかった理由がこれだ。

 鍛え上げられた筋肉を収縮させると、かなりの硬さになるという。それこそ一般人が繰り出すナイフの刺突を弾いてしまうほどに。

 健康的に漫画を執筆するという理由だけで、人並み以上に鍛えていた露伴だからこそ可能な『自分自身への命令』であった。

 

 ヘブンズ・ドアーを起動して命令文を消し去り、背中を中心とした硬直を解く。

 身を低くしつつフェイトから離れ、物陰に隠れながら相手の様子を窺う露伴。

 無傷とはいかなかったので、その呼吸はやや荒い。

 

「まあ、明日は酷い筋肉痛に悩むだろうがね」

 

「先生……」

 

「僕のケガの事は()()()()()()()()()()、フェイト君。

 いま一番重要なのは、ヤツのことなんじゃあないか?」

 

 ジロリと睨むと執務官候補生は言葉を詰める。

 

「うぅ」

 

 少女が職務中であるという状況を強調し、視点の切り替えを促した。

 

「チラリとでもヤツの姿を確認できたか?」

 

「……あの状況でしたから、はっきりとは確認できませんでしたけど──バルディッシュ?」

 

 フェイトは優秀な愛機に確認をとる。

 

《少なくとも物陰から物陰へと移動する動体反応は、あの瞬間において検知されませんでした。

 マスターとミスター露伴を攻撃した位置からは未だに動いていないものと推測されます。

 ただ問題は──》

 

 バルディッシュが言い淀んだ続きを、黒いデバイスのマスターが引き継いだ。

 

「彼が完全に身を隠せるほどの大きさの遮蔽物が見当たらない」

 

《……Yes,sir》

 

 そんな主従の会話を聞いていた露伴は「なるほど」と一人ごちる。

 

「だとすれば僕の仮説を検証する必要があるな」

 

「仮説?」

 

「上手くいけば一石二鳥な検証なんだが……

 フェイト君、たしか君の魔法はビカビカとやたら光ってたよな?」

 

 漫画家から寄せられた確認に、もっと他に言い方はなかったのだろうかとフェイトは思わずにはいられなかった。

 

 

◼️09◼️

 

 

 備入は2度目の攻撃以降は息を潜めていた。

 

 先程まではベラベラとまくしたてていたが、やや冷静さを取り戻してからは「あれは我ながら興奮しすぎた」と反省してる。

 せっかくこちらの位置を気取られずにいるのだから(反響させているとはいえ)わざわざ声を上げ続けて位置を特定されても困るのだ。

 

 ただでさえ、スタンド能力だか何だかよく分からないバリアに閉じ込められているのだから尚更だろう。

 

(そう、この訳の分からねェバリアから脱出するには、あの2人を倒さなくちゃならねェんだよな)

 

 彼自身、自分が繰り出した攻撃が『攻撃力』という点で決定打に欠けることは承知している。

 己のスタンド『スマッシング・パンプキン』で直接攻撃すれば話は別なのだろうが、それは本体である自分を敵の前にさらけ出すことを意味するのだ。

 

(……本体である俺自身は、いたって普通の人間だ。

 格闘技の経験があるわけでも、特に体を鍛えてるワケでもねェ。

 そんな俺が、あんなおっかない『武器』にしてるガキと戦えるはずがねェ)

 

 本物であれ武器型のスタンドであれ──本体が使いこなせなければ、あんな形状の武器を取り出したりはしないだろう。

 接近戦になれば確実に負ける。

 

(情けねェ話だが、そこは自信を持って断言できるぜ)

 

 だからこそ備入は大質量による連続奇襲攻撃で、変な組み合わせの2人を削り殺そうと画策していた。

 こと戦闘においては決定力に欠ける能力であるため、本来なら時間をかけてジワジワと削っていくところだが……今回はそうもいかない。

 

 ゲストとして招かれた2人の戻りが遅ければ、確認をしに警備員が来るかもしれない。破壊された展示品を見られたら警察を呼ばれるかもしれない。

 バリアに阻まれたまま包囲されてしまうかもしれない。

 そうなったとしても、逃げられる自信はある。

 しかし大怪盗として華々しくデビューする予定だった初仕事を、そんな不様な形で台無しにしたくはない。

 

(となると、この展示エリアごと破壊するつもりで一気にカタをつける必要があるな)

 

 初仕事は非破壊のままスマートに終わらせたかったが、仕方がない。

 次回からスマートにやればいいさと、気持ちを入れ換えた備入が行動に移そうとした──その矢先。

 

 閃光が(ほとばし)る。

 

 細くて鋭利な光の砲弾が、放電を伴いながら薄暗い展示エリアの空間を一直線に駆け抜けたのだ。

 位置的に目撃することはできなかったが、そのまま壁に……いや、バリアに衝突したらしい音も耳に届いた。

 備入が身を隠している場所からは遠く離れた、更には高い位置を飛んでいったようなので、彼を直接狙ったものではないのは明らかである。

 それは相手が未だに彼の居場所を掴めておらず、牽制も兼ねて適当な場所を攻撃したという証左でもあろう。

 

 だが問題はそこではない。

 

(向こうも派手な飛び道具持ってるじゃねえか!)

 

 パッと見た印象だとコチラは投石器で、アチラは戦車砲といった性能差がありそうだった。

 そんなことを考えている間にも、更に一条二条と雷光の砲弾が次々と撃ち込まれていく。そして響くバリアへの衝突音。その都度、パッと明るくなる。

 今のところ放たれる方向もバラバラで至近弾は無いが、一気に畳み掛けようとした備入の気勢が削がれる形となった。

 

 だが備入の心に焦りはない。

 

(展示品を壊したくないのか、遮蔽物には直撃させてこねェな。

 おおかた『見た目が派手な威嚇』で俺を動揺させ、迂闊に動くよう誘導するのが目的だろ)

 

 その動きを察知して位置を割り出す腹積もりだと、備入は露伴たちの作戦を読む。

 

 光弾、衝突、閃光。

 

(残念だったな、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 スマッシング・パンプキンを握る手に力を込めつつ、口許には嘲りが浮かぶ。

 

 光弾、衝突、閃光。

 

(逆に派手な威嚇を囮にしてやる。

 そんで敢えて接近して奇襲する……奇襲して一気に押し潰すしか勝ち目はねェッ!)

 

 勝利へのビジョンに見通しを立てた備入は、ふと自分の周囲の光度が上がっていることに気付いた。

 

 シュルシュルと、音が聞こえる。

 上方から聞こえてくる。

 

 音の方向に視線を向けると、例の光弾が幾つも空中に静止していた。

 頭上から半包囲する形で──その切っ先をドリルのように回転させながら──全て彼が隠れている遮蔽物へと向けている。

 

(いっ、いつの間に……ッ!!

 これはあのガキのスタンド…… いや、それよりも……なんで俺の位置が……ッ!?)

 

 そこまで考えていた備入の視界に、その疑問に対する解答となる『光景』が写り込む。

 

 光と雷を放つ何発もの砲弾が『光源』となり、長く延びた影が壁に揺らめいていた。

『遮蔽物に隠れる人型の影』が。

 備入自身の影が。

 

(しッ、しまった……! この派手な弾は威嚇のためじゃあねェッ!

 様々な角度から影を作り、その中から『人の形をした影』を探すためかッ!)

 

 慌てて逃げようとするも遅かった。

 瞬間的に高速回転を始めた光弾──フェイトが最も得意とする方向転換機能付き射撃魔法『プラズマランサー』──が、一斉に『影』の(ぬし)へと殺到する。

 着弾した光の短槍群が遮蔽物や床板を粉々に砕き、同時に備入の身体にも次々と命中した。

 

「うげぇあああァーーーッ!!」

 

 非殺傷設定で威力が抑えられていたとはいえ、命中時の衝撃と付随効果となる『感電』のダメージは、一瞬でも意識を飛ばすには十分であり、反動で爆心地から大きく吹き飛ばされるほど強烈であった。

 

 再びその姿を視認することができたフェイトは驚愕する。

 

 破壊されて投げ出される形となった備入の身体は、

 ()()()3()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◼️10◼️

 

 

「小人族!?」

 

「……いや、なるほど。そういうスタンド能力か」

 

 転がり出てきた『小さな男性』を見て種族的(ファンタジー)な視点で驚くフェイトに対し、露伴は能力的(リアル)なものとして把握する。

 

 小さい肉体(ボディ)で一斉攻撃を受けたためだろう、雷属性の魔力弾によって服の所々が焦げて破損し、文字通りズタボロの状態で床に横たわる自称『怪盗』を観察するように眺めながら露伴は推測を並べていく。

 

「つまりヤツのスタンド能力──『スマッシング・パンプキン』といったかな?

 まあ要するに、あのスタンドで叩いた物体を『大きくする』のではなく『サイズを変える』んじゃあないかな」

 

 クジラの骨格標本が消えたように見えたのは、一瞬で持ち運び可能なサイズに『縮めた』からだろう。

 更には自身のサイズも小さくし、カメラの死角を突きながら物陰から物陰へと移動することで監視網に引っ掛からないようにしていたのだ。

 

「標本を盗む直前に姿を晒したのは、怪盗としての演出だろう?

 やたら(こだわ)っていたしな」

 

 小馬鹿にするような再確認。

 こういう所さえなければ尊敬できる大人なのだけれど、とフェイトは綺麗な眉を八の字にする。

 

 その挑発に乗ったわけではないのだろうが、ボロボロの備入が震える両手で支えながら立ち上がった。

 効果が切れたのか、元の身長へと戻りながら。

 

「チックショウがァァァ~~~、ナメてンじゃねェぞビチグソ共がァァァ~~~ッ」

 

 怨嗟の混じる罵倒の声。

 それでも感電のショックと魔力弾による衝撃は抜けきれておらず、ハァーッハァーッと呼吸は荒く、顔にも大量の汗が浮かび(したた)り落ちている。

 

「俺はッ 俺は夢を叶えて『天国』へ行くんだッ!

 約束された『天国』へッ! 誰にもッ! 邪魔はさせねェッ!!」

 

 肺の奥から──いや、汚れた魂から(しぼ)り取るように、備入の口から『願望』が吐き出される。

 

(『天国』だって?)

 

 妙な言い回しに露伴は違和感を覚える。しかし相手が立ち上がってきた以上、意識をそちらへと集中させる。

 

「無駄な抵抗はするんじゃあない。

 この距離なら破片を叩いて飛ばすより、僕のスタンド能力を叩き込む方が速い。

 つまり僕達の『勝利』ってヤツだ」

 

 露伴も立ち上がり、見せつけるようにポーズを取りながら二重に宣告する。

 

「うるせェェーーーッッッ!!

 俺の『天国』行きを邪魔するンじゃあねェーーーッ!!」

 

 甲高い絶叫。

 その音と共に備入が突進してくる。

 それを確認した露伴は軽い溜め息を()くと『ヘブンズ・ドアー』を出しながら歩を進めた。

 

 あと少しで備入の身体が『ヘブンズ・ドアー』の射程距離に入ろうかというタイミングで。

 

「テメェのスタンドが何だろうとッ そのガキのスタンドが攻撃してこようとッ!」

 

 右手に握りしめていた自身のスタンド──『スマッシング・パンプキン』を大きく振りかぶると、そのままアンダースロー気味に床へと叩きつけた。

 人造大理石の床板が(えぐ)られるように砕け散って備入よりも前方に飛ぶ。

 

「防御しながらテメェらを圧し潰すッ!」

 

 瞬間、飛来する破片全てが数メートルもの大きさへと『拡大』され、突進する備入の姿を覆い隠す。

 さながら無数の巨大な盾が……いや城壁が津波のように押し寄せてくるかのようだ。

 備入は更に『拡大』させるべく、再びカボチャ頭の戦槌を振りかぶる。

 

 しかし、そんなものが目前まで迫っているというのに露伴は冷静だった。

 

「やれやれ。

 僕は忠告したぞ。『無駄な抵抗』だってな」 

 

 フェイトも冷静にバルディッシュを構える。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『天国』へ行きたいだって?

 なら既に案内しているさ、僕の『天国の扉(ヘブンズ・ドアー)』がな」

 

 露伴の呟きは備入の耳には届かない。

 だが目の前に展開されている人造大理石の城壁に『本来ならあり得ないもの』が存在していた。

 

『絵』だ。

 赤い染料──更に観察すれば露伴の血液だと判っただろう──で描かれた『絵』が、瓦礫に──床板に描かれていた。

 大鎌を構えたツインテールの天使、そんな『絵』が。

 

「突進してきた瞬間、ドリッピング画法で床に描き込んでおいた」

 

 やはり露伴の言葉は届かない。

 代わりに『絵』が視界に飛び込んできた途端、備入の顔面が「バッサァァーーッ!」と本のように『開いた』。

 同時に備入の身体から自由が奪われる。

 振り上げた腕も動かない。振り下ろせない。

 

 備入は知る由もないが……

『露伴が描いた絵を見せることで相手を《本》にする』

 これは露伴が『ヘブンズ・ドアー』を身に付けた初期の頃に使っていた能力である。

 

(こッ、これがヤツのスタンド能力かッ!?

 だが関係ねェ! このまま突っ込めば二人とも潰せるッ!)

 

 動きを封じられたことに一瞬だけ焦燥感を味わう備入だが、このまま慣性の法則に従えば勝てると踏んだ。

 露伴からの攻撃には驚いたが、無駄な足掻きだと切って捨てる。

 

 彼の誤算は、フェイトという少女も自分と同じ『スタンド使い』だと思い込んでいたことだろう。

 

「《ザンバーフォーム》……!」

 

 結界内に黄金(こがね)色の放電が(ほとばし)る。

 猛襲する瓦礫の波の向こう、露伴の背後でバルディッシュをザンバーフォームへと移行させたフェイトが上段に構え終わっていた。

 

(プラズマランサーを撃ち込む前に、露伴先生が立てた作戦通りだ……!

 降伏勧告(ちょうはつ)したら周囲の被害を考慮せずに──『怪盗』のスマートさを捨ててまで大雑把な攻撃をして来た!)

 

 怪盗デビューの標的として、逆恨みのように自分の職場を選ぶ短絡さ。

 結果の派手さを重視して、クジラの骨格標本を標的にする幼稚さ。

 わざわざ監視カメラに盗む瞬間を見せる自己顕示欲。

 逃げる前に職場での体裁を整えたかったのか、逃亡の時期を遅らせる判断の甘さ。

 

「やることが中途半端なんだよ」とは露伴の総評である。

 

 全てにおいて半端な仕事をするヤツは、最後にプライドすら捨てて大雑把な行動に出て自滅する。

 漫画家業界でも言えることさ、と彼は断じた。

 

 その大雑把な隙を、フェイトも光の刃で断ずるのだ。

 

「雷光一閃ッ! 《プラズマザンバー》ッ!!」

 

《Plasma Zamber》

 

 主従の声が重なり合い、振り下ろした光剣から(まばゆ)い雷刃が閃いた。

 その斬閃は露伴の真横を(まさ)しく(いかずち)の速さで走り抜け、目前まで迫っていた攻防一体の城壁津波に襲い掛かる。

 いや、襲い掛かるという表現は正しくない。

 鎧袖一触。

 元の素材が人造大理石でしかない瓦礫など、非殺傷設定で威力が抑えられているとはいえ、ほんの僅かな妨げにもなり得ない。

 瞬時に城壁は文字通り斬り崩され、そのすぐ裏で行動不能に陥っていた備入へと光刃は到達した。

 

(体が動かねェから防御できな……ッ!?)

 

 備入が脳内で言語化できたのはそこまでだった。

 プラズマランサーの一斉攻撃とは比べ物にならない衝撃が全身を打ち付け、内臓と脳を激しく揺さぶり、骨と筋肉を著しく軋ませ、最後に膨大な魔力ダメージが意識を直接刈り取る。

 

 雷刃による迎撃を免れた他の巨大な飛礫は、漫画家と魔法少女に激突することなく──その代わりに他の展示物を押し潰したが──着弾していく。

 

 意識を失った備入は、それらと反対方向へと吹き飛ばされ……結界の障壁へ激突した。

 そこから更に床へと落下し、既に気絶していた怪盗から「ぐぶええっ」というカエルを踏み潰したような短い哀れな悲鳴が響く。

 

「……あれじゃあ非殺傷設定も意味無いんじゃあないかな、フェイト君」

 

 何本か骨をやっちまってるだろと、露伴は遠くを展望するように右手を水平にかざしながら、やや引き気味にのべた。

 

「あ、あわわわっ!」

 

 最後の一手を任され、ちょっと気合が入りすぎてしまったと慌てふためく魔法少女な執務官候補生であった。

 

 

 




スタンド名『スマッシング・パンプキン』

本体『備入 公巌(びいり きみよし)』

破壊力  :C
スピード :C
射程距離 :D
持続力  :A
精密動作性:C
成長性  :C

ジャック・オ・ランタンの頭部を模した戦槌(メイス)の形状をしたスタンド。
カボチャ部分より下の部分には何本もの棘が意匠されている。
柄の部分はシンプルなデザイン。

直接殴打して攻撃も可能だが、スタンド自体の攻撃力と本体の非力さも相まって決定打にはなりにくい。

このスタンドで叩いた物体のサイズを自由自在に変えられる。
(最小で30センチメートル。拡大する場合、複数回叩きさえすれば最大値に際限はない)
これを利用し、叩いた瓦礫を投げつつ拡大させて質量攻撃することも可能。
ただし投擲速度は本人の技量に依存するので、拡大率によっては威力不足に陥ることもある。
持続時間は1週間ほどで、効果の解除も自由。

生物に対してもサイズ変更の効果は及ぶのだか、持続時間は無生物の場合より極端に短くなる。
元々「他人から宝や財産を奪い取りたい」という意識が反映された能力なので、それが起因しているものと思われる。

露伴たちをブン殴って小さくすれば良かったのかもしれないが、本人が接近戦を苦手としているので手段として選ばなかったようだ。

『グー・グー・ドールズ』や『リトルフィート』と比較すると使いづらい印象はあるが、サイズを拡大する意味では汎用性が高いといえる。

例えば小さな砂金や宝石を大きくして換金すれば楽にカネを稼げたはずなのだが、そこまで本体に柔軟な思考力が備わってなかった。

頭の良い相棒がいれば、また違った能力の使い方もできたのだろうが……


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第2話「怪盗を捕まえよう⑥」

 
第2話のラストとなります。



 

◼️11◼️

 

「しかし、まさか本当に事件を解決するとは……」

 

 溜め息混じりに想定外だったと呟くクロノを前に据えた露伴は「フンッ」と鼻を鳴らして不満を(あらわ)にした。

 

「オイオイオイオイ、言ってくれるじゃあないか。

 事件の情報を僕に与えたのはキミだろう。

 なら解決()()()のは『当たり前』だし、執務官サマの負担を減らした僕やフェイト君に、ひとつ(ねぎら)いの言葉くらいあっても良いと思うんだがなァ~~~?」

 

 好奇心と興味に手足が生えて漫画家をやってるような存在が岸辺露伴という男である。下手に放置しておくと何処で何を嗅ぎ回るかをわかったものではない。

 そこで適度に大人しくさせるべく与えた『窃盗事件(エサ)』を、たった数日で解決される(食い尽くす)など考えもしなかったのだ。

 

 ただまあ、事件の解決には違いないので感謝の念はある。

 実際、喉元までは出掛かってはいたのだ。

 露伴のドヤ顔を見るまでは。

 

「(なんて人をイラつかせるドヤ顔なんだ……!)」

 

 大人が一回り年下の少年に見せていいドヤ顔ではない。

 露伴の背後では申し訳なさそうに縮こまる義妹──フェイトの姿があるため、感謝の言葉の代わりに飛び出しそうになった「誰が言うか!」の言葉を何とか飲み込む。

 

「……その点については確かにお手柄だ。

 先生も、フェイトも、良くやってくれた。

 感謝する」

 

 クロノは事件を解決へと導いた2人に謝辞を述べると共に、浅くではあるが頭を下げる。

 フェイトに関しては後で頭を撫でてやろうと考えながら。

 彼女が義理の妹になってから(しばら)く経つが、プライベートでは兄バカな部分のある時空管理局執務官であった。

 

「それでクロノ、盗んだクジラの骨格標本は見付かったの?」

 

 義兄の手助けができた上に褒められたのが嬉しかったのか、やや弾んだ声で話題を切り替える。

 一応、まだ職務中なのだ。

 

 アースラ所属の職員達が気絶した備入に応急処置を施した上で拘束し、連行(転送)していくのを横目に収めながら「ああ」と首肯する。

 

「ここの更衣室に置かれていた、彼のロッカーの中から発見されたよ。

 約30センチほどに縮められた上で、段ボールに入っていた」

 

 気絶したことで能力が即座に解除され、ロッカーの中で元の大きさに戻らなくて良かった──クロノは何度目かになる溜め息を深く吐き出した。

 それには同意するがね、と露伴は片方の眉を吊り上げる。

 

「終わってみれば()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 そんなに溜め息を()かなくってもいいじゃあないか」

 

 グルリと周囲を見渡しながら露伴は不満を口にする。

 

 そう。

 逃走防止のためにフェイトが張ったエリアタイプの封時結界により、破壊された床や展示物なども解除後には元に戻って──というよりも通常空間と結界内の空間は『別物』として扱われるので、結界を解除してしまえば『元から破壊されていない』状態となって──いる。

 盗まれた骨格標本も発見され、博物館にとっては「身内から犯罪者が出た」という醜聞が生じた以外の物理的な損失は出ていないのだ。

 

「博物館に被害が出なかったのは幸いなんだが」

 

 一旦、視線を床へ落とし──フェイトへ移し、すぐに露伴の目線と絡ませる。

 

()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……、何だって?」

 

 クロノが発した『問題』について上手く消化できなかった露伴は、一拍を置いてから(ようや)く聞き返せた。

 

 露伴がクロノの指摘にピンと来なかったのには理由がある。

 露伴にとって、こうした超常的なトラブルの殆どは『スタンド』絡みだった。

 なので彼としては「事件にスタンド使いが関わっていること」は当たり前であり、寧ろ「()()()()()()()()()()()()()()()()()」という先入観からくるものだったのである。

 

 そうした理由もあってイマイチ理解できていない様子の漫画家に、執務官は真剣な眼差しを向けつつ説明を続けた。

 

「ここ最近の海鳴市では、これまで観測されたことのない奇妙な事件が、立て続けに何件も発生している。

 なのは達が魔術師として覚醒した『魔法絡み』の事件とは様相が異なる、明らかに別種の事件が……だ」

 

「今回の事件も?」

 

 執務官候補生の質問に、直属の上司は「ああ」と頷く。

 

「いいか? これまで1度も『スタンド使い』なんて存在を管理局は把握してなかった。

 それが露伴先生──『スタンド使い』である貴方が海鳴市に訪れた途端に、同じ『スタンド使い』による事件が発覚した。

 他の事件も()()である可能性が高い」

 

 ここまで聞かされれば、さすがの露伴もクロノの言いたいことが理解できた。

 

「いやいやいや、いやいやいやいやいや。

 ちょっと待ってくれよクロノ。まさかキミは僕が事件の裏で糸を引いている、なんて思ったりしてるんじゃあないだろうな?」

 

「えっ! ク、クロノ!?」

 

 頬に手を添えながら首を傾け「とんだ誤解だぜ」と遺憾の意を表明する露伴に追随する形で、フェイトも抗議の意を込めた視線を義兄に送ってくる。

 

 クロノは「確かに能力的にも発生したタイミング的にもそうなんたが」と前置きした上で、

 

「露伴先生の人となりは理解してるつもりだよ。

 性格は本っ当に難ありで『善人』ではないが──決して『悪人』ではない。

 むしろ『良い人』だと思う。

 ……黒幕になれるような人間じゃあない」

 

「多少気になる表現はあったが、まあいいだろう」

 

 悪い気はしないし、露伴は自身を「心の広い大人」だと自負しているので、そこは黙ってスルーしてやることにした。

 義兄の言を聞いていたフェイトも胸を撫で下ろしている。

 

「だが、タイミング的に『単なる偶然』と片付けるには疑問が幾つか残る」

 

 そもそも、とクロノは人差し指を立てて指摘する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()?」

 

「!」

 

 露伴もクロノ達にスタンドというものを説明する際、スタンド使いとして目覚める原因についても言及していた。

 杜王町で起きた事件に端を発しているため詳細は省いたが、スタンド使いになるためには「生まれつきなどの先天的なもの」と「外因による後天的なもの」があると。

 

 露伴とはソリが合わない変な髪型の男子高校生などは前者で、露伴や一番の親友だと思っている少年などは後者だ。

 

「事件を起こしたタイミングや過去の経歴から、彼は先天的に『スタンド使い』だったわけではないのだろう」

 

「となると、後天的……外部からのアプローチで……」

 

「なるほど──そこで『弓と矢』か」

 

 兄妹の言葉を引き継ぎ、露伴が結論を口にした。

 それをクロノは「そうだ」と肯定する。

 

「露伴先生が言っていたスタンド能力を引き出す道具、つまり『弓と矢』のような物を使って、何者かが『スタンド使い』を覚醒させている可能性が高い。

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 フェイトが息を呑む。

 露伴も眉間に深いシワを寄せていた。

 

 得体の知れない何者かの足音が聞こえた気がして。

 

「露伴先生、貴方はこうも説明していたな──」

 

 

 ──スタンド使いは、スタンド使いと引かれ合う。

 

 

「!!」

 

 杜王町で身をもって散々味わった教訓を、露伴は一瞬の戦慄という形で思い出した。

 

「海鳴市で『何か』が起きているのは間違いない」

 

 念を押すようにクロノは繰り返した。

 

「となれば、露伴先生には今以上に協力をお願いすることになるかもしれない。

 非常に遺憾ではあるのだが。物凄く遺憾ではあるのだが」

 

 ……念を押すようにクロノは繰り返した。

 

 だが、そんな執務官が内心で抱える忸怩たる葛藤など知ったことではないとばかりに、露伴の表情は一転して喜色にまみれる。

 

「そうかそうか!

 いやあ! そんな風に頼られちゃあ、僕も無下にはできないなあ!

 当然ッ、協力の見返りとして、今以上に管理局やなのは君達について取材をさせてもらえるよな~~~!?

 ああ、楽しみだなあ! やる気がムンムンと湧いてくるぞッ!」

 

 などとイラッとくる絡み方でクロノの肩に(嬉しさのあまり)気安く手を回し、バンバンと強く叩いた。

 そうかと思うと、パッと離れて「こうしちゃあいられないッ いろいろと画材を揃えないとなあ! フェイト君、何処か良い画材店を知らないかい?」とはしゃぎつつ、フェイトを連れて足早に展示スペースから出ていってしまう。

 

 先程までのシリアスな雰囲気は何だったのか。

 クロノだけではなく、現場を調べていたアースラのスタッフ達も、茫然と見送るしかなかった。

 

「(あの人に頼るという判断は早計だったかもしれないな……)」

 

 本日で何度目となるのか分からない、重く深く長い溜め息を吐き出す。

 

 心なしか、飾られている魚類の展示物達から同情と憐憫の視線が向けられたような気がしたクロノであった。

 

 

 

←ーーTo Be Continued

 




スマッシング・パンプキンズ(The Smashing Pumpkins)

90年代のオルタナティブ・ロックを代表するアメリカのロックバンド。
基本的にロックなのだが、グランジやドリームポップなど楽曲によって扱うジャンルは多岐にわたる。

スタンド使いとして登場した「備入公巌」の名前は、バンドの中心メンバーである「ビリー・コーガン」から。
 
 


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第3話「エブリタイム・アイ・ダイ①」

納得がいかなくて書き直していたら、こんなにも時間が空いてしまいました。
本当に申し訳ありません。

その代わり、はやてちゃんが出ます。
シャマルも出ます。
本当はザフィーラを大活躍させてあげたかったんですが、プロット的にシャマル優先となりました。
全国一億人のザフィーラマニアの皆さん、申し訳ありませんでした。
 
 



 

◼️01◼️

 

「うん、相変わらず翠屋(ここ)のケーキとコーヒーは美味いな」

 

 本来、岸辺露伴という漫画家は紅茶派である。

 

 どこぞの同盟軍の提督のように「コーヒーなんて泥水を(すす)るヤツの気が知れないね」と公言して(はばか)らなかったのだが、取材旅行で訪れた海鳴市にある翠屋という(喫茶店と洋菓子店を兼ねた)店が出すコーヒーと出会ってからというもの「コーヒーこそ至高の黒だ」と絶賛するまでになった。

 

 ただし、あくまで『翠屋のコービー』に限った話であるが。

 

 もしかしたら世にあるコーヒーというのは、全般的に美味いものなのかもしれない。

 そう考えた露伴が宿泊している高級ホテルのルームサービスでコーヒーを注文してみたところ、多大な不快感と引き換えに「翠屋のコーヒーは別格だったのだ」という(文字通り『苦い』思いをして)結論を得るに至った。

 

 以来、翠屋で軽食を摂るときはコーヒーを。

 それ以外の場所で食事をする際は紅茶を飲んでいる。

 

「杜王町に戻ったら翠屋のコーヒーを飲めなくなるのは残念だから、月イチで飲みに来ようかなあ」

 

 とまで言い始める始末だ。

 露伴の親友である(と、彼自身は信じて疑わない)翠屋の末娘が暗黒微笑を浮かべながら「まいどありなの」と言っている姿が目に浮かぶ。

 

 実は「ここまで美味いのには何か特別な秘密があるのでは?」と疑問を感じた露伴が、出されたコーヒーを自身の能力(スタンド)『ヘブンズ・ドアー』で調べたことがある。

 中毒性のある素材が使われていたり、知人が持つスタンド『パールジャム』のような能力によるものではないか、と。

 

 結果は(当然ながら)シロ。

 

 疑う余地もなく、翠屋店主である高町士郎が編み出した純然たる『技術』による『美味さ』だったのである。

 一杯のコーヒーに凝縮して注ぐ『個の人間』が修めた努力と研鑽と叡知の結晶。

 その崇高で芳醇な味わいに、露伴は敬意を込めて称賛するのだ。

 

 こうして露伴の心安らぐスイーツタイムは流れていくのだが──

 

「ホンマやねえ。

 いつ食べても翠屋のケーキとコーヒーは美味しいなあ」

 

 今日は珍しく相席している者達がいた。

 なのはとフェイトの親友、時空管理局特別捜査官・八神はやてである。

 露伴が陣取っているカフェテリアのテーブルに向かい合う形で同席し、ケーキと紅茶オレに舌鼓を打っている。

 はやての隣(と同時に露伴の隣でもあるのだが)に座っているヴォルケンリッターの1人シャマルは、そんな主人の様子をニコニコと眺めながらコーヒーだけを口にしていた。

 

 勿論、露伴は相席を許諾した記憶はない。

 

「……とても親切な僕が『眼科に行って視力検査をする手間』ってヤツを省いてやるが……周りには幾らでも空いてる席があるんだぜ」

 

 露伴にとって癒される食事というのは、独りで静かに落ち着いて臨む空間と時間を指す。

(自分から独り言を(まく)し立てるのは除外される)

 そして食後は購入した画集や書籍などを、じっくりゆっくりと堪能するのだ。

 そうした一連の流れを完成させて、初めて「癒されるなァ~~~」と思えるのである。

 だというのに、この小さな捜査官ときたら。

 

「ええやないですか。

 食事は(みんな)で摂った方が美味しいですもん」

 

 と、妙に重みと説得力のある一家言(いっかげん)を放つものだから、露伴も強く拒絶することもできない。

 どこぞの変な髪型をした不良コンビみたく『食事中にバカ騒ぎするタイプ』でもないので、露伴の憩いの場を露骨に荒らすというようなこともない。

 

「それに、せっかく露伴先生に会えたんやし」

 

 今こうして此処にいること自体が自身の幸せであるかのように、はやては華やかな笑顔でケーキをパクリと頬張る。

 

「(……まあ、いいか……)」

 

 テーブルに肘を乗せ、頬杖を付きながら露伴は諦めの溜め息を吐き出した。

 自分の時間を邪魔さえしなければ、この(とろ)けきった幸せ顔を率先して崩してやることもないのだ。

 

「(それ以外にも理由はあるんやけどな)」

 

 そんな妥協を目の前の漫画家がしていると知ってか知らずか、はやてはユルユルの笑顔の裏で今回の『事情』を思い浮かべていた。

 

 

◼️02◼️

 

 

「露伴先生の監視?」

 

 次元航行艦アースラの艦橋に、訝しみ過ぎたあまり語尾が半音高くなったはやての声が響く。

 この手の唐突な騒がしさはアースラスタッフにとって日常茶飯事なのか、一瞥はするものの「やれやれ」と慣れた感じで流して通常業務をこなしている。

 

 それを「冷静に対処できている」と良い方に捉えるべきか「状況に慣らされ過ぎている」と危機感を覚えるべきなのか、アースラの通信主任兼執務官補佐であるエイミィは判断に迷ってしまう。

 ただ今回の発端となったのが現アースラ艦長であるクロノであるため、スタッフへ対応の非を唱えるのは筋違いだと早々に結論付け、視線を騒動の中心へと戻した。

 

 エイミィも含め、こういう所がアースラチームが他の時空管理局部隊と違って「ユルい」と言われる所以(ゆえん)なのだろう。

(それでいて事件解決率が飛び抜けて高いのだから、反感を抱いている者達もソコを責めるに責められないでいる)

 

「事件の解決に協力してくれとる露伴先生を監視っちゅうのは、いったい全体どういうことや。

 なのはちゃんの命を助けてくれたし、フェイトちゃんを庇ってケガまでしはったんを忘れとるわけやないやろ?」

 

 今度は語尾が引っくり返らないよう、ゆっくりと一語一語を確かめるように幼い特別捜査官は発言する。

 語調は穏やかだが、言外に「この恩知らず!」と批判しているようなものだった。

 

「監視は監視なんだが……盗聴や盗撮とか、そういう話じゃあなくてだな」

 

 注がれるジト目の視線から逃れるように、そっと目をそらしつつクロノは歯切れ悪く言葉を濁す。

 ここに至って、ようやくエイミィが助け船を出した。

 

「露伴先生が、時空管理局絡み(こちら)の事件に巻き込まれないようにするための『監視』だよ」

 

「……当初は問題がない範囲で情報を彼に与え……好奇心を適度に満たすことで、深く関与させない──こちらで取扱中の事件に首を突っ込ませまいとしていたんだ」

 

 クロノは深い、深い溜め息を吐き出した。

 

「念のためにフェイトちゃんにフォローを頼んでたんだけど……」

 

「優先度が低めな事件の情報を与えただけだというのに、あの有様(ありさま)だ」

 

 オマケにスタンド使いを量産させているらしい人物の存在まで浮かび上がる始末だ──そう(こぼ)しながら、クロノは無意識に手を胃の辺りへと持っていく。

 

 その挙動から、はやては艦長兼執務官でもある友人が抱えるストレスの大きさを察してしまう。

 ジト目から同情へと視線のチャンネルが切り替わる。

 

「以降も『問題のない範囲』で彼の興味を引きそうな情報は渡すけど、そこからいつ私達が抱えている最優先案件に巻き込まれ……ううん、首を突っ込んでくるか分からない」

 

「だから『監視』が必要なんだ」

 

 ああ成程と、はやては納得する。

 クロノ達が抱えている事件の捜査に、露伴が関係しないよう彼の行動を監視しつつコントロールしなければならないのだ。

 

「露伴先生のスタンド能力に手伝ってもらえば、事件も最短ルートで解決しそうなんやけどな」

 

「……流石に、こちらから管理外世界の民間人を()()()()()()()へ巻き込むわけにはいかない」

 

「……せやな」

 

 ミッドチルダに置かれた捜査本部だけではなく、クロノ達も捜査に関わっている事件。

 特別捜査官であるはやて自身は捜査チームに参加していないが、概要だけは把握していた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……やったよな」

 

 少女の声に堅さが響く。

 

「ああ。犯人が他の次元世界へ逃亡した痕跡があるらしく、管理外世界……『地球』を担当している僕らにも本部から警戒が促されてる状態だ」

 

「もっともコッチに情報が入ってきたのは、逃亡した後のタイミングだったからねえ……

 既に地球へ逃げ込まれてたら、捜索するのに苦労するよ……」

 

 アマゾンの奥地とかに潜伏されてたらどうしよう……と、今度はエイミィまでもが無意識に胃の付近へと手を伸ばす。

 

「露伴先生から話を伺った限り、とにかく彼はトラブルに巻き込まれやすいみたいだからな」

 

「そういう事なら了解や。

 なのはちゃんやフェイトちゃんの恩人を助ける意味での監視やったら、わたしも協力するで」

 

 はやては「どーん」と胸を叩いて任務を引き受ける。

 艦長と通信主任は胃の辺りを手で押さえたまま、肩から力を抜いて息を吐き出すのだった。

 

◼️03◼️

 

「(まあ、わたしらも仕事があるから毎日付きっきり……ちゅうわけにもいかんのやけどな)」

 

 なので相談した上、フェイトやなのはと交代でローテーションを組んで『岸辺露伴の監視任務』に当たることとなっている。

 

「どうした?」

 

 ケーキを食べる手が止まっているのを露伴が見咎めたのを「なんでもあらへんよ~」と適当に誤魔化す。

 

「本当かい?

 そんな返答をする場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 凡百ある漫画でよくある展開だろ?と、天才漫画家は発動しなくてもいいタイミングで鋭い勘を閃かせた。

 

「ま、まあ、考え事しとってな」

 

「そ、そうそう。はやてちゃんも色々と事件が立て込んでるので……」

 

 事情を主から説明されて知っているシャマルが、何とか場を誤魔化そうと援護射撃をしようとして──あからさまに失敗する。

 主であるはやてが「あ、そのワードはアカン」と念話を送るよりも早く、漫画家の眼がギラついた。

 

「事件だって?」

 

「あああ~」

 

《あわ、あわわわっ、はやてちゃんゴメンなさあああいっ!!》

 

 思わず頭を抱えて俯いてしまった『夜天の書』の(マスター)に、シャマルは念話で謝罪を絶叫するものの、全ては後の祭である。

 

「……しゃあないなあ……」

 

 流石に時空管理局捜査官が殺害された事件の事を説明するわけにはいかないので、現在はやてが扱っている事件の概要だけ伝えようと決断する。

 とりあえず彼の興味を十分に引きそうな『深刻だが不思議な事件』ではあるのだ。

 

 はやてが口を開こうとした瞬間、シャマルが尖った声で主の名を呼ぶ。

 

「はやてちゃん」

 

 それは警戒を(にじ)ませた声。

 それと同時に露伴達が座るテーブルに、ひとつの人影が射し込んだ。

 露伴が視線を斜め上へ──影の持ち主へと向けると、そこにはいつの間に接近していたのか、1人の男性が立っていた。

 覇気のない、疲れ果てた表情を隠そうともしない……というより隠す気力もない感じの中年男性である。

 サラリーマンだろうか。

 全体的に草臥(くたび)れたスーツとネクタイ姿だが、手ぶらである。

 そんな人物が3人を、ぼんやりと見下ろしていた。

 

「……何か用か?」

 

 大人として、露伴が『場の主導権』を握ろうと声をかける。いつでもスタンドを出せるよう用心しながら。

 もちろん、はやてやシャマルも瞬時に距離をとれるよう、椅子の上でそれとなく身構える。

 

「……れ」

 

 僅かに男の口が開く。

 そこから(かす)かに漏れ聞こえる声を、露伴達は聞き取ることができなかった。

 

「何だって? 全然、聞き取れないぞ」

 

「た……れ」

 

 再び男の唇が震えたが、やはり聞き取り辛い。

 敵意は感じられない。

 はやてとシャマルは顔を見合わせ困惑する一方、若干イラついた露伴はダイヤル式の電話機を操作するジェスチャーをしながら再び問い直した。

 

「ノックしてもしもぉ~し?

 僕の言ったことが届いてるかァ?

 全然ッ、まったくッ、聞こえないんだよッ!」

 

 はやてから事件の説明を受けるのを横から邪魔されたというムカつきもあるのだろう。露伴の問い掛けは、ほとんど挑発や煽りに近かった。

 しかしそれでもテーブルに影を落とし続ける男は、怒るでも感情を動かすでもなく、ただ露伴に視線を移しただけ。

 やがて唇を大きく動かすと、ようやく聞き取れるレベルで言葉を紡ぎだした。

 

 

「……たすけてくれ」

 

 

 か細い、しかし確かな救難要請。

 はやてとシャマルが立ち上がり、露伴が片眉を大きく跳ね上げるより少し前のタイミングで。

 

 彼らの上空36,000フィートを航行していた一般旅客機から、機体下部に貼り付いていた()()()()()()()()()()()()

 

 

 




 
 話としては『岸辺露伴は動かない』シリーズに近いものになる予定です。

※露伴先生が紅茶派というのは本作オリジナルの設定です。


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第3話「エブリタイム・アイ・ダイ②」

お待たせしてしまいました。
なかなか筆が進まず苦労しました。

最近、身の回りで事故が多発しているので、皆様も事故には重々注意して下さいね。
 
 
 



 

◼️04◼️

 

 日本国内の路線で運用されている一般旅客機の飛行高度は、主に36,000フィート(約10,000メートル)前後であることが多い。

 

 では高度36,000フィートの気温はとれほどのものなのか?

 

 気球を発明するまでの時間軸にいた人類は、高く上昇すればするほど『太陽に近づく』のだから気温は高くなると考えていた。

 しかし現実は全くの逆で、地表から離れれば離れるほど気温は下がっていく。

 航空機パイロットの認識として(空気中の湿度や緯度によって左右されるものの)大体1,000フィート上昇するごとに気温が2℃下がるとされている。

 

 単純計算すると、上空36,000フィートの世界でおよそマイナス72℃。地上での観測気温が25℃だった場合、マイナス47℃という極寒の世界である。

 

 そんな凍てつく空気の世界──しかも湿度の高い雲の中を航空機が通過すれば、当然ながら濡れた箇所が『凍結』する可能性かある。

 しかし現在の旅客機には凍結防止装置が装備されており、上昇中は計器を見ながら適時作動させて氷結を防いだり除去したりするのだ。

 それでもエンジン出力の関係上、機体の上昇率や運行効率の低下、熱による部品の劣化を招くため頻繁に使用することはできない。

 それでも多くの場合は『適切なタイミング』で作動させるため、重大なインシデントを招くことなく安全なフライトが実現できているのだ。

 

 ──しかし予期せぬアクシデントというものは、どんな場合においても発生するものだ。

 

 凍結が原因で悲惨な墜落事故を起こした事例は幾つもあり、機体表面に氷着(ひようちゃく)していた氷が振動などによって損壊・剥離し地上へ落下するという事故も起きている。

 

 通常であれば落下するにつれて温度が上がるので、途中で溶けてしまうのだが、様々な条件が絡み合うことで、氷塊として形を(たも)ったまま地上へ到達してしまうのだ。

 

 高速で落下してくる氷は──例えそれが僅かに数センチの大きさであっても──凶悪な質量兵器と化す。

 もしも『何か』に命中すれば、それは只では済まないだろう。

 

 そしてその氷点下の牙が、今まさに海鳴市へ突き立てられようとしていた。

 

◼️05◼️

 

「ぎゃぽっ」

 

 猛烈な破砕音の中に紛れて届いた『声』は、そんな風に聞こえた。

 

 歳幼いとはいえ、はやては時空管理局の特別捜査官という役職に身をおいている。

「だから」という一言で説明するには残酷な理由で、凄惨な殺人事件を幾度か担当したことがあった。

 だが目の前で()()()()()()()()()()()()()という事態に遭遇したことは1度もない。

 

「……ッ!!」

 

 そう、2人に話しかけてきた男性の頭部が、弾けるように吹き飛んだのだ。ほぼ同時に、はやてと露伴が(くつろ)いでいたテラステーブルも粉砕されてしまう。

 

「なッ なにイィィィッ!?」

 

 爆発するかのように飛散する破片から自身と(あるじ)達を守るべく、咄嗟にシャマルが魔法障壁を展開する。

 それでも発生した衝撃波によって、はやてや露伴だけでなく術者であるシャマルもイスごと真後ろへ転倒してしまう。突然のアクシデントに脳内物質が大量に分泌されたのか、露伴の感覚がスローモーションのように見るものを捉えていく。

 

 バラバラに吹き飛び、空中に散乱するテラステーブルだった無数の欠片。

 テーブル下の歩道にも着弾したのか、砕かれたコンクリート製の舗装ブロックが土埃と共に舞い上がる。

 衝撃で上方(じょうほう)へと高く飛び上がったカップやソーサーが、その威力に耐えきれず残っていた中身を撒き散らしながら割れていく。

 

 そして。

 

 首から上を失い、バランスを崩す男性の胴体。

 

 頭髪を残したままの頭皮。

 

 下顎の一部。

 

 左右どちらのものか判断できない眼球。

 

 脳漿。

 

 頭蓋の破片であろう骨片(こっぺん)

 

 歯茎が付着したままの歯。

 

 赤黒い血のシャワー。

 

 肉片。

 

 そういうものを、1つ1つはっきりと露伴は目撃した。

 これまでの体験から『人の死』というものは数多く目にしてきたが、これは中でもとびきり最悪の部類に入るだろう。

 やがて脳も『平静になる』という状態を思い出したのか、スローモーションな視界は通常の速度を取り戻していく。

 瞬間的な破壊音は静寂へと変わり、舞い散っていた破片や肉片、血液が次々と歩道や道路へ落着していった。

 それらを、倒れたままの露伴とはやては呆然と眺めることしかできない。

 

「はやてちゃんッ!! 大丈夫ですかッ!?」

 

 一番最初に復帰したのはシャマルだった。素早く身を起こし、先ず主人の安否を確認する。

 

「だ、大丈夫や……何が、一体……何が起こったんや……!?」

 

 それに対して、はやても上半身を起こしながら無事を伝える。瞬間的に襲いかかった炸裂音に耳鳴りを引き起こしたのか、右耳を押さえながらではあるが。

 

「露伴先生も無事かー?」

 

「……ああ、シャマルさんのお陰で怪我はないよ。

 しかしまったく……なんだっていうんだ……!」

 

 転倒した際に頭を打ったのだろう、後頭部を(さす)りながら露伴はフラフラと立ち上がる。状況を確認するために周囲をゆっくり見回した。

 やはり、テラステーブルやカップなどが文字通り粉々になって歩道や車道に散乱している。テーブルが置かれていた歩道の舗装ブロックには直径20センチほどの穴が穿たれていた。穴を中心として、舗装ブロックには放射状のヒビが入っている。

 上から『何か』が着弾した痕跡だろう。

 

「すごい音がしたけど何事──って、みんな大丈夫!?」

 

 翠屋の店内から、轟音を聞き付けた桃子が慌てた様子で飛び出してきた。店内にいた客達も、出入口付近から顔を覗かせてザワザワと騒いでいる。

 

「とりあえず私等(わたしら)は大丈夫やけど……」

 

 はやては親友の母親に無事を伝えながら全身を起こすが、数瞬前に目撃してしまった『凄惨な死に方』を思い出す。

 

「アカンッ! 桃子おばさん、こっちを見たらアカンッ!」

 

 破片と共に地面へ飛び散っているであろう『かつて生命(いのち)があったモノ』を、一般人達に目撃させれば重度のトラウマになりかねない。

 はやては桃子の視界を真っ向から塞ぐように移動しながら、鋭く警告を発する。

 小学生の身体(からだ)で全てを遮断できるとも思えないが、管理局員として少しでも隠したい……見てほしくない一心での行動だった。

 

 しかし。

 

「なぁ、はやて君……ひとつ奇妙な……とても『奇妙な質問』をするんだが──」

 

 露伴の戸惑ったような声が、はやての背中から届いた。

 シャマルの困惑した気配も背面で感じ取れる。

 はやてが振り向くより早く、戸惑いや困惑の正体を漫画家が発露した。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 本当に『奇妙な質問』である。

 どこに行ったのかという問いに、やや不謹慎な返しが許されるのであれば「『あの世』に行ったのでは?」と答えたいところだが──露伴の声色からするに、どうもそういう(たぐい)の返答を求めているわけではなさそうだった。

 

「なんやて?」

 

 なので、はやては親友の母親から背後へと視線を移す。

 

 周囲には轟音を聞き付けて集まり、遠巻きに様子を窺う近所の人々。

 やや視線を下げると、歩道は車道に散らばる様々な破片群。

 その傍で、何がなんだか理解できないといった様子で狼狽(うろた)えているシャマルの姿。

 しゃがみ込んでコーヒーカップの破片を手に取りつつ、真剣な表情で『現場』を眺めている岸辺露伴。

 

 はやての目には、それらが映っている。

 いや、()()()()()()()()()()

 

「…………ッ!?」

 

 驚愕と困惑で言葉に詰まる。

 厭な汗が吹き出した。

 首を左右に動かして探索する視野を広げたが、見たままの事実は覆らない。

 

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 まるで、最初から存在していなかったかのように。

 

「これを見ろ」

 

 露伴は動揺する魔導師2人に、歩道に穿たれた『穴』を指し示す。

 穴の奥には泥とコンクリート塵にまみれながらも、キラキラと輝く透明な塊が鎮座していた。

 棒状というよりも、厚みのある板といった形状をしている。

 

「これは……氷、でしょうか?」

 

 覗き込んだシャマルが、うっすらと表面が溶け始めている物体の正体を、やや自信なさげに口にする。

 

「だろうね」

 

「えっ、てことは魔法による攻撃っちゅーことか!?」

 

「いや」

 

 自身が身に付けている技術と経験から、先程の出来事を『攻撃』と解釈するはやてに、露伴は「待った」をかける。

 はやてもシャマルも、ハッと息を呑む。

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「スタンド能力の疑いも無くはないが……少なくともコイツは30,000フィート以上の空を飛んでる飛行機から剥がれ落ちてきた氷みたいだな」

 

 立ち上がりながら露伴は上空を見渡すが、勿論もうそこには飛行機など飛んでいない。仮に飛んでいたとしても、目視では確認できなかっただろう。

 

「ほんなら『偶然』っちゅうことなんか?」

 

「なら、あの男性は一体……」

 

 パトカーのサイレン音が遠くから聞こえてきた。

 野次馬をしている近所の誰かが通報したのだろう。

 チラリと見やれば、桃子が不安そうな表情で露伴達を見ている。

 いろいろと聞きたいこともあるのだろう。しかしはやてやシャマルの『事情』を知っている手前、黙って見守っていてくれているらしかった。

 

「とにかく桃子さんに無事を伝えなくっちゃあな。

 ……いやあ、実に興味深い『事件』じゃあないか!

 一体全体あの男は何者で、どうやって死体は消えたのか……

 コイツは漫画のネタに使えそうだなぁ~~~~!」

 

 この街で出会った親友(自称)の母親を気遣った次の瞬間には、もう自らの創作意欲に忠実な漫画家の表情(かお)になっていた。

 

(これがなのはちゃんやフェイトちゃんが言うてた、露伴先生のアカン所かあ……)

 

 アカンというかアウトな気がするなあ……とはやてが考えていると、露伴が「クルゥ~リ」と体ごとはやて達の方へ向き直り真剣な面持ちで尋ねてきた。

 

「……ところで不幸な『事故』とはいえ、コレ……テーブルとかカップとか……やっぱり僕が弁償すべきなのか?」

 

 時空管理局の経費で落ちたりしないかい?ダメ?

 という巫山戯(ふざけ)た提案が漫画家からもたらされ。

 

「氷は落ちてきても、んなもん落ちるか~いッ!!」

 

 はやては思わず絶叫しながら、律儀に突っ込むのだった。

 

 

 

 

 

 




 

捕捉説明。
 
ヘブンズドアーで氷の情報を読み取ってるのは「鶏の死体であるフライドチキンの情報を読み取れるなら、水や氷もワンチャンいけんじゃね?」という本作における拡大解釈からくるものです。

ホラ、ヘブンズドアーは「成長性:A」らしいですし……


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