ホロ学園ライフ (ハモリヤ)
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ホロ学園入学
1-1合格発表


◆ホロ学園に通う生徒や教師たちの学園ライフを描いた物語です。


 ホロライブメンバーの魅力を伝えながら、少し笑えるようなストーリーを目指しています。


◆コンセプト

 ホロライブメンバーの配信を見ていて、この考え方好きだな。この関係性暖かいな。そんな風に感じたネタを学園物語という舞台になるべくたくさん詰め込んでいます。

 ネタを知らなくても読めるし、知っている方なら「あ~、あの時の配信が元ネタかな?」と思い出しながら楽しんでいただけるのではないかと思いますので、記憶をたどりながら見て頂いたら嬉しいです。


4人の妹達

 

①あくあ視点

 

「あ゙~、兄さんおはよ」

「おはよう。って、あくあお前ねむそうだな」

 

「昨日対戦ゲームの大会があって、優勝するのは、まぁ余裕だったんだけど。決勝の対戦相手がさぁ、難癖付けてきてちょっと言い負かすのに手こずったのよ」

 

まだぼ~とする頭で、兄のフブキに挨拶する。

 

「ちょっと待ってね、朝食作るから」

「いや、今日は俺が作っといたから、顔洗ったら食っちゃいな」

「ん、あーありがと。正直助かるかな」

 

今日は日曜日だ。

本当なら土曜日と日曜日は、あたしが料理担当だが寝不足の今日は正直たすかる。

ありがたく兄さんが用意してくれた朝食を食べていると、

 

「今日は合格発表日だな」

「ん~、そうだね。まぁ見に行くだけだけどね」

「結果はわからないけど、あくあはやれることは精一杯やったと思うぞ」

「あたしにかかれば余裕よ余裕。兄さんだって受かってるんだし」

「おいおい、これでも割と優秀なんだぞ?」

 

兄さんは冗談めかして言ったが、実際優秀だ。

受験勉強中にわからないときは、部屋に乗り込んでうんうん唸っておけば、なんだかんだと面倒見のいい兄のおかげで大抵解決した。

まぁ、プレイヤースキルを要するゲームでは負けることはないが。

 

昨日のゲーム大会は、試験が終わり久々に全力でプレイできた。

とはいえ、終わったところで受験の結果に対する不安がよぎり、いつもなら気にしないのについチャットで絡んできた相手に付き合ってしまったのは内緒だ。

 

もっとも、朝食を作ってくれていたところを見ると、内心を見透かされているのかもしれない。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

 

不安な気持ちを、寝不足のけだるさで誤魔化してあたしは玄関へと向かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

②スバル視点

 

「兄貴おきろー」

「う~ん、後5分~」

「そういって、後で起きたためしがないだろう兄貴は。スバルは予定があるんだから一度で起きろよな」

「おー、いてら~」

「いてら~、じゃない。兄貴友達と予定があるんだろ?起こさなきゃ絶対遅刻するんだからしっかりしてくれよな」

 

いつも通り、寝起きの悪い兄のポルカを布団から引っ張り出し、朝食のテーブルまで連れていく。

 

「私は予定があるんだからちゃっちゃと朝食食べてよね」

 

ふらふらしている兄をみつつ、自分の朝食を進める。

 

「あ~、合格発表だっけか?」

「そうだよ」

「受かってるといいな」

「ども、まぁ、なるようになるっしょ」

 

兄貴の言葉に気楽に返事をする。

運命の分岐点。

とは言え、結果は既に出ているのだ。

もしダメだったら、その時はその時。改めて自分の歩む道を見直すだけだ。

 

支度をして、玄関で靴を履く。

あの兄貴がなぜ受かったのか?と思ってしまう高い受験倍率。

決して裕福とは言えない家庭環境で、負担をかけずに学ぶ時間を確保する。

そのために奨学金制度も充実したこの学園を目指した結果、兄貴と同じ学園を受験することになった。

なので、話していないが兄貴も同じ結論に達したのだろうと思っている。

ぐーたらしているようで、気づかいのできる兄だ。

遅刻癖はどんなに言っても治らないが。

 

浪人するつもりはないし、別の受験も受けている。

ここに落ちたら、バイト漬け生活かな~。

合格できる自信がある訳ではないが、いずれにしろ結果を受け止める覚悟はできていた。

 

「いってきまーす」

「お~、いてら~」

 

自分が進む道を確認するために、最初の一歩を踏み出した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

③るしあ視点

 

シャー。

カーテンを開けると、上り始めたばかりの太陽の光が部屋を明るく照らす。

外を見ると、雲一つない快晴だった。

新しい人生を歩み始めるのに相応しい気持ちの良い朝。

るしあは自然と笑みを浮かべ、身支度を整える。

 

身支度を終えると、朝食を用意する。

紅茶を準備しているところで、リビングの扉が開いた。

 

「おはよう、るしあ」

「お兄ちゃん、おはようなのです」

 

おきてきた兄のミオと挨拶を交わす。

既に朝食の用意された席に兄が着いたところで、紅茶を出す。

 

「ありがとう、じゃあいただこうか」

「はい、いただきます」

 

二人で朝食を食べ始める。

兄は朝決まった時間に起きる。

るしあは兄の起きる時間に合わせて毎朝必ず朝食を準備し、テーブルを共にしていた。

 

「今日が合格発表日だね」

「はい、待ちわびていた日をやっと迎えることができました」

 

兄が中学3年。るしあが中学1年の時に1年間だけ共に通学して以来、

当然だが高校と中学へと別々に登校していた。

その間の2年間ずっと、共に登校できる日を待ちわびてきたのだ。

 

「これからは、朝食後もご一緒出来ますね」

「るしあなら間違いないと思うけど、気が早いね。登校日はまだ先だよ」

「一日千秋の思いで待ちわびてきたのです。少しくらい許して欲しいのです」

 

最先端のIT設備が導入された新しい学園だけに浪人してでも受験するケースも珍しくない。

しかし、るしあは必ず現役合格しなければならなかった。

兄と共に通学する。

それが叶うのは、兄が3年になる今年だけなのだから。

 

合格するために最善を尽くしたので、結果については心配していない。

それでも、共に登校できることが確定する今日は待ち遠しかった。

 

朝食を終えて、部屋に戻り合格発表を見に行くために身支度をする。

兄と朝の挨拶をするための身支度から、外出用への切り替えだ。

と言っても大した違いはない。

少しだけ肌の露出が控えめな、落ち着いた服装に着替えただけだ。

 

準備を整えると、リビングに顔を出す。

「それではいってまいります。お兄ちゃん」

「ああ、いってらっしゃい、るしあ」

「タイガもいってくるね」

「にゃー」

 

いつの間にか兄の膝の上で丸くなっていた猫のタイガにも声をかけ玄関に向かう。

大好きなお兄ちゃんと共に通学する生活。

 

望む未来を確定させるために、扉をそっと押し開けた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

④ねね視点

 

「にーちゃん、おっはよう」

「おう、おはよ。朝食は?」

「今日は、なんとカツ丼だよ!!」

「そうか。あー、サラダは大盛な」

「うん……」

 

兄は、ネットニュースをテレビ画面に映すと、ねねの準備した朝食を食べ始めた。

「えっと、何か言うことはないあるか?」

「何かって、何だよ?」

「えっ、朝っぱらからカツ丼かよ!?っとか」

「それが理解できるなら、油ものとか朝食に準備すんな、あほ」

「あー、誰があほあるか、あほっていう方が、あほあるよ」

 

ノリの悪い兄である。仕方がない。

 

「えっと、他に何か言うことはないあるか?」

「何かって、何だよ?」

「えっ、朝っぱらからカツ―「だ―めんどくせぇ」」

 

兄がねねのセリフを遮ってくる。

ふむ、2度目で折れるとは他愛ない兄である。

 

「えっと、他に何か言うことはないあるか?」

「ぐぅー、なんで朝っぱらからカツ丼なんだよ?」

「えぇー、なんでか知りたいあるか~。どうしようかな~。本当に知りたいあるか~」

「ほぉー、居候の分際でなかなかいい度胸だなぁ、おい」

 

兄の視線に剣呑な光が宿る。

学園の3年である兄は、2LDKのアパートを借りて一人暮らしをしている。

ねねは、同じ学園に受験のために実家からでてきている。

受験が終わるまでの間だけ、料理を作ることを条件に兄のアパートの一部屋を借りて居候させてもらっていた。

ちなみに、学園に合格したら学生寮に入る予定である。

 

「まぁまぁ、仕方ないな~、では教えてあげるある」

 

んん。のどの調子を整える。

 

「なんと、今日はねねの合格発表の日!!つまり、受験に受かるための[勝つ丼]ある」

「はいはい、勝てるといいな」

「あーなんで投げありあるか。にーちゃんが可愛い妹と同じ学園に通えるか決まる日あるよ!!」

「知ってるっつーの、昨日さんざん聞かされたわ」

「それでも、受かってるといいな!とか。お前ならまちがいないさ!!とかいうのが兄というものある」

「なぁーに言ってんだよ。もう結果は決まってんだろ。見に行くだけなんだから、今更今更。ちゃちゃっといいってくればいいだろう」

 

女心。いや、妹心のわからない兄である。

運命を決める大切な日なのだ。

その前日に、ちょっと?一日?妹の不安な心の内を聞かされたくらいでノリが悪くなるなんて、小さい男である。

 

なんだかんだと兄に絡み満足したので、出かけるために身支度をする。

髪をお団子に結び、姿見の前で後ろ姿もチェックする。

 

「うん、ばっちり」

 

準備ができたので、はやる気持ちそのままに玄関から飛び出し――。「ちょっとまて」

かけたところで、兄の声に呼び止められた。

 

「どうしたある?」

「受験票は持ったのか?昨日祈りを捧げるとか言って額縁に入れて飾ってただろう」

「あー、そうだったー」

 

その言葉にあわてて部屋に戻る。

棚の上に額縁に入った、きっと神の御利益が満載となったであろう受験票が飾られていた。

 

「大切にしすぎて忘れるところだったある」

 

受験番号の記載された受験票をしっかりかばんに入れ。ぽんぽんっ、と軽く叩く。

 

「お前は、詰めが甘いんだよ。後これももってけ」

 

そういった兄が近づいてくるとお札を渡された。

 

「これは?」

「晩飯代な。……あと、残った分は前祝だ。とにかく、返す必要はねーから」

 

それだけ言うと、兄は背を向けてリビングに戻っていく。

明らかに晩御飯ではお釣りが多すぎるだろうお札を握り締める。

 

これは、腕によりをかけて、びっくりするような晩御飯を作らなければいけないだろう。

胸に宿った熱に背中を押されるように、勢いよく玄関の扉を開け――

 

「いってきまーす」

 

勢いよく、外へと飛び出した――。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そして

 

学園には、受験票を手にした学生たちが自分の番号を探す姿が見られ――

 

「「「「あった」」」」

 

この日、3年生に兄を持つ妹4人が、兄と同じ学園に入学することが決まった。

 

 

学園の名は「ホロ学園」

 

 

まだ真新しさを保ったその学園に、大きな爪痕を残す運命の歯車が、この日、回り始めた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

シリーズものとして投稿していきますので、興味を持っていただけましたらお気に入り登録していただけると嬉しいです。

小説を書き始めたばかりですので、参考とさせて頂くため、素直な評価感想を頂けますと幸いです。よろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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1-2学園デビューは突然に

視点:あくあ

 

「はい、皆さん始めまして。

この1年A組を担任することになりました天音かなたです。

天音先生でも、かなた先生でも、かなたんでも呼びやすい呼び方で呼んで下さいね~」

 

体育館での入学式を終えて、教室の席に着く。

オリエンテーションの時間となり、先生が教壇にたって挨拶を始めた。

チョークのようなものを持って黒板のようなものに名前を書いていく。

[ような]と表現したのは、実際にはデジタルのディスプレイだからだ。

 

手に持っているチョーク型のものはおそらくペンツールで、黒板はディスプレイに映像として表示されていた。

雰囲気づくりなのだろう。

 

この学園は、比較的最近に新設されていて、デジタル社会に適応できるようIT関係の先端設備が配備されている。

各自の席にもタッチパネルのディスプレイなど、デジタルツールが用意されていた。

 

 

先生がこれからの学園生活について簡単に解説してくれた後、各自の自己紹介を促された。

 

「あくあです。趣味は、読書や、ネットサーフィンです。ライブ配信などの音楽を聴くことも好きです。……よろしくお願いします」

 

恥ずかしい……。

もっと話すべきだと思い色々考えていたのにいざ自分の番が回ってきたら頭が真っ白になって結局何を言うべきかわからなくなってしまった。

 

回りの反応を見ることも出来ず、目を上げることができないまま小さくお辞儀をして席に座る。

唯一考えていたことで実施できたのは、アニメ、ネットゲーム、アイドルといったワードは自己紹介で使うのは避けようということくらいだろうか。

 

短いセリフだったのに、心臓がバクバク言う音がする。

 

「はい、ありがとう。これからよろしくお願いしますね♪ それじゃ次は、紫咲シオンさんお願いします」

 

先生が何も触れずにスムーズに次の人に流してくれたのがありがたい。

前の席の生徒が立ち上がる。

 

「紫咲シオンです。趣味はお料理で、ネットやYouTobeでレシピを検索しながらよりおいしく調理するための方法を模索しています。休日には料理の味を覚えるために料理人の方に作っていただいたりもしています。

他には美術鑑賞も好きで、画集を購入したり、時々ですが展示されている美術品を鑑賞にいっています。学園では皆さんと共に学び成長していきたいと考えています。どうぞよろしくお願い致します。」

 

うつ向いていた顔を少し上げ前の女の子の後ろ姿を盗み見る。

緩くカールを巻いた長い髪に細身の身体。真っすぐに背筋の伸びた姿勢で自己紹介の言葉をよどみなく述べている。

お料理とか美術鑑賞が趣味なんて、ひょっとしてどこかのお嬢様だろうか?

自信なさげにおどおどと話した自分と比べてしまい、恥ずかしさが増してしまった。

 

 

 

 

数日後の休憩時間。

 

クラスで浮いてしまっている。焦りが募った。

 

自己紹介を終えた後、何人か私に話しかけてくれた子がいた。

でも、満足に返事ができなかった。

 

自己紹介で満足に話せなかった恥ずかしさ。

自分のことで頭がいっぱいで、その子達の自己紹介を聞いていなかった気まずさ。

漠然とした後ろめたさに喉がつまって満足に声がでなかったのだ。

 

ちゃんと聞いておけば話題を広げたり、趣味の似た子を見つけたりできたかもしれないのにチャンスを逃してしまった。

 

SNSでリアルを知らない相手とコミュニケーションをとるのは大好きだ。

話題もすらすらと浮かぶ。

フォロワー数も割と多いのではないだろうか。

 

リアルの自分は知られない。

だからこそ、本当の自分を見せられる。

 

大好きなゲームの話題でも、アニメで好きなキャラクターについても、好きなアイドル(女性)についても思ったことを語れる。

 

でも、リアルで趣味をさらせば浮いてしまうのではないか?

中学校の思い出がよみがえる。

また、自分の席で顔をうつ向かせて休憩時間を過ごす日々が始まってしまうのかもしれない……。

 

折角の新しい顔ぶれで始まる学園生活。

期待していなかったと言ったらうそになる。

少しずつでいい。素直な自分を見せて受け入れてもらえるようになりたい。

その思いが、かえって声を詰まらせていた。

 

……何か切っ掛けを作る方法はないだろうか?

 

「兄さんの教室にでも相談にいってみようかな?」

 

ふと兄のフブキの顔が浮かび呟いた時、

 

「あれ、あくあちゃんって、兄貴が学園にいるっすか?」

「!!?」

 

左隣の席から声をかけられた。

 

「あ、スバルさん?」

「ああ、スバルって呼び捨てでいいっすよ」

「えぇ、えっとじゃあ……スバルちゃん」

「うん、それでもOKっす」

 

隣の席のスバルちゃんに声をかけられた。

名前はこの数日間で全員暗記している。

とても活発で明るくて、内容までは聞き取れないが、色々な人に声をかけて話をしている様子は見かけていた。

さっきまで席を離れて話をしていたと思ったけど、戻ってきたらしい。

 

「スバルも3年に兄貴がいるから、ちょっと気になってー」

「えっ、そうなんだ。あたしも3年に兄さんがいるよ」

「やっぱりそうなんだー、3年生ににーちゃんを持つのが最近のトレンドなのかなぁ~」

「兄ってトレンドで持つものなの!?」

 

脳内で[お兄ちゃんガチャ]を皆が引いている映像が浮かんだ。

……誰得イベントだろうか?

 

話を聞くとクラスに何人か3年生に兄がいるらしい。

まぁ、1学年離れた兄弟はよくあるケースだ。

それに、兄姉が入学しているなら、勉強のノウハウがある家庭だろう。

弟妹が入学しやすい環境ではあると思う。

実際、あたしは勉強に行き詰ると兄さんの部屋に押しかけていた身だ。

 

スバルの兄はポルカさんと言うらしい。

[兄話デッキ]は予想外だが、結構話しやすい話題かもしれない。

 

「予定があっても朝全然起きなくて、起こすのが大変なんっすよねぇ」

「スバルちゃんは面倒見がいいんだね。うちの兄さんは、予定があれば起きるかな。土日はネットゲーム遅くまでやってると朝起きてこないから、朝食の時間に起こしに行くけど」

 

「あくあちゃんが、朝食作ってるんだ~」

「うん、料理担当なんだ。土日だけだけどね」

「偉いな~。それにしてもやっぱりネットゲームやってるんだね~。クラスのみんなも、にーちゃん達もネットゲームやってるのが当たり前みたいでびっくりっすよ」

「えっ、ネットゲームの民ばっかり!!?……その女の子も?」

「そうっすね、聞いて回った限りみんなやってるっすねぇ。さすがIT系の強い学園。

みんなPCいじってるし、あのゲームやるならスペックは、なんちゃらかんちゃら以上必要って呪文唱えてたっす」

 

まさか、ひょっとするとネットゲームの話題とか普通にしてもいいのだろうか?

 

「スバルはPCもってなくて、やったことなかったからこれから覚えようかと思ってるっす。郷に入っては郷に従えっていうっすからね~」

 

うちの学園は、PCを持っていない人には貸し出しをしてくれる。

オンライン講座があり、家でも学生はアクセスして学習ができるのだ。

むしろ、動画をみてわからなかったところを先生に質問することで理解を深めるのが授業の時間といった進め方だ。

他の生徒の疑問は、自分になかった視点からの見方があって新しい気づきに繋がるので、ためになる仕組みだと思う。

ついでに、借りたPCはアプリなど好きにダウンロードして使ってよい。

まぁつまり、ゲームをプレイしてもよいということになっていた。

 

学園の教育方針は、[好きこそものの上手なれ]だ。

IT技術は今後必須なので、ゲームでもなんでも興味を持ったことを通じて身に着けていくようにとうことだろう。

だからと言って、ゲームをやっている、やろうと思ってる女子生徒がそんなにいるとは思わなかった。

 

「そ、そうなんだ。あ、もしよかったら簡単なことなら、お、教えてあげられるかも?」

「おー、ホントにー、それは助かるっす」

よかった、自然と話をするきっかけが作れた。

 

「なにか特に興味があることとかある?」

「そうっすねー、オンラインの対戦格闘ゲームとかやってみたいっすねー」

 

オンラインの対戦格闘ゲームなら幾つか教えられる。

受験の合格発表前日にも大会に参加して、優勝しているタイトルもあるくらいだ。

あまりやり込んでると思われない程度に上手く教えていくのが良いだろう。

 

「対戦格闘ゲームなら、兄さんに誘われて始めたゲームがあるから、よかったら紹介するよ? 課金しなくても無料でプレイは出来るから。自分で言うのもなんだけど、割とセンスがあるみたいで上手い方みたいだからコツとか教えられると思う」

 

「あ、無料でプレイできるのは助かるっす。格闘ゲームだとやっぱり大会とかあったりするっすか?」

「うん、定期的に行われてるね。[フードファイター]っていうタイトルで大食いじゃなくて格ゲーなんだけど、でてみたい?」

「でたいっす!そんでもって超必殺技をこう、ずばばばばばぁーんて、かましてやりたいっす!」

「ふふ、狙ったタイミングで超必殺技決められると気持ちいいよ!」

 

通常技からのコンボでラストまで決められると達成感があるのだ。

 

「ただ、本当はこの技を出したら勝確みないな、超々必殺技みたいなのもあるんだけど」

「おお、あんぱ〇まんの[新しい顔よ~]みたいなやつっすね」

 

いや、あれは必殺技だろうか?確かにあの演出がでたら勝確だけども。

 

「まぁそうかな?そこからの[あーんパーンチ]みたいなものだけど、スキが大きすぎて使えないのよね」

「そうなんすか?でも使えたら勝確なら上級者は使いそうっすけど?」

 

「うーん、そうもいかなくて、色んな技を一定回数発動させることが条件なんだけど、初心者同士ならその前に勝負がつくし、上級者同士だと途中のスキをお互いに見逃さないから結局使えないのよね」

 

難度が高いくせに、達成する技術がある者同士では通用しない……使い道がなさすぎる。

 

「ほら、[新しい顔よ~]で顔が飛んでくるとわかっていれば、飛んでる途中でキャッチしちゃえばいいでしょ?大会みたいな本気の対戦なら見逃さないから、格下相手に見せプレイで発動させる人くらい。だから二流プレイヤーの代名詞みたいになってるのよ」

 

「ちょっと、待ちなさいよあなた」

「!!?」

 

スバルちゃんに説明していたら、急に横から声をかけられた。

横というか、横の席のスバルちゃんと話していたので、実際には正面の席からシオンさんが振り向いて声をかけてきていた。

 

「さっきから、黙って聞いていれば、[ハイパーフルカウントバスター]が二流プレイヤーの舐めプですって?」

 

黙って聞いていればって、シオンさんに話してたわけではないんですけど!

というかなぜ、技の名称を知っているのか。

[ハイパーフルカウントバスター]が超々必殺技の名称だ。

なんかすごそうだけど意味がまったくわからない、よくあるネーミングのやつである。

 

「大会っていうのは、たくさんの視聴者がいる魅せる為の場所でしょう。そこで、ハイパーフルカウントバスターが発動できるほどに白熱した試合展開になったら、むしろ発動させずに終わる方が失礼ってもんじゃない」

 

「いやいや、大会は死力を尽くして最高のパフォーマンスを魅せる場所でしょう? そこで、勝つための最善手を選ばないなんて、その方が失礼でしょう」

 

お互いが真剣に勝ちを目指すからこそ見るものに熱が伝わるのだ。

 

「わかってないわね、いいわスバル…は経験がないのよね。ならあなたっ、格ゲーはやるのかしら」

「えっ、私あるか。やるあるよ」

 

シオンさんが、ねねちゃんに急に話を振った。

 

「決勝戦の舞台!!白熱した展開でお互いにあと一歩でハイパーフルカウントバスターの条件を満たす。最後に、この大会に幕を引く決め技を発動するのははたしてどちらか!? この状況だったら、あなたは決め技で勝負を決めるべきだと思わないかしら」

 

「たしかに、ねねならハイパーフルカウントバスターを絶対使うある」

「でしょう!? それなのに、決め技を狙ったプレイヤーに対して、相手はスキをついて壁際で通常攻撃のはめ技に入って、そのままちまちま削り切ったのよ? まじありえなくない!? 観客皆がっかりよ」

 

シオンさんが続ける。

 

「そもそも、ハメる方と、ハメられる方。どっちが悪いと思うかしら?」

「えっと、それはハメる方が悪いある」

「でしょう。つまりそういうことよ」

 

ドヤ顔で話を締めくくる。

なぁ~にが、そういうことよ、なのか。

議論のすり替えもいいとこだ。

 

「だったら――、ぼたんさん。格ゲーやりますか?」

「えっ、あたし? んーやるよ。FPSほどガチではやらんけども」

 

ぼたんさんに声をかける。

スラっと背が高くてカッコいい女子生徒だが、声を聴いていると、のほほーんとした柔らかな印象を感じる。

でも、あたしの直感が言っている。

彼女は勝負事に対してはストイックなタイプだ。

 

「決勝戦の舞台!! 大技を発動したいからって、ちょっとスキを見せても見逃して欲しいなんて甘えたプレイをした相手が目の前にいたらどうしますか? しかも、スキが大きいからって距離をとろうとして壁際でチャージスキルを発動するとか、ハメてくれと言わんばかりの初心者プレイですよ? ルールに則って勝てる手段があるのに使わないのは真剣勝負にふさわしくないと思いませんか?」

 

「あー、確かにね。スキがあるなら狙うのは当然だし、相手のお目こぼしを期待するのはちょっと違うかな」

 

「そうなんですよ。大体観客ががっかりしたのは、ド素人みたいなスキをみせてハメ殺しにされた残念二流プレイヤーが決勝戦まで上がってしまったことであって、ハメ殺したこと自体にがっかりしたわけじゃないわよ」

 

あんな初歩ミスしておいて文句を言うとか図々しいにもほどがあるのだ。

 

「それに、あんな試合を見せておいて、景品の武闘家衣装は私のもののはずだったのに~とか文句言っててさすがにないわ~てなったわよ」

 

「何よ、あのちまちまハメさえなければ、武闘家衣装は私のものだったのよ!!!」

「そんなわけないでしょ、あれはあ・た・し・の・ものよ!!!」

 

 

 

「「……」」

 

「――あんたが魔女っ子パープルか!!!」

「――あんたね大天使アークエンジェル!!!」

 

あのちょくちょく大会で顔を合わせて、毎回負けてはチャットを送り付けてくる相手はこいつか!!

 

「よくも、試合後に延々と文句を送り付けてくれたわね。おかげで合格発表を見いくのに寝坊するところだったじゃない!!」

「なにいってんのよ、合格発表の紙は日が暮れてからも張り出してあったわよ!!時間なんて関係ないでしょうが!!」

 

えっ、翌日まで貼ってあったのだろうか?

いやいやそういう話じゃない。

 

「大体、料理が趣味ってなによ? あんた、頼んでた出前が来なかったせいで力が出なかったんだとかいってたでしょ? 絶対料理なんかするタイプじゃないし、料理人に料理作ってもらってるとかいう設定、どこいったのよ?」

「出前だって料理人の料理でしょう。3つ星料理店のシェフとか言ってないし。出前だって料理を作って売ってる人の料理なんだから、料理人の料理でいいじゃない」

 

何だその、すもももももももものうちみたいな理屈は、ややこしく言ってはぐらかそうとしてるだけでしょうが。

 

「じゃ、じゃあ料理をしてるっていうのは?」

「カップ麺とか作るし?」

「カップ麺は料理じゃないわよ! お湯沸かすだけでしょうが!」

「だったら聞くけど~」

 

今度は何を言うつもりなのだろう。

 

「なすと玉ねぎを炒めてトマトソーススパゲッティを作ったら料理じゃないの?」

「それは料理でしょう」

「でしょう。じゃあ、そこからなすと玉ねぎを抜いたら料理じゃないわけ?」

……具なしになるのだろうか?でも、

「まぁ、スパゲティではあるし料理にはなるかな?」

「そうでしょ?でもそれって要は、鍋に沸かしたお湯に麺をぶち込んで茹でてトマトソースかけただだけじゃない。だったら沸かしたお湯を麺にぶち込んで最後にソースかけてカップ麺作っても料理でいいじゃない。何が違うのよ?」

 

鍋のお湯に麺を入れるか、沸かしたお湯を面に注ぐかの違い。

そう考えると大して変わらない気がする。

 

「カップ麺が料理と言われると否定できるのに、そう言われると違いが説明できないぃ」

「あくあ、あんたは考えが古いのよ!今時、電子レンジでチンして完成の料理ブックも当たり前の時代なんだからもっと柔軟に考えなさいよ」

「シオンの場合、どうせ冷凍食品チンして終わりでしょう!!電子レンジレシピに謝りなさいよ」

「いやよ!!あくあこそ、冷凍食品は料理じゃないとか冷凍食品に謝りなさいよ」

「いやよ!!そもそもそれは議論のすり替えでしょう!!!」

 

……視線を近距離でぶつけ合い睨み合う。

なぜか、こいつに言い負かされるわけにはいかないという使命感が湧いていた。

 

どう料理してやろうかと目と目でバチバチにやり合っていると、

 

「えー、あくあさん、シオンさん。チャイムの音が聞こえなかったのかな~」

 

え? ふと隣を見ると、さっきまでスバルちゃんの顔が見えていたところにスーツのお腹……ではなく胸元が見える。

顔を上げると、そこには困ったように小首をかしげた天音かなた先生が立っていた。

 

教室は静まり返っている……

そのことに気がついた瞬間、さぁーと背中から血の気が引いていった。

やってしまった、自分は何を言っていた!!

頭が真っ白になり、体が固まる。

今度は冷たい汗が吹き出し始めているのがわかる。

 

終わった。どうしよう違うのに。こんなことを話すつもりはなくて

もっと少しずつ仲良くなって打ち明けていったりするイメージを入園前から思い描いていたのに。

理想の学園生活にひびが入り一瞬にして砕け散った。

 

「す、すみ「せ~んせ~~い!!!」

 

私が慌てて謝って、違うんだって。自分でも何がかわからないけど違うと説明しようと思った時、それに被せるようにシオンがおおきな声で先生を呼んだ。

 

「なんですか、シオンさん?」

「やり直しを要求します!」

「え?」

 

そのセリフに先生はぽかんとしてる。

 

「先生、私チャイムの音が聞こえませんでした!チャイムを鳴らす所からやり直しを要求します」

 

いやいや、あたしたちはおしゃべりしていて聞いてなかったんでしょ!?

 

「休憩時間はおしゃべりしていていいはずです。それがチャイムがなって授業が始まったと気がつくからおしゃべりをやめるんです。なのにおしゃべりしていたからってチャイムが聞こえないのはチャイムの、つまり学校側の問題だと思います。なので、やり直しを要求しま~す」

 

正々堂々と、背筋を伸ばしてとんでもないことを言いきった。

 

「いえ、さすがに先生でも時間を巻き戻すのはむりがあるかな~と」

「じゃあノーカンで。今のは不幸な事故だったということで聞かなかったことにして下さい。そこのあなたもいいですね?」

「ええっ、あたしあるか、いや聞かなかったは無理あるよ。わざわざ話まで振られて聞かされていたのに」

 

ねねさんの意見は当然だった。

 

 

「……」

 

一瞬の沈黙。そして、

 

「ねぇぇええええええええ゙え゙え゙え゙え゙~~」

 

シオンの叫び声が響く

 

「チャイム聞こえなかったのー、いーまのなしー、ねぇえええええ。折角セレブなレディーとしての学園デビューを飾るはずだったのに~、やぁだぁ、聞かなかったことにして~~。」

 

その後も、元気に叫んでいる。

その様子をみていたら、心の中にあった恐怖心がいつの間にか消えていた。

 

なんでだろう、あたし以上にダメージを受けたはずなのに元気にわめいている目の前の女の子には悲壮感が全く感じられなかった。

まるでちょっとしたいたずらが見つかって駄々をこねる子供みたいだ。

普通だったら、ぶりっ子をしていた子の化けの皮が剥がれたと、笑われそうなところだ。

 

周りをみる。見るまでもなくわかっていたけれど、みんなが笑っていた。

でも違う、その笑いには嫌な雰囲気はなくて、純粋に可笑しくてみんな笑っていた。

お腹を抱えて笑っている子もいる。

大きな音がする方を見ると、るしあちゃんが机に突っ伏して片手でお腹を抱えながら、もう一方の手で机をバンバン叩いていた。……机の耐久力は大丈夫だろうか?

 

目の前で駄々をこねる女の子には……嫌味な感じが全くしないのだ。

自分が発言した言葉を「ま゙っで~~」と否定するように見せかけて、むしろもっととんでもない考えでいたことをポンポン暴露していく。この不思議で明け透けな女の子をみていると、なぜか楽しくなってしまいほほが緩みそうになる。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙~、いやだ~、逮捕~、聞いた人全員逮捕~~!!」

 

「逮捕されるのはシオンさんあなたですよもう。そろそろ席に座ってくださいね。あくあさん、あなたもですよ?」

 

「あ、はい、すみません!」

 

自分が立ちっぱなしでいたことにかなた先生に声をかけられて気がついた。

慌てて席に着く。

かなた先生は、その後クラスのみんなも落ち着かせて授業を開始した。

 

あたしだけだったら、どうなっていただろう。

同じような状況に置かれながら、なんだかんだと皆から好意的な笑顔を引き出してしまった目の前の女の子を見る視線に、憧れと少しの感謝が混じった。

 

本当に不思議だと思う……そもそもの諸悪の根源は目の前の魔女っ子だというのに。

 

そして授業が終わる。

 

ちょっと緊張するが、心配したような嫌な視線は飛んでこなかった。

ただ、スバルちゃんの言葉が胸に刺さった。

 

「あくあちゃん、とっても面白かったっす!シオンちゃんとの漫才!!」

 

違うの!漫才じゃないから!!

……どうやら、クラスメイトの認識では、あたしも一緒に笑われていたようだった。。。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その日の放課後

 

「私の高校デビュー計画をダメにしたんだから、あんた責任取んなさいよねー」

 

という、どの口で言うのかというシオンの言葉に、やむを得ずゲーム強つよタッグというポジションで学園生活を過ごすことになった。

 

ゲームをしながら計画を練ろうという話で今はあたしの家にシオンが来ている。

ゲームタイトルを見せながら話をしていると、カチャっとドアが開く音がする。

 

「ああ、あくあ……と、えっとお友達かな?」

「兄さん、お帰り。まぁ、そうかな。クラスメイトのシオンちゃんね。シオン、こっちはあたしの兄のフブキ兄さんよ」

「あ、シオンです。お邪魔してま~す」

「いらっしゃい、妹と仲良くしてやってな」

 

兄さんとシオンが挨拶を交わす

 

「あ、私は人がいても気にしない方なんで、お構いなく~」

「そうなんだ、ありがとう」

 

その後、兄は奥椅子に座ってパソコンの画面を開いている。

シオンは本当に兄がいても気にしないようで、普通にあたしとどのタイトルでクラスのマウントをとっていくかと計画を話していた。

 

こうして、趣味を前面に押し出していく想定外の学園生活がスタートを切ったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

視点:フブキ

 

ガチャ。

家に帰り着いて玄関をみると、見慣れない靴が置かれていた。

靴のサイズから、ひょっとすると妹が誰か連れてきたのかもしれない。

 

そう思いながら、簡単に手を洗い、飲み物をもって自分の部屋に向かう。

カチャっと、部屋の扉を開ける。

 

すると、妹のあくあが座り込んでいるのが見えた。

 

「ああ、あくあ……と、えっとお友達かな?」

 

さらには、もう一人同じ年頃の女の子が隣に座っていた。

 

「兄さん。まぁ、そうかな。クラスメイトのシオンちゃんね。シオン、こっちはあたしの兄のフブキ兄さんよ」

「あ、シオンです。お邪魔してま~す」

「いらっしゃい、妹と仲良くしてやってな」

 

シオンちゃんに声をかける。

どうやらコタツにノートPCを置いてゲームタイトルを表示して何をやるかを話し合っているようだった。

 

「あ、私は人がいても気にしない方なんで、お構いなく~」

「そうなんだ、ありがとう」

 

……普通に答えてしまってから気がついた「いや俺の部屋だからな!!」

 

妹の部屋は隣だ。

友達連れ込んでいるかもとは思ったがなぜ俺の部屋にいるのか!?

妹自体はちょくちょく人の部屋に入り込んでは、人の菓子を盗み食いしていったり、勉強を教えるまで唸り続けたりして無言の圧力をかけていくのでわかる。

 

けど、友達まで勝手に連れ込むんじゃありません。

 

と言いたいところだが、理由は大体わかる。

妹の部屋は狭い。

間取りは俺の部屋と一緒だが、フィギュアなりなんなり置きすぎなのだ。スペースがなさすぎる。ということで、こっちに来たのだろうが普通はやらんぞ?

 

声をかけようしたが、2人でやいやいと話し始めたのを見てやめることにして、奥にある自分の椅子に腰かける。

 

あくあは、引きこもり気質で友達とか作れるのか不安だったけど、家にまで呼んで好きなゲームを一緒にやれる子が見つかったなら、兄としては一安心ではあった。

 

はぁ、まあ今日ぐらいいいか。

 

口論しながらも口元がほころんでいる妹の様子をみて、好きにさせてやろうと思う。

 

 

今日ぐらい、で済まないという当然の結末に気がつくのは、

まだもう少し先の話であった。

 

 

                  ~ ホロ学園入学 ~ end

 




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混ぜるな危険
2-1 言葉は国境を超える


視点:るしあ

 

 

「それでは~、授業を~はじめたいとおもいまーす」

 

英語教師の桐生ココ先生の授業が始まる。

ココ先生は、アメリカ育ちで英語が母語なので当然だがきれいな英語を話す。

でも日本語も日常会話は理解してくれるし、ちょっとイントネーションが独特だけど言葉を交わすのに不自由しない。

英語教師なのだから当然ともいえるが、2ヶ国語を使いこなすのは本当にすごいと思う。

 

ついでに、胸の膨らみもすごい……男子生徒は明らかに鼻の下を伸ばしていて、気を引こうとしている様子が授業中にちょくちょく見られた。

 

 

授業の方針は[話すこと]だ。

英語は簡単な言葉でいいから日常使う言葉を英語で伝えることが大切、とココ先生からは伝えられている。

だから、授業もなるべく生徒が会話をする時間をとっていた。

話す内容は、最初の授業で全員に自己紹介と、今日1日で話した言葉を書き出してみて下さいと言われて皆が書いた言葉から、多く使われているフレーズを重点的に学んでいる。

基本の文法の時間も取るが、主にはフレーズを耳で覚えるスタンスを推奨されていた。

 

正直英語には自信がないので、これからの学園生活でしっかり学んでいきたいと思っている。

英語に自信がない理由の一つとして、うちの学園は受験科目が選択式であり、私は英語は選択していなかったことがあげられる。

さらに言うと、最高得点科目の評価点数は他の科目に比べて2倍で点数計算がされる方式になっている。

簡単に言えば、尖った得意科目を持った生徒を集める方式になっていた。

 

学園の方針については入学式での校長先生の話が分かりやすかった。

自分が進む道と同じ道を歩むものとは、学園生活の後でもいくらでも知り合う機会はできる。

でも、自分ができないことをできる人、他業種を目指す人との繋がりを作るのに学園生活ほど適した場所はない。だから、異なる視点を持つ人との交流を大切にして3年間を過ごして欲しい。

 

自分に出来ないことは、出来る人を頼ってもよいのだ。

その代わり、自分の得意で相手の助けになればよい。

それに、お互いの得意が違えば、教え合うことで互いを伸ばすことにも繋がるだろう。

もっとも、こんな科目ごとに学力にばらつきがあるクラスが成立するのは、オンラインの動画学習が充実していて、自分の得意を伸ばしたい人はそちらで勉強を進めることができる仕組みがあるためだろう。

 

「では、4人集まってワンフレーズでよいですから~まずは自己紹介をしましょー」

 

今回は、ねねさんと、あくあさん、そしてシオンさんの4人で集まった。

 

最初に私がシンプルにワンフレーズだけ自己紹介をした。

 

「My hobby is to play music.」(私の趣味は音楽を聴くことです)

「おー、ワンダフォー」

 

ねねさんが言葉を返してくれた。

 

「るしあちゃんは、どんな音楽を聴くの?」

「るしあは、クラッシックとか聴きそうよねぇ~」

 

あくあさんと、シオンさんから質問された。

 

「クラッシックも聴くけど、普通にJ-popとかボカロとかが多いかな」

「ふーん、割と普通なのね」

「別に普通じゃない雰囲気を発したりしてないでしょw」

 

シオンさんには私の清楚な雰囲気が伝わってしまったのかもしれない。

隣であくあさんが、難しそうな顔をしていたが何か疑問でもあるのだろうか?

 

 

「まあいいわ、じゃあ次は私ね」

 

シオンさんが自己紹介を引き継ぐ

 

「My hobby is art appreciation.」 (私の趣味は美術鑑賞です)

 

「おー、ビューティフォー」

 

理解しているのかいないのかわからないけど、ねねさんの感想が入る。

 

「あんた、そういえば美術鑑賞趣味とか最初に言ってたわね? うそでしょ? 本当のことに変えなさいよね」

 

あくあさんから、ツッコミが入る。

ネットゲームの大会決勝で対決するほどゲームをやり込んでいることをカミングアウトしてから、この2人は一緒に行動していることが多い。

気の置けない仲というのだろうか?

あくあさんは、基本的に伏し目がちで控えめに話しをするのだが、シオンさん相手では気安くツッコミを入れている。

 

「嘘じゃないわよ。コミケに絵を観に行くことあるしぃ~」

「それのどこが美術鑑賞なのよ? アニメイラストでしょうが」

「イラストは美術品じゃないの? 風景画だって、人物画だってあるし、有名な人なら個展だって開いてるのよ。十分美術鑑賞でしょう?」

「あんたは、またそんな理屈をこねるのね……」

「ふふっw」

 

つい笑ってしまった。

この2人は自分の世界の話を始めるとテンポよく会話が繋がっていく。

ゲーム配信より、トークでファンを獲得できるのではないだろうか。

 

 

「皆さん、日本語ではなく~、なるべくEngrishで会話をしてみましょ~ね~」

 

ココ先生から指摘が入る。

英語の授業であることを忘れてしまっていた。

クラスの様子を見回って声をかけていたココ先生にねねさんが声をかけた。

 

「ココ先生 イズ べりーべりーグッドジャパニーズ!!」

「Oh! thank you very much.」

 

私は、素直に日本語で話かけた。

 

「本当にお上手です。どうやって、そんなに日本語を覚えられたのですか?」

「ありがとうございます。少しずつでいいので、耳で聞いて、話す。それだけで言葉を~覚えていくことはできま~す。日本語を覚えるのと、いっしょですからね~」

 

 

ココ先生と話した後、自己紹介に戻り、

あくあさんと、ねねさんの自己紹介も終える。

 

このころに、クラスの男子生徒からココ先生に質問が入った。

 

「先生、英語が難しいとは、何ていえば良いですか?」

「そーですねー、It‘s difficult to speak English.でしょうか~。

でも、シンプルに言うなら、Speaking English is difficult.でいいのではないでしょうか~」

 

「そうなんですね、映画とかで難しいって、ホーリーシット!!って言ってる気がしますがそれじゃあだめなんですか?」

「この場合は適切ではないですねぇ、そんなバカな~、みたいな意味合いですが~、あまりきれいな言葉ではないのでそもそも使うのは控えるのがいいでしょー」

「そうなんですねー、やっぱりホーリーシット!!」

 

そう男子生徒が回答する。

 

と、次の瞬間

 

ガシッっとその男子生徒の頭が掴まれていた。

 

「おやー、ごめんなさ~い。よく聞こえなかったのですが~、今何と言いましたか~ 

Do you understand what I mean?(私の言っていることがわかりますか?)」

 

ココ先生の目が燃えていた。

そして、男子生徒の頭からはミシミシと音が聞こえる。

 

「ごごご、ごめんなさい、ソーリーソーリー、ごめんなソーリー!!」

「ごめんなソーリーじゃないんだよ、言語を混ぜるんじゃないよ!まったく!!」

 

そう言いながらココ先生は、男子生徒の首を脇に抱えて頭を軽くグーでぐりぐりした。

そう、脇に男子生徒の頭を抱えてしまったのだ。

 

見ていた他の男子生徒が起こしたその後の反応は――必然だったのだろう。

 

「先生、僕も英語がわかりません。とってもむずかシットねぇ~」

「先生、理解力が無くてすみまソーリ―」

「先生、暴力はやめてくだストップ」

 

「お前たち―、そこを動くなこら~」

 

ココ先生は抱えていた生徒を放り出し他の生徒を追いかけ始めた。

捕まりたくないようで、捕まりたい生徒は順調に先生に捕まるかと思われたが――

 

るしあの隣でシオンさんが足を横に出す。

すると隣を形ばかり逃げていた男子生徒が地面に転がった。

シオンさんはその背中を踏みつける。

他でも同様な状況がクラスで発生していた。

 

「ココ先生、先生が手を下すまでもありません。私たちにお任せください」

「わかりました、しっかり教・え・て・あげて下さいね~」

 

当然だろう、これ以上おバカなクラスメイトを放っておくわけにはいかないのだ。

 

最初に、ココ先生に抱えられた生徒が床に倒れたまま呟いていた。

「……すばらアメージング……」

 

一生立てないようにしてやろうか?

 

プチプチっと踏みつぶしたい衝動に駆られるが、何とか耐える。

レディーとしてはしたない真似をするわけにはいかない。

 

幸い、胸囲の格差社会を見せつけられた、つつましき女子生徒達によって、騒いでいた男子生徒は既に沈黙させられていたので私が手を下す必要はなかった。

 

アメリカ育ちのボインボインに教・え・て・もらう夢が破れて泣いている男子生徒を見下ろしながら、ふと思う。

 

日本語と英語、案外ごちゃ混ぜにすると、どちらの国の民でも大体の意味が分かってしまうかもしれない。

 

日本は島国で他の国とは距離がある。

そのために、これまで独自の文化を築いてきた。

けれど、これからはグローバル時代。

言葉は簡単に国境を超えるのだ。

ならば、まずは言葉から混じっていくのかもしれなった。

 

……教室の惨状を横目に、るしあには一部の民によって新たな言語が作られていく未来が見える気がした。

 

 




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2-2 はあちゃま参上

視点:るしあ

 

 

「それでは~、授業を~はじめたいとおもいますが~、今日は新しく授業のアシスタントをしくてくれますー先生を紹介します」

 

そういうと、ココ先生が教室の入り口に人を招き入れるように手を伸ばした。

教室の扉が、ヴァァーーンと勢いよく開く。

扉の向こうから、人影が勢いよく飛び出して教壇の中心に降り立った。

 

ココ先生から紹介が入る。

「オーストラリアからやってきました~スカーレット・ハート先生です」

「はあちゃまっちゃま~!HAACHAMACAMA~~~!!!ワールドワイドな最強アイドル!はあちゃまこと赤いはあとです!」

 

凄いテンションで言い切った……が、今のは英語だっただろうか?

ちょっと、聞き覚えのない言語と、日本語が混じっていたように感じたのだけども。

テンションの高さに圧倒される。

 

周りも同様みたいで、拍手をしようという動きが見えずに沈黙が流れる。

 

「ちょっと、ココちゃん!だれがスカーレット・ハートなのよ!ちゃんと紹介してよね。みんな混乱してるでしょ!!」

「いえ、まるで日本人の様な、赤いはあと氏と紹介できる存在ではないように思いまして」

「どういう意味よ!バリバリ日本人よ!いいわ自分で紹介するから」

 

そうって、改めて挨拶を始める。

 

「改めて初めまして、つい最近オーストラリアから帰ってきたいわゆる帰国子女の赤いはあとよ。年もほぼ変わらないし気軽にはーちゃま♡って呼んでね(^_-)-☆」

 

落ち着いて話してくれれば、ちゃんと聞き取れる日本語だった。

海外生活をしていたからだろうか。とてもフランクな先生らしい。

でも、先生をはーちゃま、と呼んでいいのだろうか?

 

「ココちゃん、日本の授業開始の挨拶。久々にやってもいいかしら?きりーつってやつ」

「オーストラリアではやりませんよねぇ~。まぁ今は英語の授業なんで、普段やらないんですけど、やってもらってもいいですよ」

 

「OK!!それじゃー、皆さん、きりーつ」

 

はーちゃま先生の掛け声でクラスの皆が席を立つ。

 

「ちゃくせーき」

 

全員が席に着く?

 

「れーい」

 

全員が礼をした。席に着いた姿勢で……。

 

「あっはははwwww」

 

「……」

 

実行犯が笑い転げていた……。

うん、なんとなく性格はつかめた気がする。はーちゃまでいいや。

その後、生徒が4人組で英語の会話を交わす様子を、ココ先生と、はーちゃまが見回りながら授業が進む。

 

「ねねちゃん、はーちゃまが来ましたよ?」

「あ、ホントあるか」

 

今日も一緒にペアを組んでいたねねちゃんが、はーちゃまが歩いてきた方に振り向いた。

まだ、ちょっと慣れないけれど、最近クラスでよく話す人は[さん]付けから[ちゃん]付けに変えていた。

 

話したいことがあると言っていたねねちゃんが、はーちゃまに声をかけた。

 

「はーちゃま先生は、オーストラリアから来たんですよね。言葉はどうやって覚えたあるか?とっても上手ある!!」

「んーそうね。まぁ、現地で生活していればおのずと覚えてしまうものよね~。もちろん、私をもってしても最初は苦労したけどね!」

「やっぱり、会話をするのがベストアンサーあるな!!」

 

ねねちゃんは、律義に先生をつけて呼ぶことにしたらしい。

 

言葉を学ぶ目的は、コミュニケーションをとること。

使うつもりがないのに学んでも身につくはずもないし、思いを伝える経験を積むのがやっぱり早いようだ。

 

「実践あるのみある!!では、はーちゃま イズ べりーべりーグッドジャパニーズ!!」

 

「あたしは、日本人だっていってんでしょーーーーがああああ」

「へぶしっある~~」

 

見事なはーちゃまのアッパーを食らったねねちゃんが、きれいなアーチを描いて飛んで行った。

 

……ねねちゃんの気持ちはわかる。

けど、今のは自業自得かもしれない。

 

これからの授業は賑やかになりそうですね。

 

赤い髪を鮮やかになびかせて拳を打ち抜いた、ハイテンションの新しい先生を見る。

 

数秒後にはココ先生の拳骨を食らうであろう、その若き先生が加わる学園生活は、賑やかで鮮やかで、ちょっぴり刺激的な日々になりそうだった。

 




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2-3 はあちゃま惨状

視点:るしあ

 

 

「みんな~アローナー、それでは今日の家庭科の授業を始めたいと思います」

 

家庭科教師のアキ・ローゼンタール先生が授業の説明を始める。

 

アキ先生は、いつも包丁さばきや、フライパンでの炒め方など手本を見せてくれるけれど手際が良くて見惚れてしまう。

私も兄においしい料理を食べてもらいたいと思い日々勉強している身。

ぜひアキ先生の技術を習得したいと力を入れて授業に取り組んでいる。

 

「今日は、創作料理になります。創作料理が得意ということで、今日は赤いはあと先生にも参加していただきますね」

「はあちゃまっちゃま~、創作料理ならはあちゃまにおまかせよ!!」

今日の家庭科の授業には、はあちゃまも参加するようだ。

 

大型の冷蔵庫から、目的の食材を取り出してテーブルに並べる。

兄が好きな、鶏のぼんじりと野菜を使った炒め物にする予定だ。

パプリカの赤・黄色・緑を使い彩りを鮮やかに仕上げたいと思う。

 

始めにお肉のぼんじりを下ごしらえしてから、野菜を刻み始める。

すぐ隣で、生徒を見て回っていたアキ先生が自分の調理を始めるのが見えた。

リズミカルに、包丁がまな板と触れるきれいな音がする。

かなりのボリュームの食材がどんどん刻まれていく。

その後に、冷蔵庫から取り出してきた生地を伸ばし始めた。

 

「アキ先生、それは何の生地ですか?」

「ピザの生地ね。皆の様子を見ながらだとあまり時間は取れないから、生地だけは先にこねて寝かせておいたのよ」

「ピザですか。アキ先生が作るならとてもおいしそうですね。でも、なんだか分量が多いように見えますけど」

「前回の家庭科の授業で作った料理を先生方に少し御裾分けしたんだけど、ココ先生が特においしいって喜んでくれて♪」

 

アキ先生は楽しそうに話しをしてくれる。

 

「せっかくだからリクエストがあれば作りますよって話をしたらピザがいいっていうからね。かなた先生もよければ僕の分もお願いしたいって言ってくれたから、ちょっと多めにつくってるの」

「おいしいって言ってもらえるのは嬉しいですよね」

「そうなのよ~、おいしいって言ってくれる人がいるのは料理が上達したいと思う一番の調味料よね~」

 

「なるほどなのです。アキ先生の料理は本当においしそうですからね。その花は食用のお花ですか?」

「そう、エディブルフラワーね。彩を添えるのにはとても便利よ~。でも、るしあちゃんのように、緑黄色野菜で見た目をきれいに仕上げることができるなら、それが栄養面も考えられた素晴らしい選択よね」

「ありがとうございます」

 

アキ先生が私の調理中の食材を見て褒めてくれた。

 

周囲の様子を見てみる。

 

手際よく食材を切っている人がいる一方で、何も考えていなさそうに食材を適当にフライパンに放り込んでいる人もいる。

 

あれは、パンケーキだろうか。少なくとも3枚は焼けそうな分量の生地を全部一気にフライパンに流し込んでいる……ひっくり返せないし、中まで焼けないだろう。

表面が焦げて中が生焼けになるのが目に見えるようだった。

でも、アキ先生が気づいたようで、すぐに多すぎる分をお玉で回収して、フライパンの生地も上手くまとめていた。

 

全員同じ料理を作るなら注意点も説明できるが、個々人で好きな料理をつくる創作料理となると先生は見て回るのが大変そうだ。

 

だからこそ、アシスタントとして呼ばれたのであろう、はあちゃまを探すと、見つけた……が、どうしたのだろう?

腕を組んで首をかしげて悩んでいるようだった。

 

「うーん、あたしが創作料理をするにふさわしい食材がないわね」

「はあちゃま先生は、何を作りたいあるか?」

「そうね、アヒルの丸焼きとか!!」

「それは豪快あるね」

 

パリーン。

食器の割れる音がしたので見ると、スバルちゃんが手を滑らせてお皿を割ってしまったようだった。

「スバルちゃん、大丈夫なのです?」

「ああ、大丈夫っす、アヒルを丸焼きにするとか聞いてちょっとびっくりしたっす」

 

鳥の丸焼きはわかるが、カモならともかく、アヒルと表現されたことに驚いたらしかった。

カモというと食用で、アヒルと言われると愛玩のイメージがあるのでわかる気はした。

 

「でも、アヒルもカモの一種で食用なのですよ。むしろマガモを食用に家畜化したのがアヒルなのです。それに、北京ダックとか普通にアヒルの丸焼きなので別に珍しくはないのですよ」

「そうなんっすか、アヒルの丸焼き……」

 

スバルちゃんには、どこかが引っかかるようだった。

 

「食材にもこだわった新しい料理を作りたいわね」

「それは楽しそうある!」

「出来たら、ねねにも分けてあげるから期待していなさい」

「楽しみだな~。でも食材はどうするあるか?」

「いいわ、私の創作料理にふさわしい食材を学園内に捜索に行ってくるわ!!」

 

そういうと、はあちゃまはさっそうと家庭科教室を出ていった。

いったい、家庭科教室以外のどこに食材を求めに行ったのだろうか?

 

不思議に思うが、ひとまず自分の料理に集中する。

フライパンで下味をつけたお肉に火を通し、野菜と和える。

野菜は火をしっかり通しながら、パリッとした食感と見た目のツヤも残すように仕上げた。

お皿に盛りつけて完成する。

 

「るしあちゃんは、とても料理が上手ね」

「あ、いえ、アキ先生に比べるとまだまだなのです。でも、兄に食事の時間も楽しく、健康にいてもらえるようにと思って勉強しています」

「るしあちゃんは、お兄さんが大好きなのね」

「はい、兄は世界で一番素敵な人です」

「ふふっ、やっぱり食べてくれる人の事を思って作っている人の料理は一目で違いがわかるわね~」

 

褒めてもらえるのは嬉しい。

毎日、少しでもおいしい料理が作れるようにと心配りをしている成果が出ているといいのだけれど。

 

「アキ先生も焼きあがったんですね。すごくいい匂いで、おいしそうですね」

「うふふ、ありがとう」

「あれ、そっちのは何ですか」

「これはおまけで作ったリクエスト品で、ダブルパイナップルバーガーね」

「はい?」

 

アキ先生はちょっと困ったような顔をしていた。

 

「ダブルパイナップルバーガーよ。パイナップルピザがあるのだからバーガーがあってもいいのではということで、食べてみたいと言われたから試しに1個だけ作ったの」

 

ハンバーガーの本来ならチーズが挟まっていそうなところに、パイナップルが挟まっている……缶詰の物だろうかリング状なので収まりは良さそうだけど。

パンとお肉、パイナップルは焦げ目がつくくらい香ばしそうな焼き色がついていた。レタスは生の様なので、個別に焼いて後で合わせたのだろう。おいしそうかと言われると……

 

「まぁ、話のネタだからw 今度、結果を教えてあげるわね♪」

 

先生方もフレンドリーに学園での生活を送っているようだった。

 

もう、完成する人も出てきていて授業も終盤だ。

すると、先ほど出ていったはあちゃまが箱のようなものを持って戻ってきた。

 

「さぁ、食材もそろったし料理を始めるわよ!」

「はあちゃま、もうあまり時間がないのですよ。間に合うのですか?」

 

はあちゃまに聞いてみる。

 

「大丈夫よ。素材が独創的だから、調理自体は素材を活かしてシンプルに仕上げるわ!」

「何を調達してきたのですか?」

「ふっふっふっ。中央に大きな体があって、そこから左右に立派な脚が4本に触覚が伸びている生物なーんだ♪」

「え……そうですね……カニですか?でもハサミじゃなく触覚ですか?」

「あー、惜しいわね~。近いけど不正解。正解はこれよ!」

 

はあちゃまが箱の中からこぶし大の何かを取り出した。

 

!!!?

ズザザーッ!!!

 

何者かをはっきり理解する前から、体が拒否反応を示してその場から離脱する。

他にも一斉に距離をとる生徒が多数。

 

「な、なんなのですか!?」

「正解は、蜘蛛でした~、おっきいし、見た感じカニみたいな物よね」

「ぜんっっっ全違うんですけど!」

「そう?カニは脚8本に爪2本。この子は、足8本に触覚2本。まぁ、似たようなものよ!!」

 

全っ然違う!

冗談ですよね。蜘蛛!?しかもでかすぎ。何で普通に扱ってるのだろう。

 

「どこから持ってきたのです?」

「虫食研究会にいったら、食用タランチュラが増え過ぎて食べきれないというからもらってきたわ」

 

「アキ先生……今の話って?」

「あはは、あるのよねぇ実は。他にも昆虫食研究会、爬虫類食研究会とかあるわね。そういった調理をする部屋はこの家庭科教室とは別に用意しているからそこは安心してね」

 

どんなカオスな光景が広がっているのだろうか……。

絶対に教室を間違えないようにしなければ。

 

「さて、蜘蛛をアルミホイルのうつわに入れます。そして中に、各運動部から分けてもらってきた、おすすめエナジードリンクの数々を注いでいきます」

 

はあちゃまは、タランチュラを入れたアルミ箔のうつわに、色とりどりの液体を注いでいく。

 

「さらに隠し味として、化学実験室に厳重に保管されていたこの刺激的な香りのする液体を注ぎます。あれ?なんかぐつぐついってるわね。まあいいわ。いい感じにエネルギーを凝縮した料理ができそうね!」

 

そう言うと、はあちゃまは、そのアルミ箔のうつわにアルミホイルで蓋をすると電子レンジに放り込んだ。

 

「それじゃ、ボイル焼きにするわよ」

 

といって、電子レンジに入れ、温めボタンを押した。

後は、待つだけね!!と、はあちゃまは言って出来上がりを待っている。

 

……え。待って、ツッコミどころが多すぎて、どうしていいかわからない。

化学実験室の刺激物って絶対ダメなやつでしょう。それに、

 

「はあちゃま先生、電子レンジから火花が散っているように見えるけど、大丈夫あるか?」

「心配ないわ!きっと化学反応によって素材が新しいものに生まれ変わっているのよ」

 

いや、アルミ箔を電子レンジに入れて[温め機能]使っちゃだめですから!!

マイクロ波の影響で普通に火花がちりますよ。レンジ壊れるし危険だから絶対やるなって教わらなかったんですか!?

 

気にした様子もなく、既にやり切ったような顔をしているはーちゃまにツッコミたいが、あまりの状況に言葉が出なかった。

代りにねねちゃんが頑張ってくれていた。

 

「そ、そうあるか?えっと、でもなんか煙が出始めたあるよ?」

「順調ね」

「えっと、なんか振動し始めたあるよ……って、あっ!」

 

次の瞬間、どぉーーーん。電子レンジが火を噴いた。

 

教室がどよめくなか、電子レンジの扉が、力尽きたように煙を吐き出しながら開いた。

 

やけに黒々とした煙が天井へと立ち上るにつれて、電子レンジの中の煙が徐々に晴れていった。

中を見ると、真っ黒く焦げたアルミ箔の残骸が見える。

電子レンジの温め機能でなぜモノを焦がすことができるのか……。

はあちゃまが、その残骸をレンジから取り出す。

焦げ焦げのアルミ箔を開くと、何がどう化学反応を起こしたのか、元の姿を保ったままで真っ黒に染まった蜘蛛が包まれていた。しげしげとその真っ黒い蜘蛛を眺めていたはあちゃまは一つ頷いた。

 

「これは、究極の姿焼きが完成したわね!!」

「まぁ、はあちゃまとっても独創的な創作料理をつくりましたね~」

「そうなのよ、あたしの才能が怖いわ」

「じゃあ、味見をしてもらえるかしら~」

「えっ、そうね。それじゃ……」

 

アキ先生が料理と言い張るはあちゃまに困ったような表情でつっ込んだ。

だが、はあちゃまには効果がなかったようで、ためらわずに脚の一本を口に含んでいた。

ただ、どうやら硬くて歯が立たない様で、包丁や肉たたき棒で折ろうとしていたが無理な様子だ。一通り試した後に、はあちゃまが一つ頷く。

 

「どうやら、このはあちゃまの才能は料理に収まらず、新たな超硬度素材の合成に成功してしまったようね」

 

食べることは諦めたようだ。

それから、近くにいたねねちゃんに約束通りプレゼントと言って手渡そうとしている。

 

「いや、呪われそうだからいらないある」

「えっ、そんな。ねねにプレゼントしたいという一心でつくったのよ!!受け取ってくれなかったらきっと……夜中にねねの部屋に「なんでボクを拒絶したんだい。捨てないで、ボクを捨てないで~ドンドンドンッ」って、会いに行ってしまうんじゃないかしら。」

「すでに呪われてるある!!?」

 

結局、ねねちゃんは受け取ったほうがましと判断したようで、厳重に袋に包んで受け取ったようだった。

 

※ねねは、装備解除できない呪われたアイテム【タランチュラの姿焼き】を手に入れた。

 

 

ちなみに授業の後、電子レンジを爆破して授業を盛大に脱線させたため、はあちゃまは家庭科教室を出禁となった。

 

 

そのことが、【裏】家庭科教室の闇をさらに濃くしてゆくことを、この時は誰も予想できていなかった。

 




お読みいただきましてありがとうございます。

これからも投稿していきますので、興味を持っていただけたらお気に入り登録をお願い致します。


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2-4 火の用心

視点:るしあ

 

 

授業を終えて、放課後になった。

最後の授業の内容でもう少し考察を記録しておきたいところがあったので、そのままキーボードで考えを入力していく。

 

今日は家庭科の授業で、はあちゃまが電子レンジを爆破したりと大変な一日だった。

特に、この学園には、どこかに大量に虫や昆虫や爬虫類が飼われていて、それらを調理している場所があるというのは衝撃だ。

 

3年間そんな危険な場所には関わらずに過ごすことができるといいのだけれど……とても不安だった。

昔は虫に触れることにも大丈夫だったのだが、今は極端にではないがやっぱりちょっと苦手だ。

食べるのは……想像したくないので考えるのはやめよう。

 

「あ、るしあはまだ勉強中?まだ時間かかるかな?」

「ちょっと授業で感じたことを記録していただけなので、大丈夫なのですよ。どうしたのですか?」

 

マリンちゃんが話しかけてくる。

返事をすると、マリンちゃんはすすすーと体を寄せてくる。

 

「な、なんなのです?」

「るしあには3年生にお兄さんがいるのよね?」

「そうだね、兄のミオは3年生だよ」

「カッコいい?」

 

なるほど、そういう話か。

女子生徒が恋愛に興味を持つのは当然の話だろう。

妹の私がいるなら、つなぎ役になることでお近づきになれるチャンスもあると考えたのかもしれない。

まぁ、お兄ちゃんはそんなに簡単に恋人を作るほど軽い人ではない。

なにより、可愛い妹がいるというのに恋人を作ることなどないだろう。

なので、つなぎ役になるつもりはないが、純粋に紹介ならしてもいいと思っている。

 

「そうだね、とってもカッコいいよ」

「ふぉぉ――」

「でも「じゃあさぁー」」

 

恋愛をするのは難しいと思うと伝えようとしたのだが、マリンの言葉の方が強かった。

 

「るしあは、ベーコンレタスバーガーは好きかな?」

「は? ベーコンレタスバーガー? なのですか。まぁ、好きかと聞かれれば好きですけど」

「特別に好きという訳ではないと?」

「まぁ、あまり頻繁に食べるものではないですから」

「ふぉ、ふぉーーー、つまり時々食べると! ベーコンレタスバーガーを!! お兄さんは確定。もう一つは何を挟むのです。やっぱり父親? もう一人お兄さんがいたり?」

「な、ホントに何なのですか、挟むって何です」

 

マリンの異様な熱気に距離をとる。

これは何か雲行きが怪しい。心の中で警鐘がなっているので離脱したいところだけれど。

 

「マリン、そうやって人にすぐ迫るのは悪い癖だぞ。ベーコンレタスバーガーならスバルも好きだけど、それがどうしたんっすか」

「スバルも!!あれ、スバルも3年生にお兄さんいたよね」

「いるっすね」

「ふぉぉぉおおおーーー、妹を通じて知り合ったお兄さんが徐々に親しい関係になっていく」

「いや、兄貴は前からるしあの兄貴のミオさんの事よく知ってるって言ってたっすよ?」

「すでによく知ってる関係!?」

「いや、だからいったい何なんっすか??」

 

「あ、まつりも聞きたいな~。スバル、3年生にお兄さんがいるのよね。そのお兄さんを追いかけるように入学したスバル。そこには、実は秘めたスバルのお兄さんへの思いがあるのでは♡」

 

「まつのら! スバルちゃん、男なんかより妹に興味はないのら? スバルちゃんは男勝りなところがカッコいいのらけど。でも掛け算をするなら絶対に受けだと思うのら……スバルちゃん的にはどうなのら?」

 

「ちょ、ちょっと、まつりとルーナまで!! 何があったんだよ!!」

「あ、ごめんね。私ちょっとお手洗いに行ってくるのです」

 

マリンちゃんだけでなく、まつりちゃんとルーナちゃんが加わった時点で、影を潜めてその場を離脱する。昔から影を潜めて存在感を消して一人になることは得意なのだ。

スバルちゃんに後を任せ近くにあった教室の出入り口から外に出ると、素早く扉の陰に張り付いた。

 

何かわからないが危険な香りがしたため、スバルちゃんを置き去りに離脱してしまった。

学園に入学してから危険を感じる機会が増えた気がするのは気のせいではないだろう。

ちらっと、教室内を覗くと、3人がスバルちゃんを囲んで質問攻めにしている様子が見えた。

誰もこちらを気にしていないようだ。

 

「ふぅ、スバルちゃんのおかげで助かったのです」

 

そういって、口元で手を合わせてスバルちゃんに小さく頭を下げる。

 

「いやー、妹がお役に立てたなら何よりなにより」

 

不意に横から声がかけられる。

見ると教室を覗ける位置に男性が立っていた。教室の中の様子を気にしながら、教室を覗き見ている私に声をかけたようだ。

 

「えっと、妹って、ひょっとしてスバルちゃんなのです?」

「そう、スバルの兄貴、ポルカですどうぞよろしく」

「あ、るしあなのです。よろしくお願いします」

「お、るしあちゃんか。噂のミオの妹さんだよね。いやー、さすがミオの妹さん、かわいいなぁ~。ホントかわいい。この後お茶でもどうかな?」

「噂についてはわかりませんが、ミオの妹のるしあです。朝が弱いとお噂のポルカさんにほめて頂けるなんて光栄です。でもよいのですか? 部活をされていると聞きましたが、朝練でもないのに部活に遅刻してしまいますよ?」

「あイタタタ。てキビシー。スバルの奴め、兄貴の威厳をもっと大切にしてくれないと困るんだよなぁ」

 

頭をぺちっと叩いてオーバーリアクションでぼやく。

賑やかなのは、スバルちゃんに似ている。けど、スバルちゃんが活発で元気なタイプなのに対して、お兄さんはひょうきんなタイプようだ。

 

「いやー、うちの妹は大人気だなぁ」

「そうですね、スバルちゃんの周りにはいつも人が集まっています」

「確かにそういうところあるよなぁ。ただ、今のあれは集まってるというか密度高すぎるように見えるけどな」

「そう……ですね」

 

見ると、周りの女子とスバルちゃんとの距離が狭まって密度がグッと上がっていた。というより、まつりちゃんは腕にくっついているし、ルーナちゃんは後ろ向きで表情は見えないがキスするのではというくらい至近距離に迫っている。マリンちゃんはその様子をみて陶酔した表情をしている……妄想の世界に入り込んでしまっているようだ。

 

「あいつは正義感強くて、炎上したりしてると自分から首つっ込んで火消しをしようとするんだよ、けど理解してないことがあるんだよなぁ」

「理解してないことですか?」

「そそっ、それはぁ、自分が一番よく燃えるってことだな。賑やかで男勝りに見えるのに親しげに詰め寄られると急にウブになるからなぁ、いじりたくなるんだよね」

「なるほど」

 

あの様子を見れば、まぁその通りかもしれない。

 

「アヒルが薪背負って火を消そうと火種の上でバタついてるようなもんだよ、丸焼きにしてくれって言ってるようなもんだろ?」

「自ら食べられるために焼かれるアヒル……ですか。月の兎みたいな話ですね。エモさには欠けますけど」

「お、上手いね! 燃えるけど、萌えないってね」

 

そう言われて、ちょっと頬が赤くなった。

そんなつもりではなかったのだけど。

 

月の兎と言えば、説は幾つかあるが、山で倒れていた老人を助けるために、自ら火の中に飛び込むことで食料としてささげようとした。実はこの老人は帝釈天(たいしゃくてん)で、兎の慈悲の心に心を打たれ兎を月への昇らせたという仏教のお話で知られている。

この話は、少し悲しく、でも兎のやさしさに心打たれるところがあるけれど、薪を背負ったアヒルが火の中に飛び込むのは……どちらかというとカモネギのように思えた。

 

教室では、まだ火が消えない様でスバルちゃんがちょっと赤くなりながら3人をなだめようと必死になっていた。

 

「ねぇスバルぅ~、スバルもその気になれるすごくいいアイテムがあるんだけどどうかしら~」

「いや、マリンその言い方なんかやばいだろ、その気ってなんだよその気って」

「その気は~、わかるでしょぅ。そ・の・気・よ♡でこれなんだけど。やる♡スイッチっていうの。スバルのために初心者用のを用意したからぜひ使って見てほしいな~」

「あ、マリンちゃんも持ってるのらね?ルーナも持ってるのら。スバルちゃんなら初心者用なんて飛び越えても大丈夫だからルーナの上級者用のスイッチをあげるのら」

「ルーナやるわね。それを使ってるなんて。でもまつりもカスタムタイプの一味違ったやる♡スイッチもってるから、使う資格があるスバルちゃんにはぜひこれを試してほしいな」

 

3人が詰め寄って、スバルに何かを押し付けようとしていた。

3人の手にあるそれは、なんだかわからないが……うねうねと動き回っている。

使うって何をするつもりなのだろうか。異次元の話についていけないが、あの物体にはおぞましさを感じる。

同じ感覚の持ち主であろうスバルちゃんは、3方向から迫る謎の物体に鳥肌を立てている。

まぁ、3人も無理強いはよくないと思ったのか、試してみてといって取りあえずは1つを手渡すことに切り替えたようだ。

スバルちゃんは苦渋の決断で一番ましそうなマリンちゃんのを受け取ることにしたらしい。

 

※スバルは【やる♡スイッチ】を手に入れた。

 

逃げ出した手前。何とも言い難いけど、頑張ってスバルちゃん。と心の中で応援しておく。

 

「あいつが想像していた学園生活とは大分違っただろうと思って。どんな様子かと思ったけど、大丈夫そうだな」

「あれは大丈夫そうなんですか?」

「良くも悪くも人が集まるから、変なトラブルに巻き込まれないといいと思っていたんだけど仲良くやっていけそうだなってね」

「確かにこの学園は独特の空気がありますね。私も兄から様子を聞いていましたが、それでも入ってみるとやっぱり不思議な場所だと思ってしまいました」

「でしょ? 尖った性格の奴しか基本いないからな~、中々のカオスっぷりだよ」

「ふふふ」

 

まぁ、本当に大変そうなときは助けてやってよ。

そう言い残してポルカさんは去っていった。

 

どうやら、妹のスバルちゃんを心配して様子を見に来たようだった。

なんだか軽そうにも見えるが、スバルちゃんを見る目はとてもやさしい目をしていて、いいお兄さんなんだと思えた。

 

私のお兄ちゃんは特に様子を見に来ることはないだろう。

毎朝顔を合わせているし、学校での様子も話をしているので心配はさせていないと思う。

もっとも、もし私の様子がおかしければすぐに駆け付けてくれるという安心感はあった。

 

私は、小さなころは花を眺めたり、虫をじっとみていたりと、一人でいる子供だった。

それが苦ではなかったし、気がつくとそうして一人でいることを選んでいた。

対照的にお兄ちゃんは、いつも誰かと一緒にいたと思う。

お兄ちゃんは、無理に私をその輪に誘うことはしなかった。

 

ただ、ふと一人でいることが不安になることがある。

誰も私を認識していないような。私を必要としていないような。取り残されたような不安。

自分で一人を選んだはずなのに変な話だけれど、そういった不安は不意に襲ってくるのだ。

そんな時、ふと気がつくとお兄ちゃんがいつも隣にいた。

私をみてくれているそのお兄ちゃんの存在に不安がスッと溶けて消えた。

 

無理にずっと一緒にいるわけではないけれど、誰かにそばにいて欲しい時、そこにはお兄ちゃんが何時もいてくれた。

どうやって察してくれているのかわからない。

ひょっとするとお兄ちゃんは先を見通す超能力を持っているのかもしれない。

よく当たる占いをしてくれるのも、超能力が関係していると今でも思っていたりする。

お兄ちゃん曰く、占いは未来予想ではなくて、何か起きても対処できるように心構えの手助けをするものだという。

当たっていると感じるのは、それだけ、広い可能性に備える意識を持てていたということだよ、と。

 

真実はわからない。けれど、私の心をいつでも温めてくれる超能力は間違いなく持っている大好きなお兄ちゃんだ。

 

タイプは違うが優しそうなスバルちゃんのお兄さんのポルカさんを見てそんなことを思う。

 

「嬉しそうあるな? でも扉に張り付いて笑ってるとちょっと変な人に見えるあるよ?」

 

まだ、教室の火が消え切らないため、入るタイミングを計っていた。

その間、教室の扉に張り付いてお兄ちゃんのことを考えて微笑んでいた私の客観的な状況を、ねねちゃんが親切にも指摘してくれる。

 

……何人に見られただろうか?

自分の行動を振り返って、恥ずかしさに思わず顔を覆った。

 

 



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2-5 歴史に刻む爪痕

視点:るしあ

 

 

「えっと、大丈夫ですかスバルちゃん?」

 

のぼせたような顔をしたスバルちゃんに声をかける。

 

「いやー、大変な目にあったっす。ひどくない、るしあさっさと逃げちゃうんだもんなぁ」

「あはは、ごめんね?危険を感じてついつい」

 

条件反射的に逃げ出してしまった。

 

「そうそう、さっき今教室の前でお兄さんのポルカさんに会いましたよ。スバルちゃんの様子を見に来てたみたいなのです」

「へー、兄貴が。あれ? さっきってあの時っすか?」

「そう、スバルちゃんが大人気だった時だね」

「うわー、ヤバいとこ見られたー。絶対後でからかわれる。これは余計なこと言われる前に圧かけとかないといけないっすね」

「圧ってどうやって?」

「朝起こさない……訳にはいかないから、食事のおかずを一品人質にするっすかね」

「胃袋を握っているのは強いねw」

 

それじゃ、帰ろうかという時、同じタイミングで帰宅しようとしていたあくあちゃんとねねちゃんに声をかけて一緒に教室の外に向かう。

ねねちゃんは学生寮だが、校門から一旦出た先にあるのでそこまで一緒に歩く予定だ。

 

「ねねちゃんは、学生寮には慣れたっすか」

「うん、先輩たちがいい人たちで生活の仕方とか丁寧に教えてくれるから慣れたあるよ」

 

寮での生活については、先輩が後輩に伝えていく仕組みのとのことだった。

ねねちゃんは屈託なく明るい性格だからきっと可愛がられているのだろうと思う。

一人で新しい生活を始めるのは大変だと思う。

ただ、私はまだお兄ちゃんを通じた間接的な先輩との関りしかないので、自然と先輩と交流が持てるのはちょっと羨ましいとも思った。

部活動についてもそろそろ考えようかな?

ねねちゃんの話を聞いていたらそんな気持ちになった。

 

 

 

下駄箱で靴を履き替え校舎からでる。

校舎は真新しくほとんど傷もなくきれいなものだ。

教室が校門からは遠い位置にあるため、校舎に沿って伸びる道を歩いて校門へと向かう。

皆で話をしながら歩き、ちょうど校舎の中央まで来たところで、目の前に校長先生の銅像が現れた。

校長という響きの印象からすると若い男性の銅像だった。

校長先生は学園の創始者だ。

新しいグローバル時代、IT時代に即した学びの環境を作りたいという理念でホロ学園を開校している。

 

「校長先生がこの学園を作ってくれたおかげで、いい友達と巡り会えたあるね~」

 

校長先生の銅像の前で足を止め、ねねちゃんが、ぱんぱんと手を叩き銅像に頭を下げていた。

 

「それにしても、銅像にしてはきれいすぎるかな? 新しすぎると、こう、風格が足りないある」

「それはそうでしょ。まだこの学園は創設してそんなに立っていないから。たしかに、銅像って聞いたら、二宮金次郎とか、西郷さん、あとは忠犬ハチ公像みたいな50年とか経ってるものをイメージするから、あたしも違和感はあるのはわかるけどね」

 

あくあちゃんが言うように、銅像=歴史あるものをイメージするだろう。

 

「風格についてはこれから歴史を経ていくなかで徐々に表れてくると思うのです」

「スバル達と共に過ごす中で銅像も成長していくっすね」

「あ、そうだ、学園に入学させてもらったお礼にお供え物をしようと思うある」

 

ねねちゃんは、いいことを思いついたと手を叩き、肩にかけていた鞄から袋を取り出す。

それは家庭科の授業で、はあちゃまにプレゼントされた硬くて真っ黒な【タランチュラの姿焼き】を入れた袋だった。

 

「お供えものですか?」

「そうある。この学園で新しく開発されたこの新素材は校長先生にお供えするのにぴったりある」

「確かに、あ、それならスバルもこの学園に入学させてもらった感謝を込めてお供え物をするっす」

 

スバルも鞄を開けると、中からスイッチを入れるとうごめく謎の物体【やる♡スイッチ】を取り出した。

 

「あ、それじゃこの袋に入れて一緒にお供えするある」

 

そういって、差し出した袋にスバルちゃんがスイッチを入れる。

お供えと称して二人して危険物処理を慣行するつもりらしかった。

後で埋めるとして、まずはお供えをする。

あのタランチュラは出来れば取り出したくはないということで、校長先生の前に袋ごと置く。4人で少し距離をとり、手を合わせてお祈りをする。

 

私は、お兄ちゃんと共に通えること、そして新しい友達との出会いに感謝をささげておく。

 

すると、がさがさがさっと音がする。

見ると、校長先生の銅像にお供えした袋がうごめいている。

 

「あれ、ひょっとしてあのスイッチ入っちゃったっすかね?」

 

スバルちゃんが眉をしかめつつも、いやいやスイッチを止めようと袋に近づく。

すると、袋から何かが飛び出しスバルちゃんに飛びかかった。

 

「う、うあぁ」

「危ないある!!」

 

驚いて後ろに下がるスバルちゃんに追いすがるように飛び掛かった物体を、ねねちゃんが

横から殴り飛ばした。

 

謎の物体は数回弾むと、むくりと起き上がる。

それは、はあちゃまが生み出した、真っ黒に染まったタランチュラだった。

何をやっても傷つける事すらできないほど硬かったはずで、そもそも生きてはいなかったはずだが、嘘のように足をシャカシャカと動かし態勢を整えている。

背中には、あのやる♡スイッチなるものがドッキングしていた。あのスイッチにそんな特殊能力があったのだろうか。まるで、タランチュラに寄生して動かしているようにも見えた。

 

「ねね、ありがとうっす。それにしても、うげぇ動きが気持ち悪いっす」

 

こぶしサイズの寄生タランチュラは、おしりを振り振りふり回している。

全く可愛くない。あまり目にしたくないが、前のめりに飛び掛かる姿勢をとっている相手から目を背けるわけにもいかなかった。

 

次の瞬間、今度はねねちゃんに飛び掛かる。

軽いフットワークで避ける。タランチュラは着地すると直ぐに向きを変え飛び掛かっているがねねちゃんは機敏な動きで避けていた。

クラスでもトップクラスの運動神経をいかんなく発揮している。

しかし、

 

「な、なにあるかこれ!?」

 

気がつくと、ねねちゃんの両手をまとめるように何かが巻き付いている。

どうやら飛び掛かっている中で、蜘蛛の糸を絡めていたらしい。

そして、動きが制限されたところで、ねねちゃんの背後にタランチュラが飛び掛かる。

 

「あぶないっす」

 

スバルちゃんが鞄をフルスイングして弾き飛ばした。

今度は、ねねちゃんの背後をスバルちゃんが守る。

 

大きく、弾き飛ばされたタランチュラはいったんこちらを向いた後、すぐに別の方向を向く。その先には、2人組の女子生徒が歩いてる。

ねねちゃんとスバルが手ごわいと見て取ったのか狙いを変えたようだ。

 

「危ないのです!」

 

タランチュラが女子生徒に向かって走る。

 

「きゃっ、なにこれ!!?」

「え、どうしたの美咲、いやー蜘蛛!?」

 

声をかけるがとっさのことに反応できていない。

タランチュラは、美咲と呼ばれた女子生徒の胸元に飛び掛かると肩を伝って背中に回る。

脚を服に引っかけ背中の中心に体を固定すると、一本の脚の先端を注射器のように背中に突き刺した。

1人の女子生徒を襲ったあと、もう一人は無視して他の生徒を襲いに行く。

 

「あ、あぁあああ」

「ちょっと、大丈夫!!保健室。保健室いこ」

 

刺された女子生徒が少しの虚空をみて放心している。

隣の子が慌てて、保健室に連れて行こうと手を引く。

すると、放心していた美咲さんはその手を強く引き寄せて、急に抱きしめた。

 

「え?どしたの美咲?急に抱きついたりし、んんんー!!?」

 

そして、そのまま……キスをした。

何が起こったのか?

駆けつけようとしたけれど、しっかりと抱きしめてキスを始めたのを見て思考が停止した。

その間も、耳には次々と被害が拡散している声が響く

 

「うわ、何だよこいつ、ああぁあああ」

「ん、どうしたんだよ、急に叫んだりして。おい、目がやばいぞ大丈夫な、んんー、おまっ、離れろ、おえなんてことしやがる……俺の俺のファーストキスがぁあああ」

 

「きゃー、何か背中にくっついた!!」

「どうしたの、何それ、いやこっち来た」

「あんたたち、何を騒いでるぺこ?ちょっと急に黙ってどうしたぺこか?あれ、ちょま、待つぺこ、なんで二人して抱きついてくるぺ、むーーーー!!?」

 

「どうしたんですか由香里先輩。えっ、キス!?そんな、由香里先輩が私に……!?私、私も先輩の事……」

 

わーわー、きゃーきゃー騒ぐ声が、そこらかしこで響き渡って阿鼻叫喚といった様子になる。

 

やる♡スイッチにより覚醒したタランチュラは、どうやら2人以上の同性ペアを狙っているらしく、抱き合っているのは必ず同性だ。

 

あの【やる♡スイッチ】は、マリンちゃんがスバルちゃんのために用意した物だ。

まさか、あのタランチュラはマリンちゃんが操っていたりしないよね?

お尻を振り振りしながら嬉々として男女を襲っているタランチュラの様子に……ないと言い切れないのが怖いところだ。

 

刺された効果はキスをすることらしい。

たしか、初心者用のスイッチだと言っていた。

初心者用のスイッチがキスならば、ルーナちゃんがもっていた上級者用のスイッチだったらいったいどんな状況になっていたのだろうか。

想像すると恐ろしい。

 

そして、まつりちゃんが持っていたカスタムタイプというスイッチは何だったろうか。

たしか近親……、あのタランチュラに寄生したスイッチがまつりちゃんの持っていたスイッチで、お兄ちゃんがたまたまこの場に通りかかっていたら、ひょっとして……!!?

 

――慌てて横に飛ぶ。

いつの間にか接近していたタランチュラが脇を通り過ぎていく。

危ない危ない、考え事をしていて周辺確認がおろそかになっていた。

 

タランチュラは、多くの人を襲う間に随分と変化していた。

拳サイズだった胴体が大玉のスイカのように膨らんでいる。

脚もアシダカクモのように長く伸びて、立ち上がったら人の身長に届きそうな大きさだ。

さらに、体の色が徐々に赤く染まってきている。

そして赤い点滅を繰り返しており、点滅間隔も徐々に短くなっていた。

赤い点滅と言えば爆発と相場は決まっている。

家庭科教室での電子レンジ爆破事故が思い出さ、この後の展開が不安を感じた。

 

向かい合っている大きく成長したタランチュラを見る。

近くでみるとやっぱり虫は苦手だ。

背中がかゆくなるような、ムズムズするような気がする。

昔は平気で触っていたのだけど、成長する中で、いつの間にか苦手意識が働くようになっていた。

 

急接近してきたタランチュラの攻撃を今度はしっかり見て避ける。

けれど、私にはねねちゃんほどのスピードはない。

そのため、捉えられそうになる。

 

「るしあ!?」「るしあちゃん」

 

スバルと、ねねちゃんの声が聞こえる。

 

「大丈夫!」

 

前方に進むと見せて、左足を起点に体を後ろにターンさせながら進行方向を変える。

フェイントに引っかかりタランチュラの脚が空を切る。

タランチュラが距離を詰めてくるが、脚の動きをよく見ながら、進むと見せて引き、引くと見せてターンして方向を変える。

習っているダンスの足運びを意識する。

パートナーの足運びを感じ取り、こちらの足運びを合わせるのは基本だ。

今はそれを回避に応用する。

スピードではなく、蝶が舞うような、ひらりひらりと不規則なステップでタランチュラを翻弄していると、急にお尻を突き出してきた。

 

糸が吹きだし絡めとろうとしてくるが、その行動は既に知っている。

大きくなって動作が見やすくなったこともあり、余裕をもって回避する。

 

「巣を作って待ち構えているならともかく、今更糸を一本出した程度で蝶を捕まえようなどと甘いのです」

 

相対している間、タランチュラのサイズは変わらない。おそらく、人を襲うことで何かを吸収して大きくなっていたのだろう。

ただ、体が明らかに赤くなり、さらに点滅の速度も早まっている。

 

いざという時に離脱できるだろうか?

終わりの時が近いことを感じならが、距離をとる隙を伺い対峙していると、タランチュラが急に向きを変えて走り出した。

 

私を捕まえることを諦めたらしいタランチュラの向かう先を見ると、校舎の壁に張り付いて蒼白になっているあくあちゃんが見えた。

 

まずい!

 

「あくあちゃん、逃げるのです!!」

 

一歩も動けない あくあちゃんに迫った蜘蛛は、体を持ち上げ脚を振り下ろした。

 

「ひぃいいいいい……あっ」

 

顔の両脇の[壁]に突き刺さった脚と目の前に迫ったタランチュラを見たあくあちゃんは、恐怖感がピークを越えて失神してしまった。

 

逃げて欲しかったが、顔の両脇の2本以外にも別の4本の脚があくあちゃんの両手を広げた状態で壁に縫い付けて磔にしていたので、失神していなくても抵抗できなかったかもしれない。

 

あくあちゃんに壁ドンしたタランチュラの口元がうごめくと筒の様なものがせり出す。

その筒は♡型をしていて、あくあちゃんの唇に迫っていた。

 

まさか、最後は自らが少女の唇を奪って逝くつもりですか!?

 

助けるために、私もねねちゃんもスバルちゃんも駆け寄ろうとしていたが、壁に爪を突き刺し、あくあちゃんを拘束しているタランチュラを止められるとは思えなかった。

 

ドクンっ

 

心臓の跳ねる音がする。助けなければいけない。

 

ドクンっ

 

普通では無理なら普通ではない手を使えばいい。

昔の記憶を呼び起こす。

兄から、周囲のみんなに誤解されないように使用を控えるように注意されている—―自らの力と共に封じたもう一人の自分を呼び起こすスイッチを入れる。

 

「うぉお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙」

 

一気に加速し、接近すると、左手を壁に叩きつけるように制止する。

先に刺さっていたタランチュラの脚が壁に挟まれへし折れ、壁に放射状の亀裂が走る。

右手はタランチュラの後頭部を鷲づかみにする。

あくあちゃんに接近していた頭を力任せに引きはがしにかかる。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 

必死に抵抗するタランチュラの後頭部からミシミシと音がする。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙~、わたしの友達に触んじゃねえぞ、この変態やろうがぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」

 

一気に引きはがし、そのまま全力で投げ飛ばした。

宙を飛んだタランチュラは、障害物に激突して止まる。

それは、この学園の校長先生の銅像の頭の上だった。

 

今の攻防で力を使い果たしたのか、タランチュラはそのまま動きを止めると激しく明滅する。

 

「みんな、ふせるある~!」

「離れるっす!」

 

私はとっさに失神しているあくあちゃんを抱き寄せて地面に伏せる。

 

どぉおおおおおおおおおおおおおおおーーーーん

 

爆音と、それに続く衝撃波が吹き荒れる。

あたりは爆発の影響か煙が広がり視界が霞む。

すると、抱きしめていた腕の中のあくあちゃんが身じろぎした。

 

「ん、うん、あれ?あたしは」

「目が覚めたかい、あくあちゃん。大丈夫だったかな?」

「え、誰!?あ、るしあちゃん?どうしたのそのイケボ」

 

いけない、変なスイッチが入ったせいで声がおかしくなってしまったようだ。

目を閉じて、心の奥深くに不要になった自分を押し込めスイッチを切る。

 

「ん、うん、あ、あ、大丈夫なのですかあくあちゃん」

「あたし、急に蜘蛛が近づいてきてそれで……」

「あくあちゃんに触れる前に遠ざけておきましたので心配いらないのです」

「そうなんだ、ありがとう。あの……」

「あ、ごめんなさい、立てますか」

 

横抱きにしていたあくあちゃんが恥ずかしそうにしていたので、2人で立ち上がる。

そして、吹き荒れていた風がやんだところで、改めて周りを見る。

 

驚いたりひっくり返っている人はいるがケガを負っていそうな人はいなさそうだ。

投げ捨てる場所は間違っていなかったようでほっとする。

 

「あくあと、るしあ? その、大丈夫っすか」

「はい、2人とも大丈夫なのです」

 

スバルちゃんの問いに答える。

私の名前に疑問符がついてる。けれど、怯えられているようすでない。

そのことに、心から安心感を覚えた。

スバルちゃんとねねちゃん、それにあくあちゃんには自分の体質について説明してもいいのかもしれない。

 

 

 

タランチュラが消え去った影響か、刺された人たちも正気に戻っているみたいだ。

むしろ、そのせいでカオスな状況には拍車がかかっていた。

 

同性とのキスを自覚するもの達の嘆きの雄たけびや、新しい世界に目覚めた喜びの声。

正気に戻った後で、様々な形で正気だったもの達に迫られる加害者というかのか被害者というのか? 刺されていたもの達の困惑の声も聞こえる。

 

周囲の混乱を尻目に、私たち4人は爆発の中心地となった銅像の正面に立つ。

あれほどの爆発で、銅像もただでは済まないだろうと思ったのだが、頑丈だったようで無事だった。

何か表面にコーティングでもされていたのだろうか?

もっとも、さすがに無傷とはいかなかったらしい。

全体がやや煤けたように色づいていたし、爆心地となった頭に関しては無くなっていた……髪の毛だけが。

 

「あー、なんか一皮むけて、歴史ある銅像に生まれ変わったみたいあるね。風格が感じられていいと思うある」

「たしかに、歴代の銅像と肩を並べられる風格になったっすね。校長先生らしさも身にまとっている気がするっす」

 

太陽の光を反射して、きらりと光る銅像のスキンヘッドを見ながらスバルちゃんが言う。

 

「校長先生も、お供え物を受け取ってくれたようですし……帰りましょう……なのです」

「そうね、あたしもビックリしたら、なんだかお腹すいてきちゃったから帰りましょうか」

 

「あれあれ? おかしいなぁ~、君たちはどこに行くのかなぁ~」

 

4人で顔を見合わせて、そそくさと帰ろうとしていると、背後から、かなた先生に声をかけられた。

 

「僕はこれから、この惨状について調べて、校長先生に報告に行かないといけないよねぇ~。書類整理を終えたら、ココ先生とアキ先生と食事に行く予定なんだけど、いけなくなっちゃうなぁ。事情をよーーーく知っていて、真相究明を手伝ってくれる心優しい教え子達がいてくれたら嬉しいんだけど、どこかにいないかな~」

 

かなた先生があたりを見回している。

 

「あ、あの私たちでよければお手伝いさせて頂くのです」

「あーあの、帰ろうなんて思ってなくて、あたしたちで真相究明しようって話してて」

「そうっす、スバル達はちょうど被害状況の確認に向かおうとしてたところだったんすよ」

「うん、うん。そうある。だから、もちろんお手伝いするある」

 

かなた先生から放たれる、逆らってはいけないと思わせる圧力に慌てて協力を申しでる。

 

「じゃあー、みんなー手伝ってくれるかなぁー」

「「「「いいとも~」」」」

 

こうして事件は、犯人の自供により解決した。

私たち4人もかなた先生と共に校長先生の下に謎の生物に発生に関する経緯報告に行き、

被害状況として

 ・生徒の中に、心に傷を負ったものと、覚醒したものがいること

 ・校舎の一部に傷が入ったこと

 ・校長先生の銅像の頭がワイルドになったこと

を伝えた。

 

校長先生は、ちょっと額のあたりがぴくぴくしていたが、不可抗力であったと理解は示して許してくれた。

ただ、被害のでた生徒もいるということで、表向きだけでも反省させる処置をとったと見せる意味で、茶道部に一週間体験入学をするようにと指示された。

表向きは体験入学だが、実は反省させるめに一週間正座させられるのだ……という名目で周り生徒達に反省を示しておくようにということらしい。

 

発生原因が私たちにあることは目撃されていたので、その処置はむしろ温情だと思う。

部活動についてはそろそろ考えようと思っていたところだけれど、図らずも体験入部をすることになった。

茶道部と言えば、3回茶碗を回して苦いお茶を飲むイメージしかないがどんなところだろうか。

 

今回の事件については、翌日から学園名物となり、後に学園七不思議の一つとされた【カツラをかぶる銅像】のエピソードとして。学園の歴史として語り継がれていくことになった。

 

 

 

学園に出来た変化は、校長先生の銅像にリアルな黒髪のカツラがのったこと。そして、校舎の壁に6個の爪跡と、その一つを中心に放射上にひび割れた壁面ができたことだった。

 

もちろん、壁を割った人物としてるしあの名前が挙げられていたので、お兄ちゃんに誤解をされたくないと、帰って早々に兄を捕まえて、友達を助けるためのやむを得ない処置だったと懇切丁寧に説明した。

兄のミオは、説明には納得していた。

ただ、絶対に誤解しないでと強く強く主張する、るしあの瞳の奥が久々に赤く輝いていることに冷たい汗を流したのだった。

 

                       ~ 混ぜるな危険 end ~

 

 




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至高の食材
3-1 茶道部体験入部


視点:ねね

 

 

 

「ここまで校内の奥へ来るのは初めてある」

「うちの学園は大学みたいに広いっすからね~。あ、あの建物みたいっすね。作法とかわからないけど大丈夫っすかね」

「ホームページで見た感じ、和やかな雰囲気に見えましたし心配ないと思うのです。茶室に入れるのは楽しみですね」

「あたしは正座なんて久しぶりだし足が持つか心配よ。でも、茶室から見える庭を見れるのは楽しみね」

 

体験入部をすると決まって、茶道部のホームページを4人で確認してきていた。

まぁ、あくあちゃんと、るしあちゃんは一通りの部活のホームページをチェック済みだったようだけど、改めてみんなで見た。

 

一番の特徴は、何と言っても畳が敷かれた茶室があること。そして、茶室の目の前が日本庭園のようになっていることだった。

 

もう一つの特徴が、茶畑を管理していて自分たちでお茶を育てていることだ。

自分たちで育てたお茶を落ち着いた茶室で楽しむなんて楽しそう。

運動部にしか興味がなかったねねでも想像するとワクワクした。

 

到着した建物に入り、一番奥の部屋まで歩いていく。

茶道部と書かれた扉の前に立つと、スバルちゃんが戸を叩いた。

 

「はーい、どうぞ~」

「失礼します、体験入学をさせて頂きにきたっす」

「「「よろしくお願いします」」」

 

挨拶をして入ると、正面には畳が敷かれた和室が見える。

近づくと、畳の井草の香りがする。

井草の香りは不思議と緊張をほぐしてくれる。

体験入学ということで硬くなっていた体から、少し力が抜けた気がした。

 

「いいにおいあるな」

「井草の香りは心が落ち着くのです」

 

るしあちゃんも賛同してくれた。

部屋には、入る時に返事を返してくれたと思われる金髪の女子生徒が畳に座って待っていた。

私たち4人が戸を閉めて部屋の前に並ぶと、彼女は畳に両手を付き、

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

そういって深く頭を下げた。

茶道の作法などわからないのであたふたしながら、こちらこそよろしくお願いしますとお辞儀を返す。

 

「さぁさぁ、そんなに硬くならずに、入って入って。あ、靴は脱いでもろて脇の靴箱にいれてね」

 

彼女の案内で茶室の畳の上に4人ならんで正座で座る。

彼女は、ちょっと待ってねというと、何かを取りに茶室の奥ヘ入っていった。

 

「正座なんて久しぶりある」

「あたしも。それなのに何時間も正座するなんてやばくないっ」

「スバルは、何時間もじっとしてるのに耐えられるかが不安っす」

 

話をしていると、すぐに茶室の奥から茶道部の彼女がお盆を持って戻ってきた。

 

私たちの前に、それぞれお茶を置いてくれる。

茶道でよく見る抹茶ではなく、いわゆる普通の暖かい緑茶だった。

 

「粗茶ですが」

「あ、ありがとうなのです」

 

さらに、お盆に和菓子をのせて配ってくれる。

 

「それでは、改めまして、角巻わためです。一週間体験入部なんだよねぇ。まぁまぁ、その間はここを自分の部屋だと思ってくつろいでもろて」

 

わためさんと言うらしい。

彼女を見習って、畳に手をついて頭を下げてぎこちない礼をする。

その後、気になっていたことをスバルちゃんが質問してくれた。

 

「あの、外ってみせてもらうことできるっすかね?」

「おおっ、気になるかなぁ、気になるよねぇ」

 

彼女は、立ち上がって、外からの光を浴びて真っ白に輝いているふすまに近づく。

 

「じゃじゃぁ~~ん」

そういって、彼女はふすまを勢いよく開ける。

 

一瞬、眩しさに目を細める。

光に目が慣れてきたところで外の景色を眺めてみると

 

「すごい、きれいある」

 

外には学校の中とは思えない和の空間が広がっていた。

日本庭園というのだろうか、大きな岩の周りに白い石が敷き詰められてその上に波紋のように円形に模様が描かれている。

他にも水が流れ池のようにもなっていて、そこにはししおどしも設置されていた。

彼女が外の窓ガラスも開けると、ちょうどカコーンという涼しげな音をししおどしが響かせた。時々聞こえていた音はこの音だったようだ。

 

ネット上の映像ではなく、直接見て感じる穏やかな景色に感動していると、部屋の奥からすらりとした女性が着物をきて現れた。

 

「いや、遅くなって申し訳ないねぇ、急に校長先生に呼び出されてしまって。わためがもてなしてくれてたんね、ありがとうね」

「当然の役割をはたしただけなんだなぁ」

 

そういいながら、わためさんはエッヘンと胸を張っていた。

着物姿の女性がこちらを見る。

 

「私が3年の茶道部部長、不知火フレアです。4人ともいらっしゃい。一週間、私が指導させてもらうのでよろしくね」

「あ、部長さんなんっすね。よろしくお願いするっす」

「よろしくお願いするのです」

「お世話になります」

「よろしくある。フレア部長の着物とってもきれいあるなぁ」

「ありがとね。形から入ることで気持ちもついてくるところもあるから、なるべく着物で活動してるんだよね」

 

笑顔で柔らかく答えてくれたフレア部長は、それから、今週茶道部の体験入部で主に行う内容を説明してくれた。

説明によると、今日は茶道というものがどういったものかを学ぶ座学で、明日からお茶の点て方の手順を教わり1人ずつ実際にやってみることになるようだ。

 

「なにか、質問はあるかな?」

「フレア部長とわため先輩以外の方はどうしているあるか?」

 

部屋には2人しかいないが、二人だけということはないはずなので聞いてみる。

 

「あぁ、他のメンバーは、茶道部で育てているお茶を摘みに行ってるんだよね。今は新茶の時期でね。お茶を摘んだり、蒸したり、干したり、それから次の準備として枝を整えたりしてるよ」

「おー、ホームページの動画に乗ってたやつあるね」

「そうそう、動画は昨年の様子だね。明日にでも茶畑を見に行こうか。あと、わため先輩はおかしいんじゃない?同じ一年生でしょ君たち?」

「えっ、わため先輩、じゃなくてわためちゃんって、一年生あるか!すごく茶室に馴染んでいたからてっきり先輩だと思ってたある」

「まぁ、わためは入学した直後からずっと通い詰めているからそう思うのかもね。ねぇ、わため?」

「えっへん。皆勤賞なんだなぁ」

「えっと、じゃあ今週は茶道部の先輩として、わためちゃんよろしくお願いするある」

「いや、それもどうかと思うよ。わためは……茶道部の部員じゃないからねぇ」

「「「「……は?」」」」

 

え、フレア部長の言葉の意味がわからなかった。

茶道部の部員じゃないのに、茶道部に通い詰めている1年生……

 

「ひょっとして、まだ体験入部中だったりするのですか?」

「いや、わためは入部するつもりはないらしいから、何だろね?居候……かな?」

 

どんな状況なのかと、皆がわためちゃんに注目する。

 

「茶道部の部員さんが入れてくれるほろ苦いお茶に、程よい甘さの和菓子の組み合わせは最高なんだなぁ。この茶室で過ごす時間がわためぇの癒しの時間なんだなぁ」

「え、それなら茶道部に入部すればいいんじゃないっすか?」

「何時間も正座を続けるなんて、か弱いわためぇには無理なんだなぁ」

 

そういうわためちゃんを見ると、なるほど、女の子座りというか、足を崩して座っていた。

……つまり、お茶を振舞ってもらい、和菓子を食べたい。さらに茶室も好きだが正座は嫌だということらしかった。

 

「まぁ、和菓子代は納めてもらってるしね。それに、部員たちも、自分たちの入れたお茶をおいしそうに飲んで、幸せだなぁってニコニコしてるわためぇが可愛くてしょうがないみたいだからね」

 

別に学園内で活動する時は足を崩してもいいよって言ったんだけどね。入るならけじめをつけないとダメだって聞かなくて。

という、フレア部長の話だった。

部員になると、学園内のイベントだけでなく外の人と一緒になることもあるし、必ずしも好きにさせてあげられないのも確からしく今の形に落ち着いているらしい。

 

その後は、フレア部長による座学を聞く。

今は抹茶についての説明だ。

 

「緑茶を作る時は、日光に当てて育てて、10日もしない新芽が柔らかいうちに摘み取るの。でも、抹茶用に育てるときは、新芽がでたら摘み取る前に20日~30日くらいシートをかぶせて日陰で育てるのよ。日光に当てて育てると苦み成分のカテキンが増えてしまうからね。日陰で育てることで旨味成分のアミノ酸を増加させて、苦味成分のカテキンを抑えた甘みの強い茶葉が出来るのよ」

 

「ほへー」

「抹茶って苦いってイメージがあるんですけど、甘いんですか?」

 

あくあちゃんの質問に確かにと思う。

抹茶の甘みが強いってどういうことだろう。

 

「それは緑茶との飲み方の違いが意識から抜けてるからじゃないかな?緑茶と抹茶の大きな違いは、緑茶が茶葉から抽出した成分だけ飲んでいるのに対して、抹茶は茶葉自体を飲むことになるのよ」

 

そう言われると、確かにそうだ。

 

「緑茶は急須で飲むときに茶葉の量を多くしたり、長い時間抽出しすぎると苦みが強くなるでしょ?それに残った茶葉なんて苦くて食べれないのよ。苦味の大半を茶葉に残して、適度にお茶に抽出するからおいしいわけ。対して抹茶は、茶葉自体を飲むから苦味を抑えていても、結果的に苦いと感じやすいかな。品種や品質にもよるんだけどね。でも、皆がイメージしているほど茶道で振舞う抹茶は苦くないと思うよ」

 

その後に幾つかの工程を経て抹茶の原料となるのが碾茶(てんちゃ)といらしい。

碾茶をすりつぶすことで、よく知る抹茶が完成する。

抹茶アイスとか大好きだけど、抹茶が何と聞かれるとよくわかっていなかったので聞いていて興味深いなぁと思う。

 

次には、茶道で行うお辞儀について教わった。

「真」「行」「草」と基本3種類あるらしいお辞儀の作法を教わる。

 

「まぁ、お辞儀仕方を教えるのだけど、形よりも気持ちを大切にしてほしいかな」

「気持ちあるか」

「ありがとうございますっていう相手に対する敬意の気持ちを言葉にする代わりに、お辞儀という形で相手に伝えるようにしてほしいな」

 

フレア部長の教えにならい、心の中で感謝を口にしながらお辞儀の練習する。

 

今日の指導を終えると、また明日と言って体験入学一日目は終了となった。

立ち上がる時は気をつけなよ。そうフレア部長が声をかけてくれていたが案の定、足をシビれさせたあくあちゃんが立ち上がれずにひっくり返っていた。

結局、程度の差はあったけど、4人揃って足をシビれさせながら教室に戻ることになった。

 

けれど、フレア部長の話はとても面白く全く飽きることはなかった。

さらに、きれいな庭園の景色に、水の流れる音、畳の井草の落ち着く香りと、時間を忘れて充実した1日を過ごすことができたのだった。

 

 

 




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3-2 世界一の食材

視点:ねね

 

 

茶道部の体験入部2日め、ねね、あくあ、スバル、るしあの4人は、学園が管理している茶畑に向かっていた。

先導はフレア部長と、わためがしてくれている。

茶畑は、学園でも入り口から最も奥にある茶道部の茶室のさらに奥にある小さな山を越えた場所に広がっている。

学園では、作物を育てる、動物を育てる、新しいモノ作りの施設を増設していくことを見越して背後の山も含めて土地を確保していた。

まぁ、使っている人以外は普段意識することはないけれど。

 

2日目になって、お互いに距離感を掴めてきたので、話の内容も砕けたものになっていた。

フレア部長から、私たちの起こしたトラブルについての話題が振られる。

 

「あの校長先生の銅像の頭はよくやったよねぇ。朝練で通学してきたら朝日をぴかっと反射した時は何事かと思ったけど、見事につるつるで笑ってしまったよ。しかも、お昼に通りかかったら黒髪のカツラを被ってるんだもの。ツボって笑いがとまらなかったよねぇw」

「別に私たちが意図的にやったわけじゃないのです。不幸な取り合わせの結果起きた事故だったのです」

 

謎の能力をもったタランチュラは、一部学生に精神的ダメージを残したが、最後には爆破してくれたおかげで、今後の被害を心配する必要はなくなった。

けれど、最後の爆発によって校長先生の銅像の頭をスキンヘッドにしたことで、事件を知らない生徒も何があったのか調べることになり、結果、知らないものが居ない事件になっていた。

 

「別に悪いとは言ってないよ。傑作だったというだけの話だね」

「むしろ、みんな銅像に注目するようになって、銅像の株が上がってたんだなぁ」

「わため、いいこと言うっすね。大きなケガ人もなく、事件の犯人は爆発して、銅像もダンディーになったから三方良しっすよね」

「それは……思っても、あたしたちは言わない方がいいかもよ?」

「そうある。壁に耳あり障子に目あり、あるよ」

 

周りを見る。

今は山を越えるちょうど一番頂上付近だろうか。

特に人影はなさそうだ。

少し先を見ると、林道の中に展望台のようなものが見えてきた。

近くまで行くと、上り坂が終わり頂上に設置してあることがわかった。

少し開けたスペースになっていてベンチも近くに4台置かれていた。

 

「休憩場所あるか?」

「そう、休憩スペースだね。それと、折角周辺が見渡せる位置ってことで少し切り開いて展望スペースみたいにしたんだよ。まぁ、やってくれたのは工作系の人たちだけどね。ベンチも櫓風の展望台を作ったのも工作系の生徒達だよ」

「お茶だけじゃなくて、こういった設備も生徒が作っているあるな」

「折角物を作るなら、勉強のためだけに不要なものを作るより、誰かが必要としてくれるものを作りたいでしょ?その方が使った人からのフィードバックももらえるしね」

 

実は校内には生徒が作ったものがたくさんあるらしい。

まだ数年しかたっていないけれど、勉強のためにも色々モノを作りたい若い人材があふれているのが学園だ。一年あれば、あると便利なもの、あったら面白そうなものがたくさん作られるらしい。作った側も勉強になるだけでなく、使ってもらって喜んで貰えるとさらにやる気がでて一石二鳥でもある。

もちろん、建築物は建築士の資格を持つ先生が強度チェックなど安全性の確認をしているので安心らしい。

 

「おー、いい景色っす。あ、あそこが目的地っすね。畑が見えたっす」

 

展望台に上って上から見ると、山を下った先の目的地である畑が見えた。

上から確認した目的地に向かって歩みを再開する。

それほど時間もかからずに目的地に到着すると、茶道部の部員の人たちが既に集まって手で茶葉の摘み取りをしているのが見えた。

私たちも、挨拶をしてから茶摘みに参加する。

 

「摘み取る長さに気を付けてね。あまり先だけだと収穫量が落ちるし、摘み過ぎたら苦味が増すから」

「1本1本、確認しながら手で摘むのは大変あるね」

「でしょ、だから機械で刈るのが一般的よね。だけど、私たちは摘み方も勉強のうちだからね。いちを、手摘み茶っていたら高級品なんよw」

 

まぁ、学生の手摘み品質がどの程度かは察してという冗談込みのセリフの様だ。

一部はあえて摘み方を変えた茶葉も作って味の違いを自分の舌で確認したりもするらしい。

それはすごく興味があると答えると、今回摘み取った茶葉が、抹茶として完成したら飲ませてくれるフレア部長が言ってくれた。

それどころか、一部抹茶を頂けると言ってくれる。

お世話になりっぱなしでは申し訳ないので、みんなで精いっぱい茶摘みについてはお手伝いをさせてもらう。

途中、フレア部長だけでなく他の部員の方たちも私たちの傍に代わる代わる来てお話を聞かせてくれたりして楽しく過ごした。

 

「ふぅ、ちょうどいい位置で摘むことを意識して作業するとちょっと疲れるっすね」

「そろそろ一旦休憩しようか」

 

フレア部長の言葉で、水道で手を洗ってから茶畑の脇に置かれたテーブルのところに行き、ベンチに座る。

すると、茶道部の先輩が冷えた緑茶を出してくれる。

 

「この畑で作った緑茶よ~。つい最近できたばかりの新茶だから気に入ってくれるといいのだけど」

「えっ、ホントあるか!コク……あ、とってもおいしいある!」

「そう、良かったわ~」

 

茶道部の先輩はそう言って出してくれた緑茶は苦味が少なくてとてもおいしかった。

 

「抹茶だけを作っているわけではないあるね」

「折角自分たちの茶畑があるからね~、色々挑戦することを重視して抹茶以外にも色々作っているのよ~」

「わためぇも、緑茶の収穫を手伝ったんだなぁ。やっぱり汗水流して働いて作ったお茶は格別なんだなぁ」

「そうだね、この前はありがとね~。自分たちで育てたお茶を飲みながら、心安らぐ時間を過ごせるのがうちの茶道部の魅力だね。よかったらこのまま入部してくれてもいいのよ~」

 

お茶を出してくれた先輩は、後半のセリフを私たちに向けて言うと、手を振って離れていった。

この緑茶もおいしいけれど、自分で育てて収穫した茶葉であったらよりおいしく感じられるだろうなと思う。

 

「こんにちは。みんな、がんばっちょるようやね~」

 

汗をかいた体に染み渡るような緑茶を頂いていると大きな肩掛け鞄を持った女性が近づいてきた。

 

「こんにちは~」

 

皆で挨拶を返す。茶道部の先輩だろうか。とってもきれいなセミロングの銀髪をした女性だ。毛先が少し内向きにカールしている。小柄だけれどついつい目が行ってしまう大きなお胸をお持ちでニコニコした笑顔と合わせて包容力が感じられる。

 

「汗かいたでしょ。これ使ってね」

 

そういって、バックから取り出した濡れタオルを配ってくれる。

 

「ノエル、いつもありがとうね」

「いいんよフレア。好きでやっちょることやから」

 

フレア部長が紹介してくれる。

 

「こっちは3年で応援団の団長をしているノエル。ノエル、この4人は体験入部中の1年生で、左からねね、あくあ、スバル、るしあ、よ」

「ノエルです。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「応援団って、どんな活動されてるあるか?」

「そうだね~、体育祭で、各クラスの応援の音頭をとるようなイベント毎の応援活動。運動部の応援で吹奏楽部の演奏に合わせてボンボンもって踊ったり。あとは、今日のように頑張ってる人たちに、タオルや飲み物を届けたりすることかな。はい、タオルは回収するからね。あと、塩分補給したほうがいいからこれを舐めておいてね」

 

みんなに飴を配ってくれる。

 

「みんなの活動を支援してくれているっすね~」

「ノエルを始め、応援団の人たちは色々な部活に繋がりがあるから、ニーズとニーズを繋げてくれるのも助かるのよね」

 

普段から活動を応援してくれている応援団の人たちは結果的に情報を多く集まるようだ。

人と人の懸け橋になる素敵な活動だと思う。

 

「ノエルもお茶飲んでいってよ」

「ありがとう、いただきます。……うん、とってもおいしい。それに、皆が頑張ってお茶を摘んでいるこの場所はいつ来ても、いい香りで落ち着くね」

 

お茶を摘んでいるので、当然茶畑の周辺にはお茶の葉の香りが漂っていた。新茶だからだろうか、あまり青臭さはなくてすがすがしい香りが漂っていた。

 

「さて、それじゃ後半の茶摘みを再開しようか」

 

少し、ノエル団長ともお話をした後で、フレア部長の掛け声で改めて作業を再開する。

前半の作業で少しなれて後半はスムーズに作業が進み、暗くなる前に、今日の活動は終了となった。

茶畑から茶道部の部室にいったん寄り、そこでフレア部長と、わためちゃんと別れる。

そこから教室への帰り道。みんなで今日摘んだお茶ができたらどうするかを話しながら帰る。

 

「あたしたちの摘んだ抹茶をもらったらどうしようか?」

「家に抹茶を点てる道具とかないっすからね~、茶室借りてお茶会させてもらうっすか?」

「せっかくなら、抹茶を使って家庭科の授業でスイーツを作るのはどうです?」

「あ、いいあるね!抹茶アイスとか、抹茶シュークリームとか他にもいろいろつくれそうある」

 

自分たちの摘んだお茶が完成するのを楽しみにしながら、日が落ち始めた夕焼け空の下、教室に戻り2日目の体験入部が終了した。

 




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3-3至高の食材

視点:ねね

 

 

 

~体験入部3日目~

 

 

今日からお茶の点て方を教わり、一人ずつ交代で実践していく。

まずは、フレア部長が実戦で見せてくれていた。

 

フレア部長は、茶碗にお湯を少し注ぎ茶筅と言われる抹茶をかき混ぜる道具を軽く温めるとお湯を捨て、抹茶ひとさじ入れる。

次に、ひしゃくの様な道具で一杯分のお湯を注ぐと、茶筅で混ぜ始めた。

 

正座をしてその様子を眺める。

この後、私も行うために覚えなければいけないのだけど、きれいだな~、そんな思いで頭がいっぱいで細かい手順は頭に入ってこなかった。

フレア先輩は背筋がピンと伸びていて、一つ一つの動作によどみがなく、なにより指先がきれいだと感じた。

 

点てくれたお茶が私の前、少し離れた位置に置かれる。

教わった手順でお茶碗を自分の前に引き寄せたあと、お点前頂戴いたします、と挨拶して茶碗を抱える。

茶道でよく見る、茶碗を時計回りに2回回す動作をして抹茶を3回に区切り飲み切る。

始めて飲んだけれど、苦いという印象は本当になくてすっと入っていく味だった。

ここまで手間をかけるのは大変だけど、普通に部屋で飲むのもありだなぁ~と考えてぼ~とてしまい、周りの人が見ていることを思い出し、慌ててお茶碗を反時計回りに回してから手前の畳に置いた。

 

わためちゃんを含めた5人がフレア部長にお茶を点てて頂いた後に、少し緩い空気になり雑談タイムとなった。

 

「あたしは、紅茶が苦くて無理だから抹茶もダメかと思ったけどホントに、口に残るような変な苦みが無くて普通に飲めたわ」

「ほんとに、苦味は思ったほどないのですね。驚いたのです」

「おいしかったある。家でも抹茶を飲もうかなって思ったあるよ」

「スバルは作法の事で頭がいっぱいで味がちょっと頭に入ってこなかったっす」

「ありがとうね。スバル、最初だから折角だし雰囲気を体験してもらったけど、この後はもう少し気軽に体験してもらうからその時に味わってみて」

「うむうむ、やっぱり、抹茶と和菓子はあうんだなぁ、うんめぇ~~」

「食いしん坊ひつじがいるあるねw」

 

 

わためちゃんは、和菓子をほおばりながらニコニコしている。

お茶を点ててもらう前に出してもらった和菓子は食べきったはずなのに、いつの間にかわためちゃんの前には和菓子が追加されていたので、ポケットかなにかに隠しもっているのだろう。

 

この後は、雑談もしながら抹茶を実際に点てさせてもらったけど、案外難しい。

 

「なんか……ぼそぼそしてるし、ちょっと苦いある」

「泡立て方にコツがあってね、塊にならないようにしっかりふわふわに仕上げてあげないとちょっと苦味を強く感じるのよ、もう一回やってみようか」

 

他の人の点てた抹茶と比べたりしながら、一通り練習をしていく。

一区切りついたところで雑談タイムになり、お茶談義となった。

 

「飲む抹茶だけだと、あまり身近に感じられないけど、抹茶味って言ったらどんなスイーツでも必ずあるわよね」

「そうですね。抹茶チョコ、抹茶アイス、抹茶小豆、抹茶入りどら焼きとかバームクーヘンとか、甘い物との相性が抜群なのです」

「抹茶を飲んで思うっすけど、抹茶の程よい苦みって、甘くなった口の中をすっきりさせてくれるすよね。だから甘いものがおいしく感じられるんじゃないっすかね」

「口直しあるな。そう考えると、抹茶入りのお菓子って、それ一つで口直しまでできるから永遠に食べられるあるね」

「そ~なんだなぁ。だから抹茶と和菓子は止まらないんだなぁ」

「いや、わため、あんたはそこまでにしときなさい。ちょっと食べ過ぎだからね」

 

フレア部長が、さらに和菓子に手を伸ばそうとしていたわためちゃんの前から、和菓子を取り上げる。

 

「いやん、フレア部長のいけず。まだ、わためは腹八文目じゃないのに。あっ、追加納税が必要でしたらこちらをお納めください」

「そういう問題じゃあないの。ご飯じゃないんだから腹八分目まで食べようとするんじゃないよ。健康的に楽しめる適量を保ちなさいな」

 

お茶に含まれる茶カテキンは脂肪を減少させる効果があるらしいし、和菓子のあんこもケーキなどの洋菓子に比べれば脂肪が少なく比較的ダイエット向きなようだ。

とは言え、程度問題で食べ過ぎてよいわけでは当然ない。

お茶にもカフェインが含まれるし、何でも取り過ぎはよくないのだ。

 

健康を気づかうフレア部長が、わためちゃんの母親の様に感じられて微笑ましい。

 

「それにしても、茶摘みをしてみて思ったのですが、お茶って生活の中でとっても関りが深いのに知らないことが多いのです」

「緑茶も抹茶もお茶だし、ウーロン茶や紅茶もお茶っすよね。他にもほうじ茶とかもお茶っぱからできてと考えるとなんだか壮大っすね」

「お茶って、世界中で最も口にする人が多い食材なんじゃない?コーヒーとかは好き嫌いがあるけど、お茶は何かしら好きな種類がありそうよね」

「飲み物の中では、水を除けばお茶が一番飲まれているわね。そういう意味では、お茶っぱが世界一食生活で人に関わっているというのもあながち間違ってないかもね。あと、お茶の中では、紅茶が一番で8割くらい占めるかな。日本人からすると意外だけど緑茶を飲むのはアジア圏中心で割と少ないんよ」

 

お茶と言えば緑茶なのが日本人の認識だけど世界ではそうではないらしい。

ちなみに、ほうじ茶などの発酵させてないお茶は緑茶に分類されるそうなので、それらを合わせても紅茶に全く及ばないということだ。

イギリスとか紅茶のイメージがあるけど、そんなに世界的に紅茶が普及しているとは思わなかった。

 

ただ、お茶は世界共通で生活に欠かせない飲み物ということになる。

フレア部長によると、お茶に砂糖を入れたり地域によって飲み方も様々らしいから、旅行に行く機会があったら海外のお茶を飲み比べしてみたいなぁと思う。

 

話を聞いて、お茶がいかに多くの人に親しまれているかが分かった。

そして多くの食事に飲み物として組み合わせることもできれば、抹茶粉末のようにお菓子などに合わせて抹茶味のスイーツとして楽しむことも出来る。

 

お茶ほどに優れた食材はないんじゃないだろうか。

 

それから、フレア部長は他の部員たちの様子を見に行くということで出ていき、残った5人で、お茶の作法を振り返ったり、今度抹茶を使って何を作るかといった話をして過ごした。

 

途中、何かゲームでもしようという話になり、テーマに沿った言葉を順番に言っていき、浮かばなくなった人が罰を受けるというゲームをする流れになった。

 

「それじゃ、始めはスバルが決めるっすね。世界の国の名前で。じゃあ、日本」

「では、アメリカ合衆国です」

「えっと、ドイツある」

「それじゃ、フランスね」

 

……

 

「えっと、んー、ローマっす」

「いや、ローマは国じゃないのです」

「はい、スバル罰ゲームね」

「うわ、マジっすか。問題選び間違えた~」

 

スバルが言えなくなって罰ゲームになる。

 

「では、失礼して」

「うわぁ、そんなに重くはないけど正座ではさすがにきつい。早く次いくっすよ、次!」

 

わためちゃんが膝にスバルちゃんの膝にのる。

その状態で、次のゲームに進む。次の敗者が決まるまでそのままだ。

 

「それじゃ、次は私なのです。抹茶を使ったお菓子。抹茶アイス」

「抹茶小豆」

「抹茶ケーキ」

 

……

 

「次はスバルっすね、抹茶プリンで」

「抹茶プリンってあるかな?わためちゃんどうなのです?」

「えっと、あ、検索できた。あるっぽいね」

「了解です。では抹茶ムース」

「えっと、抹茶小豆のかき氷」

「いや、抹茶小豆がでてるからだめっすよ。ということで、これをプレゼントするっす」

「では失礼して。どれどれ、おお、スバルちゃんはすごい細くて魅力的だけどちょっと座るのが心配だったけど、ねねちゃんは鍛えられた足をしていらっしゃる。これはいいものなんだなぁ」

「ありがとう?でも確かに正座では中々この重さは大変あるね。じゃあ、早めに次のゲームに行くある」

 

重さに耐えられないというよりも、血のめぐりが悪くなってシビれそうだ。

 

途中までは順番にテーマを決めていたが、2連続罰ゲームは足がやばいという話になり、途中から負けた人がテーマを決めていた。

割と負けないためにガチで自分の得意分野で勝負を挑むようになり、出題者が負けることはなくなったし、割と短期で勝負がつくので、わためちゃんはどんどんパスされていった。

この、わためウエイトを膝の上に載せる罰ゲームにより、部活の時間が終了するころにはみんなが足を痺れさせて死屍累々といった有様だった。

 

終わりに戻ってきたフレア部長に何があったのかを質問されて、今日あったことを答えると、笑いながらわためちゃんに指摘していた。

 

「健康管理について色々伝えているんだけど、わためウエイトは少し増えぎみかねぇ。家でもお菓子を買いこんだりしてないかい?」

「失礼しちゃうんだなぁ。わためぇは、女の子らしい健康的な柔らかさを保っているだけなんだなぁ」

 

と言うが、家でお菓子を買い込んでいないとは言わなかった。

体型的には心配なさそうだけど、お菓子が好きすぎるので、ちゃんと健康管理をしてくれるといいなと思う。

 

この様子なら、いざという時にはフレア部長がわためちゃんの食生活を管理してくれそうなので大丈夫そうではあるけれど。

 

~体験入部4日目~

 

3日目に引き続き、フレア部長にお手本を示してもらった後で、交代で抹茶を点てる。

昨日に比べると、ふわふわした仕上がりに出来るようになった。

混ぜることに必死になってつい、猫背になってしまうことを時々指摘されているので、姿勢を保ちながら取り組めるようにするのが今の課題になっていた。

 

昨日と違う点があったのは、フレア部長からの意外な言葉だった。

 

「あー、体験入部の4日目の今日と、最終日の明日は、校長先生からの特別予算でお茶菓子が大量に届いているから食べ放題だよ、と伝えておくよ」

「特別予算あるか?」

 

フレア部長は体験入部が始まる初日に呼び出されて、毎日の状況を報告するように校長先生に言われていたらしい。

そして、昨日のゲームについて話をしたら、先ほどの言伝と共にお菓子が大量に届けられたそうだ。

どちらかというと、問題を起こしたから体験入部をすることになったはずだけど。

ひょっとして銅像の頭をスキンヘッドにしたくらいで正座をさせようという処置はやり過ぎだと考えたのだろうか?

 

「まぁ、どちらかというと茶道部に対する差し入れになるのかな?正式な入部希望者の対応じゃないのに急に時間をとってもらってってことらしい。特に、わためは茶道部でもないのに色々教えてくれてるみたいだし校長としても協力したいということらしいよ……聞いた話ではね」

「さすが校長先生、見る目があるよねぇ。ん~うめぇ~~、今日はハッピーだなぁ」

 

フレア部長は何とも微妙な表情でそういったが、わためちゃんは素直に受け取った様子で、さっそく和菓子を食べ始めていた。

 

「あと、あんたたちが昨日やっていたゲームね。知識を深める役に立ちそうだからぜひ継続するようにとのことだったよ」

 

と言われた。

フレア部長が出ていった後に、そんな話もありゲームを始める。

今日もやると思っていたので、お題も考えてきていた。

さっそくゲームを始めたのだけど……続けていくうちに大変なことに気がついた。

 

「お、おもぉっ、ちょっとわため食べ過ぎっすよ、明らかに体重増えてるっす」

「もくもぐ、スバルちゃん、女の子に体重が増えたとか言ってはいけないんだなぁ」

「いや、純粋に食べ過ぎだからっ、どんだけ食べるんだよ」

「今日と明日の限定無料期間だけは、夕食分もここで食べていくんだなぁ」

 

わためちゃんは、期間限定、無料と聞くとできるだけ回収したいタイプの様だ。

バイキングのような一定金額でどれだけ食べてもいい時に、動けなくなるまで食べてしまうタイプの人である。

なんだか、わためちゃんが全体的に徐々に膨らんできている気がする。

 

そして、私のもとに何度目かの、わためウエイトが回ってくる。

ぐぅ、どんどん重くなっているのがわかる。

これは私でもこの先きつそうだ。

そう思っていると、直前にわためウエイトを抱えていたあくあちゃんが畳の上にびたっと倒れた。

 

「も、もうダメっ……まさか、こうちょ……こんな復讐って、わため……イトが増えること……予想して……」

 

あくあちゃんが上の空で呟いている言葉を聞いて理解した。

こ、校長め!図ったな!!スキンヘッドの件を気にしていないかと思いきや、まさか、わためウエイトを増やす全面協力をすることで私たちの足をシビれさせに来るとは!!

気がついたときにはもう遅く、ノリノリのわためちゃんをだれも止めることができず、続けられるものが居なくなるまでゲームは継続された。

 

体験入部4日目。活動の終わりには、足のシビれが限界に達して崩れ落ちた私たち4人と、丸々とした満足そうなわためちゃん。

そして、その惨状をみて困ったように額に手を置くフレア部長の姿があった。

 

~体験入部5日目~

 

この日は、既に茶道部の部活をできる状況ではなくなっていた。

茶道部の部室には所狭しと、甘味が積まれている。

そして、甘味に囲まれた中心には、昨日よりひと回りもふた回りも成長したわためちゃんがすごい勢いで甘味をほおばっていた。

 

「フレア部長、これはどうなってしまったあるか?」

「はぁ、どうやらわためは暴食に取りつかれてしまったようねぇ」

「それって、七つの大罪のあの暴食あるか」

「その暴食ね。好きなだけ食べていい、2日間限定で予算気にせず好きにしていい、そういった思いによって取りつかれてしまったみたいだね」

 

そういって見ている間にも、体が丸々と膨らんでいっている。

 

「これは、困ったわね」

「こんにちは~、ん?何かこまっちょるみたいやね?」

「ああノエル、まぁ見ての通りなんだけど、わためが暴食に取りつかれちゃったみたいでね、どうしたものかと思っていたんだけど」

フレア部長がノエル団長に経緯を説明する。

 

「甘味の魅力は絶大やからねぇ。だけど、体が求めるから食べるべきで、損得に流されて食べる選択をしちゃいけんよ。ん~それなら、あの人にお願いするのがいいかな。ちょとまっちょてね」

 

事情を聴いたノエル団長が状況を把握して、解決できそうな助っ人を呼びに行ってくれた。

解決策なんて全く浮かばなくて途方に暮れていたので、ノエル団長に心当たりがありそうで安心する。

でも、いったい誰を呼んで来ようというのだろうか?

 

すると、茶室に勢いよく向かってくる足跡が聞こえてくる。

バーンと勢いよく扉が開き、

 

「呼ばれて飛び出て、はーちゃまっちゃまぁー。ここに血迷う子羊がいると聞いたわ!!

救出はこの、シスターはーちゃまにお任せよ!!!」

 

はーちゃま先生が現れた。

ノエル団長は、はーちゃま先生に救出を頼んだようだ。

はーちゃま先生は、わためちゃんの様子をみる。

 

「重症ね、これだとカロリー消費をあげるのが一番かしらね……ちょっと待ってなさい!」

 

嵐のようにやってきて嵐のように去っていった。

何かを取りに行ったようだ。

はあちゃま先生を待つ間に、ノエル団長も戻ってきて一緒に待つ。

 

皆で食べ続けるわためちゃんを見守っていたが、あくあちゃんが見ていることに耐えかねて、わためちゃんが手を伸ばそうとしていた先のお菓子をよけようとした。

 

「今のわためちゃんに近づくと危なっすよ」

 

スバルちゃんが声を変える。

けれど、すでに遅く、もはや動けるのかと疑問なくらい丸っこく、もこもこに毛の生えた羊のように膨らんでいたわためちゃんがゴロンと転がり……あくあちゃんを押しつぶした。

 

そして、そのまま食事を再開する。

 

「ぐえっ、た、たすけてぇ~」

 

助けに行こうとしたが、わためちゃんの動きが激しくなり近よれない。

お菓子を奪おうとしているように見えるのかもしれない。

 

今度はあくあちゃん救出を思案し始めた時に、はあちゃま先生が戻ってきた。

 

「さぁ、準備はできたわ。これで万事解決よ」

「はあちゃま先生は、何を用意したあるか?」

「これよ!」

 

そういって、お弁当箱のようなものを取り出して開ける。

中から出てきたのは、最中で包まれた和菓子のように見えた。見た目には。

けれど

 

「これは、なにあるか、何か肌がチリチリするある」

「う、近くにいるだけで肌が焼かれそうなのです」

「何なんっすか、その危険物は?」

 

見た目は最中に包まれてた和菓子だが、中に入っているのは間違いなくあんこではなかった。その危険な物をどうするのかと思ったのだけど、

 

「これをわために食べさせれば、取りついた暴食を焼き尽くすことができるわ!」

「食べてくれるあるか?」

「今のわためなら、見た目さえ和菓子なら問題ないわ!」

 

ということらしかった。

 

「……は、はやくぅ、た、すけてぇ~」

 

あくあがわために押しつぶされそうになりながらか細い声を上げる。

 

「任せて、今シスターはーちゃまが助けるわ!!」

 

はあちゃま先生がさっそくわためちゃんが次に手を伸ばすであろうお菓子の山に持ってきた最中を放り込む。

 

わためちゃんは、次々とお菓子をお腹に収めていき、勢いのままに、はあちゃまの持っきた最中を掴むと気にせずに口に放り込んだ。

 

しかし、その後も、続けて和菓子を掴みさらに食べ続ける。

あれ、効果がない?

 

 

……そう思った矢先に、さらに手を伸ばそうとしたわためちゃんの動きが不意に止まった。

 

「……」

 

固唾を飲んで見守る。

 

そして

 

「ひぎゃぁああああぁ~からぁぁああーーいぃぃいいい~~~~~」

 

 

口から火を噴きながら床を転げまわる。

言葉と様子からするに、相当に辛いらしい。

その動きは留まるところをしらず、手足を振り回して転げ回り続ける。

あくあちゃんは、わためちゃんが転がり始めたところでフレア部長とノエル団長が救出していた。

 

「はあちゃま先生、あの最中に何を入れたあるか?」

「食べ過ぎた時には、新陳代謝を高めるのが一番!だから、鍋にトクホを注ぎ~、うなぎと、レバーを入れて煮詰めてから、味付けに玉ねぎ、にんにく、唐辛子、シシトウ、キムチをいれて。最後に胡麻とチリペッパーを加えて味を調えてみたの!!」

「えげつないっすねぇ」

 

食材単品の名前だけ聞けば、スタミナ料理と呼べそうな材料だ。

どう考えても、辛そうな調味料が多すぎるけれど。

 

「皆も食べ過ぎた時は、シスターはーちゃまをいつでも呼んでね!!」

 

はーちゃまの言葉に、転げまわるわためを眺めながら暴食に取りつかれるのだけは絶対にやめようと心に誓う一同だった。

 

しばらくすると、わためちゃんは全身から湯気を漂わせながら目を回して横たわっていた。

 

「あー、わためぇが焼きあがったねぇ」

「あはは、わためが上手に焼けました~っ!!」

 

フレア部長の言葉に乗っかって、はあちゃま先生が、どこぞのマンガ肉が焼けたかのように言う。

 

動きも収まったし、どうやら本当に暴食については取り払われたようだった。

わためちゃんは無事とはいいがたいけど、あのまま食べ続けるよりはましだろう。

とは言えちょっと心配である。

 

「えっと、これは大丈夫あるか?」

「もちろんよ!ちゃんと中まで火が通ってるからおいしくいただけるわ」

「いや、食べるんかいっ」

 

スバルちゃんがつっ込んだ。

 

「甘いわね。和菓子よりも甘いわよスバル。よく考えてみて。丸々と育った子羊の柔らかなお肉!全身に行きわたらせた調味料のスパイシーな香り!!素材の旨味を逃がさないように内側からしっかりと焼き上げた調理!!!甘さと辛さの融合、これが至高の料理、[血迷う子羊の丸焼き]よ!!!!」

 

はあちゃま先生は、そう言って湯気を立ち上らせて目を回しているわためちゃんを指し示した。

 

そう言われてみると、先ほどの辛すぎると思えた調味料も、今の丸々としたわためちゃんの全身に行きわたらせたと思えばちょうどいい分量かもしれない。

真っ赤になって湯気をあげているわためちゃんがなんだか、おいしそうに見えてきてしまった。

 

「まぁ、甘さと辛さの融合はともかく調和がとれてるとは思えないけどねぇ。ともかく助かったよ、はあちゃま、ありがとうね。今度お礼させてもらうから」

「はあちゃま、ありまっする」

「困った時はお互い様よ!ノエルにはいつも色々協力してもらってるしね」

 

フレア部長とノエル団長は冷静にはあちゃまにお礼を言うと、いつの間にか用意していた担架にわためをのせる。

 

「みんなごめんね。今日はわための様子見ておくから、休み明けの月曜日に改めて来てもらってもいいかな」

「もちろんある、わためちゃんお大事にある」

 

こうして、本来の最終日は解散となった。

 

週が明けて月曜日。

先週末に終わりの挨拶ができなかったため、改めて茶道部の茶室に行くと、いつものように、わためちゃんが先に来て座っていた。

 

体を見ると、すっかり元の体型に戻っていた。

 

「体は大丈夫あるか?」

「心配してくれてありがとうね。もう万全なんだなぁ」

「よかった。ちなみにもう取りつかれたりしてないわよね?」

「心配ないよ。私は善良なひつじです」

 

顔色もいいし、落ち着いた様子でもう安心安全なようだ。

はあちゃまの調合した新陳代謝を促す物質と、保険医の看病のおかげで休日のうちに体調を戻せたようだった。

 

今日は、フレア部長と一緒に、かなた先生もやってきていた。

かなた先生は、体験入部の終了日ということで連絡事項の通達に来たようだ。

 

「ひとまず、お疲れさまでした。今日で茶道部での体験入部は終了ですね。フレアさんありがとうね」

「いえ、こちらも楽しかったですから」

「またまた事件がありましたが、結果的に大事にはなりませんでしたし、一番の問題行動はつるつるピカピカ頭の方だったので、特に問題視されることもないでしょう」

 

いや、ご本人はつるつるピカピカではないけれども。

校長先生も、ちょっとしたお茶目のつもりだったようで、わためちゃんの暴走を想定して引き起こしたわけではなかったようだ。

まぁ、予想できることではないだろう。

 

「今後についてですが、一つあなた達4人にお誘いがきています」

「え、お誘いあるか?」

 

体験入部終了となり、気を抜いていた4人は顔を見合わせて思わぬ言葉に首をかしげる。

関わった人と言えば、応援団のノエル団長とかだろうか?

 

「新しく料理実験部を立ち上げて担当になった、はあちゃま先生から4人は才能があるということで、体験入学にこないかという提案ですね」

「「「「え゙っ」」」」

「皆さんとなら新しいもの生み出せる気がすると話していましたよ」

 

それは、絶対に料理ではないものが生み出される未来しか見えない。

 

「せ、先生、あたしたちこれから自分がやりたいことに真剣に向き合おうと思って、既に計画を立ててるんです。なので、非常に嬉しいんですけども、それはちょっと……」

「そ、そうなのです、自分達の意思で探しに行こうと思っているのです」

 

言い訳ではなくて、実際に茶道部での経験を経て、私たちももっと自分が本当にやりたいことが何か考えて、一人一人、自分の打ち込めるものを見つけたいと話あっていた。

 

「そうですか、茶道部で良い刺激を受けることができたみたいですね。はあと先生には伝えておきます。これからの皆さんの活動を応援していますよ」

 

困ったことがあれば、相談してくださいね。

そう言って、かなた先生は本校舎に戻っていった。

 

最後に折角なので皆で覚えたお茶を点てる。

点てたお茶をフレア部長が受け取ってくれる時、精一杯感謝の思いを込めて丁寧に両手を畳に付き、背筋を伸ばして深くお辞儀をした。

 

とても楽しくて、学びの多い一週間だった。

今日までだとも思うと感慨深く、名残惜しいと思えた。

 

「あれ、わため、今日は追加でお菓子をださないっすね?」

 

何時もならばお茶を飲んだ後にもいつの間にか和菓子を追加で取り出して食べているわためが、今日は大人しく出された和菓子で終了にしたようだった。

 

「甘ーい言葉に惑わされて、おいしく頂いているつもりが、おいしく食べられてしまったら大変なんだなぁ」

「いやいや、自分で食べてただけで誰も惑わせてないだろw」

 

スバルちゃんの言うとおりである。

 

「毎日の活動だからこそ、お茶を楽しめるだけの適度な量に留めて、健康的に気を配って継続することが大切なんだなぁ。やっぱりフレア部長の教えが正しかったんだなぁ」

「それが分かってくれたなら、今回の騒動も大きな価値があったかもねぇ」

 

先週、和菓子を取り上げられたときは駄々をこねていたわためちゃんだ。

けれど、ちゃんと自分のことを考えてくれての言葉だということが身に染みたようだ。

お菓子の量を控えても、今まで以上にニコニコと、お茶の時間を楽しめているようだった。

 

「愛情もって、健康的でストレスなく健やかに育てること。餡子の上品な甘さだけを時間をかけてわずかに蓄えさせ、さらに抹茶を毎日飲ませることで臭みをなくし、素材の味を最大限引き出す。こうして、1日2日の急ごしらえではなくて、じっくりと時間をかけて丹精に作り上げるその味わいこそが[至高のお肉]となるんよ」

 

 

「…………え!?」

 

 

「ひっ、ひやぁああああああああ、たぁべられる~~~」

 

 

「あっはははははっ」

「……wwww」

 

大慌てで、わためちゃんが茶室から逃げ出していった。

一瞬、わためちゃんを見る目がお肉を見る目になってしまった気がする。

指を一本、ぴっと立てて育成計画を語っていたフレア部長があまりに様になりすぎていて本気の計画に聞こえてしまったw

 

「いいあるか?話してしまって。子羊さんが逃げてしまったあるよ?」

「大丈夫よ、あの子羊さんはもう茶室の魅力に取りつかれているからね。明日にはひょっこり戻ってくるわよ」

 

フレア部長はそう言って楽しそうに笑っていた。

 

暴食を取り払うことはできても、フレア部長から逃れることは、きっともうできないだろう。

不知火牧場から、丹精込めて育てられた子羊ちゃんが出荷される日もそう遠くないのかもしれない。

 

                          ~ 至高の食材 end ~

 




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封鬼委員のお仕事
4-1餅は餅屋


視点:あくあ

 

 

教室には緊迫した空気が漂っていた。

 

マリンと、ラミィが口論をしている。

 

「まだ二十歳になってないのに、どうせ満足に日本酒の目利きなんてできやしないんでしょう?」

「そっちこそ、日本酒の味を十分に引き出せるような魚をあなたが取れるんですか?うちの船とか言いますけど、父親に取ってもらった魚を自分の手柄にでもするつもりですか?」

 

「なんだとぉ!!!」

「なにをぉ!!!」

「ちょっと、二人ともやめるっすよ!!」

 

スバルが止めようと声をかけるが、エスカレートする一方で止まる気配がない。

 

切っ掛けは些細なことだった。

将来の夢についての話になって、マリンは早く船長になりたいということ、ラミィは早くお酒造りの職人になりたいということを話していた。

あたしなんかは、将来の夢なんてまだ決まっていないから、既に夢に向かって勉強しているという2人に憧れるし、少し焦りを覚える。

 

マリンが漁船を持っていることは何度か聞いていた。

将来の夢の話から「私たちの船でとってくる魚は、種類も型もこのあたりで一番なんだ」という話になった。

 

ラミィは「凄いね」と言い、「それならお酒と一緒に楽しみたいなぁ。うちにはどんな魚にも合わせられるくらいのお酒があるんだよ。年齢的に飲めないのが残念」と返していた。

 

その直後は和やかで、マリンから魚を食べにこない?みたいな誘いがあるかと思っていた……というか、多分、切り出すタイミングを計っていたと思う。

あたしも人を誘ったりするのが苦手だから、迷っている雰囲気はわかった。

そして、迷って言葉を探している時に余計なことを言ってしまう気持ちも。

 

マリンの「魚は数えきれないくらい種類がいるから、全部に合わせるのは無理じゃない?それに、二十歳になってないラミィにお酒を選べるの?」と言ったのをきっかけにだんだん険悪になって口論に発展した。

 

マリンは、自分の船が大好きだから、どんな魚にも合わせられるという言葉が船を過小評価されたように感じてしまった面もあったのかもしれない。

 

ラミィも、なぜお酒の味に詳しいかはさておき、お酒のことが大好きなのは分かるし、すでにお酒造りを勉強していると言っていた。だから強く反発したのだと思う。

 

口論から発展し、気がつくとマリンの手には消火器が、ラミィの手にはモップが握られていた。

熱くなるにしても異常だった。

2人の目をよく見ると、マリンの目は赤く、ラミィの目は青く光を放っていた。

「二人ともやめるっすよ!!」

 

異様な雰囲気を放ち、一触即発の状況にある二人にみんなが気圧されるように距離をとるなか、スバルが意を決して割って入ろうとする。

 

しかし、近づこうとしたところを肩を掴まれ止められる。

 

「今近づくのは危険だよ」

「でも!!」

「二人は憑かれておるのだ」

「えっ、憑かれてる……ですか?」

「うむ」

 

スバルを止めたのは見知らぬ女性だった。

小柄な女性だ。けれど、ロングストレートの赤い髪と、なにより赤い大きな瞳が印象的で目を引く女性だった。 クラスメイトではないけど、誰なのだろうか。

 

「あの、あなたは?」

「余は、百鬼。封鬼委員の百鬼あやめだよ」

「風紀委員ですか?」

「ん、これだよ」

 

彼女の視線の先を見ると、左腕に腕章が付けられている。

そこには、風紀委員ではなく封鬼委員と書かれていた。

 

鬼を封じる?

見慣れない名前だけど、どんな委員会なのだろう。

 

「二人は何に憑かれているのですか?」

「もちろん、”鬼” に憑かれておるな」

 

そう言って彼女は一歩前にでた。

 

「餅は餅屋、余に任せて欲しい」

 

真っすぐに暴れる二人を見つめるあやめ先輩。

瞳を輝かせ周囲が見えないかのように睨み合っている二人から何か感じ取れたのか一つ頷く。

 

「うむ、あの鬼がこれほど悪さをするのは珍しいのだが、よほど強い思いがあったと見える。説得は難かしいようだ」

 

何かを諦めたようにつぶやいたあやめ先輩の手元が赤く輝く。

すると、その手に赤い光をまとう一振りの刀が握られていた。

 

怪しく輝くその刀身に目を奪われる。

でも、まさかその刀で切るつもりなのだろうか?

今までお互いを見合っていたマリンとラミィも、危険を感じたのかあやめ先輩に警戒の目を向ける。

 

抜き身の刀を手に、二人との距離を詰めるあやめ先輩。

 

その前に一人の人物が立ちふさがった。

 

「待つんだ、あやめ君。どんな理由があっても人を切ってはいけない!!」

 

両手を広げて立ちふさがったのは見知らぬ男子生徒? だった。

男子の制服を着ているのであっていると思うけど、中性的で整った顔立ちにハスキーな声。容姿も声も女性と言われても違和感なく受け入れられそうな人だ。

 

「えっ、おかゆ先輩?」

 

るしあが呟く声が聞こえた。

るしあはお兄さんの繋がりで3年生に知り合いが何人かいると言っていたので、その一人なのかもしれない。

 

「おかゆ、そこをどけ、被害が大きくなる前に余の手でかたをつけなければならぬのだ」

「ダメだ、何か方法はあるはずだよ。何より、僕には君が人を切るのを黙って見ていることはできない。この場はどかない。どうしてもというなら、ボクを切ってからにしろ!!」

 

「……そうか、ならば、やむを得ないな」

 

言葉を発すると同時に、ふぅっと、あやめ先輩の姿が霞む。

 

次の瞬間、コマ落としのようにあやめ先輩はおかゆ先輩の隣に剣を振りぬいた姿勢で存在していた。

 

あまりに静かで、霞むような速度の移動は目でとらえることは出来なかった。

 

でも何故だろう?

 

赤く輝く斬撃がおかゆ先輩の体を横切っていったことだけは、ひどく目に焼き付いた。

 

「あ……やめ……君、切ってはダメだ……」

 

おかゆ先輩が静かに崩れ落ちる。

あやめ先輩はおかゆ先輩を置き去りにマリンとラミィの目の前に近づく。

 

「さて、お待たせ。今度こそ君達の番だよ。おいたの反省はもう済んだかな?」

 

二人の瞳に脅えが走り、距離をとろうとするが遅い。あやめ先輩から二筋の赤い斬撃が走ると、糸が切れたように二人が崩れ落ちた。

 

「そんな、マリン、ラミィ。どうしてっ」

 

二人は本当は仲が良くて、ちょっとしたすれ違いで喧嘩をしただけだったのに。

 

「本当は本人の意思で払うほうがよいのだけど、手遅れだったんよね。さて、二人とも目は覚めた?」

 

「ん、う~ん?」

「あれ、私どうして……」

「マリン、ラミィ生きてたっすね」

「当然だよ。このホロサーベルは柄以外は光だからね。光で人は切れないよ。

 

ホログラムサーベル。通称ホロサーベルは、持ち手となる柄の形をした装置から空間に3D映像と投影する装置で、ホロ学園で開発中の物らしい。

光の刀身部分は事前に登録した形を投影するらしく、あやめ先輩は赤いエフェクトが刀身をまとう刀にしているようだ。

あやめ先輩が見せてくれたサーベルを目にすると、まとう光は炎のようにゆらめいていて、空間に溶けるように周囲にエフェクトが舞っていた。

 

よかった。あやめ先輩の迫力がありすぎて、本当に切られたのかと思ってしまった。

それと、勘違いした理由はもう一つあったのだけど。

 

「ぐぅー、もうダメだ……僕に構わず先に行け……」

「あの、おかゆ先輩、何をやっているのです?」

 

おかゆ先輩? は、倒れたまま、胸を押さえ片手を伸ばすようにしてもがいていた。

さっきの切られる演出は何だったのか?

 

「おかゆは、どうやってか鬼退治を嗅ぎつけては切られ役を請け負っていくんよね」

「あやめ君と共演できる、こんなおいしいチャンス逃すわけにはいかないからね」

 

演技を終えたらしいおかゆ先輩が、あやめ先輩の隣に立ち、しれっと左肩に手を置きそう言った。

 

「まぁ、鬼に憑かれたものを正気に戻すには、切られることに恐怖心を持ってくれた方が効果が高いので演技に付き合って――いや、手伝ってもらってるんよ」

 

あやめ先輩は、右手で肩に載せられたおかゆ先輩の手をしっしっと追い払って説明してくれる。

気持ち的には、演技に付き合ってあげている、と言いたそうだけど役割を果たすのを手伝ってもらっているので言い直したようだ。

そう言われてみれば、あやめ先輩の口調が切る前に比べると柔らかくなっている。

登場シーンから実は雰囲気づくりをしていたのだろう。

あやめ先輩が、マリンとラミィに向き直る。

「さて、2人はどうなったか覚えているかな?」

「あの、私は、気がついたら意識が遠くなって……」

「私もです」

「鬼に憑かれたせいだね」

「鬼に憑かれていたんですか?」

「うむ、天邪鬼(あまのじゃく)に憑かれとったよ。ふつうは意識を奪うほど強い鬼ではないのだけど、よっぽどお互いに、素直になれないけど強い思いがあったんよね?」

 

天邪鬼といったら、相手が言うことに本当は同意していても反対するようなひねくれた対応をする人の事だ。お互いに惹かれているけど素直になれなかったということだろうか。

 

「あの、ラミィごめんね?ラミィが一生懸命勉強してるって知ってたのに、軽く見るようなこと言って……」

「私こそ、ごめんね。マリンが真剣に船長になる道を目指してるって知ってたのに、親に寄りかかってるみたいな言い方して……」

 

二人は素直に謝罪の言葉を交わしていた。

その本当に憑き物が取れた様子に疑問が浮かんだので、あやめ先輩に聞いてみる。

 

「あやめ先輩、ホロサーベルはホログラムだっていってましたけど、鬼を切れるものなんですか?」

「いや、このホロサーベルはただの映像だよ。鬼を切ったのは、刀ではなく技だね」

「技、ですか?」

「余は幼少のころから特別な刀術を習っておってね。中には、切れないものを切る技もあるんよ」

 

リアルな刀も扱えるそうだけど、さすがにリアルな刀が人を切らずにすり抜けるような技はないらしい。

まぁ、それはそうだろう。

 

「すごいですね、見えないものを切るなんて」

「うむ、代々伝わる秘剣でな」

 

あやめ先輩が、手にした刀を一振りし腰に納刀する動作を行う。

すると、光が散ってほどけるように刀身が消える。そして、

 

「先の技は、当家に代々伝わる秘剣。見えざる鬼を切る技。その名も――無切(なきり)」

 

堂に入った立ち振る舞いと、舞台俳優のようなセリフのかっこよさに心を奪われた。

 

「では、問題も解決したようだし、余は立ち去るとしよう」

「あやめお嬢様、お供いたします」

「お主は……まあ良いが、ゆくぞ」

 

あやめ先輩に、おかゆ先輩が付き人のように従う。

あやめ先輩は、ちょっと呆れ気味の顔をしながら演技に付き合ったのだけど、その様子は確かに事件を解決した剣客のお嬢様と、その付き人の様であった。

 

マリンとラミィを救ってくれたお礼を言っていなかったことに気がつき慌てて声をかける。

 

「二人を助けてくれてありがとうございました。本当に切ったのかと思った時はビックリしましたけど、おかげで助かりました」

 

そう伝えると、あやめ先輩は歩みを止めて振り向き――

 

「剣を学ぶと決めた時から、余は―― 人は切らぬと決めておるのだ」

 

柔らかな笑顔でそう言った。

 

 

 

最後に、去り行く背中にすばるが一言呟いた。

 

「かっこよかったです。秘剣――なきり」

 

ちらりと見えたあやめ先輩の横顔が赤く染まった気がした。

やっぱり、ちょっと恥ずかしかったようだ。




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4-2鬼切り事件簿

視点:あくあ

 

 

教室には緊迫した空気が漂っていた。

2人の争うものがいる。

一人はフブキ。ホロ学園3年生の男子生徒だ。

そして、もうひとりはあくあ。一年生A組の生徒でフブキの妹、つまりあたしだ。

 

「お前がやったんだろう?自主的に謝るなら今のうちだぞ?」

「はぁ、何のことだかさっぱりわからないんですけど!?」

 

この兄は昼休みに押しかけてきて一体何を勝手なことを言うのか。

 

「お前がさっき、俺の教室に来てロッカーを漁って言ったことは言質がとれてるんだぞ」

「ロッカーを漁ったからって、兄さんのお弁当をパクったりしてないわよ」

 

急に押しかけてきて、人をお弁当のパク犯扱いするとはどういうつもりなのか?

 

「お菓子を持って行っただろう」

「お菓子は持って行ったけどお弁当を持って行ったりしないわよ。お菓子はいっぱいあるんだからちょっとくらい持って行ってもいいでしょ」

「お前が持っていくから多めに確保してるんだよ!」

 

あたしのために用意してあるなら、あたしが持って行っても問題ないはずだろう。

それに、さすがに昼食を勝手に持っていくほど非常識ではない。

 

「さっき、売店に昼食を買いに行ったおかゆところねから、今日は売店が早々に売り切れになってたと聞いたぞ。お前も弁当が手に入らなくて、つい俺のおにぎりを持って行ったんじゃないのか?」

「確かに、今日は入荷数が少なかったらしくて全員分買えなかったけど、その分はみんなで分け合ったし、お菓子で埋め合わせたわよ」

「やっぱりお弁当は足りなかったんだな?」

「ちょっと少なくなったけど、我慢できないほどじゃなかったし、そもそも持ってってないってば」

 

どうも口頭で説明してもわかってもらえないらしい。

なぜかわいい妹をそんなに疑うのか。

 

「もめているようだが、どうしたんだ?」

「あやめ、悪いが今取り込み中なんだ、じゃましないでくれるか」

「あ、あやめ先輩、聞いて下さい、このわからずやの兄さんがおにぎり泥棒で疑ってくるんです。あ、あたしは鬼に憑かれてないです……よね?切ったりしないですよね?」

「うむ、そなたは平気そうだな。フブキは少々憑かれておるようだが自らで払えそうではあるな。フブキよ、そなたが聞き込みしても話が進まぬだろう?余はもめ事には少々詳しい。事情を説明してくれぬだろうか」

 

封鬼委員のあやめ先輩が鬼の気配を兄さんに感じて駆けつけてくれた。

あやめ先輩は、人に宿った鬼を光で出来た刀剣で切ることができる。

いや、実際には刀剣ではなく技できるのだったか。

刀身には実態がないホログラムだとわかっていても迫力があるので切られるのは心臓に悪い。

今回は、切られるような状況ではないということでほっとする。

 

兄さんが仕方なさそうに状況を説明する。

あたしにも、兄さんのロッカーを漁った経緯を聞かれたのでありのままを回答した。

 

「うむ、あくあ殿に嘘を語っている様子はないな」

「だが、確かにおにぎりは無くなったんだぞ」

「ならば、別の要因があるということだろう?お主は鬼に憑かれて視野狭窄に陥っておる。すでに状況証拠は揃ったな。そろそろ目を覚ましてやろう」

 

あやめ先輩の手元が光るとその手に赤い光をまとった抜き身の刀身が現れる。

そして、兄さんを真っすぐに瞳に捉えて刀を構えた。

 

「え、兄さんも切らなくていいって」

「あやめ、お前は俺を疑うのか?」

 

問いには答えずに、あやめ先輩は一歩距離を詰める。

 

「待つんだ、あやめ君、どんな事情があっても人を切ってはいけない!!」

 

何時かのように、刀を持ったあやめ先輩の前に両手を広げたおかゆ先輩が立ちはだかった。

 

「余は役目を果たさねばならぬ、例えお主が相手でも容赦ははせぬぞ」

「切る以外の解決策がきっとある。だから諦めないで欲しい。それでも、どうしても人を切らねばならないというなら、僕を切ってからにしろ!」

「そうか、ならばそうさせてもらおう」

 

あやめ先輩の姿が瞬時におかゆ先輩の隣に移動し――そしてそのまま静かに脇を通り抜けた。

 

特に斬撃の赤い軌跡は見えずに、ただ刀を手にしたまま歩み過ぎたように見える。

でも――

 

「ぐぁあ、そ、っそんな。あやめ君、君は僕の命を……奪うのか……」

 

おかゆ先輩は苦しそうに胸元を強く握りしめ地面に倒れ伏した。

 

あやめ先輩は、背後を気にした風もなく兄さんに歩み寄る。

 

「俺を切っても事件は解決しないぞ?」

 

兄さんはひるんだ様子もなく、静かに見つめ返している。

 

「お主は切らん。そもそも、事件ならもう解決だろう?」

 

そういって、兄さんに手をかざす。

 

「それは!?」

 

あやめ先輩が兄さんに向けた手には、1つのおにぎりがにぎられていた。

それはサランラップで包まれたおにぎりで、兄さんがにぎったおにぎりだとわかった。

 

「どこでそれを!?」

「どこでも何も、今見た通りだぞ」

「まさか」

 

倒れ伏したおかゆ先輩を見る。

あやめ先輩が持っていたはずもなく、つまりはそういうことだろう。

 

「おかゆ……お前なんだな?」

 

兄さんがおかゆ先輩の隣に片膝ついて告げる。

 

「あやめ君の罠につい乗せられてしまったようだね……。すまない、フブキ。お弁当を食べられない絶望に僕は耐えられなかったんだ」

「残りの3つはどうした?」

「君がにぎった愛のこもったおにぎりは、僕の小腹を満たしてくれたよ」

「そうかそうか、何か言い残すことは?」

「一言だけ許してもらえるなら……次は塩むすびも作って欲しいな」

「ギルティ」

 

兄さんがおかゆ先輩の首に腕を回して締め始めた。

まぁ、無実で疑われたことは腹立たしいけど事件が解決してくれてよかった。

 

「あやめ先輩、ありがとうございました。おかげで無実の証明ができました」

「うむ、役に立つことができたのなら何よりだよ」

「推理力もあるんですね。やっぱりカッコいいです」

「事実を元に可能性を絞り込めばおのずと解答は得られるものだよ」

 

クールなあやめ先輩は憧れの先輩だと思う。

 

「兄さんに憑いた鬼はもう大丈夫ですか?」

「うむ、フブキについていた鬼は、疑心暗鬼。真実が分かり疑いが晴れたことで、既にさっておるな」

 

鬼に憑かれると、思い込みが過剰に進むそうだ。

ただ、あくまで本人の思いを元にしているので、納得して本人が鬼を払うことが望ましいらしい。そのためのサポートもしているようだ。

 

「鬼を切るだけが役目ではないんですね」

「うむ、鬼切りだけが解決策ではないぞ、今回はおにぎりで解決したが」

 

「……」

 

「あたし、兄さんに声をかけてきますね」

「う、……うむ」

 

訂正、あやめ先輩はかわいい人かもしれない。

いつかのようにほほを赤く染めているあやめ先輩を見てそう思った。

 

「さて、兄さん。妹に無実の罪を着せたわけだけど。何か言うことは?」

 

おかゆ先輩を締めあげていた兄さんがそのまま顔だけこちらに向ける。

 

「あー、そうだな疑ってわるかった」

「まぁ、素直に謝ってくれるならいいけど。ちょうどお菓子もらいに行ったタイミングだったから疑わしい状況ではあったしね」

 

謝ってくれれば別にいいのだ。

何だかんだで普段お世話になっている自覚もしているし、許すことにする。

 

「あくあちゃんごめんね。まさか、フブキが君に濡れ衣を着せることになるなんて……胸が張り裂けそうだよ」

「俺のせいみたいに言うな、お前のせいだろ!」

「あくあちゃんを傷つけたこと、もちろん反省しているよ。とても胸が痛い。ただ、一つだけ伝えさせてもらえるなら……どうせ捕まるなら最後の一個も食べておけばよかった」

「反省してないだろ!」

「あはは」

 

おかゆ先輩の食べ物に対する執着は筋金入りだなぁ。

おかゆ先輩の事は兄さんが何とかするだろうし、兄さんは――まぁ、お菓子ももらっていることだし[お昼をおにぎり一個で過ごす計]で今日は許してあげよう。

 

目の前で取っ組み合いを再開した兄さんが、後で体力を無駄に消費しなければよかったと後悔する姿を思うとちょっとかわいそうになってきて、早く帰って晩御飯を用意してあげようかなと思った。




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4-3名探偵の好奇心

視点:あくあ

 

 

教室には緊迫した空気が漂っていた。

そこには、2人の生徒が向かい合っていた。

 

一人はフブキ。ホロ学園3年生の男子生徒だ。

そして、もうひとりはあくあ。一年生A組の生徒でフブキの妹、つまりあたしだ。

 

 

「またなの、兄さん。今度はなに? あたしは何もしてないけど?」

「いや、今回は証拠がある。問題は、いつ、どうやってとったのかだ」

 

 

兄さんは前回のおにぎり紛失事件の時とは違い怒っている様子ではなく、どうも焦っているようだ。

今日は3年生のクラスに顔を出していないので、おにぎりどころかお菓子だって取ってないのだけど。

何をそんなに焦っているのだろうか?

 

 

 

今は放課後だ。

ここは、教室は教室でも移動教室で使う部屋だ。放課後の今は空き教室になっている。

あたしが帰ろうとしていたら、血相を変えて現れた兄さんに強引に手を引かれ、この空き教室に連れ込まれていた。

 

 

「今回はあくあ、お前意外には考えられないんだ。正直に話してもらうぞ」

 

 

そういってなぜか人目を嫌うように教室の隅にあたしを追い込んで壁ドンした状態で兄さんは言う。

 

壁ドンと言えば、以前気色悪い動きをする蜘蛛に迫られた嫌な記憶がよみがえる。

けれど今、目の前にいるのはしょせん兄さんである。

 

迫られたところで、じゃまだなぁとしか思わない。兄さんの胸を押して遠ざけようとしたけど、さすがに体格差があって動かない。しょうがないので暑苦しいと声をかけようとしたのだけど――。

 

 

 

「きゃぁああああーーー、放課後の人気のない教室。壁際に妹を追い詰めたお兄さん、「あくあ、お前意外には考えられないんだ」そして、一切抵抗することなくお兄さんの思いを受け止めた妹は、そっとお兄さんの胸に手を当てて見上げると、その瞳を静かに閉じて――きゃぁああああああ、リアル兄妹きちゃーーー」

 

 

「げぇ、まつりちゃん」

 

 

気がつくとまつりちゃんが近くの机の陰に身をひそめるようにして、こちらをガン見していた。

両手で目を隠しつつ――両手の指の隙間全開でガン見している。

 

 

その隣にはシオンがいてスマホを構えていた。ちょっと変なところ撮らないでよね!?

 

 

兄さんはどうでもよかったけど、はためからどう見えるか考えるのを忘れていた。

あと目を閉じたりしてないから、捏造だからっ! 

 

 

興味津々のまつりちゃんの他にも、教室の入り口にはスバル、ポルカ先輩、それにあやめ先輩の顔まで、縦に3つ並んでこちらを覗き込んでいた。

 

 

「あ、どうぞどうぞ、私たちの事はいないものと思って続けてもろて」

「シオン!違うから。もう兄さん早く離れてよね」

 

 

流石に兄さんも状況の悪さに気がついたのか距離を離す。

なんでみんなが来たのかと思ったけど、シオンとは一緒に帰る予定だったし、いきなり教室に駆けこんできた兄に拉致されるのを見ていたら、対象が妹でも誰かしら様子を見に来るのは当然だった。

 

ポルカさんは、兄さんにスマホを盗られたらしく追いかけてきたらしい。

 

あやめ先輩は、もめ事の気配を感じて様子を見に来たようだけど。

 

 

「それで、フブキよ。一体何が、『いつ、どうやってとったのか』なのだ? 事件の真相究明であれば余も協力できると思うぞ?」

 

 

あやめ先輩の瞳が輝いている。

あやめ先輩は実は謎解きがしたくて事件に首をつっ込んでいるんじゃないだろうか……それにしても、そんな最初から覗いていたんですね。

 

 

興奮したまつりちゃんを落ち着かさせてから仕切り直す。

 

 

「で、兄さん結局何なのよ」

「くっ、やむを得ないか」

 

 

周囲を見渡して、あまり人がいることを歓迎しない雰囲気をしているけど、今更人払いをするのは無理と諦めたようだ。

 

 

「……あくあ、お前はフィギュアをたくさん持っているな?」

「持ってるわよ」

「部屋からあふれるほどに持っているな?」

「まぁ、自慢じゃないけど、あれだけ持ってる子はそうはいないでしょうねっ」

 

 

フィギュアは本来購入すると結構高い。

しかし、そこはやりよう。

ゲームの大会でポイントを獲得してフィギュアと交換したり、UFOキャチャーのチケットと交換してフィギュアを落としたり。

格闘ゲームの大会では、キャラクターのフィギュアが景品だったりする。

言ってしまえば、部屋のフィギュアの数こそが、あたしのゲームの実力を示すトロフィーだ。

 

 

「でだ、当然このフィギュアを知っているな?」

 

そういうと兄さんはスマホの画面をあたしに見せた。

 

 

「えっ、もちろん知ってるけど?」

「なぜ、この写真がここにある?お前はいつ、この写真を撮った。撮影はさせて……いや、してないはずだろう」

「あたしは写真を撮ったりしてないけど」

「!?……嘘つけ、これはうちにしかないフィギュアなんだぞ。そして、このスマホがなんだかわかるか」

 

「見慣れないスマホだけど、ポルカ先輩のですか?」

「おう、フブキに盗られた俺っちのスマホだぜぃ」

「兄貴、また変なアニメでも見たっすね。直ぐ影響されるんだから」

 

俺っちって、どこかで聞いたことある気もするけどどこだったか。

まぁ、とにかくポルカ先輩のスマホにフィギュアの写真が入っている。

 

「よく撮れてるわね」

「やっぱりしらばっくれるのか、あくあ」

 

兄さんの目は完全に疑いの色を宿していた。

 

「おや、フブキよ、また鬼が寄ってきておるぞ? 鬼が関わる以上、ここから先は余の役目だな。そうだよな? よし、撮られた記憶のない写真の謎を解いてみせようではないか」

 

 

また兄さんに鬼が寄ってきたらしい。鬼を引き寄せる体質でもあるのだろうか?

それよりも、好奇心に瞳を輝かせているあやめ先輩だけど、目が赤く光っていないだろうか? 実はあやめ先輩こそ鬼に憑かれているのではないかと心配になる。

好奇心とか、謎解きの鬼なんていただろうか。

 

 

「よっ、お嬢。待ってました!!」

「え? ポルカ先輩、なんでお嬢なんですか?」

「お? それは、あやめお嬢様が、歴史ある剣術道場の一人娘で次期当主だからさ」

「ポルカ、お嬢様は止めよ」

 

 

どうやら高貴なお嬢様だったようだ。

あやめ先輩が時々まとう迫力は、剣術を身に着けているからだと思っていたけれど、当主になるべく教育を受けているためでもあったのか。

 

 

以前、おかゆ先輩が付き人役をしていたけど、その様子はとても自然に思えた。

今はポルカ先輩が同様に付き人の様なことをしているけど、妙にしっくりくるのはあやめ先輩の慣れもあるのだろう。けっして、付き人がいないと小さなあやめ先輩が迷子になりそうだからではないはずだ。

 

 

写真が気になったようで、まつりちゃんが、兄さんのもつスマホの画面をのぞき込む。

 

 

「うわぁ、フブちゃんだ!!これ本当にフィギュアなの!?本物を映したみたいな精度だよ。どんな技法でつくってるのか隅々まで調べたい。しかもアイドル衣装バージョン。ああ、先週のライブもかわいかったなぁ~。大ファンなの、ちょうだい!!」

「ダメだ、やらん。いや、やれん。これはあくあが一番大切にしているフィギュアだからな」

 

「えっ、兄さんこれ――んんんn」

 

兄さんの手が首の後ろに回り、そのまま抱きかかえるようにして口を手で塞がれた。

むうう、何すんのよ。

 

 

「事情もあるんだ、やることは出来ないな」

「えー、欲しいなぁ、でもしょうがないか。こんなに完成度の高いフィギュア見たことないもん。とんでもないレアものだよ。せめて見に行かせてほしいなぁ、いいでしょ? いいよね! あと、まつりにもこの写真ちょうだい!!」

 

 

まつりちゃんは、アイドルのファンだったようでフィギュアが気に入ったようだ。

熱の入りようから確実に近々うちに遊びにくるだろう。

 

 

話が脱線してしまったが、あやめ先輩が中心となって謎解きの続きを再開する。

あたしは兄さんに首をロックされたまま口をふさがれていて会話に参加できないけれど……

 

「ではまずは聞き込みだな。ポルカ、そなたのスマホの写真はどうやって入手したのだ?」

「お、あの写真はスバルから送られてきたものだな。俺っちがちょっと凹んでいたら、これ見て心を癒してよ兄貴って送られてきたんだよ。くぅー、泣ける兄弟愛だよなぁ」

「何きれいにまとめてるっすか! ソシャゲのガチャでピックアップのSSRキャラが出ないよぉおお、なんでだぁ、俺の嫁はツンデレしかいないのかぁってウザがらみしてくるから、それでも見て落ち着けと送ったっすよ」

 

 

最近活躍しているネットアイドルグループがコラボしているソーシャルゲーム(通称ソシャゲ)がある。

元々、ソシャゲのできがよかったところに、人気ネットアイドルとのコラボで人気急騰中のゲームだ。もちろんあたしは、以前からプレイしている。

 

ネットアイドルグループは、正式に年齢は公開されていないけど、高校を卒業したばかりの人や、中には現役女子高生も混じっていると噂されている。

 

なんでもポルカ先輩は、学園での顔の広さを利用して友達紹介キャンペーンをフル活用することで、ガチャに使えるポイントを大量獲得したらしい。

妹のスバルも当然紹介されている。

ちょくちょくプレイしているので、あたしとも休憩時間中にこのゲームの話をすることがあった。

 

 

そんなポルカさんはガチャで爆死していて、チャットでスバルに絡んでいたようだ。

学校の授業を終えた――つい先ほどだけど――にもチャットが来ていたらしい。

 

スバルは、アイドルグループメンバーの一人の映りがいいフィギュア写真、それも一般に出回っていないレア写真が手元にあったので、これをやるから落ち着けと送り付けたらしい。

 

しかし、これはどこで手に入れたんだぁ~~、とさらに怒涛の着信があり、面倒になって「あくあの家にあるフィギュアらしいよ」と伝えたところ……あたしの兄であるフブキのところにポルカ先輩が突撃することになったらしい。

 

そして、ポルカ先輩に突撃されてフィギュア写真を見せられた兄さんは、あたしのところに突撃してきたという流れだ。

 

 

 

 

 

あやめ先輩が情報を整理する。

 

「うむ、つまり写真の出どころはスバル殿ということだな?」

「たしかに、兄貴に写真を送ったのはスバルっすねぇ」

「もちろん、スバル殿が撮ったわけではないと」

「違うっすよ。そもそもスバルのスマホじゃあんな画質のいい写真取れないっすよ」

 

 

スバルが自分のスマホをポケットから取り出して見せながら言う。

スバルのスマホをみる。

なるほど、写真の画質にこだわった機種ではないので確かにあの写真は撮れないだろう。

 

 

「いや、妹よ。この写真を撮るには、スマホのスペックより重要なものがお前には欠けているぞ。それは、エモを理解する心だ!!わかるか、この脇から胸のラインを美しく見せる角度。そして、スカートのひらひらの隙間から見えそうで見えない絶妙のアングル。光の影まで上手く利用したこのぎりぎりの攻め具合はプロの仕事だぞ!!」

 

「やめろ、兄貴ぃ。家ならともかく人の友達の前でヤバい発言するんじゃない!!」

 

「わかる。わかるよお兄さん。つい画面を下から覗き込んでしまう臨場感あふれる距離感とアングル。投稿が許されるギリギリの攻め具合。これはエロス有識者の仕事ね!!」

 

「わかるかい、まつりちゃんっ」

 

「はい、ポルカ先輩っ」

 

「ぐあぁーー、こっちにもいたっす」

 

エモの話が、エロスに変わっているけどいいのだろうか?

ガシッと、手を握ってわかりあっているようなので、どちらでもいいのだろう。

妙なところで新たな友情が芽生えたようだった。

 

 

たしかに写真の映りはいいなぁと思う。

なかなか、見る人のツボを押さえた撮影だ。

 

ふっふっふ。もっとも、いつでも実物を見れるあたしは、写真だけでは表現できない良さがあることを知っているけどね!!

 

「まぁ、待つのだ。話を戻そう。スバル殿はその写真を誰にもらったんだ?」

「写真はさっき、ねねちからもらったすよ。あくあが持ってるフィギュアの写真で、めっちゃかわいいから今度一緒に見せてもらいに行こうって誘われたっす」

 

そうなのか。

それなら、お菓子を補充して置かないといけないな。

部屋もちゃんと片付けておく必要があるだろう、兄さんが。

 

 

「ねねちゃんか、あくあ、お前はどこまで写真をばらまいたんだ……」

「ぷはぁ、あたしじゃないって言っているでしょ」

 

 

兄さんの脇に抱えられたまま、口を覆っていた手のひらだけ外して答えた。

 

「ふむ、先ほどの話なら、ねね殿は直接フィギュアを見たわけではないと」

「そうっすね、見てはいないようだったっすよ」

「俺っちがねねちゃんを呼んで来ようかい?」

 

「いや、待つのだ。今の話が全て本当だとすると……あくあ殿が撮影していないのに広まっている写真。撮影にこだわる人が所持しているカメラかスマホで撮られたと思われる高画質写真。かなりぎりぎりのセンシティブを攻めるセンスの持ち主による写真。一見情報が足りないように見えるが、その経緯と手口を考えれば……なるほど、謎は全て解けたぞ」

 

 

えぇええええ、その情報で謎が解けたんですかあやめ先輩!?

 

 

「本当なのか、あやめ!!」

 

「うむ、犯人はこの中にいる」

 

 

あやめ先輩が、全員を見渡たして厳かに告げた。

 

そして人差し指をぴっと立てると、その指が――その場に立つ一人一人の上をなぞるように移動していき――。

 

 

「犯人はお主だ」

 

「おい、まさか俺が自分でばらまいたと言いたいのか!?」

 

 

その指は、兄さんを指して止まったように見えた。

 

「いや、お主ではない、その奥だよ」

 

そう言われて、兄さんが振り返る。

兄さんの脇に首をロックされて抱えられているあたしも必然的に振り返った。

 

すると、そこにはスマホを構えて撮影している女子生徒が立っていた。

 

 

 

 

……シオンだった。

 

 

推理小説の探偵が犯人を指名する名場面。

犯人として探偵が指名したのは、カメラに写っていない人物。

そう、つまりはカメラマンであったのだ。

 

 

「あ、あやめ先輩、その決めポーズいいですね~最高です。それとフブキ先輩のその振り返って愕然とした表情もそそるものがあってナイスですね。あ、ついでにお尻ふりふりしてたあくあも、いい感じのアングルで撮っておいたから」

 

 

探偵役のあやめ先輩を正面からのアングルで撮影していたらしいシオン。

最新の――状況に合わせて使い分けができる複数の高画質カメラを備えた――スマホを構えながら言う。

 

兄さんに首を抱えられていたせいでお尻を突き出していたあたしを後ろから撮影していたらしい。

いい感じのアングルってなによ! スカートのなか映ってないでしょうね!!消しなさい!!

 

 

「シオン……君がこの写真を撮影したのか?」

「えー、どの写真ですかぁ? あ~、その写真ならこの前遊びに行ったときに撮りましたねー」

 

「鍵のついたケースに入っていたはずだが……」

「鍵ならあくあちゃんが開けてくれましたけど?」

 

「あくあ、なんでお前が鍵の場所を知っている……」

「なんであたしが知らないと思ってたの?」

「……」

 

兄さんの物は、うちの物。うちの物は、あたしの物である。

フィギュアであればなおさらだ。

兄さんは普段から飾っておいてくれればいいのに仕舞い込んでいて、頼んだ時しか出してくれない。

しかし、兄さんが居ない時に見たくなったなら、自分で引っ張りだすのは仕方がないことだろう。

フィギュアケースの鍵の場所はとっくの昔に確認済みである。

 

「……あぁ、はははっ、まあそうだよな。部屋に入り切らないからって、あくあから預かったものなんだから、あくあが知らないはずはなかったな」

 

「あれぇ? あくあちゃんから、何度頼んでも譲ってくれないお兄さんのお気に入りなんだって聞いてたんですけどー?」

 

「……」

 

兄さんの体から力が抜けた。

試しに抜け出そうとすると、特に何の抵抗もなく抜け出ることができた。

 

「おおーっと、フブキ選手!!妹の友達にアイドルのフィギュア趣味がばれてしまっていたー、これは恥ずかしいー。年頃の男子の胸をえぐる大ダメージだぁー」

 

ポルカ先輩が格闘技のアナウンサーのように、マイクを持って実況を始めた。

どこからマイクを出したのだろう?

いつもマイクを持ち歩いているのだろうか。

 

あのフィギュアは本当に良いものだ。誇りに思うことはあっても、恥じる必要はどこにもないと思うんだけど?

 

 

「まぁ、フブキよ、憑代を大切にするのは何も悪いことではないぞ。自分が見ているところでしか触らせないほどに憑代を大切にしているなら誇るべきことだろう」

 

 

うんうん、その通りである。

すると兄さんは、魂が抜けたかのように棒立ちとなり、そのまま後ろにひっくり返った。

 

 

「ああーー、フブキ選手!!同級生の女の子にフィギュアに対する独占欲を慰められたーー。これはクリティカルダメージだ!!1,2,3,カンカンカン。これは立てな~い!!」

 

 

ポルカ先輩が、兄さんの横の床を叩いてカウントをとる。どうやら、KO負けになったようだ。

 

それにしても、今のはなんだろう?

 

受け身もとらずに倒れた兄さんは、音もたてずに静かに床に着地したように見えたのだけど……

 

それに、魂が抜けたように倒れていくとき、黒髪のはずの兄さんの髪が、まるで銀パツのように白く輝いて見えた気がしたのだけど……気のせいかな?

 

ひょっとして、生気の抜けた兄さんが真っ白に燃え尽きたように見えたのだろうか?

 

 

 

「ふむ、まさか余の一言で気を失うと思っとらんかった。少し焦ったけど守ってくれたんだね。写真を憑代にしても少しは憑けるようだ……宿主思いだね」

 

「えっ、あやめ先輩何か言いましたか?」

 

「ん? いや何でもないよ」

 

何か兄さんに話しかけていた気がするけど、何だったのだろう?

 

 

「それにしても、シオンあの写真いつの間に撮ったのよ?」

 

「あのフィギュアを見せてもらった時に、あくあに『お兄さんの方がフィギュアのセンスがいいんじゃない』って言ったら、あたしも負けてないしって言って自分の部屋に取りにいったでしょ。その後しばらく戻ってこないから撮影会をしてたのよ」

 

「あー、あの時ね。しょうがないでしょ、見せたいのがいっぱいあって選ぶのに時間がかかったんだから」

 

なるほどあの時に撮ったのなら納得だ。

 

 

 

 

 

 

あやめ先輩が今回の事件の結末を告げる。

 

 

「いつ、どうやってとったのか。フブキの留守中にフブキの部屋で、あくあ殿が鍵を開け、シオン殿が撮影したということだな」

 

「だからあたしは撮影してないって言ったのよ。兄さんはあたしの言葉を信じなさすぎよ」

 

これで、疑いは晴れたと思ったのだけど。

 

「いやいやあくあ、これは流石にお前の犯行だろう」

 

スバルからつっ込まれた。ちなみに[これは]というのは倒れふした兄さんを指しての言葉だ。

 

「うむ、実行犯シオン殿。共犯者、いや主犯あくあ殿というところだろうな」

 

あやめ先輩も、あたしの犯行と言う。なんで!?

 

 

「俺っちは嬉しいぞフブキ。お前と熱く語れる共通の趣味が見つかったんだからな。男ならもっとオープンで行こうぜ」

 

「兄貴はもう少し隠せよなぁ。あくあが羨ましいよ、鍵付きのケースから出てくるのがアイドルのフィギュアだろ? うちの兄貴なんか、ベットの下覗いたらさぁ」

 

「ちょおおおっと、兄貴の威厳を大切にしような!!」

 

「そんなもの、もうとっくに品切れっすよ」

 

兄さんが気絶している横で、割とみんな好き勝手に話ていた。

 

 

 

「ふぅ、謎を解くことによって事件は解決したが、今回の鬼は厳しい相手であったな」

「あれ、兄さんは本当に鬼に憑かれていたんですか?」

 

「うむ。それもフブキは前回に続き二度目であったからな、鬼は鬼でもただの鬼ではなかった。一度目に比べて、再び宿る鬼はパワーアップするのだ」

 

 

鬼に体が馴染んでしまったりするのだろうか?

 

 

「今回宿った鬼は、フブキの疑う心に再び宿りし鬼、その名も、猜疑心(再鬼神)だ」

 

「よっ、名探偵。日本一!!」

 

「うむ、それほどでもある。だが、ほめても何も出んぞ」

 

ポルカ先輩の合いの手に、素直にうなずくあやめ先輩。

事件の謎を解いて、上機嫌なようだ。

 

 

でも、猜疑心(さいぎしん)は鬼に関係ないよね。

今回は、封鬼委員としてではなく近くを通りかかっただけなのだろう。

 

事件現場の近くを通りかかるのも名探偵の資質かもしれない。

 

 

 

 

封鬼委員の百鬼あやめ先輩。

 

剣術を習い、小さな体からは想像できない抜群の運動神経。

事件となれば冷静に犯人を追い詰める考察力と、名探偵の好奇心。

大きな瞳が印象的な、ちょっとお茶目で、カッコかわいい先輩だ。

 

 

あやめ先輩が学園の平和を守ってくれていると思うと、安心して学園生活を送ることができそうだ。

 

 

 

なお、途中から意識を失っていた兄さんは、ポルカ先輩が保健室に連れて行ってくれた。

 

兄さんいわく、フィギュアを見せてやると約束するまで、ずっと付き添ってくれたそうだ。

 

 

 

 

 

 

                        ~ 封鬼委員のお仕事 end ~

 




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『好き』に生きる 
5-1身を焦がす思い


ガチャで爆死した夏色まつりさんのお話です。ホロライブ二次創作のシリーズものですが、短編としても読めるように意識して書いています。ホロメンバーは学生の設定。白上フブキさんはベースがブラック白上です。面白いと思っていただけたらシリーズもののため、他の話も読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。


視点:あくあ

 

 

 

あくあは、絵具と筆を持って美術室に来ていた。

今日は1日通しで美術の授業だ。

 

 

油絵で学園内の好きな場所を選んで景色を書く、いわゆる写生の授業。

生徒たちの中でも書きたい場所に心当たりのある生徒は、授業が始まると同時に自分のお気に入りの場所に散っていった。

 

 

そんな中、絵を描こうという様子もなく両手を胸元で握りしめ、うつ向いてブツブツとつぶやいている生徒がいた。

 

 

「ちょっと、まつり大丈夫なの?」

「こんなはずない。まだこれからなのに。戻りた……戻りたい……」

 

 

いったいどうしたというのだろう。

今日はホームルーム前からテンションがおかしかったが、美術の授業が始まる直前から輪をかけておかしく見えた。

 

 

声をかけてみたが反応がない。

マリンも心配して声をかけ、肩を揺する。

 

 

「どうしたんですかぁ、まつりちゃん。いつもの元気がないじゃないですかぁ」

 

 

これにも、なすがままで反応がなかったけど、揺すられたことで胸元に握られていた腕が落ちる。するとそこには、スマホが握りしめられていた。

 

大切に握りしめていたと思われるスマホの画面が見える。

 

まつりちゃんのスマホはいつも推しのアイドルが映し出されている。

スマホは日替わりで、推しをローテーションしているそうだ。

 

 

しかし、今日は無機質な文字がその画面に短く表示されているだけだった。

 

 

『お客様のお支払い方法は拒絶されました』

 

 

……

 

「あー、まつりちゃん……沼ったのね」

 

 

 

それは、クレジットカードの支払いが停止した案内文だった。

この現象が起きるのは、ソシャゲのガチャで大爆死した時だろう。

諦めきれなくて、強制的にストップがかかるところまで行ってしまったようだ。

人気ゲームというのは、どうしてこう罪作りなのだろう……

 

 

「支払い停止って何かあったんですか?」

「ああ、マリンは知らないよね。あのね……」

 

 

マリンに経緯を説明する。

マリンはアニメや漫画には結構詳しいけど、ソシャゲは学園に入学するまでしていなかったらしい。

 

 

最近クラスメイトに誘われて少し手を付けているソシャゲもあるけど、課金はしないとマリンははっきり言っていた。

ノリで、ドーンと使っちゃいましょう、とか言いそうなタイプかと思ったけど割とお金の使い方にはシビアなようだ。

 

 

「あー、月額課金の上限があるんですねぇ。それなら来月まで待たないといけませんね」

「……だめよ」

「えっ?」

「来月じゃだめ、ダメなのよぉおおおお」

 

 

まつりちゃんは、頭を抱えていやいやをするように首を振る。

スバルが会話に加わる。

 

 

「アイドルグループとのコラボは今月末までっすからね。アイドルキャラを入手するなら今月ガチャ回さなきゃだめっすよね。うちの兄貴がそれで苦労してたっす」

 

そうなのだ。コラボキャラを欲しい場合には、どうしてもコラボ期間中に入手しなければならない。

チャンスを逃せば、次の機会が巡ってくるかは……神のみぞ知る、だ。

 

 

「もう一度……戻りたい……それなら、いっそ……ああああああああああ!!!」

 

 

まつりちゃんを中心に風が吹き荒れた。

 

教室に残っていた人たちから悲鳴が上がる。

 

あたしや、スバル、マリンのように近くにいたメンバーは風に押されて、まつりから一定距離を離される。

 

 

「な、何事っすか!?」

 

 

発生した現象はそれだけでには留まらない。

 

風で吹き飛ばされたと思った、筆やキャンパス、他にもイスやデッサンようの模型など様々なものが重力を無視するかのように浮き上がっり教室を飛び回り始めた。

 

「まつりちゃん、船長が今助けますからね!!」

 

いち早くマリンが行動を起こし、まつりの下に駆けつけようとする。

 

 

「……こないで」

「方法はありますよ、諦めてはいけません、まつりちゃん!!」

「……しってる、教えてもらう必要なんてない、たすけてもらう必要なんてない……」

 

 

会話が成立しているように聞こえるけど、まつりの目はうつろで焦点があっていない。

何をするかわからない、狂気をはらんだ虚無の表情だ。

 

そして、まつりが一度目を閉じ顔をうつ向けたと思うとゆっくりと顔をあげる。すると――

 

まつりの口の上に、くるんとした白いおひげがついていた。

 

 

……えっと、場にそぐわない可愛さだけど、何が始まったのだろうか。

 

「みんなも、戻ろう……まつりと一緒に」

 

呟くと、いつの間にか持っていた白い袋から何かを取り出し、マリンちゃんに向けて腕を振るう。

 

白い粉がマリンちゃんに振りかかる。

 

「えっ、なんですかこれは!?」

 

マリンちゃんの姿が白い粉に包まれて見えなくなり、粉が消えた時そこにいたのは、面影を残しつつも歳を経たマリンおばあちゃんだった。

 

 

「おやおや、どうしたんだい、まつりちゃん。そんなに若いのに生き急いで。人生は山あり谷あり。苦しい時もあるけれど、自分を信じて上を向いて歩んでいかなければいけないよ」

 

 

なんだかとても貫禄のあるおばあちゃんだった。

 

 

「あ、間違えちゃった……こっちだ」

 

 

まつりちゃんが持っていた袋を消すと、胸元から小箱を取り出した。

いや、そこに入るスペースなかったよね。

 

こんな時まで見栄を張ったまつりちゃんが、小箱をマリンおばあちゃんの足元に投げつける。

 

すると、煙が立ち上り――マリンおばあちゃんが消えてしまった。

 

いや、煙が全て晴れると足元にマリンがいた。2歳か3歳くらいの。

 

「マリンは、おっきくなったらぁ~船長さんになるの~、えへへぇ」

「マリンちゃんは船長さんになりたいんだぁ、あたし応援するね~」

「えへへぇ、ありがとう」

 

あたしの足元によってきて、ぎゅっと太腿に抱きついてきた。

可愛かった。ついなでなでしてしまう。

 

「ふとももすべすべ~、でへへぇ」

 

……無言で引きはがす。やっぱり小さくてもマリンはマリンだった。

 

 

「これはいったい何事なのだ?」

「あ、あやめ先輩!!大変なんです。まつりが何かに取りつかれたみたいになってて」

 

 

あやめ先輩が駆けつけてくれていた。

 

 

それだけでなく、騒ぎを聞きつけて様子を見に来てくれた人たちもいたが、物が飛び回っているカオスな状況が理解できずに立ち尽くしている。

 

 

そんな中でも、まつりはどんどん小箱を取り出しては周りの人の足元に向かって投げつけ始めた。

 

 

小箱から出た煙を浴びた人たちた次々と幼い子供になっていく。

 

 

「ドドドドドドド、つのドリルだぞぉぐりぐりぐり~」

「ばぶがなゃ嫌なのら~、ルーナはあわあわがいいのらぁ~」

「あぁあん、ままぁ、お腹すいたにぇ。ままーおっぱいほしいにぇ」

 

 

部屋にはどんどん幼子が増えていくとんてもない状況になる。

収拾もつかないしどうしたものかと思っていたが、子供たちはひと騒ぎするとすやすやと寝息を立て始め、あっという間にお昼寝部屋のようになっていた。

 

 

あたしの足元にも小箱が飛んでくる。

やばいと思った時には既に足元から煙が上がり始める。

 

しかし、不意に腰を抱えられると2mくらい後方にふわっと浮き上がって移動した。

 

あやめ先輩だった。

 

 

「あ、ありがとうございます」

「うむ、まぁ大したことではないよ」

 

 

助けてもらわなければ、今頃幼女退行していただろう。

周囲を見渡す。

気がつくと、残っているのは、あたしとあやめ先輩だけになっていた。

 

 

「助かったのはあたし達だけなんですね……」

「そう深刻にならなくても、時が来れば戻るタイプの現象だよこれは」

 

 

世界滅亡の危機から2人だけが生き残ってしまった時のヒロインのような心境で言ってみたのだけど、あやめ先輩は意外と気楽に受け止めているようだ。

解決策に心当たりでもあるんだろうか?

 

 

「でも、あたしは守ってくれたんですね?」

「あくあ殿は守っておくのが礼儀かと思うんよね」

 

 

なぜあたしを守るのが礼儀なのだろう?

 

 

「あやめ先輩、まつりちゃんを元に戻すことはできそうなんですか?」

「んー、観察してたんだけど難しいかな」

「えぇぇ、無理そうなんですか!?」

 

 

なんだか深刻な様子がないので解決できる目処が立っているのかと思ったのだけど。

 

 

「うむ、この状況をみるに――」

 

 

あやめ先輩があたしの方を向いて解説してくれようとしたとき、部屋を飛び回っていた道具の内、デッサンモデルとして置いてあった騎士甲冑が持っていた剣が飛んできた。

 

当然刃引きはされているけど、勢いよく突き刺さったら――

 

ダンっ

 

という音を立てて、あやめ先輩の胸に突き刺さった。

 

 

「あやめ先輩!!!」

 

 

 

胸に剣が突き刺さったあやめ先輩の姿は――気がつくと霞んで消えた。

 

 

 

「え?」

 

「残像だよ」

 

左隣にいたはずのあやめ先輩が、気がつくと右隣りに立っていた。

剣を避けて移動していたようだ。

剣は、あやめ先輩の後ろに置いてあった油絵を描くためのキャンパスを突き破り三脚に突き刺さっていた。

 

 

よかったけど、心臓に悪い。

わかってたんなら、もう少し余裕をもって回避してくれませんかね!?

 

 

 

まつりは、既に小箱を投げるのは止めたようだ。

替わりに手には赤いボタンのついたスイッチを握りしめていた。

もう嫌な予感しかしないんですけど。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

「えっ、あやめ先輩!?」

 

一言声をかけられたと思ったら、あやめ先輩の姿は既になかった。

あたしを置いていかないで欲しい。

 

まつりを見ると、あちらもこちらを見ていた。

……一対一で見つめあう。

ほほを汗がつぅっと伝った。

 

 

「あ、あのね。まつり、落ち着いて深呼吸しよ。ね?」

「一緒に行こう、まつりと一緒に……新しい世界へ。大丈夫、怖くないよ」

 

 

ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ!!!

 

 

一触即発の状況に呼吸が浅くなる。

 

 

赤いボタンを掲げて声をかけてくるまつり。

あたしはまだこの世界で生きていきたいなぁって思ったり思わなかったりするんですけど、どこに連れていかれるんでしょうか。

 

 

神様、仏様、あやめ様~、早く戻ってきて~。

 

 

 

「お待たせ。解決策を持ってきたよ」

「あやめ先輩!!どこ行ってたんですか、あたしを置いてかないでくださいよー!!って、あれ?」

 

あやめ先輩が戻ってきてくれた。

まつりが赤いボタンを押す前に間に合ってくれてよかった。

 

けど、あやめ先輩が解決策として持ってきたものを見て疑問に思う。

 

 

「兄さん?」

「あやめ、人のことを物みたいに言うな。急に説明もなしに拉致しやがって」

 

 

あやめ先輩が持ってきた、もとい手を引っ張って連れてきたのは、兄さんのフブキだった。

 

 

「そう言うなフブキ。状況はお主なら見ればわかるだろう。それに、急がんとあくあ殿が危険だったのでな。これでもお主の心境を思い、余が守っておったのだぞ?」

「……幼児化しても実害はなさそうだけどな。けど、まぁ感謝するよ、さんきゅ」

 

 

兄さんとあやめ先輩の間では、何かが通じ合っているようだ。

置いてけぼりになったあたしは、状況が知りたくて質問する。

 

 

「どういう状況なんですか?」

「なに、まつり殿の症状は余の管轄ではなくてな。解決できる専門家を連れてきたのだ」

「兄さんが専門家ですか?」

「うむ、任せておけば問題ない。それにしても、皆ぐっすり寝ておるな。事件解決も見えたことだし余も寝るとしよう」

「えぇ、ここで寝るんですか!?」

「うむ、心配ない。いつどこで事件が起きるかわからんからな。休息も現場でとれるように寝袋は常備しておる。では、おやすみ」

 

 

いや、床で寝ることを心配したわけじゃないんだけど……

あやめ先輩は、どこからか寝袋を取り出すと本当に寝てしまった。

この状況で寝てしまうなんて、よっぽど兄さんに信頼を置いているのだろうか。

 

 

 

後を託されたらしき兄さんは、まつりちゃんに声をかけていた。

 

「まつり、そのボタンを本当に押したいのか?」

「……押したい。押してまつりは……新しい世界に行くの。一緒に行こう。大丈夫、すぐに終わるから……怖くないよ……」

 

未だに部屋では物が飛び回っている。

絶望の中心にいるような濃い影をまとったまつりは……大丈夫と言いながら、とても苦しそうだった。

 

「呼びかけに反応あり、ポルターガイスト現象に、幼児退行能力所持、そして戻るためのボタンを押したい。新しい世界を目指しているのに苦しそう、か。まぁわかりやすい症状だな」

「兄さん、まつりは元に戻せるの?」

「人による。けど、これだけ時間を与えても本気で押そうとしないところを見ると大丈夫だろう」

 

そう言われてみれば、赤いボタンを取り出してから随分と時間がたつ。

本気であれば既に押しているような気はする。

 

 

兄さんがまつりに静かに近づいていく。

 

「来ないで、まつりは本気。それ以上来たら本気で押すから」

「無理だな。お前は押せないよ。本当はわかっているんだろう? 新しい世界に、まつりの望む未来はないよ」

 

兄さんがさらに近づくけど、やっぱりボタンは押せない様だ。

するとまつりの周辺に、みんなを幼児化させた小箱が大量に出現し白い煙を上げ始めた。

 

さらに風が渦巻き、まつりを中心に白い煙がドームを形成するようにまとまっていく。

兄さんもそこに巻き込まれる。

 

「兄さん!!」

「心配ない、少し待っとけ。ん? そうだな、その方がいいか。まつり、今回は特別だ」

「いやだ、イヤだ、戻る、戻るの……押したい、おしたい、オシタイ、おしたい、オシタイ、押したい推したいお慕い押したいお慕い推したいおしたい!!!」

 

悲痛な声をあげるまつりと、気にした風もなく歩み寄った兄さんの姿は、白い煙のドームの中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

視点:まつり

 

 

まつりは、迷子になっていた。

自分自身の気持ちがわからず、どうしていいかわからなかった。

 

ゲームが好きで、アイドルが好きで、好きなことの為なら何でもできた。

グッズが売り切れないように朝一番からお店の前に並ぶことも、握手会に新幹線で向かうことも。

そのために、ハンドメイド品作りのスキルを磨いてお金を稼げるようになることも頑張った。

けれど、どうにもならないことがあった。

 

それが、確率。

つまり、今直面しているソシャゲのガチャだった。

 

努力ではなく運。

幸運さえあれば、苦労なく手に入る反面、どれだけ恋焦がれても手に入らないこともある。

 

物欲センサーという言葉がある。

強い思いを抱いている人ほど、手に入らなかったりするのだ。

 

こればかりは、祈る以外に出来ることがなかった。

 

特に今回は、長くプレイしてきた大好きなソシャゲに、大好きなアイドルグループのメンバーがコラボとして登場することになった。

絶対コンプリートする。そう意気込んでいたけれど最高レア度SSRが揃わない。

有料のガチャにはSSR確定もあったけど、そいうのに限って被ってしまう。

それはそれで嬉しいけれど、抜けた穴が埋まらない。

 

残されたのは、確率は低いが一般ガチャを購入したガチャポイントで回して当たることを祈るのみ……

願えば叶う。そう言い聞かせる。

 

時間が悪いのかもしれない。

夜中に人がいない時間ならSSRも余っているかもしれない。そう思って、深夜3時にガチャを引いた。

 

運気が巡ってきていそうな時間を見極めよう。

そう思って、時間をずらしてレア度の高いカード排出率が高そうな時に集中する戦略をとってみた。

 

けれど、学園に登校してからどうしても我慢できず、ガチャを引こうと課金しようとしたとき、スマホの画面に残酷な文字が表示されていた。

 

 

『お客様のお支払い方法は拒絶されました』

 

 

課金額が月額上限に達していた。

これ以上、ガチャを引く権利のはく奪。

目の前が真っ暗になる。

 

このソシャゲにこだわらなくても、アイドルのグッズは手に入れられる。

そう言い聞かせようとするのに、自分の心が言うことを聞いてくれない。

 

何が間違っていたのか。

時間? 戦略? もっと早くにまとめて引けばよかったのだろうか。

それとも、願い方が強欲すぎて、嫌われちゃったのかな?

 

戻りたいと思った、ガチャを引き始めるその前に。

もう一度挑戦すれば、きっと手に入ると思うのだ。

引いた回数と、それぞれのガチャの確立を計算すれば、手に入る確率は十分すぎるはずなのだ。

 

 

偶然上手くいかなかったなら、もう一度挑戦させてもらえれば。

むしろ、いっその事――

そう思っているうちに、思考は迷走し、気がつけば周囲の見えない白い霧のなかで迷子になっていた。

 

そんな時、声が聞こえた。

 

「もー、しょうがないなぁ」

「え?」

「ほおっておけなくて、無理言って会いに来ちゃったよ」

「そ、その声は!?」

 

 

白く霞む見通しの効かない視界に、一本道ができる。

そこには、細身の体にきれいな白い長髪、そして少し尖ったかわいらしいふさふさの耳がついた少女がいた。

 

 

「コンコンきーつね。こんにちは、まつりちゃん」

「ふ、フブちゃんっ!?」

 

大好きなアイドルグループメンバーの一人であるフブちゃんがそこにいた。

彼女の周辺は光り輝き、煙を押しのけるようにクリアに見えた。

 

夢を見ているのだろうか?

ほほをつねろうとして途中でやめる。夢だと知って目が覚めてしまったら困る。

夢でもいい。今この時を一瞬でも永く大切にしたかった。

 

「まつりちゃんは、私たちのことをとても大切に思ってくれてるんだねー」

「大好きです!!」

 

フブちゃんが私の名前を呼んでくれる。

そのことに、張り裂けそうなくらいドキドキする心臓を両手で押さえながら答える。

 

「この前のライブも観てくれてたよね、ありがとう」

 

フブちゃんが私のことを知ってくれている。

嬉しくて涙がでそうだった。

 

それから、いっぱいいっぱいで言葉に詰まる私に優しく語りかけてくれて……

夢のような時間を過ごした。

 

 

「今は、とても悩んでいるみたいだね」

「うー、どうしてもガチャで当たらなくて」

「ガチャは沼にハマるとホントきついからねー」

「そうなんですぅ」

 

 

ガチャはとても楽しい。

けれど、当たらなかった時の絶望感もまたとても大きかった。

 

「わかるよー。ガチャであたると、運命に選ばれたような気がするんだよね。私のところに来てくれた!って。お金を払って購入するのとはまた違った、特別な出会いを感じられてうれしくなっちゃうよね。だからこそ、当たらないことが辛いんだけどね」

「……はい」

「運命とか、運営とか呪いたくなっちゃうよねー。大好きなゲームだったはずなのに、もうやめてやるって思ってしまったりね」

「……」

 

フブちゃんの言葉が、ちくっと胸に刺さった。

大好きなゲームを、私の元に来てくれないアイドルを、嫌う気持ちが芽生えていると見透かされたようで……。

 

「そして、いっその事――リセットしてしまおうかって思ってしまうよね」

「ああっ、まつりはっ」

 

顔を合わせていられなくなり、しゃがみこんで両手で顔を覆う。

 

「だいじょうぶ、悩むことは自然なことだよ」

 

そういって、頭をポンポンとされる。

顔をあげると、フブちゃんは手を差し伸べてくれていた。

一瞬ためらうけど、その手を取る。

 

そのまま手を引いて立ち上がらせてくれたあと、私を優しく抱きしめてくれた。

 

「だいじょうーぶ。まつりちゃんの思いはちゃんと伝わっているから」

 

大好きなのだ、だいすきだけど、この辛さをずっと抱えてはいられない……

 

「抱え込むのはよくないよ。だからここに置いていこう。思いを全部吐き出して、取りついた幽霊と共にこの世界に置いていこうね」

「幽霊……?」

「うん、まつりちゃんが抱いた絶望に引き寄せられて憑りついた幽霊。憑りついたのは、リセ・マラー。ガチャで爆死してリセットマラソン選択した人々の後悔が怨念と化した幽霊だよ。リセットマラソンを望んでしまう心に取りついて、ゲーム削除ボタンを押させることで、自分達の仲間に引きずり込む悲しき存在だね」

 

私は幽霊に憑りつかれていたんだ。

そう言えば、なんだか無性にボタンを押さなければいけないって思っていた気がする。

 

まずは、気持ちの整理だね。

そう声をかけられる。

 

「リセットマラソンしたいと思うよねー」

「……はい。そうすれば、もう一度ガチャに挑戦できる。何回だってやり直せるし……そしたらアイドル皆に会えるから……」

「新規で始めれば、初心者限定で最新のSSRキャラを一人選べたよね。それに、初心者限定の無償SSR確定ガチャもあるね。さらに、遅れを取り戻すためにって、300連無料ガチャがあるから、ここまでやってリセマラすれば確実だよね」

「そうなんですぅ」

 

新規にスタートするものには手厚い保証がされているのだ。何て羨ましいのだろう。

 

「さらにさらに、ストーリークエストが全てリセットされることで、もう一度クリアして手に入るガチャポイントを全部取り直すことができてー、そのすべてを最新のガチャにつぎ込むことができるよね」

「そうなんですぅ」

 

ソシャゲの悲しき運命として、どんどん新しいキャラが追加されることで古いキャラが相対的に弱体化してしまうことが挙げられる。

 

古いキャラは正直持っていても使い道がない。

強いパーティーを作るためには、最新のキャラを何枚揃えられるかにかかっているので、時々リセマラしてキャラを一新してしまった方が良かったりする。

特に無課金勢なら確実だろう。

 

無償なんて言わない。有償でいいからニュータイプに覚醒するとか、100%を超えて120%の力を開放するとか、スーパーサ〇ヤ人に進化するとか、何でもいいから思い入れのあるキャラをリメイクして強くできるコンテンツを増やしてくれないだろうか。

 

愛着あるキャラが廃れて、保有枠を占有するけど捨てられないキャラになってしまうのは悲しすぎるのだ。

 

「でも、そんな思いを抱えていても、リセ・マラーに憑りつかれても、まつりちゃんは結局ボタンを押さなかった。リセットマラソンをしなかった。それはなぜ?」

 

「……それは、ずっと一緒に冒険してきた仲間たちだから。もう最前線のイベントでは活躍できないけど……今まで道のりを共に歩んできた子たちがいるから……アイドルの皆には出会いたい……けど、けど!! 今までの日々を捨てて去ることはできないよ!!」

 

「うんうん、そうだね。それでいいんだよ、まつりちゃん」

 

 

優しく語りかけてくれる。

 

「新しいキャラを手に入れたい。そう思って長くプレイしたデータを消してやり直す人もいる。けどね、結局長くは続かないんだよ。だって、新しく手に入れた子たちも結局すぐに使えなくなるって思ってしまうから。新しいキャラを手に入れたいだけのつもりでリセットしても、それは――ゲームに対する思い入れを、愛を、一緒に捨てさるということだから」

 

「ううぅ、フブちゃん」

「だからいいの。私たちの為に悩んでくれて嬉しい。けれど、これまでの日々を、愛を大切にして、ね」

「フブちゃん~」

「おー、よしよし。わかるよー。つらかったねぇ」

 

ポンポンと背中叩き優しく抱きしめてくれる彼女の胸にしがみつきしばらく涙を流した。

 

 

 

 

 

「さて後は、たまったうっぷんを晴らしてしまおうか」

「どうするんですか?」

 

赤なった目元を袖口で拭って聞く。

 

「大きな声で、元気よく声に出してしまおう。私が先に言うからついてきてねー」

「えっと、はい、どこまでも付いていきます!!」

 

推しについてこいと言われたら、全力でついていくのがファンというものである。

 

「そんじゃ、いくよー。運営~~、ガチャがシブすぎるぞー確率上げろー」

「確率上げろー」

「古参キャラも使えるように強化しろー」

「強化しろー」

「新規ユーザーばっかり優遇するなー、古参ユーザーも大切にしろー」

「大切にしろー」

「カムバックキャンペーンより継続プレイキャンペーンだろー」

「そうだそうだー」

「だれがゲームを支えてると思ってるんだー」

「思ってるんだー」

「作品を愛する人たちの価値を知れー」

「価値を知れー」

 

普段こんなことを言ったら、運営に干されてしまいそうだけど今だけは全力で声を出した。

 

「ふぅーー、どうかな? スッキリしたでしょw」

「はい、スッキリしました」

 

声に出したことで、胸に溜まっていたドロドロした思いが一緒に外に出て行ったようだ。

 

「スッキリして胸の中にため込んだドロドロを外に出してしまうと、今度はいい面も受け入れることができるようになるんじゃない?」

「いい面ですか?」

「そう、長くプレイを続けているのは、飽きさせないように運営が工夫をしてくれているからだね」

「そうですね」

「みんなで盛り上がれるのは、新規ユーザーを獲得する努力をしてくれているからだね。過疎ってしまったら、やっぱり寂しいよね」

「はい、寂しいです」

「私たちがゲームに登場するのは、ユーザーのニーズを考えてコラボ企画を取り付けてくれたからだね」

「そうですね」

「こんなに思詰めてしまうのは、心に響く愛せる作品を作ってくれているからだよね」

「はい」

 

 

一つ一つの言葉を聞き、胸に開いたスペースにしっかりと詰めていく。

マイナス面にばかり目がいき、見失っていた思いを取り戻す。

 

 

フブちゃんが私の瞳を覗き込む。

私がしっかり見つめ返すと、一つ頷いて、にこっと笑う。

そして、ちょっと裏技を使っちゃおうかと言う。

 

「特別サービスね」

「特別サービスですか?」

「そうそう」

 

彼女が上を見上げる。

白く煙る空に何かあるのだろうか?

 

「そんじゃ、行きますか! 運営さんの~ちょっといいとこみてみたい。ということで~運営ー何とか制!!」

「なんとかせい?」

 

フブちゃんが上を見上げて声をかける。

すると霧を押しのけるようにして天から虹色の光が降り注ぐ。その光は徐々に収束していき、私のもつスマホの画面に吸い込まれた。

 

「今のは?」

「さぁさぁ、まつりちゃん、開いてみて」

「で、でも」

「大丈夫、私を信じて」

「うん」

 

恐怖心を押し殺して、スマホ画面からソシャゲを開く、するとそこには――

 

「あ、ガチャポイントが増えてる」

「そう、10回引ける分のガチャポイントを追加してもらったよ」

「10回……」

 

でも、それだけじゃとても望みが叶うとは思えない。

 

「そして、ガチャ画面を見てみて」

 

言葉に従って、震える指を使って何とか開く、すると。

 

「選択式ピックアップ10連ガチャ……天井付き!!?」

「うん、あとはまつりちゃんの選択しだいだよ」

 

詳細内容をチェックする。

キャラは、1キャラ選択式。そして、10連目でピックアップキャラが確定と書かれていた。

つまり――求めるキャラが確定で入手できる!?

 

「そんな、こんな神のようなガチャが」

「あ、これは何度も使えない奥の手だから、内緒にしてね」

「フブちゃんと二人のひみつ……」

 

心が熱くなり、想いが溢れて言葉に詰まる。

 

 

「さぁ、まつりちゃん、ガチャファイトの時間だよー」

「はい!!」

 

SSRキャラのリストからピックアップの選択をしてガチャを回し始める。

 

「でない」

「うん」

「でない」

「そうだね」

 

フブちゃんが相槌をして打ってくれる。

簡単にでないことはわかっている。

けれど、でない結果が続くたびに――近づく瞬間に心臓がどきどきし始める。

そして、

 

「10回目、ピックアップ確定……」

「さあ、行こうか」

「うん」

 

震える指でスタートのボタンを押す。

期待と、そしてどこかでこんな都合のいいことあるはずないという不安を抱きながら演出を眺める。

 

演出が動き始める。けれど、SSRの確定演出が来ない。

そのまま、演出が進み始める……

 

「大丈夫、私を信じて」

「はい!!」

 

信じる者は救われる。

何の根拠もなく思っていたことだ。

それが、今は推しの後押しまであるのだ。

ここで信じないで、何を信じるというのか。

 

演出が一瞬止まる。

画面の天井から虹色の光があふれ華やか雰囲気に転換する。

ノーマルからSSR確定への昇格演出。初めて見る演出だ。

 

そして、キャラクターのセリフが入り――ピックアップキャラのイラストが画面全体に表示される。

 

「SSRきちゃぁーーーーーーーーーーーーーー!!」

「おめでとう、まつりちゃん♪」

「ありがとうございます」

 

彼女と二人で大はしゃぎをした。

気がついたときには、空だけでなく視界の全てを霞ませていた白い煙は消え去っていた。

 

「うん、まつりちゃんに同調していたリセ・マラーは、一緒に幸せを感じることで後悔の念から解放されて成仏できたみたい。強制的に消し去る道を選ばずに済んだのはまつりちゃんのおかげだよ、ありがとう」

「そんな、救われたのはまつりの方です」

 

この出会いを引き寄せてくれたのはリセ・マラーのおかげだ。彼らも開放されたのならよかった。そして、私を救いに現れてくれたフブちゃんに改めて感謝したい」

 

「そろそろ時間かな。もう大丈夫だね、まつりちゃん」

 

彼女が一歩後ろに下がり声をかけてくる。

その雰囲気は、別れが近いことを物語っていた。

 

行かないで! そう叫びたい。

でも、その言葉にはぐっと蓋をした。

私のように困ってい人がきっとたくさんいる。

いつまでも私が一人占めしている訳にはいかないんだ。

 

「大丈夫です。私は絶対に今日の事を、今の気持ちを忘れませんから」

「うん、見ているからね。苦しい時には愚痴ったらいいよ。私はきっと聞いているから。言いたいことは言っていい。そして『好き』を大切にできるまつりちゃんでいて欲しい」

「はい、見ていてください」

 

 

 

じゃあね。そう言って去っていく彼女の姿を見つめる。

 

ふさふさのしっぽに、きらめく白く長い髪が遠ざかっていく。

 

もしこれが、夢であったとしても後悔なんてない。

 

だって、夢の中に――推しが私を助けに現れてくれたのだから。

 

差し伸べてくれた手を、抱きしめてくれた腕を忘れることはないから。

 

私は、これからも推しを全力で応援し続けることをやめない。

 

そして、心配かけないように、私自身がもっともーーーっと成長する。

 

だから見ていて欲しい。これからの私を。

 

大好きです。

 

 

 

去り行く背中を真っすぐ見つめていた視界が、天から降り注ぐ光で徐々に満たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

視点:あくあ

 

 

あくあは、教室で一人静に部屋を眺めていた。

 

兄さんとまつりちゃんは、白い煙によるドームに飲み込まれてからまだ出てきていない。

周辺を飛び回っていた道具類は、2人が煙の中に消えてほどなく床に落ちて動かなくなった。

 

部屋は物が散乱し、幼子たちが無秩序に倒れている。

部屋の中心に見える白煙のドームを見ると、風で煙が渦を巻いている様子が物々しい。

 

目で見た部屋の風景はどう考えてもただ事ではなかった。

しかし、目を閉じると印象が変わる。

 

教室の外の小鳥の鳴き声が聞こえる。

体育の授業をしているのだろう生徒たちの声が、ガラス越しに届いていた。

薄手のカーテン越しの日差しは暖かく、部屋の中からは幼い子供たちの安らかな寝息と寝言が聞こえる……平和だった。

 

 

静になったからか、追加で外から人が入ってくる様子もない。

隣をみる。寝袋に包まれてこちらもすやすやと眠るあやめ先輩がいる。

 

あたしも寝ようか?

現実味の薄い風景に逃避気味にそんなことを思うけど、まつりちゃんはなんだか思い詰めていたし、兄さんは、声こそ聞こえないけど説得のようなことをしてくれているのだろう。

 

 

 

出来ることもなく手持ち無沙汰に待っていると、中央のドームが輝き始める。

何が起きたのかと目を向けると、中心に集まって渦巻いていた白い煙がほどけるように円周を広げ部屋全体を覆っていく。

 

白い視界に煙に巻き込まれたと思ったけれど、それは煙ではなく光のようであった。

一瞬のホワイトアウトのあと、視界が晴れる。

 

改めて部屋を見ると、幼子の姿は消え、学園の生徒姿に戻った人々が倒れていた。

そして、中央にはまつりをお姫様だっこで抱えた兄さんの姿があった。

 

 

「兄さん、大丈夫だったの? まつりの様子は?」

「ああ、問題ない。まつりも気持ちの整理はついたようだからな、心配はいらない」

「そう……なら良かった」

 

 

酷く苦しそうな顔をしていたまつりは、今はとても幸せそうな寝顔をしていた。

 

 

 

この後は慌ただしく、荒れ果てた教室を起きだした人々で片付けていった。

ちなみに、最後まで寝ていたのがあやめ先輩だった。

 

あやめ先輩の寝顔を写生した不届き物の男子生徒がいたが、後日被写体ご本人の手によって切り捨てられて、泣く泣く風景画を描き直していた。

 

 

まつりは、目覚めると明るさを取り戻していた。

彼女は何に憑りつかれたように――けれど、今度は幸せそうにキャンパスに向かい絵を描き始めた。

 

キャンパスいっぱいに書き上げられたのは、キラキラと輝くエフェクトの中に立つ、ふさふさのしっぽと、ちょっと尖った耳を持ち、ふわっとした笑顔で手を差し伸べている少女だった。

 

かなた先生がちょっと困ったように聞く。

 

「えっと、まつりちゃん。とっても良く描けているけど、これは写生の授業だったのだけど」

「はい。これは確かに私が見た風景を描いたものです」

「そうなの……確かにこれだけ詳細に描けているところをみるとそうかもしれませんね」

「はい!!」

 

 

 

この風景画が、彼女のスマホ画面の写生なのか。

それとも、彼女の心に焼き付いた風景か。

答えは本人だけが知るところだ。

 

けれど、その風景画には、確かにそこにいて見守ってくれていると感じさせる存在感が宿っていた。

 

 

 

もう一つ後日談がある。

それは、この事件のあと、まつりちゃんがポルカ先輩に弟子入りし一生懸命にソシャゲの布教活動を行っていたということだ。

 

友達紹介キャンペーン。

クレジットカードが止まってもガチャポイントを入手できる抜け道だ。

ガチャの結果は聞いていない。

 

けれど、まつりは布教活動を通じてゲームとアイドルのファンを増やし、新しい友人も獲得したようだ。

そして、この先もずっとソシャゲを愛し、プレイを続けていたようだ。

 




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5-2実験室に潜むもの

視点:すばる

 

 

「んーー」

硬くなった体を伸びをしてほぐす。

 

 

授業が終わり、休憩時間に入る。

次の授業は、化学実験の授業だ。

座学ではなく、実際に実験を行うのは今日が初めてだった。

近くにいたまつりに声をかける。

 

 

「まつり、化学実験室の探検したいから早めに移動しないっすか」

「おー、探検。いいよ、いこいこ」

 

 

美術室には、絵画の他にもデッサンをするためのモデルとして甲冑とかマネキンなどが置かれていた。

 

化学実験室もなんだか日常生活では見ない様なものが置いてありそうだし、ちょっと早めにいって覗こうと思う。

 

 

実験室に向かいながらまつりと会話をする。

 

 

「スバル、少し髪伸びたねー、今のセミロングの髪型もかわいいね!」

「どうもっす。まつりはロングだけど毛先まできれいっすよね」

「ありがとー。これでもこまめに毛先は整えてるんだよー。女の子は髪が命だからね」

 

 

まつりは髪を丁寧に整えているのが分かる。

ちょくちょく髪型を変えたりもしていて、それだけで印象が結構変わっておしゃれに感じるなー。とは言え私は、そこまで髪に時間をかけようとは思えないんだよね。

もちろん、清潔にはしているけど。

 

 

「そろそろショートに戻したいところっすねー。切りに行こうかな」

「スバルは髪をもっと伸ばさないの? ロングヘア―も似合うと思うけど」

「んー、色々髪型変えられて楽しそうっすけどねー。と言っても、髪整えるのも大変になるし、ショートが動きやすくて好きっすね」

「そっかー、まぁ、スバルにはショートが似合うかな。たまにはウイッグとか付けて遊んでみるのもいいかもね」

 

それなら、やってみるのも面白いかもしれない。

 

 

二人で並んで話をしながら歩いて移動する。

化学実験室に到着する手前でかなた先生と合流した。

 

 

「あ、かなた先生、お疲れ様っす。それ、少し持つっすよ?」

「ありがとうスバル。でももう着くから大丈夫だよ」

 

 

かなた先生は、授業で配るのだろう資料の束を抱きかかえていた。

 

「珍しいっすね。紙の資料を配るなんて」

 

資料は大体データで配られるのだけど。

 

「化学実験ではディスプレイを溶かすような薬品も扱うから、紙の資料も必要になるんですよ。あ、教室の扉を開けてくれるかな」

 

 

なるほど、そういう理由なのか。

先生の言葉に従って扉を開けようとしたけど、先にタタタッと、まつりが扉に近寄った。

 

「まつりが開けまーす。それー」

 

そう言ってスライド式のドアを開ける。

実験室内が視界に入る。

けれど、入り口からの光が届く範囲しか見えなかった。

 

 

「えっ、すごい真っ暗なんですけど」

「化学実験室は光を当てないほうがいい薬品もたくさんあるので窓に暗幕をかけてるんですよ。まつりちゃん、扉の右側に電気のスイッチがあるので押してもらえますか?」

 

 

「えっ、ちょっと待って、心の準備がっ」

「ほらまつり、早くするっすよ」

 

「スバルちょっと押さないでよ。真っ暗な化学実験室って、なんか実験で改造された人の亡霊とかでてきそうでいやなんだけど……ちょっ、なんか動かなかった!?」

「大丈夫っすよ、この近代化した時代に幽霊とかいないっすから」

 

「幽霊はいるから絶対!!あ、でもいないの、ここにはいないから出てこないでくださーい」

「いや、どっちでもいいから早く電気のスイッチ入れて欲しいっす」

 

 

たいして離れていない位置に見えるスイッチを中々押さないまつりをせかしていると、暗闇から何かがスーッと近づいてきた。

 

 

「あれ、ホントになんかでたっす」

「えっ、何言ってんのよ、脅かそうっていうんでしょ。だ、だまされないんだから――」

 

こちらを向いていて気付いていなかったまつりがスイッチのある方を向くと、奥から近づいてきた何かがちょうどドアからの逆境に照らされて――

 

 

「ぎゃぁあああああああああああああああ」

「むぅぐううううんんーー、やめるっすよ」

 

暗闇から近づいてきて、光に照らされたのは――どう見ても人だった。

光量が足りなくてよく見えないけど、眼鏡をかけた目元が見える。

足音がしないので正直幽霊が接近してきたようにも見えたけど、ちゃんと足はあった。

 

まつりはホラーが苦手みたいっすね。

まつりは、振り向いた瞬間に音もなく現れた存在に驚き、飛び上がって抱きついてきた。

でも、苦しいから頭にしがみつくのは止めるっす。

 

コアラのようにしがみついて離れそうにないので、とりあえず顔をふさぐお腹を横にずらして視界と呼吸は確保する。

半ば肩に担いでいるような状態だ。

 

 

カチッ、と音がして電気がつく。

電気をつけてくれた人影に声をかける。

 

「どうもっす。えっと、どなた様っすか?」

「はろーぼー、ロボ子だよ。ごめんねー、手間取ってるようだから手伝おうと思ったんだけど、驚かせちゃった」

 

「ロボ子さんっすか。真っ暗な中で何してたっすか?かくれんぼとか?」

 

 

「かくれんぼか~、楽しそ~。でも残念。今は、次の化学実験の準備をしていたよ」

 

「えっ、真っ暗だったっすよね?」

 

「そうだね、でもロボ子の目には暗闇でもはっきり物を認識できるセンサーが搭載されているから問題ないよ」

 

「え、目にセンサー?」

 

 

ひょっとしてあのメガネに暗視ゴーグル機能がついてるって事っすかね。

回答は、かなた先生がしてくれた。

 

「ロボ子さんは、最先端技術の粋を集めて作られたいわゆるアンドロイドさんなんですよ。とっても優秀で、授業のアシスタントをしてもらっています。」

 

アンドロイド?

電気がついて明るくなった光の下で、改めてロボ子さんを見る。

どこからどう見ても人にしか見えない。

 

「これで人形っすか~、ホントに? 正真正銘の人にしか見えないっすけどね~。というか、まつり、いい加減降りてくれないっすかね」

 

 

何時までを飛びついたまま張り付いているまつりに声をかける。

 

「だっ、だって化学実験室で人知れず動き回る人形っていったら学園の怪談であるやつでしょっ。人体模型が歩み寄ってくるのを見て気絶して~、気がついてふと自分のお腹をみたら内臓が見えてて、自分は人体模型と入れ替わってしまったんだって気がつくのよ~~むり~」

 

「やけに詳しいっすね。実は怪談好きなんっすか?」

 

怖い物見たさというやつかな。

 

 

「ロボ子さんはめっちゃ眼鏡の似合うかわいい人っすよ?」

「眼鏡……かわいい? …………かわいい!!」

 

恐るおそる横目にロボ子さんを見たまつりが頭から離れる。

しゅたっと、一瞬にしてロボ子さんの傍により、手を取るまつり。

 

「夏色まつりと言います。さっきはまつりの代わりに電気をつけてくれてありがとうございます。お礼がしたいので一緒にお茶でもどうですか?」

「お前、変わり身はやすぎだろ」

「かわいいは正義!!」

 

あっけにとられるほどの変貌だった。

 

「お肌すべすべ……本当に人形ですか?」

「うん、そうだよー。この体に流れているのは血液ではなくて電気だね」

「そうなんだ、化学実験室の人形……人体模型? ということは、どんな作りをしているのか調べる必要がっ、つ、つまり服を脱がせないと。落ち着いてまつり。これは授業。そう、人類の発展のために科学的探究は必要なことなのよ」

「いやいや、暴走するな。初対面だぞ」

 

鼻息の粗いまつりを羽交い絞めにする。

 

「ボクの中見てもらってもいいけど、あまり参考にはならないんじゃないかな?」

 

 

そういうとロボ子さんが右腕を前に出す。

すると、腕に光のラインが走り――ラインに沿って腕がスッと開く。

 

おおぉ、ホントにロボットだ。

言葉だけでは現実味がなかったけど、これは信じるしかないだろう。

 

腕の中にも光のラインがはしっていてSFの世界を想像させた。

こんな人と見分けがつかないアンドロイドがいたなんてびっくりだ。

 

けど、まつりが期待した中身とはちょっと方向性が違ったかもしれない。

そう思ったけど、

 

羽交い絞めにしていたはずのまつりが、するっと抜け出してロボ子さんの腕に抱きつくようにして内部を眺めはじめた。

 

「すごいわ、ケーブルなんてまったく使われていないスタイリッシュな構造。駆動音も全くしないし、冷却はどうしているんだろ……」

 

まつりの食いつきが半端なかった。

わー、ロボットだーすごーいではなく、もっと技術的な興味があるようだ。

 

 

「あー、まつりちゃんは、工学系の専門学校出身だから機械系は詳しいんですよ」

 

 

かなた先生が、ロボ子さんの腕に張り付いているまつりを見て言う。

 

 

「あぁ、ロボ子さん、あなたは外見だけでなく内面もとても美しいのね」

 

「いや、それは意味が違うんじゃ……」

 

 

それは人格に対して使うべき言葉だろう。

 

にしても、言葉はきれいだし、興味を持つのは良いことだと思うけど、絵ずらがなぁ……。

 

 

ロボ子さんの腕に頬をすり寄て、腕の内部をうっとりと眺めているまつりに苦笑した。

 

 

 

工学系少女_夏色まつり。

ロボットもいける懐の深い少女であった。

 

 

 

 

 

他の生徒が化学実験室に集まって授業が始まる直前まで、まつりはロボ子さんにべったりだった。引き剥がさないロボ子さんは懐の深い人だと思う。

 

 

まつりは、何時でもどこでもだれかと触れ合っているストレートな感情表現をする少女だ。

 

親しみやすくて友人が多いのも納得だと思う。

 

スキンシップが過激なのは、人によってはちょ~っと対処に困るところだろうか。

 




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5-3ロボに見る夢

ホロライブメンバーが通う学園の物語です。まつりさんとロボ子さん中心のお話で、5-2話の続きとなります。おもしろいと思っていただけたら、お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。よろしくお願い致します(^^)/ 


視点:スバル

 

 

 

ロボ子さんに出会ってから、しばらくすると化学実験室に生徒が集まってきてチャイムが鳴った。

 

 

かなた先生からロボ子さんの紹介が入る。

 

 

「今日の化学実験でお手伝いしてくれるロボ子さんです。ロボ子さんは、最先端技術で作られたアンドロイドでとっても優秀なんですよ」

「はろーぼー、ロボ子だよ。わからないことがあれば、気軽に相談してねー」

「よろしくお願いしまーす」

「はい、こちらこそよろしく、だよ」

 

 

紹介がすんで、授業に移る。

始めに生徒に資料が配られた。

 

 

「では、これからは薬品を扱いますが、絶対に先生が良いというまで勝手に開けないでくださいね。薬品はとっても危険なものもありますから」

 

 

机の上には薬品のビン、他にビーカー、試験管、アルコールランプといった実験器具が並べられていた。

 

取り扱い方や、薬品に関する説明を受けていく。

 

 

「次は酸ですね。今手元に置かれているHCl と書かれた試薬ビンに入っているは塩酸です。化学で使う薬品として扱うもので反応性が高くて、重要なものですね。中学でも扱っている人も多いと思いますが。酸と言えば物を溶かすイメージを持っていると思います。実際に様々な反応を示して便利ですが、同時に危険な薬品になります」

 

 

一つのビンを取り上げて生徒に見せながら話が進む。

 

 

「次にNaOHと書かれたラベルの試薬はアルカリ試薬で水酸化ナトリウムです。手で触れてしまったりすると皮膚を溶かします。もし手がぬるっとするな?と感じたら、付着して皮膚を溶かしていると思ってください。その時は直ぐに水道水でしっかり洗い流してくださいね」

 

 

先生の話が進む。

 

 

「塩酸も水酸化ナトリウムも反応性が高くて人体にとっては危険な物質です。けど、混ぜ合わせてしまうと――」

 

 

黒板に書き込みをする。

 

 NaOH + HCl → NaCl + H₂O

 

 

このように反応して、塩化ナトリウム、塩ですね。それと水になります。

つまり塩水ができます。

 

元々はとても危険なもの同士だったのに反応させて、中和と呼びますけど、適量ずつ混ぜ合わせると単なる塩水になってしまうのは面白いですよね。

 

 

 

 

そんな話を聞いて、隣の男子が二人が小声で話をしだす。

 

 

「混ぜたら塩水になるってよー」

「舐めたら海水みたいな味になんのかな?」

 

 

そういって、一人が蓋を開け目の前に置かれた試験管に塩酸を注ぐ。

そして、もう一人が、同じ量混ぜればいいんだろ、このくらいかな?

と言って、目分量で同じ量の水酸化ナトリウムを試験管に注ぎ始めた。

 

が、入れた瞬間に――キュボンッ――と言う音と共に液体が試験管から勢いよく噴き出した。

 

 

それは、とても人が反応できる状況ではなくて噴き出した液体が周りの人に振りかかり大惨事に発展する――

 

 

 

 

 

――はずだった。本来であれば。

 

 

 

しかし、ここには人の反応速度をはるかに超えた者が存在した。

 

 

ロボ子さんだ。

 

 

彼女は、男子生徒が液体を混ぜて化学反応が起こり、吹き出そうとした瞬間には瞬時にそばに駆け寄っていた。

 

そして、液体が吹きだし始めた試験管の口を左指でふさぎ、既に噴きでた液体も右手が高速で動きまわり散っていた液体を掴み取って回収しすることで生徒に降り注ぐことを防ぐ。

 

 

「先生の指示をしっかり聞かないとー、とっても危険だからーダメだぞー」

 

 

ロボ子さんは、声こそのんびりしていたけど真剣な表情で注意をする。

彼女の左指が蓋をしている試験管の中の液体と、右手の平に集まった液体は未だにぐつぐつと沸騰して煮えたぎっている。

 

 

「ロボ子さん、大丈夫なんっすか。手に薬品がめっちゃかかってますよ」

「ボクなら大丈夫。市販の薬品で溶けるような材質では作られていないからね」

 

 

さすがの高性能だった。

 

かなた先生が近くに来て男子生徒に重ねて注意する。

 

 

「君達ー、本当に危険だからダメですよ。もしロボ子さんがいなかったら指を失ったり失明しているかもしれません」

 

 

うげ、隣にいたあたしも危なかったかもしれない。

 

ロボ子さんに感謝しないといけないっすね。

 

 

「う、すみません。反応すれば塩水になるって聞いたからなめてみようかなと思って」

「反応後に塩水になるとの、反応中が安全であるのは別問題ですよ。不安定で反応性に富んだ物質が激しく反応することで、エネルギーを外に放出してしまうから結果として安定した物質ができるんですよ」

 

ロボ子さんが具体例を挙げて補足してくれる。

 

「たとえばー、花火はー燃え尽きてしまえばそれ以上反応しなくて安全だけど、火をつけた時は激しく火花を散らすから火傷する危険があるよねー?」

 

「なるほど、きちんと危険性を把握して取り扱いをしないといけないっすね」

 

「スバルちゃん、その通りだよ。特にうちの学園には取り扱い要注意の危険物がたくさんあるから、皆さんも改めて気を付けてください。本当に高性能なロボ子さんがいてくれて助かりましたねー」

 

「いやー、そんな大したことないよー」

 

パタパタと手を振りながら否定するロボ子さん。

言葉では否定しながらも嬉しそうな様子だ。

 

ただ、試験管の口を押えていた指を離して手を振ったせいで液体がこぼれて体にかかっているっす。反応も落ち着いたようだし、ロボ子さんは影響ないようなので平気だと思いますけど……こ、高性能?

 

 

 

 

――清掃タイム――

 

 

 

清掃を終えたロボ子さんに、ずっとロボ子さんを見つめていたまつりが近づく。

 

 

「まつりは感動しました。人のために活動するロボ子さんの姿に」

 

 

決意を秘めた目でロボ子さんを見つめる。

 

 

「まつりは決めました。私の歩む道を。たくさんの人が過ごしやすい環境を作れるような、そんな手助けができるロボ子さんの様なロボットが作りたい。だからロボ子さん、私に手を貸してもらえませんか」

 

 

「……ロボ子はロボットだから、マスターに正式に依頼してもらって指示があれば従うよ?」

 

 

「違うんです。ロボ子さんには心がある。だから、これは指示じゃない。お願いです。まつりはロボ子さんに惚れたんです。だから、貴方の自身の意思で協力してほしい」

 

 

まつりが両手でロボ子さんの両手を包み込むように掴む。

 

 

「まつりの想いとロボ子さんの想いを込めた次世代の最先端、ロボ子ジュニアを一緒に作りましょう」

 

 

「……ボクの権限で許される範囲でよければ」

「ありがとうロボ子さん!! 素敵な子供を作りましょうね」

 

 

「エモいシーンなのに言い方がやばいっすね」

 

 

「名前は~、まつりとロボ子さんの名前からとって”まつ子”がいいかなぁー」

「なんだか、デラックスな名前だねー」

 

「それとも、意外な展開!! ロボ子さん×まつりで”ロリ”ちゃんとか――」

「やめろ、子供の将来を考えてやれ」

 

 

やばい、ツッコミが全体的に足りない。

どこかにツッコミ要員は転がっていないかと思うがうちのクラスに居そうにないんだよなぁ……。

 

というかそこの男子、二人の熱い百合展開を邪魔するなみたいな目を向けるのやめろ。

あれは、ツッコミ不在だと落ちがつかないだろう。

むしろ感謝してほしいっすよ。

 

 

ロボ子さんも、たまには張り倒してもいいっすけどね。

 

まつりと今後長く付き合うことになりそうなロボ子さんに、ハリセンでもプレゼントしようか? そんなことを真剣に考えていると、かなた先生が話を始めたので授業に集中することにした。

 

 

 




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5-4試練は避けない

化学実験室でのアルコールに科学者として興味の尽きないラミィさんのお話です。

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視点:ラミィ

 

 

 

塩酸と水酸化ナトリウムがこぼれることで、あわやケガ人が出そうになったところをロボ子さんが防いでくれたあと、化学実験の授業が再開された。

 

 

かなた先生が次に取り上げた薬品の試薬ビンを見て、ラミィの興味関心は否が応でも高まった。

 

 

かなた先生が薬品の説明を始めた。

 

「では、次にアルコールについて説明しますね。アルコールは消毒に使われたり、そこにあるアルコールランプの燃料に使われたり、お酒に含まれていたりします」

 

 

次はアルコールについてだ。

 

 

「目の前のラベルに95%エタノールと書かれているのがアルコールの一つですね。95%エタノールは、いわゆるお酒に含まれるエタノールを可能な限り濃縮したものです。本来は、お酒に使われると困るので混ぜ物をするんですが、学校の実験用ということで混ぜ物をしていないものを取り寄せています」

 

 

普通は、飲むためのお酒でなくても、エタノールは酒税がかかる。

アルコール度数を上げるためにお酒に加えたりする者がいるための決まりです。

しかし、化学実験に使用するということで特別に酒税無しで取り寄せできるらしい……なんてうらやまし、いえ贅沢なんでしょうか。

 

 

「かなた先生、ちょっとだけ、飲んでみててもいいあるか?」

 

 

ねねちゃんが興味をひかれたらしい、良い傾向ですね。

 

 

「えーと、95%エタノールは飲むのは危険ですよー。まぁ、本校には優秀な保険医もいますし、なめるくらいなら構いませんけど」

 

 

どうせクラスで一人は勝手に飲む生徒が出ますしねー、というかなた先生のセリフがボソッと聞こえた。

勝手に飲まれるくらいなら、見ているところでやってくれというところでしょうか。

 

 

「ホントあるか! なめるだけ、そうなめるだけある」

 

そう言って、ねねちゃんは試験管になみなみと95%エタノールを注ぐ。

なめるだけでなんでそんなに入れる必要ないよね。

 

うきうきと試験管を持つ。

隣にいるししろんが、止めるのかと思いきや、おもむろにアルコールランプにさっとマッチで火をつけた……?

 

 

ねねちゃんが、景気よく試験管を煽る。試験官が空になった。

ただ、いきなり飲み込んだりはしていない様で口の中に貯めている。

あれも舐めているうちに入るのかな?

 

 

実は、ねねちゃん何気にいける口なのかなと思ったのだけど、

 

 

……ねねちゃんの動きが止まってる?

 

 

と、思ったら、ねねちゃんの顔が赤くなり目を見開くと、

 

「ぶぅうううううううう」

 

口に含んでいたアルコールを盛大いに噴き出した。

 

 

タイミングを見計らって、ししろんが口の前にアルコールランプを持っていく。

 

 

ブゥフォオオオーーーー

 

 

おー、炎が吹き上がる。まるでサーカスの火吹きショーの様な光景に観客が盛り上がる。

 

 

ししろんも、自分でやっておいてツボったのか楽しそうげらげら笑っていた。

 

 

「ごほぉ、ごほぉ、の゛どが焼け゛るぅーーー」

 

 

「それはそうですよ、だいたいアルコール度数95%なんですよ? ねねさんは、よくそんなためらいなく口に入れますねー。その挑戦心は素晴らしいです。けど、時には慎重さも大切ですよ。あと、ぼたんさんは楽しそうですね。準備万端でしたし」

 

 

「いえいえ、かなた先生。あたしは教室が汚れないようにと、自分にできることをしたまでであります、サー」

「確かに、燃えたおかげで床は濡れずに済みましたか……色々と機転が利きますね。あっ、本当に必要な時には止めてあげて下さいね」

「それはもちろんです。任せて下さい」

 

ししろんは、いつも周りをよく見てますよね。

さすがラミィのししろん、頼もしい。

 

 

ねねちゃんを見ていて他の人も少し興味をひかれたようだ。

 

 

「あんな風に火がつくほどすごいんだ」

「あくあ、あんたも飲んでみたら?」

 

 

シオンちゃんがあくあちゃんに声をかけている。

 

「いやいや、あたしは無理だから。匂いだけちょっと嗅いでみようかな?」

 

 

そう言って、瓶のふたを開けて匂いを嗅ぐと

 

 

「あ、あれぇ、あちしろうしたんらろ、しかいがまわりゅ?」

 

 

そう言って、ばたっと実験台につぷっした。

 

 

「せんせーい、あくあさんが匂いで酔っ払って倒れましたー」

 

 

「あー、あくあちゃんはお酒は飲めなそうですね。 皆さん、化学実験で使用する薬品には毒性の強いものもあります。そういう時は、瓶の口に顔を近づけて匂いを嗅ぐのではなくて、手で仰いでうっすら漂ってきた匂いを嗅ぐようにして下さいねー」

 

 

「はーい」

 

 

ねねちゃんが何だかんだと元気そうなので油断していた生徒の気持ちがちょっと引き締まった。あくあちゃんの犠牲はクラスのみんなの勉強になったようだ。

 

 

ねねちゃんの火吹き芸から、なんだかんだと化学実験室が盛り上がっていると、入り口のドアが勢いよく開いた。

 

 

「はあちゃまっちゃまー、なんだか楽しそうね。あたしも混ぜなさい!!」

 

 

はあと先生が賑やかさに引き寄せられて現れた。

今の時間は、アシスタントティーチャーの授業はなくて空き時間なのかな?

……授業中でも何かしら理由をつけて抜け出してきそうだけど。

 

入ってきたはあと先生は、机の上に並ぶ薬品を見て目を輝かせる。

 

 

「面白そうな薬品がいっぱいあるわね。どれを混ぜたらいいのかしら」

 

 

何故、混ぜることが前提なんですかね?

事故が起きそうな気しかしないと思っていると、かなた先生がはあと先生に近づくき、頭に何かを張り付けた。

 

「ん? これは何かしら」

「赤いはあと先生にお似合いのものですよ」

 

頭に紙を貼り付けたその姿は……

 

「なんか、キョンシーみたいですね」

「ぴょーん、ぴょーん。似合うかしら」

 

 

かなた先生が貼り付けたのはお札の様だった。

はあと先生は、両手を前に出してぴょんぴょんしている。

お札に書かれた文字を読むと、『爆発物につき取り扱い注意』と書かれていた。

 

 

「……そうですね、とってもお似合いです」

 

 

お似合い過ぎでしょ。

 

 

「それでは、ロボ子さんよろしくお願いします」

「了解だよー」

「ん? どうしたのロボ子さん? あれ、どこに連れてくのかしらちょっとロボ子さん、ねぇってばちょっとー」

 

 

教室を出て行った声が遠ざかっていった。

ロボ子さんは、はあと先生を担ぎ上げるとそのまま有無を言わさずに教室から連れだしていった。

 

 

「かなた先生、今のはなんだったのですか?」

「はあと先生は、以前に実験室の危険な薬品を勝手に持ち出したので出禁です」

 

 

……たしか家庭科教室も出禁でしたね。

家庭科教室も実験室も出禁って、それで教育実習生が務まるのでしょうか。

もはや教師をさせてもらえる場所がなくなるのでは?

 

 

「さて、それでは授業を再開しましょう」

「ロボ子さんは、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ、ロボ子さんは爆発物処理の資格を持っていますからねー。安全に処理してくれますよ」

 

 

 

どぉおおおおおおん

 

 

 

……どこかで、何かが爆発する音がした。

 

 

「……ロボ子さんは、大丈夫なんですか?」

「……大丈夫ですよ、ロボ子さんは高性能ですから、最小限の被害で処理してくれたでしょう」

 

化学薬品で傷つかないロボ子さんなら、大丈夫だと信じることにしましょうか。

 

 

 

 

 

 

さて、クラスの皆は爆発に気を取られていますが、今のうちにラミィは自分の試練に向き合うことにしましょう。

 

 

一人真剣に目の前の薬品と向かい合う。

 

 

ビーカーを手元に置き、とくとくと薬品を流し込む。

少し、匂いを嗅いでからこくこくと喉を鳴らす。

 

目を閉じて味わいを確認する。

そして、改めてビーカーに口をつけた。

 

 

「いやいや、ラミィ何をやっているっすか」

「薬品の喉越しと味わいを確認しています」

 

 

スバルちゃんからの問いに答える。

 

「……ねねちは口に含んだだけで大変だったのに、ラミィはまるで、水のように飲むっすね」

「それは違います。これは、水よりはるかに飲みにくいです。水にはしっかりとミネラル成分も含まれていて味があります。けれど、これは本当に何の味もない。正直言ってまずい」

 

飲んでみてわかったけれど、何の旨味もない。やはり、”お酒”ではなく薬品ですね。

 

「ならなんで飲んでるっすか?」

「もちろん、科学者としての探求心です。新しい”もの”を生み出すことを志す科学者の一人として、原点を知ることは大切ですから。ふむ、これは、酔うことはできても幸福は得られませんね」

 

目の前にある純粋に蒸留できる最高濃度のアルコールを見る。

大半の人の喉と肝臓を破壊して、意識を奪う薬品です。

しかし、今、ラミィの前に現れたのは、酒職人を目指すための試練なのでしょう。

 

 

改めて、ビーカーに注ぎ口をつける。

 

 

「これが、お酒をお酒たらしめている本質ですか。飲んで楽しいものではありませんが、酒造りの道を究めようとするものとして、新たな味を開発する科学者の端くれとして、この味は知っておくことには価値があるでしょう。であるならば、危険だと言われて避けて通ることができるでしょうか!! いいえ、できはしません!!」

 

 

「ひょっとして、ラミィ酔ってるっすか?」

「まさか、この程度で酔うなんてありえません。それに、これならアルコール濃度は下がってもまだジンや、ウォッカのようなスピリッツの方が味わいもあって気分が高揚するというものです」

「ラミィ、お酒の味に詳しすぎじゃないっすか。その、ひょっとして……」

 

スバルちゃんがいいよどむ。

しかし、その疑問は想定内です。

言葉を繋げられる前に割り込む。

 

 

「前世です」

「えっ?」

「ラミィは、前世で酒造り職人だったのです。その記憶があるからこそ、お酒の味については一通り熟知しています」

 

 

何度も何度も、イメージした世界線を呼び起こす。

 

 

「ラミィは酒造りの道を究め、世界に通用するお酒を、飲んだ人の人生を豊かにするお酒を作り出すことを志していました。ですが、道半ばにして……。しかし、しかしです!! ラミィはこうして生まれ変わることができました。しかも、今の時代は、女性でも職人になることが一般に認められる時代です。しかもしかも、人生100年時代。これほどに、道を究める為に素晴らしい時代はないでしょう」

 

 

語っているうちに、言葉に熱がこもる。

 

 

「しかし、しかしです。一つだけ、どうしても言わずにはいられません。なぜ、以前に比べて圧倒的に健康的で長い気が出来る時代に、成人が二十歳なんですか!? 以前は、人によっては12には元服し大人と認められていたものです。その頃よりはるかに食生活が改善し、健康的になったというのになぜ二十歳で成人なのか。いや、成人がどうとかではない、なぜ二十歳までお酒が飲めないのか」

 

 

ここで、語っている間に実験室に戻っていたらしいロボ子さんから声がかかった。

 

 

「ラミィさんには熱い思いがあるんだねー。ただ、お酒を飲んだ影響であきらかに酔ってるよねー? 絡み酒みたいになってるよ?」

 

 

「ロボ子さん、それは違います。いいですか、これは断じてお酒ではありません。お酒とは、高い税金を納め懐を痛めながらも、なお心を豊かにしてくれるそんな素晴らしいものなのです。酒は百薬の長と言います。本来なら医薬品として保険が利いて3割負担でもいいはずなのにです。ですから、税金を逃れたこのようなものは断じてお酒ではないのです」

 

 

ふぅ、言いたいことを言って少し胸がスッとしましたね。

ビーカーの残りを口にしようとすると、スッとビーカーが手から抜き取られた。

 

 

「あ」

「ダメだよー、これはお酒じゃなくて薬品だから飲まないでね」

 

 

そういって、取り上げたビーカーの中身をロボ子さんが飲み干した。

 

 

「あー、ロボ子さんお酒飲めるんですか!?」

「ボクはまだ生まれて間もないけど、人造人間だからねー。年齢制限はないよ」

「何てうらやましい、じゃなくて飲めるんですね」

「ロボ子はアルコールを活動エネルギーに変換できるからねー。さっきのはあちゃまに爆破されたダメージ回復に使わせてもらうよー」

 

 

あ、あの爆発でダメージ受けてたんですね。

 

 

それにしても、人造人間ですか。その世界線は考えていませんでした……

 

 

「確かに、その手がありましたか。……ラミィは実は幼少のころに謎の組織にさらわれたのです。そして、改造人間にされてしまいました。えっ、どんな改造をされたのかですか? それは、顔が肝臓の肝臓人間にされてしまったのです。そのため、酒を飲んでも飲まれない体質となりました。ロボ子さんと一緒ですね。人造人間も改造人間も親戚のようなもの。で、あるならば。ラミィもお酒を飲むことに問題はないはずです。……これならば、年齢の牢獄から脱獄することもできるのではないでしょうか……」

 

 

新たな設定について考察をしていると、かなた先生に声をかけられた。

 

 

「ラミィさんちょっと息を吐いてもらえますか」

「え、はい、こうですか?」

 

 

はー、と息を吐くとピーピーピーと音がした。

 

 

「えっと、それは?」

「アルコール検知器です。お巡りさんに見つかったら補導されてしまいますね」

「なぜ、化学実験室にアルコール検知器が準備されているんでしょうか」

「もちろん、勝手に薬品を飲む生徒がたまーにいるからですね」

 

 

肩にぽんっと手が置かれる。

 

 

「ラミィさん、このまま帰宅してもらうわけにはいきませんので、アルコールが抜けるまで水分を取りながらランニングでもしてもらいましょうか。肝臓人間のラミィさんならアルコールを飲んで運動しても大丈夫でしょう」

「あ、あのラミィは運動はちょっと苦手なのですがー」

「大丈夫ですよ、親戚のロボ子さんがつきっきりで指導してくれますからねー。ということで、ロボ子さんあとはよろしくお願いしますね」

「了解だよー」

「あ、ちょ、待ってください。ランニングはいやー」

 

 

問答無用でロボ子さんに担がれ、教室から連れ出されました。

……そして、高濃度アルコールが体から抜けるまでマンツーマンでランニングをさせられる。

 

やっぱり、度数の高いアルコールはちゃんと割って飲もうと心に誓うのでした。

 

 

 

 

                 『好き』に生きる ~ end

 

 




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月の兎
6-1テニス勝負


視点:スバル

 

 

放課後になり、体操着に着替えてテニスコートに向っていた。

 

 

何か部活を始めてみようか?

そう考えていて運動部を見に行きたいと思っていた時に、おかゆ先輩がテニス部と聞いて一日体験に行かせてもらうことにした。

同じく部活を検討していた、あくあとシオンも一緒に行くことになって、今日はテニスコートに向かっている。

 

ついでに、テニス部に向かう途中であやめ先輩に出会い、時間があるというので一緒に参加してくれることになった。

 

 

 

テニスコートにつく。

 

 

「よろしくお願いするっす、おかゆ先輩、ころね先輩」

「いらっしゃい。歓迎するよー」

「よろしくねー、たのしんでってなー」

 

 

3年生でテニス部のころね先輩も一緒に相手をしてくれるそうなのでローテーションでゲームをする予定だ。

 

 

 

テニスコートで打ち合わせをしていると、テニス部らしい女子生徒が話しかけてきた。

 

 

「あー、あんた達ぃ!! あの時の4人組のメンバーぺこね。あの時は、良くもやってくれたペコな」

 

「あれ?見覚えはある気がするっすけど、えっと、どちらさまっすかね?」

「一年B組の兎田ぺこらぺこ! 珍妙な蜘蛛を暴れさせて襲わせた件、忘れたとは言わせないぺこよ」

 

「あー、あの時の被害者っすか。そういえば、ぺこって聞いた様な記憶があるっすね。まぁまぁ、あの時のキスは事故と思って忘れるのが良いと思うっすよ」

 

「勘違いしないで欲しいぺこ。襲われはしたけど、キスは防いだからぺこーらの唇はまだまだ初々しい純潔を守っているぺこ」

 

 

あくあが小首をかしげて質問する。

 

 

「未遂だったならいいんじゃないの?」

 

「防げたからいいってもんじゃないぺこ。この子達が割って入ってくれてなかったらた大変なことになってたぺこよ」

 

 

そう言って、ラケットを振り回す。

ぺこらの回りには、小さな20㎝位だろうか、毛玉が幾つか飛び回っている。

よく見ると、兎っぽい耳をしたマスコットの様な毛玉だった。

 

 

「その毛玉はなんなんっすか?」

「そのぬいぐるみかわいい! あたしにも一つちょうだい!!」

「毛玉でもぬいぐるみでもないぺこ。この子たちは、ぺこーらの大切なお供の野兎ちゃんぺこよ。

 

 

どうやら、古くから家に仕える精霊、守り神? みたいな存在らしい。

 

 

「ここであったが100年目、ちょうどいいから今日は、テニス部の時期エースであるぺこーらが相手してやるぺこ」

 

 

やる気満々で、コートでラケットを構える。

 

 

「あんた達、さぁコートに入るぺこよ」

 

 

ぺこらの宣言を聞き、おかゆ先輩が最初の審判を引き受けてくれる。

試合はダブルスで人を入れ替えながらプレイすることになった。

 

 

 

最初は指名されたスバルとあくあがコンビでコートに入る。

対戦相手のコートには、ぺこらの隣にシオンが立つ。

 

 

「私はテニスやったことないけど、ぺこらはテニス部だしちょうどいいでしょ?」

「そうペコね、それくらいのハンデはつけてあげるぺこ」

 

 

ぺこらは余裕そうだ。

 

 

そして、ぺこらのサーブでプレイが始まる。

 

 

「もらったぺこ」

 

 

何とか、サーブを拾ったけど、緩くかえったボールをぺこらにスマッシュで打ち込まれてしまった。

 

 

「ぺこぺこぺこ、期待の新人プレイヤー、ぺこーらの実力を思い知ったぺこか~」

 

 

一年生とはいえ流石にテニス部のぺこらの技術は一つ上だ。

1ゲーム目は取られてしまった。

 

 

「負けないっすよ」

 

 

2ゲーム目はスバルのサーブっすね。

しっかりサーブを入れていき、チャンスボールを待つ。

いいコースにサーブが入り、シオンが拾うけど緩いボールが返ってくる。

チャンスを逃さずあくあがネット際で打ち込んで得点する。

 

 

「スバル~ナイスサーブ」

「あくあもナイスっす」

「ふっふっふっ、シオン悪いけど弱点は突かせてもらうわよ」

「あんたはそうやって、ちまちませこいことばっかり考えるんだからもっと正々堂々勝負しようと思わないわけ?」

「正々堂々勝つために最善を尽くしているだけよ」

「ふぅ~ん、最善ね~、じゃあ、あたしも持てる力を出していこうかな~」

「ぷぷっ、負け惜しみね。どうぞどうぞ、やれるものならやってみなさい」

 

 

2ゲーム目はスバル達がとって、ゲームカウントは1-1で並ぶ。

次は、シオンのサーブだ。

 

「じゃ、行きまーす」

シオンの打ったサーブは緩くて絶好のチャンスボールだ。

あくあが得点を決めようと前にでて打ちに行く。

 

 

打つ瞬間、シオンがパチンっと指を鳴らした。

 

 

「もらった! ……あれ?」

「ぷぷっ、あれ~あくあさ~ん。チャンスボールだったのにどうしちゃったんですかぁ?」

「えっ、おかしいなちゃんと当てたと思ったのに」

 

 

首をかしげながら、もう一度待ち構える。

しかし、次のボールも緩いボールだったのに、あくあは空振りした。

 

 

というか、ラケットをすり抜けてないっすかねあれ?

「シオン、あんたなにやったのよ!?」

「えー、サーブを打っただけですけど? 見てなかったんですかあくあさ~ん」

「くぅー、その言い方むかつくー」

 

 

その後、サーブは拾えても途中でシオンが指を鳴らすとなぜかあくあは空振りしてしまいゲームを取られてしまった。

 

 

これは、ヤバいっすね。

ここは、

 

「主審選手交代っす。スバルに代わりあやめ先輩INでお願いするっす」

「どうぞー」

 

 

主審のおかゆ先輩に告げる。

 

 

「あやめ先輩お願いするっす」

「余もテニスの経験はあまりないけどな。全力は尽くすぞ」

 

 

あやめ先輩が入り、プレイ再開する。

あくあがサーブを打つ。ぺこらが打ち返したボールはかなりの速度で際どいコースに入る。

けれど、あやめ先輩は素早くボールに追いつくと見事に打ち返して得点した。

 

 

しかし、次にシオンから飛んできたボールをあやめ先輩は空振りした。

あやめ先輩はしっかり追いついてラケットを振っていたけど、シオンが指をパチンっと鳴らすとやっぱりラケットに当たらなかった。

 

 

「ふむ、なるほどな……それなら……」

 

 

どうやら本当に、何か仕掛けがあるっぽいっすね。

でも、あやめ先輩は何か思いついたようだ。

 

 

 

 

あくあのサーブをシオンがあやめ先輩にもう一度打ち返した。

 

またすり抜けるかと思ったけど、シオンが打ち返したとき、あやめ先輩が高速でボールとの距離を詰めると瞬時に打ち返した。

 

「あらら~、早いですね~あやめ先輩」

 

シオンは指を鳴らそうとしたようだけど、タイミングを合わせられなかった様だ。

 

「タイミングを読ませなければ問題はなさそうだな」

 

あやめ先輩の活躍でシオンのすり抜けショットを無効化して、ゲームカウント2-2に追いついた。

 

 

 

「これは、そろそろぺこーらも本気を出さなければいけないぺこな」

 

4人サーブを打ち、ぺこらのサーブに戻った。

 

「この魔球、打てるものなら打ってみるぺこ」

 

ぺこらの打ったサーブは、妙にいびつな回転をしながらコートにバウンドすると、2つに分かたれた。

 

あやめ先輩はボールに追いついてはいたが、打ち返させずに見送る。

 

「ぺこぺこぺこ、この分裂サーブの威力を思い知ったぺこか」

「分裂サーブ。1年生でそんな技まで覚えているっすか、あやめ先輩が打てないなんて」

 

 

未来のエースというのも嘘ではないのかもしれない。

 

「いや、流石にあれを打つのはかわいそうだったんよ」

 

あやめ先輩のセリフに、壁際に転がった2つに分裂したボールを見る。

 

それは、一つはボールで、一つはボールと同じくらいの小柄なぺこらの連れている野うさぎだった。どおりで歪んでいるように見えたわけだよ。

 

「ぺこらお前、自分のペットをラケットで打ったっすか」

 

何という仕打ち。確かに魔球かもしれない。悪魔的所業という意味で。

 

「うちの野兎ちゃん達は、柔ではないぺこ。どんなに叩かれてもダメージを受けない。むしろ喜んでしまう強靭な子達ぺこ」

 

 

 

実際、転がった野兎さんは、元気に飛び跳ねてぺこらの下に戻っていった。

それでいいんすか野兎さん達?

 

「しかも、ぺこらに仕掛けられた攻撃は身をもってガードしてくれる最強の盾にもなってくれるぺこよ」

「本当にダメージは受けないんよね」

「もちろんぺこ。うちの野兎ちゃん達は無敵ぺこ」

 

「えっと、審判。あれはありなんっすか?」

「うーん、ルールブックに精霊の持ち込みは禁じていないからOKだね~」

 

どんなルールブックにそんなことが書かれるというのか。

おかゆ先輩、絶対面白そうだから流しているっすね。

だったら、

 

 

「あやめ先輩、遠慮はいらないっすよ。全力でやっちゃって欲しいっす」

「そうだな、無敵ということだしな。ちょっと確かめてみよう」

 

そう言うと、飛んで来たサーブをぺこらに向けて全力で打ち返した。

かなりのスピードでぺこらは反応できていない。

けれど、野兎さんが瞬時に反応してぺこらの前に飛び上がるとボールを体で受けて守った。

そして、跳ね上げられたボールが落ちてきたところを、ぺこらがスマッシュで得点する。

 

「むだむだむだぺこ。うちの野兎ガードは世界一ぺこよw」

 

喜ぶぺこらと一緒に、野兎さんも元気に飛び跳ねている。かなりの勢いだったのに本当にダメージを受けていないみたいっすね。すごいっす。

 

「おお、本当だな。ダメージを受けてないし、凄い献身だぞ」

 

このショットで、ぺこら達がゲームを取って、ゲームカウント2-3と向こうにリードされた。

 

「これは、負けていられないな」

 

今度は、あやめ先輩のサーブとなる。

 

どんなサーブを打つのかと思って見ていると、ラケットが霞むような速度で振り抜かれた。

 

 

ボールが、ぺこらに向かって真っすぐに飛んでいく。

野兎さんがぺこらを守るように飛び上がった。

けれど、ボールは野兎さんに当たる直前で二つに分裂して、ぺこらの両脇の下を抜けてネットに突き刺さった。

 

 

「今度はあやめ先輩が分裂サーブっすか」

「うむ、目には目をというやつだな」

 

 

ぺこらの分裂サーブに対抗するように、あやめ先輩も分裂サーブを放ったようだ。

 

 

 

「むむぅ、まさか一度見ただけで技を盗むとは何てやつぺこ。でも、どうやって分裂サーブを盗んだぺこか?」

 

 

そういって振り返ったぺこらの視線を追っていくと、ネットに引っかかっている2つのボールが見えた……2つ? いや、どちらも半分しか存在していない。

 

「何がおきたぺこか?」

「何、分裂サーブであろう。ただ単にボールを切っただけだぞ」

「いやいや、どんな理屈っすか」

 

 

どうもラケットのスイング速度に対してボールの速度が遅いと感じたけど、理由はボールを打つというより切ってすり抜けるようにラケットを振った結果のようだ。

 

 

「し、審判。ボールを2つに切るのは反則ぺこ!」

「うーん、ルールブックには、ボールを切っては行けませんとは書いてないからセーフで」

「そんなのってないぺこじゃん」

 

 

この後もあやめ先輩の分裂サーブにより、ゲームカウント3-3に追いついた。

けれど、流石にボールを2つに切るのはテニス部の顧問に怒られるということで控えてもらうことになった。

 

 

ここでシオンがおかゆ先輩に向かって手を挙げた。

 

 

「あー、これはもう無理そうかなー、おかゆ先輩ー交代しまーす」

「りょうかーい。それじゃ、ころさんよろしくね」

「わかったよーん」

 

シオンに代わりころね先輩がINした。

テニス部の3年生女子生徒で、おかゆ先輩(男性)との男女ペアのミックスダブルスはうちの学園屈指の実力らしい。

 

ころね先輩がサーブを打つ。

さすがに3年生のテニス部で、3連続でサーブによって得点する。

 

 

右に弧を描いたボールが、跳ねたとたん左に飛んでいく。

緩く飛んできたボールが、地面につくと低空を滑るような跳ね方をする。

勢いよく飛んできたと思ったら、跳ねた瞬間に前に飛ばずに、その位置で垂直に跳ねる。

 

回転のかかったボールは予想を裏切る跳ね方をする上に、ラケットに当てても思った方向に返せない様だった。

 

後一ポイントでゲームポイントを取られるところで、あやめ先輩が回転を見極めて、クロスに飛んできたサーブをストレートにきれいに打ち返した。

 

ぺこらの守備範囲だけど、反応しきれていない。

 

後ろに抜けて1点返した――

 

 

 

そう思った時、ぺこらの後方にころね先輩が現れる。

 

――早い。

 

 

ストレートに抜かれることを予想してフォローに走っていたようだ。

そして、大きく弧を描くようにスイングする。

放たれたボールは、ネットを支えているポールの外を回ると、糸でも付いていて引っ張られるかのようにコート内に戻ってきてあくあの後ろに突き刺さった。

 

「ころさんお得意のポール回し、きれいに決まったねー」

「さすがころねだな。あのコースでも返されてしまうか」

「ふっふーん、まっかせなさーい」

 

おかゆ先輩とあやめ先輩が称賛を贈る。

これで、ゲームカウントは3-4でリードされた。

 

 

ポール回しはすごい曲がり方だったっすね。

ただ、個人的には、ころね先輩の女性プレイヤーらしいしなやかな身体の捻り――特に腰使い――に目をひかれた。テニスウェアのスカートと相まってすごくかわいいっすね。

 

その後は、さすがに3年テニス部のころね先輩が一方に入っていると勝負にならないということで、対抗で、おかゆ先輩があくあに代わりコートに入った。

判定はセルフジャッジで進める。

 

 

おかゆ先輩は神出鬼没で、ふと気がつくとボールの飛んできたコースに現れる。

スピードと言うより、相手の考えを先読みして行動しているようだった。

おかゆ先輩とあやめ先輩で1ゲーム取り返す。

 

 

ゲームカウントが4-4で並ぶ。

 

 

ただ、チームを固定すると対戦の組み合わせが限られるので、ちょうど並んだタイミングで

後は好きな側に入ってプレイを続けることにした。

なので、ぺこらとの勝負は引き分けといったところだろう。

ぺこら自身もプレイに夢中で過去の因縁? 的なことはすっかり忘れていそうだった。

 

 

この後、盛り上がり過ぎて日が暮れるまでプレイして、もう校舎も閉まろうかという時間まで続けてしまった。

 

 

 

すると、

 

「あっ……しまった……ぺこ」

 

そういって、ぺこらが突然脱力して倒れてしまった。

 

 

「大丈夫っすかぺこら」

「エネルギーが切れたぺこ」

「ああ、腹が減ったっすね。スバルもめっちゃ腹減ったっすよ。あれ、ぺこら、腹が減りすぎて髪についたニンジン半分かじっちゃったっすね」

 

よく見れば、ぺこらの髪についているニンジンが半分無くなっていた。

 

「違うぺこだよ! 人を勝手に腹ペコ美少女扱いすんな……ぺこ」

 

 

いや、だれも美少女扱いはしていないが。

腹ペコでなければなんだというのか。

 

 

「このニンジンは野うさぎたちの運動エネルギーになっているぺこ。髪についている以外にも、64個の27スタック満タンにもってきていたはずなのに、全部食べつくしたみたいぺこ」

 

 

「ぺこらちゃんの野兎ちゃん達は、ニンジンエネルギーで活動してるんだねー。髪に着けている以外のニンジンはどこに保管してるんだい?」

「おかゆ先輩、それは乙女の秘密ぺこ」

「おや、それはごめんよー」

「いや、家の秘密とかじゃないんかい」

 

 

まぁ、野兎さん自体が気がつくと消えたり現れたりしてるので、4次元ポケットでも持っているのかもしれない。

最近うちの学園の生徒は割と普通ではないということが身に染みてきて、大抵のことは受け入れられるようになった。

 

 

「調理室にニンジンあるか確認してくるっすよ」

 

 

そう言って、校舎に走る。

 

 

けれど、校舎前にたどり着いてみると、既に校舎には鍵がかかってしまっていた。

 

どうしようかと迷っていると、

 

「あら、スバル様こんばんは。こんな時間まで部活動かしら?」

 

「あっ、ちょこせん! いいところに、ちょっと生徒が倒れたんで見てもらいたいっすよ」

「がちぃ?」

「がちっす。こっちっすよ!」

「あらっ、スバル様ったらそんなに強く手を握りしめて積極的なんだから」

「いやいや、誤解されるようなこと言わないで欲しいっす」

 

 

保険医のちょこ先生に出会えたので、ぺこらを見てもらうため手を引いて連れていく。

生徒を様付けで呼ぶちょこ先生は、何時でも自分のペースを崩さない。

いい先生なのだが、時々扱いに困るというか手におえないんすよね。

 

 

この前、あくあがアルコールの匂いで倒れた時も保健室に連れて行ったのだけど……

まぁ、治療というかなんというか、直視し難い雰囲気を醸し出していた。

治療と言われて後ろから抱きすくめられていたあくあは、アルコールで倒れた時よりも真っ赤になっていたっすからね。

 

 

そんなことを考えながら、身もだえしているちょこ先生を連れてみんなの下に戻っていった。

 




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6-2フライングラビット

2期生オフコラボ、マインクラフト配信を意識してまとめています。


視点:兎田ぺこら

 

 

 

やってしまったぺこ。

 

テニスコートの脇にあるベンチに、ころね先輩の膝枕で寝かせてもらいながら考える。

 

 

今は、野兎ちゃん達に供給する活動エネルギー切れでダウンしていた。

物心ついたころには自然と一緒に過ごしていて危険から身を守ってくれる野兎ちゃんは、兎田家の守護精霊だ。

エネルギーさへ供給していれば、鉄壁の盾となってぺこらの事を守ってくれる。

 

 

おかゆ先輩が、興味深そうにぺこらの髪についた半分かじられたニンジンを見ていた。

 

 

「ぺこらちゃんの野兎ちゃん達は、ニンジンエネルギーで活動してるんだねー。髪に着けている以外のニンジンはどこに保管してるんだい?」

「おかゆ先輩、それは乙女の秘密ぺこ」

「おや、それはごめんよー」

「いや、家の秘密とかじゃないんかい」

 

 

スバルからツッコミが入るけど、そんな大層なものではない。

ただ単に、ニンジンだけはどこかの空間にストックできるのだ。

どうやってるも何も、野兎ちゃん達が自主的にため込んでくれている。

 

しいて言えば、兎田家の血によるものだろうか。

 

 

スバルは、家庭科教室にニンジンを探しに行ってくれた。

 

 

「申し訳ないぺこ。今日、最大数の64×27スタックのニンジンを補充してたはずなのに……1日でエネルギーが切れるとか……生まれて初めてぺこ」

「野兎ちゃん達はすごい張り切ってぺこらっちょのこと守ってたもんね。お腹もすくよね~」

 

 

膝枕してくれているころね先輩が言うが、原因はどう考えてもあんただからね?

 

 

ころね先輩は、必ずぺこらを守ってテニスボールに当たる野兎ちゃんに興味を持って、ぎゅんぎゅん回転をかけてぺこらを狙い打ちした。

まぁ、うちの野兎ちゃんはとーぜん全て見切ってガードしてくれたぺこだし何の心配もしてなかったけど、回転のかかったテニスボールに玉突き事故のように弾き飛ばされる野兎ちゃんにハマったのかキャッキャと楽しそうに繰り返し狙い撃ちにされたのだ。

 

この先輩は、一度興味を持つと止まらないらしい。

 

 

野兎ちゃんの見せ場が作れてぺこーらとしても満更じゃなかったぺこだけど、まさかエネルギー切れなんて。

そこらの男が殴りかかってもきても、ニンジン1本も消費しないぺこなのに。どんな威力を秘めてたぺこか。

 

 

『敵に回すと危険な人物リスト』に書き加えておくぺこ。

 

 

 

 

 

そう心に誓っていると、校舎にニンジンを探しに行ってくれたスバルがちょこ先生を連れて戻ってきた。

ちょっとした確執があったスバルだけど、いいやつぺこね。

テニスで戦いを経て、熱い友情が芽生えたかもしれないぺこ。

 

 

「グッドイブニーング、ちょこーん。こんばんは、私の可愛い生徒さん達」

「「「こんばんはー」」」

 

 

「ちょこセン、ほら、ぺこらを見て欲しいっす」

「焦らないでスバル様。でも、ふふっ、スバル様はやさしくていい奥さんになるわね」

「何言ってるっすか!?」

 

ちょこ先生が、ぺこーらの横にかがむ。

 

「ぺこら様、ごきげんよう」

「こんぺこ……でも、ご機嫌じゃないぺこ」

「あら、ごめんなさい、それじゃちょっと失礼しますね」

 

そう言って、ちょこ先生はぺこらの額に手を当てる。

次にお腹に手お当てると、

 

「うーん、ぺこら様、お腹がすいてしまったのね」

「そのくだりは、もうスバルがやった……ぺこ」

「あら、残念。ぺこら様の新鮮なリアクションがみたかったのだけど」

 

力が入らないのだから、ツッコミを期待しないで欲しい。

 

 

「気分はどうかしら?」

「体調が悪いわけではないぺこ……ただ、体に力が入らないだけぺこよ」

 

体に力が入らなくて、ちょっと息切れしやすいだけだ。

ただ、これじゃ帰れそうにないぺこだけど。

 

 

「これは、素直にニンジンを補充してあげるしかないわね」

 

「そうなんっすね。学校も閉まってしまったし、近くのスーパーにでも買いに行くしかないっすかね?」

 

「スーパーのニンジンじゃ、野兎ちゃん達は受け取ってくれないと思うぺこ……野兎ちゃん達はグルメぺこ」

 

「そうなんすか? ぺこらの家のニンジンは特別なんすか?」

「兎田家直営の専属農家から産地直送お取り寄せぺこ」

 

「それじゃ、家庭科教室のニンジンでも意味なかったすかね」

 

「それは……野兎ちゃん達は興味を持っていたから、大丈夫だと思うぺこ」

 

「それなら、近くですし私の家に来てもらえばいいですね」

 

「え? ちょこセンの家にニンジンがあるんすか?」

 

「もちろんよ。いつでもお客様をおもてなしできるように新鮮で美味しい食材を用意しているのよ。学校のお野菜の仕入れ先も私が紹介させて頂いた所だから野兎様にも満足していただけると思うわ」

 

「へー、ちょこセンが紹介したっすか」

 

「そうなの。だって、私の可愛い生徒さん達にはお野菜の美味しさを知っていただきたいじゃない」

「確かに、学校の野菜は美味しくて余は好きだぞ」

 

あやめ先輩も納得の品質なのか、うむうむと頷いている。

うちの野兎ちゃん達も認める品質なのだからちょこ先生の目利きは確かなのだろう。

 

 

「そうだ、私のお家は近くだし、今日は週末だからよろしければ皆さんも寄っていって下さい」

 

 

今日は金曜日。明日はお休みだ。

 

ちょこ先生の言葉に、皆少し考えていたけど家に連絡を入れて寄らせてもらう、というかお泊りさせていただく事になった。

 

「それじゃー、ボクがぺこらちゃんをおんぶしていくよー」

 

「おかゆ先輩、よろしくお願いするぺこ。あと、ころね先輩、膝枕ありがとうございましたぺこ」

 

「気にせんでええよー」

 

ころね先輩に起こしてもらい、おかゆ先輩におんぶしてもらう。

申し訳ないけど、動けないから仕方ないぺこね。

 

「みんな、時間をとらせてしまって申し訳ないぺこ」

 

「いいっすよ、今日は楽しかったし、ちょこセンの家にお泊りに行かせてもらえるようにもなったっすしね」

 

 

 

こうして、ちょこ先生の家にみんなで向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「さあ、皆様どうぞお入りください」

 

「「「お邪魔しまーす」」」

 

「すごく、大きな家っすね」

 

「ありがとう、何時でも皆さんをお出迎えできるように広い家にしたのよ」

 

「それじゃ、皆さんは先にお風呂に入ってしまってくださいね。男湯もありますからおかゆ様もどうぞ」

 

「ありがとー、まるで旅館みたいだねー」

 

「うふふ、旅館のようなおもてなしをして、皆様を骨抜きにして差し上げたいと思っているのよ」

 

そう言って笑うちょこ先生にちょっとドキッとした。

旅館の若女将とかしていたらきっとリピーターが山のように発生するだろうと思える、不思議な色気をまとっていた。

 

 

 

 

ちょこ先生に案内されて、お風呂場の入り口に用意されていたイスに座らせてもらう。

 

「ちょっとだけお待ちくださいね」

 

そう言って、本当に直ぐに戻ってきた。

 

 

「さあ、ぺこら様。こちらがニンジンになります。野兎様、よろしければどうぞ」

 

レストランで料理を運ぶのに使いそうなカートにニンジンを積んでちょこ先生が運んできてくれた」

 

それを見た野兎ちゃん達が自然と現れる。

野兎ちゃん達は、ちょこ先生にお礼を言うように飛び跳ねると、順次ニンジンを掴むと虚空に消えていった。

 

ぺこーらの髪のニンジンも気がつくとかじられていない新品に変っていて、力が戻ってきた。

 

「ふぅ、もう大丈夫ぺこ。ありがとぺこ」

 

「どういたしまして」

 

皆にも感謝を伝える。

 

 

「今度ニンジンを必ずお返しするぺこ」

 

「いえいえ、気にしないでください。あ、でも、もしよかったらぺこら様にお願いしたいことがあるのだけどよいかしら」

 

「何ぺこか。ぺこらに出来る事なら協力するぺこよ?」

 

「大丈夫ですよ。簡単なことですから。他の皆さんへのお返しにもなると思いますし、よろしくお願いしますね」

 

何かわからないけど、今回のお礼に協力することになった。

 

 

 

 

 

「着替えは、そこの棚に用意されていますのでお好きな服を来てください」

 

そうしてちょこ先生に案内されてお風呂に入った。

 

 

 

「いやー、いいお風呂だったっす」

「まさに旅館って感じね~」

 

スバルとシオンが会話をしていた。

 

「すこがったよね~」

「ヒノキの風呂は落ち着くな」

「あたしは、スキンケアが気になったな。使ったらすごい肌がすべすべもちもちしてる」

「男湯は一人で使わせてもらっちゃって、もったいないくらいだったよー」

 

ころね先輩、あやめ先輩、あくあもお風呂を堪能したのか楽しそうにおしゃべりしている。

唯一の男性のおかゆ先輩ものんびりできたようだ。

 

 

確かに、家庭のお風呂と思えない広々としていてとってもいいお湯だった。

最後にお風呂からあがったぺこーらは、皆がいる部屋の外から中の様子をうかがいながらそう思った。

 

最後にお風呂からあがったのは、ちょこ先生にそうして欲しいと言われたからだ。

 

 

なんでそんなことを言ったのかといえば――

 

 

「皆さん、お湯を楽しんでいただけたようで良かったわ。もう一つ、サプライズがあるの」

「え、なんっすか?」

 

「ふふっ、さぁ、ぺこら様入って来てください」

 

 

ちょこ先生には部屋の外から様子を伺っていることがばれていたらしい。

声をかけられてしまったので、心を決めて、そろそろ~と部屋に入り込んだ。

 

「おお~~」

「えっ、何それかわいい」

「きゃはははっ、ぺこらっちょか~わいいねぇ」

「とっても似合うよー」

 

色々声をかけられる。

 

誉め言葉だけど正直いって、かなり恥ずかしい。

 

 

ちょこ先生にお願いされたのは、似合う服があるからぜひ来てほしいという事だった。

 

 

お風呂からあがってからのお楽しみと言われていたのだけど、脱衣所に置かれていた服は黒を基調にしたタイトな服

肩だしの服で、脚は黒のタイツスタイル。

 

 

要するに―バニーガールのコスチュームだった。

 

 

「うふふ、やっぱり、ぺこら様にはとってもお似合いね」

 

ちょこ先生が、手をパンと叩いて嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

「あんまり見ないで欲しいぺこ」

 

 

「すっごい似合ってるっすよ。ある意味似合いすぎて違和感ないっす」

「そう言われるとそうかも。なんか、似合い過ぎて普段着みたいね。学校にその格好で通っても違和感ないかも?」

「そんなわけないぺこ!? どんな羞恥プレイぺこか?」

 

スバルとあくあの言葉に慌てて反論する。

普段からこんな格好で出歩いていたらヤバい奴ぺこよ。

 

 

「ぺこら様が皆さんにお伝えしたいことがあるそうですよ」

 

「うぅ~、きょ、今日は皆様、色々お世話になってありがとうございましたぺこ」

 

改めて感謝を伝える。

 

 

バニーガール姿は思いのほか好評で囲まれて鑑賞されてしまったぺこ。

 

シオンに写真を撮られたのが心配ぺこだけど、他の人に見せないようには念押ししたから大丈夫ぺこよね?

 

 

こうして、コスプレを皆に披露した上で今日はこのまま過ごすことになった。

 

 

 

 

ご飯を何にしようかという話になった。

夕食はワイワイ楽しみたいという話がでて、

 

「それなら、たこ焼きパーティーにしましょうか」

「材料あるっすか?」

「あるわよ。新鮮なタコがあるからきっと喜んで貰えると思うわよ。ちょっと待っててね」

 

 

なぜ、こんなに大人数で急に押しかけたのに新鮮な食材がポンポン出てくるのだろうか。

まぁ、ニンジンを大量にストックできるぺこーらがツッコムことではないぺこね。

 

ひょっとするとちょこ先生は、時間が止まる保管庫でも持っているのかもしれない。

 

 

あ、お手伝いするぺこ。

料理自体はあまり得意ではないけど、食材を運んだりとできることを手伝う。

 

そして、ちょこ先生がタコを持ってきた。

 

「はい、それじゃたこ焼きパーティーを始めましょうか」

「でか!? 何なんっすかそのタコ」

「うむ、足先だけなのにスイカのようなサイズだな」

 

タコの足1本だけが、お皿にでかでかとのせられていた。

かなりのボリュームだけど、まだ足の一部の様だ。

実際のタコのサイズはいったいどれくらいのサイズなのか。

 

「大きいでしょ。でも味が大味になったりしなくて、むしろとっても美味しいのよ」

 

そういって、ちょこ先生が、たこ焼きの生地を混ぜながら説明してくれる。

 

 

「どなたか、タコをぶつ切りにしてもらえるかしら?」

「それなら、余が手伝おう」

「えっ、あやめ先輩料理できるっすか?」

「ほ~、スバル。余は料理ができないと思っておったのか?」

 

「いやいや、そんなことないっす。よく考えたら、刃物とかお似合いっすもんね」

「よく考えたらとはなんだ、よく考えたらとは。それに、包丁で切る以外に味付けもちゃんと出来るのだぞ」

 

 

ちょっと憤慨したあやめ先輩が、手馴れた様子でタコを一口大にサクサクと切っていく。

 

「あやめ様ありがとうございます。それじゃ、焼きますね」

 

そう宣言して、ちょこ先生が生地をタコ焼き機に流し込んだ。

 

ちょこ先生が焼いてくれたたこ焼きをみんなでわけて、食べ始める。

 

「「「いただきまーす」」」

 

「はふぅ、はうぅ、おいしー、なにぺこかこれ!?」

「おいしーっす。ぷりっぷりのタコっすね」

「あたし、こんなに美味しいタコ初めて食べたかも」

「これ、お高いんじゃないですか~」

 

シオンが聞く。おかゆ先輩もうなずいていた。

 

「そういえば、ただでさえスーパーで売ってる魚介類って結構値上がりしてる印象があるよねー。これだけ美味しかった中々手が出せない値段なんじゃないかな?

?」

 

「それが、それほど高くないのよ。こんなに美味しいのに良心的な価格で販売してくれてるの。仕入れ先を探すのには苦労したわ」

 

最近、全体的に魚介類の価格が高騰しているのに質が下がっているらしい。

ちょこ先生としては到底納得できずに質のよい食材の仕入れ先を探し回っていたところ、高級料理店の店長さんに今の仕入れ先を紹介してもらえたそうだ。

 

「野兎ちゃん達が気に入る野菜の仕入れ先といい、ちょこ先生は食に対するこだわりが半端ないぺこね」

 

「おいしくて栄養価の高い料理は、美容にとっても大切ですもの」

 

 

どうやら、ちょこ先生自身と、生徒たちの美容に対する想いによるものだったらしい。

ぴちぴちのお肌も納得ぺこね。

 

 

 

この後は、代わる代わるたこ焼きをひっくり返していたけど、人によってはいびつに仕上がっていた。

けれど、それも含めてワイワイと楽しく過ごした。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

「はい、お粗末様でした、それじゃ片づけをしましょうか」

 

みんなで片づけを始める。

ぺこーらは積極的に片づけを買って出て、使ったお皿をまとめて流しに運ぶ。

 

流しとの間を往復していると、視線を感じた。

振り向くと、あくあにじっと見つめられていた。

 

「どうしたぺこ?」

 

「あたし、バニーメイド喫茶とかあったら行きたいかも」

 

「人の恰好みて何て想像してるぺこ!?」

 

「あー、ころねはー、カジノで飲み物とか配ってくれるのがいいなぁ」

 

「そうだねー。もしくは、バニーガール姿で、ディーラーとしてカードとか配ってくれるのもいいなー。そうしたら、ボクはつい勝負に乗ってしまうかもしれないよー」

 

「いいっすねそれ、見てみたいっす。でも、ぺこらの場合絶対負けて泣かされていそうっすよね」

 

「そんなことないぺこ。これでもぺこーらは勝負事にはちょっとうるさいぺこよ」

 

 

そんな会話があって、かたずけを終えた後、ゲーム大会を開くことになった。

 

話し合いの結果、ゲームはマージャンに決定。

 

マージャンは簡単に言うと、4人に同じ点数を配り、勝った人は負けた人から点数をもらう。

一定の回数勝負をして最後に一番多くの点数を獲得していた人が勝者になる。

ゲームの途中で持ち点が無くなってしまった人の事は『飛んだ』と言われて、その時点でゲーム終了だ。

 

始めに経験者が4人が未経験者にルールを説明しながら勝負をしている。

 

 

メンバーはぺこーらと、あくあ、シオン、スバルの4人だ。

 

というか、ちょこ先生は何でも持っているペコね。

 

 

 

そしてー

 

「あ~、それロンね。ご馳走様~」

 

シオンから勝利宣言の声がかかる。

 

そして、シオンに点数を奪われる哀れな敗者は、

 

「なんでまた、ぺこーらから上がるぺこか!? ひどいぺこだよっ」

 

ぺこーらだった……

 

そして、点数棒はみるまでもなく、全て奪われて――つまり『飛んで』しまい――敗北が確定していた。

 

「ぺこら、あんた勝負事ヨワヨワね」

 

「これは何かの間違いぺこ。もう一回、次は負けないぺこ」

 

「そのセリフさっきも聞いたから」

 

 

高い点数を奪われて、あっという間に飛ばされた。

なんでこんなピンポイントで、ぺこーらばかり当てられるぺこか。

 

 

「100発100中でぺこらちゃんが他の人の欲しい物を当てていて、あるいみ幸せを運ぶ『幸運兎』だよねー」

「そんな幸運嬉しくないぺこ」

 

おかゆ先輩にあおられるけど言い返せないっ。

人に幸運を配ってばかりではなく、たまにはぺこーらの元に運んできてほしいぺこ。

どうしてこんなに当たるぺこか!?

 

「3回も連続で飛ぶとは、よく飛ぶのだな。兎だけにwww」

 

「あやめ先輩までひどいぺこ!?」

 

まさか、このバニーガールの服に呪いでもかかっているんじゃないぺこか?

 

 

「あ~、あれじゃない。ほら、今日は満月だし兎田家のぺこらには月の兎の加護でも憑いてるんじゃないの?」

 

「えっ、どういう意味ぺこか?」

 

「あんたの家の伝承でしょう。むしろ知らないの?」

 

 

兎田家の伝承。

確かに、うちは古い家柄でだからこそ野兎ちゃん達という守護精霊が存在しているわけだけど……

 

そういえば、ばーちゃんが昔、色々説明してくれてた気がするけどあんまり聞いてなかったぺこ。

 

 

シオンの言葉にあくあが疑問を挟む。

 

「なんで、あんたが人の家の伝承を知っているのよ?」

「あ~、うちも古い家柄だから、何だかんだで繋がりがあったりすんのよ」

「そうだな、『紫咲』家も『兎田』家のことも伝え聞いているぞ」

「『百鬼』はいわずもがなって感じですよね~」

 

「あやめ先輩の家の事も知ってるんだ」

「『百鬼』と『紫咲』は敵同士って感じだったけどね。まぁ、今はそんなの関係ないけど」

 

あくあの質問にシオンと、あやめ先輩が答えていた。

あれ、あたしだけ把握できてないぺこか。ちゃんとばーちゃんの話を聞いておくんだったぺこ。

 

「敵って、どんな?」

「ん~、うちは~、魔女みたいな物っていうかそんな感じなわけ」

「何その曖昧な表現。そもそも、魔女って西洋とかの文化じゃなかった?」

「まぁ、魔女っていうか~、陰陽師っていうか~、そんな感じよ」

「陰陽師なら陰陽師でいいじゃない」

「いやよ、魔女の方がかわいいもの。作法が違うだけで大体一緒だからいいでしょ。で、あやめ先輩のところは”鬼”って感じだからバチバチやり合ってたわけよ」

 

 

「歴史ある家業をかわいいからで魔女に変えていいぺこか?」

「自分の家の歴史を忘れたあんたに言われたくないんですけど~?」

「忘れたないわけじゃないぺこよっ」

 

ぴちぴちの女子高生に物忘れが激しいみたいなこと言わないで欲しい。

はじめから、真面目に聞いていいなかっただけぺこ。

 

 

あくあが話を戻す。

 

「それで、兎田家と月の兎ってどういう関係があるの?」

「ぺこらが話す~?」

「シオンが語りだしたんだから責任とるぺこよ」

「そう? それじゃあたしが話すわね。昔々、あるところに~」

 

 

こうして、シオンによる兎田家の昔話が始まった。

 




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6-3精霊達の会合

マージャン、Among Us(アマングアス)配信を意識してまとめています。


視点:兎田ぺこら (昔話は、ほぼペコラさん中心の3人称視点)

 

 

ちょこ先生の家で急遽開かれることになったお泊り会。

 

そこで開かれたマージャン勝負で、あり得ないくらい運に見放されていた兎田ぺこら。

「うそぺこでしょ? こんなはずないぺこじゃん!?」と、まるでぺこらを飛ばすために仕組まれたような展開に納得がいかなずにいた。

 

 

何か原因があるはずと思い考えていたら、シオンから”満月だから兎田家のぺこらは月の兎の加護”が憑いているのではと言われた。

 

月の兎の加護とはなんなのか?

なぜ加護が憑いて? いることで負ける話になるのか?

 

話の流れで、なぜか兎田家の物語をシオンが語り始めたのだった。

 

 

「むかしむか~し、あるところに~、ペコラビットという兎の精霊がおったそうな」

 

「ちょっと、シオンっ、ペコラビットってなにぺこー、んんんー」

「はーい、ペコラビットさんはちょっと静かにしているっすよ」

 

 

スバルがぺこらの口をふさいだ。

 

 

「その隣には~精霊仲間のスバルドダックが同じテーブルを囲んで座っておりました」

「グワーッ、ちょっと待つっすよ、スバルドダックってスバルとドナルドー」

「はーい、スバル様、お口を閉じましょうね。今はシオン様がお話ちゅうですから」

 

 

今度は、スバルのお口をちょこ先生がチャックする。

 

 

 

こうして、邪魔者が入らなくなったところで、本格的に物語が始まった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

嵐が吹き荒れ、火山が噴火し、海は荒れる。

 

そんな、放っておくと天変地異に翻弄される世界を人知れず安定させている存在。

 

それが『精霊』と呼ばれる存在だった。

 

 

 

 

世界各地でおきる天変地異の被害を抑えるためには早期発見が重要だ。

精霊たちは、日夜各地の見回りをしていた。

 

見回りの結果は、定期的に開かれる会合で情報共有がなされる。

 

 

今日は、日本支部の新人精霊から、世界統括本部の所属者が報告を受けていた。

 

まぁ、新人といっても、あくまで現在の部署における配属歴が短いと言う意味で、存在してからの歴史が浅いという意味ではない。

 

 

 

 

満点の星空と満月が空にのぼる中、一軒の屋敷に5つの存在が集結していた。

 

 

 

 

「あ、それポンで」

「あんた、すぐなくぺこね。こらえ症がなさすぎじゃないぺこか?」

「あがれればいいんすよ。高得点狙って結局上がれてないペコラビットに言われたくないっす」

「どーんと高得点狙わなきゃ、精霊がすたるってもんぺこでしょ!!」

 

 

 

マージャンのハイが積まれたテーブルを囲んで座る4人のうちの2人の精霊が会話をしている。

 

 

ポンをしたのはスバルドダックで、アヒルの精霊だ。水辺の見回りを担当している。

 

その右隣に座っているのがペコラビットと呼ばれた精霊だ。

ペコラビットは、うさ耳をした精霊で自慢のジャンプ力を活かして、空からの見回りを担当している。

今は、自分の番が回ってきてどのハイを捨てれば高得点に繋がるか悩み始めていた。

 

 

「よし! 君に決めたぺこ」

 

 

選ばれたのは『いらないハイ』だ。

そんなに力いっぱい選んだと主張するのもいかがなものだろうか。

 

しかし、捨てる精霊あれば、拾う精霊ありとはよく言ったもので――

 

 

「あ、悪いねペコラビット先輩、ご馳走様~。ロンで」

 

「あぁぁああああああ、酷いぺこ。このままなら役満狙えたはずなのにぺこ」

 

「自分のハイばかり見ているからですよ。えっと、ドラが乗ってっと、倍満なんで16,000点ください」

 

「ぎゃー、そんな持ってないぺこ!?」

 

ペコラビットの右隣に座っていた、シシローンが勝利宣言をする。

ペコラビットがシシローンの欲しかったハイを渡してしまったことで、ペコラビットが点数を奪われることになった。

 

しかも、予想以上の高得点で残っていた持ち点を全て渡しても足りない――つまり『飛ばされた』状態だった。

 

 

 

シシローンは、町の様子を観察している。

能力は高いがめんどくさいと言って、最近まで見回りをサボっていた。

 

まぁ、正しくは日本支部の会長の元で、企画立案や書類仕事などの引きこもってできる作業を受け持っている。

豊富な知識をもち重宝されているからこそ見回りは免除されていた。

 

けれど、そのことは限られた者にしか知らされておらず、大半の者からはニートと認識されていた。

組織の中枢にいるのに実力は知られていない存在。

会長の懐刀と言ったところだろうか。

 

本人が引きこもってゴロゴロしているのが好きなのも大きな理由ではあるのだが……

 

 

 

 

しかし、ここのところ、元々の見回り担当精霊たちに行方不明者が発生していてるのを見て参加を名乗り出た。

 

頭数が足りないのもあるし――これ以上行方不明者がでないように監視も必要だと判断していた。

 

可能ならば引きこもっていたい。

けれど、自分の力が必要と判断すれば自主的に協力を買って出るくらいには日本と、仲間を大切にしていた。

 

 

 

 

「ふむ。ペコラビットがすぐ飛んでしまうので、どうも近況報告が進みませんね」

「ふーん、カリオ・ペデスはまじめだねぇ。もっと気楽でいいんでない?」

「交流は構いませんが、本命の会議が進まないのでは意味がないでしょう」

 

ちょっと会議の進行が遅いことに不満な様子なのは大きな鎌を背負ったカリオ・ペデスだ。

シシローンのゆるい合いの手にも真面目に返答している。

 

 

カリオ・ペデスは、視界が通らない深い森の中などの見回り担当だ。

 

 

ちなみに、見回り部署への配属順は、スバルドダック、ペコラビット、カリオ・ペデス、そしてシシローンの順番だ。

 

 

 

「まぁ、まぁカリちゃん、そんなにカリカリしないで~。連携が取れるように交流することも目的だからね? でも、区切りもいいし、先に報告をおわらせてしまいましょうか」

 

 

そう話すのは、オレンジの長い髪をしたキアラサンだ。

『太陽』を象徴するフェニックスの化身である彼女は、世界全体を管理する本部所属である。

ちなみに、本部所属になるには神格を得ている必要がある。

 

つまり、彼女は精霊の域を超えて『女神』となった存在だ。

 

 

 

今回の会議のまとめ役であるキアラサンが報告を促す。

 

 

「では、スバルドダックさん、見回りしていた様子はいかがですか」

「はい! 水辺回りの様子はとっても平穏だったっす」

「異常なしと。ありがとうございます。次は、ペコラビットさんどうですか?」

「跳ねまわってみたぺこだけど、特におかしな所はなかったぺこね。ただ――日本海の水平線の先がなんかモヤモヤしてる気がしたぺこだけど。視界が届かないからよくわからなかったぺこね」

 

 

ペコラビットはあくまで大地の上で飛び跳ねているので、水平線の先を確認に行くことは出来ない。

 

 

「海の水平線の先ですか~、直接異常を目視したわけではないんですね」

「そうぺこね、見える範囲より先がなんか曇っているようなモヤモヤした印象を受けたって感じぺこ」

「ちょっと、そんな曖昧で大丈夫なんっすかペコラビット。しっかり仕事して欲しいっすよ?」

 

スバルドダックがやれやれと肩をすくめる。

 

「だったら、あんたが泳いで見に行けばいいぺこでしょ!!」

「海水に浸かるなんてべたつくからイヤっすよ。そもそも、空はペコラビットの管轄の話っすよね」

 

「あんたが鳥のくせに空を飛べないっていうから、このペコラビットちゃんが空の見回りしてやってんのに文句言うんじゃないぺこだよ!!」

「なーに言ってるっすか!! むしろ、空は譲ってあげたっすよ。水辺の見回りこそ替えがきかないっす。ペコラビットに湖の中の見回りができるっすか?」

 

「まぁまぁまぁ、お二人とも落ち着いて。お二人とも他のメンバーでは見回りが難しい場所を担当してもらって助かっているんですよ」

 

そう言って、キアラサンが仲裁する。

 

 

「取り合えず、水回りも、上空から見た地上も基本異常は見られなかったと。ただし、海の先が少し気になったということで記録しておきますね」

 

議事録に記載していく。

海の向こうのモヤモヤは、取り合えず今後何が進展がないか注意だけはしておくことになった。

 

 

 

「さて、次はシシローンさんはいかがですか?」

「うーん、まぁ、町の様子におかしなところはなかったかな」

「そうですか、ありがとうございます。今後も引き続き見回りをお願いしますね」

 

シシローンの報告は異常なしと記録する。

 

 

「では最後に、カリオ・ペデスさんはどうですか?」

「深い森や、地下空洞などの暗がりを見回ったが、異常はなかったですよ」

「異常なしですね。ありがとうございます、難しい暗がりを見回ってもらえるのは助かりますね」

 

カリオ・ペデスの報告にも異常なしと記載する。

 

 

「本当に、深い森や地下空洞を見回っていたのかね?」

「……それはどういう意味ですか?」

 

 

ここで、シシローンが疑問の声をあげた。

何が言いたいのかと、眉をしかめてカリオ・ペデスが聞き返す。

 

「あたしは町の傍にある、比較的浅い森を移動しながら見回ってたけど、遠目にちょくちょく見かけたからさ。人目につかない場所を見回ってるはずなのにおかしいなとちょっと思ったんだよね」

「サボっていたといいたいのですか?」

「そういう訳でもないんだけどね、不思議だなって話。スバルドダックとか、他の見回り中のメンバーの近くを通りかかることもこともおおかったしね」

 

 

「……妙な視線を感じたのははあなたですか。休憩がてら水辺などを散策中にニアミスしただけでしょう」

 

 

 

「あ、カリオ・ペデスはよくわかってるっすね。川とか、湖は見てるだけでも落ち着くっすよね。何だったら、カリオ・ペデスも一緒に見回りするっすか?」

「えっ、それはーー」

「遠慮はいらないっすよ? ちょっと見回りの効率落ちるかもしれないけど残業すればいいっすしね」

 

「あっはっは。それは良いね。スバルドダックと一緒に行動して、一緒に報告会に参加すればいいんじゃない」

 

 

スバルドダックの無邪気な提案がツボだったのかシシローンが楽しそうに笑う。

シシローンは、見回り担当者の行方不明が誰かの仕業と考えていた。

そのために、疑わしい相手にはあえてプレッシャーをかけて回っている。カリオ・ペデスもその一人ということだ。

 

そんななか、『ずっと一緒に行動する』

この言葉は事前に宣言しておくと中々説得力のある証明になる。

仮に犯人だったらなら、行動が制限されるだろう。

 

 

「いえ、私は、単独行動が性にあっていますので、気にしないでくださいスバルドダック先輩」

 

「そうっすか。遠慮しなくてもいいんすけどねー。ハトサブローはよく挨拶に来てくれてたっすよ」

 

ハトサブローは、シシローンが入る前に空の見回りを担当していた者だが最近顔をみせなくなっていた。

 

「ハトサブローは挨拶したことを忘れて、何度も繰り返してただけぺこよ。まさに鳥頭だったぺこ」

「意図的に付きまとっているのかと思うほどでしたね。やりにくくて仕方ありませんでしたが、物忘れが激しすぎて、どこかに頭でも置き忘れたのではないですか」

カリオ・ペデスは頭の痛い担当者だったと嘆く。

 

ちなみに、ハトサブローが抜けたことで、ペコラビットが空の見回りを担当するようになっていた。

 

 

 

 

 

「さて、報告も終わりましたし、交流戦の続きと行きたいのですが――」

 

キアラサンがペコラビットに告げる。

 

「ペコラビットさん、先に飛ばされた分のお支払いをお願いします」

「あっ、ちょっと今余裕がないぺこよ。いつものようにツケにしてほしいぺこ」

 

永く生きる精霊にとって、精霊通貨による賭け事はちょっとした生活の刺激だった。

そして、負けが込んでいるペコラビットはツケの常習犯とかしている。

 

「そうですねぇ、かわいいペコラビットさんの頼みですから聞いてあげたいんですがー、どうしましょうかねぇ」

 

キアラサンは、チラチラとペコラビットを横目に見ながら悩むそぶりを見せる。

慣れたもので、ペコラビットは胸の前で両手を組んでおねだりする。

 

「ねぇ、だいすきなキアラサン。ペコラビットちゃんのお願い聞いて欲しいな?」

 

「だいすきー、ふぁーああああああああああ」

 

小首をかしげて、うるんだ瞳でお願いするペコラビットにめろめろのキアラサン。

 

「だいぶ薄っぺらい大好きっすよね」

「ホントにね。透かしたら、奥の景色が見えそうなくらいペラっペラだねぇ」

 

スバルドダックとシシローンが横であきれた顔で眺めていた。

 

 

「んん、では仕方ありません、ツケについては許可します。その代わり何時ものようにお願いを一つ聞いてもらいますね。今回はかわいく兎飛びで富士山の周りをまわってきてください」

「その程度ならお安い御用ぺこ。行ってくるぺこ~」

 

そう言うと、両手を振りながら星空の中へ飛び上がり富士山に向かっていった。

 

「いいんすか? さすがにツケを引き受けすぎじゃないっすか?」

「いいんですよ。どうせ女神は仕事が忙しくて使う余裕はないんですから」

 

スバルドダックがキアラサンを心配する。

あまりにもお馴染みのやり取りになっている為だが、キアラサン的には使う余裕がなく溜まる一方のため構わないようだった。

 

 

「それに、ちゃんと回収する当てがあってのツケですから。さて、ちょうどそのことで皆さんにご協力いただきたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

 

 

ペコラビットがいない間に、キアラサンはツケの取り立て計画を3人に相談し始めるのだった。

 

 

 




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6-4女神からの提案

「ただいまぺこ~」

「おかえりなさい、今日のジャンプもとってもプリティーでラブリーでしたね」

「そんな~、テレるぺこ」

 

返ってきたペコラビットを、キアラサンが迎える。

 

 

そして大切な話をペコラビットに伝え始めた。

 

 

「ペコラビットさん、今回の負けによってあなたのツケが、9,999回になりました」

 

「へ、へぇ。そうぺこか……あ、それじゃ10,000回になったら記念に2,000回分くらいおまけしてほしいぺこ?」

 

 

「それは出来ませんが――実はそれ以上に良い提案があるのです。もし、次の勝負で最下位にならなければ、これまでの9,999回分のツケをチャラにしますよ」

 

「なっ、ほんとぺこか!? 最下位にならなければ全てチャラ!?」

 

最下位になる確率は単純に考えて25%。逆に75%の確率でツケをチャラに出来る計算だ。

 

 

「ぜひやるぺこ!!」

 

「ただし。もちろん条件があります」

 

勢い込んだペコラビットに待ったをかけるように手を上げて条件を伝える。

 

 

「もし、晴れて最下位となりツケのストックが10,000回を達成した暁には、全てのツケをまとめて回収させて頂きます」

「なっ、どうやって回収するぺこか?」

「それは達成してからのお楽しみです♪」

 

キアラサンがニコニコと満面の笑みで答える。

取り立てられるペコラビットからすれば恐怖しか感じられない笑みであった。

 

「そして、他の3人には一つ約束をしました。約束は、ペコラビットさんからツケを回収するのに最も貢献してくれた方のお願いを一つ、女神である私が聞くというものです」

「そういうことっすね、スバルの臨時ボーナスの為にもペコラビットには最下位になってもらうっすよ」

「うっ、皆してペコラビットちゃんを最下位にさせにくるぺこね」

「あ、ただ、他の人からロン出来るのに見逃してペコラビットさんを狙うようなことは禁止としますので、そこは安心してください」

 

ペコラビット以外から3人が絶対にあがらないとするとさすがに不利になりすぎるからだ。

 

 

 

最下位でなければ9,999回分のツケをチャラにしてもらえる破格の条件。

掴むことができれば一発逆転の大勝利だ。

ぜひとも受けたいけど、上手く立ち回れるだろうか。

 

悩むペコラビットに、キアラサンがもう一声かける。

 

「そうですね、10,000回に到達するかもしれない始めての機会ですから、今回だけ特別に条件を緩くしましょう。最下位ではなく『飛ばなければ』ツケをチャラにしますよ」

「なっ、ホントぺこかっ、後でやっぱり嘘とか言わないペコね!?」

「ハイ、女神に二言はありません」

 

 

ダメ押しの条件提示にペコラビットの心の天秤はコロッと傾いた。

狙われるとはいえ、東風戦という短期戦で飛ぶ程の大負けは中々起こらない。

このチャンスを逃す手はなかった。

 

 

「わかったぺこ。ペコラビットちゃんがその挑戦受けて断つぺこよ」

「さすがペコラビットさんです。きっと受けてくれると思っていました」

 

 

つい先ほど、飛ばされたばかりであることなどすっかり忘れて、勝った時のメリットに目がくらんでいるペコラビットであった。

 

 

 

こうして、運命の勝負が始まった。

 

 

 

 

 

「あ、ツモッたぺこ」

 

 

東風戦は、4人が一回ずつ親になる。

親以外の人が勝ったら、親が流れて次の人が親になる。

 

親の順番は、カリオ・ペデス、スバルドダック、ペコラビット、そして最後がシシローンとなった。

今は序盤の2人が親を終えてペコラビットが親になっていた。

 

「あっはっはっ!! あんた達にいくらペコラビットちゃんを警戒しても自分でツモれば問題ないぺこよ」

 

親が自分でツモると点数が高い。しかも跳満と呼ばれる中々の高得点を叩き出し、この時点でなんと1位に躍り出たのだった。

 

 

「ぺこぺこぺこw 運が向いてきたぺこ」

「グワァー、スバルの点数がなくなるっす!?」

「スバルドダックはもはやスズメの涙のような点数ぺこね。スズメに転生でもしたらどうぺこか?」

「グワァー、まだ負けた訳じゃないっすよ。ここからひっくり返すっす」

 

 

これなら行けるぺこ。

ペコラビットは、後半に差し掛かってトップを走る状況に気が大きくなっていたが、残念ながら独走は許してもらえない。

 

すかさずカリオ・ペデスがペコラビットからあがり点を奪い返した。

 

「ふっ、油断大敵っすね」

「あんたがあがったわけじゃないぺこでしょ!? スズメの涙のくせにデカい顔してんじゃないよ」

 

 

強がってはいるが、ペコラビットにとって今のは痛い敗北だった。

 

次が最後の勝負になるが、点数を奪われたせいで役満を出されると『飛ばされてしまう』

 

気が抜けない状況で、最後の勝負が始まった。




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6-5女神生誕

溜まったツケをチャラにするためのマージャン勝負。

 

 

ペコラビットは、無理に自分があがる必要はないと言い聞かせていた。

 

 

ようするに、飛ばされなければいいのだ。

 

 

安い点数でいいから最短であがってしまえばいいし、役満を狙えそうな相手に振り込まないことだけ注意しておけばいい。

 

 

 

 

そう思っていたのだけど……

 

終盤までもつれ込んだ局面は中々に厄介な状況に陥っていた。

 

 

 

ペコラビットの番が回ってきてハイを捨てる。

 

「ノリが悪いですね、ペコラビット」

 

カリオ・ペデスが不服そうに言う。

 

「あんた絶対役満テンパってるんだから、当然ペコでしょ!?」

「往生際の悪いウサギです……」

 

カリオ・ペデスが絶対にあがれない、捨てハイを切ったことで不満の声が聞こえてきたが気にしてはいられない。

 

なにせ、彼女は既に役満でテンパイしている可能性が高いのだ。

 

 

カリオ・ペデスは、東・南・西をなんと3枚ずつ揃えていた。

後は、北を2枚か3枚揃えれば四喜和(スーシーホウ)という役満が狙える。

既にもっている可能性すらあった。

 

 

これには、シシローンが1役、いや、2役かっていた。

 

 

最初に、東をスバルドダックが捨て、カリオ・ペデスがポンをした。

ここまではいいが、シシローンが南を捨てた時にもカリオ・ペデスはポンをした。

この時点で、東南西北を揃えられることを警戒するところだが、あえてシシローンは西を捨てた。

 

結果、役満目前の状況が生まれている。

 

 

カリオ・ペデスには絶対に振り込めなくなった。

 

 

 

 

 

そして、スバルドダックの番になる。

 

「ドロー。んーーー、なんでここまで来て続かないっすかね」

 

良いハイが来なかったのか、引いたハイをそのまま捨てる。

 

だけど油断はできない。

 

スバルドダックは、すでに、『中』と、『發』を3枚揃えていた。

 

普通なら、これくらいはよくあることだ。

 

けれど、絶対に役満を狙っている中で、即この2つをポンした以上、狙っているのは大三元(ダイサンゲン)で確定だ。

 

それも、あと3枚揃えるべき『白』も最低でも2枚持っていると考えたほうがよい。

 

 

だからこそ、大三元狙いとばれてでもポンに踏み切ったのだろう。

『白』をまっているなら問題ない。ペコラビットが『白』を引いても切らなければいいだけだ。

 

けれど、もし『白』を持っていて、他のハイをまっているなら何が当たりハイか予想が難しい。

 

 

結局、スバルドダックが切ったハイを捨てるぐらいしか安全な選択肢がなかった。

 

 

ちなみに、『中』はペコラビットが捨てたが、『發』は狙いを把握したうえでシシローンが渡している。

 

 

 

そんな、思考をしながら、順番の回ってきたペコラビットはハイを引く。

 

 

 

……こんな時に限って自身もよい手配が揃っていた。

 

緑一色(リューイーソウ)

 

竹マークのソーズと呼ばれるハイの中でも、緑だけで構成されたハイで統一した役満だ。

 

揃う2歩手前まで来ていた。

 

 

揃えたい欲はある。

けれど、無理をする必要はない。

少なくとも、緑一色にこだわる必要はないとペコラビットは自身に言い聞かせた。

 

 

今、スバルドダックが捨てた安全パイが手元にあったので、それを切って手順を終える。

 

 

 

続いてシシローンが新しいハイを引く。

彼女の狙いは何だろうか?

 

捨てハイにあまり統一感がない。字牌も序盤から切っているし今一つ掴めなかった。

 

 

「いやー、なかなか緊張感が高まってきたねぇ。カリオ・ペデスはもうテンパっているよねぇ」

 

 

シシローンが声をかける。

 

 

「さぁ、どうでしょうか。怖ければ勝負を降りてもらっても構いませんよ」

「そうだねぇ、うーん、そうさせてもらおうかな?」

 

 

そういって、ハイを捨てる。

彼女が捨てたのは、カリオ・ペデスが場に捨てているハイで、いわゆる安全パイであった。

 

 

本当に勝負を降りたのだろうか。

彼女の言葉を真に受けるのは危険な気がするので話半分に聞いておく。

 

 

 

カリオ・ペデスがハイを引く。

まだ悩んでいるようなので、あがりではなかったようだ。

 

「ワタシよりスバルドダックこそ、テンパっているのではないですか」

 

今度は、カリオ・ペデスがハイを捨てながら声をかけた。

特に捨てたハイに対しては誰からも声はかからない。

 

スバルが自分のハイを引く。

 

「えー、それはどうっすかねぇ。おぉおおおおおwーーーーーーと。えっと、まぁ怖ければ降りてもいいっすよ?」

 

 

そう言って、竹マークであるソーズの8を捨てる。

 

 

何が、どうっすかねぇなのか? 引いたときの輝く笑顔で丸わかりだった。

しかも、今はペコラビットが何を捨てるかとガン見している。

これは、本気で役満がテンパったと言うことだろう。

 

 

捨てハイは、本当に注意しないといけない。

ペコラビットの緊張感が高まった。

 

 

「いやー、スバルドダック先輩、怖いとこ平気で捨てるねぇ。そこは際どかったでしょ」

 

 

シシローンが苦笑いしている。

何が危なかったかと言えば、ペコラビットが明らかにソーズ狙いであることが捨てハイで分かるという話だ。

 

だが、残念ながらソーズの8は既に3枚もっていて、欲しいハイではなかった。

 

ペコラビットがハイを引き――来た!!

 

緑一色がテンパった。

表情には出さないように注意する。

 

そして、落ち着いて何を切るべきか考える。

いや、さっきから考えていたように本当に無理してあがる必要はないから危険であれば勝負を降りてもいいのだ。

 

 

ただ、どちらにしても同じだろうと考えソーズの1を捨てる。

スバルドダックとカリオ・ペデスが場に捨てているので2人に当たることはないし、これで緑一色の待ちが完成するからだ。

 

 

ペコラビットの捨てハイをみて、スバルドダックががっかりした表情をする。

なんてわかりやすいやつぺこか。

 

その表情の動きにあきれてしまう。

 

 

しかし――

 

 

 

「いやー、ペコラビット先輩。一日に2度もすみません」

「えっ?」

「ご馳走様です。ロンで」

 

 

「えっ、ソーズ待ちって嘘ペコでしょ?」

 

 

彼女の捨てハイにそんなそぶりはなかったのだ。

 

 

 

「ロン、国士無双13面待ちです」

 

「はぁああああああああああああああああ!????」

 

 

 

よくわからない捨てハイだったけど、だからって国士無双狙うような手配ではなかったはずだ。

国士無双は字牌を多数もってなければいけない。

 

 

「うそぺこでしょ? だって、最初から字牌切ってたペコじゃん!?」

 

 

カリオ・ペデスにも、スバルドダックにも字牌を序盤で切って渡している。

普通、国士無双狙うような手配だった場合、途中で路線変更できるように被ったハイは取っておくものだ。

 

シシローンは自分のあがりを最初から放棄していたとしか思えない。

 

 

「いや、なんかカリオ・ペデスとスバルドダックが意外と役満狙えそうな様子だったから、サポートしてみたんですけどねぇ。そしたら、案外そろっちゃって。無欲の勝利ってやつですかね」

 

 

「……」

 

呆然とする。

シシローンは親で、役満だ。点数は48,000点。

考えるまでもなく――『飛ばされた』

 

 

「……シシローンは勝負にこだわるタイプだと思ってたぺこ。なぜ自分の勝利にこだわらなかったぺこか?」

「いえ、ペコラビット先輩の考察のとおり、勝利にはこだわりましたよ? でも『飛ばすこと』が勝利というのは思い込みが入ってますよ?」

 

「どういう意味ぺこか?」

 

「キアラサン? 勝利条件。つまり、お願いを聞いてくれる条件はなんでしたっけ?」

「そうですね、私がお願いを聞くのは、『ペコラビットさんからツケを回収するのに最も貢献してくれること』ですね」

「だそうです。なので、必ずしも自分で飛ばさなくても貢献が認められれば一番になれるんですよ」

 

「は、謀ったぺこな!?」

 

「いえいえ、最大限に自分が一番になるために手を尽くしたまでですよ」

 

 

一番だけに景品が出る勝負で、まさか連携を狙うメンバーがいるなんて思わなかった。

 

いや、だからこそ、連携することで貢献を認められると考えたのかもしれない。

 

 

「あ、あたしも誰が勝ってもいいって思ってたっすからね~。ひゅ~ひゅ~」

「ワタシも作戦を把握したからこそ、目に見える脅威としてオトリ役を演じていたです」

 

 

下手な口笛を吹きだしたスバルドダックと、赤くなった顔を背けて口にするカリオ・ペデス。

 

……この2人は、明らかに自分の事しか考えていなかっただろう。

 

 

 

 

「一番警戒していたはずのシシローンを最後に見落としてしまうなんて」

「ペコラビット先輩も、いい役そろえてましたよね?」

「……緑一色テンパイぺこ」

 

 

自分の手元に揃えたハイを倒して見せる。

 

 

「なるほど、惜しいですけど役満に目がくらみましたねぇ。ソーズの8を3枚切ってしまえばほぼ流せたと思いますけどね」

 

 

スバルが直前で切ったソーズの8なら当たることはなかった。

合理的に考えていたつもりだったが、役満を狙いたいという欲を捨てきれなかったようだ。

 

 

 

「それもシシローンが複雑な戦局に場を持っていったからこそ……完敗ぺこ」

「照れますねぇ。でもペコラビット先輩の記念日に相応しい熱い戦いができて楽しかったですよ」

 

 

そう言って、ニコニコとした笑顔で手を差し出した。

 

 

「……そうぺこね。破れてしまったけど、いい試合ができて楽しかったぺこよ」

 

しっかりと握手を交わす。

 

 

……

 

 

んっ? いつまで握手した手を握っているぺこか?

 

 

 

すると、横からキアラサンの声がかかる。

 

「さて、ペコラビットさん。約束通り、10,000回分のツケを支払っていただこうと思います」

 

「えっと、10,000回分もまとめて払えるようなものはペコラビットちゃんは持っていないぺこよ?」

 

「心配いりません。とってもキュートなペコラビットさんなら支払えるからこそ、ツケを許可していたんですから」

 

「そうぺこか。いや~、やっぱりペコラビットちゃんの価値はわかるひとにはわかってしまうぺこね」

 

 

10,000回分のツケに相当するかわいさとは中々の高評価ぺこよね?

 

そんな風にテレテレしていると。

 

シシローンが繋いでいた手を引いて歩き出す。

 

どこに行くぺこか。

 

 

「大丈夫ですよ先輩。先輩は私たちとこれからもずっと一緒ですから」

「えっ、何を言っているぺこ?」

 

 

そう言って、マージャンをしていた場所から、外に出る。

するとそこに用意されていたのは、大きな釜だった。

ぐつぐつと煮えたぎっている。

 

 

「あの、あれはなにぺこか?」

「ペコラビット先輩の為に用意された新居ですね」

「何言ってるぺこか!?」

「さあ、ペコラビットさん飛び込んじゃって下さい。そうしたら、女神である私がペコラビットさんの献身を称えてペコラビットさんの魂を空へと連れていきますので。これからは、ずっと一緒ですよ」

「いやいやいや、まっ、待つぺこ。話せばわかるぺこよ」

 

まさか、食料にされてしまうぺこか?

 

「ごめんなさい、ペコラビット先輩。早く入ってしまってください……そうしないと……」

「……シシローン」

 

悲しそうな表情で言うシシローンに切なくなる。

長引けば別れがつらくなる。これは女神キアラサンの指示なのだから仕方がないのだろう。

 

「我慢できずに、早くに野菜を入れすぎてしまって。早くしない火が通り過ぎてしまうので……」

「食べる気満々ぺこな!?」

「まだかな、まだかなー、精霊の、兎鍋まだかな~」

「隠す気すらなくなったぺこ!?」

 

 

やばい、振りほどきたいけど力に差があり過ぎた。

目の前に迫った煮えたぎった釜を見る。

あんな熱々なところに飛び込んだらどれだけ痛い思いをするのかっ。

 

 

「き、キアラサン、ペコラビットちゃんは痛いのはイヤぺこ。何でも言うことを聞くので、これはやめてほしいぺこ」

「何でも聞いてくれるんですか?」

「もちろんぺこ!! キアラサンの為ならお役に立つぺこよ」

 

 

何とか、キアラサンを説得しようとしていると、後ろから、カリオ・ペデスが声をかけてきた。

 

「ペコラビットさんは、痛いのがいやなのですか?」

「もちろんぺこ、何でもするけど痛い思いだけはイヤぺこ!!」

「そうですか。それでは」

 

そう言うと、ヒヤッとした感触が首筋に触れる。

自然と体が硬直した。

 

「ワタシが、痛みを感じないように一瞬で冥界に連れて行ってさしあげますよ」

 

横目に見ると、大きなカマの先端がきらりと光り輝き、その刀身は首筋に宛てられているようだった。

 

「い、いや、あの痛いのだけではなく死ぬのもいやぺこ」

「ワガママですね。ワガママな悪い子は、やはり冥界に連れて行かなくてはいけません」

 

死神の気配をまとった言葉に、ゾクッとする。

切られる。そう感じた時、

 

「はーい、ストープ。カリちゃん? このペコラビットさんは私のものなので勝手にもっていかないでもらえますか?」

 

 

キアラサンが、カマの刀身を指で挟むように止めていた。

 

 

「敗者に相応しい結末だと思うが?」

「ツケを許しているのは私ですからね。私がきめます。でも、ひょっとして妬いてます? 私はカリちゃんのことをとっても愛していますからね。ペコラビットさんはアイドルのようにかわいらしいですけど、2人に対する愛はタイプが違いますから両立するのです。でも、そんなに妬かせてしまうなんて、私はなんて罪深い女神でしょうか」

「うっさいわ、くそドリ。引っ付いてこないでください、その首刈りとりますよ!?」

 

女神である、キアラサンと対等に振舞うカリオ・ペデスは中々の大物だった。

気がつけば、キアラサンはカリちゃんとか呼んでいるし個人的な親交でもあるのだろうか?

 

 

もっとも、そんなことよりカマの刃をペコラビットちゃんの首筋に添えたままイチャイチャするのは止めてほしいぺこ!?

 

 

 

何とか、首ちょんぱを免れて一息つく。

 

改めて、これは何とかしなくてはいけないと、キアラサンの説得を試みる。

 

 

「キアラサン、ペコラビットちゃんはとーってもかわいいぺこよね?」

「もちろんです。ペコラビットさんとずっと一緒に居たいくらいと願ってしまうくらいかわいいです」

「なら、こんな食料にしたり、魂だけにするとかもったいないぺこ。ペコラビットちゃんはしっかり尽くす精霊ぺこよ。もっともっと末永くキアラサンの為にご奉仕させてほしいぺこ」

「えっ、そんなに私と一緒にいたいと思ってくれるんですか」

「もちろんぺこ。大好きぺこだから、もっともっと永く一緒にいられるような方法を考えて欲しい……お願いぺこ」

 

そう言って小首をかしげる。

 

「かっ、かわいいっ!! それなら、それなら方法があります!!」

「ほんとぺこか? 痛くないぺこ? 死なないぺこか!?」

「痛くないです。死ねないですよ。ちょっと待ってください」

 

そういって、キアラサンがどこからから、巻物のようなものを取り出す。

 

幾つかペンで書き加えると、ペコラビットに渡す。

 

「この契約書にサインをして下さい」

「どんな契約ぺこか?」

「女神となる契約書です」

「えっ、女神になれるぺこか。それで、ツケをチャラにしてもらえるぺこか?」

「もちろんです。女神になる。つまり、私と同じ部署になってこれからもずっと世界を見守っていく事になりますから、末永く一緒にいることができるのです」

 

それは、悪くない条件に思えた。

というか、そもそも皆のアイドル女神様にはなりたいと思っていたくらいなのだ。

ツケをチャラする代わりに女神になれるっていいことずくめではないだろうか?

 

契約書らしき巻物を広げてみるとびっしりと文字が書かれている。

できればあまり読みたくない量だけど、斜め読みしてみると何やら物騒な表現がちらつく……

 

 

勤務条件『不老不死』『生涯無休』『職務放棄不可』?

 

 

「ペコラビット先輩、今からでもこっちに来てくれていいんですよ」

 

釜のそばからシシローンの声がかかる。

 

「ワタシと一緒に冥界に来たければそれでもいいいです」

 

カマを携えてカリオ・ペデスが静かに待ち構えている。

 

「ペコラビット、人気者でうらやましいっすね」

 

スバルドダックは、いい笑顔で見守っていた。

 

 

「えぇい、他に選択肢はないぺこね」

 

ペコラビットは腹をくくる。

 

 

「ペコラビットちゃんは、女神となって世界中の皆が笑顔で暮らせるように見守る役目を担う事をここに誓うぺこ」

 

そういって、契約書にサインをした。

 

 

 

サインをした契約書が光り輝くと、スッと、ペコラビットの身体に溶け込むように消えていった。

 

「ふぅ、良かったこれでペコラビットさんは女神となりました」

「……これで、女神になったぺこ?」

「その通りです。よかった、これでずっと一緒に働けますね」

 

感無量と言った面持ちでキアラサンが涙を流していた。

 

「いや、そんな泣くことないぺこじゃん。これからよろしくぺこねキアラサン」

「よろしくね、ペコラビットさん。ああっ、これでやっと、重い荷物を一つ譲渡できると思うと……しかも、それがかわいらしいペコラビットさんなんて……感無量です」

 

 

ひとしきり涙を流したキアラサンは、顔を上げるとペコラビットに声をかけた。

 

 

「ペコラビットさん、それではさっそく職場に向かってもらいますね」

「早速ぺこか? 職場ってどこぺこ?」

 

 

どこで働くのだろうかと疑問に思っていると、キアラサンの前の空間に光り輝く何かが生まれた。

 

「それはなにぺこ?」

「私の眷属である精霊のチキンバードちゃんです」

 

それは、赤い鳥だった。

なんだか、ちょっと丸っこくて美味しそうな鳥である。

ただし、体長は2mくらいあるだろうか。かなり大きい。

 

「へぇ、かわいいぺこね?」

「ありがとうございます。では失礼しますね」

 

キアラサンの召還したチキンバードは脚に大きなケースのようなものを掴むと、ペコラビットをくちばしでくわえた。

 

「ちょっと、何するぺこか!?」

「勤務先に出勤していただきます。頑張ってくださいね。では、スリー、ツー、ワン、レッツゴー」

 

「ちょっ、いやぁあああああああああああぁぁぁぁ―――」

 

キアラサンがかざした手に光が灯り、チキンバードと、そのくちばしにくわえられたペコラビットを超高速で上空に吹き飛ばした。

 

光り輝く弾丸とかしたその飛行物体は、地上から宇宙へと瞬く間に飛び出していった。

 

 

 

しばらくすると、月面に大きなクレーターが発生したことによって、無事に月に着弾したことが確認された。

 

 




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6-6勝負の全貌

月にペコラビットを打ち上げた地上では、キアラサンが計画通りの流れで進めることが出来たことに一息ついていた。

 

「皆さん、ご協力いただきありがとうございました」

 

「いいっすよ。ペコラビットを同僚に迎えたいというキアラサンの熱い思いに答えただけっすから」

 

「あなたは結局何もしていなかったですよね?」

 

「まぁ、ペコラビットは日本だけじゃなくて世界中にファンがいるからね。実際問題、本部に行って活躍する方が彼女には向いてると思ったのよ」

 

 

 

ペコラビットが富士の山を一周飛び回っている間に、キアラサンはペコラビットを女神として迎える協力をしてほしいと3人にお願いしていた。

具体的には、協力して彼女を『飛ばし』た後に、ちょっと可愛くプレッシャーをかけて契約書にサインをしてもらうという計画だ。

 

 

ペコラビットは、女神として働く適性があった。

そのため、素直に声をかけてもいいのだが……女神の契約書はきちんと読めば読むほどに物騒な文言が書かれている……

小々臆病な所をもつ彼女には、勢いでサインしてもらうほうがスムーズに運ぶとキアラサンは判断していた。

……女神の人材不足は切実なのだ。

 

 

「特に、シシローンさんありがとうございました。流石の優秀さですね」

「たまたまだよ。そもそも普通に勧誘してもペコラビットは女神になったと思うけどね、ヒアリングのシートに女神になりたいって希望あがってたし」

「甘いですね、シシローンさん。女神は理想や憧れだけで続くほど柔な仕事ではないのです。少しくらいは枷があったほうが気持ちが楽ということもあるのですよ」

「そんなもんかね」

 

 

とても、実感のこもった現役女神の言葉だった。

 

 

10,000回ものツケを自分で貯めて、博打までした結果で引き受けたのだ。

理想と現実のギャップはあるだろうが、むしろやるしかないと覚悟も決まるというものだろう。

 

「なんでしたら、シシローンさんも女神になってくれてもいいんですよ?」

「あ、あたしはパス。何しろ上が詰まってるんで。先に、会長勧誘してよ」

「あの人を勧誘するなんて無理にきまってますよ。あらゆる手を尽くして引きこもっているんですから」

 

 

流石に、キアラサンはシシローンが日本支部で重要なポジションにいることを知っていた。

女神になれる資質があることも。

だけど、こうして断る者もいるのだ。特に日本にはあらゆる手を尽くして裏方に徹するやっかいな大物がいる。

『支部長』ではなく『会長』だ。

偉いのだろうことは伝わるが、結局何の権限を持っているのかよくわからないポジションに、支部長に指示させて自身を就かせている。

 

支部長に指示できるなら、支部長やればよくない?

むしろ、支部長に指示できる裏方のポジションとか、普通に支部長になるより大変だろう。 

そう思わなくもないが、それだけの苦労をしてまで表に立たずに引きこもるのでタチが悪かった。

 

 

 

 

「ところで、お願いを聞いてもらえるのは私でいいのかな?」

「もちろんです、飛ばした後のアフターケアまで完璧でした。何でもとは言えませんが、可能な限りご協力しますよ」

「了解。頼みごとができたらお願いするよ」

 

 

そう答えたシシローンは、不意に煮え立った鍋に視線を移す。

 

「メインディッシュが無くなって、さびしくなっちゃいましたね……」

 

 

カリオ・ペデスが答える。

 

「アナタなら、替わりの用意くらいしてるのではないですか?」

「そうっすよ。シシローンなら替わりくらい準備してそうなもんっすけどねぇ」

「まぁ、替わりの当てはあるんですけどねぇ」

「へぇーどこにあるんすか」

 

「……そういえばありましたね」

「いいですね、共食いではないですよ?」

 

 

「……」

 

 

「……えっ」

 

 

皆の視線が、自分に注がれていることに気づいたスバルドダック。

 

 

 

 

「ス、スバルは美味しくないっすから~~~~」

 

 

苦手な羽ばたきを駆使して、大慌てで、空へと逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……この会合のしばらく後に、カリオ・ペデスは別の地に配置転換をされたようだ。

 

 

「さてと、あとは空と海の見回りだけど、空はスバルドダックに頑張ってもらうとして、海はどうするかなぁ……」

 

 

海岸から海を眺めるシシローンのつぶやきは、波にさらわれ海のかなたに消えていった。

 




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

ちょっと、マージャン勝負が長くなってしまいましたが、6章は次で最後になります。

よろしかったら、お付き合いください。


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6-7月の兎

大きなクレーターの出来た月面

 

 

「ごほっごほっ、何するペコか!?」

 

 

ペコラビットが月面にめり込んだ体を抜き取って文句を言う。

 

 

 

ちゃっかり、自分だけ空中で停止していたチキンバードが、足に掴んでいたケースをペコラビットの前に置く。

なんだかわからないが、中で音がするので開けてみると、キアラサンたちが映った箱が目に付いた。

 

 

「ペコラビットさん無事にたどり着いたようですね」

「全然無事じゃないぺこ。死ぬかと思ったぺこよ!!」

「あ、女神になったことで、ペコラビットさんは不死になっていますから安心してください」

「そうだったぺこ? 確かに、すごい勢いで激突したのに平気だったぺこね」

「女神は激務ですからね。ちゃんと永久に働き続けることができるように不死の契約がされるのです」

 

 

ん?

なんだか物騒なこと言わなかったぺこか?

 

「さて、ペコラビットさんには月から地上を見守っていただきます。日本の空から見るよりも広い範囲を見ることができますからお仕事がはかどることは間違いないでしょう。しかし、それだけでは足りません。ペコラビットさんは、皆が笑顔で暮らせるように見守りたいと言っていましたね」

 

「そのとおりぺこ」

「ペコラビットさんはこれまでも愛されてきました。それは、元気に動き回るかわいらしい姿に皆な癒されてきたのです。月を見上げる人々にも同じ思いを感じて欲しいと思っています。そのために、ペコラビットさんにはお餅をつきながら見守っていただく事になりました」

「どうしてそうなったぺこかっ!?」

 

 

 

話が飛躍し過ぎでついていけない。

 

 

 

「皆の為にお餅をつく、そんなペコラビットさんの愛くるしい姿が、人々を笑顔にしてくれること請け合いです。女神印のお餅も配ればさらに喜んでもらえるでしょう」

「一人で餅をつき続けるぺこか?」

「いえ、一人ではありませんよ。女神となったことで、ペコラビットさんも眷属を召還できるようになったはずです。自分の役目をお手伝いしてくれる眷属の姿を想い浮かべて下さい」

 

 

言われて、何時も見上げていた丸い月を想う。

 

 

当然、眷属として望むのは兎だ。でも、鍋にされたりしたらかわいそうだから無敵の身体を持っていて欲しいと願う。

月面はとても静かで、少し寂しい場所だ。できればもっと賑やかな方が好きだな。

ずっとお餅をつき続けたらお腹がすきそうだ。美味しいニンジンを持ってきてくれないだろうか。

 

これからずっと一緒にいてくれる、大切な相棒の姿をお思い浮かべた。

 

 

すると、当たり一面が光り輝き、たくさんの丸い毛玉が飛び出してきた。

 

 

「この子たちが、眷属ぺこか」

 

 

まとわりついてきた、毛玉を手の平にのせる。

元気に手の平で飛び跳ねているのは、兎の耳をもって、耳にニンジンをつけた丸っこい精霊だった。

月のように丸くて、お餅のようにモチモチしている。

それでいて、元気いっぱいだった。

 

「そうです。たくさん生まれましたね。大切にしてあげて下さい」

 

「この子たちは、何ができるぺこか?」

「調べてみますね……えっと、なるほど。まず、ペコラビットさんを守る盾になってくれるようですね。ちょっと、待ってください。いきますねー」

 

 

地上の映像に映るキアラサンの手元が光り輝くと何かが上空に打ち出された。

 

 

何が起きるのかと思っていると、目の前に何かが高速で飛来した。

すると、一匹の眷属が、目の前に飛び上がりペコラビットをかばって弾き飛ばされた。

 

「眷属ちゃん!?」

「あ、大丈夫ですよ、調べたところその子たちは女神の不死属性を共有しているようですから」

 

 

その言葉の通り、はじかれた眷属は、直ぐに元気に跳ねて戻ってきた。

守ってくれた子の頭を撫でる。

 

 

「急に、攻撃されたら心臓に悪いぺこよ?」

 

「ごめんなさい、見せたほうが早いと思ったのです。そこは月面です。地上と違って大気圏がないので隕石が燃え尽きないで月面に届いてしまいます。ペコラビットさんは不死ではありますが、隕石に当たればお餅をつく手を止めなくてはいけなくなりますからね。そうした事態から、守ってくれるようです」

 

「そ、そうぺこか」

 

「さらに、働き続ければ、女神でも疲れます。実際に私は何度も疲労で死んでは生き返ってを繰り返していますし。その子たちは、エネルギー源となるニンジンを蓄えておく事で、ペコラビットさんが休まなくても疲労回復を担ってくれるようです。重力も地上の1/6で杵も軽くて振りやすいですしね。安心して働き続けてください」

 

「女神は死なないんじゃなかったぺこか?」

 

「あ、私は死んでも生き返るというタイプの不死性なんです。便利ですよ、疲れ切った時に一旦リセットできますから。ペコラビットさんにもおすすめしようと思ったのですが、死にたくないという事でしたので一般的な不死プランにしておきました」

 

「そ、そうぺこかっ、そこまでして、休まないで仕事をするぺこか?」

 

「女神は24時間誰かの願いを聞き続ける存在です。疲れたからと1時間留守にしてしまったら、その時に願いを届けたいと思った人が悲しんでしまいます。ですから、ペコラビットさんが手伝ってくれることになって本当に良かった。今まで太陽の光で月を照らしている私が、仮で月の管理者までしていたので受け持ちが広すぎてカバーしきれていなかったのです」」

 

 

 

月には月の管理者がいてくれれば、光を月に届けた後の仕事は任せることができるということだ……

 

ツケ10,000回を代償に、本当に永く永く働き続けることになるぺこね。

 

 

 

女神は精霊より力があるし、皆に愛されてうらやましいと思っていたけれど、愛される陰には相応の努力があったぺこね……早まったかもしれないぺこ。

 

 

 

 

「あ、それから最後にもう一つ。既に精霊ではなく女神ですから、何時までもペコラビットではおかしいので新たな名前を授かることになります」

 

「新たな名前ぺこか?」

 

『兎の精霊』から、『月の女神』になった以上、名も相応しいものに変える必要があるとのこと。

 

「基本的には、管轄の先輩から名の一文字を授かってつけてもらうのが習わしですね。ですから、私が授けたいと思います」

 

うーん、キアラサンから名をさずかるぺこか。

どうも、彼女には仕事押し付けられた感があるぺこよね。

まぁ、今の話を聞く限り、キアラサンが大変な苦労をしてきたのは本当の様だけど、だからと言ってまんまと仕事押し付けられて思い通りというのもちょといかがなものだろうか?

 

そう思っていると、初めて聞く声が心の中で響いた。

 

声の主は、月の女神となったペコラビットのことをとても歓迎してくれていて優しそうな声音だ。

 

もしよかったら、私の名前を受け取ってくれませんか。

そう控えめに申し出てくれた声の主が信頼できる女神だと直感する。

 

 

そして――ペコラビットは、新たな名前を授かった。

 

 

 

新たに授かった名は『ペコラーナ』

 

 

『夜の星空』をつかさどるムーンナイトによる祝福。

これにより、ペコラーナはムーンナイトと同じ『夜を司る女神』となった。

 

彼女は、ペコラーナに気軽にムーナと呼んで欲しいと声をかけた。

 

 

 

 

「あぁーーーーーーーーーーーー、ムーナあんたなに横取りしてんのよー。私のペコキラ―になるはずだったのに!?」

「いや、それはダサすぎぺこでしょ」

「ダサい!? そ、そんな、上司の太陽神ラーのご利益まで込めた渾身のネーミングだったのにっ」

 

 

現実問題として、月は夜を司る部署の先輩から名を授かるほうが適切だろう。

ただ、あまりにもしょげかえるキアラサンがかわいそうになってしまい、

 

「……ペコアラー」

「いや、名前はいらないぺこ」

「いらないっ!?」

「でも少しくらいは日中の手伝いをしてもいいぺこよ」

 

ペコラーナは他部門の管轄もお手伝いすることになり、日中の空にもうっすらと月が見えるようになったのでした。

 

 

 

 

この日、夜の暗い世界を明るく照らし、やさしく見守る月の女神『ペコラーナ』が誕生した。

 

世界中の人々に愛と、笑顔と、お餅を届けるために地上を見守りながら、月面で元気にお餅をつき続けるペコラーナ。

 

彼女の存在により、月明かりはより一層、人々の心の癒しとして親しまれていくことになるのでした。

 

 

 

 

 

なお、ペコラビットというメインディッシュが無くなってしまった野菜だけが入った釜。

 

そこには、かわりに捕まったスバルドダックが投入され――――るのは何とか回避して、ペコラーナが初めてついたお餅を入れて美味しく頂かれたのでした。

 

 

 

 

あわや鍋に放り込まれかけたスバルドダックは、

 

「空の見回りを引き受けてでも、人畜無害で美味しそうな生贄を引き入れておかないといけないっすね……」

 

 

他人事ではないと、非常時に備えておくことにしたようだ。

 

 

 

 

「っくしゅん。こんな時期におかしいなぁ? 誰か噂でもしてんのかなぁ?」

 

 

やがて、見回り班にに加入することになる精霊も、そんな理由で招集されたとは夢にも思わなかったことだろう……

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

「めでたしめでたし」

 

シオンが話を締めくくる。

 

「何がめでたいぺこか。ブラックすぎるぺこでしょ!?」

 

「でも、夜の女神なら、日中は休めるんじゃないっすか?」

 

スバルの疑問におかゆ先輩が答える。

 

「いやいや、スバルちゃん。今の話なら日本に日が昇っている時は、アメリカとか、ヨーロッパとか、他の夜の国を見守っているってことになるんじゃないかなー」

 

「あ、なるほどっす。つまり、日本で仕事してた時は日中だけ働けばよかったのに、月に行ったら24時間世界を見守り続けるっすね」

 

「そうだねー、しかも365日休みなくね。なるほど、だから月の兎は、常に地球から見える位置にいるんだねー」

 

月も自転をしている。

けれど、月の兎のクレーターが地球に背を向けることはない。

ちょうど地球側が見えるような向きで地球の周りを永遠に回り続けているのだ。

 

 

 

 

 

「でも、月でお餅をついたって、地上にお届けできないんじゃない?」

 

あくあが疑問を口にする。

 

「それは、あれよ、流れ星が時々見えるでしょ? あれは、ぺこらの眷属ちゃんがお餅を地上にお届けしてくれてるのよ」

 

シオンが答える。

 

「わぁお、流れ星はお餅をお届けする野兎ちゃんだったんだねぇ」

 

ころね先輩が、なるほどねぇと笑っている。

 

 

 

「あれ、なんかそんな話をしていたらお腹がすいてきてしまったっす」

「えっ、スバル随分たくさん食べていたじゃない。もうお腹すいたの?」

 

あくあの言うように、スバルは人一倍たこ焼きを食べていた。

 

「いやー、結構ガッツリ食べないと身体が持たないんすよね」

「それで、よくそんな細い体してるぺこね?」

 

あれで足りないと言いながら、何故そんな細い体をしているのか。

 

「スバルは食べてもなかなか太れないっすよね」

 

なんと、女の敵がいやがったぺこ!?

 

「それは、うらやましいぺこね!?」

「いやいや、むしろ簡単にガリガリになるから冗談抜きでちょっと困るっすよ」

「スバル様は体質的にあまり栄養の吸収率が高くないのかもしれませんね。それじゃ、せっかくだしお餅でも食べますか」

 

 

 

「どうせなら、ぺこらにお餅ついてもらったらいいんじゃないw」

「シオンあんた、いきなり人んちにあがり込んで餅つきなんてできると思っているぺこか?」

「あら、できますよぺこら様」

「えっ、できるぺこか?」

「はい、では準備しますね」

 

 

 

そう言って、ちょこ先生が餅をつく準備をする。

もち米は、ちょこ先生秘伝の方法で時短して今蒸しているらしい。

その間に、杵と臼が用意されていた。

 

「あ、じゃあスバルは、ついた餅を兎の形にするっす」

「それなら、私も手伝おうかな。野兎ちゃん型でいいわよね」

 

スバルとシオンが野兎の形にするという。

 

「うーん、付いた餅を用意するならお雑煮が食べたい気がするぞ」

「あ、それいいっすね」

「うむ、なら雑煮をつくろうか。ちょこ先生、材料はあるだろうか?」

「ええ、あやめ様もちろんですよ。わたくしもお手伝いしますね」

 

あやめ先輩と、ちょこ先生がお雑煮を作るという。

 

「じゃあ、あたしは、野兎ちゃんの耳にニンジンをつけるわね」

 

あくあがニンジンの飾りつけ。

 

「じゃあ、ボク達は後かたずけをしようかな」

 

おかゆ先輩が、ころね先輩と後片付けをすると言う。

 

「ちょっと、待つぺこ。ぺこーら一人に餅をつかせるぺこか」

 

「そうは言っても、マージャンで『飛んだ』のぺこらしかいないし、仕方なくない? あ、ほら流れ星。パンパン、ペコラーナ様、お腹がすいたので早くつきたてのお餅を届けてください」

 

 

シオンの言葉に反論する。

 

 

「うっさいわっ、仕方なくないぺこよ。せめてもう一人手伝うぺこ。さっき参加しなかったメンバーでサクッと勝負して負けた人が手伝えばいいぺこ。ほら、おかゆ先輩、男らしくどーんと振り込んでさっさと飛んだらいいぺこよ」

 

 

「えー、いいけどぉ。でもボク、ぺこらちゃんみたいに上手に飛べるかなぁ~」

「キー、この先輩むかつくぺこ~」

「「「「wwwwwwww」」」」

 

 

 

 

結局、勝敗に関わらず、皆で代わる代わる餅つきが行われた。

その後は、ちょと遅い時間だったけど皆でわいわいとお餅を食べる。

 

 

満月と、月を包み込むように輝く満点の星空に見守られながら優しく夜が更けていった。

 

 

 

                      ~ 月の兎 end ~




6章まで、読んで頂いてありがとうございました。

次の章からは、学園の物語に戻ります。

主人公の2人、るしあさんと、ねねさんを中心とした学園際に向けた話を描いていく予定です。


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