『怨嗟断絶のディスコード』【完結】 (OKAMEPON)
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『邪竜と赤子』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ギムレーが『ソレ』を拾ったのは、単に偶然と言える様な気紛れによるものであった。

 

 ヒトの集落を焼き払い蹂躙し、命乞いする人々を丁寧に一人ずつ虫けらの様に鏖殺したその後で。

 取り逃した者が居ないか、一つ一つ物言わぬ骸を屍兵達に確かめさせながら付近を彷徨いていたその時に。

 古の神殿の跡地に、何やら己と同じ様に【竜】の力の、その片鱗を感じる小さな命の輝きを見付けた。

 適当に弄んでその命を吹き散らしてやろうかなどと思いながらその命に近付いて。

 そして近付いて漸く気付いた予想外な事実に、僅かに瞠目した。

 

『ソレ』は、ギムレーが思っていた通りに、漸く乳呑み子の時期が終わった程度の月齢のヒトの赤子で。

 しかし、心細げに眠るその赤子には、ギムレー自身とは較べるべくも無いが、ヒトとしては有り得ぬ程に、【竜】の力──ギムレーの力の片鱗が眠っていた。

 ギムレーの器を作る為の血族の末裔だろうか? 

 少し何かの歯車がズレていれば、この幼子がギムレーの器となっていたのかもしれない。

 そうギムレーにも思わせる程に、その赤子には見間違える筈など無い程の力があった。

 

 それはそれとして、親や大人の庇護が無ければ早晩死ぬ様な赤子が何故この様な場所に独り居るのか……。

 先程潰した集落にこの赤子の親が居たのだろうか? とも一瞬考えたが。

 直ぐ様、それは違うだろうとギムレーはその考えを捨て、人間の浅ましさを嗤う。

 ここは集落からは離れ過ぎているし、ギムレーの手からここまで逃げ延びる事が出来るヒトは居ないだろう。

 ならば何故この様な場所に独り眠っているのか。

 ……まあそう難しい話でもない。この様な世界情勢だ。

 手の掛かる赤子など育てられぬと親に捨てられたか、或いは親が野盗などに殺されたか……。

 若しくは、その身に眠るギムレーの力を疎まれたか。

 まあ何にせよ、この赤子には庇護する者もなく、他のヒトが訪れる事もないだろう廃墟で独りきりであると言う事だけが事実である。

 ここでギムレーが態々手を下さずとも、そう時を置かずして儚く消える命だろう。

 寧ろ苦しませる言う点に於いては、このまま放置して赤子が死ぬまでを眺めている方が愉しいかもしれない。

 

 が、しかし。

 この日偶々ギムレーはとても機嫌が良かった。

 だからこそ、その赤子を見て気紛れな思い付きを得た。

 

 ……それはある意味で、ここで死なせてやるよりも遥かに残酷な事になる思い付きであったのかもしれない。

 だが、元よりヒトの苦しみこそ悦びとする感性だ。

 この赤子が苦しみ絶望するのであれば、それはギムレーにとっては寧ろ望むところなのである。

 

 この赤子を、自分の子供として、育ててみようと。

 ギムレーは悪意と共にそう思い付いた。

 

 邪竜の『子供』としてギムレーに育てられた、ヒトでありながらもヒトを滅ぼす存在。

 だが何れ程邪竜の『子供』として在ろうとも、【竜】には成れず、ヒトの側にもギムレーの側にも属しきれない。

 何物にも成れない、何者でも在れない。哀れな命。

 ああ……それは何と憐れで。……それでいて、何と愉快で醜い存在だろうか。

 この赤子は、何時か自身の在り方に苦しむのだろうか、絶望するのだろうか、何にも成れぬ己を呪うのだろうか。

 

 ヒトでありながら邪竜の『子供』となると言う事は、その様な苦難と絶望と孤独だけが待つのである。

 ああそれは……ある意味で『死』そのものよりも恐ろしい事であり得るのかもしれない。

 自らが育ったその環境こそが、何時か自らを苛むのだ。

 何処にも逃げ場など無く、何の救いも有りはしない。

 その手を握ってやるだろうギムレーの手は、その身を千尋の谷に突き落とし嘲笑う悪意の権化でしかない。

 ああ、哀れだ。実に哀れである。

 だからこそ。

 

 

 

「お前を今日から我が『子供』として迎え入れよう。

 ヒトでありながらもヒトを敵とし、然れどもヒト以外の何者にも成れぬ者として生きるといい。

 ああ、なんと愚かで憐れで醜い……我が子よ。

 我だけは、何が在ってもお前の傍に居てやろうとも……」

 

 

 

 我が子となる赤子を傷付けぬ様にそっと抱き上げ、そう囁くギムレーの顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 我が子とするべく赤子を拾ったギムレーであるが、ヒトの赤子とは放置して勝手に育つ様なものではない。

 故に、世界を滅ぼしていく片手間にではあるが、ギムレーは子育てに追われる事になった。

 

 ヒトの赤子とは、とにかく手の掛かる生き物だ。

 脆弱極まりなく、直ぐに体調を崩しては熱を出す。

 脆いクセに、何の道理も弁えていないから、危険な場所だろうと何だろうと躊躇無く行こうとする。

 ほんのちょっとした事でも命を落としかねないのに、「恐怖心」すらないが故にそれを避ける知恵も無い。

 少しでも目を離せば、何をしでかすか分からない。

 

 いっそここまでギムレーの思い通りにならぬ生き物と言うのも、最早この世には珍しかった。

 ギムレーの力で思い通りに動かそうとしても。強過ぎるギムレーの力では、それで却ってその命を奪いかねないので、それも出来ないのであった。

 いっそ笑える程に思い通りにならない。

 拾った赤子は、ヒトの子供として見るのなら、比較的手の掛からない子供であったのだろう。

 が、ヒトの子供を育てた経験など当然の事ながら有る筈も無いギムレーにとっては、降って湧いた「子育て」と言うモノが煩わしい事である事には変わりなかった。

 

 しかしそれでも、何れ程面倒だと思ったとしても、その赤子を放り出す事も、或いは戯れに絞め殺す事も無く。

 熱を出せばヒトの為の薬を与えて夜通し看病し、危険な場所に近付かぬ様に常に目を光らせ。

 ギムレー自身にはあまり必要の無い食事も、赤子には一度も欠かさずしっかりと与えていて。

 しかも、それも気紛れかつ雑に与えるのではなく、ヒトの赤子に必要な食べ物を適切な与え方で、手ずから与えると言う徹底っぷりだった。無駄に育児の知識が増えた。

 

 そこにどんな内情があったにせよ、傍目には邪竜とは到底思えない程に、実に甲斐甲斐しくギムレーは我が子としたその赤子を育てていたのだ。

 そうして赤子を育てる内に、そう言えばまだこの赤子には「名前」が無い事にギムレーは気が付いた。

 

 産みの親が付けた名があるのかもしれないが、それを示すモノをこの赤子は何も所持しておらず、ならばギムレーからすれば分からぬ名など無いも同然である。

 ギムレーが自らの傍に置くモノで生者はこの赤子のみであるのだから、判別の為の呼び名と言う意味でなら、一々「名前」など要らぬのかもしれないが。

 

『名前』とは、存在を縛る原初の【呪い】だ。

 その存在の在り方を規定し、時にその未来すら縛る。

 故に。ギムレーに【呪われた】この赤子が、如何様に歪み育つのか、そんな悪意そのものの様な興味を抱いて。

 ギムレーは赤子に直々に『名前』を与える事にした。

 

 

「『名前』など個を示す記号であれば十分とも言えるが、折角この我が直々に名付けるのだ。それでは些か味気無い。

 この際だ、素晴らしい【呪い】にしてやろう。

 ふむ……そうだな……」

 

 

 赤子を抱き上げあやしながら、ギムレーは思案する。

 すると、ふと。

 ギムレーの脳裏に『マーク』と言う言葉が浮かんだ。

 

 

「『マーク』……『象徴』、か。成る程、悪くない。

 お前の様な歪んだ存在にそう名付けるのも一興だろう。

 よし……、今日からお前は『マーク』だ。

 我が直々に『名前』を与えるなど極めて稀な事だぞ? 

 光栄に思うが良いとも、我が娘『マーク』よ」

 

 

 ギムレーの言葉に、幼子は無邪気に声を上げて笑う。

 自分へと伸ばされたその小さな手をそっと握ってやりながら、ギムレーはいっそ慈愛すら含まれる様にも見える笑顔を浮かべるかの様に、その口の端を歪める。

 だが、ギムレーに慈悲の心も、そして何かを愛する心も、そのどちらも存在する筈は無く。

 そこに在るのは純粋な「好奇心」と、破滅と絶望を愉悦とする「悪意」である。

 

 邪竜の娘は、どの様に歪み育つのだろう。

 ギムレーはマークの柔らかな髪を撫でてやりながら、その歪みが萌芽しマーク自身を苛むだろうその時を愉しみに待ち望むのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ヒトの一生は、【竜】から見ればほんの瞬きの間の様に思える程に、短く儚い。

 それ故に、元より同じヒトから見てさえも成長の早いヒトの赤子であるマークの成長の速度は、【竜】であるギムレーからすればまさに瞬く間すら存在し無かったと言っても過言では無い程に駆け足に過ぎ去っていった。

 ほんのつい先日まで発語すらも覚束無かったと思うのに、今では「とうさん、とうさん」と舌足らずな呼び方でギムレーを呼んでは、その後を覚束ない足取りで一生懸命に追い掛けてこようとする。

 自分の後を雛鳥の様に付いて回ろうとする姿に、庇護欲を掻き立てられる事など別段ギムレーには無いのだが。

 だからと言って、煩わしさが全く無いとは言わないがそれでもマークを邪険に扱う事も無く、ギムレーはマークの自由にさせていた。

 膝上に登ってこようともそれを払い除けたりはしないし、マークが泣き喚いていたらあやす事だってある。

 が、ギムレーはただ意味も無く育て愛玩する為にマークを拾った訳では無い。

 何処までもヒトでしか在れないこの幼子が、それでいて本来己が帰属するべきヒトの世を否定し滅ぼそうとする、その滑稽な様を特等席で見届ける為だ。

 

 それに、手塩に掛けて育て上げれば、マークの素質を見るに、ギムレー秘蔵の精鋭の屍兵達ですらも足元にも及ばない程の、最高の手駒になる事は明らかである。

 屍兵は何れ程質が良いモノであろうとも、所詮は屍を邪法で動かしているだけに過ぎず、命じた事ならば遂行する事は出来るが「それだけ」である。

 臨機応変な対応など出来はしないし、「知性」と言うべきものも殆ど存在しない……ただの人形だ。

 裏を返せば、裏切りの心配や……或いは「情」による性能の劣化などの心配は無いと言う事でもあるのだが。

 しかし、そう言った手駒しか居ないと言うのは、思わぬ所に欠点が存在する事もあるであろう。

 ならば、このマークを、「知性」ある優秀な手駒として育てていくのは良い手であると言える。

 

 我が子として『愛情』を与えていれば、力でその心を無理矢理縛り付けて折角の性能を制限したりなどしなくても、マークがギムレーを裏切る事は無いであろう。

 ギムレーには理解し得ないが、「親子の情」とやらはヒトの子にとっては特別なモノであるらしい。

 それに満たされた子供は、「親」を裏切る事は出来ない。

 更にはギムレーが手塩に掛けて、「ヒト」のそれとは隔絶した価値観や倫理観を植え付けていけば、マークが「ヒト」に絆される様な事もあるまい。

 ヒトが『愛情』なるそれを感じる為の「刺激」をマークに与える事など、ギムレーにとっては造作も無い事だ。

 それが「中身」の伴わない空虚な茶番であるのだとしても、それを受け取る側がどう感じるのかは別である。

 

 だからこそ、ギムレーはマークに『愛情』を注いだ。

 

 毎日欠かさずマークに触れ合ってやり、事ある毎に言葉を掛け、意味の分からぬ喃語にも反応してやり、意味の通る言葉が多少喋れる様になれば止め処無い「なんでなんで」の言葉にも律儀に応えてやった。

 清潔な衣服を与え、十分な量の温かな食事を与え、温かな寝床を与え、日々の沐浴も欠かさず行わせ、夜を寂しがれば共にその寝床で寝て、……まるで「ヒト」の親がそうする様に本の読み聞かせなどと言うモノすら行った。

 理想的な「親」を演じる事など、ギムレーには容易い。

 マークに望む言葉を掛けてやる事も、望む事をしてやる事も、どれもギムレーにとっては簡単な事だったのだ。

 ただギムレーの心に「愛情」が無いだけで、甲斐甲斐しく……そしてこの『絶望の未来』では王侯貴族の子供ですら享受出来ない程の「満たされた」生活を与えた。

 そしてそれだけではなく。

 言葉を、文字を、知識を教え与えて。

 その思考能力を鍛え養わせ磨かせて。

 マークを、「知性ある者」として、ギムレーは最善を尽くして育てていったのであった。

 

 マークと過ごした日々の中で、ギムレーの心に『愛情』なるそれが芽生える事は無かったが……しかしやはり、手塩に掛けてここまで育ててきたのだと言う、一種の愛着の様なモノは芽生えていた。

 例え最終的にはその滑稽な様を愉しむ為であるとは言え、少なくとも途中で育てるのに飽いて棄てる様な事は露ともその思考の端にも過る事も無い程度には、ギムレーはマークの事を「大切」にしていたのだ。

 

 何れ程歪んでいるにしろ、そこにあるのはある種の「愛」であると言えるのかもしれなかった。

 そんなギムレーからの『愛情』を一身に受けたマークは健やかに成長し、ギムレーを何の疑いも曇りも無く『父親』として慕う様になった。

 そんなマークをギムレーはより優秀な手駒とするべく、言葉を覚え始めた辺りから、ヒトを殺し滅ぼす為の様々な知恵や技をギムレーはマークに仕込んでいった。

 

 それは牙や爪を持たぬ虫ケラどもがそれでも外敵や……時には同胞を殺す為に磨き続けてきた戦闘技術であったり、群れを指揮してより効率的に殺し合う為の戦術であったり、質の良い情報を得る為の拷問の仕方や或いは最大限の苦痛を与えた上で殺す方法、敵を籠絡する為の様々な権謀術数やヒトを扇動するやり方、ヒトが行使できる範囲の魔法や呪術等々……。

 ヒトに出来るだろうありとあらゆる技術を。

 ヒトが理解し得るだろうありとあらゆる知識を。

 ギムレーは惜しむ事無くマークに与えた。

 無論、それを教え込む為であっても、ギムレーはマークを虐待などしない。

 虫ケラどもの中には、幼子にそう言った技能を仕込む時に命を落とす程の虐待を加えていた者も居たと言うが。

 ギムレーには態々そんな愚かしい事をしてまで大切な『我が子』の性能を損うつもりなど無かった。

 暴力や恐怖で縛られた思考には結局の所柔軟性が足りず、それでは最高の手駒として調整してきたマークの折角の優秀な頭脳が宝の持ち腐れとなるのだから。

 ギムレーは無駄な事はしない、無意味な事はしない。

 

 そもそも、物心付くその前より邪竜の価値観に染まりきっていたマークを、今更そんな詰まらない鎖で縛って従わせる意味など無い。

 暴力だけで従わせるなど、所詮は理性無き「獣」の技。

 その様な事をせずとも、ヒトが産まれながらに欲する『愛情』で、過不足なくその心を満たしてやれば良いのだ。

 実際、『愛情』を与え続けたマークは、絶対にギムレーを裏切らず、自らの意志でヒトではなくギムレーを選び続けるだろう程にギムレーを一心に慕っている。

 狂信では無く、『親子の情』こそが最高の鎖だ。

 何れ程『愛情』の刺激を与え続けても、ギムレー自身は「愛情」などと言う曖昧模糊とした感情は根本的な所では理解し切れないものではあるけれど。ヒトがそれを感じる行動や刺激を模倣してやる程度は造作も無いのだから。

 結局『愛』だの何だのと謳った所で、受け取る相手がどう感じるかが全てであり、少なくともマークはその『愛情』とやらを感じている様なのでそれで良いのだ。

 優秀な手駒が育っていく様を見るのは、ギムレーとしても大層気分が良くなる事であった。

 

 更には非常に嬉しい誤算で、マークは非常に出来の良い生徒であり、教えた事は直ぐ様こなせる様になった。

 教えた事を時に実践させ、確かにそれを己のモノとしていくマークを見ていると。ヒトが絶望し破滅していくその有様を眺めている時に感じる「愉悦」とはまた違った……しかしそれと同等かそれ以上に、愉快さと同時に……鬱屈した気持ちが晴れる様な何かを感じる。

 ヒトがそれを「やり甲斐」や「充実感」などと言って持て囃していたのは知っているが、成る程これは悪くない感情であった。少なくとも、退屈しているより余程良い。

 以前はしょっちゅう感じていた「退屈」などと言う感情は、マークを拾ってからはすっかり消え去っていた。

 そう言う意味でも、ギムレーにとってマークは「お気に入り」の道具であるのだろう。

 そんな「退屈しない」日々を機嫌よく過ごしていたギムレーは、今日もマークを教え込んでいた。

 

 

「良いか? マーク。

 ヒトは脆弱で臆病な生き物だが、群れると厄介だ。

 我にとっては如何に群れようとも塵芥に過ぎんが、お前には群れた人間どもは危険極まりない存在だと思え。

 故にヒトを殺す時は、如何に奴等を分断し群れさせないかを常に意識すると良い」

 

「はい! わかりました、父さん!」

 

 

 ギムレーの教えに元気よく頷いたマークは、その少し後に実践にと放り出された戦場で、与えた最小限の屍兵を手駒として、見事にギムレーの期待に応えて見せた。

 ヒトの齢にして七つにも満たぬ幼子が、屈強な戦士達が守る街一つを、見事死の廃墟へと変えたのだ。

 

 老若男女の区別なく、腹の中の赤子まで丁寧に丁寧に鏖殺して見せたマークは、数多の同族を殺したと言うのにも関わらず、自らの戦果を誇らしげな顔をして、ギムレーの膝の上ではしゃぐ様に報告していた。

 これにはギムレーも満足して、その頭を撫でてやる。

 

 

「ほう、我に歯向かう者どもの拠点を一つ潰した様だな。

 見事だ。我もお前が誇らしい。 それで、どうだ? 

 同族をその手に掛けて、お前は何を思う?」

 

 

 マークが今更ヒトの屍を幾ら積み上げようが何とも思わないのを知りながら、ギムレーは敢えてそう訊ねる。

 

 

「何も感じなかったです。

 だって、あの人達は父さんの敵ですよね? 

 じゃあ、滅ぼそうとしている相手から殺されるのは、当然の事じゃないですか。

 父さんを殺そうとする人達は、みーんな、このマークちゃんが殺しちゃうんですから!」

 

 

 当然だと、そう答えるマークは曇りなど何処にも無い満面の笑みを浮かべた。

 

 ギムレーは知っている。

 マークは幼子である自らの容姿を最大限に活かして標的となった街へ潜り込み、そして内部でわざとヒト同士の対立を引き起こさせ、そしてそれを扇動する事でその対立を殺し合いへと発展させた。

 そしてヒト同士で相争い消耗していた所に、マークはギムレーが街を攻め落とす為に与えた最小限の屍兵を指揮して襲撃し、その場に居た者達を鏖殺したのだ。

 ギムレーが出した課題に、文句の付け様がない解答を実践で返したのである。

 そして、そのあまりにもヒトとしては壊れきった、それでいて何処までも純粋無垢なその在り方が、ギムレーにとっては堪らなく愉快であった。

 

 ああ、何と憐れで愚かで醜い……「ヒト」と言う生き物の業を煮詰めた様な存在であるのだろう。

 だからこそ、ギムレーはマークを抱き締めてやる。

 

 

「それでこそ『我が娘』だ。

 ヒトの身でありながら、その心はヒトに在らず。

 去れども【竜】には成れぬが故に、ヒトと【竜】のどちらとしても在れない、憐れで醜く愛しい『我が子』だ。

 さあ、ご褒美は何が良い? 

 お前が望むモノならば、何でも与えてやろう」

 

 

 そう言ってやると、マークは途端に喜び勇んでギムレーに抱き着きながら願い出る。

 

 

「わーい、じゃあ今日も戦術を教えてほしいです!」

 

「やれやれ、戦術なら何時も教えてやっているだろうに。

 全く、お前は無欲なのか強欲なのか分からんな。

 ああ、良いだろう。

 ならば今日は城の落とし方を教えようか」

 

 

 どうやら、マークは「戦術」に特に強い興味がある様で。

「ご褒美」として欲しがるものは、大体が戦術書などの「戦術」に関わるモノだった。中でも一番欲しがるのは、ギムレーから直接「戦術」を教授して貰う時間だ。

 ギムレーとしても、優秀な教え子であるマークに自らの知識を授けていくのは吝かではない。

 

 嬉しそうにはしゃいだマークの頭を撫でてやりながら。

 ギムレーは今日もまた、「ヒト」を殺す為の知識を、可愛い『我が子』へと教え込むのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆



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『邪竜と駒』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 私の『父さん』は、邪竜ギムレーです。

 人間の私と、【邪竜】である『父さん』との間には、当然の事ながら血の繋がりはありません。

 捨て子だった私は『父さん』の気紛れによって拾われ、そしてその『娘』として育てられたのだそうです。

 会った事も顔も無いしその顔を覚えても無い産みの親には何の感情も抱いていませんが。その人達が私を捨てたからこそ、私は『父さん』に出逢えたんだから、ほんの少しは感謝しても良いのかな? とも思います。

 まあもしその人達が私の目の前に現れたとしても、『父さん』に害を成すなら迷わず殺しますが。

 

【竜】であるからかとても長生きで物凄い力を持つ『父さん』は、私なんかでは一生掛けても追いつけない程にとても沢山の事を知っていますし、何でも出来ます。

 きっと本当は何でも一人で出来てしまうのだろう『父さん』が、それでも私を傍に置いているのは、私を優秀な手駒にする為で……そして私が本来は『同族』である「ヒト」を殺し滅ぼそうとするその姿を間近で見る為です。

 

 ……きっと、『父さん』は本当の意味では私を『愛して』はいないのでしょう。

 ヒトとしては破綻して歪んだ醜く愚かな、そんな私の姿を見る為だけに、私は拾われ育てられたのだから。

 

 何時も私を見てくれている眼差しも。

 何時も私の言葉に耳を傾けてくれているその姿も。

 何でも教えてくれるその優しい言葉も。

 何時も優しく触れてくれる指先も。

 頭を撫でながらよく出来たねと褒めてくれるその手も。

 きっと、そこには『愛』なんて欠片も無いのでしょう。

 だって、『父さん』は【邪竜】です。

 ヒトの事なんて「虫ケラ」の様にしか感じていませんし、だからヒトの『愛情』なんて分からないのでしょう。

 私が【竜】だったら本当に『愛して』くれていたのかもしれませんが、私は【竜】には成れません。

 

 それでも。例えそこにある『愛情』が偽物でも。

 私を手懐ける為の「茶番」なのだとしても。

 私にとって『父さん』は、この世でたった一人の大切な『父さん』でした。

 何故なら。

 

 例えそこに『愛情』なんて無かったのだとしても。

 それでも……独り死に行く筈だった幼い私を抱き上げてくれたのも。例え気紛れであっても、道理も何も分からぬ手の掛かる赤子でしかなかった私をここまで育ててくれたのも。私にありとあらゆる事を教えてくれたのも与えてくれたのも……『父さん』なのです。

 名前すら分からなかった私に、『名前』をくれたのも。

 清潔な衣服を不自由なく与えてくれたのも。

 温かな食事を欠かさずに与えてくれたのも。

 安心して眠れる場所をくれたのも。

 眠れない夜に一緒に寝てくれたのも。

 その全てが、『父さん』です。

 そこに『愛情』があったかどうかなど関係ありません。

『父さん』が私を大切に育ててくれた事だけは、誰がどう否定しようとも動かぬ事実なのですから。

 そして『父さん』にとって私は、一番優秀な駒であり、最大の娯楽の対象であり、そして『我が子』としたこの世で唯一人のヒトなのです。

 この世界では棄てられた子供など幾らでも居ますし、街に出た時に私も目にした事は幾度と無くあります。

 私と同じ様な境遇の子供など数え切れない程居るのに、『父さん』が選んだのは私唯一人です。

 そこにあったのが『愛』なんて感情では無かったのだとしても。拾われたあの日から、私にとっては『父さん』だけが世界の『全て』になったのです。

 

 物心が付く前から邪竜である『父さん』と共に過ごしている私の価値観は、きっと本来私が帰属するべきだった『ヒト』のそれとは全く異なっているのでしょう。

 ヒトが幾ら死のうと、どんな酷い死に方をしても、どんな惨い殺し方をしても、私は何も感じません。

 そんな人々をどれだけ殺そうとも、私の心が痛むだなんて事もやっぱりありませんでした。

 滅ぼす為に潜入した街で私に優しくしてくれた人達の親切にもやっぱり何も感じませんでしたし、彼等を殺す時も胸が痛くなったりする事も全くありませんでした。

 私の本性を知った人々は皆、理解出来ないモノを見る様に恐怖をその顔に張り付けながら死んでいきます。

 彼等が私を理解出来なかった様に、私も彼等を理解出来てもその価値観を共有することは出来ないのでしょう。

 でも私にとってはそれで良いのです。

 

 どんなに同じものを見たいと願っても、【竜】には成れぬ私には『父さん』と同じものを見て同じ様に感じる事は決して出来ないのでしょう。

 そうなのだとしても、『父さん』が見ているその世界を、私は少しでも同じ様に感じたいのです。

 ヒトの滅びを望む『父さん』の世界には、ヒト以外の何者にも成れぬ私の居場所は本当は無いのでしょう。

 それでも……。

 ほんの少しでも『父さん』の世界に、『邪竜の娘』である私の居場所はあったのだと。『父さん』にとって私は、僅かにでも確かに『価値』のある存在であったのだと。

 そんな淡い夢を懐きたいのです。

 

 それは愚かな事なのかもしれません。

 それでも、その『願い』を誰が責められるのでしょう。

 たった一人の『家族』から必要とされたいと願うのは、『価値』ある存在だと認められたいと思うのは。

 そのただ一人の『家族』が、この世の全てを滅ぼそうとしている邪竜ギムレーであるのだとしても。

 誰が糾弾出来るのでしょう。

 ……それが真実愚かな事であるのだとしても、私には『父さん』さえ居てくれるのなら、正しさも真実も、何も要らないのです。何故ならば。

 

 私は、邪竜ギムレーの『娘』なのだから。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 滅び行く世界でも、ヒトは無意味に抗い死んでゆく。

 或いは。死を恐れ、自らの心の拠り所を探して……そうして信仰に己の未来を委ねて、神に祈りを捧げ死に行く。

 実に愚かだ。神などに縋った所で救われる事など無く。

 そして、ヒトなど幾ら群れようとも、武器で己の身を固め、高く城砦を築いた所で、ギムレーに敵う筈も無い。

 彼我の絶対の差を理解して、それでも抗い、そして絶望のままに死に行く。ギムレーにとって良い玩具ではあるが、ヒトのそう言う精神性は理解出来るモノではない。

 

 追い詰められ滅び行く人々が縋ったのは、ギムレーに対抗出来る存在であると信じられている神竜ナーガであり。

 そしてその力の一端を行使し、かつて邪竜を封じた英雄のその末裔。聖王クロムの遺児である、ルキナ王女だ。

 ファルシオンを振るう事が出来る彼女は、彼女の父が亡き者となってからは、この世で唯一ギムレーに抗する事が出来るかもしれない存在であった。

 尤も、あくまでも「かもしれない」と言うだけであって、ギムレーにとっては何時でも殺せる虫ケラでしかない。

 だからこそ、彼女を殺すのは一番最後……彼女以外の全てを殺し尽くし、命在る者無き荒野と化した世界で、思う存分に身も心も嬲ってからにしようと思っていたのだが。

 そう言う思惑で生かしておいたのが裏目に出たのか。

 ギムレーに抗する者達の牙城となっていたイーリス城もあっさりと落とし、後は僅かに残った各地の小さな集落を虱潰しに潰すだけの状態になったその時。

 

 今の今まで静観してきた……現世に干渉する為の肉体もその媒体も持たぬが故に静観せざるを得なかった神竜が、ギムレーの襲撃から逃げ延びた……正確にはわざと見逃していたルキナ王女を己の領域に招き。

 そしてあろう事か、彼女を『過去』へと送り出したのだ。

 ギムレーの復活を、「無かった事」にする為に。

 

『覚醒の儀』の果たした存在が居らず、その力を行使する為の傀儡が存在しない状態でのその様な荒業の強行だ。

 事態を察知しギムレーが神竜の領域に侵攻したその時には、神竜の存在は半ば消滅しつつあり、ギムレーの吐息一つで呆気なくこの世から完全に消え去ってしまった。

 数千年に渡り因縁があった存在の呆気無さ過ぎる最後に、喜び以上に複雑な思いがあったが……。

 

 神竜の存在の消滅よりも問題なのは、『過去』へ跳んだルキナ王女の行方だった。

『過去』を変える事は非常に難しく。

 そして一つの過去を変えた所で樹木の枝の様に無数に伸びた枝の一つを切り落とした程度の影響にしかならず、大勢に影響がない事の方が多い。

 例えば、ルキナ王女が跳んだ先が十数年前の世界であったとしても、そこでギムレー復活を阻止する事はほぼ確実に不可能であるし。何より、復活を阻止した所で、それは新たな歴史の枝を作り出すだけで、今ここに存在するギムレーが消滅する訳でも無いのだ。

 だが、しかし。

 もしも、ルキナ王女が跳んだ先が、十年数十年程度の過去ではなく…………更に遥かなる過去、三千年近く昔の、ギムレーと言う存在がこの世に生み出されるその前なら。

 ギムレーがこの世に存在する事そのモノを変えられてしまえば、それは今ここに存在するギムレーにも大きな影響を与えてしまうであろう。

 例えるならばそれは、大樹の枝を切り落とすのではなく、大樹の幹その物をも切り落とす行為に限り無く近い。

 実行するルキナ王女とて無事では済まないだろうが、捨て鉢になったヒトは何を仕出かすか分かった物ではない。

 

 ルキナ王女が何処に跳んだのか探ろうとしても、その『過去』への軌跡は分かっても、それが何処に繋がっているかは分からなかった。

 屍兵を可能な限りその『過去』へと送り込んでみたが、指揮する者が居ない屍兵などただの獣と同じでしかなく。

 曲がりなりにも今の今までこの滅び行く世界を生き延びてきたルキナ王女を始末するには余りにも心許無い。

 

 ギムレーは、どうしたものかと思案する。

 ルキナ王女の『過去改変』の影響は捨て置く事の出来ぬモノであり、早急に何かしらの対策が必要だった。

 そしてその為には、その『過去』へと直接駒を送り込むなり、ギムレーが直接乗り込む必要があるだろう。

 

 駒……。今この場に於いて、その任を任せるに足る駒は、マークただ一人であった。

 マークはヒトのそれで見てもまだ幼いと言える年頃ではあるけれど、既に生半な大人達よりも強い。

 剣術などを始めとする武術も、魔法も、暗殺術も。

 歴戦の戦士たちであっても、マークに勝つのは難しい。

 特に、その戦術の知識や能力に至っては、歴史に燦然とその名を残す様な名軍師達と比べても劣らないだろう。

 幼いが故にどうしても足りない部分は、ギムレーがその血を与えるなりして如何様にも底上げ出来るのだろう。

 だが、しかし……。

 ヒトと言う存在の油断のならなさ悪辣さを思うと、如何に有能であろうと或いは超越した能力を与えていようと、それで安心出来る訳ではない。

 そして何よりも。『過去』に送り込むと言う時点で、それは駒としては回収不可能になる可能性の方が高いのだ。

 そうやって「捨てる」には、ギムレーにとって、マークは余りにも惜しい駒であった。

 だからこそ…………。

 

 

 

「仕方無い……。我が直々にあの小娘を追うか……」

 

 

 苦渋の決断にはなるが、そうせざるを得なかった。

 ギムレー自らが『過去』に乗り込むのは、屍兵やヒトを『過去』に送り込むのとは訳が違う。

 狭い穴に水を多量に含ませた海綿を押し込む様な物だ。

『過去』に辿り着く事は可能であろうが、その分喪うモノも途轍もなく多くなる。ギムレー程の強大な存在が『過去』へと遡ると言う事は、否応無しにそう言う事になるのだ。

 小石や木の葉を水面に投げ入れても大した影響は無いが、そこに水面と同じ様な大きさの大岩を投げ入ればその影響は計り知れない程に大きくなる。

 

 ある程度の均衡を保とうと世界自体に働く力によって、ギムレーの力は世界がその均衡を保てる程度にまで削られてしまうのだ。それは、ギムレーの力が強大であればあるだけ、決して逆らえぬ摂理である。

 故に、ギムレーにとっては苦渋の決断に他ならない。

 

 

「待って父さん! 私も一緒に……!」

 

 

 苦い顔をするギムレーに、マークは必死な様子で言った。

 強大な存在が過去へと遡る事の危険性を、マークもギムレーから教わった事があったが故に知っているのだ。

 

 時を超える術自体は、古の【竜族】は既に手にしていてそれを活用してもいた。

 過去へ、未来へ。そうやって時の流れを旅するだけでなく、ある程度までならば世界の時間その物を巻き戻す力すら持っていたのだ。古の時代に、異端の神竜族であったミラが作り出した『ミラの歯車』もその力を基にしていた。

 だが、時の流れにすら手を出せる力があったと言うのにも関わらず、【竜族】達は種の衰退の未来を変える事が出来ず、終には滅び去った。……一部の【竜族】は人間の姿に変わる事で何とか生き延びたが……。

 最早それは【竜族】としての力も技術も文明も喪った存在であり、【竜族】としては滅びたと言うべきだろう。

 さて、何故『時』すらその手中に収めた筈の【竜族】が自らの滅びの定めを回避出来なかったのかと言うと。

 答えは極めて単純で、『時』を操作すると言うそれ自体が、【竜族】の種としての寿命を格段に縮めてしまっていたからだ。……尤も、それに気付いた時には、【竜族】の限界は、もうどうする事も出来ぬ段階まで進んでいたが。

【竜族】の干渉によって乱れに乱れた『時』の流れは、まるで【竜族】の存在自体を排除しようとするかの方向に、その大いなる流れを動かしてしまったのだ。

 限界まで捩じられ引き絞った弦が、千切れてしまう前に弾ける事で、その全ての歪みを解消しようとした様に。

 大いなる【竜族】達は、その高度な文明の果てに『時』に手を出してしまったが故に、滅び去る事になったのだ。

『時』を操る力にさえ手を出さなければ、もしかしたら今もこの世界は【竜族】達の繁栄の中に在ったかもしれない。

 ……尤も、全てはもう終わってしまった事なのだが。

 そしてそれ故に、『時』に干渉する事は【竜族】達にとっては絶対の『禁忌』となっていた。

 尤も、人間と化した【竜族】からはその力は喪われているし、異端の神竜族であったミラとドーマが死んでからは『ミラの歯車』もその力を喪っている。

 その為、『時』に干渉する者など存在しなくなった筈なのだが……。しかし、ナーガはそれを犯したのだ。

 そこまでしてギムレーが全てを滅ぼし尽くす事を阻止したかったのか、或いはもっと別の打算があったのか。

 何にせよ、ナーガは『禁忌』を犯した。

 過去へ送り出したのはあくまでもルキナ王女と数名程度の人間だけなのは、数人の人間程度の影響力ならばそう大きな歪みにはならないと判断したのか……。

 どうであれ、ギムレーもまたその『禁忌』を犯さねばならぬのだ。娘としては、『父』がその様な危険を冒すとなると、気が気では無いのだろう。尤も、マークが言い出さなくても、ギムレーはマークも共に連れて行っただろう。

 力の減衰が何れ程のものになるかは分からないが、力を温存する為にも優秀な手駒は必要になるのだから。

 

 そして、ギムレーとマークは共に、ルキナ王女を追って『過去』への旅路を行くのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆



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『邪竜の娘と「父」』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 神竜ナーガがルキナ王女を『過去』へと送り出したその軌跡を辿って、無限に交差しては流れゆく時の濁流を遡る。

 ほんの一瞬であった様な、或いは幾度人生を繰り返しても経験出来ない程の無限にも等しい時間であった様な。

 そんな狂った時間感覚が急に途絶え、時の回廊から弾き出される様な形で、マーク達は『過去』に辿り着いた。

 その途端に五感に飛び込んでくる溢れんばかりの情報の奔流に、酔った様な心地さえ覚え。マークは暫し視界からの情報を遮断する様にその目をきつく閉じる。

 だが。

 傍らの父が苦し気に唸り、荒く息をしている事に気付いた瞬間。マークは慌てて父の様子を確認した。

 荒く息をして、額から汗を流しながら頭を押さえて。

 父のその様に弱った姿を、その生に於いて初めて見たマークは、動揺の余りに掛ける言葉を見失ってしまう。

 父の荒い息は次第に収まってゆき、そして最後には頭を軽く振ってから深く溜息を吐いた。

 

 

「父さん……? 大丈夫ですか……?」

 

 

 動揺で震えた声のまま、マークは父の身体を支えようとする。だが、父は片手でそれを制した。

 

 

「大丈夫だ、マーク。心配する程の事では無いさ。

 ……この時間に存在する『僕』と、一瞬存在が混ざり合ったみたいだね。……ただでさえ削られていた力が、少しばかり「あちら側」に持っていかれた様だ」

 

 

 そう言いながら、父は己の状態を確かめてゆき、そして不機嫌そうに舌打ちをした。

 

 

「思った以上に力が削られている様だね……。

 今のままでは、【竜】の姿に戻る事も難しいだろう。

 贄を喰らって回復し切るのも容易では無い……。

 ここはやはり、「あちら側」の『僕』を覚醒させて、そして一つになるのが一番早いな……」

 

 

 どうしたものか、と。何やら策略を廻らせようとする父に、マークはおずおずと訊ねる。

 

 

「この時間に存在するもう一人の「父さん」と一つになったら、父さんはどうなるんですか……?」

 

 

 喪った力を取り戻す為に、その力を持った「自分」自身と一つになる……。それは確かに合理的な方法なのだろう。

 だが、そうして一つとなった場合、マークの父であるギムレーはどうなってしまうのだろうと。そう考えてしまう。

 一つになると言う事は、当然もう一人の「父」……マークの父親ではない「ギムレー」の影響もある。

 寧ろ、覚醒して力が溢れんばかりの状態であるのなら、父よりもその「ギムレー」の方が強いのだろう。

 その状態で「一つになる」と言う事は、両者が平等に交じり合うのではなくて、一方が他方を吸収するに近しい形になってしまうのではないかと思うのだ。

 そしてその場合、吸収される側になるのは、マークの父の方になってしまうのではないだろうか。

 人ではなく【竜】である父にとって、「個」の概念やその捉え方は、マークとは違うのかもしれないけれど……。

 そうやって吸収された場合、一つになった『ギムレー』は、果たしてマークの父であるのか……。

 そんな事を、どうしても考えてしまうのだ。

 

 マークの質問の意図が分からなかったのか、一瞬怪訝そうな顔した父であったが。「ああ」と、得心がいった様に呟くなりマークの頭を撫でた。

 

 

「気にしなくても大丈夫さ、マーク。

『ギムレー』として同じ存在である以上は、混ざり合い一つになっても、僕である事に何も変わらないのだから。

 君が僕の娘である事実は何も変わらないよ」

 

 

 そう言って微笑む父に、マークは頷くしかなかった。

 

 

 

 それからのマークは、力の多くを喪った父の為にあちこちに奔走する事になった。

 真っ先にこの時間の『ギムレー教団』に接触し、力を取り戻す「足し」にする為の生贄の調達などを協力させて。

 父がかつて辿った様に歴史を動かすべく、各国に裏で働きかけ。それと同時に、ルキナ王女の行方を捜索し始めた。

 少しでも早く力を取り戻したがっている父は、「歴史」を刻む時の針を少しばかり早める事にした様で。

 その為の調整に、マークも色々と暗躍する事になった。

 

 暗躍によって幾千万の屍を積み上げる事など、マークにとっては如何程の事でも無く。ペレジアとイーリスとの戦争で両国の民が幾千幾万の民が怨嗟の坩堝の中に消えても、それら全てが父の為の贄でしかなかった。

 父の敵であるナーガを奉じる者達であっても、或いは父を神と奉じ祀る者達であっても。

 マークにとっては全て押し並べて「人」でしか無く、ただの駒……或いは贄だ。人々を破滅へと突き落とす事に、マークは何も疑問を持たない。マークにとっての特別はこの世に唯一つ、父だけなのだから。だが、それでも。

 マークにとって意識の片隅に引っ掛かる者は居る。

 

 そもそもこうして過去に渡る原因となったルキナ王女の事は、探し出して始末せねばならない相手であると意識の端に留めていたし、そして。

 過去の「父」……ルフレと言う名の人間として生き、そしてイーリスで軍師を務めている存在。

 監視を付けて「父」の動向を常に探っているので、彼の事はよく知っていた。

 イーリスの軍師として聖王と共に戦っている事、彼に過去の記憶が無い事などから始まり。どの様な策を立て、それをどの様に実現させたのか、どの様な人物とどう交流しているのか。果ては、購入した本の書名まで。

 凡そ、調べる事が出来る事は全て調べ、そしてマークはそれら全てを把握していた。

 だからこそ、戸惑うしかない。

 彼は、余りにも父とは違い過ぎた。

 

「同じ」存在ではある筈なのだ。

 彼もまた、父がそうであった様に邪竜ギムレーとして目覚める為の筋道を、本人はそうとは知らずに歩み続け、そしてその宿命はそう遠くない未来で結実する。

 それは確定した未来であるのだ。

 ……しかし、「父」である筈の彼は、余りにも「人」であった。少なくとも、得られる情報から分析出来る事からはそうとしか言えない。

 果たしてこれが本当に「父」と同じ様になるのだろうかと、そうマークの心に僅かに不安が過る程に。

 何か「人」としての異常性を探そうとしても、精々が過去の記憶が無い程度で……そしてそれは父がこの時間に辿り着いた時に一瞬交わり合った影響が故の事。

 それは異常とは言えない。

 そして、彼はマークにとっては有象無象の「人」達と同じ様にしか思えなかった。

 彼が無事に邪竜として覚醒したとして、そこに彼自身の断片が色濃く残されてしまっては。融け合い一つになった後の父が、自分の知る父ではなくなってしまうのではないだろうかと、そう危惧してしまう程に……。

 しかし、だからと言って。

 それで父の計画に異を唱える事など出来はしなかった。

 父が力を取り戻す為の最善の方法がそれであると言うのなら、マークの私情でそれを阻む事など出来ない。

 父の望みが、マークの望み。そうである筈なのだから。

 

 己の心に落とされた小さな澱みの様な不安を父に悟られぬ様に、マークは己の心を隠した。

 ……きっと父には、マークのこの様な不安など、きっと理解出来ないだろう。

 この不安はきっと、マークが「人」であるが故に感じてしまうものなのだろうから。

 幾ら『邪竜の娘』として育てられてきたのだとしても、マークは竜には成れない。

 竜としての心を完全には理解出来ない。

 そして、「人」の心を完全に理解する事は、神の如き竜である父にとっても不可能な事であるのだろう。

 

 そんな中、最低限の干渉だけを行い用心深くその身を潜め続けていたルキナ王女が、終に姿を現した。

 だが……彼女はよりによってこの時代の聖王の庇護下へと加わってしまった。

 今までは過去を変えてしまう大罪に慄く様に、臆病なネズミであるが如く逃げ隠れしながらほんの僅かな干渉だけに留めていたと言うのにここに来て何とも大胆な事である。

 まあそれだけ、ルキナ王女の目には、マークと父の暗躍によって滅びへの道を誰にも悟らせずに最短で突き進み続けるこの世界の現状は、歯痒く見えたのだろう。

 一度、その骨身まで絶望と敗北の苦汁に染め上げられているのだ。「二度目」は耐えられなかったのだと思う。

 ルキナ王女の行方や動向を監視し易くなったのは紛れも無く僥倖であるのだが、しかし聖王の庇護下にある者を抹消する事はそう容易い事では無い。

 下手に手を下せば、それ自体が邪竜ギムレーの復活に何かしらの差し障りを来しかねない危険性もある。

 ……最短で事が成る様に進めているが故に、予期せぬ因子が結果を大きく狂わせてしまいかねないのだ。

 復活が遅れるだけならまだ良いが、最悪「父」が覚醒の前に命を落としかねない可能性もある。

 

 無論、本人にその自覚は無くとも彼が竜である事には変わらず、覚醒していなくとも余人よりは「死」は遠い。

 だがそれでも決して完全ではないのだ。

 今の彼には父程の絶対性は無い。

 死に難いと言うだけで、死なない……殺せない訳ではない。

 

 もしルキナ王女に邪竜ギムレーの正体が露見でもしてしまえば、彼女は必ず彼を殺すだろう。

 その力の無い神竜の牙でもその命に届く内に、何としてでも。

 もしそうなってしまえば、この計画も全てが水の泡だ。

 

 それまでにどうにかしてルキナ王女を排除出来れば良いのだが、表立って動いて殺害する事も、或いは闇に葬る事も、その何方もが現状では難しい。

 居所が明らかになった時点でルキナ王女自体を殺す事は難しくは無いが、もしその動きの裏にギムレー教団の影がある事を突き止められてしまっては、元も子も無いのだから。

 ならば現状最も適切な対応は、「父」への監視の目を強める事であろう。

 監視は、当然の事ながらその動向を探る目的もあるが、同時に彼の命を「運命の時」まで決して絶やさせない為のモノでもあった。だが。

 ……ルキナ王女の脅威を排除する為には、今までの様な監視だけではなく、より近くでの「父」の監視とその護衛、及びルキナ王女の間接的な抹殺を図る必要があった。

 ……そう、こちら側の手の者を、イーリスの側に潜り込ませておく必要があった。

 それも、末端の者ではなく、より中枢に……「父」に近付ける様な者を……。

 

 そして。その為に最も有効な駒の存在に、マークは既に気が付いているのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……君が、僕の『娘』だって言うのかい……。

 その……ルキナ達の様に、未来から来た……」

 

 

 マークを前にして戸惑った様にそう訊ねる「父」に、マークは戸惑いを装いながら頷いた。

 

 

「未来から来たって言うのはまだ信じられないけど、私の「父さん」がイーリスの軍師ルフレである事は間違いじゃないわ。

 ……それ以外は何も思い出せないけれど……」

 

 

 頭を軽く抑える様にして言うと、「父」はまだ少し訝しみつつも、気遣わし気な眼差しを向けてくる。

 そして、小さく溜息を吐いて、マークの身体を優しく抱き締めて来た。

 そうしてマークの頭を撫でるその手には、まだ幼い子供を気遣う、「人」らしい感情に溢れている。

 ……ただそれは、父のそれとは余りにも違う物であった。

 

 

「……そうか、ごめんね、マーク。

 記憶が無い君にこんな事を訊いて……不安がらせてしまったかな……?」

 

 

 そうやってマークの瞳の奥を見詰める様な「父」に、マークは小さく頭を振る。

 

 

「ううん、いいの……。

 私だって、記憶喪失の知らない子供から「お母さん」って呼ばれたら多分直ぐに信じるのは難しいと思うもの。

 それに「父さん」は軍師だから……軍の皆の事を考えないといけない。

 「父さん」は悪くないわ。

 でも、私が「父さん」の娘である事は本当の事なの。

 それだけは、絶対に……」

 

 

 不安気に声を震わせて「父」の服を掴むと、「父」はその目を僅かに見開いて、マークを抱き締める力を強めた。

 そして、幼子を安心させる様に穏やかに微笑む。

 

 

「大丈夫だよ、マーク。君は僕の娘だ。

 君がどうしてこうやって「過去」に来たのかは今の僕には分からないけれど……君の居場所は此処に在る。

 だから、心配しなくて良い、不安にならなくても良い。

 今思い出せない記憶だって、焦らずにゆっくりと思い出せば良いさ。

 僕だって、クロムに拾われる前の記憶は未だに全然思い出せないんだから……。

 だからね、大丈夫だよ……」

 

 

 よしよし、と。幼子をあやす様に、優しくマークの背を擦ってくれる「父」は……やはり父とは違う存在であった。

 

 ……ルキナ王女の脅威を排除する為、そして「父」の身の安全をより確固たるものにする為。

 マークは、ルキナ王女達と同じく「未来」からやって来た「父」の娘を装ってイーリス軍に潜り込む事になった。

 

 ルキナ王女がイーリス軍に加わった事を、父は直接的な排除には乗り出さずともそれなり以上に危険視していた様で、マークがその策を具申した所、特に咎められたりする事も無く、即急に実行に移すようにと指令が下された。

 少なく無い生贄を喰らい、そして先の戦乱で死した者達の魂を多く呑み込んだ父は、その本来の力とは流石に比べるべくも無いものの、「過去」に跳んできた当初と比べると随分と力を取り戻していて。邪竜復活の歴史を辿らせる為の暗躍に、父自身が動ける時間も増えていた。

 マークが「父」の護衛の為に抜けても、計画に大きな支障は来さない程度には回復していたのである。

 だからこそ父は、「父」の身を「運命の時」まで守り通すと言う重要過ぎる大役を任せるに足る者として、最も忠実で最も強い手駒であるマークにそれを任せた。

 その信頼に、何としてでも応えなくてはならない。

 

「父の娘」を装ってイーリス軍に潜り込む事は、そう難しい事では無い。ルキナ王女と言う実例が存在し、そして彼女と同時に共に過去へと跳んでいた有象無象どもも居る。

 それ故に、「父」とて「娘」を自称する幼子を頭ごなしに拒絶すると言う事も無いであろう。その可能性が存在する事を知っているのだから。内心はどうであれ、ルキナ王女達を仲間たちの「子供達」として迎え入れている以上は、幾らその正体を訝しんだとしても放逐する事は出来ない。

 更には、記憶喪失を装い、「父」に関する事以外の大半の記憶を「存在しない」様に装えば。「父」以外に寄る辺も無い哀れな時の迷い子を、合理的な判断がどうであったとしても、「父」は無碍に扱う事など出来はしないだろう。

 邪竜としてまだ目覚めていない「父」は、「人」としての良心や善性や情を備えている存在であるのだから。

 ならばその「甘さ」に付け込んで存分に利用するまでだ。

 

 そうして、手駒として父から借り受けた屍兵達を使って屍兵達に襲われている風な芝居を打って、「保護」と言う形でマークはイーリス軍に潜り込む。

「父」達の動きに合わせた結果、そんな「演劇」の舞台がかつての【竜族】の遺跡の一つであった事は別に意図した事では無かったのだが、まあ大きな支障は無かった。

 

 目下の所問題があるとすればルキナ王女の事である。

 彼女と行動を共にする有象無象共は、どいつもこいつも父やマーク達に捕捉されていた訳でも監視されていた訳でも無いと言うのに、過去に遡って来てから今の今まで何一つとして「過去」に干渉する事もせず漫然と時を過ごしていた様な愚物でしかなく脅威でも何でもない。

 だが、やはりルキナ王女自身は油断ならない存在だ。

 彼女等が『絶望の未来』と呼ぶあの世界……マークが父に拾われ、そして娘として育てられてきたあの時間。

 そこへと至った原因として既に幾つか目星を付けている様で、実際マーク達の計画に大した影響は与えていないとは言え、彼女の「干渉」は既に、イーリスから『炎の台座』と『白炎』が奪われる事を結果として防いでいる。

 そして、彼女が変えようとしているもう一つの「過去」とは、間違いなく聖王クロムの死であるのだろう。

 そして、彼女が父親を殺した「裏切者」と最も疑っているのは、「父」の事である様だった。

 それは何の間違いも無く全く以て正しい疑いである。

 事実として、彼女の父親を殺したのは父……正確にはまだ覚醒していなかった状態で操られた軍師ルフレだ。

 だがまあ、まだその確信は得られていないようで。

 ルキナ王女の眼差しはまだ疑惑程度に留まっている。

 しかし、このまま「裏切者」として疑わせ続けていればいつ何時連鎖的に「父」の正体……『邪竜ギムレーの器』であると言うそれを悟られないとも限らない。

 

 父はその姿を見た者をマーク以外を悉く殺していた為その容姿についての情報をルキナ王女が持っているとは思えないし、そもそも彼女にとっての邪竜ギムレーとは、父のあの強大にして絶対的な【竜】としての姿だろう。

 しかしそれでも、「父」の右手に刻まれている『証』は見る人によっては何者であるのかを雄弁に語るモノだ。

 幸いこの軍にはギムレー教団の中枢に居た者は居ないが、あの『証』が邪竜ギムレーに関係する「何か」である事には、少しでもギムレー教団の事を知っていれば容易に想像出来るモノである。「父」は記憶を失くしたが故にそれが何であるのかを理解出来ていないのであろうに、本能的になのか或いは無意識になのかは分からないが、『証』を隠そうとしている様で、それを直接目にした者はそう居ないのだろう。それでも万が一に警戒しなければならない。

 その為には、「娘」としての立場を最大限利用して、「父」を守らなければならないのだ。

 

 しかし、現段階では無事に「父」に受け入れて貰えたとは言え、まだ障害は残っている。

 

 先ず第一に、ルキナ王女達だ。彼等は当然、見た事も聞いた事も無い、『軍師ルフレの娘』を名乗る者に対して警戒し、積極的或いは間接的に排除しようとするだろう。

 彼等の無為な質問攻めを効果的に回避する為にも、『記憶喪失』であると言う建前は有効である。

 何を聞かれようが、「知らない」「分からない」「思い出せない」を貫き続ければ良い。

 当然、それだけでは彼等の疑惑の目を振り切る事は出来ないだろうが、決定的な証拠や矛盾を見付けて疑念を確信に変えられてしまう前に、その心を掌握してしまえば良いだけだ。

 寧ろ「疑惑」と言う形で関心がこちらに向いている分、墜とすのは容易である。

 その為の手練手管は父からしっかりと教え込まれているし、それを実践した事は幾度もある。彼らの心に付け入る為のその心の隙は予め分析済みだ。その為の時間さえ稼げれば、どうにでも出来る事ではある。その時間を如何に稼ぐかも大切だった。

 

 次に、何らかの呪術によってマークの「偽り」を暴かれてしまう事にも注意しなければならない。イーリス軍に在籍している呪術師は、ペレジア側から加わった二人のみ。

 どちらも腕は確かで、油断して良い人物では無い。

 ただ、『軍師ルフレの娘』である以上、彼等がマークに対してその身を損なったりしない範囲で行える呪術は限られているし、そこで覗ける範囲も限られる。

 そして、そう言った呪術で心を覗かれても決して「偽り」が暴かれない様に、マークは入念に備えていた。

 己の記憶や心の一部を呪術的に弄り、表層的に見えている部分とそれ以外の部分を完全に独立させたのだ。

「父」以外の事は何も覚えていない「娘」としての部分と、そして本来のマークとを。

 ともすれば自我が矛盾に耐え切れず崩壊しかねない危険な行為ではあるが、マークは父から与えられた「守り」によってそれを完璧に成し遂げていた。

 万が一心を覗かれたとしても辿り着けるのは殆ど空っぽな「娘」の記憶だ。

 より厳密に調べられてしまっては何か違和感を感じられてしまうかもしれないが、そこまで本格的な呪術を行うのは、高度な呪術を行使するに適した安定した環境を構築出来ない行軍中では不可能だ。

 後は、如何に演技でボロを出さないかが重要になる。

 だがそれも全て、問題無く成し遂げられるだろう。

 

 

「運命の時」まではまだ暫しの猶予がある。

 それまでの間、何としてでも「父」を守らねばならない。

 父の為に……。それが父の為になるのだから。

 

 決意と共に、マークは「父」にしがみつくのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇



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『父と「父」』

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ヴァルム帝国との戦争は、父とマークが描いた通りにイーリスとフェリア連合の勝利に終わった。

 目論見通り、各地に散らばっていた『宝玉』は、既にギムレー教団の手の内にある『黒炎』以外の四つが聖王の手の内にある。

「運命の時」の目前まで、『宝玉』を聖王の手の内に集めさせておく事が、父の計画であった。

 どうせ最後には父の手の内に集まるモノだ。それまで聖王たちに集めさせておく方が、後々の手間も省ける。

 

「神竜の巫女」が邪竜ギムレーの復活を聖王たちに警告した事は予定外の出来事ではあったが、父がその力の多くを時を超えた影響で喪った事によるものなのか、彼女はこの世界に既にギムレーが存在している事には気付いていない様であり、その事については指摘しなかったのでそう大きな問題では無い。

 万が一、父の存在に気付かれでもしていたら計画に大きな狂いが生まれていたかもしれないが、今の所大きな支障も無く事態は推移していた。

 

「父」を守る為にイーリス軍に潜り込んだマークは、その役目を順調に遂行していた。

 戦時中の戦闘で「父」が致命的な負傷をする可能性は全て事前に排除出来ていたし、「父」自身そう易々と死ぬ様な者ではない。

 通常の戦闘で起こり得る範囲内では、死に至る可能性も、或いは再起不能になる程に負傷する可能性も存在しないし、万が一が起きてもマークが対処していただろうが幸運な事にそう言った事態も起きていない。

 

 最大の懸念事項であったルキナ王女の影響も、現時点では極力抑える事が出来ていた。

 ルキナ王女を初めとした「未来」から来た者達は当初、想定通りにマークへと疑惑の眼差しを向けていた。

 だが、彼等がマークに対し決定的な行動が出来なかった間の内に、その心に静かに麻痺毒を流し込む様に少しずつ少しずつ心の隙間を侵し、そして終には彼等全員の心も掌握した。

 最もマークの存在を危険視していたルキナ王女ですら、マークの事を「信頼に足る者」と考え接している。

 その信頼を逆手に取る様に、ルキナ王女が「父」に向ける疑いの目を鈍らせ、そしてその心に隠し持った覚悟の刃を錆び付かせる様に「情」を以て鈍らへと変えた。

 今のルキナ王女にとって、「父」は大切な戦友の一人であり、何時しか「仲間」として認める様になっていた。

 もし「父」の正体の全てを知ったとしても、もうそのファルシオンで切り捨てる事は出来ない。

「情」と言う猛毒が「人」の心を壊し殺すには最も効果がある事をよく知っているマークのその策略は、見事にルキナ王女の心を殺しその脅威を削いだのだった。

 

 ……そう、マークは己が成すべき事を全て間違いなく実行している。

 この先に待つのは、父が望んだ「絶望」の再演である。

 ヴァルムとの戦争が終結した今、「運命の時」はもうその足音を高らかに響かせて近付いてきている。

 全てが父の思惑通り。そう、その筈だ。

 ……だけれども。

 

 

 

「ほら、マーク。ここから君はどう動かす?」

 

 

 盤面を挟んで向かい合った「父」は、マークに次の一手を示す様に促した。

 その表情は穏やかで、「娘」に対する思い遣りがそこにある。

 盤面上に構築された局面自体は、既に父からありとあらゆる戦術を教え込まれているマークにとっては、眠っていても間違えない程に簡単な局面であるけれど。

 マークの年齢などから考えるとこれをスラスラと解くのは確実に不要な疑念を抱かせてしまうだろう。

 だから、マークはそれとは悟られぬ様に注意しながらも、考え込む様にして盤面を注視した。

 

 ……何故この様な「茶番」に興じているのかと言うと、これが「父」との交流に最適なモノであったからだ。

 マークを「娘」であると受け入れた「父」ではあったが、子供など居はしないしそもそも伴侶と定めた相手すら居ない彼にとって、「娘」とどう接してやれば良いのかと言うものは大変な難題であったらしい。

「父」自身は、自分以外に頼れる者が居ないマークの事を心から案じているし、記憶が無い不安を埋めてやれる様に愛情を注いでやりたいと感じている様であったが。

 そもそも「子供」と言う存在に触れる機会が余りなく、彼の乏しい触れ合いの経験はこの時代のまだ歩く事も覚束無いルキナ王女である。その経験は残念ながらマークとの関係には活せない。

 故に、どうしてやれば良いのかと迷い戸惑っていた「父」に対して、マークの方からそれとなく「戦術」を教えてくれと頼んでみた。

 自分の得意とする分野であった事が「父」の緊張を良い具合に解す事が出来たらしく、最初の方は手探りの様であった「父」との時間も、「戦術」を架け橋とする様に次第に打ち解け合える様なモノになって。

 そうして「父娘」としての時間を共に過ごしていた。

 

 マークとしても、「戦術」に興味がある事を積極的に「父」に示していたお陰で、然程重要ではない戦闘に関しての戦術会議の場に「見学者」として立ち会う事を許される様になったし、時に「子供の気付き」と言う体で戦術に対し適切に助言出来る様になったのは、役目を遂行する上では大きな利点だ。

 だが戦闘に関しては、当然ながらマークの戦闘技術など知る由も無い「父」にとっては、記憶も無いまだ幼い「娘」に人殺しを覚えさせたくは無かったらしく、人と人との戦に出る事は固く禁じられていた。

 屍兵の掃討はどうにか許しが出たが、それでも「父」にとっては苦渋の決断であったらしく、余り良い顔はされなかった。

 マークとしては、ルキナ王女達からの信頼を得る為に、或いは必要ならば戦場の混乱に乗じて彼等を排除する為にも戦場に立ちたかったのだが、まあこの際は仕方が無い。

 ルキナ王女達と違って、マークの年齢が明らかに幼い事も悪い方向に働いてしまったのだろう。

 実際、竜の血を引いていると言う事も無く実際の年齢と肉体年齢が乖離している様な事も無いので仕方ないのだが。

「幼さ」を理由に、戦場となるヴァルムではなく「父」にとっては安全な地であるイーリスに置いて行かれる様な事が無くて良かったと思うしかない。

 

「娘」を演じるマークを疑う事無く、「父」はマークに接していた。

 無邪気な笑顔を疑わず、そこにある思惑など知る由も無く。

「人」である彼にとっては破滅と絶望にも等しいのであろう「運命の時」を辿らせている事を悟る事も出来ずに。

 愚かとも言えるその様に、マークが思う事は何も無い。

「茶番」の様な戦術の講義の時間にも、何も。

 

 マークがわざと時間を無駄に使ってまで「考え抜いて」みせて導き出した答えに、「父」は嬉しそうにその口の端を僅かに緩める。

 

 

「この局面にこの答えが出せるなんて、マークは凄いな」

 

「えへへ、私は天才軍師の「父さん」の「娘」ですから! 

 これ位、パパッと解いてみせますよ!」

 

 

 胸を張る様にしてそう答えたマークに、「父」は優しい眼差しで微笑む。そして。

 

 

「そっか……マークは凄いなぁ……。

 僕が天才軍師だなんて、過大評価な気もするけど。

 これからもマークが誇れる様にもっと頑張らないとね」

 

 

 そう言いながら、父は優しくマークの頭を撫でる。

 それは、幼子を褒める親のそれそのもので。

 そして、マークにとってはどうしようも無い程に父の事を思い起こさせる。

 頭を優しく撫でるその強さも、少しだけマークの髪を崩すその動きも。

 その何れもが、父の手と同じ物であったからだ。

 ……父と「父」は「同じ」存在であるのだから、そう不思議な事では無いのかも知れないけれど。

 だけれども「父」のその手は、何処までも似ているが故に、残酷なまでに父のそれとは異なるものでもあった。

 恐らくそれは、そこにある感情……「人」が『愛』と呼ぶそれ故の差であるのだろう。

 

「父」がマークに向ける全てには、「娘」を想う心が……『愛』と呼ぶべきものが込められていた。

 声音にも、眼差しにも、こうして触れる手にも。

 それは、父のそれとは全く違うモノであった。

 だからこそ、マークは戸惑ってしまう。

 

 マークは、父に自分に対する『愛情』など存在しない事を誰よりも知っている。

 そして、それでも構わないのだと、父から『愛』されていなくとも、マークにとって父が唯一の絶対である事には変わらないと、そう思っていた。

 それは今も何一つとして変わらない。

 

『愛』して欲しいなどと、そんな叶いやしない願いなど抱いた事は無く。

 ただ自分が父にとって『価値』のある存在であれば……役に立つ駒であれば良いと、そう思っている。

 ……それでも。

 どうしてなのかマーク自身にも分からないのに、「父」のその想いに自分で意識する以上に戸惑ってしまう。

 だが、それでマークの中に「父」への『愛』が芽生えたなどと言う事も無い。

 マークにとって父はただ一人だ。

「父」がマークにどの様な『愛』を向けているのだとしても、それでも彼は父ではない。

 ……父でなければ、マークにとっては意味が無い。

 それなのに「父」の想いに感情の揺らぎが生まれてしまうその理由がマークには分からなくて。

 だからきっと、そうやって自分が揺らいでしまっているのは、きっと父の事が心配だからだろうと、答えが分からないなりにマークはそう結論付けた。

 

 実際、「過去」に来てからの父は少し前とは違っていた。

「過去」に辿り着いた時に、「父」と混ざり合ったのだとそう父は言っていたし、その影響で「父」はそれまでの記憶の全てを喪う事になったのだけれども。

 混ざり合ったその時に父から「父」へと力が流れ出た事以外にも、父の方にも恐らく影響が出ていたのだろう。

 父は……以前は自分の事を「僕」と称する事は無かった。

 今の父の口調は、「父」のそれと混ざったモノになっていて、かつてのそれとは同じでは無い。

 元々、邪竜ギムレーとして目覚める前は「父」と同じだった事を考えると、「以前に戻った」と言った方が正しいのかもしれないけれど。

 その「変化」は、マークにある種の焦りと不安を抱かせるには十分過ぎた。

 

 ……もしこのまま、「運命の時」を迎えて、邪竜ギムレーとして覚醒した「父」と父が一つになったその時に。

 果たして父は父のままで居てくれるのだろうか? 

「父」の様な……限り無く似通っているけれども、決定的に違う「何か」になってしまうのではないだろうか、と。

 そんな不安が静かに心に打ち寄せてくる。

 ……だが、マークに一体何が出来ると言うのだろう。

 父が力を取り戻す為にマークが出来る事は、マークが役に立てる事は、このまま「父」をギムレーへと覚醒させる事しか無いのだ。それに、今更止められる筈も無い。

 

「運命の時」は、もう目前にまで迫っているのだから。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 マークは、与えた命を無事に遂行している様だ、と。

 ルフレ達を監視させている者達からの報告書に目を通しながら、ギムレーは僅かに目を細めた。

 

 既に内部にマークを潜り込ませている今、ルフレ達の動向を一々監視する意味は薄れているが。それでも、今までにあった監視を急に解く事は、それに彼等が気付いている訳でなくともルフレ達に何か違和感を与えてしまう可能性があった。

 そう言った小さな穴から一気に計画が瓦解してしまう可能性もあった為、ギムレーは今もギムレー教団の者達による監視を続行させていた。

 

 今の所、マークは無事に潜り込み、ルフレの「娘」として誰からも違和感を持たれずに振舞い、そしてイーリスの者達に悟られぬ様にルフレの身を守っていた。

 ルフレが邪竜ギムレーとして覚醒するその瞬間まで、マークは完璧に「娘」を演じ続けるだろう。

 ギムレーがそう教え込んだ通りに、全てを欺きながら、笑顔の下に悍ましい本性を隠して。そう、その筈だ。

 しかし、ギムレーは報告書に記されていたマークとルフレとの様子に、僅かながらその胸の奥にインクの染みにも満たぬ程の小さな澱みの様なものをそこに感じ取った。

 

 ルフレは……当初はどうであれ、今は疑う事無くマークを「娘」として受け入れ……そして親子の『愛』を注いでいるのだろう。

 最初の内は些か不器用にではあったけれども、それは時間を経るにつれて確かなものとしてそれを見る誰もが感じ取れる程に、ルフレはマークへと『愛』を伝えていた。

 ……ギムレーに理解出来るものでは無いけれど。

 しかし、ギムレーとてかつては「ルフレ」であった者だ。

 ルフレならそうするのだろうと言う事位は想像が付く。

 

 ギムレーには、『愛情』など分からない。

 ヒトがまるで尊い宝物であるかの様に褒めそやし特別視するその「執着」に何の『価値』も感じられないし、ギムレーがその様な感情を何かに対して抱くと言う事も無い。

 恐らく、やろうと思っても難しいものであるのだろう。

 

『愛情』がさもそこに存在するかの様に振舞う事ならば出来るし、相手が望む様な反応を返してやる事も容易い。

 だが、ギムレー自身の感情を何一つとして伴わないそれは、何処まで行っても精巧な「茶番」にしかならないのだ。

 

 ギムレーには対等な関係性を築ける相手などこの世には存在しないし、弱く下等な存在に対する憐憫や庇護欲と言うモノも存在しない。

 故に、ギムレーにとって『愛情』とはこの世で最も縁の無い感情であった。

 マークを『娘』として育て「親子の情」で縛り、最も忠実な駒として育て上げ使ってきたのではあるけれど。

 マークに与えて来たモノには、何一つとして『愛情』など伴っていないのだ。

 少なくとも、ヒトが求め欲しているのであろうそれを、真の意味では与えてやれなかった。

『邪竜の娘』として歪に育ち、ヒトのそれを逸脱した価値観を持つマークではあるけれど、その存在がヒトの範疇のものであり、そしてヒト以外の何物でも無い事は、何よりも動かし難い事実である。

 何時か訪れる破滅を愉しむ為に態とそう育て上げたのは他ならぬギムレーではあるのだが、それが裏目に出てしまうのではないだろうかと。

 そんな疑念が不意に頭を擡げてしまったのだ。

 

 マークが「娘」として接しているのがルフレでなければ、ギムレーはこの様な疑念を抱く事は無かっただろう。

 未来でも、マークは幾度と無くヒトの街や村に潜入してきたし、そうした先で実際の年齢からみても幼いマークは人々から親切に接されていた事は数多くあった。

 だが、そんな「情」はマークにとって無意味であった。

 そう言った価値観になる様に、ギムレーが育て上げて来ていたのだから、それは当然の事である。

 ……だが、ルフレは違う。

 ルフレとギムレーは、覚醒しているかいないかの大きな差はあれども「同じ」存在だ。

 だからこそ、「同じ」存在が、マークが潜在的には求めているのであろう『愛情』を与えた時に。マークはギムレーではなくルフレの方を求めるのではないかと、そう考える。

 

 ギムレーの様な空虚な「茶番」ではなく、ルフレは心からマークを想い、『愛情』を持って接しているのだろう。

 ギムレーが与えられなかったモノを与えているだろう。

 ……マークの「演技」が、何時しか演技では無く本心になっていくかもしれない可能性を、ギムレーは否定しきれなかった。

 ヒトの心など持たぬ上に理解も出来ないギムレーよりも、同じヒトであるルフレの方を望む。

 それを起こり得ないとは、否定出来ない。

 いや、そこまでではなくとも、その想いに「揺らぎ」が生じている可能性は十二分にあった。

 自分が動かせる駒の中ではマークこそがその役目に最適であった為に、ルフレの「娘」として潜り込ませたが。

 しかし、それでマークを喪う可能性に思い至った時。

 ギムレーは自分でも想定しなかった程に、それに対して動揺していた。

 だけれども、どうしてそこまで動揺するのか、この心に揺らぎが生じるのか、ギムレー自身にも分からなかった。

 

 折角手塩にかけて育てて来た優秀な手駒を喪う事が惜しいのか、或いは矛盾を抱えて破滅するその様を眺められなくなるかもしれない事が惜しいのか。

 そんな事を考えてもみたが、そのどれもが当たっている様で、しかし何れもが本質を突いていなかった。

 

 マークを喪ったとしても、確かに優秀な手駒を喪う事は惜しいが、そもそも完全に力を取り戻せばギムレーにとって自分以外の存在の手を借りる必要も無い。

 マークが裏切って「運命の時」を変えようとするのならば流石に大きな支障を来すが、それが目前にまで迫った今の段階でもその様な裏切りの徴候は無く、それについては考える必要は無いのだろう。

 だから、マークを喪ったとしても、ギムレーにとって大きな不利益がある訳ではない。

 万が一手駒が必要になるのだとしても、マーク程の優秀な手駒を手に入れるのには骨が折れるがそれでも他の存在で絶対に代替出来ないと言う程でも無い。その筈だ。

 何なら、その辺りに転がっている幼子を攫ってマークと同じ様に育てれば良い。

 そうすれば、時間は掛かるがマークと同様に忠実な手駒を手に入れられるだろう。

 ……だが、ギムレーは分かっていてもそれを実行しようとは思わなかった。

 力を取り戻せば、手駒など不要なのだ。不要なモノに労力を使う意味など無い。

 それにそもそも、マークがギムレーを裏切ると決まった訳ではない。

 故に、マークの代替を用意しようとは思わないのだ。

 

 

 ギムレーは溜息と共に報告書を閉じ、それを燃やす。

 そして、もう目前まで迫った「その時」の足音に耳を澄ませるかの様に、目を閉じギムレーの為だけに誂えられた神座に座したまま僅かに天を仰いだ。

 

 そう、全ての宿命が交差するまで、後僅かだ。

 喪った力を取り戻し、今度こそこの世界の悉くを滅ぼし平らかな死と絶望の静謐へと導くのだ。

 それこそが、ギムレーの望みだ。

 それだけを目的に、幾千の時を存在し続けてきた。

 それこそが、ギムレーの望みだ、そうである筈だ。

 

 その破滅の祈りは、もう間もなく叶う。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆



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『邪竜と娘』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「運命の時」まで「父」を守り、そして無事にギムレーへと覚醒させる。……それが、マークの目的だった。

『黒炎』の情報でペレジアにまで誘き寄せられた「父」達は、そこで所持していた不完全な『炎の紋章』を奪われた。

 それは想定通りの行動ではあったが、ファウダーは「父」を操る事で聖王から『炎の紋章』を奪わせたのだ。

 それは「父」を追い詰め絶望させる為の筋書きではあるのだろうけれども、ルキナ王女を排除出来ていない状態でその様な奥の手を晒す事は余りにも不可解な事であった。

 

 父はこの様な行動をファウダーに赦したのだろうか? 

 それともファウダーの独断による暴走なのだろうか? 

 マークは色々とその事態に関して考えてみたが、その答えは出なかった。

 もしそれが父の命に依るモノであるとするのならば、どうしてマークは何も知らされていなかったのだろうか。

 無論、「父」の傍に居るマークに父の手の者が不用意に接触する事は出来ないのは分かっている。

 だがそうだとしても幾らでも方法はあった筈だ。

 実際、そう頻度は多くは無かったが、こうして潜入してからも、夢などを介して父がマークに接触してきた事は幾度もあった。

 方法が無い訳では無いのだ。なら、何故。

 ファウダーの独断専行であったと考える方が納得がいくが、その様な行動を父が許すとも思えなかった。

 だが、しかし、と。そうマークが困惑しているその最中。

 マークが危惧していた事態が起こってしまった。

 

 かつての未来で起きた「裏切り」の絡繰りを理解してしまったルキナ王女が、未来の脅威を排除しようとして「父」にファルシオンを向けたのだ。

 結局、「父」への「情」によって彼女は「父」を殺す事は出来なかった。

 ……尤も、ルキナ王女がその剣を止めない様であれば、マークが彼女の命を奪っていただろうが。

 何であれ、ルキナ王女のその行動が「父」に何か悪影響を与えてはいないだろうか、それが父の計画を狂わせてしまうのではないかと、そう心配したけれど。

 しかしマークの心配を他所に、想定外のアクシデントは起きたが、それでも順調に「運命の時」へと向けて全てが動いていた。

 ……少なくともそう見えていたのだ。

 

 

 だが、マークは「父」の強かさと慎重さを見誤っていた。

 ……その事態に気付いた時には、もう手遅れであったが。

 

 仲間達から分断された状態でファウダーとの戦闘を余儀なくされた「父」達は、ファウダーによって一時的に自我を操られた「父」がその手で聖王を殺す事によってその絶望を以て邪竜ギムレーへと覚醒する。

 それが父の描いた筋書き……かつて父が「人」であった時にその身が経験した「過去」であった。

 その「過去」をなぞる様に、全ては動いていた筈だった。

 だが……それはマークにとって予想もしていなかった形で覆されてしまった。

 

 父にとって、そしてマークにとって、「取るに足らない」と判断されていた盤上の駒。

 既に取り除かれたと誰もがそう思っていた筈の者は、己の死を装いながら潜伏し、ギムレー教団の監視の目が「父」に集中していた事によるその監視網の隙を突いて、「運命」を覆す為に暗躍していた。

 そして、その全ての筋書きを用意したのは「父」であったのだ。

 

 何も知らずに「運命の時」を迎える筈であった彼はその実、その未来を父の記憶を「悪夢」と言う形で断片的に覗いた結果朧気ながらも予見していて。

 それを覆す為に、自らに何者かの監視が付いている事を察知した上で行動していたのだ。

 それを、マークは見抜けなかった。

 いや、マークどころか、聖王も、そしてルキナ王女も。

「父」と、その手駒として動いていた西のフェリア王バジーリオ以外の誰も、「父」がその様な策を用意していた事を知らなかった。

 敵を騙すには先ずは味方からと言わんばかりに、「父」はその全てを必要最小限の者達以外から隠し通していた。

「神軍師」と言うその称号も、伊達では無かったと言う事であるのだろう。

 

 ……だが、そうやってファウダーに操られる未来を変えたのだとしても、そしてファウダーを倒したのだとしても。

 それでも、この場に『宝玉』と『炎の台座』が揃っている以上は、「父」を邪竜ギムレーに覚醒させる事は可能な筈であった。

 父は『覚醒の儀』の手順を知っているのだ。

「父」に対してそれを行う事は十分に可能である。

 だから、父はそうするのだろうと、マークはそう思っていたのだけれども。

 

 しかしマークの予想に反して、父は「父」に無理矢理『覚醒の儀』を行いはしなかった。

 父は、ギムレーとして覚醒する「父」の為に用意されていた贄を喰らう事で力を取り戻し、【竜】としてのその本来の姿を形作ろうとする。

 そして、邪竜ギムレーは蘇ったと、そう宣告した。

 

 ……だが……。

 用意された贄を喰らっただけでは、足りない筈なのだ。

 その程度では到底足りないからこそ、父はギムレーとして覚醒した「父」と一つになろうとしていたのだから。

 それを知っているマークは、贄を喰らった力で【竜】としての姿を取り戻しゆく今の父の状態が酷く不安なモノである事をよく知っていた。

 本来の力の半分にも満たない状態である筈なのだ。

 だからこそ尚の事。

 どうして「父」を捕らえ『覚醒の儀』を行おうとしないのかが分からなかった。

 

 邪竜ギムレーが蘇ったその余波で『竜の祭壇』が崩落し始めたその混乱の最中、マークは「父」の傍を離れて父の下へと向かった。

「父」を監視し護衛する命はまだ解かれていないが、当初の筋書きから外れた現状では、その任よりも父の事を優先すべきだと思ったのだ。

『竜の祭壇』を脱出しようと、祭壇の奥にまで入り込んでいたイーリス軍が混乱しているその最中。

 

 マークは、確かに「父」が自分を呼んでいるその声を聴いた。

 

 それに振り返る事無く、マークは【竜】の姿へと変わりつつある父の下へと駆け寄るのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 父に、独断で「父」の下を離れてしまった事を咎められる事は無かった。

 完全ではないものの力を取り戻した今、その程度は父にとってはどうでも良いのかもしれないし、或いはそれに気を払う余裕が無いのかもしれない。

 贄を取り込む事で力を取り戻し【竜】としての身体を取り戻したのではあるけれど。それでも完全な状態ではないが故にそれは酷く不安定で。

 今の父は、【竜】としての身体とは別に、「人」の身体も同時に存在させなくてはならないと言う酷く不安定で歪な状態になっていた。

「父」を取り込めば、そして彼の奥底でまだ眠りに就いている邪竜ギムレーとしての力を喰らって一つになれば、父の状態は安定し、そしてかつて以上の力を得る事も出来る。

 父は、マークに対してそう説明した。

 

 ……だからこそ、マークは解せなかった。

 あの時、独断で「父」の傍を離れなければ、今も「娘」としてその傍に居れば。

 その隙を突いて「父」の身柄を確保する事も出来たのだろう。

 その機会を、マークは自ら捨て去ってしまったのだ。

 それなのに、父は何も言わなかった。

 それどころか、不自然な程にマークを「父」に近付けようとはしなかった。

 

 失態を挽回する為にも、混乱の最中に『炎の紋章』を奪取しそして『覚醒の儀』を行い神竜の力を借り受けようとしている聖王や「父」達を、『覚醒の儀』を行われる前に襲撃しようと、屍兵達を借り受けてマークが奇襲をかける策を父に進言した事もあった。

 屍兵の運用にも慣れているマークならば、単調な作戦行動しか取れない屍兵自身に任せるより、そして他の教団の者達に任せるよりも、より高度な作戦を実行出来るし、借り受ける屍兵の質にもよるがイーリス軍を相手取って勝つ事だって出来るだろう。

 ……だが。

 父は、屍兵達にイーリス軍を襲撃させたものの、マーク自身には出撃を許可しなかった。手駒としては最も有用な者である筈なのに。マークは任されなかったのだ。

 初めての事態に、マークは狼狽えた。

 

 父は、自分の愉悦に関する事以外では、極めて合理的に行動する者だ。

 それなのに、最も合理的と思われるのにマークに役目を与えなかった。

 それは、父から最早マークは役に立たないモノだと見做されているが故だろうか。

 その想像はマークにとって余りにも恐ろしいモノであった。

 

 役に立たないと、不要な駒であるのだと。

 そう父から判断され、もう父の役には立てない。

 父にとって、『無価値』な有象無象に成り下がる。

 己の価値の全てが父を中心にして存在しているマークにとって、その事実は余りにも残酷で。

 この世で起こり得る何よりも恐ろしい事だった。

 

 マークにとって、死は……自身の存在の終焉は恐ろしくもなんともない事だ。

 所詮は「人」でしかないマークは父と違ってそう遠くない内に死ぬ。

 寿命が尽きるのでなくても、父が世界を滅ぼし尽くした時点で不要になったマークは処分されるだろう。それは最初から分かっている。

 ただ……死ぬにしても、父の役に立って死にたかった。

 父にとって価値がある「死」であって欲しいのだ。

 この命の最後の一滴まで、父の為に使いたかった。

 だが、父にとって自分の全てが無価値になったのなら、それは叶わない。

 父にとって自分が目に映す価値すら無くなってしまったのなら、一体どうすれば良いのだろう。

 

 マークは『邪竜の娘』だ。

 例えこの身が「人」以外の何者にも成れないのだとしても、それでもそれ以外の生き方など知らない。それ以外の生き方を望んでいない。

 なのに、それを否定されてしまったら……。

 

 そんな不安に苛まれ続けていたマークであったが、しかし父はマークを処分したりする事は無く、またその存在を無視する事も無かった。

 少なくとも、その表層上は以前と何も変わらない様に見えたのだ。

 だからこそ、マークにとっては余りにも不可解であった。

 何かがおかしい事は分かるのに、その原因も、そしてどうすれば良いのかが分からない。

 それなのに時間だけは刻一刻と過ぎて行くのだ。そして。

 

 結局、屍兵達だけでは「父」たちを止める事は出来ず、聖王は『覚醒の儀』を果たして神竜の力を得てしまった。

 神竜の力を得たからと言って、「人」でしかない聖王たちと、強大な【竜】である父との差がそう縮まった訳では無い。

 ……だが、聖王たちが父を封じ得る手段を手に入れた事には最大限の警戒をせねばならないし、何よりも今の不安定な状態の父ではその本来の力の半分も引き出せない事の方が問題であった。

 時間さえあれば少しは安定させられるかもしれないが、今の状態では神竜の守りを突破して一息でイーリスの城下を焼き払う様な無茶は出来ない。

 

 そんなマークの不安は的中し、聖王たちとの決戦の火蓋は父の【竜】の身体の上で落とされたのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 神竜の余計な手出しによって本来なら来れる筈も無い、広大な【竜】の背の上に完全に武装した聖王たちが現れた。

 考えられる事態の中でもかなり悪い方ではあったが、ある意味では標的である「父」が、のこのこと父の手の内に落ちてきたと考える事も出来なくは無い。

 何にせよ、聖王たちを倒し、そして「父」を取り込めさえすれば、父の目的はやっと叶うのだ。

 父と「父」たちとの力の差は未だ歴然としていて、そして手駒となる屍兵は無尽蔵に近い程にまだ残っている。

 戦力としてはこちらが上である。

 勝てる戦いである筈だ。

 ……それでも、こびりつく様な不安を拭い切れなかった。

 

「父」達は『竜の祭壇』の混乱の最中に喪ってしまったと思っていたマークが父の傍に在る事を驚き、そして口々に戻ってくる様にだとか、目を覚ませだのと言い募ってくる。

 だが、それにマークが応える事は、当然ながら無い。

 

 父は聖王たちを人質として「父」に自ら降伏し一つになる様にと迫り、そして「父」が迷っている間に強引に己の内に引き摺り込んだ。

 そして、抵抗するその心も力も削いで、ゆっくりと同化させようとしたその時。

 忌々しい神竜の邪魔が入ってしまった。

 

 息も絶え絶えの状態になっていた聖王たちを回復させ、そして【竜】の領域の中で孤独に融けていくしか無かった筈の「父」の下へと彼らの声を届かせ、その繋がりを利用して「父」を領域から釣り上げたのだ。

 父にとっては、同化しようとしていたその矢先にそれを無理矢理引き剥がされた様なものである。

 神竜の横槍によって父が表面上はそうは見えなくとも少なくないダメージを負ってしまったのが、マークには分かってしまった。

 これで、父は【竜】としての力を存分には揮えなくなってしまった。

 もう一度無理矢理「父」を取り込む事も難しい。

 少なくとも、抵抗など出来ない程に叩きのめしてからでないと出来ないだろう。

 唯一喜ばしい点があるとすれば、死の淵に在った聖王たちを無理矢理回復させるなどと言った荒業を敢行した神竜の側も、もう何か余計な横槍を入れる余裕など無いであろうと言う事だ。

 少なくとも、この戦いに決着が着くまでは、現世にロクな介入など出来やしない。

「奇跡」は、一回きりなのだ。

 

 だから後はもう、暴力と暴力のぶつかり合いで決着を付けるしかない。

 父とマークにとっても、「戦い」になるのはこれが最後になるのだろう。

 勝って父が完全に力を取り戻せば、この先に在るのは「戦い」ではなく、終始一方的な虐殺でしかないのだから。

 マークが駒として父の役に立てるのもこれが最後であるのかもしれない。

 だからこそ、負ける訳にはいかないのだ。

 

 父と二人で屍兵の大軍を指揮し、イーリス軍へと突撃させる。

 イーリス軍はその屍兵の荒波に、「父」と聖王の指揮で対抗してゆく。

 人と屍兵がぶつかり合い、互いに押し合い潰し合う。

 屍兵は無数に召喚され続け、一体が倒され塵に還ったとしても直ぐ様その塵を振り払う様に後続の屍兵が押し寄せていく。

 単純明快なまでの物量戦を仕掛けられるのが屍兵の利点だ。

 死の恐怖も何も無いが故に、命じたそれを愚直なまでに実行する。

 使い方を誤ればただの木偶の坊にしかならないが、戦術を駆使し指揮出来る者が居れば、それは死を恐れない最強の群れになるのだ。

 尽きる事無く押し寄せる屍兵達によって、イーリス軍は次第に押され周囲を包囲されていく。

 

 だが、もう擂り潰されるのを待つばかりの状況になっても、「父」達の目に諦めは無かった。

 そして、信じ難い事に、少しずつ少しずつであったが、屍兵の荒波を押し返してくる様になったのだ。

 何故なのか、マークには全く見当も付かない事であった。

 屍兵たちは死を恐れる事も無くそして疲れでその性能が劣化する様な事も無い。

 思考能力に乏しい欠点はあるが、それもマーク達の指揮によって補われている。

 それに対して、「人」は死や生命の恐怖に晒されてはその正常な能力を発揮出来ぬ事も多く、何よりも動き続けていれば容易に疲労しその能力は落ちる。

 それでいて、どうして諦めないか。

 どうして抗おうとするのか、どうしてその目には絶望以外が灯るのか。

 それが全く理解出来ない事であった。

 

 自分達に神竜が付いている事への信頼なのか。

 或いは、彼等にとって、「父」や……そして聖王の存在とは、恐怖すら振り払う程の希望であるのか。

 全く分からない。だが、理解を超えたそれは、傾き今にも落ちかけていた天秤の皿を押し上げ、それどころかその均衡を更に傾けようとすらしていた。

 

 次第にこちら側に不利に傾きつつある戦況をどうにか支え立て直す為に、屍兵を指揮するだけでなくマーク自身も戦いの駒として戦闘に加わった。

 魔法を放ち、剣を振るい、必死に「父」達と切り結ぶ。

 父も、泰然とした態度から、本気で目の前の障害を排除する為に力を揮い始める。

 それでも、止まらない。

 

 

 夥しい血が【竜】の背の上に流れ、それ以上の塵が風の中に溶けていった。

 中天から離れつつあった日は既に傾き、世界を赤と橙に染めている。

 そんな西日が世界を照らす中で。

 父は、聖王を前にして膝をついていた。

 そして、魔力を全て絞り尽くすまで使い果たし、身動きの取れぬ様に拘束されたマークは、何もする事が出来ない。

 ただ黙って、全てが終わってしまうのを見ている事しか出来ない状態にあった。

 

 本来は、勝てていた筈なのだ。

【竜】と「人」。

 何れ程「人」が群れようと、何に縋ろうと、その力の差は何をしても覆す事など出来ないのだから。

 いや、こうなる前に決着を付ける為の選択肢は無数にあった筈だった。

 それでも、マークはそれを選べなかった。

 そして、父もそれを選ばなかった。

 その理由が何であれ、マーク達は勝てなかった。

 父は、マークは、負けたのだ。

 

 聖王の身に宿った神竜の力によって、父は千年の眠りを与えられるのだろう。

 ……「人」でしかないマークが父と再び巡り逢う事は、二度と叶わない。

 喪ってしまう、と。その恐ろしさにマークは震えた。

 

 マークにとって、父は絶対の存在であった。

 弱く儚い「人」と違いその身に死など訪れる事は無く。

 マークが死んで骨になり、その骨が塵に還った遥かな先の未来でも永遠にこの世に在り続ける存在。

 それがマークにとっての父、邪竜ギムレーと言う存在であった。

 マークが何時か父よりも先に死ぬ事など最初から分かっていた。

 だからこの命を父の為に使いたかった。

 だけれども、父が先にマークの前から消えてしまう可能性など、一度も考えた事など無かった。

 

「封印」は、「死」とは違う。

「封印」されたからと言ってその存在が「零」になる訳では無く、千年の後には再びこの世に蘇るのだろう。

 だけれども、その千年の後の世にマークは決して存在出来ない。

「時の扉」を開いてその遥かなる「未来」を目指すのだとしても、ただの「人」でしかないマークにはそもそも「時の扉」を開く事など出来はしないし、この世にマークの目的の為に千年後に繋がる「時の扉」を開ける者など存在しないだろう。

「封印」されてしまったら、マークは父を永遠に失う事になるのだ。

 それは、父にとって自分が『無価値』になる事以上に、マークにとっては恐ろしい事であった。

 

 

「父さん……!」

 

 

 父を呼ぶマークのその声は、聴き間違える事など無い程に震えていた。

 だが誰に何を乞うた所で、父が「封印」される未来を変える事は出来ない事も分かっている。

「父」たちにとって、「人」にとって。

 邪竜ギムレーの存在を許す理由などこの世には何一つとして無いのだから。

 忌避され憎悪され……「人」がそう言った感情を向けるに十分過ぎる程の行いを、父とマークは「人」に対し行ってきた。

 実際、逆であるならば誰がどんな命乞いをしようとも一顧だにせずに皆殺しにしていただろう。

 だからこそ、マークが何を言っても無意味だ。

 それでも、父を呼ばずには居られなかった。

 

 この世でたった一人の父なのだ。

 マークにとっての全てなのだ。

 だからどうか、奪わないで欲しいのだ、と。

 

 そんな余りにもムシが良過ぎる願望を、恥知らずにも、或いは己の罪科を弁える事も無く、そう叫びたかった。

 だが、その言葉はマークの喉から零れ出る事は無かった。

 

 

 

「役にも立たない虫ケラが、我を「父さん」、だと? 

 身の程を弁えろ。我はお前の「父」などでは無い」

 

 

 

 父は、未だ嘗てマークに向けた事など無い様な。

『無価値』なモノを見る様な眼差しを向けて、吐き捨てた。

 

 突然のその言葉に、マークは思考を停止させる。

 どうして、何故、と。

 その様な想いばかりがグルグルと頭の中を廻り続け、何も言えない、何も出来ない。

 

 マークへの暴言に、「父」たちは益々険しい顔を父へと向けた。

 その眼には、軽蔑にも等しい感情が混ざっている。

 

 

「少しは役に立つ手駒になるだろうかと思って、器達から逸れていたお前を攫って偽りの記憶を与えてみたが……。

 全く何の役にも立たんゴミでしか無かった様だな。

 偽りの記憶に支配され、我に「父さん」「父さん」と纏わりつくその様は愉快であったが……」

 

「黙れ! それ以上口を開くな!!」

 

 

 嘲笑する様にその口の端を歪めた父に、「父」は怒りを抑える事も無いままに吐き捨てた。

 そして、聖王は父に止めの一撃を与える為に神竜の力を宿したファルシオンを振り上げる。

 既に満身創痍の父には、もうそれを避ける力など残っていない。

 

 己を切り裂き、千年の眠りを与えるであろうその刃を憎々し気に見上げた父は。

 だが何故か、その口元に。

『娘』であるマークでなければ気付けない程本当に微かに、満足気な「笑み」の様なモノを浮かべた。

 それは決して、つい一瞬前までマークを侮蔑し嘲笑うかの様に浮かべていた酷薄なモノとは全く違うもので。

 

 それを見た瞬間、マークは──

 

 

 

 次の瞬間、今にも途切れそうな意識の中で。

 心臓が潰れてしまいそうな程の痛みと、そして肩口を大きく切り裂かれた焼け付く様な激しい痛みがマークの身を蝕んだ。

 既に尽きていた筈の魔力を無理矢理に絞り出しての空間転移は、マークの身に不可逆な死を決定付ける。

 だが、マークはまだここで死ぬ訳にはいかなかった。

 

 マークは、抱き縋った父の身体を何があっても決して離さぬ様に強く抱き寄せる。

 そして、突然に目の前にマークが現れそれを斬り捨ててしまった事に動揺する聖王や「父」達に構う事無く、再び空間転移の魔法を使った。

 

 それが、己に出来る最後の献身であると、そう信じて。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆



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『父と娘』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 勝てる筈だった。

 相手は取るに足りない虫ケラ共だと、そう思っていた。

 それでも、少しでも自らの身を脅かし得る存在に対し、ギムレーは全力で相対した。

 だが……油断したつもりは無いが、そこに慢心が無かったとは言えない。

 何であれ、ギムレーは聖王たちに敗北した。

 千年前と同じ様に……或いは二千数百年前のあの閉ざされた闇の底での戦いと同じ様に。

 

 勝てる筈だった。負ける筈など無かった。

 相手はギムレーからすれば取るに足りぬ「ヒト」でしかなく、例え【竜】にとって脅威である神竜の力を得ているのだとしても、それはほんの欠片程度でしか無く。

 地を這う蟻の群れが人の靴に噛り付いても何の意味も無い様に、ギムレーにとって脅威とは成り得ない筈だった。

 

 二千年前よりも、ギムレーは力を付けた。

 千年前よりも狡猾さを学び、ヒトが持つ脅威を知った。

 今度こそ、全てを滅ぼす筈だった。今度こそ、狭い瓶の中で育てた憎悪を以てこの世の全てを破壊する筈だった。

 だが、それでも勝てなかった。

 ヒトなど虫ケラでしかない筈なのに、それでもギムレーは三度ヒトに敗北した。

 一体何が間違っていたのだろうか。一体何を見落としていたのだろうか。

 一体、何を選ぶべきだったのだろうか。

 

 運命の最大の分岐点は、過去へと向かったルキナ王女を追った事なのだろう。

 或いは、無理矢理にルフレをギムレーに覚醒させて取り込めば良かったのだろうか。

 恐らく、こうして敗北する事無く勝利を収め世界を滅ぼす可能性は当然あった筈なのだ。

 だが、そうである筈なのにギムレーは敗北した。

 存在した筈の可能性の悉くを、ギムレーは選ばなかったのだろう。

 何故なのか、それはギムレー自身にも分からなかった。

 

 敗北し、千年の「封印」を避けられぬ状況に至った時。

 ギムレーの心を過ったのは『娘』の事であった。

 

 

 千年の眠りは屈辱であり憎悪し忌避すべきものではあるけれども、それは「死」ではない。

 だが、ギムレーが封じられ後に遺されたマークを待つ運命は、「死」以外の何物でも無いだろう。

 世界の破滅に加担した者を、見逃す程聖王たちも愚かではあるまい。

 

 マークの「未来」を考えた時、ギムレーは今の己に一体何が出来るのだろうかと考えた。

 ルフレ達は今もマークに対し一定以上の「情」がある様であり、こうしてギムレーの側に付き敵対していても何処かそれを受け入れ難く思っている様であった。

 

 だから。

 ギムレーは、マークを突き離した。

 

 洗脳され付き従っていただけの「被害者」であるのだと、『邪竜の娘』などではなく、ただのヒトの子供であると。

 そうルフレや聖王たちが理解する様に。

 ギムレーが封じられた後の世界で、マークが生き延びる事が出来る様に。

 

 ギムレーの言葉によって、マークの顔色が見る見る内に固く険しいモノになるのが見えた。

 信じて付き従っていた筈のギムレーに、この様な状況で斬り捨てられたのだ。

 自らの存在の足場の全てが突如崩れ落ちてしまった様に感じているのかもしれない。

 

 ……マークには、恨まれるのだろうか? 

 それは分からない。だが、それでも良いと、ギムレーはそう思った。

 どうせこの身はこの世の全てから憎まれ否定されている存在なのだ。

 娘から恨まれる程度、今更何も変わらない。

 

 千年後、そこにマークが存在する筈は無いけれど。

 もしかしたら、マークの血を継ぐ者達が何処かに居るのかもしれない。

 ……そうであるならば、千年の後の世でその者に会ってみるのも良いだろう。

 マークの様に『我が子』として傍に置くかは分からないが、それは千年の後の世での楽しみの一つになる筈だ。

 

 だけれども、自らに終わりを齎す一撃はギムレーの身を切り裂く事は無かった。

 その代わりに、ギムレーは突如現れたマークによって抱き締められ、聖王が振り下ろしたファルシオンはマークの身を深く切り裂く。

 そして次の瞬間には一瞬の意識の空白の後に全く見知らぬ場所にギムレー達は居た。

 

 

 空間転移の魔法であると、ギムレーは直ぐ様気が付いた。

 だが、マークには最早その様な高度な魔法を使えるような魔力は既に残されていなかった筈だ。ならば。

 

 ギムレーの身体を強く抱き締めていた筈のマークの身体が、まるで糸が切れた操り人形の様に力を喪い、ギムレーの身体に寄り掛かる様な形で崩れ落ちた。

 ギムレーはその身体を咄嗟に抱き締め、抱え直す。

 その背中を大きく切り裂いたファルシオンの傷痕から溢れる様に流れ続けるその赤い血は、塞がる様な気配など全く無く、その命の砂を零し続けている。

 

 だが、それ以上に。魔力が枯渇した状態で無理矢理に魔力を絞り出した事が命を燃やし尽くしてしまっていた。

 枯渇していた筈の魔力を無理に引き出し、空間転移を二度も行ったその代償は余りにも重かった。

 今のマークに残されているのは、命の燃え滓に残ったその余熱だけだ。

 それですら、もう間も無く尽き果てるのだろう。

 それは、ギムレーですらどうする事も出来ない。

 その死の定めをどうやっても覆せないのだ。

 

 もし、今のギムレーが満身創痍でなければ、或いはこの身に本来の力が戻っていれば……。

 ……だが、それでも不可能であっただろう。

 その命の器自体がひび割れ壊れてしまっているのだ。

 そこにどんな力を注いでも、それを元に戻す事など出来ない。

 神すらも凌駕する力を持っていたとしても、ギムレーには何かを癒し修復する力など無いのだから。

 

 ……屍兵にする事ならば、出来たのかもしれない。

 生前の性能を殆ど劣化させる事無く屍兵に変える事ならば、出来たのだろう。

 それでもギムレーには、マークを屍兵に変える事が自分に出来るとは思えなかった。

 

 

 

「とうさん……」

 

 

 半ば黄泉路を下りつつあるマークは、震える声でギムレーを呼ぶ。

 それに何も言えないまま、ギムレーは血の気を喪いゆっくりと冷えていくマークの手を握った。

 

 

「にげて……ください……。わたしを、たべて……。

 すこしでも力を……とりもどして……。

 いつか……、力を、かんぜんに……とりもどして……。

 そして……」

 

「もう良い……喋るな……」

 

 

 黙らせたとしても、マークの命はもう助からない。

 それは分かっているのに、それ以上マークの言葉を聞き続ける事に、ギムレーは耐えられなかった。

 ギムレーの腕の中で、マークは震える声で問う。

 

 

「わたしは……とうさんの、やくに……たてましたか? 

 わたしは……とうさんの、むすめとして……ちゃんと、とうさんのために、……なにか、できましたか……? 

 わたしは、とうさんのむすめだと、そうおもっても……」

 

 

 震えるその声には、次第に光を喪っていくその瞳には。

 懇願し訴えかける様な感情が籠っていた。

 

 ……何故、その様な目を向けるのだろう。

 何故、その様な事を問うのだろう。

 ギムレーは、マークを突き放したのだ。

 マークにとって何よりも残酷な言葉の刃でその心を切り裂いたのだ。

 それで何故、どうして……。

 

 ……ギムレーには、全く理解出来ないモノであった。

 だけれども。

 

 

「……ああ、そうだ。お前は、よくやった。

 お前は、我が娘として……『邪竜の娘』として、その役割を十分に果たした。

 ……お前は、誰がどう言おうとも、我が娘だ……。

 我だけの、娘だ……」

 

 

 ポツリポツリと、自然と喉から零れ落ちたその言葉に。

 マークは、嬉しそうにその目を細め、そしてその口元を柔らかく緩ませる。

 そして、その肺に残った最後の息を吐き出す様に、静かに溜息の様に言葉を零した。

 

 

「わたしは、とうさんの……むすめ、です……から……。

 とうさんの……いちばんの……──」

 

 

 そして、満ち足りた様に微笑んだまま。

 マークは、ギムレーの腕の中で静かに息を引き取った。

 途端に、命を喪ったマークの身体は重みを増す。

 

 ギムレーは、マークを抱えたまま、その場を動かない。

 何処かに身を潜める様な力すら、もうギムレーには残っていなかった。

 ……マークの身に遺された微かな【竜】の力を取り込めば、少しは動ける様になるかもしれない。

 マーク自身も、それを望んでいたのだろう。

 だがそれでも。

 己の命を繋げる為に成すべき事は分かっていても。

 ギムレーには出来なかった。

 

 だからギムレーは何も言わず、マークの亡骸をその腕の中に抱いたまま、「その時」が訪れるのを黙って待った。

 その胸の中に在るのは、永遠に答えの出ない疑問だけだ。

 

 どうして、マークはギムレーの為に命を擲ったのか。

 どうして、その心を無惨に切り捨てた筈のギムレーを最後まで想っていたのか。

 

 マーク程の理解力があれば、あの場で何もしなければ自分は助かっていただろう事位は分かっていただろう。

 ギムレーの事を最後まで慕うつもりなら、あんな風にその身を擲つのではなく、ギムレーを復活させる為の組織を密かに再興すれば良い事も分かっていた筈だ。

 いやそもそも、ギムレーの復活に心血を捧げなくても。

 ただ生き延びてくれるだけで。

 本当にただそれだけでも、ギムレーにとっては良かったのだ。

 だが、マークは……──

 

 

 ふと背後に気配を感じ、振り返る。

 そこに居たのは予想していた者では無かったが、それでも確かに此処に辿り着いてもおかしくは無い存在だった。

 

 

「……死んだのか……?」

 

 

 誰が、等と一々言葉にする必要など無かった。

 だから、ギムレーは、ただ一言。

「そうだ」、とだけ答えた。

 ギムレーの腕の中で静かに眠るマークに目をやったルフレは、僅かに痛みをそこに映す。

 

 

「マークは、お前の娘だったのか……?」

 

「……ああ、そうだ。お前のではない。

 我の……。……我が唯一、『娘』とした者だ」

 

「そうか……」

 

 

 それ以上の言葉は、互いに必要無かった。

 共に、マークを『娘』とした者なのだ。

「同じ」存在である以上に、その共通項だけで十分だった。

 

 恐らくは神竜の力によってギムレー達の転移先まで追ってきたのだろうルフレは、静かにギムレーへと向き合った。

 その横に聖王の姿が見えない事は意外だったが、ギムレーの訝しむ様な眼差しに、ルフレは静かに答える。

 

 

「神竜ナーガに頼んで、クロムよりも先に僕が来たんだ。

 クロムもそう時間を置かず此処に来るだろうけど……。

 でも、その前に僕が終わらせる。その為に此処に来た」

 

 

 ルフレのその言葉に、彼が何をしようとしているのかを察したギムレーは、「ああ……」と零す。

 

 

「お前が……我を討つつもりなのか。

 ……確かにそれならば、我は真に消滅するのだろうな。

 ……だが、良いのか? 

 我を討つと言う事は、則ちお前もまた……」

 

 

 己が完全に消滅するのだと言う事実に思い当たっても、ギムレーにはそれを拒絶しようと言う意志は無かった。

 そもそも、身動きすら出来ない現状では、それを避ける術など何処にも無い。

 だが、ギムレーはそれで良いとして、死を恐れそれから逃げ回る事を常とする「ヒト」であるルフレにとってその選択を選ぶつもりなのかは疑問があった。

 だが、ルフレは静かに頷く。

 

 

「構わない。その覚悟はもう決めている。

 お前のした事を僕は絶対に許さないけれど……。

 だが、お前は僕でもあるんだ。

 ……そして、共にマークの「父」だった。

 だから、その罪も何もかもを、僕が一緒に背負ってやる。

 ……一緒に逝ってやるよ」

 

「そうか…………」

 

 

 別に、ルフレが共にこの世から消え失せる事に何の感傷も無いし、何の感謝も無い。

 自己犠牲に酔っているだけではないのかとすらギムレーは思う。

 だが、マークの「父親」だと言うその言葉には、僅かながら共感の様なものを抱いた。

 しかし、ギムレーがそれを言葉にする事は無い。

 

 ルフレは、その身に存在していた僅かな『邪竜ギムレー』としての力を以て、ギムレーの胸を穿った。

 己に終焉を齎す一撃は、思っていたよりも静かなもので。

 この身が静かに崩れ消え行くのを感じるだけだった。

 ギムレーは、消えゆく中で腕の中のマークを見詰める。

 

 

「父親よりも、先に逝くか……。

 全く、我が娘ながら、思い通りにはならぬな……。

 ……その様な事を、教えた覚えなど、無いのだが……。

 ああ、全く……。

 ヒトと言ういきものは、……度し難い……」

 

 

 最後まで、ヒトと言う生き物をギムレーが理解する事は出来なかった。

『愛』も、ギムレーには分からない。ただ。

 

 ギムレーがマークの『父』である事だけは、確かだった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 かつて、この世界には『邪竜ギムレー』と言う名の、恐ろしく強大な【竜】が存在していたと、そんな伝説がある。

 人の世の歴史に二度現れ世界を脅かしたその【竜】は、英雄たちの手によって完全に打ち滅ぼされたと言う。

 その後、邪竜ギムレーの名はどの様な歴史書の中からも消え去り、二度とは現れなかった。

 今では、そもそも『邪竜ギムレー』などと言う【竜】は実在しなかったのではないかとすら言われている程だ。

 

 そんなお伽噺の様な伝説の中で、かつて英雄たちが世界の命運を賭けて『邪竜ギムレー』と最後の決戦に臨んだと伝えられている場所。

 ……かつては「始まりの山」と呼ばれていたその地に、人々の目から隠される様に、小さな墓が二つ並んで存在する。

 長い年月を経る内に小さく削れてゆき苔生したその二つの墓には、どうやら最初から名前が刻まれた痕跡が存在しなかった。

 それ故に、その墓に誰が眠っているのか、どの様な理由でそこに墓が存在しているのかを知る者は、この世には誰も居ない。

 

 ただ……寄り添い合う様に並んだ二つの墓は。

 永い永い時の中で完全に風化し崩れ去るその日まで。

 何を語る事も無く、静かにそこに佇み続けるのだろう。……何時かの遠い過去の名残を、そこに留めながら。

 

 そこに眠る者達の魂の小さな安らぎを、静かに守り続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




最初は短編集の方に投稿してたんですけど、微妙に長いので独立させました。
これにて、邪竜とその娘の話はおしまいです。
FEHの『想いを集めて』で何を話すのか、楽しみですね。

もし宜しければ、感想・評価をお願いします。


FE関連の作品として、
『FE覚醒短編集』(ルフルキ&ギムルキ&クロルフなど)
https://syosetu.org/novel/152474/

『王女の軍師』【完結】(ギムルキ、マルチエンド)
https://syosetu.org/novel/142011/
もありますので、もしご興味があればそちらもどうぞ。


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