天を翔ける、されどその翼は黒く (紅小豆)
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Ⅰ
あーどうもどうも、皆さんに顔を見せるのも何年ぶりかな?(笑)
僕ですよ、旧多二福です。そうそう!あの時准特等にコテンパンにされちゃった外道です。
結局あの後地獄に送り込まれちゃいまして、その間色んな試練に耐え抜いてやっと全部乗り越えたところなんですよねぇ。
ちなみにキッショーさんはたった一年で全部の試練終えたって知ってます?やっぱやべぇわ、あの人(笑)
そんなこんなで今神様に呼ばれて目の前で正座してます。見た感じ結構低身長で笑えますね。おおっと危ない危ない(笑)バチが当たっちゃう。今から何言われるんですかねぇ、あぁ怖いなぁ。
「アンタ、地獄の試練は全て終わったんだな?」
「ええ、バッチリ終わりましたよ」
「そうかそうか、じゃあ今から転生してもらおうか」
へ?もう転生ですか?てっきり300年くらいここに縛られると思ってました。
「え?もうですか?緩くないですかここ?」
「当然だ。これが俺のやり方だから」
「ククッ、言わせてもらいますけどあなたって本当に神様失格ですよ」
「よく言われるな、まぁ安心しろ、今度ばかりは”普通に生きさせてやる”」
はぁ、覚えてらっしゃるんですねぇ、まぁ神様だから当然か……こっち側に来てから良かったことなんて一つもありませんでしたが、そのことについてだけは感謝してますよ。
「ほら、この扉をくぐったら次の人生が始まる。せいぜい楽しむんだな」
はいはい、今度ばかりは”普通に生きさせて貰います”。
というわけで、旧多二福、人生2周目スタートいたしましたぁッッッッッ!!!!
いやぁ幼少期は本当に良い環境で過ごせましたよ。何より家族に恵まれましたねぇ、一人っ子で忌々しい兄弟もいないですし、お父さんはあのクソジジイとは違っていい人ですし。
学校に関しても概ね良かったですね、良いクラスメイトに恵まれましたよ。まぁクラスに数名死んで欲しいクズはいましたが、全員途中で転校していっちゃいましたね、チョー笑えます(笑)
それより聞いてくださいよ、この世界、人間の他になんかすごい種族がいるんですよ。ウマ娘って呼ばれててですねぇ……頭にウマの耳が付いてて、普通の人間とは比べ物にならないくらい足が速いんですよ!見た感じキッショーさんの2~3倍くらいの速さです。しかもその子達でレースもしたりするんですよ!
いやぁ、あれは凄かった初めて生でレースを見た時、珍しく熱中してしまいましたよ。これがきっかけでウマ娘に興味湧いてきたんですよ。いやー、この僕の興味をここまで引く存在が現れたとはッ!我ながらビックリです(笑)
そういうわけで大学に進学してからはウマ娘を指導し育成していく仕事、”トレーナー”になるための勉強を始めたんです。今考えたらこんなことやってるなんてなんか僕らしくないですよね(笑)
まぁ見事在学途中でなんとなんとか合格できちゃいましたよ。それで卒業と同時にトレセン学園からスカウトの手紙が届いちゃいました。そういうわけで、僕のトレーナー人生がスタートしたわけです。
学園に入ってすぐは、先輩トレーナーさんのトレーニングを見学したりとか、ここにいる色んなウマ娘の資料を見たりとかしてました。あと先輩には色んな方がいらっしゃいますね、キジマさんみたいな方はさすがにいませんでしたが……。
トレーニングを見た感じ結構トレーナーにも負担がかかりそうですねぇ。僕力仕事苦手なんだよなぁ……まぁ前職に比べればこれくらいラクなもんですよ。あんな仕事、もうコリゴリですから。
あっ、それと生徒会長さんにお会いしてきましたよ!なんというか、独特なギャグセンスをお持ちのようで、すごい面白い方でしたよ(笑)
「おい旧多、そろそろ時間だ、行くぞ」
「あ、はい、わかりましたぁ……」
というわけで、今から模擬レースを見に行って来ますね。
今日は学園の模擬レースの日、選抜レースも近いからでしょうか、観客席にいる私にも緊張感が伝わってきますわ。
ちょうどその時観客席に入ってくる二人の人影が視界の端に映りました。1人は何人ものウマ娘を育ててきたベテラントレーナー。トレセン学園最強と言われているようなチームを率いている方で、彼の指導を受けたいと思う方も多いですわ。もう1人は確か、最近入ってきた新人トレーナーですわ。なにか話をしているようですね……。
「それで、お前は今回のレース、どうなると思う?」
「えぇ……まだ新人の僕なんかじゃそんなの分からないですよ……」
「まあまあ、外れてもいいから考えてみな。レース展開を見て作戦を変えることだってあるんだ。だからさ、最初は練習だと思って」
「は、はぁ……」
「ちなみに俺の予想では”セイウンスカイが序盤から飛ばして逃げ切る”かな?アイツの逃げは天才的だからな」
「僕も……中盤までは先輩と同意見です。データを見た感じだと、最大で4バ身は引き離すでしょう。ですが、おそらく4コーナーに入る辺りから後方集団にいるスペシャルウィークさんがスパートをかけて加速、ゴール手前230mで追い抜くと思います……」
「なるほど……面白い予想だな」
「あのー……感心してくださってるところ申し訳ないんですが……僕、あんまり自信がないというか……」
「大丈夫だって!たとえ間違ったとしてもそれは経験になる。そういう間違いからいろいろ学んでいくんだよ」
ベテラントレーナーさんが新人さんの肩をバシバシ叩いております。あまり自信がなさそうな顔をしているのがなんとも新人らしいですわね。確かにセイウンスカイさんの逃げは素晴らしいです。今回もスカイさんが大逃げで勝つはずですわ。
全員のゲートイン完了後、合図と共に全力で駆け出していく。やはり前に出たのはスカイさん。後ろとの差がどんどん広がっていく。奥の直線に入ったときにはもう4バ身差、これならいつも通り逃げ切れるはずです。位置関係はかわらないまま第3コーナーへ、その瞬間に後方の集団が1つにまとまりました。スペシャルウィークさんは……まだ仕掛けてきませんわね。先頭と後方の集団の差はまだ空いております。そのまま第4コーナーへ……スペシャルウィークさんが集団から抜け出しましたわ。ですがこの差を縮めるのは……いいえ、すごい勢いで差が縮んでいきます!4バ身あったはずの差は2バ身程に縮まって直線へ、完全に前を捉えておりますわ。差がどんどん縮んでいきます。そして残り200mの手前辺りでしょうか、2人の姿が重なって……
「すごかったよね~」
「うんうんっ!あそこから追い抜くなんて思わなかった!」
レースが終わった後しばらく経ち、周りの方々も帰ろうとしているのを見て、私も帰ろうと席を立った時、ふと先程の二人のトレーナーさんの会話が耳に入ってきました。
「クッ……ハハハハハッ!まさかドンピシャで当てやがるとはな!いやー参った参った!今回は俺の負けだ!お前、なかなか良い目を持ってるぞ」
「い、いえ……今回のはただのまぐれですよ」
「そうだとしても、だ。お前の直感は今後かなり役立つぞ。さあ、そろそろ戻るぞ」
「あっ!待ってくださいよ~」
あの方……とんでもない観察眼ですわね。少し気弱なのが残念な所ですけれど。さて、私もそろそろ帰らなければ……
明日の選抜レース、必ず勝ってみせますわ。
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Ⅱ
さてさて、今日は選抜レースを見に来ましたよ。年に四回しか開催されないこのレース、先輩にも『このレースでウマ娘の才能を見極めて、その上でお前の担当を決めろ』って言われちゃいましたね。つーか人多いなぁ……早めに来て座る場所確保してて正解でしたよ。まあ、正直言って、僕の
「数多くの優秀なウマ娘を輩出してきた、『メジロ家』の秘蔵っ子か。果たしてどんな走りを見せてくれるかな」
「彼女は、入学前から素晴らしいステイヤーだと評判でしたよね、今回も活躍してくれそうです!」
へぇ~、メジロマックイーンって子が今回人気みたいですね。名家の娘だったんですねあの子。確かに資料で見た時、同じような名前の子が多いと思いましたよ。まあ確かに練習の際のタイムはなかなか良かったですね。素質は相当でしょう。でもどうせああいう子は他の優秀な方に取られちゃうんでしょうけど。とりあえず3番手、4番手あたりの子に声掛けていけば良さそうな子見つかるよね。
おっ、始まりました。うーわっ、先頭の子すっご、確かアイネスフウジンさんだっけ?序盤から上がってくなぁ。さてさて……注目のあの子は……おや、後ろ側ですねぇ。ラストスパートで仕掛けるつもりかな?もしくは、ただ力が入んないだけなのか、これは後者ですかねぇ。
──さあ、いよいよレースも終盤!しかし、大注目のメジロマックイーンは、いまだ後方!
「走りにも力が無いようだな。スタミナ切れか?」
「うーんもっと能力のあるステイヤーかと思っていたんですが……期待しすぎたかな」
ふむ……やっぱり力が入ってないですねぇ。とはいえ改善の余地はいろいろとありそうですが……
──懸命に走るが、マックイーン伸びない!
──先頭のアイネスフウジンが、今……ゴーーーーーール!! 選抜レースを制したのは、アイネスフウジン!彼女の未来に期待する大歓声が、場内を包んでいます!
「アイネスフウジン、いい脚を持っているな。トレーニング次第で大化けしそうだ」
「ええ、是非うちのチームに入ってほしいです……!でもウワサのあの子の方は……うーん、思ったより伸びなかったなぁ」
ふむ……7着ですか、確かにあまり良い結果ではありませんでしたね。
あ!いいこと閃いちゃいました(笑)
今なら簡単にあの子のトレーナーになれるのでは!?今なら他のトレーナーからのマークも薄いですし、何よりこのレースの結果が全てではありませんからね!最終的に本番で勝ってくれればいいんですから、さて、明日くらいにでも声をかけに行きましょうかねぇ。ククッ、まさか才能のあるウマ娘を手に入れる機会に恵まれるとは……やっぱりツイてるなぁ(笑)
はぁ……、はぁ……っ
……ダメですわね。脚にうまく力が伝わらない、昨日と同じ、嫌な感覚……。昨日の選抜レースに出ていた方々、想像以上の精鋭ばかりでした。このままでは終われませんわっ!次のレースでは、絶対に結果を残して──
「あのー、練習中のところ失礼いたします」
「はい?」
呼びかけられた方向に目を向けると模擬レースの際にいた新人トレーナーさんが
「貴方は……新人トレーナーさん、ですわよね。もしかして、私のトレーニングをご覧にいらしたのですか?」
「はい、そんなところで……」
「光栄ですわ。ご足労いただき、感謝いたします。けれど、一つ、お聞かせください。なぜ、私に興味を持っていただけたのですか?私、先の選抜レースでは、メジロの名に泥を塗ってしまうような情けない走りしかお見せできませんでした。だというのに……なぜ?」
そう、貴方はウマ娘を育てる才能のあるお方のはず。本来ならば、もっと良い結果を出している方に声をかけているはずですわ。
彼は少し考えるようにして、言いました。
「あなたの心の強さが何より素晴らしいと思いました。終盤、勝利が難しい状況になっても、あなたは諦めず必死に粘り続けた。その精神力が魅力的でした」
「心……なるほど。精神的な面を見ていただけたのですね。ありがとうございます。メジロのウマ娘たるもの、心も常に強く在らねばならない。せめてそちらだけでもお見せできたのなら、嬉しく思います。……けれど。私をご担当いただくか否かは、ぜひ、走りを見てご判断くださいませ。私には、メジロの名を持つウマ娘として、果たさなければならない、高い目標があります」
「目標、ですか?」
「はい、『天皇賞の制覇』という目標です。それはもちろん、トレーナーさんとの適切な信頼関係も無ければ果たせないもの。つまり、トレーナーさんが私の力を信じられなければ成し得ないことなのです。ですから、貴方には、走りの方も認めていただいた上で、ご判断願いたいのです。私をメジロの名に相応しいウマ娘として育てていただけるか否かを」
「なるほど……承知しました」
「ありがとうございます。先日の失態、ここで挽回させてくださいませ!」
と、そう言うや否や、走り出していきました。別に資料上のタイムは相当なものですけどね。別に不満はないんだけどなぁ……。まあ本人は納得できてないみたいですから、しかたないです。選抜レースで結果を残せなかったのも、なにか原因があると思いますから。一応見てみよっかな~
……見た感じフォームは綺麗で問題はないですねぇ。長距離向きの体力と、強い精神力。確かに天皇賞を獲れる素質はあります。春秋連覇も視野に入れても良さそうです。ちゃんと育ててあげれば、僕もいい感じに出世できそうですね。……さて、だいたい走りの方も分かってきました。
「ふぅっ……ふぅっ……いかがでしたか?」
「ええと……フォームに問題はないんですが、脚に力が入ってないように見えますね……」
「え? あっ……そっそれは……」
「何か心当たりでも?」
「あっ、いえ!そういうわけでは!その……申し訳ございません!もう一周、走って参ります!」
あらら、行っちゃいました。その後トレーニングを引き続き見てたんですけど、やっぱり調子が悪そうですねぇ……
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Ⅲ
「はっ……はっ……!まだ……鍛え足りない……!」
さて、今日も練習を見に来たわけですが……うーん、やっぱり調子が悪そうです。すこし焦りがちな気もします。こんな調子で練習しても、あまり効果は無さそうに思えますが……
「……あら?体に……力が……」
おや?立ち止まって……あっ!倒れちゃいました。
「だ、大丈夫ですか!?」
とりあえず、なんとか保健室まで運び込みました。診てもらったところ、どうやら軽い貧血だったようです。栄養不足が原因とは仰ってましたが……食事ちゃんと取ってるんですかねぇ……そのとき僕の後ろのドアが勢いよく開いて一人のウマ娘が駆け込んできました。
「マックイーン!倒れたって聞いたけど、だい──」
「うわっ!ビックリした……は、はい、とりあえず安静にしてもらってますよ」
「あっ、す、すみません!」
そのウマ娘は謝ってきた後、自己紹介を始めました。
「えっと、あたし、メジロライアンっていいます。マックイーンとは親戚みたいな関係なんです。あなたのことは、マックイーンからいろいろ聞いてます。マックイーンを気にかけてくださってありがとうございます。」
「いえいえ……そんなそんな」
「ちなみに、倒れた原因ってわかったんでしょうか?」
「ええと、栄養不足からくる貧血だったみたいですね」
「なるほど……選抜レースが近いからって無理してるなぁ、とは思ってたんですが、もっと早くに声をかけてあげれば……実はこの子、責任感が強すぎるっていうか、必要以上に自分を追い込んじゃうんですよね。そんなことしなくても……十分立派なのに」
そのとき、ライアンさんのスマホのアラームが鳴り始めました。
「──っといけない!もう行かなきゃ……!ごめんなさいトレーナーさん、失礼します!それと、マックイーンのこと、よろしくお願いします」
それだけ言い残して、ライアンさんは出ていってしまいました。
それからしばらくして、ようやくマックイーンさんが目を覚ましました。
「そうでしたか……大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。けれど、もう大丈夫ですわ!今すぐトレーニングを再開して──」
その言葉をかき消すように、彼女のお腹の音が鳴ります。
「……食事、しっかり取れてますか?」
「も、もちろんですわ!メジロ家のウマ娘たるもの、食生活を含む日々の生活も完璧に整えておりますもの!今回倒れてしまったのは、私が未熟だからです!日々の鍛錬が足りなかっただけですわ!」
うーん、頑固な子ですねぇ(笑)
まともに物も食べずに、しっかりと走れるわけがないでしょうが。どうしたもんですかねぇ……
「そうだ、食事の記録ってありますか?あれば見せていただきたいのですが……」
「ええ、構いませんが……」
いろいろな記録が書かれた手帳を受け取り、食事の欄を見ると……なんですかこれ、最低限の物しか食べてないじゃないですかこれ!人間のフリした喰種でももう少しは食べますよ!
「いかがでしたか?問題ないメニューかと思いますが」
いや、問題しかないですよ。相手が准特等なら『いや、なんでやねん(笑)』とツッコミを入れていたところです。
「制限……キツすぎません?」
「それは……実は理由があって……」
「理由、ですか」
「はい、私の、えっと、体質といいますか……。少々太りやすいのです。普通の食事でもすぐにお肉がついてしまって。ですが、レースに出る以上、だらしない体を晒すわけにもいきませんから……」
「それで、ここまで厳しく食事制限をかけたわけですか」
「はい、ですが、倒れてしまったのでは本末転倒ですわね。なにか対策を考えます。すみませんが、私はこれで失礼いたします。今日は……本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
そう言って立ち去ってしまいました。
数日後、昼食を取ろうとカフェテリアに向かったところ、マックイーンさんを見かけました。
「うう、物足りませんわね……ですが、食事は決めたメニューに留めなければ……!」
まだ食事制限するつもりですか……呆れを通りこしてチョー笑えます(笑)
とはいえ、またさっきのように倒れられたら困るんですけどねぇ。なにか策を考えねば……
「あー!マックイーンまだ食事制限してるの!?」
一人のウマ娘がマックイーンさんに駆け寄っていきます。心配されてるようですね。
「テ、テイオー……」
「今日はマックイーンの好きなスイーツもあるのに?」
「うっ……ですが、メジロ家のウマ娘たるもの、だらしない体でレースに出るわけにはいきませんわ」
「むむー……まあいいや。ボクはいっぱい取っちゃうもんねー」
テイオーと言われたウマ娘は目の前のスイーツを大量に取っていきます。うわっ、なにあのマックイーンさんの顔。拷問されてるみたいな顔してるじゃん(笑)
まあ僕もダイエット中に目の前でそんな量のスイーツ取ってるとこ見たらそんな顔しちゃいますね。とはいえ、今ので頭の中にいい策が浮かびましたよ。さてと……資料取りにいかないと。
いつものようにトレーニングをしていた時、トレーナーさんが歩いてくる姿が目に映りました。
「あら?またいらしてくださったんですね」
「ええ、早速で申し訳ないんですが、こちらを見て頂けないでしょうか」
そう言って一冊のノートを差し出してきました。拝見するとたくさんの献立が書かれていました。
「脂肪になりにくいメニューを中心に、食事の内容を考えてみました。せめて参考になればとも思ったのですが、いかがでしょうか……」
詳しく見てみると、なるほど、緻密にカロリーが計算された上で、栄養素も十分取れるように調整されています。それに何よりも……
「あの、スイーツが、献立表の中に……!?その……食べてよろしいのですか!?」
「その方が元気も出て、モチベーションアップに繋がります。これで力一杯走れるでしょう」
「ありがとうございます。まだ担当でさえない私のために、ここまでしてくださって。この献立表、一週間ほどお借りしてもよろしいですか?そして、お返しする時にまたトレーニングを見に来てくださいませんか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは、またお会いいたしましょう」
さてと、約束通り一週間経って、もう一度彼女を見に行くことになりましたが、食事の効果はあったかな……?満足のいく走りができていればいいけれど……
ええといつもの場所に来たけど……あ、いましたいました。
「一週間ぶりですわね、トレーナーさん。それではトレーニングを始めますので、見ていてくださいませ」
こうして、しばらくマックイーンさんのトレーニングを見てたんですが……見違えるほど変わりましたね!完全に資料通りのマックイーンさんです。いやー、献立表を渡しておいてよかったです(笑)
「トレーナーさん、いかがでしたか?」
「ええ、最高でしたよ」
「ふふっ、光栄ですわ!あの献立表のおかげです。おかげでスイーツも口にできて、まだまだ走れそうですわ!……ともあれ、これで、走りの実力の方も、認めていただけたでしょうか」
「もちろんです!」
「ありがとうございます。──では、改めて……私はメジロのウマ娘。華麗に、優雅に、完璧に勝利することをこの名に義務付けられておりますわ。私を担当すると仰るのであれば、貴方にもまた、メジロ家のトレーナーであるという自覚を持っていただかなければなりません。いかがです?──その覚悟はおありかしら?」
「……ここまで言われたら断りにくくなっちゃうじゃないですか……まあ、答えは決まりきってますけど。あなたの夢を叶えるため、全力を尽くしてサポートしてみせましょう」
これだ。これこそ僕が求めていたものなんだ。この子なら僕の最高の目標を叶えてくれる。”ある程度で勝たせてあげる”だなんて妥協する必要もない。予定変更です。必ず”最強のウマ娘を育ててみせましょう”。
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IV
はい、というわけで無事正式に担当を見つけることができました。とりあえず改めてお話をしたんですが”天皇賞に出られるのはだいぶ先なのでまずはクラシックを目標にしたい”とのことでしたので、それに合わせて長期的なスケジュールを組んでいきましょう。とはいえ今はデビュー戦が近いですから、それに向けたトレーニング中です。
「ふむふむ、スピードは悪くないですが仕掛けるタイミングが若干遅いですね、それだと間に合いませんよ」
「はいっ!すぐに改善しますわ」
「中盤でちょっと飛ばしすぎな気がします。最終直線でスパートがかけられませんから、そうですね……先頭の後ろを保つイメージで走ってみてください」
「分かりましたわ」
うんうん、タイムはしっかりと伸びていますし、日々のトレーニングの効果はしっかり出ているようですね。これならデビュー戦でも結果を残すことができるでしょう。
それにしても、名家の子、ですか……僕とは違って幼少期からご両親に愛されて生きてきたのでしょうね。あなたが羨ましいですよ、マックイーンさん。アイツからしてみればたかが分家の末っ子の
「ごきげんよう、トレーナーさん」
「ああどうもどうも、それじゃあ、始めましょうか」
トレーナーさんが正式に私の担当となってから数ヶ月が経ちました。トレーナーさんの的確な指導のおかげで、タイムも大幅に向上しました。そしてデビュー戦が前日に迫った日の夜、私は不思議な夢を見たのです。
「こ、ここは?」
私は知らない屋敷の小部屋に座っていました。目の前には大きな書物が。開いてみたところ、家系図のようですね。ええと、本家が和修で、分家として有馬、伊丙、芥子……その隣に書かれているもう一つは見えなくなっていました。塗りつぶされているとかかき消えているとかそういったものではなく、私の視界から見るとその部分だけが見えなくなっているのです。その時、私の後ろの扉が開きました。振り返ると、非常に年老いた男性が、
「──何をやっている」
この時の私はどういうわけか、その方に
「お父さん」
と言いました。自分でも何を言っているのか、理解できませんでしたわ。
「うちは早世だね」
「本家でない和修は皆、そうなっている」
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中にドス黒い感情が次々と流れ込んでくるような感覚を感じました。しかも、まるでもともと自分の中にあったものであるかのように。自分の体、自分の意志であるはずなのに、先程から自分のコントロールができないのです。
「じゃあやりたいこと全部、ちゃんとやっておかないとね」
ああ、私は何を言っているのでしょうか。でも、どうしてこんなことを言っている自分をおかしいと思えないのでしょうか。
屋敷の外に出ると目の前には女の子が待っていました。
「──、追いかけっこしよ!」
「うん!」
そういって私たちは広い庭を無邪気に走り回りました。何度も追いかけ、捕まえて、逃げて、捕まって、その度にたくさん笑って……とても楽しかったですわ。
「アハハ、ハハハ!……うわっ!ハハハ!交代交代!」
二人で一緒に庭に倒れ込み、私は自然とこう言っていました。
「おじいちゃんとおばあちゃんになってもこうしていたいなあ」
「わたし、おばあちゃんになんてなりたくないよ」
「ううん、きっと楽しいよ」
その言葉が、私の夢の最後でした。
そしてやってきたデビュー戦、目標は”5バ身以上差をつけての一着”ですわ。天皇賞を狙うのならばデビュー戦で勝つことなど当然のこと。必ずや結果を残してみせますわ。
「すぅ……はぁ……」
「あの、いけそうですか?」
「……問題ありませんわ。少しだけ緊張してはおりますが、ここから目標に向かっていくという高揚する気持ちもあるのです。天皇賞制覇への第一歩、いざ、踏み出してまいりますわ!」
マックイーンさんのデビュー戦を見に行くためスタンドへ、なんとか前の方の席に腰を下ろすことができました。
「それにしても、5バ身、ですか……」
なかなか無理難題を押し付けてくるもんですよ。ちなみに事の発端に関しては、先輩に相談したところ
『そうだな……メイクデビューでは5バ身以上差をつけて勝て。この時点で並の実力くらいじゃ届かねえぞ』
とか言われたのが原因です。それを伝えたら本気で練習し出すあの子もあの子なんですがね……まあ熱を入れすぎて怪我されるのも嫌ですからちょうどいい感じに休みも入れつついいコンディションを保ってくれました。
おっ、ファンファーレが、さて、そろそろ始まるぞ~
ゲートが開くと同時に全員がいっせい駆け出しました。まずは作戦通り、先頭集団の少し後ろで前の様子を伺いながらコーナーへ入っていきます。
──注目のメジロマックイーン、先頭集団の後ろで様子を伺っています。
よし、このペースなら問題なくついていけそうですわ。あとは終盤で加速できるくらいのスタミナを残すことができたら……
──先頭集団は第3コーナーへ、ここまで大きな順位変化なありません。
来た!!ここで仕掛けてみせますわ!
──メジロマックイーンが仕掛けてきた!凄まじい加速です!あっという間に先頭集団を外から抜き去ってしまいました!
自分でもどれほどのスピードで走っているのか分からないほどに視界が高速で流れていきます。このまま大差をつけてやりますわ!
──他のウマ娘もスパートをかけますが差は縮まるどころかどんどん開いていきます!完全にメジロマックイーンの独壇場だ!
最終直線へ入った時点で、後続の気配は、全く感じませんでした。残りは400……200……100……
──メジロマックイーン!後ろに大差をつけて、今ゴールイン!この子にかなうウマ娘はいるのでしょうか!?
ストックが尽きましたのでこれから先、投稿頻度が落ちると思われます。申し訳ございません
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Ⅴ
「おっ、こっちでも特集されてる」
マックイーンさんのデビュー戦から数日が経ちました。あれから僕も彼女も結構注目されるようになりました。いやー、なかなかに鬱陶しいですね。メディアに関してはに関してはしつこすぎてイラつく通り越して呆れ通り越して笑えます。なんとかマックイーンさんの前では平静は保てているって感じですね。
「ごきげんよう、トレーナーさん」
「どうもどうも、それじゃあ早速今日のトレーニングを──」
「トレーナーさんは、私の前くらいでは本心をお見せになられるつもりはございませんの?」
「……はい?」
「……はい?」
この人ときたら……またそうやってとぼけるのですね。実を言うと、トレーナーさんが猫をかぶっていらっしゃることについては、前から知っておりました。今までは指摘することもありませんでしたが、最近になって私のいない所でメディアの方の愚痴を頻繁に呟いているのが気になったのです。ストレスを溜め込むのも考えものですし、それに……個人的な理由ではあるのですがせめて私の前では本音で話して欲しいのです。
「まったく……とぼけても無駄ですのよ」
「いやいや、いつも本心で話してるじゃないですか。現に今もこうやって──」
「隠れてメディアの方の悪口言ってるの、聞こえておりましたわ。それに、どれだけ巧妙な作り笑いでも、何ヶ月もあなたの担当をやってきた私の目は誤魔化せませんわ」
そこまで言ったところでトレーナーさんが俯いてしまいました。
「まったく……何を言ってるんだか」
「トレーナーさん?そろそろ諦めて──」
「とまあそんなアホらしいこと追及する暇があったらとっとと走ってきてくださいな、誇り高き良家のお嬢様?」
彼の表情に先程までのような作り笑いはなく、人を見下すような冷たい眼がこちらを見据えていました。
「ええ、それではいつも通り、アップから始めますわ」
「……軽蔑しないんですね」
「当たり前ですわ。以前、貴方と私の間には適切な信頼関係がなくてはならない、と申し上げました。現に今も、私は貴方を心から信じております。ならば、トレーナーさんも私のことを信じていただきたいのです」
トレーナーさんは暫く黙りこくった後、少しニヤついた表情で口を開きました
「……そういえば、少し前に野球中継のスタンドに映ってたの見ましたよ」
「なっ!?どうしてそれを今言う必要がありますの!?」
「いやぁ、めちゃめちゃ叫んでましたね(笑)。チョー面白かったですよ」
もうっ、普段はあんなすまし顔をしてるくせに、人を煽る時だけはそんな笑顔をするのですね。まったく……頭にきますわ。けれど、安心しました。トレーナーさんが心から笑っているところを見せていただけるのは初めてでしたから。
「はっ、はっ……なんでこんなことに……!」
気がつくとボクは、知らない女の人に追いかけられていた。しかも腰から怪物の爪が生えてる。
「まだよッ!まだ食べ足りないわ!」
走る、走る、走り続ける。それでもアイツは追ってくる。また走る。怪物の爪が迫ってくる。ボクはしゃがんで避けようとするけど足を刺されてアイツの目の前に無理やり引きずられる。どういうわけか分からないけど、感覚が無い。痛いとも思わない。なぜか持ってたペンを出して思いっきりアイツに突き立てる。でも傷一つつけられず、逆にペンが折れ曲がってしまった。
「今からお腹の中ぐちゃぐちゃにしてあげますからね」
嫌だ、嫌だ。ボクはこんなところで死にたくない。爪で掴まれて壁に何度も叩きつけられる。痛くはないけど体の至る所から血が流れてるのがわかる。意識も朦朧としてきた。ああ、もうダメなんだ。カイチョーにも、トレーナーにも、マックイーンにも会えなくなっちゃう。そんなの、やだなぁ……
そんな時、アイツの頭上の鉄骨が大きな音をたてて落ちてきた。ボクはただ、アイツが鉄骨に押し潰されるのを見ていることしかできなかった。
「なん……で、あな……たが……」
ダメだ。もう無理みたい。アイツが力尽きて動かなくなるのを見届けながらボクも意識を手放した。
──イオー、テイオー!
「……え?夢?」
マヤノの声で目が覚める。なんだ、あれは夢だったんだ。
「おはよう。大丈夫だった?すごいうなされてたみたいだけど」
「うん、大丈夫だよ。それより、今日何の日か分かってるよね!?」
「うん!テイオーのデビュー戦でしょ?マヤ、絶対見てるからね?」
「エヘヘ、絶対1着取ってくるから、見逃しちゃダメだよ?」
そう言ってベッドから出て、朝の身支度をする。それから食堂に行って、朝食を食べる。うん!今日もここのパンは美味しい!満足するまで食べ終わったあと、昨日から準備しておいた荷物を持って急いで階段を降りる。
──テイオーちゃん、頑張ってね!
周りから聞こえてきた誰かの声に手を振りながら、寮を出る。駐車場でトレーナーが待ってるのが遠目に見える。ボクは足を速めてトレーナーの方へダッシュする。
「トレーナー!おはよう!」
「おはようテイオー、調子はどう?」
「もちろん絶好調だよ!」
『そっかそっか』ってトレーナーは少し笑いながら撫でてくれた。
トレーナーの車に乗ってレース場に向かう。正直に言うとあんまり緊張はしてない。『適度な緊張も大事なんだよ』って言ってたけど、適度どころかこれっぽっちも緊張してない。だって結果はもう決まってるから。
ゲートが開く。皆走り出す。ああ、そんなペース?そんなんじゃ楽勝だよ。直線、第一第二コーナーを抜けて再び直線へ、だんだん前との距離が近づいてくる。第三コーナーに差し掛かった。前との距離はもうわずか。そろそろいいよね?
──第三コーナーへ差し掛かったところでトウカイテイオーが仕掛けました!先頭集団をまとめて追い抜き、差を広げていきます!
よし、全員抜いた。このまま第四コーナーから最終直線へ、もう僕の周りには誰もいない。ゴールが近づいてくるのが見える。あとは、ゴール板を駆け抜けるだけ。
──トウカイテイオー!デビュー戦を大差で制しました!クラシックにも期待がかかります!
「おめでとう、テイオー。このまま三冠目指して頑張ろうね」
トレーナーが頭を撫でてくれる。えへへ、撫でられるとついついご機嫌になっちゃうよ~
「ふふーん!テイオー様にかかればこれくらい当然だよ!ちゃんと見ててよね?ボクは最強のウマ娘になってみせるんだから!」
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VI
「くぅー、やっと終わったー」
どうもどうも、旧多です。デビュー戦から数ヶ月が経ちまして、ただ今お正月でございます。マックイーンさんに関してはあれから何度かレースに出て、なんと無敗です。いやほんと最高。お給料アップ間違いなしですよ(笑)
ちなみに先程までずっとパソコンとにらめっこしてまして。定期的にある担当ウマ娘のトレーニングとレースの記録をまとめる作業に思ってたより時間がかかってしまったんです。
とりあえず書類は印刷して提出用の箱に入れて……っと。そろそろトレーニングの時間ですね、行きましょうか。
ドアの前まできたところ、向こうから物音が。マックイーンさん、もう来てるみたいですね。
「どうも~今日は早い……です……ね?」
いつも僕が座っているはずの席には知らないウマ娘が、しかもいつも僕が座ってる席に座ってトランプタワー作ってます。
「……」
あれ?もしかして部屋間違えたかな……部屋番号を確認したところ”229”……間違ってないですね。改めてその方を見てみると雰囲気がマックイーンさんに少し似ています。彼女も親戚の方でしょうか?
「あのー、僕らに何かご用ですか?」
彼女は答えようともしません。というか目も合わせてくれません。それほど集中しているのでしょうか。いや、なんだコイツ。仕方がないのでトランプタワーが完成するまで待つことにします。
しばらくすると彼女が最後の一枚を置き終わったようで。立派なトランプタワーですね。即撤収していただくことになりますけど。というわけで改めて声をかけることにします。
「ええと、何かご用ですか?」
「いや、やることないから気まぐれで入ったら急にトランプタワー作りたくなってな!それだけだよ」
いや、何しに来たんですかマジで。ここでトランプタワー作ってなんの意味があるんですか。ていうかどうやって入ったんですかあなた、鍵持ってるの僕だけだったはずなんですけど。
「それじゃあそろそろ行くよ!じゃあな!」
いや、せめてそのトランプタワーくらいは片付けていけよ。そうツッコむ気力さえ失せました。とっとと帰れ。その時、部屋の扉がゆっくり開きました。
「ごきげんよう、トレーナーさん。どなたかいらっしゃいますの?」
マックイーンさんが入ってきました。そしてソイツと目があった瞬間
「なっ!?ゴ、ゴールドシップさん!?」
「よう!マックイーン!」
あ、やっぱりお二人とも面識あったんですね。それじゃあそろそろ帰ってもらって……
おや?マックイーンさんの様子が……
「まあちょうど良かったですわ。貴方には聞きたいことがありましたので」
「お?なんだ?ゴルシちゃんにかかればなんでも答えて──」
「──昨日から取っておいた駅前の店で数量限定でしか買えないとても貴重なシュークリームが見当たらないのですが、もしかして何かご存じでは?」
「シュークリーム?ああ、あれか!実はな、ゴルシちゃんが火星に行くための燃料になっちまったんだ」
いや、どういう言い訳ですか。御影さんでもそんなこと言いませんよ。あ、マックイーンさんの形相がだんだん鬼のように……これかなりまずい状況では?
「とにかく!火星の神秘を発見するにはお前のシュークリームが必要不可欠だったんだよ!めんご!」
──ダァン!!!!!
あ、ちなみにさっきの音はマックイーンさんが思いっきり床を踏み鳴らした音です。威圧が僕にも伝わってきます。ちなみに今一歩も動けません。あ、トランプタワーが無様に崩れ落ちていきます。
「……ゴ、ゴルシちゃんのトランプタワーがあぁぁぁ!!お前、エッフェルとブルジュハリファの気持ち考えたことあんのか!?こんな有様にされてこのアタシが黙ってると思うなよ!?アタシを本気にさせるとどうなるか──
あっ、逃げ出した。
──教えてやらぁ!」
そのまま窓に向かって走っていっていきます。
「ゴルシちゃんは風!やっぱ鳥!」
なんか言い覚えのあるセリフと一緒に窓を突き破って飛び降りてしまいました。次の瞬間、マックイーンさんも走り出して
「なら、刺身にでもしてやりますわ!」
どっかのオネエみたいなセリフを吐きながら同じように窓から飛び出していきました。
外を見ると寒空の下凄い速さで疾走する二つの人影が遠くに見えます。双方めちゃくちゃ早いですね、本番のレースでも活かせないかな……あ、止まった、捕まりましたね。
「もしもし、旧多です。窓一枚の修復をお願いしたいのですが、いや僕じゃなくてですね、なんというか嵐に巻き込まれたというか……あ、それは大丈夫です、覚悟してますので。はい、ではお願いします」
──費用も自前かぁ……しばらく寒いなぁ……
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VII
「さて……それじゃあ今年の予定を建てていきましょうか」
「そうですわね」
風通しの良くなった部室に北風が流れ込む1月の午後、僕はコーヒーを、マックイーンさんは紅茶を飲みながらテーブルに向かい合って話していました。
「とりあえず、マックイーンさんが出たいレースとか何かありますか?」
「来年はクラシックに挑戦できる年でもありますから、ステイヤーとしては菊花賞やその前哨戦となる神戸新聞杯は確実に勝利したいですわね」
「ふむ、菊花賞ですか……それはそれは……」
「あ、あの……もしかして、何か別のプランを?」
「ええ、結論から言うと、今年はG1レースには出ない方針でいこうかと思っておりまして──」
そう言いながらマックイーンさんの顔色を伺うと真顔でこちらをじっと見据えています。半ば予想通りの反応ではありますが。
「ええと、その、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも、理由は二つあります。一つはスタミナトレーニングに割く時間を増やしたいから、です。あなたの目標は春の天皇賞。3200mをしっかり走り切らなければいけない。その上で終盤でラストスパートをかけて相手をちぎるとなると3500……いえ、少し多めに見積りましょう、3700mは走り続けられるレベルのスタミナ、それプラスある程度のスピードが早めに欲しいところです。そのため、レースの駆け引きなどの技術を磨くのは一旦後回しにしようってことです。そんな技術、一ヶ月ほどあれば完璧にモノにできますからね」
それでもまだマックイーンさんには納得していただけないようでして。まだ難しい顔をしています。
「し、しかし、菊花賞は3000mの長距離レースです。ここで得た経験は、来年の天皇賞にも繋げられるはずです!」
「ならば、二つ目の理由も話しておきましょう。まあ、世間一般的にはまともな理由とは言えないのでしょうけど……あまりライバルにマークされたくないんです」
正直、これが一番怖かったりします。恐らく一人や二人程度のブロックなら、難なくかわせるでしょう。ただ、六人七人が同じことを考えていた場合、話は別です。実際、過去のレースでは一番人気になっていながら何人ものウマ娘にブロックされ、結果6着という悲しい結果になってしまったような事例もあったみたいです。確かにG2やG3を連勝するだけでもそりゃあ話題にはなるでしょう。ですがこの段階でG1、特にクラシック三冠レースで勝ってしまうと良い意味でも悪い意味でもとてつもない注目を浴びてしまうわけです。
それでもやっぱり納得されないようで(笑)
二時間くらいかけ何とか説得することができました。
「……分かりましたわ。今回はあなたの言う通りにいたします」
「やっと分かってくれた……ありがとうございます。さて、今日も遅くなってしまいましたから、今日は終わりにしましょう」
「そうですわね。それでは失礼いたします」
そう言って部屋を出ていこうとした時、彼女突然こちらへ振り返って満面の笑みでこう言いました。
「それでは”約束”通り、よろしくお願いいたしますわ」
「……分かってますよ」
大丈夫。これくらいの覚悟はできていました。”レースで勝つ度に結構良いスイーツを一つ奢る”なんて、僕のお財布にはちっとも響きませんからね!ええ!断じて!これっぽっちも!
トレーナー寮に帰る途中、そろそろ日が落ちるであろう時間帯にグラウンドで自主トレをしているウマ娘を見かけました。
「あれは……」
その姿を一目見ただけでそれが誰なのかすぐに分かりました。以前から何度もここで遅くまで走っているのを見かけていましたので。
トウカイテイオー。マックイーンさんの同期でありクラシック三冠を目指しているウマ娘です。ちなみに担当トレーナーは僕と同時期に入った同僚の方だったりします。聞くところによるとデビュー戦では大差で圧勝したとのこと。たぶん今年のクラシックは彼女が取るでしょうねぇ……。それと、これは個人的な感想なんですが、ああやって走っている彼女を見てるとなんだか不思議な感覚がします。なんというか、懐かしさと苛立ちが混在してるような感じです。ほら、見てくださいよあの表情、よくある小説の主人公っぽい目をしてたりしませんか?あれがどこかの誰かさんと被るんですよ。そう、まるで──
「おーい!」
突然声をかけられてそちらの方を見るとトウカイテイオーさんが手を振りながら近づいてきました。
「キミってマックイーンのトレーナーだよね?」
「はい、そうですが……。確か、トウカイテイオーさんでお間違えないですよね?」
「そうだよー!ところでさ、マックイーンは菊花賞に出るの?」
「いえ、そのつもりはないですよ」
その言葉を聞くと彼女は目に見えてがっかりしたようです。
「なーんだ、つまんないの……まぁいいや、どうせ来年戦えるんだし!天皇賞には出るんでしょ?絶対負けないからね!」
そう言って僕を見上げるその顔は本当に自信に満ちているようで。実力的にマックイーンさんの同期の中で互角に渡り合えるのは目の前の彼女だけ。マックイーンさん本人もライバル視しているみたいです。恐らく全力で勝ちにくるでしょう。まあ、勝てないでしょうけど。
「おーい、何してるの?」
と、そこへテイオーさんのトレーナーさんがやってきました。
「ん?ああ、旧多君がいたのか。すまない、テイオーが迷惑をかけた」
「いえいえ、気にしないでください……」
「んもーっ!迷惑なんてかけてないのにー!」
そう言って僕の同僚は腹をポカポカ叩くテイオーさんの頭を撫でながら『いつもこんな感じなんだよ』、と苦笑いを向けてきました。
「それじゃ、僕らはこの辺で」
「ええ、お疲れ様です」
そう言って適当に手を振る同僚と元気いっぱいに手を振るテイオーさんを見送りました。
自主トレを終えてそろそろ寮に戻ろうとした時、グラウンドの外で一人のトレーナーがこっちを見てるのに気がついた。確かマックイーンのトレーナーだったっけ。初めて見た時はなんというか、掴みどころがなさそうな人だと思った。いつも顔に仮面を被ってる。ボクが見た限りじゃ絶対に本心を見せたことがない。それでもマックイーンは心の底から信頼してるみたい。マックイーンの前でしか本心を見せてないのかな……。ただ、今日はいつもと違う。ボクを見るあの人の顔は穏やかに笑ってた。なんだか懐かしいものを見るように、本心から微笑んでた。それで、思わず声をかけたんだ。
「おーい!」
手を振りながら彼に駆け寄る。だけど駆け寄って彼の前で立ち止まった時、ボクは何も聞くことがないのに声をかけたことに気づいた。急いで何か話題を考える。ええと……何か聞きたいこと聞きたいこと……そうだ!
「キミってマックイーンのトレーナーだよね?」
「はい、そうですが……。確か、トウカイテイオーさんでお間違えないですよね?」
ボクが話しかけるとすぐいつもの愛想笑いに戻っちゃった。それでもこれだけは聞いておかなくちゃ。前から気になってたことだし。
「そうだよー!ところでさ、マックイーンは菊花賞に出るの?」
「いえ、そのつもりはないですよ」
ええー?出ないのー?ガッカリだよ……
「なーんだ、つまんないの……まぁいいや、どうせ来年戦えるんだし!天皇賞には出るんでしょ?絶対負けないからね!」
その時、トレーナーがこっちに歩いて来るのが見えた。
「おーい、何してるの?」
トレーナーはやってくるとすぐマックイーンのトレーナーに気がついた。
「ん?ああ、旧多君がいたのか。すまない、テイオーが迷惑をかけた」
「いえいえ、気にしないでください……」
むむー!なんでボクが悪いことしたみたいになってるのさ!
「んもーっ!迷惑なんてかけてないのにー!」
そう言ってトレーナーのお腹を叩いてると軽く頭を撫でてくれた。
「それじゃ、僕らはこの辺で」
「ええ、お疲れ様です」
マックイーンのトレーナーに手を振りながらボクのトレーナーについて寮に向かって歩き出した。それにしてもなんでだろう……ボク、あの人をここじゃないどこかで見た気がする。それを思い出そうとするのに必死でもう寮のすぐ近くに来ていたのに気が付かなかった。
「テイオー?どうしたの?」
「……ッ!な、なんでもないよ!」
「そう?ほら、もう寮に着いたよ」
「う、うん。それじゃあ、また明日ね、トレーナー」
そう言ってボクは寮に入っていった。結局、マックイーンのトレーナーをどこで見たのかはどれだけ考えても分からなかった。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。自分勝手な理由になってしまうのですが、リアルの都合が忙しくなってしまい、これから投稿頻度がかなり落ちると思われます。ですが、どれだけ時間がかかっても必ず完結させたいと思っておりますので、気長にお待ち頂けると嬉しいです。これからも引き続きよろしくお願いいたします。
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