煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】 (空想病)
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第一章 ── 異なる世界
第壱話   煉獄杏寿郎、YGGDRASIL(ユグドラシル)を翔ける


※注意※
 作者は、YGGDRASIL(ユグドラシル)未プレイですので、オバロ読者の皆様はそのつもりでお読みいただければ幸いです。

 あと、劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」最っ高でした!!

 煉獄さんとモモンガさまの『中のひと』つながりによるクロスオーバーものですが、どうかお楽しみください


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「……………………」

 

 

 

 

 目が覚めた。

 両膝をつき、水面(みなも)に映る顔を凝視している(おのれ)

 父譲りの切れ上がった双眸(そうぼう)を、(しか)と開けて見た。

 小川のせせらぎとかがやきが、両の耳目(じもく)(こころよ)い。

 見下ろせば、黒い隊服と、白地に炎の意匠を(かたど)る羽織……それを(まと)う己の体が、両手を握り、ついで緩める。

 腰にはこれまた炎を象った鍔をはめこんだ(あか)き炎刀──炎柱(えんばしら)の日輪刀を納めた白鞘の重み──

 立ち上がり、長い沈黙の(とばり)を抜け出した男の意識は、開口一番に大声を放つ。

 

 

 

 

 

「よもやよもやだ!!」

 

 

 

 

 ところどころ赤色を点じる金髪を振り動かし、状況を把握した。

 上弦の参との戦いで、自分こと煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)は、確かに、命を落としたはず。

 あれほど凄惨(せいさん)かつ熾烈(しれつ)な殺し合いが、夢想(むそう)(まぼろし)であるはずがない。

 だとするならば。これは、

 

「ここは、お館様(やかたさま)のいう黄泉(よみ)の国、噂に聞く三途(さんず)の川か…………(いな)!」

 

 立ち上がった煉獄は周囲を見渡す。

 自分が戦った無限列車や線路は、影も形も見あたらない。

 彼の目の前を悠々と流れる小川の様子は、真昼の太陽の輝きを受けてどこか長閑(のどか)(おもむき)すらある。頬を叩く風も、心地よい空気を運んでくるだけ。横転して無限列車の石炭と鉄、油と黒煙の臭いは一切なかった。

 そしてなにより、河原で小石を積みあげる(わらべ)も、それを打ち払うとされる地獄の(おに)も、ない。

 

「いやはや! どこをどう見ても三途の川とは思えん! はて、どこなのだ此処(ここ)は!?」

 

 訊ねる声は、しかし、答える声が返ってこない。

 彼と共に鬼殺の任務につとめる鎹鴉(カスガイガラス)の「(かなめ)」が、そばにいなかった。

「仕方なし」と判断し、煉獄は大手を振って歩き始める。

 大地を踏みしめる感覚も申し分ない。あれほどの戦闘が嘘であったかのように、煉獄の体は傷ひとつ見当たらなかった。体力の摩耗さえ完全に消失している。

 ──自分の身に、尋常でないことが起こっている。

 そう理解はできても、成す(すべ)を持たぬ煉獄は一人歩く。

 どこか集落にでも行きつかないかと、川の流れに沿って()てもなくさまようこと、数分。

 

「ん? 今のは、人の声?」

 

 長年鬼殺の任務で研ぎ澄まされた鋭敏な聴覚がとらえた、かすかな声量。

 その音域の高さは、鬼と出会い恐懼(きょうく)する者の悲鳴に酷似している。

 

「まさか!」

 

 煉獄は刀を掴んだ。

 川辺から一息に駆けあがり、人の背丈以上もある草原を疾風(はやて)のごとく蹴散らし進む。

 そうして二十秒もせずに、街道らしき開けた空間に飛び出た。

 (わだち)の上を、声のした方角めがけひた走ると、何やら戦いの気配──血臭が鼻腔(びこう)をくすぐり、剣戟(けんげき)の音色が耳朶(じだ)を叩く。

 ついに目視できる距離にまで接近。

 

「あの異形(いぎょう)──まさか鬼か!?」

 

 ギラついた(ひとみ)に宿る殺気と醜悪(しゅうあく)面貌(めんぼう)は、並の人間のそれにあらず。

 煉獄は鯉口(こいぐち)を切る。

 街道を行く人間の徒党──か弱きものに襲い掛かる所業は、断じて許しがたし。

 さらに。

 

『太陽の下で活動できる鬼』という様は、脅威的かつ驚愕の事実!

 

 だが、それでも。

 判断から抜刀に至るまで、煉獄杏寿郎の心に、一切の迷いはなかった。

 

 

「 炎の呼吸 一の型 」

 

 

 鬼らしき異形の数体が煉獄の剣気に気づいて振り返るが、炎柱たる男にとってそれは鈍牛のごとき遅さである──

 

 

「 不知火(しらぬい) 」

 

 

 一刀のもとに(くび)を両断された、黒き小型の鬼の群れ。

 日輪刀に宿る陽光と、炎の呼吸によって生じる火焔との合力(ごうりき)により、鬼どもの身は(すみ)くずのごとくボロボロと(ほど)けていく。

 煉獄は確信を込めて血振(ちぶ)りした。

 

「うむ! やはり呼吸できている(・・・・・・・)! ならば、俺は生きている、ということだな!」 

 

 己の解に納得を得た。

 叩いた胸の奥の鼓動はしっかりとしたもの。

 五体に宿る血脈も、燃え盛るかのごとく熱い力をみなぎらせてくれた。

 結論はひとつ。

 煉獄杏寿郎は生きている。

 

「しかし! まだわからんこともあるな!」

 

 自分が生きているということは、あの上弦の参との戦いは?

 列車の乗客たちの安否は?

 自分を看取ってくれた竈門(かまど)少年たちは?

 ここは日本(ひのもと)何処(どこ)なのか──果たして?

 

「あ、あの」

 

 おずおずと声をかけられ、煉獄は振り返る。

 

「おお! もう大丈夫! 鬼はすべて退治した!」

 

 勢い込んで話しかけるが、煉獄はそこにいる人物たち──男女三人の身なりに、少なからぬ違和感を覚える。

 

「ああ、いや……まさかこんな序盤で、黒小鬼将軍(ぶらっくごぶりん・じぇねらる)の軍団と出くわすなんて……正直、助かりました。ふぅ」

「こんな、序盤の、ふぃーるどで、遭遇(えんかうんと)するには、極悪すぎるって」

「……同感」

 

 息つく男の装束は、ぱっと見だと西洋風だ。

 疲れ切った女性二人も似たような仕立てをしている。

 スーツの下に着る白シャツ──隊服の下の衣服と同じものだったと煉獄は記憶しているが、細部が微妙に異なる。脚絆(きゃはん)……ズボンの類についても、大正の世では馴染みつつある格好と言える。しかしながら、それらの上から身に帯びた白銀の安っぽい胸当ては、鎧甲冑(よろいかっちゅう)というよりもただの鉄板(てっぱん)めいていて、実にたよりない。

 世は大正の時代を迎えて久しいが、それでも、こういった“奇天烈(きてれつ)”な格好をする者は、あまり多くはないだろう。国中を練り歩く旅の大道芸人の類にしても、かなり奇矯すぎた。

 否、それ以前に。

 

「君も、いや、君らも帯刀しているのか? ──もしや、同じ鬼殺隊(きさつたい)か?」

 

 剣戟(けんげき)の正体は、男性と女性らが握っている西洋剣や短剣によるものだったと了解する。

 しかし、日輪刀ではなく、呼吸術も使えていない隊士など、鬼殺隊に存在するはずもない。

 問われた青年は困り顔で首を傾げた。

 

「へ? いえ……キサツタイって、何のことでしょう?」

「えと、もしかして、そういう“ぎるど”の名前ですか?」

「私らは、最近始めた初心者で、その、あまり詳しくは」

 

 話が噛み合わないこと(はなは)だしい。

 実に珍妙な状況におかれていると、煉獄は肌の先で感じ取る。

 

「いや! こちらの話だ!

 とにかく道中には気をつけていかれよ! また鬼が出ぬうちにな!」

 

 刀を鞘におさめた煉獄は、竹を割ったような清々しい声音(こわね)を残して走りだした。

 男の「え、ちょ、どろっぷした“くりすたる”や“あいてむ”は、いいんですかー!?」という質問さえ遠くなるほどの、超疾走。

 煉獄の感覚が察知するに、周囲にはあれ以上の鬼はいない──そう判るほど広けた野原の轍を、炎柱は翔けていく。

 彼の意中に渦巻く、数多くの疑問。

 なにより、昼間──太陽の下で平然と人を襲う鬼が出るとは、前代未聞だ。

 鎹鴉(カスガイガラス)が近くにいない今、できれば一刻も早く鬼殺隊と合流し、この事実を伝えなければ──

 

 使命感に衝き動かされる炎柱(えんばしら)煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)は、晴天の大地を()けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼は知るよしもない。

 彼が合流すべき鬼殺隊は、その世界には存在しないことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはいわゆるゲームの世界──

 

 

 

 DMMO-RPG〈Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game〉

 

 

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

 

 12年の歴史を刻み、一大ブームを巻き起こした仮想空間内体感型ゲーム──

 

 

 

 その(なか)でおこっていた、奇跡のような物語──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄杏寿郎と巡るYGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

【オーバーロード×鬼滅の刃】

 

 

第壱話

 

 

「煉獄杏寿郎、YGGDRASIL(ユグドラシル)を翔ける」

 

 

 

 

 




最後に……



2020/05/08、オバロ四期&劇場版製作発表、おめでとうございます!
そして05/10は煉獄さんの誕生日です!!おめでとうございます!!!


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第弐話   煉獄杏寿郎、噂になる

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 ヘルヘイム。

 グレンデラ沼地地帯の最奥。

 ──ナザリック地下大墳墓──表層にて。

 

「そういえば聞きましたか、モモンガさん?」

「なんですか? ペロロンチーノさん?」

「例の噂ですよ。ウ・ワ・サ」

「噂、ですか?」

 

 死の超越者(オーバーロード)の種族、骸骨姿のプレイヤー、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務めるモモンガは頚骨(けいこつ)(かし)げた。

 中央の墳墓入口の階段に座りながら、雑談に興じようと話題を口にした翼人(バードマン)は、明るい表情をした感情(エモーション)アイコンを頭上に現した。このギルド随一の狙撃手である彼は、肩に担ぐ黄金の弓から手を離し、身振り手振りを交えつつ最近ユグドラシル内で取りざたされている噂とやらを語りだす。

 

「このヘルヘイムではないんですけどね。最近、ミズガルズあたり、人間種が中心になってる世界とかで、ものすごく強い炎属性の“剣士”が現れて、そいつが人間のプレイヤーを助けて回っている……って話です」

「へぇ。それは初耳ですね」

 

 ペロロンチーノは人差し指を左右に振ってみせた。

 

「チッチッチッ。情報は武器ってもんですよ? とくに、その剣士ってのは、異形種を優先的に狩ってるって話です。ウチらみたいな異形種ギルドにとっては、天敵みたいなやつですからね。気をつけてください?」

「あーははは」

 

 モモンガは存在しない耳元を掻きながら、額に汗を流すアイコンを頭上に浮かべる。

 自らの不見識を恥じるようなモモンガを見かねたのか、翼人(バードマン)の隣で這いずる肉塊じみた粘体(スライム)が釘を刺した。

 

「──はぁ。無理ないよ、人間種のプレイヤーに不利なここいらには、まるで関係ない話だし? ていうか、ウチの弟の話、あんまり信用しない方がいいよ、モモンガさん?」

「──んだよ、姉ちゃん。俺が“うそつき”だなんて、モモンガさんに吹き込みたいわけ?」

「その噂話にしたって、ただの噂ってだけでしょ? 情報確度としては“下の下”。攻略サイトの掲示板でも、目撃情報は十数件ってレベルだし。ワールドサーチャーズみたいなしっかりとした情報源があるわけでもないんだから、気にするだけ無駄ってもんでしょ?」

「でもよぉ。もしもそんな奴がさ、モモンガさんと一戦交えることになったら激ヤバだろ? 骸骨に炎は相性最悪じゃん?」

「まぁ、確かに」

 

 姉弟(してい)の気遣いに対し、モモンガは軽く頭蓋骨をさげた。

 

「心配してくれてありがとうございます、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん」

「プレイヤーを助ける剣士、ねえ……」

 

 話は終わりかと思いきや。

 二人とはモモンガを挟んで反対側に座る男、羊頭に仮面をつけた悪魔のプレイヤーが話に加わりだした。

 

「なぁにを考えて“人助け”なんてロールプレイをブチかましてるんだ、そいつは? ひとさまを助けて自分に酔いしれてる(やから)ですかね? いやはや、まったくもって奇矯奇怪の極みってもんでしょうに。本気で神経を疑いますよ?」

 

 悪魔の揶揄(やゆ)する言動に、メンバーたち数人が肩を揺らした。

 

「……それは、私のことを言ってるんじゃないですよね、ウルベルトさん?」

 

 純白の聖騎士が険しい声を発するのも無理はない。

 彼こそは、人間種プレイヤーにPK(プレイヤーキル)されまくる異形種プレイヤーを助けた実績をもつ──隣に座っているモモンガもそのひとりである──アースガルズの闘技大会で優勝し、その世界最強の称号を我が物とした近接職最強の男、ワールド・チャンピオン、たっち・みーに他ならなかった。

 額に青筋が浮かぶのを幻視するほど、静かに激昂する男の声音。それに気づいていないはずもないだろうに、ウルベルトはさも愉快げにくつくつと含み笑いながら、中身が昆虫種の聖騎士を煽りたてる。

 

「もぉ~ちろん、違いますとも~? あなたは「異形種を助けるプレイヤー」なんですからぁ? 人間種を助ける輩よりも、さらに奇妙奇天烈っていうべきですかねぇ?」

 

 一触即発の空気。

 おもむろに立ち上がり、アイコンも出さずに額を突き合わせる両者だが、この二人に割って入れるものは少ない。

 片やギルド最強の前衛。片やギルド最強の後衛。ワールド・チャンピオンとワールド・ディザスターが、ガチでやり合おうというのを、誰もが黙して見守るしかない状況で、

 

「二人とも! 今は喧嘩してる場合じゃないですよ!」

 

 ギルド長であるモモンガの、意外と強めな発言に、二人は互いへの戦意を霧散し腰を下ろす。

 他にいるメンバーたちがほっと胸を撫で下ろした時、毒の沼地へと斥候に出ていたザ・ニンジャ──種族としてはハーフゴーレムの弐式炎雷が、ちょうど良いタイミングで帰還をはたした。

 

「来たぞ、来たぞ、お客さんが!」

 

 ウキウキと肩を弾ませる青い忍。

 今日ゲームにログインしているメンバーが、ナザリックの表層へと迎撃に出て、ナザリック最強格の二人が喧嘩をやめる理由が、これであった。

 

「やー、久しぶりだな、侵入者と()るの!」

「前の“1500人侵攻”から、だいぶ日が経ってますからねぇ」

「あー。あれでウチに楯突くことの愚かさを覚った連中が、大勢いましたからね?」

「あんなのやられちゃ、誰だって侵攻する気なくすってもんでしょ?」

「モモンガさんの大金星でしたね」

「あ、はははははは」

 

 照れ笑うアイコンを浮かべるモモンガ。

 ほぼ同時に、ナザリックの周辺がにわかに騒がしくなり始めた。

 最後の侵入者迎撃用の罠──ナザリックの近衛兵らが隊伍を築いて、大墳墓入口の門扉を堅守しようとしてくれているが、時間の問題だろう。

 

「さてと」

 

 モモンガは異形種のギルドメンバーたちを率いて、その日ナザリック侵入を試みたプレイヤーたちを撃滅した。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ミズガルズ。

 ホームタウン・西エムブラ地区。

 ──(たぶら)かされし王の食事亭にて。

 

 

「うまい!!」

 

 

 驚くほど大きな声が、亭内に轟いた。

 

「うまい! うまい! うまい!!」 

 

 声の主は、年の頃二十歳(はたち)前後。炎を思わせる髪色に、見る者の印象に残る双眸の輝き。

 食事の美味なるを称賛する声は、一口一口に覇気が宿っており、聴く者の耳朶をこれ以上ないほど叩きつける。

 

「うまい!!!」

 

 とても幸せな声が轟く。

 張り上げた声を聞く客──プレイヤーたちは、その威風堂々たる食いっぷりに驚きを隠せない。

 カウンターテーブルにしこたま積まれた皿の量は、「空腹」の状態異常(バッドステータス)を埋めて余りある。

 いくら仮想現実とは、何がその男の食欲を旺盛にしているのか、聞いて確かめてみようという度胸の持ち主など、この食堂内にはいなかった。

 合計ニ十皿にも及ぶフレイムドラゴンステーキセットを平らげ箸をおく男──名を煉獄杏寿郎。

 最後に注文しておいた緑茶を(すす)って一息(ひといき)つくと、

 

「うむ! 大変馳走(ちそう)になったガングレリ(・・・・・)殿!」

 

 挙句に男はNPC──ノンプレイヤーキャラクターの店主へ向かって、律儀かつ丁寧に礼を述べるものだから、周囲から失笑の吐息さえ漏れだす始末。

 しかしながら、そんなことなど意に介さず、炎柱・煉獄杏寿郎は、財布の中から金貨の山を掴み出し、食事の支払いを済ませた。

 店の主人、ガングレリは、“笑みを浮かべて応答する”。

 

『またのお越しをお待ちしております』

「うむ! また来よう! それでは!」

 

 幾人かが、煉獄の奇行に吹き出してしまった。

 彼が店を後にすると「ロールプレイにしても、やりすぎw」という忍び笑いが漏れるが、聞こえてくる会話の内容は煉獄にはさっぱりわからないし、そのようなことを気に留めるほど煉獄は暇でもなかった。

 

「実にうまかった! 弁当がないことが惜しいくらいだ!」

 

 食べ物が美味なることは幸福なことだ。

 一口一口ごとに感謝を忘れないよう、存分に腹を満たしたことで、煉獄は鬼殺の任務に向かうことができる。

 腹が減ってはなんとやらだ。

 

「それにしても! 不思議な国だな、ここは!」

 

 煉獄は店の入り口に面した大通りを颯爽(さっそう)と歩きながら、(ひと)()ちる。

 

 空を見上げると、そこには樹があった。

 巨大な樹だ。

 あまりにも巨大だ。

 天突くほどの巨木であった。

 蒼穹と白雲をくすぐるように、新緑の枝葉が無尽に伸びている様は圧巻の一言だ。

 

 見上げる空の半分ほどを埋め尽くす大樹など、煉獄は、日本(ひのもと)の国で聞いたためしがない。御伽噺(おとぎばなし)の中にさえ、このように不可思議なものが存在したかどうか、定かでなかった。鎹鴉(カスガイガラス)を用いた情報収集網を誇る鬼殺隊でも、あのようなものは風聞の端にものぼらなかったはず。

 さらに驚くべきことに、空を飛ぶ乗り物や生き物が存在し、それらは主に“魔法”によって動いたり生きているのだという。(どらごん)と呼ばれる羽根つき巨大蜥蜴(とかげ)に騎乗する人間や、どういうわけだか杖やら(ほうき)やら、何だったら何もなしに浮遊し飛行する“魔法使い”まで、数限りなく存在している事実。

 

 結論。ここは煉獄の知る国──日本に(あら)ず。

 

「だが!

 何はともあれ!

 俺のやるべきことに変わりはない!」

 

 悪鬼滅殺。

 日輪刀に刻まれた大義の下に、煉獄は今日も任務に就く。

 お館様や同輩たち……なにより父や、弟の千寿郎(せんじゅろう)と会えないことに一抹以上の寂寥(せきりょう)を感じるが、その程度で折れていては、炎柱の名が(すた)るというもの。

 それに、確実にわかっていることはある。

 

 

 ──この世界にも、人を襲う鬼がいる(・・・・)

 

 

 ならば、やるべきことはひとつだけ。

 煉獄はいついかなる時でも、弱きものを守り、悪しき鬼を斬る。

 知り合いとなった西門の番兵(NPC)らに軽く挨拶を交わし、煉獄は外の世界へと突き進む。

 彼は野へ山へ谷へと足を運ぶ──己の力を必要とする者のために、炎柱はYGGDRASIL(ユグドラシル)を翔け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギュルヴィたぶらかし』において、北欧の神々の館を訪れようとしたスウェーデン王、かの王が神々に名乗った偽名。彼がオーディンと交わした質問という形で、北欧神話の全容が語られる。



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第参話   煉獄杏寿郎、モモンガと出遭う

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 DMMO-RPG〈Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game〉

 

 

 YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

 西暦2126年にリリースされた、基本無料で遊べる仮想世界体感型ゲーム。

 破格とも呼べる「プレイヤーの自由度」で人気を博し、国内においては「DMMO-RPG」イコール「YGGDRASIL」と評されるほどになる。

 

 ユグドラシルとは。

 それすなわち北欧神話における世界樹の名であるが、YGGDRASIL(ユグドラシル)におけるバックストーリーは次のとおりである。

 

 《ユグドラシルという世界樹には無数の葉が生えていた。

  だが、ある日、その葉を食い荒らす巨大な魔物が出現した。

  それによって一枚一枚と葉が落ち、最後に残ったのは九枚の葉。

  それこそが、アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイム。

  九つの世界の元になった葉であった。

  しかし、その魔物の影は最後に残った九つの葉にも迫りつつあった。

  プレイヤーは、自らの世界を守る為に、広大な未知の世界を旅せねばならない──》

 

 無論、当然のことながら、原典であるところの北欧神話において、世界樹の葉を喰い荒らす巨大な魔物や、残った葉が九つの世界に──などという伝承は一切ない。

 そもそもにおける神話のはじまりには、“ムスペルヘイムとニヴルヘイム”──炎と氷の世界が最初から存在し、その中間地、狭間の巨大な深淵“ギンヌンガガップ”で生まれた存在……ユミルという神と巨人の始祖……それを育てるアウズンブラという牝牛などから、後の神々や巨人たち、そして、世界と人間たちが誕生していった、というのが北欧神話の大ざっぱな原点として語られている。

 

(『葉っぱが世界になるって、一体どういう発想の転換がそんな設定を産んだの?』って、タブラさんは真剣に考察し続けてたな)

 

 ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの仲間(ギルメン)の一人である知識人──蛸頭の大錬金術師──タブラ・スマラグディナのことを思い出しつつ、モモンガはミズガルズの大地を踏みしめた。

 転移魔法によって訪れたのは、九つある世界の中で異形種にとって比較的不利・人間種にとって比較的有利な世界、その中にある大草原の小川だ。

 モモンガたち異形種は、通常人間種のプレイヤーのみが使用・往来・居住することを大前提としている街や村などに、一息で転移することはできない。なので、こういった世界に用がある場合は、自然とその周囲にあるエリアフィールドに転移ポイントを設定して、そこから自分の足で街へ入り込むしかない──が、それにも多くのリスクが伴う。

 

(しかし……いやぁ、久々だな。こうして人間の世界(ミズガルズ)に来るの)

 

 モモンガは穏やかに流れる小川を覗き込み、その水鏡に映る自分を見つめる。

 今のモモンガの姿は、黒髪黒目の凡百な人間種プレイヤーの外装(アバター)を身に纏っている。装備品も、いかにもそこいらにいる人間種の魔法使い・魔法詠唱者(マジックキャスター)のプレイヤーといった具合であるが、これはいわゆる仮の姿。モモンガの種族固有の外装(アバター)である骨の異形を、変身を行えるマジックアイテムによって、人間のそれに上書きした感じというべきだろう。

 幻術魔法のみならず、この、部位としては「顔面」に装着している装備、世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)の効果で、異形種の立ち入りを制限する場所(フィールド)で自由に活動できるようになる。が、デメリットとしては異形種としての能力・死の超越者(オーバーロード)特殊技術(スキル)死霊術師(ネクロマンサー)の魔法を行使することは不可能となり、戦闘にでもなれば大幅なレベルダウン状態で戦うことを強いられる計算だ。

 さらに、実に厄介な弱点が“もうひとつ”あるのだが、今日の“おでかけ”の目的は戦闘がメインではないため、とくに問題ないだろう。

 

(自前の幻術に加えて、超一流の錬金術師、タブラさんが作ってくれたアイテム(これ)の効果を、見破れるプレイヤーは多くない。いたとしてもPK(プレイヤーキル)禁止のはじまりの街(ホームタウン)に入り込んでしまえば、事を起こすことはできない。──その先(・・・)へ行けば、人間種に化け続ける意味もないし)

 

 このゲーム、ユグドラシル内において、プレイヤーがプレイヤーと戦い殺す行為、いわゆるPKが行使可能だ。

 ただし、人間種同士でのPKにはペナルティが発生したり、モモンガのような骸骨種をはじめとする異形種プレイヤーへのペナルティは発生しない──むしろ、一定の職業レベルを得るためにはPKポイントが必要になるなど、運営側がPKをほぼほぼ推奨しているような形となっている。

 しかしながら。

 これからモモンガが行く都市──ミズガルズの開始地点(ホーム)──“樹界都市”と称されるアスクエムブラ*においては、運営の強権によって、PKは完全に禁じられており、絶対安全が保証されている。これはミズガルズだけの話ではない。九つの世界それぞれに存在するはじまりの街──プレイヤーがレベル最弱の“1”で訪れるホームタウンにおいて「PKが可能」とされては、新参のプレイヤーを狩る悪質な連中の好餌(こうじ)となりかねないのだ。そのようなプレイスタイルはリスボーンキルよりもタチが悪い上、そんなことまで認めてしまっては、ゲームへの新規加入者が離れる事態を避けられない。いかにクソ運営と評されるユグドラシルのGMでも、それくらいのことは理解できているようだ。

 

(しかし、いつ見てもきれいだな、ミズガルズの世界樹は)

 

 フードの裾を上げて、蒼穹と新緑の共演を眺め見る──否、美麗なのは、荘厳な大樹のありさまだけではない。

 せせらぎを奏でる風雅な小川。鳥のさえずりと草花が風と踊る音色まで精緻の極みといえる。

 モモンガたちが主に活動するヘルヘイムは、北欧神話における冥界そのもの。陽の差さない、毒々しい世界から抜け出し、お日様の光を散々と輝かせる青い空を眺めると、いろいろと感慨深いものが込みあがってくる。自然をこよなく愛するギルドメンバー──ブループラネット──彼の手がけたナザリック地下大墳墓の第六階層“ジャングル”の「空」のように、こうした自然のありさまさえも、自由に自儘(じまま)に、自らの手で製作しうることが、仮想世界体感型ゲーム・DMMO-RPGの醍醐味にして真骨頂とも言えた。

 モモンガの視線の先には、空を覆い尽くさんばかりに高く伸びていく大樹がある。まさに“世界樹”というべき様相を呈しているが、この世界そのものが世界樹に残された葉から生じたというバックストーリーを思いだすと、もとの世界樹とやらはどれだけの設定だったというのか、もはや想像もつかない。

 

 ──このような、自然豊かな場景(じょうけい)を見るというのは、2100年代の現実においては非常に難しい。

 

 モモンガたちの住む現実の世界──現代の地球は、環境破壊が深刻化し、大気汚染で人工心肺(マスク)なしでは生きていけない世界となっている。

 そんな人類にとって、この仮想現実によってなる世界は、ありし日の地球の姿を体感する装置としても有用な働きを示すものなのだ。

 

(まぁ、五感に制限がある世界じゃ、どれほど精巧でもニセモノなんだけどね)

 

 流動する白い雲の変幻自在ぶりを眼で楽しみ、風の音に耳をすますことができる──が、電脳法によって五感のうち味覚と嗅覚は削除されており、触覚についても制限がもうけられているので、頬を叩く風というものは、あまり感じ取れない。それが残念と言えば残念であった。

 ふと、モモンガの背後に〈転移門(ゲート)〉が開く。

 

「モモンガさん! 遅れて本っ当にすいません!」

「ごめんね~、ウチの馬鹿弟が遅刻しやがって~」

 

 現れた姉弟は、モモンガのよく知るペロロンチーノとぶくぶく茶釜に他ならない。

 だが──

 

「いえいえ。少しも待ってませんから、大丈夫ですよ」

 

 応じるモモンガが人間に化けているのと同様に、翼人(バードマン)粘体(スライム)の異形種である二人も、普段の外装(アバター)とは全く違う姿形を披露していた。

 

 ペロロンチーノの姿は、普段使っている武装よりも数段以上ランクの劣るコンポジット・ボウと、多数の短剣で武装した、見目麗しい金髪森妖精(エルフ)の青年。

 ぶくぶく茶釜の姿は、これまた普段使っている武装よりも劣悪な槌矛と盾と皮鎧を帯びる、蠱惑的な美貌と肉感的な褐色肌が艶っぽい、桃髪の女闇妖精(ダークエルフ)である。

 

 姉弟は互いが幻術魔法とアイテムによって作られた人間種としての姿──魔法使い役のモモンガを護衛するための偽装を見て、同時に“溜息”の感情(エモーション)アイコンを浮かべて、息を吐く。 

 

「……姉ちゃん、またそのアバター? いくらDMMOだからってさ、盛り過ぎじゃね?」

 

 エルフの青年が肩をすくめるジェスチャーに対し、美しい女ダークエルフが見下すようなポーズ……挑発的に突き出した指の形とともに言って捨てる。

 

「なんだぁ文句あんのか弟ぉ? 姉がダークエルフで、いったい何がご不満なわけ?」

 

 普段の口調とはかけはなれた声質の変幻ぶり。女帝のごとき悪意と酷烈にまみれた美声は、さすがは現役の人気声優というべき貫禄があった。

 そんな実の姉の演技ともつかぬ一声に対し、弟は飲みこまれたように一歩をさがる。

 

「いや不満というか何というか……自分のNPCもダークエルフにするぐらい闇妖精が好きなら、もういっそのことそっちのキャラでプレイしたら?」

「あらあら? そんなに私をギルドから追い出したいわけ? うちのアインズ・ウール・ゴウンの加入条件のひとつは、“異形種プレイヤーであること”だものね?」

「──チッ、バレたか」

「口やかましい姉の小言から解放されようなんて、夢にも思うんじゃねぇぞおいこら」

「だ、誰もそこまで言ってねえしッ!」

「は。どうだか?」

「まぁまぁ」

 

 ギルド長に両手で抑えられる姉弟。

 まったく非常に険悪な感じしか受けない二人のやりとりだが、モモンガは二人がそんなに本気で互いを嫌い合い罵り合っているとは感じていない。

 口ではあーだこーだと言い合っても、二人が正真正銘の「家族」であり「姉弟」であることは、まぎれもない事実なのである。

 モモンガは護衛役を引き受けてくれた仲間二人に謝意を示した。

 

「お二人とも。今日は自分の我儘に付き合わせてしまって、本当にすいません」

「いいんですよ。これぐらいのこと」

「そうそう。姉ちゃんの言う通り!」

 

 茶釜とペロロンチーノが、謹直に腰を折るギルド長に“笑顔”のアイコンで応じた。

 

人間の世界(ミズガルズ)は、ウチら異形種プレイヤーにはクソ不利な環境ですし。むしろ、護衛なしでうろつく方が危険ですから」

「まあ、どうせなら、ワールドチャンピオンのたっちさんが護衛につければ、安心だったんですけどね」

「確かに。でも現実(リアル)の、お仕事の都合じゃ、仕方ありませんよ。なにせ現職の警察官ですから」

 

「ですねー」と頷き合う姉弟。

 

「とは言え、生存率をあげようと、大人数でミズガルズ(このあたり)をうろつくのも、まぁさすがに無理ですしね?」

「ていうか、うちの大事なギルド長の護衛が、うちのバカ弟だけなんて、超がつくほど心配ですから」

「んだとー?」

「んだよー?」

 

 今にも掴み合いそうな二人のやりとりに、モモンガは現実の肉体の方で笑みを浮かべた。

 仕事用の声ではない、ロリっぽい、作った感じがまるでしない普段通りの声で話すぶくぶく茶釜。それに応じる友人については言わずもがな。

 モモンガは心から思ったことを声にする。

 

「そんなことありませんよ、茶釜さん。

 お二人がいてくれれば、それだけで千人力です! ──あれ、十人力だったかな?」

「あー、それたぶん“百人力”ですよ、モモンガさん」

「でもま、千人力の方が強そうでよくね?」

 

 教師(やまいこ)の真似をしつつ甘い声音で訂正してくれるぶくぶく茶釜と、調子を合わせてフォローしてくれるペロロンチーノに対し、モモンガは照れ笑うようなアイコンを浮かべて頭を掻いた。

 いずれにせよ、モモンガの仲間に対する信頼は篤いことは、姉弟二人もよく理解できている。

 

「じゃあ、いきましょうか。

 アースガルズへ繋がる唯一の橋──“虹の橋(ビフレスト)”へ!」

 

 本日の最終目的地、そこへと至る手段をめざし、黒髪の行商人と二人のエルフは、それっぽい初心者チームのごとく森の小川から街道へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「──む?!」

 

 煉獄は、鬼狩りに励む最中、奇妙な感覚を覚えた。

 

『ガあああああアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 ()き吠える巨躯(きょく)の鬼。丸太よりも数倍太い両腕がふるう超重量の鉄槌(てっつい)をものともせず、煉獄は首への一撃をあびせた。

 日輪刀と炎の呼吸によって、悪逆なまでに猛々しく(ふく)れた肉体を(ちり)にかえした直後、それを感じ続けた。

 

(──何か(・・)、来た?)

 

 またか、と思う。

 この世界で戦うこと既に数週間。

 血振りし納刀する間にも、煉獄杏寿郎が鍛え上げた知覚力が、その“何か”を察知し続けた。

 

(この山から、距離にして十里(じゅうり)か。

 走破することはいかにも容易。だが──)

 

 山に巣くっていたらしい大鬼(オーガ)の群れと、その首魁であった巨躯の鬼──山岳の(マウンテン・)妖巨人王(トロールキング)──を滅して、煉獄は体力的な疲労を感じる、などということはありえない。基礎体力の向上と疲労からの脱却をもたらす呼吸法、全集中の常中は、柱と呼ばれる剣士であれば基本中の基本。よほどのことでもない限り、本当に死ぬ領域の損傷を肉体が受けない限り、煉獄杏寿郎の身体が音を上げて、戦闘を忌避するということはありえない。

 

「あ、あのー」

 

 鬼たちと戦っていたらしい老若男女の徒党、その代表らしい壮年の男性にたいし、煉獄は一言。

 

「すまんが火急の要件ができた! 君らは君らで山を下りてくれ!」

「ちょ、あの、ドロップの山分けはいいんすか!?」

「ドロップ要らないなら、なんで助けたの?!」

 

 近頃よく耳にする単語を羅列した疑問に背を向けて、煉獄は一目散に走り出す。

 急がねばならない。

 その理由は、感じられる気配の、その“異質さ”にあった。

 

(この感じは、「人に化けている鬼」か? しかし、今まで見てきたこの世界の鬼どものそれとは比べようもないぞ? これでは人間とまるで変わらぬ、おそるべき擬態性能──これは、まさか、鬼舞辻の血が濃い鬼──よもや“上弦”か!?)

 

 脳裏に閃く最悪の可能性。

 否が応でも、無限列車で対峙した上弦の参、彼の悪辣(あくらつ)なまでの戦闘性能を想起してしまう……

 

 この国、この世界、このミズガルズという地に渡り来てからも、煉獄は相も変わらず鬼狩りを続けてきた。

 鬼は切っても斬っても数が減らず、そこは日本(ひのもと)と大差がないように思えるほどだ。

 しかし、中には奇妙な鬼がいた。いることに気づき始めた。

 その鬼どもに共通しているのは『人間に擬態していること』と『奇怪な言動をすること』などで一致していた。

 鬼は元々が人間であるため、人語を解する者がほとんどだ。鬼にされて間もなくのものは血の昂りによって人語を発しえないことが多いが、ある程度の人肉を喰らうことで自我を取り戻すことは共通している。

 しかし、この世界──ミズガルズという国で出会う鬼の中には、理解に苦しむものがいた。

 とくに、『“げえむ”という特異な単語を連呼すること』があげられる。

 たとえば、

 

『“げえむ”にマジになるなよ!』

『“げえむ”だからって、そこまでします?』

『“げえむ”の中で英雄気取りですか、はいはいそーですかコンチクショーメ』

 

 などなど。

 煉獄には、彼ら彼女らが何を言っているのか分からなかった。

 鬼どもの詭弁(きべん)断末魔(だんまつま)にしても、意味不明瞭(いみふめいりょう)の極みであった。

 さらに、何よりも特筆すべき、炎柱・煉獄杏寿郎が憂慮(ゆうりょ)している点が、一点。

 

(この世界で、俺が見てきた鬼のほとんどは、『太陽の下でも活動できている』)

 

 その事実が、煉獄の脳裏に、けして小さくない引っかかりを生じさせているのだ。

 

(もしや……この世界の鬼は、鬼舞辻(きぶつじ)の造り出したものとは、違う……のか?)

 

 そんな疑念に一瞬でも駆られる(おのれ)を、煉獄は即座に叱咤(しった)する。

 

(──悠長に考えている暇はない)

 

 悩んでいても意味はない。

 迷うことは害悪ですらあった。

 煉獄が、悩み、迷い、判断を一瞬一秒でも遅らせれば、それによって鬼による被害が増える。

 躊躇(ちゅうちょ)など不要。

 問答(もんどう)など不要。

 それでよい。

 それでよかったはず。

 少なくとも、先日の柱合会議までは。

 

 鬼でありながら無害な存在、竈門(かまど)少年の妹・禰豆子(ねずこ)という例外は確かに、確かに、あった。

 

 しかし。

 それでも。

 だとしても。

 

 人に化け、人に(あだ)なし、人を喰らおうとする鬼がいる事実に変わりなし。

 煉獄が合流すべき鬼殺隊(きさつたい)が、影も形も存在していないことも、煉獄の強硬なまでの鬼狩り任務続行の点火剤となっていた。

 これほど人に化けることに(ちょう)じた鬼が街に入れば一大事──その一念を心の臓腑(ぞうふ)に響かせながら、煉獄は山を翔け(くだ)った。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「お、見えてきたかな?」

 

 モモンガ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜。それぞれが人間種の姿──それも、初心者じみた感じに化けた異形種プレイヤー三名が、ミズガルズの樹界都市・アスクエムブラの門にまで、あと数百メートルというところまで来た。

 

「いやぁ。やっぱりすごいですよね、このアイテム。道中、他のプレイヤーとすれ違っても、バレる気配皆無なんて」

 

 金髪エルフ姿に化けたペロロンチーノ、彼が顔をつつく動作で示す通り、世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)の効果は絶大と言ってよい。

 この手のマジックアイテムでありがちな、装着者の弱体化・本来の種族職業レベルの能力は使えないという不利益は(まぬが)れないものの、他のプレイヤー……特に、幻術対策や異形種を感知する能力に長けた職種に正体がバレないのは、なかなかに得難い効能である。とくに、余計な戦闘を避けたい場面やフィールドでは、ありがたいことこの上ない。ホームタウンから次の街への主要な街道となっている道のりは、初心者や玄人(くろうと)問わずにプレイヤーの往来が多い。モモンガたちの懸念は玄人レベル……特に、異形種への何らかの特効持ちなどが厄介の極みだったが、どうやら無事に第一関門を突破できる空気だ。

 このあたりは、少し外れた小道や草原に入ればモンスターとの会敵もあるが、モモンガたちの目指す街まではそういった心配の必要がない。なにしろホームへと帰る道のりだ。猛毒や呪詛、逃走不可などの悪辣なスキルを持つモンスターや、状態異常解除不能なエリアフィールドなどではない。比較的おだやかで、のんびりとした風情(ふぜい)さえ感じられる。

 そんな雰囲気にあてられ、愉快げなアイコンを浮かべる彼の様子を、姉は「油断すんな」と言って即時牽制する。

 

「まだ街に入れたわけじゃないから。狙撃とか急襲とか受けないように、しっかり見張っとけ弟」

「へいへい」

 

 警戒を緩めないぶくぶく茶釜の姿勢は正しい。このゲームにおいては、数キロ先から攻撃や特殊技術(スキル)を飛ばすという芸当も可能だ。それこそ、ペロロンチーノが本来の状態で、本来の装備を所持していれば、それぐらいはやり果せられる。

 とは言え、モモンガたちの懸念するようなプレイヤーの速攻や遠隔攻撃はなさそうに思えた。道行く本物の初心者さんと会釈してやる余裕さえあった。

 

 しかし、

 それは、

 来た。

 

「──うん?」

 

 あとわずか十メートルそこそこ、

 門の守衛NPCの顔まで判別できる距離で、

 黒髪の初心者魔法詠唱者(マジックキャスター)に化けたモモンガは、何故か、瞬間、足を止めた。

 

「? あれ?」

「どうかしまし」

 

「たか」といいかけたペロロンチーノが、最初に気づき振り返った。

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 盛大に燃えあがるがごとく、(はじ)ける声量。

 そして、彼ら三人の視界の端で、大地を踏みしめ抜刀(ばっとう)せんとする、一人の剣士の姿が。

 

 

「 炎の呼吸 一の型 」

 

 

 一瞬。

 

 

「 不知火 」

 

 弓を盾を、何かしら武具を構える余裕もない、一刹那。

 とっさに、モモンガを軽く突き飛ばすペロロンチーノ。

 途端、彼らがいたはずの地点を、空間を、一条の炎熱が(ゴウ)(ほとばし)った。

 

「────────は?」

 

 (あか)い炎のエフェクトに、指先が焦げ付くような畏怖を覚えた。

 モモンガには視認不可能だったが、それは、彼自身が一筋の炎となったがごとき一撃、その残り火でしかなかった。

 同時に、

 彼の顔面に装備していた仮面が、竹を割ったように割断される。

 

「な、な、な?」

 

 破壊され、消え去っていくモモンガのアイテム。

 混乱の極みで腰を抜かしかけたギルド長を、闇妖精(ダークエルフ)に化けたぶくぶく茶釜が支え立たせた。

 

「姉ちゃん! モモンガさんを!」

「任せろ」

 

 即座に弓矢を番えるペロロンチーノも、無傷。

 応じて女騎士の盾を構えるぶくぶく茶釜も、その襲撃者を視野に収めた。

 赤色を灯す長い金色の髪に、切れ上がった双眸、(ほむら)のごとき羽織を背に纏い、正眼に構えた刀の色は、赫。

 

 

 

「人に化けた鬼どもよ!」

 

 

 

 周囲にいたプレイヤーたちの喧騒渦巻くなかで、モモンガを襲った男の声は朗々と響き渡る。

 

 

 

「いかなる企みがあるのかは知らんが!

 炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)が!

 相手になろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*
北欧神話における原初の人間の男女。男・アスクと、女・エムブラ。



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第肆話   煉獄杏寿郎、モモンガたちと戦う

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 ・

 

 

 

 

 

 炎を思わせる剣士──彼のふるう一刀によって、モモンガの異形種としての力を隠匿していた仮面(アイテム)が割れ砕けた。

 

「ッ!」

 

 なんという失態、そう思う間にモモンガは顔面を押え、心の底から憤慨しつつ、慌てず冷静に状況を見据える。

 顔面の装備が破壊されたことで、隠匿していた骨の(かお)が露わとなった。

 相対する金髪に赤の混じる青年は、鬼気迫る声音で怒号を放つ。

 

「さぁ! おまえたちの相手は、俺だ! 街へは一歩たりとも踏み入れさせん!」

「な」

 

 なにを言ってるんだコイツは?

 そう言ってやる気力すら失せるほど、煉獄ナントヤラ……そう自称してくれた剣士から発せられる、圧倒的な威圧感。

 あるいは、殺気。

 猛禽のように切れ上がった双眸は(らん)と輝き、まるで本当に生きているかのような表情を、モモンガたち異形種プレイヤーの三人チームへ差し向けていた。

 ただのPKプレイヤーとは一線を画す雰囲気──本気の本気で、悪意と敵意と殺意を向けられるなど、長いDMMO-RPG歴においてはじめてとなる出来事だ。

 

「くそっ、なんなんだ、いきなり」

 

 抗弁の声を大きくしようかと思う矢先、モモンガは周囲からたちのぼる喧騒を感じる。

 それはまるで気化したガソリンが発火・炎上するように、都市の門前で行われる戦闘への興味と好奇をミズガルズの人間種プレイヤーたちに伝播(でんぱ)させる。

 

「なになに?」

「モメごとか?」

「辻決闘かも?」

「いやPKじゃね?」

「それともPKKかな?」

「いや、待て。膝をついてるあいつの手……頭……頭蓋骨!」

「ちょステータスめっちゃ異形種じゃん! え、なに? なんで誰も気づかなかったわけ?」

「あれ? あの骸骨のプレイヤー、どっかで、見た、気が?」

 

 まずい。

 ざわつく周囲の音が耳を圧迫した。

 人の視線が圧力を持つものだと理解させられる。

 事の次第を遠巻きに眺める連中は、完全に骸骨種の外装をしたプレイヤーへの蔑意と、彼の正体を(あば)いた煉獄という剣士への敬意とで半々という割合だろう。

 モモンガは現実の身体に脂汗をかいた。

 たまらず、護衛役として同行してくれた姉弟……ぶくぶく茶釜とペロロンチーノに謝辞をこぼした。

 

「すいません、二人とも──ドジりました」

 

 申し訳なさそうに項垂れるギルド長に対して、二人は人間種の偽装に笑顔のアイコンを浮かべてくれた。

 

「いいや、モモンガさんのせいじゃないですよ」

「弟の言う通り──てか、なんであいつだけ、見破れたわけ?」

 

 疑問は当然。

 周囲のプレイヤーは誰一人として気づけなかったアイテムの効果を、煉獄という剣士ただ一人だけが見破り、なんの躊躇もなく攻撃を放った。

 偽装も幻術も完璧だった。

 にもかかわらず……何故?

 

「──とにかく、ここは撤収します」

 

 モモンガの判断は的確であり迅速であった。

 アイテムを失い、多くのプレイヤーに正体を露見してしまった以上、街の中へ入ることは難しい。街の中にさえ入ってしまえば安全は保障されるが──それまでにここにいるプレイヤーの半分が、モモンガを狩り取ろうと壁を築くだろう。それは絶対ともいうべき結果。人間の世界(ミズガルズ)にいる異形種は著しく能力を削られる環境下にあり、くわえて、異形種PKポイントが稼げるチャンスを、彼らが逃す手はないのだ。

 姉弟は同時に頷く。

 モモンガは即座に〈転移門(ゲート)〉の魔法を開いた。

 

「逃がさん!」

 

 煉獄が即応する。

 その尋常でない踏み込みの速度は、ペロロンチーノの弓の射撃も虚しく空を搔くだけ。

 さらに驚愕すべき煉獄の力──

 

(ちょ、ウソだろ!?)

 

 ほんの一歩で距離をつめるスピード──三人が転移魔法をくぐる間隙すら与えない超速攻──どころではない。

 

(〈転移門〉を、“斬った”?! なんなんだこいつッ!?)

 

 現れた転移魔法の黒い門が、煉獄の刀の一撃をあび、霧が散るように消滅する。周囲で沸き起こる歓声。彼らの目から見ても、煉獄の示した攻撃性能は驚嘆に値した。

 推測するに、彼の刀には〈魔法解体(マジックディストラクション)〉か何か、敵の魔法を打ち消す効果なりが組み込まれているのだろうか。

 

(どう考えても、こんな序盤のフィールド、ホームタウン周辺にいるべき人材じゃないだろ!)

 

 もっと世界(ワールド)の深部にいるべき存在──少なくともLv.90以上は確定的だ。というか、確実にLv.100か。

 あまりの速度に対応しかねる魔法詠唱者(マジックキャスター)・モモンガ。彼を守るぶくぶく茶釜であったが、彼女が構えていた盾が両断・破砕され、ダークエルフの外装に少なくないダメージを被る。

 

「く!」

「姉ちゃん!」

 

 これは無理からぬ結果ともいえる。

 異形種から人間種に化けた状態の彼女もまた、普段通りの戦闘力を発揮できない。

 

「二人とも逃げろ!」

 

 エルフの青年に化けていたペロロンチーノがアイテムボックスから何かを取り出す。

 そうはさせじと返す刀でペロロンチーノの右腕を的確に薙ぎ払う煉獄。彼が取り出そうとした逃走用アイテムが、炎のエフェクトの中で砕け消えた。

 

「チッ!」

「弟合わせろ!」

 

 ぶくぶく茶釜は煉獄の背筋へと肩から突っ込む。

 女ダークエルフの挙動に、態勢を崩されんとした煉獄であったが、

 

「ちょ! 何、このひと! (カタ)すぎぃ!」

 

 まるで鉄柱にでも激突したように、(ガン)と弾き返されるぶくぶく茶釜。

 そんな姉の言に対し、弟はひとつ苦言を呈する。

 

「姉ちゃん! その台詞(セリフ)は、さすがにちょっっっと問題かなーと!」

「だまれ(〇〇〇〇)!」

 

 本来の戦闘能力が発揮できない苛立ちに声を荒げ、弟への自主規制必至の蔑称と共に中指を突き立てる人気声優。

 

「二人とも! とにかく人目のつかないエリアへ!」

「わかった!」

「了解です!」

 

 モモンガの指示のもと即座に行動する姉弟。

〈転移門〉は斬り捨てられたこの上は、手段はひとつしかない。

 ──戦いながら逃げるのみ。

 

「逃がさんぞ、鬼ども!!」

 

 おに?

 オニとはなんのことだと、煉獄の言に対して、内心首を傾げるモモンガ。

 否。

 今はとにかく、この状況への対応が優先される。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)心臓掌握(グラスプ・ハート)〉!」

 

 第九位階死霊系魔法。これは対象への即死攻撃をもたらし、仮にこれをレジストされても、副次作用として相手を昏倒させる効果をもたらす。

 しかも、それを三重に最強化したものは、死霊系魔法を得意とする死の超越者(オーバーロード)・モモンガの十八番(おはこ)であった。

 

「ッ、くぅ!」

 

 はじめて煉獄の足が止まる。

 

(よし、効くには効くようだ!)

 

 都合三度も心臓を掌握してやったのだ。握りつぶして即死させるまではいかないにしても、心臓の動きを止めるぐらいのことは、できて当然ともいえる。

 

「一時撤退します! 〈全体飛行(マス・フライ)〉!」

 

 骸骨の魔法使いが〈飛行〉の魔法を付与し、人間種に化けた仲間たちを連れて都市に背を向ける。

 ここまで来た苦労は水泡に帰すが、こんなところであんな大人数を前に、自分たちがギルド:アインズ・ウール・ゴウン関係者だと判明されては、厄介の極みだ。

 

(それを危惧して、いつもの装備を置いてきたんだ──あの1500人の大侵攻、その結果を、根に持ってる(やから)に見つかるのは、面倒だからな)

 

 だからこそ、ペロロンチーノもぶくぶく茶釜も、異形種(いつも)の見た目に戻れなかった。骸骨のプレイヤーはそれなりの数がいるだろうが、翼人(バードマン)とピンクの粘体(スライム)を連れた死の超越者(オーバーロード)など、いくらユグドラシル広しといえど、たった一人──悪名高いギルドの長一人しか該当しない。

 

「……すいません、二人とも」

 

 謝り倒すモモンガに対し、姉弟は当然のように笑顔のアイコンを浮かべ首を振ってみせた。

 その背後から、

 

「逃がすものかぁああああああああああああああああ!!」

 

 再び迫る喚声。

 心停止レベルの激痛、それによる昏倒、状態異常(バッドステータス)から、煉獄という男はどういった手段でか即座に復活してくる。

 

「~ッ、しつこい!」

 

 さすがのモモンガも呆れ果てて侮蔑が短くなる。

 しかし、幸いにも追ってくるのは煉獄一人だけ。

 

(自分たちがアインズ・ウール・ゴウン関係者とは気づかれずに済んだか……にしても、変わらずに追ってくるコイツは、いったい?)

 

 森の中を飛行するモモンガ一行を、徹頭徹尾、猟犬もかくやという勢いで追跡する煉獄。

 悪路など知らぬ顔で踏み越え、大地を割るような足音が、その爆走が距離を詰めつつある事実を教えてくれる。

 

「──中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)!」

 

 飛行するモモンガは置き捨てるように、黒く禍々しい鎧と、フランベルジュで武装した騎士を作成。

 壁役としては申し分ない不死者(アンデッド)モンスターだ。モモンガはこれと同じようなモンスターを、一日十二体まで作り出すことができる。

 

「行け!」

 

 けたたましい雄叫びをあげて、プレイヤーの指示に従う死の騎士(デス・ナイト)

 複雑な戦闘行動は不可能な召喚NPCだが、主人たちを敵認識(ターゲティング)している相手に突撃するぐらいの単純な動作機能は持ち合わせている。

 そして、煉獄のレベルならば、その決着は一太刀で済むことも、予測済み。

 

「やっぱりだめか」

 

 一合(いちごう)も交わすことなく、死の騎士は煉獄の炎を(まと)う一刀に焼き滅ぼされる。あのアンデッドは、どんな攻撃でも体力(HP)1まで耐久出来る壁役としての性能があるが、何かしらの連続攻撃でダメージヒットを与え続ければ、耐えられる道理がない。なので、煉獄に──あの炎のエフェクトを生じさせる刀で、瞬殺できても不思議ではなかった。

 しかし、時間稼ぎとしては有効な働きを示した。

 モモンガは友人を振り返る。

 

「ペロロンチーノさん。周囲で見張っているプレイヤーは?」

「うーん──たぶん、大丈夫ですね、モモンガさん」

 

 モモンガの魔法で飛行しつつ、セオリー通りに狙撃手としての“目”を働かせるペロロンチーノは、これといったプレイヤーの存在を確認できない。

 加えて、モモンガがアイテムボックスから取り出し発動したマジックアイテムでも、情報系魔法による監視の類は認められない。

 

「んじゃあ、私らの偽装を()いても、問題なし?」

「おそらく。ただ、少しだけ、個人的に戦闘よりもやってみたいことがあります──」

 

 やってみたいこと?

 姉弟は首を傾げつつ、モモンガの提案に乗ることにした。

 

「それじゃあ、やってみますね」

 

 まるで悪戯を思いついた子どものように含み笑いつつ、モモンガは〈全体飛行〉を解除し、追撃者のいる方へ向き直った。

 

「む?」

 

 追ってくる煉獄も、湧き起こる警戒心から足を止める。

 

「────ひとつ、話をする気はないか、煉獄(れんごく)……あー?」

「────煉獄杏寿郎(きょうじゅろう)だ」

 

 骨の面貌(めんぼう)に火の瞳をくゆらせる異形をまじまじと見据えつつ、煉獄は油断なく刀を構える。

 

「そう、杏寿郎さん! ひとつ提案したいことがあ」

「断る」

「早! 判断、早ッ!」

 

 モモンガの軽い語調が意外だったかのように眉を(ひそ)めつつ、煉獄は一歩、また一歩と間合いを詰めていく。

 

「ここに来る前に、同じような調子で“すばらしい提案”などをしてきた(おに)がいてな。

 個人的に、そういう提案は受け入れられない、そういう提案をする鬼のことは、嫌いだと思っている」

「へ……へぇ。そうなんですか、煉獄さん」

 

 煉獄の正直な言葉にとりあえず頷くモモンガ。

 後ろで固唾(かたず)をのんで見守る仲間たちに手を振って動かないよう抑えつつ、モモンガは煉獄に話を合わせる。

 

「ええと、煉獄さん。オニというと、やっぱり、あの鬼ですか? 頭に角が一本か二本はえてる」

「鬼は鬼だ」

 

 少々食い気味ではあったが、「よしよし」と思う。

 モモンガは内心冷や汗を流しつつ、煉獄が会話してくれる事実をポジティブに考える。

 

「鬼はすべて滅ぼす。貴様たち鬼は、人々に害悪と災禍をもたらす。人を喰う鬼は許されない。喰われた命は戻らない。俺は炎柱(えんばしら)煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)。貴様ら悪しき鬼を、一人残らず滅するのみ!」

 

 な、なるほど、そういう設定かと分析しつつ、モモンガは決断する。

 

「俺、ああいや、自分は鬼ではありません! 自分は骸骨(スケルトン)種族の死の超越者(オーバーロード)! ペロロンチーノさんは翼人(バードマン)ですし、茶釜さんは粘体(スライム)です! 鬼なんかじゃありません! ちゃんと見てください! ほら!」

 

 モモンガが振り向くと、二人は自分たちの本来のアバターに戻った。

 金髪エルフの青年が、全身に羽毛を(まと)う鳥と人の中間のような異形へ。

 桃髪の女ダークエルフが、ピンク色のテカテカとした肉塊じみた異形へと。

 

「ね! どこをどうみても鬼なんかじゃな」

「たわけたことを抜かすな!!」

 

 煉獄の一歩が、大地を震撼させた。

 肉体の挙動のみで〈地震(アースクェイク)〉の魔法と同じ事象が現れるとは、いったいどういうエフェクトツールのなせる(わざ)なのやら。

 炎を纏うがごとき剣士は、大音声(だいおんじょう)でまくしたてる。

 

「鬼の形に定型などない! その肉体性能も! 血鬼術(けっきじゅつ)も! すべてが異質かつ異様なものだ! 影のごとき空間を操る鬼や、音色で人の神経を惑わせる鬼もいる! 中には列車そのものへと化けるものまでいる始末だ! 貴様らの言うことなど、信用するに値しない!」

 

「やっべえ~、地雷踏んだかな~」とモモンガは慌てかける自分を落ち着かせ、尚も説得を試みる。

 営業サラリーマンの最終奥義よろしく、その場に膝をついて土下座までしてみる。

 

「ほ、本当です! 信じてください!」

 

 さすがの煉獄も、そこまでして抗弁する鬼と出くわしたことがなかったのか、大いに鼻白(はなじら)む。くわえて、この世界(ユグドラシル)において、ここまで煉獄と戦闘をこなせるもの・説得までもっていけたプレイヤーは、ミズガルズのエリア特性上絶無であった。

 それでも、モモンガの骨の(かんばせ)を、人間のそれとは隔絶しきったそれを見るにつけ、食って掛からずにはいられない。

 

「……貴様らが鬼でないと、どうやって証明する?!」

「しょ、証明?」

「貴様らは、人を喰わないと、そう断言できるか!?」

 

 断言できる──と言いかけて、モモンガは自分たちのギルド拠点・ナザリック地下大墳墓にある諸々を思いだす。

 ペロロンチーノが造り出した吸血鬼(シャルティア)は、人の生き血を啜るモンスターだし、ぶくぶく茶釜の粘体(スライム)種も、場合によっては人を食す設定。

 しかし、それは“ゲーム”の話、だから気にしないでくれ──なんて言っても、「煉獄杏寿郎」という存在は、絶対に許容してはくれないだろう。

 

「どうなんだ!?  竈門(かまど)少年の妹のように!! 人を喰わないと言えるのか?!」

「い、言えます!!」

「本当か!?」

 

 ほんの少しばかり喜色(きしょく)を面に浮かべる煉獄。

 

「す、少なくとも、自分は! 人を食べたことなんて、ありません!」

「おお!!」

 

 快哉をあげかける煉獄。

 嘘ではない。

 モモンガは誓って嘘を言ってない。

 少なくとも、物理的に食べた記憶は全くない。

 PKKの時とか、ギルド防衛の時とか、やむにやまれぬところで人間種のプレイヤーを()ったりもしているが、誓って、食べては、いない。

 しかし、煉獄は執拗(しつよう)に問いただす。

 

「噓ではあるまいな!?」

「嘘じゃないですッ!!」

「本当に本当かっ!?」

「本当に本当です!!」

 

 二人の声を大にした寸劇(やりとり)を見つつ、姉弟は声をひそめて言葉を交わす。

 

「これ────助けなくて大丈夫かな、モモンガさん?」

「かなり“濃い”ひとだわ~。マジモンかよ、って感じ?」

 

 そちらには目もくれず、煉獄はモモンガに最後の確認を行う。

 

「……では、これから俺がいうことを復唱して言ってみろ。そうすれば、おまえは俺の知る鬼とは無関係だと見做(みな)そう!」

「は、はい」

 

 とりあえず頷くしかないモモンガ。

 煉獄は、まっすぐな視線と姿勢で、死の超越者(オーバーロード)たる骨の異形に言ってのける。

 

 

 

 

「──『鬼舞辻無惨を(たお)せ』」

 

 

 

 

 煉獄が復唱を命じたものは、ひとりの怨敵の名前。

 

 

「言ってみろ」

「き、きぶつ? え? なに?」

「『鬼舞辻無惨』だ」

「き……きぶつ、じ、む、ざ、ん?」

「────『鬼舞辻無惨を斃せ』」

「き、『きぶつじ、むざん、を、たおせ』──?」

 

 ナニソレと言わんばかりに首を傾げるモモンガ。

 対して、

 

「………………………………………………」

 

 深い沈黙を保つ煉獄。

 そんな彼の様子を見つめながら、剣士は刀を納め、その両手をモモンガの肩に伸ばす。

 

「もう一度」

「き、器物、寺、夢、斬、を斃せ?」

「もう一度だ」

「きぶつじ、むざ──あの、すいませんどういう漢字です、これ? それとも外国語? ドイツ語じゃなさそうですよね?」

 

 その名の意味を、本当に理解できていない骨の異形の様子に、煉獄は満面の笑みをもって応えた。

 

「そうか!

 おまえは鬼舞辻の鬼ではないのだな!

 はははは! そうかそうか! それはすまないことをした! なるほどそういうことだったのか! そこの二人も!」

 

 言ってみせてくれと告げられ、翼人と粘体の姉弟も、鬼の始祖にして禁忌の存在を口にし、それを(たお)すことを言の葉にしてみせる。

 ──『鬼舞辻無惨を斃せ』

 そのようなことを口にできる鬼は、少なくとも煉獄の知る鬼には不可能なことだ。

 さらに、あれだけの戦闘力を持ちながら、目に“十二鬼月”の証もないため、確定と言ってよいだろう。

 煉獄はモモンガの両肩を持ち上げるようにして、彼を立ち上がらせる。驚くべき腕力だが、驚いたり戸惑ったりで、モモンガはなんとも言えない。

 まるですべてを燃やし尽くす燎原(りょうげん)大火(たいか)のごとき苛烈な雰囲気は鳴りを潜め、まさに太陽の光のごとく明るく闊達(かったつ)な笑顔のまぶしい青年は、好意的に言葉を交わす。

 

「いや、これですっきりした! ありがとう! そうだ! 時に、君の名前は何だろうか、()いてもよいか?」

「え……あ、モ、モモンガです」

 

 普通に名乗ってしまったモモンガ。

 

「なるほど! そうか! あの空を飛ぶ獣の名か! 珍しいが実に良い名だ! いやはや、今度からは気を付けるとしよう! ありがとう、摸模具和(ももんが)殿!」

 

 呵々大笑(かかたいしょう)しつつ、大いに手を握って友好を深める煉獄とモモンガ。

 

「どうだろう、君たち! 竈門(かまど)少年の妹のように、鬼殺隊に入る気はないか? それだけ不思議な力があれば、きっと鬼殺の任務もこなせるだろう! 柱たる俺から推薦する!」

「え、えと、それって、ギルドのお誘いですか?」

「ぎるど!? うん、違うぞ! 鬼殺隊への勧誘だ!」

「き、きさつ、たい? えーと、どういう設、て、いや、どういう隊のことです? それ?」

「知らんのか! まぁこちらの国にはない様子だから致し方ないか! 鬼殺隊というのは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小一時間、モモンガたちは煉獄の身の上話を聞くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第伍話   モモンガたち、煉獄杏寿郎を評す

※この二次小説は、原作にはないオリジナル要素を多大に含みます。


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 ミズガルズ・アスクエムブラ近隣の森から、ヘルヘイム・グレンデラ沼地へと、ひとつの転移門が開かれた。

 黒い門のうちから歩み出た異形種プレイヤーは、三名。

 そのあとに続くものはなかった。

 

「おつかれさまです、モモンガさん」

「こちらこそ。長いこと付き合わせてしまってすいません、お二人とも」

「そんなこといいよ~、モモンガおにいちゃん~。なかなかにない出会いだったし」

 

 炎を思わせる剣士・煉獄杏寿郎と別れ、帰路につくモモンガたち。

 仲間からのいたわりの言葉に、骸骨のプレイヤーは軽く後頭部のあたりをもみほぐしながら答えた。

 

「あはは……いやぁ……ほんとうに……濃いひと……でしたね」

「うんうん」

「確かに」

 

 二人の頷きをうけつつ、モモンガは頬骨を掻いて思い返す。

 煉獄杏寿郎とのやりとりを。彼が語ってくれた“設定”を。

 

「鬼殺隊。

 武器は日輪刀。

 着ている衣服は隊服。

 鬼狩りの使命。敵は鬼舞辻無惨。

 趣味は能と歌舞伎と相撲観戦…………ほんと、ものすごい人でした」

 

 森の中で座り込みながら話を聞かされること一時間弱。

 煉獄は、「鬼舞辻の鬼ではない」「人間を食わない鬼」と確信したモモンガたち一行に襲撃の件を陳謝し、彼らと友好を深めるべく、自分の身の上を聞かせてくれた。

 

「あそこまで徹底されたキャラプレイは、初めて見ましたね。いや、ああいう『なりきり』ができるのも、DMMO-RPG(このゲーム)醍醐味(だいごみ)といえば醍醐味ですが」

 

 モモンガは思い出す。

 彼の挙動や言行をつぶさに観察しつつ、そのキャラメイクの精巧さと異彩ぶりに、正直なところ目を奪われてしまった。

 このユグドラシルにおいて、キャラの造形はすべてプレイヤーの自由に任されている。人種、瞳、髪色、肌の色、体格、場合によっては戦傷痕などのオプションまで、有料のクリエイトツールを使えば、すべてをこと細かくメイキング出来る。

 煉獄というキャラクターは、既存品のそれ──運営側が用意している数十種類のキャラパーツ──とは、一線を(かく)すものだ。長い金髪には炎が灯るような赤。切れ上がった双眸の真紅。本当に血の通っているかのような、血管の筋まで分かりそうなほど雄々しい肌艶(はだつや)。どれもがモモンガの知りうる初期パーツでは、ありえない。そして、自分の手ずからああいうキャラ造形を用意するには、よほど手間暇をかけないと、あそこまできめ細やかな仕上がりにはならない。ネット上にあふれる二次元のイラストをそのまま持ってきたりしたところで、三次元空間であるDMMO空間内で違和感を持たせないようにすることは、正直なところ難しい。どちらかというと3Dクリエイターとしての手腕が求められるのだ。さらに、彼が身に帯びていたアイテムにしても、すべてが精巧に作られていた。煉獄が日輪刀と呼ぶ赫い刀、“炎柱の象徴”だという羽織にしても、一切が既製品などでない精緻(せいち)な造形が見て取れた。

 そして何より。

 彼の語ってくれた身上話(みのうえばなし)──設定を語る際の挙動についても、内心「よくぞボロをださなかったものだ」と、ひとしきり感心してしまうほどである。

 というのも、

 

「ああいう設定を語っているときって、どうしても中のひとの恥というか、違和感というか、そういうのをついついこぼしちゃう人間(プレイヤー)が、圧倒的に多いはずなんですけど──」

 

 いかにDMMO-RPGといえど、その中身はNPCでなければ、ただの人間だ。

 が、このゲームにおいて、プレイヤーの用意できるNPCがあれほど流暢(りゅうちょう)に喋ることは、技術的に不可能。都市常駐型のような、基本動作をプログラミングされたものは、プレイヤーの適切な命令コマンドという形で、ロールプレイングゲームなやりとりを交わすのみ。無論、例外もある。ゲーム内における各種イベント、その“進行役”を務めるNPCなどは、それなりに血が通った人間っぽい挙動をすることは十分ありえる。溌溂(はつらつ)と会話し、プレイヤーたちにイベント達成を促すために一役買ってくれるものだ。2100年代のゲームなのだから、運営・GM(ゲームマスター)の用意するNPCくらいは、それくらい出来るようになっているのが普通とも言える。個人が召喚使役したりするモンスターや傭兵、拠点防衛用のNPCなどは、そうもいかないのが現状であるが。

 モモンガたちが確認した限り、煉獄杏寿郎のステータス表記は、どう見てもプレイヤーであった。そして人間(プレイヤー)である以上、ただのゲームの中で、なにかしらのキャラクターになりきることは至難を極める。

 たとえば、だが。

 モモンガの普段の格好は、魔王然とした骸骨の異形種、死の超越者(オーバーロード)であるが、その見た目通り、普段から魔王のように振る舞うなど、ありえない。

 ギルド防衛戦──想定されうる最終決戦──第十階層“玉座の間”の戦いなどは、そういう趣向をこらすことをメンバーの皆と決めているし、“悪のギルド”として名を馳せたギルドの長として、それなりの振る舞いをすることは、やぶさかではない。

 しかしながら。

 煉獄の主張する話──というよりも、彼の口から語られた内容は、首尾一貫して、自らが『煉獄杏寿郎』というキャラクターであることを顕示していた。

 彼自身がそう信じて疑わないがごとき、なにかしらの強固さすら垣間見えたと、モモンガなりに思う。

 

「あそこまで徹底されていると……そら恐ろしくすらありますね」

「同感です。レベルとかスキルとかさえ知らない感じで訊問(じんもん)、もとい質問してくるなんて、さすがにやりすぎって感じしましたよね。道具屋(ショップ)でアイテムを買うことも知らないなんて」

「おまけに、あの戦闘力。本音をいうと、ワールドチャンピオンのたっちさんとの模擬戦闘を思い出しちゃいました」

「ああ、たっちさんの「稽古(笑)」のおかげで、俺らも反応対応できた感ありますよね。でも、そのたっちさんの話だと、ミズガルズのワールドチャンピオンはドラゴンを連れた竜騎士のはずですし、ホームタウンに常駐するチャンピオンなんて聞いたことないですし。やっぱいるもんなんっすね、野良でああいう戦闘の天才って。おまけにあの『なりきり』度合ときたら、天は二物を与えた的な?」

「はは、ですね。茶釜さんはどう見ました? 職業・声優さんとして?」

「あー、うん──」

 

 彼女は、一呼吸以上の間を必要とした。

 そうして率直に告げる。

 

「──正直このゲームで、あそこまで“キャラ”になりきれるなんて、素人には無理だと思う。本業は芸能事務所につとめる俳優とか、映画や舞台の監督とか、そういう畑のひとなのかも。というか、そうでも考えないと、あの演技は無理だと思う。絶対」

 

 触腕(しょくわん)の指を顎に添えつつ、ものすごく真面目な声で頷くピンクの粘体(スライム)

 彼女は声による演技を生業(なりわい)とし、そのうえで、期待の大作と評されるゲームにも出演するほどの人気を(はく)す女性だ。

 このユグドラシル内で『煉獄杏寿郎』というキャラを名乗り、そのように振る舞うプレイヤーの一挙手一投足に、ぶくぶく茶釜はおもわず舌を巻いていた。

 

「人気声優の姉ちゃんでも、あそこまでなりきるのは“恥ずか死ぬ”案件なわけだ」

 

 などとからかう弟に、姉は「あ"あ"ん?」というドス黒い声と、殴りつけたい思いを込めた視線で──スライムに目はないが──牽制する。

 震えあがるバードマンが小さく口笛をさえずりながらコンソールを開く様をガン無視し、彼女はギルド長に本心を打ち明ける。

 

「本当のこと言うとね…………私、尊敬しちゃった。

 なんだったら、今から現実(リアル)で勉強させてくださいって、お願いしたいレベルだよ。あの演技力は」

 

 おどけた時に見せるかわいらしい声色とは全く違う、完全に本気の入った声優の魂。

 

「でも、まぁ、あそこまでなりきっている以上、こっちも合わせる(・・・・)のが筋というか、マナーだからね~」

「そうですね」

 

 ぶくぶく茶釜が煉獄の前で本心を申し出なかった理由に、モモンガは納得の声を紡ぐ。

 繰り返しになるが、あのような『なりきり』は、この手のゲームでは珍しいことでない。

 この広大なユグドラシルというゲーム内において、ああいう“遊び”に興じる者は、他にもたくさんいる。

 

「あ。いま軽く検索してみたんですけど、これじゃないですかね?」

 

 ペロロンチーノが歩きながらコンソールをいじって空中に示した画像は、90年ほど過去、国内で一世を風靡(ふうび)した、一冊の漫画(コミック)本であった。

 

「鬼滅の……へぇ~、この作品の登場人物(キャラクター)ですか?」

「みたいですね。『煉獄』『杏寿郎』、それに『炎柱』に『鬼殺隊』……見た目のデータからしても確定ですね」

「どれどれ~? ────へぇ。大正時代の日本が舞台? 時代劇っぽくて、おもしろそう!」

 

 姉弟(してい)が画像と情報を共有するのに合わせ、モモンガのコンソールにも作品のWikiが開かれる。

 そのキャラクター紹介欄に、「彼」が記載されていた。

 

「なるほど。確かに聴いた話の内容と一致する……にしても。100年近く昔の作品のキャラなんて、あの人よっぽどのマニアなんでしょうか?」

「いやでもユグドラシルのユーザー数は相当半端ないし、俺が知ってる限りだと、100年以上も前のキャラクターに『なってる』プレイヤーもいますから、モモンガさん」

 

 なんてことはないとペロロンチーノが判を押すので、モモンガも腑に落ちるものを感じる。

 ぶくぶく茶釜が首をしきりに頷かせる。

 

「あは~、確かに。

 ステッキで変身する魔法少女とか。怒りで金髪に覚醒する拳法家とか。白い悪魔的なパワードスーツとか。いろいろといるよね~」

 

 彼女も古典とよぶべきアニメやマンガなどを参考にした、『なりきり』のユグドラシルプレイヤーに思い当たるものがあったようだ。

 ぶくぶく茶釜は続けて言う。

 

「それに、この作品のWiki見た感じだと、『公開された劇場アニメは当時の興行収入を完全に塗り替えた実績を持ち、国内だけでなく海外でも愛好されていた』って書いてあるよ」

「俺らが知らないだけで、そういった過去の名作を愛好するマニアもいるわけですね、この2100年代にも」

 

 姉弟が感慨深げに笑うのに合わせて、モモンガも自然と頬が緩む。

 ふと、ペロロンチーノが伺うように振り向いた。

 

「あー……モモンガさん。本当に良かったんですか? せっかくあそこまで行けたのに」

「?」

「“虹の橋(ビフレスト)”──私らのようなヘルヘイムの異形種プレイヤーが、天上世界のアースガルズに行くための唯一の手段──なのに」

 

 二人の気遣いに、モモンガは心底から嬉しい思いを声にのせた。

 

「いいんですよ、お二人とも。さっきも話し合ったじゃないですか。今日は運が悪かっただけです」

 

 虹の橋(ビフレスト)

 ユグドラシルの元ネタである北欧神話においても、人間の世界(ミズガルズ)からアース神族の世界(アースガルズ)につながる橋として語られるもので、それはこのゲームにおいても踏襲(とうしゅう)されている。

 しかし、美しい虹は永遠にかかるものにあらず。

 ミズガルズにおいて虹の橋(ビフレスト)が出現するポイントや時間は限られており、異形種であるモモンガらがもっとも潜入に向いている地──ミズガルズにおける人間種プレイヤーのホームタウン、樹界都市アスクエムブラ──に出現するのが、今日この日であったのだ。

 しかし、煉獄による発見と戦闘、くわえて「お話」によって、虹の橋の出現時刻は、とうの昔に過ぎてしまった。

 

「また皆さんの都合がついた日に行ければいいんです……まぁ正直、ヘイムダルとの戦い、あの神モンスターが落とすレアドロップは、自分(オーバーロード)の強化に必要不可欠ですけどね」

 

 アースガルズは、ユグドラシルにある九つの世界において最上層に位置するものであり、そこに住まうNPCやモンスターも、(ゴッド)女神(ゴッデス)、そして天の使いである戦乙女(ワルキューレ)などの天使種族が大半をしめる。そこをゲームの出発地──ホームタウン名“イザヴェル”──スタート地点とするプレイヤーもいるが、彼らは人間種ではなく、先ほども述べた天使種族などを最初に選択したプレイヤー(神の種族はプレイヤーには選択不可)であるが故に、そこからのスタートを余儀なくされている。ちなみに、同じような世界として、ヴァン神族の世界であるヴァナヘイムも存在するが、妖精の世界アルフヘイムの支配者である豊穣神・フレイの故郷であることが知られている。

 

「あーあ、ヒミンビョルグへの潜入──門番の神(ヘイムダル)対策もバッチシだったのに」

「もうぶつくさ言うな弟。煉獄さんと行き会ったのは偶然の賜物(たまもの)だし、なによりモモンガさんがいいって言ってるんだから、この話はこれでおしまい」

「わかってるよ──って、賜物? んん?」

「そうだよね? モモンガおにいちゃん?」

「ええ、茶釜さん。あれだけ強いプレイヤーと知り合えたのは、今後なにかの役に立つかもしれません」

 

 彼が人間種ではなく異形種であれば──そう思わずにはいられないほど、彼の戦闘センスはずば抜けていた。

 鬼殺隊とやらへの推薦の話は、ギルド関係の都合上固辞(こじ)せざるをえなかったが、煉獄は今回のモモンガたちへの襲撃を心から詫び、なにかしらの形で借りを返すことを確約してくれた。

 なんとも律儀な話ではあるが、彼の存在が今後、自分たちアインズ・ウール・ゴウンの利益に繋がれば重畳(ちょうじょう)というもの。

 

「今日は本当にありがとうございます、二人とも」

 

 心からの謝意をしめすモモンガ。

 親指を突き立てる翼人(バードマン)粘体(スライム)、姉弟から笑顔のアイコンが浮かび上がる。

 コンソールの端っこの地図(マップ)に、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの拠点──ナザリック地下大墳墓が確認できて、ふと、歩みを止める。

 人間種には猛毒な、ヘルヘイムの毒々しい空を眺めつつ、今日人間の世界(ミズガルズ)でなされた戦闘と邂逅に思いを馳せる。

 

(──それにしても)

 

 煉獄杏寿郎。

 彼が執拗に訊ねた言葉が、いまも耳に残っている。

 

「──『鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)(たお)せ』か」

 

 煉獄の双眸が、(ほむら)のごとく脳裏を焼く。

 彼があれほどの執着を──執念の炎を燃やす、仇敵の存在。

 これもWiki情報を見る限り、物語における悪の首魁であり、諸悪の根源。

 その末路は実に物語らしく、主人公とその仲間たちによって、完膚なきまでに滅ぼされたと書いてある。

 しかしながら。

 こんなことをそのまま煉獄に伝えたところで詮無い事であり、むしろ彼のプレイスタイルの否定──妨げにしかならないだろう。

 それに、あるいは、

 

「どうかした、モモンガさん?」

 

 振り返った粘体(スライム)に訊ねられて我に返る。

 なんでもありませんよと言って歩を進めるモモンガは、我ながら馬鹿馬鹿しいと理解しつつ、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 あるいは、本当にいるのかもしれない──鬼舞辻無惨という鬼は。

 

 

 

 

 

 

 



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第陸話   煉獄杏寿郎、鬼殺の剣士を探しに行く

※タグ【オリキャラ】【オリジナル要素】


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 モモンガたちと別れた煉獄は、街に戻って出立の準備を整えて終えた。

 

「では! 息災でな! ガングレリ殿!」

 

『またのお越しを、心からお待ちしております』という店主と固い握手を交わしつつ、煉獄は「グリンカムビ*鰻玉(うなたま)弁当」十五箱、「アルフヘイム産・九種の温野菜と薩摩芋(さつまいも)御膳」十五箱、「平天大聖牛魔王*印のすきやき弁当」十五箱、計四十五箱──軽く三日分の、最低限の食事を風呂敷包みに引っ提げ、ほとんど手ぶらに近い格好で街を出た。

 しかし、新たに調達したものもある。

 それを左の掌でつまみ広げた。

 

「この国の地図か! こういうものが道具屋で売られていようとは!」

 

 モモンガたちが教えてくれた通りだ。

 大正の時代、日本(ひのもと)の国にも、それなりの地図はあった。

 だが、鬼殺隊における地図というのは鎹鴉(カスガイガラス)による案内で事足りるものであり、国土が豊かな山林ばかりという島国の関係上、人のいる地域である町を闊歩(かっぽ)し、(おのれ)耳目(じもく)で鬼の出現情報を収集していた方が、割と鬼との遭遇確率はあがるというもの。なにより、貨幣や言語などの違う異邦(いほう)に流れ着いて、煉獄は鬼狩りの使命に終始するあまり、この土地独特の情報などは集められていなかった。

 というよりも、この数週間、集めようがなかった、とも言える。

 彼はただ、日々無限に大量に湧き出るがごとく人を襲う鬼=モンスターを狩ることにのみ専心し、ミズガルズに住まうプレイヤーたちとは、そこまで本格的な交流を持ち得なかった。

 対するプレイヤー側も、煉獄に対してアクションを起こすものは少なかったのが主たる原因である。

 煉獄がなにかしらの『なりきり』であることは、その挙動を見て取れば一目瞭然であったし、彼の奇行ぶり、奇天烈ぶりを忌避して、率先して声をかける度胸のあるものはいなかった。

 否。

 当初、数人ほどはいたのだが、誰もが彼の言行があまりにも奇想天外ぶりに辟易(へきえき)し、二言三言(ふたことみこと)言葉を交わした(のち)、「触らぬ神に」なんとやらの精神で、交流を断念。以後は静観という形で、彼のプレイスタイルを遠くから生温かく見守る態勢に入ることが吉とされた。実際、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)に対し、まるで生きている人間を相手にするかのごとく気さくに親し気に対応する彼の様子は、ほとんどのプレイヤーの目から見て、常軌を逸しているとしか言えなかった。

 そしてさらに、彼の状況を膠着させた遠因──このユグドラシルにおいて、未知はプレイヤーの手で既知に変えていくことが奨励(しょうれい)されている事実。

 正確な地図(マップ)も、モンスターの情報(データ)も、各世界のフィールド効果や、アイテムの仕様に至るまで、運営側はプレイヤー自身の手によって、未知を探求・探索されることを望んだ。

 プレイヤーにとって初歩的なことは、ゲーム開始の初期段階──キャラクター作成と種族選択後のチュートリアルで、最低限必要なことは教えられる。

 未知を既知とする方法。コンソールの見方や使い方。

 戦闘経験値による種族レベルと職業(クラス)レベルの獲得。

 種族別の特殊能力。各種スキルの存在。強化(バフ)弱体化(デバフ)状態異常(バッドステータス)。魔法の存在。

 モンスターとの戦闘による金貨やアイテムドロップ。地図作成(マッピング)。フィールド特性。弱点への対策など。

 

 煉獄杏寿郎は、何も知らない状態──チュートリアルなど一切存在しないまま、この地に来た。

 

 しかし、彼との戦闘を生き延びた異形種プレイヤー・モモンガたちと出遭ったことで、彼の歩みは更なる前進を始めることになる。

 

「なるほど! 街道を進むのではなく、ここをこういけばよいのか! これは気づかなかった!」

 

 煉獄は、ホームタウン周辺──アスクエンブラ一帯の街道を進むのではない。

 現段階で、ギルド:ワールド・サーチャーズが作成した、高い信頼性と精度を誇る地図(初心者用にユグドラシル金貨で販売されている)を読み解き、遠く離れた開拓都市──人間種のプレイヤーたちが切り開いた世界の深部へ、最短距離で突っ切れそうな道筋にあたりをつける。

 

摸模具和(ももんが)殿が言っていたな! 『転移魔法があるので、次の土地へ行くのに街道を使う必要性は薄い』と!」

 

 さらに、こうも言っていた。

 

『ご新規さん──最初にミズガルズに来た人たち(プレイヤー)は、樹海都市(アスクエムブラ)周辺の街道を渡り、時々遭遇するモンス……鬼っぽい奴等と戦って、レベル上げ……じゃなく修行して、それぞれ能力を身につけていくんです。そうして強くなり、武器や防具を整えて、金貨や道具を蓄えて、それがひと段落したら、古参のプレイヤーが発見、あるいは開墾(かいこん)し造営した街や村、あるいは別の世界に、転移などを使って旅立ち、さらにそこから未知の土地へと足を運ぶわけです』と。

 

 異形の見た目とは裏腹に、面倒見が良い人物であった。煉獄の質疑にもわかりやすい言葉を選んで、懇切丁寧に教導してくれた。

 転移魔法というのは『現在地から別の場所へ瞬時に移動できる魔法』だと教わった。しかし、煉獄に魔法の心得などあるわけがない。空を飛ぶ魔法といい、この世界は実に不思議である。ちなみに、先の戦いで煉獄の心臓にもたらされた痛みについても、モモンガの得意とする魔法──血鬼術でないことが説明された。

 煉獄自身、目にも止まらぬ速さで移動・戦闘しているように見えるが、それは全集中・常中の呼吸法による身体能力の飛躍上昇にすぎない。だが、だからこそ、ちょっとした山だの川だの谷だのは、鬼殺の柱である健脚(けんきゃく)をもってすれば、造作(ぞうさ)もなく踏破できるだろう。転移の魔法とやらを習熟する必要はなさそうだった。“別の世界に行く”手段なども興味深いが、それらはおいおい調べるとしよう。

 長い道のりになるやもしれないが、行き会いに遭遇する鬼──モンスターたちの脅威も、まったく(おそ)るるに足らず。

 

「しかし! 今度からは鬼と戦う際には、きちんと確認せねばならんな!」

 

 煉獄は思い出す。

 彼らは、モモンガたちは、言うことができた。

 

 『鬼舞辻無惨を(たお)せ』と。

 

 彼の仲間である姉弟(まったく似ていなかったが)も鬼舞辻の鬼でないことは証明された。

 たった一日で三人も、鬼舞辻とは関係のない鬼(こちらの言い方だと異形種(モンスター)という存在)と出遭えた。これは驚くべき事実だ。鬼殺隊の皆が聞けば、とても信じられない事柄であろう。だが、事実だ。

 彼ら三人を鬼殺隊に勧誘できなかったことは、痛切の極み。だが、やむをえまい。彼らには既に所属する自分たちの組織にして協同体──“ギルド”があるため不可能なのだと。

 それでも、煉獄は今回の襲撃の非を認め、今後モモンガたちには何かあれば、必ず力添えを行うことを約束している。

 それに加え、〈伝言(メッセージ)〉と呼ばれる魔法で、後日また連絡する──とのこと。

 鬼殺隊の責務は『鬼舞辻無惨の滅殺』であって、人間を襲わない鬼を殺すことにあらず。竈門(かまど)少年の妹御しかり。煉獄の刀には“悪鬼滅殺”と彫られている──悪しき鬼を滅ぼし殺す、と。ならば、善き鬼を斬る理由は、大義は、煉獄には存在しえない。

 彼らとの出会いが、今後なにかの益になることを、煉獄は願う。

 モモンガはこうも助言してくれた。

 

『あなたは、あなたの強さなら、もっと世界の深部に、いいや、ほかの世界にも行くことを考えるべきです』

 

 煉獄は己の無知を心から恥じた。

 樹界都市(アスクエムブラ)周辺よりも、ミズガルズの深部や他の世界に、強靭かつ凶暴な鬼が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)していることを知った。

 知った以上は、滅殺に行かねばならない。

 モモンガの話では、この近辺にいる(モンスター)は、そこまで人間の脅威ではないのだと。頷ける話だった。鬼殺の剣士でも何でもない人々が、剣を取り盾を構え、悪辣な鬼たちと戦う場面に幾度も遭遇し、煉獄はこれを助けてまわったのだ。この一帯の今後は、彼らの働きに託しても問題ないだろう。

 煉獄は足を止め、瞼を閉じ、あらためて思う。

 

 剣士として。

 強き者として。

 鬼殺の柱として。

 

 人々の平穏を護るために(やいば)を振るう。

 

 短い瞑想から覚めた。

 

「いざ行こう! さらに悪しき鬼の住まう地へ!」

 

 探すのだ。

 ここにはいない仲間を。

 この世界に来ているかもしれない、鬼殺の剣士を。

 

「あ、あの!」

 

 いざ驀進(ばくしん)しようとした煉獄の耳に、声が投げかけられた。

 煉獄は振り返る。

 晴れやかな表情の人間──プレイヤーが、三人。

 

「君らは……」

 

 誰だと言いかけて、煉獄の記憶に合一する者らがいた。

 

「よかったぁ。やっと見つけた~」

「いやまさか、最初の街付近にいるとか」

「まったくの予想外」

「あの、いつぞやは本当に、ありがとうございました!」

「おお! あの時の!」

 

 そう。

 煉獄の記憶にあるのは、黒小鬼将軍(ブラックジェネラルゴブリン)と、それが率いる軍団に囲まれていた、男女三人。

 煉獄は彼ら彼女らと、この世界へ来た初日に会っていた。

 

「しかし、随分と見違えたものだ!」

 

 煉獄が誰何(すいか)の声をあげかけたのも無理はない。彼らの身に着ける武器や防具はまったく違うものに変わっていた。鎧甲冑は不思議な色彩の金属やら宝玉やらで仕立て上げられており、男性が握っているものは西洋剣から日本刀に変わっていた。女性陣二人も、人の身の丈ほどの太刀(たち)大鎌(おおがま)を背負っている。

 さらに、鬼殺の剣士である煉獄の目に際立って見えたのは、三人共なかなかに腕が立つようになったと容易に判断できること。漆黒の小鬼──ブラックゴブリンの将軍率いる軍団に襲われていたのが、ほんの数週間前だとは思えないほどの成長ぶりである。

 柱合会議から無限列車の任務までに成長した少年のことを思い出さずにはいられなかった。

 三人を代表し、黒髪の男が感謝を続けた。

 

「あなたに助けられた時のクリスタルやドロップ、経験値のおかげで、俺たち次の街へすんなり行けるようになって、あれからずっとお礼を言いたくて探してたんですけど」

「うんうん。開拓都市や、それ以上のエリアにいるレベルだと思ってたのに」

「まさか、ここいら(ホーム)で活動しているひとだったとは」

 

 煉獄は闊達(かったつ)な笑みと共に応じる。

 

「ははははは! 礼には及ばないさ! 俺は俺の務めをはたしたまで! 全員が無事で何よりだ!」

 

 煉獄の気さくな様子に、三人も笑顔を浮かべてくれた。

 男が何か決心をしたような瞳で握手を求めたので、煉獄は風呂敷を握ってない掌で気安く応じる。

 

「自分のプレイヤーネームは、カラスって言います。こっちはシマエナガで、あっちがオオルリです」

「ども。シマって呼んでください♪」

「私はオルリで」

 

 黒髪の彼が首を巡らせた方向にいる女プレイヤーたち……白い髪と青い髪が印象的な女性陣が手を振り会釈する。

 

「ほう! (からす)殿と島柄長(しまえなが)殿と大瑠璃(おおるり)殿か! 皆良い名前だ! 名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀だな! 俺の名は煉獄杏寿郎! よろしく!」

「はい、煉獄さん────今日はひとつ、ご相談があって」

「相談か! 俺で良ければ聞いてやるとも!」

 

 カラスという男は二人を振り返り、了承の首肯を得る。

 

「煉獄さん──

 俺を、俺たちを鍛えてください! あなたみたいに強くなりたいんです!」

 

 首を傾げる炎柱。

 三人の目に宿る光に臆するものはない。

 揶揄(からか)いや(あざけ)りの気配、煉獄を奇異なるものとして捉える何物からも自由であった。

 煉獄は豪快に頷く。

 

「なるほど! ならば君らは、今日からの俺の継子(つぐこ)になりたい、と!」

「──つぐ、子?」

「いや、失敬。先ほど聞いたばかりだが、徒弟制度というものは、こちらの世界(くに)では馴染(なじ)みがないのだったな。確か、近いものだと団体、そう、ギルド! いや、拠点とやらがない状態の組合は、“クラン”というのだったな!」

「え、あ、はい! そうです! 俺たちクランのお願いを」

 

 煉獄は弁当箱の風呂敷ごと両腕を組みつつ、快く承諾した。

 

「ならば! 君らは今日から俺と同じ鬼殺の剣士──鬼殺隊の一員だ!」

 

 三人は口を揃えて呟く。

 

「「「 キサツタイって? 」」」

 

 煉獄は風呂敷を置き、森の木陰に腰を下ろして、彼ら彼女らを笑顔で手招く。

 炎柱たる男は、モモンガらに話したのと同じ感じの話を、カラス、シマ、オルリに話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 

 

 ニヴルヘイムとヘルヘイムの狭間・大叫喚泉(フヴェルゲルミル)の下流・霧煙るギョッル川、その“黄金橋”にて。

 

 

 

 

 橋の中心に(たたず)む、一人の少年。

 羽織の(がら)は、緑と黒の市松模様。 

 額には、まるで火傷(やけど)のような(あざ)

 赫灼(かくしゃく)の瞳が(まばゆ)い、優し気な(かお)

 

 

 

 彼の名前は■■■■■、■■■■。

 

 

 

 少年の手には、処女の門番(モーズグズ)の生首が握られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*
北欧神話において、世界樹ユグドラシルの上にとまっている鶏。

*
中国の四大奇書『西遊記』などに登場する魔王。号が平天大聖。




オリキャラ メモ

名前    主武装(メインウェポン)

カラス   《刀》
シマ    《太刀》
オルリ   《大鎌》


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余談    大悪魔、聖騎士との別れ

※余談である今回、モモンガさんと煉獄さんの出番はありません。


/

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 

「む」

「げ」

 

 白銀の聖騎士と羊頭の大悪魔が、厳かな宮殿の廊下で顔を合わせた。

 二人は来た方向へ戻ることはしない。そうすべき理由も意味も持ちえなかった。

 ゆっくりと歩を刻み、互いに言葉を交わせる距離──すれ違う二歩手前で、止まる。

 魔法職最強と冠されるワールドディザスター、ウルベルト・アレイン・オードルが口火(くちび)を切る。

 

「最近ご無沙汰でしたねぇ? 本職の方が忙しかったんですか?」

「ええ……近頃物騒な世の中で、出動回数も増加傾向でしたので」

 

 ご苦労なことで、と大いに(わら)うウルベルト。

 

「さすがに。ここ数ヶ月でアーコロジー内での事件、いや、テロ鎮圧に駆り出されてちゃ、ゲームする余裕もありませんか?」

「む。何故それを?」

「いくら情報統制されていても、あれだけの規模になると、どうやったって隠しようがないでしょ?」

 

 何しろ2chでは、自称犯行組織(笑)まで名乗り出てきている始末だ。いろいろな映像なり証言なりが検閲の網を突破し、ネットの海を遊弋(ゆうよく)している。枯れた山に放たれた野火(のび)のように、その火勢はいや増す一方で合った。富裕層・社会的上位者を打倒すること──あるいは正義の面をかりて、社会的弱者や無辜(むこ)の民衆を攻撃すること──ただのテロリズムに、何かしらの革命活動的なそれを嗅ぎつける有象無象(うぞうむぞう)は、この時代にも多い。いや、この時代だからこそ、というべきか。

 

「もうゲームに(きょう)じている(ひま)もないのでは?

 あなたの職分、いやいや正義降臨の出番が多いこと、は……?」

 

 ウルベルトは嘲笑をうかべかけて、失敗した。

 大災厄の魔たるプレイヤーに対し、抗弁どころか、無気力に項垂(うなだ)れるだけのライバルの姿を見て、唖然(あぜん)となる。

 たっち・みーは静かに語りだす。

 

「──ええ。正直な話、そろそろゲームは引退しようと思っているところです」

「……ちょ……………………まじっすか?」

「ええ。それに、妻が次の子を出産予定ですし、今はできるだけ、そばにいてあげようかと」

「そ……そうですか。……そうですね。……その方がいい。その話、モモンガさんには?」

「もちろん。先週、直接お話しして、了承をいただきました」

「──いまのアカウントは、削除されるつもりで?」

「ええ。はい。ただ、アイテムの(たぐい)はすべてモモンガさんにお譲りする予定です。ワールドチャンピオンの称号──レベルデータは、次の公式大会に出場しないと自動的に失効されるので。アバターを残しておいても、あまり意味がありません」

「──そうですか。──そうですよね」

 

 羊頭の悪魔は巨大な腕を組んで考えた。

 おそらく次の全体会合──ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの集会で、メンバー全員に告知を出すという手筈だろう。

 すでに、諸事情によってユグドラシルをやめていったメンバー……ベルリバーたちと同じ列に、目の前のたっち・みーが加わるだけ。

 ただそれだけ。

 それだけのはず。

 ──だというのに。

 

「……」

「……」

 

 廊下に突っ立って床を見下ろし、どちらとも次の語を告げない二人。

 たっち・みーの引退──それを聞かされた際のモモンガの様子を、聖騎士は己の脳裏に、大悪魔は想像の内に幻視する。

 

「あー……今日、モモンガさんは?」

「どうやら仕事でIN(イン)できそうにないとのことで」

「ですか……話に聞く凄腕剣士のことを、詳しく(うかが)いたかったところですが」

「例の『煉獄杏寿郎』という、ワールドチャンピオン級の剣士(ソードマン)ですか?」

「ええ。たっちさんは、何か情報を持ってないんですか? 現職としての意見は?」

「そうですね……チャンピオン同士でも話をしたりすることもありますが、とくには」

「実際のところ、どれほどの強さなのやら。気にならないと言えば嘘になりますね」

「確かに。ですが(ぜん)クランの時から、我々は別のワールドへも果敢に挑むことが目的のひとつでした。異形種に有利な世界(ニヴルヘイムやヘルヘイム)以外にも挑戦すること。今回の煉獄さんとの一件で、橋頭保(きょうとうほ)、とまではいかずとも、それなりの協力者を得られる機会は、逃す手はないでしょう。──ウルベルトさん?」

 

 そうですねと再び気のない返事をする自分をウルベルトは理解したらしい。

 長く鋭い悪魔の爪で後頭をガリガリと掻きまわす。

 

「あーあー。うちのワールドチャンピオンが、ついに引退、ですか」

「ええ。ですが、最近はナザリックに侵入してくるプレイヤーは絶えましたし、防衛上の不利は、そこまででもないかと」

「それは違──、そうですね。うちのギルドに敵対可能な(やから)は一掃された……いや、攻め入るだけ無駄って感じですし」

 

 あの1500人の大侵攻。

 第八階層攻略戦。

 あれによって、ナザリックに侵攻しても、勝率は限りなくゼロに近いことが証明された。

 近づくだけ無駄であり、貴重なプレイ時間とアイテムを浪費するだけ。そんな場所を目指しても、プレイヤーたちには何の得にもなりはしない。

 あれから半年。

 ウルベルトは至近の懸念事項を頭に思い浮かべる。

 彼が確認したネット掲示板などで、未だにナザリック再攻略を志す奇矯な輩は、ごく少数──いや一団体──というか、一人だけが、熱心に説いて回っている状態だ。そして、その再攻略主張者は、他のプレイヤー連中に『何の興味もいだかれていない』という事実。ナザリック地下大墳墓の住人であるアインズ・ウール・ゴウンの構成員(メンバー)たちにしても、そのような弱小存在に構っている暇も余裕もなかった。そんなことよりも格段に有用な情報──「どこそこの狩場で超激レアなドロップが落ちたと、サーチャーズが報告した」とか、「複数のギルドが、謎の勢力に壊滅させられた」とか、「ニヴルヘイムとヘルヘイムの境を守護するボスキャラが何者かに排除され、二つの世界の往来が盛んになってしまった」とか、そういった情報をこそ重宝(ちょうほう)し、注視(ちゅうし)して然るべきであった。

 ここで、ナザリックの防衛について考えを巡らせる。

 先の侵攻の(さきがけ)となった八ギルド連合は、軒並み潰れ去った現状において、ナザリックに侵攻しよう・本気で再攻略を望む者は、絶無。物見遊山(ものみゆさん)のようにユグドラシルの「悪のギルド」へ……怖いと評判のお化け屋敷を楽しもうとする子供のような感じで、気安く突発的に立ち寄る者はいても、本気で陥落させられるなんて思う輩は、ゼロ。

 故にここで、最強の前衛職、ワールドチャンピオンのたっち・みーが離脱しても、防衛上の問題などどこにもない。

 だというのに。

 

「……」

 

 ウルベルトは深い沈黙の底で、彼を引き留めたがっている自分を確認した。

 

「──寂しくなりそうですね」

 

 我知らず呟いてしまった。

 それが己の本心であると気づくことに、彼自身数秒の時間を要した。

 魔法職最強の力を手にしてまで挑み続けてきたライバルが、引退──ありえて当然の事態だというのに、この今になってはじめて、その事実と対面し自覚している己の愚かしさが、ウルベルトを自嘲の荒波に突き落としていた。

 たっち・みーは、ウルベルトのライバルたる男は、どこまでも静やかに応答する。

 

「すいません。ウルベルトさん。そう言っていただけるとは、正直思ってませんでした」

「社交辞令ですよ、社交辞令」

 

 なるほどと「微笑」のアイコンを浮かべるたっち・みー。

 ウルベルトもお返しとばかりに口元を歪ませた「憮然(ぶぜん)」のアイコンを送り返す。

 

「ま。せいぜい頑張って職務に励んで、テロ組織を撲滅しまくってください。大事な娘さんと次のお子さん、そして奥さんを、護るためにも」

「ええ。はい。頑張ってそうさせていただきます。──今まで本当にありがとうございました、ウルベルトさん」

 

 握手を求めるように手を突き出してきたライバルを、しかし、ウルベルトは一笑にふして、無視した。

 このギルドの前身──「ナザリック地下墳墓」攻略以前の集団──クラン:ナインズ・オウン・ゴール時代からの仲間に対しての流儀であり、ライバルへの別れの儀式としてふさわしい。ウルベルトは忘れもしない。クラン時代の初期メンバー、九人のなかで唯一ユグドラシルを辞めていった人物は、ウルベルトが最も慕っていた人物だ。このことが、彼等の軋轢の主因となって久しい。たっち・みーはすべてを承知したように笑って、手をもとの位置に戻した。

 

「では、私は自分のNPCの状態を確認してから退出(アウト)しますので」

家令(ハウススチュワード)の、セバス、でしたっけ。竜人のレア種族。設定文もほとんど未記入……大侵攻の時に役目なしで終わったのが惜しいキャラでしたね」

「ウルベルトさんの第七階層守護者(デミウルゴス)のように出番があればよかったんですが──いえ、出番がない方がいいNPCでしたから、これでよかったと思います」

「まぁ、確かに」

「いずれモモンガさんのお役に立ってくれる日がくればと、おもっているのですが……」

 

 たっち・みーの明朗な語調が、終盤(にご)るのも無理はない。

 そんな日はこないだろう。

 そうウルベルトは言わないように(つと)めた。

 おそらく。きっと。このゲームが終わる時まで、ナザリックに本気で攻め込もうというプレイヤーはいなくなった、事実。

 難攻不落(なんこうふらく)金城鉄壁(きんじょうてっぺき)。すべてのプレイヤーが生還不能という、ナザリック地下大墳墓の伝説は、確固たる現実として、このDMMO-RPGの歴史に刻み込まれた。

 それを惜しむべきか誇るべきか、ウルベルトは迷う。

 

「では、また全体会合のときにお会いしましょう、ウルベルトさん」

「あ……ええ、また」

 

 こうして二人は別れた。

 少し歩いた先でたっち・みーは僅かに振り返るが、ウルベルトは止まることなく歩を刻んでいる。

 聖騎士のプレイヤーは前を向いて歩きだす。そんな彼の背中を、ウルベルトは少し立ち止まって、振り返りながら見送った。

 

 

 

 

 

 たっち・みー引退を通達する全体会合の招集に、ウルベルトは応じなかった。

 

 

 

 

 

 それから時を置かずして、ウルベルトもまた、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを去ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 ユグドラシルが12年の歴史に終止符を打った時。

 ウルベルト・アレイン・オードルは、ある人物と現実(リアル)で対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第漆話   煉獄杏寿郎、噂を聞く

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 ・

 

 

 

 

 

 

 ミズガルズ〈奥地〉第九開拓都市。

 

 ユグドラシル初期から人間の世界を冒険し、開墾(かいこん)し、プレイヤーたちの手によって開拓が推し進められた、九つ目の都市。

 時刻は夜更(よふ)け過ぎ。

 商業ギルド“ノー・オータム”が運営する、とある酒場。

 さまざまな美酒と美食がテーブルに運ばれ、人間とエルフとドワーフ、さらには獣人や小人系の亜人がどんちゃん騒ぎを繰り広げている。雇われた楽師隊が享楽の宴に心地よい演奏を添えて、力試しや腕自慢、それにともなう賭け興行まで執り行われている、巨大なウッドハウスのビアホール。人間と亜人ばかりが集うファンタジーゲームそのままの雰囲気がする店内──その一角で、とある噂話がもちあがった。

 

「聞いたか? あの噂」

「噂って?」

「アルフヘイムのワールドチャンピオンが引退したとかで、公式大会が前倒しになった話?」

「いやあ、そっちじゃなくて、ニヴルヘイムとヘルヘイムの」

「ああ! “モーズグズ消滅”の話?」

 

 モーズグズとは。

 北欧神話におけるニヴルヘイムとヘルヘイムの境界、ギョッル川にかかる黄金橋を守護する処女の門番のことである。

 彼女はこのユグドラシルにおいて、二ヴルヘイムとヘルヘイム、この二つのワールドを往来するものらを監視・監督する役割を与えられたNPCであり、神クラスの戦闘力を有するボスモンスターに位置する。ニヴルヘイムとヘルヘイムは異形種に有利なワールドであり、そのため逆に、人間種や亜人種の侵攻が難しい特性が組み込まれている。モーズグズは神話における冥界の門番よろしく、両世界へ入り込む人間種と亜人種のプレイヤーを通さない役割を担っていた──が、そのボスキャラが、何者かによって討滅され、ここしばらくの間は復活していない──消滅してそのままになっている──という噂。

 かのワールド・サーチャーズ……ギルドランキング最高二位に位置する探索ギルドからの報告というわけでもなく、二つの世界から離れたミズガルズには、あまり縁のない話であるため、そこまで確たる証拠はない。ただ、異形種狩りに赴くPK集団などにとって、ここ数ヶ月面倒な門番(モーズグズ)が消えているという情報は好都合な状況ということで、知るものには知られた伝聞として、各方面に伝播しているという状況にあった。

 

「おかしな話だよな。なんで運営側が用意するボスキャラが復活してないんだ? ヘイムダルやフレイヤみたいに、北欧神系のボスは討伐しても翌日には復活する仕様だろ?」

「じゃないとドロップ稼ぎもできないしな」

「おれ、モーズグズの外装(グラフィック)けっこう好みだから、早いとこ復活してほしいんだけどなー」

「いやそっちかよ」

「でも、確かにすげえいいよな、褐色(かっしょく)眼鏡(メガネ)(っこ)

「それに、ザ・戦乙女って感じ」

「武器も鎧もゴツくてかっこいいよな!」

「ボスキャラ討滅ねえ──それ、誰かがニヴルヘイムかヘルヘイムの異形種ギルドを討伐しに行くって話じゃあないのか? 前にナザリックへの大侵攻があった時は、野良の門番や障害、厄介なフィールドエフェクトは真っ先に潰されて、沼地から墳墓までのルートも整備されてたんだろ?」

「ああ。けど今更、あのナザリックに本気で向かう奴なんていないし、ニヴルヘイムのワールドチャンピオンがいる上位ギルドの拠点も、目立った被害は受けてないらしい」

「ギルドを合同討伐しにいくんなら、掲示板やスレで、募集なり布告なり出すはずだろ? そんなの最近見た覚えねえがな?」

「そもそもギルド討伐目的にしても、できて数日限定だったろ? 数ヶ月も復活なしの音沙汰なしって、おかしくね?」

「運営がさぼってるとか?」

「あのクソ運営だと割とありそうで困る」

「ギルド討伐って言えばさ。あの話は聞いたか? 謎の集団がさ、100位圏内のランカーギルドを十個も潰したって」

「謎の集団って、なんだよ?」

「ギルドやクランじゃないの?」

「それとも新実装のモンスター?」

「いや、ほんと噂でしかないんだけど、少年のアバターの剣士が────ん?」

 

 ふと。

 店内のざわめきが唐突に、引く波のごとく穏やかになった。

 鈴付きの入り口を見やると、不思議な佇まいの少年剣士が、たったひとり。

 それだけなら別にユグドラシルにおいて特筆すべきアバターではなかった。少年であることも、帯刀していることも、ごく普通の剣士(ソードマン)プレイヤーである。

 

「ようこそ、お客さん。ご注文は?

 うちのコックが提供する、アルフヘイム産オレンジジュースでも、いかがです?」

 

 この酒場は商業ギルドが運営しており、従業員もプレイヤーたちで多く構成されている。料理人(コック)給仕(ウェイトレス)も、すべて。そんな彼らを束ねる店主──禿頭髭面(とくとうひげづら)の大男は、この都市の造営にもたずさわった開拓者であり、巨大斧(ジャイアントアクス)を主武装とする凄腕の木こり(ランバージャック)だ。さらに、商業ギルドの一員としてだけでなく、第九都市の顔役としても親しまれている。五百年の大木のようなごつい見た目に(たが)わぬ太い声で、自分の背丈の半分ほどしかなさそうな少年を、彼なりに(こころよ)く迎え入れる。

 

 対する少年は物怖(ものお)じする風でもなく、はっきりと笑みを浮かべている。

 緑と黒の市松模様で(いろど)られた羽織。

 額には、火傷を思わせる大きな(あざ)

 太陽のように(まばゆ)い笑顔の少年は、こう(たず)ねた。

 

 

 

 

 

 

「この近くに、キサツタイという団体がいるという噂を聞いてきたのですが、どなたでも構いません、ご存じありませんか?」

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 

 ミズガルズの第九開拓都市は、壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 ミズガルズ〈最奥〉第十一開拓都市。

 郊外。

 クラン:キサツタイ(鬼殺隊)が借りている拠点──格安のボロ屋敷を改装した、和風建築の一軒家。

 その庭。

 もとい“稽古場(けいこば)”。

 

 

 

「ははははは! どうした! どうした!」

 

 

 

 この家の主となった“師範”──彼の快活明朗な激励が、稽古場にこだまする。

 

「まだ素振り二万回(・・・)の途中だぞ! 頑張れ、みんな!」

 

「「「 は、はい! 」」」

 

「呼吸を意識することを忘れるな! 呼吸を極めるのだ! 呼吸を!」

 

 応じる煉獄の継子(つぐこ)たち──ではなく、クラン:キサツタイに属する隊員(プレイヤー)たちは、一心不乱に重量つきの武装──訓練用の木刀を振っている。剣道場の門下生のように道着と袴を身に着けているが、とくにこれといった特異な効能があるわけではない。ただ、煉獄が「稽古をする際は、この格好でなければ!」という具合に制定されたいきさつがあるのみ。

 彼らを監督する煉獄もまた稽古着に着替え、息を乱すことなく素振りを続けていた。

 それも、彼等に施されてる重量の三倍増しで。

 驚異的な体力と底知れぬ膂力を見せたまま、煉獄だけが素振り二万回を完遂してみせた。

 

「うむ! 皆、まだまだだな!」

「は、はいぃ」

「だが全員、一万回を超えることができるようになった! はじめのころは千回で音を上げていたことを思えば、実にすばらしいことだ!」

「あ、ありがとう……ございまひゅ」

「よし! 今日の稽古はこれまで! 各自休息! 道具は俺が片付けておこう!」

「れ、煉獄さ、いや、師範に、そんな、こと」

「気にするな! (からす)くんたちは本当によく頑張っている! そんな虫の息では立ち上がるのもままなるまい! いまは休むことが修行だぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 結果的にクランの発起人(ほっきにん)となったプレイヤー、カラスが応えた。

 まるで疲労の色を見せることなく、全員分の木刀を運び去っていく煉獄を見届け、大の字に寝転がるプレイヤーたち。

 

「……さすが、……煉獄さん、……だな」

 

 息も絶え絶えにカラスが賞賛する傍ら、シマとオルリが悲鳴じみた声をあげる。

 

「……カー、くん、私ら、ほんとに、これ、つよく、なってる、かな?」

「こ、ここまで、スポ根、全開、なる、なん、て」

「いやいや実際、バカにはできないよ。基礎体力の向上は」

 

 そう口をはさんだのは、「ツークフォーゲル」というプレイヤー名の、白衣を着た童女だ。

 小人ほどの背丈の少女は縁側に腰かけ、全員の心拍などのフィジカルデータを精査する空中タブレットを操作しつつ、金髪ショートヘアの頭上に、小悪魔のような笑顔アイコンを浮かべている。

 

「煉獄さんの言う“呼吸術”はよくわかんないけど、このDMMO-RPGの強さは、実際のフィジカル面の強さも大いに影響してくるからね。かの名高きワールドチャンピオン──最上位のプレイヤーも、肉体的な強さがあってこそって試算もあるし。まぁ、最上位の一部には重度の廃課金野郎もいるにはいるけど、アンタらは、そういうプレイスタイルじゃないでしょ?」

 

 彼女もまた、煉獄によって窮地を助けられたことのあるプレイヤーであり、この数ヶ月でクランに加入したメンバーの一人である。

 そんな仲間に対し、シマは恨めし気に手を伸ばした。

 

「ツーク、あんたも、稽古、参加、しなさいよ」

「いやいや~。私は頭脳労働専門だし~。それに、この見た目だし~。修行をつけるには、ちょっっと年齢が」

「ちゃっかりサバ読むな、同い年!」

「第一、私の戦闘はパワードスーツとオートマトンを使った遠隔戦主体だから。煉獄さんが言うところの裏方……“カクシ”的なやつ?」

「納得いかな~い! グルーさんみたいな鍛冶師や、チーウーさんみたいな魔法職特化ならともかく~! 私だって魔法火力役なのに~!」

 

 ケラケラと笑ってみせるツーク。

 

「しっかし、この数値──いつ見ても煉獄さんのフィジカルデータは……」

 

 軽く何かをぼやきそうになって、ツークは口を(つぐ)んだ。

 (いぶか)しむ間に、修練場へ三人のメンバーが遅れてやって来た。

 

「おお、おお。今日もやっとるな、若人(わこうど)よ」

「毎日おつかれさまです、皆さん」

「…………」

「タカナシさん、ファルコンさん、シラトリさん、おつかれさまです!」

 

 カラスが率先して仲間たちを迎え入れる。

 迷彩柄の軍服に銃器を担ぎ、1900年代の古いガスマスクをオレンジの頭髪に被る傭兵。清廉な純白の鎧を身に纏い、背中に銀色に輝く星球(モーニングスター)を担う白髪の聖騎士。大具足と面覆いで、その全貌をひた隠している鎧武者。

 外で一狩りしてきた三人を代表し、タカナシが大風呂敷を手渡した。

 

「これ、今日の収穫な。あと土産話(みやげばなし)もあるんだが、と、……煉獄の旦那は?」

「いま道具の片付けに──あ」

 

 タカナシに説明する前に、煉獄が残りのメンバーを連れて──武器の修繕や製造を担う鍛冶師・グルーと、魔法職を極めつつある女性・チーウーが、修練場に現れた。

 

「おお、ちょうどいい! 全員そろったようだな!」

 

 クラン:キサツタイの総員数、煉獄を含め九名。

 侍に転職したカラスをはじめ、女侍・シマエナガ、女忍者・オオルリ、童女の博士・ツークフォーゲル、鍛冶師・グルー、女魔法使い・チーウー、傭兵・タカナシ、聖騎士・ファルコン、鎧武者・シラトリ……

 誰もが煉獄に助けられるなどして、彼への敬意と助力を惜しまないユグドラシルプレイヤーたちである。

 カラスが喜色満面のアイコンを浮かべて煉獄を手招いた。

 

「煉獄さん。今日のお菓子はスイートポテトだそうです」

「おお! さつまいもの洋菓子か! 弟が作ってくれたことがあるぞ!」

 

 縁側でオオルリの手により切り分けられる大好物を前にして、嬉しさを大声の中にはちきれんばかりにつめこんだ煉獄。そんな彼のさまを見て、全員が慣れた様子で頷きつつ、茶を用意していく。

 世界樹を臨む空の下で、古式ゆかしい雅な茶の時間が供される……

 

 

「うまい!」

 

 

 (とどろ)烈声(れっせい)

 いくらゲーム内での飲食物が、実際に味覚ある存在ではない──効能としてはポーションと同じ、回復や強化用のアイテムだとしても、煉獄が本当に食べ物をおいしそうにしている様を見るだけで、全員が面映(おもは)ゆいものを感じるのだ。

 まるで本当に、彼という存在が生きているようにさえ錯覚するほどに。

 彼らは煉獄と語り合った。

 家族のこと。友達のこと

 学校のこと。生活のこと。

 そして、このユグドラシルのこと。

 煉獄もまた彼らとの語らいを大切にした。

 かつて、鬼殺隊で柱として率いていた仲間や、継子(つぐこ)であった甘露寺、弟・千寿郎に、語った時のように。

 

 煉獄は心の底から感謝している。

 彼らのおかげで、この世界で鬼殺隊を結成できたこと。さらには、煉獄一人では探しようがない、他にこの世界に来ているやも知れない鬼殺の剣士の情報を、出来うる限り集めようとしてくれていること。煉獄には使えないスレッドやネットなどを駆使してくれていること。行くあてのなかった煉獄に、この居宅を与え、住むのに最適なまでに手を加えてくれたこと。

 数え上げればきりがなかった。

 それらすべてのきっかけを作ってくれた──この世界における知識を語ってくれたモモンガたちにも、煉獄は感謝の念を新たにしつつ、キサツタイの仲間たちの会話に耳を傾ける。

 

「そういえば、タカナシさん。さっき言ってた土産話って?」

「ああ、それな。今日は、ちっとヤバイ報せ(ニュース)があってよ」

「やばい(しら)せか! それはなんだ、小鳥遊(タカナシ)青年!」

「ああ──旦那にだけ隠すわけにはいかねえしな──すげえ信じがたいんだが、この都市の隣の隣に位置する第九開拓都市。そこが壊滅したらしいんだわ」

「……なに?」

 

 ほぼ全員が(ほう)ける間を要した。

 

「第九が、壊滅?」

「うそでしょ、さすがに」

「デマとかじゃないの?」

「いや、まぁ、まだ詳細は調査中らしいし、俺らも実際に見に行けたわけじゃねえから確定とまではいかねえが。第十では、その話でもちきりになってる」

「ファルコンさんも、その話を?」

「ええ。タカナシさんとシラトリさんと一緒に聞きました。しかしなにぶん物理的な距離があるので、行って確かめる時間はありませんでした。その上、第九に繋がる転移門(ゲート)もすべて機能しないらしく……これは商業ギルド筋の、確度の高い情報です。確かめようにも、我々は転移系魔法が使えませんので」

「どう、チーウー?」

「──本当だ、第九への転移門が開けない」

「単なる嘘っぱちじゃないってことか?」

「ちょ、マジかよ」

「てか都市壊滅って、どっかのギルドの仕業(しわざ)?」

「いや、大量発生したモンスターに呑まれた、とか?」

「ユグドラシル初期時代ならまだしも、今時そんなヘマやらかす?」

「あるとしたら、やっぱ、ワールドエネミーとか?」

「でも運営から何のイベント告知もなしに?」

「……煉獄、さん?」

 

 ひとり静かに、だが、はっきりと見えそうなほどの憤怒に燃えている煉獄の姿がそこにはあった。胸の前で組まれた両腕が、ギシリと音を奏でるのがはっきりと聴こえてくる。

 そんな彼に対し、カラスとシマが率先して話しかけた。

 

「だ、大丈夫ですよ、煉獄さん! きっと誤報か何かですって!」

「そうですよ。第九開拓都市っていえば、割とこの世界でも凄腕が集まる都市なんですよ?」

「ああ。わかっている。が、しかし、それが(モンスター)の手によるものであるならば……」

 

 断じて許し難し。

 そう言外に発する煉獄の覇気は、慣れているはずのキサツタイ・メンバーでさえ、空恐ろしくなるほどのものがあった。

 今すぐにでも駆け出していくべきか、煉獄がそう思った、そのとき。

 

「ん?」

 

 玄関先に来客の気配を感じたのは、煉獄ただひとりであった。

「少し待っていてくれ」と短く言付(ことづ)けて、煉獄は屋敷の玄関に。この日この時間に、来訪を事前に告げていた人物に心当たりがあった。

 そして、彼等はそこにいた。呼び鈴を鳴らす直前に、煉獄は引き戸をあけて歓迎する。

 

「息災で何よりだ! 三人共!」

 

 人間種の姿に化けた異形種が三名──ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、そしてモモンガ。

 だったが、

 

「お元気そうでなによりです、煉獄さん」

「……?」

 

 煉獄はモモンガの様子に、少なからず違和感を覚えた。

 声の感じは勿論、煉獄にのみ識別できるプレイヤーの表情も普段通りであったが、彼の常ならぬものを、煉獄は鋭敏に察知してしまう。

 

「どうされたのだ?」

「え? えと」

「何かあったのだろうか? 間違っていたら謝罪するが、まるで元気がないぞ、モモンガ殿?」

「そ、そうですか?」

「ああ──どうされたのだ?」

「あはははは……いえ、まぁ……そうですね、正直ちょっと、落ち込んでは、います」

「うむ。そうか。

 立ち話もなんだ。とりあえず三人共あがっていってくれ。

 今、キサツタイの皆と休息をとるところだった。遠慮することはない!」

「はい、──ありがとうございます、煉獄さん。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 煉獄の眼力の確かさに、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノ姉弟は互いに頷き合った──ここへ連れてきて正解だったと。

 そうして、モモンガたちは慣れたように、屋敷の縁側……ではなく客間に案内された。

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 緑と黒の市松模様を纏った少年剣士が、キサツタイのいる第十一開拓都市に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇クラン:キサツタイ/鬼殺隊

構成員(メンバー)メモ

 名前        武装   職種

 煉獄杏寿郎     日輪刀   鬼殺の剣士   (物理火力役)

 カラス       日本刀   黒髪の侍    (防御役)
 シマエナガ     太刀    武士+魔法職  (魔法火力役)
 オオルリ      大鎌    忍者+料理人  (物理火力役)
 ツークフォーゲル  人形たち  博士+人形使い (回復役)
 グルー       大槌    鍛冶師兼建築家 (その他)
 チーウー      聖杖    神聖系魔法使い (魔法火力役)
 タカナシ      銃火器   ガスマスクの傭兵(探索役)
 ファルコン     槌矛と盾  星球の聖騎士  (防御役)
 シラトリ      刀と槍と弓 鬼面の鎧武者  (防御役)


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第捌話   煉獄杏寿郎、相談に乗る

「お知らせ」
9/11と9/12は、鬼滅の刃特別編集版「兄弟の絆」「浅草編」が放送されます
9/25には「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」がテレビ初放送です
お見逃しなく


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 ・

 

 

 

 

 ミズガルズ〈最奥〉第十一開拓都市。

 高さ20メートルを超える“東門”。

 

 この都市はユグドラシル自由交易行路指定──商業ギルドによる平和協定が定められており、その運用関係上、人の出入りがかなり多い。転移門を通じて門前広場に降り立ったプレイヤーは、異形種でない限り総スルーされ、調教師(テイマー)によって調教(テイム)された竜や馬、種々様々なモンスターが荷を担いで、商業系職種のプレイヤーたちの交易材料──アイテムボックスに収まりきらない量の物資を運んでいた。世界樹から切り出した建材、冥王の洞窟から掘り出した石材、炎巨人の生誕場で生まれた火や燃料、神々の工房で醸造された最高級蜜酒(ミード)の樽、妖精たちの荘園で収穫された野菜や果物や小麦など、ほんとうに色とりどりといった具合である。これらは商業ギルドを通じて都市各所の市場に流通し、開拓都市に住まうプレイヤーたちの、開拓と冒険の糧となるのだ。

 そういった土地柄ゆえに、ここにははじまりの街(ホームタウン)のような門番……初心者を導く役目もままあるNPCは、ゲーム運営側の手によって配置されていない。

 しかし、それでも。

 門内部には有事の際に働く衛兵がつめており、窓ガラス越しにやりとりをかわすことは可能であった。

 そんな詰所内には、門番AAと門番ABが、衛兵室奥に設置された休憩スペースで、今日の軽食にありついている。

 

『おお。今日の飯はカツサンドか』

『ああ。カマプアア*農業の豚肉。南国(ハワイ)の味らしいぜ』

 

 そいつはいいと笑いながら、AAとABはビニール袋の封を切る。

 種族として人間に分類される彼らは、定期的に飲食をしなければならない。そういう決まり(ルール)だ。

 香ばしいソースと、開拓都市産の格安小麦を使用したパンによるカツサンドは、あっという間に二人の胃袋に収まった。

 

『はあ~、食った食った。今日もうまかったな~』

『数少ない楽しみだよな、俺たちにとって食事は』

『確かに。でも、一度くらいは妖精の国の、アルフヘイム産とやらを味わってみたいもんだね』

『んなの、俺らみたいな連中に下賜されるわけねえだろう?』

『わかってるって。言ってみただけさ』

 

 二人は衛兵室に支給されたお茶で一服を共にする。

 これも都市産の安物であるが、腹を満たすという意味では上質なものを与えられるほどの価値はない。それが彼等だ。

 

『おぅ、そういえば聞いたか、あの話?』

『話って?』

『うちの上官、プレイヤー殿がギルドのお仲間たちと、今朝(けさ)がた話してただろ?』

『ああ、第九の話か?』

 

 二人はどこか遠くの出来事のように感じつつ、都市壊滅の報に思いを致した。

 

『まさか、同じ開拓都市の、第九都市が壊滅するなんてな』

『ユグドラシル初期の時代から生き延びてきた開拓都市がなー』

『噂だと大量のモンスターに蹂躙(じゅうりん)された、って線が濃厚らしい』

『ひゅー、おっかねえぜ。おっかなすぎてチビっちまう』

『ここでもらすなよ、ちゃんと出す所で出すものだしな』

『言われなくても分かってるよ』

 

 ここにいる衛兵たちはプレイヤーではない。

 NPCたちだ。

 より詳細にいうなら、ユグドラシル金貨によって発生する「傭兵NPC」に分類される。

 都市造営と運用に携わる商業ギルドによって、開拓都市の門と隔壁には、こういったNPCが配置されるようになって久しい。

 ユグドラシルにおいて、門番(ゲートキーパー)市衛(シティガードマン)の職種に就きたいというプレイヤーもいないではないが、その数は限られている。何しろ直径がキロ単位におよぶ都市の規模を考えると、どう考えても員数が不足するのだ。それゆえに、こういった都市の門内や歩哨につめる衛兵の類は、たいていが傭兵NPCたちであり、彼等を指揮するプレイヤーの管理下において、日々仕事にはげんでいる。

 そんな彼等ではあるが、彼らなりの情報交換の会話──ネットワークの構築がなされていることは、プレイヤー側にはまったく知られていない。

 

『しかし。都市が壊滅なんて、想像もできねえよ』

『まぁな。都市がなくなるほどの攻撃を受けたら、俺らもタダじゃすまねえぜ』

『モンスターによる蹂躙なぁ。それだけの数が湧く条件って、何だったっけ? 知ってるか?』

『プレイヤー殿たちの会話で聞いたことがあるな。確か、イベントとかレイドボスとか。最近は聞かないが、モンスターの巣を放置してしまって、って場合』

『へえ?』

『あと、ごく稀だが、ワールドエネミーの随伴ってケースもあるらしい』

『ほぇ~。何にしろ、俺らにはどうしようもねえ話だな。プレイヤー殿たちが頑張ってくれないことには』

『それが傭兵の宿命ってやつかね。は~、やだやだ』

『俺らがここに雇われて、どれくらいだっけな? 三年? 五年だっけか?』

『前任者の俺ら、同じ型式の傭兵NPCがやられてからだからな。たぶん、それくらいだろう』

『前の襲撃の時は、“ごちゃんれんごー”の下っ端ギルドが略奪、物資を盗みに来た時、だったっけ?』

『それ、“にちゃん”じゃなかったっけ? よくは知らねえけど、連中さんざん返り討ちにあって、こっちの損害は軽微で済んだんだったか。以降は目立った揉め事は起こってないはず』

『まぁな。うちの都市の中で何か悪事を働こうものなら、そいつらは身ぐるみを綺麗に剥がされ、無一文(スカンピン)になるだけだ。結果、ギルド(ノー・オータム)の利益に還元されるだけとなりゃ、自然と襲撃なんてなくなるわな』

『なんでもいいさ。とにかく俺らが五体満足で生きられりゃあよ』

『だな。いずれにせよ、いざという時にはプレイヤー殿たちが、なんとかしてくれるだろ』

『それに、最近この都市に強い方が来てくれた、って話だ。プレイヤー殿たちもずいぶんと頼りにしている。南の農耕地帯──和風建築エリアの郊外に居を構えた』

『ああ、あのクラン! 変なクラン広告だったよな「集え、鬼殺の剣士」って』

『名前は、確か』

「もしも~し。すみませ~ん。

 ちょっとお尋ねしたいんですけど?」

 

 柔らかな声を聞いた瞬間、AAとABは同時に立ち上がった。

 彼らは定められた命令(コマンド)に従い、門番としての仕事を果たす。

 衛兵室のガラス窓から覗き込んでくる人物は、二人。

 ひとりは、左右の目の色が違う黒髪の長い男で、口元を包帯で覆い隠しているが、その程度の見た目はユグドラシルでは珍しくも何ともない。蛇を連れているのも、調教(テイム)したモンスターの類か、あるいは生きてるように駆動する装備品の部類だろう。

 しかし、声の主は、もうひとりの方であった。

 

『はい。どうかされましたか?』

『我々でよろしければ御力になります、が──』

 

 彼等は刹那の間、自分たちがNPCであることを忘れて、黒髪の女性に見入(みい)った。

 魅入られたというべきか。

 

 

 

 

 

「この都市に、“鬼殺隊(きさつたい)”を名乗る団体があると聞いて、私たち(うかが)ったのですが、ご存じありませんか?」

 

 

 

 

 

 そこにいた女性は、美麗な柄の羽織を纏い、日本刀を腰に帯びていた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 同都市郊外。

 クラン:キサツタイの屋敷。

 人間の姿に化けた骸骨の魔法使い──モモンガを広い客間へ迎え入れた煉獄は、卓を挟んだ彼と、真正面から相対する。

 

「話を聴こう! 遠慮せず言ってみるといい!」

「い、いやいや。そんな煉獄さんの耳をわずらわせるほどのこと、では……その」

「何を言う! 君たちにはこの世界で大変世話になった! その恩着に報いたい! 悩みがあるのなら、炎柱たる俺が!“聞いてやるとも”!」

 

 煉獄は至極当然という論調でモモンガに促した。

 

「…………はい」

 

 絞り出すような声音で、モモンガは決意する。

 彼らと共に座に居合わすのは、三名。

 人間種に化けたペロロンチーノとぶくぶく茶釜、そして、客人と煉獄──計四人に緑茶と芋菓子を運んでくれたクランの代表(煉獄に固辞されて就任した)、カラス。 

 

 ──それ以外のキサツタイメンバーは、客人に配慮した距離を保ちつつ、広大な庭の一角に設けられた工房で、作業を進めていた。

 しかし、煉獄の客人への興味は尽きないというのが正直なところ。

 

「……いま客間にいるのが、煉獄さんが世話になったっていう魔法使いさんと、そのお仲間さん?」

「そ。名前は確か、“ウォモンガー”さん。お仲間さんたちは“ペロロ”さんと“チャガマ”さん」

「ん、戦争狂(ウォーモンガー)? とてもそんなやべえ雰囲気じゃなかったけどな?」

「むしろタカナシさんの外見(ビジュアル)の方が戦争狂だよね」

「ガスマスクに銃火器、近接だと釘バットがメイン武装とか」

「いやいや。DMMO-RPGって言えば、鉄条網を巻いた釘バットだろ?」

「出さんでいいい出さんで」

「というか、どういう理屈です、それ?」

「わかってねえな。浪漫(ろまん)だよ、ロマン」

「これでうちのクランの探索役(シーカー)なんだから、世の中わからんもんだわ」

「何でもいいよ。プレイヤーネームは人の自由。いいから皆、グルーさんの錬鉄作業、手伝って!」

 

 クランの副代表を就任して久しいシマが、手を叩いて促した。

 ギルドのように自前のNPCを製造できない、さらには傭兵NPCなども金貨が惜しくて雇えないクランの運営状況では、武器や道具の製造もメンバー全員で従事することが多くなる。

 キサツタイの鍛冶師として合流したグルーを中心に、仲間たちがかき集めた素材だの何だのを持ち寄り、魔法の製鉄炉に燃料をくべていくのも、もはや全員が手慣れてきていた。

 

「──しかし」

 

 錬鉄の具合を、コンソールとは別種の端末──職業:博士(ドクター)医師(フィジシャン)が扱える計器類を通じて確認しつつ、ツークが細めた瞳で問いを投げる。

 

「ウォーモンガーさんとやら、今日煉獄さんに何の用事で来たのかしらね?」

「煉獄さんが急に予定変更するくらいの急用とはね」

「なんか、込み入った話っぽかったけど」

 

 些少以上の興味をもって、客間の方向を見やるメンバーたち。

 

 それほどにキサツタイ隊士たちに敬服されている男──ワールドチャンピオン級の強さを持つと、界隈(かいわい)で噂を広めつつある煉獄は、モモンガたちの近況を(しか)と聴いた。

 

「なるほどな。摸模具和(ももんが)殿の、お仲間が……」

 

 ユグドラシルを去って行った。

 それも、モモンガにとって恩人の中の恩人──ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちと出会うきっかけともなった救い主──たっち・みーの引退。

 モモンガは力なく項垂れてしまう。恥ずかし気に後頭を掻く手も所在なさげであった。

 

「ええ、いや、なさけない話ですよね……誰かが、ここを、ユグドラシルを引退するなんて、あたりまえのことなのに」

 

 それこそ、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの前身であったクラン……ナインズ・オウン・ゴール時代にも、別れた仲間はいた。

 しかし、たっち・みーは様々な意味で、モモンガにとって特別であった。

 このユグドラシルを続けるきっかけとなった──

 仲間たち皆との出会いの架け橋になってくれた──

 それがアルフヘイム・ワールドチャンピオン、“正義降臨”、たっち・みーであったのだ。

 

「たっちさんにも、ご家庭の事情はありますから──奥さんの出産も近いらしいですし──このゲー、あ、いえ、ユグドラシルに引き止める権利なんて、自分には──、でも」

 

 寂寥(せきりょう)の感は(ぬぐ)(がた)い。

 置いていかれた──捨てられた──などと思うなんて、お門違(かどちが)いも(はなはだ)だしい。

 わかっている、すべてわかっていて、モモンガは(おのれ)我儘(わがまま)な思考を(ぎょ)しきれない。

 

「煉獄さん……自分はいったい、どうすればいいんでしょう……」

 

 いったいどうすることが正解なのか。正解であったのか。

 泣いて喚いて、やめないで下さいと取り縋るべきだったか──否。

 たっち・みーのことなどきっぱり忘れてしまえばよいのか──否。

 かと言って、この思いを抱えたまま、このゲームを続けていく自信がない……そう率直に告げるモモンガの姿は、今にも朽ち折れてしまいそうなほど弱々しい。

 モモンガの仲間たちも──ペロロンチーノもぶくぶく茶釜も、明確な回答を示せないほど、モモンガの苦悩は深刻であった。表面上は「なんてことはない」と取り繕ってみせた、社会人として立派な姿を堅持しようとしていたが、それでも、仲間たち全員が気づき、気を使いながらも、当人たちではどうしようもないほど、モモンガの状態は深刻笠を増していた。

 だからこそ、一縷(いちる)の望みを託して、ギルド外で親交を得つつある存在──煉獄杏寿郎の屋敷を尋ねるに至ったのだ。

 頼られた煉獄は熟考するように押し黙った、

 

「──うむ。話は分かった」

 

 かに見えた。

 

 

 

「だが、知らん!」

 

 

 

 その場にいる全員が「ええええ!?」と声をあげ、座ったままスッ転び、卓をひっくり返しそうになるほど、炎柱たる男は轟然と言ってのけた。

 煉獄は確かに言った。悩みを“聞いてやるとも”と。

 しかし、一朝一夕(いっちょういっせき)に“解決する”とは、一言も約束していなかった。

 彼は言い添える。

 

「君の悩みは、俺も経験がある! 仲間との別れ、家族とも呼ぶべきものと離れることは、まったくもって耐え難いことだ──」

 

 煉獄の脳裏に焼き付けられた人々の姿。

 幼き日に病没した母。

 鬼殺の任務中に殉死した同輩。

 家に残してしまった弟と父、柱たちやお館様。

 そして、

 無限列車で共に戦い、後を託すことができた、竈門(かまど)少年たち。

 数え上げればキリがないほど、煉獄も多くの別離を余儀なくされてきたのだ。

 悔恨もある。苦悩も。未練も。

 

「しかし!」

 

 だとしても、と煉獄は声を張り上げた。

 

「君の悩みは君の悩みであって、俺の悩みなどではない! 助言助力を尽くすことはできるが! それで解消されるようなものでもないだろう!」

「そ、それは、えーと……そう、ですね」

「確かに」

「いやでも煉獄さん」

「そう! 何故なら! 君の悩みは、君自身の力で、君自身の心でしか、解決しようのないものだからだ!」

 

 明快無比なまでの正論に、モモンガたちは虚を突かれる。

 煉獄にも悩むこと、迷うことは数多い。

 

 このユグドラシルに流されてより数ヶ月、鬼殺の剣士は見つからず、元の世界(ひのもと)に帰る(すべ)もわからない。

 

 だが。

 それでも。

 

「俺は! 俺のなすべきことをなしとげる!“俺の責務を(まっと)うする”!

 去っていった者たち、別れなければならなかった人たちはとても多いが、それでも、俺のやるべきことは、何ひとつ変わらない!」

 

 君だってそうだろうと喝破(かっぱ)する煉獄。

 

「別れはつらい。泣くこともあろう。悲嘆にも暮れよう。

 それでも、君にはまだ、残されたものがあるはずだ!」

 

 顔をあげたモモンガは、煉獄の力強い首肯と眼差しを受けとめる。

 

「君には、君の守るべきものがある! それはいったいなんだ、モモンガ(・・・・)!?」

「じ……、自分には……」

 

 あらためて、モモンガは自分の奥深くを見つめ直す。

 モモンガが守るべきもの。

 それは、仲間たち全員と共に築き上げたギルド──ナザリック地下大墳墓の威容があった。

 

「自分には、皆と作った場所が、──ギルドが、ありますっ」

「そうか!」

 

 煉獄は微笑んだ。

 何もないなどと言われでもしたら、さしもの煉獄とはいえ何も言えなくなってしまっただろう。だが、モモンガには大切なものが、かけがえのないものが、確かにあるのだ。

 その事実を喜ぶように、煉獄は結論する。

 

「ならば、それを守ることだけを考えろ! 他のことなど気に病むな! 悩むこともいい! 悩んで悩んで悩みぬいて! そうして自分の答えに辿り着けばいい! 君は、君がなすべきだと、信じたことをなせばいい! 何も恥じることはない! 堂々と前を向け!」

「……はい……ありがとうございます、……煉獄さん!」

 

 快く頷くモモンガの姿に、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜も胸を撫で下ろした。

 ──自分たちではこうはいかない。ここまで正直で、まっすぐで、何も後ろ暗いものを感じさせない言葉は紡げない。

 何より、姉弟もまた──アインズ・ウール・ゴウンの誰しもが、たっち・みーと同じ道をたどるだろう。

 リアルとゲーム、どちらに天秤がふれるかと言えば、答えなど分かり切っている。

 そんな自分たちが……否……モモンガの仲間という立場であるからこそ、彼の苦悩と葛藤を断ち切ることは不可能であった。

 だが、それを煉獄杏寿郎という男は、乱麻を快刀で断ち切るがごとく、一刀両断にしてくれた。

 

「ったく、かなわないなー」

「そうねー」

 

 これで万事解決、というわけにはいかないが、モモンガの不調はとりあえず取り除かれた。

 友人の復調に貢献してくれた男の破顔一笑ぶりに、姉弟はそれぞれの思いで眺め見る、

 ──その時であった。

 

「──む?!」

 

 芋菓子を一口して頬を膨らませた煉獄が、一瞬にして表情を険しいものに。

 遅れて、モモンガやカラスも、異変に気付く。 

 

「……これは、音?」

「地鳴り、でしょうか?」

 

 遠くから感じられる震動。

 卓に用意された緑茶の水面(みなも)が、規則的な波紋を作りつつある。

 耳を澄ませば、庭の鍛冶場(かじば)に詰めているキサツタイのメンバーたちも惑乱の声をあげていた──彼らの錬鉄作業が失敗したというのも考えにくい。

 

「なに、嘘、もしかして地震?」

「〈地震(アースクェイク)〉の魔法、なわけないよな?」

 

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノも周囲を警戒し始める。地震の魔法はユグドラシルに存在するが、都市内部で使うものがいるとは考えにくい。治安維持の関係上、大都市の類では周囲に影響を及ぼす私闘は禁じられるか、やる場合は指定された区画──競技場(スタジアム)格闘技場(リング)内でのみ解禁されているものであるから。かと言って、自然現象としての地震が、ゲーム内で発動するわけもない。なんのイベント告知もなしに。

 ふと、カラスが声をあげる。

 

「煉獄さん?」

 

 誰もが次の行動をとれない中で、煉獄だけが、日輪刀を手に立ち上がり、告げた。

 

「────、西か」

 

 

 

 

 

 

 

 

*
ハワイ諸島の神話に登場する農耕の神、原初の巨大豚。



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第玖話   煉獄杏寿郎、“鬼”と戦う

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 言うやいなや、煉獄は屋敷の外へ走り出した。彼の果断即行(かだんそっこう)についていけるものは限られている。名を呼ぶ四人を置いて、玄関先へ飛び出した煉獄は、細い通りの左側──都市の西へと顔を向ける。

 立ちのぼる黒煙(こくえん)幾筋(いくすじ)も、世界樹の空を(すす)けさせていた。

 

「──あれは」

 

 何者かの襲撃と直感できた。

 しかし、規模も、目的も、敵の勢力も、一切が不明。

 

「何かあったんですか、煉獄さん? ……! あれは」

「うそでしょ? 都市の空に、煙? 襲撃されてる?」

「んな馬鹿な! いったいどこのバカが、そんなこと」

 

 煉獄にいち早く追いついたモモンガたち。煉獄と共に客間にいたカラスは、クランの皆を呼びに行ったことで遅れている。

 彼ら客人に向けて、煉獄は真っ先に告げた。

 

「君たちは逃げろ」

「え、いや、でも」

「異形種である君らは、この世界では力を発揮できない。そういう事情があるのだろう?」

 

 煉獄の言った通り。

 ミズガルズ……人間の世界では、モモンガたちのような異形種プレイヤーは、本来の能力を発揮しきれない。

 なにより、いまの人間種に化けた状態での戦闘力は、大幅に減じられているという事実。

 ここで戦闘に巻き込まれるというのは、大いにマズい状況である。

 煉獄は振り返って微笑んだ。

 

「今日は話ができてよかった! モモンガ殿、ペロロン殿、茶釜殿!

 また後日、息災で会おう!」

 

 それだけ言い残して、煉獄は翔けだした。

 襲撃を受けている都市の西へ。

 西門へ近づくほどに、戦闘の気配が濃密になる。

 爆音と悲鳴がそこかしこで湧き、剣戟と魔法の奏でる騒音が、大通りに面する市場を満たしていた。

 

「くそ、なんだってんだ急に!!」

「都市の傭兵システムどうなってんだ?!」

「おいおい、急襲イベントとか、冗談きついぜ!?」

 

 事情を解しているものは一人もいそうになかった。

 

「なんなんだよ、こいつら! 動死体(ゾンビ)か何かかよ、気持ち悪い!」

「探査反応はアンデッドじゃないぞ。反応は、な、なんだこれ? バグか?」

「ふざけてんのか! なんでこいつら全員、血まみれで肉が膨らんでるんだよ!?」

「まったく! スプラッタ趣味なギルドの仕業(しわざ)にしては、悪趣味にもほどあるわ、ねっ!!」

「なぁ、あのデカい禿頭髭面(とくとうひげづら)。壊滅した第九都市の顔役、“マスター木こり(ランバージャック)”に似てなくね?」

「はぁ? いまはそんなこと、くそどうでもいい! とにかく反撃しろ、反撃だ反撃ッ!!」

 

 なんとかバリケードを築いて魔法の連射や遠距離武器を扱う者たちが評するように、襲撃者たちは頭のてっぺんから爪先に至るまでズタズタに引き裂かれた、肉の風船人形といった風情(ふぜい)だ。濁音(だくおん)にまみれた唸り声をあげつつ、ところどころが悪性腫瘍のごとく肉が盛り上がっては収縮し、その奇行奇態ぶりを完璧に助長している。そんなものが大挙して列をなし、ユグドラシル創始期より営々(えいえい)と築かれた石畳の大通りを、血と肉と臓物の色で埋め尽くしていくのは、この都市の住人たちにとっては断じて許しがたい。(はや)って接近戦を挑んだプレイヤーの蛮勇を、字義通り“ひと飲み”にしていく化物の行進ぶりは、もはや筆舌(ひつぜつ)に尽くせるものではなかった。まさに世界の終わりとも形容すべき醜穢(しゅうわい)ぶりに、誰もが恐怖を覚え後退しかける。

 煉獄は冷徹な眼で戦場を見晴(みはる)かし、人間にあらぬ者たちを的確に見定め、抜刀の構えを作る。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)!」

 

 プレイヤーとバリケードの隙間をくぐりぬけ、敵の戦列中央を驀進(ばくしん)していく、焔の一閃。

 一掃される敵の光景に快哉(かいさい)をあげる都市のプレイヤーたちであったが、煉獄はさらなる一刀を与えるべく、跳躍(ちょうやく)

 

「炎の呼吸 参ノ型 気炎万象(きえんばんしょう)!」

 

 振り下ろされた燃え(たぎ)る斬撃は、見事に謎の化物たちを広範囲にわたって掃滅していく。

 しかし。

 

(数が多いな!)

 

 煉獄の熱い心胆をも凍えさせるほどに、敵の数は膨大に過ぎた。

 技を二つ繰り出しても尚、敵の規模はいや増すばかりに見える。

 既に、この市場から西門の区画は化物の軍列で埋め尽くされたような印象を受けたが、おそらくはその通りだろう。

 煉獄は化物に食いつかれたプレイヤーの救援に走る。

 化物の爪牙にかかりはしたが、まだ生きている者だ。

 

「大丈夫か? 立てるか?」

「う、うう……う"う"……」

 

 煉獄は、ふと、気づく。

 この気配、この異様、この変転に、思い当たるものが、ある。

 

「お……おい、……まさか」

「うう、う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"────ッ!」

 

 プレイヤーだった(・・・)男が血眼になり、牙を剥いて(・・・・・)飛びかかってきた。

 日輪刀で牙と顎による攻撃を防ぐ煉獄だが、肉の膨らみ始めた腕と爪が(むち)のようにしなって喉元に迫る。

 迎撃できたのは奇跡とも言えた──どこからか飛んできた魔法によって、敵は“心臓発作でも起こしたように”なり、その動きを(にぶ)らせたおかげである。

 煉獄は、プレイヤーから化物になりかわった男が消滅するのを見つめ、しばし茫然となる。

 ────日輪刀の一撃を受けた首無しの(むくろ)が、まるでボロ炭のように、ほつれていく。

 

「だ、大丈夫ですか、煉獄さん!?」

「ひとりでいかないでくださいよ、もう!!」

 

 煉獄の疾走にようやく追いついたキサツタイ……戦闘時の装備に換装を終えたカラスをはじめ、仲間たちが防御の方陣を組み上げてくれた。他のプレイヤーたちも煉獄を起点にバリケードを広げようと、障害物や盾をもって、キサツタイを援護する。

 しかし、煉獄は唐突に、強烈に、不吉な予感を覚えてならない。

 そこへ、空恐(そらおそ)ろしいほど(ほが)らかな声が届いた。

 

 

 

「ああ、ようやく見つけましたよ、煉獄さん!」

 

 

 

 煉獄が睨み据える先。

 その少年は、緑と黒の市松模様の羽織を着て、額には痣、赫灼の色に染まる瞳を潤ませて、意気揚々と手を振りながら語りかけてきた。

 

 

 

「お久しぶりです、煉獄さん! 俺です! 竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)です!」

 

 

 

 少年は実に気安く煉獄と挨拶(あいさつ)を交わしてくれるが、その背後に控える肉腫の化物の群体を思うと、場違いにも(ほど)があった。

 キサツタイの隊士らを含むすべてのプレイヤーが応対に困る中で、煉獄だけは透徹(とうてつ)とした様子で、少年と向かい合い、ついで言い放った。

 

 

 

 

君は誰だ(・・・・)

 

 

 

 

 その斬って捨てるがごとき声音(こわね)に、炭治郎を名乗る少年は本気で困惑の相を(おもて)に浮かべる。

 

「え、な、何を言ってるんですか、煉獄さん! 俺は」

「君は竈門少年ではない(・・・・・・・・)

 

 断じてありえないと即言(そくげん)する炎柱。

 烈火のごとき視線の熱量は、常人であれば火傷しかねない覇気にあふれているが、自称竈門炭治郎は首を傾げてみせるだけ。

 煉獄は断定の声を紡ぎつつ、一歩を前へ。

 

「君のその気配────柱である俺が、見間違えるはずもない」

 

 柱の鍛え上げた感覚野が、長年の任務で培われた勘が、明確に告げていた。

 

「──君が、あくまでも竈門少年を自称するのであれば、俺の質問に答えてもらう」

 

 炭治郎と名乗る少年は、快諾(かいだく)するように笑みを浮かべた。

 

「まずひとつ。

 竈門少年、耳飾り(・・・)は、どうした?」

 

 煉獄は覚えている。

 あの無限列車の戦いで、煉獄が最期に少し話をした時、それは朝日に輝いて見えた。

 出会った時から彼が両の耳につけていた、札。日光を彷彿(ほうふつ)とさせる、特徴的な耳飾りが、今はどこにも見受けられない。

 自称竈門炭治郎(かまどたんじろう)は答えた。

 

「ああ、それならここへ来る途中、うっかり失くしてしまいまして!」

「ふむ……そうか」

 

 本当に、仕草から声音に至るまで、なにもかもが炭治郎そのものに思えたが、煉獄は(ただ)す声を低めていく。

 

「ひとつ。

 君の仲間──黄色い少年と猪頭(いのがしら)少年は、どうした?」

 

 竈門炭治郎と共に、炎柱である煉獄のもとへ、助勢すべく送られてきた、若き隊士たち。

 あの二人の姿もどこにも見られない。彼の傍らにも。彼が侍らせる肉腫の化物の中にも。

 加えて、彼の応答は、最悪であった。

 

「ああっ!“その二人”なら、この世界に来てからはぐれてしまって! 今探してるところなんですよ!」

「ほぅ──“その二人”、か」

 

 煉獄の違和感を加速させる結果しか生まない、自称炭治郎。

 蝶屋敷でともに修業し、寝食を共にし、兄弟のごとく名を呼んで共闘していた仲間を、あろうことか“その二人”呼ばわり。

 もはや確認するのも(わずら)わしいという感覚を覚えてならないが、とにかく煉獄は質問を続ける。

 

「もうひとつ。

 君の妹は、どうした?」

 

 あの柱合会議にて、掟破りの“鬼”を連れた剣士・竈門炭治郎の処断が話し合われた。

 ──鬼にされた妹のために刀を取り、すべての悲しみの連鎖を断ち切ると豪語した、少年。

 並の隊士であれば物怖(ものお)じするほどの剣豪剣客(けんごうけんかく)たちが居並ぶ中、一心に、鬼の妹を守り抜こうとした彼の勇ましさ(たくま)しさは、今も煉獄の目に新しい。

 そんな竈門(かまど)兄妹(きょうだい)(かくま)い、「腹を切る」覚悟までをも示した育手・鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)の手紙と、水柱・冨岡義勇(とみおかぎゆう)の連名。

 そして。

 稀血(まれち)である風柱・不死川(しなずがわ)の度重なる挑発にも屈さず、『人を食べぬ』ことを見事証明してみせた“鬼”の少女──竈門(かまど)禰豆子(ねずこ)

 

 

 だが、今の炭治郎には、鬼の妹を陽光から守るための背負い箱は、──失われている。

 

 

 煉獄は()せない。

 柱合会議において、拘束された状態でありながら、風柱に頭突きを一撃入れるほど、妹を懸命に守ろうとした少年の在り方が、完全に損なわれているという事実。

 羽織も日輪刀も、背格好や髪や瞳、額の痣や表情にいたるまですべてが、竈門炭治郎そのものであるというのに、そこだけが、その一点のみが、彼の背中にあったはずの戦うべき理由──守るべき存在が、完全に完璧に抜け落ちていた。

 自称竈門炭治郎は答える。

 

 

「“それ”も、今探してる最中(さいちゅう)です!」

「……」

 

 

 煉獄の額に青筋が(はし)った。もはや、確定でしかなかった。

 煉獄は、憤怒の感情によって煮えたぎる臓腑(ぞうふ)を鎮めつつ、氷塊のごとく冷淡に、告げる。

 

 

 

「……自称竈門少年、これが最後の問いだ。

 絶対に──、確実に──、答えてもらう」

 

 

 

 

 煉獄は(あか)い日輪刀を突きつけ、最後の質問……もとい確認の合言葉を、要求する。

 

 

 

 

「────『鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)(たお)せ』と、言ってみろ」

 

 

 

 モモンガたちと出会った初日に行ったのと、まったく同じ質問。もとい、訊問(じんもん)

「言ってみろッ!」と語気を荒げざるを得ない煉獄。

 彼が竈門炭治郎であれば、鬼殺隊の一員であるならば、答えられぬ道理など、ない。

 太陽の落ちる方角──西日を背にした炭治郎は、晴れ渡る陽光のように微笑みの相を増す。

 

 

 

「あっはははは。──いやだなぁ、煉獄さん。──そんなこと──」

 

 

 

 瞬間、炭治郎の口元が三日月のごとく(ほそ)まり、耳まで裂けそうな化物の嘲笑(ちょうしょう)に置き換わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“言えるわけねえだろうが、ば~か”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自称炭治郎の右目が(むご)たらしい肉腫に覆われた。

 鬼舞辻の“鬼”は、牙を剥き出しにして煉獄を(わら)う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ヘルヘイム、氷河城。

 白亜(はくあ)万年氷河(まんねんひょうが)によって建立(こんりゅう)された冥府の白城(しろじろ)……その内部……“災厄姫の間”。

 

 

素晴らしい働きだ(・・・・・・・・)炭治郎(・・・)

 

 

 この城の最上層にして最高階に位置する玉座の上に泰然と座しながら、男は優雅に頬杖をついてほくそ笑む。

 白と黒に染まる上質なスーツ。耽美を極めた顔立ち。黒曜石のごとく艶めく髪。人間的感性からかけ離れた、細く鋭い“鬼”の虹彩。

 

 

「この異様なる世界に渡り来てより、はや幾月。

 ()()も十分に集めた。そろそろ頃合いと言ったところであろう」

 

 

 男は足置(あしおき)の代わりにしている氷河城の本来の(あるじ)──北欧神話における冥府(ヘルヘイム)の女主人──悪戯の神(ロキ)(むすめ)、フェンリル狼とヨルムンガンド蛇の妹──“ヘル”の背中を踏み蹴りながら、己の細胞より生み出した……死の間際、己の全細胞を埋め込み同化し、一時は支配下においた少年の細胞をもとに作りだした、己の最高傑作にして最上位の鬼・炭治郎に対し、命じる。

 

 

「もはや耳にするのも不快の極み。

 手始めに、この世界にあるとかいう、鬼殺隊(キサツタイ)なる組織を、──“抹殺せよ”」

 

 

 無限城の戦いを経て、鬼殺隊総員による決死戦の果てに、暁光(ぎょうこう)の下で(めっ)されたはずの存在……すべての“鬼”の始祖が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 世 界 の 敵( ワールド・エネミー) ── 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意※
ヘルヘイム氷河城の描写は原作でもほとんど出てきておりません。
そのため、オリジナル要素を大いに含みますので、あしからず。


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第拾話   商業ギルドの受難、モモンガたちの災難

※注意※
 商業ギルド“ノー・オータム”は、オリジナル要素・設定を大いに含みます。


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 ミズガルズ〈奥地〉、シュヴェルトライテ公女領。

 商業ギルド:ノー・オータム、その本拠地──“シュヴェルトライテ城”。

 

「……あ~」

 

 古色蒼然とした城内から溢れる、気の抜けた女性の声。

 

「あ~あ~」

 

 苛立ちにこめかみを抑える声の主を前に、招集を受けたギルド構成員たちは、謹直な直立姿勢を保つしかない。

 普段は温厚かつ人格者として振る舞う商人の(かがみ)のようなプレイヤーであるが、その逆鱗に触れたものには容赦ない鉄拳の報復が待っていた。

 何より、噂によると彼女はリアルにおいてメガコーポレーションと太いパイプを持つとされ、彼女の決して低くはない沸点を超えたバカは、全員何かしらの形で社会的地位を追われているとか、いないとか。

 

 彼女たちのギルドが拠点とするシュヴェルトライテ城。

 

 ミズガルズ奥地の丘陵地帯に(たたず)む城は、かつて戦乙女(ワルキューレ)であった一人──大型アップデート“ヴァルキュリアの失墜”イベント時に、この人間の世界(ミズガルズ)へ墜ちた、天上の乙女の名を冠されるにふさわしい外観を誇る。「剣」を思わせるほど高く細く伸びた尖塔群は優美を極め、白亜の外壁も天上の石工(いしく)が仕上げたごとく美しかった。ところどころにあしらわれた乙戦女のレリーフも流麗そのもの。まさに「剣の乙女(シュヴェルトライテ)」の名にふさわしき威容である。

 この公女領内、城下をすべて見渡せる都市の中枢──そこを、ユグドラシルの四大商業ギルドに名を連ねる組織は占拠、というと語弊(ごへい)があるため、公女陛下と共同統治下においている。

 城の城主である元戦乙女の公女・シュヴェルトライテとの友誼(ゆうぎ)を結び、相応の金銭や食材や素材をやりとりしつつ、この都市……否、ミズガルズをはじめ、九つの世界すべてに商業網を()く商業ギルド──小型から超大型まで幅広い規模と分野の複合商業施設を展開、然るべき人材投入・傭兵NPCなどを警備システムとして有用に使い、プレイヤーたちが住まうゲーム内の都市の造営をすることを、ギルド:ノー・オータムはやってのけてきた。

 一金貨で賄われる安物食品から億クラスの超高級食材、誰でも泊まれる格安宿からギルド拠点用高級建築オーダーメイドに至るまで、かの組織の息がかかって久しい。「運営が用意するのよりも、数段マシな商品を」というキャッチコピーを掲げ、かの商業ギルドはDMMO-RPGユグドラシル内において、相応の地位を占めるにいたっている。

 

「っ、あ~、も~、まったく~、なにがどうなって、こうなってるわけ~?」

 

 貴族が住まうにふさわしい風光明媚(ふうこうめいび)な古城であるのだが、その部屋の中──ギルド長室の事務デスク周りは、ひどく散らかっていた。まるでニ十世紀初頭の古き良きオフィスビル内といった風情すら感じられるが、誓ってここは剣の城の内部である。清掃を担当する拠点NPCがいるにもかかわらず、この惨状を呈しているのは、ひとえに部屋の主の意向──(いわ)く「片付きすぎてると逆に集中できない」という事情で、このギルド長室は散らかるままに任せているのだ。

 デスクに行儀悪く組んだハイヒールの足を乗せて、報告書類を隅々まで目を通した女性が、大きく盛大に舌打ちした。 

 

「ッ、『第九開拓都市、壊滅』とかさぁ。

 いったい、なにを、どうトチったら、そういうことになるのよ!? 事後処理するこっちの身にもなれってんだ!!」

「申し訳ございません、お嬢」

「ああ?」

「いえ、失礼しました、ボス。此度の一件で、かなりの損失を(こうむ)らせてしまい」

 

 お嬢、あるいはボスと呼ばれる女性プレイヤーは、これまた中世ヨーロッパの雰囲気が一切感じられぬ装いであった。

 切れ上がった眼に縁どられる、オパールのごとき色彩の瞳。東洋系の整った顔立ちにかかるのは、ビン底を思わせる大きなメガネ。腰の下まで伸びるパウダーピンクの髪は艶やかで、上質な絹糸の束を想起させてならない。起伏に富んだ女体美を覆うのは、太腿(ふともも)のスリットが実にけしからん、(しろがね)のロングチャイナドレス。DMMO-RPGではよくある女性プレイヤーの外装(グラフィック)であるが、彼女こそが、ユグドラシル創始期より営々とプレイヤーたちを“金”で支えた商業ギルド、その二代目総支配人を就任した商人プレイヤー──通称ボス── 一部からは“お嬢”と呼ばれる──ノー・オータムのギルド長である。

 

「ったく、大損だぞ大損。あ~、あそこを運営するのに、私らがどんだけの額をつっこんだと思ってんのよ~!」

 

 物怖じすることなく折り目正しい態度で謝罪する幹部メンバー、第九都市随一の酒場を経営していた都市顔役の木こり(ランバージャック)は、都市での酒場の大将と言った衣装から一転、このギルドの共通ユニフォーム扱いされている黒スーツ……魔法によって彼の背格好でもサイズぴったりなそれに、極太の総身を包んでいた。

 大樹を思わせるごつい見た目に反して、柔和で誠実で物腰の柔らかい紳士然とした──あるいは任侠映画のごとき鋼のような口調で謝罪を重ねる。

 

「申し訳ございません、お嬢」

「てめえ……はぁ──まぁ、過ぎたことをグチってもしゃあない」

 

 溜息を吐く感情(エモーション)アイコンが浮かぶ。いらだたしげにゲームキャラの髪を掻きあげつつ、事の発端から終局までを見てきた大男──第九都市に派遣していたギルド幹部の一人から問いただす。

 

「で。アンタらはそのモンスターの群れに、成す術もなくしてやられたってわけね?」

「はい、お嬢、いえ、ボス。まったく突然のことで、初動が遅れてしまい」

原因(いいわけ)はいらん。それよりも欲しいのは対応策よ」

 

 お嬢は天女(てんにょ)羽衣(はごろも)を思わせる袖付きの白い長手袋の指で、慣れたようにコンソールを操作する。

 

「このまま事を静観していたら、うちのギルドの名に──看板に傷がつく。早急に手をまわすぞ」

 

 デスクにあるアンティークじみた黒電話を肩に引っ掛け、関係各所へ指示を飛ばす。

 

「情報部、各開拓都市や同盟領地、全支部所設置ポイント、協力協定を結んでいるギルド:ワールド・サーチャーズに連絡! モンスターへの警戒レベルを最大(マックス)に引き上げさせろ! 周辺警戒も徹底するように! 理由ぅ?『ギルド長の命令』! いい?! とくに、血まみれな肉の(かたまり)じみたやつと、今送った合成写真(モンタージュ)にのってる少年は超・超・超警戒! 以上!」

 

 受話器を乱暴に置いた。

 その後、ギルド長室のシャンデリアの下に、現在までに明らかになっているミズガルズの地図を全投影。まるでプラネタリウムのような光点と光線の顕現に、室内にいる数人が感嘆の息をつくが、お嬢は頬杖をついて地図を(にら)むのみ。

 

 はじまりの街である樹界都市・アスクエムブラが下方にあり、そこから円を描くようにして、ゲーム初期に第一から第六までの開拓都市は築かれた。

 後年、ミズガルズ〈奥地〉に発見、あるいはイベントで発生した「王の領地」や「隠れ里」が点在し、さらにそこから樹海の〈最奥〉──世界の中心に(そび)えている大樹へと向けて、第七から第十二までの開拓都市が造営された。

 しかしながら、長いユグドラシルの歴史の中で、イベントやレイドボス、さらには無限湧きするモンスターの巣窟に行きあい、このミズガルズだけでも三つの都市──第五開拓都市と第八開拓都市、そしてフローズニル王領が壊滅、一時破棄され、その後なんとか奪還して再建にこぎつけた過去がある。

 

 今回の事件でミズガルズの歴史上四つ目の都市を失ったというわけであるが、お嬢は釈然としない情報を率直に言葉に変えた。

 

「その、謎のモンスター……カテゴリ表記が“文字化け(バグ)”ってた肉塊を引き連れた……少年剣士? そいつ、“他にもやばい連中を連れてた”って?」

「ええ、お嬢。その通りです。しかもあの時、どういうわけだか〈記録(レコード)〉のマジックアイテム──記録用のカメラが使えなかったことも解せません。証拠としては不十分極まりないところですが、私を含む第九にいた全員が証言できます。それに、不可解なことがもうひとつ」

「なに?」

「実は、肉塊の群れの中に、先日何者かの襲撃を受けたというギルド連中、うちと大口の取引があった団体、その構成員(メンバー)らしき姿を確認しました」

「おいおいおい。つーことは、なにか? まさか、一連の事件がぜんぶ繋がってるとか言わないでしょうね?」

 

 彼女はそう言ったが、大男は該当するプレイヤーをファイリングした名簿を取り出してよこした。

 コンソールを通じて受け取ったそれは、確かにここ数ヶ月で謎の襲撃を受けて壊滅したという報せを受けたギルド、その構成員たちである。

 彼らが視認できただけで50人程度……商業ギルドである彼等だからこそ、それだけの顔見知りを、化け物の群れの中から特定できたわけだ。

 幼いころからお嬢の身辺に侍る目の前の人物が、虚偽の情報を伝える理由がない。しかし、お嬢は眉を(ひそ)めざるを得なかった。

 

「……プレイヤーがB級ホラー映画よろしく、蘇生に失敗して、ゾンビにでもなったってか?」

 

「わかりかねます、お嬢」と即応する大男。

 

「──それが事実だとしてもさ、いったいどういう理屈よ?

 その少年剣士とやら。プレイヤーを、いや、プレイヤーの残骸を、肉人形にして隷属(れいぞく)させてるってか?」

 

 だが、プレイヤーのアバターを強奪したという可能性は、まずもってありえない。プレイヤーのアバター情報はプレイヤー個人の所有するところにある。ゲームの仕様で操ったり操られたり……精神系魔法による幻術や死霊系魔法による死体使役はあっても、魔法やスキルの効果が永続するなど、普通に考えればありえない。戦闘が終われば自動的に効果は消滅するだけ。アバター強奪などという事態が許されるなれば、運営へのクレームが殺到するだろう。しかし現在まで、そのような報告例はない。そもそも、襲撃を受けた連中というのも、なんだかんだで蘇生復活自体はできているのだ。ちょうど、第九都市でやられたノー・オータムの構成員ら──目の前の木こり男がそうであるように。

 お嬢が疑わしげに書類をめくると、第九開拓都市で、壊滅の現場に居合わせたプレイヤーたちの証言が羅列(られつ)されている。その証言も十人分を読み込む頃には頭痛が増すように感じられる。

 頭が痛いことこの上ないというように、最上位白竜(グレーテスト・ホワイト・ドラゴン)の革がはられたデスクチェアに身体を沈めていくお嬢。

 

「……リアルでもくそ忙しい時に、こんな大問題(ビッグトラブル)まで処理しなきゃなんて、マジやってられんわ」

「ゲーム内であろうと姿勢を悪くすると体に(さわ)りますボス、いえ、お嬢」

「てめえ、もうわざとだろ、それ。……まぁいい。拠点大型内装用データと拠点NPC動作パッケージ、外装(グラフィック)イラスト納入の件は後回し。──発注元の友樹(ゆうき)さんと逢坂(おうさか)さん、あと仕入先のリヒャルトさんとカワウソさんにも、連絡か……」

 

 予定変更と姿勢矯正を余儀なくされ、大いに機嫌を損ねるお嬢。

 事情説明だけでもいろいろと難儀しそうな案件を、幹部らと共に鬼のようなスピードで片付けた、直後であった。

 新たな一報を告げる黒電話が、けたたましくコールベルを打ち鳴らした。

 

「ううううるっさい! なに? いま忙し、──はあぁ!? だ、第十一に、“襲撃”?! ガチで言ってんの、それ!!」

 

 椅子から転げかけながら立ち上がるお嬢。

 届けられた一報に対し、幹部たちの声でざわつく室内。

 お嬢はそれには構わず、「とにかく徹底的に抗戦し、情報を可能な限り集めろ!」と簡潔に明確に指示を出し終えて、受話器を置いた。

 お嬢は拳を痛いほど握り込む。

 

「……うちの傭兵警備システムが、ぬかれてる? 嘘でしょ? ここ数年完璧に機能してたっしょ? 先代の頃から試行錯誤かさねて、あのクソ駄目ヘイト管理を調整できるように、やっとの思いで構築したのに?」

 

 大量の傭兵NPCを利用することが大前提の警備システムを生み出したことで、敵性プレイヤーの集団やモンスターの無限湧きの類も、ほぼ100%検知できるようになった。

 都市攻防において重要な初動──敵の襲撃をいち早く感知・迎撃する手段を、先代や仲間たちと共に築き上げた。

 いったい全体、何が起こっているのか理解しかねるノー・オータムの長、であったが。

 

「いかがしますか、お嬢?」

「あ~クソがああああ、マジでウゼエえええええ!」

 

 必要なことは「対応」ひとつきりである。

 お嬢はヒールの踵を大理石の床が割れんばかりに打ちつけた。チャイナドレスの裾を(ひるがえ)し、アイテムボックスから外出用の神器級(ゴッズ)アイテムを掴みだす。真紅の血に濡れたような外布(マント)竜殺しの隠れ蓑(タルンカッペ)”を、マフラーのごとく首元に巻き付ける。

 

「第十一にカチコミ行くぞぉ! この落とし前、課金拳で絶対につけてやるっ!! てめえらぁ、さっさと戦闘準備ッ!!!」

 

 ビン底メガネの奥にある瞳が、憤激の色に染まったようにみえた。

 即座に承知の声を奏でる木こり(ランバージャック)をはじめ、幹部たちが戦闘と転移門の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「おい、煉獄さんは大丈夫なの、弟?」

「わかんねえ、なんだ、あのモンスター? なんでカテゴリ欄がバグってんの?」

「……いったい、下ではなにが?」

 

 煉獄に逃げろと言われたモモンガたちは、もちろん逃げてなどいなかった。

 プレイヤーたちがバリケードを築く大市場(おおいちば)、そこを十分に見渡せる五階建て相当の建物──その屋上の影に身を隠しつつ、慎重に、事件を遠巻きに見ながら、都市の様子をつぶさに観察する。

 

「つかモモンガさん。危ないから魔法を飛ばすのは控えてくださいよ。今ミズガルズのプレイヤー、この都市の住人に見つかったら、ガチでやばいっすから」

「いやすいません、つい」

「いんや、ナイス判断だったよ、モモンガさん。あのままだと、さすがの煉獄さんも危なかった。弟の狙撃だと、こっちの位置がモロバレするところだったし」

「お、俺だって、数キロ離れたところからやれば、位置バレなんてしねぇし!」

「はいはい言ってろ言ってろ」

「二人とも、静かにっ」

 

 三人は異形種(いつも)の姿に戻っていた。タブラ謹製の人間種に化ける装備品──世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)を装備したままでは、従来のLv.100の力を発揮できない。攻撃も防御も、かなりお粗末な事態になるため、異形種のもとの姿に戻らねばならなかった。そのおかげで、第九位階の〈心臓掌握(グラスプハート)〉で肉人形と化したプレイヤーの動きを止められたわけであり、こうして、こそこそと声をひそめ隠れながら、事態の推移を見守る羽目になった。やはり煉獄の言う通り、都市の外を目指して逃げるべきだったと後悔しても、もはやあとの祭りである。

 

「いざとなったらモモンガさんの〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で、人間(プレイヤー)に「自分たちは味方」とか言って誤認させることもできますが、さすがにあれだけの大人数には」

「──使いようが、ないですしね」

 

〈記憶操作〉の魔法は、このユグドラシルにおける精神系魔法のひとつだ。

 その効果はずばり、ユグドラシルプレイヤーの記憶を操作する……ことまではできないが、相手対象(一人~四人)が認識している魔法使用者(じぶん)の存在を都合のいいものに書き換える──ようするに視覚データを換えることができる。たとえば、異形種の見た目を、ただの人間種のそれにすり替えたり。実に、人間種に化ける効果を持つ世渡りの仮面(マスク・オブ・ゴーイングスルー)と、効果効能はほぼ同じと言えた。タブラの詳細な説明だと実態は少し違うらしいが。あのアイテムは、魔法を使えない職種のプレイヤーでも、敵の認識を書き換えることができるという点で優れていた。〈不可知化(アンノウアブル)〉の魔法とは違い、回避手段が極めて限定される──精神系対策をしていても、ある程度の効果を期待できる、精神系攻撃完全無効の種族や装備以外には、防御不能な魔法なのだ。

 ちなみに、〈完全記憶操作(パーフェクト・コントロール・アムネジア)〉という上位魔法になると、「敵対関係を一転“味方”にし、自陣営として操作できる」──プレイヤー本人も気づかぬまま、敵の意のままに操られてしまう。さらに、「十人以上の大人数の認識を書き換える」だけでなく、相手の「レベル数値をダウン」させることも、〈完全記憶操作〉は可能。

 無論、精神系対策を取ったプレイヤー相手だと抵抗され、大幅なレベルダウンは見込めないが、対策ができてないモンスター──Lv.90以上だと大抵は対策されるが──だと、最大で1/2、つまり50%ダウンまでできるのだ。それほどの効能ゆえ、この魔法は精神系魔法を極めた魔法職でなければ取得要件を満たせないため、死霊系魔法に特化したモモンガは取得できていない。

 それでも、相手の認識を書き換え狂わせるというだけでも、この魔法はなかなかに便利な代物だと言えた。

 

「かといって、また仮面をつけても、いま都市を抜けるのは」

「難しいよね。……どこもかしこも大騒ぎだ。ミズガルズの〈最奥〉、世界樹の深奥に迫るための橋頭保(きょうとうほ)、人間種たちの砦たる──あの第十一開拓都市が」

 

 都市が、ありえざる速度と深度で“襲撃”され、西門の区画エリア一帯が、主戦場と化している。

 さらに、戦域は拡大の一途をたどっていた。

 空を飛ぶ魔法詠唱者(マジックキャスター)や、竜や魔獣や巨大蟲や機械兵器に(またが)騎乗兵(ライダー)たちも、都市を蹂躙する肉塊のモンスター──血走った眼や牙を剥く口つきの触手による攻撃に、もはや「てんやわんや」といったありさま。商業ギルドの構成員らの徹底抗戦や情報収集が各所で行われているが、このような事態は想定の範囲外で、実に混沌としている。この都市に物資を運搬してきただけの商人にまで「戦闘に参加しろ!」と呼びかけられている状態だ。……このような乱戦下で、実戦闘力を喪失する仮面(アイテム)を身に帯びたまま、都市のプレイヤーに遭遇し、共に戦えなどと言われたら、とてもではないが「やってられない」状況に(おちい)ると、容易に判断がつく。

 それになにより、

 

「このまま、煉獄さんを見捨てていくというのは、ちょっと気がひけますからね」

 

 モモンガの主張にペロロンチーノもぶくぶく茶釜も同意の首肯を落とす。

 三人の見つめる先で、炎を思わせる剣士が、緑と黒の羽織を纏う不気味な少年に斬り込んだ。

 

 

 

 

 




※注意※
〈記憶操作〉の魔法の記述については、D&Dを参考にしております。エンリに使った際も、ガチで記憶を操作できる魔法のように扱っていましたし。
 なお、その上位魔法である〈完全記憶操作〉については、原作のオバロには登場しておりません(効果はD&D参考です)ので、あしからず。


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第拾壱話  煉獄杏寿郎、“鬼”どもと戦う

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 右目に肉腫を膨らませ、鬼の牙を剥き出しにし、煉獄の訊問を(わら)う炭治郎。

 彼にあるまじき蔑意(べつい)嘲弄(ちょうろう)を面に浮かべ、ゲラゲラゲタゲタと嗤笑(ししょう)する姿に、煉獄杏寿郎は、堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れた。

 

「やはり! おまえは! “鬼舞辻(きぶつじ)の鬼”だ!!」

 

 炎柱は白い羽織を(ひるがえ)した。一気呵成(いっきかせい)鯉口(こいくち)を切る。

 鬼との戦いにおいて、仲間が鬼の手に落ちて操られることも珍しくはない。鬼の異能“血鬼術(けっきじゅつ)”によって、精巧に擬態(ぎたい)したり、偽装(ぎそう)(まと)ったりする鬼もいる。この程度の事態で(おく)するものでは、鬼殺隊の柱たりえない。鬼舞辻の鬼でありながら“日光下で活動している”ことは大きな疑問であったが、もはや四の五の言っていられる状況にあらず。

 抜刀は、一刹那。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

 

 竈門炭治郎を称する鬼の(くび)に、炎の一閃が注がれる間際(まぎわ)

 

「む!?」

 

 処女雪のごとく透明で清廉(せいれん)な「盾」に(はば)まれた。

 煉獄の超速度を見切り、少年を護るべく現れたのは、怜悧(れいり)な眼鏡をかけた、褐色肌の烈女。

 凛とした(かんばせ)。白銀の分厚い鎧甲。青藍に透ける外布(マント)に、秀麗な足甲(ブーツ)。顔下半分を覆う重厚な面覆い(マスク)髑髏(どくろ)意匠(いしょう)を施され、地獄の亡者(もうじゃ)と現世の美女が混淆(こんこう)したような異彩を放つ。水色の(きら)めきが揺れる銀髪を一本の三つ編みに()い、右手には勇壮かつ機械的な騎士槍(ランス)を、左手には巨大かつ近代的な、強化ガラスを思わせる(シールド)を軽々と(にな)う。鎧の節々から覗く褐色の肌は筋繊維の厚い束で覆われており、神々の(うから)とも評すべき耽美と精美に(つや)めいていた。純黒のインナータイツに覆われた腹筋と太腿も、神話の彫刻家の手によるものかと錯覚するほどの緻密(ちみつ)さで彫り込まれている。

 追撃を避け、仲間たちの陣まで後退する煉獄。

 炭治郎は柔らかい笑みと共に、女の右手すぐそばまで歩み寄る。

 

 

 

「紹介します、煉獄さん。俺の、新しい仲間です」

 

 

 

 十間(じゅっけん)ほどの距離の先で炭治郎は告げる。

 彼の言動が真実であると告げるように、銀髪褐色の女騎士は、炭治郎の障害となりうるすべてを排除せんばかりに槍と盾を煉獄へ向けて構えた。  

 煉獄は直感する。

 この女性、只者(ただもの)にあらずと。

 彼の勘を肯定するように、煉獄の仲間たちが呟きを漏らした。

 

「あ、あれって?」

「え、え、なんで?」

「モ……、モーズグズ?」

 

 カラスたちが当惑するのも無理はない。

 彼女はここ数ヶ月、消滅の噂が流布(るふ)されていた存在……冥界にかかる橋の女番人……だが、彼女はミズガルズにいるはずのないボスモンスターであり、加えて(いささ)か以上に、その外装には変化が生じていると見て取れた。

 

 首元に見える生々(なまなま)しい切断痕(せつだんこん)

 心臓を思わせる(しゅ)が鼓動を刻み、青黒い血脈が(ふく)れあがる瑕疵(きず)

 一度は首断たれた後に、何らかの技法呪術で再結合されたがごとき、禍々(まがまが)しい変成。

 

 それ以外は、ユグドラシルプレイヤーが知悉(ちしつ)する北欧神話由来ボスモンスターの威容、そのものであった。

 あの“ヴァルキュリアの失墜”以降に実装された新外装──機械槍と巨大盾を扱う冥府の女騎士としての姿を、見間違えるプレイヤーなどいるはずがない。

 しかし。

 繰り返しになるが、彼女が出現するのはニヴルヘイムとヘルヘイムを繋ぐ“黄金橋”──その番兵として立ちはだかるのが、モーズグズという処女神であったはず。

 間違っても人間の世界に、どんなイベントであろうともミズガルズの新緑の大地に姿を現すはずのないものが、彼等プレイヤーたちの目の前に現れている。

 ユグドラシルの歴史上にも(まれ)に見ない珍事であった。

 さらに、当惑を覚えるべきボスキャラは、彼女(モーズグズ)だけではなかった。

 

「う、嘘でしょ?」

「あれって、まさか」

「いいや、間違いない」

 

 炭治郎なる少年剣士、および、モーズグズと肩を並べるように現れたのは、やはり、ユグドラシルの神クラスモンスターたち。

 その委細(いさい)を知っていたプレイヤー、クラン:キサツタイの構成員(メンバー)たちが口を開く。

 炭治郎の右側に現れた、血まみれの人物を見る。

 

「グ、グレンデル・マザー?」

「フローズガール王領、雄鹿(ヘオロット)館近くの、“赤血(せっけつ)の沼”の裏ボスが、なんで都市(ここ)に?」

 

 殺された息子(グレンデル)の片腕を抱きながら泣き濡れる、喪服姿の赤髪の女性。

 奪われた子の片腕を取り返すべく王の館を襲い、北欧の英雄・ベイオウルフへの復讐に果てた、傷だらけの母。

 ついで、モーズグズの左側に現れた人物を全員が見る。

 

「あいつヴァフスルーズニルじゃん!『オーディンと並び称される智者』!」

「んな、ばかな。死者として、ヘルヘイムの氷河城にいるはずだろ? このミズガルズにいるわけない!」

 

 北欧神話の主神との知恵比べに敗れ命を落とした、純白のローブを(まと)う大賢者。

 黒髪の男は叡者(えいじゃ)を思わせる顔立ちに静かな笑みと細めた目を浮かべ、まるで副官のごとく炭治郎たちの(そば)(たたず)んだ。

 さらなる人影が炭治郎の背後に現れ、全員が息をのむ。

 

「う、──うそ」

「あ……ありえな」

「まさか──まさか?」

「フ……、フレイヤ──?」

 

 このユグドラシルにおいて絶対的な美貌を有するヴァン神族の女神──生と死、愛と戦、豊穣と魔術を(つかさど)りし、絶世の美女。

 (たお)やかな笑みをくすくす浮かべる金髪金眼の美女は、性愛を刺激してやまぬ豊満な肢体を少年にすりよせ、細く長い手指を炭治郎の首に背後から絡みつかせた。透けるような薄衣はR-15ぎりぎりをせめたような美麗なドレスで、まさに女神の羽衣というべき(おもむき)。フレイヤからまるで口づけを催促(さいそく)するがごとき熱愛と寵愛(ちょうあい)抱擁(ほうよう)を受けとりつつ、炭治郎はまったく平然と微笑み屹立(きつりつ)したままだ。そのキャラ造形の美麗さとイベント登場回数の豊富さから、男女の垣根を超えた全ユグドラシルプレイヤーの憧れの存在たる北欧の女神に対し、あれだけ密着されるというのは垂涎(すいぜん)を禁じ得ない。だというのに、少年は何の感情も刺激されていないというのは、もはや異様としか言いようがなかった。

 ──さらに、光景の異様さは加速する。

 

「え、な、な、なに?」

「地震? 地殻変動の魔法?」

「ねえ、あれ! あれ見て!」

「いや、あれって……、……?」

「そんな、なんで、こんなところに?!」

 

 煉獄やプレイヤーたちの背後の方角──地鳴りと共に都市の西側に現れたのは、小山のようにも見える影。

 その正体についても、知らぬプレイヤーは皆無であった。

 腐蝕毒の瘴気と大呪詛の竜鱗を身に(よろ)う、北欧の巨竜・ファフニール。

 さらに、アース神族の城砦を築きながらも謀殺された、巨人の石工・フリームスルサルと、彼の相棒にして愛馬、すべての八足馬(スレイプニル)の父たる巨大馬・スヴァジルファリ。

 いずれもユグドラシル内において、大量のプレイヤーによって仕留められることが前提となるレイドボス……超級の体躯と、強靭なステータス、さらには超弩級の体力ゲージを持つことで有名なイベントモンスターに他ならない。

 どうやら超大型の彼らは、都市外縁……森と街を隔てる高さ20メートル程度の隔壁に取りつき、完膚なきまでに破壊の限りを尽くす算段のようだ。

 由々(ゆゆ)しき事態の連続に、煉獄は(ほぞ)()んだ。

 

「っ、これだけ鬼舞辻の鬼が近づきつつあったというのに、まったく気づくこともできなかったとは!」

 

 穴があったらとも言っていられない──まったく慙愧(ざんき)にたえぬと、己を叱咤(しった)する炎柱。

 煉獄の気が(ゆる)んでいた──たるんでいたことの証であろうか?

 断じて(いな)であった。

 

「いやぁ、すごいですよね、魔法の力。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉と〈全体記憶操作(マス・コントロール・アムネジア)〉とかいう魔法らしいですけど、なかなか便利なものですよ~」

 

 情報系魔法と精神系魔法の(かさ)(わざ)をはじめ、他にも様々な魔法の恩恵を、ここにいるヴァフスルーズニルが使ってくれたのだと得意げに語る炭治郎。

 褒められた形になる白服の男は、まるで主人に仕える従者のごとく、少年へと(うやうや)しい一礼を返してみせた。

 混沌を深める状況のなか、キサツタイの皆が煉獄に問いかける。

 

「れ、煉獄さん。鬼舞辻の、その……“鬼”って」

「ユグドラシルの鬼と、どう違うんでしたっけ?」

 

 日本刀を抜いたカラスと、背負っていた大鎌を構えるオオルリが、率直(そっちょく)()いた。

 煉獄が常日頃から危険を知らせていた存在であることは周知の事実。が、まさかこのユグドラシルに実在するとは思ってもみなかったという表情だ。プレイヤーの感情(エモーション)アイコンとやらはわからぬ煉獄だが、彼の目には、仲間たちの不安げな様子が痛いほど理解できる。

 煉獄は改めて教えた。

 

「鬼舞辻の鬼は、君らの知る鬼──モンスターとは根本的に違うものだ」

 

 煉獄はこの世界(ユグドラシル)で学んでいた。

 ユグドラシルの鬼──種族としてのモンスターと、鬼舞辻の鬼は、似て非なるものだと。

 

「この世界の鬼──ニヴルヘイムやヘルヘイムを主な(ねぐら)とする異形種(モンスター)只人(ただびと)と同じように住まう者たちは、比較的話が通じる者も多い。が、鬼舞辻が生み出した──奴の血を注がれた人間がなり果てた“鬼”は、会話や交渉というものが成り立たないこと(おびただしい)しい。奴らは兎角(とかく)人肉を食うことを嗜好する──というよりも、人を喰わねば生きていけない者どもで、限りなく危険だ」

 

 そう口で説明する煉獄だが、果たしてプレイヤーたる者たちに、どれほど恐怖の意識を共有することができるものか。

 そもそも煉獄がいた日本(ひのもと)においても、鬼の存在は隠され、鬼殺隊の存在も(おおやけ)になっていなかった事実。

 人を喰う鬼が実在するという話を公表しようものなら、その恐慌と狂乱は、間違いなく人心を乱し、国家に大きな災いの影を落とすだろう。

 だからこそ、人食いの鬼は伝説や寝物語の住人となり果て、鬼殺隊も人々の伝聞の内に語り継がれるだけのものとされた。

 煉獄に、キサツタイの一人である女武士、五尺大太刀を抜き払ったシマエナガが問いを投げる。

 

「あの、煉獄さん。竈門少年って、確か、煉獄さんが、後を、託したって」

 

 そうだと頷く煉獄だが、目の前の少年は明らかに違う。違い過ぎる。

 

「あれが竈門少年であるものか」

 

 断言する。

 いかなる経緯をたどろうと、あの少年が鬼になることを許容するとは思えないし、何より、仲間や妹をあのような言い方をするなど、まったくもって考えられなかった。

 鬼になったばかりで正気を失っているというのならば、まだ納得がいく。しかし、煉獄は今、目の前の鬼と会話し、ある程度の意思疎通ができている。その事実がある以上、彼は間違いなく自我を有している。

 そんな状態にありながら、従容(しょうよう)と鬼舞辻の鬼であることを受け入れるものだろうか。彼が炭治郎本人ならば、自我を取り戻した瞬間に、己の状況を許すことなく、その場で自決する道を選ぶだろうと、容易に想像がつく。それが竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)だと煉獄は理解していた。

 柱として鍛え上げた感覚野が告げる真実。

 目の前にいるものは、長年にわたり対峙し退治してきた、宿敵の一体であること。

 炭治郎……否……右目が肉腫で潰れた鬼の左目には、十二鬼月(じゅうにきづき)の証──上弦下弦の文字や数字の刻印は、一切、見受けられない。が、それでも、十二鬼月のそれに近い濃密な気配・鬼舞辻の血の濃さを、(いや)(おう)でも感じさせられる。あるいは、無限列車で戦った上弦の参(あかざ)よりも、この鬼の強さは桁違(けたちが)いに上やもしれない。

 

(しかし、わからん)

 

 あれの正体は間違いなく“鬼”であるが、それが炭治郎の姿を取っている理由は、何か?

 高性能な擬態能力を有しているにしても、何故、竈門炭治郎の姿に化ける必要があるのか?

 それこそ、煉獄の意識を読み取り、その像を形作る血鬼術(けっきじゅつ)という線は、ありえる。初対面のはずなのに煉獄のことを勝手知ったるがごとく、気さくに話しかけてこれたことも、記憶なり思考なりを読む術理を使ったものと推察できる。そんな非常識をやってのけるのが、鬼舞辻の鬼であり血鬼術だ。

 しかし、何故炭治郎である必要があるのか、(はなは)だ理解できない。

 煉獄の躊躇(ちゅうちょ)を誘うつもりであれば、煉獄ともっとも親しいもの──弟の千寿郎(せんじゅろう)、元炎柱たる父・槇寿郎(しんじゅろう)──幼き日に死に別れた母・瑠火(るか)に化ける方が、はるかに意義深いのではあるまいか。たとえ相手が家族の誰かであっても、煉獄は戦う気概を保ち得る……そう断ずることは、正直難しかった。実際、無限列車で敵の術中にはまった過去を、炎柱たる男は想起せざるを得ない。

 情報が不足している。現状において、偽物の炭治郎……鬼の思惑を(つか)みきれない。

 なんとも歯痒(はがゆ)い。思考の迷宮にはまりかけようという瀬戸際であった。

 

(それでも!)

 

 いずれにせよ。煉獄杏寿郎の内に(たぎ)るのは、たったひとつの決断である。

 僅か数瞬の思考を終えた。

 

「鬼舞辻の鬼は、俺がすべて(めっ)する!

 その(むご)たらしい口で、竈門少年の名を(かた)るな!」

 

 裂帛(れっぱく)の呼気と共に、炎熱の息吹(いぶき)が夕暮れの都市に漏れ出す。

 

「炎の呼吸 伍ノ型」

 

 繰り出したのは、鬼の郎党(ろうとう)(ことごと)く焼き包む技。

 

炎虎(えんこ)!」

 

 炎刀から(ほとばし)る斬撃は、虎のごとく巨大な焔となって(うな)りをあげる。 

 盾を構える女騎士──モーズグズの防御系スキル“女巨人の盾”が発動。グレンデル・マザーは傷だらけの顔を怯懦(きょうだ)に濡らしつつ、やはり傷だらけの腕で我が子の腕は固く保持したまま、後退。炭治郎に絡みついていた女神フレイヤも、(とろ)けた微笑みを浮かべたまま虚空へと(のが)れる。

 北欧神話の主神(オーディン)と並ぶ智者──ヴァフスルーズニルが、ひとつの魔法を詠唱。

 

『〈完全記憶操作(パーフェクト・コントロール・アムネジア)〉』

 

 精神系魔法の極み──対策を講じなければ意識を操られ、場合によっては大幅なレベルダウンを余儀なくされる強力な魔法であるが、

 

「──ッ、効かぬわ!」

 

 突進する煉獄は気合のみで、魔法の影響を弾き飛ばす。

『やはり』という風に微笑む男。彼は賢知に富んだ静かな声音──覚者めいた調べを保ったまま魔法の詠唱を続ける。

 

『では、モーズグズ(きょう)

無限障壁(インフィニティウォール)〉〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〉〈炎属性防御(プロテクションエナジー・フレイム))』

 

 モーズグズへと注がれる強化魔法の数々。炎属性への耐性強化を受け、モーズグズは突撃を敢行。

 

「どけぇ!」

『どかない』

 

 叫ぶ煉獄に、長柄武器をもって立ちはだかる女騎士。

 日輪刀と機械槍が激突の火花を散らした。

 たった一合の鍔迫(つばぜ)りあいで、煉獄はモーズグズを真の実力者であると確信する。刃を交わしたまま、煉獄は炎の呼吸を己の肺腑(はいふ)の内に()りあげる。

 

「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり」

 

 巨大な焔の渦を生む斬撃であったが、モーズグズの防御の硬さを突破できない。

 さらに打ち込んだ二撃三撃を阻まれ、四五六撃を打ち込まれ防御に徹する炎柱。

 

(この女騎士殿、相当の手練(てだ)れだ!)

 

 魔法の強化を受けていようと、最上位プレイヤー──ワールドチャンピオン級とも評される煉獄の振るう一撃に追随できるものは、極めて限られている。単純な反射速度の違いだけでも、煉獄の身体能力は超人の域に位置していた。しかし、

 

『あの方の邪魔は、させない』

 

 モーズグズは髑髏(どくろ)の口元から冷厳な声音をこぼしつつ、炎柱の技巧を見事防ぎきる。

 

「くッ!」

「煉獄さん! 援護します!」

 

 進撃を阻害される煉獄に、仲間たちからの支援が届いた。身体強化と防御魔法の重ね掛け。ついで、色とりどりの魔法、遠距離攻撃の矢弾(やたま)釣瓶打(つるべう)ちに炭治郎に迫る。だが、

 

「あは」

 

 炭治郎は腰にある日輪刀──鍔を失った刀に、手を這わせた。

 抜刀は一瞬。

 次の瞬間には、銃弾や魔法の弾幕が引き裂かれ、バリケードを築いていたプレイヤー十人が、宙を舞っていた。

 より正確には、空中に吊り上げられるように、体の中心を貫かれている。

 

「ッ、なに!?」

 

 驚愕した煉獄の瞳に映るのは、炭治郎の黒刀とは似ても似つかぬ、異形の凶器。

 竜の尾の骨を思わせる太い白刃がひとつと、黒鉄の刃で織り編まれた鞭のごとき触手が四つ。

 それが炭治郎の握る刀の柄から飛び出し、まるで遊弋(ゆうよく)する蛇のごとく夕暮の空に波打っている。

 超々高速で行われた殺戮劇に、殺された(とう)のプレイヤーたち本人が当惑していた。

 

「え……え?」

「お、あ?」

「うそ?」

 

 次の瞬間、炭治郎は鍔部分に骨のようなものが生えた刀を横へ振った。

 と同時に、プレイヤー十人の肉体が上下に千切れた。

 たった一撃。

 ただそれだけの攻撃で瞬殺されたプレイヤーたちが雑魚であった──そんなわけがない。

 

「ば、馬鹿な!?」

「冗談きつすぎでしょ!」

「そ、即死対策貫通とか、ありえねぇ?!」

 

 殺されたプレイヤーたちの仲間たちは、愕然となりつつ現実を否定。

 この都市はミズガルズ〈最奥〉への探索を試みるための前線基地……第十一開拓都市で経験を積んだプレイヤーたちは、軒並みLv.100の実力者だ。身に帯びる装備品も、超一級の最高クラス──“神器級(ゴッズ)”には届かないまでも、即死対策や時間対策などの必須要件を組み込んだ一級品ばかり。それがまるでガラス細工のように砕かれ、見るも無残な(しかばね)をさらさせる。

 

「信仰系! 早く蘇生させろ!」

「ちょ、駄目! 蘇生妨害されてる!」

「戦闘終了まで復活なしか! ヤバい相手だぜ!」

 

 そんな彼等の前で、(むくろ)が“動き始める”。

 

「な、ま、まさか?」

「え、ゾ、ゾンビ化?」

「じゃねえぞ、これッ!」

 

 さきほど煉獄が(ほうむ)ったプレイヤーと同じ末路。

 十人のプレイヤー──その上下に分断されたものたちが、ニ十体(・・・)

 奇怪で耳障(みみざわ)りな唸り声をあげる肉腫の群れ、牙と眼を剥く触腕の異形と化した。

 

「やっべえ、マジかよ!」

「全員、あの少年に殺されるな! 敵勢力に取り込ま、げぁ!」

「班長!」

障害物(バリ)もっと持ってこい! 早、ギャ!」

 

 注意喚起する端から、まるで(なぶ)るように炭治郎の刃がプレイヤーたちの胸を腹を首を頭を貫いていく。

 そして、肉腫と化した者たちが、仲間たちだったものたちへ抱擁(ほうよう)するように(くら)いついていく。

 

「ッッ、貴様ああああああああああああああああああああッ!」

 

 怒りのまま()える煉獄。

 しかし、彼を阻むモーズグズの槍捌(やりさば)きは、煉獄をとらえて放さなかった。

 成す術もなく蹂躙される都市のプレイヤーたち──

 だが。

 

「待って待ってやばいっしょ、これ!」

「うわ、鳥肌たってきたし!」

「とにかくあいつを、あのガキを潰せ! ブチ殺せ! 有象無象に構うな!」

「そんなこと言ってもーっ!」

「うちの主力が来るまでねばれ!」

「フレイヤの挙動にも注意しろ! 何しでかすか分からん!」

「くそが! この街を落とさせてたまるかよ!」

「ここまで進むのに、どれだけかかったと思ってる!」

「上等だぁ、やってやんよ!!」

「いくぞぉっ!!!」

 

 剣士が、騎士が、武士が、騎兵が、弓兵が、僧侶が、修道士が、司祭が、格闘家が、歩兵が、銃兵が、魔法詠唱者が、都市のありとあらゆるプレイヤーが、続々と戦線に加わっていく。

 

 渦巻く喧噪に満ち満ちる戦気、混沌を極める都市の中心で、煉獄とキサツタイは戦い続ける。

 そんな人間たちの奮戦に対し、炭治郎は太陽が西のかなたに沈みゆく空を背に、(わら)い続ける。

 

 ────ユグドラシルに、夜が、訪れようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾弐話  煉獄杏寿郎、プレイヤーたちと奮戦す

アニメ無限列車編が楽しみ!!


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 時を少し(さかのぼ)る。

 

 

 

 ミズガルズ《最奥》の森。

 第十一開拓都市周辺の領域にて。

 

「チッ。()(たい)な場所だなぁ」

「……そうだな」

 

 そこで会話は途切れる。

 日本(ひのもと)の山々とは植生も何もかもが異なる森林。

 迷宮のように入り組み、人の手どころか獣道(けものみち)(たぐい)も見受けられない──棲息(せいそく)するモンスターは“POPする”ものであり、二人が進むのはゲーム内につくられた土地でしかない──そんな深い森の傘の下で、和服に帯刀している剣士が、二人。

 

「バカでけえ大木もありやがる。枝葉が空を覆うほどなんざ、どんなデカさだよ」

「……そうだな」

「俺らがいたところにいた巨人の女たちもデカかったが、まるで比じゃねぇよな」

「……そうだな」

「だというのに、この森の明るさはなんだ? 森の樹自体が発光でもしてんのか」

「……そうだな」

 

 再び会話が途切れる。

 一人は、顔や全身に傷痕を負った、白い短めの羽織を着込む男。

 凶悪な人相とガラの悪い口調が、粗暴(そぼう)な人物であるように印象付けられる。

 もう一人は、黒髪を長く伸ばし、左右で違う柄の羽織を纏う男。

 柔和(にゅうわ)な面立ちと物静かな雰囲気が特徴で、言葉すくなに相槌を打つのみだ。

 二人は呼吸を一糸も乱すことなく、森の中をひたすら歩き進む。

 

「この、妙な世界にあるって(もっぱ)(うわさ)の“鬼殺隊(キサツタイ)”。その、第十一なんとか都市とやらはよお、本当にこの先にあるのかぁ?」

「……そうだな」

「──ッ、前から言ってるが、ちったあヒトと会話したらどうだぁ、冨岡ァ!?」

「……すまない」

 

“風柱”不死川(しなず)実弥(さねみ)叱咤(しった)に対し、“水柱”冨岡義勇(とみおかぎゆう)は、純粋な謝辞(しゃじ)を零す。

 

 ──二人は、この森におおわれた世界と隣接する世界──プレイヤーたちが呼称するところの“ヨトゥンヘイム”から、渡り来た。

 ヨトゥンヘイムは、ユグドラシル世界の北東の端に位置する。原初より変わらぬという意味での「鉄の森」“イアールヴィズ”で、人間の土地であるミズガルズと(へだ)てられた、多くの巨人族たちが住まう極寒の世界である。

 

 主要都市としては、NPCの巨人王ウートガルザ・ロキが統治する“ウートガルズ”、同じくNPCの女巨人メングロズが統べる“ガストロープニル”、さらには、鷲の巨人スィアチが住まう巨人の城館が都市そのものとなった“スリュムヘイム”などがあり、なんらかの巨人種族を選択したプレイヤーたちが、ゲーム内にはじめて降り立つ土地に設定されている。

 

 二人は「一週間前」、鉄の森(イアールヴィズ)に降り立ち、そこでほどなく合流・再会を果たし、かの地に住まう巨人族の魔女(イアールンヴィジュル)たちを巨人族の蛮族から助けた代わりに、この世界(ユグドラシル)の知識を教え(さと)された(のち)、人間の地であるミズガルズを訪れたのだ。二人は女巨人たちに歓待を受け『おまえたちは人間だが、この森に居住してもよい』「うちのギルドに加わりませんか?」とまで言われたが、彼らと同じような強者(つわもの)の噂────数ヶ月前、ミズガルズ〈最奥〉で旗揚げされた“キサツタイ”なる集団(クラン)の情報を頼りに、巨人族の魔女や()(たけ)十尺(じゅっしゃく)*の女プレイヤーたちと別れ、この数日間を共に旅してきている、

 不死川はたまらず冨岡へ悪態をついた。

 

「ったく。辛気臭え顔しやがって。無惨を(たお)した後は、一緒に飯屋にも行っただろうが。その時とは別人みてえに(くれ)えぞ?」

「……ああ、そうだな」

 

 冨岡は、ふと足を止める。

 不死川の言動が(かん)(さわ)ったわけでは当然ない。

 

「正直なところを言うと、いまだに信じられないでいる。俺も、不死川(しなずがわ)も、あの戦いを、無惨との決戦を、炭治郎たちと共に生き延びた。なのに」

「──ああ」

「あの戦いで無惨を(たお)し、鬼殺隊は無事解散され、俺たちも互いの道を進み、人並みに家族に恵まれ、そうして、命を(まっと)うしたはず……なのに」

「──そうだな。信じられねえことが起こってやがるのは、確かだ」

 

 不死川も、冨岡の口が重い理由は、さすがに察しがついていた。

 

 二人の身体は生前のそれとは、微妙に、異なる。

 無限城での戦い、無惨との決戦の果てに、あまりにも重篤な戦傷を、互いに負った。

 不死川は、右手の指二本を上弦の壱との死闘で欠き、冨岡は、無惨の放った一撃によって、剣士の命ともいえる右腕を、失うまでに至った。

 なのに、今の二人の身体は壮健そのもの(・・・・・・)

 不死川の右手指は五本あり(・・・・)、冨岡の右腕も元通り(・・・)──つまり、あの決戦前の状態に戻ったような状態と言える。

 ただの生き返りや生まれ変わりとは違うと、そう判断して当然の状態。……いったい全体、何がどうなって、自分たちはここにいるのか、まったく理解不能な二人であった。

 

「だがな。俺たちのやることは、ひとつも変わらねえだろうがぁ」

「──ああ。そうだ」

 

 嵐のごとく荒れ狂う双眸(そうぼう)を向ける不死川の主張に、冨岡は音もなく頷く。

 

「人々を守り、悪しき鬼を滅殺する」

 

 ()いだ水面(みなも)のように透き通った黒い瞳で前を向く冨岡義勇。

 と同時に、不死川の小腹がきゅるると唸る。たまらず舌を打つ風柱。

 冨岡は己の懐を探ると、そこに忍ばせた食べ物を取り出した。

 

「──食べるか? おはぎ?」

「……ぶっ殺されてえのか?」

 

 などと言いつつ、冨岡が常備していた甘味をひったくるように手に取って頬張る不死川。いかに柱といえど、人間である以上は空腹と無縁ではいられない。巨人族の魔女たちによって〈保存〉の魔法とやらが効いているそれは、時間経過で(いた)むことなく、アルフヘイム産あずきをふんだんに使ったあんこのかぐわしい芳香と味をそこなうこともない。おはぎはわずか数秒で、すべて風柱の胃袋におさまった。

 冨岡は再び懐の無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)に手を伸ばした。

 

「まだあるぞ」

「テメェ、出立の時に、巨人の女どもにどんだけ作らせてやがったんだぁ?」

 

 ちなみに、不死川も弁当箱の中に五十人前分になるおはぎを詰めてもらっていたが、出立(しゅったつ)してから一日で食いつくしてしまっていた。

 握り飯一個ですら、十分な満腹感を与える不思議な調理技術(スキル)とやら──この世界の異様な法則──魔法の力とやらの恩恵にあずかりつつ、二人は歩き続ける。

 その時だった。

 

「──なにッ!」

「……これは?」

 

 尋常(じんじょう)ならざる鬼の気配が、何の前触れもなく二人を襲った。

 それは、二人が目指していた都市の方角から、十里以上の距離をものともせず、鬼殺の柱たる者たちへと存在を主張する。

 濃密で禍々(まがまが)しい、だが、二人には生涯忘れえぬ、人喰い鬼の殺気だ。

 

「急ぐぞ!」

 

 大森林を一挙に一直線に突き進む不死川。

 風柱の疾風(はやて)のごとき果断即行に、水柱は波立つ心を抑えるように、無言のまま速度をあげて追随する。

 ミズガルズ・第十一開拓都市に、鬼の軍勢──竈門炭治郎たちが襲来した、数分前のこと。

 太陽が西のかなたに、没しようとしていた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 宵闇にとざされようとしている第十一開拓都市は、異形なる者たちの襲撃に対し、各所で統制に乱れと伝達の不和を生じつつも、なんとか態勢を立て直しつつあった。

 敵首魁と思しき少年剣士──緑と黒の羽織を着た人間と異形の混交する敵対者への攻撃は、その前に横たわる分厚い肉の壁、少年が隷下においたプレイヤーたちの残骸(ぬけがら)の集合と集積によって、容易に突破することができない。おまけに次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)に類する高度な転移阻害も発動されているらしく、プレイヤーは誰一人として、炭治郎のもとへと速攻と近接戦をしかけられないでいる。

 

「魔法使い部隊! 広範囲を焼き尽くせ! 雑魚を一掃しろ!」

「馬鹿いってんじゃねえ! この都市ごと破壊するつもりか!」

「んなこと言ってられる状況かよ! とにかく敵が多すぎる!」

「遠距離支援! とにかく敵の親玉、あの少年に射線を集中!」

「救護スペース、確保! 効率的に回復させて、前線を維持!」

「まだ負けてねえぞ! “お嬢”の率いる部隊が来るまで粘れ!」

 

 ただ彼らが壊乱する有象無象に堕しなかった理由はいくつかある。

 これまでの襲撃事件によって警戒態勢が(げん)()かれていたこと、都市警邏(けいら)に用いた傭兵NPCの構築システムが事態の早期発見に結びついたこと、都市を運営防衛する商業ギルドの戦闘判断と処理能力が的確であったこと、そして、

 

「炎の呼吸 弐ノ型 (のぼ)炎天(えんてん)!」

 

 最前線で戦う炎柱・煉獄杏寿郎の存在も大きい。

 機械槍を振るう冥界の女騎士、銀髪褐色の女傑モーズグズと鍔迫り合い、すでに百合(ひゃくごう)以上もの剣戟(けんげき)を交わす彼の存在により、都市防衛を担うプレイヤーたちの士気は急上昇していた。

 一部界隈において、ワールドチャンピオン級と賞嘆されるほどの剣士、彼の戦闘の迫力、その怒号の本気ぶりは、否が応でも人々の胸を熱くたぎらせてくれた。

 

「しゃあ! “煉獄さん”に遅れを取るなよ! 野郎ども!」

「うちより人数の少ないクランにばっか、いいところ見せられるかっての!」

「ここは俺たちの街だ! 居候(いそうろう)さんに庭掃除なんて、させられねえからな!」

「いや、にしても……何度見ても、すげえ戦いっぷり……まじで俺らと同じプレイヤーかよ、あれが?」

 

 彼を“なりきり”のプレイヤーと信じて疑わぬ同輩たちが憧憬と慨嘆の息をついた。

 そして、彼を支えるクラン“キサツタイ”の存在も、この局面において重要な役割を務めた。

 魔法の杖めいた輝きをともす太刀を両手に構え、その武器に込められた魔法を煉獄に解放する女サムライ・シマエナガ。彼女の高い声が夕闇の都市に響き、詠唱の調べを口にする。

 

「〈上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉〈上位筋力増大(グレーター・ストレングス)〉〈超常直感(パラノーマル・イントゥイション)〉」

 

 彼女の紡ぐ強化魔法が、煉獄の体躯に注がれ、彼の能力値(ステータス)を上昇させる。

 シマエナガは白い甲冑を身に帯びる女サムライの風体だが、そのレベル構成の大部分は純粋な魔法職のそれである。これはいわゆるガチビルドといわれるものではなく、魔法剣士職のような器用貧乏と言わざるを得ないものであり、彼女いわく「サムライの格好で魔法が使えるの、カッコよくね?」という独自の理念のもと、シマは武士と魔法使いの掛け合わせビルドを構築したプレイヤーであった。そんな彼女の振るう五尺大太刀もまた、彼女の魔法を供与するために錬成された遺産(レガシー)級アイテムである。

 

「ツーク!」

「はいはい」

 

 クランの副代表の掛け声に呼応する最後衛の金髪童女──クラン:キサツタイに属する悪の科学者(マッドサイエンティスト)が、白衣の両裾を前方に(ひるがえ)した。

 

「第一格納庫(ハンガー)、開放」

 

 童女の号令と共に、彼女のアイテムボックス、その大規模増設版といえる“格納庫(ハンガー)”から、大量の傀儡(かいらい)が放出される。無機質な顔立ちに、無機的な白磁の手足。メイド服とおぼしきゴシックな装いの少女ら──自動人形(オートマトン)が、隊列を組んで現出。

 通常、プレイヤーが持ち運べるアイテム容量・重量は制限が設けられているのだが、彼女の希少な職業レベルのひとつ“次元操作師(ディメンジョナラー)”は、そういった制限を大幅に超えた収納量を保持できる。さらに〈転移〉系統の魔法にも長じ、大規模かつ超長距離の人員輸送などにも重宝されるものだ。ただ、この職種の惜しいところは、職業レベル自体にそこまでのステータス増強の恩恵は期待できず、レベルアップに必要な条件獲得も難行を極めるため、プレイヤーではあまり使いこなせるものはいないのが実情といえた。

 最低限の人型と球場関節が目立つ人形たちを操る“人形師(ドールマスター)”は、まったく逡巡(しゅんじゅん)することなく少女人形群を飛空させ、モーズグズへと突貫──文字通り「特攻」させる。

 ツークフォーゲルは臆面もなく、人形たちの運命を決裁した。

 

「コード〈自爆装置(セルフ・イジェクション)〉、〈起動〉!」

 

 そのキーワードによって、人形師(ドールマスター)の操る傀儡たち数十体は、敵である女騎士(モーズグズ)に組み付き、天敵を熱殺する蜂球(ほうきゅう)のごとく厚みを増していく。そうしてから、人形の躯体(くたい)内部にたっぷり満載していた爆薬を炸裂させ、見事な自爆攻撃を敢行。

 通常、あれだけの数──100体にも届きそうな爆裂の連鎖に巻き込まれたら、よほどしっかりと防御や対策を整えたプレイヤーでなければ、即死は免れないダメージ量だ。キサツタイにおいて貴重な回復役もこなす彼女だが、煉獄杏寿郎をはじめ優秀な仲間たちが収集する素材アイテムの豊富さと、鍛冶師グルーと共にアイテム製造や武器鍛造にたずさわる地位に就く彼女だからこそ、これだけの人形群を製造保有しうる。

 もっとも、その代償として、彼女自身の防御ステータスは貧弱を極める。攻撃ステータスだけに極振りし、防御に関しては他者に依存するレベルビルドだ。盾となる前衛プレイヤー・仲間たちの存在を必要とすることを、彼女は自らに課して久しい。

 そんな彼女の自慢の人形たちによる自爆特攻劇の結果は、

 

「やっぱり無傷か」

 

 ツークが意外という風でもなく確認した通り、モーズグズの防御を突破するには及ばなかった。

 彼女は、ユグドラシルの冥府にかかるギョッル川、その橋の通行を管轄する番兵、神クラスのボスキャラとして不足ないステータスを誇っている。

 それでも、仲間たちの支援という目的としては、上首尾の結果だ。

 的確な支援のタイミング、増強された炎柱の筋力、超常的な直感力の啓示、敵の視界と戦況判断を奪う絨毯(じゅうたん)爆撃の援護を受けて、煉獄は己の進撃を阻む盾を一挙に圧壊する。

 

「せぇあ!」

 

 剛声と共にモーズグズの肢体が背後へと退けられる。

 女騎士へ追撃を浴びせようと突撃する煉獄の脳天目掛け、宙を飛行するヴァフスルーズニルが三重最強化させた〈魔法の矢〉を照準。

 総計六十本の矢弾が雨霰(あめあられ)のように炎柱の頭上に降り注いだ。しかし、

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉!」

 

 煉獄の肉体を守る不可視の壁・三枚によって、無力化。キサツタイの最後衛に位置する女魔法詠唱者、クランの魔法火力役を務めるチーウーの見事な手際のなせる業であった。彼女は特徴的な魔女の三角帽──ペンギンを思わせる意匠を施されたそれと同じ色彩の瞳で、魔法使い最強級のボスキャラと視線を合わせる。彼女たち後衛を守るように、鋼の髪に上半身裸の作務衣姿が堂に入っている鍛冶師グルーが大槌を構え、全身鎧を着た白髪の聖騎士ファルコンが星球(モーニングスター)を回転させる。

 魔法戦に応じるように、さらなる攻撃魔法を紡ごうと手指を振るう白衣黒髪の男を、キサツタイの青髪女忍者(くのいち)オオルリが音もなく追撃し、(はば)む。彼女の振るう死神のそれを思わせる大鎌の一撃を、北欧の主神オーディンと並び称されるヘルヘイム氷河城の隠しボスは、月光の狼(ムーン・ウルフ)十二体を召喚して、己の盾とする。大鎌の一撃を浴びなかった狼たち五体に雪崩(なだれ)こまれ噛みつかれるオオルリであったが、彼女の身体は〈変わり身〉の丸太にドロンと瞬変していた。直後、どこからともなく四方八方より投射される手裏剣群を、ヴァフスルーズニルは全周を覆う防御魔法〈矢守りの障壁(プロテクション・フロム・アローズ)〉で払いのける。彼は微笑と共に後退しつつ、自分と同じ空を舞う僚友──女神フレイヤと、我が子の腕を抱くグレンデル・マザーのほうを仰ぎ見た。

 彼らはNPC同士でしか通じぬ会話を堂々と交わす。

 

『あなた方、少しは加勢されてはどうです?』

『えー? 汚れるしー、メンドくさいから、やだー』

『ううう、こ、怖いです。た、戦いたくは……ない、です』

 

 やれやれという風に肩をすくめるヴァフスルーズニル。

 

『そんな物言いをして、炭治郎殿の気分を(そこな)っても?』

『私はいいのよ~。炭治郎ちゃんは~、私がこういう女だって知って傍においてくれてるわけだし?』

『うううう、わ、わたしは、炭治郎くんに、その、あの、でも……えう』

 

 怯え震えるグレンデル・マザーの頬を、フレイヤは悪戯っ子めいた表情でぷにぷにと突っつく。

 

『もう。しょうがないわね、マザーちゃんは。そんなことじゃあ、あいつを、──そう、──ベイオウルフ(・・・・・・)を、殺せないわよ?』

『……ベ、イ、オ、ウル、フ……』

 

 その人物名──英雄の名がトリガーとなったように、グレンデル・マザーの怯懦(きょうだ)の涙が雲散霧消(うんさんむしょう)する。それをくすりと微笑みながら確認した後、女神は彼女を解放した。

 マザーは一心にひとつの名をつぶやきつつ、ミズガルズの大地に降り立つ。

 

『べ、ベイオ、ウルフ、ベイ、オウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフベイオウルフ、ベイオウルフぅううううううああああああああああああああ──!!!!』

 

 赤黒い瘴気(しょうき)が赤髪から立ち上った。胸に抱えていた我が子の腕──漆黒の巨大な怪物の腕を強く掻き抱き、傷だらけの母は、狂乱する。

 

『よくも! よくもよくもよくも! よくもグレンデルを──わたしの息子(グレンデル)をコロシたなあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』

 

 血の泡を吹いて喚き散らす姿に、怯え震える女の相は欠片も残っていなかった。

 血涙で深紅に染まった両の目、青黒い血管が隆起した全身で天を仰ぎ、猛獣神獣も(おのの)(ふる)えるほどの怒気を吐き散らしながら、子を殺された母親が“怪物”と化す。

 プレイヤーたちは一様に動揺した。

 

「お、おいおい! マザーが覚醒しやがったぞ!!」

「んなバカな、誰もまだ攻撃してねえだろうが?!」

 

 彼らが驚愕を覚えるのも無理はない。

 グレンデル・マザーは、基本的には無害なNPCであり、攻撃を仕掛けないかぎりは戦闘をしかけない存在なのだが、彼女にはある種の“覚醒条件”によって、凶悪なボスキャラに変貌する性質がある。彼女が裏ボスを務めるフィールド、フローズガール王領付近に生息する表ボス──かの有名な『ベイオウルフ』に登場する怪物──“グレンデル”。彼女は、彼女の息子を殺した存在(ニンゲン)を追撃し、完全な復讐を遂げることで有名なモンスターであった。さらに、他の覚醒要因として、彼女に損傷を負わせること──殺された息子のことを想起させる“血”の存在を想起させる行為によって、彼女はとんでもない膂力(りょりょく)と速度を誇る狂戦士(バーサーカー)となりうる。とくに、原典である『ベイオウルフ』と同じ「赤血の沼の戦い」──水中戦になると、もはや大抵のプレイヤーでは手に負えない暴走ぶりを見せるため、彼女と戦う上では下手に刺激せず、一撃死などを狙うこと・水中に引きずり込まれないようフィールドを改変する、などの対応策をとることが大原則とされ、今回のように、プレイヤー側が誰も何も攻撃を加えていない状態での覚醒・暴走は、実に初めての事象と言えた。

 彼らもまさか、NPC同士の会話──女神(フレイヤ)(そそのか)しの一言で、最悪の狂獣が誕生したとは、夢にも思わぬ事態である。

 

『 があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!! 』

 

 牙を剥いて咆哮(ほうこう)をあげ、北欧の英雄(ベイオウルフ)から奪還した息子(グレンデル)の片腕を武器として、プレイヤーどもを──ベイオウルフの一党と見なした存在を攻撃していくグレンデル・マザー。

 

『 許さない許さない許さない、ゼッタイにユルさないッ!!!!』

 

 黒衣の袖から覗く可憐な手足が、筋繊維の極太の束と化して盛り上がり、狂戦士らしい広範囲物理攻撃を展開。赤い髪が戦場を駆け抜けるたび、大地が砕け、建物が割れ、中には致命傷(クリティカル)判定を受けて一撃死する者もいる始末だ。

 まるで魔王の鉄槌もかくやという勢いで吹き飛ばされて体力(HP)を激減されていくプレイヤーたちは、なんとか防御を固め、マザーの束縛と弱体化に徹する。

 その陣列を、隊伍を、グレンデル・マザーはほんの数撃で、(ことごと)く掃討し撃滅していく。

 

『あらあら、すっご~い♪』

 

 金髪金眼の女神フレイヤは、自分がなしたことを悪びれもせず眺めやりつつ、天使の羽根で編まれたがごとき薄絹と共に、戦場を悠々と飛翔する。

 戦いは混沌の度合いを深めていった。

 その直下で。

 

「これ以上、貴様らの好きには、させん!」

 

 濃藍色の夜闇に覆われかける都市の中心で、炎柱たる煉獄は刀を振るい、人々と共に奮戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*
身長3メートルくらい



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第拾参話  煉獄杏寿郎、深手を負う

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 第十一開拓都市に夜が訪れ、戦場はにわかに暗澹(あんたん)の度を深めていく。

〈永続光〉の街灯が街を照らし、〈照明弾〉のアイテムが戦場を白く淡く染め上げる。

 その真下で戦う、鬼殺隊の“炎柱”たる男の雄叫びが、ミズガルズに(こだま)する。

 

「これ以上、貴様らの好きには、させん!」

 

 豪快に吼える煉獄は、ただひたすらに刀を振るい前進する。

 それを機械槍を振るう女騎士が立ちはだかって行く手を塞ぐ。

 

「煉獄さん!」

 

 カラスやシマエナガたち、仲間からのさらなる強化の援護を受け取りつつ、煉獄は肺腑のうちに練り上げた呼吸を、解放。

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)!」

『く……ッ!』

 

 執拗(しつよう)防御役(タンク)に徹していたモーズグズが、焔の一刀をしたたかに浴びた。

 

『ッ、行かせはしない』

「悪いが、押し通る!」

 

 鎧の左脇腹を炎の一閃で盛大に砕かれたモーズグズに追撃の蹴りを入れて飛び越え、煉獄はプレイヤーたちを蹂躙する少年……“鬼”の首魁として現れた自称炭治郎のもとへ、勇躍。

 彼の追撃を図るべく、白い羽織の背中に槍を変形させ(なげう)つ態勢をとるモーズグズ、であったが、キサツタイのクラン代表を務めるサムライ──煉獄の後を引き継ぐように現れたカラス、彼の振るう日本刀によって、冥府の女番人は機械槍を完全に封じられる。

 さらに、ガスマスクを被って釘バットと自動小銃を振るうタカナシや、全身に大具足を纏って十字槍を優雅に振るうシラトリも、クラン長に加勢。

 

『──邪魔を』

「モーズグズは俺らで押さえます、煉獄さんは!」

 

 (みな)まで言われるまでもなかった。頷く煉獄は後顧(こうこ)(うれ)いなく進軍する。

 肉の腫瘍じみた奇態極まる鬼の群れを薙ぎ払い、切り倒し、進撃を続ける。

 ついに、すべてのプレイヤーたちが遠く及ばなかった──転移魔法も完全に阻害している──炭治郎を、至近距離にとらえた。

 ありとあらゆる疑問や葛藤、躊躇や憐憫などと一切無縁な剣撃を、炎の呼吸と赫き刀身に乗せて繰り出す。

 

「炎の呼吸 伍ノ型 炎虎!」

 

 虎の(あぎと)が正確に、鬼の(くび)を、炭治郎の喉笛をとらえる……寸前、彼の振るう竜骨を思わせる異形の刃が、炎虎の横っ面を引き裂き貫いてしまった。

 

「はは。ひどいなあ」炭治郎はせせら笑う。「少しくらい加減してくれてもいいんじゃないですか、煉獄さん?」

 

 煉獄は炭治郎の顔でそのように(わら)う鬼が、心底から気に入らなかった。

 

「鬼に情け容赦など無用!」

 

 反撃の竜骨が殺到するのを、煉獄は迎撃する。

 

「肆ノ型 盛炎のうねり!」

 

 鞭のようにしなり、さながら龍のごとく躍動する骨の刃を、煉獄は辛くも防ぎきる。一本一本がとんでもない攻撃範囲と威力、そして速度を放つ斬撃と刺突兵器だ。鬼殺隊の柱である煉獄ですら、肝胆(かんたん)(さむ)からしめる超級の連撃。

 

(だが!)

 

 煉獄は(おく)さない。

 炭治郎の姿をした鬼は、ここで止める。止めなければならない。

 鬼の企図も計略も解せぬままだが、これを放置しておいてよいはずがない。炭治郎の名誉のためにも、炭治郎の姿をした鬼に、これ以上プレイヤーたちを害させるわけにはいかなかった。

 

「正体を現せ、鬼!」

 

 煉獄は怒号を戦場に(とどろ)かせた。

 

「これ以上、竈門少年を(はずかし)めることは、この俺が断じて許さん!!」

 

 鬼は答えない。

 代わりに、それまで固定されていた微笑みの色が、凍てつくような温度を帯びる。

 

「……暑苦しい」

 

 炭治郎は右目の腫瘍をいらだたしげに膨らませ、左目の虹彩に映る煉獄を心底わずらわしげに眺めやる。

 

「何にも知らないデク人形ごときが、この“僕”に指図するな」

 

 黒い笑みを浮かべ、炭治郎は強力な一撃、もとい五撃を煉獄に見舞う。

 

「くッ!」

 

 無論、煉獄は五本の刃による変則的な斬撃と刺突を完璧にしのいでみせるが、炭治郎が虚空へと飛び上がる間隙(かんげき)を与えてしまった。

 煉獄は逃がすまいと呼吸を練る。

 

「炎の呼吸 (ろく)ノ型!」

 

 同時に、鬼は告げる。

 

 

 

 

「“血鬼術(けっきじゅつ)”」

 

 

 

 

 瞬間、炭治郎の振るう凶刃が妖しい輝きを灯し、揺れる。

 そのまま陸ノ型で迎撃せんと身構える煉獄。

 だが、

 

「   ── ッ !!!? 」

 

 轟音が、煉獄の全身を打擲(ちょうちゃく)した。

 雷光のような一瞬の閃きと共に、とんでもない衝撃波が、炎柱の五体を完全に打ちのめしていた。

 

(な、なん、だ、いま、の、は!?)

 

 煉獄は上下の感覚すら失い、その場に(くずお)れた。鼻と口のみならず、目と耳からも血が吹き上がるほどの一撃を(こうむ)った。

 

(い、かん、呼、吸、が!!)

 

 できない。

 完全に、全集中・常中が、継続不能にされた。

 煉獄を襲ったものは、あの猗窩座(あかざ)の攻撃速度を超過してあまりあるほどの、刹那の衝撃光であった。

 もはや煉獄の痙攣(けいれん)する身体には、何の力もこもらない。俎上(そじょう)の鯉も同然の(てい)だ。その耳にも、仲間たちが驚愕の声をあげるのが聞こえない。かろうじて機能する眼球──それでも、ガタガタと震え崩れる暗い視野の中で見えたのは、炭治郎の牙だらけの口からこぼれる、暴悪な噴煙(ふんえん)

 一方で、キサツタイや都市のプレイヤーたちは、異形の刀ではなく炭治郎の口から放出された衝撃波を目視(もくし)していた。

 同時に、その余波を受けたものたち全員が、〈視覚喪失〉〈聴覚喪失〉〈意識混濁〉など、いずれかの状態異常(バッドステータス)罹患(りかん)してしまう。

 

「っ、くそ、なんなの、今の!」

「〈上位絶叫(グレーター・シャウト)〉か、〈核爆発(ニュークリアブラスト)〉か、何かか?!」

「そんなはずない! 魔法の兆候なんてなかったのに!?」

「っ、まずい! 煉獄の旦那モロに食らったぞ!」

「早く回復魔法を! ツーク!」

「やばっ、射程外!」

 

 昏倒する煉獄の傍へ駆け寄ろうと試みるキサツタイ隊員(メンバー)であったが、鬼の群れの物理的な肉壁は、如何(いかん)ともしがたい。転移魔法も効力を発揮しえない状況。あの煉獄杏寿郎が、こうも一方的かつ瞬間的に劣勢に立たされるなど、彼らは初めて見る光景であった。普段の煉獄が、巨竜の高速ブレスすらも見切り一刀両断する超一流の剣士であったがために、こうも追い込まれる事態など予期しようがなかったというのは、手痛い皮肉といえる。

 

「煉獄さん!!」

 

 カラスたちが悲鳴じみた叫喚をあげた。

 技後硬直を終えた炭治郎──彼の振るう長大な刃が、鬼を産む(きっさき)が、煉獄の喉に突き入れられようかという、その時だった。 

 

 

 

《 よくもウチのシマで好き勝手やってくれたな、このクソガキッ!! 》

 

 

 

 拡声器ごしの大音声が、夜の闇に包まれた戦場を席巻(せっけん)した。

 都市上空から、墜落よりも速いスピードで来襲する「蹴り」を、知覚しきれた者は皆無に近かった。

 唯一、知覚できていた炭治郎が刃を上空に構えた瞬間、鬼の頭領たる少年のいる空中・空間が──

 ()ぜた。

 極一点を穿ち貫いた破壊力は、隕石落下もかくやという衝撃を、ミズガルズの大地に叩き落とした。

 再び視野を染め上げて奪う紅蓮の光量に、プレイヤーたちが身構えてから、数秒後。

 商業ギルドの構成員たちが、快哉(かいさい)の声をあげた。

 

「や、やったぞ!」

「やっと来てくれたっ!」

「うちの実戦部隊長兼総支配人!」

「よ! 抱かれたい女プレイヤー、ナンバー(ファイブ)!」

「ばか、それ言ったら殺される!」

「おお、我らが“お嬢”!」

「た、助かったぁ」

 

 パウダーピンクの長髪を戦塵になびかせ、純銀のチャイナドレスに豊満な女体を包み込み、首元には“竜殺しの外布(タルンカッペ)”の真紅を巻き付けた女拳士──ビン底メガネをはずした「戦闘モード」──ギルド:ノーオータム・ギルド長“お嬢”が、第十一開拓都市への援軍を引き連れ、参上した。

 

「──き、──きみ、は?」

 

 倒れ伏したままの煉獄杏寿郎にかまうことなく、お嬢は小型マイクをつうじて、全都市中に告げる。

 

《 てめえら! 都市のことなんて考えんじゃねえ! おまえらがやるべきこと、やらなきゃいけねえことは、ひとつきりだ! 》

 

 ギルド長と同様に上空から落下してきた木こり(ランバージャック)が煉獄を背負って立ちあがるのを横目に見つつ、爆発の破孔の中心──円状に十メートルほど抉れた大地の底で、表情一つ変えずに現れる無傷のクソガキ──竈門炭治郎を睨み据えて、お嬢は明言する。

 

《 よりにもよって、商業ギルド(ウチら)に喧嘩を売りつけやがったクソゴミ共を、一匹残らず、この世界(ゲーム)から駆逐(くちく)しろッ!! 》

 

 その号令と共に、各所で広範囲魔法や殲滅攻撃が多用され始めた。

 お嬢の意を受け、援軍の実戦部隊に属する魔法使い達が詠唱する。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)超酸の霧(ミスト・オブ・スーパーアシッド)〉!」

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)大溶岩流(ストリーム・オブ・ラヴァ)〉!」

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)!」

 

 ともすれば、第十一開拓都市そのものが灰燼(かいじん)に帰しかねない第十位階の魔法群が発せられた──ギルド長自らの出陣に伴い、本格的な反攻が、はじまった。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 鬼の坩堝(るつぼ)と化した大市場──都市中心部を見渡せる建造物、その屋上の陰に潜むモモンガたち一行は、愕然としつつも冷静に、戦局を見極めていた。

 あの少年剣士が放った衝撃波の一撃と、ついで現れた隕石落下のごときプレイヤーの一撃で、この建物を含む周囲にも相当のダメージがいっているが、三人は無事健在。

 

「ちょちょちょちょ、どうなったどうなった、おい弟?!」

 

 煉獄の窮地に思わず飛び出していこうとしたピンクの粘体(スライム)

 

「煉獄さんは無事、だけど……相変わらず、えげつないエフェクトフラッシュ。目が痛くなるな」

 

 そんな姉の頭を押さえるように制した弟である翼人(バードマン)が、鷹の目を細めるように呆れ声で呟く。

 

「あのひとの戦闘、本当に派手ですよね。前のミズガルズ・ワールドチャンピオン決勝戦でも大暴れで、かなり話題になりましたもんね」

 

 モモンガも正直な感想をこぼしてしまう。

 生で見るのははじめてだったが、彼女は、このユグドラシルでも名の知れた存在である。

 それこそ、不落の伝説を築いたアインズ・ウール・ゴウンや、ユグドラシルの世界探求に情念を燃やすワールド・サーチャーズ、常にギルドランキング首位(トップ)に君臨する天使系ギルド・セラフィムなどと並び称される、四大商業ギルドの一角──その首座に据えられた「廃課金プレイヤー」が、彼女。

 俗にいう“課金拳”によって、現ミズガルズ・ワールドチャンピオン“最上位竜騎兵”と雌雄を決し、惜しくも敗れ去った、輝かしい戦績を誇る──いうなれば“準ワールドチャンピオン”という実力をもって鳴るのが、数多(あまた)の商人プレイヤーを囲い、数多くのプレイヤーに商品を(おろ)す商業ギルド:ノー・オータム、ギルド長──総支配人兼実戦部(カチコミ)隊長たる“お嬢”であった。

 ギルド間の商取引においては、特徴的なビン底メガネをかけ、キャリアウーマン的な物腰の柔らかい才女めいた雰囲気を(かも)し出すのに対し、実戦闘においてはメガネをはずして、代わりに魔法系の課金装備である耳飾りを重宝し、そのおもてに飾られた不機嫌そうな女の美貌を惜しげもなく衆目にさらす。そういった二面性が、彼女のある種のカリスマ性を発露させていた。商務においても戦闘においても、彼女は類まれなる才幹を発揮して、先代ギルド長や幹部たちの信任を受け、現在の地位を確立したとされている。

 

「で、どうします、モモンガさん?」

「そうですね」

 

 煉獄が一瞬で戦闘不能にされた姿を見たときは本気で救出に行こうともしたが、それもなんとか不要になった。商業ギルドの実戦部隊は、都市上空の数百メートル上──転移阻害の範囲外から、ヘリボーンよろしく続々と降下してきている。

 にわかに騒がしさを増す戦況を見たがり、ぴょこぴょこ跳ねるぶくぶく茶釜──そんな姉を小脇に抱えるペロロンチーノの促言(そくげん)に、モモンガは判断を下す。

 

「なにはともあれ、都市の援軍も予想より早く到着しましたし、煉獄さんもキサツタイも無事救出されたと見ていいでしょう。──自分たちの援護も必要なさそうです。都市の援軍にまぎれて、そろそろ脱出ルートの手筈を整え」

 

 ようとした、その時。

 

「もしも~し。ちょっと、よろしいですか?」

 

 モモンガたちは肩を揺らし、「ふぁ!?」という頓狂(とんきょう)な声を出して振り返った。

 人除(ひとよ)けの魔法をはっているはずの屋上に、その声の主は現れた。

 まるで宙を舞う(ちょう)のように、音もなく現れた女性は、なごやかな声色でたずねる。

 

伊黒(いぐろ)さんと二手(ふたて)に別れて、襲われたこの都市の人たちを助けていたところなのですが。

 今しがた、そちらの骸骨さん。“煉獄(れんごく)さん”って、言いました? 言いましたよね?

 ──これはどういうことなのでしょうか? (くわ)しく聞かせていただけませんか?」

 

 夜の(とばり)の下。

 (ちょう)(はね)を思わせる羽織を纏った女性剣士が、にこやかな音色と共に“刃のない”日本刀──日輪刀──を抜いて、モモンガたちを微笑(ほほえみ)のまなざしのうちに()めつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、モモンガたちは胡蝶(こちょう)しのぶと、相対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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余談    ナザリックの軍師、大錬金術師との雑談

※注意※
この話で登場する八人のワールドチャンピオンは、すべて二次創作の独自設定です。
原作で明言されている情報は、ムスペルヘイムのチャンピオンはネカマくらいです。
なので、あしからず。


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 ・

 

 

 

 

 

 ヘルヘイム。

 ナザリック地下大墳墓、第九階層“ロイヤルスイート”、円卓の間。

 四十一人が同時に着席できる巨大な円卓の一隅で、小さな異形が、ひとり。

 

「ん~……」

 

 全身が(つる)によって編まれた植物系異形種“蔦の死神(ヴァイン・デス)”のプレイヤーは、ひとりで自作したレジュメに目を通していた。

 

「何してるんです、ぷにっと萌えさん?」

「え──うわぉっと!」

 

 ふと、仲間からの呼びかけに、蔦だらけの顔面の奥に輝く瞳を上へ向ける。そこにいたのは、同ギルドに所属する「大錬金術師」タブラ・スマラグディナの、顔色の悪い蛸頭。

 溺死体めいた異形の見た目は黒いボンテージ衣装に覆われており、細く鋭い手指の間には、魚類のそれを思わせる水かきもついている。

 それが振り向いた至近距離にあって、ヴァイン・デスは全身の蔦を驚きに揺らしてしまった。なんの気配も兆候もなく現れられるのは、現実の心臓に悪すぎる。

 

「びっ、びっくりしたぁ──もー、おどろかさないでくださいよ、タブラさん」

 

 この円卓の間は、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーがログインするのに多用する、ギルド拠点の最奥地点だ。

 タブラ・スマラグディナがインしてくるのにも気づかないほど、自分は作業に熱中していただろうかと自問しかけるぷにっと萌えであったが、

 

「ああ、いや、すいません。何回かお呼びしたんですけど──ずいぶんと集中されてましたね? なにされてたんです?」

 

 疑問を継続する必要もないと頷き、ナザリックの軍師、アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明は、手元にある資料をコンソールで仲間(タブラ)のもとに送る。

 

「たっちさんが引退されて、それに合わせた感じで、ウルベルトさんもIN(イン)しなくなってきてますからね。改めて、うちのギルドの戦術を練っていたところです」

「あー……それは、お疲れ様です」

 

 タブラは遠く虚空を仰ぐような感情(エモーション)アイコンを浮かべて、ナザリックの軍師をねぎらった。ぷにっと萌えも感謝するように笑顔のアイコンを頭上に浮かべる。

 

「いや、まぁ。正直なところ、近接職最強と魔法職最強が抜ける穴は、どうしようもないというのが本当ですけど」

「確かに。でも、以前ならいざ知らず、あの1500人撃退のおかげで、うちを本格的に討伐しよう敵対しようなんて勢力はいないんですから、そこまで気になさらなくても?」

「まぁ。そうなんですけどね」

 

 ぷにっと萌えは頬杖(ほおづえ)をついて述懐(じゅっかい)する。

 

「あの第八階層攻略戦の録画データ──タブラさんが作ってくれた“ルベド”、第八階層の“あれら”、そして、モモンガさんが起動した世界級(ワールド)アイテムによる戦闘……“蹂躙”……「1500人全滅」のおかげで、うちは名実ともに『難攻不落』のギルドになりましたからね。総勢で千を超える討伐隊を投じても、どうしようもないほどの反則技(チート)──いや、チートでもなんでもなく、そういう威力の世界級(ワールド)アイテムなのだから、文句のつけようもない。運営からのお墨付きもいただいているわけですし、そこは別に問題ないんですよ。ただ──」

「ただ?」

 

 タブラの鸚鵡(オウム)(がえ)しに、ぷにっと萌えは頭を振った。思わず呟きかけた言葉を飲み込んで、話題を喫緊(きっきん)のものに転じる。

 

「それよりも重要なのは、次のワールドチャンピオン、()アルフヘイム・ワールドチャンピオンがどうなるか、です」

「ふむ。確かに。それは気になるところですね」

 

 ナザリック地下大墳墓が誇る近接職最強、たっち・みーが引退を宣言し、アカウントを消去したことによって、ユグドラシル世界において冠絶した武の頂点たる九つの座の一席が、空位となった。

 ワールドチャンピオンは、ユグドラシル運営が開催する公式大会の優勝者に贈られる至宝のレベルデータだ。一対一のガチンコ勝負において、他に類を見ない戦闘センス──もしくは、戦闘ステータスを発揮した者のみが、その栄誉職のレベルデータを、公式から正式に授受(じゅじゅ)される。それだけでなく副賞として、ワールドチャンピオンの求める形状の武具や防具──たっち・みーの場合は“鎧”のアース・リカバリーがそれである──も、直々に鍛造製造されるという厚遇っぷりで、ユグドラシルに存在する全プレイヤーの羨望と賞賛を集めてやまない。さらにいえば、ワールドチャンピオンには専用ともいえるスキルが存在しており、その威力はうまく使いこなせば世界級(ワールド)アイテムすらも防御しきるという破格ぶりときている。これだけの条件が揃えられて、ワールドチャンピオンにあこがれないユグドラシルプレイヤーはいないと、そう断言しても過言にはなるまい。

 そして、アルフヘイムにおいて、近々、次のチャンピオンズトーナメント──決闘大会が開催される運びであるという事実。

 

「今ユグドラシルにいるワールドチャンピオンは、八名」

 

 ぷにっと萌えは確認するように植物の指を順番に八本折る。

 

 1、アースガルズ・ワールドチャンピオン  “剣帝”

 2、ミズガルズ・ワールドチャンピオン   “最上位竜騎兵”

 3、ヨトゥンヘイム・ワールドチャンピオン “天裂き地吞む狼”

 4、ニダヴェリール・ワールドチャンピオン “鐵”

 5、ヴァナヘイム・ワールドチャンピオン  “獅子奮迅”

 6、ニヴルヘイム・ワールドチャンピオン  “最上位死霊王”

 7、ヘルヘイム・ワールドチャンピオン   “深祖”

 8、ムスペルヘイム・ワールドチャンピオン “絶対最強超絶無敵火炎姫”

 

 そして、()アルフヘイム・ワールドチャンピオン“正義降臨”──たっち・みーで、合計九人。

 たっち・みーの例から分かる通り、各ワールドの優勝者は、各ワールドに必ずしも居住・根拠地を持っているというわけではなく、また、種族なども特に定めが設けられていることはない。ただ、公式大会が開かれるワールドごとに、得意不得意・有利不利の相性が存在することを考慮すれば、自然とそのワールドに属する種族で挑戦する者が圧倒的多数である。人間の世界であるミズガルズのチャンピオンしかり。異形種に有利なニヴルヘイムやヘルヘイムのチャンピオンもしかり。

 だが無論、例外というのも存在している。天使種族が最強であるはずのアースガルズに君臨する“剣帝”は、人間種のプレイヤー“剣帝”が長く勝利し続け、現ムスペルヘイムのチャンピオンは、先代が七大罪の魔王のアイテムを使用しワールド・エネミー化、軍団(レギオン)によって完全討伐された(のち)、ムスペルヘイム火山地帯の大熱気が渦巻く領域で開催された大会会場で堂々と課金拳で勝ち上がった、これまた人間種の少女である。

 

「だが男だ」

 

 ふと思い出して(ひと)()ちる植物の異形。

 

「この八人のワールドチャンピオン、いや、七人がそれぞれ属するギルドもなかなか手強(てごわ)い相手です。とくに、ニヴルヘイムの黒城(くろじろ)──ヘルヘイムの白城(しろじろ)である“氷河城“と文字通り()()()()鋼鉄城(こうてつじょう)”、あそこをおさえたニヴルヘイムチャンピオンのギルドは、なかなかに厄介です」

「今度アルフヘイムで生まれるチャンピオンが、どこのギルド所属かによっても、勢力図の書き換えは不可避ですね」

「うちのお歴々、とくに建御雷(たけみかずち)さんたちも狙ってはいますけど、正直な話、たっちさんレベルの戦闘力には遠く及びませんし。かと言って、商業ギルドのような大所帯から出たら、正直メンドくさい──でも、やはり最有力なのは、準ワールドチャンピオン級──公式大会で惜しくも敗れた人たちですからね」

 

 ぷにっと萌えは四大商業ギルドのひとつを治めるプレイヤーを思い出す。

 異形種ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンとは直接取引することはないギルドではあるが、なにしろユグドラシルのプレイヤーの多くは人間種であり、そのほぼ全員が何かしらの形でかかわりを持つ団体だ。同盟を組むワールド・サーチャーズと共にユグドラシルの深部を探索する事業──開拓都市の造営だけみても、驚嘆に値する。

 よくもまぁそんな面倒きわまる慈善事業を、と思わないでもないぷにっと萌えだが、彼自身ただのゲーム内のギルドで、こうして軍師役として作戦立案や情報整理に精を出しているのだから、他人(ひと)のことをどうこう言えはしないだろう。

 ナザリックの軍師は言い連ねる。

 

「とりあえず、たっちさんの後釜、次のアルフヘイムチャンピオンがどうなるか目を離せません。他のランカーギルドの動静も含めて、警戒するに越したことはなし。お隣のニヴルヘイムとヘルヘイムは現在、モーズグズ不在で行き来が自由ですから」

「確かに。あ、そうそう。忘れちゃいけなかった。ニヴルヘイムの鋼鉄城で思い出したんですが──うちのワールド、ヘルヘイムにある氷河城で、こんな噂があるの、知ってます?」

「噂?」

「なんでも、氷河城の女主人・ヘルを打倒し、城を占拠した団体がいて、その首領はワールドエネミーに認定された、っていう話」

「……へえ、……どこ情報です、それ?」

 

 あくまで噂だと肩をすくめてみせるタブラ・スマラグディナ。

 

「にわかには信じがたい話ですね」

 

 ぷにっと萌えは深刻かつ懐疑的(かいぎてき)な低声をあげるしかない。が、タブラは持ち寄った情報は侮りがたいものがある。氷河城は、推定だがナザリック地下大墳墓を超える攻略難易度を有する、冥界(ヘルヘイム)の最上級ダンジョン・最重要拠点のひとつと目されている。それが何者かの団体に占拠されるだけでも大問題だが、そこからなにをどうしたら、首領がワールドエネミーになったという話につながるのか、まるで理解が追いつけない。

 しかし。

 これが事実であったとしたら。

 自分たちアインズ・ウール・ゴウンにとっては決して無視できない案件となる。

 

「どこかのワールドチャンピオンの仕業でしょうか? でも、現在確認されている八人は、それぞれのギルド拠点が確認されて、あ、いや一人だけ、炎姫は違いましたか。でも、あれがヘルヘイムにちょっかいを出すとは考えにくい──いずれにせよ要確認事項ですね。弐式炎雷さんたちの偵察部隊に、協力要請を出しておきます」

 

 おねがいしますと頷く、蛸頭の大錬金術師。

 ぷにっと萌えは顎に手を添えて、氷河城に関する情報を可能な限り想起する。 

 

「うちと同ワールドということを加味しても、敵対するとなれば非常に面倒な相手になりそうですね。セラフィムのようなうちの天敵連中でないだけマシではありますが、なんにしても、警戒するに越したことはありません」

「モモンガさんにも、一応報告しておいたほうがいいですよね?」

「無論です。まだ確定情報とはいかずとも、ヘルヘイムの情報は優先度()()()()です。でないと足元をすくわれかねませんから。──まったく。うちはたっちさんたちの引退で苦しいってのに、新チャンピオンだの、氷河城のエネミーだの、兎角(とかく)やることが多い」

「悪のギルドの宿命、という感じですかね?」

 

 どうしたものかと肩を揉みほぐす全身蔦製植物の異形は、小さな体を椅子の上で反らした。

 タブラは「ワールドチャンピオンといえば」と言い添え、最近話題の人物を思い起こした。

 

「あのひとのことも気にかかりますよね。──最近、モモンガさんと懇意(こんい)にしている」

「懇意──ああ、煉獄杏寿郎さん、ですね?」

 

 二人は頷きを返しあった。

 ぷにっと萌えは一瞬、彼が本当の優勝者(チャンピオン)として、このゲーム内に覇を唱える可能性に思い至る。

 

「でも、まぁ、聞く話によると、彼が所属しているキサツタイは、ただのクランです。自分たちで攻略した拠点もない団体では、正直、うちの障害になる確率は低いでしょう」

「ですか──あー、そういえば、今日、モモンガさんは、煉獄さんのところに?」

「ええ。ミズガルズに。護衛はいつものように茶釜さんとペロロンチーノさんが」

 

 ぷにっと萌えは彼らの予定を思い出す。

 ミズガルズは、異形種には不利な世界。であるが、アインズ・ウール・ゴウンは率先して、ほかのワールドに進出することを、ギルド方針に定めて久しい。そのための対策──人間種に化ける幻術や、タブラ・スマラグディナ謹製の仮面(マスク)など、枚挙に(いとま)がない。

 

(予定だと、もう帰ってきていい時間だけど、まぁ、今回も無事に帰ってくるでしょ)

 

 これまでも特に問題なくミズガルズに潜入できている。その事実がぷにっと萌えに楽観視の眼鏡をかけさせていた。

 ユグドラシルのプレイヤーの多くは、異形種狩り──俗にいうPKを多用する。否、多用することを“推奨されている”と言える。彼らの取得する職業(クラス)レベルの中には、ある程度のPKポイント──これは人間種を殺すとペナルティを被るが、異形種相手だとペナルティが発生しない──を必須とするものもある。そのため、上位職への転職(クラスチェンジ)にはPK行為が必要不可欠なのだ。ユグドラシル運営側が、率先してプレイヤー同士を相争わせる構図を敷いているといってもよい。こんなゲーム体制は他のゲームにはありえないほどであり、PK連中が大手を振って存在している大因でもあった。

 しかし、いかに自分で選んだこととはいえ、人間種プレイヤーに袋叩きにされる異形種プレイヤーにとっては迷惑千万この上ない。

 そんな不愉快なPK連中を“PKK”することを、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは標榜(ひょうぼう)し、ゆえに“悪のギルド”などという通称を奉じられるにいたった。

 

「ミズガルズで噂のキサツタイ──煉獄杏寿郎さん。

 たっちさんレベルの戦闘力とは──正直、人間種なんてやめて、異形種としてうちに属してくれたら、と思わずにはいられませんね」

 

 そうすれば、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの利となり益となることは明白。

 だが、煉獄杏寿郎の“なりきり”レベルは聞き及んでいる。

 お気に入りのキャラ設定、珠玉のビジュアルデータを捨ててまで、アインズ・ウール・ゴウンに鞍替えしてくれるような可能性はないと、モモンガなどは直感していた。現役の声優であるぶくぶく茶釜など、彼の巧みな演技力と行動力とを心から尊敬し、称揚(しょうよう)し、率先してモモンガの護衛役を買って出るほどに、煉獄との交流を楽しんでいる節があった。最近では煉獄の影響で、彼が出演する古い映画やコミック本──100年前の古書を読みふけるほどだという。そんな友と姉──二人にペロロンチーノがついていくのは、もはや自然の法則とさえいえるだろう。

 ふと、ぷにっと萌えはタブラが一音も返さないことを不審に思った。

 

「タブラさん、どうかしました?」

「…………え?」

「なにか、モモンガさんたちのことで、気になることでも?」

 

 いえ、と力なく言いよどむタブラであったが、

 

「なんでもありません」

 

 それだけ言って笑顔のアイコンを浮かべてみせた。

 ぷにっと萌えは、常の彼らしくない挙動に現実の眉を(ひそ)めかけ、

 

「緊急事態! 緊急事態だよ!!」

 

 円卓の間の扉を開けて、ギルドメンバーの一人、半魔巨人(ネフィリム)のやまいこが勢いよく飛び込んできた。

 彼女は急報を告げる。

 

「かぜっちが! モモンガさん達が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※注意※
ニヴルヘイムには「吹雪の中で出現する氷結城」があるという原作情報がありますが、拙作に登場する黒城・鋼鉄城とは、まったく別のものとしております。あしからず。


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第拾肆話  胡蝶しのぶ、“鬼”と戦う

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 胡蝶(こちょう)しのぶは「三ヶ月前」に、伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)は「一ヶ月前に」、ユグドラシルに渡り来た。

 二人が降り立ったのは、アルフヘイム──プレイヤーがいうところによると、“妖精たちの世界”と称される不思議な国だ。そこかしこに花が咲き、作物が豊富かつ栄養価の高いものばかりが実るという、豊かな土壌。まるで虫の(はね)を思わせる翼で宙を舞う小妖精(フェアリー)や、人間種である森妖精(エルフ)闇妖精(ダークエルフ)がミズガルズ以上に多く住まう土地であり、比較的気候もおだやかで、農産物や蜜酒(ミード)などを特産とする。

 その地で二人は再会をとげ、この異様な世界のことを学び、世界を超える魔法を供与され、鬼殺隊の噂の発信源である人間の世界・ミズガルズ《最奥》の地に(おもむ)くに至った。

 都市の東門で()いた情報を頼りに、キサツタイの屋敷を目指していた途上で、しのぶたちは煉獄と同時刻に、戦いの気配を察知する。

 

「着いて早々、なんの騒ぎでしょうか?」

「さあな」

 

 第十一開拓都市は、謎の存在──“鬼”によって襲撃を受けた。

 西の方角から漂う、尋常ならざる“鬼”の気配。この世界で遭遇するモンスターと呼ばれるものとは絶妙に異なる、鬼殺隊の柱ならば馴染(なじみ)みぬいた人喰(ひとく)(おに)の殺気だ。

 

「“鬼”とあっては捨て置けませんね。噂の通り、この都市にあの煉獄さんがいるというのなら、きっと放置しておくはずもありませんから、探す手間が省けると思いたいところです」

「──そう、うまく事が運べばいいが」

 

 悲観的に呟く伊黒は、広大な都市を見やる。この異様な世界──ゲームと呼ばれる異世界において、人間の街は広く大きく発展しているものが多い。人口も多く、建造される建物の数も膨大。その建物にしても、魔法やアイテムで瞬時に設置できるタイプもあれば、大工や石工、建築家や設計士などの職人が協力し、相応の材料を消費して、数時間~数日をかけ丁寧に建造していくものもある。そのようにして拡大していく都市を管轄するのもプレイヤーたちの仕事らしく、政務関係の職業を取得する者もいると聞く。まったくもって理解しがたい煩雑さだと、胡蝶らは呆れてものも言えない。が、プレイヤーたち(いわ)く「それがこのゲーム(ユグドラシル)運営の方針」であり、「そこを楽しむのも醍醐味だから」とのこと。

 二人は視線を夕暮れの方角に合わせた。

 都市の西方面──小山ほどの巨体を揺らす邪竜ファフニール、巨人フリームスルサル、巨馬スヴァジルファリを眺めやる。

 

「柱として、山ほどの鬼を斬ってきたが、さすがに、山のような図体の鬼というのは、初めて見るな」

「伝承だと、日本(ひのもと)には『でいだらぼっち』という巨大な魔物・妖怪がいたという説もききますが……」

 

 ぼっち、という単語を反芻し、一人の男を想起しかける胡蝶であったが

 

「まぁ関係ないですよね。この世界では」

 

 そう結論する。しのぶは作戦方針を提案。

 

「とりあえず。二手に分かれて都市の人々を助けましょう。この都市にいるらしい、煉獄さんを探しながら」

「承知した」

 

 頷く伊黒小芭内は、蛇のように湾曲した刀──日輪刀を鞘から取り出す。

 

「胡蝶。……言うまでもないことだが、死ぬなよ?」

「ふふ、──ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 

 無限城の戦いで、上弦の弐との戦いで先に戦死を遂げた事実。

 あのクズ野郎への復讐のため、決死の作戦を遂行した胡蝶しのぶは、再び相見(あいまみ)えた同僚に向けて微笑みを深めた。

 

「伊黒さんこそ、こちらに来ているかもしれない甘露寺(かんろじ)さんに会うまで、死んじゃだめですよ?」

「ッ、──ふん。わかっている」

 

 二人は都市の北部を一直線に抜けながらプレイヤーたちを襲う“鬼”を狩り、都市外周の隔壁にとりつく巨大な“鬼”へと立ち向かった。

 

「あの黒い羽つきトカゲは、私が請け負います」

「では、俺は巨人と馬の方を」

「お一人で大丈夫ですか?」

「心配ない。俺には“鏑丸(かぶらまる)”がいる」

 

 しゃーと鳴いて応える白蛇に頷いて、蛇柱と別れた。

 毒使いたる蟲柱は、邪竜退治のため屋根を蹴った。

 一足で隔壁の上に舞い上がり、周囲を見下ろす見張り櫓の尖塔の頂に降り立つと──阿鼻叫喚じみた地獄絵図が展開されているのが見て取れた。

 思わず鼻と口を(そで)で覆う。

 

「……これは、私が言うのも、あれですが」

 

 むごい。

 あまりにも(ひど)い。

 (むご)たらしいにもほどがある。

 この都市を守る傭兵NPCたち──防衛任務によって都市西部に集積された彼らであったが、その大半は、凄惨な(かばね)を夕空の下にさらしていた。

 毒に侵されるというよりも、もはや腐食によって朽ち果てている、残骸の“河”。肌と血と臓物の色が溶け合った、人肉の汁物(スープ)といった具合。プレイヤーたちも二桁は、その河の構成粒子となって、流れてあふれているありさまである。

 原因は、ひとつ──巨竜の纏う呪詛と屍毒。

 あまりにも濃密なそれは、触れる大気そのものを毒化させている。

 職務上、毒に対して抵抗可能なしのぶであったが、そんな彼女でも胸やけが酷くて吐き気を催してしまう。

 

『──うん? 今の()が毒で絶命しない人間がいるのか?』

 

 その声の主は、意外でもなんでもなく、胡蝶の目前にそびえる巨竜の口から吐きこぼれていた。

 全長百間(ひゃっけん)は優に超える見た目だが、意外にも鈴を転がすような高音。理知的で玲瓏(れいろう)な響き。

 この化け物、見た目からは想像もつかなかったが「女性」だったようだ。

 しのぶは一応の確認を試みる。

 

「……随分と、ひどいことをしますね? おねえさん?」

 

 しのぶの舌鋒に、邪竜は長い舌をちらつかせ応じた。

 

『ひどい? はて、なんのことやらサッパリだな? ()は、以前から()が領域を踏み荒らす害虫どもを、その巣ごと蹴散らしに参っただけのこと。この吾──邪竜ファフニールを凌辱せし者どもへの、これは正当なる復讐戦であると心得るが?』

「あら? そうですか? それにしても随分と無分別というか、節操がないというか、加減というものを知らないんですか?」

 

 彼女は我知らず額に青筋を刻みながら、能面のような微笑みだけは冷徹に被り続ける。

 女竜は興味深げに目を細め、胡蝶の瘦身を眺め回した。

 

『ふむ。なるほど。ただの有象無象とは違うな、お(ぬし)。しかし、プレイヤー共とも異なる異様なる気配──ああ、なるほど。貴様が炭治郎(たんじろう)殿が言っていた“柱”とやらか』

「────炭治郎?!」

 

 さすがの胡蝶も驚愕を禁じ得ず、色を失う。

 女の邪竜は『おっといかん』という風に唇を、もとい、巨大な嘴状の口を舌先で舐めた。

 しのぶは(うめ)くように問いただす。問いたださずにはいられない。

 

「炭治郎、とは──まさか、竈門くんのことですか!? いったいどういう!!」

 

 質疑応答を拒絶するように、巨竜は大口から猛毒のブレスを一息で吐き飛ばした。

 だが、胡蝶の身のこなしの軽捷さをとらえるには遠く及ばない。息を吹く前の吸息、一瞬のタメの隙があれば、それだけで柱は敵の攻撃を感知しうる。

 しかし、 

 

「く!」

 

 豪毒は、毒に耐性を有する胡蝶をしても、驚嘆して然るべき威を発揮した。

 目が瞬く間に霞み、喉が焼けるように熱せられ、思わず咳き込む蟲柱。無論、柱である彼女以外の人間種では、余波を受けただけで肌と肉が崩れ融ける竜の息吹(ドラゴン・ブレス)だ。そんな状況下でも、しのぶは自分の呼吸が乱れかけるのをかろうじて抑えるのに成功する。

 次の瞬間、蟲柱は迅速かつ緻密な動作──薬品調合を手元で行い、強力な毒を編成、即刻、彼女専用の刃のない日輪刀に流し込んだ。

 この世界、ユグドラシルのモンスターをも容易(たやす)く打倒しうるよう、妖精(フェアリー)たちの部族からの英知を借りた一滴。

 その一刀を、毒竜の攻撃の隙を突くように、その左頬と左眼と左角へと連突してみせた。

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 (たわむ)れ」

 

 三連撃の手応えは確実。

 だが、

 

『人間ごときの毒で、この()(どく)せるとは思わんことだ』

「っ!」

 

 毒竜は平然と鎌首を巡らせている。

 毒を保有する個体に、毒が効かないというのは道理であるが、ここまで無力だと痛感するのは初めてのこと。

 空中を落ちるだけの蟲柱は態勢を整え、優雅ともいえる身のこなしで毒竜の爪と尾、さらには無数に垂れ下がる長髪のような触手群を回避する。さながら人の手を相手に戯れ踊る蝶のように。

 しかし、ファフニールは追撃の嵐を止めない。

 

『朽ちろ、人間の(メス)

 

 今度は長いタメを込めた息吹(ブレス)が、毒々しい色合いを喉元に輝かせている。

 そして、超濃度の毒が、一直線に胡蝶めがけ吐き出された。

 さすがに万事休すかと思われた、その時。

 

「水の呼吸 拾壱ノ型──」

「!」

『!』

 

 二つの柄の羽織が、胡蝶の目前に現れ、告げる。

 

「 (なぎ) 」

 

 すべての事象が、凪いだ水面のごとく静かに滅する──

 この型を使いえる剣士は、後にも先にも彼しかいない。

 

「と、──冨岡さん?」

 

 胡蝶は、その無表情な(かんばせ)を見やった。

 

「大丈夫か、──胡蝶」

 

 羽織半分が違う柄で覆われた男の、意外とたくましい腕と肩に抱かれて、毒息の効果範囲外へと逃れた。一本の針葉樹の幹の上に二人は降りる。

 

「すまない、来るのが遅れた」

「……いえ。正直たすかりました」

 

 胡蝶は気息を整え、ミズガルズの大森林の中で再会した僚友と肩を並べる。

 

「ひとりか?」

「はい?」

「胡蝶は、ひとりで、こちらに来たのか?」

「ええ、ああ、そう、です、ね。一応、三ヶ月前に。……そのあと伊黒さんと、合流したのですが」

 

 胡蝶は巨人と巨馬の相手に向かった旨を知らせる。

 

「そうか。あの巨人と巨馬の方には、不死川(しなずがわ)が向かっている。おそらく無事に合流しているだろう」

「ああ。それはなにより」

 

 言いつつ、胡蝶は冨岡の横顔を盗み見る。

 

「にしても。なにやら雰囲気が変わりました? 前はあ~んなに、ぶっきらぼうだったのに?」

「そうか?」

 

 冨岡は一秒半、一語を迷った。

 

「──確かに変わった。変わることができた。無惨を斃し、炭治郎たちと共に、穏やかに暮らせた……だが」

 

 自分たちは何故か、この世界に来た。来てしまった。

 それは、柱たち全員が懐き得る疑問であった、だが──

 

「いろいろとお話ししたいことはやまやまですが」

「ああ。いまは、あれをなんとかするのが先決だ」

「ですね。けど──」

 

 さすがの胡蝶も渋い顔になるというもの。

 宵闇を背負い、都市の灯りに照らされる黒竜の異様は、微塵も揺るがない。

 

『なんだ、新手か? なるほど、貴様もまた“柱”とやらのようだな? ()の邪魔をするものなど、何匹いたところで変わりはせん』

 

 納得したように鎌首を揺らし、長髪のごとく頭から垂れた触手に一息あてる女竜は、蟻が一匹から二匹に増えた程度の感慨しか持ちえないようだった。

 胡蝶はとにかく、最重要な情報を共有する。

 

「気を付けてください、冨岡さん」

 

 胡蝶は瞬きの間、迷った。

 そのうえで、隠しておくことはできない敵の情報を口の端にした。

 

「あの竜のおねえさん……どういうわけだか、“竈門くんのことを知っています”──」

 

 それを聞いた冨岡義勇は、一瞬、瞳と唇を震わせ、

 

「……そうか」

 

 とだけ、呟いた。

 しのぶは看取した。

 彼も内心、心穏やかでいられるはずがなかった。

 それを深い泉のような心のうちに秘める男の様子を、胡蝶は幾度も見てきたのだ。

 冨岡は冷静な判断を下す。

 

「胡蝶は、都市に行って、中にいる人々を助けにいけ。ここは、俺が引き受ける」

「確かに。私では文字通り、歯が立たない相手のようです。ここはお任せします」

 

 任せろと即言する冨岡を残し、しのぶは都市外周の壁を飛び越え、街の中心を目指した。

 あとに残された水柱は、激流のごとき清水をもって、竜の猛毒を洗い流さんと、挑んだ。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 そして、今。

 

「もしも~し。聞こえてますか~?」

 

 モモンガたちは、“煉獄”のことについて応答を求める女性の微笑と相対した。

 相対して、どうすべきなのか、数秒を迷った。

〈記憶操作〉の魔法を用いて、自分たちは味方だと誤認させるべきか。だが、相手の雰囲気からして、何か妙な挙動をしただけで、背後を取られるようなイメージしかわかない。ではそれ以外の殲滅魔法で速攻をかけるか? それも難しいと言わざるを得ない。

 

(この雰囲気、まるで)

 

 煉獄杏寿郎──彼と初めて相対した時にも感じた、“気迫”のようなものを感じる。

 モモンガたちではどうしようもない次元の領域、へたを打てば、間違いなく事態が最悪の方面に転落することが確信できる状況で、手も足も出せなくなる。

 

「もしかして──あなた方は都市を襲っている“鬼”の一味、ということでしょうか?」

 

 どうすべきか。どう答えるべきか。答えざるべきなのか。

 そんな一同の中で、先に動いたのは、

 

「あの、えと──も、もしかして、なんですけど」

「?」

「?」

 

 モモンガとペロロンチーノは、声の主を静かに振り返るしかない。

 胡蝶しのぶはにこやかに応じた。

 

「はい? なんでしょうか、薄桃色の粘体(すらいむ)さん?」

 

 ぶくぶく茶釜を見つめる女性剣士は、装備している刃のない刀を油断なく構えつつ、応答する。

 そして、

 

「もしかしてですけど。

 む、“蟲柱(むしばしら)”の、こ……“胡蝶(こちょう)しのぶ”さん、ですか?」

 

 名を当てられた胡蝶しのぶは、薄桃色──ピンク色の粘体(スライム)を意外そうな視線で眺め見る。

 はじめて、胡蝶しのぶに対し、「隙」とよべそうなものが垣間見えた。

 

「え、ええ、──そう、ですが?」

「おおおおおほおっ、やっぱり!」

 

 この場にふさわしくないほどの快哉をあげ、茶釜は胡蝶の方へと歩みだした(・・・・・)。ごく自然に“指を鳴らす”。

 

「いやいやぁ、お会いできて光栄です! データ書籍で見た無限城、あの上弦の弐との戦い! いや、もう本当に感動し」

「待て。とまりなさ!」

 

 胡蝶は切っ先を近づいてくる粘体に差し向けたが、それよりも先に茶釜の“一手”が早かった。

 ぶくぶく茶釜は両腕に主装備の白銀の盾を取り出して、特殊技術(スキル)を発動。

 

「〈騎士の挑戦(ナイト・チャレンジ)〉!」

 

 対象のヘイト上昇値を二乗する技。

 身構える胡蝶は、しかし、すでに赤い粘体の術策にはまった。

 

「〈シールドアタック〉!」

 

 彼女が両手に構えた盾の一つで、しのぶの日輪刀を盛大に弾いた。

 

「〈シールドスタン〉!」

 

 さらにもう一枚の盾がうなりを上げる。

 

「〈メガインパクト〉!」

 

 ぶくぶく茶釜が得意とするヘイトコンボが完成した。

 女騎士の特殊技術(スキル)効果によって、胡蝶しのぶのヘイト管理は、確実にぶくぶく茶釜の握るところとなった。夜闇の中で散る火花が、女剣士と粘体の肌を一瞬煌かせる。

 

「ちょ、茶釜さ」

「いけッ、弟!」

 

 制止の声を上げかけたモモンガの両肩を掴みあげ、合点承知と翼を広げたペロロンチーノは、姉の命令を厳守した。

 

「ペロロンチーノさん?!」

「ここは逃げます、モモンガさん!!」

 

 告げるや否や、ペロロンチーノの広げた巨大な翼が、モモンガの総身を一秒で空に浮かび上がらせ、二秒後には速度を上げて飛行する。

 

「いや、そんな! 茶釜さんは?!」

 

 モモンガはペロロンチーノの飛行する翼に抱え上げられながら、暗黒のおりきった都市上空へ舞い上がり、あっという間にぶくぶく茶釜の戦域から引き離される。

 ペロロンチーノは飛行しながら明言する。

 

「あの女剣士が! どこのだれで! 何者だろうと! ウチのギルド長と──モモンガさんと迂闊(うかつ)に接触させていい状況じゃあない! いま、この都市、この混乱に乗じて、とにかく脱出するしかありません! だから!」

「でも茶釜さんを、置いて、なんて──」

 

 言いかけながら、モモンガは己自身で理解し納得を得た。

 胡蝶しのぶ──彼女のつむぐ声音は友好的かつ淑女然とした響きに満ちていたが、控えめに見ても、あれが“フリ(・・)”であることはいやでもわかった。特に印象的なのは、狩り取るべき獲物を見定める宝玉の双眸(そうぼう)だ。まるで、初対面の時の煉獄を思わせる静かな殺気が、蝶の鱗粉のように月明かりの夜空を星々のように飾り照らしていると錯覚できた。

 おまけに、彼女の出現のタイミングは最悪を極めた。

 自分たちを察知・発見・接近してきた存在であれば、間違いなく、異形の存在たるモモンガたちに対し、追撃・掃討の手をとるだろう。そこへ都市の住人・人間種プレイヤーたちが加わってくるのは、完全な道理といえる。そうなれば逃げるしかない──否、そうなる前に、逃げ出さねばならないのだ。そして、モモンガたち三人──異形種状態での逃走速度は、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるモモンガが、圧倒的に後れを取る。それだけは、なんとしても避けねばならない。モモンガは、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの首魁──「1500人全滅」をなした「悪のギルド」の長であり、なにより、世界に冠たる至宝・世界級(ワールド)アイテムの保有者として有名だ。これを奪われることはあってはならない。なにがどうなっても、人間種の敵の手に落ちるわけにはいかないのだ。他の誰が犠牲になろうとも、それだけは絶対的に避けなければ。

 そして、誰か一人が殿軍(しんがり)として残れば、とにかくあの危険人物──胡蝶しのぶを引き留めることはできる。

 尚且つ、ぶくぶく茶釜のヘイト管理スキルは、そういった殿戦には、うってつけ。

 故に。

 この混沌化する都市の状況下において、姉弟は先行先手の挙に打って出たのだ。

 

「でも、待ってくださいペロロンチーノさん。多分、もしかしたら、話し合うこと、だって」

「ええ。こんな状況で、悠長に話し合ってくれる時間があれば、そうしたいところですけど」

 

 モモンガの骨の肩を掴んで離さずに飛ぶ翼人(バードマン)は、眼下の光景を──謎の敵に蹂躙される街のありさまを眺める。

 

 ……謎のバケモノの襲撃と攻囲を被った、ミズガルズの開拓都市。

 ……プレイヤーを一撃で屠り、バケモノの群れに加える異様な少年剣士。

 ……煉獄を一撃で行動不能にせしめた敵を、破孔深くに埋めた女拳士の蹴撃。

 ……都市の超上空から続々と飛来する落下傘部隊じみた商業ギルドの実戦部隊の数々。

 

 ここが潮目(しおめ)だと全員で確信した。この時こそが、脱出の好機であると。

 実戦部隊の到着と共に、都市住民の総反攻が開始され、戦場はにわかに活気づいた。

 しかし、そこへ、自分たちに敵意をむけつつ、それをひた隠す人間種の存在と、相対。

 故に、ぶくぶく茶釜は触手の指を鳴らして、実弟に命じたのだ。

 

 『私がひきつけている間に、ギルド長(モモンガさん)を逃がせ』と。

 

 煉獄と話し合った──悠長に話し合うことが可能だった時とは、状況がまったくもって、違う。違いすぎた。

 ペロロンチーノは笑って事実を告げる。

 

「心配いりませんよ。姉ちゃんなら最悪、都市の連中にボコられても、ナザリックに復活(リスポーン)するだけですみます」

「────わかりました」

 

 姉弟の心意気を受け、モモンガは翼人(バードマン)の飛行に身をゆだねつつ、急襲してくるバケモノ連中へ、適宜魔法を飛ばす。

 都市の空中戦──騎獣や魔獣や機械兵器の類が正体不明のバケモノを相手にドンパチ騒ぎの隙間を巧みにかいくぐりつつ、モモンガとペロロンチーノは都市を脱出するルートを策定。モモンガの〈全体飛行〉では、こううまくは抜けられない。翼人(バードマン)という飛行を主たる機能とするペロロンチーノだからこそ、これだけ精密な飛行技巧を発揮できるのだ。

 モモンガは、己の判断の遅れを心から悔いる。

 

「……すいません、茶釜さん」

 

 心から名残惜しそうな声を残して、都市中央から離れ、戦場となっていない都市南東方面の森を目指す。

 同時に、本日ナザリック地下大墳墓につめているメンバーに〈伝言(メッセージ)〉をとばして窮状を知らせ、ミズガルズへの救援要請を願った。

 無論、ぶくぶく茶釜が運よく都市での戦いに生き残った時のための救済措置であるわけだが、──はたして。

 

「待ってますよ、茶釜さん」

 

 モモンガたちは戦煙渦巻く都市から逃れ、暗い夜の森に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾伍話  煉獄杏寿郎、守りぬく──しかし

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 都市中央における戦局は、プレイヤー側の優勢へと推移しつつあった。

 繰り出される第十位階魔法や広範囲破壊を可能とする攻撃(アタック)特殊技術(スキル)の乱舞。これまでは都市防衛のために抑止されてきたそれらを惜しげもなく蕩尽(とうじん)することで、プレイヤーたちは謎のバケモノの群れ──後にプレイヤー内で定義される“悪鬼”どもは、超酸性の濃霧に崩れ、燃え盛る溶岩流に融かされ、落ちる隕石の一撃に覆滅される。大地の大波が敵を飲み込み、大地震が地割れを起こし、万の雷が地上の鬼どもを貫き、神の炎が不浄なるものすべてを焼き滅ぼしていく。

 その周囲にある建物──都市もろともに塵埃(じんあい)と化し、すべてが電子の世界に還元される。

 

『北西地区、完全に焼失を確認』

『つづいて西門広場、完全焼却を確認。敵勢力を殲滅』

『西郊外では、いまだにレイドボスが隔壁破壊を継続。爆撃部隊を投じます』

『侵攻を受けていた農産プラント、一号機から八号機──完全停止。自爆シークエンスへの移行を願います』

 

 耳飾り(インカム)ごしの通信に対し、ノーオータムのギルド長は即応して「やれ」と命じる。

 お嬢の命令から数秒後、開拓都市の南西方面に展開されていた農産工場地帯が、激烈な虹色の極光を吐き出して、ユグドラシルの夜を照らし、轟発。

 

「これで、第十一都市の北と西エリアは壊滅です。──お嬢、本当によろし」

「よろしいわけねえだろうが、ボケ」

 

 今夜の戦いで。第十一開拓都市──ミズガルズ《最奥》への道を開くための橋頭保(きょうとうほ)は半壊し、さらに被害の規模はいやますばかり。もはや、ここが都市として機能するための力は完全に失われた。残された開拓都市の方へ人員や資材を輸送したとしても、“ここ”に投じた人的資源と圧倒的な時間は、どうあっても取り返しようがない。

 まったくの大損となった。

 

「絶対に許さねえぞ、あのクソガキ」

 

 怨嗟(えんさ)を込めて、今回の負債をギルドに負わせた張本人と思しき存在を、お嬢は鋭い視線で睥睨(へいげい)する。

 準ワールドチャンピオンの繰り出した大攻撃──特殊技術(スキル)〈イナズマキック・改Ⅴ〉で生じた破孔の底にいる少年を、インターフェイスの拡大鏡(ルーペ)(課金アイテム)を使って視認。

 緑と黒の羽織に、五本の尖鋭的な触手を伸ばす奇怪な刀──大爆発の熱量を受けた総身は、並みのプレイヤーであれば“火傷(致死)”の状態異常(バッドステータス)に罹患するはず……なのに。

 

「あ、ああ、あ~あ……あ、あ、あぁと……いいいいぃいきなり、ひどいこと、しますねぇ、お嬢さん?」

 

 正真の化け物がそこにはいた。

 少年は重度の火傷に侵される身体を──全身が火だるまに覆われている体躯を、破孔の中心から引きずり出す。

 ふらつく身体で歩みを進めるごとに、炎は見る見るうちに沈下し、お嬢の蹴り足(イナズマキック)の直撃を受けて粉微塵に吹き飛んだ左眼と左脳も、防御に使った左腕全体も、完全に“復元されていく”。

 

「……ありゃあ、どう見てもプレイヤーじゃねえな」

 

 お嬢の率直な判断に、傍に控える木こり(ランバージャック)は首肯を落とした。

 いっそグロテスクなまでの敵少年の回復ぶり。筋繊維や神経節、内臓物の赤や頭蓋骨の白まで見事に再生され、元通りの少年の頭部を構築していく様は、通常プレイヤーにはありえざる事象である。プレイヤーにも“四肢欠損”などの重篤な状態異常は発生するが、それはユグドラシル(ゲーム)の仕様上簡略化され、まるでプラモのオモチャがもげた程度の外装変化しかもたらさない。だが、少年の変形ないし変型ぶりは、あまりにも精密かつ緻密さを備えていた。ああいうものが発生する例外は、ユグドラシル広しと言えどもただひとつ。

 

「運営の用意した、イベントNPC、ってところか?」

 

 無言で側近の大男が頷くのを横目に、お嬢は観察と推察を続ける。

 まるで地獄の亡者のような、凶悪な面構えだ、優しさと慈しみに溢れる微笑を刻む左の顔とは裏腹に、右側の肉腫が膨れ上がった表情は殺意と怨念が凝縮された鬼面のそれでしかない。

 

「運営からのイベント告知は?」

「現在、本部で問い合わせておりますが、それらしきものは何も」

 

 お嬢は大きく舌を打った。

 ユグドラシル、というよりも、DMMO-RPGは、その広大さゆえに、各ワールドごとにイベントが常時多発している。討伐クエストや収集クエスト、場合によっては過去イベントのボスキャラまで復刻されているため、遊びたおすには無限の時間が必要に思われるほどだ。

 さらに、あのクソ運営のことだ。水面下で秘匿イベントを進めておいて、事態が混迷を深めたころに、九つの世界全土にイベント告知を大々的に発することも十分ありうる。

 曰く「その方が臨場感があっておもしろいだろう」とのこと。

 

「くそ運営のやることは分からん。……胸糞悪い」

 

 ユグドラシルの運営会社の“上”に位置する大企業──ストームグレンは、本当にこれでいいと思ってやっているのか疑わしいレベルだ。

 異形種PKポイントでのプレイヤー抗争しかり。

 壊れ性能の世界級(ワールド)アイテムしかり。

 とりあえず、臨場感があるという言は認めてもいいお嬢であるが、それによって自分のところのギルドがクソみたいな被害を被ってしまっては、どう考えても面白くない。無論、運営のそういった傾向──放埓(ほうらつ)気儘(きまま)なイベント投下を十分警戒するために構築したのが、ギルド:ノー・オータムの都市防衛システムであったのだが、今回は何故か、それが一切通用しなかった。お嬢はふと思い出す。

 

(確か、先代のころ、ワールドエネミーの九曜喰らいが眷属を率いて攻めてきた時も、こんな感じだったっけな……)

 

 などと、懐かしい回顧録を紐解いている場合ではない。深さ十数メートルの破孔の底で完全に傷を癒しつつある少年の様子を見るに、うかうかしていられる状況ではない。

 袖付きグローブを固く嵌めなおし、極光をまとうブーツをいつでも起動できるように足を半歩開いて準備する。

 お嬢が〈竜殺しの外套(タルンカッペ)〉で致命個所(クリティカル・ポイント)の首元を覆い、敵意を剝き出しにして少年へと蹴りかかろうとした、その時。

 

「ま、まって……くれ」

 

 木こり(ランバージャック)の巨大な肩にかつがれた剣士(ソードマン)……白い羽織を纏い、赫い刀を死んでも放すまいと固く握った男が、意見具申を求める。

 煉獄杏寿郎──第十一開拓都市で、キサツタイなる組織(クラン)のまとめ役に近い男は、片目を開けてお嬢を見やる。

 

「か、彼は、俺が……竈門少年を名乗る、お、鬼は、俺が、相手、を」

「そんな状態でよくもまぁ──」

 

 なりきりプレイを強行できるな、とは言明しないお嬢。

 ユグドラシルには様々なプレイヤーがいる。

 過去作品のなりきりキャラなど、それこそ()いて捨てるぐらいに。

 残念ながらお嬢は、煉獄杏寿郎が都市の住人であること──ほかの都市住人たちからも、その戦闘力や為人(ひととなり)から信頼を置かれていることは認知しているが、彼が演じる作品のキャラ──バックストーリーにかんしては、まるで興味を(いだ)いていなかった。

 

「おい。早いとこ、そいつをクラン連中のとこに運んどけ」

 

 この戦況で遠くのバリケードからバケモノ連中を仕留めて前進してくる者たちに一瞥(いちべつ)をくれるお嬢。治癒薬もかけておいてやれよと促しておく。

 

「わかりました、お嬢──存分に、暴れてらっしゃいませ」

 

 待てと呻く煉獄であったが、重体の身で大男の膂力(りょりょく)を引きはがすことはできなかった。煉獄を戦線から引きはなしたお嬢は、改めて竈門少年なる少年と対峙し

 

「──ッ」

 

 ようとした瞬間、白銀の機械槍を真上に感じた。

 しかし。お嬢はごく自然に体を揺らし、流れるような手捌きで槍の軌道を柔らかく押しのけ、合気の技で見事に払いのけてしまう。槍の投手は空中へ放り出された槍の噴進材を起爆し、どうにか体勢を立て直すのが見えた。「しまった」と思うお嬢。父親から叩き込まれてきた体術をゲーム内で使用するなど、彼女の流儀に反したのだ。

 

「モーズグズ……なるほど、ユグドラシルの各地のボスキャラが、竈門少年とかいうNPCの支配下ってわけね」

 

 冥府の橋の門番たる彼女だけではなく、都市のプレイヤーと戦うヴァフスルーズニルやグレンデル・マザー、ちょっかいをかけてくるプレイヤーを翻弄(ほんろう)する女神フレイヤなども見て取れる。

 

「はっ。雑魚ボスが」

 

 神クラスなど恐るるに足らずと拳を握って突撃するお嬢。

 実際問題、モーズグズ程度の敵であれば、準ワールドチャンピオンと評される出力を持つお嬢の敵とはなりえない。

 課金拳の一撃で葬り去ろうと、拳の攻撃出力を倍加させる──だが。

 

「あ?」

 

 モーズグズの中心──胸部装甲を貫き抉るほどの一撃を、モーズグズは平然と受け止め、耐え抜いた。

 それ自体は驚くには値しない。何らかのイベントアップデートという線は十分ありえる。だが、しかし、

 

(こいつ、……こんな表情だったっけ?)

 

 かつて、モーズグズとやりあったことのあるお嬢は、その場に決然と踏みとどまり、槍の穂先で必壊の拳に拮抗する女騎士のありさまに、しばし魅入る。

 首元にはまるで、一度首斬られた後に接合された痕のような腫瘍が膨れる、銀髪褐色の眼鏡女。

 

(なんか、“いきいきしてる”?)

 

 お嬢は自分自身が懐いた感想に対し、内心で頭をひねった。

 何か文句でも言いたげな──しかし、ただのNPC故に発話機能など持ちえない冥府の女門番の表情に対し、女拳士は興味と好奇を覚えながら、なんの容赦もなく蹴りを入れた。

 一瞬にして建物数棟を破砕し、西門のあたりまで飛びすさるボスキャラ──文字通りの一掃である。

 そちらを完全に無視し、竈門少年なるクソボスへと、二秒で肉薄。

 

「死ね」

 

 振りかぶった拳が虹色に激発する。

 決着は一瞬かと思われた──が。

 

「ずいぶんと、足癖の悪いお嬢さんだなぁ」

 

 異形の少年は薄ら笑いを浮かべて、お嬢の拳を阻む。

 神器級(ゴッズ)装備以下であれば容易に破壊可能な威力を込められた一撃が、少年の振るう五本の竜尾の一本のみで絡め防がれた。

 

「てめえ」

「それでは、お返しです」

 

 言うが早いか、鬼顔の少年は残る四本の刃を躍動させ、お嬢の背後から一挙に貫こうとした。……しかし。

 

「壱ノ型 不知火!」

 

 極火の一閃が、両者の間に割って入った。

 

「な?」

「ちッ」

 

 木こり(ランバージャック)の救援と治癒の手から逃れ、技を繰り出した煉獄が、すんでのところで異形の攻刃を(はば)んだ。驚くお嬢と、不快気に舌打つ炭治郎。

 だが、煉獄は技の反動を受け損ね、血反吐を吐きながら転げまわるも、依然として、闘気と戦意の炎は揺るがない。

 炭治郎はあきれ顔で肩をすくめる。

 

「あーあー、いい加減にくたばったらどうです、煉獄さん? もー、呼吸するのもつらそうじゃないですか?」

「貴、様、が、竈門、少年、称する、以上、俺は、けっして……貴様を許さない!」

「……本気でウゼェな、おまえ」

 

 炭治郎の瞳に、憎悪の埋め火が見え隠れする。

 息をするのもつらそうな煉獄の隣で、お嬢は慨嘆にも似た感じで、煉獄杏寿郎のありさまに見入ってしまう。

 

「──あんた、まるで本当に、生きてるみたいね」

「……、……、……なに、か?」

「いんや。なんでも」

 

 二人は、刀と拳を同じ方向に向けて構える。

 竈門炭治郎と自称する鬼が、遊弋する蛇のごとき異形の刀身を揺らめかせながら牽制している状況で、お嬢が治癒薬を取り出すのは致命的な隙を生じるだろう。

 炭治郎が嘲弄めいた目つきで二人を睨むこと、数瞬。──戦場の一角で、金属同士の響く高音が響いた。

 お嬢が目をやると、都市の建物の上を勇躍し跳躍する人間と異形の姿。……このとき、音もなく飛び立って高速飛行する翼人(バードマン)と、彼に連れられた骸骨の魔法使い──悪のギルド長を正確に捕捉できた者は一人もいない。

 彼女が見て取れたのは、煉獄に似た衣服の上に美麗な羽織を纏う女性剣士と、彼女の追撃を必死にかわしつつ、盾で応酬するピンク色の粘体(スライム)

 

(あれは?)

 

 女性剣士の方に見覚えはなかったが、粘体の方は、どこか見覚えがある気がした。

 しかし、どこで見たのかは思い出せない。

 思い出せないが、この都市を襲っているバケモノの一体と見做(みな)すのが筋というところだろう。お嬢は耳飾り(インカム)で部隊のひとつを呼びつけた。

 

「狙撃班B。大市場南西の建物屋上に敵兵、見えるか? そうだ。粘体のやつを狙撃しろ。間違っても人間のほうには当てんなよ?」

 

 戦場に複数展開した狙撃チームのひとつが即応する。

 甲高い発砲音と共に、粘体種にも有効な弾頭──魔法弾が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

「〈シールドアタック〉〈シールドスタン〉〈メガインパクト〉!」

 

 執拗に繰り出される盾の連撃に、胡蝶しのぶは辟易しつつも、柱たちの中で随一と称される“突き”の連撃で応じる。

 

「あなたがたの目的は何です? どうしてこの都市に、人間の街に、異形種と呼ばれる方々がいらっしゃるので?」

 

 逃げた仲間(モンスター)たちから“チャガマさん”と呼ばれていた粘体は、しのぶの問いかけに応じようとしない。

 ただただ、胡蝶の注意を自分一人に集めている──理由など明白だ。逃がした仲間たちを追わせないためにすぎない。

 その意気込みは殊勝(しゅしょう)であり、戦場においては褒め讃えるべき美徳ともいえるが、しのぶとしては、いい加減に我慢の限界が近かった。

 

「蟲の呼吸 蜈蚣(ごこう)ノ舞 百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)

 

 建物の屋根を蹴り砕くほどの、踏み足。

 これまでのものとは比べようもない突進連撃に対し、粘体は即座に防御を張る。

 

「〈ウォールズ・オブ・ジェリコ〉!」

 

 城壁もかくやという防御スキルの形成。

 まんまと攻撃を防がれてしまった胡蝶は、更に困惑を深めた。

 

「あなた、今の私の技がどんなものであるか、見切りましたね?」

 

 否。

 見切ったという次元ではない。

 あれはもはや、最初から何が起こるか知っていたというべきだろう。

 そうでなければ、あれほどタイミングよく防御壁を築けるものだろうか。否、出来はすまい。上弦との戦いでこそ直接的には及ばなかったが、胡蝶しのぶの剣技は間違いなく、柱に列せられるにたる領域に位置していること疑いないのだ。

 対して、逃げるピンク色の粘体は応じない。

 不定形の触腕で二つの盾を構え、胡蝶の攻勢をしのぎ続ける手技は見事であるが、だからこそ()せない。

 

「私の技がなんであるか知っているのなら、お仲間の二人と共に、私を攻略することも容易だったのでは? なぜ、そうなさらなかったのです?」

「……それは」

 

 相手が言い淀む姿勢を、胡蝶は見逃さない。

 

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」

 

 毒薬を調合して、得意の刺突連撃を放った。

 無論、茶釜はそれをも防御しきった──かに思われた。

 

「な!」

 

 粘体の彼女が驚愕するのも無理はない。

 今回、蟲柱が調合したのは、鬼を殺す毒というよりも、装備品である金属を溶かす劇薬を調合したのだ。そんなものを調合して日輪刀自体は大丈夫なのかという疑問は自然と湧くのだが、どうやらこの世界では、そういった薬の調合も、そして、それを武器に通してしまうことも大いに有効なようだ。胡蝶がアルフヘイムで学んだ新戦術である。

 片方の盾が融けたことで、一枚の盾のみを構えざるを得なくなった粘体の乙女は、それでも尚、抗戦する気概を保ってみせた。

 いったい、なにがそこまで彼女にさせるのか、胡蝶は興味本位で尋ねてみる。

 

「そんなにお仲間さんを逃がしたい事情が?」

「……そりゃあ、まぁ」

 

 茶釜は盾を構えたまま、胡蝶しのぶに話し出す。

 

「正直──こんな状況でなければ、あなたのような鬼滅のキャラクターとは、戦いたくありませんでしたし」

「……きめつ、の? キャラ?」

 

 彼女が意味のないことを言って(けむ)に巻こうとしている、とは、とても思えなかった胡蝶は首をひねるしかない。

 

「でも、モモ──うちのギルド長を、危険にさらすわけにはいかないんで。うちらの判断ミスで脱出のタイミングを逃したけど、私一人が(おとり)になって、仲間と弟を無事に逃がせれば、それで万々歳ってわけで」

「……そうですか」

「それに、最近はある人、煉獄さんの影響で、ゲームで真剣(マジ)になってみるのも、正直ありかなぁって」

「…………煉獄? あなた、まさか、煉獄さんを!」

 

 知っているのかという声は言葉にならなかった。

 その前に、都市を席巻し始めた商業ギルドの部隊によって、ぶくぶく茶釜は完全に狙撃された。

 

 

「あ」

 

 

 発砲音と共に、片腕に残っていた盾が音高く砕け、同時に、魔法の炎が粘体の周囲で連鎖爆発した。通算二十回分にはなるだろう魔法ダメージだ。

 胡蝶が助けようと延ばされた手は届かず、ぶくぶく茶釜は衝撃にうちのめされるまま、建物の屋上・五階から墜落を余儀なくされた。

 狙撃班は、べしゃりと市場の石畳に撒き散らされた粘体のさまを確認した。

 

「標的は…………まだ生きていますね」

 

 スコープで確認した狙撃手は舌を巻いた。

 彼らは知らぬこととはいえ、ぶくぶく茶釜はギルド:アインズ・ウール・ゴウンの誇る防御役(タンク)の一人だ。その純粋な防御力は、通常の粘体種のそれではない。

 

「しかし、赤色系統の粘体(スライム)なんて、そこまで珍しくもないモンスターですが、仕留める必要が?」

「うちのギルド長の命令だ。都市にいるバケモノ連中は一切合切、全員始末せよ、ってな」

「了解」

 

 狙撃班Bは次発装填を終える。

 茶釜はなんとかその場を脱しようと触腕を伸ばすが、〈意識昏倒〉の追加状態異常(バッドステータス)に襲われ、身動きもままならない。

 これは私刑(ボコ)られるの確定したなと諦念しつつ、続けざまの砲撃音──トドメの魔法式誘導弾頭ミサイルの襲来を遠目に見つつ、茶釜は目を閉じた。

 だが、

 

「?」

 

 予期していた衝撃は訪れなかった。

 代わりに、ものすごくたくましい腕のぬくもりを感じた。

 茶釜は目を開けた。

 

「…………へ?」

 

 彼女は、常とは違う高さの視線を味わった。

 そして、感覚をいくらか遮断するゲームではありえない感覚を、彼と共有した。

 荒い呼吸音が至近で響き、焔のように熱い血潮が巡る胸板に、彼女は、粘体の顔をうずめていた。

 その事実に気づいた瞬間、茶釜は現実の心臓がやけに高鳴り、鼓動が熱くなっていくのを感じる。

 遅れること数瞬。

 何者かの一太刀によって、魔法のミサイル弾が一刀両断にされ、木端微塵に吹き飛んでいた。

 その超絶技を重傷の身をおして放った男は、危機に瀕していた友人を固く腕に抱いて、離さない。

 

「れ、…………煉獄、さん?」

 

 茶釜を助けた炎柱は、深い呼吸を繰り返し、口元を血反吐で濡らしながら豪語する。

 

「──彼女は、“(オニ)”ではない!!」

 

 誰もが驚愕することを宣言した。

 キサツタイを組織した男が、その片腕に異形(バケモノ)を乗せ、決然とした眼差しで、戦場に満ちるプレイヤーたち──キサツタイの皆が遠く見守る中で、告げる。

 

 

 

 

 

「彼女に手を出すものは、この煉獄杏寿郎が、相手になろうっ!!」

 

 

 

 

 

 いかなる反言も抗弁も許さないという、決然たる瞳。

 都市のプレイヤー全員が瞠目(どうもく)沈黙(ちんもく)する中、豪気に言い放った煉獄に向けて、玩弄(がんろう)するように鼻を鳴らしたのは炭治郎であった。

 

「ぷはッ。何を言い出すかと思えば、そいつがオニではな~い?

 どこをどう見れば、それがオニじゃないって言うんです?

 どっからどうみても、異形のバケモノでしょうが?」

 

 彼が指摘する通り、煉獄の片腕に抱かれる異形は、人のそれとは(こと)なる(なり)であった。

 

「つくづく見下げ果てたものですね。そんな出来損ないの異形を守って、いったい何をしようってんです? 煉獄さん?」

 

 煉獄はしばし呼吸を整えた。

 そして(のたま)う。

 

「鬼舞辻無惨を斃す」

 

 続けざまに告げる。

 

「鬼舞辻無惨を滅する」

 

 ただそれだけだと、語り終える煉獄杏寿郎。

 そんな彼の愚直さに、竈門炭治郎は怒髪天を突く思いで()めつけた。

 

「──調子に乗るな、デク人形ごときが! いったいドノクチで、ダレを斃すなどと!」

 

 憤怒の瘴気を背後にくゆらせる炭治郎が、煉獄への攻勢に討って出ようとした、その時。

 

 

 

 

《 炭治郎 》

 

 

 

 

 どこからともなく声が(とどろ)いた。

 この場にいるすべてのプレイヤーは勿論、煉獄にも、柱にも、そして──炭治郎にも。

 

《なにをしている、炭治郎?》

「あ、──あ、あ」

 

 炭治郎の表情が、一変。

 血流が滞ったかのように面貌は蒼褪(あおざ)め、(おか)にあげられた魚のごとく、息ができないでいるように見える。

 姿なき男の声は続ける。

 

《冷静に、周りをよく見るのだ、炭治郎》

 

 促された少年は都市を見やった。

 都市を攻囲していたはずの悪鬼たちの陣容は崩れ去り、敵対勢力──プレイヤーたちの逆撃、大部隊からなる殲滅魔法によって、覆滅される個体数は増加していた。いかに炭治郎が鬼どもを量産できても、このままでは(らち)が明かなくなること疑いない。趨勢はまさに火を見るよりも明らかだ。

 

《すでに状況は決した。これ以上、そこに留まるは、利が薄い。

 であれば“退却せよ”──炭治郎》

 

 命じられた少年は(あえ)ぐように虚空へと語った。まるで幼児が親に悪戯の言い訳を述べ立てるような、途切れ途切れの口調で。

 

「し、しかし、しかし、まだ、僕は、あなた様の、ご、ご命令を!」

 

 与えられた使命を完遂できていないと(おび)えすくむ少年の姿が、そこにはあった。

 そんな彼の耳朶(じだ)に、声の主は透き通るような慈愛の言葉をかけてやる。

()い》と。

《佳いのだ》と。

 

《これ以上は何の実りも得られぬ。ならば、おまえは戻るべきだ。“私のもとへ”。そうだろう? 炭治郎?》

「あ、……わか、──わかり、ました」

 

 その一言を聞いて満足したように、男の声は消え去った。

 残された炭治郎は、殺し損ねたキサツタイ──その発起人である鬼殺の剣士──煉獄杏寿郎をギッと睨み据える。

 

努々(ゆめゆめ)忘れるな。

 キサツタイ──おまえらは、僕が、必ず殺してやる!」

 

 その一音を最後に、炭治郎はヴァフスルーズニルが詠唱した〈転移門(ゲート)〉の闇に沈む。

 続けて、眼鏡にヒビの入ったモーズグズ、正気に戻ったグレンデル・マザー、あくびを吐くフレイヤの順に門をくぐり、最後は都市郊外にいたファフニールたちも去り、都市のそこら中に跋扈していたバケモノたち──“悪鬼”のすべてが、闇色の底に没して消えた。

 

 残されたのは、建造物の八割九割が全壊し炎上した、都市の夜景。

 

 すべてが歪な悪夢であったかのように消え去った後で、煉獄杏寿郎は膝を屈し、泥のように眠り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※お嬢が言及している企業名は、原作にはない独自要素です。
 ただ、わかる人には「おや?」と思える名前でもあります。


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第拾陸話  鬼、氷河城に帰還す

※注意※
 R-15
 残酷な描写

 無惨様のターン


/

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ヘルヘイム《最奥》──氷河城周辺の山岳地帯。

 ギルド:ワールド・サーチャーズ〔ヘルヘイム方面〕──その調査隊の旗が立っている。

 寒冷地用の純白のテントから、外をのぞく人物が、一人。

 

「見えますか、隊長?」

「ああ──」

 

〔調査団〕のなかで前線調査部隊長を務めるプレイヤーの男は、強風に揺れるテントの中に横たわり、双眼鏡のアイテムをのぞきこむ。

 距離にして1キロ先、吹雪の奥で(そび)える白亜の城──その“入口”である銀色の城門を眺めやると、実に感慨深いものが込みあがる。

 

「ようやく、ここまでこれたよ」

 

 テントの中には、彼と共に調査活動に従事するプレイヤーが四人。全員が雪山登山の装備をしているが、これは〈氷結〉や〈冷凍〉対策のためであることは言わずもがな。そして、彼らはゲーム世界での雪山登山に興じる観光客というわけでは、もちろんない。人種も種族もバラバラの男女五人。探査系職業を数多く習得し、部隊長を就任した人間の男。軽機関銃とサバイバルナイフで武装した女森妖精(エルフ)。調理したスープで暖を取る調教師(テイマー)の小人。ふわふわもこもこの白い毛並みで隊員らをくつろがせる熊系の獣人(ビーストマン)。簡易暖炉に火をともしている火精霊(ファイア・エレメンタル)も調査隊の一員、プレイヤーの一人であった。

 部隊長は今回の活動内容を総括するように語る。

 

「前の調査の時は、第三チェックポイントまでしかこれなかったからな。今回の俺たちで、調査拠点を新しく五つも築けた──大成果だよ」

「いやぁ“致死のクレバス”地帯、あれガチでクソ仕様ですからね。落っこちたら飛行不能、おまけに耐性アイテム関係なく即死亡とか」

「土地探査スキル使っても、秒単位でクレバスの開く場所が変わるとは。あんなフィールド作るとか、運営の奴等ブッとんでやがりますよ」

「ははは、違いない!」

「だからといって、この猛吹雪の空を飛行してたら、五分で〈完全冷凍〉、おまけに最上位の霜竜(グレイテスト・フロストドラゴン)災厄の霜巨人(フロストジャイアント・オブ・カタストロフ)の群れに襲われ、食い尽くされる。ヘルヘイムの氷河城は、まさに天然の要害よね」

 

 火精霊の女プレイヤーが言うように、氷河城の難易度は周辺地域一帯からして極悪をきわめた。それゆえに、ギルド:ワールドサーチャーズをもってしても、これまで本格的な調査は行えておらず、目下のところ、ここにいる五名の調査チームが、もっとも深部に接近していると、そう見て間違いない。城の「数十キロ圏内」は極悪かつ強力なモンスターの巣窟と、耐性や対策なしでは数分とて活動を継続できない永遠の吹雪にとざされている。そんな純白の危険地帯を乗り越え、モンスターの脅威を最低限に狩り取りながら、少数精鋭で「数キロ圏内」に足を運べたのは、おそらく彼らが初であった。

 

「言うまでもなく高難易度ダンジョンでしょうね。あの氷河城は」

「拠点ポイント上限の3000は確実でしょうよ」

「ニヴルヘイムの鋼鉄城と似た外観だし、何より、あそこには二人目の「ヘル」が、腐蝕姫とは違う災厄姫がいるって、黒城を落としたチャンピオンのギルドが確定情報を流してくれたからね」

「ああ、“最上位死霊王”さん」

「拠点のボスキャラとの共同統治形式だと、得られる情報は質が違うからね」

「死霊王さんといえば、非実体のアストラル体なのに、あの決勝戦動画、観た? あんなのが可能とか、ほんとチャンピオン勢はどういう脳みそしてるんだか」

「どっちかっていうと肉体(フィジカル)方面の影響が大って聞くけど?」

「なんにせよ、ユグドラシルの貴重な情報をくれた人物だ。どっかの「悪のギルド」さんよりも、よっぽど好感が持てるね」

「うちは、あっちの方が好きよ? PKKを標榜する団体なんて、あまりないし」

「でも、僕は「1500人全滅」には、いまだに納得がいってないです。絶対チートでしょ、あれ」

「運営が正式に『チートじゃないから文句いうな』って表明したんだから、あきらめなさいな」

 

 雑談に興じる部隊員たちに交ざりながら、部隊長は今後の方針を示す。

 

「気象予報のスキルだと、あと十分そこらで吹雪が少し弱まる、そのタイミングで、入口までいけるだろう」

「入口で、仲間を呼ぶ〈転移〉関係が可能かどうか、調べるわけですね?」

「ああ。でも、まぁ、十割無駄だろうな。が、やるだけの価値はある。頼むぞ、皆」

「おお、いよいよか。鳥肌じゃなくて熊肌たってきたぞ」

「はいはい。〈記録〉のカメラ準備して」

「暖炉はギリギリまでつけとくわよ」

 

 全員が承知の首肯を落とし、テント内を片付け、装備をあらため始めたとき、

 

「ん?」

 

 隊長は視線を感じた。

 だが、〈敵感知〉のそれには反応がない。

 本当に、遠くから誰かに見られているような気がして、彼は再び双眼鏡(アイテム)で氷河城の入口を見た。

 

「あれは?」

 

 人影が見えた。そんな気がした。その影は瞬きのうちに消え去った。まるで夢か幻のごとく。

 気のせいだったろうかと首を傾げた隊長は、仲間たちの方を振り返ろうとして──ふと、灯りが消えた。

「どうした」という声を発することはできなかった。

 

「…………え?」

 

 テントの中に、仲間たちはいなかった。まるで微風の粒子に変じたかのごとく、彼の視野から消失した。

 銃火器を帯びた女エルフも。

 モンスターを調教(テイム)する小人も。

 シロクマのようだった獣人(ビーストマン)も。

 寒冷地対策要員の火精霊(ファイア・エレメンタル)も。

 

 誰もいない。

 皆がいない。

 

 いるのは、自分ひとりだけ。

 そんな馬鹿なと思いつつ、彼らの痕跡を探ろうと視線を走らせる。

 あるいは、モンスターの奇襲だろうか。しかし、そんな気配があれば、即座に気づけたはずである──なのに。

 

「な、なんで?」

 

 暖炉のおちたテント内に吹雪の寒風が吹きこんだ。

 隊長は背筋が凍るように感じた。ゲーム内の冷気が、現実の脊髄を貫くがごとく思えたが、それは錯覚にすぎないはず。

 

「……は、ははは。皆、なにして、あ、ああ、あれか? ドッキリか、何か、か?」

 

〈透明化〉や〈不可視化〉の魔法なんて、タチの悪い冗談はよせよと空笑う男は、ふと、自分の手元が濡れていることに気づく。DMMO-RPGではありえないながらも、その触感は否でも肌の表皮を凍てつかせた。

 暗くなったテントの中に充満する液体の正体──

 

「────血?」

 

 このゲーム内ではありえざる嗅覚がかぎつけた、鉄のにおい。

 かすかな粘性を持つ赤黒い液体が、分厚い手袋に包まれた己の掌を染め上げていた。

 尋常でないことが起こっていると理解しつつも、彼はその場から、一歩も動けない。立ち上がることはおろか、身動(みじろ)ぎすら不可能だった。

 テントの外から、再び例の視線を感じ取る。

 感じながらも、首を巡らせることができない。

 肉を噛み、骨を砕き、皮を裂いて血を啜る音色が、酸鼻を極める“食事”の風景が、嫌になるくらい鼓膜を叩いた。

 ありえないことだと思った。ユグドラシルの仕様上、そこまでグロテスクな表現描写・攻撃挙動はできないはず。そう思いながらも、“何か”を喰らう“何者か”の存在を、これでもかと認識してしまう自分がいる。

 隊長は浅い呼吸を繰り返しながら、全神経を総動員し、全身に残る勇気を振り絞って、背後を振り返った。

 そして、見た。

 

 

 

 ──白色の闇の中に鎮座する、臓物(そうもつ)の肉塊。

 ──尖鋭な爪牙(そうが)と暴悪な眼球による、異形。

 

 

 

 観測者たる彼が理解できたのは、そこまでだった。

 仲間たちの死骸を食い散らかすバケモノを飼いならすように──あるいは体の一部であるかのように(うごめ)かし、足元に這いずり回らせ蠕動(ぜんどう)させる、『恐怖』の具現。

 氷点よりも冷えきった視線を投げかけてくるのは、人であって人ではない、男の姿。

 ……直感が告げていた。

 ……あれは“鬼”の()だと。

 

 

 

 

 

 一秒後、彼は悲鳴を上げる間もなく、肉の濁流にとらわれ、頭から(むさぼ)り食われた。

 

 

 

 

 

 その日以降、氷河城至近まで到達していた調査チーム五名はギルドから、

 (いな)

 ユグドラシルそのものから、永久に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ヘルヘイム・氷河城。

 最上層・最高階──“災厄姫の間”。

 氷柱で構築された大伽藍と、雪の結晶を思わせる硝子窓に覆われた城の尖塔は、猛吹雪の中にあっても堂々と屹立したまま、冥府の純白の天蓋にその全容を隠している。だが、その内部ではひそかな変動が起こって久しいことに、気づいているプレイヤーは限られていた。

 その変動の中心人物たる男は、城内の傀儡人形(マリオネット)らを供回りに従え、城に帰参。

 そうして、本来はヘルヘイムの支配者たる女城主が座すべき玉座に傲然と腰掛ける男──鬼舞辻無惨は、口の周りを鮮血と臓物で汚すような醜態を見せず、しかしながら、久方ぶりに味わった“食事”に対し、特上の満足を覚えつつ頬杖をついた。

 

「やはり(かつ)えていると、肉の美味なることを思い出せて良いものだ……、……ッ」

 

 それを過日教えてくれた哀れな女の幻影を思い起こしたことを一瞬ながら不快に感じ、男は玉座の傍に控えている少女──清楚かつ華奢な裸体を縛鎖と首輪につながれた、氷河城の旧女主人を肉の鞭で叩いた。

 痛みをこらえる少女は、手に持っていた人血入りの酒瓶と銀トレイを取り落とし、けたたましい騒音を発して、城の新しい主人をさらに不快にさせる。

 

「せめて女中(じょちゅう)ぐらいの役割でも十全に果たせんのか? ──この愚か者めが」

『も、もうしわけ、ありませ……ひぐ、ぅう……』

「そんな無様(ぶざま)をさらして、この冥界の主人のつもりか? まったくもって惰弱(だじゃく)の極み。己の分をわきまえるがいい」

『ううぅ……パパ……パパぁ……』

 

 ヘルは屈辱に頬を真っ赤に染めて自身の父を呼んで(はばか)らないが、無惨は一向に興味がない。

 はなはだ鬱陶(うっとう)しい。これ以上すすり泣くようならば、その両目をくりぬいてやろうかとも思う無惨であったが、その試みは実現しない。理由としては、二つ。半死人たる彼女を害したところで、傷は瞬きの内に修復されることが、ひとつ。いまひとつは不愉快な思いを埋めてやまぬ感慨の源泉──待望していた者の帰還を、肌で感じ取ったから。

 

「ふふ……戻ったか」

 

 ほどなくして、災厄姫の間の大扉が、開く。

 

「ただいま、戻りました……無惨、様」

 

 後背に引き連れた隷属ども──モーズグズらを連れて、(こうべ)を垂れてつくばう少年──竈門炭治郎の姿を見て、無惨は何の逡巡もなく純白の玉座から身を離した。

 

「おお、炭治郎。よくぞ戻った!」

 

 快声をあげ、まるで凱旋を祝すように両手を広げる鬼の始祖は、足音も高く己が生み出した炭治郎のもとへ歩み寄る。

 

「こ、此度の外征に際して、ま、誠に、弁解のしようもなく」

 

 怯え震える炭治郎を、だが、無惨は暖かくやわらかな抱擁でもって迎え入れる。

 対する少年は、恐懼(きょうく)に震えながら、創造主の言葉を耳朶(じだ)に直接たたきこまれた。

 

「なにか怪我などをおってはいまいな? 私に匹敵する再生力があるとはいえ、あの女拳士に埋められたときなどは、さすが肝を冷やしたぞ?」

「も、申し訳ありません。あ、与えられた力を存分に生かすことが出来ず、ま、ましてや、あの、あのキサツタイ、抹殺の命に沿うこと、かなわず」

「よいよい。()いと言っているだろう、炭治郎?」

 

 外界は永劫の冬による寒風が吹きすさぶ中、広間の温度は適温を維持している。にもかかわらず、緑と黒の市松模様の羽織を纏う鬼は、全身から冷や汗を滝のごとく噴出させていた。

 無惨は彼の汗の一滴すら()でるように頬を撫で、そして語を紡ぐ。

 

「あのような雑魚など、どうでもよい。私が作った最高にして絶対の“鬼”であるおまえさえ無事であれば、それでよいのだ」

 

 まるで我が子を心から慈しむ父のような表情と語調であるが、それも一瞬のうちに転変を余儀なくされる。

 

「──だが、確かに。あのような下賤(げせん)な輩が糾合(きゅうごう)しつつあるのは、不快である事実に変わりない」

 

 その変転ぶりに炭治郎は、不可視の掌で心臓と脳髄を握りつぶされるような恐怖に支配される。

 炭治郎は震える己を御しきれない。

 この世界の鬼殺隊(キサツタイ)を葬り去れなかった、事実。

 その責任を無惨は追及し指弾することはないが、その身の内に隠した不快感の溶岩流は、氷河城を焼き融かさんばかりのありさまであった。

 主人の感情の矛先が自分に向かっていないことを理解していても、炭治郎は怖気(おぞけ)と吐気が込みあがるのを感じざるを得ない。

 無惨は、そんな少年の心情を知ってか知らずか、ただただ、優し気な口調で(さと)し続ける。

 

「おお、炭治郎。先ほども言ったであろう? おまえさえ無事であればそれでよい。此度の失敗ごとき、我らには何の痛痒(つうよう)にもなりはしない」

「は…………はい」

「しかし、無論、次は確実に奴らを葬り去らねばならん。私の“意思を継ぎ”、最強にして絶対の存在(オニ)、神をも超克(ちょうこく)せし完璧な生命であるおまえこそが、この世界において完全なる覇を唱えるためにも、な」

「…………は、い」

 

 炭治郎はうなだれるように拝跪(はいき)した。

 

「よくぞ無事に戻った、炭治郎。今宵はじっくり休め。城の物をいくらでも費やして構わぬ。なんとなれば、そこの(ヘル)に寝所の相手でもさせようか?」

 

 無惨の提案に、悲鳴を飲み込む少女に感応したわけでもなく、炭治郎は頭を床に向けたまま固辞する。

 

「い、いえ。それ(・・)は無惨様の戦勝品・所有物であれば。僕ごときが手を付けるべき正当な理由など」

「ふむ。そうか。おまえは今少し戯れることも覚えるべきだろうが……まぁ、よかろう。私はおまえの意思を尊重するとも、炭治郎」

 

 無惨は心底からの笑顔と共に、炭治郎一行を見送った。

 広間の大扉が閉まったあと、中から嗜虐に耐えるヘルの喘ぎが聞こえてくるが、それらは一切無視する。

 

「…………」

 

 炭治郎たちは階段をくだり、ひとつ下の階層にある武者だまりで歩みを止めた。

 そして、炭治郎は柱の一つに肩を預け、ずるずるとその場に座り込んでしまう。

 彼の身を案じた銀髪褐色の女騎士──モーズグズが、彼の肩に触れながら呼びかけてみる。

 

『────炭治郎様』

 

 途端、モーズグズの右頬を衝撃が襲った。

 通常人類であれば頸椎が捩じ切れるほどの一撃を浴びたことで、割れていた眼鏡が完璧に砕け、石畳の上を転がる残骸となる。

 炭治郎は彼女の胸ぐらをつかみ、語気を荒げて(ただ)した。

 

「……誰の許しを得て、……この僕に触れた?! ああッ!?」

『──申し訳ございません』

 

 牙を剥いて理不尽に拳を振るった主人に対し、女騎士は丁重に罪を謝する。

 炭治郎はモーズグズを突き飛ばすようにして解放した。

 

「いいか。おまえたちは、僕の言う通りに動け。そのためだけの存在だ。そのためだけに、僕の“血”を与え、僕のシモベとなした。僕からの命令、それ以外のことなど、いっさい何もするな。僕は最強の存在──我が父、我が主、我が創造主──鬼舞辻無惨様が生み出した、最強にして最凶の“鬼”なんだぞ?

 そんな僕を、貴様まさか、気遣(きづか)ったのではないよな?」

『……いえ』

 

 応じたモーズグズではあったが、彼女の裸眼には嘘の微粒子がちりばめられていた。

 炭治郎は姿勢を正し、圧倒的な創造主の主張に即するべく、自己を冷徹に規範する。

 

「僕は最強の存在……そう、最強だ……なのに、何故、あんな雑魚どもを狩りつくせなかった! 無惨様の命令は絶対、そう、絶対なんだぞ!?」

 

 創造主の与えられた役儀に反した──そのことが、被造物である竈門炭治郎──その外形をかたどっただけの鬼の心を千々(ちぢ)に乱した。

 うずくまる炭治郎は、腰に差していた刀を鞘ごと胸元に抱きしめ、己の思考の迷路に()まり込む。

 

「まだ、まだ足りないのか? もっと、もっと多くのシモベを作るべきか……しかし、無惨様の許可もなしに、そのような勝手な……」

『ふむ。それでは、今宵はここでお開きということで。あとのことは頼みましたぞ、モーズグズ卿』

『あ、えと、あの。それじゃ、また……』

『じゃあ、また明日ね、グッナーイ、炭治郎ちゃーん♪』

 

 ぶつぶつと己の不甲斐なさに理由付けを試みる炭治郎の姿を見つつ、シモベであるヴァフスルーズニルたちはそそくさと散会した。

 残されたモーズグズは、壊れた眼鏡を拾って、動こうとしない主人を見やる。

 

「煉獄杏寿郎──煉獄杏寿郎──あんな、あんな人間ごときに、何故、僕は──僕が──」

 

 ガタガタと身を震わせ、いつまでも自己嫌悪と自己反省の渦に耽溺する、竈門炭治郎と称されし“鬼”。

 

 あの決戦の時。

 鬼舞辻無惨が鬼殺隊士・竈門炭治郎の細胞を取り込み、一時は支配下において、最強の鬼となしながらも、無惨は竈門炭治郎から切り捨てられた──その時の細胞の残滓をもとに、無惨はこの世界で最強の“鬼”を生み出し、さらには細胞の情報から記憶まで本人のそれを再現しうるように調整されたのが、この竈門炭治郎──創造主曰く、“完璧なる生命”──

 

 そんな彼に忠節を誓う女騎士(モーズグズ)は、片時も彼の傍を離れようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無惨を見た〇〇先生「まるで成長していない…!」


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第二章 ── 異なる者達
第拾漆話  煉獄杏寿郎、夢を見る -1


新章突入

鬼との戦いで倒れた煉獄さんは?


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 煉獄杏寿郎は、夢を見ていた。

 父との稽古。

 弟との会話。

 母との別離。

 それらいつもの夢とは一線を画す──奇妙な、奇態な、奇抜に過ぎる、夢。

 

 

 

 

 地平線の果てまで炎で覆われた大地。

 

 見るものが見れば、彼の『無意識領域』に近似する、燎原の荒野。

 

 煉獄はまったく意識することなく、炎熱が渦巻く大地の上を踏破する。一歩一歩に力を込めて、常の彼らしい健脚のまま。

 

 ここはどこだろうと思う矢先、

 

「       」

 

 誰かの声を聴いた。

 歩きながら耳をそばだてるが、周囲には誰もいない。

 煉獄以外の誰も────

 

「──────!」

 

 煉獄は立ちどまった。

 立ちすくんだというべきだろうか。

 尋常ならざる怒気を孕んだ、言い争いの声量。

 それは至近で聞こえているのに、煉獄の周囲には誰も──

 

「──────?!」

「──────!!」

 

 誰もいないと思っていたのだが、気が付くと、古い屋敷の座敷の中にたたずむ己を知覚して、仰天する。

 しかし、煉獄は声が出ない。

 否。声が出せないどころではない。

 ありえない現象に目を丸くしてその場にたたずむが、体はまるで勝手に──決められたこと・定められたことに沿うがごとく、動く。杏寿郎の意思とは無関係に。

 煉獄は座を見渡していた。

 周囲には侍とおぼしき者たち・帯刀した剣士たちが集い、一人の男を取り囲んで、言葉汚く罵り、糾弾し、断罪していた。

 煉獄は判然としないながら、状況を理解した。

 いかなる理由によってか──どうやら煉獄は、断罪する者達とされる者、両者の間に割って入って、孤立無援なありさまの男を守ろうとする誰かに、なっている……らしい。

 これも夢の不可思議な幻か。

 ひときわ大きな怒号が、煉獄の鼓膜をしたたかに叩きだした。

 

「鬼の祖を仕損じただと!?」

(鬼の、祖、だと?)

 

 その単語に該当しうるものは、鬼舞辻無惨ただ一人だけ──それを口の端にのぼらせることができる者たちとすれば、鬼殺隊以外ありえない。

 だが、彼らの身なりは、杏寿郎の知る現在の鬼殺隊のそれにはあらず。

 規格統一された隊服ではないが、刀を()く姿から察するに、煉獄たちよりもはるか以前の世代であることを物語(ものがた)っている。

 それにしても、この夢はいったいなんだ──煉獄は大いに疑念するが、やはりは声は出せない。

 一方で、弾劾(だんがい)の嵐は、その勢力を増していく。

 侍と思しき者たち──否、鬼殺の剣士らしきものたちは、怒気の大火に燃料をくべて(はばか)らない。

 

「今一歩のところまで追いつめたからなんだ! 討ち損じては何の意味もありはしない! この愚か者が!」

「しかも、傍にいた鬼の娘をみすみす取り逃がしただと!?」

「手落ちにもほどがある! せめて、その鬼の娘を捕らえ、始祖について知りうることを洗いざらい吐かせるべきだったろうに! たとえ拷問にかけてでもな!!」

「貴様の兄の裏切りで、こちらにはどれほどの被害が出たか、分かっておるのか! 我等の、お、お……お(やかた)(さま)までもがっ!!」

「この責任をどう取るというのか!」

「即刻この場で自刃せよ!」

 

 仲間たちからの弾劾の言の葉で、ひたすらに鞭打たれる男──ただ己の犯した罪に双肩を押さえつけられる咎人──額に太陽を思わせる(あざ)を持つ剣士を、煉獄は擁護せんと男たちの肩や裾を掴んだ。

 そして、口が勝手に語を紡ぐ。

 

「そんなことはあんまりだ! 彼のおかげで、我等はここまで強くなれたのだ! 皆、忘れたわけではあるまい! 彼の力添え、呼吸術の伝承、なにより、剣の指南があったからこそ、我らは以前にもまして、悪しき鬼どもを討ち果たせているではないか!?」

「ええい、黙っておれ煉獄!」

「炎柱殿! もはやそれどころの話にはあらず!」

 

 煉獄が事態の鎮火を試みて尚、男が罰せられて当然という空気だけが醸造される中、座敷の中で上座に座る少年──お館様が一言、男の罪を(ゆる)した。

 仲間たちは口々に異を唱えた。聞けば、彼の父──先代という会話から、齢六つほどの少年が、死んだ父の後を継いだようだ。

 結局、当代のお館様の恩赦によって命を救われ、代わりに男は鬼狩りから追放されることに相成った。

 

「すまぬ…………すまぬ、縁壱(・・)殿!」

 

 煉獄は、一人去っていく男──縁壱(よりいち)へと、涙ながらに己の不甲斐なさを嘆いた。

 

「自分がもっと強く! 彼らを説得できていれば! 鬼狩りである我等にとって、大恩ある君を、流浪(るろう)の身にやつすこともなかったのに──あまりにも、不甲斐なし!」

 

 煉獄は、彼との思い出を語らずにはいられなかった。彼の驚異的な剣才と教導によって、鬼狩りの剣士たちは飛躍的に力を向上させたこと。呼吸術の基礎となる「水」「風」「岩」「雷」そして「炎」の礎を築いてくれたこと。それほどの人物が、ただ一度の失敗(しくじり)で野に下るなど、絶対に間違っていること。鬼狩りには今後も、彼の力は必要不可欠である事実を、滔々(とうとう)と語り続けた。感謝してもしきれない事実を。

 それを受けた縁壱は、静かに首を振った。

 

「私の方こそ、感謝しております、炎柱……煉獄殿」

 

 煉獄は涙溢れる面を上向け、彼を見た。

 

「あなたのおかげで、私はうたを──殺された妻と子を、十日ほども過ぎてようやく(とむら)うことができた。

 あなたが来てくれなければ、私はあのまま、死んだ二人を抱いたまま、枯れ死んでいたやもしれない」

 

 煉獄は彼との出会いを思い出して、さらに涙の大粒を溢れさせた。

 縁壱は言い募る。

 

「あなたが導いてくれたおかげで、私は鬼狩りになれた。

 私の大切なものを奪ったものたちを追う使命を──得ることができた」

「──縁壱殿っ!」

 

 煉獄は滂沱の涙を流して膝を屈した。男泣きを繰り返す恩人に、縁壱は深く頷いて言い添えた。

 ありがとう。

 そうして去っていく継国縁壱を──太陽の耳飾りが揺れる微笑み──友の最後の姿を、煉獄家の始祖は見えなくなるまで、一人見送った。

 煉獄は自邸に戻って、悔悟の念に腹が捩じ切れそうになりながら筆を執り、涙で紙面を濡らしながら書を(したた)めた。

 

『この日、我々は大いなる柱を失った。我等鬼狩りは、空に燦燦(さんさん)と輝く日輪を欠くがごときをなした。それも、自らの手によって。夜の闇に生きる鬼を狩るに、日の光の尊さを知らぬ者がいようか。我々は必ず、遠からぬ時日(じじつ)に悔いるだろう。彼の天賦(てんぷ)を、天性の才を、真の呼吸術を、神仏より賜った御技(みわざ)を、未来永劫にわたって放擲(ほうてき)した今日(こんにち)を。彼以上に鬼を殺せるものはおらず、彼以上に鬼を斃す術理に通暁(つうぎょう)した者もおらず、彼以上に鬼狩りを導くに適した者もおらず──鬼狩りは今日この時より、衰退すること疑いの余地なし。我が悔恨の念ここに極まれり──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杏寿郎は、やがてそれが、己が生前読むことのなかった炎柱の秘伝書となることを、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾捌話  情報の共有、そして暗躍

ユグドラシルの住人とは「異なる者達」


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 ミズガルズ。

 “旧”第十一開拓都市、郊外。

 あの戦いのなかで、かろうじて全壊をまぬがれた数少ない建造物──クラン:キサツタイの屋敷。

 

「煉獄の奴ァ、今日も眠り通しか?」

 

 臨時に設けられた救護室の扉の方を、胡蝶しのぶは振り返り見た。

 東の空が白みだす。

 

「あら、不死川(しなずがわ)さん。復旧のお手伝いの方は?」

 

 白い寝台の上で、眠り続けている炎柱の傍で不寝番(ふしんばん)の看病を続ける蟲柱は、疲労の色などおくびにも出さずに、僚友の仕事ぶりをたずねてみる。対して、不死川は笹の葉に包まれた握り飯を行儀悪く立ったまま口に放り込む。この屋敷を管理するキサツタイの料理人(コック)女忍者(くのいち)からの差し入れであった。

 

「はむ、復旧なんて、ご立派な仕事なんざ、あむ、残っちゃいねえ、ブッ壊れた都市の解体と使える資材の搬出、はむ、んで、あのクソ連中が撒き散らした“悪鬼”ども──その残党狩りだァ」

「ご苦労様です。──伊黒さんと、冨岡さんは?」

「同じようなもんだ。俺は北の破壊された隔壁、冨岡は北東の毒で汚染された区画、伊黒は西門の焼け野原で、それぞれ役目をこなしてる。だが、まぁ、俺の方はとりあえずひと段落だ。休息が済み次第、南の地区で働いてるキサツタイの奴等と合流する──が」

 

 竹製の水筒でのどを潤す風柱は一呼吸をおいて告げる。

 

「正直、煉獄と共にいたって連中(クラン)の何人かは、もう“ダメだな”。俺らはともかく、煉獄のことを、まるで薄気味悪い化け物──亡霊か何かでも見るようにしてやがる。うまく隠しちゃあいるが、眼を見りゃわかる……ありゃ遠くない内に、半分は離脱するだろォ」

「それは…………いたし方ありませんね。彼らにも彼らの主張や考えがあるでしょうし、鬼殺隊でも、戦いから身を引かねばならないものもいました。それと同じだと思うべきでしょう」

 

 胡蝶は理解の吐息をついた。

 煉獄はずっと昏睡している……このユグドラシルで……“ゲーム”のなかで……一刻たりとも目を覚まさない、その異常性──プレイヤーたちにとっては理解の範疇を超えているだろう。

 

「それはそれとして」

 

 しのぶは話題を転じた。

 

「キサツタイの彼らが都市の解体に従事し続けるのは、やはり彼らなりの義理というか、義務のようなものなのでしょうか?」

「ああ。この都市の長……“お嬢”とか呼ばれてた女が言うには、『都市を放棄しそこねる(・・・・)と、あんでっど等に代表されるもんすたーの巣窟になって、後々面倒ごとになる。事後処理は“完全に”やらないと、ぎるどの恥になる』ってなァ。んで、都市の住人は可能な限り、それに従事するのが筋ってモンらしい」

 

 あの戦いで、都市の損壊率は九割を超えた。土地は荒れ、農地は枯れ果て、森祭司(ドルイド)や神官らによる魔法でも修繕不可能な、完全無欠の大破壊である。こうなってしまった以上は、プレイヤーの手で復旧することは不可能──死んだ土地を捨て、別天地を探し求めるほかにない。……それほどの破壊を、殲滅魔法の類を行使しなければ、都市のプレイヤーたちは敗北を喫していただろうと、都市を運営するギルド長と幹部たちは分析している。お嬢は、都市庁舎跡地の焼け野原に仮の対策本部を設置して都市の解体と放棄を急ピッチで進めている。理由は、字義通りに死地と化した廃都が、モンスターの巣窟と化する事態を恐れてのこと、その一事のみでは、ない。耳聡(みみざと)くも騒ぎを聞きつけた敵対ギルドによる都市領有権の奪略や、焼け残った地下倉庫などに残された貴重なクリスタルや重要アイテムの盗難、その可能性が大であるのだ。実際、先日鬼の一党の急襲によって潰された第九開拓都市は、都市領有権こそ他の組織に奪わせはしなかったが、いくらかの貴重なクリスタルやアイテム類を、竈門何某(かまどなにがし)と称する少年の一味に劫略され、火事場泥棒を働いた外部のプレイヤーに漁夫の利よろしく持ち逃げされ、かなりの痛手を被っている。

 胡蝶は、頬に指をあて、割と真剣に考え込む。

 

「都市領有権とやらの話は複雑でよくわかりませんでしたが、あのお嬢さん、話してみた感じ、結構なやり手ですよね。ぜひ鬼殺隊に参加してほしいくらいです」

「確かにな。ああいう事務能力は、(かくし)連中に欲しい人材だぜ──だが、向こうにも向こうの事情があらァな。むしろ、あっちの方が俺らを勧誘したがってる」

「それは光栄なお話です。けれど、私たちが仰ぐべき旗は、鬼殺隊以外ありえませんからね」

 

 腕を組んで力強く首肯する不死川。

 

「いずれにせよ、煉獄が目覚めねえ以上は、俺たちもしばらくここを動けねえ。最悪(かつ)いででも他所(よそ)に移すが、まぁ、今は都市の後片付けとやらに付き合ってやってもいいだろォ」

「そうですね……」

 

 煉獄の傷は、ユグドラシルにおける回復魔法で癒された。だが、彼の意識は何故か目覚めない──深い昏睡状態を保ったまま、この屋敷へと戻された。

 以来三日、煉獄杏寿郎は目を覚ましていない。

 彼をこのような状態にせしめたであろう主因──というか、原因らしい原因はこれ一つきりしかないであろう、“鬼”との戦闘──を、胡蝶は想起せずにはいられない。

 

竈門(かまど)くんが引き連れた──そのうえ、刃の攻撃によって生み出した悪鬼たち。あれは、なかなかに手強い相手のようです」

「……竈門(かまど)、か」

 

 二人は別々の思いで沈黙した。

 胡蝶は、彼をひそやかに慕っていた(カナヲ)のことを思って。

 不死川は、あの決戦の時、炭治郎らと共に無惨を陽光の下で焼き殺した時の記憶を思い浮かべて。

 

「俺は直接は見てねえが、……本当にガチなのか、その話は?」

「信じがたいことですけど──私も、この目で彼が敵の鬼と共に退いていくのを確認しました」

「チッ。信じられねぇ話だァ。あいつが胡蝶のとこの義妹(カナヲ)祝言(しゅうげん)あげたのを、俺と冨岡で見届けたんだぞ?」

「ええ────私は鏑丸(かぶらまる)くんから、伊黒さん経由でその話は聞きました」

 

 決戦後、片目の視力を著しく弱めたカナヲの介添え役として、彼は長いこと二人の傍にいたという。

 それはそれは素晴らしい白無垢姿だったと聞いて、しのぶは頬が緩むのを強く感じた。叶うならば実際この目で見てみたかったと、姉心(あねごころ)(うず)いてやまない。

 と同時に、強く、暗く、不快な疑問が脳裏を付きまとう。

 

「なのに…………なぜ、どうして、…………竈門くんが、この世界で“鬼”になりはてているのか」

 

 明確な答えを出せる者は、いない。

 だが、クラン:キサツタイの(カラス)たち──煉獄と戦闘を共にしたプレイヤーたちが聞いたところ、あの竈門炭治郎は「鬼舞辻無惨」と、何らかのかかわりを有していることは、確実。

 加えて、彼らが都市から撤退する時の、あの声。

 あの声を都市外でも聴いた冨岡たちは断定した──「あれは無惨の声に間違いない」と。

 ありえざることが起こっていると、柱であれば誰もが認識できた。

 

「鬼舞辻無惨の……復活」

「──ありえねえ冗談だ」

 

 蟲柱と風柱は、同時に眉間を険しくした。

 握る拳が、鉄をも砕きかねない握力を発する。

 鬼殺隊が決死の覚悟で挑んだ無限城での戦い、そして、太陽のもとに引きずり出された無惨は、確かに陽光のもとで滅殺された──多くの者たちを犠牲にして──「なのに」という思いが、柱たちの心を占拠してやまなかった。

 胡蝶は推察を述べる。

 

「冨岡さんが言っていた、竈門くんが一時“鬼にされた”ことと、何か関係があるのでしょうか?」

「さぁな」

 

 短く返す不死川であったが、彼は当時重傷を治療された直後で意識を保てず眠り込んでいた──ここにいる者たちの中で、実際に現場を見ることができたのは、冨岡義勇ただひとりだけである。

 彼が現場にいれば、炭治郎の鍔のなくなった日輪刀──黒い竜骨や四本の鉄鞭の形状について意見を述べることができたかもしれない。

 あれこそまさに、鬼と化した炭治郎が振るった脅威の凶器そのものであったことを。

 

「いずれにせよ、この妙な世界にいる竈門のやつが、本物であれ偽物であれ、鬼である上は、俺たちのやることはひとつだ」

「ええ」

 

 胡蝶も決意を新たにする。

 竈門炭治郎──そう称する鬼を見つけ出し、鬼舞辻無惨諸共(もろとも)に、滅する。

 しかし、

 

「この広い、ユグドラシルという世界の中で、果たして見つけ出すことができるかどうか……」

 

 教わった限り、ユグドラシルには九つの世界があり、それぞれが広大な領域を有している。それも、いまだ未知の領域が多く、隠れられた敵を見つけることは難しい。

 俗に「悪のギルド」などと呼称されている敵性ギルドなどであれば、ギルド拠点、すなわち根拠地となる根城くらいは判明しているらしいが、それでも、攻め落とすのは至難の業ときく。

 胡蝶たち柱にとって、鬼舞辻の痕跡や、手がかりらしいものがひとつもない状況で、連中を発見することは、ほぼ不可能であると言わざるを得ない。

 だが、不死川は努めて楽観的な見方を示す。

 

「なぁに。自称・竈門の野郎が言ってたんだろぉ? 鬼殺隊(おれたち)を潰すだの何だのと。

 なら、向こうから仕掛けてくるのは確実。その時にふん捕まえればいい」

「ですが。それに巻き込まれる人々がいるやもという状況は、どうにかしたいところです。かと言って、どこか他の地に根拠地を築いても、必然的に罠を警戒されるでしょう。お館様が身を挺して、文字通りの血路を開いてくださったように。それになにより、このまま受け身なままでは、攻めきれない可能性が十分あります。やはり、こちらから先手を取りたいところですが──」

 

 確かにな、と嘆息する不死川。

 ふと、二人は何者かの気配を感じる──屋敷の玄関は通りに落ちた隕石群と共に半壊しているため、裏口の方角から来客が来たことを覚る。

 

「この感じ──鬼に似ているが、まさか」

「いえ。この気配には覚えがあります。──大丈夫です」

 

 不死川は日輪刀を構えかけるが、立ち上がる胡蝶の微笑に制される。

 ほどなくして、廊下の奥からクラン:キサツタイの料理番──割烹着姿の女忍者・オオルリが、来客を連れて現れた。

 

「胡蝶さん、不死川さん、えーと、お客様なんですけど?」

「ええ、構いません。どうぞ、こちらへ」

 

 案内されてきた人物は、二名。

 

「お邪魔するわよー」

 

 白銀のチャイナドレス──ではなく、黒いスーツに身を包んだ女性プレイヤー。

 パウダーピンクの髪を結いあげたキャリアウーマン──ビン底メガネをかけた“営業モード”の商業ギルドの長、お嬢。

 そして、彼女の腕に抱えられる異形種のプレイヤー……ピンク色の粘体が、一人。

 赤いボール状の姿になって運ばれる姿は「ぼく、悪いスライムじゃないよ?」と言外に主張しているようにも見えた。

 

「あの、しのぶさん、煉獄さんは?」

 

 炎柱の身を案じる異形(モンスター)の乙女に対して、剣を交えもした胡蝶は、心から好意的な笑みを浮かべてしまう。

 

「まだ目覚めてはおりませんが、ご安心を」

 

 言って、胡蝶は寝台横に座っていた椅子から立ち上がり、彼女に勧めた。

 粘体はお嬢の手を離れ、椅子の上に跳ね登り、寝込んだままの青年を気づかわしげに見る。目は存在しないが、しのぶにはなんとなく解った。

 

「いつも心配してくださってありがとうございます、茶釜さん」

「い、いえ──私は、えと、代理として、ですね──えへへへ」

 

 照れたように粘体の表面を波打たせるぶくぶく茶釜。

 そんな彼女の様子をしのぶは微笑ましく、不死川は胡散臭(うさんくさ)げに眺めやる。

 

「いやはや。何度見ても信じられねえぜ。あの煉獄(・・・・)が、鬼の親戚かなんかにしか思えねえコイツを、我が身も(かえり)みずに守るなんてよ」

 

 風柱の阿修羅を彷彿(ほうふつ)とさせる鋭い眼光に射すくめられる茶釜は、小さく丸くした姿がさらに縮むような思いをあじわう。

 が、蟲柱は厳然とした口調で、不死川をいさめた。

 

「何度も言っていますが、事実ですよ。私がこの目で、はっきりと確認していますから」

「ケッ。わぁってるよ。鬼舞辻の鬼じゃねえ以上は、殺すのは手間でしかねえからなぁ」

 

 不死川も不死川で、このユグドラシルで数多くのモンスターと邂逅を果たしている。その中でも、ヨトゥンヘイムで邂逅した巨人族の魔女たちというものとは、冨岡と共に世話になったらしく、鬼舞辻の鬼ではない異形──プレイヤーたちとも親交を結んだという。が、冨岡が巨人の女性たちに歓待されている様を想像すると、しのぶは何とも言えない微妙な心地になる。おもしろいような、おもしろくないような。

 そんな胡蝶をおいて、風柱は率直に問う。

 

「それで? “すらいむ”のお嬢ちゃんはともかく、この都市をおさめていた“ぎるど”の嬢ちゃんは、何の御用だぁ?」

「そうね。いまさら勧誘にはのってくれないだろうし──でも一個だけ。情報共有しておこうかと」

「情報、ですか?」

 

 お嬢は救護室入口を閉じて、スーツの内懐、もといボックスからデータディスク形のアイテムを取り出す。

 

「そ。うちが協定を結んでいるギルド:ワールド・サーチャーズから得られた情報」

 

 お嬢は何故(なにゆえ)か、舌打ちでもしかねない表情を作る。彼女はそのままの勢いで、ディスクを虚空に投げるように起動。

 

「これは、この都市がブチ壊された頃と時を同じくして、サーチャーズのヘルヘイム調査団、その一部隊が壊滅させられた時に撮られた、唯一の映像記録。どうやら、部隊が全滅した後、遺失物となったキャンプ道具一式とともに、猛吹雪で安全圏外にまで吹き飛ばされてきたアイテムよ。遺失物はドロップ品として、拾ったプレイヤー個人の手に渡るもんだけど、これを拾った連中──匿名希望者さんは、律義にもサーチャーズに返却したのよ。“お礼品もなにもいただかずに”ね」

 

 映像の中にいるのは、人間とエルフと小人と獣人と火精霊からなる、精鋭五人チーム。

 吹雪がやむまでの小休憩を終え、出立準備をしつつあった彼らが、次の瞬間──惨殺。

 

「で、ここからが本題。これが(くだん)の部隊員たちをやった、下手人の姿よ」

 

 見覚えはあるかしらと唱えつつ、お嬢は慣れた手つきで動画映像を停止および拡大。

 映し出された立体映像(ホログラム)の中に、吹雪を背にし、臓物の塊のごとき触腕で食事を愉しむ、一人の男の姿が投影される。

 その男の異容と異様──蟲柱と風柱にとって、忘れようもない大敵にして怨敵──

 

「────まさか!」

 

 胡蝶は瞠目し、不死川は奥歯が砕けんばかりに顔を顰めた。

 

「あの……野郎……!」

 

 

 鬼舞辻無惨が、白亜の城の前に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

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 ナザリック地下大墳墓、第九階層、円卓の間にて。

 

「本当によかったんですか、モモンガさん?」

「こんな重要情報を、わざわざ外部にもらすとは」

「しかも匿名希望だなんて──もったいなくないですか?」

 

 空席がいくらか目立つ円卓を囲み、仲間たちと共に会議を進めるギルド長は、ペロロンチーノと獣王メコン川、るし☆ふぁーの質問に対し、鷹揚(おうよう)に頷いてみせた。

 

「サーチャーズやノー・オータムに恩を売るのは、確かにメリットではあります。が、異形種ギルドであるうちが、「悪のギルド」である我々が、ほいほい重要情報を横流ししても、『欺瞞情報』の可能性を疑われかねません。最悪、うちが影で何か良からぬことを企んでいるなんて、ありもしない腹を探られるような事態に陥る──なんていうのは、おもしろくありませんからね?」

 

 なにしろ、モモンガたちは「悪のギルド」と称される身の上。

 たとえ、ほんの親切心でもやった出来事が、すべて「悪のギルド」の奸計や謀略などと軽んじられ疎んじらる可能性は、大である。

 

「先日、タブラさんとぷにっと萌えさんの進言で、氷河城周辺を調査してくれた弐式炎雷さんたちの苦労は承知しています」

 

 今回の収穫をギルドにもたらした三者が、思い思いのアイコンと身振りによって、モモンガからの賞賛の念を受け取った。

 

「が、しかし、今回の“これ”は、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン単一で、どうにかなる敵ではありません」

 

 モモンガは決然と断言する。

 円卓の間に浮かぶ立体映像──サーチャーズの遺失物を回収し、残されていた記録データの中に存在した──まぎれもない異形。

 高機能カメラのインターフェース越しに赤々と警告を明滅させる朱文字──“世界の敵(ワールドエネミー)”とカテゴライズされる、まごうことなき悪の権化。

 

 

 氷河城門前の猛吹雪の中で、悠々と“食事”をしている男…………“鬼舞辻無惨”

 

 

 煉獄杏寿郎と知り合ったことで事前に敵の映像情報を得られていたことは僥倖であったが、まさかまさか──100年前のコミック本の敵役が、ワールドエネミーとしてこのユグドラシルに実装・降臨しているなどとは、モモンガたちの想像の埒外である。

 さりとて。

 この情報を有意義に使う手段など、ヘルヘイムに属するアインズ・ウール・ゴウンには限られているのが現状だ。まず、ヘルヘイムの氷河城は、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン単独でどうこうできるようなダンジョンではなく、また、ワールドエネミーについても、自分たちだけでは勝利を収めるのは難しい相手であること(世界級(ワールド)アイテムを使えば話は別だろうが)。次に、これだけ有益かつ純然たる情報を高値で売り飛ばすにしても、もともとが別ギルド──世界の未知を探求してやまないランカー上位ギルドの調査記録である以上、それを窃取するような“せこい”真似──姑息な手段に訴え出ねばならないほど、アインズ・ウール・ゴウンは狭量ではないということ。

 そして何より、モモンガが個人的に友好関係を結んでいる存在──キサツタイを立ち上げ、襲撃されたぶくぶく茶釜を救済してくれた男──煉獄杏寿郎への借りを返す意味でも、この情報はきっと、彼らの利となるに違いないこと。

 さらに、

 

「おそらく近日中に、氷河城を攻略する部隊──討伐隊が、サーチャーズやノー・オータム主導で編成されることでしょう。その機にうまく乗じることがかなえば、これまで謎に包まれていた、ヘルヘイムの《最奥》にして《最深部》の情報を、我々は掴めるかもしれない」

 

 メンバーたちの幾人かが快哉とも驚嘆ともつかぬ声をあげた。

 誰かが言っていたことがる──『どうせなら、世界の一つでも征服しよう』と。

 今回の事件が、そのきっかけになりうるかもしれないと思うだけで、皆の気力が充溢(じゅういつ)していくのを肌で感じる。

 

 ヘルヘイムの氷河城。

 

 城の全周を覆う猛吹雪の多層構造。群れ集う氷系統最強種たる霜竜や巨人や化物の群れ。それらをかいくぐった先に待ち受ける、人類(プレイヤー)未踏の超高難易度ダンジョンたる巨城。

 

「個人的に、すごくおもしろいことになりそうだと思うのですが──誰か、反対意見はありますか?」

 

 モモンガは、骸骨の表情の上に悪だくみの感情アイコンを浮かべ、仲間たちもそれに賛同する笑みを示した。

 反対の意見を述べようとするものはひとりもいなかった。

 慎重論や意見を述べてくそれそうな幾人か、タブラ・スマラグディナぷにっと萌えも頷いてくれたのを見て、空いた空席……たっち・みーやウルベルトの残した空白を見るのをやめて、モモンガは決議を下す。

 

「では、我々は秘密裏に、ヘルヘイム氷河城を目指します」

 

 こうして、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、後日結成される氷河城討伐部隊の“陰”の協力者として、尽力することが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第拾玖話  煉獄杏寿郎、夢を見る -2

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 煉獄杏寿郎は、どうやら夢の中で、己の祖先にあたる炎柱の記憶を見ている──そのように奇矯な体験をすることになった。

 

 これがどのような仕組みで杏寿郎の身に起こっているのかは判然としない。

 だが、事実として、煉獄はそのような体験を生々しい体験として、克明に見聞していく。

 後々にわかったことだが、彼らが書き記した書こそが、父がよく読みふけっていた炎柱の秘伝書、それであることに気づいた。

 杏寿郎は、そのなかでも特に言及されることが多かった一人の剣士について、大いに関心を寄せられた。

 

 はじまりの剣士が一人・継国(つぎくに)縁壱(よりいち)殿──

 

 日の呼吸と呼ばれる、はじまりの呼吸術の使い手。本物の“赫刀”を有し、太陽の恩恵を宿すがごとき額の痣と、母から贈られたという太陽の耳飾りが美しい、天賦(てんぶ)の剣才の持ち主。

 彼こそが、すべての呼吸術の元祖にして起源であり、彼が扱う日の呼吸──鬼を打倒し滅殺するのに強大な威を発するそれから、現在において杏寿郎たちが扱う「炎」などの呼吸術が派生・分岐した事実が、克明に記録されていた。彼の扱う十三の型によって、鬼の始祖をいま一歩のところまで追いつめた事実を、彼と共に研鑽を摘んだ炎柱の祖は、称揚し賞嘆して(はばか)らなかった。

 彼が鬼狩りを追放されるに至ったことは残念至極ではあったが、追放後も縁壱は炎柱をはじめ、数名の柱と連絡を取り合い、それをお館様も黙認してくれていた。

 当時の炎柱──煉獄の遠い先祖が、どれほどに彼のことを恩義に思い、同時に、彼の才覚との絶対的な懸隔(けんかく)を意識せずにはいられなかったか、切々と(つづ)られていた。

 

  彼さえいれば──

  彼がいてくれたら──

  彼が残ってくれていたら──

 

  彼がいなかったら……

  彼があらわれなければ……

  彼が鬼狩りに残っていたとしたら……

 

 それは、もはや賞賛や讃嘆というよりも、羨望(せんぼう)嫉心(しっしん)混淆(こんこう)したものであるように思えた。「日」より派生した「炎」などの呼吸術は、確かに鬼どもにとって脅威的な殺傷手段として有効に働いた。が、縁壱が扱う日の呼吸のそれとは、まさに天地ほどの隔たりを生じていた。どの呼吸術も、本当の呼吸術である日の呼吸・縁壱の扱う「透き通る世界」・武の極限たる天性の剣技には、遠く及びもしなかった。それが、当時の炎柱にとって、唯一無二の事実であり、絶対的な真実であったのだ。

 空に燦然と輝き、あまねく大地に恵みとぬくもりを届ける太陽のごとく、彼という存在が鬼殺の剣士たちに残した功績は、計り知れぬものがあったのだ。

 

 それを証明する事件が、次代の炎柱のときにあったと記されている。

 

 後に“痣者(あざもの)”と呼ばれる呼吸術の精髄に至った柱たちは、命の前借りのごとき術理の発現によって、齢二十五の短命に終わるものが多かった。秘伝書を書き記した炎柱も、その例にもれなかった。

 しかし、例外が一人いた。

 それこそが、はじまりの呼吸の剣士である、縁壱であった。

 彼は生まれたときからあったという“痣”を持ちながらも、二十五を超えて壮健であり、さらには齢八十を超えても生き続け、剣を振るい続けた。彼は鬼殺隊を追放こそされたが、日の呼吸の伝承は続けていた。

 すべては人々の大敵である鬼を滅し、その祖たる存在・鬼舞辻無惨を、討つために。

 

 

 

 ──そんな彼が、ある鬼との戦いで命を落とした直後、日の呼吸を教えられていた剣士すべてが、鬼舞辻と上弦の壱の手にかかって、鏖殺(おうさつ)

 

 

 

 この事件によって、一時的に鬼殺隊は壊滅状態に陥りこそした。が、鬼狩り内で新たに結成されていた(かくし)によって、お館様たち中枢部は危難を免れ、派生の呼吸術を使う剣士たち──次代の柱たちも生き延びることができた。単純に、鬼舞辻の復讐の念が、縁壱の扱う日の呼吸ひとつに絞られていたことが功を奏したという見方もできる。炎の呼吸が徹底して「日」と同じ読みの「火」の呼吸と呼称されぬよう、以前にもまして厳格に定義され徹底され、やがては「日の呼吸」それ自体が禁句のごとく扱われ、存在しえないものとして扱われた。──当時、その一語を知るものや口にするものあれば、必ずや鬼舞辻による襲撃と蹂躙を受け、一族郎党ひとり余さず貪り喰われるに至ったからだ。

 そうして、継国縁壱の喪失により、否が応でも鬼殺隊全体の衰退を余儀なくされた。先代の炎柱が予言した通りに──

 日の呼吸が完全に失伝されたのみならず、彼以上に剣技を教えることができるものはおらず、彼以上に呼吸術というものを個々人に合わせて指導することに長じた者は、この世には存在しえなかったのだ。

 日の呼吸の伝承は、無惨の手によって完全に潰え去ったかに見えた。

 鬼どもは跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、鬼舞辻は我が世の春を歌うがごとく、人の世を食い荒らしながら、数多(あまた)の悲劇と復讐の想念を産み続け、生き続けた。

 

 

 

 

 

 杏寿郎は、それらを先祖たちが書き記すさまを、彼らの手足に憑依するまま、見聞きした。

 そして、彼らの挫折と嫉妬を十分に理解しつつ、炎柱の秘伝書を、あますことなく脳内に書き残していく。

 

 同時に……何故、父・槇寿郎が、母・瑠火の死に絶望し、酒におぼれ、鬼狩りの任務を放棄するに至ったのかを、杏寿郎は理解した。

 

 理解せずにいられなかった。

 父は、この秘伝書を読みながら思い知らされたのだろう。

 

 あれだけ鍛錬を積んだ炎の呼吸が「ただの派生にすぎぬ」こと。「はじまりの剣士」以外に鬼の祖である鬼舞辻を追いつめた者がいないこと。どんなに努力し研鑽を重ね剣技を極めようとも──炎は日の呼吸に「遠く及ばない」こと──鬼との戦いは今後、未来永劫にわたって続くということ──その事実に対して、諦観の念を懐くに足ることを、杏寿郎は真摯に受け止めるに至った。

 

(……父上)

 

 泥濘(でいねい)の海に落ち、絶望の底へ叩き落されて尚あまりある、事実と時日の夜陰。

 父のみならず、すべてのものが膝を屈して当然の、四百年の記録。

 

(……それでも)

 

 煉獄杏寿郎は、先祖たちの記憶(ゆめ)の中、書き記された炎柱の秘伝書を胸に押し懐きながら、決意の炎を心にともす。

 それは、黒闇(こくあん)をほのかに照らすと灯火(ともしび)となって、立ちあがる彼の進むべき道行きを、導き出した。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 さらに二日が経過し、第十一開拓都市は更地に変わった。

 ただただ、広大な空き地。

 商店も倉庫も、宿屋も食事処も、政府庁舎や兵士宿舎、農耕地に工業用地、東西南北の大門も隔壁も、すべて、なくなった。数年をかけて造営された何もかもが消え失せていた。

 商業ギルドの駐在員らの立てた仮設拠点──アイテムの秘密基地(シークレット・ベース)地下壕(シェルター)が点在しているが、この地が万単位のプレイヤーが行き来していたフィールドであったとは思えない閑散ぶりである。

 クラン:キサツタイの屋敷も解体され、建材に使われていた資材類も、構成員(メンバー)たちのボックスに収められた。

 いまだに意識を回復しない煉獄杏寿郎は、胡蝶しのぶらに付き添われる形で、ミズガルズ最奥の地からより安全な地域──ギルド:ノー・オータムの根拠地となっているシュヴェルトライテ公女領に移された。

 都市機能を完全に失い、傭兵NPCによる防御システムも機能しなくなったこの地は、もはやミズガルズ《最奥》の名にふさわしい「危険地帯」だ。この空き地も、放置しておけば三日で周囲の大森林に飲み込まれ、人の手が加わる以前の姿に戻るだろう。野営(キャンプ)地として、商業ギルドの後始末部隊が尚多く逗留しているが、あと一両日中に撤収することが決まっている。そうなれば、ここは樹齢1000年を優に超す怪物のごとき森林群に飲み込まれるだけ。それでも、アンデッドなどのモンスターの巣窟と化し、それが上位種への進化を果たすのに(くら)べれば、はるかにマシだ。実際、ユグドラシルの中にはそうして廃都化したフィールドが存在し、ほかの領地や区画を襲撃する高レベルモンスターの巣窟となり、世界の最深部への道を妨げ、超レア素材の鉱脈への道が閉ざされたりした例は、数多い。そうならないために、つぶれた都市の解体は入念にかつ完璧に施工するのが、都市を放棄するうえで絶対的に必要とされるのだ。それを怠れば、そのギルドやプレイヤーたちはユグドラシル内で非難の集中砲火を浴び、針の(むしろ)にさらされる。それがきっかけとなって、やむなく引退することも余儀なくされるなど、たいていがろくな目に遭わないのである。

 そうして、クラン:キサツタイも今日、自分たちの根拠地としていた屋敷を手放した。

 

「短い間だったけど、おつかれさま」

 

 カラスは空き地となったエリアに頭を下げた。

 わずか数ヶ月ながら、ここでの生活はクラン長であるカラスにとって、得難い体験となった。

 クラン代表の手形認証つきの証文を通し、道場プラス鍛冶工房つきの日本家屋は解体された。

 キサツタイの隊員たちはそれを見届け、短くも波乱に満ちた月日に思いを致す。

 

「……ねえ、どう思う?」

「どうって、何がです?」

「言わなくてもわかるっしょ? あの“ひと”らのこと」

 

 童女の博士──ツークフォーゲルがわかりきったことを聴くなという風にたずねる。

 カラスはその話題には触れないように努めた。

 

「自分は、別に気にしませんよ」

「カラスくん。さすがに気づいてないわけないよね? 煉獄さん……あのひとがどんだけやばげな」

「気にする必要があるんですか?」

「気にする必要って……こう、言っちゃなんだが、なぁ」

 

 黒いガスマスク姿の傭兵──タカナシも怪訝(けげん)な声を隠さない。

 カラスはあらためて主張するのみ。

 

「タカナシさん達のいうことは“もっとも”だと思います。けれど、俺は、煉獄さんについていければ、それでいいと思ってるので」

「……カラスさん。ここいらで手を引いておきませんか?」

「今回の事件、というか騒動の中心は、間違いなく……煉獄さんのせいだと思う」

 

 聖騎士のファルコンが難色を示し、魔法使いのチーウーが警戒を促す。仲間たちの気遣う声に、カラスは頑として首を縦に振らない。

 クラン・キサツタイは、分裂の憂き目にあっていた。

 原因はただ一つ──クランの発起人であった煉獄杏寿郎について、それぞれが疑念を懐き始めているからだ。一日目は何らかの不具合か何かだと思うことはできた。だが、二日経ち三日が過ぎ──煉獄杏寿郎は、ゲーム内で昏睡し続けた。……一度もログアウトせずに。

 タカナシは率直かつ決定的な疑念をこぼす。

 

「煉獄の旦那──そりゃ、最初こそはおもしろい“なりきり”さんだ、ぐらいにしか思わなかった。──けど、さすがにおかしいだろ?“数日間ログインしっぱなしなんて”よ」

 

 煉獄は昏睡状態を維持している。

 その状態を維持したまま、ゲーム内に、ユグドラシル内に存在し続けている。

 はっきり言って、そんなプレイヤー──人間が存在しているのは、奇妙を通り越して奇怪そのものでしかない。キサツタイ隊員らにも、それを異常ととらえる常識は持ち合わせていた。煉獄はいつでもゲームにログインしていた。誰よりも早くIN(イン)して、皆がOUT(アウト)していくのを気持ちよく見送る──重度のゲーマーであれば不可能ではない。廃課金プレイヤーの中にも、連続二十四時間プレイを断行しようとするものもおり、煉獄もあるいはそういうたぐいなのだと認識されていた。

 だが、だからといって、ゲーム内で昏睡し続けるというのは、どのような説明がかなうのであろうか。

 日々の生活は?

 リアルの食事は?

 体内から減少していく、ナノマシンの定期補給は?

 無論、何らかの手段で現実の肉体に栄養補給を行い、生理現象も適時処理し、体内へのナノマシン注入を行うことも可能だろう。たとえば長期入院中の傷病者など。

 だが、もしも、それらを一切必要としない存在が煉獄杏寿郎なのだとしたら、キサツタイの隊員たちにも、得体の知れなさに怯懦(きょうだ)疑心(ぎしん)を覚える者がいるのは当然の事態だ。

 しかし、カラスは端然と告げる。

 

「俺は、煉獄さんのおかげで、このゲームに留まることが出来ました。いや、少し違うか。煉獄さんに出会えたから、このユグドラシルを続けることができたんです」

 

 彼の意図を図りかねるタカナシたちは、互いに顔を見合わせた。カラスは語を続ける。

 

「煉獄さんと出会えて、俺は、このひとのようになりたいと思った。このひとみたいに、まっすぐで、自由に駆け回れるひとに──リアルのくそみたいな世界を忘れられた。煉獄さんの稽古は、まぁ、キツかったですけど、彼と一緒にいられて、皆と一緒に走り回ることが出来て、それだけが、俺にとっての救いでした──煉獄さんのおかげで、こうして皆さんとも知り合えて──本当に、今日まで本当に、たのしかったです」

 

 彼の事情を知っているらしいシマエナガとオオルリだけは、静かに耳を傾けていた。

 

 煉獄やみんなと共に、竜種や魔獣を狩った──

 昼にも輝く幻想的なオーロラの下で野営した──

 狩ったばかりの素材で闇鍋パーティーもやった──

 クラン居住地の借家を改装する時は様々な意見が出た──

 煉獄の的確な教練のおかげで、ゲーム内での戦いに慣れた──

 煉獄の言う“鬼殺の剣士”を探そうと、掲示板やスレを使いまわった──

 未発見の鉱脈を見つけて、クラン:キサツタイの存在が周知されるまでになった──

 

 それら輝かしい思い出をひとつひとつ脳裏に思い浮かべながら、カラスは言ってのけた。

 

「みなさんを引き留めるつもりは、俺にはありません。クラン:キサツタイは、もともと煉獄さんと俺たちだけではじめたことです。煉獄さんと一緒に行く気がないというのであれば、それで構いません。どうか、これからは皆さんの自由にしてください。俺が言うべきことは、もう、なにもありません」

 

 彼の意思は固かった。カラスの今の戦闘スキルなら、他のギルドでも主力を張れるとタカナシは誘いをかけたが、聞き入れることはできなかった。

 

「……そうかい」

 

 クラン長の主張に、隊員たちは覚悟を決めた。

 結果、クラン:キサツタイは、初期メンバーの三人を残して、ほぼ全員が脱退するに至った。

 傭兵タカナシは手を振った。「いろいろたのしかったぜ、本当に」

 聖騎士ファルコンは祈った。「どうか皆様がたに、幸運がありますように」

 女魔術師チーウーも告げた。「本当にごめんなさい……煉獄さんによろしくね」

 そして、童女の博士ツークフォーゲル、鍛冶師グルー……九人中五人が、やめていった。

 

「本当に、これで良かったの?」

 

 こういったゲームで、クランやギルドの解体や離散は日常的。──それでも。

 全員が去っていったあとで、白髪の女武者姿・シマエナガが問うた。

 クラン長は恥ずかしそうに黒髪の頭をかいた。

 

「無理に押しとどめる理由がないし……実際、煉獄さんがおかしいことは、事実と言えば事実だし」

「うん。思えば。私らがブラックゴブリンに包囲された時から、だったわね」

 

 初心者では絶体絶命の窮地を、颯爽と現れた炎の剣士に救われた──そのときのことを思い出して、カラスは恥じ入るように後頭部を撫でる。

 

「あのときは、ほんとに、足ひっぱってごめんな」

「何言ってんの。……同じ病棟の仲じゃないのよ」

 

 小声で言い含められた内容に、カラスは小さく頷いた。

 

「でも、意外でしたよ。シラトリさんが残ってくれるなんて」

「…………」

 

 牛のような角付きの鬼面を被った鎧武者は、言葉もなく頭を下げる。

 思えば彼(もしくは彼女?)も不思議な人だ。

 クラン:キサツタイの存在が噂で広がった頃に、煉獄と共に隊員を募集していたカラスたちのもとにふらりと現れ、加入用紙に記名した。

 白鳥(はくちょう)などという呼び名からはおよそ縁遠い無骨な鎧武者であり、その戦闘力も卓越している。槍や弓の名手で、腰にある大刀四本を戦闘でつかったところを見たことがないほど、長物と弓撃の扱いに長けていた。その全容は謎に包まれており、本人もあまりおしゃべりを好む性ではなかったが、クランの中では煉獄と一、二を争うほどの戦闘技能の保有者である。

 

「シラトリさんは、どう思っていますか? 煉獄さんについて──」

 

 そう問いかけてはみるが、シラトリは頭を振って何も語らない。カラスと同様、論じるには値しない、という意志の表れだろうか。それにしてもなぜ、キサツタイに留まる必要があるのか。

 今一度、もう少し個人的に踏み込んだ質問をしようとして、カラスは〈伝言(メッセージ)〉を受け取った。

 発信相手は、今回の騒動で縁が出来た商業ギルド:ノーオータムの長から。

 キサツタイの発起人──煉獄杏寿郎がようやく目覚めたという報せであった。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ミズガルズ、シュヴェルトライテ公女領。

 シュヴェルトライテ城内──医務室にて。

 

「なんというか、まぁ──」

 

 一時保護という名目で、ギルド拠点内の一室を貸し与えたお嬢は、目を瞠った。

 報せを聞き〈転移〉の魔法で招き入れられたクラン:キサツタイの四人も、至極平然と彼の“食事”風景を眺め、安堵の息をつく。

 起き抜けに「腹が減った!」と豪語した入院着姿の男は、用意された病院食──ギルドの料理人に作らせた最高級品質の回復素材製──を、計二十人前、ぺろりと平らげ、そして一言。

 

 

「うまい!!」

 

 

 炎柱の豪食を微笑ましげに眺める胡蝶しのぶをはじめ、冨岡義勇、伊黒小芭内、不死川実弥との再会を果たした煉獄は、率直に驚いた。

 

 

「よもや、こうして再び(みな)と会える日が来るとは! 息災そうで何よりだ! 四人とも!」

 

 

 四人もそれぞれの思いで煉獄との再会を喜びはしたが、いまは状況が状況であった。胡蝶が一同を代表して話し始める。

 

「お久しぶりです、煉獄さん。昏睡から目覚めた直後で恐縮ですが、いろいろとお話を聞かせていただきたく」

「うむ! 胡蝶の言うことはもっともだ!」

 

 いまは時間が惜しい。情報共有は速やかに行われた──カラスたちキサツタイ残存隊員と、ノー・オータムのギルド長、幹部の大男の前で、柱たちは自分たちの状況を整理した。

 ユグドラシルという世界について。

 自分たちがこちらに来たタイミングの誤差。

 そして、先日の戦闘で判明した──自称・竈門炭治郎と、鬼舞辻無惨の存在。

 

「そうか、その氷河城とやらに、鬼舞辻と自称竈門少年はいるのだな!」

「ええ、その可能性は高いと思われます……そうですよね、お嬢さん?」

 

 問われたお嬢は、とりあえず首肯してみせた。

 

「ヘルヘイムの氷河城は、現在までにプレイヤーが到達したことのない最難関のダンジョンとして有名よ。おまけに、そこに至るまでのフィールドの悪辣さ加減から言っても、籠城(ろうじょう)するにはうってつけの立地だわね」

「というと?」

 

 煉獄の(ただ)す声に、お嬢は空間に映像を投影するが、心底めんどくさそうに──「この程度の常識も知らない(てい)なのか」──という風に頭を搔きだした。

 彼女の後を継ぐように、カラスが説明を始める。

 

「氷河城の周囲には、何層にも取り巻く猛吹雪の壁があり、何の対策もなく突っ込めば数分で〈凍死〉します。この吹雪は、究極の気候操作──超位魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉でも三回は使わないと完全に晴れることはありません。けれど、ただダンジョンに入るためだけに、三回も超位魔法を使わないといけないフィールドの奥にあるダンジョンの攻略は」

「“負け確”もいいところなのよ」

 

 実際、過去に氷河城攻略を試みたギルドは数多くあったが、どれもこれも頓挫(とんざ)している。

 無理な雪中行軍を試みて全軍が凍死したり、即死のクレバスにはまって侵攻部隊が瓦解したり、何より、プレイヤーの大群の気配に対して過敏に反応するモンスターの組織的な攻撃にさらされて、全滅するものが後を絶たなかった。一時期はムスペルヘイムから最上位炎竜(グレイテスト・フレイム・ドラゴン)炎巨人(ムスペル)の大軍を引き連れて攻略に再三挑んだ団体もあるにはあったが、結局は徒労に終わった。氷系モンスターの対極にして天敵にあたる炎系モンスターは、氷河城周辺の気候には順応できず、また、数の差からして絶望的であったのだ。こちらが引き連れていけて100であるのに対して、むこうは10000を超える生息数で踏み荒らしてくるのだから、当然の帰結ともいえた。

 その後、氷河城を本格的に攻略しようとするものは完全に潰え、現在ではワールド・サーチャーズのヘルヘイム調査団が、その内部潜入を試みていた程度である。

 

「おまけに、氷河城の主と目されている“ヘル”は、ユグドラシル──北欧神話における冥界の女主人。いったい、どれだけ強力な存在なのか、見当もつきゃしない」

「おいおいィ。妙なこと言うじゃねぇかァ」

 

 不死川が純粋な疑問を投げかけた。

 

「誰も到達してねぇはずの城の主人が、いったいどこの誰さまなのか、どうやってそんなことを知ってやがる? それも、げえむとやらの仕様なのかァ?」

「いいや? ユグドラシルは基本的に、プレイヤー自身で未知を既知に変えていく──ヘルヘイムとは別の冥界“ニヴルヘイム”のことは?」

「話だけは聞いたことがあるな」

 

 伊黒が白蛇の鏑丸を指先で戯れさせながら話した。

 

「ユグドラシルにある九つある世界の中で、冥界と称される二つの世界──ヘルヘイムとニヴルヘイム。ギョッルという名の大河が流れ、大叫喚泉(フヴェルゲルミル)という湖を共有する、だったか?」

「確か。先日の戦いで煉獄さんが相対した銀髪の女騎士さんも、そのあたりのご出身だとか?」

 

 胡蝶の指摘に、お嬢はひとまず頷いた。

 

「モーズグズ、ね。まぁ、おおむねそんなところ。そして、この“二つの冥界”というのが、今回の話の肝ね」

 

 彼女は吹雪の中に聳える氷河城のデータ映像から、おどろどろしい暗黒を貫く鋼鉄の城を空間に投影した。

 

「通称、ニヴルヘイムの黒城。ヘルヘイムの白城・氷河城と対をなす鋼鉄城を攻略したギルドから、氷河城にかかわる情報が共有されたのがきっかけね」

「その鋼鉄城を攻略したぎるどというのは?」

 

 これまで沈黙していた冨岡がたずねた。

 

「現ニヴルヘイム・ワールドチャンピオン“最上位死霊王”が率いるギルド──アンチクショーが鋼鉄城の腐植姫・ヘルと共同統治をはじめたおかげで、氷河城にいる災厄姫・ヘルのことも、少しだけわかったのよ……まったく、おもしろくねえったらないわね」

 

 全員が頭を傾げそうになる言行に、お嬢の側近は声を低めて注意を促した。

 

「……今回は、恥を忍んでアンチクショーにも協力を持ち掛けることで、合意した。今回の騒動の主因──竈門ナニガシとその一味の連中は、アタシらのギルドに喧嘩をふっかけた。当然、売られた喧嘩は買うのがウチの流儀。──絶対に絶対に叩き潰してやる」

 

 傲然ともいえる決意表明であったが、柱たち五人の援助となる点で言えば、心強い援軍である。

 

「攻略の概要は追って伝えるから、その間にアンタらも、戦力を整えておくことね」

「戦力を、って」

「なるほど、相わかった!」

 

 疑念を零しかけたカラスに代わって、煉獄が闊達に応えた。

 

「れ、煉獄さん……その、すごく言いにくいことなんですけど」

「クランは、私たちのキサツタイは、その……」

 

 仲間を半分を失ったという事実。

 しかし、煉獄は一度おおきく「そうか」と頷いて、別れることになった五人のことを偲ぶ。

 

「だが、今しなくてはならないことは、他にある!」

 

 煉獄は知っている。

 時の流れは止まってくれない。

 一緒に立ち止まって励ましてなどくれない。

 

「我らがなすべきことは、鬼舞辻無惨を斃すための力を整えること! そのために、もっと広く、もっと遠くまで、鬼殺隊がこの世界にあることを知らしめよう! 胡蝶らのように、この世界に来ているやもしれない鬼殺の剣士を、可能な限り集めねばならない!」

 

 どこまでも実直で、どこまでも剛毅な、炎柱の宣布。

 彼の変わらぬ様子に四人の柱は頷きを返し、クラン:キサツタイに残った四人も、それに(なら)う。

 

「それと、胡蝶たちに()きたい!」

 

 

 杏寿郎の胸には、いまひとつ試案があった。

 

 

「すまないが、竈門少年のこと……彼の使うヒノカミ神楽……日の呼吸などについて、何か知っていることはあるだろうか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ムスペルヘイム。

 ──炎巨人の誕生場にて。

 炎熱に炙られる超重量の鉄塊が、(ゴウ)と唸りを上げていた。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

 通常、人間種のプレイヤーでは、完全耐火性能に特化した装備でもなければ一秒で焼死しかねない灼熱地獄の只中で、一人の大男が念仏を唱えながら、重さ数十トンもありそうな重量上げを繰り返している。

 

心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば……」

 

 山伏か仁王像を思わせる強面(こわもて)、筋肉の鎧かと見まがうほどの巨躯を誇り、見えぬ目ですべてを見透かす、(ほとけ)菩薩(ぼさつ)のごとき男──

 

「火もまた涼し……」

 

 岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)は、炎巨人(ムスペル)のプレイヤーたちと共に、鍛錬と修行の日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第弐拾話  鬼舞辻無惨、蠢動(しゅんどう)

アニメ遊郭編第六話、やばすぎです


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 我が身は死を克服した。

 この身は死を超越した。

 

 

 いかなる理由でかは知らぬが、我が身はこの地にあった(・ ・ ・)

 ユグドラシル──その中の「冥界(ヘルヘイム)」に、私は身一つで流れ着いていた。

 

 目の前の白亜の宮殿──氷河城の白き門扉(もんぴ)を押し開き、(かつ)えていた衝動のまま守衛の巨人を喰い、城内の肉のある者ない者、分け(へだ)てなく喰らった。

 朽ちた死者の腐肉を飲み下し、白骨の髄液の残滓まで(むさぼ)って、我が歩みを邪魔するもの──城の衛兵たる異形すべてを、我が臓腑の底に蓄えていった。

 そして、

 数刻も経たぬ間に、私は城の最上層──その玉座に座していた、“災厄姫”とは名ばかりの小娘(ヘル)を屈服させ、足下に(ぬか)づく隷奴(れいど)の地位に(おとし)めた。冥界の女主人など、恐るるに足らず。

 

 

 新たなる城を得た私は、己の胸の内にあった(こころ)みを実行に移した。

 

 

 一時は我が掌中にしていた竈門炭治郎を、惜しむらくも取りこぼしはした──が、私の手の(なか)には、炭治郎の細胞が確実に取り残された。

 それらを解析し、分析し、理解し、再構築と再構成に利用して、私は【竈門炭治郎】と同じものを産み出すにいたった。

 

 

 この手で生み出した数多(あまた)の鬼などとは比べるべくもない完成度。

 (ことごと)く鬼狩りの前に(つい)えた上弦たちでさえ及ぶべくもない高性能。

 その身は太陽の光を克服し、かの血で作られる悪鬼もまた太陽の下で活動できることが可能という、絶対生存能力。

 

 

 まさに“鬼の王”。

 この私の意思を継ぐべきもの──竈門炭治郎。

 

 

 手始めに冥府の川の橋の女門番を殺戮させ、血族(けつぞく)に加えさせた。

 氷河城に囚われていた神の敵対者なる者どもを、血族に加えさせた。

 冥界の湖沼や毒竜の巣窟、死した巨人族の墓所──そこにいた化外の者共も血族に加えさせた。

 プレイヤーと呼ばれる人間どもの居を襲い、集落を喰らい、城を陥落せしめ、十を超える集団(ギルド)を駆逐し、その者達も血族の末端──肉腫の悪鬼の群れに、加えさせた。

 

 

 そんなある日、人間どもの土地を斥候(せっこう)していた炭治郎の血族──鷹の羽衣を纏った女神(めがみ)の一柱・フレイヤより、(しら)せが、届いた。

 

 

『あのさ~。風の噂で聞いたんだけどねー。

 鬼殺隊(キサツタイ)っていう名前の組織(クラン)が今、ミズガルズの都市にあるらしいけど、これ、炭治郎ちゃん関係の案件~?』

 

 

 ──

 

 ……

 

 

 

 鬼

   殺

     隊?

 

 

 

 ──鬼殺隊──

 

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊鬼殺隊。

 

 

 ──  キ  サ ツ  タ イ  !!!!

 

 

 その単語を聞いただけで、脳髄のひとつが捩じ切れそうなほどの憤怒(ふんぬ)を感じた。

 発作的に刃のごとき腕を振るい、首輪に繋がれていた小娘(ヘル)の臓物をこぼれさせるほどの一撃を与え、血飛沫と悲鳴の濁音をあげさせた。

 そちらは一切無視し続け、無惨はフレイヤの知らせによって、烈怒(れつど)(とりこ)となった。

 思い出すのも忌々しい。

 我が身が朝日の中で焼け、塵埃(じんあい)と化していく凶熱と屈辱を、否が応でも想起させられた。

 このセカイでも尚、この私を──鬼舞辻無惨を追い立てようなどと(たくら)む高慢な輩が、害虫が、塵芥(ちりあくた)が、存在していてよいはずがない。

 私は即座に命じた。炭治郎に──「鬼殺隊を抹殺せよ」と。

 

 

 しかし、この世界の人間どもの抵抗は、こちらが想定していた以上の(げき)を見せた。

 鬼殺隊を率いていた柱の一人は見事瀕死(ひんし)にはできたが、この世界の人間どもの強さは、私のいた日本(ひのもと)のそれを超過していた。武具の(たぐい)も見た種類のないものが多かった。銃火器は南蛮銃や大砲が存在したが、戦車やミサイル、なにより“魔法”というものは、完全に慮外の武力であった。奴等の抵抗が苛烈となった理由──『これまでは自分たちの居を守るべく、力を温存していたのでしょう』という魔法詠唱者(ヴァフスルーズニル)めの言い分もあり、炭治郎には一時帰還の撤退を命じた。今まで通りとはいかぬ以上、策を練り直す(よう)があった。

 忌々しいことだが、いまは、炭治郎の無事が何よりも優先される。

 炭治郎こそが、私の意思を継ぐもの──この世の摂理と法則さえも超克せし体現者。“鬼の王”として君臨すべき、我が寵児(ちょうじ)なのだから。

 

 

 故に。

 

 

「新たな戦力の補充?」

「……は、……はい」

 

 

 その申し出を城の寝所──姫のための私室で休んでいた折に受けても、心から快諾(かいだく)した。

 それは私自身も考慮していた。この氷河城内に蓄えた戦力・炭治郎の血族は「無限」にも思えるが、あの第十一都市とやらで失った以上の補充は必須といえる。

 すべては鬼狩りを駆逐し、鬼殺隊を完膚(かんぷ)なきまでに滅ぼすために。

 

 

「よろしい。まだこの冥府(ヘルヘイム)にも狩場にしていない土地があったな。そう、毒の沼地あたり。ナザレだのなんだのと言った場所の近くか。あの領域近辺から見繕ってくるがいい」

 

 

 炭治郎は言葉少なに部屋を()した。

 十五前後の(よわい)の見た目の故ではあるまいが、今の私の遊興ぶりを直視できぬとは、やはり精神は(いとけな)いのだろう。恥ずかし気に目も合わせられぬとは。

 私は私で、我が腕の中で(あえ)ぐ小娘を(もてあそ)び、戯れ続けた。

 人間など即死即壊の力を持つ無惨でも破壊できない異形の娘というのは、考えてみれば実に稀有(けう)な事例である。                                                                                                                        

 

 

「ふむ。──ようやく(つや)のある()い声になってきたではないか。その身は死体と言って何も感じぬと強がっておった割に、なかなかの具合の良さ。──そら、この私を(たの)しませよ、冥界の女主人よ」

 

 

 ヘルは真っ赤な顔で(なみだ)(よだれ)をこぼしながら、新たな己の主──無惨に対し喜びの嬌声(きょうせい)をあげはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルヘイム。

 グレンデラ沼地。

 1500人全滅の伝説を築いたギルド:アインズ・ウール・ゴウン──その拠点「ナザリック地下大墳墓」を(よう)する毒の沼地は、不浄な空気で視野が霞み、現れるツヴェーク()系モンスターの厄介さ……敵襲を仲間に知らせ大群となる特性などから、大概のプレイヤーたちからは恐れられている。

 

「今日も特に異常……なし」

 

 侵入者の気配の、その残りカスすら見当たらない。

 ギルド本拠地周辺の、ギルドメンバーのみが使うよう巧みに整備した巡回道(ルート)を行きつつ、彼は告げる。探索役(シーカー)として斥候偵察を得意とする『ザ・ニンジャ』──弐式炎雷(にしきえんらい)は、退屈すぎてあくびまで出る始末だ。青い忍装束に忍刀を腰にぶらさげている。

 心底(しんそこ)から退屈気(たいくつげ)な友人の主張に、仲間の一人が応えた。

 

「まぁ、異常なんてあるわけないからな。あの『大侵攻の失敗』『1500人全滅』以来、ウチを本気で攻略しようなんて(やから)、ほぼほぼいなくなっちまった」

 

 彼に同道するのは、無骨な鎧甲冑に三日月形の歪な角を持つ『ザ・サムライ』──武人建御雷(ぶじんたけみかづち)。打倒たっち・みー(ワールドチャンピオン)の目標のもとに己で製作した主武装“建御雷八式”と“斬神刀皇”を腰に()いていた。

 さらに、彼らと共に肩を並べる蔦の死神(ヴァイン・デス)の指揮官『アインズ・ウール・ゴウンの諸葛公明』ともあだなされるぷにっと萌えが、定期巡回の後衛役として、二人と共にギルド周辺領域を見回っていた。

 

「おかげで、ウチのギルドは平和そのもの……なのはいいですけど」

 

 新たに出現したワールドエネミー・鬼舞辻無惨とかいう、氷河城の主について、彼らは情報を共有するにいたり、ギルド長であるモモンガもまた、その討滅事業を掲げる商業ギルド:ノー・オータムの動きに呼応しようとしている。

 が、問題がひとつあった。

 

「正直いうと、敵がいなくなるっていうのも、考えもんだよな」

「確かにな。前は定期的に、ウチを攻めようとする気骨のある連中もいたが」

 

 キブツジムザンとやらの存在に興味をひかれなかった忍者(ニンジャ)(サムライ)は、自分たちの状況を率直に思っていた。

 

「あの第八階層での“あれら”を使った逆転劇。あれ自体は、本当うまくいってよかったよ。──けど」

「ああ……我らの誇るギルド長・モモンガさんの世界級(ワールド)アイテムと、“あれら”とのシナジー効果」

「出回った動画だけでも100はありましたね。当時、乗り込んできた連中の残した、実況動画。正直ものすごくグロかったですよねー」

 

 ぷにっと萌えも会話に参加しつつ思い出す。

 何しろ第七階層までで削り落とせたのは、500人かそこら。残る1000人規模で第八階層を踏破しようとして──見事、返り討ちにあったのだ。“あれら”と“ルベド”に対して、一方的に殲滅(せんめつ)されかける侵入者たち。第八階層守護者である胚子の天使(ヴィクティム)の強力無比な“足止め”スキルで、侵入者全員が、為すすべもなく自由を奪われ拘束された──そして、あの『最期』だ。一時は運営への抗議文がパンクしたというほどだが、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは一切不正行為(チート)やバグ技を働いておらず、ある意味において運営からの「御墨付(おすみつき)」を頂いたことになる。

 しかし、

 

「あーあ。せめて。ご新規さんでも、きてくんないかなー」

「お化け屋敷感覚としては、完成度激高(ゲキダカ)評価(レビュー)もらってるからな、ウチは」

「あー、ですねー」

 

 気のない会話。

 ギルドメンバーたちの多くは、ゲームの生活(ユグドラシル)に退屈さを覚えているものが多い。

 最強であるが故の悩み──というほどではないが、実際として敵との対戦が減少傾向にあることは事実であった。必要な素材集めの遠征や、それらを使った武装やアイテムの製造錬成、ギルド拠点の改造改築、拠点NPCへのプログラミングなどのやりこみ要素も、まだ数多く残ってはいたが、やはり特定のゲームのみに時間を浪費するプレイヤーは、そう多くない。実際、弐式炎雷もぷにっと萌えも、この“YGGDRASIL”のみをプレイしているわけではないのだ。

 くわえて、たっち・みーやウルベルト・アレイン・オードルをはじめとする構成員の正式脱退も相次いでいる。リアル事情で脱退する間もなく非ログイン状態が続く構成員(メンバー)──ヘロヘロなどの例もある。とくに、ギルドの発起人たるたっち・みーが去ったことで、彼に救われた者や彼の力を目標としていたプレイヤーたちは、目に見えて気力が()えていた。武人建御雷(ぶじんたけみかづち)も、実にその一人である。

 ──端的に言ってしまえば、メンバーの多くが“飽き”を感じていた。

 弐式炎雷(にしきえんらい)も。武人建御雷(ぶじんたけみかづち)も。

 ぷにっと萌えでさえ、例外ではない。

 ギルド長(モモンガ)のように精力的にゲームにのめりこむ気概(きがい)を持てるものは限られている。いや、むしろ、彼は仲間たちのため可能な限りログインし、精力的に活動し続けているといっても過言にはならない。(くだん)の氷河城の一件にしても、そういったイベントを企画して、そうして仲間たちにゲームをより楽しんでもらおうとしている意図は明白であった。残存しているメンバーらを奮起させるのに、ヘルヘイムの再難度ダンジョンに巣食う脅威というのは、実に興味をそそがれてしかるべきだろう。

 だが、それも実際はこのありさま。

 全メンバーがゲーム(ユグドラシル)を離れるまで、いつまで持つかどうかというところである。

 

「とりあえず今日の巡回は一周したし、ここまでだな。早いとこ戻るか?」

「ああ、そうだな、建御(たけみか)────?」

「ん? どうかしまし……?」

 

 疑問の声をあげかける軍師を、探索役(シーカー)は片手で制した。

 沼地のねじれた毒々しい木々の影──その奥の闇を凝視する忍者。

 ハーフゴーレムである彼が感知しているのは──なにかの“うめき声”というべきか。

 

「ツヴェークじゃないぞ、この声? この気配は、なんだ?」

「おう。敵襲(プレイヤー)か?」

「とりあえずスキルで、皆の全能力さらにあげときますね」

 

 ぷにっと萌えが特殊技術(スキル)を発動すると共に、三者三様に武器を構える。

 弐式炎雷が忍刀“素戔嗚(スサノオ)”を抜きはらい、武人建御雷(ぶじんたけみかづち)が“建御雷八式”と“斬神刀皇”の二刀を構える。ぷにっと萌えは武装というよりも、植物で編まれたNPCモンスター“蔦の暗殺人形(ヴァイン・アサシンドール)”を三体召喚してみせる。いざという時の壁役として。

 

 そして、“それ”は来た。

 

 

 

「「「「「 ヴア"ア”ア"ア”ア"ア”ア"ア”──ッ!!!! 」」」」」

 

 

 

 肉が膨れ、爪牙を剥き出しに、かろうじて人型を保った、異形(モンスター)の姿。

 それが五体。

 “悪鬼”の尖兵が、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの周辺領域に踏み込んできた瞬間であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は煉獄さんたちのターン・対無惨作戦の会合です。


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第弐拾壱話 対ワールドエネミー対策会議

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 ミズガルズ。

 シュヴェルトライテ城内。

 ギルド:ノー・オータム──会議室。

 教会の美麗なステンドグラスを思わせる大講堂に集まったのは、関係者である十数人。

 

「ニヴルヘイムの協力者ギルドのところに行く前のおさらい……これまでの調査で判明している、鬼舞辻無惨の関連情報まとめね」

 

 スーツ姿のお嬢が用意したレジュメが配られるのと共に、長卓の上では立体映像が青白く浮かび上がる。

 列席者の数は部屋の規模と比して、そう多くはない。

 まず“柱”たち五名──背をまっすぐにした煉獄、ゆったりと腰をおろす胡蝶、静やかに卓を眺める冨岡、神経質そうに卓に肘を置く伊黒、無礼にも組んだ足を卓にのせて一同を威嚇するがごとく睥睨(へいげい)する不死川。

 それと、クラン:キサツタイの四名──カラス、シマエナガ、オオルリ、シラトリ。そして、彼らの対面の席に、お嬢の腹心たる幹部たち複数。

 ギルド:ノーオータムは、クラン:キサツタイ──もとい鬼殺隊を「客分」として、剣の戦乙女(シュヴェルトラウテ)の城に招いた。カラスたちの戦力──というよりも、煉獄たち“柱”と呼称される存在の戦闘力を高く評価し、一時的な協調関係を結んだのだ。

 すべては、竈門炭治郎一行──悪鬼を引き連れたクソったれどもを討滅する目的で。

 お嬢は簡潔に議事を進める。

 

「結論から言うと。ここ数ヶ月続発していたランカーギルド急襲、ヘルヘイムを中心とした各地の北欧神(クラス)のボスキャラ喪失は、連中の仕業(しわざ)とみて間違いないわ」

 

 そう断定するお嬢を補佐するように、元第九開拓都市の顔役──木こり(ランバージャック)の大男が立体映像を操作する。

 一覧されたのはモーズグズをはじめ、ゲーム内で消失・行方不明扱いを受けている北欧神話由来のボスモンスターたち。

 

「〈記録(レコード)〉の魔法による証拠映像(スクショ)こそ撮れていないけど、襲撃されたギルド構成員たちの証言や、サーチャーズが調査した限りにおいて、各地の北欧神話由来のボスNPCやレイドボスが『失踪』していることは、確実。──冥府を訪れようとする生者を必ずはばむ女門番“モーズグズ”、毒竜の財宝窟に陣取っていた王竜“ファブニール”改め、女王竜“ファフニール”、巨人族の墓所を徘徊するはずの石工“フリームスルサル”、そして彼の愛馬である“スヴァジルファリ”、ロキの兄弟にあたる“ビューレイスト”と“ヘルブリンディ”、戦争を始める魔女“グルヴェイグ”……ヘルヘイムだけじゃなく、ミズガルズなどの各地でも、同格のボスキャラがいなくなってる事実から見て、おそらくは連中の支配下に組み込まれた、そう考慮していいでしょ」

 

 一覧が切り替わる。

 フロースガール王領を荒らす怪物“グレンデル”。そのグレンデルの母たる復讐鬼“グレンデル・マザー”。ヘイムダルの化身たる旅人“リーグ”。魔竜と大鷲の仲介者“ラタトスク”。そして、羽衣を纏う北欧神話最高の美の女神“フレイヤ”。

 カラスたち一般のプレイヤーからすればとんでもない事態に直面していると理解せざるを得ない。

 ユグドラシルのモンスターは、専用の職業スキルや装備を使用することで「捕獲」「調教」し、自分の“シモベ”として配下に加えることができる。狩人(ハンター)調教師(テイマー)などと協力しモンスターをある程度まで弱体化させることで、Lv.90の高レベルモンスターが仲間となりうる。また、それらを商い──買主と売主を仲介する商人の存在も重要となるが、それでも──

 

「ありえません。いま挙がったのは、運営が用意したボスNPCやレイドボスばかりです。しかも神のフレイヤまでなんて……とても拿捕(だほ)調伏(ちょうぶく)なんて不可能なはず」

「ありえない──そんなことはわかってる。けれど、実際にモーズグズをはじめ、実例がこれだけの数も積みあがれば、現実として受け入れるしかない。おわかり?」

 

 カラスの抗弁を封殺したお嬢であるが、彼女にしても今回の件は「おかしすぎる」と(さじ)を投げだしたい気分だ。

 運営の用意する特別品(N P C)を、他の有象無象と変わりなく拿捕・使役するなど、それはどんな反則技(チート)だというのか。

 これまで運営は沈黙を保ち続けている──まるで、これはプレイヤー同士が片付けるべきいざこざか何かだとでも言わんばかりに、無関心だ。いや、あるいは、本当にクソ運営は関知していないという線もあり得るだろうか?

 あの有名な1500人の大侵攻──誰もが侵攻部隊の八ギルド連合の勝利を信じて疑わなかった──『ナザリック第八階層での“番狂わせ”』を見て、パンクするほどの抗議文を受け取っても「あれはチートではない」と明言した運営のことを思うと、今回の対応の鈍さも「なくはない」と思うお嬢。

 

「ボスキャラの件はこれぐらいにして、まだもう一つ問題がある」

「問題とは?」

 

 完全に復調した煉獄の闊達(かったつ)かつ明直な質問に、お嬢は思わず言葉を飲み込みかけた。

 

「……問題は、あの【竈門炭治郎】という存在」

 

 柱たちの表情が一変することなく、ただ、一挙に関心の圧を増した。

 お嬢は言ってのける。

 

「あのクソガキ、いや、あの竈門炭治郎を称する敵は、私たちプレイヤーの即死対策を素通りして一撃死(クリティカル)を与え、あまつさえその攻撃で死亡したプレイヤーは、問答無用で、竈門なにがしの支配下に組み込まれる。一切の例外なしに“悪鬼化”する」

「? 悪鬼化とは?」

 

 首をかしげる胡蝶に、お嬢は説明した。

 

「ああ、とりあえずの仮称だけど、あれはウチらが知るゾンビ化やスケルトン化やヴァンパイア化……不死者のモンスターとは決定的に違う。かといって、ユグドラシルに現存する「鬼」の種族とも言えない。カテゴリ欄が“バグった”存在だから“バグ化”とか“バグモンスター”にしようかって話もあったけど、あの悪鬼を捕獲し肉体から剝ぎ取っ、もとい、採取したサンプルの検査結果で、あれは新モンスター“悪鬼”であると、ワールド・サーチャーズが正確に定義してくれたわけ。こういう調査系においては、調査系ギルドの仕事は迅速かつ的確なのが売りよ」

「──悪鬼か」

「ふん。確かに」

「悪くねえじゃねえか。あの所業はまさに、悪鬼と呼ぶにふさわしいと思うぜェ?」

 

 冨岡、伊黒、不死川が順に納得の息をついた。

 

「それで。自称竈門少年の攻撃、その対応策の方は?」

 

 煉獄の問いに、お嬢は肩をすくめてみせた。

 

「今のところは“何も”。ただ、あいつと交戦した煉獄さんや、私の戦闘データログから見るに、とにかく一撃死しなければいい……かもしれないってところかしら?」

「とすると、仮称竈門くんの相手は“柱”レベルでないと務まらない、と」

 

 そう理解を示す胡蝶。

 

「難儀な話だ」

 

 と伊黒。

 

「俺たちが都市の外で対処していた“れいどぼす”とやら。あれは下弦の鬼などよりもはるかに厄介な相手だ」

「ああ。なにせ、あの図体の巨大(デカ)さだ。俺らの呼吸術でも、苦戦を強いられる鬼となると、上弦のそれに匹敵する」

 

 そんな厄介極まるバケモノどもを、竈門炭治郎は今も営々と作り出しているかもしれない、そう思うと、柱たちは居ても立っても居られない思いを覚えた。

 

「それで。肝心の竈門少年の、(いな)、鬼舞辻無惨の拠点については?」

 

 煉獄の質す声に、お嬢が映像を白亜の巨城に切り替える。

 

「ヘルヘイムのなかでも最高にめんどくさい拠点(ダンジョン)よ。なにしろあのサーチャーズが、今まで中に入って本格的な調査をする事も出来ていない──外周をとりまく環境がとにかくもう最悪の最悪のクソ最悪って感じ」

 

 お嬢の説明は簡潔を極めた。

 人海戦術のまったく通じない即死のクレバス(フィールド)──超位魔法(ザ・クリエイション)三発を使わねばやむことはありえない猛吹雪の三重奏──そして、氷河城周囲をナワバリとする最上位の霜竜と災厄の霜巨人──どうあがいても人間種の団体では、入口にさえたどりつくことさえかなわないのである。

 ここで、不死川が苛立ちをこめて頬杖を突く。

 

「だが、そこを(ねぐら)にしているってことは、出入りする法はあって然るべきじゃねえかァ?」

「そりゃあ、ね。そこはむこうにいる転移魔法の使い手──ヴァフスルーズニルなんかの仕業だと思う」

 

 お嬢の予測に、煉獄は腕を組んで考える。

 

「転移魔法……確か、転移魔法でいけるのは施術者が行った地点に限定されるのだったか?」

「あとは、なんらかの情報系魔法で現地の位置情報を把握する必要があります……けれど、最高難易度ダンジョン・氷河城を遠方から魔法で覗き見ることは」

 

 不可能だと説くカラス。

 そんな簡単に覗き見が出来れば、このユグドラシルで未知なる世界や領域など、〈遠隔視(リモート・ビューイング)〉の魔法やアイテムでなくなってしまえるだろうに。

 

「状況は分かった」

 

 冨岡が意外にも一同を代表するがごとく雄弁を発揮する。

 

「して。そちらはどのようにして、鬼舞辻無惨の拠点を落とす算段か?」

 

 あの最終決戦で無惨を討ち果たすのに貢献し、柱としての自覚に満ちた水柱の様子に、隣に座る蟲柱などは虚を突かれる。

 そちらはさておき。お嬢は難しい顔(のアイコン)を浮かべながら、一人述懐する。

 

「……ヘルヘイムの白城と対なすニヴルヘイムの黒城──あそこを利用する」

 

 投影画面が二つの世界──隣接する死の世界たるヘルヘイムとニヴルヘイムの全景(調査済み領域)を映し出す。お嬢はとにかく不満そうにブーたれていた。

 

「ああ、もー……あいつに頭を下げるのは業腹だけど、背に腹は代えられない──」

「ニヴルヘイムの、鋼鉄城?」

「まさか、最上位死霊王(ワールドチャンピオン)の?」

 

 カラスやシマエナガたちが眉をひそめた。

 事態を飲み込めない柱やプレイヤーたちに、お嬢の背後に控えていた大男が注釈を述べてくれた。

 

「じつは、お嬢と、ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンたる最上位死霊王殿は旧知の仲といいましょうか、義」

「それ以上は言う必要ないわ“ジャック”」

 

 言外に「余計なことを言ったら●す」といわんばかりの変わり身で、カラスたちは現実の背筋がひやりとした。木こり(ランバージャック)の方は言葉が過ぎたことを素直に謝して頭を下げた。

 お嬢は口調を常の営業モードに直す。

 

「今回の相手がワールド・エネミーである以上、有象無象のプレイヤーじゃ話にならない。そもそも物量戦が意味のない相手だから、こっちも最精鋭をぶつけるわよ」

「あん? 物量戦に意味がないってどういうこったァ?」

 

 不死川の問いかけに、お嬢は基本的なワールドエネミー攻略戦術を説明する。

 

「ワールドエネミーをやるには、6人パーティを6組、計36人で組まれる“軍団(レギオン)”以外に対処法がないのよ」

「というと?」

 

 胡蝶が促す。

 柱たちが知らないのも無理はないが、ユグドラシルでは通常6人1組チームを5組までの、最大30人でパーティーが組める。しかし、例外として二ギルド協力可能な6人1組からなるチーム6組で構築される軍団(レギオン)というパーティが組める場合があり、今回想定されるワールドエネミー・鬼舞辻無惨戦における「実行導入限界」とも言えた。

 お嬢は言い添える。

 

「普通に考えれば単体の敵なんて、100人や200人でタコ殴りにすればいいって思うのが普通でしょうけど、このゲームではあくまでチームを組んで……まぁ単独(ソロ)にこだわる変態(ひと)もいるにはいるけど……とにかく、そうやって仲間と協力してレイドボスなりエネミーなりを狩っていくのよ。でも。今回の“軍団(レギオン)”は、たくさんのチームで狩りを楽しむレイドイベントじゃあない。単体で存在する世界の敵……ワールドエネミーを、少数精鋭で狩るっていう制約があるわけ」

「めんどうな話だな」

「もし、それに則さぬ人数構成で挑まない場合はどうなる?」

 

 率直に顔をしかめる不死川と、淡々と疑義を述べる伊黒。

 

「そのときは、勝負自体が成立しない。相手が“無敵”モードにでもなったのかってステータスになって手が付けられないうえ、取り巻きの雑魚モンスターが無限湧きするから始末が悪い──前のムスペルヘイム・ワールドチャンピオンが呪いでエネミー化しやがった時も、本気でヤバかったわね……」

 

 懐かしくも嫌な思い出を想起したお嬢は(かぶり)を振った。 

 

「あんた(たち)クラン:鬼殺隊(キサツタイ)は煉獄さんら含め9人。私らが残り27人を見繕(みつくろ)うことになりそうだけど」

「いや、それは少し話が違うな、お嬢さん」

 

 煉獄が待ったの声をかけた。

 

「我々柱は九人だ」炎柱は豪語した。「きっと、この世界のどこかに、柱があと“四人”いる。それを含めて、戦力の方を考えていただきたい」

 

 頷く柱たち。お嬢はこめかみに手を当てて考える。

 

「……前も聞いたけど、その話の根拠は?」

「ない!」

「ありませんね」

「ないな」

「とくにない」

「しいて言えば、俺らがここにいることが根拠、ってやつかァ?」

 

 胡散臭げを通り越して呆れたような表情(アイコン)を浮かべるお嬢。

 

「……まぁ。各世界各地域にいる支部を通じて、宣伝というか檄文(げきぶん)というか、それらしい人物がいたら“ここへ来い”って書いてやったけどさ──」

 

 クラン:鬼殺隊がやっていたそれとは比べようもない、商業ギルド:ノー・オータムの拡散力。それは必ずや、ユグドラシル全土全域に波及する。

 何しろ今回のは掲示板などへの投稿ではなく、空に文字や映像が浮かび上がる仕様の大規模広告版だ。これならばユグドラシルのド辺境に住んでいても、いやでも目に入るのである。

 煉獄の動画付き檄文(げき)の内容は、彼が考案したシンプルなもの──

 

『鬼殺の剣士よ、我がもとに来たれ。この世界に住まう鬼舞辻無惨を、(たお)すために!』

 

 運営のアプデニュースや、他のギルド広告とまじって流れるそれは、シュヴェルトライテ城の上空にも定期的に回り浮かんでは消えている。

 あとは、

 

「本当に良かったの? 集合場所とかは明記しなくて?」

「ええ。私たちには私たちなりの暗号手段がございますので」

 

 そういって笑った胡蝶は、女神のごとく(たお)やかに微笑んだ。

 胡蝶は右手で“狐”の形を作ってコンコンと頷かせてみせる。

 

「柱であれば、煉獄さんの暗号──指文字を読めないことはないでしょう」

「なるほど。妙なポーズと思ったけど──だから映像付きにこだわったわけね」

 

 ひとしきり感心するお嬢。しかし、一同の不安を代弁するかのように、黒髪の少年が独語する。

 

「本当に、うまくいくでしょうか」

 

 柱たちは無言だった。

 

「これ、期日までに柱がそろわなくても」

「ああ。我等は戦いに赴く」

 

 彼らの決意は断固たるもの。

 それなりに発言権を持つはずの商業ギルドの長が()されるほどの。

 お嬢は深く呼吸する。

 

「……こちらが揃えられる戦力は揃えたいところね」

 

 氷河城攻略のための戦闘部隊の投入。勿論、寒冷地対策に不死者(アンデッド)竜種(ドラゴン)対策は必須。さらには。

 

「敵が“ワールドエネミー”である以上、こっちもなるたけ世界級(ワールド)アイテムを揃えて武装したい……と言いたいけど」

 

 実際は望み薄だ。

 世界級(ワールド)アイテム。その総数は200にもなる壊れ性能のアイテムだが、Wiki情報でも全容が解明しているのは、たったの50のみ。

 ギルド:ノー・オータムや協定を結んでいるワールド・サーチャーズでもひとつを有しており、他の世界級(ワールド)アイテムの情報についても、それなりの知見を得ている。

 

「サーチャーズが所有している“グライアイ”は、攻撃には使えない探索系」

 

 お嬢の脳裏に閃くのは、とにかく実戦闘に使えそうなもの。

 そのなかでも“鬼”に特攻がありそうなものとくれば。

 

「“光輪の善神(アフラマズダー)”」

 

 幹部やカラスたちは一様に頷く。世界級(ワールド)アイテムについて知識の浅い柱たちはひとまず無視して、お嬢たちは世界級(ワールド)アイテムの情報を整理する。

 

「相手が“悪”側の存在なら“光輪の善神(アフラマズダー)”が使えそうなんだけど……」

 

 お嬢は肩をすくめて頭を振った。同意するように幹部の女性プレイヤーが続く。

 

「さすがにギルド:セラフィムは貸してくれないでしょうね。いくらウチの頼みでも」

「あったりまえでしょ。「二十」なんて、使用したら即・消滅の世界級(ワールド)アイテム。他の奴に貸したり売ったりするがわけない。当然でしょうよ」

「──ほかに使えそうな世界級(ワールド)アイテム、保持者やギルドのリストは?」

 

 木こり(ランバージャック)に促され、お嬢は幹部たちを振りかえった。

 

「“ダヴはオリーブを運ぶ”……

 所有者は判明していますが、使用条件および効果不明で、いまだに発動したことすらないそうで」

「ま、使えねえな。これといった実戦経歴もないし」

 

 即座にコンソールを通して「×(ナシ)」とチェックを入れるお嬢。

 

「“ユグドラシル・リーフ”……

 全世界規模の防御・城塞型アイテムで、現在ギルド:大隊商(グランド・キャラバン)が所有していますが」

「うちの商売敵(しょうばいがたき)だろうが。砂漠帯や炎熱地を中心にした」

 

 ×を二重に入れるお嬢。

 

「“ギャラルホルン”……

 超位魔法〈神の化身召喚(コール・アヴァター)〉を超える神の軍勢召喚は使えそうですが」

「あの九曜喰らい戦から、所有者は未確認、か」

 

 ──×。

 

「“支えし神(アトラス)”……

 天空を支えた神の話から、全世界を俯瞰(ふかん)する視点──要するに全世界規模の正確な“マップ”を手に入れることができる貴重品、ですけど」

「サーチャーズにしてみたら喉から手が出るほど欲しいでしょうね。けど、あそこから奪ってまで手に入れたあのギルドは一般公開なんてしないし一時貸与もしない……フツーの自己利益追求型ギルドだものね」

 

 奪い取られたDQNギルド(アインズ・ウール・ゴウン)に渡らなかったのは幸か不幸かわからないが、とりあえず──×。

 

「“ホーリーグレイル”……

 杯の中身を飲めば、常時〈大治癒(ヒール)〉をはじめ、善や神聖属性など様々な回復治癒神聖効果を対象一人に永続化できるアイテムですが」

「“副作用”が、えげつないから論外」

 

 ××××と四重されるチェック欄。

 あれを扱ってる(?)プレイヤーを知ってはいるが、とにかく虫酸(むしず)が走る。戦力にはなるだろうが……正直、思い出したくもない。

 幹部は最後のリストをめくった。

 

「“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”……

 「二十」のひとつで、言わずと知れた反則(チート)級の完全消滅アイテム。現在はギルド:七芒星(セプタグラム)にある、そう、ですが……」

 

 お嬢は鼻を鳴らした。

 

「あんなアホ武器、喜んで使う奴がいるか。傭兵NPCに持たせたところで、当てられなきゃ逆に()られるだけのゴミクズ装備。おまけに、前に使った所有者(ドアホ)のせいで、ワールドイベントが一個おシャカになったんだろうが。……クソ。思い出しただけで、まじクソ。あんな激かわイベント進行キャラ消すとか、正気の沙汰かよ、あのボケヤロウが。絶対にうちと取引なんてさせねえ」

 

 まったく、結局“四凶”って、なんだったんだよ、気になってしようがねえなどとブツブツ言いつつ、×(バツ)を五重六重するお嬢。

 

「“五行相克(ごぎょうそうこく)”や“永劫の蛇の指輪(ウロボロス)”は、現在所有者不明……」

 

 そして、最後の項目には、戦艦でも輪切りにしそうな巨剣を担ぐ一人の男の姿が。

 

「現アースガルズ・ワールドチャンピオン──

 剣帝が持つ「二十」のひとつ“世界意志(ワールドセイヴァー)”……」

 

 普段彼が扱う巨剣とは別に存在するアイテムで、普段はこん棒程度の攻撃力しかないそれが、使えば使うほど無限に強くなっていき、最終的には単騎で最上級ダンジョンも陥落させるとされている“世界意志(ワールドセイヴァー)”──

 

「ニヴルヘイム・チャンピオンとアースガルズ・チャンピオン……少なくとも、そのお二人から助力を(たまわ)ると?」

 

 これは大仕事(おおしごと)になるとスーツ姿の巨漢(ランバージャック)はギルド長の採決を待った。

 

「……アースガルズの剣帝の方には貸しがひとつある。それを清算できるか、一度だけ交渉しよう」

 

 とはいうが、お嬢は難しいだろうと思っている。

 一商業ギルドの喧嘩(いざこざ)に、果たして剣帝が応えてくれるものだろうか。

 沈黙する一同。

 幹部の一人が重苦し気な空気をやわらげようと声を上げる。

 

「てか、お嬢が戦闘時に身に着けている白龍のチャイナドレス“傾城傾国(けいせいけいこく)”でも十分でしょう?」

「そうですよ。あれでいま支配下においてる、神クラスでも最上位モンスター《雷神・トール》とか、最強(さいつよ)ですし?」

 

 お嬢は軽く笑って答えた。

 答えるついでに普段の戦闘装束──白銀の龍が刺繍された純白のチャイナドレスと、神器級(ゴッズ)装備の“竜殺しの外套(タルンカッペ)”に早着替えする。雷を総身に纏う魔法剣士は肩をすくめた。

 

「つっても。私のトールは奥の手。相手は他にも神クラスモンスターを多数使役してる以上、正直どこまでやれるか……」

 

 神クラスモンスターは、実装当時は最強のボス存在に位置づけられていた。信仰系魔法詠唱者の中には、実際にユグドラシルに存在する神を奉じ、ゲーム設定上信仰することが普通に行われている。

 だが、運営は神の脅威を世界の下に設定し、数多くの神が雑魚……とまではいかずとも、それなりに攻略可能な存在になりおおせた。いまだに拠点NPCのUR制作ガチャには実装されていないが、あるいはそのうち──なんて噂もある。

 そんな中でも、北欧の雷神・トールは最強の名をほしいままにしていた。

 なにしろユグドラシルの元ネタにちなんだ北欧神であり雷の神だ。その大槌(おおつち)の破壊力は、世界蛇ヨルムンガルドをも撃砕するといわれるほど。

 仮にも北欧神話を主体としたゲームなのだ。こいつまで雑魚扱いをしては、さすがに運営も立つ瀬がないというものだろうに。

 お嬢が幹部らに微笑む中、木こりが誰にも聞こえぬよう耳打ちするように顔を寄せる。

 

「お嬢────いっそのこと、彼の手を借り受けるというのは?」

「は? 彼って?」

「お嬢が懇意(こんい)にしている、堕天使の」

「それはダメだ」

 

 オパールの瞳が憤慨の雷光に(ひらめ)いたように見えた。

 パウダーピンクの怒髪が、天を突こうとするかのごとく揺らめく。

 彼の情報は、彼女たちの商業ギルドの中でも明らかにされていない。

 彼が、お嬢の営む「NPC外装(ビジュアル)取引」において重要な顧客であり商業ギルドとしての価値を考慮したから、というのが主たる原因であったが、お嬢の低声はむしろ私情の分量が増している。

 

「彼は──今回の戦いには絶対に参加させない──というか彼は、うちの雇われの、NPCビジュアルグラフィッカーであり、彼のギルド内装を手掛けてやっただけ(・・)の間柄よ。今回の争いに巻き込む道理はない」

 

 それに、場合によっては、あのギルド──アインズ・ウール・ゴウンも参戦してくる可能性があること──それが彼を遠ざける最大要因のひとつであった。

 

「ですが、彼が有している世界級(ワールド)アイテムの有用性は」

「お願いだから、それ以上は言うな、(ラン)

 

 殺すぞ。

 そう言葉もなく言われた。

 本名で制止された木こり(ランバージャック)は、アイコンさえ浮かべるのを止めたお嬢の本気度を推しはかった。そして屈した。

 しかし、本気で惜しいとも思った。時間制限付きとはいえ「味方全員を無敵化」できる世界級(ワールド)アイテムというのは、今回の戦争で十分に活用する余地もあろうに。

 

(まぁ、彼にとってはただの“烙印”でしかないのだから、あまり知られたくないのもやむなし、か。お嬢にとっても上客である以上、無理強いはできない)

 

 ひとり納得する木こり男のプレイヤー。

 お嬢は一座を見渡した。

 

「話はまとまった。最後に、立ち寄っておきたい場所があるんだけど、いいかしら?」

「立ち寄りたい場所?」

 

 疑問する煉獄やカラスたちに、お嬢は言った。

 

「ユグドラシル、北欧神話において最高神であり知の神に位置する神──“オーディン”を(たず)ねてみるつもり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




世界級(ワールド)アイテムについて※

以下、Web版 説明より一部抜粋

総数は200(製作会社発表)。wikiに記載されている数は50。これは知られると争奪戦が行われるために、もっているプレイヤーが必死に隠すためである。

『聖者殺しの槍』:災厄のワールドアイテム。使用者のキャラクターデータの抹消と引き換えに、力を発動させる。制作会社狂ってる。
『ホーリーグレイル』:回復?系
『グライアイ』:ワールド・サーチャーズ所持。
『ユグドラシル・リーフ』:防御系
『ギャラルホルン』:超位魔法《コール・アヴァター/神の化身召喚》の上位?バージョン
『ファウンダー』:運営狂ってる。
『ダヴはオリーブの葉を運ぶ』:なにこれ
『強欲と無欲』:アインズ・ウール・ゴウン所持。前半最終話でアインズが使用予定。

 ほかにも書籍三巻「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンから奪われた“支えし神(アトラス)”」なども参考にしております。

 が、この作品は【二次創作】ですので、あしからず。


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第弐拾弐話 グレンデラ沼地攻防戦 -1

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 煉獄杏寿郎と、彼に協力した商業ギルドによって、ひとつの檄文(げきぶん)が発布された。

 

 

 

『鬼殺の剣士よ、我がもとに来たれ。この世界に住まう鬼舞辻無惨を、(たお)すために!』 

 

 

 

 それは各ギルドの広告データや運営からの告知情報と同様か、それ以上の頻度でユグドラシルの空を覆った。

 もちろん、ヘルヘイムの暗黒の空にも。 

 

「ふふ。やることが派手だな~、商業ギルド、いや、煉獄さんたちは」

 

 モモンガは〈遠隔視〉の鏡で覗き見た広告の様子に苦笑をこぼした。

 動画の途中で指を絶えず巧みに動かしていたのは気にかかったが、とにかく宣伝広告としては十分すぎるほどの映像だったと言っていいだろう。〈記録(レコード)〉した映像データを、とりあえずボックスにしまう。

 

(茶釜さんは声優の仕事で、ペロロンチーノさんは期待の新作ゲームのやりこみで最近来れ(ログインし)てないからな──)

 

 今度来た時に見せてやろうとほくそえむモモンガは、円卓の間でとある人物がインするのに立ちあった。

 

「ああ、タブラさん!」

「昨日ぶりです、モモンガさん!」

 

 二人は円卓の間を後にし、第九階層のそれぞれの目的地を目指しつつ、他愛のない話に花を咲かせた。

 

「そうですか、アルベドの調子を」

「ええ。近いうちに、ここを『去る』ことになりそうなので。残していくモモンガさんのためにも、やれるだけのことはやっておこうかと」

「そう、ですか……いえ。ありがとうございます、タブラさん」

「そんなお礼を言われるほどじゃ」

 

 モモンガは別れを惜しむように、彼の言葉をおしきって言い募る。

 

「タブラさんが構築したルベドや、第八階層の“諸王の玉座に繋がるあれら”のシステム、おまけに、自分の世界級(ワールド)アイテムとのシナジー効果で」

 

 あの大ピンチを乗り越えた。

 1500人の大侵攻という、ユグドラシル史において未曽有(みぞう)の事態を。

 そう感謝を述べるモモンガに、タブラ・スマラグディナは細長い水かき付きの指を振る。

 

「それは、どちらかといえば、モモンガさんの功績です。あそこでは便宜上“彗星”の役割しかないルベドでしたが、結局、モモンガさんの発動した“死の樹(クリフォト)”──生命樹(セフィロト)たち全員の“死”には、1000人のプレイヤーはなすすべもなく飲まれてました……あー、思い出しただけでもすごかったなー、あれ。今でも背筋ぞくぞくしちゃう」

「いやいや、自分もまさか“コレ”であれだけの破壊力を発生させられる組み合わせ……シナジーが存在したのには驚きましたよ」

「とくに地球(マルクト)による大地消失はよかったですね。もう、直に味わいたくなるレベル」

 

 TRPGのみならず、ホラーゲームにも造詣が深いタブラに褒めちぎられて、モモンガは照れ笑いの表情(アイコン)を浮かべる。

 話はギルメンたちの近況について推移していく。

 

「そういえば、この間、久しぶりにウルベルトさんと連絡が取れたんですよ」

「おお…………なんて言ってました?」

「ちょっと職場が変わったことくらいですかね、新しい仕事にも慣れてきたって」

「……それから?」

「? ああ、そういえば変なことをきかれましたよ。『ベルリバーさんのことで、何か覚えてることはあるか』って」

「へえ。──なんて答えましたか?」

「そうですね──『ナザリック地下墳墓』攻略の時とか、『ベルリバーさんと言えばブルー・プラネットさんに協力して作ってもらったアマゾン風呂のこと』とか──あれ?」

 

 それはいきなりのことであった。

 

『警告。警告。当ギルド外において、大規模な戦闘行動が確認されております』

 

 ギルメンたちが組んだ警告システムが起動し、宮殿の白亜の壁に反響していた。

 同時に、外で巡回していた仲間たちからの緊急時用に起動するアイテム〈緊急装置(エマージェンシー・コール)〉がインターフェイス──モモンガの意識に警告音と赤い光を発してやまない。

 

「緊急信号! 外の巡回組‼」

「ぷにっと萌えさんたちが⁉」

 

 二人は状況を確認すべき、マスターソースのある玉座の間へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

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「くそ、くそ! この数にここまで近づかれるまで気づかないなんてな!」

「忍の勘も、アーベラージ(ほかのゲーム)のやりすぎで(にぶ)りましたかね?」

 

 己の矜持(プライド)を大いに傷つけられている弐式炎雷に、ぷにっと萌えは気安く応じる。

 

「まぁ、おそらくというほどではないですけど。おそろしく速い“斥候隊”ってところですかね」

 

 五体の敵は、蔦の死神(ヴァイン・デス)の支配下においたフィールドモンスター、ねじくれた大木に巻き付き幹から攻撃の触手を伸ばす蔦の異形種──血塗られた蔦の暗殺者(ブラッディ・アサシンヴァイン)によって見事に拘束・拘引されている。

 拘束状態においた相手に血のように赤い毒液を吐き出すモンスターは、グレンデラ沼地の固有種であり、ぷにっと萌えの眷属の一種に数えられるもの。ただし、パワータイプには引きちぎられて拘束には向かないことと、炎や氷などの属性ダメージに弱いことなどから、あまり使える拘束具ではないが、とりあえずそれのおかげで、敵斥候集団は足を止められていた。

 

「それよりも、なんなんだ、この気味の悪い連中」

 

 軍師が捕らえた者以外の斥候隊の、十体ばかりを足元に切り伏せた武人建御雷(ぶじんたけみかづち)が評する通り、肉の膨れ上がった人間の出来損ないじみた外見は、並みのゾンビなどとは一線を画す外見。その肉腫は常時膨れたり縮んだりを繰り返して、できそこなった心臓を全身に宿すようなありさまであった。これが大男や巨人サイズとなれば、ぷにっと萌えでは手も足も出せず蹂躙されるだけだろう。

 ナザリックの誇る軍師は、現実の眉をひそめた。

 

「カテゴリ欄が文字化けしていて判読できない? こんなのは初めて見たような──」

「くそ、なんだっていい!」

 

 やるのかやらないかと素戔嗚(スサノオ)を構える忍者。

 彼が感知できているだけでも、斥候などとは比較にならない数の敵が接近しつつある。

 先の五体から十体、十五体、二十体と、尋常でない速度と数で。野良(ノラ)ではありえない規模にも見える。

 そんな〈探索役〉の焦りに呼応し、ぷにっと萌えは指揮官系スキルの“眼”をもって、解析を進めていくしかない。

 

「〈上位属性鑑定(オール・アプレイザル・アライメント)〉」

 

 相手の情報の中で知りたい情報は二つ。

 

「種族不明ですが、“悪属性”、カルマ値、『極悪』! うん、建御雷(たけみかづち)さん、出番です!」

 

 野生でこれほどの値は珍しい気もするが、茶釜の使うカルマ値をさげる特殊技術(スキル)や、カルマ値がマイナスの場合よりマイナスになる超位魔法《オシリスの裁き》を使う必要もない。

「応!」と豪語するザ・サムライは、二本の刀を構え、“明王コンボ”に通じる特殊技術(スキル)のひとつを解放。

 

「〈不動明王撃(アチャラナータ)〉!」

 

 不動明王が不動羂索でカルマ値がマイナスの相手の回避力を下げていく。

 

「〈降三世明王撃(トライローキヴィジャヤ)〉!」

 

 降三世明王が手に持った槍で大地を貫くと、同じような槍が無数に出現。

 

「〈大威徳明王撃(ヤマーンタカ)〉‼」

 

 次なる大威徳明王が巨大な棍棒で周囲を徹底的に叩きのめしていく。

 

「〈軍荼利明王撃(グンダリー)〉‼」

 

 軍荼利明王が手に持った蛇を敵の群れに巻きつかせ、金縛り効果を発揮。

 そして、最後の決め技──

 

「〈金剛夜叉明王撃(ヴァジュラヤクシャ)〉‼‼」

 

 背後に現れた金剛夜叉明王が雷撃を纏った金剛杵で複数回、異形の敵を殴りつける。これで、さらになる効果が発動。

 回避不能な相手に突き立った瞬間、先の明王五柱が取り囲むように現れ、カルマ値が僅かでもマイナスになっている者の動きを完全に止める技を放つ。

 

「よしっ!」

 

 完全に決まった!

 敵の大群は完全に明王五連撃の効果で薙ぎ払われ、それ以外の者は完璧に動きを封じられる。

 そのはずなのだが。

 

「お、おいおい、この数」

 

 弐式炎雷の〈上位(グレーター)敵感知(センス・エネミー)〉でとらえられる敵情報は、インターフェイスの地図上(マップ)に光点として浮かび上がる。

 今。武人建御雷(ぶじんたけみかづち)が動きを止めた──それ以上の数がグレンデラ沼地に集結しつつある。

 

「ご、50や60じゃきかない……下手すれば200、いや300はいるぞ!」

 

 忍者の神速も、武人の刀剣も、死神の術策すら、通用するはずのない、数の暴力。

 一体を殺すだけでもなかなかの時間と特殊技術(スキル)を要した敵の軍団。

 彼ら三人にでは抗しようがない。

 結論はひとつであった。

 

「撤退準備! 建御雷さんはそのまま敵拘束を維持! モモンガさんたちに、爆撃魔法の要請を!」

 

 

 

 

 

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「ここがグレなんたら沼地地帯、だな?」

 

 緑と黒の市松模様の羽織が特徴的な少年の問いに、「はい、我が主(マスター)」と答える黒髪に白衣の男──ヴァフスルーズニル。

 彼は神クラスの魔法詠唱者であり、グレンデラ沼地に炭治郎の県族軍を送り込む転移魔法(ゲート)を行使し続けていた。

 炭治郎は吐き気を催した様子で口元を押さえる。

 

「──薄気味悪い森だ。おまけに、この胸焼けするほどの瘴気。ただの人間であれば、〈毒〉に侵されること疑いないな」

「まさに。ですが、鬼の王であるあなた様には涼風も同然でしょう?」

「無論だな」

「とにかく、この沼地に(たむろ)する者らを、……おや?」

 

 斥候部隊が何者かに攻撃され拘束されたことを察知する魔法詠唱者。

 

「どうやら、()()()()()()ようですな」

「モーズグズ」

 

 呼び出した女騎士は、新調した眼鏡や髑髏の面を下に向け、片膝をついて命令を待つ。まさに王に仕える騎士のごとく。

 

「敵が爆撃を仕掛けた瞬間にこちらも動く、そのつもりで準備を──」

 

 言う間に、空が青く白い光に包まれる。

 これは超位魔法の詠唱陣。だが、詠唱者は森の向こうで直接攻撃にはいけない。

 炭治郎は(わら)う。

 

「話が早くて助かる……さぁ、この間の汚名を返上するぞ」

 

 彼の創造主/無惨は寛大にも炭治郎を許したが、彼自身は惨めにも命令を遂行できなかった自分を恥じていた。

 そして、超位魔法──〈失墜する天空(フォールン・ダウン)〉は、炸裂する。

 

 

 

 

 

 

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「まずは一発!」

 

 お返しすることはできた。

 派手な閃光は太陽を地表に顕現させたような、視界に映るすべてを純白に染め上げる。超高熱の発生に伴い、それに巻き込まれた森と敵は諸共に絶熱の中で消滅する。

 超級の熱源が生じていたのは数秒。そのあとには巨大な円を描く、死の大地。

 

建御雷(たけみかづち)さんが止めていた敵は一掃。他にも150ばかりが熱源内で消滅したようです」

 

 冷静に分析する軍師を隣に、モモンガは僅かながら浮足立っていた。

 敵は、ぷにっと萌えたちの証言から言って、あの竈門少年(自称)であることは、ほぼ確定。

 その証拠に。

 

(やっこ)さんのおでましだな」

 

 弐式炎雷が愉快気に巨大忍者刀・素戔嗚(スサノオ)を背に構えなおす。

 効果範囲外の外周に、悠然と姿を現した竈門炭治郎。

 当然、彼の戦闘力──とくに即死攻撃の類は危険であると教え込まれているメンバーたち。

 

「タブラさん。玉座を一時“預けます”。戦闘詳報などは逐次(ちくじ)送ってください」

「了解です、モモンガさん」

 

 さらに、いざとなればタブラは、モモンガも賞嘆するほどの魔法戦闘力で、敵軍を蹂躙してくれることだろう。控え選手としては申し分ない。

 

 本日、ナザリックにいたのは、四十一人中わずか十一名。

 

 モモンガ、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷(ぶじんたけみかづち)弐式炎雷(にしきえんらい)、ぷにっと萌え、テンパランス、源次郎、死獣天朱雀、あまのまひとつ、ぬーぼー、るし☆ふぁー……以上、十一人。

 

 だが、モモンガは思う。

 

(正直、下の三人は実戦闘力が微妙すぎる上、今日はそれぞれの工作(クラフト)作業にかかりきりだ)

 

 あまのまひとつは鍛冶長として、メンバー全員分の武装メンテ担当。ぬーぼーとるし☆ふぁーはゴーレムクラフター。おまけにるし☆ふぁーに関しては、他のギルメンとのコミュニティ能力に問題があるときてる。

 

(実質、戦闘参加できる員数は)

 

 たったの八名。

 ──それでも。

 

「うちの庭で、好き勝手暴れられてたまるかってんだよ!」

 

 メンバーらにもギルド長の本気ぶりが伝播したように、現実の表情を厳しいものに変ずる。

 

「いくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、グレンデラ沼地攻防戦が、開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 同時刻。

 

「まったく、何が起こってんだか?」

 

 そのド派手な魔法の炸裂音を聞いて、銀の額宛てをシャランと鳴らす人間種の剣士が、興味をそそられた。

 彼は忍具のひとつである防毒面を口元に巻きつけつつ、小気味よい口笛を鳴らす。

 鍛え上げた耳と瞳が、青白い光爆の発生方角を、確かにとらえていた。

 

「派手なやつが多いぜ────この世界はよ!」

 

 音柱(おとばしら)

 宇随天元(うずいてんげん)

 彼の、柱随一を誇る疾走の速度を、止められる者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遊郭編、わかっちゃいたけど、派手柱かっこよ


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第弐拾参話 (たぶら)かされし王の食事亭

RPGの鉄則:物語の最初にヒントは隠されている


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 一方そのころ。

 

 ミズガルズのホームタウン“樹界都市(アスクエムブラ)”中央。

 

「よもやよもやだ!」

 

 煉獄は純粋な驚きを面に浮かべていた。そして、一言。

 

「相変わらずだな、ここは!」

 

 煉獄杏寿郎は久方ぶりに世界樹の空に陰る街に足を運んだ。こんな時でなければ、宿屋兼食事処の“(たぶら)かされし王の食事亭”店主ガングレリが提供する極上の食事──フレイムドラゴンステーキセットやアルフヘイム産・九種の温野菜と薩摩芋(さつまいも)御膳などを仲間たち──冨岡や胡蝶らに振舞いたいが、残念ながら、今回の目的は食事関係にあらず。

 彼をここへ連れてきた商業ギルド“ノー・オータム”の長たるお嬢は、店への扉をあけながら、告げる。

 

「『ギュルヴィたぶらかし』」

 

 彼女が口に出した単語は、北欧神話における起源のひとつともいえる“作品”のことであった。

 

「ここの店名、“(たぶら)かされし王の食事亭”というのは、そのまま『神々の館に招待されながら(たぶら)かされた、一人の王』を意味している。」

 

 宿を貸し切る=ユグドラシル金貨を億単位で消耗するという第一条件を満たしたお嬢に連れられるまま、煉獄たちは扉をくぐった。

 しかし、内装にこれといった変化はない。貸切ったおかげで他に誰も客がいない程度の差だ。カウンターで待ち受ける主人の顔は、煉獄の知るそれとまったくおなじ。

 

『ご用は何でしょうか、お客様?』

 

 素朴かつ温和な口調。

 その定型文を吐く主人・ガングレリ──その名前こそ、神々の館で王が使用した偽名であった。

 ヴァルハラの館に案内されたガングレリ──その正体は、アース神族の力を借りたいと画策したスウェーデン王・“ギュルヴィ”。

 だが、神々は彼の意図を読んでいた。

 彼の訪問を知りながら神々は彼に対して門を開いた、ヴァルハラへの道が開いたのだ。

 つまり、

 

「現状、私らが最高神に謁見(えっけん)するには、どうあってもガングレリ経由じゃないと無理なのよ……戦場でならいざ知らず」

 

 そのような役割を持つ、重要な役儀を果たすような男にも見えない平凡に笑う男は、お嬢の言葉──第二条件の合言葉(キーワード)を待ち続けている。

 お嬢は淡々と告げる。

 

「──『誑かされし王・ギュルヴィに問う。もっとも偉大な神るは?』」

『ハールは答えた。「それはアルファズル──オーディンである」、と』

 

 ガングレリもとい、ギュルヴィ王が厳粛に答えた瞬間、王衣を纏った彼は一瞬で姿を消した。同時に、建物全体がギシリと揺れ始める。変化と呼ぶには、いささか以上に駆動音が激しい──変形と呼ぶ方がふさわしかった。

 建物の構造自体が自動的に変形を余儀なくされての震動、というべきか。ロビーの吹き抜けはなくなり、ありえざる空色と木漏れ日が部屋全体を明るく染める。

 食事亭の二階にあったはずの宿部屋は、完全になくなってしまったようだ。今は空が、その建物の一部となっている──そして、建物の中央部から下りてくる、芯柱のないガラス製の透明な螺旋階段が、一同の前に披露された。

 

「──これが?」

「“表ヴァルハラへの道”よ」

「……表?」

「とすると、裏なんかがあるのかぁ?」

「ええ、そう──ものすごく物騒で野蛮で超上級者向け(ナイトメア)な“裏側”がね」

 

 疑問符を以って問う煉獄たちに、お嬢はこともなげに気安く説明する。

 

「現時点だと、ここ経由以外からオーディンにあうことは人間のプレイヤーにはできないのよ。たとえ、アースガルズにいても、ね」

 

 そう言って、お嬢は透明な(きざはし)を上り始めた。木こり(ジャック)もそれに続く。かんかんという金属質な高温は一切聞こえず完全な無音──空気か薄雲でも踏んでいるかのような無音ぶりだ。

 煉獄や冨岡、胡蝶、不死川、伊黒が淡々と後に続く中、こんな裏ギミックがあったこと自体初耳だったカラスたちも、手に手を取って、どうにか天への(きざはし)を上っていく。

 そして、

 

 

「 おおおお …… 」

 

 

 神聖な空気に身を包まれる、天上の楽園を見た。狼の巣があちこちにあるが、どの群れもあくびをたてて大人しい。小さな子狼のじゃれあいなど、微笑ましい光景ですらある。

 小川のせせらぎに小鳥のささやきが間奏を添えた、戦死者の国にして、オーディンの宮殿──“ヴァルハラ”。

 美しい女戦士が戦いの歌を歌う──ゲーム的に言えばBGMが流れている具合だ。

 ふと、一行の目の前に駆け寄ってくる少年が、三人。

 

「僕はハール」「僕はヤヴンハール」「僕はスリジ」

 

 三人の少年の案内で、一行は牧歌的ともいうべき天上の国を、オーディンの館へと案内された。

(もっとも、この三人のショタがオーディンという解釈も成り立つけど)と、お嬢は頭の中で笑う。

 少年らの案内した先に待つ宮殿じみた館は、天頂部に雄鶏──グリンカムビがおり、何事かを観測しているように微動だにしない。

 

「「「さぁ、どうぞ」」」

 

 少年ら案内役に促され、煉獄たちはオーディンの第五の館・黄金の館(グラズヘイム)に通された。

 少年らに先導されるまま、一行は黄金で出来た長卓の席にそれぞれ着くと、いつの間にやら少年たちの姿がない。

 そして、黄金の玉座に光がともる。

 部屋の奥に玉座らしきものが十段以上も高い位置にあり、そこには二頭の狼と二羽の(からす)がいるだけで、主人の姿は見えない……否。

 

「?」

 

 最初に気づいたのはカラスであった。

 

「どうかした?」

 

 シマエナガに問われつつも、彼が指差すことができたのは、金色の玉座のさらに、上──

 

「あ、あれって?」

 

 全員が注目した先にあるのは、ステンドグラスの一部と目されていた、人の影。

 それがほんのわずか、かすかにだが、動いていた。

 

「な」

 

 煉獄らが刀を抜くこともできず、言葉を失うのも無理はない。

 オーディンは老人と聞いてはいた。

 つばのひろい帽子に隻眼の、神槍グングニルを持った、長い髭を貯える老人の姿だと。

 ──だが、自分で自分の首を吊り、自分の身体を槍で貫いている老人だとは、一言も聞いていなかった。

 

「ま、まさか、あれが?」

「そ。最高神オーディン」

 

 お嬢は平然と答えた。

 玉座に座す御仏の姿を連想していた煉獄らには理解不能であるが、これこそが、オーディンにとって必要な儀式であり、習慣であり、義務であった。

 オーディンは知識を得るためミ―ミルの泉を飲む代償に隻眼となり、ルーン文字の秘密、魔術を会得すべく、九日九夜、自分自身という存在を創造神オーディンに「捧げた」という逸話を持つ。

 それ故の知恵の神であり、こうして煉獄たちが訪れるきっかけとなったわけであるが、

 

 

『う、うう、ううう……』

 

 

 さすがに何かを問いたい気分にはなれないだろうと思うお嬢。

 何しろ相手は、北欧の最高神とはいえ、首吊りと自殺癖のあるご老体なのだ。むしろ、相手の凶行を見てドン引きするのが当然というもの。

 

 

「失礼! ご老人の方!」

 

 

 と思いきや。

 煉獄は構うことなく老人に語り掛ける。

 

「失礼ながら随分と苦しんでおられるご様子! 助けたほうが御身のためと思うが、いかがだろうか!!?」

 

 どこまでも愚直な煉獄の様子に、柱たちも呼応する。

 その姿を見渡した最高神は、

 

『……ほお。なかなか見どころのある者たちのようじゃ』

 

 オーディンはグングニルを自らの手で引き抜き、首を吊っている縄を引き裂くと、ドカッと真下に存在した玉座の上に泰然と腰をおろす。

 神は超然と頬杖をついた。

 

『この最高神。オーディンの知恵を借りに来たのであろう?

 己で調べればわかる程度のことは教えてやらんが、遠慮せず申してみるがよい、ユグドラシル(がい)の異邦人よ』

 

 最後の言葉を全く無視して、煉獄は問いを投げる。

 

「我々は現在、ワールドエネミーと呼称される鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を斃すための仲間を募っている! とくに、九人の柱! 残り四人の所在を是が非でも知りたい!!」

『ふむ。よかろう。調べて(しん)ぜよう』

 

 言うやいなや、彼の玉座にいた二羽の鴉──フギンとムニンが飛び立った。

 数十秒後、世界を見渡してきた己の耳目(じもく)たちから教えてもらい、オーディンは答える。

 

『岩柱とやらは、ムスペルヘイム“炎巨人の生誕場”に。

 音柱とやらは、ヘルヘイム“グレンデラ沼地地帯”に。

 恋柱とやらは、アースガルズ“ヴィ―ンゴールヴ”女神の館に。

 霞柱とやらは、ニヴルヘイム“ガルスカプ森林地帯、双樹の森”に』

「なるほど、相分かった!」

「待ってください煉獄さん。それが事実であるという証拠はどこにもありませんが」

「この状況下だ、胡蝶。確定ではないとはいえ、少しでも仲間たちの情報は集めておくに越したことはない」

 

 蟲柱と水柱の確認に、風柱と蛇柱も同意した。

 早急にメモを取り始めるカラスたち。

 お嬢は語られたうちの一か所が、自分がよく通っている──「彼」がいるギルド拠点の場所であることを察して、現実の表情は変えず、ただ背筋を悪寒が走るのを感じた。

 煉獄の声が続けざまに轟く。

 

「さらに質問よろしいか?!」

『無論』

「何故、我々九人の柱がここへ──いや、答えはわかりきっているな──鬼舞辻無惨を完膚なきまでに滅ぼすためか!?」

然様(さよう)

 

 煉獄はいつも通り闊達(かったつ)な調子で、最高神と相対する。

 若干20歳とは思えぬ豪胆ぶりだ。

 

「鬼舞辻無惨を斃すうえで、そなたたち神々(かみがみ)とやらの助勢は受けられるものだろうか?」

『それはならぬ。ワールドエネミーは世界の敵じゃが、あくまで人間(プレイヤー)たちに処理されるべき害獣(がいじゅう)にすぎん──そこのお嬢さんのように、世界級(ワールド)アイテムで“雷神トール”を無理やり使うのは可能じゃが』

 

 水を向けられたとわかったお嬢は遠くを見やる。

 そういえば、あのステンドグラスの枚数は何枚だったろうか?

 それにしても、と思う。この最高神オーディンは知恵の神という設定だけあって、他のNPCとは一線を画している。発話するのもそうだが、表情の変化や身振り手振りなども、まさしく運営が用意したNPC(モノ)として恥ずかしくない動作プログラムだ。正直、商業ギルドで卸している動作データよりもはるかに高度であると言わざるを得ない。

 

「では、これが最後の問いだ」

『なんじゃ? 勝てるかどうか卜占(ぼくせん)でもせよと?』

「その必要はない!」

 

 煉獄は一声する。

 

「何故なら! 我々が勝つからだ!!」

 

 そう豪語し断言する炎柱──煉獄杏寿郎。

 炎柱は今回の戦いを、まったく怖れてなどいない。

 戦力は少なかろうと。できることは限られようと。

 

「鬼舞辻無惨は(たお)す──必ず! この手で!」

 

 彼が想起するのは、歴代炎柱が残した書の内容。

 始まりの呼吸の剣士──継国縁壱以外の誰にも追いつめることが出来なかったという、最悪にして災厄の鬼の始祖。

 だが、冨岡義勇らの働きによって、鬼舞辻無惨は無事に滅んだ。日本(ひのもと)の国では。

 ならば、この世界・ユグドラシルでも、同じように滅ぼすのみ。

 

「俺が聞きたいのは、戦いの終わった『後』のこと、────────!」

 

 これに、オーディンは答えてくれた。

 

「今日は本当に感謝に堪えない! 仲間たちの居所はだいたい分かった!」

 

 これは非常に大きな戦力アップだ。ひとまず最初は、同じアースガルズにいるという甘露寺のもとへ“女神の館”へと向かうのも悪くない。

 

「オーディン殿! 無惨討滅の手がかりをくれた御礼は、必ず!!」

 

 そういって館を辞していく柱やカラス、お嬢たちを見送りつつ、オーディンは思う。

 ただ、一言だけ。

 

 

 

『……惜しいことだな』

 

 

 

 客人のいなくなったオーディンは、しばしの間、煉獄との邂逅の余韻に浸りつつ、またも自分をつるす縄と、貫き抉る槍を準備するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(たぶら)=タブラって、もう言ってったっけ?

自論としては「タブラさん=嘘をついている説+?」


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第弐拾肆話 グレンデラ沼地攻防戦 -2

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 ヘルヘイム。

 グレンデラ沼地の西端にて。

 

「炭治郎様」

 

 伺いを立てるようなヴァフスルーズニルの嗤笑を、少年は睨み据えて返す。

 

「我が方が多少おされている、そう言いたいのだろう?」

『おそれながら。今回のプレイヤー共は、強壮をもって鳴るギルド。名をアインズ・ウール・ゴウン。抵抗の勢いが他のギルドのそれを上回るのは、当然というモノ』

「チッ。知ってたのなら最初から申し立てておけ──モーズグズ」

 

 少年の厳しい呼び声に、銀髪褐色の女騎士は即応して現れた。

 

「御前に」

 

 騎士槍を掲げ跪く女騎士に対し、炭治郎は冷淡に告げる。

 

「二個中隊を率いて側背を突け。頃合いは今より半刻ほど後」

『御意』

 

 そう言って引き下がっていく眼鏡姿の女騎士に、炭治郎は一瞥もくれてやらなかった。

 主人と従者として完成されきった態度ではあるが、もう少し情緒というモノを大切にされてはと思うヴァフスルーズニルであったが、

 

(まぁ、この私が指摘することでもありませんね)

 

 そう思いつつ、念話(テレパス)による通信が入る。

 

「ファフニールたちが所定の位置につきました」

 

 炭治郎はひとつ頷き、「行軍開始」を告げる。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「だあああああああああああああああああああああ、うざったああああああああああああああああい!」

 

 弐式炎雷の喚声が響く中。

 炭治郎のくだした鬼たちの再生力と突貫力に、ナザリック勢は苦戦を強いられていた。

 

「なるほど。これを真正面から受けた第十一都市の連中が苦戦するのも、頷けますね!」

「冷静に分析してる場合か、大ピンチだぞ、これ!」

 

 今日のギルドメンバー数──その中でも戦闘面で使い物になるのは、たったの八名。

 脱退や長いこと非ログイン状態が続いている仲間もいる中で、不死に近い“悪鬼”の群れは無双ゲーなみの勢いで、ナザリックメンバーを押し包もうとする。

 後方で指揮と強化と戦況分析を続けていたぷにっと萌えは、自陣の側面に武御雷を配置──ほどなくして、大量の鬼を引き連れた銀髪の女騎士が躍動して現れた。

 

「建御雷さん、持ちこたえて!」

「とは言われてもな、ッ!」

 

 斬神刀皇と騎士槍が激突し、彼女の背後から殺到する悪鬼たちが武人の全身に絡みつかんとするのを、モモンガの〈全体即死(マス・デス)〉が一挙に潰すが、

 

「モーズグズは健在……しかも、殺したはずの連中が復活してくるとか、どんなクソゲーだよ、運営!」

 

 テンパランス、源次郎、死獣天朱雀、あまのまひとつ、ぬーぼー、るし☆ふぁー、そしてタブラ・スマラグディナによって、ナザリック表層への侵入は防がれているが、単純な物量差は絶対的な武力をもって、彼らを押し包もうとしていた。

 

「モモンガさん、冷却時間(リキャストタイム)は!?」

「あと10秒粘ってください!」

 

 了解の掛け声をあげる異形種のプレイヤーたち。

 タブラ・スマラグディナの錬金術による一撃が、モーズグズを後方へと弾き飛ばした瞬間、

 

「いきます! 超位魔法──〈失墜する天空(フォールン・ダウン)〉!」

 

 一陣営につき、一日四度しか使えない超広範囲爆撃攻撃を、モモンガは二度目の詠唱に取り掛かる。友軍への攻撃(フレンドリィ・ファイア)が無効扱いの世界だからこそできる、自爆じみた殲滅魔法の連発であった。これで自軍にも被害をもたらす仕様になっていたら、モモンガたちは全滅を余儀なくされていただろう。

 課金アイテムを使って即発動された破壊力の熱波に、さしもの悪鬼たちも消滅と融解をまぬがれない。

 しかし、モモンガは(ほぞ)を噛んだ。

 

「一日に、しかもこんな短時間に、超位魔法二発も消費するなんて」

 

 久々の実戦ということもあって、個々人の技のキレのなさや指揮系統の乱れっぷりは認めざるを得ない。

 気が付けば、ナザリックを取り囲む表層の壁際にまで後退させられていた。

 さすがに毒づくメンバーたちが多い中で、モモンガも焦りを覚える状況の中──

 

「なんだなんだぁ? 随分と派手なもんじゃねぇか?」

 

 その声の主は突如として現れた。

 

「な」

「いつの間に!?」

 

 探索役(シーカー)である弐式炎雷すら瞠目して驚愕する先──モモンガの隣に、銀の額当てにジャラジャラ音を立てる派手な忍──立寸六尺を超える男が現れていた。

 

 二回の超位魔法の青白い派手な輝きに魅入られた鬼殺隊の柱の一人が、静かに、だが笑い声を防毒の面布の下に隠して微笑する。

 

「今の“魔法”とやらはお前さんの仕業だな? 随分と派手じゃねえか!」

「え、人間、種?」

「そんなアホな!」

 

 自分の感知の網をくぐってきた忍──もとい鬼殺の柱の装束に身を包む男の登場に凍り付く、弐式炎雷(にしきえんらい)

 

「敵なのか、味方なのか、どっちだぁ!?」

 

 モーズグズと鍔迫り合いながら指揮官とギルド長の判断を仰ぐ武人建御雷(ぶじんたけみかづち)

 あのナザリックの軍師こと、ぷにっと萌えでさえも、瞬時に判断は付きがたい状況であったが、

 

「あなたは宇随さん! 宇随天元(うずいてんげん)さん、ですよね?!」

 

 モモンガは彼の名を正確に言い当てた。言い当てることが可能だった。煉獄たちと知り合ったことで、過去の日本で大流行した鬼滅の刃・遊郭編を視聴する機会に恵まれていた。

 

「んん? そこの髑髏(どくろ)野郎、俺のこと知ってんのか? 鬼、にしては気配が違うしな?」

 

 むしろ彼らが敵対している肉腫の鬼どもの方こそが、鬼舞辻の気配が濃いと覚る宇随。

 骸骨のプレイヤーに興味を惹かれる宇随に対し、モモンガはナザリックの石壁の上で懇願する。

 

「お願いします、加勢してください! 煉獄さんたちにも会わせたいですし!」

「れん、ごく、──! おまえ、まさか煉獄を知ってるのか!? ハハッ!!」

 

 宇随は快活に笑った。

 小山のごとき邪竜ファフニールが現れても。彼の戦気と戦意は()えることを知らない。

 

「いいぜいいぜ! さっきのでかい爆発といい、派手な奴は好きだぜ、この俺様はな!!」

 

 助太刀を買って出た音柱・宇随天元は、鎖で柄の繋がれた黄金に煌く大刀二本を解放。

 

 

 

「音の呼吸 一ノ型 (とどろき)!」 

 

 

 

 超位魔法ほどではないものの、人間の剣技で穿たれた爆発の破孔が、沼地の岩盤を盛大に抉りぬいた。

 その余波を受けた炭治郎の鬼どもが四肢を砕かれ、活動不能に追い込まれる。

 

「どけどけぇ! 宇随天元様の御通りだァッ!!」

 

 防毒の面布を顔に巻いた彼は、忍の爆薬を惜しげもなく使い、黄金の刃の双刀を軽やかに振るいつつ、“悪鬼”たちを文字通り滅殺していく。

 

 

 

 

 

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「……何? 増援だと? しかも、たった一人?」

 

 伝令役を務めるヴァフスルーズニルから戦況をきかされ、炭治郎は舌打ちを禁じ得ない。

 

『増援の名前は、“宇随天元”と名乗ってるらしいですが?』

「──宇随さんか」

 

 炭治郎の記憶を取り出して思い出す鬼。

 遊郭編で戦闘不能の傷を受け引退したはずの音柱が、ここで戦線に復帰するとは予想だにしない事態である。

 

『いかがいたしましょう? 柱の攻撃は、炭治郎様の鬼どもへ有効。いたずらに兵力を失いかねませんが?』

「わかっている……一時撤退だ。ここいらのモンスターを狩りとって、鬼に出来たことだけでも目的は達成されている。ギルド攻略など二の次でしかない。モーズグズとファフニールに帰投命令を出せ」

『御意』

 

 ナザリックなる組織(ギルド)など歯牙にもかけない様子の炭治郎。

 彼は全軍に思念を飛ばし、撤退を命じた。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 宇随は音の呼吸を連発しつつ、ナザリックのメンバーを適時援護してくれた、そんな最中で。

 

「あ? 鬼どもが引いていくぞ?」

 

 彼の眼にも明らかなように、“悪鬼”たちが引いていくのがわかった。

 追撃をかけようとする音柱であったが、モモンガはさすがにそれを止めた。

 

「た、たすかったあ~」

 

 思わず腰を抜かして本音を漏らす、ぷにっと萌え。

 おそらく史上最もナザリックの表層付近まで近づきつつ、余力を残したまま撤退してくれた敵であった。

 正直、宇随の援護が間に合わなければ、確実にメンバーたちの抵抗は破られ、あの肉腫の鬼どもに、ナザリックの第一階層は蹂躙されていたことだろう。

 

「ありがとうございます、人間種の、えと」

「宇随天元様だ。よく覚えておきな、小僧」

 

 ぷにっと萌えの頭をわしわし撫でながら、「で?」とモモンガに振り替える宇随天元。

 

「煉獄は今、どこにいるんだ、モモンガさんとやら?」

「ええ。ミズガルズのシュヴェルトラウテ城に──あなたさえ良ければ、すぐにでも案内しますが?」

 

 ギルド長モモンガは、ぷにっと萌えとタブラ・スマラグディナに表層の沼地地帯の片づけを依頼して、宇随と共にミズガルズを目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ニヴルヘイム。

 ガルスカプ森林地帯にて。

 白く霞む視界──真っ黒かつ不気味な森──恐狼(ダイア・ウルフ)などの群れが(つど)う、危険な双樹の森の中で、腰に白刀をさげた髪の長い少年は、あるものを見つめる。双樹の群生地帯で、彼がそれを見つけたのは偶然ではない。柱としての鋭敏な感覚が、鏡の存在をボウっとする彼に教えてくれた。

 

 

「……………………これ、鏡?」

 

 

 手首を振って鏡を叩こうとすると、腕が鏡の内に沈み込んでいく……

 

 

「なんだ、アンタ? ──人間種のプレイヤー?」

 

 

 時透無一郎は振り返った。

 そこにいたのは、輝く球体に六翼の羽根。

 この時はまだ(・・)熾天使(セラフィム)の異形種プレイヤー。

 名は、カワウソ。

 時透が見つけたそれは入口──ギルド拠点・ヨルムンガンド脱殻跡地城砦(ぬけがらあとちじょうさい)へと続く、転移の鏡であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第弐拾伍話 集結する柱たち ‐1

いよいよ佳境ですが、その前に


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「キャー、皆さんお久しぶりですーっ!」

 

 アースガルズ“ヴィ―ンゴールヴ”女神の館にて、“恋柱”甘露寺蜜璃(かんろじみつり)は仲間たちと再会した。

 そこに集っていた女神たち……オーディンの妻たるフリッグたちによる歓待を受けていた鬼殺の柱たる女傑は、煉獄らとの再会を素直に喜ぶ。

 わけても“師範”と“継子”──師匠と弟子として、共に剣の修練に励んだ煉獄に対しては、顔面偏差値が崩れるほどの涙と鼻水を垂れ流して歓喜した。

 

「煉獄さん、っ、よくぞ、っ、ご、ご無事で!」

「うむ。相変わらず泣き虫なようだな甘露寺!」

 

 再会をよろこび合う二人。

 そして、

 

「か、甘露寺──」

「へ……伊黒さん」

 

 あの最終決戦で、後世にて結婚の約束まで取り付けた両者は、

 

「…………っ」

「…………ッ」

 

 何も言えなくなった。

 ただ耳まで赤くして、互いに照れ笑いのような声を浮かべるのみ。

 二人の事情を全く知らなかった煉獄や冨岡は疑念に首を傾げたが、察しは付いていた胡蝶と不死川があたたかく若い二人を見守る。

 しかし、

 

『蜜璃ちゃんを連れて行こうっていうのなら、相応の実力を示して頂かないと、なりませんね』

 

 フレイヤとは違い、我が子を危険から守るとする賢母の感を面にしつつ、女神は宣告する。

 女神フリッグ。“ヴィ―ンゴールヴ”と呼ばれる女神の館の主人で、宮殿フェンサリルを居とする、すべての女神の頂点に位置する女神の中の女神。

 

「へぇ……それでしたら同じ女性同士、私が相手になりましょう」

 

 彼女独特の刃のない──だが(きっさき)へと毒を流し込める特別製の刀を抜くが……。

 

「けけ、喧嘩はダメですよ!」

 

 甘露寺の発した膂力(りょりょく)──鬼舞辻の触腕でさえ破壊するほどの力は健在であった。

 二人の間に割って入り、勢い余ってフリッグの宴席台を交通事故よろしく、勢い余って吹き飛ばしてしまった。その直撃を被ったフリッグは、怒りのあまり鬼殺隊全員への敵対反応を取ることになるが、割愛しておこう。

 

『元気でいらしてね、蜜璃さん。しのぶさんも』

「は、はい!」

「そちらこそ──本当に傷だいじょうぶですか?」

 

 鬼殺隊一行の力を認め、ボコボコの顔を瞬時に回復させる女神フリッグ。

 

「次に、ここから近いのは──ムスペルヘイム“炎巨人の生誕場”とやらか」

 

 と不死川。

 

「そこに、柱最強たる“岩柱”──悲鳴嶼さんがいるわけだ」

 

 と伊黒。

 

「ほほほ、本当に! 伊黒さんたち、なんで、そんなことを?」

 

 と甘露寺。

 

「急ごう。期日まで時間はないぞ」

 

 そう冷静に諭す冨岡に対し、煉獄は「うむ!」と承服の声をあげた。

 

「だったら手分けして探してみましょう」

 

 そう述べるのは、鬼殺隊をここまで導いてくれた、商業ギルドの長である、お嬢。

 

「ムスペルヘイムは、クラン「鬼殺隊」の皆さんで。ニヴルヘイム、ガルスカプ森林地帯の方は、私の方で──少し心当たりというか、土地勘のある方をご存じですので。柱の皆さんの案内、お願いできます、カラスくん?」

「は、はい! ムスペルヘイムには、狩りで何度も足を運んでおりますし、“炎巨人の誕生場”でしたら、すぐにご案内できるかと」

 

 決まりねと微笑みの表情(アイコン)を浮かべ去っていく、お嬢と木こりの大男。

 

「合流予定地点は──どうかされました?」

 

 お嬢が疑念の視線を送る先で、煉獄が何者かからの〈伝言(メッセージ)〉を受け取っていた。

 

「いや、ヘルヘイムの知り合いからだ……ふむ……! 宇随と合流した、本当かモモンガ殿!?」

 

 全員が驚愕と歓喜に震えた。

 彼が口に出した名前は宇随天元──まごうことなき“音柱”のそれであった。

 上弦の陸との戦闘で片目片腕を喪い、戦線を離れ引退宣言までした柱であったが、不死川や冨岡の例にもれず、健在。

 

「ああ……ああ、わかった。ではニヴルヘイムで合流できるよう、手配を。ありがとう、モモンガ殿!」

 

 やったぞと快哉を上げて、遠話の魔法の繋がりが断ちききれるのを感じる煉獄。

 残る柱は二人……“岩柱”悲鳴嶼行冥と、“霞柱”時透無一郎のみ。

 ここまでくれば、

 

「いよいよだな!」

 

 そう確信してやまぬ炎……煉獄杏寿郎は、ムスペルヘイムへの道を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

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 ところ変わって、ニヴルヘイム・ガルスカプ森林地帯──双樹の森。

 その中に隠されていた鏡の前で、時透無一郎と、熾天使プレイヤー・カワウソは邂逅をはたした。

 

 

「………………」

「────ねぇ」

 

 無一郎は興味本位で訊ねた。

 

「どうして建物の中に海があるの?」

 

 鬼殺の任務でも海に立ち寄ることはあった無一郎は、ヨルムンガルド脱殻跡地城砦(ぬけがらあとちじょうさい)の最上層に案内された。

 第四階層の屋敷から一望できる水平線は、南国のリゾート地そのものという景観であるが、それが建物・ギルド拠点内部にあることに不思議さを覚える少年に対し、カワウソはなんてことないように呟く。

 

「……あれは珊瑚礁海(ラグーン)のギミックだよ。商業ギルドから報酬でもらった」

「らぐーん?」

「……どうして中に連れてきちゃったかな、俺」

 

 己の行動を今更になって悔いるカワウソ。六翼の右腕に相当する部位で球体の頭部分を叩く──しかし、彼には彼の事情があった。

 

「ノー・オータム──“お嬢”さんから聞いてた“柱”ってのを見つけたら知らせてくれって話だったし。あのままだと何時間も鏡の前で立ち話してそうだったし」

「柱? 柱を知ってるの、えーと?」

「あー。カワウソっていいます」

川獺(かわうそ)さん。どうして柱のことを、えーと?」

「……俺みたいな熾天使がしっているのか?」

「シテンシ?」

 

 熾天使という単語からしてなじみのない少年は、独特の間の持ち主であった。

 

(正直、どう扱っていいかわからん)

 

 興味津々に第四階層の内装を眺め、水平線の向こう側から感じられる潮風に長い髪を揺らす無一郎に、カワウソは辟易していたが、そこへ一本のメールが届く。

 

「“お嬢”さんからだ」

 

 彼女からの文面は、仕事関連ではなく、ただの私用としてお時間をいただくことへの詫びが並び、最後に最近巷間を騒がせている“柱”について、何か知っていることはないだろうかという内容であった。

 カワウソは少し考え、事実をそのままメールで伝えた。「時透無一郎を、ギルド拠点内にかくまっている」と。

 返信は矢のごとく素早く飛んできた。

 

「カワウソくん、大丈夫?!」

 

 お腹が空いたという無一郎に程よい美味さのスパゲティ・ナポリタン(~アルフヘイム産トマトをふんだんにつかって~)を食べさせてやっていた時に、お嬢は来た。

 

「本っ当に、ごめんなさい! 面倒なことに巻きこんじゃって」

「いえいえ。いつもお世話になってますし、これぐらいは」

 

 箸を使ってナポリタンを平らげる少年剣士は「ごちそうさまでした」と折り目正しく一礼し、カワウソに感謝を送る。

 お嬢から詳細を聞いた無一郎は、一も二もなく頷き、カワウソへ改めてお礼を述べた。

 

「ありがとう、川獺(かわうそ)さん。すぱげてぃ・なぽりたん。とてもおいしかったです」

 

 白刀を腰に佩いているとは思えない子供らしい微笑で、時透無一郎はお嬢らに伴われ去っていった。

 

「……なんだったんだ? 鬼殺隊──」

 

 屋敷の巡回任務を終えたNPC・ミカが戻ってきた。

 ネットでそれらしい単語を調べたカワウソは、100年以上前のアニメ動画──『鬼滅の刃』という作品にはじめて触れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第弐拾陸話 集結する柱たち -2

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 ニヴルヘイムの集合場所に集った柱は、九名。

 

「改めて言うが──皆、久しいな」

「悲鳴嶼さん!」

 

 快哉をあげる甘露寺蜜璃。

 彼女の前に現れた、集合しつつあった柱たちがオーディンの神託を受けて乗り込んだムスペルヘイム。

 そこの“炎巨人の生誕場”にて合流を果たし、ここへ来ることになった“岩柱”は、盲目の眼から涙を流し、そこに集う懐かしい面々に声をかける。

 

「ああ……こうしてまた、皆と巡り会う日がこようとは。御仏(みほとけ)に感謝せねばなるまい」

 

 彼を連れていくのに、“炎巨人の生誕場”を制する神級のNPC──炎巨人の王・スルトと柱たちの間に一悶着あったが、水柱と風柱の合わせ技によって見事討ち果たし、とにかく無事に、岩柱との合流を果たした煉獄たち。

 そんな彼らの耳に、少年のあらたまった声が注がれる。

 

「お久しぶりです、皆さん」

「無一郎くん!」

 

 またも嬉しそうに歓声をあげる甘露寺。

 そこにいた髪の長い少年は、“お嬢”が「心当たり」のある──というか、協力関係・商取引関係にある極小ギルドに、まるで匿われるようにして滞在していた。

 お嬢は脂汗を拭い、八人目の柱“霞柱”時透無一郎を一行に引き合わせることに成功。

 

「おいおい。どいつもこいつも懐かしい顔ぶれじゃねえか、ええ?」

「宇随さん!」

 

 またも甘露寺が声をあげた。

 忍の防毒面を外し、いつもの自信たっぷりな男前の笑顔を披露する宇随天元であったが、彼をここへ導いた人物に、約三名の柱が凍り付く。

 彼女は本当に仲間たち全員が勢揃いしたことを喜んでいたが、その思いは〈転移門〉から現れる骸骨のプレイヤー・モモンガの登場で雲散霧消した。

 

「ほぎゃー、バケモノー!」

 

 甘露寺が驚愕し、猫のように跳びあがった。そのまま手近にいた伊黒を抱き潰しかねない勢いで恋柱特別の刀──鞭状の刀身を一気に抜き払う。

 胡蝶に注意されなければ、両名は抱き合ったまま、協力関係を結んだモモンガ──ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの長の前で奇態を演じ続けていたやも知れない。

 

「バケモノって……まぁ、言われなれてるからいいですけど」

 

 悲鳴嶼と時透も、骸骨の登場には肝を冷やす思いでいたが、「大丈夫! 彼は我々の協力者だ! なぁ、宇随!」と煉獄に言われた“音柱”は、打てば響くように答えた。

 

「応ともよ! こんなナリだが、鬼舞辻の鬼とは無関係とは、にわかには信じがたい話だぜ!」

 

 たがいに肩を叩いて再会を喜び合う炎柱と音柱。

 訳知り顔でうなずく冨岡と不死川、そして胡蝶。

 蟲柱はそっと恋柱に告げる。

 

「甘露寺さん、伊黒さんそろそろ放してやったほうがよくないですか?」

 

 耳まで真っ赤に染めた蛇柱を、恋柱は慌てて解放する。互いに謝りあう伊黒と甘露寺。

 

「こうして煉獄さんを含め、柱が揃うのは、柱合会議以来ですね」

 

 そう静かに告げる胡蝶。

 炎柱である煉獄を無限列車の戦いで欠いてより、九人の柱が揃うことは、まずなかった。

 しかし、このユグドラシルで、九人は再会を果たした。

 憎むべき仇敵を、斃すために。

 一同は集合場所と定められていた“城”を見上げた。

 

 ニヴルヘイム・大叫喚泉(フヴェルゲルミル)の中央に聳えたつ黒城。

 

 名を腐植姫の黒城──正式名称は“黒きエーリューズ二ル”──漆黒の死の世界・ニヴルヘイムに住まう腐植姫ヘルの城館である。

 入口の敷居の名は“ファランダ・フォラズ”、客間のベッドは“ケル”、ベッドカーテンは“ブリーキンダ・ベル”などと、細部にまで情報公開が為されている。

 お嬢は溜息を吐いた。

 

「あいつが攻略した城に入る日が来るとは……」

 

 夢にも思わなかったと嘆息する商業ギルドの長。

 木こりの大男が「お嬢」とたしなめ、彼女に門衛のいない城の黒く長い門を開けさせる。

 

「ようこそ、我が城へ──親愛なる“妹”よ」

「チッ。なにが妹よ。義理でしょうが、義理」

 

 いきなり複雑な家庭環境を暴露されたお嬢は、いっそ引き返そうかと本気で悩むが、もはやここはあいつの領域──ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンの勢力圏なのだ。城のギミックすべてに通暁していない以上、お嬢たちを帰すかどうかは、この城の主人たる彼の采配にかかっている。

 

「それと、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン、ギルド長──モモンガ殿。お会いできて恐悦至極」

 

 スピーカーから届いているらしい声は、九人の柱やクラン:キサツタイの面々も歓迎していた。

 ワールドチャンピオンという称号に違わぬ、自尊心と自負心に満ちた男の声。

 

「すでに、アースガルズ・ワールドチャンピオンにも足をお運びいただいている……どうぞ中へ」

 

 そうして十数名は中へと足を踏み入れる。

 おどろおどろしい雰囲気に包まれた場内であるが、その最上層の玉座の間へはお嬢が事前に把握していた転移ギミック(入口にあった死者の像を何体か動かす)を使って、あっという間に到達する。

 

「あらためて、ようこそ」

 

 両手にはめたグローブの漆黒が、左右に広がる。

 浮遊する“影”のような最上位アンデッド──最上位死霊王(グレイテスト・ハイレイス・キング)の姿が、そこにはあった。

 柱たちのみならず、モモンガや鬼殺隊クランメンバーたちもまた、その慇懃な口調の持ち主と対峙して、あらためて思い知らされる。

 それは、「格」の違い。

 この人物に狙われたら最後──確実にこちらが惨敗を喫する、“上の上”に位置する最高位プレイヤーの偉容──それが、さらにもうひとり分。

 

「あれが」

「アースガルズ・チャンピオンの」

「“剣帝”…………ほ、ほんものだ」

 

 クラン:キサツタイ──カラスたちは感動の吐息をついた。

 窓の外を眺めている人物は、青い外布(マント)を纏う人間種。

 しかし、彼が背中に装備する“世界意志(ワールドセイヴァー)”──普段はこん棒程度の攻撃力しか持たない、木の葉のついた樹の剣の存在感は、圧巻の一言。

 すべての剣士の上に君臨する剣士──“剣帝”と呼ぶにふさわしい風格の優男は視線を転じず、表情も変えず、一同を振り返りも、しない。

 他の特徴らしい特徴は鼻梁(びりょう)から両頬へ一文字に引かれた傷痕だろうが、あれはキャラグラフィックなのかと疑いたくなるほど、精巧にすべて作りこまれている。

 

「そして、あちらの玉座におわすのは、我が同盟者にして城の正当なる主……腐植姫さまである」

 

 腐植姫。

 腐植姫と、そう呼ばれて当然の異様が、壮麗なる玉座に鎮座していた。

 悍ましいを通り越して吐気すらこみあがる狂相──常に流動するヘドロの肉体──まるで、全身が緑がかかった漆黒に変色した“腐蝕”死体の少女──あれこそが、ニヴルヘイムの最頂点に君臨する姫君の姿であると、誰が看取し得ようか。

 

「それでは始めようか?

 ヘルヘイムにある同じ城──最高位ダンジョン──“白きエーリューズ二ル”の攻略会議を」

 

 ニヴルヘイム・チャンピオンが芝居たっぷりに演じてみせたのに呼応したわけではないが、モモンガや煉獄たちも、玉座の間に設けられた円卓に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワールドチャンピオン
【独自設定】

1、アースガルズ・ワールドチャンピオン  “剣帝”
2、ミズガルズ・ワールドチャンピオン   “最上位竜騎兵”
3、ヨトゥンヘイム・ワールドチャンピオン “天裂き地吞む狼”
4、ニダヴェリール・ワールドチャンピオン “鐵”
5、ヴァナヘイム・ワールドチャンピオン  “獅子奮迅”
6、ニヴルヘイム・ワールドチャンピオン  “最上位死霊王”
7、ヘルヘイム・ワールドチャンピオン   “深祖”
8、ムスペルヘイム・ワールドチャンピオン “絶対最強超絶無敵火炎姫”
9、アルフヘイム・ワールドチャンピオン  【“たっち・みー”引退で空席】


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第弐拾漆話 大攻勢


果たしてどちらの?


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「何? しくじった?」

 

 炭治郎からの良くない報告を受けた鬼舞辻無惨であったが、その詳細を聞くにつけ、大したことではないという判断を下す。

 

「気にするな炭治郎。おまえが無事でいることが何よりもうれしい。これは本当のことだぞ?」

 

 まるで飼い猫を愛でるような心地よい声で、自分の生み出した炭治郎をほめそやす無惨。

 

「そのような些事よりも、はやくおまえに会いたい。軍勢をすべて連れて戻るにはどれほどかかる……いや、いっそのこと……」

 

 鬼舞辻無惨は黒い嗤笑に真っ赤な三日月を灯した。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「以上が、この“黒きエーリューズニル”の特異性能であり、公開していなかった内部情報だ」

「……」

「……」

「……す」

 

 すげえ秘密を暴露された気分のモモンガは慌てて口をふさぐ。自分一人だけ子供のように狂喜し、発言するのが恥ずかしくなったからだ。

 

「本当にそんなことが?」

「可能だ」

 

 ほかならぬ私自身が確認したと、お嬢に向けて頷く、不定形アンデッドの王。

 

「考えたことはなかったか? 何故、ユグドラシルに死の世界が二つも存在する? ニヴルヘイムはヘルヘイムと混同されることもある世界であり、その支配者たる姫君(ラスボス)も、同じ名前を持った女神の名……そして、その女神の特徴を二つに()()()理由……ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの長なら、これがどういう意味を持つか、想像はしてたんじゃないですかな?」

「い、いやあ……」

 

 想像の埒外(らちがい)だ。

 単純に北欧神話に照らし合わせて二つの冥界を造ったと思い込んでいた。

 

(そういえば、タブラさんが、何か仮説を立ててたけど、学のない俺じゃあよくわかんなかったっけ)

 

 アインズ・ウール・ゴウンに属する仲間の一人のことを思い浮かべかけて、モモンガは喫緊の話題が何であるか思い出す。

 

「それで、白城に入城、いや潜入することはできると仮定して、問題は外からの、ですよね?」

「ああ、外の凍てつく吹雪や死のクレバスを踏破することは、人間種や亜人種には難しい。だが、そこは異形種プレイヤーである我々の腕の見せ所だろう?」

 

 違うかねと逆に訊かれたモモンガは「なるほど」と首肯する。

 

「外側を我々のギルド:アインズ・ウール・ゴウンが攻め立てる、うちの攻城ゴーレム“ガルガンチュアをすぐに用意しましょう”──そして、内側を煉獄さん達の鬼殺隊が」

「潜入し蹂躙する」

 

 そうすれば、さしものヘルヘイムのラストダンジョンも攻略されること疑いなし。

 

「いやしかし、これほどの情報をいただけるとは……正直驚きです」

「なぁに。ダンジョンの特性を理解できても、異形種プレイヤーしかいないギルド(きみら)では、うちを攻め落とすことは難しい」

「以上に不可能──というわけですね」

 

 ユグドラシルには三つの種族が存在する。

 人間種、亜人種、異形種。

 だが、運営の計らいによって、互いの種族は反目し殺しあうことを常としているユグドラシルで、真の意味で三者が協力強調する環境を整えることは難しい、以上に不可能な状況にあるといっても、けっして過言にはならない。

 

「ところで、ワールドエネミー・鬼舞辻無惨とやらは──失礼。どうした?」

 

 仲間から連絡を受けたらしいニヴルヘイム・ワールドチャンピオンが虚空を見つめた。

 そして、影が驚嘆の吐息を漏らす。

 

「なに……九つの世界すべてで『悪鬼の群れ』を確認?! 本当か、それは!?」

 

 煉獄たち柱を含む全員が腰をあげた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 それは唐突に、そして同時多発的に起きた。

 

「ぐああああああああああああああああああああ──ッ!!」

 

 炭治郎の増やした戦力が、ユグドラシル各地──アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ムスペルヘイム、ニダヴェリール、ニヴルヘイム、ヘルヘイム──九つの世界の都市や町や村落などを襲った。

 

「ぐぉ、あ、おおおおおおおおおおおああああああああああああああああああ──ッ!!」

 

 襲われたものも即座に悪鬼化する、まさにゾンビイベントさながらの状況に、ユグドラシルは追いやられた。

 

「きゃあ!」

「うわぁあっ!」

「なんなんだ、こいつら?!」

「どこから湧いて出やがった!?」

 

 鼠算(ねずみざん)的に増えていく被害に、プレイヤーたちはなす術もないまま蹂躙されて屠殺され、彼ら悪鬼の戦列に加わっていく。

 しかし、

 

「おい、あれって」

「レイドボスの!」

 

 驚愕の悲鳴と共にプレイヤーたちの前に現れたのは、神クラスの該当、もしくは準じる精強かつ壮烈なレイドボスモンスター。

 それらの指揮支援を受け取りつつ、悪鬼の群れはユグドラシルを穢し覆いつくす……

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

『な、なるほど、さすがは無惨様です!』

 

 主人の仕掛けた大攻勢に対し、敬服の声を落とす炭治郎。無惨は不敵な微笑みを浮かべ(のたま)った。

 

「私が求めているものはすでに得られた──おまえだ、太陽を克服した炭治郎──我が後継として、その領地は多い方がよいに決まっているからな」

『は、はい!』

「そして、次に欲するものは、この世界そのもの」

 

 無惨の目的は、このユグドラシルを征すること。

 鬼舞辻無惨は炭治郎に命じ、また、氷河城内の戦力の一部を解放して、外の世界への進軍を開始させた。

 これまでの出来事や騒乱は、ほんの小手調べ。その中途で鬼殺隊という耳障(みみざわ)りな連中の存在も知れたが、本来の目的は当然、別にある。

 

「炭治郎。おお、私のかわいい炭治郎よ。私の代わりに“青い彼岸花”を探せ。私自身が太陽を克服するためにも……そのために、邪魔な者どもはすべて駆除する」

 

 日本(ひのもと)では見つけること叶わなかった、彼の悲願にして野望。

 鬼殺隊も。

 ユグドラシルプレイヤーも。

 すべてが邪魔してくる世界であるというのなら。

 

「このユグドラシルのすべてを、お前が征するのだ、炭治郎」

 

 鬼舞辻無惨は、まさに世界の敵として暗躍の限りを尽くす。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 アースガルズ。

 裏ヴァルハラにて。

 

 

 唐突なことだが。

 モーズグズは、炭治郎の無惨に対し怯えきった様を見るのが嫌いだった。

 さもありなん……とは思う。

 あのような暴虐の徒が主人では、気苦労が絶えないことも、頷ける。

 だが、女騎士モーズグズは、冥界を流れるギョッル川、その大河にかかる黄金橋の誇り高き番兵である。

 それを一刀のもとに討ち取った彼の手腕──力の粋は言うに及ばず。それほどの力の持ち主が、あのような蛮鬼の支配下にあるなど、断じて間違っていると思考できる。

 呼吸術なるものはよく理解できないが、とにかく炭治郎は女騎士モーズグズを打ち倒し、その血を混ぜる儀によって、モーズグズの忠節は彼にささげられることとなった。それほどの実力を発揮したのは彼であって、決して彼を生み出した創造主とやらではない──とモーズグズは考えている。

 不敬な考えやも知れない。

 炭治郎の耳に入れれば、必ずやモーズグズを手酷く るだろう……それも、彼という主の差配であるならば耐えられる。

 

 

 モーズグズは、竈門炭治郎に心から、感謝すらしている。

 彼のおかげで、ヘルヘイムとニヴルヘイム──両界の狭間しか知らなかった女騎士は、たくさんの世界を見ることができた。

 彼と共に旅することで、ほんのわずかながら、冥府の空気とは違う世界を知ることが叶った。

 

 

 ミズガルズの世界樹の巨大さ。

 心地よく吹き抜ける風の匂い。

 人々でごった返す都市の喧騒。

 

 

 すべて、モーズグズ一人では、見ることのできなかった──見ようとさえ思わなかった──世界の広さを、知った。

 

 

 故に。

 モーズグズは今日も先陣を切り、機械槍をとって(たたか)う。

 彼女がいるのは、裏ヴァルハラと呼称される超上級者(ナイトメア)向けのフィールド──だが、モーズグズに臆する心はない。

 ここのモンスター共を悪鬼化できれば、必ずや炭治郎の戦力増強へと確実につながる──彼からお褒めの言葉でもいただければ重畳というもの。

 

 

 大恩ある主君──緑と黒の市松柄の羽織を纏う“鬼の王”──竈門炭治郎への忠節を胸に、彼女はアースガルズ……壮強なる戦死者たちの集う天上世界(ヴァルハラ)を、主の創りあげた無限の同胞──悪鬼たちの群れと共に、蹂躙する。

 ミズガルズはグレンデルマザーが、ヴァナヘイムはフレイヤが、アルフヘイムはファフニールが、ヘルヘイムはフリームスルサルとスヴァジルファリが……といった具合に、悪鬼の将帥級に位置する者どもによって、九つの世界(ユグドラシル)は竈門炭治郎の悪鬼どもの同時侵攻を受ける運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界の女番人は、自分の唯一の主のためにのみ、その長大な槍を、盾を、鎧を、力を、戦場にて振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




運営「────ゾンビイベントとか聞いてないんですけど?」


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第弐拾捌話 氷河城奇襲作戦

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 ・

 

 

 

 

 

 

 九つの世界同時に奇襲を仕掛けた悪鬼の群れ──その元締めである鬼舞辻無惨と竈門炭治郎の掃討は急務となった。

 

「前々から準備はしていたけど、こうも先手を取られるなんて」

「ミズガルズの不可侵地帯──ホームタウンのアスクエムブラにも、悪鬼の群れは寄せてくる勢いだとか」

 

 お嬢は(ほぞ)を噛んだ。

 しかし、納得しがたいことがひとつ。

 

「これだけの量の敵を、(やっこ)さんはどうやって統制している? 九つの世界同時侵攻とか、いかにもワールドエネミーらしい能力であり戦術ではあるけど」

「おそらく将帥級──敵の中での主軸となるものがいるはずだ」

 

 それまで会議に参加せず、大叫喚泉の漆黒の湖を眺めていたアースガルズ・ワールドチャンピオンが宣う。

 

「俺を含め、『九曜喰らい』戦……最初のワールドエネミーと戦ったことがある連中には既知のことだが」

「それぐらいわかってるわよ!」

 

 お嬢は臆することなく言ってのけた。

 

「それでも、今回の件はおかしすぎ。なんで運営からのアナウンスもなく、イベントが発生してんのよ?」

「あるいは、運営にも未知の事象が働いていたりとかな」

「はぁ? ありえるのそんなこと?」

「さてな……ニューロン・ナノ・インターフェース……人々の脳を巨大な演算装置として繋いでしまうあれの普及率は、ほぼ100%。いろいろと噂は絶えないからな。運営の用意した裏コードだの、チートバグだの……覚えはないか? ギルド:アインズ・ウール・ゴウン──ギルド長さん?」

「それは────どうでしょうね?」

 

 モモンガは言いあぐねた。

 世界級(ワールド)アイテムによる同時発動(シナジー)効果。

 その情報を知るのは、世界級(ワールド)アイテムを桁違いの“11個”も保有するギルドの秘中の秘であり、かの有名な「1500人全滅」を成し遂げた主因。けっして外部に漏らしてよい情報ではなく、ぷにっと萌えの情報管制でも、そのあたりは慎重を期している。

 

(ここで言うのは得策とは言えない。そもそもシナジー効果があることは、世界級(ワールド)アイテムを“複数”もてば試せる話。まぁ、持てたとしても、それが相乗効果を発揮するかどうかは運次第)

 

 モモンガは沈黙を貫いた。

 それをどう受け取ったのか、アースガルズ・チャンピオンは肩をすくめてみせる。

 

「とりあえす、いま必要なのは、圧倒的に“対応”だ。運営()公式ワールドエネミー:鬼舞辻無惨。これを討たねば、最悪ユグドラシル自体が滅びるぞ……九曜喰らいの時の失敗、失態を忘れたか?」

 

 当時を知らぬモモンガやカラスは首を傾げるしかないが、ユグドラシル創始期からの古参たるプレイヤーたちは重く頷くしかない。

 

「あー……当時はエネミーの斃し方も分からず、手探り状態だったものね」

「運営から公式情報が出て、ようやく“軍団(レギオン)”方式の討伐法が普及したんでしたね。オーディンに伺いを立てても『それぐらい自分たちで調べよ』の一点張りだったからな」

 

 お嬢が虚空を眺め、ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンも同意するように首肯を幾度も落とす。

 

「なにはともあれ!」

 

 煉獄杏寿郎が柱を代表するように大音声(だいおんじょう)を放った。

 

「我々はこれより氷河城を(ねぐら)とする鬼舞辻無惨の討伐に向かわねばならない──というわけだな!」

 

 闊達な音調に同意したがごとく、冨岡義勇、胡蝶しのぶ、伊黒小芭内、不死川実弥、宇随天元、甘露寺蜜璃、悲鳴嶼行冥、時透無一郎──残る柱八人が席を立つ。

 腰に各々の日輪刀を佩いた鬼殺の柱たちの立ち姿は、見るものすべてを圧倒するものが漲っていた。

 それは戦気。

 あるいは闘志と呼ぶべきもの。

 そこに居合わせたユグドラシルプレイヤーたちは、皆すくみあがる思いを味わった──チャンピオンたち以外は。

 

「……ふむ。ただの、なりきりプレイヤーにしては」

「ああ。なにか、“度を越している”な……諸君らは」

 

 アースガルズとニヴルヘイム、双方のワールドチャンピオンが九人の柱への警戒を深めた。

 

「じゃあ、先遣隊はクラン:鬼殺隊の四人と、九人の柱たちで十三人──それからアースガルズのに任せて十四、プラスして私とランで十六ね」

「ちょ、そんな大事な役に、俺らが?」

「何よ、不満なの?」

 

 お嬢の作戦立案に異を唱えるカラスだが、

 

「大丈夫だ、カラス殿!」煉獄の言葉に背中を目一杯おされる。「貴殿らの腕ならば、継子(つぐこ)程度の働きは期待できる! 俺が、そのように鍛えたからな!」

 

 煉獄の言葉に嘘偽りはない。そのことを他の柱たちも(はだ)で感じ取っていく。

 カラスはシマエナガ、オオルリ、そしてシラトリを振り返り見て、ひとつ頷いてみせた。

 

「わかりました。俺たちも御供します!」

「何ができるかはわからないけど」

「精一杯、がんばります」

「………………」

 

 クラン:鬼殺隊の意思も固まったところで、アースガルズ・チャンピオンが告げる。

 

「では後衛には俺がつこう」

「ほう。その背中にある世界級(ワールド)アイテム“世界意志(ワールドセイヴァー)”の威を発揮する、と?」

 

 ニヴルヘイム・チャンピオンが顔のない影の(かお)を微笑ませながら(たず)ねた。

 

「有象無象を叩き潰さんと、“これ”は力を最大限まで発揮できんからな。最前線が危うくなった時の援軍として、期待しておいてもらうくらいが助かる」

「その代わり、報酬はたんまりもらおうというわけだ……別名・傭兵王は伊達ではないな、“剣帝”殿は?」

「何とでもいえ。(チャンピオン)の力を借りる以上、相応の支払いはあって当然だろう、最上位死霊王」

 

 何やら見えない火花を散らす両者の間に割って入るように、お嬢が立ちあがる。

 

「そっちは商業ギルドである我々の領分です、どうか存分な働きを」

 

 上客に対する礼節を形にしたようなやりとりで、お嬢は剣帝に頭を下げた。今回雇われる形となった彼の要求に、商業ギルドは全力で応えることを約束する。

 そのお嬢たちも中陣として氷河城奇襲作戦の要を担う──雷神トールを世界級(ワールド)アイテム“傾城傾国”で従えたお嬢と、その護衛役が数名つく予定。

 

「さて、となると、あとは攻城ゴーレムの発進準備だが」

「ああ、そちらはすでに手を回しました」

 

 モモンガは簡潔に言い放つ。

 

「タブラさん──うちの構成員の一人に連絡し、起動段階に入ったところです。

 ヘルヘイムに存在する我がギルド、アインズ・ウール・ゴウンが誇る攻城戦用ゴーレム・ガルガンチュア、その威を発揮するのにも、氷河城戦は望むところです」

 

 本来は、ただのダンジョン攻略には使えない攻城ゴーレムも、相手が“ギルド拠点”となれば、話は別だ。

 

「ははっ、さすが!」

「噂に違わぬ人物のようだな、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長は」

 

 ワールドチャンピオン二人に同時に褒められ恐縮してしまうモモンガ。

 

「それじゃあ」

「作戦開始と」

「いきますか」

「煉獄さん!」

 

 カラスに促され、炎柱は一座を見渡した。

 

「それでは諸君!

 打倒・鬼舞辻無惨! えい、えい、おーっ!」

 

 

「「「「「「「  おおおーーっ!  」」」」」」」

 

 

 (とき)の声と共に突きあがる(こぶし)の数は、異形のそれを含め十八本。

 ここに、氷河城奇襲部隊の結成は、なされた。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ヘルヘイム・氷河城内にて。

 

「ふふふ、いい気味だ」

 

 惑乱するユグドラシルプレイヤーたちの様子を、鬼舞辻無惨は酒精──ではなく純血の注がれたワイングラスを片手に高みの見物を決め込んでいた。

 炭治郎が生み出した将帥級とも称すべきボスキャラたちが、各ワールドの主要都市を攻め立て、悪鬼の群れを量産し始めている。

 

「やはりお前は素晴らしい、炭治郎」

「あ、ありがとう存じます、無惨様」

 

 跪拝(きはい)の姿勢で忠節の言葉を述べる炭治郎の頭を思うまま撫で梳く無惨。

 やはり炭治郎こそが鬼の王にふさわしい。

 あとは、無惨自身が太陽の光を克服する手がかり──青い彼岸花を手に入れれば、事は成就する。その時が楽しみでたまらない無惨は杯を一気に干した。

 その時だ。

 

「んん……なんだ、この地響きは?」

 

 氷河城内では完全に聞いたことのなかったそれを、鬼の始祖は鋭敏に感じ取る。

 何事かと城の主人であったヘルの猿轡を解いて訊ねてみるが、詳細は不明のまま。

 しかし、地響きは次第に大きく、かつ、絶対的な揺れを感じさせるものに変貌を遂げる。

 城の宮廷魔術師のごとく仕えるヴァフスルーズニルに、外の様子をモニターさせていた無惨は、氷河城周辺の様子を映すように命じた。

 水晶の大画面(グレーター・クリスタルモニター)には、純白の吹雪が吹きすさぶ様子が映し出されるだけ……ではなくなった。

 

「……なんだ、あの赤い光は?」

 

 吹雪の中にともっていたのは、まるで心臓の鼓動のごとく胸部中央に燦然と輝く赤。それと同じ煌きに明滅する両の眼。

 霜龍や巨人の群れを蹴散らし、人間種を凍てつかせる猛吹雪も、同種を即死させるクレバスも、堂々と踏み越えて踏み砕いて進撃する巨岩の影。

 やがてずんぐりとしたフォルムに、太い手足を生やしたそれは、優に三十メートルを超える巨大な岩盤の“動く像”──攻城ゴーレムの類であることが判明した。

 

「はっ。面白い見世物だな……炭治郎」

「即座に、誅戮(ちゅうりく)の部隊を送ります」

 

 炭治郎が起動させたのは、氷河城地下にて埋もれていた同種のゴーレム、名を“アウルゲルミル”……原始の霜巨人の名を冠された攻城ゴーレムは、起動と同時に地表へと転移。ずんぐりフォルムの敵方とは違い、全身が永久氷河を切り出したかのような尖鋭なフォルムが特徴だが、敵方のような胸の鼓動は一切見受けられない。

 

()け!」

 

 そう命じる炭治郎の思念を受けて、アウルゲルミルは拳を振り上げ、氷河城に接近せんとする不遜な岩の塊に殴りかかったが、

 

「な、何ぃ?!」

 

 炭治郎が驚嘆に目を剥いた。無惨ですらも、炭治郎の支配下にある巨像が易々(やすやす)と敗れるとは(つゆ)とも思わなかった。

 アウルゲルミルは殴りつけようとした拳が融けて使い物にならなくなり、逆に岩塊の巨人──ガルガンチュアの一発を顔面に受けて倒れ崩れる。

 

「ま、まだだ!」 

 

 ここはアウルゲルミルにとって有利なフィールド。猛吹雪が損傷を癒し、巨大な氷柱状に伸びた腕が、ガルガンチュアの胸部を──貫けない。

 貫く前に超高温にさらされ、大量の水と化すアウルゲルミル。

 豪雪の中に倒れ伏す彼の足を、ガルガンチュアは虫の足でも()ぐように、簡単に破壊し、放擲してしまう。

 さらに、ガルガンチュアの背中や肩に乗っていた異形種プレイヤーたちの死体撃ちのごとき攻撃が、アウルゲルミルを周到に執着的に襲った。

 炭治郎は声を震わせて現実と向き合う。向き合わねばならなかった。

 

「ばかな、こんなことが」

「何をしている、炭治郎」

 

 炭治郎は背筋が凍る思いで振り返る。

 氷河城の玉座に座する主は、苛烈な眼差しで己の後継を見つめていた。

 

「あまり私の前で醜態をさらすではない」

「……も、……申し訳、ありません」

 

 だが、どうみてもアウルゲルミルとガルガンチュアの性能差は明らかであった。

 アウルゲルミルが氷であるのに対し、相手は明らかに超高熱を発していて、近づくことすら儘ならない。いくら再生可能なフィールドでの戦いと言っても、これでは。

 

「お二方とも。敵の正体が知れました」

 

 ヴァフスルーズニルは、その明晰な頭脳でもって、ずんぐりフォルムの岩塊を遣わした下手人を看取する。

 

「ほう? して、その敵とやらは」

「あの攻城ゴーレム、名はガルガンチュア──ユグドラシル内で悪名を轟かすギルド:アインズ・ウール・ゴウンの第四階層守護者というものにございます」

 

 搭乗し指揮をしているプレイヤーたちも、アインズ・ウール・ゴウンの関係者で間違いないと断言する魔法詠唱者(マジックキャスター)

 炭治郎は驚嘆の声をあげる。

 

「おまえ、そんなことまで分かるのか?」

「私はオーディンに並ぶ智者でありますれば」

 

 あっけなく言ってのけるヴァフスルーズニル。

 無惨は青筋を刻んだ顔で納得と疑念を呈する。

 

「そうか。アインズ・ウール・ゴウンとやらか。目障りな話だが、何故この時期に、ここを攻め寄せる?」

「おそらくは、我等の存在を知って、それを排除、または挑戦すべく動いたものかと。先のヘルヘイムへの攻撃の際には、接敵行動もとりましたので」

「ふむ。使者を送って和睦するまでもない──城の兵を出せ、炭治郎。おまえの無限の悪鬼ならば、その物量で追い返せるだろう」

「ははっ。ただちに!」

 

 炭治郎は城の守備兵に思念を送り、アウルゲルミルの援軍──ガルガンチュアの掃討のため、兵を動かした。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「……そろそろ、向こうがいい頃合いだといいんだが」

 

 ニヴルヘイムの黒城では、最上位死霊王が刻限を数えていた。

 彼の背後に居並ぶ奇襲作戦の従軍者たち、その最前列で、煉獄は友人のことを思う。

 

「モモンガ殿は、うまくやってくれただろうか?」

「大丈夫だと思いますよ、煉獄さん」

 

 カラスは慰めるわけでもなく、杏寿郎に事実を教える。

 

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウン──モモンガといったら、その筋では有名なプレイヤーです」

「そうそう。あの自称・悪のギルドの長だもの。そう簡単に負けるとは」

「思えないですよね」

「時間だ、諸君」

 

 ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンの声に、全員が視線を転じる。

 どこかの部屋の柱時計がボーンという音を響かせ、定刻を告げてくれる。

 ……彼らがいるのは、黒城の秘密の通路──実はここに、ヘルヘイムの白城へと繋がる《扉》がある。

 ヘルヘイムとニヴルヘイムは同じ冥界であり、支配者も同じ名前のヘルという姫君、そして、世界の中央に聳えたつ最上級ダンジョンという配置まで同じときている。

 これだけの共通点がありながら、両者が全く無関係とは考えにくいと調べに調べた最上位死霊王が発見したのが、普段は隠されている謎の通路。発見当初は扉は固く閉ざされていたが、そこにある扉をある時刻に開けると、別の場所へと繋がってしまう。運営がどういう意図をもって黒城と白城に相同性や共通点を持たせたのか定かではないが、これは偶然ではない。

 このギミックを使えば、ニヴルヘイムの鋼鉄城からヘルヘイムの氷河城まで、一挙に侵入することが可能なのだ。その説明を受けた時、モモンガらが驚嘆したのも当然の事実である。ちなみに、このギミックを使えるのは鋼鉄城の主人であるニヴルヘイム・ワールドチャンピオンのみで、彼は潜入チームを送り出した後、“外”で戦うアインズ・ウール・ゴウンのメンバー……モモンガたちと合流する手筈である。

 そして、時は来た。

 柱時計が13回目の音色を鳴らした時、ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンが、影の手でドアノブを回し、ついで叫ぶ。

 

「繋がった!」

「いくぞっ!」

 

 氷河城への《扉》は開放された。

 吹きすさぶ冷気が一行を襲うが、その程度は装備品ですでに対策済み。

 おまけに通路付近にいた炭治郎の悪鬼たちも、無惨の命令によって出払っていた。

 まさに千載一遇の好機。

 煉獄たちは地下から上階を目指して、一路進軍。

 外のガルガンチュアとの戦いに気を取られている無惨たちは、煉獄をはじめ九人の柱と、その協力者たちの侵入に、まったく気づくことが出来ずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【氷河城奇襲作戦】

>内部潜入戦力“第一陣”
 鬼滅の刃の“柱”たち        九人
 クラン:鬼殺隊          四人
 商業ギルドの長・お嬢と大男    二人
 アースガルズ・チャンピオン   =計16人
>外部攻撃戦力“第一陣”
 ガルガンチュア          一体
 ギルド:アインズ・ウール・ゴウン 数人
 ニヴルヘイム・チャンピオン    一人


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第弐拾玖話 鬼舞辻無惨討伐隊 -1

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 ミズガルズ・ホームタウン……樹界都市アスクエムブラ。

 

「絶対にここを通すな!」

 

 街の門衛(N P C)たちと共に、アスクエムブラに拠点を構える初心者教導用ギルドの一人が叫んだ。

 彼の見据える先で、廻廊街道から攻め寄せてくるバケモノの群れが見える。

 商業ギルド:ノー・オータムが警鐘を鳴らしていた悪鬼の群れは、ミズガルズを中心に目撃例が絶えなかったが、まさかホームタウン……ユグドラシルの初心者プレイヤーが集うこんな土地にまで食指を伸ばすとは。運営はいったい何を考えているのか、本気で理解できないでいる。バケモノたちの群れは、そのどれもが強壮かつ悪辣なレベルステータス(少なくともLv.80強)に設定されている──その上、致命箇所・クリティカルポイントである首を落とさなければ、その悪逆無道ぶりはおさまることろを知らない。しかも、連中に倒され喰われ、仕留められたプレイヤーが、元のレベルとは関係なしに悪鬼化して、鼠算的に仲間を増やしていく。

 それが、九つの世界すべてで確認されるなど、正気の沙汰とは思えなかった。

 

「どうする、ギルド長? このままじゃ、戦線の維持もままならないぞ」

 

 わかってると仲間に叫び返したいが、言ったところで何か妙案があるわけでもない。

 アスクエムブラは不可侵地帯──門衛のNPCたちも善戦してくれているが、悪鬼の餌にしかなっていないのが現状だ。

 果たしてどうれすればよいのやら。

 この都市を放棄して逃げ出すのも良いが、ここは運営の直轄するホームタウン。

 そこを落としに来る、というか、落としに来れる敵の存在など久しくなかった。

 それこそ、

 

「ワールドエネミーの噂は本当だったようだな」

「みたいっすね」

 

 二人はワールドエネミーと戦った経験はないが、過去の動画データで、世界ひとつを陥落寸前まで追い込んだ九曜喰らいの一件を思い起こす。

 それと同等のことが今、このユグドラシルに発生しているとするならば。

 

「クソ運営め。事前告知くらい出しやがれってんだ!」

 

 毒づくギルド長に、仲間は笑いながら対応策の協議を続けようとした、その時だった。

 

「ギルド長!」

「今度はどうした!」

「助けが……助けが来ました!」

 

 指さされた天空。

 彼が見上げると、世界樹の空にはばたく巨大な最上位竜の翼がはためいている。

 そうして、一瞬の後、火線の束が悪鬼の群れを完全に焼滅させていた────

 

 

 

 

 

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 同じことが、アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ムスペルヘイム、ニダヴェリールでも起きていた。

 

「逢坂さん──ミズガルズ・チャンピオンから伝言(メッセ)受けた時は『まさか』と思ったけど」

『ワールドディザスター軍団も手に余るようだ。「増えすぎて撃っても撃ってもキリがない」とさ』

『ワールドガーディアン軍の方も似たような感じらしい』

『本格的にやばそうな奴らじゃん、こいつら』

『おいおい、火炎姫のとこにも来てるのかよ、節操なしか、コイツラ』

『ムスペルヘイムは、世界級(ワールド)アイテム“レーヴァテイン”を持った原初の炎巨人王(スルト)もいるし、基本炎熱フィールドだし、攻めようにも攻めにくいはずなんだけど。こいつら、そういうの全部無視して突っ込んでくる感じ。まさにBA・KE・MO・NOって印象』

 

全体伝言(マス・メッセージ)〉専用アイテムで繋がりあった六人のプレイヤーは、各々の担当する持ち場を確認する。

 

最上位竜騎士(ミズガルズ・チャンピオン)様は、そのままミズガルズ。

 ムスペルヘイムは火炎姫担当。

 ヨトゥンヘイムは“天裂き地吞む狼”巨狼の旦那。

 エダヴェリールは“鐵”──機械族チャンプの持ち場な」

『そういうおまえは?』

「俺っちは勿論“獅子奮迅”としてヴァナヘイムを護るさ。普段偉そうにしてる分、こういうところで亜人種代表プレイヤーの格を見せてやらんとな~」

『んでさ、残りの三つはどうするの?』

 

 TSを公言しているチャンピオンが、可愛らしい幼女の声で訊ねる。

 

「今は空席のアルフヘイムは、逢坂さん──最上位竜騎士さまが兼務してくれるってよ」

『うっわ、さすが』

『あの超最強最上位竜なら、アルフヘイムとの往復も秒で済むからな』

『セラフィムはアースガルズの防衛に専念してくれるらしい』

『あれ、アースガルズの剣帝さんは?』

「ニヴルヘイムの旦那と一緒に、氷河城攻略部隊に入ってるだろ?」

『ああ、そっか』

『それにしても、セラフィムは今回も世界級(ワールド)アイテムを使う気ゼロ、ですか?』

「仕方ねえよ。あそこの天使ギルドが保有しているのは“二十”──使えば消失する系のアイテムだ。他の世界級(ワールド)アイテムとは勝手が違う。下手に失ったら、ギルドランキングポイントが変動して、首位の座あたりから滑落するかも」

『個人的にはしてほしい、とか言ってみたりして♪』

『完全に同意──でもあそこのギルド長ちゃん、超有能だし』

『世界が終わる前までには、使ってくれることを祈ろうや』

『まぁな。上位ギルドは伊達じゃないってわけだ』

『そちらはさておき、ヘルヘイムとニヴルヘイムは?』

『“深祖”くんが一挙にやってくれるって──あの見た目だけど、やる時はやるよね』

『ふふ、そうおだてないでくださいよ。照れるじゃないですか』

「でも“深き者(ディープ・ワン)”と真祖(トゥルー・ヴァンパイア)の掛け持ちとか、すごいレベル構成方法だよ、ほんと。よくそんなの思いつきますよね、っと」

 

 ヴァナヘイムにて悪鬼の群れと対峙するワールドチャンピオン“獅子奮迅”は、文字通りの獅子と肉体を駆使して、悪鬼の群れを〈次元断切(ワールドブレイク)〉の一刀で葬り去る。

 ワールドチャンピオンにのみ扱うことを許された、次元を断切する不可避の刃は、悪鬼と称されるバグモンスターの首を正確に刈り取っていく。

 

「それじゃあ、ワールドチャンピオンとして、皆でひと働き、するとしますか?」

 

 賛成の声と無言の首肯を受け取った獅子奮迅は、次なる悪鬼の群れに対して、爪牙を駆使した肉弾戦を披露する。

 近接職最強と謳われる彼らの働きによって、ユグドラシル内の悪鬼たちの蹂躙速度は、目に見えて遅滞し始めた。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ヘルヘイム。氷河城。門前にて。

 

「それいけ、我等のガルガンチュア!」

 

 攻城ゴーレムを動かすということで、自動操縦ではなく手動操縦にこだわったゴーレムクラフターのぬーぼーが、内部操縦席で快哉をあげていた。

 

「よおし、メガトンパンチ、HIT(ヒット)!」

 

 これ以上ないほど楽しんでいる。

 同じゴーレムクラフターのるし★ふぁーが、じゃんけんで負けた自分を呪いつつ、爪を噛む挙動を見せる。

 

「絶対ぼくの方がうまく操縦できるのに」

「まぁまぁ、るし★ふぁーさん」

 

 抑え役を務めるモモンガは、ガルガンチュアの背中や肩に搭乗した仲間らと共に、氷河城を外から攻めている。が、相手もまたさるもの。

 氷の巨兵──アウルゲルミル──は、ガルガンチュアの猛攻撃を跳ねのける勢いで回復し、極太の氷柱氷塊を生成。

 しかし、

 

「そんなもの、レーザーで諸共に焼き融かしてやんよ!」

 

 ぬーぼーが宣言しボタンを操作する間に、ガルガンチュアの起動核が光量を増し、炎熱の渦を巻く。

 そして照射。

 攻城ゴーレムから発射されたレーザーは、アニメのビーム兵器よろしくアウルゲルミルの巨体に穴を開け、足元で援軍にかけつけた悪鬼の群れをことごとく吹き飛ばしたが、

 

「ちぃ、しぶとい」

 

 氷河城を取り巻く猛吹雪の寒冷化によって、アウルゲルミルはすぐさま氷雪の巨人兵としての偉容を発揮する。焼き尽くされた悪鬼の群れも、氷雪の勢いで生焼け状態のまま進攻しようとぎこちない様子を見せる。まるで壊れた人形のような無限の悪鬼──それは、ここにいるアインズ・ウール・ゴウンメンバーを殺戮してあまりある数の暴力だ。

 

「いいないいな~」

 

 そんな空気など露とも知らず、異形かつ(いびつ)な天使は軽く提案する。

 

「ぬーぼーさん。あと10分で決着つかなかったら替わってくださいよ?」

「おーけー、るし★ふぁー。あと10分で倒す!」

「えー、そんなー!」

 

 巨大兵器の操縦権を争う二人をよそに、ガルガンチュアの進軍はついに氷河城の門前を越えた。ここまでは作戦通り。

 

「では、俺たちは氷河城『内部』に侵入します。ガルガンチュアの護衛にはテンパランス、源次郎、死獣天朱雀さんを残していきますので」

「あとニヴルヘイム・ワールドチャンピオン──最上位死霊王さんもな」

「心強いにもほどがある助っ人ですね」

 

 OKサインと表情(アイコン)を浮かべるぬーぼーとるし★ふぁー、そして残存メンバーたち。

 見上げれば、最上位死霊王(グレイテスト・レイス・キング)の“影”も確認。

 モモンガは〈全体飛行(マス・フライ)〉をかけ、無限の悪鬼の群れをスルーし、寒冷地用装備を着込んだタブラ・スマラグディナ、武人建御雷(ぶじんたけみかづち)弐式炎雷(にしきえんらい)、ぷにっと萌えを連れて、氷河城の門の中に。

 

「ここが氷河城」

 

 建物に入った瞬間〈飛行〉の魔法がキャンセルされた。

 荘厳なシャンデリア、氷結した戦士の装備、視界の端ではアイテムを収めていそうな宝箱まである。

 ──ユグドラシル史上、誰も足を踏み入れたことのないそこへと足を踏み入れた、その感動に酔いしれる間もない。

 

「モモンガ殿!」

 

 先に到着・潜入していた煉獄たちと合流できた。

 二人は人の手と骨の手を固く握り合わせる。

 

「息災で何よりだ!」

「煉獄さん、こちらの四人が、俺の仲間です」

 

 まずは簡単な自己紹介から。

 それを済ませる前に、不死川などの急先鋒たちは階段を駆け上がって「置いていくぞォ!」と圧をかける。

 対して煉獄は「すぐに向かう!」と豪語し、不死川や伊黒、時透や冨岡、胡蝶や宇随らを連れて氷の螺旋階段を駆け上がっていく。

 

「お初に御目もじ致す──私は“岩柱”。名は悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)

「あの、煉獄さんがお世話になったと聞いて、あ! 私の名前は甘露寺蜜璃(かんろじみつり)です! よよ、よろしくお願いします、骸骨さん!」

 

 柱を代表して残った岩柱、元継子(つぐこ)として炎柱のもとで修業した恋柱が、煉獄と共に残った。

 早速、盲目の岩柱が先を促した。

 

「炎柱、煉獄から話は聞いている、ももんが殿。だが、今は火急の時ゆえ」

「ええ、わかってます」

 

 見上げるほどの巨躯に数珠をさげた太い首──間違いなく、過去のアニメ動画映像で見た岩柱に相違なかった。

 そして、もう三人。

 商業ギルドの長。お嬢と、大男の木こり・ラン。そして商業ギルドの猛者(もさ)、護衛役が数人。

 一行はさらにもう一人、強力な助っ人を雇っていた。

 

「──マジもんの“剣帝”さんとお会いできるとはな」

「ザ・サムライ的には手合わせでもお願いしてみたいところ?」

「こらこら、二人とも、そんな悠長なことを言ってる場合じゃあないよ?」

 

 武人建御雷(ぶじんたけみかづち)弐式炎雷(にしきえんらい)、ぷにっと萌えの三人が、アースガルズ・チャンピオンの偉容に接し、感動を禁じ得ないでいると

 

「いきましょう、モモンガさん。鬼舞辻無惨のもとへ」

 

 タブラ・スマラグディナに促された。

 頷くモモンガ。

 クラン:鬼殺隊や商業ギルドの長らを加えて、モモンガたち一行は螺旋階段をかけのぼる。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「もう一度、言ってみよ」

「し、侵入者です……無惨様」

 

 炭治郎は片膝をついて脂汗を床に落としていた。

 

「この城に、氷河城に、侵入者だと?」

「間違いございません」

 

 報告したヴァフスルーズニルによって、螺旋階段の先頭をいく柱たち五名の姿が映し出される。

 そのうちの何人か──風柱、蛇柱、そして水柱の顔に覚えがあった鬼舞辻は、不愉快の極みと言わんばかりに掌中のワイングラスを砕き、握り潰した。

 さすがに、自分が生きるか死ぬか──太陽に焼かれるか否かまで死闘を演じた相手だ。たとえ羽虫のような存在でも、嫌が応でも鮮明に記憶には残る。

 さらに、そのあとを追いすがるように、三名の柱と侵入者たち複数。

 

「これはどういうことだ、炭治郎?」

「も、申し訳ございません。第一階層および地下階層の悪鬼たちまで門前へと派兵したことで、警備が手薄に」

「それは私の過ちだとでも?」

 

 問いただす無惨。

 何も言えない炭治郎。

 時が静止したような二人の様子であったが、

 

「……そうだな。これは我が過ちであった、許せ、炭治郎」

 

 その一言に、炭治郎は安堵の吐息を吐きかけた。

 

「しかし、この最上層“玉座の間”にまで、あのような害虫どもに侵犯されてはたまらん──わかるな、炭治郎?」

「はっ、ただちに迎撃に向かいます!」

「それから、各地を攻めている中で、幹部の鬼を一名選抜し、呼び戻せ。おまえ一人では荷が重かろう」

「はっ。そのようにいたします!」

 

 視線を合わせることなく、主従は命令を与え、与えられた。

 炭治郎は視線を伏せたまま玉座の間を辞していく。

 

「さぁおまえもゆけ、ヴァフスルーズニル」

「畏まりまして」

「そうだ、いまひとつ申し付けておこう」

「なんなりと」

 

 オーディンに並ぶと称される魔法詠唱者にも、無惨は出撃の命令を下した。

 玉座の間に残されたのは、猿轡(ボールギャグ)をくわえた小娘(ヘル)と、モニターに映る炎柱・煉獄らの様子を不快気に見つめる無惨だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参拾話  鬼舞辻無惨討伐隊 -2

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 ヘルヘイム。氷河城。

 第二階層“ダンスホール”にて。

 

 

「風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風」

「蛇の呼吸 弐ノ型 挟頭の毒牙」

「霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫」

「水の呼吸 参ノ型 流々舞い」

「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角」

「音の呼吸 肆ノ型 響斬無間」

 

 

 大量にうごめいていた悪鬼の群れを、柱たち六人が根こそぎ討ち果たしていく。

 悪鬼の群れにとって、鬼殺の剣士──柱たちが扱う呼吸術と日輪刀の合わせ技は効果覿面。

 悪鬼たちは修復する間もなく首を切られ、その肉体を崩壊させていく。まるで舞踊のごとく舞い斬る柱たちのもとに、後続組が追い付いた。

 

「遅かったなァ、おまえら」

 

 嫌味で言ったわけでもなく、不死川は最後に残った一体の鬼の頚を()ねた。

 モモンガやアースガルズチャンピオンたち後衛の出番もなく、ダンスホールは制圧された。

 

「数だけ揃えたところで、柱たちの敵ではない。ということか?」

 

 疑念する冨岡に同調するように、伊黒も簡単に滅殺できた悪鬼の残骸を確かめる。ボロ炭のごとく変じていく様は、まさに、鬼舞辻の鬼の特徴と合致していた。

 

「ちなみになんですけど」と胡蝶。「一番上まで、あとどのくらいかかる目安ですか?」

 

 訊ねられたお嬢は、ニブルヘイムの黒城と照らし合わせるに……少なくとも18層ありそうだと応える。

 

「拾捌、か。それは多いと考えるべきか?」

「なんにしろ、この調子なら楽勝じゃねえか?」

 

 岩柱と音柱が、各々見解を述べた時だ。

 

 

「さて、それはどうでしょう?」

 

 

 全員が刀を、武器を構えた。

 その先に(あやま)たずいた声の持ち主は、「久しぶり」と誰もが言いたくなるような、少年だった。

 緑と黒の見慣れた羽織。鬼殺隊なら誰もがよく知る、鬼の妹を連れて戦った鬼殺の剣士──だが。

 

「本当に、鬼になってしまったんだな」

 

 一同を代表するように、冨岡が声を発すると、炭治郎は乱杭歯を見せびらかすように嗤笑(ししょう)する。

 禰豆子を入れていた箱のない肩をすくめてみせた。

 

「てめえらが俺のことをどう思っても勝手だが、俺はお前らを殺さなきゃならねえんでなあ」

「……そうか」

 

 獰猛な口調と表情に、冨岡は決意を固めた。

 煉獄が、不死川が、伊黒が、胡蝶が、宇随が、時透が、悲鳴嶼が、甘露寺が、──冨岡義勇が日輪刀を構える。

 最初に踏み込んだのは兄弟子であり水柱の冨岡。たった一合、打ち合う瞬間、彼を呼び水に周囲の柱たちも参戦しようと呼吸術を練り上げようとした、その時だった。

 

「なにッ?」

「これは!」

 

 煉獄たちやクラン鬼殺隊を含む全員の足元に展開されたのは、〈転移〉の魔法陣。しかし、ありえないことだ。転移阻害などの対策を貫通されてしまっている。

 見ればいつの間にやら、一行の背後に転移してきた魔法詠唱者(ヴァフスルーズニル)によって、柱たちは分断の憂き目にあった。

 

「ッ、炭治郎!」

 

 冨岡が叫びながら水の呼吸 壱ノ型を繰り出したが、その前に彼の存在は氷河城内のどこかにとばされる。

 

「いかん!」

 

 悲鳴嶼の迅速かつ的確な判断で、手近な者と近づき手を繋ぐよう命令される一行。

 煉獄と不死川はカラスたちの首根を掴み、伊黒は甘露寺と、胡蝶は悲鳴嶼と、宇随は時透と、お嬢は自分の護衛たちと木こりのランとで、互いを繋ぐ。

 そして、転移した。

 それぞれの場所へ。

 

「は!」

「んだァ、ここは!」

 

 煉獄と不死川たちがとばされた先は、さらに巨大な悪鬼うごめく“大食堂”、伊黒と甘露寺がとばされた先は舞台上に鬼の気配ただよう“音楽劇場”、胡蝶と悲鳴嶼がとばされた先は、実に風情(ふぜい)漂う“日本庭園”、宇随と時透がとばされた先は、建物内とは思えぬ“塹壕の戦場”、お嬢とランが飛ばされた先は城の最上層に近い“武者溜”であった。“剣帝”のみが何らかの方法で魔法を「両断」し、その場に踏みとどまることができた。

 

「ちょっと、予定がズレたか? まぁいい」

 

 残されたのはモモンガ一行五人とアースガルズ・チャンピオン。

 そして、敵は炭治郎とヴァフスルーズニル。

 炭治郎は嗤って語り掛けた。

 

「さぁ、お互いバケモノ同士、仲良くしましょうよ」

 

 モモンガは笑える気分では、なかった。

 

 

 

 

 

 

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 柱たちがまんまと分断の罠にかかった様子を、鬼舞辻無惨は愉快気に頬を吊り上げながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

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 分断された煉獄たちは、高い天井を落ちながら告げる。

 

「しまったな! ここでこのような罠に陥るとは!」

「泣き言いっても始まらねェ! とっとと連中をぶちのめして、再合流だ! 煉獄!」

 

 うむと頷く煉獄に、不死川は刃を受けるように告げる。

 二人の刃が交錯した瞬間、互いに強靭な握力が発生し、ジリリと火花が散らされ、鉄の焦げるような臭気があたりを漂う。

 

「おお、これは!」

 

 本物の赫刀。

 はじまりの呼吸の剣士にしか見られなかった特徴だが、不死川たちはその発生に必要な、柱並みの「万力の握力」を習得済み。

 

「一気に行くぜェ!」

「応!」

 

 二人は大食堂の天井から落ちながらも、呼吸を整える。

 

「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ」

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

 

 二人の技が、幽鬼のごとく漂っていた巨大鬼の首を断ち切り、一挙に無人の大食堂と化す。

 

「怪我はないか、カラス殿、シマエナガ殿!」

「は、はい!」

「オオルリとシラトリっつーのも、無事だな」

 

 さてと考え込む煉獄と不死川。

 

「問題は、ここが城のどこか、ということだな!」

「だなァ。いっそのこと窓をブチ破って、外から上に登っていくか?」

「あ、えと、その、それは無理だと思います、不死川さん」

 

 カラスがギルド拠点の説明をしている間に、シラトリがまるで導かれるように、大食堂内のひとつの扉の前へ進む。

 そして、扉を開ける。

 

「シラトリさん、どこへ向かえばいいのかわかるんですか?」

「………………」

 

 全身当世具足の彼(?)は(もく)して語らず、ただ、一行を導くように前へと進む。

 

「まぁ、他にあてがあるわけでもなし! シラトリ殿の迷いない様子に任せるのもよいだろう!」

「これで敵の大群に襲われでもしたら目も当てられねえがなァ……俺は上を目指させてもらうぜ」

「大丈夫か、不死川一人で?!」

「互いにガキじゃねぇんだ。それに、俺ァ一刻も早く“上”に行きてえ」

 

 そうつぶやく風柱であるが、彼にしても城の情報など頭に入り切ってない。

 とにかく上へ目指すかと思いきや、くだり始めるシラトリの様子に、全員は不安げな眼差しを隠せなかった。

 煉獄は熱い眼差しで宣う。

 

「では俺はカラス殿たちと行こう! 正直、下にいるはずの竈門少年には、言ってやりたいこともあるしな!」

「応。んじゃあ、ここで一旦お別れだ。全員死ぬんじゃねえぞ」

 

 炎柱と風柱は、互いの道を進むことに迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「────ここは?」

 

 どこだと疑念する水柱・冨岡義勇。壮麗な窓の外は、猛吹雪のすさぶ白亜の闇。

 兄弟子としてのケジメとして、自分が炭治郎をやらねばならないと気が()いていた。

 そのせいで仲間たちとはぐれてしまうとは、柱失格と言われてもしようがない、と思ったその時。

 

 

「久方ぶりだな、柱の男よ」

 

 

 冨岡は、その声に悪寒を感じた。

 最初に、その声を聞いた時には、炭治郎が傍にいた。

 その炭治郎は、今や最悪な敵手の側に、ついている。

 

 

「柱と言えど、私と一人で戦えばひとたまりもあるまい?」

 

 

 臓器か爪牙のごとき触腕を伸ばす鬼舞辻無惨……彼が背にする玉座の間にて、冨岡義勇は最悪に近い条件で、宿敵と相対する。

 一触即発の空間の中に、

 

 

 

「おっと、そいつはどうかな?」

 

 

 

 チャイナドレスを身に着けた、若い女性の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参拾壱話 鬼舞辻無惨討伐隊 -3

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 伊黒と甘露寺は、“音楽劇場”で歌う鬼に手を焼いていた。

 琵琶を弾き、城そのものを操る上弦の肆と、似ているようで異なる戦法。

 

「この、歌、声は、」

「しょ、衝撃、波?」

 

 あれも炭治郎が悪鬼化させた、この城の住人だろう。

 漆黒に塗りたくられた影絵のごとき歌姫の魔女は、その美声をもって、柱たちの接近を許さない。

 

「くそ、これはこれで」

「厄介な相手、ですね」

 

 無数にある観覧席の最後列で、思わず二人同時に、あの時のことを思い出すのは不謹慎だろうか。

 あの時は愈史郎(ゆしろう)という鬼の隊士がいたから後事を託せたが、今は──

 

「今は、援軍を待つ余裕はなさそうだ」

「ですね!」

 

 劇場の出入り口はすべて封鎖され、甘露寺の圧倒的な膂力(りょりょく)をもってしても破壊することはできなかった。とくれば──

 

「前の敵を倒す以外に、道はないな──」

「大丈夫。私と伊黒さんなら、きっと!」

 

 伊黒が赤面するようなことを言いつつ、恋柱は頬を熱くして前進し、己の呼吸を練りあげた。

 

「恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風」

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「ここは……」

「御館様の、お屋敷?」

 

 そう見まがうほど似ている日本庭園であった。

 よく手入れされた庭。白石の質感や小川のせせらぎまで、何もかも、今はなき産屋敷(うぶやしき)邸の庭園そのものであった。

 

「やぁ、行冥、しのぶ」

 

 二人は日輪刀を構えたまま、そこに佇む気配に慄然(りつぜん)とする。

 一族の呪いで紫に変色した顔の痣。手足の先も呪いの痣に侵され、立っていることすら儘ならない。

 だが、その声──まるで子を慈しむ父か母のごとき愛情のこもった声は、柱であれば聞きたがえようもない。

 

「…………お」

「御館、様?」

 

 喪服のごとき召し物に、白地に淡い色彩の羽織を纏った、男性の微笑。

 幻術だ。

 幻覚だ。

 幻影にちがいない。

 そういう血鬼術だと判断できたのは、悲鳴嶼の方が先であった。

 

「御館様の姿に化けるなど、無礼千万!」

 

 彼は鉄球を振り回して烈怒する。

 即座に岩の呼吸を発し、壱ノ型を繰り出す。蛇紋岩・双極による鉄球と手斧の同時投擲で挟み込まれた御館様は、ものの見事に破砕され、肉片の残骸と化す。

 

「ひどいじゃないか、行冥」

 

 二人はぎょっとしつつも再び振り返る。見れば、小川の石橋のあたりに佇む御館様の姿と声が。

 

「これ、また偽物ですか?」

「どうやら──そのようだ」

 

 岩柱の盲目の眼には、「透き通る世界」が見えている。

 御館様の筋力や臓器は、“あれほどまでに精強であるはずがない”のである。

 

「どんなに姿形を真似ようとも、我等には通じん」

「それはどうだろうね」

 

 胡蝶たちは視線だけで振り返った。

 

「僕たちのつとめは、君たちをここで食い止め続けること」

「悪いけど。行冥としのぶには」

「僕らとの戦いに付き合ってもらうしか、ない」

 

 岩柱と蟲柱は背中合わせに刀を構える。

 わらわらと湧いて出てくる、産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)の姿──数えただけで二十人強──いや三十──五十人は優に超える。

 それらすべてを相手にせねばならないという、精神的にもキツそうな状況でも、二人は構えた日輪刀を下ろすことはない。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「まったく、なんだってんだ、この戦場は」

「泥臭いというか、生臭いというか……いやな環境ですね」

 

 鉄条網を幾重にもひいた荒野。泥の跳ねる塹壕(ざんごう)の中で、二人は見えざる敵の攻撃を受けている。

 

「姿を消す血鬼術と、弾丸の血鬼術か……クソ、厄介だな」

 

 試しに宇随は忍特製の爆薬を四方にまき散らし、敵の反応を窺う。うまくいけば首は落とされ、敵の正体を幾許かでも知ることはできただろうが。

 

「ま、一筋縄にゃあ、いかねえわな」

 

 手ごたえなし。

 弾丸の驟雨(しゅうう)を受けて、二人は塹壕の中で身を隠すほかにない。

 

「宇随さん、今度は僕が試してみます」

「霞の呼吸か……よし、頼むぜ!」

 

 霞柱は塹壕を臆することなく飛び出し、「霞の呼吸 伍ノ型 霞海の海」で戦場を席巻する。

 瞬く間に純白の霧に覆われる戦場。時透は身体感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、霧の中を移動する兵士の一群を見つける。

 

「霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞」

 

 刺突攻撃は兵士たちの中心──頚を貫いたかに見えた。

 くずおれる兵隊。これで終わりかと呆気なさを感じる無一郎のこめかみに、弾丸の気配が迫っているのを知覚。

 

「時透!」

 

 だがそれは天元の放った苦無(クナイ)によって、間一髪のところではじき飛ばされる。

 霞柱は塹壕内に戻り、自らの失態を謝した。

 

「すいません、宇随さん。お手数をおかけして」

「なあに、気にするんじゃねえよ。……しかし」

 

 宇随は狭い塹壕から音の広がりで戦場の全体像を把握しつつある。

 時透が仕留めた兵士は、どうやら鬼の気配を纏った機械(カラクリ)仕掛けであったと窺い知ることができた。

 そして──驚愕の事実を把握する。

 

「どうなってやがる、この戦場は?」

 

 

 

 

 

 

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 第二階層“ダンスホール”にて。

 ここに残された炭治郎とモモンガたちもまた、死闘を演じざるを得なかった。

 

「モモンガさん!」

魔法二重最強化(ツインマキシマイズマジック)大爆撃(グレーター・エクスプロード)

 

 軍師・ぷにっと萌えの号令に伴い、死霊術師は炎属性の魔法を鬼の少年に浴びせかけるが、

 

「効果はいまいち!」

 

 試せるだけの魔法を試し、試せるだけの戦術や戦法をぶつけてみたが、そのどれもが竈門炭治郎には通用しなかった。まるで、すべての属性に耐性・無効化を有するがごとき強健すぎる鬼の肉体。反則級なまでの一撃死性能の刀──竜尾が五本も生えた刀の威圧感と圧倒感。

 

「クソ、一旦後退します!」

「そう簡単にひかせるわけ」

「いいや、ひかせてもらう」

 

 待機がずしんと重くなったような、声音。

 アースガルズ・ワールドチャンピオン──“剣帝”が動いた。

 彼は対艦刀とも呼ぶべき巨大な武器を器用に振るい、まるで野球のボールよろしく竈門炭治郎の肉体を豪快に吹き飛ばしてみせた!

 

「おやおや、“吹き飛ばし”効果ですか。これではこちらも引かざるをえませんね」などと暢気に宣うヴァフスルーズニルを放置し、剣帝は告げる。

 

「一旦体勢を立て直す! 一階に降りろ、アインズ・ウール・ゴウンのお歴々!」

 

 すでに炭治郎との戦闘で、ザ・サムライ(ぶじんたけみかづち)ザ・ニンジャ(にしきえんらい)の二人が、戦闘不能に陥っていた。

 そんな二人を連行し、症状を分析・解析する“大錬金術師”タブラ・スマラグディナ。

 

「二人とも、徐々に鬼化が進行していますね──彼の攻撃は厄介の極みだ」

「……一旦、死に戻ってくるっていうのも、いい作戦じゃないか?」

「……不覚を取っただけだ。次は絶対に素戔嗚(スサノオ)ぶちあててやる」

 

 二人が損傷・切断したのは右腕と左腕──あれほど超高速に伸縮変形する攻撃など、対応できるのはワールドチャンピオン級の実力者のみである。

 

「勇ましいのはいいですけど。無茶はしないでください、二人とも」

 

 タブラ・スマラグディナが錬金術で二人の治療を試みる。

 

「とりあえず錬成調合してみた抗生物質を投与してみました。けれど、次に攻撃をうけたら」

「おしまいってか?」

「くそ、笑えねえ!」

「……………………」

 

 モモンガは沈黙して考えにふける。

 このまま仲間を危険にさらすことと、今回の作戦を天秤にかける。

 煉獄たち柱たちを分断した意図──ユグドラシルプレイヤーであるモモンガたちを残置した理由──炭治郎の目的は、

 

「自分たちを悪鬼に変えて支配下におこうとしている?」

 

 つい口を突いて出た言葉を、モモンガは慌てて飲み込んだ。

 だとすると、なんとかして柱たちと合流せねば。

 当初の作戦だと、九人の柱──竈門炭治郎と戦闘可能な彼らのサポートをしつつ、ワールドエネミー・鬼舞辻無惨の掃討に手を貸すというのが、作戦の大前提だ。

 だが、転移阻害装備効果を貫通するほどの強力な〈転移〉で、柱たち九人は行方不明。

 大幅な計画の見直しが求められていると、モモンガは肌で感じた。

 

(最悪の想定、九人の柱を一人ひとり潰されでもしたら)

 

 今回の奇襲作戦は失敗に終わる。

 だが、氷河城に乗り込んだ今をおいて、ベストなタイミングなんて存在するのだろうか。

 

「おっと──」

「どうかしまし」

 

 たかという前に、モモンガは周囲を見渡す。

 無限の悪鬼の群れが、モモンガ一行とアースガルズ・ワールドチャンピオンを取り囲んでいた。

 

「ようやく、ちょうどいい戦場になってきたな」

「え……剣帝、さん?」

 

 モモンガが問うよりも先に、彼は背中の樹剣(ワールドアイテム)を取り出し構え、無限の悪鬼共に突き付ける。

 

「これで“世界意志(こいつ)”の真価もようやく発揮できるってもんだ」

 

 モモンガは不安げにたずねた。

 

「いけますか?」

「ここに来る前に、軽く“ウォーミングアップ”してきたからな。打ち合ってるうちに、こいつの効果が上がることを祈ろう」

「もういいですか、作戦時間は?」

 

 そう促してくる炭治郎は五本の竜尾の刃を下段に構えて、アースガルズ・チャンピオンの出方を見る。

 

「おたくらはヴァフスルーズニルをどうにかしておいてくれ。さすがに、あれを気にしながらだと集中して打ちこめない」

「わ、わかりました」

 

 チャンピオンに言われるまま、モモンガたちはヴァフスルーズニルへと照準を定める。

 

「今だ!」

 

 剣帝の声と共に、全員が動き出した。

 悠然とそれに対処しようとした炭治郎の前に、“世界意志”の樹剣を構えた剣士が立ちふさがる。

 転移の魔法などではなく、特殊技術(スキル)の発動でもない──これが彼にとってあたりまえのゲームプレイなのだった。

 

(いやいやいや、速すぎだろ!)

 

 モモンガは記憶にあるたっち・みーと比較してみたが、彼の方がより速度の面で押している気がする。あれも世界級(ワールド)アイテム“世界意志”の効果なのだろうか。

 

「──ッ」

 

 剣帝は無言で悪鬼を討ちとりつつ、炭治郎の竜尾五本を一挙に相手取る。

 徐々に所有者のステータスを増幅させていく“世界意志”の樹剣に、炭治郎の竜尾一本が、折れて砕けた。

 

「いける!」

 

 そう確信したモモンガ。

 やはり、上の上に位置しているプレイヤーは格が違うことをまざまざと思い知らされつつ、ヴァフスルーズニルの攻撃魔法を、剣帝の方へもっていかせない。

 さらに、三重強化した〈心臓掌握〉が、確実に黒髪白衣の魔法詠唱者の心臓を捕らえスタンしていく。

 

『っ、っ、……邪魔を』

「よし、今だ、タブラさん!」

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 ゲームの仕様上、あまり遠くまでとばせえない敵──第一階層の“氷の螺旋階段”くらいだろう──に敵を分断したモモンガたちは快哉をあげる。

 

「こっちはなんとか押さえますから、剣帝さんは」

「おう。任せとけ!」

 

 頼もしい声を受けて、モモンガたちは一路“氷の螺旋階段”へと向かった。

 ダンスホールには立った二人の剣士二人が相対するのみとなる。

 

「──なめた真似してくれるじゃないですか?」

「おまえ一人なんぞ、俺一人で充分ってことだ」

 

 事実を告げる樹剣の保持者は、巧みな剣術を披露するが、炭治郎もまたそれに負けない剣技を披露する。

 さすがのアースガルズ・チャンピオンも肝が冷えた。

 ワールドエネミー攻略は初の仕事ではないが、ここまで厄介な邪魔が入るのは、想定外にもほどがあった。

 

「おまえ、一体なんだ」

「…………()? ボクは──」

 

 そこで一時停止(フリーズ)してしまう炭治郎。

 

「僕は、──違う、(おれ)は──俺って何だ──俺は竈門炭治郎だ。じゃあ、(ぼく)は?」

 

 至高の渦にはまる敵。

 

僕は(・・)一体(・・)()()()()?」

 

 それなのに、竜尾を使った剣戟は衰えることを知らない。

(NPCにしては人間臭い奴だ)という判を押しつつ、剣帝は“世界意志(ワールドセイヴァー)”を振るい続ける。

 その時だ。

 

「『そんなことなど関係ない、そうだろう、炭治郎?』」

 

 ノイズのように響く男の声が、炭治郎の口から零れ出ていた。

 

「な、なんだ?」

「はい、無惨様」

 

 無機的に応対する敵に対し、アースガルズ・チャンピオンは突貫する──が、その横合いから横やりが入った。

 

「モーズグズか!」

 

 主人の危地を救うべく、アースガルズの裏ヴァルハラから帰還帰投を命ぜられた女騎士が、尋常でない気迫と剣技でアースガルズのワールドチャンピオンを圧倒していく。

 剣帝は肝が潰れる思いで迎撃し続ける。まだ途上とはいえ、“世界意志”の力以上の力など限られている。

 

(この力! 今こいつ自身がワールドチャンピオン級じゃ!)

 

 雑魚相手には無双し増強できる力も、同格同等の相手には分が悪い。

 壁際に追い込まれた剣帝は、モーズグズの振るう機械槍の一撃をモロに浴び、窓外の猛吹雪の底に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参拾弐話 鬼舞辻無惨討伐隊 -4

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 氷河城の一角から外に押し出されるようにして飛び出た影が、ガルガンチュア上にいたアインズ・ウール・ゴウンメンバーの眼には見えた。

 

「あれって」

 

 即座に戦艦並みの巨大さを誇る巨剣を取り出し、その刃先を豪雪地に突き立てクッションにするかのごとく大地に降り立つアースガルズ・ワールドチャンピオン。

 

「おいおい~、どうしました~、剣帝さまともあろうものが~」

 

 そう挑発的な主張をしたのは、ガルガンチュア防衛に力を割いてくれているニヴルヘイム・ワールドチャンピオン──最上位死霊王そのひとだった。

 剣帝は挑発など知らん顔で、事実のみを巨影に告げる。

 

「潜入した連中が分断された」

「……なるほど──敵はその手で来ましたか」

「ここで少し雑魚狩りして、ステータスをあげて再度突入する。それで文句はないな?」

「ええ。もちろん」

 

 二人のワールドチャンピオンが話し合う先には、いまだに敵攻城ゴーレム“アウルゲルミル”の姿と、その補佐を命じられた無限の悪鬼がひしめいていた。

 

 

 

 

 

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「よくやった、モーズグズ」

 

 その一言だけをくれてやって、炭治郎はワールドチャンピオンという脅威を排除した女騎士への関心をなくす。

 

「さぁ、お次、は?」

 

 振り返った先で、ヴァフスルーズニルは肩をすくめた。

 

『逃げられました』

「貴様──オーディンと並び称される智者ではなかったのか?」

『何ぶん、五対一でしたので、守勢に回られては』

「言い訳など知らん、追うぞ」

 

 炭治郎が連中の逃げた方角をたずねると、ヴァフスルーズニルは言った。

 

『タブラというものは下へ。モモンガ以下四名は二階へと逃げました』

「一方は囮だな? お前は囮の方を片付けにゆけ」

『御意のままに』

 

 囮役と判断されたタブラ・スマラグディナを追って、ヴァフスルーズニルは飛行する。

 

「僕たちは上だ。この城に土足で踏み込んだことを連中に後悔させてやるぞ」

『御意』

 

 モーズグズを従えた炭治郎は、モモンガたちを追う。

 

 

 

 

 

 

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「本当にタブラさん一人で大丈夫かな?」

「囮役は少数が鉄則ですよ、モモンガさん──それに、こっちの状況だって、けっしてよくはありません」

「なにしろ前衛二人が戦力半減してるからな」

「二人合わせて一人前か」

 

 モモンガは考える。

 

「ここは、あのスキルを使ってみるのもありかなと思うんですけど」

「ゴール・オブ・オールライフ・イズ・デス、ですか?」

「そりゃあ、モモンガさんの最終兵器だろ?」

「せめて、ワールドエネミー戦まで温存しとくのがベストじゃね?」

「おっと、作戦タイムは終了のようです」

 

 そうこうしているうちに、氷結したダンスホールに炭治郎とモーズグズが現れる。

 どちらもワールドチャンピオン級の力の持ち主──そしてこちらは戦力減耗いちじるしい。となれば、

 

「やはり使います! 皆さん、充分離れて──いえ、先に行ってください」

 

 モモンガの意を受け、ぷにっと萌えはニンジャとサムライを小脇に抱え螺旋階段をのぼっていく。

 

「追え、モーズグズ」

「させるか、〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 スタン状態を余儀なくされる女騎士。だが、そちらに意識を集中していたモモンガは、炭治郎の超スピードに対抗しきれない。

 

「げふっ」

「僕のものに触れるな!」

 

 大した適役だとモモンガは思った。剣を使わず、拳骨一発で左の頬骨が砕かれるアインズ・ウール・ゴウンのギルド長。

 

「モモンガさん!」

 

 見上げれば、ぷにとっ萌えたちが十分な距離にまで離れていた。

 

特殊技術(スキル)!」

 

 ──“The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)”──

 

 モモンガの、死霊術師を極めた彼だけのスキルであったが、

 

「無駄なことを……さがれ、モーズグズ」

 

 炭治郎の命令で急激に距離を取る女騎士。

 少年剣士は、モモンガを一方的にタコ殴りにしつつ、モモンガの時計が十二秒を刻むのを待つ。

 

「ぐほ、げほ、〈魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)心臓掌握(グラスプハート)〉ッ!」

 

 相手はたった一人。ゆえに魔法拡大化する必要もなく、ただ一点のみに魔法効果を集中させる。 

 そして、十二秒目の針が天を指した。

 即死魔法の効果が、竈門炭治郎に適用される──

 

「終わり……だ……?」

 

 ──はずだった。

 

「何が、終わりだって?」

 

 炭治郎は、健在。

 ありえないことが起こってしまい、モモンガは現実を受け止め切れない。

 

「な、そんな、ばかな」

「ヴァフスルーズニル」

 

 オーディンに並び称される智者。

 

「奴が教えてくれた、おまえの特殊技術(スキル)、ゴールなんとやらの防御方法は、なんらかの復活手段を講じること、だろう?」

 

 にやりと笑う炭治郎。

 

「だが、俺は竈門炭治郎──あの御方の血を受け、あの御方の後継として立った、鬼の王。復活する手段など、それこそ百はくだらないぞ?」

「ば、ばかな!」

「モモンガさん!」

 

 ボールに蹴りでも入れようとするような炭治郎の一発を、紙装甲の忍者が盾となって防いだ。

 

「弐式炎雷さん!」

「悪い……ちょっとあなどりすぎた。出直してくるわ──」

 

 そういってリスポーン地点……ナザリック地下大墳墓へと死に戻るザ・ニンジャ。

 

「わずらわしい。モーズグズ、とどめをさせ」

『は』

 

 機械槍を構えた女騎士が、モモンガの首を刎ねとばそうとしたとき、遅れて下に駆けつけた武人建御雷が胴体を割られる。

 

「建御雷さん!」

「俺も。悪鬼とやらになって、モモンガさんの邪魔をするのは御免だ。二抜けさせてもらうぜ」

 

 半魔巨人の武人、その肉体が消滅した。

 

「モモンガさん逃げて!」

 

 残されたのは後衛役が二人。ぷにっと萌えはせめてもの盾役に蔦の巨人を召喚するが、寒冷地戦に向いたモンスターではない。

 モモンガは腹部にある世界級(ワールド)アイテムによる攻撃を意識するが、これはワールドエネミー戦まで温存せねばならない。

 まさに万事休す。

 

「不愉快だ──諸共に死ね」

 

 炭治郎が口腔部にエネルギーの塊を生成し始めた時。

 

「へえ。おまえ、そんなこともできるのか?」

 

 もはや聞き知った声が響く。

 アースガルズ・チャンピオンの揶揄(やゆ)するような口調に向けて、炭治郎はエネルギー砲を発射する。

 が、それは縦に両断されてしまった──〈次元断切(ワールドブレイク)〉の力によって。

 

「あらためて、やべえ戦力だ。チャンピオンに総動員令でも出した方がマシだったレベルだな」

「貴様……」

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウン! 今のうちに退いておくか?」

 

 モモンガは数瞬ほど答えに窮した。そのうえで、言った。

 

「俺は、進みます!」

「よぉし、その意気だ!」

 

 快く承諾し助力してくれるアースガルズ・ワールドチャンピオンの姿に、モモンガは今はもういない仲間を──アルフヘイム・チャンピオンの姿を幻視しかける。

 ぷにっと萌えと共に第三階層へ登ろうとする二人を、モーズグズは主人の顎の先に命じられるまま追い立てた──が。

 

「おたくの相手は俺だよ、っと!」

 

 最上位死霊王の影の拳が、盛大に叩き落とした。

 

「まったく。作戦通りいかないね、世の中は」

「気にするな。それが醍醐味ってもんだろ?」

 

 行けと促され、モモンガとぷにっと萌えは第三階層へ。

 

「さぁて」

「一丁、派手にいきますか」

 

 樹剣を構える剣帝。

 陰の姿で拳を握る死霊の王。

 二人のワールドチャンピオンを前に、炭治郎はわずらわしさに身を震わせながら、告げる。

 

 

「調子に乗るなよ、たかだか人間風情が」

 

 牙を剥き、竜尾の刃をしならせる炭治郎に対し、

 

「そんな悲しいことを言うものじゃない、竈門少年」

 

 燃え上がるような金色の髪。

 赤い瞳には強き意志が漲り、見る者の心を圧する。

 上の階層に各地に飛ばされたはずの煉獄が、クラン:鬼殺隊を引き連れて現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参拾参話 鬼舞辻無惨討伐隊 -5

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 氷河城各所に散った柱たちも善戦していた。

 

「うっしゃあ! ここの敵は全滅できたぜ!」

「──ありがとうございます、不死川さん」

「感謝されるほどのことじゃねえ、時透」

 

 煉獄たちと別れ、一階層上で闘いの気配を感じた不死川は、煉獄に後事を託し、音柱と霞柱のもとに合流した。

 戦塵と泥土、機械の部品や歯車の欠片で薄汚れた三人であるが、風柱の文字通り疾風怒濤の活躍によって、第五階層“塹壕”エリアはたった三人の手でクリアされた。

 

「どうした時透? 倒した敵を眺めて」

「いえ。この機械の兵隊、縁壱零式みたいだなあって」

 

 霞柱は小鉄少年と共に造り上げた“からくり人形”のことを想起せずにはいられなかったらしい。

 

「何はともあれ、俺たちは上の階層を目指すぞ、そこに鬼舞辻無惨がいるはずだァ!」

「応とも!」

「ええ!」

 

 不死川の先導を受けて、宇随天元と時透無一郎は、迷宮のように入り組んだ城内、その最上層階層を目指す。

 

 

 

 

 

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 蛇柱と恋柱──伊黒小芭内と甘露寺蜜璃の二名も、“歌姫”が制するエリア、第十一階層にある“歌劇場”での戦いに勝利した。

 

「やったー! さすが、私と伊黒さん!」

「う……うん、そうだな」

 

 恥ずかしげもなく抱き着く恋柱の膂力(りょりょく)に柱の呼吸術で対応しながらも、蛇柱は次なる戦いに向けて刀を鞘に戻す。

 

「行こう、甘露寺。今度こそ、君と二人で」

 

 鬼舞辻無惨を討とう。

 

「はい! がんばります!」

 

 えへへと笑う蜜璃が伊黒の手を取って立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

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「貴様が最後の一体だ」

 

 第八階層“日本庭園”にて。

 岩柱・悲鳴嶼行冥は影絵のごときバケモノと相対する。

 敵が見せていた幻の御館様は、蟲柱・胡蝶しのぶと共に倒し尽くした。

 倒しても倒しても湧いて出てくる、敬愛する人物。その姿その異能に辟易(へきえき)することなく、悲鳴嶼と胡蝶は己の任務を全うし続けた。

 

『チッ。盲目のやつが送られてきて、そいつが“柱最強”とか、マジ最悪』

「そうだな。分断作戦までは見事極まりなかったが、その程度でどうにかなるような我々ではない」

「おまけに、私は柱の中では回復役(ひーらー)に専念できる人材ですからね。悲鳴嶼さんの補助に徹すれば、結果は御覧の通りというわけで」

 

 ここには上弦の鬼がいない。

 鬼舞辻無惨であれば、複製品を造っておいておくぐらいのことも可能であろうが、所詮は柱や鬼殺隊の連中に誅戮されたものたち。あの炭治郎ほどの性能を発揮するものではないと判断を下した無惨の、個人的な問題に帰結する。

 

「──南無阿弥陀仏」

 

 悲鳴嶼の念仏のもと、影絵のバケモノ──敵の思考の中で一番戦いにくいであろう人物を一人選んで、それを投写投影する能力を持った氷河城の守備兵は、見事に首を断たれ潰され、討ち取られた。

 

 

 

 

 

 

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 一方で。

 劣勢に立たされていた柱もいた。

 

「善戦はしていたが、かくもあっけないとは」

 

 そう主張する鬼の始祖の眼前で、北欧の雷神・トールが、首と胴を割られ絶命していた。

 紫電の輝きが残照のように散り、巨大な戦鎚ミョルニルも、バラバラに砕け散ってしまう。

 お嬢は思い切り舌を打った。

 

「クソっ、うちの最高戦力をこうも簡単に!」

「最高戦力? は、聞いて呆れる」

 

 それを聞いた玉座の男はせせら笑った。

 

「ならば底が見えるというもの。主人である貴様の能力も、大したことはあるまい」

 

 頭の中の糸がぷつりと切れそうなお嬢を、大男の護衛・ランが後方に下げる。

 

「すまない」

 

 そういって血みどろになりながら戦っている水柱は、かなり現実味(リアリティ)に富んだ声色で、己の窮地を救ってくれたお嬢たちに感謝の念を紡ぐ。

 

「貴公らが来てくれなければ、俺は早々に、無惨に狩られ喰われていただろう。かたじけない」

「はいはい」

 

 おざなりに、だが満足げに頷くお嬢。

 そこへ無惨からの容赦ない攻撃──爪牙と触手の群れが殺到。

 肩を弾ませて呼吸を整える冨岡義勇は、「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」で、無惨から伸びる触腕攻撃をすべて叩き切っていく。

 しかし、

 

(凪でも防御が間に合わんとは!)

 

 氷河城最上階層“玉座の間”。

 その空間を席巻するのは間違いなく、致死レベルの鬼の血を混入した無数の触手と触腕が二本。

 かつての戦い──無限城から市街地戦へと移行するまでの戦いをなぞるように、義勇は、鬼舞辻無惨の攻勢を一手に阻む。

 が、結果はこのざま。

 お嬢たちの反撃や迎撃、イナズマパンチやイナズマキックもあって致命傷を受けずに済んでいるが、果たして自分は、仲間たちが到着するまで、この鬼の始祖と戦い続けられるだろうか。

 

(弱気を吐くな!)

 

 義勇は呼吸を整えた。

 仲間たちはきっと来てくれる。

 そう信じて、水柱は柱としてふさわしい戦いを繰り広げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第参拾肆話 鬼舞辻無惨討伐隊 -6

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 永久氷河で建造された氷河城。

 第二階層・ダンスホールにて。

 

「お久しぶりですねぇ、煉獄さん」

「自称・竈門少年──俺は君に、ひとつ問いたい」

 

 煉獄はまっすぐな視線で少年の双眸をとらえた。

 

 

 

 

 

「君は誰だ?」

 

 

 

 

 

 意表を突かれたように硬直する炭治郎。

 

「な、何言ってるんですか。俺は」

「竈門炭治郎では、断じて、ない」

 

 開拓都市での初戦を忘れた煉獄に、あらず。

 そう断言する炎柱に、炭治郎は険しすぎる視線を送るが、杏寿郎は続けざまに言い放つ。

 

「たとえ、君がそのように鬼舞辻無惨に吹聴(ふいちょう)されようとも、君の中には、他の誰でもない、君自身がいるはずだ」

「……どういうことですか、煉獄さん?」

 

 煉獄と合流できたモモンガは、声をひそめてたずねるが、煉獄は「待ってほしい」というように手を軽くつきつけた。

 沈黙を余儀なくされる一行は、自称・竈門炭治郎という名の鬼の反応を待つ。

 炭治郎は、ぽつりとつぶやく。

 

「…………そう……僕は竈門炭治郎じゃない……でも、あの方に言われた通り、この細胞の記憶の通り、竈門炭治郎を演じなければならない……」

「では自称・竈門少年よ。君の本当の名は、何という?」

 

 一種、慈愛すら込めて紡がれた疑問の声に、炭治郎は竜尾の刃を取り落とし、顔面を押さえつけて狂態を見せる。

 

「僕は──ボク、ハ、アアア、ああああっ!!」

 

 ダンスホール内に激震が走った。

 炭治郎が何かしたのではなく、その隙を突くようにアースガルズ・ワールドチャンピオンが樹剣の一刀を見舞おうとして、

 

「くそ!」

 

 寸前、モーズグズの機械槍と水晶の盾に阻まれる。

 

「いい加減、うざったいにもほどがある!」

 

 増強されたステータスと共に、〈次元断切〉の一撃がモーズグズを襲う……が、

 

「クソ。これだけやっても」

 

 モーズグズは片腕と盾をなくしながら、健在。逆に“剣帝”の腹を蹴って、距離を取った。

 狂乱し狂壊する主人の傍近くで、彼の肩を撫でようとして、

 

「僕に触れるなあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 鬼の一撃が髑髏面の女騎士を吹き飛ばした。彼女が隻腕になってまで守り通した、主人からのの蛮行。

 あまりの事態に色を失うモモンガたち。

 当の本人は、その精神性は、それどころではなかった。

 

「僕、は、ぼく、ボク、ちがう、俺は竈門炭治郎、俺は俺だ……そのように創られ、そのように「かくあるべし」と定められた……ただ、それだけの存在だ」

「……そうか」

 

 煉獄は諦めたように肩を落とした。

 

「ならば、自称・竈門少年よ。君は我等が倒すほかない」

「やってみせろよおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 言いつつ、エネルギー弾を口腔に迸らせる炭治郎。

 煉獄は、炎刀を赫然と輝かせつつ、鬼の少年を討つべく闘う。

 

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

 

 

 エネルギー弾を神速で避けた煉獄の一撃は、速度も、重みも、段違いであった。竜の骨を思わせる炭治郎の刀と、それを握る右腕を、諸共に“焼き斬っていた”。

 

「っ、なにぃッ!?」

 

 驚愕の悲鳴をあげる炭治郎。

 刀と腕を再生するのは容易だったが、その速度はこれまでの比にならぬほど遅々としたもの。

 

「貴様、一体、なにをした──“なにが起きたというのだ”!」

 

 鬼の形相で問いただす少年に、煉獄は平然と答える。

 

「説明など無用だ。──ただ」

 

 簡潔に言い添える。

 

「不思議な夢を見た。

 その夢を見て、俺は君を、そして鬼舞辻無惨を斬ると、そう決めた」

 

 だから斬ったのだと、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す煉獄。

 呼吸を静かに整える柱の様子に、鬼の王の後継者は赫灼の双眸を差し向ける。

 

「はっ。教える気はなしか。ならば、その手足を引き裂いてでも聞き出してやるッ!」

 

 太陽を克服したはずの炭治郎は、炎柱の日輪刀を最警戒しつつも、攻撃に臨む。

 煉獄は、極めた炎の呼吸と赫刀をもって、鬼である自称炭治郎との戦いに挑む。

 

 

 

 

 

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 玉座の間を飛び出した義勇、お嬢、ランの三人は完全に形勢不利であった。

 

「くそ! 触手の数多すぎでしょが! サキュバスでももう少し慎ましいっつうの!」

「お嬢、意外と余裕ありすぎです!」

 

 準ワールドチャンピオン級の力を持つ彼女の戦闘速度は、柱のそれに何とか追随可能なレベルであった。

 イナズマの反応速度で打ち払い蹴り落すお嬢と、彼女から加護を分けてもらって高速戦闘に順応している木こり(ランバージャック)

 さらに、防御戦においては、冨岡義勇には一日の長がある。

 狭い玉座の間から飛び出し、氷の列柱が立ち並ぶ宮殿エリア──そこで紫電を纏って戦うお嬢たちと、水の呼吸を極めた義勇。

 そんな三人を前に、無惨は溜息を吐き落とす。

 

「そろそろ遊びにも飽いた……(ことごと)く始末してくれる」

 

 最初に狙われたのは当然、柱として長年に渡り鬼殺隊を率いた水柱・冨岡義勇。

 拾壱ノ型 凪でも防ぎようのない数の触手と、二つの巨大な触腕にむさぼり喰われようかという、その時。

 

「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風」

「音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々」

「霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り」

 

 三人の柱が、今まさに絶命しかけていた冨岡を救った。

 無数の触手が削ぎ落とされ、二つの触腕も意味を成すことなく千切れ落ちている。

 

「とりあえず五体満足だったようだなァ」

「よくこの人数でもたせられたもんだ」

「すごいです……冨岡さん」

 

 冨岡は緊張の糸がほどけ、その場で膝を屈しかけた。

 だが、まだ終わりではない。

 

「ここからが本番だ」

 

 揃った柱は四人。あと五人の到着を待つ必要があったが、

 

「……目障(めざわ)りな連中だ」

 

 鬼舞辻無惨は本気で潰しにかかった。

 

()()()

 

 己の血を黒い茨のように変化させ、無数に生えたそれを、有象無象どもへと斬りかかるように振り向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二章、終了
次回から第三章にして最終章「異なる運命」開始


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最終章 ── 異なる運命
第参拾伍話 モーズグズ


完結まで、あと6話


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 アーコロジー内。

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の実家。

 

「姉ちゃん、ま~た鬼滅の刃?」

「なによ、文句でもあるわけ?」

「文句っつーより。ほんとよっぽどハマったんだなあって、感心してるとこ」

 

 ぶくぶく茶釜はリビングのモニターで再生していた劇場版・無限列車編の動画データを視聴し終える。

「何度見てもエンディングで泣ける」と呟き、アニメの骨董市で見つけた煉獄杏寿郎ぬいぐるみを抱きしめつつ、ふとメール欄を確認する。

 

「あれ? 弟、モモンガさんからメール来てない?」

「え──あ、マジできてる! あー、エロゲやってて気づかなかったな、俺」

「ほんと昔から抜けてるというかなんというか」

 

 弟のメールチェックの甘さというかゲームへの集中力などを再確認しつつ、ぶくぶく茶釜はモモンガからのメールを開く。

 

「なになに…………氷河城攻略戦?! しかも煉獄さん達と!?」

 

 いったい、いつの間にそこまで話が進んでいるのだと驚く部屋着姿の茶釜。

 彼女はどうでもいいニュースを流すモニター──ストームグレン社の何某がどうのこうのというのを消して、自室のチェアベッド──ニューロン・ナノ・インターフェースに繋がり、ユグドラシルへと行くべく駆ける。

 

「それじゃあ俺も加勢にいきますかね!」

 

 ペロロンチーノも姉の後ろ姿を見送って、自室へと向かう。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「かは」

 

 吐血する女騎士。

 主人に吹き飛ばされた隻腕の女騎士・モーズグズは、機械槍を握って、態勢を整える。

 彼女の瞳に映るのは、エネルギー弾を連射し、竜尾の刀を再生させて有象無象を叩き切ろうとする鬼の王の姿。

 

(まだ)

 

 モーズグズは態勢を整えつつ、有象無象の連中が主人に攻撃するのを見やる。あの程度の攻撃を捌ききれない炭治郎ではない。

 

(まだまだ)

 

 隻腕となり、大量の血が零れる重傷の身でありながら、女騎士は敢闘の意思を崩さない。

 ── すべては主人のために。忠誠のために。自称・竈門炭治郎のために ──

 モーズグズは少しの恨みも憎しみもない瞳で、炭治郎の戦局を見守る。

 そのとき。

 彼の竜尾が、またも砕け斬られた。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「このクソ野郎どもがああああああああああ!」

 

 砕けても、竜尾の刃は再生可能。それこそ、上弦の壱(こくしぼう)のように、この刀は炭治郎の肉体から造られたもの。

 それを、アースガルズ・ワールドチャンピオン“剣帝”は一本、砕いた。

 さらに、

 

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

 

 煉獄杏寿郎の迷いない一撃が、確実に竜の骨を思わせる炭治郎の“尾”を焼き斬った。

 何か、尋常でない力の差を感じる。

 第十一開拓都市──あの初戦とはまるで別人のような。

 

 それもそのはず。杏寿郎は歴代炎柱が書き残した秘伝書を、夢の中で読み解く機会を得た。不思議な体験だった。自分のこれまでの呼吸法が、数段階向上したことを俄かに感じる。

 失意と絶望にまみれた秘伝書ではあったが、基本の書・三冊を読み込んで“柱”にまで昇格した杏寿郎だ。

 歴代の炎柱がつぶさに残した呼吸術の極意を学び取ることは十分に可能だった。

 さすがに「日の呼吸」については習得するにいたれていないが、始まりの呼吸の剣士の記録は、炎柱・煉獄杏寿郎の力となるだけの情報量だったのである。

 

 おまけに、炭治郎の精神状態も、常の状態になかったことが功を奏した。

 

 杏寿郎は告げる。

 

()()だ! 竈門少年ではないはずだ!」

「チィッ──わけのわからぬことを繰り返すなアァッ!」

 

 竜尾を伸ばし応戦する炭治郎だが、今の炎柱の力は、まさしく神懸かり的なもの。

 

「炎の呼吸 陸ノ型」

 

 煉獄の繰り出す呼吸法と剣技に、炭治郎は押され始めた。

 

「炎の呼吸 漆ノ型」

 

 うなりをあげる炎熱と劫火。

 速攻で少年の五体を叩く剣技。

 

「炎の呼吸 捌ノ型」

 

 ワールドチャンピオンも呆気にとられるほどの精密かつ超常的な連撃に、炭治郎は初めて胴体を袈裟斬りに引き裂かれた。

 

「クソが!」

 

 だが、傷は即座に──上弦の参のそれを上回る速度で──回復。

 

「炎の呼吸 伍ノ型 炎虎」

 

 巨大な炎の虎が形成された。

 炭治郎はなす術もなく虎の炎撃に引き裂かれ、もとい焼き喰われた。

 

「が、あ……なめるなよぉ!」

 

 即座に再生を繰り返す炭治郎。

 もはやモモンガたちは見守るしかない。両者の間に展開される、圧倒的な力量の差を。

 

「炎の呼吸 壱ノ型」

 

 そんな小技で何ができると油断してしまう炭治郎。

 竜尾をさらに強化し、計九本の触手と化す刀を振るい──

 

不知火(しらぬい)

 

 その声を耳朶(じだ)に感じた瞬間、自分の刃と(くび)が、諸共に叩き斬られていた。

 いつか見た光景のようだ。

 列車の中で。

 鬼の頚をすれ違いざまに切り落とした彼の姿が、炭治郎の心の(うち)に像を結ぶ──否、これは“自分の記憶ではない”!

 

「不愉快、ダァッ!」

 

 頚を斬られても、炭治郎は健在であった。鬼舞辻無惨と同じこと。鬼の王たる炭治郎を殺すのに、頚を斬った程度ではまだ不足。

 先ほどまで刀傷があった頚部分は、黒い肉腫で覆われ繋がってしまう。

 

「くっ、ならば!」

 

 煉獄は一瞬の躊躇(ちゅうちょ)なく構えた。

 一瞬でも多くの面積を根こそぎ抉り斬る──それ以外に勝機はない。

 

「炎の呼吸 奥義!」

 

 炭治郎もまた、あの戦いを思い出し身震いしてしまう。そんな自分が悍ましいし恥だった。

 そちらには構うことなく、炎柱は全身に燃え滾る闘気を一気に解放、刀を後方へ構えたまま、胸のうちで叫んだ。

 

(心を燃やせ────俺は炎柱・煉獄杏寿郎!!)

 

 紅蓮の闘志が龍のごとく舞い上がり、煉獄の踏み込みがダンスホールの床を溶かし割る。

 

「玖ノ型 煉獄!!」

 

 炎の龍をかたどる斬撃を見て、鬼の王(たんじろう)は過日の思いに──叫びに──全身が支配される。

 

(こんなにも、すごい、まさに奥義だったんですね……でも、俺は、僕は……)

 

 自称炭治郎が迎え撃とうと試みた直前だった。

 

 

 

 

 

特殊技術(スキル)────ギャッラルブルーの盾」

 

 

 

 

 

 驚愕したのは、炭治郎と杏寿郎の両方、同時であった。

 機械槍を盾のごとく展開した女騎士──髑髏面すら解け素顔を露わにした銀髪褐色の戦乙女の巨人──モーズグズが、煉獄の奥義を、完全に受け止めた。防御役(タンク)としての面目躍如ではあったが、

 

「モーズ、グズ?」

 

 炭治郎は彼女の名を呟くしかなかった──

 煉獄の奥義を、主人を屠る一撃を真正面から受け止めた女騎士は、ただれた肉で、焼けきれた身体で、炭治郎の方へ振り返りながら微笑み、そして、 

 

 

 

 

 

「 どうか  あなた  の  思う  まま  に  」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モーズグズ、死亡。


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第参拾陸話 竈門炭治郎

自称・竈門炭治郎


/

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

「……モーズグズ?」

 

 どうかあなたの思うままに──それだけを言い残して去って行った女騎士の偉業。

 炭治郎は起こった事象が理解できずに呆然としていた。眼鏡と髑髏面をかぶり、銀髪褐色に鎧をまとった女騎士は、その命を賭して、主人である炭治郎を守護し果せた。

 彼の中で、モーズグズとのやり取りが、走馬灯のように駆け巡ること数秒。

 

「く! 奥義を阻まれるとは!」

 

 杏寿郎は起こった事象を正確に理解して、動けない。

 さすがの煉獄と言えども、ここまでの戦闘で蓄積した疲労、さらには奥義の使用によって、体力を大幅に削ぎ落されていた。

 

「煉獄さん!」

 

 片膝をつきかける煉獄の様子に、モモンガやカラスたちが動くが。

 

『悪いですが、我が主君をやらせるわけにはいかない』

 

 タブラとの戦闘を適当に切り上げた、ヴァフスルーズニルが転移してきた。

 彼の魔法は厄介の極み。モモンガたちは応戦を余儀なくされる。

 

「竈門、少年!」

「煉獄……さん」

 

 煉獄は呼吸術を連発した身体で、なおも赫刀を握る。重度の酸欠状態になりながらも、彼の闘志は一向に衰える気配を見せない。

 そんな様を、炭治郎はせせら笑う。

 

「なにも知らない木偶(でく)人形が、僕の配下を──幹部をやるなんてな」

「はぁ……はぁ……、都市でも言っていたな……俺が、何を知らないと、言うのだ? 自称竈門少年?」

 

 自称炭治郎は何も語らなかった。

 そして、ヴァフスルーズニルに命じ、自分たちをどこかへと転移させた。

 

「大丈夫ですか、煉獄さん!」

 

 クラン:鬼殺隊やモモンガたちに治療を施される炎柱。

 しかし、ポーションや治療魔法が何も意味をなさない。

 首を傾げるカラスたち。モモンガにしても、バグか何かを疑いたくなる事象であった。

 

「いったい、どうなって…………シラトリさん?」

 

 一行が疑念を懐く中で、全身当世具足に身を包んだ仲間が、煉獄の身体を背に担ぎあげた。

 シラトリは微かに振り返る。

 

()く走れ」

 

 極めて低い(しわが)れた声でそう告げられた一行は、第二階層から上の階層を目指す。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 氷河城内で各地に散っていた柱たちは、各々の戦場を生き抜いた。

 甘露寺と伊黒は“音楽劇場”を征し、悲鳴嶼と胡蝶は“日本庭園”を攻略し、最上階層で戦う四人の柱のもとに馳せ参じた。

 

「ッ、煉獄の野郎は、まだかァ!?」

「心配している余裕もないぞっ!!」

 

 不死川がたずねるが、悲鳴嶼のいう通り、戦況は破局的な様相を極めていた。

 それでも、柱たちは敢闘し続ける。

 

「恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ」

「蛇の呼吸 参ノ型 塒締め」

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」

「音の呼吸 壱ノ型 轟」

「霞の呼吸 漆ノ型 朧」

「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」

 

 連戦につぐ連戦。

 玉座の間から移動し、氷河城・第19階層──氷の“神殿”にて、八人の柱は結集した。

 すでに、お嬢たちは戦闘不能に陥り脱落、リスポーンしていった。

 そして、

 

「冨岡さん、無理しないで下がってください」

 

 藤の花の薬を処方した胡蝶の宣する通り、冨岡義勇は限界に近かった。

 あの転移魔法で、初手から鬼舞辻無惨の相手をさせられて、命を繋いでいられるのは奇跡とすら言えた。

 それでも、彼は柱たちを、仲間たちを守るべく、無惨の差し向ける触腕や触手の群れを「凪」の防御で守り通す。

 

「俺は、水柱として、ふさわしい、闘いを!」

 

 胡蝶は呆れたように首を振りつつ、彼の援護に終始する。

 ここで、柱が一人でも欠けようものなら、そこですべてが終わりに思えた。

 

「……相変わらず、しつこい羽虫どもめ」

「! 気をつけろ」

「大技が来るぞ!」

 

 蛇柱と風柱が予見したとおり、無惨は大量の触手を一瞬のうちに背中から九本、太腿から各四本にくわえ、肩と脇腹からも三本ずつ出し──合計29本に及ぶ高速の斬撃が解放される。それは一瞬にして起こり、竜巻か怒濤のごとき音圧と猛威の発生。

 それでも。

 

「まだだ!」

「この程度でやられる柱じゃねえぞ!」

 

 岩柱と音柱が叫ぶ通り、柱たちは全員が健在。

 一度は日本(ひのもと)で戦い、(たお)した天敵。

 風柱の不死川、水柱の冨岡などは、あの戦闘で生き残ったことにより、無惨の攻撃手段への対処法を研究、検証し続けることができた。生き残った隊士(主に炭治郎)からも話を聞けた。

 心臓が七つに脳五つ、瞬間即時再生、肉体を砕き痺れさせる衝撃波、炭治郎(人間の方)から聞いた話だと、再生能力を活かして肉体を分裂させることで逃走するなどという手段も使ってくるという。

 非常に厄介極まる敵であった。胡蝶の打ちこむ毒薬も即分解してしまう。

 だとしても、柱たちは深手こそ負ってはいなかったが、血みどろになりながら戦い続ける──

 

 と、そこへ。

 

「ようやく来たか」

 

 鬼舞辻無惨が嗤う。

 

「待っていたぞ、炭治郎」

 

 言祝ぐように、自らの後継が帰還したことを喜ぶ無惨。

 柱たちが見上げる方向──玉座の間から降りてくるように、刀を失った竈門炭治郎が、鬼舞辻無惨の戦列に加わった。

 かに見えた。

 

「炭治郎!」

 

 彼は一瞬で冨岡の刀を奪い取ると、水柱の体を蟲柱の方へ優しく押しのけ、返す刀で、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「────ヒノカミ神楽────」

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 先陣をきるシラトリは、まるで第九位階魔法〈三足烏の先導(リード・オブ・ヤタガラス)〉の加護を受けたように、迷いない足取りであった。

 おまけに、氷河城内の階層間を飛び越えるギミックにまで通暁しており、しかも、それらの階層はすべて柱たちによって、攻略済み。

 塹壕の戦場を横切り、音楽劇場を突っ走り、日本庭園の石橋を渡って、文字通り無人の野をいく。

 ただのユグドラシルプレイヤーとは思えない反則っぷりである。

 モモンガは軽い畏怖を込めて、炎柱を担ぐ彼の後を追う。

 クラン:鬼殺隊も、そのあとに続いた。

 続きながら、カラスは訊ねる。

 

「シラトリさん…………あなたは、いったい…………」

 

 当世具足の彼(?)は黙して語らず、ただひたむきにひたすらに、最上階層を目指す。

 鎧兜の隙間からは、稲穂のような長い白髪(はくはつ)が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完結まで、あと5話


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第参拾漆話 血戦

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 ・

 

 

 

 

 

「──ヒノカミ神楽──」

 

 

 少年はまるで舞い踊るかのように、“鬼舞辻無惨”の方へと斬りかかった。

 そして、叫ぶ。

 

 

()()

 

 

 強い踏み込みと共に前転。溢れ出す陽光の軌跡が、確実に無惨の触手数本を焼き斬った。刀を振るう炭治郎の様は、ある種の精霊のようにも見える。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 己の後継者と信じて疑わなかった者の造反──裏切りに、無惨は耐えがたいほどの屈辱と怒気を味わった。

 

「た……炭治郎……貴様ア"ッ!!!」

「違う」

 

 明哲な響きを伴った、自称・竈門炭治郎を名乗る鬼。

 彼は澄み渡る空のように透き通った声で、明朗に告げた。

 

 

僕は(・・)僕だ(・・)────竈門炭治郎じゃ、ない」 

 

 

 何が起きているのか判然としない柱たち。

 それにも増して、これまで従順に仕え続けていた竈門炭治郎の裏切りに、鬼舞辻無惨の意識は一挙に混沌と化していく。

 

「おまえは炭治郎だ! 私がヤツの細胞から創りあげた存在なのだぞ!?」

()は……竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)では……な"い"!」

 

 少年の血を吐くがごとき宣告。

 にもかかわらず、彼の繰り出す十二の円環──日の呼吸の極意たるそれは、確実に無惨の力を奪い取り、再生の速度を著しく減耗させていた。

 

 炎舞(えんぶ)

 幻日虹(げんにちこう)

 火車(かしゃ)

 輝輝恩光(ききおんこう)

 飛輪陽炎(ひりんかげろう)

 斜陽転身(しゃようてんしん)

 日暈(にちうん)(りゅう)頭舞(かぶりま)

 陽華突(ようかとつ)

 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)

 烈日紅鏡(れつじつこうきょう)

 碧羅(へきら)(てん)

 円舞(えんぶ)

 

 血みどろと化す主人・鬼舞辻無惨に対し、自称炭治郎だった鬼は、鬼の瞳を閃かせながら述べ立てる。

 

「あなたには、感謝しております。

 こんな僕に命を与え、力を授け、務めを与え、結果的に、彼女とも出会わせてくれた──だがッ!」

 

 少年はさらに刃を主人の奥底へと突き入れていく。

 容赦なく。慈悲もなく。

 ただ冷酷に冷厳に、宣言する。

 

「僕は! 僕の意思で! おまえを(たお)す!!」

 

 同時に、赫く灼熱した冨岡の日輪刀の熱量に焼かれていき──

 彼の創造主たる鬼の始祖は、血眼を剥いて怒気を爆発炎上させる。

 

「この、──裏切り者がああああああああああアアアアアアアアアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!!」

 

 無惨の絶望と憤激にまみれた大叫喚と共に、肉鞭の群れが炭治郎の全身を切り刻みバラバラに分解してしまう。

 

「あ……」

「この私が、裏切り者を許すとけっして思うな!」

 

 さらに細切れにされる炭治郎の肉体。

 自称炭治郎のいう通り、彼は竈門炭治郎ではない。

 それ故に、彼の放つヒノカミ神楽・日の呼吸も、そこまでの出力は期待できなかった。使っている刀も、満身創痍の冨岡から、半ば強引に奪って借りた青い日輪刀であることも、彼の技の強度を弱める要素たりえた。その刀だけが無傷で元の持ち主のもとへ転がっていったのは、奇跡と言ってよいだろう。

 

「が、あ……」

 

 吹き飛ばされる、少年のバラバラの肢体。

 無惨同様、無限の再生能力を誇っていたことが信じられないほどボロ炭と化す肉体。主人から“棄てられた”後継──道具は、廃棄処分されるのが関の山だったのだ。

 

「貴様のような不良品はいらん。新たに炭治郎を造れば、それで済む話だからなあアアアアアアッ!!」

 

 かろうじて繋がる頭部と胸部に、トドメの爪牙が怒涛となって殺到した瞬間、

 

「竈門少年!」

 

 シラトリたちによって、この階層にまで運び込まれた煉獄杏寿郎の炎刀が、かろうじて割って入ることができた。

 ほかの柱たちやモモンガ、ワールドチャンピオン二人も無惨を追い立て、物理的な障壁となって刃をむける。

 その間に。

 

「おい、少年、しっかりしろ! 竈門少年!」

 

 もはや怒鳴りつけるような煉獄の呼びかけに、鬼の少年は微笑すら浮かべて訂正を求める。

 

「あ、は、は……ち……ちが、い、ますよ、れんごく、さ……ぼ、く、は、竈門、炭治、郎、じゃ、ありま、せん」

「!」

 

 瀕死の状態にありながら、少年は一心に己の意思を表明する。

 煉獄は励ますように鬼の身体──もはや胸から上だけといってよい(むくろ)を揺さぶった。

 

「ならば君は!

 君はいったい誰だ!

 君の! 本当の名は! 何なんだ!」

 

 教えてくれと頼む炎柱の腕の中で、竈門炭治郎ではない鬼の輪郭が砕け、崩れていく。

 そして、誰にとっても残酷な事実を、告げる。

 

 

「…………僕……にッ、……名、は…………な……い…………。

 ……ぼく、は、……だ、れ、で も ……ない ……ぅ──」

 

 

 血のあぶくを吐いて、両の目から涙をあふれさせた少年から、かろうじて教えられた真実。鬼舞辻無惨、許すまじ。その決意を新たにする炎柱・煉獄杏寿郎。

 もはや音という表現もできない、微風よりも儚げな喘鳴(ぜいめい)をあげる、鬼。

 

 

「ご…… め  モ  ズ  グ  ごめ… ぅ ぅ  」

 

 

 煉獄の鍛え上げた聴覚神経が、彼のボロボロに崩れる口元から、数音を拾い上げることもできなくなる。

 己の不甲斐なさを呪いかける炎柱──だが、しかし、ふと気づく。

 

 

「──ありがとう、少年」

 

 

 煉獄は知っている。

 彼が最後に成し遂げたことは、煉獄のみならず、ここにいる皆が、等しく胸に刻んで忘れることはないだろう。

 

 

「君は、その手で我々を守ってくれた。人々のために、無惨を斃すために、その刃を振るってくれた」

 

 

 かつて、同じことを煉獄は、一人の少年に説いて聞かせたことがあるのを思い出す。

 

 

「命をかけて“鬼”と闘い、人を守る者は、誰が何と言おうと、鬼殺隊の一員だ」

 

 

 目を(みは)る鬼の少年に、煉獄は静かにうなずく。

 

 

「君を、鬼殺隊の一員として認める。

 だから、君は何者でもないはずがない。

 君は、俺たちの大切な仲間だ。だから、堂々と胸を張れ──胸を張って、──ッ」

「ぇ、へへへ…………あ、あり、が…………      」

 

 

 少年は感謝の言葉を唇にのせきれず、顔面まで灰のように崩れ去る中で、確かに微笑み、最後の涙をこぼした。

 

木偶(でく)人形呼ばわりして、すいません)

 

 その声は言葉にならなかった。

 数瞬の後、まるで太陽のようだった少年の笑顔は、煉獄たちが見送る中で、ユグドラシルの世界から、永遠に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 /

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どことも知れぬ闇の中──

 

 

「……待っていてくれたのか?」

 

 

 鬼の少年が、闇の底へ向かう道行きのなかで、ひとり待っているものがいた。

 

 

『はい。お待ちしておりました』

 

 

 銀髪褐色に眼鏡をかけた女騎士は、常の戦装束をといて、一心に、彼を待っていた。

 

 

「ごめんな。待たせてしまって」

『いいえ』

「ごめんな。たくさんつらくあたってしまって」

 

『とんでもないことにございます』と微笑む彼女に手を差し伸べられ、鬼の少年は迷うことなく彼女の手を取った。

 

 

「でも、本当にいいのかい?」

『当然です』

 

 

 彼女は月光のように美しい笑顔を向けて、少年の両手を握ってまっすぐに正対する。

 

 

『私は誓いました。私に自由を与えてくだった、たくさんの世界を見せてくれた、あなたのために、私の身命のすべてを捧げると。

 私のすべては、あなた様だけのもの──ですから、どうか、このまま共に(まい)らせてください』

 

 

 彼女の誓約と意思を無下にはできないと、少年はかすかに、だが太陽のように快く笑う。

 

 

「ありがとう──モーズグズ」

 

 

 彼は地獄への道を歩みだす。

 己の罪を購うために。

 己の業を償うために。

 けれど、もはやその瞳には、かつての恐れなどはなかった。

 

 

 彼は地獄の業火に焼かれ、暗黒の底へと燃え尽きていく。

 胸を張って。堂々と。

 

 

 ──“誰でもない自分”を心から認め、ひたすら想ってくれる女性(ひと)と、手を繋いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自称・竈門炭治郎、死亡。



完結まで、あと4話


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第参拾捌話 決戦

明輝(サンライズ・ブライト)〉は、D&Dを参考にした魔法で(以下略)


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 ・

 

 

 

 

「どいつもこいつも、私の邪魔を、するなああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 それは悲鳴と呼ぶには力強い叫喚であった。

 

「ヴァフスルーズニル!」

 

 炭治郎の血を介して、己の支配権に組み込み終えた魔法詠唱者(マジックキャスター)に対し、氷河城の主たる無惨は確認を取る。

 

「各ワールドの侵攻状況は!」

『それが、(かんば)しくありません』

「なんだとッ!」

 

 ヴァフスルーズニルは弁明する。

 

『どうやら、向こうにもここに集っている者たちに匹敵するプレイヤーたちが邪魔だてしているようで──侵攻規模は三割にとどまっております。ワールドチャンピオンをはじめ、ワールドディザスターやワールドガーディアンも、本格的に抵抗している──なかには、クラン:鬼殺隊に所属していた者たちもおり、無限の悪鬼への対処法は完全に分析されてしまっているようで』

 

 そう報告を受け、無惨は盛大に舌を打った。

 

「ええい、使えぬ雑兵(ぞうひょう)共が! 幹部共は何をしているか!?」

『ワールドチャンピオンなる者との戦闘によって、フレイヤは逃亡、グレンデルマザーとグレンデルは死亡、他にも重傷者、瀕死者多数』

 

 ワールドを隔てている関係で、神クラスのフレイヤはまんまと逃走の手を打たれた。憤激する無惨。

 

「もうよい! 残った者たちをここへ集め、柱たちに一当てにせよ!」

『それも叶いません』

「──なんだと?」

『我が魔力は、先ほど炭治郎殿が転移したのちに、強化魔法などによってスッカラカンにされてしまいました。いまや私には、あなたどころか自分自身を転移させることも』

 

 できないという前に、鬼舞辻無惨の爪牙が、オーディンと並ぶ智者の首と胸を貫き抉る。

 

「ならば貴様にもう用はない。私の腹の中で、我が贄となるがよい」

『が、あ、あなたなら、そうすると、わかって、おりまし、た……』

 

 そのまま触腕に咀嚼されるヴァフスルーズニル。

 無惨は腹八分にも満たぬ魔力なしの魔法詠唱者を喰らって、多少は体力(H P)を取り戻した。

 

「ここにいる全員、生きて帰れると思うなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 無惨の絶叫がこだました。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 氷河城、第19階層にて、ワールドエネミー鬼舞辻無惨に対し、討伐隊の員数は目減りしている。

 柱たち九人は健在。

 ワールドチャンピオン二人も壮健。

 クラン鬼殺隊の四人と、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンはモモンガとタブラ・スマラグディナとぷにっと萌えの三人。合計して17人。

 軍団(レギオン)方式でいえば半数を少し越した程度の員数でも、鬼舞辻無惨に対し、圧倒的なアドバンテージを有する存在が、九人。

 

 風柱・不死川実弥。

 蛇柱・伊黒小芭内。

 恋柱・甘露寺蜜璃。

 音柱・宇随天元。

 霞柱・時透無一郎。

 岩柱・悲鳴嶼行冥。

 蟲柱・胡蝶しのぶ。

 水柱・冨岡義勇。

 

 そして、

 

「鬼舞辻無惨!!」

 

 炎柱・煉獄杏寿郎。

 このとき、モモンガのゲーム画面(インタフェース)に、一つの表記が浮かんだ。ぷにっと萌えとタブラ・スマラグディナも同様だったようで、一様に声をあげる。

 

「これって?」

Demon(デーモン)──Slayer(スレイヤー)?」

「おそらく、鬼滅の刃、その柱たちの称号、という意味でしょうね」

 

 一瞬で洞察してみせるタブラ・スマラグディナ。

 ユグドラシルに存在するイビルスレイヤーやデモンスレイヤーとは一線を画す存在であることを示すように、彼らの闘気がプレイヤーたちの各画面に可視化された形だ。

 

「この英語は文字通り魔を、鬼を退治するもの、という意味です」

「でも、どうして、今まではこんな表記?」

 

 存在しなかった。

 柱たち九人が参集を遂げた時にも、こんな事象は起こっていない。

 可能性があるとするならば、

 

「おそらく、彼らがこれから討伐する者の前でのみ与えられる特殊職業(クラス)、といったところでしょうか」

 

 タブラの予測通り、鬼滅の刃(デーモン・スレイヤー)たちのステータス値が、これまでにないほど増強されていく。

 

「これはひょっとすると、私たちの出番はもうなしかも?」

 

 そう平然(へいぜん)と評するタブラ・スマラグディナの前で、煉獄たちは一斉に動いた。

 

「炎の呼吸 玖ノ型 煉獄」

「水の呼吸 拾ノ型 生生流転」

「蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き」

「岩の呼吸 伍ノ型 瓦輪刑部」

「霞の呼吸 漆ノ型 朧」

「音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々」

「恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風」

「蛇の呼吸 伍ノ型 蜿蜿長蛇」

「風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風」

 

 鬼滅の刃の柱たちは、次々と大技を繰り出していく。

 この時点で既に、勝敗は決したも同然であった。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

「ぐおおおおおおおおお────なぜ、何故ぇ……」

 

 鬼舞辻無惨は狩られる半歩寸前にまで来ていた。

 柱たちの赫刀。互いに連携を取りつつも、最大の技を繰り出す剣技の冴え。

 

「私は、死なん!」

 

 肉体分裂で逃げおおせようとしたその時、炎柱をここまでかついできた当世具足の鎧武者が、趙絶的な剣技を放つ。

 普段は弓や長槍で武装していた腕が振るうのは、まぎれもなく呼吸術。

 これまで一度も使用してこなかった、腰に佩いた大刀の一本を抜き払い、陽光のごとき力の放出をうむ。それが、分裂しようと起爆する無惨の身体各所を押し包むように斬り刻んだ。まるで、「二の轍は踏まん」とでも主張するがごとき技の神速。抜刀から納刀まで、それは誰の目にも止まらぬ冠絶した速さであった、

 しかし、それはありえないものであるはずだった。

 少なくとも、鬼舞辻無惨にとっては、最も忌むべき記憶である。

 

「ばかな……何故、何故ここに、貴様が!」

 

 鎧兜の鬼面の下から覗くのは──、

 老いさらばえた老骨の皺。

 揺れ動く長い白髪。

 

「一気に追い込むぞ!」

 

 岩柱の号令。

 柱たちの一人にして最強と目される悲鳴嶼の“目”でも、そちらへは一切反応できなかった。反応できない速度で繰り出されたのだ、無惨の分裂を防ぐ彼の剣技は。

 柱たちが最後の技を繰り出し、畳みかけ続ける。

 それでも、無惨は諦めない。

 

「ぐううう、無駄、だ……た、太陽さえなくば、貴様たちなど!」

「ほう。そんなに太陽が恐ろしいのか? ──ならば、くれてやる」

 

 無惨は振り返った。

 振り返った先で、骸骨のプレイヤーが何かのアイテムを起動していた。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)明輝(サンライズ・ブライト)〉」

「ぎゃああああああああああああ────ッ!」

 

 モモンガの職業(クラス)では扱えない魔法だが、装備箇所をひとつ潰すリスクを冒して用意した、対鬼舞辻無惨用の、魔法。

「畳みかけろ」というモモンガの的確な判断に、プレイヤーたちが呼応する。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)明輝(サンライズ・ブライト)〉」

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)明輝(サンライズ・ブライト)〉」

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)明輝(サンライズ・ブライト)〉」

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──ッ?!」

 

 タブラ・スマラグディナ、鬼殺隊のシマエナガ、ワールドチャンピオンの剣帝らが、この時のために用意しておいたマジックアイテム(スクロールやワンド)などを駆使して放った太陽光の出現、合計十二連に、無惨の五体はズタボロにされる。

 ただ魔法を浴びせるだけでは、ここまでの効果は期待できなかっただろう。

 柱たちの死戦で体力を削り取られていなければ、多少は抵抗もできたであろう偽の太陽であったが、このタイミングにおいては効果覿面に働いた。

 もはや虫の息という鬼舞辻無惨──だが、なおも抵抗しようとする鬼の始祖に、柱たちは死力を尽くし、最後の技を降りそそがせる。

 

 

 

「風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り」

「蛇の呼吸 壱ノ型 委蛇斬り」

「恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき」

「音の呼吸 壱ノ型 轟」

「霞の呼吸 弐ノ型 八重霞」

「岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩・双極」

「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」

「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

 

 

 

 

 それは、鬼舞辻無惨という悪腫を、この世界から完全に葬り去らせる九連撃となった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完結まで、あと3話


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第参拾玖話 鬼舞辻無惨、地獄に落ちる

/

 

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 

 

「ここはなんだ?」

 

 純粋な漆黒の闇。

 しかし、ここはユグドラシルの氷河城ではない。

 煉獄杏寿郎も、柱たちも、モモンガも、鬼殺隊(クラン)なる目障りな蠅どもの姿もない。

 ふと、背後から近づいてくる気配を感じる。

 

此処(ここ)こそ貴様の地獄なり」

「誰だ!」

 

 衣擦(きぬず)れ。

 草鞋(わらじ)の音。

 刀と鞘の咬合(こうごう)

 稲穂のごとき白髪(はくはつ)

 

 

「誰と訊かれれば応えよう。私は、貴様の地獄の番人だ」

 

 

 そこにいたのは、老骨まで透けて見えそうな、年老いすぎた剣士だった。

 だが、鬼舞辻無惨は双肩に、(いわお)を乗せられたような威圧感に支配される。

 老剣士の佇まい。

 醸し出される雰囲気。

 額に燦々と刻まれた、太陽の、痣。

 

「ば、…………馬鹿、な」

 

 無惨はせめてもの抵抗を試みるが、触腕と触手は一切動かない。

 気づけば、数多の縛鎖によって、人々になした害悪の分だけ巻きつけられた透明の拘束具に、鬼舞辻無惨は捕らわれている。

 

「こ、これは夢だ、夢に決まっている!」

「いいや、夢ではない。……いざ、参る」

 

 老剣士は一歩を踏みしめる。そのたびに脂汗にまみれる無惨。

 一部の隙もない構えから繰り出されるのは、無惨が怖れおののいた、日の呼吸の十二の円環──十三番目の型。

 

「ぐあああああああああああああああ、ゆ、夢だ、これは夢だあ!」

「夢であろうと何であろうとも、貴様が罰せられる事実に変わりなし」

 

 赫刀が、逃げようともがく鬼舞辻無惨の首を、胴を、両手両足を、()ねた。

 全身を襲う灼熱感。繋がり修復することのない傷。

 それでも、無惨は死なない。

 彼はすでに──死んでいるが故に。

 

「な、何故、貴様が地獄(ここ)にいる! い、いや、先ほども氷河城で?」

「当然の疑問だ」

 

 老剣士・継国(つぎくに)縁壱(よりいち)は答えた。

 

「私は、私が死した際に、我が剣の才賦を冥府の大王・閻魔王(えんまおう)に献上した。その功をもって、我が魂は現代において、愛する者たちと再会し、幸福なる生を謳歌している」

 

 鬼舞辻無惨は言われている意味が分からない。

 わからないが、自由のきかない身の上で、どうにかこうにか縁壱という天敵と、その背後に爛々と輝く巨躯──地獄の主・閻魔王とやらから逃れようと苦しみもがく。

 老縁壱は呟き続ける。

 

「我こそが継国縁壱の剣才そのものなれば。我はこれから、この地獄にて、貴様が()した罪業の数だけ罰を下す獄吏(ごくり)であり、執行人となる」

「ふ、ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 こんな理不尽があってたまるかと吠え散らす無惨に構わず、縁壱は丁寧に一刀一刀に真心を込めるように、鬼の始祖として幾千幾万の人々を喰らった正真の悪鬼を責めさいなむ。

 老縁壱は告げる。

 

「さぁ、己の喰らった人々の数を思い出すがよい。我が刃はその人々の分、貴様を魂の髄まで切り刻もう」

「ううううわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ─────────ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、鬼舞辻無惨は己の地獄に墜ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的に、老いた縁壱さんのCVは、中田譲治さんのイメージ



完結まで、あと2話

次回は明日朝06:30更新予定


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第肆拾話  煉獄杏寿郎、任務を終える

/

 

 

 

 

 ・

 

 

 

「ファルコン! ふんばれ!」

「タカナシさんの方こそッ!」

「チーウー、魔力(M P)の残りは?」

「攻撃魔法一発分だけ」

「……そうか」

 

“元”クラン:鬼殺隊に所属していたガスマスク姿の傭兵タカナシは、元の仲間たちと共に、ミズガルズの防衛に尽力していた。

 ツークフォーゲルの人形群やパワードスーツ、鍛冶師グルーの姿も見える。

 が、無限の悪鬼の物量に、ホームタウンへの敵の侵攻を許しかけた時。

 

「あ……な、なんだ?」

 

 無限の悪鬼たちが一斉に、まるで凍り付いたかのごとく、行軍を停止。

 次の瞬間には、ボロ炭となって消え失せていた。

 

「……夢、じゃ、ないよな?」

 

 彼は呟きながら、焼け野原と化したミズガルズの大地を眺める。

 世界樹の木陰が微風に揺らめき、ボロ炭と化した者たちの戦塵をいずこかへと運んでいった。

 

 数瞬おくれた後、大歓声が、各ワールドを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ヘルヘイム。氷河城の“氷の神殿”にて。

 

「…………や」

「……やった、のか」

「どうやら、そうらしい」

 

 モモンガとカラスの問いかけに、アースガルズ・ワールドチャンピオンが断定の声を紡ぐ。

 

「……たったこれだけの人数と脱落者で討伐できるとはな」

「そこは、柱の皆さんのおかげ、というところですかな?」

 

 二人のワールドチャンピオンが意見を交換し合いながら、九人の柱たちを見ていた。特殊クラス【Demon Slayer】──彼らの超人的なステータスは、一時的ながらワールドチャンピオン級を軽く上回っていた。

 無惨討伐を確認したのと同時に、運営の案内ガイダンスが流れ始める。

 

《ワールドエネミー・鬼舞辻無惨の討伐、成功! おめでとうございます!》

 

 何の公式情報も寄こさない割に、こういったイベント後には素知らぬ顔で運営はガイダンスを垂れ流すのだからタチが悪い。

 

《報酬として、世界級(ワールド)アイテム一点を授与されます。代表者の方は、こちらへ》

 

 空間に現れたのは、明滅する光の()

 

「ここで代表者って言っても」

「やっぱり。ここは、煉獄さん達の誰かに」

「ああ」

「異議なし」

(いや)──」

 

 モモンガとカラス、ワールドチャンピオン二人が提案する間もなく、煉獄は申し出を固辞した。

 

「実は、もう一歩も動けそうにない……すまないが、カラスくん。頼めるか?」

「わ、わかりました!」

 

 そういって、カラスは首を傾げた。いくらワールドエネミー戦の死闘の後とはいえ、体を動かすことぐらいはできてもよさそうなもの。実際、ワールドチャンピオン二人も、モモンガやカラスの仲間たちも動く分には支障がない。釈然としないながらも、黒髪の武士姿の青年は、クラン:鬼殺隊の長として、光の環の中に。

 そうして、光の中に包まれたカラスが、手を差し伸べると、目を開けていられないほどの光量で輝きが増した。

 

「! こ、これって?」

 

 はじめてのことで戸惑うカラスは、自分の差し伸べた両手の先にあるものを、正確に洞察する。

 

「……青い、……彼岸花?」

 

 カラスたちは知らなかった。

 それは、鬼舞辻無惨が求めてやまなかったもの。

 それを、彼の亡き後にプレイヤーの手に授受するとは、いかにも運営らしい皮肉と言えた。

 

「煉獄さん──  ?」

 

 カラスは振り返って柱たちを見た。

 

「煉獄さん?」

 

 誰一人として、その場から動こうとしない……極度の疲労で刀を放り棄て、膝をつくか倒れ伏すかの二者択一の中、煉獄は刀を杖になんとか踏ん張っている。

 

「どう、やら、……我々の任務は──達成された』

 

 そう言っているうちに、異常な事象が起こった。

 煉獄たち柱の姿が、光の粒子に還元されたように(ほつ)れ、その輪郭を曖昧にしていく。

 

『最初から、こうなる予感はしていた』

 

 水柱・冨岡義勇が安堵の吐息を吐いて、蟲柱・胡蝶しのぶと共に消え去った。

 蛇柱・伊黒小芭内も、恋柱・甘露寺蜜璃と手を繋いで、光の粒と化していく。

 岩柱・悲鳴嶼行冥が礼を述べつつ消え去っていき、風柱・音柱・霞柱も後に続いた。

 あの鬼の炭治郎が、煉獄を「木偶(でく)」扱いしていた理由が、これ。

 煉獄は告げる。

 

『我々は鬼殺の柱だ。鬼舞辻無惨が斃された以上、この世界に留まる意味はない』

「な、なにを、何を言ってるんですか、煉獄さん!」

『オーディン殿からも、話は伺っていたしな』

 

 モモンガとカラスは思い出した。

 

(──「俺が聞きたいのは、戦いの終わった『後』のこと、自分たちはどうなる?!」)

 

 あれは、そういう意味で聴いていたのかと納得を得る二人。

 聞いた当初は、そういうロールプレイの一環かと思ったが、煉獄はどこまでも本気だったのだ。

 オーディンは、こう答えていた。

 

(『この世界から消えてなくなるだろう』)

 

 と。

 

「そんな、そんなこと!」

 

 事実を受け入れ切れないカラスに対し、モモンガは理解と得心をえていた。

 煉獄杏寿郎は、よくいる「なりきり」のプレイヤーでは、なかった。

 ──ワールドチャンピオン級の力量。

 ──ユグドラシルに対する無知っぷり。

 ──彼ら彼女らの、その言行の、すべて。

 九人の柱は、運営によって創りだされた存在であったか、あるいは……

 

(いや、まさかな)

 

 頭に湧いた可能性に失笑してしまうモモンガ。

 彼が亡霊……ゲーム内の種族ではなく、本物の亡霊(ゴースト)である可能性。

 ──本当に、本物の煉獄杏寿郎である──などと夢想した自分を恥じるように忍び笑う。

 煉獄はすでに体の半分以上──下半身のすべてが光の粒子と化していた。

 彼は一人ひとりに礼を告げるような瞳を差し向けてくれる。

 

『モモンガ殿』

「煉獄さん、今まで、ありがとうございました」

『茶釜殿と、ぺロロン殿にも、くれぐれもよろしくお伝えしておいてほしい』

「わかりました、煉獄さん……お疲れ様でした」

 

 うんと頷く炎柱。

 

『ワールドチャンピオンの御二人』

「いや、俺らは何というか」「それよりも、“お仲間の方”を優先してください」

 

 こういう場にふさわしい言葉を持たぬ剣帝と、几帳面に応答する死霊王。

 

『カラス殿、シマエナガ殿、オオルリ殿……?』

 

 煉獄は気づいた。

 

『シラトリ殿はどちらに?』

「え──あれ、シラトリさん? いつの間に」

 

 仲間たちもようやくシラトリが消滅していた事実に気づく。

 

『名残惜しいな。シラトリ殿には、此度の戦いで大変世話になったというのに』

「……俺らが代わりに言っときますよ、お礼」

『うむ。世話になったカラス殿』

「いえ、こちらの方こそ、俺、はじめてこんなに楽しいこと──っ」

「カーくん……」

「カラスくん……」

 

 泣いてはいけない。

 号泣するほどの精神作用は、ゲームの仕様上の安全措置──ニューロン・ナノ・インターフェースの機能によって、自動でログアウト処理が施されてしまうから。

 

「煉獄さんのおかげで! 俺! 本当に楽しかったです!」

『そうか!』

 

 炎柱は満面の笑みを浮かべて頷く。

 消えかけの掌でカラスの肩を叩く煉獄。

 その質感を確かめるように、決して忘れまいと心に刻むように、カラスは握り返す。

 

『どうか、鬼のいない世界を、生き抜いてくれ』

「はい…………必ず…………」

 

 半泣きになりかけるのを、カラスは必死でこらえた。

 煉獄は己の巡り合わせに、感嘆せずにはいられない。

 

『ははは! よもやよもやだ! 柱として、鬼舞辻無惨と戦い、これを滅することができた! まったく! 良き人生だった!』

 

 煉獄は決して涙を流すことなく、終始笑顔のまま消えていく。

 

『それでは皆──達者でな──』

 

 煉獄の腕の感触が途絶え、カラスは面を上げた。

 もうそこには、あの金髪の偉丈夫の姿はどこにもない。

 まるで夢のような体験であったが、カラスの左手には、世界級(ワールド)アイテム“青い彼岸花”が、握られていた。

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 九人の柱たちが去った後も、ユグドラシルは続いていく。

 プレイヤーたちは変わることなく、日々ゲーム世界を愉しみ、娯楽に(ふけ)る。

 

 

 いつかは終わる時が来る。

 どんなに貴重な宝物でも。

 手放す時は、きっと来る。

 

 

 柱たちのことは忘れ去られる。

 無限の悪鬼の脅威も、

 竈門炭治郎の襲撃も、

 鬼舞辻無惨の存在も、

 すべてがユグドラシルの陰の歴史に、電脳世界の夢幻(ゆめまぼろし)のうちに埋もれていく。

 

 

 だが、

 それでも、

 彼らが生きてきた事実だけは消せはしない。

 

 

 青い彼岸花のように、

 どこかで小さく芽吹く奇跡のように、

 誰かと共に駆け抜けた記憶は、その心のうちに残り続けるだろう。

 

 

 そのことだけはどうか、忘れないでいてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここで本来は完結なのですが、もうちょっとだけ続きます。

次回の【後日談】で、完結──

本日18:30更新予定。

お楽しみに!


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【後日談】 煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル

※注意※

前話「第肆拾話  煉獄杏寿郎、任務を終える」の後日談です。
読んでない方は前話をご覧ください。


 カラス、シマエナガ、オオルリの関係性については、「第拾玖話  煉獄杏寿郎、夢を見る -2」で、それとなく語られています。

>「あのときは、ほんとに、足ひっぱってごめんな」
>「何言ってんの。……同じ病棟の仲じゃないのよ」


/

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ワールドエネミー・鬼舞辻無惨討伐クエスト。

 別名、氷河城攻略クエスト。

 運営が後日発表したそのクエスト名によって、鬼舞辻無惨は隠し敵(シークレット)キャラ扱いされたこの事件において、大損をこいたギルドが一つ。

 

「大赤字だわ」

 

 ミズガルズ、

 シュヴェルトラウテ城、

 ギルド:ノー・オータムの拠点にて。

 

「鬼舞辻無惨討伐戦で、支配下においていた“雷神・トール”は失うし、“剣帝”アースガルズ・ワールドチャンピオンへの報酬額と合算しても、うちの利益なんてないも同然だったわ」

「そうはいっても。これは『ギルドの沽券(こけん)にかかわる』と強行したのはお嬢、失礼、ギルド長のはず」

 

 わかってると呟く白銀のチャイナドレス姿で散らかったデスクの上に両脚を乗せる女性プレイヤーは、ビン底メガネの位置を整えた。

 

「あーあ。せめて氷河城のダンジョン運営権ぐらいは取りたかったんだけどな~」

「致し方ないでしょう。あそこの運営権を握るボスキャラは、あくまでも【災厄姫ヘル】です。それとの交渉なり戦闘なりを行えなかった時点で、ダンジョンの運営権は移行しません。第一、人間種主体の我々では、あそこを運営し続けることは不可能。結局オークションに、中古競売(せり)にかけられるのがオチだったのでは?」

 

 ランは不景気そうな表情を頭上に浮かべてみせる。

 お嬢もそれに(なら)った。

 

「とりあえず。うちの参戦が少しでも鬼舞辻無惨討伐の功績に結びついたのは、宣伝効果としてデカい。鬼殺の柱たちの動画映像を撮影してくれてたタブラっていう人への褒賞も高くついたけど──カラスくんたちが教えてくれた、クラン:鬼殺隊が獲得し、うちに公開してくれた世界級(ワールド)アイテムの情報も、それなりに有用だった」

「“完全幻覚”能力でしたか」

 

 お嬢は頷く。

 きっと“青い彼岸花”というもの自体が(まぼろし)的な存在であるが故だろうが、対象となる一体を耐性や対策を貫通して“幻覚”状態に落とす能力は、どこか“傾城傾国”の完全支配能力に似ている。あれを使えば、幻覚に耐性を持つ種族だろうと幻覚に陥り、完全行動不能状態に落とすことも可能。やろうと思えば、味方同士で戦わせて──同士討ち(フレンドリィ・ファイア)不可のゲームなので、あくまで戦闘妨害くらいにしか使えないが。

 

「しかし、惜しいことですな。せっかくなら規模縮小したクラン:鬼殺隊を、我が陣営に取り込むことが出来ればよかったのですが」

「クラン長──カラスくんの意思は尊重しましょう。商売は人心優先、ってね」

 

 お嬢は父からの教えを実践しつつ、突如頭の中に響くコール音──おそらく義兄の最上位死霊王からの連絡に辟易しつつ、頭の中の受話器を手に取ろうとして、相手の名前表記を見て居住まいを正した。何度も咳払いして声の調子を確かめる。

 お嬢はビジネスモードで受話器を取った。

 

「はい、もしもし──ああ、カワウソさん! ギルド内装の件は逢坂さんと折り合いが付きましたので……ええ、すぐにそちらへ納入の方へ……え、依頼していた新しいNPC外装データ、もう出来上がったんですか? いつも本当に、綺麗な外装データをありがとうございます──納入と合わせてすぐ受け取りにうかがいますね!」

 

 お嬢は氷河城のことなどすっかり忘れて、上客との商談に心浮き立たせている。

 彼女は今日もユグドラシル内を忙しく(あきな)いしている。

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 ミズガルズ、樹界都市アスクエムブラにて。

 最上位死霊王──ニヴルヘイム・ワールドチャンピオンは、誑かされし食事亭に参集してくれたワールドチャンピオン達(“剣帝”は欠席)で、戦勝式の宴に興じていた。

 宴の主催者たるミズガルズ・ワールドチャンピオン──最上位竜騎兵が檄を飛ばす。

 

「それでは、ご臨席の皆さん──ワールドエネミー討伐、おめでとう!」

 

 おめでとう、という唱和の声。

 一度は陥落まで秒読み段階にまで荒らされたホームタウンも、運営の手によってすっかり元通り。あの軍勢に加わった数多くのNPCやレイドボスも、元の場所に戻ったことが確認された──が、鬼舞辻無惨に喰われたヴァフスルーズニルと、ギョッル川の門番として長く存在してきた女騎士・モーズグズだけは、元の位置には戻されなかった。が、さしたる疑問を差しはさむプレイヤーは絶無であった。

 戦いに参戦した多くのプレイヤーが、人間種・亜人種・異形種問わず参集し、祝杯を打ち鳴らし、クラッカーの紐を引いてパーティグッズを着込んでいる。

 

「しかし、今回の敵は厄介な相手だったな」

 

 最上位死霊王がそう評するのを、各ワールドの覇者たちが同意するようにアイコンを浮かべる。

 

「まさかの秘密任務(シークレットイベント)扱いとは。しかも事後報告。ワールドエネミー戦で、あれほど各ワールドに被害を生じさせたのは、意外と初では?」

「あの量がひとつのワールドに集約されてたらと思うと、ぞっとしないのじゃ」

「あと、エネミー討伐者の名簿欄には驚きましたよ」

「事前に聞いていたとはいえ、あのアインズ・ウール・ゴウンも、討伐の功労者とは」

「ははぁ! しかも! 主たる討伐団体は、たった三人のクラン──鬼殺隊と来た!」

「ある意味、これからどう立ち回るのか……みものですね」

 

 ヴァナヘイム、ムスペルヘイム、ニダヴェリール、ヘルヘイム、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイムの順に話すチャンピオンたち。

 彼らは世界樹の大樹の下、巨大パーティ会場と化したアスクエムブラであがる花火の群れを楽しみつつ、交流を深めた。

 

「ところでニヴルヘイムの」

「なんです、火炎姫さん?」

「隠さんでもいい。どうだったのじゃ? その鬼殺の柱たちとやらの戦いぶりは?」

 

 死霊王は無言で、タブラ・スマラグディナが撮影してくれた──それ以外の戦闘参加者はそれどころではなかった──柱たちの戦闘風景動画データを取り出し、歎賞(たんしょう)の吐息をついた。

 

「まだまだ、このユグドラシルには“未知”がたくさんありそうです」

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 ヘルヘイムのホームタウン“深淵原野(アビスランド)”。

 異形種に有利なヘルヘイムの、多種多様な攻撃性フィールドエフェクト──特に人間種にとって致命的なものが多い──がある中で、唯一といってよい安全地帯のホームタウンである。

 そこを待ち合わせ場所に選んだモモンガと、クラン:鬼殺隊において名実共に長となったカラスが、さびれた酒場──女堕天使のプレイヤーで経営されているそこで杯を並べ、軽い宴席をもうけている。モモンガは骸骨種でも摂取可能な特殊な黒色の飲み物を。カラスはアルフヘイム産オレンジジュースを注文している。

 

「そうですか、では」

「ええ。クラン:鬼殺隊は正式に、ギルド:キサツタイとして再結成されることになりました」

「それは、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 モモンガとカラスは談話に興じる。彼ら以外の客はいないし、何よりここの店主(マスター)は口が堅いことがモットーであると知られている、一種のなりきりプレイヤーだ。

 褐色の肌に、たわわに実った胸、濡れ羽色の黒い髪──地上に落とされた天使の特徴として、壊れた翼の姿が印象深いが、あれは客の前でだけ出すスキルオブジェクトらしい。詳しくは知らないが。シャカシャカとシェイカーを振って独自のカクテルを生み出し、料理人(コック)レベルを上げている最中(さいちゅう)だと見受けられる。

 そちらには目もくれず、フード付きマントを被った武士・カラスは主張する。

 

「本音を言うと、煉獄さん達がいなくてやっていけるのか不安でしたけど、クランの時の仲間も、シラトリさん以外は皆、戻ってきてくれたし、せっかく世界級(ワールド)アイテムまで頂いたんです……煉獄さんの遺志を継いで、このユグドラシルの世界を続けていきたい、続けていこうと、そう思えたんです」

「なるほど。立派な判断だと思います」

 

 鬼舞辻無惨討伐の際、リスポーンに間に合わなかったサムライとニンジャは歯噛みして悔しがり、メールの呼び出しに気づくのが遅れた姉弟はINしていなかった自分たちの判断を心から後悔した。とくに茶釜などは煉獄さんロスが酷かったが、それもタブラの撮ってくれた動画が唯一の救いとなった。特に、特殊クラス【Demon(デーモン) Slayer(スレイヤー)】発現からの柱たちの連携っぷりは、見る者を圧倒するものがあった。

 酒場に集った二人は煉獄に関する思い出話に話を咲かせていたが、ふとカラスが呟いた。

 

「本音を言うとですね。こんな自分にギルド長なんて務まるのかなぁって」

「というと?」

 

 カラスは不安を口にした。

 それは彼のリアル事情にも大きくかかわっていた。

 

「自分、本当は今、病院住まいで、子供のころからずっと長いこと(わずら)ってる身なんです。シマちゃ──シマエナガさんも似たような環境で育って。お互い、治療サイト──医療系VR・ホスピスで出会って、シマちゃんとは同じ病棟とわかって意気投合して、オオルリさん……瑠璃堂(るりどう)医師(せんせい)も加わって……それで、その」

「みんなでYGGDRASIL(ユグドラシル)に?」

 

 カラスは頷いてみせた。

 国内でも有数の自由度を誇るDMMO-RPGに河岸(かし)を移した。

 その直後、慣れない戦闘の最中、助けてくれたのが、あの煉獄杏寿郎だった。

 カラスは握った杯──オレンジジュースの金色を眺めながら、モモンガに語る。

 

「正直、いつ死ぬかどうかもわからない自分たちがギルドを、なんて、想像を絶するというか、身の丈に合わないというか」

「……そんなことはないと思いますけど?」

「ありがとうございます、モモンガさん。でも、煉獄さんにも言われましたし……『この世界を生き抜いてほしい』って……俺、っ、あんなまっすぐ生きてほしいって、言われたことなくて……病院の皆は優しいですけど、それでもっ」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 出会うことが出来て、本当に良かった──と。

 カラスという少年が、余命宣告を受けていることを、モモンガは知らない。

 モモンガは慣れないながらも人生の先達として、ギルドランキング最高第九位の長として、新米ギルド長の肩を叩く。

 そして思う。

 

(煉獄さん、あなたの意志は、思いは、確かに残っているみたいです)

 

 モモンガは、運命を異にした者が目の前にいる思いで、自分のグラスを掲げ、一息に(あお)った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 

 二人はしばらくの間、緊密にやりとりを交わしていたが、それもいつの頃からか途絶える。

 カラスと、彼の仲間たちがどうなったのか知るものはいない──世界級(ワールド)アイテム“青い彼岸花”の行方も、不明となった。

 内紛や分裂があった形跡はなかった。彼の病状がどんどん重くなり、ゲームにIN(イン)することもままならなくなったことだけは、確定的だ。

 そんな苦い経験も、モモンガ自身、仲間たちとの度重なる別離と、多忙なリアル事情の合間に、(はかな)くとけて消えた。

 

 季節は巡り、年月は積み重なる。

 盛者必衰。

 のちに、ユグドラシルは12年という短くも長い歴史に幕を下ろす。

 

 

 

 それでも、彼らの記憶には煉獄杏寿郎や柱たちは存在した──

 

 

 彼らと駆け巡った思い出は、消しようがない事実であった──

 

 

 そのことだけは、誰にも否定しようがない、真実であった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル
    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『煉獄杏寿郎と巡るユグドラシル【オバロ×鬼滅】』をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。

 去年の5月に連載を開始して、今年5月での完結に相成りました。

 オーバーロードの主人公・モモンガと、鬼滅の刃の炎柱・煉獄杏寿郎の「中の人/声優つながり」というクロスオーバー作品、これにて終幕となりましたが、いかがだったでしょうか?

 自分としてもクロスオーバー作品は初の試みだったので、両方のキャラを立てるのに難儀しつつ、ユグドラシルのオリキャラとも絡ませつつ、手探りで進めてきましたが、なんとか完結までこぎつけることが出来ました。ひとえに皆様の応援のおかげです。
 ラストはしっとり湿っぽい感じになってしまいましたが、初期案だと他のゲームや物語に煉獄さんが転移して、また「よもよもよもやだ!」──というのもあったのですが、「いくら何でも煉獄さん働かせすぎ」という理由でボツにしたり(*'▽')

 本音を言うと、もう少し続けたい気持ち──モモンガの活躍や、オリキャラの掘り下げ、柱たちの日常、氷河城の主・災厄姫ヘルの動向などを書きたい気もあったのですが、私のリアル事情の都合で、一旦、二次創作からは離れようかと。詳細は活動報告「六年」を参照。……なにげにチラ裏で絶死絶命ちゃんの話も書きあげることは出来ましたし。これで思い残すことは────結構ありますね!

 最後は駆け足の連載となってしまって、誠に申し訳ございません。
 とにかく一度始めた物語は、できるだけ完結させる主義ですので。



 さて、ここで恒例のお礼タイム。

 この作品を
 お気に入り登録してくれた400名以上の方々。
 評価してくれた50名以上の方々。
 誤字報告を送ってくれた方々。
 そして
 感想を残してくれた

 tokyoomegaさま、リド-2(求むメトロイド小説)さま、◆7w76kxZ/Nc ID:v/chnZBAさま、コミケンさま、グラビ屯さま、herehereさま、鬼豆腐さま、ぱらのいあさま、っぽいさま、肥後蘇山さま、pikaboouzuさま、にょんギツネさま、黎明の暁さま、玄レッツさま、アスターΣさま、兎山万歳さま、イスカリオテのバカさま、九十欠さま、ペペックさま、月輪刀 ID:XgMqL7vMさま、Mr.エメトさま、アサシン.さま、対艦ヘリ骸龍さま、ロンギヌスさま、ポテトンさま、戸折巣狩さま、ジャギィさま、合計27名の読者の皆様。

 本当にありがとうございました!

 またFANBOXなどを開設しておりますので、ご支援いただける方がいれば、そちらの方もよろしくお願いいたします(一応の報告)

 それでは、またの機会にお会いできる日が来ることを。

                      By空想病


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