その街はごった煮の様相を呈している (オラクルMk-II )
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怪異バスター兼コンビニ店員〜その1

唐突に始まる読者参加型企画です。ただの作者の自己満足だゾ()


 

 

 

『夜中ってなんだかしんみりした雰囲気ですよね〜。と、言うわけで! 今夜は激しい曲をかけたいとおもいま〜す』

 

『そりゃ夜なんだから、しんみりって言うか、静かにもなりますよー。馬鹿なんですか?』

 

『うわぁーお、相変わらずアザミさん毒舌ですね〜……と。えぇ、まずはラジオネーム、「やはり今夜は肉まんだ」さんより――――』

 

 アップテンポの明るい曲に乗った、ラジオパーソナリティの会話が店内に響く。スピーカーからの音に、つまらなさそうに耳を傾けながら、レジカウンターに頬杖をつく女がいる。

 

 デッサン用の石膏像か何かを思わせる異常に白い肌と、同じく色素の抜けきっている頭髪をセミロングに整えた、薄ぼんやりと光る薄紫色の瞳が特徴的な彼女の名前は深尾 空木(ふかお うつぎ)という。明らかに人間離れした容姿だが、それもそのはず、この女は理由があって日本に来て生活している悪魔だった。

 

 深夜のコンビニの店内。それも、立地が田舎となれば、暇を極めていた。店番を任されていた彼女は、勤務中にも関わらず大あくびをかましていた。

 

 暇だ。暇すぎる、何か仕事無かったっけ?? 彼女は眉間にシワを寄せながら店内を見渡し、思考を巡らせたが、それも思い返してみて無駄に終わる。

 

 商品棚の整理なんて数分前に済ませたし、売れ筋の品もそれとなく調べて多めに発注をかけている。床掃除にトイレ掃除だってもう済ませたし、かといって対応するような客がそもそも来ない。うわぁ、詰んでるじゃないのさ。全く意味も何もないが、空木はおでん鍋の蓋を開けて閉じてを2回ほど繰り返して、また頬杖をついてぼうっとする動作に戻る。

 

 本当は駄目だけれど――あまりにも無駄に時間を使うのが嫌に思えた彼女は、私物のノートパソコンを取り出す。さて、この場で副業でも進めてしまおうか。そんなように思っていたその時だった。

 

 ドォン!! と店の自動ドアの方から大きな音が聞こえてきて、びくりと体を震わせる。なんだ?と音の聞こえてきた場所に目をやると。開いたドアをくぐって1人、店内に入ってくる女性が居た。

 

 女性……と言うには、少し語弊があるか。入ってきたのは、空木から見ると女子高生か中学生ぐらいの女の子だった。先程の音は、この子が勢い良くドアにぶつかった音だったらしい。今しがた走ってきたのだろうか、彼女はぜえぜえと息を切らしている。

 

「……? いらっしゃいませ〜」

 

「はぁ、はぁ……はぁ…………!!」

 

 どうかしたのかな? 親切心でその女の子に近づこうとした。が、その子は空木が声をかけるよりも先に行動を起こす。

 

「あの〜」

 

「お願いします! 助けてくださいぃ! ぅう、怪物! 怪物に追いかけられたんです……!!」

 

「! ん〜、ちょっと落ち着こうか」

 

 色んな意味での「お客さん」来たな。仕事の時間だ――。優しくその子の背中を撫でてあげながら、空木はスタッフの控え室まで女の子を連れて行った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 軽く錯乱状態にあった彼女を落ち着かせる。空木は努めて、わざとゆったりと緩慢な動作でホットココアを作ると、女の子に振る舞うことにした。

 

「ココアのむぅ〜? おいしーよー」

 

「ぇ、ぁ、は、はい!」

 

「出来たてだからねー冷まさないとヤケドしちゃうゾ」

 

「はい…………いただきます……」

 

 両手でマグカップを持って、ふぅふぅと中の飲み物を冷ましながら、彼女はちびちびと口に含み始める。小動物みたいな仕草が可愛らしいな、などと空木は軽く考えた。

 

 改めて、彼女の様子やら何やらに目を向ける。

 

 震えている彼女に薄手の毛布をかけてあげる中、服はこの近くの高校のジャージなのを確認したから、まぁそこの生徒だろうか。今は夜とはいえ時間は10時半程だから、部活動終わりに買い物か何かをしていたとでも説明がつくような時間帯だし、別に変な事もない。

 

 それによくよく見れば、それなりに顔立ちの整った子だった。ショートボブのきれいな茶髪、ツリ目がちだけど下がった眉が優しげな雰囲気を醸す表情と、有り体に言って美人と言える子だ。だがしかし、今は泣き腫らしてむくんでいるせいで、多少見るに耐えない部分があったが。

 

「どう、少しは落ち着いた?」

 

「はい……すみません。えぇと……」

 

「うつぎ。苗字はふかお、ね。どっちでも好きな方で呼んでよ」

 

 制服の胸に付けていたネームプレートを見せながら言う。細目でにんまりしていると、相手も自己紹介を始める。

 

「し、十二月田(しわすだ) まゆみっていいます。すみません、いきなり押しかけて、こんなに良くしてもらって……」

 

「シワスダ·マユミさん、ね。変わった名前だねー……あ、あとさ、最近ここに引っ越してきたりしたの?」

 

「! なんで知ってるんですか!」

 

「あ、ごめん、怖がらせちゃったかな。いやさ、ここ学校近いからお昼ごはんとか朝ごはん買いに来る子も多いから。でもマユミちゃんみたいな子は初めて見たから」

 

「はい……1週間前に合田市に来たばかりで。その、それで……」

 

 言いよどんだマユミに、ニヤリ、と空木は笑いながら口を開いた。

 

「怪奇現象に悩まされてる。ってカンジ?」

 

「!?」

 

 びくん、と彼女の体が跳ねる。あぁやっぱり図星かと思い、空木は続けた。

 

「お化け、霊障、UFO、神隠し……はまだ無いか。何にせよこの町の名物だよ」

 

「え、えぇ!?」

 

「あ、知らなかった? ここ有名だよ、変な事件ばっかり起きるから、おまわりさんも頭抱えてるんだって。」

 

 別に怖がらせる目的で言ったわけではないのだが、心当たりがいくつかあったらしい。意図してのんびりとした口調で話している中で、マユミは持ち直していた顔色をどんどん悪くしていった。「あらららら。」 慌てて空木は震える彼女を宥める。

 

「よしよし。大丈夫?」

 

「は、はい……………」

 

「……もしかして何か訳ありかな? そうだな……家でも何かあった?」

 

「………………………。」

 

「んぁ、ごめん。そういえば初対面だもんね。言いたく無いならいーよ、まぁ、好きなだけゆっくりしてきなよ。どーせ暇だからさ」

 

 俯いて固まってしまった彼女にへらへらしながら言った、そのとき。ふと、また自動ドアの開く音と入店チャイムが店内に響いた。

 

 客か、一応見てないとな。スタッフルームのドアを半開きで止めながら、空木は対応のためにカウンタまで戻る。

 

「ごめん、ちょっと待っててね。いらっしゃいま―――」

 

 マニュアル通りの挨拶を客に向けようとしたが……言い終わるよりも前に、彼女は口を動かすのをやめた。なぜならば人の気配という物が感じられなかったのだ。

 

 今しがた閉まるのを見たから、扉は間違いなく開いていた。入店を知らせるチャイムも現在進行系で鳴っている……が、なぜだろう。人の姿が店内に無い。トイレにでも駆け込んだのなら足音でわかるからそれもない。さて、なんだかキナ臭くなってきたナ。空木はため息をつく。

 

「ただいま」

 

「? お客さん、大丈夫なんですか?」

 

「いーのいーの、機械の故障かな。なんか勝手にドア開いただけだったから」

 

「えっ……」

 

「気にしないで。じゃ、お話しよーか」

 

 では、仕切り直して。と空木は会話を切り出す。

 

「かいぶつ、って言ったよね。どんなのだった?」

 

「! ……信じて、くれるんですか!?」

 

「モチ。言ったでしょ、ここ怪奇現象で有名な街だから。オバケ見た、ゾンビ見た、なんかへんなの居た! 日常茶飯事。話してみなよ。とりあえず私は信じるよ」

 

「……2、30分ぐらい前だったんです……その……へんな、肉の塊みたいなのが……後ろから……!」

 

「肉の塊? なんか逃げてきたように見えたけど。赤いナニカが、あなたを追いかけて来たってこと?」

 

「は、はい!」

 

「へぇ。大きさとかわかる? 思い出すのがヤならいーよ」

 

「あ、えーと……その、逃げるのに夢中だったから……」

 

「そっか、ありがと。じゃあさ―――」

 

 切り直してそこまで話を進めたところで、また妙な事が起こる。またもや店の自動ドアが勝手に開いたのだ。

 

「ん?」

 

「ひっ……!!」

 

 入店する客はやはり居なかった。しかしまたもや自動ドアはひとりでに開き、静かな店内にチャイムが鳴り響く。すっかり参ってしまったようで、マユミは座りながらうずくまって泣き出してしまう。

 

「ん……ほら、泣かないで。私がいるし」

 

 こう、わりかし静かなトコで、しかも怖いものから逃げてきた後の怪奇現象ね。こりゃ、確かに慣れてなきゃ参っちゃうカモ。

 

 気の毒に思った空木は、そっと彼女の背中を撫でながら、気晴らしになればと持っていたスマートフォンから音楽を流す事にした。ついでに機材も弄って、店内に流していたラジオの音量を上げる。

 

「ん〜、やっぱ誰も居ないね」

 

「こ、これもぉ、怪奇現象……なんですかぁ……??」

 

「そ…………怖かったよね今まで。でも、大丈夫。私で良ければ、一応やれる範囲で力になったげる。」

 

 「大人の仕事は子供の前で格好つけることだからね〜」 空木は控え室からお菓子の入った小皿を持ってきてカウンタに置く。チョコやら飴やら入ったそれから何個かを掴んで口に放る。忙しなく店内を見渡しながら、彼女はマユミに言った。

 

「ここにいていーからさ、お菓子でも食べてリラックスしなよ。ヘンナの来たら対処するからさ」

 

「んぇ……?」

 

 ヤバげな雰囲気だし、一応用意するか〜。震える彼女の背中を撫でながら、慣れた様子で空木は準備を進める。タバコの棚の隣に隠していた御札(おふだ)やらピストルやらを取り出す。そんな折、また自動ドアが開いた。

 

 なんだ、また心霊現象か? そう思った彼女は、目に映った物に気を引き締めた。外は真っ暗で街灯が少ないのでよく見えないが――明らかに外に何か居るのが確認できる。

 

「うわ、早速来たね」

 

「えっ……ぇ、け、拳銃……!?」

 

「マユミちゃん隠れてなよ。チャチなお化けなんてさっさ……と………???」

 

 お化け退治なんてさっさと済ませて、この子を送り返すかぁ。なんて思っていた空木の前に。恐らくはマユミが見たという怪物が、のっそりとコンビニに入ってきて、電灯に照らされた姿を晒す。

 

「「……………………???」」

 

 なんか予想と違うな???

 

 空木はどんなグロテスクな物体が来るかと、ほんの少しの興味すら抱いていたのだが。明るい場所で見ればなんだ、本当に文字通りのステーキ肉か何かの塊みたいなモノがコンビニの入り口に鎮座していた。キレイな赤色の所々に、程よく脂身のサシまで入っていて、傍から見れば美味しそうな霜降り肉か何かに見える。

 

 突然黙った空木に気になったのか、怯えていたマユミもゆっくりと部屋から顔を出して「ソレ」を見た。はて、こんな精肉店のショーケースに並んでそうな見た目だったか?? 激しく混乱する。

 

「ずいぶんと美味しそうなお化けだね……?」

 

「……は、はい……??」

 

 ただ、じっくり観察すればやはり異常なことには違いなかった。美味しそうなこの肉塊は、立ち上がった人間一人分ぐらいの大きさはあるし、しかもよく見ればジリジリと空木たちのいる方へとにじり寄ってきている。

 

「ち、近づいて来てませんか……!?」

 

「だね」

 

「ど、どうするんですか!」

 

「いま考え中」

 

「えぇ!?」

 

 のんびりしすぎているというか、もはや天然ボケをかましているようにしか見えない空木に動揺するマユミを他所に、ぐちゅぐちゅと音を出しながら。その肉の塊は人の形に「変形」した。

 

「「!!」」

 

 ただの肉じゃないとは思ったがそう来たか。異常性を発揮し始めた怪異に、口を半開きにして涙目になっていたマユミを見て、やはり落ち着いた様子を崩さず空木はキャラメルを1個食べた。

 

 そこからさも当然のように、彼女はカウンター裏から何か長い物を取り出した。何かと思えば、刃が向き出しの薙刀だ。怪物なんてものを見ておいて今更だが、非現実的な光景に今日何度目になるのか、マユミは目を剥く。

 

「!?」

 

「ま、見ててよ十二月田さん。こんなのはチョチョイとね」

 

 持っていたピストルを机に置き、空木は薙刀に御札を何枚か巻いていく。そして、両手でしっかりと得物を握り、野球選手か何かのように何度か素振りをして何かを確認し、店員が居るべき場所から出て、彼女はモンスターを正面に見据える。

 

 きれいなバッティングフォームを取って、にんまりと空木は笑った。それと同時に、いままで緩慢な動作を続けていた肉塊は、走って彼女に近づく。

 

「∞∆∨∶∇≯≤≡∣⊕≤∩∥≦∑∅∧∏!!」

 

 眠そうな顔だった彼女に、猛然と肉塊が躍りかかる。すると、空木は勢い良く薙刀を振るいながら叫んだ。

 

 

「ホォームラァン!!」

 

 

 刃物が当たった化け物は、閃光を放ちながら勢い良く爆散した。何が起こったかわからず、マユミは唖然とする。ふぅ、と軽いため息を一つ、空木は呟いた。

 

「ったく、売上が落ちるでしょーが!!」

 

「」

 

 え? そこなの?? 目の前で非現実的な動きを見せた謎の肉に、恐怖を覚えて震えていたマユミだったが。あまりにも呆気なく決着が付き、拍子抜けする。と、同時に、自分を助けてくれたこの女のどこかズレた怒りの声に、内心で突っ込まずにはいられなかった。

 

 

 

 




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怪異バスター兼コンビニ店員〜その2

ひっさびさにやる1日に2話の投稿。まぁ職業=深海棲艦より文字数は少ないし()


 

 

 

 たったの一撃で、華麗に肉の化け物を吹き飛ばして撃破した空木だったが。マユミにも手伝って貰いながら、彼女はせっせと後片付けを始める。

 

 ロッカーから塵取(ちりと)りとホウキ、バケツに雑巾を取ってきて、気持ち急ぎ気味に砕け散った肉片を集めて1箇所に寄せていく。

 

「ん〜……結局なんだったんだろうねこれ? 普通の肉じゃないんだろうけど」

 

「わ、私にはわかんないです……」

 

「んふふ、そーだよね。……にしても焼けたらいい匂いまでするとはね……」

 

 魔力を込めた刃物で叩き切って爆破した肉は、まるでバーベキューでもやったあとのような臭気を発していた。夜勤中だってのに、空きっ腹にキクなこれは。換気扇を最大稼働させながら、空木はため息をつく。

 

 おおむね全ての肉が集まり、床に飛び散った肉汁も拭き取ってきれいになったのを確認して。彼女は、今度は集めたゴミを囲むように、床にボードマーカーで魔法陣を書き始める。はて、この人は何をしているんだろうか。そんな顔をしていたマユミの前で、空木は肉の上で指を組み、呪文を唱えた。

 

焼灼(しょうしゃく)の四番·静粛(せいしゅく)

 

 空木がそう言うと。特にライターやマッチなんか持っていなかった彼女の近くのゴミから、真っ白な炎が湧いて出てくる。先程の爆発する斬撃もだが、妙な技術を持っているこのコンビニの店員に、眉根を寄せながらその様子を見ていたマユミに。空木は燃える肉から目を離して、口を開いた。

 

「コイツ変なことばっかして、絶対フツーの人間じゃないなーって思ってるしょ?」

 

「! え、ぁ……ぃや、そんな……」

 

「その考えは大正解。マユミちゃん、落ち着いて聞いてほしいんだ。一応、この町にこれからも住むわけだしね」

 

 適当に置いていた薙刀を隠していた場所に戻し、拳銃を元あった場所へ。物をしまったあと、果物ナイフぐらいのサイズの刃物を棚から出して、控室のテーブルに5つほど並べながら、空木は言った。

 

「嘘とか苦手だからさ、ぶっちゃけるね。人間じゃなくて、悪魔なんだ。私」

 

「…………………………………へ?」

 

 この日1日の出来事を脳が処理しきれなかったようだ。彼女の発言に、マユミは完全に固まってしまった。まぁ……そらそーなるわな、と空木は思った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 最初の方こそ怯えてビクビクしていたが、こう訳のわからないものを立て続けに見ると慣れるものもあるのだろう。マユミは真顔で空木のいれたココアを飲み続けていた。

 

 しかしまぁ、いつまでもここに置いとく訳にはいかないしな、と空木はそれとなくマユミに彼女の家の事などを聞く。返ってきた返事はおおよそ見当が付いていたが、やはり彼女は引っ越してきたばかりの家でも妙な減少に悩まされていて、帰りたくないのだという。

 

 勝手にテレビがついたり、電気がON·OFFを繰り返したり、ラップ音がしたり。聞けば、ベタな心霊現象が多発しており、少々心労が溜まっていたらしい。

 

 親は?と聞くと、彼女は父子家庭らしく、その父親も仕事の都合で夜遅くまで帰って来ないため、家でいつも布団に潜って震える毎日を過ごしていたと言う。可哀想に、と他人事ながら空木は心配した。家に居たくない、というのも無理はない。

 

 落ち着きを取り戻すにつれ、マユミは逆に機嫌が悪そうな表情になって空木の用意したお菓子に手を付け始めた。たぶん、なんで自分ばかりこんな目に、とか思っているんだろうなと考える。

 

「落ち着いた? マユミちゃん」

 

「えぇ、まぁ……私は、ここに居ても良いのでしょうか……」

 

「いいよ、何回も言うけどどうせ暇だし。あと、逆に大丈夫なの。その、明日の予定とか、宿題とか……そもそも私人間じゃないしね」

 

「……………最後については聞かなかった事にします。それに、ウツギさんの近くに居たほうが安全だと私は思いましたから。あと、学校は明日もお休みなんです」

 

「そっか。っていうか信じてくれるんだ。私が悪魔だって言ったこと」

 

「ウツギさんが魔法?を使うのを見ちゃいましたから……それに、助けてくれたから……」

 

「ん〜……褒めても何も出ないよ?」

 

「え、えと、そういう意味じゃ……」

 

 色々と話し込んでいるとマユミの表情もほぐれてくる。よかった、このぶんなら大丈夫そうかな。空木は大きく伸びをしながら、口を開く。

 

「今日はキリの良いところで帰りなよ。家で寝るのが怖いって言うなら、私の友達に言ってどーにかしてもらうから」

 

「その人も、悪魔、なんですか?」

 

「うん。言っておくけど私より強いから頼りになるよ。あとけっこうイケメンだからね!」

 

「へ、へぇ……?」

 

 あまりにもサラリと言ったがこの町にはそんな悪魔とかが普通に複数人居るのか……。とはいえ目の前に居る人物に害はないと判断しているマユミは、強引に納得しておく。

 

「怖くなったり、暇だったらまた会いに来てね。またお話しよっ。住むんだったらこの町のこと、知っておいたほうが良いと思うし。今日はもう遅いしさ」

 

 話しながら、空木は壁掛け時計を指差す。マユミが見たとき、針は深夜の12時を指していた。

 

 ウツギさんの言うとおりだ。先程の妙な物体を除いてここ数時間で誰も客なんて来なかったから暇なのは事実だろうけど、居座ってても迷惑になっちゃうな。そう思って椅子から立ち上がったその時。

 

 ゴアッ ガシャァン!!

 

「ひゃあぁぁ!?」「うわ……今度は何さ?」

 

 先程のドアが勝手に開いたりといった物とは明らかに違う。ガラス張りの壁が破壊されたような轟音が入り口から響いてきて、2人は何事かと音の方向を見る。すぐさま空木は走って様子を見に行った。

 

 「ちょっと、マズイかな。」 見の危険を感じてその場から動かなかったマユミの耳に空木の声が届く。何がどうヤバいのか。ゆっくりすり足で彼女の元へ行くと、コンビニの入り口が車でも突っ込んできたような具合に破壊されている。

 

「え、え、ぇ、ぇぇ」

 

「隠れてて十二月田さん、さっきよかヤバげだから」

 

「は、ひゃい!」

 

 いつの間にか、彼女は机に置いていた刃物を幾つか手に持っていた。飄々(ひょうひょう)とした態度から一転し、真顔になっていた空木の言うことに従い、マユミはカウンター裏にしゃがんで身を隠す。

 

 コツン、コツンと、静かな何者かの足音が聞こえてくる。店内は内線のラジオ等で客は居なくとも賑やかではあったが……嫌にその音は、空木とマユミの耳に残り続けた。

 

 爆弾か何かで扉を吹き飛ばしたのか、うっすらと土埃の舞う壊れた入り口を潜って姿を表したのは、1人の女だった。とーぜん、お客様じゃ無さそうだな。じっと相手から目を逸らさず、空木は制服の袖にナイフを隠す。

 

 この状況で言うには場違いだろうが、綺麗な容姿の女だった。

 

 自分((ウツギ))のようなものとは違う、人間らしさを残した白い肌。長い赤髪と、眼鏡の奥の、宝石を思わせる赤い瞳。服装は黒いドレス姿なのが、この女の色気と白い肌の美しさを引き立てている。しかしその縦に裂けた瞳孔が、この女がヒトからは外れた動物であるらしい事を主張していた。

 

 吸血鬼。女の外見に、そんな言葉が空木の脳裏に浮かんだ。

 

「隠れていてもわかる……ケガレのない生娘の匂いだ……差し出しなさい、その首を…………」

 

「……………………。いらっしゃいませー」

 

「それに引き換え、お前はなんだ? まるで無味無臭だ……こんなに食欲のソソられない血の匂いは初めてだ」

 

 不遜(ふそん)な態度で女は言う。察するに、先程の怪物をマユミに差し向けたのはコイツか? 空木は無表情のまま対話を試みる。

 

「さっき、女の子が駆け込んで来たんですがね、変なもの差し向けたのはお客様でしょうか?」

 

「へんなもの……へんなものか……全く使えない下僕だった…………まさかあそこまでニブい動きしか出来ないとはねぇ」

 

「……あんなモンが部下ですか。趣味悪いですねお客様」

 

「ふふふ、言ってくれるじゃあ、ないか‥…………」

 

 何が楽しいのやら。女は両手を広げて深呼吸をしてから、口を開いた。

 

「私こそは全知全能にして夜を統べる吸血鬼、アグラーヤ·ヴァザロフ。その名を忘れることは誰であっても許されない―――」

 

 …………………………。

 

 しん、と店内は静まり返る。

 

 ナルシストかなこの人? 奇しくもこの時、この女の名乗り口上を見て。空木と、目元だけ机から出していたマユミの脳内に巡った感想は一致していた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 スウウゥゥ、と音が聞こえるぐらいに深く深呼吸をする女に空木は目を細める。演劇か何かを思わせる大振りな仕草の自己紹介だったが……時間が立つにつれて、マユミはこの女の周囲に漂うただならぬ空気感に気圧されて、また恐怖を覚える。こんな殺気、人間が出せる物じゃない。意図せず体が震えるのが自分でもわかった。

 

「平伏しなさい小娘ども。貴女は私にその血を捧げるための生き物なのよ……」

 

「……はぁぁぁぁぁ〜……またか」

 

「!?」

 

 いや、「またか」って何またかって!? 吸血鬼よドラキュラよヴァンパイアよ、なんで平然としてるのこの人! 詳しくはわからないが、素人目にもこの女はさっきの肉なんかとは比べ物にならない脅威なのを本能的に察知したマユミは、なおも平然とする空木のことも恐ろしく感じる。

 

「ここコンビニですよ、血を求める前になんか買ってってください。変なことするなら追っ払いますよ」

 

「ほぅ、今から干からびるというのに、私を前に戯言(ざれごと)を。なかなか見どころがあるな、小娘」

 

「だいたいね、アナタ自分が不審者だって自覚してる? フルネーム名乗っちゃってさ、アグラーヤ·バザロフさん?」

 

「…………「ヴァ」ザロフだ」

 

「ばざろふ?」

 

「ヴァ!!」

 

「どうでもいいや」

 

「な ん だ と ?」

 

 いや、どう見たって買い物に来た人じゃないよぉ……。震えながらマユミはとぼけている空木と、吸血鬼とのやり取りを眺める。

 

「度胸がある小娘だ……我が眷属(けんぞく)として飼ってやる事も考えたが気が変わった。目障りだ、この手で新鮮な肉骨粉に変えてやろう」

 

「日向ぼっこしながら仕事するのが日課なので、そんなんこちらから願い下げですね」

 

「きっ、貴様……まぁいい、泣いて後悔する事になろうと、私は手加減など―――」

 

 

「魔砲の二十七式·拒絶(きょぜつ)

 

 

 吸血鬼が言い終わらないうちに、空木は両手を合わせてそう言った。すると、彼女の指先から青い光線が放たれ、アグラーヤと名乗った女は小規模な爆発とともに飛んでいく。

 

 壊れた自動ドアの方へと物凄い速度で吹き飛ばされた女を見て、空木は音楽を流していたスマートフォンを手に取る。何かの操作を済ませると、彼女は私物のそれをマユミに手渡して言った。

 

「電話帳開いたから、警察に電話して。大丈夫、化け物がコンビニに来たって言えば伝わるから」

 

「えっ、え、ぇぇ……!?」

 

「ほら早く。心配しないで、110番すれば世の中のことはだいたい何とかなるから!」

 

 問題はない、とはにかんで見せる空木に不安に思いながらもマユミは携帯電話を取った。それと同時に、外へ投げ出された女が戻ってくる。

 

 起き上がるなり、弾丸のように突っ込んできた相手を見切り、空木は床に御札を1枚貼り付ける。すると、薄い黄色の膜のような半透明の壁が現れ、吸血鬼の突進を阻んだ。一度女の攻撃を阻んだ障壁はすぐに消え、続けざまに空木は敵の顔目掛けて刃物を投げる。少し避けられたが、ナイフは正確に吸血鬼の首筋を捉え、肉を断った。しかし血が流れていても、あまり相手は気にしている様子がない。

 

「ふふ、ふは、アハはハハハ! 小娘が、私に向かって何度も舐めた真似を……!!」

 

「いいからちゃっちゃと来てください。どうせ、ブチのめされるのは貴女だ」

 

「ンフフフフ……私のために血を流せぇ!!」

 

 今しがた投げつけたナイフの傷はもう塞がっていた。浅かったのかと考えたが、だが流れ出た血液の量は多かったから結構深かったはず。なるほど、吸血鬼、というのはフカしてる訳じゃなさそうだな。猛然と殴りかかってくるのを、商品棚や壁を上手く使って相手の攻撃を避けつつ、空木は分析する。

 

 切り傷や軽めの魔砲じゃ、あまり痛そうにして無かったし、それなら刃物使うのも殴るのも大差なさそうね。今更武器持ってくるのも面倒だし……じゃ、殴り合いに付き合うか。早々に結論づけて、彼女は動き始めた。

 

 店内の構造はもちろん知っているので地の利は空木にあった。彼女はパンチをすかして棚や商品に()(つまづ)く相手に、じゃれる程度のチョップや軽い蹴りを入れる。痛くも痒くもないそれを受けて、この吸血鬼の眉間にシワが寄り始めたのを確認する。

 

 喧嘩を売ったはいいが、ただの人間ではない。それを察したのか、こころなしか、空木は襲いかかる吸血鬼の動きにためらいが出て来ている気がした。

 

 だんだんと、この女の顔から笑顔が消えていく。空木はイートインスペースにあった机を持ち上げて盾にし、殴りかかってきた相手を軽くいなす。女の拳が当たった調度品は粉々に砕け散ったが、空木は涼し気で余裕そうな態度を崩さずに敵の攻撃を避け続けた。

 

「トンボ、クモじゃないんだ、ヒトと同じ形してんの、人の目なんて視野は限られてんですよォ!」

 

「っ、ちぃ!!」

 

 ただただがむしゃらにこちらを殴り付けてくる単調な相手に、ますます空木は笑みを濃くする。

 

 さて、そろそろ反撃の頃合いかな。唐突に回避を優先していた動きを切り替えて、彼女は吸血鬼を相手に攻めに転向した。

 

 こちらの皮膚をえぐり取ろうと力任せに振り下ろされた爪を掻い潜り、手始めに女の顎に肘を入れる。急な動きの変化についていけずに一撃を貰った吸血鬼が動揺したのを見逃さない。

 

「ごっ!?」

 

「もいっちょ!!」

 

 多少仰け反った相手に、今度はみぞおちを狙って殴る。起き上がりこぼしか何かのように、狙い通りに今度は反対側に来た頭にパンチでもしようかと空木は考えた。が、腐っても吸血鬼。優れた身体能力で立て直し、また相手は反対の手の爪を立ててこちらを狙ってくる。

 

 だが空木は、大人しくそんな大振りな攻撃を受けるつもりは無かった。彼女はいきなり制服のポケットに手を突っ込み、休憩中に食べた飴の包み紙を適当に放り投げる。

 

「???」

 

 あぁ、やっぱり狙い通り。この気の抜けない時だというのに。この吸血鬼の類まれな反射神経が、マイナスに作用した。女は反射的に、そのゴミを目で追ってしまったのである。これ幸いと、空木は仕返しとばかりに大きく振りかぶって右ストレートを顔面に叩き込んだ。

 

「てやっ!!」

 

「うぼぉあっ!?」

 

 勢いのついた拳は、この女のかけていた眼鏡を叩き壊し、その鼻っ面に深々と突き刺さる。

 

 たかが一人の人間相手に苦戦している自分自身に相当困惑しているのか。思わず殴られた鼻を抑えて後ずさりした吸血鬼に、空木はお構い無しに畳み掛ける。彼女は机を挟んで距離を取った相手へ、それならばと、テーブルに片手をついて飛び越えるついでに女の脇腹へ両足で蹴りを入れた。

 

「ていっ♪」

 

「おぉ゛ぁぁ!?」

 

 一瞬とはいえ顔を抑えたのがまずかった。空木の動きから目を逸らして対応が遅れた吸血鬼は、強烈な一撃をもらって本棚に体を打ち付ける。

 

 ありえない。自分がこんな小娘如きに遅れを取るはずが――とか、考えてそうだなこれ。ふらついた足取りから一転して、逆上しながら女は駄々でもこねるように散乱した雑誌やら何やらを投げつけてきた。

 

 流石は吸血鬼といったところか。本とはいえ、人外の腎力で投げられたものは建物の建材にヒビを入れるような速度で飛んでくる。至って冷静に回避しながら、空木は再度こちらへ突進してきた女をいなす。

 

 やっぱりこの人、身体能力に任せてばかりで喧嘩は下手だな? 内心で彼女はため息をつく。何度目かはわからないが、冷静に彼女は女の体当たりを避けた。すると、その吸血鬼は壁に頭がはまって動けなくなる。そろそろ一方的に殴るのも嫌になってきた空木は、決着をつけるべく行動を起こした。

 

 もがきまくっている相手をよそに、彼女は右手の掌の指をぴんと伸ばして広げると、反対の手で手首を強めに握った。壁から頭を抜くのに躍起になっている女を、のんびり眺めていると。空木の右手は、時間の経過とともに光を帯びていく。

 

 そろそろかな。などと空木が考えたところで、吸血鬼は壁を叩き壊して対処した。血だらけの頭に、怒りがありありと浮かんだ表情をつけて、やはり馬鹿の一つ覚えのようにまた突進してくる。彼女は難なく回避したが、多少は学んだか、女は靴のソールが削れるような勢いで強引にブレーキをかけて空木に向き直る。が、少し遅かったようだった。

 

「魔砲の五十三式·光弾(こうだん)

 

 空木は掴んでいた右手を、ぱっ、と離した。すると、手のひらに集まっていた光が吸血鬼の方へと発射される。それは小規模な爆発を伴って、女を店外へ向かって吹き飛ばした。

 

「み°っ」

 

 なんとも間の抜けた声を出しながら、吸血鬼は豪快にガラス戸をぶち破って外に投げ出される。コンクリートの地面に強かに頭を打ち付けた相手へ、空木は今の複数回のやり取りでめちゃめちゃになったイートインスペースを見渡しながら、余裕綽々なのを見せつけて口を開く。

 

「まったくもぅ、昨日掃除したばかりなのに、これじゃ台無しだぁ……」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 眼前で繰り広げられた2人の攻防にマユミは唖然としていた。アクション映画か何かを見ている気分で、まるで現実味がない。口を開けたまま、滅茶苦茶になった休憩スペースに仁王立ちしている空木に近寄る。

 

「まったくもぅ、悪質なクレーマーだった……」

 

「う、ウツギさん……」

 

「あ、大丈夫だった? 怪我とかない?」

 

「は、はい、私は……」

 

「そっか。通報は済ませた?」

 

「はい! …………え、えと」

 

「あぁ、壊れた店のことは気にしないで。多分もうちょっとで……あ、居た」

 

 服が焦げて白目を向いて倒れている吸血鬼なんて知らないフリをして、空木は店の外に出て、建物の上を見ながら手を降った。

 

「エイムくーん! 出て来ていーよー!!」

 

「承知した」

 

 気になって同じく出てきたマユミの前に、1人の男が、店の屋根から軽い身のこなしで降りてくる。

 

 肌の色さえ除けば普通の人間らしい見た目のウツギとは違う。黒い着物と頭巾に、灰色のネックウォーマーと顔がよく見えない、周りが薄暗いのもあって怪しい雰囲気が漂う格好の男だ。おまけに背中からカラスのような真っ黒な鳥の羽みたいなものが生えている。明らかに人間ではなかった。

 

「ひゃっ!?」

 

「おっとウツギ殿、こちらのお嬢さんは」

 

「今言うよ。マユミちゃん、この人ね。さっき言ってた友達って。たぶんこのヘッポコ吸血鬼なんかより遥かに良い人だろうから安心していいよ」

 

「マユミ殿、でござるか。拙者、ウツギ殿と同じくこの町で気ままに人助けに生きる悪魔、エイム·リテンと申す者。以後、お見知りおきを」

 

「ど、どうも……?」

 

 会話の最中、パトカーのサイレンの音をマユミは知覚した。そこから数分もせず、またたく間にコンビニの駐車場は2、3台の車のランプでにわかに明るくなった。

 

 え、え、これ見られて大丈夫な物なの?? そう思っていたマユミを他所に、堂々としていた空木とエイムのところへ、車から降りてきた警官が敬礼してから近くに来る。

 

「お疲れさまです空木さん、エイムさん。大丈夫でした?」

 

「どーもー。すみません、こんな遅くに……なんか吸血鬼とか言ってくるヤツに襲われちゃって」

 

「うわっ、またですか。大変ですね」

 

「警察の方々に比べればなんてこと無いですよ。あ、手錠は一応暴れないように銀製ので」

 

「了解です。エイムさんと、こちらの女の子は?」

 

「あ、いや今日対応したのは私だけなので、エイムくんとこの子は無関係です。たまたま買い物に来てただけなので」

 

「そうですか。本当に、協力に感謝します」

 

「いえ、どういたしましてー」

 

 ずいぶんと慣れた具合に警官と話している空木の隣に、今度は護送車みたいなバン型のパトカーまで来る。打ち合わせか何かが終わり、警官らはせっせと倒れていた吸血鬼に手錠をかけると、担架に乗せて連行していった。

 

 ????? 嘘でしょ、もしかしてここの警察の人たちには「これ」って普通の事だったりするわけ??? ぐちゃぐちゃになっていた店の方には目もくれず、事後処理を済ませて引き上げていく警察にマユミは目を丸くする。

 

「アディオスでござる。吸血鬼のご令嬢」

 

「令嬢、ってほど教養無さそうだったよ?」

 

「拙者が手合わせした訳ではござらんからなぁ。でも、ウツギ殿がそう言うのならばそうなのでしょうな」

 

「ん。じゃ、お店の修理よろしくね。どうせこの時間で客なんて来ないし」

 

「任された」

 

 空木の言ったことに返事を返すと、エイムは大きく伸びをしてから、顔をぱんぱんと軽く叩いて店の方へと歩いていった。

 

「さ、帰ろっか。マユミちゃん。面倒事に巻き込んじゃったからさ、送ったげる」

 

「……………ウツギさん」

 

「ん」

 

「いつも、こんな感じなんですか?」

 

「ん〜」

 

 少し考え込んでから、空木は答える。

 

「この間よりマシだったかな」

 

 あぁ。忘れられない思い出が沢山できそうなところだなぁ。

 

 彼女の返事に。マユミは気が遠くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みんな戦闘シーン好きでしょ? 俺も好きだからぶち込んだ。


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フェレス・ザ・クレイジードライバー〜その1

PriPriZX様、ご参加ありがとうございます!!


 非番の日は決まって、お気に入りの喫茶店に2時間ほどお邪魔させてもらい、ノートパソコンでライティングの仕事をするのが空木(うつぎ)の日常だった。

 

 空気中に充満する魔力が時たま作り出す空間の(ひず)みから、この町には怪物からオバケ、平行世界の住民まで色々な物が紛れ込む。

 

 そういった物から市民を守ったり、彼ら彼女らが帰る手助けをするのが悪魔である彼女の本来の仕事だが。それは一応秘密ということになっており、表向き、日銭を稼ぐために空木はwebライターとコンビニのアルバイトを掛け持ちしていた。

 

 抹茶ラテで軽く喉を潤しながら適当にキーボードを叩く。

 

 自分の仕事の経験を活かして、オカルト関係のトンデモ話なんかのストーリーを他のライターへ提供したり、その筋の雑誌へ寄稿することが彼女は多かった。読んでくれている人からすれば、ずいぶんとこの人(ライター)は怪談やおとぎ話に造詣(ぞうけい)が深いな、程度に思うだろうけど。実際に起こってることを知ったらどう思うだろう、などとふと考える。

 

 試験勉強中の学生や、夫に隠れて贅沢していそうな女性、電話でできる仕事の打ち合わせをしているスーツ姿の男性等々。周囲が程よく騒がしいのが、なんの物音もなく静かなよりは集中力を高めてくれる。たまに漂ってくるコーヒーやお菓子の香りも楽しみつつ、空木は執筆を続ける。

 

 提示されていた文字数も少なく、得意なジャンルという事で程なく副業は終わる。さて、後は家で見直してから送信するか。そう思い、なんの気無しに外を見たとき。ガラス張りの壁の奥に、見知った顔を見つけた。

 

「お、やっと来た」

 

 気づくかな? 空木は座ったまま、ひらひらと手を振った。外に居たのは、前に自分に助けを求めてきた女の子。十二月田(しわすだ) まゆみだ。

 

 キョロキョロしていた彼女だが、空木と目が合い、そのまま店の中に入ってくる。その傍らには、彼女の父親だろうか、背の高い中年の男性の姿もあった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「はじめまして、深尾 空木です」

 

「まゆみの父の十二月田 (いさむ)です。数日前の事は本人から聞きました。本当に、ありがとうございます」

 

 参ったなぁ、できればマユミちゃんと2人っきりのが話しやすかったんだケド。ま、来ちゃったならしゃーないか。暗い色合いの服をかっちりと着こなし、あまりカジュアルさを感じさせない服装のマユミの父に、ビジネススマイルを向ける。

 

「えっと、どこまで聞きました。娘さんから」

 

「妙な怪奇現象に見舞われるというのは、実は私も同じでした。それが嫌で、家から離れてこの子は外で遊んでくるのが日課になってたんです……そんなとき、妙なものに追いかけられて貴女に助けていただいた、と」

 

「それだけ、ですか?」

 

「……貴女が、悪魔を名乗っている、と言うことも」

 

「なるほど。……長くなるでしょうし、何か頼みませんか? お昼とか済ませてます?」

 

「え、ぁ、いえ?」

 

「じゃあ何か食べましょう。ここのカツサンドが絶品なんですけど、いかがですか」

 

 真面目な話の中で、半ば強引に空木は会話の主導権を握る。というのも、暗い話が嫌いな彼女の性格の問題もあった。

 

 話し中のとき、何度かマユミに目が行った。なにか食べよう。自分がそう言ったとき、にわかに表情が明るくなったのを見て、やっぱり高校生でもまだ子供だな、などと思う。同時に、急な話題の切り替えにたじろぐこの男性に、やっぱり親子なんだな、とも感想を抱いた。

 

 

 

 

 トーストやらバターロールやら、頼まれた物を平らげて3人は軽めの昼食を終える。おかわりした飲み物を啜りながら、空木は口を開いた。

 

「何からお話しましょうか。前にあったこととか、この町の事とか、話せる範囲で言いますが」

 

「山程ありますが……私からは言いません。そもそも、今日はまゆみが貴女と会う約束をしていると聞いて、お礼を言いたくて同行しただけですから。まゆみ、いいぞ」

 

「うん……あの、空木さんは、なんでこの町に居るんですか?」

 

 うわぉ、すごいの最初に持ってきたな。ちょっぴり背中側に仰け反りながら、空木は答え始めた。

 

「長くなるけど……まずはじめに、この町の歴史を言う必要があるんです」

 

「歴史?」

 

「えぇ。勇さんは、「古戦場」って聞いて、パッとどういったものが浮かびますか?」

 

「古戦場、ですか……戦国時代に合戦があった場所、とかですかね。歴史的に価値がある公園、とか」

 

「まぁ大体はそうでしょうね。ここもそうなんです。まぁ、やっぱり普通とは違うんですが」

 

 自分のカバンから手帳を取り出しながら、空木は続ける。

 

「今から言う事は、事情を知らない人間には気の狂った与太話としか思えないと思うんです。それでも時間取っちゃって、マユミちゃん、大丈夫かな?」

 

「ぜひ、聞きたいです!」

 

「そっか……大昔、それこそ戦国時代とかよりも前の時代に、ここは悪魔と天使が戦争を行った場所なんです。実はそういった場所ってこちらの世界では各地に点在してるんですけど、ひときわ激しいモノがあったのがココです」

 

「悪魔と天使……」

 

「魔力っていって、言い換えると人の体にも流れている「生命力」みたいな物質があるんです。普通の人は微力なんですけど、例えば霊感が強いとか言われる人ってこれを結構持ってるんです。具体的には普通の人が5ぐらいなら、霊感ある人は30とか40あったりします」

 

 紙にボールペンで棒人間を描きながら、空木は言う。

 

「でも悪魔とか天使ってその比じゃないぐらいあります。100とか200とか、場合によっては1000とかね」

 

「すごい差があるんですね……」

 

「えぇ、で、本題はここからです。戦争だから、やっぱり死人が出るわけです。すると、この魔力っていうのは傷から血が出るみたいに、死体から漏れ出ていくんです。あとマユミちゃんが見たと思うけど、魔力のある者が魔法を使ったりしても、同じく空気中に一定量が拡散されます」

 

「へぇ……するとどうなるんですか」

 

「悪魔が一人、何発かぶっ放す程度じゃ問題じゃないんです。海に絵の具一滴垂らしても色とかに影響がないように、何も起きません。でも、かなり激しい戦争だったそうで、お互いに魔法も沢山撃ち合ったし、死者も結構出たらしいんです。すると、膨大な魔力が空気中に拡散されたわけです」

 

 結果どうなったかと言えば……。空木は手帳に水の入ったコップの絵を描く。

 

「理科の授業とかで、水溶液の実験ってあるじゃないですか。水に溶ける塩の量は決まっていて、ある一定を越えると溶け切らないで粉が沈んでいく。同じ事が魔力にもあって、これは空気に溶け込んで同化する性質があります。だけど、一定量を越えると溶け切らずに、余ったモノ同士が結合を始めるんです」

 

「えぇと、目には見えないんですよね? その、魔力、って?」

 

「だから厄介なんだ。この、いわば仲間外れになった魔力は集まっていって、これも一定の量がたまると悪さをします」

 

 筆先でぐるぐると渦を描いて、空木は真顔でつぶやく。

 

「この魔力は空間に穴をあけるんです。そして、漫画に出てくるような並行世界ってものと、この世とを繋ぎます」

 

「!!」

 

「勇さんには察していただけたと思います。この穴……私は窓と呼んでいますが、これを通って別次元の動物とか、人とか、それこそ悪魔とか天使とかおばけとか色々こっちの世界にお邪魔してくるわけです。もちろん、害のないものが来たりもしますが、この間マユミちゃんに襲い掛かってきた吸血鬼みたいな、悪さするやつも居ます。そういったものから人間の皆さんをお守りするために、魔界から派遣されてきてるのが……私です」

 

 だいたい言ったよな。一呼吸置くため、空木は抹茶ラテを口に含んで背もたれに体重をかける。

 

 普通に考えれば空想もいいところだが、マユミは実際に眼前の人物が魔法を使うところを見ているし、親の勇にしても怪奇現象については遭遇している。ふたりとも難しい顔になっていたが、先にマユミが口を開いた。

 

「空木さんが、魔界?って言うところから来た理由はわかりました。でも、あのぅ……」

 

「遠慮なく聞いてくれていいよ。変なことでもぜんぜん、答えるし」

 

「……あ、あの……なんで、悪魔さんなんですか。こういうのって、天使さまが来るんじゃあ」

 

 ……優しい子だな、やっぱり。失礼だと思って質問を取りやめようとする素振りを最初に見せたマユミに、空木は笑顔で応える。

 

「それもね、その大昔の戦争のせいだよ。結論から言うと、私の遠いご先祖様が戦争で負けたの。結果は天使が勝ったみたいで、いまでも責任を取らされてるとゆーか」

 

「はぁ……なんだか人間と同じで世知辛いんですね」

 

「ですね(笑)」

 

 内容こそ悲壮感が漂っていたが、発言する女がどこか楽しげなので全くそんなように見えず。マユミと勇は不思議に思う。にんまりとしながら、空木は続けた。

 

「あと、この世界の人たちが思うような生き物じゃ無かったりしますよ、少なくとも私の知ってる悪魔とか天使って」

 

「それはどういう?」

 

「こう、神の手足となって人を導く天使、とか、契約の代償に手足をもぎ取って願いを叶える悪魔、とか。よく聞く話ですが、それこそ私にはおとぎ話ですね」

 

「……たしかに、空木さんって私にはただのお姉さんにしか見えないです」

 

「でしょ。正直な話、さっき言った魔法が使えるか使えないか程度の違いだと思いますよ。私は生物学には疎いので、あまりわかりませんが」

 

 確かに、こうやって話していても別に違う倫理観を持ち合わせている訳でもなく、食べ物なんかの趣味嗜好(しゅみしこう)も普通。ときて、親子2人の中での「悪魔観」が崩れる。

 

「それにスゴいのたくさん居ましたからね。詐欺師やってる天使とか、こっちで言うマフィアとかヤクザにあたる天使も居ますし」

 

「え、えぇ……?」

 

「もちろん良い人も居ますけどね。逆に私の知人で、こっちの世界で看護師やってるヤツ居ますよ」

 

「あ、悪魔が看護師……??」

 

 マユミの脳内に、頭上に輪っかがあって、背中から羽が生えているヤクザやスーツ姿の胡散臭い男が現れる。一般的な神話とか童話で聞くような話からかけ離れている空木の弁に、思考がかき乱されるような感じだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 話す事も無くなり、3人は会計を済ませて店をあとにする。普通にそれぞれ別会計でいいかと空木は思っていたのだが、勇が娘の恩人だから全額払うと言って聞かなかったので、じゃあいっかと代金を彼に出してもらった。

 

 駐車場に停めていた自分のワゴンRに乗り込む。空木のその様子を見ていたマユミには、本当に何から何まで普通の人と変わらないな、なんて思われていた。因みに偶然だが、勇がゴルフを停めていたのがその隣だった。

 

「今日は色々ありがとうございました。ここのカツサンド、教えていただいてありがとうございます。美味しかったです」

 

「いいえ〜。マユミちゃん、夜はあまり出歩かないようにね。一応エイムくんに見てもらうよう言ってあるけどさ」

 

「き、肝に命じておきます」

 

 他愛ない会話をしているその時だった。なんの気無しに、マユミが大通りの道路に目を向ける。信号待ちをしていた、外国製の高級車が目に入った。

 

 娘が変なところを見ているのに気づき、勇が同じ方向を見た。「ほぉ〜」 彼はため息をつきながら、口を開く。

 

「すごいな、ロールス・ロイスだ。しかもオープンカーか」

 

「ろーるすろいす?」

 

「高級車ですね。とんでも無く高いヤツ。珍しいな、初めて見ます」

 

「えぇ、私も実物見るのは初めてですよ」

 

 ふと、空木の目が十二月田家のゴルフに向いた。ここ数日雨が続いていたのに綺麗なあたり、こまめに洗車しているのか。別に詳しく無いが、格好の良いホイールも履いている。どうやらこの父親は車好きと見える。ならあんな滅多に見れない高級車、気になるよな、とまで考えたときだった。

 

 オープンカーなので、ドライバーと、助手席に人が乗っているのが誰の目にも明らかだった。確か数億円の車だから、よっぽどハイソサエティな階級の人間なんだろうな、なんて思っていた空木の目が、助手席に居た人間に釘付けになる。

 

 気のせいだろうか。スーツ姿で頬がこけていた痩せ型のその男はサングラスを掛けていたのだが。その奥の瞳に生気が感じられないように見えた。

 

「………………。」

 

「いつか、1度でいいから乗りたいもんだなァ」

 

「そーぉ? 何がいいのかわかんないよ」

 

 運転席に居る、長い黒髪が目を引く美形の女の方も見る。口許が緩んでニヤけているようにも見えなくない……どうしてだろうか。空木には、その女の笑みが何か邪悪な物に見えた。

 

 

 

 




いつも1万文字で投稿してたものだから半分単位で投稿するのが新鮮に感じるゾ……


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フェレス・ザ・クレイジードライバー〜その2

一晩明けたら応募がたくさん来てて笑いました。大急ぎで描きますので参加者の方々は少々お待ち下さい。


 

 

 十二月田一家との喫茶店のやり取りから丸3日が経過する。自宅でクライアントへ出す記事の構成を練りながら、空木は魔界に提出するための日誌も進める。

 

 だいたい週に2回は起こるトラブルの対処をする彼女とその友人であるエイムだが、ここ数日間は至って平和な日々が続いていた。あまり期限の早い仕事ではないのもあって、空木は一旦休憩のためにキーボードから手を離す。

 

 少し前に。警察から、自分が突き出した吸血鬼、アグラーヤについての調査結果が届いていたので目を通すことにした。

 

「どれどれ」

 

 つけっぱなしにしていたテレビの音量を下げ、文章を見る。彼女にしてみれば、予想通りというべきか、既視感のある事柄がつらつらと書かれている。

 

『血液型や骨密度などの体組成·身体能力に、平均的な吸血鬼と同等の数値を確認。未知の細菌·疾患による、ヒトとの共生においての危険は見られず。この結果を踏まえて、脅威度を下げ、以後、銀製品を利用した吸血鬼向けの施設へ収容。その後、悪魔·天使の支援の元、当施設にて就労支援を行うものとする』

 

「…………。素直に言うこと聞くのかな、あの人」

 

 当施設にて就労支援を行うものとする。よほど抑えの効かない者以外に適用されるテンプレートの文章なのだが、その最後の文が引っかかった。

 

 正当防衛だったが、自分も加担したとはいえ、コンビニ内部を破壊したアグラーヤの事を思う。尊大な態度と人間を見下す価値観、なんだかズレたセンス。空木もよく知る、典型的な「元の世界ではブイブイ言わせていた」タイプの行動そのものだった。

 

 自分とは別世界の悪魔や天使、今回のような吸血鬼。珍しい例で言うと、魚人とか宇宙人のようなヤツが過去にこんな具合だったな、と彼女は思う。

 

 最低限、進めなければいけない程度には書類も進めたのであと今日はもう遊ぼうかな、なんて考えていたとき。書斎の固定電話が鳴り、誰だろうかと受話器を取る。番号を見ると、自分も協力している警察からだった。

 

「もしもし、何かトラブルでもありましたか?」

 

『夜分遅くにすみません。少し、ここ数日気がかりな事件がありまして、空木さんからのアドバイスが頂きたくお電話しました』

 

「アドバイス、ですか。その事件とやらについて詳しく」

 

 話が長くなりそうなのを予見して、首に子機を挟みながら、空木はスナック菓子の袋を開けてソファに座り直す。

 

『最近ちらほらと町で行方不明者が出始めているんです。その、言い方は悪いのですが気にすべきかどうなのか、微妙な数でして……』

 

「認知症の方が散歩して保護された、とかではなく?」

 

『えぇ。今日でもう3人目なのですが……30〜40代の中年男性の行方がわからなくなっているんです。これといった持病なども無い、健康な方ばかりで……あと、行方不明者には何個か共通点がありますが』

 

「? それはどんな」

 

『いずれも独身の方だということです。それにこの町の住民の大半は、貴女がいる事を知っているのは承知だとは思いますが、もうここに住んで長い方です。わざわざ危ない夜に出歩いたりする訳がないと思うんですよ』

 

「ん〜…………確かに聞いている分には、その人らの失踪なんてゆーのは作為的なモノを感じますね」

 

『やはり、また窓から来た者が何か企んでいるのでしょうか』

 

「残念ながら、まだ判断するのは難しいでしょうね。その、男性3人が姿をくらました間隔とかは?」

 

『およそ1週間単位です。なので、最初に捜索願いが出た方については、もう1ヶ月近く失踪しています』

 

「3週間、か……」

 

 マユミちゃんと知り合うよりも前、ね……。ホワイトボードになっている壁に、空木は情報を整理していく。

 

『この話について聞きたかったのもそうなんですが……言いにくいのですが、もう一つ、気がかりな事が』

 

「どうぞ。私なんかで良ければ話してください」

 

『そう言って頂けると嬉しいです……もう一つというのが、最近町中で出没するようになった不審な車の事でして』

 

「不審なクルマ」

 

『はい。あの、空木さんは「ロールスロイス」っていう高級車をご存知ですか』

 

「!」

 

 前に、喫茶店の前で見かけた車を思い出す。滅多に走ってるような物じゃないし、アレの事だろうかと空木に電流が走る。

 

「もしかして赤いオープンカーですか?」

 

『あぁ、そうですそうです! 知ってましたか、なら話が早いです』

 

 空木の発言に少し嬉しそうにしながら、受話器の奥の警察官は話しはじめた。

 

『なにせあまり見ないような派手な車でしょうから、結構有名になってたんです。ちょっと気になって、好奇心で後をついていってみたんです』

 

「……何やってんですかアンタ」

 

『ははは、あ、いや、オフの日に自分の車でなんですけど……のんびりと後をついてって、変な事が』

 

「変って何がです」

 

『それが、追いかけているうちに「消える」んです』

 

「消える?」

 

『ええ。追ううちに、普通なら最後は行き止まりになっている路地に入って、そこでプッツリと姿を消すんです。見間違いかと思って何度か日を改めてやってみても、やっぱり消えるんですよ』

 

「へえ…………」

 

 考えられる事は、別の空間同士を繋げる移動魔法を使ってるのか? 警官の発言に彼女はメモ帳をめくる。

 

 空木と一緒に現世へ来て働いている悪魔は、この町には全部で5人ほどだ。もちろん、その中にロールスロイスなんて乗っている者は居ない。たまに応援でやってくる天使もいるのだがその中にも居ないから、警官の言うことが本当なら十中八九、あの運転手の女はこちらに迷い込んできた、魔法を使える何者か、と考えた。

 

『問題はここからです。件のロールスロイスは女性が運転しているのを多くの方が目撃していて、大半は助手席にサングラスやマスクを付けている男性が乗っていたそうなのですが……その人物が、行方不明者の顔に似てるんです』

 

「!!」

 

 確かに乗ってたよな。なんだか頬の肉が削げ落ちた、げっそりした男が隣に…………。受話器を握る手が、汗で湿るのを知覚する。

 

『その、一緒に行動して普通に買い物してたりしているそうで、その女性と男性に何もおかしなところは無いんです。それどころか仲睦まじくお話している所も確認されていますから、ただの夫婦か知人同士なのでしょうが……』

 

「……えぇ、それで」

 

『なんだか、引っ掛かるんです。空木さん。この2つは、関連性があると見るべきでしょうか?』

 

「………………………っ。」

 

 ゆっくりと、重い口を開く。

 

「十中八九、ドライバーは窓から迷い込んできた何者かで間違いないかと」

 

『!! や、やはり』

 

「お話はだいたいわかりました、こちらからもエイムに伝えておきます」

 

『よろしくおねがいします。引き続きこちらでも探りを入れますが、ここまでの調査結果もそちらへ送ります』

 

「ありがとうございます。では、また」

 

 話も終わり、受話器を置く。ふぅ、と一息ついて炭酸飲料を喉に押し込む。

 

 ロールスの不審者と行方不明者、か。確かにたまにここの辺りに出てきたぐらいならともかく、住んでるわけでもないのに、数日間で頻繁にここ(合田市)を通り始めたって言うのは、無実なら悪いけどなんだか怪しいな。そんなように、空木が会話の内容を脳内に落とし込んでいたときだった。

 

 今しがた通話が終わったばかりなのに、今度はスマートフォンが鳴った。おいおい次は誰だ? 画面を覗くと。相手はマユミの父、勇だった。

 

「あぁ、勇さんですか。どうかしましたか?」

 

 繋がった!! 良かった……。そんなような、声からして、なんだか切羽詰まった様子だ。

 

 次に彼から発された発言に、空木は目を剥く。

 

「マユミちゃんがさらわれたァ!?」

 

 必死そうな父親の訴えを聞き。年甲斐もなく空木は叫んでしまった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 助けられるなら町の人間はできる限り守るし、ましてや交流を持った人間ならば尚更手厚く保護する、というのが空木のポリシーである。

 

 大切にしている持論を踏みにじられて、彼女は今怒っていた。どこの誰がマユミを誘拐したのは知らないが、半ば正常な思考回路を失いかけている彼女は1つの結論に行き着いていた。

 

 なんの根拠も証拠も全く無かったが。マユミは、ロールスの女に連れ去られたに違いないという一方的な決めつけである。

 

『……その、空木殿』

 

「なにさ!!」

 

『少し落ち着いては? 確かにまゆみ殿が姿を消したのは心配ではあるし、警察から連絡があったろーるすも怪しいと思うのは至極当然でござる』

 

「だから!? なに??」

 

『いえ。怪しいからといって、拙者に定点からその車を狙撃するように言うのは、それは流石にどうなのかと思うのでござる』

 

「どうせエイムの回復魔法で車も中のスットコドッコイも治せるでしょ! 無問題だモンね!!」

 

 無線機から聞こえてきた気乗りしていないエイムの声に、彼女はブツリと通信を切る。

 

 視野の狭くなった空木の行動は早かった。例の車のよく通るルート、女の行動ルーチン、立ち寄る店など色々と根掘り葉掘り情報を集め、有力……かはわからないが複数の情報を仕入れる。

 

 まず1つ、乗っている女の名前は「フェレス」という事だった。偽名かどうかはともかく、ビルの中にある、高級チョコレートの専門店によく来るらしく、そこの店員から聞いた。

 

 またもう1つ、理由はわからないが、赤いオープンカーはよく峠道を登って降りてくるのだという。非力な自分の車では登るときは振り切られるかと思い、現在、空木は深夜の山の、山頂近くの休憩所に車を止めて張り込みをしていた。

 

 ゼッタイ許さん。もし犯人なら引きずり下ろして洗いざらい吐かせてやる。わなわなと震えながらハンドルを握っていたその時だった。

 

 バックミラーに車のライトの光が映る。

 

 さて、車はなんだ―――気を引き締めていた彼女の網膜に。真っ赤な大型高級車が、確かに投影された。

 

「!!」

 

 そして、完璧な偶然と幸運だったが。助手席にマユミが乗っているのを見て、空木は目を見開く。

 

「来たぁ!!」

 

 ローレンジにレバーをぶち込み、アクセルを踏みつける。獲物を見つけて闘争心に火がついた持ち主の気合とは反比例するように、のんびりのんびりワゴンRは加速し、対象の後ろにつく。

 

「やっぱりあってたよ私はぁ!! エイムくん狙って、コイツ隣にマユミちゃん乗せてる!!」

 

『ゑ、マジでござるか!? しかも来たの?? すごい偶然でござるな!?』

 

「いいから早く準備!!」

 

 彼女の怒号にも近い報告を聞いて、無線の奥からかちゃかちゃと物音がするが、今はそれどころではない空木はハンドル操作に集中する。

 

 軽自動車とはいえ、急な坂道を下るとなるとあっという間に速度は100kmを超えた。するとどうだろうか。前にいたロールスロイスもいきなり加速を始めた。

 

「あ、逃げる気だなこんにゃろ!!」

 

 完全に頭に血が上って、追いかける以外の選択肢が脳の片隅に追いやられた空木は、ただ乱暴にアクセルを床まで踏みつける。しかし悲しいことに、差は広がる一方だった。

 

「ちょっと、この、もっとスピード出ないのォ!!」

 

 ムキになった彼女は、冷静なときでは絶対やらないような事もやる。意味もなく、車が速くなるワケもないのに、体を前後に揺すったりなんだりと運転席でのたうち回った。

 

「追っ付けない……このぉ……」

 

 限界までヒートアップしていた思考が段々と冷めてくる。無茶な速度でカーブに飛び込んでは、曲がり切れなくなって壁に擦りそうなほど近付いて……なんて繰り返す運転をしていたのを、すっかり相手が見えなくなるほど引き離されてしまい、空木はアクセルを緩めてしまった。

 

 トイレ付きの休憩所に停車する。戦意を喪失した彼女は、下で待機している親友を頼り、ただ祈る。

 

「頼むよエイムくん……勇さんに吉報届けなきゃ…………!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 空木が振り切られた地点よりも更に山を下った地点にて。エイムは森の中に息を潜めながら、持ち込んでいたケースの蓋を閉じ、準備を終える。

 

 背中から生えている羽をぴったりととじて、愛銃のアサルトライフル、ACRを構えながらその場にしゃがみ込む。先程また空木から来た無線で彼女から後を託され、渋々彼は発射姿勢を取り、じっと時を待つ。

 

 ここから道路まではおよそ200mほど。こう暗いと向こうからは見えづらく、念を入れてサプレッサーも付けておいたが、銃声を聞かれる恐れもないでござろう。楽観的に考えながら、エイムはスコープを覗いた。

 

 車が降りてくる度にこれかこれかと確認する。どれほど時間が経過したか、何気なしに数回目の確認作業に入ったとき。彼は目標を補足した。

 

(赤いおーぷんかーの、高級車。これにござるな)

 

 事前に狙撃にはある程度の時間の余裕が取れる場所を確かめてからこの場所に陣取っていただけに、彼には相手が悪者だと余裕を持って確認する暇はあった。実は頭に血が上っていた空木の事をあまり信用していなかったのだが、彼女の言った通り、ロールスロイスの助手席にマユミが乗っているのを見て。これで後腐れなく弾を撃ち込めるとトリガーに指をかける。

 

「…………本当にまゆみ殿が隣に乗っていますな」

 

 銃の扱いには自身がある彼には、狙撃に向かないコレを用いても、たかだか200m程度先の対象物を撃つぐらい朝飯前だった。深呼吸をしてリラックスしながら、呼吸でブレる自分の指も計算に勘定し、狙いを定める。

 

「人質もいる(ゆえ)、気は進まんが……狙いは外さないでござる。」

 

 愛銃の銃口を、峠を下ってきた車のタイヤに向ける。

 

 しっかりを狙いを定めて、彼は引き金を引いた。

 

 

 ここでおかしな事が起きる。間違い無くタイヤに弾丸は当たったが、平然と赤い車は走り続けた。

 

 

「??? あれ、外したかな??」

 

 ジャムって弾でなかった訳でもないし?? 困惑しながら、しかし素早く切り替えてエイムは再度の狙撃を試みる。

 

 よく狙ってから、もう一発……確実に、弾丸は対象物のタイヤに当たった……はずだった。

 

「…………………?? なぜでござる?」

 

 やはり、車は止まらなかった。いきなりタイヤがバーストしたとなれば、操舵不能か蛇行からの衝突で止まるべきところが、フェレスの駆るロールスロイスは、やはり軽やかに峠道を下っていく。それどころか、見ていると相手は撃たれたことにすら気付いていなさそうだ。

 

「おろろ?」

 

『ちょっとエイムくん!? 聞こえてるよ! もしかして外した??』

 

「いや、当たったはず……でござる」

 

『はずって何はずって』

 

「それが、着弾しても車が走り続けているのでござる。あの車はキャタピラか何かで走っているでござるか?」

 

『はぁ!?』

 

「先回りして言うが、拙者、嘘は言っていないでござる。自身の腕前と客観的事実を申し上げたまでで」

 

『……………な、なんでなんだろ?』

 

「さぁ?」

 

 一応、事故を見越してこの先にはクッション材やら魔法を使った建材などなど、マユミの身の安全を保証する仕掛けも用意していたのだが。そもそも狙撃自体が失敗し、空木の考えていた計画が破綻する。

 

 わけのわからないまま、エイムは双眼鏡で山を降りていく車を見ながら、無線機に話しかけた。

 

「空木殿。言い訳、させてもらえるでござるか」

 

『?』

 

「たぶん(それがし)のせいではないでござる」

 

『うっさいっての! この!』

 

 ぶつん! と通信の切れる音がする。

 

 これはこれは。なんだか厄介な相手になりそうな気がするでござる。私物のライフルをせっせと片付けながら、彼は相方が自分を拾いに来るのを待つことにした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 速い車じゃないと、彼女を助けてあげられない。こんなポンコツじゃ無理かぁ……?

 

 苛立ちを抑えきれず、空木は近くにあった自販機を軽く蹴っ飛ばす。

 

 眼下に広がる峠道と夜景に視線を飛ばせば、逃したあの女の物と思われる車のライトの光が見えた。逃げ切ったのだから当然か、先程とは打って変わって悠々とロールスを走らせているのが、彼女の心に油を注いだ。

 

 ギュッと握り拳に力を込める。ふぅ、と意識してため息を付いて、体の力を抜く。空木はスマートフォンから知人に電話をかけた。

 

「あ、深尾なんだけど、ツバキさん、今大丈夫だったかな。ごめん、明日ぐらいにワケあって、預けてた私の車そっちに取りに行きたいんだけど、用意しておいてもらえるように言って頂ける?」

 

 通話相手は、話したかった相手とは違ったが。要件だけ伝えて話を終えると。彼女は車に乗り、山を降りた。

 

 

 

 

 




次話·もしくは更に次話でフェレスさんとは決着となります。


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フェレス・ザ・クレイジードライバー〜その3

思いの外早く書き上がったので投稿しておきます。


 

 

 店頭に並んでいる中古車の群れをすり抜けて、空木は自動車ディーラーの横、シャッターの開いていた工場の中に車を停める。降りると、待っていましたとばかりに、つなぎ姿の1人の整備士が近寄って来た。

 

 西本 椿(にしもと つばき)。今回協力を要請した、彼女がこの店に預けている車の専属整備士である。

 

「2ヶ月前のオイル交換ぶりですね。また変な事に巻き込まれてるんですか?」

 

「あぁ、とうとう私についてわかってきたねツバキくん(笑)」

 

「なんも嬉しくないですよ……車は用意してあります。ガソリン満タン、いつでも発進して問題ありません。コイツ、ちょっとズラしますヨ」

 

 時刻はおよそ7時。店の営業時間は過ぎており、ガレージ内では勝手に工場設備を使って、自分らの車を弄ったり洗ったりしているスタッフが目立つ。

 

 自動車整備士なんて忙しいって聞くけど、ここの人らはみんなイキイキのんびりしてるよな、なんて思っていると。空木の乗ってきたワゴンRを邪魔にならない場所に停め直してから、ツバキが走って戻って来た。

 

「アレ引っ張り出すってことは、また何か追いかけるんですよね。今度はミサイルでも追うんですか?」

 

「違うよぉ、ここ最近町に出没するようになったオープンカーのロールスロイス知ってる? それ運転してるヤツをとっちめたいんだ」

 

「あぁ、例のロールス·ロイス·ドーンだっけか。空木さんが出張るって事は、やっぱり迷子犯罪者なんですか?」

 

「うん。しかもこっちに引っ越してきたばかりの女の子が人質にされてる。タイムリミットは多く見積もっても明後日の明朝。時間がないから急がないと」

 

 行方不明者と言うのは、発見まで日数を経れば経るほど、生存率が下がるというのは有名な話だ。一応、その姿を見つけたとはいえ、マユミに捜索願が出されて今日でもう3日目になる。一般的なデッドラインとされている5日目までに決着をつける。空木が急いでいる理由だった。

 

 空木の言うことに、そうですか、と淡白な返事を返し、ツバキは移動しながら彼女から調べるよう言われていた事の資料などを手渡す。

 

「エイムさんがアサルトライフルで撃って何とも無かったんですよね。心当たりはあったんだけど、少し調べて確信しましたよ」

 

「というと?」

 

「たぶんランフラットタイヤですねそいつ。装甲車とかに使われてるパンクしないタイヤです」

 

「パンクしないタイヤ!? そんな物あるんだ。」

 

「えぇ、最近だと高性能スポーツカーとかも履いてますよ。ロールスなんかになれば、付けててもおかしく無いですね」

 

 紙をめくってそのランフラットタイヤなるものの諸元を見る。専門用語が沢山並んでいるが、なるほど、確かに軍用車などに使われる頑丈なタイヤらしい。歩きながら、ツバキは今度はロールスロイスについて話す。

 

「今ケータイでちゃちゃっと調べてみました。まぁどうせ普通の車じゃないでしょうから、これから言う事は気休めかも知れませんが」

 

「ありがと。私は、ツバキくんのそういう真面目なところにいつも助けられてるよ」

 

「ドーンはV12気筒、まぁ簡単に言えばこの日本で普及している普通車の、単純計算で3倍のデカさとパワーのエンジンが乗ってます。なんせ重さが約2.5トンとかありますからね、心臓部もパワフルですよ」

 

「ふーん、けっこー速い車なんだ」

 

「そりゃ、スーパーカーとかに比べれば遅いでしょうけど、普通のコンパクカーとかじゃお話にならないでしょうね。ましてや実用性に割り振ったトールワゴンの軽自動車なんかは」

 

 返す言葉もございません。空木は心中で呟き眉間にシワを寄せた。難しい顔になる彼女の心境を気にせず、彼は続ける。

 

「ぺったりとアクセル床まで踏むと、4〜5秒ほどで時速100kmまで出せるらしいです。オマケに乗り手が上手と来たら、普通には追い付けないでしょうね」

 

「……預かってもらってたこの子で、追いつけますかね」

 

「五分五分、じゃないでしょうか。私に言わせてもらうと、山で追いかけっこするなら充分に勝機はあると思います」

 

 2人が喋りながら歩いていると、目的の物が見えてくる。

 

 半年ぶりぐらいだな。空木は眼前にあった車を覆っているブルーシートを勢い良く取り払った。

 

「いつ見ても、異質ですよね。この車って。ベッタリ低くて、速そうな……だけど、当時としては安くて」

 

「別に何とも思いませんよ。私みたいな無頓着な悪魔は、道具には機能性以外求めてません」

 

「貴女らしいですがね。ホント」

 

 カバーの下から現れたのは、「12」番のゼッケンを3箇所に纏った、黄色一色の、地べたを這うようなスタイルで車高が低い車だ。おまけに運転席にはドアが無く、大型のリアウイングが装備されており、異質な雰囲気を漂わせている。

 

 

 ロータス·ヨーロッパ。それも、以前、空木が仕事の都合で助けた人物から譲り受けた、他の車のエンジンを移植し、レース用に改造された車だった。

 

 

 重さは並の軽自動車よりも軽い600kg程度、心臓部に250馬力程度のエンジンを。そして、内部はほとんどが現行モデルの車の部品に交換された、見た目だけがクラシックな皮を被った「元」レーシングカーである。

 

「あまり無茶はしないでくださいね。悪魔ってのがどれぐらい頑丈なのか知りませんけど、こんな安全装置も少ない車、事故なんて起こしたら大惨事ですし」

 

「しないよ、私なんて別に運転うまくもないし。どちらかと言えば今回頑張ってもらうのはエイムくんの方だしね」

 

 軽量化のために軽い部品に交換され、オマケに開かなくなっている普通の車ならドアの部分を跨ぐ。「乗るのは本当に面倒だし、慣れないな……」 遠慮なく、ボディやらサイドミラーやらを蹴飛ばしながら、空木はコクピットに収まった。

 

「空木さんぐらいですよ、こんなの乗っててそんなぞんざいな扱い方するのは」

 

「でもそういうほうが好きでしょ? 私別に車に傷なんて増えたぐらいじゃ気が付かないし気にもしないし」

 

「整備士としては楽なお客さんなのは間違いないです」

 

 クラッチを切ってスタートスイッチを押し、エンジンに火が入る。スポーツカーにしては控えめな音を出すのが、空木は何となくこの車が好きなポイントの1つだったりした。

 

 いつも乗りなれている車と比べて一気に下がった目線に違和感を覚えるが、我慢して発進させる。ゆっくりと半クラッチで進みながら、彼女はツバキへ声をかけた。

 

「早ければ明日·明後日のお昼にワゴンR取りに来るから」

 

「そうですか。では、ご武運を」

 

「うん。いつもありがと。」

 

 ドアハンドルを回して、手動で窓を閉じる。大きなため息を吐きながら、空木は自宅へロータスを走らせた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 時間通り、だな。娘さんが大切なら当然か。昼の12時を指す腕時計と、目の前にやってきた勇のゴルフを交互に見ながら、空木は深く息を吸う。

 

 今日は土曜日だから、彼は休みだろうかと連絡を取ったところ、すぐにでも会えると聞き。彼女は勤め先のコンビニを待ち合わせ場所にして、彼と落ち合った。

 

「お待たせしました、空木さん………あの、その車は?」

 

「困った時の私の秘密兵器です。まぁ、時代遅れのボロ車ですけどね」

 

 ゴンゴン、とFRP製のボディを小突きながら言う。件のロールスロイスに負けず劣らずの変な車なので、彼は興味がありそうな様子だ。

 

「連絡しました通り、あのロールスロイスの女がマユミちゃんをさらったと見て間違いないでしょう。貴方には、アイツをとっ捕まえる手伝いをお願いしたくて」

 

「手なんていくらでも貸します……私の大切な一人娘なんですから」

 

「……なら、話は早いです。今から説明しますね」

 

 2日前にフェレスを見つけた、町からほど近い山を指差し。空木はこれから彼にやって欲しい事を伝える。

 

「あの山全体に魔法をかけます。手伝ってもらえませんか?」

 

「…………………はい?」

 

 答えを聞く前に彼女は動く。なれない手付きでピンを抜き、プラスチック製で、ぽよんぽよんたわむロータスのボンネットを開ける。勇が覗くと、中の収納には、大量の札束みたいな物がぎっしりと詰めてあった。

 

「ここに私がかき集めてきた魔法の札があります。時間がありません、指定した場所にそれぞれこれを貼ってきて欲しいんです」

 

「私と空木さんの2人だけ、なんですか?」

 

「えぇ。あの車のドライバー……フェレスという女なのですが、警察にマークされてるんです。あまり大掛かりな動きをしているとバレたら面倒なことになる……万一、姿を消されたら助ける手段も無くなる」

 

「そう、ですか……」

 

「どういうわけか、やつは峠道をドライブするのが趣味みたいでよく出没するそうです。決着は今夜、それができないなら明日の夜がラストチャンスになります……このロータスヨーロッパで、私がケリをつけてくる予定です」

 

「……わかりました。では行きましょう」

 

「……。えぇ!」

 

 呪文の書かれた紙束を300枚ほど、勇に手渡す。続いて先程コンビニで印刷した地図帳のコピーを渡して、説明を続けた。

 

「前は車の差で振り切られてしまったのですが、今度はこの車で相手を追いかける予定です。指定のポイントまで追い詰めたあと、エイムに頼んで対象に事故を起こさせる手はずになっています」

 

「事故、ですか……」

 

「言いたいことはわかります。マユミちゃんの身の安全ですよね……これもなんでかわかりませんが、この女は行方不明者を助手席に乗せてますから……」

 

 でも、だからこそ、これからの仕込みです。空木は言う。

 

「ダイラタンシー流体、ってわかりますか? 普通に触ると液体だけど、一定の速度を持った物が触れると固くなるアレです。端的に言うと、それの逆の性質を付与します。一定の速度を「超えた」物体が激突したとき、対象が「柔らかくなる」魔法がコレです」

 

「……………! なるほど!」

 

「えぇ、だからわざわざ追いかけて敵にある程度のスピードを出させる必要があるんです。あとはまぁ、その……私がミスをした場合の保険もありますが。」

 

 暗に事故るかも、などと遠回しに空木は言う。少し勇の表情が曇ったが、気にせず彼女は車に乗り、口を開いた。

 

「私については大丈夫ですよ。面倒事は慣れてますから。さ、行きましょうか」

 

「えぇ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ローカルラジオ放送に耳を傾けながら、鼻歌交じりにフェレスは愛車のロールスロイスで山道を登っていく。

 

 数日前に気が付いたら合田町にいて、ここはどこだと困惑したものだが。生来の楽天化であり、おまけに無自覚で悪事を働くような、空木とはまた別の世界の悪魔であった彼女は、ココはなかなか快適な犯罪ライフを送るにはいい場所だと思っていた。

 

 まだ面と向かって会ったこともない空木から、彼女はその正体を見抜かれていたが。町の行方不明者を量産していたのは、この、フェレスという女だ。

 

「ねーぇ、マユミちゃん」

 

「なんですか。家に返してくれるんですか?」

 

「いーや? 安分守己(あんぶんしゅき)ってことわざをご存知かな?」

 

「……身の程をわきまえて、高望みをしない事。」

 

「御名答。キミは若いのに賢いね」

 

 きれいに舗装された道に、高級車の中でも上位に位置する車が走っているわけで、車内に揺れなどはほとんどない。オープンカー特有の風切り音などはあるが、普通の車なんかとは比べ物にならない快適性にも、マユミは気に入らないと不機嫌そうに外を見る。

 

「いつかキミは、この車に魔力を吸われて死ぬ。生殺与奪の権はつまり私が握ってる……わかる? マユミちゃんの命はいつでも、蝋燭の火を消すみたいに私はどうこうでき―――」

 

「無駄にポエミーなのやめませんか? 例え話とかすごく貴女は下手ですよ」

 

「あはは、手厳しいね!」

 

 フェレスの車、真紅のロールスロイスドーンは、「こちらの世界」にもある車に酷似していたが、非常によく似た別の車と言えた。

 

 彼女の元いた世界では、魔力を燃料に動く車が普及していた。これもまたその仲間だったのだが、ひとつ、この乗り物にはある「欠陥」がある。

 

 言い換えれば乗っている人間やらの生命エネルギーが燃料なのだ……つまりは、乗り続けていると、やがて精気を吸い尽くされて死亡するのである。そんなだから、法的に厳しく取締があった乗り物なのだが、こちらにはそんな物は存在しないと知り、フェレスはやりたい放題やっていた。

 

 「殺さないんですか、あの男の人達は」 何気なしに言ったマユミに女は反応する。

 

「殺しはしないよ。キミとおなじく、彼らは大切な「ガソリン」だ」

 

「……嘘付いてるんですか?」

 

「何の話?」

 

「大切なガソリン、って言ったところです」

 

 苛立ちを声に含ませて、マユミは言う。

 

「フェレスさんは、人を殺すのが怖いんだ。犯罪に手を染めたはいいけど、亡くなった人の痕跡を消したり、警察や空木さんから逃げる算段がないから、結論を後回しにしてる」

 

「……………ふふ、空木さん、ねぇ。君の言う気の良い悪魔とかって話だけど―――」

 

「質問に答えてください」

 

 マユミの言うとおり。フェレスは、行方不明者の3名を、間借りして自宅の代わりとする廃墟に監禁して生かしていた。だが、彼女はしょうが無いなぁ、と無理やり話題を変える。

 

「マユミちゃん、キミはすごいよ。私のようなのに臆せず物を言うし、差し出された物をすんなり食べたりして度胸がある。でも、状況への判断力ってものには、疑問を覚える」

 

「なんで、でしょうか」

 

「言ったでしょ、キミの命は私の手の上。ここで私が気を失って、事故を起こしたり、気まぐれでダッシュボードから出した銃で君を撃ち殺すこともできる。まったく、さっきの「安分守己」にのっとった行動じゃない」

 

「………………。それって、別に貴女の行動指針というかなんかであって、私がやる必要ない事です」

 

「ふふ、あはは! ほんと、元気で活きがいいね、この世界の女の子は。」

 

 頬杖をついて余裕たっぷりにハンドルを握る女は、誘拐した女子高生との会話を肴に優雅にドライブを楽しむ。山頂を超えて、道は下りに入った。

 

 「私に言わせてもらうと―――」 じっとフェレスの事を睨みながら、マユミは言う。

 

「安分守己「じゃない」のはフェレスさんのほうじゃないんですか」

 

「んぇ、なんでさ?」

 

「分不相応な犯罪をして、処理に困ってるからです。よせばいいのに、誘拐なんてするから」

 

「あはは、まだ言ってる! だいたいさ、その空木って悪魔のことも眉唾だよ。そんな気のいい悪魔が居るもんか」

 

「……ますよ」

 

「ん?」

 

 両目を涙で潤ませながら、マユミは口を開いた。

 

「空木さんは来てくれます。私を助けに。私はあのお姉さんのココアの味を信じてます」

 

 その時だった。フェレスは、後方からジリジリと距離を詰めてくる車がいるのに気がついた。

 

 車内の時計に目をやると、時刻は午後の9時頃だ。最近気に入ってここによく来るが、この時間帯はあまり車通りもない。走り屋みたいなのも居ないのは知ったから、こんな動きをする車は不自然だ。

 

 少しアクセルにかける力を強める。強大なパワーを秘めた心臓部は、静かながらもその力をタイヤに込め、ロールスロイスの速度は上がっていく。

 

「…………ふん。これで離れ……て……!?」

 

 道幅も広く、鋪装されているとはいえここは峠である。時速100kmも出せば普通の車は離れる。でもどうだろうか、後ろから来ていた車は離れるどころかどんどん差を縮めてきている。

 

 この世界に迷い込んできて初めての事だった。運転技術に自身のあるフェレスの腕と車の能力が組み合わさり、追いかけて来るような車は大方簡単に振り切れたものだ。それが今日、初めてこっちの運転に付いて来るものが現れた。気になった彼女はあえて速度を落とす。

 

 パトカーか、それとも暴走族? 気になったのはマユミも同じだったらしい。助手席で身を捻って後ろを見て―――マユミは、思わず声を上げた。

 

「あ、あ、あぁ……!」

 

「何さ、何を見つけ」

 

「空木さんだ……やっぱり、来てくれたんだ……!!」

 

「なっ!?」

 

 件の悪魔が!? とっさにフェレスも後ろを振り返る。

 

 外灯も多く、明るい場所だったので、一瞬でも追跡車はよく見えた。地を這う低い車体。黄色のボディカラーを彩る、12番のゼッケン。クラシックカー好きなら知っている。自分の世界にもあった旧型の車―――悪魔(空木)の駆る、ロータス·ヨーロッパの姿がそこにあった。

 

「ろ、ロータス·ヨーロッパですってぇ!?」

 

 声を張り上げて叫ぶ。今から、少なくともフェレスの世界では、50年はくだらないぐらい前の時代を走っていた車だ。普通に考えて、現行型のハイパフォーマンスな高級車等とは勝負にならない。……「普通」なら、だが。

 

「いい度胸だね……あんなオンボロ車で私に追い付こうだなんて……」

 

 どんなのが来るかと思えばクラシックカーか。ロールスロイスと並ぶことすらおこがましい。フェレスはにやけながら、ステアリングを握り込んだ。

 

 

 

 

 




これを投稿することによって毎日投稿が途切れるかも(白目


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フェレス・ザ・クレイジードライバー〜その4

フェレス編とりあえず完です。次話は簡単なエピローグ後、応募者様の新キャラを出したいと思います。


 

 

 居たな、やっぱり。それにマユミちゃんも乗ってるし。空木は眼前に広がる、目に痛いほどの赤を放つ車を睨みつける。

 

 泣きそうな顔でこっちを見てきたマユミの顔に、遅くなってごめん、

と独りごちる。今すぐにでも、そんな女はとっちめたげるっ。アスファルトの細かい凹凸でカタカタと物音をたてる車内の中で、彼女は真顔になった。

 

 ふと、瞬きした間に突然相手の車は加速を始めた。点と点を結ぶような動きに、空木はやっと来たかとシフトノブを2速に入れる。

 

「上等……!」

 

 グン! とペダルに力を込めた途端、発生した異常な加速力でシートに体を押し付けられて、彼女の口からうめき声が漏れる。

 

 久しぶりに全開まで飛ばすとやっぱりくるな……。速度が乗っているだけに、曲がるたびに脇腹に何か押し込まれるようなGに顔を歪める。だが、今のにすぐに追い付いてきたのがよっぽど驚いたらしい。このとき空木は、前の車の女がバックミラーをチラチラ2度見しているのが見えた。

 

「前みたいにはいかない……逃さない……!!」

 

 山にかけた魔法のおかげで、最悪事故を起こしても無事が保証されていると言う事が空木に多少の余裕を持たせる。臆することなく、彼女は猛然とロールスロイスを追いかけ回す。

 

 山全体にかけた魔法の発動条件は「時速70km以上を維持」すること。現時点では有にそんなスピードは超えているので、相手の方もクラッシュして問題はない。だがこの魔法にはもう1つの効果がある。それは、「速度が高ければ高いほど、ぶつかった場所が柔らかくなる」という物だ。マユミの身を案じる空木としては、出来うる限り追い詰め続けて、相手にもっともっとスピードを出してもらう方が都合が良い。

 

「んぎ·ぎ·ぎ·ぎ…………!!」

 

 軽すぎる車体に、有り余るパワーユニットの出力で飛ぶような加速を見せるロータスに。恐怖と乗り心地の悪さで、空木はコーナーを曲がる度に顔を引き()らせる。

 

 綺麗だった舗装路も終わる。凹凸の激しい路面を跳ね回り、コンマ数秒ごとにアスファルトから剥がれて、操舵の効かなくなる車を御しきるのにいっぱいいっぱいで、彼女はびっしゃりと汗で背中を濡らした。

 

 もう嫌だと思っていても、ここは曲がりくねった峠道。気を抜く暇を与えられず、空木の目の前には曲がり角が猛然と迫る。

 

「こなクソォ……!!」

 

 ガン!とブレーキをかけて急制動し、クラッチを蹴飛ばしてシフトレバーを1速へ。40km程度まで下げた速度が、エンジンの猛烈なトルクで一気に加速がかかり、また100km巡航の世界に引き戻す。相手も速いだけに、追従するためには、慌ただしくシフト操作と舵取りをする必要があった。

 

 ンバアアアァァァァ!!!! 車体後方からの、耳をつんざく音にますます空木の機嫌は悪くなる。

 

 むりやりレッドゾーンまで引っ張ってシフトチェンジをする都合上、吹け上がったエンジンの音は車内に激しい主張をしていた。メーター読みでは10000回転を有に回っており、今にもバラバラに壊れそうな嫌な音が鼓膜に飛び込んでくる。

 

「うわぁっ!? っとぉ、あぶなっ……!」

 

 旋回性能に全て割り振ったような操作性もまた、空木の集中力をガリガリと削っていく。少しハンドルを切りすぎたぐらいなのに、鋭くこの車はイン側に切り込んで壁へ突撃を始めるのだ。修正で反対に切って難を逃れて……そんな綱渡りのようなドライブを満喫させられる。

 

 御老体の車体に強引に汎用部品を組み込んだ無茶な改造とはいえ、さすがは元レーシングカー。前に振り切られたワゴンRとは比べるまでも無く、フェレスと善戦できていた……といっても、あまりにもピーキーな操作性に、刻一刻と空木の体調にはダメージが入っていたが。

 

 しかし相手も消耗してきているのを彼女は察する。煽られているのがよほど気に食わないらしい。さっきまでは余裕が見えたのが、段々とフェレスの運転が荒くなっていく。スムーズだったはずなのに、曲がり角のキツイ場所ではテールを振ってふらついているのだ。

 

 暴れ馬にしがみついて必死に食らいつく空木は、大変だとは思っていたが……何としてでも父親の思いを届けるべく、使命感でハンドルを握る。対照的に。このとき、フェレスは激しい焦燥感に駆られていた。

 

「なんで、なんでよ!? 離れない!!」

 

「余裕……なさそうですね……」

 

「うるさいっ!」

 

 当然ながら、彼女は背後の追跡者が歯を食いしばって無茶をやっているなんて事は知らない。逃げても逃げてもピッタリと車間を詰めて来るという事実だけが重くのしかかり、強烈なプレッシャーがフェレスにストレスを与える。

 

 つづら折りみたいだったヘアピンカーブが終わって、長い直線に入る。後ろの空木はホッと一息ついていたのだが、フェレスはにんまりと口を歪め、ハンドルに付いていたスイッチを押した。

 

「舐めた真似をしてくれたわね。死になさい……」

 

「!?」

 

 いきなり機嫌が良くなったフェレスにマユミはなんだと思う。カチリ、と何かの機構が動作する音を聞く。すると、ロールスロイスに付いていた電動ソフトトップが外れ、部品が後方へと弾き出された。

 

「おわぁっ!? な、何する気!? コイツっ……!」

 

 冷静なハンドルさばきで空木は飛んできた部品を避ける。サイドミラーを1つもぎ取って行った相手の車の屋根に、ヒュウ、と口笛を吹いた。そして前に向き直った彼女の目に、嫌なものが映る。

 

「ジョーダンきついなぁ……」

 

 一体何を相手するつもりなのだろう。赤いロールスロイスのトランクが開いて出てきたのは―――ミサイルか何かが取り付けてある発射台だ。

 

 絶対こっちに向かって撃ってくる。そう思った空木はすぐに行動に移る。幸い、走っていたのが長い直線だったのを良い事に、彼女はトラブルを見越して持ってきていたサブマシンガンを持つと。その腕に筋力増強の魔法がかかる御札を貼り付けて、片手で引き金を引いた。

 

「わあぁぁぁ!? な、何が優しい悪魔よぉ!!」

 

 いきなり雨あられと飛んできた銃弾にフェレスは悲鳴を上げる。マユミの方はというと、全て空木に任せて、じっと身を屈めて黙っていた。

 

「こっ、殺してやる! このポンコツがぁ!!」

 

 フルオートでマガジン1つが無くなるまで撒かれた弾丸は、土台についていたミサイルを2つほど壊すか外すかで無力化した。空木は落ちてくるそれらを避け、弾の無くなった銃を捨てる。完全に頭に来ていたフェレスは躊躇なく残りの弾頭を発射するボタンを押した。

 

 もうもうと白煙を巻き上げて弾頭がこちらに来る。息を止めて、空木は襲いかかる一発の凶弾を回避した。

 

「やったぁ!!」

 

 ドアを掠めて飛んでいったミサイルに思わずガッツポーズをした……その時だった。

 

 通り過ぎていった飛行物体から、眩い閃光が放たれる。なんだ? そう思ってミラーに目をやった空木は、そこに写る物体に顔を白くした。

 

 てっきり爆発しただけかと思ったのが、ミサイルは後方で分裂し、糸コンニャクか何かみたいな白煙の軌跡を(ともな)って、猛烈な弾幕を形成しながらこちらに向かって飛んできていたのである。

 

 多弾頭ミサイル!? 軍隊じゃあるまいし!! 

 

 心の中では悲鳴を上げてこそいても、逃げる。そんな選択肢は空木に無かった。意を決して、彼女は濃密な弾幕に追いかけられる事を選ぶ。

 

「あっはははははぁ!! バラバラになりなさいなぁ!!」

 

「…………。ま、なるようになる……か!」

 

 こちらが死ぬのは時間の問題だとでも思ったか。前方を行く車から、女が高笑いしているのがここからでも聞こえてきた。笑っていられるのも今のうちかもよ? 空木は冷や汗をかきつつも、笑顔を絶やさずアクセルに力を込める。

 

 轟音と共に殺到してくる火薬の雨に対して、空木は車体を蛇行させることで対応した。右に左にハンドルを切る彼女に、ロータスは素直に従い、クイックな切り返しで応えてくれる。爆風と熱波に押されて、更にどんどん加速をつけた車は、フェレスの車のバンパーをプッシュする寸前まで鼻先を詰めた。

 

「は、張り付かれた……??」

 

 自分の勝利は揺るがないと思っていただけに、フェレスへかかるプレッシャーは尋常ではない。めちゃくちゃな動きでミサイルを避けながら背後につけてくる空木に恐怖を覚える。しかもここまで近寄られるとまた別の問題に直面する。弾頭はこのロールスロイス以外の熱源を追いかけるように設定してあるが、いくらなんでもここまで近いと、自分の撃ったものの爆発に巻き込まれかねない。

 

「こ、これ以上来ないで、近づかないでったらぁ!?」

 

「!!」

 

 最低限の減速だけでカーブを曲がり、どうにか差を離すためにフェレスはもがく。ちょうどその時、タイヤの辺りに一発が着弾し、ロータスヨーロッパは大きく姿勢を崩した。

 

 くじけずにまた無理やり舵を切って車に言うことを聞かせる空木だが―――彼女は頭上と、更に横から迫ってくるミサイルを見る。今のアクションで少しとはいえ減速した車に、残りの弾が追い付いてきたのだ。

 

(道路上に逃げ道は無い。右の崖からはミサイル、レブ当たってるから、上からのやつは加速して振り切れる感じでもない)

 

 冷静に。思考に割り振れるリソースで空木は考える。

 

「そぉ、れっ!!」

 

 勢いをつけ、空木は思い切り左にハンドルを切った。

 

 乗り手の意思を正確に反映し、異常な速度で切り立った崖へとロータスは突っ込む。バカだ、避けそこねて事故るだなんて。バックミラーで後ろを見ていたフェレスはそう思っていたが―――

 

「なっ……なんですって!?」

 

 空木は事故など起こさなかった。スピードさえあれば山の地質が柔らかくなる魔法の効果も(かんが)みて、正確に土壁の角度が緩い場所を探し、彼女は勢いに任せてそこを起点としてそのまま壁を走り始めたのである。

 

 が、やはりそんな場所を走ってただで済むワケもなく。ガリガリとアンダーカバーを砂利で削りながら、揺れまくる車内で空木は必死にハンドルを握る。

 

「あばばばばばばばば!!」

 

『空木殿、大丈夫でござるか? さっきからなんだか、何か壊れそうな音ばかりこっちに聞こえてくるでござる』

 

「わッ、かってるッ……よォっ!!」

 

 ほとんど垂直に切り立っている場所を走破しながら、空木は下で待つエイムに言う。無線機越しにも聞こえるエンジンの悲鳴と爆発音が気になったらしい。

 

 常軌を逸した起動で逃げたロータスを追い切れず、残りのミサイルは道路やガードレール、彼女が通り過ぎた崖に殺到する。

 

「やった、抜けた……!!」

 

 後方では軽い土砂崩れが起こったりしたが、空木は辛くも危機を切り抜ける。もうもうと土煙を巻き上げながら、彼女は乗車を道に戻すべく舵を取った。

 

「う、嘘よ……」

 

 プロのレーサー並は言い過ぎかもしれないが、フェレスは自分の運転技術に自信があった。車だって高性能な愛車を持ち、事実、「こちら側」で追い付いてこれるような者は居なかった。

 

 だが、結果はどうだろうか。旧式の車に追い詰められて、しかもそのドライバーはマイクロミサイルの雨を全部避けきってまだ追いかけて来る。彼女にしてみれば「あり得ないこと」が背後で起こっているわけで、頭がおかしくなりそうな気分だった。

 

 フェレスが放心状態で運転している事など露知らず。尚も逃げ続ける敵に、空木がしつこく追跡をする最中、また、エイムから通信が入る。

 

『空木殿。発信機で貴殿の場所を確認したが、ここまでの追い込み、ご苦労でござる』

 

「え、エイムくん頼むよォ!! もう流石に余裕ない!!」

 

『任せろ、でござる。とっておきの秘密兵器で狙い撃ちでござるよ』

 

「秘密兵器?」

 

 なんだそれ? 何故かこのとき、空木は腹の中にモヤモヤしたモノが渦巻く感情を抱いた。

 

 ツバキから聞いた特殊なタイヤがあるので、銃撃は効かない。調べればロールスロイスなんて車は、鉄板も分厚く、ボディに穴を開けるのも現実的ではない。どうにかそれらの条件をクリアして、相手に事故を引き起こさせる様な狙撃をお願い。今回の空木のエイムへのオーダーはそんなものだ。

 

 一体何をする気だろう? 何だか嫌な予感がして、思わず、追っていた車との車間距離を離す。

 

 結果的にこの行動は大正解だった。

 

「う、嘘だ……ありえない……私とドーンが負ける……ルーザー……?」

 

「あ、あの……フェレスさん前……」

 

 うわ言のように何かブツブツと呟いている女の隣で、マユミはライトで照らされる景色の先に誰か立っているのを見つける。背中から翼が生えている特徴的なシルエットから、彼女はそれがエイムだと言うことに気が付いた。

 

 見えなかったほうが、フェレスやマユミには幸せだったかもしれない。更に後方の空木もまた、赤い車の先に立つ人物が何をしているのかを見てしまった。

 

 ガードレールの先に、何か構えていたエイムを確認する。何を持っているんだ? 余裕が無い中でよく目を凝らしてみる。

 

 彼が構えていたのは、戦車なんかに向けて撃つようなロケットランチャーだった。

 

「お·るぼわー、でござるよ! ろーるすのご令嬢」

 

「「ふっざけんなこのおおおおお!!!」」

 

 奇しくもこのとき、空木とフェレスは全く同じ叫び声をあげた。

 

 隣に救助対象乗ってんのよ?? 何してくれちゃってんの???

 

 大爆発と共に吹っ飛んでいったロールスロイスに、空木は目を剥く。さらに嫌な具合に、それを追いかけてきた彼女にも爆炎は襲い掛かってきた。

 

「魔砲の二十七式·拒絶ぅぅぅ!!」

 

 南無三!! 一か八か、空木はロケットランチャーの爆風から逃げるために、外から出した腕を路面へ向け、魔砲を撃った。

 

 手のひらから一点集中で魔力を開放し、反発力を得るこの呪文により、彼女は乗機と共に空高く打ち上げられる。

 

「大丈夫だよな、大丈夫だよね?? 私死なないよね???」

 

 宙を舞い、無重力状態の車の中でシートベルトを締め直し、指を組んで空木は祈る。

 

 幸い、最低限の勢いが付いていたのが彼女を助けた。

 

 吹き飛ばされたロールスロイスと同じく、山にかかっていた魔法のおかげでロータスヨーロッパは何度か地面をバウンドし、軟着陸に成功する。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 激しい動悸に吐き気まで覚えるが、空木はいそいそと車の窓から()い出てマユミの救助に向かう。爆発したロールスロイスは、崖下の道路に落ちていったように見えたが、果たしてその場所に焦げた車があった。

 

 軽い身のこなしで緩やかな壁を降りると、ボディの所々が炭化している車に駆け寄る。

 

 やはりただの車では無いのか、あんな大爆発に巻き込まれておきながら、この車は乗員を守り抜いていた。ドライバーのフェレスは白目を剥いて気絶し、隣のマユミもぐったりとしているが、目立った外傷が見られない。嬉しい誤算だ。

 

「マユミちゃん……マユミちゃん! 聞こえる! 大丈夫!?」

 

「んん……ぅん?」

 

 一時的なショックから意識を飛ばしていたのか。体を揺すぶると、マユミは目を覚ます。

 

「う、つぎ……さん?」

 

「良かった……本当に良かった!! あのバカ(エイム)、こんな女の子巻き込んでぶっ飛ばしやがって!」

 

「バカとは誰でござる」

 

「お前じゃいこのオタンコナス!!」

 

 耳元で大声を出されて、マユミは寝惚けていたのから覚醒する。背筋を伸ばして震えていた彼女に、慌てて空木は弁解した。

 

「ご、ごめん取り乱しちゃって。怪我とかは?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「そっか。とりあえず降りようか、今通報したから、ソイツ目掛けてお巡りさん来るからさ」

 

 ドアロックを解除して、ふらふらとマユミはロールスロイスから降りる。隣で伸びているフェレスに手錠をかけている空木に口を開く。

 

「その、空木さん……ありがとう、ございます!」

 

「…………何がさ?」

 

「えっ……あっ、あの、助けていただいて……」

 

 そこまでマユミが言ったとき。空木は笑いながら、人差し指で彼女の額の中心を小突いた。

 

「ふぇ?」

 

「もぅ、おバカさん。そんな事は言わなくていーの。」

 

「でも……」

 

「子供を守るのは大人の義務だよ。それに、お礼を言うべきは君のお父さんのほう。」

 

「お父さん?」

 

「うん。心配してたよ。捜索願も出して、真っ先に私に連絡くれたし。大切にされてるんだね、マユミちゃんは」

 

「………………!」

 

 ココはエイムに任せて、車があるから帰ろう。そう言う空木に従って、マユミは歩き始める。

 

 ひとまず、事件解決、か。あまり事故現場が離れていなかったのもあり、すぐに停めていたロータスのところまで着く。前に喫茶店に来たときとは違う車に、マユミは興味津々だ。

 

「わぁ〜……」

 

「ごめんね、こんな変な車で。乗り心地も悪いし、うるさいし、エアコンも無いし」

 

「かわいいです!」

 

「ん!?」

 

 予想外の答えに空木は言葉に詰まった。マユミはなんのためらいもなく、黄色い車のドアを開けて中に乗り込む。

 

 目をぱちくりさせながら、空木も窓を潜る。エンジンを掛けると、やはり、今の車じゃあり得ないようなうるさいアイドリングの音が車内に響いた。

 

「わぁ〜……!」

 

「どうしたのさっきから」

 

「なんかかっこいいです!」

 

「そーぉ? ウルサイだけだと思うけど……」

 

 先程とは打って変わり、静かに山道を下り始める。硬いサスペンション、防音素材が剥がされた内装、経年劣化でキシむ各部……色々とストレスが貯まる要素満載な車なのに、マユミはなんだか楽しげだ。

 

「な、なんともないの? マユミちゃん」

 

「…………?」

 

「変な話だけど、さっきまで乗ってたあっちの車のほうが乗り心地とかは良いと思うんだけど……」

 

 気を使って言った空木に。マユミは噛みしめるように、反論をした。

 

「私は、空木さんとお父さんの隣が、一番居心地がいいです。」

 

「…………さいですか。」

 

 なかなかガンコちゃんだね、この子は。小石を乗り越えたぐらいで大きく揺れる車に連動して、空木とマユミの体も揺れる。

 

 隣の女の子の発言に。空木は、まぁ、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 




重くなりすぎないようにギャグをぶちこむのが俺の流儀。


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事後処理と異邦人

お待たせしました。新キャラぶち込みです。


 

 

 

 

 マユミへの事情聴取や、体への影響などを踏まえた検査入院と、更には監禁されていた行方不明者の救助など。様々な手続きを終えて、空木は大きなあくびをする。

 

 現在、彼女は窓をくぐってきた犯罪者の収容所に来ている。ここには今回の事件を引き起こしたフェレスはもちろん、以前彼女が締め上げたアグラーヤ((吸血鬼))も収監されていた。

 

「………………ッ」

 

「……フゥ。わかりましたかバザロフさん、世の中って広いんですよ」

 

「だから「ヴァ」ザロフだってば」

 

「いや言いにくいんですよ貴女の名前」

 

「名前って魂やどるんだぞ。大事なんだぞ」

 

「変な教養はあるんですね」

 

「変なってなんだ変なって」

 

 白い作業着姿の彼女は、ストローを挿した輸血パックの中身を吸いながら、すっかり牙を抜かれた様子でウツギと話す。以前のように、人を見下して襲い掛かるような威勢の良さは、この女からは綺麗サッパリ消えてしまっていた。

 

「いったいどうなっているんだここは……なんで真祖の方がこんな場所に……」

 

「あぁ、伯爵(はくしゃく)様に会ったんですか」

 

「ま、まさかお前が捕まえたのか!?」

 

「いーえ? あの人は自分からここに入っただけですが」

 

「そうなの!?」

 

 1ヶ月に、多いときは両手で数えられない異世界人なんかが来るだけに、トラブルの絶えない合田町だが。ここには犯罪者の他にも、自主的に保護されることを選んだ亜人やらなんやらも住んでいたりする。アグラーヤの言う「真祖の方」なる別の吸血鬼もその一人だ。

 

 アグラーヤとはまた更に別世界では、吸血鬼と人間が共存している世界があるらしい。その世界で吸血鬼社会の財務大臣をしていたというダンディなオジサンが居る。こちらの世界の事情を知って、周囲の人へ恐怖感などを与えないよう、元の世界へ帰れるまではここに隠居することを選んだ男性。それを空木は勝手に伯爵とアダ名を付けて呼んでいた。

 

「たぶん貴女なんてデコピンで砕け散るぐらい強いですから、間違っても喧嘩なんて売らないでくださいね。温厚な方ですけど」

 

「す、するもんか!! 真祖の方だぞ!? 勝てるわけないもん!」

 

「…………もしかしてバザロフさんてあんな偉そうにしてたのに、他の吸血鬼の下っ端だったりします?」

 

「……したっぱじゃないもん。えらいもん」

 

 あぁ……どうりでへっぽこなわけだ…………。隣の女から哀れみの目で見られているとも知らず、死んだ目でアグラーヤは両手に持った血を啜っている。

 

 「そういえば。」 彼女に会いに来た理由をウツギは話す。

 

「隣の部屋に「フェレス」って女が来てますよね。最近どんな感じです?」

 

「あぁ、あの悪魔とかいう……別に。静かだ……いつもニマニマして気持ち悪いな」

 

「へぇ、暴れたりとかは無いんですか」

 

「そうだ。更に隣の真祖の方が怖いのだろう」

 

 それは貴女のことでしょーが。アグラーヤの持論はさておき、手帳につらつらと筆記しながら質問を続ける。

 

「ここについて何か文句言ってたりするの聞こえたりします? だいたいこっちに移ってくる人らは模範囚なんですが」

 

「さぁな。別に聞き耳立てているわけでもないし」

 

「(特にナシ、ね。)なるほど。じゃあ刑務作業とかってキチンとやってるわけだ」

 

「あぁ……そうだな。なんだか妙に慣れた手付きで、その時間に奴は家具を組み立てる」

 

「至って模範的と」

 

 あまり有意義な情報は引き出せなさそうだな。事前に職員から聞いていた事とあまり変わらなかった答えに、空木はソファから立ち上がった。

 

 その場を後にしようと足を動かしたとき。彼女はアグラーヤに呼び止められる。

 

「もし……空木。その、私はいったいどれぐらいの間、ここに居るのだろうか」

 

「刑期が知りたいと?」

 

「そうだ。看守に聞いても、何故か誰も教えてくれん」

 

 そりゃあんた、マユミちゃんにやろうとしたこと知ったら、そんな事言ったら暴れそうだとか思われてそうだしね。万一、目の前で襲われても対処できる自信があった空木は、臆することなく事実を告げる。

 

「2年だそうですよ。伯爵様が、同族のよしみだから、とか、何かあったら貴女を吹き飛ばしに来る事を条件に、減刑するよう言ってくれたんですって。貴女は彼に足向けて寝れませんね」

 

「なんと……………よ、良かったぁ……たった2年か」

 

「……失礼ですがバザロフさんて何歳です?」

 

「? 今年で54だが」

 

「………………へぇ〜」

 

 また中途半端なトシだな……。

 

 高齢な者も珍しくない吸血鬼にあって、外見年齢と実年齢が一致しないのは普通である。てっきり100歳を超えているのかと思えば、微妙な返答が帰ってきて。空木は内心ズッコケた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「私を連れ出すなんてね。釈放かしら?」

 

「いいえ。でも貴女への吉報はあります」

 

「あら。期待しないで待っておくわ」

 

 色々と本人と話すのが手っ取り早いか。フェレスの今後を検討するにあたり、早速空木は彼女と対面し、とある場所まで誘導していた。

 

 この女の金色の瞳には、催眠術などをかける魔法を行使できる能力が備わっていることを早々に見抜いて、空木は職員に助言していた。今のフェレスには色の濃いサングラスがかけられている。手錠もかけられ、自由のない彼女にそれを自力で取り除く手段は無い。

 

 おまけに今の彼女は頭から角が、尾てい骨のあたりから尻尾が生え、至って悪魔らしい姿になっている。どうやら変身術か何かで容姿を変えていたらしく、そういう物が無効化されるここでは正体を晒していた。

 

 空木の居た魔界では、このような姿の悪魔は非常に高位に位置する。いわば貴族とか王族みたいなもので、膨大な魔力を持っていたりする。が、彼女からはそれらを感じられず、やはり違う世界線の悪魔だな、と察していた。

 

「どこまで歩かせるつもりかしら。レディを疲れさせるものではないわ」

 

「そういうのって普通男性に言いませんか」

 

「ふふふ、余裕なオトナの女性がニクいのね?」

 

「いや別に」

 

「…………………無粋なヒトね。こう、もう少し洋画みたいなウィットなやり取」

 

「つきました」

 

「ちょっと」

 

 何か言おうとしたのを遮って、空木は扉を開く。後ろについていた職員に礼をして分かれると、彼女はフェレスの手を取って部屋に入った。

 

 はて、なんだこの大きな部屋は。フェレスの頭に?が浮かぶ。大きな、それこそ車のショールームのような規模の殺風景な部屋だった。中央には布の被せてある何か大きなものが置いてあり、その近くに3人ほど男の職員が立っている。

 

「お願いします。この人は私が抑えてますから」

 

「了解です。ほら、そっち持って」「うっす」

 

 空木が指示を出すと。男たちはカバーの端を持って、静かにそれを取り外した。

 

「………………なっ!?」

 

 フェレスの呼吸がほんの少しの間、止まる。

 

 爆薬が直撃して、見るも無残に壊れたはずの、真紅のロールス·ロイス·ドーンがそこにあった。

 

「丸3日ほどかけて、修復魔法と、板金の専門の方との合わせ技でキッチリ直しましたよ。貴女をロケットランチャーで撃ったのが居たでしょう? あれは私も予想外でして、あそこまでやるつもりは無かったんです。コレは私なりの貴女への誠意です」

 

「………………ぁ、ぁ」

 

「預かっていたキーもこちらでしっかりと保管してあります。安心してください」

 

 持っていた鍵で、フェレスの手錠を外す。大丈夫だろうかと顔を怪しくした職員へ、空木は目配せして安心するよう促した。

 

 大切にしていた車なのだろう。元気な姿を見せてくれたのに対して、フェレスは感極まって両目を潤ませていた。大事な物があんな壊れ方をしたら、悔やんでも悔やみきれないだろうしな、と空木は、しゃがみこんでボディを撫でている彼女の思いを汲み取る。

 

「さて。私は私なりのやり方で、貴女に誠意を見せました。今度はフェレスさん、あなたの番です」

 

「………………?」

 

「色々と調べさせて貰いました。魔力について多少なりとも知識があること。魔法もそれなりに使えるようだし……どうでしょうか。私からちょっとした、お願いがあるんです」

 

「何よ。勿体ぶっちゃって」

 

「端的に言います。私達の仕事を手伝って頂けませんか? 配当はありますし、それさえやって頂ければ、刑期を縮める算段もあります」

 

 合田町には現在5人の悪魔が居たが。様々な現象に対応するには、全く人員が足りていない。実は空木の目的は、この場所の模範囚を仕事仲間としてスカウトする事だった。

 

 当初の予定では、身体能力に優れ、伯爵というストッパーもいるアグラーヤを引き入れるつもりだったが、僥倖(ぎょうこう)というべきか、彼女よりも魔力に詳しいフェレスが現れたわけで。空木としては利用しない手は無かった。

 

「何よ。そんな事なの……全くもう」

 

「引き受けて頂けますか。」

 

 

 

「嫌よ」

 

 

 

「…………は?」

 

「早くここから出して頂戴。私はね、1つの場所に留まってちゃいけないの。」

 

 空木の脳内に、数え切れない?が発生する。車も直した、刑期を軽くするというカードも見せた。何が彼女が気に食わなかったんだ??? そう思っていた空木へ、フェレスはべらべらと喋り始めた。

 

「私の心は渡り鳥なの……! 風にのって、気の(おもむ)くままに、町をさすらう……そう生きるようにって言う母の遺言が……」

 

「……ああーはいはい、寝言は独居房で言いましょうねー」

 

「あ、ちょっと。人の話は最後まで」

 

「アナタ悪魔でしょーが」

 

 コイツ、天然か……? イライラしてきた空木は真っ向から対立する姿勢で言う。

 

「どーせ元の世界でも悪さしてたんでしょーが。普通、知らない場所に来たらそのへんの人に聞くなりなんなりすればいーのに、すーぐ誘拐なんてしちゃって」

 

「余計なお世話よ。自由気ままに過ごして何が悪いのかしら」

 

「突然開いた窓を通っちゃってこっちに来たのは災難でしたね。でも来たからには、こっちのルールに従ってもらいますよ」

 

 ぶーぶー文句を言うフェレスへ淡々と空木は言う。やはり職員やアグラーヤなどに見せていた態度はカモフラージュであって、内心ではストレスを溜めていたようだ。様子を眺めていた職員らは、頭が痛そうなジェスチャーをして首を振っている。

 

 「昔、私は天使だったわ」 唐突にフェレスは話題を変えた。

 

「生まれつき、私には行使できる魔力なんてほとんど無かった。だからイジメられたし、仕事もできなかったし、(つまづ)いてばかりの人生だった」

 

「………………。」

 

「いつしか私の存在そのものが(うと)ましく思えたんでしょうね。天界から追放されて、堕落した私はいつの間にか悪魔になっていた……許せなかった。こんな仕打ちをしたあいつらにも、泥を啜る立場に甘んじた私自身にも……!!」

 

「…………だから、誘拐事件なんて起こしたと?」

 

「これは世直しよ……恵まれなかった私が人間を虐げて、搾取(さくしゅ)して、君臨する…………救いの神なんて物は存在しない。信仰を捨てた人間たちによって、やがて力の弱まった天使たちを逆に私が踏み(にじ)る。」

 

 周囲はしんと静まり返る。重い空気の中で、空木はフェレスの瞳をじっと見つめ、告げた。

 

「いや、なんか壮大ですけどただの逆恨みじゃないですか」

 

「え、いや……ちょっと、こういうのって普通は私の話を聞いて減刑して釈放されるって流れ」

 

「あのですね、貴女には「略取·誘拐罪」及び「器物損壊罪」で逮捕状が出てたんですよ。こっちはめちゃくちゃ面倒な手続きで貴女の罪をもう減らせるだけ減らしてます。形式上の簡単な裁判も受けて頂きましたが、あの弁護士費用だってこっちが出したんですよ……ったくもう、なんだって貴女はあんな車乗ってて財布の中スッカラカンなんですか」

 

「ん゛ん゛ん゛…………!」

 

「…………お金のない理由を言いたくないなら結構ですがね。」

 

 愛車の近くで(うずくま)って唸り始めた彼女に。尚も空木は口撃を続ける。

 

「ここまでしてあげてるのに何が気に食わないんですか。私にはわかりませんよ」

 

「お菓子」

 

「は?」

 

「バウムクーヘンよ、高級な、しっとり中にチョコの染み込んだやつ! わざわざ予約してたのに、ここには届けられないからって店の人から連絡が来たのよ。刑務官から又聞きで!」

 

「……………………………。」

 

 それはひょっとしてギャグで言っているのか?? 呆れて物も言えず、空木は黙って相手の主張を最後まで聞くことにする。

 

「確かにココのご飯は美味しいわ。認めましょう。卵焼きは出汁が効いているし、お味噌汁の濃さも及第点、お魚も小骨が抜いてあってシェフの仕事は丁寧だわ」

 

「…………」

 

「でもね、気に食わないの……気に食わないのよ。ティータイムの時間には決まってお茶請けにクッキーと煎餅(せんべい)が出てくるわ。抹茶味も醤油味の塩加減もお茶の香りを引き立てるから好みではあるけれど……」

 

「………………」

 

「コーヒーブレイクの時間というのはね、わかる? なんていうか―――そう、救いの時間なのよ。どの階級の労働者においても与えられる至福の時。これを追求せずして何がブルジョワジーか」

 

「……………………」

 

「贈答品の定番であり、その断面が年輪にも見えることから、縁起物としても良いとされるバウムクーヘンは高貴な食べ物だわ。生地に香る卵やバターの風味、特殊な製法ゆえの道具まで妥協が許されない調理過程、場合によってはナッツやラム酒を混ぜる配合の比率……すべてが重なり合い、ハーモニーを奏でる。あのお店のバウムクーヘンは絶品なの。舌に乗せればわかる幸せの音……忘れられない」

 

「…………………………」

 

「安っぽい茶菓子を食べれば食べるほど、あの感動が思い出されて悔しさが蘇るのよ。私はあのバウムクーヘンを食べそこねたんだ、って。ティータイムの時間に、あのお店の、限定チョコレートバウムクーヘンが出てくるまで。貴女の言う事なんて聞きたくな」

 

「うるさいですね」

 

「え?」

 

「頭の中身をバウムクーヘンにされたく無いなら今すぐ従ってください」

 

 「ちょっと引き離して貰えますか?」 空木の声を聞いた職員が、てきぱきとフェレスに手錠をかけ直し、彼女を車からひっぺがす。いつの間にかに自分を取り囲んでいた男たちに驚いたが、それよりも何をする気だとフェレスは不安になった。

 

「危ないから離れててくださいね」

 

「うぃっす」

 

「ちょっと貴女何をする気なの」

 

「聞き分けのない子への(しつけ)です」

 

「しつけ?」

 

「魔砲の十五番·飛礫(ひれき)

 

 空木は、ばん、と指で銃の形を作って撃つような動作をした。

 

 ゴン! と鉄板に何かぶつけたような音が響く。直したての車のドアには、こぶし大の傷が出来上がった。

 

「え°」

 

「まだ、強情張りますか?」

 

「な、なにが」

 

「魔砲の三十二式·必然制裁(ひつぜんせいさい)

 

 次に彼女は、左手を大きく上げる。青白い光を放つ片腕に反対の手を添えて、一思いに振り下ろすような動作を取った。すると、溜まった魔力はロールスロイスに向かって炸裂した。言うまでもなく、小規模の爆発に伴って車に大小様々な凹みや焦げ付きが生じる。

 

「いやああぁぁぁぁ!!」

 

「呑まないとどんどん威力上げますよ?」

 

「へ!?」

 

「魔砲の五十三式「改」·深緑光弾(しんりょくこうだん)

 

 今度は右手の掌を対象に向けて、逆の手で手首を抑える。数秒後に離すと、緑色を帯びた光線が放たれ、それは先程の青い魔力よりも激しい爆発を引き起こした。

 

「ちょ、ちょっと待っ」

 

「魔砲の八十六式·五芒星(ごぼうせい)

 

「わかった! わかった! わかったからぁ!!」

 

 白一色の広い部屋に、フェレスの泣き叫ぶ声が反響した。

 

 さっさと言う事を聞けば良かったものを。空木は特大のため息を吐いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 同日の深夜。シフトが入っていた日だったので、空木はコンビニの制服に見を包んでいた。

 

 あのあとも書類整理に文句を言うフェレスとやり取りをしていたりして無駄に3〜4時間も食ってしまい。他の仕事を大急ぎで片付けた彼女は、勤務時間の前から疲労を溜め込んでしまっていた。

 

 繰り返すが合田町は怪奇現象が多い。そのため夜に出歩くような人間はほとんど居ないので、こういった接客業の深夜番なんて仕事は、黙っていてもお金が入る状況になっている。客が少ない時間帯で本当に良かった……。空木はカウンター裏に置いた椅子の上でぐったりとしながら、ただひたすらラジオを聞いて暇を潰す。

 

 好きなパーソナリティが上機嫌で最近話題のアーティストなんかについて語っている。どうせ客なんて来ないし、少し寝ていようかな。そう、彼女が気を緩めたときだった。

 

ドグァッシャアアァァン!!

 

「わぁっ!?」

 

 コンビニの外から、壁越しにも響くとんでもない轟音がした。重かったまぶたが全開になり、眠気が吹き飛ぶ。軽い地震みたいな物も起きて、一瞬だが店内の明かりが落ちた。

 

 地震……じゃないよな。なんか上から降ってきて壊れたみたいな音だったけど?? 警戒しながら。空木は銃と御札を服に詰め、薙刀を持って外に出る。

 

「一体何が―――」

 

 店の駐車場に、何か乗り物が刺さっていた。

 

 言葉を失ったまま、彼女は機械的にソレを眺めて観察する。

 

 形状からして航空機なのだろうか? 鋭角的なデザインをしたSF映画の架空機か何かのようなその乗り物の、おそらくはキャノピーに当たる部分が開く。

 

「!!」

 

 中から出てきたのは……どう表現したものか。宇宙服みたいな物を着た、酸素ボンベか何かを背負ったタコさんウインナーみたいな生き物だった。

 

 よろよろとおぼつかない足(?)どりで出てきたこの生き物は、案の定、足場を踏み外して地面に落ちて来る。道に叩き付けられ、何故かベビーシューズのような変な音が出たこの生物に、一体、どういう体の造りなのかと疑問が絶えない。

 

〔み、水……〕

 

「!?」

 

〔水分が……水分が足りないのである……〕

 

 呆けていた空木の脳内に、低い男性の声が響いた。放っておくわけにもいかず、彼女は急いで店内に戻ると、適当なミネラルウォーターのボトルを持ってきて彼(?)に渡す。

 

「み、水を持ってきました」

 

〔おぉ……ぉお! このような施し、誠に申し訳ない。き、貴殿は我が星に伝わる(あま)が使い、所謂(いわゆる)天使であるか?〕

 

「あぁ……いや、そのぅ…………」

 

〔残念ながら、今の私には返す物が何もない。しかし、この恩は忘れない。いつか必ず恩に報いるのである〕

 

 宇宙人、か何かか?? ここまで人類からかけ離れた来訪者はいつぶりだろうか。空木はぎこち無い笑顔を彼に向けた。

 

〔当方は、AST-007星雲系出身·ピコリコ星人のポチョムスと申す。以後、ヨロシク……あと、大変申し訳無いのだが、貴殿の性別と人種、この惑星について知っていることを、お聞かせ願いたい〕

 

 

 

 




ポチョムスさんのCVが銀河万丈さんで再生されるのは私だけでしょうか()


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ピコリコ星人ホームシック〜その1

おまたせしました。ちょっとチャージしてきたので溜まった文章をくらえっ

ついでに感想·評価·ここすきもヨロシクぅ!


 

 

 

 

 起こったことを嘆いてもしょうが無い、というのが空木の行動理念の1つにある。ポチョムスと名乗った宇宙人と共に、彼女は手早く片付けを済ませることにした。

 

 まずは駐車場に刺さった宇宙船をどうにかしなければいけない。これは、彼の助力ですぐに終わった。

 

 魔法陣を展開し、かかる重力を弱める術を対象へかけたところ、この宇宙人は「私も手伝わねば」と言って念力で物を浮かせ始めたのである。唖然としつつ、空木は邪魔にならないコンビニの屋根に置くように指示を出した。

 

(念話と念力か。超能力が発達してる種族なんだな)

 

〔これで良い、であるか?〕

 

「えぇ、結構です。ありがとうございます」

 

〔失礼をかけたのは当方にある。礼は無用、である〕

 

 壊れたもの·設備と、作業中の宇宙人とを交互に見る。この町に来てもう6年になるが、さすがの空木も宇宙人に遭遇するのは初めてだっただけに、気を損ねたりしないよう丁寧な対応を心掛ける。

 

 空木は、町の守護者としてこちらへ来るのは11代目だった。少なくとも空木の知る悪魔は人間とそう変わらない寿命のため、この役目を担う悪魔は何度も第代わりしているのである。

 

 ポチョムスについて色々と書き込みながら、彼女は辞典並みに分厚い前任者の記録を引っ張り出してきて調べる。流石に100年単位で集まった記録の中なら1人ぐらい宇宙人とか対応した人居るよね? 淡い期待を胸に抱く。

 

「AST-007星雲系の、ピコリコ星人?? って言いましたよね」

 

〔そうである。にしても、地球……と言ったかこの星は。失礼ながら、珍妙な乗り物や建物や動物((人間))が多いのである〕

 

 それは私からすれば貴方の方なんだけどな……とか思うように、向こうは私のことを見て思うんだろう。言いたいことをぐっと飲み込み、とりあえずはと空木は簡単な今後の方針を話してみた。

 

「先程話したとおり、私は仕事でここに居る悪魔です。今簡単に調べましたが、ちょっと貴方のような宇宙から迷い込んで来る方は珍しくて、該当するケースもなかなか無いんです」

 

〔なるほど〕

 

「申し訳ありませんが、数日間私の家で過ごして頂くほか無いかもしれません。大丈夫でしょうか?」

 

〔当方には備蓄や帰還の手段もない。加えて衣食住まで確保して貰えるとなれば、そこまで贅沢をいう選択肢など無いのである〕

 

「そうですか。ごめんなさいね、ポチョムスさん」

 

〔礼を言わなければならないのはこちらである。ウツギ殿〕

 

 良かった。どういう理屈かは知らないが会話は通じるし、倫理観も普通の人間と変わらない。後は食生活や文化などだが、それは追々聞きながら調整するか……。

 

 と、そんなように考えていたときだった。ふと、周囲の風向きの変わるのと、自分のよく知る魔力の流れを感知する。空木が振り向くと、呼んでいたエイムが来ていた。

 

「あ、早いねエイムくん。ちょっとお願い、駐車場直しておいて貰える?」

 

「お安い御用でござ―――」

 

 言い終わらないうちに。彼の視線が、空木の横にいたポチョムスへ向く。まぁ、そうなるよな。彼女は短いため息をつく。

 

「んぉ!? な、なんでござるかこの謎の生物は……」

 

〔失礼な。当方にはポチョムスという個体名がある〕

 

「うわぁ!? こっ、コイツ!! 脳に直接ッ!」

 

 空木も思っていた事だが―――この宇宙人の脳内に直接話しかけて来るようなテレパシーは、何とも気持ちが悪かった。同じことをエイムが感じたらしく、彼は「うおぉうおぉ!?」頭を抑えて変なことを(のたま)っている。

 

 あちゃー……そんなにヤだったか。この妙な感覚に猛烈な拒否反応を示すエイムを見て軽い頭痛を覚える。失礼を承知で、空木はポチョムスにそれとなく頼んでみた。

 

「ポチョムスさん、すみません。筆談ってできますか?」

 

〔? 出来るがなんであるか〕

 

「その……我々にはテレパシーというのはあまり体感したことが無い感覚で、なんか「酔う」んです。良ければ、なんですけど、これからコミュニケーションは書面でも大丈夫ですか」

 

〔!! そ、それは申し訳なかったウツギ殿〕

 

 制服のポケットに挟んでいたボールペンと愛用の手帳を渡すと、一体どうやっているのか。ポチョムスは物を浮かせて、スラスラと何か(つづ)ってみせた。

 

【これでよろしいか】

 

「!! え、えぇ、ちゃんと読めます」

 

【それは良かった】

 

「立ち話もなんですし、中に入りましょう。後3時間ほどで私も仕事が終わります。家まで送りますので」

 

【何から何までかたじけない。お世話になるのである】

 

 ポチョムスが最初に出して来たメモには、アルファベットが書かれていた。宇宙人って英語で話すのか……なんて思ったが、よく見たらそれはエスペラント語で書かれており。宇宙の公用言語ってエスペラントなんだ……と、空木は彼をコンビニに招き入れながら、カルチャーショックを感じた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 狼狽えながら駐車場を整備していたエイムを横目に、勤務時間が終わって交代の者が来た空木は着替えを済ませて外に出る。

 

 当然、このコンビニに勤めている物は彼女が悪魔であることを知っていた。変な事に巻き込まれまくるのにも慣れていることもあり、もはや空木が「ピコリコ星人」なる妙ないきものを連れている事を気にする者すらいない。

 

 これは良いことなのか悪い事なのか……複雑な思いを胸に、自分の車に乗り込む。気を使って助手席のドアをあらかじめ開けておき、ポチョムスに乗るように促す。

 

「どうぞ、乗ってください」

 

【失礼する】

 

 乗り方がわからない、何てことは言われなかった。彼はキッチリとシートに腰掛けて落ち着く。

 

「さっきはあまり話せなかったですし……簡単に打ち合わせしましょ。……そのどうしたいですか、ポチョムスさんは」

 

【というと】

 

「貴方が元の居場所へ帰りたいというのであれば、全力で支援します。この場所が気に入ったというのであれば、定住するための手続きをする予定です」

 

【定住。そんな事ができるのであるか】

 

「えぇ。もともと変な場所から色々迷い込んでくる町ですから。」

 

 空木がそこまで言ったとき。それとなく、悩んでいるような仕草を見せてから、ゆっくりと彼は筆を走らせた。

 

【帰りたい……のである】

 

「…………わかりました」

 

【母星には、私の帰りを待っている家族がいるのだ。当方は、このような場所で倒れるわけには行かぬのである】

 

「手伝います。時間かかるかもしれませんが、一緒に直しましょう……えぇと、あれは宇宙船ですか?」

 

【ゼビディウス級·高速巡航船、シリアルナンバーは20200522番、個体名を「フォービウス」。当方自慢の自家用船である】

 

「そ、そうですか」

 

 ぜんっっっぜん、聞いた事もない等級の船だな……大丈夫だろうか。

 

 空木はSNSアプリで自分の知る限りの、メカに強い知り合い全員にメッセージを飛ばす。彼らに直せるだろうか。一抹の不安が消えなかった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「な、何だコレは……見たこともない基盤に見たこともない部品が……」

 

「何スかこの電流の流れ、なんでショートしないんだ??」

 

「分子同士がすげぇ結合の仕方だ、こりゃ材料工学に革命が起きちまうなぁ!?」

 

「弄りがいがあるってもんだ、色々と試してみよう」

 

 時刻は昼の2時頃。場所は変わり、現在空木は知人の町工場に来ていた。

 

 目の前ではここに運び込まれたフォービウスに、何か専用の工具で、悪戦苦闘しながら分解する整備士や研究者が群がっている。中には空木がロータスを任せているツバキも混じっている。

 

「ちらほらそれっぽい部品ありますけど、これ勝手に交換して大丈夫ですかね??」

 

「マテマテ、テストしろって。何かあったら大事だ」

 

「にしてもダメージが酷いな。しかも外板が硬い、普通の金属カッターで切れるのか?」

 

「さぁな。やってみない事には―――」

 

 やはりというべきか。予想していた事だが、補修作業は難航している。オーバーテクノロジーの塊であるこの宇宙船は凄まじく堅牢な装甲に包まれており、ひしゃげた部分を切除するのも一苦労らしい。ハンマーやら何やらで強引に叩いたりこじ開けたりして、汗水たらしながら部品を外す彼らに、空木は渋い顔になる。

 

 ポチョムスの方はというと、異文明の建物や道具などに興味津々だった。こんな物に乗っていた彼からすれば、縄文時代の土器か何かに見えているのだろうか? などと思っていると。見知った顔がもう一人、ガレージに入って来た。

 

「お邪魔しまーす。まだやってるんですか?」

 

「あれ、マユミちゃんもう学校終わり?」

 

「はい。午前中で終わりです。お昼も食べてきたから、まだやってるのかなぁって。様子見に来ました」

 

 初めは吸血鬼(アグラーヤ)。その次は悪魔(フェレス)に誘拐されてここ最近不運続きだったマユミだ。幸いフェレスに何かされていた訳でもなく至って健康体だったため、今日も普通に通学している。

 

「どうなってるんですか」

 

「そう簡単には直せないみたい。宇宙人の船だしねぇ」

 

「見れば見るほど、私のお父さんが喜びそうな形です」

 

「ねー。なんだかガン○ムとかマ○ロスに出てきそうだもんね」

 

 昨日は夜で薄暗かったのもあって、フォービウスの外観はあまりわからなかったが。日の当たる今日の朝、改めて見ると、ゴツゴツと鋭角的な見た目がなんとも全国の男の子に刺さりそうなデザインをしている。

 

 空気抵抗が凄そうな角張った見た目が、なんとも現代の航空力学を無視していそうなところに。やはり異文明の技術を感じるな、などと、マユミと並んでぼんやり見ていると。また来客が1人増える。

 

 開いていたガレージの入り口にピッタリとドアをつけ、1台の車がやって来た。だれだ?と空木が視線を向けると、中から大柄な男が降りるのが見える。

 

 「貴族」とかそういう言葉を連想しそうな、装飾の入ったカジュアルな黒いスーツ。肩ほどまでの白髪と、きれいに整えられた同じく白い立派な髭に、シワがあるが整ったダンディな顔立ち。昨日行った収容所で吸血鬼のまとめ役をやっている男……伯爵だった。

 

 運転手に何か礼を言ったあと、日傘を差した彼は空木を見つけて近寄って来る。

 

「ありがとう。帰るときは電話で呼ぶ、頼む」

 

「了解です」

 

「ん……む、空木? なぜここに居るのだ?」

 

「ちょっと用事があって。伯爵様は?」

 

「なぁに、道楽で買った車をここに預けてあるのでな、様子を見に来たのだよ。ついでいつも世話になっとる経営者に差し入れもな……こちらの可憐なお嬢さんは?」

 

 伯爵が指差す先には、傷一つなく磨き抜かれたシルバーのポルシェが停めてある。明らかに車好きの人間のものだろうと触らないようにしていたがこの人の物だったか、と納得する。空木は考え事混じりに、マユミの事を紹介した。

 

「バザロフに襲われた子です。何かあったら困るから、最近は私の近くに居るように言ってます」

 

「し、十二月田まゆみです。え、えぇと……」

 

「おぉ、貴女が十二月田さんかね。同族が失礼を働いた、申し訳無い」

 

「んぇ!? いや、そんな」

 

「これはほんの気持ちだ。つまらない物だが受け取っておくれ」

 

 紙袋から彼は何か取り出す。「あ……」思わず空木の口から声が漏れる。出てきたのは、フェレスが前に渇望していたお菓子専門店のチョコレートバウムクーヘンだった。

 

「わわわっ!? ぶ、ブランド品!」

 

「なぁに、貰い物なのだが、私は甘い物は苦手でな。それならばと他の者へ渡しに来たのだが、どうだろうか。美味しく頂ける者へ施したほうが生産者も浮かばれる」

 

「貰っときなよマユミちゃん。ここのやつ美味しいらしいし」

 

「わ、わかりました……わぁ」

 

 高身長で険しい顔立ちの男に気圧されていたが、落ち着いた物腰に警戒を解いたようだった。マユミはお高いお菓子を受け取ってソワソワしている。

 

「おっと。名を、名乗っていなかったな。ケンシー·フリードという。十二月田さん、重ねるが同族のアグラーヤが迷惑をかけた」

 

「はい……あの、空木さん」

 

「ん?」

 

「えっと……その、フリードさんは貴族の方、なんですか?」

 

「「ん??」」

 

 何の話? 空木と伯爵はどこか間抜けな顔をマユミに見せる。

 

「え、だってさっき「伯爵様」って……」

 

「あぁ……あれね。」

 

 ただのアダ名なんだけどな。空木はマユミに説明した。

 

「いやさ、ホラ。見るからに「ドラキュラ伯爵」って見た目でしょ?」

 

「そういう意味だったんですか!?」

 

「ははは。よく言われるよ。」

 

 役職でもなんでもない、本当にただ外見からの呼び方だったのが予想外だったようだ。マユミは物を落としそうになって慌ててバウムクーヘンをキャッチする。

 

 この子が年相応な振る舞いをしていると和むな、なんて思っていると。やはり気になっていたようで、伯爵は自己紹介のあと、空木の背後にあったフォービウスについて聞いてきた。

 

「しかし先程から気にはなっていたが、あれはなんだ? 見たことがない乗り物だ」

 

「昨日宇宙人の方が迷い込んで来たんです。自家用の宇宙船だとか」

 

「ほぅ、興味深いな」

 

 唸り声を上げたり不機嫌そうに声を上げてあーでもないこーでもないと言っている一団に伯爵が近づく。すると、眉間に手を置いて難しい顔をしていたツバキが彼に気付く。

 

「ん゛〜……ん?? あっ、ふ、フリードさん」

 

「こんにちは、椿くん。何をしているのかね」

 

「宇宙船の修理だって空木さんに呼ばれたんです。全く管轄外(かんかつがい)だってのに……」

 

「少し見ても良いかね? 何か助言できるかもしれん」

 

「は、はぁ……どうぞ」

 

 どれどれ、と興味津々に伯爵は脚立に登り、フォービウスの船体に足をつける。まじまじと何か見ている彼を、空木とマユミはぼうっと眺めていた。

 

「……私の世界にあったものと、少し似ている部分があるな。もう少し、詳しく拝見させては貰えないか?」

 

「!? な、なんですって!」

 

「ペンライトを借りる…………これは、冷却システムの一部か。ペルティエ素子に近いな。恐らく、似たような機構のものをより改良·圧縮して組み込んであるのだろう。となれば、性質が似通っている可能性は充分にある」

 

「見ただけでわかるものなんですか?」

 

「伊達に200年も生きとらんよ。どれ、これは弄りがいがありそうなマシンじゃあないか」

 

 気になって2人が機体に近づき、様子を見ていると、何か発見があったようだ。色々と各部の部品について喋っている伯爵に、うんうんと頷いている整備士や研究者が見える。

 

 そういえばこの人、昔は車の改造は自分がやってるって言ってたな……機械に詳しいのか。盲点だった。少年のように目を輝かせている伯爵に、空木がそう思っていると、工場見学をしていたポチョムスが戻ってきた。

 

「ん、見学はもう良いのですか」

 

【大変勉強になったのである。…………この星の文明は、機械工学については我々の母星と数世代ほど遅れているようである】

 

「なるほど……」

 

【しかし驚くべきはその精度だ。このような道具でほとんど手作業でありながら、緻密な工業製品を作るなど、我々にはできない芸当である】

 

「! ちょっと意外です。ピコリコ星なら普通じゃないんですか」

 

【我が故郷では、オートメーション((機械による自動化))が進んでいる。おそらく、こちらの原住民族が念話(テレパシー)を行えなかったりという相違点があるのも、そういう違いの重なった結果なのだろう】

 

「はぁ」

 

「へ、へぇ???」

 

 自分よりも頭一つ分ほど背の低い異星人の言う事に、マユミは全くちんぷんかんぷんそうな顔になった。正直、空木も彼の言うことは100%解っていたわけではないが、とりあえず地球人の手先の器用さはピコリコ星人よりも上を行くようだ。

 

「文明が遅れてる……か。直るのは時間がかかるかもしれません……すみませんね」

 

【何度も言うが、謝るのはこちらである。気長に待つだけである。それと】

 

「?」

 

 空木に渡した紙に。ポチョムスは念力で浮かせているペンを走らせる。

 

【よし良ければ、当方は飛び切り塩味の効いたスナックを所望する。ポテトチップス、といったか。あの菓子は気に入った、かなり故郷の味に近い。この星の食料品に、私は強く興味が湧いたのである!】

 

 ………………………。ピコリコ星の料理はバター醤油味のポテチの味がする、と。

 

 空木は、離れた場所のテーブルの上にパーティ開けされた袋菓子を見る。それがかなり気に入ったらしく、どこか興奮しているようにも見える彼に、彼女は帰り道にスーパーでお菓子を買って帰ることに決めた。

 

 

 

 




前回がドタバタバトルだったので今回はほのぼのギャグに振ってみたいと思います。(予定)


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ピコリコ星人ホームシック〜その2

おまんたせ 着々と増える参加者に嬉しくて初投稿です(支離滅裂な発言


 

 

 ポチョムスが不時着してから早くも1週間が経つ。空木は今、過去の記録を調べるため、半年ぶりに魔界に戻ってきていた。

 

 魔界。知らない人間は皆、紫色の瘴気の霧が満ちていて、ファンタジー世界の悪魔の城みたいなのが建っている荒野みたいなものを想像するそうだが。少なくとも空木の出身のここは、そういうのを期待した人間がガックリするような世界だ。

 

 人間界との明確な違いは日照時間が短くて、天気が悪く多少薄暗いことか。道行く者の頭から角が生えていたり、背中から羽が生えていたり、またまた別のものは下半身が蛇だったり腹が裂けて口があったり、たまに空木のように人間と見分けがつかない者も居たりとその程度だ。

 

 道は整備され、路肩には街路樹が植えてあり、ビル群があって、その壁にある大型モニターにはビールのCMなり詐欺の注意勧告なんかが流れている。人種以外、現世とそんなに変わらない。妄想が好きな者なら落胆して涙を流しそうな「魔界」が、彼女の生まれ育った故郷だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「計算によると、窓は22時間後にまた開きます。時間までに戻ってきてくださいね」

 

「わかりました。これ、お土産です。みんなで食べてください、まだありますから」

 

「あぁ! いつもありがとうございます……おぉ、美味しそうなバウムクーヘンだなぁ」

 

 魔界には、複数人の魔法を使って現世へとつながる窓を作る「門」がある。事前の連絡通り、自分のワゴンRと共に魔界入りした空木は顔見知りのゲートの職員に伯爵から貰ったお菓子を渡し、早速目的地の図書館へと向かう。

 

(持っている資料だけじゃ限界があった。やっぱり、調べ物ならここしかないよな……)

 

 あのあとも、空木は書斎にあった先人達の日記なんかをひっくり返したが、宇宙人に会った、なんて記録は見つからなかった。

 

 最悪、自分よりも過去に守護悪魔をやっていた者達は、宇宙人なんてものの対処をしたことが無いなんて可能性もあるが……。母星へ帰りたいと言うポチョムスの願いを尊重する彼女としては、その力になるべく限界まで調べるつもりでいた。

 

 ぼんやり考え事をしながらハンドルを握る。こっちのラジオを聞くのも久しぶりだな。流していたカーラジオに、一時的とはいえ帰郷してきたことを噛み締めていると、目的地が近づいてくる。

 

 ささっと車を停めて、身分証とご先祖さまの記録を手に、空木は足早に図書館に入る。司書を勤める悪魔へ、手短に用件を話した。

 

「合田町の守護悪魔を勤める深尾です。調べ物に来たんですが、今、時間いいですか」

 

「大丈夫です。どのような資料をお求めですか?」

 

「歴代の守護悪魔の記録が見たいんです。あと、できれば宇宙人に関する本ってありますか?」

 

「調査報告録と……宇宙人、ですか……う〜ん、ちょっと付いてきてください」

 

「ありがとうございます」

 

 眼鏡に着崩していないスーツ姿と、見るからに真面目そうな格好の彼に続く。平日の昼という事もあって、あまりここは混んでいない。暇を持て余していそうな老人の悪魔ばかりで、館内放送以外の音はなく静かだ。勉強するには快適な環境といえる。

 

「つきました。こちらの棚が、守護者の方々が認めた記録を元にした本が並べてあります。あと少し離れていますが、あちらの棚に占星術や宇宙に関する書籍をまとめてあります」

 

「そうですか。すみません、何から何まで」

 

「いえいえ。守護悪魔の記録ですが、こちらは貸し出しサービスの対象外となっております。申し訳ございませんが、当館からの持ち出しは禁止されておりまして……」

 

「了解です。何かあったら呼びますね、ありがとう。」

 

 予想はしていたがやっぱり貸し出し禁止かぁ。空木は内心落胆しつつも、ポチョムスの母星、「ピコリコ」や、AST007星系なるものの手がかりや記録がないかを探し始めた。

 

(合田町を専門にしてた悪魔の調査記録は……ここか。うわ、全部で20冊ぐらいある……)

 

 本棚にレールで固定された梯子をスライドさせて登り、早速目当ての本を見つける。手始めに4冊ほど掴んで、まずはそもそも先人が宇宙人と接触したことがあるのかを調べる。

 

(先代様は……無いな。吸血鬼と亜人ばっかり。その前も……ん!)

 

 ぱらぱらと索引と目次だけに目を通して1冊を済ませて次へ。そんな彼女は、気になる文言を見つける。

 

 「未知との遭遇•宇宙人との対話」……見てみるか。これだけ変な者が来る町だ、過去に宇宙人の1人や2人来ただろうと空木が思ったのは正しかった。割と早くに、彼女は異星人と接触したらしい先人の記録を探し当てる。

 

「…………………………、全然違うな」

 

 が、内容を読んでみると徒労に終わった。「ボイド星人」なる攻撃的で粗暴な異星人とのコミュニケーションに苦労した、などと書かれている。もしかすれば今よりも古い記録なので、種族としての名前が違ったり、星系の名前が違うなどはあるかもしれない。しかしここまで生態や文化が違うと、流石に違う種族かと諦めた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ボイド星人、ピルポ星人、ベルバロイド……なんだか空木には聞いたことも無いような種族が外宇宙には沢山いるらしい。

 

 こちらでいうタコ•イカみたいなだったり、肌の色以外は人間そっくりだったり、またどう見てもクリーチャー然とした容姿ながら、平和主義な宇宙人が居たり。読み物として見れば楽しいのだが、どれもがピコリコ星人とは結び付かず、空木は途方に暮れる。

 

 気がつけばもう図書館に籠もって6時間が経つ。合間合間で飲み物を飲んだり、久しぶりに親と電話したりして休憩を挟んだりもしたが、あまり進展は無かった。聞き出せるだけのことはポチョムスから引き出したが、いずれのどんな情報にも掠りすらしない。

 

「ん゛ぁ゛〜……だめだ、頭痛くなってきた……」

 

 気晴らしも兼ねて、途中、宇宙関連の本にも手を付けた。しかし、やはり彼に関する有力な手掛かりは無い。仕方がない、やっぱり引退した先輩方を直接尋ねるか独学で調べるかして返す方法を模索(もさく)するしかないかな……。額に冷却シートを貼って、山のように積み上がった書物に目を向ける。

 

 そんなときだった。1、2冊、まだ読んでいない本を彼女は山から見つける。

 

「……遠い星系のお話。ピェク•リュカ人との文通、生態調査……?」

 

 …………………。ピェク•リュカ、ピェコリュコ、ピコリコ……はは、まさか。どことなく響きは似ているが、名称の違う宇宙人との交流を綴った本だ。一応、目を通しておこう。次の巻を取る前に、空木はそれを見た。

 

「……………………!」

 

 SPT006星系•ピェク•リュカ星。

 

 体の手足は退化し、代わりに念動力や思念を相互に交わす事によるコミュニケーション等、超能力に長ける原住民が住む。

 

 塩辛さの強い食べ物や、歯応えのある食べ物を好む傾向にあり、郷土料理はまるでスナック菓子のよう。文明としては、その高いエスパーとしての能力を用いた機械工学が発展しており、主要な工業は自動化が進んでいる。

 

 反面、機械と能力に頼ることが多い歴史を辿ってきたため、肉体強度はあまり高くない。病原菌などから身を守るために基本的には防護服を着ており、手作業による仕事なども不得意なようだ。

 

「……………………。」

 

 偶然、で片付けるには合致する特徴が多い宇宙人だ。関連性があるのだろうか―――たまたま見つけた本のピェクリュカ星人に興味を持ったその時だった。

 

 マナーモードにしていたスマートフォンが震える。誰かが電話をかけてきたようで、画面を見た。相手はマユミだった。

 

 ひとまず本を置いて、空木はテラス席がある外に出る。何かあったのか、相手は焦っている調子だ。

 

「もしもし、空木だよ。マユミちゃんどうかした?」

 

『あっ、繋がった! ……えっと、今、私の家にポチョムスさんを寝かせているんですけど……』

 

「??? どういうこと? なんであの人がマユミちゃん家に……」

 

『あっ、ご、ごめんなさい! あの、えっと』

 

「落ち着きなよ。私は逃げないから」

 

『はい! あの―――』

 

 疲れ目を擦っていた空木へ。緊急を要する案件をマユミは言う。

 

『ポチョムスさんが、熱を出して倒れていたんです。いま、私が看病していて……………』

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 この星の人々は優しい。が、しかし――

 

 これは贅沢だ。間違っても空木殿の目、耳へ入れてはならない私の我儘(わがまま)である。

 

 同族は、居ないのか。

 

 寂しい。ここまで孤独を感じた事は無い……心細いのだな。同じ種族が見知らぬ土地で自分一人というのは

 

「「…………………………」」

 

 ベッドで寝ているポチョムスと、彼が持っていたという日記とを空木とマユミは交互に見る。読み進めるほど表情が曇る空木だったが、エスペラント語の知識がないマユミにも通訳すると、彼女も似たような顔になった。

 

 窓が開く時間は決まっているため、空木は予定の時刻まで悶々と過ごした後に現世に戻っていた。大急ぎで十二月田家まで車を飛ばし、今に至る。

 

 そうだよな。家族が居るんだ、心配だよね―――。見分けが付かないが、日記に挟まっていた家族写真に写るピコリコ星人を見て空木は考える。

 

 伯爵やアグラーヤは「吸血鬼」と人間とは種族が違うが、見た目は人とそう変わらない。フェレスにしたって、別世界出身とはいえ自分やエイムなんかと同じ人種だ。

 

 他の空木の知り合いでも、あそこまで技能や体型などが人型からかけ離れた者はいない。それはつまり、彼がシンパシーを感じられるような者が周りに誰もいないわけで。心細く思っていたのは想像に難くない。

 

「熱ってどれぐらい?」

 

「39.4でした。ただの風邪だといいんですけど……」

 

「なんとも言えないな……もしも、ピコリコ星人の平熱が20度とかだったりしたらものすごい高熱ってことになるし……」

 

 空木の得意な魔法は、いつも使う攻撃呪文と、火を使うものだ。あまり治療や物を治す類の魔法は苦手で、何か壊れたとなったらエイムを呼んで対処している。

 

 だが今はタイミングが悪かった。初めに空木が受けて不快感を感じたポチョムスのテレパシーだが、予想以上にあれはエイムの体に悪影響があったらしく、彼は今魔界に戻って休養を取っていた。止むなく、彼女は応急処置に取り掛かった。

 

 宇宙服を着たまま眠っている彼の体に、3枚の緑の御札を貼る。そこに白いインクをつけた筆で印を書き、空木は癒やしの魔法を唱えた。

 

「平穏の初段・維持。」

 

 ぼんやりと、ポチョムスの体が赤みを帯びたやわらかな光に包まれる。すると、汗を流してうなだれていた彼の呼吸音が落ち着いた。

 

「ポチョムスさんの病気を治したんですか?」

 

「いや、私はこの手の魔法は苦手でさ。「これ以上悪化しない」魔法をかけてあげただけ。いつもならエイムくん呼べば解決なんだけど……今、彼休みでこっちに居ないからさ」

 

「そうなんですか……」

 

「で、さ。ゴメン、マユミちゃんにはちょっと手伝って欲しい事があるんだ」

 

「はい! なんでも言ってください!」

 

「ありがと! ………さっきさ、一緒にこの人の日記見たよね?」

 

「帰れなくて、寂しい、って書いてありました……」

 

「うん。その事なんだけどさ」

 

 空木は持ち込んでいた分厚いファイルから、一枚の札を取り出して言う。

 

「この御札を、マユミちゃんの体の好きなところに貼って欲しいんだ」

 

「……? わかりました」

 

「コレに文字や絵を描いた人と同じ種族に変身できる魔法の御札。つまり、貼ると……えぇと、ピコリコ星人と同じ見た目になるの」

 

「わ、私があのタコさんウインナーみたいになっちゃうんですか!?」

 

「そ。でも、貼ってる間だけ、ね。ご機嫌取りというかなんとゆーか。一人で寂しいらしいから、看病ついでに話し相手になってあげてほしいの……私はやらなきゃいけない事が増えたから」

 

「…………はい!」

 

 少し考え込んだ後、彼女は御札を自身の額に貼った。数秒後、マユミの体が光り始め、その姿を包み込んで隠す。

 

「わ、わ、わ!?」

 

「お、うまくいったかな」

 

 光の塊となった彼女の体が段々と縮む。数分後、体の発光が収まり、変化したマユミの姿が(あら)わになった。

 

〔どうでしょう? 空木さん〕

 

「かっ……!?」

 

〔か? どうかしましたか?〕

 

 話し言葉にエコーがかかったような……不思議な喋り方でマユミが問いかけてくる。が、それよりも、変身した彼女に空木は思うことがあった。

 

(か、かわいい!!)

 

 そうなるように作ったのだから当たり前だが。御札の効果でマユミは、少なくとも空木から見ればピコリコ星人そのものな外見に変わる。

 

 ポチョムスとの違いは、ゆでダコのような赤ではない、鮮やかなオレンジ色の体色だ。ついでに目にも女性らしくまつ毛が生えている。こうした違いが出るあたり、やはり彼は男性なのか?と空木は思った。

 

「す、すごくカワイイ。ぬいぐるみみたい」

 

〔そ、そうですか?〕

 

「ほら、鏡見てみなよ。今のマユミちゃん」

 

〔わっ! ほんとだ!〕

 

 さて、準備が1個終わったな。空木はすぐさま彼女にポチョムスに付くよう言うと、少し離れた場所である場所へ電話をかけた。

 

 ここからが肝心だ……ほんの少しの祈りを込めて、スマートフォンを握る。2コール目で、相手は電話に出てくれた。

 

『はい、こちらカラービア宇宙空港でございます。』

 

「すみません、今から2〜3時間以内に向かいますので、予約が取りたいんです。空いてる席とか、船ってないですか」

 

『少々お待ち下さい―――今出航できるのは……そうですね、ロア級輸送船が空いています。申し訳ございません、現在はこちらだけですね』

 

「う……ろ、ロア級ですか……わかりました。すぐ向かいます。飛び込みの料金は?」

 

『お客様、お名前と、目的地はどちらでしょうか?』

 

「あ! え、えぇと〜深尾 空木と言います。行き先は医療惑星サイラーラでお願いします。あと、人数は私含めた4人で、車も一緒に載せます」

 

『サイラーラですね、かしこまりました。……車両とお客様の運行料金は、合計で片道25000カルセとなります』

 

(たっけぇ!!)

 

『? 何かおっしゃいましたか?』

 

「あ、あぁいえ。すみません、いま持ち合わせが無くて。申し訳無いんですが円かドルで先払いしても良いですか?」

 

『問題ありません。お急ぎなんですよね?』

 

「! ありがとうございます! 無理言っちゃって……急いでそっち行くので。準備しておいて頂けると……」

 

『お待ちしております、よい宇宙の旅を。空木様。』

 

 痛い出費だな……項垂れながら通話を切った。そんな空木にマユミは質問する。

 

〔どなたとお電話ですか?〕

 

「宇宙空港。詳しいことは後でね。とりあえず、この人を病院の星まで送ってあげることにした」

 

〔う、宇宙空港……? 空木さんの住んでる場所には宇宙船とか普通にあるんですか〕

 

「うん、ポチョムスさんみたいな立派な船は無いけどね。安物のプライベートジェットみたいな、粗末な奴が飛行機ぶってるだけのちんまい空港だよ」

 

 さて、と。準備3つ目、行くか。空木はハンガーにかけていた薄手のコートを羽織る。

 

「ちょっとフェレスと面会してくる。マユミちゃん、ポチョムスさんのことお願い」

 

〔ふぇ、フェレスさんですか!?〕

 

「うん。ま、心配しないで。すぐ戻るからさ」

 

 足早に、彼女は十二月田家から出ていった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 マユミの家からそう遠くないこともあって、収容所には10分もかからず到着する。時間が無いので駆け足で中に入り、速やかに面会手続きを済ませると。空木は紙袋にある物を持ってフェレスと対面した。

 

「つくづく思うわ。貴女とは「波長が合わない」ってね、レディのコーヒーブレイクを邪魔するだなんて、いい度きょ」

 

「長話する気はありません。時間が無いんです、フェレスさん」

 

「がっ……!? に、2度ならず3度まで……ふん、まぁいいわ。何よ、かしこまっちゃって」

 

 ガラス越しの相手がまた性懲りもなく言いたい放題言いそうだったのを、無理やり遮って空木は話した。

 

「単刀直入にいいます。これから一仕事あるんですが、手伝ってください」

 

「嫌よ」

 

「言うと思ったよ」

 

「あら、話が早いわね。それじゃあまたね〜」

 

「待ってください。私は貴女が来てくれた場合の報酬も用意しています」

 

「………………ちゃっちゃとすませなさいよ」

 

「私から貴女と面会したちょうど1週間前ぐらいに、とある宇宙人の方がこの町に不時着しました。乗り物も壊れてしまって、今どうにか修復作業に取り掛かっています。直るまで滞在して頂くことになったのですが、彼は今、熱を出して倒れたんです」

 

「それで?」

 

「私の仕事は、迷い込んできた者の犯罪を防止したり、捕まえたり、保護して元の世界へ送り返す事です。その際、事の大きさや送った種族によって魔界から報酬を得ています」

 

「……………………」

 

「今回のような「宇宙人」を丁重におもてなししてお繰り返した場合、報酬としてこちらのお金で500万円出るから。分け前は渡します……どうか」

 

 さて、1個目のカードは切ったぞ。どう出る? 空木は頭を下げて水を飲む。その下では、フェレスの顔を睨んでいた。

 

「その報酬の80%、私に譲渡しなさい?」

 

「ふっぐ!? 冗談じゃない!!」

 

 手心ってものが無いのかこの悪魔は?? 空木は思わず飲んだものを吹き出しそうになった。

 

「あら、それじゃあやっぱりバイバイ」

 

「わかった、40%! それ以上は……」

 

「OK、60%ね〜♪」

 

 なんて金にガメつい女だ……。軽い頭痛を覚えつつ、空木は説明を続けた。

 

「フェレスさんには車を出して欲しいんです。貴女のロールスに私とその宇宙人、あとマユミちゃんの4人でまずは私の魔界に行きます。そこに宇宙船の空港があるので、そのまま私が予約した船に車ごと乗り付けてください」

 

「ふ〜ん……この私をタクシーにしようっての?」

 

「……もう一つ、お金以外の報酬もありますよ。こういう物ですけど」

 

 やっぱりまた吹っ掛けてきたな。そう思った空木は、この女への切り札を見せた。

 

 彼女は紙袋から黒い箱を取り出す。それは、フェレスが喉から手が出るほど欲しがっていた「アレ」だ。

 

「!? ちょ、ちょっとそれどこで!」

 

「貴女の隣の伯爵様から頂いたんですよ。貴女と違って彼は信頼されていますから、こういう差し入れが届くそうです」

 

「ふ、ふふ! こ、この私を物で釣る気なのね……」

 

 おいおい声が震えているぞ。どうやらよっぽど食べたかったみたいだな。空木が出したのは、フェレスがアツく語った例のバウムクーヘンだ。

 

「ごちゃごちゃ言わずについてくるならこれも渡しますし、刑期も縮めて、ついでにお金もあげます」

 

「…………………………」

 

「…………断ったらまた直したての車壊しますよ」

 

「ちょっとぉ!? まだ何も言ってないわよ! し、しかもなんで断ったら壊すのよ!」

 

「なんかムカついたから」

 

「む、む……ぐっ!」

 

 俯いて、フェレスはぷるぷると震え始める。そんなに頭下げたくないのか……。空木は早く決めてくれないだろうかと、目を瞑って椅子に深く腰掛け直した。

 

 

 

 




なんだか毎回1エピソードが4話構成になりそう


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ピコリコ星人ホームシック〜その3

おまんたせ。 余談ですが募集したキャラクターは1エピソードが終わっても今後も準レギュラーぐらいの頻度でポツポツ出していきます。


 

 

 

 

 どうにかフェレスを説き伏せ、仮釈放状態にした彼女の駆るロールスロイスドーンに乗り込み。空木は道中で、ピコリコ星人となったマユミと、やはり熱にうなされているポチョムスも後部座席に押し込み、再度の魔界入りを目指す。

 

 こちらが指定した出港時間まで残り2時間。ゲートから空港までは30分もしないので余裕はある。思いのほかこの女(フェレス)を連れ出すのに時間がかからなかったのが幸いした。そう思いながら、彼女はカバンからファイルを取り出し、窓を開くための準備を始めた。

 

「お客様、どちらまで回せばいいのかしら」

 

「このまま道沿いに。行き止まりに、工事現場の跡地になってる更地があるから」

 

「あっそ……ところでマユミちゃんはなんでこんなに((ピコリコ星人))なってるのかしら」

 

〔気にしないでください〕

 

「そ、そう? ……ねぇ空木ちょっと、体に悪影響とか無いわけ?」

 

「貴女のこの車に乗りっぱなしのほうが悪影響だけどね」

 

「悪かったわね……」

 

 運転手に適当に答えながら、目当ての御札を5枚取って、さらに空木は手帳の紙に適当に五芒星図を描く。程なくして目的地に着く。彼女は車から降りると、目の前に広がる更地の真ん中の辺りに止めるようフェレスに言った。

 

「ここまで車を。オーライ、オーライ……ありがと、ここで大丈夫」

 

「何する気?」

 

「心配しなくても壊したりはしませんよ。フェレスは見てるだけでいーから」

 

 鉄製の定規を手に持ち、空木は車を囲むように地面の土に丸を描く。その丸に等間隔で、先ほど用意した紙と御札を貼り付けた。そして最後に、空木は車に乗り直し、一枚の札を持って魔法を唱える。

 

「ヲチスヒ・カクヤエヌ・キオルチケ・テヤケノギエ……」

 

 指の間に挟めていた紙は、詠唱が終わると同時に燃え始めて消滅した。すると、車を囲っていた陣が輝き出し、ロールスロイスはそのまま地面の中にずぶずぶとめり込んでいく。

 

「わ! わ! わ!?」

 

 なんだこれはとフェレスが思っている間にどんどん車は沈んで行く。車体が全部地面に潜り込むと、目を開けば、星空のような景色の広がる空間の中を車は漂っていた。

 

「だ、大丈夫なのこれ? どこかに自由落下してるようにしか思えないのだけれど」

 

「大丈夫ですって安心してください」

 

「なんで抑揚の無い言い方するの? 私を不安にさせたいのかしら??」

 

 内心穏やかでは無かったフェレスに空木はぞんざいな対応を返す。後ろに居たマユミはというと、うなされているポチョムスの世話にかかりっきりで、あまりこの状況にどうこう思っているようには見えなかった。

 

 無重力のような不思議な感覚のまま数分が経過する。空木が少し車から乗り出して下を見ると、この空間の底の部分から光が近づいてきていた。シートに座り直して、財布を開く。

 

「あと少しで着きます。発進の準備を」

 

「……痛くないわよね?」

 

「何がさ……」

 

 自分が下を見て何か確認したものだから、フェレスも気になったか、彼女は何度も下を見る。なにもないったらと空木は一応なだめておいた。

 

 光の中に車は入ってゆく。気がつけば、空木も昨日に訪れた門のある場所へ4人は出ていた。

 

 つい何時間か前に出ていったはずの空木の姿を見て、施設職員が怪訝な面持ちになる。彼女は多くても半年に1度ぐらいの頻度で里帰りをするので、こんな数時間もしないうちに魔界に戻ってくる事はほとんど無いのだ。

 

「空木さん? 忘れ物ですか?」

 

「いいえ、ちょっとこちらの方を連れて空港に用事が。勝手に戻ってきたのは謝ります」

 

「別に構いませんが……そちらの女性は?」

 

「知人です。じゃ、また後で……フェレス」

 

「はいはい。」

 

 職員に挨拶を済ませ、空木は運転手にとりあえずまっすぐ行くよう言う。フェレスはため息混じりにアクセルを踏んだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 

 

「貴女の出身地ってこの魔界も、ずいぶんツマラナイ景観ね」

 

「どういった点で」

 

「だって人間界の町中なんかと何も変わらないわ。ビルなんか立っちゃって、道も舗装されて、しかも電気自動車まで走ってるじゃない。もっとこう、悪魔城みたいな建物は無いの?」

 

「世の中なんてそんな物でしょう、漫画の見過ぎだよ。少なくともコッチじゃ、車が空飛んだりするのは大分先だと思うよ」

 

「面白くないわね……マユミちゃんもそう思うでしょう?」

 

〔わぁ〜……〕

 

「………マユミちゃん?」

 

〔なんですか?〕

 

「その……そんなにビル群が珍しいのかしら」

 

〔引っ越す前は田舎暮らしだったので〕

 

「そ、そーなんだ」

 

 無理矢理引っ張り出された恨みを晴らそうというのか、不満を垂れ流すフェレスを空木が軽くあしらうと。この女は、マユミに同意を得ようとする。しかし話し相手が都会の景色に目を輝かせているのを見て、大きなため息をついた。

 

 苛立ちながらフェレスが十数分車を走らせていると、栄えている区画を抜け、4人は郊外に入る。住宅街らしきその場所は、道の両脇に露天がたくさん出ていた。祭りか何かか? そう思っていると、空木が口を開く。

 

「そっか、6月か……バザーの時期だったかな……」

 

「何よ、なんだかお祭りみたいじゃない」

 

〔美味しそう……〕

 

「ん〜……クレープ1個で2.5カルセね。普通だな」

 

「…………さっきから目に入るけど、「カルセ」って何よ」

 

「こちらの通貨単位です。大体1カルセで今は220円ぐらいでしょうか」

 

「ふ〜ん……」

 

 どうせもう来ることはそう無いだろう。勝手にそう思ったフェレスはいらない情報だな、と適当に流した。

 

 屋台が並んでいた通りも終わり、一行の車は長いトンネルに入る。車通りの少ないそこを、フェレスは誰に言われるでもなく、多少飛ばし気味に抜けた。

 

 「うわ、結構大きいわね」 トンネルを抜けて姿を見せた空港の姿に。思わずフェレスはため息をついてそう漏らす。

 

「そうですか?」

 

「片田舎のボロ空港かと思ったわ。国際空港並みの規模じゃない……」

 

 道や標識の案内に従っていると、車は高速道路の料金所のような場所に着いた。遮断バーが降りたのでフェレスはブレーキを踏む。職員に対応する空木を、彼女とマユミはぼうっと見守った。

 

 深々とお辞儀していた女性の悪魔に、空木は紙袋から札束と何かの箱を取り出しながら話す。

 

「深尾様、お待ちしておりました。25000カルセを円でお支払い、と聞きましたが……」

 

「用意してあります。数えるの面倒だとは思いますが……200万円と、300万円分の貴金属が入ってます。残りの10〜30万は目処(めど)がついたらすぐに」

 

「頂戴いたします。では、搭乗口までご案内しますね」

 

「お願いします……フェレス、前の車に付いてって」

 

「はいはい。」

 

 おいおいそんな大金でこれから何をするつもりだ。そう思っていたフェレスの前に、どこからか、屋根に「誘導中」と光る行灯(あんどん)の付いた車が現れる。いわれるまま、彼女はその後ろにロールスをつけた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ほんの4〜5分ほど前に従って流していると、車は空港の建物の中を貫通していたトンネルをくぐり、そのまま滑走路のような場所に来る。

 

 宇宙空港とか聞いたから、SF映画みたいな基地っぽいところかと思ったら案外普通なんだな。やはりツマラナイ場所だ……。考え事混じりで、のんびり頬杖をついて運転するフェレスの前に、口の開いた大きなコンテナみたいな物が立ち塞がる。

 

「……ねぇ、船ってもしかしてコレなの?」

 

「うん。ロア級輸送船……乗り心地の悪い貨物船だね」

 

「かっ、貨物船……」

 

 500万円も払って乗るのがコレだと?? 改めてフェレスは船を見る。

 

 例えるなら各部にロケット推進機らしきもののくっついただけの灰色の「筆箱」か「長財布」だ。飾り気がなく、デザインもへったくれも無い、ただ実用性を追求したらこんな形になったみたいな乗り物だった。とても金額に見合った船ではないと、少なくともフェレスは感じる。

 

 だが金を払ったのは雇い主の空木であり、こちらはビタ一文使う事なく、それどころか仕事さえやれば晴れて釈放、ついでに小遣いまで約束されているのもあって断れるはずもなく。渋々、彼女は愛車のロールスロイスドーンを、この子汚いコンテナ船の中へと進ませた。

 

 外装から予想がついていたが、中はまるで使い古した工場設備といった(おもむ)きだった。サビは無いが、かといってピカピカというわけでもなく、至る場所がくすんだ金属の色をしている。船内には誘導棒を持っている職員が居り、彼の案内に従って車を停める。

 

「オーラーい、はーいOKでーす。お疲れ様でしたー」

 

「さ、降りましょうか」

 

「……こんなボロっちい船で宇宙なんて出て本当に大丈夫なんでしょうね」

 

「さぁ」

 

「さぁ!?」

 

「冗談です。マユミちゃん、ポチョムスさん運ぼうか」

 

〔はい!〕

 

 こいつ、適当言って私を殺す気じゃないだろうな?? 冷や汗をかいて嫌な方向に勘ぐってしまうフェレスをよそに、空木とマユミは寝ているポチョムスを抱えて、船内の医務室へと案内を受けていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 風邪を引いた宇宙人だかなんだかを連れ添って居なくなった2人とは離れ、フェレスは別の者から客席まで案内される。こちらは予想と違って、少し豪華だった。

 

 飛行機のファーストクラスや寝台車の高級席を思わせる、ホテルの個室みたいな広い空間。シートベルト付きの変なベッドが目立つが、それ以外は普通の値の張るクラスの席に見える。

 

 ベッドに腰掛け、持ち出しを許可された自分の携帯電話を起動する。どういうわけか規格が同じだった備え付けのイヤホンを挿して、好みの音楽でも聴いてようかと思うと。そんな彼女へ、客室乗務員が飲み物と軽食メニューを持ってこちらに来た。

 

「失礼します、お飲み物のサービスはいかがですか」

 

「何があるの……紅茶、ね。それお願い」

 

「かしこまりました。」

 

 ミールカートから紙コップと飲み物を出す相手を見る。ふと、他の席を見る。自分以外には誰も乗っておらず、まだ空木たちが戻ってくる様子もない。

 

 なんとなく話し相手が欲しくなり。フェレスはサービスに話しかけてみた。

 

「ねぇ、ちょっと。私、あの空木とかいう性悪な女に付き合わされてココ来てるのだけれど。悪いけど、話し相手になって頂けないかしら?」

 

「あぁ、そうなんですね! 道理で。見ない方だと思いました、フェレスさん」

 

「!」

 

 見知らぬ女が自分の名前を知っていたのを思わず問い詰めそうになった。考えるまでもない。予約とやらを取るのに空木はきっと全員の名前を伝えたんだな、余計な事を……等と思いつつ、フェレスは続けた。

 

「私、あまりこの辺りの事は詳しくないの。この船、悪いけどちょっとボロっちいけれど、星間飛行なんて大丈夫なの?」

 

「ご安心ください。当機は去年建造された新造艦でして、点検も3日前に済ませております。外観こそ、デブリ帯を通る都合上傷が目立ちますが、頑丈さは特筆に値する船なんです」

 

「ふ〜ん、そうなの」

 

「ただ、ちょっと乗り心地は悪いんですけどね。」

 

 「こちらはサービスになっております。」 はにかみながらその悪魔はテーブルにレトルトの軽食か何かを置いて、今度は彼女の方から話を始める。

 

「空木さんとはどのようなご関係ですか?」

 

「友達でもなんでもないわよ。私は車を人質に取られて無理矢理来させられただけで」

 

「あぁ……たまに強引ですからね。あの人」

 

「……気になってたけど、身内なの? 知ったような言い方だけど」

 

「有名な方ですよ。州の定める20名の「守護悪魔」の一人ですから」

 

「守護悪魔?」

 

「はい。魔法犯罪の多発する世界へ派遣される方の一人なんです。私も憧れなんです!」

 

「へぇ」

 

 なるほど、ようは自分のような迷い込んできて悪さするのをとっ捕まえる連中の、さらに精鋭の訳だ。道理で色々と手慣れてるわけだ……。フェレスは乗務員の発言に、想像よりも空木という女はやり手らしいと判断して苦い顔になる。

 

 世間話も終わり、彼女は個室から出ていった。さて、適当にくつろぐか。ふかふかのベッドに横になり、のんびりとしてると。にわかに室内照明が薄暗くなり、艦内にアナウンスが流れ始めた。

 

『本日は、当機066a便をご利用いただき、ありがとうございます。船内施設の利用に当たり―――』

 

 なんの事はない。離陸や不時着時の対応なんかの話だった。ぼうっとしていたフェレスの耳に、気になる事が入ってくる。

 

『最短航路を通る都合上、小惑星群やデブリ帯を通過する可能性がございます。お手数ですが、この非常ベルがなった際は、ベッドに備え付けたシートベルトの着用を、お願いします』

 

「……これか」

 

 ずっと気になっていた、ベッドの横にくっついていたベルトの使い方だった。いちいち付けて外して、とやるのも面倒だと思い、事前にフェレスはそれで布団の上から自分の体を固定することにする。

 

 自分で評するのも妙だが、なんだか暴れる凶悪犯が縛り付けられているような状態が出来上がる。だがこのベッド、なかなか寝心地が良く、ベルトの圧迫感こそ感じるが、不快感はあまり無い。

 

「……………………。」

 

 目的地に付くまで、このボロ船に何もなければ良いのだけれど。フェレスは目を瞑り、仮眠を取ることにした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 はっ、として目が覚める。時計を見ると、ざっと5時間ほど経過していた。

 

 慣れない環境に身を置くと疲れるということだろうか。思いのほかスッキリとした寝覚めに、フェレスはわざと目をぱちぱちさせ、水筒に移して残っていた紅茶を飲んだ。

 

 あたりを見渡すと、窓のある壁の近くが「到着」と光っている。どうやら寝ている間に目的の星か何かには着いたらしい。

 

 「乗り心地の悪い」と念を押された割には何も無かったな? 身構えたのに損をしたなと思いながら、フェレスはベッドから降りて、脱いでいたジャケットを羽織って個室から出た。

 

 「あ、お目覚めですか」 部屋から出てすぐ、彼女は離陸前に喋った悪魔と鉢合わせた。どうも、と生返事のあと、口を開く。

 

「ちょっと寝過ごしちゃったかしら」

 

「いえ、今着いたばかりですよ。ちょうど起こしに来たんです」

 

「あら、それは良かった。ん〜、乗り心地の悪いとか言ってたけど、結構何も無いのね。及第点をあげるわ」

 

「ありがとうございます。フェレスさんは乗り物酔いはあまりしない方なんですね」

 

「そうかしら? 人並みだと思うけれど」

 

「空木さんはいつもこの等級の船に乗ると酔ってしまうんです。さっきも格納庫でエチケット袋持ってしゃがんでましたし」

 

「嘘よ、あんなのがそんなこと」

 

「うふふ。あ、その空木さんからですが、車のあるところまで来るようにと」

 

「そう。ありがと、気が乗ったらまた乗るかもね」

 

「またのご利用を、お待ちしております。」

 

 優雅な仕草でお辞儀する彼女に見送られながら、フェレスは自分のロールスロイスの元へと向かった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

〔う、空木さん気をしっかり! はい、し、深呼吸を……〕

 

「マユミちゃん、ありがっ!? ゔっ、ぉぇっ……」

 

「…………本当なのね」

 

 車を置いた格納庫まで降りてきたフェレスの目に、四つん這いになっている空木の背中を擦るマユミの姿が映る。本当に乗務員の言うとおり、女は酷い乗り物酔いに苦しんでいた。

 

 車を見ると、赤いウインナーみたいな宇宙人はもう乗せられていた。コンテナの蓋も開いており、一応、いつでも発進できるようにはなっている……が、どう見ても空木に関してはそれどころでは無さげだった。

 

『到着しました、惑星サイラーラです』

 

「ぅぅ……ぅ゛っ! ……ぉぇっぷ」

 

「……ねぇちょっと、貴女大丈夫なの?」

 

「ふぇ、フェレス……ぽ、ポチョムスさんの容態に比べればこのぐらっ……ゥォロロロロロロ………」

 

「あわぁっ!? ちょっと、こっち向いて吐かないでったら!?」

 

 駆け寄ってきたフェレスを見た途端、また喉という名のダムが決壊する。空木はこらえきれずに、エチケット袋へ胃の中の残り物を吐き出した。いったいどこから出ているんだという量の水分を戻している女に、フェレスは引きつった笑みを向ける。

 

〔わぁっ!? う、空木さん新しい袋です! あっ、溢れちゃう!!〕

 

「乗り物酔いが酷いとはね。というかねぇ、アナタあんな運転しといて船とかだめなの?」

 

「く、車は自分でハンドル握るじゃないですぅっ……ぅぇぇぇろろら」

 

「うわぁ……ちょっと、ナビはどうすんのよ……知らない道なんて流石に走るの嫌よ私は」

 

「じょ、乗務員の方に付き添いを頼みむぁっ! ぅおえっ!」

 

「あぁっ!? ちょっと、落ち着きなさいったらもう!」

 

「彼女に案内してもらって、病院には、こっ、このカードを受付へ……それで通れるはずだから……」

 

 ただでさえ顔の白い空木は、更に青ざめた表情で身体中の水分を袋に注ぎ込んでいる。やっと落ち着いたか、彼女は近くにあったベンチにフラフラ座り込み、フェレスに続けた。

 

「フェ、フェレスは案内を受けながら、マユミちゃんと車で彼を病院へ……私も後で合流します……」

 

「……良いの、私を放し飼いにして」

 

「道案内なしに、この星を抜けるのは難しいと……思うよ」

 

「……ちっ」

 

 やっぱり見抜かれてる。わざとらしいため息をついて、彼女は愛車のエンジンを掛けた。それを見て急いでマユミも助手席に乗り込む。すると、ちょうど先程挨拶した乗務員も降りてくるのが見えた。

 

「全く!! 私のロールスをタクシー代わりだなんて、高く付くわよ!!」

 

 体調不良で今にも死にそうになっている空木を睨みながら、フェレスは乗務員の着席を待った。

 

 

 

 

 

 




次話でポチョムスさん編終わりです。


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ピコリコ星人ホームシック〜その4

4話じゃ終わんなかった♡


 

 

 医療惑星サイラーラ。名前の通り、優れた医療機関が有名な星……どころか、この惑星そのものが1つの巨大な病院である。

 

 水と大地の割合はおよそ6対4と多少地球よりも海が小さいが、環境そのものはあまり変わらない。大きな特徴は、地表から絶えず放出されている桃色を帯びた霧だ。このガスはどういうわけか、ありとあらゆる生命体の代謝を促進、怪我の治りなどを早める効能があった。

 

 当然、星間航行の技術がある宇宙人には知らぬ者はいない有名な星となり。様々な星の腕利きの医療従事者の移住や、特にテラフォーミング技術に優れた宇宙人の主導による星そのものの改造が行われた結果、銀河有数の「病院惑星」が誕生したのだった。

 

 

 …………と、いうようなことを、フェレスは後部座席でポチョムスの面倒を見ていた乗務員の悪魔から教えてもらう。因みに隣のマユミはというと、道中で「地球人の観光客向け」と置いてあったパンフレットを呼んでいる。

 

 フェレスの個人的見解としては、「ここ」は空木の出身地よりも遥かに異質で楽しい場所と言えた。

 

 様々な惑星からの者に対応するためだという虹色に光る信号機、ベルトコンベアみたいに車を運ぶ道路。訳のわからないことを言ったかと思えば、目的地を言った瞬間、自分にもわかる言語で返事が帰ってくるアナウンス看板。少なくとも、自分が元いた地球よりも遥かに文明の進んでいるらしい事を理解すると少しワクワクした。

 

 一体どういうことか検討もつかないが、どぎついネオンカラーで見やすいが、かといって何故か目に痛くは感じない何かのビル群をのんびりと眺める。時々交差点でハンドルを切る以外は全く操作の必要がないので、フェレスはのんびりと乗務員の話を聞く。

 

「フェレスさんとシワスダさんは宇宙旅行は初めてなんですよね」

 

「えぇ、言った通りよ。連れ回されただけだもの……でもいいもの見せて貰ったわ。景色もきれいだし、空気も澄み切ってて、何より楽ね、この道は」

 

「うふふ。宇宙でもかなりのハイテク惑星でもありますから。色んな星から、患者さんが訪れるんですよ。因みにホテルの温泉とかも効能がすごいと聞きます、高いんですけどね」

 

「なんとなく想像つくわ。なんだか目に映る物が非現実的だもの……」

 

〔さっき魔法の絨毯(じゅうたん)で飛んでいる人がいました……〕

 

「それぐらいなら私の居た天界で天使共がやってたけれど」

 

〔そうなんですか!?〕

 

 それぞれの居た世界での常識なんかで世間話をしていると、目的地の病院が近づいてくる。遠目にもわかる巨大な建造物だったが……なんというか、こちらもなかなかインパクトがあるデザインをしている。

 

 一言で言うなら箱だ。おそらくはきれいな正六面体と思われる、真っ白な立方体。その壁面には窓らしき物が並び、そしてデカデカと赤十字が、意味がわからないが、「赤と感じる虹色」で書かれている。あっ、病院マークって銀河共通なんだ。フェレスは自分の知る世界でもよく見た、普遍的なその記号に少し意外に思った。

 

 そのまま道路に運ばれること数十分後、車は駐車場の入り口らしき場所から病院の中に入る。

 

 更に自動的にロールスロイスは右に左に流れていき、最終的に立体駐車場と思われる場所の空いたスペースに自動的に停められた。建物の天井からモニターが出現し、「お疲れさまでした。駐車を確認、乗員の方は降りてください」との文字が出力される。3人は車から降りた。

 

 「着きましたね。では、私はこれで」 唐突にそう言って帰ろうとする悪魔へ、え、とフェレスは生返事混じりに問い詰める。

 

「一緒に来るんじゃないの?」

 

「いえ、施設の案内はロボットがしてくれますよ。私は先に船に戻ります」

 

「帰るときはどうすれば良いのよ。悪いけど私、道なんて覚えていないけれど」

 

「問題ありません。この星の道が「覚えて」います。それに後で合流する空木さんから教えて頂けるはずですよ」

 

「そうなの? ……ならいいけど」

 

「それでは、お疲れさまでした。ポチョムスさん、お大事に。」

 

 にこにこ笑顔を絶やさずに彼女は去っていった。さて、どうしよう。魔法の影響で背の低くなっているマユミの2人で病人を引っ張り出し、フェレスがその身をおんぶして抱えたときだった。3人の前に、3体の浮遊している円筒型をしたロボットが現れた。

 

「な、なにこれ」

 

『私は当院の自動ナビゲーション・消毒システム、スマートボットと申します。本日のご要件をお聞かせください』

 

 あ、乗務員の言ってたのはこれか。フェレスは口を開く。

 

「えぇっと、この……何星人だっけ?」

 

〔ピコリコ星人です〕

 

「ピコリコ星人が風邪引いたから来たわ。診断やら何やらお願い」

 

『かしこまりました。当院の診察カードはお持ちですか?』

 

「これ、でいいの?」

 

『認証しました。受付までご案内します』

 

 電子カード決済の機械みたいな物を出してきた相手に、彼女は空木から貰っていた診察券をかざす。あっていたようで、誘導を始めた、ふよふよと浮いている機械についていく。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 体の消毒と称して、案内ロボットから絶えず霧状の薬液をかけられながら3人は受付へ。高度に自動化・最適化されたシステムによって、なんと数十秒と待たずに診察番号を呼ばれ、一行はまたロボットの誘導でエレベーターに乗る。

 

 てっきり数時間待つのが当然かと思っていたのが挫かれてぼんやりしていると。フェレスとマユミは、医師が待っているという診察室まで到着した。

 

「入っていいのかしら?」

 

『どうぞ。中の者が応対致します』

 

「そ。じゃ、遠慮なく」

〔お邪魔します〕

 

 人を抱えていたフェレスに代わり、マユミが引き戸を開けた。あ、自動ドアじゃないんだ、なんて思いながら2人は中に入る。

 

 中に居たのは、恐らくピコリコ星人と思われる水色の宇宙人だった。ポチョムスが身に付けている物に近い宇宙服の上から、白衣を羽織っている。

 

〔本日、ポチョムスさんの担当医となりました、パンチェレと申します〕

 

「初めまして。フェレスと言います」

 

〔その方がポチョムスさんですね、こちらのベッドへ。どうぞ、おかけください〕

 

「えぇ、では」

 

 言われるままポチョムスを寝台に寝かせる。2人が椅子に座ると、パンチェレはパソコンみたいな機械を操作し、それに反応して部屋の壁が開いて、スキャナーか何かを思わせる形状のマシンが姿を表す。

 

 おぉ、なんだかSFっぽい! ちょっとした感動を覚える女2人をよそに、医者はタイピングを続ける。すると今度は、下半身がタコの触手みたいになっている女の宇宙人(服装から看護師と思われる)が来て、機械に配線コードを大量に差し込みはじめる。

 

 パンチェレが緑色のボタンを押すのが見えた。すると、機械からオレンジ色のレーザー光線が放射され、それがポチョムスの体を包み込む。触っていた機械のモニターを見ていたタコ宇宙人の女性が言う。

 

「これは地球型アデノウイルスですね」

 

〔そうだね。うん、こりゃ夏風邪だな〕

 

〔「風邪!」〕

 

 え、それだけ? 大事にならなくて良かった・意外と大したことなかったな、との両方の感想を抱いた2人に看護師とパンチェレは続ける。

 

「ピコリコの方多いんですよ〜お肌とか体が弱い方多いので」

 

〔防護服が手放せない種族なものでね。聞けば船で地球に不時着したと聞いたが?〕

 

「あぁ〜まぁ、私はあまり詳しく聞いてませんけれど。そうらしいですね」

 

〔どれ……ん! やはり服に小さいが穴が。ここから病原体が入ったな〕

 

「売店に宇宙服の手配をしておきます」

 

〔頼むよ。薬は……うーむ、2〜3日はかかるか。母星から取り寄せだからねぇ〕

 

 嘘は言ってないもんな、うん。フェレスが適当な返事をしている間にもどんどん話は進む。眠るポチョムスの服に傷を見つけ、処方箋(しょほうせん)と新しい服の用意を慣れた様子で進める2名を、悪魔と女子高生は無心で見ていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 とりあえずは、とポチョムスは点滴と院内にある薬で治療を受けると話がつく。なんだか意外と大したことなかったな。そう思いながら、フェレスとマユミは受付まで降りる。

 

 同族も多いようだと感じ、付きっきりの看病をする必要も無くなり、マユミは貼っていた札を剥がして元の姿に戻った。

 

 色々と見てきたがこうも多彩な魔法を使うあたり、能力は自分よりも高いのかな。やはり空木の事を出し抜くのは面倒そうだ。こっそりと自分を監視する相手からどう逃げようかなどとフェレスが算段を立てていると、2人はエントランスに着いた。ちょうど今しがた来たのか、ソファに空木が居るのが見える。

 

「あ」

 

「早かったね。もう診察終わったの?」

 

「さぁね。ただあの宇宙人向けの薬が届くまで遅いと一週間はかかるそうよ。それより、船酔いはもう大丈夫なの?」

 

「まぁ、なんとか……そっか、一週間か」

 

 手帳を開いて何か確認する彼女の隣に座り、フェレスは気になっていたことを聞いた。

 

「ねぇちょっと」

 

「なんです」

 

「貴女も阿呆なのね。ここ沢山宇宙人居るんでしょう? 初めから来ればあの船だって直せたでしょうに」

 

「どういうこと?」

 

「いやだから、ピコリコ星人?が沢山居るなら、母星とやらに取り次いでくれるやつが一人は居るでしょ。さっさとここ来れば、あのウインナーみたいなのが風邪引く前に返せたでしょう?」

 

「いやわかってましたよ」

 

「わ……………は??」

 

 別にポチョムスを心配していた訳ではないが、迷ってきた人間を保護すると言うには変な行動をしていた空木をフェレスが突っ込み、もっともだとマユミも同意してうんうん頷いていると。相手の予想外の返事に2人は変な顔になった。

 

「わかっててなんでしないのよ。わざわざ地球の人間にどうこうさせるなんて遠回り………」

 

「高いんですよ運賃」

 

「え」

 

「さっきも見てたでしょ? 星間航行はだいたい星から離脱する距離で100万円ぐらい。そこから別の星まで行ける距離だとどんどん膨れ上がって、ここまででもだいたい550万円ぐらいかかってる……………地元で解決できるならそうしたほうが安上がりです」

 

「安上がりってアナタね……」

 

「こっちだって色々あんの。調べ物やらガソリン代やら、人によっては宿代に食費、時間だって取られるから副業絞ったり………」

 

「………………なんか思ったより貴女ってお金持ちじゃないのね」

 

「出費がかさむと1000万なんてすぐ溶けてなくなりますよ。あんなの自分の金であって自分の物なんかじゃない」

 

 よく観察すれば、空木が書いていたのは帳簿だった。覗き込むと、おびただしい数の0が並んだ数字と、入金と出費が慌ただしい過去の記録が並んでいる。

 

 実のところ愛車以外にはあまり金をかけず、ささやかな贅沢に留める生活をしていたフェレスには、初めは報酬の数百万円というのは魅力的に思えたが。こんなのと付き合ってたらアッという間に消し飛ぶんじゃないかと不安になった。

 

 そんな考えを忘れようと、彼女は強引に話題を切り替えるべく、再度口を開く。

 

「さ、用事も済んだでしょ。さっさと地球まで帰してちょうだい」

 

「帰れませんよ」

 

「一緒じゃないと返さないって? 残念ね、私は「宇宙人を運べ」って言われただけで最後まで付き合えなんて言われた覚えはないけれど。いいから迎えの船をよこして」

 

「いや、だから私含めて誰も帰れませんよ」

 

「あっそ。とりあえず宿で―――は??

 

 聞き捨てならないと思わずフェレスは立ち上がる。流石のマユミも、空木のこの発言には額に冷や汗を浮かべながら問い詰めるしかなかった。

 

「え、えっと、空木さん……?」

「ちょっとどういうことか説明しなさいよ」

 

「帰れませんよ」

 

「は?? だからなんで???」

 

「お金使い切っちゃったもん。とりあえずバイトなりして稼がないと」

 

「は? は?」「う、嘘ですよね??」

 

 青ざめている2人に、空木は逆さまにひっくり返した財布をパタパタと揺らして答える。落ちてきた免許証やらのカード類以外にはコイン1枚すら出てこない。

 

「わ、悪い冗談でしょう!? ねぇ、そうよね? 通帳からお金引き出したりなんだり」

 

「冗談言う場面じゃないじゃん」

 

「あれでしょう!? 私のこと嫌いだから嫌がらせで言ってるとか」

 

「流石にそこまで性格悪くないもん私」

 

「今すぐ悪くなって頂戴!」

 

「え、ヤダ」

 

 肩を揺すぶられながら空木は淡々と答える。動揺していたフェレスはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 

 そんな彼女をよそに、近くに浮いていたスマートボットに近づき、空木はタッチパネルを操作する。何か嫌な予感に、フェレスはへたり込んだまま相手を問い詰める。

 

「だいたいバイトって何よぉ、いかがわしいお店じゃないでしょうね……?」

 

「ただのメイド喫茶ですが」

 

「め……―――は?

 

 もう聞き返す気力すら起きず、フェレスは何かの手続きを済ませる空木を涙で潤む瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




執筆速度あげてぇなぁおれもなぁ


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ピコリコ星より恩を込めて

ピコリコ編終わりです。次は投稿されたキャラクタを2名出す予定です。


 

 

 

 

 宇宙というのは広いもので、様々な種族が住んでいる。仕事の都合でこの星を知り、そういった事情も知った空木は、時たまここに訪れてやっている短期のアルバイトがあった。

 

 俗に言うメイド喫茶、とか呼ばれる形態の飲食店の店員である。

 

 風俗に片足を突っ込むようなグレーなものでは無く、普通の、従業員がそういう格好で注文を取ったりするだけのあのメイド喫茶だ……が、しかしこの惑星においては、それは医療施設としての役割も果たしていた。

 

 猛烈に嫌な顔をしているフェレスと、どこかワクワクしているマユミを連れ添って空木は店に入る。事前に連絡していた知人の従業員が駆け寄ってきて、早速話しかけてきた。

 

「深尾さん、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!! もう最近本当に人手が足りなくて……」

 

「いぇ、いいんです。知人が退院できるまで日数かかるみたいだし。それまでの間手伝います」

 

「お礼は弾みます。とりあえず、こちらに着替えてください」

 

「はいはーい。……フェレス、早く」

 

「………い、嫌よ」

 

 スタッフルームまで案内され、ハンガーにかけてあった軽装のゴシックドレスに着替える空木を、フェレスは信じられないと目を剥いて拒否し続ける。

 

 深呼吸を1つ、フェレスは周りを見る。彼女的には、ここはあり得ないと言わざるを得ない構造の建物だ。

 

 外から見たときに可愛らしい女の子のイラストがデカデカと壁面に描かれていたが、同時に赤十字マークもあったのでどうやら本当に医療施設らしい。が、問題は中の様子だ。

 

 半分が病床で、残り半分がレストランらしいイートインスペースという間取りなのだ。意味がわからなさすぎて脳が理解を拒む。

 

 ちゃちゃっと準備を済ませ、今どき漫画でも見ないような典型的なメイドっぽい格好になった空木を無視し、フェレスはマユミに助けを求める。

 

「あり得ないわ、理解不能よ! 何なのここ?? 救急搬送されてくる病人の横でご飯食べるの?? 脳が痛くなってくるのだけれど???」

 

「だから早く着替えてってば」

 

「だから嫌だと言っているでしょう。だいたい何? 「萌キャラみたいな女の子を見ると興奮して傷や病気が治る宇宙人」って?? そんなものが居てたまりますか」

 

「実際居るんだからしょーがないじゃないのさ。だからこーやって看護師さんらが頑張ってるんだし」

 

「知らないわよ! 勝手に脅されて連れ回されて! もうウンザリよ私は! マユミちゃんもこの性悪悪魔になんか言って……」

 

「わぁ……♡」

 

「ねぇちょっと、マユミちゃん。なんでそんなにノリノリなの??」

 

「一回着てみたかったんです! メイドさんのお洋服!!」

 

 喜々としながら服の袖に腕を通すマユミに、フェレスは味方がいなくなった絶望感に眉を震わせながら白目を剥きそうになった。

 

 「マユミちゃんは別に良かったのに」「いつもお世話になってますから」「本当にいいの? 忙しいよ?」「大丈夫です!!」―――気合い充分、といった様子の彼女と空木の問答を見て、黒髪の悪魔は頭痛を覚える。

 

 そんな、頭を抑えていた女へ。空木はニンマリと気持ち悪さを漂わせる表情を貼り付け、その肩に手を置いて言った。

 

「ダイジョブダイジョブ、わたし的に見てフェレスってけっこー美人だから問題ない問題ない」

 

「だからやらないって言って」

 

「車壊すぞ」

 

「きいいいいいいぃぃぃぃ!!!!」

 

 ロッカールームに、一人の悪魔の金切り声が木霊した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「は〜い! 萌え萌え、キュン♡」

 

「あぁ……尊い」「エッッッッ」「コポォ……」

 

 あぁ……信じられない。あれがついこの間、自分をクラシックカーで追いかけ回してきた女なのか?? バーカウンターの裏で皿洗いに追われている中で、フェレスは目線の先で接客している空木を見る。

 

 いつもの、どこか冷めた雰囲気を漂わせる人物とは到底思えない。ニコニコ笑顔を絶やさず、ほわほわしたオーラを匂わせる……文字通りこういったお店が好きそうな人間に合わせた態度そのもので。どれだけプロ意識が高いのかと呆れた。

 

『12番テーブル注文入りました〜、ハンバーガー2、オムライス1でーす』

 

「は〜い」

 

「フェレスさん次、お願いします! すみません洗い物ばかり押し付けて……」

 

「ハァ……別にいいわよ。ソレ、頂戴」

 

 どこからどう見ても人間にしか見えないが、実は女性型アンドロイドだという従業員から追加の洗い物を受け取る。

 

 必死に嫌だと言いまくったところ、フェレスはどうにか裏方仕事に回ることで落ち着いていた。人が足りなくて、現場がひっ迫しているというのも本当で、軽く眺めただけでも隣の救護室もレストランもてんてこ舞いである。

 

 少し遠くを見れば、メイドの格好をした看護師が医療ドラマのシーンよろしく、心肺蘇生か何かをやっているのが見える。額に汗を滲ませて心臓マッサージをやる表情は真剣そのものだが、なんといっても格好が場に合わなさすぎて、自分の脳がおかしくなったのかと錯覚しそうだ。

 

 精神を安定させるために、流れ作業に集中する。時折、勝手に知人と思っているマユミにも目をやる。その2つの動作が今のフェレスをどうにか安定させる要素になっていた。

 

 できた料理を忙しなく運び、その度に体をクネクネさせている空木とは逆方向、店の入口近くにマユミは居た。こちらも何か客と話しているのが聞こえる。

 

「オリジナルハンバーガーとオムライスになります!」

 

「おぉ、ありがとう。マユミちゃん、というのかい。見た感じ、お若いのに働いているとは立派な事だね」

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

 新人らしいぎこちなさがあるが、それが逆に格好も相まって可愛らしさになっているマユミを見る。

 

 相手をしていた客は、恰幅の良い男2人と、少し顔に小ジワがある女だ。身なりから裕福そうな印象を受ける。だがやはりこちらも療養で来ているのか、顔色が悪い。

 

「あ、あのぅ」

 

「ン、なんだい?」

 

「お、おさわり、とか、しないんですか……」

 

「む、イケないよマユミちゃん。女の子というのはこの広い宇宙で最も尊い資源であり、宝なんだ。そんな物にベタベタ触るなんて言語道断さ」

 

「ナドー殿の言うとおりですわ。全く最近のオータック星の若者は落ち着いた振る舞いというものを知らないのだから」

 

「フーチェ嬢の発言に賛成です。我々のような者はマユミちゃんのような方が居なければ生きることすらままならない。もう少しの礼節と、紳士らしい振る舞いをして頂きたい」

 

 あぁ、こいつらオータック星人って言うのね。自動食器洗い機から溢れ出ているコップを手洗いしながら、フェレスは地球人そっくりな宇宙人とマユミの会話に耳を傾ける。

 

 まぁなんだ。気持ちの悪いヲタクみたいな連中ばかりかと思えば、普通そうなのも居るんだな。そう思いかけた時だった。

 

「追加のご注文はありますか?」

 

「食後のデザートに杏仁豆腐を頂きたい。3つ頼むよ」

 

「かしこまりました! 萌え萌え、キュン♡」

 

「デュフッ!」「フォカヌポウッ!」「コポォ……」

 

「?」

 

「! あ、いや何でもないよ! デュフフ……」「失礼しましたわ……フヒッ」

 

 前言撤回、こいつらやばいわ、今どきこんなの探したっていないわよ。空木めマユミちゃんにこんな仕事させて、後で説教してやる。

 

 つい最近に対象の人物を誘拐したことを棚に上げる。実のところ、交流するうちにマユミへの庇護欲を駆り立てられていたフェレスは、接客の女の子の態度に、目に見える勢いで顔色が良くなっていった宇宙人を見て凄まじい形相になる。

 

「ふぇ、フェレスさん?」

 

「ん、なぁにぃ?」

 

「ひぃっ! あ、あの、せ、接客も出てもらって良いですか?」

 

「ん〜。いーですわぁ」

 

 貴様らにマユミちゃんは渡さんぞ。 変な方向への怒りを燃やしながら、フェレスは厨房から出た。

 

 

 

 時間の経過とともに、やっと落ち着きが出始める。忙しい時間帯が過ぎたということか、慌ただしく動くメイドも減ってきていた。

 

 クタクタになりながら、再度フェレスは洗い物に戻ろうとしたとき。目をつけられたのか、自分の対応した客からわざわざ名指しで呼ばれる。

 

「もしもーし、もしもーし、あれ、聞こえてない系でござるかそこの悪魔っ娘」

「オゥフ、無視されるのも悪くないでござるな」

「療養にここまで来たかいがありますねぇ!」

 

 洗い物に追われていた中で客にしつこく呼ばれ、フェレスの怒りが爆発した。彼女はプラスチックの食器をシンクに叩きつけると、自分を呼んだオータック星人の口を引っ掴み、青筋を額に浮かべながら震え声で話した。

 

「うるッさいわね、このオタクが! ちゃっちゃと食べてよ、洗い物が溜まるでしょう!?」

 

「モゴぁっ!!(歓喜)」「気の強い悪魔っ娘ktkr!!」「踏んでください」「フェレスさんもっと見下して!!」

 

「ひいっ!?」

 

 だ、ダメだこいつら、何をやっても栄養に変換しやがる!!

 

 元から愛想を振り撒く余裕も、理由も、性格も持ち合わせていないフェレスは、運ばれてくる患者たちに罵詈雑言を吐きながら料理を送り続ける。

 

 が、豚を見るような目で罵ろうが、ツネってやろうが、挙句の果てには蹴っ飛ばしてみたものの、この宇宙人たちは喜ぶ以外の感情を見せなかった。しかも何故か裸眼で睨んでやっても得意の魔眼が発動しない……というよりもこの宇宙人に効かない。彼女は恐怖を覚えた。

 

「いいから早くしろってのこのブタどもが!」

 

「我々の業界ではご褒美ですな」「あぁいぃっすねぇ」「当たり前だよなぁ?」「プリンおいちぃ!!」

 

 こ、こいつら無敵か???

 

 自分の暴言に目を輝かせながら料理を食べる客を見る。ふと、視線を感じてフェレスは後ろをむいた。

 

「「………………♪」」

 

 無言でそれぞれピースサインとサムズアップをしているアンドロイドな従業員と空木が居る。フェレスは気を失いかけた。

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

「いやぁ〜直りましたね! 試運転も上々みたいだし」

 

「なかなか楽しめたよ。長時間、中腰の作業は流石に応えたがね」

 

〔皆さんの協力あってこそですよ。それにフリードさんは中々腕前のいい整備士なようで。あとツバキ君と言ったかい、君もその若さでいい腕だ〕

 

「ありがとうございます。こんなもん作ってる人から言われると、ちょっと嬉しいですね」

 

「例には及ばんな。困っているときは何よりも助け合いだ。たとえ人種が違えど文化が違えど、な。」

 

 修理の完了したフォービウスの前で、仲良く談笑している伯爵とツバキら整備士と、ピコリコの技師たちを空木は眺める。

 

 短期間の仕事でたんまりと稼いだあと、治療を済ませたポチョムスを連れて無事に4人は地球に戻ってきていた。その際、サイラーラでの担当医、パンチェレからの紹介でピコリコ星から修理工を派遣して貰ったこともあり、急ピッチでこの船の修復は進んだのだ。

 

 加えて、趣味の延長と言って手伝っていた伯爵の存在も大きかった。もともと勉強が好きで、年齢からくる知識の深さもあり、彼は見たこともない機械の整備知識を技師から吸収し、遜色ない働きを見せた。結果、手探りで難航した作業はたったの3日ほどで終わる。

 

 日を浴びないように、つなぎの上からフルフェイスのヘルメットを被ってレーシングドライバーみたいな格好だった伯爵は、バイザー越しにも笑っているのが見える。ピコリコのベテラン整備士だというポルフィーという名の彼へ、楽しげに言葉を交わしている。

 

「ポルフィー君。どうだろうか、いつか君の星や、こちらでみんな集まって、一緒に食事でも」

 

〔いいですなぁ、この地球の料理は美味しいですから。機会が有れば是非。それに、我々の母性にも招待します〕

 

「おぉ、いいのかね! ん……、お気に入りの日傘の手入れでもして、気長に待っているよ。」

 

 何にしても、直ってよかった……ちょっと赤字が出たけれど。空木は眩い金属光沢を放つ宇宙船をみる。脳裏には、報酬を渡した途端、物凄い剣幕で収容所へと逃げ帰ったフェレスの顔が浮かんだ。

 

 流石に無理させちゃったかな。フェレスにも、それに自分からやってくれたマユミちゃんにしても。ジュースの紙パックを潰して投げる。そんな折、座っていた場所の隣にポチョムスが来た。

 

〔空木殿、隣はよろしいか〕

 

「いいですよ。どうぞ」

 

〔では失礼する……ここの人々は温かいのである。得体の知れぬ私を歓迎し、受け入れ、それに空木殿に至ってはわざわざ医者と病院に、修理工の手配までして頂いた。上がる頭など無いのである〕

 

「気にしすぎですよ。私と、その周りが多少お人好しなだけです。悪い人だって居ますし」

 

〔しかし、少なくとも当方が多大な厚意を受けたのは揺るぎ無い事実だ〕

 

「そりゃ……まぁ、そーですね」

 

 宇宙服の顔の部分に溶接工みたいなゴーグルがついているので表情はわからないが。渡された書き物を読み取ると、それとなく謙虚さと暗さを感じさせる顔をしているのはイメージできた。

 

 謙虚すぎるのも嫌味になるので、事実であることは素直に肯定すると。ポチョムスは持っていた小さな箱から、明らかに中には入り切らないような大きなリモコンみたいな物を取り出す。異常現象だったが、もうこんなテクノロジーは見飽きたせいか、驚きはなかった。

 

〔これを、貴女に。もしくは信用できる人間か、組織に譲渡して欲しいのである〕

 

「これは?」

 

〔困った時にはいつでも呼んでほしいのである。そのボタンを押せば、いつ、どこで、何が起きていても。必ず我々ピコリコの誇る宇宙艦隊が助けに来る〕

 

「えぇ……??」

 

 宇宙艦隊……!? 絶対強いんだろうな……! 今までの交流や、サイラーラでの他のピコリコ星人を見て、彼らのテクノロジーの凄まじさはわかっただけに。空木はとんでもない物を押し付けられたと感じる。

 

 下手に突っぱね返すわけにもいかずどうしたものかと頭を抱えそうだったその時だった。ふと、工場の外から、大きな機械の駆動音が響いてくる。トラックか何かとは明らかに違う。航空機のジェット噴射のような、だがそれでいてそういうものより静かな変な物音だった。

 

 なんだろうか、と空木や伯爵を含めた、地球人の顔が工場の出入り口に向いた。対照的に、ピコリコの者たちはまるで示し合わせたように外に出ていく。

 

 なんだ?と入り口に近かった空木が始めに外に出た。

 

「なッ!?」

 

 空を見上げて硬直した彼女を見て、気になった整備士組も続々と外に出る。

 

「うわぁ……」「うーむ、壮観だね」

 

 伯爵とツバキも上を見上げると、答えがあった。吸血鬼は落ち着いた声で感想を述べ、青年の方は異様な光景に顔を歪ませる。

 

 建物を取り囲むように、数十機のピコリコの船が浮いていたのだ。SF映画にあるような宇宙船の艦隊といった具合で、綺麗に隊列を成しながら降下してくる。その中に1つだけ、他とは違う目立つ船があった。

 

 淡紫色の角張ったボディと、水色のキャノピーが特徴的な航空機だ。状況からして間違いなくこれもピコリコの技術を使った船だろう。だがおかしい点がまた1つ。この宇宙船のみ、何故か搭乗部が開いたまま着陸してきた。中には誰も乗っていない。

 

 フォービウスの修理は完了しているので、ポチョムスはアレに乗るはずだから彼が乗るわけではないだろう。技師たちにしても、彼らが乗り付けてきた船があるから違う。誰が乗るんだ? そう思っていた空木の近くにポチョムスが来て言った。

 

〔どうだろうか、空木殿。お気に召して頂けたかな〕

 

「………………………んぇ!?」

 

〔パーダラック級・高機動型モビリティである。我々ピコリコの者が異文化交流の際、贈答品として贈る乗り物だ。どうか受け取ってほしいのである〕

 

「わ、私にですか!?」

 

 下手をすれば宇宙戦争になるようなボタンだけではなくこんな物まで……? 動揺して言葉に詰まった彼女へ、伯爵がヘルメット越しに小声で話し掛けてくる。

 

(空木。貰えるものは貰っておくのが礼儀だよ)

 

(し、しかしですね……)

 

(なぁに、政治的な事は私に任せたまえ。面倒事など口先八丁でどうとでもなるのだよ)

 

(うぅ……)

 

 意を決して。彼女は渋々開けたくない口を動かした。

 

「わ、わかりました。ありがたく頂戴します」

 

〔おぉ!? 受け取ってくれるであるか!! うぅ、もてなして頂いた礼である! このポチョムス、感無量なのだ!!〕

 

 見ればすでに自分の周囲は複数機の船と、ピコリコ星人に囲まれてしまっていた。すごく嫌だったが、異文明との交流に、地球人代表として矢面に立たされた気分だ。

 

 うわぁ、逃げ道がねぇや。

 

 引きつった笑みを浮かべながら、空木はポチョムスと握手を交わすのだった。

 

 

 

 




急いで更新しまくってみんなの期待に応えねば


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その天使からは血の香り〜その1

おまんたせ あんまりギャグ無いけど許し亭


 

 

 

 吸血鬼、アグラーヤ・ヴァザロフは、前の世界ではそれなりに名の通った地主だ。

 

 金と腕力に物を言わせて不労所得を持ち、自宅で高品質な人間の血液を楽しむ悠々自適な暮らしを営んでいたりした。が、それも昔の話だ。あっけなく簡単に自分を下した空木、そして地位も能力も高い伯爵の尻に敷かれて、彼女は最近は守護悪魔の仕事の雑用をやっていた。

 

 「どうしてこの私が……」 愚痴を言いながら、アグラーヤはレンタカーのハンドルを握る。指定された場所を目指し、淡々と車を走らせた。なお、日射し避けのために今はヘルメットを付けている。

 

 あまり時間をかけずに目的地につく。広い駐車場に適当に乗り物を止めて、彼女は個人経営のバーの中に入った。

 

「お、いらっしゃ〜い。お一人様かい?」

 

「そうだ」

 

 アグラーヤを出迎えたのは、日焼けした浅黒い肌と赤みを帯びた茶髪を後頭部でまとめた、鍛えているアスリートのような筋肉質の大男だ。格好と言動から、空木から聞いていた人物だと確信して続ける。

 

「料理のテイクアウトか? それとも食べてくのかな?」

 

「飯を食いに来たわけではない。空木とかいう悪魔から使いを頼まれた」

 

「あぁ〜そりゃ、ご愁傷(しゅうしょう)さま。アンタかい、コンビニで暴れた吸血鬼っての」

 

「! どうして吸血鬼だとわかった」

 

「どこの世界にヘルメット被ったまま店入る奴がいるかよ。しかもバイクじゃなくて車で来てら、変人かヴァンパイア以外にあり得ないからな」

 

「…………………。」

 

「変な気は起こすなよ〜自慢じゃないが、俺はアンタより強いぜ」

 

「わかってるよ! もう……」

 

 こちらに気を使っているのか、男は磨いていたグラスをカウンターに置いてそこから出ると、店中の窓を全て閉め、店内に入る日光を遮断した。少し考えてから、アグラーヤは被り物を取る。

 

「ひゅー。なかなかべっぴんさんじゃねーの。俺、ジョニー・敷波(しきなみ)ってんだ、よろしくな」

 

「アグラーヤ・ヴァザロフだ」

 

「おう、バザロフさんね。何か飲むか?」

 

「…………ヴァザロフだってばぁ」

 

「おん? なんか言ったか」

 

「いや何でもない。茶をくれ。酒は苦手だ。車自走してきたし」

 

「あいよ、ほれ烏龍茶」

 

 飲み物を要求したところ、この男は冷蔵庫からスーパーで市販されているようなペットボトル飲料を出す。おい、随分と適当だな。思わず口が滑る。

 

「……グラスに注いだりしないのか」

 

「あいにくこの店はソフトドリンクはそのまま出すんでな。ウーロンハイにすんなら作ってやるよ」

 

「遠慮しておく」

 

「おう。あんたは美人だから今日は特別タダでいいぜ」

 

 ボトルの封を切って、何気なしに周りを見る。客はアグラーヤ以外に居らず、店内は静かにジャズミュージックが流れているだけだ。ジョニーには悪いが、あまり繁盛しているようには見えない。

 

「客が居ないな」

 

「まだ昼だぜ。酒場ってのは夜に騒がしくなるもんだ」

 

「ふーん」

 

「それよか本題を出せよ、空木からの使いって言ったよな。何言われたんだ?」

 

「「ジョニ()からここ数日の町の異変と、そういった物があるなら情報を寄越してくれるように聞け」と言われた。お前のことだろう?」

 

「はぁん、なるほど。バザロフさんがお使いってのはホントか。ジョニ男なんて呼び方してくるのはアイツだけだ」

 

「そうなのか」

 

「しかし情報ねぇ……あっ、そういや結構なニュースがあったな。なんだか最近裏稼業の連中が頻繁に市民会館に出入りしてるとか聞いたぜ」

 

「裏稼業? マフィアとかヤクザとかいう奴らか。そんなものどこにでも居るだろう」

 

「チッチッチ、事情が違うんだな。考えてもみろ、アンタだって一般人からみりゃ化け物同然だ。そんなのが定期的に湧くんだ、命が惜しくて嫌がって誰も来やしないよ。ま、だから皮肉なことに治安がいいんだがね、この町は」

 

「………………」

 

 確かに、とアグラーヤは内心呟く。相当に鍛えた人間でなければ、吸血鬼は人なんて簡単にひき肉にできるし、しかも「ここ」は悪魔やら宇宙人やら頻繁に現れるのは有名らしい。

 

 自分なら、勝ち目のない上位存在の蔓延(はびこ)る町で後ろめたい商売など御免被るな、と彼女は思う。

 

「話を戻すぜ。俺の勘だが、明らかに様子がおかしいからな。多分ここに迷い込んできたか、意図的に潜り込んできたやべぇ奴が裏で糸引いてると見てる。その筋の悪魔とか天使とか吸血鬼とか……種族まではわからんがね」

 

「そうか。伝えておく」

 

「あぁ……っと、そうだ。あんた吸血鬼だろ、ちと新メニューに付き合っちゃくれねーか?」

 

「?」

 

「これ、食べてみてくれ」

 

 いつの間に用意したのか、ジョニーは厚切りのステーキ肉が盛られた小皿を出した。焼き加減はブルーレアぐらいか、かなり赤い。だが何より、彼女の鼻孔をくすぐる懐かしい匂いがアグラーヤの目を輝かせる。

 

 美味しそうな香り―――つまり、濃厚な血の匂いを漂わせているのだ。思わず彼女は切り分けられた肉のひとかけらを口に入れた。

 

「!? 美味しぃ!」

 

「そりゃ良かった。実験成功だな」

 

「なんの肉だ? この味、血の匂い……人肉?」

 

「まさかぁ。フリードじいさんって知ってっか? あんさんがプロデュースした吸血鬼向けの人工肉らしい。……なるほど、こりゃならず者なヴァンパイアの犯罪抑制に効果でそーだナ」

 

「なっ! し、真祖様が!」

 

「あ、やっぱり知ってたな。もしかして同じ収容所に居たか?」

 

「……………そうだ」

 

「ありゃ、それはそれは」

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

「あ? なんだよ」

 

「これ、持って帰ると幾らだ?」

 

「その量なら1500円ぐらいだな」

 

「2つくれ」

 

「まいど!」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 同日の夕方、空木は町の大型デパートに来ていた。

 

 フードコートの席に座ること、およそ2時間。お使いに行かせたアグラーヤと、もうひとりの待ち合わせの人物を待っている。そんな中で、彼女は呼んでいない知人に絡まれていた。

 

「おいし〜!! この濃厚な甘さ……裏切らないチープな味。天に至れそうだわ」

 

「……ハルさん、あんまり眼金田(めがねだ)さんの事困らせないでください」

 

「えーなんでよー。あんなに弄ったら楽しい人間なのに」

 

「そんな理由でイジメないでください。おかげでこっちがケアするハメになるんですから……だいたいですね、貴女みたいな自由人だらけなせいでこっちじゃ一般人の悪魔と天使に対する倫理観が逆転してますよ」

 

「いい事じゃない」

 

「よかないですよ!」

 

 いい人だ!って誤解されて誰からも仕事振られる身にもなってくれ……。空木は眼前でヨーグルトの駄菓子に舌鼓を打っている女を細い目で睨む。

 

 光に当たるとぼんやりと見える頭上の光輪、背中から生える真っ白な翼、白いドレス姿と。誰が見ても天使とわかる見た目のこの女性は天上(てんじょう) ハルという。イタズラ大好きで道行く人間を手あたり次第にちょっかいをかける問題児で、空木の嫌いな人間トップ10に入る天使だった。

 

「お話終わったらさっさと天界戻ってください。そもそも、私やなんかと違って明らかに人間離れしてる見た目を自覚してください……すごい色んな所から視線感じてヤなんですよ私は」

 

「嫌よ。私はね、自由気ままに何にも縛られたくないの。愚民に合わせる天才などこの世に存在しないわ」

 

「現世の人々を愚民呼ばわりしないでください天使さま」

 

「バカをバカと言って何が悪いのかしら」

 

「うわぁ……………」

 

 ここまで人でなしとは思わなんだ。そんな事を考えていると、空木はハルの後ろから大きめのビニール袋を持った吸血鬼が戻ってくるのが見えて、手を振ってアピールする。

 

「戻ったぞ」

 

「バザロフさんどーも。ここ、一応日が当たらない場所だから取って大丈夫ですよ」

 

「そうか。ありがたい。息苦しくて敵わん」

 

 吸血鬼にとって日光は猛毒である。空木に言われてなお、用心深く周りを見てこの席には日が差していないのを確認してから、アグラーヤはヘルメットを取った。

 

 彼女はちらりとハルのことを見る。知らない人間の隣を嫌ったか、アグラーヤは空木の横に座った。

 

「何か良いこと聞けました?」

 

「市民会館にヤクザが集まってるそうだ。お前の言う別次元から来る犯罪者と繋がりがあるかは知らん。が、敷波とかいうあの男、十中八九間違いないと言っていた」

 

「そっか。ありがと……で、それ何?」

 

「肉だ。お試しとか言って渡してきたやつが美味かったから買ってきた」

 

「あ、そう」

 

 それとなく中を覗く。タッパーの中に半生のステーキ肉が2切れ詰めてあった。物をテーブルに置いて一息つき、アグラーヤは口を開く。

 

「1つ聞きたいがなんだこの女は。こすぷれいやーとか言うやつか」

 

 この吸血鬼の喉から発された言葉に、空木は顔を青くした。

 

「あっ!? ばっ、バカ、早く謝って―――」

 

「んん〜??」

 

 対面に居たハルは、ニチャぁ、と音がしそうな、美形の顔面を歪めて非常に気持ちの悪い笑顔を浮かべている。そして一言、とある呪文を唱えた。

 

「ヘブンズ・レイ♡」

 

 瞬間、この天使から後光が刺し始める。別に空木には問題のない物なのだが―――隣のアグラーヤは別だった。

 

「ウボォアアアアアァァァァァ!!??」

 

「ぎゃあああ!! なんでこんなとこでぇぇぇ!!」

 

「あ、やっちった☆」

 

「ちょっとぉ!!」

 

 大慌てで空木は自分の鞄からありったけの御札を取り出し、体から煙を上げ、およそ女性が出してはいけない悲鳴を挙げるアグラーヤに貼りつけた。

 

安静・暗闇(あんせい くらやみ)!」

 

「ごっめーんなんか態度デカくてイラッとしたから」

 

「バザロフさん殺す気ですかアナタ!?」

 

「メンゴメンゴ」

 

 ハルが唱えたのは光の魔法、つまりは太陽光を相手に浴びせる呪文だった。

 

 言うまでもなく吸血鬼には絶大な威力があり、空木がすぐに別の魔法でシャットダウンしなければアグラーヤは死んでいただろう。人の往来がある場所でなんちゅうことしてくれてんねんと空木は引きつった顔で天使を睨む。

 

「無礼者には無礼を、歯には歯を♡」

 

「バザロフさん大丈夫!? 痛くない!?」

 

「カヒュー……カヒュー……」

 

「あぁっ!? お、御札、どれだッ!? 早く………!」

 

「さて、と。邪魔者は退散するわね」

 

「はあっ!? 待て、こら、このスットコドッコイ!!

 

「おひさま あちゅい」

 

「バザロフさぁぁん!?」

 

 自分が巻いた種で協力者を始末しかけた女は、ひらひらと手を振ってどこかに行ってしまった。

 

 空木の迅速な処置で一瞬で済んだとはいえ、大火傷を負いかけたショックでアグラーヤは軽い精神の退行を起こしている。必死であやしてあげながら、彼女は性悪天使の背中が見えなくなるまで睨み続けた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それからどの程度時間が経ったか。震えながら輸血パックの中を啜るアグラーヤの背中をさすっていた空木の元へ、ようやく待っていた人物が合流する。

 

「も、もしもし。お待たせしてすみません」

 

「あ、眼金田さん! お仕事、終わったんですか」

 

「えぇ、まぁ……これはどういった状況でしょうか?」

 

「ちょっと数分前に色々ありまして……だいたい天上ハルのせいですけど」

 

「あぁ…………なるほど」

 

 きれいに着こなした黒いスーツ、磨かれた黒の革靴と、黒いカバンにリュックサック。ついでにきっちりと整えられた、真っ黒で艶のある髪のおかっぱ頭に丸いフレームの黒縁眼鏡。なんだか全体的に黒いこの男は、名前を眼金田 信二(めがねだ しんじ)という。

 

 空木の言う事に、彼はどこか遠くを見る目つきで納得する。というのも、この男もまた、今しがたデパートから出た天使の被害を受けた事があったからだった。

 

「てんし、こわい。たちけて」

 

「〜〜〜っ! あ゛ぁ゛もう、大丈夫だから、落ち着きなって」

 

「あ、あのぅ。お菓子、食べますか?」

 

「たべりゅ」

 

 傍から見れば、アグラーヤは絶世の美女と言えるほどの魅力がある外見をしている。が、それも少し前の臨死体験で、顔色と体調を崩したせいでボロボロだ。哀れに感じた眼金田は、カバンから駄菓子を出して彼女に渡した。

 

「紹介が遅れましたね。こちらが、吸血鬼のアグラーヤ・ヴァザロフさんです」

 

「あぁ、少し前に空木さんがお話した」

 

「そうです、覚えていて頂けたんですね」

 

「その、何というか…………」

 

「………………見てのとおり、と言って良いんですかね。危険性は無いので安心してください」

 

「わ、わかりました」

 

 何か察したのか。自然な動作で彼はハルが座っていたのとは別の席につき、彼女がいた場所に荷物を置く。流石のカンの鋭さだな。空木は思わず苦笑いしてしまった。

 

「いつもすみませんね。眼金田さんにはお世話になってばかりで」

 

「いぃえ、そんなことは。私こそ空木さんには恩がありますから」

 

「何かありましたか? その……天使なんてのは変なのばかりだから、あまりいいこと教えてくれるとは思えなかったんですが」

 

「あはは……私は彼ら彼女らからは好かれてますからね。弊社のお菓子で一発です」

 

「また餌付けしたんですか。正直、良い方法とは思いませんが」

 

「はは。……空木さんも言ってた、国外から入ってきた暴力団……ギャングとかマフィアと言ったほうが正しいですかね。やはりここ数日間で合田町に出入りしています」

 

「! あれ、間違いじゃなかったんですね……ジョニー君も言ってるわけだし」

 

「町の人間も天使の方からも聞いているので、ほとんど確定です。何か怪しい物を取引しているとか、そういう所なのでしょうけど、あまり…………」

 

「いぇ、いいんです。首突っ込むと危ないですから。ここから先は私や警察の領分ですし」

 

 鉄火場に一般人巻き込みたくないしね。そんなことを空木が考えていると、眼金田は思い出したように続ける。

 

「あ、でもちょっと大きな情報もありました」

 

「?」

 

「これ、見て頂けます? いつもお菓子をねだりに来る天使の子から貰ったものです」

 

 言われるまま、彼女は眼金田がバッグから出したものを見た。目つきの悪い、太ったキツネといった印象を受ける東洋人の写真だ。どことなく、日本人とは違う顔つきに見える。

 

「……ワン・ファン? ……中国人ですかね?」

 

「名前を見るに恐らくは……どうやら最近出入りしている組織の人間らしくて……少し調べましたが、国際的に指名手配されるような人間だそうです。裏社会で名を馳せるような人物ですから、組織での階級も上の者でしょうね」

 

「国際的に指名手配……!? よくそんな事知れましたね」

 

「天使の方々も監視してたそうなんです。「いたずらしたい人間にちょっかいかけるなら消さなきゃ!」とか物騒なこと言ってましたが……」

 

「うわ。全部納得いきました。重ねますがありがとうございます、これ、先払いの報酬代わりです。受け取ってください」

 

「あ、え、えぇ………!? これ、高級かまぼこじゃないですか! 私、大好きなんですよ!」

 

「この間、練り物工場にドラゴンが出てきたとかで追っ払ったら経営者の方から頂いたんです。食べ切れない量だったんで」

 

「ありがとうございます! わぁ、晩酌が楽しみだぁ……」

 

 アジア系マフィアのドン、ねぇ……。写真とそれについていた新聞記事を手帳にしまいながら、ぼんやりと考え事をしたその時だった。いつの間にか静かに寝ていたアグラーヤが目を覚まし、バッと上体を起こす。

 

「ん……はっ!?」

 

「あ、起きた」

 

「ここはどこだ!? そ、そしてこの男は誰だ!! 空木、わ、私に何があった!!」

 

「とりあえず落ち着きなって。さっき天使に殺されかけてたよバザロフさん。どーにか助けてあげたけど」

 

「なんだと……」

 

「こっちの方は眼金田 信二さん。普通の会社員の人だから、変なことしないでね」

 

「は、初めまして。アグラーヤさん」

 

 突然活発になった吸血鬼に彼はギョッとしていたが、すぐにまた薄ら笑顔に戻る。恐る恐る、といった具合で、アグラーヤは眼金田と握手に応じた。

 

「メガネダ、とか言ったな」

 

「え? えぇ。名字でも下でも、お好きにお呼びください。」

 

「こんなに、こんなに……人間相手に安心感を感じたことはない……………」

 

「あはは……それは、良かった。」

 

 …………。この人、すっかり牙が抜けたな。涙目で男の手を握り返している吸血鬼を見る。胸をなで下ろして安心していた彼女へ、空木は次の仕事を口頭で伝える。

 

「気はすみましたか。次のお仕事、言いますが」

 

「なんだ」

 

「ジョニー君から聞いた市民会館で、この男が来るか張ってもらえる? 後ろめたい仕事してる連中のお偉いさんらしいんです」

 

 話しながら、先程眼金田の話にも上がった男の写真を出す。まじまじと眺めるアグラーヤへ、空木は続けた。

 

「細かい事はこれから打ち合わせね。蹴るなら今どうするか決めて欲しいんだ。報酬は50(万円)とA型、O型の人の血液2リットルずつ。どうです?」

 

「………………。この男、私より強いのか?」

 

「どうかな。椅子にふんぞり返ってるようなのならバザロフさんでも軽くヒネれると思う」

 

「ふん!? そうか!!」

 

 さっきまでのお(しと)やかな雰囲気を吹き飛ばし、アグラーヤはにわかに元気になる。あ、いつもの調子だ。内心呆れながら空木は目を細めた。

 

「この私直々に粉砕してやれば良いのだろう? 気晴らしにぐちゃぐちゃの肉骨粉にして今夜のデザートに―――」

 

「スタァーップ。バザロフ、ステイ」

 

「なんだ。犯罪者なんだろう。ひっぱたいて刑務所に」

 

「今回はあくまでこの町に迷い込んできたのとこの組織が関わってるかどうかを確かめるだけだから。別に何もないなら通報して終わりだし……」

 

「……ちっ。つまらんな」

 

「あ、あははは……」

 

 盛り上がっていたのを空木に止められて、アグラーヤは不貞腐れて椅子の背もたれに寄りかかる。気分の振れ幅が大きいこの吸血鬼の事を、眼金田は苦笑いしながら見守った。

 

 

 

 




ジョニー君とメガネさんのキャラはこれでええんやろか()


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その天使からは血の香り〜その2

ちょっと更新に時間かかって申し訳ないゾ 頑張って毎秒投稿するから許し亭


 

 

 

 それとなく、アグラーヤと空木の間では町に来日しているらしいマフィアについて調査をする日々が続く。吸血鬼のほうがジョニーに接触し、天使に危うく焼き殺されかけた日から数日。事態が動き始めた。

 

 ジョニーと眼金田から貰った資料などを元に、組織に探りを入れた空木はある情報をキャッチした。重要人物の「ワン・ファン」が、そう遠くない日に直々に公民館に来るというのだ。

 

 聞けば、この男は音楽が趣味らしい。近日中に当施設にてオーケストラの講演会があるらしいが、それが目当てかと彼女は検討をつける。

 

 来るのはなかなか人気な音楽団の演奏らしく、ただ金を払えばいいという訳でもないらしい。チケットは販売店を当たってもどこも完売。しかもくじ引きに当たったものだけが生演奏を見られるという……そんなわけで、空木は渋々禁じ手を使う。

 

 信頼を得ていた地元の警察組織や自治体、更には急いで魔界で諸々の手続きを済ませ、彼女はワンファンが取ったというVIP待遇席付近のチケットを偽造したのである。

 

 もちろんただで済むわけもなく。お金や様々な組織への謝罪・説得に追われることになり。万が一これで何もないただのマフィアの暇つぶしだったら骨折り損も良いところだな、と一人ため息を吐く。

 

 そんな悪魔の苦悩を一身に押し付けられ。対象人物への監視を遂行するべく、アグラーヤは今夜、作戦を決行するのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 平日の夜。アグラーヤは空木が用意した偽のチケットを手に、ジョニーからも聞いていた市民会館に来た。

 

 今回はVIP席を取ったセレブ……という設定らしい。怪しまれないように、とわざわざこの日の為に用意したポルシェから降りる。持ち主は伯爵であり、恐る恐るといった様子でアグラーヤは車のドアを閉める。

 

 さて、こんな公共施設なんて真面目に利用するのはいつぶりか、なんて思う。オーケストラの演奏があるなんてだけあって、中は小綺麗だった。施設に入ってすぐ、職員と思われるスーツの男が近くに来る。

 

「チケットを拝見させていただきます」

 

「こちらですわ」

 

「失礼―――!? あ、アナタは!」

 

 どうにか頑張って偽造した空木によればこの招待券は2種類あるらしい。特にこの優待券は数が少なく、よほど運が良いか金を積んだ人間でなければ持っていないらしい。アグラーヤは後者と思われたらしく、彼女は内心でほくそ笑む。

 

 久しぶりにヒエラルキーの高い存在だと見られて気分が上がる。少し調子に乗りながら、相手に告げた。

 

「車、動かしていただける? 自走してきたから疲れちゃったの。」

 

「は、は? 私が動かして良いのですか?? アグラーヤお嬢様……」

 

「レディに余計な詮索はご法度よ? いいから行きなさい。ボウヤ。」

 

「しっ、失礼しました!」

 

 車の鍵を渡し、外にあるポルシェを指差す。スーツの男は、駆け足で言われたとおり車へ向かっていった。

 

 

 

 映画館を思わせる薄暗いホールの中を、夜目の効く視界を頼りにして歩いていく。VIP席はかなり上の方だと職員から案内を受けていたが、予約チケットの番号が振られていたのはホール最上部の座席だった。

 

 階段を登って目当ての場所に到着する。ただでさえ暗い場所が、この席の周りが暗幕みたいな物で囲まれているせいで更に暗い。

 

 夜行性ゆえに、吸血鬼というのは街灯なしでも夜道を歩けるぐらい闇には強いが。流石にこう、月明かりにも負けるほど光源が弱いと薄暗くて何も見えんな。アグラーヤは小声でひとりごちる。

 

 優待客の席はおおよそ15席ほどだった。見ると先に座っていたのは一人だけで、アグラーヤは2番乗りだ。他の客はまだ居なかった。

 

 指定されていたのは、一番乗りの客の隣だった。静かに腰掛けて、様子をうかがう。そして彼女は少し驚いた。座っていた男は、特徴からして目標だったのだ。夜目の効く彼女だからこそ見分けれたが、しかし流石に表情までは見えない。

 

僥倖(ぎょうこう)、ってやつか? まぁいい)

 

 何となく、隣の席……つまりターゲットのワン・ファンが居る所に、意識を向ける。彼女は特に気にせず、作戦通り自然体で座席に体を落ち着かせた。情報によるとこの男は美人に目が無いという。さて、色仕掛けでもしてみるか。自分の美貌に自身があったアグラーヤは早速話しかけてみた。

 

「アグラーヤ・ヴァザロフ、と申しますわ。ワン様」

 

「…………………」

 

「うふふ……シャイなお方なのね。でも、返事ぐらい返さないと、レディに愛想を尽かされてしまいますわよ?」

 

「…………………」

 

「あらあら。困ったわね」

 

 とりあえずは、と、アグラーヤは意識的に色目を使って、(つや)やかな声でコミュニケーションを取ってみたが、返事は無かった。

 

 ほぅ、(おご)り高ぶる俗物、というのは本当らしいな……私を前に、度胸のある男だ…………。もし妙な動きをしてくるなら、すぐにでも血を吸って噛み殺そうか―――物騒な考えを胸に。彼女は公演開始を待った。

 

 

 

 妙だな。アグラーヤは不審に思った。なぜだろうか、自分と隣のマフィア以外の客が来ないのだ。まさか全員病欠か、などと考えている間に、演奏が始まってしまった。

 

「………………。」

 

 なんか、嫌な雰囲気だな。そう思いつつも、彼女はまず見世物を楽しもうと意識を切り替える。

 

 専門分野ではないのでわからないが、まぁ、プロらしい乱れのない演奏だ。今回の公演は有名なゲームミュージックのジャズアレンジが目玉らしい。が、生まれてこの方、そういったもの(テレビゲーム)にはあまり触れてこなかったアグラーヤにはよく分からない。

 

 音楽鑑賞を、わざわざこんなコンサートホールで見るのは何年ぶりだろうか。しかしまぁ、意外と楽しめるものだな―――そう思いつつ、ぼうっとしながらアグラーヤは隣の席の男に目をやった。

 

 さて、と。哀れにも悪魔の標的になったのはどんな顔をしているのかな? どうせ冴えない顔の人間だろう、なんて考えて頭を動かす。

 

 対象の人物。ワン・ファンは死んでいた。

 

 

「震えているのか。吸血鬼」

 

 

 背後から女の声がした。アグラーヤは反射的に、爪を立て、振り向きざまに正面を右手で払う。

 

 自分の手が、女を捉えることはなかった。

 

「騒ぐ場所じゃないだろう。音楽は、静かに楽しむべきだ」

 

「………………………っ!?」

 

 アグラーヤは目を剥いた。何かされた感覚は全く無かったのに―――腕の肘から先が切断されている。ぼとりと手のひらが落ちる。遅れて、鈍い痛みがやって来た。しかしこの怪我だというのに妙に苦痛は少ない。何から何まで、わからない事すべてに恐怖と疑問を感じた。

 

 その女はゆっくりと、これもいつ抜刀したのか見えなかった刀を鞘に収めてすぐ横に来た。なぜか、こちらを殺そうという気には見えない。余裕そうな態度もそうだが、底の見えない女の様子に、嫌な汗が止まらない。

 

「音楽はいい。クラシック、ジャズ、ポップ、機械演奏……どれも持ち味があり、名曲という物は色褪(いろあ)せない」

 

「………………ッ!」

 

「ゲーム・ミュージックか。風変わりだな……でも、悪くない。新しい風に触れるのも良いかもしれないな………」

 

 低く、よく通る声で女は演奏を品評し始めた。言いようのない恐怖に、彼女は支配される。

 

 白目がちな四白眼。クセ毛で散らかっている黒髪、日に焼けた小麦色の肌と、下はジーンズにブーツ、上は下着の上からジャケットを羽織っているラフな格好の女だ。どういったものか。空木の反対を思わせる容姿の女だった。

 

 切断された腕以上に―――アグラーヤは、この女の挙動に意識が集中した。痛みすら忘れるほどの圧迫感と威圧感に、やはり脂汗が止まらない。

 

「お前はなんだ……どうしてここに」

 

 

「私は天使だ」

 

 

「―――ッ!」

 

 オーケストラの公演が終わる。会場は、大きな拍手と歓声に包まれた。

 

 

 

 

 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 

 

 

 書き上げた記事の校正が終わり、空木はクライアントへ送信する。あくびと伸びをしながら、PCの内蔵時計を見ると午後6:24と出ている。空腹を覚える体に夕食はどうしようか、なんて思いともう一つ。戻ってこないアグラーヤの事を考える。

 

 自分の美貌に自信がありすぎて、化粧も服装も無頓着な彼女をどうにか着飾らせて送り出したのは昨日の5時頃だ。ちょうど1日ほど経ったが帰ってきていないし、メール等も無い。まさか逃げたんじゃないだろうなと思う。

 

「…………………」

 

 ちょっとだらしない女だから、借家で昼寝でもしてるのかな。明日辺り押しかけてみるか―――次の日の予定を考えつつ、空木は外食でも誘おうかとマユミの父、勇に電話をかけた。

 

「……あ、もしもし。今って大丈夫でしたか?」

 

『どうしました?』

 

「ちょっとお願いがあってお電話しました。(いさむ)さん、今夜って何か予定入ってますか?」

 

『今日の夜、ですね……えぇ〜、すみません、仕事が溜まっていまして』

 

「あ、そうですか。いえ、ちょっとたまには一緒にご飯でもと思って」

 

『申し訳ございません。他の日に…………あ!』

 

「? なんです?」

 

『まゆみとならどうでしょうか。最近も空木さんと会いたがっていました』

 

「え、そーなんですか」

 

『えぇ。この間の宇宙旅行の事とか、興奮しながら話して貰いました。貴女なら信用できますから……』

 

「ほぉ〜ん……帰りが夜遅くなっちゃうと思うんですが」

 

『構いませんよ。どうせアイツは私が居ないのをいいことにいつも夜ふかししてますから』

 

「あはは。わかりました。じゃあそうします…………また今度に、その時は3人でどこか行きましょう」

 

『はい! お待ちしてます』

 

「失礼しまーす」

 

 …………。最近、勇さん元気そうだな。良かった良かった。

 

 初めは多発する怪奇現象に始まり、その次は一人娘が誘拐なんてされたが。空木やエイムの事もあって、彼は心置き無く町の生活と仕事に専念できているようだった。声からそれとなく察して、彼女は薄く笑う。

 

 車の鍵を取って、空木は窓を開けて網戸を閉める。そこからの隙間風に、思わず身震いした。

 

「うぅっ、寒っ。夏だってのに」

 

 ご飯の前に、マユミちゃんは買い物でも誘おうかな。空木は薄手のコートを羽織る。ふんわりとした予定を考えながら、家を出た。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「う、空木さん……追加で何か頼んでも」

 

「遠慮なんていーのよー。全然、この程度奢るから」

 

「ありがとうございます! あの、これっ!」

 

「おっけーおっけー。ジョニ男く〜ん、ミニオムライス追加ねー。あと私にガトーショコラおねがーい」

 

『へいへーい。ったく、ファミレスじゃねぇってのによ。』

 

 外に出て2時間ほど。空木はマユミを連れ添って、ジョニーに会うついでに彼の店で食事を取っていた。

 

 趣味の延長と、溜め込んだ資産の消費方法としてやっているジョニーの店は、ろくに営業活動も広告もやらないのであまり客は来ない。しかし料理の腕は一流そのものなのを知っている空木は、落ち着ける場所としてよく来るのだ。実際、マユミはハンバーグステーキプレートに夢中てがっついている。

 

「おらよ、ちゃんと噛んで食べなよ」

 

「はい!」「どーも」

 

「……空木よォ、酒は頼まねーのか。ここぁバーだぞ? 俺はレストラン経営してるつもりはねェ」

 

「車で来たんで」

 

「代行呼べよ……金あんだから」

 

無闇矢鱈(むやみやたら)な散財は身を滅ぼします。特にここのところは予想外の出費も多いし」

 

「あぁ、宇宙旅行したとか言ってたもんな……ってちげぇよ。俺はな、シャレオツな店がやりたくてこんな箱物((建物))まで建てたのによ、どいつもこいつもやれラーメンだカレーだハンバーグだばっか頼んで……」

 

「ファミレスみたいなメニュー用意してるジョニ男くんが悪いんでしょそれ」

 

「オムライス美味しいです!!」

 

「うっせ!」

 

 外食に飢えていたか、それとも彼の料理に感動したのか、マユミは年の割に子供っぽく喜んでいる。まんざらでもないようで、ジョニーのほうは口から出る言葉とは逆に頬を赤らめ、こちらも嬉しそうにしていた。

 

 二人がいたテーブル席に勝手に座り、ジョニーはウイスキーのボトルを開けて飲み始める。知人友人しか来ないような店だからか、彼はいつもこういう事をするので気にしない。

 

「アグラーヤバザロフさんだっけ。帰ってこないっての」

 

「そうそう。ジョニーくん何か知らない?」

 

「昨日が初対面だしな。しかも最近までムショいたんだろ、ちとわかんねーかな」

 

「そっか、ごめんね」

 

「別に。……んぁ、でもよ、気になる事が耳に入ってんだわ」

 

「? というと」

 

得間 美香(うるま みか)。この名前ってお前は知ってんのか?」

 

「!!」

 

 ジョニーの口から出た名前に、動揺した空木は持っていたスプーンを落とした。明らかに落ち着きを失う彼女に、マユミとジョニーは怪しい顔になる。

 

「なんか、問題行動起こしてて有名な天使らしいんだがね。最近ここらで見かけたって仲間から聞いたわ」

 

「……………………。」

 

「どういう関係かは聞かね〜ヨ、その反応だとなんかヤバいやつなんだろ。…………気ィつけろよ。俺はお前に借りがあるかんな。なんかあったら頼ってくれや」

 

「ご忠告をどうも」

 

 先程までリラックスしていたのが嘘のように空木はそわそわし始める。そんなに嫌な話だったのかな。マユミは気になってしまって、料理の味に集中できなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「どーだったマユミちゃん? ジョニー君のごはんは」

 

「とっても美味しかったです!」

 

「そっか。それは良かった」

 

 会計を済ませて2人は外に出る。

 

 話しながら、空木は趣味でやっているブログに、今しがた食べた料理の画像を載せる。携帯を弄っていた彼女に、マユミは気になっていた事を聞いてみた。

 

「あの、ジョニーさん? とはどういうご関係なんですか?」

 

「ん〜、けっこー前に大怪我して倒れてたんだよね。襲われた一般人かと思って救急車呼んだのがファーストコンタクト」

 

「へぇ……」

 

「なんでもね、もとの世界だと特殊部隊だったんだって。かっこいいよね、そういう……の………」

 

 店の入口前で談笑していた時。空木がだんだんと口の動きを遅くし、喋るのを止め、なんだか驚いたような顔になる。なんだろう、とマユミが思ったときだ。

 

 「空木さんこんばんわ!」 彼女は声が聞こえた方を向く。そこには、数日前に空木とアグラーヤが一緒に作戦会議をした眼金田が居た。

 

「あれ、眼金田さん奇遇ですね。外食なんて珍しい」

 

「あはは。ちょっと、たまには贅沢したいなぁ、なんて思ったので」

 

「へぇ。でもこんなとこで合うなんて偶然ですね」

 

「はは。前に空木さんから教えてもらったのに、まだ来たことなくて……丁度いいな、と」

 

「なるほど。ここのオススメはアイスヴァインですよ〜味付けが濃い目なんですけどねー」

 

 また知り合いの人なのかな。マユミが思っていると、空木は着ていたコートのポケットに片手を突っ込む。そして―――

 

「斬空。」

 

 唐突に、彼女は居合斬りでもやるような動作と共に、そう呟いた。すると、その手から青白い三日月型の光が眼金田に向かって飛んでいく。

 

「!?」「マユミちゃん離れるよ」

 

 知り合いと思しき人物にいきなり攻撃したことに驚くマユミの手を取って、空木は眼金田から小走りで距離を取った。

 

 状況が理解できないマユミとは対照的に、彼女は爆風に包まれた男の事を睨む。

 

 やっぱり。間違っていなかった―――煙をはらって出てきたのは眼金田ではない。ワインレッドのスーツを着た長身の若い男だった。その背中からは真っ白な翼が生えている。

 

「こきげん、よう。フカオ・ウツギさん」

 

「……どなた? 貴方みたいな天使、初めて見ましたが」

 

「んふ、ふふふ……」

 

 どこから持ってきたのだろう。男はさっきまでは手ぶらだった右手にステッキを握っている。ニタニタと笑いながら、男は柄の部分を持って中身を引き抜く―――杖に見せかけた、仕込み刀だった。

 

 鞘を適当に投げ捨て、男は刀の刃を靴のかかとで蹴って遊ぶ。明らかにこちらに敵意を見せる相手に。空木はマユミに護身の呪文を仕込んだ御札を貼り付け、口を開いた。

 

「マユミちゃん、私の近くから離れないでね。こいつ、ちょっとヤバいやつかも」

 

「そ、そうみたいですね……!」

 

「一応通報お願い。時間は稼ぐから」

 

「はいっ!」

 

 札を貼られたマユミの体が、青い透明のバリアに包まれる。空木の言うことを聞き、彼女がほんの少し頼りの悪魔から距離を離したその瞬間、天使は空木に襲いかかった。

 

「死ねぇ!!」

 

「!!」

 

 咄嗟の判断で空木は天使の胸元に飛び込む。が、殴り飛ばすにはぎりぎりで距離が足りず、彼女は相手の腕を軽く上に押し上げた。

 

 頭上を刃物が通り過ぎる。男はバーの壁にかかっていた看板を真っ二つに切り裂き、大きく隙を見せた。空木はすぐにその胸めがけて蹴りを放つ。

 

「てやっ!」

 

「ぅおっ、とぉ。」

 

「…………………」

 

 が、強い一撃は入れれなかった。靴底がぶつかる瞬間、相手はわざと背中から倒れ、そのまま後転して距離を取って衝撃を吸収してみせる。余裕たっぷりに、天使は服に付いた砂を払い落とす。

 

「チッチッチ、やるねぇ」

 

「何目当てさ。私の命?」

 

「まぁ、そんなとこ」

 

「あれ、あっさり白状するんですね……いくら積まれたんですか」

 

「5000(万円)とちょっと」

 

「へぇ。そりゃいい小遣い稼ぎだ」

 

 鼻歌混じりに、男は答える。

 

 ……………………。ただ者じゃない、この雰囲気。たぶん、アグラーヤとかよりも強い。空木は今の一瞬のやり取りでそう判断すると。地面に1枚の札を貼り、魔法を唱える。

 

「虚収術・影」

 

 呪符を貼った地面が薄ぼんやりと紫色に光る。そこに手を突っ込み、空木はアスファルトの中から槍を取り出した。

 

「へぇ、空間魔法だ。噂通り多芸なんだなぁ」

 

「いいからさっさと始めて、どうぞ。殺しに来たんでしょ」

 

 話す途中で少しだけ視線をずらす。目線の奥、止めていた自分の車にマユミが身を隠すのが見えた。そこからざっと周りを見たが、他に襲撃者は居ない。

 

 何が目的なんだろう、この野郎。私を暗殺でもする気かな。

 

 優男は緩慢な動作で霞の構えを取る。それに合わせて槍を正眼に構えながら、空木は敵を睨んだ。

 

 

 

 




アンケート的にあまりシリアスは求められてないっぽいから早めにこのお話はまくるゾ


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その天使からは血の香り〜その3

繋ぎの描写に苦戦して遅れました スンマセン


 

 

 こういった突発的な殴り合いになったとき、あまり自分から攻めるのが得意では無いことを空木は自覚している。なので、彼女は神経を研ぎ澄ませ、相手が先に来るのを待つ。

 

 先に仕掛けてきたのは男だ。妙な足運びで素早く距離を詰めてきたかと思えば、突きを放ってくる。

 

 当然だが空木も大人しく串刺しにはならない。素早く反応し、飛んできた切っ先に正確に槍を合わせた。刀は火花を散らして頬を掠める。

 

「ひゃっふぅ!!」

 

「ぅわっ!?」

 

 まるでそう来るのを読んでいたのか。片手で持っていた武器を両手で持つと、男は刀に体重をかけてのしかかってきた。予想外の動きに思わず空木はよろけるが、逆にわざとふっ飛ばされる事で受け流す。間髪入れずに、寝転んでいた彼女に雨あられと剣先が降ってきた。

 

「おらおらおら、どうした、死んじまうよ〜ん!」

 

「…………っ」

 

「オラァっ!!」

 

 男は地面を掘るような動きでめちゃくちゃに刃を振り下ろす。闇雲に弾くのは危ない―――空木は一旦、持っていた槍を男めがけて投げつける。

 

「うぉッ」

 

「てぇやっ!!」

 

 少しだけとはいえ猛攻が止まる。チャンスを逃さず彼女は首跳ね起きの要領で、敵の顔を狙って両足で蹴りをお見舞いした……が、上手く行かない。この男、なんとわざと膝の辺でそれを受けると、満面の笑みを浮かべて前のめりに倒れ掛かりながら刀を振り下ろしてくる。

 

「なっ!?」

 

「ありがとおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 計らずも、武器を一旦投げたことが空木を助けた。真上にぶん投げた槍が戻ってくるのが見えたのだ。

 

 そこまで全力で投げていなかったそれは、男が倒れてくるよりも早く空木の手元に戻って来てくれた。全神経を利き腕に集め、柄の部分で刀の側面を殴って軌道をずらすことに成功する。

 

 「あれ?」 全体重を乗せた凶器が女の首筋を掠めて深々とアスファルトに突き刺さるのを見て、男が間抜けな声を出す。1度考えて判断を下すなどというプロセスを飛ばし、空木は、全身の筋肉を総動員させて天使の顔面に深々と拳を叩き込んでやった。

 

「このォ!!」

 

「ぶぅえっ!」

 

 魔法で増強した腕が、音を置いていく速度で刺さり、男は吹き飛んで行く。ぜぇぜぇと荒れる息を整え、空木は今しがた振り下ろされた刀に目を向けた。

 

 鉄製と思われるそれは、見間違いではなくぐっさりと地面に刺さっている。やはり魔力で強化されていたか、こんな事をすれば普通なら折れるはずだ。それが自分の首を狙っていたかと思うと、改めて冷や汗が出る。

 

 たったの数分にも満たない攻防だったが、勝敗は決まったか。ゲホゲホと咳き込みながら、離れた場所で天使はよろよろと立ち上がる。整っていた顔立ちは、今の空木の一撃を貰ったせいで腫れてむくんでいる。

 

「て……めぇ」

 

「まだやる気ですか。付き合いますよ」

 

 相手を挑発しつつ、空木は念を入れて刺さっていた刀を(かかと)で蹴って折っておく。多分、服にまだナイフやら隠しているかもしれない。そんな予想に合わせて、それに何かの拍子で拾われるのを防ぐ為だった。

 

 冷静に槍を構え直す空木へ、天使はケタケタ笑いながら、「ぱん」と両手を合わせて音をたてた。今度は何だ。そう思う彼女へ、男は答えを見せる。

 

「ふふふ、へへへへ……まだ終わってねぇぜ」

 

「ッ、光刃(こうじん)か……」

 

 眩く光る両手を広げて少し背中側にのけぞる男のてのひらに目が行く。天使は光の魔法を駆使し、光線で出来た剣を作って持っていた。

 

 一振りで無理なら双剣ってか、また安直な―――男の動きから目を離さぬよう身構えていた空木だったが、ここでまた予想外の事が起こった。

 

 このとき、2人の位置取りは始めの真逆、つまり空木は駐車場に近く、男は店の壁を背にしていたのだが。突然扉が開き、天使は外に出てきたジョニーに殴り飛ばされ、空木の横を転がっていった。

 

「店の前で揉め事か? 勘弁してくれや」

 

「!!」

 

「オイ空木、オメーにも言ってんだ」

 

「ジョニーくん、ナイスタイミング」

 

「はぁ?」

 

 額に青筋を浮かべていた彼の隣に立ち、空木は再度、魔法を駆使して異空間に収納していた幾つかの刃物を取り出す。

 

「なぎなた、ナイフ、ポン刀、ジョニー君何がいい??」

 

「勝手に話を進めんな、説明しろ」

 

「今しがたぶっ飛んだのは天使で、なんか私の命狙ってるっぽい。死にたくないから抵抗してたら、ジョニー君出てきた。そんなトコ」

 

「お前からなにかしたワケじゃねーんだな?」

 

「モチ」

 

「ちっ。なるほどな……ナイフよこせ、長物は苦手だ」

 

 ふらつきながら起き上がる天使を見る。立て続けに顔を殴られ、鼻血を垂らしながら、目尻をヒクつかせているのが確認できた。簡単に始末できると思っていた女には苦戦し、店から出てきた男には片手間のようにノされたのが相当頭に来ているようだ。

 

「どうしたよォ、来ないのか? 空木狙ってんだろ、あぁ!?」

 

「ウオオオォォォぉ!!」

 

 ジョニーの挑発に乗り、男は猛然と光る刀を両手に走ってくる。魔法には魔法。札を巻いた武器を手に、2人は迎え撃った。

 

 空木は振り下ろされる刃を、突き上げて初撃を弾く。胴が空いて隙が出るが、素早くジョニーが追撃をナイフで受け、そのまま格闘戦にもつれ込んだ。

 

「ちっ、オラ」

 

「オ゛ルアァ!!」

 

 相手の掛け声を、彼は更にでかい声でかき消す。瞬間移動かと錯覚するような速度でジョニーは更に距離を詰め、その拳でまたも眉間に強烈な頭突きを入れた。

 

「げっへぇあ!?」

 

「まだまだァ!!」

 

 倒れかける相手の襟を掴んで強引に立ち上がらせる。ジョニーは店の前で暴れられた事の精算と、日頃の鬱憤を込めて何度も天使の鼻面に拳をねじ込んだ。が、しかし腐っても殺し屋ということか。好き放題殴られていた男は、何度めかのジョニーの攻撃に軽い魔法をぶつけることに成功する。

 

「ヘブンズ・レイ!」

 

「うぉわっ!?」

 

「貰ったッ」

 

 男が取ったのは目潰しだ。突然激しく光り始めた相手に思わずジョニーは目を瞑る。これ幸いと天使は彼の腕目掛けて刃を降った。が、寸での所で空木が割って入ったため、切り落とすまでは行かず、男はふらつきながらも空木の腹を蹴って距離を離した。

 

「させませんよ……!」

 

「ちいっ! うらぁ!!」

 

「うぅっぐ……、ジョニー君なんともない?」

 

 蹴られた部分の砂を払いながら相方を労る。見たところ、軽く手の甲当たりを切られたのみで軽傷だ。

 

「うぉっと。イチチ、ナマッてやがんな、なんともねー。ツバつけりゃ治る」

 

「お気を付けて。カタギじゃなさそーなんで」

 

「見なくてもわかんよ」

 

 初めからエンジン全開だった天使と空木は少し息が上がっていた。が、途中参加のジョニーはまだまだ体力も余裕がある。加えて今のさっきの攻撃で、天使は明らかに疲弊していた。分があるのはこっちかな。そう空木が思っていると、ジョニーが口を開く。

 

「ボコボコぶん殴っちまってんが良いのか? 俺捕まったりしない??」

 

「どーぞどーぞ。ボイレコで言質取ってるんで正当防衛ですヨ」

 

「そうかい、ならますますガタガタにデキんなァ!」

 

 空木の言葉を信じて、彼が追撃に移ろうとしたその時だった。

 

 「クソっ」 天使は悪態をつくと、何か呪文を呟く。すると、空間にヒビのような物が入り始めた。何をするのか察した空木は叫ぶ。

 

「!! あいつ逃げる気だ!」

 

「おっしゃ、任せな」

 

 身を低くしてジョニーは突撃した。弾丸のように飛んでいくと、彼は運動靴の踵で無理矢理ブレーキをかけ、天使の詠唱を妨害した。

 

「邪魔っ、すんな!」

 

「あぁ!? 店前で営業妨害しやがって! 許さねぇぞ、とっちめてやらぁ!!」

 

 舌打ち混じりに、男はどこから取り出したのか、今度は片手で印を結びつつ、空いた手に短刀を持って振り回し始める。ジョニーは魔法についての知識は乏しいが、相手が光の剣を使うのをやめたのをいいことに、これ幸いと握っていたナイフを投げ捨てて徒手空拳での殴り合いに持ち込む。

 

「くそっ、クソが、近づくんじゃねぇ! 邪魔だぁ!」

 

「邪魔してんだろうがぁッ!!」

 

「ち、ちくしょう、窓がっ」

 

「オラァ!!」

 

「うぅおわっ!? てめぇぇぇ!!」

 

 それなりに昔とはいえ、ジョニーは訓練された元軍人だ。刃物を持った殺し屋が相手とはいえ、得意なインファイトに持ち込めば独壇場だ。加えて相手は手負いであり、動きもぎこちない。負ける道理は無かった。

 

 人間離れした反射神経と卓越した技巧でめちゃくちゃに殴りかかってくる大男に冷や汗が噴き出るも、必死に天使は応戦しながら逃げるための呪文の準備を続ける。が、そんな彼の目に嫌な物が写った―――準備していたのは自分だけではない。ジョニーの背後にいた空木が、両手をこちらに向けて猛烈な殺気と魔力を向けているのが見えてしまったのだ。

 

「うおおぉぉぉ!? ふ、ふざけんなテメェどきやがれ!! 一緒に死にてぇのかァ!?」

 

「でぇりゃああぁぁぁ!」

 

「ふぅおぉ!? き、聞いてんのかッ」

 

 このままじゃ空木の魔法に巻き込まれて2人とも死ぬと見た天使はそんなことを言う。が、ジョニーはお構いなしに攻撃の手を緩めない。だんだんと淡い紫色の光を帯びていた彼女に気を取られた男は、動揺した一瞬の隙を突かれ、残っていた獲物を砕かれた。

 

「やっ、やば……」

 

「うるせぇ!!」

 

「ごべぇぇあッ!!」

 

 思わず刃の無くなったナイフの柄で顔を守ったものの、握っていた腕ごとまた顔を殴られた天使は転倒して強かに後頭部を打ち付ける。うめき声をあげて動かなくなった男を、ジョニーは服を掴んで持ち上げると。その体の背中を空木の方へ向けた。

 

「ひっ、ひぃぃぃ、や、やめ、死にたくなっ」

 

「だぁってろ!」

 

 店のライトに照らされていた空木が、ニヤリと笑ったのが見えて。ジョニーも同じような顔になると、彼女の意図を汲み取って最後に男にいう。

 

「じゃあな、運が良けりゃ生きてるぜ」

 

「へえっ!?」

 

「魔砲の八十六式・五芒星!!」

 

「あばよ、クサレ天使ィ!!」

 

「う、うわ、うわああああぁぁぁぁぁ!!??」

 

 空木の手が紫色に光り、星の形を形どった光線が発射される。ジョニーは横っ飛びで射線を離れ、放出されたエネルギーは余すことなく天使に向けて着弾した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 じっくりと時間をかけて準備した魔法が炸裂した影響で、大きな砂埃が巻き起こる。外はにわかに埃っぽく霧がかかったようになり、空木とジョニーは咳き込んだ。

 

「ゴホッ、ゴッ、ゲホッ! やれたか?」

 

「けほっけほっ……どうだろ、見てみないことには……!」

 

 ジョニーは捨てたナイフを持ち直し、空木も槍を構えながら爆心地に近づき、2人はモヤを切り払いながら確認する―――そこにあったのは、抉れた地面だけだった。

 

「うっわ。逃げられた……!」

 

「ちっ、運のいいヤロウだな」

 

 一応出力は絞ったので死ぬことは無いが、うまく直撃したなら気絶した天使がいるはずなのだ。影も形もないあたり、間一髪で逃走に成功したと見てジョニーは舌打ちする。その隣で、緊張の糸が切れた空木は嗚咽(おえつ)を漏らしながらうずくまる。

 

「うぅっぐ!? ハァ、ハァ、ハッ……! ふううぅぅぅぅ…………」

 

「! おい、大丈夫なんか」

 

「久し振りに命の危機を感じました。ありがとジョニー君。出てきてくれなきゃやられてたかも」

 

「うるせーよ。店前で暴れられちゃ商売になんねーんだ、出てきてあたりめーだろうが」

 

 武器を杖の代わりにして呼吸を整える彼女の背を撫でながらジョニーは介抱する。そうしていると、車の陰に隠れていたマユミが2人に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫ですか??」

 

「ったりめーよ、大人ナメんなよォ」

 

「まぁなんとか、ってところかな。マユミちゃんなんともなかった?」

 

「わ、私は大丈夫です」

 

「そっか………あ゛ぁ゛疲れた……ァ。……ジョニー君、休憩してっていいかな」

 

「勝手にしろ。金は取るからな」

 

「払うよ………もちろん。ごめんね、巻き込んで」

 

「気にすんなよ。おら、お前も入れ。今夜の外は危ねーぜ」

 

「はい!」

 

 乱暴にジョニーが戸を開ける。3人とも、額には汗が滲んでいた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「いったいどーいうこったよ。天界、とやらに喧嘩でも売りに行ったっての?」

 

「私がそんな事するように見える?」

 

「見えない」

 

「ね? だから私もわかんない。これっぽっちも心当たりないもん」

 

 切られた看板の破片を手に、ジョニーは機嫌が悪そうにビールを煽りながら言う。空木とマユミは麦茶で喉を潤しながら会話に興じた。

 

 どうにか知人の助力もあり謎の天使を退けたものの、空木にはわからないことだらけだった。帰ってこないアグラーヤはともかく、ジョニーに行った通り襲われる理由に心当たりなど1つもないのだ。

 

 仕事柄、どうしても捕まえた相手に恨まれることはある。が、自分で言うのもどうかと思うが、同じぐらいに助けた人間もいるので空木は町ではそれなりに慕われている方だ。……などと考えても答えは出ない。

 

「ありゃ俺含めて完全に殺す気だったぞ。手加減ってのが感じられなかった。ヤッパ((刃物))振り回すのに躊躇(ちゅうちょ)が無かったからな」

 

「何だったんだろホント。迷惑しちゃう」

 

「空木さんが何ともなくて良かったです」

 

「ふふ、ありがと。…………どうしよ、私が着いてるとマユミちゃん危ないかな」

 

「…………………。泊めてってやろうか。仕方ねぇから。ガキもお前も下手にウロウロするのは不味いんじゃねーの」

 

「えっ」「そ、そんな悪いです!」

 

 空木が手鏡を手に、かすり傷を負った場所の消毒などを済ませているときだった。机に置いていた携帯電話が鳴る。

 

「電話? ……ッ! 根上ちゃんからか」

 

 かけてきた相手の名前に、空木は迷うことなく通話に出る。根上(ねがみ) 紀美(きみ)。少し年下の、自分と同じく現世に来ている守護悪魔の後輩からだった。残り2人は黙って彼女を見守る。

 

「もしもーし」

 

『あ、つ、繋がった! 空木センパイ大丈夫!? なにもない!?』

 

「大丈夫……ではあるかな、へんなのに襲われたケド。どうしたの紀美ちゃん、息切れて

『襲われたァ!? どこのタコにですか!!』

 

「うるさいって。こっちはいーから、まずそっち」

 

『っと、すみません。ちょっと長くなりますけど……仕事帰りに、目金田さんが襲われてる所に鉢合わせて、エイム先輩と2人がかりで不審者を撃退したトコなんです』

 

「んぇ! エイムくんと? 何があったのさ」

 

『なんだかよく分かりませんが明らかにヤバい雰囲気でした。相手は刃物と銃持った天使が3人で。どう見てもいつもメガネさんにちょっかいかけるようなのじゃなくって……そのまま帰すのも危ないんで、今、とりあえず私の勤め先の病院に来てもらってます』

 

「……………わかった。あのさ、マユミちゃんって言ったらわかる?」

 

『えっと、エイムさんとセンパイで交互に面倒見てあげてる子でしたっけ?』

 

「そーそー、今その子と一緒に友達がやってるバーに居るんだよね。話したいこと沢山あるんだけど、そっち行ってもいいかな?」

 

『ぜんぜん構いませんよ。むしろ来てください、直接聞きたいこともあるんで』

 

「ありがと、じゃ、一旦切るよ。気をつけてね」

 

『センパイこそお気をつけて。最近何かと物騒ですから』

 

 通話を終えて一息つく。一部始終を黙ってみていたジョニーが口を開いた。

 

「なんの悪巧みの電話だ?」

 

「茶化してる? そんなんじゃないよ……なんか私らとは違う場所で一般人が天使に襲われたみたい。」

 

「「!!」」

 

「な〜んか嫌な空気になってきたな。ちょっとお(いとま)するね」

 

「どこ行くんだ」

 

「根上ちゃんとエイムくんが病院いるみたいだから、そこかな」

 

「あ〜……なんだっけ、お前の同期だっけか」

 

「そ、正確には仕事仲間ね。」

 

 目線をマユミに移し、空木は続けた。

 

「マユミちゃんどーする? 一緒に来る?」

 

「行きたい、です!」

 

「……うん、わかった! 今夜は責任持って近くに居るよ……なんかごめんね。いつも変なことに巻き込んじゃって」

 

「空木さんは何も悪くなんて無いです。悪いのは悪いやつなんだから」

 

「ふふふ……ありがと!」

 

 麦茶代よりも多めの代金を机に置き。顔をしかめていたジョニーに軽く会釈して、2人は退店した。

 

 

 

 

 

 

 




いそげーツヅキカケー


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その天使からは血の香り〜その4

遅れてスマソ


 

 

 

 

 時刻はもうじき10時を回る。空木はマユミを乗せた車を、知人の勤める病院へ走らせる。職員用の駐車エリアに止めると、2人は裏口から足早に院内に入っていった。

 

 何度か来たことがある場所なので見知った顔も多い。名前までは覚えていないが、世話になった看護師や医師に彼女は軽く挨拶を返しながら、3階を目指す。

 

 エレベーターが止まり、自動ドアをくぐって売店前へ。目当ての人物を見つけて、空木は小走りで合流した。

 

「あ、やっと来た!」

 

紀美(きみ)っちゃんおまたせ。エイム君と眼金田さんは?」

 

「エイムさんは飲み物買いに下降りました。メガネさんはトイレです。そっちの子がマユミちゃん?」

 

「そ。けっこー巻き込まれた異質でね。ね、困っちゃうよね」

 

「はい…………」

 

 ベンチに腰掛けて居たのはついさっき空木と喋った、同じく守護悪魔の根上(ねがみ)だった。マユミは車内で聞いたが、彼女の後輩だという。

 

 何というか、マユミはこの人物を妙な格好の女性と感じた。看護師らしい地味な服装なのに、大きめのスポーツバッグを肩からかけ、顔には今どき縁日でも見ない狐の面を被っている。服から出ている地肌は、空木と同じく色白と言うには度が過ぎる色だ。

 

「はじめまして~。貴女がまゆみちゃん?」

 

「はい。十二月田(しわすだ) まゆみって言います。」

 

「私、根上 紀美ね。これ名刺です」

 

「ありがとうございます……?」

 

 まぁ、理由がなければこんな格好しないよね。言わないようにしておこう―――などと思っていると。マユミの目の前で女二人は顔を見合わせ、紀美が口を開く。

 

「あぁ〜、マユミちゃん。何か言いたいこととかなかった?」

 

「? 何もないです」

 

「ほんとに? 私こんなやべぇ格好なのに??」

 

 え、それ自分で言うの?? 貰った名刺を落としそうになった。が、マユミは平静を装って言い返してみる。

 

「いや、そのぅ……何か理由があるのかなぁ、と思ったので」

 

「…………………。センパイ、こんないい子どこで拾ってきたんですか?」

 

「拾ってきたって何さ人聞きの悪い。バイト先に来たのを保護したのが始まりだよ」

 

「へぇ…………まゆみちゃんは(かしこ)いんだね。み〜んな初対面だとドン引きするのに」

 

「?? あ、ありがとう、ございます?」

 

 そんなに変かな? と思う。というのも初めは空木→エイム→フェレス→ポチョムスと段階を踏んで異星人やら亜人等と交流を持った。加えてつい最近の宇宙旅行もある。ここ数日の経験のせいでマユミはおおよそ人間と呼べないような生き物でも、言葉さえ通じれば忌避感(きひかん)が薄れていたのである。

 

 なんだかぎこちないやり取りをしていると、眼金田とエイムが来る。2人を見つけた紀美は手を振ってアピールした。

 

「こ、こんばんわ空木さん」

 

「眼金田さん!! 大丈夫でした? お怪我は?」

 

「拙者と根上嬢が責任持ってお守り致した。信二殿には賊の指一本も触れさせてはいないのでござる」

 

「「……………!!」」

 

 色白気味な顔色を、いつもにも増して悪くしていた彼の後ろからぬっと姿を見せたエイムに、空木とマユミは息を呑んだ。

 

 このときマユミは初めて彼の素顔をはっきりと見た。眉が太く彫りが深い、どことなく誠実さを感じさせる整った顔立ちだ……が、そんなことよりも彼は全身ボロボロだった。

 

 右目に眼帯をつけ、左手をギプスで首から吊っている。上半身はシャツ1枚だったが、そこから見える首筋や肩、背中の翼など、肌が見えている部分には何かしらガーゼや包帯が巻かれていた。

 

「え、エイムくんその傷……」

 

「不覚を取ってしまったでござる。あいつら天使のくせに汚ねぇでござる。闇からバシバシ不意打ちしやがって」

 

「…………。ごめん、見た目の割に元気そうね」

 

「根上嬢のおかげでござる。持つべきものは友という言葉を実感した」

 

「そ、そっか」

 

 「いやぁそれほどでも〜」と間延びした調子で紀美が言う。機嫌が良い時の空木の上を行く楽天家なのかな、などとマユミは思う。空木は眼金田たちへ続けた。

 

「3人とも何があったの?」

 

「センパイこそ。こっちはだいたい電話で言ったとおりですよ。勿体ぶらずに」

 

「あ、ごめん。……いや、さ。今日この子と一緒に友達の飲み屋にご飯食べに行ったの。そしたら、店出たときに殺し屋みたいなのに襲われて。どうにかその友達も来てくれて、なんとか撃退して。もうちょっとってところで逃しちゃったんだけどね」

 

「あぁ〜……それも天使だったんですか?」

 

「うん、間違いない。光の魔法ばっか使うわ白い羽生えてるわだったしね。姑息にも眼金田さんに化けて出てきたけど」

 

「わ、私に、ですか?」

 

 そういえばあの男、最初は見た目が違ったんだった。マユミが本物の彼をみて考えていると、空木は言う。

 

「バレバレな変装だったけどね。私、眼金田さんにはあの場所教えてないのに飲みに来たとか言うし、なんかすごいハキハキ喋るしでぜんぜん化けれてなかったもの。大根役者にも程がある」

 

「な、なるほど? まぁ、私は、少し吃音(きつおん)持ってますしね……はは」

 

「あ、いえ、別に眼金田さんにどうこう言うつもりは無いですよ。あんにゃろうが一般人に化けて寝首かこうとしてきた事は許しませんが」

 

「ひどい話……でも誰がなんのために空木さんとメガネさん狙ったんでしょう??」

 

「2人とも心当たりは無いのでござるか? 迷い込みの犯罪者にきつく当たったとか、絡まれている天使に変な事言ったとか」

 

「しょーじき、ある事はあるよ。でもねぇ、あんなガチガチに警備固めてる場所から殺し屋雇うようなのが居るとは思えないし……」

 

「わ、わわ、私は、対人関係は、人一倍気を使っている……つもりです」

 

 「八方塞がったでござるな。」 エイムは一人がけのソファに座って頬杖をつきながら、ため息まじりに言う。その椅子の背もたれに寄りかかりながら、今度は紀美が口を開く。なんとなくだが、マユミには声色から仮面の下の難しい顔が想像できた。

 

「接点もよく分からないんですよね。守護悪魔が(うと)ましいなら、空木さんに私やエイムさんを狙うはずです。でも標的はセンパイとメガネさん。逆に一般人に危害を加える・人質にとるならマユミちゃんを狙うはずだし」

 

「そうなの。だから意味分かんないんだよね」

 

「マユミ殿に付きまとう空木殿が邪魔だった、ということは?」

 

「いや、わざわざ相手は私を殺しに来たって言ってたんだよ。しかもマユミちゃん狙いなら私なんて無視して命を狙えるぐらいの手練(てだれ)だったし。一応そうされたときの保険はあったけどね」

 

 空木の言う事に背筋が冷えたが、彼女がヒラヒラと御札を見せびらかしているのを見てマユミは逆に安心する。自分に貼られていた物と合わせ、更に守ってくれる算段があったらしい。あんなに切羽詰まった戦いの中でそこまで考えてくれていたことに、思わず涙腺が緩んだ。

 

「考えるほどわかりません。なんで空木さんサイドはわざわざ強い方に喧嘩売ってるんだろ? それに襲われたタイミングはだいたい一緒だし、どっちも天使。関連性が無いはずないし」

 

「……………………それと、さ。こんなになるともう一個気がかりな事があるんだよね」

 

「? 何でござる?」

 

「バザロフさんがまだ帰ってきてないんだよ。ほら、マフィアが町に出入りしてるとか聞いたから、探ってきてって言ったのに」

 

 「バザ? あぁ、あの吸血鬼!」「例の問題児でござるな」 空木の言う事に悪魔2人は思い出したような反応を見せる。マユミの知らないところで話が進むが、黙って見ることにする。

 

「町に普段は寄り付かない暴力団と、なんか襲ってきた天使。関連性無いかな?」

 

「考えすぎ、じゃないですか。たぶん別件だとは思うんですが……あと帰ってきてないって?」

 

「昨日の大体5時ぐらいにさ、市民会館でコンサートあったの知ってる? それの客にそのマフィアが居てさ。何か不審な動きがあったら知らせるようにってその吸血鬼を送ったんだけど、音沙汰無いの。……流石に1日だけじゃ心配し過ぎかな」

 

「どう考えるか、でござるな。あの令嬢、失礼ながらあまり礼儀作法や一般常識には通じているようには見えないのでござる」

 

「そう、本当にそう!! それのせいで分かりづらくてさ……何かあったのか、それとも今日ぐらいしらばっくれて寝てるだけかもしれないし。一応携帯かけたけど出ないのよね」

 

「う〜ん………? 吸血鬼って夜行性ですし………今夜すぐにでもそいつの家に邪魔しに行って確認したほうがいいんじゃ」

 

「だよねぇ。うん、ありがと紀美ちゃん、そうしてみる。」

 

 空木が後輩の助言に素直に乗るとを言ったその時、また彼女のスマートフォンが震える。今度は誰だ。そんなような顔をしたのから、画面を見て、彼女は表情が変わったように4人には見えた。

 

「…………………………。はい、もしもし」

 

「「「「?」」」」

 

 黙って出てるが誰だ? そんな周囲の考えを他所に、空木は全員から会話が聞かれない程度に距離を取り始めた。不審に思いつつも、みな黙って眺める。

 

 数分後、話し終えたのか耳から端末を離す姿が見えた。電話を握っていた手をぶらりと垂らし、顔に深い影を作りながら空木は戻って来る。

 

「誰からの電話でござるか。拙者や根上嬢にも話せないような?」

 

得間(うるま) 美香(みか)からの電話だった。アグラーヤの身柄は拘束したって。」

 

「「「!?」」」

 

 女の発言に、マユミ以外の3人が息を呑んだ。エイムと眼金田の2人は信じられないものを見たといった顔をしている。表情が仮面で見えない紀美も、酷く動揺しているのがわかった。

 

 たしか、あのジョニーさんが言っていた悪い天使、だったっけ。一体どんな関係性が?? マユミは静かに、再度口を開く空木を見守った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 きな臭い出来事に巻き込まれてから3日目の昼。ディーラーに預けていたロータスヨーロッパに乗り換えた空木は、ジョニーの店に来ていた。

 

 車を停めて大きく深呼吸をする。寝不足で隈の浮かぶ目を閉じて、軽く瞑想をした。そして乗車から這い出ると、彼女は正面入口ではなく、裏口のドアをノックした。

 

 『合言葉。』 扉の奥からぶっきらぼうな彼の声が聞こえる。空木は淡白に言った。

 

「スノーイーター」

 

「………。裏口から入ってくる意味、知ってるよな。」

 

「当たり前でしょ。わざわざ予約までしたんだから」

 

「…………まぁいい。入れよ」

 

「お邪魔します」

 

 問いに答えると、不機嫌そうなジョニーが出迎える。会話を短く切り上げ、2人は地下に伸びる階段を降りていった。

 

 

 

 地下室の扉を潜って2人は中に入る。どことなく粗暴なイメージの彼に似合わず、部屋の内装は綺麗に整頓されており、壁一面に綺麗に種別に分けられた銃火器が目を引く。

 

 表向きは個人経営のバーの店主、知っている人間からは情報屋として頼られる。だがそんなジョニーには、許可を取ってやっている裏の仕事があった。彼は特殊な犯罪に関わる人間のために、武器商人としてこんな部屋を作っているのだ。

 

「頼んだものってここに?」

 

「いや、奥から持ってくる。少し待ってろ」

 

 質問にそう言ってジョニーは薄暗い倉庫部屋に消えていった。空木は、暇つぶしに自分の仕事に取り掛かった。

 

 適当な椅子に座ると、リボルバーとオートマチックの拳銃に、サブマシンガンをそれぞれ1つずつ。ズタ袋からは手榴弾と銃弾をぼとぼと落としてテーブルに並べながら、空木はメモを取る。そんな事をしていると、程なくして彼は戻ってきた。

 

「戦争でもしに行くのかお前は」

 

「まさか。昔の知り合いと喧嘩するだけですよ」

 

「しかも、だいたい何だこのオーダー。7.65×25MMの専用弾だと? 本当になにする気だよ」

 

「気にしないで。ただの趣味ですから」

 

「いいや、ますます気になる。教えてくれるまで売ってやんねー」

 

 注文した品物を大きめのゴミ袋に乱雑にまとめて持ってきたジョニーからそれを受け取ろうとすると、彼にひょいと持っていかれた。真顔になった空木に、ジョニーは続ける。

 

「なぁ、本当に何する気だ。普段の仕事ならお前のその手持ちで足りるだろ。アサルトライフル1個に代えのマガジン3つ、プラスチック爆弾2つにさっきの専用弾30発。意味がわからねぇよ」

 

「言ったでしょ、知り合いと喧嘩するって」

 

「答えになってねっての」

 

 ガシャガシャ鳴る袋を肩にかけながら、ジョニーは空木に対面する席に座る。どことなく女の顔色が悪いように思えて、彼は言った。

 

「……俺はお前に命を救われた。だから心配してんだ。なぁ、何しに行く?? そこまでする程のとんでもねぇのを相手するんだろ? なんで助けを呼ばないんだ―――」

 

「得間に会いにいくんでしょ?」

 

「!!」

 

 ジョニーの言葉を遮った女の声に、空木は弾かれたような動きで振り返る。壁に寄りかかっていたのは、天上ハルだった。どこからか入り込んできたのか。が、ジョニーはそれよりも、今まで見たことが無い焦りを見せた空木の方に驚く。

 

「図星ね。相変わらず隠し事がバラされる事には弱いのね」

 

「いつから居たんですか。聞き耳立てて趣味悪いですよ」

 

「ついさっき来たばかり。根上ちゃんから話は聞いたわ。」

 

「余計なことを……」

 

 わざわざ口外しないように釘を差したというのに、知人がこの天使に自分のこれからやろうとしている仕事をバラしたと聞き、空木は毒づく。

 

「得間……危ない天使とかってやつか」

 

「危ないなんて言葉で片付く人間なんかじゃない。あれこそこっちの人間が指す「悪魔」よ」

 

「………………あまり悪く言わないであげてください。悩み事も多い人ですから」

 

「知り合いなのか?」

 

「そんなもんじゃないわよ、あいつは空木の―――」

 

 続けようとしたハルの口に手のひらを当てて、空木は強引に彼女の口を閉じさせた。少し驚いた顔をしたハルとジョニーを無視して、空木はスキ有りとばかりにジョニーの持っていた銃火器を引ったくる。

 

「あっ、てめ」

 

「石橋を叩いて渡りたいから……ただそんだけですヨ。これ、頼んだの」

 

「………本当に行くの」

 

「えぇ。そりゃ、まぁ。ハルさんは何をしに来たんですか」

 

「もう見納めかなって思ったから、顔見に来ただけ。……本当にそれだけ。私は手伝わないわよ」

 

「……………。どうぞ。最初から1人で行くつもりでしたから」

 

 強引なやり方が気に食わなかったか、ジョニーが空木の服を掴もうとしたとき、その前にハルが立って言う。問われた空木は自暴自棄にも見える態度が答えたが、その反応に思わずハルは声を荒らげた。

 

「ッ、鈍いわね、私が行くなって言ってるのがわからないのかしら。心配してあげて」

 

「私だって行きたくないですよ。」

 

「……は?? どういうこと」

 

 袋を地面に置いてしゃがみ、靴紐を結び直してから、空木は小さく呟いた。

 

「アグラーヤは、まだ刑期を終えてませんから。連れ戻す必要があるので」

 

 毅然とした態度で言い放ち。呆けていた2人に背中を向け彼女は店から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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銃声のゴスペル

おまんたせ


 

 

 手錠をはめられて椅子に縛り付けられてかれこれ一週間にもなる。体の自由を奪われたアグラーヤは、周囲を忙しなく歩いていたり、そのファンシーな外見には似合わないバズーカ砲やマシンガンなどを手入れしている天使たちを睨む。

 

 「ご機嫌いかがかな。」 横から聞こえてきた女の声に、彼女は気怠げに顔を逸らす。数日前に自分の腕を切り落とした天使の女だ。

 

「何の用だ。食事はもう済ませた」

 

「世間話は嫌いか? 助けが来なければ、お前もあと数日の命だ。心細いかと思ってな」

 

「…………別に」

 

「ふふふ……かわいいやつだよお前は。吸血鬼といえど死ぬのは怖いらしいな?」

 

 こちらをバカにするように、その女は優しくアグラーヤの頭を撫でる。悔しさに歯ぎしりをするが、抵抗する気は無かった。実力差は歴然としているのは、前の劇場でも痛感している。

 

 改めて見ても異質な容姿の女だ。アグラーヤは、前に会った天上ハルと比べてみる。

 

 他の天使に見える頭上の光輪も無いし、背中から羽なども無い。ただ、なんとなく「香り」が普通の人間とは違うので天使だと言っているのは間違いない。空木やフェレス、エイムと3人がそれぞれ違う見た目なのと同じで、人種みたいな違いがあるのだろうか、などと考えた。

 

 今日も1日、束縛されたまま終わっていくのか。そう彼女が諦めたその時だった。

 

 ギ、ギ、ギ、と音をたてて建物の扉が開き、日が差し込む。誰か入ってきたようだが―――その人影を見て、日焼けの天使の女がニヤニヤしているのが見えた。

 

「やっと来たか。遅かったな空木。」

 

「!?」

 

 女の発言に思わずアグラーヤは目を見開く。

 

 逆光で見辛いが、長方形のギターケースか何かを背負った空木の姿が目に入る。季節は夏に入り、気温も高いと言うのに、何故か彼女は分厚そうなコートを羽織っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 スウウゥ、と周りに聞こえるような深呼吸で自分を落ち着かせる。敵が指定してきたこの廃教会に自分一人というのは心細いが、しかし仕事は仕事。やらないという選択肢は無かった。

 

 埃っぽい建物の中に、空木は靴のかかとを鳴らしながら侵入する。人の気配は右に2、左に3……そして正面に2。眼前の2人は自分もよく知る人物だ。

 

「家紋入りの外套、か。お前らしい本気の見せ方だな」

 

「………………………。」

 

 吸血鬼のアグラーヤに配慮したのか、赤髪の彼女は日の刺さない所に座らされているのが見える。その隣、日焼けした朝黒い肌の、ラフな服装をした女がこちらに近づいて来る。

 

「天国を追われた天使は、悪魔になるしかない……私はくだらない人間の話だと思うよ。空木……」

 

「お久し振り……です。得間 美香(うるま みか)……先輩。」

 

 日焼けの女―――美香は、名前を呼ばれて嬉しそうな表情になる。真顔のまま、空木は続けた。

 

「せっかくまた会えたんです……ゆっくりと、お話しませんか?」

 

「ふふふ……命乞いか?」

 

「まさか。………………そんな手が通じない人なのを、私はよく知っています」

 

 話の最中、空木は背負い物から2つの鉄パイプと1つの短刀を取り出す。そしてその場で彼女はネジ山が切られているそれらから、敵の目の前で槍を組み立て始めた。

 

 何が楽しいのか。のんびりと準備を始める自分を前に、美香は薄笑いを浮かべている。長物が組み上がり、空木はバッグにそれを仕舞い直してから口を開いた。

 

「規則のためなら恩人だろうと殺す、貴女だから……」

 

「…………わからないな空木」

 

「何が、ですか」

 

「この吸血鬼をわざわざ助けに来たことだ」

 

「あんな挑発的な電話、来いと言っているように聞こえましたが」

 

「ちがう、そうじゃない」

 

 のんびりと歩きながら、美香は立てかけてあった刀を手に取り、自然体で話を続ける。

 

「この吸血鬼は人間に害を成そうとした。お前が居なければ、まゆみ、とか言ったかあの子供は。奴も死んでいたはずだ」

 

「…………………………」

 

「この吸血鬼に生きている価値は無い。町の人々の安寧のためにはさっさと殺処分が必要だと思わないか?」

 

「私はそう思いません」

 

「ほぅ?」

 

「読んで字の如く。吸血鬼は、人の血を吸って飢えを満たす生物です。吸血行為に対する価値観や必要性は、来た世界の人によって差はありましたが、共通点もあって……彼ら彼女らはそれをしないと生きられない体を持っていました」

 

 「たまに娯楽でしか血を飲まないようなのもごく少数居ましたがね」 空木は例外も交えつつ、続けた。

 

「人が息をして、野菜や肉を食べるように、血を飲まなければ死んでしまうんです。見知らぬ土地に迷い込んでどれほどの時間を過ごしていたかわかりませんが、あんな事をした手前、アグラーヤは飢えていたはずです。たまたま、彼女の近くに居たマユミちゃんが標的になったんでしょうね」

 

「何が言いたい。少しはまとめる努力をしろ」

 

「知らない場所に飛ばされ、アグラーヤはさぞかし心細かったでしょう。しかも夜が明ければ日に焼かれて死ぬ危険性もあるし、逃げ込む場所のあてなんてない。さらに飢えに苦しんでいるという現状に、理性の歯止めが効かなくなっていた―――なんてコト、充分考えられます。」

 

 長話になって真顔になっていたのが、話すごとに美香が笑顔になっていくのを見る。おまけで後ろで項垂れていたアグラーヤが涙目でこちらに何か訴えかけているのも見えた。

 

 なんだ、別に同情してるわけじゃないぞヴァサロフさんや。続けて落ち着いた声で、空木は持論を述べる。

 

「人は、人の決めた法のもとで裁かれるべきです。ここ日本は法治国家なんだから、私刑なんて許しちゃいけないんです…………それを止めるのが私の仕事だし。アグラーヤはまだ罪の精算を終えていない。勝手にその命が摘まれていい存在じゃないんですよ」

 

「……………。良いことを言うよ。相変わらず変わっていないなお前は」

 

「不服ですか?」

 

「誰がそう言った? 少なくとも私は褒めたつもりだがな」

 

 コートのポケットから拳銃を取り出して握り込む。見せびらかすように臨戦態勢を整える空木に周囲の天使らが反応しているのが、なんとなく雰囲気から知覚できた。しかし眼前の美香だけは余裕そうな態度を崩さない。

 

「私はね―――人間のくだらない法律など無意味だと思っている。こんな害獣を生かしておく必要が無い、ともな」

 

「そうですか。いいんじゃないですか? それはそれで。」

 

「ふふふ……相変わらずだな。人の考え方を尊重するものだから、お前と話すと議論にならない」

 

「今回ばかりは違いますよ。……ハナから議論なんてする気はありませんでしたから。

 

 しっかりと両手で銃を構え、サイトを女の眉間に合わせた。引き金に指を置く。

 

「一回だけ言います。その吸血鬼を開放しなさい得間美香。そうすればこちらからは何もしません」

 

「素直に返すと思うか?」

 

「言うと思ったよ!!」

 

 空木は上半身を90度横に向け、トリガーを引く。

 

 放たれた弾は密かに近づいていた天使の肩を捉えた。苦悶の声を漏らしながら、彼はピストルを落として(うずくま)る。容赦なく相手の両足にも鉛玉を撃ち込んで再起不能にし、空木は全速力で物陰に隠れた。

 

「女が隠れたぞ!!」「撃ち続けろ、逃がすなぁ!!」

 

 事前にこの場所に美香たちが立て籠もっていたのは知っていた空木は、一団の装備もなんとなくだが把握している。マシンガンや拳銃で武装しているが、一人だけロケットランチャーなんかを持ち込んでいるはずだったよな、と彼女は大急ぎでリロードを完了させて椅子の影から何本か並ぶ柱まで突っ走る。

 

 先程まで2人の話し声しかなかった廃教会に銃声と爆発音が響き渡る。弾けた炸薬が飛ばす破片が蜘蛛の巣を裂き、大理石の壁をえぐり、埃を巻き上げる。頑丈な作りなのか、幸い壁に穴を開けたり2階が崩れ落ちるということはない。

 

 鉄火場に慣れている空木は迷いなく周囲を制圧する。影が差して薄暗い場所を選んで移動しながら、空のマガジンや敵の落とした武器を拾っては投げたりと物音で撹乱(かくらん)しつつ、1人ずつ無力化する。相手がロケットや爆弾などを遠慮なく撃ち込んできてくれたお陰で煙に紛れての隠密行動はしやすい。

 

「ぐぅあっ……」

 

「!」

 

 あと2人、ただその中で美香だけは別格。早いところアグラーヤの拘束を解くか何かで逃げたほうがいいよな。空木は走っているところから勢いよく滑り込み、機関銃を構えていた天使の足に刃物を突き刺す。苦痛を増すため、捻じりながら引き抜いてそれを投げ捨てると、脳内の地図に従って先程アグラーヤが居た場所まで無心で走った。

 

 良かった、無事だったな。いきなり始まった銃撃戦に困惑したのか、忙しなく周囲を見渡していた彼女を見つける。空木は袖口からバタフライナイフを展開させると、急いでアグラーヤを縛り付けている縄を切り始めた。

 

「おまたせ。怪我とかは?」

 

「え!? あ、いや、何ともないが」

 

「そっか……えらいきつく縛ってやんの、ちょっと時間かかるかも………………待たせてごめん。」

 

「えっ?? いや、その……ありがと―――」

 

 厳重に固結びされているロープを刃物を引いて解いていくその時。会話中のアグラーヤが口の動きを止める。すると、空木は音を置いていくような速度で背後に向き直り、銃を乱射した。

 

 間一髪、彼女は致命傷を回避する。自分と同じくもやに隠れていたのか、背後に立っていた美香が真っ直ぐに刀を振り下ろそうとしている所に弾丸が届く。冷静にそれらを切り払い、美香は笑っていた。

 

「素晴らしい勘の良さだ。やっぱりお前は私が見込んだ中で一番だよ」

 

「嬉しくも何ともないですね!!」

 

 相変わらず嫌らしいタイミングで容赦なく殺しに掛かってくる人だ……。空木は縄に刺しっぱなしでアグラーヤの手元に置いてきてしまったナイフを一瞥(いちべつ)して舌打ちする。仕方なく、先程組み立てた槍を背中から出して握った。

 

 美香は剣術の達人だ。そんなのを相手に、しかも得意な間合いに飛び込んで生き残る自信は空木には1mmも無い。片手に銃、片手に槍と、不釣り合いなダブルトリガーとも二刀流ともつかない状態になる。

 

 とにかく距離を保ちながら逃げる算段を立てるしかない。そう考える。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目の前で死闘と呼ぶのも生ぬるい殺し合いを始めた2人に、アグラーヤは心の底から寒気を感じた。

 

 お互いに全く魔法を使おうとせず、空木はとにかく弾をバラ撒いたり得物を振って牽制し、対する美香は凄まじい剣の技量でもって強引に弾幕を突破しようと試みている。

 

 自分を難なく下した2人の女だが。何ということだ、私とやり合ったときなんて本気の一分も出していなかったのではと考えてしまう。間に飛び込みでもすると1cm四方の細切れ肉にされる想像が止まらない。

 

 どうする、どうすればいい。一応空木が途中まで切ってくれたこのロープ、ちょうど自分の手がかかる場所にナイフが刺さったままだ。こっそりとノコギリを引くように動かせば拘束を解けるかもしれない。だけど、そこからさっさと自分だけ逃げるべきなのか?? 段々と劣勢になっている悪魔を見る、そんな時だった。

 

「動くんじゃねえぞ……クソっ」

 

「ッ!」

 

 後頭部に何か硬いものを当てられる感触と、男の声が聞こえる。アグラーヤは知らないが、数日前に空木とジョニーを襲撃した天使だった。

 

 オートマチック拳銃の銃口を彼女の頭に押し付けながら、彼は苛立ちを込めて話す。

 

「美香の野郎しくじりやがって……! わざわざ守護悪魔のやつを焚き付けて何考えてやがんだ……お陰で酷い目にあった」

 

「……? 仲間じゃないのか?」

 

「喋ってんじゃねぇよ! ムカつくぜ……腹いせにぶっ殺してやる!!」

 

 どういうわけか自分を生かしていた美香とは違い、この男は自分を殺しに来たようだ。だがその発言を聞いたアグラーヤの脳内に1つの思考が駆け巡る。

 

 わざわざこんな私のために、空木はたった1人で助けに来てくれたのだ。命を繋いでくれたんだ。それを無駄にしちゃいけない気がする―――アグラーヤは一か八か、動いてみた。

 

 がちがちに縛られていたのが、空木のおかげで多少上半身を揺する程度はできる。彼女は全身のバネでやれる限り全力で反動をつけ、勢いよく椅子ごと前に倒れた。

 

「うわああぁぁ!」

 

「おぉああってめぇぇぇ!?」

 

 幸運は続く。座らされていた椅子は作りが弱いのか、今の転倒と無理な荷重に耐えきれずに壊れた。依然背もたれに縛り付けられた状態だが、これによりアグラーヤは2本の足で身動きが取れるようになる。

 

 考えるよりも先に体が動く。迷うことなく、彼女は予想外の動きに対応できずに強かに地面に体を打ち付けて呻いていた男の首筋に噛みつく。

 

「んっぐ、ぐぐぐ!!」

 

「があっ!? てめっ、はなれっ、ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 無我夢中で血を吸った。ここ数日間最低限の栄養補給しかしていなかったアグラーヤに、この天使の血は活力をもたらしてくれた。死なない程度に吸血を済ませ、彼女は干からびて老人のようになった男を放り、力任せに縄を引き千切って自由になる。

 

 遠くの方ではまだ2人が切り合いをしているのが音でわかる。少しでも助けになれば―――銃の扱いは慣れていないが、そんな思いから、アグラーヤは男が持っていたピストルを手に取り、舞っていた埃の先の美香へ叫ぶ。

 

「こっちを見ろ、性悪天使!!」

 

 隙を作ってやったぞ、さぁ空木、今だ。アグラーヤは相手がこちらに反応する前に引き金を引いた。

 

 ただ、この行動は相手にとってはむしろ好都合な物だったのを、彼女は理解できていなかった。

 

「!! バザロフ、手を出すなぁッ!!」

 

「えっ」

 

 全く原理が理解不能だった―――美香は振り向きすらせず、滑るようにこちらに向かって飛んでくると。脇の下から出した刃で銃弾を弾き、右足を軸にして180度体の向きを変える。

 

 脳が混乱する動きで弾を切り払った女は、獣が牙を剥く様な笑顔を浮かべていた。

 

 大上段から、容赦なく刀が振られるのをただまじまじと眺める。

 

「緊急・互換ッ!!」

 

 アグラーヤは、無事だった。気がついたときには―――眼前で自分を庇って前に出た空木が、袈裟斬りに胴を切りつけられ、夥しい量の出血と共に崩れ落ちる。

 

「ッ……………ぁ」

 

「ほぅ……」

 

 いつの間にか、持っていた銃が切断されて破壊されていたが、そんな事はどうでもいい。血溜まりに倒れて動かなくなった空木に、アグラーヤは喉が爆発するような声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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看護師悪魔・立ち上がる

空木編とりあえずオワリ 次回から主人公が切り換わるゾ


 

 

 

 何が起こったかは頭が理解を拒んだが、自分が変な事をしたせいで空木が死んだ、ということだけはわかってしまった。アグラーヤは恐怖と情け無さと不安で思わず泣き叫んでしまう。

 

「ああぁぁ、なんだ、空木、どうした、動け、返事しろ、なんでだあああああぁァァァ!!」

 

 ボタボタ溢れる涙と汗がレンズに落ちて視界がぼやける。混乱して死体を揺すったり声をかけているアグラーヤへ、美香はその様子をニタニタ見物しながら呟いた。

 

「まさか、他人を守って死ぬとはな。人なんて所詮自分がかわいいと思って当然なのに真っ先に行動に移すか……」

 

「空木い、返事、してよぉぉぉ……」

 

「まぁいい。吸血鬼、恩人が居る場所に送ってやる」

 

 美香は啜り泣いているアグラーヤの前に立つ。静かに深呼吸をして、刀を正眼に構える。相手の首をしっかりと狙って刃を振り下ろした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 タンッと。小さな破裂音が廃墟内に響いた。それとほぼ同時に右肩に走った激痛に、美香は思わず得物を落とす。

 

 何かを察した女はすぐに物を拾い直してその場から飛び退る。またもや何が起きたかわからずアグラーヤはいきなり逃げた相手と今の物音に変な顔になった。

 

 そんな彼女の腹部に、深々と空木の放った蹴りが突き刺さる。

 

「ウゥボアアァァァァァ!?」

 

「ハァッ、ハアぁぁ! ったく、勝手に殺すなっての」

 

 吹き飛んでいったアグラーヤに捨て台詞を吐きつつ、空木は傷口を抑えながら立ち上がる。少し驚いた顔をしていた美香に視線と銃を向けながら、彼女は顔の向きを少しだけズラして吸血鬼に逃げるよう言い放った。

 

「ヴァザローフ! 聞こえてるなら早く逃げな、私はいーから!!」

 

『うぅっ、ひっ……ぐ、し、死んだふりしやがって、ゆ゛る゛さない゛!!』

 

「そ~いうのいーから早ぁく!!」

 

 カバンから日光対策になりそうな厚手のコートを取り出し、背中側に床を滑らせて投げ渡す。離れていく足音でアグラーヤの逃走を確認して、ようやく空木は意識を美香に向けた。

 

「人を殺すなら、生死の確認を最優先。貴女の教えです……先輩。」

 

「ふふふ……くっふ、はははは。流石だよ……なるほど、血袋を仕込んで防刃・防弾の下着でも着てたな。やっぱりお前は強かだよ」

 

 恐怖で震えていたアグラーヤはどうでもいいので無視するとして。と、美香は息を荒らげて立っていた空木をまじまじと眺める。確かに手応えはあったはずだが、まだ元気そうだな、などとどこか他人事に考えた。

 

 美香は、空木の握っていた古めかしい拳銃に目をやる。不意を突いて撃ち抜かれた右肩を軽く手持ちの包帯で縛りながら、口を開いた。

 

「「ボーチャードピストル」。まだそんな骨董品にこだわっているのか、お前は。」

 

曾祖父(ひいおじい)ちゃんの頃からの宝物です……日本には付喪神という考えが有る。物を大切にしてると、いざというとき助けてくれるそうですよ。そういう情緒のない貴女には理解できないでしょうね」

 

「モノはしょせんモノでしかない。信じられるのは信頼性と実績だ。奇跡なんて起こりはしない」

 

「初めから信じない人に奇跡は起こりませんよ」

 

 ジリジリとすり足で美香から距離を取る。何をしてくるかいまいち読めないが、距離を離すに越したことは無い。近くに階段をみつけて、空木はそこから上階に上がって迎え撃つ算段を立てた。

 

 すぐに行動を起こす。いきなり敵に背を向けて空木は走り出す。予想外の動きに出遅れたが、すぐに美香は後を追う。

 

 手すりの棒を掴んでジャンプし、一気に階段の中頃まで登る。同じ動きをトレースした美香が来たが、空木は2階に付いたと同時にこっそりと握っていたスイッチを押した。

 

「ッ!」

 

「何っ!?」

 

 今の一瞬で仕掛けた爆弾が発動する。ジョニー特製のプラスチック爆弾は女2人ごと階段と2階の1部を破壊して吹き飛ばす。身構えていた空木は怪我を最小限に抑えたが、意識外の一撃をもらった美香は薄着だったのも災いして体のあちこちに切り傷や打撲を作った。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………」

 

「やるじゃないか……今のは少し焦った。やればできるじゃないか、殺意のこもった攻撃が」

 

「まさか、恩のある先輩にそんなこと」

 

 嘘だ。あわよくば死んでほしい―――心のすみっちょでそう思ってたケド。ステンドグラス貼りの壁から射す光を浴びながら、自爆して壁際に追い込まれた空木は乱れる呼吸を強引に静めて笑ってみせる。

 

 虚勢にまみれた今の態度と発言をバレるわけにはいかない。相手は殺すと決めたら地球の裏側まで追いかけて息の根を止めようとしてくるような人だ。どうにか意識を逸したりし続けて、やっぱり逃げる計算を立てるべきだよな。空木は睨み笑いを効かせたまま、口を開ける。

 

「さっきの話の続き―――かくいう貴女だってこだわりを持ってる。刀なんて無くたって、魔法で人間の首なんて飛ばせる。なのに、貴女は日本刀で殺す事にこだわる」

 

「それは挑発のつもりか? 私が魔力不足な体質なのをわかっているくせに、いつからそんなに意地の悪い事を言うようになった。ここに来たときから思っていたが、少しチャラくなったか? 空木。」

 

「えぇ、おちょくってますよ。頭に血を昇らせれば多少はスキが出来るかなって」

 

「ふふふ…………笑い話にもならないな。わざわざ口に出すか」

 

 言い終わらないうちに美香は一気に距離を詰めてくる。空木はズタズタになったコートの胸に挟んでいた御札を愛銃に巻き、迎え撃った。

 

 貴重な紙と塗料で作った札の効能で強度が増したピストルを盾にして刀を受ける。いなす角度、向き、力加減、どれ一つ間違っても体のどこかが飛ぶ。スリル満点のゲームだな。どこかふざけたように考えていたが、そうでもしないとやっていけないほど今の空木は焦っている。

 

 2回、3回とやり取りは続く。受けそこねた刃が空木の頬を掠め、反撃に撃った弾丸が美香の大腿部(だいたいぶ)を撃ち抜く。尻餅をついてしまった空木は銃を美香の顔に。片膝を付いた美香は切っ先を空木の眉間に合わせる。

 

 互いの動きがピタリと止まった。どちらが先に動くか―――そんな駆け引きが必要な間が生まれる。そんな折、唐突に美香が話し始めた。

 

「お前は、自分の(さが)というものを理解できているか……?」

 

「…………なんですって?」

 

「お前は私と同じだ。法を犯す者は、究極的には―――殺すべきだと考えている」

 

「……………………。貴女と一緒にしないでください」

 

「ならばここで死―――」

 

 相手の言い終わらないうちに空木は美香の肩……先程よりも胸に近い辺りを撃ち抜く。一瞬の彼女の目と手の動きを見逃さなかった美香は一思いに空木の脳天を突き刺そうとするものの撃たれた反動で目測を誤って女の脇腹を突き刺した。

 

「うぅっぐぁ!!」

「があぁッ!!」

 

 撃たれた後にも酷使していた利き腕が悲鳴を上げたか、美香はまた刀を落とす。すぐに空木はそれを撃って遠くに飛ばす。

 

 しかしその行動が命取りとなる。空木はほんの一瞬目を離した美香に、顔を鷲掴みにされた。

 

「があっ!? ぁぁぁ……!」

 

 美香は、下から覗き込んだ能面のような表情で笑っていた。

 

 女は握り込んだ頭へ込める力を強めると、空木の体を、そのまま背後にあったステンドグラスへ叩き付ける。

 

 衝撃で窓が砕け散る。もう体力の無い空木はフェンスに寄りかかって脱力した。その彼女の首を狙って、美香は刃物を拾い上げ両手で構え直して横薙ぎに払おうとしたその時だった。

 

 力尽きて腕を垂らすような自然な動作で、空木は手榴弾を1つ、美香の足元目掛けて投げる。

 

「なっ」

 

「…………………―――――」

 

 美香の驚く顔が見えた気がした。空木の体からすべての力が抜ける。重力に従って彼女の体は外に投げ出された。

 

 魔法と現代科学を総動員して作った手榴弾が大爆発を起こす。薄れゆく意識の中、何も考えていない空木の瞳には吹き飛ぶ廃教会が映っていた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「守護悪魔に選ばれたそうだな。おめでとう空木。色々教えた身としてはなんだか感慨深いよ」

 

「ありがとうございます。私も美香先輩が居なければ無かったと思います」

 

「お世辞か? 何もやらんぞ」

 

「まさか。昔からお世話になってた大先輩ですもの、そんなこと。」

 

「そうか………………序列はいくつだったんだ?」

 

「12位です。守護者の階級ですね」

 

「まぁ、妥当だな。お前は対応力はあるが、攻撃力だとか征圧力に関すれば他に強いのが居る」

 

「私にしては頑張ったほうですヨ。とりあえずで入った学校だったけど、コツコツ地道に4年間……」

 

「あまり卑下するな、望んだのにその場所に来れなかった奴への嫌味になる」

 

「……そーですね。無い胸を張ってみます。美香先輩はこの頃何かありましたか?」

 

「さぁな。忙しい、のかな。守護天使はサボる不届き者が多くて困る」

 

「あはは。でも、私は天使様のそういう気分屋なところ、見ていて好きですけどね。ハルさんみたいな気ままな人を見ていると、心が落ち着きます」

 

「当事者になってみろ、統制が効かなくて困るなんてものじゃない。あいつらときたら、私に仕事を任せて昼寝する始末だ」

 

「ふふ、ごめんなさい。」

 

「…………………空木。お前はまるで現世の人間が言う天使みたいだな。私の知る天使よりも、お前は天使に向いてるよ」

 

「……? どうしたんですかいきなり。先輩らしくない」

 

「本気さ。理知的で、その場の感情をそっと抑えつけられる能力がお前にはあるからな……きっといい守護悪魔になる」

 

「ん〜……私に言わせて頂ければ、じゃあ美香先輩は悪魔っぽいですよね」

 

「ソレは褒めているのか?」

 

「そう取ってください」

 

「そうか。どういうところが?」

 

「時に残酷に、淡々と、次に取るべき行動の判断を下す。そういう人が必要なときもあるでしょう……私にはそれができません。肝心なところで気が引けてしまいます……そーゆートコで先輩は決断力がありますから」

 

「つまり非常ってことか」

 

「悪く言えばそうなりますけど、私は美徳だと思います」

 

「そうかな……結構、周りからはその事で嫌われているんだがな」

 

「それは先輩の周りの方が見る目が無いんでしょう。私は流されやすいタチだから、そういう決断力のある人は凄い人だと、思ってますから…………」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……………ハァ」

 

 夢、か。いや、昔の思い出のリプレイのようでもあったな。

 

 目を動かして視界に入ってきた点滴スタンドとカーテン、食事の乗ったトレイを見て、空木は大きなため息をつく。見たところどこかの病院に自分は居るようだ。

 

 「あ、起きた」 見ていたのとは逆方向から女の声が聞こえる。空木の後輩、紀美だ。予想はしていたが、ここは彼女の勤め先らしい。

 

「深尾さーん、朝ごはんの時間ですよ〜」

 

「……紀美ちゃんわざとやってる? なんか気持ち悪いんだけど」

 

「ひっど、丁寧にお世話してあげたのに……およよよ…………」

 

「……………………〜!」

 

 普通に下の名前で呼び合う間柄なのに、あからさまなビジネス対応をされたので毒づくと、紀美は仮面の下からでもわかる嘘泣きを始めた。呆れながら空木は上体をベッドから起こす。

 

「い゛っ!? ぃちちち………」

 

「ほーら、あまり動かないように。傷が開きますよ」

 

「あれから何日経ってる? あと、誰がここまで運んでくれたか」

 

「まぁそう慌てないで。空木さん丸3日寝てたんですから」

 

「うわ、そんなに」

 

「運んだのはアグラーヤさんと眼金田さんですよ。なんでも、建物の二階から降ってきたセンパイを、吸血鬼さんがロータス運転してここまで。車の中にセンパイのケータイあったから、適当にかけたら出た眼金田さんの指示でここまで来たって言ってました」

 

「へぇ………」

 

 バザロフにそんな博愛の精神があったとは。命の恩人に失礼な事を考えながら、空木は煮魚の定食に手を付ける。

 

 覚えているのは美香に胴部を切られたあとに不意打ちに成功したのと、最後に相打ちに持ち込めたと思ったら窓に叩き付けられて気を失ったところまでだ。だが体を見ると明らかに記憶より傷が多い。2階から投げ出されてよっぽど無理な体制で地面に叩きつけられたらしく、青アザや切り傷を覆う包帯があちこちに巻いてある。

 

 「ちょっと、聞いていいですか」 いつも間延びした話し方をしている紀美が、突然低い声で言う。空木は朝食に伸ばす手を止めた。

 

「その、言いたくないなら良いです。美香って人との繋がり、私はあまり知らないんです。最低限でいいから、教えてほしいんです」

 

「誰にも言わない?」

 

「内容による、かナ。」

 

 仮面を少しめくった隙間から飲み物を飲む彼女へ、渋々空木は口を開く。

 

「大したことないよ。年の離れた友達って感じだったかな、昔は。ちょっと考え方の違いで喧嘩して、それっきりだったけど」

 

「考え方の違い」

 

「あの人は極端なの。現世の人に1ミリでも危害を加えた異界の生き物や人間は、速やかに殺すべきって思ってる。ま、それが問題になって今じゃ指名手配までされてるそうだけどね」

 

「うぅわ。……私見ですけど空木さんとは真逆というか」

 

「どう、かな。」

 

「えっ」

 

 途中で声が震える。空木の返事に紀美は動揺して生返事を返した。

 

「ある意味度胸があるよあの人は。自分を押し通すために、世間の法律だとかを破ってるわけだから」

 

「……………………」

 

「私は、ルールとか規範に従ってるだけだから。真面目というよりかは、暴れる勇気がないってカンジかな―――」

 

「それは違うと思います」

 

「!」

 

「先輩、今から生意気言いますけど、ちょっと聞いてほしいんです」

 

「………………」

 

「美香の持つ勇気とか度胸っていうのは獣のそれじゃないですか。社会理念も他人の痛みも鑑みず暴れまわってるだけで、そんなの理性も何も感じられない。と、私は思います」

 

「つづけて」

 

「そんなアンポンタンよか空木さんのほうがよっぽどカッコいいですよ……被害者にも加害者にも寄り添って仲立ちして、うまい具合にお互いが納得できる条件を模索して、捕まった方にも社会復帰の支援をして、って。そもそも大体、普通の人って被害者側に立ちすぎるイメージ有りますし……キチンと真ん中に立ってる空木さんはカッコイイですよ」

 

 それなりに大声で喋ったからか、ずれた仮面を直しながら紀美は一息つく。彼女の持論を、空木は静かに聞いていた。

 

「言うね。紀美ちゃんは」

 

「……すみません、熱くなりました」

 

「なんで謝るのさ、むしろありがとう」

 

「んぇ」

 

「なんだか体が軽くなったよ……ま、いいや。今回の件は忘れようかな……一応こっちの身内に死人とかは出なかったんだし……」

 

 食事を半分ほど摂って、空木は横になる。紀美は言い過ぎたと思っていたが、一先ず怒られることは無さそうだと胸をなでおろした。そして連絡があったのを思い出し、口を開く。

 

「あ、そう言えばもうひとり守護悪魔の方がこっちに来るそうです」

 

「……えっ、嘘、もう5人ぐらい居るのに?」

 

「センパイが大怪我したから補充人員ですよ。と言っても序列3位の方が来るそうですけど」

 

「さ、3位!?」

 

「めちゃめちゃ強い方らしいです。あと、上の人は空木さんにかかってた負担が大きかったのを反省してるとか。退院したあとは別の方が追加で来るみたい」

 

 なんか知らないところで凄いことになってないか。空木は内心で冷や汗をかく。ちなみにこの序列という番号は1から20まであるが、エイムが10、空木は12、紀美は14だ。簡単に言うと、この数字が少ないほど仕事のできる悪魔という指標となる。「3位」ともなるとかなりのやり手だ。

 

 呆けていた空木へ「とにかく」 と紀美は続ける。

 

「怪我が治るまでは入院しててくださいね……みんな心配してましたから」

 

「………うん」

 

「空木さんが退院できるまでは私が同じポジションで動くことが決まったんで、まゆみちゃんに関しては安心してください。私なりに精一杯あの子を保護します」

 

「うん……お願い」

 

「ホント、もう無茶はやめてくださいね? 手当してるとき凄い心臓に悪かったんですから」

 

 お食事、お昼まで置いておきますから。紀美はそう言い残して、病室を後にした。

 

 

 

 




クソ長シリアス終わり!! 次回はアンケートでも好評のドタバタコメディを頑張るぞ


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