対魔忍者と極道兵器 (不屈闘志)
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第一章 将造、故郷へ帰る
Weapon 1 密林ゲリラ野郎


東京の薄暗い路地裏で、その場に似つかわしくない立派な和服を着た老人が、何度も後ろを振り返りながら、必死な形相で走っている。

 

「はぁっ!!はぁっ!!倉脇と島田の糞ボケがぁぁっっ!!!あれだけ目をかけたっちゅうに裏切りおってぇぇ!!!!」

 

男の名前は『岩鬼権蔵』、西日本の極道を束ねる岩鬼組の組長である。だが、そんな大層な肩書きを持ちながらも今現在、お付きの者もなく、惨めに何者かから必死に逃げていた。

 

「はぁっ!はぁっ!もう駄目じゃっ!げほっげほっ。」

 

やがて権蔵は、体力の限界が来たらしく、咳き込みながら膝に両手を付き走るのを止めた。大きく肩で呼吸をしながらも周りを見渡すと、自分以外動くものはいない。権蔵は、追っ手から少しは距離を離したのを確信し、急いで携帯電話を取り出し電話をかける。

 

『プップップップッ』

 

(まだ信じられねぇっ!あれだけの人数の護衛が一瞬で!!しかもなんじゃ、あの忍者や化けもンどもはっ!)

 

息が整ってきた権蔵は、数日前からのことを思い出す。

 

数日前、東の極道連合が、西日本極道連盟の会長でもある自分に秘密の会談を持ちかけてきた。疑いながらもわざわざ東京まで行き話を聞くと、それは米連を本拠地とする多国籍複合企業体『ノマド』を後ろ楯とした、すべての極道をまとめる全日本統一連合参加の呼び掛けであった。毛唐の組織に入る気はないと断ると、岩鬼組の幹部である『倉脇』と『島田』の突然の裏切りを皮切りに、この世の者とは思えぬ化け物や忍者らしき者に急襲を受ける。自分は、罠の可能性を考え、どんな人数でも返り討ちにする武闘派の護衛を何人も連れてきたはずであった。しかし、その武闘派の護衛達も命を捨てて、自分をこの路地裏に逃がすのが限界だった。

 

(やはり、東が魔界のもんと手を結んでいるのは本当じゃった……しかし、あれだけの手練れを一瞬で!!)

 

『もしもし、会長! どないしたんでっか!』

 

やっと電話が繋がった。

 

権蔵が、急いで用件を伝える。

 

「東がノマドの野郎とつるみよった!!!急いで西を纏めて迎撃体制を……」

 

その時、はるか上空から何者かが、権蔵の背後に音もなく着地した。

 

「み~つけたぁ」

 

「ゴブォッッ??!!!!」

 

権蔵の胸から、いきなり三つの鉄の爪が生えた。

 

権蔵が、大量の血を吐きながら後ろを振り向くと、赤いハイレグのような服を着た妖艶な笑みを浮かべる美女がいた。さらに視線を下に向けると女は、両手に鉤爪が付いた手甲をはめており、その片方の鉤爪で自分の体を貫いている。

 

『もしもし、会長っっ!!!』

 

「あ、赤い女忍者……鉤爪をはめとる……」

 

『え!!なんですって、忍者っ?』

 

女は、痛ぶるのが本当に楽しいと言わんばかりの笑みを浮かべながら、権蔵の体に刺している鉤爪をグリグリと動かす。

 

「最後に極道の会長らしくかっこいい格言残して、死んでよ。ほら、ほら、ほらぁぁ!」

 

「ガハッ!うぐぅっ!!……う。……ぞう。……うぞう。」

 

権蔵は、痛みに顔をしかめながらも、ある単語を何回も小さく呟く。

 

「え、なぁに?」

 

思わず耳を傾ける女。

 

「し、将造ォォォッッッッ!!!!」

 

権蔵は、思い切り顔を上げ、暗い夜空に向かって命の限り叫んだ。

 

「うるさいっ!」

 

ザシュ!!!

 

あまりの大声に顔をしかめた女は、空いているもう片方の鉤爪で、権蔵の首を跳ねた。鮮血を吹き出しながら、ゴロリと転がる権蔵の生首。

 

『会長!返事してくださいっ!会…』バキャ!

 

まだうるさく鳴っている携帯を破壊した女は、地面に転がる権蔵の首を踏みつけ、また表情を笑顔に戻す。

 

「ショウゾウ?誰よそれ?まぁいいわ。これで西日本の極道達もお終いね。あはははははっっっ!!!!!」

 

女の笑い声が、狭い路地裏で木霊した。

 

この後、会長を失い裏切った幹部に乗っ取られた岩鬼組は、抵抗むなしく解体され、さらにノマドの支配は、関西圏に徐々に浸透していくこととなる。

 

しかし、ノマドの者達は知らない。後が断末魔の如く叫んだあの名前の主『岩鬼将造』は、近い未来、人間や魔界の者に『極道兵器』と呼ばれ、核兵器以上に恐れられることを。

 

 

岩鬼権蔵が殺害された半年後……

 

ダダダダダダ……!!!!ドゴォォォン!!

 

『きええ!』『ぎゃお!!』『ゲゲゲ……!』

 

鬱蒼と草木が茂る密林で、何百という銃の発砲音、地雷の爆発音、絶命する人間の声が、絶え間なく響いていた。その喧騒の中で、軍服の男が無線機に必死に叫ぶ。

 

「奴ら、こちらの動きを読んで待ち伏せていやがった!!周りはゲリラと地雷だらけだ!は、早く救援をッ!!」

 

軍服の男からの通信を聞いているのは、海岸の安全圏にいるこの戦闘の指揮権を持つ米連の上層部達だ。

 

「落ち着け、まずは現在位置を述べよ……」

 

上官達がいるテントから、通信の会話がわずかに聞こえる離れた場所で、他の陸軍の兵と待機している褐色の長い黒髪をポニーテールに纏めた筋肉質な美女が、苦虫を噛み潰した顔をしていた。米連陸軍特殊機械化部隊に所属する『ミラベル・ベル 』である。

 

(ぐ、中華連合め……中東にどれだけの武器を横流ししたんだ。)

 

今回の作戦は、米連に麻薬を広めている中東の麻薬組織の壊滅である。しかし、単なる麻薬組織であれば、軍など出向しない。組織の裏に中華連合がいることが判明し、米連の戦艦や機械化部隊を含む海、陸軍が出動することになったのだ。

 

だが、戦闘が始まって何時間も経つが、その機械化部隊に出動の命令が一向に下りない。何故なら、軍の上層部は、まず米連と繋がりが薄い金で雇った傭兵を先行させて、相手の力量、作戦を見極めてから、奥の手の機械化部隊を出動させる作戦だったからだ。

 

ミラベルとしては、例え金で雇った傭兵であれど、一刻も早く救援に向かいたい。しかし、軍曹の階級であるミラベルには、全軍の指揮権などなく、悔しそうな表情をするのみであった。

 

(待機も任務の内だと分かっているが…。 私達が出動すれば、無駄な犠牲を出さずに殲滅できるのに…ん?)

 

ヒュルルルル……ズドォォン!!!

 

『ぎゃおぉぉっっっ!!!!ブツッ!』

 

轟音が鳴り響いた瞬間、無線から断末魔らしき叫びが聞こえ、通信が途絶えた。

 

(この音は戦艦の艦砲射撃!まさか、味方の傭兵達が戦っている場所に!)

 

傭兵達は、特定の国や組織に金で雇われているだけで、所属している訳ではない。故に米連は、麻薬組織の予想外の軍事力を少しでも削ぐために、替えが聞く傭兵達を囮にして、ゲリラ兵ごと殲滅する手段に切り替えたのだ。

 

(くそっ、私達は何のためにいるのだ!!)

 

 

味方を巻き込むほどの戦艦の砲撃で、前線で戦っている傭兵達は、パニックに陥っていた。てっきり、今回の雇い主である米連が、窮地にいる自分達に救援の軍を寄越してくれるものだと思っていたからだ。

 

「米連の野郎!!俺達ごと吹き飛ばすつもりだ!!」

「もうだめだ!!」

「ああ…!!」

「早く逃げよう!!」

「逃げるったってどこに逃げればいいんだ!!」

 

見通しが悪い密林の中、ゲリラ兵と地雷に無数に囲まれ、上空からは戦艦の砲弾が降り注ぐ。進むも引くも留まるも地獄。歴戦の傭兵達も今度ばかりは、死を覚悟した。

 

ある一人を除いて……

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ドガガガガガガ!!!!

 

弾丸、砲弾の嵐の中、一人の日本人の傭兵が、マシンガン片手に地雷も恐れず、ゲリラ兵の一団に無謀にも向かって行った。

 

その特攻を見て上官らしき男が、大声で叫ぶ。

 

「マッド・ドッグ!!戻れ!死ぬ気かぁ!!」

 

「ばかたれ!!敵も予想外の砲撃でひるんどるんじゃ!今、勝負せんでいつするんじゃあ!!!」

 

マッド・ドッグと呼ばれた日本人は、何十人といるゲリラの集団に銃撃しながら突っ込んだ。

 

「わぁ!」「ああ!」「なんで!?」

 

ゲリラ兵達は、その狂人のような行動に恐れおおのき、集中して銃撃をするが、弾丸は日本人の体をギリギリで掠めるのみで当たらない。さらに無数に埋まっているはずの地雷や広範囲を吹き飛ばす砲弾においては、掠りもしない。

 

「あいつはおかしい!」

「なんで当たらないんだ!」

 

その光景に敵どころか味方である傭兵達も驚いている。

 

「弾なんぞ、怖いと思うから、当たるんじゃ~~~~!うわぉぉ!わしが睨み付けりゃ地雷だって逃げ出すわい!」

 

恐怖など微塵も感じず、逆に楽しささえ感じている顔で、さらに日本人は進んで行った。異常な状況だが、とにかく敵の集団に大きい穴が空いたことは確かだ。傭兵達は、この場面でしか生き残るチャンスはないと感じ、特攻する日本人を追いかけるように進軍していった。

 

 

同時刻、傭兵達を犠牲にして十分な砲撃を浴びせた米連の軍隊は、やっと虎の子の機械化部隊を出動させた。

 

(やっとか。ゲリラ供め。最大火力でもって一気に制圧してやる!)

 

 

米連の強化外骨格部隊が、出動した十分後、麻薬組織のボスであるジョセフ大佐は、頑丈なトーチカで他の幹部と共に米連のことをせせら笑っていた。

 

「米連も大金をかけてこの攻撃とは……。わしの流している麻薬をどうしても潰したいらしいな…。無駄なことを。」

 

その時である。

 

ドガァァ!

 

頑丈であるはずの扉が、銃撃で破壊され、薄暗いトーチカに強烈な日の光が入ってきた。その入り口から、逆光と砂煙で顔の見えない一人の傭兵が、突っ込んでくる。幹部連中は、敵だと一瞬で判断し、銃撃を加えた。

 

ダダダダダダ!!!!

 

弾丸は、すべて命中したかに見えた。しかし、傭兵は先程撃ち殺した二体の敵兵の死体を盾にして、弾を防御しており無傷であった。そして、その二体を抱えたまま逆に両手のマシンガンで反撃してきた。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

スダダダダダ!!!!

 

「ぎゃおっ!」「ぐぁっ!」「がはっ!」

 

傭兵は、長方形の長い机にダイブし、スピードを殺さず、滑りながら両脇に陣取る幹部達を一瞬で銃撃した。勢いよく上座まで滑った傭兵は、そこに座っている一番偉いと思われる者の鼻先に銃口を突き付ける。

 

「ようやく会えたな、ジョセフ大佐」

 

「貴様、あの戦闘の中、ここまで来るとはなんて強運な……」

 

「これが俺の喧嘩のやりかたよ!」

 

傭兵は、容赦なく引き金を引く。しかし……

 

ガチッ!

 

「ふぁは?」

 

弾切れだ。

 

逆転を確信したジョセフは、胸から素早く銃を取り出し、引き金を引く。

 

「貴様もこれまでだ!」

 

ズドン!

 

「なに!?」

 

弾丸は、傭兵ではなく、机に当たった。傭兵は、机の上で思い切りのけぞり弾丸を避けたのだ。代わりに下半身を上げて、ジョセフの顔面に蹴りを放つ。

 

ガシュン!

 

ジョセフは、たった一回の蹴りで落命し、地面に崩れ落ちた。死体を見ると顔面に複数の穴が開いている。蹴りを放つ瞬間、傭兵の靴底に凶悪な鋭いスパイクが出現し、その仕込み靴の一撃で大佐の命を奪ったのだ。ジョセフの落命を足裏で確信した傭兵は、血だらけの顔面で勝ち誇った笑みを浮かべた。その傭兵は、無謀にもゲリラ兵の集団に特攻したあの日本人だった。

 

その後、ボスが殺されたと知った麻薬組織のゲリラ兵達は、烏合の衆に成り果てて、後詰めに送られた米連の機械化部隊に次々と討ち取られていった。

 

 

数時間後、残党がいないことを確認した米連の軍人達は、地雷がない安全地帯で撤退の時間まで自由行動を取っていた。安全地帯の中でミラベルは、重厚な強化外骨格を脱ぎ、ある人物を探していた。ある人物とは、あの絶望の状況の最中、自分の命も省みず、勇敢にも特攻し、仲間達を救ったという日本人、通称『マッド・ドッグ』本名を「岩鬼将造」という男である。

 

(一体、あんな地獄のような状況でどうやって、単身で敵のボスを討ち取ったのだ?マッド・ドッグという二つ名を持つ日本人……。日本に行く前に一回会っておきたい。)

 

ミラベルは、この戦いを最後にストーム・キャットという強化外骨格部隊を率いる隊長として日本に派遣される予定であった。故にこの戦争の英雄である日本人に少し興味が沸いたのである。仲間の傭兵に居場所を問うと、将造は米連のキャンプ地から少し離れた場所で、降伏し捕虜となったゲリラ兵達を見張っているらしい。ミラベルは、少し興奮した面持ちで、傭兵の指示した場所へ向かっていった。

 

しかし、数分程歩くと、捕虜達がいると思われる方向から、微かだが銃撃音と悲鳴が聞こえてきた。

 

(まさか、捕虜達の反撃にあっているのか?)

 

ミラベルが急いで音の発生源に到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

まず最初に目に入るのは、十人ほど木に生きたまま吊るされたゲリラ兵。次についさっき撃ち殺したと思われる、まだ血を流している新鮮な死体の山。最後に椅子に座り、片手で果物を食べながら、楽しそうに吊るされた捕虜を撃つ日本人らしき男。その男こそ、ミラベルが探していた英雄、岩鬼将造だった。

 

ミラベルは、一秒ほど愕然と立ち尽くした後、急いで椅子に座っている将造に怒りの表情で詰め寄った。

 

「何をしているっ!我々に捕虜に対するリンチは、許されていない!米連に雇われている以上、風紀を乱す様な行いは許さん!軍人として自覚をもって行動しろ!」

 

殺気を放つミラベルに対して、どこ吹く風といった顔で将造は答える。

 

「わしら、傭兵じゃ。米連の軍じゃねぇ。ゼニをもらって、こいつらの掃除を頼まれたんじゃ。綺麗に片付けるのがプロの仕事じゃろうが。」

 

そう言いながら、新たな弾を込めて吊るされた捕虜を狙う。ミラベルは、怒りの表情のまま、持っている銃を将造に向けた。

 

「止めろ!!それ以上やれば、貴様を撃つ!銃を下ろ……」

 

ドンッ!!

 

ミラベルが言い終わらないうちに、将造は、捕虜の頭を容赦なく撃ち抜いた。

 

「やめられんのう……」

 

あっけに取られるミラベルに対して、将造は、ニタリと片方の口角を上げて笑う。

 

「き、貴様……」

 

「人間が死ぬときの悲鳴が…わしの耳から身体中を駆け巡るんじゃ……」

 

残酷な言動と行動にミラベルは、血の気が引く。将造は、ミラベルの青い顔を楽しそうに見ながら、今度は自分の真後ろに吊るされている、先程撃ち殺した捕虜とは別の捕虜をさらに銃撃した。

 

ズドン!

 

「ぎゃん!」

 

胴体に当たり、悲鳴をあげる捕虜。

 

「どうした?へへへ…。」

 

「貴様ァッ!」

 

その傲慢で不敵な笑みを見たミラベルは、一気に血の気が戻り、将造を撃ち殺そうと引き金に指をかけた。将造もそれを予測して、ミラベルに銃を向ける。

 

ズドドン!

 

だが、両者から放たれた弾丸は、ともに標的に当たらず地面に着弾した。いつの間にか二人に近づいていた米連の日系軍人らしき男が、発射直前に両者の銃口を地面に向けさせたのだ。

 

「神竜さん!」

 

銃撃を邪魔されたはずの将造は、意外にも尊敬の表情でその軍人の名前を叫んだ。

 

「相変わらずじゃのう将造。」

 

神竜と呼ばれた軍人は、懐かしそうに将造の名前を言う。

 

「こういう生き方を教えてくれたのはあんただぜ!『極道兵器』としての生き方をな!」

 

突然の上官の登場と今回の戦場の英雄の名前、そして、謎の『極道兵器』という単語を聞いて、ミラベルは徐々に冷静になっていった。

 

(極道兵器?YAKUZA・WEAPON?この狂った男が、この戦場の英雄である岩鬼将造だと。)

 

「お知り合いですか?神竜大尉?」

 

「ああ、ミラベル軍曹、こいつはわしに任せてくれんか。もう、捕虜は殺させんけぇ。」

 

「……わかりました。先に戻ります。」

 

上官に素直に従うミラベルは、元のキャンプ地へ戻るため、後ろを振り返る。しかし、その振り返る一瞬前、将造と視線が重なった。まだ、出会って五分と経っておらず、視線が重なった時間も一瞬だが、二人はお互いの気持ちが、熟年の夫婦のように通じあった。

 

しかし、お互いに考えていたことは、

 

(貴様は、もう一度会ったら殺す!!)

(気があうのぉ、わしもじゃ!)

 

という物騒な内容だった。

 

 

ミラベルが去ったのを確認すると神竜は、将造を連れて、誰もいない場所に移動し、そこで神妙な顔で口を開いた。

 

「将造、久しぶりに会ったが、まさに兵器のような活躍じゃ。死んだ親父さんも手を焼いてわしに預けるはずじゃ。」

 

「死んだ?親父が?!」

 

「半年前に…立派な極道じゃった。」

 

「ククク……」

 

「?」

 

「ぐわはははは !ついにくたばりおったか、あの石頭の骨董品が!生きているうちに日本制覇してやると吹いとったくせに!これでせいせいしたわい。」

 

将造は、少しも動揺することなく、さも愉快そうに大笑いした。その笑いを咎める様子もなく、神竜は続ける。

 

「親父さんは、東の極道との会談で殺されたらしい。最後にお前の名を断末魔代わりに叫んだそうじゃ。」

 

「泣かせる話じゃ。」

 

言動と違い、まだ笑っている将造。

 

「将造、日本に帰れ。」

 

「わしは狭い日本に飽きた。世界を相手に喧嘩するんじゃ。あぁ、半島紛争が懐かしいワイ……」

 

「お前が出ていって十数年立ったが、今現在の日本の裏世界は、昔と比べて海外モンに侵食されとる。あの東京キングダムやアミダハラは、日本政府もうかつに手が出せん。じゃから今なら米連、中華連合を相手に喧嘩できるぞ。」

 

「ほぉ……」

 

「さらに親父さんを殺したのは、東のモンやない。わしも米連の者じゃから大声で言えんが、東を配下に置いて直接手を下したのは、あの『ノマド』らしい。」

 

「?!……詳しく聞かせてくれ。」

 

将造は、『ノマド』という単語を聞いた瞬間に真面目な顔に変わった。

 

ノマドとは、本社機能こそ米連に置いているが、その活動範囲は、全世界に及ぶ巨大企業である。軍事産業を中核にあらゆる種類の事業に手を広げており、ノマドが提供する製品やサービスなしでは、現代社会において日常生活をおくることすら難しい。だが、それは表向きの話で、裏では数々の悪事に手を染めているらしい。

 

神竜が詳しく伝えた情報は三つ。ノマドの日本の裏世界への支配は予想外に進んでおり、東の極道はもう支配下に置かれ、次に西に進出するため、邪魔な将造の父を殺したこと。その際、同じ組の幹部である倉脇と島田が裏切ったこと。最後に父を殺したのは、鉤爪をはめた謎の赤い女忍者であること。

 

話を聞くうちに将造は、両方の目元と口角が段々と吊り上がり、先程の愉快そうな笑顔と一線を画す、殺意を帯びた笑顔に変わっていった。

 

 

一方、将造に対する怒りを抱えて軍の元へ戻るミラベルは、極道兵器という言葉がまだ少し頭に引っ掛かっていた。

 

(私が日本に派遣されれば、あの男とおそらくもう会うことはないだろう。だが、もし会えば私の強化外骨格で必ず殺す!しかし『極道兵器』と言う言葉…気になるな。)

 

その後、幸か不幸か、ミラベルは自分が派遣される日本で、この『極道兵器』という言葉の意味を嫌と言うほど知ることとなる。

 

 

麻薬組織と激闘を繰り広げた数日後、日本の空港に傭兵を辞めた将造含む三人の男達が、飛行機から降り立った。

 

「久し振りの日本じゃ。懐かしいのぅ。なぁ三太郎!」

 

将造の故郷への感想に三太郎と呼ばれた丸いサングラスをかけたモヒカンの男が、笑いながら同意する。

 

「ヒャハハハハ……ええですのう。やっぱ、日本の空気はうまいですわ!」

 

次に笑みを浮かべる短髪の男が、将造に問う。

 

「若!最初にやっぱ、親父さんの墓参りですか?」

 

「バカたれ!拓三!久し振りの日本じゃぞ!まずは………………牛丼じゃ!」

 

「「えぇ~~~?」」




極道兵器のデス・ドロップ・マフィアと対魔忍のノマドって設定似てると思ったら、妄想が止まらずに書いてしまいました。
キャラの口調と設定、ファンの方から見て違和感ないか心配……
もうひとつの連載作品は、辞めた訳ではないので気長に待ってて下さい。

後、感想お待ちしております。


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Weapon 2 裏切り金貸し野郎

米連、中華連合、ロシアという強国が、互いにしのぎを削る混沌とした時代。そんな各国に影響されながらも長い間独立を保ってきた日本だったが、魔界という異世界から吸血鬼の真祖と呼ばれるエドウィン・ブラックが地上に進出。彼の人間界では考えられない危険な魔の力に政府、大企業、犯罪組織でさえも魅了され、時代はさらに暗黒へと凋落していく。

 

しかし、正道を歩まんとする人々も無力ではない。 時の日本政府は人の身で魔に対抗できる『忍のもの』たちからなる集団を組織し、人魔結託した外道達に対抗した。

 

人はその集団を『対魔忍』と呼ぶ。

 

だが、そんな対魔忍の一人が、とある金融ローン会社の玄関前で魔と戦闘しているわけでもなく、いやらしそうな目と手つきをした中年の男からゴルフの手解きを受けていた。

 

「もうちょっとこう…腰をいれるんじゃ、ぐへへ」

 

「もう、島田社長ったら真面目にショットの打ち方教えてくださいよぉ」

 

セクハラを受けているのは、金髪で眼鏡をかけている豊満な体つきをした美女『高坂静流』。彼女は単独の情報収集と他の対魔忍のサポートを主な任務としている通称『花の静流』と呼ばれるベテランの対魔忍である。

 

(このスケベ中年…手っ取り早く、もう薬で名簿のことを聞き出そうかしら?)

 

静流の後ろにあるビルは、ノマド系列の金融会社であった。対魔忍の調べによれば、この会社は一ヶ月前に設立したにも関わらず莫大な利益をあげており、その売り上げはノマドを支援している政財界の大物達に送金されているらしい。対魔忍は、送り先の名簿を手に入れるため、潜入捜査に長けている静流をこの会社に送り込んだのだ。

 

しかし、静流は怪しまれずに上手く会社に入り込めたのにも関わらず、心中では苛ついていた。

 

(こんな安全な任務より、凛子ちゃんやユキカゼちゃんを探索する班に入れて欲しかったわ。あの優秀な生徒である二人が連絡を絶つなんて、ヨミハラで何かよっぽどのことが起こったに違いないんだし。)

 

静流の苛つきに気付かない島田は、気分よくセクハラを続ける。

 

「それにしても、君を採用して良かったワイ。本当は身内の者だけで、会社を固めるつもりじゃったが、採用面接で一目惚れして、特別言って君を採用したんじゃよ。」

 

下卑た笑みを浮かべる島田が、さらに腰に手を回した時、いやらしいゴルフ講習を邪魔するかのように三人の男が近づいてきた。一人はモヒカンで丸いサングラスの男、もう一人は迷彩服で目や口に笑みを浮かべる男、最後にカンカン帽子に雪駄履き、腹巻にサングラスの男。

 

静流は、近づいてくる彼らに気付くと自分の腰にある手を離しながら島田の声をかける。

 

「あの、社長…お客様が……」

 

残念そうに手を引っ込める島田だが、男達が視界に入るとすぐに嫌らしい笑みから爽やかな営業スマイルに切り変わった。

 

「おお、すまん、すまん。高坂くん、さぁご案内してさしあげなさい。」

 

「いやいや。わしら、客と違うんじゃ。確か、ここにはでかい門構えの和風の家があったはずじゃが?」

 

モヒカンの男がやんわりと否定し、島田に問うた。

 

「…………君、受付に戻りなさい。このお客様はワシが案内するけぇ。」

 

「あ、はい。」

 

静流は、やや不思議そうな顔をしたが、島田の指示に従い店の中の受付台に向かって行った。

 

静流が店に戻るの確認した島田は、いきなりニコニコ顔から厳つい顔に表情を変え、ゴルフのドライバーをモヒカンの男に突き付ける。

 

「きさまらぁ、岩鬼組のもんかっっ~!?」

 

両手を振ってモヒカンの男は、否定する。

 

「いやいや、わしらは昔、岩鬼組にちょびっと世話になったもんで…確か、ここは、東京唯一の岩鬼の屋敷があったと思うんですけど、岩鬼組は、どうなっちまったんスか?」

 

「あの組は、親分がくたばってからは散り散りよ!今はここは、この島田が社長しとる大企業ノマド系列の金融ローン会社じゃ!わかったなら、早く帰れ!ここは、貴様らの来るところじゃねぇ!」

 

「ノマド………」

 

『ノマド』という言葉が耳に入ったカンカン帽子の男は、誰にも気付かれず青筋を立てる。

 

「アノすいません……もうひとつ。岩鬼組が潰れたとは知らずにこちらに荷物を送ったンすけど?」

 

「あーん……あのいくつかの糞重い木箱か。ンなもンそこの粗大ゴミ置き場じゃ。はよ持ってけ!」

 

島田は、ドライバーで電柱近くのゴミ捨て場を指す。その方向にはポリバケツといくつかの大きな木箱が積んであった。

 

三人は、何も言わずに島田に背を向けゴミ捨て場に向かい、中身を確かめるようにバキバキと木の板を外していく。

 

「どうしたんですか、社長?受付の新人ねーちゃんビビってましたよ?」

 

社長である島田が気になったのか、どうみてもカタギには見えない社員が、何人か店から出てくる。

 

するとガラの悪そうな社員達に気付いたカンカン帽子の男は、板を外している手を休めずに背を向けたまま問うた。

 

「お前ら、岩鬼組に男前の一人息子がおったんじゃが知っとるか?」

 

「あん?」

「なんじゃそいつは?」

「知らんワイ!」

 

社員達が、ドスを効かせながら否定すると島田だけが、カンカン帽子の男を馬鹿にするかのように大声で答えた。

 

「ああ、そら将造のことじゃ。これがとんでもないバカでよ、生まれつき思慮が足りねえのよ!後先考えねぇ向こう見ずで、相手が誰じゃろうと噛みつきよった。」

 

「ケダモノみたいなやつですね。」

 

「馬鹿が祟って親に勘当されて外国に売り飛ばされおった、頭カラッポの大馬鹿野郎よ!!」

 

他の社員が合いの手を入れている時も、カンカン帽子の男は、荷物を取り出す手を止めない。島田は、その行動を気にも止めず、社員達に向かって鼻高々でさらにしゃべり続ける。

 

「わはは、じゃが、あのケダモノもわしの前では猫みてぇなもんじゃった。わしも若い頃は血の気が…?!」

 

………ジャキ!!!

 

気分良く部下に喋っていた島田は、やっと目の前の事態に気が付いた。カンカン帽子の男が、いつの間にか木箱からある物を取り出し、凶悪な笑顔でそれを自分達に向けているのを。その手に持つドライバーより凶悪な物を見て、島田は愕然としら、目の前に立つ男の顔をようやく思い出した。

 

「お前は、将造ッッ??!!!!」

 

「久し振りじゃのう!島田!!!」

 

将造は、『重機関銃』を容赦なく発射した。

 

 

一方受付台に戻った静流だったが、視線を他の場所に向けていたが、対魔忍の鍛えられた聴覚で島田達の会話をすべて聞いていた。

 

(あれは多分、単なるヤクザのイザコザね…やるなら、私のいないときにやりなさいよ…。はぁ~それにしても、早く名簿を見つけて、二人の探索班と合流…ん?会話が止ま…うそッッ!!)

 

島田達の会話が、急に止まったことを不思議に思い、ちらりと島田の方向を見た静流は、急いで受付台の下に身を隠した。

 

ドガカガガガガガ!!!!!

 

一秒遅れて重機関銃の弾が、静流の頭上を通過する。

 

「ひぃ!」「ぎゃお!」「ぐきゃ!」

 

頭を伏せた静流の耳に次々とヤクザ社員達がミンチと化していく声が入ってくる。任務遂行の為に何とかしたいが、いくらベテランの静流でも、こんな銃弾の嵐の中では、とても忍術は使えない。

 

(あの男、頭がおかしいの?米連や龍門、対魔忍ではない者がノマドに喧嘩を売るなんて自殺行為だわ。それもこんなに正面から堂々と!)

 

まだ建設して一ヶ月しか経っていない小綺麗な社内が、銃撃でみるみる廃墟と化していく。静流はそんな最中、弾に当たらないよう気を付けながら、受付台の横から少しだけ顔を出した。見えたのは、凶悪な笑顔で重機関銃を撃っている帽子の男と同じく楽しそうな笑顔でマシンガンを撃つモヒカンの男。

 

(さっきの会話を聞く限り、あの帽子を被っているのが、岩鬼組の二代目岩鬼将造。モヒカンの男は、舎弟頭ってとこかしら。え~と…もう一人は、え?!!)

 

静流が目線でもう一人の迷彩服の男を探すと、その男はまだ生き残っている者がいると思われる二階にバズーカ砲を発射していた。

 

ズガァァァン!

 

二階にいた社員が吹き飛び、建物全体が崩れるかと思う程の轟音が響いた。

 

 

将造の銃撃で数分前まで立派な新築二階建ての建物が、戦地の建物が如くボロボロになっていた。恐らく中にいるヤクザ社員達は、全員死んでいることだろう。だが、社長の島田だけは、銃撃の最中ずっと伏せており、わざとか偶然か、無傷であった。

 

「偉くなったもんじゃのう!島田!昔は、シャブ島って言われて、鼻つまみものじゃったよの!!」

 

将造は、重機関銃を生き残った島田の鼻先に近づける。

 

「ヒィ!待ってくれ将造…いや、ショーちゃん!!」

 

怯える島田を前に将造は、重機関銃を迷彩服の拓三に持たせ、換わりに先程まで島田が握っていたゴルフのドライバーを手に取った。

 

「ゴルフなんぞけっこう行ったりして、上手いもんなんじゃろう?」

 

「おやっさんを殺したのはわしやない!!」

 

将造は、次にかっ飛ばしの素振りを始めた。

 

「わしは命令されて、ここの会社任されとるだけじゃ!」

 

「島田、このホールはパーいくつじゃ?」

 

「へ?」

 

ブンッッ!!!

 

ベギャ!!

 

将造の『伐折羅光臨』が島田の肩に炸裂した。

 

「ぐわぁぁ!!!」

 

その容赦ない打撃に島田は、店内まで吹きとぶ。

 

「ナイスショッッーーー!」

 

「一打目は、まぁまぁ飛んだな……」

 

「若、二打目でオンさせて下さいよ♪」

 

 

(あいつ、いくら怨みがあるとはいえ無茶苦茶ね……)

 

運良く銃弾を免れた静流は、人間をゴルフボール代わりにゴルフをしている将造を陰で観察していた。

 

(もう少し、近づけば私の木遁で全員なんとかできる。)

 

静流は、隙を見て自分の得意技である『忍法・花散る乱』を使おうとする。この忍法は、毒を含んだ花びらを嵐のよう舞い散らせ周囲の者を昏倒させる技である。静流は、その忍法を使用し、自分以外全員を昏倒させるつもりだった。

 

「ショーちゃん、おやっさんを殺ったのは倉脇じゃ…ノマドの殺し屋集団を雇って殺ったんじゃ!倉脇には、その殺し屋集団がついとる!」

 

ブンッッ!!!!

 

ベキャ!!!

 

今度は、右足にドライバーが炸裂する。

 

「ぎゃあああっっ!!!!」

 

「おっとスライスしとるぞ。」

 

二打目で島田は、玄関から受付台まで吹きとんだ。その生きているゴルフボールを凶悪な笑顔でゆっくりと追う三人。

 

(あと少し……)

 

静流は、忍法の準備に入る。

 

(よし!忍法花散る……「そ、そうじゃ、この金融会社の売上の送金先を書いた名簿をやる!」え?)

 

ピタッ!

 

静流の忍法が止まった。

 

「政財界の大物じゃ!名簿を使ってそいつらを揺すれば、いいしのぎになる!名簿はこの建物の・・・・・・にある!」

 

「ンなもンいらん!そうじゃ!代わりに倉脇に電話せいっ。」

 

 

 

時を同じくして、東京ノマド系列の高層ビルで目が鋭いメガネの男が、沢山の客をもてなしていた。来客者は、東の極道達やノマドを悪と知っていながらその甘い汁を吸っている政財界の者達である。そして、このパーティーの主催者であるメガネの男こそ、岩鬼組を裏切った幹部の一人、倉脇であった。倉脇は、このノマドの巨大ビルを任され、裏世界の者達と人脈を築くためこのパーティーを開いたのだ。

 

数分後、裏世界のVIP達と歓談を楽しんでいた倉脇は、少しだけ席を外してある部屋へと急いでいた。

 

(くくく、このパーティーでノマドでのわしの地位は安泰よ。)

 

倉脇が、目的の部屋にたどり着き扉を開ける。その部屋にいたのは、裸で拘束され目隠しをされている三人の女性とそれを眺める肥満体で中年の二人の男性。裸の女性三人の内、一人は十代後半、栗色の髪を赤いリボンでツインテールにした凹凸のない体の褐色の美少女。もう一人は、同じく十代後半で長髪を後ろに縛り、メリハリに富んだ肢体をしている美女。最後は、二十代前半でセミロングの髪を緩やかにウェーブをかけている美女。

 

にやつくでっぷりとした腹の二人の中年男性が倉脇に近づいてくる。

 

「お招き頂いて有り難うございます。倉脇さん。」

 

太った二人の男の内、最初に口を開いたのは、黒髪でスーツを着ている矢崎宗一。日本の政権与党民新党の幹事長でありながら、人魔の取引を繋ぐフィクサーである。

 

「ヨミハラを出るのは、久し振りですな。私に調教して欲しい女はこちらですか?」

 

ウェーブがかかった美女を見ている白髪で赤い服を着ている男は、リーアル。地下都市ヨミハラで、奴隷娼婦だけの娼館アンダーエデンを経営しており、ノマドと太いパイプを持つ町の有力者である。そして、様々な女性の調教を得意としている調教師でもある。

 

「お二人とも、こんなところまで御足労頂いて光栄です。特にリーアルさんは、私のパーティーの為に調教中の対魔忍までお貸しくださるとは……」

 

倉脇は、そう言いながら拘束されている十代の二人の少女にねっとりとした視線を向ける。赤いリボンの少女は『水城ユキカゼ』。長い髪を後ろにまとめているのは『秋山凛子』。二人は、時おり「たつろぉ…たつろぉ…」と言いながら、苦痛か快楽かも解らない呻き声を上げていた。

 

「いえいえ、こちらこそ調教を完了させるためにはこういう大々的なイベントも必要なんですよ。それに地上なら、特別ゲストも呼びやすいですし。」

 

ピリリリリリ!

 

その時、倉脇の携帯が鳴った。倉脇が、イラついた顔で画面を見ると島田の文字が映っている。

 

(おかしいのう、今日は大事なパーティーと伝えてあるんじゃが……)

 

矢崎とリーアルは、気にせずその場で携帯を出るよう倉脇にうながした。

 

「お二人ともすみません…どうした島田?今日は、大切なパーティーと言って……」

 

『倉脇、ゴルフでもやらんか?』

 

「その声は……まさか将造!!」

 

 

電話先の将造の人間ゴルフは、最後の一打を迎えていた。受付台には、スピーカー状態で音声最大にしたスマホが置いてある。

 

「これから、最後のショットを打つところじゃ。いい音出すぜ。」

 

「た、助けて。会長…」

 

散々、ボール代わりに打ち込まれた島田は足や手があらぬ方向に曲がって、息も絶え絶えであった。倉脇は、携帯越しの島田の声を聞くだけで、その現状が目に浮かぶ。

 

「島田、お前…」

 

将造は、そんなボロボロの島田に笑顔で近づき、今度は容赦なく頭を狙って、大きくドライバーを振り上げた。

 

「前下がりのショットは、腰を落としてヘッドアップせんように打つべし!!うぉぉぉぉ!!!」

 

グワゴワガキィィィィィィン!!!!

 

脳や頭蓋骨を天井まで飛び散らせ、島田の命は、見事あの世にインした。

 

「ナイスショットじゃ。」

 

倉脇は、島田の悲痛な最後を聞いても、感情を乱さず非情な言葉で返した。

 

「ゴルフは、上手い奴と回らんとスコアがまとまらん。おまえとやりたいのう!」

 

血のしたたるドライバーを持ちながら、将造は、携帯越しに倉脇を挑発した。しかし、返ってきたのは、意外な言葉であった。

 

「将造…わしも今日のパーティーでは、対魔忍やお前の許嫁のなよ子でホールインワンよ。」

 

「あん?」

 

ゆきかぜと凛子とともに拘束されていたウェーブの髪の美女は、山鬼なよ子。岩鬼組と馴染み深い山鬼組の女組長で将造の許嫁である。なよ子は、倉脇に岩鬼会長の死を問いただすため、ノマドのビルに乗り込んだが、従者を皆殺しにされ捕まってしまったのだ。

 

倉脇がなよ子に携帯を寄せるとなよ子は、口を開けて大きく息を吸い込み大声で叫ぶ。

 

「将造!このボケ!カス!スカタン!」

 

その大声に思わず耳を塞ぐ矢崎とリーアル。

 

「今頃、ノコノコどの面下げて戻ってきた!極道なら極道らしく野垂れ死にせんかい!いつまでも許嫁面するなよ。テメーと一緒になるなら、犬に噛まれたほうがましじゃ!グズ!」

 

しかし、気丈に将造を貶すなよ子の目に段々と涙が溢れてくる。そして、

 

「う、うぅぅ、将造…助けて……」

 

倉脇は、携帯をなよ子から、自分に戻した。

 

「すみませんね。矢崎さん、リーアルさん。どうする将造?わしはノマドの東京支社におる。取り返しに来るかぁ?」

 

「これから、そっちに行く。大事に預かっといてくれや!」

 

ブツッッ!

 

「倉脇さん?電話の相手は?」

 

矢崎が、心配そうな顔をする。

 

「なぁに、この前潰した岩鬼組の残党ですわ。多分、手下をかき集めても二十もいきません。それにこのビルは、何人もの対魔忍達を返り討ちにした要塞ビルです。逆にこのパーティーを盛り上げるいい材料ですわ。それより、矢崎さん?そろそろゲストが来るのでは?一階は、百人以上武装した組員がおりますけぇ安心して下さい。」

 

「おおう。忘れるところでした。それでは、一旦失礼。」

 

矢崎は、少し早足で部屋を出ていった。

 

「くくく、将造め。このノマドの要塞ビルを墓標にしちゃる。」

 

 

電話を切った将造は、拓三と三太郎を連れて急いでノマドの要塞ビルに向かうべく玄関から出ようとする。しかし……

 

ウー!ウー!ウー!

 

やはり、あれだけの爆発音が一般人に聞こえていない訳はなく、パトカーが何台も建物を取り囲んでいた。一人の警官が、将造達がいる建物にスピーカーで叫ぶ。

 

『君たちは、囲まれている。おとなしく出てきな……!』

 

「うるせぇっ!!!!」

 

将造は、拓三が持つバズーカを引ったくると、取り囲むパトカーに迷わず発射した。

 

ドガァァァァァッッッッ!!!!

 

「ヒェッ~~~~!!」

 

三、四台のパトカーと数人の警官が吹き飛ぶ。さらにその時、パトカーが吹きとんだ間から、トラックが突っ込んできた。

 

「若~~~~!」

 

「おお、お前ら!」

 

突っ込んできたトラックには、元岩鬼組の組員達が乗っていた。組員達は、素早く武器が詰まった木箱をトラックに積む。

 

「若、こんなに多くの武器、どうしたんですか?」

 

「傭兵の頃にゲリラやテロ組織、米連からもちょくちょく武器をチョロまかしといたんじゃ!」

 

「さすが若!」

 

わずかな時間で、すべての木箱を積み終えた組員達は、トラックに乗り始める。そして、最後に助手席に乗った将造は、廃墟と化した金融会社の受付台に向かって叫んだ。

 

「就職先を物理的に潰してすまんのう、ねぇちゃん!文句はノマドに頼むぜぇ!!」

 

将造達を乗せたトラックは、勢い良く発進した。加速するトラックの助手席で将造は、組員達に指示を出す。

 

「早速だが、倉脇がいるノマドのビルに殴り込む!」

 

「「「ええ!そりゃ無茶だ~!!」」」

 

拓三と三太郎以外の組員は、将造の無茶ぶりに悲鳴をあげた。

 

「うるせーーーー!倉脇の野郎をビルごとぶっ潰してやるんじゃ!!!」

 

「この人変わってない…昔のまんまだ。」

 

「ちなみに若。倉脇が言っていた『たいまにん』ってなんですかね?」

 

「恐らく大麻を売買しとる奴のあだ名じゃろう!!ほれ、もっと飛ばさんかい!!」

 

元岩鬼組を乗せたトラックは、ノマド東京支部の要塞ビルに向かって行った。

 

 

トラックが見えなくなると同時に受付台の下から、静流が這い出してきた。そして、一分と掛からずに島田が隠していた名簿を手に入れる。幸いにも名簿は、弾丸から外れ、無事であった。静流は、自分の任務を達成すると次に対魔忍達の本部である五車町に連絡を取りはじめた。

 

(あの将造ってやつ、私が隠れていることに気付いていたのね。完璧に気配を消していたと思ったのに。それよりも、あの電話先にいたのは、国会議員の矢崎とあのヨミハラの主、リーアルに違いないわ。そして、捕らえている対魔忍は、恐らくユキカゼちゃんに凛子ちゃん。けれど私だけでは、あのノマドの要塞ビルを攻めても返り討ちにされるだけ。ここは一旦、五車町に連絡を取って援軍を連れて行くしかない。それにあの極道達が、囮になれば少しは時間が稼げる。)

 

静流は、確かにベテランの対魔忍ではあるが、直接戦闘を得意とする対魔忍と比べると戦闘では一歩劣ってしまう。故に要塞ビルに攻めこむには、早く助けたいという気持ちとは裏腹に援軍を呼ぶしかなかった。そして、連絡を終えた静流は、音もなくその場から消えた。

 

 

同時刻、東京の誰も通らない裏通りで、将造と同じくノマドの要塞ビルに向かう二つの影があった。

 

「本当だな…ゾクトさ…いや、ゾクト。俺一人だけなら、ユキカゼや凛子姉に会わせてくれるんだな。」

 

「ククク、大人しくしていたらな。」

 

(ユキカゼ、凛子姉、待っていてくれ。俺一人だろうが命に換えてでも救いだす。)




石川賢先生独自の狂気に満ちた笑顔が、文章で表現できない。悔しい。アニメのゲッターロボ・アークでは、世界最後の日みたいに表現されるといいですね。
後、対魔忍シリーズの小説や公式設定集を資料として集めてますが、ユキカゼ2だけ小説版が出版されてないんですよね。なんででしょう?


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第ニ章 突入!ノマド要塞!
Weapon 3 人売りオーク野郎


東京のやや郊外にある大企業ノマドの高層ビル。只の一般人の目には、高く立派なビルにしか映らないが、このビルこそ人魔結託した悪が渦巻く、悪しき建物なのだ。

 

要塞ビルには、様々な機能が配備されている。まず、顔認識機能に優れている監視カメラがあちこちに設置されており、部外者が禁止区域に入れば、すぐに警報機が鳴るようになっている。他にも毒ガスや催涙、煙幕といった兵器を無効化する空調機能、ビル上には上空から浸入しようとした対魔忍を撃墜したことがある強力なドローンが、何十機と旋回している。しかし、一番恐ろしいのは、米連最新の強化外骨格、オークや鬼族といった人外の傭兵などが常に常駐していることだろう。

 

島田の金融会社が破壊されて三十分後、ビル一階のホテルのような広い玄関ホールには、ノマドに属していると思われるスーツの者達が、百人以上たむろっていた。ソファーに座って新聞を拡げていたり、立ち話をしていたりとその様子は、一般企業の玄関ホールと変わらない。しかし、よく見れば彼らの目は鋭く、明らかに一般人ではない剣呑な雰囲気を放っている。彼らは、東の極道達であり、侵入者を排除する役目を命じられているのだ。そして、もう一つの役目は、特別ゲストを受付台の前で待つ矢崎宗一の警護である。

 

矢崎が受付台の前に立って数分後、二m近い隻眼の大男と顔が整った十代後半の少年が玄関から入ってきた。その二人は、迷わず受付台に向かって歩いていき、矢崎は笑顔でその者達を出迎えた。

 

「やぁやぁ、久し振りだね。秋山達郎君。」

 

その笑顔に反して、秋山達郎と呼ばれた少年は憎々しげな顔をする。

 

「矢崎…やはり、あの時偶然でも殺しておけば…ゆきかぜと凛子姉はどこだ!」

 

矢崎は、ノマドに与する魔界の者と密会しているところをゆきかぜ達に強襲され、顎を砕かれたことがある。普通ならその時に殺されるところであったが、民新党幹事長の絶大な権力ゆえ、後に起こる政治関係の問題を危惧され見逃されてしまう。しかし、矢崎は、この時のことを逆恨みし、ゆきかぜと凛子に復讐するため、弟のリーアルに協力を仰ぐ。そして、わざと対魔忍に行方不明であるゆきかぜの母親の噂を流し、リーアルが治める地下都市ヨミハラにゆきかぜと凛子を誘き寄せ、二人を捕縛したのだ。

 

二人をさらった矢崎に、怒りの表情で腕を振り上げた達郎だったが、後ろの大男がその腕を掴んだ。

 

「おっと、ここで暴れたら愛しのゆきかぜちゃんやお姉さんに会えなくなるぜ。」

 

「くそっ!」

 

達郎は、拳を悔しそうに修める。本来なら達郎は、対魔忍としてこの要塞ビルにゆきかぜと凛子が捕らえられていることを他の対魔忍に知らせるべきであった。しかし、ゾクトからの連絡で他の者に伝えれば二人の命はないと言われ、達郎は敵地に一人で来ざるを得なかったのだ。

 

達郎と共にビルに来訪した大男はゾクト、オーク族という人間とは違う魔界の種族で、人間の世界では御法度の奴隷売買をしている。元々は、その邪悪な商いを見逃してもらう換わりに対魔忍に協力をする情報提供者であった。しかし、実は陰で裏切っており、リーアルと共に二人をさらう手助けをした者である。

 

矢崎は、悔しそうな達郎の顔を見て、喜悦に満ちた表情になる。

 

(今夜のパーティーで、恋人と姉の処女を奪い取られるのをその目で見ていろ。そして、他人の股ぐらであえぐ二人を見ながら、お前もゲストの男色家に犯してもらう。そうすれば媚薬漬けの二人の心は、いとも簡単に折れるだろう。その後は、お前も娼夫として売り飛ばしてやる。)

 

 

 

同時刻、パーティー会場にいるゲスト達は、大画面のスクリーンで写っている達郎と矢崎のやり取りをリアルタイムで観覧していた。誰も彼も醜悪な笑みを浮かべており、達郎に同情する者など、一人としていない。皆、ゆきかぜと凛子を凌辱し、達郎を絶望させることを楽しみにしているのだ。

 

そして、スクリーン下の壇上には、ゆきかぜ、凛子、なよ子が裸のままで磔にされている。そんな絶望的な状況に陥っていながらもなよ子は、ゆきかぜと凛子に声をかけていた

 

「大丈夫、あんたらの彼氏さんや私の許婿が力を合わせればこんなやつら、イチコロだよ。だから、もう少しの辛抱さ。」

 

唯一目隠しをしていないなよ子には、二人が何かクスリを打たれて、おかしな状態になっていることが解っていた。事実、二人は、なよ子のいうことに反応せずに、艶やかな吐息を漏らすのみである。しかし、なよ子は、そんな二人を励まし続ける。それはまるで、二人を通して自分自身を励ましているかのようだった。

 

 

 

「さぁ、もうすぐパーティーが始まってしまう。私が直々に案内しよう。ついてきなさ…?」

 

『ズンチャッ♪ズンズンチャッ♪~』

 

矢崎が、達郎とゾクトをパーティー会場に案内しようとしたその時、玄関から一人の男が入ってきた。ラッパーのように大きいラジカセを担いだモヒカンの男だ。モヒカン男は、ラジカセから大音量を響かせながら、達郎達を無視し、受付台の前に立った。

 

「お客様、本日はご招待された方しか、入場できませんが…」

 

「ああ、違う、違う。俺は、このビルの知り合いに会いに来ただけ!この会社に山崎っているでしょ?俺の知り合いなの!」

 

受付係が、コンピューターで社員を検索しても、山崎という者は出てこない。

 

「お客様、当社に山崎という者はおりませんが…」

 

「もう一度調べてよ。確かにいるはずなんだけど、山ちゃんが。」

 

そう受付に言いながらモヒカン男は、ポケットに手を入れた。その瞬間、ホール中の極道達が一斉に拳銃をモヒカン男に向ける。

 

ジャキッ!!!!!!!!!

 

「動くな!!」

 

「ちょっ…何?」

 

モヒカン男は、大きいラジカセを地面に落とし手を挙げた。それと同時にポケットからタバコとライターが漏れでる。

 

「何だ。タバコかよ…」

「脅かせやがって…」

「チッ!」

 

極道達は、拍子抜けした顔でまた配置に戻った。

 

「……わかったよ。もしかしたら、ノマドの違うビルだったかもしんない。邪魔したね。」

 

そう言ってモヒカン男は、玄関に向かって振り返ろうとした時、偶然ゾクトと目が合った。すると何を考えたのか、一般世界には知られていない、オークという亜人にも関わらず気軽に話しかけた。

 

「よう、そこのおっちゃん。良くできたブサイクなお面付けてるね。どこで売ってんの?ハロウィンで使って、女の子ビビらせたいんだけど。」

 

ビキッ!

 

ゾクトの額に青筋が浮かんだ。

 

元々、強い者には卑屈だが、弱い者には暴虐を尽くすのがオーク族の特徴である。故に自らの顔を馬鹿にされたゾクトは、オーク族の例に漏れず、モヒカン男を自分より弱者とみなし、いきなり殴り付けた。

 

ドガッ!

 

「あ痛っ。」

 

モヒカン男は、わざとらしく倒れた。

 

「この野郎!テメーの顔をお袋でも見分けがつかねぇように刻んでやるぜ!」

 

さらにゾクトは、思いきりモヒカン男を蹴飛ばした。

 

「あ痛たたっ!」

 

蹴られたモヒカン男は、そのままゴロゴロと玄関に向かって転がっていく。それを追って、ゾクトは更なる追撃を加えようとする。しかし、寝転がるモヒカン男の前に達郎が、両手を広げて立ち塞がった。

 

「無関係の人を傷つけるのはやめろ!これ以上は、対魔忍が許さない!」

 

未熟者と自他共に認める達郎であるが、対魔忍としての自覚は、ゆきかぜと凛子の影響で人一倍持っている。それ故にこんな時でも、無関係の人が傷つくのを見過ごすことが出来なかった。

 

「ゾクト、もう止めろ。これ以上はパーティーに遅れてしまう。」

 

矢崎も小さい面倒事を嫌がり、ゾクトを止める。

 

「ちッ!」

 

ゾクトは、暴行を止め舌打ちしながら、ゆっくりと振り返ろうとした…その時であった。

 

ジャリ、ジャリ、ジャリ…

 

ゾクトの耳に豪華な玄関ホールに似つかわしくない、草履の音が聞こえてきた。ゾクトは、思わず振り返るのを止め十数m先の玄関先を見る。

 

「?!」

 

そこにはカンカン帽子にサングラスをかけ、腹巻きに雪駄履き、口にはマッチ棒を咥えた男がいた。注目すべきは、M60機関銃を手に持ち、背中にはポンプアクション式の散弾銃とミニガンを一丁ずつ担いでいることだろう。

 

ゾクトは、その男を見た瞬間、全身が震え上がった。確かに男の手には、自分を一瞬で殺せる程の武器が握られている。しかし、体の芯からゾクトを震え上がらせたのは、四白眼の目元と口角を逆八の字に吊り上げ笑う、男の凶悪な表情だった。その顔は、数々の修羅場を潜り抜けないと纏えない殺気を放っている。

 

(こ、この人間はいったい?並みの人間、いや対魔忍でも、出せない殺気…。ま、まるで、あの最強の対魔忍を前にしているようだぜ。)

 

男の殺気にゾクトだけではなく、周囲の極道達もいすくめられてしまった。

 

達郎含めた周りの者達が注目するなか、男がモヒカン男に向かって口を開く。

 

「三太郎、どないしたんじゃ、その格好は?!」

 

「若ぁ~わし、なぁ~んもしとらんのに、こいつがしばきよるんじゃ!!」

 

さっきまで殴られていたはずの三太郎と呼ばれたモヒカン男が、元気そうに答えた。

 

「なあ~に~!?」

 

三太郎の言葉を聞いた男の表情は、笑顔から憤怒に変わり、玄関ホール全体に響く大声で怒鳴った。

 

「てめーら!!よくもうちの若い者をかわいがってくれたのう!!この岩鬼将造が落とし前を付けさせてもらうぜ!!!」

 

将造の大声で地蔵のように固まっていた極道達がやっと動く。

 

「こ、こ、こいつが将造だぁぁっーーーー!!!!撃てぇーーーーー!!!」

 

玄関ホール中の極道達が一斉に銃口を向けた。

 

しかし、将造は慌てずに腹巻きから取り出したあるスイッチを押した。すると先程、三太郎が受付台に落としてそのまま放置されていたラジオが、いきなり『ジャーーーン』と最大音量で鳴り響く。

 

「「「「?!」」」」

 

その音に将造を狙っていた極道達が、思わず将造を狙うのを止め音源のラジオに注目した。

 

「兄ちゃん伏せぇっ!!」

 

達郎もラジオに注目したが、三太郎に飛びかかられ頭を無理やり下げさせられた次の瞬間…

 

ズドォォォーーーーン!

 

ラジオは、大爆発を引き起こし、受付台周囲の極道達は、吹き飛んだ。そして、特殊な爆弾を内蔵していたのか、ラジオに注目していたほとんどの極道達の目に細かい破片が入り、ホールは目から血を流した極道達の苦しみの声で阿鼻叫喚の地獄と化す。

 

「ぎゃあぁぁぁっっ!!!!!」

「俺の目がぁぁぁっ!!!!!」

「あづぃ~~~~~!!!!!」

 

「うわぁーはっはっはっはっはっ……!!!!」

 

ズガガガガガガガガガ!!!!

 

将造は、目の前の地獄のような光景を見ながらも、歓喜の大笑いして、銃を渡した三太郎と共に敵へミニガンの弾丸を浴びせる。

 

「怯むな撃てーーーーー!」

 

先手を取られた極道達が、なんとか応戦し銃撃戦が始まるなか、ゾクト、矢崎、達郎の三名は…

 

「あがぁぁぁッッッ!!!!」

 

まずゾクトは、ラジオから離れていたので、直接の爆発からは免れていた。しかし、破片を免れるほどではなく、爆発時に玄関ホールを向いていたため、体の後面だけ針ネズミのように破片が刺さり、その痛みに転げ回っていた。

 

「ヒィィィッッッ!!!」

 

銃撃戦の中、一人だけ近くの階段に逃げた者がいる。国会議員の矢崎だ。矢崎は、三太郎が達郎へ向けた『伏せろ』という声に従い、偶然にも事なきを得たのである。

 

最後に達郎は、まだ頭を伏せたまま将造達の様子を伺っていた。

 

(誰だ?この鋭い目付きをした人は?半人前の俺でもこの人は、凄い修羅場を潜り抜けて来たことは解る。けれど、たった二人だけじゃ………!?)

 

目の前の将造という男を分析していた時、達郎の目に先程まで痛みで転げ回っていたはずのゾクトが、将造に向かって走って迫るのが見えた。将造は、他の者を銃撃するのに夢中で、迫るゾクトには気付いていない。

 

「こ、この野郎ォォ~~~!!!!」

 

「そこの帽子の人、危ない!」

 

達郎が、将造に向かって叫んだ瞬間…

 

ガッシャァッーーーーーン!!!

 

十トントラックが、玄関を突き破り勢いよく入って来る。そして…

 

キキッーー!!ドワォォッ!!!

 

「グェッ!」

 

ゾクトは鈍い音を響かせながら、入ってきたトラックに五mほど突き飛ばされた。

 

「「「ウォォォォッッッ!!!!ーーーー」」」

 

トラックから重火器を装備した岩鬼組の残党が、雄叫びと共に次々と飛び出し、轢いたゾクトを気にも止めずに将造に加勢する。

 

さらなる激しい銃撃戦が始まったなか、運転席に座っている常に笑顔の拓三が、将造に声をかける。

 

「ナイスタイミングですかね?若?」

 

拓三の笑顔に反して、将造は怒りの顔で拓三に詰め寄り、トラックで轢いたゾクトを指差す。

 

「馬鹿たれ、拓三。ちゃんと前を向いて運転せんかい!見ぃ!あのブサイク!」

 

ブサイクと言われたゾクトは、体をピクピクさせてわずかだが生きていた。

 

(もしかして、車で人を轢いたことに怒ってるのか?こんなに人を殺しまくっているのに?)

 

二人の会話を聞く達郎の頭に尤もな疑問が浮かぶ。しかし、そんな疑問は、怒り顔からまた凶悪な笑顔に戻った将造の台詞で吹き飛んだ。

 

「まだ、生きとるじゃろうが!次からは、運転中はよそ見せず、しっかりと前を見て、安全運転でどんな奴でも一撃で轢き殺すんじゃ!」

 

「すんません、若。次からはノマドの連中でしっかり練習して、ちゃんとジャストミートします。」

 

拓三も頭を掻きながら笑顔で答えた。そして、拓三との会話を終えた将造は、トラックから離れると、意外にも先程トラックで轢いたゾクトに向かって歩いて行く。

 

(そうか、止めを指すんだな…)

 

達郎は、将造の容赦のなさに感心する。

 

しかし、意外にも将造は、ゾクトの顔の側にしゃがみ、ゆっくりと話しかけた。

 

「ぬし、まだ生きとるんか?」

 

ゾクトが僅かながら、目と指を動かす。

 

「拓三にはああ言ったが、正直ぬしの体の耐久力は凄いと思うぜ…よし、気に入ったわい!」

 

将造は、ゾクトを肩にかけて持ち上げた。

 

ゾクトは、思わぬ幸運に瀕死ながらも笑顔を見せる。

 

(ゾクトを持ち上げるって、なんて馬鹿力なんだよ。いや、それよりもまさか、ゾクトを助けるのか?)

 

達郎が、不安げな顔になった次の瞬間、近くの柱に隠れていた極道が飛び出してきた。手には拳銃が握られており、有無を言わさず将造に向けて発砲する。

 

「死ねっ!将造!!」

 

ズドン!

 

「ガハッ!」

 

ホールにまた、新しい悲鳴が響いた。しかし、その声の主は将造ではなく…。

 

「な、何で…ゲフッ!」

 

ゾクトの体に爆発の傷やトラックによる轢傷ではない、銃撃による新しい傷ができていた。将造は、ゾクトを盾にして弾丸を防いだのだ。

 

「アホたれ!こっちには見てくれは最悪じゃが、爆発でもトラックでも壊れん頑丈な盾があるんじゃ。どんどん撃ってこんかい!!!」

 

ズドン!

 

「ぎゃん!」

 

そう叫びながら将造は、ゾクトを片手で担いだまま、先程の極道を腹巻きから出したコルトパイソンで撃ち殺した。

 

「畜生っ!構うな!撃て撃てぇ!」

 

ズドン!ズドン!ズドン!

 

次々と柱に隠れていた極道達が銃撃するが…

 

「ゲフッ!ガフッ!ゴフッ!」

 

「うわぁーはっはっはっはっはっ…!!!!わしの無敵の盾は、そんなもんじゃ貫けんわい!」

 

将造は、襲いかかる弾丸のすべてをゾクトの体で防ぎ、さらに敵へと突っ込んで行った。

 

(この将造って人。ゾクトを人間として気に入ったんじゃなくて、銃弾を防ぐ盾として気に入ったのか…)

 

達郎は、恐ろしさのあまり身震いした。

 

 

 

一方、将造が作り出した阿鼻叫喚の地獄をスクリーン越しに見ていた倉脇は、唖然としていた。

 

(な、何であんな火力がある武器を将造達が持っとるんじゃ!)

 

「どうしたんだい倉脇?顔が青白くなってるよ?」

 

青くなる倉脇に対して、なよ子の顔は、逆に活気を帯びてくる。

 

同じくスクリーンの惨状を見ているリーアルは、急いで兄である矢崎に電話をかける。

 

「兄さん、早くここに戻れ!」

 

『あいつらメチャクチャだ!!今二階だが、エレベーターが全部、上階に止まって降りてくるのに時間がかかる!!!』

 

「だったら、二階のトイレでやり過ごせ。あいつらもまさか誰もいないトイレまで銃撃しないはずだ。」

 

『わ、わかった。』

 

電話を切ったリーアルが、血相を変えて倉脇に詰め寄る。

 

「倉脇さん、大丈夫なんでしょうな?!」

 

「なァに、所詮東の極道達は、捨て駒ですわ。二階には、最強の対魔忍でも突破するのが難しいやつらが、わんさかいるんで安心してください。」

 

倉脇は、焦っている心中を悟られまいと自身満々の表情を作り、リーアルを安心させるように告げた。

 

(幸いパーティーに招待したVIP達は、これもアトラクションの一つとして楽しんどる。将造、二階でお前はおしまいじゃ。)

 

 

 

 

「よし、これで一階のやつらは皆殺し完了じゃ!次行くぞ!三太郎!」

 

将造は、無数の弾で重くなり、いつの間にか死体となったゾクトを用済みとばかりに投げ捨て、先に進もうとする。

 

「ま、待ってくれ!」

 

進撃する将造を呼び止める者がいた。先程の銃撃戦でずっと伏せていた達郎である。

 

「おう、兄ちゃん!さっきは、声をかけてくれてありがとよ。しかし、早くこのビルから逃げた方がいいぜ!お礼は、またいつかさせてもらうけぇ。」

 

「俺も将造さんと一緒に連れて行ってくれ!」

 

いきなりの達郎の言葉に将造と三太郎は、お互い顔を見合わした。そして、先に三太郎が、口を開く。

 

「止めときなよ、兄ちゃん。こっから先は、もっとヤバいヤツが出てくるに違いないんだから。さっき俺を庇ってくれたことは尊敬するけど、はっきり言って…若?」

 

説得する三太郎を手で制して、将造が笑顔でも怒り顔でもない真剣な顔で、達郎に尋ねる。

 

「兄ちゃん、その必死な顔は女か?」

 

「は、はい。」

 

将造の言葉に図星を突かれた達郎は、恐る恐る頷いた。

 

「その女は、兄ちゃんの何じゃ?」

 

「はい。ゆきかぜと凛子姉は、俺の……」

 

達郎の脳裏に二人の思い出が駆け巡る。

 

「俺の…命よりも大切な人達です!俺は、その人達を取り戻すためここに来ました!どうか、お願いします!!」

 

達郎は、将造に深く頭を下げた。

 

「…兄ちゃん、名前は?」

 

「秋山達郎です。」

 

「よし、頭上げぇ!」

 

将造は、自分が背負っているポンプアクション式の散弾銃を頭を上げた達郎に放り投げた。慌てて受け取る達郎。

 

「よし、達郎!わしも許嫁拐われ取る。わしらは似た者同士じゃっ!一緒にノマドの連中をぶち殺しに行くぞっ!!」

 

「はいっ!」

 

岩鬼組に一時的だが、新しい組員が加わった。その後、岩鬼組は、二階に行く将造達とビルの柱に細工をする拓三達の二つの班に別れた。

 

 

 

将造が達郎を仲間にして数分後、二階のトイレに建て込もった矢崎は、段々と近付いてくる銃撃と悲鳴を聞いてガタガタと震えていた。

 

「な、何で私がこんなところで、こんな目に…本当なら、あのゆきかぜと凛子を犯しているところを…。そうだ、あの帽子の男が来て、すべてが狂ったんだ。うぅぅ……」

 

 

 

将造達は、二階に逃げた極道達を追撃していた。意外にも体勢を立て直した極道達は、統率がとれており、将造達は攻めあぐねるかと思われた。しかし、

 

「旋風の術!!」

 

ビュオオオオッッ!!!

 

窓が空いていないビル内で、激しい旋風が吹き、将造達を狙う極道の銃口が定まらない。

 

「な、何でビル内でこんな風が、くそっ狙いが!!」

 

ダダダダダダ!

 

「ぎゃあっっ!」

 

体勢を崩した極道を将造が容赦なくM60機関銃で撃ち殺した。

 

「凄い技を使うのぉ!達郎!こりゃ進むのが楽じゃわい!」

 

将造が、達郎を誉める。

 

元々の『旋風の術』という忍法は、一人前の対魔忍なら、刃のような風で敵をズタズタにする威力を持つ。未熟者の達郎では、激しいつむじ風で相手のバランスを崩す程の威力しかない。だが、その未熟な達郎の忍法が、このような密閉空間の銃撃戦において、最大限に発揮されていた。

 

対魔忍である達郎は、本来なら一般人の前では忍法を控えるべきなのだが、愛する二人を取り戻す使命に燃え、さらに命を失う戦場特有の興奮状態に陥っており、その考えはすっぽりと頭から抜け落ちていた。そして、達郎は、未熟な自分の忍法が、戦闘の役に立っているのが何より嬉しかったのだ。

 

やがて、将造達は、長い廊下を渡り終え、曲がり角につく。

 

「よし、これで二階は制覇じゃ~!」

 

しかし、先行する一人の岩鬼組組員が、将造達より先に廊下の曲がり角を曲がった瞬間、

 

ダダダダダダダダ!!!!!

 

「ぎゃあっっ!」

 

激しい銃撃音と組員の断末魔の声が響いた。

 

ズシン!ズシン!ズシン!ズシ……

 

「な、何だ?この足音は?!」

 

達郎が驚くなか、重厚な足音と共に曲がり角から現れたのは、鋼鉄の武装をした三人の人間だった。

 

今まで笑顔だった三太郎が、その者達を見た瞬間にビルに潜入して初めて狼狽えた顔に変わる。

 

「わ、若。あれはもしかして…米連の…」

 

「ああ、日本の『雷電』の型じゃねぇ。あれは、米連の最新式強化外骨格『アレクサンドル』じゃ。倉脇の奴、いいオモチャをコレクションしとるのう。面白くなってきたぜ!」

 

強化外骨格とは、簡単に言えば現代版の鎧である。しかし、その分厚い外装は戦車並みで、さらに筋力をサポートする機能もあり、将造のような馬鹿力がなくとも重火器を何個も楽に携帯できるのだ。登場した当初は、『機動性で装甲車より劣り、運用性で歩兵に劣り、火力では戦車に劣る』などと揶揄されていたが、数回の実戦で悪評は一掃される。強化外骨格が本領を発揮するのは、このビル内のような狭小地での戦闘にある。さらに強化外骨格の開発は、世界で米連が頭一つ抜き出ているため、将造達の目の前にいるのは、世界最強の強化外骨格なのだ。

 

ダダダダダダダダ!

 

チュン!チュン!チュン!チュン!

 

将造達は、その三体の強化外骨格にミニガンやM60などの弾丸を浴びせるが、戦車並みの装甲にすべて跳ね返される。

 

「駄目だ。完全防弾だ!!」

 

「くそっ!旋風の術!」

 

ビュオオオオオオオオ!!!

 

達郎も旋風を起こすが、人の数倍の重量を持ち、筋力も機械でサポートされているアレクサンドルには、銃口の方向を変えることもバランスを崩させることもできない。

 

銃撃や忍法が効かずに焦る将造達に構わず、アレクサンドルの12.7mm重機関銃が容赦なく発射される。

 

ガガガガガガガガ!!!

 

「ぎゃあっっ!」

「ぐぁっ!」

「がはっ!」

 

将造達は、果敢に迎撃するが、自分達が持っている装備では歯が立たない。やがて、徐々に組員達を打ち取られ、次第に追い詰められていった。

 

そんな絶望的な状況のなか、何を考えたのか将造は、拓三に携帯で連絡をする。

 

「拓三!そっちはどうじゃ?」

 

拓三達は、ビル内の柱という柱に穴を開けて、何か大きい木箱を詰めていた。

 

『やれっていうならやりますが、若達が中にいるんじゃ……』

 

「構わねぇ!やれっ!お前を信じとる!」

 

『わかりました、みんな!ビルから出ろ!』

 

携帯を切った将造は、生き残った三太郎と達郎に叫ぶ。

 

「よし、わしらも避難じゃ!」

 

そう言って将造は、目の前のトイレに入って行った。慌てて三太郎と達郎もトイレに入る。

 

「将造さん!トイレじゃ逃げ場がないですよっ!」

 

「そうですよ、若。トイレじゃどん詰まりでっせ!」

 

「いいんじゃ!昔から便所は地震にゃ強いんじゃ!」

 

すでに閉まっていた個室の隣に三太郎と達郎と共に入った将造は、次にさっきと別の携帯に電話する。

 

『トゥルルルル…将造か…どうじゃ、わしのオモチャは?』

 

将造は、島田の携帯で倉脇に電話をかけたのだ。

 

「随分、楽しく遊ばせてもらってるぜ。けれど、オモチャは、いつか壊れるもんじゃ。」

 

『減らず口を叩きおって、例えアレクサンドルが壊れても、このビルの戦力をすべてお前の近くの階に集中させとる。悔しかったら、登ってこんかい!!!』

 

「一つだけ言っとくぜ、倉脇…」

 

『何じゃ?命乞いか?』

 

ズシン!ズシン!

 

トイレ前の廊下から、アレクサンドルの足音が聞こえてくる。

 

「将造さん!あいつらがやって来る!」

 

「若ぁ!!」

 

将造は、あの凶悪な笑顔になり、大声で携帯越しの倉脇に叫んだ。

 

「わしが登るんじゃのうて、貴様が降りてくるんじゃっ!!!!!!!!!!」

 

 

ドガァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!

 

 

将造が叫んだ瞬間、拓三達が一階の柱に仕掛けた、木箱に入った爆弾がいっせいに爆発した。




将造達が持っている武器の種類が、専門外で難しいです。

追記
読者様のご厚意による情報提供により、原作準拠の武器に変更致しました。


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Weapon 4 寝取り兄弟野郎

東京の一般道路でノマドの高層ビルに猛スピードで向かう複数の車があった。車に乗っている者達は、皆一様に緊張した面持ちをしており、集団を先導しているリーダーらしき車には、一人の男性と二人の女性が乗っていた。

 

彼らは達郎やゆきかぜ、凛子と同じ対魔忍である。しかし、所属は同じであれど、実力や経験において先頭車に乗る三人は、他の対魔忍の追随を許さない程、上位の実力を持っている。彼らはノマドの難攻不落の要塞ビルを攻略し、ゆきかぜと凛子を救うために集められた選りすぐりのメンバーなのだ。

 

「うぅ~、もっとスピード出ないの九郎さん。ていうか、なんでヘリコプター途中で降りたの?」

 

運転席の男に愚痴っている後部座席に座る癖毛のオレンジ髪に人懐っこい顔の美女は、井河さくら。『影遁の術』という影に潜み、影の刃で敵を刺殺し、さらに影に武器を隠すことができる異能系忍法を持つ対魔忍である。

 

「・・・・・・・・」

 

さくらの問いかけに運転席のスキンヘッドでサングラスをかけている大男、八津九郎は何かを考えているかのように答えない。九郎は、さる国の元レンジャー部隊で、失明をきっかけに忍に覚醒した変わり種である。常人以上の感覚で他人の着こなしや髪の毛の寝癖、さらに色彩まで解る程の『超感覚』と脳と心臓を同時に破壊しなければ、どんな臓器でも再生できる『不死覚醒』という忍法を操る。

 

「無茶を言うな、さくら。ここは一般道路だぞ。スピード出すのにも限界があるんだ。それにここからの地区は、ノマド以外のヘリコプターで向かえば、要塞ビルのドローンで撃墜される恐れがある。我慢するしかない。」

 

運転席の九郎に代わり、助手席の長い髪を後ろに束ねた真面目そうな美女、八津紫が答える。紫は、九郎の妹で兄と同じ『不死覚醒』という異常回復忍法と常人には持てない程の大斧で、強化外骨格も一撃で破壊する剛力を持つ 。

 

「けど、ムッちゃん。早くしないと…ビルには、ユッキーや凛子ちゃん、後、多分、達郎だっているんだよ?」

 

「安心しろ、さくら。さっきも言ったが、今日は幸運にも山本部長に会いにアサギ様が、東京に出向いている。アサギ様も連絡を受けて、私達と同じくノマドの要塞ビルに向かっているはずだ。それに静流からの連絡では、岩鬼組とかいう極道達が、意趣返しで要塞ビルを攻めていると聞く。目眩ましといい時間稼ぎになっているだろう。」

 

さくらと紫が会話している間、普段なら二人の会話に口を挟む九郎が、いつもより少し青白い顔でずっと何も言わず運転していた。九郎は盲目だが、色彩までわかる超感覚を持っている。故に会話する余裕がない程、運転に集中することはない筈である。

 

「兄様?さっきから黙って、どうしたんですか?やはり、兄様も三人が心配なんですか?」

 

心配そうな紫の質問にずっと黙っていた九郎が、ようやく口を開く。

 

「心配は、心配なんだが…確か、ビルを攻めているのは、岩鬼組の岩鬼将造という男なんだな?」

 

「はい、報告では先日、海外から帰国した元傭兵の岩鬼将造という極道が、ノマドに組を潰された仕返しに組の残党を率いて、ビルを攻めているとか。」

 

「…レンジャー部隊に居た時の友人から、その岩鬼将造の噂を聞いたことがある。」

 

「どんな噂なんですか?」

 

「とにかく命知らずのハチャメチャな奴で『マッド・ドック』と呼ばれていたらしい。本人は、その呼び名より『極道兵器』と呼べと周囲に漏らしていたとか。もし、そいつ本人なら、今頃ノマドのビルは、ヤバいことになっているかもしれん。」

 

「ヤバいこととは?」

 

「…自らを犬ではなく、兵器と呼んでいる辺り、俺達の想像できないことをしでかす筈だ。多分、もうすぐ連絡があると思うぞ。」

 

「……」

 

九郎と紫の会話が途切れたその時、九郎が予想した通り、紫にビルの監視係から連絡が来た。紫はビルに何か異変が起こったのだと直感し、急いで携帯に出る。

 

「どうした何か…え"?!ビルが達磨落としだと!どういう意味だ?!」

 

紫の会話を聞く九郎の顔が、さらに青白くなった。

 

 

 

要塞ビルは、拓三達が柱に仕掛けた爆薬により、一階から三階が吹き飛び。瓦礫と化した下階の上に達磨落としのように四階から上の階が乗り、倒壊せずに奇妙なバランスを保っていた。

 

そのビル内の倉脇がいるパーティー会場は、爆発により混乱の極致に陥っていた。床は傾き、机や椅子は倒れ、窓ガラスもすべて割れている。何より、先程まで邪悪な笑みで歓談していた政財界や裏世界のVIP達は、流血して倒れている者、骨折して泣きわめいている者、屋上に止めてある送迎用のヘリコプターへ、我先に向かい将棋倒しになっている者など、一人として冷静で無事な者はいなかった。

 

しかし、混乱している舞台下と比べて、張り付けにされている三人は、幸運にも固定されているゆえに無傷であった。そして、先程まで、艶やかな吐息を漏らすのみだったゆきかぜと凛子が、たどたどしく会話をし始めた。

 

「り、凛子先輩…わ、私の声、聞こえますか?」

 

「あ、ああ、ゆきかぜ。あの爆発が気付けになって、お互い意識を取り戻したのか?」

 

ゆきかぜと凛子は、行方不明になった日から今日まで、魔界医療が生んだ洗脳装置に入れられ、何十万回と処女のまま、自分達が犯される擬似体験をさせられてきた。さらに地上に行く前に感覚神経そのものを作り替える改造系媚薬『カスタライザー』を打ち込まれ、今まで夢うつつな状態だった。しかし、先ほどの爆発の衝撃で、意識が鮮明さを取り戻し始める。

 

「ハァッ…凛子先輩…く、空遁の術は使えますか?」

 

「い、いや、ここに来る前に打ち込まれた薬の影響か、丹田へ気を送ることに集中できない。ハァッ…ハァッ…。それに気を送れたとしても、目隠しで跳躍先が見えない空間跳躍の法は危険だ。」

 

秋山凛子は、『空遁の術』という約1キロの範囲で、別の空間を見通しそこへ跳躍する忍術を使う。しかし、さすがに目隠しをしたままの空間跳躍の法は、失敗して壁や地面にめり込む可能性があるのだ。

 

「二人とも、目を覚ましたのかい?」

 

なよ子が、覚醒した二人に声をかけた。

 

凛子は、声がする方を向く。

 

「あ、あなたは…ここはどこですか?」

 

「ここは、東京ノマドのビルで私達は、最上階のパーティー会場にいる。私は、山鬼なよ子。簡単に言えば極道の姐さんさ。」

 

「今はどういった状況なんですか?」

 

なよ子は、自分がこのビルの主である倉脇に捕らえられたこと、自分達は、パーティーの肴換わりに犯される寸前だったこと、それを救いに達郎という名の少年と、自分の許婿がビルを攻略していること、そしてさっきの爆発は、許婿がこのビルの障害を一網打尽にするために起こした爆発であることを話した。

 

「た、達郎が…私達を助けに…グスッ…」

 

ゆきかぜの目から、目隠しで防ぎきれないほどの嬉しさの涙が溢れる。

 

そんな中、倉脇が狼狽しながら、携帯に大声で電話をする声が聞こえてきた。

 

 

 

偶然にも怪我がなく無事だった、倉脇とリーアルだが、目の前の惨状に唖然としていた。しかし、倉脇だけは、数秒で思考を無理矢理切り変えるかのように頭を振り、すでに将造との通話が切れている携帯を使い、強化外骨格の機械化部隊に連絡する。

 

「機械化部隊応答しろ!下で何があったんだ?」

 

意外にも機械化部隊は、あの爆発でも死んではおらず、すぐに返信が来た。

 

『一階から三階が吹き飛んだ…下は全滅…ビルが倒れないのが不思議なくらいです。』

 

「将造は、くたばったのか?」

 

『これから、4、5階が吹っ飛びまーす!生きていたかったら禁煙を守ってシートベルトをしっかり締めといてください!!』

 

機械化部隊の悲痛な声が、突然別人のお茶らけた明るい声に変わった、将造の声だ。

 

「将造!貴様何をした~~~!!」

 

二階も爆発による崩落があったが、将造がいるトイレ周辺は、将造の目論み通り被害が少なく、将造、三太郎、達郎の三名は無事であった。しかし、将造を追い詰めていたアレクサンドル達は、無敵の装甲でも何十階もあるビルには耐えきれず、二体は圧死。幸運にも一番トイレに近い一体は、無事であったが、崩落の混乱に乗じて将造に後ろを取られ、装甲が薄い後頭部にミニガンを突きつけられていた。

 

「なぁ~に、こっちから行くにゃビルが高すぎてしんどいんでな、そっちから少し降りてくれや!おっと、それともう一人、道連れができたぜ。」

 

「た、助けてくれ!こいつら狂ってる。自分達が中にいるビルを爆発させるなんて!」

 

「黙れ!矢崎っ!」

 

ボゴッ!

 

「グギャッ!」

 

爆発直後、矢崎は自分の悲鳴で隣の個室に隠れているのがばれ、憤怒の顔をした達郎に捕まえられていた。

 

「に、兄さん。」

 

兄の悲鳴を倉脇の携帯越しに聞くリーアルだが、怒ることを忘れた呆然とした顔のままだった。

 

「矢崎さん…貴様、何を考えとるんじゃ!その人は、民進党の幹事長やぞ!」

 

「ああ~~~~ん?」

 

いつの間にか煙草を加えた将造は、倉脇の警告をどこ吹く風といった顔で聞き、三太郎に火を貰い旨そうに煙を吸う。

 

スパスパ……ふわ~~~~♪

 

そして、気持ち良さそうに煙を吐いた直後に、いきなりアレクサンドルの後頭部を撃ち抜いた。

 

ダダダダダダ!ビチャ!

 

「くぅぅ~タバコがうまい~!」

 

脳味噌を撃ち抜かれる生々しい音に戦慄しながらも、倉脇は気丈にも会話を続ける。

 

「将造!こっちには、お前達の女共がいるんだぞ!」

 

「だから今からそっちに行く。大事に預かっといてくれや。」

 

倉脇との会話でおおまかな、状況を察したゆきかぜと凛子は、携帯に聞こえるよう声を張り上げた。

 

「た、達郎!私達なら大丈夫だ。こんな奴らの言うことを聞くくらいなら、ハァッもう一発爆発させろ。」

 

「た、達郎、私達は、ウッ……対魔忍だから覚悟はできてる!」

 

「お、お前ら意識が戻ったのか?」

 

リーアルが驚きの声をあげる。

 

「将造!二人の言う通りさ!派手にいきな!どうせ、吹っ飛ばすんなら、後腐れないようにきれいに!」

 

二人に続いて、なよ子も命知らずな声をあげた。

 

「よく言ったお前ら、さすが岩鬼組組員の女達だぜ!」

 

「ゆきかぜ、凛子姉、安心してくれ!俺は、絶対に死なない!」

 

通話が切れた。

 

将造は、達郎に最後の確認を取る。

 

「このビルにもう一発かますが、逃げんでええんじゃな達郎!上の女達より、わしらの方が、崩落でお陀仏かもしれんぞ!」

 

「俺達は、対魔忍なんです。死ぬことよりも、矢崎達のような外道を生かす方がもっと辛いんです。」

 

(こんな状態だ、俺が死んでも混乱に乗じて二人だけなら、逃げられるかもしれない。もし、三人とも死ぬとしても、あの二人とともになら悪くない。)

 

将造の狂気に当てられて、達郎は、普段なら絶対に考えられないような決断をした。

 

『若、仕掛け花火は、打ち上げの合図を待っとります。わしの計算に間違いなければきれいに落ちる筈です!』

 

新しい爆弾を設置し終えた拓三が、将造に電話をする。

 

「計算が間違っていても、文句言う奴は誰もいなくなるよ。」

 

『わかりました!では、後、三十秒程で爆破します!』

 

 

 

倉脇は焦っていた。もし、先程と同じく護衛達が集中する四、五階だけが潰され、岩鬼達だけが生き残れば、間違いなく自分達は、人質がいようと殺される。逃走のため、先程ノマドのヘリを呼んだが、到着するまでは時間がかかるだろう。

 

倉脇は、爆発まで猶予がない中、急いで誰かに電話を掛けた。

 

4、5階の配置も所属もバラバラの傭兵達に連絡して、全員をパーティー会場に呼び戻す時間はもうない。しかし、わずかに一人くらいなら連絡する時間はあった。故に倉脇は、傭兵達の中で一番の腕利きだけに電話を掛けたのだ。

 

「ファウスト!会場に戻ってこい!!」

 

『了解シタ…』

 

 

 

倉脇の電話が終わって三十秒後。

 

ドガァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!

 

拓三が仕掛けた爆発が、再度要塞ビルを襲った。爆発は4、5階を崩壊させ、またビルが、成功した達磨落としのように、その上に乗るものと思われた。

 

しかし、

 

「傾いている!!」

「倒れるぞー!!」

 

「やばい、計算が違ったかな……」

 

拓三は、焦った笑顔を浮かべる。ビルは、一回目の爆発と違い傾斜していた。さらにそのバランスは、安定せず、下の階からも不穏な音がしており、素人目からみても崩壊するのは、時間の問題だった。

 

4、5階に元々配置されていたオークや鬼族といった傭兵達は、爆発と崩落に巻き込まれ全員死亡。屋上に逃げたVIPは、爆発の衝撃で空中に投げ出され、地面の染みと化した。パーティー会場にいたVIPは、壁や机に強く頭を打ったり、天井が崩れて下敷きなったりと、一人として生きてはいない。生存しているのは、檀上に上がっていた倉脇とリーアル、張り付けにされていたゆきかぜ、凛子、なよ子、そして爆発の直前に戻ったファウストと呼ばれる黒いフードを着ている傭兵だけだった。

 

「や、やりやがった…やりやがった。あの野郎!!!」

 

倉脇は、憤怒の顔でなよ子に拳銃を向ける。矢崎は、今日のパーティーで政財界やノマド連中に顔を売り、さらに太い人脈を作りたかった。しかし、その人脈先がすべてなくなり、自分が任されているビルも倒壊寸前ときている。故に頭の中は、怒りの感情で混乱状態だった。そして、引き金を引こうとした瞬間。

 

「た、助けてくれ」

 

まだ土煙収まらぬ廊下の向こうから、声が聞こえてきた。倉脇とリーアルが、声の方向を向くと誰かがフラフラと近付いて来る。

 

「良かった!兄さん!」

 

それは爆発に巻き込まれて死んだと思われた国会議員の矢崎であった。リーアルが、喜んで駆け寄ろうとする。

 

しかし…

 

矢崎の背後の土煙からM60を突きつけた将造、三太郎、達郎が現れ、将造は矢崎の顔面が地面にぶつかるほど蹴飛ばした。

 

ドガッ!

 

「グエッ!」

 

 

「ようやく会えたの倉脇、そしてぬしは、このアホの弟リーアルだったかの?スケベ顔とメタボ腹がよう似とるわい。」

 

「将造、なんでこんなに早くこの階に。」

 

それは達郎の忍法のお陰であった。風遁の術の熟練者は、空を飛ぶ『飛翔の術』というものが使えるが、達郎は、未熟故に激しい風しか起こせない。しかし、広い外と違いビル内の逃げ場がない狭い階段ホールでは、達郎の未熟な飛翔の術でも何倍かの威力となり、空を飛べないまでも将造達の体重を三分の一以下にして、一瞬で最上階まで移動することができたのだ。

 

「ハァッハァッ、ゆきかぜ、凛子姉!」

 

忍術の源である対魔粒子を使い果たし、達郎は息も絶え絶えであった。しかし、目の中の二人を思う炎は、少しも衰えていない。

 

「ほれ、鳴かんかい!このボケッ!」

 

「ぎゃん!」

 

将造は、銃を突きつけながら矢崎のネクタイを首輪がわりにして、犬の散歩のように歩かせる。

 

矢崎が生き残っていたことで幾分冷静になった倉脇が、将造に聞こえない程の声でファウストに囁く。

 

(この女と矢崎を交換する。矢崎がこちらに来たら、容赦なく全員撃ち殺せ……)

 

(了解…)

 

ファウストとの内緒話を終えた倉脇が、愛想笑いを浮かべながら将造に交渉を持ちかける。

 

「わかった、お前もこれだけ暴れりゃ気も済んだじゃろ。人質交換で今日は、痛み分けといこうや。」

 

俺の言うことは真実だと言わんばかりに倉脇は、なよ子の拘束を素早く解き、将造に渡そうとした。

 

(国会議員の矢崎とヨミハラの主リーアルさえいたら、わしのノマドの地位は、まだ何とかなる。)

 

「人質交換?」

 

人質交換という単語を聞いた将造は、矢崎に突き付けていたM60を地面に落とした。

 

その将造の様子を見た矢崎とリーアルは、将造が人質交換に応じるものと考え、安堵の笑みを浮かべる。

 

一方、半人前だが、対魔忍である達郎は、こんな悪党が素直に人質交換に応じるわけがないと考えており、矢崎達に反して不安げに将造に声をかける。

 

「将造さん、こんな奴らと人質交換に応じるんですか?」

 

すると将造は、達郎含めたこの場にいる者達を『何を言ってるんだこいつら?』といった不思議そうな顔で見渡し、矢崎をネクタイでグイと引き寄せた。

 

「達郎にも言っとくがな、わしはこいつを人質のつもりで連れてきたんじゃねぇぜ。倉脇…リーアル…お前らの驚く顔が見たくて…連れてきたんじゃぁぁッッッ!!!!!!」

 

ドガァァッッ!!

 

そう叫んだ瞬間、将造は矢崎をビルの割れた窓から、思い切り蹴り落とした。

 

「ぎゃあああああァァァァッッッ!!!!!!」

 

断末魔の叫び声を上げながら、矢崎は、何十階とある超高層のビルの窓から、絶望の顔をして地面に吸い込まれていった。

 

「将造ぉぉっーーーっ!!!」

 

倉脇は、将造の狂った行動に遂にぶちギレ、胸元から銃を取り出し銃口を向けた。

 

ズドドドン!

 

………………グチャ!

 

「ウグッ」

 

一瞬の膠着の後、矢崎が地面に激突した音と同時に膝を着いたのは、倉脇の方だった。腹部からは、血が流れている。将造は、倉脇が引き金を引く前に、西武のガンマンのように腹巻きから出した二丁のコルトパイソンで、倉脇を銃撃したのだ。

 

「倉脇、ハジキは実戦じゃ。お前みたいな自分の手を汚さんやつは一目でわかる。だが、いい護衛は連れとるようじゃの。」

 

将造は、あの一瞬で何発もの弾丸を倉脇に撃ち込んだはずであった。しかし、黒いフードのファウストが、銃撃した倉脇の前に立ち塞がり残りの弾を受けきったのだ。

 

ファウストは、穴だらけになったフードを脱ぎ捨てる。すると中から、ヘルメット型の仮面、柄に刀が付いた二丁拳銃、そして鋼鉄の機械化された体が現れた。

 

「おどれぇたぜ!時計仕掛けの傭兵かよ……」

 

「コチラモ驚イタ。アノヨウナ状態ナラ普通、人質交換ニ応ジルモノヲ。今落トシタ奴ヲ知ッテルノカ?日本ノ与党、民新党幹事長の矢崎宗一ダゾ。オ前ハ、ノマドダケデナク、コノ国ノ政界ノ奴ラモ敵ニマワシタノダ。モウ取リ返シガツカナイ。」

 

女性の声で、機械のように抑揚なくしゃべるファウストに将造は、満面の笑顔で答える。

 

「わしは、取り返しがつかんことは、大好きなんだ。」

 

「こいつ狂って…狂ッテルナ。」

 

「そうじゃ。じゃから、ぬしらも矢崎と一緒に…取り返しがつかん所に送ったるわい!!」

 

「パワーリミッター解除!」

 

将造とファウストが、お互いに銃口を向けた瞬間だった。

 

バババババババ……!!!!

 

割れた窓から、急にけたたましい音が聞こえてくる。思わず将造とファウストが音の方向に目を向けると謎のヘリコプターがこちらに向かって来るのが見えた。それは、先程倉脇が呼びよせたノマドの軍用ヘリであった。ヘリは、将造を確認したらしく、有無を言わさず回転機銃をこちらに発射してきた。

 

ズガガカガガガガガ!!!!

 

さすがの将造も、軍用ヘリのガドリングガンは避けるしかなく、後ろに飛び退く。

 

(今ダ!)

 

その様子を見たファウストは、飛び退く将造の隙を突き、煙幕用の手榴弾を地面にばら蒔いた。一秒と経たずに煙幕が会場を覆う。

 

「くそ、何も見えんぜ?!」

 

ズドン!ズドン!

 

将造は、気配を便りに煙の中を銃撃をする。窓が割れた最上階故に大量の風が吹き、煙幕はすぐに晴れたが、すでに倉脇とファウストは、そこには居なかった。ファウストは、倉脇を片手に持ってすでに軍用ヘリに飛び移っていたのだ。

 

「スマンナ!決着ヲツケル前ニコノ雇イ主ガ死んでは元も子もないのだ。ちなみに私が雇われているのは、今日だけなのだから、明日からどこかで会っても襲ってくるなよ!」

 

抑揚のないしゃべり方が、途中で生の人間らしいしゃべり方になるが、将造は、その変化に気付ぬように怒り狂う。

 

「逃がさんぞぉぉ!倉脇!一度狙った獲物は、確実にぶっ殺す!」

 

ズドン!ズドン!

 

ガキィン!ガキィン!

 

将造が、銃をヘリコプターに撃つが軍用ヘリの装甲に跳ね返される。

 

「お、置いていかないでくれぇ!」

 

リーアルは、両手を前に突きだしてヘリコプターを追いかけるが、無情にもノマドのヘリコプターはそれを無視し、東京キングダムの方向に飛び去っていった。

 

「哀れだな、リーアル。」

 

ノマドに見捨てられたリーアルを見て、達郎が、憐憫の情など一切含まない無表情な顔で呟いた。

 

 

 

一方、ヘリコプターの中で倉脇は、『将造殺す、将造殺す。』とうわ言のように同じ台詞を繰り返していた。ファウストは、この調子なら東京キングダムの闇医者まで持つだろうと安心した時、

 

ギャリ!ギャリ!ギャリ!

 

と体の中から、釣竿のレールを巻くような音が聞こえてくる。ファウストは、煙に乗じて逃げる際に将造に撃ち込まれた弾丸によって、機械の体の重要機関を傷付けられていた。

 

(危なかった。あのまま倉脇を庇いながらでは、殺られていたかもしれない。だが、将造と言ったか?あの男でもビルの崩落からは、逃れられないだろう。)

 

 

 

ズズズズズズ!!!!ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

倉脇に逃げられてすぐにビルが、再び揺れだした。もう、完全倒壊するまで時間がない。

 

「三太郎!なよ子を連れて、はよ階段を降りぃ!わしは、達郎の女達を助けてから行く!」

 

「わかりました!若!どうか御無事で!」

 

「将造!絶対二人を助けるんだよ!」

 

先に三太郎となよ子を脱出させた将造は、次に達郎と共にゆきかぜと凛子の前にいるリーアルに向かっていく。

 

「よし、達郎。倉脇は残念じゃったが、チャッチャッとこの爺を殺して、女共と脱出するぜ。」

 

「はいっ!将造さんっ!」

 

銃口を向けながら笑顔で迫る将造にリーアルは、焦りながらも、必死に笑顔を作り将造に喋り始めた。

 

「ちょっと待ってください!将造さんと言いましたか、どうです私と手を組みませんか?地下のヨミハラを支配する私なら、どんな女でも用意しますよ。私は、どんな女でも従わせる技術を持っていますからね。そうだ、私がノマドに話を付けてあげましょう。あんな倉脇より貴方の方がノマドのビジネスパートナーに相応しい!どうでしょう?」

 

ついさっき、実の兄を殺した者に保身のため、媚びを売るリーアル。そんな男に将造は、銃口をずらし、意外な言葉を放った。

 

「ぬし、童貞じゃろ?」

 

「え、ど、どういう意味ですか…」

 

突拍子もない言葉にリーアルの笑顔が固まる。

 

「軍に入っていた時、お前みたいな奴をよう見たよ。童貞が嫌で、大金を叩いて風俗で童貞を捨てたら、いきなり気が大きくなる素人童貞野郎。見ていて笑いのネタに成らんほど、痛々しかったわい。」

 

リーアルの笑顔が、将造の言葉を聞く内に怒り顔に変わってゆく。

 

「わ、私は、娼館を経営していて…今まで、何千人と女を喜ばして…貴様より女を抱いて……」

 

「ぬしの容姿と後ろの二人を見ていたらよう解るわい。どうせ、金、ポン(クスリ)、人質、地位を利用して、散々泣いてる女を無理矢理犯してきたんじゃろ。それでSEXの腕は得意と自慢しとる辺り、只の童貞より始末におけんぜ!のぉ達郎!」

 

「ぐがぁぁっっ!!!」

 

「わぁ~はっはっはっっ!!!爺の年齢した童貞野郎が、図星突かれて怒りおったわい。」

 

満面の笑顔で馬鹿にする将造に、遂に笑顔から完全に怒り顔になったリーアルは、胸元からスイッチを取り出した。

 

「こいつらの体には、このボタンを押せば、四肢が爆発するキメラ微生体という爆弾を埋めている。そして、このスイッチの電波は100M以上効くぞ。私を見逃さないとこのボタンを押す!」

 

「ゆきかぜ、凛子姉…本当なのか。」

 

達郎が、信じられないといった顔でゆきかぜと凛子を見る。彼女達は、リーアルが言っていることが真実であるかのように、目隠しをされていても解る悔しそうな顔になった。

 

「そうだ、この達人である二人を難なく手に入れたのは、これを騙して埋め込んでいたからだ。さぁどうする?」

 

「達郎、私達に構うな!リーアルを殺せ!」

 

「そうよ達郎!私達は、対魔忍よ!むしろ、私達のためにこんな外道を逃がしたら、逆に許さないから!」

 

下手をしたら二人を目の前で見殺しにするという、二回目のビル爆破とあからさまに違う状況のため、二人の言葉に反して達郎は思いきった判断ができない。

 

「くそっ!リーアルッ!!」

 

「ガキィッ!さっさとそこをどけ!」

 

リーアルは、スイッチをこれ見よがしに突きつけ、階段に向かおうとする。しかし、その前に将造が立ち塞がった。

 

「聞こえなかったのかお前!どけっ!」

 

「押さんかい…」

 

「え?!」

 

将造の憤怒の顔にリーアルの表情が固まる。

 

「押せっちゅうとるんじゃ!」

 

「は、話を聞いてなかったのか?押せば二人は……」

 

「こぉんのくそ爺がぁぁっっ!!!極道に下手な脅しをかけおってぇぇっっ!お前が押さんかったらわしが押したるっ!」

 

震える手で、ボタンを持ち脅すリーアル。だが、将造は、躊躇せずに飛びかかった。

 

「や、止めろ、本当に押す…」

 

「ふんっ!」

 

ベキャ!!

 

将造は、渾身の右ストレートをリーアルの顔面に炸裂させた。

 

「ブホァッ?!」

 

たまらずリーアルは、ボタンを落とし、鼻血を噴出させながら吹き飛んだ。

 

「やった!」

 

急いで、達郎はリーアルが落としたスイッチを回収しようとする。しかし、先に将造に拾われた。

 

「将造さん、俺達の住む町の医者にスイッチを持っていけば……」

 

ポチッ

 

将造は、達郎の言葉が聞こえないかのように地面に落としたスイッチをゆきかぜと凛子に向けて、迷わずボタンを押した。

 

「ちょっ!将造さんっ!!!!ゆきかぜっ!凛子姉ぇっ!」

 

達郎が、二人に必死に叫ぶ。

 

……しかし、何秒経っても何も起きない。

 

「やっぱりのぉ。わしがぬしなら、人質が二人いる場合、わしらが少しでも反抗心を見せたら、容赦なく一人を見せしめにぶち殺すわい。それが中々できんちゅうことは、まぁ言わずもがなじゃな。わはは……!」

 

リーアルを殴ってスッキリした将造は、再度リーアルを馬鹿にするように大笑いをし始めた。

 

キメラ微生体の爆発条件は、リーアルの言うことに逆らうこととヨミハラを出ることの二つである。この二つの条件で二人を縛って調教していたリーアルは、倉脇の凌辱パーティーに呼ばれるが、二人を連れてヨミハラを出れば、二人の四肢は爆発してしまう。キメラ微生体は、一方の機能だけを無効化することはできない。故に媚薬に解除薬を混ぜ、それを二人に内緒で飲ませ、一時的にキメラ微生体を取り払っていたのだ。さらに目隠しをさせていたのは、キメラ微生体が、投与されると浮き出る、舌の奴隷刻印が消えたことを悟られぬためであった。

 

「ハァッッ~…将造さん。さっきの行動、もしかしてリーアルの態度に腹が立ったから、当て付けでやったんじゃないでしょうね…。」

 

落ち着き始めた達郎が、少しジト目で陽気に笑う将造を見る。

 

「…バ、馬鹿たれ、達郎!そんなことはないわい!そ、そんなことよりも、縛られとる、ゆきかぜと凛子だったか?早く助けるんじゃ!」

 

将造は笑うのを止め、少し図星を突かれたかのように言葉を濁した。

 

「こ、こいつ…狂ってる…」

 

奇っ怪な魔界の生物を知るリーアルが、只の人間の将造を理解不能な生物を見る目をして、鼻血を流しながら呟いた。

 

リーアルを制圧した将造は、すぐに縛っている鎖を銃で撃ち抜き、二人を解放した。何週間も歩かず、筋力が衰えた二人は、縛られていた鎖が破壊された瞬間、同時に地面に倒れかける。が、達郎が二人を優しく支えた。

 

「遅れてごめん、二人とも。」

 

「いや、気にするな…敵の罠に嵌まった私達が悪いんだ。」

 

「有り難う、達郎。大好き…」

 

達郎が、二人の目隠しを取り、三人がお互いを強く抱き締めあったその時、

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

一際大きい揺れが、ビルを襲った。それと同時に唯一の出口である階段の扉の前に天井の瓦礫が降り注いだ。

 

ガラガラガラガラ!!!!

 

「しまった!階段の入り口が!」

 

達郎が急いで階段の入り口を調べるが、段々と曇った表情になる。どうやら完全に入り口は瓦礫に塞がってしまったらしい。

 

「凛子姉、空遁の術はっ?」

 

「す、すまない…、リーアルに薬を射たれて、上手く丹田に気を遅れないんだ。」

 

「くそ、どうしたら…」

 

焦る達郎達を見て、リーアルは楽しそうに笑う。

 

「ククク、お前らも一緒に地獄行きだ!!」

 

 

 

 

同時刻、地面に接している六階ビルの階段出口から出た、なよ子と三太郎は、ビルから急いで避難していた。二人から見ても、ビル崩壊まで時間がないことが解っていたからだ。

 

「将造!」

 

「姐さん、もうイカン!今から降りてきても間に合わん!」

 

 

 

ビルの崩壊が、段々とひどくなってゆき、完全崩壊まで後一分もないなか、安全に降りる方法を模索し駆け回る達郎。一方、焦る達郎に対して将造は、落ち着いて辺りを見回していた。

 

「無駄だ、貴様らは助からん!折角、奴隷共を取り戻したのに残念だったな!」

 

自分が死ぬと解って、やけくそになっているリーアルは、鼻血を吹き出し笑いながら四人をなじる。その不遜な態度に憎しみの表情を向ける達郎、ゆきかぜ、凛子。しかし、将造だけは、無表情でじっとリーアルを見つめており、落ち着いた口調で話しかけた。

 

「ぬし、よく見ると脂ぎってて、滑りやすそうな体しとるのう…よし!」

 

将造は、リーアルから目を外し、崩落した天井の瓦礫の中から、銅線がはみ出している瓦礫に注目する。そして、その銅線を引っ張り、リーアルの足に鬱血するほど、しっかりと縛り付けた。

 

「お、お前何を?」

 

「さあて、最後の料理に取りかかろうかの!」

 

銅線が出ている100キロ以上ありそうな瓦礫を思い切り持ち上げた将造は、そのまま割れた窓に向かっていく。

 

「ヌオオオオオ!!!!!」

 

「ま、まさか!止めろぉっ!」

 

将造達を地獄の道連れにすると覚悟を決めたリーアルの顔が、恐怖に染まりどんどん青白くなっていく。

 

「地獄に行きさらせぇぇっっ!!」

 

将造は、割れた窓の向こうにリーアルをつないだ瓦礫を思い切り放り投げた。

 

「ぎゃあああああっっ!!!」

 

銅線に繋がれたリーアルは、床を必死にかきむしるも勢いよく窓際に引っ張られて行く。

 

「達郎、ゆきかぜ、凛子!波に乗り遅れるぜぇっ!」

 

「し、将造さんっ?!」

「うわっ?!」

「き、貴様何をする?!」

 

将造は、タックルするように左肩に達郎、右肩にゆきかぜと凛子を担ぎ上げ、銅線に引っ張られて、ビルの壁面に飛び出すリーアルの体の上に飛び乗った。

 

「この夏、一番の波が来るぜ~~!!」




物語を考えていると、将造は別に改造しなくても大丈夫なんじゃないかなと思えてくる。

後、対魔忍シリーズで物語に出すキャラクターを考え中です。沢山、極道兵器と絡ませたい。


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Weapon 5 粘着ドローン野郎

要塞ビルから少し離れた別のビルの屋上で、東京キングダムに向かうノマドのヘリを見つめる者達がいた。

 

一人は、制服を着て茶色い髪を膝まで伸ばしている十代後半の美少女。もう一人は、ボブカットの赤い髪、金属製のマスクで目を隠し長いコートを纏った20代後半の女性。

 

二人は、要塞ビルの二回目の爆発後からこの離れたビルに降り立ち、矢崎の落下、倉脇の逃亡、そしてリーアルが殴られる場面を見ていた。そして、今は達郎が、ビルを下りる方法を必死に探している様子を観察している。

 

双眼鏡の中の必死な達郎を見ながら、ロング髪の少女が悔しそうに叫ぶ。

 

「くそっ!あれじゃあ、もう間に会わない!秋山さん…。」

 

少女の言葉を仮面の女は、厳しく諭す。

 

「絶対に行ってはダメよ、アスカ。私達は、偶然近くにいただけで何の装備もないのよ。それにあのビルは、二回目の爆発から、今すぐにでも倒壊してもおかしくないし、風神飛翔で最上階に行けたとしても、日常用のその手足では戦闘も心許ないし、四人同時に飛ぶことはできない。例え彼女達を助けられたとしても、ノマドのビル崩壊、国会議員の矢崎宗一とヨミハラの主リーアル殺害の関与が疑われれば、DSO(米連防衛科学研究室)の立場が危うくなってしまうわ。」

 

「わかってます、おぼ…所長。私も元対魔忍です。目的遂行の為なら非情な決断をすることには、躊躇しません……。」

 

アスカと呼ばれた少女は、悔しい胸の内を隠しながら気丈に答えた。

 

ゴゴゴコゴゴゴコ!!!!!

 

やがて、ゆっくりとビルが真横に倒れ始める。

 

「要塞ビルの最後ね。」

 

所長と呼ばれた仮面の女は、崩壊するビルを見ながらアスカの心中を軽くするかのように他の話題に移した。

 

「攻めていたのは誰だか知らないけど、対魔忍や米連、ましてや中華連合ではないことは確かね。秋山の弟くんは、それに巻き込まれた感じだわ。だとしたら一番恐ろしいのは、攻めたその後。後ろ楯がない者がノマドにあんな正面から喧嘩を売れば、生き残ったとしても、後で親族共々、殺されるだけでは済まない。だから、考えられるのは只の馬鹿か、すごい実力者かの二つね。私は、圧倒的に前者だと思うけど…どうしたのアスカ?」

 

仮面の女は、ずっと何も答えないアスカに疑問を持ち、心配そうに彼女を見た。すると視線の先の双眼鏡を覗くアスカは、仮面の女の予想と裏腹に悔しげな表情から驚きの表情に変わっていた。

 

「所長…もしかしたら、実は、その両方かも知れませんよ?ビルの壁面を見てください。」

 

「何?実力がある馬鹿ってこと?そんなヤツがいれば、裏世界の勢力図が書き変わるわね?ん…ビルの壁に…」

 

仮面の女が、渡された双眼鏡を覗くと崩壊していくビル壁に、何か人のような物体が横切った。急いで謎の物体を双眼鏡で追うと、それは壁を降りている五人の人間であった。崩壊していくビルの壁を降りる人間だけでも驚くべきことなのだが、さらに二人を驚かせたのは、その降り方、いや滑り方であった。

 

「な、何、あれは?!」

 

「あれは、馬鹿なのか、狂っているのかどっちなんでしょう?」

 

アスカは、先程とは違った嬉しさと興奮が混じった声で、仮面の女に問いかけた。

 

仮面の女が驚いたのは、謎のカンカン帽子の男が笑みを浮かべながら達郎、ゆきかぜ、凛子を、肩に担ぎ上げているところ…ではない。真に驚愕したのは、その男の足元。帽子の男は、痛みと苦しみで歪んだ顔のリーアルの上に乗り、サーフボードのようにビルを下降していたのだ。

 

 

 

 

ズザザザザザザザザ!!!!!

 

「うわぁぁぁっっ!!!」

「キャアァッッッ!!!」

「ぐうぅぅぅぅっ!!!」

 

対魔忍の三人は、悲鳴を挙げながらも将造のなすがままだった。日頃、特別な訓練を積んでいる対魔忍でも、人間をサーフボード代わりにして、倒壊してゆくビル壁を滑るという狂った訓練はしたことがない。故に、今は叫ぶことしかできない。

 

「あががががが…………!!!!!」

 

リーアルは、数分前の将造達を地獄の道連れにするという覚悟を決めた顔から、痛みと苦しみに満ちた惨めな顔に変貌していた。リーアルの体は、三人を担いでいる将造に思い切り踏みつけられており、四人分の体重でビル壁に押し付けられ、大根おろしのように体が削られていた。削られていく量が増えるに連れて、リーアルの顔がさらに歪んでいく。

 

「ヒョォーーー♪♪♪♪♪」

 

他の四人の心中を知ってか知らずか、当の将造は、緊張や真剣さ、絶望といった感情とは無縁の、死のスリルを存分に楽しむ狂気を孕んだ笑顔でビル壁を滑る。

 

「きたきたきたきたっっ!!!」

 

やがて将造達は、あと少しでビルの根元に到達しようとしていた。しかし、それと同時に難攻不落と言われたノマドの要塞ビルが、完全に倒れる瞬間が来る。

 

「将造さんっ!このままじゃ、瓦礫に突っ込んでしまう!」

 

達郎が叫ぶように、このままの速さで壁面を滑っていれば、将造達は勢いよく地面の鋭い瓦礫に突っ込み、さらにビルの崩壊に巻き込まれてしまうだろう。

 

すると将造は、左肩に乗せている達郎に力強い笑みを見せた。

 

「達郎、女共を頼んだぜ!これも首領(ドン)たる務めじゃっ!」

 

「え、それって?うわぁっ!?」

 

地上の瓦礫に突っ込む瞬間、ビルを滑ってきた勢いを達郎達だけでも相殺するように将造は、三人を空中に放り投げた。

 

「将造さーーーーん!!!!」

 

「うぉぉっーーーー!!!!」

 

空中に飛ばされた達郎は、滞空しながらも将造を急いで目で追う。すると将造が勢いを保ったまま、リーアルと共にビルの崩壊により発生した砂煙に飲まれていくのが見えた。

 

(くそっ!けれど、今は、こっちも!)

 

「二人とも捕まって!」

「「達郎!」」

 

達郎は思考を切り替え、同じく空中に投げられたゆきかぜと凛子を抱き締める。

 

(地面までは約6m!最上階から飛び降りるのに比べたら幾分ましだけど、このままでは良くて骨折、最悪の場合命を落とす。だったら!!)

 

そして、自分の命の限りの術をかける。

 

「うぉぉぉっ!!飛翔の術っっ!!!」

 

上昇気流のような風が三人を包んだ。

 

 

 

要塞ビルの倒壊後、砂煙も収まり、周囲が見渡せるようになると生き残った岩鬼組員達は、急いで将造を探し始めた。拓三や三太郎、そして、上着を着せられたなよ子も必死に探すが、表情には諦めと悲しみが見え隠れしていた。将造と共に激戦を潜り抜けてきた二人でさえ、あのビルの倒壊に巻き込まれれば、将造でもただではすまないと解っているからだ。

 

探し始めて数分後。組員達の一部が、ある場所で何かを見つけたかのようにざわつきはじめた。

 

「若を見つけたのかぁっーー?!」

 

拓三達が、急いで組員達をかき分けそこに駆けつける。すると其処にいたのは、将造ではなくゆきかぜと凛子を抱いて横たわっている達郎だった。

 

三人は、瓦礫で体が傷付いてはいるが、上下に胸が動いており気を失っているだけなのが拓三達でもわかった。

 

三太郎が達郎の襟元を持ち、達郎を無理矢理起こす。

 

「達郎、起きぃ!若は、どうなったんじゃ!?」

 

「馬鹿!三太郎、あまり揺らすんじゃないよ!一旦寝かせてやりな!」

 

なよ子が三太郎に声をかけると同時に達郎が目を覚ました。

 

「あ、あれ、俺生きてる?ハッ!?ゆきかぜと凛子姉は?」

 

「安心しな!あんたの女達は、隣で寝てるよ。達郎君、将造は一緒じゃないのかい?」

 

もう一度寝かせられた達郎は、必死な組員達から目を反らし、苦しそうに告げる。

 

「将造さんは…俺達だけでも助けるために、瓦礫に突っ込む瞬間、空中に投げてくれたんです。そして、そのまま崩壊に巻き込まれて…。」

 

辛そうな達郎の言葉で、組員達の間に沈黙が支配する。

 

そんな中、なよ子がゆっくりと口を開いた。

 

「……そうかい…けれど、あいつは、簡単に死ぬタマじゃないっ!多分、ここら辺に埋もれてるはずだよ!あんたら、早く探すよ!」

 

なよ子が組員に命令した瞬間だった。

 

ガラガラガラ……

 

達郎達が横たわっている場の十m先の瓦礫が、いきなり動き始めた。

 

「わ、若ぁ!」

 

急いで三太郎が喜びの声で近づく。しかし、

 

ウィィーン!

 

瓦礫から出てきたのは、将造と似ても似つかない蟻型の機械であった。

 

「こ、こいつは、なんじゃ?軍でもこんな物見たこたねぇ」

 

さらにその一体が出現したのを皮切りに倒壊したビルのあちこちから、蟻や、蜂、犬型の機械が、出現し始めた。

 

「な、何でこんな奴らがこんなに?」

 

軍にいたはずの拓三達でも知らないのは無理はない。これら、蟻、蜂、犬型の機械は、極秘裏に米連が、魔界の技術と人間界の技術を組み合わせた警備型のドローンである。部外者には容赦なく襲いかかるよう設定してあるので、パーティー会場の客が入らないような中間の階を警備していた。しかし、ビルが倒壊したことによって、地上に降りたった今、誰であろうと見境なく襲う恐怖のマシンと化していた。

 

「見て下さい!う、上からも!」

 

仰向けで横たわって、空を見ていた達郎が叫ぶ。

 

上空からは二種類の円盤型ドローンが、何十機も迫っていた。このドローンは、二種とも高性能の索敵能力を持ち、一種は、7.62mm機関銃を装備、もう一種は、飛行物に特攻しそのまま自爆をする機能を持つ。二種の円盤形ドローンは、上空から侵入しようとする対魔忍を撃ち落としたこともあり、空の守りの要であった。しかし、ビルの屋上を基点として、空を守るよう設定していたため、ビルが倒壊すると、それに応じてドローンも下りてきたのである。

 

「うぉぉぉぉ!若の弔い合戦じゃっ!!向かってくる奴は、全部ぶっ殺せ~!」

 

三太郎達は、怒りに任せて銃で必死に応戦し始めるが、

 

「ぐっ!」

「がはっ!」

「も、もう駄目じゃ……」

 

気力、体力、そして何より銃の弾が残り少なく、すぐに防戦一方で逃げることもできなくなっていった。

 

達郎も未だに気絶しているゆきかぜと凛子を守るため、傷付き疲れた体で立ち上がり、隠していた忍者刀や苦無で応戦する。しかし、空からも地面からも来る攻撃に次第に対処できなくなっていった。

 

(くそっ!もう術を使える力が残っていない。このままでは…はっ?!)

 

ヒューーーーー!!!!!

 

二人を守る達郎の死角に向かって、自爆型ドローンが、勢いよく突撃してきた。達郎はそれに気付くが、他のドローンが邪魔で対処が間に合わない。

 

(しまったっ!!!!)

 

ズドン!

 

円盤形ドローンが達郎に接触する瞬間、一つの弾丸がそれを撃ち落とした。

 

(いったい誰が…あれはまさか?!)

 

達郎が弾丸の出所を確認すると、十数m先の瓦礫の中から、拳銃を持つ手が生えていた。次の瞬間、手の主が、瓦礫を押し退け雄叫びと共に姿を表す。

 

「うおおぉぉっっ!!!!!」

 

ガラガラガラ!!!ドワォォッ!!!!

 

勢いよく瓦礫から出てきたのは、死んだと思われていた将造であった。足元には苦悶の表情をしたリーアルの死体が転がっている。将造は瓦礫にぶつかる瞬間、素早くリーアルをクッションにして、助かったのだ。

 

「へへへ、俺は、これくらいでくたばらねぇぜ~!」

 

「将造さん!良かった!生きて…え"?!その手足は?!」

 

達郎は、将造が生きていたことに喜ぶが、その姿を見た瞬間、声を失った。確かに将造は、リーアルを上手くクッションにしたが、それだけでは衝撃を完全に殺せなかったらしく、全身から血が吹き出て傷だらけであった。特に左腕と右脚は、手足の指があらぬ方向に曲がり、さらに前腕の骨と下腿の骨が、外から見えており重傷だった。

 

だが、将造は瓦礫の上から気丈にも、空、地面から迫るドローン軍団に吠える。

 

「うおお!!派手に行こうぜっ!!」

 

ズドン!ズドン!

 

まだ動く右手で、一機、二機と果敢にドローンを撃ち落とす将造だが、右脚が折れているため踏ん張りが効かない。

 

ズルズル……

 

「あら?あらららら~~~!!」

 

それ故に遂に瓦礫の上からバランスを崩し滑り落ちた。

 

「若!」

「将造!」

 

すぐに三太郎となよ子が駆け寄り、将造を抱き起こす。流石の将造も自分の力だけでは、もう起き上がれないほど傷付き披露困憊していた。

 

「ぶち殺す奴らは、どこじゃ?立たせろ。俺がカタをつけちゃる。」

 

「若、無茶だ!手足が明後日の方向に曲がってる!」

 

「アホンダラ!わしが死ぬまで喧嘩は終わらんのじゃ!」

 

ガラガラガラ!!!

 

将造が叫んだ瞬間、その声に呼ばれるかのようにまた瓦礫の下から、何かが出現し始めた。その何かを見て三太郎の顔が青ざめる。

 

「あ、あれは多脚戦車『キャンサー』?!倉脇の野郎…あんなものまで!」

 

キャンサーとは、最新の戦闘用AIにより高度な戦術支援を目的とした蟹に似た多脚戦車の俗称、いかなる状況にも対応できるという触れ込みで、主砲の二門と12.7mm重機関銃、7.62mm機関銃を搭載している。

瓦礫を押し退けて全身を表したキャンサーは、その自慢の多脚を使って将造に迫り来る。

 

ズドン!ズドン!

 

キィン!キィン!

 

キャンサーは、迎撃する将造のコルトパイソンの弾丸を楽に跳ね返した。

 

「ぐそっ!」

 

 

 

バキィィン!!!

 

「刀が?!」

 

一方、果敢に戦う達郎は、犬型ドローンに最後の武器である忍者刀が噛み砕かれてしまう。

 

「ハアッ!ハアッ! もう体が……」

 

既に体力と対魔粒子を使い果たし、気力だけで戦っていた達郎は、忍者刀を破壊されたのを切っ掛けに遂に限界を迎え膝をついた。

 

「達郎っ?!くそっ!こっちも弾がもうねぇ!」

 

拓三が、膝を着く達郎を見て叫ぶが、こちらも他の組員達と同じく体力、気力、そして弾数が限界だった。

 

左腕、右脚が重傷でなよ子に抱き抱えられる将造。体力、気力、対魔粒子が尽き、倒れる寸前の達郎。弾丸が尽き、直接、銃で殴って戦う三太郎、拓三、他の組員達。

 

そんな満身創痍の岩鬼組に止めを刺すべく、申し合わせたかのようにキャンサーと天地すべてのドローンが、一気に襲いかかる。

 

「うぉぉぉぉっっ!!わしは極道兵器やぞぉぉっっーー!!!!!!」

 

将造は、なよ子を背中に移動させ、残った左足で奮い立つ。そして、雄叫びを挙げながら、弾数少ないコルトパイソンを迫り来るキャンサーに向けて、特攻しようとした。

 

その時である。

 

ザシュ!!

 

数多くの瓦礫からできる影から、唐突に黒い刃が生え、襲いかかる地上のドローンを刺し貫いた。

 

ズズズズズ……

 

さらにキャンサーの脚に地面から自然界では、あり得ない勢いで成長する植物が絡み付く。キャンサーは、脚を取られているのにも関わらず、その場で7.62mm機関銃を組員達に向けて発射しようとする。しかし、

 

ギュルルルル…ドガァッッ!!

 

明らかに投てき不可能なサイズの大斧が、地面すれすれを滑空し、キャンサーに深く突き刺さった。大穴を開けられたキャンサーは、煙を吹き上げながら、すべての機能が停止した。

 

「な、なんじゃ?これは?」

 

呆気に取られる将造達に対して、達郎は、喜びに溢れた顔になる。

 

「こ、これはまさか?!」

 

そして、キャンサーが行動停止したのを皮切りに何処からともなく様々な武器を持つ薄いスーツを着た集団が、無数のドローン軍団に襲いかかった。

 

その集団の中で長い髪を後ろに括った女性『八津紫』が、キャンサーに刺さった大斧を抜きながら、他の者に命令を下す。

 

「相手はドローンだ!雷遁系の者をサポートする陣で行けっ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 

ある者は炎を放ち、ある者は電撃を走らせ、またある者は風の刃を投げ、無数にいたドローンが、次々と撃ち取られていく。

 

彼らは対魔忍。千年以上前から魔界の者から日本を守り、忍術という物理を越える現象を操る戦闘集団である。

 

「良かった、皆来てくれ…たんだ…うぁ…」

 

仲間の対魔忍達の活躍を見て安心した達郎は、遂に気絶し、地面に倒れかける。しかし、その体を癖毛のオレンジ髪の女性『井河さくら』と金髪のメガネをしている女性『高坂静流』が支えた。

 

「勝手に一人で飛び出したことは、後でお説教だけど、二人を守って良くここまで頑張ったね。ヨシヨシ♪」

 

「ごめんなさい…私と違って、貴方は、このビルに一人で立ち向かったのね。私もビルに向かえば、こんなに傷付かなくて済んだかもしれないのに…だから…」

 

ブブブブブブブブ……!!!

 

達郎をゆきかぜの隣にゆっくりと横たわらせた瞬間、二人に二匹の蜂形ドローンが襲いかかる。しかし、

 

グサッ!

バシィッ!

 

さくらは影から出した刃で、静流は植物の鞭で蜂形ドローンを一瞬で破壊した。そして、二人は、気絶している三人を背にして宣言する。

 

「「今度は、先生らしく私達が貴方達を守る!」」

 

 

一方、岩鬼組の面々は、いきなり現れた武装集団に唖然としていた。その中で三太郎が、将造に問う。

 

「わ、若、こいつらは一体?」

 

「わからんが、此方を襲う気は無いようじゃ。達郎が、時々言うとった大麻人?というやつか…ん?!」

 

唖然とする他の者と違い、将造が鋭い目付きで集団を観察しながら答えた時、その目に一台の高級車が、凄いスピードでこちらに近づいて来るのが見えた。

 

『!』

 

すると戦っていた円盤形ドローンのほとんどが、その高級車に向かっていく。どうやら円盤形ドローンは、素早く動く物を優先して襲うらしく、このままではあの車は、機関銃で蜂の巣もしくは、自爆で破壊されるだろう。

 

高級車は、円盤形ドローンの動きを察知したのか、その場で停止し、後部座席から一人の女性が下りてきた。その女性は、長く黒い髪を短く後に纏めて、政治家の秘書のようなキッチリとした服を着ており、何より氷のようなクールさを秘めた、圧倒的な美貌を誇っていた。

 

そして、女の動きを察知した円盤形ドローンは、狙いを更に車からその女に変え、一気に襲いかかった。

 

一連の様子を見ていた将造は、普段なら大声で逃げろとその女に叫んだだろう。しかし、女の落ち着き具合、隙がない目付き、そして、自分と同じく、何度も修羅場を潜ってきたオーラに気付き、何も叫べずにいた。

 

(何もんじゃ。あの女?あんな鋭い目付き、軍の中でも見たこたねぇ!)

 

将造達が注目する中、女はいきなり自らの服を掴み、一瞬で空へ脱ぎ捨てた。普通なら、下着姿になるところだが、女は、服の下から、他の対魔忍と同じく体の凹凸がくっきりと出る紫のスーツを着ており、さらに髪が下ろされて、右手に日本刀を握っていた。そして、襲いかかる円盤形ドローンに向かって叫ぶ。

 

「殺陣華!」

 

その瞬間、女の体から、何十体もの分身体が、一瞬で放たれ、円盤形ドローンに向かって行く。

 

ドガッ!ドカッ!ドガッ!ドガァァァ!

 

何十という円盤形ドローンは、女の分身体の攻撃により、すべて撃墜された。放たれた分身体は、すぐに消え、すべての円盤形ドローンの撃墜を確認した女は、油断を微塵も感じさせない顔で高級車の方に戻って行った。

 

「若、わしら知らず知らずのうちにポンを打ち込まれたんですかね?」

 

三太郎が、先程の女の戦闘を見て呟いた。

 

「わからんが、奴さん。わしらに何か用があるようじゃぞ?」

 

車の元に戻った女は、逆の後部座席から、一人の見るからに威厳がある壮年の男性を連れて、将造の元に向かって来た。

 

将造は、敵か味方か、まだ判らない集団に油断せず、傷だらけの体で身構える。

 

やがて、目の前に立った二人に将造は、殺気すら含む目線で、問いかけた。

 

「何者だ?てめーら?」

 

普通の人間なら、震えが止まらなくなる将造の殺気を、少しも臆せず二人は受け止めた。そして、壮年の男性が先に口を開く。

 

「私は『山本信繁』。内務省公共安全庁調査第三部、通称『セクションスリー』の部長をしている。噂に違わぬ暴れっぷりだな、岩鬼将造。事後処理に頭が痛くなる。」

 

山本という男が、顔をしかめながら言った。

 

将造は、次に先程、不可思議な術で円盤型ドローンを全て破壊した女を睨む。

 

「私は、この武器を持った集団、対魔忍の長『井河アサギ』。これから、貴方達に地獄を見せるかもしれない女よ…」

 

アサギと名乗る女は、落ち着いた冷たい声で将造達に宣言した。

 

 

 

 

そんな将造とアサギの邂逅を、達郎達が助かり、すっかり機嫌が良くなったアスカが観察していた。双眼鏡を覗いているアスカに仮面の女が声をかける。

 

「アサギは、あの狂人をどう料理するのかしらね。もう少し観察したいけど、ここを離れましょう、アスカ。アサギまで出て来たら、ここにいる私達も気付かれる可能性がある。思いがけない手助けも出来たことだしね。」

 

二人の周りには、壊れた円盤形ドローンが幾つも転がっていた。

 

「解りました、所長。アサギさん…また、いつか会いましょう。里に戻るときは、ブラックの首を手土産にします。」

 

二人は、そこから音もなく消えた。




やっと、もう一人の主人公を出せました。
アサギ3の小説版は、殺陣華と光陣華の合体技が出るので、いつかそれも出したいです。

次は、私が一番好きな将造の改造回。


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第三章 極道兵器・誕生!
Weapon 6 極道兵器・誕生!


ノマドの要塞ビルが二度目の爆発を迎えていた頃、八津紫率いる対魔忍達とは別ルートで、要塞ビルに向かう高級車があった。

 

高級車の中には運転手の他、後部座席に二人の男女が乗っていた。一人は一目で多大な経験を積んできたと解る深い顔をしている、髭を生やした壮年の男性。もう一人は、長い髪を後に短く纏めている、匂い立つような色気とクールな美しさが両立した圧倒的な美貌を誇る三十代前半の女性。

 

男性の名は、山本信繁。対魔忍が所属する内務省公共安全調査第三部、『通称セクションスリー』の部長。山本自身は対魔忍ではないが、政府のトップとして知略と政治力を駆使し、対魔忍をサポートしている。

 

女性の名は、井河アサギ。天才的な剣術と体術、そして異能の忍法で最強と称される対魔忍。十数年前に結婚を機に対魔忍を引退しようとしていたが、婚約者を殺され戦いに復帰。現在は五車町にある対魔忍を育成する学園で、校長を務めて後進の指導に当たっている。だが、最強と謳われた実力は、少しも衰えていない。山本とは十年来の仕事の付き合いである。

 

二人は厳しい顔で一言も喋らず、なにかの書類に目を通していた。

 

数分後、山本が先に口を開く。

 

「迷惑な男が日本に帰って来たものだな。帰国したその日に、あのノマドの要塞ビルにテロ行為を行うとは…。幸運にもこの男のおかげで捕らえられた対魔忍の行方が解ったとはいえ、日本政府と対魔忍は、この男とは一切関係がないことを米連に伝えよう。実際に関係がないからな。」

 

二人が読んでいたのは、山本がわずかな時間で調べた将造の性格、犯罪履歴、戦闘記録等が記載されている書類であった。

 

アサギは、視線を書類から山本に移し、厳しい表情のまま答える。

 

「部長の言うとおり、日本政府と対魔忍は、この男、岩鬼将造とは一切関係がないわ。普通なら警察の出番でしょうね。」

 

しかし、アサギは厳しい表情から何かを決意した表情に変えた。

 

「けれど部長。この男は利用できるんじゃないかしら?私達は、今までオーク族の強い者には従う性質を利用して、多少の商売に目を瞑り、裏の情報提供をさせて来た。」

 

オークと言う単語を自ら口に出した瞬間、アサギの目付きが鋭くなる。

 

「けれど、今回の事件で大切な対魔忍の二人が、ゾクトの裏切りで、リーアルに捕らえられたことが解った!強い者に従順ということは、私達が劣勢に陥り、本当に情報が必要な時には、敵に容易く寝返るということ!ドグルを初めとするオーク族は、もう信用ならない!…故に新たなる裏に通じる者…いえ、それ以上の者が必要だわ。」

 

ドグルとは、将造に盾として使われたゾクトとはまた違う、対魔忍に情報提供をしているオーク族の一人である。アサギから情報提供の見返りに多少の闇の商売を許されていたが、最近では厳重に禁止していたはずの奴隷売買に積極的に手を出しているらしい。

 

「岩鬼をどうするつもりだ?」

 

山本は、訝しげにアサギを見る。

 

「岩鬼将造の経歴や性格がこの書類通りなら、敵に対しては恐ろしい程残酷だけど、仲間を裏切ったり、強い者に媚びへつらうことはないと思うわ。情報では、父親を殺された復讐と許嫁の救助のためにビルを襲撃、爆破をしたということらしい。元傭兵ならノマドは、軍事産業を中心とした巨大企業で、裏の顔も少なからず承知のはず。」

 

アサギの言うとおり、ノマドはどの地域の支社でも、警備が軍隊並みに厳重であることが知られている。故に毎年、無謀にも侵入した泥棒やスパイが、死亡するニュースが流れている。その中でも倉脇のビルは、特に厳重だった。

 

「だが、岩鬼は日本に帰国したばかりだぞ?後ろ楯もない鉄砲玉みたいなやつだ。」

 

「岩鬼は、西日本極道連盟会長の息子よ。配下を集めるために、そのコネを絶対に使うはず。それを私達が、少し後押しすればいい。東の極道のトップに立つ予定だった倉脇は、今回で失脚する可能性が高い。これは逆に東の極道を従わせるチャンスだわ。それを足掛かりにして、いずれはセンザキ、ヨミハラや東京キングダムをこの岩鬼に支配させる。矢崎とリーアルもいなくなることだしね。」

 

「なるほど、いつ裏切るか判らない裏の者と手を結ぶのではなく、こちらから立てた者に裏世界を支配させるのか。この日本の裏は、ノマドと中華連合に支配されているに等しい。岩鬼は性格上それを嫌うはず…。しかし、問題が有りすぎる。まず、大人しく我々と手を簡単に組むのか?何の力もない人間が裏の世界を支配できるか?そんな事がバレれば、ノマドのイングリッドや朧、海座が黙ってないだろう。何よりこの話は、すべて将造が生き残っていた場合に基づく話だぞ。」

 

「そうね。確かに死んでいる可能性の方が高いけど、もし生きていれば、今回のことで少なからず怪我を負うはず、それを・・・・・すれば、私達の話くらいは聞いてくれる枷となるでしょう。救済の皮を被った人権を無視する行為だから、最初は絶対に怒って暴れると思うけど」

 

「当たり前だ!勝手にそんなことをされて、怒らん奴は、絶対にこの世にいない!だが…わかった。一応、急いで準備しておこう。」

 

「そうして頂戴。」

 

山本が了承すると先程から、厳しい顔をしていたアサギは、少し表情を和らげ笑みを浮かべた。

 

その笑みを見た山本は、厳しい顔を崩さずに再度アサギに問う。

 

「アサギ、これを言ったら、君は怒るかもしれないが、許嫁を命をかけて救い出そうとする岩鬼と十数年前の自分を重ねてはいないだろうな?確かに境遇は似ているが、所詮、奴は只のチンピラだ。それを忘れないように。」

 

過去を抉るような問いにも関わらず、アサギは、笑みを浮かべたま答える。

 

「同情していたら、二人をロシアにでも高跳びさせるわ。私は、むしろ彼らに死ぬより酷いことをするのよ。それに今回の最優先事項は、捕らわれた対魔忍を救うこと。岩鬼の件は、そのおまけでしかないわ。」

 

「……考えたらそうだな。疑って済まない。」

 

そう言いながら山本は、アサギに少し頭を下げた。

 

「……」

 

アサギは、山本の謝罪を受け取った後、目を背けるようにずっと車外を見ていた。

 

 

 

すべてのドローンを殲滅した後、重傷だった将造含めた組員達は、早急に政府のVIPが通う病院に運びこまれた。

 

ゆきかぜと凛子は、魔界の色々な媚薬や改造薬を打ち込まれていた為、普通の医者ではなく、魔界の知識に長けた魔界医に診せなければならなかった。故に気絶をしていたが、急を要しない軽傷の達郎と共に、八津九朗、高坂静流と他の対魔忍を護衛に付け、対魔忍の本拠地である五車町に戻っていった。

 

拓三、三太郎は、軽傷だったため治療もすぐに終わり、着替えたなよ子と共に病院の待合室で、将造の手術が終わるのを待っていた。しかし、次々と他の組員達の手術が終了する報告を受ける中、肝心の将造の手術だけは、中々終わらず、遂に岩鬼組で最後の一人となっていた。

 

「うう、おせぇな!いったい何時間かかるんだよ~!!もう、五、六時間は経つぜ。」

 

病院の待合室で煙草を吸いながら、三太郎がイライラした声で呟く。窓を見れば、病院に運び込まれた時と違い、深い暗闇が広がっている。

 

「もう、ここまで来たらジタバタしたって仕方ねぇよ。」

 

イラつく三太郎に対して拓三は、落ち着いていた声で答える。しかし、いつもの笑みは鳴りを潜めて、緊張した面持ちだ。拓三も内心では、不安に押し潰されそうであり、もう山となった灰皿にさらに短くなった煙草を強く押し付けた。

 

「若の…手と足の骨は…グチャグチャだ。元通りになるのは…」

 

「お、おい!」

 

拓三の不吉な物言いに三太郎が青筋を立てる。

 

「将造…」

 

なよ子は、二人を諌めもせず、祈るように目を瞑っていた。

 

 

 

また一時間が経過した時、イライラと不安が遂に頂点に達した三太郎は、我慢できずに椅子から勢い良く立ち上がり、待合室の扉に向かって歩き始めた。

 

「くそっ!もう我慢できん!わしは、直接手術室の前で待つ。姐さんは、拓三とここに居て下さい!」

 

「ま、待つんだよ!三太郎!」

 

なよ子の止める声も聞かずに、勢い良く廊下に飛び出す三太郎。待合室の扉を締め周りを見渡すと、廊下には非常灯しか光がなく、ほぼ暗闇に包まれていた。

 

「くそ、真っ暗じゃ。手術室はどこ…」

 

「モヒカンさん、どこに行くの?」

 

「え?!」

 

いきなり背後の暗闇から声をかけられ、三太郎はビクリと背筋を震わす。三太郎が恐る恐る振り向くと、いつの間にか背後に少し笑みを浮かべ、可愛らしく小首を傾げた井河サクラが立っていた。

 

(嘘じゃ、いくら暗闇とはいえ…人がこんなに近くにいるのに気付かんなんて…ゲリラでも、こんなに上手く気配を隠せん…。)

 

三太郎は、サクラの問いに答えられぬ程驚いていた。月光も差さない闇に隠れたゲリラとも戦ったことがある三太郎が、背後とはいえ、廊下の薄暗闇のサクラの気配に気付けなかったからだ。

 

「アサギお姉ちゃんと山本部長にここで待っとくように言われたんでしょ?トイレなら、待合室に付いてた筈だよ?」

 

三太郎の心中を知らずか、サクラは明るい声で問いかける。

 

「う、うるさいわい!わしは、若のところに行くんじゃ!」

 

サクラに構わず、三太郎は廊下の奥に進もうとする。その時、暗い廊下にサクラとは違う女性の声が響いた。

 

「何をしている!そこの部屋で待っているよう言われただろう!」

 

廊下の奥から怒り顔の八津紫が、こちらにやって来た。

 

「三太郎、どうしたんだい?!」

 

紫の声に待合室から、なよ子と拓三も廊下に出てくる。

 

「こいつらが、若の所に行かさんのじゃ。」

 

三太郎が対魔忍の二人を指差すが、紫は三人に毅然と答える。

 

「違う。岩鬼将造の手術は、まだ終わっていないだけだ。貴方達に手伝えることは何もない。だから止めている。」

 

「それでも、もうこんな部屋で待つのは限界じゃ!」

 

「そうだ、俺も若の所に行くぜ!」

 

三太郎の考えに遂に拓三も賛同し、二人は紫の横を走り抜けようとする。

 

しかし、

 

「二人とも、待て…」

 

紫は、自分の左右をそれぞれ通り抜けようとする二人の腕を素早く掴んだ。

 

「このまま、引きずってでも行かせて…え"?!」

 

「悪いが、若の恩人を傷つけたかねぇ!大人しく離してもら…なに?!」

 

三太郎と拓三は、驚きの目で紫を見た。二人は、紫を引き摺ってでも進もうとしていたのだが、自分より体重が軽そうな紫が、まるで巨大な岩のように動かない。

 

「「うぐぐぐぐぅぅぅっ…」」

 

二人は、次に傭兵だった頃の力を使い、思い切り腕を引っ張るが、それでも動かない。さらにそのまま、紫の指が万力の如く二人の腕を締め上げ始めた。

 

ミシミシミシミシ……!

 

「イタタタタ!こ、この女、なんちゅう力…まるでゴリラじゃ!」

 

「わ、わかったから、このオラウータン並の力を離してくれ!」

 

「誰がキングコングだっ!貴様らぁ!」

 

紫は、額に青筋を立てさらに力を入れる。

 

「「そんなこと言ってな…痛ダダダダッッ…!!!!!」」

 

「ちょっと、ムッちゃん!ゴリラとオラウータンって言ったんだよっ!」

 

「ほとんど一緒だろうがっ!!」

 

締め上げられた二人は、遂に白旗を挙げ床に腰を着いた。紫は、サクラになだめられ、もう二人が勝手に動かないのを確信すると締め上げている手をやっと離す。

 

「大丈夫?私達は、ノマドみたいな敵じゃない。傷付いた貴方達を護衛にするためにいるんだから。」

 

サクラが、笑顔で二人に手を差し伸べる。すると拓三だけは、その手に助けられながら立つもののサクラに疑問を投げ掛けた。

 

「あんたらが、俺達を守ってくれているのは何となくわかる。けれど、どうして俺達みたいなチンピラにこれだけ良くしてくれるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

サクラが言い淀んだその時、新しい人物が廊下の奥から現れた。

 

「そこからの話は、岩鬼将造が揃ってからよ。」

 

「あ、あんたはあの時の?!」

 

なよ子が驚きの声をあげる。

 

そこには、複数の円盤形ドローンを不可思議な技で破壊した、井河アサギが立っていた。

 

「安心して、彼は今、麻酔で眠ってる。暴れるものだから、通常の二倍の薬を打ったらしいわ。」

 

「それで将造の手足は、どうなったんですか?」

 

なよ子がすがるような目で、アサギに問う。

 

「あれだけの大怪我よ。すべて元通りとは、いかないわ。あとは……」

 

アサギが、将造の手術のことをしゃべろうとした時、ふと窓の外に目を向けると駐車場に複数の車が止まっているのが見えた。

 

「紫…あの車は?」

 

「あの車は、今回の特殊な手術故に外部から呼んだ医者達の迎えの車です。乗っているのは、山本部長の信頼足る人物のはずですが?」

 

「おかしい…医者の数と比べて、車の台数が多すぎる。嫌な予感がする。私は、また岩鬼の護衛に戻…?!」

 

ズドォォォン!!!

 

心配するアサギの声を遮るような銃撃音が、病院に鳴り響いた。

 

 

 

 

長い時間、アサギは、地下で行われていた将造の手術の護衛をしていた。やがて手術が終わり、手術室から出てくる医者から、手術が成功したことを聞くとすぐになよ子達の元へ向かった。

 

しかし…アサギが、手術室を離れてすぐに地下である動きがあった。一階から降りてきた一人の女看護士が、待機所で休んでいた手術に携わった医者や他の看護士をメス一本で、すべて殺害したのだ。その手際は、アサギに不審な物音を聞こえさせない程、洗練されていた。

 

医者達をわずかな時間で殺し終えた女は、すぐに地上の迎えの車から、医者の格好をしているが、武器を持っている鋭い目付きした大量の男達を伴って、将造の元へと向かった。

 

(まさか、私が10年も前からこの病院でチャンスをうかがっていたことは、公務省の山本も気付いてはいまい。今はあのアサギ、サクラ、紫という対魔忍のトップ達がいるまたとない機会…今すぐ手術室に爆弾を仕掛けて、容態を確かめるため入室した三人を爆破する。例え、軽傷で済んだとしても、満身創痍のところを私達で止めを刺してやる…けれど、こんなに医者を呼んで、どんな手術をしたのかしら?)

 

女は、ノマドの刺客達を連れて、将造が寝かされている手術室に入る。中には、体にシーツを掛けられ、酸素マスクを付けられた将造が寝ていた。

 

「ふん…よくもノマドの東京支部を破壊してくれたな。爆弾で殺してもいいが、お前は私が喉をかっ切って殺してやる…」

 

ジャキッ!

 

刺客の男の一人が、右手の甲から鋭い針を出現させ、寝ている将造の頸動脈目掛けて、容赦なく突き刺そうとしたその時…

 

カッ!ギロリ!

 

将造の目がいきなり開き、殺そうとする男を捉えた。

 

「信じられない!話では、二倍の全身麻酔で眠らせたはず!」

 

将造の覚醒に女は心底驚く。しかし、男の方は、驚きながらも左手で、将造の口を押さえ込んだ。

 

「うぐっ?!」

 

「まさか、殺気だけで麻酔から目覚めるとは驚いた!だが、もう遅い!これが貴様の見納めの景色だ!死ねぇぇッッ!」

 

男の針が、再度将造の頸動脈を貫こうとした瞬間…

 

ズガガガガ!!!

 

「がはっ?!」

 

将造の左側のシーツから、突き破り出た何かに、男は派手な音を響かせ、壁まで吹き飛ばされた。

 

「「「「な、なにい!」」」」

 

他の刺客達は、驚愕しながら将造のシーツから出た何かに注目する。

 

シーツから飛び出ていたのは、直径が厚いマシンガンの銃身だった。将造が、マシンガンを左手に持って撃ったのではない。マシンガンは、将造の肘の先から前腕の代わりに生えていた。

 

「うわぁ!な、なんじゃ?!」

 

撃った本人である将造も滅多に見せない驚きと焦りの表情で、まだ煙が出ている左腕の銃を見ている。

 

刺客達と将造が、お互いに呆気に取られ、一瞬の沈黙がその場を支配した。

 

「……くそ!」

 

その中で先に口火を切るように女が、小銃を将造に向ける。しかし…

 

ドガガガガガ!!!!

 

「がぁっ?!」

 

将造は、素早くマシンガンの弾丸で女を吹き飛ばした。そして、さらに襲いかかろうとする他の刺客達にも弾丸を浴びせる。

 

ズガガガガガガガガ!!!!!

 

「ぐぁっ?!」

「ぎゃっ!?」

「がはっ?!」

 

刺客達を次々と壁や扉、ガラスへと吹き飛ばす。しかし、人を殺すことに快楽を感じる将造のいつもの笑い声が聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは、泣き声であった。

 

「いでぇー?!いでーよぉっ?!」

 

何故なら、弾丸を撃つ度に将造でも、経験したことのない痛みが、銃と腕の接合部から襲いかかっていたからだ。 その激痛は、傭兵生活で痛みに慣れている筈の将造でも涙と鼻水を垂らし、泣き喚く程であった。

 

やがて、将造はすべての刺客を吹き飛ばし、息が整う時間ができると、段々気持ちが落ち着いてきた。

 

「こいつはいったい、なんの冗談なんだ!?うあ~たた……誰か、いねえのか!?」

 

痛みのあまりベッドから落ちて、泣きながら手術室を見渡すが、周りにいるのは倒れている刺客のみで、他には誰もいない。

 

「しょうがねぇ、まずはここを出るとす…?!」

 

ギギギギ…

 

将造が、手術室を出るため立ち上がろうとしたその時、撃ち殺したはずの女看護士が動き出した。それだけではない、女の顔下半分が変形し始め、鮫も真っ青の鋭く細い歯になり、顎も巨大になっていく。

 

ガチャ…ギギギ…ガガガガガガ……

 

さらに女の変形に注目していた将造の耳に奇妙な機械音が聞こえ始める。周りを見渡すと、手や足が吹き飛び死んだと思われた刺客達も、女と同じくゆっくりと動き始めていた。さらに彼らの体を良く見ると傷付いた肌の下から、金属が露出している。

 

この者達は、体の殆どが機械化された、ノマドのサイボーグ兵士である。頭を撃ち抜くか、体をバラバラに破壊しない限り、戦闘を続行することができるのだ。

 

「な、なんじゃ、こいつらは?!」

 

将造は、再度弾丸を浴びせようとするが、

 

ガチッ!ガチッ!

 

「ふぁは?!」

 

弾切れである。

 

女は焦る将造の顔を見て、裂けた口でニタリと笑うと、治療して包帯が巻いている右足に歯を立てた。

 

「うわぁ!」

 

ビリビリビリビリ!

 

右膝のギプスと包帯が食い破られ、将造は悲鳴を上げる。女は悲鳴に構うことなく、将造の焦る顔を見ながらさらに膝に食らいついた。

 

ガキィッ!

 

「?!」

 

歯に固い感触が走る。歯先から異常を感じた女は視線を顔から膝に移すと、将造の右膝は上下に別れ、さらに上腿下面と下腿上面には鉄の穴があった。

 

「な……?!」

 

左手の銃のように、変わってしまった右足を見た将造が、驚きのあまり言葉を失った瞬間…

 

シュゴッ!

 

鉄の穴から小型のミサイルが、勢い良く発射された。その穴は、ミサイルの発射口であった。

 

ドゴォォォッッ!!!!!

 

銃撃でも平気であった女を含めた幾人の刺客達は、小型ミサイルを数発受け、悲鳴を上げる暇もなく爆散した。

 

「こ、こいつ!右足まで!退却だっ!」

 

手術室内の刺客達は、頑丈な体を持つ仲間が爆散するのを見て、我先に出口から逃げようとする。

 

「んぎぎぎぎっ!!」

 

それに気付いた将造は、涙や鼻水を撒き散らしながら、逃げる敵に右膝を向けた。

 

「「「「や、止めろォォ!!!」」」」

 

ズドォォォン!!!

 

逃亡しようとした刺客達は、再度発射された将造のミサイルで残らず爆散した。

 

「うがぁぁぁッッッ!」

 

手術室内の敵をすべて殺した将造は、左手と同じく右足の痛みに床をのたうち回った。しかし、手術室の外から怒声と足音が近づいてくる。将造は、痛みに耐えながら這うように手術室内にある小部屋に隠れた。

 

「くそ!一端、この部屋に避難…て、なんじゃ?!この部屋は?!」

 

将造は驚愕した。小部屋には、そこら中に火炎放射、ショットガン、バズーカといった武器が置いてある。しかし、注目すべきは種類の豊富さではない。その武器がすべて、少し特殊な形をしていた点だった。

 

「ま、まさか?」

 

将造は、自分の左腕の銃とその部屋に置いてある複数の武器を交互に見た。

 

 

 

 

一方、爆音を聞いたアサギ達は、急いで地下の手術室に向かっていた。しかし、地下に降りてすぐの廊下で他のサイボーグ兵士の銃撃により、曲がり角で足止めをくらっていた。

 

ダダダダダダダダダ!!!!!!

 

一騎当千であるアサギ達でも、狭く長い廊下で時間を置かずに銃撃してくるサイボーグ達に対しては、倒されないにしろ、一気には進めない。

 

「てめぇら、邪魔じゃ!」

 

「チキショー!これじゃ、若のところに行けねぇよ…」

 

拓三達もアサギ達に着いてきたはいいが、銃を持っておらず、今はアサギ達に頼るしかない状態だ。

 

「いくらノマドでも、動きが早すぎるわ…多分、以前から、ここに入り込んでいたのね。」

 

アサギがイラついた声で呟き、隠し持っていた苦無を投げる。

 

ガキィ!

 

苦無が見事に敵の頭の眉間に刺さった。しかし、相手は一瞬仰け反るのみで、何事も無かったかのようにまた銃撃をしてくる。相手は将造を襲った者と同じサイボーグ兵士である。故に頭部も体と同じく皮膚の下は、分厚い装甲に覆われており、只の銃や人が投げる苦無ごときでは、絶対に貫けない。

 

「くそっ!」

 

「ここは私に任せて下さいっ!」

 

アサギの焦った顔を見て紫が、廊下の中央に踊り出た。頭を防御しながら、集中する弾丸を体に受ける。案の定、銃弾の集中放火により、紫の体は無残にも皮が裂け、肉が抉れ、骨が叩き折られ始めた。

 

(くそ、病院内では大斧は、目立つゆえに車内に置いてきたのは、間違いだった。)

 

紫の様子を見ている拓三達は、悲鳴を上げる。

 

「ぎゃあああ!あんた自殺する気かぁ?!」

 

「こんな狭い廊下じゃ、若でも特攻せんぞ?!」

 

「馬鹿っ!何もそこまで…」

 

拓三達が叫ぶように普通の人間なら、この銃弾の中で特攻するのは、自殺行為である。しかし、紫の忍法は、不死覚醒という超再生能力だ。マシンガンやショットガンの弾くらいなら、その身に何発受けようとすぐに再生し、弾丸も排出される。今回も自らが盾になり、その間にアサギとサクラが敵を始末するはずであった。

 

しかし…

 

「アサギ様、私が銃弾をすべて受けきるので、後は…」

 

タターーーン!!!

 

ドタッ!

 

カン高い二つの銃声が響くと同時に、紫の後頭部から脳漿が、腹部から腸が飛び出し、仰向けに地面に倒れた。

 

「紫っ?!」

 

「ムッちゃん?!」

 

アサギが、急いで壁から手を伸ばし、紫を回収する。その途中で敵を見据えると一番遠くの廊下の角にライフル銃を持った者達がいた。

 

「い、言わんこっちゃねぇっ!」

 

「くそ、まだ若ぇのに!」

 

拓三と三太郎が、撃たれた紫を見て苦い顔で呟く。

 

「こ、この人、死んだのかい…」

 

傭兵である拓三と三太郎と違い、まだ人の死を見慣れていないなよ子が、額と腹に穴開く紫を見て、震えながらアサギに問うた。

 

「いえ、多分大丈夫よ。」

 

「え、でも額に…」

 

アサギの平然とした答えになよ子が狼狽えるなか、紫の額の傷が段々と塞がり、飛び出している腸も腹に収まり、最後に目に光が戻った。そして、何事も無かったようにムクリと起き上がる。

 

「「「え?!」」」

 

呆気にとられているなよ子達を無視し、紫は、アサギに喋りかける。

 

「アサギ様、あいつら私達のことを対策して攻めて来ています。アサギ様の術が使い辛い、狭い廊下での戦い、私の頭部と心臓を同時に狙うライフル銃、さらに、電球を割ってサクラの影遁の術を使おうと耐久力の高いサイボーグは、一撃では死なずに、影から出た瞬間を狙って仲間ごと銃弾を浴びせるでしょう。」

 

「どうしたら…こうしてる間にも岩鬼将造は…」

 

アサギは、悔しそうに作戦を考えるが、いい案が浮かばない。

 

「 何を言っているのか解らんが、ヤバい状況らしいな…」

 

「ああ、俺達も銃さえあれば…」

 

窮地に陥った三太郎、拓三と対魔忍達は、誰にも口に出さないが、ある考えが頭の中でちらついていた。それは、こんな大勢の敵に襲撃されれば、いくら将造でも、無事では済まない。ましてや左腕と右足に大怪我を負ってさらに、全身麻酔をしている状態では…という考えである。

 

「生きていて…将造…」

 

なよ子も他の五人と同じ残酷な結論に至っていた。しかし、自分の許婿の無事を願わずにいられない。故にいつものように気丈に振る舞えず、一筋の涙を溢した。

 

「!」

 

アサギは、偶然にもなよ子の涙を見た瞬間、一瞬だけ複雑な表情になる。そして、数秒間だけ、何かを考えるかのように目を閉じた後、サクラと紫に思いきった命令を下した。

 

「サクラ、紫、私が光陣華を連続で使って敵を一掃する。もし、私が敵を残して力を使い果たしたら、サポートを頼む。」

 

その命令の無謀さに二人は、必死に抗議の声を上げる。

 

「お姉ちゃん無茶だよ!相手は、人間より頑丈なサイボーグなんだよ!」

 

「サクラの言うとおりです。それよりも、もう一回私が盾になり敵に突っ込めば。」

 

「いや、いくら紫が気を付けていても、あのライフルを含む銃撃の中では、頭と心臓を同時に撃ち抜かれる可能性があるわ。それに早く行かないと、岩鬼将造の生きている可能性がどんどん低くなる。」

 

アサギが、二人が止めるのも聞かずに術を展開しようと一歩踏み込んだその時…

 

ズガガガガガガガ!

 

「「ぎゃん!」」

 

一番遠くの廊下の曲がり角にいるライフルを持った敵が、いきなり吹き飛んだ。何事が起こったのかと廊下に展開している敵も、一時銃撃を止め後ろを振り返る。アサギ達も異常に気付き、壁から少し顔を出して廊下の奥を見た。

 

敵味方が注目するなか、曲がり角の向こうから、敵の悲鳴、新しい銃撃音そして、野太い泣き叫ぶ声が近づいてきた。

 

「ま、まさかあの声は…なあ、拓三?」

 

「ああ、三太郎…。けど、泣いてる?」

 

数秒後、廊下の曲がり角から、鳴き声の主が現れた。

 

「ちくしょう…こいつは、ものすごく…いて~~~ぞ!」

 

それは左手に巨大なガドリングガンを装着し、鼻水を垂らし泣きながら敵を睨んでいる将造だった。

 

「「「「うおぉ?!」」」」

 

廊下に展開しているサイボーグ達は、一斉に銃を向けるが、それよりも早く将造の弾丸が彼らを襲う。

 

ズガガガガガガガ!!!!!

 

「みんな壁に隠れて!」

 

アサギの声に五人が、壁に隠れる。

 

「うがが……ぎごがぎぐげご~~~!!!!」

 

将造は普段、拓三達に絶対に見せない涙と鼻水にまみれた顔で、痛みに耐えながら、敵を銃撃する。

 

弾丸が、数十センチ向こうの廊下を飛ぶ異常な状況下で、一人だけ冷静なアサギの声が、他の五人の耳に入ってきた。

 

「泣き叫ぶのも無理無いわ。手術したばかりの傷をハンマーで叩いているものだもの。死ぬ程痛いはずよ。」

 

「貴方…将造に何をしたのっ?」

 

なよ子が、驚愕の目でアサギを見る。

 

「ぎゃあ!」

「ぐげっ!」

「あがっ!」

 

やがて、後ろから急襲されたサイボーグ兵達は次々と撃ち殺され、遂に最後の一人となる。

 

「う、うわぁ?!た、助け、ぎゃあ!」

 

ズガガガガ……

 

将造は、強力なはずのサイボーグ兵士をわずかな時間ですべて倒してしまった。

 

敵の全滅を確認した拓三、三太郎、なよ子は、喜んで将造に急いで駆け寄るが、その変わり果てた姿に愕然とする。

 

「若、その体は?」

 

将造の左腕は、肘から先が巨大なガドリングガンに変わっており、右足は膝が上下に割れて、骨や肉ではなく、小型ミサイルの発射口が見える。

 

「貴方達、将造にどういう手術をしたんだい?!」

 

なよ子が、アサギに怒り顔で問い詰める。

 

アサギは、なよ子の刺すような雰囲気にたじろかず、毅然とした態度で四人に告げた。

 

「岩鬼将造の手足は、もう使い物にならなかったのよ。」

 

「だから、こんな身体にしちまったって言うのかい?!本人の断りもなく!」

 

「断ろうが関係ないわ…」

 

「そんな?!」

 

アサギは、なよ子達に声を張り上げて宣言する。

 

「極道なら命を張って生きているんでしょう?!手足の一本や二本でガタガタ言わないで!!!」

 

「てめぇ!」

 

「この女!」

 

三太郎と拓三も激昂する。

 

「こうするしかなかったのよ。」

 

その一言をアサギが、口から出した瞬間…

 

「うがぁ!!」

 

将造が、怒りを抑えきれないかのようにアサギにガドリングガンを突きつけた。

 

「ちょっと止めてっ!」

 

「貴様っ銃を下ろせ!」

 

サクラと紫は、忍者刀を将造に突きつける。

 

しかし、涙と鼻水まみれの将造は、それに怯まず、銃を突きつけたまま下ろさない。

 

鼻先に銃口を向けられていてるアサギも将造に怯まず、さらに言葉を続ける。

 

「貴方、すごいわね。普通の人間なら、あんな手術の後にこんなに暴れたら、死ぬ程の痛みでのたうち回るのに……」

 

「よ、よくも…こんな…」

 

 

 

 

 

将造が、アサギに銃を突きつけた同時刻、アメリカのノマド本社の最上階の部屋で、一人の男が秘書らしき女から報告を受けていた。

 

男の見た目は、40過ぎ辺り、体躯はスラッとした長身で銀髪のザンバラ髪に黒いビジネススーツを着ている。

 

女の方は、褐色の肌にピンク色のロングの美女で、大きく胸をはだけた黒いビジネススーツを着ている。

 

二人は見た目だけなら、只の人間と変わらない。しかし、二人とも対魔忍や魔界の住人が震えが止まらなくなるほどの、質も量も桁違いの圧倒的な妖気を放っていた。

 

男の名は、『エドウィン・ブラック』。米連を本拠地とする複業企業体ノマドの総帥。だが真の顔は、アサギ達と何度も戦いを繰り広げた強大な力を持つ吸血鬼で、数々の魔物達を従わせて魔界勢力の日本進出を図っている。

 

女の名は、『イングリッド』。ブラックの秘書兼護衛として側に使えており、ノマドの幹部の一人である。実力は、ノマド随一であり、魔界最強の代名詞である魔界騎士の称号を持つ。

 

ブラックは、ノマドの東京支部壊滅の報告をイングリッドから聞いていた。

 

「日本政府の発表では、ノマドに怨みを持つ者の自爆テロであり、犯人達はすでに爆発に巻き込まれ死亡している。身元を特定しようにも、崩落の影響により、死体は、著しく損傷し困難であるということです。しかし、調査によるとテロを引き起こした犯人は、まだ生きています。」

 

「ほう…その犯人のデータはあるか?」

 

イングリッドが、ブラックに岩鬼将造のプロフィールが記載してある書類を渡す。

 

「岩鬼は、捕らえていた許嫁と対魔忍を救うため、三十にも満たない人数でビルに突撃しました。そして、自らがビル内にいるのにも関わらず、二度の爆破を仕掛け、許嫁と対魔忍をすべて救い、尚且つ生還しています。」

 

ブラックは、イングリッドの報告を聞きながら、書類を読み、口角を半分つり上げて笑った。

 

「フフフ、あの東京支部は、本社と同じくらい警備が厳しいところだったのだが…対魔忍や魔界の住人でもない者が、ここまでやるとは驚きだ。例え、日本政府を脅しても、ビルの崩落の中で、生きている人間などいないと言われるのがオチだろう。実際に生きている者は、皆無なのだからな。」

 

「はい…ビル内のパーティーに参加していたノマドの者や我々が援助をしていた政府の者は、倉脇を除いて全員死亡。故に日本進出は、かなり遅れることとなります。」

 

「構わん、体の良いリストラだ。政府の者は、木っ端役人ばかりで、対魔忍どもに情報を漏らす可能性のあるやつばかりだ。生き残った倉脇の処遇は、朧に任せるとしよう。」

 

そして、笑みを浮かべながら、視線を書類からイングリッドに戻す。

 

「イングリッド、次に日本へ行けるのはいつだ?」

 

「…東京支部が崩壊したことで、他のノマドの支部に皺寄せが来ています。当分は、アメリカを離れることができないかと…」

 

笑顔だったブラックが、落胆した顔になり、肩をすくめて溜め息をつく。

 

「ふぅっ…ビジネスマンという仮面も辛いものだ。この岩鬼将造の始末は、私が行かずとも朧やフュルスト、海座が何とかするだろう。」

 

「そうですね。失礼ですが、ブラック様そろそろ、会議のお時間です。」

 

「そんな時間か…わかった。行こう…」

 

そう言って、ブラックは、岩鬼将造のプロフィールが書いてある書類をゴミ箱に捨て、イングリッドと共に部屋から出ていった。

 

ブラックは知らない。この時、岩鬼将造の評価を、人間としては、なかなかやるといったところで留めたことが、自らが滅びる第一歩となってしまったことを…

 

 

 

 

 

「よ、よくも…」

 

将造は、今にも弾丸を発射しそうな雰囲気だ。

 

「将造、やれ!やっちまえ!」

 

「若、そんな女、生かしとくこたない!」

 

「そうですよ!若!ぶっぱなしましょう!」

 

なよ子達は、将造を囃し立てる。

 

「お願い!銃を下ろして!私達は、敵じゃない!」

 

「止せっ!アサギ様を撃てば、貴様らを殺すぞ!!」

 

それに対して、サクラと紫は、将造に忍者刀を突き付け必死に将造を止める。

 

(やはり、こんな身体にして、怒らない奴はいないものね…ここで銃を撃つなら、無理矢理制圧し、拘束して落ち着かせてから話をするしかないわ。)

 

一瞬触発の雰囲気の中、遂にアサギが、隠している忍者刀を取り出そうとしたその時だった。ガドリングガンを突き付けている将造の憤怒の顔が、みるみる満面の笑顔に変わり、アサギ達が予想もしない言葉を吐いた。

 

「よくも…よくも…よくもこんな素晴らしい身体にしてくれたのう!最高じゃあっ!!」

 

「「「「「?!」」」」」

 

将造が放った言葉に三太郎、拓三、なよ子、サクラ、紫、そして先程まで冷静な顔をしていたアサギでさえも、呆気に取られた顔になる。

 

そんな五人の顔を気付いていないかのように将造は、興奮して喋り続ける。

 

「気に入ったぜ!この身体!わしにピッタシじゃあ!」

 

なよ子と三太郎は、満面の笑みで喋る将造に詰め寄った。

 

「何言ってるんだよ!将造!」

 

「若!頭も改造されちまったんですか?」

 

「バアタレ!そりゃまあ、最初に見たときはビックリしたぜ~~~へへへ…」

 

将造は、満足そうに銃となった左腕を撫でる。

 

「しかし、こいつの威力を見たじゃろう?こいつがあれば倉脇やあのフードの機械傭兵も一撃でぶち殺せるぜぇ!」

 

本心から喜んでいる将造を見て、改造を施した側である対魔忍の三人は、逆に複雑そうな顔になる。

 

「き、気に入ってくれて、良かったね…ムッちゃん…」

 

「そ、そうだな、サクラ。まさか私もこんなに喜んで貰えるとは思わなかった…」

 

「…ノマドを相手に戦うなら、これくらいでなくちゃ務まらないわ。自分の現状を早く受け入れ過ぎだけど…」

 

そして、興奮が最高潮に達した将造は、ガドリングガンを天井に向けて、発砲した。

 

「わしは史上最強の極道じゃあ~~!!!」

 

ズガガガガガガガ!!!!!

 

「止めろォォ!!!天井に発砲するなぁッ!!!」

「アダダダ……!!!」

「「若ぁ?!」」

「将造?!」

「あはははは……!!!」

 

紫の怒声が響き、将造が再度手術の痛みに泣き叫び、拓三、三太郎、なよ子の三人が狼狽え、サクラが大笑いをする。そんな騒がしい場で、アサギだけが遠い目をしていた。

 

(山本部長、私達が話した計画をこの男なら、やり遂げるかもしれないわ。けれど、また事後処理が増えたから宜しくね…)

 

 

 

 

同時刻、内務省でノマドのビル崩壊の後処理を徹夜でこなしていた山本に悪寒が走った。

 

(嫌な予感、いや、ものすごく面倒な事が起こった感じがする。)

 

数時間後、アサギから報告が入り、山本は頭を抱えることになる。

 

山本もブラックと同じくこの時は知らなかった。これから幾度となく、将造の起こした破天荒な事件で、数え切れない程自分の頭を抱えることになることを…




アサギ達の能力をどう攻略するか、考えていたら時間がかかってしまいました。



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Weapon 7 同盟発足!

サイボーグ兵士を辛くも撃退した将造達だが、追撃の手から免れる為、他の病院に移る必要があった。しかし、都内の病院に移るだけでは、再度襲撃される可能性がある。故に襲われる可能性の低い組員を除いた将造、拓三、三太郎、そしてなよ子だけが、対魔忍の本部である五車町にある病院に緊急ヘリで搬送された。

 

そして、すぐに個室の病室に入れられた将造だが、左腕と右足を改造された興奮がまだ冷めずに三太郎達と話し込んでいた。その様子は、数時間前に大手術をしたと思えないほどの元気さであった。しかし、注目すべきは、その元気さではない。数時間前、マシンガンだった左腕が、まるで怪我をする前の無傷の腕に戻っていることだろう。

 

コン…コン…コン…

 

そんな騒がしい病室にノックの音が響く。

 

「入っても大丈夫だよ。」

 

なよ子が、ノックに答えた。

 

ガチャリ!

 

「気に入ってくれたみたいね、岩鬼将造。」

 

アサギ、さくら、紫の三人が病室内に入ってきた。彼女達の顔は、もう敵に襲われない味方陣地にいる為か、落ち着いた表情の上に安心感が見える。

 

「おお、ぬしらか!今これのことを話しとったんじゃっ。」

 

そう将造が喋ると無傷の左腕が肘先から外れ、中からマシンガンが現れた。病院の騒動のすぐ後で、アサギから本当の腕と変わらない見た目や動きをする義手を渡されていたのだ。

 

「この腕を取り外せるところが、またたまらんのう!」

 

満面の笑みで、義手を何回も取り外しては嵌める将造の様子を見て、アサギはわずかに笑みを浮かべる。

 

「アンドロイドアームの方が良かったとか、ゴネられるんじゃないかと思ってだけど、気に入ってくれたようね?」

 

「女からの贈り物は、平手打ちや鉛玉以外じゃったら、わしは何でもOKじゃっ!」

 

「フフフ、そうなのね。」

 

将造とアサギの穏やかな会話により、少し室内の雰囲気が和やかになる。しかし、アサギが、その雰囲気を壊すような低い声で将造に宣言した。

 

「早速だけど岩鬼将造、私達はなんの目的も無く貴方の命を助け、手術を施したわけではないわ。」

 

突然のアサギの言葉に、なよ子達の顔が一瞬で厳しくなる。将造も口元に笑みを浮かべているが、目元は少しも笑っていない。

 

「まぁ、そうじゃろうな。しかし、ポンを売買しとる集団の言うことは、あまり聞けんぜ。ましてや、達郎みたいな若いもんを巻き込んどる奴は、特にな…」

 

「「「え?」」」

 

将造の言葉を聞いたアサギ達は、?マークが付いた顔になる。

 

「ムッちゃん?ポンって何?稲毛屋で売ってるポン菓子のこと?」

 

「いや多分だが、この男は勘違いしている。岩鬼将造…もしかして私達を大麻を売買している集団だと思っていたのか?」

 

「ん、違うんか?」

 

将造が、不思議そうな顔で紫に答えた。

 

「えーーー!私達、大麻なんてやってないよっ!まぁ無理矢理クスリを射たれたことは、数え切れない程あるけどゴニョゴニョ……」

 

さくらが抗議する中、アサギは呆れた顔で溜め息をつき、指先を額に付け首を振る。

 

「ハァッ~私達って、貴方達にそういう風に見られていたのね…。まぁ、対魔忍は、公にはなってないからしょうがないけど。」

 

「なんじゃ違うんか…じゃったら、はよ言わんかい!」

 

紫は、将造の勝手な態度に青筋を立てる。

 

「貴様ぁ、偉そうに…アサギ様?!」

 

怒り顔の紫が、将造に口を出そうとするが、アサギはそれを手で制す。

 

「それはそうと意外ね…てっきり極道だから、覚醒剤や大麻には寛容だと思っていたけど。」

 

「ポンはいかんのじゃ。ポンは…」

 

将造は、少し遠い目をしながら呟いた。

 

アサギは、そんな将造を不思議そうな顔で見るが、話を進める。

 

「誤解も解けたことだし、本題の前に少し私達のことを話しましょうか。対魔忍が、どういった存在なのかを。」

 

そして、真剣な顔でアサギは、将造達にゆっくりと対魔忍のことを語り始めた。

 

大まかに説明したのは三つ。この世には、魔界という人間世界とは違うもう一つの世界があること。魔界には、魔族という人間と同じ知的生命体がおり、時おりゲートという門から人間世界に来て、人間に危害を与えてきたこと。そして、対魔忍は千年も前から、その魔族から人間を守るため、戦い続けてきたことである。

 

三太郎、拓三、なよ子は、最初は訝しげな顔で聞いていたが、段々と驚きの顔に変わっていく。一方将造は、意外にも終始真剣な顔で一言も茶々を入れずに、アサギの説明を聞いていた。

 

「・・・・ということよ。にわかには信じがたいことだと思うけどね。」

 

アサギの説明が終わると同時に真っ先に口を開いたのは、三太郎だった。

 

「じゃあ、倉脇のビルで極道に混じって銃撃していた頭に角があったり、不細工な面だった奴は、その魔族ってやつだったのか。」

 

「あのビルにいたのは、オーク族と鬼族という魔族よ。その二つの種族は、裏の世界で傭兵業を営んでいる奴が多いのよ。」

 

「なぁーんだ。確かにあいつの顔、パーティーに出るお面にしたら、やけに精巧で不細工過ぎると思ったぜ。」

 

三太郎は、ゾクトのことを思い出して笑い始めるが、それに構わず次に拓三が口を開く。

 

「あんたの話を聞いて納得したぜ。どうりで初めてあった時から、素振りや歩き方が、軍で見たことないほど特徴的なわけだ。」

 

拓三の言葉を聞き、アサギが、興味深そうな顔をする。

 

「へぇ、どう特徴的なのかしら。私達は、隠密行動が主だから、一般人に紛れるのが得意なのに。これからの参考の為に聞きたいわ。」

 

「そうそう、まあこんな美人は、そこらにはいないからねぇ。歩き方や仕草にも出ちゃったかぁ。」

 

さくらのおちゃらけた台詞に反して、拓三は血生臭い言葉を放つ。

 

「どこがどう違うと言われてと困るんだが…とにかくあんたら三人とも、物凄い数の人を殺してるだろ?俺には、それが解る。特にアサギさん…あんたは、百人や二百人では済まないほどだ。もしかしたら、若以上に殺っているんじゃないか?」

 

拓三の言葉を聞いた紫とさくらは、驚きの顔になり、アサギは、少しだけ目を細め笑みを浮かべた。

 

「そうよ、私達は、あらゆる任務で人を何十人と殺してきた。けれど、勘違いしないでね。私達は元々は、魔族だけを相手にして、人間を相手にしているわけではなかったのよ。それが変わってしまったのは、ノマドの総帥『エドウィン・ブラック』が、魔界から現れてから…」

 

「ノマド…」

 

ノマドの単語が出て、将造の顔の真剣さがさらに増した。

 

アサギは、次にノマドについて話し始めた。ノマドとは、ここ二十年の間に急成長を遂げた米連の企業だが、その実態は、魔界から出現した吸血鬼『エドウィン・ブラック』が支配していること。ブラックは、人間界ではあり得なかった魔界の技術を餌にノマドを大きくさせ、遂に米連で政治に口出しをできるくらいの権力を持ってしまったこと。そして、その影響で他の闇の権力を持つ者達も魔界の技術を欲しがり、人間と魔族が協力して悪事を働くことが多くなってしまったことである。

 

「魔界の技術で作られた物は、昨日戦ったドローン、強化外骨格、キャンサー、そしてアンドロイドアームと数え切れないわ。」

 

「そうか、あの生物型のドローンは、軍でも見たこたないと思っとったが、そんな事情があったのか。あんたの言うことは、荒唐無稽過ぎるが、昨日のあれを見せられたらなぁ。まぁ、兎に角あんたらは、今まで魔界の者と手を組んで悪さするやつを殺してきたってことか。」

 

拓三は、感心しながら呟く。

 

そんな中、真剣にアサギの説明を聞いていた将造がやっと口を開いた。

 

「それでわし達、岩鬼組に裏の掃除を手伝って欲しいっちゅうことか…」

 

「そうね、まだ説明し足りないところはあるけど、おおよそは貴方の言うとおりよ。」

 

「アサギさんよぉ…」

 

将造が、鋭い眼光を放ちながら重くドスの聞いた声でアサギに宣言する。

 

「あんたが、政府のお偉いさん直属の秘密組織の長かもしれんがな…わしゃ極道じゃ、あんたらの手足じゃないんで。わしは、わしのやりたいようにやるんじゃ。」

 

アサギと将造の視線がぶつかると病室内の雰囲気が、ピリピリと張りつめ始め、二人以外は冷や汗をかく。

 

そんな張り詰めた空気雰の中、先に口を開いたのはアサギの方だった。

 

「貴方が悪党を何人殺そうと構わないわ。私達が、後ろから手を回して後始末してあげる。それにノマドに復讐するには、情報も必要でしょ?」

 

喋りながら、今度はアサギの目が鋭くなる。

 

「二十年前まで私たちは、魔族だけを相手にしていれば良かった。けれどエドウィン・ブラックが出現してから、世界はおかしくなってしまった。私達も只、魔族と人が仲良く研究室でフラスコ片手に実験しているのであれば、口出しも手出しもしない。しかし、現実はこの日本で数え切れないほどの残酷な人体実験が繰り返されている。魔界の技術はね、ほとんどが人体実験を得て作られているのよ。特にアンドロイドアームは、良い例ね。」

 

「本当か?それは?」

 

将造の額に青筋が浮かび始めた。

 

「本当よ。魔界の門は、何故か日本にしか開かない。故にブラックが出現してから日本では、魔族が関わった殺人、誘拐、強盗といった犯罪が右肩上がりで増えていて、その数倍は、闇に葬られている。なのにその犯罪の本拠地であるセンザキ、アミダハラ、そして東京キングダムは、政府ですら手が出せない。頼みの政治家でさえも、ノマドや中華連合に尻尾を振る始末よ。貴方がビルから蹴り落とした矢崎宗一は、その代表格ね。それに一般人だけじゃなく、私達三人もノマドや中華連合に言葉で説明できないほどの凌辱や人体実験を受けてきた。」

 

紫とさくらが、その話は本当だと言わんばかりに複雑そうな顔で目を伏せる。

 

「今も日本のどこかで何の罪もない人に対して、おぞましい人体実験や人身売買が行われている。私達は、ノマドに十年以上対抗してきたけど、日本政府が親米路線に切り替えてからは、表だった活動は出来なくなってきた。もし、米連と同じようにこの日本もノマドに屈したら、日本人はどうなるかわからない。だから…」

 

「ゆるさん…」

 

アサギの言葉を遮るように将造の怒りの言葉が病室に響いた。

 

「ゆるせねぇ!!俺の日本(シマ)でそんな勝手は許さねぇっ!!!」

 

「「若?!」」

 

三太郎と拓三が、驚きの声で問う。

 

「ああ、命令を聞く気はねぇが、ノマドっちゅうゴキブリを退治する手伝いはしてやってもええ!倉脇も生きとることじゃしな!ちなみに武器の支給は、してくれるんじゃろうな?」

 

将造は、怒った顔からいつもの不敵な笑みを浮かべる顔になる。

 

「そこは、山本部長に頼んで何とかするわ。」

 

「ヤッター!これから、よろしくね!」

 

「ふん。仲間になるなら、アサギ様への態度を改めることだな。」

 

サクラは喜びの声を揚げて、紫も不機嫌そうだが、安心した様子だ。

 

そこからは、ガラリと雰囲気が変わり、他愛もない雑談が始まった。内容は、今までどんな奴を殺してきたやどんな戦場で戦ってきたかという、一般人からしたら、殺伐とした物であったが…

 

そんな和気あいあいとした雰囲気の最中、拓三が不意にさくらに声をかける。

 

「そういえば、さくらちゃん?」

 

「おうおう拓三、もう下の名前呼びかよぉ?」

 

三太郎が、拓三を茶化す。

 

「うるせぇ三太郎!アサギさんとさくらちゃんは、姉妹だから下で呼んだ方が分かりやすいだろうが!」

 

ピンと張り積めた空気が無くなり、三太郎と拓三は、いつものおちゃらけた調子に戻り始めていた。それに元々アサギ達は、戦場で出会えないほどの美人なのだ。故に空気が弛緩した今、二人が鼻の下を伸ばすのも無理もない。

 

「私は、気にしないよぉ?拓三さんだよね。何か質問?ちなみに彼氏はいないよ♪」

 

「え、そうなの!いやいや、そうじゃなくて、俺が言いたいのは、結局『たいまにん』って字は、どう書くかってこと。魔族と戦うから、退ける魔の人って書くの?」

 

「ううん。よく勘違いされるけど、退ける『退』じゃなくて対決の『対』だよ。魔と対決する『忍者』で対魔忍って書くの。」

 

「忍者…じゃと?」

 

さくらの説明で出た『忍者』という単語に将造は、笑顔を止め真顔になった。

 

「ぬしらは、忍者なんか?」

 

真顔の将造の問いにアサギが不思議そうに答える。

 

「ええ、そうよ?マンガやアニメの忍者とは、大分違うから驚いた?」

 

「ああ、心底驚いたぜ。」

 

アサギの答えを聞いた瞬間、将造は、島田やゾクトを殺した時と同じく、殺意がこもった笑顔をアサギに向けた。

 

「?!」

 

一瞬で形相が変わったことに驚くアサギに将造は、再度質問をする。

 

「じゃあのう、鉤爪をした赤い女忍者って知っとるか?」

 

「なんですって…」

 

将造の『鉤爪をした赤い女忍者』という言葉を聞いた瞬間、今度はアサギが憤怒の表情になり、殺気を込めた視線で将造を見返した。

 

ピシッ…!

 

バサバサバサバサッ!

 

窓ガラスにヒビが入り、外の鳥達が一斉に飛びたった。

 

超一流同士の冗談ではない殺気のぶつけ合いである。病室内は、和やかな雰囲気から一転して、先程の張り積めた空気とは比べ物にならない程、危険さに満ちた空気になった。例えるなら、いつ爆発するかわからない大量のダイナマイトが目の前にあり、死と隣り合わせの雰囲気にアサギと将造以外の者達は陥っていた。

 

(若…何でアサギさんにこんな殺気を?!)

 

(お、お姉ちゃん…落ち着いて…)

 

(う、動けない!ア、アサギ様のこんな殺気は久しぶりだ。しかし、この岩鬼もそれと同じくらいの殺気を放つとは…)

 

一瞬即発の空気に三太郎達だけではなく、さくらや紫でさえ体を動かすどころか、声を出すことも出来ない。

 

将造の隠し持ったドスとアサギの忍者刀のどちらが先に煌めくか、予想がつかない状態になった時、先に行動を起こしたのはアサギだった。

 

しかし、将造に斬りかかったのではない。殺気を出す将造に対して、あろうことか眼を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしたのだ。

 

(落ち着きましょう。もし、将造が奴の仲間なら、ノマドのビルの爆破や私達にわざわざ質問もしないはず。こんなところで私に殺気を出すのは、あいつと敵対している証拠だわ。)

 

ゆっくりと眼を開けたアサギは、憤怒の顔から、また落ち着いた顔に戻り、未だに殺気を出す将造に口を開いた。

 

「ごめんなさい。一瞬だけど、鉤爪の女と貴方が仲間じゃないかと疑ってしまったわ。」

 

「……どうやらその言い方じゃと、ぬしらもその女の仲間じゃないらしいのぉ」

 

アサギの謝罪の言葉を聞いた将造の殺気も、段々と小さくなっていった。それと同時に金縛りにあったように動けなかった他の五人も、安堵の溜め息をついて動き出す。

 

「普通だったら、情報も大切な取引の要素だけど、信頼の証にこちらから話すわ。」

 

落ち着いた雰囲気に戻った中、アサギは、またゆっくりと話し始めた。

 

「貴方が知りたい鉤爪の赤い女忍者は、十中八九、甲河朧という名の女忍者よ。」

 

「朧…」

 

「朧は、元々対魔忍、つまり我々の仲間だった。けれど十数年前、エドウィン・ブラックが、対魔忍の里に攻めてきた時に、私達を裏切り仲間達を大勢殺して、敵であるノマドに付いた。」

 

アサギ達が僅かだが、悔しそうな顔になったのが、将造達にもわかった。

 

「私達は、仲間達を殺害した朧を追撃して殺したつもりだった。けれど、エドウィン・ブラックの魔界の力によって、何度も朧は蘇ってきた。そして、大切な私の婚約者を…」

 

「お姉ちゃん!」

 

「アサギ様!何もそこまで話さずとも…」

 

アサギの言葉を遮るように、さくらと紫が叫ぶ。

 

「いいのよ。サクラ、紫、このことは里のほとんどの人が知ってることだもの。」

 

「・・・・・・・・」

 

今までにない真剣な顔の将造達に向かって、アサギは再度話し始めた。

 

アサギが話す朧との因縁は、壮絶なものだった。仲間を裏切りノマドに付いた朧を殺すも、ノマドの技術で魔族となって甦ったこと。婚約者の体に寄生し、自分に催眠刻印を打ち込み凌辱したこと。さくらの救助により、催眠を抜け出すも、朧に取り憑かれた婚約者ごと殺したこと。数年後、クローンとなって蘇った朧に再度、仲間を殺され凌辱されたこと。そして真の朧は、ブラックに力を与えられ、吸血鬼となって、より強力に蘇ったこと。

 

「日の光の下に出られない体になった朧だけど、今はノマドの幹部の一人よ。もうおいそれと戦うことさえ難しくなってきた。朧について知っているのは、これくらいかしら。」

 

アサギのあまりの壮絶な朧との因縁を聞かされた将造達の間に数秒間、沈黙が支配する。そして、それを破ったのは、意外にも複雑そうな顔をしたなよ子であった。

 

「アサギさん…あんたも辛い経験してきたんだね。」

 

三太郎、拓三もなよ子に続く。

 

「許せねぇぜ…仲間を裏切って恋人まで殺すとはよぉ。」

 

「俺達の世界じゃ。確実に産業廃棄物捨て場行きだな。」

 

最後に将造が、口を開く。

 

「そうか、とんでもなくしぶといやつじゃのう。朧っちゅうやつは。」

 

「そうよ。今度こそ、私達は朧の息の根を止めたいの。岩鬼将造…今度は、貴方が話してくれない?」

 

「ぬしらと比べたら、他愛のない話よ。わしのくそ親父が朧に殺されたってだけじゃ。」

 

将造は、実の父親が殺された事実をさも陽気に話した。

 

「貴方の父親っていうと、西日本極道連盟の会長ね。そうか、暗殺に朧が絡んでいたのか。貴方も朧に大切な人を奪われたのね…」

 

「なぁに、極道は畳の上で死ぬことのほうが恥ずかしいワイ。…じゃがな」

 

将造の表情が、再度笑いながら殺気を帯びる。

 

「わしらの世界には、ケジメっちゅう言葉があるでよぉ。倉脇と朧には、わしがキッチリと落とし前つけさせたる。無論、わしの日本(シマ)を無茶苦茶にしたブラックのアホは、特に念入りにな。」

 

「じゃあ岩鬼組と対魔忍の同盟は…」

 

アサギの言葉が終わる前に不敵な笑みを浮かべた将造が、右腕を差し出した。

 

「ああ、異存なしじゃ!!」

 

アサギもそんな将造に微笑み返し、右腕を出した。

 

「じゃあ改めて、これからよろしくお願いするわ。」

 

ガシッ!

 

将造とアサギの硬い握手が交わされた。

 

その様子を見た他の五人は、深い安心の溜め息をついた。

 

「はぁ~まったく、寿命が縮んだよ。」

 

「一時はどうなるかと思ったぜ。なぁ、拓三?」

 

「ああ、三太郎。戦場でもこんなに緊張したこた無かったぜ。」

 

「まぁ兎に角、良かった♪良かった♪ねぇムッちゃん?」

 

「そうだな…下手をしたら、病室が血に染まっていたがな。」

 

再び病室内の雰囲気が、和やかになりはじめた。そんな中、将造が何気なくアサギに質問する。

 

「なぁ井河の。もし、わしが同盟を断っていたら、どうしたんじゃ?」

 

「貴方の左腕と右足は、アンドロイドアームと同じく、定期的にメンテナンスをしなければすぐに動かなくなるわ。かなりの高性能の物を用意したから、そこらの施設じゃ解体も出来ない。」

 

薄く微笑むアサギに将造も不敵な笑みで応える。

 

「流石じゃ。わしの同盟相手は、只の正義の味方の善人には、務まらんからのぉ!おお、そうじゃ!早速、同盟相手の対魔忍にお願いしたいことがあるんじゃ!」

 

「貴様、同盟を組んだ後で条件を付きつけるとは…」

 

紫が、将造を睨む。

 

「なぁに、約束といっても軽い二つのことじゃ。まず一つ目、アホのブラックを含めたノマドの奴等を皆殺しにする直前に金を貸して欲しい!」

 

「何?暗殺の報酬ってこと?」

 

将造がニヤリと笑う。

 

「ノマド株券は、株価がほぼ下がらん超優良株じゃ。しかし、わしらがブラックや幹部連中を皆殺しにすれば、もうノマドはガタガタになる。金にがめつい裏の連中は、それに気付いて必ず株券を売りに出す。そうなれば、ノマドの株価は、天文学的に値崩れを起こすはずじゃわい。」

 

アサギは、将造の考えを察して額に指を当て溜め息をつく。

 

「呆れた…株の空売りで金儲けする気なのね。インサイダー取引きの極致だわ。まぁ、金銭面の関係は、山本部長に頼んでおく。また、頭を抱えることになりそうだけど。二つ目はなに?」

 

「二つ目は…何かえろい忍法を操る女忍者をわしらに紹介してくれ!!」

 

「「「は?!」」」

 

「よくあるじゃろうが、えろい女忍者が敵を籠絡するために、自慰が死ぬまで止まらなくなる忍法や男の精を搾り取る忍法を掛けるやつが!」

 

アサギ達の将造を見る目が、段々とジト目になる。

 

「将造ォォッッ!!!!あんた、婚約者が隣にいるっていうのになんていうこと言うんだいッ!!」

 

バシィッ!!!

 

「ドワォ?!」

 

なよ子は、般若のような顔になり、将造を壁まで張り飛ばした。

 

「怪我人になにするんじゃ、なよ子!男は、エロい女忍者にエロい忍法をかけてもらうのが夢なんじゃ!なぁ、三太郎!」

 

「えっ?!そっそうすね!」

 

いきなり話をふられた三太郎は、吃りながらも了承する。

 

「拓三くんもそうなの?」

 

さくらが、他の二人と同じくジト目で拓三を見る。

 

「あ、いや…まぁ…そうかも…」

 

拓三もタジタジだが、本音を語った。

 

アサギは、そんな三人を氷のような冷たい微笑みを浮かべながら、机の上に置いてあるメモ帳に地図を書き始めた。

 

「わかったわ。五車の里で一番の房中術の使い手を紹介する。どうする?今から行く?私からそこに連絡しておくわ。」

 

「ウォォォォ!!話がわかるのう!井河のぉ!これで忍者と極道連盟は、幸先がいい始まりを迎えたわい!わしのことは、これから将造と呼び捨てで構わんぜ!」

 

「ありがと。将造…」

 

氷の微笑を浮かべたまま素っ気ない返事をしたアサギは、書いた地図を将造に渡した。

 

「ここは普通のお店だけと、遠慮せず中に入って声をかけてちょうだい。術の使い手の女主人が座って待ってるから。」

 

「ヨッシャ!三太郎、拓三!突撃じゃ!」

 

「「わかりました、若!」」

 

地図を受け取った将造達は、怪我人にも関わらず、凄い速さで病室を出て行った。

 

「ちょっとあんた達!アサギさん!困るんだけど!」

 

なよ子はプリプリ怒りながら、アサギに抗議する。

 

「アサギ様、誰を紹介したのですか?葛黒百合ですか?」

 

葛黒百合とは、異性同性関わらず強制的に発情させてしまう淫遁の術を操るベテランの対魔忍である。

 

紫の質問にゆっくりと首を横に振ったアサギは、なよ子に向き合う。

 

「安心して下さい、山鬼さん。将造さん達が向かったところは…」

 

 

 

 

病院を出て十分後、太陽が昇りかける早朝の中、地図の目的地である『稲毛屋』と看板が出ている駄菓子屋に着いた将造は、勢いよく店に入った。

 

「井河アサギの紹介で来たもんじゃ…が…?!」

 

将造達の目の前に座っていたのは、年齢が将造の何十年上と思われる高齢の女性であった。

 

「も、もしかして、ば、婆さんがここの女主人で里一番の房中術の使い手か?」

 

三太郎が、震える声で声を掛けると婆さんは、ゆっくりと頷いた。

 

「…………じゃわい」

 

婆さんを見た将造は、うつむきぶつぶつと呟き始めた。

 

「「わ、若?」」

 

三太郎と拓三は、将造が怒り狂って、左腕の銃を乱射するのではないかと心配する。

 

しかし、

 

「わあ~はっはっはっ!一本取られたわい。わしらの同盟相手はこうじゃなくちゃ面白くないぜ!婆さん!この店でオススメの食いもんを幾つかくれや!」

 

 

 

 

その後、五車学園に戻ったアサギ達は、稲毛屋の前を通り登校する生徒達と将造を監視している連絡係から、報告を受ける。それは『稲毛屋でソフトクリームや煎餅、アイスを満面の笑みで食べている変なヤクザがいる』や『岩鬼将造は、部下の金で駄菓子を大量に買いしめ、背の低い髪の長い男子生徒が、泣きそうな顔でその様子を見ている』といった内容だった。

 

徹夜で疲れた顔をしたアサギは、校長室で将造達の報告をまとめながら、心の中で溜め息をつく。

 

(はぁ~将造達がこの里に受け入れられるのは、時間がかかりそうね。けれど…)

 

アサギの表情が、覚悟を決めた鋭いものに変わる。

 

(将造は、私達対魔忍の為に必要な存在だわ。今度こそ、あらゆる手を使ってもお前を倒す!待っていなさい…ブラック!)




今回は会話だけですが、次はしっかりと大暴れシーンを書きます。

七月に岩鬼将造が表紙の真ん中にいる、石川賢マンガ大全が発売されますね。これを機に石川賢先生の作品が、再版されますように。極道兵器とか虚無戦記、プレミア付き過ぎですよ…


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Weapon 8 シマ荒らしチンピラ野郎

対魔忍と極道の歴史的な同盟が成されてから、一ヶ月後、東京キングダムの港の倉庫で、ある取り引きが行われていた。

 

薄暗く広い倉庫の中には、人が何人も入れるような大きいコンテナがいくつも置いてあり、地面には元々は平和的な物を取引していた名残りのように、手足が欠けた人形や錆び付いた金属バットなどが散乱している。そんな陰鬱とした場所に大声を上げる者達がいた。

 

「ようし、さっさと荷物をコンテナの中に積み入れろ!」

 

彼らは、武装したオークの集団と神魔組という極道達である。二つの集団は、散らばる玩具を蹴飛ばしながら、協力して巨大なトラックから品物を運んでいた。

 

そんななか、作業をしている者達から少し離れた場所で、互いの集団のリーダーらしき二人がいた。二人は、互いに知己の間柄らしく、愚痴を言い合っている。

 

「まったく、最近商売あがったりだぜ!関西に侵攻する直前だと思ったら、倉脇の馬鹿は失脚するわ!解体された岩鬼と山鬼が組んで盛り返すわ!品物を調達していた傘下の組は、皆殺しにあうわでよー!商品を集めるのが大変だったぜ!」

 

ガッ!

 

男は、足元の空気がほとんど抜けたサッカーボールを思い切り蹴飛ばした。

 

「ドグル!そっちはどうだ?」

 

問われたドグルというオークも不機嫌な顔で答える。

 

「若頭の方も大変だが、こっちも大変なんだぜ。噂では、取引先のリーアルは大根おろしにされちまうわ。口利きの矢崎も煎餅になるわでついてねーよ…大口の相手ともこの頃、連絡がつかねーし。」

 

十数年前、ドグルの兄『ビグ』は、対魔忍に逆らい殺されてしまった。それが切っ掛けでドグルは、対魔忍に服従し裏の世界の情報提供をする代わりに多少の商売を見逃す契約を結ぶ。しかし、最近では逆に見逃しの約束を利用し、多少の商売の範疇を越えた奴隷売買に手を染めていた。

 

「お互い大変だな…ん?なんだ?」

 

「逃げたぞ!」

「追え!」

「捕まえろ!」

 

品物を運んでいる者達の辺りが、にわかに騒がしくなる。愚痴を言い合っていた二人が、後ろを振り向くと…

 

「た、助けてぇっ!!!」

 

目隠しして縛っていた一個の品物が、必死に逃げているのが見えた。

 

「馬鹿野郎!逃がしてんじゃねぇ。」

 

ドグルが、逃がした配下のオーク達を怒鳴りながら品物を追う。

 

ドグル達と神魔組が取引きをしていたのは、ヤクザ特有の白い粉や武器ではない。

 

運んでいる品物は、人間の女性達であった。

 

神魔組の極道は、東京の繁華街で援助交際をしていた女学生、無理やり借金を背負わして夜逃げに見せかけた母子家庭の母娘、働き口を世話するといって連れてきた大陸の少女など、行方不明になったとしても、誰も不思議に思わない女性達を集めてオーク達に売っていたのだ。

 

ドグル達は、魔族ゆえに極道以上に闇のルートを知っている。故にコンテナに詰め込まれた商品である女性達は奴隷娼婦として、魔界の貴族達やヨミハラの娼館に売られる。しかし、その販売ルートはまだ扱いが良い方で、酷い時は媚薬のモルモットとして裏の研究所、または殺人嗜好家に売られることもあるのだ。

 

「ハァッ!ハァッ!グスッ…お母さん…」

 

必死に逃げているのは、夜逃げに見せかけて誘拐された母娘の娘の方だ。まだ中学に入ったばかりの少女は、運ばれている車内で、母親に口で目隠しと足の縄を解かれて、車外に出された隙に逃げ出したのだ。

 

走る少女は、誘拐されてから倉庫に着くギリギリまで目隠しをしており、ここが何処かもわからない。しかし、誘拐した連中にこのまま運ばれれば、確実に良くない場所に渡されるのは解る。少女は、自分の為に逃げるのではなく、まだ捕らわれている母親の為に誰か助けを呼ぼうと必死に走る。

 

(ここが何処かわからないけど、とにかくこの倉庫から出て、大通りにでも行けば沢山人がいるはず、そこで助けを呼べば…?!)

 

「待てえっ!!メスガキィ!!」

 

外を目指して走る少女のすぐ後ろから、ゾクトの怒鳴り声が迫る。

 

「ヒッ?!」

 

少女は、その恐怖の声に追い立てられるようにスピードを上げる。しかし、中学に入りたての少女と成人男性以上の体躯を持つオークでは、足の速さなど比べるべくもない。ゆえに…

 

ガシッ!

 

「捕まえたぞッ!ガキ!」

 

遂にゾクトに肩を捕まえられ、無理矢理地面に投げ飛ばされた。

 

「ガハッ!!」

 

少女は、硬いコンクリートに背中を思い切り打ち、一時的に呼吸困難に陥った。

 

「ヒュッ…ヒュッ…ヒュッ…」

 

浅い呼吸を繰り返す少女を見ても、少しも同情の目を向けないドグル。

 

「ったく…。手間取らせやがって、これはお仕置きが必要だなぁ…。」

 

ガチャガチャ…

 

少女を蔑んだ目で見るドグルは、おもむろにベルトを外しズボンを脱ごうとする。

 

「ヒィィィッッッ!!!」

 

ようやく呼吸困難から立ち直り始めた少女は、これから自分の身に起こることを予感し悲鳴を上げた。

 

「いいのかぁ、ドグルよぉ。お前が手を出しゃ、その子…色情欲になっちまうぜ?」

 

ドグルの後ろから、追い付いた神武組の若頭が声をかける。

 

オークという種族の精液や体液には媚薬の成分が含まれており、さらった女を巣に監禁し媚薬付けにして飼い慣らし、繁殖の道具にする。その媚薬は強力で、対魔忍でも抗えない者もいるくらいだ。

 

「なぁ~に。こいつは母親共々、娼館に売り飛ばす予定だから、少しくらい淫乱になったって構わしねぇよ。」

 

「こっちはもう金は受け取った後だし、好きにすればいいけどよ…ん?またかぁ?」

 

ドグルと若頭が再度後ろを振り向くと、三十代後半の女性が、必死にこちらに走ってくるのが見える。逃げた少女の母親だ。女性達を運んでいたオーク達を見ると、わざと縄を解いたのかニヤニヤ笑っている。

 

「また、あいつら逃がしやがって。この後のソープ奢ってやらねぇぞ。」

 

ゾクトも笑いながら愚痴る中、母親は倒れる少女の前で二人に土下座した。

 

「許して下さい!先に縄を解いたのは、私です!罰はすべて私が受けますから!どうか、娘だけはっ!」

 

目の前の母親の必死な直訴に、ドグルは腕を組みながら目を閉じて俯き、わざとらしく考える素振りをする。

 

「う~ん…どうしようかなぁ。俺も鬼じゃねえしなぁ。」

 

「実際、鬼族じゃなくてオーク族だしな。」

 

「変な突っ込み入れるんじゃねえ!よし、わかったぜ!」

 

ドグルは、母親の願いを聞き届けたように顔を上げた。それを見た母親の顔がわずかに明るくなる。

 

「で、では?」

 

期待に満ちた母親の顔を眺めるドグルは、ニタリと笑った。

 

「一人で犯されるのも、寂しいだろうから、母娘共々仲良く犯してやるぜっ!!!」

 

「そ、そんな?!」

 

ドグルの悪辣な言葉に母娘は、顔が真っ青になる。

 

彼女達の絶望した表情を見たドグルと若頭は、さらに悪鬼のような残酷な笑顔に変わった。

 

「若頭、今後の付き合いのために仲良く犯らないか?」

 

「いいねぇ。丁度この女の土下座を見て、ムラムラしてたところよ。」

 

若頭もドグルと同じようにズボンを脱ぎ出し、やがて二人は、母娘に見せつけるように股間の一物を外気に晒した。明るく陽気に会話を交わす二人だが、行うことはどす黒い鬼畜の諸行に他ならない。

 

「お、お母さん…」

 

「目を閉じていなさい…」

 

二人の会話を聞く母娘は、目を閉じてお互いを抱きしめる。

 

「安心しろ。母娘共々、天国に連れていってやるぜ。」

 

「逃走しなけりゃ、こんなことにはならなかったのに残念だぜ♪」

 

ドグルと若頭の手が、ゆっくりと母娘に近づいてくる。

 

母娘は、数秒後に自分達に襲いかかる残酷な運命を予感し震えながらも、お互いを離すまいとさらに強く抱きしめあった。

 

そして、ドグルと若頭の手が震える母娘に触れる瞬間…

 

『おのれら~誰に断ってわしのシマで、勝手晒しとるんじゃ~!』

 

薄暗い倉庫で、怒りの感情がこもるドスの効いた男の声が響いた。

 

「「だ、誰だ?!」」

 

ドグルと若頭が、母娘から手を引っ込めて声の主を探す。

 

ジャリ、ジャリ、ジャリ…

 

すると出口の暗闇から、草履の音が聞こえてきた。倉庫にいるすべての者が、音のする方向に注目すると、暗闇からゆっくりとカンカン帽子にサングラスをかけ、腹巻きに雪駄履き、口にはマッチ棒を咥えた男が現れた。

 

「「「「「?!」」」」」

 

いきなり現れた帽子男を見て、オークと神魔組どころか、犯される寸前の母娘も驚く。

 

「うぅぅ…」

 

ボリボリボリボリ…

 

当の帽子男は、そんな視線を何処吹く風で受け流し、右手で自分の股間をボリボリかきながら、ドグルと若頭に近づいてくる。

 

「な、なんだ?てめーは?」

 

怪しい帽子男を警戒する神魔組若頭の護衛が、急いでSPのようにドグルと若頭の前に立つ。

 

「ああん?」

 

帽子男は立ち止まり、殺気を込めた視線で二人を守る護衛達を睨む。

 

「ぅ……」

 

尋常ではない殺気に、一瞬、護衛達は気押される。しかし、後ろに若頭がいるため、無様な姿を見せることが出来ない。故に気力を振り絞りながら拳銃を取り出し、帽子男に怒声を浴びせ始めた。

 

「どこのチンピラだ?!俺達をここを仕切る神魔組と知ってやっているのかぁっ?!」

 

帽子男は、複数の拳銃を向けられても表情を少しも変えなかった。

 

「耳が遠いボケ共じゃのう…わしのシマで勝手さらすな言うとるじゃろ。わかったら、女どもと武器と銭を置いてけ。インキンうつすど…」

 

そう言うと帽子男は、股間を掻いている右手を前に突き出した。そのふざけた行為に護衛達は、青筋を立てる。

 

「ふざけんな!ここら周辺は、政府が東京キングダムを廃棄してからずっと神魔組が、ノマドや龍門にも負けずに治めてきたんだ!」

 

「アホすぎて話にならんわい。この際だから、テメーら木っ端ヤクザにも教えといてやる。わしのシマはここだけじゃねぇ…」

 

帽子男は、大きく息を吸い込こみ…

 

「日本全部が、わしのシマじゃあァァァァッッッ!!!!」

 

倉庫の外まで聞こえるほどの大声で宣言した。

 

「あ、あ、頭おかしいのかテメェッ

ー!!!」

 

帽子男の滅茶苦茶な理屈に周囲が呆気に取られるなか、一人の護衛が怒り心頭で、帽子男の額に銃口を向けた。

 

それを見た帽子男は、弾丸から額を防御するように左手のひらを顔の前に出す。

 

「それで防御してるつもりかよっ!死ねぇっ!」

 

ズドン!

 

狙いを定めた極道は、丸腰の帽子男を容赦なく銃撃した。予想なら撃った弾丸は、左手と額を貫通して、帽子男の脳漿を飛び散らせているはずだった。

 

しかし…

 

「え、な、なんで?」

 

帽子男は、死んではいなかった。それどころか、弾丸を受けた生身である左手のひらが少しも傷ついておらず、逆に弾丸が砕けてパラパラと地面に落ちる。

 

驚愕する周囲をよそに帽子男は、額にかざした左手首に齧りついた。

 

「てめ~ら、この岩鬼将造を…」

 

すると左腕が肘先から外れ、中から太い銃身が現れる。

 

「なめんじゃねぇぞぉ!!!」

 

ズガガガガガガガ!!!!!

 

「ぎゃっ!!!!」

「ごばっ!!!!」

「がぁっ!!!!」

 

ドグルと若頭を守っていた護衛達は、帽子男の左腕の中から現れたマシンガンに銃撃され、断末魔を上げながら吹き飛んだ。

 

「「ヒィィィィ!!!」」

 

死んでゆく護衛達を目の前にしたドグルと若頭は、悲鳴を上げてズボンを地面に置いたまま下半身丸出しで近くのコンテナの影に逃げ込んだ。

 

「相手は一人だ!若頭を守れっ!」

 

「こっちも銃撃しろっ!」

 

次々とオークと極道達が、自分達のリーダーを守ろうと慌てて将造に銃口を向ける。

 

自分を取り囲む敵の様子を見た将造は、天井に叫んだ。

 

「今じゃっ!ゆきかぜっ!!」

 

ズキュン!ズキュン!ズキュン!…

 

将造の合図と共に暗い天井から、電気を帯びた弾丸がいくつも降り注いだ。

 

「?!」

 

ほとんどのオークと極道は、将造に注目して反応が遅れ、気づいた時にはその身に弾丸を受け体が爆発する。

 

「いぐっ!」

「じゃがっ!」

「べあぁ!」

 

「ヤクザが、私に命令しないでっ!」

 

天井から赤いリボンのツインテールをしたライトニングシューターという二丁拳銃を操る褐色の少女がいる。対魔忍の水城ゆきかぜだ。

 

「くそ!天井からもだ!」

 

思わぬ天井からの襲撃に倉庫の中が、さらに混乱しだした。

 

「音をたてるなよ…」

 

「ああ…」

 

混乱の最中、味方から離れてコンテナの影で敵を観察する二人の極道がいた。二人は、銃撃の及ばない場所で冷静に分析し始めるが…

 

「多分、あいつは岩鬼組の…」

 

「もうひとりは、雷撃の対魔…」

 

ザシュ!ザシュ!

 

同じく天井に隠れていたモヒカンで丸眼鏡のサングラス男のナイフに頭頂から顎を貫かれ、お互いに台詞を最後まで言うことなく絶命した。岩鬼組の三太郎だ。

 

「キャアアアアアッッッ!!!」

 

一方、弾丸が飛び交うなか、犯される寸前だった母娘は、母が娘を覆い被さる形で地面に伏せていた。

 

銃撃しながら二人の様子を見た将造は、再度天井に叫ぶ。

 

「凛子っ!この親子を避難させぇ!邪魔じゃ!」

 

「言われなくともっ!」

 

凛とした声が響くと、日本刀を持ち長い髪を後ろに纏めた少女が、天井から母娘の目の前に降りて来た。対魔忍の秋山凛子だ。

 

「やはり、対魔忍かぁ!」

 

すべての銃口が、将造から凛子に向く。しかし、凛子は落ち着いて母娘に声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、貴方も頭を下げないと弾丸が…」

 

「心配ご無用です。空間跳躍の術…」

 

凛子が呟くと、母娘と凛子の周りに透明な泡のようなものが浮かび始める。

 

「死ねぇ、対魔忍!」

 

ズドン!ズドン!ズドン!

 

複数の弾丸が、凛子を襲う。しかし、弾丸は泡に飲み込まれ、次々と消えていく。

 

「な、魔術か?もっと、弾丸を…ぎゃん!」

 

ズガガガガガガガ!!!!!

 

「バカたれ!相手は、こっちじゃ!」

 

 

凛子の忍術に驚き隙を見せた敵を、将造は次々と銃撃していった。

 

「畜生!!この奴隷売買は、対魔忍のお墨付きだったんじゃねえのかよぉ!!」

 

倉庫の外の港にいるオーク達は、次々と殺される仲間達を見て、極道達が乗ってきたトラックに残りの女性達を積んで逃げようとする。

 

「オラァ!!奴隷どもっ!速くトラックに戻…」

 

ターーン!!!

 

ドサッ!

 

女性達をどやしつけるオークの一人が、頭に穴を開けて崩れ落ちた。

 

「ヒィィッッ!狙撃だ!もう、女どもは置いてバラバラに逃げるぞッ!」

 

固まっていたオーク達が、四方に別れて逃げようとした瞬間…

 

ビュオオオオッッ!!!

 

それを逃がさんとするように一陣の激しい旋風が、オーク達を包み込んだ。オーク達は、たまらずバランスを崩し次々と倒れこむ。

 

「な、なんだ?この風は?!ちくし…」

 

ターーン!!!ターーン!!!ター…

 

風が止んだ瞬間、狙撃者はその隙を逃さず、オーク達を次々と狙撃して全滅させていった。

 

パァン!

 

港のオーク達が全滅してすぐに倉庫の屋根から、手のひらを叩き会う音がした。そこには、迷彩服を着て狙撃銃を持つ常に笑みの男とどことなく凛子に似た顔立ちの少年がいた。岩鬼組の拓三と対魔忍の秋山達郎だ。

 

「ヨッシャ!ナイスアシストだぜ!達郎!」

 

「拓三さんこそ!一発も外さないなんてすごいですよ!後は俺に任せて下さい!」

 

「ああ、行ってこい!今度は俺がアシストしてやる。」

 

達郎は、倉庫の屋根から飛び降り、混乱してへたりこんでいる女性達を保護しに走って行った。拓三は、その救助を邪魔させまいと達郎の周りをスコープで見張る。

 

一方、倉庫のオークと極道達は、水平から将造、上からはゆきかぜ、隠れるコンテナの影は拓三と母娘を避難させた凛子によって、次々と撃ち取られていった。

 

「うわぁーはっはっはっはっ!!!」

 

敵の飛び散る内蔵や手足を見ながら、将造は本当に楽しいと言わんばかりの大笑いをして、残りの敵を銃撃してゆく。

 

しかし…

 

ドカァァァッッッ!!!!

 

その笑い声を遮るかのように駐車場側の閉まってあるシャッターが破れ、巨大なコンテナトラックが現れた。運転席にはオークが乗っており、目に怨みの炎と共に将造を写している。

 

「死ねぇ、将造!!」

 

将造に突っ込むトラックを天井から確認したゆきかぜは、ライトニングシューターをトラックに向ける。実際にゆきかぜのライトニングシューターならエンジン部に当たれば、一撃でトラックを爆発させることができるだろう。

 

「ほっといてもいいけど、一応は助けてもらった礼もあるしね。」

 

ゆきかぜは、引き金を引こうとするが、

 

「待たんかい!ゆきかぜっ!こいつは、わしがやる。」

 

将造が一喝する。

 

「ふんっ…」

 

ゆきかぜが言うとおりに銃を下げるなか、トラックは後二十mと迫る。しかし、将造は全く恐れる様子もなく、正面に立ち右膝を向けた。

 

「特殊な防弾ガラスでできてるから、マシンガンは効かないぜぇ!」

 

運転席のオークは、将造の妙な行動を気にも止めず容赦なく突っ込む。

 

そんな調子に乗っているオークの笑顔を見た将造は、それ以上の凶悪な笑顔になった。

 

「わしは極道兵器じゃあ!わしの目の黒いうちは、日本は勝手させねえぜぇ!!」

 

ドカッ!ドカッ!ドカッ!

 

そう叫んだ瞬間、右膝のズボンを突き破り、小型ミサイルが発射された。三つのミサイルは、勢いよくトラックに吸い込まれてゆく。

 

トラックを操縦するオークは、笑顔から恐怖の顔に変わった。

 

「え、あれは、アンドロイドレッ……ぎゃあああッ!!」

 

ドガァァァッッッン!!!!!

 

ミサイルはすべてトラックに着弾し、倉庫を半壊させる程の大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

(い…いったい、何が起こっているんだ…ドグル?)

 

(解らねぇ…幸いコンテナは、丈夫で沢山ある。このまま隠れていようぜ。対魔忍達も逃げたと思うはずだ。)

 

ドグルと神魔組の若頭は、激しい銃撃戦に紛れて、一つのコンテナに隠れていた。

 

「やっぱり、携帯は繋がらねえのか?」

 

「ああ、コンテナが頑丈なのはいいが、分厚すぎて繋がらねえ…くそ、組の者に連絡できれば…」

 

コンテナは、銃撃や爆発を防ぐほど分厚く頑丈だったが、それ故に携帯電話の電波までも遮断し、若頭は助けを呼ぶことが出来ずにいた。

 

やがて周りの銃撃音が止み、メラメラとした炎の音しか聞こえなくなる。

 

「終わったか?」

 

「少し覗いてみるかって…え"?!」

 

ガチャガチャ!

 

ドグルが扉を開けようとするが、外から鍵をかけられたのか開かない。

 

「どうした?!」

 

「と、閉じ込められ…うわぁ?!」

 

ガチッ!ウィーン!

 

二人はバランスを崩し倒れこむ。機械で隠れているコンテナが持ち上げられ、どこかへ運ばれているのだ。

 

「あ、あいつら。俺達をどうする気だ?」

 

コンテナはまたどこかに降ろされ、すぐに地面を走る振動に代わり、二人は恐れおおのく。二人は何者かが、自分達がコンテナに入っていることを承知で、どこかに運んでいることを悟ったのだ。

 

「「・・・・・・・・」」

 

移動して十数分間、二人は無言だった。しかし、遂に若頭がこの絶望的な状況に耐えきれず口を開いた。

 

「てめぇのせいだ…」

 

「あ"?!」

 

若頭の言葉にドグルが青筋を浮かべる。

 

「てめえらが、対魔忍に口利きしてもらって、商売を保証してもらってるって言うから、今まで信用してたんだぞ!ホラ吹きやがって!」

 

「お前らこそ、あいつはノマドの要塞ビルを爆破した岩鬼将造じゃねぇか!お前ら極道が、岩鬼組に目を付けられただけだろうが!」

 

一時間前までは、和やかな空気で話していた二人だが、所詮仕事上の付き合いであるといわんばかりに剣呑な雰囲気に変わる。

 

「てめェ!神魔組嘗めてると沈めるぞ!ごらぁ!」

 

「やってみやがれ!皆殺しにしてやる!」

 

二人は、自分達が下半身丸出しの情けない姿であることを忘れて、殴り合おうとしたその時…

 

ガチガチ!

 

「「?!」」

 

争う二人の耳にコンテナを開ける音が聞こえてきた。争っているうちにいつの間にか、目的地に着いたらしい。

 

二人は争うのを止め、今開かれんとする扉に注目する。可能性は低いが、対魔忍達が去った後で、部下が極秘に自分達を安全な所に運んでいただけかもしれない。二人は、その可能性に賭ける。そして、光の中から現れたのは…

 

「おう!喧嘩とは生きがいいのう♪魚も人間もこれくらい元気じゃないと、色々と料理のし甲斐がないわい!」

 

目元と口角が逆八の字に吊り上がる、魔界や極道の世界でも見たことがない程の殺気を放つ凶悪な笑顔だった。




ゲッターロボ・アークのエンディング、いいですね。


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Weapon 9 用済みオーク野郎

ドグルと若頭は、コンテナの出口で笑う将造の顔を見た瞬間、彫刻になったかのように恐怖で体が固まったが…

 

「ほら、さっさと出なさい。殺すわよ…」

 

「「ヒィィィィ!!!」」

 

将造の隣にいる、ライトニングシューターをこちらに向けるゆきかぜを見たとたんに我先にとコンテナから出た。

 

外に出た二人が周りを見渡すと、そこは地下の駐車場らしき場所であった。目の前には、自分達を襲撃した六人が立っており、振り向くと自分達が、女性達を運ぶ為に用意したコンテナトラックがある。

 

「…………」

 

それらを見た若頭は、隣で驚くドグルを余所に、周りの情報を繋ぎ会わせて、助かる方法を探し始める。

 

(おそらく、ここは東京キングダムじゃなく東京の対魔忍のアジトの一つ。女どもは、とっくに他の対魔忍の手で解放されているな…。考えるべきは、なんで俺達を殺さずここまで運んだってことだ。多分、何かしらの取り引きがしたいんだろう…。生き残るには、そこを上手く突くしかない。)

 

考えるのを終えた若頭は、笑いながら一番身長が低いゆきかぜに詰め寄って来た。

 

「おう、嬢ちゃん。この神魔組若頭の俺に何かよ…『ベキャ!』おごぉ!」

 

ゆきかぜは、交渉を持ち掛けようとする若頭にいきなりストレートパンチを放った。若頭は、その一撃で吹き飛び仰向けに倒れるが、ゆきかぜは追撃するように馬乗りになり、連続で殴り続ける。

 

「この!この!この!このぉぉぉ!!!!」

 

バキッ!バキッ!バキッ!バキッ!

 

「ガハッ!止めッ!ゲハッ!グェッ!」

 

ゆきかぜの母親は、数年前の任務中に行方不明になり、ゆきかぜは、母親の行方を血眼で探している。数ヶ月前にリーアルに捕らわれた時も母親目撃の噂を流されて、正常な判断ができなくなったためだ。故にゆきかぜは、娘を救うため土下座をしてまで、身代わりになろうとする母親に対して、残酷で鬼畜な行為をしようとしたドグルと若頭が、心底許せなかった。

 

バキッ!バキッ!バキッ!…

 

何発も殴られ、虫の息となる若頭。

 

「これくらいで済むと思わ…?!」

 

ガシッ!

 

「もう止めい、ゆきかぜ。ぬしは、頭に血が昇り過ぎる。」

 

将造が、ゆきかぜの腕を掴んでいた。

 

「何?こいつはこれくらいじゃ足りないわ!」

 

「只の年上からのアドバイスじゃ。ゆきかぜ、人を殴るときは、もっとこう…余裕を持って…楽しんで殴るもんじゃっあ!!」

 

ゴッッ!!!!!

 

「ガハッ!」

 

将造の下段突きをくらった若頭は一撃で気絶した。将造が拳を除けると、鼻が潰れて前歯もすべてへし折られた無惨な顔が出てくる。

 

「おっと、もっと楽しむつもりが、相手が柔すぎて一回で気絶させてしもうたわい。わしもまだまだじゃのう!」

 

「ふんっ!次からは、もっと加減しなさいよねっ!」

 

将造とゆきかぜを側で見ていた凛子は、冷静に先程のやり取りを分析していた。

 

(もしや、頭に血が昇ったゆきかぜを諌めるためにああいった行動を取ったのだろうか?考えれば、初めて会ったときから、ゆきかぜを気にかけているようにも見える。)

 

凛子とゆきかぜは、二週間ほど前に将造と再開した。二人は、もっと早く助けてもらった礼をしたかったが、身体検査や肉体改造薬の除去、そして、何より心のケアに時間がかかってしまったのだ。

 

(将造さんと出会った時は、ゆきかぜも岩鬼さんといって殊勝な顔で救助の礼を言っていたな。達郎の話では、将造さんの左手と右足は、私達を助ける為に犠牲になったようなものだ。しかし、将造さんは満面の笑みで、逆に私達に改造のお礼を言ってきた。それだけではなく『わし達は、対魔忍ではないから敬語は無用』と言って、歯に衣着せぬ言い方で徐々にゆきかぜの調子は、戻っていった。もしかしたら、私達に罪悪感を抱かせない為だったかもしれない。)

 

事実、将造は『助けた礼に手伝え』とはよく言うが、『お前らの為に大切な組員や手足が犠牲になった』とは一言も言わなかった。

 

(それに先程の母娘が、凌辱されようとした時もそうだ。)

 

二時間前、将造達は、神魔組の下部組織を襲撃している時、偶然この取り引きの情報を得た。取り引きはすでに行われているゆえに将造達は、急いで現場に駆けつけながら、急ごしらえの作戦を練った。それはまず、ゆきかぜが天井から奇襲を仕掛け、敵の目をゆきかぜに向けさせ、その隙を狙い他の者が、また奇襲を仕掛ける作戦だった。

 

しかし、ゆきかぜは、母娘が犯されかけるのを見て激昂し、他の者が配置に付くまでに突撃しようとした。それを見た将造は何も言わずに、ゆきかぜより先に自ら狙われやすい地上から一人で現れ、凌辱を止めたのだ。

 

(もしかしたら、自由に振る舞っているように見せて、すべて計算ずくで行動をしているのだろうか?)

 

 

 

 

「さあて、次はこのブサイクじゃっ!しかし、なんで二人して、○まの○ー見たく下半身を露出しとるんじゃ?訴えられても知らんぞい。」

 

「止めてよ!次から○ーさん見るたびにこいつらの汚い下半身思い出すでしょうが!」

 

将造とゆきかぜは、下らない会話をしながら、ドグルの方に近付いて行く。

 

二人を見て、次は自分が死ぬほど殴られる番だと感じたドグルは、二人に先制して土下座した。

 

「すいません!俺は、アサギの旦那から、情報提供の役目を仰せつかっているドグルです!これは何かの間違いではありませんか?俺達は、いつも有益な情報を…」

 

「ドグルいうんか、ぬしは?苦しうないから、面あげい…」

 

「はい…」

 

将造の言葉にドグルは、恐る恐る頭を上げる。

 

目の前には、まだ憤怒の顔をしているが、多少は落ち着いたゆきかぜが立っていた。

 

「まぁ単刀直入にいえば、あんた達はやり過ぎたってこと。アサギさんが言うには、多少の商売の中には人身売買は含まれていないそうよ。それから、あんた達をここに連れてきたのは、交渉とかじゃなくて、この…」

 

ゆきかぜが、満面の笑みの将造を見る。

 

「わしが倉庫で殺すのを止めさせたんじゃ。せっかく、今まで対魔忍の為に情報提供をしておいて、そのまま殺すのは忍びないからのぉ…じゃから、一つ軽い勝負をして決めようぜ!!」

 

「ヨッ、若!宇宙規模の懐の広さっ!」

 

「優しさは、マリアナ海溝より深いっ!」

 

三太郎と拓三が囃し立てる。

 

「しょ、勝負って、一体?」

 

明るい空気に反して、ドグルは怯えながら将造に問う。

 

すると将造は、左手を腹巻きに入れたまま、右手で元々倉庫に転がっていた野球の硬球を取り出した。

 

「なぁに、簡単じゃ。勝負内容は、野球。わしの今手にしとる『たま』を打ち返したら、ぬしの勝ち。三振や『たま』がストライクゾーンに三回入れば、わしの勝ち。タイマン勝負じゃから、ゴロでもぬしの勝ちにしちゃる。どうじゃ、簡単じゃろ?」

 

将造が、ルールを説明している最中に三太郎は、若頭の顔面から出た血で、壁にストライクゾーンを書く。

 

「そ、そんな簡単でいいのか?」

 

ドグルが周りの者を見渡すと、拓三と作業をしている三太郎は、ニヤニヤと笑っており、対魔忍の三人は、只厳しい顔をしてドグルを睨むのみであった。

 

(そうか!散々ビビらせた後で、俺に再度忠誠を誓わせるつもりなんだな!俺もかなり対魔忍に情報提供してきたから、まだアサギに使えると判断されたんだろう!)

 

ドグルは、将造の行動を前向きに考えた。

 

「よし、やってやる!俺も男だ。負けたらどうにでもしやがれ!」

 

「おお、そうか!じゃあ早速、そこの打席に立て!」

 

将造の言われるままドグルは、金属バットを渡されて、手書きのストライクゾーンの左前に立った。

 

「よし、達郎!撮影の準備じゃ!ドグルの生死を賭けた一世一代の晴れ舞台を録れ!」

 

「…わかりました。将造さん…。」

 

達郎は、ドグルに僅かな怒りの顔を向けながら、いつの間にか持ち込んだデジカメで撮影に入った。

 

「また、あいつ…もう何回めよ。」

 

「…………」

 

ゆきかぜと凛子は、撮影の指示を与える将造を呆れ顔で見る。

 

「もう一度聞くが、俺がお前の『球』を少しでも打ち返せば、命を助けてくれるんだな!」

 

将造の右手に持つ野球ボールを見ながら、ドグルは最後の確認をする。

 

「ああ、極道に二言はねぇ…指を賭けたっていいぜ。ぬしらもええのうっ!」

 

将造が、対魔忍三人にも確認する。

 

「俺は、将造さんがいいなら文句ありません。」

 

「私もだ…というか、この茶番をさっさと終わらせて欲しいのが本音だ。」

 

「私も文句ないわよ。将造の『たま』を少しでも打てたなら、対魔忍は、二度とあんたの商売にも口を出さないと誓ってもいいわ。」

 

対魔忍の三人の言葉を聞いて、ドグルは僅かに安堵した。

 

(極道達は、よくわからねぇが、少なくとも対魔忍の三人は、嘘を言ってないように聞こえるぜ。これからも俺は、生意気な女どもを数え切れないほど犯さなきゃいけねぇ。そして、いつかあのアサギも…)

 

ドグルの脳裏に今まで種族を問わず何十人と無理矢理犯してきた女性達がよぎる。

 

「来やがれェェェッッッ!!!!」

 

両手でバットを握りピッチャーの将造を睨みながら、ゾクトは叫ぶ。

 

「よぉぉし!わしの『たま』をくらいやがれぇぇ!!!!」

 

将造は、左手を腹巻きに入れたまま、ボールを大きく振り上げた。

 

しかし…

 

ピタッ…

 

右手をのボールを思い切り振り上げたまま、将造の動きが止まった。

 

(な、なんだ?タイミングを遅らすチェンジアップか?!)

 

ドグルが、チェンジアップを警戒した瞬間…

 

ズドン!!!!ビチャ…

 

ドグル自慢の一物が、根本から弾け飛んだ。

 

「ぎゃあああああッッッッッ!!!!!」

 

ドグルは、地下の駐車場全体に響く程の悲鳴を上げる。

 

将造は、ボールを右手で振りかぶったまま、左手で腹巻きからコルトパイソンを取り出し、ドグルの一物を銃撃したのだ。

 

「あちゃー…デッドボールじゃ!すまんのうドグル!」

 

わざとらしく帽子を脱ぎ、頭を下げる将造だが、少しも悪びれた顔をしていない。

 

ドクドクと股間から血を流しながら、ドグルはうずくまっている。

 

「な、なんで?その野球ボールを投げるんじゃ…」

 

死にそうな顔のドグルの問いに、将造が満面の笑みで答える。

 

「わしらは、ボールとは一言も言っとらんぜ。わしが持っとる『弾丸(たま)』と言っただけじゃ。」

 

「そ、そんな?!」

 

ドグルが絶望した顔で周りを見渡すと、岩鬼組、そして対魔忍達でさえ特に表情を変えたものはいなかった。

 

その中で偶然ドグルと目が合ったゆきかぜは、ゆっくりと口を開いた。

 

「言っとくけど将造は、さっきのことを事前に私達に話していたわけじゃないわよ。まだ出会ってから一ヶ月くらいだけど、絶対に普通のバッティング勝負なんかしないと思ってたし。あんたの股間の汚い物がなくなった原因は、あいつの理解不足ね。まぁ、流石に銃撃するとは私も思わなかったけど…」

 

ゆきかぜの言葉が終わるとドグルは、頭を地面に伏せ、必死に謝罪の言葉を述べ始めた。

 

「すいませんっ!もう、悪事は働きません!俺は、このまま魔界に帰って二度と人間の世界には来ない!それに股間の物もなくなって二度と女は犯せませんし!ですから命だけはどうか!」

 

ドグルは、立派な謝罪の言葉を吐くが、心の中では、逆のことを考えていた。

 

(この野郎!股間は、魔界医に治療してもらって、いつか絶対にてめェに復讐してやる!アサギには、こうやって見逃されたんだ。この土下座なら、どんなやつでも…)

 

「わかった!ドグル、頭を上げぇ!」

 

「!!」

 

一縷の望みを賭けたドグルが、喜び顔で顔を上げた瞬間…

 

ズドン!ズドン!ズドン!

 

ドグルの頬を三発の将造の銃弾がかすめた。

 

「ヒィィィィ!!!!」

 

ドグルは頭を再度伏せた。

 

…………しかし、何秒経ってもそれ以上の銃撃の音が聞こえてこない。今度は恐る恐る頭を上げると、こちらに近づいてくる将造が見える。

 

(もしかして、許してくれたのか?)

 

将造は、ドグルの前に立つと背後の壁を指差した。

 

「ドグル…後ろを見ぃ…。」

 

振り向くと、ストライクゾーンの壁に三発の銃弾の痕がある。

 

「これでわしの勝ちじゃが、野球は表と裏がある。じゃから…」

 

ドグルは、震えながら視線を前に戻すといつの間にか拾ったのか、金属バットを頭上高く振り上げている将造がいた。その顔はこれからドグルを殺せることで、喜びに満ち溢れた顔をしている。そして…

 

「攻守交代じゃあッッ!!!!」

 

そう叫んで将造は、バットを思い切りドグルの肩に振り下ろした。

 

ベキャッ!!!

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

骨のへし折れる音が駐車場に響き、ドグルは床を転げ回った。

 

そんなドグルの様子を見て、将造は顔を三太郎に向ける。

 

「三太郎!今のは?」

 

三太郎は、わざとらしく腕を組みながら首をかしげて、渋い顔をする。

 

「うーん。ファウルですかねぇ?」

 

「ヒィィ!」

 

ドグルは、将造が三太郎と話している隙に逃げようとする。

 

しかし…

 

「じゃあ、こいつはどうじゃあッッ!!」

 

将造は、今度は逃げるドグルの背中をフルスイングする。

 

ドゴッ!!!!

 

「ガハアッッ!!!!」

 

ドグルは、三m程前に吹き飛んだ。

 

将造は、次に顔を拓三に向ける。

 

「拓三、これは?」

 

拓三は、指を『パチン』と鳴らしわざと悔しそうな顔をした。

 

「惜しい!またファウルです。」

 

「ツーストライクか…中々野球が上手いのうドグル!これは追い込まれてしまったわい!」

 

一方、残酷な将造の野球を見守るゆきかぜと凛子だが、二人の表情にはドグルに対する憐憫の情など一欠片もない。

 

(あんたが、あの母娘の言うことを少しでも聞いていたら、もっと早く楽に殺して上げたのに残念ね。)

 

(残酷だが、貴様はそれ以上のことを何の罪もない女性達に散々行ってきた。地獄に行く前の禊として受け入れるがいい。)

 

ドグルは、また素早く立ち上がるが、もうヨタヨタとして真っ直ぐに走ることができない。

 

「た、助けて…」

 

「これは悪球じゃのう…じゃが、わしは悪球打ちは得意なんじゃっ!!」

 

将造は、ドグルに追い付くとこれで最後と言わんばかりに頭を狙って、フルスイングの構えに入る。

 

「ヒィィィィ!!!」

 

「花は桜木!男は岩鬼ぃ!!!!」

 

グワァラゴワガキィーン !!!!!

 

ドグルの頭上半分が吹き飛び、脳漿が天井まで飛び散った。

 

ドタッ…

 

ドグルの体が崩れるのを見届けた将造は、動画を撮っている達郎に問う。

 

「今度はどうじゃ?達郎?」

 

達郎はデジカメの画面越しに、にこやかに将造に答えた。

 

「これは…ホームランです。将造さん。」

 

達郎の言葉に将造は、血濡れのバットを天にかざして勝利宣言をする。

 

「よし、わしの勝ちじゃあ!」

 

パチパチパチパチ!

 

「さすが、若!野球もメジャーリーグ級だ!」

 

「いい試合でした。ドグルもきっと泣きながら地獄で健闘を称えてますよ!」

 

「「…………はぁ~」」

 

三太郎、拓三が拍手を送るなか、ゆきかぜと凛子はため息をついて『何言ってんだ、白々しい』と言わんばかりの目を将造に向けていた。

 

彼女達の白い目した視線を一身に受けながら、将造は、次に未だに横たわっている神魔組の若頭に近付く。

 

「さぁて、次は長年に渡ってわしの日本(シマ)を荒らし続けた木っ端ヤクザじゃっ!疲れて寝とるなら、わしのこの睡眠薬でもっと安眠させたるわい!」

 

将造がバットを振り回しながら、若頭の前に立った瞬間…

 

「……や、止めてくれ!!!!」

 

気絶していたはずの若頭が、勢いよく上体を起こした。実は若頭は、ドグルと野球を始めた辺りから目が覚めており、逃げる機会を窺っていたのだ。しかし、ドグルの体で容赦なく野球をする将造の残酷さに恐怖で体が縮みきってしまい、今まで動けないでいた。

 

「ぬしが途中から、目が覚めていたことには気付いていたぜぇ!」

 

将造の凶悪な笑顔を間近に見て何も言えない若頭の頭目掛けて、将造はバットを振り上げる。しかし、次の瞬間、急になにかを思い付いた顔になり、バットを地面に置いた。

 

「そうじゃ!目覚ましついでに今まで録ったわしらの動画を見てもらって、感想をもらおうかの?やはり首領足るもの、第三者からの意見も聞かんとな!達郎、頼む。」

 

「わかりました。将造さん。」

 

「え?!」

 

若頭は、いきなりの場面展開に頭が追いつかず、達郎が見せるデジカメの動画を何も考えずに言われるまま視聴する。

 

そして…

 

「ヒィィィィ!!!!」

 

いくつかの動画のクライマックスだけを見た若頭は、恐怖の悲鳴を上げた。

 

若頭が見せられたのは、顔面にボーリング球をぶち当てて、どれだけ歯(ピン)を倒せるか競う『人間ボーリング』、頭以外を砂浜に埋めて、目隠しをしたまま、まさかりで頭を狙う『人間スイカ割り』、体を水に沈ませて空気を吸おうと出てきたところをバットで殴る『人間モグラ叩き』等である。

 

将造の標的にされたのは、ドグルが言っていた最近、連絡が取れなくなっていた大口の顧客達である。彼らは、殺人嗜好家や残酷な実験をしていた科学者、そして、拷問以上のプレイを行うサディストなど狂った者達だ。だが、動画の中の彼らは、凶悪な笑顔の将造にご自慢の人を苦しめる道具を逆に使われ、最後には普通の人間らしく泣き叫びながら許しを請うが、許されずにおもちゃにされて死んでいった。

 

「この動画をリーアルが管理しとったblogに上げようかと思うんじゃが、金取れるかのう?感想を聞かせてくれんか?」

 

将造が、笑いながら若頭に問う。

 

将造に倒されたリーアルは、かつてミスターXというユーザー名で調教した女性達のあられもない動画をblogに上げて金を稼いでおり、ゆきかぜと凛子も予定通り調教されていれば、そのblogに載せられるところであった。

 

しかし、ヨミハラでは街の主であるリーアルがいなくなった影響で、中華連合や他の組織に領地拡大のチャンスと判断され、抗争が起きてしまう。それに乗じて『高坂静流』率いる対魔忍達が娼館に無理矢理潜入し、顧客のデータを奪い、blogのパスを乗っ取り、ついでに凛子の持っていた愛刀『石切兼光』をも取り返したのだ。

 

若頭は、恐怖で歯をカチカチと鳴らせて将造の問いに答えない。恐怖に染まる若頭を見た将造は、より凶悪な笑顔になる。

 

「よし!それじゃあ。ぬしとは人間だるま落としを…」

 

ピリリリリリリリ!

 

「「「「「「?!」」」」」」

 

将造の言葉を遮るように若頭の胸元から、携帯の着信音が聞こえてきた。コンテナで遮断されていた電波が、外に出た故に届くようになっていたのだ。

 

将造は、若頭が携帯を取り出す前に素早く胸元からスマホを奪った。そして、着信音がなったと同時にゆきかぜ、凛子も近くに来ており、若頭以外の六人は、同時に画面の着信相手を見る。

 

「ん、誰じゃこれ?」

 

「さあ、外国人のマフィアからですかね?」

 

「知らねえな?」

 

将造、三太郎、拓三は画面の着信相手を見ても首を捻るだけであった。しかし、対魔忍のゆきかぜ、凛子、達郎は、その着信相手を見た瞬間、顔に大量の汗が吹き出る。

 

「凛子姉…こいつって?!」

 

「凛子先輩、まさか?!」

 

「ああ、こんなところでこんな大物の名が出るとは…」

 

凛子は、まだ首を捻っている将造達を無視して、若頭にすぐに対応するように指示を出し携帯を返した。

 

その携帯画面には、ローマ字で『Kaiser』と表示されていた。




ゆきかぜが将造のことを、何て呼ぶか少し悩みました。


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第四章 人間核爆弾の恐怖!
Weapon 10 脳カラ筋肉野郎


東京キングダムと同じく、東京湾の海に囲まれたもう一つの都市『東京臨海新都心』。この都市は政府による開発が途中で頓挫し見放された東京キングダムと違い、他の都市と変わらぬ普通の都市である。

 

深夜、その臨海都市の中央に建つビルの地下に岩鬼組の将造と三太郎、そして、対魔忍の高坂静流はいた。そこはパイプがいくつも通っている工場のような広い地下で、将造達は何十人もの柄の悪そうなチンピラやオーク達に囲まれていた。

 

静流はそんな彼らの中で、一際目立つ金属の肌をした筋肉質な巨躯の男に様々なカプセルが入った瓶を渡していた。

 

「これが今回の件上品である米連最新のサプリですか?」

 

「はい、マッスルジョーさん♪こんなサプリを毎回献上するだけで、カイザーをご紹介頂けるなんて、怪我で来れなかった若頭の代わりに重ね重ねお礼申し上げます。」

 

「フフフ…感謝して下さいね。貴方達みたいな小さなヤクザが、私の口利きとはいえ、ノマドのカイザーに会えるなんて本当に奇跡なんですから。」

 

静流から『マッスルジョー』と呼ばれた男は、受け取ったカプセルを水で胃に流し込んだ。

 

「これはいい。全身に力がみなぎってくる。ますます健康になりそうです。」

 

そんな陽気にサプリを飲むマッスルジョーをイライラした目で見ていた将造は、腹巻きに手を入れながら、マッスルジョーに詰め寄った。

 

「マッスルジョーさんよぉ…。サプリを飲むのもええが、肝心のカイザーは一体どこなんじゃ?こっちもガキの使いや無いんで。」

 

「ちょっと?!貴方!」

 

失礼な将造の物言いに、静流は怒って注意をしようとした時、広い地下室に若い男の声が響いた。

 

『貴様が、神魔組のヤクザどもか。』

 

その場にいる全員が、声の方向に顔を向ける。するといつの間にか将造達から正面にあった大きな扉が開いており、まだ二十代前半らしい男がお付きの者と一緒に立っていた。

 

「貴様が海座か?」

 

「人は私のことを皇帝、カイザーと呼ぶ。」

 

静流と三太郎がいきなり現れた海座を見てわずかに驚くなか、将造だけがずいと一歩前に出て、持っていた分厚いアタッシュケースを次々と開いていった。それらの中には、ぎっしりと札束が詰まっている。

 

「物はどこだ?」

 

「「「「「オオオ…!!!」」」」」

 

札束を見た周りのチンピラ達が驚くなか、海座だけが冷静な顔で隣の部下に合図を送る。頷いた部下は、スマートフォンを取り出し操作をした次の瞬間…

 

ガシュ!ガシュ!ガシュ!…

 

地下室の壁や地面が次々とスライドしていき、その裏に収納されてある数々の物が姿を表した。それらを見た三太郎と静流が汗を一筋垂らして驚く。

 

「す、すげえ…」

 

「まさか、東京の目と鼻の先にこんなにも多くの兵器が…」

 

戦闘経験豊富なはずの静流と三太郎が驚くのも無理はなかった。そこには銃や爆弾だけではなく、戦闘機や軍用ヘリ、さらには戦車までもが収納されてあったからだ。

 

「ククク…どうしました?これだけの兵器を見て怖じ気づきましたか?」

 

マッスルジョーは、小馬鹿にしたように将造に笑いかける。しかし、将造はそれを無視して海座に喋りかけた。

 

「わしらが欲しいのは、こんな物じゃねえ…」

 

海座は、半笑いして将造の方を向く。

 

「ほぉ?では、何が望みだ?潜水艦か?原子力空母か?」

 

「ミサイル…ミサイルだ。核ミサイルが欲しい!!!」

 

将造は、周りの者すべてに聞こえるほどの大声で、はっきりと宣言した。

 

「「「「「?!」」」」」

 

ジャキッ!!!!!!!

 

周りのオークやチンピラは、将造の言葉を聞いたとたん、にやけた笑顔から殺気だった表情に変わり、将造達に一斉に銃口を向けた。

 

しかし、その場で将造の言葉に一番驚いたのは、意外にも静流であった。

 

(嘘でしょ?!予定では、適当な武器を見繕ってもらいながら、別動隊の連絡があるまで時間稼ぎをする予定じゃない!)

 

海座も半笑いを止め、将造に真剣な顔でゆっくりと近付いてくる。

 

「その話、誰から聞いた?」

 

「この世界に住む人間はみんな言ってるぜ!ノマドのカイザーは、小国の軍隊以上に武器を持ってるってな!!」

 

やがて海座が、将造の前に立った瞬間…

 

「貴様…何者だぁ!!」

 

ジャキ!ジャキ!

 

憤怒の顔で両袖から拳銃を取り出し、将造の顔面近くに銃口を向けた。

 

三太郎と静流は、冷や汗をかいて二人の様子を見守るが、銃を突きつけられている当の将造は、少しも表情を変えずにさらに海座に話し続ける。

 

「俺は、武器を買いに来た極道だよ。」

 

「それじゃその頭をぶっ飛ばし、脳みそに直接聞くか?どうして核ミサイルなどに興味を持つ?」

 

「それはな…」

 

将造はわずかに笑みを浮かべた後で、必死そうに海座に取り付いた。

 

「わしらが今、もめとる岩鬼組は、凄い極道でよう!組員もわしらの組の十倍もおって、さらに組長の岩鬼将造って奴は、女にも死ぬほどモテて男気や顔、戦闘力も日本一の男なんじゃ!」

 

いきなり敵である自らを誉めちぎる将造に、静流は表情には出さないが、呆れると同時にさらに冷や汗をかく。

 

(敵なのに誉めすぎよ…このバカ!要塞ビルを爆破して、矢崎とリーアルを殺した貴方の名前はノマドじゃ有名なのよ!海座が気付いちゃうでしょうが!)

 

静流の心中に気付かない将造は、さらに海座にまくし立てる。

 

「チャカなんぞでやりおうても埓あかんで、一思いに核ミサイルでカタをつけたろうと思ったんじゃ!!」

 

「は?」

「何?」

「……?」

 

将造の言葉に周りのチンピラやオーク、さらにマッスルジョーや海座までも、困惑の表情に変わっていく。

 

周りの者達の表情の変化に気付かないかのように将造は、さらに説得を続ける。

 

「どうじゃ、わしらの組、助けると思うて核一つ分けてくれんかのう?三太郎!静流!ぬしらも頭下げんかい!」

 

「え?!は、はい!お願いします。わしらを助けてやってください!」

 

「お、お願いします…カイザー…核をく、下さい…」

 

三太郎は潔く、静流は顔をひくつかせながら頭を下げた。

 

「プッ!」

 

そんな必死そうな将造達を見た周りの者達は、一人が吹き出した瞬間に

 

『ギャハハハハハハ!!!!』

 

と爆笑の渦に巻き込まれた。

 

「なんだそりゃ?!」

「こいつら、まだドスだけで喧嘩やっとるんじゃねえのか?」

「このかっぺヤクザ!」

 

マッスルジョーも腹を抱えて大笑いしている。

 

「ハハハ…!貴方は私のナニ程の力も無い弱々しい体だから、そんなものに頼らざるを得ないのですよ。」

 

「そらどうも…」

 

将造が珍しく、後頭部を掻きながら愛想笑いをしている。

 

「「?!」」

 

しかし、三太郎と静流は見た。周りのチンピラには帽子で隠れていて見えないが、将造の額に太い青筋が浮かんでいるのを。

 

(あの脳カラ筋肉達磨は、一番最初にぶち殺す!!)

 

部下達の笑いが地下に木霊すなか、先程の言動で将造のことをただの世間知らずのチンピラと判断した海座は無表情な顔に戻り銃をしまった。

 

「フン!誰か適当に選んでやれ!俺は一時間後に来るあいつの準備をする!」

 

そう言って部下に指示した後、現れた扉から側近と共に去っていった。

 

静流は笑顔でお辞儀をして、この場を去る海座の後ろ姿を見ていたが心中では少し焦っていた。

 

(しまった…てっきり、海座自らが武器を買うまで私達に付き添うと思っていたわ。これは少し苦労するわね。こうなったら作戦の成功は、岩鬼にかかっている。けれど、一時間後に来るあいつって何者なのかしら? )

 

そう考えながら静流は、今だに青筋を立てて愛想笑いを浮かべる将造を見た。

 

時は一週間前に遡る。

 

 

 

 

人身売買をしていた神魔組とドグル率いるオーク達を殲滅した将造達は、神魔組の若頭に止めをさすところで若頭の携帯に『kaiser』と登録された者から電話が掛かり、一旦、止めを刺すのを止める。

 

助けを呼べば、殺してくれと懇願するまで痛め付けると将造に脅された若頭は、将造達の目の前で会話をし始めた。

 

話した時間はわずか数分だが、会話を要約すると、マッスルジョーという者の紹介により、一週間後に武器の取引をしてやるということだった。

 

若頭の会話が終わった後、再度止めを刺そうとする将造を緊張した面持ちの達郎達が止めた。達郎達が説明しようとした 直後、後詰めの対魔忍達が合流し、若頭は生きたまま連れていかれ、達郎達とも別れてしまい処刑は有耶無耶になってしまう。

 

将造達は、数ヶ月後の西日本の極道達が集まる西日本極道総会議が行われるまで、五車町に留まる約束をしており、五車町から出るのは、アサギから紹介された任務や組員達を集めるために東京の岩鬼組の拠点に行く時のみであった。

 

故に他の対魔忍達と共に五車町に帰還した将造達が、アサギから与えられた家に帰宅した時は、もう深夜の二時を過ぎていた。しかし、若頭を殺せずにいた将造はフラストレーションが溜まっており、就寝している三太郎と拓三を置いたまま勝手に五車学園の地下訓練場に入り、立体映像相手にストレスをぶつけていた。

 

「ウォォォォッッッ!!!!」

 

ズガガガガガ!!!!

 

五車学園の地下には、まるで本物のような立体映像を映す機械がある。その機械には、ドローン、対魔忍、軍隊等の行動データが入っており、様々な相手と擬似的に対戦することができるのだ。

 

「これで止めじゃあっ!!!」

 

ドスッ!!!!!

 

将造は、チンピラ、オーク、米連の軍人、さらには対魔忍が混合した集団を左手の銃で銃撃し、最後に隠し持ったドスで貫いて、シミュレーション訓練を終えた。

 

「ふんっ!これで少しは安眠できるわい。」

 

将造は、若頭を殺せなかったストレスを少しは解消できたようで、幾分かスッキリとした顔になっていた。

 

「さぁて…シャワーでも浴びて帰るかのぉ!」

 

そして、シャワー室に向かおうとしたその瞬間…

 

シュッ!

 

訓練場の暗闇から、いきなり将造の死角目掛けて一つの苦無が飛んできた。そのスピードは一般人からすれば、真正面でも受け止められるか解らない程である。

 

しかし…

 

パシッ…

 

将造は迫る苦無を、首を動かさずに前を向いたまま難なく右手で受け止めた。そして、受け止めた苦無を目の前に持っていき、数秒程眺め、ニタリと笑った次の瞬間、飛んできた暗闇の方向へ思い切り投げ返した。

 

バシュ!

 

「意地悪じゃのう。本物を使って殺す気で投げてくれんと、逆に反応しずらいわい。」

 

苦無を投げ返した暗闇に将造が声をかけると、その暗闇から苦無を顔面近くで受け止めたアサギが、ゆっくりと姿を表した。その姿は、対魔スーツではなくいつもの五車学園の校長らしい服を着ている。

 

「相変わらず気を抜かないのね。次から練習用のゴム苦無じゃなくて本物を投げようかしら。それにしても、いつの間にトップクラスの難易度のシュミレーション訓練をクリアできるようになったの?」

 

顔面に武器を投げ返されたのにも関わらず、アサギは何事も無かったかのように苦無を胸元にしまいながら問う。

 

「極道は、世間から排斥される存在だぜ。じゃから常に気が抜けん。それにこの機械は、リアルな動きが売りらしいが、所詮作りもん。生きとる人間と比べたら天と地の差じゃ。それより、こんな深夜じゃ。わしに用があって来たんじゃろ?」

 

「ええ、そうよ。まぁ緊急の件ではないから、先にシャワーを浴びてきて。話はその後よ。私は一階のロビーで待ってるから。」

 

そう言ってアサギは、階段の方に向かおうとするが、将造はそんな彼女にふざけた声で喋りかける。

 

「井河のぉ!ドグルの脳みそをホームランして、シュミレーション訓練までしたらすっかり疲れてしまったわい。わしの体、洗うのを手伝ってくれんかの?」

 

アサギは振り向いて、下品な将造の言動にもう慣れたかのように微笑む。

 

「別にいいけど、なよ子さんにばらしちゃうわよ?」

 

将造は、予想された答えが返ってきたかのように軽く笑った。

 

「わはは!それだけは、勘弁じゃ。すぐ行くから待っとれ。」

 

そして、笑いながらシャワー室に向かっていった。

 

アサギと一旦別れて十分後、シャワーを浴びた将造は、五車学園の生徒達の憩いの場である一階のロビーに付いた。辺りを見回すとアサギは、中央のテーブルにいる。テーブルには、二つのコーヒーが用意してあり、将造はアサギの対面の席に勢いよく座った。そして、置いてあるコーヒーを一口飲んでアサギに話しかける。

 

「で、改めて聞くが、わしになんの用事じゃ?」

 

「貴方が殺そうとした神魔組の若頭を私達がなんで止めたかの釈明と、これからの大まかな作戦の説明よ。」

 

アサギも同じくコーヒーを飲みながら、少し真面目な顔で話し始めた。

 

「若頭の携帯電話に登録してあった『kaiser』とは、ノマド幹部の一人である『海座隆』……」

 

話の内容を要約すると、神魔組の若頭が電話していたのは、朧やイングリッド、フュルストと並ぶノマド幹部の一人である海座であること。海座は只の人間でありながら、ノマドの武器販売を担当しており、その商売相手は対魔忍でも手を出すのが難しい大物が多く、しかも、少人数しか取り引き場所に立ち会うことを許さないため、今まで居場所がわからなかったこと。しかし、小さい勢力である神魔組が関西侵攻のため、東京キングダムのギャングでありながら、よく海座の護衛をしていると噂されたマッスルジョーに海座との取り引きを要請していたこと。それにより、偶然にも取り引き場所がわかったことである。

 

「取り引き場所は、『東京臨海新都心』の中央ビルの地下。若頭の話では、海座はどんな取り引きでも必ず顔を出して相手を確認するそうよ。将造、貴方が神魔組に化けて奴を倒して。」

 

コーヒーをすすりながら話を聞いていた将造は、話が終わると同時にカップを置き、アサギを睨むように見つめ返した。

 

「井河の、何故そんな大物殺害をわしなんかに頼むんじゃ?居場所が解ったなら、今すぐにでもぬしが忍び込んで殺せばいいじゃろが?」

 

将造のもっともな質問にアサギは、少しため息をついて、残念そうな顔になった。

 

「それがそうもいかないのよ…。米連、中華連合、闇の住人達でさえ、暗黙の了解で奴に手を出さないことになってるの。特に日本政府からは、公式な命令で海座に手を出すなと通達されているわ。」

 

「何故だ?奴は、対魔忍でも魔界のモンでもない只の人間なんだろ?」

 

不思議そうな顔をする将造にアサギは、驚くべき一言を放った。

 

「奴は、核を持っている…」

 

「ブハッ?!」

 

将造は、驚きのあまり口に含んでいるコーヒーを吐き出した。

 

「核って、原子爆弾のことかぁ~?!」

 

「そうよ、核ミサイルよ。あいつが初めてその事を宣言したときは、誰もそれを信じなかった。けれどある時、海座の名で日本政府に本物の核ミサイルが送られてきたのよ。その一件が裏に広まり、誰も海座に手が出せなくなった。その核ミサイルが、日本のどの方向に向いているか解らないしね。」

 

ドンッ!

 

アサギの弱気な言動を聞いた将造は、コーヒーが倒れるほど強く机を叩いた。

 

「何を寝惚けたこといっとる!ぬしならそんな奴、発射ボタンを押す前に仕留められるはずじゃろうが?!」

 

怒鳴る将造に対して、アサギは落ち着いた表情を変えずに喋り続けるが…

 

「それができたら話は簡単なんだけど、核の起爆装置はね…」

 

いきなりカッと目を見開き、逆に将造を見返した。

 

「海座の体内に埋まっている!つまり、奴自身が人間核爆弾なのよ!!海座が死ねば核ミサイルは発射され、日本のどこかで核の炎が吹き上がる!」

 

「?!」

 

アサギの迫力ある言葉に再度、将造は驚く。

 

「標的は、もしかしたら東京キングダムやアミダハラかもしれない…だから、裏では絶対に海座に手を出してはいけないことになっている。対魔忍は秘密裏の存在だけど、一応は日本政府の公安部に所属しているから表向きは手が出せない。けれど、貴方みたいな極道なら…」

 

「ふふ…なるほどのう。」

 

アサギの意図が将造にも読めてきた。日本政府や裏の者達に縛られない将造なら、海座と自由に戦えるということである。

 

「日本政府には内緒で、私達もバックアップする。多分、核ミサイルは海座がいる臨海新都心の中央ビルのどこかにあるはず。貴方が取り引きしている間に、私達が核を無効化するから、海座はその後で煮るなり焼くなり好きにしたらいいわ。」

 

アサギの言葉を聞くと、将造は味方が絶対の信頼を置く凶悪な笑顔になった。しかし、数秒後、何かを思い出したかのように真顔に戻り再びアサギに問うた。

 

「そういえば、海座のことは解ったが、護衛のマッスルジョーってアホみたいな名前の奴は、何もんじゃ?」

 

「変な名前の奴だけど、油断は禁物よ。マッスルジョーは、最近力を付けてきている東京キングダムの闇の組織『マッスル団』のボス。健康をこよなく愛する健康マニアだけど、その健康維持方法は、女を孕ませてその胎児を引っ張り出して食べることらしいわ。神魔組の若頭はこいつに毎回、米連最新のサプリをプレゼントすることで海座を紹介してもらったらしい。」

 

胎児を食べているという言葉辺りで、将造は舌を出した嫌悪感丸出しの顔になった。

 

「オエッ!頭が悪そうな団体名のうえに気持ち悪いことをしとるのう…」

 

「まぁ、そこには同意だわ。とにかく、取り引き場所にはこいつもいるはずよ。だから、神魔組が献上するサプリに対魔忍特性の毒を混ぜるわ。弱ってきたところを…」

 

「任しとけ!!海座もマッスルジョーもこの『極道兵器』が皆殺しにしちゃるわい!がはは…!」

 

陽気に笑う将造を見て、アサギはわずかに笑みを浮かべる。

 

(極道兵器VS人間核野郎with健康馬鹿野郎…か。)

 

 

 

そして時は進み、海座と出会う十分前、将造、三太郎、静流は、臨海新都心のビル前で作戦内容の最後の確認をしていた。

 

「最後の確認よ。最初は私達が取り引きをしている最中にアサギさん達が、ビル内のコンピューター施設に忍び込み、核ミサイルの場所を調べる。場所が判明したら、こちらが大暴れをして、敵の人数、注意をこちらに集中させる。あちらが核ミサイルを無力化させれば、私達が遠慮なく海座を始末する。」

 

説明を続ける静流は、持っているバックからカプセルがいくつも入っている透明なビンを取り出した。

 

「マッスルジョーは、博士号を何個も持っている私が、毒遁の使い手である柳六穂ちゃんと協力して作ったこの遅効性の毒で何とかするわ。いつももらったサプリをその場で飲むマッスルジョーは、時間が経つごとに段々と弱っていき、やがては死に至る強力な効果を持つ毒で…」

 

「作戦内容はわかっとるが静流、わしからお願いがあるんじゃが。」

 

将造は、自慢気に説明する静流の話の腰を折る。

 

「何です…?作戦以外では下の名前で呼ばないで欲しいんだけど。」

 

静流は、訝しげな表情で将造を見る。

 

ノマド幹部の一人である海座殺害という最重要な作戦である。故にアサギは、将造にいつも同行しているまだ生徒である達郎達ではなく、理知的で将造の暴走を止められる実力を持つ高坂静流を組ませたのだ。

 

しかし、一ヶ月少し前、将造のマシンガンに殺されかけた静流は、アサギの命令とはいえ、目の前の男と仲良くなる気などさらさらなかった。

 

「サプリの中にこれも混ぜてくれんかの?」

 

静流の表情を全く気にしない将造は、笑顔で腹巻きから一つの錠剤を取り出した。

 

錠剤を受け取った静流は、益々訝しげな表情になり、それを眺める。

 

「これは?」

 

「あるツテで手に入れたよく効くサプリじゃ。」

 

「どんな効果があるの?即効性がある奴は駄目よ。」

 

「安心せい、ぬしの薬より遅効性じゃ。しかし、それを飲めばどんな奴でもぶっ飛ぶぜ!」

 

(アサギさんの話では、岩鬼はクスリ関係は嫌いって言ってたけど?まぁ、いいわ。私が配合した薬は、無効化するかとなんてできないし。)

 

「まぁ、いいわ。」

 

静流は、渋々といった顔で受け取った錠剤を瓶に入れた。

 

 

そして、現在。

 

ギシッ…ギシッ…

 

「ああ~いい~!!最高!!」

 

「うぉぉっ!この戦車具合がええぞー!」

 

三太郎が、海座に任された部下と交渉している時、近くの戦車が激しく揺れ、将造と静流の嬌声が響いていた。

 

「オタクの上司、大丈夫かい?いくら、武器を大量に見て興奮したからって、こんなとこでおっぱじめるとはよう。ここの武器は全部、玉が入っているから発射しないように気を付けろよ。」

 

交渉相手のチンピラが、ニヤニヤと笑いながら三太郎に問う。

 

「ははは…どうもすいません。」

 

三太郎は、恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

しかし、激しく揺れて艶やかな声が漏れる戦車の中では…

 

「せいやっ!せいやっ!」

『まだ、指示は来んのか?イライラで文字通り暴発しちまうぜ!』

 

「ああっ~激しいっ~!」

『もう少し、待ちなさい。今、コンピューターで解析しているところよ!』

 

外に響く嬌声とは真逆に将造と静流は、お互いにイライラした顔で座りながら、携帯の文字で会話をしていた。戦車の中にいるのは、随時来る秘密の連絡を見られない為であり、さらにそれを怪しまれないためにSEXをしている振りまでしていたのだ。戦車が揺れているのは、イライラしている将造の貧乏揺すりである。

 

「おら~!いつもみたいに『ブヒブヒ』豚みたいに鳴かんかい!」

『早うせいと伝えい!この乳尻でか豚!』

 

「ぶ、ぶひ…ぶひ…」

『なんていうこと言わすのよ!トリカブト飲ますわよ!』

 

ブルブルブル…

 

戦車の中で、将造と静流のフラストレーションが爆発しかけていたとき、静流の連絡用の携帯にまたアサギから連絡が入った。

 

その画面の文字を見た静流の表情が変わる。

 

「岩鬼!」

 

そして、急いで将造にも見せる。将造は、その内容を見た瞬間、イライラから解き放たれた凶悪な笑顔に変わった。

 

その数秒後…

 

ドゴォォォォン!!!!

 

「「ぎゃんッ!」」

 

嬌声が漏れる戦車の砲身から、いきなり砲弾が飛び出た。たまらず砲身の先にいるオークが二、三人ミンチと化す。

 

「な、なにをし…」

 

三太郎に武器を説明していたチンピラは、その様子に絶句するが…

 

ズドン!

 

驚いている隙に、自らが説明していた銃で三太郎に撃ち殺された。

 

「若ぁ!アサギさんから合図が来たんですかぁ?!」

 

三太郎が大声で戦車に声をかけると、笑顔の将造が顔を出した。

 

「ああ、ついさっきな!三太郎、お前も乗れ!この戦車、いい音出すぞ!そうじゃ!ついでにそのジェリ缶とポンプも積んでおけ。」

 

「こんなの何に使うんすか?」

 

「後のお楽しみじゃ!」

 

 

 

 

「な、何が起こったんだ?」

「今の爆音は?」

「武器庫からだ!早く扉を開けろ!」

 

突然の轟音に、オークやチンピラが武器庫の扉前に集まり扉を開けようとする。

 

しかし…

 

ドガァァァッッッ!!!

 

その前に戦車が扉を破壊して勢いよく飛び出してきた。

 

「「「ギャアアアァァァガガガガ……!」」」

 

ゴッットン!キュラキュラキュラ……

 

扉の近くにいた数人のチンピラやオークが、戦車の下敷きになる。

 

「「「ヒイィィィ!」」」

 

その惨状を間近で見た他の者達は、我先にと逃げ出すが…

 

ドゴォォォォン!!!!

 

「「「ギャアッッ!」」」

 

「すんません!いじっていたら動きだしおって、止め方がわからんのじゃ~!」

 

戦車から逃げるチンピラやオークに砲弾を炸裂させながら、顔を出したままの将造は棒読みで謝罪する。だが、戦車内の三太郎には…

 

「次は右じゃ、三太郎!全員!轢き殺せ!」

 

と容赦ない命令を下していた。

 

そんな将造達を静流は、ハラハラした様子で見守っている。

 

(アサギさん…早く核ミサイルを破壊して下さい。こいつらは多分、海座を見たら…)

 

静流の心中を余所に将造達が駆る戦車は、逃げるチンピラを追って廊下をそのまま進んで行く。

 

しかし…

 

「フフフ……やはり、貴方達は偽物でしたか?どうりで言動が田舎臭いわけですね。」

 

廊下の曲がり角から、メタリックの輝きを放つ巨体が現れた。一旦奥で休むと言っていたマッスルジョーだ。

 

将造と同じく顔を戦車の外に出している静流は、その姿を認めると驚きの顔に変わった。

 

「嘘…予想なら、昏睡状態で死の瀬戸際にいるはずなのに…ましてや動けるなんてありえない…もしかして、後で吐いた?いや、それでも…」

 

驚き顔の静流と対照的に、将造は凶悪な笑顔でマッスルジョーを睨む。

 

「ほう、随分と点数が高そうな射的のだるまじゃわい。三太郎!あの筋肉だるまに向けて、はよ発射せい!」

 

「わかりました。若!」

 

三太郎は、素早く砲身をマッスルジョーに向ける。

 

だが、マッスルジョーは戦車の砲身を前にしても微動だにしないどころか、面白そうに笑っていた。

 

「ククク……やってみなさい。」

 

三太郎はその笑顔を見て顔を少しひきつらせながらも、遠慮なく発射の引き金を引いた。

 

「食らえぇっ!」

 

ドゴォォォォン!!!!

 

砲弾は、狙いを違えることなくマッスルジョーに着弾し、周りは砂煙に包まれた。しかし、砲弾によって生まれた煙の中から、生き生きとした声が聞こえてくる。

 

「初めて戦車の砲弾を受けましたが、どうってことないですねぇ!」

 

その言葉が終わると同時に煙から現れたのは、体に傷一つないマッスルジョーであった。逆に砕けたのは、砲弾の方だ。

 

「ば、化け物だ…」

 

三太郎は、人をミンチにする戦車の砲弾を受けながらも大笑いをするマッスルジョーを見て顔が青ざめる。

 

「三太郎くん!少し後ろに下がって。」

 

いち早く頭を切り替えた静流は、呆ける三太郎に激を飛ばしながら戦車から飛び出し、マッスルジョーの前に降りたった。そして、愛用の植物の鞭を出現させ、目の前の化け物に臆することなく問いかける。

 

「どうやら、私の愛を込めたサプリは、すぐに吐き出したようね?残念だわ。」

 

気丈な静流の言葉にマッスルジョーは、わざとらしく首を捻る。

 

「ああ、あのサプリに手作りの毒でも入っていたのですか?残念ですね。言ってくれれば、水で流し込まずに味わって食べてあげたのに。」

 

マッスルジョーのふざけた口振りに苛ついた静流は、忍法の準備に入る。

 

「減らず口を!じゃあこれはどう?忍法花散る乱!」

 

静流が鞭を振り回した瞬間、空気中に花が咲き、そこから生まれる毒粉がマッスルジョーを包み込んだ。一息吸えばどんな者でも昏倒する静流の得意技『忍法花散る乱』だ。

 

しかし、マッスルジョーは、自分を囲む毒粉に慌てずゆっくりと息を吐き出した次の瞬間…

 

シュゴォォォッッ!!

 

常人にはあり得ないほどの肺活量で花から生まれた毒粉をすべて吸い込んだ。

 

「?!」

 

静流は、その常人を越えた肺活量と毒粉を自ら吸い込む行為に心底驚愕する。

 

そして、数秒で静流の出した毒粉をすべて吸い込み終わったマッスルジョーは、渋い顔をしながらも何事もないように毒粉を痰として吐き出した。

 

クチャクチャ…ぺっ!

 

「これは…香りは良いですが、味覚の方は食べられないほど苦いですね。」

 

「う、嘘…」

 

その一連の様子を見た静流は、自慢の忍法を破られてショックを受けると同時に、先程言っていたサプリをすべて飲んだと言うマッスルジョーの言葉が真実であると理解した。

 

「私の完全健康ボディに毒なんて効きませんよ。絶望しているようですが、殺しはしません。貴方も私の子を孕む権利を差し上げましょう。」

 

メタリックに輝く巨体がまた笑い、三太郎、静流がその人外さに声を失う。しかし、その笑い声を馬鹿にするかのような陽気な声が響いた。将造の声だ。

 

「わぁーはっはっはっ!さすが自分の子供を食っとる○○ガイ野郎じゃわい。馬鹿じゃから風邪どころか毒も効かんらしいのう。」

 

将造の言葉を聞いたマッスルジョーは、視線を静流から将造に変えて少しため息をついた。

 

「ふぅ…またそのデマですか?私は胎児なんか食べたりはしませんよ。奴隷を孕ましているのは本当ですけどね。」

 

「ほぉ……じゃあ、全員育てとるんか?」

 

「いえいえ、ただその命を悪魔に捧げているだけです。この完全無欠の健康ボディは、悪魔と契約して得たのですよ。」

 

そういってマッスルジョーは、自分の体を見せびらかすようにポーズを決めた。

 

「イカれてる…」

「ひどい…」

 

健康の為だけに自分の子供を悪魔に捧げているという鬼畜な言葉を聞いた三太郎と静流が、怒りと嫌悪の表情を見せる。そんな中、将造だけは矢崎やドグルを殺した時のような殺気が籠った笑顔になっていた。

 

「ほぉ、じゃあその健康さをもっと見せてもらおうかい!轢き殺せ!三太郎!」

 

素早く戦車の中に入った将造は、三太郎に命令する。

 

「了解!こいつは絶対許しちゃおけねぇぜ!静流さん、どいてくれ!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

三太郎が操る戦車が凄いスピードでマッスルジョーに突撃した。

 

「くっ?!」

 

静流は転がって戦車を避けるが、マッスルジョーは少しも動かない。

 

そして、戦車はそのまま、マッスルジョーに激突した…かに見えた。

 

ドシィッ!!!

 

「ハハハ…全然駄目ですね。」

 

激突したのでない。何十トンとある戦車の突撃をマッスルジョーは、楽々と受け止めたのだ。

 

「くそ!」

 

ギュルルルルルル!!!!!!

 

三太郎は、エンジンを全開にして再度轢き殺そうとするが、履帯は地面を削るのみで全く動かない。

 

その必死な様子にマッスルジョーは、再度溜め息をついた。

 

「ふぅ~もう飽きてきましたよ。噂の対魔忍も期待外れでしたしね。どおれ、このまま亀のようにひっくり返してあげましょう…ふん!」

 

「うわぁ!」

 

戦車の前部がゆっくりと浮いて行き、三太郎が悲鳴を上げる。

 

「ちょっと待たんかい!」

 

すると将造が、浮いていく戦車から顔を出した。

 

「何です?命ごいならききませんよ。私に失礼な言葉を吐いた貴方は、直々に私が踏み馴らして、永遠に地面とSEXさせてあげますよ。ハハハハハハ…」

 

将造は、戦車を持ち上げながら大笑いをするマッスルジョーの口内と体を見た瞬間、ニタリと勝ち誇った笑みになった。

 

「やはり、ぬしは筋肉だけの大馬鹿じゃ。自分の体の異常さに気づかんとはのぉ。肩と太ももをよぉ見ぃ!!」

 

「え?!」

 

マッスルジョーは、将造の言われるままに自分の肩と大腿部を確認する。すると元々常人より太いそれらが、両側ともさらに膨れ上がっていた。

 

「な、何だ?」

 

自分の体の異常さに気付いたマッスルジョーは、持ち上げていた戦車を離して、再度全身を見る。

 

「な、何が起こっているの?岩鬼!貴方何を飲ませたの?!」

 

床に伏せたままの静流もマッスルジョーの体の変化に気付き、驚愕した顔でニヤけた将造に問う。

 

「驚いたじゃろ?実は…」

 

「うがァァァァッッッ!!!」

 

ボコボコボコ…

 

将造と静流が話している間にもマッスルジョーの両肩と両大腿部の付け根が段々と膨らんで行く。

 

「わしがぬしに渡した錠剤はなぁ… キメラ微生体じゃあ!!!」

 

「ぐぎゃああああっっっ!!!!!」

 

ドォッバァァァン!!!!

 

将造がネタばらしをした瞬間に、マッスルジョーの四肢は、根元から爆発した。

 

ボト…ボト…ボト…ボト…

 

「あがぁぁっっ!!!な、何で?私に毒はすべて効かないはずなのにぃ?!」

 

四肢が勢いよく弾け飛んだマッスルジョーは、奴隷刻印が刻まれた舌で悲鳴を上げながら、熱いアスファルトをうねる芋虫の如く転げ回った。

 

将造は、そんなマッスルジョーの惨状を見て大笑いをする。

 

「わぁーはっはっはっ!見ぃ静流!筋肉達磨が、ただの芋虫になったわい!」

 

床に伏せていた静流は立ち上がり、勢いよく戦車に飛び乗って、笑う将造に問うた。

 

「岩鬼、貴方どこであんなもの手にいれたの?」

 

「じつはな…」

 

将造は、一ヶ月以上前の要塞ビルの攻防のことを素早く話し始めた。

 

その話の内容とは、リーアルをクッションにして地面に激突した時、将造は死んでいたリーアルから錠剤が入ったビニールパックが飛び出したのを見つけた。そして、それを達郎を助ける前に腹巻きに隠したことである。

 

「ゆきかぜと凛子の話じゃキメラ微生体の爆発条件は、リーアルのバカに逆らうことと、ヨミハラを離れることらしいぜ。じゃからこの前、ミスターSっちゅう拷問好きに内緒で飲ませて確かめたんじゃ。そうしたら、一時間程で爆発してのぉ。」

 

「なるほど、リーアルはヨミハラに戻ったら素早くキメラ微生体をゆきかぜちゃん達に再投与するため、自分でいくつか所持していたのね。それにキメラ微生体は、厳密にいえば毒ではなくナノマシンだから、マッスルジョーにも効いたのか。」

 

「その通りじゃ。よし!静流、次はあの芋虫を拘束せい!」

 

「わかったわ。けれど、絶対この任務が終わったらすべて提出しなさいよ。」

 

いまだに転げ回るマッスルジョーを静流は、将造の言うとおりに植物を地面から生やし仰向けで拘束した。

 

シュルシュルシュル…

 

「ウガァァッッ……」

 

十全な状態なら数秒で引きちぎれる植物だが、さすがのマッスルジョーも四肢がない状態では大人しく縛られるしかない。

 

拘束されたマッスルジョーを確認した将造は、三太郎に命令する。

 

「よし、三太郎!次はあいつの股間目掛けて、『パンツァーフォー』じゃ!」

 

「了解♪」

 

三太郎は、にこやかに返事をした。

 

「や、やめろぉぉっっ!」

 

逃げようとするマッスルジョーだが、四肢がなく、さらに静流の植物で縛られているため逃げることも転がることもできない。

 

そして、戦車の片側の履帯がゆっくりとマッスルジョーの股間に乗り上げた。

 

ゴッットンッ!プチッ♪プチッ♪

 

「ぐぎゃあがががが!!!!」

 

いくら悪魔が与えた健康な睾丸でも、何十トンとある戦車には耐えられない。故に今まで悪業を重ねてきた精子を量産してきた二つの睾丸は、プチトマトのように簡単に潰れてしまった。そして、皮肉にも胴体自体は完全健康ボディ故に戦車の重さでも簡単に落命できず、マッスルジョーは徐々にプレス機に潰されるような生き地獄を味わっていた。

 

「ヒュッヒュッヒュッ…」

 

肺が押し出されて、わずかな空気しか吸うことができないマッスルジョーは、浅い呼吸を繰り返す。

 

戦車はそのまま頭部まで進んでいくと思われたが…

 

「三太郎、一旦停止せい!」

 

「え?はい!」

 

胸元で一時停止した。

 

「どうしたの?岩鬼?」

 

静流が不思議そうに問うなか、将造は勢いよく外に飛び出した。そして、苦悶のマッスルジョーの頭の前に仁王立ちし、凶悪な笑顔で見下ろす。

 

「さっきは、よくも大口開けて笑ってくれたのう!芋虫野郎!この岩鬼将造が直々に落とし前をつけさせてやるぜ!」

 

「き、貴様が、要塞ビルを爆破した岩鬼将造だったのか…。」

 

マッスルジョーは、悪魔も恐れるであろう凶悪な笑顔の男が岩鬼将造だと分かり、ガタガタと震えだした。

 

「ほうじゃ!じゃが、わしはぬしみたいに趣味が悪くなくてのう。そんなにガタガタ震えているんじゃ、なぶり殺す気もなくなってきたわい。」

 

「え?!」

 

マッスルジョーの顔にわずかながら生気が甦り始める。

 

(もしかして、命だけは助けてくれるのか?この四肢は叔父さんに頼んで魔界の技術で再生して…)

 

「そうじゃ!散々動いて喉が渇いたじゃろう?三太郎!」

 

「はい!元気が出るこれですね!」

 

三太郎は、ある二つの物を将造に手渡した。それを見たマッスルジョーは、自らの考えはサッカリンより甘いことに気が付く。

 

「ま、まさか?」

 

将造に手渡されたもの物は、ガソリンが満タンに入ったジェリ缶と灯油ポンプであった。

 

「歓喜に震えとるのぉ。わしからの水分補給じゃあ!!ありがたく飲みやがれぇ!」

 

ズボっ!

 

そう言って、いきなりポンプをマッスルジョーの口に無理矢理差し込み、素早くガソリンを直接胃に送り始める。

 

ギュポ…ギュポ…ギュポ…!

 

「な、何を…オゴ!ゴポ…ゴポ…ゴポォ!」

 

咽頭に直接差し込まれているために嚥下反射が起こり、異物を喉に突っ込まれている犬や熊と同じく口で噛みきることができない。そのうえ戦車の重さで肺が圧迫されて、空気を吐いてガソリンを口内から出すこともできない。

 

だが、その最中に武器を取ってきたチンピラやオークが集まって来る。

 

「居たぞォ!こっちだ!」

 

集まって来る敵を確認した静流は、将造を急かす。

 

「岩鬼、早く!他の奴等が来る!」

 

「わかった!すぐ戻る。よし、最後の仕上げじゃ!」

 

バシャバシャ!

 

ジェリ缶に入っていたガソリンの四分の一程をマッスルジョーの胃に流し込んだ将造は、自分にはかからないように気を付けながら、残りを戦車に挟まった体に振りかける。

 

「マッスルジョー!後は自分のガキの命を糧にした自慢の筋肉でなんとかせぇ!」

 

すべてのガソリンを振りかけてジェリ缶を捨てた将造は、ニヤリと笑って戦車の中に戻った。

 

「三太郎!今度こそ発進じゃっ!」

 

「了解!」

 

そして、将造達が乗った戦車は、ガソリンまみれで苦悶の表情のマッスルジョーを頭部をゆっくりと引いていく。

 

「オゴゴゴ………」

 

マッスルジョーは、顔面にも地獄の苦しみを味わいながらまだ生きていた。このまま何事も無ければ、ガソリンが体に入っていたとしても、完全健康ボディ故に命だけは助かるだろう。

 

しかし…

 

「わぁ~♪誰かとめてくれ~♪」

 

「ふざけんなこの野郎!撃て!撃てぇ!」

 

集まってきたチンピラとオークが、戦車から顔を出して挑発する将造に弾丸を発射しだした。

 

それを見たマッスルジョーの青白い金属色の顔面がさらに青ざめる。

 

「やめろぉぉっっ!撃つなぁァッ!!」

 

口の中のガソリンを辺りに飛び散らせながら怒鳴る。

 

しかし、一つの跳弾からわずかな火花が飛び散った瞬間…

 

ボボボボボ!!!!!!

 

その火花が周りに散乱するガソリンに引火した。小さな火花は、大きな炎に変わりマッスルジョーに勢いよく迫る。そして…

 

「あづぁっっっががが!!!!」

 

一瞬で体に燃え移り、炎は体を縛る植物を燃やして体を包みこんだ。それだけではなく、炎は無理矢理ガソリンを入れられた胃まで到達したらしく、ギャグマンガで激辛の食べ物を食べた時のように口から勢いよく炎が吹き上った。

 

「ボボボボボォォォ????!!!!」

 

だが、これだけ悲惨な状態になってもマッスルジョーは、完全健康ボディ故に中々死ぬことができず、苦しみのあまり火だるまのまま転げ回る。

 

ゴロゴロゴロゴロ!!!

 

「く、来るなぁ!」

「おごふっ!」

「うわぁ!服に燃え移ったっ!」

 

ガソリンまみれで転がるマッスルジョーは、四肢なき体でもその巨大さ故に将造達を追っている味方を偶然にも巻き込んで行く。

 

「くそっ!まずはこいつを殺せぇ!」

 

ズドン!ズドン!ズドン!

 

後ろの追っ手達は、将造の戦車よりも火だるまで転げ回るマッスルジョーを相手に銃撃し始めた。だが、戦車の砲弾をも弾き返す体故に殺すことも止めることもできない。

 

「あがががぁぁっっ!!!」

 

一方、マッスルジョーも拳銃程度では死にたくても死ぬことができないため、悲鳴を上げながらも元気に味方を巻き込み続ける。

 

戦車の中にいる静流は、外を見ずとも廊下中に響くマッスルジョーの断末魔の叫びで外の様子が手に取るように解っていた。

 

(自分の欲望の為に、子供を殺し続けた悪党にふさわしい末路ね。まぁ、時間がかかっても一時間後くらいに死ねるでしょ。それまで頑張って敵を足止めしてちょうだいね。)

 

戦車から上半身を出した将造は、炎に包まれた地獄のような惨状をバックに、大笑いしながら前進していく。

 

「うわぁっ~はっはっは!極道兵器のお通りじゃっ~!!!」




マッスルジョーさん、本編よりグロく殺してすいません。


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Weapon 11 人間核野郎 前編

将造が戦車で大暴れをしているころ、将造達がいる中央ビルからわずかに離れたビルの廊下で、素早く動く複数の影があった。

 

先頭の影が、後ろの影達に向かって叫ぶ。

 

「警備室のコンピューターによれば、核ミサイルは恐らくこのビルの最上階に配備されているはず!急ぎましょう!」

 

「「「「了解!」」」」

 

影達の正体は、今回の作戦の要であるアサギ率いる核ミサイル解体班である。アサギ達は、まず臨海新都心に建つ複数のノマドビルを管理している警備室に侵入して、すべてのビルの配置図を手に入れた。配置図によれば、このビルの最上階には謎の空間が有り、アサギはそこが核ミサイルの収納庫であると確信したのだ。

 

しかし、その時…

 

ズドオオオォォォン!!!!!!

 

いきなりビルの外から、耳をつんざく轟音が聞こえてきた。

 

「「「「「「?!」」」」」」

 

その音を聞いたアサギ達は、思わず立ち止まった。

 

「な、なんだ!さっきの音は?!」

「まさか、俺達の行動がバレたのか?!」

「いや、しかし?!予定ではこんなに早くは…」

 

いきなりの轟音に対魔忍達に動揺が広がるなか、アサギのすぐ後ろに付いていた紫も不安げな顔でアサギに問う。

 

「アサギ様、あの音は?」

 

問われたアサギも聞いたことがない轟音なのだが、その場を静めるため口を開こうとしたとき、狼狽える対魔忍達の中から不釣り合いな冷静な声が、紫の問いに答えた。

 

「あれは、戦車の砲弾の音だな。戦場で何回か聞いたことがある。」

 

周りの対魔忍達が静まる中、一人の笑顔の男が前に出てくる。その男はアサギ達が着ている対魔スーツではなく、軍人のような迷彩服を着ていた。岩鬼組の拓三である。

 

「それが本当だとしたらまさか…」

 

「ああ、100%…若が戦車に乗って暴れている。」

 

拓三もいつもの朗らかな笑顔ではなく、わずかに頬がひきつった不安そうな笑顔だ。

 

「海座め、まさか戦車まで持ち込んでいたとは…わかったわ。気付かれていないなら、私たちはこのまま先を急ぎましょう。」

 

急ごうとしたアサギに紫が、不安げな顔のまま再度問う。

 

「アサギ様、おそらく岩鬼将造は陽動など考えずに本気で暴れています。一度、静流に連絡を取ってみませんか?」

 

「やらせとけばいい。あれは極道が勝手に暴れているだけよ。それに騒ぎが大きくなれば、それだけこっちが動きやすくなるわ。」

 

そう言ってアサギは紫を納得させ、他の対魔忍達と再び屋上を目指し走って行った。

 

拓三もアサギ達に付いて行くが、笑顔ながらも一筋の汗を流して呟く。

 

「なら、いいスけど…若は一筋縄ではいかないっすよ。」

 

 

場面は戻り、将造、三太郎、静流がいるビルでは…

 

「うわーーーー誰か止めてくれぇっ!!!」

 

ズドオオオォォォン!!!!!!

 

「「「「ぎゃああああああァァッッッ!!!!!!」」」」

 

マッスルジョーを体の芯までバーベキューにした将造は、白々しい悲鳴を上げながら周りのチンピラやオークを砲撃の的や下敷きにして、器用にビルの上階へと登っていた。

 

戦車内は、将造が上半身を車外に出しながら行き先の指示を、三太郎が操縦と砲撃を、最後に静流だが、彼女は戦闘の真っ只中にいながらも、襲いかかる敵は楽しそうな前の二人が即座に殲滅してしまうので、特にすることがなく後ろの座席で暇そうにしていた。

 

やがて静流は、マッスルジョーを倒しても、下手な演技を続ける将造に呆れ顔で喋りかけた。

 

「もうそのわざとらしい悲鳴上げるのを止めなさいよ、岩鬼。どんな馬鹿でも、もう貴方がわざと攻撃してるってわかってるわよ。」

 

「……」

 

静流の極めて真っ当な意見が耳に入った将造は、演技を中断して戦車内に入り静流と向かい合った。

 

「?!」

 

その時の将造の顔を見た静流は、一瞬背中がゾクリとする。何故なら将造の表情は、彼女が知る同じ対魔忍でありながらも、サディストと敵味方からも恐れられる『相馬成美』や『羽鳥志津香 』とは比べ物にならない程、楽しみと殺意に満ち溢れた顔だったからだ。

 

「ぬしはわかってないのぉ。どんな喧嘩でも、楽しんでするのが良いんじゃろうが!」

 

将造の答えを聞いた静流は、さらに背中に震えが走る。

 

(喧嘩?!下手をしたら日本で核爆発が起こるかもしれないっていう、対魔忍でも類を見ないほど危険な作戦を喧嘩と言い切るの?それにいくらノマドの者達といっても、あんなに心底楽しみながら殺す行為は…やはり、アサギさんには悪いけど、こいつは信用ならないわ。)

 

「………作戦、忘れないでよ。」

 

「ああ、任しとかんかい!」

 

静流は、心中を悟られぬよう表情を崩さず、また車外に上半身を出す将造を見送った。

 

数分後、砲弾を撃ち続け、辺りの敵を一掃した将造は、周りの壁や装飾品も破壊しながら、さらに上階へ進もうとしていた。

 

「うわーーーーどけどけぇ!!」

 

相変わらず勝手に戦車が動いて困っている風な悲鳴を上げながら、将造がこの階を突っ切ろうとしたとき、前方の煙のなかで佇む人影が見えた。

 

「!!」

 

その影を見た瞬間、将造はわずかに驚きの表情に変わり、直ぐ様三太郎に指示を出す。

 

「止まれ!三太郎!」

 

「は、はい!!」

 

急な将造の停止命令に混乱しながらも、三太郎は言われるまま思い切りブレーキを踏んだ。戦車は鈍い金属音を響かせながら、緊急停止をする。

 

ギギギギギギギ!!!!!!!

 

「キャア!!」

 

いきなりの緊急停止に静流は、咄嗟に周りの機械類を掴み、前につんのめることだけは耐える。

 

ガタンッ!!!!!!

 

数秒後、戦車は完全停止した。

 

体勢を立て直した静流は、何事が起こったのかを確かめるため、将造の横から自らも上半身を出して前を確認する。

 

「岩鬼?いったいどう…し……?!」

 

砂煙が晴れて影の正体を確認した静流は、驚きのあまり声を失った。そこには今回の標的である人間核野郎の海座が立っていたからだ。

 

目の前の海座は、すぐ前方に戦車がいるのにもかかわらず、焦ったり驚いたりといった表情を見せずに無表情で悠然としている。

 

「貴様ら、止まったところをみると俺が殺されれば、どうなるか知っているな!!」

 

「そこをどいといたほうが良いぜ。また動き出すかもしれんぞ!」

 

将造もそんな悠然とする海座を物ともせず、笑顔で挑発をする。

 

「やってみろ、チンピラ!!貴様にそれほどの度胸があるか?日本国を吹っ飛ばすだけの根性はてめーにはねえよ!」

 

将造は、海座の言葉を聞いても笑顔のまま表情を変えない。しかし、目だけは段々と血走り始め、低い声で三太郎につぶやいた。

 

「三太郎…」

 

「若?!」

「岩鬼?!」

 

その声が何を指示しているか、三太郎と静流は一瞬で理解し、背中に冷や汗をかき始める。

 

海座は、将造の変化に気づかないのか、さらに挑発を続ける。

 

「最初から人間ってのは、持ってる器が違うんだよ。お前らクズは、俺の前にひれ伏すしかないんだよ。」

 

「三太郎!」

 

先ほどよりも鋭い声で将造が叫ぶ。

 

「若!だめだ!」

「挑発に乗らないで!岩鬼!」

 

二人が、必死に将造を説得する。

 

「俺の前に跪け! 今の貴様に出来ることはそれだけだ!!」

 

「三太郎!どけぇぇッッーーー!!!!!」

 

「うわぁ?!」

 

ドカッ!

 

海座の跪けという言葉で遂に堪忍袋の尾が切れた将造は、勢いよく車内に入り、三太郎を突き飛ばして自ら操縦席に座った。

 

「だったら、貴様の器がどれほどか見せてもらおうかい!!!うお~ぶっ殺してやる!!!」

 

ギュルルルルル!!!!!!

 

海座に向かって将造は、戦車を迷わず急発進させた。

 

「若~やめて~!!奴は人間核爆弾じゃ。奴を殺せば核がある臨海新都心が吹っ飛ぶ~!!」

 

必死な顔で三太郎が、操縦席から将造を引きはがそうとするが、将造は少しも動かない。

 

「いけない?!」

 

静流も焦った顔で、将造を追って車内に入った。そして、人間を一瞬で眠らせる忍法を発動させようとする。

 

この作戦に選抜され、静流が岩鬼とチームを組まされたのは、彼女が経験豊富な対魔忍であるという理由だけではない。彼女は対魔忍であるとともに博士号をいくつも取得している植物学者でもあり、人体にあらゆる影響を及ぼす植物を操ることができる。ゆえにもし将造が海座相手に暴走し、言葉や力で制止できない時は、忍法で無理矢理にでも行動を停止させる影の任務をアサギに命じられていたのだ。

 

(アサギさん…やはり、岩鬼と私を組ませたのは正解でした。ここは二人を眠らせた後で、護衛がいない海座もついでに『ガタッ!』うあッ?!)

 

静流が忍法を発動させようとした時、戦車がいきなり後ろに傾いた。海座の前の瓦礫に戦車が勢いよく乗り上げたのだ。 迂闊にも静流は体勢を後方に崩してしまい、将造を眠らせる忍法は不発に終わってしまう。

 

「しまった!!」

 

前部が浮いた戦車は、そのまま前にいる海座に壁のように迫る。

 

「ふふ、やれるか? チンピラ?」

 

それでも海座は直立不動で微動だにしないが、容赦する将造ではない。

 

「核が怖くて、極道がやってられるかぁぁぁぁ!!!!!」

 

グシャァァァッッッ!!!!!!!!

 

浮かんでいた戦車の前部は、重力に従い落下し、そのまま海座を踏みつぶした。

 

海座を殺してしまったことを車内から察した三太郎と静流は、血相を変えて叫んだ。

 

「あかん!核爆発やぁぁッ!!!」

 

「きゃあああああ!!!!!!!」

 

二人は、数秒後に来ると思われる熱風や放射能を予測して、無駄ながらも体と頭を伏せた。

 

………………しかし、何秒経っても何も起こらない。

 

エンジン音だけが響く戦車内で、将造が一言つぶやく。

 

「舐めたまねしくさりおって。」

 

将造の声を切っ掛けに頭を上げた静流は、自分の周りをゆっくりと見渡した。戦車内の機器はどこも壊れておらず、隣にはまだ三太郎が体を伏せており、前の将造は体を伏せる前と変わらず操縦席で前を睨んでいる。周りの安全を確認した静流は、次に勢いよく将造に詰め寄った。

 

「岩鬼ィィッッッ!!あなた、今回の作戦聞いてなかったの?!結果だけを見れば海座の核は、嘘だってわかったけ…」

「騒ぐな!前をよく見ぃ静流!」

 

生徒には絶対に見せない怒りの表情でまくし立てる静流を将造は一喝した。

 

静流は、まだ言いたいことがありそうな顔をしながら、将造の視線を追うと前方に戦車に押し潰されて千切れた海座の生首が転がっているのが見えた。普通の人間の生首なら、血が滴り骨が飛び出しているはずだが…

 

「あれは?!」

 

海座の首からは、血や骨ではなく電気コードと金属片が飛び出していた。

 

「あれは人間でもサイボーグでもねぇ、只の人形じゃあ!」

 

轢いたはずの海座は、スピーカー機能を備えた精巧な人形だった。

 

静流は驚きの顔で、視線を人形の首から将造に戻す。

 

「岩鬼?貴方は、最初から海座が人形だって解っていたの?」

 

「当たり前じゃ、奴の目は最初から死んどったわい!!」

 

将造は不敵な笑みを浮かべて、自信満々に静流に言い切った。

 

「さすが若じゃ!」

 

三太郎も伏せた体を起こしながら称賛する。

 

しかし、興奮する三太郎に対して静流は、冷静に一連の将造の行動を思い返す。

 

(まさか?あの視界が悪い状況のなか、目の前の海座を精巧な人形であると一瞬で見抜いたというの?!対魔忍の私を差し置いて!本当だとしたら、こいつは対魔忍以上の…ん?)

 

「あんなもんで、ビビって安く見られてたまるか…」

 

未だに人形相手に啖呵を切る将造を静流が目を細めてよく見ると、手が『カタカタ』と震えている。さらに顔を見れば、不敵な笑みを浮かべてはいるが、その笑みは少しひきつっている。

 

「あ、貴方まさか、本当は人形だと気付かずに挑発されたからって、その場のノリと勢いで海座を殺そうとしたんじゃ…」

 

ピタッ!

 

静流の言葉を聞いた瞬間、図星を突かれたかのように将造の動きが止まった。

 

三太郎もそれに気付き、称賛を止めて珍しく青筋を立てて将造に詰め寄る。

 

「若!あんた本当に人形だと知ってたんですか!ただ、静流さんの言うように意地を張っただけじゃあないんですか?!」

 

「ば、バカタレ?!ぬしら、なんてことを言うんじゃ?!」

 

二人の問いに将造も珍しくわずかに狼狽えた様子を見せる。

 

さらに二人が将造を問い詰めようとした時、それを遮るかのような笑い声が響いた。

 

『ふふふふふ……』

 

「「「?!」」」

 

三人は即座に言い争うのを止め、声の出所を確認する。

 

『流石、要塞ビルを爆破し、マッスルジョーを倒すだけのことはあるな。誉めてやるぜ……』

 

音の出所は、戦車のすぐ前方に転がっている人形の生首からであった。

 

『しかし、お前達もそこまでだ。大人しく戦車から降りて降伏しろ。今のお前達が助かる道は、この海座の足下にひれ伏すしかない。』

 

「へへへ、お前こそ俺の前に出てこいや。チ◯ポ舐めさせてやるぜ!!」

 

いつの間にか将造は狼狽えるのを止め、また不敵な笑みに戻っていた。

 

『それ以上やれば取り返しがつかんことになるぞ。』

 

「俺は取り返しがつかんことは大好きなんだ!!カッコつけてねえで、やってみろォォッッッ!」

 

そう言い切った将造は、アクセルを踏んで再び戦車を前進させようとした瞬間…

 

ドゴォォォォン!!!!

 

踏み潰されてバラバラになった人形の手足が一斉に爆発した。

 

「うわぁ?!逃げろぉ?!」

 

いつの間にか戦車に近付こうとしていたオークやチンピラは、急いで遠くに逃げる。

 

彼らが逃走するのも無理はない。爆発の威力は凄まじいもので、戦車下の床のコンクリートが即座に太いヒビが入ったほどだったからだ。

 

ビキビキビキ……ガラガラガラ!

 

「ヒィィ!」

「あわわ…」

「うわぁ!」

 

やがて超重量の戦車は、逃げ遅れた者達とともに下階に飲み込まれていった。そして、さらに戦車は下の階で止まらずに20m程の穴を開けながら次々と床をぶち抜いて行く。

 

ドゴォォォッッッ!ドゴォォォッッッ!ドゴォォォッッッ!

 

そして、元居た階の四階下でやっと落下は止まった。

 

海座の兵達が遠巻きで見つめるが、戦車は落下の衝撃で故障したのか、エンジン音がせず、中にいるはずの将造達も出てくる様子もない。その不気味な静寂さにゾロゾロとチンピラ達が戦車に近寄るが、誰も手出しをしない。

 

「死んだかな?」

「生きていたら怪物だな…」

 

「なら、念のためにこいつをぶちこんでやるぜ!」

 

戦車に近付く者達の中で、様子見にしびれを切らした軍人風のオークが、戦車によじ登る。そして、体にいくつも巻いている手榴弾の一つをハッチを開けて投入しようとした。

 

しかし、その瞬間…

 

『待てーー!!』

 

放送用のスピーカーから、海座の声が響いた。

 

場面変わって、ビル内の要所を映しているテレビ画面がある部屋。そこで本物の海座は、側近達と将造達の一部始終を見ていた。

 

「まずは生死を確かめろ!生きていたら、俺のところへ連れてこい!」

 

海座の言葉に慌てて側近の一人が、海座を諌める。

 

「止めろ海座!岩鬼将造は危険な奴だ。何をするか、わからんぞ!」

 

海座の側近達もマッスルジョーを倒すのを含めた将造の大暴れの一部始終を見ていたのだ。

 

「心配するな。この国に俺に手を出せる奴などおらん。」

 

「いや、しかし…ハッ?!」

 

側近達は海座の顔を見て声を失った。

 

海座は、声こそ冷静そうに取り繕っているが、表情の方は怒りの色に染まっていた。何故なら、核爆弾のスイッチを体内に持つ自分に対して、今までどんな魔族や人間でも手出しが出来なかった。しかし、あろうことか対魔忍でもない只の極道が、自分を模した人形相手でも少しも恐れずに破壊したからだ。故に自分の前に引き摺りだし、死ぬ前に恐怖を与えなければいけないと考えていたからだ。

 

「いるはずはないのだっ!!いてはいかんのだ!!」

 

そう海座が叫んだ時、海座達の後ろにある警報器がけたたましく鳴り始めた。

 

慌てて側近の一人が、近くのコンピューターを操作する。

 

「海座!他のビルに侵入者だ!」

 

報告を受けた海座は、一旦、オークの指示を止め、急いで他のビルの者達に指示を出し始めた。

 

「やはり、他の奴等もいたのか!急いで警備のドローン達を起動させろ!」

 

 

 

 

一方、戦車の落下場所では、スピーカーからの海座の指示が止まってしまったため、手榴弾を投げ入れようとしたオークと周りの者達は、どう動けばよいか分からないでいた。

 

「指示が途絶えちまった。」

「どうすればいいんだよ?」

 

ハッチを半開きで手榴弾を振り上げたままのオークが、隣の者と目を合わせた瞬間…

 

ガバッ!!

 

「うわぁ!」

 

ハッチが勢いよく開き、二本の腕がオークを戦車内の暗闇に引きずり込んだ。

 

バチン!

 

そして、そのままハッチは、閉まってしまう。

 

「奴ら、生きてたんだ!」

「引きずり込まれたぞっ!」

「早くハッチを開けろぉ!」

 

チンピラ達は、将造達が生きていたことにあわてふためき、急いでハッチを開けようとした時だった。

 

「ウオオオオォォッッ!!!」

 

ハッチは自ら勢いよく開き、雄叫びを上げながら、将造が巨体であるオークを軽々と頭上高く持ち上げて現れた。

 

「わし特性の爆弾を食らいやがれぇ!」

 

将造は、少しの怪我も負っておらず、持ち上げているオークを人がより密集している場所へと思い切りぶん投げた。

 

「ムググググウウウ!!!」

 

「み、見ろ…手榴弾だぁ?!逃げろぉ!」

 

投げられたオークが空中から迫るなか、視力が良いチンピラが悲鳴を上げる。元々オークが持っていた手榴弾が、ピンを抜いた状態で、限界まで口内に詰められているのが見えたからだ。気づいたチンピラや他の者も逃げようとするが、もう間に合わない。

 

ドワォォッッッ!!!!!

 

「「「「「ギャアアアア!!!!」」」」」

 

二十以上の手榴弾が一気に爆発して、投げられたオークはもちろんのこと、十数人がまとめて吹き飛んだ。

 

「おら~行くぞぉ!」

 

その爆発を皮切りに将造は、何故か三太郎を抱えて上げて戦車から飛び下りた。静流もそれに続く。

 

「若ぁ、わしのことは放って行って下さい~!」

 

三太郎が情けない声を上げる。実は戦車が落下した時、将造と静流は受け身を取り無事であったが、三太郎だけは痛みで歩けないほど足首を捻挫してしまったのだ。

 

(へぇ…足手まといの部下は、容赦なく見捨てるタイプだと思ったけど…)

 

静流は、三太郎を抱えあげて走る将造を見ながら、心の中で少し見直した。だが、その考えはすぐに砕かれることとなる。

 

「やろ~!」

「死ねぇ!」

「囲めぇ!」

 

ダダダダダダダダダダ!!!!!

 

三人を爆発から免れた者達が、容赦なく将造達を銃撃し始めた。

 

「若ぁ!わしは足手まといです。気にせず見捨ててください!」

 

「馬鹿たれ!三太郎、まだぬしは役に立つ。」

 

将造は、三太郎を励ましながら素早く移動する。彼を銃弾の盾にしながら…

 

「お前はわしの盾じゃ!」

 

「ヒェーー?!」

 

同じく銃撃を避ける静流は、その様子を見て自分の考えの甘さに苛立ちながら、将造に怒鳴る。

 

「ちょっと!!岩鬼ぃ!なんてことをしてるのっ!」

 

「五月蝿いわい!そこの身を隠せる壁に行くまでの間だけじゃあ!」

 

だが、銃弾を防ぐ壁の影に行くまでに更なる敵の集団が現れ銃撃に加わろうとする。

 

「奴らは、武器を持っていないぞ!」

「うぉーやっちまえ!」

 

その一団をいち早く確認した将造は、左腕の手首に齧り付きながら、右手だけで三太郎を壁の影に放り投げた。

 

「すんません!若ぁ!」

 

将造は、空中で謝る三太郎を目で追うことなく、真正面の敵を睨みつけながら、素早く口で左手の義手を外しにかかる。

 

「「「「「「?!」」」」」」

 

何も武器を持っていないと高をくくっていたチンピラ達は、将造の左手が義手であることに驚き、さらにその中から出てくる物に驚愕する。

 

「わしを誰やと思うとる!!!」

 

将造が、左腕をくわえながら、中から出現させたマシンガンを周囲に晒して宣言する。

 

「極道兵器やどぉぉッッッ!!!」

 

ズガガガガガッッッ!!!!

 

「あぐっ?!」

「ぎりっ?!」

「がぁんっ?!」

 

何も武器を持っていないと勘違いをしていたチンピラやオーク達は、将造のマシンガンを真正面に受けて吹き飛んだ。




気が付いたら、アークも最終回…次は極道兵器をアニメ化して欲しい。対魔忍RPGのアニメ化でもいいですけど…


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Weapon 12 人間核野郎 中編

「畜生!撃て撃てぇ!」

 

ついに左腕を抜いた将造と海座の配下達の銃撃戦が始まった。

 

「まずは、武器を持ったあいつを仕留めろぉ!」

 

パラララララ!!!!!

ダダダダダダダダダダ!!!

ズドン!ズドン!ズドン!

 

あらゆる銃を持った数十人が発射した弾丸が、たった一人の将造を狙う。対魔忍の八津紫の『不死覚醒』やノマド幹部のフュルストの『魔の力』でもない限り、只の生物ならものの数秒で蜂の巣になって死亡する銃撃だ。

 

銃撃している者達もそれは重々承知であり、この過密射撃なら獲物をすぐに仕留められると思っていた。しかし、彼らは知らない。自分達の標的は、地上最強の『極道兵器』であることを。

 

「な、なんだ?!あいつは?!」

「た、弾が全く当たらねぇっ!」

「うわぁ!こっちにく…ぎゃん!」

 

ズガガガガガッッッ!!!!!

 

「ウォォッッ!海座ぁ!どこにいる!出てきやがれぇ!!」

 

何十といる兵達が銃撃しているのにも関わらず、何故か将造にはかすりもしない。逆に敵陣に突撃する将造は、次々と相手を仕留めていく。

 

「す、すごい…もう何人仕留めたのかしら?あいつはいくら傭兵の経験があるとはいえ、左手と右足を改造しているだけの只のヤクザに過ぎないのに。」

 

三太郎とともに壁の影に隠れている静流は、驚愕した顔で大暴れしている将造を観察していた。

 

「これが若なんすよ。今まで経験したどんな過酷な戦場でも、若が銃弾には当たらないと言って突撃すれば、敵の弾丸は、一発も若を仕留められなかった。」

 

数分前、弾丸の盾にされたはずの三太郎が、尊敬の眼差しで大暴れしている将造を見ている。

 

その三太郎の瞳を見た静流は、数日前、将造の情報収集をするために秋山家を訪れたことを思い出す。

 

(あの時、凛子ちゃんとゆきかぜちゃんは、呆れ顔で岩鬼のことを語っていたけれど、達郎君だけは三太郎くんと同じ瞳で、自分の武勇伝の如く語っていたわね。あのハチャメチャな行動と圧倒的な強さは、どこか人を惹き付けるのかしら?)

 

静流が将造の魅力の片鱗を見たとき、背後の廊下から機械音が聞こえてきた。二人は、新たな敵だと確信しながら急いで振り向く。

 

「あ、あれは人型ドローンの『兼光』やぁ!しかもすげぇ集団だ?!」

 

三太郎は、十数m先から迫る銃や電磁警棒を装備する人型の機械の集団を見て悲鳴を上げた。

 

『兼光』とは、世界初の人型ドローン兵器である。日本企業が魔界医療の技術を取り込んで開発された人工チップが埋め込まれおり、任務プロトコルで自動的に作動するようになっている。このビルの兼光達は、警報器が鳴れば自動的に電源が入り、侵入者を排除するようにインプットされているのだ。

 

五車学園の地下の立体装置のデータには、兼光のデータも組み込まれており、三太郎は訓練でこの兼光によく苦戦を強いられていた。

 

「くそ、俺も武器さえあれば…」

 

「三太郎くんはここにいて!!」

 

狼狽える三太郎を庇うように、静流が兼光に向かって颯爽と走り出した。

 

「静流さん?!無茶じゃあ!!」

 

「安心して!人間じゃないなら逆に戦い易いわ!」

 

止めようとする三太郎を背にして静流は、植物の鞭を取り出した。向かってくる静流を認識した兼光達が、警棒や銃を構えた瞬間、彼女は鞭を一振りして忍法を炸裂させる。

 

「木遁・惑い花粉!」

 

静流は、兼光周辺に人には見えない程の細かい花粉を撒いた。それは只の花粉ではなく、機械の視覚聴覚のセンサーを狂わす作用がある。もちろん、只の人間には、花粉症程度の効果しかないが、精密機械であるドローンには、抜群の効果を発揮し、すぐに兼光達は獲物を見失ったかのようにフラフラとした動きになった。

 

「しばらくは、大人しくしてね。」

 

「すげぇ!流石、忍者じゃあ!」

 

そして、戦闘が始まって数分が経過したころ、戦局は将造達に傾いていた。チンピラやオークは将造に、後詰めのドローンは静流の忍法で次々と打ち取られていたからだ。

 

「畜生!このままじゃやべぇ!どうする?」

 

「落ち着け、周りをよく見てもっと連携をとって…ん?あいつは?」

 

海座の配下達の八方が塞がりかけた時、戦車がぶち抜いた三階上の天井の穴から様子を伺っていた五、六人のオーク達の一人が、壁の影で応援する三太郎を見つけた。そのオークは分隊長らしく、三太郎を指差しながら他の者に指示を与える。

 

「まずは何の装備をしてないあいつを狙え!どちらかが庇おうと行動して、上手くいけば二人とも仕留められるかも知れねぇ!!」

 

「よっしゃあ!なら俺に任せとけ!」

 

後ろに控えていたバズーカ砲を持ったオークが、前に勢いよく出た。そして、バズーカを下方向に向けて、三太郎が半分顔を出している壁に狙いを定める。

 

「「?!」」

 

頭上のオーク達の動きに気付いた将造と静流だが、二人は他の者の相手で砲撃を止められない。

 

「三太郎逃げぇ!」

 

「え?うわぁ!」

 

将造に叫ばれ、三太郎も上階の穴から、自分を狙うオーク達に気が付いた。しかし、足を捻挫している故に早く動けない。

 

「後ろに立つんじゃねぇぞ~!よし、発…『狙いは、そっちじゃないよ♪』え?」

 

バズーカで三太郎を狙うオークの耳に若い女性の声が聞こえてきた。

 

クイッ…

 

それと同時にバズーカの向きが、いきなり変えられた。バズーカは発射直前だったため、方向を修正することができず、弾はそのまま発射された。三太郎ではなく味方の集団に向かって…

 

ドカァァァッッッ!!!!

 

「「「ぎゃあああ!!!」」」

 

砲身の先にいた数人のチンピラ達は、まさか味方から砲撃されると思わなかったため、逃げることもできずに数人が吹き飛んだ。

 

「な、何してんだテメーらぁ!」

 

階下の他の味方達が上を向いて怒鳴るが、上階のオーク達はそれどころではなかった。

 

「お、おでの顔がぁッッッ!!!!」

 

「アヅィィ!!!!」

 

二人のオークが顔を焼かれて転げ回っている。バズーカ砲を発射するときは、味方を砲身の後ろからでるバックフイアに巻き込まないように注意をしなければいけない。二人のオークもそれをわかって、横に避難していたが、発射直前にバズーカの方向を変えられたため、バックファイアをもろに顔面に受けてしまったのだ。

 

「だ、誰だぁ?!いきなりバズーカに触ったやつはぁ?!」

 

バズーカを持つオークが、他のオーク達に向かって叫ぶが、お互い顔を見合わせるのみで分からない。発射時はみな標的の三太郎を見ていたからだ。

 

「と、とにかく、こいつらを安全な所に下げさせないと…確か治療室は下の階の…」

 

「じゃあ、私も手伝ってあげるよ。付き添いも必要でしょ♪」

 

また女の声が聞こえたと思った瞬間、足元の影が波打ち始めた。

 

「この声は…うわぁ!」

 

たまらずオーク達は、地面に伏せようとするが…

 

ググググッッッ!!!!

 

波のような影の揺れは、高波の如く大きくなり、オーク達は、床の穴へ放り投げられ落下していった。

 

「「「「「ヒィィィッッッ!!!!」」」」」

 

グシャ!グシャ!グシャ!グシャ…

 

オーク達は、重力に従い次々と鋭い瓦礫だらけの地面にぶつかっていった。

 

将造達は何事が起こったのか、影が波打った三階上の場所に注目する。すると影の中からオレンジ色の対魔忍スーツを着た女性が出現した。

 

対魔忍の井河さくらだ。

 

さくらは、元気に手を振りながら階下の三太郎に向かって叫ぶ。

 

「三太郎くん。大丈夫~?」

 

「来とったんかぁ!さくらちゃん!」

 

三太郎も手を振りながら、喜びの声を上げる。さくらは、持ち前の明るさと極道であろうと態度を変えない気軽さで拓三と三太郎とよくお喋りをしており、二人のアイドル的存在だった。

 

「さくらさんっ!来ていたなら人形に戦車で突撃した時、何で一緒に止めてくれなかったんですかぁっ?!」

 

静流がドローンと戦いながら、上のさくらに向かって叫ぶ。

 

「ごめーん!止めようと思ったけど、静流さんが車内で忍法を発動させようとしたでしょ!あそこ狭かったから、巻き込まれると思って出られなかったの!」

 

さくらの任務は、静流と同じく暴走してしまった将造を止めること、そして、先程の三太郎を助けたように、文字通り影ながら窮地に陥った将造達を助けることだった。

 

「うぉおおおッッッ!若達ばかりに苦労かけられるかぁっ!さくらちゃあん!武器を出してくれぇっ!」

 

三太郎は、捻挫した足を自分の服を裂いた布で固定しながら叫ぶ。三太郎は、自分がこの中で一番実力が低いことは解っていたが、足手まといになることは許せなかったのだ。他にもさくらに良いところを見せたいという邪な気持ちもあったが…

 

「わかった!三太郎くん受け取って!」

 

さくらは、忍法で影に収納していたマシンガンを二丁放り投げた。

 

三太郎は、その二丁を上手く受けとると将造達に加勢し始める。

 

ダダダダダダダダダダ!!!!!

 

「かかってこいやぁっ!」

 

三太郎、静流、さくらが再び敵を駆逐し始めた時、階下に突き落とされたバズーカを撃ったオークが、他の者に気付かれぬようにそろそろとこの場を逃げだそうとしていた。

 

(上手く仲間の上に落ちて助かったぜ…早く、この場から逃げないと…ん?!)

 

ドン……

 

後ろをチラチラと振り返りながら逃げるオークは、前方の何者かにぶつかった。恐る恐る前を向き、ぶつかった相手を見ると…

 

「ぬし、何処に行くんじゃ…」

 

「ヒィィィッッッ!!!!!」

 

目の前にいたのは、憤怒の顔をした将造だった。

 

「このブサイク…さっきはよくもうちの若いモンにバズーカ砲向けてくれたのぉ。」

 

「す、すいませんっ!俺は、もう貴方達とは、戦いませんからどうか、命だけは…ていうか貴方もあの人を銃弾の盾にして…『ボゴォ!』ほげぇ!」

 

「うるせぇー!!!わしはいいんじゃっ!!!!」

 

将造の身勝手な言葉と右ストレートパンチを顔面にくらい、オークは数m程吹き飛んだ。

 

「ゆ、許してくらさい。」

 

鼻の骨と前歯がへし折れた情けない顔でそれでも土下座するオーク。それを見た将造は、興味を無くしたような顔になり、もう行けとばかりに手をヒラヒラさせる。

 

「わかった…もういいっ!ぬしはさっさとどこかに行けっ!」

 

「は、はい。ありがとうございます!」

 

オークは、将造が心変わりするの恐れて急いで逃げるが、二十m程進んだ時、再び将造に声をかけられた。

 

「おい!ブサイクっ!忘れ物じゃあ!」

 

オークは逃げながらも顔を後ろに向けると、憤怒の顔から喜びに溢れる満面の笑みに変わった将造がいた。その手には、自分が先程持っていたバズーカが握られており、しかも砲身がこちらを向いている。

 

「受け取れぇ!」

 

チュドォォォンッ!!!

 

「ぎゃあああッッッ!!!」

 

バズーカは将造の狙い通りに着弾し、オークは断末魔をあげて吹き飛んだ。

 

十数分後、海上から跳び跳ねるイルカの如く影から神出鬼没に急襲するさくら、花粉を巻いてドローンを次々と無力化していく静流、そして、容赦なく敵を銃撃する三太郎と将造。四人は次々と敵を倒していき、海座のいる部屋に迫っていた。

 

海座達は、当初いくら悪名高い将造でも多くの兵達とドローンで対処すれば、すぐに始末できると思っていた。しかし、将造達は、予想を遥かに越えた戦闘力で次々とそれらを撃破してしまう。それだけではなく、他の侵入者であるアサギの班に兵力を割いてしまい、さらにだめ押しで最強の対魔忍の妹であるさくらが参戦してからは、こちらの部屋に来るのが時間の問題になってしまった。

 

「来るぞ!奴等が来る!」

「海座、早く屋上のヘリで逃げるんだ。」

 

側近達は、何分も前から避難をうながしていたが、海座はそれを却下し、ここを動かない。

 

「まだわからんのか?この国にこの海座を殺せる者が一人でもいてはいかんのだ!この国の人間や魔族は、俺の足下にひれ伏さなければ、人間核爆弾となった俺の存在意義がなくなる!」

 

「あいつは、特別だ!ただ喧嘩に勝てばいいだけのチンピラだ。完全に狂ってる!おい、海座を早く屋上に!」

 

側近達が護衛であるオークの二人に指示を出す。

 

「カイザー、行きま…」

「早く、屋上へ…」

 

ザシュッッッ!!!!

 

しかし、海座は指から出る見えない何かでオーク達の首を一瞬ではねた。

 

「核の前にすべての生物は、無力だぁっ!!」

 

海座が周りの側近達に大声で宣言した瞬間…

 

ズワオォッッッ!!!

 

目の前の扉がいきなり爆発した。破壊された扉に漂う砂煙の中には、四つの人影が立っており、その中の一人が、一歩前に出ていち早く姿を現す。

 

「待たせたな…約束通りチ○ポ舐めさせてやる。」

 

それは不敵な笑みを浮かべている将造だった。

 

そして、徐々に砂煙は晴れていき、さくら、静流、三太郎も姿を現す。

 

「階下の君を守っていた奴らは、もういないよ?」

 

「降伏しなさい…海座。そうすれば、私の忍法で優しく眠らせてあげるわ。」

 

「今なら目に見える誠意をいくらか出せば、土下座で許してやらんでもねぇぜ!」

 

さくらが言うとおり、将造達四人は、階下の海座の兵達をほとんど倒し、その強さを間近で見た残りの兵達は、全員海座を捨てて逃げていった。もうこのビル内で海座を守る者は皆無であり、核ミサイルを解体しなくても、この四人なら十分に海座を殺さずに拿捕できる。

 

四人がゆっくりと海座に近寄るなか、海座の側近達は、絶望した顔で後ずさる。

 

だが、海座だけは焦燥や驚愕の表情も見せず、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「よく来たな。対魔忍と極道…褒美に面白いものを見せてやるぜ。」

 

そう言って海座は、手を将造達にかざすと…

 

シュン!

 

指先から鋭い鉄の爪が四本現れた。先程のオーク二人の首をはねたのは、この鋭い爪だったのだ。

 

「ふふ、面白いオモチャ持ってるじゃねぇか。」

 

「え~私はもうサイボーグなんか、見飽きちゃってるよ。」

 

海座の鉄の爪を見た将造とさくらだが、全く恐れもせず、逆に嘲笑するが…

 

「ムンッ!」

 

ザシュ!!

 

海座は、右腕の爪をいきなり自分の左腕に突き刺した。

 

「「「「?!」」」」

 

いきなりの海座の自傷行為にさくら、静流、三太郎はおろか、将造でさえ驚きのあまり声を失った。

 

「俺の体に傷を付ければどうなるか…よく見ろぉ!」

 

 

 

 

同時刻、アサギ率いる別動隊は、迫り来るドローン達を撃破しつつ、屋上の扉前まで到達しおり、屋上の空間に通ずる電子で管理された頑丈な扉を今まさに解錠しようとしていた。

 

ピーーーーー!!!

 

扉の機械をハッキングしていた対魔忍がパスの解明に成功し、アサギに声をかける。

 

「開きました!アサギ様!」

 

「よし、後続はそのままドローンを足止めしろ。解体班は中に入れ!」

 

「「「「「「了解!!!」」」」」

 

アサギと解体班は、すぐさま扉を抜けるて、核ミサイルを確認しようとする。

 

「「「「「「?!」」」」」」

 

アサギ達は、扉の先にある物を見て絶句した。そこには何十発とあるミサイルが、すぐに発射できるようにセットされていたのだ。

 

「嘘…こんなに大量の核ミサイルが作れるほどのプルトニウムが、日本にあるわけが…これがすべて発射されれば、東京どころか、日本すべてが吹き飛んでしまう!」

 

アサギが自分の予想を越えた核ミサイルの数に驚くなか、その場に機械音が響く。

 

ガガガ…ガシュン!!!

 

そして、いきなり天井が開き、アサギ達が驚いている間に一つのミサイルが空いた天井から外に移動し、煙をあげ始めた。

 

「まずいっ?!間に合えっ!殺陣華!」

 

アサギが、急いで発射するミサイルを止めようといくつもの分身体を出す。

 

シュゴォォッッッ!!!!

 

しかし、ミサイルの方が一瞬だけ早く発射され、アサギの分身体が振るう忍者刀は空振りに終わった。

 

「しまったっ!!!!」

 

 

 

 

 

「どうする?対魔忍!極道!もうすぐ東京が吹っ飛ぶぞぉ!」

 

監視の為のテレビ画面は、いきなり今現在の東京を映し、海座はその画面を背景にして勝ち誇った笑みで将造達を煽った。そして、数秒後、画面の端から東京のとあるビルに向かうミサイルが映し出された。画面に映るビルは東京新都心の目と鼻の先であり、あそこで核爆発が起きれば、ここも只では済まない。

 

「あかん?!もう終わりやぁ!!」

 

「ごめん!お姉ちゃんっ!!」

 

「こんなところで終わるなんてっ!!」

 

海座は、絶望の顔で床に伏せる三太郎、さくら、静流を満足そうに見てさらに大声で叫んだ。

 

「東京壊滅をその目で見ろぉー!!!」

 

だが将造だけは、伏せもせず悠然と立ちながら、真剣な顔で一言呟くのみ。

 

「派手に行こうぜ…」

 

ドガォォォォッッッ!!!!!!

 

ミサイルがビルに着弾し、部屋内はテレビ画面から出る閃光に包まれた。

 

「「「~~~~~!!!!」」」

 

将造以外の三人は、まぶた越しの光を感じるとこれが自分の最後の時だと直感し、次に来るであろう核の熱風や爆発に身を備えた。

 

………………しかし、何秒経過しても何も起こらない。

 

恐る恐る三人が顔を上げると、目の前にはニヤリと笑う海座、伏せる前と変わらず仁王立ちする将造、そして、海座の背後のテレビ画面には崩壊していくビルが映っていた。よく見れば崩れていくのは、そのビルのみであり、ビル周辺の建物は無事であった。発射されたミサイルには、核など積んでいなかったのだ。

 

「ふふふ……はははははは!!!」

 

不可思議な顔で起き上がる三人を満足げに眺める海座は、大笑いをし始めた。

 

「ははは……どうした?核ミサイルでなくてガッカリしたか?私の体には、死ねば核が爆発する他にもう一つ機能があってな、自傷であろうと体が傷つけばミサイルが発射され、東京に着弾するのだ!!」

 

海座の言葉を聞いて驚きの顔をする三太郎とさくらだが、静流だけはその隙に周囲を眠らせる花粉を撒く忍法を発動させようとする。

 

しかし、海座はその気配を察したようにぐるりと顔を静流に向ける。

 

「おっと、もう一つ。私の体内の機械には、肺や血管の洗浄機能があってな。マッスルジョー程ではないが、口や血管に入った薬物は軒並み排除されるぞ。対魔粒子を含んでいるものは特にな!」

 

それを聞いた静流は、悔しそうに唇を噛み忍法の発動を止めた。

 

三太郎、さくら、静流のそれぞれの反応を楽しんだ海座は、再び尊大に喋り始める。

 

「これでわかったろ?この私には、魔族、対魔忍、極道…神であろうと手出しはできない!いや、神は私だ!私が死ねばお前らも死ぬ!」

 

三太郎、さくらも静流と同じく悔しそうな顔をするのみで手出しができない。だが、将造だけは微動だにせず、海座をじっと睨んだまま何も喋らない。

 

自分自身の演技じみた脅しで気分が最高潮に達した海座は、そのまま将造を指差す。

 

「貴様らは私の掌で蠢くウジ虫だ!さぁ、跪け!土下座して私に許しを乞え~!!」

 

するとミサイルが発射されてからずっと何も喋らず、海座を睨んだままだった将造が、静かだが怒りに満ちた声で一言呟いた。

 

「くそガキが…」

 

「え?…今…なんて?」

 

地獄の底のような低い声が響き、この場にいるすべての者が沈黙した次の瞬間…

 

「クソガキャァァッッッ!!!!」

 

将造は左腕のマシンガンを勢いよく海座に向け、容赦なく発射した。

 

ズガガガガガッッッ!!!!!

 

「うわぁ!!!!!」

 

海座は間一髪、仰向けで銃弾を避け、反撃しようと袖から二丁の拳銃を取り出すが…

 

「うりゃあ!!!」

 

ズガガ…!!!

 

「ぐあっ!!」

 

将造は、その二丁を海座の手の甲ごと躊躇なく撃ち抜き落とす。さらにそのまま、海座の胴体を狙うが、後ろから細長い物が飛び出て、将造のマシンガンに巻き付いた。

 

「ダメよ岩鬼っ!これ以上海座を傷付けてはいけないわっ!」

 

予想外過ぎる将造の行動に頭が追いつかなかった静流だが、すぐに自分の任務を思い出し、植物の鞭を巻き付けたのだ。

 

グググ…

 

だが、将造は持ち前の馬鹿力で鞭を静流ごと引き摺ろうとする。

 

「若、いけねぇ!」

「将造、止まって!」

 

三太郎、さくらも我に帰り、将造に引っ張られバランスを崩しかける静流を助けるため、二人も鞭を持ち綱引きのように引っ張った。

 

「「「ヒィィィッッッ!!!!」」」

 

海座はその隙に悲鳴をあげながら、隣の部屋へ側近の二人と共に逃げる。

 

それをギロリと目で追う将造は、さらに憤怒の顔になると自由な右手で腹巻きをまさぐり、愛用のコルトパイソンを取り出した。

 

「邪魔じゃあ!」

 

ズドン!

 

将造は、左手に巻き付く静流の鞭を撃ち抜いた。

 

「ぐあっ!!」

「「きゃあ!!」」

 

鞭を引っ張っていた三人が、勢いよく尻餅を着いた隙に将造は海座を追って隣の部屋に入った。隣は屋内バーになっているらしく、バーカウンターとその裏には酒棚がある。海座達の姿は見えないが、気配を察知するのに長ける将造には、彼らがカウンターの裏に隠れているのが手に取るようにわかっていた。

 

「りゃあああッッッ!!!!」

 

ガシャアンッ!パリン!パリン!パリン…

 

将造は酒棚にある大量の酒瓶を破壊して、カウンター裏に隠れている海座達にアルコールを浴びせ始めた。

 

カウンター裏に隠れたのがバレた海座は、必死にアルコールまみれの顔で叫ぶ。

 

「極道!俺が傷付けば東京が吹っ飛び、死ねば核が爆発するんだぞ!!」

 

「まだ言うかおのれは~!!吹っ飛ばせるなら、吹っ飛ばしてみろォッッッ!」

 

ズガガガガガッッッ!!!!

 

将造は、次に激しくカウンターを銃撃する。

 

その時、将造に数秒遅れて三太郎、静流、さくらが部屋に入って来た。

 

「いけない!影遁・影乱破!」

 

さくらは、怒り狂う将造を見て、影から自分の分身体を三体作り出し、将造の体に取り付かさせる。

 

そんな敵味方が注目するなか、将造はさくらの分身体に抵抗しながら大声で言い放った。

 

「わしは核爆発見たかったんじゃっ!!だのに、あないな線香花火でごまかしおって!!」

 

「?!………く、狂ってる…」

 

将造の言葉を聞いて海座が震えながら呟いたが、彼だけでなく、味方である三太郎、静流も絶句していた。

 

「人形やら花火やらで、ハッタリばかりかましおって!やるんなら早うやらんかい!」

 

「な、何を考えてんの…」

 

さくらも将造を狂人を見るような目で見た瞬間、精神に乱れが発生したのか、将造を押さえている影分身の拘束が少し緩んでしまう。

 

それを逃さず将造は影達を力任せに吹き飛ばした。

 

「貴様のような肝の小さい男は、自分では死ねん!わしが殺しちゃるわい~~~!!」

 

そう言って腹巻きからライターを取り出し、火を着けたまま海座が隠れているカウンター裏に投げ着けた。

 

ボボボボボ……!!!!!

 

「あいつは狂っている!!うわぁぁ!!」

 

アルコールまみれの海座達は、一瞬で火達磨になり、たまらずバーカウンターから転がり出た。

 

ゴロゴロゴロゴロ…

 

何度も転がるうちに全身の火を消した海座は、再度逃走しようと前を見る。だが、目の前には、草履を履いた足があり、恐る恐る上を向くと殺気が籠った笑みでこちらを見る将造がいた。

 

「うひぃ!く、来るな!」

 

将造の顔を見た海座は、恐れおおのきゴキブリのように四つん這いで逃げる。しかし、すぐ後ろは壁になっており、これ以上逃げられない。するとぐるりと将造達の方に振り返り、シャツをずらして自分の上半身を見せた。

 

「これを見ろ!」

 

服の下から出てきたのは、半分機械化された左半身であった。

 

「核爆弾の起爆装置だぞ!起爆装置は、ミサイルとリンクしていて、私が死ねば爆発する!」

 

再度さくらの影分身に取り付かれた将造だったが、今度は何も抵抗せず、起爆装置を見せつける海座に静かに語りかけた。

 

「軍隊にいたとき、お前みたいなやつをよう見たよ。」

 

「?!」

 

「余程、欲求が満たされないんじゃろ。そいつは、銃をもった途端に強気になりよる。」

 

将造の語気が段々と強くなる。

 

「その銃がでかけりゃでかいほど、人が変わったように相手につっかかっていき!自分を誇示したがりよる!!!しかし、相手が自分以上の器だともうダメじゃ。ガタガタ震え、怯えて…泣きよる。泣いたら終いじゃ…」

 

「ふざけるな!お前は核の起爆装置以上の器だと言うのか?!」

 

「ほうじゃ!わしゃ極道やど!!極道にチャカも核も関係ねぇ!死んでなんぼの人生じゃあ!」

 

将造の言葉を聞いた海座は、後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

そばで聞いている三太郎と静流も将造の狂気じみた覚悟に何も言えない。そして、さくらもいつの間にか、影遁の術を解いていた。

 

やがて将造は、衝撃を受けたままの海座に笑みも怒りもない真剣な眼差しを向ける。

 

「おめーらにゃ日本を道連れに死ぬ度胸はねえよ。そもそも死んじまっちゃ、帝王もくそもねぇ!」

 

海座は、将造の言葉を聞くうちに段々と意気消沈していく。

 

「それにブラックのアホがいる限り、帝王の座もお飾りに過ぎねぇ。お前が帝王になるにゃ、ほかに方法があろうが。わかったら、核ミサイルの場所を言え。それでお前も重圧から解放されるじゃろ?」

 

「核ミサイルは…このビルの地下四階にある!」

 

いきなり、海座の側近の一人が、絶対に秘密であった核ミサイルの場所を将造に告げた。そして、もう一人も海座を説得し始める。

 

「海座、俺達には無理だ…核爆発は起こせない…俺達だって死にたくはないんだ。」

 

勝手に重要機密を明かした側近達だが、海座は彼らに何も言わず、うなだれたままだった。それは海座が完全に敗北を悟り、観念した証拠でもあった。

 

「遊びの時間は終わった…起爆装置を解除する方法は?」

 

一方、一連の将造と海座のやり取りを見ていた三太郎、さくら、静流の三人は、声には出さなかったが死ぬほど驚いていた。

 

(この人は、いったいどこまで計算で動いとるんやろ?)

 

(海座も中々狂っていると思ったけど、岩鬼は、それ以上の狂人ね。もしかして、この結末も計算の内なのかしら?)

 

(この人の頭の中ってどうなってるんだろ?一回、『東雲音亜』さんの読心の術で、内緒で覗いてもらおうかな)

 

元々今回の作戦では、核ミサイルを解体するか、海座を生かして拿捕するかの二択しかなかった。それがまさか海座から直接、起爆装置の解体方法を聞けるとは対魔忍であるさくら、静流も予想ができなかったのだ。

 

(核ミサイルの場所や解除方法はわかったけど、あれだけ海座を銃撃し火炙りにして、どれだけのミサイルが東京に発射されたのかしら…)

 

しかし、静流は任務を達成したが、発射されたミサイルで東京の一般市民がどれだけ死んだのかを考えると表情に影が射す。

 

そんな静流の心中を察したのか、さくらが明るく声をかける。

 

「静流さん、多分ミサイルは最初の一発以外は、発射されてないと思う。隣の部屋のテレビからは、閃光も爆音もなかったし、多分、お姉ちゃん達が何とかしてくれたんだよ。それに最初に破壊されたビルも明かりが全くついていなかったし、後深夜だから、もしかしたら人は一人も死んでいないかも…」

 

「だとしたら、今回の作戦は…」

 

「ああ、大成功じゃ!」

 

結果良ければ、すべて良しと云わんばかりに三太郎が明るい笑顔を見せる。

 

その笑顔を見て、静流も徐々に笑顔になっていった。

 

 

 

 

場面変わって、最初のミサイルが発射されて数分後の別動隊であるアサギ達。彼女達は、拓三の指示に従って屋上内の柱に爆弾を設置し終えていた。いくら核ミサイルを解体するため集められた対魔忍達であれど、あれだけのミサイルを解体する時間はない。それ故に爆発物のプロである拓三の作戦にすべてを託したのだ。

 

そして、最後の仕上げに拓三がロープに吊られながら、ビル壁にドライバーを咥えて必死に爆弾を設置していた時…

 

ギギギギ…

 

数分前と同じような鈍い機械音が響き、ミサイルが発射の準備を始めた。

 

「拓三くん!早く!」

 

「まだか?!ヤクザ?!」

 

地面にいるアサギと隣にいる紫が叫ぶ。他の対魔忍達は、すでにビル外に避難済みで、拓三と同じく横に吊られている紫の二人だけが、ビルに残って作業をしていた。

 

「もう少し……終わった!!」

 

「よし!だが、もう時間がない!私に捕まれ!」

 

「え、あんた何をす…」

 

ザシュ!ザシュ!

 

紫は拓三をグイと引き寄せた後、いきなり忍者刀で二人を吊っているロープを切断した。すると二人は案の定、重力に従って凄いスピードで落下していく。

 

「ヒェーーーーー!!!!」

 

「五月蝿い!黙らないと着地の時に舌を噛むぞ!それより、早く爆破のスイッチを押せ!」

 

拓三は、紫の言うとおり落下のスピードに耐えながら、屋上に設置した爆弾のスイッチを押した。

 

ポチッ…

 

ズドォォォォッッッン!!!!

 

するとビルの屋上の部分は、原型を残したままビルの中に沈んでいった。このビルは上階が三角形のように尖っており、拓三はその構造を利用した。ミサイルを発射不可能にするには、屋上のビル格納庫を同じビルの中に沈めるしか方法はなかったのだ。

 

爆発を見届けた紫は、空中で拓三をお姫様だっこに持ち代え着地に備える。

 

ヒュ~~~~~~ズンッッッ!!!!!

 

「ふんッッッ!!」

 

紫は足がコンクリートにめり込むも、拓三をだっこしながら見事十点満点の着地を決めた。これも紫の忍法『不死覚醒』の怪力が成せる技である。

 

「大丈夫?!紫?」

 

アサギが駆け寄り、紫を心配する。

 

「お気遣い有り難うございます。少々、足の骨が折れているのみで他は何ともありません。すぐに治ります。」

 

アサギに心配された紫は、拓三を地面に下ろしながら嬉しそうに答えた。

 

「ア、アサギさん…あの、できれば俺の心配もしてください。」

 

落下のショックが薄れてきた拓三が、ふらふらしながら立ち上がる。それに気が付いたアサギは、遅れて拓三にも声をかけた。

 

「ああ、ごめんなさい?!けど、無事そうね、拓三くん。しかし、凄いわね。あれだけのミサイルに誘爆せず、屋上部分を下階にめり込ますよう達磨落としにするなんて。さすが、爆破のプロだわ。」

 

「はは…有り難うございます。」

 

イラァ…

 

二人の会話を隣で見ている紫は、アサギが拓三を誉めることが面白くなく、即座に違う話題に変える。

 

「そんなことよりもアサギ様、結局核ミサイルは一体何処に…」

 

「警備のデータにも載っていないということは、もう直接海座を捕らえるしかないわね。そうしたら、急いで将造達の加勢に…」

 

アサギが紫に指示を与えようとしたとき…

 

ババババババ…!!!!

 

いきなり上空からプロペラの音が聞こえ、三人は空を見上げた。すると何台もの軍用ヘリが、将造達のいる中央ビルに向かって行くのが確認できた。

 

「アサギ様、あれは一体なん…?!」

 

「若のいるビルに向かってらぁ。俺達も…?!」

 

紫と拓三側が、ヘリからアサギに視線を戻した瞬間、声を失った。

 

アサギが滅多に見せない、怒り、憎しみ、怨みなどが混じった凄まじい顔になっていたからだ。

 

「このどす黒いオーラを放つのは、この世でただ一人…間違いない!あいつが…あいつがあのヘリに乗っている!」

 

 

 

 

場面は戻り、同時刻…海座は、将造に起爆装置の解除方法を話そうとしていた。

 

「この起爆装置の解除方法は…?!」

 

ババババババ……!!!

 

するとガラス窓が振動するほどのヘリコプターの音が聞こえてきた。

 

将造達が急いで窓に顔を向けた瞬間…

 

ガシャアンッッッ!!!!

 

ドガガガガガガガガ…!!!!!

 

窓ガラスが飛び散ったかと思うと、いきなりガドリンクガンの弾が将造達を襲った。

 

「な、なんだ?!」

 

将造は海座を抱え上げて間一髪、弾丸を避ける。窓の外には、軍用ヘリが空中に静止して、一人の兵士らしき者がガドリングガンの銃口をこちらに向けている。

 

「ここはヤバい!?海座!早く核ミサイルの場所に案内せぇ!」

 

「あ、ああ…こ、こっちだ!」

 

海座もここにいれば命がないと考え、急いで外の廊下に通じる扉を開こうとした。

 

ドカッッッ!

 

「「?!」」

 

しかし、一瞬早く廊下側から扉が開き、厳重な装備をした兵達が現れた。そして、扉の前で驚く海座を慣れた手つきで一瞬で捕らえる。

 

「ムググググ…」

 

「この野郎!!」

 

兵達は、そのまま海座を連れていこうとするが、将造はそれを阻まんと左手のマシンガンを即座に発射する。

 

ズガガガガガガガガ……!!!

 

しかし…

 

ボシュ…ボシュ…ボシュ…

 

「?!」

 

兵達の防弾チョッキにより、マシンガンの弾は呆気なく衝撃を吸収されて地面に転がった。

 

(なんじゃあの兵達は?!海座の配下とは、比べ物にならんほどの最新の装備を着とる!!)

 

将造が攻めあぐねる隙に、海座は連れていかれてしまう。そして、入れ替わるように入ってきた兵士は、ある物を将造達に向けた。それを見た将造が大声で他の三人に叫ぶ。

 

「グレネードじゃあ!散れぇ!!」

 

ズドォォォォッッッ!!!!

 

部屋の中央にグレネード弾を撃ち込まれ、屋内バーは炎に包まれた。

 

ゴォォォッッッ!!!

 

「くそっ!!」

 

激しい炎により、影は煙で薄められて、花びらは炎に焼かれて、さくらと静流は自分の忍法を上手く発動できない。

 

「将造!核ミサイルの場所は、解ったんだから、一旦お姉ちゃん達と合流しよ!!」

 

そう言ってさくらは、監視室に繋がるドアに向かおうとした時だった。

 

「何処に行くのかしらぁ?ショーは始まったばかりよ?」

 

「「「「?!」」」」

 

銃撃が止み、廊下に繋がる出口から、艶やかな女の声が聞こえてきた。

 

将造達が出口に注目すると、硝煙漂う暗闇からゆっくりと声の主が現れる。その人物は、赤い髪のボブカット、薄く笑う真っ赤な唇、鋭い目付き、ハイレグに似た紅の対魔スーツ、そして、鉤爪を付けた妖艶な美女であった。

 

その姿を見た将造は、この日一番の喜びと殺意に溢れた顔になった。

 

「会いたかったぜ!鉤爪女…いや、朧ォォッッ!!!」




対魔忍RPGのレイドイベントで悪い方の朧は、実は孤児には優しいということが判明し、少しびっくりしました。


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Weapon 13 人間核野郎 後編

数分前まで豪華だった室内バーは、今は見る影もない程あちこちに炎が上がり、火の粉が舞い散っている。

 

そんな惨状の中、将造、三太郎、さくら、静流の四人は、いきなり現れた紅い対魔スーツを着た女と対峙していた。

 

彼女の名は、甲河朧。十数年前、対魔忍でありながら敵であるノマドに付き、さらにアサギの婚約者の体を乗っ取り、アサギ、さくらを嬲りものにした裏切りの対魔忍である。

 

(こ、この女…ヤベェ。海座やマッスルジョーのバカとは、比べ者にならねぇ程のオーラを感じる…)

 

三太郎は、アサギが話していた特徴と対魔忍の二人の反応で、目の前の女が将造の父である岩鬼組組長を殺害した朧であることが分かった。しかし、すぐにでも銃撃したい思いとは裏腹に、アサギや将造と同レベルの実力者であることを肌で感じ、動くことが出来ない。

 

(まずい。まさか、こんな大物が現れるとは…海座が言っていた一時間後に来る奴は、こいつのことだったのね…)

 

静流は、焦る表情を隠しながら、これからこの状況をどうやって打破するか考え始める。

 

(………朧!!!!!!!)

 

さくらは、いつものおちゃらけた表情が吹き飛び、憎しみの表情で朧を睨んでいた。さくらは、かつて朧により十五歳の身で無理矢理処女を失った。さらにアサギと同じ、感度が3000倍となる肉体改造を施され、魔科医である『桐生佐馬斗』から治療されるまで十数年間も苦しみ続けた。故にその恨みや憎しみは、常人には計り知れない。

 

だが、朧と対峙する多種多様な表情をする四人の中で、一人だけ満面の笑みを浮かべている者がいた。

 

将造だ。

 

「ぬしが朧か…会えて良かったぜ。なんせ昨日まで、わしの足のつま先の細胞から腕の細胞一つ一つが毎晩夜泣きをしとったんじゃ。ぬしに会いたい、会いたいとのぉ…」

 

将造は左手の義手を嵌めながら、殺意を込めた笑みを朧に向けた。

 

((((ウッ…!!!???))))

 

ブルッ…

 

朧の周りにいる傭兵達は、相手を上回る最新の軍事装備を身につけているのにもかかわらず、迫力ある将造の笑みに一瞬だけ身震いする。

 

「フフフ…」

 

しかし、朧だけはそれ以上の邪悪な笑みで、将造に微笑み返した。

 

「あんたがブラック様が言っていた岩鬼将造ね。この前殺した岩鬼組の会長とは、全く顔が似てないから分からなかったよ。」

 

朧の口から会長という言葉が出た瞬間、将造の眉がピクリと動いた。

 

「やはり、ぬしがわしのクソ親父を殺したんか。」

 

「そうよ。死ぬ間際のパパのこと教えてあげましょうか? 助けてー助けてーって、私の靴裏を必死にペロペロ舐めるものだから、可哀想になってこの鉤爪で喉を掻っ切って、一瞬で地獄ヘ送ってあげたのよ。私って優しいでしょう? アーハッハッハッハッハッハ!!」

 

朧は、将造を挑発するかのように腹を抱えて笑いだした。

 

ギリッ!!!

 

朧の大笑いを三太郎、さくら、静流は憎々しげに見る。

 

「アハハ『うわはははははは!!!』ハ…?」

 

しかし、朧の笑い声をかき消すような将造の大笑いが響く。

 

「わはははははは!! そうか、そうか、やはり、ぬしがわしの代わりに親父を殺してくれたんか。こりゃ手間が省けたわい。」

 

「手間が省けた?」

 

「わしのクソ親父はなぁ、仁義だ人情だとかを大事にしとる化石のような極道じゃった。じゃが、今の時代はそんな微温いモンは通用せん。じゃから、わしがぶち殺して組を乗っ取る予定だったんじゃが、ぬしが代わりに殺してくれたおかげで予定が早まったぜ。会ったら絶対にお礼をしようと思っとたんじゃが、そちらから来てくれて助かったわい!」

 

「へぇ、だったらどんなお礼をしてくれるのかしらぁ?」

 

「ちょっと待っとれ。今は持ち合わせが少なくてのぉ。」

 

そう言って将造は、両手で腹巻きの中を探り始めた。

 

朧は少し興味があるのか、意外にも将造の行動を見ているだけで手出しをしない。

 

「おお、見つけた、見つけた。心苦しいのぉ…渡せる物が生憎…」

 

数秒後、目当ての物を見つけたように朧へ笑いかけた次の瞬間…

 

「細けぇのしかねぇぜッ!!!」

 

いきなり二丁のコルトパイソンを取り出し、西武のガンマンの如く、朧の頭と心臓をそれぞれ銃撃した。

 

ズドン!ズドン!

 

しかし…

 

キィン!キィン!

 

「「「「?!」」」」

 

「フフフ、随分と手ぬるいお礼ね。あの要塞ビルを爆破したって聞いていたけどガッカリだわ。」

 

朧は紅い口唇で再度微笑む。機械化傭兵のファウストさえ防げなかった将造の早撃ちの弾道を一瞬で見切り、さらに両手の鈎爪の鉄甲で難なく弾いたのだ。

 

「う、嘘だ。若の早撃ちを避けるんじゃなく、弾を見切って弾くなんて人間じゃない…」

 

三太郎は、今まで一度も標的を外さなかった将造の早撃ち、しかも頭と心臓をバラバラに狙っていた弾道を見切った朧の実力に恐怖した。

 

銃撃された朧は、ゆっくりと防御した手甲を下ろし、余裕そうに将造を見る。

 

「礼には及ばないわ。あんた達のおかげで裏切り者が解ったんだから。」

 

「裏切り者?」

 

「海座のことよ。あいつはね、数年前、物理光学の天才としてノマド本社へ渡米した際に、ブラック様に直談判しに来たのよ。『核ミサイルも起爆装置が無ければただのガラクタ…装置が意思を持つことで核兵器は最強となる。私に装置を埋め込んでくれ、それで日本を制圧してみせます。』ってね。」

 

「ほぉ~それがこんな体たらくか…」

 

「そうよ。奴は…猿山のボスの座が欲しいだけだった。」

 

朧の顔が、話すうちに段々と怒りの色に染まっていくのが将造達にも解った。

 

「すべての商売の支援をしたノマドはいい面の皮だったわ!!! 飼い犬の牙がこっちにも向いてたんだから!!! 核という強力な牙が!!!」

 

「ヒヒヒ…なるほど、間抜けな話じゃ。」

 

「そして、何よりも許せなかったのが、私とあいつが……同格に数えられてたことよっ!!!」

 

「「「「?!」」」」

 

そう叫んだ朧は、隅で震えていた海座の側近二人に一瞬で距離を詰めた。その動きはあまりにも素早く、将造、さくら、静流も目で追うことしか出来ない。

 

「「た、助…」」

 

ザシュッ!!ザシュッ!!

 

そのまま朧は、許しを請う時間も与えずに、鉤爪で二人の首を一瞬で刎ねた。頭を失った二人の首からは、噴水のように血が噴き上がる。

 

「な、何てことを…あの二人はもう降参していたのに。」

 

「朧…やっぱりあんた最低な女ね。」

 

静流は信じられない物を見る目で、さくらは怒りの目で朧を見る。

 

だが、三太郎だけは、じっくりと見定めるように朧を見ていた。

 

(この女、アサギさんやさくらちゃんより、考え方が若に近い…今まで会ったことがないタイプだ。少しも油断出来ねぇ!)

 

やがて首から吹き出す血の勢いが収まると、側近達の体はバランスを失い地面に倒れた。

 

ドチャ…ドチャ…

 

「クフフ…」

 

二人の無惨な最後を満足気に見た朧は、幾分スッキリしたのか、また邪悪で妖艶な微笑に戻って将造に向き直った。

 

将造は、朧の一連の猟奇的な行動にも微動だにせず、笑顔を止めて朧を睨んでいる。

 

「あんたのおかげで子供の時間は終わったわ。」

 

「なら、地下にあるゴミ(核兵器)を持ってとっとと帰りやがれ!!」

 

「冗談! これからはお互いに大人の時間じゃない。岩鬼将造、今度は私からのお礼を受け取ってもらうわ。死ねぇ! 忍法・朧分身っ!」

 

叫んだ朧の身体が蜃気楼のように揺らぐと、そこから十数体の朧が飛び出た。朧の分身体は一瞬で将造を取り囲み上下左右から襲いかかる。

 

「「危ない将造!(岩鬼)!」」

 

さくらは影から分身体を、静流は床下から植物の蔓を出して将造を守ろうとする。

 

先程まではさくら、静流の忍法は、燃え盛る炎で発動させるのが難しかったが、側近達から吹き出た血液で将造の周りの炎が少なくなっており、偶然にも発動させることが出来た。

 

そして、朧の分身体が将造に到達するより早く影分身や植物は、将造を取り囲む。

 

だが、襲われている本人である将造は、ある違和感を感じていた。

 

(おかしいぜ…あんな性根の腐っとる奴が、トランプのババ抜きのように私の正体はどれでしょう?って素直な技を出すか? それに周囲の朧達からは、少しも殺気を感じねぇ…)

 

将造は朧の分身体から視線を外し、素早くさくら達を見る。さくらは術を発動させるため、こちらに集中しており、三太郎は朧の分身体の一体に銃を向けている。しかし、最後に静流を見た途端、将造の顔色が変わった。

 

「?!」

 

視線の先の静流自体には、何の変わりもない。しかし、注目すべきは静流背後の煙だ。その煙は何故か、何かを弾くように妙な形に曲がっており、それを見た将造はすぐに静流に向かって走り出す。

 

「え、何? 岩鬼?!」

 

襲いかかる朧の分身体を背にして、無防備にこちらに走って来る将造に、静流は驚き理解不能な顔をする。

 

「危ねえ! 静流っ!」

 

ドンッ!

 

そのまま将造は、呆気に取られる静流を体当たりでその場所から斜めに弾き飛ばした。

 

「きゃあっ!」

 

体当たりされた理由が分からなかった静流は、弾き飛ばされながらあるものを見た。それは数瞬前まで自分がいた場所の空中から現れた鈎爪だった。鈎爪は、自分に代わってそこにいる将造を狙って斬りかかろうとしていた。

 

その正体は、徐々に姿を現した朧だった。朧の得意技は、数ある分身体に本体を紛れ込ませて標的を仕留めるのではない。分身体の中に本物が紛れていると見せかけて、自分は光学迷彩で透明化し、分身体の中から本物を探す標的を仕留めるという凶悪な技である。しかも、今回は将造を狙うと見せかけて、後ろで支援する静流を狙う卑怯千万な作戦だった。

 

将造は、空中から襲いかかる朧に向かって背中からポン刀を取り出し斬りかかった。

 

「シャアァァァッッッ!!!!!」

 

「うおおおおおおッッッ!!!!」

 

ギィンッ!ザシュッ!

 

将造の黒い影と朧の紅い影が、互いの煌めく刃と共に交わった。

 

ドタッ!

 

「キャッ!」

 

静流は、受け身を取るために一瞬だけ戦闘する二人から目を外した。そして、地面に安全に着地した後、急いで再び将造を見る。

 

「大丈夫?! 岩鬼?!」

 

「………」

 

将造は、ポン刀を振り下ろしたままの体勢で静止していた。それ故に顔が俯き気味で表情が解らず、さらに朧と交差した時、帽子がずれてしまったのか、特に目は帽子の影に隠れている。続いて身体を見るが、どこにも出血が見えない。しかし、左手の義手だけは見当たらず、内部のマシンガンが露出していた。

 

静流は、次に視線を朧に移す。

 

朧は右の鉤爪に将造の義手を突き刺し、将造の方を向いたまま飛び上って術を仕掛けた位置に戻っている。

 

その様子を見た静流は、わずかだが胸を撫で下ろす。

 

(良かった。岩鬼は咄嗟に自分の左手を盾にしたのね。アサギ様と並ぶ達人である朧の不意打ちで、犠牲が義手一本だけなら安いものだわ。)

 

続いて静流は、安心した顔でさくらと三太郎に話しかけようとする。

 

「え?」

 

だが、予想に反して二人の顔は青冷め絶句していた。

 

静流は、再び将造に目線を戻す。すると…

 

タラリ…

 

帽子の影に隠れた右目の辺りから、液体が垂れ出たのが見えた。その色は赤く涙ではない。

 

「い、岩鬼?! 貴方、目がっ?!」

 

帽子の影に目を凝らした静流は、悲鳴にも似た叫び声を上げた。

 

将造の右目は無くなっており空洞化していた。

 

「アハハハハハハハ!!!!」

 

術を仕掛けた位置に戻った朧は、大声で笑いながら左手の鈎爪の先を将造達に向ける。鈎爪の先端には将造の目玉が刺さっていた。

 

「良く私の狙いが後ろの対魔忍って解ったね。けれど、ざんね~ん! 義手を上手く防御に使ったようだけど、私には通用しないわぁ。」

 

勝ち誇ったように両手の鈎爪に刺さっている将造の体のパーツをさくら達に見せびらかす。

 

「若ぁ!!!」

「将造!!!」

「岩鬼!!!」

 

三人は、将造を心配し必死に声をかける。

 

すると、今まで無言だった将造は、朧の方に向きなおり俯き気味だった顔を上げた。

 

「「「?!」」」

 

将造の表情は、痛み、絶望、怯え等の負の感情は微塵もなく、常人なら後退ること必死な狂ったような笑みだった。そして、一つしかなくなった目で朧をしっかりと捉えながら口を開く。

 

「目ン玉抉ってくれてありがとうよ! 極道として、また泊が付いたぜ~!」

 

将造の狂った笑みと言動に、静流とさくらは味方でありながらも背中に震えが走った。目を無理矢理抉られれば、熟練の対魔忍でさえも痛みやショックで悲鳴を上げて転げ回る。だが将造は、そんな大怪我を感じさせないほどの狂気の笑顔を相手に向けているのだ。

 

((((ヒッ…))))

 

周りの傭兵達は、そんな将造の笑みを前にして対魔忍以上にプレッシャーで動けない。しかし、将造と同じく数々の修羅場を潜り抜けてきた朧だけは、面白そうに笑うのみで少しも引いた様子がなかった。

 

「アハハ…岩鬼将造! 今のセリフ、最高に極道らしいわね。けれど、もうお別れよ。短い付き合いだったけど、面白かったわ。」

 

さくら達は、改めて武器を持ち身構える。

 

しかし、そんな窮地に追い込まれた雰囲気のなか、将造だけは何故かいきなりポン刀を地面に下ろした。

 

「あら、もう戦意喪失かしら? だとしたら戦いもあんたの命もお終いね♪」

 

それを見た朧は、勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 

将造はこちらを馬鹿にする朧の言動を無視して、腹巻きに手を入れて見えない何かを取り出した。

 

「おいおい待てよ。面白くなるのは…これからだぜ!!」

 

そう叫ぶと同時に、将造は残った右手でその何かを思い切り引っ張った。

 

ピン…

 

すると小さな金属音が、朧の右の鈎爪から響いた。

 

「え? 今何を…」

 

朧は、何か引っ張られたような不可思議な感覚を感じ、思わず右手の鈎爪を見た。鈎爪にはさっきと変わらず、将造の義手が刺さっている。

 

「ハッ?!」

 

朧は右の鈎爪に刺さる義手が手の甲で隠すように握っていた物にやっと気付いた。

 

「おまえァァッッ!!!!!」

 

それは一個の手榴弾だった。将造が引っ張ったのは、ピンにあらかじめ括り付けてあった細く透明なピアノ線だったのだ。

 

朧は急いで義手が握っている手榴弾を外そうとするが、義手は持ち主から離れているのにもかかわらず、将造の意思が残っているかのように離さない。

 

「みなっ! 伏せいっ!」

 

将造の指示に従い、焦る朧を余所に静流達は一斉に床に伏せる。

 

ズドドォォンッッ!!!

 

「「「朧様ッ!?」」」

 

手榴弾は容赦なく爆発し、それを見た配下の傭兵達が驚き叫んだ。

 

大量の煙が漂う中、床に伏せている静流が、同じ体制の将造に声をかける。

 

「さっきは有り難う岩鬼。このお礼は必ずするわ。けれど、凄いわね。あの搦め手が得意な朧に一杯食わすなんて…もしかして、わざと右目を犠牲にして義手を鈎爪に突き刺されるようにしたの?」

 

静流、さくら、三太郎は、将造が不敵な笑みで『当たり前じゃ! この極道兵器はすべて計算ずくだぜ!』といった自慢気な台詞を予想する。

 

しかし、静流の方を向いた将造の顔は、予想に反して真剣な表情だった。

 

「いや、そう言いたいのは山々じゃが、本当は首を掻っ切られてもおかしくは無かったぜ。義手を使った罠は予想通りに引っ掛かってくれたが、肝心のポン刀は捌かれて逆に斬りつけられちまった。一撃で殺さず、わざと痛ぶろうとする奴の嫌らしい性格に救われたわい。」

 

静流とさくらは、将造が五車学園地下の立体映像の最高難易度の戦闘訓練を突破し、銃撃戦だけでなく刀を使用した肉弾戦も得意であることを知っている。故にそんな実力者である将造の口から、一歩間違えれば死んでいたという事実を知り、改めて朧の実力に恐怖した。

 

「そ、そう。けれど、朧はあの手榴弾で…」

 

「将造ォォッッッ!!!!!!」

 

静流の言葉を遮るように、煙の中から怒りと怨みが籠もった朧の大声が響いた。

 

将造達は急いで立ち上がり、声の出所に注目する。

 

煙の中から現れたのは、右腕を失った朧だった。朧は手榴弾の被害を最小限に抑えるため、爆発する直前に自分の右腕を左の鈎爪で肩先から切り落とし、遠ざけたのだ。その表情は、数十秒前の余裕で邪悪な笑みから、憎々しげに将造を睨む凶悪な顔になっていた。

 

「よくもォォ…私の右腕をぉ…」

 

対象的に将造は、心底楽しそうに朧と向き合う。

 

「ヒヒヒ、ちぃと火力が足りんかったか。しかし、ぬしも極道らしく泊が付いたのぉ。」

 

「殺してやる。」

 

鬼気迫る朧が笑う将造に向かって、一歩踏み出す。

 

「させないよ、朧。」

 

しかし、将造の前にさくら、静流、三太郎が立ち塞がった。

 

「くっ…」

 

いくら実力者の朧でも片腕を失った状態で、目の前の三人の相手は、傭兵達がいても苦戦必死である。

 

「もうすぐ、おねえちゃんが率いる別働隊が来る。終わりだよ。」

 

「アサギが…」

 

朧は、最強の対魔忍であるアサギが来ているというさくらの言葉を聞いた途端に数秒程、悔しそうな顔になる。しかし、ニタリと何か良いことを思いついたようにまた妖艶な笑みに戻った。

 

「いいこと考えたわぁ。お前達、こいつ等を足止めしろっ! 私は地下四階に向かう!」

 

そう言って朧はいきなり踵を返し、素早く廊下につながる扉から逃亡した。

 

「待ちやがれっ!」

 

将造達も、朧を追いかけようと急いで扉へと走る。

 

しかし、朧と入れ替わるように多くの傭兵達が扉から現れ、一斉に将造達へ銃口を向けた。

 

ジャキ!

 

「クソッ!」

 

一方、廊下へ逃げた朧は、右肩の傷口を押さえながら急いで地下四階の核施設へと向かっていた。

 

(右腕はすぐに再生するとしても、このまま逃亡するのは絶対に有り得ないわ! 必ず私の考えを実行して、奴等に絶望を…)

 

ドガァァァッッッッ!!!!

 

突然の後方から響く大きな爆発音に朧は思考を中断し、逃げながらもちらりと視線だけを後ろに向けた。

 

「?!」

 

朧は、予想外の光景に言葉を失う。先程まで扉に殺到していた傭兵達が、一人残らず吹き飛んでいたからだ。

 

「逃さんぞぉ!! 朧ぉぉ!!」

 

数秒後、扉から怒鳴り声とともに将造が飛び出して来る。

 

(あの極道?! さっきまであんな火力がある兵器を持っていなかったのに何故?!)

 

逃走する朧を見つけた将造は、左腕のマシンガンではなく、右膝を向けた。直後、膝が上下に割れ、内部にセットしてあったロケットランチャーが朧に向かって発射された。

 

「俺は極道兵器だっ!!」

 

シュゴォォッ!!

 

「左腕だけじゃなくて右脚まで…チィッ!」

 

舌打ちする朧は、迫るロケット砲を驚異的な体術で避ける。

 

ズガァァァッッッ!!!!!

 

そして、ロケット砲から発生した爆煙と光学迷彩を利用して、朧は廊下から消えた。

 

「待たんかいッ!」

 

流石に将造も虎の子であるロケットランチャーを、目視出来ない相手に乱発出来ず、そのまま追いかけようとする。

 

「将造っ! 一旦その目、消毒しなきゃ駄目だよっ! 三十秒待って!」

 

しかし、同じく廊下に出たさくらが、将造を呼び止める。そして、すぐに影から消毒薬と包帯を出し有無を言わさず将造の右目に巻き始めた。

 

「今回の朧は鈎爪に毒を塗ってないっぽいけど、消毒は必要よ。」

 

すぐにでも駆け出したい気持ちを抑え、イライラした顔で応急処置をされる将造だったが、さくらの忍法を見てあることを思い出した。

 

「のぉさくら、あれ持って来とるか?」

 

 

 

数分後、将造から上手く逃亡することが出来た朧は地下四階に到着した。この階は、連れてきた残りすべての傭兵達が守っており、例え将造達が来ても逆に撃退出来る可能性の方が高い。

 

「ハァハァ…少しは時間を稼いだかしら?」 

 

流石の朧も片腕を失った状態で後ろを警戒しながら全力で走れば、息も乱れ体もふらつく。

 

そんな実力者であるはずの朧が重傷を負っているのを見て、小隊長らしき傭兵が驚きながら声をかける。

 

「大丈夫ですか?! 朧様?!」

 

ピキッ…

 

その瞬間、朧は目の色が怒りに染まり、即座に心配する傭兵の首元に鈎爪を突きつけた。

 

「あなた目ざといわね…これ以上私に構えば殺すわよ。それよりももうすぐ対魔忍達が来る! 全力で足止めしろっ!」

 

「り、了解…」

 

鈎爪を突きつけられた小隊長は、怯えながら元の位置に戻る。二人の様子を見ていた傭兵達も、あわてて迎撃体制を取り始めた。

 

「よし、これならあいつらも…」

 

ドガァァァッッッ!!!!

 

朧が言い終わらない内に階段に繋がる扉が吹き飛んだ。この爆発は、間違いなく将造のロケットランチャーだ。

 

「朧ォォォォッッッ!!!!!」

 

立ち込める煙の中から、将造の怒声が聞こえてくる。

 

「チィッ! もう追いついて来たか! お前達撃ち殺せぇ!!」

 

朧の命令で傭兵達が急いで銃口を声の方向に向ける。だが、それよりも早く爆煙の中から、銃弾が飛び出して来た。

 

「馬鹿めっ! マシンガン程度の豆鉄砲、効くはずが…」

 

朧は逃げながら鼻で笑うが…

 

ガガガガガガガガガ!!!!!!

 

「あがぁっ?!」

 

自分の背後にいた一人の傭兵が一瞬で蜂の巣になり吹き飛んだ。

 

「な、何?」

 

慌てて朧は壁の影に隠れ、爆煙に包まれた扉の方向を覗き見る。

 

「ぬぉぉぉぉっっっ!!!」

 

直後、雄叫びとともに煙の中から右目に包帯を巻いた憤怒の表情をした将造が現れた。

 

朧は将造のある部分を見て驚愕する。

 

「あ、あれは?!」

 

将造の左腕は、先程まで装着していたマシンガンから、全長一m半を超える巨大なガトリングガンのような物に変わっていた。

 

それは五車町で開発された将造専用武器『DSバルカン』。強化外骨格や軍用ヘリとも対等に戦える貫通力に重きをおいた巨大なバルカン砲である。しかし、威力はあるが、あまりの重量と大きさ故に常人はもちろん、並の対魔忍でも持つことも運ぶことも難しい代物だった。将造専用とされているのは、その重さ所以である。だが、さくらの影遁の術なら影の中に収納でき、運搬だけはで楽に出来るため、念の為アサギが持たせていたのだ。

 

ズガガガガガガガガ!!!!!!!

 

「ぎゃあ!」

「ぐぇ!」

「ガハッ!」

 

対魔忍達は火力が低い武器しか持っていないと聞いていた傭兵達は、判断が遅い者から次々とDSバルカンの餌食になる。

 

「な?! なんてやつ!」

 

壁の影から驚く朧を見つけた将造は、彼女に向かって叫ぶ。

 

「ゴタクを並べてないで、殺す時はきっちり殺さんかい!! 朧!! お前は海座と同じじゃ! 脅しや痛ぶるために力を見せつけおって!! 力量は相手をぶちのめして、なんぼのもんじゃあ!!」

 

「右目を失っているのに何でこんな動きが出来る?! チィッ! 相手は満身創痍よっ! 集中砲火で蜂の巣にしろ!」

 

今夜、何回目か分からない舌打ちをした朧は、残る傭兵達に激を飛ばして、自らは奥の頑丈そうな扉に素早く入った。

 

「待てっ! 朧!」

 

煙の中から将造に続いて、さくら、静流、三太郎も飛び出して来る。

 

さくらは、廊下の曲がり角や部屋の陰から銃撃している傭兵達を確認すると、静流に支えられている三太郎に指示を出す。

 

「三太郎くんっ! 電灯を狙って!」

 

「よし来たッ!」

 

三太郎は、マシンガンで的確に天井にある蛍光灯を次々と銃撃する。

 

ガシャッン! ガシャッン!

 

窓がない地下の廊下故に、撃ち落とされる電灯に比例して暗闇が容赦なく広がっていく。その暗闇の中こそ、サクラの忍術の独壇場だ。

 

「ヨシッ! これなら!」

 

暗闇が十分広がったのを確認したさくらは、影遁の術で廊下の壁や部屋で隠れながら銃撃している傭兵を後ろから蹴り出した。

 

「えい!」 ドカッ! 

 

「うわっ?!」

 

バランスを崩した傭兵は、廊下の真ん中に倒れてしまう。だが、そこは将造のDSバルカンの射線上故に…

 

ズガガガガガガガガ!!!!!

 

「ぎゃん!」

 

あっという間に傭兵は蜂の巣になった。

 

そのまま、さくらは次々と隠れている傭兵の背後にランダムに現れる。傭兵達は、将造の嵐のようなバルカン砲の対処に全力を注いでおり、さくらの奇襲を防ぎきれない。

 

「えいっ! もう一つえいっ!」

 

ドカ! ドカ! ドカ!

 

「ぎゃあ!」

「ヒィ!」

「ぐけっ!」

 

ズガガガガガガ!!!!

 

次々とさくらは傭兵達を廊下に蹴り出し、将造のバルカン砲の餌食にする。

 

数分後、将造とさくらのコンビネーションにより廊下にいた傭兵達は、呆気なく全滅した。

 

「よし、朧はこの扉の中ね!」

 

先行し傭兵達の全滅を確認しさくらが、朧が逃げ込んだ頑丈な扉の前に立つ。

 

ドンドン!

 

「うぅ…やっぱり閉ざされてる。」

 

だが、やはり扉は閉ざされておりサクラは悔しそうに扉を叩く。破壊力がないさくらの忍術は、扉に穴を開けることができない。故にどうしようかと考えあぐねている時、後ろからこちらに向かって来る将造の草履の足音が聞こえてきた。

 

「将造っ! バルカンでこの扉も…」

 

振り返ったさくらは、後ろから迫る将造を見ると声を失った。

 

「どけぇ! さくらっ!」

 

将造が右膝をこちらに向けているのが見えたからだ。

 

「これが最後の弾じゃあっ!」

 

将造は、さくらが扉の近くにいるのにも関わらず、容赦なくロケットランチャーを発射した。

 

シュゴォッッッッ!

 

「ちょっと待ってぇ!」

 

間近に迫るロケット砲を前に、さくらは急いで影に逃げる。

 

ドゴォォォォッッッッ!!!!

 

扉は大きな爆発音とともに粉々に吹き飛んだ。

 

すぐに将造は、後ろで非難するさくらを無視して、真っ先に扉の中に入るが、その先を見て歩みを止めた。

 

「こ、これは?」

 

そこは海座の部下が言っていた地下の核ミサイルの発射場だった。しかし、将造が驚いたのは、その広さである。ここにあるミサイルは、地下の階下をまた四階程ぶち抜く、全長が30mはある巨大なものだったからだ。

 

「大陸弾道ミサイル…こんなのがあれば、世界の誰も手が出せんのも…ん?!」

 

「若! あれを見てください!」

 

同じく施設内に入った三太郎が、静流に支えられながらもミサイルの先端を指差す。

 

「「「?!」」」

 

「ム~ム~!!」

 

そこには椅子が取り付けてあり、海座は体の機械の部分にミサイルの部品をケーブルで繋げられ、口を防がれ泣きながら座らされていた。

 

「どうかしらぁ? これが本当の人間核ミサイルよ!」

 

何処からか、朧の声が響く。

 

将造達が、急いで声の出処を探すとミサイルを挟んだ一つ階下に朧がいた。朧の周りには機械類を操作する部下らしき者達がいる。

 

将造は朧に向かって思い切り叫ぶ。

 

「てめぇの性格と一緒で吐き気のする趣味だぜ! 兵器は美しくなきゃいけねぇ! このゴミを東京の何処に飛ばすつもりだ!」

 

「安心しなっ! 標的は東京じゃないよ!」

 

「じゃあ、どこに飛ばす?! 大阪かっ?! 北海道かっ?!」

 

将造の質問を予想していたかのように朧の表情が嫌らしい笑顔に変わる。

 

「いいや、目標は取るに足らない群馬県の人里離れた小さな町さ!」

 

ミサイルの目標が、群馬県の小さな町と聞いたさくらと静流の顔がみるみると血の気を失っていく。

 

「ま、まさか?」

 

「そうよ! お前らの五車町にこれをぶち込んでやる!!」

 

「止めなさい、朧! いくらブラックでもそこまではやらないわ! むしろ、死ぬより酷い責任を取らされるわよっ!」

 

静流が朧に向かって叫ぶ。

 

しかし、朧はブラックの名前が出ても不敵な笑みを崩さない。

 

「あんたらは勘違いしてるけど、ブラック様が対魔忍をわざと生かしているのは、アサギがいるからよ! アサギがここにいる今、五車町と他の対魔忍にはなんの価値もないわ!」

 

「させねぇ…貴様の思い通りにはさせねぇぜ!」

 

将造はバルカンを朧に向けるが、さくらがあわてて砲身をずらす。

 

「将造! 悔しいけどミサイルが近すぎる! ここでそんな威力がある銃を使えば、跳弾でもミサイルに当たってしまうわ! 爆発すれば私達だけじゃない東京の人達も…」

 

ここが人里離れた山奥なら、さくらは自分を犠牲にしてでも核を爆発させ、五車町を守るだろう。しかし、今現在いる場所は東京の目と鼻の先の東京臨海新都心である。故にここで核が爆発すれば、なんの罪もない百万人以上の一般人が犠牲になってしまう。

 

五車町に慌てて連絡する静流と死ぬ程憎んでいる自分を守るさくらの様子を、朧は愉快そうに眺める。

 

「あんたらが悪いのよ! 最初の予定じゃ核で日本政府を強請るだけだったに! 私を怒らせるから!  ア〜ハッハッハッ…『ズガガガガガガ!!!!』

ハ?」

 

朧の隣にいた部下が、将造のバルカン砲で悲鳴も上げずに吹き飛んだ。

 

「核が怖くて極道がやってられるかぁ!」

 

「止めて! 将造ッ!」

 

将造は、いつの間にかさくらを振りほどいており、容赦なく朧の部下と操作している機械を銃撃する。

 

このままでは、ミサイルの発射装置が破壊されてしまうと考えた朧は、遂に最後の命令を下す。

 

「チィッ! 狂人め! 発射しろぉ!」

 

「は、はい!『ズガガガガガガガ!!!!!!』ぎゃん!」

 

将造は、ミサイルの発射ボタンを押そうとする傭兵を発射装置ごと銃撃したが…

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

「くそッ!」

 

静止するのには一歩遅かったらしく、ミサイルのロケットブースターが勢いよく火を吹き始めた。

 

「極道! ミサイルはもう止められないわ!」

 

点火されたミサイルを愉快そうに眺めた朧は、将造に勝利宣言すると、ブースターの炎に巻き込まれないようすぐ近くの扉から避難した。

 

「クソッタレ!!」

 

将造は今まで避けていたミサイルに砲身を向けるが…

 

キュイイーーン…

 

運悪く弾切れになったらしく、バルカン砲は砲身が虚しく回転するのみだった。将造は、もうコルトパイソンも手榴弾も使い切り、ミサイルを破壊する手段がない。

 

「若ぁっ!」

 

「三太郎くん! 早く奥に!」

 

静流は、将造の名を呼ぶ三太郎を引き摺りながら廊下に避難する。さくらもそれに続こうとするが、将造だけは飛び上がろうとするミサイルを睨んだままで動かない。

 

「将造、早く廊下に避難して! 発射に巻き込まれちゃう! さっき静流さんが五車町に連絡したから、後はもう里の者に任せるしかない!」

 

「わしはこいつを止める!」

 

「もう、無理だよ!!!」

 

「いいか、さくら! わしだって自分の島内で大量の人間を殺すわきゃいけねぇ! 命をはってでもさせねぇ! なぜなら…」

 

「将造! 何を…」

 

将造は、さくらに語りながら手すりに足をかけた。

 

「それが日本国を預かる首領(ドン)の務めだからだぁー!!!」

 

そう大声で宣言しながら、目の前を通り過ぎようとするミサイルの先端にいる海座に飛び移った。

 

「うぉぉぉぉぉ…!!!!」

 

「ぐぇぇぇ〜!!!!!!」

 

そして海座と共にそのまま開いた天井に向かって勢いよく登ってた。

 

「将『ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!』ォォォッッッ!!!!」

 

さくらは廊下の奥に避難しながらも将造の名を叫ぶが、その声は無情にもミサイルの発射音に掻き消された。

 

数秒後、廊下に大量の煙が充満する中、ミサイルが過ぎ去ったのを確認したさくら達は、将造がもしかしたらミサイルから振り落とされた可能性を考え、再び発射口に戻る。

 

「若ぁぁっっ!」

「岩鬼っ!」

「将造っ」

 

三人は大声で将造を呼ぶ。しかし、返ってきたのは愉快そうな朧の笑い声だった。

 

「アハハハハハハハハ!!!! もう対魔忍はお終いね!」

 

朧は対魔忍達の絶望した顔を眺めるためだけに発射場に戻ったのだ。

 

「朧ォォォッッ!!!」

 

さくらは、自分の住んでいる町や仲間、そして大切な生徒を殺したであろう朧に憎しみの声を上げる。

 

しかし…

 

「た、大変です、朧様!!! 」

 

さくらの声を遮るかのように、大きい悲鳴のような叫び声が響いた。その声の主は、半分程破壊された発射装置の残ったモニターを調べていた部下だ。その表情は、驚きと焦りに満ちている。

 

「何があったっ?!」

 

「ミ、ミサイルの目標が、も、目標がっ!!!」

 

「早く言え!!」

 

「ハァハァ…五車町から…東京キングダムに変わっています!!!!」

 

「「「「「?!」」」」」

 

発射場にいるすべての者の表情が変わった。




次回『東京キングダム壊滅五分前!!』は三日以内に上げるので、もう少々お待ち下さい。

本当は後編なので一話に纏めたかったんですが、二万字を優に超えてしまったので…


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Weapon 14 東京キングダム壊滅五分前!!

モニターを見た部下の言葉を聞いたすべての者の顔色が青ざめる。

 

「何で目標が変わっているのよ!!!」

 

朧はその部下の襟を掴み、絞め殺す勢いで問いただす。

 

「も、元々、ミサイルには、複数の候補地がインプットされており、お、恐らくは岩鬼将造が銃撃した際に発射直前のコンピュータが狂って、他の候補地に変えてしまったと思われます…」

 

「着弾まで後どれくらいだっ!」

 

「グ…ご、五分強…」

 

それを聞いた朧は、もう一人の部下に叫ぶ。

 

「カリヤとフュルストに連絡しろォォォ!!!!」

 

「は、はい。」

 

指示された部下は、急いで携帯で連絡を取り始めた。

 

「くそォォッッ!! 将造めぇぇっっ!!!」

 

苛ついた朧が髪を掻き毟ると同時に彼女の後方の空間が歪み、黒い靄が出始めた。ノマドの幹部連中が移動に使う魔の渦だ。朧は急いで他の部下と共に渦に入り、この場から去ろうとする。だがその時、発射場に怨みが籠もった鋭い声が響いた。

 

「朧オオォォォッッッッッ!」

 

破壊された扉から勢いよく現れたのは、怒りの形相をしたアサギだった。

 

「お姉ちゃん!?」

 

驚くさくらを無視し、アサギはそのまま十m以上ある発射口を飛び越え、忍者刀で朧に斬りかかる。

 

「アサギ…」

 

だが、朧はお前に構っている暇は無いという風にアサギを一睨みするだけで、一足早く渦の中に消えていった。

 

「くそォォォォッッッッ!!」

 

アサギは、珍しく悔しそうな顔で地団駄を踏む。

 

「お姉ちゃん、それどころじゃないよ!!」

 

さくらは構うことなく怒り狂うアサギに話しかけ、素早く状況を説明をした。

 

「な、何ですって?! 静流?!」

 

事情を聞いたアサギは、一気に熱くなった頭が冷えて静流に確認する。

 

「先程、潜伏している仲間には伝えましたが、恐らくは…もう…」

 

カラン…カラン…

 

アサギは、絶望した顔で忍者刀を落とし膝を付いた。

 

結果としては五車町は助かり、東京キングダムは、海上十キロに位置している離れ小島なので、東京も直接の核の被害からは免れた。しかし、東京キングダムにいる対魔忍や魔族どころか、すべての生物は、核ミサイルで死に絶えてしまうだろう。

 

「何てこと…私がいながら…」

 

アサギは、自分の指揮が原因で多くの犠牲が出たことにショックを受け、軽い放心状態で地面に手を付く。

 

だが、そんな絶望状態のアサギにゆっくりと近づく者がいた。

 

三太郎だ。

 

「いや、まだ分からねぇ。ミサイルには若がしがみついている。若は不死身だ。絶対になんとかしてくれるはずだ。」

 

三太郎は、本気で将造のことを信じているように自信満々にアサギに宣言した。

 

対象的にアサギは、三太郎を見もせずに俯いたままそれを否定する。

 

「三太郎くん…大陸弾道ミサイルは宇宙空間まで行くのよ…そんなの、いくら将造でも…」

 

「いや、若なら大丈夫だ!」

 

絶望感漂う空気の中、遅れて紫率いる核ミサイル解体班が到着した。紫は、放心状態のアサギを見つけ、驚きながらそばに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?! アサギ様?! おい、ヤクザ!! 一体どうなって…」

 

三太郎は怒りながら質問する紫を無視して、足を引き摺りながらも発射場から廊下に急ぐ。

 

「三太郎、どうした? 若はどこだ?」

 

途中で拓三とすれ違うが、説明する時間はないと言わんばかりに足を止めず、歩きながら答える。

 

「拓三! 一緒に若がいる東京キングダムに行くぜ! 多分、屋上にヘリがあるはずだ! 説明は歩きながらする!」

 

「待ちなさい! 三太郎くん!!」

 

そのまま行こうとする三太郎をアサギが呼び止めた。

 

「アサギさん! 止めたって無駄だぜ!」

 

「私も行くわ…」

 

 

 

東京キングダムには、カオス・アリーナという女戦士達の格闘を見世物とした非合法ショービジネスを運営している地下闘技場がある。戦士は全て女で構成されており、負けた女は辱められ、その様子が闇社会の住人たちに放映され莫大な利益を挙げている。

 

そんな凄惨なカオス・アリーナのボスは、意外にもカリヤという女性である。カリヤは、ナーガ族という魔界の住人で通称『スネーク・レディ』と呼ばれており、実力はエドウィン・ブラックに匹敵し、インドでは『カーリヤ』と言われ神として祀られている。さらに自らも闘技場に立つ戦士であり、過去にアサギ、さくらと激闘を繰り広げたこともある。だが、そんな実力も威厳もある彼女が、今現在血相を変えて部下に必死に叫んでいた。

 

「逃げる奴隷共は捨てておけっ! 闘技場にできるだけ人を入れろぉ! モタモタするなぁ!」

 

数分前までは、悠々とVIP席で闘技場の戦いを観戦していたカリヤだったが、朧の部下からの連絡を受けて、急いで部下に指示を出し始めた。まず闘技場の戦いの中止、次に宣伝で使っている東京キングダム中に設置してある外部のスピーカーを使用して、核の着弾と核シェルター代わりにもなるアリーナに人の受け入れを宣言、そして、今は自らも現場に出て声を荒げながら人の整理をしていた。

 

「クソッ! 朧の奴…次に会ったら殺してやるっ!」

 

東京キングダムに居るのは、ほとんどが裏の住人達であり、海座の核ミサイルのことを知ってはいた。ゆえにカオス・アリーナの緊迫した呼びかけで、島の者達は状況を一瞬で理解し、一分程で島全域の者達に核ミサイルの情報が伝わった。だが、それでも東京キングダム全体は、混乱の極みに陥ってしまう。何故なら、住人達はあくまで海座の核を豆知識レベルで認識していただけであり、まさか本当に海座に手を出す者が存在し、そのうえ核が自分達がいる東京キングダムに向けられているとは夢にも思わなかったのだ。

 

「畜生! 誰だぁ! 海座に手を出したバカはぁ!」

「い、一体、どこに逃げれば…」

「どこでもいいから走れ!」

 

秩序がある組織の者達は冷静に行動をしているが、ほとんどは種族や職種関係なく、我先にと逃げ惑っている。中心部にいる者は、カオス・アリーナヘ、海岸部にいる者は、港には速度が出ない貨物船しかないゆえに海に次々と飛び込んで、泳いで少しでも島から離れようとし、本州に唯一繋がっている橋の近くにいる者は、車や走って逃げようとする。

 

しかし、カオス・アリーナに入る階段は、逃げる者達で殺到し、将棋倒しになるのはまだ良い方で、倒れた者を踏みつけて行こうとする者が続出し、血が飛び散る餅付きのようになっていた。海岸部の者達は海に入りはするが、走るより早く泳げる者などなく、そのうえ核ミサイルが来るという恐怖でパニックに陥り溺死する者が続出した。橋の近くにいる者は、スムーズに逃げられたのは先頭の車に乗っていた者だけであり、殆どは本州に向かって走って逃げる者達を同じく本州に急ぐ後続の車が容赦なく次々と轢き殺して、死体で渋滞が発生してしまい、立ち往生する羽目になった。さらにもう逃げられないと分かっている者はヤケクソになり、普段から気に食わなかった目上の者を殴ったり、娼館に突撃し、逃げようとする娼婦を犯そうとする者まで現れた。他にもこの惨状を見てケラケラと狂ったように笑う浮浪者、身を寄せ合いながら最後の時を迎えるストリートチルドレン、核の炎で苦しんで焼かれるくらいならと飛び降り自殺をする娼婦などもあちこちに発生した。

 

そんなこの世の地獄となった東京キングダムの一角で、四人の異形の者達に囲まれて怒り狂っている男がいた。その男の容姿は、頭頂部は薄く腹部はでっぷりとしており、江戸時代に来日した宣教師のような服装をしている。

 

「くそっ! 朧のやつめ! 余計なことをしおってぇっ! 折角、私が築いていたここでの地位がすべて台無しだっ!」

 

男の名は、フュルスト。朧やイングリッド、海座と並ぶノマド幹部の一人。桐生に魔界医療技術を教えた師でもあり、古くからエドウィン・ブラックに従う魔術が得意な高位魔族である。フュルストは、東京キングダムを治める組織の一つである『沙無羅威』の後ろ盾をしており、本日は幸か不幸か偶然にもこの場所に来ていた。

 

周りの四人は、沙無羅威のトップであり、通称四天王と呼ばれている者達だ。梟の獣人である獣忍『シームルグ』。全身を甲冑のような金属で覆った半人半馬の怪物『オロバス』。体は普通の女性だが、頭は口しかない不明の魔女と呼ばれる『ヴィネア』。最後に沙無羅威のボスであり、フュルストの腹心でもある三度笠を被り日本刀を持った侍風の男『ニールセン』。

 

フュルストは、移動に使う魔の渦でこの四天王だけは、逃そうとしていた。元々、魔の渦は何十人も移動出来る代物ではなく、故にフュルストは他の配下は切り捨てる判断をしたのだ。

 

しかし、ニールセンは部下を置いて自分達だけ助かるのが居た堪れず、フュルストを説得しようとする。

 

「フュルスト様、我らだけ避難しても宜しいのですか? 御命令ならば、最後の時まで配下を逃がすためにこの命使いますが?」

 

だが、ニールセンの進言をフュルストは、やんわりと否定する。

 

「余計な心配をしなくていい。もう、私達の組織はこの位置では、どんなことをしようと助かりません。ならば、大事なお前達だけでも逃がすのが道理というものです。」

 

「グスッ、フュルスト様、有り難う。オレ、嬉しい。」

 

オロバスが、鼻をすすりながらお礼を言う。

 

「さぁ、もう時間がない。また一からやり直しです。」

 

やがて五人は黒い渦に飲まれ消えていった。

 

 

 

一方、敵味方のあらゆる者達が混乱を極めるなか、ミサイルにしがみついた将造は…

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!!!!!!

 

「うぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!」

 

「ムググググググゥゥゥゥ……」

 

物凄いスピードで遥か上空へ海座と共に登っていた。

 

大陸弾道ミサイルは、超遠距離爆撃のため、高度数百キロの宇宙空間にまで上り、そこで移動して目的地のほぼ直上に落ちるのだ。

 

大量のGがかかる中、海座の口に挟まっているプラグを引っ張る将造は、ミサイルの爆音に負けないよう、彼の耳元で怒鳴るように話しかける。

 

「海座ッ! このミサイルを、はよ何とかせぇッ!」

 

「ムググッ…プハッ。そ、それよりもこのミサイルは後一分程で宇宙空間まで行ってしまうぞ!!!」

 

「宇宙じゃと?! じゃあ、わしらはお陀仏かぁ?!」

 

「いや、爆撃場所が東京から近い群馬だから空気がない熱気圏に居るのは三十秒程だ! そこを越えればまた空気のあるところに戻れるっ! その後で私の右胸にある導線を抜けっ!! そうすればすべての機能が…うぉぉ!!!」

 

そうこう二人が話しているうちにミサイルは、成層圏を超えて極寒の中間圏を過ぎ、遂に宇宙空間である熱気圏に到達した。

 

「「………」」

 

海座は身体をほぼ機械化しているので、三十秒程度なら宇宙空間にいても平気だが、将造は生身であり、気圧の変化で血管や内蔵が膨張していつ死んでもおかしくない。故に海座は将造の安否が気になり、薄目で様子を見た。

 

(な、何だ?! この光は?!)

 

海座は驚きのあまり息を飲んだ。それは将造がすでに死んでいたからではない。将造の体の周りを薄緑色に輝くオーラが、彼を守るように包んでいたのだ。将造自身は、目を閉じているので分かっていないようだが、その光は海座の理解を超えた、何か大いなる意志に祝福されているようだった。

 

だが、三十秒後、ミサイルが地上に向き熱気圏を抜けると緑色の光は消えて、それと同時に将造は目を開ける。

 

「うぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

 

そして、将造は雄叫びを上げると逆さまで吹き飛ばされそうになりながらも、海座を台座から引き剥がすべく体を思い切り引っ張った。

 

「うぎぎきぎ………」

 

メキメキメキメキッ!!!

 

将造の馬鹿力により、海座を繋ぐ機械類が段々と引き剥がされてゆく。

 

「将造っ!」

 

「海座っ! ぬしがもし生きてノマドに復讐したいなら、関西の山林組へ行けぇぇ!!」

 

やがて、将造の目に目標である東京キングダムが見えてくる。

 

「あれは東京キングダム…朧の奴、ホラ吹きやがって! どりゃあ!」

 

バキャッッッ!!! ドカッ!!

 

将造は、海座を台座から引き剥がしたと同時に海の方に蹴り出した。

 

「うぉぉぉぉ! 将造ぉぉぉっっっ!!!!」

 

海座は、大声を上げながら暗い海に吸い込まれていった。

 

そして、将造を乗せたミサイルは、着弾までわずかというところまで来た。

 

 

 

 

 

「ミ、ミサイルだぁぁぁぁぁ?!」

 

混乱極める東京キングダムで、視力に優れている獣人が悲鳴を上げながら空を指差した。周りの者も逃げるのを止めて空を仰ぎ見る。すると暗闇の中、火を拭きながらこちらに迫る物体が見える。それは間違いなく核ミサイルであった。

 

「もう、終わりだ…」

「くそっ」

「お母さんっ…」

 

路上にいる避難し遅れた人、オーク、淫魔、獣人、鬼、そして対魔忍、ギャング、娼婦、傭兵、浮浪者など、種族、職種関係なく力尽きたようにその場で涙を流して足を止めた。

 

そして、何万という者が注目するなか、ミサイルのロケットブースターの炎がいきなり見えなくなった瞬間、何かが飛び出しパラシュートが開くのが見えた。

 

「な、何だ?! ミサイルから何か?」

 

それを見た者達は、あれはあらかじめ分離するミサイルの部品であり、爆発の前兆と捉えた。

 

「爆発するぞぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

殆どの者が諦めて地面に伏せ、最後の時を迎えようとする。だが、ミサイルは上空では爆発せず、そのまま沙無羅威が所有している廃ビルに着弾した。

 

ドガァァァァァッッッッッ!!!!!!!

 

ビルに突っ込んだミサイルは、大音量を響かせながら廃ビルを崩落させる。その音を聞いた東京キングダムすべての者が、これこそが核爆発の音だと思い悲鳴を上げた。

 

ガラガラガラガラ………

 

「ウワァァァァァァァァ………!!!!!! あれ?」

 

ひゅぅぅ〜〜………

 

しかし、最初こそはビルの崩落音が響いていたが、それが次第に聞こえなくなると、周囲は風の音のみになる。それ以降何秒経っても爆風も閃光も起こらない。やがて、地面に伏せていた者達が、様子を見るべく恐る恐る立ち上がると彼らが目にしたのは、大きいキノコ雲なのではなく、いつもと変わらない乱雑とした東京キングダムの町並みであった。

 

「い、一体? どうなったの?」

「不良品だったのか? あのミサイル?」

「もう、ここは天国か?」

 

ザワザワと騒ぎが広まる中、一人のオークが空を指差し騒ぎ始めた。

 

「あ、あれは何だ?」

 

周りの者がオークの声に反応し、再度空に注目すると、先程ミサイルから分離した部品と思われる物がゆっくりとパラシュートで広場の方に降りてくるのが見えた。よく見るとそれはミサイルの部品ではなく、何か人の形をしている。それを見た東京キングダム中にいる者は、急いで落下地点の広場へと走った。それは先程の核から逃げるような死にものぐるいではなく、純粋な好奇心に惹かれてだった。

 

一分後、あらゆる種族が広場に集まり、降りてくる者を出迎えると、それは右目に包帯を巻いて、左腕がパラシュートを付いた巨大なバルカンになっている男だった。

 

男の周囲を囲む者達は、男の右目の傷や左腕のバルカン砲を見て、ざわめくうちに興奮しだし、彼を殺さんばかりに問い詰める。

 

「お前は誰だ?!」

「本当にミサイルに乗ってきたのか?!」

「誰が飛ばしたんだ?!」

「お前が海座に手を出したのか?!」

 

しかし、男は迫る群衆に狼狽えず、ゆっくりと息を吸い込んだ次の瞬間…

 

「わしの名は岩鬼将造ぉぉぉっっっっ!!!! 岩鬼組の組長じゃぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」

 

と、東京キングダム中に聞こえる大声を発した。

 

周囲の者は、あまりの大声に耳を塞ぐが、すぐに将造の名を聞いて再度騒ぎ出した。

 

「岩鬼将造って、あのノマドの要塞ビルを爆破した…」

「国会議員の矢崎をビルから蹴り落とした…」

「ヨミハラのリーアルを人間サーフボードにした…」

 

そして、ざわめく群衆を前に将造は先程より少し声の音量を落としてさらに続ける。

 

「皆の衆ッ!! 安心せいッ!! 核ミサイルはわしがなんとかしたわいっ!!」

 

それを聞いた一番近くにいる燕尾服の淫魔が、将造に恐る恐る質問をする。

 

「ミ、ミサイルを誰が発射した? いや、と言うより誰が海座を殺したんだ?」

 

その質問に周囲の者達が、一斉に将造の次の言葉に注目する。

 

「ノマドの朧じゃぁっ!!!! 全ては朧の企みじゃ!!!!」

 

『ええええええっっっっっっ!!!!!!!』

 

その後、将造は大声で事の顛末を語り始めた。

 

まず、朧が以前からムカついていた海座を、核が発射されるのを分かっていながらも殺そうとしたこと。ノマドと敵対していた岩鬼組が偶然にもその情報をキャッチして、核の発射を阻止しようとしたこと。その際、カチコミを邪魔するマッスルジョーというバカをボコボコにしたこと。ついでに同じくムカついているフュルストをノマドが未だ支配できない東京キングダムを巻き込んで殺害しようとしたこと。

 

「…と言うわけで、キ○ガ○朧に海座は呆気なく殺害されてのぉ。岩鬼組は、核ミサイル発射を止めることが出来んかった…しかし、この岩鬼将造は、何の罪もない東京キングダムにいるぬしらを見捨てられんかった。じゃから、核ミサイルにしがみついて、ギリギリですべての機能を止めることに成功して、今に至るわけじゃ…」

 

核ミサイルが東京キングダムに発射されたのは、ほぼ海座を襲撃した将造のせいなのだが、将造はすべての罪を朧に擦り付けた。元々、将造は、アサギからノマド幹部の仲の悪さを聞いており、それを上手く利用したのだ。

 

「マジかよ~! 確かにノマドの幹部連中って、仲が死ぬ程悪いって聞いたことあるぜ!!」

「要するに今回の事はノマドの仲間内のイザコザってことか…」

「何で俺達を巻き込むんだ!!」

 

以前から裏の住人達の間でも、イングリッド、朧、フュルスト、海座は同じノマドの幹部でありながらも、互いに殺したいほど仲が悪いことが知られていた。故に将造の説明に次々と納得し、ノマドの悪評が広まっていく。

 

しかし、それでも冷静に考える者も多数おり、その中でまだ納得出来ないチンピラの一人が再度、将造に質問する。

 

「そういって実はあんたが海座を殺そうとして、朧はそれに巻き込まれたんじゃねえの?」

 

その質問に周囲の者は再度、将造に注目した。

 

しかし、ほぼ図星を突かれた将造だが、少しも臆することなく逆にチンピラを大声で一喝した。

 

「馬鹿たれっ! 裏の世界では海座に手を出すことは禁止されとるはずじゃ! 核ミサイルは何処に飛ぶのかわからんのじゃぞ! 核が島内で爆発すれば、わしら極道の商売はあがったりじゃ! 仮にわしが海座を殺したとしても、何で殺した本人が核ミサイルに乗ってまで爆発を止めようとするんじゃ?!」

 

ここにさくらと静流が居れば、『今更何言ってんの? この人?』と呆れた顔をするに違いない。

 

しかし…

 

「た、確かに…核が発射されるのを知りながらも海座を殺して、それでわざわざ核にしがみついて止めるようとするなんて矛盾してるぜ。」

 

将造の性格を知りようがないチンピラや周囲の者は、将造の言葉に納得するしかなかった。

 

「じゃあ、あんたは正真正銘、俺達を助けるために発射された核ミサイルにしがみついて爆発を止めてくれたのか?」

 

「さっきから言っとろうが…ぬしらを助ける以外に誰がミサイルを止めるんじゃっ!!」

 

裏の世界には類を見ない程の将造の英雄的な自己犠牲を間近に見た東京キングダムの住人達は、興奮の坩堝に陥った。

 

「うぉぉぉ!!! 信じられねぇ!!!」

「すげぇぇぇぇ!!!!」

「え、英雄だ! 恩人だ!」

 

広場の興奮が最高潮に達するとノリがいい獣人やチンピラ、傭兵は、将造を担ぎ上げて胴上げし始める。

 

『わーしょい!!! わーしょい!!! わーしょい!!!  わーしょい!!!』

 

「うわはははは!!!! 核兵器がナンボのもんじゃあっ!!」

 

広場は、命が助かった喜びも相まってお祭りのような騒ぎとなり、その中心にいる将造は、右目の痛みを忘れて笑顔で胴上げされ続けた。

 

 

 

 

 

同時刻、丁度広場全体が見えるビルの屋上で、胴上げされる将造を観察する複数の影があった。

 

「すごいわね。要塞ビルを爆破して二ヶ月も経ってないのに、ノマド幹部とマッスル団のボスを退けるなんて。やっぱり、考え方が常人のそれとは違うからかしら?」

 

そう将造を褒めているのは、一ヶ月半前、要塞ビルが爆破された際に近くのビルの屋上で将造を観察していた仮面の女だった。女は通称『マダム』と呼ばれており、東京キングダムでクラブペルソナという店を経営している。しかし、裏の世界では、凄腕の情報屋で通っており、そのうえ米連と太いパイプも持ち、素顔を仮面で隠しているのも相まって謎大き人物である。

 

「確かに…あの狂犬のような瞳、岩鬼将造は俺達以上に獣の目をしてやがる。なぁ、トラジロー?」

 

「そうなのだ。あいつ、酒飲んだタローよりも常に目が逝っちゃてるのだ。」

 

仮面の女の問いに答えたのは、筋骨隆々の体に狼の頭をしたワーウルフという狼の獣人と年齢が小学生にしか見えない尻尾を生やした猫耳のワータイガーの少女だ。二人は、東京キングダムを支配する組織のひとつ、主に獣人達で構成された『獣王会』の若きリーダー『灰狼一郎太』と幹部の『トラジロー』である。

 

「例えどれだけ狂人だろうと体を少し改造した人間ごとき、俺達に比べればただの人間と変わらん。それに本当にあの朧とマッスルジョーのバカを退けたのかも解らんしな…」

 

将造の実力を否定したのは、アメリカのギャングのボスのような毛皮のコートを羽織っている白髪の若き男。彼は『獣王会』と同じく東京キングダムを支配する組織の一つで自らの名を冠した組織『弩竜』のボス『弩竜』。ドラゴニュートというドラゴンの力と人間の知能を持つ魔界でも希少な種族である。

 

「けけっーー♪ そうかな? 朧とマッスルジョーを倒したのかは解らないけど、実力はあると思うわ。あんたは、ミサイルにしがみついて宇宙空間に行けるのかい?」

 

笑いながら茶々を入れたのは、陣笠を被ったはち切れんばかりの体をサイズが合ってない和服で包んでいる女鬼『速疾鬼』。『獣王会』『弩竜』と並ぶ、主に鬼族で構成された『鬼武衆』という組織のボスである。高速の剣技を使う『不死身のラーヴァナ』と二つ名を持つ鬼族で、かつて対魔忍の中で五本の指に入る『八津九郎』と互角の戦いを繰り広げたこともある実力者である。

 

「フン…そんな馬鹿な真似が出来るか…」

 

あんな狂人と比べるなと言わんばかりに弩竜が鼻を鳴らす。

 

「それにあいつのグルグル目を見てるとなんか不思議な感覚になるんだよね? デジャヴュっていうのかな? 会ったことなんかないけど、前世とか別世界の自分があんな奴と戦ったような…」

 

速疾鬼が、不思議そうに首を曲げて腕を組んだ時…

 

ガチャリ… 

 

「貴様ら…俺のビルで何をしている…」

 

階段に通じるドアが開いて、低い男の声がその場に響く。五人が声の方向に目を向けると、そこには黒いスーツを着た厳つい表情の男がいた。

 

「ああ、そういえばここは、龍門のビルだったね。久しぶり、黄。」

 

男の名は、『黄広天』。中華連合を後ろ盾に持つ組織『龍門』のボスで『黒龍』という二つ名を持つ。龍門は、かつてクローン朧が率いた東京キングダムすべてを支配した組織だったが、六年前に対魔忍と米連に滅ぼされ、黄広天はその数年後にやって来た新しいボスである。以前のクローン朧と違い、組織の者を全て家族として見ており、他の組織よりも強い信頼と繋がりを持つ。

 

黄は、勝手に自分の領地であるビルに侵入しているのにも関わらず、少しも悪びれない五人をジロリと睨む。

 

「そんなに睨まないでくれよ、黄の旦那。あんたもあいつを見てみろよ?」

 

一朗太が、黄に目で将造を見るように促す。

 

「今俺は核のイザコザの後処理で忙しい。ファミリーに多大な被害が出たんでな。それに英雄だとか騒いではいるが、おおよそ、あいつが海座を殺してミサイルを発射させてしまったんだろう。ム…?」

 

黄は、将造を見もせずにその場で誰かを探すように見回した。

 

「沙無羅威の奴らは来てないのか?」

 

「さぁ? どうせ、フュルストが部下を見捨てて、四天王だけ連れて逃げたんでしょ。」

 

仮面の女が吐き捨てるように言った。

 

それを聞いた黄は、一瞬だけ軽蔑したような顔になる。

 

「そうか…相変わらず、最悪な奴だ。それはそうと貴様等、そろそろ俺のビルから出ていけ。お付きの者を連れて来ていないのは、忙しい中こっそりあの男を見に来たんだろう。貴様らの縄張りも被害が大きい筈だ。もう自分の仕事に戻れ。」

 

「わかったわ。また、話し合いの機会を設けるからその時に…」

「俺達も戻ろう。今日は徹夜だな。」

「わかったのだ!」

「……」

「じゃあね♪」

 

五人は黄に従って、屋上にも関わらずに一瞬で消えていった。

 

ようやく五人を追い出して一人になった黄は、階段に戻ろうとした時、偶然にも胴上げしている将造が見えた。

 

「………フン!」

 

しかし、何の興味も抱かずにそのまま救助に尽力している部下のところに戻って行った。

 

ここにいた彼らは知らない。現在、胴上げされている岩鬼将造に一ヶ月後、東京キングダムの有数の組織の内一つが潰され、さらにもう一つは吸収されてしまうことを。

 

 

 

そして、東京キングダムトップの者達が解散してすぐに、空中で将造の胴上げを観察する者が現れた。

 

「ほら、俺の言った通りでしょ? アサギさん?」

 

「……信じられない。」

 

それはヘリコプターで急行したアサギ達だった。アサギは、核ミサイルの生き残りの救助の為と言いはって無理矢理、三太郎と拓三に付いてきたのだ。

 

「左手と右足を改造しただけの人間が、ミサイルにしがみついて宇宙空間を超えて生き残るとは…」

 

核の現場に行こうとするアサギを止めようとした紫は、結局は押し切られるも彼女を心配して一緒に付いて来ていた。

 

「そうね、まさに極道兵器だわ…」

 

対魔忍の二人の表情は、将造が生き残っている嬉しさよりも驚きの方が遥かに大きかった。

 

「若は、やっぱり不死身なんすよ!」

 

そんな二人を見て三太郎が、自分の事のように誇らしげに胸を張った。

 

しかし、盛り上がる雰囲気の中、運転席にいる拓三が嬉しさと困惑が入り混じった声で呟いた。

 

「若が生きていて申し分ないが、ちょっと困ったことになったぜ。」

 

「どうしたの? 拓三くん?」

 

「あれじゃ、どのタイミングで迎えに行ったらいいのか解らない。重傷だから一刻も速く病院に行きたいんですけど…」

 

「そういえば、何であんな状態になっているのかしら?」

 

アサギは、少し苦笑いをして呆れながら言った。

 

 

 

また同時刻、海に落とされた海座は何百mもの高度から着水するが命に別状はなく、本州に向かって必死に泳いでいた。体の中にあった発信機や盗聴器は、すでに外している。これで海座は、ノマドから死亡扱いになるだろう。

 

「くそっ! ノマドめ! 朧め! 絶対に復讐してやる!」

 

海座は、ノマドと朧に対する恨み節を呟きながら、本州の光を目指して泳ぐ。

 

だが、その最中にふと宇宙空間に突入した際、将造の体が薄緑色の光に包まれたことと、それに引っ張られるように昔聞いたある話を思い出した。

 

(確か、長年生きている魔族から聞いたことがある。魔界の言い伝えに寄れば、真祖や神話級すらも関係ない大昔、地球上は魔族が人類の祖先を支配していた。しかしある時、空から魔族だけに有害な光が降り注ぎ、魔族はそれに耐えきれず魔界に逃げ、そこから人類は急激に進化して文明を築いたという。確か、その光は若葉のような色をしていたとか? いや、まさかな…)

 

海座は、馬鹿な考えを振り切るように顔を振る。

 

(とにかく、今は岩鬼将造が言うとおりに、関西の山林組という所に行くしかない。関西ならノマドの支配も緩いはずだ。)

 

それから、海座は何も喋らずに一心不乱に本州へと急いだ。

 

 

その後、胴上げされていた将造は、三太郎と拓三が広場に直接行き胴上げを止めさせ、大歓声の中、ヘリコプターで飛び去り、病院に直行した。

 

核ミサイルの破片は、翌日に急行した政府の特別チームにより回収された。流石に放射能まみれの部品回収を止める者はおらず、作業はスムーズに行われた。

 

そして、核ミサイルを切っ掛けにノマドは一方的に様々な魔族達から目の敵にされ、特に東京キングダムを中心とした裏の世界では、フュルスト率いる沙無羅威と共に求心力や支配力を急激に失ってしまう。それはノマドが、今回の事件の全貌を発表せず、さらに元凶とされた朧が、事件後一切姿を現していないために被害者の怨みが晴らせないのも関係していた

 

対照的に岩鬼将造率いる岩鬼組は、その後急激に力を付けていった。その原因は、東京キングダムの神魔組とマッスル団の支配地域、そして、臨海新都心の土地と兵器をすべて奪ったからである。さらにリーアルが管理していたブログに、今まで嬲り殺した外道達の映像を上げると、将造に救われた東京キングダムの住人達は、英雄だった将造の死ぬ程恐ろしい一面も理解し、さらに恐れ敬うようになった。

 

 

 

裏の世界の実力者には、二つ名が付くことがある。それは称号に近く、実力ある対魔忍のアサギには、『最強の対魔忍』、静流には『花の静流』、凛子には『斬鬼』、敵であるノマドのイングリッドには『魔界騎士』、フュルストには『侯爵』とそれらは、本名以上にあらゆる種族に伝わり恐れられる。

 

そして、核ミサイルの事件後、裏の世界の住人達が恐れ震える新たなる二つ名が生まれた。核兵器よりも強力で残酷な男に付いた称号、その名は…

 

 

   

         『 極道兵器 』

 

 

 




何か…対魔忍RPG的な終わりになりました。
海座を生かしたのは、後々重要な役目があるからです。後は、対魔忍の頭がおかしい敵と比べて殺す要素が薄いかなと思ったからです。
この話を書くに当たって、核ミサイルの範囲とか、宇宙空間でどれだけ人が生きられるかとか少し調べました。まぁ、最終的に将造は、○ッター線に選ばれているので何とかなるでしょう的なノリに落ち着きました。


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第五章 急襲!ブレインフレーヤー!
Weapon 15 異次元イカ野郎 未来編


「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

荒廃した地下鉄の線路を、まだ二十歳にもなっていない少女が小瓶を抱えて必死な顔で走っている。少女の名前は、サユリ。病気の仲間の為、薬が残っていると思われる封鎖区域に来た対魔忍である。

 

(後少しで出口なのに、まさか感染者の集団に出くわすなんて! あまりにも感染者に出会わないから油断した!)

 

サユリが走るスピードを落とさずにちらりと後ろに視線を向けると、彼女が数秒前に通過した線路の暗闇の中から何十人もの人間が現れた。

 

「「「「「あ~……」」」」」

 

ただの人間ではない。サユリを追いかけているにも関わらず焦点の合っていない目。怒っているわけでも喜んでいるわけでもない虚ろな表情。異常な点はそれだけではない。所々に出血している黒い肌、異常に朽ち果てている服。その姿はまるでホラー映画に出てくるゾンビそのものだった。

 

(あと少しでゆきかぜさんが待つ集合地点に着く! ゆきかぜさんなら、あいつらでも…ハッ?!)

 

「ギシャアッ!!!」

 

サユリの向かう逃走経路を塞ぐように、曲がり角からいきなり怪物が現れた。その怪物は人間よりも一回り大きく、目と皮膚が無い代わりに鋭い爪と牙を持っており、鼻らしき物をクンクンと動かすとサユリの方に近づいてくる。

 

「バ、バーバリアン…うぅ…」

 

サユリは、目の前のバーバリアンと呼ぶ怪物を見た途端、諦めたかのように歩みを止めた。

 

クンクン…クンッ!!

 

バーバリアンは、サユリを鋭い嗅覚で捉えたらしく、素早い動きで彼女に迫って来る。背後の感染者の集団も後五秒ほどでサユリに追いつくだろう。

 

(も、もう駄目だ…ゆきかぜさん…約束守れなくてすいません。けれど、この薬だけは絶対に守りきります!)

 

サユリは薬が入っている小瓶を素早く瓦礫の影に置くと覚悟を決めた顔になり、壁を背後にして忍者刀を構えた。

 

「来いっ!!!」

 

「「「「「うあ~~~~!!!!」」」」」

「ギシャァァァッッッッッ!!!!!!」」

 

先頭の感染者とバーバリアンが、涎を垂らしながらサユリに襲いかかる。

 

その時…

 

ダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!

 

ボロボロの天井の穴からサユリを守るようにマシンガンの弾が降り注いだ。弾は先頭の感染者とバーバリアンの頭部を打ち抜き即座に昏倒させる。

 

「だ、誰?!」

 

ガラガラ…ザッ!

 

サユリが上を向く前に、一人の男が細かい瓦礫と共に彼女の目の前に降り立った。

 

「ただの人間が何しとる…ここらはわしとあいつらで十年以上もシマを巡って争うとる戦場だぜ。」

 

「あ、貴方は?!」

 

右手にマシンガンを持った男は、見た目は三十代後半の年齢でボロボロのカンカン帽子を被り、黒いシャツに腹巻を巻いていた。しかし、少女が驚いたのはそこではない。男の左腕は肘先から無く、右足には手作りらしい粗末な義足をはめ、さらに右目には眼帯をした欠損だらけの体だった。

 

「見つけたぜ〜! わしじゃなく、こんなガキに入れ込むとは中々連れないのう。」

 

サユリの問いを無視した男は欠損だらけの体にも関わらず、恐れを微塵も感じない笑顔で、感染者の集団とバーバリアンに一歩近付いた。

 

(こ、この人は一体誰なの? いや、それよりもあんな欠損だらけの体じゃ殺されてしまう!)

 

そんな体では無理ですと少女が叫ぼうとした時、感染者とバーバリアンに異常が起こった。

 

「「「「「ウァァァァァァ????!!!」」」」

「ギシャャッッッ????!!!!」

 

飢えしか感情が無いはずの感染者とバーバリアンが、男が近付いた途端に倒れた体を起こし、一心不乱に逃亡したのだ。

 

「待たんかいっ! おどれらぁ!!」

 

男は、マシンガンを捨て片脚が義足とは思えない程跳躍する。そして、空中で背中からポン刀を取り出し、一瞬で逃げる感染者達の集団に追い付いた。

 

「「「うぁ……」」」

 

ズババ!!!

 

ボトボトボト…

 

地面に降り立つ前に三人の感染者の首を片手で刎ねる。

 

「ヒヒヒ……」

 

感染者の断末魔を間近に聞いた男は、本当に楽しいと言わんばかりに舌なめずりした。

 

そこからは一方的な殺戮であった。感染者は、逃げるのを止めて襲いかかる者とそのまま逃亡する者の二種類に別れた。しかし、襲いかかる者は男の刀さばきに倒れ、逃げる者は刀を口に加え、右手が自由になった男の腹巻から出したコルトパイソンに足首を撃ち抜かれ地面に倒れたところを次々とトドメを刺されていく。

 

「どりゃぁッ!!」

 

ズパァッ!!!

 

逃げる感染者の集団に追いついて数分後、男は足を銃撃され地面を這うことしかできない最後の感染者の上半身を縦に二つにした。

 

最後の感染者の動きが止まったことを確認した男は、辺りを見回す。

 

「ふんっ…デカブツは逃したか…」

 

どうやらバーバリアンは逃亡し、感染者は先程切った者で最後だったらしく、男はコルトパイソンを腹巻きにしまうと鼻を鳴らしながら刀を肩に置いた。

 

(あ…しまった…)

 

男の戦いを呆気に取られながら見ていたサユリは、我に返る。そして動く者が皆無であることを確信すると忍者刀を鞘に収めながら助けてくれた男に近付く。

 

「あ、あの…貴方は? 」

 

男は、初めてサユリの方を向いて口を開いた。

 

「俺は極道兵器だ…」

 

「極道兵器?! え、その人は確か十年も前に…『バリバリバリバリ……!!』キャ?!」

 

サユリが極道兵器という名を聞いて困惑した時、薄暗い地下道がけたたましい音とともに一瞬だけ、真昼のような明るさになる。その後、すぐに肉が焦げたような異臭が辺りを包んだ。

 

サユリと男が、轟音がした方向を向くとコツコツと暗闇に戻った出口側の地下道から、こちらに向かう足音が聞こえてくる。

 

男は、再度気を引き締めた顔になり、足音がする方向に刀を構えて向かおうとする。しかし、急いでサユリが男を止めた。

 

「待って下さい! あの電撃は…」

 

やがて、暗闇から一人の女性が現れる。年齢は二十代後半、ショートカットに褐色の肌、そして、赤と黒が混じった対魔スーツ。その女性は、二人を瞳に捉えるとゆっくりと口を開いた。

 

「危ないところだったわねサユリ。逃げたバーバリアンは、さっき殺したわ。それと…まだ生きてたのね。将造…」

 

「十年振りじゃのう。ゆきかぜ…」

 

岩鬼将造と水城ゆきかぜ、約十年ぶりの邂逅であった。

 

 

『大丈夫だよ、ゆきかぜ! 俺は絶対に君の元に戻る。だから安静にして傷を癒やしてくれ。将造さんに着いて行って、今まで負けたことがないのは知ってるだろ? 今回もきっと三太郎さんや拓三さんと大笑いして帰ってくるよ!』

 

『なんで達郎が感染者になって、あんただけが生きてるのよぉっ! 私はあんたらヤクザが何人死のうと達郎だけは生きていて欲しかったのに…そうよ、全部あんたが悪いんだ! あんたが達郎を殺したんだ! うわぁぁぁっっっ!!!!!!』

 

 

 

十分後、ゆきかぜとサユリは将造の隠れ家に居た。そこは廃ビルの一室で、部屋の中はそこかしこに武器が収納されてはいるが、その他は小綺麗に整理整頓されていた。

 

二人はソファーに座り、コーヒーでも入れると言って台所の部屋に行った将造を待っていた。

 

「…………」

 

「ゆきかぜさん、あの人って。」

 

将造に隠れ家に案内すると言われた二人だが、将造とゆきかぜはその道中、十年振りに再会した知り合いにも関わらず、ずっと会話を交わさなかった。

 

サユリは、将造が他の部屋に入ったのを確認するとついに痺れを切らして、ゆきかぜに質問したのだ。

 

「あいつの名は岩鬼将造。『あの日』以前はでかいヤクザ組織の組長をしていて、一時的に私達対魔忍と同盟を組んでいた。」

 

「じゃあ昔、ゆきかぜさんが言っていた…」

 

「そう、私の命の恩人であるとともに大切な人が死ぬ原因を作ったあの『極道兵器』よ。」

 

「……コーヒー出来たぜ。」

 

ビクッ!

 

サユリは、いきなり声をかけられ背筋を震わせる。

 

いつの間にかコーヒーを三つ、片手だけで器用に持った将造が、二人の後ろにいた。

 

「いいの? コーヒー何て貴重品でしょう?」

 

サユリに対して少しも動じていないゆきかぜが、コーヒーが入った湯呑をテーブルに置く将造に問う。

 

「わしは酒の方が好きなのを忘れたんか? こんなもんいくらでも備蓄しとるから、帰りに持ってけ。」

 

コーヒーを置き終わった将造は、二人の正面の一人用のソファーにドカリと座った。

 

「あ、頂きます。」

 

「………」

 

サユリは畏まりながら、ゆきかぜは無表情を崩さずに無言でコーヒーを啜る。二人のコーヒーを啜る音がその場を支配する。

 

ズズズズズズ……

 

そして、二人が湯呑みを口から話すタイミングで将造が先に口を開いた。

 

「で、ゆきかぜ。この封鎖された感染者だらけの区域で何かようか?」

 

「薬よ。私達の仲間が珍しい感染症にかかったから、ここの都市の病院に残ってるらしい薬を探しに来たのよ。でなかったら、こんな危険なところ好き好んで来ないわ。」

 

「ほうか…じゃったら、こんな所でコーヒー啜ってええんか?」

 

「気遣いは無用よ。少しくらいの時間はあるわ…今度はこっちから質問をさせて。あんた、この感染者だらけの場所で今までどうやって生きてたの? 生きていたら何で十年間も私達に連絡をくれなかったの?」

 

ズズズ…

 

今度は将造がコーヒーを啜った後で静かに喋りだした。

 

「懐かしいのう。最後にぬしと別れたのは、感染した極道連合を隔離するために、この地区を封鎖する作戦の時か。」

 

「「……」」

 

ゆきかぜは少し睨みながら、サユリは真剣な顔で将造の話を聞いている。

 

「あの時は命知らずが多くいた極道連合が、ブレインフレーヤーの馬鹿達が撃ち込んだBC兵器で、まさか丸々敵になるとは思わんかったわい。感染者になった連合のモンが外に散らばらんように、ぬしら対魔忍達が土遁でこの都市の地上や地下を封鎖する中、わしは首領たる務めで奴らを足止めするためにここに残ったんじゃったのぉ。」

 

遠い目をした将造が、味方が丸々敵になったと言った辺りでゆきかぜの顔が僅かに歪む。

 

「そこまでは覚えているわ。私が知りたいのはその先よ。」

 

「簡単じゃ…わしは十年間、ただ普通に奴らを介錯していただけよ。」

 

将造は嘘偽りない真剣な顔でゆきかぜに告げた。

 

その言葉を聞いたサユリは信じられない顔になる。

 

「本当に…目も腕も足も片方しかなくて忍術も魔術も使えない一般人が、十年以上たった一人でこの封鎖区域で感染者達を狩っていたんですか? ましてや感染者に噛まれたり引っ掻かれでもしたら一発でお終いなんですよ! 信じられない!」

 

「ああ、確かに何度かやられたぜ。」

 

将造はシャツをずらすと、首元や胸にもう治癒している歯型や引っかき傷をサユリに見せた。

 

「?!」

 

傷痕を見たサユリは、さらに驚愕した顔になり、ゆきかぜの方を向いた。

 

「無駄よ、サユリ。一番最初にBC兵器を撃たれた時も将造だけが、何故か発症しなかった。その時に色々調べてワクチンを作ろうとしたけど、対魔忍や米連、ノマドでさえも何故発症しないのかはついに解明出来なかったのよ。なんかあいつは、理解を超えた者に取り憑かれているって桐生先生は苦し紛れに言ってたわね。」

 

「じゃから、十年前に唯一感染しないわしが感染者達との戦いで殿を任されて、今も戦い続けているというわけじゃ。例え、義体が動かなくなってもあいつらに負ける極道兵器じゃないぜ。それにBC兵器は食料には感染しないけぇ、この都市の残った保存食だけでもう五十年は優に生きられる。連絡しなかったのは、まだすべての組員を介錯しとらんからじゃ。」

 

ゆきかぜは、将造の言葉を聞くと数秒間目を閉じて『あの日』を含めた過去のことを思い出す。海座の騒動のすぐ後に突如、ブレインフレーヤーという異次元の住人達が、この世界に侵攻して来たこと。彼らの力は凄まじく、遂に対魔忍、ノマド、米連関係なく異なる種族が一丸となった大規模な反抗作戦が行われたが、多大な犠牲を出して敗れたこと。将造率いる極道連合が敗走する軍団の殿を務めて予想以上に粘ったために、業を煮やしたブレインフレーヤーにBC兵器を打ち込まれたこと。その時に達郎を含めた連合の者達が、肉を貪る感染者に成り果て、傷だらけの将造一人だけが帰還したこと。半死半生の将造に達郎が感染者になり介錯したことを告げられ、半狂乱でなじったこと。魔界医達がワクチン製造の為、噛まれても感染しない将造を調べたが、何も解らず皆が落胆したこと。最後に実力ある極道連合の感染者の封じ込め作戦で、怪我を押して参加した将造を怨みの目で見送ったこと。

 

ゆきかぜは、記憶の旅を終えゆっくりと目を開ける。そして、何を思ったのか、急に湯呑み大きく傾けてコーヒーをゴクゴクと勢いよく飲み始めた。

 

「?」

 

その様子を不思議そうに眺めるサユリを無視して、数秒でコーヒーを飲み終えたゆきかぜは、湯呑みを机に割れる程強く置き、将造に宣言した。

 

「ぷはっ! 将造、私達と一緒に来て! あの極道兵器がまさか生きていて、さらに私達に合流すればきっとレジスタンスの士気も上がるし、それが周りに広まれば、未だあんたの信仰者が多いレイダーの奴らもこっちの味方になるかも知れないわ!」

 

レイダーとは食糧難になって我慢出来ずに人肉に手を付け、同族を襲うようになった者共である。

 

だが、十年前なら絶対に断らないであろうゆきかぜの誘いの言葉に、将造は首を横に振った。

 

「ゆきかぜ、それは出来ん…」

 

「なんでよ?! 十年間もたった一人で連合の感染者を介錯していたら、もう十分に務めを果たしたことになるわ! もしかして私のせいなの? 解ったわ。達郎が死んだ時、殺したい程怨んだけど、最近やっと心の整理が付いたの。土下座しろって言うなら今すぐにでも…」

 

「そうじゃねぇ!!」

 

将造は、地面に手を付こうとするゆきかぜを止めるように大声を出した。

 

サユリだけがその声に再度ビクリと背中を震わす。

 

「…付いて来い。」

 

将造はソファーからゆっくりと立ち、二人に背を向けてどこかに歩いていく。

 

ゆきかぜとサユリは、少しだけ顔を見合わせると何も言わずに将造に付いていく。

 

将造は、ソファーから数m程離れた扉に着くとその扉をゆっくりと開いた。ゆきかぜとサユリはすぐに部屋を覗き込むが、部屋には窓が無く暗闇に覆われていた。しかし、将造には配置が分かっているらしく、暗闇の部屋の中をどこにもぶつからず進んで行き、腹巻からライターを取り出して、中央にある蝋燭に火を付ける。

 

その瞬間、二人の目に部屋の全貌が写った。

 

炎の灯りに照らされた部屋には、タンスや椅子はなく、あるのはいくつか物が乗っている大きい机だけだった。

 

サユリは、不思議そうに机に乗っている物を見るだけであったが、ゆきかぜはそれを見ると目を見開いた。

 

「将造…これってまさか?」

 

「懐かしいじゃろう?」

 

机に置かれていたのは、割れた丸いサングラス、迷彩柄のシャツの切れ端、針の折れた注射器などサユリに取ってはよく分からない物であったが、将造とゆきかぜにとっては思い出深い品々だった。

 

「最初はわしもここの封鎖が完了すれば、義手や義足が動くうちに出ていくつもりじゃった。しかし、都市を脱出する時に偶然感染者になった三太郎を見つけてのう。これは極道連合を率いた者の責任で、達郎の時と同じく介錯したのが始まりじゃ。」

 

再び遠い目をした将造が、机の上にあった丸いサングラスを指でイジる。

 

「わしがこの都市を出て行こうとする度に、引き留めるように連合の顔馴染みに会いよる。拓三、てっちゃん、左素利妖吉、阿傍、三船阿修羅、特に三ヶ月前に戦った北斗の源ニには手を焼いたワイ。」

 

次々と介錯した連合の者の名前を挙げる度にその者達の遺品を懐かしそうに触る将造だったが、その手を急に止めた。

 

「じゃが、なよ子だけはいくら探しても見つからねぇ。それに感染者を介錯して、七、八年経つとあっちもわしには絶対に勝てないと理解したのか、生前に強かった者を除いて、逃げるようになって探しにくくなりよった。しかしのぉ…」

 

将造は、二人に向き直る。

 

「わしはなよ子だけは、何年かかってもこの手で介錯したい。それまではこの都市を出ねぇ。これはわし自身の務めじゃ…」

 

十年前の将造には有り得ないほどの真剣な言葉に、ゆきかぜは何も言えなかった。

 

(なんで、十年前は気づかなかったんだろう? 将造もあの時に私と同じく大切な人を失っていたのに…)

「………わかった。それが理由ならもう私は何も言わない。」

 

「いいんですか…ゆきかぜさん?」

 

サユリは、困った顔でゆきかぜに問う。

 

「別にいいわ。岩鬼将造が生きているという情報だけで十分価値がある。特に細胞具の叔父貴さんは、死ぬ程喜ぶだろうし。」

 

ゆきかぜは、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

一時間後、ゆきかぜとサユリは将造の部屋の前で別れの言葉を交わしていた。

 

「ありがとうございます! 将造さん! こんなにお土産を頂いて、きっとアジトの仲間たちも喜びます!」

 

サユリは、布製の袋一杯に入ったフルーツ缶とコーヒーの瓶を両手に掛けながら、満面の笑みで将造にお礼を言う。

 

「別にええ…それよりも教えた安全なルートを間違えずに帰れよ。」

 

対象的に将造は、ぶっきらぼうに答える。

 

「じゃあね、将造。会えて良かったわ。」

 

ゆきかぜも薬を大事に持ちながら、わずかに笑みを浮かべて将造にお礼を言う。サユリの目には、心なしかこの部屋に入った時に見えた暗い表情の影が薄れたようだった。

 

「食料品やら何やらが足りなくなったら、いつでも来いや。」

 

別れの挨拶を終えた二人は、そのまま振り向こうとした時、ゆきかぜだけが何かを思い出したような表情で将造に問う。

 

「そう言えば将造、今更だけど十年振りなのによく私がゆきかぜだって解ったわね? 結構髪型とか背丈とか変わってたのに?」

 

ゆきかぜの問いに対して、将造は昔のようにニタリと笑い返す。

 

「何を言うとる。わしは一瞬でぬしと解ったぜ。あの電撃、勝ち気な表情、そして特に十年経ったのに全く成長してない可哀想な程控えめなその厶…『バリバリ…』ぎゃん!」

 

将造は、一瞬で憤怒の顔になったゆきかぜの電撃を食らって昏倒した。

 

「将造さん?!」

 

「その下品な言動は変わって欲しかったわ。行きましょ、サユリ。」

 

「あ、はい…失礼します。」

 

ゆきかぜとサユリは、今度こそ帰り道を歩き出した。その後ろ姿に向かって体は寝転がったままだが、喋れるほどに回復した将造が声をかける。

 

「ゆきかぜっ! なよ子を見つけたら必ず連絡するけぇのぉ! 合流したら今度こそ異次元イカ野郎を昔みたいに一緒に皆殺しにしようぜ!!」

 

「!!……早く来なさいよ…でなかったら私達だけで全滅させちゃうんだから…」

 

ゆきかぜは、表情を見られたくないかのように正面を向いたまま将造に答えた。

 

「ぐわはははははは……!!!!!」

 

廃ビルに将造の大きな笑い声が鳴り響き、それを聞いた感染者が急いで遠ざかるなか、ゆきかぜとサユリはアジトへと歩いて行く。

 

(将造…十年間も怨んでごめんなさい。けど、安心して。私達の反撃はここからなのよ。タルコフスキー博士、海座、細胞具の叔父貴さんが協力して改造した異次元移動装置で過去に戻って、絶対にテセラックを破壊してみせる。そうしたら、もしかして将造の願いも叶うかも知れないわ。)

 

ゆきかぜは悲しい顔を止め、力強く足を踏み出した。

 

 

核ミサイルの事件から二週間後の東京キングダム、賑やかさを取り戻したこの街のとあるカジノで始まった大捕物が、今まさに終盤を迎えていた。

 

「ようやく、追い詰めたぜ〜! ピエロ野郎! よくもわしのカジノを荒らしてくれたのぉ!」

 

岩鬼組の将造、三太郎、拓三と対魔忍のゆきかぜ、凛子、達郎は、一人の太った白塗りのピエロを取り囲んでいた。ピエロの名は『ミスター・フール』。フールは、かつてヨミハラでカジノのオーナーを隠れ蓑にして悪事を働いていた。しかし、ノマドの支配が弱まった故にヨミハラに侵入した対魔忍に破れ、現在は逃亡しながらも各地で窃盗や障害を繰り返す愉快犯である。

 

(クソ! ここは雑魚の神魔組が経営するカジノじゃ無かったのか? まさか、今話題の極道兵器のカジノで騒ぎを起こしてしまうとは…)

 

金が足りなくなったフールは、比較的小さい組織である神魔組のカジノで騒ぎを起こし、それに乗じて売り上げ金を盗もうと考えていた。しかし、各地で騒ぎを起こしていたフールにさすがに裏の住人達も我慢の限界に来ており、岩鬼組に情報提供があったのだ。

 

「もう! アサギ先生の命令とはいえ、何であんなピエロ一匹に私達が出張らなきゃいけないのよ!」

 

ゆきかぜは、プリプリと怒りながら達郎に愚痴を溢す。

 

「まぁまぁ、あいつの能力は遊撃隊が取り逃がす程厄介なんだ。まだ大事になってない今のうちに捕まえてしまえってことなんだよ。」

 

対象的に達郎は、また将造と戦えるのが嬉しいようで、笑顔でゆきかぜを宥める。

 

「達郎の言う通りだぞ、ゆきかぜ。それに先程まで、達郎と一緒にカジノを楽しんでいたではないか?」

 

凛子は、笑顔で怒っているゆきかぜを茶化す。

 

「そ、それは…」

 

三人は和やかに会話しているが、標的であるフールからは視線を少しも外しておらず、全く逃がす気はないのがフールにも解っていた。

 

「若、こいつどうしやしょうか?」

 

拓三が相変わらずの笑顔で将造に問う。

 

「俺は二度と悪さ出来んよう指詰めがいいと思いま〜す。」

 

次に三太郎がにこやかに手を上げて意見する。

 

「そうじゃのう…」

 

(今だ!)

 

ボムッ!

 

将造が少しだけ考える素振りを見せた途端、フールは隠してあったジャグリングボールを炸裂させた。

 

「ビバ! カジノラビリーーーーンス!」

 

ボールから出た七色の煙が辺りを包みこんだ。

 

「ゲホゲホッ! 達郎っ!」

 

「はいっ! 風遁の術っ!」

 

ビュゥッ……!!!

 

達郎は将造の指示で風遁で突風を起こし、煙を素早く散らした。

 

「大丈夫ですか? え? 若?!」

 

三太郎がいち早く将造に近寄ろうとするが、驚きの顔で歩みを止めた。

 

他の四人も、煙が晴れると三太郎と同じく驚きの顔で将造を見た。

 

「このピエロ野郎! よくもわしに化けおったのう!」

「…………」

 

将造は、二人になっていた。

 

ミスターフールは、高い変身能力と演技力を持っており、この能力故に対魔忍や裏の住人達から、何度も逃亡出来たのだ。

 

右の将造は、怒り顔で左の将造に怒鳴っており、左の将造は無表情で右の将造を見ている。

 

(外に逃げるつもりだったのにまさか風遁使いがいるとは…しかし、どうだ! 私の演技と変身能力は! 見たところお前がここのリーダーだろう! 今までもリーダーに変身すれば、部下は傷付けるのを恐れて何も手が出せなかった! 後は隙を見つけて外に逃げて通行人に…え?)

 

将造に化けたフールは、他の五人の顔を見た途端、表情には出さないが胸中で驚く。

 

最初こそ驚きの顔だった将造以外の五人の表情が、余裕の表情に変わっていたからだ。

 

「あ~あ…まさか将造に化けるなんて運の無いやつね。」

「いや、これは自業自得だよ。」

「哀れだな。」

「クククク…」

「ヒヒヒヒ…」

 

「……ぬしらは手を出すなよ! ここはわしが『ボグシャアッ!!!』ホゲぇッ!!」

 

怒り顔の将造が、無表情の将造にいきなり殴られて鼻血を噴出しながら吹き飛んだ。そして、間髪入れず殴った将造は、馬乗りになり、次々ともう一人の将造の顔面に拳を浴びせ始めた。

 

ボゴッ!ボゴッ!ボゴッ!

 

「ぐぁっ! このピエロ野郎! 中々やりおる!! ぬしらも笑ってないでこいつの頭、撃ち抜かんかい!」

 

殴られている将造は、笑顔で眺める五人に対して怒鳴るが、五人は一向に加勢する気がない。

 

「運が無いのぉ、ピエロ野郎…わしらは、ぬしに化けられた時の為に合図を決めとったんじゃ。他の奴は合言葉だが、わしに化けられた時は、お互いに殴り合って本物を決めるんじゃっ!」

 

「グェ?! クソ…ならば!」

 

ぼん☆

 

「何!?」

 

いきなり、殴られている将造がゆきかぜに変わり、逆に達郎の隣にいるゆきかぜがフールに変わった。

 

「いやっ止めて! 将造!」

 

将造に馬乗りにされているゆきかぜは、訴えかけるように涙ぐむ。

 

「ちょっと! よりにもよってなんで私を狙うのよ!」

 

達郎の隣に立つフールが、野太い声で将造の下のゆきかぜに非難の声をあげる。

 

「おのれ! 自分とゆきかぜの姿を入れ替えるとは卑怯な!………隣にいるのはゆきかぜ…であってるよな? 達郎?」

 

「え、えと? 多分、ゆきかぜだよね?」

 

凛子と達郎は、隣にいるフールを自信なさげに見る。

 

一方、困惑する凛子と達郎とは対象的に、拓三と三太郎はフールを指差して大笑いをしていた。

 

「わはははは!!! ゆきかぜがデブいピエロになった!!」

 

「胸のサイズが増えて良かったな、ゆきかぜ!!」

 

「ムキッー! あんた達、ピエロより先に死にたいらしいわね!」

 

青筋を立てたフールが、バチバチと電撃を放ち始める。

 

「私の真似して気持ち悪い声を上げないで! 将造! 私を解放して! すぐにあいつを始末して…『ボゴォッ!』ホゲぇ!」

 

「気持ち悪いのはぬしのほうじゃ…」

 

将造は、容赦なくゆきかぜの顔面に拳を叩き込む。

 

「しょ、将造! 私が本物のゆき…『ボゴォッ』グェッ!」

 

「ぬしが本物のゆきかぜなら、殴られる前に容赦なく電撃を放つはずじゃ! それに情報に寄ればぬしは以前そうやって姿を変えて逃げったって聞いてるぜ! しかし、偽物でも女子供を殴れんわしの性格を利用するとは見下げ果てた奴じゃ! ぬしを利用する案はもう辞めじゃ! 命までは取らんが、このまま悪事を働けんようPTSDを発症するまでゆきかぜの顔じゃろうが殴り続けたるわい!」

 

女子供は殴れないと言った将造は、その言動に反してゆきかぜの姿をしたフールを容赦なく殴り続ける。

 

それを複雑そうに眺める凛子、達郎、そして今だフールの姿をしているゆきかぜ。

 

「なんか、合言葉なしですぐに見破ってくれて嬉しいけど、即決し過ぎて逆に複雑だわ。それに化けていても女子供を傷付けるのは許せんとか言ってる割に、女である私の顔を容赦なく殴ってるし…そう言えば、あいつを利用する案って結局何だったの?」

 

ゆきかぜが何気なく拓三に問う。

 

「ああ、お前らのエロい姿を配信しようとした仕返しに、奴をブラックに変身させてAVビデオを作る予定だった。SM、ス○カ○、獣○何でもありのどぎついゲイ向けシリーズを。もちろんブラックに化けたあいつが掘られたり、しばかれる役だぜ。」

 

ブラックは、公に明かしている企業であるノマドのトップ故に全身が載っているネットの画像がいくつもあり、フールが変身するなら容易だっただろう。

 

それを聞いたゆきかぜと凛子は、呆れたような顔になる。

 

「あんた達…そんなの作って配信したら、イングリッドが光の速さでやってきて、ダークフレイムで皆殺しにされるわよ?」

 

「私達のことを考えてくれたのは有り難いが、悪党とはいえ何にも関係ないあのピエロを変身させて、そんなものを作ると聞かされれば、ああやって殴られ続けられる方がマシに思えるな。」

 

だが、ゆきかぜと凛子が話している中、達郎だけが見るに絶えず目を反らした。

 

「けれど、俺にはやっぱりゆきかぜが殴られている風にしか見えない。これ以上見続けることは辛くてできないよ。」

 

「達郎♡…」

 

達郎の言葉で、ゆきかぜは愛しそうに達郎の腕に組む。

 

「ははは…」

 

しかし、将造以外の三人は、仲睦まじい二人を複雑そうに見ている。

 

「…………なぁ三太郎…あれはちょっとなぁ…」

 

「ああ…拓三、あれじゃまるで達郎がゆきかぜを捨てて、でぶピエロを恋人にしたみたいに見えるな…なぁ凛子ちゃん?」

 

「言うな……」

 

その後、すぐにフールとゆきかぜの姿は元に戻ったが、フールはそのまま殴られ続けた。そして、ようやく将造の鬱憤が晴れた時には、フールの丸かった顔面はデコボコに変形しており、急いで仲間の対魔忍の手で病院に運ばれた。

 

「じゃあね、将造。もう変なことで呼ばないでよね!」

「全く活躍出来なかったが、良い骨休みになった。今度は手応えあることで呼んでくれ。」

「将造さん、また何かあったらいつでも呼んで下さい!」

 

ゆきかぜ、凛子、達郎は、アサギヘ任務成功の報告のために五車町に帰って行った。

 

一方、カジノの一件が片付いた将造、三太郎、拓三は五車町には戻らずに東京キングダムの岩鬼組のアジトとして使っている、元々はマッスルジョーが所有していたビルに向かって歩いていた。

 

「将造さん、チィッ〜ス!」

「ショーちゃん、今日は遊んで行かないのぉ?」

「将造さん、良い酒仕入れましたよ! また店に来て下さい!」

 

将造が東京キングダムの大通りを通ると、核ミサイルからこの街を救った将造を知っている者達から引き止められ、引っ切り無しに挨拶される。

 

「すまんのう! 一仕事終わってこれから帰るとこなんじゃ!」

 

元々将造に取っては、普通の町より東京キングダムの方が性に合っており、すぐに町の者と打ち解けることができた。 

 

「最初に来たときは、ゴチャゴチャした島だと思いましたけど、慣れればいいとこですね!」

 

「魔界の奴らも、話せば意外と気の良い奴らが多いですしね!」

 

「それに日本政府の手が及ばんから、堂々とカジノで儲けることができるしのぉ!」

 

そのままガヤガヤと騒ぎながら三人は、大通りを離れてアジトへの近道である人気のない狭い路地裏に入る。

 

その時だった。

 

ピクッ…

 

「「「……?」」」

 

いきなり尋常ではない殺気を感じ、三人は立ち止まって警戒しながら辺りを伺う。しかし、喧騒から離れた裏路地には、ネズミ一匹確認できない。ただの人間の殺気なら、一瞬で敵を特定できる三人だが、明らかに人間とは違う種類の殺気故に見つけることができない。

 

「何処だ? 何処に…ん?」

 

ポタッポタッ…

 

辺りを警戒する将造の頬に液体がかかる。雨と感じた将造は、無意識に頬を拭うがその液体は、水滴とは違う粘性と生臭い臭いを放っていた。その異常を感じた瞬間、将造は叫ぶ。

 

「……上じゃっ!!!!!!」

 

GYAAAAAAA!!!!!!!!

 

夜空からいきなり、三m程の鋭い牙を持つ魚が空中を泳ぎながら、将造に襲いかかってきた。

 

ダダダダダダダダダ!!!!!!

 

将造は、素早く左手を抜きマシンガンを怪魚に浴びせる。  

 

GYAAAAAAA……

 

ボタ…ボタ…ボタ…

 

怪魚達は、その牙を突き立てる前に内蔵をぶち撒けながら、次々と地面に落とされる。

 

拓三と三太郎も銃を取り出して、将造に加勢しようとするが…

 

「「?!」」

 

GYAAAAAAA!!!!

 

今度は路地裏の前と後ろを塞ぐように人間大のイカの化け物が現れた。

 

ズドン! ズドン!

 

拓三と三太郎は、目標を空中の怪魚から前と後ろのイカ達に銃撃するが、倒されても死体を踏みつけて次々と迫るイカに徐々に距離を詰められる。

 

空中と地面一杯に迫る怪生物達に、将造達は追い詰められてゆく。

 

「囲まれちまいましたよ! 若!」

「逃げ道がねえ! 畜生!」

「ガタガタ抜かすな! 撃ち続けろ!」

 

将造は、路地があまりにも狭すぎて、右足のロケット弾を発射出来ないことに苛つくが、このままでは押し切らるのは時間の問題だろう。

 

「仕方ねぇ! ちぃと危険じゃが右足を使って一気に突破するぜ!」

 

ガチャッ!

 

危険を覚悟した将造の膝が上下に割れたその時…

 

バリバリバリバリバリバリ!!!!!!!!!!

 

空中で襲いかかる無数の怪魚達に轟音とともに電撃が走った。

 

「「「?!」」」

 

将造達が銃撃を止め呆気に取られる中、雷のような電撃で焼き魚に成り果てた無数の怪魚が頭上に落ちて来る。

 

ボタ!ボタ!ボタ!ボタ!……

 

「イタッ!…イタッ!…」

 

「イテテテテ!!!」

 

「なんじゃ?! さっきの一撃はゆきかぜか?! まさか戻って…?!」

 

バリバリバリバリバリバリ!!!!!!!!

 

将造が疑問を投げかけた途端、今度は、出口から殺到していたイカ達が輝いて一瞬でイカ焼きになる。

 

そして、一つの影が黒焦げで倒れるイカ達と驚く将造を飛び越え、空中で後ろのイカ達に向けて電撃を放った。

 

バリバリバリバリバリバリ!!!!!!!!

 

後ろのイカ達は、影が地面に降り立つ前に黒焦げになり二度と動かなかった。

 

スタッ!

 

香ばしい匂いが漂うなか、将造達は自分達が苦戦していた怪生物達を一瞬で倒した者に注目する。

 

その者は、ショートカット、日焼けした肌、スラリとしたシャープな体、そして、目を見張る点は対魔スーツを着ていること…ではない。真に注目すべき点はその顔だった。

 

「え?! ぬしはゆきかぜか?!」

 

突如降り立った雷遁を操る対魔忍の顔は、いつもの子供っぽささが消えたクールな雰囲気を漂わせていたが、少し前に達郎と共に将造達と別れたゆきかぜとそっくりであった。

 

ゆきかぜに似た女性は、将造達を見ると嬉しさと寂しさが混じった表情で微笑んだ。

 

「久し振り…いえ、また会ったわね将造…」




将造が十年も一人で戦い続ければ、流石にゲッターの隼人みたいに少しは落ち着くんじゃないかと思います。

後、賛否両論ある対魔忍RPGの未来編ですが、私は死ぬ程好きです。あの無常感や荒廃した感じ、特に○ー○○が仲間が死んだことを朧気に理解しながらも、仲間を探して何年もオボ猫と彷徨っているのがすごく良いです。

最後に最近気付いたんですが、ユキカゼに出てくるゾクトはオークではなく、イングリッドと同じ魔族でした。オークに見えるのは、ただ太っていただけでした。気付いていながらも、指摘せず本作を読んでくれた方は、どうもありがとうございます。


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Weapon 16 異次元イカ野郎 現代編

焼け焦げた怪生物達の香ばしい匂いが狭い路地裏に漂うなか、将造、三太郎、拓三は、一人の女性と対峙していた。将造達が苦戦していた怪生物を十秒ほどで倒したその女性は、年齢は二十代後半、ショートカットで褐色の肌、そして対魔スーツを着ていたが、なにより驚くべきは顔がゆきかぜそっくりであったことだ。

 

「また会ったわね…将造…」

 

将造達に向けるその儚げな微笑みは、敵意というものが全く感じられないものであった。

 

しかし…

 

ガチャッ!!

 

「なにもんだ…てめぇ…」

 

対照的に将造は刺すような殺意を隠そうともせず、腹巻からコルトパイソンを早撃ちするような速さで取り出し、目の前の女性に向けた。これが本物のゆきかぜなら、助けが来たと思うだけだったろう。だが身の前にいるのはゆきかぜではなく、ゆきかぜに似た女なのだ。しかも、その女からは、初めてアサギと出会った時に感じたような実力者のオーラが溢れており、もし敵であれば一瞬で殺されてしまうと肌で感じていた。

 

ガチャ! ガチャ!

 

混乱する三太郎と拓三だったが、二人も将造に習い、先程まで怪生物を撃っていた銃を向ける。

 

「…………」

 

だが、三つの銃口を向けられたゆきかぜに似た女性は、少しもその笑みを崩さない。

 

「助けてくれたことにゃ感謝するが、後三秒以内に何か言わんかったら…容赦なく引鉄を引くぜ…さん…」

 

将造は、容赦なく死刑宣告をする。

 

将造は、傭兵時代にミラベル・ベルのような女軍人、女サイボーグ部隊、さらには微笑みかけながら自爆する少女などを限りなく間近に見てきた。故に横にいる三太郎と拓三には、将造が三秒経てば本気で目の前の女を銃殺するという気迫が、ビシビシ伝わってくる。

 

「にぃ…い…『リーアルは童貞野郎…』?!」

 

コルトパイソンから弾丸が放たれるより先に、女の口から下品で有り得ない言葉が放たれた。

 

さらに女は続ける。

 

「矢崎はヘニャチン野郎、ブラックは糞ボケ野郎、朧は厚化粧女郎、倉脇は裏切り野郎。」

 

「「「…」」」

 

女から放たれる言葉に、将造達は心底驚く。その驚き様は、ただ単に女性がノマドに対する下品な悪口を言っているからではない。

 

「てめぇ…何故その言葉を知っとる?!」

 

女が羅列した言葉は、すべて将造以外の者達が、フールに化けられた時に言うそれぞれの合言葉だった。それらの合言葉は、六人以外アサギや静流でさえも知らないはずである。

 

「それはね、時間がないから単刀直入に言うわ。私は十年以上未来から来たゆきかぜだからよ。」

 

「「?!」」

 

女のあまりにぶっ飛んだ言葉に三太郎、拓三の二人は、驚愕する。

 

「若? こいつ頭がおかしいんじゃ…いや、それよりもなんで俺達の合言葉を知っているんだ?」

 

「あれは念入りに秘密にするため、作戦の直前、しかも声に出さず紙で伝えてすぐに燃やしたはず…」

 

狼狽える二人を余所に、将造は余裕そうに微笑む。

 

「…ほう、今まで殺してきた中には、未来から来たって奴は流石にいなかったぜ。じゃが…」

 

将造は、女に向けた銃口をまだずらさない。

 

「わし等が合い言葉を伝えた場所に監視カメラが合って、メモを盗み見たかもしれんしのぉ…ぬしが未来から来たなら、もっと証拠見せい!!」

 

将造は、そう怒鳴ると笑顔から迫力じみた真剣な顔になり、さらに女に迫る。

 

「そう、じゃあ未来の技術を見せてあげる。」

 

そう言って女は、将造の気迫に少しも動じずにゆっくりと左腕を動かし始めた。

 

将造は女の動作を何も言わずに見ているだけだが、少しでも妙な動きをすれば脳天を撃ち抜くだろう。

 

そして、女が左腕を胸の前に止めた瞬間…

 

ヴンッ!!

 

対魔スーツの小手が、空中にディスプレイを映した。それは立体映像の東京キングダムだった。

 

「「「………う…うぉぉぉぉぉっっ!!」」」

 

それを見た将造達は、興奮の余り声を上げる。

 

空中にディスプレイを映す技術は、最近研究されてはいるが、実用化には程遠い段階であると将造達も知っていたからだ。

 

「これで解った?」

 

ゆきかぜは、驚愕している将造達に問う。

 

「すげぇぜ…本当に空中に映写してる…」

 

「…こんなのは、米連の技術でも無理だ…」

 

「これ、AVも映せるのかのぉ?」

 

将造達は先程まで銃口を向けていたゆきかぜそっちのけで、興奮しながら空中に浮かぶディスプレイに触れようとしていた。

 

「………はぁっ…」

 

自分の話を聞いていない三人に少し呆れた顔になった女は、ため息をつく。

 

そして…

 

ヴンッ…

 

「「「あっ!!!」」」

 

ディスプレイを消した。

 

「あんた達、昔のまんまね、って昔か…とにかくそろそろ話を聞いて!」

 

将造達はやっと未来から来たゆきかぜにテンションそのままで向き合った。

 

「おお、すまねぇ! すまねぇ! しかし、未来はやっぱすげぇな! やっぱりマンガみたいな世界なんだろぉなぁ!」

 

「あの技術を見る限り、色々なところが発展して便利になってるっぽいな! プレステとか7くらい出てるんじゃないか?」

 

「未来なら岩鬼組はノマドをボコボコにして構成員も十万は超えて、世界に進出を…そうじゃ! 未来ならこれから上がる株券や万馬券を教えて…ん?」

 

将造達が興奮気味に希望溢れる未来の話をすると三人とは対象的に、ゆきかぜの表情に影が刺した。

 

「ごめんなさい。未来の話は…出来ないわ。過去にどんな影響を及ぼすかわからないもの…」

 

僅かな表情の変化を見逃さなかった三人は、何かを察っして未来への質問を止めた。

 

「くそう…残念だぜ。」

 

「SFのお約束だな…」

 

「解った…しかし、過去に遡ってまでこの極道兵器に頼みたいとはなんだ?」

 

ゆきかぜは、暗い表情を止め真剣な顔で三人に向き直った。

 

「貴方に頼みたいことは、一つだけ。未来の為に破壊して欲しい物があるの。」 

 

「破壊したい物か…まぁ、わしらに頼む案件は、荒事しかないからのぉ。じゃが、いくつか疑問点がある。」

 

「何、時間がないから手短にお願い。」

 

「何故、そんな大事な事なら他の未来の仲間を大勢連れてこない? そして過去に戻ってまでしたいことの手伝いを仲間である対魔忍ではなく、何故わしらに頼む? これも答えたらだめなことかいのぉ?」

 

将造は、今度は茶化すような雰囲気ではなく真剣な表情でゆきかぜに質問をした。

 

「それくらいなら答えられるわ。まず時間と空間のシステムは未来ではすでに解明されているけど、その制御は難しく、僅かな時間軸の歪みでも星雲を吹き飛ばす危険がある。本来少しでも科学的な知識を手にした知的生命体なら、決して触れたりしない悪魔の領域よ。私、一人しかここに来れないのは技術的要素もあるけど、あまりにも大勢だと宇宙が危険になるってこと。」

 

「なんかよく解らんが、気軽には来れんというわけか…」

 

「そして、対魔忍ではなくあんた達に頼んだのは、この時代に居られる時間が僅かしかないから、対魔忍相手なら説明に時間がかかってしまうこと、そして、過去の自分自身に会えば何が起こるかわからないから、達郎と凛子先輩には頼めないこと、それと…荒事だから、あんた達に頼んだほうが成功率が上がるということね。」

 

ゆきかぜは、一つだけ嘘をついた。それは元々、この案件は、将造達や達郎、凛子よりも自由が効く遊撃隊に頼もうと思っていたことである。しかし、ゆきかぜは遊撃隊の一員である上原鹿之介という対魔忍の死を皮切りに、隊長を始め、ほとんどがブレインフレーヤーに殺されてしまう運命を知っている。故に運命の強制力を危惧し、五車町には寄ったが鹿之介を怪生物や機械生命体から、名を名乗らずに助けるだけに留めたことである。そこからすぐに東京キングダムに急いだのだ。

 

「じゃあ、あの魚達は?」

 

「あれは、破壊対象である『遺物』を狙う『ブレインフレーヤー』が遣わした怪生物よ。そいつらは遺物がある米連の倉庫から周りの目を逸らすため、施設近隣にあの生物を放ったのよ。」

 

そう言ってゆきかぜは、少し離れた米連の倉庫を指さした。

 

「ブレインフレーヤーってのも気になるが、破壊したい『遺物?』って米連倉庫にあるのかよ?! それって絶対に米連には内緒だよな?!」

 

拓三が、驚きと疑問点に溢れた顔になる。世界一の軍事力を誇る米連の施設に忍び込めばノマド以上にただでは済まないことは、裏表関係なく世界の常識だからだ。

 

「だから、あんた達に頼むの。それとブレインフレーヤーは、個人名じゃなくて異次元からこの世界を侵略してくる種族名よ。だから、あいつは次元を超えて難なく遺物がある場所に直接出現するわ。施設周辺の人払いは、念の為でしょうね。」

 

「ポンポン新しい単語や設定が出てきて頭が爆発しそうや…」

 

三太郎は、混乱したように頭のモヒカンを掻き毟る。

 

「どう、将造? やってくれる?」

 

ゆきかぜは、混乱する拓三と三太郎を置いて、将造に向き直る。

 

「何の報酬もなしにそんな面倒なことは、わしはしないぜ。ノマドどころか米連にまで目を付けられたら、極道連合設立が難しくなるからのぉ。」

 

将造は、ゆきかぜを見捨てるような言葉を放った。

 

「……」

 

ゆきかぜの表情が曇る。

 

しかし…

 

「じゃが、その遺物ってやつをブレインフレーヤーに奪われる前に破壊しなくては未来が危ないんじゃろ? 先程からのぬし…ゆきかぜの態度を見とると、世界はそいつらに無茶苦茶にされてしまったってことくらい、わしにはわかるぜ。それにわしに頼み事をするなら、未来の万馬券やこれからの株の動きの情報くらいは土産に持ってくるはずじゃ…それが無いってことは、もうそんなものは未来には存在しないんじゃろうな…」

 

「……」

 

ゆきかぜは沈黙していたが、その黙りが答えであると将造達は感じた。

 

「賭け事が無い世界になるなんてわしが許さねぇ! それにこの日本…いや、世界は俺のもんだっ!! 異次元野郎に好き勝手させねぇぜ!!」

 

「?!…じゃあ!!」

 

「道案内は任せたぜ、ゆきかぜ!! 遺物も異次元野郎もこの極道兵器がすべて破壊しちゃる!!」

 

将造は声高々に宣言した。

 

 

十分後…

 

将造達とゆきかぜは、倉庫を守る米連のドローンを難なく蹴散らして素早く中に入っていた。

 

「魚倒した時にも感じたけど、すげぇ、強くなったんだな!」

 

「俺達、手伝わなくてもよかったんじゃねぇか?」

 

「……」

 

軍用ドローンを圧倒的な力で蹴散らしたゆきかぜを見た三太郎と拓三は、彼女に興奮気味に話しかけるが、何も答えない。

 

そんな反応が無いゆきかぜを見て、二人は将造に小声で話しかけ始めた。

 

(若、未来のゆきかぜって、冷静っていうよりなんか冷めてますね…)

 

(やっぱり、ブレインフレーヤーの件以外にもなんかあって…例えば静流さん辺りに達郎を寝取られたとか?)

 

(………わからんが、あれだけ子供っぽい性格が変わるとは、重大な事が起きたんじゃろうな…それよりも)

 

「確か入口は…」

 

小声で話す三人を無視するゆきかぜは、何か扉を探しているらしい。

 

(こんな実力があるゆきかぜが、わしに助けを求めるとは…ブレインフレーヤーってのは一体…)

 

やがて、四人は倉庫の中央にある、巧妙に床に擬態している鉄の扉の前に着いた。

 

将造達は、ゆきかぜが地下に行くものと思い扉を開こうとする。

 

しかし…

 

ガラッ!

 

「せ〜か〜い〜は〜ふふふ、ふんふふんすべてぇうしな〜い〜〜♪♪」

 

倉庫の入口が開いたと同時に、四人の耳に場違いな歌声が聞こえてきた。

 

大きなトランクケースを持って入ってきた人物は、年齢は十代後半、茶色の髪を膝まで伸ばし、ピンクの対魔スーツを着た少女だった。少女の名は、『甲河アスカ』。DSO(米連防衛科学研究室)に所属している、里を抜けた対魔忍である。その実力は、裏の世界では『鋼鉄の死神』と恐れられる程だ。

 

「「「あん?…」」」

 

「え?…」

 

いきなりの登場に将造達どころか、入ってきたアスカでさえも唖然とする。

 

「時間通りね…」

 

しかし、ゆきかぜだけは、アスカがこの時間に倉庫へ入って来るのを知っていたかのように、少しも驚いた様子が無かった。

 

「あんたは、岩鬼将造!! 極道兵器が米連施設に何の用なのっ!」

 

アスカは、目の前の男が岩鬼将造だと解った瞬間に呆気にとられた顔から、すぐに険しい表情になり戦闘態勢になる。

 

その凄まじい剣幕に三太郎と拓三は、大慌てで言い訳をし始めた。

 

「い、いや、俺達は道に迷っただけで…」

 

「そうそう、公衆トイレを探していたらつい…」

 

(ゆきかぜ? ぬしは、この対魔忍が来ることを知っとったんか?)

 

将造は小声で、ゆきかぜに問う。

 

だが、ゆきかぜは何も答えずに言い訳を続ける二人とアスカの間に立った。

 

アスカは、将造達からゆきかぜに目線を変えてジロリと睨む。だが、その顔を見た途端に驚きの表情に変わった。

 

「貴方は…水城ゆきかぜ? いや、似てるけど違うわね。何者なの?」

 

「言えない。それよりもアスカ…その手に持ってる遺物を渡して。」

 

「遺物? あんたみたいな正体不明の女に名前で呼ばれる筋合いは無いんだけど?! ちなみに渡したらどうするつもり?!」

 

「破壊する。」

 

ゆきかぜの冷ややかな言葉を聞いたアスカは、一瞬で激昂した。

 

「この『鋼鉄の死神』相手に良い度胸ね……やってみろ! アンドロイドアーム・マッハパンチッ!!」

 

ビュオッ!!

 

アスカの何の予備動作も無い音速のパンチがゆきかぜを襲う。

 

しかし…

 

バシィッ!

 

「?!」

 

ゆきかぜに放たれた音速の拳を、将造は横から右腕を伸ばして、難なく受け止めた。

 

「アスカと言ったかの? 中々良いパンチ放つじゃねぇか! しかし、この極道兵器を差し置いて…ん? アンドロイドアームじゃと? この腕はまさか?!」

 

何かに気付いた将造は、受け止めた手でアスカの拳の感触を確かめるように握る。

 

一方、アスカは自慢のパンチを受け止められたのにも関わらず、不敵に笑っていた。

 

「へぇ、マッハパンチを受け止められたのは初めてよ。ただの武器を振り回す狂人かと思ったけどやるわね…けれど!!」

 

ジャキ! ジャキ!

 

両腕から鎌状の対魔ブレードが現れた。さらにその刃は、アスカの対魔粒子で薄く光っている。

 

「やはり、サイボーグかっ?!」

 

ゴォォォオォッッッ!!!!!!

 

将造が叫んだ瞬間にアスカの周りを豪風が包み込んだ。

 

「ぐぉ…?! こいつ、達郎と同じ…?!」

 

将造は、風に体を三m程吹き飛ばされ、アスカの拳を離してしまう。

 

「将造! 一旦離れて! アスカは私が相手を…」

 

ゆきかぜが将造の前に立とうとした時、アスカは豪風の中心で叫んだ。

 

「岩鬼将造!! あんたはアサギさんから最新の義肢を貰ったかもしれないけど、私の米連最強の戦闘用アンドロイドアーム&レッグに比べたら玩具に等しいわ!」

 

自らが愛用している義肢をばかにされた将造は、笑いながら青筋を立てる。

 

「言いやがるぜ…このクソガキャ! ゆきかぜ! ぬしが離れぇ!」

 

そう言って、将造は下がれと言うゆきかぜを無視し、背中からポン刀を取り出して、豪風の中へ勢いよく突っ込んだ。

 

しかし…

 

「風神・飛燕!!」

 

「何?!」

 

豪風の中心に向かう将造の目の前で、アスカがいきなり消えた。いや、消えたのではない。

 

ガキィッ!

 

「ウグッ!」

 

「「若?!」」

 

アスカは、風遁の風を利用し恐るべき速さで将造の背後に回り、対魔ブレードで切りかかったのだ。

 

「へぇっ…益々驚きだわ。並の魔族ならこれで一撃なのに…」

 

将造は、傭兵時代に培った洞察力で前を向いたまま刀を背に回し防御した。しかし、勢いを完全に殺せなかったらしく、前のめりになり地面に手を付く。

 

(今のはアンドロイドの動きじゃねぇ?! これは?)

 

不思議そうに振り返る将造の顔を見たアスカは、満足そうに話し出す。

 

「さらに私の手足は特別性よ。なんたって対魔粒子をチャージして、忍法を補助してくれるんだから♪

後、こんなこともできるわよ…風神・陣刃!!」

 

そう叫んだアスカが、空中を思い切り蹴る動作をした次の瞬間…

 

パキャンッ!

 

「「「?!」」」

 

倉庫内に転がっていた鉄骨が、いきなり裂けた。その切り口は、光が反射する程の鮮やかさである。

 

「い、いきなり鉄骨が大根みたいに切れやがった…」

 

「少しも触ってもいねぇのに…」

 

三太郎と拓三は、アスカの忍法に恐れおおのく。

 

「この一般人の反応…久し振りで気分良いわ。自慢じゃないけど五車にいた頃は、次期頭目って言われてたんだからね。さぁ、どうするの? 極道兵器さん?」

 

「将造、もう下がって…『ぐわはははははははは!!!!!!』」

 

ゆきかぜが前に出ようとしたとき、将造の笑い声が響いた。

 

「さすが、鋼鉄の死神さんだぜ! 同じ風遁使いの達郎とは比べモンにならんほどの凄さじゃ。」

 

「将造! もう時間が無いわ!」

 

「安心せい…ゆきかぜ。後十秒程でケリがつく。」

 

ガキッ!

 

そう言いながら将造は、地面に膝を付き前屈みのままゆっくりと口で左手を外し始めた。

 

アスカは、将造の義手を小馬鹿にしたような目で見ている。

 

(やっぱり、旧式ね。私の様に一瞬で変形するんじゃなくて腕を外してからだと、どうしてもワンテンポ遅れ…)

 

ズキュン!!!! ズキュン!!!!

 

バキャッ! バキャッ!

 

「きゃぁっ?!」

 

将造の左手のマシンガンが露わになる前に、アスカの両腕のアンドロイドアームが、いきなり銃撃された。

 

「何か勘違いしとるようじゃが、わしは左手と右足を改造される前から極道兵器だぜ…」

 

「い、一体どこから撃たれたの?」

 

バチバチと火花を上げる両腕から目を外し、アスカは銃撃した銃を探す。

 

数々の米連の任務をこなしているアスカは、油断せず、四人がすべて視界に入る位置におり、妙な動きを見せたら、素早く対応出来るようにしていた。しかし、眼鏡のグラサンと迷彩服は、ポカンとした顔で見ているし、ゆきかぜと名乗る女は驚いた顔で見ているだけで銃撃した様子は無い。

 

「撃ったのはわしだぜ。アスカちゃんよぉ…」

 

左手を嵌め直し、立ち上がった将造を見たアスカは、やっと銃の場所が解った。

 

「まさか、そんなとこから…狂いもなく私の腕を…」

 

将造が腰に嵌めている腹巻きに焦げた穴が空いている。

 

「わしは目線と銃口を合わせずに標的を撃つことが出来る。例え、腹巻きに入れた状態からでものぉ。」

 

そう言って将造は、右手で腹巻きからコルトパイソンを取り出した。将造は、左手のマシンガンで銃撃すると見せかけて、腹巻きの中のコルトパイソンで銃撃したのだ。さらにずっと前屈みだったのは、立ち上がれないのではなく、アスカから腹部を見えにくくする為だった。

 

「さぁ、もう観念せぇ!」

 

将造が、アスカにゆっくりと近づく。

 

「舐めんな! アンドロイドアームは、まだ完全に壊れたわけじゃ…『バチッ!』ギャッ!」

 

気丈に吠えるアスカが、いきなり体をビクリと震わした。

 

怒りのあまり将造だけに注意を向けたアスカの隙を付き、素早く背後に回ったゆきかぜが、首筋に電流を流したのだ。

 

グラッ…

 

倒れるアスカをゆきかぜは、ゆっくりと支える。

 

「ごめんね、アスカ…」

 

将造は、アスカを倒したゆきかぜに少し焦ったように駆け寄る。

 

「まさか殺したんか…ゆきかぜ?」

 

「いえ、気絶させただけよ。それよりも早くそのトランクを破壊しなくちゃ。」

 

ゆきかぜは、アスカをゆっくりと横たわらせ、トランクに向かおうとした。

 

その時…

 

ピクリ…

 

「「「「?!」」」」

 

トランクがいきなり動いた。

 

ゆきかぜの顔が再度険しくなる。

 

「極道兵器の戦い、見せてもらったわ。」

 

楽しげな声とともに光学迷彩を解いて姿を現したのは、年齢は少なくともニ十代後半で紫の髪のショートカット、さらに対魔スーツを着た仮面の対魔忍だった。

 

「仮面の対魔忍…」

 

「まさか、二人がかりとはいえ、うちのアスカを簡単に倒すなんてやるわね。」

 

いきなり現れた仮面の対魔忍は、将造とゆきかぜを褒めるが、楽しそうな口調と違い少しも油断した様子が無い。

 

「このガキを殺すかもしれなかったのに、ぬしは高見の見物か?」

 

「勿論、そっちがアスカを最初から殺すつもりだったなら、私も透明なまま容赦なく襲っていたわ。けれど、貴方達はなるべく傷付けずにあくまで無力化しようとしただけだった。だから、見学していたのよ。まぁ、アスカも気づいていたと思うけどね。」

 

毒づく将造の言葉を仮面の対魔忍は、余裕そうにいなす。

 

(やべぇなこの女、青臭いアスカよりも厄介そうだぜ。少なくとも、実力は伊河のくらい有りやがる。いや、それだけじゃなくどっかで会ったような? ん?)

 

将造が目の前に現れた仮面の対魔忍を分析している間に、ゆきかぜが前に一歩出る。

 

彼女が何かを言おうとするものと思い、気絶しているアスカ以外の者が彼女に注目する。

 

しかし、

 

ズギュン!

 

ゆきかぜが、いきなりガンマンのように人差し指を仮面の対魔忍に向けた瞬間、その指から電撃のようなビームが発射された。

 

バチッ!!!

 

仮面の対魔忍は、その有無を言わさぬビームに撃ち抜かれた…かに見えた。

 

「なにぃ?!」

 

将造が珍しく驚いた声を上げる。撃ち抜かれて崩れ落ちたのは、仮面の対魔忍ではなく、人型ドローンの兼光だったからだ。

 

「凄いわね。いままで出会った雷遁の使い手とは比べ者にならないわ。」

 

別の場所から、平気そうな仮面の対魔忍の声がする。急いで四人がそこに目を向けると無傷の仮面の対魔忍が立っていた。

 

ズギュン!

 

ゆきかぜが再び、仮面の対魔忍に向かって指から雷撃を放つ。

 

しかし…

 

ガシャン…

 

崩れ落ちたのは、また兼光であった。

 

「けれど、余裕がなさ過ぎよ。」

 

今度はゆきかぜの背後に現れた仮面の対魔忍は、ナックルブレードという大きいメリケンサックにジャックナイフが付いたような武器を持って、ゆきかぜに斬りつける。

 

ガキィッ!!

 

「グッ?!」

 

ゆきかぜは、仮面の対魔忍のブレードを両腕から雷撃の刃を出してギリギリで受け止めた。

 

そこから、ゆきかぜと仮面の対魔忍との剣戟が数分間続くが、笑みを浮かべる仮面の対魔忍と違い、ゆきかぜは時計を気にしながら戦っているためか、いまいち攻めきれていない。しかも、斬りつけたと思ったら、変わり身であったりするために増々ゆきかぜは戦いにくそうだ。

 

「す、すげぇ動きだ…」

 

「これは間に入れませんね…若?」

 

「そうじゃのう…悔しいが、速すぎて仮面を銃撃できねぇ。」

 

将造達は、ゆきかぜに加勢をしようと何度も銃撃を試みたが、二人の動きが余りにも速過ぎて、ずっと撃てずにいた。下手に銃撃したら、ゆきかぜに当たる可能性もあるからだ。

 

(しかし、身代わりの術は見事じゃが、ああいうのは本体が何処かに潜んでいるのがお約束だぜ。あんなに細けぇ動きだ。かなり近くに…)

 

将造は、十年以上も戦乱の局地で戦ってきた歴戦の傭兵でもある。夜の密林のジャングル、砂嵐吹きすさぶ砂漠、爆音が耳元で響く繁華街など目、耳、鼻が役に立たない戦闘などしょっちゅうであった。だが、それ故に元々持っていた敵を感知する獣の様な感覚は、さらに研ぎ澄まされていった。その将造が、目を閉じて本気で気配を探り始めた。

 

(あっちも殺すつもりじゃねぇから、殺気が掴みづれぇ…じゃが、技を強く撃ち出す時は、チカチカと点滅しとるように気配が何処かから漏れとる…)

 

仮面の対魔忍も達人なため、将造はわずかな気配を感じとれはするが、場所が特定できない。

 

「対魔殺法・鬼斬離!!」 

 

しかし、仮面の対魔忍が大技を出した瞬間、ある場所から大きな気配を感じた。

 

「そこじゃあっ!!!」

 

将造は、すでに倒れている兼光に銃を向ける。

 

「ちぃっ!」

 

ズドン!

 

するとゆきかぜと戦っている仮面対魔忍は兼光になり、逆に横たわっている兼光は、仮面の対魔忍に変わり、銃撃を避けた。

 

「逃さないっ! 雷蜘蛛(ライトニングウェブ)!!」

 

ゆきかぜは、銃撃を避けて隙ができた仮面の対魔忍に蜘蛛の巣状の雷撃を放った。

 

「くっ?!」

 

必中のタイミングである。さすがの仮面の対魔忍も避けられないかと思われた。

 

しかし…

 

「風神・陣刃!!」

 

鎌鼬の様な空気の斬撃が、捕らえよええとする蜘蛛の巣を切り裂いた。いつの間にか、気絶から目覚めたアスカの忍法だ。

 

そして、蜘蛛の巣を切り裂いた鎌鼬は、そのままゆきかぜを狙う。

 

「「「ゆきかぜっ?!」」」

 

将造達がゆきかぜに向かって叫ぶ。

 

「くっ?!」

 

ゆきかぜは、空中で器用に体を反らしてギリギリで鎌鼬を避けた。

 

「ふぅ………?!」

 

将造が鎌鼬を避けるゆきかぜを見て、安心し軽いため息をついた瞬間…

 

「今度は手加減なしよっ! 風神・スパイラルキックッ!!」

 

風神・飛燕で高速移動し、いつの間にか将造の目の前に立ったアスカの蹴りが炸裂した。

 

ズガァッ!!!

 

「うぐっ?!」

 

ゆきかぜの方に注意が向き油断した将造は、アンドロイドレッグのパワーに風遁の力を上乗せした凄まじい鋼鉄の蹴りで、壁まで吹き飛ばされる。

 

ドガァ!

 

「「若!」」

 

血相を変えて三太郎と拓三が、将造に駆け寄る。

 

「がはッ! へへへ、やるじゃねぇか…」

 

背中がコンクリの壁に激突し、わずかに吐血した将造だが、蹴り自体は辛うじて左手で防御していたらしく、体に怪我などは見当たらない。しかし、弾丸をも弾く硬度を持つ義手は、粉々に砕け散っていた。

 

一方、蹴りを放ったアスカは、急いで仮面の対魔忍と合流する。

 

「大丈夫? マダム?」

 

「ちょっと危なかったわ。けれどさすが、噂の極道兵器ね。気配を上手く消していたと思ったのに感づかれるなんて…それにそっちの水城さんに似た人も凄い腕だわ。」

 

「こっちもおどれぇたぜ〜まさか、日に二回も変わり身使う奴をボコる羽目になるとはのぉ…」

 

そう言って将造はゆきかぜの隣に立ち、今度は笑いながらも殺気を込めた視線で、アスカと仮面の対魔忍を睨む。

 

達人同士である二人対二人の気のぶつかり合いで息が詰まる雰囲気の中、その間に割って入る者がいた。

 

三太郎と拓三である。

 

「ち、ちょっと待った。考えたらなんで戦う必要があるんすか? ゆきかぜ、まずは未来から来た事情をこの米連の二人に話そうや!」

 

「そうだぜ。そのピチピチのスーツを見る限り、この二人も同じ対魔忍なんだろう?! 話くらいは聞いてくれるはずだぜ!」

 

「ピチピチのスーツじゃなくて対魔スーツよっ! 対魔忍かどうかをそこで判断するな!っていうか、それよりも未来から来たってどういうことよ?!」

 

二人の言葉を聞いたアスカは、不思議そうにゆきかぜに顔を向ける。

 

しかし、ゆきかぜはその問いを無視するかの様に手元の手甲を見ている。

 

そして、悲しげな顔で一言呟いた。

 

「残念、時間切れ…」

 

次の瞬間…

 

ググググググググ……

 

すぐ近くの空間が渦状に歪んでゆく。

 

「「「「「?!」」」」」

 

ゆきかぜ以外の五人は、驚愕した顔でそれを見る。

 

そんな中、渦から声が聞こえてきた。

 

『やっとこの次元に来ることが出来ました。随分と時間がかかってしまいました。施設周辺の虫も追っ払いましたし、早くテセラックの回収を…』

 

ズンっ!

 

渦の中から降り立ったのは、顔は烏賊に似ているが、長い尻尾を持ち黒光りする棘を生やした、まるで映画のエイリ○ンの様な生物だった。

 

その生物が不気味な緑色の目を六人に向ける。

 

『おやおや、何匹か虫が残っているようですねぇ…』

 

その異様さにゆきかぜ以外の五人は、一瞬で身構える。

 

「あれがブレインフレーヤーの一人、『アルサール』よ…」

 

ゆきかぜだけが、その生物を憎々しげに見ながら宣言した。




色々、この話や会話も必要と思い書いていたら、いつの間にか一万字を超えてしまいました。すいません…次で完結いたします。

疑問なんですが、対魔忍RPG本編で、鹿之介が未来ゆきかぜのディスプレイに驚いていましたが、学園の地下にはもっと凄い立体映像を映す装置があったような気がします…

最後にもう何ヶ月も前のことなんですが、私の小説よりも早く人間核爆弾が五車で爆発するネタが、対魔忍RPG本編で使用されていることに驚きました。その時のアサギ様は、私の小説よりもかなり冷静に対処していて凄いとも感じました。


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Weapon 17 異次元イカ野郎 煉獄編

いきなり空間の渦から現れたブレインフレーヤー『アルサール』は、将造達六人を不気味な緑の目に映すとニヤリと笑う。

 

『六匹…予想よりも少々多いですが、すぐ駆除して上げましょう。』

 

ピキッ…

 

ブレインフレーヤーはオークや獣人も驚く未知の生物なのだが、将造はそんな事はお構いなしに容赦なく青筋を立てた。

 

「冗談を言うとは、芸達者なイカじゃのう…今すぐイカ焼きにするのが勿体ねぇぜ~!」

 

そう言って、左手のマシンガンをアルサールに向ける。

 

そして、青筋を立てているのは将造だけではない。

 

「私はタコに見えるわね。けど、関係無いわ。後、数秒でどっちかわからない程グチャグチャになるんだから…」

 

アスカも将造と同じく青筋を立て、火花が収まったアンドロイドアームを向ける。

 

先程まで互いに向けるはずだった二人の銃口が、アルサールに向いた瞬間…

 

バリバリバリバリバリバリッッッ!!!!!!

 

「「?!」」

 

凄まじい轟音と閃光がアルサールを襲った。

 

二人が驚いた顔で雷撃の出処を見ると、憤怒の表情のゆきかぜがいた。彼女の手から放たれ雷撃は怪生物を倒した時、ましてや現代にいる彼女の雷撃と比べ物にならない程の威力である。

 

しかし…

 

『フハハハハハハハハハ! こんな雷撃、私には通じません。今の私は、ブレインフレーヤーが誇る最高のテクノロジーで戦闘ボディで復活を遂げているのです。いわば、真アルサール!』

 

大笑いするアルサールの体には、傷どころか焦げ目一つついていなかった。

 

「食らえ! アンドロイドアーム・抹殺マシンガン!!!!」

 

「うりゃああっっっ!!!!」

 

ズガガガガガガガガ!!!!!!!!×2

 

次はアスカと将造が持つそれぞれのマシンガンがアルサールを狙う。

 

チュイン! チュイン! チュイン! チュイン!

 

だが、電撃と同じようにいとも簡単に銃弾が弾き返された。

 

『ハハハハハハハハハハ!! 原始人らしい武器ですね!!』

 

ビキビキ!

 

馬鹿にしたように笑う無傷のアルサールにより激しく青筋を立てた将造とアスカは、さらなる追撃を加える。

 

「なら、こっちはどう! アンドロイドアーム・皆殺しミサイルッ!!」

 

「うぉぉぉっっっっ!!! 大人しく殺されんかいっ!!!」

 

アスカのアンドロイドアームの小型ミサイルと将造の右足のロケットランチャーが同時に発射された。

 

シュゴォォォッッッッ!!!!!×2

 

ミサイルとロケットは、勢いよくアルサールに向かっていく。

 

『フフフ……』

 

しかし、アルサールは笑ったまま、先程のマシンガンと同じく、相変わらず避ける素振りを見せない。

 

ズドォォォォンッ!!!!!

 

そして、そのすべてが着弾し、凄まじい爆発が起き、爆煙がアルサールを包んだ。

 

「「……」」

 

アスカと将造は、その煙を油断なく睨んでいる。魔界の住人の一部やマッスルジョーのように悪魔と契約した人間でもない限り、あの爆撃に耐えられる生物などいない…はずであった。

 

『フハハハハハハハハ!!!』

 

炎と煙の中から、何事も無かったかのような笑い声が響く。

 

「嘘でしょ…」

 

「チッ!」

 

アスカは僅かな驚きの顔、将造は怒りの表情で、晴れ始める煙を見る。

 

『そんな原始的なミサイルで私を傷付けられると思っているとは、やはり下等生物ですね。』

 

炎の中から現れたのは、無傷のアルサールであった。アルサールは、二人を小馬鹿にしたように喋り続ける。

 

『それにその身体。肉体と機械をそのように歪に継ぎ接ぎするとは、なんと醜い。しかし、下等生物の愚かな文化なサンプルとして是非持ち帰りたい。どうです貴方達? 私のコレクションになりませんか?』

 

不遜な態度を続けるアルサールに将造とアスカは、遂に目まで血走り始めた。

 

「遺言はそれでお終い? 今すぐ消滅させてあげる。」

 

「馬鹿たれ! 逆にぬしの首を切り取って暖炉のある壁に飾ったるわい!!」

 

怒るアスカと将造に喚起される様に、他の四人も戦闘態勢を取り始める。

 

「アスカ! 極道達は後回しよ! 先にこいつを始末するわ!」

 

「拓三、俺達も援護するぜ。」

 

「ああ、若をあんだけ馬鹿にされちゃあ殺すしかねえよ。」

 

(テセラックが隠されている今、もうアルサールを倒すしかない。)

 

『来なさい…』

 

アルサールが呟くと同時に六人がそれぞれ散開した。

 

「「うぉぉッッッ!!!」」

 

ズガガガガガガ!!!!!×2

 

まず三太郎と拓三は、左右に別れてアルサールの両サイド斜め前から銃撃する。

 

チュイン! チュイン! チュイン!…

 

だが、将造とアスカのマシンガンと同じく黒光りする装甲に跳ね返される。

 

『だからそんなものは効かないと…』

 

ザザザザザザザザ!!!!!

 

アルサールが呆れ気味に両サイドの二人に注意を向けた時、前方中央から複数の風の刃が襲いかかる。鉄骨をも両断するアスカの忍法『風神・陣刃』の連続攻撃だ。

 

「風神・陣刃乱舞!!」

 

ズガッ!ズガッ!ズガッ!……

 

アスカが技を叫んだ瞬間、いくつもの風の刃がアルサールの胴体に直撃した。

 

『中々、面白い技を使いますね。生きたままコレクション出来ないのが残念です。』

 

だが、アルサールは両断されず、体が少し揺れた程度に収まった。

 

「やっぱり、効かないか…まぁこれが目的じゃないけどね♪」

 

アスカが素早く横に跳躍すると、彼女のすぐ背後には将造が控えていた。

 

「うぉぉぉ! 標本の虫ピン代わりにこれを喰らわんかい!」

 

将造は、ポン刀をアルサールの胴体に付き立てるべく突進する。

 

『ふぅ~もうサービスタイムは終わりです。今度は蹴散らしてあげま…ん?』

 

「はぁぁぁっっっっ!!!」

 

アルサールが迫りくる将造に身構えたとき、彼の耳に叫び声が後ろから聞こえてきた。首を背後に向けると、ゆきかぜが両手に黄色く輝く雷の刃を振りかざし迫ってくるのが見える。

 

『なるほど、フェイントからの挟み撃ちですか、しかし、そんな下等生物の浅知恵、私には通用しま…「今よ、マダムッ!!」?!』

 

アルサールが前方の将造と背後のゆきかぜに注意を向けて迎撃しようとした時、アスカの声が響いた。

 

ヴヴヴヴ……

 

その瞬間、仮面の対魔忍がいきなりアルサールの頭上から現れた。仮面の対魔忍は、アルサールが銃撃する三太郎と拓三に気を取られたのを見計らい、光学迷彩で身を隠したのだ。そして、両手に持つナックルブレードの刃でアルサールの緑色の目を狙う。

 

それと同時に前方の将造のポン刀は心臓部に、背後のゆきかぜの雷剣は脊髄へとそれぞれ斬りかかった。

 

「対魔殺法・鬼切離!!」

「雷剣(ライトニングソード)!!」

「どりゃぁっっっっ!!!!」

 

三太郎、拓三、アスカはその必殺の三点攻撃に注目する。

 

「ぶっ殺せぇ!」

「いけぇ! 若ぁ!」

「決まって!」

 

しかし…

 

ガキィィィンッッッ!!!!

 

「「「「「「?!」」」」」」

 

将造達の耳に、予想し得ない大きい金属がぶつかり合う鈍い音が響いた。

 

『いやいや、すごい攻撃ですね。自慢の装甲が少し凹んでしまいましたよ。』

 

並の対魔忍や魔界の住人に取っては、ひとたまりもない将造、ゆきかぜ、仮面の対魔忍の必殺の攻撃は、確かにアルサールに当たりはした。しかし、頑丈な装甲は急所の部位までも厚く覆っており、いとも簡単に三人の攻撃を跳ね返してしまった。

 

「ちぃっ! まさか目の部分までこんなに硬いとは…」

 

「大丈夫ですか?! マダム!」

 

仮面の対魔忍は、ここに来て初めて驚きと焦りに満ちた表情になっており、心配するアスカが彼女に駆け寄る。

 

「……」

 

「くそ!! 刃が欠けてしもうたわ!!」

 

同じく必殺の攻撃を防がれて、アルサールから離れる将造とゆきかぜも、仮面の対魔忍と同じような表情だ。

 

『フフフ、今度はこっちの番です。』   

 

一方、焦る三人の表情を満足そうに見たアルサールが、緑色の目をギロリと光らせた瞬間…

 

ザザザザ……!!!

 

アスカと仮面の対魔忍の方に凄まじい速さで詰め寄り、爪先まで装甲に覆われた腕を振りかざしてきた。

 

「速い?!」

「くっ?!」

 

アスカと仮面の対魔忍は、その腕をギリギリで避ける。

 

ドゴォッ!!!

 

勢い余ってアルサールの腕は、地面を抉った。

 

「アスカ!! 今度は同時に首元を…『ドムッ!!』ぐぁっ?!」

 

「きゃあっ?!」

 

避けた二人が反撃を試みた瞬間、背後の死角から一撃を加えられた。

 

『フフフ…』

 

攻撃したのはアルサールの長い尾であった。その尾は五m程あり、他の部位と同じく先端まで装甲に覆われていた。

 

背後から分厚い装甲の一撃を受けた二人は、数m先まで吹き飛ばされる。だが、地面に激突する瞬間に受け身を取り、素早く立ち上がった。

 

「ゲホッ…こいつ動きが滅茶苦茶のくせに、私達に一撃を加えるなんて…元々の生物としてのポテンシャルが桁違いだわ。」

 

「ヒュ…ヒュ…性格も…ゴホッ! 最悪だし苛つきますね。」

 

二人は、背中に重い一撃をくらったため呼吸が乱れ荒くなっている。

 

しかし、息を整える暇など与えるかと言わんばかりにアルサールが再度、素早い腕と尾を使い二人に襲いかかった

 

『死になさい!! 下等生物ッ!!』

 

「アスカ! 今度は関節部を攻撃するわよ!」

 

「クッ?! 了解!」

 

そこから二体一の激戦が始まった。

 

アルサールの動きは、相変わらず滅茶苦茶で、何も訓練を受けていない素人同然の動きである。しかし、仮面の対魔忍が先程呟いた通り、ブレインフレーヤーという種族は、人類や魔族より桁違いのスピードとスタミナ、そしてパワーを持っており、熟練の戦士である二人が徐々に追い詰められていく。さらに二人は、装甲の弱点であるはずの関節部位を何度も全力で攻撃しているが、他の装甲と同じく刃が弾かれるため為す術が無く、スタミナ切れで倒れるまで時間の問題であった。

 

一方、三太郎、拓三は歯痒そうにアスカ達の戦いを離れた所で見ている。

 

「くそ! あのイカ野郎…目も口も装甲で覆われてる分、マッスルジョーよりやりづれぇ!」

 

「それに性格が最悪な癖に、動きと力も俺達とは段違いだ! 細胞具の伯父貴のあの新兵器さえあれば…」

 

そして、もう一方の離れた所では、ゆきかぜがアスカ達に加勢しようとする将造を止めていた。

 

「ゆきかぜ! 何故止める! 装甲が固くてもわしの馬鹿力でイカ野郎の首を回転させたり、腕を引きちぎることは出来るはずじゃ!」

 

「将造! あの二人は大丈夫なの! それよりもアスカが持っていたトランクを探し…」

 

「未来でそう決まっているからか…」

 

「?!…………」

 

ゆきかぜは、図星を付かれたかのように言葉を失った。

 

「その様子じゃと本当らしいの? 三太郎と拓三もあえて聞かんようじゃったが、多分わしらは、未来であの二人よりも、イカ野郎達に手痛い目に遭わされるんじゃろ?」

 

「………」

 

ゆきかぜは、何も答えられない。彼女には、未来で三人はブレインフレーヤーと戦うが、三太郎と拓三は感染者に成り果て、将造は十年も孤独に感染者を狩り続けるなど言えるはずがなかった。

 

将造の言うことは本当だというように沈黙するゆきかぜを見た将造だが、凶悪な笑顔でニヤリと笑った。

 

「ほうか…だったら未来のわしらの仇討ちじゃ。この極道兵器に任しとけ!」

 

「けど将造! 今の武器じゃ…」

 

「誰がまともに戦うと言うた? 今から極道らしい戦いを見せてやるぜ。」

 

将造が自信満々にゆきかぜに宣言した。

 

そして、それと同時にアルサールは、一旦戦闘を仕切り直すように二人と距離をおいた。

 

「ハァ…ハァ…どうしたのかしら? もう諦めたの?」

 

「フゥッ…フゥッ…謝る気になった?」

 

アスカと仮面の対魔忍は、最初の尾の一撃からアルサールの攻撃をすべて避けてはいた。しかし、絶え間ないスピードと予想外の尾の猛攻に晒され続け、スタミナを予想外に消費し肩で息をしていた。

 

(アスカ、大丈夫?)

 

(最初の一撃以外上手く避けてますけど、体力が不味いです。せめて対魔超粒子砲が撃てる隙さえ作れたら…)

 

一方のアルサールは、二人の攻撃を無敵の装甲ですべて弾いており、ダメージを受けた様子も疲労した様子もなかった。しかし、自分の攻撃がすべて躱されているのに少し苛立ち、新たなる行動を取ろうとしていた。

 

『ちょこまかとすばしこっいハエですね…そろそろ一掃して差し上げます!』

 

そう言ってアルサールは、大袈裟に両手を大きく広げたと同時に…

 

『キシャキシャシャァーーーーー!!!!!』

 

と不快な金切り声を上げた。

 

将造は、鼓膜が切り裂かれるような鋭いアルサールの奇声に耳を塞ぐ。

 

「イカ野郎…下手くそな歌、歌いやがって…なに?!」

 

将造が何も無い空間に目を見張った。叫んで数秒後、最初にアルサールが出現したような空間の歪みがそこら中に現れたからだ。

 

将造達六人が身構える中、渦の中から複数の声が聞こえてくる。

 

「お呼びで御座いますか、御主人様?」

「お呼びで御座いますか、御主人様?」

「お呼びで御座いますか、御主人様?」

 

次々と渦の中から三mを超える○ンダムのようなロボットがと出現した。

 

「ゆ、ゆきかぜ? あ、あのロボットは何だよ?」

 

三太郎が慌てて、ゆきかぜに問う。

 

「あれはブレインフレーヤーが使役している生物の一種、機械生命体『パズズ』よ…不味いわね。」

 

ゆきかぜは、現代に来て一番の焦りに満ちた顔になっていた。

 

「ああもうゾロゾロと鬱陶しい!」

 

「勘弁してほしいわね。」

 

アスカと仮面の対魔忍は、ゴキブリがでたかのように軽い調子で毒づくが、先程のアルサールの戦いで体力を憔悴しきっており、この現状を打破する考えが浮かばないでいた。

 

そして、将造達が注目するなか、十数体のパズズが倉庫内に降り立った。

 

アルサールは、焦る将造達を見て緑の目を細めて満足そうにニヤける。

 

『その表情をずっと見ていたいですが、後数分で終わりなのが残念…ん?』

 

アルサールは、そんな絶望的な状況の中、一人だけ不敵に笑う男を見つける。

 

将造だ。

 

「へへへ、イカ野郎…こんなポンコツいくら呼んでもこの極道兵器には無駄だぜ。」

 

ピキッ…

 

その不遜な態度にアルサールは、怒りを覚えたのか、将造の方向に手をかざし、一体のパズズに大声で命令した。

 

『その不遜な態度を取るオスを先に仕留めなさい!』

 

「承知致しました…」

 

アルサールの命令を聞いたパズズが、凄まじいスピードで将造に向かって行く。

 

「将造、下がって! パズズは雷遁使いの私が…」

 

「邪魔じゃ!!ゆきかぜ」

 

ゆきかぜが将造を守ろうとするが、それよりも早く、将造もパズズに向かって行き、跳躍して斬りかかった。

 

「どりゃぁぁ!」

 

だが、パズズは唐竹割りを浴びせようする将造に対して恐るべき速さで、鉄の爪で迎撃する。

 

「「頑張れ若ぁ!」」

 

三太郎と拓三は、将造が勝つことを願う。

 

しかし…

 

「遅いっ!」

 

「ぐぁっ?!」

 

弾き飛ばされたのは、将造の方だった。将造は、パズズの鉄爪を辛うじてポン刀で防御していたが、勢いを殺せず、そのまま吹き飛ばされ倉庫の棚に激突する。

 

ドカァァァァッッッッッ!!!!!!!

 

「「若ぁぁぁっっ!!!!!」」

 

三太郎と拓三は必死な形相で将造に叫んだ。

 

「…………」

 

しかし、将造からの返事がなく、さらに砂煙に包まれて姿も確認できない状態だった。

 

仮面の対魔忍もその様子を驚きの表情で見ていた。しかし、すぐに頭の中で疑問点が湧く。

 

(おかしい…極道兵器がいくら狂人でも、さっきの動きは隙が大き過ぎる。まるでわざと…)

 

一方、吹き飛ばされた将造を見たアルサールは幾分か溜飲が下がったらしく、落ち着いた口調に戻りパズズ達に命令する。

 

『安心して下さい。貴方達もすぐにあのオスに会わせてさし上げましょう! お前達っ!』

 

「承知しました、御主人様。」

「承知しました、御主人様。」

「承知しました、御主人様。」

 

アルサールの命令を聞いたパズズ達は、ゆきかぜ達に向けて歩き出した。

 

「若をよくも! このくず鉄!!」

「スクラップにしてやる!!」

「アスカ…私が全力を出して止めるから、対魔超粒子砲の準備を…」

「わかりました…けれど、もう…」

(くっ将造っ……)

 

十数体の迫りくる鉄の巨体を前に、将造を抜いた五人は怒りと絶望が混じった顔をしながら、再び戦闘態勢に入る。

 

アルサールは、そんなゆきかぜ達の表情を見て勝ち誇った…が、その時であった。

 

『さぁ、お前達! 止めを「待たんかいっ! イカ野郎っ!」ハッ?!』

 

ある者の大声が倉庫内に響いた。

 

『ま、まさか?!』

 

アルサールだけでなく、その場にいるすべての者が、その声の出処、つまり砂埃の中心に注目した。

 

ジャリ…ジャリ…ジャリ…

 

そして、草履の音と共に砂埃から現れたのは、血だらけの将造だった。

 

「「若ぁ!!」」

 

三太郎と拓三が喜びに満ち溢れた声を上げる。

 

『まだ、生きていたとは、しぶとい虫め! 今度は全員でかかりなさい。』

 

喜びの声を上げる二人に反して、アルサールは苛ついた顔戻り、再びパズズ達に命令を下した。

 

「承知しました、御主人様。」

「承知しました、御主人様。」

「承知しました、御主人様。」

 

今度はすべてのパズズ達が、将造に向かう。

 

将造が生きていたことに安堵したゆきかぜだが、現状が何も変わっていないことに危機感が蘇る。

 

(くそ、あの傷から見て将造は、限界に近い! 次こそパズズの一撃を食らえば、命は…)

 

傷だらけの将造にすべてのパズズが突撃するのを見て、三太郎と拓三もゆきかぜと同じく、喜びの表情が焦りの表情へと変わる。

 

「「止めろぉっ!」」

 

対照的に今度こそ勝ちを確信したアルサールは、上品な言葉が崩れ再び叫ぶ。

 

『グチャグチャのジャムにしろぉ!』

 

「「「「「「グォォォォッッッ!!!!!」」」」」」

 

複数のパズズ達が、将造に鉄の爪を突き立てる。

 

だが、その時誰にも予想し得ない信じられないことが起こった。

 

ピタッ…

 

すべてのパズズが、画面の一時停止のように静止したのだ。

 

「「「「「?!」」」」」

 

その様子にゆきかぜ達は、驚愕した顔になる。

 

『ど、どうした?! お前達! 何故止めをささない?!』

 

アルサールは、彼女達以上に驚愕した声で叫んだ。

 

「ア、アルサール様、こ、こいつ?!」

 

停止したと思われるパズズの集団が、アルサールに将造が見えるようにモーセの波のように二手に別れた。

 

「ポンコツかと思っとったが、中々賢いじゃねぇか。」

 

パズズの中心にいる将造は右手に持つある物をアルサールに見せつける。

 

『そ、それはテセラック?!』

 

将造が持っているのは、アスカが最初に持ち込み、ゆきかぜが破壊しようとし、アルサールが狙う遺物、もとい『テセラック』であった。

 

「もし、どこかのイカ野郎やクズ鉄が、わしの気に障ることをすれば、ストレス解消にこのオモチャを…」

 

コンコン…

 

将造は、笑顔で左手のマシンガンでテセラックが入ったトランクを小突く。

 

『止めろォォォッッッッ!!!』

 

アルサールが、この倉庫内に出現してから一番の狼狽えた顔になり、声を荒らげて叫んだ。

 

「『止めろ。』じゃと?」

 

ビキビキッ!!!

 

アルサールの叫び声を聞いた将造の顔にいくつもの青筋が生まれた。そして、視線だけで殺せるような目でアルサールを睨む。

 

「わしに命令口調は、例え地獄の閻魔や宇宙を喰らう化物であろうと許可しねぇ!」

 

ズドンッ!

 

パキャン…

 

将造は、トランクの取手の部分を銃撃した。取手は、砕け地面に転がる。

 

『や、止めっ!…て下さい。お、お願いします。』

 

アルサールは、歯軋りが聞こえそうな口調で、先程まで下等生物とバカにしていた将造に土下座した。

 

地面に這いつくばるアルサールを見た将造は、ニタリと凶悪な笑顔で笑うと次にパズズ達の方を向く。

 

「クズ鉄共! ぬしらは、あのイカ野郎の近くまで引き上げぇ!」

 

「「「「「「「…」」」」」」」

 

パズズ達も悔しそうな雰囲気を漂わせながら、アルサールの元に引き上げる。

 

「さっきはよくも散々コケにしてくれたのう! わしが直々に殴ってやりたいが自慢の装甲で手を怪我をしちゃ堪らねぇぜ。じゃから……代わりにてめぇらがイカ野郎を殴れ!」

 

将造がパズズ達を指差した。

 

将造の言葉を聞いたパズズ達に戸惑いが広がる。

 

「ご、御主人様を殴るなんて…」

「そ、そんなことはできない!」

「他の命令なら何でも聞くから、それだけは!」

 

狼狽えるパズズ達を見た将造は、視線をアルサールに向ける。

 

「おい、イカ野郎! クズ鉄共は、このブツがどうなってもいいらしいぜ!」

 

ズドン!

 

バキッ…

 

再度将造の左手が火を吹き、今度はトランクの角が弾け飛んだ。

 

その様子を見たアルサールは、土下座したまま絞り出すような声でパズズ達に命令する。

 

『な、殴れ…お前達!』

 

「御主人…」

 

『早くしろぉぉッッッッ!!!!』

 

「「「「「「「………!!!!!」」」」」」

 

ガキィ! ガキィ! ガキィ!…

 

『ウグッ…グェッ…ガハッ…』

 

「おら~手加減せずに足も使って思い切りやらんかいっ!!」

 

将造の激が飛ぶなか、パズズ達の集団リンチが始まった。アルサールは、ブレインフレーヤー最新の装甲を装着しているために、大したダメージを与えられているわけではない。しかし、パズズ達もブレインフレーヤーに作られた最新の機械生命体である。故に装甲は砕けないまでも、ボコボコに凹んでいった。

 

一方、ゆきかぜ達は将造の元に集い、殴られるアルサールを共に見ている。

 

「いい気味だぜ! イカ野郎!」

 

「チクショ〜俺も参加してえなぁ!」 

 

三太郎と拓三は、ボコボコに凹んでいくアルサールを見て鬱憤が晴れたかのようにニヤけている。

 

「命じていることは、悪党そのものね…」

 

「どっちが悪党か解ら…いや、やってることは、こっちの方がより凶悪かも…」

 

仮面の対魔忍とアスカは、将造の命令に少し呆れているものの相手がアルサール故に、憐憫の情など一欠片もない。そして、仮面の対魔忍は、満足そうに眺めている将造に向き直る。

 

「岩鬼将造、さっきわざと吹き飛ばされたのは、あいつらに気付かれないように、私が隠していたトランクの場所へ行く為だったのね。」

 

「ああ、そうだぜ。ぬしはゆきかぜと戦っていた時、変わり身をしながらもなんとなく、あの場所に注意を向けていたからのぉ。しかし、結構な賭けだったぜ。」

 

そんな仮面の対魔忍と将造の会話の間に、ゆきかぜが割り込む。

 

「将造…もう気が済んだでしょ? 早くそれを破壊して。」

 

しかし、ゆきかぜの最もな提案を将造は真剣な顔で否定する。

 

「確かにこれを破壊すれば、イカ野郎の目的を挫くことはできるかもしれん。じゃが、テセラックを破壊したわしらを怒り狂ったあいつらは、全力で殺しに来るじゃろう。そうなったら、もう打つ手がねぇ。」

 

「だったらどうすれば?」

 

「あいつを倒せる方法はあるわ!」

 

今度はアスカが、会話に入る。

 

「イカ野郎に二人がかりでもやられていたぬしがか?」

 

将造は訝しげにアスカを見る。

 

「私は、一発限りだけど最後の切り札があるわ。この兵器はチャージに時間がかかるけど、威力は抜群なの。米連の計算では、不死身のブラックでさえ、この技で消し飛ぶと結果が出ているし。それにあいつがボコられている今なら絶好の機会だわ。けど、それでも避けられる心配があるから…」

 

そこから将造達は、アスカが考えたアルサールを倒す作戦を聞く。

 

数分後…

 

「よし、OKじゃ! 頼んだぜ、アスカ!」

「やってやるぜ!」

「目にもの見せてやる!」

「任しといて! あんたらもしくじらないでよ。」

「まさか、今夜初めて会った者達とこんな作戦をするなんて…」

「時間が無い…早くしましょう…」

 

そして、今夜最大の作戦が始まった。

 

ガキィ! ガキィ! ガキィ!…

 

「申し訳ありません…御主人様…」

「申し訳ありません…御主人様…」

「申し訳ありません…御主人様…」

 

一方、アルサールは、将造達が話している間も殴られ続けていたが、密かに怨念の一発逆転のエネルギーを溜めていた。

 

『くそ、よくも私にこんな真似を! あのオスと私を殴ったコイツラは絶対に殺して…』

 

「クズ鉄共! こっちを見ぃ!」

 

いきなりの声にアルサールとパズズ達は、一連の行為を止めて声の方向を向く。すると、そこにはテセラックを持った将造がいた。その姿を見たアルサールが何かを言おうとした瞬間…

 

「受け取りやがれぇぇぇっっっ!!!!」

 

将造は、テセラックをアルサールの頭上、天井ギリギリまで投げつけた。

 

アルサールは自分の頭上高く投げられたテセラックを目で追いながら、即座にパズズ達に命令する。

 

『お前達! 早くテセラックを受け取れぇ!』

 

「了解しまし…」

「了解しまし…」

「了解しまし…」

 

すべてのパズズ達は、頭上のテセラックを追って跳躍しようと将造達から目を離した瞬間…

 

『幻影不知火・電!』

 

いきなり、ゆきかぜの声が響いた。

 

「「「「「「「?!」」」」」」」

 

パズズ達が視線を将造達に戻すと、目の前に雷遁の術で五体に分身したゆきかぜがいた。

 

複数のゆきかぜ達は、パズズに手をかざすと現代に来てから初めて全力の雷遁を放つ。

 

「真・雷神の断罪者!(ライトニングパニッシャー! フルコネクト・ネイキッドォ!!)」

 

バリバリバリバリバリバリッッッ!!!!!!

 

「「「「「「「グァァァァァァッッッッッッ!!!!!」」」」」」

 

すべてのパズズに何百万ボルトの電流が走り、彼らは跳躍出来ずにその場で釘付けにされた。

 

『何をしている! くそぉ!』

 

動けない部下を前にアルサールは、自ら跳躍する。

 

しかし、一m程地面から離れたとき…

 

「ロックオンじゃ!」

「対魔殺法-壱の陣・星!」

「死ね! イカ野郎!」

「うりゃあ!!」

 

予めロックオンしていた将造のロケットランチャー、仮面の対魔忍が放った大量の手裏剣、そして、三太郎と拓三のマシンガンが同時にアルサールに着弾する。

 

ドガァァァァン!!!!!!!!

 

 

堪らずアルサールは、地面に撃ち落とされた。

 

『ぐあっ! 下等生物めぇぇっっ!!』

 

「アスカ!!」

 

仮面の対魔がアスカの方向を見て叫ぶ。

 

撃ち落とされたアルサールも五人の目を追ってアスカの方を見るとアスカは、両手の掌をこちらに向けている。

 

『あ、あのエネルギーは、この前私のバリアを破ったエネルギー?!』

 

アルサールは、かつて五車を襲撃した際に物理的な攻撃をすべて通さないブレインフレーヤー特性のバリアを秋山凛子の忍法で破られたことを思い出す。あの時よりも何十倍の強大なエネルギーの前なら、例えこの自慢の装甲でも助かる保証はない。

 

「待ってました! 目標OK!」

 

アスカが考えた作戦はこうだった。

 

まず、頭上に投げたテセラックに、アルサール達の注意を向けさせ視線を将造達からずらす。次に跳躍しようとするパズズ達をゆきかぜの雷遁で動けなくし、さらにアルサールには、将造、仮面の対魔忍、三太郎、拓三のそれぞれの飛び道具で撃ち落とす。テセラックを空中で奪取するのに失敗したアルサール達は、地面で受け取るしかなくなり、落下予測地点から動けなくなる。最後に動けないアルサール達をまとめてアスカの対魔超粒子砲で一掃する。

 

「対魔超粒子砲…」

 

アスカの対魔超粒子砲とは、アンドロイドアームに備わっているチャージ機能で貯めた対魔粒子を両手のひらから、一気に撃ち放つ技である。DSO(米連防衛科学研究室)の理論上では、不死身のブラックでさえこの技には耐えられないとされており、まさにアスカ最後の切り札なのだ。

 

将造達の目眩ましによる時間稼ぎで、十分にチャージされた対魔粒子が、アルサールに向かって今まさに解き放たれる。

 

『や、やめろォォッッッ!!!!』

 

しかし…

 

「マキシマムバー『べキャ!』嘘っ?!」

 

発射直前で左のアンドロイドアームの肘部が破損し、逆90℃に曲がってしまった。

 

実はアスカのアンドロイドアーム&レッグは、将造の義手以上にメンテナンスが必要な精密機械であり、一回の作戦ごとに新品に代えなければいけない程の代物なのだ。それ故、最初の将造との戦闘でコマグナム弾を撃ち込まれ、その上すぐにアルサールとの戦闘に入ったため、いつ壊れてもおかしくない状態だった。さらに一発限りの大技である対魔超粒子砲を撃つ為の膨大なエネルギーチャージで、遂に限界を迎えてしまったのだ。

 

「くそっ大事なところで!!」

 

アスカは、残った右手で折れた左手を再度アルサールに向けようと動かすが、完全に肘部が破損してしまって元には戻らない。その上、せっかくチャージした対魔粒子が、破損部位から凄い勢いで漏れ出ている。

 

『ふぅ~…一瞬驚きましたが、どうやら天は私の味方みたいですねぇ!』

 

アスカの逆転の秘策が失敗に終わったのを見たアルサールは、落ち着きを取り戻し、後一秒程で落ちてくるテセラックを受け取るため悠々と頭上に手を伸ばす。

 

一方、すべての力を使い果たし、へたり込んでいるゆきかぜは、絶望の表情でアルサールの手に渡ろうとしているテセラックを見ていた。

 

(まさかこれでお終いなの…やっぱり過去は変えられないの…)

 

仮面の対魔忍、三太郎、拓三もゆきかぜと同じ表情でテセラックを手に入れようとするアルサールを何もできずに見ている。もう銃弾を使い果たし、投げつける手裏剣もないのだ。が…一人だけ必死な顔でアスカに向かって駆け寄る者がいた。

 

将造である。

 

「何しとる、アスカ! しっかりしやがれぇ!」

 

将造はアスカを怒鳴りながら、折れた左手を持ち、急いで両手のひらを再度アルサールの方に向けさせた。

 

(もう無駄よ…岩鬼将造。チャージした対魔粒子はほとんど空気中に流出した。それにアンドロイドアームを治して、対魔粒子をまた貯める時間なんか…え…)

 

アスカが、もう何をしても無駄という目を将造に向けようとした時、両腕に異変が起こった。

 

ズギュュュゥゥゥンッッ!!!

 

将造が両腕を支えた瞬間、チャージ機能が破損しているのにも関わらず、アンドロイドアームにエネルギーが一瞬でフルチャージされたのだ。だが、チャージされたのは、対魔粒子ではない。

 

(な、何? この凄まじいエネルギーは?!)

 

その薄緑色のエネルギーは、アンドロイドアームのチャージ機能を優に超えて、アスカの両腕を覆う溢れんばかりの輝きを放っていた。

 

(知らない…あんな凄まじいエネルギー?! あの薄緑色は対魔粒子じゃない?!)

 

仮面の対魔忍も驚きの顔で、光り輝く二人を見ている。

 

「アスカ! はよ撃てぇっ!」 

 

(ハッ?!)

 

将造の叫び声がアスカの思考を再開させた。前を向けばアルサールが後少しでテセラックを手にしようとしている。もう、刹那の余裕もない。

 

将造もゆきかぜの未来を滅茶苦茶に荒らしたであろうアルサールを睨む。

 

(わしは未来でブレインフレーヤーに奪われた全てを取り返す。そうじゃゲッター〈奪還者〉じゃっ!)

 

そして、頭に浮かんだ名詞をアスカの必殺技の叫び声に重ねて自らも叫ぶ。

 

「「くたばれ! 対魔超粒子『ゲッター』砲ォォォォッッッ!!」」

 

ズドォォォォォォォッッッッッッッン!!!!!!

 

将造が支えるアスカの両腕から凄まじいエネルギー波が、アルサール達に向かって放たれた。




また、もう後編なのに1万字を越えてしまいました。次で本当に完結致します。次の話は、石川賢先生の世界が満載の話です。


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Weapon 18 異次元イカ野郎 地獄編

『何ィィィッッッッ????!!!!!!』

 

後、一m程でテセラックを手に入れようとしていたアルサールは、迫りくる強大な未知のエネルギーに驚愕する。そのエネルギー波には、対魔粒子は僅かしか含まれていないが、もし直撃すれば自慢の装甲であろうと危ないかもしれない。故にアルサールは、テセラックを受け取るよりも、物理防御のバリアを展開することを優先した。

 

「「「「「グアァァァァッッッ?!」」」」」」

 

アルサールの前に陣取っていた、最新の科学で作られているはずのパズズ達が一瞬で融解する。

 

バキャァァァンッッッッ!!!!

 

『次元を圧縮した無敵のバリアが?!』

 

そして、物理攻撃を無効化するバリアも一瞬で破壊され、バリアを過信していたアルサールは、エネルギー波を全身に浴びた。

 

ドジュゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!

 

エネルギー波は、ブレインフレーヤー最高の装甲を容赦なくどんどん溶かしていく。

 

『ギャァァァッッッッ…何だこのエネルギー波はぁぁっっっ?????!!!!! テセラックはもういい! 早く別の次元へぇぇッッッ!!!!!』

 

アルサールは、全身が溶かされる前に最後の力を振り絞り、次元転移装置を作動させ別次元へ逃亡した。

 

そして、それと同時にトランクに入っていたテセラックも対魔超粒子ゲッター砲の攻撃範囲に入り、呆気なく一欠片も残さずに破壊された。

 

やがて、アスカから放たれているエネルギー波は、敵がすべていなくなると、意志があるかの如く、蛇口をゆっくりと閉められる水道の水のようにゆっくりと萎んでいき消えていった。

 

「「「「「「……………………」」」」」」

 

敵をすべて退けて、未知のエネルギーも消えた倉庫内は、静寂に包み込まれる。

 

しかし、数秒後…

 

「「う、うぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!」」

 

三太郎と拓三の勝利の叫び声が響いた。二人は、喜び顔でアスカに駆け寄る。

 

「すげぇぜ! アスカ! さすが米連最新のアンドロイドアームだ。」

 

「もう駄目かと思ってハラハラしたぜ!」

 

「……………」

 

だがアスカは、謎のエネルギーを撃ってから放心状態で何も答えない。

 

「どうしたの? アスカ?」

 

仮面の対魔忍もいつの間にか、アスカに駆け寄っており彼女を軽く揺すった。

 

肩を揺すられたアスカは、すぐに我に返る。

 

「あ、ああ…久し振りの結構ギリギリの作戦だったから、気が抜けちゃった…かな?」

 

「へへへ、やっぱりガキじゃのぉ! しかし、感謝せぇよ! わしが両腕を支えなけりゃ! あのすごい威力の対魔超粒子砲?は撃てなかったんだぜ。」

 

将造は、アスカの背中をバンバン叩く。

 

「痛! 止めてよ! 胴体は生身なんだから!」

 

ゆきかぜもアスカの元に駆け寄る。

 

「さすが、アスカの対魔超粒子砲ね。見たのは久し振りだったけど、あんなに威力があったのね…」

 

「久しぶり…?」

 

アスカは、何も答えない。実物を見たことがない将造、三太郎、拓三と何年も見ていないゆきかぜは、あれが本当の対魔超粒子砲だと思いこんでいる。しかし、アスカは将造達にいきなり起こった現象の説明と見たことがあるというゆきかぜを問う気力はもう無く、あえて触れなかった。

 

その後、すべての障害がなくなり、ゆきかぜはアスカと仮面の対魔忍に遺物、もといテセラックのことを説明した。

 

「未来かぁ…だから、私の対魔超粒子砲も知っていたのね。それとテセラック! にわかには信じ難いことだけど…あの異常な科学力を持つ化け物が必死に狙う物だもん。もし、手に入れられていたら、想像もつかない未来になるのは、私にも解るわ。」

 

「けれど、良いのかしら? 結局、あのアルサールを逃しちゃったけど?」

 

「テセラックなしで二度も撃退された今、アルサールは、恐らくだけど私達を恐れて、もうこの次元には来ないと思う。目的のテセラックも壊されたことだし。」

 

「そう、なら良かったわ…あんなのがまた来たら、もうノマドや中華連合とか言ってられなくなる。」

 

激闘を終えた六人が安堵の雰囲気に包まれたとき、将造が笑顔でゆきかぜの肩に手を置いた。

 

「ゆきかぜ! 仕事が終わったんなら、今夜わしのビルに泊まって、明日、五車町に行かんか? ぬしをみたら、あいつら慌てふためくわい!」

 

「そうだぜ! ゆきかぜがこんなにも大人びいた良い女になるなんて、あの三人びっくりするぜ」

 

「ビルは空き部屋が一杯あるから大丈夫だ!」

 

将造、三太郎、拓三がゆきかぜを陽気に誘う。

 

三人の言葉を聞いたゆきかぜは、手元の小手を見ながら初めて会った時のように寂しく笑った。

 

「ごめんなさい…私が過去にいられる時間は、もう一分程しかないの。将造、最後に貴方だけに最後のお願いがある…」

 

そう言って、ゆきかぜは皆に聞こえないようにボソボソと将造に耳打ちし、そして数秒で離れた。

 

ゆきかぜの言葉を聞いた将造は、真剣な顔になる。

 

「ああ、解った…二度と会えないぬしの頼みじゃ。普段は馬鹿にしとる仁義をぬしだけには通してやるわい。」

 

将造は真剣な顔を崩さずに、ゆきかぜと向き合いそう言い切った。

 

ゆきかぜは、将造の言葉を聞くと寂しさが消えて安心した笑みになる。

 

「有り難う将造、けれど二度と会えなくなるわけじゃないわ。現代の私が成長すれば、中身は違うけどまた会うことができる。それまで、さようなら。また会いましょう…」

 

そして、笑顔のままで音もなく一瞬でその場から消えていった。

 

「またな、ゆきかぜ…」

 

将造も不敵な笑みで見送った。

 

「「「「「…………」」」」」

 

しんみりとする雰囲気が広がるが、それをわざと破るように三太郎と拓三が将造に喋りかける。

 

「未来かぁ…結局詳しいコトは聞けなかったですね…」

 

「確かに、俺達は未来ではどうなっていたのかなぁ? 若、ゆきかぜは最後になんて耳打ちしたんすか?」

 

「ん…ああ、十年努力しても胸は少しも成長しなかったから、過去の私に無駄な努力は止めさせてだとよ!」

 

将造は、ニヤリと笑って答えた。

 

「「「ガハハハハハ!!!!」」」

 

三人は、ゆきかぜと別れた寂しさを紛らわすように大笑いをした。

 

やがて、その大笑いが止まるタイミングで仮面の対魔忍が将造に話しかける。

 

「岩鬼将造、貴方はこれからどうするの? 時間があれば治療と交流を兼ねて私が経営する店で少し飲まない?」

 

いきなりの仮面の対魔忍の誘いに、将造は表情を変えて油断なく彼女を探るような目で見る。

 

「ほぉ、別にええが…ぬしの店はいい酒は出るんじゃろうな?」

 

「クラブペルソナっていう店よ。自慢じゃないけど東京キングダムの中では、一、二を争う最高級の店なんだから。勿論酒代は私の奢りにしとくけど、どうかしら?」

 

「まぁわしもぬしには色々聞きたいことがあるけぇ、米連関係やそのアスカが持っとるアンドロイドアームとかのぉ?」

 

将造は、アスカをチラリと見る。

 

将造の視線に気付いたアスカは、『何よ?』と言わんばかりに将造を見返した。

 

そんな火花を散らす両者の間に仮面の対魔忍が割って入る。

 

「ごめんなさい…この娘は貴方と違って、両手足がアンドロイドなの。さっきの戦闘でその両方を酷使したから、このまま放っておけば歩けなくなる可能性がある。だから早く研究所に戻って、新しい手足を付けなければならないわ。おまけに未成年だしね。だから、先に帰らせてもいいでしょ?」

 

「マダム…いいんですか? 私が居なくて?」

 

いくら共に命懸けで戦った者とはいえ、一時間前までは、理解できない狂人と認識していた極道兵器である。故に護衛である自分が居ないところで会合させることは、アスカとしては許可しづらかった。

 

「もう、アスカ…」

 

困ったように笑う仮面の対魔忍は、将造から会話が聞こえない離れた所までアスカを連れて行く。それは、あからさまに彼女を説得させる為だと将造達には見えた。

 

「所長? やはり一人で『さっきの未知のエネルギーを早く小谷くんに調べさせて…』え?」

 

仮面の対魔忍は、将造に見えない位置で先程の笑みを止めて、仮面越しでも解る仕事モードの真剣な顔でアスカに向き直る。

 

「もしかしたら、アンドロイドアームに痕跡やデータが残っていて、新しい発見があるかもしれないわ。それに五車の対魔忍抜きで岩鬼将造のことを知るには、今夜が絶好の機会なのよ。極道兵器は私以上にボロボロだし、何かあったとしても自分でなんとかする力は残ってる。」

 

「……わかりました。」

 

納得したアスカは、将造の方を向いて大声で叫ぶ。

 

「岩鬼将造! マダムには絶対手を出さないでよね!!」

 

将造は、答え代わりに笑顔でアスカに中指を立てた。

 

「では所長、失礼します。」

 

アスカは、ゆっくりと倉庫の外に繋がる扉から出て行った。

 

(未来かぁ…大人のゆきかぜには、気絶はさせられたけど、性格は嫌いにはなれなかったのよね。もしかしたら、未来では仲良くなってたりして…あの未知のエネルギーも多分、ゆきかぜがなんとかくれたんだと思うし…)

 

そう考えながら、アスカは『風神・飛翔』という空を飛ぶ忍法を発動させ、東京のDSO本部まで向かって飛んで行った。

 

 

アスカが東京のDSOに向かった数分後、将造達は仮面の対魔忍に先導されて、クラブペルソナヘと向かっていた。

 

(いくらタダ酒が飲めるからって、信用して良いんですか、若?)

 

(それにあの仮面は、アサギさん並に人を殺してる歩き方をしてますし…)

 

三太郎と拓三は、仮面の対魔忍を少し怪しみながら将造に小声で話しかける。

 

(安心せい…いざとなったら、右足のRPGを使って何とかするわい。それに未来のゆきかぜもあまり敵対はしとらんかったじゃろ?)

 

(若がそういうんだったら…)

 

(わかりやした…)

 

二人は、将造の言葉に大人しく意見を引っ込めた。

 

そして、ゆきかぜの名を出した将造は、数分前にした彼女との約束を思い出す。その内容は、将造が言ったような胸のサイズに関することでは、決してなかった。

 

『今の達郎は将造に心酔してるから、性格も大胆になってすごく死に易くなっている。だから、お願い。私は大丈夫だから達郎を絶対に死なせないで、今の私を悲しませないで…』

 

(恐らく達郎が死んだから、ゆきかぜはあんな性格に…共に死地をくぐった同士の頼みじゃ、仁義を通してやるぜ。)

 

将造は、夜空を見ながらそう誓った。

 

 

将造達と別れた未来のゆきかぜは、気がつくと小さい電球一つしかない薄暗い部屋の中に立っていた。

 

「そうか…私、戻って来たんだ。」

 

ここはブレインフレーヤーや人食いレーダーに見つかりづらい地下にある、レジスタンスの隠れ家の部屋の一つである。

 

ゆきかぜは、自分が過去から戻って来たことを認識すると、作戦成功を仲間に報告するため、部屋から出ようする。

 

その時…

 

ガチャリ…

 

ゆきかぜが出るより早く、出口に繋がる扉からノックもせずに、年齢が十歳くらいの少女が入ってきた。その少女は、仮面の対魔忍が着ていた羽織をしており、どこかアスカの面影がある。

 

「無事戻って来たのね、ゆきかぜ。時間ピッタリだわ。」

 

「ただいま…アスカ…」

 

その少女は、甲河アスカであった。未来のアスカは、過去に戻る実験に失敗して手足を失う前の年齢になり、アンドロイドアーム&レッグを失っていた。しかし、ゆきかぜと切磋琢磨する中で風遁の術を極め、『鋼鉄の死神』から『風神アスカ』と呼ばれる程、過去とは比べ物にならない実力を持つ。

 

共に十年もの間、激戦を潜り抜け、親友となっていた二人はそれから色々なことを話し始めた。

 

まだ平和だった五車町のこと。過去の自分達のこと。アスカの師匠であり、親代わりでもあった今は亡き仮面の対魔忍のこと。破茶滅茶な将造のこと。アルサールをタコ殴りにしたこと。そして、ギリギリでテセラックを破壊し勝利したこと。

 

互いに気が置けない二人は、存分に懐かしんだり、笑ったり、涙を流したりと表情をコロコロと変えて話し合った。

 

話が一段落ついたとき、アスカは急に思い出したかのようにゆきかぜにある事を聞いた。

 

「そう言えばゆきかぜ? 達郎と会わなくて本当に良かったの?」

 

普段なら答えづらい達郎関連の質問だが、ゆきかぜは、迷いが吹っ切れたような笑顔を見せた。

 

「いいのよ。過去の達郎は、過去の私の物だもの。それに達郎のことは、将造にお願いしてあるし、過去の私は、今の私のようにはならないはずよ。」

 

ブレインフレーヤーが攻めてきてから、十年以上も見せなかった爽やかなゆきかぜの笑顔を見たアスカは、安心したような笑顔になる。

 

「もう、達郎は過去の私の物って、独占力が強いのか弱いのか解らない台詞ね。まぁ、ゆきかぜが納得してるならいいわ。そろそろ、他の仲間に報告しに…『コンコン…』ん? 何かしら? 良いわよ、入って。」

 

ノックの数秒後、扉からレジスタンスの男が興奮気味に部屋に入って来た。

 

「アスカ! すごい人がレジスタンスに来たんだ!…と、ゆきかぜ! 帰ってきたのか!」

 

「落ち着いて、誰が来たの? もしかして神村舞華?」

 

「そ、それが…」

 

ガチャ…

 

男が紹介する前に、さらに扉が大きく開かれた。

 

二人の前に現れたは、ボロボロのカンカン帽子を被り、服装は黒いシャツに腹巻を巻き、半ズボン。そして、左腕は肘先から無く、右足には手作りらしい粗末な義足をはめ、右目に眼帯をした男だった。

 

「「し、将造ぉっ?!」」

 

「また会ったのぉ…ゆきかぜ! ん? ぬしはアスカの娘か?」

 

ゆきかぜは、将造の問いを無視してすぐに駆け寄った。

 

「色々聞きたいけど、何でこんな場所にいるの?!」

 

慌てるゆきかぜの問いに、将造はニヤリと笑って答える。

 

「この前、ぬしとさゆりが去った後ですぐになよ子に会ったんじゃ。やはり、好きな男が他の女と喋っとると、何年会えなくとも女は嫉妬するもんなんじゃろうな…」

 

「そう…見つかって良かったわね…」

 

「ああ、今はわしが作った極道連合の共同墓地で眠っとる。」

 

「将造…じゃあこれからは…!」

 

「ああ、約束じゃ! これからは共に異次元イカ野郎を皆殺しにしようぜ!」

 

将造の言葉にゆきかぜの顔が喜びに溢れた。

 

「ちょっと! 私を無視しないでよ! 久し振りね、岩鬼将造!」

 

今度はアスカが将造の前に立つが、将造は不思議そうな顔で彼女を見る。

 

「ん? ぬしは…どこかで会ったか? 十年前のアスカはよお知っとるが、まさか、浩介のガキを産んどったのか?!」

 

「産んでないっ! 私がアスカよ! 甲河アスカ!」

 

そこから三人は、じっくりと今までの事を、そしてこれからの事を話し合った。アスカの若返りのこと。ゆきかぜが過去に戻ってテセラックを破壊したこと。そして、レジスタンスの反撃はここからだということ。

 

その後、レジスタンスは、ゆきかぜのテセラック破壊作戦の成功と『極道兵器』岩鬼将造の参入で士気は、最高潮となる。

 

そして、三人はこれからの反抗作戦の為、少数精鋭のチームを組むことになった。

 

十年ぶりに新しい義眼、義手、義足を装着した将造は意気揚々と二人にあることを提案する。

 

「のぉゆきかぜ、アスカ。三人でチームを組むなら、せっかくじゃからチーム名を決めようじゃねぇか!」

 

「極道連合や独立遊撃隊みたいな名前を? 私はどっちの名称も遠慮するわ。勿論、岩鬼組も嫌よ。」

 

「じゃあ、真・極道兵器…『却下!』ちっ!」

 

ゆきかぜは、将造の案を次々否定するが、アスカは、指を顎先に付けて真剣にチーム名を考え始めた。

 

「そうね…人類はブレインフレーヤーに全てを奪われた。だから、私達三人は奴らに取られた全てのものを奪い返す奪還者のチーム…そうよ! 奪還者(ゲッター)の集まったチーム! 『ゲッターチーム』なんてどうかしら!」

 

「ゲッターチームか…すげぇしっくり来る名前じゃねえの! 気に入ったわい!」

 

「まぁ、将造の考えるチーム名よりマシね。差し詰め私は、ゲッターワンってとこかな?」

 

将造とゆきかぜは、納得した顔でチーム名を了承した。

 

「じゃあ、私はゲッターツー!」

 

アスカが元気良く手を上げる。

 

「まぁ、わしは一番の新入りじゃから、ゲッタースリーで納得してやるわい。」

 

「よし、だったらゲッターチーム出動よ!」

 

アスカが、勢いよく手を頭上高く上げた。

 

その後、『雷神』水城ゆきかぜ、『風神』甲河アスカ、そして『極道兵器』岩鬼将造からなるゲッターチームは、躍進を続け、後に『炎神』と『氷神』を加え、ブレインフレーヤーから全てを奪い返す切っ掛けとなるチームとなる。

 

 

一方、対魔超粒子ゲッター砲に全ての装甲が溶かされる直前、運良く逃れたアルサールは、ブレインフレーヤーが支配する次元に戻るため、時空間を進んでいた。時空間とは、全ての次元が交差する場所であり、決してブレインフレーヤー以外の生命体が辿り着けない場所…なはずであった。

 

『くそぉぉっ!!! 下等生物共めぇぇっ!! よくもテセラックを破壊しやがってぇぇっっ!』

 

将造達にテセラックを目の前で破壊されたアルサールは、いつも使う上品な言葉が吹き飛ぶ程怒り狂っていた。

 

しかし、そのアルサールにブレインフレーヤー以外の知的生命体が三人、時の波を越えて近付いていた。

 

『テセラックが破壊されているから、もう自分達の次元は侵攻されないと考えているなら大間違いだ! 今度はもっと戦力を整えて必ず復讐を…「ドカァ!」ウギャアアアア!』

 

そして、怒り狂うあまり、注意を疎かになっていたアルサールは、その三人の人間に思い切り激突されて時空間の波に飲まれていった。

 

その三人は、全員江戸時代風の服装をしており、一人は顔に数えきれない程の針を撃ち込まれた大柄な侍、もう一人はその大男に乗っている大きな手裏剣を持った忍者、そしてもう一人は同じく大男に乗っている左目に傷を負っている侍だった。

 

「何じゃあのバケモノは?」

 

忍者が振り返り、アルサールが飲まれた波を見る。

 

「そんなことよりウマナミ、俺達は徳川家の秘密を暴くぞ!! おぞましき忍びの江戸時代がなぜできたのか!! 徳川家康出生の刻に!!」

 

片目の侍が忍者に叫んだ。

 

「はい! 十兵衛様!!」

 

三人はそのまま時空を越えて行った。

 

 

三人に激突されたアルサールは、時空間の波に飲まれて、新たなる次元の世界で倒れていた。

 

『な、何で…時空間に下等生物がいたんだ。いやそれよりもここはどの次元だ?』

 

周りは廃墟のビルと恐竜と機械が合体した巨大な機体で溢れていた。

 

アルサールは、さらに周りを探ろうとするが…

 

ドカァッ! バキャッ!

 

突然の何かがぶつかり合う轟音が聞こえ、音の発生源に視線を送る。すると百m程先に全長が何百mもの青い機体がバリアを展開しており、それに何度もぶつかっている二つの角がある四十m程の赤い機体が見えた。

 

『この世界は一体?』

 

アルサールが首を捻った瞬間…

 

『サンダァァッッボンバァァァッッッ!!!!!』

 

突然、赤い機体から叫び声と共に、ゆきかぜの雷遁とは比べ物にならない程の電撃が青い機体に向かって放たれた。

 

そして、その電撃は近くにいたアルサールにも直撃した。

 

バリバリバリバリバリバリバリバリッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 

『ギャアァァァァァァッッッッッッ!!!!!! なんだこの世界はぁぁぁぁ????!!!! 早く別の次元へぇっっ!!!!!』

 

どんな電撃にも耐えられるはずの装甲が先程の雷撃で崩れるなか、アルサールは急いで再度時空間へと逃亡した。

 

しかし…

 

『しまった。さっきの電撃で次元転移装置が安定しな…うわぁぁぁ??!!』

 

再度、アルサールは時の波に飲み込まれていった。

 

 

アルサールが気付くと、そこは何の変哲もない町中の平和そうな商店街だった。商店街には八百屋や肉屋などが並んでおり、電気店のウィンドウに飾ってあるテレビ画面の中では、日本のある企業が世界に誇れる核シェルターを完成させたとアナウンサーが大声で叫んでいる。

 

しかし、平和な町中にいきなり現れたアルサールを見た周囲の一般市民は泣きながら逃げ惑っていた。

 

「うわぁ化け物だ! 逃げろぉ!」

「助けてぇぇ!」

「お母さぁぁん!」

 

慌てふためく彼らを見たアルサールは、逆に心底安心する。

 

『ふぅ〜この世界は安全なようですね…下等生物だらけですが、さっさと次元転移装置を直して元の世界へと帰りましょう。』

 

だが、同時刻、ブレインフレーヤーであろうと永久に辿り着けないこの世界の異次元で、ある戦いが始まろうとしていた。

 

宇宙空間のような場所で、背中に白い羽を生やした人間らしき軍団と魔界の住人にも似た異形者達の軍団が対峙していた。

 

白い羽の軍団のリーダーらしき男が仲間に向かって叫ぶ。

 

「群れなす神を率いるは大天使ミカエルなり! われに宇宙の正義あり、万物の真理あり、断じて魔の存在を許すまじ!!」

 

その男に対抗するように異形の軍団の先頭にいる赤い髪をした女が叫ぶ。

 

「魔軍よ進め! 功ある者にイシュタルの紅き唇を与えようぞ! 義は神のみの属性にあらず、勝者すなわち正義の使徒なり! 勝利の冠を得た後は、人は我らを『神』と呼ぶべし!」

 

そして、次元を超越した二軍の戦いの波動が、三次元空間に歪みをきたし、そのショックで全地球の核弾頭が発射された。

 

 

全世界が余すところなく核の炎に包まれて数分後、一人の女性が、かつて商店街と言われていた廃墟を歩いていた。

 

「人間は幸せ者。飢えに苛まれながら亡びた恐竜達に比べれば、平和を夢見ながら滅亡の時を迎えたのだもの………ん?」

 

女性の視線の隅で動くものがいた。

 

『な、なんでいきなり核爆発が…ギリギリバリアが間に合ったが…早く別の次元へ…』

 

核の炎で溶けかかっている装甲を着たアルサールであった。息も絶え絶えなアルサールは、また別次元に移動した。

 

「あの生物、今逃れても楽に死ねないわね…それよりもテレサ、ユンクの二人は、今頃永劫のいくさに加わっておろう。」

 

そう言って、女性は消えていった。

 

 

また別世界に転移したアルサールは、今度は高層ビルの屋上にいた。

 

『こ、今度は大丈夫なのか?』

 

また、人知を超えた酷い目に合わないように辺りを注意深く見回す。

 

ゴロゴロゴロゴロ……ズガァァァァン!!!!

 

すると上空で凄まじい轟音が聞こえてきた。アルサールが急いで空を見上げると球体に入った仏教の神々のような者達と、西遊記の孫悟空らしき者が戦っている。

 

彼らを見たアルサールに凄まじい悪寒が走る。

 

『い、嫌な予感しかしない! 早く別の次元へ!』

 

しかし、早く移動したい思いとは裏腹に次元移動装置は連続起動により、しばらく時を置かないと使えない状態になっていた。

 

『は、早くっ!………何だ? 音が…』

 

急いで装置を調べるなか、今まで響いていた頭上の戦闘音がいきなり止まった。アルサールは、次元転移装置から恐る恐る視線を再度を空に移す。

 

『ギャアァァァ!!! 何だあれは?!』

 

アルサールが悲鳴を上げるのも無理はない。

 

いきなり目の前の地平線一杯に、巨大な仏のような人間の顔が出現していたからだ。あまりのスケールの大きさにアルサールが言葉を失うなか、巨大仏が孫悟空と会話し始めた。

 

「悟空よ! 新しい仏が誕生する! そのためには多くの魂が必要…新しい仏には、新しい曼荼羅を作る。新しい曼荼羅はすべてを支配する! 悟空よ、お前の曼荼羅も、だ!」

 

空に浮く悟空と呼ばれた者は、怯まずに巨大な顔に向かって叫ぶ。

 

「させるか! 貴様らの思い通りにさせぬ!」

 

「悟空よ。生きて現世に戻ることができたなら、須弥山を探せ。そこに新しい仏が誕生する。」

 

そして、直径何百mもある眼球が徐々に閉じていき、それと同時に巨大な顔は、ゆっくりと周りの風景に溶けていくように消えていった。

 

『た、助かったのか?』

 

しかし、安心したのも束の間、次に地面が凄まじい光を放ち始めた。そして、光が先程の仏の顔に変わる。

 

「悟空よ…お前に人類の滅亡は止められぬ。魂はすべて天上界が頂く。そして、生き残った人間どもがまた一から文明を作り上げていく。程よい頃を見て私達が魂を回収しよう。その輪廻は永遠に続く。そこにだけ人間の存在の意味はある。」

 

「釈迦よ、いい気になっているようだが、俺達はそう簡単に殺られねぇ!」

 

『い、嫌な予感が最高潮に…よし! 貯まっ…』

 

しかし、次元転移装置のエネルギーが溜まった次の瞬間…

 

ズドォォォォォォォッッッッッン!!!!!!!!

 

巨大な顔が核兵器並の威力で爆発した。

 

『グオォォォォォッ???!!!!!』

 

アルサールは、爆発の瞬間に運良く時空間に移動することができた。しかし、爆発を完全に免れる程ではなく、装甲にまた深刻なダメージを負ってしまった。

 

 

そこからアルサールは次元転移装置を直せる安全な世界を求めて、別次元に転移を繰り返した。しかし、震度七以上の地震と高波に襲われ、牙が生えた髑髏のような機械生命体に東京ごと食われかけ、三つの白い角を生やした光の巨人と巨大生物に踏まれそうになり、巨大な機体達の天地創造の戦いで地球外に放り出され、荒唐無稽なゴルフ勝負でショットされたりと、様々な次元で人知を超えた酷い目に会わされ続けた。その度に命はギリギリで助かるものの、徐々に装甲が損傷していった。

 

『な、なんで核爆発や天変地異が起こる世界ばかりで、安全な世界に辿り着けない! そうだ…あの謎の薄緑色の光を浴びてから、全てがおかしい! まるで、危険な世界ばかり行く運命を強制されているようだ…』

 

そして、アルサールは新しい次元にまた移動した。そこはただの何の変哲もない広い丘だったが、危険な世界ばかりを味わったアルサールは、またすぐに核爆発や戦争が起こってもいいように身構える。

 

………しかし、何時間経っても何も起こらない。

 

『フ…フハハハハハハ!!!!!! やっと安全な次元に移動できたぞ! もう装甲はボロボロだがすぐに次元転移装置を直して元の世界に戻り、今度こそ下等生物達に復讐してやる!』

 

アルサールは、やっと安堵し大声を上げて笑った

 

『しかし…ここは一体どこなんでしょう? 原発が近くにあると良いのですが?』

 

笑い終えたアルサールは、丘の周囲を探ると近くに古ぼけた一つの古い立て札を見つけた。書かれている文字は大分かすれていたが、何とかアルサールにも読むことができた。

 

『下等生物の文字はわかりにくいですね…ええと、ここの地名は、…………土暗(ドグラ)古墳……………ですか…』

 

その後、どの次元においてもアルサールの姿を見た者はいなかった。

 

 

金属とプラスチックで構成された無機質な室内に無数のディスプレイやコンピュータが並び、白衣を着た様々な人種の研究員たちが、忙しなく歩き回っている。その施設の隅にあるメンテナンスベッドにアンドロイドアーム&レッグを外されて、四肢がない状態のアスカが座っていた。

 

この場所は、東京郊外にある、米連に本社を持つ一般企業『オレンジダストリー』が入っている、ごくありふれたビル内であった。しかしその会社は隠れ蓑であり、そのビルの特殊な操作をしなければ入れない地下十階にDSO(米連防衛科学研究)の日本支部は存在した。この施設の場所は、対魔忍や日本政府でさえ秘密である。

 

アスカは、かつて五車の里で次期頭目と呼ばれる程に実力がある対魔忍であった。しかし、その実力故に慢心してしまい、自分の一族と両親を殺害したエドウイン・ブラックに単身で挑み、返り討ちにされた。その際に四肢をもぎ取られ、絶望しきっていたところに仮面の対魔忍が現れ、DSOに誘われ五車を飛び出したのだ。

 

メンテナンスベットに座らされたアスカは、近くでコンピューターのキーボードを叩いている眼鏡をかけた男性に話しかける。

 

「ねぇ小谷っち、私の戦闘データを見てどうだった。」

 

アスカが小谷っちと呼ぶ男性は、DSOの技術主任である『小谷健ニ』だ。アスカが使っているアンドロイドアーム&レッグは、彼を筆頭に開発、研究をしている。実質DSOのNo.2なのだが、アスカに取っては長年の付き合いで兄のような存在であり、お互いに気兼ねなく喋れる仲である。

 

小谷は、アスカが目に装着していた網膜ディスプレイで記録していた今晩の戦闘映像を見ている最中だった。

 

「異次元の生物、未来から来た少女、さらにサイボーグ極道まで出てきて、色々煮詰め過ぎたSF映画を見てる気分だよ。映像では、岩鬼将造が君の腕を支えたところだ………ふむ、何だろうね? この薄緑色の光は? 対魔粒子はこんな色をしていないし、戦闘で配線が壊れて、偶然こんな色になったのかな? 念の為、放射能の可能性も調べたけど何も検出されなかったしね。」

 

「何なんだろ? 私や岩鬼将造が触っても無害だったし、ああ…けれど、あの光に触れていると何か懐かしい感覚になったかなぁ?」

 

「懐かしい感覚って…幼い時にあの光を見たのかい?」

 

「ううん、それよりも昔…お母さんのお腹の中にいた頃よりもずっと前…」

 

「アスカ?」

 

小谷は、遠い目をし始めたアスカの肩を触る。すると、ビクリと体を震わせてアスカは我に返った。

 

「ハッ?! 寝不足かな…一瞬変な感覚になっちゃった。」

 

「疲れているなら、寝てていいよ。アンドロイドアームの修理にはもう少し時間が…ん? 何かな?」

 

にわかに施設が騒がしくなった。その騒ぎの中心はアンドロイドアームを修理している班である。

 

「ちょっと行ってくるね…」

 

小谷はアスカから離れて、騒いでる職員の所へ向かった。アスカは、その騒いでる職員を見て、少し申し訳ない気持ちになる。

 

(こんな深夜に起こされて、昨日修理したアンドロイドアームをまた直せって言われたら、私だって少し怒るかも…)

 

数分後、小谷は少し困惑した顔でアスカの元へ戻った。

 

「アスカ…あのアンドロイドアームは、本当に昨日、僕らが修理した物なのかい?」

 

「そうだけど? どうかしたの? やっぱり死ぬほど壊れてた?」

 

「いや、外装は昨日のままなんだけど、中身が全く違う物になっている…いや、なりかけている最中と言うべきかな。」

 

「なりかけているってどういう意味?」

 

アスカも目の前の小谷と同じく、困惑した表情になる。

 

「具体的に言えば、君がさっき渡したアンドロイドアームは、僕らが開発した部品とそれとは別の部品が混在していたんだ。しかもその部品を調べると、米連でも発見出来なかった、今まで以上の出力や機能性を発揮できるような構造になっていることが解った。さらにそれ以外の部分は、我々でも解らない未知の構造だった。まるで、蝶に進化する寸前の蛹を解体したような気分だよ。一体、あの夜何が起こったんだ? アンドロイドレッグは昨日のままなのに?」

 

「…………」

 

「アスカ、これからあのアンドロイドアームを調べなければいけないから、五十時間はそこにいる覚悟をしておいてね。精密検査もあると思うし。」

 

「えぇぇぇぇ???!!! そんなぁ…」

 

 

その同時刻

 

「いやん、なにするのよ!」

 

「やめてよ!!」

 

「おらおら、二人でしゃぶらんかい!!」

 

治療を終えた将造は、仮面の対魔忍が経営する高級クラブ・ペルソナで、ドンペリ等の大酒を飲んで酔っ払っい、ホステス達に絡んでいた。

 

このクラブのオーナーでもある仮面の対魔忍は、案内した手前追い出すこともできず、仮面越しでもわかるくらいの引きつった笑みを浮かべている。

 

「なんか、すいませんね…」

 

「若は、酒飲むと素面よりも陽気になるから…」

 

普段は一緒に騒ぐ三太郎と拓三だが、将造の護衛のために酒を少量に控えており、唇をピクピクさせている仮面の対魔忍を前にして、少しいたたまれない気分になっていた。

 

「死ねぇ! 田舎ヤクザ!」

 

「一昨日来やがれ! バカ!」

 

将造の悪絡みに、とうとう二人のホステスは悪態をついて逃げてしまった。その後、将造の相手をするホステスは誰もいなくなり、席に座っているのは四人だけになる。

 

「ハァー…まぁ、別室に行って周りに怪しまれるより、こっちの方が自然に内緒話をしやすいかもしれないわね。」

 

仮面の対魔忍は溜息をついて、将造へと向き直る。

 

「何じゃ…ぬしがお酌をしてくれるんか?」

 

「岩鬼将造…あなたのことをまずは教えてと言いたいところだけど、単刀直入に聞くわ。貴方はノマドをこれからどうしたいの?」

 

真剣な仮面の対魔忍の問いに、将造は不敵な笑みで返す。

 

「つまらんことを聞くのぉ…わしはわしのシマを荒らしたブラックのアホをぶち殺す。ただ、それだけよ…」

 

仮面の対魔忍は、将造の嘘偽りのない言葉を聞くと自身も笑みを浮かべた。

 

「わかったわ。そんな貴方に取って置きの情報を教えてあげる。これでも私は、東京キングダムで結構な情報通と知られているのよ。」

 

「ほぉ~情報通か…戦場でそう言って、情報を売る奴は半分以上、実力以下でガセネタをつかましよる。ぬしの信憑性試しに、まずは岩鬼組自身の極秘情報でも教えてもらおうかい。」

 

将造は試すような口ぶりで仮面の対魔忍に問う。

 

すると仮面の対魔忍は、さも自然な口調で答えた。

 

「関西に行った海座隆は、元気かしら?」

 

「「「?!」」」

 

将造達は、驚愕した顔になった。

 

海座は、裏の世界では朧に殺害されたことになっており、生きていることは対魔忍でも極一部でしか知り得ない情報であった。

 

「な、何で海座が生きていることを知ってるんだ?」

 

「しかも、関西に逃したことまで…誰から聞いた?!」

 

三太郎と拓三が、仮面の対魔忍に詰め寄るが、彼女は狼狽えた様子はなく、再度自然な口調で答える。

 

「わざわざ情報源を明かす情報屋はいないわ。ちなみに私達が海座が生きていることを知っているのに、手を出さないのは、もうあいつは力を失って無害だからよ。これでテストは合格かしら? 岩鬼将造。」

 

将造は、驚いた顔を止め面白そうな笑みを浮かべる。

 

「これはまぁまぁ信用しても良さそうじゃのお。 で、結局ぬしは岩鬼組にどんな有益な情報を教えてくれるんじゃ?」

 

将造の信頼を得た仮面の対魔忍は、笑みを止め、真剣な顔でとんでもない情報を口にした。

 

「近日、少なくとも二週間以内に、龍門の黒龍が沙無羅威のニールセンとフュルストと共に岩鬼組に攻めてくるわ…」




奪還者をゲッターと読むのは、ゲッターロボの外伝でもある『偽書 ゲッターロボダークネス』が元ネタです。どのWikiにも書いていないのですが、極道兵器という名前が、この外伝にも出てきます。『本格醸酒 極道兵器』という敷島博士が飲んでいる日本酒としてですが。それと本書は大変面白いのですが、電子書籍が出ていないのと最終巻はプレミアがついているので注意です。実は私も最終巻だけは持ってない…

今回は、アルサールが地獄のような石川世界を巡りましたが、ラストのネタバレを含む作品もあるので、元ネタを知りたいかたは下の空欄を反転お願い致します。

『柳生十兵衛死す』時空間でアルサールにぶつかった三人
『ゲッターロボアーク』戦闘する青い機体と赤い機体
『セイントデビル-聖魔伝-』天使と悪魔の戦争で全世界に核発射
『禍-MAGA-』巨大仏と孫悟空の戦闘で文明崩壊
『魔獣戦線』震度七以上の地震と高波
『スカルキラー邪鬼王』髑髏の機械生命体が東京を喰う
『石川版ウルトラマンタロウ』三つの白い角を生やした光の巨人
『セイテン大戦フリーダーバグ』巨大な機体達による天地創造を巡る戦い
『超護流符伝ハルカ』荒唐無稽なゴルフ
『次元生物奇ドグラ』ドグラ古墳

です。私の作品で興味が湧いて読んで下されば、すごく嬉しいです。一部、電子書籍にもない一万円以上するプレミア書籍もありますが…


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第六章 東京キングダム大決戦!!
Weapon 19 中華マフィア野郎


将造達が、ブレインフレーヤーと戦う数日前、東京キングダム有数の組織の一つである『龍門』が支配するビルでとある会合があった。

 

普段はストリップショーをしていると思われる舞台がある広い部屋で、男達が一対ニで椅子に座って向かい合っている。

 

一方は、長身で殺気を放つ鋭い目をした黒いスーツを来た男。

 

対する二人は、江戸時代に来日した宣教師のような服を着た、頭頂部が禿げ上がった太った男。その隣にいるのは、三度笠を被り髑髏を腰に着飾っている侍風の男である。

 

太った男は、笑顔でスーツの男に紙の束を見せながら説明をしている。

 

「先程説明した通り、この『極道兵器』こと岩鬼将造は、日本に帰国してからノマドに牙を向き、次々と破壊行為を繰り返しています。そして、東京キングダムを救った英雄だと持て囃されていますが、実際は、この男が海座を狙った故に核ミサイルが発射されたのです。どうです? 我ら『沙無羅威』と共に岩鬼組に復讐しましょう!」

 

太った男の名は、『フュルスト』。朧やイングリットと並ぶノマドの最高幹部の一人。魔界医の中でも最高峰の腕を持ち、古くからエドウイン・ブラックに仕えるノマド最古参の男である。

 

殺気を放つスーツの男は、『黄広天』。通称『黒龍』と呼ばれる、米連と世界の覇権を争う中華連合の下部組織である『龍門』のボスである。

 

フュルストの言葉を聞いた公天は、額に青筋を立てる。

 

「ふざけるな…それが真実であろうと、貴様らは最初から核を東京キングダムに向けていたんだろうが。」

 

「いえいえ、あくまで候補地の一つとしてインプットしていたに過ぎません。実際は対魔忍の里に向けられていたのを、岩鬼将造が発射装置を銃撃して、偶然こちらに向いてしまったんです。朧はそれに巻き込まれただけで…だから、共に手を取り合って…」

 

「馬鹿か? 今落ち目のノマドと組めば、逆に他の組織から白い目で見られ、商売上がったりだ。さっさとここから…いや、東京キングダムから出ていけ!」

 

「!!!!」

 

公天が声を張り上げた瞬間、フュルストの横に座っていた侍風の男が、凄まじい殺気を放ちながら立ち上がった。

 

「止めなさい、ニールセン。」

 

フュルストが制止しようとしているのは、彼の腹心の部下であり、『沙無羅威』のボス『ニールセン』。魔の力を操る東京キングダム随一の剣客である。

 

公天は、ニールセンの殺気を受け止めながらも、毅然とした態度を崩さない。

 

「何だ? ニールセン。俺に傷一つでも付ければ、ここからただでは出られないぞ。まぁ、貴様ごときでは傷つけること自体不可能だが…試してみるか?」

 

二人の尋常ではない殺気がぶつかり合う。

 

そんな殺気溢れる雰囲気のなか、フュルストは睨み合う二人に落ち着いた声で話しかける。

 

「座りなさい、ニールセン。黄さん、私も只で同盟を組もうとしているわけではありません。」

 

フュルストの命令に従い、ニールセンは椅子に座るもまだ黄を睨んでいる。しかし、当の公天は、にらみ続けるニールセンから目線をフュルストに移していた。

 

「続けろ、聞くだけ聞いてやる。」

 

「こちらからの条件は、二つ。潰した岩鬼組の支配地域は、全てあなた方、龍門に差し上げること。そして、現在、龍門がしている研究にノマドは口を出さないこと。」

 

「……俺達の研究を知っていたのか?」

 

「ええ、六年前の朧クローンの置き土産、我が主の細胞と最強の対魔忍の細胞を掛け合わせる研究…まぁ噂ではあまり上手くいっていないらしいですが…」

 

朧クローンという単語が出た途端、公天の顔が嫌悪感と怒りに溢れた顔になる。

 

「六年前のことには触れるな…本当に殺すぞ…」

 

六年前、中華連合は、魔界の技術を使った遺伝子研究で朧のクローンを作り出した。そして、朧クローンを日本政府に廃棄されたばかりの人工島である東京キングダ厶に送り込み、龍門という組織を起ち上げ、キングダム全体を支配させた。朧クローンは、現在の龍門と比べ物にならない程、残酷極まりない人体実験を嬉々として行い、その毒牙はアサギを始めとした対魔忍やノマドの者にも向き、彼らは次々と実験の餌食となった。最終的には、対魔忍に朧クローンと実験で怪物にされてしまった対魔忍『沙耶』は倒され、ノマドに研究結果をすべて奪われてしまう。

 

しかし、中華連合は諦めずに、六年前に偶然手に入れたアサギとブラックの細胞を掛け合わせる実験を続けていた。

 

公天は、敵対する者には容赦はしないが、かつての朧クローンのように生かせながら苦しめるような残酷な実験などはせず、そして、なんの関係の無い者を犠牲にはしなかった。彼は今でこそ龍門のボスだが、元々は貧しい農家出身であり、虐げられる者の気持ちが良く分かっていたからだ。故に朧クローンが行っていた非道な実験を嫌悪しており、今だに中華連合に命令されている遺伝子実験にも辟易としていた。

 

公天の表情が憤怒の表情に変わっても、フュルストはさらに続ける。

 

「本来、我が主の細胞が使われている実験なら、我々が総力をあげて潰しても文句は言えないはずです。それを私の判断で目を瞑ろうと言っています。」

 

「………」

 

「それに龍門は、今や『海神』や『九龍会』に押されて消滅の危機だとも聞いています。ここで岩鬼組の関西の支配地域をすべて手に入れれば、本国にも申し開きが立つんじゃないでしょうか?」

 

中華連合の下部組織は、一つではない。バイオ研究を題目に魔界技術の研究を進めて、本国に莫大な利益をもたらしている『海神』、そして東京キングダムと並ぶ魔界都市である『アミダハラ』で、その三分の一を支配している『九龍会』が存在している。その二つの組織と比べて、近年、目立った成果が上げられない龍門は、吸収合併される危機的状況であった。

 

怒りを抑えた公天は、これからの龍門のことを考え始める。

 

(確かに今の龍門の状況では、いずれ海神か九龍会に吸収されてしまうだろう。さらに本国から成果を出せと迫られている『馬超』の制御も、未だにままならないときている。しかし、この男は、かつての朧クローンと同じような危険な匂いがする。)

 

『馬超』とは、最強の対魔忍『伊河アサギ』と吸血鬼の真祖『エドウイン・ブラック』の細胞を掛け合せた人工生命体である。しかし、戦闘力は申し分無いのだが、コントロールが出来ずに持て余している状態だった。

 

沈黙している公天に対して、フュルストは、最後のひと押しと言わんばかりに畳み掛ける。

 

「別に同盟は、岩鬼将造を殺すまでで構いません。これはとても破格の条件だと思いますが…」

 

その言葉を聞いた公天は、ゆっくりと口を開く。

 

「………わかった。岩鬼将造を殺すまでは、一応協力してやる。ただし、裏切ったらそれ相応…いや、それ以上の報いは覚悟しておけ。」

 

渋々といった口調であるが、公天の了承の言葉を聞いたフュルストは、安心したような顔になる。

 

「良かった。では…これからの作戦ですが…」

 

フュルストは、新しい紙束を公天に渡して、笑顔で岩鬼将造殺害の計画を話し始めた。しかし、公天はフュルストの笑みの裏側にある、残酷な計画を知る由は無かった。

 

 

龍門と沙無羅威の同盟が成された二週間後…

 

「ハァッ…ハァッ」

 

一人の少年が、東京キングダムの繁華街を何者かから逃げるように必死に走っていた。

 

「?!」

 

しかし、少年は遠くから来る誰かを見つけると急いで路地裏のゴミ袋の山に潜り込んだ。

 

数秒後、ゴミ袋の前に一人の人物が辺りを見回すように立ち止まった。その人物は、山吹色のロングの髪をして、はちきれんばかりのバストとヒップをギャル風の赤い服で無理矢理抑えこんでいる、年齢が十代後半の少女だった。

 

少女の名は、『神村舞華』。五車出身の火遁を操る対魔忍である。

 

「畜生っ! どこにいやがるんだ。あの野郎! 時間がねえってのにっ!『ピピピピっ!』?!」

 

悔しげに叫んだ舞華が地団駄を踏もうとした時、胸元の携帯が鳴った。舞華は、急いで携帯を胸元から取り出す。

 

「もしもし、爆斗か?! こっちにはいねぇぜ! え! そっちもかっ?! 遊撃隊は、獣王会の方…? なら俺は鬼武衆の縄張りに行く!『ピッ…』」

 

十秒にも満たない会話をして携帯を切った舞華は、やり切れなさそうな顔になる。

 

「腹時計がニ時間を切っていたら、すぐに焼き殺せか…久し振りにキツイ任務だぜ。」

 

そう呟いた舞華は、すぐにその場を駆け出し去って行った。

 

「………」

 

少年は、ゴミ袋の隙間から舞華が去ったのを確認するとヨタヨタと這いずり出た。そして、おもむろに胸元の服を捲る。すると服の下から、大きなデジタル時計と細いフラスコが埋め込まれた腹部が出現した。その時計仕掛けの腹を確認した少年は、焦燥感に満ちた顔になり、一言呟く。

 

「助けて…兄さん…」

 

少年の名は、『黄新紅』。龍門のボスである黄広天の中華連合に残していた実の弟である。公天は、農村で兄の帰りを待っていたところを何者かに誘拐され、体の中に時限式の細菌兵器を埋め込まれて人間爆弾にされてしまった。しかし、日本の東京に連れてこまれたところで、何故か厳重だった警備が緩み逃走に成功した。新紅は兄に助けを求めるため、東京キングダムの龍門のアジトへ向かっている途中だった。

 

そして、それらの情報が細菌兵器の映像付きで、五車に送られてきたのは数時間前だった。

 

アサギは、最初は敵の罠だと怪しんだが、公安第三課の山本から、映像の人物は間違いなく公天の弟である新紅だと確認が取れた。それを聞いたアサギが火遁衆と遊撃隊に与えた任務の内容は、

 

『腹部の時限爆弾が二時間前なら、輸送と分離手術の時間込みで何とか助けることができる。しかし、二時間を切っていたら、有無を言わさずに細菌兵器ごと新紅を焼き尽くせ。』

 

である。

 

新紅は、爆弾の時間を確認すると服を戻してまた走り出した。腹部のデジタル時計の残り時間は、とっくに二時間を切っていた。

 

 

舞華が新紅を取り逃がした同時刻、将造は東京キングダムの龍門のアジトへ三太郎と拓三を連れて向かっていた。

 

「アサギさんも無茶言うぜ。敵対している対魔忍の情報を龍門は絶対に信じないからって、命を狙われている俺達に弟の事を伝言役として使うなんてよ。」

 

「弟が助かれば、義理固い黄公天は、戦争を回避してくれるかもしれないってのは、甘すぎるっすよ。それにもし二時間を切っていたら…ねえ、若。」

 

「…………」

 

三太郎と拓三が、大きな袋を交代で持ちながら将造に愚痴をこぼす。

 

黄新紅の情報は将造達にも通達されたが、将造は最初は協力する気など無かった。しかし、新紅に搭載された細菌兵器は、一都市の人口を皆殺しにするほどの威力だと知り協力する気になったのだ。だが、将造達にお願いされたのは、共に新紅を探すことではなく、龍門のアジトへ行き、黄公天に弟である新紅の情報を伝えることであった。仮面の対魔忍に伝えられた情報では、龍門と沙無羅威の岩鬼組への侵攻はあと少し先らしい。故にアサギは戦争回避の為、そして細菌兵器の爆発阻止の協力を取り次ぐ為、長年に渡って敵対している対魔忍ではなく、まだ侵攻を知らないと思われている将造に龍門への伝言役を頼んだのだ。

 

そして、伝言役を頼んだもう一つの理由は、『神村舞華』『西円寺炎斗』『眞田焔』のような血気盛んな対魔忍が多い火遁衆と狂気を孕む岩鬼将造とが、チーム組めば、絶対に厄介なことになってしまうのが目に見えていたからであった。

 

「しかも、敵対を悟られないために少人数で行って頂戴とか言われてもなぁ…性格キツそうだけど、舞華ちゃんとか好みなのに、チキショー! 一緒に組みたかったぜ!」

 

「黙れ…三太郎。ここからだぜ。」

 

嘆く三太郎の言葉を遮りながら、将造達は龍門の支配地域の入口である通称『天安門』をくぐっていった。

 

門に入って十数m程歩き、将造が辺りを見回す。

 

「なんか、日本じゃないみたいやのう?」

 

「東京キングダムにもこんなところがあったんですね。」

 

将造達の周りは、他のキングダムの地域と同じく雑多感に溢れた建物だらけだったが、中華連合向けの漢字の看板が多く、まるでアジアの繁華街のような雰囲気だった。

 

だが、物珍しそうに周囲を観察する将造達に、二十人を超えるゴロツキのような者達が、暗い笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「ぬしら、わしになんか用があるんじゃろうが!! はよう言えや〜!」

 

将造は、物怖じせずに大声で問うが、ゴロツキ達は、将造の声が聞こえないかのようにニヤニヤと笑うのみ。

 

「ほうかい…言わんならこっちの用を言わせてもらうで。黄公天に会わせてもらおうか!!」

 

そう将造が叫んだ途端…

 

ガタンッ!

 

将造に一番近い建物の窓が勢いよく開き、中国の道士の格好をした顔が白塗りの男が飛び出して来た。

 

「きぇぇぇぇぇっっっっっ!!!」

 

道士風の男は大きな叫び声を上げて、右手に持つ巨大な青竜刀で将造の首を狙う。

 

しかし…

 

ガキィッ!

 

「?!」

 

「ボケェ! 誰を相手しとる思うとるんじゃ!!」

 

将造は、笑みを浮かべて背中から出したポン刀で男の青竜刀を楽に受け止めた。

 

「わしゃ、極道兵器やぞぉぉぉっっっっ!!!!」

 

ズバァッッ!!!

 

将造は、青竜刀を弾き飛ばし、返す刀で男の首を切断して空に飛ばした。

 

「「「「「?!」」」」」

 

血を吹き出しながら宙を舞う首を見たゴロツキ達は、一瞬でニヤついた顔が焦りに満ちた顔に変わる。

 

「こ、殺せぇ! こいつらをぶち殺せぇ!!」

 

バタンッ! バタンッ! バタンッ!

 

一人のゴロつきの叫び声とともに、頭上の窓から先程の白塗り男と同じ格好をした男達、周りの扉からは長槍を持った男達が将造を狙って飛び出してきた。彼らは、龍門配下の殺し屋達だった。

 

「来やがれ、キョンシーども!! まとめて地獄に送ってやる!!」

 

将造は、襲い来る数本の長槍をポン刀で上手く裁き、穂先を上ヘ向けさせた。

 

ドスッ! ブスッ!

 

「グエッ!」

「ガハッ!」

 

空中から襲いかかる白塗りの男達は、いきなり向けられた穂先が空中故に回避できず、深々と胸や喉に突き刺さった。

 

「ああっ?! そんな『バスッ!』ぎゃん!」

「わ、わざとじゃ『ズバッ!』おごっ!」

 

味方を刺し殺して狼狽える長槍を持った男達を、将造は容赦なく斬り殺していく。

 

「なんだこいつは?! 化け物か?!」

「撃ち殺せ!」

「蜂の巣にしろ!」

 

一秒足らずの間に、五人もの凄腕の殺し屋が殺され、その凶行を見た男達は青冷めた顔で次々と銃を発射した。

 

ズドン!ズドン!ズドン!

パラララララララ!!!

ダダダダダダダダダ!!!!

 

将造達は、十数人の殺し屋の仲間ごと弾丸の雨に晒される。

 

そして、硝煙立ち込める中、わずか数秒で銃痕だらけの死体の小山ができあがった。 

 

その山を見て周りの殺し屋達が、勝利を確信した笑みを浮かべ銃弾を一旦止める。

 

「や、やったのか?」

 

殺し屋の一人が、死体の山にゆっくりと近付く。

 

「へへへ、これだけ撃てば流石に…ん、何か動いたような?」

 

男の目には、死体の山の一部が動いたかに見えた。そして、もっとよく確かめる為に、さらに近付いた瞬間…

 

ズボォォォ!!!!!

 

男が近付くのを待っていたかのように、死体の山からいきなりガドリングガンが生えた。

 

「「「「「?!」」」」」

 

キュィィィィィィィィン!!!!!!

 

驚いている間に、ガドリングガンの四つの銃口がこちらに向いて回転し、今度は弾丸が逆に自分達に発射された。

 

ズガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!

 

「ぎゃあ!」

「ごほぁ!」

「ぐあ!」

 

それは左手を抜いた将造のガドリングガンだった。敵の死体を盾にする、将造が戦場でよく使う戦法だ。

 

周りの殺し屋達が、ガドリングガンで吹き飛ぶとともに将造、三太郎、拓三の三人が死体の山から飛び出す。

 

「うおおお!」

「うりゃあ!」

「死にさらせぇ!」

 

ダダダダダダダダダダ!!!!

 

そのまま残りの殺し屋達も銃撃していく。

 

「な、何だコイツラはぁっ?!」

 

将造の正面のビル各階に配置していた他の殺し屋達は、数で勝っていた地上の仲間が、三人の普通の人間に蹂躪されるの見て驚く。

 

将造は、正面のビル二階から六階の窓から現れたこちらを観察する殺し屋達を確認し、銃口を向けたが…

 

「ここにいる人間はみんな殺し屋かぁ! ん?!」

 

上空から異常な殺気を感じ取った。

 

「二人とも離れろぉ!」

 

「「?!」」

 

将造達は、素早くその場から飛び退く。

 

ズドォォォォォン!!!!!

 

そして、複数の何者かが、常人なら死亡必死な高さから、将造達が一秒前にいた場所に降り立った。

 

「な、なにもんだ? こいつら?」

 

「また魔界のモンか?」

 

三太郎と拓三は、目の前に現れた者達を見て驚く。

 

その者達は、常人より身体が二回り程大きく、手足が奇妙に長かった。さらに頭部は、髪が無くつるりとしているが、代わりに広く裂けた口、そして本来、目と耳があるところに人工のセンサーである巨大な目玉が埋め込まれていた。服こそ着ているが、彼らは、明らかに人とは違う化け物であった。

 

将造は、急に目の前に現れた異形の者達を見てニタリと笑う。

 

「いや違うぜ。おそらくこいつは、仮面のマダムが言っていた龍門が作った強化人間、『グール』ってやつじゃな。」

 

彼らは、中華連合で未だに続けられている魔界の技術と遺伝子研究をかけ合わせた人工生命体である強化人間であった。その存在は、対魔忍や米連でも確認されており、通称『グール』と呼ばれている。

 

十数匹のグールは、地面に降り立った途端に各四つの目玉が周りを素早く観察するようにギロギロと動くが、将造達が視界に入ると乱雑な動きを止めて、すべての目玉が一気に三人に集中した。

 

三太郎と拓三は、彼らの感情の無い爬虫類のような視線を一芯に受けて身震いする。

 

「なんかこいつら、心の動きが見えねぇ…」

 

「正に兵器の為に作られた生物だな…」

 

だが、将造だけは笑顔を崩さず、左手のガドリングガンをグールに向けた。

 

「噂のグールの力、試させてもらうぜ!」

 

ズガガガガガガガガガガ!!!!!!!!

 

将造は二人に先行して、グール達に人間の体を貫通させる程の威力を持つ、ガドリングガンの弾丸を全身に浴びせた。

 

しかし…

 

『『『『『『グルルルルル………』』』』』』

 

グール達は、体を仰け反らせたのみであり、さらに体表面には傷一つ無い。

 

「馬鹿めっ! そいつらの皮膚は、ライフル弾だって弾くんだ!」

「さっさとミンチにされろぉ!」

「死ねえ、日本のヤクザども!」

 

グール背後の正面ビルの各階で戦闘を見ている龍門の殺し屋達は、大声を上げて将造達を揶揄する。

 

ビキビキ!

 

将造は、額に青筋を作りながら左手のガドリングガンを外して拓三の方を向く。

 

「拓三、あれを出せ。」

 

「はい! 若!」

 

拓三は、持っている大きな袋から、ゴムのチューブが袋と繋がっている太く長い砲身の銃を将造に渡す。

 

ガチッ!

 

将造はすぐさま左手に装着し、砲身の先を長い爪を伸ばして勢いよくこちらに迫って来るグール達に向けた。

 

「それなら…こちらも思い切りやったるぜえぇぇっっ!!」

 

ゴォォォォォォォッッッッ!!!!!!

 

『『『『『『?!』』』』』』

 

将造の叫び声と共に左手の砲身から巨大な炎が吹き出した。炎は、即座にグール達全てを包み込む。

 

「こいつらは対魔忍の火遁にも耐えるよう作られている! ただの火炎放射器なんて…え?」

 

『『『『『『ギェェェッッッ??!!』』』』』』

 

火に強いはずのグール達が、人間には出せない奇声を発しながら、火達磨で分けのわからないジダバタとした動きをし始めた。

 

グールの一連の様子を見たビルの殺し屋達は、一瞬ポカンと間の抜けた顔になるが、自慢のグールが痛みと苦しみの動きをしていると分かった途端…

 

「「「「「ヒィィィッッッッッ??!!!」」」」

 

と悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。

 

将造の左手に装着された新兵器は、新紅の時限細菌爆弾が時間切れだった時の為の火炎放射器であった。しかし、普通の火炎放射器の威力なら、一人の人間が燃え尽きる程度だが、将造は対魔忍の武器製造を担当している『内源賀平』を脅して、数十倍の威力の火炎放射器を作らせたのだ。それはあまりの残虐さ故に米連のみならず、世界で使用禁止とされた『ナパーム』と人間を溶かす航空機用液体燃料『ヒドラジン』を大量に高射出する特別製であり、標的に火が付けば高温で燃え続け、雨が降っても鎮火は不可能である悪魔の兵器なのだ。その殺傷能力は、並の対魔忍の火遁とは比べ物にならない。

 

『『『『『『アギィィィィィ??!!』』』』』』

 

「ヒヒヒ、化け物の癖に良い悲鳴を上げよる。それにしてもこれはええ兵器じゃ〜地獄にいるマッスルジョーも羨ましがるぜ。」

 

苦しみ続けるグール達の断末魔がゴスペルのように聞こえる将造は、リラックスした顔で左手をガドリングガンに戻した。

 

将造が楽しんでいるうちに、グール達は苦しむ動きと悲鳴が段々と小さくなり、やがて完全に静止した。

 

周囲の敵が全滅したのを確認した三太郎と拓三は、将造に駆け寄る。

 

「やっぱり、龍門の奴らは喧嘩腰というか、もう俺達を殺しにかかって来てますね。」

 

「どうします? 若?」

 

「勘違いしてるのは奴らじゃ、このまま行くしかねえ!!! まぁ、後で良い詫びの品を贈られれば許してやってもええがな!」

 

「さ、さすが、若…」

 

「あっちが謝る立場なんすね…」

 

 

「た、大変だ! ヤクザ達が来る!」

 

正面ビルから逃げた殺し屋の一人が、焦燥した顔で黄公天含む龍門幹部が待機している部屋にノックもせずに飛び込んで来る。

 

「バレてたんだ! 俺達が沙無羅威と組んで岩鬼組に攻めようとしていたことを! どうする黒龍!」

 

幹部の一人が慌てふためき、公天に駆け寄る。

 

「させない…」

 

公天は、覚悟を決めた顔で勢いよく立ち上がった。

 

「日本で危ない橋を渡ってここまで来たのだ! このまま潰されてたまるかぁっ!」

 

そのまま、周りの幹部達に向かって叫ぶ。

 

「ここで引き下がったら、これからこの国での我々の居場所は無くなる! 俺達はまた、この東京キングダムを支配して、国から家族を呼ぶために戦って来たのだ! ありったけの武器で奴を倒すぞっ!」

 

「「「「「「オウッッッ!!!!!」」」」」」

 

配下だけでなく、幹部達も武器を持って雄々しく立ち上がった。続いて公天は、遺伝子研究を担当している丸坊主の眼鏡をかけた男に大声で命令する。

 

「おい、地下の『ハイグール』と『馬超』を解き放つ準備をしておけ!」

 

「良いのかっ?! ハイグールはともかく、馬超はまだ制御が…」

 

『ハイグール』とは、エドウイン・ブラックの細胞と人間の細胞をかけ合わせた人工生命体である。戦闘力は『馬超』には劣るが、只のグールとは比べ物にならないほど優れている。さらにコントロールには成功しており、現在は量産化を研究している最中であった。

 

坊主男が迷った顔で聞き返すが、公天の表情は変わらない。

 

「いざと云うときの保険だ…」

 

「わかった!」

 

坊主男は、急いで携帯を取り出し連絡をし始めた。

 

しかし、公天が飛ばした激に周囲の者達の士気が上がるなか、公天自身は表情と裏腹に、胸中からある疑問が湧き上がってきた。

 

(おかしい…沙無羅威に連絡して、もう一時間が経つのにまだ何の連絡も応援も来ない。とっくに四天王の誰かが来てもおかしくないはずだ。まさか…『ガタッ…』?!)

 

公天の考えを中断させるようなタイミングで、いきなりバリケード代わりに扉の前に積まれていた椅子が動いた。

 

ジャキッ!ジャキッ!ジャキッ!

 

一斉に部屋内のすべての銃口が、動いた椅子に向く。

 

その数秒後、椅子の間から出てきたのは、暗い顔をした一人の男だった。

 

「見ない顔だな…撃『待てっ!』?!」

 

制止を叫びながら公天は、銃撃しようとする幹部達と椅子から出てきた男の間に割り込んだ。

 

「お前…新紅?!」

 

「兄さん…」

 

男は、人間細菌爆弾にされた新紅だった。

 

公天は、男が実の弟である新紅であると判ると彼の両肩を持って激しく問い詰める。

 

「お前、どうしてこんなところに?! 密航してきたのか?!」

 

「兄さん、助けて…爆発しちゃうよ…」

 

新紅は、公天の問いには答えずに服を捲って腹部のデジタル時計とフラスコを見せた。

 

「?!」

 

公天は、新紅の「爆発」という単語を聞くとその腹部にあるものが、すぐに爆弾であることに気付く。

 

「これが爆弾だというのか?! お前の体の中に爆弾が埋め込まれたということか?! 一体誰がこんなことを…お前の身の回りは、本国の警備兵が居たはずだ?!」

 

公天は、中国に残してきた家族を人質にされないよう、貧しい農村だが、多大な費用を払って中華連合所属の兵に守らせていたはずだった。

 

「僕ら家族を誘拐したのはその警備兵なんだ。誘拐されて家族とバラバラになって、すぐにこの爆弾を取り付ける手術をされた。その後は、何故か日本の東京キングダムに連れてこられて、警備が薄くなってきたところを逃げ出した…」

 

「ま、まさか、本国が俺達(龍門)を切り捨てようとしたのか?! 誘拐した奴の特徴は、他に解るか?!」

 

「海を渡る前は中華連合の兵士達だったけど、日本に着いた時は、このマークを付けた兵士だった…」

 

新紅は、床にアルファベットの「N」と「M」と「D」が合体したようなマークを書いた。

 

「ノ、ノマド…」

 

そのマークは、表や裏の世界でも使用されている、総合企業ノマドのマークであった。

 

公天が驚くなか、坊主男が腹部を調べ始める。

 

「こいつは普通の爆弾じゃない。化学兵器みたいなものを持ってる、細菌兵器かもしれない。」

 

「どうなんだ?! 外せそうか?!」

 

「駄目だ…内蔵と一体化している。手術をしなければ無理だ。」

 

「なら、早く地下の研究施設へ『ズドォォォォォン!!!』な、なんだ?!」

 

公天が、新紅を地下の遺伝子研究へ連れて行こうとした時、大きな爆発音が響き部屋が揺れた。

 

『ピリリリリリリ!!!!!』

 

そして、揺れが収まった瞬間、坊主男が先程使用した携帯が鳴った。急いで坊主男は、携帯電話を取り出す。

 

「どうしたっ?! 何?! そ、そんな馬鹿な?!」

 

坊主男の表情が、絶望の顔に変わっていく。

 

「どうした?!」

 

「ハイグールが……殺られた…」

 

「なにっ?! 極道兵器か?!」

 

「違う…殺ったのは…『サイエント』。沙無羅威幹部の殺人鬼サイエントだ!」

 

坊主男の叫び声に、公天だけでなく龍門幹部全員に激震が走った。

 

 

同時刻。

 

「出やがったな! ノマド野郎どもっ!!!!!」

 

ズガガガガガガガ!!!!!

 

将造達は、数分前に公天達がいる龍門のビルに潜入して、配下の者達と銃撃戦を繰り広げていた。

 

しかし、いきなりの大きな爆発音と共に天井が破壊され、その穴から龍門配下の者達とは違う、最新の装備をした傭兵達が降り立った。彼らは、海座のビルで朧と共に現れた傭兵達とそっくりであり、疑いようもなくノマドの兵たちであった。そして、あっという間に龍門の配下達を皆殺しにして、将造達を銃撃してきたのだ。

 

「クソっ! あの時と同じ完全防弾だ!」

 

三太郎は、マシンガンを撃ちながら嘆く。

 

傭兵達は、将造達のガドリングガンやマシンガンの銃弾を受けながらも、わずかに仰け反るのみでゆっくりとこちらに前進して来る。

 

「若、もしかして今回の黒龍の弟の事件は…」

 

拓三は傭兵達を銃撃しながら、焦りが見え隠れする笑顔で顔だけを将造に向ける。

 

「ああ、やはり何かがおかしいと思うとったんじゃ。今回の事件の黒幕はノマド…というより龍門と同盟した…」

 

 

また同時刻。

 

「オラァ! ゾクトやドグルの敵討ちだっ! 岩鬼組を全員ぶっ殺せぇっ!」

 

「ブサイクオーク共のカチコミじゃぁっ! 全員獲物持って丁重に出迎えたれぇっ!」

 

元神魔組の支配地域である現岩鬼組の事務所前の広場で、五十人を超えるオーク軍団と二十人程の岩鬼組が対峙していた。

 

一瞬即発の雰囲気のなか、その様子を岩鬼組事務所の二階の窓から、心配そうに覗きこんでいる者がいる。

 

「本当に大丈夫なの? 私が加勢しなくて…」

 

その者は、フリルが付いた赤い対魔スーツ、ツインテールで褐色の少女、対魔忍の水城ゆきかぜであった。彼女は、新紅を探しに大量に出払っている岩鬼組組員の代わりに事務所の警護に付いていた。

 

「若の大事な客人の力をお借りするまでもありゃせん。まぁ、見ていてつかぁさい。」

 

一人のスーツを着た接待役らしい極道が、笑顔で答える。

 

彼の力強い答えを聞いたゆきかぜは、視線を再び窓の外に戻す。

 

「「「「「「ウォォォッッッ!!!!」」」」」」

 

雄叫びを上げて組員達に迫りくるオークの軍団は、羅刹オークロードやハイオークチーフなど、対魔忍でも手を焼くオーク種が混ざっていた。さらに集団心理が働いているのか、いつもの卑屈な態度が見えず、人間なら一撃で絶命させるであろう斧や棍棒を振り回している。

 

「この縄張りは、岩鬼組の若のモンじゃあ!! ブサイク共に渡してたまるかいっ!」

 

土煙を上げて迫るオーク達に対して、岩鬼組の組員達は、冷静に海座から奪ったバズーカやロケットランチャーなどの重装備を取り出し砲身を向けた。

 

「ウォォッッ……え゛?! な、何であんな重火器を…」

 

組員達の重装備を見たオーク達は、数秒前までの勢いが萎えていくがもう遅い。

 

「発射じゃあっ!」

 

ズガァァァッッッッン!!!

 

容赦なく発射された弾丸やロケットは、見事オークの集団に着弾し、大爆発を起こした。

 

「うわぁ…凄い爆発ね…ちょっとオークの奴らが気の毒だわ。」

 

巨大な爆発に巻き込まれるオーク達を見て、ゆきかぜが珍しく同情する。

 

やがて、爆発によって発生した煙が段々と晴れていくと、多くのオークの爆散した死体が現れた。だが、まだ数人、生きている者もおり何か呟いている。

 

「あ、あいつ…この事務所には、ろくな武器は無いって言っていたのに…」

「だ、騙された…」

「チクショ…まだ死にたくない…」

 

岩鬼組の組員達は止めを刺すために、まだ生きているオークの近くまで寄り、胸元から出した短銃を向けた。

 

(ふぅ…あっけないけど、これで終わりね。けれど、おかしいわね? 強い者には従順なはずのオークが、配信されてる将造の拷問動画を見ても岩鬼組へ復讐しに来るなんて…)

 

一連の戦闘を見守っていたゆきかぜが、心の中で安堵と疑問が湧くなか、組員達の弾丸が生き残っているオークに発射される…瞬間だった。

 

ブスッ!ブスッ!ブスッ!

 

「ギャア!」

「うぁっ!」

「あぎぃ!」

 

いきなり、暗い夜空から複数の白い羽毛のような物が、組員とオークに降りしきるのが見えた。

 

「「?!」」

 

ゆきかぜと接待役の男が驚きながら窓に張り付くと、さらに建物の隙間の暗闇から、黒尽くめのアサシンのような男達が現れて、羽を免れた組員達に刀で襲いかかった。

 

「まずいっ!」

 

ゆきかぜは、二階にも関わらず窓から飛び降り、ライトニングシューターを放ちながら、組員達の元へと駆け寄る。そして、何人かのアサシンを撃ち殺し、わずか数秒で組員達の元に辿り着き、生き残った数人の組員達を背にする。

 

「あんた達、何者よ?!」

 

ゆきかぜは、殺気を放ちながら、アサシンの集団に問いかける。すると、目の前のアサシンでは無く、頭上で声がした。

 

「クケケケェェェェ!!! オーク共はやっぱ使えねえな。しかし、対魔忍は一人だけか。ならここは早く済みそうだぜ!!」

 

ゆきかぜが、夜空を見上げると、巨大な服を着た鳥のような者が、羽を羽ばたかせ空を飛んでいた。

 

巨大な鳥の名は、『シームルグ』。沙無羅威の幹部であり、フュルストに仕える四天王の一人である。鳥の獣人で毒の羽クナイを飛ばすことから、通称『忍獣』と恐れられている。

 

「あんた、ノマドの奴ね! 『ここは』ってどういう意味よっ!」

 

「クケケケケケッッッッッ…」

 

ゆきかぜは空に向かって吠えるが、シームルグは不気味に笑うのみで答えない。

 

 

また同時刻。

 

かつてマッスルジョーが所有していたビルの前に、大量の氷の像と一人の少女が立っていた。

 

像は、完全装備したオーガやトロールといった亜人種の形をしていた。そして、像の前でプリプリと怒っているのは、露出の激しい白い対魔スーツを着た金髪のツインテールの少女『鬼崎きらら』だ。

 

きららは、ゆきかぜと同じく、新紅を探すために手薄となった岩鬼組の拠点の警護を任せられていた。彼女は、ビルに来た当初、岩鬼組組員達に自分のふくよかな体を、いやらしい目で見られて憤慨していた。そんな組員達に辟易としていたところに突然、重装備のオーガやトロールの集団が現れたのだ。

 

「もうっ! なんであいつと別行動な上に、ヤクザにいやらしい目で見られて、おまけにこんな奴らと戦う羽目になるのよっ!」

 

ドゴォッ!

 

きららは、怒りながらオーガの氷像を思い切り殴りつける。

 

この像達は、全てきららの能力で氷漬けにされた本物のオーガやトロール達であった。きららは、鬼族の母から受け継いだ、空気中に一瞬で氷の盾を出現させる程の氷を操る力を持つ。その威力は凄まじく、何十人という集団であっても一瞬で氷漬けにすることが出来るのだ。

 

「これで全部……!?」

 

ズドドドドドド……………!!!!!

 

「ぎゃあ!」

「ぐえぇ!」

「がぁっ!」

 

きららの耳に、組員の悲鳴と共にこちらに近づいてくる大きな蹄の音が聞こえてきた。音の方向を向くと、全身分厚い鎧を纏った下半身が馬の大男が、巨大なメイスを振り回しながら組員達を蹴散らして、こちらに迫るのが見える。

 

「ウォォォォォッッッッ!!!! い、岩鬼組、殺す!殺す!殺す!殺す!」  

 

半身半馬の大男は、シームルグと同じく沙無羅威の幹部であり、フュルストに仕える四天王の一人、『オロバス』。頭は悪いが、頑丈な体と無双の怪力を使い敵を蹴散らすことを得意とする怪物である。

 

「何じゃ?! このバケモンはぁっ?! きららちゃんに近づけさせるな、撃ち殺せぇっ!」

 

ダダダダダダダダ!!!!

 

キィンキィンキィンキィン!!!!

 

組員達が激しく銃撃するも、オロバスはその身に纏う鎧で難なく弾き返し、また組員達を踏み潰していく。

 

「あんたら、どきなさいっ! SUPERFREEZE!」

 

きららが、大きく足を踏むとその足元から、巨大な氷が張り始め、オロバスの方向へ向かう。先程、敵の集団を一瞬で氷漬けにした『凍奔征走』という技である。

 

しかし、氷がオロバスの足元ヘ絡み付く瞬間…

 

ドンッ!

 

オロバスは、その巨大な体から想像出来ない跳躍力で、五十m程上空ヘと飛び上がった。

 

「嘘っ! オーガよりもデカいやつが、あんな高さまでジャンプできるなんて?!」

 

あまりの跳躍力に虚を突かれたきららだが、すぐに空気中に巨大な鋭いつららを作ってオロバスに飛ばす。

 

ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!

 

だが、弾丸と同じく堅固な鎧に弾かれる。

 

「そ、そんな物効かないっ! 死ねえっ!」

 

そして、つららを弾きながら、そのままオロバスはきららに向かって、自慢の豪脚を突き出しながら落下した。

 

ズドォォォォン!!

 

爆音と共にきららの周りに土煙が立ち込める。

 

「「「「「き、きららちゃんっ?!」」」」」

 

 

また同時刻。

 

東京キングダムではない、臨海副都心のかつて海座が支配していたビルでも、大規模の戦いが行われていた。

 

「何じゃあ?! この化け物達はぁ?! 撃て撃てぇ!」

 

「怯むな! ビルを守れぇ!」

 

GYAAAAAAAA!!!!!!!

 

岩鬼組の組員は海座が残した武器で、達郎含む対魔忍達は、風遁や土遁を使って、巨大な烏賊や魚といった怪生物達と戦っていた。

 

彼らは、ノマドが海座のビルを取り返すのを防ぐために、交代で在中している警護役の組員と対魔忍である。大量の武器があるために将造とアサギは、神魔組の支配地域やマッスルジョーのビルよりも、腕利きの者達を配置していた。

 

しかし、怪生物は、彼らの一定の攻撃を受ければ、どす黒い血を吐きながら息絶えるが、戦闘の一番後方に立つ男が、その手に持つ本を読めば、何もない空間から黒い渦が発生し、そこからまた新たなる怪生物が無限に現れる。故に組員達と対魔忍は、死者がまだ出ないまでも徐々に追い詰められていた。

 

「倒しても倒しても湧いて出てくる…将造さん…」

 

そして、怪生物との戦闘のすぐ近くで、何十と剣戟を行っている者達がいた。

 

「うぉぉぉっっっっ!!」

 

「ガァァァァァァッッッッッ!!!!!!」

 

撃ち合っている一人は石切兼光を持った『秋山凛子』、もう一人は、沙無羅威のボス、魔界サムライ『ニールセン』である。

 

だが、ニールセンは、いつものフュルストに付き従っている姿ではなく、体格は二回りほど大きくなり、頭に巨大な二つの角を生やし、自慢の変幻自在の魔剣〈天ノ弱〉と右腕が一体化していた。それは、後ろの男が持つ魔本により力を与えられ、魔人となったニールセンの姿であった。

 

通常なら、魔人となったニールセンでも凛子の逸刀流の腕であれば、苦戦はすれど倒せないまでの敵ではなかった。しかし、彼女が逸刀流の技を使おうとする度に、黒髪にも似た水のような物が、足元から湧き出て邪魔をしていた。

 

「あらあら、普段なら手を出すなって怒るところだけど、こうなったらニールセンちゃんもカワイイものね!」

 

「クソッ!」

 

明るく喋っているのは、本を持つ男の隣にいる黒いドレスを纏っているが、頭部は髪も目も鼻も無い口だけの女性。彼女の名は、『ヴィネア』。沙無羅威の幹部にして、フュルストの側近の一人。裏の世界からは、『不明の魔女』と恐れられている、凛子を邪魔しているのは、彼女の能力『黒き奔流』である。

 

「ククク…今日が岩鬼組と龍門、最後の日だぁ!」

 

その手に持つ本から、怪生物とニールセンに魔力を送る、頭頂部が禿げた太り気味で宣教師のような服を着た男、魔科医『フュルスト』が大きな声で宣言した。




対魔忍RPGの一番新しいイベントで、オロバスとシームルグが好みのキャラクターに変わっていて、次回に殺す予定でしたが、迷っています。




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Weapon 20 裏切りサイボーグ野郎

「ぎゃあああぁぁっっっっ!!!!」

「熱いっ?! 熱いっ?! アジャァっっ!!!」

「水…みず…み…………ず…………」

 

阿鼻叫喚の叫び声響く龍門ビルの地下研究室で、スーツ姿の顔面が骸骨に似た、全身サイボーグの男が、掌の射出口から火を放っていた。

 

「ブラックの細胞を埋め込んでいると聞いていたのだが…全く期待外れだよ。」

 

そう呟くサイボーグ男は、火達磨で蠢く龍門配下達から、ブスブスと煙を上げて横たわっている大きい炭のような物に視線を移す。その大きい炭は、ハイグールの慣れの果てだった。サイボーグ男の両手から放つ、酸素バーナーのような高温の炎で、全身をくまなく炭化させられ絶命したのだ。

 

サイボーグ男の名は、『サイエント』。元は米連に所属していたサイボーグだが、殺人の快楽に目覚めてからノマドに下り、現在は沙無羅威幹部の一人である。

 

龍門配下とハイグールを焼き殺したサイエントは、人間大のカプセルを運ぶ他のサイボーグの部下達に指示を出すが…

 

「さっさと馬超を運び込んで…『死ねえ! サイエントッ!』ん?」

 

いきなり、柱の影から一人の龍門配下が現れ、銃弾を発射された。

 

ズドンッ! ズドンッ!

 

弾丸は、そのまま二発ともサイエントの額に命中する。

 

しかし…

 

「え、なんで…」

 

「ふぅ、まだネズミがいましたか…」

 

ゴォォォォッッッッッ!!!!!

 

「ギャアアアアッッッッッッ!!!!」

 

サイエントは、何事もないような顔で、即座に火炎放射で焼き殺した。

 

弾丸は、確かにサイエントの額に命中したはずであった。しかし、よく見れば、弾丸によって傷付けられた額が、ゆっくりとビデオの逆再生のように治っている。サイエントは、元はアスカとは別方向で、米連最新の粋を凝らして造られたサイボーグであり、両手から高温の炎を放つ機能を持ち、両足は時速三百キロで走り、何より恐ろしいのは、そのサイボーグの体は、隅々まで自己修復機能を持っていることである。

 

そして、すべての龍門配下達を焼き殺したサイエントに、配下のサイボーグと防護服を着た者が駆け寄る。

 

「サイエント様、無事、馬超を積み終わりました。」

 

「こっちもデータの抽出済んだぜ。」

 

「君たちは、沙無羅威の本部に戻りなさい。上階は、新入りの奴が頑張ってはいるが、黒龍と極道兵器相手では、ちと荷が思いだろねぇ。私は彼奴等を始末するよ。」

 

「「了解。」」

 

サイエント以外の者達は、すぐにその場から去って行った。

 

(岩鬼将造のあの拷問動画、あいつも私と同類だ…あぁ、出来れば倉脇如きに殺されないで欲しいよ。)

 

ギギギギギギ…

 

サイエントは、顎の接合部を軋ませるような奇妙な笑い方をしながら、ゆっくりと最上階へと繋がる階段を登っていった。

 

 

 

 

同時刻、公天と龍門幹部達は、怒りに震えていた。

 

「フュルストめ…あの時から既に裏切っていたか。しかも命より大切な俺の家族まで利用するとは…」

 

「黒龍、やはり本国の奴らは…」

 

「ああ、恐らくは龍門を切り捨てるため、一時的に『九龍会』か『海神』が、ノマドと組んだな。」

 

公天は、素早く頭を回転させて、今の状況を分析する。

 

(あいつらは、本国の命令でも俺達がただでは解体されないと予想して、地下の研究結果だけを持ち去り、皆殺しにするつもりなんだろう。しかし、仲間内の殺し合いは、信用を失う行為だ。故にあの持て余していた馬超をノマドに献上する代わりに、龍門殲滅を沙無羅威に頼んだんだ。ついでに極道兵器を巻き込んで、俺達もろとも殺すために。)

 

「俺達は、どうする?」

 

「お前たちは、新紅を連れて予備の研究所へ向かって爆弾を除去してくれ。俺は、極道兵器とサイエントを相手にする。グール達がいない今、奴らを相手に出来るのは俺だけだ。」

 

「任せてくれ! さぁ新紅さん、行きましょう!」

 

「兄さん…」

 

公天以外の龍門の者達は、急いで新紅を連れて後ろの扉から出ようとする。

 

しかし、その瞬間…

 

ズガァァァァァァッッッッン!!!!

 

「「「うぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」」」

 

前の扉が爆発して、そこから三人の男が勢いよく転がりこんできた。

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

 

「若、大丈夫っすか?!」

 

「やろ〜ぶっ殺してや……あん?」

 

手榴弾で吹き飛ばされた将造達であった。ノマドの傭兵達と戦っているうちに、公天達がいる部屋の前まで来ていたのだ。

 

「「「「「………………」」」」」

 

偶然、互いの目標と出会った将造と公天は、予想外の展開故に数秒間、見つめ合って沈黙するが…

 

「……ご、極道兵器だぁっ?!」

 

ジャキッ! ジャキッ! ジャキッ!

 

一人の配下の悲鳴を皮切りに公天含む龍門幹部達は、一斉に将造達に銃を向けた。

 

しかし…

 

ズガァァァァァァッッッッン!!!!

 

ガラガラガラガラ………!!!!!

 

「「「「「ぐわぁ?!」」」」」

 

今度は龍門幹部達の頭上で爆発が起き、公天達は新紅以外、天井の下敷きになった。

 

「に、兄さんっ!?」

 

「し、新紅…」

 

そして、落ちてきたのは、天井だけでは無い。

 

ズシィィッッン!!!

 

「「「な、なんだ?!」」」

 

将造の前に落ちてきた、いや、降り立ったのは、一人の男であった。その男は、坊主で丸眼鏡、両こめかみにはフランケンシュタインの怪物のようなボルトを付け、左手首は、大砲の砲身となったサイボーグであった。降り立ったサイボーグは、将造を見つけると、歯を剥き出しにしてニタリと笑う。

 

「久し振りじゃのう、将造…」

 

その声を聞いた瞬間、将造は目の前のサイボーグの正体が解った。

 

「ゴキブリヤクザの重介か…その体、少しは男を上げたようじゃのう。」

 

サイボーグの正体は、3ヶ月前、将造が要塞ビルで殺そうとしたが、機械化傭兵『ファウスト』によって逃げられた元岩鬼組幹部『倉脇重助』であった。

 

「ゴキブリはどっちじゃ…ノコノコとどこにも面出しおって。」

 

倉脇の名前を聞いた三太郎と拓三が驚くなか、当の倉脇の笑みが段々と怒りに変わっていく。

 

「今まで、良くも儂等の邪魔をしてくれたの!! ヌシのおかげで要塞ビルや海座どころか、わしの新しい上司である朧まで失脚させよってっ!」

 

喋るうちに怒りのボルテージが上がる倉脇と反比例に、将造は本当に楽しいと言わんばかりの笑顔になっていく。

 

「ほう! で、その○チガイ朧は、今どうなっとるんじゃっ?」

 

「朧の売女は、ブラック様の命令であれからずっとフュルスト特性の罰を受け取るっ!」

 

「ヒヒヒ、元上司に非道い言いようじゃのう!!」

 

「朧は、わしの体を治療するだけじゃなく、全身を勝手に改造したんじゃっ! 失脚した今、敬語何て使ってられるかっ! それよりもブラック様よ! あのお方は、ノマドの日本進出が後退しまくってお怒りじゃあっ!」

 

「そりゃ嬉しいのう! わしは人を怒らすのが趣味何じゃ! まぁ、ブラックのアホは、人じゃねぇから良いか! がはははは……!」

 

「今度は、そっちの思い通りにはさせんっ! おいっ!」

 

ガシャ!ガシャ!ガシャ!

 

そう倉脇が、呟くと破壊された扉から傭兵達が部屋になだれ込み、将造達に銃を向け、新紅を拘束した。

 

「クソォォッッ!!!! 新紅ッ!」

 

公天が必死に叫ぶが、天井に挟まれて何も出来ない。

 

倉脇は、新紅を傭兵達から受け取ると将造の目の前に連れて来た。

 

「将造、知っとると思うが、こいつは人間細菌爆弾じゃ。こいつがここで細菌をバラ撒けば、わしのようなサイボーグや完全防備のこいつら以外は、一分足らずで血を吹き出し死んじまう。」

 

倉脇は、細菌の説明をしながら、新紅の服を捲り、腹部の時限爆弾を将造に見せる。

 

「一度、データが欲しいのよ。こいつの細菌は強力じゃが、空気中じゃあまり長く生きられん上に潜伏期間が無く、すぐに発病しちまって、あまり拡大せんのが弱点じゃ。じゃから、どれだけ広まるか調べるために、程よい広さの龍門の支配地域が選ばれたんじゃ。龍門を疎ましく思っとった『海神』は、快く協力してくれたわい。」

 

そう言いながら、腹部のデジタル時計を操作すると、時間が急速に進み、残り時間が五分を切ってしまう。

 

「ああっ!?」

 

新紅が、自分の腹部を見て絶望の表情で悲鳴を上げた。

 

「これでもう逃げる時間もないわいっ! 将造、貴様ともこれでおさらばじゃ!」

 

倉脇は、勝ち誇った笑みを将造に向けるが、将造は、まだ小馬鹿にしたように笑っている。

 

「うだうだと抜かさんと殺るときは、早うやらんかい!! 一丁前に格好付けるのが重介、お前の悪い癖だ。」

 

その笑顔に再度、倉脇は、青筋を立てた。

 

「貴様には数え切れぬ程の怨みがあるんじゃっ! わしの日本制覇を打ち砕き、この体にしてくれた怨み全て晴らしてくれるど! 勿体なくてすぐに殺せるかぁぁ!!」

 

ドカァッ! 

 

倉脇は、新紅を離し、将造の顔を思い切り蹴り上げた。サイボーグの一撃故に将造は、堪らず空中に吹き飛ばされる。

 

「「若っ!?」」

 

「重介…貴様はまだ甘いぞ…」

 

しかし、将造は、空中で口から血を吹き出しながらも倉脇を睨んだ次の瞬間…

 

「わしは極道兵器やぞ!! 地獄に行き晒せぇっ!!」

 

ボボンッッッ! シュゴォォォォッッッッッ!!!

 

右足から三発のロケットランチャーを、倉脇に向かって勢いよく発射した。

 

「何ぃ!?」

 

ズドォォォォン!!!!

 

ロケットは倉脇に直撃し、倉脇は周りの傭兵を巻き込んで爆炎に包まれた。

 

爆発を笑顔で見届けた将造は、上手く床に着地して残りの傭兵達にも右膝を向ける。

 

「「「「うォォォォ???!!!」」」」

 

呆気に取られていた傭兵達は、急いで銃を向けるが、将造の方が一歩早い。

 

ズドォォォォン!!!!

 

「「「「「ギャァァァッッッッ!!!!!」」」」

 

断末魔の叫び声と共にこの部屋の残りの傭兵達が、部屋の一角ごと吹き飛んだ。

 

ババババババババババ!!!!!!!!!!

 

だが、今度は壁の破壊した穴から、へリコプターの音が聞こえて来る。

 

将造が音の出処に探すと、ビルの間に滞空している軍事ヘリが見える。傭兵達を運んで来たノマドの軍事ヘリだ。そして、将造がヘリを見付けたと同時にヘリの扉が開き、また傭兵が現れる。傭兵は、ヘリに設置してあるガドリングガンで、将造に狙いを付け始めた。

 

「見えたぞ! 極道兵器だっ! 死ね……え!?」

 

しかし、将造に弾丸を浴びせようとした瞬間、傭兵の額にいきなり赤い光の点が現れた。

 

「ロックオンじゃ…」

 

将造の右目から発射したセンサーライトだ。将造は、海座のビルで朧に右目を抉られてから、センサーライト付きの義眼を移植したのだ。その義眼は、左手と右足の武器と連動しており、一度ロックオンすれば、左手のマシンガンや、ロケットランチャーが自動で追尾してくるという恐ろしいものである。

 

「わしの目の光が届く所じゃ、貴様らにでかい面させねぇぇっっ!!!」

 

将造は、そう叫びながら再装填したロケットランチャーを軍事ヘリに発射する。

 

シュオオオオ!!!!!

 

「ふ、浮上しろォッ!」

 

ガドリングで将造を狙っていた傭兵は、恐怖に染まった顔で、急いで操縦席に叫んだ。

 

ヘリは、命令通りに迫りくるロケットランチャーを避けよう五m程度急浮上する。しかし、一度ロックオンされたロケットは、そのままヘリコプターを追いかける。

 

「ウガァァァァァァッッ『ズドォォォォッッッッン!!!!!』」

 

ロケットはヘリに直撃し、傭兵の断末魔は、爆発でかき消された。そして、爆発したヘリは、炎を纏った部品が花火のように飛び散りながら墜落した。

 

僅かな時間でノマドの傭兵部隊を全滅させた将造は、次にそばで震える新紅に視線を移す。

 

「ヒィィィッッッ!!!」

 

「止めろォォォッッッ!!」

 

黒龍は、新紅を守護するように彼の前に立ち、将造に銃を向ける。ロケットの爆風で、黒龍に覆いかぶさっていた天井の瓦礫も吹き飛び、動けるようになったのだ。

 

「黒龍、お前の弟は、体が爆発する前に焼き殺さにゃあいけねぇんだよ。」

 

「弟は俺が助けるっ! 誰にも指一本触れさせんっ!」

 

公天は、頭から血を流しながらも将造に気丈に吠える。

 

「わからねえのか、弟を助けるのは不可能なんだよ。後、1、2分で弟の体は吹き飛ぶ。」

 

「うっ。」

 

将造は、突きつけられる銃にも構わずに公天に近づく。

 

「俺達民族は、家族の命が大切なのだ。自分の命を捨てても家族を見殺しにしない!」

 

「てめーふざけんじゃねえぞ! 人の国に来て散々悪さしてるくせによ!! 撃てるなら撃ってみやがれ!」

 

「うう‥‥‥」

 

「撃ってお前らに何があるんじゃ!! 爆発したら、お前もこの街に住む同胞もお陀仏やど!!」

 

将造は、いつの間にか公天の真ん前まで迫っており、彼の目を間近に見ながら真剣な顔で凄んだ。

 

「弟もそれだけは望まねえじゃろうが。」

 

「………………」

 

公天が、将造の真剣な言葉に、ゆっくりと銃を下ろそうとする。

 

しかし…その瞬間…

 

ガラガラガラガラッ!!!!!

 

「「「「「!?」」」」」」

 

「ぐおおおおおおっっっっ!!!!!!」

 

何者かが、いきなり瓦礫を押しのけて、将造の足元から現れた。

 

それは、爆発したはずの倉脇だった。頑丈なノマド最新のサイボーグ故に、爆炎の中でもしぶとく生き残ったのだ。しかし、所々人工皮膚が剥がれて、鋼鉄製の体が剥き出しになり、左足は吹き飛んでいる。

 

どんな殺気でも、普段ならすぐに気付くはずの将造達だったが、公天の説得に集中しきっており、偶然にも倉脇の奇襲を許してしまう。

 

「ぐぁっ!?」

 

「「若!?」」

 

公天、三太郎、拓三は吹き飛ばされ、将造は倉脇の改造された巨大な手で、胴体を丸ごと捕まえられてしまう。

 

「将造、勝負はこれからじゃ!」

 

そう言って倉脇は、右手で将造の胴体を握りしめる。

 

「てめぇ!?」

 

将造は、珍しく焦りに満ちた顔になり、すぐさま倉脇の顔面を銃撃する。

 

ギャン!ギャン!ギャン!…

 

だが、鋼鉄製の頭部は、弾丸を簡単に跳ね返す。

 

「将造! わしの体は鋼鉄製じゃ! おのれの兵器などオモチャじゃあ!! このまま捻り潰してくれるわ!」

 

ギュウッッッ!!!!

 

「ぐわぁっ!!!!」

 

倉脇は、胴体を更に締め上げ、将造は滅多に上げない悲鳴を上げる。

 

「やろうっ!」

 

「若を離せ!」

 

苦しむ将造を見て、三太郎と拓三は、倉脇を銃撃しようとするが…

 

「邪魔をするなぁ!」

 

ドガガガガガガガガ!!!!!!!

 

「うわ!?」

 

「畜生っ!」

 

倉脇の胴体の鳩尾から飛び出したガドリングガンで邪魔され、将造を助けることが出来ない。

 

「貴様らは、爆発ショーの観客だ! 大人しく見物してい…!?」

 

倉脇は、三太郎達の方を向いて怒鳴った時、突如将造を握っているはずの右手に違和感を感じた。

 

「うぎぎぎ……」

 

将造は、胴体を丸ごと掴まれながらも、倉脇の胴体に足を掛けて、腕全体を全身で引っ張っていた。

 

「何を血迷う取る、無駄な足掻きは止め!!」

 

倉脇は、将造の最後の足掻きだと思いせせら笑った。

 

しかし…

 

ミシッ! バキッ!

 

「!?」

 

「うごごごご!!!」

 

人の力では壊せないはずの機械化された右肩が、バキバキと悲鳴を上げ始めた。

 

「これがわしの秘密兵器…」

 

「な、止めろォォォッッッ!!!」

 

倉脇は、急いで左手の砲身を将造に向ける。

 

「馬鹿力じゃあっ!!!」

 

バキャアッ!!!!

 

しかし、倉脇が発射するよりも早く、将造が右腕をを根本からもぎ取り、地面に落ちて自由になる。

 

「ぐおお!」

 

倉脇は、片手片脚になりながらも、将造を狙おうとするが、新紅が倉脇の片脚にしがみつく。

 

「早く撃って! もう時間がない!」

 

必死な形相で新紅は、将造に向かって叫んだ。

 

「火炎放射じゃあっ!!!」

 

将造は、新紅が倉脇を止めている隙に、近くに転がっている火炎放射器に飛びつこうとする。

 

だが、将造よりも早く火炎放射器を拾って新紅に向ける者がいた。

 

「この街には、まだ同胞が沢山いる…」

 

覚悟を決めた凄まじい顔をした公天であった。

 

「兄さん、はやく…」

 

新紅は、涙を流しながらも兄に笑いかける。

 

ゴォォォォォォォォォ!!!!!!!

 

そして、公天の持つ火炎放射器から放たれた凄まじい炎が、倉脇と新紅を包み込んだ。もし、龍門ビルを外から観察している者がいたなら、その炎は、ビルの壁から吹き出すプロミネンスのように見えたことだろう。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ…へへへ、俺は死なん!!!! もっと強力になって帰って来るぜ〜~〜~~」

 

しかし、倉脇は、凄まじい炎に包まれながらも大声をあげて笑う。

 

ズドォォ……ン!!!

 

そして、倉脇と新紅は、ビルの一角を巻き込んで爆発した。

 

「…………」

 

二人が爆発して、煙と炎が包むなか、仲間を守るためだとはいえ、大切な弟を自ら殺した公天は、手と膝を付いて何も喋らず項垂れていた。

 

龍門幹部、三太郎、拓三は、声をかけられずに静かに公天の様子を見ている。

 

「……終わったようじゃのう。」

 

しかし、誰も何も喋らないなか、その場を仕切り直すように将造が一言呟いた瞬間…

 

ギギギギギギギギ…

 

「いえ、まだ終わってはいませんよ。」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

古い機械が軋むような音と静かで落ち着いた声が響いた。

 

将造達と公天達は、急いで声の方向に目を向ける。

 

すると視線の先には、紳士服を来た鉄の骸骨のような顔をした一人のサイボーグが立っていた。

 

「サイエント…殺人鬼『サイエント』だ!」

 

龍門配下の一人が叫ぶ。

 

「おい、サイエントって、誰じゃ…」

 

将造が不思議そうな顔で、叫んだ男に問う。

 

「元は、只の金持ちだったんだが、殺された娘の復讐の為に己の全財産を注ぎ込んで、自らサイボーグになった男だ。けれど、そのまま殺人の快楽に目覚めちまって、復讐が済んだ後も殺人鬼に成っちまったんだ…」

 

龍門配下の説明が終わると同時に、サイエントはゴキリと首を曲げ将造の方を向いた。

 

「倉脇め、やはりあいつは出来損ないだったな。いや、それよりも会いたかったよ、岩鬼将造。私と同じ趣味を持つ者よ。」

 

「同じ趣味じゃと? ホウ…じゃあぬしもわしと同じ募金活動とボランティアが趣味なんか?」

 

そう言って将造は、小馬鹿にしたようにサイエントに笑いかける。

 

ここにゆきかぜや静流がいたら、将造を『またこいつ…』という呆れた顔をしていたに違いない。しかし、サイエントは、また『ギギギギギギ』といういう機械音を響かせながら笑った。

 

「私がここに来た理由は、ただ一つ、殺人を至高の趣味とするもの同志、気が済むまで殺し合うことだ…」

 

その気持ち悪い言葉に、将造は露骨に嫌な顔をする。

 

「わしは別にぬしみたいな変態とは会いたくねえ。」

 

「ハハハ、君が配信してくれた拷問動画を一目見た時から、私は君にぞっこんだよ。何を隠そう、手足を縛った相手を二人でジャイアントスイングしあって、頭をぶつけさせて勝負する人間ベイブレードの再生回数の三分の一は、私が視聴したんだよ。そんな残酷な君だからこそ、殺し合いたいんだ。」

 

自分が熱を上げている芸能人に初めて会ったファンのように、興奮気味に喋るサイエントに、将造は苛つき始め左手のマシンガンを向ける。

 

「何を言う取る? 今から始まるのは、殺し合いなんかチンケなもんじゃねえ。わしが、てめぇみたいなムカつく奴を一方的にブチ殺して、断末魔上げさすだけじゃ!」

 

将造は怒鳴るが、当のサイエントは、まだ楽しそうにしている。

 

「フハハハハハ!! いや、そうかそうか。そんな趣味はないと恥ずかしがって逃げると思って、逃亡先の岩鬼組の支配地域を潰したのに無駄になってしまったね。」

 

その言葉を聞いた三太郎と拓三の顔色が、さっと変わった。

 

「ん。知らなかったのかい? 君達が人間爆弾を追っていた頃、神魔組やマッスル団のビル、更に海座から奪った臨海新都心には、フュルストと四天王、つまり、沙無羅威が総力を上げて攻めていたんだよ。そのために人間爆弾をわざと逃して、探索の為に対魔忍や組員の人員を割かせていたのさ。今回の作戦は、龍門の壊滅はおまけで、本当は岩鬼組の支配地域を殲滅するのが目的だったんだ。」

 

「じ、じゃあ俺達は…」

 

「まんまと術中に嵌まったってことか?」

 

「………」

 

二人の顔が絶望に染まった。

 

サイエントは、そんな二人を無視して顔を俯き加減で表情が読めない将造に向き直る。

 

「岩鬼組の支配地域を潰したフュルストと四天王は、今頃こちらに向かっているはずだ。早くしないと二人で存分に楽しむ時間が無くなってしまう。さあ…『フュルストや四天王は来ないわよ。』…誰だ?」

 

早口で将造にまくし立てるサイエントの台詞を邪魔するかのように、一人の少女の声がその場に響いた。

 

声の出処をサイエントが探す中、火炎放射器の爆発で抉れた階下から、金色の髪を大きい白いリボンでツインテールにして、露出の激しい水着のような白い対魔スーツを来た少女が勢いよく現れた。

 

その少女を見て三太郎と拓三は、驚き叫ぶ。

 

「「き、きららちゃんっ!」」

 

対魔忍の『鬼崎きらら』だ。

 

「気安く下の名前で呼ぶなっ! っじゃない…サイエント、岩鬼組を攻めていた沙無羅威の連中は、もう全滅したわよ。」

 

今度は、サイエントの機械化された顔の表情が、僅かに変わった。

 

「馬鹿を言っちゃいけない。シームルグやオロバスはともかく、あの『魔界サムライ』のニールセンや『魔科医』のフュルストが、ただのヤクザ如きに負けるはずがないでしょう。」

 

きららとサイエントのやり取りを聞いた将造が、俯き気味だった顔を上げる。その表情は、相手が上手く罠に嵌まって嬉しくてしょうがない顔をしていた。

 

「そうか、あいつらが間に合ったか。 のぉサイエント、そんなに気になるんじゃったら電話してみぃ。それくらいなら、待ってやるぜ。」

 

「………」

 

ニールセンは、将造の言葉を聞き、すぐさま胸元から携帯を取り出して、フュルストや四天王達に連絡を取る。

 

『おかけになった電話番号は、電波がとどかないところにあるか、電源が入っていな…』

 

しかし、誰も電話に出ないところか、呼び出し音さえ鳴った者はいなかった。

 

「ば、馬鹿な…」

 

サイエントのあまり動かない機械仕掛けの顔が、誰でも表情が解るほど歪んでいく。

 

 

将造が、公天の部屋に転がり込んだ同時刻…

 

ゆきかぜは、元神魔組の支配地域で、空から急襲する沙無羅威四天王の一人『シームルグ』、その配下のアサシン達と激闘を繰り広げていた。

 

「こんないやらしい戦い方をして、恥だと思わないわけ!?」

 

「馬鹿め、小娘! これが戦術ってやつよっ!」

 

ゆきかぜが、卑怯と叫ぶのも無理もない。

 

シームルグとアサシン達は、ゆきかぜ本人を狙うのではなく、背後の負傷して動けない岩鬼組の組員達を狙いながら戦っていたのだ。それ故にゆきかぜは、ただでさえ苦手な空の相手とチームプレイで戦うアサシン達から、組員達を守りながら戦い、圧倒的な不利な状況に陥っていた。最初こそ、ゆきかぜを接待していた組員が、傷付いた仲間を守っていたが、長引く戦闘でアサシンの一撃を受け、半死半生で組員達と倒れている。

 

「み、水城さん…俺達のことは気にせず、戦ってください…」

 

「うるさいっ! こんな奴ら、これくらいのハンデがあって丁度いいのよ!」

 

倒れている組員の言うことに怒りながら、気丈に戦うゆきかぜであったが、言葉とは裏腹に胸中では、どう相手を攻略するべきか分からないでいた。

 

(クソッ! 空にライトニングシューターを撃っても躱されて、地上のアサシンを狙っても、その隙に、上空から毒の羽苦無で狙われちゃう。何より、私より後ろの動けない組員を狙っているから、攻めに転じるタイミングが少ない! どうしたら……)

 

攻めあぐねるゆきかぜが、一瞬だけ思考に囚われた瞬間…

 

ガバッ!

 

「ぎゃあ!」

 

「しまった!?」

 

シームルグは、ゆきかぜの一瞬の隙を突き、一人の組員を空に連れ去った。

 

「卑怯者っ!」

 

「悔しかったら、こいつごと撃ってみろ!」

 

ゆきかぜは、ライトニングシューターで撃墜しようとするが、シームルグは組員を盾にして撃つことが出来ない。

 

「さっさとその人を離しなさいよ!」

 

「じゃあ、離してやるぜっ! オラァ!」

 

「!?」

 

シームルグは、組員を思い切りゆきかぜに投げつけた。

 

「うわぁ!」

 

「危ないっ!」

 

ドシィッ!

 

ゆきかぜは、ライトニングシューターを放して組員を受け止める。が、そのまま勢い余って倒れてしまう。

 

「今だっ! 死ねぇ!」

 

その隙を逃さんとばかりにシームルグは、多くの羽苦無を思い切りゆきかぜに投げ付けた。

 

「!?」

 

ライトニングニングシューターを放し、しかも自分の体の上に傷付いた組員が乗っている状態では、迫り来る羽苦無を反撃することも避けることも出来ない。

 

(ごめん、達郎ォッ!!!!)

 

ゆきかぜは、心の中で達郎の名を叫び、目を閉じた。

 

「……………あれ?」

 

……………しかし、何秒経っても自分の体に痛みどころか痒みさえ起きない。恐る恐る薄目を開けると、ゆきかぜの目の前に青い龍の絵がある。

 

(何、これ?)

 

不思議に思ったゆきかぜが、目を大きく開けるとその絵の正体が解った。それは絵ではなく、入れ墨だった。目の前に背中一杯に龍の彫り物をしている男が、ゆきかぜを庇うように立っているのだ。更に男の周りを見ると、先程まで自分に迫っていた羽苦無は、全て地面に落とされている。

 

「貴様、何者だぁ!?」

 

いきなり現れた男に驚きながら、シームルグが空中で叫ぶ。

 

すると男は、光り輝く電磁ドスをシームルグに向けて、勢いよく口を開いた。

 

「極道連合 関東異次元一家 代貸 北斗の源ニじゃあっ!」




サイエントって、こんな性格だったかな…

今作に出てきた北斗の源ニは、『5001年ヤクザウォーズ』という作品からの、ゲストキャラクターです。

次の話は、他の石川賢先生の作品からも、ゲスト出演する予定です。ご期待下さい。かなり、マニアックですけど。


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Weapon 21 激突! 極道連合VS沙無羅威 前編

一般人から見れば異常な光景だらけの東京キングダム。だが今夜、東京キングダムでもさらに異常な光景が、元神魔組の支配地域で広がっていた。

 

五十人以上のオークの爆散した死体。刀傷や毒で苦しんでいるヤクザの組員。小刀を持った黒尽くめのアサシンの集団。空を飛ぶ梟の獣人。そして、一番目を引くのは、倒れている対魔忍を守るように力強く立っている、上半身に龍の彫り物がある、短髪で右目に切り傷がある男。

 

倒れている対魔忍『水城ゆきかぜ』が、覆い被さっている岩鬼組の組員を地面に寝かせながら、自分の目の前に立っている男に問いかける。

 

「あ、あんた、誰よ!?」

 

すると龍の彫り物をした男、『北斗の源ニ』は、顔だけを後ろのゆきかぜに向けるとニヤリと笑った。

 

「さっき名乗ったじゃろうが…関東異次元一家 代貸 北斗の源ニと。」

 

その笑顔を見た途端、ゆきかぜの背中に戦慄が走った。

 

(こ、こいつ、…顔や体格は全然似てないけど、この尋常じゃない殺気、将造の狂気めいた雰囲気とそっくり…)

 

そんなゆきかぜと源ニの会話に割り込むように、梟の獣人『シームルグ』が源ニに向かって叫ぶ。

 

「関東異次元一家だと? 聞いたことがあるぜ! ノマドの関東支配に最後まで抵抗していた極道の一つだな? 確か、組員も半死半生でボロボロにされて無理矢理、倉脇の傘下に入れられたカス共だろう!」

 

嘲笑するような口振りに、源ニは前に向き直りシームルグを睨みながら、電磁長ドスを構える。

 

「鳴くんじゃねぇ! 夜明けは、まだじゃチキン野郎! 岩鬼のに誘われて、俺ら異次元一家も立ち上がったのよ。倉脇のボケも丁度失脚したことじゃしな!」

 

「たかが、ヤクザ一匹増えただけじゃねえか! 殺れ! お前らっ!」

 

「「「「「!!」」」」」

 

シームルグの命令と同時に、黒尽くめのアサシン達が源ニに襲いかかる。

 

「ぬしゃー後ろの奴らを守っとれ…」

 

ゆきかぜが声をかける間もなく、源ニは、迫りくるアサシンの集団に自ら突っ込んだ。対魔忍でもあの数では、熟練の者でもない限り、討ち死に必至である。

 

しかし…

 

「あんた、一人じゃ無茶…『ズバッ!』え!?」

 

「外道共ォッ! 死ねぇ!」

 

「うぎゃっ!」

「あぎぃ!」

「ぎゃん!」

 

ゆきかぜの予想とは裏腹に、流派の欠片も無い我流の刀が、次々と熟練のアサシン達を仕留めていく。

 

源ニの持つ電磁長ドス、もとい電磁刀は普通の刀よりも切れ味は抜群であり、更に斬りつけた相手に大量の電流を流すため、一瞬で黒焦げにしてしまう。これにより、なまじ再生能力を持つ者も細胞自体を死滅させ、殺すことも出来るのだ。そして、何より源ニは、関東異次元一家の鉄砲玉として、一人でいくつもの敵対勢力を全滅させてきた。故に近接戦闘だけなら、将造をも上回る実力者なのだ。

 

「ただのヤクザ一匹に何手こずってんだ!」

 

シームルグは、今度はアサシン相手に大暴れをしている源ニに羽苦無を飛ばそうとする。

 

ズキュン!ズキュン!

 

「うっ!?」

 

「させるかぁ!」

 

しかし、ゆきかぜのライトニングシューターによって邪魔される。シームルグは、何度も羽苦無を飛ばそうとするが、その度にゆきかぜの雷撃に止められた。

 

「どりゃあ!」

 

ズバァっ!

 

「ぐぎゃあっ!」

 

ゆきかぜとシームルグが戦っているうちに、源ニは最後のアサシンを真っ二つにした。そして、電流で黒焦げになった死体が倒れるのを見届けると、不敵な笑顔で電磁刀を再びシームルグに向ける。

 

「へへへ…残りは、てめぇ一匹だぜ、チキン野郎。」

 

「ぐっ…」

 

シームルグの表情に初めて焦りが生まれる。いくら四天王といえども『雷撃の対魔忍』と熟練のアサシン達を一瞬で葬った極道相手では、こちらが負ける可能性のほうが高いからだ。しかし、任務を放棄してここから逃げれば、後にフュルストからどんな折檻を受けるか解らない。故にシームルグは、最後の賭けに出る。

 

「四天王を舐めんじゃねぇ!」

 

大声で叫んだ途端、いきなり高速で回転して、羽苦無をそこら中に撒き散らし始めた。

 

ガシャンッ! バリンッ! ガガガッ!…

 

「ふんっ! 苦し紛れの豆鉄砲ね。」

 

後ろの組員達を守りながら、ゆきかぜがシームルグの行動を笑う。

 

「…………」

 

しかし、源ニは、時折飛んでくる羽苦無を落としながらシームルグを油断なく睨んでいる。 

 

(あのチキン野郎…逃げるために爆弾でも撒いてるのか? 『ガシャン!』クソッ灯りがまた消えて見づらく……ハッ!?)

 

しかし、何かに気付き、鬼気迫る顔でゆきかぜに叫んだ。

 

「いけねぇ!? 早くさっきのであの鳥を撃て!」

 

「え…どういうこと?」

 

「周りをよぉ見ぃ!」

 

シームルグは、一見すると無造作に羽苦無をバラ撒いているように見える。しかし、よく見れば、羽苦無が当たっている場所は、電線や街灯、建物の照明など、光を放つ光源であった。その証拠にどんどんゆきかぜ達がいる場所は、闇に包まれていく。

 

「しまった!?」

 

ゆきかぜが気付いた頃には、その場は、50m以上遠くのビル灯りしかない暗闇に近い状態になっていた。

 

月明りや星もない闇夜の上空から、シームルグの声だけが響く。

 

「苦無はもう無くなっちまったが、これなら楽に仕留められるぜ!」

 

「クソッ!」

 

ズキュン!

 

ゆきかぜが声の方向に雷撃を放つが、もうそこにはシームルグの姿は無く、雷撃は僅かに夜空を照らすのみであった。そして、そのまま無作為に雷撃を撃とうとするが…

 

「危ねえ!」

 

「きゃっ!」

 

源ニがいきなり、ゆきかぜを突き飛ばした。

 

その0.1秒後に凄い速さで、羽苦無と同じ毒が塗ってある小刀を足に掴んだシームルグが通り抜ける。

 

「どりゃあ!」

 

源ニは、電磁刀で素早く斬りつける。しかし、その頃には、シームルグはもう夜空に消えていた。

 

「遅いぜっ! ヤクザ野郎!」

 

「大人しく首を締めさせんかいっ! チキン野郎!」 

 

源ニが空に向かって叫ぶが、シームルグの黒い体は夜空の闇に溶けて視界に捉えることが出来ない。このままでは、後数回でどちらかが仕留められてしまうだろう。

 

「どうする? ヤクザ?」

 

ゆきかぜも同じく焦った顔で、空を睨みながら源ニに問う。

 

「ちょっと耳貸せや……………」

 

すると源ニは、ゆきかぜに近付いて何かを囁き始めた。

 

「…………………わかったわ…」

 

ゆきかぜが何かを了解すると同時に、闇夜で鋭い風切り音がした。二人はシームルグが、自分達のどちらかを狙って迫っていることを肌で感じる。

 

(まずは対魔忍、遠距離技があるお前を先に仕留めてやるぜ!)

 

シームルグが、ゆきかぜに狙いを定めた瞬間…

 

「今じゃあっ!!!!」

 

源二が、電磁刀をゆきかぜに投げて寄越し、彼女は、ライトニングシューターを離してそれを受け取った。

 

(何をする気だ? 迎撃はもう間に合わないぜ?)

 

シームルグが、ゆきかぜの行動に怪しみながらも、そのまま彼女に突っ込んだ瞬間…

 

「ええええぃ!!!!!!」

 

ビカァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!!

 

ゆきかぜの持つ電磁刀から、太陽のような閃光が放たれて辺りを照らした。

 

(め、目がぁぁぁっっっっっ!!!!!????)

 

ドカァァァァァァッッッ!!!!

 

シームルグは、ゆきかぜではなく地面に突っ込み、ゴロゴロと転がった。人間の十数倍、夜目が効く梟の獣人であるシームルグは、いきなりの閃光に目を回したのだ。丈夫な獣人故に骨折等はしていないが、目を抑えて悶え苦しんでいる。

 

苦しむシームルグを見て源ニは、ゆきかぜにニヤリと笑いかけた。

 

「すげぇ技持っとるのぉ。わけぇの。」

 

「当たり前よ。」

 

不機嫌そうにゆきかぜは、手に持つ電磁刀を源ニに投げ返した。

 

源ニが持つ電磁刀は、流れる電流の量によって威力と輝きが増す細胞具の伯父貴が作製した特別製である。故にゆきかぜの規格外の電流を流して辺りを照らし、シームルグの目を晦ますことが先程の作戦だった。

 

「クソぉぉッッッ!!!! 対魔忍めぇぇぇ!!!!」

 

シームルグは、目を閉じながらも空へ逃げようとする。が、それよりも早く、源ニは素早くシームルグの右羽根に取り付いた。

 

「は、離せっ!?」

 

「まぁまぁ、落ち着け……やっ!『ベキッ』」

 

そのまま腕ひしぎ十字固めの要領で、シームルグの右羽根をへし折った。

 

「ぐあああぁぁぁぁっっっってめぇぇぇぇ!!!!!」

 

シームルグは、今度は痛みのあまり転げ回るが、それを素早く立ち上がった源ニが足で踏みつけ止める。

 

「年貢の納め時だぜ。チキン野郎。」

 

ようやく目が慣れてきたシームルグか見上げると、源ニの殺気だった笑顔が目に入る。するとシームルグは、これから自分に起こることを予想し、ガタガタと震えだした。

 

「や、止めろ。俺を殺れば、沙無羅威どころかノマドを敵に回すことになるぞ。お前は、岩鬼将造と違ってノマドの恐ろしさは知っているだろう。いや、それよりもブラック様が出てくれば、日本の極道ごと一気に潰されるぞ!」

 

「うるせぇっ! ノマドが怖えーなら、鼻っからてめぇの命なんざ欲しがりやせんわい! ブラックがどれ程のもんじゃ!!」

 

そう言いながら源ニは、電磁刀を大きく振りかぶった。

 

「止めろォォォッッッ!!!!」

 

「殺れるもんなら、殺ったれやぁぁっ!!!!!」

 

ズバァァァァッッッッ!!!!! バリバリバリバリ!!!

 

源ニの電磁刀が、シームルグの右肩から左腰を切断した。それと同時に何万ボルトの電流が、シームルグの体を駆け巡る。いくら回復が早い獣人でも、上半身と下半身が切り離され、さらに高圧電流で細胞を破壊されれば、治癒は不可能である。

 

「ア、アニ…キ……トラ…ジ…ごめ…」

 

そして、シームルグは、か細い断末魔を上げながら、二つの黒焦げた物体に成り果て息絶えた。それは沙無羅威四天王の一人、『獣忍のシームルグ』の哀れな最後であった。

 

シームルグの最期を見届けた源ニは、ゆきかぜの方を向き直る。

 

「ここは終わったようじゃのぉ。ああ言ったが、なかなか骨が折れる鳥じゃったワイ。」

 

源ニと目が合ったゆきかぜは、そのまま彼に問いかけた。

 

「あんた、将造のいる岩鬼組じゃないでしょ? 関東異次元一家だっけ? 名前からして関東のヤクザなのに、どうして私達に協力してくれたの?」

 

「以前、ノマドが関東支配に乗り出したとき、素直に従う組もいれば、抵抗する組もおったんよ。そん時にやられた奴らは、一旦、倉脇の馬鹿に従うふりしてたが、ずっと反撃の隙を狙っとった。そいで、倉脇を倒した岩鬼のに極道連合設立を誘われて、一斉に決起したんじゃ。まぁ、今夜はいきなり頼まれて、慌てて来ただけじゃがな。」

 

「極道連合? へぇ~…あいつもやることはやってたんだ。」

 

ゆきかぜは、珍しく将造に感心した。

 

「わかったなら、俺は沙無羅威の本部へ直接カチコミに行く。ぬしは仲間を呼んで、怪我しとる組員達を病院へ運んでくれや。」

 

そう言って、源ニはその場を離れようとするが、ゆきかぜが慌ててそれを止める。

 

「ちょっと待ちなさいよ。シームルグもなんか言ってたけど、ここが襲われたなら、他の東京キングダムの岩鬼組の支配地域も襲われてるはずよ。そこには、私の先輩達もいるから、敵の本部よりそこに行ってほしいんだけど?」

 

「安心せい。他んとこには、俺や岩鬼のも認める強力なヤツが行っとるわい。」

 

源ニは、再びゆきかぜの背筋が寒くなるほどの不敵な笑いを見せた。

 

 

また同時刻

 

「「「「き、きららちゃん?」」」」

 

元マッスル団が所有していたビルの前、トロールやオーガの氷漬けの像がそこら中に立つ奇妙な場所で、岩鬼組の組員が砂煙に向かって叫んだ。そこは数秒前に対魔忍の『鬼崎きらら』に向かって、沙無羅威四天王の一人である全身鎧の半人半馬『オロバス』が、上空50mから降下した場所である。

 

オーク以上の巨体が、遥か上空から隕石のように直撃すれば、どんな人間でもただでは済まない。故に組員達は、砂煙が晴れれば見えるであろう、凄惨な光景を予想し、顔を歪ませた。

 

「畜生…あの馬野郎! よくも…………え゛!?」

 

しかし、そこには誰も予想し得ない光景が広がっていた。

 

オロバスの凄まじい落下のエネルギーにより、地面は半径五m程のクレーターが出来上がっている。しかし、そこには、組員が予想したきららの残酷な死体など無く、無傷のオロバスしかいなかった。

 

「ど、どこ、行った?」

 

クレーターの中央に立っているオロバスもこの状態は予想外らしく、顔をキョロキョロしてきららを探す。

 

すると、未だ砂煙が晴れない10m程先から、若い男の声が響いた。

 

「なかなか凄まじい跳躍と足腰の強さだ。」

 

「だ、誰だ!?」

 

オロバスが声の方向に怒鳴ると同時に徐々に砂煙が晴れて、ある人物が現れた。

 

身長は180cm以上、少林寺拳法の道着のような服、女か男か解らない恐ろしく整っている顔。そして、何より周囲が驚いたのは、髪型である。その者は、服装に似合わないトリートメントされてないザンバラ髪を二つ括ったツインテールをしていた。さらにその両手には、間一髪、あの落下から助けたであろうきららをお姫様抱っこしている。

 

抱っこをされている本人であるきららも、心底驚いた顔をしており、いきなり現れた性別不明の者へ不思議そうに問いかける。

 

「あ、あんた、誰? 女の人?」

 

「私は女ではありません。拙僧は、空蓮寺 少僧 爆烈、『空海坊爆烈』と申します。それよりもお怪我は、ありませんか?」

 

そう言いながら爆烈と名乗る男は、きららを優しく地面に立たせた。

 

(ば、爆烈!? 髪型も凄いけど、名前もまた…けど今はそんなことを聞いてる場合じゃない。)

 

きららは、名前と髪型に突っ込もうとする思いをグッと堪える。

 

「怪我は無いけど…貴方も極道なの? 助けてくれたのは感謝するけど、ただの人間があの化け物を相手にするのは…」

 

「組員ではありませんが、数週間前から岩鬼組の食客としてお世話になっています。後、私は多少の武術の心得がありますので、御心配なく。」

 

爆烈は、自分を心配するきららに笑いかけると、憤るオロバスにゆっくりと歩いて行く。

 

「へ、変な髪型、オトコ!? すぐ、殺す!」

 

自分の攻撃を避けられて苛立ったオロバスは、次は体当たりで吹き飛ばそうと、爆烈に向かって四本の足をフルに使い全速力で駆けて来る。硬い鎧を来たオロバスの全速力は、防弾装備した自動車が、猛スピードで突っ込んでくるに等しい。

 

「避けてっ!」

 

きららは、爆烈に向かって叫ぶが、爆烈はゆっくりと何かの武術の構えをしたままで動かない。

 

「死ねっ!」

 

「…………」

 

一秒後、二つの影が交差した瞬間…

 

ドガァァァァァァッッッッ!!!!!

 

「ぐおおおおおおっ!!!!????」

 

爆音とともに勢いよく一方の影が吹き飛ばされた。その巨大な影は、意外にも絶対に有利と思われたオロバスだ。爆烈の方を見れば、無傷で拳を突き出した構えで静止している。

 

ガラガラガラガラ!!!!!!

 

そのままオロバスは、錐揉みに回転しながら近くのビルに激突し、それにより破壊された壁の瓦礫に埋もれてしまった。

 

「す、凄い。素手で…しかも一撃であんなやつを…」

 

壁に激突し瓦礫に埋もれたオロバスを見たきららは、驚嘆しながら爆烈に近付こうとする。

 

しかし、爆烈は瓦礫の山を見ながら、手を向けてきららを制止させた。

 

「いえ、まだです。」

 

「え?」

 

爆烈の言葉とともに、積もっていた瓦礫の山が、ガラガラと崩れだした次の瞬間…

 

「よ、よくもォォォォ!!!!!」

 

山と積まれた瓦礫を勢いよく吹き飛ばして、無傷のオロバスが飛び出してきた。

 

「鉄やカーボン程度ならあれで一撃だったんですが、あの鎧、かなりの特別製ですね。噂の魔科医という者が作ったのか…」

 

冷静に爆烈が呟くと同時に当のオロバスは、巨大な二つのメイスを取り出した。

 

「ミンチにしてやるゥ!」

 

そして、メイスを両手で振り回しながら再度、爆烈に突撃する。

 

「来い…」

 

岩鬼組の組員達ときらりが、遠巻きに見守るなか、二人の激闘が始まった。

 

「死ネ!死ネ!死ネ!死ネェェッッ!」

 

オロバスは、人間の数倍以上の耐久力を持つオーガでさえも、一撃で葬り去るであろう巨大なメイスを両手で連続して撃ち込む。

 

「力だけは人間と比べ物にならないが、動きは素人に毛が生えたものだな。」

 

爆烈は冷静な顔で、オロバスの凄まじい攻撃を腕だけで柳のように受け流す。しかし、防御をするのみで、少しも攻めない。

 

「す、すげぇ戦いだ。」

「互角だな。」

「こりゃ長丁場になりそうだぜ。」

 

二人の戦いを見守る組員達は、興奮した面持ちでガヤガヤと、二人の実力は伯仲しているといったことを話し合っている。

 

だが、きららだけは…

 

「す、凄い、まるで相手になってない…」

 

と一筋の汗を流しながら、驚きの表情で一言呟いた。

 

「ぇ? きららちゃん、それはどういうことだ。どう見ても互角だろ?」

 

一人の組員が、不思議そうにきららに問う。

 

「少しも互角じゃないわよ。あの爆烈さんって人が、馬もどきの連続攻撃をずっと攻めもせずに受け流しているのは、防御に精一杯とかじゃなくて、単に相手の実力を見てるだけよ。」

 

きららは、二人の戦いから目を離さずに答えた。

 

「何でわかるんだ? そんなこと?」

 

「爆烈さんの足元を見て…」

 

「あっ!?」

 

組員が驚きの声を上げた。

 

オロバスが、四方八方からメイスで攻めているのにも関わらず、それを捌いている爆烈の足周りは、少しも動いたような足跡が無いのだ。それは、二人の戦闘力の間に圧倒的な差が在ることを物語っていた。

 

(あの動き、私の対魔殺法じゃ絶対に敵わない! いや…もしかしたら、アサギさんでも忍術なしじゃ…)

 

「クソ、クソ、クソォ!」

 

オロバスは、これ以上は無駄と判断したのか、攻めるのを止めて悔しそうに地団駄を踏み始めた。

 

「お前如きの腕では、私の影さえ捉えることは出来ない。」

 

そんな怒り狂うオロバスを、息一つ乱さない爆烈が煽る。

 

「な、舐めるなぁァァァ!」

 

地団駄を止めたオロバスは、大声で叫ぶと、きららを仕留めようとした時の様にまた大空へと飛び上がった。

 

「ブロロロォォォッッッ! もう、外サナイィッ!!」

 

そして、爆烈に向かって、また流星のように落下してくる。

 

「あれだけは、無理よっ!? 避けてぇっ!」

 

きららが爆烈に向かって、必死な声で叫ぶ。

 

だが、爆烈は上空から落ちてくるオロバスをひと睨みすると天に向かって構えを取った。それは、受け流したり、投げ飛ばしたりといった構えではなく、オロバスの落下を己の拳で迎撃しようとする構えであった。

 

「ま、まさか…」

「死ぬぞ…」

 

きららと組員達は、驚きの顔で爆烈を見る。

 

対照的に落下するオロバスは、自分を避けない爆烈を見て鎧の中でニヤリと笑う。この技は、今まで当たりさえすれば、100%敵を葬り去ってきた絶対的な必殺技だからだ。

 

「死ネェェェッッッ!!!!」

 

「「「「「避け『て』ろォォォォォ!!!!!」」」」

 

周囲の制止の声が響くなか、体重、怪力、落下に依る速さが合わさった、凄まじいインパクトを秘めたオロバスの前足が、爆烈に炸裂した…かと思われた瞬間。

 

「ムハッ…」

 

爆烈の拳が、音速を超えたそのとき、全ての物は…

 

ドォバァァァァッッッッン!!!!!!

 

………………爆烈!!!

 

「「「「「「……え!?」」」」」」

 

爆烈の音速を超えた拳により、オロバスは、断末魔を上げることなく、体が花火のように爆発した。

 

「「「「「「「……………」」」」」」」

 

爆烈の音速を超えた拳を目で認識出来なかったきららと組員達は、オロバスがいきなり爆発したかに見え、状況が理解できずにその場でポカンと立っている。

 

しかし…

 

ボトボトボト…

 

「キャッ!」

「うわぁ!」

 

オロバスの肉片や鎧の一部が雨のように降ってくると、爆烈がオロバスを一撃で倒した、いや、爆烈させたことが解った。

 

「「「「「「う、う…うォォォォッッッッ!!!!! スゲェェェェェェェッッッッッ!!!」」」」」」

 

岩鬼組の組員達が、喜びの声を上げて爆烈の元へと駆け寄って来る。その集団の中でいち早く駆け寄ったきららは、自分が苦戦したオロバスを一撃で倒した爆烈に興奮気味に話しかけた。

 

「貴方凄いわね! あの沙無羅威の四天王を素手で、何の術も使わずに倒すなんて! なんて言う拳法を使うの! あんなのどこで習ったの?」

 

「私は、山梨の山奥にある空蓮寺という寺の坊主です。先程見せた爆烈拳は、そこで習いました。」

 

「え、爆烈拳!?」

 

(爆烈拳って、少し前、あいつが鹿之助とこの世で最強の拳法は何かっていう、下らないことで盛り上がっていたときに推してた拳法じゃない! 確か…今は古文書でしか確認出来ない、敵を一撃で爆発させる日本古来から伝わっているとされる幻の拳法…)

 

爆烈拳という単語を聞いたきららは、心の中で驚愕しながらも平静を装う。

 

「そんなお寺のお坊さんが、何で東京キングダムでヤクザの味方になってるの?」

 

「私は、千住院弁慶と万住院南瓜という出奔してしまった弟弟子達を探すために関東へと向かったのです。そこで岩鬼組と知り合い、人探しの代わりに将造に用心棒を頼まれました。何でも『わしのバックは日本政府じゃからすぐ見つかる』と言ってましたね。」

 

一ヶ月ほど前、東京キングダムに流れ着いた爆烈は、チンピラ相手に騒ぎを起こしかけ、偶然岩鬼組に仲裁された。そこで組長である岩鬼将造に事情を話し、弁慶と南瓜が見つかるまで組の食客となる約束を交わしたのだ。

 

「そうなんだ。確か、ちょっと前、そんな二人を対魔忍全体で情報収集せよってお触れが出たわね。けど、みんな核ミサイルの事後処理に追われて、本格的にまだ探せないでいたわ。」

 

「理解できたなら、私はこれから、沙無羅威の本部へと向かいます。貴方は、すぐに龍門の支配地域にいる岩鬼将造のところへ行き、他の四天王やフュルストを、もう倒したってことを伝えてくれませんか。将造の携帯は、何故か壊れているらしいのです。」

 

フュルストを倒したという言葉を聞いたきららは、遂に冷静な顔を崩し、心底驚いた顔になる。

 

「噓、あのフュルストを倒したのっ!?」

 

「はい。私が、ここに来る直前に電話があったのです。臨海副都心と他の岩鬼の支配地域を襲った奴らは、全て倒したと。」

 

「まだ聞きたいこと(髪型とか…)はあるけど、そう言うことならわかったわ。龍門の支配地域は、ここから近いし、それくらいならすぐに行ってあげる。」

 

「お願いします。」

 

その後、怪我をした組員の治療は、他の者に任せ、爆烈は沙無羅威本部へ、きららは龍門の支配地域へと駆け出して行った。

 

その一分後…

 

ピピピピピピ!!!!

 

きららの携帯に連絡が入る。

 

「もしもし? え……わかりました!? 急ぎます!」

 

その連絡内容を聞いたきららは、足を早めて将造の元へとさらに急いだ。




空海坊爆烈という登場人物は、『邪鬼王爆烈』という作品の主人公です。元の作品では、エドウィン・ブラックでさえも一撃で倒せるキャラですが、本作では、対魔忍でよく出てくる、武を極めた者の一人です。
今作品を書いてる時に、ふと思いましたが、対魔忍RPGの世界では、武を極めた者の闇落ち率は異常ですね。


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Weapon 22 激突! 極道連合VS沙無羅威 後編

爆烈がオロバスを倒す少し前の臨海副都心…

 

「ハァハァハァ…対魔粒子がもう…」

 

達郎は、忍者刀を杖にしながら息も絶え絶えで片膝を付く。

 

臨海副都心の戦闘は、当初は対魔忍と極道の混成軍が優勢であった。しかし、フュルストが持つ魔本から無限に召喚する人間大のイカや空中を泳ぐ怪魚などの怪生物達に消耗戦を強いられてしまい、今現在では、混成軍は、対魔粒子と弾薬が尽きかけ苦しんでいた。

 

そして、混成軍からやや離れた場所でも激闘が繰り広げられていた。

 

(くそッ! こちらは対魔粒子よりも、体力が限界だ…)

 

秋山凛子は、心の中で苦しそうに呟く。彼女は、右腕が巨大な刀と化している魔人と激しい剣戟を繰り広げていた。

 

「ガァァァァッッッ!!!!!!!」

 

その魔人とは、フュルストから魔力を供給されて魔神と化したニールセンである。ニールセンは、人間状態でも達人と言えるだけの実力なのだが、魔力を供給されると、理性の代わりに力と体格が増強され戦闘力は何倍にもなるのだ。

 

それでも斬鬼と称される凛子からすれば苦戦はすれど倒せない敵では無い…はずであった。

 

「今だ!忍法…『ズズズズズズ…』クソッ! またかっ!」

 

止めを刺そうとする凛子が、足元から迫る漆黒の泥のようなものを避けるため、ニールセンから離れる。避けながら彼女が睨みつける先には、顔がないツルンとした黒装束の人間がいた。不明の魔女と称される『ヴィネア』である。ヴィネアは凛子が優勢になると、彼女の足元に漆黒の奔流というドロドロとした泥のようなエネルギー体を放ち邪魔をしていた。

 

「ニールセンちゃんも手が焼けるわねぇ。」

 

フュルストから無限にエネルギー供給を受けているニールセン、隙を狙い奔流に取り込もうとするヴィネアを相手にし、凛子も消耗戦を繰り返していた。

 

「畜生! 死ねぇハゲ野郎!」

 

ズドン!ズドン!

 

時折隙を突いてフュルストとヴィネアに極道が弾丸を発射するが…

 

「え゛…なんだあれ?」

 

「フフフ。」

 

ヴィネアに放たれた弾丸は、彼女の体から溢れる瘴気に触れた途端に溶けて無くなってしまう。これは彼女の能力の一つで鉄を無力化する禁呪の術である。

 

そして、もう一個の弾丸は、フュルストの額に確かに当たった。オークや鬼族など人間に近い魔界の住人なら、弾丸が頭部に当たれば致命傷である。

 

しかし…

 

ジュグジュグ…

 

穴が空いた頭部から細かい触手が現れ、傷が即座に塞がってしまう。これはフュルストの魔科医に依る自己再生能力であり、どんなに体をミンチにされても再生することができるのだ。

 

「ホホホホ、もう少しですね。ヴィネア、そろそろあの剣士ではなく、奔流を彼奴等に…」

 

「はい、フュルスト様。」

 

ヴィネアが、明らかに動きが鈍ってきた凛子から、怪生物と戦っている対魔忍と組員に手を向けた途端、

 

ズズズズズズズズズズ………

 

凛子に時折向けていた漆黒の奔流が、今度は彼らの足元に広がった。

 

「しまった!?」

「な、何じゃあ!?」

 

そして、ズブズブと底なし沼のように足が沈んでいく。各自、足を引き抜こうとするが、粘度の高い糊のようなエネルギーに絡まり抵抗できない。

 

「「「「ぐぁぁぁぁっっっ!?」」」」

 

「クソっ風遁・鎌鼬っ!」

「火遁・豪炎っ!」

「死ねぇ!」

 

苦し紛れに対魔忍や極道が、ヴィネアに風遁や火遁、弾丸を放つが、忍法は距離が離れているため届かず、弾丸は瘴気で溶かされてしまう。

 

(朧や海座を退けたと聞いて、少しは期待したのですが…こいつらは実験動物にも使えませんね。所詮、親玉の極道兵器だけのワンマンチームなのでしょう。さっさと蹴りを付けて、龍門に…)

 

フュルストが、黒き奔流に沈んでいく二軍を見ながらため息を付いた瞬間だった。

 

シュオオオオオオオ! ボグッ!

 

「ぎゃあっ!」

 

急に弾丸ではない白い何かが、ヴィネアの頭部に直撃し、彼女は堪らず昏倒した。その途端、漆黒の奔流は途切れてしまう。

 

「な、何だ!?」

 

フュルストは、ヴィネアを急襲し、地面に転がった何かを慌てて確かめる。

 

「こ、これは!?」

 

それは野球で使う硬球であった。

 

フュルストは、すぐに硬球の出処を探す。すると怪生物と二軍が戦っている場所を越えて、30m程離れた前のビルから、二人の若い男達の大声が響いた。

 

「見ぃヒロミツ! ジャストミートじゃあ! チクチクチクチク、攻撃しおって、このつるつるコンビがぁ!」

 

「しかし、交代の時間までぐっすり寝とったらエライことになっとるのぉ! 竹志!」

 

フュルストが声がするビルに注目すると、二階の窓から硬球を右手に持つ野球帽を被った小柄な男、そして、釘バットを肩に置く面長で長身な男が見えた。

 

「何だお前らはぁ?!」

 

怒り狂うフュルストの怒鳴り声に、ニヤリと笑った二人は、上着を勢いよく脱ぎ捨て背中を見せつける。

 

「わしは、極道連合 関東久魔会 跡取り 本間竹志よ!」

 

「同じく極道連合 関東山崎組 跡取り 山崎ヒロミツじゃ!」

 

ヒロミツと名乗った青年の背中には、バットを持った仁王、タケシと名乗った青年の背中には、特撮映画の大魔神が彫られていた。

 

「あ、あれは!?」

 

ヴィネアが昏倒し、漆黒の奔流から逃れることができた達郎は、階下から二人の入れ墨を見て驚愕した。

 

(あの入れ墨…思い出した! 彼らは去年、高校野球で大暴れした二人だ!)

 

達郎は去年、凛子とゆきかぜと共にテレビで見た、夏の高校野球の東京地区予選決勝のことを思い出した。それは、初めて地区予選決勝に出た久魔高校と古豪の米山実業の試合である。彼らは、決勝が始まり試合場に現れるやいなや、先程のように上着を脱ぎ捨て、準決勝まで隠していたであろう彫り物を見せつけながら試合をしたのだ。さらに竹志と名乗る男が、サヨナラホームランを打った後、ベースを周らずにヒロミツと名乗る男と共に相手ベンチに乗り込み、大暴れをしたのだ。

 

(その後、米山実業野球部は、試合前夜に二人を闇討ちしていたことが分かって、東京代表を取り消された。けれど二人は、大暴れしたこととヤクザとバレたことで、結局甲子園に出られずに少年院に入れられたって聞いたけど…もしかして、将造さんが…)

 

達郎が驚いている間に、ヒロミツは打席の構えに入る。

 

「マッスル団の馬鹿にも、野球好きな奴がいてラッキーじゃったワイ。」

 

「ああ、じゃが竹志! 今度は、わしの千本ノックの時間じゃあ!」

 

カキィン!カキィン!カキィン!

 

今度は、ヒロミツが何十発と球をノックしてヴィネアを狙う。

 

野球の硬球には、鉄が含まれていないため、魔術を使っても弾丸のように溶かすことが出来ない。さらにヴィネアはどんな者でも、漆黒の奔流の範囲内なら取り込んで楽に殺せるが、二人の距離が遠過ぎるために反撃することも出来ないのだ。それ故にヴィネアは、障害物が何も無い場所で、急襲する弾丸のような硬球を避けるのに精一杯で他の者にも漆黒の奔流を発揮することができない。

 

「ウグッくそ! あいつら…『ボグッ!!』ぎゃあ!」

 

「ヒロミツの糞球には、負けられねぇぜ!」

 

再び、竹志の豪速球がヴィネアを捉え、彼女は再び昏倒した。

 

「やるじゃねぇか、竹志!」

 

「当たり前じゃ! お前を殺すために磨いてきた殺人ボールじゃぞ!」

 

竹志とヒロミツは、元々は、それぞれ敵対するヤクザの跡取り息子であった。だが竹志は、野球の試合中ならルールを守る限り、人を殺しても罪に問われないのを知り、ヒロミツを合法的に殺すために、155キロの豪速球を身に付けた。一方のヒロミツは、元々野球が大好きであり、甲子園に出るためにその竹志の殺意を知ってバッテリー組んだ。結果としては、甲子園に出ることは叶わなかったが、二人はそれ以降も少年院でバッテリーを組んで、野球?の腕を磨いていた。将造と源ニは、そんな彼らの裏事情を知り、目を付けて身元引受人になり、組ごと二人を引き入れたのだ。

 

「………… 」

 

 ボグッ!ボグッ!ボグッ!

 

昏倒したヴィネアを、容赦なく二人の硬球が集中するが彼女は動かない。どうやら、再び頭部に硬球が直撃した時に気絶したようである。

 

「ヴィネア! くそッ!」

 

フュルストは、すべての魔術を中断し、彼女の元に急いだ瞬間…

 

「今だっ! ウォォォォッッッッ!!!」

 

魔人化したニールセンと激闘を繰り広げていた凛子が、ニールセンに向かって大きく踏み込んだ。それと同時に愛刀の石切兼光に、空間跳躍の光の玉を纏わせる。

 

「逸刀流・胡蝶乱舞!!」

 

凛子が叫ぶとニールセンの周りに光の玉が発生し、その中から石切兼光の斬撃が飛んでくる。胡蝶乱舞という技は、凛子の逸刀流の技と空間跳躍の術を複合した、敵を四方八方から切り刻む、防御も回避もほぼ不可能な必殺技だ。

 

「…………」

 

バラバラバラバラ…

 

フュルストから力を貰い、ヴィネアからサポートを受けていたニールセンは、剣士としての誇りある自我が戻らない魔人の状態で、断末魔も上げる暇も無く、切り刻まれて死亡した。

 

「ハァハァ…ウッ!?『ガタッ…』」

 

ニールセンが崩壊するのを見届けた凛子は、全身の力が抜けたように膝を着く。

 

(…あ、危なかった。しかし、まだ大元であるフュルストが残っているうえに、里の応援が来るまでまだ時間がかかる。ゆきかぜや鬼崎、将造がいない今、私が率先して相手をせねば…)

 

精神も体力もギリギリの凛子が、フュルストの方を向くとフュルストは、怒りのあまりワナワナと震えていた。

 

「おのれ…ヴィネアに続き、ニールセンまでも。貴様らぁ!」

 

普段の丁寧な言葉使いが、怒りのあまりに元の性格から滲み出る乱暴な言葉になっている。さらにその怒りに拍車をかけたのが、気絶したヴィネアを豪速球から庇おうとした故に、怪生物の召喚を中断してしまい、その間に極道と対魔忍達は、怪生物の波を押し返したことである。

 

そして、フュルストが何も仕掛けない今がチャンスと言わんばかりに、対魔忍部隊の小隊長が、大声で他の対魔忍達に命令する。

 

「よし、今だ!すべての残った火力を集中して、フュルストごと殲滅するぞ!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

そして、極道達も温存していた重火器を取り出す。

 

「こっちも殺るぞォォォ!!!」

 

「「「「「「よっしゃあああああ!!!!」」」」」」

 

対魔忍達は火遁や水遁、風遁といった忍法を、組員達は虎の子として残していたロケットランチャーやRPGなどの重火器を、残存している怪生物とフュルストに集中砲火した。

 

「「「「「うォォォォォッッッッ!!!!!!」」」」

 

ズドォォォォォォォッッッッッッン!!!!!!!

 

忍法と重火器のW攻撃による大爆発が起こった。それにより、辺りに濃い爆煙が発生しフュルストを包み込む。

 

「やったか…」

「凛子姉…」

 

いつの間にか達郎の近くに寄っていた凛子が、彼に肩を貸す。そして、二人は、煙から目を離さずに、お互いを支え合いながら立ち上がった。

 

「「「「「………………………………」」」」」

 

対魔忍と極道達、そして、ビルの竹志とヒロミツも、何も喋らず真剣な面持ちで煙が晴れるのを待っつ。 

 

しかし、その時だった…

 

「なかなか晴れないな。誰か! 風遁で煙を…『シュルルルル』うわぁ!」

 

いきなり、爆煙の中から一本の触手が飛び出して、声を出した対魔忍の足に絡みついた。

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

それを見た対魔忍と極道に緊張が走る。

 

「な、何だ!」

 

触手に絡みつかれた対魔忍は、すぐに解こうするが…

 

『バキバキバキバキッ!!!!!』

 

「ぎゃあああああああああ!!!!!!!」

 

周囲に聞こえるほどの、触手が足の骨を粉砕する音が響いた。

 

「いけないっ!? ハァッ!」

 

ザシュッ!

 

凛子は、空間跳躍の術を使って離れたところから、すぐさま触手を切り落とす。すると元の触手は、煙の中に引っ込み、足に絡みついた方は、すぐ力が抜けたように地面に落ち、数回ミミズのようにうねると動かなくなった。

 

(まずいっ! 煙の中に何かいる!)

 

それを見た達郎は、なけなしの対魔粒子を使い、急ぎ風遁で煙を吹き飛ばす。

 

ビュオオオオオオ!!!!!!!

 

すると、煙はすぐに散り、触手の全貌が現れた。

 

「何だあれ!?」 

「気持ち悪っ!?」

「ば、バケモンだぁ!?」

 

煙の中から現れた物に対魔忍と極道達は、驚愕した。そこには、爆散したフュルストの死体ではなく、全長10mを超える粘液を滴らした、見る者全てに嫌悪感を与えるイソギンチャクのような触手だらけの生物がいたのだ。

 

周囲の者達が、息を飲むなか、その生物からフュルストの声が聞こえてくる。

 

「ホホホホホホ! よくもやってくれましたね。対魔忍と極道共、しかしこれでおしまいです。」

 

その醜悪な生物の正体は、魔術書と合体したフュルストだった。

 

「こ、この野郎っ!」

 

極道の一人が、変身したフュルストに向かって、まだ残っているロケットランチャーを飛ばす。

 

ドカァァァァァァァァァ!!!!!

 

ロケットは直撃し、フュルストの体は三分の一程吹き飛んだ。

 

しかし…

 

グジュグジュグジュグジュ…

 

「ヒッ…」

 

ロケットを発射した組員の顔が恐怖に歪んだ。吹き飛ばした肉片が消えていき、さらに千切れた個所が、即座に再生してしまったからだ。いつの間にか、凛子が切り落とした触手も消えている。肉体変異、転送、再生、それが魔術書と合体したフュルストの能力だ。

 

「実力差が解りましたか? だったらさっさと……死になさい!」

 

ビュビュビュビュビュ!!!!

 

フュルストが叫んだ途端、数え切れない程の触手が、対魔忍と極道達に飛んで来た。

 

「「「「「「「うわぁァァァ!?」」」」」」」

 

対魔粒子と弾丸をほぼ使い果たした彼らは、次々と触手の餌食となる。

 

「下がっていろ! 達郎!」

「凛子姉!」

 

凛子は、迫りくる触手を斬り伏せながら、達郎に叫ぶ。

 

「このハゲタコ野郎! かかってこいやァァァ!!!」

 

「馬鹿たれ! 竹志! 一旦、ビルの中に逃げるんじゃ!」

 

憤る竹志を、ヒロミツは仕込みバットの刃で触手を斬り伏せながら、無理矢理引っ張って、ビルの中へ避難する。

 

「ぎゃあァァァァァァ!!!!」

「骨がぁァァァ!!!!」

「離せェェェェッ!!!」

 

臨海副都心のビル前は、阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

その叫び声を聞き、フュルストは、ドンドン今までのストレスが解消され、気分が良くなっていく。

 

(すぐには殺しません。殺すのは、手足をバキバキにへし折ってからからです しかし、他の者に頼らずに、最初からこうしてれば良かったですね。まぁ、ニールセンを失ったのは痛手ですが、ヴィネアだけでも取り込んで助かったので良しとしますか。)

 

対魔忍と極道が、なけなしの忍法や僅かに残存していた弾丸をフュルストに放っても、即座に再生され、強靭な触手に捕まえられて次々と餌食になっていく。

 

『斬撃の対魔忍』と恐れられている凛子も、対魔粒子を使い果たして動けないでいる達郎を庇うので精一杯である。

 

竹志とヒロミツも、迫る触手から逃げまわるのみで反撃ができない。

 

「ホホホホホホホホ…」

 

大声で笑うフュルストと対照的に対魔忍と極道達の間に絶望が広がっていった。

 

………それ故にその場で起こっている不可解な現象に凛子が気付いたのは、その十数秒後だった。

 

凛子は、達郎と他の対魔忍を守るために、連続して空間跳躍の術を使って剣戟を飛ばしていた時、おかしな感覚に襲われた。

 

(な、何だ? あの触手から幻覚作用がある毒でも出ているのか? 周りの景色が段々と歪んでいるような…)

 

それは、錯覚では無かった。

 

「な、何だお前の顔、曲がってるぞ?」

「お、お前もだ?」

 

凛子が異常に気づいてさらに十秒後、その場にいるすべての者が解るほど、触手の化け物と化したフュルストの中心から、グニャリと空間が曲がり始めたのだ。

 

(な、何だ? 一体何が起こっている! これは、斬鬼の対魔忍の空遁の術に似ているが、奴が忍法を発動した様子はない!? しかし、痛くも痒くもない…)

 

ようやくフュルストも空間の異常に気付き、触手で締め上げている者達を思わず離してしまう。

 

そして、触手の攻撃が止んだその時、一人のしわがれた男の声がその場に響いた。

 

「皆の衆! はようビルん中へ逃げ込めぇ!」

 

フュルスト、対魔忍、極道、ビル前のすべての者達が声の方向に注目する。

 

声の出処は、竹志とヒロミツが居た階から、さらに十階ほど上の階。その階の窓から、幾人もの男達が双眼鏡で階下の様子を探っており、さらに中央の窓からは、パラボラアンテナのような物がフュルストに向いて飛び出している。その中で声を荒げて避難を促しているのは、顔の上半分をサイボーグ化している老人だった。そして、老人の後ろから、他の男の声も聞こえてくる。

 

「目標S15座標9.043、固定完了!細胞具の伯父貴! 亜空間固定装置のセット完了しましたぜ!」

 

サイボーグの叔父貴と呼ばれた老人が後ろに向かって叫ぶ。

 

「でかした、クズ松! 番太は、ワープポイント読み上げい!」

 

「了解!」

 

フュルストと対魔忍が呆気に取られるなか、窓から飛び出ているアンテナを見たすべての極道達は、顔色が真っ青に変わり慌て始めた。

 

「やべぇ!? あ、あれは、細胞具の伯父貴の新兵器じゃあ!はよう、ビルん中へ逃げ込めぇ!」

 

そう一人の極道が叫んだ途端、他の極道達は、動けない者や状況を飲み込めない対魔忍達を無理矢理引っ張って、ビルの中へ逃げ込み始めた。

 

(な、何です!? この極道達の慌てようは!? 嫌な予感がする! 早くあのアンテナを壊さなければ!)

 

フュルストは、周りの極道達の反応を見て、危機感を感じ急いで触手をアンテナに伸ばす。

 

しかし、細胞具の伯父貴が

 

「ワープポイント98、99、100! 亜空間固定スタート! 『暗黒刧洞』発射じゃあっ!」

 

と叫んだ瞬間…

 

ポッ…

 

フュルストの体の中心に、いきなり直径20cm程の穴が空いた。

 

「え? 何だあれ?」

 

その小さい穴を見た、ビルの中に避難した対魔忍達は、極道達の大騒ぎに比べて、目の前で起こった現象に拍子抜けする。

 

しかし…

 

「ぐぎゃああああああああ!!!!!!!!」

 

どんなに斬られ、爆破されても平気であったフュルストが、すべての触手を我武者羅に動かしながら凄まじい悲鳴を上げた。

 

「凛子姉っ! あ、あれ見て!」

「どうなってるんだ!?あれは!?」

 

他の極道達とビルの中に逃げた達郎と凛子は、フュルストの様子を見て目を疑った。

 

ズォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!

 

悲鳴を上げているフュルストの体が、まるで超強力な掃除機をかけられているように、その20cmの穴に吸い込まれているのだ。

 

「あれが細胞具の伯父貴の新兵器『暗黒劫洞』っす。」

 

「「暗黒劫洞?」」

 

驚いた顔のままの達郎と凛子に、近くの極道が説明し始めた。

 

「元々、凛子ちゃんの忍法や敵のワープする黒渦を見て、若がわしらもワープしたいって言い始めたのがきっかけなんすよ。そうしたら、関東異次元一家にノマドに頭を半分、吹き飛ばされて、自ら頭をサイボーグ化させた細胞具の伯父貴っていう武器を作る研究者がいて、その人に頼んでできたのがあの兵器っす!」

 

その話を聞いていた達郎が不思議そうな顔をする。

 

「え…今の話の流れだと移動するための道具ができたはずじゃ…」

 

達郎の言葉に極道は、恥ずかしそうに頭を掻き始めた。

 

「まぁ、実はなかなか製作に難儀して、一応は物体をどこかに送ることには成功したんすよ。けど…送った先で、ぐちゃぐちゃになっちまって…そしたら、その研究結果を聞いた若が、これを人に使用したら大変なことになるのおって言って…」

 

今度は凛子が呆れた顔になる。

 

「その言葉は、本来人に使用するのを禁ずる言葉だろうに、逆に敵に向ける兵器転用するとは…将造らしいな。では、あの穴は一体どこに? まさか…」

 

「恐らく宇宙空間でしょうね…」

 

「「…………」」

 

達郎達が話している間にも、フュルストの体が、穴に吸われてどんどん減少していく。

 

ズォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!

 

「グアァァァァァァッッッッッ!!!!!????」

 

フュルストは、何度も体をよじって逃げようとするが、体の中心に穴が発生しているため逃げられない。さらに千切れた体を治すため、転移と再生を繰り返しているが、宇宙に吸い込まれる容量の方が遥かに多いため徐々に体が萎んでいく。

 

(な、何という危険な兵器を使う連中だ! く、くそ、ヴィネアはもう吸い込まれて頼れない! こうなったら…)

 

細胞具の伯父貴は、そんな悲惨な状態になっているフュルストを見て、半笑いを浮かべている。

 

「クククッ極道が殺す時に選ばせる定番は、山か海なんじゃが、貴様は特別に宇宙に葬って…ん?」

 

周囲の者が注目するなか、フュルストは、震える一本の触手を体の中にねじ込み、人間態の時に使っていた魔術書を取り出した。

 

「いけないっ!」

 

それを見た凛子は、顔色を変えて空間跳躍の術を使おうとするが、仲間を守るために術を使い過ぎて対魔粒子が足りない。

 

「「「「「!?」」」」」

 

他の対魔忍達も術を展開しようとするが、吸い込まれる穴のせいで近付けない。

 

(ま、魔術書に魂を移して…今だっ!)

 

そのままフュルストは、体の外側に一瞬だけ、瘴気の渦を発生させて、その中に魔術書を放り込んだ。渦はすぐに閉じたが、残った体は再生と転移が止まり、全てが宇宙に繋がる穴に吸い込まれて消えていった。

 

それを見た細胞具の伯父貴は、悔しそうに呟く。

 

「ちッ…サブ、全回路を遮断せぇ…」

 

「了解…」

 

細胞具の伯父貴の指示の数秒後、宇宙に繋がる穴は徐々に小さくなり、完全に消滅した。同時に辺りの空間の歪みも収まり、正常な風景に戻った。その場には、爆発の跡や瓦礫の破片が散乱し、凄まじい戦闘を物語っているが、もう動くものは何も無く静寂が支配する。

 

しかし、その静かな様子を見た対魔忍と極道は、敵の親玉が逃亡したことを確信した。

 

「ウォォォォッッッッ!!! わしらの勝利じゃあ!!!」

 

『ウワァァァァッッッッ!!!!!!』

 

その場の静けさを破るように一人の極道が、大声で叫ぶ。そして、それを皮切りに対魔忍、極道関係なく大声を上げ、互いに体を抱き合ったり、ジャンプしたり、胴上げをしたりと大騒ぎをし始めた。

 

「凛子姉…終わったのか?」

 

「ああ、結果としては、フュルストは逃亡し怪我人は大勢でたが、ノマドの大幹部相手に戦って、死者が出なかったのは奇跡だな。」

 

達郎と凛子は、大騒ぎする仲間達を見て表情が和らぐ。

 

「甲子園なんぞよりも面白いもんが開園したのぉ。 ヒロミツ!」

 

「ああ竹志…わしらには、やはりこれが一番じゃのぉ! とりあえず、次はノマド相手に素振りの練習じゃあ!」

 

竹志とヒロミツも疲れているが、笑顔で騒ぐ仲間達を眺めている。

 

「馬鹿たれっ! 大騒ぎは後じゃ!早く怪我人を治療室に連れて行かんかい!」

 

しかし、階下に降りてきた細胞具の伯父貴が、一喝すると喜んでいた者達は、騒ぐのを止めて怪我人をビル内の治療室に運び始める。そして、比較的怪我が少ない凛子と達郎、竹志とヒロミツもそれを手伝った。

 

「サブ、他の奴らに連絡じゃ!」

 

「ヘイ、伯父貴!」

 

細胞具の伯父貴は、近くにいる異次元一家の組員に指示を出す。そして、安全となったその場を眺め、安堵の溜息をついた。

 

(危なかったが、ギリギリ、ここは何とかなったわい。後は頼んだで、将造、源ニ、爆烈、左素利!)




今作に登場している竹志とヒロミツは、『怪物伝』という作品の主人公コンビです。戦闘力は、石川作品でも珍しい一般人レベルなのですが、ストーリーが好きなので登場させてしまいました。
作中の『暗黒劫洞』は、名称だけは『虚無戦記』の『猿羅神』の自爆技と『伊賀淫花忍法帖』の『山神御目子』の女性器で敵を吸い込んで、宇宙に送り込む技ですが、兵器自体は『5001年ヤクザ・ウォーズ』で細胞具の伯父貴が、源ニを敵組織の組長の所へワープさせるネタです。余談ですが、あの作品でも生体ワープは、無傷では済まない危険な技術で、作中の源ニは、60時間以上の手術を要するほどの重傷を負いました。
二話続いて主人公がいませんが、次の話ではしっかりと登場するので、ご期待下さい。


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