転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった (マゲルヌ)
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1話 転生したらハードモードだった

〇月×日

 

 心の中を整理するため、今日から日記をつけてみようと思う。

 実は今、生まれて初めて“異世界転生”というものを体験している。

 崖から落ちて死んだと思った直後、気付けば俺は、見知らぬ部屋の中で一人立ち尽くしていたのだ。

『なぜか幼女の姿になって、背中には天使の翼が生えている』という謎の状態で……。鏡を見て銀髪有翼美少女が映ったときは死ぬほど驚いたよ。

 

 ……とはいえ、なってしまったものは仕方ない。

『二度目の人生を貰えたと思えば、ある意味ラッキーと言えるのでは?』――なんて考えながら、当初は楽観的に構えていたのだ。

 

 

 

 

 

 ――そこが“怪しい研究所”の一室で……、

 

 ――自分が“実験体の少女”だと分かるまでは……。

 

 

 

『ではこれより、第一回戦闘実験を開始する! シルバーデビルを放て!』

『はっ!』

 

「グルルルルゥ!」

「キシャアアアッ!」

 

 気付けば俺は猛獣の群れに囲まれ、頭上では白衣の連中がジーっとこっちを観察していた。

 

 

 

 

 

 

 ……ちょっと心の整理が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇月△日

 

 前回書き忘れていたので自己紹介を。

 今生での俺の名前は『ルミナ』、外見は五歳くらいの銀髪美少女(翼付き)です。

 目覚めてからずっと過酷な戦いを強要され続けていますが、今日もなんとかギリギリ生きてます。……ああ、命があるって素晴らしい。

 

 転生直後に猛獣と戦闘、自分は丸腰の幼女(実験体)とか、どんなナイトメアモードだよ……。

 幸い身体がハイスペック(素手で猛獣と戦える、空も飛べる)なおかげでなんとかなってるけど、中身がクソ雑魚一般人なのでメンタルの方が割と限界です。

 あああ゛あ゛、殺し合いはもうイヤじゃあああ!

 

 

 

 ――なんて叫んでいたら、今日の仕事は戦闘じゃなくて座学になった。やったぜ。

 正直勉強なんて嫌いなんだけど、地獄のようなこの生活だとまるで天国のようにも感じられる。

 よーし、これを機に心を入れ替えて、真面目に授業頑張るぞ!

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 “効率的な首の折り方”の授業だった……。

 

 いつか絶対、ここを逃げ出すことを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇月◇日

 

 手から炎が出た。

 いや、冗談でも妄想でもない。

 研究員から“ギラ”だの“イオ”だの書かれた紙を渡され、言われるままに唱えてみたら本当に火の玉が出てきたのだ。

 

 どうやらこれは“魔法”というものらしく、この世界では一般的に広まっている技術らしい。人間が魔物(※俺が戦わされている猛獣たち)と戦うために編み出した超常の力であり、一流の魔法使いともなれば山一つ吹き飛ばすことも可能なんだとか。

 

 …………正直に言おう。

 めっっちゃテンション上がった。

 両手で丸めた炎を『はああーー!』ってやって、時間いっぱい遊びまくった。

 手から必殺技を出すロマン、男の子ならみんな分かってくれるよね?

 

 

 

 ……まあその後は死ぬほど魔物と戦わされて、そんな気分は消し飛んだんだけど。

 アンクルホーン強過ぎワロタ、初級魔法全然効かねえw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月×日

 

 今日は知らない子どもたち四人と引き会わされた。

 彼らも俺と同じく、戦闘やら実験やらを課されている被験体らしい。ちなみに翼は生えていない。

 

『明日からいっしょに訓練するから、互いに顔を知っておけ』

 

 高圧的にそう言い放ち、研究者たちはさっさと出て行ってしまった。

 残された面々はさすがに戸惑っている様子。仕方がないので、ここは中身大人である俺が優しく手を差し伸べてあげることに。

 

「こんにちは。初めまし――」

「触んな!」

 

 差し出した手は、リーターっぽい少年・アランに荒っぽく跳ね除けられていた。

 

「…………」

 

 ……いや、別にこんなことぐらいで怒ったりしないけどね?

 相手はまだ子どもなんだし、謎の施設に閉じ込められていろいろ不安なのだろう。ここは分別ある大人として、優しく接してあげることが大切で――

 

「こっち見んな! ブス!」

 

 分別ある大人として優しくボコボコにしてあげた。

 俺のことはともかく、この美少女顔を侮辱することは許さん。

 

 

 

 

 ……あと、男2・女2でリア充っぽいのも許さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月△日

 

 なんか知らんがあれから、リーダーの男子・アランと友達になった。

『強さに惚れ込んだ』とか脳筋ぽいことを言われてちょっと戸惑ったけど、まあ悪い気はしない。

 

 で、嬉しいことに、その流れで他の子たちとも仲良くなれたのだ。

 マット、セシル、リリー。皆とてもいい子たちだった。

 これまで研究者連中には気を許すこともできなかったので、この世界に来て初めて心から笑えた気がする。

 

 

 

 ……少しだけ泣いてしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月□日

 

 最近訓練がきつい……。

 アランたちも加わるようになってから、今まで以上に大量の魔物たちと戦わされるようになった。

『集団戦闘が必要になったときのため』って、どんな場合だよ……。

 そもそもなんで子どもにこんな訓練させてんだよ……。

 

 何度もそう思ったが口に出すことはできない。今の実力で逆らっても、たぶん魔物の大群に放り込まれて殺されるだけだから……。

 とにかく今は、皆が大怪我しないことだけ気を付けて、なんとか課題をクリアしていくしかない。……唯一の大人として、俺がもっと頑張らないと。

 

 

 

 その第一歩として、『眠れない』と泣くリリーに羽をモフモフさせてあげた。

 大変満足してスヤスヤ眠ってくれた。良かった。

 セシルも喜んでくれた。

 アランは照れて逃げおった。

 そしてマットは『見ているだけで尊い……』と手を合わせていた。

 

 お前は何を言ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月◇日

 

 新事実が発覚!

 なんと俺って、この研究所で生み出された人造生命体だったらしい。優秀な素体に、戦闘用因子やモンスターの遺伝子とかいろいろブッ込んで誕生した、対魔族用生体兵器なんだって。

 なるほどー、だから幼女なのにこんなに強いのかー。生まれたばかりっぽいのに、身体も五歳児並みに大きいし。

 ハハッ、すごーい、倫理観さんが息してなーい。

 

 

 ……いや、今さらそれくらいじゃ驚かないけどね?

 最初から怪しい要素モリモリだったし……。羽生えてるし、筋力お化けだし、魔法も一瞬で覚えちゃうし……。

 でも特別なのは俺だけで、他の皆は普通に誘拐してきただけの孤児だそうな。“普通に誘拐”ってなんじゃろか? やっぱあいつら頭おかしいわ。

 

 ………………。

 

 ……俺の生まれを知っても、子どもたちは気にせず接してくれた。

 正直、化け物扱いされるかと思ってビビッてたんだけど、こんな境遇でホンマにええ子たちやで。感心、感心。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……でもね、セシルさん? 頭を優しく撫でるのはやめてくんない? 別に俺泣いてないから、泣いてるのはリリーだから。

 マットも微笑ましそうな顔しないで? これでも俺は大人なんよ?

 あとアランは指差して笑うんじゃねえッ、全然泣いてねーから! あいつホンマ後でぶッ飛ばす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………この子たちといっしょなら、辛い生活にもなんとか耐えられる。明日があると信じていられる。

 今はまだ無理だけど、いつかここを出てみんなと――(この先は滲んでいて読めない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 アランが死んだ。

 首筋を噛み破られて即死だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月△日

 

 これは教訓だ。

 

 ……そうだ、人間は簡単に死ぬのだ。

 他ならぬ自分自身が死んだ身だったのに、何を甘いことを考えていたのだろう? もっと慎重に行動していれば、あいつは死なずに済んだかもしれないのに……。

 

 ここじゃ一瞬でも気を抜いたら殺される。それを肝に銘じておけ。

 

 

 

 もう絶対に……誰も死なせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月×日

 

 最近訓練が特にキツい。

 一人欠けたのにノルマが甘くなることはなく、むしろ魔物の数や強さはどんどん増していた。

 

 ……正直なところを言うと、俺は最近になってますます強さが上がっておりまだ結構な余裕があった。

 対して三人の方はそうもいかず常にボロボロの状態だ。

 当然だろう。彼らは誘拐されてきただけの普通の子ども、人間兵器の俺と同じことができるはずがない。むしろここまで着いて来れてる方が異常だ。

 

 

 ――というわけで、研究者たちに直談判。『ここからは俺一人でやらせてください』と。

 あいつらの主目的は多分俺なのだろうし、“集団戦闘の経験を積ませる”という意味ではもう充分だろう。

『レベルが違い過ぎて邪魔!』とちょっと心苦しい宣言をしたら、研究者たちもあっさり認めてくれた。皆にはこれからもっと軽めの実験をやらせるそうな。

 

 よーし、これでひとまずは安心だ。

 代わりにこっちは、明日からさらに頑張らないといけないけどね? 四倍の仕事量に今から震えが止まらないぜ。

 というわけで、今日はさっさと寝ちゃいます。おやすみー。

 

 

 

 

 

 

 

 …………三人の寂しそうな顔が頭を離れず、この日はなかなか寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月×日

 

 ずいぶん久しぶりに日記を書く。あれから何日が経っただろう? いや、下手すると何か月、か?

 なにせ朝から晩までひたすら戦闘漬け&薬漬けだったせいで、時間感覚すら曖昧だ。

 その代わりと言っていいのか、戦闘能力は格段に向上していた。

 もうキングスライムくらいは軽くワンパンできるし、魔法も中級まではひと通り覚えた。最初の頃苦戦した相手にも楽に勝てるだろう。

 

 ……つーわけで、そろそろみんなに会いたい。

 ときおり廊下ですれ違って手を振ったりはできたけど、落ち着いて話す機会はほとんどなかったのだ。最近は碌に顔すら見れていない。

 これだけの成果を出しているのだから、ちょっと会って話すくらい許してくれるだろう。

 そう思ってダメ元で頼んでみたら、なんと条件付きでオーケーが出た。

 

 ――明日、我々が用意したボス級モンスターを倒せたら、皆に会わせてやる、だって。

 

 

 ……まあどうせこいつらのことだ。

 簡単には倒せないような相当ヤバイ相手を連れてくるのだろう。貴重な実験体でも『この程度で死ぬならそれまで』って平気で言うような奴らだ。きっと明日は何度も死線をさまようことになると思う。

 

 

 

 

 

 ……でも、やってやる。

 友達に会うためだけに命を賭けるなんて、馬鹿げていると言う人もいるだろう。

 けどそれでも――――俺は今、あいつらに会いたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(※ちょっとゴタゴタしていたので、過去3日分をまとめて書く)

 

 

☆月△日

 

 現れたのは想像に違わぬ化け物だった。

 様々な生き物を片っ端から繋ぎ合わせたような、いわゆる合成獣と呼ばれる生物。体高は三メートル、体長は七メートル。グズグズの体表面と濁った瞳が否応なく嫌悪感を掻き立てる、醜悪極まるモンスターだった。

 感じられる魔力量は膨大で動きも凄まじく俊敏。どう考えても子ども一人で戦うような相手ではない。

 

 けど、これが終われば皆に会えるんだ。

 その希望を胸に、俺は腹を括ってその場を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 …………数時間後。

 

 死に物狂いで喰らい付き、何度も何度も死にかけて、ようやく化け物を倒すことができた。

 上空から魔法を撃ちまくって注意を逸らし、武器も全部使って装甲を削り、最後は捨て身で突っ込んで中心核を貫いた。

 

 赤い結晶が割れ、倒れた奴の全身が崩れていく。

 牙が抜け、爪が折れ、鱗が剥がれ、体毛が抜け落ちる。もう動く気配など微塵もない。

 ――やった、俺の勝ちだ。これで数か月ぶりに皆に会える。

 満身創痍の中、また皆で笑い合える喜びに打ち震えた。

 

 

 

 

 

 

 ああ、でも……、なんでだろうね?

 有り得ない光景が目に飛び込んで来たんだ。

 

 突き刺した剣を回収しているだけなのに、なんでこんなモノが見えるんだろう?

 酒なんて飲んでないのに……、視力も全然悪くないのに……、なんで――

 

 

 

 ――なんで合成獣の核の中に、血まみれの皆がいるんだろう?

 

 

 

 そう思った直後、背中に衝撃を受け、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月□日

 

 暗い部屋の中で目を覚ます。両手足は鎖で壁に繋がれている。

 その目の前では研究者たちが並んで笑っていた。

 

『よくやった』

『さすがは最高傑作だ』

『これで我々の研究も完成する』

 

 上機嫌で称賛の言葉を口にしているが、そんなことはどうでもいい。

 今気になることはただ一つ。皆は無事なのか?ということだけだ。

 

 

『ああ、気にするな。もう処分は済んだよ』

 

 

 ??? 処分? ……処分ってなんだ? まるで意味が分からんぞ?

 疑問が顔に出ていたのか、研究者たちは得意げな顔で話し始めた。

 

 

『実験体の因子を成長させるには戦闘を繰り返すしかないが、一人をただ鍛えるだけではいずれ成長限界が来る。そこで新たに考案したのが、“使い捨ての被験体に少量の因子を仕込み、成長後に回収して本命に注入する”という方法だ』

 

『平凡な個体が成長させられる値など高が知れているが、大人数で行えばかなりの量となる。その予備実験として、あの四人は大いに役立ってくれた。彼らの因子を摂取し続けたおかげで、お前の力は大きく向上したのだ』

 

『因子を抜き取って抜け殻となった彼らには、合成獣の材料になってもらった。訓練で頑丈になった肉体は、とても良い養分となった。最期までお前の成長の糧となってくれる、良い友人たちだったな』

 

 

 

 

 

 

 

 理解ができなかった。

 ……いや、理解などしたくなかった。

 

 目の前にいるこいつらはなんだ?

 

 ……人間か?

 いや、そんな馬鹿な。それだとあの子たちと同じ種族ということになってしまう。そんなわけがないだろう。

 これはきっと――――人ではないナニカだ。

 

 

『我々はなんとしても邪悪なる者どもを殲滅したかった』

『それは現状の技術では困難だった。しかしあるとき我らは、尊き方々の導きにより素晴らしい知識を授かったのだ』

『それらを元に研究を繰り返し、そして今日ついに、我々はこの上ない成果を獲得した』

『あとはお前を解析・量産化していけば、最強の対魔族部隊が誕生するッ』

『世界は我々神の信徒によって守られるのだ! いと高き御方も、必ずや我らの働きを称賛し、迎え入れてくださるだろう! フハハハハハッ!!』

『…………ッ』

『~~~~ッ』

『――――ッ』

 

 

 つらつらと語られる狂信者の妄言など、これ以上聞く気はなかった。

 

 

 

 

 

 

 だって邪悪なる者は――――今すぐこの世から、消さねばならないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 右腕を一閃する。

 騒がしかった部屋がシンと静かになった。

 やっぱり人間じゃなかったみたいだ。物理的にも精神的にも抵抗感は全くなかった。

 

 念のためもう一閃。

 大丈夫、全然気にならない。

 なら後はもう“作業”だ。残りもさっさと終わらせよう。

 鎖を引き千切り、扉を蹴破って外へ出た。

 

 

 

 ……タオルがなかったので、足の裏は落ちてた白い布で拭いておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月▽日

 

 みんなの身体は廃棄施設の一画に折り重なるように積まれていた。全員額の中央にポッカリ穴が開いており、そこから中の空洞がぼんやりと見える。『連中の悪趣味な冗談』という可能性に賭けていたのだが、どうやら全て本当の話だったらしい。

 ……そういえばあいつら性格悪いくせに嘘だけは吐いたことなかったな。いつもいつも、胸糞悪い真実だけを楽しそうに語ってくれてたわ、クソが。

 

 

 ああもう、せっかくベホマ習得して魔法の聖水もかっぱらってきたのに、これじゃ使いようがない。

 そりゃ中身が無いんじゃどうしようもないって。

 

 俺が『不味い、不味い』言いながら適当に飲んでたアレがさ、まさか友達の■■とは思わないじゃん……?

 最初に分かってたらさ……、そりゃもっと大事に飲むとか、お焚き上げするとかしてあげてたよ?

 でも今さら知ったところでどうすることもできないし……。

 

 

 あークソ、あいつら、もっと時間かけて刻んでやればよかった。

 もう全部焼いちゃったから、あっちもベホマかけようがないし。

 ホント肝心なときに役に立たんなあ、回復呪文。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はぁ、明日からどうしよう?

 何もやることがないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月○日

 

『悲しくても辛くても腹は減る』とは誰の言葉だったか……。

 皆を埋葬して気絶するように眠りについてから数日後、腹の音と共に目を覚まし、普通に飯を食った。

 

 

 …………うん。

 なんか……思ったよりも、心にキテないな。

 あいつらにはちょっと悪い気もするけど、精神状態は割と平常だ。

 

 

 いや、確かにさ、皆が死んだのは滅茶苦茶悲しかったよ? あの日の夜はそれなりに泣いたし、割と本気で自暴自棄になりかけたりもしたし。

 

 でもさ、ゆうてまだ一年程度の付き合いよ? 例えるならば、偶然一回同じクラスになったくらいの薄い関係の友人たち。二度と会えなくなって、そりゃ悲しいは悲しいけど、別に世を儚むほどじゃないだろう?

 精々この先の人生にあまり意味を見出せなくなったくらいだ。問題ない、問題ない。

 

 

 

 ――ってことで、はい! 辛気臭い話はこれで終了!

 

 もう自由の身の上なんだし、ここからは楽しくゆるゆる行こう。

 皆のお墓を綺麗にしてやって、葬式とか一周忌とか三回忌的なものをしてやって、偶に掃除とかお供えをしてやって、そんでその後は………………、

 えー、その後は…………どうしよう?

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 まあ時間は腐るほどあるんだし、命令してくる奴ももういないんだ。今まで激務だった分、のんびり考えていけばいいだろう。

 とりあえず今は、この食っちゃ寝グータラ生活を満喫することにしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 ――うん。

 だってもうやることなんて、何もないんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 あれから季節が巡り、少々肌寒くなってきた今日この頃。

 

 なんか、朝っぱらから変なのがやって来た。

 

 

 来訪者は男性。

 身長190cm。

 髪は黒。

 筋肉モリモリ、マッチョマンの変態(半裸)だ。

 

 しかも、『自分はパパです』とか、『君について知りたい』とか、怪しい発言を連発してくる。

 

 

 

 

 ――初対面の幼女に向かって、いきなり“パパ宣言”かましてくるヒゲ面の大男……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 ……間違いない。変態だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話 また、陽の当たる場所へ

(左ページの続き)

 

 ……間違えた。

『パパです』じゃなくて、『パパス』だった。

 なるほど、お名前だったのね。律儀に自己紹介してくれたのに、変な勘違いしてすみませんでした。

 

 

 曰く――彼は近くの町(徒歩で数時間)からここまで調査のためやってきた、旅の戦士らしい。ここ数年、森の中で多数の戦闘跡が発見され、町民の間でも度々話題に上がっていたのだという。

 で、そこに来て、ちょっと前に起きたアレ……。

 炎や光が何度も空に撃ち上がり、何やらおぞましい叫び声まで聞こえ、『こいつはいよいよもってただ事ではないぞ』と判断され……、結果、凄腕剣士パパスさんが調査のため派遣されてきた――と、そういう経緯であった。

 

 

 

 ………………。

 

 ……うん、明らかに俺のせいだったね。

 そりゃ、あれだけ撃ったり斬ったり撒き散らしたりしたら騒ぎにもなるわ。冷静さを失ってその辺り全く配慮してなかった。今度からは気を付けよう。

 

 ――というわけなのでパパスさん。

 二度とああいう事態は起こさないから、安心して町へお帰りくださいな~。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ――って言ったのにこの人、全然帰ってくれないんだけど……。

 しかもなんか、すんごくもの問いたげにこっち見てくるし。

 

 ……え、……まさか、本当に幼女趣味じゃないよね?

 

 などと警戒していたら、単に研究所の中を見たいだけだったみたい。

 なるほど、純粋に調査の仕事をしたかったのね。誰に許可を取って良いか分からないから困っていた、と。

 

 ああ、いいよいいよ。好きにやっちゃってください。責任者はもういないし、自由に見ても誰も文句は言わないよ。

 俺はこっちで自堕落生活してるんで、ごゆっくりどうぞ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 ……びっくりした。

 一晩経ってもまだパパスさんいた。

 しかも突然怖い顔で迫ってきて、『いっしょにここを出よう!』なんて勧誘して来るし。

 

 あまりに勢いよく迫られたもんだから、つい驚いて魔法でブッ飛ばしちゃったよ。訓練中に偶然覚えた古代呪文・バシルーラ。まさか初披露がこんな用途になるとは……。

 

 

 いやでも、あれはパパスさんも悪いでしょ? あんな鬼気迫る表情でグイグイ来られたら、誰でも身の危険を感じちゃうって。

 まあ、パパスさんくらい強い人なら多分怪我もしてないだろうし、ここは痛み分けってことで収めてもらいたい。

 

 ……一晩経って調査も終わっただろうし、もう会うこともないだろうけどね。

 これでやっとまた、静かな生活に戻れるぜ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 このおっちゃんまた来おった……。

 ま、まさかのお礼参りか!?

 

 ――と、思ったらどうやら違う模様。

 それどころか昨日のことを丁寧に謝られてしまった。『怖い思いをさせて申し訳ない』と。

 ……要するに彼は昨日、この研究所で行われていたことを知ってとても憤っていたらしい。それで俺をこのままにはしておけないと思い、『一緒に来ないか?』と声をかけてくれた、と。

 

 

 ……あ、あーー、そういうアレね……?

 確かにパパスさん、人が好さそうだもんね。あの実験内容を知れば自然とそうなるか。

 この世界に来てからまともな大人に会ってなくてつい忘れていたが、幼女があんな目に遭って今も森に一人だったら、そりゃ心配するのが普通だわ。

 

 

 

 ……とはいえ、それも一般の子どもだったらの話よ。

 本当のことは説明できんけど、こちとら中身は大人の身。このくらいで参るほどヤワではないし、自分のケツくらい自分で拭けます。

 と、いうわけでパパス氏、俺のことは放っておいて、安心してお帰りくださいな~。

 

 

 

 

 

 

 

 ――って言ったのに、またこの人帰ってくれないし……。なんかデジャヴ感。

『いや、ホントそういうの良いんで……。放っといてくれて全然構わないんで』って、いくら婉曲的に断っても気にせずグイグイ来るし。

 親切心で言ってくれているのが分かる分、強く断わり辛いんだよなぁ……。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 …………仕方がないので、結局またバシルーラした(お引き取りいただいた)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 ――また来た。同上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月★日

 

 ――同じく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 ――略。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月▽日~~◎日まで

 

 ああもう、メンドクサイので一まとめ!

 

 

『滅茶苦茶バシルーラした!』

 

 

 

 

 ……頼むからホント、そろそろ諦めてくれんかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月☆日

 

 不覚を取った。

 最近ずーっとルーティン作業だったから油断していた……。

 全く靡かない俺に業を煮やしたのか……、なんと彼奴め、ついに自分の息子を使って篭絡にかかりおったのだ。

 今日も今日とて日課のバシルーラを準備していると、半裸男の後ろからひょっこり小さな子どもが顔を出した。

 

 ガチムチ親父とは似ても似つかない、柔和な顔立ちのターバン姿の少年。

 名を“リュカ”といい、なんとパパスさんの一人息子(四歳)らしい。小さな指を四本立てて微笑むその姿は、『本当にお前の息子か?』と問いたくなるほどに愛らしい。

 きっとママの遺伝子が頑張ったんだね。良かったな、少年。

 

 

 ……いや、そんなことはどっちでもいいんだった。

 あんにゃろうめ、息子を使って俺を取り込もうとはなんたる非道。確かに子どもがいては危険なので、お引き取り(バシルーラ)作戦は使えない。

 そうしてなし崩し的に息子と俺を絡ませ、話している内に情を移し、やがて子どもの無邪気さに絆されて態度が軟化する――と。そういう狙いなのだろう、このヒゲめ!

 

 

 フン、そんなベタな手俺には通用せんぞ。

 

 そもそも俺、子ども苦手だしな!

 たとえ目の前にいようと平気で無視してやるし、仮に無理でも、最終的に逃げてしまえば問題ない。

 

 ――というわけで、早速定番の“シカト”をしてやった。

 初めて会う同年代が珍しいのか、リュカはいろいろと質問してくるが全部スルー。好きなものとか年齢とか趣味とか聞かれてもまるっとガン無視。

 純真な子どもにこれは相当キツいはず。さあ、早く諦めるが良い!

 

 

 

 ――って思ってたのに、こいつ全く気にせずグイグイ来よる!

 

 

 な、なぜだ……?

 膝の上に乗られたとき、落ちないようについ支えてしまったのが失着だったか? それとも、最初に名前だけは答えてやったのがいけなかったのか?

 いやでも、名乗られたら名乗り返すのは最低限の礼儀だし……。

 

 

 

 

 ええい、クソ! 明日だ、明日。次こそは突き放してみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月□日

 

 嫌味を言ってやった。

 

 ……言葉の意味を聞かれた。

 しょうがないので辞書を引いてやった。

 

 有意義な勉強時間を過ごしてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月△日

 

 思い切って怒鳴り付けてやった。

 

 ……首を傾げられた。

 滑舌が悪くて聞こえなかったらしい。

 

 

 ……仕方ないじゃん、慣れてないんだからさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月?日

 

 もうどうにもならんので走って逃げた。

 さすがに身体能力差は埋められないし、これで諦めるだろう、という作戦。

 

 

 

 

 

 

 → 全く通じず、楽しそうに追ってきた。

 → いつの間にか鬼ごっこになっていた。

 → 転んでしまったので、仕方なくホイミしてやった。

 → さらに懐かれたorz

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 つ、次や、次! 次こそやったるわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月○日 

 

 ……いや、ちゃうねん。

 別に絆されたとかやないねん……。

 

 ただこの子、どんだけ邪険にしても全然諦めてくれんのよ……。

 無視もしたし、嫌味も言った。遊びの誘いも断わったし、置いてけぼりにしたりもした。

 

 ――なのに全っ然へこたれない!

 

 

 ……もう何なん、この子?

 まだ四歳でしょ? 普通こんな塩対応されたら泣くか、嫌になって離れるかするでしょ?

 なのになんで、『面白い……ッ』って感じに目を輝かせて追って来るの? 戦闘民族なの? 終いにゃ危険な森の中まで追っかけて来ようとするし、そりゃ俺だって慌てて止めるよ。

 ていうかまずアンタが止めろよ、父! 笑って見てんじゃねえ!

 

 

 

 

 ………………。

 

 まあ、そんな感じでね? 好奇心旺盛な幼児にはどうにも勝てず……。

 とりあえず今度、二人が滞在する町まで遊b――じゃなかった、買い出しに行くことになったので、それまでは御機嫌取りを続けてやることにした。

 

 ……あくまでこれは物資確保という目的のため。

 他に伝手もないし、仕方なく、嫌々だけど付き合ってやる、それだけの話だから。変な勘違いとかはしないように。

 

 

 

 

 あとリュカ、いい加減『お姉ちゃん』って呼ぶのやめなさい。変な気分になるでしょうが!

 こちとら中身はバリバリの男子なんだからな、まったく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パパスがその噂を聞いたのは偶然だった。

 魔物にさらわれた妻を探す旅の途中、情報収集のため立ち寄った町の酒場で偶々その会話を漏れ聞いたのだ。

 

 曰く――近くの森に数年前から怪しい連中が住み着いており、その中に“翼の生えた少女”がいるのだという。

 

 背に翼を持つ人間……。それを聞いてパパスの頭に浮かんだものは一つ。伝承にのみ伝わる、この世界を見守っていると言われる幻の種族――“天空人”だ。勇者の伝説にも深く関わる種族であり、パパスにとって決して無視できない存在である。

 もしその少女が本当に天空の民ならば、勇者について何か知っている可能性は十分にある。パパスは早速町の役人たちに面会すると、『自分が様子を見て来る』と話を付け、少女を探すため森へ出発した。

 

 旅に出てから早数年、勇者について何の情報も得られず、正直、おとぎ話の類ではないかと疑い始めていたのだが、ここに来て初の有益な手がかりだ。

 

(もしかするとこれを機に一気に状況が進展するかもしれんッ)

 

 そんな、久方ぶりの高揚感とともに、パパスは意気揚々と森の奥の施設へと辿り着いたのだった。

 

 そして――

 

 

 

 

 

「……誰……ですか?」

 

「ッ!?」

 

 その少女を見たとき、彼の浮ついた気持ちは一瞬で消え去っていた。建物の傍――墓地らしき場所で静かに佇む銀髪の少女の目には……、一切の光がなかった。

 

「……役人? ……それとも…………盗賊……? ……まあ、どっちでもいいけど」

「い、いや……、私は……」

「研究者も魔物も……全員殺しちゃったから、もう誰もいないよ……? それでもいいんだったら、好きに見てって……」

「ッ!?」

 

 

 

 ――噂話には続きがあった。森の連中は、方々から身寄りのない子どもを攫ってきては、夜な夜な危険な実験に利用しているのだ――と。

 

 尾ひれが付いた噂だと思っていた。子どもの姿があったのも、きっと関係者の家族でも一緒に住んでいるのだろうと、深く考えてはいなかった。

 ……しかし、振り返った少女と目が合ったとき。光のない絶望した瞳と、そして、人を殺したことを淡々と語るその姿を見たとき、パパスは噂が噂ではなかったことを理解した。

 

 その後研究所の中を調べるに連れ、さらに驚くべき事実が明らかとなっていく。無残に破壊された建物の中、散乱し赤黒く汚れた報告書を読みながら、パパスは怒りと遣る瀬無さに身を震わせた。

 そこに書かれていたのは、ルミナという少女の出生の秘密と、そして、この場で彼女が強制されてきた全てだった。そのどれもが、パパスの想像を遥かに上回る残酷な仕打ち。いたいけな少女がああなってしまったことも納得できる、まさしく悪魔の所業と言うべき行いだった。

 

(……ダメだ。……あの子をこのまま、放ってはおけないッ)

 

 この時点ですでに、パパスの頭から勇者に関する目的は消えていた。代わりに思うことは、この不憫な少女をなんとか助けてやりたいという純粋な想いだけ。

 このままではあの子は世を儚んで自らを殺すか、あるいは逆に、全てを憎んでその力を破壊へ使ってしまうかもしれない。人として……、否、一人の子を持つ親として、幼子のそんな未来を放っておくことなどできなかった。

 

 

 ……しかしそんな想いが先走り過ぎたのか、この日は勢いよく距離を詰め過ぎ、彼女を酷く怯えさせてしまった。パパスが肩に手を置いた瞬間、ルミナは今までの淡々とした態度が嘘だったかのように取り乱し、全身を震わせたのだ。

 パパスがそれに気付き慌てて離れようとしたときには、彼の身体はすでに宙を舞っていた。

 吹き飛ばされた森の入り口でなんとか着地しながら、パパスは己の迂闊な行動を悔いる。

 

(……そうだ。あんな目に遭わされた子どもが、大人を怖がらぬわけがないッ)

 

 そんな当たり前のことにも思い至らず、パパスは一人自己嫌悪に暮れた。

 

 

 

 ……だが一方で、彼は希望を見出してもいた。

 報告書の内容が正しいのなら、ルミナには他に強力な攻撃手段がいくつもあったはずだ。にもかかわらず、恐怖に震えるあの状況で、彼女はパパスを攻撃するのではなく吹き飛ばすだけに留めた。

 これは紛れもなく彼女の善性の証だった。あのような目に遭わされて、それでもなお力に溺れることなく、他者を慮れているという証だった。

 

 その予感は、ルミナがパパスの息子・リュカと関わっていく内に、より確かなものとなっていく。

 冷たく突き放しているように見えて、その実、幼子への思いやりと慈しみに満ちた優しい言動。ひょっとすると、報告書にあったあの子どもたちと重ね合わせているのだろうか? 戸惑い怯えながらも、恐る恐る言葉を返そうとするその姿は、年相応の優しい少女のものに他ならなかった。

 

 

 

 

 ――ならば、彼女はまだ引き返せる。

 血と破壊に塗れたこの冷たい場所から、陽の当たる優しい世界へ戻って来られる。

 

 きっとこの先、この子は何度も心の傷に苦しむだろう。もしかすると何かのはずみで、道を踏み外してしまうこともあるかもしれない。

 けれどそのときは必ず、大人として、家族として、自分が元の道に引き戻してやろう。人生の楽しさ、家族の温かさ。彼女がまだ知らないことをたくさん教え、いつか必ず満面の笑みを浮かべさせてやろう。

 

 それがきっと、今ここであの子と出会った、自分の役割なのだと思うから……。

 

 

(……お前もきっと……そう思うだろう、マーサ?)

 

 

 視線の先で、リュカに“お姉ちゃん”と呼ばれて戸惑う少女を見ながら、パパスは己が心に強く、そう誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから二年余りの月日が流れ――――

 

 舞台は辺境の村・サンタローズへ。

 穏やかな時の流れは、傷付いた少女の心を優しく癒していき、

 

 やがて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぃ~~、ヒック! サボりながら飲むジュースうめ~~! おーい、リュカ~、おかわりある~?」

「うん、あるよ~!」

「おお、愛い奴じゃの~。お前もいっしょに飲むか~?」

「飲む~~!」

「……あ、あの、お嬢様? 坊ちゃんも……そろそろお勉強の時間で……」

「うははは、固いことは言いっこなしよ、サンチョさん。子どもは勉強より遊びよ~」

「遊びよ~!」

 

 

 ――少女はものの見事に、クズニートになって(道を踏み外して)いたのだった!

 

 

「~~~~こ……この、アホ娘は……ッ」

「ぅん? ああ、父さんおかえり~。一緒に飲む~?」

 

 

 だらしなく寝転がる義娘を見下ろしながら、父は額に見事な青筋を浮かべ――

 

 

 

「誰がここまで楽しめと言ったかああーーッッ!!!」

「ホギャあああーーッ!!?」

 

 

 

 愛を込めて、拳骨を落として(元の道へ引き戻して)やったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 たった1話でオリ主の心を救う、原作主人公の鑑。
 まあダラダラと鬱展開を続けても誰得ですしね。

 というわけで、次回からしばらくシリアスが薄まります。




(補足)
 ゲームでは、故郷に帰れなくなった天空人がグランバニアで暮らしている描写がありますが、本作ではそれはない設定にしています。パパスは今回初めて天空人(らしき存在)を見た、ということでお願いします。




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3話 その時歴史が壊れた

「なあいいだろ? 今晩食事に付き合ってくれよ」

「悪いわね、その時間も仕事なの。他を当たってちょうだい」

 

 ガヤガヤと賑やかな酒場の隅で、女性店員がしつこく口説かれていた。

 客入りも落ち着いてきたお昼過ぎ。手隙になった彼女を目敏く見つけ、客の一人が粉をかけ始めたのだ。

 

「おいおい、嘘はいけないな。その時間に君がフリーだってことは分かってるんだぜ?」

「……なんでアンタがそんなこと知ってるのよ」

「はっはっは、マスターから聞いたんだ」

「ちょっとマスターッ、なんで話しちゃうわけッ?」

 

 カウンター奥に向かって非難がましく問うと、しれっとした顔で答えが返って来る。

 

「ふふ、いいじゃないか、こんなに情熱的に口説いてくれてるんだ。一度くらい付き合ってやったらどうだい?」

「お断りよ。私にそんな趣味ないわ」

 

 彼女の反応はにべもない。

 

「そんな! 俺のどこがダメだって言うんだ!」

「いや、どこって……ねえ?」

 

 本気で悲しそうな顔を見せられてしまい、彼女の気勢がやや削がれる。

 

 そりゃあ彼女だって、魅力的だと言われて悪い気はしなかった。このお客に対しても、別段悪感情を抱いているわけではないのだ。

 顔立ちは文句なく整っているし、金払いや態度もきちんとしている。忙しいときは無理に絡んで来ないし、彼女が本当に嫌がるような誘い方もしてこない。

 世間一般の常識に照らし合わせてみれば、なかなかの優良物件と言えるのだろう。ときおり見せる艶のある仕草には、悔しいがドキッとさせられたこともあった。

 

 だがそれでも――いや、だからこそ――この誘いを受けるわけにはいかなかった。いろいろ世間体が悪そうな気がするし、なんなら自分の方が道を踏み外してしまいかねない。それはもうアウトだ、間違いなく大問題。

 よってここは、断固として突き放さなければならないのだ。

 

「頼む、教えてくれ! 悪いところがあれば直すから! 俺はやるときはやる男なんだぜ!」

 

 だが目の前の必死なお客は、どうにも諦めてくれそうにない様子。

 ゆえに――

 

 

「ふぅ……。じゃあ言わせてもらうけどね?」

「あ、ああ!」

「私がアンタの誘いに乗らない理由。それは――」

「そ、それは!?」

 

 眼前に詰め寄ってきた相手に対し、彼女はその答えを言い放ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ――アンタが『八歳の子ども』で……、しかも『女の子』だからよ、ルミナお嬢ちゃん。……ほら、片付けの邪魔しないで。

 

 

 

 

 

 

 

「……ですよねーー」

 

 これ以上ない正論を叩き付けられ、銀髪ナンパ美少女(8)はカウンターに突っ伏した。右手に持ったミルク入りグラスが、なんともアンバランスな哀愁を誘っていた。

 その哀れかつ可愛らしい姿に、見守っていた酔客たちから笑い声が巻き起こる。

 

「ぶはははは! またフラれたな、ルミナ! これで何度目だ!」

「先週もやってたから四回目だな。毎度毎度よく飽きないもんだ」

「あのへこたれない根性だけは俺らも見習わないとなあ」

「いや、実はあの娘、冷たく袖にされるのが癖になってるって噂も……」

「おいおいホントかよ。将来有望過ぎるだろ」

「なら何度フラれても美味しいな! おーいルミナー、明日からも頑張って玉砕しろよーー!」

「「だははははは!」」

 

「うるせえええ! 美味しいわけあるかッ、この酔っ払いどもがああ!!」

 

「お、生き返った」

「今回は早かったな」

 

 笑い声と野次により復活したルミナが、テーブル席目掛けて突っ込んでいく。その鋭い視線は、己を散々煽ってくれたオヤジどもへ向けられていた。

 

「傷心の子どもをからかって酒の肴にするとは許すまじ! 今こそ裁きの鉄槌を受けるがいいッ!」

 

 可愛らしい叫びとともに憎しみの正拳突きが放たれる。子どもとは思えない鋭さを秘めた必殺の拳。それは一直線に男たちへ迫り、

 

「うおっと! だははは、まだまだ元気じゃねえか!」

 

 あっさり避けられ、そのままヒョイと抱え上げられた。父の喧嘩友達は伊達ではなかった。

 

「うがあああ!! 離せこの筋肉ダルマあああ!!」

「がっはっは。この肉体の美しさが分からないようじゃ、まだまだモテ男にゃ程遠いな」

「むきいいい!! 自分は嫁さんいるからって余裕かましやがってええ! 羨ましいんじゃボケえええ!!」

 

 襟首を掴まれてジタバタするルミナを見て、再び笑声が弾ける。

 女好き幼女が酒場の美女に言い寄り、軽くあしらわれては落ち込み、最後は客へ飛び掛かる様を見て皆で笑い合う。

 

 ここ、サンタローズ村で今や定番となっている、微笑ましい日常の一コマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月×日

 

 えらい久しぶりになるが、今日からまたチマチマ日記を書いていこうと思う。

 

 あの出会いからおよそ二年が経った。俺はなんやかんやでリュカたちと同行することになり、このサンタローズ村で彼らと暮らし始めていた。故郷(?)の森を出て、わざわざ二人に着いてきた理由は――――これと言って特にない。

 

 強いて言うなら“強く勧められたからなんとなく”だろうか?

 ……決して何かに絆されたとか、家族が欲しかったからとか、ましてや単純に寂しかったとかそういう軟弱な理由ではないので、そこんところ誤解のないように。

 

 まあ実際、この村での暮らしは悪くない。

 見た目そのまんまに長閑なところで、住民たちの気質もとても大らかだ。余所者の俺に対しても優しいし、何より、この翼を見ても特に騒がれないのがありがたい。

 何か言われるとしても精々、『夏の夜とか暑くない?』と心配される程度だし。『……いや、もうちょっと何かあるだろ』と逆にこっちが困惑するぐらいだ。

 

 結論として、今の生活には概ね満足しているということである。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――だがしかぁし! 

 現状で唯一、俺が看過できない問題がある。今後の人生すら左右しかねない、俺の根幹にも関わってくる重大で深刻な問題だ。

 それは何かってーと……

 

 

 

 

 ――皆が皆! 『俺を女の子扱いしてくる』ということだ!

 

 

 

 

 父さんからは“娘扱い”、リュカからは“姉扱い”、そして村人からはなぜか、“頭が残念なアホの娘扱い”だ! 今日みたいにナンパしようとしても、マセた子どもの戯れとして軽く流される始末だし……。

 このままでは、俺が新たに定めた人生の目標――『グータラ生活を送るため、養ってくれる女の子を探そう作戦!』もあえなく頓挫しかねない。なんとも由々しき事態である。

 

 ええい、こんなことで俺は屈しないぞ! 実りある人生を送るためにも、何としても素敵な彼女をゲットしてやるのだ!

 差し当たっては明日、話に聞いていた『ビアンカちゃん』がウチに来るらしいので、早速アプローチをかけてみようと思う。父さんやサンチョさんの話では“すごく可愛い女の子”とのことなので、今からとても楽しみだ。

 

 

 

 ククク、見てろよ、父さん……。

 貴方がどんなに女の子扱いしようが、俺は絶対に男の矜持を捨てねえからなッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月△日

 

 悲報:ビアンカちゃんが八歳の幼女だった件。

 

 ………………。

 

 ……うん、そりゃそうだ。

 リュカの幼馴染って話だったし、そりゃ当然同じくらいの年代だわ。

 さすがの俺も、幼女相手にナンパするほど節操なしではない。恋愛対象は普通に十代後半以上だしね。

 というわけでここは十年後に期待して、『まずはお友達から始めましょう』というところなんだけど……。

 

 

 

『……あなたが、リュカのお姉さん?』

『お、おう。そう……だけど?』

『ふーーーーん?(ジロジロジロジロ)』

『え、えっと……?』

『――フン、何よッ! がさつでうるさくて変な喋り方で、その上膝に石乗せて正座してるおかしな人じゃないの! 全然“良いお姉さん”じゃないわねッ!』

『お、おおぅ?』

『ほら、リュカ! こんな人は放っておいて、あっちで私と遊びましょう!』

 

 

 ――初対面のビアンカちゃんになぜか嫌われており、出会い頭に罵られてしまった。

 

 さらにその後も……。

 彼女は二階でリュカと遊んでいたと思ったら急に駆け下りて来て、石抱き中の俺の膝(※酒場で暴れたのがバレてお仕置き中)を踏ん付けると、そのまま家を飛び出して行ってしまった。……地味に痛い。

 

『い、一体何ゆえ……?』と、床に転がったままリュカに事情を聞いてみれば、理由はすぐに判明した。

 なんとリュカのヤツめ、ビアンカちゃんと二年ぶりの再会だったのに、俺の話ばっかりしていたらしい。『お姉ちゃんはすごいんだよ~』とか、『優しいんだよ~』とか……。

 

 ……いやまあ、そこまで慕ってくれるのは正直嬉しいんだけどさ。

 さすがにそれじゃ彼女が不機嫌になるのも無理ないぞ。久しぶりに会った幼馴染が他の奴の話ばかりしてたらな……。

 

 察するにビアンカちゃんは、ポッと出の俺が姉ポジションにいたのが面白くなかったのだろう。加えて、リュカがずっと俺の話ばかりするもんだから、とうとう我慢の限界を超えて出て行ってしまった……と。

 

 

 まあ六歳の男子に、女の子の繊細な気持ちを理解しろというのも無理な話か……。仕方ない、ここは一つ経験豊富な俺が間を取り持ってあげようじゃないか。

 

 とりあえず明日は雑貨屋へ行って、女子が喜びそうな品を何か見繕ってやろう。

 女なんてのは基本、プレゼントさえ貰っとけば喜ぶ生き物だからな。特別な贈り物を渡しながら、ちょこっと神妙な顔で謝っとけば、幼女なんてイチコロよッ!

 

 

 

 ――ということを、リュカに懇切丁寧に説明してやってたら、なぜか父さんに溜め息を吐かれた。

 ……あの残念なモノを見る目は、一体何だったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月□日

 

 ……疲れた。

 ……とても疲れた。

 今日はもう体力使い果たしてボロボロである。

 

 

 今朝方早く、俺とリュカは昨日考えた作戦を実行するため雑貨屋を訪れていた。しかしそこで店員の兄ちゃんから、『親方が洞窟へ行ったまま帰って来ない』という話を聞かされたのだ。

 道具作りのできる親方がいなければ、せっかくの“プレゼント作戦”も断念するほかない。

 

 ――というわけで仕方なく、俺たちは洞窟アタックを敢行する運びとなった。

 首尾よく親方を助けられれば、『タダで品を貰えるかも』という狙いもあったし、何より彼は、ビアンカパパの薬作りも請け負っているらしいのだ。これを我々が助けたとなれば、彼女からの好感度もグーッと上がること間違いなし。まさに一石二鳥の作戦であった。

 

 

 ルミナ:はがねのつるぎ   リュカ:かしのつえ

     みかわしのふく       うろこのよろい

     てつのたて         かわのたて

     けがわのフード       けがわのフード(お揃い)

 

 我々は装備を整え、いざ、洞窟内へ!

 この程度のダンジョンに今さら苦戦するわけもなく、探索は順調に進み、やがて地下二階層で親方を見つけ出すことに成功した。

 

 ――が、ここで緊急事態が発生!

 なんと俺たちの後ろをビアンカちゃんがコッソリ尾けてきており、見つかった途端、慌てて逃げてしまったのだ。どう見ても普段着のままで……、大人が付いている様子もなく、たった一人で洞窟の奥へ……。

 その走りっぷりは意外と速く、俺たちがポカンとしている内に、彼女はあっという間に暗闇の中へ消えてしまった。

 

 

 ……いや、もうね? 本気で焦りましたとも。

 いくらサンタローズの魔物が弱いとはいえ、それはいろんな場所で戦ってきた我々にとっての話。普通の女の子が闇雲に走って魔物に遭遇してしまえば、確実に命を落としてしまう。

 

 俺は急いでリュカを背負ってその場を飛び出すと、洞窟内を文字通り飛ぶように探し回った。翼を広げて暗い坑道を東奔西走……。

 そして数分後、ようやくビアンカちゃんを見つけたとき、彼女は魔物の群れに囲まれ、あわや大惨事という寸前だった。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……もう焦った。……死ぬほど焦った。――軽くトラウマ蘇りかけた。

 

 慌てて魔物どもを蹴散らして、一も二もなくビアンカちゃんを奪還。……腕の中で泣いている彼女を見て罪悪感が溢れ出し、そのまま抱き締めて全力で謝り倒した。

 ……そうだよね。喧嘩した後に俺らだけで出かけていたら、仲間外れにされたと思って不安になるよね、ホントごめんよ……。

 

 幸いビアンカちゃんに大きな怪我はなく、彼女自身も仲直りがしたくて追いかけてきたようだったので、空中で皆で『ゴメンナサイ』し合って、今回の騒動は無事一件落着となったのである。

 

 

 

 ……まあその後は、子どもだけで洞窟に行ったことがバレて、三人仲良く拳骨&正座を食らったんだけど……。

 痺れた足をつつき合いながら、改めてビアンカちゃんと仲良くなれたので、結果オーライということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかしビアンカちゃん、いつの間にか俺のことを『お姉様』って呼んでたんだけど、あれはどういう意味なんだろう?

 あの子、自分が『お姉さんポジション』になりたかったわけではないの?

 でも、リュカのことは変わらず弟扱いしてるみたいだし……。

 

 

『お義姉ちゃんって呼んでも良いのよ、リュカ。……あっ、ちゃんと“義”は付けてね?』――って。

 

 

 ……“(そこ)”はこだわるポイントなんだろうか?

 

 やっぱ女の子って謎だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ヒキニートからヒモ狙いへ転職。
 順調にダメ人間化が進んでいる主人公です。

 ……このまま幸せになってくれるといいなぁ。



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4話 幽霊退治と乙女心

○月×日

 

 ただ今、アルカパの町にて滞在中。

 ビアンカたちの帰路に護衛として同行し、ついでに病気のダンカンさん(ビアンカ父)のお見舞いに伺ったところである。

 ……とはいえ、俺もリュカもダンカンさんと会うのは初めてなので、主に話していたのは父さんと女将さん。自己紹介が済んだ後は『子どもは外で遊んでおいで』と言われ、夕飯の時間まで町の中をブラつくことになった。

 

 案内役はもちろんビアンカ。

 仲直りできて以降、彼女は俺によく懐いてくれており、リュカと俺の手を引いていろんな観光スポットを見せてくれた。最近は恋人をゲットすることに躍起になっていたが、偶にはこういうほのぼのした時間も良いもんです。

 

 そういえばサンタローズに移住してから、他の町に来るのはこれが初めてになるのか。普段は魔物退治やナンパや、家でダラダラしたりで忙しくて、満足にお出かけする機会もなかったからなぁ。

 今世での初めての家族旅行、この際思いっきり羽を伸ばして楽しむことにしよう!

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、本人たっての希望でビアンカのことは呼び捨てになった。

 代わりに俺への『お姉様』呼びも、なんとか名前呼びに変更してもらったけど。

 

 ……うん、さすがにね、……『お姉様』呼びは、ちょっとね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 ……わかっていた。

 俺が幸福や平穏を感じたときってのは、だいたい次の騒動への準備期間なんだってこと……。俺にはとっくにわかってたとも。

 

 今日も今日とて我々は、仲良く町中を散策していた。

 ――が、そこへどこからともなくブーメランが飛来して俺のオデコにHIT! 頭を抱えて痛みに呻いていると、ガヤガヤと騒がしい集団がやって来た。彼らはアルカパに暮らす少年のグループで、ブーメランで遊んでいたらミスって暴投してしまったらしい。

 ……まあ、それくらいなら俺も別に怒らない。一応は謝っていたし、子どものやったことに一々目くじら立てるのも大人げないし。

 

 だがそれに我慢ならなかったのが、我らがビアンカ嬢である。彼女はリーダー格の少年の胸倉を掴み上げると、『お姉様に何してくれてんのよッ!?』と凄い剣幕で捲し立てた。

 どっちが悪役か分からないほどの迫力だった。……俺もビビった。

 聞くところによると、彼らとビアンカは以前から折り合いが悪かったらしく、いつもいつも一方的にちょっかいを掛けられて、『もー、男子やだー!』って感じだったんだと。

 

『ああ……これ多分、気になる女の子につい意地悪しちゃうアレだろうなー』

 

 ――と、俺としてはむしろ微笑ましい気持ちになったのだが、事はそう平和的に終わらなかった。

 涙目になった少年は形勢を逆転したかったのか、それともカッコいい(?)ところでも見せたかったのか……、仲間に命じて一匹の仔猫を連れて来させ、そいつをいじめ始めたのだ。

 彼らはこの仔を小突いて遊んでいたらしく、それをビアンカに見せて自慢したかったらしい。

 

 

 ………………。

 悪手である。完全に裏目である。

 まともな感性の女子が動物虐待を見せられて、『きゃー、カッコいいー!』なんて喜ぶわけがないだろ。……正直、俺もちょっとイラっとしたし。

 結果、そのまま乱闘に突入し、ビアンカと二人で連中をボコボコにしてしまったのだ。

 

 ここで俺は一旦平静に戻り、『やっべ。バレたら父さんに怒られる!』と焦ったのだが、事態はさらにマズい方向へ。

 追い詰められた少年はヤケクソになったのか、『こいつが欲しけりゃ幽霊を退治して来い!』と叫んだ。

 で、ビアンカの方も、『分かったわよ! 幽霊でもなんでも退治してやるわ! 約束守らなかったらアンタたちも抹殺してやるからね!』『ひぃ!』と、売り言葉に買い言葉。

 あれよあれよと話は進み、俺たちは北にある廃墟・レヌール城へお化け退治に行くことになってしまった。

 

 ……ま、マズいですよ、これは。

 何がマズいって、この前勝手に洞窟探検して怒られたばかりなのに、ここでさらに危険な廃墟なんかに行ったら、どんなお仕置きが待っているか分からない。

 

「頑張って猫ちゃんを助けましょうね! ルミナ! リュカ!」

 

 ――が、仔猫を助けようとフンフン息巻くビアンカの顔を見れば、とてもそんなことは言えず……。結局なし崩しのまま、我々はレヌール城の探索をすることになっちまった。

 

 

 

 ああもう、せっかくのノンビリ旅行だったのに、なんでこんなバイオレンスになるんだよぉ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日(夜半過ぎ)

 

 町の皆が寝静まった深夜、コソコソと宿を抜け出し、俺たちは町の北数キロにある古城・レヌール城へやってきた。ずいぶん昔に滅んだ城というだけあって、建物はあちこちヒビ割れ、壁一面に大量の蔦が生い茂っていた。本当に何か出てきそうな雰囲気をヒシヒシと感じる。

 ……怖い。……想像以上に怖い。……とにかく早く帰りたい。

 

 というわけで、正面の錆びた大扉を強引に蹴破ってとっとと城内へ侵入した。鍵がないなら物理で開ければいいじゃない! ……二人が釈然としない顔で見てきたけど、そんなの全部まるっとスルー。こんな怖い場所でチンタラ仕掛けなんか解いていられるか!

 ゆえに、敵に対しても容赦は無用だ。襲ってきたガイコツ集団を開幕イオラで吹っ飛ばし、残骸をベギラマで焼き尽くす。

 

 ……これは先手必勝で子どもたちを守っただけであり、扉を開けた途端いきなり襲われてビビったわけではない。そして直後、慌てて駆け付けた王妃らしき幽霊と目が合って、情けなく悲鳴を上げたなんてことも絶対にない。……ないのである。

 

 とりあえず、城中の幽霊たちが集まってきたので、彼らの話を聞くことになった。

 ――まとめるとこんな感じ。

 

・この城は五十年前、高貴な子どもを探す魔物たちに襲われ、滅ぼされてしまった。…………城中を壊されて大変だった。

・その後しばらくは平穏だったが、数年前に野良ゴーストがこの城に住み着いた。奴らは静かに暮らしていた我々を無理やり従え、数々の横暴を働いている。…………でもいきなりイオラを撃ったりはしない。

・魔界のゴーストたちの姿もチラホラあった。魔界の王“ミルドラース”が、人間界に手を伸ばしているという噂もある。…………きっと問答無用で襲ってくる危険な奴に違いない。

・どうかゴーストたちを、この城から追い出してはもらえないだろうか? 我々は静かに暮らしたいだけなのだ。…………できれば、建物を破壊しない形でやってくれるとありがたい。

・地下室に聖なる松明があります。使えば暗い城内も安全に進めるでしょう。…………メラで充分点火しますので、くれぐれも火加減にはご注意を。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……若干、魔物よりも俺の方へ警戒を向けられているように見えたのは、気のせいだったと思いたい。

 

 とにもかくにも、やるべきは魔物退治である。実体のない幽霊が相手かと少しビビッていたが、彼らの話から察するに、敵はゴースト型なだけで普通の魔物らしい。ならば何の問題もなし。物理が通用するのなら、どんな相手だって怖かねえ。野郎ぶっ殺してやらあ!

 

 

 

 そのまましばらく探索した結果、玉座の間で“親分ゴースト”とやらを発見。

 早速物陰から最大火力をブっ放して勝負を決めようとしたのだが、そこはリュカに止められた。『事情があるかもしれないし、まずは話し合いで説得してみたい』と言うのだ。

 ……『えー、アレを説得? ……甘くない?』とは思ったが、俺自身その甘さに救われた過去もあるし、可愛い弟に真摯に頼まれては無下にもできない。

 というわけで俺とビアンカが見守る中、まずはリュカが正面から近付いていくことに……。

 

 ――が、こともあろうにあの野郎、誠意を示したリュカを落とし穴に引っ掛けやがった!

 

 言わんこっちゃねえ! ああいう手合いは、話なんて通じないクズ野郎と相場が決まっているのだ!

『とりあえず死ね』とメラミを五発ほど撃ち込み、ビアンカを抱えて自分も穴の中へダイブした。あれで死んでいればそれで良し。仮に生きていても、後でこの世の地獄を味わわせてやれば問題ない。とにかく今はリュカの安全確保が最優先だ!

 

 そう思って落下していくと、ガイコツ野郎がリュカに調味料をぶっかけている姿が見えた。コックのおじさんを『首切るぞ!』と脅しながら調理を強要してやがる。

 急いでビアンカを上に投げ上げ、その勢いを利用してガイコツの上に落下、足裏で頚椎を踏み砕いて息の根を止める。次いで、向かい側のガイコツもメラミで焼き尽くす。落下してきたビアンカを抱き止め、調理台の上のリュカを素早く確保。幸いリュカはうまく着地していたようで、特に怪我などは負っていなかった。

 

 

 ……良かった。本当に良かった。

 最近命がけの戦いから離れていたせいか、平和ボケが酷くなっていた。こんなことで弟を失ったとなれば、ここら一帯を更地にしたって怒りが収まる気がしない。何事もなくて本当にラッキーだった。

 

 

 

 ――と、安心したと同時、今度は沸々と怒りが沸き上がってきた。

 

 あの野郎め……、リュカの誠意を裏切ってくれた上に躊躇なく殺そうとしやがって。ならば当然、殺られる覚悟もできているんだろうな……?

 上を見れば、落ちてきた穴から玉座の間が僅かに見えたので、そこまで一気に大ジャンプ。黒焦げのゴースト野郎を引きずり落としてやった。慌てて謝ってきたがもう遅い。調理台の上に投げ転がして、『さあ死ぬまでボッコボコにしてやるぜ!』と勢いよく掴みかかる。

 

 

 ――が、そこを再びリュカに止められてしまった。

 曰く、『怪我もしていないから許してあげて』だって……。

 さらにビアンカまで俺の腕を引っ張ってきて、『ダメ……』とやんわり止めてくる。その手をよく見ると、若干ではあるが震えていた。

 

 ……そこで急速に頭が冷える。

 

 ――――ああ、やっちまった。

 つい我を忘れて、昔のような苛烈さを出してしまった。自分だけならまだしも、真っ当に育ってきたこの子たちにスプラッタ場面を見せるわけにはいかない。と、割とガチめに落ち込んで反省した。

 

 で、今さら殴りかかるようなテンションにもなれず――結局親分ゴーストはそのまま見逃してやることになったのだ。

 奴はリュカにペコペコ頭を下げながら魔界へと帰っていき……、そして俺たちも、王妃様からお礼のオーブとやらを受け取って帰路に就き、こうして夜の冒険は無事終了したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……いや、無事じゃなかった。

 アルカパまでの帰り道、ビアンカが渋い表情でずーっと俺の背中を抓ってきてたんだった。『なんで?』って聞いても無言でプイっと顔をそらしてしまうし。……多分、落下中に雑にブン投げたのを怒っていたんだろうけど、そこは勘弁して欲しい。

 

『大事な弟を助けるために必要な行為だったんだ。姉としての責任感だったんだよ!』

 

 と力説したら最後には許してくれたけど、なんか疲れたように溜め息を吐かれたのが気になる。

 

 

 ……そして父さんと同じく、残念なものを見る目だったのも気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日(後半)

 

 幽霊退治から明けて、翌日の昼。

 アルカパの少年らに昨日の成果を報告し、無事に仔猫を貰い受けることに成功した。本当に退治してくるとは思っていなかったのか、彼らの顔が若干引きつっていたのにはちょっと笑った。

 

 ……多分、猫と交換条件的にビアンカと仲良くなろうって腹積もりだったんだろうなぁ。昨日のケンカにしても、本音では『猫を切っ掛けに話がしたかっただけなんじゃないか?』と俺は睨んでいる。

 フッ、少年たちよ、女の子と仲良くなりたいのなら素直になるのが一番だぞ? なんなら、この一流ナンパ師が女の口説き方を伝授してやろうか?

 

 え? お前も勝率ゼロだろって? やかましいわ。

 

 

 

 晴れて俺たちの元にやってきた仔猫だが、せっかくなので名前を付けてやることにした。それぞれ出し合った案は以下の通り。

 

 ・リュカ  → プックル

 ・ビアンカ → ボロンゴ

 ・俺    → ゲレゲレ

 

 

 ……フフフ、どれが一番素晴らしい名前かなんて一目瞭然だろう?

 あの雄々しい(たてがみ)、プニっとした手足、つぶらな瞳。全ての要素がたった一つの単語へと集約されていく。他の有象無象の名前など、どれもが本命までの前座に過ぎない。

 そう……、つまりは言うまでもなく、“ゲレゲレ”一択なわけである。

 

 

 ………………。

 

 なのに、なーんで満場一致(二票)で“プックル”に決まってるんだろうね?

 俺の一票はどこへ行ったの? 父さんもおかしいと思うよね?

 ……え、そもそも候補にすら入っていない? あ、そうっすか……。

 

 

 へんっ、いいんだ、いいんだ。所詮名前なんて飾りよ。そんなものより、“危険を顧みず助けてあげた”という事実こそが大事なのだ。この愛情さえ伝わっていれば、プックルちゃんもきっと俺のことを信頼してくれるはず。そーれ、よしよしぃ!

 

 ――って撫でようとしたのに、あの駄猫、思いっきり人の手を噛みやがった! リュカとビアンカには媚びるように擦り寄っていたくせしやがって、俺には豹変してガブリだ!

 どういうことだ……。自分で言うのもなんだが、俺の見た目は神秘的で儚げな美少女。それが微笑みながら小動物に手を伸ばせば、心温まる交流が始まるモンじゃないのかッ。

 なのになんで俺の右手が血みどろになるだけで終わっちまったんだ! どういうことだ、ちくしょう! この猫畜生!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 アルカパでの滞在期間もついに終わりのときが来た。

 町の入り口に集まり、皆でお別れの挨拶。初めての友達とのお泊り会が終わってしまい、さすがに寂しくてしんみりする。

 それを察してくれたのか、最後にビアンカが友情の印として俺たちにリボンを贈ってくれた。俺とプックルには、髪を結っていた赤いリボンを、そしてリュカには手首に巻いていた青いリボンを……。

 

 

「ぐすん……。リュカ、頑張ってね。ちょっと悔しいけど、あなたたちのこと応援してるから!」

「? なんの応援?」

「何でもいいの! ニブい上に危なっかしい子だから、逃がさないようにしっかり捕まえておくのよ!」

「?? 分かった。よく分かんないけど、僕頑張るよ!」

「よしッ、必ずモノにするのよッ。ファイト!」

 

 幼い子どもたちの涙ながらの別れ。会話の内容はよく分からなかったが(プックルのことかな?)、その名残惜しそうな姿を見ているとさすがに感じ入ってしまう。

 ……いや、決して泣いてはいないけどね? ただ急に通り雨が降った感じになっただけで、心の内はすこぶる平常です。

 だから俺も最後に、この子が喜びそうなイカしたセリフで、きちんと別れの挨拶をしてあげたんだ。

 

 

「ビアンカ、いろいろありがとうね。楽しかったよ」

「ぐす……ルミナぁ……」

「ほらほら、そんなに泣かないで。きっとまた会えるから。ね?」

「うん……、私、もう泣かないから……。潔く身を引いて、また二人に笑って会えるように、気持ちの整理しておくから……! だからッ――」

 

「髪を下ろした姿もすっごく可愛いね! ツインテールも可愛かったけど、こっちも大人っぽくてすっごく綺麗! 思わず『結婚してください』ってプロポーズしちゃうところだったよ、なんつって――いっだああああッ!?」」

「ルミナの馬鹿! ジゴロ! 馬に蹴られて埋まっちゃえ!」

 

 

 頬に手を添えて挨拶したら、思いっきり足を踏まれたんだけど!

 な、なぜだ? 本心から褒めたのに、一体何が気に障ったのッ?

 

 やっぱり女心って全然分からんッ!

 

 

 

 

 

 

 

 




 心の機微で8歳児に負ける、残念な主人公がいるらしい。



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5話 春が来ないよ、妖精の国

○月×日

 

 最近村で奇妙な出来事が頻発している。

 台所のまな板がなくなったり、裁縫箱の位置が変わっていたり、ボブ爺さんちの鍋の中身がなくなったり、宿屋の帳簿にイタズラ書きされたり……。まるで目に見えない犯人がいるかのような謎現象に、村人たちは揃って首を傾げるばかり……。

 

 ――がしかし、俺が真に気になっているのはそれらの異常そのものではない。

 今俺が最も我慢ならない点。それは、

 

 

 

 ――説明した後の村人たちが全員、一瞬だけ俺を見ることだ!

 

 

 

 いや、別にガチで疑われているわけではないし、虐められているわけでもない。村人たちは皆良い人だし、人間関係だってすこぶる良好だ。

 だが皆が皆一回は、『もしかして君? ……いや、さすがに違うか。あはは』という感じに、こっちを見た後笑って首を振るのだ。

 この“一瞬だけ見る”という事実が重要である。要するに村人全員、『しょうもない悪戯ならルミナかな?』という共通認識が出来上がっちゃっているのだ。由々しき事態である。

 

 ……く、くそぅ。

 最初の頃はみんなして“美少女天使ルミナちゃん”という扱いだったのに、何がどうしてこうなっちまった!?

 

 えーい、こうなりゃ俺がその犯人を捕まえてやるぜ。

 そんでもって、俺が頼りになるナイスガイだということを知らしめ、モテ作戦を大きく前進させてやるのだ!

 そうと決まればさっそく、犯人探し頑張るぞッ。

 

 

 

 

 明日から!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 今日は朝から酒場のジェシカさんをナンパしに行った。

 

 ……いや、勘違いしないでほしい。これも犯人捜査の一環である。情報収集の基本はまず酒場であるからして。

 

 で、行ってみると酒場のカウンターに、なにやら見慣れない紫髪の女の子が座っていたのだ。

 最初は、『なんか変な奴がいるなぁ』という程度の認識だった。なんともファンシーな恰好してるし、グラスを適当に動かしたり、マスターの目の前で手を振ったりと、奇妙な行動を繰り返すし……。

 でもマスターもジェシカさんも何の反応も示さず、その子は大層がっかりしている様子だった。そして最終的にヤケクソになったのか……、彼女は二人の目の前で謎のダンスを踊り始めると、同時に叫んだのだ。

 

 

 

 ――『なんで気付いてくれないのよおお! 私妖精よ!? 可憐な美少女よ!? 誰か助けてくれても良いじゃないのおお!!』

 

 

 

 ………………。

 俺ははっきりと理解した。――こいつは関わってはイカン奴だ、と。

 確かに自己申告通り見た目は可愛いが、どう考えても頭の方がお花畑でいらっしゃる。マスターやジェシカさんが無反応なのも、おそらく自己防衛のために違いない。まだ春も遠い気候なのに困ったもんである。

 

 などと思っていたら、そいつとバッチリ目が合ってしまった。

『ヤバッ!?』と感じたときにはもう遅かった。アッパー系少女はこっちへ目掛けて文字通り飛んでくると、『やっと見つけたわ、私のことが見える人! お願い助けて!』と叫んで俺に縋り付いてきやがった。

 

 やばい……。本人そのものもやばいけど、これは絶対に面倒事の気配だとピンときた。波乱万丈人生を送ってきた俺は詳しいんだ。

 

 そんなわけで、絶対に関わるもんかと引き剥がそうとしたのだが、彼女は驚異的な力で張り付いて離れない。

 仕方なくマスターたちに助けを求めたのだが、なにやら二人とも怪訝度マックスの顔で俺を見ていた。『え、どうしたの?』と思って見返すと、女の子が思い出したように、

 

『あ、私妖精だから、大人には見えないよ? あなた今、一人で床に倒れて叫んでいる状態だから』

 

 と、遅すぎる忠告をほざきおった。

 

 ……つまり俺はこのとき、唐突に床に倒れて謎のブレイクダンスを踊っていたことになるわけだ。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――ちくしょう、俺までヤベえ奴扱いされちまったじゃねえか!!

 

 

 ……え? 元からだろって?

 失礼なッ。精々“頭の中身が残念な幼女”ってくらいだ!

 酷い勘違いをするんじゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 迷惑妖精ベラの導きにより、俺とリュカ&プックルは妖精の国へとやってきた。

 ……ホントはこんな面倒なスメル漂う案件など無視したかったのだが、ベラの奴め、今朝方強引に自宅まで押し掛けてきおったのだ。

 

 奴は俺の隣にいたリュカに目を付けると、突然『ヨヨヨ……』と泣き崩れ、自分が如何に困っているのかを情感たっぷりに語ってくれよった。俺に対しては『つべこべ言わずに早よ助けろや』って感じの態度だったくせにエライ違いである。

 結果、お人好しのリュカは当然のごとく『助けてあげよ?』という反応になってしまい……。こうなったリュカに俺が勝てるはずもなく、我々は渋々妖精界まで出向することと相成った。

 

 そうして導かれるまま妖精の村へ連れて行かれ、村の長ポワン様(超美人)と面会。そこで彼女から頼まれた案件というのが、“春風のフルート”の奪還だった。

 このフルート、なんと世界に春を呼ぶための超重要アイテムらしく……。それを何者かに奪われたせいで、彼女らは季節を変えることができずにとても困っているのだという。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ほぉら見ろ、やっぱり面倒な案件だったよ……

 冗談じゃなく世界の命運かかった最重要任務だったよ……。

 そんなもん八歳と六歳の子どもに任せないでほしいんだけど。

 

 

 

 

 

 ……あ、でもそんなに重要ってことは、首尾よく取り戻せれば多大な恩を売れるってことでは?

 

 顔もスタイルも極上の美人妖精に……、すんごく大きな貸し…………。

 

 

 ………………。

 

 よし、頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月▽日

 

 ・フルートを盗んだ犯人は、北にある“氷の館”へ逃げ込んだ。

 ・氷の館の入り口は、鍵で固く閉ざされている。

 ・西の洞窟にいるドワーフは昔“カギの技法”を編み出し、先代の長に追放された。

 ・プックルの正体が実はキラーパンサー。

 ・妖精族はみんな可愛い。

 

 

 村で情報収集した結果、以上のことが分かったので、とりあえず西の洞窟へ向かうことになった。噂のドワーフのおじさんに会って、カギの技法とやらを教えてもらおうという目的である。

 

 ――『でも無理矢理追い出されたって話だし、簡単にはいかないだろうなぁ……』

 

 と思いきや……、意外や意外、ドワーフのおじさんはかなりこちらに友好的で、あっさりと“カギの技法”を教えてくれた。ええ人や。

 まあ追い出したのは先代でポワン様関係ないしね。しかも彼はその先代様のことも、別に恨んではいないらしい。おじさん曰く、『秩序を維持するには仕方ないことだったんだよ』って……、ちょっとこの人良い人過ぎませんかね?

 

 

 ただ……良い人な分、子育てに関しては甘くなっちゃったみたい。なんとフルートを盗んだ犯人、この人の孫だった。

 名前はザイル。ポワン様がお祖父さんを無理やり追い出したと勘違いし、フルートを盗んで嫌がらせしてやろうと思い立ったらしい。

 

 いや、嫌がらせってレベルじゃないんですが……?

 世界終わっちまいそうなんですが……?

 そのせいで俺たちが面倒な仕事をするはめになったんですが……?

 

 

 

 とりあえず、お祖父さんからお仕置きの許可は頂いたので、本人に会ったら一発引っ叩いておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 洞窟から一旦村まで戻り、今は氷の館へ移動中。特に書くような出来事もなかったので、ちょっと気になる点について述べようと思う……。ベラに最初会ったとき言われた、『妖精は子どもにしか見えない』って話について。

 

 …………結局のところ俺って、“子ども”って分類でいいのだろうか? ほら、精神年齢で言うと、多分もう二十歳は超えてるわけじゃん?

 そこんとこ気になって、ちょっと誤魔化しながらベラに聞いてみた。『大人は誰も見えないの? 身体だけ幼児化した人とかはどんな扱いなん?』って。

 そしたらあいつ、

 

 

『確か、“綺麗な心の持ち主”だけが見えるって話――――……いえ、それだとあなたが見えるのはおかしいわね。どうしてかしら?』

 

 

 ……ちょっとブッ飛ばしそうになったが堪えた。俺は事実を冷静に見極められる男だから。

 それに意見自体には同意だ。綺麗な心によって見えるのなら、父さんがベラを見れないのは確かにおかしい。あんなに心が清廉な人は他に見たことがないし……。

 

 

『あ、そうだわ! きっと幼稚な人なら見ることができるのよ! もしくは、賢さが一定値より低い人! それならあなたが見えてもおかしくないわ!』

 

 

 ………………。

 ……この失言妖精、羽根を毟り取ってやろうか?

 俺が自分の中の破壊神と戦いながらプルプルしていると、珍しいことにプックルが優しい鳴き声を上げ、俺に何かを差し出してきた。どうやら慰めてくれているらしい。

 

『うう……、ありがと、プックル。やっぱりお前は優しい奴なんだな』

『…………ガウ』

 

 

 

 

 “賢さの種”だった。

 

 

 

 ……この駄猫、(たてがみ)を毟り取ってやろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◇日

 

 結論から言うと、ザイルの誤解はあっさり解けた。

 

 フルート返せや。

 → ポワンに頼まれたんだな、やっつけてやる!

 → ボコる(説明する)

 → サーセン。

 

 という、とても分かり易い流れである。

 そんで、首尾よくザイルを説得できたところで現れたのが、“雪の女王”と名乗る今回の黒幕。会話から察するに、こいつがザイルに嘘を吹き込んで、いいように利用しようとしたらしい。しかも目的が叶った後は切り捨てようとしていたのだとか……。

 

 よし、なら手心は要らんな。

 俺たちはザイルとフルートを担いでさっさと氷の館を脱出した。

 一瞬ポカンとした女王様(笑)は慌てて追いかけてきたが、こっちは正々堂々戦う気なんぞさらさらない。入口をイオラで破壊して瓦礫で塞ぎ、ギャーギャー騒ぐ女王を無視して隙間から右手を突っ込む。

 そして――

 

「ベギラマ!」

「~~Δ♯×%&●♪$!?」

 

 相手はバリバリの氷属性なので、とりあえず蒸し焼きにすることにした。

 ……遠慮するな、おかわりもあるぞ?

 

「ベギラマ、ベギラマ、ベギラマ、ベギラマあああ×20!」

 

 景気良く閃熱呪文を連発してやると、最初はうるさかった悲鳴もやがて聞こえなくなり、最終的に氷の館も融けて崩落・全壊してしまった……。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 ……やべぇ、ちょっとやり過ぎたか?

 

 

 

 ま、まあ、今回みたく悪人の根城になっても困るし……。

 真っ当な誰かが使っていたわけでもないんだし、別に良いよね?

 ――と、軽くドン引き状態の三人と一匹にアピールしてみるも、残念ながら芳しい反応は得られない。

 

 

 ……いや、ちゃうねん。

 昔の経験のせいか、子どもをいいように使い捨てようとする大人を見ると、どうにも心の制御が外れて……。別に弱い者虐めして嬲ろうとか、破壊行為を楽しもうとか、そういう悪趣味なアレではないんよッ?

 

 だ、だからそんな怯えた目しないで!

 リュカにそんな顔されたら立ち直れなくなっちゃうから!

 

 お姉ちゃん謝るからッ、お願い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◎日

 

 取り返した春風のフルートをポワン様に渡し、春を呼び込んでもらった。

 

 ………………。

 

 ……まー驚いた。

 妖精の力舐めてた。

 

『春を呼ぶ』っていうのはあくまで例えで、季節変化の切っ掛けを作るってくらいの意味だと思ってたんだけど……、ポワン様が春風のフルートを吹いた瞬間、桜の花びらがあちこちでポンポンポン! 一気に春がやってきた。

 冗談ではなく、本当に天変地異並みのすごい力だったよ。

 これで女王とかじゃなくて一村長だっていうんだから、妖精族ってヤバイわ。

 

 

 花びらが舞い散る様をみんなでホワーって見ていると、ポワン様は礼の言葉を口にしながら頭を下げてきた。『何か困ったときはこの村を訪ねてくださいね。力になりますから』と言って優しく微笑む。

 

 ……え、じゃあ今いやらしいことを頼んだらイケるかな?

 と一瞬邪な企みが頭を過ったけれど、なんとか自重しておいた。六歳児がいるのにR指定はマズイからね。また父さんにお仕置きされてしまうぜ。

 

 

 だが、ふと顔を上げると、ポワン様の方から俺に熱い視線を送っていることに気付いた。彼女はなんだか物言いたげな瞳でジーッとこちらを見つめていたのだ。

 ……あれ、もしかしてこれ、あっちの方が気がある? ワンチャンある?

 

「どうかなさいましたか、ポワン様?(イケボ)」

「………………、あの……あなたは……」

「はい! なんでしょうか!」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「……いえ、やめておきましょう。皆さん、どうか気を付けてお帰りくださいね?」

「え?」

 

 我が期待はあっさり裏切られ、ポワン様は静かに微笑んで首を振った。

 

「あ、あの……今、何を仰ろうとしたんですか?(もしかして色気のあるお誘いかッ?)」

「いえ、いいのです。……私が言うことではないでしょうから。……ルミナ、リュカ、プックル、この恩は忘れません。いつかまたお会いしましょう、どうかお元気で」

「え? や、ちょっ」

 

 ポワン様、すでに〆の準備に入ってらっしゃる!?

 なんか身体が浮き上がってゆっくり移動し始めてるんだけど!

 

「あ、あの、ではせめてッ! 最後に膝枕を、いや、せめて一回デートだけでもッ!」

「ふふ、あなたがもっと大きくなったらね?」

「そんな殺生なぁ!」

 

 幼子の願いはサクっと流され、俺たちの身体は徐々に高く浮いていく。

 

「ありがとうね、リュカ! あなたたちのこと絶対忘れないから!」

「うん、元気でね、ベラ!」

「ガウ!」

 

 隣では少年と美少女との麗しい別れの最中だというのに!

 ……やはり顔か? 顔なのかッ? それとも性別かッ?

 いくら顔が整っていても、やっぱり女の子はイケメンじゃないとダメなのか!?

 そこんとこどうなんですか、ポワン様ぁ!

 

「ふふふ、ノーコメントです」

「その笑顔が答えじゃないっスかああッ!?」

 

 

 

 

 そんな――春の訪れよりも重大な世界の真理に悩みながら、俺たちの妖精界での冒険は終わりを迎えたのだった。

 

 

 くそう! 世界の危機よりも、俺の恋路の方をなんとかしてよおおお!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――過酷な運命を背負った幼子たちに、どうか祝福が訪れますよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 娘の悩み、父の悩み

○月§日

 

 妖精の国より帰還して数日、俺は今、この世の真理について深い思索に耽っていた。それすなわち――

 

 

 ――こんなに顔の造りが良くても、やはり男性ホルモンとチ○コがなくてはモテないのかッ!?

 

 

 という至極高尚な命題である。

 女子として最高峰とも言えるこの顔で一向にナンパが成功しないのだから、やはり性別の壁は分厚いと言わざるを得ない。

 ……あ、いやしかし……、リュカは昔から(といっても二年程度だけど)行く先々でお姉さんたちにモテモテだったし……、別に男くさい要素が不可欠というわけではないのか? どちらかと言うとあいつも可愛い系男子だし……。

 

 

 

 うむ……ということはつまり……、大切なのは中身というわけだな?

 薄っぺらい見てくれなんかよりも、清く優しい心と、邪念のない気遣いと、スマートで落ち着きのある紳士な振る舞い。これらの素敵要素が女の子を強く引き付けるわけだ。

 

 

 結論! 誠実で立派な真人間になりさえすれば、女の子にモテる!

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――無理やなッ!

 

 

 ちくしょう、世の中の“顔が良くて性格も良い男たち”が憎いッ。

 こちとら努力したってそんな正統派美男子にはなれんというのに! 生まれつき性格の良い奴はこれだから腹が立つのだ、まったく!

 

 

 

 お前のことだぞ、リュカ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◇日

 

 気分転換がてら村を散歩していると、なんか、教会前でリュカが旅人と話しているのを発見した。

 マントとフードを深く被り、顔すら見えない怪しい人物。最近物騒な事件も多いらしいし、もしや人さらいではあるまいかと思った俺は、職質する警備兵のごとく二人に近付いていった。

 

「すいまっせ~ん! ちょ~っとお話よろしいですかぁ~?」

「ん?」

「あっ、お姉ちゃん、おはよう!」

 

 リュカが笑顔で挨拶。可愛い。

 どうやら、何か怖い目に遭わされているわけではなく、本当にただ話していただけの模様。

 警戒度をやや下げる。

 

「おや、この子のお姉さんかい? こんにちは」

「…………こんちゃす」

 

 深みのある落ち着いた声が俺の耳朶を揺らした。

 こ、これは……イケメンボイスッ。

 顔は見えないけれど間違いない。これはイケメンにしか許されないカッコいい声だ。その声音を聞くだけで数多の女子がメロメロになってしまうという、いわゆる選ばれし者(勝ち組男子)

 つまりはこの兄さん、俺の敵ということだ!

 ……警戒度を上げよう。

 

「ははは、そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。ちょっとこの子に綺麗なオーブを見せてもらっていただけだから。ね、坊や?」

「うん!」

 

 その言葉通り、二人はほのぼのした雰囲気を醸しながら会話を楽しんでいた。まるで、何年も前から親しい友人のごとく笑い合う男子二人。

 むぅ、なんか一瞬で弟を取られたみたいで嫌な感じ!

 

 ………………。

 

 ――ってなるかと思いきや、意外なことに、なんだか微笑ましく感じてしまっていた。

 おかしい。我ながら美男子には冷たい喪男(※嫉妬)だと思っていたのに、なぜだかこの人に対しては好意的になってしまう。一体なぜ……?

 

 

 

 ハッ!? ま、まさかッ……、ついにアッチ系の趣味に目覚めてしまったのではあるまいな!?

 い、いやいや、イカンぞ! いくら身体が女になったとはいえ、心はバリバリの現役男子ッ。男に靡くなんてことは絶対にあってはならんのだ!

 

 ……そうだ。これはきっとただの同情心というか、親切心ってヤツだ!

 

 リュカの頭を優しく撫でるあの人の仕草が、『お父さんとお姉さんを大切にね』と囁く声が、なんだかすごく切なそうに感じられて、つい仏心を発揮してしまっただけのこと。

 何かを振り切るように踵を返した彼を追い掛けて、よく分からん元気付けをしちゃったことも……、きっと春の陽気に当てられた結果に違いないのだ!

 

 うんうん、俺にも意外と真人間みたいな一面があった、ということだな。

 そういうことにしておこう!

 

 

 つーわけで、明日は家族でラインハットまで遠出するので、今日はさっさと寝ちゃいます!

 次の日に疲れを残しても不味いし、変な悩みはこれで閉店ガラガラ!

 

 

 さあリュカ、『ロトの勇者物語』読んであげるから、こっちへ来て布団にお入り~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 握っていた羽ペンを脇に置き、パパスは大きく肩を回して息を吐いた。部屋の空気が微かに揺れ、蝋燭に灯された炎がフワリと波打つ。それに釣られて視線を窓辺にやれば、外がもうすっかり暗くなっていたことに気付く。受け皿の蝋もかなりの量が溜まっており、ずいぶん長い間手紙の文言に集中していたことが分かる。

 

 便箋三枚ほどに書き連ねられたその手紙は、古い友人に宛てた近況報告、兼、先触れの知らせだ。相手はラインハットの現国王――パパスが若い頃に一緒に冒険し、互いに切磋琢磨し合ってきた気の置けない友人である。

 もう何度も互いの国を気安く行き来した仲であり、今更そこまで形式に拘る必要もないのだが……、最低限の礼儀は弁えようという辺りに、彼の几帳面な性格がうかがえた。

 

「…………前妻の子と、……継母……か」

 

 折りたたんだ便箋を封筒へ入れながら、パパスは今回の訪問理由を改めて思い返した。定期的に連絡を取り合っていた旧友から、『相談に乗ってほしい』と手紙が送られてきたのがつい先日のこと。

 

 それによると、前妻の息子ヘンリーと現王妃の折り合いがあまり良くなく、彼は今、相当頭を悩ませているらしい。

 この手の継承問題の例に漏れず、王妃は自分の息子デールを溺愛しており、ヘンリーのことを露骨に毛嫌いしている。

 一方でヘンリーの方も、亡くなった実母を想うあまり現王妃のことは良く想ってないようで、忙しい父に構ってもらえない寂しさも相まって、ずいぶんと荒れているとのことだ。常日頃から横柄な態度や行き過ぎたイタズラを繰り返し、城の者たちからの評判もあまり良くないという。

 さらには最近、王妃の側近がガラの悪い連中と接触していたという情報まで届き、何か悪いことが起こるのではないかと、王は心配ばかりが募っているらしい。

 

 そこで、ヘンリーの『子守』兼『護衛』兼『教育係』として白羽の矢が立ったのが、王の古くからの友人・パパスだった。

 身元と人格がしっかりしており、かつ実力と教養も申し分なく、加えて同年代の子を持つ父親でもある。息子の護衛を任せる者としてこれ以上の人材はいなかった。

 

『有事の際にはヘンリーの身を守り、……そしてできることならば、息子の頑なな態度を解きほぐしてやってくれないか?』

 

 それが、困り果てた友からの頼みであった。

 

 妻を探すため、子どもたちを家に残して忙しく駆け回る毎日。正直、目的以外の事に関わっている暇はないというのがパパスの偽らざる気持ちだったが……、長年の友人からの切実な訴えを無視することはやはり忍びなく。

 何より……息子についての悩みを他人事と切って捨てることはしたくなかった。子どものことで頭を抱え、些細なことでも右往左往してしまう気持ちは、パパスにも良く分かるから……。

 

 そんなわけで、今回は息子たちの顔合わせという意味も持たせつつ、パパスは友の頼みを快諾したのであった。

 

 

 

 

「……うにゅら~~……」

「むっ?」

 

 手紙を引き出しにしまうと同時、気の抜けるような幼子の声が響いた。パパスは僅かに焦りを見せながら、壁一枚隔てた隣室へと視線をやる。

 もしや独り言が大き過ぎて起こしてしまったか? そう思い耳をすませていると……、

 

「むぅぅ~。……賢さの、種よりもぉ……、……命の、木の実をぉ……むにゃむにゃ」

「………………、クスッ」

 

 どうやら愉快な子どもが、また妙ちくりんな夢を見ているだけだったようだ。笑いとともに漏れた吐息で蝋燭を吹き消すと、パパスは音を立てないよう静かに扉を開け、隣室をそっと覗き込んだ。

 

「フフ。……二人とも、よく寝ておる」

 

 月明りのみに照らされた暗い室内。窓際のベッドの上では、少年と少女が重なり合うようにして寝息を立てていた。

 眠る前に読み聞かせでもしてあげたのだろうか。うつ伏せで眠る少女の左手には、分厚い本が握られたままになっていた。その隣では同じく横になった少年が、幸せそうな笑みを浮かべてピタリと寄り添っている。……まるでここが、世界で一番安心する場所であるかのように。

 あどけない表情で眠る子どもたちに毛布を被せてやりながら、パパスもまた自然と穏やかな笑みを浮かべる。

 

「リュカ……、ルミナ……」

 

 血が繋がっているか否かなど関係なく、どちらも等しく愛しい、パパス自慢の子どもたちだ。

 ――控えめで大人しいけれど、優しく芯の強い息子・リュカと。

 

「んん……、お姉……ちゃん……」

「むにゃむにゃ……、リュカぁ……」

 

 ――二年前のあの日、新たに自分たちの家族となってくれた義娘・ルミナ。

 当初はこちらを警戒して心を開いてくれなかった彼女も、今ではずいぶんと打ち解け歩み寄ってくれるようになった。パパスが忙しいときには積極的にリュカの世話をし、さらには修行や勉強の面倒まで見てくれている。

 以前は寂しそうな顔をすることが多かったリュカも、彼女と出会ってからは笑うことが多くなったように思う。不甲斐ない父親としては、この子にはいくら感謝してもしきれなかった。

 

「う、ぅぅん……ッ」

「ッ…………、ルミナ」

 

 だからこそパパスは、今もこの子が心に抱える闇をなんとかしてやりたいと思っていた。

 この二年の間にずいぶん明るくはなったが、今でも時おり悪夢にうなされて飛び起きることがあるのを知っている。立ち直ったように見えても、辛い思い出は今も少女の心に巣食い、その身を責め苛んでいるのだろう。

 それを克服させてやるためにも、これを機に少し腰を据えて、ともに穏やかな日々を過ごすのも良いのではないか?

 

 もちろんそれは、幼いリュカについても同様だ。

 パパスにとって、妻の救出は命をかけてでも成し遂げたい目標だが、そのために他のものを犠牲にすることがあってはならない。今目の前にある“守るべき宝”を蔑ろにしては、それこそ妻に申し訳が立たなくなってしまう。

 そういう意味では今回の手紙は、子どもたちについて考える良いきっかけになったと言えるだろう。

 

「……思えばこれまで、忙しくてあまり構ってやる時間もなかったな。その分これからは、思う存分可愛がってやるか」

 

 パパスは子どもたちとの幸せな未来を想い、一人穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ただ……、それはそれとして……。

 

 先ほどとは別件で、一つだけ気がかりなことが……。

 

 

「……ぬ、ぬへへへへ……、ポワン様~」

 

「…………」

 

「今度二人でお食事でもぉ……。え? ……いやぁ、ホテルはまだ気が早いんじゃ……。でもぉ、どうしてもとおっしゃるなら~~……」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「…………八歳の娘が女性の尻ばかり追いかけ回すというのは、……さすがにどうなのだ?」

 

 先ほどまでのシリアス空気は、アホな寝言とともに吹き飛んでいった。頼りになる自慢の娘の唯一といっていい難点――“無類の女好き”という困った性癖を思い出し、父は渋い表情で下唇を噛む。

 

 一年ほど前のとある日、ルミナは突然、『俺は百合ハーレムを作る!』などと意味不明なことを言い出し、次の日から積極的に女性に声をかけるチャラ男と化してしまったのだ。あのときはさすがのパパスも動転し、『ついに心が壊れてしまったのか!?』と本気でその身を案じたものだ。

 ……まあ幸い(?)、本人が心から望んでの発言だったため、とりあえずあのときは背中を押して話を終えたのだが……、今さらながら『ちょっと早まったかもしれない』と後悔が浮かんでいる。

 

 

 

 ……いやだって、修道院の女の子とかが一時期傾倒してしまうという、所謂“そういう関係”じゃなくて……、なんだかガチっぽい感じなんだもの。

 エロ親父がお店のお姉ちゃんに迫っていくような、なんだかヤバげな本気を感じるんだもの。……こう、なんていうか、その内エロスで身を滅ぼしてしまいそうなヤバめな空気? まだ八歳の少女だというのに……放っておいて良いのだろうか、これは?

 

「ふ、ふへへへ……」

「……この子の将来、一体どうなってしまうのだろう……」

 

 パパスは娘の先行きに、一抹どころではない不安を覚えるのであった。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「……ハッ!? イヤ、いかん、いかん! 父親が娘のことを信じなくてなんとするッ!」

 

 慌てて頭を振り、パパスは不吉な未来予想図を振り払った。

 いろいろとキツい経験をしてきたせいで、今は少しばかりユニークな方向へフラついているだけであろう。このまま穏やかに日々を過ごしていけば、いずれはささくれた心も落ち着き、自分の妻のような真面目で貞淑な女性として健やかに成長してくれるはず……。

 そうしていつの日か、優しい夫と出会い、可愛い子どもたちを授かり、幸せで温かな家庭を築いてくれることだろう。

 

 

「………………」

 

 

 ……くれると、良いなぁ?

 

 

 …………築いて、くれるかなぁ?

 

 

「うぇひひひひ……。ポワン様~、お膝がとっても柔らかいですなあ」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 他所の息子さんを更生させる前に、まずはコッチを先に何とかした方が良いんじゃないか……?

 割とガチでパパスは思った。

 

「……い、いやしかし、下手なことをして逆に男好きになられても困るし……。と、というか、昼間にあの若者を抱きしめていたアレは、一体どういうわけなのだ?」

 

 さらにパパスは、昼間に見てしまった衝撃的な光景――娘が大人の男性を抱きしめていた姿を思い返す。

 パパスに対し『ラインハットへは行かない方がいい』と忠告してきた、妻に似た雰囲気を持つ謎の青年。その唐突な言動に戸惑いはしたが、彼の辛そうな顔を見れば、本心からパパスの身を案じていることは容易に理解できた。

 そんな心優しい青年が、女児に対して自分から強引に抱き着くなどということはまずあるまい。つまりあれは――“ルミナの意志によって、彼女の側から起こされた行動”だということになる。

 女好きを公言するがさつな娘が、慈愛の表情で年上の男を抱きしめていたという、寝耳に水の大事件。父が精神に受けた衝撃は、まさしく筆舌に尽くし難いものがあった。

 

「――ハッ!? ま、まさかこの子は、噂に聞く“両刀”というヤツなのか? 男も女も、どっちもイケてしまうタイプなのかッ? 父親としてはそれも応援してやるべきなのかッ? ――い、一体どっちなんだ。どうするべきなんだ、私はッ! た、頼む! 教えてくれ、マーサああッ!!」

 

 

 

 

 真面目な父の悩みは、夜とともに深まっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




(原作との違い)
 オリ主と出会ったことで、リュカたちは原作より早めにサンタローズへ戻ってきました。パパスは今、子どもたちを家に残した状態で、調べ物をしたり短期の旅に出かけたりしています。

『でも、今後はそれも少し控えようかな……』というのが今回のお話でした。

 ……死亡フラグとか言ってはダメです。




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7話 家族関係、人それぞれ

○月×日

 

 サンチョさんを留守番に残し、俺、父さん、リュカ、プックルの4人はラインハットへと出発した。その道すがら、父さんから今回の旅の目的を聞かされたのだが……。聞いてビックリ、なんとラインハットの王様から父さんへ個人的な手紙が届き、内密なお願いを頼まれたそうな。

 

 ――おいおいおい……? 大国の王から個人的な手紙&頼み事……?

 

 前々から只者ではないと思ってたけど、もしかしてウチの父さんって結構……いや、かなり凄い人なんじゃないの?

 戦闘ではメッチャ強いし、人には自然と慕われるし、礼儀作法や教養もバッチリだし、おヒゲもとても渋いし……。これで正体がただの平民とか旅の戦士とか言われても到底信じられんぞ。もしかして昔どこかの国で騎士でもやってたとか? その関係でラインハット王とも知り合いだった――とか言われればすごく納得できる。

 

 

 ……まあ、気になるなら本人に聞くのが一番手っ取り早いんだけど。あまり直截に聞くのもなんか憚られるんだよね……。自分が研究所生まれで、かつ転生者っていう秘密まで抱えているもんで、人の素性を根掘り葉掘り聞くのはどうにも躊躇してしまう。

 実際、父さんもその辺は気を遣ってくれているのか何も尋ねて来ないから、俺から一方的に質問するのもなんか悪い気がして……。

 

 

 

 ………………。

 

 でもなあ……、いつまでも他人行儀ってのもダメだよなあ……。

 父さんは血の繋がってない俺のこともとても可愛がってくれるし、あまり遠慮し過ぎるってのも逆に良くないのかも。

 今回の旅が終わったらしばらくゆっくりするらしいし、そのときに色々聞いてみようかな?

 

 

 …………うん、それが良いな。

 ウダウダとヘタレていても仕方ないし、ここは腹を括ってドーンと行こう!

 

 なんたって俺たちはもう、家族なんだからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 ただ父さん……この歳で肩車は、ちょっと恥ずかしいです。

 ……や、別に嫌というわけではないし、リュカといっしょに抱き上げられるのも嬉しい気がしないではなかったけども。

 やはり中身はいい歳した大人なわけで、姉としての威厳もあって、その辺りの配慮をして頂けるとありがたく思うわけでうんぬんかんぬん――――(以後、脈絡のない文章が続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 ラインハットの街へ到着ッ!

 これまで待ちに待った、俺にとって初めての(まともな)お城である!

 うんうん! 異世界に転生して、剣・魔法・モンスターと来れば、最後はやっぱりお城と王様だよね! 血生臭い殺し合いなんかより、やっぱこういう真っ当なファンタジー要素の方がテンション上がるぜ、ヒャッホー!

 

 ――なんて喜びながら、楽しい家族旅行の空気に浸っていたのだが……、そんな良い日旅気分を邪魔する水差し野郎がここには存在したのだった。

 

 

 そう、ラインハット王国第一王子・ヘンリーその人である。

 

 

 父さんが王様と話している最中、俺とリュカは暇なので適当に城内を見学させてもらっていた。物見塔や訓練場を見て回り、使用人や兵士からいろいろな噂話を聞き、初めてのお城を存分に満喫していた俺たち。

 が、その最中、ついに奴に出会ってしまったのだ。

 

 王族に対して非常に憚られる物言いではあるが、どうせ他に読む人もいないんだし、この際ぶっちゃけて言ってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 ――ヘンリー! くっそウゼエエエエーーーッ!!

 

 初対面のガキンチョがいきなり『俺は王子だぞ、偉いんだ!』と来て、……まあそれは事実だから良いとしても、次は『子分にしてやろうか』と来たもんだ。思わずブッ飛ばしたいと思った俺を誰も責められまい。

 

 しかし俺は頑張ってその怒りに耐えた。これでも中身は大人、ワガママ坊主の戯れ言に我を忘れるほど幼稚ではない。

 それにきっとこいつも、本心では友達になりたいと思っているのだ。見たところ寂しいボッチ野郎なのは明白だし、生来の横柄さが邪魔をして素直に自分の想いを口にできないのだろう。ここはこちらが先に折れてやって、下手に出て仲良くしてやるのが度量というものよ。

 腹立たしさを抑え、俺は笑顔で言ってやった。

 

「……わかった。……子分に、なってやる……。リュカもそれでいいか?」

「うん、いいよ。友達になろう、ヘンリー!」

 

「わははははっ、誰がお前らみたいな弱そうな奴らを子分にするか! 帰れ、帰れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ――この後、滅茶苦茶キャメルクラッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 最近ヘンリーの方から俺たちを訪ねて来るようになった。『オレが勝ったら姉弟揃って子分になれ!』とか言って、いろんな勝負を吹っ掛けて来やがる。

 ……当然だが全て返り討ちにしてやった。

 

 直接の取っ組み合いは言うまでもなく、大食い、かけっこ、幅跳び、木登り、全てにおいて完全勝利である。

 ちなみに幅跳びや木登りでも翼は使っていない。父さんに『都会では奇異に見られる恐れがあるから隠すように』と言われて、今は人前で翼を出さないようにしているのだ。(※実は出し入れ自在)

 つまりこれは、純然たる身体能力の差ってこと。思い知ったかこの都会っ子め!

 

 あと俺だけでなく、リュカの方も余裕でヘンリーに勝利している。小柄で大人しいから与しやすしと踏んだのだろうが、甘い!

 物心付かない頃から世界中を旅し、さらには俺といっしょに魔物退治まで熟してきたこの幼児が、見た目通りのか弱い坊ちゃんのわけがあるまい。予定調和のごとくリュカが勝利し、これで王子様の連敗街道は二桁へ突入。

 いやー、生意気坊主の悔しがる姿で飯がうまい!

 

 ……え? 子ども相手に大人げないって?

 フハハハハ、肉体的には幼児同士なんだから手加減なんて必要ないのだ! むしろ生後年齢で言えば俺が一番下の可能性もあるのだから、気にする必要なんて全くなし!

 最後は落ち込むヘンリーを見下ろしながら、ここぞとばかりに全力で煽り倒してやる。

 

「やーい、やーい! 平民に負けるダメ王子~~! そんなんで将来立派な王様になれるんですか~~?」

「う、うううるさい、黙れーーッ!」

「あ、あわわわッ……。そんな意地悪言っちゃダメだよ、お姉ちゃん! まだ戦いの稽古とかしてないんだから、弱くたって仕方ないよ!」

「うぐぅっ!? ……う、うわあああ~~ん!」

「あれッ!? どうしたの、ヘンリー! ま、待って~!」

「ブハハハ! ナイス煽りだ、リュカ!」

 

 無謀にも挑んできたお坊ちゃまを返り討ちにし、泣きながら逃げていく様を眺めながら高笑いする。ここ最近の俺たちの楽しい日常であった。

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、やはり男手一つで育てたからこんな風に……。いやしかし、これはこれでむしろ正常のような気も……? う゛~~~ん……」

 

 そして、その後ろで痛みに堪えるように頭を抱えるのが、最近の父さんの日常だった。

 ……風邪でも引いたのかな? 心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 父さん、事件です……。

 

 今日も今日とてヘンリーと勝負をしていたところ、あからさまに怪しいチンピラどもが城内に侵入し、ヘンリーを攫おうとしやがった。

 手慣れた屈強な戦士たちが5人以上。大人と子ども、かつ多勢に無勢の危機的状況。必死の抵抗虚しく、哀れ子どもたちは連れ去られてしまうのでした……。

 

 

 

 ――なんてことには当然ならず、全員一撃で伸してやった。

 

 上級モンスターと生きるか死ぬかの戦いをしてきたこの俺が、たかだか傭兵崩れのチンピラごときに負けるはずがあるまい。蹲って唸る男どもを蹴り起こし、誰に頼まれたのか問い質す。

 だが連中は震えて答えない。俺を怖がっているというよりも、雇い主に粛清されてしまうのを恐れているように見えた。

 仕方がないので尋問はやめてやって――

 

 

 

 ――頭に金属棒(ナイフ)ブッ刺して直接聞くことにした。

 

 

 

 研究所時代、モンスター相手に何度もやってきたのでノウハウはバッチリだ。むしろ言語を話せる個体な分、あのときよりずっと楽だろう。

 ……強いて問題点を挙げるなら、人格やらなんやらが完全に破壊されて廃人になってしまう点だが、まあ構うまい。子どもを誘拐しようという害悪野郎どもなぞ、この世から消えても誰も困らん。

 というわけで、早速事情聴取を始めまーす!

 

 

 ――ってとこで、駆け付けてきた父さんに止められてしまった。

 あまり残酷過ぎることはやめなさいって、ちょっと叱られた。

 心配しなくても、ちゃんと子どもたちが見ていないところでやるつもりだったよ?

 と、押し問答している間に、犯人たちは城の兵に引っ立てられていっちゃったのだ。

 

 

 

 ……ああ、せっかくもう少しで依頼主の正体が判明するとこだったのに……。残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 事ここに至っては仕方がないと、父さんが事情を説明してくれた。

 国王からの手紙の内容と、自分がヘンリーの護衛を頼まれた件について。そして昨日の連中の犯行が、おそらく王妃の依頼によるものだということも……。

 

 うぁぁ……、王家のドロドロ継承問題かよ、やだやだ。

 なんでそんな面倒なモンに関わっちゃったのさ、父さん。

 

 って嫌そうな顔をしていたら父さんに謝られた。『危険な目に遭わせてすまない。私の読みが甘かった』と。

 いや、別に自分が襲われたから文句言ってるわけではなくてだね? 父さんが余計な苦労を背負い込むことになるのが心配だっただけで、むしろ少しくらいはこっちを頼ってくれた方が嬉しかったりという話で――

 

 ってああもうッ、こういうのは俺のガラじゃない!

 くそ、一度紙に書いたら消せないのが面倒だ。誰か早いところ鉛筆と消しゴムを開発してくれ!

 

 とりあえず、『言ってくれれば協力するし、父さんのそういう人の好いところは嫌いじゃない』とだけ伝えておいた。

 

 

 

 

 

 苦笑しながらお礼を言われた。

 リュカには頭を撫でられた。

 

 やめろ、泣いちゃうだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 犯人たちはまだ口を割らないらしい。

 証拠がなくては王妃一派を捕らえることができない。……というか王様も妻がそんなことをしたとは信じたくないらしく、捜査の進みが微妙に遅い。

 父さん曰く、俺たちの推測を真っ向から突っ撥ねることはしないが、さりとて妻を信じたい気持ちもまだあるのだという……。

 

 チッ、優柔不断な王め。公私くらいきっちり分けろってんだ。あからさまに舌打ちをしたら父さんに宥められた。

 仕方ないじゃん。気持ちは分からんでもないけど、一番迷惑被っているのは俺たちなんだから。

 

 

 しかしまあ、今一番ダウナーになっているのは誰あろう、当事者のヘンリーだ。自分が攫われかけたのに父が積極的な行動に出てくれないせいで、なにやらウジウジ落ち込みモードに入っている。

 日がな一日俺たちの客室に入り浸っては、やれ『なんで親父はあいつを捕まえないんだ!』だの、やれ『親父は俺のことなんてどうでもいいんだ!』だの、ベッドに体育座りしながらジメジメウジウジ……。非常に鬱陶しい。

 

 つーかこいつ、最近ずっとここに入り浸ってんな……。あんなに虐めてやったのに、全然気にせずゴロゴロ寛いでるし。

 なんだろう……。リュカといいこいつといい、この世界の幼児ってみんなこんな風に図太いんだろうか? 俺だったら負けまくった相手にここまで無防備な姿晒せないんだけど。

 やはり腐っても王族、人としての器は大きいのだなあ……。

 

 ――ということをヘンリーに伝えて、ちょっとだけ褒めてやった。

 ……ま、どうせ『うるさい平民!』とか文句言うんだろうけど、さすがにこの状態で放置はかわいそうだ。ストレス解消のサンドバッグ役くらいはやってやろうじゃないか。

 ヘイ、カモン!

 

 

『うぇ!? ……あ、や、えっと…………。……あ、あり……がとぅ……』

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 なんか、思てたんと違う……。

 

 変なモンでも食った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 王様が倒れたらしい。

 意識不明の重体だという話だ。父さんが話を聞くため会いに行こうとしたが、今はダメだと大臣たちに止められた。政務についてはしばらく王妃が代行するらしい……。

 

 状況や法律的なことを考えれば自然な流れではあるが、……どうにもキナ臭いものを感じる。

 王が倒れたことで誘拐の捜査は中断し、王妃は権限を手に入れ、そして王位継承者についても水面下で議論が行われているという。なんだか、王妃にとって妙に都合良く状況が動いていないか?

 

 こうなると王が倒れたことにも、何か作為的な意図が感じられてならない。これ以上面倒なことに巻き込まれる前に、そろそろサンタローズへ戻ることも考えた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……でも、そうするとヘンリーはいずれ……

 

 

 ………………。

 

 ああクソッ、もういっそあいつも一緒に連れて帰っちまえば良いんじゃないか?

 見知らぬ子どもを王子の遊び相手にするくらいのガバガバ警備なんだし、意外とそれくらい許してくれそうな気もするぞ。

 

 早めに帰ることも含めて、明日辺り父さんに打診してみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月☆日

 

 デール君がすごく良い子だった。

 

 こんなときになんだけど、ヘンリーを元気付けがてら城の裏手をみんなで散策していたら、あいつの異母弟・デール王子に会った。

 あの王妃の息子ということでちょっと警戒していたんだけど、意外や意外、絵に描いたような良い子だったのだ。やや気弱なところはあるものの、兄のことは本心から慕っているようで、周囲が何かと自分たちを対立させようとすることに辟易している風だった。

 子分扱いされても気にせず兄を慕うとは、なんと優しい弟だろう。

 それなのにこの捻くれ兄貴は、最近は碌に会いにも行かなかったらしい。周りが(※たぶん一部の人間)二人を比べてヘンリーのことを貶めるせいで、もしかしたらデールもそう思ってるんじゃないかと不安になり、だんだん疎遠になっていったそうな。

 

 ちょっと男子~、それはイカンよ? 二人だけの兄弟なんだしちゃんと仲良くしなよ~。

 

 と、目の前でリュカを抱き上げて麗しい姉弟愛を見せてやると、ちょっと気まずそうにしながらもヘンリーは弟君に謝り、デール君の方もすごい嬉しそうに笑ってくれた。良かった、良かった、やっぱ兄弟は仲良くしないとね。

 最後に『よくできました。良い子、良い子』とヘンリーの頭を撫でてやると、赤い顔して振り払ってきおった。

 

 フハハハ、弟の前で子ども扱いは恥ずかしいのか? 本当に子どもなんだから、気にせずとも良いだろうに、シャイボーイめ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――子ども同士の仲はこんなに良いのだし、このまま何事もなく終わってくれないかなあ……?

 

 そう願ってしまうのは、ちょっと希望的観測が過ぎるだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月□日

 

 やられた……。

 王妃の手の者によって、父さんがヘンリー誘拐犯として連れて行かれてしまった。俺とリュカとプックルは、子どもだからなのか牢には入れられなかったが、部屋の前では兵士が見張っていて実質軟禁状態だ。夜になってしまった今も父さんとは話せていない。

 

 あの性悪王妃め、何か企んでいるとは思っていたが、まさかこんな露骨な行動に出やがるとは……。

 自分の犯行を俺たちに擦り付けると同時に、誘拐犯捕縛の手柄で発言力を強化し、息子の地位を盤石にしようという狙いか。当のデール自身はそんなこと欠片も望んでないというのに……。

 

 俺たち子どもを引き離したのは、父さんに対する人質のつもりかな? 嘘の自白を強要し、従わなきゃ子どもを殺すぞと脅すつもりなのかもしれない。

 

 

 

 ――ケッ、お生憎様。この城の兵士くらい、俺がその気になれば余裕で殲滅できるのだ。

 命令で従っているだけの兵も多いだろうから、さすがに殺しはしないけれど、いざとなれば逃げるくらいは余裕で可能だ。そのことを、連れて行かれる父さんにハンドサインで伝えたら、

 

 

 ――『しばらくは大人しく従っていてくれ。……ただし、身に危険が迫ったときは自分たちの命を最優先にして逃げること』

 

 

 と返事が来た。

 ……まあ、国と真っ向から争って追手を差し向けられてもマズイしね。ギリギリまで粘って、なんとか無実を勝ち取れればそれに越したことはない。時間が経てば王様が回復して何か手を打ってくれるかもしれないし……。

 

 

 

 ――と、いうわけで。

 

 状況が何か変化するまで、俺たちは少しばかり休憩することになっ〆\/  (この先は汚れていて読めない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 襲撃は突然に

 ――ザシュッ!!

 

「グゲエーー!?」

「魔物ッ!?」

 

 暗がりから襲い掛かってきたモンスターを一刀のもとに切り伏せながら、白銀の少女は叫んだ。

 襲撃そのものに驚いたわけではない。自分たちの口を封じに来る可能性は十分予想していたし、暗闇で予告なく襲われる訓練は嫌と言うほどやらされてきた。ゆえに、返り討ち自体は何ら滞りなく行われた。

 ルミナが驚いたのは襲撃者の正体そのものだ。てっきりまたチンピラか傭兵崩れがやって来るかと思いきや、切り殺した相手は獣形モンスター・アルミラージだった。

 

 普通に考えるならば、城の中に偶々魔物が迷い込んだ、という線が妥当なところだろう。

 ……しかし、どうにもキナ臭い。

 パパスが誘拐犯として捕まったこのタイミングで、野良モンスターが偶然城を襲撃し、しかも客室の子どもたちをピンポイントで狙いに来る……?

 

「……少し……タイミングが良過ぎやしないか?」

 

 現状に何らかの作為を感じ、ルミナが首を捻ったそのときだった。

 

 

 ――『う、うわああああーーーーー!!?』

 

 

「ッ!!」

 

 部屋の外から、続いて城内のあらゆる場所から同時に悲鳴が上がる。

 隣にいたプックルも剣呑な表情で唸り声を上げ、ヒクヒクと鼻を鳴らし始めた。旅の最中、魔物の大群と遭遇する前に見せるのと同じ反応だった。

 

「リュカ! 出るぞ!」

「えっ?」

 

 隠し持っていたブロンズナイフに魔力を纏わせると、ルミナは目の前の扉を一閃。鍵部分を叩き切り、ドア枠ごと強引に蹴り飛ばした。

 吹き飛ばした扉の外では案の定――

 

「うわあ、誰かあああッ!」

「ちぃッ! ――死ねッ!!」

「グギイイイーー!?」

「ヒィィィ!? ひ……え? ……ええ?」

 

 見張りの兵士を噛み殺そうとしていた魔物を、投げナイフを投擲して刺し殺す。そのままポカンしている兵士には目もくれず、ルミナは急ぎ部屋の中へ向け叫んだ。

 

「急げ、リュカ! さっさと出るぞ!」

「ッ――うん、わかった! 行くよ、プックル!」

「ガウッ!」

 

 さすがは修羅場慣れしている子どもたち。リュカは僅かな内に動揺を鎮めると、使い魔を連れて客室を飛び出した。

 その前方をルミナが走り弟たちを先導する。すれ違い様にセミモグラを二匹切り捨て、()()を目指して中央階段を駆け上がっていく。

 

「あー、もうッ! いつもいつも後手だよ、チクショウめッ!」

 

 使用人を襲う魔物を通りすがりに斬り殺しながら、ルミナはギリと奥歯を噛み締めた。

 先ほどのモンスターは明らかに、ルミナとリュカを狙いに来ていた。今は他の者も無差別に襲われ始めているようだが、最初の攻撃はどう見ても二人だけを標的としていた。

 ……ということはやはり、この襲撃は誘拐の黒幕――すなわち王妃の手によるものなのだろう。

 捕まったルミナたちを魔物を使って亡き者にし、『偶然襲われて殺されたのだ』と主張すれば、たとえ疑わしくてもそれ以上の追求は難しくなる。そうしてドサクサに紛れて再びヘンリーを誘拐・殺害すれば……、後は死人に口なし。完全にルミナたちへ罪を擦り付けることができる。城全体への襲撃はおそらく、場を混乱させるための陽動だろう。

 貴族令嬢として育った王妃がどうやって魔物を操れるようになったかは分からないが、現状を見る限りそう判断するしかない。身勝手な目的のために他人の命をも利用する。まったくもって効率的で、胸糞悪い話であった。

 

「うわあああッッ!!?」

「! ちィッ!」

 

 廊下の先から聞き覚えのある声が上がる。急いで突き当りの角を曲がれば、そこにあったのは予想に違わぬ光景。ヘンリーは廊下の壁際に追い詰められ、今にもお化けネズミに噛み殺される寸前だった。

 

「ヒャダルコ!!」

「ギギィイイイ!?」

 

 ――パキ……ンッ!!

 

「うわ、わッ!?」

「大丈夫か、ヘンリー!! 怪我はないか!?」

「……へ? え……ぁ?」

 

 氷漬けになった大ネズミを一蹴りで粉々にし、ルミナは急ぎヘンリーの安否を確認する。見たところ衣服に乱れはなく、血を流している様子もない。どうやら寸でのところで間に合ったようで、彼女はホッと胸を撫で下ろした。

 

「……な……何だよ、これッ。……何なんだよ、これはッ!?」

「うん?」

「な、なんで……魔物が城に! ゆ、誘拐犯も! なんでみんなして、俺を襲ってきてッ!」

「おい? どうした、ヘンリー?」

 

 だがしかし、少年の精神の方はそうもいかなかったらしい。ヘンリーは床にへたり込んだままうわ言のように繰り返していた。何度も命を狙われ、父親とは碌に話すことすらできず……。絶え間なく襲う恐怖と混乱により、少年の心は疲弊し、軋みを上げていたのだ。

 

「お、親父は何して……。なんで、助けてくれないんだよ……!」

「いや、無茶言うなって。お前の親父さん今倒れてるんだろ? それに、ちゃんとウチの父さんを護衛に――」

「親父はッ……何もしてくれなくて……! いつもいつも、俺にだけ冷たくて、余所余所しくて……!」

「コラッ、騒ぐと魔物が来ちゃうだろ! ほら、とりあえず一旦深呼吸して――」

「いつもいつもッ、俺よりデールのことばかり……ッ! そうだよ! どうせ俺なんかよりも、デールの方が大切なんだ!」

「ちょっ、ヘンリー、聞いてるッ? 今は大変なときで、冷静に行動しないと危ないんだって。頼むから早く立って、一緒に逃げて――」

「お、俺なんてこのまま、魔物に喰われて死んじまった方が良かったんだーッ!」

 

 

 

 ――プチッ。

 

「だから緊急事態っつってるだろうが! 話聞けええええッ!!」

「ゴバッふ!!?」

 

 しかしながら、このガサツな少女にメンタルケアなどできるわけもなく……。

 とりあえずルミナは、手っ取り早く場を収めるため頭突き(説得)することにした。

 効果はばつぐんだった。

 

「…………ぐ、ふぅ」

「……よし、落ち着いたな?」

「……、ふぁい」

 

 泣き言が止まったヘンリーを見下ろしながら、ルミナは満足気に頷いた。

 

 

 

「――おーい、お前たちー! 無事かーッ!?」

「あ、お父さんだ! おーい!」

 

 とそこへ、廊下の向こうから見知った影が駆け寄って来る。大きく手を振って跳びはねるリュカに応えて、彼の方も逞しい腕を振り返してきた。長剣を担いだまま走ってくるその足取りに澱みはなく、あちらも全くの無傷だったようだ。

 

「おお、無事だったか! お前が二人を守ってくれたのだな、ルミナ!」

「ふっ、まあね。このくらい楽勝よ」

「そうか、よくやってくれたぞ。さすがは我が娘――って、ぬおアっ!? お、王子、どうなさった!? 怪我をされたのか!?」

「え?」

「も、申し訳ない! 護衛として呼ばれておきながらこの体たらく! まさに不徳の致すところで……!」

「あ、いや……、これはお宅の娘さんに……」

「あっ、コラ! シーッ! シーーッ!」

 

 

 親子は廊下の真ん中で、今朝方ぶりの再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パパスが回収してきた装備を受け取った後、一行は一路、最上階を目指して動き出した。集団の先頭をパパスが、最後尾をルミナが守り、間にリュカ、ヘンリー、プックルを挟む形で階段を上っていく。

 ルミナたちの方と同様、パパスの通ってきた道でも魔物の襲撃が起こっており、城全体が襲われているのはもはや間違いないらしい。兵たちが力を合わせて対処に当たっているおかげで現状はなんとか拮抗しているが、いつ死者が出てもおかしくない状態だ。

 

 

『うわあああッ!? 助けてええ!!』

『落ち着け、馬鹿野郎ッ!』

『援護を頼む! この人数じゃ押さえきれん!』

『命令はどうなっている!? 敵はどこから――ッ』

『陛下はご無事か!? 誰か確認を――!』

 

 

 魔物に襲撃された混乱は確実に広がりつつあり、そこかしこで兵の連携が乱れ始めていた。王が倒れて不在な上、代わりにその席にいるのは(おそらく)敵側の王妃なのだ。指揮系統が機能するはずがない。

 罪人扱いのパパスたちが全く呼び止められないのが良い証拠だった。

 

「心苦しいが、ここは彼らに任せて急ぐぞ! みんな足を止めるな!」

「分かってる! お前ら、はぐれるなよ!」

「うん、大丈夫!」

「お、おうッ!」

「ガウッ」

 

 ならば、今やるべきは王の救出である。王妃が敵側である以上、王が意識不明というのもブラフである可能性が高い。多少強引にでも身柄を確保し、鶴の一声によってこの混乱を治めてもらうのが現状ベストな選択だろう。

 

 最後の階段を上りきった五人は、正面に見える玉座の間を通り過ぎ、その奥にある王の私室を目指す。この城の最重要区画までたどり着いたというのに、誰に見咎められることもない。

 本来それを行うべき者たち――この区画を警護していた兵たち――は、すでに一人残らず床に倒れ動かなくなっていた。全員が首筋から大量の血を流し、生死すら定かではない状態だ。

 

「くそッ! ――ベホマ!」

 

 今は丁寧に見てやれる暇はない。『せめて一人でも助かってくれ』と、ルミナは回復魔法を連発しながらその場を走り過ぎる。彼らの命を助けるためにも、今は素早くこの騒動を治めるしかない。

 ルミナは前を行くパパスの背を追い越し、罪悪感を振り切るように右手に魔力を集中させた。

 

「メラミッ!!」

 

 火球を投げつけ、寝室の扉を吹き飛ばす。間髪入れずに入り口から飛び込み、前面に盾を掲げながら周囲を警戒する。

 

「ッ!?」

「なッ、お主ら、なぜここに!? 脱獄して来たのかえ!?」

 

 直後、視界に飛び込んで来たのは寝台に横たわる王と、そこへナイフを振り下ろそうとする王妃の姿だった。彼女は突然の轟音に驚き、腕を掲げた状態のままこちらを凝視していた。

 

「おいッ、邪魔者は捕まえたんじゃなかったのか!」

 

 その後方五メートルほどには、なんと二足歩行の馬が控えていた。王妃の犯行を眺めていたその馬型モンスターは、彼女の動きとシンクロするように背後を振り返り、同様に誰何の声を上げている。

 襲い掛かる様子もなく、逆に仲間のように王妃へ問いかける馬。

 ――これではっきりと確定した。王妃が魔物と手を組み、王位を奪い取ろうとしていることが。

 即座に床を蹴り、ルミナは寝台へ向けて駆け出した。

 

「ッ!? 行かせんぞ、小娘ッ!」

「父さん、馬の方をお願い!!」

「承知した! ――貴様の相手は私だ!」

「ぬぐッ!? じゃ、邪魔をするなあッ!」

 

 慌てて行く手を遮ろうと動き出した馬をパパスに任せ、ルミナは最高速でその横を駆け抜ける。速度だけならば父よりも彼女の方が速い。王妃が鈍重な動きでもう一度ナイフを振り下ろすより早く、その腕をガシと掴み取る。

 

「なッ!? は、離さぬかッ、この無礼者!!」

「離すわけねえだろッ、この無法者!!」

「ガッふ!?」

 

 腹を一発撃ち抜き、握力が緩んだ隙にナイフを奪い取って圧し折る。人質を助けるのならこれが一番確実で手っ取り早い。そのためにルミナは真っ先に飛び出したのだ。

 優しい性格の父では女性に手加減してしまいかねず、万が一が起こる可能性がある。その点自分ならば問題はない。犯罪者に温情をかけるほど人間ができていないし、何より今は幼女の身。何の遠慮もなくブッ飛ばせるというものだ。

 

「歯ぁ食いしばれ! この腐れ王妃がああッ!!」

「ごふぁあッ!?」

 

 ――ドゴオ゛オオンッ!!

 

 顎を撃ち抜かれた王妃は錐揉みしながら吹き飛び、寝室の壁に頭からめり込んだ。拳で脳を揺らしたのに加えて、激突による頭への衝撃。これでしばらく目を醒ますことはないだろう。

 念のためにロープで縛って――これにて成敗完了である。

 

 

 

 

「……ぅ……う……?」

「あ! 王様、無事っスか!? 怪我してないッスか!?」

「……ぅ……お、お主は……、パパス、の?」

「そうッス! 分かりますか? 意識はありますか?」

「……ぅ……う、む……。大丈夫……だが、これは一体……?」

 

 どうやら王は本当にただ眠っていただけだったようだ。ひょっとすると薬物など盛られている可能性もあるため、早めに信頼できる医者に見せた方が良いのだが……、今はそれよりも前にやることがある。

 

「――ヘンリー! ヘンリー、ちょっと来て!」

「うぇッ!? お、俺!?」

「他に誰がいるんだよッ。ほら、さっさとこっち来る!」

 

 ルミナにやや遅ればせながら、寝室まで辿り着いていたヘンリー。

 彼はそのまま奥に入って来るでもなく、入り口付近でソワソワと挙動不審な動作を続けていた。おそらく、久しぶりに顔を合わせる父にどう接して良いか分からないのだろうが、あまり悠長にしている暇はないのだ。

 ルミナはヘンリーを呼び寄せ、その耳元で囁く。

 

「王様に現状を説明してあげて。……あと、寝たきりだったせいで少し衰弱しているみたい。話をして元気付けてやってくれ」

「え? ……で、でも、俺なんか……。親父は俺よりデールの方が――「ヘンリー」……ッ!」

 

 渋るヘンリーの両頬を掴み、その目をジッと覗き込む。

 

「……頼むよ、王様の命にもかかわるんだ。……これは、お前にしかできない」

「ッ…………。わ、わかった。……やってみる」

「ン。……ありがとな」

 

 最後にヘンリーの頭をポンと叩くと、ルミナは寝台から離れた。

 できれば状況説明だけでなく、これを切っ掛けに親子の蟠りも無くなってくれれば良いのだが……。

 

「……おーっす、父さん。こっちは終わったよ」

「おおルミナ、ご苦労だったな。怪我はないか?」

「うん、全然大丈夫。父さんも怪我ない? 馬、強かった?」

「うむ、それなりの強さではあったが。安心しろ、問題なく倒してやったわ」

「……おお、さすが」

 

 見れば、馬のモンスターは絨毯の上に血みどろで倒れていた。なかなか強そうな魔物だったのに、ルミナがちょっと王妃をブッ飛ばしてくる間に倒してしまったらしい。

 さすがは歴戦の戦士。自分ではまだまだ及ばないなと、ルミナは改めて父を尊敬した。

 

「お姉ちゃん、手痛くない? ホイミ要る?」

「ん? そうだな。お願いできるか、リュカ?」

「うん、任せて! ――ホイミ!」

 

 ルミナの右手が光に包まれ、王妃を殴り飛ばした打撲痕が見る見る消えていく。六歳にしてこれほどの回復魔法の腕前、将来有望な弟の実力に、姉としては鼻高々である。

 

「おぉ、ずいぶん上達したなあ。偉い、偉い」

「えへへー」

 

 褒めながら頭を撫でてやると、輝くような笑顔が返ってきた。可愛い。

 頼りになる父と、素直で優しい弟。やはり自分は家族に恵まれてるなあと、ルミナはしみじみと頷いた。

 

「できればあっちの家族もうまくいって欲しいけど………………お? 終わったかな?」

 

 やがて、ヘンリー親子の会話もとりあえず一段落し……、それも良い方向に決着したようだ。分かり易い笑顔を浮かべて手招きするヘンリーに応え、ルミナたちも寝台まで歩み寄っていく。

 

 なんやかんや苦労はあったが、これにてなんとか一件落着。

 後は目覚めた王にこの場を収めてもらい、パパスの無実と王妃の犯行を公表してもらえば、全てが無事に解決して――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホホホ。困りますねぇ、あまり余計な真似をされては――」

 

 

「ッ!?」

 

 

 ――防げたのは、全くの偶然だった。鍛え上げられたルミナの危機察知能力が、首の後ろがヒリつくような僅かな殺気を捉えた。

 同時、彼女は闇雲に左手を振り上げる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 偶然振り上げた左手が――偶々その射線を遮っていた。禍々しい色合いのナイフが少女の小さな手を貫き、大量の血を滴らせる。

 

「ルミナッ!?」

「お姉ちゃん!?」

「お、お前ッ、その手!」

「心配するな! 大したことないッ! ――キアリー!」

 

 彼女が咄嗟に動いていなければ、ヘンリーと国王は確実に死んでいただろう。人間二人をまとめて串刺しにできる威力が乗せられた投擲。さらにはご丁寧に、刀身には毒物まで塗ってあるという念の入りようだ。

 そんなにまでして二人を殺したいのかと、ルミナは短剣が飛んできた方向を強く睨み付ける。

 

「さっさと出て来いッ、この出歯亀野郎ッ!!」

「――おや? 苦しまないよう一撃で終わらせようとしてあげたのに、邪魔が入ったようですねえ」

 

「「「ッ!?」」」

 

 暗がりからユラリと歩み出てきた刺客の姿に、ルミナたちは息を呑む。毒々しいローブを全身に纏う、魔導士然とした何者か。そいつは先ほどの馬よりは人に近しい姿をしていたが、明らかに人間ではなかった。

 単に見た目がかけ離れているとか、凄まじい魔力が感じられるとか、そんな表面的な理由ではない。全身から漂ってくる濃密な死の臭い。そして何より……人間を塵芥のように見下ろす冷酷な視線が、この存在がヒトではないのだと何より雄弁に語っていた。

 

 

 

「初めまして、皆さま。“ゲマ”と申します。お別れまでの暫しの間、どうぞお見知りおきくださいませ」

 

 

 

 慇懃に言い放った魔族は、悍ましい笑みとともに一礼してみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちょっとだけ三人称が続きます。日記形式の方が好きという方には大変申し訳ありません。
 なるべく早めに更新できるよう頑張りますので、お付き合いいただければ幸いです。



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9話 奥の手

 ――魔族。

 妖精族やドワーフなどと同じく、この世界では架空のものとされている伝説上の生物。公式の記録などはほとんど存在せず、真偽も分からない古い資料の中に僅かな記述が残る程度である。

 

 曰く、

・見た目は人型であり、言語を解し、高い知性を持つ。

・魔物を配下として従え、高度な文明を築いている。

・頑強な肉体と膨大な魔力を有し、戦闘能力に特に優れる。

・魔界にのみ生息し、滅多に人の世には出て来ない。

 

 ――等々。

 資料によって内容もバラバラかつあやふやで、以前ルミナが読んだ際も、洒落で書かれたおとぎ話だろうと、大して真面目に受け取っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、情けない……。多少手強いとはいえ、人間ごときに後れを取るとは――――ザオリク」

 

 ……しかしそれも、実際に目の前で見せられては信じざるを得なかった。パパスが確実に心臓を潰したはずの馬の魔物は、ゲマが軽く腕を振るとあっさり起き上がった。

 一流の術者が、大量の魔力と時間を使ってようやく唱えられる上位蘇生呪文――【ザオリク】。それをこの魔族は、初級魔法を唱えるほどの気軽さで容易く扱ってしまったのだ。

 

「も、申し訳ありません、ゲマ様ッ。不覚を取りました!」

「ホホホ。ま、今後の働きに期待しましょう。教団と教祖さまのため、一層励むことですね、ジャミ」

「ハ、ははぁッ!」

 

 伝えられていた情報に偽りはなかった。ジャミと呼ばれたあの手下など比べるべくもない。自分と父が力を合わせて挑んでもなお勝てるかどうか……、ゲマから感じられる力はそれほどまでに強大だ。

 

「さて、あまり時間をかけるのも良くありませんね。――ゴンズ、あなたも手を貸しなさい」

「ハッ!」

 

(しかも、もう一匹かッ!)

 

 呼びかけに応じて現れたのは、こちらも動物型のモンスター――猪のような風貌の魔族の戦士だった。感じられる魔力量や覇気から言って、おそらく強さはジャミと同程度。普通に戦えばルミナでも問題なく倒せるレベルだろう。

 ……しかし、ここにゲマが加われば話は変わってくる。

 魔導士として圧倒的な力を持つゲマが、戦士型2体を盾としてその腕を十全に振るえば、脅威度は一気に跳ね上がる。

 

「グフフフ、さっきはよくもやってくれたなぁ?」

「たっぷりとお返しをしてやるからな? 覚悟し「イオッ!!」――るおおッ!?」

 

 ならば、この場でルミナが取るべき行動は決まっていた。

 

「うぐっ! 目がッ!?」

「ど、どこだ、小娘え!!」

「(この隙にッ!)」

 

 ニヤつきながら寄ってきた二匹に対し、ルミナは先制攻撃により出鼻を挫いた。発動速度に優れる初級魔法で目と耳を塞ぎ、土埃に紛れて連中の背後へと忍び寄る。

 息を殺して剣を振り上げ、狙うはもちろん――

 

「(――死ねッ!)」

「おっと? 危ないですねぇ」

 

 ――ガギンッ!

 

「チィ!」

 

 首の後ろを狙ったゲマへの一撃は、こちらを見もせずに指一本で防がれた。さすがは上位魔族の肉体、察知能力も防御力も凡百の魔物とは一線を画している。生身を斬り付けて鋼の剣が刃こぼれするなど、ルミナにとって初めての経験だった。

 

「父さん! 俺がこいつを引き付けておくから、その間に二匹をお願い!」

「ルミナッ!? 無茶な真似をするんじゃない!!」

 

 元々今の攻撃で倒せるとは思っていない。彼女が狙っていたのは、ゲマを部下たちと分断することだった。

 実力の劣るルミナが囮を務め、その間に父に部下たちを倒してもらう。然る後に二人がかりでゲマを相手取れば、たとえ勝てなくとも逃げるくらいは十分に可能なはずだ。

 

「これが現状の最善だよ! 心配なら早く片付けて助けに来てくれ!」

「クッ! ――いいかッ、くれぐれも防御に徹するのだぞ!!」

 

 パパスは長剣を抜き放ち、ジャミとゴンズへ突っ込んでいく。

 

「時間が惜しいッ。手早く終わらせてもらうぞ!」

「舐めやがって! 二対一で俺たちに勝つつもりか!」

「人間風情が調子に乗るなよッ!」

「はああああッ!!」

 

 交戦を開始した二匹と一人を横目で確認すると、ルミナも目の前の敵へと集中する。剣を正眼に構え、どこから襲われても良いよう意識を研ぎ澄ませていく。

 

「ほっほっほ、勇ましいお嬢さんですね? 戦いが苦手な私では怖くて震えてしまいそうですよ」

「……ちっ」

 

 ルミナが父と話している間も全く動こうとしなかったゲマ。今もニヤニヤと嫌な嗤いを浮かべながら、完全に待ちの態勢で佇んでいる。人間ごときが何をしようと、後出しでどうにでもできるという自信があるのだろう。

 そしてそれは、概ね事実でもある。両者の実力差は明らかであり、まともに戦ってはルミナに勝ち目などない。

 となると、導き出される戦法は自ずと限られてくる。

 

 

 

「――ベギラマッ!」

「ほほッ、ヒャダルコ!」

 

 炎の渦が氷の柱とぶつかり合い、大量の水蒸気が撒き散らされる。

 

「メラミ!」

「バギマ!」

 

 真空の刃が火球を切り刻み、室内に激しい気流が吹き荒れる。

 

「「――イオラッ!」」

 

 同時に放たれた爆発で空気が弾け、寝室の壁の一部が粉々に吹き飛ばされた。そこから吹き込んできた高所の風に煽られ、両者は一旦大きく距離を取る。

 

「良い腕です。その歳でこれほど扱えるとは素晴らしい」

「……ちっ」

 

 遠距離からの魔法の撃ち合いはほぼ互角。

 ……というより、ゲマが意図的に威力を押さえて拮抗を演出しているのだろう。上級魔法などいくらでも撃てるだろうに、ルミナに合わせてあえて中級のみを使用している辺り、完全にこちらを舐め切っていた。

 無論、腹立たしいことこの上ないが、時間稼ぎができるならルミナとしても願ったりだ。『くれる』と言うのならありがたく受け取っておく。

 

「返礼はきっちりしてやるけどなッ! ――スカラ! バイキルト!」

 

 撃ち合いが終わり、戦いは近接戦へ移行する。ルミナはヤケクソ気味に自分へ補助呪文をかけると、長剣を掲げて突撃した。

 いつまでも同じことの繰り返しでは、ゲマが飽きて他へ目を向けてしまう恐れがある。ゆえにルミナとしてはできる限り奴の興味を引き、この場に釘付けにしておく必要があった。

 

「おやおや、剣も扱えるのですか? 芸達者なことで」

「そいつはどうも! はあッ!!」

 

 打ち合いが始まる。筋力を増強したルミナが目にも止まらぬ連撃を繰り出していく。元々の素早さに魔法の上乗せもあって、凄まじい剣速を発揮していた。常人なら何も気付かぬ内に膾切(なますぎ)りにされて終わっていただろう。

 

「フム、こちらも素晴らしい!」

 

 もちろん、相手は“常”ではない上に“人”ですらない。限界いっぱいの速さで振るわれるルミナの剣を、ゲマは余裕をもって素手で捌いていく。魔力を纏わせた剣は手の表皮すら傷付けられず、逆に、時おり返される手刀によってルミナの方が傷を負う。

 素手対武器でリーチでは有利だというのに、ゲマの拳速は容易にルミナの間合いを浸食し、その肉体に小さくない傷を付けていく。今も、ルミナの剣を手の甲で弾いたゲマは、返す刀で貫き手を放ち少女の肩口を朱く染めた。

 

「ぐがッ。……こ、の化け物め!」

「ほっほ、誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

 分の悪さにルミナは歯噛みするも、動揺は最小限に抑えて敵を見る。幸いゲマは彼女を舐め切っており、接近戦に移ってからは一切の魔法を使っていない。補助魔法さえも使わず、身体能力によるゴリ押しのみでルミナの攻撃に対応している。

 ……それでもなお圧倒されているのだから笑えないのだが……。

 

 しかし構わない。押し負けるのは分かっていたこと。

 全力で剣を振るい、それでもなおゲマには届かない現状。力も手数も間合いも把握され、奴は弄ぶかのようにルミナが追い付くギリギリの速さで腕を振るい続ける。

 そして拳に剣を合わせること、数十合。

 右から迫るゲマの大振りを躱し、ルミナは大きく上へ跳んだ。ここまで築き上げてきたリズムを突然変える縦の動き。人間と同じく二足歩行である以上、魔族にとっても頭上はこの上ない死角だ。瞬間的に相手の姿を見失ったゲマの直上から、ルミナは全力で鋼の剣を突き下ろす。

 

「はあああッ!!」

「ほほっ、惜しいッ!」

「ぐっ……!」

 

 隙を突いたはずの一撃は容易く打ち払われ、逆にルミナの身体が無防備でゲマの眼前に曝される。

 

「どうやら、ここまでのようですねッ!」

 

 空中で急所を晒したルミナの身に、ゲマの手刀が勢いよく迫り――

 

 

「(――――ここだッ)」

 

 瞬間、彼女はまだ見せていないとっておき(カード)を切った。ここしばらくの間ずっと窮屈な思いをさせてきた()()を、今こそ全力で解放しろ!

 

「ホホ、よく頑張りましたが、これで――――なにッ!?」

「はああああーーーッ!!」

 

 叫ぶと同時、ルミナの背中に純白の翼が顕現した。この世界に生まれ落ちたときから、何度も彼女の命を救ってくれた最古の相棒だ。たとえ準備無しの緊急使用でも、その運動性能には些かの減殺もない。

 

「せやあッッ!!」

「ガッ!?」

 

 空中機動力を得たルミナは、ゲマの周囲を上下左右、縦横無尽に駆け巡る。目にも止まらぬ旋回速度と、不規則な軌道の合わせ技。ただの人間には不可能な全方位波状攻撃により、ゲマの意識を翻弄していく。

 

「あなたッ、その背にあるのは――ッ!」

 

(いける! 変化した姿に面食らっているのか、なぜだか動きも鈍い。今なら一方的に叩き込める!!)

 

 攻撃を掻い潜り、魔族の大柄な身体に斬撃を叩き込む。急所に当たってもなお刃は立たない――が、斬れなくとも衝撃は通る。心臓や肺を重点的に狙えば、僅かなりとダメージは蓄積するはずだ。

 

「フンッ! あまり舐めてもらっては困りますねえ!」

「ッ! ちぃぃ!」

 

 それでもなおゲマは即座に対応してくる。スタミナ度外視の全速攻撃を、反射神経と勘だけを頼りにはじき返し……、やがて視覚でもルミナを捉え始めた。

 元々肉体スペックに差があり過ぎるのだ。初見殺しのビックリ技もそう長くは通じない。この化け物が全神経を集中して対処すれば、子どもの悪足掻きなど遠からず制圧されることだろう。

 

 

 

 

 ――そう。……()()()()()()()()()()()()に集中すれば……ッ!

 

 

 

 

「――今だ! 父さんッ!!」

「承知ッ!!」

「なッ!? ぐおおおッ!?」

 

 ――これこそが真の狙いだった。

 子どもとの一対一で油断させ、意外な隠し球で度肝を抜き、そうして全ての注意をルミナに引き付けたところで、部下を倒したパパスが背後から奇襲をかける。そこまでルミナが持ちこたえられるかどうかが賭けであったが、パパスは恐るべき早さでジャミとゴンズを片付け、ここまで来てくれた。

 目論み通り、娘を数段上回る父の豪剣は、無警戒だったゲマの背中を深々と斬り裂いたのだ。

 

「もともとが2対3なんだ! 卑怯とは言わねえだろうなあッ!!」

「ぬ、ぐっ……!」

 

 すかさずルミナも前方から斬りかかる。騎士道精神に篤い父が罪悪感を抱かぬよう叫びながら、前後からの挟み撃ちで手負いのゲマを追い込む。腕から血が噴き出すのも構わず剣を振り、肉体の限界まで強化魔法を重ね掛け――――やがて、

 

「そこッ!」

「しまっ――!?」

「はあああッ!!」

 

 ルミナが両腕を跳ね上げた隙をつき、パパスの剣がゲマの腹を真一文字に切り裂いた。

 

「ゴ……フッ!」

 

 ゲマの口元と腹部から青い血が溢れ、その足元が大きくふらつく。残念ながら即死させるまでには至らなかったが、重要な臓器はいくつか損傷させたはずだ。上位魔族といえども、重傷であることに変わりない。

 

「俺たちの……勝ちだッ!」

 

 助けに入る部下もすでにおらず、後はもうトドメを刺すだけ。それでこの戦いも終わりだ。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……終わりのはずだった。

 

 

「…………、ホ……ホホ……、ホホホホ……」

「??」

 

 俯くゲマの身体が、小刻みに震えだす。

 ……その揺れは徐々に大きな振動となっていき、やがては哄笑へと変わっていった。

 

「ホホホホホッ……! ……ホーッホッホッホッホッ!!」

「ッ!? ……な、何笑ってやがる!? 状況が見えてないのか!?」

「はははッ、いや、これは申し訳ない! 正直、驚きましたよ? 多少の油断があったとはいえ、人間が私相手にここまでやれたのですからッ」

 

 追い詰められたはずのゲマは、斬られた腹を抱えたまま嗤っていた。まるで『ここからどうとでも逆転できる』と言わんばかりの愉しげな表情。その不気味過ぎる態度が、優位なはずのルミナの背を意志と関係なく震わせた。

 

「落ち着け、ルミナ。冷静に対処すれば問題ない。ヤツが回復魔法を行使するよりも、私たちが斬りかかる方が早いはずだ」

「……わ、わかってる。…………わかってる、けど」

「ほほッ、おっしゃる通り、私はかなりの深手を負っています。そしてあなたたちの方にはまだ余裕がある。今お二人で全力でかかれば、確かに私を殺せるかもしれませんねえ?」

「…………ッ」

 

 パパスが冷静に諭すも、ルミナの悪寒は全く消えてくれない。腕の震えが止まらない。

 ……そして往々にして、当たって欲しくない予感ほど最悪のタイミングで当たってしまうものだった。

 

「仕方ありませんね。ではちょっとだけ――――卑怯な手を使いましょうか?」

「……何だと?」

「フフフフ……」

 

 ゲマは不気味な嗤いを浮かべたまま、その場で大きく両手を広げると――

 

 

 

 

 

「さあ出番ですよ! 起きなさい、我が僕よッ!」

「は……?」

 

 攻撃ではなく、ただの呼びかけだったという意外さ。

 

 

 ――わッ!? お、お姉ちゃ、ンぐ――!?

 

 

「ッ! リュカッ!?」

 

 続いて聞こえてきた有り得ない声に驚き、ルミナは隙を晒すのも構わず背後を振り返り、……そして絶句した。

 

「ッ!? お、お前……ッ」

「ひょーほほほほッ!」

 

 薄暗い室内の一画。豪奢な寝台の横では、血だらけの王妃が嘲笑を浮かべながら、大切な弟たちを拘束していた。その足元では、プックルが身体を踏み付けられながら必死にもがいている。

 

 

「どうやら形勢逆転のようじゃの、小娘ッ! 我らの勝ちジャ!! あひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 

 不意の雷光によって照らされた王妃の嗤い顔。

 耳まで大きく裂けた口元と、そこから見える鋭い牙。

 

 その悍ましい顔付きは明らかに、人間のものではなかったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(原作との違い)
 誘拐を邪魔する厄介な連中(パパス一行)がいたため、偽王妃の入れ替わりが原作より前倒しになっています。本物の王妃は誘拐が失敗した直後に、地下牢へ幽閉されました。
 


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10話 喪失

※シリアス注意。


「くそッ、放せッ!」

 

 その後の流れは、容易に想像できる通りだった。子どもの力では偽王妃の手から逃れることはできず、王は昏睡から目覚めたばかりで意識を保つので精一杯……。

 パパスたちは下手に抵抗することもできぬまま、ゲマが傷を癒し、部下を復活させていく様をただ見ているしかなかった。

 

「へへへ、どうしたよ、ガキ? さっきまでの勢いはよおッ!」

「ぐっ!?」

 

 ルミナは復活したジャミによって捕らえられ、そしていよいよ抵抗手段のなくなったパパスは、ゴンズの攻撃をひたすら受け続けることになったのだ。

 

「お前も抵抗するならしてもいいぜぇ? ガキどもがどうなってもいいんならなあ!」

「がはッ!」

 

 獣の強力な蹴りでパパスの身体がくの字に折れ、差し出された頭を棍棒の一撃が殴打する。全ての抵抗を禁じられているため、パパスは防御することすらできていない。これではいかに屈強な父とはいえ、やられるのは時間の問題だった。

 

「父さん! ちくしょう、やめろッ!!」

「ぬッ!? こいつッ、大人しくしろ!」

「この、ウマ野郎がッ、てめえなんぞ――」

 

「おや、いいんですか? 大切な弟が死んでしまいますよ?」

「ぐッ!」

 

 ジャミを跳ね除けようと暴れるルミナを嗤いながら、ゲマが隣へ向けて顎をしゃくる。

 

 

 ――ひひひ、やめておけ、小娘。この小僧どもくらい、わらわでも一瞬で殺せるぞ?

 ――~~ッ、お姉ちゃん! お父さんッ!

 ――くっそ! 偽物だったのかよ、お前!

 

 

「……ッ!」

 

 偽王妃に抱えられたリュカとヘンリーを見せ付けられ、ルミナは砕けんばかりに奥歯を噛み締めた。

 

 ――『常人ならばあれで起き上がれるはずがない』

 そう思って王妃を放置してしまった彼女の失策だった。魔物の一団と通じていたのなら、本人そのものが入れ替わっている可能性くらい想定しておくべきだったのに……。

 こんな間抜けなミスで全員の命を危険に晒すなど、ルミナは数分前の自分を殴り飛ばしたくて堪らなかった。

 

「~~~~くそがッ!」

「ホホホ! まあ、そう自分を責めずとも良いでしょう。お父上がまだ殺されていないのも、あなたのおかげなんですからね」

「はぁッ? 何言ってやがる! 馬鹿にしてんのか!」

 

 ただでさえムカっ腹が立っているところへ煽るような物言いを聞かされ、ルミナは身を捻ってゲマを睨み付けた。

 しかし当人はどこ吹く風、微笑みながら問いを返す。

 

「いえいえ、別に馬鹿にしているわけではありませんよ? こうしてお父上を生かしているのも、あなたにいろいろと聞きたいことがあるからでして……。

 

 

 ――――ねえ、天空人(てんくうびと)のお嬢さん?」

 

 

「はぁッ? てん……? なんだ、そりゃ?」

「ホホホッ、その姿で惚ける方が無理があるでしょうッ。背中の翼が何よりの証ではありませんか!」

「翼がどうした! こんなモン、生えてる奴は普通に生えてるだろ! 何を訳のわからないことをッ!」

「…………ンン?」

 

 ………………。

 

 どうにも会話が噛み合っていなかった。ゲマはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて『当人に聞くのが早い』と思ったのだろう。うつ伏せで倒れるルミナを見下ろしながら傲然と問いかけた。

 

「フム……娘よ、あなたの生い立ちについて、全て話しなさい。あなたが何者なのか? どこで生まれ、これまで何をしてきたのか? 全て包み隠さずに」

「はあッ? 今度は一体何の煽り――ガッ!!?」

「ルミナッ!?」

 

 反抗しようとしたルミナの頬をゲマが蹴り飛ばし、口の端から血が弾け飛ぶ。

 子どもだから……、少女だから……、そんな躊躇などまるでない。口調は丁寧なままでも、そこには生粋の魔族の冷酷さが滲み出ていた。

 

「質問しているのはこちらですよ? あなたはただ、聞かれたことにのみ正直に答えれば良い」

「ケホッ、エホッ……! く……そ……ッ」

「やめろ、貴様! 相手はまだ子どもなのだぞ!?」

「ふぅ。まったく、親子揃ってうるさいですね。――ゴンズ、少し強めに黙らせない」

「はッ! そらッ、大人しくしてな!」

「ガハッ!?」

 

 憤る父の身体を無慈悲な暴力が襲う。先ほどまでのような打撃のみでなく、今度は斧による斬撃までが振るわれていた。パパスの強靭な肉体に刃が叩き込まれ、空中に多量の血が飛び散っていく。

 

「父さんッ! やめろッ!」

「ホホ。あなたが答えなければ、このままお父上の身体が壊れていくだけですよ? まあ、こちらとしては別に構いませんがね。まだ弟さんもいらっしゃることですし」

「ッ!?」

 

 何でもないことのように告げられた事実が、逆にこれ以上なくルミナを冷静にさせた。

 ――この魔族はやる。たとえ子どもであろうと躊躇なく、家族の目の前で拷問にかけてみせる。下等生物(人間)壊す(殺す)ことなど、残酷だともなんとも思っていない眼だった。このままでは父はもちろん、幼いリュカたちまで筆舌に尽くし難い苦痛を味わうだろう。

 

「さあ……、どうします?」

 

 ならば時間稼ぎという意味でも、今は従うほかなかった。

 

「くそがッ……。話せばいいんだろうが……!」

「ホホホ、ご協力に感謝します」

 

 

 こうしてルミナは、思い出したくない過去を――――家族にもほとんど話したことのない、今世での生い立ちを述べることになったのだ。

 ……自分の生まれと、力と、そして、神の僕を自称する狂信者たちのことを。

 よみがえる苦い記憶に、強く拳を握りしめながら……。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「――――それで……、今に至るってわけだ。…………満足したかよ?」

 

 短くない説明が終わり、リュカは苦々しげに吐き捨てた。あれから二年以上が過ぎてはいるが、やはりまだ心の整理はついていなかった。さすがに前世やあの子たちの最期など、一番話したくないことについては語らなかったものの、それで心の痛みが軽減されるわけでもない。

 

「……ルミナ」

「お姉……ちゃん」

「…………」

 

 こんな形で家族に話すことになるとは思っていなかった。初めて聞かされたパパスやリュカが悲痛な表情を浮かべているのに対し、どういう顔をして良いのかも分からなかった。

 ゆえに、誤魔化すようにゲマの顔を睨んでいたのだが……。

 

 

 

「――フハッ」

「は……?」

「クハハハ……、ハハハハハッ……、アッハッハッハッハッハ!!」

「お、おい……?」

 

 予想外の反応に戸惑う。てっきりまた煽るような物言いをされると思いきや、返ってきたのは楽しげな笑みだった。エセ紳士染みた口調もかなぐり捨て、ゲマは再び腹を抱えて大声で笑っている。

 その姿に部下までが戸惑い、私刑が中断しているのは喜ばしいことだったが、不気味な行動にルミナの焦燥感は止まらない。

 ……そして彼女の第六感はまたしても的中することになったのだ。

 

「ホホッ……いや、申し訳ない。意外過ぎる事実に少々驚いていまして。これも巡り合わせと言うんでしょうかねえ?」

「な、なんだよ。お前……何を言っている……?」

「いえいえ、大したことではありませんよ。……ただ、投資した分が回収できそうなことに、喜びが抑えられなくなっただけです、ホホホホ」

「……は?」

 

 ――投資? ――回収? ――巡り合わせ?

 こいつは一体、何を言って……、

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「ッ!」

 

 ……いや、待て。ヤツはさっき、部下に対して何と言っていた?

 確か――“教団”と“教祖”のために励めと……、そう言っていなかったか?

 

「……教団…………教祖………………、神?」

 

 加えて、二年前に狂信者どもから聞かされた、忌々しいあの言葉。

 忘れたくても忘れられない、おそらく一生ルミナの記憶から消えないであろう呪いの言葉。

 

 

 ――『我らは尊き方々の導きにより、素晴らしい知識を授かったのだ!』

 ――『いと高き御方も、必ずや我らの働きを称賛し、迎え入れてくださるだろう!』

 

 

 妄想の類だとばかり思っていた。頭のおかしいマッドサイエンティスト崩れが、脳内設定を垂れ流しにしているだけだ――と。

 しかしゲマのこの反応を見れば……。意外そうではありながらも、事実そのものには大して驚いていない様子を見れば、自ずとその結論も変わってくる。

 

「……お前…………か?」

「ンン? 何ですか?」

 

 空惚ける悪魔に対し、ルミナは今日一番の怒声を張り上げる。

 

 

 

「――お前が奴らにッ!! あんな知識を与えたのかッ!!」

「ホホホホッ! 思いもよらぬ偶然でしたねえ!」

 

 憎悪の声を上げるルミナに、ゲマは大きく手を打って応えた。

 

「――とはいえ、あまり私を恨まないでくださいね? 彼らは元々、独自でああいった実験を繰り返していたのですよ。どこぞの遺跡から発見した“神の御業だ”などと言っていましたか。私はその技術が魔族の役に立つかと思い、ほんの少し手助けしただけでして、クククッ」

「野、郎……ッ!」

「モシャスで人に化けて我々の力を見せ付ければ、懐柔など容易いことでした。一目見ただけで彼ら、『ついに神が使者を遣わしてくださった!』と感動に咽び泣きましてね。教団のことも併せて説明すれば『喜んで配下になる』と自ら申し出てくれましたよ。代わりにこちらは、人間が苦手とする魔法技術や、魔物の制御方法などを教えて差し上げたのです。……まあそこまで本気で期待はしていませんでしたし、事実、彼らとは数年前に音信不通になってしまったので、結局は失敗したと思っていたのですが……。ククッ、まさか最後にこんな興味深いものを生み出していたとは! 一体彼ら、どんな配合をしたんですかねえッ?」

 

 ゲマは軽い調子で説明を続けているが、ルミナの頭には大して入って来ない。直接的ではないにしろ、この魔族が奴らの碌でもない研究に関わっていたことに変わりはない。

 いや、詰まっていたところを解決してやったという言葉が正しいなら、最も重要な後押しをしたと言ってもいいだろう。ルミナ(被験者)からしてみれば到底許せるものではなかった。

 

「我々魔族にとって不倶戴天の敵――天空人。ここ数百年は存在すら確認できず、我々も見えない敵相手にどう対処したものか頭を悩ませていたのですが……。フフッ、まさかこんな予期せぬ形でサンプルが手に入るとは! これも惜しまず協力してあげたおかげでしょうか? 訓練用の魔物を与えてあげたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

「……おい、待て」

「――はい?」

 

 聞き捨てならない言葉に口をはさむ。

 まさかとは思いつつも、もうほとんど確信している事実を確認する。

 

「お前、今……何て言った?」

「んん……? 『教団が別口で攫った子どもを提供した』と言ったのですが、それが何か?」

「ッ!?」

 

 ――状況が悪かった。

 ――生まれが悪かった。

 ――運が悪かった。

 苦痛や恐怖を紛らわせるため、せめてもの慰めに自分たちに言い聞かせていた言葉。それが間違いだったとようやく気付いた。

 

「それもッ…………それも全部、てめえらかッッ!!」

 

 何のことはない。ルミナたちが味わった苦しみのほとんどは、この悪魔の気まぐれで齎された意図的な不幸だった。『神のため』という狂信者なりの信念に基づいたものですらなく、騙されたピエロが踊った結果起きた、出来の悪い喜劇(悲劇)に過ぎなかったのだ。

 あまりの怒りにルミナは奥歯を嚙み砕いてしまい……、それでもなお、激情は全く静まってくれなかった。

 

 

「――さて、聞きたいことも聞けましたし、……もういいでしょう。ゴンズ、その男は殺してしまいなさい」

「はっ、ただちに! ――へへ、死ねえ!!」

「ぐあッ!?」

「ッ!? 何をッ!」

 

 だが状況は少女の心など斟酌してくれない。再び開始された父への私刑にルミナは怒りも忘れて焦りの声を上げる。

 

「ホホ、当然ではありませんか。素直に話していただくためにここまで生かしておいたのですよ? ならば、聞き終わったら処分するのが自然な流れでしょう」

「ぐッ……くっそぉ!!」

 

 押さえつけるジャミを跳ね除けようと、今度こそ全力でルミナは抵抗した。全身の筋力をフルに使って身体を引き起こし、ジャミの蹄を捩じ切らんばかりに握り締める。

 

「ぬぐぁあ!? な、なんて力だッ、このガキ……!」

「退き……やがれ、このクソ魔族がッ!」

「――やれやれ、またですか?」

 

 焦る部下に対し、しかし親玉の態度は変わらない。煩わしそうに一息吐くと、ゲマは再び彼女の傍に跪き、

 

「大人しくしていなさいッ!」

「がッ!?」

「お姉ちゃん!!」

「また飛んで逃げられても厄介ですからね。――多少、念入りにッ!」

「グッ……! がッは!?」

 

 拘束されたままのルミナの身体を、ゲマの拳が何度も激しく打ち据えた。内臓が損傷し、脳が左右に揺さぶられ、横になっているにもかかわらず視界が歪んでいく。

 

「ふう……。あなたは貴重なサンプルなのですから、あまり傷付けさせないでくださいよ?」

「ゲ……ホッ。……と、父さん……、リュ、カ……ッ」

「ゲゲゲッ! 無抵抗の奴をいたぶるのは楽しいなあ! ほれ、もっと良い声で鳴けよ、人間!」

「ぐッ……がぁ……ッ!」

「ひょほほ、いいぞぇ! そのまま嬲り殺してしまえ、ゴンズ殿!」

 

(なんとか……! なんとかしないとッ。……最悪、偽王妃だけでも道連れにできれば……!)

 

 ルミナは今さら自身の心配などしていなかった。他者の命を散々糧にして生き延びてきたこの身だ。今になって死が怖いなどと言うつもりもない。出来損ないの命と引き替えで家族が助かるのなら、彼女は喜んでそれを差し出すつもりだった。

 

「く……そ……。……動けッ……動けよ……身体……ッ!」

 

 だが意気に反して身体は動いてくれない。いくら彼女が才能に溢れた少女といっても、今はまだ発展途上の子どもに過ぎない。格上の相手にメッタ打ちにされてしまえば、とても抵抗できる力など残ってはいなかった。

 

「がはッ……!」

「! 父さんッ!」

「お父さん!!」

 

 長かった私刑もついに終わりを迎える。

 ボロボロになったパパスは、ゴンズに首を掴んで持ち上げられ、壁に開いた大穴から空中へ突き出された。遥か眼下には切り立った崖が、その下には川の濁流が激しく水飛沫を上げている。落ちればどうなるかなど考えるまでもない。

 

「う……ぐぅ……ッ」

「ゲマ様! こやつもう虫の息です! ご命令いただければいつでもトドメを刺せますよ!」

「ほっほ、ご苦労様です。――では最後の慈悲として、親子の語らいの時間くらいは差し上げましょうか? 重要な話を聞き出す役に立ってもらったのですから、そのせめてもの礼です。フフフ」

 

 ゲマが嗤いながらパパスに近付いていく。その道すがら、魔族は床に落ちていた大振りの剣を拾い上げた。それは見間違えようもない……、いつもルミナの横で頼もしくその身を守ってくれた、父自慢の剣であった。

 

「お、おい……? 待てよ……お前……ッ。何する気だッ!!」

「ホッホ、だからお礼と言ったでしょう? ……まあ、“斬られた分のお礼”という意味も含まれていますがね、ホホホホ!」

 

 蒼白になる少女の言葉を軽く流し、ゲマは満身創痍の男の前に立った。苦痛に歪む顔を覗き込み、口調だけは慈悲深く問いかける。

 

「あなたの勇戦ぶりに敬意を表し、最期の言葉を聞いてあげましょう。お子さんたちに何か言い残すことはありますか?」

「ぅ……く……ッ……! ……お、お前……たち……ッ」

「父さんッ!」

「お父さん!!」

 

 敵に嘲られる屈辱はあっただろう。しかしすでに己の運命を悟っていたパパスは、ゲマに噛み付く時間すら惜しいとばかりに、必死に言葉を紡いだ。

 

「はぁ、はぁ……リュ、リュカ。……最期に一つだけ……お前に伝えておかねばならない、ことがある……」

「え……?」

「……お、お前の母さんは……生きている!」

「ッ!?」

 

 思いもよらぬ父の告白。リュカは驚きに目を見開く。

 

「魔物にさらわれたマーサを、探し出すため……、私はこれまでお前を連れて……世界中を、旅してきたのだ……。今まで言えなくて……すまなかった。……万一叶わなかったとき……お前を傷付けてしまうのが怖くて、言えなかったのだ。……不甲斐ないこの父を……許してくれ」

「わ、わかった! 僕が必ず、お母さんを見つけるから……だ、だから――」

 

 ――だからもう喋らないで。

 そう続けようとしたリュカの言葉を遮り、パパスはフッと穏やかな笑みを浮かべる。

 

「そうか。……ありがとう、リュカ。お前は私の、自慢の息子だ。……これでもう、何も心配することはない」

「お……父さん……」

 

 パパスは次に義娘と視線を合わせた。

 

「ルミナよ……、聞いてくれ」

「と、父さん……?」

「私は妻を取り戻すため……『勇者』という存在を探し求めていた。……それと同時に、勇者について知っているであろう……『天空人』という種族のことも探していたのだ」

「ッ! ……そ、それ、って――「だがッ!」ッ!?」

 

 何かを察したかのように硬直した義娘に対し、父は安心させるように笑いかけた。

 

「お前をあの森から連れ出した理由は、その目的とは関係ない。……最初は『助けてやりたい』という同情の気持ちが大きかった。……しかし、いつしかお前のことをリュカ同様……本当の家族のように、大切に想うようになっていった」

「ッ! ……お、おい……やめろよ……」

「お前には本当に……感謝している。……お前がいてくれたおかげで、……私の人生は、たくさんの笑顔で満たされた。……悲しみに俯く暇もないくらい……幸福で暖かな毎日に、変わっていった」

「……そ、そんなセリフッ……まるでッ」

「どうか……どうか生き延びて、幸せになってくれ。……私の大切な……愛しい、娘――――ぐあッ!?」

「ッ!?」

 

 親子の会話は無情にも遮られた。

 

「ホッホッ、子を想う親の気持ちはいつ見てもいいものですが――――残念、時間切れです」

「ゲゲゲッ、最期のおしゃべりは楽しかったかあ?」

 

 ゴンズが嬉々としてパパスの喉を鷲掴み、再び部屋の端から空中へと突き出した。踏み締めるものがなくなった両脚が風に煽られ、頼りなく左右に揺れる。

 

「もうお別れは充分でしょう? 時間もありませんし、続きはあの世からでお願いしますよ?」

「……ッ、……ル、ルミ……、リュ……ッ」

「ッ! 待っ――!!」

 

 

 ――ズンッ!!

 

 

「……ぁ」

 

 少女の制止が形を成すより早く、パパスの身体に深く――深く刃が突き立てられた。それは意趣返しのつもりか、身体の中心に差し込まれた刺突は夥しい流血を引き起こし、パパスから最期の言葉を奪った。

 

「ゴ……プ……ッ!」

 

 剣が引き抜かれ、口元から大量の血が溢れ出す。

 もう子どもたちと言葉を交わすことも、断末魔の声を上げることさえも叶わない。

 何度もルミナを勇気付けてくれた力強い輝きが、その瞳から失われていく。

 

「ぁ……、ぁ…………ぁぁ……」

「ホホホ。では――ごきげんよう」

 

 そのまま尖塔の上からゴミのように放り捨てられ、血濡れの父は崖下へと落ちていく。

 

「……あ…………あぁあ゛、……ああ゛ああ……!」

 

 這いつくばったままの少女が父に向かって必死で手を伸ばす。しかし彼我の距離は絶望的なまでに遠かった。

 

 

 

「…………、リュ…………ル…………ミ……」

 

 

 

 視線の遥か先、父が最後の力を振り絞って浮かべたその笑みが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たくなったあの子たちの笑みと――――重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

 

「ッ! お、お姉ちゃんッ!?」

 

「お、俺があッ! 俺があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ――――

 

 

 

 悲哀。

 

 

 

 憤怒。

 

 

 

 自責。

 

 

 

 絶望。

 

 

 

 後悔。

 

 

 

 直後、少女の中で何かが弾け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――規定値を超える情動を検知しました。現時刻をもって、全ての条件を満たしました。――――システムを起動します』

 

 

 

 

 

 

 

 ナニカが…………目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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11話 天上へ至る者

 リュカにとって家族とは平和の象徴だった。

 

 ――物心ついた頃からともに旅をし、自分を守り慈しんでくれた、優しい父。

 ――旅の途中で出会い家族となり、寂しいときにはいつも傍に寄り添ってくれた、大好きな姉。

 

 この二人さえいれば、危険と隣り合わせの旅も凍えるような闇夜も怖くない。そこは少年にとって、世界一穏やかで安心できる場所のはずだった。

 

「お……お父さん……」

 

 ……しかし今やその平和な世界は壊れてしまった。

 父は自分のせいで酷く傷付けられ、城の上から突き落とされて生死すら定かではない。

 そして……残された姉もまた――

 

「お姉ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

『――同調率40%、起動可能域に達しました。これより起動シーケンスに入ります』

 

 リュカの目の前で――――別のナニカに変貌しつつあった。

 

 

 

『………………。

 

 ――起動不可。素体に深刻な損傷を確認しました。

 

 左腕部破砕。

 

 頭部および腹部に裂傷。

 

 内臓に行動不能レベルの損傷あり。

 

 ――これより修復作業に入ります』

 

 

 

 

「ねえッ! お姉ちゃん、どうしちゃったのッ!?」

 

 表情の抜け落ちた姉の口から聞き慣れない単語が羅列されていく。その声音は間違いなく彼女のものだというのに、リュカには知らない誰かの言葉に聞こえてならなかった。

 こんなにも冷たく……、こんなにも無機質な姉の声など……、彼は今まで聞いたこともなかった。

 

 ――カッ!!!

 

「わッ!?」

 

 直後、ルミナの身体から目もくらむほどの光が発される。

 

 

「くっ! ……な、何ですか、これは!? 何が起こっている!!」

「ゲ、ゲマ様! これは一体ッ!? どうすれば――ッ!!」

「そのまま抑えていなさい、ジャミ! 勝手に離れれば死は免れないものと思いなさい!!」

「そんな……ッ!」

 

 魔族たちが慌てふためく間にも謎の意思による工程は続いていく。

 

 

 

 

『――再生因子起動。

 

 内部魔力炉よりエネルギー供給を開始。

 

 重要器官より優先して回復を行います。

 

 

 頭部…………修復。

 

 内臓…………修復。

 

 腹部…………修復。

 

 左腕部…………再生。

 

 神経接続…………完了。

 

 

 ――損傷部位の修復を完了しました』

 

 

 

 

「ッ馬鹿な! あれほどの傷を一瞬で、魔法も使わずにッ!?」

「ゲマ様! あ、あれは一体何なのですか!!」

 

『全システム、正常な稼働を確認しました。

 

 

 

 

 ――対魔族用特殊戦闘個体『ルミナ』、これより敵を殲滅します』

 

 

 

 

「ッ!? ジャミッ、攻撃なさい!! 今すぐにッッ!!」

「はっ……ははーーッ!!」

 

 何かを察したゲマが咄嗟に命令を下す。それを受けたジャミは、慌てて両腕を振り上げ――

 

「し、死ねッ! 薄気味悪いこむすめれれえ――エえぇ……?」

「なッ……!?」

 

 恐怖心を吹き飛ばすための怒声は最後まで続かなかった。両手を振り上げた格好で停止したジャミの身体は、次の瞬間左右に真っ二つに分断され、少女の上から華が開くように転がり落ちていた。

 うつ伏せに押さえつけられた状態のまま、ルミナは目にも止まらぬ速さで翼を振るい、魔族の強靭な肉体を両断してしまったのだ。

 

「な、何ですか、その力は! 先ほどまでは、こんな……ッ」

 

『――メラゾーマ』

 

「ッ!?」

 

 立ち上がった少女は淡々と呪文を唱える。特に無理をした様子もなく、軽い調子で放たれた上級魔法。燃え盛る太陽のごとき巨大な火球は、血を吹き続けるジャミの肉体を瞬く間に焼き尽くし、風に吹かれる灰へと変えてしまった。

 それは中級魔法までが精一杯だった少女では、どうやっても無理な芸当のはずだった。

 

「……お……お姉、ちゃん……?」

 

 見違えるような戦闘能力を発揮し、敵の一体をあっさり倒した姉。その事実だけをとらえるなら喜ぶべきことであっただろう。しかしリュカは酷い悪寒から来る震えを止められなかった。

 

 ――アレは一体……、誰だ? ……何だッ?

 

 姉に間違いないはずなのに、明らかに姉とは違う何かに対して、得体の知れない恐怖を止められなかった。

 

 

 ――ドサッ!

 

「あぐ!?」

「うわッ!」

 

 リュカの思考が不意に途切れる。突然腰を床に打ち付け、隣のヘンリーとともに小さく悲鳴を上げる。その痛みと、駆け寄ってきたプックルの温もりで、自分たちが解放されたのだということに気が付いた。

 直後、その理由にもすぐに気付く。

 

「ひっ……!」

 

 ゴトリ――と。横たわるリュカのすぐ傍に見覚えのある顔が降ってきた。

 それは、つい先ほどまで嘲笑を上げていたはずの女の頭部……。恐ろしかった偽王妃の顔は呆気に取られた表情のまま固まり、毛足の長い絨毯の上をゴロゴロ転がっていた。

 光を失ったガラス玉のような瞳。恐怖から咄嗟に視線を逸らせば、10メートルほど先でルミナがこちらに手を向けているのが見えた。掌が魔力で光っていることから、彼女があそこからなんらかの攻撃で偽王妃の首を落としたのは間違いない。

 

『敵魔族二体を処理。……続いて、残り二体を排除します』

「…………ッ」

 

 二足歩行の魔物を倒したことは、もちろんこれまでに何度もある。以前の『雪の女王』や、先ほどのジャミにしてもそうだった。あまり気持ちの良いものではないとしても、敵である以上は仕方ないと、リュカもパパスも割り切って戦ってきた。

 しかしここまで人に酷似し、さらには言葉まで交わせる相手を殺したことはない。いかに魔物とはいえ、意思の疎通ができる人型の相手の命を奪うには、やはりそれなりの覚悟がいるものだ。

 ……それを一瞥すらせず殺し、その上で平然としている姉の姿など、リュカはこれまで想像すらしたことがなかった。

 

『近接型1……危険度・中。

 魔導士型1……危険度・大。

 ――肉体の同調に齟齬が見られるため、魔法使用を主として戦闘を継続します』

「ッ! お姉ちゃん、待っ――」

 

『――ベギラゴン』

 

 轟ッッ!!

 

「うああああッ!?」

 

 詠唱と同時、ルミナの掌から凄まじい炎の奔流が放たれた。メラゾーマに続いてまたも上級魔法、それも広範囲を焼き尽くす炎系呪文だ。非戦闘員への被害や延焼の危険など全く考慮されていない。

 まるで、敵を殺すこと以外は全て些事だとでも言うように……。

 

「ぐおおおおッ!? ゲ、ゲマさまあああッ!」

「そのまま押さえていなさい、ゴンズ! ――マヒャド!!」

 

 強引に盾とされたゴンズの半身が焼かれる隙に、ゲマは対抗して吹雪を生み出した。さすがは上位魔族の魔導士。埒外の力を振るう存在を前にしても、持ち前の大魔力によって互角に渡り合い、爆炎を相殺していく。

 

『――敵、いまだ健在。出力を上げます。――ベギラゴン。――ベギラゴン。――ベギラゴン』

「なッ……ぐおああああッ!?」

 

 ……しかしそれも、単発であればの話だった。

 ルミナは通常では有り得ないペースで上級魔法を連発していく。爆炎が積み重なりやがて炎の壁となったそれは、容易にゲマの吹雪を呑み込み押し流した。『上級魔法をただ使える』だけでも一握りの精鋭だというのに、ルミナはそれを有り得ないほどの威力と速度、そして精度でもって繰り出していく。

 

「ぐぅううううおッ! メ、メラゾーマああッ!!」

「――バギクロス」

「なッ……馬鹿な!」

 

 ――隙を突いてなんとか唱えたメラゾーマは、竜巻のごとき暴風によって切り刻まれた。

 ――『魔法ではなくブレスで!』と吐き出された激しい炎は、イオナズンの大爆発によって吹き飛ばされた。

 ――ならば魔法そのものを跳ね返そうと光の障壁(マホカンタ)を張れば、より精密に操られたメラゾーマが背後からゲマたちを襲った。

 大魔族によって繰り出される一級品の技の数々が、まるで塵芥のように一蹴されていく。

 

「ぐぉああああーーーッッ!? ゲ、ゲマ様ああああああぁぁぁぁ――――ッ」

 

 やがて、肉盾とされた哀れな部下は焼け焦げた肉塊と化し……。

 

「……ぐッ! ……かはあッ!」

 

 なんとか致命を免れていたゲマも、ついには重々しく地に膝を着く。腹を切り裂かれてなお嗤っていた先ほどと異なり、そのボロボロの姿に一切の余裕はなかった。

 

「~~~~ッ、……あ……ありえないッ……! ありえないッ!! ……ただの天空人がッ……これほどの力を持つことなど……絶対にありえませんッ!! お前は……お前は一体何なのです!? 何者なのだ、小娘エエッ!!」

『敵の弱体化を確認。最終段階へ移行します』

「ッ!?」

『――上空に雷雲を確認。魔力充填を開始。効果範囲を周囲50メートルに設定します』

 

 冷静さをかなぐり捨てた叫びにも何ら反応せず、少女は淡々と、冷たい口調で詠唱を開始した。戦闘の余波で天井が消し飛び、吹き曝しとなった空へ向け、これまで以上の大魔力を放出していく。

 上空に立ち込める黒雲へルミナの魔力が流れ込み、やがてそれは、弾けるような音とともに発光し始めた。

 

 

「ッ! ……あ、あれ……って……」

 

 光の帯が四方八方へ飛び交う、まるで稲妻の如き物理現象……。リュカにはその光景に覚えがあった。

 

「…………雷の、……魔法?」

 

 実際に目にしたことは一度もない。しかし少年の頭の中には、何度も見てきたかのようにその情景が思い浮かんでいた。

 父や姉にせがみ、何度も読んでもらった絵物語。

 不安なときにいつも自分を励ましてくれた、光り輝く英雄譚。

 クライマックスで心を震わせていたその光景が、確かな現実として目の前に顕現していたのだ。

 

『魔力充填終了。――雷撃魔法、発動準備が完了しました』

「! そ、それはッ……!? まさか、あなた……その魔法はッ!!」

 

 心当たりに行き着いたのはリュカだけではなかった。

 謎の意思が最後に口走った言葉……。周囲一帯に広がる放電現象を目の当たりにし、ゲマは得心がいった風にその身を震わせた。

 

「……そ、そうか。……あなたは……ただの天空人などではなかった。……翼による戦闘など……単なるおまけに過ぎなかった……! その忌々しい光ッ……肌が粟立つような悍ましい力ッ! ……あなたの……あなたの本当の正体は――ッ」

 

 

 それは、魔を滅する聖なる光。

 

 

 絶望に沈む人々を照らす、天より与えられし救済の焔。

 

 

 伝承の中にのみ語られる、世界を救う大いなる力の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ライデイン』

 

 

 カッッ!!!

 

 

「で、伝説のッ……勇――ッがああああああああああーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 

 断末魔の音とともに、世界の全てが白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――周辺の生命反応を探査しています……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――領域内に敵性体の存在を検知できません。全攻撃目標の撃破を確認。――殲滅作業を終了します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――警告。肉体が活動限界に達しました。以降の戦闘行為は生命活動に重大な瑕疵をもたらす可能性があります。

 これより、修復作業に入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ――エラー。魔力残量ゼロ。修復作業を実行できません。代替案として、休眠による回復を推奨します。

 全システム、機能を停止。

 

 

 

 

 

 

 

 3.

 

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 

 

 

 

 

 

 1.

 

 

 

 

 

 

 

『システムダウン。――操作権限を移譲します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!? ――ハアッ!? ハアッ!! ハアッ!!」

 

 少女の意識が急速に浮上する。

 開けた視界に映っていたのは暗い夜空。背中には柔らかな絨毯の感触。そこでようやくルミナは、自分が床に倒れていることを理解した。

 心臓は早鐘のように脈打ち、呼吸は酷く乱れ、頭も割れそうなほどに痛んでいる。

 

「ッ――――ゴ、プッ!?」

 

 症状はそれだけに終わらない。荒い呼吸が不意に途切れ、激しい痙攣とともに血の塊を吐き出す。そのまま二度……三度と……。バケツを引っくり返したような勢いで血を吐き、刺すような痛みに身体がくの字に折れ曲がった。

 

 先ほどの、“覚醒”とも言うべきあの変化……。

 強大な魔族を一方的に屠る異常なまでの力……。

 代償が小さいはずがなかった。自分の血でできた海の中に横たわり、ルミナは弱弱しく浅い呼吸を繰り返す。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……。……なん、だッ……今の、は……」

 

 しかし今の彼女にとって、命の危機(それ)すらも些末なことでしかなかった。

 

「……あれは、一体…………なんだッ。……あいつら俺にッ……何を仕込みやがった!!」

 

 崖下に落ちていく父の姿を見た直後、ルミナは心の奥底から負の感情が溢れ出し、それらによって意識が押し流されていくのを感じた。彼女の意思はそこで一旦途切れ……、次に周囲を認識したときには、自分の身体を全く動かせなくなっていたのだ。

 

 意思とは関係なく肉体が動き、どこまでも無慈悲に敵を葬り、自分はそれをただ見ていることしかできない。

 それはまるで、見知らぬ誰かに勝手に身体を操られているようで……。不気味で、不快で、腹立たしく……そして何より、自分という存在が塗り潰されていくような、この上なく悍ましい感覚だった。

 それを躊躇なく行った、自分の中にいる得体の知れない何者か……。いつかそいつに自我を乗っ取られるのではないかと、ルミナは震えだす身体を止められなかった。

 

「く……そ……。なんだよ、これ。……こんなの……どうすれば……!」

 

 

 ――カツン……。

 

 

「ッ!?」

 

 不意に、背後から突然の物音が響く。ビクリと震えたリュカは慌てて振り返り、そして目を見開いた。

 

「! ――リュカッ!!」

 

 部屋の隅、横倒しになったベッドの脇にリュカが倒れていた。幼い弟は苦しげに表情を歪めながら、蒼い顔で胸を押さえている。

 ――途端、ルミナは先ほどの恐怖も忘れて動き出す。痛みきった身体ではもはやまともに歩くことも叶わないが、そんなの知ったことかと両腕で床を這いずっていく。

 

(……く、そッ……馬鹿か、俺は! 弟を攻撃に巻き込んでおいて、何を自己憐憫なんぞに浸っていたッ!)

 

 弱気も震えもすでに消えていた。今にも死にそうなほどの重傷も、自分が他のナニカに変わっていく恐怖も、あの子を喪ってしまうことに比べれば全てがどうでもいい。

 今はただ、自分のせいで傷付けてしまった弟の元へ、一刻も早く駆け付けることしか頭にない。

 ……父がいなくなってしまった今、彼女に残されたものはもう、あの子一人しかいないのだから……。

 

「…………ぅ、……ぅぅ……ン……」

 

(――ッ! 良かった……。まだ、息はある!)

 

 視線の先でリュカが身動ぎし、ルミナは小さく拳を握る。

 生憎魔力は切れてしまっているが、懐には一つだけ薬草を隠し持っていた。ただの外傷ならばこれで充分治療できるだろう。その後、目覚めたリュカに魔法を使ってもらえば、自分も他の者たちも回復できる。

 ……全員で生き残ることができるのだ!

 

「ッ…………リュ、カ……、……もう、少しだけ……頑張って、ね……!」

 

 目も霞み、息も絶え絶えなまま、ルミナは根性だけで弟のもとにたどり着く。

 そして希望を胸に、姉は愛しい家族を助けようとその手を伸ばしたのだ。

 

「ハァ……ハァ……、よし……。これで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――言ったでしょう? 余計な真似をされては困る、と」

 

 ボウッ!!

 

「あッ!?」

 

 弟の身体に手が届く寸前。横合いから飛んできた火球が、ルミナの握りしめる薬草を焼き払っていた。最後の希望が灰となり、彼女の手の中で無残に崩れ落ちていく。

 

「ホホホ、惜しかったですねえ?」

「! お……お前……ッ!」

 

 土煙の向こうから現れたのは、二度と見たくないと思っていた――否、二度と見ることはないと思っていた、あの悍ましい顔だった。

 弟と自分の間に立ち塞がるゲマを、ルミナはただ呆然と見上げる。

 

「……な、なん……で……。お前……死んだはずじゃ……ッ」

「ホホ、残念ながら、この通り生きておりますとも。……ま、おかげ様で五体満足とはいきませんでしたがね?」

 

 そう言ってゲマは、ローブの左腕と左脚部分をプラプラと振ってみせた。その言葉通り、ゲマの身体は満身創痍。左半身の大部分が消し飛び、頭部からも夥しい出血が見られ、よく見れば左目も吹き飛んでいるようだが……。

 

「役に立たない部下でも、使いようはあるということです」

「ッ!?」

 

 ゲマの背後に打ち捨てられている、黒焦げになっている二つの()()。それを見てルミナは、この悪魔がどうやって生き残ったのかを悟った。

 

「お前ッ、……部下を盾にしたのか!?」

「フフ、王妃はともかく、ゴンズは肉厚でしたからねえ。良い壁になってくれましたよ。……ああ、私がどうやって隠れていたか、ですか? 自分で心臓を止めて仮死状態となっていただけですよ。アレの力は確かに圧倒的でしたが、索敵能力の方はザルでしたねえ?」

「ぐっ……。くそぉッ!」

 

 痛恨のミスだった。謎の意思から解放された直後で、ルミナ自身も気が抜けていた。

 もう一人の自分が確認したからと、無意識の内にそれを信じ込んでしまったのだ。あのような怪しい存在の言うことをそのまま信用するなど、またしても間抜け過ぎる失策だった。

 

「ま、そんなことはどうでも良いでしょう。……今、重要なのは――」

「あぐッ!?」

 

 ゲマに髪の毛を掴まれ、少女の顔が強引に持ち上げられる。

 

「伝説の勇者らしきサンプルが、我らの手中に転がり込んできたという、この素晴らしい事実だけです! ――ああ、一体どのような配合をしたらこうなったのでしょうッ、知的好奇心が滾りますねえ!!」

 

 部下を喪ったことも、半身を消し飛ばされたこともどうでも良い。ゲマが上機嫌に笑い声を上げる。

 ルミナのことはそれこそ、獲得したアイテムか素材とでも思っているような口ぶりだった。このまま連れて行かれれば十中八九、まともな扱いなど受けないだろう。

 

「ぐッ……、放せ……!」

「さて……、ではそろそろ、この国からはお暇するとしましょうか。……貴重なお土産を()()()いただいたことですし、今日のところは王子たちも見逃してあげましょう。……ま、今日のところは、ですがね。ククククッ」

 

 道具の文句など黙殺し、ゲマは空中に手をかざした。床に倒れたままのルミナと、……そして気絶したリュカまでが、念力によって浮かび上がっていく。

 

「ッ!? お、お前ッ……弟を、どうするつもりだ!?」

「もちろん、我々の拠点にお招きするのですよ。あなたが一人で寂しくないようにという、我々からの気遣いです」

「ッ……どの口が……!」

 

 何が気遣いなものか。明らかにルミナに対する人質……、反抗防止のストッパーとして利用するつもりだろう。人質という性質上すぐには殺されないだろうが、それもいつまで続くか分かったものではない。

 そして、いつの日かルミナの利用価値がなくなったときには、道連れで容赦なく処分するに違いない。大切な弟にそんな消耗品のような扱い、断じて許すわけにはいかなかった。

 

「くそッ……やめろ! 俺だけでいいだろがッ!」

「ホホッ、安心なさい、光の教団は慈悲深い組織です。たとえ用済みになったとしても、子どもに危害など加えませんよ? 貴女ともども教団の本部付きとし、奴隷(信者)として末永く可愛がってあげましょう。こんな幼い頃から教祖さまのために働けるなんて、まったく幸せなことですねえ!」

「! リュ……リュ、カ……!」

 

 目の前に浮かぶ弟へ、ルミナは必死で手を伸ばす。術の効果範囲から押し出そうと――最悪、魔法をぶつけてでも逃がそうと、死に物狂いで身を捩る。

 ……しかし悲しいかな。すでに力を使い果たし、意識すら朦朧としている彼女に、できることなど何もなかったのだ。

 

 

「――それでは! 天国に最も近い場所、我らがセントベレス大神殿へご案内しましょう! 選ばれし者だけが入ることを許された地上の楽園です! あなた方も感動に咽び泣き、跪いて祈ることになるでしょう! 信じよ、さらば救われんッ! ホーッホッホッホッホ!」

「ッ……ちく……しょう……」

 

 

 怒りと……、悔しさと……、敗北感と……。

 

 そして最後に、家族を守れなかった無力感を噛み締めたまま、ルミナの意識は闇に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございました。

 今回で前半の山場が終わり、オリ主の秘密の一端が明らかに……。
 研究所でいろいろごった煮にされて生み出された結果、

 ――『天空人の血』+『地上の遺伝情報』=『勇者の力発現』という形になりました。(※無理矢理な独自解釈です(汗)

 果たしてこれは狙っていた結果なのか、それとも偶発的なのか?
 そしていつの間にか謎の人格まで仕込まれ、これから主人公はどうなってしまうのかッ?
 ――というところで、幼年期編終了です。
 次回、ちょっと幕間を挟んでから、青年期編を始めたいと思います。



 ※結局捕まって奴隷になってしまい、原作ブレイクを期待してくれた方には申し訳ありません。青年期はもう少し原作から外れると思うので、また読んで頂けると嬉しいです。


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幕間 残された者たち

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……あん? 勝負だぁ? 温室育ちの坊ちゃんめ、吠え面かいても知らねえぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――はっはー、偉そうだった割に大したことないヤツー。ざーこ、ざーこ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オラ、こっちから遊びに来てやったぞ。早く茶ぁ出せ、王子様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誘拐する奴らが悪いに決まってるだろがッ。王子だから仕方ないなんてことがあるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――うんうん、素直になれて偉いぞ。よしよし、良い子良いk――――あ、コラ、照れるなよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヘンリー! 大丈夫か!? 怪我してないか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――お前たちは下がってろ。絶対に……守るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やめろ! そいつらに手を出すな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ハァッ、ハァッ……、みんなで、生きて帰るんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ダメ……、お願いだから……! やめて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ルミナッ!! ッ…………ハアッ、ハアッ、ハアッ、…………え?」

 

 思わず伸ばした腕には、何も掴めていなかった。直前まで脳裏にあった幻影たちも、目を開けると同時に全て薄れて消えていった。

 

「……ゆ……ゆ、め……? ……ここ、は……?」

 

 朦朧とした意識のまま、少年は首だけ回して周囲の様子を確認する。

 いつも自分が寝ていた、城の豪奢な部屋とは雰囲気が違う。調度品の類はほとんどなく、木目の床には埃が溜まり、……遠慮なく言うならばかなり貧相な部屋だった。軽く息を吸い込んでみれば、深い森のような緑の匂い。窓の外には山の稜線がどこまでも続き、人里の気配は全く感じられない。

 ……間違いなく、ラインハットの街中ではなかった。

 

「……どこかの、……山小屋、か?」

 

 なんとなく場所に当たりが付き、次に『なぜこんなところにいるのか?』と、疑問が浮かび上がったそのとき。

 

 

 ――ガチャリッ。

 

 

「ん?」

 

「……はあーーーあ、これからラインハットはどうなっちゃうんだろう。……ヘンリーさまぁ、早く目を醒ましてよぉぉ……」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「…………トム?」

 

「……はぇ?」

 

 情けない顔で入室してきた顔なじみの兵士と、テーブルをはさんで数秒間、お見合いを続ける。

 ――が、やがて男の目には、みるみる涙が溜まっていき……、

 

「……へ…………へ………………、へンリぃーーーさばああああああッ!!」

「えっ? どわあああああッ!?」

 

 男は感極まって、ベッドの上にダイブしてきた。

 

「わああああん、良がった! よがっだよおおお゛お゛お゛ッ!!!」

「ごっふ!? ちょッ、おま……なんでここにッ。……ていうか俺は怪我人だぞ!? 鎧のまま上に乗るんじゃ、ぐべえ!!」

「ヘンリーさまああ、生きてて良かったでずううううッ!!」

「ちょッ、待っ……、分かった! 分かったから、放……ッ!」

「ヴぇえンリーさまああああああッ!!」

「ッい、いや……、この、ままだとッ、……今度こそ……死……ッ! ~~~~ッ!!」

 

 なんとか死地から生還した王子は、忠実な部下の抱擁によって再び天に昇りかけていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと、俺たちがヘンリー様と陛下を救出してから、今日でちょうど一週間になります」

「一週間!? そんなに眠っていたのか、俺……」

 

 数分後、興奮も収まったトムは床に正座したまま、ヘンリーが眠っていた間の出来事を説明していた。その頭にはちょっと大きめのタンコブができているが、まあ些細なことである。

 

「あの日の夜、俺も夜勤で城にいたんですけど――」

 

 襲撃があったあの夜、当直だったトムも騒動に巻き込まれ、魔物たちと命がけで戦っていたらしい。あれほどの大群と戦った経験など大半のラインハット兵にはなく、相応の被害も出てしまったが、全員死に物狂いで奮戦した結果、なんとか敵を押し返すことに成功した。

 しかし、ようやく彼らが王のもとへ駆け付けたとき、城の上階は全て吹き飛び、ヘンリーと王は意識不明に……。そしてルミナとリュカは、怪しいローブの人物に連れ去られていくところだったという。

 

「ッ! ……あいつ、あれで死んでなかったのかよ……」

 

 ルミナが最後に放った謎の魔法。生憎ヘンリーはその余波で気絶して最後まで見れていないが、あの雷撃が途轍もない威力だったことだけは覚えている。ゆえに直撃を受けたあの魔族も、完全に死んだものと思っていたのだが……。

 

「……いや、今はそんなことはいいか。……それで、あいつらはどこに? 逃走場所の見当は付いているのか?」

「……す、すみません。空を飛んで逃げられたので追跡も難しく……。南の方へ飛んでいった、としか……」

「ッ……そうか。……くそッ」

 

 身体を張ってくれた相手の内、一人は死に、もう一人は弟とともに連れ去られた。三人の身と引き替えに、こうして自分だけがおめおめと助かってしまったのだ。その事実に情けなさと申し訳なさが込み上げ、ヘンリーは膝の上で拳を握りしめた。

 

「~~~~ッ、けど、生きてるってことは分かったんだ。なら今度は俺が助けてやれば良い!」

「へ、ヘンリー様……」

「よし、トム! すぐに手の空いている奴を集めてくれ。全力を挙げて二人を探すんだ!」

「あ、あの……ッ」

「南ってことは……、海の向こうか? なら船の準備もしないとな。ビスタ港にも連絡を入れて――「ヘンリー様ッ!!」――ッ!?」

 

 今後の構想を練る最中、初めて聞く部下の怒鳴り声に、ヘンリーは驚きトムの方を見た。その顔は常の彼とは全く違い、何やら深刻な空気を醸していたのだ。

 

「ど、どうしたんだよ、トム? そんな怖い顔して……」

「その……。もう一つ、重要な報告が残っているんです」

「は……? 重要な報告?」

 

 今の話以上に重要なことなど他にあっただろうか? ヘンリーは疑問符を浮かべる。

 

「……、おかしいと思いませんでしたか? 王族のお二方が、それも重傷と言っていいあなた方が、こんなところで療養していることを……」

「え? ……あ」

 

 言われてみればそうだった。いろいろと衝撃的な出来事ばかりで麻痺していたが、王族二人が揃ってこんな山小屋にいること自体、すでに相当な異常事態だった。それこそ、クーデターか何かでも起きない限りありえないことである。

 不穏な空気が漂ってきたことを察し、ヘンリーはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「い、一体……何があったんだよ……?」

「…………、実は――」

 

 主の疑問に、トムは厳しい表情を崩さないまま話し始めた。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「――――は、はああああああッ!!?」

 

 

 そこから聞かされた話は、ヘンリーの予想をさらに上回る、驚くべき内容だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同刻、サンタローズ村にて……。

 

 

「な……何なのですか、これは!? 質の悪い冗談はやめていただきたいッ!!」

「ざ、残念ながら……、そこに書かれてあることは、事実なのです。パパス殿は重傷を負ったまま川に落ち、生死不明……。そしてリュカ殿とルミナ殿は、誘拐犯一味と思われる者に連れ去られてしまい、こちらも生死は不明です……」

 

 一枚の紙を握りしめて震える男の名は、サンチョ。パパスの忠実な従者であり、ひと月前に出かけたまま帰って来ない主人たちを、自宅で一人待ち続けていた。

 そんな彼のもとに、息を切らしたラインハット兵が訪ねて来たのがつい先ほどのこと。その彼から開口一番、『主人が死んだかもしれない』という知らせを受け、サンチョは悲しみと混乱に身体を震わせていた。

 ……しかし今の彼はそれとは違う理由により、その顔を憤怒に歪めていたのだ。

 

「~~~~ッ。……百歩譲って、こちらは受け入れましょう! ……いえ、このことも充分受け入れ難い事実ですが、亡くなったと確定していないのならまだ救いはあります。私は従者として、(あるじ)とご子息方を全力でお探しするだけです!」

「……は、はい」

「……ですが…………ですが!! ……これだけは受け入れられない!」

 

 ――バンッ!!

 

「ッ!」

 

 しわくちゃになった紙の後半部分を机に叩き付け、サンチョは兵士を詰問した。

 彼が悪いわけではないことなど分かっている……。しかし従者として、このやり場のない怒りを留めておくことなどできなかった。

 

「パパス様がッ――――我が主がこのようなことを企むなどと、あなた方は本気でお思いか!?」

 

 兵士から渡された新聞の切り抜き。そこには大きな文字でこう書かれていたのだ……。

 

 

 

 

 ――『ラインハット王、ならびにヘンリー王子、殺害される!!』

 

 

 ――『実行犯は、王子誘拐を企てた大罪人――パパスと断定!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそッ! やられた……!」

 

 新聞の見出しを睨み付けながらヘンリーは叫んだ。トムから聞かされた報告の後半は、彼にとって(ほぞ)を噛むような内容だった。

 

 あの夜、リュカとルミナが連れ去られた後。トムたちは瓦礫を掻き分けてなんとか現場までたどり着き、気絶したヘンリーと王を保護した。パパスたちの姿が見えないことから、何が起きたかを朧気には察したが、とりあえず彼らは二人が助かったことに安堵していた。

 

 しかしその直後、彼らにとっても信じられないことが起こる。王とヘンリーを連れて行こうとするトムたちの前に、別部署の兵たちが現れ、いきなり問答無用で斬りかかってきたのだ。

 当然彼らは同僚を問い詰めた。――が、連中は聞く耳も持たずに攻撃を続け、さらには驚くべきことに、撃退した魔物までがいっしょになって襲い掛かってきたのだ。

 やむなく、トムたちは二人を連れて城を脱出。追手を撒いて夜通し逃げ続け、やがて西の郊外にあるこの山小屋まで辿り着いたのだという。

 ……その際、『仔猫のような魔物が自分たちを援護してくれた』という眉唾な報告もあったが、生憎トムはその話を聞いていなかったため、この場で話題に上がることはなかった。

 

 

 

「……それで……極めつけは“コレ”か」

 

 今朝方、物資調達のため近場の街に潜入した兵が持ち帰ったのが、このゴシップ記事だった。ヘンリーと国王はすでに殺されたものとして扱われ、その罪を恩人であるパパスに擦り付けるという、この上なく不愉快な記事内容。

 ……だが、何よりヘンリーを驚かせたのは、それら一連の動きを主導したとされる、とある人物についての記述だ。

 記事の一番下にはこのように記載されていた。

 

 

 

 ――国王代理を務めていた王妃様が、正式に女王として即位。

 ――新女王は、『自分の最初の仕事は、愛しい夫と義息子を殺した一味を残らず捕らえることである!』と、気丈に宣言なされた!

 

 

 

「……ちっ、白々しい!」

 

 そう。ルミナによって首を落とされたはずの偽王妃が、聞こえの良いセリフとともに女王として紹介されていたのだ。

 だがそれは、あの夜のことを知っているヘンリーにとっては、あり得ない話だった。

 

「一体どういうことだ……? こいつ、あのとき確かに死んだはずなのに……、また同じ型の魔物が送り込まれてきたのか?」

「……え、死んだ? ……王妃様が? ……ていうか、……魔物?」

「ん?」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、トムが反応する。

 

「ど、どういうことですか、ヘンリー様? 俺たちはてっきり、王妃様が誰かに騙されてこうなったんじゃないか……って」

「あ……そういえば言ってなかったっけ? こいつ、魔物が王妃に化けた偽物だったんだよ。あの騒動も、実は魔族たちによる襲撃で、お前が見たローブの人物ってのも、めちゃくちゃ強い高位魔族だったんだ。戦いにならなくてほんとラッキーだったぞ、お前ら」

「え、ええええ゛ッ!?」

 

 サラリと追加される重大事実に、トムはその場で跳び上がった。気にせずにヘンリーは説明を加えていく。

 

「今回の誘拐事件の裏には、こいつら魔族が絡んでいたらしくてな。何が狙いなのか分からないけど、あの日ついに、親父と俺を直接殺しに来たんだ。……でも最後には俺たちを放って帰って行ったから、てっきりこの国のことは諦めたと思ってたんだけど……」

 

 どうやらそれは間違いだったらしい。

 あの夜の王妃が偽物だったということは、本物の王妃はすでに殺されている、もしくは、幽閉されている可能性が高い。

 つまり、ここに描かれている新女王もおそらくは偽物――たぶん、事件のすぐ後に送り込まれた、あの偽王妃の後釜なのだろう。奴らは手を引くどころか、むしろこれから本格的にラインハットを手に入れようとしているのだ。

 

「えっ……ちょ……魔族って……。誰かに騙されて……とかじゃなく? 本人が? ……そんな、まさか……、ええぇ……?」

 

 一度に大量の新情報を叩きつけられ、報告をしていたはずのトムの方が混乱している。魔物と王妃が入れ替わり、王族を殺そうと画策し、さらには今も国のトップとして暗躍しているなどと聞かされれば、放心状態になるのも無理はないが……。

 

「トム、呆けている暇なんてないぜ? お前にはこれから、俺の右腕として働いてもらわないといけないんだからな?」

「は……、はい?」

「まずは人手を集めて、安全な拠点も確保して、あと、大量に資金も必要になってくるな。王族関連の機密費を持ち出せば、当面はいけるか……?」

「いや、ちょ……ヘンリー様?」

「魔物による強引な統治だ。きっと離反する奴もたくさん出るだろうから、それをこっちに引き込めればなんとか……。あっ、トム! まだ城にいる兵士の中で、信頼できそうな奴を教えておいてくれ。隠し金庫の場所を伝えるから、いろいろと持ち出してもらおう。――えーと、それから……」

「まま、待ってください、ヘンリー様!」

「あん?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される指示を遮り、トムは恐る恐る問いかけた。

 

「も、もしかしてあなた……、偽王妃の一派と戦おうなんて思ってるんじゃ…………ありませんよね?」

「はっはっは! おいおい、何を言ってんだよ、トム?」

「ホッ……。そ、そうですよね? そんなことしたら、命がいくつあっても足りな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――戦うに、決まってるだろう?」

 

「ッ!?」

 

 特に威圧したわけでも、声を荒げたわけでもない。小さな少年が傷だらけのまま、ベッドに横たわって笑っているだけだ。

 しかし――

 

「この国で……、俺の大切な場所で、こんなふざけた真似されたんだぞ? このままおめおめと逃げ出しちまったら……、俺はきっと、一生俺のことを許せなくなるよ」

「へ、ヘンリー様……」

 

 しかしトムは、一回りも年下の少年の言葉に、確かな圧を感じた。肩書や地位によるものではない。それは紛れもなく、王たる者が纏う覇気であったのだ。

 

「たとえ何年かかろうとも、俺が必ず、この国を奴らから取り戻してやる。……だから頼む。お前も力を貸してくれ、トム!」

 

(ッ……俺はこの少年のことを、何も分かっていなかったのかもしれない。もしかするとこの人は、いつか本当に偉大な王に……ッ)

 

 気付けばトムは、自然と主君の前に膝を着いていた。

 そしてこの小さな王者に対し、心からの忠誠を誓って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――て! そんな見かけの雰囲気に誤魔化されないッスよ!? どうせヘンリー様ッ、好きな女の子が傷付けられたことに怒って、仕返ししてやりたいだけでしょ!? そんな不純な動機での危険行為なんて絶対認めません!」

「は……はああッ!!? おまっ、何を……!? だ、誰があんなガサツ女なんかッ! 俺はただッ、国の平和を真剣に考えてだなッ!!」

「いーえ!! 怠けていた男が急に頑張り始める理由なんて、女絡みかスケベ絡みって相場は決まってるんスよ! そうでもなきゃ、アンタみたいな後ろ向き小僧が国に歯向かおうなんて思うわけないでしょ! この、コンプレックス駄目王子!!」

「あ、あああああッ!! おまっ、言っちゃいけないことを言いやがったな!? お前だって、背中に蛙入れられただけで泣いて帰るヘタレ兵士のくせに!!」

「な!? あれはッ!! まだ子どもの頃のことだしッ! 兵士になってからは悲鳴だけで済んでるしッ!!」

「うるさい、黙れ! このうだつの上がらない万年平兵士ッ!」

「そっちこそ黙るッス! 好きな子に素直になれないチェリー王子ッ!」

「――――ッ!?」

「――――ッ!!」

 

 

 

 ……シリアスな空気は20秒と保たなかった。

 

 早くも内部分裂の危機に晒された、たった二人の反乱軍。

 彼らの記念すべき最初の活動は、『口喧嘩での格付け』という、なんとも不毛なものになったのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございました。これにて幼年期編は終了です。
 そしてようやくシリアス区間も終了です。

 次回からはまたオリ主のポンコツ日記に戻りますので、どうぞよろしくお願いします。


 


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12話 奴隷と書いてモルモットと読む

○月×日

 

 あの事件から早二か月。新しい環境にも慣れてきたので、ぼちぼちまた日記を付けてみたいと思う。

 

 ではまず、気になる近況報告から……。

 死闘の末、ゲマに敗れた俺たちはヤツに捕らえられ、光の教団の本部・セントベレス山(標高8000メートル超)の頂上へ連行されてしまった。

 そこで奴の宣言通り、リュカは労働系奴隷として大神殿の建設に……。そして俺は、あいつが主導する妙な実験のモルモットとして、いろいろな作業に従事させられることになったのだ。

 

 聞くところによると、俺は『伝説の勇者』という、過去に世界を救った凄い人と同じ力を持っているらしい。あの雷撃の魔法――『ライデイン』を撃ったのがその証拠なんだとゲマは言っていた。

 数百年前、あの魔法を意のままに操った当時の勇者は、世界を支配しようと企む“デスなんとか”という魔王を倒し、魔族の軍勢から人類を救ったんだとか……。

 俺の“あの状態”を揺り起こして解析することで、その勇者の力を丸裸にし、あわよくば再現して利用できないか?――というのが、あいつの狙いらしい。眉唾でない本物の勇者の力は初めて見たため、かなり興奮したんだとさ。

 

 

 ………………。

 

 ……まあ、そんなん聞かされても、こっちとしては『ほーん……?』としか言えないんだけどね?

 自分で努力して得た力でもないし、偉そうに誇れるようなものじゃない。むしろ、あのマッドどもに与えられた力だと思うと、『さっさと捨ててやりたい!』って気持ちの方が大きかった。

 これのせいでまた実験材料にされちまうし……、ホンット碌なことしねえな、あいつら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 今日も今日とて実験三昧。

 装置に繋がれて魔力を流されたり、そのデータを検証したり、研究所時代のことを聞き取りされたり、軽く魔物と戦ってみたり……等々、目も回るような忙しさである。

 

 ……ただ、意外なことなんだけど、作業そのものは結構余裕なものばかりだった。

 てっきりあの研究所の連中みたいに、限界ギリギリ過酷プレイを要求されると思っていたのに、身体へのダメージはほとんどない実験ばかり。

 人間より魔族の方が人道的とはこれ如何に?

 

 そこんところ気になってゲマに尋ねてみると、

 曰く――『貴重なサンプルなのですから、簡単に壊すがわけないでしょう? 成長の過程も見たいですし、命を削るのはもっと後です』……だって。

 

 ……Oh。やっぱり魔族は魔族だった。人道うんぬんじゃなくて、冷静に素材として見ているだけだったよ……。

 

 

 

 まあ、現状それで命が繋がっているのだから文句も言えないけど。希少な人材ということで、奴隷なのに個室まで与えられているし。

 あのゲマに感謝するのは癪だが、正直、これはかなりありがたかった。幼いリュカを奴隷の大部屋に放り込んだら何されるか分からなかったし、毎日いっしょに寝てやれるのはかなり助かる。

 

 ……あの事件以降、『自分のせいで父さんがあんなことになった』と落ち込んでいる風だから、しばらくは付きっきりでケアしてやる必要があった。

 悪いのは全部ゲマたちなのに、リュカのやつ、『自分が弱かったから』って自責の念にかられているのだ。このままトラウマになってしまう前に、なんとか解消してやらないと。

 

 

 

 

 ちなみに、なぜ俺の方は余裕そうなのかというと――――父さんは生きていると確信しているからだ。

 

 ………………。

 

 ……いや、別にありもしない希望に縋っているわけではないぞ? ちゃんと根拠のある話だ。

 あのときはショックでプッツンしてしまったが、よーく思い返してみると、父さんの身体は落下しながら淡い光に包まれていた。あれは間違いなく魔法の光、それも神官系の呪文で発生する回復系統の魔力光だった。父さんはあのとき、回復魔法や強化魔法で自分を癒しながら、生き残ろうと必死に足掻いていたのだ。

 

 ――あの父さんが、生きることを諦めていなかった。

 それだけで俺が信じる理由としては十分である。いずれここから抜け出して、プックル共々探し出せばいいだけのこと。それで万事解決だ。

 

 

 

 ――ってことをリュカにも説明してあげたら、希望が湧いてちょっとだけ元気が出たみたい。やったぜ。

 

 

 

 なので、この勢いでもっと元気付けてやろうと、俺渾身の一発ギャグを披露してあげた。

 リュカは笑顔で『はは……は。……おも……しろいよ?』って笑ってくれた。やったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 なんでお前翼あるのに逃げないの?――と言われそうなので、今日はそれを説明します。

 このセントベレス山は中央大陸の北部に位置する、世界一標高の高い険しい山脈だ。断崖絶壁に四方を守られ、人の脚ではとても登ることのできない天然の要害。まさに聳え立つクソである。

 

 だがそれも俺の翼なら容易に逃げられるだろうに、なぜそれをしないのか?

 理由は単純。

 

 この島が水平線の彼方まで海に囲まれているため、飛んで逃げようにも体力がもたないのだ。標高8000メートル級から見下ろして海しか見えないということは、最低でも300~400kmは海が続くと言うことだから、さすがに途中でバテて海へドボンだろう。下手すりゃ1000km単位になる可能性もあるし、そこを強引に超えるのはちょっと無謀だ。

 

 ……かといって、山を下りて陸路で南へ逃げる方法も難しい。前に施設外で戦闘訓練をしたことがあるけど、この辺の魔物たちマジで強い。さすがに今の俺がやられるほどではないけども、誰かを守りながら何日も行軍するってのはちょっと厳しいと思う。ゆえにこの方法もダメ。

 変化球として、物資を運んできた船を乗っ取る方法も考えたが、さすがにそういうときはゲマがすぐ傍で俺を監視しているので、コレも不可能。

 

 ――というわけで、現状全ての行動が封じられているため、今は素直に命令に従うしかないわけである。

 

 

 

 くそぅ、こんなときのために、脱獄映画とか見ておけばよかったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◎日

 

 

 ――今日俺は、天使と出会った……。

 

 

 ……いや、見た目でいうと俺の方がガチもんの天使なんやけど、そういうことではない。

 実験の関係で神殿の上層へ行ったとき、えらい可愛い女の子と知り合ったのだ。名前はマリア。俺と同じくらいの年頃の子で、金髪ロングがとても眩い正統派美少女である。

 ……だが、それだけなら俺もここまでハイテンションにはならない。超絶美少女ならビアンカで経験済みだし、何より毎朝鏡で最高峰を見ている。

 俺が感動したのは、彼女の心根の美しさだ。初対面の翼付きの怪しいヤツにも丁寧に接してくれた上、直前の戦闘で負った俺の傷を、優しく手当てしてくれたのだ。

 

 ……ヤバかった。精神年齢が一回り以上違うのにガチ惚れしそうになってた。

 なぜか脳裏に笑顔のビアンカが現れたおかげで助かったけど、それがなかったら俺はペド野郎に堕ちていたかもしれない。ありがとう、ビアンカ。

 

 …………、でもその妙に威圧感のある笑顔はなんなの? 俺は三つ編みも勝ち気も全然アリだと思うよ? だから落ち着いて?

 

 

 

 

 

 なんでこんないい子がカルト教団に?――と疑問に思ったので聞いてみたら、なんでも彼女は孤児らしく、幼い頃に兄ともども光の教団に拾われたらしい。それ以来教団に恩を返すべく、日々信徒として奉仕活動を続けているんだとか。(※どうやら奴隷のことは知らないっぽい)

 

 ……思わずブワっと涙が出た。不憫な境遇でもめげることなく生きる少女に、感動の涙が止まらない。

 いきなり泣き出す不審女にも彼女の態度は変わらず、俺を慰めながら、『あなたのことも聞かせてください』と優しく話を振ってくれた。なので俺も恩返しとして、自分の生まれとその後の人生について、情感たっぷりにお話ししてあげたのだ。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 滅茶苦茶泣かれた。

 

 

 ……忘れてた。俺の出自も大概にはド不幸だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月§日

 

 良いことを思い付いた。まだまだ落ち込みがちなリュカを、マリアに会わせてみるのはどうだろう?

 もちろん彼女の安全のためにも、奴隷やら魔族については秘密のままだが、世間話程度でも気分転換になるんじゃないかと思う。

 この奴隷空間ではリュカと同年代の子どもなどいないし、ほとんどの者が無気力状態。その上、弱者に暴力を振るってストレス解消しようなんて輩もいるため、メンタルケアには絶望的に向いていないのだ。(※当然そんな不届き者は見つけたら即ボコボコにしている。弟の安全のためである)

 

 そんなわけで、リュカを上層の方へ連れて行きたいと、目的は()かしてゲマにねだってみた。

 

 

 

 

 

 ……めっちゃ簡単に許可が出てビビった。『上に行くぐらい構いませんよ。時間もご自由に』だって。軽ッ!

 

 

 コイツ……、本当にアメとムチの使い方がうまい。

 リュカを俺のストッパーとして連れてきたこともそうだが、本人には何もしないところが実に玄人っぽい。下手な悪役ならリュカの命をチラつかせて脅しそうなものなのに、ゲマは全くそんなことをしない。

 だぶん、やり過ぎると俺が暴発してしまうと分かっているのだろう。実際には手を下さず、可能性だけ示唆してスマートに命令を聞かせてくる。

 

 

 

 ……そのくせ、『本当にダメなところで反抗したら容赦なく殺す』ということは伝わってくるから恐ろしいのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月×日

 

 リュカを連れてマリアに会いに行ってきた。俺を通して互いのことは知っていたため、二人ともすぐ仲良くなってくれた。どちらも真面目で素直なタイプなので、相性も良かったのだろう。

 可愛い少年少女たちがほわほわ会話している姿を見ていると、俺の心もほっこりだ。このままいろいろな話をして、リュカの心が少しでも晴れてくれるとありがたい。

 

 どうか弟をよろしくお願いします、聖母マリア大先生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月△日

 

 父さん、また事件です……。

 

 今日は俺の実験が長引いたので、リュカには先にマリアのところへ行ってもらった。偶にはお若い二人だけで……。これで可愛い恋に発展しちゃったりなんかしたら微笑ましいなー。

 ――などと思いながら合流した俺は、信じられない光景を目にする!

 なんと密会場所に見慣れぬ男(※俺より2~3歳上っぽい)が来ており、リュカに対してものすごい形相で迫っていたのだ。

 

 ……俺はプッツンきた。

 すぐさま後ろから男の胴体を抱え込み、ジャーマンスープレックスを敢行した。さすがに相手も子どもなので、持参したクッション(子供用)を敷いといてやったが、いきなりの奇襲にヤツは一発KOである。

 

 フッ、悪は滅びたぞ、リュカ。

 ――と、ドヤ顔決めていた俺に、弟のツッコミが炸裂。

 

 なんと俺が倒した人物、マリアの兄さん・ヨシュアだったのだ。最近妹に友達ができたという話を聞き、どんな人なのか確認がてら挨拶に来たらしい。

 

 

 

 

 

 ええ、そうです……。事件は私が起こしました……。自首します。

 即座にヨシュア兄さんにベホマをかけてあげて、その後地面に頭を埋め込んで全力で謝罪した。

 寛大なことにヨシュア氏は笑って許してくれて、それどころか、『こっちも不躾に迫って悪かった。俺の顔怖いからね』と頭まで下げたのだ。

 

 ……な、なんと器の大きい男だろう。妹が聖母なら、兄の方は聖人であったのか……!

 

 俺は最上級の尊敬を込めて彼に土下座した。

 

 

 ――『兄貴と呼ばせてください』――と。

 

 

 

 

 

 

 

 ……断られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月□日

 

 一大事である。あのリュカが、反抗期に入ったかもしれない……!

 あの子、『今日はヨシュアさんと男どうしの話をするから』と言って、俺を置いて一人で行ってしまったのだ。『俺も心は男だからッ』という主張は軽く流され、哀れ、姉は一人で取り残されてしまったのである!

 

 お、おのれヨシュアめ、やはり俺の敵だったか……!

 

 ……などと、恨み言を言ってても仕方ないので、こっちはこっちで癒しを求めてマリアに会いに行った。

『弟が冷たくなって寂しいんだよ~』と泣きついたら、膝枕でよしよしと慰めてくれた。

 

 

 

 ……もうロリコンでもいいかもしれない、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇日◎日

 

 ……びっくりした。リュカが戦い方を教えてほしいと言ってきたのだ。

 今までも旅の途中に軽い手ほどきはしてきたけど、今回はどうやら趣が違うようだ。護身術とか、年長者の援護とかじゃなく、一人でも戦えるガチめの訓練を施してほしいとのこと。

 

 俺は迷った。

 もしかして、自責の念から我が身を犠牲にしようと考えるようになったのでは?――と。

 

 ……しかし、そうではなかった。真っ直ぐこちらを見るリュカの目には、確かな火が灯っていた。自分を責めてばかりだった少年の瞳は、今やしっかりと前を向いていたのだ。

 

 ならばもう反対する理由はない。

 明日からは厳しくいくから今日はもう休め、と言ってリュカを寝かし付け、

 

 

 

 

 

 ――そして俺は、こんな迷惑な時間にヨシュアたちのところへ突撃してきた。

 

 もう喜びの感情が抑えきれず、二人に抱き着きながら全力で感謝を伝えた。リュカは理由を言わなかったが、彼らと交流したおかげであの子が立ち直ったことは間違いないのだから……。

 

 そして一つだけ謝罪をした。マリアとの交流の目的が、リュカを立ち直らせるためであったことを告白し、頭を下げた。

 ――『でもリュカは純粋に二人と仲良くなっただけだから、これからもあの子とは付き合いを続けてあげてほしい』と頼んだら、二人はちょっとだけ怒り、ムニっと俺の頬を抓ってきた。

 

 

 ――『勝手に私のお友達を取り上げないでください』

 ――『これからも()()()()よろしくな』――って。

 

 

 

 俺は最上級の感謝を捧げながら、もう一度頭を下げた。

 

 

 ――『兄さん、姐さん、と呼ばせてください』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱり断られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月□日

 

 ――ふと気付けば、初めてヨシュアたちと会ってからそろそろ6年が経とうとしている。俺たち4人の内緒の交流は今も変わらず続いていた。まさかこれほど長い付き合いになるとは、当初は予想もしていなかった。

 それぞれ予定があるため“いつも全員で”というわけにはいかなかったが、時間が許す限りは皆で会うようにしている。いろいろと辛いこともある奴隷生活の中で、ここは数少ない癒しの時間なのだ。

 

 

 ……あ、ちなみにリュカも、戦闘訓練の傍らで奴隷仕事はずっとやっていたぞ?

 最初は俺の特権ゴリ押しでやめさせようと思ったけど、リュカ本人がそれを断ったのだ。『どうして?』って聞いても、あの子はずっとその理由を聞かせてくれなかったけど、ちょうど今朝、寝惚けてポロッと本心を明かしてくれた。

 

 曰く――『あまり特別扱いが多いと、姉さんにまで反感が行くかもしれないでしょ? ……それにゲマに借りを作り過ぎて、代わりに姉さんが無茶なことやらされたりしたら、嫌だから……』

 ――と、最近反抗期に入っていっしょに寝てくれなくなった弟が、赤い顔しながら真摯に語ってくれたのだ。

 

 

 …………。

 

 ……いや、もうね、弟の優しさにお姉ちゃん大歓喜よ。

 何より、あんな小さな頃から――それもかなり辛かったあの時期に、俺のことを想って行動してくれてたってことがすんごく嬉しい。

 

『最近話しかけても微妙に余所余所しかったり』、『いつの間にか“姉さん”呼びになってたり』、『稽古で身体に触れると妙に嫌がったり』と、そういう冷たい態度も全部許しちゃう!

 

 俺の喜びは留まるところを知らず、今日の集まりでもこのことを熱く語ってきた。(もちろん実験とかの話はボカして)

 リュカはさらに赤い顔になって止めようとしてきたが、テンション上がった姉心は何者にも止められないのだ。マリアは慈愛の表情で小さく微笑み、ヨシュアもニマニマと実感のこもった態度で頷いてくれた。

 こういうとき茶化さないで聞いてくれるから、この子たちホント大好きなんだわ。特にヨシュアとはシスコンブラコン同盟を結んでいるので、この手の話のときには一番に食い付いてくれる。とても得難い友人なのである。

 

 

 

 

 

 ――ああ……、カルト教団なんかとは違う、どこかにいる本物の神様。

 俺にこんな素晴らしい友人を二人も授けてくれて、本当にありがとうございました!

 どうかこれからも、俺たちのことを見守っていてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 ……マリアが奴隷身分に堕とされたらしい。

 

 

 

 やっぱ神ってクソだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※現時点で、ルミナ15~16歳くらいです。




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13話 下手の考え自爆に似たり

(左ページの続き)

 

 即座にゲマのところへ突撃してきた。

 信徒や奴隷の人事権(?)を握っているのは教団の上層部、すなわち魔族の連中だ。俺の知る限りで一番偉いのはゲマの野郎なので、ヤツに話を聞くのが一番手っ取り早い。

 

 研究室に押し入って問い詰めた結果、案の定、ヤツは事の次第を知っていた。

 どうもマリアは偶然地下の奴隷区画へ迷い込んだらしく、そこで教団の真実を知ってしまったらしい。さらに間の悪いことに、目の前で幼い奴隷が鞭で打たれるところを見てしまい、咄嗟に割って入って庇ってしまったのだ。

 マリアは監督官によって引っ立てられ、秩序を乱した反逆者として、教団から奴隷堕ちを命じられることになった。

 

 ……それだけでも十二分に最低であるというのに、事態はさらに最悪な方向へ。

 以前日記に書いた通り、これまで教団には俺たちと同年代の奴隷はいなかった。そのせいで同い年の友達ができないのは残念だったが、同時に俺は安堵もしていた。あの研究所時代の()()()()()()()()()()()が起きては最悪だから……。

 自分と似た体格・年齢・性別の――対照実験に使われそうな奴隷がいないことに、心底ホッとしていたのだ。

 

 

 それを……ゲマの野郎めッ。

『この先あなたに課す本格的な実験――その予備実験の被検体として、この娘を使わせてもらいましょう』などと抜かしやがった。俺という希少な人材を無駄にしないため、天空人という条件以外近しい“捨て素材”として、彼女がちょうどいいんだとさ!

 何が『いいタイミングで奴隷に堕ちてくれました、ホホホ』だ、ふざけんなチクショウ!

 

 

 ――そしてあまりの事態にキレた俺は、その勢いのまま、『さっさと俺で実験しろ! 彼女には手を出すな!』と考え無しに宣言してしまったのである。

 

 ……我ながらアホ過ぎた。もっといろいろ駆け引きして、マリアの待遇アップを要求して、それから自分の命をbetする予定だったのに……orz

 

 

 

 ――ていうかあの野郎、もしかして俺の口からこう言わせるためにマリアを利用したんじゃないだろうな?

 ……考えてみれば、警備が厳重な奴隷区画に一般人のマリアが簡単に入り込めるとも思えない。ゲマが裏から手を回してこうなるように策を弄した、と考えるのは穿ち過ぎか?

 俺たちがコソコソ会っているのも実は前から知っていて、いつかこういう風に利用するために見逃していたのでは……?

 

 

 

 もし本当にそうだとしたら…………滅茶苦茶ムカつく!!

 

 ――が、マリアと友達になれた切っ掛けでもあるから強く非難もできないッ!

 そして最終的に予想が当たっていたとしても、ここで俺が断ったら予定通りマリアが被検体にされるため、今さらやめるとも言い出せないってとこが最高に腹立たしいッ!

 

 

 あ~もう、なんなんだ、この掌で転がされてる感覚! 昔からホントに性格悪いわ、あのエセ紳士! いつか絶対あの首圧し折ってやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 とりあえず、マリアには手を出さないことを約束させ、部屋も俺たちと同室にするように言っておいた。

 巻き込んでしまったことがこれで帳消しになるとは思わないけど……、せめてもの誠意として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 今日から本格的にヤバい実験が始まった。今までは腕に機械繋がれて電流やら魔力やら流されるだけだったけど、今回からは直接頭部の方に干渉されるようになった。なにやら妙なヘルメットを頭に被せられ、大量の魔力をズイッと頭の中に注入されたのだ。

 

 ……脳内で何人もが好き勝手に喋っているような、絶妙に気持ち悪い不快な感覚……。たぶんこれ、寝ている第二人格を刺激して呼び起こすのが狙いなんだろうけど。

 ――結論から言えば、ぜんぜん効果なし。

 あんな痛くて気持ち悪い状況で、主人格の俺が引っ込めるわけないじゃん……。むしろ吐き気で目が覚めたわ。

 

 うぅ……、今も頭痛と魔力酔いが酷くて、全然眠れない……。

 

 

 

 

 

 

 でも、マリアが添い寝してくれるのはちょっとした役得だぜ。グヘヘ。

 

 そしてやっぱりリュカはいっしょに寝てくれなかった。

 金髪美少女と同衾できるチャンスだったのに、ホント紳士に育ったな、ウチの弟。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 一晩マリアニウムを補給して元気を取り戻した俺は行動に出ることにした。

 このまま連中に任せたままでは死んでしまいそうだったので、被検体としての豊富な経験を生かし、成功率の高そうな実験パラメータを奴らに提示してやったのだ。連中は困惑していたが、この程度のことなど俺には造作もない。

 

 なんかこう……、ずっと魔力とか電撃とか浴びてると分かってくるんだよね。『あ、この辺りで来るぞ』とか『お、あとちょっとで限界突破しそうだぞ』って感覚が……。

 これで今後の実験リスクもかなり減らせるだろう。お互いに助かって見事WIN-WIN。めでたし、めでたしなのである。

 

 

 

 貴重なデータが手に入ってゲマは喜んでた。

 実験が進んで研究員たちは喝采していた。

 そして俺は部屋に戻ってから床に五体投地していた。……なんで敵に協力してるんや。

 

 

 そんな俺の姿を見ながら、リュカとマリアが頭に?マークを浮かべていたので、慌てて表情を取り繕う。実験の危険度が跳ね上がったことは二人には秘密なのだ。

 特にマリアには実験体をやってることすら内緒にしているのだから、もっと気を付けて生活しないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月☆日

 

 やっちまった……。

 俺が協力しちゃったせいか、実験、成功しちゃったっぽい。

 

 今日は実験室作業ではなく、久しぶりの戦闘演習だった。機材を持ってセントベレスの中腹まで降り、あの辺りの魔物の群れを呼び寄せてひたすら戦った。

『なんでこんな下の方まで?』って最初は疑問だったけど、その理由も程なく判明する。

 例によって頭に魔力を注入された瞬間、今日はいつもの気持ち悪さではなくクリアな感覚が溢れ、身体の方もかつてないほどに軽くなったのだ。

 

 ――そう。ついにあのときの感覚が……、第二人格ともいうべきあの状態が発現したのである!

 

 ……まあ、僅かな覚醒だったから俺の意識も残っていたし、出力もあのときほどは望めなかったけど、それでも結果は凄まじかった。

 事が終わって辺りを見回してみると、周囲50メートルには()()()()()()

 何も……である。

 魔物の群れはもちろんのこと、森も岩石も川の流れも、範囲内の何もかもが、呪文による熱線で消し飛んでいた。その下の地面は岩盤ごと抉り返され、一部は溶岩のように赤々と煮えたぎっていた。

 

 

 ……こりゃ確かに、神殿から離れておかないとヤバかったわ。

 途中手元がちょっと狂っただけで、ゲマが連れていた下っ端魔族まで皆殺しにしちゃったし……。素の自分とは比べものにならない破壊力に、ちょっと背すじが寒くなった。

 残念ながら、ゲマの野郎だけは余裕で回避してやがったけど……。部下を殺されたのに全く気にもせず、逆に成果が上がったことを上機嫌に喜んでやがった。

 

 

 ちっ、あの変態魔族め、いっしょに死ねば良かったのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月§日

 

 マズイことになったかもしれん……。

 第二人格を少しだけ目覚めさせる、いわゆる『半覚醒モード』。

 訓練のおかげか、最近は少しずつ自分の意思で発動できるようになってきたんだけど、その影響というか、弊害というか……。発動中にちょっと困ったことになっている。

 

 分かりやすく言うと、

 

 

 

 

 ――魔族、めっちゃ殺したい!!

 

 

 

 

 ……誤解しないでほしいが、いきなり狂人キャラになったわけではない。全部この謎人格が悪いのだ。

 もともと魔族のことなんて大嫌いだったけど、そんな好き嫌いの感情なんか目じゃないくらいに殺意が溢れ出してくる。記憶の中に微かに残っている、ラインハットのときのあの感覚に近い。『他の何をおいても魔族を殺せ!』っていう、呪いみたいな強制力。

 

 これ、かなりヤバイ……。

 人間には無害だからと言ったって、自分の心と関係なく何かを強制されるって時点で危険過ぎる。

 ……なんとなくだけど、このまま進んでいくと、魔族殲滅のためなら何でもするようになっちゃう気がする。ここには詳しく書きたくないけど、……たぶん、()()()

 

 

 

 …………うん。

 

 これ以上覚醒が進まないように、明日からなんとか抑えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月×日

 

 びっくりした……。実験が始まる前、リュカから『何か隠していない?』と聞かれてしまったのだ。ポーカーフェイスを心掛けていたつもりだけど、やっぱり家族には分かってしまうものなのか……。

 さらにマズいことにそこへヨシュアまでが訪ねてきた。

 この人神殿の外で警備していることもあるから、もしかしたら今の実験のことも知られているかも……って思ってたらホントに渋い顔してた。確実に知ってるわ!

 

 

 ここで話をしたら、隠し事が二人にバレてしまう。

 

 ――ということで、焦った俺はそれ以上追及される前に言いたいことだけ言って逃げてきたのである。

『大丈夫だから心配しないで!』とか、『マリアのおいしい料理のおかげ!』とか、『リュカのために姉ちゃん頑張るから!』とか、『ヨシュアは元気でやってるッ? なら良かった!』とか、月並みな言葉を並べながら……。

 今は実験室(※関係者以外立入禁止)に泊まり込んでこれを書いているところだ。実験が一段落するまでの間、しばらくあっちには戻らない予定。

 

 後のリュカの反応がちょっと怖いけど……。

 でも、日常に戻ったときに第二人格が暴走してもマズイし、いつかは向き合わないといけない問題だったのだ。少しばかり危険だとしても、今の内になんとかこの力を制御できるようにならないといかん。

 

 そのためにリュカに余計な心労をかけるのは、本当に申し訳ないけど……。

 全部終わった後に、土下座で謝って許してもらおう。

 

 だからそれまで待っててね、マイブラザー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月△日

 

 今日も今日とて戦闘三昧。朝から晩まで魔物どもを殲滅している。

 ちょっとの切っ掛けで心が虐殺側に傾きそうになるから、発動中は常に気が抜けない。

 

 なのに、そんなときに限ってゲマの野郎が“上司の現場視察”とかいう余計な予定を入れるし。

 ……イブール? ……教祖? 別に会いたくなかったよ、そんなモン。出るんならもっと初期から出て来いや、この影薄上司。

 

 高位魔族が近くにいると輪をかけて殺意マシマシになるから、二人も揃うとかマジ勘弁してほしい。もし偉い魔族がいるときに暴走状態になって殺しちゃったりしたら、反逆行為ってことで処罰されるかもしれないんだから……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

(翌朝追記)

 

 ……いや、待てよ? 一晩経ってなんか頭が冴えてきた。

 むしろこれ……、利用できないか……?

 

 リュカたちに危険が及ばないように反逆行為はずっと自重してきたけど、『第二人格が強くなりすぎて暴走したんだ』という言い訳があれば、リスクは多少減らせるんじゃないか?

 ……いや、むしろあのゲマのことだ、『研究が進んだ!』とか言って喜ぶかもしれんぞ? 上司のことも大して尊敬してなかったっぽいし、仮にイブールあたりを殺っても、何も言われないような気さえする。

 定期船が来た日に幹部連中を襲って、場が混乱した隙に船を奪って島から脱出すれば…………。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 なんか……イケそうな気がしてきた……。

 

 

 ………………。

 

 

 ……いや、確実にいけるぞ、コレ! うまくいけば上層部にダメージが入って教団の力も削げるという、一石二鳥の作戦じゃないか!

 おおっ、マジで天才じゃん、俺! これまでネックだった脱出方法が一気に解決した!

 

 そうと決まれば、暴走状態に見えるように今から演技の練習をしておこう! あとはリュカたちにも話を通しておいて……。

 次に連絡船が来る日になったら、その夜に作戦決行だ!

 フハハハハ、ざまあ見ろ、ゲマ! 順調だと思い込んでいるお前の計画、この俺が全部ブッ潰してやるぜ!

 

 せいぜい首を洗って待っていろ、この変態鬼畜ヤロ〆\/ (※以降のページはぐちゃぐちゃになっている……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月×日

 

 わたくしは頭が悪いくせに、短絡的な思い付きで無謀な行動をいたしました。

 このような重要案件は周りに報告・相談するのが常識であるにもかかわらず、『自分ならばうまくやれる』という根拠のない自信で一人突っ走り、最終的に自分や他人の命まで危険に晒しました。

 とても軽率な行為であったと深く反省するとともに、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。今後はこういったことのないよう話し合いを密にし、大きな行動を伴う際にはあらかじめ相談することをここに誓います。

 皆様、重ね重ね、誠に申し訳ございませんでした。                ルミナ

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 いきなりの怪文書で申し訳ない……。現在俺は、牢屋の中で粛々とこの謝罪文を書いているところだ。

 

 

 

 

 

 

 ……ええ、そうです。……やらかしました。

 演技のつもりだった第二人格の暴走が、ガチで起こってしまいました。

 

 あの日……、素晴らしい(と自分では思っていた)作戦を思い付いた瞬間、テンション上がっていた俺は練習がてら第二人格を起動し、『暴走状態って、これくらいかな?』と少し力を入れたのだ。

 

 ――その直後、俺の意識は吹っ飛んだ。ラインハットのときのように微かな意識が残ることもなく、しばらくして気が付いたら俺は床に仰向けで倒れていた。多分、自分からアッチ側へ意識を明け渡した弊害だろう。その間の記憶は全くなく、後から聞いたところによると相当大暴れしたらしい。

 幹部連中の部屋に乗り込んで全員を(※人間、魔族問わず)殴り倒し、止めようとやって来た兵士たちもまとめてブッ飛ばし、最後は神殿の上層を魔法で丸ごと消し飛ばして笑ってたんだそうだ。

 

 

 ……これは酷い。第二人格が“魔族ブッ殺すマン”だったおかげで、人間の兵士や奴隷たちに死者が出なかったのがせめてもの救いか……。イブールはボコボコになってたらしいけど。

 

 そして最終的に俺は、お咎めなしでは示しが付かないということで、ゲマによって牢屋に入れられ、

 

 

 

 ――今は弟の視線(※無表情が逆に怖い)を背中に受けながら、こうして謝罪文を書いているところです……。

 

 

 ……あ、あと、ヨシュアとマリアも牢屋の前にいます。

 

 当然だけど、隠し事も全部バレた。

 第二人格を目覚めさせる危険な実験をやっていたことも、そのせいで最近ちょっと精神が浸食されていることも……、そして、危険な戦闘演習で何度か死にかけていたってことも(※ヨシュアの証言)。

 その上マリアには身代わり疑惑まで知られてしまうという痛恨のミス。

 おいヨシュアよ、なんでそんなことまで妹に教えちゃったんだ。奴隷についてもずっと黙ってるくらいの過保護アニキだっただろうが。

 

 い、いや、違うんよ、マリア……。俺の予想通りだったとしたら、むしろ巻き込んでしまったのはこっちの方で、君は完全に被害者なの。

 だからそんな罪悪感マックスの顔で泣かないでください。お願い、ホント勘弁して、心が痛いから泣き止んで……。

 

 って、リュカに助けを求めても全然取り合ってくれないし。可愛い弟は、あらぬ方向に視線を逸らしたままツーン状態。

『いい機会だからしっかり反省するといいよ、アホ姉さん。……あとアレは、今後一切使用禁止』

 と、一言釘を刺されて、後はひたすら女の子に泣かれる針の筵。(※一時間)

 

 

 ほ、本当にごめんなさい。反省してますから、もう許して……。

 

 

 

 

 

 ……今度命をbetするときは、もっと緻密な計画を立ててからにしますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとヨシュア? さっきからずっと気になっていたんだけど……、その大きなタルは何なの?

 

 ……え? これを使ってセントベレスから脱出しろ?

 

 

 

 ……ちょっと何言ってるか分かんないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

「た、大変です、ゲマ様ッ!!」

 

 薄暗い小部屋の扉が開け放たれ、騒々しい声が響く。上司の私室でその行動は少々礼節を欠いていたが、彼に気にする余裕などなかった。

 

「おや、どうしました? そんなに慌てて」

 

 目の前の相手はいつも通り静かに微笑んでいるが、そんな笑いなど表面的なものでしかないことを、彼はよく知っている。この穏やかな表情を浮かべたまま、一体何人の同僚があっさり粛清されていったことか……。

 しかしどの道、この重大事項を黙っているという選択肢などない。できる限り処罰が軽いものになるよう祈りながら、彼はその報告を上げたのだ。

 

「ほ……報告します! さ、先ほどッ、例の天空人の娘が逃亡したとの知らせが! どうやら兵士の一人が手引きしたようで、昨夜の内に水路から逃げ出した、とのことです!」

「…………ほう?」

「ッ……」

 

 軽く目を見開いたゲマに、部下の全身がすくみ上がる。

 ゲマが勇者の研究にどれほど傾倒していたかを知っていれば、今の心情は察するに余りある。なにせ、あの娘に吹き飛ばされた片腕を見ながら愉しげに嗤っているくらいなのだ。

 それを逃がした部下たちに対し、怒り心頭なのは確実。処罰が軽いものになる可能性などほぼゼロであろう。

 

「もッ、申し訳ございませんでした!」

 

 自分の名が犠牲者リストに新たに刻まれることを覚悟し、部下は頭を垂れたのである。

 

 ………………。

 

 そのまま10秒が経ち……、20秒が経ち……、30秒が過ぎ……。

 

 それでも上司からの反応はなく。

 

「…………?」

 

 やがて、『……あれ? なぜまだ死んでいないんだ?』と部下が疑問を感じ始めた頃、

 

「ふむ……以上ですか? 他に何か報告は?」

「え!? ……あ、いや、はいッ! その……、手引きしたのが内部の者だったということで、今後は監視体制も強化した方が良いという声もありまして……!」

「わかりました、人員の見直しをしておきましょう。……もう終わりですか? では行っていいですよ?」

 

 なんでもない風にそう言ったゲマは、再び資料の確認に戻っていった。意外なことにその口調にも雰囲気にも、怒りの感情や、それを我慢している様子は微塵も感じられない。

 ――『あんなに勇者に入れ込んでいたのに、なぜ……?』

 あまりにあっさりした態度を逆に不安を感じた部下は、その背に恐る恐る確認の問いを投げた。

 

「あ……あのゲマ様……? 追跡などは、なさらないので……?」

「ん……? ああ、データはもう充分に取れましたし、これ以上は必要ないでしょう。あとはこちらの方で応用していくだけで問題ありませんよ」

「……は、はあ」

 

 どうやら本当に怒気はないようで、彼は命拾いしたことに胸を撫で下ろしたのである。

 

 

 

「……それにね? 彼女が逃げ出してくれて、ある意味都合が良いと言えば良いのですよ」

「え……? ……ど、どういうことでしょうか?」

「いやなに、このまま泳がせておいた方が、いろいろと面白そうということです。ホホホホホッ』

「? ? ?」

 

 大事なサンプルが逃げ出して、都合が良いとはどういうことだろうか? 煙に巻くような上司の発言に、彼の頭にはますます疑問符が浮かんだ。

 ――が、これ以上藪をつついて蛇が出てもたまらない。

 

「な、なるほど。……で、では、自分はこれで任務に戻ります。失礼いたしました!」

「ホホ、ご苦労様でした」

 

 部下は余計な好奇心を全て呑み込み、賢明にも沈黙を保ったまま退室したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、これから一体どうなりますやら……、実に愉しみですねえッ? ホーーホホホホッ!!

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 ……背後から聞こえてきた不気味な声には、全力で気付かないフリをしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話 新たな目標と少年の悩み

○月□日

 

 個人的な見解だが、ヨシュアってかなり天然だと思う。

 大海原をタルに入って漂流するという発想もそうだけど、『セントベレスの頂上から海面までダイブする』という、頭のおかしい脱出方法を真面目に提言するところなんて、失礼ながら正気を疑ってしまった。

 

 …………ホント、あれは死ぬかと思った。

 てっきり、下まで緩やかな川でも続いているのかと思いきや、水路を抜けた瞬間綺麗なお月様とご対面、そのまま地上まで直通・空の旅だもん。慌てて外に飛び出して、タルの縁を掴んで全力で翼を振った。リュカの風魔法のサポートもあってなんとか無事に着水できたけど、一歩間違えば全員で血煙になってたぞ。

 蒼い顔のマリアが『本当に……、兄さんがすみません』って消え入るような声で言うから、それ以上文句なんて言えなかったけど……。

 

 ………………。

 

 ……まったく、妹にこんな顔させてんじゃないよ。

 マリア一人だけ逃がしたって、アンタ自身がいなかったら絶対に悲しむに決まってるじゃないか。

 水門の操作のために残る必要があったとはいえ、目の前で兄妹の別れを見せられるこっちの気持ちも考えてくれよ…… 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まあ、最後に俺がひとっ飛びして連れてきたから、ヨシュアも今この修道院にいるんだけどね!

 

 やー、もう、マジギリギリだったわー。

 偶々見張りの魔族が数匹いたから、応援を呼ばれないように速やかに処理して……。その後急いでヨシュアを抱えてタルまで戻ったら――直後に地上までのスカイダイビングよ。

 上空の強い風にガンガン煽られて、降り落ちる滝の水にシェイクされて、タルの中はもうしっちゃかめっちゃか。マリアなんて顔面蒼白になって、乙女の尊厳の危機だったからね。……間に合って本当に良かった。

 

 その後はみんなで数日間海の上を漂いながら、魔物の襲撃と食料不足の危機に耐えつつ、なんとか無事にこの海辺の修道院まで流れ着いた。そして今は、こちらの院長先生のご厚意に甘えて、ありがたく静養させてもらっているところです。

 人間兵器である俺はともかく、他のみんなは船酔いとか食糧不足で結構ギリギリだったからね。たどり着いた先がこんなに親切にしてくれるところで本当にラッキーだった。

 皆さん、本当にありがとうございました!

 

 

 現状唯一の不満を挙げるとすれば、俺まで修道女の恰好させられて困ってるってことぐらいだけど。

 それ以外はホントに良いところだぜ、HAHAHA!!

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 いや、うん……。修道院には女物しかないから、仕方ないと分かってはいるんだけどね……? あの後すぐに脱走して俺の服ボロボロだったし、あんな汚い恰好で厄介になるわけにはいかなかったし。

 

 でも理解と納得は話が別っていうか……。

 シスター服は嫌いじゃないけど、それはあくまで着ている女性を愛でる目的であって、別に自分が着たいというわけではなく。……さらに言うなら見舞いに行ったときにリュカがすごい勢いで目を逸らすようになっちゃって。

 そりゃ似合ってないのは分かっているけどさすがにそれはちょっと傷付くよせめて少しはフォローしてくれても良いんじゃないか弟よそもそもッ (以下、愚痴と泣き言が続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 客としてお世話になっている俺たちだが、もちろんいつまでもタダ飯食らいではいられない。他の皆がまだベッドから起きられない以上、まずは俺がキッチリ働いて恩を返していかないと。

 

 というわけで、『力仕事なら任せろー』と、女所帯で滞りがちな肉体労働を片っ端から終わらせていった。薪割りや畑仕事は村暮らしのおかげでお手の物。数日分をパパっと片付け、ついでに教会近くの魔物も軽く追っ払っておいた。

 昼食をみんなといっしょに病室で食べた後、午後は翼を活用して屋根の修理。こういう風にみんなのお役に立てるなら、この特異体質もなかなか悪くない。その後も時計台など高所の掃除をしつつ、夕方にはシスターたちといっしょに夕飯の準備。剣を包丁に持ち替えてスパスパスパ。皆で食卓を囲んでウマウマウマ。

 そして一日の終わりにはもう一度マリアたちをお見舞いして、午後九時くらい(?)には就寝スヤスヤ。

 

 こんな感じに、とても健康的な毎日を送っています。

 長年切った張ったの毎日だったので、今のこの穏やかな生活がとても心地良く幸せだ。院長と先輩方に感謝感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ただ、偶にリュカの様子が変になることだけ、ちょっと気にかかる。どこか傷でも開いたのか?と思ったらそうではないようだし。

 時おりベッドに突っ伏したまま、『また養われ……』?だの、『ひも……』?だの呟いているけど、一体どういうことなのだろう?

 

 

 ヨシュアやマリアに聞いても『気にするな』と苦笑されるだけだし、…………謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◇日

 

 意外なことだが、俺は裁縫も結構得意である。

 

 ――というのも、昔から父さんは俺に女の子らしくなってほしいと思っていたようで、放っておくと女物の服がたくさん用意されていたのだ。

 さらに、家事の大部分を担っているサンチョさんも父さんと同意見だったので、油断すると俺のクローゼットがフリフリ衣装で溢れている、なんてことになりかねなかった。ゆえに俺は独学で仕立てについて学び、簡単な服なら自作できるぐらいには裁縫スキルを身に付けた。

 ……あのときの父さんの、『そんなに嫌なのか……』という切なそうな顔にはちょっと罪悪感が湧いたけど。いやでも、女物はやっぱりムリッ!!

 

 ってことで、今日は衣服作りに精を出しました。

 いつまでもシスター服のままでは、その内何かに目覚めそうだったからね。一刻も早くいつもの自分を取り戻すため、旅人の服っぽいヤツ(男物)を早急に作る必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “服装”で思い出した……。今の俺の容姿に触れていなかったのでちょっと書いておこう。

 まあ重要な話でもないのでサラッと終わるけど、一言でいうなら――

 

 

 ――スタイル抜群の銀髪美少女(16)に成長しました。

 

 

 うん……。小さい頃から片鱗はあったというか、ほぼ完成された美人だったけど、成長とともにさらに輪をかけてやばくなった。この見た目で奴隷生活とか、力がなかったら確実に18禁だったってレベル。

 何が、とは言わないけどバインバイン(婉曲表現)だし。……何がとは言わないけど。

 

 だがそんな綺麗さも、本人にとっては何のメリットもない。

 そりゃあどこまで行っても自分の身体だからね? 鏡で裸をガン見しても、神秘のオーブ(比喩表現)を鷲掴んでみても、悲しいことに全くなんも興奮しない。最近じゃ、『精神が女に近付いて、女性の身体で興奮できなくなったのでは?』と不安になっているくらいだ。

 それらを解消するためにも、早いとこ男の恰好に戻り、本来の自分を取り戻さなければならないのである。

 ああ、久しぶりにナンパがしたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 祝! ついにリュカたちの体調が回復した。念のためもう数日は様子を見るつもりだけど、走り回って剣も振れていたし多分問題ないだろう。

 なので今日はリハビリがてら軽い労働をやりつつ、今後の身の振り方をみんなで考えることにした。

 

 

 まずマリアだが、彼女はこの修道院に残るそうだ。

 ――といってもシスターになるというわけではなく、教会の仕事を手伝いつつ、自分の人生や価値観についてじっくり考えたいらしい。

 確かに、カルト教団から逃げてすぐまた神様ってのは、ちょっと抵抗があるよね。いくらここの人たちが善良だと分かってはいても、やはり心のどこかに恐怖が残っているだろうし……。ゆっくりじっくりいろいろ考えて、その上でどうするか決めれば良いと思う。

 

 花嫁修業で長く滞在する人もいたみたいだし、別に信徒じゃなくても暮らす分には問題はないだろう。というか、せっかくだからマリアも花嫁修業やってみたらどうだろう? 何か目的があった方が生活に張り合いも出るだろうし。

 

『マリアのウェディングドレス姿、いつか見てみたいな~』――と勧めてみたら、

『ルミナさんのも見てみたいです! きっとすごくお綺麗ですよ!』と、純粋な笑顔で返されてしまった……。

 

 ……い、いや、俺はなる方じゃなくて貰いたい方だからね?

『いっそのこと、マリアに俺の嫁になってほしいくらいだよ』と冗談で言おうとしたら、途中でヨシュアに口を塞がれてた。

 なんか知らんが、『万が一があるとマズイから』?――らしい。

 …………どういうことやろか?

 

 

 

 そのヨシュアだが、マリアがここでやっていけるかしばらく確認した後、近隣の街に移って職を探すそうだ。兵士としての経験を生かして魔物退治をするか、もしくは単純に肉体労働を考えてるって。

 ここへは偶に様子を見に来るって感じかな? 兄としてはいっしょに暮らしたいだろうけど、基本は男子禁制だから仕方ないね。

 

 

 

 ……あっ、でもこの後俺たちが旅立ったら、しばらくは男一人になるわけだよな、ヨシュアは。

 神に仕える女たちの園に、性に飢えた若い男が一人……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

『頑張れよ、男子ッ!』とサムズアップしたら、『はしたない!』と院長先生にスパーンと叩かれた。……可愛いジョークなのに。

 

 

 

 

 

 

 そして最後に我々姉弟について。

 俺たちのやるべきことなどもう決まっている。

 

 行方不明の父さんとプックルと再会すること、そして、まだ見ぬリュカの母上殿を見つけ出すことだ!

 父さんが生きていれば、今も諦めずに俺たちや母上殿のことを探しているはず。ゆえに彼の昔の足跡を辿りながら、俺たちの方でも勇者の情報(※俺のことではなく、父さんが探していた昔の文献や遺跡のことね)を集めていけば、いずれその先で二人に会えるだろう。

 

 ゲマへのお礼参りについては……、まあ今は後回しだ。このまま放置する気はもちろんないけれど、今は復讐なんてしている場合ではないし、何よりまだ奴には勝てないと思う。

 だからまずは父さんたちを見つけ出して、その間に俺は自分の力を使いこなし、そして最後にみんなでタコ殴りにしてやればいいだろう。

 …………あの子たちについての落とし前も、そのときキッチリ付けさせてやる。

 

 ってなわけで、とにかく今は目の前の目標――『家族みんなでの再会』に全力集中です!

 

 

 

 

 

 ……リュカ、姉ちゃん頑張るからな?

 今の俺の一番の目標は、お前の大切なものを全て取り戻してやって、また幸せな人生を送らせてやることだから。

 明日からも肉体労働に魔物退治にガンガン邁進していくぜ! ファイトー、オー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 とうとう旅立ちの日を迎えた。

 修道院の入り口でお世話になった皆さんに見送られ、名残惜しいが別れの挨拶。

 ヨシュアとリュカは、男どうしのカラッとしたさようなら。『じゃあ気を付けてな、リュカ』『うん、ヨシュアもね?』でハイタッチを一回ポン! 終了!

 7年近くいっしょにいたってのに、ずいぶんあっさりしたお別れである。

 

 でもまあ、男の別れなんてこんなモンなのかな? 女の子の前で情けないところを見せたくないって意地もあるだろうし。

 ……最後にヒソヒソ話をしていたのだけちょっと気になったけど、まあツッコむのはやめてあげよう。男どうしの内緒話など、どうせエロい話に決まっている。

 

 

 

 一方、俺とマリアの方はというと――――なんていうか、割とウェットな感じになっちゃった。

 …………あ、いや、マリアだけね? マリアだけ。

 ほら、女の子は感受性が豊かで涙腺が緩みやすいから、長年の友達との別れともなると、そりゃ涙だって出てくる。仕方ない、仕方ない。

 マリアはポロポロ泣きながらも、最後は俺たちに心配をかけまいと笑顔でエールを送ってくれた。

 

『お父さまたちを探す旅、頑張ってくださいね! 私にも何かできることがあれば協力しますから!』

『それと恋人探しの方も応援してます! 良い人というのは意外に近くにいるものですから、周囲に目を向けておくといいかもですよ!』――だって。

 

 あー、もう、ホントに良い子! 父さんたちのことだけじゃなく、俺の個人的な欲望まで応援してくれるなんて! こんなの適当に話を合わせておけばいいのに、ちゃんと真面目なアドバイスまでくれるし。

『身近な人ってマリアのこと? もしかして立候補してくれてるの?』って冗談にも、『……それもありかもしれませんね! 旅が終わってもフリーでしたらぜひお願いします!』って笑いで返してくれた。

 

 

 フフ、やっぱり友達って良いな。最後にいい元気をもらった。

 

 よーし、両方の目標達成に向けて、明日からも気合入れて頑張るぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ところでリュカは、さっきからそんなに悩んでどうしたん?

 

 え? 自分の内面を見つめ直していた?

 

 

 

 ……哲学かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……姉は昔から、ちょっと変わった人だった。

 幼い頃のリュカは気にもしていなかったが、成長した今改めて思い返してみると、驚いたり苦笑したりすることもしばしばだ。

 

・ナンパがしたいと言って酒場に入り浸ってみたり。

・金が欲しいからと無断外泊して魔物と戦ってきたり。

・そのお金を持って、オラクルベリーのいかがわしいお店に行こうとしてみたり……。

 

 8歳の少女としては、なかなかに常識外の行動を繰り返す人だった。父が頭を抱えていた気持ちも今ならよく理解できる。……そりゃあ娘がダメなおじさんみたいな言動してたら心配にもなるだろうな――と。

 

 

 ……しかしそれでも、リュカにとってルミナは何よりも大切な“家族”だった。

 いつもニコニコと明るく振る舞い、ときに少しだけ厳しく弟を叱り、でも寂しい夜はいっしょに寝て自分を元気付けてくれる。少しくらい変わっていたって、そんなの全然気にならない。リュカにとってルミナという少女は、ずっといっしょに笑っていたいと思える、父と同じくらい大切で、大好きなお姉ちゃんだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 …………だから。

 

 ルミナがゲマの過酷な実験を受けていることを知ったとき……。それと引き換えに、自分に恵まれた環境を与えてくれていたことを知ったとき、少年はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 ……姉は本当に、困った人だった。

 父がいない今、弟を守れるのは自分だけだと気を張り、そのために躊躇なく己の身を犠牲にしてしまう、本当に困った人だった。

 

 リュカは生まれて初めて姉に怒りを抱いた。……そしてそれ以上に、彼女が辛い目に遭っていることを知らぬまま、ぬくぬくと暮らしていた自分に心底腹が立った。

 ルミナがそんな無茶をした原因など明らかだ。自分が独りよがりの自己嫌悪に浸り、いつまでも情けなく塞ぎ込んでいたから……。リュカのその弱さが、姉に『自分が守らなければ……!』という悲愴な決意を抱かせたのだ。

 

 この日少年は、守られるだけの弱い自分と決別することを誓った。

『守りたいなら強くなれ!』――ヨシュアも男子たる者の先輩として、力強く背中を押してくれた。

 そのために師事する相手が、守りたい対象である姉自身というのが、少し情けない話だが……。そんな恥ずかしさなど、ルミナが傷付くことに比べれば些細なことだ。リュカは最も厳しい指導を自ら望み、過酷な奴隷生活の傍ら、死に物狂いで鍛錬に励んだ。

 

 

 ――そして7年後。

 リュカは、そこいらの大人を片腕で投げ飛ばせるほど逞しい少年に成長していた。これまでの必死の努力が実り、姉には及ばないまでも充分に強くなれた。だからもうルミナも無茶なことはしないだろうと、リュカもとりあえずは安心していたのだ。

 

 

 

 ……だが、ルミナの心配性は筋金入りだった。

『自分はもう大丈夫だから』とリュカがいくら言っても、彼女は弟を守るための行動をやめようとしない。実験について拒否するように言っても、『これで命を保障してもらっているから……』とその都度やんわり断られてしまう。

 意外にも頑固な彼女は提案を聞き入れることなく……、リュカはやきもきとしたまま日々を過ごし……。やがて彼女は、これまで以上に馬鹿げた行動をしてしまう。

 

 なんとルミナはリュカが知らない間に、あの恐ろしい第二人格を呼び起こす実験を受けていたのだ。さらに最近はあの人格に精神を蝕まれて苦しんでいるらしく……、そこへトドメの“第二人格暴走事件”である。

 ルミナは暴走したフリをして幹部たちを襲撃すれば、万一失敗してもペナルティを負わずに済むと思ったらしい。そして思い立ったが吉日とばかり、出力を上げて第二人格を呼び覚ましたところ、そのまま精神を乗っ取られてしまった――というのが事の真相であった。

 

 

 ――このときリュカは、地面に力なく横たわる姉の姿を見ながら、心の底から確信したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、僕の姉さんってかなり残念な人だぞ……』と。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……いや、真面目な話である。

 もちろん、家族のために身を削る、行き過ぎた博愛精神もかなりの問題ではあった。

 だが、今姉の命を脅かしている一番の原因はむしろ、

 その“考え無しの性格”というか……、

 “直情的過ぎるモノの考え方”というか…………。

 

 

 ……いや、この際遠慮した物言いはやめておこう。

 

 

 つまり今、何が問題なのかというと、

 

 

 

「僕の姉さんは脊髄反射で物事を考えてしまう、とんでもない“アホの子”ってことなんだ!!」

 

 ――exactly。正解である。

 このまま放っておいたら、この姉は絶対またとんでもないことをやらかす!

 それに気付いてしまった少年は、この日、優しく従順な(自分)と決別することを誓った。

 

 ・もうこれからは、下手に目を離したりしない。

 ・変わったことがあったら、全部報告させる。

 ・そして何かを隠しているようなときは、白状するまでとことん問い詰める!

 

 ……若干、年上への対応ではないというか、頭の悪い子どもに対する扱いのような気がしなくもないが、危なっかしい姉を守るためならば仕方がない。たとえこれで嫌われたとしても、ルミナの命が喪われることに比べればずっとマシだ。

 ……血まみれの彼女を抱き起こす経験など、もう二度とゴメンだったから。

 

 いつの日か、代わりにこの人を守ってくれる誰かが現れるまで、その役目は自分が担うのだ――と。

 マリアに泣かれてオロオロするルミナを見ながら、リュカは遠くの空の下の父に、強く誓ったのである。

 

「父さん……。姉さんは必ず、僕が守ってみせるから……ッ」

 

 

 少年14歳。大人の男としての第一歩を、踏み出した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――って、言ってるそばからまた面倒見られてるし!」

 

 その決意から半月後、リュカは狭いテントの中で頭を抱えていた。

 仕方がないということは重々承知している。彼女の生まれや経験を考えれば、まだまだ自分などでは(頭以外)及ばないことも理解している。

 

 しかし……、それでも……!

 舌の根も乾かぬ内にまた姉の世話になってしまうなどと、これでは今までと何も変わらないではないか。そのくせ本人は嬉しそうに世話を焼きながら、『リュカのことはきっちり養ってやるからな!』とか言うし!

 傍から見ればもう扶養家族というよりただのヒモである。リュカはせっかく助かった命を思わず投げ捨てそうになった。

 

 その上マリアは、ルミナに求愛されて満更でもなさそうだったし……。

 あとヨシュアは、『妹は割と本気みたいだし、お前も頑張れよ?』ってどういうこと? まるで意味が分からんぞ?

 

「うーー。なんだか分かんないけど、急いで強くならないといろいろマズイことになりそうな気が――」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………?

 

 

「……あれ? なんで僕、焦ってるんだろう? 姉さん『彼女が欲しい』ってずっと言ってたし、マリアみたいな良い子ならむしろありがたいくらいなのに……」

 

 リュカはテントの中で一人唸った。その声に反応し、隣でゴソゴソと毛布が擦れる音が上がる。

 

「……んん~~、リュカぁ? さっきからどうしたんー?」

「あっ……ご、ごめんね? うるさかった?」

「んー、別にいいけどぉ……、何か気になることでもあるんー?」

「ううん大丈夫、ちょっと考え事してただけだから。……明日もかなり歩くし、気にせず休んで?」

「ンー、そっかー。……おやすみぃ…………すぴー」

 

 寝惚け眼のルミナは数秒でまた寝入ってしまった。危険など全く感じていないと分かる、あどけない子どものような無防備な寝顔だった。

 そんな姉の寝姿を微笑みながら眺めていたリュカだったが、不意に、頭の中にストンと答えが落ちてきた。

 

「! ……あ。……そうかッ」

 

 リュカは両手をポンと打った。

 天啓を得たかのように彼が辿り着いた答え。それは――

 

「つまり僕は、『姉さんを取られるかも』って思って、マリア(友達)に嫉妬してたのかッ」

 

 

 ――なんとも微妙に的を外していた。

 

 

「う……うあああ、恥ずかしい。確かこういうの、“シスコン”っていうんだっけ? 最近は寝床も別にしてようやく姉離れできたと思ったのに、全然ダメじゃないか、僕……。これからは身体だけじゃなくて、精神の方も鍛えないとなあ……」

 

 

 このモヤモヤする気持ちの正体は何なのか?

 奴隷生活が長かった少年が正解に辿り着くには、まだしばらく時間がかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 モンスターがいっぱいだ

○月△日

 

 現在、修道院からサンタローズを目指して北上中である。

 父さんが無事なら一度くらいは故郷に戻っているだろうし、住民に何か言伝を頼んでいるかもしれない。というか今もサンチョさんがいるかもしれないし、最悪二人ともいなくても、自宅に勇者の手がかりが残っている可能性もある。しばらく逗留して、父さんの日記やら資料やらいろいろ調べてみるつもりだ。

 

 その道中にある娯楽の街・オラクルベリーには明日辺り到着できるだろう。あそこはあらゆる人や物が集まる、北大陸随一の都市だ。いろいろと他では聞けない情報も集まってくるし、ここでちょっと勇者について情報収集してみるのもいいかもしれない。

 

 

 早くみんなと再会するためにも、明日からも真面目に頑張るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◎日

 

 ――カジノ! 超楽しいいいいいいーーーッ!!

 

 

 いやー、まいったね。初めて生で見るカジノに興味が湧いて、ちょっと試しに入ってみたら見事にハマってしまった。

 適当に買ったコインを適当にスロットにブッこんでたら、あれよあれよと10000枚まで増えちゃった。ビギナーズラックここに極まれり。これまでの人生いろいろと不幸に見舞われてきたが、ここに来てついに幸運の女神が微笑んでくれたらしい。今なら誰にも負ける気がしない! この勢いでジャンジャン稼いで、カジノの景品を全部制覇してやるぜ!

 景品には強力な武器・防具がいっぱい揃っているので、この先強大な敵と戦うことを考えれば、ここで装備を万全に整えておくのは悪くない。いや、むしろ積極的にやるべき方策だろう。つまりこのカジノ攻略は遊びではなく、世界平和のための尊い下積み作業に他ならないのだ!

 

 フフフ、見ていろよ? 溜め息吐いていたリュカの呆れ顔も、明日には尊敬100%の視線に変えてやるぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(朝帰り後、追記)

 

 やっぱり楽して一発当てようなんて良くないね。人間、真面目にコツコツ地道に頑張っていくのが一番よ。

 

 

 ……だからリュカ、その冷たい目線はやめてください。

 大丈夫、元本は割れてないから、安心して? ……許して?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 心機一転、今日は旅に必要な物を買い揃えた。(やいばのブーメラン、てつのよろい、てつかぶと、等々)

 その途中で、『モンスターじいさん』と名乗る変わり者の噂を聞いた。なんでもこの爺さん、街の中で魔物を飼い、なおかつペットのように手懐けているらしい。

 興味を持って会いに行ってみれば、なんと彼は魔物の邪気を祓い改心させる能力を持っているそうだ。そして彼曰く、リュカも同じ力を――いや、爺さん以上に強力な力を宿しているのだという。

 なるほど、キラーパンサーであるプックルと仲間になれたのもそういう理由だったのか。

 

 リュカの力は他の魔物にも有効らしく、キラーパンサー以外にも様々な種族を仲間にできる可能性があるそうだ。

 これはやってみる価値アリだ。『戦いは数』とも言うし、成功すれば戦力の増強にとても有用だろう。教えてくれた爺さんには感謝しなければ。

 

 

 

 

 

 

 ……だが、俺をモンスターと間違えやがったことはしばらく許さない。

『狂暴なハーピーが懐くとは大したものじゃ! これからも大切にしなされよ、少年』じゃねえわ! 誰が鳥頭だッ!

 

 

 ――リュカも嬉しそうに頷くんじゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 おかしい、魔物が全然仲間にならない……。

 爺さんから聞いた方法――『殴り倒した後に優しく仲間に誘う』という、ヤクザもびっくりな勧誘方を朝からずっと試しているのだが、一向に懐く気配がない。

 

 肉体の強さを示すために素手でやっているし……。

 本人じゃないとダメかもしれないので、俺は手を出さないようにしているし……。

 当然殺しては意味がないので手加減もしているのだが……。

 

 爺さんの言う、『仲間になりたそうにこちらを見ている』現象なんてひとっつも起きない。みんなまるで、宇宙的恐怖に遭遇したように逃げていってしまうのである。

 一体どういうことやろか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 ……忘れてた。俺、“魔族絶対殺すマン”だった。

 

 そりゃ怖がってどんどん逃げていくはずだよ。俺の中にいるアレの怖さを、野生の本能で敏感に感じ取っていたのだろう。つまり、昨日一日の無駄骨は全て俺のせいってことだ。

 ……スマン、爺さん。バニーさんとの二人暮らしにイラっとしたのもあって、つい強めに抗議(物理)してしまった。後で菓子折り持って謝りに行かねば……。

 

 

 

 ――というわけで、試しに俺が遠くへ退避してみたら、昨日までの反応が嘘のように魔物が懐いた。さっきまで殴り合っていたリュカに向けて、まるで古くからの親友のように身体を寄せている。

 俺がいないだけでこの落差よ……。そんなに怖かったのか。

 

 今回仲間になったのは、ドラゴンキッズとスライムナイトの二体。それぞれ『コドラン』、『ピエール』とリュカが名付けた。ご主人様からの最初の贈り物に、二人とも大喜びで大変微笑ましい。

 

 なので、『この勢いで俺も仲良くなれるやろ!』と近付いたら、お約束通りに失敗した。

 コドランには思い切り手を噛まれ。(お前もか……)

 そしてピエールは、挨拶の最中ずっと真っ青な顔で震えていた。

 ああ、理性で恐怖を我慢してくれたのね? さすがは紳士だ、どうもありがとう。……正直、その方がダメージありますけど。

 

 まあこればっかりは仕方ない。これから長い付き合いになるんだし、少しずつゆっくり慣れていってもらえば良いだろう。

 プックルだって最後の方には『ゴミ』から『置き物』くらいには扱いを変えてくれたんだし、こいつらもきっとなんとかなるはず。

 

 

 

 

 

 ――ってところで、オラクルベリーでの用事は今日で終わり。明日はいよいよサンタローズへ向けて出発だ。

 マスターやジェシカさん、道具屋の親方たち、7年経ってみんなどんな風に変わっているのか、 今からとても楽しみだ。

 

 では感動の再会を楽しみに、今日はこの辺でおやすみなさ~い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月□日

 

 ……はい、来た。……分かってた。

 毎度のごとくパターン化していましたが、今回もついに来ましたよ。不穏な空気が来ましたよッ。

 

 今朝方宿を出ようとしたとき、俺らの部屋に鎧姿の連中が押し入ってきた。すわ『強盗か!?』と思いきや、なんと奴ら普通にオラクルベリーの兵士たちだった。『犯罪の疑いがあるので詰所まで同行しろ』だとさ。

 ――おいおい俺が何したってんだよ、ふざけんな!

 と一瞬思ったが、よくよく考えれば心当たりはないでもない。

 

・街でナンパした女の子が貴族令嬢だった件か?

・カジノでイカサマ客をブッ飛ばして、諸共出禁食らった件か?

・それとも、無許可で路上ライブ(アカペラ)やって小銭を稼いだことか?

・はたまた、因縁つけてきたチンピラから金を巻き上げたことか?

 

 ……こうして羅列してみると結構いろいろやってんな、俺。

 これらが理由ならば声高に『冤罪だ!』と主張もできず、リュカともども詰所まで連行されちゃった。道中での弟の呆れた視線が痛かったぜ。

 

 そして今は牢屋で執筆なう。

 まったく、これで何回目の牢屋だよ……。

 もはや実家みたいな安心感だよ、コンチクショウ。

 

 

 

 魔物といっしょだと因縁付けられそうだったので、ピエールたちは気付かれないように街の外へ逃がしておいた。

 気のせいかもしれんが、なんかあいつらも呆れていた気がする。

 

 …………気のせいだよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月△日

 

 わ・け・が・分・か・ら・んッ!!

 一晩待ちぼうけを食らい、ようやく今日になって取り調べみたいなのが始まったわけだが……、全然話が噛み合わない。

 

 まず第一声が、『お前は7年前、王子誘拐を企てた一味だな?』――だよ?

 ……いや、はあああッ!? 何言ってんのッ? お宅の王妃が義理の息子誘拐して殺そうとしたんでしょ!? 冤罪はやめてくださる!?

 って言っても全く取り合ってくれないし。

 さらには『お前たちが主犯のパパスに協力したことは調べが付いている! 諦めて白状しろ!』と来たもんだ。

 

 …………いや、もうね? 思わず首を捩じ切ってやろうかと思った。

 言うに事欠いてこいつら、父さんを犯人扱いしやがった。命がけでヘンリーたちを守って重傷を負った父さんを、口汚く侮辱しやがったのだ。

 もう勢いのまま、部屋の中の連中皆殺しにしてやろうかと思ったよ。

 

 

 

 ――だって兵士たち全員モンスターだったし……。

 

 

 

 勇者の技能なのかな? 擬態していたけど気配ですぐ分かった。詰所の中の兵士たち、結構な割合で魔物が混じっている。そして人間たちはそれに気付いていないっぽい。(態度があまりに普通過ぎる)

 この事実が逆に俺を冷静にさせた。こりゃ明らかに異常事態だよ。さっさと皆殺しにして脱走しようかと思ったけど、ちょっと情報収集をした方がいいかもしれない。

 

 

 …………。

 

 あと、今までヘンリーのことを忘れていたのがちょっと罪悪感。あのときゲマ以外は全て殺したから安心していたのだが、この分だと平穏無事ではなかったのかもしれない。

 せめてあれからどうなったのかぐらいは知っておいてやらないと、再会したときにちょっと気まずい。

 

 つーことで、これよりスニーキングミッションを開始します。

 牢屋の天井をスパッと手刀で斬り落として、天井裏から気付かれないように脱出 & 盗み聞き行脚スタート~~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 …………いろいろ新情報があり過ぎて、今はちょっと混乱中だ。

 でもまず最初に、一番重大な報告事項を述べておく。

 

 

 

 ――ヘンリーと王様は7年前に賊に殺され、今は王妃が女王として即位し、国を治めているらしい。

 …………たぶん二人は、魔族の手で殺されたんだと思う。

 

 

 ………………。

 

 

 うん、大丈夫。これくらいで動揺したりなんかしない。

 仲間と死に別れることなんて奴隷時代にもう何度も経験してきた。今さら珍しくもないことだ。大丈夫。大丈夫。

 

 それよりも今は、これからのことを考えないと。

 王妃が即位したという話だが、魔物が内部にいる状況から見てどう考えても偽物だろう。俺が殺したあいつの代わりに、後任の人員が送り込まれてきたのだろうか? ゲマの様子を見る限り、もうラインハットには興味がなくなったと思っていたのだが……。

 今は国名を『神聖ラインハット帝国』と改め、国内では重税・強制徴兵などの圧政を。そして国外に対しては、着々と侵略の準備を進めているらしい。大国を後ろから操り、人間社会を混乱させるのが狙いだろうか? 相変わらず陰湿な手を使いやがる。

 

 

 だがしかし、民衆の方もただやられるだけではない。

 圧政に反発した兵士たちが中心となって西の方へ逃亡し、『ラインハット解放戦線』というレジスタンスを結成して国と戦っているそうだ。今はだいたい、ライン川の関所の辺りで勢力圏が二分されている感じかな?

 一般の兵士が国を相手取って戦うだなんて、ヘンリーたちが殺されたことがよほど腹に据えかねたみたいだ。

 

 

 

 やっぱりあいつ、部下には結構慕われてたんだな。生きていれば本当に、良い王様になれたかもしれないのに。

 

 

 ……クソが、一体誰がやりやがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月◇日

 

 知りたいこともだいたい知れたので、とっとと壁を蹴破って脱走した。もう指名手配されてるんだったら、今さら大人しく行動しても意味ないしね。

 他の部屋に捕まっていたリュカと合流して(※リュカも自分で牢を蹴破ってた。偉い!)、二人で兵士たちを殴り倒して脱出した。

 

 ただし、兵士はモンスターも含めて誰も殺していない。事情を知らない善良な兵も多いだろうし、リュカには人間と魔物の見極めができないから、とりあえずこの場では殺しは無し。

 代わりにヘンリーを殺した野郎だけは、草の根分けても探し出して八つ裂きにする予定だ。俺のダチに手を出したことを、骨の髄まで後悔させてから滅ぼしてやる……。

 

 

 ――とはいえ、ひとまずは当初の予定通りサンタローズまで行くことにする。下手人を見つけるにしても国と戦うにしても、まずは7年ぶりの故郷で少し骨を休めたい。

 久しぶりに長閑な村の空気に浸るのが、今からとても待ち遠しい。

 

 

 

 

 

 

 ……どうか村のみんなは、あの頃と変わらず元気でいてほしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●月◎日

 

 …………こんなこともあるんじゃないかとは、心のどこかで思ってはいた。

 ヘンリーのことを知ったとき、当たり前のものが突然喪われることもあるんだって……、ガツンと思い知らされたから。

 

 

 

 でもさ。

 まさかこんなことになるなんて、予想できるわけないだろ?

 

 あの辺鄙で長閑な村が――

 何もないけれど、でも穏やかな空気が何よりも心地良かったあのサンタローズ村が――

 

 なんで、

 

 

 

 

 

 

 なんでッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでこんなに都会になってんのおおッ!? 懐かしさがゼロなんだけどおおおおッ!!

 

 

 西ラインハット王国首都、サンタローズ!?

 

 ラインハット解放戦線本部基地!?

 

 

 

 ――意味不明なんだけどッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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16話 帰郷と再会

(左ページの続き)

 

 混乱した俺たちが街の入り口で騒いでいると、衛兵と思しき者が駆け寄ってきた。

『しまった、オラクルベリーに続いてここでも捕まってしまう!?』と焦ったのも束の間……。意外にも彼は丁重に案内してくれた上、『久しぶりに来た方は大抵驚かれるんで、我々がこうやって説明してるんスよ』と“村が大きくなった理由”を解説してくれた。(※彼もラインハット解放戦線のメンバーらしく、ここの内情には詳しかった)

 

 なんでもこれは、戦線の創始者が言い出したことらしい。

 ――『奴らはパパスさんを誘拐犯に仕立て上げた。ならその拠点であるサンタローズにも卑劣な真似をするかもしれない。守りを固める必要がある!』と言って、戦線のメンバーを派遣して防備を固めてくれたのだ。

 そしたら案の定、ある日新女王の配下たちが攻めてきて、彼らは見事これを撃退した。その後も面子を潰された女王は襲撃を繰り返したが、戦線はその都度戦いながら村の防備を拡大(防壁とか堀とか)していき、いつしかサンタローズは、戦線の一大防衛拠点として発展していった――という流れだ。

 

 この話を聞いたとき、俺は思わず背すじが凍った。もしかしたら知らない内にサンタローズが滅ぼされ、皆が殺されていたかもしれないのだ……。

 ホント、リーダーの人には大感謝だわ。父さんのことを信じてくれて、さらに故郷まで守ってくれたんだから。しかも彼は住民の心情に配慮して、元々の村部分には大きく手を加えず残してくれていた。(※旧市街と新市街が綺麗に分かれている感じ)

 懐かしい村の景観と我が家を見たときは、俺もリュカも思わず胸に込み上げるものがあった。

 

 なので『ぜひお礼を言いたい』ということを兵士さんに伝えてみたら、『それは本人も喜ぶと思うっス! ぜひ抱き締めて感謝してあげてほしいっス!』と、近い内に会う機会を設けてくれることになった。

 本当に面倒見良いな、この人。

 

 

 故郷も含めてこんなに世話になったんだし、偽女王一派との戦いに俺らも何か協力できないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月〇日

 

 ……ヘンリー、生きてたわ。

 

 しかも戦線のリーダーもあいつだった。

 生きてることが敵にバレたらまた狙われるから、噂通り死んだことにして身を隠していたんだって。わー、すごーい! びっくりーー!

 

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ……いや、しゃーないやん?

 死んだと思ってたあいつが急に部屋の奥から出てきて、ふっつうに『よ、二人とも久しぶり!』なんて軽く言うんよ?

 そりゃこっちはリアクションに困るよ。思わず二人して固まったよ。

 

 

 ……つーか軽く泣いちゃったよ!

 

 もうホントさあッ! 死んだって聞かされたとき、こっちは割とガチで落ち込んだんだからああ。そりゃ生きててくれたのは嬉しいけど、あんまり心臓に悪いサプライズはやめてよおおお。

 

 ――と、ひとしきり文句を言い終わったところで、なんとか涙を拭いて再会の握手をした。ちゃんと体温を感じて、生きていることを実感してようやく一安心。

 そこでもう一回泣きそうになったけど根性で堪えた。ヘンリーが笑いやがったので一発殴っておいた。反省しろ、この野郎。

 

 

 

 その後、ヘンリーは軽い態度を収め、俺たちに7年前のお礼を言ってきた。命を助けてくれたこと、そして、父親と和解できたことについて。

 いっしょに逃げてきた王様とは、その後も折を見て何度も語り合い、親子の蟠りは完全に無くなったそうだ。今は少し離れた場所で静養しているらしく、時間があるときにちょくちょく会いにいっているみたい。『こういう関係に戻れたのもお前たちのおかげだ』と照れくさそうに礼を言われれば、俺たちとしても頑張った甲斐があった。

 そして次に、謝罪をされた。

 父さんが自分のせいで生死不明になってしまったことについて。それなのに自分だけ父親と幸せな時間を過ごしていることについて、深々と頭を下げられた。そこにはヘンリーの、本心からの慚愧の念が感じられた。

 

 

 なので俺は、真心を込めてもう一度頭をひっぱたいてやった。

『親子が幸せな時間を過ごすのに罪なんかあるか!』と怒鳴ったら、一瞬ポカンとしたけど、その後消え入るような声で『……ありがとう』って。

 ……ああ、もう……あんな風に泣きそうな顔で言われたらホント困る。リュカに助けを求めても、あいつも困ったように苦笑するし。

 

 

 しゃーないから、兵士さんに言われたようにガバっと抱き締めてやった。『よく頑張った。故郷を救ってくれて本当にありがとう』って。

 こういう真面目な空気は俺のガラじゃないけど、感謝しているのは本当だし、ヘンリーも少しは元気が出たようなので、まあ良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、『……トム、グッジョブ』とは一体何のことだろう?

 そしてリュカが、“微笑ましそうなのに眉間に皺”という謎の表情になっていたのもなんでだろう? ……思春期の男子とは難しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月×日

 

 昨日は結局、ヘンリーとの昔語りでほぼ徹夜してしまった。

 なので今日は昼まで寝た後、骨休めにちょっと村を回ってきた。リュカと一緒に昔の知り合いを訪ね、『帰ってきたよ』と挨拶回り。道具屋の親方や武器屋のオヤジ、酒場のマスターやジェシカさん、教会の神父様やシスターと旧交を温めてきた。久しぶりの再会でもみんな笑顔で迎えてくれて、ようやく故郷に帰ってきたって感じがした。

 結局村には父さんもサンチョさんもいなくて、そこだけはちょっとガッカリしたけど……。

 

 皆に父さんのことで励まされたり、魔物を連れていることに驚かれたり、俺の成長ぶりにも驚かれたり、でも発言すると残念な目で見られたり……。昔と変わらぬ優しい反応にホッとする。

 唯一のショックと言えば、初恋相手のシスターとジェシカさんが子持ちになっていたことくらいだけど……。ていうか、おい、マスターはともかく神父様は子ども作って良いんかい!

 

 

 ……良いらしい。なんと寛容な神様だろう

 

 そして女性陣には俺まで結婚を勧められた。『子どもはいいよー』って言われて赤ちゃんを抱っこさせてもらって……、うん、確かにこれは可愛い(ほっぺたプニプニ)。いつかは自分も欲しいとは思う。

 

『――でもまだ生やす方法は見つけてないしなあ……。彼女をゲットする目処も立ってないし……』

 なんてぼやいていたら、『アンタまだ諦めてなかったのッ?』とジェシカさんに呆れられた。皆も、『なんという無駄美人』、『それほどのモノを持ちながら……』、『リュカ、頑張れよ』などと、口々にツッコんでくれた。昔を思い出してもう一度ほっこりである。

 

 

 

 ……うん、やっぱり故郷って良いね。たくさん元気もらえた。

 

 早く父さんたちを見つけて、今度は家族みんなで戻って来よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月Λ日

 

 本日は懐かしい顔を発見。村の広場で子どもと遊ぶベラを見かけたので、ちょっと声をかけてきた。

『え? アンタまだ私たちのこと見えてるの? ……やっぱり、賢さの数値が……』とか言いやがったので、アームロックをかけてやった。

 ――泣いてワビを入れたので許してやった。

 

 なんでもこいつ、今でもサンタローズにちょくちょく遊びに来ているらしい。昔より都会になって観光場所もできたから、暇潰しにはもってこいなんだとさ。……おかしい、立派な妖精になるための修行をしているはずなのに、“暇”とは一体?

 

 だが、子どもたちの遊び相手になってあげている点は評価できる。

 もしかしたら思考が同レベルなだけかもしれないが、世話してくれていることに変わりはない。なのでここは俺も、村の大人として協力してあげた。妖精が見えるピエールとコドランも呼んできて、みんなで楽しく鬼ごっこに勤しんだ。

 久しぶりに童心に帰ることのできる、とても有意義な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 後日、『ルミナは見えない誰かと話す不思議ちゃん』という不名誉な噂が立っていてとてもへこんだ。

 そしてリュカには、『昔からそんな感じだったよ?』と素で言われてもう一度へこんだorz

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月△日

 

 父さんの手記を漁っていたら、興味深い記述を発見した。どうやら父さんは昔、旅の途中で見つけた重要アイテムを洞窟の奥に隠したらしい。

 そういえば時折、本来の入り口とは違うところから洞窟に入っていくことがあったな。当時は『何かエロいものでも隠しているのかな?』とワクワクしたもんだが、なるほど、勇者関連の何かだったのか。

 

 ということで、入り口を管理している爺さまに頼んでそこに入らせてもらった。7年ぶりでも変わらず元気で安心したよ、じいちゃん。

 

 

 

 そしてビックリ。

 洞窟の奥にあったのは……なんとなんと!“天空の剣”だった!!

 そう――伝説の勇者の剣。物語の挿絵にも描かれているそのまんまの、使いづらそうなあの剣だったのだ! いや、なんだあの持ち手と刃先、くっそ邪魔なんだけど!

 なぜこれが本物か分かったのかというと、リュカやピエールにはうまく扱えなかったからだ。持ち運ぶくらいはできるのだが、柄を握って振ろうとすると途端に重くなって地面にズズンと落ちる。少なくとも形だけ模して造ったレプリカの類ではないようだ。

 

 ………………。

 

 えー、そして……。まあ予想はしてたけど。

 はい、俺には簡単に振り回せました。普通の剣より多少扱いづらい感覚はあったけど、十分実戦で使えるくらいには素早く振れた。

 くそぅ……、これで俺が“勇者的なナニカ”っていうのが完全に確定してしまったじゃないか。ワンチャン、ゲマの勘違いっていう可能性に期待していたのに、これで完璧に言い逃れができなくなった。こんな得体の知れない力、持ってても何もありがたくないのに。

 

 

 

 ……だがまあ、物は考えようか。

 父さんの資料によると、リュカの母上殿は魔界に囚われていて、そこに行けるのは伝説の勇者だけらしい。つまり、俺ならばそれができるかもしれんということだ。

 伝説の剣も半端にしか使いこなせないパチモン勇者だが、他の人よりはまだ可能性があるだろう。今後は残りの伝説の武具を探しつつ、それらを完全に使いこなせるように修行していく、という方向性で良いかな?

 

 ……父さんの手紙には、『無理をしてまで探さなくていい。自分たちの幸せを最優先にしてくれ』と書かれていたけど、俺だってそこまで恩知らずじゃないぞ?(※文字が震えていたし、きっと断腸の思いで書いたんだと思う……)

 リュカの幸せのためにも母上殿との再会は不可欠だし、世話になった父さんへの恩返しにもなる。俺の全てを賭けてでも、絶対にマーサさんのことは見つけ出しちゃる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月§日

 

『ビスタ港は俺たちの勢力圏だから、いつでも向こうへ渡れるぜ』とは今朝のヘンリーの談。

 どうやら互いの認識に齟齬が発生していたようだ。ヘンリーのヤツ、俺たちが伝説の武具を求めてすぐ西大陸へ渡るものと思っていたらしい。

『いや、まだ行かないから。俺たちも偽女王と戦うのに協力するから』って返したら、ポカーンと口を開けておった。

 

 いやいやいや……。

 そりゃ本来の目的も大事だけどさ、さすがにこの状況で友達を放っては行かないよ。どんだけ薄情だと思われてんの。

 ていうか村を助けてもらった恩もあるんだし、その分の働きくらいするってば。父さんといいヘンリーといい、ちょっと遠慮というか、過保護が過ぎるんじゃないか?

 そしたらリュカまで、『う~ん。姉さんも一応女の子なんだし、戦いから遠ざけたいと思うのも仕方ないんじゃない?』とか言うし。えーい、どいつもこいつも、このナイスガイに向かって何を言ってやがるのかッ。

 

 ……こうなりゃ意地でも協力してやる。

 ヘンリーを説き伏せた後、兵士さんたちに頼み込んで強引に戦線の臨時メンバーになってやった。『偽女王倒すまで俺たちは一蓮托生だからなッ? もう関係ないなんて言うんじゃないぞ、泣くぞ!』って指を突き付けた。

 

 そしたらリュカとヘンリーめ、溜め息を吐きながらお互いに苦笑しやがった。……おいコラ、なんだその困った子どもを見るような眼は? こちとら一番年上なんやぞ。もっと敬え、思春期男子ども。

 

 

 

 そして兵士さんたちも、なんでそんな面白いものを見るような顔になってんの!

 部外者が強引にメンバーに加わってきたんだから、普通はもっと反感というか、値踏みするような視線を寄越すモンでしょ。なのになんであっさり受け入れてんの!

 その親戚のおじさんみたいな生暖かい視線はなんなのよ、もう!

 

 

 

 

 

 

 



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17話 作戦のためのあれやこれや

▽月×日

 

 現在、“神の塔”と呼ばれる場所を目指し、オラクルベリーからさらに半島を南下中。ここはすでに敵の勢力圏に近いため少数精鋭のみでの強行軍だが、俺たちのパーティがいれば何の問題もない。

 さっさと“ラーの鏡”とやらをゲットして、偽女王一派をブッ飛ばしてやるぜ!

 

 

 

 

 ――ヘンリーたちはこれまで街や村の防備を固めたり、王都から逃げてきた人たちを保護したり、逆にこちらからスパイを送り込んだりといろいろな活動を行ってきた。しかし、問題が二つほどあって最終段階が手詰まりになっていたらしい。

 

 まず単純に、どうやって奴らを倒すのかということ。

 ここの兵士たちの練度は高く、オラクルベリーで擬態していた魔物程度なら余裕で倒せると思うが、問題は女王の周りの側近魔族たちだった。

 奴らは戦線の活動が本格的になった頃に派遣されてきた上位個体で、その強さは偽女王よりずっと上だ。あいにく現状の戦力では奴らに勝つのは難しく、今まで討伐が先送りとなっていたのだ。

 

 そこへ今回、俺とリュカという新戦力が登場した。ヘンリーの見立てでは、女王の側近の力量はジャミやゴンズと同程度ということなので、今の俺たちなら余裕で倒せるだろう。

 7年前もジャミ単独ならば俺だけでも殺れたと思うし、さらに今はあの頃よりずっと強くなっている(※通常状態でも上級魔法使用可)。その上リュカもかなり戦えるようになっているので複数体相手でも問題なく倒せるだろう。一つ目の問題はこれでクリアである。

 

 

 では後は何が問題なのかというと――『偽女王が魔族だ』という事実を国民に向けて周知する必要がある、ということだった。そのためにはただ単純に偽者を殺すだけでは駄目だ。……仮にヤツを倒したとき死体が魔物形態に戻れば問題ないが、人間に擬態したまま死んでしまえば、我々はたちまち女王殺害の凶悪犯罪者となってしまう。

 ゆえに女王の正体を、言い逃れができない状況で暴き出す必要があった。そのために必要なものが、最近になって所在が分かった神代の遺物――真実の姿を映し出す“ラーの鏡”である。

 今度の国民集会の際に大勢の前で女王の正体を晒し、同時にヘンリーが生きていたことを明かして、このクーデターが正当なものであることを知らしめる。

 

 そしてできれば、本物の王妃とデール王子を救出してその場に連れて来られればベストなのだが……。

 

 実は王妃だけでなく、ヘンリーの弟・デールも偽物に入れ替わっている可能性が高い。潜入している工作員の情報だと、女王が即位してしばらくはデールが苦言を呈することも多かったのだが、あるときそれがピタリと止んだらしい。おそらく彼を邪魔に思った偽女王が、デールのことも捕らえて替え玉を用意したのだろう。

 定期的に姿を写し取る必要があるため、おそらく両名ともまだ殺されてはいないと思うが、それもいつまで続くか分からない。ゆえに二人を見つけて救出することも本作戦の重要目標である。

 

 

 

 ……正直、元凶であるあの女まで助けるのはかなり、…………かなーり気が進まないが。

 作戦をより確実に成功させるには本物の女王が必要なことも確かだ。

 二度とヘンリーたちに逆らわず、かつ馬車馬のごとく一生国のために働き続けるというなら、ギリギリセーフで許してやろう。

 

 

 

 …………もし断ったら、偽者と同じように首を捩じ切ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽月□日

 

 神の塔の扉を開くには神に仕える乙女の祈りが必要となる。

 ゆえにシスターに同行をお願いする必要があるため、今日は俺たちが世話になったあの修道院に立ち寄った。なんだかんだでここを立ってからもう一か月以上経つ。久しぶりにマリアと再会し、お互いに抱き合って喜んだ。(あいにくヨシュアは不在で会えなかった。残念)

 

 

 神の塔への同行者だが、なんとマリアが志願して着いて来てくれることになった。まだ彼女は正式に信徒になったわけではないが、毎日のお務めと祈りは欠かさず続けているので、扉を開く資格はあるだろうと院長先生がおっしゃった。

 その証拠に、なんとマリアはこのひと月で『ホイミ』と『スカラ』の呪文を習得したらしい。確か、神への祈りで神官の呪文を授かることがあると聞いたことがある。なるほど、確かにそれなら資格は十分だろう。

 それでもさすがに戦闘は未経験だろうから、俺たちがキッチリと守ってあげる必要がある。マリアには傷一つ付けずにちゃんとここまで送り届けてみせよう。

 明日からまたよろしくね!

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 初対面のマリアとヘンリーが、なにやら意味深な視線を交わし合っていた。

 これはまさか、互いに一目惚れして恋が始まってしまったのか!? 確かにお互い美男美女だし性格も優しいし、そうなっても不思議はないけれど。

 ……いやしかし会話内容は特にピンクな感じではなかったし、そういうアレではないのか?

 っていうかよく分からん内容だったぞ。

 

 

『……あなたも、なのですか?』

『……ああ。7年ほど前からだ』

『…………。まだ、ダメですからね?』

『ふふ、どうかな? それはあいつら次第だな』

『ッ! リュ、リュカさん! 頑張らなきゃダメですよ!』

『え……? 何を?』

『だ、だからそれはッ。……ああもうッ、もどかしい!』

 

 

 ……一体何の話なんだろう?

 とりあえず、ケンカしているわけではないっぽいので……いいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽月◎日

 

 修道院で一晩お世話になった翌日、神の塔へ向けて出発した。

 呪文を覚えたとはいえマリアは戦いとは縁遠かった一般の女性。ゆえにこの旅の最中は、我々が万全の布陣をしいて守ってあげなければならない。

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

 思って……いたんだけど。

 

 

 

 

 

 ――俺の友達がめっちゃ強くなっていた件。

 

 修道院を出て最初の戦闘が起こったとき、『特訓の成果をお見せします!』と槍を持ったマリアが飛び出し、あっという間に“さんぞくウルフ”と“アウルベアー”を倒してしまった。

 ――あ、あの、そいつらこの辺じゃ結構強い方なんだけど、なんでどっちも一撃で倒せてるの?

 

 そう聞いたら彼女、曇りなき眼でこう言ったの……。

 

『ルミナさんやリュカさんのお話を聞いて、これまで自分がどれほど守られ、ぬくぬくと生きてきたか痛感しました……。ですがこれからは違います。自分の脚でしっかりと大地に根を張り、困難を打倒する力を身に付け、そしていつの日か、力なき人々をこの手で守ってあげたいのです!』

 

 ……そう。いろいろ迷っていた少女は、ついに自らの意志で道を決めたのだ。

 修道院で毎日厳しい修行に励み、世の平和と人々の幸福を祈り続け、そして成長したいつの日か、

 

 

 

 ――立派な“パラディン”となることを、彼女は決めたのだ!! (シスターじゃないんかい!)

 

 

 

『ルミナさんのように、強い女性になりたいのです!』

 

 しかも俺のせいだった!

 

『祈っているだけでは足りないんです。力と拳も必要です!』

 

 どこの求道者だよ! 一か月で進化しすぎだろ!?

 ア、アカン……。淑女の鑑だったマリアが、淑女(※物理)になってしまう。

 しかもその原因が俺とか……、ヨシュアに知られたらメッチャ怒られる!

 明日からはなんとかマリアを説き伏せて、できるだけ後衛に回ってもらうことにしよう。

 

 

 

 

 …………ちょっとだけ、父さんの気持ちが分かったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽月○日

 

 神の塔へ到着。みんなで気を引き締めてダンジョン攻略開始である。

 マリアの祈りは何の問題もなく受理され、塔の入り口は見事に開かれた。

 一階はまるまるワンフロアぶち抜きの広い空間。中央には綺麗な庭園があって、ダンジョンというよりちょっとした観光施設のようだった。

 

 そしてビックリ。なんと庭園に父さん(だいぶ若い)と一人の女性の姿があった。身体が透けていたのですぐに幻とわかったが……。

 神の塔は『魂の記憶が宿る場所』とも言われるそうで、こうして昔の出来事の幻影が見えることがあるらしい。

 なるほど、父さんもかつてここに来たことがあるのかもしれない。すると隣の美人さんがマーサさんかな? 静かで綺麗な庭園で二人きりでデートを楽しんでいたのか。『なかなかやるじゃん、父さん』と思うと同時に、ちょっと鼻の奥がツンとした。

 初めて見る母親の姿にリュカもちょっと切なそうで、二人してしんみり……。

 

 

 しかし、弟の前で姉が情けない姿を見せるわけにもいかぬ。俺は誤魔化すように塔の上を見上げた。

 

 そしたら内部が最上階まで全部吹き抜けになっているのが見えた。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

 これ……俺が一気に飛んでって、ラーの鏡取って来れば良いんじゃね?

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――神の塔攻略は5分で終了した。

 

 

 

 

 マリアが頬を膨らませていた。『むぅ。ルミナさんとダンジョン攻略したかったのに……』って。

 あまりの可愛さに死ぬかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽月§日

 

 修道院まで戻ったらヨシュアがいた。ちょうど今日、用事が終わって帰ってきたそうだ。

 本来なら再会の喜びを表明するところだが、俺のせいでマリアが淑女(強)になってしまっていてちょっと気まずい。

 

 ――と思っていたら、意外なことにヨシュアはマリアの変化を知っていた。

 ていうか、槍の手ほどきをしているのがヨシュアだった。このひと月、お務め以外の時間は朝から晩までみっちり訓練漬けだったらしい。

 なるほど、そりゃあれだけ強くなるはずだわ。…………いや、それでもひと月でアレは天才過ぎるけど。

 

 ヨシュアもそれは感じていたようだ。最近はいろいろ物騒だし、逞しくなってくれるのは良いことだと思って軽く指導したが、まさか妹があれほどの才覚を持っているとは予想外だった模様。『うかうかしているとすぐに追い抜かれそうだ。俺も改めて鍛え直さないと……』と、焦った顔して語っていた。

 

 リュカが『女きょうだいが強いと大変だよね。分かるよ……』としみじみ頷いていた。

 何を共感しとるんだ、お前は。

 

 

 そしてヨシュアよ、『アレよりはまだ常識の範囲内』とはどういう意味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月○日

 

 無事ラーの鏡も手に入って、再びサンタローズまで戻ってきた我々。

 

 しかし、なぜだかマリアまで一緒に着いてきていた。

『あの旅だけじゃ全く恩を返せていません。ていうか、アレじゃいろいろと不完全燃焼ですッ。このまま偽女王討伐まで協力します!』って鼻息荒く宣言している。

 ヨシュアも一応付き添いで来ているが、妹のはっちゃけ行動を止める様子もない。

 おい、どういうことだ、お前結構な過保護だったろ。妹がこのままバーサーカーになっちゃってもええんか? 『……こっち方面ならまだ良いかな』ってどういうこと?

 

 そして、あれよあれよという間に兄妹二人も戦線メンバーに加わってしまった。

 いやいや……、こんなに簡単にインしてええの? そりゃ俺たちからしたら信用できる二人だけど、ラインハット勢からしたら完全部外者でしょ? この大事な時期にこんな安易に途中加入させて良いものなのか……。

 

 

 → トムさん:『ルミナさんたちの紹介なら信用できるッス! 他のメンバーもみんな納得ッス!』

 

 

 ……な、なんなんだ、この俺たちへの無条件の信頼は。

 そこまで信じられるようなこと、何かしたか?

 逆にちょっと怖くなってきたんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月□日

 

 戦力が整い、ラーの鏡も手に入り、近い内にいよいよ反攻作戦がスタートする。その前に今日は大詰めの作戦会議を行った。

 話し合いは御前会議形式で行われ、今回は王様も出席していた。この人とも直接顔を合わせるのは7年ぶりだ。昔より顔色は良くて一安心。

 会議の(しょ)(ぱな)、いきなり頭を下げてお礼言われたのはちょっと焦ったけど……。でもさすがは年の功か、過度な謝罪はされなかった。俺たちがそんなの望んでいないってことを分かってくれているのだろう。代わりに国が元通りになった暁には、父さんを探すのを全力で支援すると約束してくれた。

 

 ありがたい。個人と国とでは使える伝手の量が段違いだ。ぜひガンガン情報を集めていただきたい。

 さらには『このままラインハットに定住しても構わぬよ?』と優しく誘ってくれた。その際は生活費なども支援してくれるそうで、社交辞令とかじゃない、王様の本気の気遣いを感じられた。

 旅の目的があるからと二人で丁重にお断りしたけど、気持ちはとても嬉しい。友人の子どものためにここまで心を砕いてくれるなんて、ホントにええ人や、この人。……ヘンリー、大切にしなきゃいかんよ?

 

 

 

 

 作戦内容についてだが、やることは至ってシンプルだ。

 

・囚われのデール王子と王妃を探し出して救出する。

 ↓

・偽女王の傍に控える魔族たちを倒す。

 ↓

・国民の前で偽女王の正体を明かす。

 ↓

・ヘンリーが名乗りを上げ、王権奪還を宣言する。

 ↓

・城内に紛れ込んでいる魔物を掃討する。

 

 

 とまあこんな感じ。

 言葉にすると簡単だが、実際はいろいろな不確定要素があってかなり難しいだろう。デールたちの居場所とか、側近の力量とか、内部にいる魔物の数とか……、当日行き当たりばったりで決行するにはちょっと不安が残る。

 

 ゆえに、明日からしばらく俺が城内へ潜入する。工作員の手引きで働き手として入り込み、何日かかけて情報を集める予定だ。相手がジャミくらいの力量なら、気配を読まれないように周囲を嗅ぎまわる自信はある。

 その間に他の戦線メンバーにも秘密裏に城下に入ってもらい、中の俺たちとの連絡体制を確立。そして諸々の情報が集まったとき、いよいよ一斉に蜂起して作戦開始、連中を一網打尽にするという流れだ。

 俺たちが協力している以上、戦闘に関する不安要素は一切ない。つまりは勝ち確の作戦ってことだ。

 

 

 クックック、見ていろよ、魔族ども?

 お前たちが下等と蔑んだ人間たちの手で、一匹残らず地獄へ叩き込んでやるッ!

 馬の首を洗って待っていろ、フハーーッハッハッハッハ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 

 ……ちょっと一言物申したいんだけど?

 

 俺は兵士とか、そういう職種で潜入する予定だったんだけど?

 

 こんな役柄だなんて全然聞いてないんだけど?

 

 ねえ、なんでお前そんな楽しそうな顔してんの? おいコラ、話聞け、この馬鹿王子!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あまり話が進んでいなくて申し訳ない。
次回、敵の本拠地に潜入します。



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18話 スタイリッシュ・スパイアクション

〈採用通知〉

 あなたをラインハット城のメイドとして正式に採用します。神聖なる帝国にお仕えする者の一員として、誇りをもって職務にあたってください。今後の活躍を期待します。

                             ラインハット城 人事担当課 印

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 皆さん、こんにちは。

 この度、栄えある王室メイドとして輝かしい職務に就くことになりました、美少女メイド・ルミナちゃん(16)です。

 いっしょに採用されたマリアさんとともに、清く、美しく、エレガントなメイドさんとして、これから精一杯頑張って参ります!

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ちっくしょう、ヘンリーの野郎、本気で実行しやがった! てっきり兵士か下働きとして潜入すると思っていたのに、まさかのメイドさんだよ! シスター服に続いてまた女装だよ!

 そりゃ警備部門は身元確認が厳しめで避けた方が良いんだろうけどさあ! だからってこれは勘弁しろよ。リュカやマリアは『似合ってる』って褒めてくれたけど、中身男が喜べるわけないだろ……。しかも衣装自体は俺の好みで、『意外に悪くない』と思っちゃうのがまた厄介だ。なんで俺の好み知ってんだ、あのアホ王子。

 このままでは男としてのアイデンティティ崩壊の危機だ。自分を見失わないように、気を強く持たなければ……。

 

 

 唯一の救いは、マリアが相方としていっしょに来てくれたことか。

 敵地のド真ん中に友達を連れてくるのは正直気が引けたが、俺だけだと何かミスをしてしまいそうなのも確か……。マリアには表の仕事のフォローをお願いし、情報収集や中枢への侵入を俺が担当するという役割分担だ。(※もちろんマリアに危機が迫ったときは、全てを放り投げて脱出する所存である)

 

 

 作戦成功のためにも情報収集は不可欠な任務。それができるのは、女であり、且つ戦える俺たちだけだ。ここまで来ちゃったからにはもう腹を括って頑張るしかない。

 さあ、自分の胸に手を当てて唱えるんだ。今日から作戦決行日まで……

 

 

 俺は可憐な女。

 

 俺は可憐な女。

 

 俺は可憐な女性。

 

 私は可憐な女性。

 

 私は可憐で淑やかな女性。

 

 私は可憐で淑やかなうら若き乙女ッ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 ――ウフフ。さあ、ビアンカさんのリボンで、髪を綺麗にまとめましょう。

 

 あら? マリアさん、タイが曲がっていてよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 仕事の傍ら、さりげなく城内の様子を探っているが、裏側を見るまでもなくこの城ヤバかった。軍備増強中なので荒っぽい連中がいることは予想していたけど、ちょくちょく魔物の姿まで見かけるのだ。

 しかもオラクルベリーみたいに擬態しているわけでもなく、魔物姿そのままだったりする。ガイコツ兵だったり、さまようよろいだったり、中庭の犬がドラゴンキッズだったり(コドランと違って可愛くない!)。

 

 そして城内の人間たちはそれを見ても何も騒がない。気にしていないというよりは、意識的に目を逸らして距離を取っている感じだ。異変には気付いているけど、下手に指摘して上の不興を買いたくないというところだろう。もしかしたら過去にそれで捕まった人でもいるのかもしれない。

 

 国として割と末期状態で気の毒だが、異変を見て見ぬふりしてくれるのはこちらとしてはありがたい。多少不自然な行動を取っても、上の方に知られる可能性は低いということだから。

 できるだけ早く偽女王を討伐してあげるから、それまでもう少し待っててね、同僚の皆さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 正体を怪しまれることもなくメイド生活は順調に進んでいる。修道院で鍛えられたおかげでマナーとかも間違えずにやれているし(院長先生ありがとう!)、周囲からの評判も悪くない。

 

 ……ただ、この完璧な潜入作戦にも一つだけ弊害があった。

 自分で言うのもなんだが、俺の見た目は超絶可愛い銀髪美少女。それが華やかなメイド服に身を包み、さらには任務中ゆえかなり気を遣って外面を取り繕っている。今の俺はおそらく、最高レベルの清楚系メイドさんに擬態できていることだろう。

 

 

 Q、すると一体どうなるか?

 

 

 答えは簡単。

 

 

 A、初日からナンパが多発してメチャクチャ鬱陶しい!

 

 

 働き始めたその日から、廊下を歩けば右から左から男どもがワラワラワラ。

 荷物持ちを申し出たり、道案内を買って出たりと、一見親切に声をかけているように見えるが、中身男の俺には一発で分かる。どいつもこいつもイヤらしい行為をすることしか考えていない! だいたい目線が顔と胸の辺りを行き来してるんだもん。

 ……そりゃ、男として気持ちは分かるけどさあ。

 自分が受ける立場になってしまうと、さすがにちょっと思うところがあるぞ。お前らもう少し欲望隠せ、と。

 

 

 ただ厄介と言うべきか、ありがたいと言うべきか……、俺と話していると彼らの口はメチャクチャ軽くなる。どこぞで軍事演習があったとか、誰それを反乱分子として捕らえたとか、城へ侵入できる抜け道があるとか、割と重要な話をポンポン放り投げてくる。

 特に警備関係の証言なんかはありがたい。こっちが聞いてもいないのにスケジュールとか人員配置とかをペラペラ喋ってくれる。ちょっと機密っぽい話でも軽く微笑んであげると即フルスロットルだ。

 数週間はかかると思っていた情報収集が、なんとたったの数日で終わってしまった。げに恐ろしきは男の(さが)よ……。

 

 

 ……なんだか、ハニトラ要員にでもなった気分だ。

 予定ではもっとこう、ハードボイルドスパイみたいにカッコよく情報を抜いていくつもりだったのに……。うぅ、自尊心がガリガリ削れていく音がするよぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 でもね、マリア? 別に犯罪行為をされたわけではないし、殴り込みなんてしなくていいんだよ?

『余分な選択肢は削っておかなければッ……』ってどういうことなん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 口の軽い兵士さんのおかげで警備の巡回パターンは完璧に把握できた。なので今日はデールたちを探すため、いよいよ城の深い部分に潜入することにした。

 新人メイドが立ち入りを許されているのは城の一階部分と二階部分。ゆえに彼らがいるとしたら三階以降の王族エリアか、または地下のどちらかだ。地下への入り口はまだ見つからないため、まずは三階から探索する。

 貴人の居住区だけあってさすがに警備は厳重だが、一般兵士ごときに見つかるような俺ではない。極限まで気配を薄めて、気付かれないように全速ダッシュ! 残像すら捉えさせない速度で、一気に本丸へ侵入した。

 飛行能力も駆使して天井や柱の裏に張り付き、いざ情報収集開始!

 

 

 そしたらまあ……いるわ、いるわ。

 犬型だったり熊型だったり鳥型だったり、その辺の魔物とは一線を画す上位魔族たちがワラワラワラ。ラインハットはいつの間に魔王城になっていたのか……。

 ただまあ、このくらいならば何も問題ない。ヘンリーの見立て通り全員ジャミくらいの力量だったし、今の俺なら余裕で殲滅できる。

 

 偽女王と偽デールも無事発見できた。王の居室で二体揃って、我が物顔でふんぞり返ってやがった。今すぐ首を捩じ切ってやりたいところだが、そこはグッと堪えて情報収集。奴らは自室ということで気を抜いており、いろいろ参考になることを喋ってくれた。

 

 ・本物のデールと王妃はやはり生きていること。

 ・モシャスで定期的に姿を写し取っていること。

 ・二人を地下の隠し牢に幽閉していること。

 ・入り口は中庭の一画に隠してあること。

 ・国民集会の詳しいスケジュールや人員配置。――等々。

 

 あまりに有用な情報ばかりで、逆に罠なんじゃないかと疑ってしまったぐらいだ。……まあ、あの間抜けぶりは演技ではないと思うので、内容は信じていいだろう。

 

 

 あと気になったのは、偽女王のそばに控える二体の魔族か。

 従者のように控えるそいつらは、なんとジャミとゴンズの同型モンスターだった(兄弟かな?)。色合いは奴らの2Pカラーといったところで、どっちの身体も真っ黒、たてがみと頭部には銀メッシュなんて入れてやがる。オシャレか。

 

 魔族の家族事情とファッション事情について、ちょっと気になってしまった夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 昨日の情報を元に中庭を探ってみると、地面の一画に妙に柔らかい箇所があった。掘り返してみたら案の定、砂の下には地下へ続く階段と、その先に広大な地下牢エリアが広がっていた。

 人の出入りがほとんど無さそうな、埃の降り積もった暗い通路。その両脇に並ぶ牢屋には、無実の罪で捕まった人や、上に逆らって見せしめに投獄された人などがたくさん入れられていた。当然扱いなど酷いもので、みんな酷く衰弱している。

『当日までは誰にも作戦は秘密』と例外なく取り決めているので、今すぐ彼らを助けることはできない。なのでせめてものお詫びとして、密かにホイミとキアリーをかけて回った。罪悪感を薄めるための気休めに過ぎないが、これで少しでも命が繋がってくれればと思う……。

 

 

 

 そして慎重な探索を続けた末、ついに地下の奥深くで目的の人物を発見した。

 通路の奥にポツンと存在する牢屋、その鉄格子の向こうにデール王子がいた。以前会ったときは内気で控えめな少年だったが、この7年でずいぶんと精悍な若者となっていた。地下牢に幽閉されているというのに弱気な表情も見せず、体力維持のためか黙々とトレーニングを積んでいた。

 母親相手(※偽だけど)に苦言を呈していたみたいだし、彼も彼で大きく成長したのだろう。これなら当日ぶっつけでも冷静に行動してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 さらに、その奥の突き当たり。一番大きい牢屋の中に…………、あの女がいた。

 

 あれから7年も経っているし、きっと大丈夫だ――と思っていた。

 

 ………………。

 

 思っていたんだけど…………ダメだ。

 ヤツの顔を見た瞬間、血まみれの父さんの姿と、この7年間のいろいろな思い出が一気に溢れ出してきた。

 

 落ち着け――と強く自分に言い聞かせる。

 あの女が直接やったことは最初の誘拐依頼まで……。偶然ゲマに目を付けられて大事になったが、やったこと自体はそれだけなんだ。……落ち着け、落ち着け。

 何度も心に言い聞かせて、壁に頭を叩き付けて、ようやくブン殴りに行きたい衝動を抑えることができた。

 

 

 

 ……イカンなあ、コレはちょっと反省だ。

 あんなに簡単に心を乱していては、当日どんなミスをするか分かったモンじゃない。何事にも動じない鉄の心を維持しておかねば……。

 

 

 ……まあ幸い、頭突きした拍子に壁が崩れて外への抜け道が見つかったので、今回は結果オーライということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 俺の友達はなかなかに心配性のようだ。『あんなに顔色が悪かったんですから、今日は“お仕事”なしです! 日光浴でもしてきてください!』って部屋を追い出されてしまった。

 う~ん? 別に心配するようなことはないんだけどなあ。スパイ仕事続きで疲れでも出ていたかな?

 

 友人の親切心を裏切るわけにもいかず、仕方なく裏庭でゴロリと横になった。風に吹かれるまま、陽の光を浴びてぐうたらぐうすか……。

 

 そしたら天の恵みが降ってきた。

 閉じた視界に影が差したので目を開けてみると、上空から俺目掛けてドラゴンキッズが急降下!

『え、襲撃ッ!? 正体バレた!?』と一瞬焦ったが、なんとこのドラゴンキッズ、ウチのコドランだった。手紙を咥えているのを見るに、どうやらこの子が外部との連絡係のようだ。

 なるほど、城の中にはモンスターがたくさんいるし、この子なら見られても問題ない。手紙が見られそうになってもブレスで焼いてしまえば証拠も残らないというわけだ。さすがはリュカ、モンスターマスターの面目躍如である。

 

 手紙には情報交換する場所の指示と、リュカからの心配の言葉が書かれていた。疲れていたところに弟の励ましが届き、不覚にもちょっとホロリときた。

 そして帰り際、コドランがちょっと心配そうに顔を舐めてくれて、こちらも不覚にもキュンとした。今まで素っ気なかったくせに急に慰めてくれるとか、危うくクラっといってしまうところだった。

 なんだよもうッ、イケドラかよ///

 

 ――元気が出たので休憩終了。

 この勢いで午後は式典当日の情報をバッチリ集めてきた。これで当日の作戦も成功確実だぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 部屋に戻ったら満面の笑みのマリアがいた。『仕事……しましたね?』と優しく尋ねられた。

 ……笑顔が怖いということを初めて知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月○日

 

 明日はいよいよ式典当日。

 受け取った手紙の指示に従い、城の外でリュカたちと合流した。集めた情報は全てコドランに届けてもらっていたが、最後に口頭で入念な打ち合わせを行った。

 

 だいたいの流れは、潜入前の会議で決めた通り。

 国民集会が始まって城の警備が緩んだら、地下の抜け道から少人数で侵入し、まずはデールたちを救出する。

 続いて側近の魔族たちを速やかに各個撃破。奴らはモシャスの呪文を使えないため、人目がある会場には出ていかない。城の中の目立たない場所で、気付かれないように処理できるだろう。

 そして安全が確保できたら、デールと王妃を会場につれていき、ラーの鏡を使って偽者の正体を暴き出す。後は、残った雑魚モンスターをみんなで掃討すれば、晴れてこの国から敵はいなくなり――めでたし、めでたしのハッピーエンドだ。

 

 

 ――実際のところどれほどうまく行くかは未知数だが、ここまで来て尻込みしても仕方ない。明日は何が起きても迷うことなく忠実に任務を遂行すること!

 姉の心配をしすぎる弟にも、部下のために前線まで来ちゃう王子様にも、その旨をキチンと言い聞かせておいた。

『お前ら、ちゃんと落ち着いて行動するんだぞ? パニックになってやらかしちゃダメだぞ?』――と。

 

 

 

 

 

 

 奴らは真顔で言いやがった。

 

『え……? 一番やらかしそうな人が何言ってるの?』

『まったくだぜ。リュカ、ちゃんとこのアホ姉ちゃんを監督しておいてくれよ?』

『うん、全力で頑張るよ』

 

 

 ……姉の威厳の危機だったので、男を手玉に取って情報を集めた俺の手腕について大いに語ってやった。

 

 

 

 

 

 

 ……さらに怒られた。なぜだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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19話 見た目で舐めてたら怪我するぞ

『――これより、我らが偉大なる女王陛下よりお言葉を賜る! 謹んで拝聴せよ!』

 

 

 ――ワァア……アア……アアア……ッ!

 

 ――パチ……パチ……パチ……。

 

 

『ホッホッホ、親愛なるラインハットの民たちよ、今日はよくぞ集まってくれた。皆と直接会えるこのときを、わらわはとても楽しみにしておったぞ!』

 

 

 ――じょ、女王さまあああ……!

 

 ――ラ、ラインハット帝国……万歳!

 

 

『愛しい我が夫と、義息子ヘンリーが亡くなったあの日から、二人のことを想わぬ日は一日とてなかった。……しかし、わらわに悲しみに暮れる暇など与えられなんだ。傾きかけたこの国を立て直せるのは、わらわを置いて他にいなかったからじゃ。王妃に過ぎぬこの身が王権を担うことに躊躇いはあった。……しかし、夫が愛した国のためならば、自身の内心の葛藤などは些末なこと。批判を受けることも覚悟の上、あの日からわらわは、このラインハットという宝を守るために全てを捧げて――――』

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

「どの口が言ってんだっつーの!」

 

 ――ザシュ!

 

「ギィイッ!?」

 

 遠く屋外から聞こえる、虫唾の走る演説内容とヤラセ丸分かりの歓声。

 空々しさに悪態を吐きながら、ルミナは風のように廊下を駆けていた。すれ違いざま流れるように魔物を切り捨て、倒れた死体を魔法で焼き払う。開会のタイミングと同時に動き出し、彼女がこれまでに倒した魔物の数はすでに100を超えている。

 今頃はヘンリーたちが地下道から侵入し、囚われのデールたちを救出している頃だろう。彼らがマリアに案内されてここに上がって来るまでに、一帯の安全を確保しておかねばならない。

 

「ハアッ!」

「キキーッ!?」

 

 有象無象の魔物は残らず間引き。

 

「フンッ!」

「ぐげッ!?」

 

 事情を知らない兵士たちは優しく気絶させ。

 そして――

 

「失礼します!」

「きゃ!?」

 

 王室メイドにあるまじき振る舞いで、ルミナは使用人部屋の扉を荒々しく蹴破った。室外の戦闘音に動揺していたメイドたちが、何事かとギョッと目を見開く。

 

「えっ? ル、ルミナさん?」

「剣なんて持って何を……!」

「ごめんね、みんな! ラリホー!」

「ぁ……」

 

 同僚の奇行に驚いていたメイドたちが、ラリホーの煙を受けて一斉に崩れ落ちていく。カクンと意識を失った目の前の女性を抱き止めると、ルミナは彼女らを優しくベッドに横たわらせた。これで事が終わるまで皆の安全は確保されただろう。

 

「よし。これで終わりかな? あとは――」

「ルミナさん!」

「お、良いタイミング!」

 

 そこへ折よく、槍を背負ったマリアが息を切らせながら駆け付けた。予定通り侵入組を案内してきてくれたようで、後ろにはキッチリと作戦の中心人物たちを引き連れている。

 先頭にいる二人が軽く手を上げてルミナへ歩み寄った。

 

「よっ、ご苦労さん、ルミナ」

「ごめんね、姉さん。魔物の制圧を全部任せちゃって」

「大丈夫、大丈夫、この辺雑魚しかいなかったから。そっちも問題なかった?」

 

 言いながらルミナは彼らの背後に目をやる。数日ぶりに見る顔ぶれがそこにあることを確認して、彼女は一つ頷いた。

 

「――よっす。久しぶり、デール君」

「はい。お久しぶりです、ルミナさん」

 

 意図的に一人の顔を無視したのはまあ仕方がない。元凶に無心で接することができるほど、まだいろいろと呑み込めてはいないのだ。

 デールもそこは理解しているのだろう。顔に出すこともなく、深々と頭を下げた。

 

「囚われの身から助けていただき、皆さんには感謝の言葉もありません。このご恩はいつか必ずお返しします」

 

 平民相手に抵抗なく頭を下げるあたり、見た目は逞しくなっても根の素直さは変わっていないようだ。最近生意気になりつつある年下二人にも、ぜひ見習ってほしいところである。

 

「いやいや気にしないで、この後は君にも協力してもらうんだし。作戦内容はもう聞いた?」

「はい。微力ですが、精一杯務めさせていただきます。皆さんの足を引っ張らないように頑張りますので、よろしくお願いします!」

「ヤダもう……この子超素直なんだけど。ねえデール君、良かったらウチの弟になってみない?」

 

 半分くらい本気で誘ってみた。最近の彼女はちょっと年下の尊敬に飢えているのだ。

 

「ちょっと姉さん、何を――」

「ふふ、義弟ということでしたら喜んで」

「お、いいこと言うな、デール」

 

 ルミナの妄言にリュカが呆れ、デールが微笑みながら同意し、ヘンリーがニヤリと笑う。

 

「じゃあ善は急げだ。早速親父に頼んで、ルミナをウチの家系に――」

「はいはい、みんな馬鹿なこと言ってないで早く行くよ! 姉さんも、本番はこれからなんだから、ほら、急ぐ急ぐ!」

「お、おぉう? わ、分かったから押すなって。スカートが脚に絡んでッ……」

「……くくッ」

 

 なにやらムクレ顔のリュカに背中を押されながら、一行は再び動き始めた。

 確かに、最も重要かつ難しいのはこの後だ。偽女王が演説しているバルコニーまで行くには、王族エリアを――すなわち、屈強な魔族たちが守護する三階を抜けて行かなければならないのだ。若者らしくラブでコメってる暇なんぞないのである。

 

「ていうか姉さん、なんで今日もメイド服なのさ。戦闘があるんだからいつもの恰好で良かったでしょ?」

「ん? そりゃ作戦前に怪しまれちゃいけないし……。心配しなくても中にレギンス履いてるから、激しく動いても平気だぞ? ――ほら」

「た、たくし上げなくていいから! 少しは慎みを持って!」

「そうですよ、ルミナさん! それに私としては、スカートの下はガーターの方がより映えると……いえ、もちろん今のお姿も萌えますがッ」

「あぁ……妹の言動がまたおかしく」

「ッ……くくくくっ」

 

 

 

 

「だ、大丈夫ッスかね……この人たち」

 

 これから魔族と戦おうという精鋭たちは、緊張感のなさすぎる会話で部下を呆れさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュカは左を! ヨシュアとマリアは右を足止め!」

「わかった!」

「了解! ハァッ!」

「ぐおおッ!?」

 

「ピエールは魔法! コドランはブレスで全体を牽制しろ!」

「(承知! イオッ!)」

「キキーッ!」

「グゥッ!? う、裏切者の雑魚どもが!」

 

「今だ、ルミナ突っ込め!」

「任せろ! せりゃあああーーッ!」

「ゴアッ!? こ、この、人間風情があッ」

「人間舐めんなッ、そらもう一発ッ!」

「ぐおアアアッ!?」

 

 

 

「お、おぉ……、すごいッス!」

 

 部下たちの心配は杞憂に終わった。

 魔族たちの領域に入り、周囲が目に見えて重苦しい空気に変わった瞬間、ルミナたちの雰囲気もまた一瞬で切り替わっていた。先ほどまでの緩い会話が嘘だったかのように、それぞれが戦闘における自分の役割を十全に全うしている。

 中核を担うルミナとリュカが至近で魔族と対峙し、その後ろからヨシュアとマリアが二人を援護。最後尾からはヘンリーが指揮を取り、コドランとピエールが牽制&遊撃として臨機応変に対応している。

 神の塔への旅で鍛えられたチームワークは盤石であり、圧倒的強者であるはずの魔族たちが、まるでスライムか何かのように一蹴されていく。

 

 ――これまでの俺たちの足踏みは一体何だったんだ……。

 

 自分たちでは敵わなかった敵を軽々屠る若者たちを見て、兵士たちは己の不甲斐なさに項垂れた。

 

「全員下がれ! ――ルミナ!」

「オーケー! メラゾーマッ!」

 

 ――轟ッッ!!

 

「グギャアアアーーッ!?」

 

 銀髪の少女が繰り出す大火球が、盾持ちの大型種を灰に変え……。

 

「からの! ――ベギラゴンッ!!」

「ば、バカな!? 人間ごときッガアアァァァーーー……ァァァ……ッ」

 

 続けて放たれた熱線が、防御役を失った群れを残らず焼き尽くしていく。無尽蔵の魔力から連発される上級魔法の前では、いかに頑丈な魔族の身体といえども一たまりもない。

 

「はっはー!! 次に死にたい奴はどいつだああ!!」

「ッ! 姉さん、一人で出過ぎないで! もっと横と連携を――ッ」

「大丈夫、大丈夫! おりゃあッ!!」

「ぐああアアッ!?」

 

 弱小種である人間が、屈強な魔族を雑魚のように一掃する不条理な光景。そんなものを何度も見せ付けられた部下たちは、やがて後ろ向きの思考を切り替えていく。

『うん……アレと比べちゃいけないな。やれることを精一杯頑張ろう』――と。

 そんな、コントのような思考ができるくらい、現状は順調に推移していたのだ。

 

「よし、ここはだいたい片付いたな。トム! 全員怪我はないか!」

「はいっス! みんな無事っス!」

「さすがに普通の魔物より強いですけど、なんとかやれるものですね」

「だが、やはり常よりは消耗が大きい。俺たちは援護するだけだから良いが、ルミナとリュカは大丈夫なのか?」

「ヌハハハ、余裕、余裕! この調子で一気に本丸を攻め落とすぞ!」

「…………」

 

 かつて苦杯を舐めさせられたこのラインハットで、今は逆に魔族たちを蹂躙できている。雪辱を果たせつつある現状に、ルミナは上機嫌で拳を握った。

 ……ただ、若干行き過ぎのきらいもあり、弟だけはやや不安そうに姉を見ていたが。

 

「……姉さん、ちょっと落ち着いて。ペースを落としても十分間に合うから、もっと慎重に行こう。戦い方が雑になってきてるよ?」

「だーいじょうぶだって、油断さえしなきゃ問題ない! ヘンリー、この後はもっと俺の方にガンガン敵回していいぜ! つーか一人でも余裕だし、俺がもっと前に出るよッ」

「姉さん! その発言がもう油断なんだってばッ」

 

 リュカの心配はもっともではあるが、実際、かなり余裕があるのも事実だった。パパスとルミナだけで戦っていた7年前と違い、今は魔族と戦える戦闘要員が5人+2匹もいる。護衛対象を守ってくれる後方部隊もいるし、疲労したときの回復アイテムも潤沢に揃っている。

 さらにルミナの力は実験生活で大幅に向上しており、素の状態であっても彼女に勝てる者など滅多にいない。事前の偵察でゲマ級の敵がいなかった時点で、“勝ちの決まった戦い”というのもあながち間違いではないのだ。

 

「もー。心配症だなあ、リュカは」

「…………、心配もするってば」

 

 しかし、弟の不安は全く消えてくれない。

 ――どころか、ここに来てますます深くなっていた。

 

「あのさ、姉さん……。昨日からちょっと、入れ込み過ぎじゃない?」

「ん? どういうこと?」

「ほら、自覚もない……。姉さん昨日から……というより、報告書の文面のときからなんか変だよ? 何をそんなに焦っているの?」

「え……? いや、別に焦ってなんてないけど……」

「ううん、いつもよりだいぶ浮足立っているよ。ねえ、どうしたの? 何か気になることがあるんだったら、今の内に話して――」

 

『グルルルルッ!』

「「ッ!?」」

 

 二人の会話を遮るように、廊下の先から新たな敵が二体現れた。それぞれ大型の戦斧と大槌を携え、今にも襲い掛かろうと戦意を漲らせている。

 

「リュカ、ほら今は……な? 早くあいつらを片付けないと」

「…………後でちゃんと話をするからね?」

 

 ルミナは鋼の剣を握りしめ、新たな敵へ向き直った。自分でもよく分からないが、このままだとなにやら困った流れになりそうだったので、敵が来てくれて“これ幸い”といったところだ。

 現れた敵は何の巡り合わせか、先日の偵察でルミナが見つけた妙な二体――ジャミ(もど)きとゴンズ(もど)きであった。改めて至近で力を探ってみると、見た目が違うだけでやはりジャミたちと同程度の力量だ。これなら時間をかけずに片付けられるだろう。

 そしてさっさと偽女王のところまで行けば、きっとこの話も有耶無耶で流れてくれるはずだ!

 

「グヲオオオオ!!」

「全員散開! 俺が前に出るッ!」

「ッ、またそうやって一人で!」

「心配すんな! すぐに終わらせるッ!」

 

 ルミナが駆け出し、それに呼応するようにジャミ擬きが武器を振りかぶった。

 

「ハアアアアッ!」

「グオオオオオオッ!」

 

 ――ドゴオオオオーーーンッ!!

 

 馬の巨体と少女の痩身が交差し、廊下全体を震わせるほどの衝撃が駆け抜けた。普通の人間どころか熟練の戦士であっても、正面から受ければ為す術なく潰されるほどの一撃だ。

 

「~~ッグ!? グルァァア……ッ!?」

「へっ、どうしたよ、ジャミ擬き。その程度か?」

 

 しかしさすがは人間兵器(ルミナ)。振りかぶられた戦斧の一撃を、彼女は武器さえ使わず素手で受け止めていた。

 確かに油断はある。しかし、両者の間にはその程度では埋まらない実力差があった。多少気を抜いていても、特別なことなどしなくても……、普通に戦えばルミナが負ける要素などどこにもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――本当に敵の力量が、あのときと同じであったならば……。

 

 

 

 

 

 

 

「さーて。お前らもサクっと倒しちゃって、さっさと偽女王のところに――

 

 

 

 

『――警告。敵の脅威度を上方修正。特殊調整個体“ジャミ-L型”、システムを起動します』

 

 

 

 

「…………え?」

 

 聞き馴染みの有り過ぎるその声に、ルミナの全身が一瞬硬直する。そしてそれはこの場において大きな隙となった。

 

「――姉さん! 避けてッ!!」

「ッ!? しまっ――ガぁッ!?」

 

 いつの間にか忍び寄ったゴンズ擬きが、ルミナの横から大金槌を振り抜いていた。呆けていた少女は防御もできずにその一撃を食らい、凄まじい勢いで壁へと叩き付けられる。

 

「かっ……は」

 

 肺から残らず空気が抜け、打ち付けた背中と後頭部が激しく痛む。呼吸とともに脇腹が軋み、もしかすると骨の一本でも折れたのかもしれない。

 

「……ゲホッ……ケホッ。……お、前ら……それは……ッ!」

 

 ……だが今は、今だけは……痛みも苦しさも意識の外だった。目の前にいる二体によって、忘れかけていた過去の光景が、彼女の脳裏にありありと蘇っていた。

 

 

『敵性体7。

 脅威度:中――5、

 脅威度:大――1、

 脅威度:極大――1。

 背後の個体群は脅威度:小と判断。前面の7体を優先排除の後、残敵の掃討を行います』

 

『提言受諾。内部魔力弁開放。神経接続異常なし。――全システム、正常に起動しました』

 

 

 

 

 

 

 

 

『『――これより、敵を殲滅します』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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20話 若いときは勢いで行動しがち

 蝋燭の炎が揺れる狭い室内で、二つの影が言葉を交わしていた……。

 

「……ラインハットへの工作は、もうよろしいのですか? 人間どもの抵抗が激しくなっていると聞きますが……」

「ホホホ、構いませんよ。むしろ望ましいぐらいです。戦いが拮抗していた方が、“アレ”の出番も早く来るでしょうから」

「……例の調整体、ですか?」

「ええ。勇者の力こそ発現しませんでしたが、それなりの出来には仕上がりました。戦闘データが取れれば今後の研究にも大いに役立つでしょう。彼女を参考に造った特殊個体。――タイプL(ルミナ)型、とでも名付けましょうかね?」

 

 クツクツと楽しそうに語る上司に対して、部下は控えめに指摘する。

 

「で、ですが……、ただの兵士たちにアレの相手が務まるとも思えませんが」

「はい?」

「通常の魔族ですら、そこらの人間ではとても太刀打ちできません。ましてやさらに強化された個体など……。それこそ、本人が相手にでもならない限り、碌なデータは取れないの……で、は――――ッ!?」

 

 何かに気付いたように部下は息を呑む。同時に彼は過去の会話を思い起こし、思わず背すじを震わせていた。

 

「……おや? どうかしましたか?」

「い、いえ、その…………」

「フフ、構いませんよ? 気になることがあるのなら遠慮なくお聞きなさい」

 

 優しく促され、しかし彼は慎重に言葉を選びながら問いを発した。

 

「…………ま、まさかあなたは……これを狙っておられたのですか? 実地で性能を試せるようにと……、最初から彼らの逃亡先すらも、予見して?」

 

「ホッホッホ。何の話かよく分かりませんが、まあ……

 

 

 

 

 

 ――――試作品と完成品、両方の力を見られれば嬉しいですねえ……?

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ……ケホッ……、こ、こいつらは……!」

 

 

『敵の攻撃能力を上方修正。防御主体の戦術を提案します』

『提言受諾。装備はオーガシールドを選択。当機が前へ出ます』

『了解。後方より援護を行います』

 

 

「さすがにこれは、予想外過ぎるだろ……!」

「姉さん、怪我はッ!?」

「大丈夫だ、もう回復した! それよりも――」

 

 血が混じった唾を吐き捨て、ルミナは再度目の前の魔族たちを観察した。

 何も映さない伽藍洞のような瞳。

 何の情動も感じられない無機質な声音。

 ここまで似ているのなら、おそらく間違いないだろう。

 

「お、おい、ルミナ。こいつらってあのときの……」

「ああ、そうだ。あのマッドめ、人様のデータ解析して何するつもりかと思ったら、こんな厄介なモン造ってやがった!」

 

 おそらくゲマは、ルミナの第二人格を参考に制御用疑似人格を造り出し、それを複製した部下の身体にインプットしたのだ。これにより力任せで粗野だった奴らの言動は鳴りを潜め、代わりにルミナの隙を突けるほどの連携と知能を手に入れた。

 さらには彼女の戦闘因子を注入することで、各種能力も大幅に引き上げられている。幸い勇者の力までは発現しなかったようだが、それで楽観視など全くできない。単純な戦闘力ならルミナ(オリジナル)にも届き得る、危険極まりない生体兵器であった。

 

「に、兄さん……」

「あぁ……。悔しいが、俺たちがどうこうできるレベルじゃなさそうだ」

 

 微かに震える仲間たちを目の端で捉え、ルミナは現状の不味さに唇を噛む。

 

(くそっ、どうする? 今の俺ならこのままでもいけるか? いっそのこと、“半覚醒”を使って短期決戦を…………いやダメだ! 不用意にアレになって意識が飛びでもしたら、今度こそ皆を巻き添えに――ッ)

 

 

 

『――魔力充填開始。攻撃用術式を構築』

「ッ!?」

『発射まで……3……2……1……』

「マズイッ、全員下がれえええーーーーッッ!!」

 

「え?」

 

 逡巡していたルミナの警告は、わずかに遅かった。

 

 

『――ベギラゴン』

 

 

 轟ッッ!!

 ジャミ擬きの手から炎の奔流が溢れ出す。かつてのジャミには使えなかったはずの上級閃熱呪文。それが廊下の先のルミナたちを飲み込もうと高速で押し寄せてくる。骨すら焼き尽くす地獄の業火、常人がまともに食らえば全滅は必至だ。

 

「「う、うあああああーーーッ!?」」

「チッ、――マヒャド!!」

 

 兵たちの避難が間に合わないと判断したルミナは、咄嗟に氷の上級魔法を発動した。本来ならば猛吹雪を起こす呪文を改変し、氷の塊を生み出して炎に叩き付け、同時に叫ぶ。

 

「伏せろおおおーーーッ!!」

「ひぃいいいいい!?」

 

 ――カッッ!!

 

 全員が床に身を投げ出した瞬間、巨大な火球と氷塊が激突し、激しい水蒸気爆発が発生した。膨張した空気により窓ガラスが全て砕け散り、着弾点の天井と床がみるみる融解していく。

 

「……く……そ! 互角かよッ!」

 

 骨が軋むほどの衝撃を腕に受けながら、ルミナは表情を歪める。

 ――上級魔法どうしであっても、必ずしもその威力は同等ではない。ルミナの無尽蔵の魔力ならば、大抵の相手は力尽くで押しきれていたのだ。それとこうまで拮抗するなど……、目の前の相手の力はやはり7年前とは全くの別物だった。

 

 

 ――な……なんだよ、アレ……。今までのヤツらと違い過ぎる!

 ――いくらあの子たちでも、あんなのが二体もいて勝てるわけがないッ。

 ――お、俺たちも加勢した方が……!

 ――無理に決まってんだろ! 足手纏いにしかなれねえよッ!

 

 

(く……! やっぱりここで戦うのはマズイかッ!)

 

 焦りながらもルミナは一瞬で思考を切り替えた。彼らには申し訳ないが、仲間も含めてこの場で自分以外は全て足手纏いだ。ルミナが咄嗟に防御していなければ、先の一撃でほぼ全滅していたのだから。

 となれば――取るべき行動は決まっている。

 

 

『警告。敵生命反応に変化なし、全個体生存。警戒を――ッ!?』

 

「マヒャドッ!!」

 

 敵が次の行動を起こすよりも早く、ルミナは再び上級魔法を――今度は本来の使い方で二体へ放った。

 咄嗟にゴンズ擬きが前に飛び出し、オーガシールドを構えて腰を落とす。そこへ数メートルに及ぶ氷の槍が多数飛来し着弾した。

 

『敵、上級氷魔法を連続使用。耐久限界を超える攻撃。援護を要請』

『了解。――スカラ、――バイキルト』

 

 巨体のゴンズが大盾を構え、補助魔法を用いてもなお押し込まれる氷槍の威力。その凄まじい連続攻撃は二体の意識を数瞬、防御のみに集中させることに成功した。

 

『! 警告ッ、敵一体が急速接近――ッ「遅いッ!」

 

 ――ザシュッ!

 

『GUOOOOッ!?』

 

 煙っていた水蒸気に身を隠し、さらには氷柱の着弾音に気配を忍ばせ、ルミナは二体を急襲した。まずは防御の薄い後衛――ジャミ擬きに対し鋼の剣を一閃。淡々と指揮を取っていた馬が苦悶の声を上げて大きく仰け反る。

 

『敵を排除します』

「ちっ!」

 

 そこへ振り返ったゴンズ擬きの一撃。風圧で瓦礫が吹き飛ぶほどの振り下ろしを紙一重で回避し、ルミナは仕切り直しに大きく距離を取った。

 

 

 

「――ハッ!? ね、姉さん! 僕らもいっしょにッ!」

 

 そのタイミングでようやく、呆けていた仲間たちが加勢すべくその場を駆け出した。恐怖心を振り払うように各々走りながら武器を構え、援護のための魔力を集中していく。

 

「ルミナさん! 今加勢します!」

「よし! ルミナは一旦下がって皆で連携を――ッ」

 

 

 

「――来るなあああッッ!!!」

 

 

 

「ッ!?」

 

 空気を震わせるほどの怒声。

 正面から叩き付けられた音圧に、駆け出していた仲間たちの足がビクリと止まる。

 

「マヒャドッ!」

「――あッ!?」

 

 その隙にルミナは再び氷魔法を、今度は後方へ向けて放った。

 右から左へ弧を描くように放たれた極寒の冷気は、廊下を分断する氷の壁を一瞬で築き上げた。厚さ1メートルを超える強固な魔力氷壁、術者以外の者が突破するのは極めて困難だ。

 

「ね、姉さん何してるのッ!? これじゃ援護がッ」

「いいからそこで大人しく――いや、今の内に別ルートで会場へ向かえ! ここは俺一人でやる!」

「なッ、何言ってるんだ!! 一人でなんて危険過ぎる!! 僕も戦うからこれを解いて!!」

「そうです、ルミナさん! 無謀なことはやめてみんなで――!」

「馬鹿野郎! 足手纏いにいられたら迷惑なんだよ! 分かったらさっさと先へ進め!!」

「おい、ルミ――ッ」

 

 乱雑に言い捨てると、ルミナは氷壁を引き上げて完全に廊下を覆ってしまった。向こうから微かに聞こえる声は全て無視し、目の前の敵だけを鋭く睨む。

 護衛対象の安全はこれで確保した。ならば後は遠慮なく殲滅するだけだ。

 戦意を漲らせる二頭の獣へ向け、ルミナもまた獰猛な笑みを浮かべる。

 

「――さあ来いよ、擬きども。人造生命どうしのよしみだ。先輩が優しく相手してやる!!」

 

『敵性体1、危険度を最上級に再設定します。二体での連携を強く推奨』

『提言受諾。当機が敵の動きを止めます。後方からの援護を要請』

『了解。――戦闘行動を再開します』

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 ――ドッッ!!

 

「ハアアアアッ!!」

 

 どちらからともなく走り出し、激しい攻防が始まった。ゴンズ擬きが前衛として矢面に立ち、ジャミ擬きは後方で魔法の準備を進める。

 

『GAAAAAッ!!』

 

 ゴンズの圧倒的なパワーが槌に乗せられ、凄まじい連続攻撃が繰り出される。鼻先を掠めた大金槌が地面を叩き割り、返しの薙ぎ払いが壁をまとめて抉り抜く。

 もともとのパワーに補助魔法まで上乗せされた強力な一撃。まともに食らえば何人(なんぴと)たりとも無事では済まない。常人なら受けた盾ごと上半身が消し飛ぶだろう。

 

「はッ!」

『GOFUッ!?』

 

 しかしルミナはそれらを最小限の動きで躱していく。槌から僅か数センチ横を身を屈めながらすり抜け、がら空きになったゴンズ擬きの胴を素早く斬り付ける。大金槌を引き戻すまでにさらに二太刀、硬直し仰け反る隙にももう二太刀!

 ゴンズ擬きがパワー型だということを差し引いても、そのスピード差は圧倒的だった。相手がよろめいた隙に脇を駆け抜け、今度は後方で魔力を集中するジャミ擬きへ迫る。

 

『ッ! 魔法発動――』

「遅いッての!」

『GUGAッ!?』

 

 未完成のまま魔法を放とうとした腕を蹴り上げ、さらに脚部を斬り付ける。暴発した魔法のなり損ないが天井を破壊し、落下してきた石柱がジャミ擬きに直撃する。

 

『GUッ、GAAAAAーーッ!!』

 

 ダメージを押してジャミ擬きが反撃を試みるも、その頃にはすでに後方へ離脱し、再びゴンズ擬きを翻弄しながら攻撃を加えていた。高速のヒット&アウェイで的を絞らせず、ひたすら死角から身体を切り刻んでいく。

 

『GU……AAAAッ!』

 

(……いける! 今のまま攻撃を続ければ、問題なく押し切れるッ!)

 

 確かに二体とも強い。ルミナの全力に迫るものはある。

 しかしその能力もあくまで限定的な範囲に過ぎない。ジャミ擬きは魔法関連、そしてゴンズ擬きは身体能力――とりわけ攻撃力と耐久性に限ってのことだ。

 おそらくルミナの持つ因子の内、魔法力をジャミに、身体能力をゴンズに割り振ったのだろう。それぞれの分野ではルミナを脅かす力を持っているものの、総合力ではまだまだ彼女の方が上回っていた。

 

「ハアアアッ!!」

『GOFUッ!?』

 

 ルミナの全力の刺突がゴンズ擬きの胸に突き込まれる。激しい吐血とともに巨獣の動きが止まる。あいにくと即死まではさせられなかったが、これでかなりの重傷を負わせたはずだ。しばらくは満足に身動きもできないだろう。

 

「フンッ!!」

 

 ルミナはゴンズを蹴り飛ばして剣を引き抜き、ジャミ擬きを視界に捉える。

 ――二対一でやっと拮抗していた内の一方が倒され、残りの敵は一体。

 奴らがいくらルミナから得た力を使おうとも、単体相手ならば負ける道理はない。後は、強力な魔法を使わせないことだけ気を付ければ、遠からずジャミ擬きも力尽きる。

 そう予測した彼女の読みは、何ら間違ってはいなかった。

 

「……ここで二体とも……殺しきるッ!」

 

 そこに誤算があったとすれば、ただ一つ。

 少女が敵の悪辣さを、今もなお過小評価していたことであった。

 

「このまま一気に、トドメ――」

 

 

 

 

 

 

 ――ドンッッ!!!

 

「か、はッッ!?」

 

 突如、背後からの激しい衝撃。たたらを踏んだルミナが息つく間もなく、彼女の首に獣の太腕が巻き付く。

 圧迫感と痛みに呼吸を阻害されながら、少女は驚愕に目を見開いた。

 

「お、お前ッ!? なんで動けて――ガッ!?」

『――敵の捕獲、完了しました』

 

 あり得ざる光景だった。確実に行動不能に追い込んだはずのゴンズ擬きが、背後からルミナを拘束していたのだ。その力は先ほどより明らかに強く、格上の彼女が全力で抵抗しているのにビクともしない。

 

『生命維持機能をカット。全魔力を筋力へ変換、腕部へ集中します』

『敵の力が予測最大値を超えました。――全リミッターを解除。残存生命力を使用し、魔力を限界まで引き上げます』

『了解。当機の生命活動も間もなく途絶します。停止前に敵諸共殲滅することを提言します』

 

 二体の魔族は致命傷の回復など微塵も考えず、流血が酷くなるのも厭わずに全力でルミナを拘束し、次の攻撃の準備をしていた。

 

(ッ、こいつら!?)

 

 そこでようやく、ルミナにも理解できた。

 ……できてしまった。

 

 この二体は今、僅かに残された生命力を根こそぎ使い切ろうとしているのだ。

 生物ならば当然持っているはずの生命維持の本能は存在せず、任務達成のためなら己の命すらも平気で使い切ろうと考えている。

 

 ……いや、そもそも彼らは()()()などいないのだろう。

 この戦闘中の動きも、命を使い捨てる選択も、果てはこの戦いに臨んだことすらも、全ては背後の製作者の手でインプットされたものに過ぎない。そこに個人の意思など存在せず、ただただ命令通り機械的に動作を行うだけ。それはまさに使い捨ての、兵器(道具)としての扱いそのものだった。

 

『魔力充填開始。制御系回路を破棄し、動力系として使用します。以後、当機の人格は全て抹消されます』

「ッ!?」

 

 溢れ出た魔力が一点に集束し、ジャミの両手が激しい極光で満たされる。

 生命力どころか精神と人格までも使い潰す、文字通り捨て身の特攻技。いかに実力差があるとはいえ、これだけの魔法を防御もなしに食らえばまず致命傷は免れない。

 ……あるいは、素直に仲間と連携して戦えばまだやりようはあったかもしれないが、今さら言っても詮無いことだ。油断して忠告を無下にし、一人で突っ走った彼女のミスだった。

 

 

『全魔力解放。――――イオナズン』

「ッ!!」

 

 ついにジャミ擬きが膨大な魔力を解き放つ。淡々と紡がれた言葉とは裏腹に、凄まじいエネルギーを内包した光球。それは炸裂前にもかかわらず、大理石の床をまるで豆腐のように抉り取っていく。そこから予想される恐ろしい破壊力に、ルミナは己の未来を予感した。

 生体兵器の持つ全魔力が注ぎ込まれた、最上級の爆発魔法。直撃して即死しなければ御の字――最低でも手足の一・二本は覚悟しなくてはならないだろう。

 ルミナは無駄だと分かりつつ、せめてもの抵抗として強く身体を固め、ギュっと目を閉じた。

 

(……悪い、リュカ。……死んだら……後は頼む!)

 

 その独白の1秒後、爆ぜる直前の熱気が少女の前髪を吹き上げ、やがて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アホ姉さん。後でお説教だからね?」

 

「え?」

 

 ありえない声にルミナは反射的に目を開け、そして、驚きに見張った。

 (ひら)けた視界の先には、血に塗れる長剣を手にした弟の姿。

 なぜここに?と思う間もなく身体を引かれ、温かい両腕の中に閉じ込められて……、

 

 

「衝撃に備えてッ!!」

「! 待っ――」

 

 

 ――カッッ!!!!

 

 

 直後――凄まじい衝撃が空間を満たし、姉弟の身体は木の葉のように吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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21話 男子、三日会わざれば

 

『……姉さん、最近いろいろと無茶しすぎじゃない?』

『え? 無茶って何が?』

『何が、じゃないよ。一人で敵の群れに突撃するわ、怪我の回復より攻撃を優先するわ……。見てて心臓に悪いからもう少し自重してよ』

『えー、別に大丈夫だろ? 最低限の安全マージンは確保してるぞ?』

『…………この前も腕を噛みちぎられそうになって、どの辺が安全を確保できているって?』

『うぐッ。あ、あれはその、ちょっと目測を誤ったというか……やる気が空回ったというか……。で、でも大抵はベホマで治るんだし、そこまで心配しなくても……』

 

『…………』

 

『…………う』

 

『………………』

 

『ッ……わ、わかった、わかったよ! 今度からなるべく気を付けるようにするから! だからその顔やめて……ね? ね?』

 

 

 

『…………約束したからね? じゃないと、僕――』

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――!? リュカッ!!」

 

 気絶していたのはほんの十数秒のことだっただろう。しかしルミナにとってその束の間は永遠にも等しい時間に感じられた。

 

「リュカッ……どこだ!?」

 

 今も色濃く残る熱気と、所々で激しく立ち昇る炎。揺れる視界の中、ルミナは身体の痛みなど無視して立ち上がった。気絶する間際に覚えているのは、生まれて初めて見る、苦痛に歪んだ弟の顔。彼女は焦燥とともに辺りを見回し、走り回り……そして発見した。

 

 

 ――急げ! 早…………を……!

 ――回……魔……全員で……!

 ――……薬を……ありったけ……!

 

 

「……ぁ」

 

 ルミナが造り上げた氷壁の傍ら。

 おそらくリュカが切り裂いたであろう通り穴の近く。

 大勢の兵士が集まり何事かを叫んでいた。彼らは切迫した様子で慌ただしく駆け回っており、何か非常事態が起きていることは明白だった。

 

「おい、ルミナ! お前の方は平気なのか!? どこか怪我はッ?」

「神官! 念のため彼女にも回復を!」

「………………」

 

 イオナズンの激しい熱線と衝撃を浴びながら、彼女自身はこうして、さほどダメージを負っていなかった。

 ……その理由も明白だ。

 あの瞬間リュカが、最上級魔法から身一つでルミナを庇ったから。防御魔法をかける暇すら惜しみ、その全身を使ってルミナの身体を覆ったからだ。

 ゆえに――その身代わりとなった彼の身体が、無事で済むはずがなかった。

 

「クエーッ! クエーッ!」

「大丈夫だ、お前の主人は助けてやるから!」

「ローテーションで回復魔法をかけ続けろ! 魔力が切れた者は下がって魔法の聖水を!」

「俺たちはいくらブッ倒れてもいい! なんとしてもこの人を救うんだ!」

 

 

 

「ッ……!」

 

 横たわるリュカの容態は酷いものだった。

 背中は火傷どころか皮膚全てが炭化し、ときおり身体が震える衝撃だけでボロボロと崩れ落ちていく。瞳が閉じられた顔は透けるほど青白く、頭部からは激しい流血、呼吸は今にも止まりそうなほどに弱弱しい。

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 比喩表現でもなんでもない死にかけの状態。

 初めて見る弟の無惨な姿。

 その光景が7年前の父の姿と重なり、ルミナの意識は千々に乱れ……薄く、遠くなっていく。

 

「……ナさんッ! …………かり…………丈夫です……!」

「……い! …………るか!? ……が…………から……!」

「…………て! すぐ…………、……せて……ろに……!」

 

 仲間たちの声は耳を素通りし、彼女の意識は深く己の内に沈んでいく。

 心の底から湧き上がる自己嫌悪に塗れ、深く深く溺れていく。

 

 

 

 

 

 

 

(…………守れなかった)

 

 

 

 ――また自分のせいで、家族が死にかけた。

 

 

 ――また自分のせいで、弟が傷付いた。

 

 

 

(……俺が……弱かったから)

 

 

 

 ――自分が間抜けにも、敵に捕まったから。

 

 

 ――自我を浸食されるのを恐れて、“覚醒”を使うのを躊躇ったから。

 

 

 ――大切な人の命よりも、自分の身を優先したから。

 

 

 ――そのせいでまた、家族が死にそうになった。

 

 

 澱のように積み重なった罪悪感はやがて、一つの結論を導き出す。

 

 

「……殺さ、なくちゃ。……あいつらを……今すぐに」

 

 後ろを振り返る。

 光を失った瞳のまま、茫洋とした視界の中に奴らの姿を捉える。

 崩れかけの身体で床に這いつくばりながら……、しかし今も変わらぬ戦意を湛える二体の魔族を、感情の映らぬ瞳で凝視する。

 

『『GRUUUUU……ッ!』』

「……あいつらを、殺さないと……また、誰かが死ぬ。……大切なものが、奪われる」

 

 ……ならばあの力を使って、今度こそあいつらを殺す。

 次に何かを奪われる前に、圧倒的な力で全て滅ぼす。

 その影響で身体がどうなろうが……、心をナニカに浸食されようが……、後のことなどもう知ったことか!

 

「……殺す。……何に代えても、……一刻も早く……貴様らを!」

 

 ――両腕を失い、今にも身体が燃え崩れそうなゴンズ擬き。

 ――全身がひび割れ、至る所から滝のように血を噴き出すジャミ擬き。

 奴らが待ち受ける場所へ、一歩一歩近付いていく。

 身体中の力全てを、胸の一点に集中する。

 少女の全身から光が溢れ……やがて脳内に響いてくるのは、あの声。

 

 

『――感情値が規定の値を超えました。――起動準備完了。――操作権限を移行してもよろしいですか?』

 

 

「…………、ああ」

 

 数年ぶりに聞くその無機質な声に、ルミナは躊躇なく自らの身を投げうった。

 

「残さず持っていけ! ――奴らを殺すために、私の全てをッ!!」

「!? ルミナさん、何を!?」

「やめろルミナ! それを使ったらお前の身体がッ!!」

「知ったことかッ!!!」

 

 

『提言受諾。全リミッターを解除。――操作権限を移行します』

 

 

 ――3。

 

 

 ――2。

 

 

 ――1。

 

 

『エリミネートシステム、起動。――――これより、敵を殲滅します』

 

 

「ルミナッ!!」

「ルミナさん!!」

「ッ!!」

 

 

 そして白銀の少女は、再び忌まわしい力に全てを委ね、敵の殲滅を開始――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――スパアアアアーーーーンッ!!!

 

 

「い゛、っだああああーーーッ!!?」

 

 ――開始することなく、後頭部を思いきりド突かれて跳び上がっていた!

 

「だ……誰だ!? 何すんグぇエええッ!?」

 

 振り返ったところで両こめかみを掴まれ、今度は額にガツンと衝撃! 前と後ろから強力な一撃をもらったルミナは、涙目になりながら目を凝らし、そして見開く。

 

 

 

 

 

 

 

「――何やってんのさッ!! この馬鹿姉ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ぇ…………リュ……カ……?」

 

 至近距離で目が合ったその顔は誰あろう、今しがた倒れていたはずのリュカであった。激しい痛みに表情を歪め、脂汗を浮かべながらも、彼ははっきりと意識を保ったまま立ち上がり、ルミナの元まで駆け寄ってきていたのだ。

 

「リュ、リュカ!? 無事だったんだな、良かグふぇッ!?」

 

 ――が、喜びも束の間。リュカはもう一度姉の頭に手を添えると、再度その額に頭突きを叩き込む。負傷とは違う理由ですわった目を細め、涙目のルミナの顔をジロリと覗き込む。

 

「ひぅッ!」

「このアホ姉さん……。前に僕が言ったこと、もう忘れたの?」

「え……え……? ……な、何……が?」

「ッ~~!」

 

 何のことか分からず目を白黒させるルミナに、リュカがくわっと目を見開く。

 

「このポンコツ姉ッッ!! あの“力”はもう金輪際使用禁止だって言ったでしょッ!! 追い込まれて仕方なくならまだしも、今は全然そんな状況じゃなかったでしょッ!? しかも約束破ってまた一人で突撃して怪我してるし! なんでこんな無茶ばっかりするのッッ!!」

「え……ぁ……ぅ……、ぁぅぅ……」

 

 ルミナは忙しなく視線を彷徨わせながら、意味を為さない呻きを漏らす。

 

 ……怒っていた。

 いつも穏やかで優しいリュカが、溢れんばかりの怒気を発していた。初めて見る弟のガチギレに、姉は焦りまくりのしどろもどろ。集中していた力もシリアスな空気も、説教の声とともに全て吹き飛んでいた。

 

「いや、分かってる……」

「え?」

「どうせ姉さん、地下牢で王妃の顔を見て昔のこと思い出したんでしょ!! 父さんが刺される光景がフラッシュバックして、『また大切な人が傷付くかも』って怖がって不安になってたんだ! 最近ずっと浮足立っていた理由がようやくはっきりしたよ!」

「んなッ!? ち、違――ッ!」

 

 ギクリと身体を強張らせ、ルミナは慌てて取り繕おうと身を乗り出す。

 その行動がもう答えのようなものだが、当人としては素直に認めるわけにはいかない。そんな悲劇のヒロインみたいな(恥ずかしい)ことを考えていたなんて身内に知られてしまえば、羞恥心でもう生きていけないからだ。

 

「ななッ、何を言ってるのかな、リュカ!? 俺みたいな不真面目マンがそんなセンチなこと考えるわけが――ッ」

「ダウトッ! 姉さんがちゃらんぽらんに見えて実はメンタルよわよわの()()()()だってことは分かってるんだからねッ! 『自分が弱かったから父さんが傷付いたんだ!』とか、『今度はみんなを守らないと!』とか、『一人で戦って死んだ方がずっとマシだ!』とか、そんな痛いヒーロー気取りなこと考えてたんでしょ!!」

「はぅあッ!?」

「僕には散々『気にするな』とか『元気出せ』とか言っておいて、自分だけは勝手な罪悪感でウジウジ気に病んで! 似合わないからやめなっての! 姉さんの役柄は悲劇のヒロインなんかじゃなくて、笑い担当のオチ要員でしょうが!」

「ひぐぅッ……!」

 

 言いたい放題に罵倒されて涙目になり、次いでルミナは震えながら唇を噛んだ。正直8割くらいは的を射た指摘だったが、いくら真実でも言って良いことと悪いことがあるのだ。

 ヒトがせっかく無意識に見ないふりしていたモノを、無遠慮に暴いてくれやがって!

 

「うぅう、うるさい! 俺だっていろいろ悩んで頑張ったんだ! 克服しようと努力もしたんだ! ――仕方ないだろう、トラウマになっちゃったんだから! 父さんのあんな姿思い出したら、みんなを危険な目に遭わせたくないって思っちゃうのもしょうがないだろッ! なら一人で戦うしかないじゃな――」

 

 

「うるさいバギクロスーーーッ!!!」

『『GUAAAAAーーッ!?』』

「うぇええーーッ!?」

 

 久々の姉弟喧嘩が始まろうとした矢先、リュカが右拳を突き出した。狙いは当然ルミナ――――ではなくその後ろ。少女の背後に忍び寄っていたジャミ擬きたちが、上級魔法の暴風に巻き上げられて天井を突き破っていく。

 敵の接近に気付かなかったルミナが驚く間に、二体の魔族は上空でズタズタに切り刻まれ、やがて城の中庭へと落下した。

 

「バギ!」

『『GUGYAッ!?』』

「ヒェッ!?」

 

 追加とばかりに放たれた風魔法。圧縮された空気の刃は、魔族の頑丈な首をいとも容易く斬り飛ばした。一瞬の痙攣の後に両手足が地面に落ち、恐ろしい生体兵器はついに完全に沈黙した。二体がすでに消耗していたことを差し引いても見事な手際、鮮やか過ぎる秒殺劇だった。

 

「う、そ……。お、お前……いつの間に、バギクロスなんて……」

「使えるようになったのはつい最近だよ。……奴隷時代に習得できていれば、姉さんにももっと信頼してもらえたんだろうけどね」

「へ……?」

 

 戦果を挙げたにもかかわらず、なんとも悔しそうな顔の弟。

 姉はポカンと間抜け面を晒した。

 

「『へ……?』じゃないよ。小さい頃の僕が、何のために死にそうになりながら訓練したと思ってるのさ?」

「な、何のためって、そりゃ…………あ、あれだろ? 男なら誰より強くなりたいとか、そういう若者特有の――

 

 

 

「違うってばッ!!」

「ッ!?」

 

 ビクリと肩を跳ねさせた姉の両手を取り、リュカは必死の表情で訴える。

 

「姉さんといっしょに戦うために決まってるでしょ!! 後ろからサポートするとかじゃなくて、横に立っていっしょに戦いたかったんだッ! あのときみたいに姉さんに全て押し付けて大怪我させるなんて、もう絶対に嫌だったから!!」

「え……あ……。そ……そう、なの……?」

 

 ある日突然、『強くなりたい』と特訓を頼み込んできた弟。

 てっきり思春期男子にありがちな中二的願望かと思いきや、その実、かなり真面目な理由だったようだ。

 ――大切な姉の助けになりたい。

 そのストレート過ぎる想いを素直にぶつけられ、ルミナはむず痒い気持ちで視線を彷徨わせた。

 

「あ、あー……? そ、それはなんというか、感心、だね? ……で、でも、そこまでマジに考えなくても良いっていうか、こっちが好きでやっていたことなんだし別に気にしなくても「気にするよッ!!」――フニャ!?」

 

 リュカはルミナの両頬に手を添え、逃がすものかと再び自分の方へ引き寄せた。

 両の手にグッと力を込めて、『もうちゃんと伝わらないのはゴメンだ』と、触れるほどの距離から姉の顔を覗き込む。

 

「姉さん、どうか覚えておいて……。姉さんが手こずるような相手でも、今の僕ならちゃんと戦えるってことを。そして何より、姉さんを犠牲に助かったところで、僕は全然嬉しくないってことを、ちゃんと心に刻んでおいて!」

「えっ、や、でもッ、弟を守るのは姉の義務で――」

「絶ッ対ダメ! 次にこんなことがあっても絶対に一人じゃ行かせないから!自分を庇って家族が傷付いたらどんな気持ちになるか、姉さんもさっきので分かったでしょッ?」

「う……。そ、それは確かに、申し訳なかったと思うけど……」

「…………。どうしても聞き入れないって言うなら、今度からは僕が前に出て姉さんを庇うからね? それで今回みたいに無茶したら、僕が姉さんより先に死んじゃうから」

「ッ!? な、何をバカなこと言って――ッ」

「『バカなッ』はこっちのセリフだよ! 姉さんはいつも僕にあんな想いさせてるんだよ!? さっきの特攻で僕がどれだけ心配したと思ってるのッ!」

「うぐッ……」

「この際だからはっきり言っとくけど、姉さんがいなくなったら僕、その場で後追いする自信があるからね!? 僕がどれだけ姉さんのこと好きか分かってる!?」

「えっ……い、いや……あの……」

「姉さんが想像してる5倍は好きだからッ!! ていうか姉さんがいなくなったら、僕自殺するより前に精神が崩壊するよ! それくらい大事に想ってるんだからッ!」

「ちょ……待っ……落ち着――」

「姉さん無しの人生なんて僕には考えられないんだよ! ずっとずっといっしょにいたいんだ! これから先、一生かけてでも僕が姉さんのことを守るからねッ!! 分かった!?」

「ッ……わ、わかった! わかったから! 一旦落ち着いて! 近いってばぁ!!」

 

 慣れない状況に頭が茹ってきた姉は、とりあえず心を落ち着けるため弟の顔を押し返したのだった。

 

 

 

 ……どうにも力が入らなかったため、大した距離は稼げなかったけれど。

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、あいつらあれでただの姉弟のつもりなの? 距離感おかしくない?」

「……たぶん、ルミナさんの方はまだ家族愛なんだと思います。リュカさんの方は…………どうでしょう? ちょっと芽生えかけている段階、でしょうか」

「芽生えかけ? アレで? かなり進んでいるように感じるんだが」

「困ったことに……お二人にとってはあれぐらい普通の感覚なんですよ。神殿でも修道院でも旅の途中でも、もうずっとあんな感じでイチャコラと……」

「お、おぅ、そうなのか……。苦労してきたんだな、お前」

「ええ、本当に……」

 

 

 ――オマエカナリハズカシイコトイッテルノワカッテル!?

 ――アネヲシンパイスルコトノナニガハズカシイノサ! ホラ、カイフクスルカラコッチキテ! モットクッツイテ!!

 ――ダカラソウイウトコ!!

 

 

「…………」

「…………」

「……なんか、だんだん俺もイライラしてきたんだが」

「…………ね?」

 

 

 ――その後、突入部隊の任務は滞りなく完遂され、偽女王は民衆たちの前で見事討伐。ラインハットの王権は人間たちの手に取り戻された。

 なお、この歴史的勝利の立役者がとある姉弟だということは有名な話だが……。残りの敵を全て倒したのが、鬼神のごとき力を発揮した一組の男女だという事実はあまり知られていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラブ「……出番か?」
コメ「いや、まだ早い」



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22話 一歩ずつ、ちょっとずつ

○月×日

 

 あ~~。

 

 

 あ~~~~。

 

 

 あ~~~~~~ッ!!

 

 

 

 やーらかしたー、やらかしたーー。

 トラウマ刺激する敵が出てー、

 浮足立って暴走しー、

 最後はヤケくそで危険な覚醒するとかー、

 完ッ全にやらかしたー!!

 

 しかもリュカの奴は恥ずかしい発言連発するわ、こっちも動揺して変なリアクション取っちゃうわ、最後はみんなから生暖かい目で見られるわ、もう完全に黒歴史であーる!

 

 ……いやまあ? 弟からストレートな家族愛を向けられるのは正直嬉しかったんだけどね?

 ただ何と言うか、みんなの前でああいう感じのはちょっと困るというか、この歳だとさすがに恥ずかしさが先行するというか……。いろいろ気まずくなっちゃうので、『こういうのは二人きりのときだけにして』とちゃんと言い含めておいた。

 一瞬リュカがすごい顔になったような気もしたけど、最終的になんやかんやで納得してくれたので、今後はまあ大丈夫だろう。

 

 

 ……あくまで姉弟愛やからね、姉弟愛。

 なんもおかしいことはないし、普通普通。

 

 

 

 

 

 

 ――ってなわけで! ガラにもない話はこれで終わり!

 ここからは戦闘後の展開について語ります!

 

 力を使い果たしてヘロヘロになった俺たちに代わり、ジャミ・ゴンズ戦後はヘンリーとマリアが頑張ってくれた。

 まだ魔物が残っている城内を先頭に立って駆け抜け、丁々発止・八面六臂の大活躍。特にヘンリーは鬼気迫る表情で魔物どもを屠っており、『ああ、やっぱりコイツは故郷を大切に想ってるんだなあ』と深く感心したもんだ。

 ……ヨシュアに同意を求めたら変な顔されたけど。

 

 

 魔物たち(※人間に化けていた奴含む)を掃討した後は、城のバルコニーに本物の王妃とデール、そして偽者たちを連れて来てラーの鏡を使用。目の前で奴らの正体を暴き、国民に向けてラインハットの現状を明かした。さすがにみんな動揺していたけれど、そこへ体力を回復させた王様がなんとか駆け付け、今までの経緯を説明して場を収めてくれた。

 死んだと思われていた国王と第一王子の存命 & 正統な王家の復権に国民一同は大層喜び、クーデターは見事成功と相成った。

 父さんの誘拐犯疑惑も晴れてこちらとしても万々歳である。イエイ。

 

 

 んで、当初の予定はここまでだったんだけど、ふと王様とデールが顔を見合わせて一笑い。奥に引っ込んでいたヘンリーを正面に引っ張り出すと、今までレジスタンスを率いて戦っていたリーダーが彼なのだと明かした。

 慌ててヘンリーが止めようとするも、処刑されそうな人を大勢助けたことや、困窮する村へ密かに物資を送っていたこと、その他いろんな救助活動をこれでもかとバラされ、その場は怒涛の『ヘンリー様万歳!』コールに包まれた。

 

 まあそうよね。死んだと思われていた第一王子が実は生きていて、自分たちを助けるためにずっと危険な活動を続けていたと知ったら、国民としては喜びと尊敬の念が大爆発よ。

 

 クフフ、ヘンリーの奴め、昔から褒められ慣れてないもんだからメッチャ照れてやがった。

 しばらくの間、このことで揶揄ってやるとしようw(メイド服の恨み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 黒幕である魔族を打ち倒しても、すぐさま国が元通りになるわけではない。

 傷病者の治療、行方不明者の捜索、防衛力の強化、政治体制の見直し、辺境地域への支援、諸々のための法整備。それら全てを成し遂げた上での、国民からの信頼回復。

 やるべきことは山ほどあり、人手はいくらあっても足りはしない。

 

 ――というわけで、俺たちも今怪我人の治療に協力している。

 生活が困窮して身体を壊した人。重税を払うため魔物と戦い怪我をした人。政治犯として長年囚われて衰弱した人。7年の圧政の間に被害を受けた人を数えればキリがない。

 

 とりあえず、軽症者にはリュカたちと手分けしてホイミやキアリーを……、偶に運び込まれる重症の人には俺がベホマやキアリクをかけて治療していった。これが単純な怪我ならその場で治ってめでたしなのだが、虜囚だった人はやはり蓄積ダメージが大きく、完治するには長くて地道な療養が必要だった。

 こういう現実的なところはファンタジー的世界でも変わらない。……いや、現代ほど医療が発達していない分、よりシビアだと言えるだろう。治療の甲斐なく亡くなってしまう人も少なくなく、そういうときはさすがに気分が落ち込んでしまった。

 

 

 ――そんな中でも良い出来事はあった。

 実はリュカたち、王都へ潜入したときに困窮した母子を助けたそうなのだが、その人の旦那さんが救出した人の中にいたのだ。

 覚えているだろうか? 前に情報収集のため地下牢へ潜入したときに、俺が回復魔法をかけて回った人たち。その内の一人が偶然にもその旦那さんであった。以前は城勤めの役人だったのが、ニセ太后に逆らったせいで罪人として地下牢に囚われていたのだという。

 捕まってから早五年。冷たい地下牢で長い間放置され、家族すら生存を諦めかけていた。それを俺がギリギリで助けたということで、母子からはもの凄い勢いで感謝されてしまった。

 ――離れ離れになっていた家族の涙ながらの再会。

 抱き合う彼らの姿に父さんたちのことを思い出し、『いつか必ずみんなで……』とリュカと誓いを新たにした。

 

 

 

 

 

 ……直後、俺の翼を見た旦那さんが『ここは死後の世界!?』と心停止しかけるアクシデントも起きたが、マリアの迅速な蘇生措置によりなんとか生還できた。

 凄まじくアホな理由で患者を死なせるところだった。あぶねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 ちょいと暇をもらったので、みんなでサンタローズへ凱旋。ヘンリーと王様は後方支援メンバーの労いと、今後の街の運営方針を話し合いに行った。東西のラインハットが統合されて、法律や物流、人の流れとかもいろいろ変わってくるからね。統治者としては何かと考えなければならないことが多いのだろう。

 休暇中も四六時中仕事のことを考えないといけないなんて、王族ってのはホントに大変だなあ。

 ぼくにはとてもできない。

 

 パンピーな俺は面倒なアレコレから解放され、本日はダラダラ実家生活を満喫だ。真面目に掃除や片付けに勤しむ弟を眺めながら、よろず屋で買ったお菓子片手に、日がな一日食っちゃ寝グータラ生活。ときおりコドランの顔をモフモフし、合間にピエールのスライムをフニフニし、箸休めに冷たいエールをグビグビする。くぅ~、最高だぜ。

 

 

 

 てな具合にゴロ寝していたら、キレたリュカに家から叩き出されてしまった。

『そんなに暇なら挨拶回り行ってきて!』って文字通り窓から“ポーン”よ。いくら俺がその程度じゃ怪我しないっていっても酷くね? この前思い切り怒られて以来、あいつますます遠慮がなくなってきた気がする。ここらで一度、姉の威厳というものを見せ付けてやるべきではあるまいか?

 ――俺は村人相手に愚痴を撒き散らした。『最近弟が生意気だから、ちょっと分からせてやるべきかな?』と。

 

 

 全員から集中砲火を食らった。

『お前が悪い』『なんというダメ人間』『専業主婦とヒキニートは違うのよ?』『相変わらず賢さ低いわね!』

 

 分が悪かったのでジェシカ姐さんに泣きついた。

 そしたら彼女だけは庇ってくれた。

『この子を真人間にするのはもう無理よ! このままでも生きていける方法を考えてあげましょ!』

 

 あまりの感動に俺は涙し、癒しを求めてビアンカに会いに行くことにした。

 

 

 

 ……あとベラの野郎にはパロスペシャルをかけておいた。お前はさっさと妖精界へ戻って修行しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 驚天動地! ビアンカがいなくなってたッ!!

 久しぶりの再会を楽しみにアルカパまでやってきたら、なんとビアンカ一家がどこかへ引っ越していたのだ!!

 

 やー、ビックリした。昔みたいに世話になろうと宿を訪ねたら、知らない人がカウンターに座ってるんだもん。なんでも、数年前にダンカンさんが身体を悪くしてしまい、療養のため海の向こうへ引っ越したそうな。

 事情を聞いてみれば仕方のないことではあるんだけど……。

 はあ~~~~、残念だ。

 テンションダダ下がりだ。

 せっかく懐かしい顔に会えると思ったのに……。

 

 代わりに、プックルを虐めていた悪ガキどもとは再会したけど、そんなんじゃ癒しにならないんだよ。

 あいつら節操なくナンパしてくるし……。

 相手が俺だと気付いたら顔面蒼白になって腰抜かすし……。

 おらッ、さっさと王都へ戻って再就職するんだよ、プータローども! 魔族はブッ殺しておいたから安心だぞ!(さらに蒼くなりおった)

 

 

 

 テンション下がっていた俺を見かねて、夜はヨシュアたちが酒場に誘ってくれた。こういうときは酒飲んで発散しちまえと、みんなで大ジョッキ持ってグイグイグイッ。敬虔な信徒であるマリアはちょっと渋い顔していたけど、落ち込んでる俺を気遣って最後は付き合ってくれた。ありがとう、マイフレンド。

 ……でもビアンカのこと話すとちょっとムスっとした顔になるのはなんでなん? 俺は知り合った順番で友達を差別したりしないぜ?

 

 酒場では天空の勇者についての興味深い話も聞けた。

『魔王エスなんたらを倒した』とか『最後は天空へ還って以後は消息不明』とか、大半はゲマから聞かされた内容と被っていたが、一つだけ初耳のネタがあった。

 ――勇者の装備は天空の剣・鎧・盾・兜の四つで、その内の一つ『天空の盾』を、南西の大陸の富豪が所有しているという噂だ。天空の武具関連の情報は貴重なのでとても助かった。ちょうどビスタ港からそちらへ船が出ているという話だし、ラインハットの後は早速西大陸へ向かうことにしよう。

 

 

 

 

 ……それにしても、大昔に勇者が空へ還ったのなら、俺の中の勇者の血はどこから持ってきたのだろう?

 研究者連中が言っていた遺跡から? それとも案外どこかに子孫が残っていたりするのかな? いずれその辺も分かればありがたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月×日

 

 各地でのあいさつ回りも終わり、再び王都へと戻ってきた。クーデターの事後処理はまだまだ残っているが、さすがに直後よりは大分落ち着いてきている。

 

 なので、この機会に王様ともいろいろ話すことができた。

 手紙のやり取りから予想していた通り、やはりヘンリーの親父さん、ウチの父さんと個人的な知り合いだった。若い頃いっしょに旅した冒険者仲間で、そのときのことを楽しそうに語ってくれた。

 

 ただ、父さんの故郷がどこかまでは彼も知らず、そのことを謝られてしまった。『分かっていれば送り届けてあげられたのに申し訳ない』と。

 い、いやいや別に良いんスよ! 父さんの若い頃の話とか聞けただけで嬉しかったし! マーサさんとの馴れ初め話とかも楽しかったし!

 

 それに、身の上話からなんとなく、父さんの出身は南方のどこかではないかと予想している。なにせ上半身は常に半裸だったし……。

 王様も同じ考えだったらしく、おそらく南にある砂漠の国テルパドールか、もしくは南東の小国グランバニアではないかと踏んでいるそうだ。

 テルパドールはかつての勇者の供が興した国であり、伝説の武具の一つ『天空の兜』を代々受け継いでいる。またグランバニアは僻地のため情報は少ないが、それゆえ逆に、何か珍しいものを発見できるかもしれないとのこと。

 

 なるほど、それなら西大陸を南下していき、そのままグルっと東へ進んでいけば効率良く二国を回れるな。文字通りの世界一周旅行って感じだ。

 フフフ、個人的にちょっと楽しみになってきた。

 どうせやるなら楽しまなきゃ損だしね。

 父さんの若い頃の足跡も探しながら、姉弟で見聞を広めていこう。

 

 

 

 ――というわけなので、王様。

 息子さんの嫁になるって話をお受けするのは無理なんですわ、ごめんなさい。

 

 ……いや~、真面目な顔でいきなりベタな冗談放り込んでくるんだもん、ビックリしたわ。

 一国の王様をやるにはユーモアのセンスも必要なんかな?

 大変な仕事だわ、ホンマ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月☆日

 

 時の流れは早いもので、俺たちの旅立つ日がもう明日に迫っていた。復興のためにやるべきことはまだまだ山積しているが、俺たちもいつまでもここに留まるわけにはいかない。

 父さんやプックル、母上殿やサンチョさんも探さないといけないし、俺の中の勇者の力も使いこなさなければならない。光の教団についても調べる必要があるし、何より、ゲマの野郎の首を捩じ切ってやらないと気が済まない!

 

 というわけで、明日の俺たちの出発を前に、今日はささやかなお別れパーティが開かれた。

 ヨシュア、マリア、ヘンリーは当然として、デール君や王様、トムさんを始めとした兵士たちも、酒やらつまみやらを持って顔を見せに来てくれた。さすがに三か月も滞在していると仲良くなった人も多くて、みんなが別れを惜しんでくれた。

 

 それでもやっぱり、一番寂しく感じるのは幼馴染組との別れだ。

 ヨシュア、マリアとは神殿時代の苦労話を……。

 ヘンリーとは幼い頃の勝負の日々を……。

 またしばらく会えなくなるということで、リュカも交えて思い出話に花を咲かせた。子ども時代をみんなで回想するだけで、ここ最近の辛さを忘れて温かい気持ちになれた。やっぱり幼馴染って良いモンですね。

 

 

 ……まあ、たまによく分かんない話題もあったけど。

 

『あんなの見せられたら割って入れない』とか、

『分かります。私もそんな流れでした……』とか、

『7年越しだからしばらく引きずりそう……』とか、

『愚痴ぐらいなら聞きますよ?』とか、

 

 一体何の話なん? ま、まさか俺だけ仲間外れ!?

 

 親友たちとの絆に不安が生じたので、パーティからの帰り際、三人に思い切りハグしたった。思い返すとなんとも恥ずかしい行動だけど、しばらく会えずに疎遠になるのも嫌だったので酒の勢いも借りて突撃した。

 いろんな感謝とか激励とか、寂しさとか愛しさとか、万感の想いを込めて『ありがとう』と『大好き』の言葉を伝えたのだ。

 

 

 

 

 

 ……なのに、なんであんなジト目で見られたんですかね? いつもは優しいマリアまで。

『決心したそばから揺らがさないでくれ……』ってどういうこと?

『さすがにここでそれはないです……』って何が?

『狙ってないからタチが悪いんだよな……』って俺何か悪いことした!?

 こっちだってちょっと泣きそうなんだから、そんなアホを見る目しないでよぅ!

 

 年頃の人間関係の距離感がホントに分からんッス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……またね、マリア」

「はい。お二人とも、どうかお気を付けて……」

「……うん」

 

 ラインハットの王都外縁部。人目に付かないこの場所で、若者たちは最後の別れを交わしていた。涙ながらに抱き合う女子二人を遠目に見ながら、ヘンリーもまた隣にいる友人の肩を叩く。

 

「悪いな、リュカ。できれば旅の手助けをしてやりたいんだが、俺もまだこの国でやることがあるからさ……」

 

 後ろめたさに俯くヘンリーを、リュカはカラリと笑い飛ばした。

 

「何言ってるのさ、ヘンリー。いろんな情報に加えて、馬車やお金までこんなに融通してくれて……。至れり尽くせり過ぎて逆に申し訳ないくらいだよ」

「それこそ何言ってんだ。これくらいじゃまだお前たちの働きに全然釣り合わねえよ。もっと要求したって良いくらいだぞ?」

 

 本心からの言葉だった。

 かつては親子揃って命を救われ、今回もまた、自分たちでは到底敵わない敵を倒してもらった。本来ヘンリーたちが負うべき責任を、縁もゆかりもない彼らにまるまる肩代わりさせてしまったのだ。今後一生、それこそ国ぐるみで生活の面倒を見たってお釣りが来るレベルだ。

 

「もう充分過ぎるくらいに貰ってるよ。サンタローズを守ってくれたことだけでも、ヘンリーには一生感謝したって足りないんだから」

 

 それなのにこの姉弟は、友達のためなら当然だと、実にあっけらかんと笑うのだ。過酷な運命を背負わされているというのに、昔と何ら変わらない優しい笑顔を浮かべながら……。

 

「あ、あれは……お前らに命を懸けさせた、せめてもの償いというか」

「なら村人全員の命を救ってもらったんだから、十分返してもらったよね?」

「いや、数の問題じゃなくてだな……」

「その上これからは父さんの捜索でも頼ることになるんだし、…………う~ん、やっぱりこれ、僕らの方が貰い過ぎじゃないかなぁ?」

「…………」

「ね?」

「………………はぁぁ。ホントにお前らは」

 

 まったく、呆れるほどのお人好しだ。こっちがいくら返そうとしても、気が付けばどんどん新しい恩が積み重なっていく。

 これから先、果たして自分は彼らに借りを返し切れるのか? ヘンリーはちょっと自信がなくなってきた。

 

「……分かった。あんまり言い過ぎても逆に悪いし、もう気にしないことにするよ。その代わりじゃないけど、パパスさんのことは俺らが全力で探すから、期待しててくれ」

「うん、よろしく!」

「…………」

 

 ――だからこれは、今の自分にできるせめてものエールだ。

 この、見ててやきもきする親友たちへの、この場に(とど)まる男からの精一杯の餞別だ。

 

「……それとな、リュカ」

「ん?」

「ルミナのこと、ちゃんと見ててやれよ?」

 

 唐突な話題転換に一瞬キョトンとするも、リュカはすぐに笑顔で頷いた

 

「ふふ、わかってるよ。ウチの姉さんってホントに危なっかしいからね。今回のことで特に骨身に沁みたよ」

「あー、そうじゃなくてだな…………いやまあ、それはそれで重要なんだけど」

「??」

 

 こういうことに関してのみ察しの悪い親友に苦笑する。奴隷生活が長かったせいで、あまりそういった情緒は育っていないのかもしれない。なんとも似た者姉弟である。

 

「えーと、つまりだな……あいつが何を考えて何を望んでいるのか、注意深く見てやれって話だよ。あれでいろいろと複雑な奴だからな」

「……複雑? 姉さんの望みって、基本的にアレだよね? 女の子と仲良くなってあれこれしたいっていう煩悩的な……。叶うかどうかは別として、そんなに複雑かなぁ?」

「そりゃ今はそうだろうけど、この先いろいろ変わっていくかもしれないだろ?」

「いろいろ?」

 

 あまり言い過ぎは良くないとは思いつつ、後一歩踏み込む。

 

「ほら例えば……、女好きだったはずのあいつが男を好きになって、ある日突然結婚相手を連れてきたりとか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え゛っ?」

 

 

(おっ?)

 

 

 ――親友が、初めて見る表情(かお)をした。

 

 

「え……結婚相手って……え、えぇ?」

 

 まだまだ先の話かと思いきや、意外に()()いるリュカの反応に、ヘンリーは顔に出さずほくそ笑む。

 

「別におかしな話じゃないだろ? あいつだって一応女なわけだし、年齢的にもそろそろ適齢だし」

「い、いやだって……あの姉さんだよッ? ロクに反省もせずにナンパのことばかり考えて、話を逸らすために下品な下ネタ振ってくる残念姉さんだよッ? それがまさか……け、結婚とかって……」

「おおぅ……そこまで言うか」

 

 昔よりちょっと口の悪くなった友に苦笑しつつ、最後にもう一押し。

 

「まあ別に今すぐって話じゃないさ。……ただ、人の好みや考え方って、良くも悪くも変わっていくもんだからな。そういう変化がいざ表れたとき、変に拗れたりしないように、あいつのことを注意深く見ててやれ――と。そういう話だよ」

「え……あ……うん……。そう、だね……ちゃんと、見てないと……」

 

 ――チラリ。

 少しだけ何かを感じ始めたのか、リュカの視線が無意識にズレる。

 

 

『元気でな。たまには手紙の一つも出せよ?』

『うん。ヨシュアも……兵士の仕事、頑張って』

『ホントにお二人にはお世話になったッス。またこの国に来たときには盛大に歓迎するっスよ!』

『フフ、ありがと。トムさんも……ヘンリーのこと、よろしくね?』

 

 

「……ッ」

 

 ヨシュアやトムたちと名残惜しそうに話す姉を見て、リュカの眉間に微かにシワが寄る。その姿に『してやったり』と笑みを浮かべ、ヘンリーはポンと手を打った。

 

「っし。じゃああんまり引き止めても悪いし、そろそろお開きかな? 声かけてくるわ」

「え? あっ、ヘンリ――」

「おーい、お前らー! そろそろ出発の準備しろー!」

 

 動揺するリュカを置き去りに、ヘンリーは部下に指示を与えながら歩いていった。今さら追い掛けて問い直そうにも間が悪く、一人残されたリュカは、モヤモヤした何かを誤魔化すように咳払いをする。

 

「……も、もう! いきなり変なこと言うから驚いたじゃないか。……ね、姉さんが、男の人とそういう感じになる、なんて。……あれだけ女好きな人が、そんなことあるわけ――」

 

 誰に言い訳するでもなく、チラリともう一度ルミナを見る。

 別れの悲しみからか、微かに涙に濡れた憂い顔。

 いつもの快活な表情と違うそれにドキリと一瞬胸が鳴る。

 

 ――あぁ、そうだ。日頃の行いでつい忘れそうになるが、自分の姉は普通では考えられないくらいの、ものすごい美人で――

 

 

『あーあー、こんなに泣きはらしてまあ。その顔見られたら百年の恋も冷めるぞ?』

『う、うるさい! お別れなんて何回やっても慣れないんだから仕方ないだろ!』

『お前、再会のときにもピーピー泣いてなかったっけ?』

『ッ~~どっかのアホが死んだふりなんかするからだ! 殺されたって聞いたとき、俺がどれだけ…………うッ、うえええーーん』

『ああ、悪かった悪かった。そうだよな、お別れは辛いよな? お詫びに王子様の胸でドーンと泣くが良いさ』

『うぅぅッ、女の子の胸の方が良いよぉぉぉけどありがとおぉぉお!』

 

 

「……ッ」

 

 それは焦燥か、不安か、はたまた恐怖の類なのか。

 親友に縋りつく姉を見て湧き上がってきた、よく分からない感情に急かされ、リュカもまた二人のもとへ駆けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリ――と硬質な音が響く。

 薄暗い部屋の中、空になった容器から手を離し、魔導士は目を開いた。

 

「そうですか。結局、彼女に覚醒を使わせるには至らなかった――と」

「はい。リミッター解除後は、ある程度のダメージは与えたようですが……」

 

 手元の資料を捲りながら部下が報告する。それは然程長い内容でもなかったが、彼の視線は両手の紙束から片時も上がらなかった。

 

「ふむ……、まあそんなものでしょうか。期待以上ではありませんでしたが、期待外れというわけでもない。一定の成果は得られましたし、現状はこれで満足としておきましょうか。欲張り過ぎは罰が当たるとも言いますしね、フフフフ」

「……ッ」

 

 結果が芳しくなかったにもかかわらず、上司は満足気な笑みを見せる。

 しかし彼は、それを無邪気に喜ぶ気にはとてもなれなかった。追従して愛想笑いでも浮かべた瞬間、何か恐ろしいことが起こるのではないか? そんな疑心暗鬼な思いに駆られ、ひたすら下を向いて気配を殺していた。

 

「報告ご苦労様でした。もう通常業務に戻っても構いませんよ?」

「はっ……。で、では、失礼いたします」

 

 結局、報告が終わって退出するまで、彼の視線が上を向くことは終ぞなかった。

 それは報告内容ゆえに顔を合わせづらかったからではなく、もちろん、上司に対して敬意を示していたからでもない。

 ただ彼は、

 

 

 

 ――ゴポリッ。

 

「……ッ」

「おっと、反応がありましたね。……やはり濃度は高めが適正ですか。まあ、いくらか寿命は削れますが、予備はたくさんあるので問題ないでしょう」

 

 ()()とは一体何を指すのか……? 振り返って問い質したくなる欲求を必死に抑え、彼は素早く足を動かす。

 

 

 ――バンッ、バンッ、バンッ!

 

「ヒッ……!?」

「さて、次はどうしますか。これの完成を早めるのが良いか……、それとも新たな因子を探すべきか……。ああそういえば……もう7年になりますし、あちらに期待するのも良いかもしれませんね? 完全な勇者の力、早く手に入れたいものです、ホーッホッホッホ!」

 

 何か硬いものを殴り付ける音と、何ら理解の及ばない上司の独り言。

 背後のそれら全てに聞こえないふりをして、彼は足早に伏魔殿から逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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23話 新大陸へ、そしていつもの

○月□日

 

 ビスタ港から出る船に乗り込み、いざ西大陸へ出発! 父さんに連れられて世界を回っていたとき以来、実に10年ぶりの船旅だ。

 といっても別に目新しいものはなく、一通り大海原を楽しんだ後は手持ち無沙汰となったので、久々に姉弟でのんびり過ごそうと思っていた。

 

 

 

 

 ………………のだが! 緊急事態である!

 

 ラインハットを発った辺りから、何やらリュカの態度が余所余所しい。

 偶然目が合ってもササッと逸らしてしまうし、俺が近付くと挙動不審になってどこかへ行ってしまう。『あっ、ボクヨウジがアッタンだー』って、もう少し演技頑張れよ、弟。

 ……これはアレかな? 10歳辺りで一度発症した『姉ちゃん鬱陶しい期間』がまた来たのかな? 現在15歳=中学生男子だと考えると、反抗期と中二的なアレがいっしょに来ちゃった感じだろうか。あの年頃は家族がちょっと煩わしく感じてしまう時期だし、あんまり姉とベタベタしたくないのかもしれない。

 反面、当人の気質は優しい子のままなので、直接文句を言ったりはできず、結果として今みたいに距離を取ってしまうってことなんだろう。

 

 ……仕方がない。あまり構い過ぎて悪化してもアレだし、ここは一つ、大人の対応としてソッとしておいてあげよう。

 

 

 

 

 

 まあ、寝るときは部屋いっしょなんであまり意味ないんだけどね!

 今もめっちゃ気まずそうに壁側向いて寝てるw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 リュカが構ってくれなくて寂しいので、前々からやろうと思っていた修行を行うことにした。

 俺の中にいる勇者(仮)がもたらす破壊衝動――すなわち、半覚醒状態での魔物への殺意をコントロールする訓練だ。この第二人格さん……たとえ僅かでも表に出てくるとどうにも抑えが効かず、魔物を過剰攻撃してしまうことが多々あった。このまま放置しておくと、ある日急に仲間モンスターに襲い掛かるなんてことにもなりかねない。

 ――というわけで、最近距離が縮まってきた(気がする)ピエールとコドランに協力してもらい、『半覚醒状態でも殺意抱かないトレーニング』を開始!

 

 

・レベル1:

 部屋で寛ぎながら二人と戯れる。 → 余裕。

 

・レベル2:

 戦闘訓練(自主トレ)をしながら二人にそばにいてもらう。 → ちょっとピクっと来たけど、まだ余裕。

 

・レベル3:

 魔物との戦いをイメトレしながらそばにいてもらう。 → ……何か衝動が湧きそうになったけど、なんとか大丈夫。

 

・レベル4:

 これまで忌避していた天空の剣を装備。

 → 『天上の意思』的なものが湧きそうになったけど、根性で吹き飛ばして耐えた! セーフ!

 

 

・そしていよいよレベル5(最終段階):二人に相手してもらいながら実際に模擬戦を行う!

 

 コドラン:ブレスを手刀で切り裂いて接近し、顔ギリギリで拳を止める。

 ピエール:剣を蹴り飛ばしてそのまま上段回し蹴り、首ギリギリで足を止める。

 

 → 成功! 二人の顔面はちょっと蒼白だったけど、一応成功! 殺意もほとんど湧かなかったし、ついに俺は感情をコントロールしたぜ! Fuuuuuu!!

 

 

 

 

(追記)

 リュカにバレてめちゃくちゃ怒られた。

『武器を使わなくても万一があるでしょ! メタルドラゴンを素手でブチ抜けるスーパーゴリラなんだからもっと自重して!』って。

 言ってることはもっともだけど酷えw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 すごいことを発見してしまった!

 本日のお昼過ぎ、船を襲ってきた巨大タコ型モンスターを半覚醒状態で倒したのだが……、そのとき偶々リュカにくっ付いたまま迎撃したところ、なんとほとんど心が乱れなかったのだ。

 

 ――そう、第二人格を使用しても、リュカに触れていれば殺意の波動がかなり抑えられたのだ!

 

 これは朗報だ。仮に暴走しそうになっても、即座にリュカに引っ付けば最悪の事態は防げるということなのだから。(※リュカのモンスターマスターとしての能力が影響しているのだろうか?)

 

「もういっそのこと、覚醒時は常におんぶしてもらえば良いのでは……?」

 

 そう思って試しにリュカの背中に覆い被さってみた――が、残念ながらこれは本人のクレームにより却下された。

 リュカ曰く、『……これじゃ動こうにも動けない』らしい。

 あいつの今の筋力なら余裕だと思ったのだが……まあ、無理強いはするまい。しばらく中腰で動けなくなっていたし、腰とか膝を痛めてないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 数日間の船旅を終え、明日にはポートセルミに到着する。

 ここまでの旅でいろいろ情緒不安定だったリュカも、なんとか普通レベルまで持ち直してくれていた。

 曰く――「現実から目を背けてはならぬ。生理現象なんだから仕方ない」――らしい。

 

 なんのこっちゃか謎だったが、悩みが一段落ついたのなら喜ばしいことだ。難しい年頃ゆえ内容について深くは聞くまいが、まあ、次に何か悩んだときにはぜひ相談してくれたらと思う。

 

 

 

 ……「逆効果になりそうだからいい」ってどういうことだ、コラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月▽日

 

 ポートセルミに到着!

 昔から栄えている港町だけあって、多くの人や船が頻繁に行き来していた。これならきっといろんな情報が手に入るだろう。俺たちは新たな手がかりに期待し、父さんや天空の勇者についての話を聞いて回った。

 

 

 

 ――が、結果は空振り。目ぼしい情報はほとんど見当たらない。

 夜の酒場で『勇者様に会ったことがある!』と言ってた爺さんには一瞬期待したのだが……。

 

『あれは10年以上昔、天空の剣を探す逞しい男に会ったことがあるんじゃ。身なりはボロボロじゃったが国王のような高貴な顔立ち。あの男こそが勇者――パパス様じゃ!』

 

 

 ――って、父さんじゃねえか!!

 

 しかも10年以上前の話なので何の参考にもならないというぬか喜び。さらには喧嘩騒ぎにまで巻き込まれてしまい、もう踏んだり蹴ったりだ。

 

 ――『俺たちが退治してやるから、金を寄越しな!』

 ――『この金は村のみんなから預かった大事な金! あんたらは信用できん!』

 

 もう面倒事の匂いしかしねえよ。

 案の定、助けに入ったリュカが農夫のおじさんからモンスター退治を懇願されてしまった。前金で1500ゴールドを強引に手渡されてしまったので、受けるにしても断るにしても一度『カボチ村』とやらには行かなければならん。

 

 ぬあああ、なんて面倒な! これじゃあ、おつかいRPGじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 カボチ村に到着。農夫のオッチャンを見つけて詳しい話を聞いた。

 つーか依頼時に詳細くらい教えといてよ、オッチャン。初対面の相手にポンと大金渡して帰ってしまうところといい、どうにも抜けてる感が否めない人だ。

 

 話を聞くと、やっぱり面倒事だった。

 ここ数年、村周辺にとにかくモンスターがいっぱい出現するらしい。森に入った村人が襲われそうになったり、畑の作物を何度も荒らされたり、森で出合い頭に追い立てられたり……。

 おまけにただモンスターが多いだけでなく、どうもそれを統率するボスまでいるという話だ。そいつがいる限り下っ端をいくら追っ払ってもキリがないそうで、俺たちにはそのボスをやっつけてほしいのだと。

 

 ……仕方がない。

 思ったより深刻そうな話だったし(※口減らしの話まで出てた)、今回は引き受けてあげるとしよう。

 元々リュカが乗り気だった時点で俺には拒否権ないしな!

 まったく、頼れるお姉ちゃんは辛いぜ。

 

 

 

 

 ……それにしても、そんなたくさんの魔物に襲われてよく今まで死者が出てないな、この村。

 前に本で読んだ“ライフなんとか”の村人といい、辺境の人間ってのは軒並み強いのだろうか?

 さすがにボストロールを鍬で倒すシーンはフィクションだろうけども……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 森の中に入って調査&魔物討伐を開始。

 襲ってくるモンスターを片っ端から倒していけば、いずれボスに辿り着けると思いズンズン森の奥へ分け入ったのだが……。

 

 ま~あ、これが多い!

 さんぞくウルフ、メタルライダー、ビックアイ、モーザ、ビッグスロースなど、この地方特有のモンスターがひっきりなしに襲い掛かってくる。

 いくら山奥だからってこれは多過ぎる。こんなに広大な森なら、普通は縄張り争いが起きないようにもっと広範囲に分かれて生息するはずだ。野生動物ってその辺は案外うまいことやるもんだし。

 

 

 そんな疑問は森の奥に進んでいく内に解消してきた。

 最初はバラエティーに富んだラインナップだったのに、奥に行くにつれて獣型の魔物のみに変わっていったのだ。それも、四足歩行かつ牙と爪の鋭いモフモフ系――すなわち、虎とか豹みたいなヤツばかり。

 

 こいつらは村周辺で戦った魔物たちより数段強かった。おそらくこの獣たちの影響で他の魔物は森の浅い部分に追いやられたのだろう。問題解決のためにはこいつらを群れごと追っ払う必要がある。

 やはりボスとの戦いは不可避のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

□月☆日

 

 今日は森の東側を捜索。

 村に近いためか、通常のモンスターたちの出現が多かった。

 多分敵の拠点はこの辺りではないだろう。残念ながらハズレだ。

 

 代わりに、コドランたちに単独で経験を積ませられたのは良かった。

 ピエールがベホイミを覚えてくれて戦闘の安定感が増した。

 そして火炎の息が超強い。本格的にドラゴンっぽくなれてコドランもご満悦である。可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 森の北側を捜索。

 獣系モンスターは多かったが大物はおらず。

 どうやら今日もハズレの模様。

 

 ……ただ、なんとなくどこかから見られているような感覚があった。

 気のせいならば良いのだが、知覚範囲でこちらを上回る相手だとすると、ちょっと危険かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

□月◎日

 

 森の西側を捜索。今までで一番魔物たちが強く、かつ種類も獣型オンリーだった。確実に本丸へ近付きつつある。

 それに伴い謎の視線も強くなってきた。俺だけでなくリュカも、感覚の鋭いコドランやピエールまで感じているため気のせいではないだろう。敵の群れが組織的にこちらを監視しているのか、それともボス自ら出張ってきているのか……。

 さらに一部の獣はこちらを発見すると、攻撃もせずに斥候のようにさっさと逃げていく。野生動物が冷静さまで持ち合わせているとすれば相当な脅威だ。

 

 とにかく油断せずに、虱潰しに探していくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

□月Λ日

 

 ここまでの調査で連中の分布範囲はだいたい分かってきた。

 おそらく本拠地は森の西側、山間部に近いどこかだ。たぶん明日にはボスの居場所までたどり着けるだろう。

 

 ここまで来ればもう一息。

 決戦は明日、しっかり休んで万全の態勢でボスに挑もう。

 

 

 

 

 

 

 ……うん、きっと大丈夫。何も心配いらない。

 だから、明日も落ち着いていこうな、リュカ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月○日

 

 ……嫌な予感はしていた。

 

・出現する魔物が虎や豹タイプばかりという点。

・そのどれもが通常モンスターより強く、おそらくボスはさらに隔絶した強さを持っているという予測。

・ときおり感じる視線はこちらを観察するばかりで一切手を出して来ない。

・なおかつその視線に敵意や殺意は感じられず、むしろ戸惑いが伝わってくるという不可解さ。

 

 これらを総合して考えると、つまりは――要するにそういうことなんだろう。

 

 俺はリュカとともに覚悟を決め、森の奥の洞窟へと乗り込んだ。本拠地に入ってますます苛烈に攻め立ててくる獣軍団たち。しかし生憎、こちらには真面目に応対してやれる余裕はなかった……。

 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、おざなりにブッ飛ばしつつ足早に進んでいく。

 曲がり角を過ぎる度、階段を降りる都度、どんどん不吉な匂いが濃くなっていく。

 

 いやな予感が強くなる。

 ――もうここで引き返した方が良いんじゃないか?

 ――探したけど見つからなかったで良いんじゃないか?

 

 何度も思う心とは裏腹に、俺たちの歩調はどんどんと速くなっていった。

 そして……もっとも匂いが色濃くなる洞窟の最奥。最後の階段を降りたその先の空間に“そいつ”はいた。

 

 人肉など容易く切り裂く牙と爪。

 刃物すら弾き返してしまう黄金の体毛。

 見る者を威圧する堂々たる体躯。

 血に飢えていると一目で分かる獰猛な目つき。

 激しく威嚇する唸り声とともに、そいつは乾草の絨毯から立ち上がった。

 

 そう、そこには……、

 

 

 

 

 

 ――体長10メートルを超える、ライオン型合成獣(キメラ)が鎮座していたのであるッ!!

 

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「いや、プックルじゃないんかいッ!!」

 

 丁寧なお膳立てからの見事な逆張りに、俺は全力でツッコんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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24話 ちゃんと主張しないとダメ

(左ページの続き)

 

 シリアスがブッ壊れると同時に俺たちの腰も砕けそうになったが、当然敵は待ってはくれない。合成獣(キメラ)らしく悍ましい叫び声とともに突進してきたのを、慌てて散開して躱す。

 

 同時に謎ライオンの様子を改めて観察してみた。

 既知の生物であんな種は見たことはなく、全長も10メートル超えと自然界のライオンではありえない大きさ。さらにはいろいろな生物の部位が雑多に組み合わさった歪な身体。

 十中八九、どこぞの研究所で生まれた合成獣だろう。

 そしてそんなモンを創り出せるヤツなんて、俺の知る限り心当たりは一人しかない。

 

 

 

 ………………。

 

 ――あのマッド野郎めッ! 適当に作った製造物をこんなところに不法投棄してやがった!! 本当にヒトが困ることしかしやがらねえ!!

 

 無関係だと思っていた案件が思い切り関係者の仕業だった。

 別に俺のせいというわけではないのだが、仮に俺の存在がヤツの創作意欲を刺激したのだとすれば、やはり責任の一端くらいは感じるわけで……。

 改めて腹を括り、我々はこの哀れな後輩?を成仏させてやることにした。

 

 この合成獣、サイズは大きいしそれなりの攻撃力はあったが、全体としての戦闘力はさほどでもない。動きは遅いし、全体的に脆いし、呪文なども一切使ってこない。俺が昔倒したグロ系合成獣の方が素早い分まだ強かったレベルだ。

 猪みたいに突っ込んでくるのをヒラリヒラリと交わしながら、避けざま急所へ何度も刃を叩き込む。コドランとピエールの援護のもと、リュカと交代で何回か攻撃を繰り返している内に、あっけなくライオン合成獣は地に伏せた。

 

 よっしゃ、今回はシリアス展開にもならずに楽勝だったぜー!――と、皆でハイタッチ。

 

 

 と、気を抜いたのがいけなかった。 

 死んだと思っていた合成獣は突然首を持ち上げると、最後の力を振り絞るように雄叫びを一声。今度こそヤツの目からは光が消え、同時に、洞窟のそこかしこから獣たちの唸り声が多重奏のように響いてきた。

 ――ボスの仇を取るべく部下がこの部屋に殺到してきた……わけではない。

 連中は何かに取り憑かれたように洞窟の外へと駆け出していった。

 

 そう……この合成獣は単体としての戦闘力ではなく、同型モンスターを操る司令塔として特化した個体だったのだ。

 慌てて外に飛び出ると、洞窟内だけでなくここら一帯の獣型モンスター(※おそらくこいつらも合成獣)が一斉に移動を開始していた。向かう先は当然カボチ村、そしてその先にあるポートセルミの街だ。あのライオンめ、最後に人間を道連れにしようと部下に捨て身の突撃を命じやがった。

 

 慌てて皆とともに群れを追いかけたが、如何せん数が多過ぎる!

 俺が上空からベギラゴンを、リュカが地上からバギクロスを、ピエールはイオ、コドランは火炎の息で追撃するも、敵の範囲が広すぎて中々数が減らない。このままでは街や村がいくつも潰されてしまう。

 

 ――ここはリスクを負ってでも“覚醒”を使うしかないか!?

 

 リュカの咎める視線を感じながら(※半覚醒の方だから!)、俺が覚悟を決めようとした…………次の瞬間だった。

 

 なんと逃げる大軍勢の前方から、これまた大規模な獣の群れが現れたのだ。彼らは暴走する軍団に突っ込むと手当たり次第に攻撃を加え始めた。

 上空から見下ろしていると二つの軍団の違いがよく分かる。合成獣たちが強制的に従わされて正気を失っているのに対し、彼らは理性の光を宿したまま集団として完璧に統率されていた。

 

 間違っても無軌道に暴れる野獣の群れではない。調査中にバッタリ会ってすぐに逃げていた獣は、実は彼らの部隊だったというわけだ。

 そして、“部隊”と言うからには当然隊長がいる。

 森の中で何度も感じた、敵意も殺意もない観察するような……それでいてどこか懐かしい視線。

 

 息せき切って駆け付けたリュカの目の前に、群れを割って現れた大型四足獣。

 顔付きはだいぶ厳つくなってしまったが、リュカを前にしたときのフニャリとした笑顔は全く変わっていない。赤色のリボンが結ばれた首元に手を添えながら、リュカは本当に嬉しそうに涙を流した。

 

「プックル……無事でいてくれて、本当にありがとう……!」

「ガウッ!」

 

 ご主人様と従者は、今度こそ8年ぶりの再会を果たしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ……え、俺? 当然のごとく手を噛まれましたけど?

 

 HAHAHA、何年経っても変わってなくて安心したわ、この猫畜生めッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月○日

 

 昨日は残敵の掃討に時間を取られてしまい、結局プックルと腰を据えて話せた(?)のは今日になってからだった。リュカの通訳のもと、あいつのこれまでの道程を聞いてみるとだいたいこんな感じ。

 

・ゲマとの戦い後、仕方なくサンタローズへ帰ることにしたが、残念ながらサンチョさんとは入れ違いに。誰かに話を聞こうにも当然会話はできず、それどころか野生の魔物と間違われて戦いになってしまうかもしれない。ゆえにしばらくの間野生で生きることを決意。

 

・修行を目的としたラインハット大陸を巡る旅を開始し、ときおり解放戦線の人たちを手助けしながら魔族たちを撃退。そして実力が付いた数年前にこの西大陸へ。(※アルカパの西から泳いだらしい。すげえ!)

 

・同じように修行を続けていたある日、“アレ”とその部下たち(※たぶんこいつらも合成獣)が人間の集落を襲うところにバッタリ遭遇。合成獣のことは知らなかったが、一目見てすぐにヤバイ存在だということは理解できた。

 

・プックルは争いに乱入して奴らを撃退。さらには森の中で襲われていた野生動物たちも助け、いつの間にか彼らのリーダー的立ち位置に……。以後、今日まで群れを率いて合成獣軍団と戦い続けてきた。

 カボチ村でまだ犠牲者が出ていないのは、プックルたちが密かに守っていたから。村人にとって彼らは害獣どころか、命を救ってくれる守り神であったのだ。

 

 ――以上が、キラーパンサー・プックルによる8年間の戦いの軌跡である!

 

 

 

 

 ………………。

 

 ウチで飼ってた猫が、いつの間にかヒーローになってた件。

 

 ……いや、冗談抜きですげえわ、コイツ。スピンオフ作品一作書けるくらいの活躍してた。しかも父さんの剣をちゃんと回収して手入れまでしているという、そつの無さよ。

 リュカはまた感激して頭をわしゃわしゃ撫でるし、ピエールとコドランも心なしかキラキラした目で先輩を見るし。

 

 そのまま始まる新旧仲間モンスターによる親睦会。プックルは昔から気難しいところがあったのでちょっと心配だったが、同じ主人に魅了された者どうしすぐに打ち解け合ってじゃれていた。

 それどころか、自分がいない間にリュカのサポートをしてくれてありがとう、と感謝までしていたようだ。

 先輩風を吹かせることもなく、主を守ってくれたことに本心から感謝する。なんと器の大きい成体(おとな)に成長したのだろうか。こいつとは馬が合わない俺でも素直に称賛である。

 

 

 

 なので大人になった記念として、そろそろ噛み癖も治してくれへんかなー?

 つーか、今の体躯でやられたら骨がいきそうなので、そろそろ本気でやめてもらいたいんやけどー?

 と、いうことを冷静に懇々と諭してやった。

 

 今の大人で冷静なプックルさんなら、きっと大らかな心で聞き入れてくれるはず……!

 

 

 

 ――返答は頭への丸かじりだった。

 

 うん、やっぱり全然大人になってなかったわ、コイツ。

 クソガキ駄猫や。なんか安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月Λ日

 

 カボチ村に帰還した。

 死傷者ゼロ、建造物被害なし、真相の解明と合成獣軍団の完全殲滅。

 最高の形で事件を解決しての凱旋である。

 

 

 

 ……なのに。

 

 

 それなのに!

 

 

 はーーッ! やっぱりアカンわ、田舎モンは!

 

 よりによって村を守っていたプックルを犯人と勘違いし、あまつさえ俺たちがグルになってマッチポンプしたとか言い出しやがった。

 しかも全く聞く耳持たねえ!

 なーにが『なーんにも言うな』だ。なーんにも考えてねえカラッポ頭で偉そうにしてんじゃねえわ!

 

 リュカは何も言わずに非難に耐えていた。プックルたちも主人を差し置いて勝手なことはしない。唸り声を上げて威嚇することすらしていなかった。

 ……分かっている。ここで頭に血が上って暴れてはいけない。強い力を持った者が、世界を救うべき勇者が、一般市民相手に暴力を振るうなどあってはならないのだ。

 

 

 だから。

 

 

 だから!

 

 

 

 

 俺はなーんの遠慮もなくスピニング・トーホールドをかけてやった。

 

 ……え? 世界を救うつもりもなければ、本物の勇者でもありませんけど?

 そんな俺に品行方正に振舞う義務なんてあるわけないでしょ。良い子の弟と従魔たちが黙って耐えているなら、その憤りを代行してやるのが姉の責務なのだ。

 勝手なことばかり言う村長以下数名の足首をぐでんぐでんにしてやって、前金も含めて3000ゴールドを顔面に叩き返してやった。

 最後はなぜか、必死なリュカが俺から村人を守るという逆転現象が起きてしまったが、まあスッキリしたので良しとしよう。

 

 

 

 

(追記)

 村長の奥さんや表にいたお婆さんは、俺たちを信用して男どもに説教してくれた。いやー、感謝感謝ッス。

 やっぱり田舎はのどかで良いトコですね! また遊びに来ますわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月☆日

 

 カボチ村を出て道なりに進み、『ルラフェン』に到着した。

 特に目ぼしいものがある街ではないが、とりあえずいつものごとく酒場へGO。

 ……いや、別にナンパ目的じゃないよ? 毎回必要な情報収集ルーチンなので。

 

・カボチ村はクソですね。        → だよな!(一部除く)

・世界のどこかに天空へ通じる塔がある。 → なんぞ、それ?

・神様はとっくの昔にいなくなった!   → 同感! 光の教団みたいなクソしかいねえ!

・ベネットじいさんの研究には材料が足りない。 → 誰やねん。

 

 う~ん、特に目ぼしい情報はなかったな。

 強いて言うなら『天空へ通じる塔』とやらか? もしかしたら勇者関連の建物かもしれないし、天空の装備があったりするのかも。一応覚えておこう。

 

 

 あと酒場のお姉ちゃんへのナンパはあえなく失敗した。

 ちょっとお高いお酒も頼んだのに……。営業トークにやられたぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

△月◎日

 

 今日は休養日。リュカたちは街へ買い出しに出かけて、俺は宿で一人ゴロゴロ。

 しかしなんか暇になったので庭先で呪文使って遊んでいた。

 バシルーラを自分に使ってトランポリンごっこ。たーのしー。

 

 そしたらなんか変な爺さんに絡まれた。

『そ、それは失われた古代呪文バシルーラ!? お前さんどこでそれを! も、もう一度見せてくれええッ!』

 

 なんか怖くなったので、望み通りバシルーラ(軽め)をかけてあげてお帰りいただいた。

 けれどすぐに戻ってきて『う~ん、すごいけど参考にはならんのう』ってガッカリ顔。いきなり冷静にならないで、怖い。

 

 謎の不審者・ベネット爺さんは、とある呪文を復活させようと頑張っている魔法研究者らしい。

 その呪文とは、バシルーラと同じく失われた古代呪文――『ルーラ』

 一度行った場所なら世界中どこへでも一瞬で行けちゃうという、高性能ブッ壊れ呪文である。運送業壊滅しちゃう!

 

 開発に協力してくれと頼まれたので、『ぜひともこちらから!』とオーケーした。

 フフフ、いつでもどこでも行けるってことは、みんなが寝静まった後、リュカに内緒でオラクルベリーのエッチなお店に行けるってことじゃないか! やばい、テンション上がってきた!

 

 開発に必要な植物『ルラムーン草』は、街から西の方に生えているらしいので、明日リュカたちには街で待ってもらって、ひとっ走り取りに行って来よう。

 

 ムフフ~、習得できるのが今から愉しみだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

△月◇日

 

 ……単独行動を禁止されました。

 というか、俺がルーラを覚えるのを禁止されました。

 

 リュカ曰く、『姉さんがそんなの覚えたらナニに使うか丸わかりでしょ』って。くそう、さすがは弟。何も言ってないのに思考パターンを完全に把握されているorz

 ルラムーン草はみんなで取りに行くことになった。その間なんとかリュカを説得しようとあれこれ頑張ったが悉く跳ね返され……。結局ルーラはリュカが習得することと相成った。

 

 

 ……しかし朕は諦めきれぬ。

 女の子とくんずほぐれつの夢が捨てられぬ。

 ゆえに次善の策として弟に悪魔の提案をしてやった。

 

 あいつだってもう15歳。どんなに平静を取り繕ったところで、俺のこのシスターズ・アイは誤魔化せないのだ。姉弟の情に訴える小細工も交えながら、上目遣いでこう言ってやった!

 

 

『じゃあ……リュカもいっしょにオラクルベリーのお店行こ? 綺麗なお姉さんの身体に興味あるでしょ。私といっしょに初めての卒業しちゃお?』

 

 

 

 

 

 ――数秒後、すんごい勢いでこめかみをグリグリされた!

 

 

 

 

 ちくしょう、俺は諦めないッ。

 いつの日かきっとリュカの性癖(潜在能力)を目覚めさせ、姉弟で猥談を楽しんでみせるのだ!

 

 差し当たってはプレゼントするエロ本のジャンルを決めるため、弟の女の好みを把握しておこう。

 さあ、リュカよ。

 おっきいのとちっさいの、どっちが好きか白状するんだ!

 ちなみ俺はおっきいのが好きだ!(※ただし自分のは除く)

 

 

 

 

 

 

 

 



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25話 親の心子知らず、弟の心姉知らず

○月×日

 

 ルラフェンの街を出発し、大陸中央の海沿いの道を南下中。

 順調な旅路過ぎて書くことがないので、穴埋めにみんなの装備品でも羅列しておこう。

 

 ルミナ :キラーピアス、モーニングスター、天空の剣(※緊急時のみ)

      みかわしのふく

      マジックシールド

      けがわのフード

 

 リュカ :パパスのつるぎ、やいばのブーメラン

      はがねのよろい

      オーガシールド(ゴンズ擬きから鹵獲したヤツ)

      てっかめん

 

 ピエール:はがねのつるぎ、くさりがま

      はがねのよろい

      てつのたて

      てっかめん

 

 コドラン:はがねのキバ

      カメのこうら

     (なし)

      かいがらぼうし

 

 プックル:はがねのキバ、てつのつめ

      てつのむねあて

     (なし)

      てつかぶと

 

 

 フッフッフ。どうだ、壮観なラインナップだろう?

 これもラインハットを出るときにヘンリーからいろいろ餞別を頂いたおかげだ。軍資金もたんまりくれたので、行く先々で最強装備を揃えることができた。リュカはかなり遠慮していたが、こういうときは素直に好意に甘えておくのがええのよ。命あっての物種なんだしここをケチってはいかん。いつかまとめて二人でドーンと恩返しに行こう!

 

 

 ……性懲りもなくちょっとだけカジノに行ったのはナイショね?

 超絶強い『キラーピアス』や、貴重な『エルフののみぐすり』が手に入ったし、結果オーライよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 山あり谷あり森ありの街道を、悪路も魔物も問題なく突破していき、今日は旅のお宿で一泊だ。

 この世界でお馴染み……なぜか人里離れた山奥にポツンと存在する、どうやって経営が成り立っているのか謎の宿屋である。元々人通りが疎らな山中なのに加えて、魔物やらカルト宗教やらで物騒な昨今、果たして十分なお客が集まるのだろうか? 非常に心配だ。

 

 案の定、お客は俺たち以外には二人連れの女性客とその護衛の人だけだった。ある程度安全が確保されているとはいえ、この時代に女二人で歩きの長旅とは剛毅なことよ。

 さらに驚いたことに、このお二人、俺たちが世話になったあの海辺の修道院のシスターさんだった。

 花嫁修業のため修道院でお預かりしていたお嬢さんを、サラボナの実家まで送り届けた帰りだそうだ。見分を広めるために半年ほどかけてゆっくり世界を回りながら帰ったので、俺たちとは滞在期間が被らなかったみたい。

 

 仲間とともにお世話になったお礼を言うと、せっかくだからと食事をご一緒することになった。院長先生に礼儀作法を教えてもらったこととか、先輩たちといっしょにお務めに励んだこととか、諸々の近況を話すと大層喜んでもらえた。

 あと、後輩の方のシスターさんが『女の子はお淑やかな方が良いのかな?』と悩んでいたので、ちょっとアドバイスをすることに。

 今回は意外にもリュカが積極的で、中々に心に響く意見を述べてくれた。

 

 

 ――『努力して淑やかさを身に付けた女性は立派だと思います。でもだからと言って、『元気だからダメ』なんてことはないと思います。……少なくとも僕は、多少がさつなところがあったとしても、いっしょに泣いたり笑ったりしながら、楽しいことも悲しいことも共に分かち合ってくれるような……、そんな元気な女性(ひと)を好ましく思います。……個人の好みの話になって申し訳ないんですが』

 

 ……なにげにリュカの好みというか、恋愛観を聞いたのは初めてかもしれない。しかも結構具体的な感じだ。

 なんか、ちょっと嬉しくなった。奴隷生活が長かったからそういう情緒が育っているか不安だったのだが、ちゃんと恋愛にも興味が出てきているようで、姉としてとても安心した。

 そして、本心からの言葉だからこそシスターさんの心にも響いたのだろう。

 話を聞いた後、なんか彼女すごい良い笑顔になってくれたし……。一人の悩める女性を救えたのなら、姉としても大変誇らしいことだ。これからも真っ直ぐ誠実な男として育ってほしい。

 

 

 

 ――というわけでリュカよ、立派な弟として早速姉を助けてほしいんだが? ベテランシスターさんの淑女教育がめっちゃ厳しいんや……。

『結局エッチな女の子が一番モテるよ』っていう、男どもの本音(この世の真理)を教えてあげただけなのに、まさかあんなに怒られるとは。

 うぅ、教本の朗読が全然終わらないよぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 期せずして始まった旅の宿での淑女指導をなんとか切り抜け、

 山肌の洞窟もスイスイ通り抜け……、

 

 ついに辿り着きました、目的地のサラボナでございます!

 

 オラクルベリーやラインハット王都と並んで、この世界でも有数の大都市として栄えている街だ。王制ではなく商人たちによって街が運営されており、商業や工業が盛んで様々な商品が街に溢れている。

 

 久しぶりの大きな街だしみんなでいろいろ回ってみようかな?

 観光都市としても名高いし、どんな珍しいものがあるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

(追記)

 

 いや、違うわ!

 こんなことしてる場合じゃなかった。何のために西大陸くんだりまでやってきたんだ。

 

 ――天空の盾だよ、天空の盾!

 旅の目的も忘れて今日一日食べ歩きを楽しんでしまったじゃないか。

 つーかリュカも止めてくれよ。なんでそんな眩しいものを眺める顔で見守ってたんだよ。……まあ楽しんでくれたなら姉も本望ですけど!

 

 

 そんなわけで、日が落ちてからようやく情報収集に乗り出した。

 その結果分かったことは――

 

・天空の盾を所有する富豪の名はルドマンさん。

・近々娘さんの婿を募集するという噂がある。

・火山地帯が近いので温泉が名物。

・山奥の村の農産物が高品質。

 という、あまり有用でもない情報ばかり。これで一体どうすりゃいいのだ。

 

 

 というか、ここまで来て今さらなんだが、大富豪が持っている貴重な盾をどうやってゲットすれば良いのだろう?

 

・お金で買い取る?

 → 相手は超絶お金持ち。そもそも家宝の武具を金で売ってくれるとも思えない。

 

・私勇者なんですけど、盾譲ってくれませんか?

 → 檻の付いた病院に入れられる。

 

・怪盗ルミーナ参上! 伝説の盾は頂いた!

 → いろんな意味で論外。

 

 

 ………………。

 

 とりあえず明日、ルドマンさんのお宅に行くだけ行ってみよう。

 大富豪がアポも無しに怪しい旅人と会ってくれるかは分からないが、まずは行動しないことには何も始まらない。

 為せば成る、為さねば成らぬ、エロいことも!

 さあ、明日は気合い入れて行くぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 ダメでした……。普通に会えませんでした。

 門番の人曰く、今は忙しいので時間が取れないとのこと。ただでさえ普段から仕事で多忙なのに、今は娘さんの結婚に関する諸々でさらに忙しいのだと。

 ……まあ穏便にお帰り頂くための方便かもしれんけど、どちらにせよ今の時点では盾を譲ってもらう算段もついてないため、無理に会っても仕方ない。

 

 そんなわけで本格的に困った。少なくとも現時点ではやれることがない。

 娘さんの結婚話が終わってルドマンさんの時間が空くまで待つか? 何か月かかるか分からんぞ。

 いっそここは後回しにして、先にテルパドールに向かうか?

 

 ……でも、結局はあっちでも同じ問題が付き纏うんよな。

 王家に伝わる伝説の兜を譲ってもらうとか、今回の件に輪をかけて無理難題だよ。

 ルドマンさんはまだ一個人だけどあっちは国家相手だもん。下手なこと言うとそれだけで不敬罪で首ポーンだ。

 

 う~ん、やっぱりまずは、こっちを頑張るしかないかなぁ……?

 どう思う、リュカ?

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 ――今日、俺は天使と出会った(8年ぶり2度目)

 

 天空の盾関連が手詰まりになり、気分転換がてら皆で街を散策していたときのこと、素晴らしい出来事がありました。

 飼い主の手を離れて逃げてきた犬――リリアンを捕まえたら、なんとその飼い主が超絶美人の女の子だったのだ! リリアンがすごい勢いで俺の顔面をベロベロしてきたので、そのまま動物王国のナントカさんばりにワシャワシャ抱き止めてやった次第だ。

 

 彼女の名はフリーダ。澄んだ大空のような青髪と瞳がとても美しい、育ちの良さそうな清楚系美少女である。それに加えて性格まで良いときた。犬を受け止めたことに丁寧に感謝を述べてくれた上、土で汚れた顔などをハンカチで拭き拭きしてくれたのだ。

 ……もうこれだけで好きになっちゃいそう。

 つーか男なら誰でも落ちてる。マリアで慣れていなかったら俺も危なかった。

 

 

 フリーダは見た目通り、良いトコのお嬢様だった。家の教育方針が厳しくて自由に出歩けず、生まれたこの街のことすらあまり知らなかったという。それで長年不満が溜まっていたところに、この度父親が何か勝手なことをしでかしたらしく、ついにプッツンして家を飛び出しちゃったらしい。(おまけで犬まで後をついてきちゃった)

 で、すぐに帰るのもシャクだったので、この際日が暮れるまでは楽しんでしまおうと街をブラついていたところで俺たちと出会った。わお、アグレッシブお嬢様。

 

 ならばちょうど良いということでこちらからお誘いし、日暮れまでの間いっしょに街を見て回った。

 こんなときは自分の外身が女であることに感謝する。箱入りお嬢様も女どうしなら萎縮しないで済むし、万一家の者に見つかっても誘拐とかナンパを疑われなくて済むからな。

 

 

 さてと、明日も会う約束をしちゃったし、今日は早く寝るとしようか。

 どんなデートになるか今から楽しみだぜ~。(三人であってもデートと言い張る)

 

 

 

 

 

 

 

 

□月☆日

 

 急転直下! 緊急事態である!

 

 なんとフリーダちゃん……、実は『フリーダ』ではなく、『フローラ』だった!

 そう、あの大富豪ルドマンさんの一人娘だったのだ!

 

 一日デートを楽しんだ後の夕暮れ時、何かを言おうとモジモジしている彼女に、すわ『告白か!?』と期待して先を促したら、出てきたのはまさかのカミングアウト! この街では名前が知られ過ぎているので、咄嗟に偽名を名乗ってしまったそうな。

 そうまでして街に出て誰かといっしょに遊びたかった理由――それは父親の強引な婿探しが原因だった。旅の宿で会ったシスターさんが話していた、花嫁修業を終えたお嬢さん。それがなんとこのフローラ嬢であった。

 フローラ曰く――『どうせまた父は自分の話も聞かずに強引に相手を選ぶ。結婚したら今以上に縛られるかもしれない。だからせめて、最後に自分の意志で自由を謳歌してみたかった』と。

 

 

 ……またなんとも口出ししづらい家庭の問題だった。

 良い相手を選んでやりたい、という父親の想いも理解できるだけに批判もしづらい。俺もリュカも父子家庭みたいなもんだから、そういう“お父さんの気持ち”にすこぶる弱いのだ。フローラからルドマンさんの話を聞く限り、突っ走りがちだけど娘に対する想いは本物っぽいし、完全な独りよがりということもないだろう。

 

 一方でフローラの気持ちもまた理解できる。やはり自分の道は自分の意思で決めたいもの。結婚という一大事であればなおさらだ。

 一番良いのはきちんと話し合って結婚話を撤回してもらうことだが、心から『娘のため!』と思っているのなら、そう簡単に翻意は期待できないだろう。すでに大々的に募集もしてしまったことだし……。

 フローラ自身も今まで言い付けに従って生きてきたので、いきなり真っ向から反抗するのは難しい。下手すると勢いで押し切られてしまう恐れすらあるだろう。なんとも悩ましい問題だ。

 

 

 

 だが心配するなかれ!

 この灰色脳細胞はそんな諸々の問題を全て解決する、スペシャルアイデアを閃いてしまったのだ!

 フローラの不満と不安を解消し、ルドマン氏の想いも否定せず、ついでに俺たちにも益のある素晴らしい解決法!

 

 そう、すなわち……、

 

 

 

 ――フローラの結婚相手として、リュカが立候補してしまえば良いのだ!!(デデーン!)

 

 

 

 今日のデートで、リュカの優しい人柄や、頼りがいのあるところはフローラにも十分伝わったはず。二人の会話の感触も悪くなかった。リュカが結婚相手として立候補すれば、彼女の不安も大部分が解消されるだろう。

 ルドマンさんの親心に関しても問題ない。娘が結婚を受け入れてくれて、しかもそのお相手はリュカ(最高の男)なのだ。不満などあろうはずがない。

 そして俺は弟が幸せな家庭を持って安心できる。父さんや母上殿を探すことはもちろん大事な使命だが、だからと言って個人の幸せをおろそかにすることもない。フローラのような優しい女性がお嫁さんになってくれれば、リュカの人生はますます充実したものとなるだろう。

 

 そして最後におまけで天空の盾までついてくる!

 

 

 ……もう完璧である。一石四鳥か五鳥くらいの最高のアイデアだ。自分の才能が恐ろしくなってしまうな。

 では早速今晩の内にリュカに伝えて来よう。

 

 

 フフフ、大神殿でもラインハットでもカボチ村でも、いろいろ苦労したり危ない目にあったりしたけど、今回はあっさりと大勝利だぜ~~~!!

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 

 リュカと大喧嘩した。

 

 あの分からず屋バカチンめッ、もう口きいてやんない!

 

 

 

 

 

 

 

 



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26話 身体のついでに頭も冷やそう

 大神殿にいた頃のことを、リュカは今でもときおり夢に見る。

 父と離れ離れになり、姉弟二人だけで敵の手に囚われたあの頃……ルミナの精神は薄氷を踏むかのように危ういものだった。表面上は普段通り明るく振舞っていたが、まだ幼いリュカでも容易に分かるほどその心は軋んでいた。

 自分の身を切り売りしてゲマに便宜を図らせたり、安易に“覚醒”の力を使って無茶な戦いを行ったり……。平気で命を放り捨てる真似をしていたと知ったときは、背すじが凍る想いをしたものだ。

 

 ――庇護対象である自分が弱くて頼りなかったから。

 それも確かに原因の一つではあったろうが、本質はもっと根深い問題だった。

 

 8年前のラインハットで明らかになった、リュカの知らなかったルミナの出生の秘密。生まれて間もなく課せられた過酷な実験と、同じ境遇にいた仲間たちとの悲しい別れ。

 姉は全てを語らなかったが、あのときの表情を見れば、ただ死に別れた以上のことがあったことは容易に想像が付いた。冒険の途中、うなされて飛び起きる姿を見た経験は一度や二度ではない。

 きっと今でもルミナは、『自分だけが生き残ってしまったこと』に深い罪悪感と後悔を抱いているのだろう。

 そこへ父が殺されそうになる悲劇が重なり、『弟だけは命に代えても守らねば!』と、過度の自己犠牲を生んでしまったのだ。誰に言われたわけでもない、『そうしなければ己に価値などない』と彼女自身が自分を縛ってしまっていたから……。

 リュカが何度やめるよう言っても淡い笑顔で受け流され、その度に臍を噛む想いをしたことをよく覚えている。

 

 

 けれども……最近になって彼女のその考えは、少しずつ変わってきているように思う。

 ラインハットでリュカが不満を遠慮なくぶちまけ、その後も折に触れて彼女に想いを伝えてきた結果、今のルミナは前よりも、少しだけ己を大切にしてくれるようになったと思う。

 もちろんそれはほんの僅かな変化に過ぎないし、今だって心の中の傷は治りきっていないだろう。

 

 けれどもそれは、何より尊い前進だった。

 彼女が罪の意識から解き放たれ、自分の新たな人生を歩むための大切な第一歩だった。

 きっと今の姉ならば、罪悪感で圧し潰されたりしない。安易な自己犠牲が大事な人を傷付けると知った今の彼女なら、二度と命を粗末にしたりしない。

 そしていつの日か本当の意味で過去を乗り越え、幸せな未来を手に入れ、心からの笑顔を浮かべてくれるだろう。そのときのことを思うだけで、リュカの胸には温かい何かが溢れてくるのだ。

 

 ……この気持ちがなんなのか、今はまだリュカにもよく分からない。

 けれどもこの陽だまりに包まれたような心地良さは、きっと嫌なものではないと思うから。

 

「おーい、リュカーー、早くーー! フローラちゃんが川下りやってみたいってさーー!」

「クスッ……はいはい、今行くよ、姉さん!」

 

 サラボナで出会った新しい友人と楽しそうにじゃれる姉を見ながら、リュカは優しい笑みとともに駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

「リュカ! お前フローラちゃんの結婚相手に立候補しろよ! そしたら万事解決じゃん!」

 

「…………は?」

 

 温かな想いは一瞬で消し飛び、リュカは静かにブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 

 かーー!

 

 

 かーーッ!

 

 

 かあああーーーーッ!!

 

 

 はい、どうも! 一晩経ってもまだムカムカが治まっておりません、ルミナです!

 あの生意気な弟め、フローラとの結婚を勧めてやった俺に対して何と言ったと思う!?

 

 

 ――『そんな妄言ばかり吐いてるからナンパの一つも成功しないんだよ。偶にはまともに頭使ったら?』

 

 

 ………………ッ。

 

 かーーーッ!!

 

 かーーーーーッ!!

 

 なんッなんだ、あの言い草は! せっかくの善意の提案を無下にしおってからに! 

 しかも最後には『だから姉さんは姉さんなんだよ』ってすんごい冷たい目で見下してきやがって! 『姉さん』は悪口じゃないわ!!

 

 

 あーー、頭キタ!

 こうなりゃもう口きいてやらないだけじゃ気が済まない!

 ヤツの言ったことを完膚なきまでに否定して、俺の発想が正しかったことを証明してやる!

 偉大なる姉の行動が素晴らしいのだと目に見える形で証明して、そのときこそ、ヤツには今までの無礼を悔い改めさせてやるのだ!

 

 

 ――つーわけで今日の昼間、フローラの結婚相手に俺自ら立候補してきました!

 

 

『この大陸のどこかに眠る二つの秘宝、“炎のリング”と“水のリング”を手に入れた者に結婚を認める』

 集まった男たちにルドマンさんが説明しているところに途中参加して、俺も立候補を表明してきた。ルドマンさん(+男たち)は宇宙を見る猫みたいな顔になってたけど、なんとか勢いで押し通した。

 これで俺が試験で1位を取れば、フローラはよく知らん男と結婚しなくて済むわけだ。彼女が『嫌だ』って言ってくれれば俺の方から辞退すれば良いからな。

 そして、『命の危険を冒したのに拒否とはどういうことだ!?』とルドマンさんへクレームを入れれば、その後の天空の盾交渉でも優位に事を進められるだろう。

 

 

 ……フッ、完璧だ。

 第一案(※リュカ立候補)だけでなく代案(※オレ立候補)の方まで非の打ち所がない。

 これでリュカのヤツも姉のことを見直すに違いあるまいよ。

 ククク、事が成った暁には謝罪としてどんなことを命令してやろうか……? 今からそのときが楽しみだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 リュカのヤツめ、対抗して自分も立候補してきやがった!

 おいコラ、結局自分も同じことやってるじゃないか! あんにゃろうめ、あれだけ人のこと馬鹿にしたくせしやがって。そんなにフローラが気に入ったんか、アグレッシブな奴め!!

 

 ……フン、まあいい。

 成り行きで勝負みたいな形になってしまったが、結果として後腐れなく優劣をはっきりさせる舞台が整った。

 見ていろよ、リュカ。他の誰よりも早く『炎のリング』と『水のリング』を手に入れて、お前に俺という存在を認めさせてやる!

 そしてそのときこそ姉ちゃんに土下座で謝らせてやるからな! 首を洗って待ってろよッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 炎のリングは、大陸の南に位置する『死の火山』の中にあるらしい。峻険な山々が連なる山岳地帯、それをさらに超えた先に聳える、まさに前人未到のダンジョンだ。途中で休憩できるような町や村もなく、モンスターも低地の連中より格段に強い。死の火山という名称は比喩でも何でもなく、普通の人間ならたどり着くことすら命がけのヤベー場所なのだ。

 実際、すでに多くの男たちが挑戦していたが、そのことごとくが火口にも到達できずに引き返していた。

 これは想像以上に過酷な試験のようだ。気を引き締めて向かわねばならない。

 

 

 

 

 ――まッ、俺は翼でひとっ飛びなんで何の問題もないんですけどね!

 馬車や徒歩でえっちらおっちら移動する男たちを眼下に見下ろしながら、間にある森や山脈もショートカットして一気に死の火山へ。

 フハハハ、これが天空人(推定)の力よ。平伏せ、地上人ども!

 

 当然のごとく火山へは俺が一番乗り。

 まだまだ後続が来るまでには時間があるので、一晩ゆっくり寝て明日から攻略開始だ。

 フフフ。この勝負、俺が大差を付けて優勝してやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 ――あっっっつい!!

 火山の中、クソあっつい!!

 正直、舐めていた。覚悟はしていたけどそれ以上のクソ環境だったよ、死の火山!

 

『火山』という名称が付いているとはいえ、宝が安置されているダンジョンなのだから、そこまで大きな危険はないと思っていた。

 ――一般人ならまだしも、俺たちくらい戦闘経験があるならそこまで苦労はしないだろう。

 ――火山そのものではなく、近場にある多少暑い洞窟ってとこだろう。

 精々そんなものだと予測していたのだ。

 

 

 ……ははは。……なにが、なにが。

 

 がっっつり火山でしたよ!

 “近場の洞窟”なんて生易しいものではなく、山の頂上のでっかい火口から直接出入りする、まさにザ・火山!

 当然そこかしこにマジもんの溶岩がボコボコと沸いている。触れたらアウトどころか、息を吸うだけでも身体の内側が焼けそうだ。

 

 普通の状態なら攻略などまず不可能。

 俺の頑丈な身体に加えて、耐火装備とトラマナは最低限必須。

 ヒャド系で顔周辺を覆って冷たい空気を取り入れ、熱ダメージが蓄積する都度ホイミ系で回復。

 気配を薄めながら静かに探索し、敵は必ず不意打ちで確殺して消耗を回避。

 ここまでやってもなお、一定時間ごとにリレミトで外へ出て体力を回復しなければならない。

 冗談抜きに死のダンジョン。強化人間の俺が、久しぶりに行軍中に命の危険を感じる今日この頃でした。

 

 

 ………………。

 

 

 ……これ、一般の挑戦者が来たら死人続出するんじゃなかろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 あーーー、もう! 案の定だよ!

 いつものごとくトラブル発生だよおお!

 

 探索に手間取っている間に後続の挑戦者たちが到着しちゃった。ここまで来られるくらいなので、途中で帰った人たちよりはそこそこ強い冒険者たち。

 しかし、どう見てもこの火山に耐えられるほどとは思えない。耐火装備とか回復アイテムは持っているけど、トラマナとか冷気系の技とかは持ってないっぽい。

 もう絶対に途中で死にそうなので、一応『やめといた方が良いよ?』と忠告はしておいた。

 

 ――が、当然聞く耳持たず。

 そりゃ一応ライバルなんだから、やめろと言われて素直にやめるヤツなんかいやしない。

 

 

『フン、そんな口車に誰が乗るか』

『自分が手間取っているから、攻略を始められたら困るんだろう』

『なんで女が婿選びに立候補してるんだよ。冷やかしなら帰りやがれ』

『男漁りにでも来てんじゃねえか? はっ、フローラさんを見た後でこんなのに靡く男がいるかよ!』

『なんだ、あの背中の羽。痛い勘違い女だな』

 

 

 ……イッッッラアアアアッ!!

 

 せっかくの忠告を無視するだけでなく口汚く罵ってきやがった。火山の前にここでブッ殺してやろうか。

 特に最後二人は要粛清だ。火山用装備で顔が隠れているからって好き放題言いやがって。こちとら世界最高峰の超絶美人天使じゃい!

 

 マジでイラっとしたので放置してやろうかと思ったが、さすがに見殺しは寝覚めが悪くなる。

 そんなわけで、予想通りダンジョンのあちこちで死にそうになっているアホどもを救助・回収する作業で今日の探索は潰れてしまった。

 無軌道にいろんな場所に突撃していくので本当に疲れたよ……。

 

 

 

 それと、顔とインナー姿を見せた途端に掌を返すんじゃねえ!

 これだから男ってヤツは!

 

 

 

 

 

 

 

 

●月□日

 

 ああああ、時間切れーー。

 ついにリュカが到着してしまった。

 

 今日も今日とて無謀な挑戦者どもを回収していたら、ちょうどリュカたち第二陣挑戦者が火口までやって来た。

 ……数日前に大喧嘩してそれっきりなのでお互いに非常に気まずい。目が合ってもなんか微妙な空気になって話せない。

 

 仲間たちに助けを求めてもダメ。

 プックルは馬鹿にするように鼻で笑い、

 ピエールは困ったように頬を掻き

 コドランは久しぶりに顔を合わせた喜びで俺の頭を甘噛み。可愛い。

 

 仕方がないので、『回収作業を手伝って』とリュカに依頼。仕事的事務会話ならギリ行けるだろうという苦肉の策だ。

 ぎこちないながらも協力して遭難者を回収しながら、今日の探索は終了。

 

 後片付けの最中、リュカは話しかけようと何度か手を伸ばしかけていたが、結局最後は諦めて沈黙した。

 勇気出してこっちから話そうと近付いてやっても慌てて目線逸らすし……。

 

 あーもう、言いたいことがあるなら言えや! 付き合いたてカップルか!

 

 

 

 

 

 

 

 

●月▽日

 

 今日は知ってる顔に遭遇した。

 ルドマンさんの屋敷に集まっていた候補者の一人、アンディだ。

 なんと彼はフローラの幼馴染で、ずっと昔から彼女が好きだったらしい。

 

 自分に自信が持てなくて何年も手をこまねいている内に、今回の婿選びが始まってしまった。彼は戦士ではなくただの詩人。危険なダンジョンに潜って秘宝を持ってくるなんて到底不可能。

 だが、最初から無理だと決め付けて諦めては今までと何も変わらない。『どうせ自分なんか……』と予防線を張って、傷付かないように逃げていた過去の己とは決別したい。

 自分では達成できる見込みがないことも分かっている。しかしせめて、彼女を好きだというこの想いを行動で示したかった……! 試験結果の如何に関わらず、この冒険が終わったらフローラに想いを伝え、それでフラれたらすっぱりこの恋は諦めよう――と。

 その覚悟のもと、一般人の身でこの死の火山まで死に物狂いでやってきたのだ。

 

 

 

 

 ――という青春マックスな独白を、救護テントの中で、包帯グルグル巻きのアンディから聞かされた。

 例に漏れず、彼も他の冒険者同様、火山の中で負傷したところを我々が救助したのだ。……他の候補者が曲がりなりにも戦えるのに比べて彼はズブの素人。そのせいか怪我の具合もかなり酷かった。

 回復魔法だけでは治りきらず、薬やら包帯やら病人食やらで本格的な治療を行い、そんな中暇を持て余したアンディから今回の動機を聞かされたわけだ。

 

『こんな情けない告白を聞いてくれてありがとうございます。……きっとあなたたちのような身も心も立派な方々が、フローラの相手として相応しいのでしょうね。どうか彼女のことをよろしくお願いします』

 

 悔しさと不甲斐なさを飲み込み、好きな女の子のことをライバルに託す。

 彼の真摯な想いを聞かされ、俺の胸の内には凄まじい罪悪感が湧き起こった。

 

 命がけで幼馴染への想いを示そうと限界を超えて頑張った青年。

 対してこっちの志望動機と言えば……、

 

 

 ――弟と大喧嘩したので、その当てつけにヤケクソで立候補した……!

 

 

 あまりの不誠実ぶりに、思わずその場で彼に土下座しそうになった。

 リュカの方も気まずそうに汗をかいていたので、たぶん俺と似たような心境だったんだろう。

 

 

 まったく……姉弟揃って情けない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

●月▽日

 

 来る者来る者みんな同じパターンで負傷していき、もう新たな参加者も来なくなった今日この頃。結局最後は、俺とリュカによるダンジョン攻略一騎打ちとなった。(プックルたちは手を出さずお休み)

 

 こうなると初日からずっと洞窟探索を続けていた俺に一日の長がある。

 頭に叩き込んでおいたマップと火山仕様の防御呪文メドレーで、見事リュカより先に最下層に到達、『炎のリング』をゲットした。(※番人っぽい溶岩の魔物は、開幕マヒャドからのモーニングスターで瞬殺だった)

 怪我の治療中だった他の挑戦者たちからも『さすがは姐さん!』と祝福され、リング争奪第一戦は俺の勝利で終わったのである。

 

 

 

 ……とはいえ、当初思っていたほどの喜びはなかった。

 

 原因はやはり、アンディの独白だろうか……?

 フローラへの想いのため命を賭けて頑張った彼が、悔しさを堪えて拍手する姿を見ていると、自分のやっていることがどうにもさもしく思えてきた。

 天空の盾を手に入れるためとはいえ、真面目な婿選びに首を突っ込んだ挙句、人様の恋路を妨げていいものだろうか?と。

 

 あと、『俺って誰かを本気で好きになったことがないなー』と、ちょっと寂しい気持ちになった。ナンパはたくさんしてきたが、あれは何と言うかルーティンみたいなモンだったし……。

 実際、女の子側から本気でオーケーされていたら、たぶん自分から引いてしまっていたんじゃないだろうか?

 

 う~~ん……、生まれは生体兵器だし、性別もなんかややこしいし……。

 

 

 

 

 ……俺ってちゃんと、誰かを好きになれるんかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 



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27話 拗らせると大変だ

 

○月×日

 

 火山の攻略も無事終わりサラボナに帰還。釈然としない想いはあったものの、とりあえず一勝は一勝。程々の満足感とともに身体を休め、さあ次は“水のリング”探しに出発だ!

 

 ――と思いきや、待ち構えていたフローラに捕まってしまった。

 お屋敷の自室に連れ込まれて、まずは無事だったことを喜ばれ、次にアンディの命を助けたことを感謝された。

 そして最後に、危険な火山に行ったことを割とガチめに怒られた。

 ……そりゃあ一見すると戦えるようには見えないけど、実は俺ってかなり強いんだよ?

 そう主張して魔法とか見せたら一応は納得してくれたけど、今度はなんで立候補したのか理由を問い質された。

 

 

 ――正直にわけを話したらメチャクチャ呆れられました……。

 まるでアホな子どもを見るようなジト目。真面目なフローラにやられると変な扉が開きそうだった。

『やるならリュカにやってあげて。あいつ俺に対抗するためだけに立候補したから。“困った子ども度”で言えばアイツの方が上だから!』

 

 

 

 もっと呆れた顔をされました。……なんで?

 フローラは困ったように頬に手を添えると、とりあえず残りの水のリングも探すよう提案してきた。船を貸すので、リュカと仲直りがてら行ってきてほしい――と。

 婿選びには消極的だったはずなのに、なぜに試験の続行を?

 

 そう尋ねたところ、どうも危険過ぎる試験を行った父にご立腹らしい。

 ついでに結婚についても腹を割って話したいので、その間はリング探しを継続してほしいそうだ。今切り上げようとすればそのことで言い争いになりそうなので、話し合いが終わるまで時間稼ぎがてら続行してほしい、と。

 

 なるほど、そういうことなら任された。

 控えめだったお嬢さまが自分の意思を主張できるようになったのだ。友人として最大限協力しよう。

 

 

 

 ……あわよくばその勢いで天空の盾も強請ってくれないかなぁ?――なんて企んでないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 ルドマンさんから船を借り、北へ向けて出発。今回は危険の少ないダンジョンなので、肩の力を抜いたノンビリした道行きだ。

 柔らかな潮風を浴びながら優雅な船旅と洒落こむぜ。

 

 

 と思っていたのに…………、気まずい!

 甲板で日記(コレ)を書いているところだが、ちょっと離れた場所にいるリュカと度々視線が絡んでは微妙な空気に……。

 実のところ、当初のケンカ熱はほとんど冷めているので問題ないっちゃないのだが、正式に仲直りもしてないのでどうも話しかける切っ掛けが掴めない。

 

 ……というか結局、あいつはなんであんなに怒ってたんだろう?

 安直に結婚を勧めたのがそんなに不快だったの? 

 それとも、恋愛というセンシティブな話題だからもっと配慮した方が良かったとか……?

 

 う~ん。フローラを見習って、この旅でその辺りのことをちゃんと話し合った方が良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 水門の鍵を開けてもらうべく山奥の村に到着。揶揄しているわけではなく、本当に名前もない『山奥の村』(村人自称)だった。

 住民は自虐的に『なーんにもねえ村だ』なんて言うけれど、農産物は美味しいし温泉もあるし、きちんと整備すればちょっとした観光地になりそうな気もするんだけどなぁ。温泉が混浴なのも地味にポイント高い。

 

 ただ、相変わらず俺の身体はうんともすんとも反応してくれない。

 かつての情熱よ、早く戻ってきてくれー。

 

 そしてリュカよ、裸の付き合いで仲直りしたかったのに今回も逃げおって。せっかく合法的にお姉さんたちと混浴できるのだからもっと素直になれば良いのに……。

 やっぱりアイツ、恋愛的な何かを拗らせて潔癖になっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 

 

 

 ――ビアンカッ、また会えたああああああーーーーッ!!!!

 

 

 

 

 8年前に別れてそれっきりだった幼馴染と、ついに再会できたのである!! ダンカンおじさんの療養のため引っ越したとは聞いていたが、まさかこんなところで会えるとは……。ビアンカの方も顎をカクンと開けて驚いていた。

 

 山奥の静かな環境が良かったのか、最近はダンカンさんの身体の調子も良く、ここ一週間ほどは家族三人で近場の町へ旅行に行っていたそうだ。

 道中の護衛役はなんとビアンカ。幼少期に俺たちとレヌール城を冒険して以来、いざというときのためずっと一人で鍛え続けていたのだ。(メラミやベギラマまで使えて本当に驚いた!)

 そのおかげで、以前お母さんが急病で倒れたときは隣町の医者まで最速で診せに行くことができたって。『これもルミナのおかげよ。あなたに憧れてずっと修行してきたからね!』と満面の笑みで言われたのはさすがに照れた。

 

 

 つーかこの子、この8年(そろそろ9年か?)で美人になり過ぎじゃね?

 ただでさえ昔から可愛かったのに、そこへ大人の色気まで加わり、勝ち気系快活美女に成長しててもうヤバイ。

 これから同じベッドで一晩思い出を語り合おうというのに……。果たして俺の理性は最後までもつのだろうか? 非常に心配だ、グフフフ。

 

 

 

 ……まあ、同じ部屋にリュカやプックルたちもいるから変なことにはなりようがないんだけど。

 まだリュカとは微妙に気まずいが、さすがに一人だけ仲間外れにするわけにもいかん。ビアンカに間に入って話を振ってもらおう。

 

 これを切っ掛けに元に戻れたら良いなあ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 会えなかった間の出来事をビアンカに話して聞かせた。

 妖精の国での大冒険や、ラインハットでのヘンリーとの勝負の日々、誘拐犯を撃退した話など、最初は静かに聞き入ってくれていたのだが……。

 風向きが変わったのはゲマ襲来のところ。

 

 父娘揃って痛めつけられ、

 父さんは剣で貫かれて城から落とされ、

 謎の意識に身体を乗っ取られて大暴れして、

 結局最後は負けて敵の本拠地に連れ去られた。

 ――という怒涛の展開を話したところ大層驚かれた。『そこまでのことがあったなんて聞いてないわよ!?』って。

 

 どうやらビアンカ、サンタローズに何度か行って俺たちのことを探してくれており、ある程度あの事件の流れは知っていたそうだ。(※情報源は解放戦線の人)

 けれど魔族などの情報はさすがに末端の隊員は知らず、まさか俺たちが死にかけるような目にあったとは思っていなかったという。

 ラインハットが魔族に牛耳られていたことも、最近ようやく解放されたことも、この前町に行ったとき初めて噂で知ったらしい。

 

 で、俺たちが相当酷い目に遭ったことを察したビアンカは『その後何があったか包み隠さず話しなさい……!』とすわった目でおっしゃった。

 当然断る度胸なんぞなかった俺は素直にゲロすることになった。

 

 大神殿での実験の日々に始まり、ヨシュア・マリアとの出会い、命がけの脱出、久しぶりの帰郷、友との再会、魔族退治に協力、天空装備探して新大陸へ、プックルとの再会と合成獣騒ぎ。

 そして最後に、なんで姉弟喧嘩しているのか聞かれたので、サラボナでの婿選びのことを素直に答えた。

 

 

 ――すんごい勢いで頭をグリグリされた。

『私の心を疲弊させてそんなに楽しいかああ!?』って鬼神のごとき迫力で折檻された。一体何が逆鱗に触れたのか分からなかったが、とりあえず怖かったので二人して土下座で謝った。

 

 

 そして最終的に、なぜだかビアンカが水のリング探しについて来ることになった。

 協力はありがたいし、いっしょにいられるのは嬉しいんだけど……、

 

 その何かを含んだような意味深な笑みは何なのでしょうか?

 非常に不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 川を遡ってさらに数日、『滝の洞窟』へ到着した。洞窟全体に激しい水の流れが張り巡らされており、足を踏み外せば濁流に飲まれて海まで一直線。名前に偽りなしの水系ダンジョンだ。

 とはいえ、死の火山ほどの直接的な危険はないため、今回は魔物にだけ気を付けてのんべんだらりと探索を行えそうだ。

 

 

 …………。

 ゆえに、気にしなければいけないのは目下、こちらの方。

 探索の休憩中、なにやらビアンカが真剣な顔でずーっといろいろ聞いてくる。

 

・どういう人がタイプなの?

・初デートはどこへ行きたい?

・リードしたい派? されたい派?

・結婚願望はあるの?

・式はどういうやり方が好み?

・子どもは何人くらい欲しい?

・ご両親との同居は……これは問題ないわね!

 

 対面に座って、何か聞き出す度に真剣にメモ帳に書き込む。

 おかしい……、思い出話に花を咲かせたいというお誘いだったはずなのに、いつの間にか取り調べみたいになっている。

 しかも質問内容がところどころ意味不明。この前のおかしなテンションといい、ビアンカも何か悩みでも抱えているのだろうか?

 まこと思春期とは難儀なものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

□月▽日

 

 ビアンカ記者、今日はリュカ氏へ質問攻め。

 だいたいは昨日と似たような質問だったが、途中チラリとこっちを見たと思えば通路の端へ移り、俺に聞こえないようにひそひそインタビューを続けていた。

 滝の音もあって会話は聞こえなかったが、ときおりリュカが驚いたり顔を赤くしたりしていたので、もしやセクシャルな質問でもしていたのかと勘繰ってしまう。

 くっ、羨ましい……!

 子どもの頃から知っている可愛い女の子にエッチな話をしてもらえるなんて、我が弟ながらなんと恵まれた境遇なのだッ。

 

 

 

 

 うーー……、なんか面白くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月☆日

 

 不埒なやつがいた。

 洞窟を探索していた他の冒険者が、『女連れの軟弱男にリングを見つけられるかよ、HAHAHA』と馬鹿にしてきやがった。

 イラっときたので『ウチの弟舐めんな!』と蹴っ飛ばしてやった。

 そしたら久しぶりにリュカから宥められた。後ろから腕を回されて羽交い締めにされるしばらくぶりの感覚。……うんうん、やっぱりこれがないとね。リュカ成分を補充できないと生活に張り合いがなくなっちゃう。

 これでほぼ仲直りはできたので、ムカつく男のこともまあ許してやることにした。

 

 ……だがそれで調子に乗ったのか、あの野郎去り際にビアンカの尻を触ろうとしやがった。

 そしたらまあ、リュカがキレるキレる! さっきまでの穏やかさは何だったの!?って勢いで男の尻をけたぐり回す。

 

 なんというか、ただの幼馴染に対する以上の反応だった気がする。

 ビアンカもにんまり笑って嬉しそうにリュカの肩を叩いていたし。

 

 これアレかな? 互いに満更でもないっていうヤツ? やっぱり幼馴染は鉄板ということなのか……!

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……リュカ、俺がやられても怒ってくれたかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月§日

 

 野営の準備をしながらハタと思い出した。

 

 ――結局なんでリュカは怒っていたのか、という疑問を。

 

 幸い仲直りもできたことだし、鍋の様子を見ながらそれとなく聞いてみることにした。何かあっても傍にビアンカもいるし、幼馴染パワーでやんわりとフォローしてくれるやろ。(他力本願)

 

 

 

 で、聞いた結果、何やら小声でゴショゴショ呟いた後、最後に一言『……言いたくない』と。

 う~ん、分からんッ。

 表情もなんとも微妙なものだった。こう……海外で初めて見る未知の食べ物を噛んでいるとき――みたいな?

 ビアンカの顔もなかなかに愉快なことになっていた。(なぜか)最初はワクワクしていたのに、発言の途中でだんだんシラーっとした目付きになっていき、最後は大きく肩を落としていた。

 

 で、最近もうお馴染みになっているアレ。リュカを引き連れての端っこ移動(説教部屋)よ。

 顔を引っ付けるくらいの至近距離で何やら真剣に長々と語り合っているのだ。

 

 

 

 ……いやまあ、幼馴染で仲が良いのはいいんだけどさぁぁ。

 こう、毎回一人だけ放っとかれると……なんていうか、こう!

 『んああああああ!』って気分になっちゃうんだよ!

 

 

 うぅぅ、そろそろ仲間外れは寂しいよぅ。

 慰めてくれるピエールとコドランだけが癒しだよぅ。

 そしてプックルは笑うんじゃねえ、髭引っこ抜くぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 はい、水のリングゲットー。

 特に何の苦労もなく最下層で手に入れました。

 

 え? 盛り上がらないって? 仕方ないじゃん、実際何の盛り上がりもないんだから。火山のときみたいな最低限のボスもいないし、何より、ビアンカに単独行動禁止されてるから勝負もできないし。

 普通に見つけて普通に終了よ。

 

 まあ単独行動禁止といっても、リュカとビアンカは度々二人で隅に移動してシッポリ(偏見)やってるから? 俺は一人で寂しい想いしてるんですけどね?

 

 ……つーかさあ、あの二人、旅の間で仲良くなり過ぎじゃね?

 なんていうか……もしリュカが一人で試験に挑んでいたら、最終的に嫁候補になって人生の選択でもしそうな親密さ(?)。

 くそぅ、俺だって幼馴染なのに、可愛い女の子を弟に独占されて大変遺憾である! このままじゃ鎮火した喧嘩熱が再び吹き上がってきそう。

 この頭を冷やすためにも早いとこサラボナまで帰ろう。

 予定通りフローラに結婚を断わってもらって、そんでルドマンさんから天空の盾をせしめることにしよう。

 

 そうすれば天空装備シリーズは二つ目ゲット。

 次は三つ目を目指してテルパドールへ出発だ。

 まったくもって順調、順調! 我ら姉弟の覇道に敵は無しよ、ふはははは!

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 リュカがフローラと結婚することにくぁwせdrftgyふじこlpΔ♯×%&●♪$ッ!!!?

 

 

 

 

 

 

 

 



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28話 三人寄れば文殊の知恵(なお、全員未経験者)

 リュカにとってルミナとはどういう存在か?と問われた場合、昔であれば何の悩みもなく即答できた。

 

 

 ――『頼りになる姉であり、大切な家族であり、穏やかな日常の象徴だ』

 

 

 しかし最近のリュカ少年はどうにも答えに窮するようになっていた。

 頼れる姉であると同時に、守ってあげたいとも思うようになり。

 大切な家族のはずなのに、それ以外の何かであることを想像してみたり。

 日常の象徴にもかかわらず、近くにいると妙にこうふ――じゃない、動揺してしまったり。

 成長してからこっち、姉に対してなにやら含むものを感じることが多くなっていたのだ。

 

『……もしや血が繋がっていないからと、姉のことを色眼鏡で見てしまっているのではッ?』

 

 そんな的外れ(焦燥感)に駆られたリュカは居ても立ってもいられず、自分は姉のことをどう思っているのだろう――と、自分たちを知る第三者に思い切って相談してみた。

 そうして少年は、幼馴染のお姉さんから爆弾を放り込まれたのである。

 

 

 

 

「いや、どう考えても恋でしょ、それは」

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「……??」

「いや、『……??』じゃなくて」

 

 パラパラとメモ帳をめくりながら、ビアンカは呆れ顔で続ける。

 

「自分の手で守ってあげたくて、家族以外の何かになりたくて、近くにいると自然と興ふ――もといドキドキするって。……そんなのどう考えたって“恋”でしょ」

「……?」

「だから恋なの。あなたはルミナお姉ちゃんに恋しちゃってるの。フォーリンラブなの。プロミスフォーエバーなの!」

「…………?」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

「ッ~~!!!?」

 

 スカラでも重ね掛けされたようにリュカの顔が紅くなった。

 同時に思い当たるフシが走馬灯のごとく彼の脳裏を駆けめぐる。

 

 

・ルミナを守るため強くなりたいと願ったこと。

・ヘンリーを抱きしめる彼女の姿がなんとなく面白くなかったこと。

・赤ん坊を抱くルミナを見て、隣に立つ自分を想像したこと。

・魔族たちとの戦いでずっといっしょにいたい(かなり恥ずかしいセリフ)を連発したこと。

・ルミナの恋愛話を匂わされて不思議なくらい焦ったこと。

・彼女に邪な視線を向けた冒険者を思いきり蹴飛ばしたこと。

 

「あ……あ……あ……ッ」

 

 そして……ルミナの口から他の女性との結婚を勧められて、感情的に怒鳴ってしまったこと。

 思い返せばどれもこれも、恥ずかしいくらいに恋する少年の態度だった。

 

「あ、ああああああ~~~~~ッ!!!?」

「ありゃま」

 

 リュカは洞窟の壁に頭を叩き付け、しばらくその場でジタバタ転げ回った。

 頭から浴びる滝の水が気にならないくらい、全身丸ごと熱かった。

 

 

 

――――

 

 

 

「……あの……いつ、気付いたの?」

 

 しばらく頭を冷やしたところでリュカは怖々と質問した。

 返答は呆れ顔とジト目だった。

 

「逆に『なんで気付かないの』ってレベルだったんだけど? 村で話を聞いたときも、『こいつらすっとぼけて私をからかってるのかな?』って思ったぐらいだし」

「し、してないよ、そんなこと!」

「分かってるわよ。すぐに天然だって察したし。こんなに分かり易いのに自分じゃ気付いてないんだろうなーって」

「あうぅ……」

 

 ビアンカ曰く、予定ではさりげなく二人の気持ちを確認し、気付かれない程度に背中を押す予定だったそうだ。しかしあまりに答えの分かり切った質問をされてしまったため、ついツッコミと共に真実を暴露してしまった、と。

 

「てことで、もう気を遣わなくて良いわよね? ここから一気にアプローチをかけていきましょう」

「へ?」

 

 ようやっと平常心を取り戻しかけていたリュカは、またまた妙なことを言い出した幼馴染に困惑する。

 いや、妙なのは言動だけでなく表情もだ。なんだか凄く良い笑顔。

 

「無自覚ならあまり口出しするつもりはなかったけど、もう気付いちゃったんだからいいわよね? 私も全面的に協力するから、近い内に告白するところまで行っちゃいましょう!」

「え、ええええッ!?」

 

 無茶な提案に後ずさるリュカ。ズズイと距離を詰めるビアンカ。

 

「えー、じゃないの。放っといたらあなたたちいつまで経っても進展しそうにないもの」

「い、いや、こういうのは人それぞれにペースってものが――」

「お黙り! 8年も同じ部屋で寝泊まりして何も進展しなかったヘタレが!」

「はぅ!?」

「何かしらのアピールくらいはしてると思ったのに、まさか自覚すらしてなかったなんて! さっきのチャンスでも結局何も言わずにビビッて引いちゃうし!」

「うぐぅ!」

 

 その通り過ぎてぐうの音しか出なかった。あれだけいろいろあったのに今の今まで家族愛と勘違いしていたのだ。反論のしようもない。

 とそこで、ビアンカは難しい顔で腕を組んだ。

 

「――とはいえ、相手は恋愛情緒3歳児並みのルミナ。いきなり告白しても却って混乱させるだけでしょうね」

「え……? でも姉さん、いつもナンパとかしてるけど」

 

 指摘に対し、ビアンカは困ったように首を振る。

 

「あれはお約束ネタというか、それほど本気でやってるわけじゃないと思うわよ? たぶん肩の力を抜くためのお遊びよ。本人的にはそこまで恋愛に前向きなわけではないと思う」

「えっと、どういうこと?」

「言葉通りの意味よ。生まれのこともあるし、無意識にセーブをかけているように見えるわ、あの子」

「あっ……」

 

 ビアンカの推察を聞いてリュカの中でも話が繋がった。

 これまでの人生で、罪悪感から自己犠牲を重ねていたルミナ。

 その姿勢は彼女の恋愛観にも影響を与え、おそらく誰かと過度に親密になるのを避けていたのではないか?

 友達くらいならまだしも、一生をともにする関係になることは無意識の内に忌避していたのではないか?

 

「そういうこと。一定より深い関係になることを避けているフシがあるわ」

 

 推測を視線に乗せて問うと幼馴染も頷きを返した。

 その上で、これまで以上に真剣な顔で言い含める。

 

「だからいいこと、リュカ? あの子が恋をできるかどうかは、全てあなたにかかっているのよ? 家族としてすでに“特別”になっているあなただけが、あの子が無意識に引いているラインの内側に入れるの」

「と、特別……」

「真面目な話の最中に喜ばないの!」

「あイタッ!?」

 

 “特別”と言われただけで、彼女の横にいる自分を想像して顔が緩んでしまった。もはや言い訳のしようもなく恋に浮かれるアホである。こんな茹った頭で姉の繊細な心を解きほぐせるのか、リュカはちょっと自信がなかった。

 

「ま、安心なさいな」

「え? わわっ」

 

 拳骨を落とした右手で、ビアンカはリュカの頭をわしゃわしゃ撫でる。

 

「このお姉さんがダメダメなリュカのために完璧な作戦を考えてあげるから」

「ほ……本当!?」

「ええ。同じ女どうし、どういうアプローチが効果的かはだいたい分かるから。あなたたちがサラボナを発つまでに、意識してもらえるところまでは持っていってみせるわ」

「す、凄い、ビアンカ! 恩に着るよ!」

 

 リュカは頼りになる年上幼馴染に最大限の感謝を捧げた。小さい頃散々撫でくり回された被害もこの瞬間の代わりと思えば安いものだ。

 

「じゃ、善は急げね。さっさと戻って作戦を練りましょうか?」

「うん!」

 

 差し込んできた一筋の光明にリュカは足取りも軽く歩いていった。

 ……一瞬何か忘れているような気もしたが、おそらく気のせいだろうと気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、彼女が今回の協力者よ」

「お疲れ様です、リュカさん。無事リングを手に入れられたようで何よりです」

「え……?」

 

 サラボナに帰還して宿に泊まった翌日。朝からビアンカが連れてきたのは、今回の騒動の始まりであるフローラだった。

 

「ど、どういうこと、ビアンカ?」

「だから、ルミナへのアピールに彼女にも協力してもらうのよ。ダメ元で頼んでみたけど快く引き受けてくれたわ」

「は、話が早すぎる! 一体いつの間に渡りを付けたのさ!?」

「そりゃ昨日の間によ」

 

 彼らがサラボナに帰ってきたのは昨日、日没も近い夕方頃。

 ――今日のところは宿屋で休み、明日の昼にでも改めて訪ねよう。

 と、姉弟が夢の世界へ旅立っている間に、ビアンカは密かにルドマン邸に赴いていた。そしてフローラと顔合わせをし、そのまま協力体制まで結んできたのだ。

 

「す、凄すぎる……。何のコネもないのにどうやって」

「出会えたのは偶然だけど、その後は女同士のシンパシーと言うか、……同じ被害を受けた者どうしの共感?」

「ですね。『やきもき被害者同盟』といったところです」

「え?」

 

 一瞬言葉を失うリュカに無慈悲な真実が告げられる。

 

「あなたの気持ち、とっくにフローラさんも気付いてたわよ? 『あ、この子お姉さんのこと好きなんだろうなぁ』って」

「ファっ!?」

 

 肯定するようにフローラが微笑する。

 

「ふふ、ルミナさんが他の誰かと結婚しないように自分も立候補するなんて、いじらしくて可愛かったですよ?」

「ッ~~!?」

 

 恋心を指摘されたとき以上にリュカの顔が紅くなった。

 無自覚に焼きもちを焼いて行動し、それを自分以外に把握されていたなんて黒歴史もいいところだ。

 ……ま、まさか他の人もみんなッ? いやそれより誰より、ルミナ本人にも気付かれているのでは――!?

 

「安心してください、リュカさん。ルミナさん自身は全く気付いてらっしゃいません。どうもこういったことには疎い印象でしたので」

「ほっ……」

「それどころかあの子、自分の気持ちにも気付いてないわよ。……むしろそれだったらどれほどやりやすかったか」

「え?」

「なんでもないわ。とにかく――!」

 

 気になる言葉に反応しかけるも、ビアンカは咳払いとともに流す。

 

「現状全く恋愛モードに入ってない子が相手なんだから、まずはこっちを意識させないと話にならないわ」

「う、うん……それは洞窟でも聞いたけど」

 

 一体どうすれば良いのか。これまで恋愛事に無縁だったリュカには想像も付かない。

 ……美人の義姉ちゃんと同棲しておいて何が恋愛と無縁だ、この野郎。

 

「そこでフローラさんに力を貸してもらうのよ」

「フローラに?」

「ええ。ルミナは鈍感なとこがあるし、匂わせる程度のアプローチじゃたぶん効果はないわ。もっと心からドドーンと驚かせることをしないと!」

 

 ね?――とビアンカがウインクすると、フローラが大きく頷いて話を引き継ぐ。

 

「はい。というわけでリュカさん、私と婚約(嘘)いたしましょう!」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「???」

 

 リュカは宇宙を見る顔になった。

 

「おーい、リュカ? 戻ってきなさーい」

「……はっ!」

 

 目の前で手を振られてリュカは母星に帰還した。初めて見る宇宙はとても雄大で心洗われる気分だった。

 

「説明を続けてもいいですか、リュカさん?」

「あ……う、うん、どうぞ!」

「と言っても、単語から想像は付くでしょうけどね」

 

 フローラとビアンカが説明してくれた作戦内容は、まあ言ってしまえば有りがちな方法だった。どこぞの極東の島国であれば国民全員が、『あ~、そういうパターンね~』と予想できてしまうほど使い古されたベタ展開。

 題して――

 

「『リュカとフローラさんに嘘婚約してもらって! ルミナに焼きもち焼かせて恋心を目覚めさせる作戦』よ!」

「わぁぁぁ」(パチパチパチ)

「……お、おぉー?」(パチ……パチ……)

 

 いまいちピンと来ていないリュカのために説明しよう!

 嘘婚約作戦とは、弟のように可愛がっていた身近なあの子が、ある日突然他の女性と結ばれそうになることで焦り、

 

「『こ、この気持ちは何? まさか……これが恋!? もしかして私、あの子のことを!?』――ってなる高度な作戦のことよ」

「な、なるほど……」

「要はライバルの存在で自覚を促し、彼を盗られてしまうかも!と焦らせるわけですね。今回は私がその当て馬役です。牝ですけど、ふふ」

「あ、当て馬……牝……」

 

 清楚なお嬢様の口から似つかわしくない単語が出てきて困惑する。

 ――この子、こんなに明け透けなタイプだっただろうか?

 

「ていうか、そんなことして大丈夫なの、フローラ? ルドマンさんにも誤解されて、そのまま結婚の準備を進められたりしない?」

 

 そもそも結婚話が気に入らなくて父親との関係が拗れた件はどうなったのだろうか?

 

「あ、それなら大丈夫です。皆さんが滝の洞窟へ行っている間に、父とはちゃんと話を付けましたので(物理)。今までの人生で溜まっていた不満分も、この際まとめて全部叩きこんであげました!」

「た、叩きこんだッ?」

「はい! 腰を深く落としてまっすぐ突いてあげました!」

 

 ほ、本当に何したんだ、この子……。

 疑問とともに不安を感じ始めたリュカの横で、姦し娘二人はますます盛り上がっていく。

 

「というわけで、当家の方は何の心配も要りません。私たちは後顧の憂いなくルミナさん目覚めさせ作戦に邁進しましょう!」

「ふふ、頼りになるわ、フローラさん。これならきっとルミナも自分の気持ちに気付いてくれるはずよ!」

「ですね! 『ロトの勇者物語』でもあの三角関係から急展開でしたし!」

「あ、それ私も読んだわ! 恋を知らなかった女賢者が、ライバル出現で一気に自覚するのよね!」

「あ、ビアンカさんもファンなんですね! いいですよね、あれ! 自分の気持ちに戸惑いつつも、王女様や仲間の女戦士に負けたくなくて大胆に迫っていく! そのいじらしさがキュンキュンしてもうッ!」

「わかるぅ~~!!」

「ね~~!!」

 

 ――キャイキャイキャイッ。

 

「…………」

 

(もしかしてこの子たち、身近に降って湧いた恋愛話を楽しんでいるだけなんじゃ?)

 

 そんな不安を感じつつも、他に良い知恵も浮かばなかったリュカ少年は、幼馴染たちの勧めに従って作戦を決行することにした。

 その日の夕暮れ時、リュカは人気のない街の一画にルミナを呼び出し、

 そして――

 

 

 

 

「ね、姉さん! 僕ッ、フローラと結婚することにしたんだ!!」

 

 

 

 

 

「お、そっかー! どっちに転ぶか不安だったけど、受け入れてもらえて良かったなぁ。これで俺も一安心だよー」

 

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「…………ゴファッ!」

 

 好きな人から笑顔で結婚を祝福された!

 恋を自覚した少年は灰となった!

 

「(あ、あれえッ!? な、なんで焦らないの、ルミナッ!?)」

「(もも、もしかしてッ、結婚(marry)マリネ(marinade)と勘違いしているのでは!?)」

「(無理があるでしょ!?)」

「(ル、ルミナさんならあるいは!)」

 

 ――あたふたッ、あたふたッ、あたふたッ!

 

「………………」

 

 建物の陰で焦る少女たちの会話を聞き、リュカはようやく漠然とした不安の正体に気付いた。

 

 

 ――恋愛未経験のクソ雑魚ビギナーが何人集まったところで、碌なアイデアなど出るわけがなかったのだ――と。

 

 

 

 

 

 

 

 




恋心を 自覚した!

痛恨の一撃を もらった!



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29話 跡を濁さぬように……

○月×日

 

 いやあ、焦った! てっきり結婚話は立ち消えになると思っていたのに、まさかフローラの方からOKしてくれるとは……。

 水のリング探しを応援されたときは意図が分からなかったが、あのときすでにリュカのことを好きになっていたのか。顔に出ないから全然気付かなかったわ。

 まあ予定とは違ったけど、難癖付けてルドマンさんに盾だけ強請るのはさすがに図々しいと思っていたし、円満に収まってよかったかな? リュカに優しいお嫁さんもできて俺としても大満足だ。

 

 結婚式はいつ頃になるんだろう?

 招待客のことも考えると今すぐって訳にはいかないから半年後くらいか?

 となると、俺たちの旅もそれまで中止しないとな。いくらなんでも花嫁予定の女の子をほったらかして旅を続けるわけにもいかない。式までに仲を深めておいた方が良いし、関係各所への挨拶回りも必要だ。

 一般家庭出身のリュカを快く思わない奴もいるかもしれないし、今の内に後ろ盾やコネを作っておくようしっかり言い含めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 大富豪の娘であるフローラの結婚はかなりの大ニュース。いきなり発表すると混乱が生じる恐れがあるので、まだしばらくは伏せておくらしい。その間に近しい関係者へ根回しをしたり、リュカに必要な教育だか特訓だかを行うそうだ。

 なるほど、確かにそれが良いかも。リュカは良い男だし、父さんからキチンと教育も受けているけど、上流階級の作法とかはあまり知らないからな。

 商人の法律とか慣習とか、貴族社会との付き合い方とか、違う世界の常識をしっかり学ぶと良いだろう。

 

 

 

 ならその間に俺だけでも旅の続きに出よう――と思っていたら、なんか俺もいっしょに授業を受けてほしいと言われた。

 できれば父さんの捜索を続けたかったんだが……、先方に強く勧められては断るのも申し訳ない。花婿の姉が無教養だと思われては確かに外聞も良くないし……。

 仕方ない。ここは未来の義妹の顔を立てるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 フローラとリュカと俺と、ついでにビアンカもいっしょに授業を受けている今日この頃。

 

 ……良いのかな、コレ?

 

 別に嫌じゃないし、むしろ幼馴染もいっしょなのは嬉しいんだけど、新婚さんの教育にプラスアルファで二人も加わるのはいかがなものか?

 教える先生も何も言わないし、俺から文句を言うのもなんか気が引けるから黙っているけども……。

 

 あと内容がテーブルマナーとか刺繍とか音楽とか、妙に花嫁側に偏っているのもなぜ? その辺りフローラはすでに完璧なはずだし、今はリュカの商人教育の方に力を入れるべきでは?

 どちらかというと俺もそっちの授業の方が興味あるんだが。

 

 まあ、修道院で教わったスキルを披露すると褒めてもらえるから楽しいっちゃ楽しいんだけど。

 ……最終的に俺が一番重点的に指導してもらっているのはどうなんだ?

 

 なぜにフローラさんはそんなに嬉しそうに指導なさっているの?

『良かった! ちゃんと女の子なんですね!』って、それ褒められてるんですか?

 

 

 そしてビアンカよ、『ルミナに……負けた!?』とはどういう意味だ、コラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 今日も今日とてみんなで授業。本日はダンスのレッスンなり。

 さすがにこれはやったことがないので俺もリュカも苦労した。

 ステップとか、リズムとか、相手との呼吸の合わせ方とか、今まで経験がないので探り探りである。

 

 ただ、リュカが花嫁(フローラ)とペアでレッスン――は良いんだけど、なんで俺まで女パート? 流れ的に俺とビアンカで組むと思っていたのに、リュカ一人で女三人相手の三連戦ですよ。

 まったくリュカめ、これから結婚しようという身で他の女の子まで侍らすとはなんて剛毅な!

 

 

 

 ま、お前と一番呼吸が合ってたのは俺だけどな!

 美女二人を差し置いて俺なんぞと相性が良かったことにガッカリするがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 今日はルドマンさんご夫妻といっしょに食事をした。

 こっちは弟の婿入り先に転がり込んでいる居候の身。御当主さまと顔を合わせるのはちょっと気まずかったのだが、本人たちは全く気にせずもてなしてくれた。

 特に奥さまからは過剰なほどに感謝をされた。

 

『あまり自分の意見を主張してこなかったフローラが、初めて私たちに本心を話してくれたわ。ありがとう』――と。(ルドマンさんは苦笑いというか、バツが悪そうだったけど)

 

 どうやらフローラとルドマンさんの話し合いはうまく行ったようだ。

 当初押し付けられた婿選びには辟易としていたみたいだが、お父さんとよくよく話し合い、その上でリュカとの結婚を決めたのならば何よりの結果だ。

 

 

 俺も心から   うれしく思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◇日

 

 なぜか小旅行に行くことになってしまった。

 ルドマンさんの家系では結婚が決まったとき、夫婦でとある場所に旅する習わしがあるそうで……。山奥の村の西に浮かぶ小島、その中ほどにある祠にお参り(?)するのが通例らしい。

 

 ・新たな当主としてやっていくだけの体力があるか?

 ・夫婦で協力して難題に挑めるか?

 

 そういった資質を確かめるための試練であり、なぜかその旅に俺もついてくるよう頼まれたのだ。

 

 

 ………………。

 

 いや、それって二人で行くものなんじゃないの?

 なぜに俺もビアンカも加わって和気藹々とピクニックみたいに準備をしているの?

 そう尋ねたら、『みんなで行く方が楽しいから』って、……やっぱいろいろズレてんな、この子たち。

 

 ……仕方ない。断わっても聞きそうにないし、リュカたちが夫婦として絆を深める良い機会だと捉えよう。

 俺とビアンカがいろいろお膳立てして、愛のキューピッドになってやろうじゃないか。

 

 

 

 ……なんで微妙な顔をするのだ、マイ幼馴染。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◎日

 

 ちゃんと旅ができるかを確かめる試験なので、ルーラは使わず船で出発した。

 途中までは水のリング探しで一度通った航路。特に危険もないため、初心者のフローラも安心して旅に慣れることができるだろう。

 

 なので、ここらでリュカとフローラを接近させて距離を縮めさせたいところ。

 魔物との戦いでリュカの頼りがいを感じてもらったり、夫婦(※予定)で同じ部屋で過ごしてドキドキを味わってもらったり……。

 旅先のフワフワテンションを利用して、若い二人の仲を一気に進めていこうじゃないか。

 

 

 

 ――って思ったのに、うまくいかなーーい!

 魔物との戦いでは俺とリュカがいつものツーマンセル。

 モンスター組には遊撃として動いてもらい、フローラはビアンカにフォローされながら、後ろから支援魔法や攻撃魔法で的確に援護。

 これ以上ないほどフォーメーションは安定した――けど、そうじゃない。

 

 夫婦になる二人のための試練なのに、なんでいつものコンビ(俺とリュカ)がメインで戦っているのか。

 

『一番安全な作戦を取るのは当然じゃない?』って言われればそうだけど!

『リュカさんは本当に頼りになる殿方ですね!』ってその通りだけど!

 

 それを一番近くで見てほしいのは君なのよ、フローラ!

 

 

 

 

 

 

 

(追記、夜)

 

 で! 船室も俺とリュカがいっしょだし!

 

 違うでしょッ? そうじゃないでしょッ?

 ここはご夫婦でいっしょの部屋に泊まって、嬉し恥ずかしドキドキイベント発生するところでしょ!?

 

『厳密にはまだ未婚だから男女二人きりになってはいけないのよ。ほら、お嬢様的に』とビアンカ。

 そりゃそう言われればそうだけどさぁ……。

 

 

 

 なんかみんな……、妙に俺とリュカを二人きりにさせてないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 あれから船旅は続いているがキューピッド作戦はやっぱりうまくいかない。注意してよく見ていると、フローラもビアンカもさり気なく距離を取ってリュカと俺をいっしょに居させようしている。

 一体どういうことなんだ?

 と、その理由をずっと考えていたが、今日ようやくそれに思い至った。

 

 

 ――そう。あの子たちはみんな、俺に対して気を遣ってくれていたのだ。

 これ以降の父親探しの旅を、俺が一人でやらなければならないことに対して。

 

 

 リュカがルドマンさんの跡継ぎになるということは、大商人の仕事を引き継ぐということ。その下にはたくさんの部下とその家族がいて、傘下にはさらに大小様々な商会とその従業員たちがいる。

 多くの人の生活がかかっている重い立場。それを放って個人の旅に行く暇なんてあるだろうか?

 

 ――答えは否だ。これから半年の準備期間だけじゃなく、結婚式が終わってからも二度と旅に出る暇なんてあるわけがない。当然、プックル、ピエール、コドランも主であるリュカの元に残るだろう。

 

 つまり……俺とリュカは、もういっしょに旅なんてできないってことだ。

 

 みんなはそのことに気付いて俺を気の毒に思い、こうやって授業や旅行の名目で引き止めてくれたのだ。優しいあの子たちらしい気遣いで、それ自体はとても嬉しく感じている。

 

 

 

 ……けれど、それは良くないことだ。

 リュカが幸せになってくれるのが俺の一番の望みなのに、自分がその足を引っ張っていては本末転倒だ。

 姉弟とは成長していけばいずれ離れていくもの。ならばこれをいい機会と捉えて、ここらでスパッと距離を取るのが最善だろう。

 

 しばらくは寂しい想いもするだろうけど、優しいお嫁さんもいるし、気心の知れた友達も近くにいる。頼りになるモンスター(仲間)たちもずっとそばについている。

 ……だからきっと、リュカは大丈夫だ。

 

 

 

 俺もそろそろ弟離れの時期ってことなんだろう。

 なに、問題はない。故郷の森では元々一人で過ごしていたんだ、きっとすぐに慣れてくれるさ。

 だから俺の事なんか気にせずに、リュカには自分の幸せだけを考えてほしい。

 

 

 いっしょの旅はこれが最後。

 明日こそちゃんとそう伝えて、スパッと切り替えてまた次の旅に出よう。

 

 

 大丈夫……。

 

 

 

        俺は一人でも

 

 

 

                  また頑張れる

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ●月×日

 

 …………あーー、もう。

 

 なんでこうなるかなぁ?

 

 精神年齢は俺の方がずっと高いはずなのに、こういうときに全然うまくやれない。

 

 

 

 

 最後がまた喧嘩別れって、さすがに凹むなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああでも、一応目的のものだけは記録しておかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――壺の中身 : 濃い赤色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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30話 大いなる災厄

「最初に焚きつけた私たちが言えることじゃないけど……」

「……うん」

「やっぱりあれは……ちょっと良くなかったですよ、リュカさん?」

「…………うん」

 

 祠からの帰り道の船上。女子二人から怒り顔で見下ろされながら、リュカは膝を抱えていた。

 結婚話を笑顔で祝福されたときから分かってはいた。姉はやはり姉のままで、弟に対して嫉妬なんかしてくれないのだと。

 

 しかしどうしても、理性と感情は別物だった。

 彼女の口から、他の女性といっしょになることを祝福され……、

 こちらを見てもらおうと頑張ったアプローチは全て受け流され……、

 終いには平気な顔で離れて行こうとする態度を目の当たりにし、つい感情が溢れ出てしまったのだ。

 

「それにしたって、『姉さんがいなくてもどうってことないッ』は無いでしょ」

「ええ。フラれて悲しかったとしても、あれはちょっと酷いです」

「ま、まだフラれてはいないから!」

 

 告白もしていないのに失敗扱いは心外である。ちょっとした手違いから試合前に失格にされただけで、まだ勝負自体はついていない……はずだ。

 そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせ、リュカは改めて反省の弁を述べた。

 

「さすがにアレは……姉さんが怒るのも当然だと思ってる。全面的に僕が悪かった。怒りが収まった頃に、折を見てちゃんと謝るつもりだよ」

「……まあ、それなら良いんですけど」

「今回ので愛想尽かされてなきゃいいけどね?」

「やめてッ!?」

 

 姉弟としての今までの積み重ねはまだ生きているはず……!

 その貯金が健在な内に、一刻も早く謝ろうと決意したリュカだった。

 

 

 

 

 

 ――が、

 

 

「見張り台へ監視を送れ! 異変があれば逐一報告させろ!」

「外壁強化にもっと人員を寄越して!」

「資材が足りない! 補給担当は何やってんだ!」

「自警団を集めろ! 予備兵も全てだ! 他領へも援軍の要請を!」

「急げ! いつ復活してもおかしくないぞ!」

 

 風雲急を告げる事態により、事は謝罪どころではなくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――かつてこのサラボナの地は大いなる災厄に見舞われた。どこからともなく現れた天を衝く巨大な怪物が、平和に暮らしていた住民に突如襲い掛かったのだ。

 その力は現存するあらゆる魔物を上回り、駐留する軍隊や冒険者たちではまるで歯が立たなかった。街は徹底的に破壊し尽くされ、多くの住民が無慈悲にその命を奪われていった。

 

『このまま放っておけばサラボナの街のみならず、いずれ世界中が奴の手に落ちてしまうだろう』

 事態を重く見た当時のサラボナの長・ルドルフは、自身の持つあらゆる伝手と私財を投じて戦力を掻き集め、死闘の末、なんとか怪物を封印の壺に閉じ込めることに成功する。

 しかしその封印は不完全な代物であり、長くとも百数十年しかもたないものだった。壺がその効力を失い赤く輝き始めたとき、再び奴がこの世に蘇るだろう。

 そして今年はその140年目の年に当たり、伝承の通り封印の壺は赤い光を放ち始めてしまった。もはやいつ怪物が目覚めてもおかしくない、街そのものの存亡に関わる火急の事態であった。

 

 

 

「ゆえに私はサラボナの長として、総力を結集してこの街を守らねばならないのだ」

「そ、そんなことが……」

 

 ルドマンから事の次第を聞かされフローラが蒼い顔で呻いた。代々家に伝わる試練の旅が、まさかそんな意味合いを持つ行為だとは思いもよらなかった。

 

「で、でもルドマンさんッ、そんなのただの迷信じゃないんですかッ?」

 

 ビアンカも震えながらルドマンに問い質す。物々しい街の雰囲気から半ば確信を持ちながらも、どうしても希望的観測を捨てられなかった。

 封印の祠に最も近い山奥の村には彼女の大切な両親がいるのだから。

 

「140年も前のことだし……! 誰かの作り話とか、ちょっとした魔物騒動だったってオチじゃ!」

「残念ながら本当のことなのだよ、ビアンカ君。我が先祖の手記だけではない。街の公式文書による被害報告に加え、魔法による当時の記録映像がいくつも残っていた。発見したのはごく最近のこと……、君たちが祠へ旅立った直後だったがね。ルドルフの手記を見つけ、その内容に従って半信半疑で市庁舎の地下を捜索したところ、隠し部屋から膨大な量の資料が見つかったのだ。死者・行方不明者の名簿、街の被害額や復興予算の総計、他国への正式な救援要請書など……、とてもイタズラや作り話で片付けられるものではなかった。――見たまえ」

「ッ! そ、そんな……」

 

 対策室の机に広げられた古い資料と記憶水晶には、当時の被害の様相が克明に記されていた。昨今の魔物被害も決して軽視できるものではないが、ここに記された内容はそれらを遥かに上回る。

 民間人を含む数万人以上の死者。街の八割以上が瓦礫と化し、貴重な文化財や資源、住宅やインフラなども全て破壊された。失われた街の活気と人口を取り戻すまでには、そこから50年以上の歳月を要したという。

 現代のサラボナの街の大きさや人口は当時の数倍以上に膨れ上がっている。仮に140年前と同じことが起きれば、その被害はかつてとは比べものにならない規模になるだろう。

 そのような悲劇の再現だけは、なんとしても防がなければならなかった。

 

「とにかく、私は急ぎ奴を迎え撃つための準備を整える。フローラ、お前は戦えない者たちを連れてこの街を離れなさい」

「え? お父様、何を……」

「誰か! いるかね!」

「はっ!」

 

 ルドマンの呼びかけに外で警備をしていた兵たちが入って来る。

 

「娘を避難民たちのところへ連れて行ってくれ。護衛の兵は予め決めた通りに各組に割り振り、各々ポートセルミ、ラインハット、テルパドールを目指してくれ」

「はっ、了解しました!」

「頼んだぞ。――工兵は引き続き防衛設備の強化を! 戦闘部隊は早急に装備を整えるんだ!」

「「はっ!!」」

「お、お父様、待ってください! 私だけ逃げるなんて……!」

 

 異を唱えようとした娘の肩に手を置き、ルドマンは懇々と諭した。

 怒るでも悲しむでもない。

 やむを得ないことを受け入れた、落ち着き払った声だった。

 

「聞き入れてくれ、フローラ。もしこの戦いに私たちが敗れ、全滅するようなことでもあればこの街は終わりだ。サラボナという街の血を残すためにも、生きて希望を繋ぐ存在は絶対に必要なのだ」

「そ、そんな……」

「ビアンカ君も急いで準備しなさい。間もなく山奥の村へ避難のための部隊が出発する。君はその隊に帯同し、村に着いた後はご両親といっしょにポートセルミを目指すんだ。いいね?」

「え、で、でも……」

「リュカ君。もうしばらく君たちに付き合ってあげたかったが、このような事態となっては切り上げざるを得ない。事が終わって私がまだ生きていたら、また改めて協力させてくれ」

「そんなッ、ルドマンさん! 僕も戦いに参加――」

「ならん!」

「ッ!!」

 

 参戦を進言しようとしたリュカは、ルドマンの鋭い声に身を竦めた。

 娘に甘い、どこか抜けたところのある父親の顔は消えていた。そこにあるのは多くの人々の生命と人生を預かる責任ある大人の姿だった。

 

「君はたまたまサラボナを通りすがった、ただの客人に過ぎない。我が街の存亡に命をかけさせるわけにはいかん。……それよりも君には、フローラとビアンカ君の護衛を頼みたい」

「え?」

「君ほどの男ならば安心して二人を任せられる。安全な場所へ辿り着くまで彼女らを守ってやってほしい。……死地へおもむくこの老骨の願い、どうか聞き入れてはくれんかね?」

「ル、ルドマンさん……」

「お父、様」

 

 ……頭では、理屈では、そうするべきだと皆理解していた。

 これだけの被害をもたらした化け物が再び襲ってくるとなれば、敗北の可能性は十分あり得る。……いや、それどころか文字通りの全滅すら考えられるだろう。

 ならば、残された住民をまとめる立場であるフローラは絶対に生き残らなければならない。

 ビアンカは元々離れた村の住民であり、リュカに至っては遠い異国からやって来た旅人だ。街と心中する義務などなく、勧められるがまま逃げても誰も責めることはない。

 長年の奴隷生活を経た今、世界に冷たい現実があることはリュカも十分理解していた。友人や家族を守るためならすぐにでも頷くべきだ。

 

「でも……僕たちだけそんな……。戦う力があるのに、逃げるなんてッ」

「そ、そうですよ、お父様! みんなで考えれば何か他の方法が……ッ」

 

 けれど冷徹な計算のもと益を取るには、彼らはまだ若く善良に過ぎた。

 少なくない日々世話になった街の住民、そして、見ず知らずの自分に良くしてくれた目の前の夫婦を見捨てて逃げることなど、あっさり決断できるはずもない。

 意思を貫いて突っ撥ねることも、割り切って従うことも選べず、彼らはその場でただ苦悩し、立ち止まることしかできなかった。

 

「……ね、ねえ、ルミナッ。……あなたは……どうすれば良いと思う?」

 

 ゆえに、その場から一人の姿が消えていることに最後まで誰も気付けなかったのだ。

 

「…………? ちょっとルミナ? あなたも何か言っ…………――えっ?」

 

 ビアンカが振り返った先から返ってくる声はなかった。

 先ほどまでもう一人の幼馴染が立っていたはずの窓際。

 そこでは淡い色のカーテンだけが、海風に頼りなく揺れていたのだ。

 

「リュ、リュカ!? ルミナがいないわよッ!」

「えっ? こんなときに一体どこに――」

「装備品もありませんわ!」

「ッ!?」

 

 部屋の一画を見たフローラが驚き声を上げ、ハッと口元を覆った。

 

「ま、まさかルミナさん……、お一人で戦いに!?」

「ッ! あの馬鹿姉さんは――ッ!」

「! リュカ!?」

「リュカさん!?」

 

 引き止める声も聞かず、リュカは開け放たれた窓から外へ飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――サラボナより北西へ30kmの地点――

 

 

(くそッ、なんて間抜けだッ!!)

 

 

 翼をはためかせて森の上空を翔けながら、ルミナは自分自身に悪態を吐いていた。子どもの頃のラインハットでも……、成長した今でも……、肝心なときに自分はいつも後手に回ってしまう。

 いくらリュカと喧嘩した直後で自失していたとはいえ、これほどの禍々しさに気付かず異変を見逃すとは……なんという体たらくか!

 ルドマンから渡された映像や記録を見るまでもなく、すでにルミナは壺の悪魔の存在を確信していた。

 

 ――ドクン、ドクン、ドクン!――と。

 

 彼女の中の勇者の因子がとてつもない邪悪に共鳴し、激しく活性化していたのだ。その鼓動は祠で壺の様子を確かめたときより明らかに強い。

 ……それどころか、今も一秒ごとにその波動は大きくなりつつある。理屈ではなく本能で分かった、すでに復活は秒読みの段階であると。

 何より、怪物のデタラメな強さがルミナには誰より理解できていた。このままサラボナの軍だけで戦えば、間違いなく兵士たちは全滅し、かつてのように街は壊滅させられるだろう。そしてその後始まるのは、周辺の町や村にまで広がる容赦ない蹂躙だ。

 これから弟が暮らしていく街でそんな悲劇が起こるなど、断じて許容できなかった。

 

「だったら今……、この場で滅ぼすッ! 制御できるギリギリまで解放して、即効でケリを付けてやる!」

 

 悪魔とやらが復活した瞬間に全戦力を叩き込み、何もできない内に殲滅する。

 幸か不幸か、ルミナには恐ろしいほどの戦闘力と広域殲滅能力が備わっている。最上位魔族をも屠るこの人外の力があれば、相手が強大な悪魔といえども十分に対処できるはずだ。

 幸い相手の復活場所は人里離れた山中。ある程度()()()を解放したとしても、被害を受ける者は一人もいない。

 

 自分が弟にしてやれる、これが最後の餞別。

 たとえ嫌われてしまったとしても……、

 いなくなって平気だと言われても……、

 自分からリュカへの気持ちは永久に変わらない。

 今も昔も……あの子の身を脅かす敵は、全てこの姉が排除する!

 

 

「ッ! 来たか!」

 

 決意を固め鋼の剣を手にした瞬間、遠くの空が暗雲に包まれた。

 今まで以上の邪気にルミナの肌が粟立った直後、祠の屋根を貫き、漆黒のオーラが上空へと立ち昇る。

 

 一瞬の静寂の後、闇に染まった空に亀裂が奔り、()()は墜ちてきた。

 恐ろしいほどのプレッシャーを纏った力の塊が地上に着弾する。

 周囲の木々や岩石を全て薙ぎ倒し、山中に巨大なクレーターが形成される。

 その中心から立ち上がった巨大な影は大きく両手を広げ、気だるそうに身体を震わせた。

 

「ブウウーイッ、よく寝たわい!!」

 

 伝承通りの山のような威容。

 城壁すら一撃で打ち砕く巨腕と蹄。

 螺子くれた二本角と三つ眼を備えた、悪魔の名に恥じない凶悪な面貌。

 それらを喜悦に歪ませ、古の怪物は封印からの解放に歓喜の声を上げた。

 

「さぁて、ルドルフはどこだ? すぐに殺してやるわい、あの小僧めッ!」

 

 苔むした体表は見るからに頑丈そうで、生半可な攻撃など通りそうもない。

 

 ――が!

 

 

(これなら、殺れるッ!!)

 

 遠くから探ってみたところ、感じる気そのものは戦慄するほどではない。そこらの魔物とは比べものにならないほど巨大なのは確かだが、どうしようもないというほどではない。おそらくは8年前のゲマと同程度。今のルミナが全力さえ出せば一方的に倒し切れる相手だ。

 

 ルミナは限りなく気配を薄め、寝惚け眼の怪物の背後から高速で忍び寄った。

 勇者の気を半分まで解放、ルミナの全身が凄まじい全能感に包まれる。

 両手に携えた長剣に魔力を流し込み、狙うは無防備な首の後ろ!

 

(――死ねッ!!)

 

 目にも止まらぬ最高速での奇襲が、怪物の頸部に叩き込まれる――ッ

 

 

 

 ――寸前。

 

 

「ん~~?」

 

 限りなく引き伸ばされた一瞬の中で、ルミナの鋭敏な聴覚は確かにソレを聞いた。

 

 

 

「なんだぁ、キサマはあ~~?」

 

「ッ!!?」

 

 

 

 瞬間、ルミナは全力で回避に転じた。

 片翼を振って強引に軌道を捻じ曲げ、襲い来る巨腕に鋼の剣を叩き付けて逸らし――

 

 

 

「うっとうしいわあ!!」

「ガッ!?」

 

 

 

 長剣は粉砕され、ルミナの身体は岩肌に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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31話 深淵より飛び立つ

※ブオーンが原作より凶悪気味になっています。ボケっとしたブオーン好きの皆さん、申し訳ありません。


「が……はっ……!」

 

 背中から岩肌に叩き付けられ、ルミナの口元から血が舞う。

 

「ん~? まだ死んでおらんか~?」

「ッ! く、そがッ!!」

 

 ――ドガンッ!!

 

 追撃の巨腕を紙一重で躱し、降り注ぐ土砂の嵐を突っ切って上空へ飛び上がる。関節が増えた左腕を気にする余裕もなく、ルミナは目の前の悪魔を改めて睨み付けた。

 

 

(……強い!)

 

 舐めていたつもりはなかった。

 しかし、想定を遥かに超えていた。

 接敵時に感じた気などこの怪物の力のほんの一端に過ぎない。攻撃をしかけたルミナを察知した瞬間、その力は一気に数倍にも膨れ上がったのだ。

 セントベレスの凶悪な魔物を歯牙にもかけない今のルミナが、腕の一振りで3割以上の体力を持っていかれるほどに……。

 

「ん~? なんだぁキサマ、あのカラスどもの仲間か?」

「う……るせえ、タコ! 天使と言え、天使と!」

「ブフ~、まあ良いわ。身体慣らしにキサマから血祭りに上げてやる! このブオーン様の相手になれることを光栄に思えいッ! ブフーーンッ!!」

「くっ……!」

 

 減らず口も大した時間稼ぎにならず、怪物――あらため“ブオーン”はその巨腕を再び振るった。

 山のような巨体に相応しくその攻撃力は驚異の一言だ。ルミナの立っていた岩場は一撃で粉砕され、撒き散らされた石礫が弾丸のように彼女を襲う。

 翼をはためかせて瓦礫を回避し、再びルミナは上空へ飛び上がる。

 

「カアアアッ!!」

「ッ!?」

 

 一息吐こうとしたルミナを炎の奔流が襲った。

 以前ラインハットで見た、強化されたジャミのベギラゴン。

 それを遥かに上回る灼熱がルミナへ迫る。

 

「フバーハ!! マヒャドッ!!」

 

 光の衣がルミナの全身を包み、吹き荒れる吹雪が炎の威力を減衰させる。

 

「ぐッ……おああああーーーッ!!」

 

 炎の壁から飛び出したルミナの身体は端々から黒煙が上がっていた。二重に軽減した上でなおこのダメージ量。かつて食らった煉獄鳥のブレスなど比べものにならない。

 

「そらッ、まだまだいくぞ!!」

「ッ!?」

 

 息つく間もなく再びの追撃。巨体に似合わぬ高速の連打を紙一重のところで躱す。風圧で前髪が煽られ、押し退けられるように後退し距離を取る。

 そこへ追い縋る広範囲ブレス。極寒の吹雪が森ごとルミナを凍らせようと津波のごとく迫って来る!

 

「くっ、ベギラゴン!!」

 

 業火で吹雪の大半を消し飛ばし、残った氷塊を蹴りで叩き返す。

 

「ぐはははッ、効かぬ効かぬぅ!」

「ちぃ!」

「フハハッ、頗る調子がいいぞ! 知らない技まで使えるわい! 眠っている間にレベルでも上がったか!」

 

 人間大の鋭い氷塊を顔面に受けてもブオーンは何の痛痒も感じていない。

 当然だ。相手の体高は優に30メートルを超え、顔だけでも人間の背丈を軽く上回っている。この程度の打撃でダメージなど入るわけがない。

 

「メラゾーマッ!!」

「温いわああ!」

 

 その他の攻撃も結果は変わらず。メラゾーマやマヒャドなどの上級魔法を放つも、鋼のような外殻で全て弾かれてしまう。予備の剣で斬りかかっても最初と同じく砕け散り、悪足掻きで放った投げナイフに至っては噛み砕かれた。

 戦闘開始から10分以上が経過しているが、与えられたダメージは未だゼロだ。

 幸い初撃以降はルミナも被弾していないが、魔力を全力使用している彼女とほぼ物理攻撃のみのブオーンが根競べをすれば、どちらが先に力尽きるかなど明らかだ。

 

「えーいッ、ちょこまかと鬱陶しい!」

「そんなモン当たるかよ!」

「ぬ~~~んッ!」

 

 ハエを払うように振るわれた腕を躱すこと数十回……、ルミナは覚悟を決めた。

 覚醒状態の今しか使えない勇者専用呪文――ライデイン。

 ゲマさえも瀕死に追い込んだこの魔法なら、目の前の化け物にも有効なダメージを与えられるはずだ。雷による通電ダメージなので硬い外殻も問題にはならない。

 ……懸念としては、意識をより第二人格に近付けてしまうこと。

 そして消耗も段違いに激しいため、できれば使いたくないということだが、この際四の五の言ってはいられない。

 

「後のことは終わってから考える! ――行くぞ!!」

「ムッ?」

 

 翼を強く羽ばたかせ、ルミナはブオーンから大きく距離を取った。

 予備の剣を放り捨て、無事な右手を天へ掲げる。暗闇に染まった空がさらなる曇天に包まれ、黒雲の表面に幾条(いくすじ)もの稲妻が奔り始めた。

 かつては発動に時間がかかっていたが、大神殿で訓練を重ねたことでスムーズな魔力収束が可能となった。今なら謎の人格に意識を乗っ取られることもない。

 

「来いッ、(いかずち)よ!!」

 

 ルミナは上空へ向けて収束した魔力を飛ばした。全身の感覚が空と繋がり、眼下の敵を高みから睥睨する。相手は山中を駆ける山のような巨体、細かな狙いなど付ける必要はない。

 雷雲と同化した魔力に最後の一滴を流し込み、収束限界を一気に突破!

 臨界に達した雷の塊を、一点に凝縮して地上へ引きずり墜とす!

 

「喰らえッ、壺の悪魔!!」

「ム!?」

 

 

 

 

 

「ライデインッ!!!」

 

 

 

 

 

 ――カッッ!!!

 

「ぐおおおおおッ!?」

 

 世界が白光に包まれた直後、凄まじい雷がブオーンを襲った。

 轟音とともに空気を貫いた光が怪物の身体を直撃! 30メートル超えの巨体表面に余すところなく稲妻が奔り、全身の苔を焼き焦がし蒸発させていく。

 雷撃の余波はそれだけに終わらず、周囲の木々や岩場、大地すらも破砕し、飛び散り帯電した粒子がやがて二度目の大放電を引き起こした。

 

「ぬおぁああああーーーッ!!?」

 

 叫びとともに光の中に消え去るブオーン。

 広大な山脈が地盤ごと抉り取られ、周囲数十メートル以上が見る影もなく更地と化す。

 これ以上ない手応えに、ルミナは疲労に震える拳を握りしめた。

 枯渇寸前まで魔力を絞り出した上での全力の一撃、間違いなく会心の当たりだった。

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ!! これでヤツも、少なくとも瀕死に――!」

 

 ゆえに、

 

 

 

 

 

「稲妻よ!」

 

 

 ――ズガアアアーーーンッ!!!

 

 

「があああアア゛――――ッ!!?」

 

 空から降ってきた一撃に対して、ルミナの意識は全くの無防備だった。全身が瞬間的に硬直し、視界が明滅したまま地上へ落下、硬い地面に叩き付けられて肺の空気が全て飛び出した。

 

「カハッ!? ……あ、ぐぅう……!」

 

 しかしより深刻なのは全身を襲う激しい痺れだった。いくら腕に力を込めても、倒れた身体はピクリとも動かない。一体何が起きたのか、思考が千々に乱れて混乱が静まらない。

 

「ぐわはははッ、ワシに対して雷をぶつけようなど片腹痛し!」

「な……!?」

 

 驚愕するルミナの目の前に、白煙を吹き散らして()()()()()が現れた。

 

「あのようなか弱い火花がこのブオーンに通用すると思ったか! 思い上がるな、小娘ッ!」

「うそ、だろ……!」

 

 最大威力で放ったライデインをその身に受けて、ブオーンの身体には表皮が僅かに焦げた以上の傷は全く見受けられない。雷撃に対して高い耐性を持っている証拠だった。

 加えて、自分と似た雷を操る能力まで持っていたとは……。

 無意識の内に驕っていた。勇者の呪文を受けて無事な者などいるはずがない、これさえ撃てば無敵だ――と。単なる攻撃魔法の一つである以上、それを防ぐ術を持つ者がいても何もおかしくなかったのに!

 

「ぐ……ぅッ」

「ぐははははッ、どうした! もう終わりか!」

 

 全力で藻掻いてもなんとか半身を起こすので精一杯だった。いくらルミナが強化された実験体とはいえ、体構造そのものは常人と変わらない。肉の身体を持つ以上、物理的な感電ダメージだけは防ぎようがなかった。

 

「ブフ~~、本当にもう終わりかぁ。久しぶりの戦いがこの決着ではつまらんな~!」

 

 それ以上ルミナに動く気配がないことを察し、ブオーンは拍子抜けといった態度で鼻息を吐く。

 

「! よしッ、ならワシがもっと盛り上げてやろう!」

「な……なにッ?」

 

 倒れるルミナにとどめを刺さず、なぜかブオーンは傍らにある岩に目をやった。

 持ち上げるのに大人が20人は要りそうな巨大な岩石。それを軽々と地面から引き抜くと、お手玉のように弄びながら背後を振り返る。

 釣られて視線の先を見てルミナの全身が総毛立った。

 海の向こうに豆粒ほどに見えるのは、先ほどまで彼女がいたサラボナの街だ。

 

「キサマの前に、まずはあそこにいる人間どもから叩き潰すとしよう!」

「なッッ!?」

「人間どもは仲間に手を出されると力が増すらしいからなぁ。あそこで適当に暴れておれば、キサマももう少し倒しがいが出てくるかもしれん」

 

 事もなげに言い捨てると、ブオーンは巨岩を掴んだままゆっくり歩き始めた。

 山のように大きなその巨体。のんびりと進んでいるように見えて、一歩一歩の歩幅は数十メートルにも及ぶ。この程度の距離など瞬きの間に辿り着いてしまうだろう。

 

「~~く、そ! 待ちやがれ、てめえッ!!」

「ブフフーウッ! それにしても……近場の集落はだいたい踏み潰したはずだが、あんなところに街なんてあったかな? まあ、楽しみが残っていたと考えればラッキーか、ぐはははは!」

「……ッ」

 

 このままヤツが街まで辿り着いてしまえば、その時点でサラボナは終わりだ。

 実際に戦ってみて嫌というほど思い知らされた。

 

 ――あの街の戦力では、ブオーンには絶対に勝てない。

 

 リュカやビアンカがいても同じことだ。この状態のルミナが全力で挑んでこの有り様なのだ。昔より強くなったとはいえ、ルミナより遥かに劣る今の彼らではどうにもならない。街の兵士諸共、容易く蹴散らされて終わるだろう。

 

 そしてその後に始まるのは蹂躙だ。

 平和な街並みも、心優しい人々も、新しくできた友人も、再会できた幼馴染も……、等しくあの巨岩で磨り潰されてしまう。

 

 

 

 

(――姉さん!)

 

 

 

 

「……ッ」

 

 その瞬間、ルミナは人生で一番の恐怖に襲われていた。

 脳裏を過ったのは他でもない、誰よりも大切なリュカ(家族)の姿だった。

 

 ――母親の顔を知らず、父親とも生き別れ、幼い身で奴隷として囚われた不憫な弟。

 別ればかりの辛い日々を送ってきたあの子が、ようやく幸せを手に入れようとしている今、再びそれが理不尽に奪われようとしている。

 

 

 

 

 ――そんなことが許せるのか?

 

 

 

 

「………………ふ、ざけんな」

 

 恐怖の次に湧いてきたのは――怒りだった。

 こんな訳の分からない畜生ごときに、大事なものを暇潰しのように奪われる?

 そんな馬鹿げた現実を一瞬でも受け入れ、諦めようとした自分の弱さに心底腹が立った。

 

「……ふざけんなッ!!」

 

 そうして――怒りに震える彼女の視界に“ソレ”は転がり込んできた。

 叩き付けられた衝撃で地面に散らばってしまった荷物の中。

 ずっと死蔵していた“ソレ”が、巡り合わせのように彼女の目の前に転がっていたのだ。

 

「! ……ああ、そうだ。俺にはまだあったじゃないか。こんなときのために用意されていた“切り札”が」

 

 ごてごてと握りにくそうな柄を拾い上げ、ルミナは無意識の内にソレを額に当てた。

 なんとなく、こうすれば良いのだと本能が教えてくれていた。

 

(そうだ。半分のままで済まそうだなんて、覚悟が全く足りていなかった)

 

 あれだけの力を持つ怪物が相手だ。全力を尽くさないまま挑んで勝てるわけがない。

 ……それは文字通りの()()だ。勇者の力を限界まで使うだけでなく、以前は持っていなかったコレも同時に使用する。

 この血のための専用装備だ、間違いなくあのときより力は上がるはず。

 

「……ッ」

 

 使った結果どうなるかは分からない。

 そのまま死ぬかもしれないし、あるいは人格が塗り潰されてしまうかもしれない。

 一人で消えていく不安も、自分がナニカに造り変わっていく恐怖も、捨て鉢だったあの頃と違ってはっきりと自覚できている。

 

 

 

「……だけど!」

 

 

 

 それでも!

 

 

 

「あいつを喪うのに比べれば――全てどうでもいいことだッ!!」

 

 震える心を鼓舞するように、ルミナは新緑の柄を握り締めた。

 弟の傍にはもう、支えてくれる誰かがいる。

 たとえ自分がいなくなっても、あの子は一人で頑張っていける……!

 

 

 

 

 

 

 だから――!!

 

 

 

 

 

 

「目覚めろッ、勇者(化け物)!! あの子の敵を討ち滅ぼすためにッ!!!」

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

『――提言受諾。システムを起動します』

 

 

 

『専用武装“天空の剣”を確認。……同調率65%まで上昇。第二階梯までの解放が可能です』

 

 

 

『……正常深化完了。第一・第二魔力炉並列起動。神経接続異常なし。システム・オールグリーン』

 

 

 

『対魔族用特殊戦闘個体【ルミナ・リミネート】――――これより、敵を殲滅します』

 

 

 

 

 

 

 

「――AAAAAAAAAA゛ーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 古の悪魔の前で、四枚羽の天使(怪物)が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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32話 誰がために神は鳴る

「パトリシア、急いでくれ!!」

 

 鬱蒼と木々が茂る森の中を猛烈な勢いで馬車が駆け抜ける。

 視界が十分でない山中での強引な走行。引く馬にも相当な負担がかかるのは理解していたが、今のリュカに加減する余裕などなかった。

 ルーラで山奥の村まではショートカットできたものの、空を飛んで直接祠へ向かったルミナの速度とは比べるべくもない。彼女が一人で屋敷を飛び出してからすでに一時間にもなろうとしている。

 

 その間遠くの空では山々が砕け、幾度となく大地が爆ぜ、凄まじい戦闘の余波が大気を震わせた。

 そして、最後に発生したあの雷雲と激しい稲光。リュカにとって忘れようもない、かつてルミナが放った大規模な雷撃魔法。覚醒状態でなければ使えないはずの彼女の切り札だ。

 すなわちルミナは今、それを使わなければならないほど追い詰められているということだ。

 

「早く……、早く……、早く……ッ!」

 

 焦燥のままに馬車を飛ばし続け、やがて、果てしなく続く深い森が終わりを迎える。

 

「姉さんッ!!」

 

 数十分ぶりに見上げる眩しい太陽。

 開けた視界の先でリュカが目にしたのは――

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

『――イオナズン』

 

「グオああああーーッ!!?」

 

 胴体部に大爆破の直撃を受け、城壁に匹敵するブオーンの巨体が木の葉のように吹き飛んだ。

 この呪文もまた、ラインハットでジャミ擬きが見せたソレとは比べものにならない。あちらが単発銃ならこちらは戦車砲だ。いくら攻撃してもビクともしなかった外殻があっさり砕け、少なくない量の血が周囲に撒き散らされていく。

 

「ぐがああーーーッ! な、なんなのだ、キサマは!? ……ワシのッ……ワシの身体が、こんなにも容易く!!」

 

『敵肉体に有意な損傷を確認。攻撃を継続します。

 

 

 ――イオナズン。

 

 

 ――イオナズン。

 

 

 ――イオナズン』

 

 

「ぐぅおああアーーッ!!?」

 

 凄まじい爆破の連続により、全身の外殻が容赦なく剥ぎ取られていく。生まれて初めてであろう明確な負傷にブオーンが僅かな怯えを見せる。

 しかしルミナは欠片も頓着しない。ようやく一矢報いたことを得意がる素振りもなく、ただ淡々と攻撃を繰り返す。

 ……当然だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 頭の中にあるのは、いかに効率良く敵を破壊するかという思考だけだ。

 

 

『外殻の破壊を完了。続いて内部を破壊します。――メラゾーマ』

 

 

 直径5メートルに及ぶ大火球が同時に20以上生み出されブオーンに殺到。巨体が紅蓮の炎に吞み込まれた。

 開いた口腔、砕けた外殻から炎が侵入し体内を焼いていく。いかに頑丈な怪物といえど身体の中までは鍛えられない。無尽蔵の魔力で強化された地獄の業火が内臓や呼吸器などを容赦なく焼き払っていった。

 同時にルミナは翼をはためかせ、ブオーンの懐へ飛び込む。

 息を呑む怪物が迎撃する間もなく天空の剣を一閃――――否、六閃。

 

「ぐばああアッ!?」

 

 雷光のごとき斬撃がブオーンの左腕を切り刻み血煙へと変えた。残った右腕を闇雲に振り回すもすでにルミナの姿はなく、今度は背中側を深く斬られてたたらを踏む。

 前のめりになったところを顎から額にかけて斬り上げられ、ブオーンは顔を覆って悲鳴を上げた。

 

「ぐうううっ……! ス、スカラあ――『霧散せよ』なあッ!?」

 

 少しでも被害を軽減しようと唱えた防御呪文は一瞬で解除された。天空の剣が発した光が発動前の魔法を分解したのだ。

 

『攻撃を継続します。――バイキルト』

「そ、その程度――ガッハ!?」

 

 驚く間もなく、ブオーンの身体はさらに切り刻まれていく。刀身よりも明らかに深い裂傷。魔力により強度と間合いを増した天空の剣は、ブオーンの巨体をいとも容易く抉り取り多大な出血を強いる。

 

「ちょ、調子に乗るなああアアーーー!!」

 

 それでもなお30メートルを超える巨躯は健在だ。ヒビ割れた身体をおして右腕を振り回す姿には、まだまだ余裕が感じられた。

 

 

 ――ゆえに彼女は最後の工程に入る。

 

 

(いかずち)よ』

 

 右手を高々と空へ掲げる。

 長々とした詠唱はもはや必要ない。

 今の彼女ならば――『そうあれ』と望むだけでそれは顕現する。

 吹き散らされていた黒雲が再び湧き出し、山脈の空を深い闇に染めた。

 

「わ……ワハハハハハ! 何かと思えばまたソレか! このワシに雷撃など効かんことを忘れたか、小娘ッ!」

『…………』

 

 何かに縋るような怪物の喚声。ブオーンは引き攣った顔のまま、まるで自分に言い聞かせるように敵を嘲弄する。

 対してルミナは一言も発さない。

 敵の戯言(たわごと)に返答する理由など皆無。

 少女は無言のままひたすら空へ魔力を注ぎ続けていた。

 山の一画のみを覆っていたはずの雷雲はすでに島全体へ広がり、周辺の土地全てを暗闇へ沈めている。

 只人の魔法では……否、自然現象ですらあり得ない異常事態。

 ブオーンの足は知らずの内に後ずさっていた。

 

「な……なんだ、()()は……! そ、そんなもの……そんなものワシは知らんぞッ!」

『必要魔力量を再設定。術式を再構築。――攻撃規模を増大します』

 

 ――雷撃など効かない?

 ()()()()()()()()()()()()()

 電気を通さない絶縁体も決して無敵の物体ではない。

 限界を超えるほどの圧を加えられれば、物体に囚われた電子は弾き出され、やがて絶縁破壊と激しい炎上を引き起こす。

 怪物の外皮でも同じことだ。

 電気が通らないと言うのであれば、()()()()まで魔力を注ぎ続けてやればいい。物理的な限界を超えてしまえば、属性も相性ももはや何の障害にもならない。

 

 

 すなわち、結論は――

 

 

『――魔力充填完了。効果範囲を周囲1kmに設定します』

「な、何なのだッ……お前は」

 

 封印される前も今も、おそらく生涯で一度も味わったことのない驚愕と恐怖。

 抗うことすら忘れ、壺の悪魔は(そら)に浮かぶ化け物を仰ぎ見た。

 

「お、お前は一体ッ、何なのだあああーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

『――ギガデイン』

 

 

 

 

 

 音も光も、振動すらも感じ取れない――引き伸ばされた一瞬の中で、

 

 

 

 曇天が地上へ落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゴロ……ゴロ……ゴロ……と。

 

 上空には今も黒雲が渦巻き、内部に残留した稲妻が島全体を震わせている。

 その眼下に広がる情景は惨憺たるものだった。

 雷の塊が落下した大地は、着弾点から数百メートルに渡り地盤ごと抉り取られていた。中央に空いた穴の底は暗闇に包まれ全く見通せず、一体どれほどの深さとなっているのか見当も付かない。あまりの高温により周囲の岩盤は融け崩れ、赤熱した溶岩の大河がそこかしこに形成されていた。

 まるで巨大な隕石でも墜ちてきたかのような地獄絵図。もはや人知など及ぶところのない災害であった。

 

 

 

「ゲホッ……ゲホッ! みんな、無事かッ!?」

 

 そのクレーターから数十メートル離れた場所。散乱する瓦礫と横転した馬車を押し上げ、その下からリュカたちが姿を見せる。

 

「ケホッ……! え、ええ……なんとか!」

「ガウッ」

「キュー」

 

 全員泥だらけではあるものの、大きな怪我を負った者は一人もいなかった。雷撃が炸裂するあの瞬間、腕力に優れるリュカとプックルが地面に穴を開け、仲間たちを地中に退避させたのだ。

 そうでなければおそらく、全員無事では済まなかったろう。

 

「リュカ。あれが……ルミナの中に隠された力、なの?」

「……うん」

 

 物怖じしないビアンカもさすがに声が震えている。

 それも致し方ない。

 八年前に見せられた勇者の呪文――ライデイン。

 あの時点ですでに人知を超えていたソレを、今回の雷撃は遥かに上回っていた。肉体的に大きく成長したことで、勇者としての力もいよいよ完成に近付いたということなのか……。

 

 

 

『――排熱処理完了。残存魔力量2割を切りました。以後、雷撃魔法は使用できません』

 

「ぁ……ぅぅ……ッ、コひゅ……ッ」

 

『――敵の生存を確認。生命力微少。通常の攻撃手段にて撃破が可能です。

 

 

 

 

 ――頸部を落とし、生命活動の確実な停止を実行します』

 

 

 

「ひ、ヒィ……ッ!?」

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 ――恐ろしい。

 

 現実とは思えない大規模破壊を見せつけられて、リュカは恐怖に震えていた。

 何より――彼女のあの眼だ。

 目の前の敵を生物ではなく、ただ排除すべき物体として捉えるあの無機質な瞳。周囲への被害など何一つ気にしない、ただ対象を殺し尽くすための自動人形。

 姉が別のナニカになってしまった八年前の恐怖がありありと蘇り、リュカの身体は芯から震え上がった。

 

「姉……さん」

 

 分かっていたつもりだった。

 ああなった姉がこの世界の誰よりも強いこと……。

 今の自分などでは到底敵うわけがないこと……。

 大神殿での暴走や半覚醒状態での戦闘を何度も見せられ、十分に理解していたつもりだった。

 だがそれは――本当に『つもり』でしかなかったのだ。

 ラインハットでの戦いで彼女の力になれて、今の自分なら隣で戦うことができると……、戦友として彼女を支えることができると、本気で思い込んでいた。

 

 とんだ思い上がりだった。今までルミナが見せてきた“力”など、彼女の全力のほんの一端でしかなかったのに……。

 

(僕にできることなんて……もう、何もない……。これじゃ見放されるのも……当たり前じゃないか……ッ)

 

 無力感と劣等感に打ちのめされ、少年は力なく地面を見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コフッ』

 

 

「……え?」

 

 

 ポタリ――と。

 水気を含んだ落下音に引かれ、リュカは反射的に顔を上げた。

 

 

『――魔法使用による損傷を確認。――該当部位を精査します』

 

 

「え…………、え……?」

 

 

『――左腕部骨折。

 

 ――両脚部に裂傷、筋肉の断裂を多数確認。

 

 ――天翼2枚焼失。

 

 ――皮膚表面17%炭化。

 

 ――上気道部、中度熱傷。

 

 ――左外耳道損傷、及び鼓膜穿孔。

 

 ――通電ダメージにより内臓筋の6割に麻痺症状。

 

 ――複数の臓器に機能の低下が見られます』

 

 

 

「……ッ!?」

 

 改めて姉の姿に焦点を合わせ、リュカは呆然と息を呑んだ。

 クレーターの中ほどに虫の息で横たわるブオーン。

 その横に墜落するように降り立ったルミナは、全身のあらゆる場所から鮮血を滴らせていた。それだけではない。生身の手足は大部分が黒く焼け焦げ、曲がるべきでない方へ向けて何カ所もひしゃげていた。

 人知を超えたあの大魔法は、術者本人の身体をも激しく蝕んでいたのだ。

 

 

『――損傷部位の処置を完了。――余剰生命力を魔力に変換。――敵の殲滅を続行します』

 

 

 それは決して『勝者』の姿ではなかった。

 残された翼でなんとかバランスを取り、唯一無事な右手で天空の剣を掲げる。

 いまだ身体の各部に雷撃の余波を残し、ときおりフラつきながら吐血する姿は、敵に立ち向かう勇ましき者などではない。

 それは戦いのため無慈悲に使い潰される、哀れな道具の姿に他ならなかった。

 

 

(ッ~~~何をまたヘタれていたんだ、僕はッ!!)

 

 

 自分の情けなさにほとほと嫌気が差し、リュカはその場を走り出した。

 溶岩に足を焼かれても構わずそのまま突っ切る。

 葛藤も、後悔も、劣等感も、蟠りも……。

 リュカの中から余計な感情は全て消えていた。

 

 今はただ彼女がいなくなってしまうことが……、

 あの笑顔と二度と会えなくなってしまうことが、何よりも恐ろしかった。

 

 

 

「姉さん! もうやめて!」

 

『……』

 

 リュカはルミナの進路上に立ちはだかり、それ以上は進ませまいと大きく両手を広げる。

 

「そんな状態で戦えば命にかかわる! お願いだからもう止まってくれ、姉さん!」

 

 足を止めたルミナは表情一つ変えずに邪魔者(リュカ)を見据え――

 

 

『――警告。当機は現在敵の殲滅を実行中です。非戦闘員は速やかに退去してください』

 

 

「ッ……!」

 

 凄まじいプレッシャーを叩き付けられ、思わず膝から折れそうになる。

 それでも両手を広げたままリュカは正面から一歩も動かない。

 

 

『――当機は魔族殲滅において、あらゆる権限を付与されています。妨害と判断された場合、強制的な排除も許可されています。――再度警告します。

 

 

 

 

 ――速やかに退去してください』

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 ……怖い。

 およそ生き物に向けるものではない、冷たく無機質な翡翠の瞳。

 それが自分に向けられることがこんなにも怖いとは思わなかった。

 知らずの内にリュカの身体は震えだし、額からは止めどなく冷や汗が流れ落ちていく。

 

(…………ッ、けど!)

 

「お願いだ、姉さん! 植え付けられた闘争本能なんかに負けないで! 敵を殺すためだけの悲しい存在になんてなっちゃダメだッ!!」

 

 ルミナという存在が喪われることに比べれば、どうということもない。

 彼女の手で討たれることも、彼女から嫌われることも、大切な人がこの世から消えてしまうのに比べれば些細なことだ。

 たとえ取るに足らない存在だと思われていたとしても、リュカからルミナへの想いは何も変わらない。

 自分を攻撃して正気に戻ってくれるならばそれも本望。

 ……願わくば彼女が正気に戻ったときに、敵を殺すために安易にこの力を使ったことを、少しでも悔いてくれれば――!

 

 

『警告が拒否されました。――これより、対象の強制排除へ移ります』

 

 翡翠の瞳が昏く沈み、攻撃意思を宿した右腕が振り上げられた。

 一片の慈悲もない視線にリュカの全身が強張る。

 

『――排除します』

「ッ……姉さん!」

 

 

 そして少年は、襲い来る痛みを覚悟して目を瞑り……、

 

 

 

 ……10秒。

 

 

 

 …………20秒。

 

 

 

「ッ…………?」

 

 30秒が過ぎ、未だに痛みは襲って来なかった。

 

 ……攻撃が外れたのか?

 それともすでに鉄槌は下され、間抜けな自分がただ気付いていないだけなのか?

 覚悟が揺らぎ、不安に駆られてリュカは瞼を開く。

 

 

 

 

 ――と。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……ダ……メッ!」

 

「……え?」

 

 そこにあったのは、命を屠る無機質な翡翠ではなく……。

 

 

 

 

「……手を……出しちゃッ、……ダメ……ッ!」

 

 

 

 

 必死に自らの腕を押し止める、涙に濡れた銀色だった。

 

「ね……姉、さん?」

 

 問いかけに返事は還らない。

 ルミナはリュカの方を見る余裕すらなく、折れた左手で右腕を握り締めていた。

 言うことを聞いてくれない自分の身体を、痛みで無理矢理押さえ付けるように……。

 

「……早く……離れてッ。……今の私はッ……全部……壊してしまう、から……!」

 

 それだけは絶対に駄目なのだ……と、

 自分にそんなことをさせないで……と、

 今にも飛んでしまいそうな微かな意識を、傷の痛みで必死に繋ぎ止めながら。

 

 

 

「お、願い……リュカ! ……あなたを、守るために……使った、力でッ……、

 

 

 

 

 あなたを……殺させないでッ!!!

 

 

 

 

「ッ――!!?」

 

 頭をガツンと殴られた気分だった。

 ……いや、リュカは実際に、誰かに思い切り殴り飛ばしてほしい気分だった。

 これまで何度も間違えてきたのに、今度もまた自分は何も見えていなかったのだ。

 

 

 ――闘争本能に呑み込まれた?

 

 ――敵を殺すためだけの自動人形?

 

 ――自分を攻撃して正気に戻ってくれれば本望?

 

 

 

 

(なにを……なにを馬鹿なことを考えていたんだッ、僕はッ!!)

 

 己の間抜けぶりに血が出るほどに歯を食いしばる。

 

 

 ――姉は()()()()()()にあの力を使ったのではない。

 

 ――安易に使った結果、力に吞み込まれたわけでもない。

 

 ――ましてや、弟を攻撃して正気に戻るなどあり得ない!

 

 

(姉さんは、力に吞み込まれてなんかいなかった! 最初からずっと正気だった!)

 

 当たり前の話だ。

 天変地異のごとき破壊をもたらした上級雷撃魔法。

 それをすぐそばで見ていたはずの自分たちが、なぜ一人も欠けることなく無事だった? なぜ自分たちの後ろの森だけが、扇状に無事な姿を残していた?

 

 ――そんなの決まっている!

 

(姉さんが僕らに当たらないように、力をコントロールしたからだ! こんな山奥で一人で戦い始めたのは、他の人を巻き込まないためだ! 力を使い果たしたときに、自分が機能停止して倒れることまで計算して!)

 

 そんな危険を冒してまで、悪魔との戦いに臨んだのはなぜだ?

 

(決まっている! ()の命と未来を、自分の身と引き替えにしてでも守るためだ! ――断じて、得体の知れない人格に吞み込まれたからじゃない!)

 

 怒りか、悲しみか、喜びか、あるいはその全てか。

 足の震えはいつしか止まり、リュカは大きく一歩を踏み出していた。

 ビクリとルミナの身体が震え、怯えたように一歩下がる。

 

「……姉さん」

「ダ、メ……来ないで……! 今は……理性が……飛びそうでッ……、本能がッ……抑えられない、から……!」

「大丈夫……。大丈夫だから」

 

 ……ああ、本当に。

 自分はこの人の何を怖がっていたのだろう?

 彼女は不死身の化け物でもなければ、心無い殺戮兵器でもない。

 無敵のヒーローでもなければ、何があっても傷付かない超人などでは決してない

 

 無茶をすれば怪我もするし、無理をすれば死んでしまう。

 嫌なことがあれば人並みに怒るし、傷を負えば痛みに泣いてしまう。

 そんな普通の人間なんだ。

 何年も隣にいて、とっくの昔に知っていたこと。

 

 ――そんな当たり前のことを、なぜ忘れていた!

 

 

「…………ッ」

 

 傷だらけの身体を壊れないようにそっと抱き寄せる。全身が血に濡れても構わない。もう決してどこにも行かないように、両腕の中に閉じ込めてしまう。

 

「ごめん……。酷いことばかり言って、何度も姉さんを傷付けた」

「……ッ」

「ごめん。いつも一人で戦わせて、今もこんなに辛い目に遭わせてしまった」

「ッ……ひ……ック」

「ごめん。怖いことも不安なこともたくさんあったのに、僕が頼りないせいで、姉さんにばかり無理をさせた」

「ッ……ち、が……わ、たし……ッ」

 

 しゃくり上げる少女の頬に手を添え、潤んだ目元をソッと拭う。

 

「もういいから……。姉とか弟とか、義務とか責任とか、何も気にしなくていいから……。姉さんの気持ちを……、今まで言えなかった想いを……全部僕に聞かせて?」

「ッ……リュ……カぁ……」

「大丈夫……。何を言われたって、絶対に嫌いになんてなってあげないから。……だって僕は――」

 

 

 

 

 ――初めて会ったときから、こんなにも姉さんのことが好きなんだから。

 

 

 

 

「……ッ」

 

 ビクリと少女の身体が震え、血に濡れた(つるぎ)が落ちる。

 乱れた呼吸で何度も何度もしゃくり上げ、やがて、堰を切ったように言葉が溢れてきた。

 

「……ゃ……だ。……一人にしちゃ……やだ……。もう、寂しいのは……やだ」

「……うん」

「いなくなっちゃ……やだ……。結婚なんかしちゃ……やだ……。他の子のとこに行っちゃ……やだぁ」

「……うん」

「お願い、……嫌いに、ならないでッ……。ずっと、ずっと……ッ、いっしょに……いてッ。……一生……私を、……離さないで……リュカぁ!」

「うん……。もう二度と、一人になんてさせないからッ」

 

 泣きながらしがみ付く少女を、折れてしまわないように……、けれど誰にも奪われないよう、もう一度強く抱き締める。

 

「もう、姉さんだけに背負わせたりしないから……。次に目覚めたときには、全部終わってるから……。だから今は、安心して眠って、姉さん」

「…………ぅん」

 

 朦朧としている意識の中で、ルミナは最後の力を振り絞るようにリュカの肩にそっと身体を預けた。

 今もその瞳からは涙が溢れ続け、身体は痛みで小さく震えている。

 

 

 けれど――

 

 

「…………リュカ」

「なに?」

 

 

 甘えるような声を零しながら、弟に向けられた涙に濡れた顔。

 

 それは、少年が本当に久しぶりに見た……、

 

 

 

 

 

 

「――――大好き」

 

 

 

 

 少女の花が咲くような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、戦闘不能になった怪物・ブオーンは、サラボナから駆け付けたルドマンの手によって新たな壺の中に封印された。

 もうほとんど動けない状態だったとはいえ、あの怪物を唯一殺し切れるルミナは気を失っており、時間を置けば回復して逆襲される恐れもあったため、とりあえずの緊急措置が取られたのだ。

 新しい壺には対象の力を削いでいく効果もあるため、いずれはブオーンも通常の魔物並みに弱体化するだろうとのことだ。

 最終的に殺すにしろ完全封印するにしろ、正式な処遇は弱体化が完了する数年後にまた判断するということになり……。怪物騒ぎはこうして、一人の犠牲者も出さずに終息したのであった。

 

 

 

 

 ――ちょっとリュカ! ボーっとしてないで、早く回復魔法の準備して!!

 ――どどどッ、どうしよう、ビアンカ!? ね、姉さんがッ! 姉さんが僕のこと『好き』って! 『好き』って!?

 

 

 まあ、一部の者には、天地がひっくり返る大騒動が続いていたようだが……。

 

 

 ――喜ぶのは後になさい、この色ボケ弟ッ! 今はとっととベホマッ!! 早くッ!!

 ――は、はぃいッ!!

 

 

 怪物騒ぎの後の微笑ましい延長戦として、兵士たちに生温かく見守られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホッホッホ、順調に成長しているようで何よりですねぇ」

 

 ローブ姿の魔導士が一人、闇の中で薄ら笑いを浮かべていた。眼前には一匹の蛇が自らの尾を噛んだ状態で浮かんでおり、円の内側には遠い戦場の様子がくっきりと映し出されている。

 

「予想はしていましたが、さらに“上”がありましたか。ククク、天空の武具に反応して段階的に解放していく仕様――と。……いやはや、良いですねぇ。様式美というものを分かっていますよ、この開発者の方は」

 

 自ら目覚めさせた怪物には目もくれず、ゲマは周囲数kmにおよぶ破壊痕を実に愉しそうに眺めている。敵であるはずのルミナ(勇者)がさらに強力になったというのに、その態度に悲観や不快の色は一切ない。

 

「こちらも手間暇かけた甲斐があったというものです。適合率65%で()()ということは……、もっと上に行けば一体どれほどのものに――――ッククク! 夢が広がりますねぇ!」

 

 いや、むしろ……、

 

 

 ――ねえ、ビアンカッ、これってもうゴールで良いんだよね!? お互いに気持ちを伝えて両想いってことで良いんだよね!? そうだよねッ!?

 ――自惚れるんじゃないの! どうせこの子のことだから、まだ家族としての“好き”と勘違いしてるわよ!

 ――ええッ、あんなにドラマチックな告白だったのに!? そんな子どもみたいなッ。

 ――ちょっと前のアンタだってそうだったでしょうが! だいたい、『愛してる』『結婚して』ってはっきり言えば文句なしのゴールだったのよ! それをまたヘタれて曖昧な言い方してッ!

 ――うぐぅ……!

 ――この子が回復したら、今度こそ腹を括って気持ちを伝えなさい! それよりも今はベホマあッ!!

 ――イ、イエスッ、マム!!

 

 

「ホホホ、その上微笑ましいラブロマンスまで見せていただいて……。や、昔から見守っていた子供がそういう年頃になったと思うと、感慨深いものがありますねぇ」

 

 そんなこと欠片も思っていないだろうに、魔族はますます愉しそうに笑みを深める。

 ……いや、もしかすると真実、この男は本心からルミナたちの成長を喜び、さらなる飛躍を願っているのかもしれない。

 慌ただしく治療に動く彼らを眺める魔族の眼は、混じり気の無い期待感に溢れていたのだから……。

 

 

「覚醒にはやはり感情の爆発が鍵となりますか。……となると、さらに心を揺さぶるような劇的なイベントがあれば…………、ククク、いいですよぉ、これからもっと愉しくなりそうです! 今後も期待していますよ、勇者殿ッ、ホーッホッホッホッホ!」

 

 

 ……それはどこまでいっても、実験動物に対する期待でしかなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 



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33話 街や国を救ったとはいえ

 

○月×日

 

 …………。

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 気まずいッ!!

 

 理由はいろいろあるけれど、まず一つ目、性懲りもなく再び命を危険に晒してしまったことにすごく罪悪感!

 ラインハットでもかなり口酸っぱく言われたのに、今回もまた同じことをやらかしてしまった。

 状況的にあれ以外方法がなかったことも事実だが、だからといって開き直れるほど俺も厚顔ではない。しばらくは態度で反省を見せようと自戒しているところである。

 

 

 そして二つ目の気まずさ。

 一つ目とも関係あるのだが、これほどやらかしておいて、今回リュカがあまり怒っていないのだ。目覚めたら無限お説教タイムが始まると思っていたのに、逆にすっごい謝られてしまった。

『いつも苦労ばかりかけてきてごめんなさい』って、神妙な顔で何度も……。

 正直、普通に怒られるよりクるものがあった。

 俺の捨て身の行動がリュカにこんな顔をさせたのだと思うと、なんかいろいろ込み上げてきて、久しぶりに泣いてしまった。

 

 ……不覚だった。弟の身体にすがりついてワンワンと情けなく。

 また黒歴史が積み上がってしまって今とても気まずい。早いとこ忘れたい。

 

 

 

 

 最後に三つ目。これがある意味一番の気まずさなのだが……。

 

 ――今回の戦闘の後半について、ほとんど覚えていないのだ。

 

 天空の剣を使って一段上の力に目覚めたこと。

『ギガデイン』とかいうヤバイ呪文でブオーンを瀕死に追いこんだことまでは覚えている。

 ――が、リュカが駆け付けてくれて以降は、何か叫んだような記憶があるだけで、内容の方はさっぱり思い出せない。本人に聞いてもどうにも要領を得なかったし、なんか変なことでも口走ったのではないかとガクブルだ。

 

 

 

 ただなんか……そのときのことを思い出そうとすると、妙に胸の辺りが疼いて変な感覚になってしまう。

 その状態でリュカの顔を見るとさらに顔の辺りもムズムズして、熱くなるというか、あいつの眼を直視できないような感じがして、

 

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 あれ? これってアレじゃね?

 

 

 もしかして……

 

 

 なんというか……

 

 

 100パー無いとは思うが……

 

 

 これってひょっとして、恋 感情 な〆\/╲

 

 

 

 

 

 

 手元が狂った。

 

 今日はもう寝た方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 一晩で体調もだいぶ良くなり、今日はお見舞いに来てくれた人たちといろいろ話をした。(※今はルドマンさんの別荘で療養させてもらっている)

 みんな俺の身体についてかなり心配していたが、本当にもう問題はない。回復魔法と睡眠のおかげで大きな傷はほとんど治っている。

 

 ……だから、今日はもう魔が差したりはしない。

 姉弟間で……、その……アレとか、

 そんな血迷った感じのことを考えることもないのである。

 本当ったら本当である。

 

 

 

 お昼頃にはビアンカとフローラもお見舞いに来てくれた。当然のごとくビアンカからはお説教、フローラからもいろいろ苦言を呈された。

 もっと自分を大切にしてくださいうんぬんかんぬん、と。

 ま、ここで『俺がやるしかなかったじゃん!』と突っぱねるほど子どもではない。状況がどうあれ心配させた事実は変わらないし、むしろリュカに怒られなかった分、かえって安心したくらいだ。今も変わらず面倒見の良い幼馴染と、新たな友達に感謝である。

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……だからこれは、別に婚約話が嘘だったことに喜んで反応が柔らかになってるわけじゃないのです。

『リュカが幸せになれると思ったのに残念だなー』って気持ちがほとんどであって、『またいっしょに旅ができる!』などとウキウキしてるわけじゃないのです。

 水のリングを装備しているのも単に性能が良いからであって、特に他意なんかないので、変な勘繰りはしないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月☆日

 

 ラインハットから使者が来た。

 今回の騒ぎに際して、サラボナから救援要請を送っていたそうで、その後の安否確認や現地調査のために王様が人員を送ってくれたのだ。

 結局早々に解決してしまったため、ほとんど仕事はないのが申し訳ないところではあるが……。

 と思いきや、彼らにはもう一つ大切な用事があった。

 その相手は俺たちで、

 

 

 ――なんと! 結婚式の招待状をいただきました!

 

 

 結婚するのはヘンリー…………ではなく、なんと弟のデール王子だ。

 招待状を読んでびっくりした。

 顔見知りの年下男子が結婚するということもそうだけど、先に兄であるヘンリーからだと思っていたので二重にビックリだ。

 

 とりあえずいろいろ話も聞きたいので、明日使者さんに連れられてキメラの翼でラインハットを訪ねることになった。

 フローラもサラボナ代表として正式に招待されているらしい。(俺たちがヘンリーと知り合いと聞いて驚いていた)

 あと、『お友達枠で何人か連れて来て良いぞ』と手紙に書いてあったので、ビアンカにも声をかけておいた。

 

 俺たちが旅立ってからだいたい半年くらいになるのかな? 懐かしいと言うにはちょっと早いけれど、久しぶりに戦友たちに会えるのがとても楽しみだ。

 

 

 

 ……あと、ルーラの行き先にラインハットが加わるのも地味に助かった。

 これでいつでもあっちの大陸に戻れるぜ。

 後でサンタローズやアルカパも加えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 ラインハット王都に到着! 王族の結婚式が近いからか、いつも以上に多くの人でごった返して賑やかだった。

 にもかかわらず、俺たちは王城へフリーパス。順番待ちもなくあっさりヘンリーと会えてしまった。

『これがお友達特権かw』と冗談交じりに呟いたら、『俺の王族特権だ。早くお前たちに会いたいからな』と笑いながら返された。

 ……この人たらし王子め、思わず照れてしまったじゃないか。

 

 

 その後は近況報告。

 デール君の結婚は、俺たちが旅立った後くらいに決まっていたそうで、半年の準備期間を経てこの度ようやく開催の運びとなった。お相手はラインハットのとある貴族の娘さん。圧政時代も民のために尽くしてきた穏健な家で、デール君と結婚することには多少の政略的意図もあるようだ。

 本人たちの関係は良好らしいので、今後幸せな家庭を築いてくれることを願うばかりである。

 

 あと気になったのは、なぜデール君が先に結婚するのか、ということなのだが……。

 まず前提として、ヘンリーは王位を継ぐつもりはないらしい。長い間王都で踏ん張ってきたデールにこそ王になってもらいたくて、彼の子どもが生まれたら継承権も放棄するつもりだそうだ。(※自分たちのときのように揉めないように)

 そのため、結婚もしばらくするつもりはなく、デール君の王位継承者としての地位が盤石になった後、いいお相手がいれば考えても良いかな?―――というスタンスだそう。

 やっぱりコイツも、王族としていろいろ考えてるんだなぁと改めて感心させられた。

 

 

 しかし、ヘンリーのお相手か……。

 継承権を放棄するということは、王位に興味がない人で、かつ変な陰謀に巻き込まれないように大貴族ではない方が望ましい。(いっそ平民の方がいいか?)

 王にならなくても公務はあるだろうから、それに耐えられる健康な身体、淑女としての教養、ストレスに負けない精神力、何より、ヘンリー自身のことを大切に想ってくれる優しい心が欲しいところだ。

 

 う~ん、なかなかに難儀な条件………………

 

 

 

 

 

 いや、おるやん!?

 思いっきりマリアやん!

 さらにフローラとビアンカもいけるやん! 全員人柄は保証するで! どうや、ヘンリー!?

 

 ――と勧めてみたところ、その場の全員から頬っぺたを抓られた。

 

 解せぬ。

 我、病み上がりぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

Λ月○日

 

 ……数日後に控える式を前に、思いもよらぬ試練にブチ当たっていた。

 結婚式という、フォーマルの極致というべき大イベント。それも一般人ではなく大国の王子様の式だ。当然、出席者にはそれ相応の格式が求められる。普段着で出席などもっての外だ。

 

 

 つまりね?

 

 必要なわけですよ。

 

 

 ――メイクと! ドレスアップが!

 

 

 そんなわけで開催されたのは――ビアンカ、フローラ、マリアによる、ルミナちゃん着せ替え人形大会である。面白がったヘンリー協力のもと、城の衣裳部屋の一つを借り切り、一日がかりの組み上げ作業が行われた。(※余計なことしやがって、アホ王子!)

 

 そりゃね……もう十数年にもなる人生だし、自分の造形が並外れて良いことは自覚してますよ?

 でも、そんなにテンション上げて衣装選びするほどのことっスか?

 三人とも『あれが良いんじゃない?』『いや、これも良いですよ』って、リアルに100着以上の服をあてがわれてマジで疲れた。

 そして衣装の後はメイクについて、それはもう徹底的に教え込まれた。無駄に記憶力は良いのでなんとか基本のところは覚えられたけど、こんな複雑工程毎日やってるなんて、世の女性たちの美への執念がちょっと怖い。

 

 でも一番怖かったのは、『今まで化粧どころか肌ケアもしたことないよ?(※ほぼ自動で回復)』と告白したときの、みんなの真顔だった。

 

 ……マジでブオーン戦より震えた。光のないみんなの目コワイ。(メイドさん含む)

 今後、女性の前で美容について軽々しく触れないでおこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ……まあ、仕上がったドレス姿を見てリュカが『綺麗だよ』と言ってくれたのは、……嬉しい気がしなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Λ月□日

 

 結婚式当日。

 国中から多くの来賓を招いての盛大な披露宴が催された。

 ハイソな空間ゆえ、パンピーの俺たちは隅っこで目立たず過ごす予定だったのに、まさかのド真ん前のメイン席に通されちゃった。親族(=王族)の隣辺り。

「ええの、コレ?」と思いながら、貴族たちに反感を買わないことを願いひたすら笑顔&祝福オーラ。

 リュカなんて、友人代表の挨拶まで仰せつかっていてとても驚いた。言われてみれば確かに、小さな頃にデール君とも何回も遊んだので幼馴染と言えなくもないのか。

 ヘンリーとのほほえま兄弟エピソードも交えた、とても良い挨拶だったと思う。

 

 

 良い式だった。

 新郎新婦どっちもいい笑顔で、政略だけではない絆を感じられる二人だった。

 

 ――『自分も将来あんな風になれたら良いな』と。

 

 挨拶するリュカの凛々しい顔を見て、そんなことを考えてい

 

 

 

 とにかく二人の幸せを願いたくなる、そんな良い式だった!

 ヘンリーやマリアも「うんうん」頷いていたし。

 ビアンカやフローラも「よしよし」と後方師匠面?だったし。

 ヨシュアも無言でグータッチポーズしていたし…………いや、これはよく分からんかったわ。

 

 

 とにかくデール君、これからも末永くお幸せに!

 

 なんで君まで親指立ててたのかは分からんけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Λ月☆日

 

 今も祝福ムード漂う幸せいっぱいのラインハット。

 けれど俺たちはそろそろ旅立たねばならぬ。

 

『サラボナでいろいろあって足を止めていたが、そろそろ当初の旅の目的、天空の武具&父さんの情報集めに戻らねば!』

 

 みんなでプチパーティをしているときにそう伝えたら、ヘンリーから有益情報をいただいた。

 今、世界の各地で、魔物に襲われる人々を助けてくれる謎の戦士がいるらしい。

 その人は筋骨隆々な大柄の男性で、凄まじい剣技で大型モンスターすら一蹴してしまう凄腕の剣士、おまけに怪我人を瞬時に癒す回復魔法の使い手でもあるそうだ。

 なぜか仮面を被っているため素顔は知られていないが、豊かな黒髪と立派な口髭を持つ壮年の男性だという話だった。

 

 

 

 ――これ、父さんで確定じゃあるまいか?

 

 早計に決め付けるのは良くないとは思うが、こんなに特徴が合致する人なんてそうそういないだろうし、可能性はかなり高いと思う。

 まさか半年でこんな具体的な情報を持ってきてもらえるなんて、ヘンリーには本当に足を向けて寝られない。

 

 おまけにこれから向かうテルパドールへの紹介状まで書いてくれたし。

 やー、ホント、持つべきものは太っ腹な友達ですね!

 重ね重ねありがとうございます、王子様!

 

 

 

 

 

 ……けどね、ヘンリーさんや?

 

 友達に大型船を一隻プレゼントするのは、ちょっとやり過ぎだと思うの。

 そりゃ自由に使える船があれば今後何かとありがたいけども……、そんな誕生日プレゼントみたいにポンと渡すもんじゃないからね?

 

 案の定、建造費を見せられてリュカといっしょに腰を抜かした。

 ちょっと見たことない桁数でリアルに手が震えたもん。

 

『もう造ってしまったから貰ってくれないと困る』と言われて仕方なく受け取ったけど……しばらくは眠れない夜が続きそうだ。

 

 

 

 とりあえず、盗まれないようにちゃんと鍵をかけておけばいいのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 ルドマンさんに旅立ちの挨拶をするためサラボナへ戻ってきた。もう何か月もこの街で過ごしているから、なんだか第二の故郷みたいな感覚になってるな。

 長い間別荘に住まわせてくれたルドマンさんには本当に感謝である。

 本人に言ったら『君には返し切れない恩があるのだから、これくらいどうということはない』と苦笑なさっていたが……。

 リュカたちの嘘婚約に付き合ってくれたことも含めて、本当に器の大きい人だわ、この人は。

 

 

 

 

 

 ……うん、マジで器大きいんだよ、この人。

 

 

 

 というのも……なんかね?

 

 ルドマンさん……、家宝の『天空の盾』、俺たちにくれるらしいよ?

 理由は、街を救ってくれたお礼なんだってさ。

 

 その他にも、高価な装備品(水のはごろも、しんぴのよろい、ふうじんの盾etc)や貴重な道具類(さいごの鍵、世界樹の葉、祈りの指輪etc)まで渡されて、そして最後に旅の資金として1000万ゴールドPONとくれたのだ。

 どれもこれも自分からの感謝の気持ちだから、遠慮なく受け取ってくれ――って。

 

 わーい、やったぞ、リュカー。

 これでぼくたちもいっきにおおがねもちだぁー。

 

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 

 もおおお! 大富豪の感覚怖えぇよ! なんでお年玉みたいな感覚で札束ケースをダースで渡してくるの!?

 日本円にしたらだいたい10億円くらいだよ!?

 フローラも当たり前の顔で微笑んでないで止めてよ!

 

『一度に持ち過ぎると危ないから、足りなくなったらまた言ってくださいね?』って、今の時点でもうガクブルだよ!

 

『ヘンリー殿には負けられん。今後も援助は任せろー』って、何に対抗してんですか!

 

 

 ヘンリーといい、ルドマンさんといい、恩に対するリターンがデカ過ぎる!

 パンピー相手にはもっと自重してください!

 

 

 

 

 

 

 

 



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