D×D 悪魔の兄弟 (水飴トンボ)
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旧校舎のディアボロス
第1話 悪魔の兄


 初投稿です。見切り発車な点が多いですが、読んでいただけたら幸いです。
 設定は原作準拠なのが多いので、原作既読推奨です。


 知らない世界はこの世にごまんとある。彼が人間をやめた瞬間に、悟ったことであった。自分が見てこなかったものはもちろん、目に見えていながら気づかなかったこともある。それは身近なことにも言えた。

 兵藤大一の生活は非常に多忙であった。勉強、スポーツ、部活といった学生生活だけなら満喫しているとも言えるが、彼の場合それだけではなかった。

 まず同じ学校に通う一学年下の弟、兵藤一誠についてだ。他校にまで知れ渡るほどの有名な少年だが、それは名誉なものではない。校内きってのエロ大名なのだ。先日も女子剣道部の着替えがのぞかれたという騒ぎがあり、彼らが校庭を走り回ることになった。

 

「待てぇぇぇ!愚弟と他2人!」

「待つかぁぁぁ!兄貴に捕まって碌なことあった例が無いんだよ!」

「手を上げたことは一度も無いだろうが!」

「体育館掃除一週間とかざらだろうが!だいたい今回、俺は覗けてねえ!未遂だから捕まえるのは松田と元浜だろうが!」

「一誠、お前親友を売る気か!先輩、コイツもノリノリでついてきましたぁ!」

「同罪です!同罪です!」

「お前ら、ズルいぞ!本当に今回見れなかったんだからな!」

「どっちにしろ3人とも捕まえるつもりだわぁ!」

 

 この追いかけっこなど一誠、松田、元浜の誰かがやらかしたというタレコミがあれば必ず起こるものであった。当然、大一は目の色を変えて彼らを追うのであった。

 

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 彼らを捕まえてひとしきり説教が終われば、次に大一が向かうのは生徒会室だ。この駒王学園の実権を握っている生徒会長にいつものごとく頭を下げるために。

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした!」

「大一くん、もういいですから。とにかく見守りを強化します。それに弟さんたちは退学にはしません」

「いつも本当に申し訳ありません。今回こそはあいつらによく言い聞かせますし、報告のあった女子部員にも謝らせに行きます。それと剣道部の掃除についても10日間はやらせますし、俺も監督しますし手伝いますから…」

「見ているこっちが哀れになるのでやめてください。それにいつも来なくていいって言いましたよね?」

 

 生徒会長の女性が眼鏡を上げる。真面目な印象を抱かせる美人だが、憐れみと困惑、そして呆れの入り混じった表情がその顔を支配していた。

 

「いやしかし弟の件を何度も見逃してもらっています。兄としては、誠意は見せなければ」

「それについては以前話をつけました。とにかくあなたも暇でないんですから、下手に自分の時間を削らないでください」

「…わかりました。とにかく今後は無いように気をつけます」

「期待しないで待つことにします」

 

 大一は下げた頭を上げると、申し訳なさそうな表情で生徒会室を後にする。妙に疲労感を醸し出すその背中を生徒会長の支取蒼那は気の毒そうに見ていた。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 そして彼が最後に向かうのが、学校の中でもずば抜けて不気味さを醸し出す旧校舎だ。本校舎の裏手にあるこじんまりした木造校舎を、大一は大きな歩幅でぐんぐん進んでいく。2階に上がり目的の部屋に入ると、見慣れてしまった異様な部屋が目に入る。壁や天井には文様、床には巨大な円陣、どこか不釣り合いなソファーがいくつか。

 この部屋はオカルト研究部の部室であった。明らかに異質な名前と場所だが、その部屋にいるのは、学園の中でもずば抜けて華やかさを持っていた人物たちであった。

 大一が入ってくるなり、ひとりの美少年が話しかける。木場祐斗、学園一の美男子だ。

 

「お疲れ様です、大一さん。今日の追いかけっこはハードそうでしたね」

「まったくその通りだよ。あいつら、俺から逃げるとき異常に速いんだが、今日は特にすごかった」

「先輩がもっと締めればいいんです」

 

 ぼそりとしかしはっきり聞こえるように会話に混ざったのは、一年生の搭城小猫だ。そのこじんまりした体によく似合う可愛らしい顔で、ソファに座りながら菓子をほおばっていた。

 また一つ菓子を飲み込んだ小猫は、猫のような上目遣い(座っているだけで絶対に狙っていない)を大一に向ける。

 

「大一先輩が甘いんです。先輩が謝っているから大丈夫だと思っちゃうんですよ。私が入学してからも、何度も頭を下げているじゃないですか。無駄に頑張りすぎです」

「後輩たちの心配が嬉しいものだな。同年代はそうもいかないからな」

「あらあら、誰のことを言っているのでしょう?」

 

 お茶を入れていた手を止めた黒髪の女性が笑顔を崩さずに大一に問う。

 

「俺は特に誰とは言っていないよ」

「じゃあ、私の早合点かしら。でも主であるリアスに対しては、そういうこと言いませんものね」

 

 ニコニコとした笑顔を一切崩さずにプレッシャーをかけてくるのは、オカルト研究部で副部長を務める姫島朱乃だ。長く艶やかな黒髪に年齢離れしたグラビア体型の和風美人だが、大一としては長い付き合いでもあるにかかわらず未だに距離感のつかめない相手であった。

 

「ハイハイ、変な喧嘩しないの。とりあえず大一も来たことだし、ちょっと話をさせてもらってもいいかしら?」

 

 そして話に終止符を打つかのように宣言したのは、部長であるリアス・グレモリー。紅の髪は不思議な魅力を放ち、その見た目と豪胆な性格、文武両道の実力から学園でもトップの人気を誇る女性であった。

 あらゆる意味で学園の有名なメンバーが集まるオカルト研究部であったが、ある種の共通点があった。それは彼女らが人間の欲望を糧に生きる悪魔であることだ。もちろん大一もその例外ではない。だがすでに彼は家族への秘密として割り切っていた。そうやっていくしか方法が無いのだから。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 こんな毎日の繰り返しでも、ふとしたことから張りは見つかるものであった。数日前に弟の一誠がいきなり部屋に入ってきた。

 

「兄貴、聞いてくれよ!」

「まずお前はノックしろ。俺がそこらへん気にするのは知っていると思っていたが」

「あー、いや悪かった。でもさ、それどころじゃないんだって!」

 

 身の入っていない謝罪をする一誠は誰がどう見ても興奮していた。その興奮を打ち明けたくて仕様がない様子だ。彼が興奮しているのは、高校に入ってからエロ関連でしか見たことがないので、大一は弟のはしゃいだ様子をほとんど気にも留めなかった。

 

「実は俺、彼女ができました」

「どうもちゃんと眠れていないようだな。夢にまで弟が出てくるのはよくない」

「いや、夢じゃねえよ!がっつり目開いているだろ!」

「一誠、見栄張ってもすぐにバレるからやめときな。それとも罰ゲームか?だったら、もう少しリアリティのある嘘をだな…」

「嘘でもないっての!ほら、これが証拠!」

 

 大一は目の前に突きつけられた携帯の画面に目を凝らす。そこには黒髪の美女が映っていた。カメラ目線に何となく見覚えのある公園の背景、なによりも一緒に映っている弟を見ればさすがに彼も信用せざるを得なかった。

 

「マジかよ…!どこで知り合ったんだ!?」

「いや本当にいきなりのことでね。こんなに可愛い子が告白してきたんだから、OKって言うしかないだろ」

 

 明らかに勝者としての余裕を見せる一誠だが、その話を聞いて大一が思ったことは怪しいという言葉であった。自他ともに認めるほどのエロく、それを隠そうともしない彼に、いきなり見ず知らずの女子から告白など、すぐに信用できるものだろうか。

 大一はあごを撫でながら、ニヤニヤする弟に視線を向ける。

 

「お前それ不自然すぎるだろ。木場祐斗くらいのイケメンなら百歩譲ってだが、お前だぞ」

「でも現実のことだぜ」

「それはわかるが…なんか腑に落ちないな」

「兄貴、さすがに羨ましいと思っただろ」

「羨ましい…もあるが、不信感の方が大きいわ。それで自慢の為だけに来たのかよ。気持ちはわかるが、性格悪いな」

「あーごめん。自慢もあるけどちょっと相談もあってさ。今度の休みにデートするんだけど、ちょっと自信なくて…考えるの手伝ってくれないか?」

「俺だって経験無いんだぞ!?モテない野郎が2人で頑張ったって意味無いだろ!」

「そこを何とか!兄貴くらいしかこういうの相談できないんだよ!」

 

 一誠は目の前で手を合わせて大一に頼み込む。困った時に何度も見てきた表情と動作であった。胡散臭い話ではあったが、弟の幸せを邪魔するほど彼も無粋ではなかった。

 大一は軽くため息をつくと、紙とペンを取り出して机に向かう。

 

「それでプランは?」

 

 結局その日は一誠と共にデートプランを考えることに付き合った。小猫の言うように自分は甘いのかもしれないと思いつつ、彼は今日も睡眠不足となっていった。

 

 

 

 不思議な日常だった。現実と非現実が入り混じった生活、思い描いていたものとは違ったが、後悔なく過ごせる毎日であった。

 しかしその日だけは違った。その日、大一は激しく後悔した。かつて自分が人間をやめたこと、悪魔として生きている今の自分を。

 

「そりゃ無いだろ、一誠…」

 

 リアス・グレモリーからある話を聞いたとき、大一は絞り出すようにつぶやいた。思ってもいなかったのだ。弟が自分の人生に関わるようなことを、そのせいなのか命を落としたということを。

 

 




 主人公の名前は「ダイチ」と読みます。最初は太一で書いていたのですが、某デジモンの主人公が頭にちらついてしまったので変更しました…。名前としてはあるけど、漢字では無さそうな名前だと思います。


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第2話 瀕死の弟

 どうしても立場上、この序盤は主人公が曇る状況になっています。


 ここ最近、一誠はさっぱり腑に落ちない毎日を送っていた。少し前までは初めてできた彼女に浮かれていたのだが、その彼女にデート中、殺されるという夢を見てから彼の生活は一変した。

 まずすっかり夜型の生活になってしまった。それも昼夜逆転しただけという単純なものではなく、夜になると不思議なことに力が湧いてくるのだ。体力は上がり、フルマラソンでも問題なくできそうな実感すら湧いてくる。

 これに併せて、朝はかなり辛いものになっていた。朝の時間、そのものが一誠にとって厳しく、言葉にもできない気怠さが襲ってきた。

 この体の変化だけでもおかしいのに、これ以上に不思議なことが彼の周りに起こっていた。それは天野夕麻の存在を誰も覚えていないことであった。大親友である松田と元浜には写真を見せたし、兄である大一とは一緒にデートプランまで考えたほどだ。少なくともこの3人には間違いなく話したのに、全員が名前すら聞いたことないというではないか。不審に思ったが自分の携帯電話にはメールアドレスも写真も初めから無かったかのように消えており、一度は一誠も夢だったのかと疑いすらした。しかし何日かは彼女ができたことで浮かれていたのだ。そんな数日分を一度の夢で見るわけがないし、彼自身も他の連中に話したと確信しているのだ。

 それなのに現実はそれを否定してくることばかり。心身ともに気怠い感覚に襲われながら、一誠は今日も一日を過ごしていくのであった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 ここ最近、大一はさっぱり腑に落ちない毎日を送っていた。毎朝、母に無理やり起こされる一誠を見て尚更そんな感情が湧きおこる。毎晩、弟が夜中まで起きているのは大一も知っており、外に出て走っている姿も見ていた。3年前の中学時代、自分も同じことをやっていたのを思い出す。もっとも自分が悪魔になった時と、今の弟の境遇はだいぶ異なるのだが。

 また天野夕麻について知らない、と嘘をつき続けるのも大一としてはやきもきしていた。これまでも家族には自分が悪魔になったことは特別な力で隠していたが、知っていることについて嘘をつくのはどうも気分が良くなかった。弟の死因について自分がよく知っているとすれば尚更だ。

 

「弟くんの調子はどう?」

 

 ある日の夜、大一はリアスと街を歩いていた。悪魔の敵対勢力である堕天使が町に入ってきたという情報があり、対象を探すためであったが、リアスとしては大一と話すために意図的にペアになっていた。

 

「ここ数日は目に見えて困惑している様子がありましたよ。さっさと話せばいいのにと思いますけどね」

「自分が変わったことを自覚させるために時間は必要でしょ」

 

 リアスの発言に、大一は押し黙る。この点については賛成できなかった。人間から悪魔になる経験をした身としては、あの変化は気味の悪いことこの上なかった。何かしらの説明は必要だったのではないだろうか。

しかし同時に変化に気づかないまま、事実を直面化させるのも心苦しいものがある。彼女の言うように、今までの自分とは違うことを気づいたうえで知るべきことではあるのだ。死んだ、という事実に。

 

「大一、わかっていると思うけど…」

「あなたが悪いわけじゃない。あいつに神器(セイクリッド・ギア)があるなら、遅かれ早かれ堕天使に狙われていたでしょうよ。もっともあいつを殺してしまったのは俺の責任でもありますが」

「やっぱりわかっていないじゃない。これはあなたじゃなくて私の責任。だから彼を悪魔にして生き長らえさせたの」

 

 珍しく自信ではなく、自嘲がこもったような声色で彼女は話す。大一としては、そんな彼女に怒りなど湧かなかった。一誠が堕天使に殺されたと知った時に、大一はただ呆然とした。どこか受け入れがたく、同時にその可能性は常々考えていた。自分が悪魔になってから家族の誰かに危険が降りかかることを。しかし自分にとって都合のよい言葉で、情けないながらも目をつぶっていた。巻き込まれない、悪魔になったのは自分だからなのだと。

 その想いがすっかり先行している彼は、罪悪感こそ湧けど自分の主に怒りなどは抱かなかった。もっとも彼が悪魔になったこと、弟が狙われたことは関係ないのだが。

 モヤモヤとした気持ちで歩いていると、大一の体にわずかに電流のような痺れる感覚が走った気がした。悪魔になってから、何度も経験した特有の感覚だ。

 

「…リアスさん」

「部活中は部長でしょ」

「いるな…堕天使の感覚。しかも悪魔の近くで一人となれば…!」

「今、私も感知したわ。いくわよ」

 

 2人は背中から黒い悪魔の翼を出すと、目的地へ一目散に飛んでいった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 一誠は苦しんでいた。ただ親友の家でエロDVDの鑑賞会をして帰路についていただけなのに、いきなり出会ったスーツ姿の男に光の槍で攻撃されるなど誰が思うだろうか。まさか自分の人生で2度も命を狙われるとは思いもしなかったし、その理由も皆目見当がつかなかった。

 苦しさと恐ろしさが入り混じる。目の前の男は殺そうと迫ってくる。死ぬ覚悟なんて決められるわけがなかった。だからこそ彼の頭にはあの時の紅が浮かんだ。本当にいたかわからない彼女に殺された夢の時、わずかに見えた、それでいながらはっきりと頭に残った紅の髪…

 

「その子に触れないでちょうだい」

 

 風切り音と共に男の手から血が流れる。一誠の横を通り過ぎた女性は、彼が夢で見たその人であった。

 

「…紅の髪…グレモリー家の者か…」

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん。この子にちょっかいを出すなら、容赦しないわ」

「そもそもすでに手を出しているんだ。すぐにでもそっちを倒して拘束しても、こっちは構わないが」

 

 聞き覚えのある声に、一誠はさらに視線を上げる。スーツの男の後ろで同じくらいの身長の男が傘のような物を向けている。わずかに見えたその顔は、毎日顔を会わせている兄であった。

 

「…ふふっ。これはこれは。その者はそちらの眷属かこの町もそちらの縄張りというわけだな。まあいい。今日のことは詫びよう。だが、下僕は放し飼いにしないことだ。私のような者が散歩がてらに狩ってしまうかもしれんぞ?」

「ご忠告痛み入るわ。この町は私の管轄なの。私の邪魔をしたら、そのときは容赦なくやらせてもらうわ」

「その台詞、そっくりそちらへ返そう、グレモリー家の次期当主よ。我が名はドーナシーク。再び見えないことを願う」

 

 スーツの男は背中から黒い翼を出すと飛んでいった。危険が去ったと安堵した時、一誠は膝をつきそのまま意識が途切れていった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

「おい、一誠!」

 

 大一は近づいて呼びかけるが、一誠は目を閉じて気絶していた。軽く頬を叩くも反応は無く、その姿はダメージの大きさを物語っていた。

 倒れた一誠をリアスも覗き込む。彼女の視線は腹部の傷に向かっていた。

 

「これは少しばかり危険な傷ね。仕方ないわ。大一、家に運びましょう。治癒は私がやるわ」

「…助かりますか?」

「しっかり魔力を流し込めば大丈夫よ。一晩、添い寝する必要はあるけど」

「あー…わかりました。それじゃお願いします」

 

 大一は気絶した一誠を背負うと、自分の家に向かって歩き出す。幸い、ここからだとそこまで遠くはなかった。

 むしろ大一は罪悪感が再び溢れてきた。弟が再び命の危険にさらされる前に何かできたと思うと胸が押しつぶされそうな気持ちだ。せめて自分が魔力を流し込むことができれば…しかし絵面的なことを考えると、できたとしてもリアスに頼むだろう。ただ明日の朝はできるだけ家を早く出る、大一はそのことを固く胸に誓った。

 




 巻きで行こうと思うのと同時に、そこまで展開をしっかりと決めていないというジレンマ…。
 次回あたりに、主人公の力については出したいところです。


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第3話 互いの紹介

 とにかく書いたら投稿していきます。まず一巻分を消化できるようにしなければ。


 早朝の駒王学園はさすがに人も少なかった。教師たちはまばら、朝練を始めている部活さえまだない。ましてや、オカルト研究部という文化的な部活は活動すらしていなかった。しかしそこには、すでに兵藤大一が頭を抱えながらノートを広げていた。いつもは禍々しさを醸し出す部室も、朝の光が少しでも入れば輝かしい雰囲気もありながらも、同時に掃除では拭いきれない古さも露呈している。そんな閑散とした部屋で大一は自分で淹れたお茶をすすりながら、ペンを走らせる。口の中には特別美味くもない味が広がっていった。勉強に集中するには、それで良かったかもしれないが。

 早朝から学校に来たのには、なるべく一誠やリアスと会いたくなかったからだ。昨晩、一誠を介抱した大一は家につくと服を脱がせそのまま彼のベッドに置き去りにした。彼が堕天使から受けた傷は想像よりも深く、悪魔にとって毒である光の力がよりダメージを大きくしていた。もちろん治療はできる。しかしそのやり方が問題であった。傷の深さから大量の魔力を体に流し込む必要があるのだが、体を直に密着させる必要があった。

 それにリアスは育ちのせいなのか、それとも悪魔的感性なのか、どこか一般常識に欠けるところがあった。特に性方面については突拍子もないところが目立つ。しかも身内にはかなり甘い性格なので、気を許して何をしでかすかわからない時も多々あるのだ。

 この2つのことから、リアスが一誠に対して取る行動を予測するのは難くない。それがわかれば、騒ぎに巻き込まれないように逃げるだけだ。

 

「あれ、大一さん?」

 

 後ろから呼ばれて振り返ってみると、木場祐斗がいた。相変わらず完璧ともいえる顔で大一のことを不思議そうに見ている。

 

「早いですね。なにかあったんですか?」

「昨日、弟が堕天使に襲われてな。光の攻撃喰らったから、部長が治療に当たっているんだよ」

「ああ…朝に顔を会わせるのが気まずいから早く来たと」

「それ以外、何があるんだって。お前こそ早かったじゃないか」

「ちょっと物を取りに」

 

 そう言って、祐斗は本棚を漁る。目当ての本はすぐに見つかり、大一も特に気にしていない様子でノートに視線を移していたのだが、何も言わず出るのも気まずかったのか、祐斗は話を続けた。

 

「僕も以前に一度だけ受けましたけど、あれはさすがに困りますからね。部長はそっちの方が早いし治癒の効果もあるって言いますけど」

「それなりに付き合いがあっても、理解しかねるな」

「大丈夫なんですか。一誠くんの評判を考えると手を出すかもしれませんよ」

「さすがに惚れてもいない相手に襲われたらあの人も黙らねえだろ。それにそんなことは万にひとつもありえない。弟は流されやすくも、基本はヘタレだからな」

「学校での評判を聞いていると、そういう勘繰りしちゃいますよ」

「お前、本気で言ってないだろ」

 

 大一は顔を上げて、口元に笑みを浮かべる。基本的に疲れているのか、げんなりした表情が多い男なのか、その笑顔すらもおぼつかないように祐斗は見えた。

 

「まあ、リアスさ…あー部長についてもちょっと振る舞いは考えて欲しいものだがな。あの人は次期当主になることについて、自覚が無さすぎる」

「でも大学までは好きにやらせてもらうという条件なんでしょう?」

「そうだよ。ただ俺としては今から意識くらいして欲しいものなだけ」

 

 再び視線をノートに移して答える大一に、祐斗は眉を上げた。彼の言うこともわかるのだが、はっきりと言うものだ。祐斗は大一との付き合いは学園に入ってからなので1年ほどだが、その期間でもこの男が転生悪魔とは思えないほど、悪魔の伝統的な考え方を抱いているのを知った。先日も弟が殺されたのに、怒りに身を任せた行動などは取っていない。呆然としていたが、それだけなのだ。

 

「大一さんって人間から転生した割には、悪魔の世界で規範的な考え方をしますよね」

「人間から転生したのは、お前もだろう。人のこと言えないものだぞ」

「…そうですけど、僕はこれでもそっちの方面とは関わりがありましたから。大一さんはなんというか…」

「ただの一般家庭」

「そうですね。ちょっとそれが不思議で」

 

 祐斗は少し遠慮するような言い方をする。大一のどこかドライかつ真面目な悪魔的価値観については祐斗も思い当たる節はあるのだが、又聞きな上に確証も無いので言及しようとは思わなかった。

 大一は大一で、祐斗の言い方に特に反応も見せず、残ったお茶を飲み干した後に話を続けた。

 

「言ってもこれからは俺だけじゃない。一誠だって同じような立場になるんだ」

「そういえば今日でしたね。一誠くんに真実を話すの」

「まあ、混乱しないことを祈るだけだな」

 

 あまりこの話を広げられたくなかったのか、大一はノートをパタンと閉じると、荷物をまとめ始める。祐斗もそれ以上は話さず最近の悪魔の仕事について当たり障りない話をしながら、大一と共に部室を後にした。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 早朝の兵藤家では大一の予想通り、裸のリアスが隣に寝ていたことで一誠と両親が混乱の状態だった。その場に出くわさなかった大一は胸をなでおろすような気持だったが、彼の意に反して別の方面でその日は苦労を迎えた。

 原因は一誠とリアスが2人で登校してきたことであった。リアスは学園の中で男女ともにずば抜けた人気があり、ファンと呼べる存在はこれでもかというほどいる。そんな彼女がエロいことで有名な男と一緒に学校に来たのだから、当然のごとく他の生徒が面食らっていた。

 これについて本人に確認しようとするのは少ない。リアスには遠慮があるし、一誠には関わりたがらない人も多いので親友くらいだ。そうなればリアスと同級生で、一誠の兄である大一に話が回ってくる。

 

「先輩!どうしてあんな奴とリアス先輩に関係があるんですか!」

「知らないよ」

「お前の監督責任だろ!どうにかしろよ!」

「無茶言うな」

「むしろお前が彼氏で、NTRの可能性は…」

「事実無根だ!」

 

 こんなやり取りがその日ずっと行われていたのだ。放課後にもなれば、逃げるように部室へと向かい、そのままソファに座り込んだ。部室の奥ではリアスがシャワーを浴びており、その近くで朱乃がタオルを用意していた。大一の対面に座る小猫はいつものごとく和菓子を食べている。祐斗はすでに一誠の迎えに向かっていた。

 

「まさかここまでなるとは思わなかったわ」

「部長はその辺り鈍感ですものね」

「朱乃さんも人のこと言えないけど…」

 

 朝の騒ぎについて上級生の3人が各々に口にする。女性陣は特に気にしていないような、一方で大一の方はすっかり疲れてどうでも良さげな口調だった。

 眠そうに目を抑える大一は、誰に言うでもなくぽつりと呟く。

 

「身内と改まった感じで会うのも不思議なもんだ」

「…食べます?」

「今はいいかな。気持ちだけ貰っとく」

 

 大一が笑顔で手を振ると、小猫はフォークに刺した羊羹をそのまま口に運ぶ。無表情ながらも、その気遣いが彼にはありがたかった。

 間もなく木場祐斗がノックして、扉の外からひょこっと顔を出した。

 

「部長、連れてきました」

「ええ、入ってちょうだい」

 

 このやり取りだけで切羽詰まったような緊張が大一を襲う。ただこの後の事実を弟が受け入れてくれることを願うだけであった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 一誠は状況が読みこめなかった。昨日の夜から不可思議なことが起きすぎているのだ。とてつもない痛みに気絶したと思ったら、朝は学園のアイドルであるリアスが裸で添い寝。一緒に登校までした。そして彼女の使いとして来た木場祐斗に案内されると、学園の人気者や兄がそこに集まり、悪魔だと名乗られる。こんなことをすぐにでも理解しろという方が酷なものだ。

 さらに驚いたのは、彼女たちの口から天野夕麻について語られたことであった。なんでも彼女は堕天使という悪魔の敵対種族であり、彼の体にある特別な力…神器(セイクリッド・ギア)を狙ったというのだ。一誠が考える強い存在(漫画のキャラを言ったら兄に目を細められた)を思い浮かべると、その腕には赤く重そうな籠手が現れた。この籠手の力を狙われたらしい。

 あらかたの説明を受けても、全ての話を理解できた自信はない。同時にどこまで話を信じていいのかもわからなかった。しかし一誠含めた全員の背中から黒い翼が現れるのを見ると、いよいよリアスたちの話も真実味を帯びてきた。自分が死んで悪魔になったということが。

 

「改めて紹介するわね。祐斗」

「僕は木場祐斗。兵藤一誠くんと同じ二年生ってことはわかっているよね。えーと、僕も悪魔です。よろしく」

「…一年生。…搭城小猫です。よろしくお願いします。…悪魔です」

「三年生、姫島朱乃ですわ。いちおう、研究部の副部長も兼任しております。今後もよろしくお願いします。これでも悪魔ですわ。うふふ」

「兵藤大一…今さら自己紹介なんてする間柄じゃねえな。まああれだ、お前と同じく悪魔になってしまったわけだ」

「そして私が彼らの主であり、悪魔でもあるグレモリー家のリアス・グレモリーよ。家の爵位は公爵。よろしくね、イッセー」

 

 彼女らの紹介にただ自分の境遇が現実離れしていくのを実感する一誠であった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 その日、大一と一誠は一緒に帰っていた。兄弟2人で帰るなんて小学生以来だったため、2人の間には奇妙な空気と沈黙があった。

 大一は居心地が悪かった。できることなら朝と同様に逃げてしまいたい気持ちだったが、事実を知った以上は何らかの形で向き合う機会が必要だと思ったのだ。

 だが自分から沈黙を破るつもりはなかった。一誠に対して自分から切り出しても薄っぺらい内容にしか思われないだろう。だから帰路の途中くらいで一誠が話を振ってくれたのはありがたかった。

 

「あのさ、兄貴。もしかして夕麻ちゃんのこと覚えていたのか?」

「ああ、覚えていたよ」

「なんで教えてくれなかったんだよ!」

「リアスさんに言われたから。それ以外にあるか」

 

 一誠が不満そうに眉を曲げる。非難を受けるのは充分承知している。いくらリアスが諭そうが、悪魔になるなど早々受け入れられることじゃないだろう。

 

「俺さ、正直腹が立ったんだ。運が悪いとはいえ、こんな形で人間をやめちゃうなんて」

「…だろうな」

「でもなっちまったものどうしようもないからさ。悪魔として、頑張っていくぜ!」

 

 一誠はやる気を表すように、こぶしを叩く。態度にこそ表せなかったが、大一は驚いた。

同時に情けながら安心した自分がいた。

 

「良くも悪くもその楽観的なところは羨ましいよ」

「いやだって、ハーレムを作れるかもしれないんだぜ!そりゃ、やる気が湧かない方がおかしいだろ!」

「結局、それが本音かい!」

「それ以外あるわけねえだろ!それに兄貴、俺は何も全部納得したわけじゃないんだ」

「…何がだよ」

「なんで、学園の二大お姉さまと知り合いなのに俺に教えてくれなかったんだよォ!こんな酷いこと許せるわけねえだろ!」

「お前、やっぱりバカだよ!」

 




 主人公がどういう人物なのかは考えているけど、それを表せているかが不安になります。


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第4話 接敵の状況

巻き展開なのかすらも分からなくなってきました…。
とにかくやる気がある内に書くを目標にしていきます!


 一誠が悪魔になったことを告げられてから一週間は過ぎただろうか。ハーレムを築けるとわかった以上、悪魔になったことをあっさりと受け入れ、最初に仕事でもある簡易版魔法陣となっているチラシ配りに精を出していた。やる気はとてつもないのだが、その内に空回りしそうな勢いで兄として心配になるところも散見された。実際、この前はいよいよ契約を取ってみようということになったのだが、魔力が低すぎて目的地へ転移できないという前代未聞の状況に陥った。結局、その日は自転車で依頼主の家へと行ったのだが、これが続くのは避けたいだろう。もっとも依頼者の評判は悪くなかったのだが。

 

「大一ちゃんの弟ねえ。契約取ってみようかしら?」

「紹介はできますけど、そういった考えで契約はしない方が良いですよ。あくまで自分の感性に従ってください」

「悪魔だけに?」

「別にダジャレを言おうとしたわけじゃないのですが」

 

 大きな段ボールを2つ抱えながら、大一は答える。彼も今は悪魔の仕事中で、契約相手の男性(心は乙女)を相手に仕事していた。彼の名は生島純。小さな飲み屋を経営しているのだが、店の改装や荷物の整理など力仕事が必要な時に大一を呼んでいた。なぜか冥界や悪魔事情について精通している節がある。聞けば、彼の亡くなった親が利用していたためそこから知ったようだ。

 

「あたしの甥も駒王学園に入りたがっているのよねぇ。もしかして悪魔になっちゃうのかしら?」

「学園には現在2人の爵位持ちがいますが、どちらも一般人は勧誘していませんよ。特別な家系だったり、神器を持っているとかそういった理由が無ければ巻き込むことはしないのでご安心ください」

「あら、じゃあ大一ちゃんもなにか持っているの?」

「…いちおうありますね」

「今度、機会があったら見せてもらうわね」

 

 嬉しそうな野太い声で生島は話す。本気で断れば追及はしないだろうが、断る理由もなかった。そもそも大一の持つ力は特別なものでもないのだから。その後、生島は電卓で帳簿をつけ始めたため、しばらく無言のまま仕事に没頭していた。

 2時間くらい経ったところで大一はようやく全ての段ボール(中身は全て処分するもの)を店の外の片隅に運び出す。明日の朝に知り合いがトラックで持っていくようで、外に出してほしいと頼まれたのだ。

 戻ると生島も終わったようでテーブルには帳簿やペンなどは片付けられていた。

 

「お疲れ様。帰る前にココア飲んでいきなさいよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 

 椅子に座ると、湯気のたった熱々のココアが差し出される。一仕事を終えた後に差し出されるこの熱さは、彼の温かみのように大一は感じられた。彼と契約を取って約2年となるが、見た目の強烈な印象とは違い細やかな気づかいと優しが身に染みる相手であった。

 生島は慣れた手つきで自分のカップをかき混ぜると、ゆっくりとすする。

 

「大一ちゃんが来てくれて助かったわ。頼もうとしていた店の子が風邪ひいちゃったからね。最悪自分でやろうとしたくらいよ」

「お役に立つのが我々の仕事なので」

「あら!でも無理はダメよ。悪魔だって疲れるときは疲れるんだから!私は大一ちゃんの少ないお客として二人三脚でやっていくつもりだからね!」

「…そのご厚意感謝します」

 

 ありがたいし、100%善意の言葉なのはわかるのだが、その勢いに少し気押しされる大一であった。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 生島の言う通り、大一の悪魔としての仕事は他のメンバーと比較すると、決して多くは無かった。中学3年の頃に悪魔になった彼は一誠のように契約を取らせるようなことはせず、初めの一年近くは戦い方を叩きこまれたからだ。

 昔から悪魔は完全実力主義の社会。かつて起こった悪魔、天使、堕天使の三大勢力による戦争が終わってからも睨み合いは続いている。さらに悪魔間では戦いをレーティングゲームと呼ばれる一種の競技として取り入れられるほど、強さへの執着があった。

 悪魔は己に眷属に強さをどこまでも求める。強いほどその名は轟き、存在価値にもつながるのだ。だからこそ悪魔となった以上、遅かれ早かれ戦いという残酷な面に直面する。

 

 ある日のことだ。はぐれ悪魔が現れたとのことで、リアス達に討伐命令が出た。主人の元を離れたはぐれ悪魔、訳ありの存在もいるが、大体は力に溺れてただの怪物となる者がほとんどであった。そんなはぐれ悪魔が自分たちの陣地に侵入してきたら、始末することも悪魔の仕事である。すでにリアスは自分の眷属を連れて、目的地へと向かっていた。

 その一方で、夜の街を大一は徘徊する。その表情は相変わらず疲れが見えていた。

 彼がひとりで別行動をしているのはリアスの指示によるものであった。一誠が殺されて以来、この地に妙な堕天使が入り込んでいることがわかった。彼はその堕天使の捜索に当たっていた。そもそも堕天使が入り込んでいるのならば、何かしらの報告があっても良いはずなのに、一つも音沙汰がない。神器持ちという理由だけでいきなり人間を襲うこともあまりに唐突だ。

 そこではぐれ悪魔の討伐中に動きがないか、大一が警戒することになった。今回の討伐は一誠に悪魔の特性を利用した戦いを見せるためである。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)…転生悪魔を生みだすための道具だ。チェスの駒をモチーフにしており、駒ごとにその特性は変わる。リアスはそれぞれの特性を活かした戦いを一誠に見せたかったようだ。そのため特殊な状況下でなければ、特性を発揮しきれない“兵士”である大一は除外されたのだ。

 また大一は他のメンバーよりも魔力に敏感であった。おかしな動きがあれば、リアス達よりもすぐに気づける自負があった。

 とはいえ、話し相手もいない状態で一人歩くのはあまりにも退屈であった。別にはぐれ悪魔と戦いたいわけではないし、任されたのはリアスなりの信頼はあるのだろう。それでもやはり一人だけはぶられているという気持ちはあった。

 加えて、一誠がはぐれ悪魔との戦いにどういった感情を抱くかも不安であった。はぐれ悪魔は人間すらも食らう怪物だが、それを倒す悪魔も血生臭いものだ。漫画やゲームで戦うのとはまるで違う。早々に受け入れられるか、それとも腰が引けるか…。

 その時であった。彼の背中に向かって真っすぐに光る銃弾が飛んでいった。しかし大一はそれに気づいていたかのように身をひるがえして避ける。銃弾は道路に当たり、そこに小さな焼け焦げた跡を残した。

 

「おーう!まさか俺の攻撃をあっさりと避けられるとは!ちーっと甘く見てたかなぁ?」

 

 おちょくるように狂気的な笑い声をあげたのは、白髪の男であった。手には銃を持ち、ニヤニヤしながら暗闇から現れた。その魔力は大一が想像していたものとは違っていた。

 

「堕天使…じゃないな。誰だ?」

「俺はフリード・ゼルセン。なーに、悪魔祓いの組織の末端ですよ」

「へえ、珍しいな」

 

 悪魔祓い(エクソシスト)は神から祝福を受けた者。悪魔をも屠る力を持つ、いわば天敵だ。もし出会うとしたら堕天使を考えていたので、この男の登場には驚いた。同時にこの男が何かを知っている可能性が出てきた。自分を狙った攻撃は明らかに敵意あるもの。いくら悪魔祓いとはいえ、悪魔の領地でいきなり喧嘩を吹っ掛けるのは怪しさこの上なかった。

 ふと大一は一誠が教会に行った話を思い出す。リアスが二度と近づいてはいけないと念を押していたが、そもそも弟が教会なんかに行く理由が無い。たしか道案内でシスターに会ったという話を小耳にはさんだが、これもまたタイミングが合いすぎな気がした。

 いずれにせよ、この男から聞けることは多そうであった。

 

「何かありそうだな。フリード、悪いが俺と一緒に来てもらおうか。いろいろ訊きたいことがあるのでな」

「うんうんうん?悪魔は存在がクズだけど、頭の中身もクズなのかな?まさかと思うけど、俺に命令とはクズのくせに無礼極まりじゃね?」

「いきなり弾丸撃ち込んでくる奴よりは、良識あると思うが」

「はーっ!言ってくれますね、悪魔さん。俺ちょっと感動しちゃいました。そこで特別!本当に特別だけど、俺が直々に殺して差し上げます!来世では良いことありますようにーって」

 

 フリードが猟奇的な笑顔で銃を構えるのに対して、大一はどこからともなく長い柄の武器を取り出す。その眼は鋭く、いつもの気怠さは感じられなかった。

 

「今から自分のラッキーな命運を祈りなさいよ、クズ悪魔さん!」

「悪いが手を抜くというのができないタイプでな。その汚い口ごと黙らせて、縛り上げてやる」

 




ということで、次回に初バトルです。記念すべき相手は、皆さん大好き(?)なフリードです。
予想はしていたけど、彼の口調は難しいな…。


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第5話 連日の悪魔祓い

短いですが、今回は戦闘もあります。描写はこれから上手くなっていきたいところです…。


 フリードは素早く銃口を向けた。彼が無音で撃ち出した光の弾丸は大一を目掛けて数発飛んでいく。胸と頭、さらには避けても当たるように左右にも2、3発素早く撃ち込む。

 

「まずはこれを避けられますかってところ」

「避ける必要はないな」

 

 大一は手に持っていた大きな武器を横に一振りする。何の変哲もない振り方であったが彼に向かってくる光の弾はあっさり防がれた。

 その様子にフリードが目を細める。苛立ちを感じつつも、大一の持つ武器に注意を払っていた。

 

「反射神経が良いござんすねぇ…。槍か?斧か?」

「錨だ」

 

 彼が右手に持っていたのは、長く重そうな錨であった。柄の部分は槍よりも太く、開いた傘のような形はまさに錨の形であった。黒く鈍い輝きがありつつも、小さな赤い宝玉が先端と柄の接続部分に埋め込まれていた。

 

「なるほど…あんたも神器持ちってことか」

「これを見てちょっとは大人しくなったか?できればそのまま静かにいて欲しいものだが」

「悪魔相手にそんなことするわけねえだろうが!脳みそ間抜けのクズ悪魔さんよぉ!」

 

 フリードは叫びながら、一気に距離を詰める。手に持っていた柄からは光が刀身を形作り、剣として成り立っていた。光の剣を大きく振り下ろされるが、大一は眉一つ動かさずに柄で防ぐ。

 

「くそったれがぁ!!」

 

 フリードは押し込むように剣を振り回すが、大一は一歩も動かない。神器もまったく傷つく様子はなく、頑として崩せない印象を抱かせた。

 『生命の錨(アンク・アンカー)』は大一が持つ神器だ。悪魔になるきっかけを作ったのは、まさにこの神器のせいだった。この神器があるだけで、大一の魔力のコントロールや感知が格段に引き上げられた。魔力を表面化させることができない彼はこれを利用することで、自分の魔力を引き上げ、それを肉体へと還元させている。いわば一種の肉体強化であった。しかも肉体強化した体は神器同様に強固なものとなり、その硬さは防御にも攻撃にも使えた。

 大一は連続で振られてくる剣を器用に神器で防ぐと、フリードの腹に思いっきり蹴りを入れた。フリードは後ろに吹っ飛ばされて、そのまま床へと叩きつけられる。みぞおちに入ったのか、苦しそうにせき込んでいるが、銃を乱射して大一を近づかせないようにした。しかし撃ちだしてくる銃弾は錨で払いながらどんどん距離を詰めてくる。そして錨の先端を倒れ込んでいるフリードの首元へと向けた。

 

「言っておくが、俺は甘くないぞ。これ以上苦しみたくなければ、さっさと降参しな」

「クッソがぁ…!なんで当たらねえ…」

「こっちは、遠距離が苦手なだけあって伊達にその対策のために特訓しているわけじゃないんだ。そろそろ捕まって…」

「まさかここまでとは…なわけねえだろ!クソ野郎がぁ!」

 

 いつの間にか剣の代わりに持っていた球体を大一に放り投げる。腕で薙ぎ払ったが触れた瞬間に強烈な光が彼を襲った。悪魔に害あるような攻撃的なものではなく、ただの目くらましであったが隙を作るには充分であった。たった一瞬のうちに白髪の神父はどこかへ消えてしまった。

 

「こんな手に引っかかるとは!油断した!」

 

 自分の失態に苛立ちながら、強めの口調で地団太を踏む。小手先のやり方に引っかかったのが腑に落ちなかったのだろう。

 しかし収穫はあった。妙な神父の存在は明らかにこの地に何かしらが起こっている証拠と言えるだろう。大一は事の顛末を報告するためにオカルト研究部へと戻っていった。実際は弟の兵士不満をずっと聞いて、報告がだいぶ遅れることになるのだが。

 

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 しかしまさか連日、その相手と顔を合わせることになるとは思わなかった。転移した先の部屋には例のはぐれ悪魔祓い、血まみれの死体、先日悪魔になった弟、場違いな雰囲気の金髪の少女だ。その現状に大一は小さくため息をつくのであった。

 数時間前、特に悪魔の仕事もなく各々が勝手に過ごしていた。リアスと朱乃は地図を見ながら話し込み、祐斗と小猫はトランプに興じている。一誠だけは例によって自転車をこいで依頼のあった家へと向かっていた。

 大一は無言で後輩2人のトランプ勝負を見ていた。心ここにあらず、といった眠気眼でぼんやりとしていたため、どっちが勝っているのかも分かっていなかった。

 そのぼんやりとした頭の中で彼が考えていたのは、弟への心配であった。はぐれ悪魔との戦いを見て、その残酷性に絶望するものかと思ったが、そこは意外にもあっさりとしていた。そんな彼をどこか羨ましくも思った。自身は初めてその惨状に直面化した時は、何度も吐いていたのに。

 眠気と心配で働かない頭であったが、リアスの呼び声に意識が戻された。

 

「大一、ちょっと来て」

「…んあ、なんです?」

「昨日、あなたが出会ったはぐれ悪魔祓いだけど、見つけたのはどのあたりかしら?」

「あーっと…この辺ですね」

「この道だと特別何かある…ということはなさそうね」

「悪魔祓いの方も、はぐれ悪魔がいてラッキーと思った程度だったのかもしれませんわ」

「しかし悪魔の領域にたった一人の悪魔祓いだったから…」

「はぐれの可能性が高いってことね」

 

 リアスが顎に手を当てながら答える。その表情から事の面倒さが垣間見られた。

 悪魔のルールから外れた“はぐれ”がいるように、悪魔祓いにも同じ存在がいた。正式に神の祝福を受けて悪魔と戦う存在とへ別に、己の快楽のためだけに悪魔を殺す存在は“はぐれ悪魔祓い”と認定される。大方は追放した教会に始末されるが、生き残った者は堕天使の元へ逃げることがほとんどだ。

 先日、出会ったフリードがはぐれ悪魔祓いだと確信した大一はそれを報告し、リアスはより警戒を強めていた。

 

「さて、どう来るか。ただ大一ひとりで圧倒できるほどの相手ならば…」

「一部の堕天使が勝手に動いているだけの可能性は高いですわ」

「…やっぱり俺、見廻りに行きますよ」

「その必要は無いわ。あなたにも来てもらわなきゃ。朱乃、準備を。祐斗、小猫、トランプは置いたままで良いから行くわよ」

 

 リアスは急にきびきびと眷属に指示を出す。扉に向かおうとしていた大一がリアスの方を向くと、いつの間にか彼女の使い魔がその方に止まっていた。

 

「例の悪魔祓い、見つけたわよ」

 

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 そして転移した今に至る。どうやら一誠が向かった依頼主をフリードが殺し、そこに鉢合わせしたらしい。リアスが使い魔で一誠を監視させていたおかげで見つけることができた。

 

「兵藤くん、助けに来たよ」

「あらあら。これは大変ですわね」

「…神父」

「またお前か」

 

 いきなり現れたグレモリー眷属を見て、フリードは猟奇的な笑みを浮かべたまま剣を振りかぶる。

 

「まさかの悪魔の団体さん!しかも昨日のクソうぜえ奴まで一緒とはな!どっちにしろさっそく一撃かましてあげますよ!」

「悪いね。彼は僕らの仲間でさ!こんなところでやられてもらうわけにもいかないんだ!」

 

 フリードの剣による一撃は、祐斗が同じように剣で受け止めた。刃がぶつかり合う金属音が部屋に響く。

 

「おーおー!悪魔のくせに仲間意識バリバリバリューですか?いいねぇ。熱いねぇ。萌えちゃ…おっと!」

「チッ、避けたか」

 

 祐斗とフリードのつばぜり合いに割って入る様に、大一がフリードの頭を狙って蹴りを入れる。すぐに気づいたフリードは素早く下がる。ケタケタと笑いながら、口から蛇のように見せる舌がいかにも挑発的であった。

 

「またてめえか、クソ悪魔さん?邪魔しないでいただきたいね。今は俺と彼とのドキドキするフォーリンラブの時間ですよ。興奮する殺しのお時間なの」

「昨日、あっさりやられた割にはデカい口を叩けるな。その口もう一度黙らせてやってもいいんだぞ?」

「永遠に黙らせるわ」

 

 威圧的な声とリアスが一歩前に出る。自身の眷属を家族のように大切に思う彼女にとっては、仲間を傷つけられることが何よりも許せないことであった。つまり現在、目の前にいるはぐれ悪魔祓いは彼女にとって怒りの対象であるわけだ。

 リアスは手から魔力を球体にして撃ち出す。その強力な力はフリードの後ろの家具を一瞬にして消し飛ばした。威圧にしてもその破壊力は、目を見張るものであった。

 

「私は、私の下僕を傷つける輩を絶対に許さないことにしているの。特にあなたのような下品極まりない者に所有物を傷つけられることは本当に我慢できないわ」

 

 リアスの怒りが沸々と湧き、その魔力にも影響している。部屋中に異様な雰囲気が充満していった。

だがそれは彼女だけによるものでは無かった。悪魔とは本質的に違う力の感覚、堕天使特有の魔力がこの場所へ近づいてくるのを大一と朱乃は感知した。

 

「堕天使…けっこうな数が近づいてくるな」

「部長、堕天使らしき者たちが複数近づいていますわ。このままでは、こちらが不利になります」

「…朱乃、イッセーを回収次第、本拠地へ帰還するわ。ジャンプの用意を」

 

 リアスの指示に、朱乃はすぐに部室に戻るために再び魔法陣の起動の準備をする。その間、祐斗がフリードを抑え、大一と小猫は臨戦態勢で警戒していた。

 そんな中、一誠は金髪の少女に視線を向けた。

 

「部長!あの子も一緒に!」

「無理よ。魔法陣を移動できるのは悪魔だけ。しかもこの魔法陣は私の眷属しかジャンプできないわ」

「そんな…アーシア!」

「イッセーさん。また、また会いましょう」

 

 間もなく魔法陣が光りだし、彼らは拠点である部室へと戻る。傷を負いながらも自身の弱さに悔しがる一誠を見ながら、兄である大一も再び不安を抱える。弟が悪魔として生きていくことが出来るのか、ということだ。

 




オリジナル神器は「引き上げる」ことに着目してから、錨になりました。
読んでもらうと分かりますが、主人公の能力は別に凄いものではありません。


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第6話 3人の勝負

今回は堕天使3人との勝負です。
一誠たちがフリードと戦っている間の裏側という感じでお読みください。


(まあ、こんなことになるとは思ったよ)

 

 たったひとりで大一はとある森林付近に待機ながら、頭の中でつぶやく。辺りはすっかり静まり返っており、まだ春先ということもあってか夜風が体を冷やす。熱い飲み物が欲しい気温であった。こんな人気もないところでひとり待機しているのは、堕天使の監視であった。

 リアスは堕天使を正式に敵対認定して討伐にかかることにしていた。どうもこの一件は堕天使全体の作戦ではない可能性が提示されたからだ。そうなればこの土地を任されている彼女からすれば、敵組織をみすみす見逃すわけにもいかないだろう。増してや眷属に対して、情愛を持つ彼女からすれば昨日の一誠が傷つけられた一件も含めて動くのは可笑しいことではない。

 そこで学校が終わってすぐに大一は堕天使の監視を買って出た。監視にあたっては魔力感知と実力を自負していたからだ。実際、先ほど離れたところから一定の距離を保ち見張っていた堕天使の動きを感知しており、つい先ほどリアス達に連絡していた。もっともリアスと朱乃で結界をの罠をいくつか用意していたため、大一は起動して逃さない状況を作っただけなのだが。

 しかし今はその行動に少し後悔していた。というのも、この日に一誠が再び襲われたというのを先ほど連絡した際に耳に挟んだからだ。なんでも例のシスター…アーシアにばったり出会ってそのまま一緒に遊んでいたのだが、夕方に一誠を殺したレイナーレが現れて、再び殺されかけたのだ。自分が注意を怠ったことと、弟が前日にシスターと関わるなと釘を刺されていたのに破ったことにやきもきしつつ、大一は連絡した相手を待っていた。

 

「お疲れ様、大一」

 

 間もなく、リアスと朱乃が大一の元に現れる。2人とも余裕の表情は崩していないが、警戒は怠っていない様子で魔力を感じた。

 

「堕天使の数は?」

「昨日の人数と変わらず。せいぜい3人ですね。その内のひとりは、先日出会ったドーナシークと見て間違いないでしょう。他の2人も同じくらいです」

「そう…なら、私ひとりでも問題ないかしら?」

「さすがに部長ひとりに任せる真似は出来ないでしょうよ。こっちは3人いるんですし」

「私と大一だけでも充分だと思いますわ」

 

 3人は歩きながら、目的の場所へと近づく。

 

「さてイッセー達はもう入り込んだかしら」

 

 リアスが出し抜けに呟く。彼女はアーシアを救いたいという一誠の想いを尊重して、遠回しではあるが助けに行くことを許した。すでに彼は祐斗、小猫と共にアーシアを助けるために教会に出向いていた。さらに言えば、この一件は彼を悪魔として成長させるためのひとつの壁として考えている節があった。

 当然、それを理解している大一からすれば主にも一言添えたいものがある。

 

「言っておきますけど…」

「弟を危険な目に会わせるのはやめて欲しいかしら?」

「いや、悪魔になった以上、どこかでそういうのは超えないといけないと思っています。グレモリー眷属である以上、俺はそこら辺は割り切っていますよ。それに勝算があるから行かせたんでしょうし。ただもうちょっとやり方があったのでは、と言いたかっただけです」

「今後は善処するわ。しかし羨ましいわね、イッセーは。あなたのような理解してくれる兄がいて」

「あら、サーゼクス様だって素晴らしいではありませんか。私は大一よりもいいお兄様だと思いますわ」

「朱乃さんは俺をナチュラルにディスるのを止めてくれよ…」

「うふふ、私は大一のお兄さん的な面を知らないもの」

「この素晴らしい夜につまらない喧嘩とは、悪魔は無粋だな」

 

 リアス、朱乃、大一の会話にひとりの男が割り込んでくる。スーツを着ており帽子を深くかぶった姿…堕天使のドーナシークであった。その横には金髪に生意気そうな笑みを浮かべる少女と青い長髪に露出の多い服を着た女性が立っている。

 

「久しぶりね、堕天使ドーナシーク。またお目にかかって光栄よ」

「その口ぶり、私の忠告は身に入らなかったようだな」

「お互いさまにね」

 

 周辺に魔力と緊張が張り詰める。傍から見ても、今にも状況が大きく変わりそうな雰囲気であった。

 

「ふうん、噂の悪魔ってどんな感じかと思ったら、こんな小娘達っすか。ウチらも舐められたものっす」

「レイナーレ様の邪魔になるほどかは甚だ疑問だな」

「ミッテルト、カラワーナ、言ってやるな。所詮は悪魔だ」

「あらあら、自信満々な堕天使ですわね」

 

 堕天使の態度に笑顔を向ける朱乃の姿はいつの間にか巫女服へと変わっていた。大一も神器を取り出し、いつでも戦いへと移行できるように身構える。

 

「はっはー!こっちはあんたらとは格が違うんだよ、悪魔ども!冥途の土産に教えてやるっす!レイナーレ様が、あのシスターの神器を手に入れたら堕天使達は更なる高みに行けるっすよ!」

「あのアーシアってシスターの神器が特別ってことか」

「その通り。レイナーレ様が見つけた『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』はいかなる存在も癒し、回復させられる神器。これがあればレイナーレ様はアザゼル様達の腹心となり、我々も他の堕天使より上位の存在となりえるわけだ」

 

 ミッテルトとカラワーナの発言を聞いたリアスは口元に笑みを浮かべる。

 

「つまりこれはあなた達独自の作戦ということね。その裏どりさえ出来れば充分。後は相手の戦力を削ぐことに力を入れさせてもらいましょうか」

「ほざけ、悪魔ごときが!」

 

 ドーナシークの声と共に3人の堕天使が空中に飛び、リアス達を取り囲むと、一斉に槍を投げる。それが光の力によって精製されたのは明白であった。

 

「一人一殺。私はドーナシークをやるわ」

「でしたら、あの小さな子を頂きますわね」

「じゃあ、俺は余った青髪で」

 

 リアスは滅びの魔力を、朱乃は魔法陣による障壁を、大一は神器を使って、それぞれ光の槍による攻撃を防いだ。そして3人はそれぞれ自分の受け持った相手へと翼を広げて向かっていく。

 

────────────────────────────────────────────

 

「それでは先日の因縁を終わりにしてもらおうか」

「あら、あなた程度に因縁を感じるほど私は堕ちていないわ」

 

 余裕の笑みをこぼさず、リアスは人差し指を立てる。

 

「一撃、これで決めてあげる」

「舐めるなよ、小娘が!」

 

 ドーナシークが憤怒の表情で光の槍を構えて接近する。悪魔に舐めた態度を取られたことがよほど屈辱的だったのだろう。

 しかしその怒りが彼女に届くことはなかった。リアスが手のひらから撃ち出した滅びの魔力は、先ほど攻撃を防いだ時とは比べ物にならないほど強力でドーナシークの散り際の言葉も発させないままその身体を滅ぼした。

 

「この程度の相手にここまでやるとは、私もまだまだね」

 

────────────────────────────────────────────

 

「さてお相手してあげますわ」

「そういう態度が気に食わないんすよ、悪魔は!」

 

 ミッテルトは光の槍を作り出し、朱乃に向かってひたすら投げつける。弾丸のように素早い猛攻ではあったが、朱乃は何事もないかのようにひらりひらりと身をひるがえして避けていく。

 

「あらあら、攻撃も見た目の様に可愛らしいですわね」

「んぐぎぎぎ“!ちょっとデカいもの持っているからって、バカにしやがってえ!マジで許さん!」

 

 ミッテルトは投げる光の槍はさらに増えていき、朱乃も魔法陣による障壁で防御へと回った。もはやミッテルトは彼女をめった刺しにすることしか頭に無かった。

 

「死ね!死ね!死ね!」

「ところで足を止めていては、危ないですわよ」

「あん!?」

 

 ミッテルトが上を向いた時はすでに遅かった。上には小さな黒雲が出来ており、そこから発生した落雷はあっという間にミッテルトの全身を焦がしたのであった。

 

「だから忠告しましたのに」

 

────────────────────────────────────────────

 

「そんな…ドーナシークとミッテルトが…!」

「悪いが、ここまでなった以上はあんたも逃すつもりはない。その命奪わせてもらうぞ」

「こんなところで…死ぬものか!」

 

 カラワーナは槍を大一に向かって振り下ろすが、大一はそれを生命の錨で防ぐ。冷静さを欠いた彼女は押し込むように何度も振り下ろすも、彼は一向に下がらなかった。

 

「運が悪いな。俺は部長や朱乃さんの様に、一瞬で勝負を決めることはできないぞ」

「だったら、諦めてさっさとくたばれ!」

 

 カラワーナが不意を突くように、大一の横腹に蹴りを入れる。もはや槍での力勝負では敵わないと判断したのだろう。しかし…

 

「があっ!」

 

 苦しみの声を上げたのはカラワーナの方であった。全身に魔力を行きわたらせた大一の体はすでに石に匹敵するほどの硬さを備えていた。予想外の硬さにカラワーナは態勢を崩し、大一がそれを見逃すわけもなかった。すぐに彼女の頭を掴み、力を籠める。

 

「さて終わらせよう」

「ふ、ふざけるな!私が悪魔なんかに!」

 

 そう言ったカラワーナは最後の抵抗に光の槍を振る。その刃先がわずかに大一の頬をかすった。しかし全身を強化していた彼には、それが致命傷になるはずもなかった。

 そのまま大一は急降下すると、力づくに彼女の頭を下の道へと叩きつける。一瞬、声を上げるもそのまま堕天使が動くことはなかった。

 

「ちょっと痛かったが…まあ終わった」

 




次回あたりで1巻分が終わると思います。
これ、レイナーレの出番無いかも…。


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第7話 終結の報告

いつもよりもちょっと短めです。
結局、レイナーレ出せなかったですね、うん…。



 堕天使との戦いの翌朝、オカルト研究部は新しく眷属となったアーシアを迎えるパーティを催していた。そんな学校も始まっていない早朝に、大一は人目のつかない木の陰に寄りかかっていた。パーティには遅れることは話してある彼の目の前には手のひらサイズの魔法陣が浮かんでおり、そこから東洋の龍のような顔をした生物が映っていた。

 大一はその生物…炎駒に今回の堕天使との戦いについて説明していた。一部の堕天使の身の計画であったこと、堕天使の目的がアーシアというシスターの神器であったこと、一誠の神器が覚醒して首謀者を打ち倒したこと…話が進むほど炎駒は眉をひそめて渋い表情になっていく。

 最後にリアスがレイナーレを消滅させたことを話し終えると、低く落ち着いた声で炎駒が答える。

 

『では大きな問題に発展することはなさそうですな』

「その辺りはリアスさんも注意を払っていたので大丈夫かと思われます。今回の一件はただの小競り合いと思っていだたければと。今回の件でルシファー眷属に迷惑をかけることはありません」

『元よりその辺りは心配していません。それよりも姫が新しく眷属を2人…しかも大一殿の弟とは…』

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で炎駒は言葉を絞り出す。彼にとって何が腑に落ちない様子であることが、大一には手に取る様にわかった。炎駒は大一が悪魔になるきっかけを知る数少ない人物のひとりであり、リアスの兄であるサーゼクスの眷属でもあった。大一にとっては戦い方を教えてくれた師でもあり、悪魔の中でも信頼を置ける相手である。炎駒も大一を気にかけ、同時にリアスの状況を知るための連絡係として重宝する節があった。

 炎駒の様子を見て、落ち着かせるように大一は言葉を続ける。

 

「あいつに神器があることは知らなかったんです。アーシアも神器持ちでしたし、こうなったのはある意味必然と言えるのではないでしょうか」

『…そのアーシア殿は僧侶でしたな。それで弟殿は兵士。駒の数は?』

「7つです」

『7…!』

 

 悪魔の駒にも限りがある。基本的にチェスの駒と数は同じため兵士の駒は8つだが、単純に1つに1人を眷属にできるというわけでは無い。そこには対象の力量が大きく関係する。弱ければその分使用する駒は少ないし、逆に強いほどそれに応じた駒が消費される。駒の種類と相性もあるが、基本的にはその実力や存在価値によって大きく変わるものであった。

 今回の一件で、新たに眷属となった2人はそれぞれ僧侶と兵士。アーシアの方はリアスが持っていた残り1つの僧侶の駒で転生悪魔となったが、一誠の方は兵士の駒を7つも使うことになった。

 彼の持つ神器は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』と呼ばれる神器の中でも珍しく特別に強力な神滅具(ロンギヌス)というものであった。鍛えればあらゆるものを何倍にも力を上げることができるその特性は、堕天使の討伐にも大いに役に立った。

 

「ええ。おそらく俺が駒を1つ取っていなかったら、弟で8つは埋まっていたでしょうね」

 

 大一は自嘲気味に答える。3年近くグレモリー眷属として生きていたのに、弟が自分を遥かに超える強力な力を持っていることには、戸惑いに加えちょっとした嫉妬も抱いてしまう。

 同時に弟が悪魔に関わるのは時間の問題であったことを確信した。それほど強力な力を持っているのなら、いずれどこかの勢力が狙ってくる。むしろ自分の味方としていてくれた方がまだ安心はできた。もっとも炎駒は同意してくれない様子であったが。

 炎駒は大きくため息をつくと、悲しそうな表情で大一に視線を向けた。

 

『今からでも大一殿が悪魔を辞める選択肢があれば、と思っています』

「俺を鍛えてくれた恩人の言葉とは思えませんね」

『恩人ですか…。いいですか、大一殿。貴殿を眷属にするとなった時に、姫を説得するのを諦めたのは私の生きている中で大きな後悔のひとつです。当時どんな理由があろうとも、結果的にあなたを巻き込んでしまったのは私の落ち度なのです。貴殿のような一般人を戦いの中に放り込むなど…』

「勝手に言わないでくださいよ。炎駒さんが思うことじゃない。あの時、選択したのは俺なんです。俺が勝手にやったことですよ。仲間たちがいるのだって嬉しいですしね。とにかく報告はしましたからね」

『ん…そうですな』

 

 これ以上、話をしても同じことの連続だと思った大一は話を切り上げようとする。さすがに炎駒も察したのか、話を終結に向かわせる。

 

『まだ目の下のクマは取れませんな。次に冥界に来る時に、検査はするのですぞ』

「その原因究明には期待していませんけど、わかりました。それでは失礼します」

 

 魔法陣を消え炎駒の顔も消えると、急激に脱力感が襲ってきた。師匠である男への連絡はいつも緊張を張り詰めた感覚であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「悪い、遅れた」

「おせ―よ、兄貴!」

「お前と違って忙しいの」

 

 炎駒との連絡用魔法陣を切った大一はオカルト研究部の部室に足を運ぶ。すでにテーブルの大きなケーキの一切れをぱくつく者もいれば、宴会芸のような漫画の必殺技を練習する弟の姿があった。

 

「はい、お茶」

「ありがとう」

 

 朱乃が渡してくれた紅茶のカップを受け取り、口に流し込む。早朝に染み渡る温かさであった。

 リアスはアーシアに何か教示していたし、祐斗と小猫は一誠の一発芸に戸惑ったり、拍手したりとしていた。そんな中、朱乃が大一に小声で問いかける。

 

「遅れると言ったのは炎駒様に連絡?」

「そうしないと、今回の小競り合いについてリアスさんがサーゼクス様にどこまで報告するかは分からないしさ」

「妥当ですわ。イッセーくんのことについても?」

「隠す理由も無いし。炎駒さんがサーゼクス様に話すかはまた別だけどさ」

 

 大一はちらりと一誠に視線を向ける。それは大一が悪魔になった時とは対照的で、前向きでポジティブな印象を受ける笑顔であった。覚悟は決めたつもりであったが、悪魔としての非現実を今後何度も目の当たりにすることを考えると、大一としては決して喜べるものでは無かった。とは言え…

 

(悩んでも仕方が無いことか)

 

 彼にどれほどの困難が待っているかは予想もつかないが、兄として、悪魔の先輩として大一はさらに気を引き締めるのであった。

 




これで1巻分は終わりとなります。
次回は2巻に行くか、それとも8巻の番外編分を挟むか…。


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戦闘校舎のフェニックス
第8話 混沌の現状


今回から2巻に突入です。
ちょっと長くなりましたが、区切り良いところまで行くには仕方ないんです。


 黒い、黒い、どこまでも黒い。辺りはただ黒いだけで何も無かった。そんな状況で唯一確認できるのは自身の体だけだが、そちらは締め付けられるような感覚で身動き一つ取れなかった。時間が経つほど(実際は経っているかどうかは分からないが)、その締め付けはきつくなり苦しみ、頭も痛んでくる。何も見えない、何も聞こえない、ただ痛みだけが長く続く…。

 

 

 目を覚ました大一の視線には見慣れた天井が映る。体を起こして時間を確認すると夜中の2時半を少し過ぎた頃であった。彼が床に就いたのが2時ちょっと前のため、寝てから1時間も経っていなかった。

 

「…くっそ」

 

 大一は苛立ちながら額を叩く。日常的とはいえこの目覚めを気分よく思ったことは一度も無かった。頭痛に若干の吐き気と、ろくでもないことの重ね掛けだ。

 悪魔になってから間もなく、彼が夜中に奇妙な夢を見て目が覚めることが多かった。最初は悪魔になった副作用かと思われたが、リアス達に相談したところそういった事例は確認できないとのことであった。冥界に行った時に検査なんかも受けたが、体、魔力共に異常は見られずであった。もちろんまったく眠れないわけではない。ただ頻度は多く、連日起こることもざらにある。しかも夜に限ったことではないため、昼寝をしても見ることがあった。結果、大一はこの悪夢と3年近く付き合うことになっていた。

 ベッドから出てゆっくりと首を動かす。すぐに眠り直しても同じ夢を見ることもあったため、再び横になることすらためらってしまう。しかも気のせいか、最近は頻度がさらに増え、目覚めた時の頭痛や吐き気が増したような気がした。数少ない休息がさらに削られるのは、彼にとって死活問題であった。しかしこの原因は考えても分かるものでは無い。となれば、今は少しでも休むことを優先するべきであった。まさに弟の件と同じように考えてどうにかなるものでは無いのであって…。

 

(…あれ?あいつの朝練って何時からだっけ?まあ、起きれば分かるか)

 

 ふと一誠とリアスの朝練について思い出すが、とにかく睡眠を優先させたい大一は再び眠りについた。もっともこの後に再び同じ夢で起きて、さらにそのタイミングでリアスが一誠を迎えに来るのにかち合うのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

 早朝、一誠がリアスと基礎訓練を行う。これに付き合うのは、別に構わない。一誠の神器は基礎体力が大いに関係してくるし、悪魔になった以上強くなるために基礎訓練は必要だ。大一も炎駒にしごかれた思い出があるので協力するのは、眷属としても当然だと考える。

 ご褒美というわけでは無いが、アーシアが一誠のためにお茶を持ってくるのも良いことだと思う。こういったことが継続するための原動力にもなるのだから。それに大一もアーシアの存在は妹分として悪くない気持ちであった。

 しかしまさか断りなしにアーシアを自宅に住まわせる計画が進んでいたことには、さすがの大一も唖然とした。

 練習が終わった後に自宅に戻ると、玄関先に段ボール箱が積まれていた。なんでもアーシアの荷物らしい。一誠と大一でそれを家に入れると、次に始まったのは世にも奇妙な家族会議+2名であった。

 

「お父様、お母様、そういう事情でこのアーシア・アルジェントのホームステイをお許しくださいますか?」

 

 リアスが目の前の兵藤家に今回の目的を説明する。ホームステイとの名目だが、いきなり荷物持って押しかけての直談判に父、母、一誠は驚き、大一ですらその突飛な行動に開いた口が塞がらなかった。

 アーシアに「お父様」と呼ばれたことで、大黒柱が一瞬揺らぐもそこは母のフォローでとりなし、家庭に「性欲の権化」の息子がいると答えてやんわりと断る。一誠は自身の信用の無さを嘆いた表情をするも、大一としては今更といった感じでこのごく当たり前のやり取りを理由に早々に決着をつけて欲しいと思い始めていた。

 しかしリアスは引き下がらない。アーシアが一誠を信頼していること、ここ数日に彼女をどれだけフォローしているかを強く説明する。これには両親も感心したようで、気を許し始める。なぜリアスがここまで両親の信頼を勝ち取っているのかが不明で、魔力でも使っているのかと大一は訝しんだ。

 

「今回のホームステイは花嫁修業も兼ねて――――というのはどうでしょうか?」

『花嫁!?』

(ついに狂ったか…)

 

 追撃するように話すリアスに大一は心の中で毒づく。たしかに傍から見れば一誠とアーシアの関係性は付き合っているとしか思えない。だがさすがに結婚までいくとなると、まだ先のことだ。高校卒業してすぐ結婚する人もいるが、一誠をよく知る両親からすればそんな期待を抱くはずがない。こんな唐突に言われたことに納得など…。

 しかし大一の考えとは裏腹に両親は涙を流し始める。

 

「…イッセーがこんなのだから、父さんは一生孫の顔を見れないと思っていた。大一も女っ気は無いし、老後も一人身の息子たちを心配しながら暮らさないといけないのかと悲嘆にも暮れたよ…」

「母さんもね、イッセーにはお嫁が来ないと思ってたの。世間に出しても恥ずかしくないように教育したつもりだけど、その甲斐も空しくあなたのような息子が生まれ育ったわ。逆に大一は大一で硬派に育っていくし…」

(狂っていたのは我が家の方だったか…というか!)

「リアスさん!アーシア・アルジェントさんを我が家でお預かりしますよ!」

 

 まさかの快諾で交渉成立である。この現実にアーシアは戸惑うも、彼女自身が一誠と住むことを希望したのも大きかった。新たに加わる女の子に、父母は感激、一誠も笑顔で迎える。一方、大一には…。

 

「大一…お前もそろそろ相手を考えてもいいかもな」

(完全にとばっちりじゃねえか!)

 

────────────────────────────────────────────

 

 さてこの事実が彼の学生生活に影響を与えたのは言うまでもない。登校の際に一誠とアーシアは一緒に登校する。当然、それは他の学生の目について様々な憶測を生むことになる。そしてこれが事実であるかを確認するにあたって、身近な第三者の視点の意見が欲せられる。つまり…

 

「先輩、もしかして一誠とアーシアさんって付き合っているんですか!?」

「ただのホームステイだよ」

「先輩がしっかりしていないから、リアス先輩に続いてアーシアさんまで毒牙にかかっちゃったんだ!」

「だからただのホームステイだって言ってるだろ!」

「そうか、あの弟に先を越されたんだよな…」

「その哀れみの眼差しはなんだ!?」

 

 一誠がリアスと登校した時と同様に、いや下手したらそれ以上に質問と無茶苦茶な話が大一の元に雪崩のように向かってくるのであった。

 昼休みには大一がとうとう一誠に頼み込んでいた。その表情には彼と一緒に来たアーシアも驚いていた。

 

「頼むから…頼むから今度という今度は行いを改めてくれ…!」

「兄貴、凄い顔になっているぞ」

「お兄さん、大丈夫ですか?私が回復を…」

「ありがとよ。でもこれは傷とかじゃなくて、疲労と心労の領域だから。とにかく一誠はもうちょっと自分の評価を向上するような努力をしてくれ」

「いや、兄貴見くびらないでくれよ…それはそれ、これはこれだ!」

「カッコつけるようなことじゃねえだろうが!だったらせめて知り合いに自慢するのを止めろよ!嘘じゃなくても、変な噂が立つんだぞ!」

「たしかにやりすぎかなと思う時はある。でも正直、周りから羨ましさと嫉妬の眼差しを向けられるのがちょっと気分いいんだ!」

「性格悪いわ!」

「はぅ…お兄さん、ごめんなさい。私のせいでお兄さんにご迷惑をおかけして…」

「いやこの件は9割がた一誠の今までの行いのせいだから、アーシアは悪くない。あとの1割も誤解する奴らの責任だからな」

「兄貴、俺に辛辣すぎるだろ!」

「お前のせいで、職員室と生徒会室に入り浸ることになっているんだから当然だろうが!」

 

 怒る兄に反抗する弟、その論争にあたふたする同居人と傍から見ればなかなか混沌とした状況であった。そんなところに割って入ったのは、一誠の親友の松田と元浜であった。なぜか露骨に浮かれている。

 

「先輩、そのくらいにしておいてください!イッセーも悪気があるわけじゃないんですよ!」

「誰だって自慢のひとつやふたつしたいものですって。ここは穏便にお願いしますよ」

「…なんか、お前ら今日はやけにこいつの肩持つな」

「いやいやそんなことありませんって!それじゃ、失礼します!」

「イッセー、ありがとう!お前が紹介してくれた『ミルたん』って子、メールだけでも分かるけど本当に乙女だな。今日の夜が楽しみだ!」

 

 見たこともない晴れやかな笑顔で、2人は去っていく。「ミルたん」という言葉に、大一は聞き覚えがあった。たしか一誠が契約相手で、その詳細は筋肉ムキムキの乙女な魔法少女志望者であった。それに気づいた時、大一の表情はさらに引いたものになる。

 

「うわっ、我が弟ながら本当に性格悪いな!アーシア、本当に気をつけろ。こいつが女子更衣室とか覗いているとかあったら、すぐに俺に言えよ」

「ええっ!イッセーさん…!」

「いや、それは…」

 

 涙目のアーシアに頬を引っ張られるという若干の反撃に少し怒りを収めた大一は、再び気合いを入れて校舎に戻っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「大一さん、生きてます?」

「ギリギリ…」

 

 その夜の部室に大一はデスマスクのように血の気の無い形相で座っていた。結局、午後も質問攻めに合うことには変わらなかった。数日経てば落ち着くだろうと考えていた甘さをここで思い知らされる。

 これでも数日前に家に住むことになった時は、リアスにまくしたてる様に疑問を投げかけていた。

 

「どういうつもりですか!アーシアを家に住まわせるなんて聞いてませんよ!」

「話していないもの」

「俺は当事者でしょうよ!」

「落ち着きなさい、大一。仮にあなたに話したらどうなると思う?」

「全力で止めますね。一誠がいますもの」

「そうでしょう。私としては今回アーシアの意見を尊重させたかったのよ」

「その身勝手さに付き合わされる身にもなってくださいよ!」

 

 思い返せば、あれは意味のないやり取りであった。リアスの傍若無人っぷりは今に始まったことではないのだから。それでもここまで振り回されるのであれば、この時にもっと抗議しても罰は当たらなかったのではないかとすら思っていた。

 

「ちくしょう…苦労が身に染みる…!」

「あらあら、今さらですわね。ところで大一、ちょっといいかしら?」

「ああ…」

 

 朱乃に言われて、大一は席を立ち部室のすぐ外へと出る。彼女の表情は神妙な面持ちであった。

 

「ねえ、リアスの様子が最近おかしいと思わない?」

「無茶苦茶は今に始まったことじゃないし…」

「そうじゃなくて、ぼんやりすることが増えたってこと」

 

 朱乃に突っ込まれて、大一はここ数日の彼女を思い返す。しかし彼女の作った状況に振り回された記憶が強烈過ぎた。

 

「あんまり意識していなかったな」

「まあ、それどころじゃなさそうでしたものね。それでこのことなんだけれども、どうも婚約の話のようですの。まだ正式に聞いていないのだけど、ライザー様が動いているそうですわ」

「ライザー様って、婚約者だろ?たしか大学卒業まで待つんじゃなかったか?」

「私もわかりませんわ。でも無関係とは思えませんもの。あなたも用心しておいてほしいわ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 深夜、帰宅してから大一は倒れ込むようにベッドに横になる。今日は特に悪魔の仕事は無かったが、疲労はいつもの数倍は襲ってきた。疲れも合わせて苛立ちもあったが、冷静さを欠いているのは間違いなく、大一はなんとか起き上がるとリビングへ向かい冷たい水を飲んだ。その冷たさが彼の頭を幾分か冷静にさせる。

 朱乃の疑問はたしかに当たっている気がした。彼女から話を聞いた後、一誠とアーシアがビラ配りから帰ってきた際に呼びかけられても、リアスは心ここにあらずといった反応であった。その後もところどころでぼんやりとしていたため、何か事情があることは彼にも推測できた。そして朱乃話が事実ならば、それはリアスが悩むのも納得できる理由であることも。直接、炎駒から聞くことも考えたが、ルシファー眷属はその実力や権力故か個々の仕事も少なくない。ましてや、もしリアスの婚約ならば、あくまでグレモリー家の問題であり、炎駒が関わっている可能性は高くなかった。

 大一は考えを巡らせるものの、どうにも集中できなかった。眠気や疲労に加えて、さっきから一誠の部屋で物音が激しくなっているような気がしたのだ。この深夜でアーシアもシャワーを浴びに行っている今、ひとりの時間を堪能したいのは分からなくもない。しかし今日の大一は不満が限界に近づいていた。

 大一は階段を上がり、一誠の部屋へと向かう。さすがに一言吐き出さないと気が済まなかった。

 

「おい、一誠!お前ちょっといい加減に…」

 

 扉を開けるとそこには裸の一誠に、裸のリアス、さらに銀髪のメイド服の女性が立っていた。一瞬、何が起こっているのか分からなかったが、間もなく朱乃の言葉が眉唾でない可能性が高いことを確信したのであった。

 




主人公が眠そうにしたり、クマがある理由の説明でした。
そしてそれ以上に、主人公が振り回される形になっています。


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第9話 不死鳥の登場

今回あんまり原作と変わりません。でも彼の登場は外せないと思います。ただちょっと主人公はどうしても情けなく見えるかもしれません。


 一誠の部屋に入った瞬間、大一は反射するように跪く。その視線は主では無く、銀髪のメイドの方を向いていた。

 

「お久しぶりです、グレイフィア様」

「ええ、久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「おかげさまで。それで今日は、どういったご用件で?」

「もろもろですが、一番はお嬢様と話をする為です。そして追ってきたら自身の兵士相手に無理やり迫って既成事実を作ろうとしていました。彼が赤龍帝だとさっき聞きました。あなたの弟なんですよね」

「それは…申し訳ございません」

「大一、あなたが謝る必要は無いわ」

「その通りです。まずお話を聞くべきは、お嬢様ですからね」

 

 リアスの言葉に、呆れるような視線をグレイフィアは彼女に向けながら答える。彼女の存在は大一もよく知るところであった。

 間もなくリアスはグレイフィアと一緒に行くことを決めると、大一の方を向く。

 

「大一、あなたは察しているだろうけど明日みんなのいるところで話すわ。だから…」

「余計なことは言いません。ご安心を」

「助かるわ。イッセー、今夜はこれで許してちょうだい。迷惑をかけたわね。明日、また部室で会いましょう」

 

 リアスは別れ際に一誠の頬に口づけをすると、グレイフィアと共に魔法陣に姿を消す。あとに残った一誠は興奮と戸惑いに支配されながらも兄の方を向いた。

 

「兄貴、これってどういう…?」

「リアスさんも話していただろ。明日話すから、今はそのことを聞くな」

 

 昼の感情的な彼の声色とは違う低い声に一誠も何らかの事情を察するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 そして翌日の放課後、一誠、アーシア、祐斗が来る頃には、全員がすでに立っていた。すでに部屋の中では緊張で張り詰めている。不機嫌な表情のリアス、いつもの笑顔がどこか冷たく感じる朱乃、読み取れない無表情の大一と事情を知る3人がそれを物語っていた。一方で小猫は部屋の隅でちょこんと静かに座っていた。あまりこの空気に関わりたくないのが分かる。

 一誠たちが来たのを確認すると、リアスは口を開く。

 

「全員揃ったわね。では部活をする前に話があるの」

「お嬢様、私がお話しましょうか?」

 

 グレイフィアの申し出にリアスは手を振って断ると、そのまま話をつづけた。

 

「実は―――」

 

 まさにその時であった。一誠が見たことも無い魔法陣が部室内に出現する。魔法陣から炎が巻き起こり、強烈な熱気はあっという間に部室を包み込んだ。

 その炎と同時に現れたのは男性であった。見た目は20代前半といったところだろうか、金髪に合うようにスーツは気崩されており、整った顔は荒々しさも感じられた。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ。愛しのリアス、会いに来たぜ」

 

 現れた男はリアスに対して声をかけると、式の日取りや会場など話を進めていく。その様子にリアスは嫌気が差すように振り払うが、彼女以上に怒りを見せる男もいた。

 

「おい、あんた。部長に対して無礼だぞ。つーか、女の子にその態度はどうよ?」

「あ?誰、お前?」

「俺はリアス・グレモリー様の眷属悪魔!『兵士』の兵藤一誠だ!」

 

 一瞬、思案した表情で大一をちらりと男は見るが、すぐに何事も無かったかのような顔になる。

 

「ふーん。あっそ」

「つーか、あんた誰だよ」

 

 あまりにも淡白な反応に調子が崩れかけた一誠は、男が何者なのかを問う。その言葉は男にとってあまりにも意外なことだったようだ。

 

「…あら?リアス、俺のことを下僕に話していないのか?つーか、俺を知らない奴がいるのか?」

「話す必要がないから話していないだけよ」

「あらら、相変わらず手厳しいねぇ」

「兵藤一誠様、この方はライザー・フェニックス様。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家のご三男であらせられます。そしてリアスお嬢様とご婚約されておられるのです」

 

 この紹介の間もなく、一誠の声が響き渡るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ライザー・フェニックスはリアスの婚約者であった。といっても、リアスが自分で選んだ相手ではない。グレモリー家が純血の悪魔を絶やさないために決めた相手であった。かつての戦争で多くの純血悪魔は死に、悪魔の中でも上級である七十二柱も半数以上が断絶へと追い込まれた。だからこそ転生悪魔という制度も生まれているほどだ。それでもやはり純血の悪魔というのに価値を見出す者は多い。上級悪魔ともなれば、尚更だ。

 もちろんリアスとてこれは理解しているが、彼女が納得するわけがない。グレモリー家への誇りはあるが、同時に彼女には「リアス」としての個人も大切にしたかった。少なくとも結婚は自分で選んだ相手を望んでいた。

 しかしそれでライザーは納得するわけにもいかない。彼は彼でフェニックス家の名前を背負っている以上、この結婚に引き下がるわけにいかなかった。

 そこで今回、グレイフィアが提案したのは、レーティングゲームでの決着であった。爵位持ちの悪魔が自分の下僕と共に互いに戦うものだ。元をたどるとリアスの父であるグレモリー家の現当主が、彼女が拒否した時のことを考えて、取った措置である。

 しかしこれはチャンスであった。これに勝利することが、互いに口を出せなくなることでもあるからだ。

 

「やるわ。ライザー、あなたを消し飛ばしてあげる!」

「いいだろう。そちらが勝てば好きにすればいい。俺が勝てばリアスは俺と即結婚してもらう」

 

 これによりリアスとライザーの未来を左右するレーティングゲームの取り決めが行われた。ライザーはリアスの下僕を見てほくそ笑む。

 

「これじゃ、話にならないんじゃないか?キミの『女王』である『雷の巫女』ぐらいしか俺の可愛い下僕に対抗できそうにないな」

 

 その瞬間、ライザーの周りに彼の眷属が現れる。全員が女性でそのタイプは多種多様であった。大人な女性、小柄な少女、雰囲気も様々なハーレム軍団にもっとも喰いついたのは、一誠であった。彼の目の前には自分が実現を夢見るハーレムが形成されているのだから。その事実に直面した彼は、衝撃に涙を流す。

 

「お、おい、リアス…この下僕くん、俺を見て大号泣しているんだが」

「その子の夢がハーレムなの。きっとライザーの下僕悪魔たちを感動したんだと思うわ」

 

 ライザーは見せつける様に下僕とキスを始める。ねっとりと濃厚なもので、それを他の眷属たちも次々とキスを続けていく。数分かけた後に、彼が一誠に見せる表情は勝ち誇っていた。

 

「お前じゃ、こんなこと一生できまい。下級悪魔くん」

「俺が思っていること、そのまんま言うな!ちくしょう!ブーステッド・ギア!」

「やめろ、一誠!」

 

 神器を出した一誠を、大一が羽交い絞めして止める。一誠は振り払おうとするが、眷属の中でも身長、体格共に大きな彼を振り払うのは至難の業であった。

 

「兄貴、離してくれ!」

「レーティングゲームが決まったんだ。ここで決着をつけるわけじゃないんだよ」

「あれを見せつけられて黙っていられるか!」

「落ち着けって!」

「呆れたもんだな。眷属同士でこれだもんな。まあ、英雄、色を好むってやつだ。それにこれは俺と下僕たちとのスキンシップ。お前だって、リアスに可愛がってもらっているだろう?」

「なにが英雄だ!お前なんか、ただの種まき野郎じゃねえか!まさに焼き鳥だぜ!」

「焼き鳥!?この下級悪魔ぁぁぁ!調子こきやがって!」

 

 ライザーの怒りを表すかのように、強力な炎と熱気が部室を充満させる。それだけで大一が慌てるのには、理由は充分であった。

 

「ライザー様、落ち着いてください!弟の無礼は自分が詫びます!」

「あん?お前の弟だと?はっ、仮にもルシファー眷属に繋がりのあるお前の弟とは、尚更問題じゃねえか!」

「返す言葉もありません!ですから、ここはどうか穏便にできないでしょうか!」

 

 大一は弟を抑えながら説得する。話がまとまっている以上、ここでの小競り合いは誰にも特にならない。ましてや一誠がここでライザーに挑んだところで勝てる算段など無いのだ。相手は野心しかない世間知らずの堕天使とはわけが違う。フェニックス家の地位と実力は分かっていた。だからこそ、ここは波風を立てないことが大切であった。

 だがそれでライザーの怒りが収まるわけも無かった。

 

「…おい、弟を放してやれ」

「しかしライザー様!」

「放せ。どうやらそのガキはちょっと痛い目を見ないと分からないようだからな。それともお前のような下級が俺に意見するのか?」

 

 大一はしぶしぶと一誠を放す。従わざるを得ない現状に苛立った表情であった。そしてこの言動がさらに一誠の怒りに油を注いだ。

 

「部長だけじゃなくて兄貴まで!ゲームなんざ必要ねえさ!俺がこの場で全員倒してやらぁ!」

「やれ、ミラ」

「はい、ライザー様」

 

 命令された青髪の小柄な女子が前に出る。一誠は彼女の持つ武器を叩き落とそうとしたが、気が付くと逆に叩きつけられた。命令を受けた彼女はライザーの眷属の中でも、もっとも非力であった。だが今の一誠には、そんな彼女にも勝てないのだ。

 

「リアスに恥をかかせるなよ、リアスの『兵士』。お前の一撃がリアスの一撃なんだよ」

 

 各々の命運を決めるレーティングゲームは10日後に決まった。

 




ヒロイン考えて、書いて消したりを繰り返していたらよくわかんなくなったので、出しました。
この原作選んで、指摘されるまで考えていなかったっておい…。


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第10話 仲間の特訓

2巻の特訓話です。


 平日にもかかわらず、グレモリー眷属は皆、山上の別荘にいた。そこはグレモリーの所有物で、ライザーとのレーティングゲームまでの10日間の特訓場所でもあった。

 10日と猶予を設けられたリアス達は、学校を休み(当然根回しありで)、その時間をすべて特訓に使う予定であった。相手は公式戦も経験しているライザー・フェニックス。勝てる見込みは高くないが、それでも主のために戦うのが眷属だ。

 初日の特訓はそれぞれのメンバーが個々に組んでいた。大一は最初にアーシアと訓練していた。白いジャージを着た彼女は大一についていくように何度も走り込んでいる。

 

「はあはあ…た、大変です…」

「それでも頑張りな。あと10本ダッシュするぞ」

 

 大一とアーシアの特訓はシンプルなものであった。目的は体力の底上げの一点だ。彼女の持つ神器による回復力は大きな武器であった。傷やけがの類は彼女の能力で回復できる。つまり彼女が残れば、それだけチームの生存に繋がる。

 ならば、教えられることが少ない彼に出来ることは、彼女の体力を底上げるために共にトレーニングすることだけであった。

 

「レーティングゲームでお前が前に出ることは少ないだろう。だが基礎体力を上げて、走り回れるようにしておくに越したことはない。お前が残ることがこちらの勝利につながる」

「わ、私、そんなに出来るのでしょうか…?」

「俺よりも必要だ」

「そ、そんな自信がありません…」

 

 休憩中、アーシアはその心情を吐露するかのように答える。元より不安を感じやすい性格なのだから、当然の反応だろう。それでも特訓に喰らいつくのは、彼女の美点だと大一は思った。同時にどこかで気持ちを引き締める必要性を感じた彼は、少し考えるようにあごに手を当てて口を開く。

 

「…アーシア、リアスさんのことは好きか?」

「へ!?そうですね…部長さんは恩人ですし、憧れています。そういう意味では好きですけど…」

「じゃあ、その恩人のために頑張るってことなら、どこまでやれる?」

「…元よりそのつもりです!」

「よし、それでいい。なら、もうちょっとやるぞ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 次に大一が特訓したのは、祐斗と小猫の後輩コンビであった。内容はそれぞれとの模擬戦闘であった。祐斗がそのスピードを活かして縦横無尽に動き、剣で大一に攻撃を与える。常に別方向から別の部位を狙い、使う剣も数回に一度替えていた。祐斗の神器『魔剣創造(ソード・バース)』、あらゆる属性の魔剣を創るその力は剣士としても鍛える祐斗にピッタリであった。

 

「速い上に神器による剣の手数の多さ、さすがとしか言いようがない」

 

 そう言う大一も攻撃はきっちり防いでいる。単純な速度こそ祐斗には追いつけないものの、感知能力と反応速度で攻撃を防いでいく。

 

「攻撃が決まらない…!」

「いちいち剣を変えない方がもう少し隙を減らせるかもな」

「…時間です。祐斗先輩、交代ですよ」

 

 小猫の言葉に祐斗は止まる。大きく息を吐いた彼は大一に対して頭を下げると、下がって小猫のいた辺りへと歩いていく。反対に彼女は持っていたストップウォッチを置くと、腕を交差させてストレッチをしながら大一に問いかけた。

 

「休憩必要ですか?」

「まさか。俺のスタミナを知らないわけじゃないだろ」

「それを聞いて安心しました」

 

 そのやり取りを皮切りに小猫は大一に接近すると魔力を込めた打撃を打ち込む。直線的な一撃だがその威力は先ほどの祐斗の比でない重さであった。大一はすぐに右脚を上げて、すねでその拳を受けた。

 

「お前、またパンチが重くなったんじゃないか?」

「片脚で防ぎながらよく言いますね」

 

 小猫は一歩下がると、徒手空拳で攻めに入る。小柄な体はかく乱する動きによく合っており、名前のように猫のようなしなやかさで連撃を加えていく。近くでは祐斗が彼女の持っていたストップウォッチを拾い、再びスイッチを入れた。

 数十分後、飲み物片手に3人は模擬戦の反省を行っていた。

 

「さっきの攻撃、何度かスピードが落ちているところがあったぞ。あれ、フェイントか?」

「いや単純に少しばてていたんだと思います。スタミナ、もうちょっとつけないとな」

「私は先輩を吹っ飛ばせるほどの力をつけたいです。そうしないと決定的に勝負を決められるか怪しいですし」

「小猫ちゃんはパワーについては十分だと思うけどな。反応速度はもうちょっと上げていいだろうけど。それに大一先輩ほど防御に特化した兵士はなかなかいないんじゃないかな?」

「なんで俺を吹っ飛ばす議論みたいになっているんだ…。それに俺の防御はそんな万能なものじゃないぞ。魔力込めて固くしているだけだから、斬られれば肌に傷はつくし、熱いとか冷たいとかはそれなりに効くからな。

 そうだ、小猫。お前、次に一誠と特訓だろ。容赦なくやってくれ」

「言われなくてもそのつもりですよ」

 

 こぶしを合わせる小猫の姿はその小さい見た目よりもはるかに頼もしく大一は感じた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次の特訓は朱乃とであった。お互い対面に立ち、距離は20メートルほど離れた状況。朱乃はすでに手に魔力を込めており、大一の方は神器を構える。

 

「準備は?」

「いつでも」

 

 そのやり取りの直後、彼女からバレーボール並の大きさの火球が数発撃ちだされる。大一はそれを正面から神器で振り払った。さらに水、氷の塊と連続で撃ちだされていくも、大一は動かずその連撃をとにかく防いでいくのであった。

 

「雷行きますわ」

「了解」

 

 朱乃の手から放たれる雷は、まるでビームのようにまっすぐ伸びていった。その規模と威力は先ほどの攻撃とは格が違うのは一目瞭然であった。

 その攻撃を防ぎ切り肩で息をしている大一を見た朱乃は手を下ろして彼に近づく。

 

「とりあえずこんなものかしら?」

「威力に腕が痺れる…容赦ないな」

「あらあら、そういうリクエストを出したのは大一でしょ。それにこれでも手は抜いている方ですわ」

「情けない話だが、油断したんだよ」

 

 そのように答える大一の体は先ほど防いだ攻撃の余波のせいか、火傷の跡や軽く出血しているところがあった。

 

「そういえばさっきイッセーくん達と魔力の特訓をしましたわ」

「どうだった?」

「あなたよりも才能あるかも。イッセーくんは技を思いついたようだし、アーシアちゃんは魔力を変化させる特訓に入っているの」

「その言葉だけでもへこむな。でも、どうも感覚がつかめないんだよ。魔力を球体として出すことも出来ないし、神器ないとまともに操ることもままならないからな」

「魔力自体は高いのにね。いっそ魔法を学んだ方が早いんじゃないかしら?」

「座学の方がまだ理解する自信はあるが…魔法は多すぎるから今から学んでも付け焼刃以下になるのが関の山だろうな」

「つまり今の能力を伸ばしていくだけってことですわね。傷の手当は良いの?」

「次の勝負で好きな時に治療できるわけじゃないんだ。このまま頼む」

 

 大一の言動に、呆れるようにため息をついた朱乃は再び距離を取るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ぐおっ!」

「ほら立て。この程度でぶっ倒れてはレーティングゲームでやっていられないぞ」

 

 リアスとの特訓を終えた一誠は大一と模擬戦に当たっていた。純粋な格闘戦だが、大一は弟の拳や蹴りをことごとくかわし、蹴りや錨の石突で何度も倒していた。すでにかれこれ5回ほどになる。

 一誠からすれば自分に劣らないはずの疲労に加え、朱乃との特訓で生傷が残るその体でどうしてそこまで兄が戦えるのかが不思議であった。

 

「ちくしょう!当たらねえ!兄貴は防御が凄いんじゃなかったのかよ!」

「受けなくて済むのならそれに越したことはないからな。それにお前の攻撃は直線的すぎる。視線や動きでまるわかりだ。今すぐにどうこうするのは無理だろうが、せめて戦いの感覚は覚えておけ。それで少しでも動きを感じ取れるようになるんだ」

「分かっているよ!うわっ!」

 

 答えた瞬間に足払いを喰らい、思いっきり転ばされる。この後も一誠が大一に一撃を入れることはできなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 初日の訓練は一誠にとっては自身の弱さを知らされるものであった。体力、技術、あらゆる面において未熟さを実感させられるものだ。この事実に直面しただけで不安が煽られていった。今日の収穫はせいぜい魔力を使ったある技を思いついたことだろうか。

 それでもやるしかないのだ。リアスのため、仲間たちの足を引っ張らないため、同じく経験乏しいアーシアを守るため…不安と覚悟を抱えつつ、一誠は食事に手を伸ばしていく。疲れた体が栄養を欲しており、味も最高であった。

 その一方で、リアスが出し抜けに話題を振る。

 

「食事を終えたらお風呂に入りましょうか」

 

 その一言に一誠は雷を受けたような衝撃を感じる。この言葉がエロの権化と呼ばれる彼にとって何よりも魅力的であるかというのは説明するまでもない。

 

「僕は覗かないよ、イッセーくん」

「バッカ!お、お前な!」

「あら、イッセー。私達の入浴を覗きたいの?なら、一緒に入る?私は構わないわ。朱乃はどう?」

「イッセーくんなら別に構いませんわ。うふふ、殿方のお背中を流してみたいかもしれません」

「アーシアは?愛しのイッセーとなら大丈夫よね?」

 

 朱乃の笑顔、アーシアの顔を赤くしながらも小さく頷くという怒涛の肯定に一誠の興奮は高まっていく。すでに彼の頭は自身の求める欲望に支配されていた。

 

「最後に小猫。どう?」

「…いやです」

「じゃ、なしね。残念、イッセー」

「んなっ!そ、そんな…」

 

 最後の小猫の拒否により、混浴という夢のような期待はあっさりと打ち砕かれてしまった。当然なのだが、希望と期待が大きかった分、最後に振り落とされるのはダメージが大きかった。これだけでも今日の中で一番ショックだったと言っても過言でなかった。

 

「落ち込むのは勝手だがな、一誠」

 

 一誠はジャージの襟をつかまれる。後ろから聞こえる怒気の詰まった声は、自分が何度も聞いている男の声であった。

 

「そもそも俺の目が黒いうちに、そんな行為を見過ごされると思っているのか?」

「あっと…いやー兄貴…俺も男だしさ…」

 

 言いよどむ一誠はごまかしを頭の中で駆け巡らせるが、それに伴うように視線も動いていく。

 一方で、小猫が大一に対してきっぱりと言い切った。

 

「大一先輩、お願いします」

「言われるまでもない。祐斗、飯を食い終わったらこいつを男部屋に連れて行くぞ」

「分かりました。ごめんね、イッセーくん」

「ちくしょおおおお!」

 




おそらく次回あたりまで特訓回になると思います。


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第11話 特訓の仕上げ

主人公が地味と思ったら、それは間違いありません。


「ほら、イッセーくん。背中、流すよ」

「野郎にされても嬉しくねえよ!」

「風呂くらい、静かに入らせてくれ」

 

 女性陣が入った後に、大一達は3人で風呂に入る。別荘の風呂はかなり広く、くつろげる空間であったが男3人は点でバラバラな反応だ。混浴の夢がかなわずへこむ一誠、男同士の裸の付き合い自体にどこかワクワクしている祐斗、我関せずのマイペースな態度を取る大一と三者三様の反応であった。

 

「あーあ、チャンスだったのに…」

「嘆くくらいの元気があるなら、この後の修行も大丈夫そうだな。明日からもきっちり仕込むつもりだから覚悟しておけよ」

「大一さん、僕もお願いしますね」

「ああ。俺の方も特訓させてもらうつもりだしな」

 

 大一と祐斗のやり取りを見て、頭を洗っていた一誠は少し考えてから口を開く。

 

「そういえば兄貴っていつから悪魔になったんだ?」

「なんだ藪から棒に」

「いや考えてみたら、聞いたことなかったなって。木場や小猫ちゃんとは仲好いし、ライザーのことも知っていたから、もしかしてかなり昔からだったのかと思ってさ」

「言ってなかったけか?中学3年の頃だから3年くらいは悪魔をやっていることになるな」

「ああ!だから兄貴があの頃、進学先の高校の候補にいきなり駒王学園を入れたんだな!あの堅物兄貴が元女子高の駒王学園を選ぶなんておかしいなと思ったんだよ。まあ、兵藤家としてのスケベがあったんだなと納得していたけどさ」

 

 うんうんと納得するように首を縦に振る一誠に、大一は湯船につかったまま渋い顔を見せる。そのように納得されたのは癪であった。

 

「なんか腑に落ちないな」

「アハハ…そういえば大一さんもイッセーくんと同じで部長に死にかけていたところを助けてもらったと聞いたことがあるんですけど、やっぱり神器が原因なんですか?」

「どうかな…転生悪魔になったのは神器がきっかけでもあるけど、殺されかけたのは事故みたいなもんだしな。はぐれ悪魔にやられたのが、きっかけなんだよ」

「堕天使じゃないんですね」

「多分、腹空かせていた奴が食らおうとしていたんじゃないかな。それをリアスさん達に助けられたってところだな」

「というか、兄貴!そんな前から部長と知り合っていたのかよ!なんか急にめちゃくちゃ悔しくなってきた!」

「お前の判断基準は全部そっち関係かよ…」

「まあ、いいさ!兄貴を超えて、ハーレム王に近づいてやるぜ!」

「別に俺はハーレム王を目指してねえよ…」

 

 弟が前向きになるのはいいが、どうも期待するような方向とは別な気がして新たに不安を抱く大一であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 2日目は悪魔、天使、堕天使の陣営についての座学であった。大一としてはまず目の前のライザー戦に集中するべきだと思ったが、新入りである一誠やアーシアのためにとの勉強会だ。

 陣営の説明の後は、アーシアが悪魔祓いについて皆に説明した。元々、教会に所属していた彼女の知識はなかなかのものであった。さらに聖書や聖水を実物まで持ってきて見せてくれる。

 

「小さい頃から毎日読んでいました。今では一節でも読むと頭痛が凄まじいので困っています」

「悪魔だもの」

「悪魔ですもんね」

「…悪魔」

「うふふ、悪魔は大ダメージ」

「というか、まだ読んでいたのか」

「うぅぅ、私、もう聖書を読めません!」

 

 先輩悪魔の総ツッコミにアーシアは涙するのであった。少なくとも、悪魔にとって有害であるということが一誠にははっきりと分かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 悪魔は夜こそ本領を発揮し、活動的になる。当然、夜の特訓は昼よりもハードであった。

 しかし彼らも生物、休息が必要である。特訓を終えたら、眠りにつくのであった。修行量を考えれば、その疲労から眠りに落ちるのは時間はかからない。

 だが大一はそうもいかなかった。また例の夢を見て目が覚めた。ベッドから体を起こすが、鉛でもくっついているかのように重く感じた。どうも疲労とは別の感覚に思えたが、だから何かが変わるわけでは無い。

 

「あー、ちくしょう!疲れた時くらい眠らせてくれ!」

 

 小声で苛立ちながらつぶやく。悪魔になってから同じようなことを何度もつぶやいていた。

 ぼんやりとした頭を振り払うように動かすが、その時に一誠のベッドが空であることに気が付いた。

 

(…あいつ、どこいった?)

 

 重い頭を抑えながらベッドから降りると、大一は扉を開ける。探しに行くとかではないが、もし無理して特訓をしているようなら釘をさすつもりであった。廊下に出たところで、キッチンにわずかに明かりがついていることに気づく。静かにキッチンの扉に耳をつけると、主と弟の会話が聞こえた。

 

「私はグレモリーを抜きとして、私をリアスを愛してくれる人と一緒になりたいの。それが私の小さな夢。…残念だけれど、ライザーは私の事をグレモリーのリアスとして見ているわ。そして、グレモリーのリアスとして愛してくれる。それが嫌なの。それでもグレモリーのとしての誇りは大切なものよ。矛盾した想いだけど、それでも私はこの小さな夢を持っていたいわ」

 

 仕方のないことであった。上級悪魔として生まれた以上、お家絡みに関係するのはどうやっても逃れることはできない。大一もそのことは理解している。兄のサーゼクスの眷属と繋がりがあり、リアスの状況を定期的に報告するような特異な立ち位置となれば尚更だ。自分はグレモリー眷属なのにスパイのようなことをやっている立場とすれば、リアスの気持ちをどこまで尊重させれば良いかが分からなかった。

 

「俺は部長のこと、部長として好きですよ。グレモリー家のこととか、悪魔の社会とかよくわからないし、俺にとってリアス部長はリアス部長であって…。うぬぬ、小難しいことはよくわからないですけど、俺はいつも部長が一番です」

 

 一誠の言葉に、リアスがどう思ったのかは間もなく彼女の慌てたような「なんでもない」という発言で察することが出来た。

 大一としては一誠が羨ましく思えた。悪魔として知識がないからこそ素直に彼女に対しての感情を言えることが。いやあっても言ったかもしれない。弟のその直情的な面が、彼女にとってどれほど特別に感じただろうか。

 己の気難しさへの嫌気と、弟が主にとって必要なのを感じながら彼は再び寝室へと戻った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 山ごもりの修行も8日経った。その日、リアスが一誠に指示をしたことは神器を使ってみることであった。この修行中、神器の使用を禁止されていた彼に初めて許可が下りたのであった。

 まずは模擬戦で祐斗が相手となり、戦い始める。今回、祐斗が木刀を構えるのに対して、彼は素手による肉弾戦で戦ったが、間もなく特訓の成果が表れていることを彼は知ることになった。まず祐斗の一撃を防いだ。彼が打ち崩す気満々の攻撃だったにもかかわらずだ。その後の攻撃も避けるか、打たれても耐えるかで、一誠は祐斗の連撃になんとか食らいついていった。

 そしてその成長が決定的となったのは、一誠がリアスの指示で撃ちだした魔力の塊であった。彼のブーステッド・ギアによって強化された魔力は巨大な岩石にも匹敵する大きさで、なんと山の消し飛ばすほどの威力を発揮したのであった。その威力は間違いなく上級悪魔にも通用するほどのものと言って差し支えなかった。

 あまりの力に一誠自身がポカンとしている。その一方でリアスは予想通りというような満足した表情で、その様子を見ていた。この威力であれば、無限に甦るフェニックスにも対抗できる可能性がある。一誠の力がゲームの切り札になることは疑いようも無かった。

 

「あなたをバカにした者に見せつけてやりましょう。相手がフェニックスだろうと関係ないわ。リアス・グレモリーとその眷属悪魔がどれだけ強いのか、彼らに思い知らせてやるのよ」

『はい!』

 




次回はレーティングゲームのスタートです。ただそんなに話数はかからないと思う…。


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第12話 試合の始まり

レーティングゲーム開始です。今回はアニメの方を参考にしたところがあります。だって木場側がどんな動きしているか分からないんだもの…。


 上空で大一は神器を手に持ち、辺りを警戒していた。ひやりとした空気に、夜とは思えない空の白さ、そして周辺には感覚を鈍らせるような魔力の流れを感じる。隣にいた朱乃が周辺に霧と幻術を展開させていたからだ。

 すでにレーティングゲームは始まっていた。この試合では駒王学園全体のレプリカがフィールドになっており、彼らはその別空間にいた。

 リアスの指示を受けて、敵が攻め込む前にこちらに有利な状況を作るために朱乃は霧と幻術を張っていた。特に序盤は8人もいる相手の兵士を削ることに集中するつもりだ。全員が女王へとプロモーションしたら、それこそ手が付けられないのだから。

 大一はそんな彼女の護衛として共に動いていた。朱乃を倒せる相手など早々いるものかと思われたが、無駄な体力を消費させるわけにはいかないし、グレモリー眷属の最大戦力でもあるのだから当然なものだ。

 自身の仕事を全うしながら、朱乃は口を開く。

 

「イッセーくんのこと、心配?」

「心配じゃないと言えば噓になるが、まあ大丈夫だろう。あいつなりに頑張っていたし。むしろあの技を本気で使うつもりなのかという不安はあるが…」

「あらあら」

 

 大一のげんなりした表情に、朱乃は苦笑い気味の笑顔を見せる。彼の頭には弟が特訓中に編み出したある技を危惧していた。それは相手が女性ならば触れると服を破けさせる『洋服破壊(ドレス・ブレイク)』という技だ。特訓中に見せてもらった時、大一は地に膝をついて大きくため息をついた。

 いくら勝負事といえ、あの技はくだらなさに加えて、倫理的に受け付けないものが彼にあった。悪魔に倫理観を求めるのも違うような気はしていたのだが。

 

「使って欲しくはないが…でも勝たなきゃいけないしなぁ…」

「勝負ごとに手加減は無用よ」

「そうなんだけどさ…認めたくはないよ」

 

 一誠への信頼はあるのだが、同時にこの信頼が嬉しくない方向にあるのも事実であった。間違いなく弟はその技を使うという信頼だ。

 この話が長引くことに嫌気が差した彼は強引に話題を変えた。

 

「それにしてもサーゼクス様も見ているのには驚いたな。グレイフィア様が審判役を務めているからなのか…知っていたか?」

「いえまったく。炎駒様からも連絡はなかったの?」

「忙しいから、あの人から俺に連絡を寄こすことはめったに無いしなぁ」

 

 今回のライザーとのレーティングゲームは、魔王ルシファーであるリアスの兄サーゼクスも見ていることが判明した。彼らからしても雲の上ともいえる相手が注目しているのは、否応なしに緊張が張り詰めるものであった。

 

「ダメだな…どうもいつもの調子って感じじゃない」

「うふふ、私達もまだまだ未熟者ってことかしら。らしくないと思われるかもしれないけど、意識しないと手が少し震えちゃうくらいだもの」

 

 朱乃が自分の手を見て呟く。雷の巫女などと通り名はあるものの、レーティングゲーム自体は初めてなのだ。

 大一も汗が止まらず、いかに自分が慣れていないかを改めて知らされた気分であった。そんな自分自身を知るからこそ、彼女のプレッシャーは計り知れないものなのが想像ついた。

 

「後輩の手前、弱みを見せるわけにもいかないしな」

「あらあら、私やリアスにも見せようとしないくせに。見栄だけは相変わらずですわ」

「それだけ言えるのなら、心配して損した気分になるよ。まったく…」

 

 大一は呆れるようにため息をつく。今に始まったことではないが、彼女との距離感の取り方は本当につかめないものであった。それでも悪魔の先輩として、リアスの両脇を固める仲間として信頼を置いていた。ゆえに彼女の発言はある意味いつも通りで安心した。

 互いに視線はライザーの拠点である生徒会室の方へと向ける。

 

「主のために、親友のために負けるわけにいかないわね」

「やることをやるだけさ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 戻った大一は祐斗と共に森で待機する。予定では序盤は一誠と小猫を足止めして体育館ごと敵を焼き払う、一方で大一と祐斗は先行して運動場周辺の森に相手をおびき寄せて一網打尽にすることであった。

 大一は木の上で隠れていた。魔力の感覚から3人で動く別動隊がいるのは分かる。そして彼女たちがこの森へと進んでくることも。そして彼女たちが進むほど罠が発動し、それらが打ち崩されていくことを。その時、離れたところで巨大な爆発音と、それに合わせるようにグレイフィアのアナウンスの声が聞こえる。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』三名、『戦車』一名、リタイヤ』

 

 このアナウンスで一誠たちが上手くいったことが分かる。一気に4人もリタイヤに追い込んだのは、幸先が良かった。さらに相手の足が止まったところで大一は別の場所に潜んでいる祐斗に連絡を取る。

 

「…誘い込めたな。そろそろ行くぞ、祐斗」

『了解です』

 

 耳の通信装置で祐斗に指示を出すと、大一は木を降りて彼女らの前に姿を現す。メイドのような服を着たたれ目女性、同じくメイドのような服を着た快活そうな女性、エジプトの踊り子のような女性とタイプはまったく違ったが、全員が兵士であることは分かっていた。

 

「『女王』への昇格を狙って、早々に拠点を目指したんだろうが…」

「残念だったね。もうここから出られないよ。キミたちはウチの『女王』が張った結界にいるからね」

「しまった!」

 

 今回のゲームでグレモリー眷属が大きな利点となったのは、フィールドが駒王学園のレプリカであったことだ。朱乃が発動させた幻術でまずは拠点の場所を勘違いさせる。その状況で試合の序盤で誘い込みやすいのは、プロモーションを狙う「兵士」だ。土地勘があれば移動中に違和感を抱く可能性もあったが、誘い込むのを狙いにした罠もあって上手くごまかせた。その結果、彼らの狙い通りの3人の兵士を結界に抑え込む状況が出来上がった。

 だがこの状況にもライザーの眷属は臆することのない反応であった。

 

「こっちは3人、そっちは2人、数的にはこちらの方が有利だけど戦うつもり?」

 

 踊り子のような女性…シュリヤ―が言う。たしかに相手の人数は3人、しかもゲーム経験豊富なライザー眷属が相手だ。

 しかし数的不利があるのは、元より承知の上。こんなことは問題にもならなかった。

 

「試してみる?」

「『騎士』は兵士3人分の価値があると言われている…そういう意味ではこっちの方が有利だと思うがな」

 

 祐斗が剣を抜き、大一が神器を出現させる。ここで負ける程度なら、元々このような作戦など立ててはいなかった。

 兵士の3人が一斉に魔力をエネルギーとして撃ち出す。大一は前に出ると、全て正面から受けた。神器で体中に魔力を行きわたらせた彼には牽制程度の攻撃では揺らぎもしなかった。魔力がぶつかったことで爆風と煙が巻き起こる。

 その目くらましを利用して、祐斗は正面からシュリヤ―にぶつかっていく。彼女は腕を交差してその突撃を防ぐものの、押し込まれて一気に後退した。

 

「「シュリヤ―!」」

 

 残った2人の女性、マリオンとビュレントが後ろを振り返る。そこに遅れて攻撃を防いだ大一が2人を狙って神器で攻めにかかる。

 

「よそ見禁物!」

 

 彼は距離を詰めて神器を右から左へと大振りをする。マリオンの方は魔法陣で防ぐも吹き飛ばされて、ビュレントは姿勢を低くさせてマリオンを避けつつ大一に至近距離から魔力の塊を撃ち込んだ。先ほどの牽制とは違い、野球ボール程度の大きさながらも魔力の密度が強力であった。おまけに顔面に受けるのだから、さすがに大一も一瞬怯んでしまった。

 すぐに踏ん張って姿勢を下げたビュレントを狙って蹴りを入れる。ビュレントも魔法陣を出すもわずかに遅れてマリオンと同じ方向に吹き飛ばされた。

 だが彼の視線の先には、ダメージを負いながらも立ち上がる2人の姿が見えた。

 

「この程度じゃ、リタイヤまではいかないだろうな」

「経験が少ないからって舐めていたわ…でも、これくらいならまだやれる!」

 

 大一がマリオンとビュレントと睨み合っていると、彼らの耳に再びグレイフィアのアナウンスが耳に入った。

 

『リアス・グレモリー様の『戦車』一名、リタイヤ』

 

 このアナウンスに彼の心がざわめく。最初の脱落の報告から一誠たちが作戦を成功させたのは間違いなかった。ならば、小猫は何があって追い込まれたのだろうか。

 

「ライザー様の眷属である私達を舐めないことね」

「そのようだな。つまりここでいつまでも戦っているわけにもいかないということだ。祐斗、さっさと勝負決めるぞ!」

「分かりました!」

 

 大一は彼女ら目掛けて大きく飛ぶと、錨を全力で振り下ろす。距離があって目くらましもない大振りのため、2人は左右に分かれてその攻撃をかわした。大一は左に逃げたビュレントを追撃して距離を詰めながら、神器を振り回す。大振りではあるものの一撃の重さを危惧してなのか、彼女は後退していくしかなかった。

 一方でマリオンは大一のタフさを厄介に思ったのか、祐斗へと狙いを変える。しかしこれが彼らの狙いでもあった。

 シュリヤ―の援護のためにマリオンは近づき、後退せざるをえないビュレントも気づけば彼女らとかなり近い場所にいた。

 そこまで追い込むと、すぐに大一が上空に飛ぶ。そしてその突然の動きに相手が気を取られる一瞬、祐斗が持ち前のスピードで3人まとめて斬りふせた。すでに手傷を追っている彼女らに祐斗の持っていた剣の威力は充分であった。

 

「まとまってくれれば、一気に斬れるんでね」

「さすがの速度だよ、お前は」

『ライザー・フェニックス様の『兵士』三名、リタイヤ』

 




正直、オリ主がどこまで戦力になれるのかが分からない…。


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第13話 試合の中盤

主人公の決定打の無さが出てきているこの頃です。


 兵士3人を倒した祐斗と大一は分かれて、別々に目的の運動場に向かっていた。戦いを終えた後、リアスから通信が入り小猫を倒したのが相手の女王であることが分かった。現在は朱乃が一騎打ちをしているが、まとまっていては一気にやられる可能性を彼女は危惧したようだ。そこで祐斗は予定通り運動場へと向かい、大一は持ち前の感知能力を活かし大回りをして敵の拠点へと近づくことにした。

 

(スタミナはある方だがやはりキツイな…)

 

 頭の中で大一はつぶやく。元より相手の攻撃を喰らっての戦いをして、現在は魔力の探知で気を張った状態で走らなければならないのだ。体力に自信があるにしても、この長い距離を進むのは骨が折れる思いであった。

 とはいえ、森をあと少しで抜けられそうなところまで来た。その時、大一は右を向いて素早く神器を振り払う。彼に向かってきた氷の塊が砕け散った。

 

「罠…じゃないな」

 

 彼の視線の先には十二単を来た穏やかそうな女性が立っていた。彼女の手のひらから魔力を感じ、今の攻撃は彼女が撃ちだしたことが分かった。

 

「ライザー様の『僧侶』だったか?」

「美南風と申します。お見知りおきを」

「ご紹介どうも。グレモリー眷属の『兵士』兵藤大一です。それで…ひとりってことは無いだろうよ」

「察しが良いのですね」

 

 彼女の隣から姿を現した女性は大きな剣を背負っていた。ライザーの眷属『騎士』のシーリスだ。

 

「兵藤大一…たしかライザー様が話していたルシファー眷属の弟子か」

「ウチは俺以外にもルシファー眷属の弟子がいるんだが…まあ、ライザー様が知っているのは俺だけだろうな」

「しかし所詮は転生悪魔。大きな強みがないことも分かっている」

「その割にはずいぶん警戒しているな」

 

 大一はちらりと後ろに視線を移す。その木の陰に何者かが隠れているのは、分かっていた。数は2人、魔力から兵士だと思われたが動く気配は見られない。

 

「隠れて出てこないなら別にいいが…」

「倒すために徹底するものでね!」

 

 シーリスが接近して大剣を右から振りつける。さすが騎士といったところか攻撃速度も目を見張るものがある。大一は神器の柄を使って剣を正面から受け止めた。同時に彼の後ろの木から隠れていた2人の獣耳を生やした女性が格闘戦を仕掛けに来る。ひとりの右からの裏拳には腕で防いだが、もう一人の背中からのかかと落としはまともに受けてしまった。

 それでも態勢を揺らさずに、薙ぎ払うように体と神器を動かして彼女らに距離を取らせた。

 

「ニィ、リィ、攻撃の手を休めるな!」

「言われなくても!」

「そのつもり!」

 

 シーリスの掛け声とともに、ニィとリィも大一に向かってくる。かわるがわるの連続の近接戦を仕掛けてこられ、大一も手を焼いた。反撃しようとすればすぐに距離を取られて、視覚外から入れ替わるように他の相手が攻撃を仕掛けてくる。数を活かしたかわるがわるの戦術であった。

 大一はとにかく魔力を全身に行きわたらせて、肉体を強化する。それでもこの猛攻は彼の至る所に傷を残してくのであった。

 ようやく攻撃が落ち着いたところで、距離を取ったライザーの眷属は大一を見る。体中に切り傷と打撲痕が見られるが、その眼はぎらついていた。

 

「まったくタフな相手。ある意味、ひとりで突っ走っていたのは納得するわ」

「それでも各個撃破の可能性を考えないとは馬鹿だねえ」

「いえ、おそらく彼の目的は足止めでしょう。私達4人がかりでたったひとり相手に撃破できずの状況ですから」

「なかなか聡明な方なことで」

 

 大一は顔の切り傷を拭いながら、最初の一撃以外仕掛けてこない美南風を見る。まさに彼女の言う通りであった。ここで4人という数に出くわすことは想定外であったが、裏を返せば彼女らを足止めすることで運動場にいるであろう一誠と祐斗が戦いに集中できる。それが相手の戦力を削るチャンスだと確信したからだ。間もなく、彼の考えが正しかったことを証明するアナウンスが全域に響き渡る。

 

『ライザー・フェニックス様の『戦車』一名、リタイヤ』

「げぇ!?本当!?」

 

 青髪の獣人のニィが声を上げる。ここまで来ると、運動場のライザーの眷属も決して人数が足りる状況じゃなくなった。

 

「さてあっちに援護に行ってもいいが、俺はまだまだやれるぞ。ここで下手に人数を減らすのは得策ではないんじゃないか?」

「そのようだな。ここまで戦って攻めはできても、貴様を切り崩すのにはかなり骨が折れることが分かった。だから別のやり方で動きを止める」

 

 シーリスが笑うと、大一の上空をすっぽり覆うような小さな魔法陣が展開されていた。それに気づいた時はすでに遅く、彼の周囲を小型の結界が覆い出られない状況が出来上がっていた。

 

「いつの間に結界を…!」

「魔力感知には自信があったみたいだが、さすがに多勢を相手にしていては気づかないだろう」

「即席のものなので耐久は高くありません。その間にこちらも一気に詰めさせてもらいます。行きましょう」

 

 彼女らは大一を放置して、そのまま運動場を目指す。ここで彼を消耗させるよりも全員で運動場の援護に行った方が得策だと考えたのだろう。

 一方で大一は己の間抜けさを呪いながらも、自分が今すぐに取るべき行動を考えていた。結界術などからっきしな彼としては、これを破る方法はひとつしか思い浮かばない。

 

「スゥ…やるか」

 

 ゆっくりと息を吸って、目を閉じる。あとは魔力で打ち破れそうな場所を探すことに神経を注ぐだけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠の気持ちは高揚していた。祐斗と合流した彼は共にライザーの眷属である『騎士』のカーラマインと『戦車』のイザベラを相手に戦っていた。相手は戦闘経験が豊富なものの、一誠は新技『洋服破壊』とブーステッド・ギアの力で、イザベラから辛くも勝利をもぎ取った。祐斗もカーラマイン相手にかなり有利に立ち回っていることで、士気は上がるばかりだ。

 しかし相手は自分たちよりも多数。どこからともなく運動場には『王』であるライザーと『女王』であるユーベルーナ以外の敵が集結していた。すでに体力をかなり消費していた彼からすれば、それは絶望的な状況であった。イザベラを倒したことで相手も一誠と彼の持つ神器の強大な力に警戒を強め、ライザーの妹であるレイヴェルの指示のもと一誠を倒すことを最優先に動き始めた。

 それでも彼はこのまま負けたくなかった。新校舎の屋上ではすでに『王』同士の戦いが始まっており、リアスが押されていた。ここで自分が負けてしまえば、祐斗もこの場に孤立してしまう。仲間の奮闘と危機を知るほど、一誠は負けたくなかった。

 

「俺に力を貸しやがれ!ブーステッド・ギアッ!」

 

 一誠の想いに応えるかのように、ブーステッド・ギアはさらに強化される。籠手はより堅牢な見た目に変化し、宝玉の数も増えていた。間もなく、この力がどういうものかを理解した彼は祐斗に神器を発動させるように呼び掛ける。

 祐斗の発動した神器によりいくつもの魔剣が現れると、一誠はさらに地面にブーステッド・ギアの力を流し込んだ。新たに得たブーステッド・ギアの力『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』はその名の通り、倍加させた力をいかなる対象に渡すことが出来た。これにより強化された祐斗の神器は、辺り一帯に刃を出すほどの広範囲と強力な威力を纏い、ライザーの眷属を5人まとめてリタイヤさせるのであった。

 

 一誠の気持ちは高揚していた。ブーステッド・ギアの強化に祐斗とのコンビネーションで敵をことごとく倒したこと、ついに数的不利を逆転したこと、それらのあらゆる事実がライザー・フェニックスの打倒を確信させるものであった。

 だからこそ間もなく聞こえたアナウンスに衝撃を受けた。

 

『リアス・グレモリー様の『女王』一名、リタイヤ』

 

 さらに続けて彼の目の前で大きな爆発が起こる。そこには先ほどまで共に戦ってきた騎士が倒れ込んでいた。

 

『リアス・グレモリー様の『騎士』一名、リタイヤ』

 

 ことごとく負けていく仲間達に、一誠は呆然とした。何がどうなってこうなっているかもよく分からない気持ちであった。先ほどまで多くの悪魔が駆けていた運動場には彼しか残っていなかったのだ。

 呆然とする中、彼の視線にひとつの影が映る。上空に浮かぶその姿を見ると、そこには朱乃と戦っていたはずのユーベルーナがたたずんでいた。

 

「朱乃さんと木場をやったのもてめぇか!降りてこい!朱乃さんの!小猫ちゃんの!木場の仇を取ってやる!」

 

 一誠の怒りの叫びにも、彼女はまったく動じない。それどころか一瞥を送ると、ゆっくりと手を上げてその狙いを彼につけるのであった。彼女の手のひらに魔力が集中する。今まさに攻撃が起こり、またひとりグレモリー眷属が散るかと思われた。

 

「やらせはしない」

「…あら」

 

 弾丸のように飛び込む大一の蹴りを完全に防ぎながら、ユーベルーナは意外とも思っていないように眉を上げる。空中故に少々飛ばされるも、彼女はあっさりと態勢を立て直した。

 突然の乱入者に一誠は声を上げる。

 

「兄貴!」

「一誠、すぐに相手の陣地に行ってプロモーション!リアスさん、アーシアと組んで『王』をやれ!ここは俺が食い止める!」

「…わかった!」

 

 ユーベルーナから視線を外さない兄の指示に、一誠はすぐに従った。心のどこかで思っているのだ、兄ならばこの状況すらなんとかできるのだと。

 一誠は傷ついた体を引きずって、敵の本陣へと向かっていくのであった。

 




正直、もっと早く終わるかと思いました。意外とそうでもありませんでした…。


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第14話 耐える悪魔

主人公の役割が完全にヘイトとタンクの役目になっています。


 リアスとライザーのレーティングゲームは、想像を超える激戦となっていた。ライザー達の油断もさることながら、グレモリー眷属の奮闘も大きく傍から見れば勝負は拮抗していると言えるだろう。

 しかし実際のところはリアス達が追い詰められていた。『王』同士の勝負では、いくら攻撃を受けても炎と共に復活するライザーにリアスとアーシアのコンビは追い詰められており、彼女の下に急ぐ一誠も連戦続きにより満身創痍であった。

 一方、もうひとつの戦いでもリアス側の旗色が悪いのは否めなかった。ただでさえ『兵士』と『女王』では格が違うにもかかわらず、ユーベルーナはほとんど無傷で、大一の方は肩で息をしながら生傷が絶えない体であった。

 結界を破った大一の耳に入ってきたのは、朱乃の敗北のアナウンスであった。そしてすぐさま祐斗の敗北を告げるアナウンス、これに大一が焦らないわけがない。焦燥感に駆られて、すぐさま運動場に向かうとユーベルーナが一誠を狙っていたのでカットに入ったわけだ。

 そして突然、現れた大一にユーベルーナは大きくため息をつく。彼のやろうとしていることの哀れさに呆れているようであった。

 

「私に勝てると思っているのかしら?」

「まさか。俺は自分の実力を把握している。ただこのゲームは勝たせてもらう」

「リアス様がライザー様にねえ…それこそ無理な話じゃない?」

「まだ一誠とアーシアがいるのでね」

 

 わざと余裕の態度で大一は答える。本音を言えば、勝てる自信は微塵も無かった。相手はフェニックス家のひとりでその実力も確かなもの。いくら強力な攻撃をしても、どこまで通るかは未知数だ。

それでも一誠のブーステッド・ギアの力とアーシアの回復を使えば、まだ巻き返せる可能性はあった。彼の上級悪魔にも匹敵する一撃や彼女の手傷を消しさる癒しの力があれば、この追い詰められた盤面を覆せるだろう。

 そうなれば、自分がユーベルーナを足止めすることこそ、数少ない勝つための行動であった。

 ユーベルーナは小さくため息をつくと、魔力の塊を2、3発撃ち出す。大きさはせいぜい野球ボール程度だが、避けられる速度では無かった。大一は全身に魔力を込めて、錨で薙ぎ払う。だが錨が触れた瞬間、その魔力が爆発した。

 煙にむせながら、大一はユーベルーナを見る。規模からして牽制程度であるのだろう。しかしさすがは『女王』か、最初に戦った『兵士』よりもその威力は間違いなく上であった。併せて爆発する特性は近接戦しかできない大一にとっては相性最悪であった。

 

「このままやってもジリ貧なのは分かっているんじゃない?」

「それでもあなたをここで食い止めないと、わずかな勝ち筋も無くなるからな。やれることは全てやってやる」

「さすがルシファー眷属の弟子ってところかしら。じゃあこちらも少しだけ本気を出してあげる」

 

 ユーベルーナが指を鳴らすと、彼女を囲むように魔力の球体が現れる。その大きさは先ほどよりも大きく、それに伴って魔力も大きくなっていた。数も9つと連続で撃ちだす気満々であった。

 

「防げる?」

「チィッ!」

 

 再び魔力が撃ち出される。その速度は当然大一が避けられるほどのものでは無い。先ほどと同様に薙ぎ払うも爆発の威力は遥かに強力であった。魔力を行きわたらせることを緩めたら、間違いなく気絶させられるほどの威力だ。

 次々と向かってくる攻撃に対して、大一は煙で視界が遮られる中、ユーベルーナの場所を探る。どうやら彼女は場所を変えていない。それが分かると、玉砕覚悟で突撃し接近戦を狙う。

 だが相手もバカではない。わざわざ近接が得意な相手に合わせるようなことはしない。右へと移動し、同じ距離を保つことを意識する。

 

「ここまで攻撃をいなして、耐えられる…大したものね」

「そらどうも。しかし分からないな。いくら『爆発女王(ボムクイーン)』の異名を持つあなたが相手とは言え、こっちの『女王』と戦った割にはほとんどダメージを受けていない」

 

 口内にある血の塊を吐き出しながら、大一はユーベルーナを睨みつける。これがまだ本気では無いにしても、朱乃がまったく歯が立たないと思えるような実力ではない。にもかかわらず、彼女と戦った割にはユーベルーナはまだまだ余裕そうに見えた。

 その疑問の答えを示す言葉が、大一の後ろから聞こえた。

 

「フェニックスの涙をご存じ?」

 

 ちらりと視線を向けると金髪に大きな縦ロールが目を引く可愛らしいお嬢様が飛んでいた。彼女がライザーの妹であるレイヴェル・フェニックスであることを大一は知っていた。

 

「フェニックス家のご令嬢ですか」

「あら、私の事もご存じなのね」

「さすがにレーティングゲームにまで、参加しているとは思っていませんでしたがね。しかしフェニックスの涙とは…なるほど合点がいきました」

 

 『フェニックスの涙』はフェニックスの回復能力を活かしたアイテムであった。その効果は絶大でいかなる傷をも癒すことができる。レーティングゲームではその効果故に使用には制限がかけられており、公式のゲームでは2つまで認められていた。今回はレイヴェルとユーベルーナがそれぞれ持っていたようだ。

 

「ちょっとでも手心を加えてくれると思ったこちらが甘かったってことですかね」

「あら、両方レーティングゲームをやることで合意したのですよ。ならば、ルールに乗っ取るのは当然じゃないでしょうか?」

「ああ、まったくその通りです。それでも勝つのは我々です」

「これを喰らって、立っているのなら信憑性があるかもね」

 

 ユーベルーナが大技を放つために、魔力が収束してくるのが分かる。この一撃がこれまでとは遥かに別物であることが疑いようはなかった。避ける…いや避けようがない。最初に辺り一帯の広範囲に魔力を展開させると、その範囲を急速に狭めて最終的に大一の周囲に煙のようにまとわりつかせる。あとはユーベルーナの合図ひとつでその場所が爆発することは間違いなかった。

 

「ではさっきの言葉の真意を見せてもらいましょうか」

 

 ユーベルーナが再び指を鳴らすと、大一の下半身周辺が爆発した。その威力に態勢が崩れかけるもなんとか持ち直す。当然、この一撃で終わるはずがなく、ユーベルーナが指を鳴らすたびに各部位が爆発する。その爆風はどんどん広がっていき、彼の全身を何度も爆発していくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「まだ…ここからさ…!」

「まさか私の爆発に耐えるとは…」

「その耐久力は見事。ですけど、命が惜しくないのかしら?」

 

 数分間の爆発に大一は耐えきった。血は流れ、皮膚は焼け焦げ、全身から煙がくすぶっている。それでも彼は意識を保っていた。無理に余裕の表情を作ろうとして、顔がひん曲がっているように見える。その姿にユーベルーナは面食らい、レイヴェルは驚きと呆れが入り混じった表情になる。

 浅い呼吸の状態で、絞り出すように声を出す。

 

「あの人のために命を捧げると決めただけです…」

「それは惚れた相手の眷属になったということですの?リアス様もこんな下級に思われるのは大変ですわ」

「惚れた…はどうでしょうね。あの人に対して尊敬の念はあるが、それが恋慕の情なのかは考えたことも無い…」

 

 リアスに対して、大一は信頼を置いている。恋や愛かは分からないが、いっぱしの若者なりの憧れはあったかもしれない。だがそれ以上に、どこまでも自分を通そうとする彼女には命を預けられると信頼と尊敬があった。

 そんな大一が彼女のために出来ることは、悪魔として自分を磨くことだけであった。ただ彼女の眷属として恥ずかしくない振る舞いを身につけるために、必死で学ぶことしか出来ないのだ。彼女の無茶苦茶に苦言を呈するのも、自分を貫く中で他者にも認められるような悪魔になって欲しかったからだ。

 そして自分のやれることを全てやる。それこそが彼女に応えることで彼女のために出来ることだと、改めて確信していた。

 

「仮にもルシファー眷属の弟子が妄信的ですのね」

「その前にグレモリー眷属でもありますし…自分よりも凄い奴が多くなってくると必死にならざるを得ないんですよ…」

 

 全身を燻ぶらせながら、錨を握り直す。まだ耐えるつもりの大一は、ユーベルーナへの強い視線を外さなかった。

 しかしそんな彼の覚悟を打ち砕くようなアナウンスが流れる。それはリアスが「投了(リザイン)」したというものであった。彼の期待した勝ち筋は打ち砕かれ、その事実が鉛のように体にのしかかる。

 ユーベルーナは哀れみの感情を向けながら口を開く。

 

「勝負あり。もう倒れても誰もあなたを責めないわ。飛んでいるだけでもギリギリだろうに」

「俺は…それでも…」

「強情なのね」

 

 最後まで大一が飛び続ける中で、リアス・グレモリーの初めてのレーティングゲームは敗北で幕を閉じた。

 




上級悪魔でもないオリ主1人が入った程度で、この勝負の勝敗を覆せるわけがないと思うんですよ。


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第15話 弟の代償

どうしてもオリ主が入る隙間が少なかった状況になりました。同時に彼ならこうするだろうという動きではあると思います。



「私がいるんだから休んでいても良かったのに」

「主の大舞台に行かないなんてこと出来るわけがないよ。しかもサーゼクス様までいるんだから」

 

 整った黒い着物に身を包む朱乃に、大一は答える。彼もいつもと違って黒いスーツに姿に身を包んでいた。頭には包帯が巻かれており、アンバランスな印象を与える見た目だ。

 彼らがいる場所はリアスの婚約を祝う大披露宴の会場であった。周りを見渡せば両家の関係者や上級悪魔が多数おり、悪魔としてこの場が如何に重要なものかが察せられる。特に目を引くのは、リアスと同様に紅の髪を持つ男性、現魔王のサーゼクスの存在であった。彼ひとりだけでも緊迫感が一つも二つも違った。

 ライザーとのレーティングゲームに敗北した彼らは、治療を受けた後に眷属として彼女に付き添った。ただしゲーム終盤で気絶をした一誠と彼を看病するために自宅に残ったアーシアだけはこの場にいなかった。

 

「朱乃さんの言う通りですよ。それかアーシアさんの回復をしっかり受けるべきでした」

「俺よりも一誠の方が酷かったんだ。だったら魔力はあっちに回した方がいい」

「…どっちもどっち」

 

 レーティングゲームで敗北が決まっても大一は倒れなかったが、その傷はライザーに敗北して気絶していた一誠にも劣らずであった。当然、アーシアも傷の回復をしてくれるものの、動ける程度になったらあとは一誠の回復に専念するように言い残して彼は他の眷属たちと共に式へと向かった。アーシアからは抗議を受けたものの、そこは先輩という立場を使ったズルいやり方で流していた。

 正装した祐斗と小猫は大一のその態度に呆れた反応を見せ、朱乃はいつものごとくこれ以上の説得は無理だと判断して共にいる3人を見渡す。

 

「まあ、これ以上は言いませんわ。それよりも皆、心の準備はできていますか?」

「…もちろんです」

「今さら引き下がることはしませんよ」

「…なんとかするさ」

 

 全員が同意すると、壇上でライザーと一緒にいるリアスへと視線を向けた。その表情は憂いと諦めが入り混じっており、それが一種の儚い美しさを感じさせるものとなっていた。そんな主を助けるための手段がまだあることを知った彼らの決意は強固なものであった。

 この披露宴に参加して間もなく、大一はサーゼクスからひとつの紙切れを渡された。炎駒からの伝言、と念押しされて渡されたものだが、その内容はサーゼクスが裏で手を引いてもう一度だけこの縁談を破棄にするチャンスを作る計画についてであった。内容はいたって単純で、この婚約を盛り上げる余興としてドラゴンとフェニックスの対決を行うことであった。すでに一誠の方には彼の右腕であるグレイフィアがこの会場へと転移するための手立てを準備しており、あとは彼がこの場に来ることを決心するだけであった。もちろん必ず成功するとは限らない。一誠がライザーに勝てる算段があるわけじゃないし、もっと言えば彼がここに来るのも絶対とは限らないからだ。

 それでもこの話に、グレモリー眷属が乗らない筈がなかった。彼らも先の試合で負けたことについては、全員が責任を感じているところ。当然、主の望みを叶えられるものならそれに越したことはなかった。

 そして、兄として大一の個人的な見解を出すならば、一誠は必ずこの場に現れてリアスを返してもらうことを要求するだろう。弟は良くも悪くも周りを気にせずに突っ走る面があるのを知っていた。そして山での特訓で自信がついたことから、今回の戦いで負けてしまったことに負い目を感じていることも。だからこそチャンスのある披露宴の場には必ず現れるだろうと確信していた。

 間もなくその考えが当たっていたことが証明される、聞き慣れた叫び声が耳に届いた。

 

「部長ォォォォッッ!ここにいる上級悪魔の皆さん!それに部長のお兄さんの魔王様!俺は駒王学園オカルト研究部の兵藤一誠です!部長のリアス・グレモリー様を取り戻しに来ました!」

 

 会場がざわめき、衛兵が一誠へと向かっていく中、4人のグレモリー眷属が一斉に動いて彼らの足止めに向かった。

 

「イッセーくん!ここは僕たちに任せて!」

「…遅いです」

「あらあら、やっと来たんですね」

「押さえておくからさっさと済ませろ」

 

 彼らの援護を受けて、一誠はグングンと前に進んでいく。彼の頭の中には、自身を救ってくれた紅の髪の彼女を連れて帰ることしかなかった。

 急に現れた一誠に会場中が混乱するもサーゼクスがとりなし、一誠とライザーの対決が決まった。片や再び主を取り戻すため、片やフェニックス家のプライドのためにその覚悟は確固たるものであった。

 一誠とライザーが急遽作られた戦いのための特殊空間へと向かうのを、大一は後ろから見ながらつぶやく。

 

「勝ってくれよ、一誠」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠とライザーの戦いは、大一がこれまで見てきた悪魔の戦いの中でもっとも常識はずれなものであった。実力差がある相手に一誠が勝つために、山での修行を活かし、聖水を用意し、果ては『禁手(バランス・ブレイカー)』と呼ばれる神器の禁じられた力を引き出すというもので、ブーステッド・ギアを鎧のように変化させた『赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』を纏い打ち勝った。そのために自分の左腕を一本犠牲にしてまで…。

 大一に一誠のような真似ができたかと言えば、それはできなかっただろう。彼は悪魔として生きることに必死であった。悪魔になることにメリットを見出していたわけでは無く、ただ悪魔のルールに乗っ取ることを意識していたのだから。

 対して、一誠はまだ悪魔としては未成熟だ。上級悪魔のお家事情なんかはそこまで分かるはずもなく、退くということを知らない。だからこそ悪魔の常識を真っすぐに打ち破るように動くことが出来た。根回しがあったとはいえ、しり込みせずに立ち向かうことが出来た。そして激闘の末、見事に勝利をもぎ取ることが出来たのだ。

 ライザーに勝利した一誠はグレイフィアに渡された魔法陣から現れたグリフォンに乗って、リアスと共に夜の空へと飛んでいった。

 

「部室で待っているからな!」

 

 一誠の去り際の言葉に、眷属の皆が笑顔で送り出す。大一も表情は笑顔を見せるがその痛々しい弟の左腕には目を背けたいのが本音であった。弟が命を懸けたことが分かるその腕こそ、自分の不甲斐なさに直面させられる気持ちだからだ。

 しかし今はその感情を抑え込む。まずはリアスの望みが叶ったことに安堵するだけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「だからって…この状況はおかしいだろ!」

 

 兵藤家で大一の声が響く。一誠によってリアスの婚約が破棄となった一件からほんの数日後、リアスが兵藤家に現れて一緒に住むと言いだしたのだ。何があったか…正直なところ、大一としては3年も付き合いがあるため彼女の考えと心情は何となく想像ついたが、とにかくアーシア同様に同居することになった。

 現在、大一は彼女の荷物を部屋に運び入れていた。一誠の方もリアスの指示の下、あと少しで運び入れが終わりというところであった。すっかり上機嫌のリアスが嬉しそうに口を開く。

 

「イッセー、これが終わったらお風呂に入りたいわ。…そうね背中、流してあげるわね」

「マジっすか!?」

「ちょっとリアスさん、それはマズいでしょうよ!」

「もう!裸のお付き合いなら私もします!イッセーさんも部長さんも私だけ仲間外れにしないでください!」

「落ち着け、アーシア!冷静になって自分のやろうとしていることを見直してみろ!」

「まったく大一は小言が多いわね」

「だったら、言われないような振る舞いをしてくださいよ!」

 

 恋を見つけて上機嫌な主に、新たなライバルが現れてあたふたする同居人、その賑やかになっていく生活に喜びを見せる弟と、今後の生活を考えるだけで心的な負担を感じる兄がそこに立っていた。

 




短いですが、これで2巻終わりです。反省点を活かしながら、次回から3巻に突入していきたいと思います。


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月光校舎のエクスカリバー
第16話 後輩の悩み


今回から3巻に突入します。
一誠ほど直情的でなく面倒くさい性格のため、この状況はオリ主が一番肩見せまいと思います。


 兵藤大一の朝は早い。眠れない夜を過ごした彼は、誰よりも早く起きだして今日も日課のトレーニングや悪魔の教本を読みふけることに時間を費やす。先日のレーティングゲームで敗北を期したことで彼は変わろうとしていた。主の力になれなかった彼の苦悩は想像を絶するものであった。特に弟である一誠がどんどん強くなっていくことに後れを取らないためにも、尚のこと努力することを課していた。その気持ちもあってか、この早朝の時間はひとりでこなしていた。

 だが彼がひとりで過ごすことにはもうひとつ理由があった。その時間は毎日必ず来て、大きな心労を強いてくる…。

 

「いただきます」

 

 朝食の時間、この家に住む全員が必ず顔を合わせるこの時間こそ、大一にとってはもっとも手厳しいものであった。

 

「いやー、リアスさんは和食まで作るのが上手なんだね!」

「ありがとうございます、お父様。日本で暮らすのも長いものですから、一通りの調理は覚えましたわ。

 イッセー、おかわりはたくさんあるから落ち着いて食べなさい」

「は、はい、部長…」

 

 父はリアスの作る朝食に感動し、当の彼女は礼を言いながら親同様にその味に感動する弟をたしなめる。母も朝食作りを手伝ってもらったことにか、それともこんなに美人の女友達が一誠にいることが嬉しいのか、穏やかな表情であった。アーシアだけはむくれた面をしていたが、それがリアスへの嫉妬に起因しているものであることを大一はよく知っている。

 平和なこの一幕であったが、大一としては各々の感情を理解しているが故の桃色空気に当てられていることに、一種の疎外感と干渉を避けたい感情が入り混じったややこしい気持ちになった。出来ることなら一誠以上に食事を掻きこんでこの場を離れたいところだが、それがこの場を乱すことに繋がるのも目に見えている。

 ちまちまと箸を進める大一に、母が声をかける。

 

「大一、食が細いわね。どうかしたの?」

「なんでもないよ、母さん」

「あれだな、早起きしすぎて腹がすくピークが過ぎてしまったやつだろう」

 

 勝手に納得する父に、大一は肯定も否定もせずに箸を進めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 そんな朝を過ごした日の放課後、オカルト研究部のメンバーは兵藤家に集まっていた。部室が定例の掃除で使えないため、ここで会議をする予定になった。

 

「で、こっちが小学生の時のイッセーなのよ!」

「あらあら、全裸で海に」

「ちょっと朱乃さん!って、母さんも見せんなよ!」

 

 実際のところは母親が持ち込んだ兵藤兄弟のアルバム展覧会が実施された。見知った相手の思い出写真というのはそれだけで話題を発展させるものであった。

 小猫がペラペラとページをめくりながらつぶやく。

 

「…先輩の写真は少ないですね」

「どうも写真が苦手で撮りたがらなかったんだよな」

「兄貴はシャイだったからな…。本ばっかり読んでいたイメージだぜ」

「それがいつの間にか、体を鍛える方が多くなったわね。中学卒業前あたりだったかしら。受験勉強の息抜きで始めたトレーニングがここまでなるとはね」

「えっ…まあ、そうだな」

 

 母の発言に言葉を濁すような反応を見せる大一に眷属全員が納得したような表情を見せる。その時期こそ、彼が悪魔になった時期で彼が大きく変化した時期であるのだが、当然それを知る由もない母は自分を納得させるように頷くだけであった。

 

「…でも面白いものもありますね。大一先輩の顔がクリームまみれのやつとか」

「それは大一がクリスマスケーキにがっついた時ね。今はそんなに食べないけど、甘いもの大好きだったのよ」

(今は栄養と精神安定な意味で欲しくなること、多いけどな!)

 

 小猫が面白げにページをめくる一方で、リアスとアーシアは小さい頃の一誠に気持ちを高揚させたり、一誠はこれ以上見せまいと四苦八苦したりともはや会議どころでは無いのは明白であった。

 そんな中、祐斗がひとつの写真に目をつける。一誠と大一が覗き込んでみると、そこには幼稚園児の頃の一誠と彼が昔一緒に遊んでいた友達、そしてその父親が映っていた。祐斗はその父親の持っていた模造品と思われる剣を指さして問う。その声は震えつつも、真剣味をおびていた。

 

「これ、見覚えは?」

「うーん、いや、何分ガキの頃すぎて覚えてないけどな…兄貴は?」

「この子、近所に住んでいた子だろ?俺、お前ほど仲良かったわけじゃないし家にも行ったことないんだから、わからねえよ」

「こんなことがあるんだね。思いもかけない場所で見かけるなんて…これは聖剣だよ」

 

 その憎悪に満たされた祐斗の目は、忘れようにも忘れられないほど印象的なものであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後の放課後、オカルト研究部は野球の練習をしていた。名前とはかけ離れた活動ではあるが、これは来週に控えている駒王学園球技大会であった。この球技大会は毎年恒例で、野球以外にもバスケやテニスなど一辺倒の球技を皆で行う。ただ組み合わせが当日発表のため、本気で勝ちたいなら全ての種目に手をつける必要があった。今日は野球の練習をしており、ちょうどリアスが打ったボールをアーシアが取りに行くところであった。

 元々、悪魔である彼らが体力勝負において人間相手に負けるということはあり得ないのだが、リアスがこの手のイベントには喜々として参加する性格のため、このように練習には力が入っていた。同時にライザーに敗北してから、目に見えて勝敗にこだわるようになったため、その気合いは人一倍であった。

 

「次、祐斗!行くわ!」

 

 リアスの掛け声とともにノックが打たれる。気合いの入った一球ではあったが、祐斗の身体能力では問題ないレベルだ。

 しかし祐斗はぼんやりとした様子で動かず、なんとボールが頭に当たったのだ。これには全員が驚きを隠せなかった。

 

「木場!シャキッとしろよ!」

「…あ、すみません。ボーッとしていました」

「祐斗、どうしたの?最近、ボケっとしてて、あなたらしくないわよ?」

「すみません」

 

 祐斗は素直に謝るも、それすらもどこか気の抜けた雰囲気があった。

 

────────────────────────────────────────────

 

(聖剣ねえ…)

 

 球技大会の練習後、ひとり旧校舎裏手の人目のつかない場所で連絡用の魔法陣を展開させる。そこには炎駒の半透明の顔が映し出されていた。大一が炎駒に事の次第を説明すると、彼は考え込むように目を細める。

 

『ふーむ、奇怪な…。それで大一殿、知り合いの家にあったそれは本当に聖剣なのですかな?』

「わかりませんよ。写真だけ見ればただの模造品としか思いませんし、俺だって見たことありませんから判断しようがありません。だいたいその子がいたのってもう10年以上前の話ですよ。仮に本物だとしてもどうこう出来るものじゃないんです」

 

 祐斗が悩む原因について、大一は心当たりがあった。詳しい事情までは知らないが、彼が聖剣に関することで苦しみ、森で倒れていたところをリアスに拾われたという経緯を知っていたからだ。

 そこで彼のために出来ることを考えた結果、炎駒に連絡を取っていた。

 

『それで私に何を望みますかな?貴殿のことです。まさかどうにもできないことを愚痴るためだけに連絡を寄こしたわけでは無いでしょう』

「ええ、もちろんです。それであの…なんとか沖田様と連絡を取ることは出来ませんか?」

 

 炎駒と同じルシファー眷属である『騎士』の沖田総司は祐斗の師匠であった。かつて新選組で一番隊を率いていた彼は、人間からサーゼクスのてによって転生悪魔となっていた。そんな彼によって剣術を叩きこまれた祐斗は、リアス以上に師匠に心を開いていることも知っている。大一は会ったことが無いものの、かつて一度だけ祐斗が自身の師匠のことを話したのを聞いた時にその信頼を目の当たりにした。

 おそらく今の祐斗としては聖剣を打ち砕くことこそが納得できるものなのかもしれないが、現状それが出来る見込みはない。ならば、せめてもっとも心を開いた相手と話せる機会があればと思って、同じルシファー眷属の炎駒に連絡を取ったのだ。

 炎駒も大一の意図には気づいたようだが、申し訳なさそうな表情で対応する。

 

『もちろん、私としても姫様の眷属の悩みについて全力で支援はしたいところです。しかし総司殿は現在別任務で各地を転々としております。…ここだけの話ですが、極秘の調査のようなもののため、他の悪魔との連絡は取れないのです』

「…そうですか」

『申し訳ありません。力及ばずのところで』

「炎駒さんが謝ることじゃないですよ!俺の方こそすいません。無理に時間を取っていただいて」

『これくらいであれば、お安い御用です。ところで姫の様子はいかがですかな?』

「…元気ですよ。ちょっと勢いがありすぎる気もしますが。それと、あー…」

 

 炎駒の問いに、大一の頭にはここ数日の自宅での居心地の悪さが頭をよぎる。さすがに主の恋心を話すのは、彼としても倫理的にはばかられた。

 

『どうかしましたかな?』

「いえいえ、ちょっと勝負ごとに敏感になっていると言いたかっただけです。もうすぐ球技大会なので」

『ふむ…ライザー殿とのレーティングゲームが尾を引いているのでしょうな』

「まあ、我々全員が似たり寄ったりなものですけどね」

『あまり無理だけはしないで頂きたいものです。おっとそろそろ行かねば…では、大一殿。また何かあったら連絡を』

「わかりました。お時間いただきありがとうございます」

 

 大一は魔法陣を消すと、困ったように頭を掻く。連絡を終えたことを少し後悔した。というのも、リアスの婚約破棄の計画を彼が知っていたかについてを聞きたかったのだ。もし知っていたのならば、どうして自分には…。すぐに余計なことを考えそうになった大一は、頭を大きく横に振る。今は後輩のために何が出来るかを考える方が先決であった。

 




炎駒からお目付け役を頼まれているオリ主の立場上、全員が悪魔になった経緯はざっくりながら知っています。


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第17話 噂に翻弄

読み返して思うのですが、この噂を本気にされるって一誠の普段の行いって…。


 その日の昼休み、大一としては用事があるためさっさと食事を済ませて部室に向かいたかった。この学園でもう一人の上級悪魔である生徒会長の支取蒼那…本名ソーナ・シトリーが新たな下僕を紹介することになっていたからだ。大一はまだ会っていないものの、何度か謝罪で入り浸っているおかげで、4つ分の「兵士」でさらに龍の力を持つ神器を扱うことは聞いていた。日頃からお世話になっている相手の手前、顔合わせはしておきたかったが、なぜか彼は現在屋上にいた。昼休みに入って間もなく同じクラスの男たちに連れてこられたのだ。振り切ろうにも6人もいるとそれが出来ず、結局遅れるかもしれないということをリアスに伝えて、彼らについていくことを選択した。しかし…

 

(…重い!)

 

 すでに屋上についてから3分近く経っていた。しかし連れてきた彼らは何も言わず、それだけなのに屋上という空間の空気が異常に重く感じた。

 

(連れてきてこの長い時間、だんまりは無いだろうよ!これはこっちから話を振ってもいい感じか?いやでもこの異様な空気で話を振っていいものなのか!?)

「なあ、大一よ。俺たちはどうしても真実が知りたいんだ」

「お、おう…なんだか分からないが、俺で答えられることならば」

「お前、リアスさんと一緒に住んでいるんだってな…!」

(…またそのことかよ!)

 

 この一言だけで大一は頭の中が悪い意味ではっきりしていくのが実感できた。ここ数日でこの話を何度聞いたことだろうか。兵藤家にリアスが同居しているのは、当然すぐに広まった。

 併せて、大一としてはこの手の話題で同学年が一誠達の変態3人組と同じレベルで厄介であった。駒王学園は元女子高というのもあるのだが、他校にまでその名を大きく知らしめるきっかけになったのは、リアスや朱乃、ソーナといった現三年生だ。そのせいか同学年の男性は彼女らに対して憧れよりも恋愛とあわよくば…といった感情がより強い印象を受けた。もちろん、みんながみんなというわけでは無いが、少なくとも大一を呼び出した彼らはその類であった。

 つまり、彼らが大一に聞きたいことは、一誠とリアスの関係についてなのは疑いようも無かった。

 

「ああ…それな。まあ、事実だよ」

「くそっ噂はやはり本当だったのか!野獣である貴様の弟がグレモリーさんや姫島さんを篭絡したり、転校してきたアーシアちゃんや一年の新生アイドル小猫ちゃんが毒牙にかかっているというのは本当だったのか!」

「いや、そこまでは言っていない」

「グレモリーさんや姫島さんが弱みを握られてあんなことやこんなことを毎日のように酒池肉林の状態…!その性欲には同じ部活の後輩たちまでも…!」

「おいちょっと待て!そんな話初めて聞いたぞ!」

 

 涙と怒り、悔しさにまみれて混沌の表情になる同級生たちに大一はストップをかける。あまりにも身に覚えがなく、想像の斜め上を行く変態的な話にさすがの大一も唖然とした。

 だがそんな彼の反応は気にせずに、男たちは必至な形相で抗議する。

 

「だって一緒に住んでいるんだろうが!そんなお前が間違いないと言うんだから…」

「言ってない!言ってない!ただ住んでいるだけ!だいたい同居はリアスさんやアーシアだけで、朱乃さんや小猫は関係ないよ!そんなことあったら、俺が意地でも止めているわ!どこからの情報だよ、それ?」

「最近、まことしやかに学校内に通じている噂だぞ。情報筋は確からしいが、俺らは出所は知らん!」

「じゃあ、確定じゃないだろ!」

 

 この噂の出どころは一誠の親友である松田と元浜であった。動機はシンプルに嫉妬であったが、同じ学年というのが信憑性を上げていつの間にか学園中に噂として広まった。

 

「というか、そこまでの噂あって俺に疑いは無かったのかよ」

「まったく影も形も無かったな。まあ、お前のことだから俺らも無いなと思っているし」

「初めてだよ。疑われた方が腑に落ちたであろう気持ちになったのは」

 

 さすがに彼らも大一を巻き込むのは躊躇したのか、それとも一誠にだけ狙いを絞っていたからなのかは不明だが、彼の名前がこの噂で出ることはなかった。

 結局、大一はこの誤解を解くために昼休みの時間を使った。後日、彼が部室と生徒会室で土下座をしたことを同級生たちは知る由も無い。

 

「あっ、ちなみに木場祐斗とのBLネタも噂にあるらしいが、それはどうなの?」

「ねえよ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 この数日後に、球技大会が開催された。たかだが学園の催しものなのだが、盛り上がりは相当なものであった。クラス対抗競技、男女別の競技とどれも熱狂であったが、中でもずば抜けて人気を誇っていたのは…

 

「いくわよ、ソーナ!」

「ええっ、よくってよ、リアス!」

 

 リアスが打ちこむボールを、ソーナが華麗に返し、そのボールをまた彼女が見事に返す。学校の人気者である2人によりテニスは激戦であった。その実力はプロ顔負け、というよりも明らかに人間が打てるとは思えない攻防であったが、本人も外野も盛り上がるばかりだ。

 信じられない軌道で動くボールを視界に、大一はぼやき、朱乃は穏やかな笑顔で見守る。

 

「冷静に見ていると、これを一年の時からやっているって考えてみたら正気じゃないな」

「あらあら、仲睦まじいじゃありませんの」

「悪魔もこれで勝負がつけられたら、平和なんだけどな」

 

 結局、この戦いは両者のラケットが折れることで引き分けとなった。

 

 そしてリアスが特に気合を入れていた部活対抗戦。その内容はドッジボールであった。空いた時間で一誠が作った「オカルト研究部」の刺繍入りハチマキを締めて全員が参加する。この戦いはある意味、先ほどのテニス対決以上の熱狂であった。その理由はあまりにも単純であった。

 

「狙え!兵藤を狙うんだ!」

「イッセーを殺せぇぇぇ!」

「うおおおおっ!てめぇら、ふざけんなぁぁぁ!」

 

 執念を感じる豪速球が一誠のみを狙う。このドッジボールにおいて、リアス、朱乃、アーシア、小猫と女性陣は学園のアイドルたちのために当てるのをはばかられ、祐斗の方も下手に当てれば学園中の女性からひんしゅくを買うため当てられない。そうなるとここで狙われるのは変態で名高いのに加え、例の噂で各方面からとんでもない敵意を向けられている一誠であった。

 

「イッセーにボールが集中しているわ!戦術的には『犠牲』ってことかしらね!イッセー、これはチャンスよ!」

「部長ぉぉぉ!がんばりますぅぅぅ!クソ!遊びでやってんじゃないんだよ!」

(どこかで聞いたことあるセリフだな…。それにしてもよく避けるな、あいつ)

 

 一誠が必死でボールから逃げているのを大一はあくび混じりに外野で見守る。初めから外野にいた彼はそもそも狙われることはなかったのだが、同時にあまりにもボールが回ってこないため退屈そうに外野に立っていた。一誠が避けて、小猫がキャッチして相手に当てる、その繰り返しで外野には全く回ってこない。

 だがここで試合に変化が起きる。ひとりの野球部が祐斗に狙いをつけた。

 

「クソォ!恨まれてもいい!イケメンめぇぇぇ!」

「何ボーッとしてやがるんだ!」

「…あ、イッセーくん?」

 

 ぼんやりとしていた祐斗に、一誠が駆け寄る。かばおうとするも、そのボールの軌道はずれて、彼の下腹部へと…。

 

「ッ!」

「あーあ…」

 

 一誠の股にボールが直撃した。その速度、威力から見て致命傷なのは間違いなかった。一誠は小猫とアーシアに連れられて、体育館裏へと連れていかれた。

 

「イッセーの弔い合戦よ!」

(高校最後の球技大会だよな、これ…)

 

 そこからはオカルト研究部の圧倒的実力で相手を打ち倒した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 外で雨音が聞こえる。予報どおり夕方からの雨であったが、幸い球技大会は終わっていた。そして部室内で雨音とは別の乾いた音が響く。祐斗がリアスに頬を叩かれたのだ。球技大会中も彼は心ここにあらずの状態であった。

 叩かれても祐斗の表情には生気が無く、淡々としていた。

 

「もういいですか?球技大会も終わりました。球技の練習もしなくていいでしょうし、夜の時間まで休ませてもらってもいいですよね?少し疲れましたので普段の部活は休ませてください。昼間は申し訳ございませんでした。どうにも調子が悪かったみたいです」

「木場、お前マジで最近変だぞ?」

「キミには関係ないよ」

 

 祐斗は笑顔を見せるも、あまりにも冷たい印象を受ける。いつもの彼の笑顔とはかけ離れたものであった。

 

「俺はお前の事が心配で…」

「心配?誰が誰をだい?基本、利己的なのが悪魔の生き方だと思うけど?まあ、主に従わなかった僕が今回は悪かったと思っているよ」

「チーム一丸でまとまっていこうとしていた矢先でこんな調子じゃ困る。この間の一戦でどんだけ痛い目に遭ったか、俺ら感じ取った事だろう?お互い足りない部分を補うようにしなきゃこれからダメなんじゃねぇかな?仲間なんだからさ」

 

 一誠の説得にも祐斗の表情は変わらない。ただ暗く、陰りがある。にもかかわらず、ギラギラとした鋭い雰囲気も感じられた。

 

「仲間、か…」

「そう、仲間だ」

「君は熱いね、…イッセーくん。僕はね、ここのところ、基本的な事を思い出していたんだよ」

「基本的な事?」

「ああ、そうさ。僕が何のために戦っているかを」

「リアス部長のため、じゃ無さそうなのは顔を見て分かった。じゃあ何のために?」

「僕は復讐のために生きている。『聖剣エクスカリバー』、それを破壊するのが僕の戦う意味だ」

 

 この言葉を聞いた大一は小さくため息をつく。心配していたことが的中した。出来ることならその前に手を打ちたかったが遅かった。祐斗の復讐心が熱を帯びてしまったのだ。

 




オリ主が本格的に振り回されたり、動くのは次回からになりそうです。


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第18話 悩む先輩

今回は会話的やり取りが多めです。オリ主が戦闘以外でフォローのために動くキャラになってきた気がします…。


「祐斗のこと、心配だわ」

「しかしこればかりはどうこうできるものじゃありませんしねぇ…」

 

 ため息をつくリアスに、同意するように大一も頭を掻く。日直の仕事を終えた2人は足早に部室へと向かうが、祐斗の話が持ち上がるとどうにも足取りが重くなる。

 

「大一は祐斗のこと知っているわよね」

「ざっくりですけど。しかしあそこまで聖剣への執着が強いとは思いませんでしたが」

 

 祐斗は「聖剣計画」の被験者であった。その名前に違わず一部の教会が主導になって強力な聖剣を扱うために、子どもを育てていた。実際のところは非人道的な研究、実験の繰り返しであり、挙句の果てには成功しなかったほとんどの者が処分された。

 彼はその生き残りであり、瀕死のところはリアスに転生悪魔として生かしてもらった。リアスとしてはその才能と彼自身の人生を有意義なものにして欲しかったようだが、現実はそうもいかない。

 

「あそこで聖剣を見るとは思わなかったわ。あんなふうになる前にどうにか出来たらよかったんだけど…」

「あいつの想いはあいつにしか分かりませんって。俺も炎駒さんに連絡して、沖田さんに会わせてもらえないか打診もしましたけど無理でしたし」

 

 大一の言葉に、リアスは非難するように目を向ける。納得していないと目で訴えていた。

 

「また私に無断で連絡を取っていたの?」

「別にあなたに断りをいれる必要は無いでしょう。ここら辺は炎駒さんからの命令を遂行しているだけです」

「あなたのことは信頼しているから、変なことは言っていないと思うけど…納得したくないわ。私はあなたの主なのよ」

「そしてお目付けを任されている身でもあります。この際だから言わせてもらいますけどね、最近は節操無さすぎですよ」

 

 リアスに返すように大一も非難の視線を向ける。球技大会の日の夜、あまりにもうるさかったため大一が一誠の部屋に出向くと、リアスとアーシアが半脱ぎで一誠に迫っていた。話を聞けば、どちらと一緒に寝るかということだったのだが、結局両方と寝ることで一誠は了解を得ていた。あまりにもくだらないことでの言い争いであったため、大一がこの3人に辟易したのは言うまでもない。

 大一の言葉に、リアスはにべもない様子で答える。

 

「ただのスキンシップよ」

「全裸で男性と一緒に寝て、その気が無かったと言うのは無理があると思いますよ。だいたい一誠と一緒にいたいからって、ウチにまで押しかけてくるとは…」

「な、何を言っているのよ!?私は別に…」

「毎日、その様子を見せつけられて分からないと思っていたんですか。余裕な態度を見せるのいいですがね、いろいろ自覚を持ってくださいよ」

「…そんなに余裕は無いわよ。こんなにドキドキしたのは初めてだし、アーシアも可愛いから油断ならないわ」

 

 気恥ずかしそうに頬を染めながら、リアスは顔を背ける。それくらいしおらしい態度を見せるくらいなら、その半分でも普段の生活でやって欲しいものであった。

 当然、大一はとっくにリアスの一誠に対する恋心は気づいていた。それでも何かにつけて一誠へのアピールやアーシアとの取り合いが繰り広げられるのを目の当たりにすると、呆れてしまった。弟がそれに気づいていない様子や両親が嬉しそうに見守っていることもその感情に拍車をかけていた。

 仲間の心配に相手への不満、恋バナと話が展開しているうちに、2人は旧校舎へと到着した。

 

「まあ、俺はどっちでもいいですけど…そういえば、今日は朱乃さんがあいつの龍の力を吸い取る日でしたか?」

「あれくらい、私が毎日やってあげるのに…」

「ダメですよ。龍の力は未知数。ひとりに負担をかけるわけにはいきませんから、出来たとしても俺が止めます」

「しょうがないわね。そういう意味ならあなたも出来た方が良かったかしら?」

「俺がやれたら、それこそ地獄絵図でしょうよ…」

 

 お返しとばかりにいたずらっぽい表情で問うリアスに、大一は身震いする。ライザーを倒すために一誠は自分の左腕を犠牲にしたため、その腕はもはや人間のものとはまったくの別物となっていた。定期的にドラゴンの力を散らしてもらうことで腕を元のままにできるのだが、そのためにもっとも簡単な方法が直接指を舐めてもらうことであった。いや実際は本人から直接吸い取ってもらうだけでいいのだが、一番手っ取り早いのがこのやり方らしい。これができるのが身近ではリアスと朱乃だけであったが、その絵面はとても扇情的な印象を与えるものであった。

 2階に上った大一はさっさと部室に入ろうとするが、リアスの動きが止まる。一誠のことが気になったのか、朱乃の部屋の扉の前に行って聞き耳を立てた。大一も呆れつつ、彼女より先に入るのは戸惑って、その後ろについた。すると部屋の中での声がわずかに聞こえる。

 

「浮気、私としてみる?」

「う、浮気!?」

 

 このやり取りが耳に入った瞬間、廊下にはとてつもない殺気が満ち始める。リアスから放たれるそれは、大一がこれまで見てきた彼女の中でも5本指には入るほど強力に感じられた。

 

「リ、リアスさん…」

「ちょっと黙っていて」

「あっはい…」

 

 主の声のトーンの下がり方から、大一はもはや説得を諦めた。願うのはこれ以上リアスをヒートアップさせるような言動を、部屋の中にいる2人にしないでもらうしかないが、その期待とは裏腹に中での会話…というよりも朱乃の発言が濃密になっていった。

 

「私も一度体験してみたいの。年下の男の子に肉欲のまま貪られるのって。意外とMの気もあるのよ、私。それにそろそろ一度くらい男性のを受け入れてみても良いと思いますし」

(これ以上、妙な誘惑はやめてくれ!)

 

 すっかり疲れた様子で大一は額に手をやりながら、リアスに視線を向ける。もはや怒りで声が届くのかもわからなかった。

 そして間もなく、限界が来た彼女は思いっきり扉を開ける。大一が後ろから部屋の様子を覗くと上半身裸の一誠と、水に体を濡らした白装束の朱乃がいた。弟はすっかりビビっており、一方で朱乃はまったく動じずにリアス相手に笑顔で振舞っていた。この気まずい状況から一誠は部屋を抜け出そうとするも、リアスに頬をつねられる。

 

「イッセー、ずいぶんお楽しみだったようね?憧れの朱乃お姉様とは仲を深め合ったのかしら?」

「ひょ、ひょんなぁ、お、俺は…」

「勝手になさい!」

 

 そのままリアスは頬を膨らませながら、そのまま部屋を後にする。後ろ姿からもその怒りが手に取るように分かった。

 

「嫉妬だなんて、かわいいわ。うふふ、イッセーくん。関係は着実にステップアップしてますわね」

「いろいろ思うが、朱乃さんはまず服を着ろ」

 

 面白そうに微笑む朱乃に、批判的な視線を向けつつ大一は自分の上着を投げ渡した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日、部活動を終えた一誠はアーシアと共に帰路についていた。いつもはリアスも一緒なのだが、朱乃の一件で完全にへそを曲げて先に帰らせていた。

 一方、大一はというと彼にしては珍しく寄り道で、喫茶店にいた。熱いコーヒーを飲みながら、頼んでいたホットケーキを待つ。それなりに洒落た造りの喫茶店だが値段がリーズナブルなためか、学生の姿もちらほら見えていた。

 

「…正直、先輩が付き合ってくれるとは思っていませんでした」

「俺も休みたい時はあるんだよ」

「…もちろん?」

「わかっているよ。このくらいは先輩としておごる」

 

 対面に座ってパフェを頬張る小猫は、小さくガッツポーズをした。もともと一誠達とは時間をずらして帰宅する大一であったが、今日は小猫が相談があると言ってきたため付き合うことになった。

 パフェを頬張りながら、小猫は周りを軽く見まわす。その後に大一へ向けた視線は少し意外そうなものであった。

 

「あまり遊びに行かない割には、お店知っていますよね」

「だいたい生島さんから聞いた情報だけどな。俺の契約相手はいつも気を使ってくれる。ありがたいものだ」

「私もここは行こうと思っていましたから良かったです」

「お前、人目なんて気にしない方だからひとりでも来れるだろ?」

「…私の見た目だと補導されそうになるんです」

「悪かった、今のは謝る」

 

 目を細める小猫に、大一は苦笑い気味に答える。場所は変わっても、彼らにとってやり取りは大きく変わらなかった。

 間もなく、大一にも頼んでいたホットケーキが届く。特別好きなわけでは無いが、先日アルバム写真を見ていたことで、甘いものを欲してしまったのは間違いなかった。

 しばらく2人で店の甘味に舌鼓を打つ。小猫は追加でアイスまで頼んでいた。半分ほど食べ終えたところで、大一が本題を切り込む。

 

「それでおごってもらうだけで誘ったんじゃないだろ?」

「当然です。その…祐斗先輩のことで…」

「ああ…まあ、お前も悩むよな」

「…私は部長ほど詳しいことは知らないんです。それでも…それでも祐斗先輩がいないと寂しいです」

 

 アイスへの手を止める彼女の瞳は悲し気なものであった。小猫にとって祐斗は一誠達が来るまで一番近い年の先輩であった。穏やかで優しく、それでいて強い…彼女にとって祐斗への信頼は、自分が想像する以上なのかもしれないと大一は思った。

 

「…私でも出来ることがあるといいんですけど、分からないんです。だから先輩なら…」

「それは俺も悩んでいた。実は俺も手詰まりなんだ」

「…そうですか」

 

 大一も小猫も押し黙る。祐斗のために出来ることはしたいものの、お互いに自分自身の無力さを痛感する瞬間であった。彼らのことだから仲間のために動くことはできるだろう。しかしそれが思い通りにいかないむず痒いこの状況は、彼らに責任感をより重く感じさせた。

 頭を掻きながら、大一は目の前の助けを求めに来た後輩に謝罪する。

 

「悪い、先輩として出来ること少なくて」

「…そういう言い方はしないで欲しいです。私は祐斗先輩と同じくらい頼りにしているのに」

「ありがとな。やっぱりお前は優しいよ」

 

 ふっと自嘲的に笑う大一の表情を見た小猫は怪訝な様子で見つめる。基本的に無表情な彼女でも分かるような変化の表情に、大一もちょっと面喰ったようにその様子を問う。

 

「どうした?」

「…いえ、たまに先輩も不思議な表情をすると思って。休んでいると思えませんし」

「おいおい、一緒にここに来て何を言っているんだ」

「…でもそのどう言えば良いか分かりませんが…心から落ち着いていないというか…ごめんなさい、私の気のせいです」

「謝るなって。あれだ、お前がそう思ってくれるのは優しさからだ。うん、間違いない」

 

 この微妙な空気の中で大一の携帯電話が鳴った。半ばありがたいと思いながら、大一はその電話を取る。

 

「ちょっと待ってくれ。…もしもし?」

『大一、今どこにいる?』

 

 電話の相手はリアスであった。その声から切羽詰まった印象を受ける。付き合いの長さから彼女の言い方から事の深刻さが垣間見えた。

 

「ちょっと寄り道して喫茶店に小猫といますけど…何かありましたか?」

『教会の関係者がこの町に入り込んでいるみたいなの。用心してちょうだい』

 

 それだけ言い残して電話は切れる。大一の険しくなった表情を見て、小猫も察したような表情になった。

 

「…何がありました?」

「教会の関係者が入り込んだらしい。食ったら送っていくよ。警戒は怠らない方がいいな」

「…了解です」

 

 そのやり取りの後、2人は食べる手を早める。黙々と食べるその様子は、味わっているようには到底見えなかった。

 




書いていると、誰と誰のやり取りが書きやすいかとかが分かってくる気がします。


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第19話 聖剣を使う者

ゼノヴィアとイリナが登場します。そしてオリ主は目立てません…。


 次の日の放課後、オカルト研究部には2人の来訪者が来ていた。2人も女性であったが、片方は大一も見覚えがあった。アルバムの写真に一誠と写っていた栗色の髪の女子…紫藤イリナであった。彼女はもうひとりの青髪に緑のメッシュが入った凛とした表情の女性…ゼノヴィアと共に、昨日兵藤家に訪れていた。あくまでイリナの懐かしさからの寄り道であったが、彼女らは一誠達の正体を知っていた。それどころか彼女らは現役の教会関係者であり、悪魔とも敵対していた。それにもかかわらず、今回は彼女らから話し合いを打診してきたのだ。

 敵対組織との会合、全員が緊張感を持って臨むこの状況で、口火を切ったのはイリナであった。

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

 聖剣エクスカリバーはかつての戦争で破壊され失われた。そのため現存するエクスカリバーはかつての破片を集められて、錬金術により再構成されたものであった。全部で7本あるエクスカリバーだが、その内の1本をゼノヴィアが見せる。

 

「私の持っているエクスカリバーは『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』。7つに分かれた聖剣のひとつだよ。カトリックが管理している」

 

 彼女が傍らに置いていたものの布を解いた瞬間、大一達に戦慄が走る。聖剣に宿る力が悪魔である彼らを圧倒したのだ。ゼノヴィアはすぐに布で再びエクスカリバーを覆う。その布には文字がいくつも刻まれており、その力を普段は抑制していることが想像できた。

 さらに続くようにイリナも取り出す。彼女が取り出した紐のようなものはあっという間に一本の刀へと変化した。

 

「私の方は『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』。こんな風に形を自由自在にできるから、持ち運びにすっごく便利なんだから。このようにエクスカリバーはそれぞれ特殊な力を有しているの。こちらはプロテスタント側が管理しているわ」

 

 見せられたエクスカリバーに祐斗の殺気が増す。教会関係者が来たことを聞いて今日の部活に参加した彼であったが、イリナとゼノヴィアに対する敵意を隠そうともしない。その様子に仲間たちは内心ひやひやしていた。

 

「…それで、奪われたエクスカリバーがどうしてこんな極東の国にある地方都市に関係あるのかしら?」

 

 祐斗に意識を向けつつも、リアスは話を進める。彼女らの話ではエクスカリバーは行方不明である1本を除いて6本をそれぞれ教会で管理しているが、今回はそれらから1本ずつ、計3本のエクスカリバーが盗まれた。そして犯人はこの地へと逃げ込んだらしい。

 

「奪ったのは『神を見張る者(グリゴリ)』だよ。主な連中は把握している。グリゴリの幹部、コカビエルだ」

 

 コカビエル…聖書にもその名を連ねる堕天使の幹部であった。その実力は計りかねるが、強大なものであることは間違いない。現に彼女らの話では、取り返そうと潜り込んだエクソシストはことごとく消息を絶っていた。

 それほどの強大な相手ではあったが、教会側の彼女らの要求は一切関与しないことであった。教会側としては、悪魔が堕天使と手を組むことを危惧しているからとのことであった。

 一方で、この申し出にリアスは不満を見せる。プライドの高い彼女からすれば堕天使と組むことはあり得ないし、その疑いを持たれることすらも不服であった。自分の領土で好き勝手されているとくれば尚更だ。

 いずれにせよ、三すくみの関係がある以上、互いに余計な関与は避けるべきであることは認識したようであった。大一としては一触即発の可能性も考えていたため、この結果には胸をなでおろす気持ちであった。もっとも昔の知り合いが玉砕覚悟で今後を考えている様子には、あまりいい気持ちもしなかったが。

 話が集結すると、2人は部室から出ようとするが、ゼノヴィアの方がふとアーシアに目をつけた。

 

「———兵藤一誠の家で出会った時、もしやと思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントか?まさかのこの地で会おうとは」

 

 彼女らはアーシアを知っていた。どうやら敵対勢力をも癒すその力は、「魔女」という評価を受けていたようで、昨日見かけた際には彼女の正体も看破していた。それどころかゼノヴィアの方は、アーシアにまだ神への信仰があることを見抜いた。

 驚くイリナは、アーシアの方を向く。

 

「そうなの?アーシアさんは悪魔になったその身でも主を信じているのかしら?」

「…捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから…」

「そうか。それならば、今すぐ私達に斬られるといい。今なら神の名の下に断罪しよう。罪深くとも、我らの神ならば救いの手を差し伸べてくださる筈だ」

 

 布に巻かれたエクスカリバーを向けるゼノヴィアだが、そこに一誠が割って入る。

 

「アーシアに近づいたら、俺が許さない。あんた、アーシアを『魔女』だと言ったな?」

「そうだよ。少なくとも今の彼女は『聖女』ではなく『魔女』と呼ばれるだけの存在ではあると思うが?」

「ふざけるなッ!救いを求めていた彼女を誰一人助けなかったんだろう!?アーシアの優しさを理解出来ない連中なんか、皆ただのバカ野郎だ!友達になってくれる奴もいないなんて、そんなの間違っている!」

 

 大一はぎゅっと目を閉じて、一誠が落ち着くのを祈った。別に彼女らのアーシアへの評価を擁護するつもりは無い。仲間である彼女への罵倒に怒り心頭なのも理解はできる。しかしここで言い争ったところで、何かが変わるわけでは無いのだ。立場が大きく違う相手ならば尚更だ。ライザーの時と同様に自分が割って入ろうかとも思ったが、あの時と違ってリアスが冷静な今なら彼女が抑える方が主として正しい振る舞いと言えるだろう。

 しかし大一の願いとは裏腹に、一誠の怒りは留まることを知らない。リアスも困ったように制止をする。

 

「イッセー、お止め…」

「ちょうどいい、僕が相手になろう」

 

 この白熱する論争に割って入ったのは、祐斗であった。穏やかな笑顔には隠そうともしない殺気が込められており、彼の狙いに大一は大きくため息をつくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 場所は少し前に球技大会の練習をしていたところ、そこで一誠とイリナ祐斗とゼノヴィアがそれぞれ対峙する。彼女らは羽織っていた白いマントを脱いで黒いボディスーツに身を包んでいた。すでに周囲には結界が張られており、大一達は外からその様子を見守っていた。

 どんどん口論がこじれた結果、喧嘩を売った一誠と祐斗がイリナ、ゼノヴィアと戦うことになった。私的な小競り合い程度のため問題に発展することは無いだろうが、それでも怪我の可能性を考えると、この意味のない喧嘩は大一にとって心臓に悪いものであった。

 目の前の聖剣の存在に復讐心を駆られる祐斗、淡々と勝負に応じるゼノヴィア、ここまでの戦いに発展するとは思わず戸惑う一誠、なぜか張り切ってやる気満々のイリナとそれぞれが反応を見せる中、最初に動いたのは祐斗であった。一誠が発動したブーステッド・ギアに彼女らが驚いたところに、ゼノヴィアに斬りかかっていった。しかしゼノヴィアはその攻撃を防ぎ、不敵に笑みを浮かべる。

 

「我々にとって異端視されている神器ばかりだ。悪魔になったのも当然と言えるのかもしれないな」

「こちらもいくよ、イッセーくん!」

 

 イリナの方も一誠に対して斬りかかるが、彼は受け止めずに回避に徹していた。攻撃を回避して倍加の力を貯めるつもりなのは明白であったが、同時に彼の表情を見て大一は何か嫌な予感がした。あの表情は何度も見たことがある、弟はエロい妄想を展開させている時のものであった。

 

「…気をつけてください。イッセー先輩は手に触れた女性の服を消し飛ばす力を持っています。…女性の敵、最低です」

「あぅ!痛烈なツッコミだよ、小猫ちゃん!」

「なんて最低な技なの!イッセーくん!悪魔に堕ちただけでなく、その心までも邪悪に染まって!

 はっ!まさか大一お兄さんもそっち方面に!?」

「えーい、何でもかんでも兄弟というだけで俺を巻き込むな!一誠、お前もう負けろ!」

「それが仲間で弟に言うことか、兄貴!」

 

 本当に勝負なのか疑いたくなるやり取りが展開される一方で、隣では祐斗とゼノヴィアが刃を交える。祐斗が炎と氷の魔剣を生成し、さらに特有のスピードで攻めるものの、ゼノヴィアはそれを最小限の動きで的確にいなしていく。

 

「『騎士』の軽やかな動き、そして炎と氷の魔剣か。だが甘い!わが剣は破壊の権化。砕けぬものはない」

 

 ゼノヴィアが振るエクスカリバーは祐斗の魔剣を打ち砕き、さらに地面に大きなクレーターを生みだすほどの破壊力を見せつけた。『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』の名に恥じぬ破壊力に、祐斗の表情はさらに険しくなった。

 そして土埃が舞う中で、イリナも勝負をかける。スピードは一誠よりもはるかに速かったが、彼もブーステッド・ギアの能力を発動させたことで身体能力を上げ、積極的にイリナへの「洋服破壊」を狙っていく。

 

「いつも以上にイッセーくんの動きがいいですわ」

「…スケベ根性が先輩の身体機能を向上させているなんて」

「あいつが俺から逃げる時に異常に速くなる理由がこんなところで解明されるとは…」

 

 仲間からの呆れもよそに、ついに一誠はイリナを追い詰める。彼は喜びと期待を込めて突撃するが、直前のところでかわされてその先にいるアーシアと小猫に触れてしまった。つまり…

 布が引き裂く音と同時にアーシアと小猫の裸体がさらされる。その光景に一誠は鼻血を出すも、すぐさま言い訳を始めた。すぐに体をかがめて隠そうとするアーシアはともかく、殺気のこもった小猫に彼の言葉は当然届くはずも無かった。

 

「…この、どスケベ!」

「ぐっふぅぅぅ!」

 

 小猫の一撃が一誠のみぞおちへと深く入り込み、そのまま体を吹き飛ばす。重く、強烈な打撃は地面へと叩きつけられた一誠がすぐに起き上がれないほどの威力であった。

 大一はなるべく目を背けながら、アーシアと小猫に上着と自身の着ていたシャツを投げ渡す。シャツを受け取って羽織った小猫は大一にも疑いの視線を向けていた。

 

「…先輩も見ましたよね?」

「不可抗力ということでどうにか」

「…またおごるということで今回は許します」

「…はい」

 

 大一が自身の財布の中身を心配する中、一誠はイリナにふらつきながらも反撃を試みる。しかし不意を突いた渾身の打撃をかすらせるも、同様にかすめた聖剣の攻撃に彼の体は耐えられず、ふらふらと再び地に倒れ込んでしまった。

 一方で祐斗の方も渾身の巨大な魔剣を創り上げるも、破壊力においてはゼノヴィアに軍配が上がった。魔剣は折られ、腹部に柄頭を強烈に入れこまれたことで彼も倒れ込んでしまった。

 

「次はもう少し、冷静に立ち向かってくるといい。リアス・グレモリー、先ほどの話、よろしく頼むよ。それと、下僕をもう少し鍛えた方がいい。センスだけ磨いても限界がある」

 

 リアスに向かって言葉を向けたゼノヴィアは言い放つと、マントを羽織りこの場を去ろうとする。

 

「ひとつだけ言おう。———『白い龍(バニシング・ドラゴン)』はすでに目覚めているぞ。いずれ出会うだろうが、その調子では絶対に勝てないだろうね」

「ちょっと待ってよ、ゼノヴィア。じゃあ、そういうことでイッセーくん。裁いて欲しくなったら、いつでも言ってね。あっ、お兄さんも昔のよしみでオッケーですよ。アーメン♪」

 

 彼女らが去った後には、完敗した一誠と祐斗が倒れていた。

 




オリ主の性格を考えると、どうしてもこういう場面でグイグイいけません。次回は聖剣の討伐隊ですが…。


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第20話 上級生の会話

いよいよ戦わなくなってきたな主人公と思いながら、今回の話です。


 大一はあまり自分から遊びに行くということはしない。誘われれば付き合うがその程度のことで、休日でも過ごし方は大きく変わらなかった。宿題をこなし、借りた悪魔の本を読み、いつもよりも負担の大きいトレーニングを行う。この繰り返しのため、両親からは異常なほどにストイックな印象を持たれていた。

 それでも平日と同じことの繰り返しというわけでもない。例えばランニングをする時なんかは契約相手から教えてもらった店の場所を確認するためにコースを変えて走るなど、本人なりに長く続けるための工夫を行っていた。

 そして休日、ランニングをしていた大一はファミレスから出てくる一誠を見かけた。それだけならば別におかしくないのだが、小猫に祐斗、見たことない男子、そしてなぜか教会関係者であるゼノヴィアとイリナもいた。6人は間もなく解散したが、そこには先日のしがらみを感じさせなかった。

 

「…とまあ、こんなことがこの前の休日にありまして」

 

 次の部活の際に、大一がリアスに詳細を説明する。部室にはリアス、朱乃、大一の3人しかおらず、他のメンバーは帰宅している時間であった。ただ一誠はアーシアと帰らず、用事があると言って小猫と共に出ていったが、その言動に大一達が疑問視するのは当然であった。

 大一の話を聞いている間、リアスは机に頬杖をつきながら顔をしかめ、朱乃も笑顔ながら困ったように眉を曲げていた。

 

「あらあら、この前の教会関係者に祐斗くんまでいて争いにならないとは」

「なんというか…目的が予想つくというか…」

「聖剣関連でしょうね」

 

 大一が言いづらそうにしていた言葉を引き出すと、リアスは大きくため息をつく。先日ゼノヴィアに負けた祐斗であったが、その後にはリアスの制止を振り切って「はぐれ悪魔」になる覚悟すら見せていた。しかし休日に見た彼の表情はだいぶ落ち着いており、ゼノヴィアやイリナとも友好的とまでは言えないが、話している姿も見られた。ここまでいくと、聖剣関連について妥協点を見つけたと思われる。

 

「もうひとりの男の子というのは?」

「俺は見覚え無いですが、おそらくソーナさんの新入りの眷属じゃないかと思います。一誠が現時点で頼れる男の関係者って限られますし」

「うふふ、大一がこの前サボった時の話ね」

「その言い方やめてくれよ…」

 

 朱乃が大一をからかうのも、まったく気にしない様子でリアスはさらに苦い表情をする。

 

「ソーナの眷属にまで声をかけるとは…そこで終わりってわけじゃないでしょうしね」

「アーシアちゃんはいなかったの?」

「おそらくだけど、巻き込みたくなかったんじゃないかな。まず今回の件についての提案者って悪魔としてまだ世間知らずの一誠だと思うんだ。しかし危険であることもわかってはいるから、あいつなりに彼女を巻き込むのは躊躇したんだろうよ。それに俺らに話さなかったのもこの件がマズいと理解しているからだろう」

「間違いないでしょうね。私達の誰かに知られたら、止められるってわかっているのでしょう」

 

 実際、彼らの予想は間違っていなかった。今回の件の提案者は一誠であり、隠していたのも余計な迷惑をかけないこととそもそも計画自体を止められると思ったからであった。実際、悪魔、天使、堕天使の3すくみが崩れる可能性もあるため、リアス達は反対しただろう。

 

「まったく、この前お互いに干渉しないということで収まったと思ったのに」

「でも部長も独自に調べていたではありませんか」

「そうなんですか?」

「…侵入してきた相手が相手だからね。でも大したことは分からなかったわ」

 

 そう言って、リアスは机に一枚の紙を置く。そこに記されていたのはひとりの人物についてであった。名前を「バルパー・ガリレイ」、当時の聖剣関連の非人道的な実験を主導していた人物で、教会では「皆殺しの大司教」と呼ばれている。今は堕天使と組んでいるとのことであった。

 大一と朱乃は内容にざっくりと目を通すと、リアスに視線を向ける。

 

「この人がコカビエルと共に潜伏していると?」

「可能性としては一番高いわ。あと気になるのは、聖剣を集めても扱える人物がどれくらいいるかってこと」

「そうなりますと名うてのはぐれ悪魔祓いもいるかもしれませんわ」

「その通り。この問題、一筋縄で解決しそうにないのよ」

 

 リアスは手を合わせて祈るような格好で目を閉じる。頭の中ではどうすることが最適解なのかを考えているのだろうが、ここで答えは出ないだろう。

 そして間もなく飛び上がるように立ち上がると、扉の方に向かっていく。

 

「あら、部長どちらに?」

「ちょっとソーナと話してくるわ。今後も含めてね」

 

────────────────────────────────────────────

 

「しかし見つからない…」

「なにか手を打っているのかしら?」

 

 部室に戻った大一と朱乃は困ったようにぼやく。一誠がなにかしているという情報を共有してから数日経っていた。彼らも放課後に一誠達を捜索したのだが、今のところ見つけることはできなかった。特に分からなかったのは、大一の魔力探知でも引っかからないことであった。実際のところ、一誠達は魔力を抑える服を借りていたため分からないのは当然なのだが、それを大一達が知る由もない。

 

「だいたい一誠はどうやって祐斗を説得したんだか…俺にはどうもできない」

「あらあら、大一だって炎駒様に連絡を取っていたんでしょう。リアスから聞いたわ」

「その話は結局どうにもできなかったよ。それに俺じゃ何もできないから、あの人に頼るしかなかっただけだ」

 

 やれやれといった表情で朱乃はお茶を淹れる。その間、2人の間に一切のやり取りは無く静かな沈黙が流れていた。大一はどうもこの空気が苦手であったため、リアスには早く戻ってきて欲しいと思っているが、残念ながら彼女はソーナと共に未だに一誠の捜索に当たっていた。

 この沈黙を破ったのは朱乃からであった。

 

「そういえば、家でのリアスってどうかしら?」

「どうっていうのは…」

「イッセーくんとの関係」

 

 紅茶の入ったカップを渡しながらいたずらっぽく笑う朱乃に対して、大一は渋い表情を見せる。先日のリアスが怒った件もあってか、この手の話題を彼女から振られたくなかった。それでも聞かれた以上、大一は冷静を取り繕いながら答える。

 

「相変わらず、アーシアと一誠の取り合いをしているよ。この前はどっちが一緒に寝るかで争っていた。まあ、そんなことの繰り返しだな」

「あらあら、だったら私が思っているほど進展はしていないのかしら。リアスったら奥手なのね」

「奥手だったら一緒に寝るとかしないよ。そりゃ、この前の朱乃さんのような誘惑はしていないけど」

「うふふ、盗み聞きするあなたに言われる筋合いもないわ」

 

 ささやかな反撃のつもりの皮肉も朱乃には全く通用しなかった。喧嘩をするつもりは毛頭ないものの、彼女相手に強く出られないもどかしさがむず痒く感じた。

 ふと大一は、目の前の女性の真意が気になった。彼女は本気で弟を狙っているのだろうか。彼女に男嫌いという一面があるのを知っていた。しかしその割には、一誠に対して初めから警戒心が無かった印象はあった。もちろん仲間に対しては優しいのはあるのだが、山での修行の時に混浴をあっさり引き受けるなど疑問があったからだ。

 誰に惚れようと口出しするつもりは無かったが、リアスの現状を考えると朱乃の気持ちがどこに向いているのかは友人として気になり、探りを入れる。

 

「年下が好みとは知らなかったな」

「意外だった?」

「というか、男はみんな同じみたいなスタンスなんだと思っていた」

「ふふっ、その考えは間違っていないわ。でもイッセーくんはカッコよかったもの。フェニックスとの戦いを見ていてドキドキしちゃったわ。今はリアスを焚きつけるのが目的なんだけど」

「本当にそれだけか?」

「どういうこと?」

「いや…なんというか、リアスさんはもともと下僕相手にはスキンシップを取る節があるけどさ、朱乃さんは嫌われないようにするように振舞っているように見えるというか」

 

 しかし大一はすぐに自分の発言を後悔した。目の前の朱乃が憂いを帯びたような、バツの悪いような中途半端な笑顔になったからだ。

 

「…そうね、たしかにそうかもしれない。怖く感じる時はあるわ。イッセーくんが私を受け入れてくれないんじゃないかって」

 

 この言葉だけで彼女が言いたいことを理解した。朱乃はただの転生悪魔ではない。人間と堕天使のハーフという特異な家系であった。一誠の命を奪おうとした堕天使と同じ血が彼女には流れており、しかもそれが原因で家を追われた過去まである。

 そんな彼女だからこそ、仲間に受け入れてもらえるかは不安であった。親しい者からの拒絶、否定、不信…これらに対して彼女が敏感になっているのだろう。

 大一は困った様子で頭を掻くと、カップをテーブルに置いて頭を下げる。

 

「ごめん、軽率な発言だった」

「謝らないで。そんなふうに思われるのも仕方ないわ。でもなんというか…あなたが思うほど、私は強くないのね」

 

 憂いのこもったため息をつきながら、朱乃は呟く。

 大一にとって、朱乃はリアスと並ぶほどの付き合いであった。そんな彼女が見せる今の表情は長い付き合いの中でも初めて見た。その言葉通りともいうべきだろうか、いつもの余裕たっぷりの態度とは打って変わって、触れれば崩れそうな弱さすら感じた。

 なぜ彼女がここまで負い目を感じるのだろうか、いやたしかに堕天使はここ最近活動が活発な印象を受ける。一誠やアーシアは現に堕天使に殺されかけ、今は最高幹部のひとりが聖剣を利用しようと企んでいる。その事実こそが、彼女に負い目を感じさせるのだろう。

 

「大一だって私を恨まなかったのかしら?弟が殺されかけたのよ」

「朱乃さんがやったわけじゃないのに、恨むわけないな。それに恨むなら…」

 

 大一は再び言葉を切る。さっきとは違い、舌が重く感じる。自分の考えを口にすることこそが彼にとって禁忌なことであるように思えたのだ。

 出かかった言葉を飲み込むと、大一は言葉を続ける。

 

「とにかく一誠が朱乃さんを否定することは無い。俺が保証する」

「でも根拠は無いのでしょう」

「まあ、あいつがどれくらい堕天使に悪い印象を持っているかは分からないが…それでもだ。心配だったら説明する時に呼んでくれよ。俺が何とかする」

 

 上手く言葉が見つからないも、大一はハッキリと言い切る。彼としては祐斗のために力になれないことを少しでも払拭するために言っている気持ちになって微妙な心情になったが、言葉自体に偽りはなかった。

 そんな彼の言葉に、朱乃は面食らった表情をする。大一としては初めて見た表情だったが、間もなくいつもの余裕ある笑顔になった。

 

「ええ、期待するわ。でもちょっと意外ね。大一が私にそんなこと言うなんて」

「付き合い長いんだ。力になるよ」

「あらあら、見栄ばっかり」

「そういう毒づきが出るならいつも通りだろうな、チクショウ!」

 

 間もなく、リアスから一誠達を見つけたという連絡が入り、この日は解散となった。

 




一誠とのやり取りと同じくらい、リアスや朱乃とのやり取りが書きやすい気がします。オリ主の立場を考えれば、こんな会話があってもおかしくないと思います。


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第21話 聖剣をめぐる戦い

3巻終盤になっての戦闘です。でもここはやっぱり木場が目立つ場面になってしまいますね。


 全身に重りがのしかかるような感覚、周りが見えない真っ暗な環境、いつもの悪夢にさいなまれ大一は目を覚ます。全身に流れる血が脈打つような感覚は決して気分の良いものでは無かった。どうにも最近は心が落ち着く時間が前にもまして減っている気がした。この日も家に帰ると、一誠とリアスは先に戻っていたのだが、なぜかアーシアとリアスで裸エプロンによる一誠争奪合戦が繰り広げられていた。元凶が母親な上、父もそれを止める様子が無かった状況に大一の脱力感は言葉に出来なかった。

 もっとも自分に余裕がないだけなのは理解している。強くなれば、仲間のために出来ることが増えれば、もっと落ち着いていられるのだろう、そんなことを考えながら彼は心を沈めようと再び布団にくるまろうとする。

 しかしすぐに飛び跳ねるように起き上がった。夢とはまた違うプレッシャーが全身を襲ったからだ。強大な魔力に寒気すら覚え、大一はジャージのまま外へと飛び出た。

 

「やっほー、イッセーくん、アーシアたん。ご機嫌麗しいねぇ。元気してた?」

 

 大一達が外に出ると、軽快ながらも茶化している魂胆が見え見えな言葉であいさつする男が目の前に立っている。以前この地に潜入していたはぐれ悪魔祓いのフリードであった。先日から一誠達は破壊するために聖剣の捜索をしていたのだが、そこで出会ったのが彼であった。事情を聴いたリアスの話だと、どうも彼が先日から教会側の人間を何人も葬り去っていたようだ。さらに盗まれたエクスカリバーを持っており、この男が堕天使側に加担しているのは間違いなかった。

 しかし先ほど部屋で感じたプレッシャーはこの男ではない。その正体は上空に存在していた。

 

「はじめましてかな、グレモリー家の娘。紅髪が麗しいものだ。忌々しい兄君を思い出して反吐が出そうだよ」

「ごきげんよう、堕ちた堕天使の幹部コカビエル」

 

 黒いローブを羽織り、背中には10の黒い翼を持つその男こそ堕天使の幹部コカビエルだ。目の前にしただけでその力の絶大さに、意図せずに体が震えるのがわかった。

 

「こいつは土産だ」

 

 コカビエルが手に抱くものを放り投げる。それは手傷を負わされたイリナであった。どうやら聖剣奪還のために追撃したが、逆に手ひどく負けてしまったらしい。

 すぐにアーシアが治療する中、リアスがコカビエルを見据える。

 

「…それで、私との接触は何が目的かしら?」

「お前の根城である駒王学園を中心にこの町で暴れさせてもらうぞ。そうすればサーゼクスも出てくるだろう?」

 

 冷たい笑顔を作りながら答えるコカビエルに、大一達は戦慄を覚える。この堕天使はまさにこれから戦争を仕掛けようというのだ。

 コカビエルは戦いに飢えていた。かつての戦争が終わり、堕天使の上層部の多くが戦いに消極的になった現状、合わせて総督であるアザゼルが神器の研究に没頭する様子に憂い、彼は独自に戦いを仕掛けようとしていたのだ。今回の聖剣による事件も彼にとってはそのトリガーに過ぎないのだ。

 フリードはコカビエルに同調するように狂気的に笑いながら、自身の持つ剣を見せる。両手、腰にそれぞれ2本ずつ持つ全てが聖剣であった。

 

「ハハハ!戦争をしよう、魔王サーゼクス・ルシファーの妹リアス・グレモリーよ!」

 

 高笑いをして宣戦布告をするコカビエルはフリードと共に姿を消す。この事態にリアス達は学園へと向かうのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夜中にも関わらず学園周辺は人が多かった。リアスとソーナの眷属たちが集まっていたからだ。唯一、聖剣の行方を追って追撃していた木場祐斗だけの姿は見えなかった。

 駒王学園周辺に大きな結界が張られている。ソーナとその眷属が散らばって学園を覆うように張られているが、コカビエルの実力では学園どころか町ひとつ消すこともたやすいと考えられている。つまりこの結界は被害を最小限に抑えることを主軸に置いたものであった。

 

「ありがとう、ソーナ。あとは私達がなんとかするわ」

「リアス、相手は桁違いの化け物ですよ?確実に負けるわ。今からでも遅くない、あなたのお兄様へ───」

「あなただって、お姉様を呼ばなかったじゃない」

「私のところは…。あなたのお兄様はあなたを愛している。サーゼクス様なら必ず動いてくれます。だから───」

「すでにサーゼクス様に打診しましたわ」

「朱乃!」

 

 リアスとソーナの会話に割り込む朱乃の表情は明らかに怒っていた。リアスはフェニックス家との結婚を破断にした直後だから、魔王である兄に迷惑をかけたくない…親友のそんな想いも朱乃は理解していたが、今回は事件の重大さの桁が違う。この救援は当然と言えるだろう。

 リアスは腑に落ちない様子で大一を見るが、彼も厳しい表情で首を横に振る。大一も朱乃の行動は大きく支持するつもりであった。結局、彼女はため息をついてこの事実を受け入れる。サーゼクスの援軍が来るのが約1時間、それほど持ちこたえれば事件の解決が見えてくるのであった。

 

「…1時間ね。さて、私の下僕悪魔たち。私達はオフェンスよ。結界内の学園に飛び込んで、コカビエルの注意を引くわ。これはフェニックスとの1戦とは違い、死線よ!それでも死ぬことは許さない!生きて帰ってあの学園に通うわよ、皆!」

『はい!』

 

 リアスの檄に眷属たちが大声で決意を示す。今まさに戦いが始まろうとしていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 正面玄関から突入すると、真っ先に校庭の異様な光景が目に入った。巨大な魔法陣に光り輝く4本の聖剣、そして初老の男が立っていた。リアスが調べていた人物、バルパー・ガリレイだ。

 

「バルパー、あとどれくらいでエクスカリバーは統合する?」

 

 上空から声がする。宙に舞う椅子に座ってコカビエルは、余裕の表情をしていた。

 

「5分もいらんよ、コカビエル」

「そうか。では、頼むぞ。

 さて…サーゼクスは来るのか?それともセラフォルーか?」

「お兄様とレヴィアタン様の代わりに私達が───」

 

 リアスの言葉が終わる前に、爆音が鳴り響く。爆風が発生した場所には巨大な光の柱が突き刺さっていた。その場にあったはずの体育館は影も形も無く消え去っていた。一般の堕天使との格の違いは明確だ。

 しかしだからといって、引き下がるわけにはいかない。なんとか魔王が来るまでの時間は保たなければ、この町が終わる可能性があるのだから。

 リアス達の覚悟の表情を見たコカビエルは指を鳴らす。

 

「さて、地獄から連れてきた俺のペットと遊んでもらおうかな」

 

 闇夜の奥から現れたのはまさに化け物であった。体長は10メートルはある巨体で、太い肢体にある爪の鋭さが破壊力を物語っている。口から見える牙も、赤い瞳も凶悪だが、それを持つ頭が3つもあるのが衝撃的であった。地獄の番犬、ケルベロスが悪魔たちに狙いをつけていた。

 

「朱乃!」

 

 リアスの指示に、朱乃が動く。ケルベロスの口から吐かれた炎があっという間に凍り付いた。そこにリアスが滅びの魔力による一撃を撃ち出すも、ケルベロスの頭は複数ある。他の頭から吐かれた火炎が、彼女の魔力の塊と空中でぶつかった。さらにケルベロスは追撃とばかりに、もうひとつの頭が火を噴こうとするが…

 

「脚を崩す」

「隙あり!」

 

 空を飛ぶリアスや朱乃に気を取られていたのか、「戦車」にプロモーションをした大一が右脚に錨による大振りを、小猫がひとつの頭部に強烈な打撃を叩きこんだ。純粋な打撃にケルベロスは大きく体を揺らした。

 

「さらにもう一撃あげますわ」

 

 朱乃が追撃とばかりに強烈な雷撃を決め、ダメ押しとばかりにリアスの魔力がケルベロスを沈黙させた。

 ケルベロスから吹き出る鮮血を避けながら、大一は「騎士」へとプロモーションをして、一誠の方に走り出した。倒れている魔物と似たような魔力を感知したからだ。

 その読み通り、一誠とアーシアの後ろからケルベロスが新たに現れた。今回の作戦では一誠のブーステッド・ギアによる倍加の力の譲渡がメインであったため、ここで手傷を負わせるわけにはいかなかった。

 

「2人も下がってろ!」

 

 大一は新たなケルベロスと逃げる一誠達の間に入り込む。再び「戦車」になると、ケルベロスの前腕による大きな薙ぎ払いを真正面から防いだ。しかしその力は大きく、十数秒ほど止めたところで腕を振り切られて、彼は先の木へと吹き飛ばされた。

 

「クッソ、重さが違うか…!」

 

 体の硬度を上げていたため怪我は無いものの、純粋な体格と攻撃の重さの違いにより吹き飛ばされてしまった。ケルベロスがまた一誠達を狙っていたため起き上がって再び向かおうとするが、一瞬閃光のようなものが目に入ったかと思うと、先ほどのケルベロスの首がひとつ斬り落とされていた。

 

「加勢に来たぞ」

 

 現れたのは、ゼノヴィアであった。すぐにエクスカリバーを構え、ケルベロスの胴体を斬り裂く。エクスカリバーによる聖なる力は、地獄に住むケルベロスにも効果抜群であっという間にその体は灰と化して消え去った。

 ここで一誠のブーステッド・ギアの力が溜まる。降りてきたリアスと朱乃にその力を与えると、彼女らの魔力の大きさが急激に上がるのを大一は確認した。

 起き上がる最初のケルベロスもその力を感知して逃げ出したが、今度はその四肢が地面から伸びる剣に貫かれて動きを封じられた。

 

「逃がさないよ」

 

 今度こそ現れたのは、祐斗であった。登場するなり、作戦の意図を理解して的確な行動を取れるのはさすがと言えるだろう。

 校庭の半分は覆うであろう巨大な雷がケルベロスに降り注ぐ。その一撃は瞬く間にその存在を無に帰し、さらに間髪を入れずに今度はリアスがコカビエル相手に攻め立てた。撃ち出した魔力の塊は彼女の最大の威力を優に超えるほどであった。決まれば上級悪魔すらも滅びるだろうが、コカビエルはそれすらも片手で防いだ。

 

「なるほど。赤龍帝の力があれば、ここまでリアス・グレモリーの力が引きあがるか。面白いぞ」

 

 コカビエルはくっくっと笑っている一方で、バルパーがついに4本の聖剣を1本へと集約させた。とてつもない光が校庭を覆う。目も明けていられないほどであったが、エクスカリバーに集約されている光の力は実感できた。

 

「エクスカリバーが1本になった光で、下の術式も完成した。あと20分もしない内にこの町は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」

 

 バルパーの言葉に全員が衝撃を受ける。戦っていた時間を考えれば、まだ20分も経っていない。魔王の援軍を待っている間にこの町が滅びるというのだ。もはや一刻の猶予も許されなかった。

 

「フリード、陣のエクスカリバーを使え。最後の余興だ。4本の力を得たエクスカリバーで戦ってみせろ」

「へいへい。まーったく、俺のボスは人使いが荒くてさぁ。でもでも!チョー素敵仕様になったエクスなカリバーちゃんを使えるなんて光栄の極み、みたいな?うへへ!ちょっくら、悪魔でもチョッパーしますかね!」

 

 コカビエルの命令に、フリードはバルパーの作り出した聖剣を手に取る。この緊急状況にゼノヴィアもエクスカリバーの残骸だけでも回収を目的として共に戦おうとしていた。つまりエクスカリバーの破壊を完全に認めたのだ。

 それを聞いた祐斗はバルパー相手に向かい合う。

 

「バルパー・ガリレイ。僕は『聖剣計画』の生き残りだ。いや、正確にはあなたに殺された身だ。悪魔に転生した事で生き永らえている」

「ほう、あの計画の生き残りか、これは数奇なものだ。こんな極東の国で会う事になろうとは。縁を感じるな」

 

 ニヤリと笑うバルパーは自身の聖剣への感情を話し始めた。彼は聖剣に魅入られていた。当然、自分が使いたいと考えたが適応する因子が無かったため、気づけば使用するための研究に没頭した。その結果、祐斗が地獄を見たあの実験により聖剣を使うための因子を抽出することに成功し、それを結晶化させて体に埋め込むことで聖剣を使えるようにしたのだ。

 バルパーの狙いはこの実験を否定し断罪した天使側への復讐であった。そのためにコカビエルと組んで、聖剣使いを量産し軍団を作り上げる目論見であった。

 バルパーは持っていた因子の祐斗の足元へと投げ捨てる。拾い上げた彼の手はどこまでも優しく、どこまでも悲しみがこもっていた。あふれる涙は熱く、祐斗の想いを反映していた。

 想いが力になる…この世界では稀に見られた。結晶が淡く光り、校庭を包むほどの光を放った。光は人の形を形成し、祐斗へと語りかける。消されたはずの被害者達の意識が次々と現れたのだ。

 

「皆!僕は!僕は!!ずっと、ずっと思っていたんだ。僕が、僕だけが生きていて良いのかって。僕よりも夢を持った子がいた。僕よりも生きたかった子がいた。僕だけが平和な暮らしを過ごして良いのかって…」

 

 祐斗は胸の想いを吐き出す。後悔、責任、嘆き…あらゆる感情が彼の心を悩ませていたのだ。

 しかしかつての仲間達にとっては、彼が生きていたことこそが嬉しかったのだ。そして大好きな仲間のために出来ることがあるのならば…。

 かけらが集まり、祐斗が光に包まれる。この瞬間、彼は神器を新たな力へと昇華させたのだ。一誠がライザーで見せたような禁忌の力「禁手(バランス・ブレイカー)」へと!

 




おそらく3巻は今後の展開の下地作りになりそうです。


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第22話 聖魔と龍

前回、オリ主が戦いでいちいち駒の特性を変えているのは、根本的に「女王」の駒と相性が良くないからです。それでも彼は兵士として戦うしかありません。


 祐斗の望みは生きることであった。その望みはリアスとの出会いにより叶った。だが人生が満たされるほど、かつての仲間達の顔がちらついた。共に非道な扱いを受けた仲間の無念を晴らしたい、自分だけが幸せであってはならない、まるで呪いのように絡みつく使命感に苛まれていた。

 しかし先ほどの光が教えてくれた。彼らが本当に祐斗に望んでいることを。それを知った彼の心境はどれほど救われただろうか。だからこそ、彼は最後にけじめをつけなければならなかった。

 

「…バルパー・ガリレイ。あなたを滅ぼさない限り、第二、第三の僕達が生を無視される」

「ふん、研究に犠牲は付き物だと昔から言うではないか。ただそれだけの事だぞ?」

 

 眼前に立つバルパーの邪悪さを改めて実感する。彼の存在をこれ以上許す気は無かった。

 

「ハハハ!何泣いてんだよ?幽霊ちゃん達と戦場のど真ん中で楽しく歌っちゃってさ。ウザいったらありゃしない。もう最悪。俺的にあの歌が大嫌いなんスよ。聞くだけで玉のお肌がガサついちゃう!もう嫌、もう限界!てめえを切り刻んで気分を落ち着かせてもらいますよ!この四本統合させた、無敵の聖剣ちゃんで!!」

「僕が剣になる。部長、仲間達の剣となる!今こそ僕の想いに応えてくれッ!魔剣創造(ソード・バース)!!」

 

 醜悪に笑うフリードに対して、祐斗はまったく動じない。そして彼の剣には強力な魔と光という相反するはずの力が込められていた。禁手化した神器「双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)」による剣がその手に握られていた。

 祐斗は持ち前の速度でフリードに攻撃を入れる。フリードも対応してエクスカリバーで攻撃を防ぐが、聖なるオーラは祐斗の聖魔剣によりかき消されていく。

 

「本家本元の聖剣を凌駕すんのか、その駄剣が!?」

「それが真のエクスカリバーならば、勝てなかっただろうね。でも、そのエクスカリバーでは僕と同志たちの想いは絶てない!」

「チィ!伸びろぉぉぉぉ!!」

 

 苛立つフリードはエクスカリバーの能力を使い始める。伸縮自在、高速、透過と複数の能力が合わさった連撃であったが、今の祐斗に通用するはずもなくその攻撃を見事に防ぎ切った。

 

「そうだ。そのままにしておけよ」

 

 この戦いにゼノヴィアが介入する。聞き覚えの無い言霊を発すると、彼女はゆがんだ空間から別の聖剣を取り出した。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する。デュランダル!」

「デュランダルだと!?」

「貴様!エクスカリバーの使い手ではなかったのか!?」

 

 突然の出来事にバルパーどころか、コカビエルも驚いていた。

 

「残念。私は元々聖剣デュランダルの使い手だ。エクスカリバーの使い手も兼任していたに過ぎない」

 

 ゼノヴィアがイリナと決定的に違ったところは、彼女は元々聖剣使いとして適正があった。すなわちその才能は先天的なもので、デュランダルもそれにより扱えていた。この聖剣はエクスカリバーを超えるじゃじゃ馬…しかしその破壊力は約束されたものであった。

 

「そんなのアリですかぁぁぁ!?ここにきてのチョー展開!クソッタレのクソビッチが!そんな設定いらねぇんだよォォォォ!」

 

 怒りを露わにしたフリードはゼノヴィアに向かってエクスカリバーを振るも、彼女のデュランダルの一振りが目に見えない攻撃を一気に打ち砕いた。

 

「所詮は折れた聖剣か。このデュランダルの相手にもならない」

「マジかよマジかよマジですかよ!!伝説のエクスカリバーちゃんが木っ端微塵の四散霧散かよ!これは酷すぎる!かぁーっ!!折れた物を再利用しようなんて思うのがいけなかったのでしょうか?人間の浅はかさ、教会の愚かさ、いろんなものを垣間見て俺様は成長していきたい!」

 

 武器を折られた彼の殺気はどんどん弱まっていく。祐斗がそんな哀れな男を見逃すはずも無かった。祐斗の一振りでフリードの体は斬りはらわれた。

 

「見ていてくれたかい?僕らの力は、エクスカリバーを超えたよ…」

 

────────────────────────────────────────────

 

 事の顛末を見ていたバルパーはすっかりうろたえていた。自身の聖剣が打ち砕かれたことよりも、祐斗の持つ矛盾した力が同時にあることの方に驚いている様子であった。徐々に祐斗が距離を詰めていく中、バルパーは何かを理解したかのような表情になる。

 

「…そうか!分かったぞ!聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているとするならば説明はつく!つまり、魔王だけではなく神も───」

 

 バルパーの言葉は続くことは無かった。その胸に大きな光の槍が貫いていたからだ。彼は大きく吐血すると倒れ込み動くことは無かった。

 当然、これができるのは上空にいた堕天使だけであった。

 

「お前は優秀だったよ。そこに思考が至ったのも優れているがゆえだろうな。だが、俺はお前がいなくとも別に良いんだ。最初から一人でやれる」

 

 宙に浮かんでいたコカビエルは嘲笑いながら、ゆっくりと降りてくる。彼が地に降り立っただけで世界の空気が変わったような感覚になった。

 大一はつばを飲み込む。今まで生きてきた中でもこれほどの敵意とプレッシャーを感じたことは無かった。

 

「限界まで赤龍帝の力を上げて、誰かに譲渡しろ」

「私達にチャンスでも与えるというの!?ふざけないで!」

「ハハハ、ふざけているのはお前達の方だ。俺を倒せると思っているのか?」

 

 睨みつける眼光だけで恐怖に体が支配されるような気がした。それほど目の前の男は強大なのだ。

 だが彼を倒さなければ、町は滅びる。コカビエルに立ち向かわなければ全てが終わるのだ。

 一誠がブーステッド・ギアの力を発動させる。間もなく倍加の力が溜まると、彼はリアスにそれを譲渡した。リアスの撃ちだした魔力の塊がコカビエルに向かって飛んでいく。その規模はケルベロスを屠った時よりも強力であるのは間違いなかった。

 しかしコカビエルはその一撃すらも真正面から受け止める。両手を使っており、血も吹き出ていたが、防ぎ切ったその戦いを楽しむ狂気の笑顔からまだまだ余力を残していた。

 

「雷よ!」

 

 リアスの攻撃に気を取られていたコカビエルに今度は朱乃が雷で仕掛ける。だが不意を突いた程度で倒せる相手ではない。彼女の一撃をコカビエルはその黒翼の羽ばたきで防いだのだ。

 

「俺の邪魔をするか、バラキエルの力を宿すもの」

「私を…あの者と一緒にするな!!」

 

 憎しみに表情をゆがめながら朱乃が追撃するも、すべて薙ぎ払われた。

 

「ハハハ!全く愉快な眷属を持っているな?リアス・グレモリーよ!!赤龍帝、禁手に至った聖剣計画の成れ果て、そしてバラキエルの力を宿す娘とは───」

「それ以上、仲間をいじめるのはやめてもらおう!」

 

 「騎士」へと変化した大一が距離を詰めて、真横から錨で刺突する。しかしその攻撃をコカビエルは視線を向けることも無く光の槍で防いだ。

 

「まあ、大したことないやつもいるようだが…ん?」

 

 一瞬、防いだのを確認した時にコカビエルの目に輝きがあるように見えた。大一に気が向いたその瞬間に、今度は祐斗とゼノヴィアが同時に斬り込んでいく。

 だがその同時攻撃も届く前に空いている手から放つ波動により吹き飛ばされた。大一とゼノヴィアはそのまま地に叩きつけられるが、祐斗は聖剣と聖魔剣の合わせ技で再び立ち向かっていく。だが槍を剣へと変化させたコカビエルは祐斗の剣術すらも凌駕していた。

 今度は後ろから小猫が打撃を打ち込もうとするも、翼を刃と化して逆に彼女に手傷を負わせた。すぐに一誠とアーシアが介抱へと向かう。

 向かってくる怒涛の攻撃を捌くコカビエルの表情は戦いを楽しんでいた。だが同時に、何かを思案する感情も混じっている妙な表情であった。

 

「大一!」

「任せろ!」

 

 朱乃の手から放たれた雷が大一の神器に命中する。大一は翼を出すと雷の魔力を纏った錨を上空から大きく振り下ろした。「戦車」に変化したことも合わさってその威力は間違いなかったが、パワーでもコカビエルに軍配が上がる。

 コカビエルは先ほどの光の剣で防ぎながら、何かに気づいた様子を見せると、歓喜の表情になる。

 

「やはり間違いない!ようやく見つけたぞ、手がかりを!まさか今度はこんな下級悪魔の手にあるとは!」

「ああ!?何の話だ?」

「知りたければ俺を倒してみることだな。その前に俺が貴様からその力を引きずり出してやるが!」

 

 コカビエルは腕を伸ばし、大一の喉元を掴むと大きく投げ飛ばす。さらに手に持っていた光の剣を投げ飛ばした。一直線に向かうその光は彼の右翼を斬り落とした。

 

「ぐおっ!」

「これで少しは大人しくなる。その力は全てが終わってからゆっくり頂くとしようか…さて、こんなものか」

 

 戦いに区切りをつけたコカビエルは嘆息する。全員で攻め立てても、この男にまともにダメージを入れられない。全てが片手間でいなされているような感覚なのだ。

 

「しかし、仕えるべき主を亡くしてまで、おまえたち神の信者と悪魔はよく戦う」

「…どういうこと?」

「フハハハハハ!そうだったな!お前達下々まであれの真相は語られていなかったな!なら、ついでだ。教えてやるよ。先の三つ巴の戦争で四大魔王だけでなく、神も死んだのさ」

 

 コカビエルの言葉に、その場にいた者の多くが衝撃を受ける。この事実を知っていたのは、各勢力の中でも一部であった。先の戦争での被害はどの勢力も甚大であった。中核を失い、兵を失い、戦力を失い、争いどころではないほど追いつめられた彼らは人間を頼りにし、戦争を望むようなことはできなかった。

 しかしコカビエルは納得できなかった。あの戦争で多くのものを失いながらも勝機を見出していたのに、総督であるアザゼルは戦争への意欲を無くしていた。堕天使が絶対的な存在を誇示する、最強であることこそが彼にとっての誇りでもあったのだ。戦争を再び始めること、それにより彼は堕天使の存在を改めて誇示しようとしたのだ。

 コカビエルが力強く猛るのに対して、彼に勝るとも劣らないほどの声を張り上げて一誠が立ち上がる。

 

「ふざけんな!お前の勝手な言い分で俺の町を、仲間を、部長を、アーシアを消されてたまるかッ!それに俺はハーレム王になるんだぜ、てめえに俺の計画を邪魔されちゃ困るんだよ!」

「ハーレム王?赤龍帝はそれがお望みか。なら俺と来るか?すぐにハーレム王になれるぞ?行く先々で美女を見繕ってやる」

「…そ、そんな甘い言葉で俺が騙されるものかよ」

 

 誰でもわかるその奇妙な間に、大一とリアスが抗議する。

 

「この愚弟!お前、一瞬コカビエルの言葉に本気で揺れただろう!」

「イッセー!よだれを拭きなさい!あなたどうしてこんなときまで!」

「…す、すみません。どうにもハーレムって言葉に弱くて…」

「そんなに女の子がいいなら、この場から生きて帰ったら私がいろいろとしてあげるわよ!」

 

 リアスの言葉に、ブーステッド・ギアの宝玉が輝きを増す。彼の強い想いはリアスへの胸に集中していた。

 当然、この珍妙な力の上がり方にコカビエルすら当惑を隠せなかった。

 

「…女の乳首を吸う想いだけで力を解き放つ赤龍帝は初めてだ。…なんだ、お前は?」

「リアス・グレモリー眷属の『兵士』!兵藤一誠さ!覚えとけ、コカビエル!俺はエロと熱血で生きるブーステッド・ギアの宿主さ!」

 

 ああ、馬鹿馬鹿しい。それが大一の正直な感想であった。こんなことに振り回されるなど自分の甘さを呪いたくなるほどであった。もがれた片翼はまだ熱を帯びる感覚だが、死ぬほどではない。それが分かればやることはひとつであった。気を引き締めた彼は再び地面を大きく踏みしめて立ち上がった。

 その時、上空から声が聞こえる。

 

「ふふふ、面白いな」

 

 全身を纏う白い鎧、背中には8枚の光輝く翼、姿は大きく違うはずなのに一誠がライザーとの戦いで見せた「赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)」と似ている印象を抱かせた。

 そして現れた存在を確認した瞬間、大一は頭を抑える。突然、割れたかと思うほどの激しい頭痛が襲ってきたのだ。突然の来訪者に、コカビエルの存在と油断ならない状況で悟られないように声は出さずに、痛みに耐えながら見守っていた。

 

「…『白い龍(バニシング・ドラゴン)』」

 

 現れた存在に、コカビエルが呟く。一誠の「赤い龍」と対になる存在…この鎧の人物こそが「白い龍」であった。

 彼の神器「白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)」は一誠のブーステッド・ギアと同じ神滅具、すでに鎧状態の禁手化にまで発展させていた。

 白い龍がいきなり仕掛けたのは、なんとコカビエルに対してであった。その漆黒の翼をもぎ取ったかと思えば、神器から声が出る。

 

「我が名はアルビオン」

『Divide!』

 

 これこそがディバイン・ディバイディングの能力。触れた相手の力を半減させ、その力を自分自身に還元させるものであった。

 怒りに震えるコカビエルは反撃を試みるも、高速で動くアルビオンを捕らえられずにどんどん能力で力を半減させられていった。気づけば、その力はせいぜい中級堕天使程度にまで弱められていたのだ。あっという間に無力化されたコカビエルに、アルビオンは拳を腹部に打ち込んだ。

 

「あんたを無理やりにでも連れて帰るようアザゼルに言われているんだ。あんたは少しばかり勝手が過ぎた」

「貴様!アザゼルが───。アザゼルゥゥゥ!お、俺はぁぁぁ!」

 

 大きく叫ぶコカビエルに、アルビオンの拳が入り込み彼は気絶した。あれほど規格外の存在であったコカビエルが瞬く間に地に伏せられた光景に、誰もが動くことが出来なかった。アルビオンの方は悪魔たちには目もくれずに、コカビエルとフリードを回収して去ろうとしていた。

 そんな相手にブーステッド・ギアの宝玉が光りだし、呼応するかのように相手の宝玉も光りだした。

 

『無視か、白いの』

『起きていたか、赤いの』

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

『いいさ、いずれ戦う運命だ。こういう事もある』

『しかし、白いの。以前の様な敵意が伝わってこないが?』

『赤いの、そちらも敵意が段違いに低いじゃないか』

『お互い、戦い以外の興味対象があるという事か』

『そういう事だ。こちらはしばらく独自に楽しませてもらうよ。たまには悪くないだろう?また会おう、ドライグ』

『それもまた一興か。じゃあな、アルビオン』

 

 一誠も同じように前に出て去ろうとする存在に声をかける。もっともリアスの胸の件が無しになったため、ブーステッド・ギアにいる龍のドライグとは違い喧嘩腰であった。

 

「おい!どういうことだ!?お前は何者で、何をやってんだよ!?てか、お前のせいで俺は部長のお乳が吸えなくなったんだぞ!」

「すべてを理解するには力が必要だ。強くなれよ、いずれ戦う俺の宿敵くん」

 

 それだけ言い残すと、その存在は白い光となって消えてしまった。彼が視界から消えたことで、ようやく大一の頭痛も収まる。今度は一気に脱力感が襲ってきた。ひとまず町が滅ぶという危機を乗り越えたのだから。

 皆が祐斗の元へと集まる。少なくとも今回の一件で、彼の禍根は一度ケリがついたのだ。彼は頭を下げながらリアスを見据える。

 

「部長…僕はここに改めて誓います。僕、木場祐斗はリアス・グレモリーの眷属の『騎士』として、あなたと仲間達を終生お守りします」

「うふふ。ありがとう。でも、それをイッセーの前で言ってはダメよ?」

「俺だって、『騎士』になって部長を守りたかったんだぞ!でも、お前以外に部長の『騎士』を務まる奴がいないんだよ!責任持って、任務を完遂しろ!」

 

 彼の戦いはひとまず終わり、仲間の下に帰ってきた。お仕置きと言われて祐斗はリアスに何度も尻を叩かれるものの、仲間と共にいる実感がより湧いてきた。

 祐斗がお仕置きを受けているのを皆が見守る中、大一はそれが視界に入りながらも心は違う場所にいるような感覚であった。コカビエルの言葉、アルビオンを見た時の頭痛、祐斗が戻ってきた安堵だけでは払拭できない靄が彼にはつきまとっていた。

 




次回で3巻分は終わると思います。書いてみたけど、コカビエルが2話しか持たなかったとは…。


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第23話 今後に向けて

短めのまとめ回となります。直近の感想を受けて思ったのですが、やっぱりヒロインの存在って重要ですね…。


 コカビエルの襲撃から数日後、オカルト研究部では新たな仲間としてゼノヴィアが入ってきた。なんでも神がいないことに吹っ切れて悪魔になった。駒は祐斗と同じく「騎士」、すでに転入手続きも済ませて駒王学園の2年生として生活していた。むしゃくしゃして行った決断に後悔は…

 

「うぅむ、しかし、神がいない以上、私の人生は破綻したわけだ。だが、元敵の悪魔に降るというのはどうなのだろうか…。いくら相手が魔王の妹だからって…」

 

 大いにしていたその姿に、部員も苦笑い気味であった。

 イリナの方はゼノヴィアのを含めたエクスカリバー5本とバルパーの遺体を持って教会の本部へと帰った。元々ゼノヴィアよりも信仰深い彼女が神の真実を聞かなかったことは幸いだったであろう。

 今回の一件は3勢力共に深刻に見ていた。特に堕天使側はコカビエルの単独行動と知ったことで、グリゴリ側である白龍皇によって事を終息させた。管理責任もあってか自分たちの問題は自分たちでつけようとしたわけだ。

 さらに堕天使総督であるアザゼルから悪魔と天使に会談を要求され、開催することが決定した。今回の一件の当事者でもあるリアス達も招待されているなど、各勢力にとって今後を大きく左右するものになることは間違いなかった。

 前途多難な今後に不安を覚える中、ゼノヴィアはアーシアに向き合う。

 

「…そうだな、アーシア・アルジェントに謝ろう。主がいないのならば、救いも愛も無かったわけだからね。すまなかった。キミの気が済むのなら、私を殴ってくれても構わない」

「…そんな、私はその様な事をするつもりはありません。ゼノヴィアさん、私は今の生活に満足しています。悪魔ですけど、大切な人に、大切な方々に出会えたのですから。私はこの出会いと、今の環境だけで本当に幸せなんです」

 

 アーシアは微笑みながら、ゼノヴィアの謝罪を受け入れる。その対応にどこか安心した様子になるゼノヴィアは、もろもろやることがあるようで部室をあとにしようとするが、それをアーシアが引き留めた。

 

「あ、あの!今度の休日、皆で遊びに行くんです。ゼノヴィアさんもご一緒にいかがですか?」

「今度機会があればね。今回は興が乗らないかな。ただ今度、学校を案内してくれるかい?」

「はい!」

「それと我が聖剣デュランダルの名にかけて───。そちらの聖魔剣使いとも再び手合わせしたいものだね」

「いいよ。今度は負けない」

 

 アーシアと祐斗にそれぞれ話したゼノヴィアは部室をあとにした。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次の休日、大一は珍しくショッピングモールへと来ていた。最後に来たのがいつなのか覚えていないほど久しぶりなのだが、この場にいること自体が居心地の悪さを感じた。理由は至極単純、右を向くと女性用の水着が目に入り、左を見てもこれまた別の女性の水着が目に入る。そこは女性用の水着売り場であった。

 この日、大一はリアスと朱乃に誘われてショッピングに来ていた。好んでこんな目のやり場に困るような場所に連れてこられたわけじゃない。実際のところは付き合わされているというのが正しいだろう。

 

「夏も近いのよ。露出の多くなるこの季節…特に水着!これでイッセーの気持ちを射止めて見せるわ!」

「あらあら、私達にはその想いを隠そうともしなくなったのね」

「友人が弟に惚れているのをこうも見せつけられるのは、すごく複雑な気持ちになるんだが…」

 

 気合いを入れるように複数の水着を持って宣言するリアスに、朱乃は見守るような微笑み、大一は困ったように渋い表情になる。今回の目的は、学校で控えたプール開きのための水着であった。準備するにしてもいささか早いような気もするが、リアスの意気込みは目に見えて本気さを感じさせた。

 リアスは2つの水着を手に取って、大一に見せる。片方は赤色のビキニ、もう片方は紫色のスリングショットであった。チョイスにかなりの疑問を持つ大一に対して、彼女は問いかける。

 

「それで大一、どれがイッセーの好みだと思う?」

「知らないですよ。本人に訊きなさいよ。あいつのことだから目を輝かせながら答えますよ。というか、俺は荷物持ちに呼ばれたんじゃないですか?」

「披露するまでのお楽しみにしたいのよ。それに男性の視点からの意見も欲しいの」

「あいつだったら露出激しければ、喜びそうな気もしますけどねえ。いやでもこだわりが強そうなところもあるからなあ…」

「…やっぱり着てみるしかないようね。チェックお願いね!」

 

 そう言って、リアスは試着室に入る。この気合いの入れようには呆れを越して、逆に感心すら覚えてしまう。恋愛に対して本を読んで勉強するわりには、そそのかされて裸エプロンをやってしまうような間違った行動力のなせる勢いだろうか。

 

「まったくいい迷惑だ」

「休日でもほとんど変わらない過ごし方をするあなたにはちょうど良かったんじゃないかしら?」

「余計なお世話だよ」

「うふふ、いいじゃない。この後、みんなでお茶でもしましょう。それにこういうことに慣れておかないと、いざという時に困るんじゃないかしら?ただでさえ、イッセーくんにいろいろ先を越されているんだから」

 

 朱乃が意地悪そうな笑顔を向けて大一に話す。一瞬、その意味を問い詰めたくなった彼だが、分からないわけではない。一誠は傍から見れば、リアスやアーシアと美女から好意を持たれている。男女の関係においては、間違いなく兄である大一よりも進んでいると言えるだろう。もちろん大一とて色恋沙汰にまったく興味がないわけでは無いのだが…。

 大一はごまかすように頭を掻くと、朱乃の方を見る。

 

「なんか当たりが強くないか?」

「悩みすぎてはダメと思っただけよ。この前の戦いでも白龍皇が出てきた時に、様子がおかしかったもの」

「気づいていたのかよ…」

「だってあのタイミングで、あなた自身の魔力が急に乱れたもの。直前にあなたと魔力を合わせた私だから気づいたようなものだけど。リアスもそれが分かっていたからこそ、今日誘ったんじゃないかしら?」

「そういうこと」

 

 リアスが試着室から顔だけ出して、2人の話に割り込む。この話は彼女の耳に入っていたようだ。

 

「コカビエルの言葉やあなたの魔力の乱れ、知る必要があることが増えたのは事実だわ。でもあなたのことだから、そのことに必要以上に思いつめちゃうんじゃないかと考えたの。私としては少しでも重荷を降ろしてほしいのよ」

「ご心配どうも。俺は大丈夫ですよ」

 

 大一のにべもなさそうな様子の返答に、リアスは目を細めて疑いの視線を向ける。彼の反応は弟が悪魔になった時や祐斗を心配していた時と何も変わらないのだ。あくまで自分の責任、あくまで自分の弱いところを見せないようにする…。この3年間、彼のそんな態度にはリアスとしても悩みの種でもあった。

 

「もう、いつもそうやって…」

「リアスの気持ちも分かるけど、その状態だと真面目な話も締まりませんわ」

「ん…まあ、そうね。今は3人で楽しみましょう。ということで、こんな感じでどうかしら?」

 

 リアスは試着室のカーテンを開ける。抜群のプロポーションに、赤色のビキニはよく似合っていた。見せつけるようにポーズを取る彼女に、朱乃と大一がそれぞれ感想を述べる。

 

「似合っていると思うわ」

「良いと思いますけど…狙いすぎじゃないですか?」

「ふっふっふ、まだ一着目だもの。完璧なものを見繕って、プール開きを成功させるわよ!」

(プール開きの成功ってなんだよ…)

 

 再び試着室にこもるリアスを見届けながら、大一は心の中でツッコむ。とりあえずこの場での言及は避けて、今は楽しむことに集中するつもりだろう。そうすることで大一の方も余計な考えをしなくても済む、という算段なのは彼も分かっていたがそれでよかった。これ以上、話したところで彼の考え方も変わらないのだから。

 

「私も選ばなくちゃ。うーん…これとかどう?」

「別に俺に訊かなくても」

 

 手近なところから選んだ白いビキニを見せる朱乃に大一は答えるが、その言葉に少し頬を膨らませて反論する。彼女は後輩もいないと女子っぽさがより出やすいのだろうか。

 

「リアスも言っていたけど、他の人の意見は聞いておきたいの」

「ハイハイ…言っても朱乃さんだってリアスさんに勝るとも劣らずの美人なんだから、似合うと思うよ」

「そういう言い方は事実でも、女の子としては誤解されるものよ。まあ、ちょっと着てみるわね。イッセーくんみたいに覗きは無しよ」

「しねえよ!」

 

 朱乃が試着室に入ろうとする瞬間、その隣からリアスの声が聞こえてきた。

 

「イッセーは渡さないわよ、朱乃!」

「あらあら、でしたら油断しないようにね」

「むぅ…負けないわ!」

 

 闘志を燃やすリアスの声を聞いて、朱乃はくすくすと笑いながら指を唇に当ててウインクする。少なくとも彼女はリアスをおちょくっているのを楽しんでいることだけは、大一には分かった。

 




これにて3巻分は終わりです。次回からはいよいよ4巻になりますが、オリ主は戦力になれるのか…?


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停止教室のヴァンパイア
第24話 魔王の来訪


今回から4巻の開始です。サーゼクスって原作でもぶっ飛んでいる印象が強くて…。


「冗談じゃないわ」

 

 ある日の部室、リアスが怒りを露わにする。なんでもここ最近、一誠に依頼が来る相手がなんと堕天使総督のアザゼルであった。素性を隠してまで会談前に接触してきた目的は不明だが、予想できそうなのは一誠のブーステッド・ギアだ。神器の中でも特別珍しい神滅具、神器に心血注いでいると名高いアザゼルからすれば興味深い対象だ。

 

「確かにアザゼルは神器に造詣が深いと聞くね。そして、有能な神器所有者を集めるとも聞く。でも大丈夫だよ。僕がイッセーくんを守るからね」

 

 祐斗の反応に一誠は引きつった顔をする。先日の一件以来、祐斗の一誠に対しての好感度が上がっていた。親友としての信頼…のはずなのだが、傍から見ると恋愛的なものにも見えないこともない。おかげで校内で噂になっている2人のBL的な関係に拍車がかかっていた。

 大一としては、これにより妙な連中が騒ぎ立ててまた自分の時間を奪うような結果に発展しないことを祈るばかりであった。

 

「しかし、どうしたものかしら…。あちらの動きが分からない以上、こちらも動きづらいわ。相手は堕天使の総督。下手に接することもできないわ」

「アザゼルは昔から、ああいう男だよ、リアス」

 

 リアスのぼやきにひとりの男性が答える。部室に入ってきた男性は背が高く、リアスとそっくりの紅の髪をしていた。この男性の登場に、朱乃、祐斗、小猫、大一が一斉に跪いた。彼こそリアスの兄で現魔王のひとり、サーゼクス・ルシファーであった。

 

「くつろいでくれたまえ。今日はプライベートで来ている」

 

 サーゼクスが今回来た目的は2つ。ひとつは妹であるリアスの授業参観であった。どうやら一緒に来たグレイフィアから日程を聞いたらしい。彼もリアスと同様にイベントごとに目が無く、それが愛しい妹に関係するのだから尚更であった。

 もうひとつは例の3勢力の会談の会場の下見であった。なんとその会場が駒王学園に決まったのである。特殊な出自や能力者が多く集い、先日コカビエルとの戦いの場にもなったこの学園はあらゆる勢力から注目されていた。それが会場に決められた理由だろう。

 突然の大物の来訪に全員が衝撃を受ける状況であったが、当のサーゼクスはあまり気にしない様子で、話しかけにも和やかに対応していた。大一にとって数度しか見てこなかった雲の上の存在だが、彼のフレンドリーな性格は現状の悪魔界には必要なのだろう。

 間もなく退散しようとしたサーゼクスだったが、宿泊については考えていなかった。思案する彼に声をかけたのは、これまた話の渦中である一誠であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一の横になっていた部屋はいつもよりも狭く感じた。さすがにひとり部屋に男3人が横になっていれば、そんな感覚を覚えるのは当然だろう。

 この日の夜、サーゼクスは兵藤家に招かれた。宿泊施設を特に予約していなかったようだったので、一誠が招いたのだ。大一も特に反対する理由は無かった(リアスは猛反対であった)のでそのまま迎え入れられることになった。両親も快く迎え、夕食はとても騒がしいものであった。

 そして就寝の際に、サーゼクスは一誠の部屋で寝ることとなった。一誠と話したかったらしく、リアスはグレイフィアに連れられて、アーシアは自分から今日は自室へと向かった。大一も彼女たちに倣って自室に行こうとしたが、サーゼクスの希望で一誠の部屋で布団を敷き横になっていた。

 ベッドから一誠の寝息が聞こえる。魔王が横にいた上でよく眠れるものだと彼は思ったが、実際は直前の会話で妄想に勤しんでいたため、時計の針が2時を回るまで起きており、ようやく寝付いた頃であった。もっとも大一の場合は寝たとしてもまともに睡眠を取ることはできないのだが。

 

「すまない。無理を言って一緒の部屋に来てもらって」

 

 突然のサーゼクスの言葉に、大一は思わず体を震わせる。てっきり彼も眠っているものだと思ったので、これには不意を突かれた。

 

「い、いえ…魔王様のご命令とあれば。しかし私がいても特に変わらなかったと思われます」

 

 大一はびくびくしながら、言葉を紡ぐ。実際、寝る前にサーゼクスが話していたことは、一誠がアザゼルに接触したことやリアスのことであり、特別に大一が必要なものでは無かった。

 

「いや、私はキミとも話がしたかったんだよ。炎駒から話は聞いているからね。彼はキミのことを高く評価している」

「そう言ってくださると幸いです」

「眠れないというのは聞いていたが、本当のようだね。心当たりはあるのかい?」

「いえ何も…」

 

 口を濁す大一だが、これは本当ではなかった。というのもここ最近になってでは疑惑が一つだけある。それは白龍皇が現れた時の頭痛、あの苦しみはどことなく悪夢を見た後に目が覚めた時と感覚が似ていた。つまり白龍皇がこの悪夢を解く手がかりになると思ったのだ。しかし頭痛という感覚的なものであり確証はなかった。

 

「ふむ…炎駒もそれには心を痛めていた。私がキミを初めて見かけた時よりも顔色が悪く、目の下のクマが酷くなっているような気もするしね」

「よく覚えていますね」

「妹の眷属で、私の眷属の弟子だからね」

 

 サーゼクスの優しい声色が耳に入る。この人になら自分の胸のつっかかりを少しは話せるかもしれない、そう思った大一はサーゼクスに問いかける。

 

「…あの、サーゼクス様。ひとつお伺いしてもよろしいですか?」

「ひとつと言わず、いくらでも答えるさ」

「ありがとうございます。実はコカビエルと戦った時、彼が自分の神器に興味を持ったようなのです。それでこの神器についてなにか知っていないかと思って…」

「少し見せてもらってもいいかな?」

 

 大一は体を起こすと手元に神器を出して、同じく体を起こすサーゼクスに渡す。彼はゆっくりと全体を触りながら魔力を通したりして確認していた。

 

「…申し訳ないが分からないな。私が神器に詳しくないのもあるが、他の神器と構造や性質は違わないように思う」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 神器を返してもらいながら大一は、出来るだけ落胆の感情を表さないようにした。もしこれに特別な力があるのならば、自分はリアスや仲間の役に立てると思っていた。いやそれすらも建前なのだろうか。一誠のように特別な力があると思い込みたかったのだろうか。もはや彼自身もどんな感情なのかは分からなくなっていた。

 

「ただ堕天使はアザゼルを筆頭に我々よりも神器への理解が進んでいる。そういう意味では、キミの力に興味を持ったのかもしれない」

「しかしコカビエルは神器に興味が無い様子でした」

「彼が興味を持つのは力だよ。なんにせよ、アザゼルに問うことがひとつ増えたかな。そうだ、大一くん。私もキミに聞きたいことがあるんだ?」

「何でしょうか?」

「よい兄の条件ってなんだと思う?」

 

 大一がポカンとした表情をするのも気にせずに、サーゼクスは言葉を続ける。

 

「いやリアスに対して、どう接して良いかわからなくてね。私としては彼女にもっと…あー…好かれたいんだ。同じ兄として参考として聞いておきたくてね」

 

 サーゼクスの目は間違いなく先ほどよりも輝いていた。彼がリアスを溺愛しているのは知っていたが、どうも一緒に寝ることを希望してきたのはこの話を振るためとしか大一には思えなかった。

 

「サーゼクス様、俺は別に一誠のことは好きではありません。良い兄というつもりもありません。出来ることなら干渉は避けたい方ですよ」

「そうなのかい?」

「兄としての責任感はありますがそれだけです。あいつのことを一から十まで心配するほど、人間として出来ていませんよ。いや悪魔としてか…」

「うーむ、つまりそれくらい距離を置いた方が上手くいくのだろうか。授業参観のためにやはりいくつか仕事を眷属に放り投げたのはマズかったかな」

(それはマズいでしょうよ)

 

 ぼやくサーゼクスは納得したように首を振る。実際、彼が妹に向ける愛情が強烈であることは炎駒を通じて大一もいくつか知っていた。もっとも男兄弟と異性の兄妹という違いもあるのだろうが。

 

「いや大一くん、ありがとう。キミの立ち振る舞いは私も学ぶところがあったよ。ハッハッハ!」

「い、いえこのくらいでしたら…」

 

 正直、褒められているような気がしないものの、魔王の勢いに大一はなんとも言えない気持ちとなっていた。ある意味、この傍若無人っぷりは妹のリアスを連想させるものでもあった。

 

「しかし男兄弟というのは意外と似ないものかもしれないね。フェニックス家もそこまで似ている印象は無いし」

「人それぞれだと思います。少なくとも自分は弟に似ていると思ったことは一度もありません」

「ふーむ、だからさっきのリアスの胸の話も喰いつかなかったわけだ」

 

 一誠が寝る直前に、サーゼクスとの会話でブーステッド・ギアの倍加の力をリアスの胸に譲渡するという、本当に魔王で彼女の兄が提案したのかと思えるほどの話題が出てきた。あまりにもくだらないと思って大一は話に入ろうせずに閉口していたのだが、それ以上に一誠のエロいことについて魔王すらも把握していることの方が驚きであった。

 

「男ともなれば気になるものだと思ったが…」

「さっきの話からそこに持っていくのが凄いですよ…」

「大一くんはアーシアさんのような子が好みだったかな?」

「いやそういうことではなく…」

「おっと同居していたから、つい…つまり彼女もイッセーくんのハーレムというわけか!いやはやまだ悪魔になって間もないが、なかなかやるな。さすが赤龍帝ということか。大一くん、負けていられないぞ!キミも良い人を早く見つけるべきだ。私もグレイフィアとの出会いは───」

(いや人の話を聞けよ、魔王!)

 

 大一の想いは当然届くことなく、部屋ではただ一誠の静かな寝息だけがサーゼクスの耳に入っていた。

 




オリ主の曇りとツッコミが止まらないんです。


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第25話 白い龍の素顔

区切りの良いところまでいこうとしたら長くなりました。よろしければお付き合いください。


 日曜日の学校は学生にとって足を踏み入れる場所ではない。せっかくの休日なのだから、自分から向かう者もまずいないだろう。

 しかしこの日、オカルト研究部の面々は学校に集まっていた。場所はいつもの部室ではなく、学校のプール。掃除をする代わりに最初に使っていいというお許しが出たらしい。

 制服も半袖になった時期であったため、日差しは強く、夏を感じさせる暑さとプールを楽しむに最高の日であった。

 

「兄貴、俺は今ものすごく感動しているんだよ」

「そうか」

「心から生きていて良かったと思うんだよ」

「ハイハイ」

「なんか、この感動を言葉に言い表しきれないのがもどかしいというかさ」

「お前の心境はわかったから…」

 

 感涙と鼻血を両方出しながら、一誠は隣に立つ兄に力説していた。視線に映るのは彼が渇望していた美女の水着姿であった。それぞれビキニの水着で扇情的なスタイルを見せるリアスや朱乃、スクール水着でいつも以上の可愛さを印象付けるアーシアと小猫と男ならば振り返るのは請け合いの状況であった。自他ともに認めるエロ大名である彼からすれば、まさに至福であっただろう。

 一方で、兄である大一はというとげっそりとした目つきでリアスと朱乃を見て呟いた。

 

「そういや、結局最初に選んだやつになったんだよな…」

「兄貴、俺は正直恨みもあったんだよ」

「なんだよ、俺がお前に何をしたっていうんだ?」

「だって部長たちの水着選びに付き合っていたんだろ!そりゃ、恨むよ!俺だって気になったもの!」

「お前…あのなあ───」

 

 反論しようとする大一を抑えるかのように一誠は片手を上げて、兄が言葉を続けようとするのを抑え込む。

 

「いや、皆まで言わなくてもいいんだ!俺は最終的に部長や朱乃さんの完璧な水着姿を拝めたことに感謝すらしているんだ!」

「とにかく、お前が俺の話を聞くつもりが無いのはわかったよ」

 

 自分の言葉など完全に耳が届いていない一誠に、大一は呆れた。弟のスケベ根性はいつも兄の想像を超えていく。

 

「というか、俺からすれば兄貴もおかしいぜ」

「お前ほどおかしくはないつもりだ」

「こんな最高の光景を目の当たりにして!男として興奮のひとつも無い方がおかしいだろ!まさか兄貴までそっちの趣味になったのかよ!」

「までってお前は誰を想像しているんだよ。それに俺は興味ないわけじゃなくて…はあ」

 

 最後にうなだれながら付け加えるようにため息をつく大一は、とても弱々しかった。兄の意気消沈した様子に一誠は当惑の表情になる。ここまで覇気のない兄の姿は見たことなかったのだ。

 

「おい、兄貴大丈夫かよ?」

「イッセー、大一、ちょっといいかしら?」

 

 リアスの呼び声に一誠は大一との会話を中断して、アーシアと小猫の泳ぎの練習を2人で手伝うことになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「小猫ってアーシアよりも泳ぎ下手だよな」

「…そのまま言いますか?不快です」

「ごめんごめん。でも前よりも上手くなっているから、すぐに泳げるようになるよ。次はクロールの練習に付き合うからさ」

「…ズルいですよね、先輩って。そうやって優しいところ見せるんですもの」

 

 25メートルを泳ぎ切ったところで小猫がむすっとしながらも悪意のない表情を向ける。先ほどまで大一に手を引いてもらいながら、泳ぎの練習をしていた。あれほどの体力がありながら、どうにも体の動きのぎこちなさから泳げないようであった。それとも彼女の出生が猫に関するものなのも理由なのだろうか。

 小猫の言葉に、大一は腕を上げながら皮肉っぽく答える。

 

「俺はどこまでも自分勝手だよ」

「…そうは思いませんが。でもある意味、イッセー先輩も似ていますよね。エロいですけどそれを除けば優しさもあります」

 

 横でアーシアの練習をする一誠を見ながら小猫が呟く。共に祐斗の手伝いをしたことで、そんな感情を抱いたのだろう。弟が仲間に受け入れられていくのには安心したが、同時に寂しい感覚もあった。

 だが間もなく泳いでいたリアスの胸を、視力を強化して凝視していたことが判明して、2人で思いっきりツッコミを入れに行くという感動台無しの状況になっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 練習の手伝いを終えた大一は座りながら背中を軽く抑える。先日コカビエルにもがれた片翼の痕が痛むのだ。アーシアに治療してもらったのだが、翼は戻らず風呂に入る時も沁みるという、神器や頭痛とは別に地味ながらも問題の種であった。

 

「たまったものじゃないな。次に冥界に行ったら、炎駒さんの言っていた通り病院か」

「またどこか痛むの?」

 

 心配そうな表情で朱乃がお茶の入ったペットボトルを渡しながら聞いてくる。よく冷えており、持つだけでも気が楽になる想いであった。

 

「いや何もない。眠れていないのが気になるだけだ」

「ごまかしていない?」

「そんなことないよ」

「…まあ、いいけど。ところで大一、ちょっと…」

 

 朱乃は急に声のトーンを下げて、口に手をかざす。大一も彼女の声が聞こえるように少し腰を曲げる。

 

「近々、イッセーくんに私のことを…堕天使のことを話したいんだけど、前に約束したことで…」

「連絡くれれば行くさ。大丈夫、なんとかするよ」

 

 朱乃は安心した様子で胸を撫でおろした。彼女の穏やかな表情には、大一としても安心を覚える。正直、彼としては杞憂なような気もするが一誠の心情が分からない以上、この約束は守るつもりであった。

 

「ありがとう。なにかでお礼しなくちゃね」

「なんか朱乃さんのお礼ってイメージ出来ないんだけど…」

「心外だわ。じゃあ…私にオイルを塗らせてあげる」

 

 意外なお礼に大一の頭の中で協議が行われる。なにかの冗談なのかを訝しんだが、長い付き合いからもっと衝撃な事実があるのかもしれないと考えてしまう。

 間もなく両手を彼女の肩に置いて神妙な表情になった。朱乃も最初はいたずらっぽく誘うような表情であったが、彼の行動に驚き緊張した面持ちになる。

 

「大一…」

「朱乃さん…他に悩みがあるんだったら聞くぞ」

「えっ?」

「まさか例の一件以外にそこまで思い悩んでいることがあるのは知らなかった。気づけなくてゴメン。これには俺にも非が…イデデデ!」

「そんなふうに思われるのが癪ですわ」

 

 黒い笑みを浮かべながら朱乃は大一の耳たぶを引っ張る。彼女の期待通りにいかなかったことへの不満がよく分かる威力であった。

 引っ張られた耳を抑えながら、困ったように大一は口を開く。

 

「いやだって朱乃さんが、俺にそんなこと言うなんてからかい目的以外ないだろうよ。俺よりも一誠に塗ってもらえばいいじゃないか。あいつは喜ぶよ」

「うーん…やるとしたらリアスを焚きつける時かしら。もちろんイッセーくんは大切な後輩だし、ドキドキもするけどね」

「だったら、そういうのは好意を持っている相手にやってもらいなって」

「お礼のひとつくらいもまともに受け取ってくれないの?私だって長い付き合いのあなたのことは信頼しているし、堕天使の件だって受け止めてくれたこと嬉しかったもの」

 

 余裕たっぷりながらも、いつもよりぎこちない微笑みで朱乃は言う。大一としてはなにか彼女の真意がある気がするのだが、そこまで掴める自信は無かった。

 その瞬間、大一の頭が再び割れるような感覚が走った。目の前は一瞬だけ真っ黒になり、押さえつけるような重さを感じ、急激な吐き気を催した。

 頭を抑えようとしたが気づかれて心配させたくなかったためなんとか踏ん張るも、さすがに目の前の朱乃は違和感を覚えたようだ。

 

「大一?」

「なんでもない…ちょっと席外す」

 

 それだけ言い残して大一は逃げるようにその場を去っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一はひとりで人目のつかない建物の陰で嘔吐していた。よく眠れていないのは重々承知している。この気持ちの悪い感覚も今に始まったことではない。

 しかし同時に間違いなく酷くなっていた。押さえつけられているような、見られているような、奇妙な繋がりのような感覚がぬぐえない。もしやまた近くに白龍皇がいるのだろうか。一誠がブーステッド・ギアを出現させてからはまだそこまででも無かったが、白龍皇を見てからはその酷さは顕著であった。あれが関わっている可能性は高いのに、その原因の特定にまで至らないことが腹立たしかった。

 大一は手に持っていたペットボトルのお茶を一気に口へと流し込む。口からこぼれる水滴を拭いつつ、首を曲げてストレッチと付け焼刃のようなやり方で落ち着きを取り戻した。

 

「よし。これで少しは…」

「お兄さん!」

「大一先輩!」

 

 アーシアと小猫が走りながら、慌てた様子で近づいてくる。さっき休憩していたとは思えないほどの困り顔であった。

 

「どうした?まさか一誠のバカがなにかやらかしたか?」

「違います!部長さんと朱乃さんが!」

「ちょっと目を離した隙に何やっているんだ、あの人たちは!」

 

 大一が急いで現場にたどり着くととんでもない魔力でプレッシャーを放つリアスと朱乃が向き合っていた。互いに悪魔の翼を出しており、これから死闘でも始まるかという雰囲気であった。

 

「はい、ちょっとストップ!何があった!?」

「あなたには関係ないことよ、大一。引っ込んでいなさい」

「後輩が助けを求めてきたほどなのに、そうですかで済ますわけないでしょう。とにかく何があったんです?」

「朱乃がイッセーを誘惑したのよ」

「あらあら、オイルを塗ってもらおうと思っただけですわ」

 

 まさに悪女とも言うべき笑みを浮かべて朱乃は答える。どうやらリアスが一誠にオイルを塗ってもらっていたところに朱乃が割り込んできたらしい。そんなことでここまでなるかと大一は思ったが、そんな彼をよそに朱乃の態度を見たリアスは激昂した。

 

「オイルだけ!?彼の背中に胸を押し付けてグイグイ迫ったようなことをして、よく言えるわね!」

「朱乃さん、あんたねえ…」

「そ、それは確かにやりすぎたかもしれませんけど…」

 

 大一が向けた非難するような視線に、目を合わせないよう朱乃はバツの悪そうな表情をする。さすがに今回はリアスへのからかいが過ぎたと思ったのか、口に手を当てていた。

 だがリアスの怒りは当然納まるわけがなかった。

 

「本当に最近あなた調子に乗り過ぎよ!男なんてみんな同じとか言っていたくせに!卑しい雷の巫女!」

 

 大一は一瞬時間が止まったような感覚を覚えた。そして心なしかプチっと何かが切れるような音まで聞こえた。間もなく、対面していた朱乃からもとてつもない魔力が発せられる。さすがの彼女も言われっぱなしというのは癪であったようだ。

 

「リアス、あなただって人のことは言えないでしょう!イッセーくんだけ特別扱いして、そんなことがよく言えたわ!紅髪の処女姫様!」

「言ってくれるわね…!これは本気で勝負をつける必要があるわ」

「望むところよ」

「はい、そこで終わり!」

 

 まさに空へと飛ぼうとした瞬間、大一は2人の肩を腕で抑え込んだ。片翼が無いため、飛ぶ事すらも上手くいかなくなっていたため、ここで飛ばれるといよいよ止めようがないのだ。

 

「ちょっと放しなさい!今回ばかりは私も本気で切れたわ!」

「私もここまで言われて黙っているつもりは無いわ!イッセーくんのことは抜きにしても我慢の限界だってあるのよ!」

「後輩前でやることじゃないだろうよ!とにかくここは喧嘩両成敗!」

「というか、大一!あなただって、無関係じゃないわよ!朱乃にオイル塗るの誘われていたの聞いていたんだから!」

「そうよ!素直に塗ってくれたら、私だってここまでしなかったのに…!」

「いや、それとこれとは話が別だろ!だいたいそれで言ったら一誠なんて…ん?そういやあいつどこ行った?」

 

 明らかに口論の方向がおかしくなる中で、ふと一誠がその場にいないことに気づく。目を閉じて魔力を探り、全員で用具室に向かうと一誠はゼノヴィアを押し倒しかけていた。

 間もなく、入り乱れての口論に発展したのには言うまでもない。

 

────────────────────────────────────────────

 

「いいか、一誠。お前はもうちょっと自覚を持つべきだ。いかに自分が恵まれているかということを。そして関わった以上は逃げるな」

「いや兄貴、あれはしょうがないよ…。ゼノヴィアがあんな感じで迫ってくるとは思わなかったもの」

 

 プールを終えた大一は早々に着替えて弟相手に説教をする。彼の言葉に一誠はげんなりした様子で答えていた。

 話を聞けば、用具室での出来事はゼノヴィアからの誘いだった。悪魔になって目標となるものが無い彼女は、気になっていた子供を産むことをやろうとしていた。そこで目をつけたのがドラゴンのオーラを纏っている一誠であった。

 話を聞いた大一は貞操観念が壊れているゼノヴィアと、他に部員がいるにもかかわらず本番手前まで行きかけた弟に呆れ、怒り、情けなさとあらゆる感情が混じった気持ちになった。エロいことが好きとはいえ、普段の生活からリアスやアーシアにこれでもかというほどアピールを受けておきながら、ここで誘惑に乗るのは彼女らも浮かばれないと思った。

 

「たしかにお前は被害者であるかもしれない。だが周りを考える必要はあった。つまりお前にも大なり小なり責任があることを言いたいんだよ」

「くっそ、朴念仁の兄貴にここまで言われるのは屈辱的だぜ!」

「やっぱりお前、俺の話ほとんど身に入ってねえだろ!」

 

 互いに疲れた様子で歩いていると、視線の先に見慣れない少年が立っていた。濃い銀髪で年齢は一誠らとさほど変わらないが、容姿端麗な外国人であった。

 

「やあ、いい学校だね」

「えっと…まあね」

 

 少年の言葉に一誠は対応するが、大一は少年と弟の間に立ちはばかる様に前に出た。

 

「どうした、兄貴?」

「誰だお前?ただの人間とは思えない力があるが…」

「俺はヴァ―リ。白龍皇───『白い龍(バニシング・ドラゴン)』だ。ここで会うのは二度目か、『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』───赤龍帝。兵藤一誠」

 

 大一には目もくれず、少年…ヴァ―リは言葉を続ける。あまりにも静かな感覚であったが、同時に並々ならぬ雰囲気があるのは間違いなかった。

 身構える兵藤兄弟に、ヴァ―リは不敵な笑みを浮かべる。

 

「何をするつもりか分からないけど、冗談が過ぎるんじゃないかな?」

「ここで赤龍帝との決戦を始めさせる訳にはいかないな、白龍皇」

「とにかくそこから動かないでもらおうか」

 

 一歩踏み出した瞬間、どこからか現れた祐斗とゼノヴィアが彼の首元に刃を突き立てて、大一は神器を彼の鼻先へと向けていた。

 だが祐斗とゼノヴィアの剣を持つ手は震えており、それを確認したヴァ―リは言葉を続ける。

 

「誇って良い。相手との実力差が分かるのは強い証拠だ。俺とキミ逹との間には決定的な程の差がある。コカビエルごときに勝てなかったキミ逹では、俺には勝てないよ。

 もっとも目の前のキミは彼らほどじゃないってことか、それとも命を捨てるのも厭わないタイプなのか」

 

 コカビエルすらも弱者として扱うヴァ―リは、目の前の大一に対して哀れみの表情を向ける。それは決定的に実力差がある強者が、弱者に向けるものであった。しかし大一は頑として体を動かさずに神器を向けている。

 ヴァ―リはやれやれと言った様子で軽く首を振ると、大一の後ろにいる一誠に対して呼びかけた。

 

「兵藤一誠、キミはこの世界で何番目に強いと思う?未完成のバランスブレイカー状態としたキミは上から数えた場合、四桁───千から千五百の間ぐらいだ。いや、宿主のスペック的にはもっと下かな?

この世界は強い者が多い。『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と呼ばれるサーゼクス・ルシファーでさえ、トップ10内に入らない。だが、1位は決まっている。不動の存在が」

「誰のことだ。自分が一番とでも言うのかよ?」

 

 一誠の言葉に、ヴァ―リは肩をすくめる。

 

「いずれ分かる。ただ、俺じゃない。───兵藤一誠は貴重な存在だ。充分に育てた方がいいぞリアス・グレモリー」

 

 ヴァ―リの視線がさらに後方へと向かう。そこには不機嫌な表情のリアスと臨戦態勢の朱乃、小猫、困惑した様子のアーシアが立っていた。

 

「白龍皇、何のつもりかしら?あなたが堕天使と繋がりを持っているのなら必要以上の接触は───」

「『二天龍』と称されたドラゴン。『赤い龍』と『白い龍』。過去、関わった者はロクな生き方をしていないらしい。あなたはどうなるんだろうな?」

 

 彼の言葉にリアスは言葉を詰まらせる。事の重大さをそのまま突きつけられたような表情であった。

 

「今日は別に戦いに来た訳じゃない。ちょっと先日訪れた学舎を見てみたかっただけだ。アザゼルの付き添いで来日していてね、ただの退屈しのぎだよ。ここで『赤い龍』とは戦わない。それに───俺もやる事が多いからさ」

 

 声の調子は一切変えずに言い残すと、ヴァ―リは去っていった。彼が去っていた後もその緊張はなかなか解けなかった。

 大一は神器を消して自分の手を見る。手汗がべっとりとついていたが、不思議と体に震えなどは無かった。いや今さら感じるものでは無いことは彼がよく分かっていたのだ。

 ヴァ―リがいなくなり冷静になったことでふと疑問に思った。自分はどうして彼と会っても頭痛に襲われなかったのか、なぜあの彼がただものでないとすぐに気づくことが出来たのか、白龍皇だけでなく自分自身にも疑問を抱くのであった。

 




自信を持てない男に、自身が分からなくなる情報がさらにプラスされます。


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第26話 客と魔王と僧侶

タイトルまんまな内容です。ちょっと久しぶりのキャラも書きます。


 授業参観の前日、大一は急に生島からの仕事の依頼のため、彼の店へと出向く。内容は酒のボトルの整理であった。貼ってあるシールの年数を確認して、残すかどうかを決めていく。整理し始めてみたら予想外に数が多かったため、彼が召喚された。

 テーブルにずらりと並べられている形が違うそれぞれのボトルを確認しながら仕分けていく。地道な作業ではあったが、体格に似合わずこういったものは大一の性に向いていた。反対側の生島も慣れた手つきで確認を進めていく。

 

「キープ年数過ぎていたら、飲んでもいいからね」

「俺は未成年です」

「あー、もったいないわ!酔った大一ちゃんを介抱したかったのに!」

「勘弁してくださいよ…」

 

 目の前で仕分ける生島の嘆きを聞いて、大一はびくりと背中が震える。彼の人柄は知っているためそういった感情が無いのもわかるのだが、それでもオネエ的なその言葉に悪寒が走るのであった。

 そんな大一を気にせずに、生島は楽しそうに話を続ける。

 

「でもそういうのは好きな人にやってもらいたいわよね。…大一ちゃん、私が言いたいことわかるかしら?」

「…わかりますけど、したくない話題ですね」

「どうしてよ。リアスちゃんに、姫島ちゃんと可愛いお友達いっぱいいるじゃない?それとも彼女らとはただの友達なの?」

「ええ、そうですね。もっと言えば意中の相手もいると思うんですよ」

「うっそ、残念だわ~!私、ひそかにそこの三角関係期待していたのに~!」

「それを言ったら、ひそかじゃないですよ。しかも生島さん、2人には片手で数えられる程度しか会っていないでしょう?」

「女の友情に時間は関係ないのよ」

(あなた、生物学的には男でしょうよ)

 

 力説する生島に大一は心の中でツッコみを入れる。さすがに口に出したら失礼なことは彼もわきまえていた。

 しかし仕事を始めて30分過ぎたが、彼女の目的が雑談であるような気がした。心の隙間を埋めたくなって悪魔を呼ぶ人は少なくないが、彼がそういったタイプでは無いと思っていた大一としては、この呼び出しは意外な気持ちであった。

 

「あっそうだわ。ちょっと聞いたわよ、大一ちゃん。授業参観あるんですって?」

「なぜ生島さんがそのことを?」

「駒王学園ってイベントあると色んなところに漏れやすいのよ。それに私は商売上、大人の方からお話を聞くことも多いし」

 

 うんうんと頷きながら生島は話す。彼の情報網はたしかに侮れない。周辺の情報をすっぱ抜くのはお手の物だし、本人の性格も合わさって多くの情報がこの店に集約しているらしいのだ。

 

「甥が入りたがっているから見学と言って、大一ちゃんを見に行っちゃおうかしら」

「勘弁してくださいよ。基本的に駒王学園は悪魔のことは伏せているんですから」

「もう、冗談よ。ところで大一ちゃんはお父様とお母様が来るの?学年の違う弟ちゃんもいるから大変じゃない?」

「いちおう時間ずらして来ると言っていました」

 

 大一としては父母共にアーシアを見たいだろうから、自分のことは気にしないで欲しいと思っていた。しかし実際に両親にそのことを話したらきっぱり断られた。高校最後の参観日に息子の晴れ舞台は見ておきたいというのだ。結局代わる代わる見に行くということになった。

 

「…いい親御さん持ったわね。大一ちゃん、その想いに応えるためにも悪魔稼業無理せずにやらなくちゃね!」

「いや、親は自分が悪魔であることを知りませんから…」

「それでもよ!むしろ見えないところでこそ、意識していかないと!そして私の目はごまかせないわよ!あなたの目の下のクマがまた酷くなっていることを!」

 

 指を突き立てて、生島は宣言する。彼の洞察力も情報が集まる理由なのだろう。

 

「なんてことないですって」

「私はそんな言葉を聞きたいんじゃないわ。任せなさい、この生島さんとは特に関係ない貰い物の乳酸飲料を上げるわ!睡眠の質が高まるはずよ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 生島が押し付ける乳酸飲料を受け取りながら、大一は戸惑った様子で答える。どうして彼の善意はこれほどまでに気押しされるような勢いがあるのだろうか。

 

────────────────────────────────────────────

 

 

「授業参観の日まで呼ぶとは穏やかじゃないな」

 

 大一は苛立ちを隠さずに、目の前の男子生徒たちに言う。

 授業参観は滞りなく終わった。教室に紅の髪をした男性2人…リアスの父と兄が入ってきた時はさすがに教室がざわめいたが、それ以上大きな事件は起きなかった。もっともリアスの気恥ずかしさは天井知らずであったが。

 平和だと思っていた大一であったが、昼休みに数人の男子生徒に呼び出され、あまり人気のない廊下に誘い出される。全員、大一が一誠に関する噂について先日説明した生徒たちであった。同じメンバーに呼ばれることには当然面倒ごとを予感させた。

 

「俺たちだって事を荒立てるつもりは無い。しかし事の重大さを考えて、お前に接触する必要性を感じたのだ」

「なんでお前らは物事を壮大に話すんだよ…」

「それに匹敵する内容だからだ。頼む、大一…お前の弟が作ったグレモリーさんの紙粘土細工を売ってくれ!」

「この前と話のレベルが大差ないじゃねえか!」

 

 一斉に頭を下げてくる同級生に、大一が大きく吠える。聞けば紙粘土を使って作品を作るというなぜか小学生みたいな内容の授業中に、一誠がリアスの裸体を作り上げたらしい。その完成度にクラスがオークション会場状態になったが、一誠は誰にも売らなかった。そこで兄である大一ならば、どうにか手に入れられるのではないかと思ったのだ。

 

「兄という権限を存分に活かしてくれ!」

「そんなくだらないことにやるか!」

「先生!僕は姫島さんがいいです!」

「なに、リクエスト出しているんだ、お前は!」

「僕はアーシアちゃんと小猫ちゃん!」

「てめえ、2人はズルいだろ!俺だって最近転校してきたゼノヴィアちゃんや麗しきソーナ会長と迷っていたのに!」

「まとめてハッ倒すぞ、お前ら!」

 

 止まらなくなる同級生相手に、大一は片っ端から捌いていく。それでも目の前のリーダー格の男は食い下がり、ゆっくりと大一の肩に手を置いて厳かな声で語りかけた。

 

「いいか、大一。お前の潔白さは我々が認めるところだ。しかし友のためにその想いを曲げる時はあるんじゃないのか?」

「だったら、俺は親友のリアスさん達を守るわ!」

 

 終わりの見えないこの状況に、打開策など当然無かった。大一はこのまま昼休み終わりまで全員を相手にすることも覚悟していた。

 しかしその空気を意外な存在が打ち破る。

 

「待ってよ、ソーたぁぁぁん!」

「ついてこないでくださいッ!」

 

 猛スピードで廊下を走っていたのは、生徒会長のソーナと彼女を追いかける魔法少女の格好をした女性であった。明らかにコスプレ的な見た目の美少女に、男たちは思わず視線を向けるが、大一は別の意味で彼女の登場に驚いた。

 大一を確認したソーナはさっと彼の背中に隠れるように盾にする。

 

「大一くん、ちょっと盾になってください!」

「そこまで直球に言われるとは思いませんでしたよ」

「ちょっとソーナちゃん、そこまで…ってあれ?大一くんじゃない。お久しぶり~☆」

「お、お久しぶりです。レヴィアタン様。お変わりない様子で…」

「でもソーナちゃんが変わってしまったわ!私に構ってくれないの!もっと百合百合した展開を求めていたのに!」

「元々です!」

 

 目の前の魔法少女はうるうるとした瞳で答える。黒い髪をツインテールにして、少し小柄ながらも色気のある体つき、それでいて可愛さ満点の女性は、魔王の一角でソーナの姉、セラフォルー・レヴィアタンであった。大一も彼女とは顔見知りで、顔を覚えられるほどの関係性であった。もっともその関係性はグレモリー眷属やルシファー眷属の弟子というだけでなく、初めて会った時に機嫌を損なわないようにとその恰好を褒めちぎったことが大きいのだが。

 突然、現れた美女とのやり取りに、同級生がブーイングを放つ。

 

「大一、貴様!その潔白さは見せかけだったのか!」

「ただの知り合いだ!とにかく今度時間取ってお前らの話全部聞いてやるから、さっさと戻れよ!」

「えーい、ないがしろに…!だが良いだろう。お前へのわずかな信頼を持つ我々に感謝するんだな!」

 

 それだけ言い残すと、同級生たちは去っていく。誰かがこっそりと中指を立てるジェスチャーをしたことには気づいたが、それにいちいち怒るよりも新たに現れた彼女の相手をする方が何倍も面倒で疲れることだと分かっていた。

 セラフォルーとソーナは大一を隔たって、お互いに自分の想いをぶつけ合う。

 

「ねえ、ソーナちゃん出てきてよォ!お姉ちゃん、もっとソーナちゃんと愛を深めたいんだよォ!」

「私はするつもりはありません!ましてやこの学園でなど言語道断です!」

「なんでえ!お姉ちゃんはソーナちゃんのこと大好きなんだよ!ちょっと大一くんからも言ってよ。私がどれだけソーナちゃんを愛しているのかってこと。同じ兄弟姉妹では上で、魔法少女仲間ならわかるわよね☆」

 

 てっきりこのまま主張のぶつかり合いが続くと思っていただけに、急に話を振られたのには彼も困惑した。サーゼクスの時といい、なぜ周りの兄弟は自分らとはまるで価値観が違うのだろうか。悪魔的価値観のせい…だけではないだろう。

 

「何度も言いますが別に俺は魔法少女目指しているわけではなくて、レヴィアタン様にその恰好が似合っていると言っただけです。それに俺は別に兄だからって弟を溺愛しているわけじゃないですから」

「分かりましたか、お姉様!こういう兄弟が普通なんです!」

「そんなことないわ!サーゼクスちゃんだってリアスちゃん大好きだもの!大一くんも弟の赤龍帝くんを心の底から愛しているはず!」

「いやですから…」

 

 その後10分間、生徒会のメンバーが来るまでこの論争は続いた。そしてこの日の放課後、兵藤家とグレモリー家の酒盛りで人生最大レベルで肩身の狭さを経験した彼は、授業参観に対して悪意しか持てなかったのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次の日の放課後、オカルト研究部は旧校舎の「開かずの教室」とされていた部屋の前に立っていた。ここには新入りには正体を秘密にされていたグレモリー眷属の「僧侶」がいるのだが、フェニックス家とコカビエルの一件により今なら扱えるだろうとのお許しが出たのだ。

 リアスと朱乃が2人で部屋に入っていくと、間もなく耳に響く強烈な叫び声が聞こえてきた。

 

『イヤァァァァァァァアアアアアッ!!』

 

 中でリアスと朱乃が説得するのに対して、部屋の主は外からでも聞こえる怯える声色でいた。

 

『やですぅぅぅぅぅぅ!ここがいいですぅぅぅぅぅぅ!外に行きたくない!人に会いたくないぃぃぃぃっ!』

「相変わらずうるさいな…。入るぞ、みんな」

 

 大一を先頭に、他の部員たちも部屋へと入っていく。事情を知る祐斗や小猫は苦笑や呆れの表情であったが、事情を知らない一誠達は不思議そうな様子であった。

 部屋には赤い目と金髪が特徴的な美少女がびくびくしながら座っていた。その姿にいち早く反応したのは、やはり一誠であった。

 

「おお!女の子!しかも外国の!」

「見た目、女の子だけど、この子は紛れもない男の子よ」

「いやいやいや、どう見ても女の子ですよ、部長!…え?マジで?」

「女装趣味があるのですよ」

「え…え…あ、兄貴!?」

「ウソ言う理由が無いだろ。こいつは紛れもなく男だよ」

 

 上級生3人からのお墨付きを聞いたところで、一誠の叫びがこだまする。あまりにも可愛らしい目の前の存在が男…その事実だけで彼が地に膝をつくのには十分な理由であった。

 そんな一誠の反応にさらに怯えながら、少年はリアスに問う。

 

「と、と、と、ところで、この方たちは誰ですか?」

「あなたがここにいる間に増えた眷属よ。『兵士』の兵藤一誠、『騎士』のゼノヴィア、あなたと同じ『僧侶』のアーシア」

 

 自己紹介にあいさつをするも相も変わらず、少年は怯える。リアスの声掛けにも怯えるばかりで、外に出るのを頑なに拒むだけであった。

 その態度に一誠はだんだん苛立ち始め、とうとう彼の腕を引っ張ろうとする。

 

「ほら、部長が外に出ろって───」

「バカ待て!そいつの力は───」

 

 大一の静止が終わる前に奇妙なことが起こった。一誠は間違いなく少年の腕をつかんだはずであった。しかし彼はいつの間にか部屋の隅にいて体を震わせていた。まったく逃げた様子などが見えず、そこにいたのだ。

 一誠、アーシア、ゼノヴィアが不思議がる中、少年は必死な様子で叫ぶ。

 

「怒らないで!怒らないで!ぶたないでくださぁぁぁい!」

「大丈夫だ、大丈夫。誰も怒らないし、お前を傷つけるやつはここにいないから。まず話を聞こうな」

「その子は興奮すると視界に映したすべての物体の時間を一定の間停止することができる神器を持っているのです。彼は神器を制御できないため、大公及びサーゼクス様の命でここに封じられていたのです」

 

 少年の肩を大一が落ち着かせるように撫でる中、朱乃が新入りメンバーに詳細を説明する。先ほどの奇妙な現象は彼の神器が由来するものであった。

 リアスは少年を後ろから優しく抱きしめると、一誠達に紹介する。

 

「この子はギャスパー・ヴラディ。私の眷属『僧侶』。一応、駒王学園の一年生なの。───そして、転生前は人間と吸血鬼のハーフよ」

 

 




セラフォルーもギャスパーも口調が難しいイメージがあります。


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第27話 後輩の男達

何気にアザゼル初登場となります。


「ほら、走れ。デイウォーカーなら日中でも走れるはずだよ」

「ヒィィッ!デュランダルを振り回しながら追いかけてこないでぇぇぇッ!大一お兄様、助けてぇぇッ!」

「俺も任された立場だ。悪いが今日はどうしてもって時以外は手を貸せない」

「お兄様が厳しいィィィッ!いつもと違うゥゥゥッ!」

 

 夕方に差し掛かる頃、大一はギャスパーと走っている。後ろからはゼノヴィアがデュランダルを振り回し、強制的に走らせるというなかなかスパルタ的な特訓であった。この特訓はゼノヴィアの考案で、健全な精神は健全な肉体に宿ることを目的としている。大一としては、長く引き籠りであったギャスパーにはきついような気がしたが、意外にも走れていることに安心を感じた。

 こうなった経緯にはもちろん理由がある。ギャスパーの持つ神器「停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)」は、視界に入った物の全ての動きを止める強力なものであった。リアスはこの強力な力を持つ彼を、「変異の駒(ミューテーション・ピース)」と呼ばれる特殊な「悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」で対応していた。これにより消費する駒はたったのひとつで済む。

 しかしギャスパーの力はあまりにも強力で、将来的には一誠や祐斗同様に「禁手」に至るほどのもの。下僕にした当初はその力と元来の類まれな才能から、リアスが扱うにはまだ早いということを上が決定した。最近、下僕である一誠と祐斗が禁手を発動したことにより、ようやくその存在を解禁することになった。

 リアス、朱乃が会談の打ち合わせに向かい、祐斗も神器の件で呼ばれたため、残ったメンバーでギャスパーの教育という名の特訓となった。

 

「…ギャーくん、ニンニクを食べれば健康になれる」

「いやぁぁぁん!小猫ちゃんが僕をいじめるぅぅぅ!」

 

 小猫が近づいてきて、ニンニクを持ってくる。ずれたやり方な気がするが、彼女にとっては効果的だと思ったのだろう。その追い回す様子で楽しんでいるだけのようにも見えるが。

 そんな様子を一誠は見ていた。一緒に走らせることも考えたが、いきなり見知らぬ相手と走るのもギャスパーとしては厳しいだろう。

 気づけば一誠は生徒会の匙と合流しており、間もなく見たこともない男性が近づいて来ていた。悪の雰囲気を与える20~30代くらいの背の高いワイルドなイケメン、見た目に反して浴衣を着ているのがどこか常人離れした感覚を印象付けられた。

 そして一誠の言葉で、それが間違いでなかったことが判明する。

 

「アザゼル…ッ!」

「よー、赤龍帝。あの夜以来だ」

 

 空気が一瞬で変わる。全員が警戒をして臨戦態勢となった。大一もギャスパーを後ろに隠れさせながら、錨を手元に取り出して構える。

 だがアザゼルの方は面倒そうに、やる気の無さをアピールした。彼の言い分では散歩がてらに様子を見に来たそうだが、敵対勢力のトップの言葉をすんなり飲み込むほど甘くはない。同時に勝てる見込みがないことも事実であった。相手は堕天使総督、その実力はコカビエルも上回っていると考えてよいだろう。

 そんな中、アザゼルは大一の後ろの隠れているギャスパーを指さしながら近づいていく。

 

「『停止世界の邪眼』の持ち主なんだろう?そいつは使いこなせないと害悪になる代物だ。そういや、悪魔は神器の研究が進んでいなかったな。五感から発動する神器は持ち主のキャパシティが足りないと自然に動き出して危険極まりない」

「お、おい、これ以上近づくな…!」

 

 好奇心を目に宿らせながらどんどん近づくアザゼルに、大一は錨を向ける。しかし全く意に介さない様子に、彼は戸惑いを隠せなかった。

 すると今度は一誠の隣にいた匙を指す。

 

「それ、『黒い龍脈(アブソーション・ライン)』か?練習をするなら、それを使ってみろ。このヴァンパイアに接続して神器の余分なパワーを吸い取りつつ発動すれば、暴走も少なく済むだろうさ」

 

 アザゼルの説明に匙は複雑ながらも驚いた表情になる。なんでも彼の神器はパワーを取るものであったがその対象は生物にとどまらずあらゆるものの力を散らすことが出来た。伝説の五大龍王であるヴリトラの力らしい。

 アザゼルはその真実を、神器の理解への甘さを憂いながら説明した。

 

「神器上達で一番てっとり早いのは、赤龍帝を宿した者の血を飲むことだ。ヴァンパイアには血でも飲ませておけば力がつくさ。ま、あとは自分達でやってみろ」

 

 そう言うとアザゼルは一瞬、大一の「生命の錨」に視線を向けるが、すぐにその瞳からは興味を失っていった。

 

「なんだ、これか…」

 

 彼はスタスタと歩いていくと、一誠に対して接触したことに少し追求して去っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次の日の夜、大一と祐斗は階段付近に座り込んでいた。下からは一誠がギャスパーに対して話しているのが聞こえる。扉越しのためかなり大きな声であり、大一達はそれをこっそりと聞いているような状況であった。

 この日、ギャスパーは一誠と一緒に悪魔の仕事に連れていかれたが、相手方の勢いに驚いてまたしても神器を発動させてしまったのだ。戻ってきてからはすぐに部屋に閉じこもってしまったのだ。

 リアスが会談の打ち合わせもある中で、一誠が自分から彼の説得に当たっていた。大一達はそれが気になって様子をうかがっていたのだ。

 ギャスパーが一誠の呼びかけにも答えるようになってきたところで、大一は祐斗に小声で話しかける。

 

「祐斗、一誠って何が凄いんだろうな?」

「なんですか、藪から棒に?」

「ほら、俺ってあいつの兄貴だけどさ、家族ってだけであいつの良いところに気づけないもんなんだよ。駒王学園に入ってからも追いかけっこや代わりの謝罪ばっかりだし。でも悪魔になってからは、あいつが色んな人から好かれているのを見て気になったんだ」

「察しました。そうですね…誰かのために懸命になれるところじゃないでしょうか。僕としては聖剣の件で助けてくれたのが、とても嬉しかったんです」

 

 満足するような笑顔で祐斗は答える。その笑顔だけで彼がどれだけ救われたのかを察することはできた。同時に大一の心がチクリと痛む。彼を救えなかった自分の弱さに直面した気がするのだ。

 そんな大一の心情を知る由もない祐斗は、彼に対して言葉を投げかける。

 

「そういえば、僕も気になったんですけど大一さんってイッセーくんのことを普通に呼びますよね」

「どういうことだ?」

「いやイッセーくんってだいたい皆に『イッセー』って呼ばせるじゃないですか。部長から聞いたんですけど、親御さんもそう呼んでいるのに大一さんはずっと『一誠』だなって」

「あんまり気にしたこと無かったな。まあ、強いて理由を挙げるのならば…あいつと親しくなりたくなかったんだと思う」

「自分の弟なのにですか!?」

「自分の弟で、俺があいつの兄だからだ」

 

 大一にとって、それは兄の矜持であった。周りが弟と親しむ中、一定の距離を保つことで兄として、人生の先輩として、手本として、家族として、存在できるような気がしていた。小さい頃から両親が弟の方を心配していたのも合わせて尚更であった。

 実際のところは、弟の方が特別な力を持っており龍のオーラも合わさり、優秀で愛される存在になっていたのだが…。

 

「俺のやってきたことは全部甘かったのかな…」

「えっ?」

「いやなんでもない。しかし声が小さくなったな。ちょっと見に行くか」

 

 あまりにもか細い声であったのが大一にとって幸いであった。漏れてしまった心の声を悟られないように、彼は祐斗と共に1階に降りていく。ギャスパーの扉はわずかに開いており、2人でそこを覗き込んだ。

 

「さすがイッセーくん。ギャスパーくんとすぐに談笑できるなんてね」

「俺なんて1か月はかかったぞ…」

「おっちょうどいい。兄貴、木場、話がある。俺達は男だ。そこで俺はグレモリー眷属の男子チームでおこなえる連携を考えた」

「それは…興味がそそられるね。どういうのかな?」

 

 祐斗は喰いついたが、大一は一誠が「男」を強調した時点で嫌な予感しかなかった。そしてこういった場合はかなりの確率で的中する。

 

「まず、俺がパワーを溜める。そして、それをギャスパーに譲渡して周囲の時を停める。その間に、俺は停止した女子を触り放題だ」

「…またエッチな妄想をしていたんだね。それはそうと、それだけなら僕の役目はないんじゃないの?」

「いや、ある。お前は禁手化して、俺を守れ。もしかしたら、エッチなことをしている間に敵が襲来してくるかもしれない。お前の力と兄貴の防御力なら出来るはずだ」

「祐斗、こいつを抑えてくれ。ちょっと本気で一発入れないと気が済まない。こいつの身勝手さは、兄として目を覚まさせないといけないからな」

「大一さん、落ち着いて…。とにかくイッセーくん、今後のことを真剣に話そうよ。力の使い方がエッチすぎて、ドライグ泣くよ?」

『木場は良い奴だなぁ』

 

 一誠の言葉に怒りの表情で拳を握る大一、そんな彼を止める祐斗、そして涙声のドライグとあっという間にギャスパーの部屋は騒がしくなる。

 その日はグレモリー眷属男性陣の猥談という形で夜通し親交を深めた。ギャスパーが弟に対して一歩踏み出したことに安心しつつも、目の前で繰り広げられる3人とは大きな隔たりも感じたのであった。

 




別に兄弟、姉妹好きなキャラである必要は無いと思うんです…。


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第28話 巫女の告白

最近、私自身がオリ主にやりすぎか?と思うことが増えてきました。キャラクターの性格と今後の展開を考えるとそのまま書くのみですが。
それと今後を見据えて、タグも追加しました。


「朱乃さんに呼ばれたのは嬉しいけど、なんで兄貴まで一緒なんだよ」

「理由ないと俺だって来ないよ。まあ、道案内と護衛だな」

 

 次の休日、大一と一誠は2人で町のはずれを歩いていた。2人も朱乃に呼ばれており、あとでリアスも合流する手はずであった。

 

「なんか護衛って変な感じだな。俺にそこまでする必要あるかなぁ?」

「お前はむしろもうちょっと自覚を持て。赤龍帝という特別な存在であることにな」

 

 一誠の様子に、嘆息しながら大一は答える。これから向かう場所での目的が分かっていた彼としては、少しは気を引き締めて欲しい想いであった。

 実のところ、今回は別に同行しなくても良かった。しかしリアスと朱乃、別々に依頼されたのならば引き受けるしかなかった。リアスの方は前日の夜に朱乃が自分が来るまでにまた何かをしでかさないかという意味での抑止力、朱乃はメールで堕天使の件を話すかもしれないから同席して欲しいというものであった。

 

「いやー、でも朱乃さんに呼ばれるってだけで、胸の高鳴りがヤバいぜ。この前のことを考えると…フフフ」

「よく俺の前で堂々とそんな話できるよな」

「そりゃ、これが俺だからな」

「割り切りがいいよな、お前は。悪魔になった時もそうだったし…やっぱり心配しすぎじゃないかな」

 

 弟の笑みに、大一は頭を掻く。一誠の態度から朱乃を拒否する理由が思いつかないのだ。それでも彼女は不安になっている。同席してほしいというだけの話であったが、そこまで何もしないのは彼としても寝覚めが悪い想いだ。

 大一は静かに息を吐くと、言葉を少し考えて一誠の顔を見て問う。

 

「なあ、一誠。お前は朱乃さんのことは好きか?」

「へ?なんだよ、いきなり」

「あの人はあの人なりに抱えているものが大きいんだ。本人も気にしていると、俺は思う。だからこれは俺の勝手な頼みだと思ってくれ。彼女に何があろうとも受け入れて欲しい」

 

 あくまでも彼女の望みではなく、自分が勝手に思っている願い…そんなニュアンスで一誠には追求した。

 兄の様子が違うのをくみ取ってか、少し気恥しそうに頬をかきながら答える。

 

「…なんか、深刻だけど俺が朱乃さんを嫌うなんてありえねえよ。大事な仲間だし、憧れの先輩だし、それに…」

「それに?」

「兄貴がそれくらい信頼する人だしな」

「…そうか。ん、見えてきたな」

 

 一誠の自信たっぷりな表情を確認した大一は、視線の先の神社を指さす。それには一誠も面食らった様子であった。悪魔が神の領域でもある神社に入るのはとても難しいものなのを彼は知っていた。しかしこの神社がそれとは違う特殊な場所であることまでは知らなかった。

 石段の下に見知った女性が立っている。いつもと違い、巫女服に身を包んだ朱乃は笑顔で彼らを出迎えた。

 

「いらっしゃい、イッセーくん、大一」

 

 大一と一誠は、朱乃に続くように石段を上る。この神社は特別な約定が取り決められており、悪魔でも入れるという特殊な場所であった。同時に以前の神主が亡くなった後にこさえられた朱乃の住まいでもあった。

 石段を上がり切ると、間もなく聞き覚えの無い声が彼らの耳に入ってきた。

 

「彼が赤龍帝ですか?」

 

 突然の声に、一誠は驚きその方向を振り向く。そこには豪華な白いローブを身にまとった金髪の青年が立っていた。不思議な印象を抱かせるがもっとも目を引くのは、頭部の上にある輪っかだろう。

 驚く一誠をよそに、大一の方は軽く一礼する。男性の方も同じように礼を返すと、一誠に向かって手を差しだした。

 

「初めまして赤龍帝、兵藤一誠くん、私はミカエル。天使の長をしております。なるほど、このオーラの質、まさにドライグですね。懐かしい限りです」

 

────────────────────────────────────────────

 

 今回、この場所に来たのは赤龍帝である一誠にアスカロンと呼ばれる聖剣を天使側が提供することであった。アスカロンは「龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)」の異名を持つ聖剣。特殊なものではあったが一誠でも扱えるように特殊な儀礼を施し、ミカエルがブーステッド・ギアに同化させるのであった。

 ミカエルは今回の三大勢力の会談に大きな期待を寄せていた。互いに多くの戦力が失う中、小競り合いでもこのまま戦いを続ければ滅びの道を辿ることは必然。その前にこの会談で手を取り合い、この危機に終止符を打とうとしているのだ。アスカロンもそのための贈り物であり、すでに裏で互いに取引をしていた。

 この取引自体にあまり時間はかからなかった。ミカエルが去った後、大一と一誠は和室に通されて、朱乃が出したお茶を2人ですすっていた。3人の空気は静かでありながら、いつもとはどこか違う雰囲気であった。考えてみれば、この組み合わせでひとつの部屋にいるということは今まで無かったから当然かもしれない。ましてや、朱乃と大一は例の一件があるから気まずくもなる。大一としては、さすがに彼女の出生に関わることなので自分から話を切り出すつもりは無かったが、その口火を切ったのは意外にも一誠であった。

 

「ひとつ、訊いてもいいですか?…朱乃さんは堕天使の幹部の…」

「…そうよ。元々私は堕天使の幹部バラキエルと人間との間に生まれた者です」

 

 重苦しい雰囲気で彼女は自分のことを話し始める。かつてある神社の娘であった母親がひとりの堕天使と恋に落ちたこと、その堕天使がグリゴリ幹部のバラキエルであること、その2人からひとりの娘が生まれたこと…。

 その証拠を見せるかのように、翼を広げる。片や悪魔、片や堕天使とその事実を証明するかのような両翼であった。

 

「汚れた翼…。悪魔の翼と堕天使の翼、私はその両方を持っています。この羽が嫌で、私はリアスと出会い、悪魔となったの。でも、生まれたのは堕天使と悪魔の羽、両方を持ったもっとおぞましい生き物。ふふふ、汚れた血を身に宿す私にはお似合いかもしれません」

 

 自嘲しながら彼女はその翼に触れる。一見なまめかしいが、それでいてどこまでも存在を否定するかのような怒りと悲しみのある手つきであった。

 一誠はちらりと兄を見る。大一の方は特別驚いた様子もない。もっとも一誠はなんとなく分かっていた。彼女に対しての疑念、ここに来る前の兄の言動、だからこそ兄がいるこの場でも自分からこの疑問を投げかけることが出来たのだ。

 

「…兄貴は知っていたんだな。だから俺に…」

「当然だ。そしてお前がどういうかも予測はできるがな」

 

 一誠は生唾を飲み込むと、朱乃を正面から見る。

 

「堕天使は嫌いです。でも、朱乃さんのことは好きですよ。出生のこと、これ以上は詳しくは訊きません。ちょっと確認したかっただけなんで…。逆に俺が悪いこと訊いたかなって、いま後悔してて…。本当にすみません」

 

 驚く朱乃に対して、一誠はしどろもどろに言葉を続ける。

 

「なんていうか、朱乃さんは優しい先輩です。俺は確かに堕天使嫌いですけど、朱乃さんは違うと思うし、朱乃さんは朱乃さんで、オカルト研究部の副部長で…堕天使の血を引いてるって知っても朱乃さんのことを嫌いになりませんでした。今でも変わらず好きですから、問題ないんじゃないんでしょうか?あー…えっと…そうだよな、兄貴」

「困ったからって、俺に振るなよ…。

 まあ、でも一誠が言ったことが全てだ。俺にとってもリアスさん同様に一番信頼できる仲間なんだから、それであなたを否定する理由にはならないよ」

 

 うまく言葉が出てこない様子の一誠に、大一はこれで決まりともいうように付け加える。たったそれだけの言葉なのに、朱乃にとっては間違いなく救われた瞬間であった。

 潤む目を指で拭いながら、彼女は憑き物が落ちたような笑顔で2人を見る。

 

「ありがとう、2人とも…!」

 

 大一は安心した。彼女の背負うもの、忌み嫌う自分という存在、それを弟が受け入れてくれたことに。兄である彼がいなくてもこの結果は変わらなかっただろう。それでも自分が信頼する女性が、そのしがらみを少しでも振りほどけたことには安心しかなかった。

 朱乃は静かに息を吐くと、顔に手を当てていつもの笑顔になる。

 

「うふふ、それじゃあリアスが来る前にお楽しみをしちゃおうかしら?」

「もうその言葉だけで、いつもの調子に戻ったのが分かるよ」

「あらあら、誉め言葉として受け取りますわ。それじゃあ、まずはイッセーくんから…」

「マジっすか!?いやでもダメですよ、兄貴のいる前で!でも朱乃さんのを堪能できるなら…!」

「お前はまだ全容を聞いていないのに、何を想像しているんだ」

「それにもう来ちゃいましたし…残念ですわ」

「え?来たって…」

 

 一誠が言葉を続ける前に、ふすまの扉がピシャリと開かれた。そこには青筋を浮かべたリアスがその場に立っていた。どこから聞いていたのかは分からないが、この様子だと朱乃が誘惑しようとしていたのだけ聞こえたのは間違いないだろう。

 

「さて、朱乃?何をしようとしていたか説明の準備は?」

「んー…大一に任せようかしら」

「おい!…あー、とりあえずミカエル様は帰りましたし、一誠も例の剣は受け取りました。つまり全部終わりました」

「あなたにもちょっと話があるけれども、今日のところはとりあえずいいわ。終わったならば帰るわよ」

 

 その勢いに飲まれて、一誠はすぐに立ち上がり大一もやれやれといった様子で後に続こうとするが、朱乃に肩を掴まれて押し戻されてしまった。いきなりのことで驚く大一をよそに、朱乃はリアスと一誠を見ながら口を開く。

 

「悪いんだけど、大一はもうちょっと借りますわ。これから大事な打ち合わせがあるもの」

「大事な打ち合わせって…まさか、大一!あなた、朱乃の方を応援を!?」

「いや別にそういうのは無いですよ!」

「ウソだろ!兄貴が朱乃さんとそういう関係だったなんて!」

「お前も何の勘違いをしているんだ!」

 

 最後の最後まで言い合いに発展したまま、腑に落ちないリアスは一誠と共に先に帰っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアスと一誠が去った後、和室に残された大一は上半身を裸になり、その背中を朱乃が触っていた。傍から見れば妙な勘違いをされる状況であったが、実際は以前コカビエルにもぎ取られた翼の付け根のところに魔力を流してもらっていただけであった。

 

「いつから気づいていた?」

「この前のプール開きから。イッセーくんや後輩の前で弱みを見せないようにしているんだろうけど、私の目はごまかせないわ。まったくこの雑な処置…アーシアちゃんに回復してもらわなかったの?」

「アーシアにもやってもらったさ。ただ光の力の影響なのか、服の上からだと完全に回復とまでいかないんだよ」

「呆れた…。アーシアちゃん相手に、裸を見せたくなかったということでしょ」

 

 後ろにいて顔が見えないはずなのに妙なオーラと朱乃の嘆息した様子が見える気がした。かなり強引に問い詰められて、脱がされた形だったのでもはや大一も反論する余裕は残っていなかった。

 

「まさか、このためだけに残したわけじゃないだろうよ」

「まあ、あの時にリアスにやりすぎたから…ちょっとしたお詫びかしら」

 

 おそらくプールの一件を話しているのだろう。本人としてもリアスをからかうのが目的だったとはいえやりすぎたと思っていたようだ。今回、一誠と二人きりで帰るように仕向けたのが、彼女の話すお詫びなのだろう。

 彼らの間に沈黙が訪れる。いつもなら朱乃の冗談やからかい、大一のツッコミが飛び交うものだが、この日に限って不思議な雰囲気が場を支配していた。そんな状況で、大一はふと言葉を漏らす。

 

「ここに来たのは久しぶりだ」

「3年前でも覚えていたのね」

「ここで悪魔になったんだ。忘れようもないよ」

 

 この場所に再び足を踏み入れるとは大一も思わなかった。あの日のことは、今でもよく覚えている。静かな神社で彼らしくもない涙を流しながら悪魔になることを懇願した、あの瞬間から彼の人生は大きく変化したと言えるだろう。

 大一が何を思ったのか、朱乃は理解していた。まさにその場に彼女もいたのだから。魔力を流す手を離すと、背中から抱きしめるように静かに体を密着させた。

 

「無理しているのね…」

「朱乃さん、からかうにしてもそういうのは───」

「いいから話を聞いて」

 

 困惑しながらも振り払おうとする動きをする大一の言葉を、朱乃がさえぎる。いつもの穏やかな雰囲気と似ていたが、静寂の中にも鋭さのある声色であった。

 

「まずちゃんとお礼を言わせて。今日は本当にありがとう」

「俺は何もしていない。一緒にいただけで、約束通りのフォローも出来なかった」

「イッセーくんが話していたじゃない。ここに来る前になにか話してくれたのは分かるわ。それに傍にいてくれただけでも安心したの。内心、とても不安だったのよ…」

 

 朱乃の言葉に大一は押し黙る。その空気から彼女が自分の告白がいかに重く、苦しいものであるかを物語っていた。一方で彼がどのような感情を抱いているかは、まるでわからなかった。

 

「私ね、男の子が得意じゃないのは嘘じゃないのよ。でもそれ以上に嫌われることの方が怖いの。そんな私が本心で話せるあなたの存在はとても嬉しいし、心から救われる。あなたは私にとっても信頼できる人…一緒にリアスの隣を守ってきた強い人なんだもの。だから───」

「やめよう、こういうのは」

 

 朱乃の感情を切り崩すかのように大一は感情を抑えた声でさえぎる。そのまま彼女を優しく引き剥がすと、大一は自分の服を着ながら立ち上がった。

 

「俺なんかよりも良い人はたくさんいる。ちゃんと惚れた人に言うべきだよ」

「大一、私は…」

「俺だって、朱乃さんのことは本当に信頼しているし、仲間として大切だ。でもそれだけだ。治療、ありがとう。俺は帰るよ」

 

 それだけ言い残して、大一は足早に神社を去っていく。残された朱乃は唇を噛み、彼が出ていったふすまを見る。

 

「そう思うなら…私のことも頼ってよ…。私の想いだって…」

 

 ふすまから風が入る。夏の暑い風のはずなのに、もの悲しさを覚える冷たさを感じた。そしてこの風が、ひとりで歩いていた大一の自己嫌悪にまみれたため息を運ぶことは無かった。

 




こんな感じになるのは時間の問題だと思っていました。そしてそれすらも振り払うオリ主の心情は…。


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第29話 3勢力の会談

何気にゼノヴィアとのまともなやり取りが初めてな気がします。


 会談の日の早朝、正確にはまだ日もしっかりと出ていない頃の時間帯であったが、こんな薄暗い状況にも大一はトレーニングしていた。しかし内容はいつもとは違い、以前山籠もりした時の修行と同じように模擬戦であった。しかも相手はゼノヴィアだ。

 彼女が連続で振るデュランダルを大一は錨で防ぎながら、器用に避けていく。まだ一太刀も浴びてはいないものの、魔力で斬撃を飛ばせられてば受けるのは間違いないだろう。

 

「速いな…!」

「お互い様だ、先輩。ならば、これでどうかな?」

 

 ゼノヴィアがデュランダルを手前に突き刺すと、それを支柱として利用し大きく回転しながら蹴りを入れる。勢いも充分であったが、大一は肉体強化した状態で彼女の脚を掴む。

 

「体格では俺の方が上だ。剣なしのパワーなら負けない」

「ううむ、そのようだ…!」

「なあ、そろそろ休憩しないか?始めてから30分以上は経つと思うんだが」

「わかった」

 

 ここで2人は互いに武器を収めて休憩を取る。2人も汗をかいていたが、夏の夜風はその体を冷やしてはくれなかった。

 持参していたスポーツドリンクを飲み、ゼノヴィアは大一に顔を向ける。

 

「すまないな。こんな時間に先輩相手に声をかけてしまって」

「別に構わないけど、どうして俺だったんだ?特訓相手なら一誠や祐斗とかいるだろ」

「いやぁ、この前イッセーから先輩が眠れていないと聞いていたから、この時間でも付き合ってくれると思ったんだ。それに彼はギャスパーや今日の会談のことがあるだろうからね」

 

 今回の誘いはゼノヴィアからであった。本人も自覚しているほど、「らしくもない」緊張があったらしい。立場を裏切っているのかを気にしているのかと大一は訝しみ、その緊張を解くために手を貸すことになったのだが、内容がまさかの模擬戦であった。それもなかなか本気のもので、日も昇っていないこの早朝から全力で体を動かすことになった。

 ゼノヴィアは特別気にする様子もなく、話を続ける。

 

「それに私としては一度手合わせをしてもらいたかった。先輩はルシファー眷属の弟子で、赤龍帝であるイッセーの兄だからね」

「つまり能力的な面で俺に期待したということか…。だとしたら、見当違いだ。俺の能力はこの通り、魔力のコントロールがそれなりってだけだよ」

「たしかに能力は全然特別なものじゃないな。どうも私は、グレモリー眷属は特別な才能ばかりだと思っていたようだ」

 

 あらためて思ったが、彼女は歯に衣着せぬ物言いが多い気がした。自分の意見をこれでもかというほど率直に伝える。後輩にはっきりと言われるのは気分が良いものでは無いが、その思い切りの良さは羨ましくも感じた。

 

「だが期待外れではない。経験に裏打ちされた戦闘技術がある。正直、昔から教会に戦いを叩きこまれた私からしても目を見張るものだ。それは先輩にとっての確かな強みだと感じたよ。この前のコカビエルとの戦いでも『女王』一辺倒のやり方では無かっただろう」

「あれは俺が『女王』の駒と相性が悪いんだよ。どうも体への負担が大きくなってな…」

「ふうむ、そんな理由があったのか。弱みを知り、それをカバーする。大一先輩から学ぶことは多そうだな」

 

 勝手に納得してうんうんと頷く彼女を見ながら、大一の頭の中では言い難い論争が行われていた。先日のプールで弟の一誠に迫った件であった。さらに後日、クラス内でコンドームを取り出すという暴挙まであったと聞いている。国の違い、特殊な環境で育ったとの違いはあるが、さすがに見過ごすのは厳しいレベルになっていたのも事実。彼女にこの件で追求しようかを迷っていたのだ。

 他人の恋愛事なのだからとやかく言うのも野暮なのは理解している。それでも弟が家で現在2人の女性から猛烈なアプローチを受けているのを目の当たりにする身としては、この辺りは弟のためにも、彼女のためにも聞いておきたかった。

 大一はもう一度だけ喉を潤してから、声を絞りだす。

 

「なあ、ゼノヴィア。俺もちょっと訊きたいんだけど…」

「ん?」

「お前、一誠のことどう思っているの?」

 

 大一の問いに、ゼノヴィアはあごに手を当てて考え込む。間もなく、特に表情を変えずにあっけらかんと答えた。

 

「好きだな。恋愛的な感情かどうかは分からないが、気のいいやつだと思っているよ。ドラゴンのオーラも持っているし、彼となら子供を作るのはやぶさかではない。しかしどうしてそんなことを聞くんだ?」

「あー…俺は一誠に好意を向けている女性を知っている。出来ることなら応援したいと思っているくらいだ。それでゼノヴィアが本気なら…それはそれで応援したいと思っているんだよ。もっとも優柔不断な一誠にもかなり問題はあると思うが」

「しかし悪魔はハーレムというものが容認されているのだろう?」

「それもそうなんだが…」

 

 困った様子で大一はあごを撫でる。男女の関係なのだ、難しく考える必要は無い。まして悪魔ならなおさらだ。しかし今のままだと余計に話がこじれそうだし、どうもゼノヴィアはただの興味本位という面が強く出ている気がして、いざという時に困るような気がしたのだ。

 大一の困り顔を見て、ゼノヴィアは目を細める。不信…というよりも単純に疑問に思っているかのような表情であった。

 

「先輩は不思議だな。兄として手本にしたような責任感を持ちながら、悪魔としても模範的に振舞おうとする」

「やっぱりおかしいか?」

「おかしいというか、疲れないか?それだけやる理由もあるのだろうが、私には先輩がその気持ちに押しつぶされないかが気になる」

 

 仲間になってから期間の短いゼノヴィアの言葉は、まさに彼の難しい責任感を突いていた。彼女なりに仲間のことを見て、分析していたのだろう。大一としてもまさか後輩に見抜かれるとは思っていなかったので、狼狽してしまった。

 

「まあ、先輩も心配事があるのはわかった。だからこそ、互いに体を動かして少しはスッキリしようじゃないか」

「…お前のそういう性格は嫌いじゃないよ」

 

 再びデュランダルを構える彼女に、大一も対応するかのように錨を構えるのであった。昼頃には会談の日にここまで動いたことをひどく後悔することになるのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

 時間は深夜、場所は職員室、各勢力が入り混じった会談は始まってからすでに数時間が経っていた。悪魔側は魔王サーゼクス、セラフォルー、給仕としてグレイフィア、天使側は四大天使ミカエル、ガブリエル、堕天使側は総督アザゼル、白龍皇ヴァ―リと錚々たる顔ぶれであった。

 部室で留守番をしているギャスパーを除いたグレモリー眷属とソーナも、彼らの話を見守っている。この場にいる全員が「神の不在」という事実を理解しており、それこそがこの会談の重要性をさらに増していた。

 大一としても、圧倒的な格上の存在が多数いるこの状況には緊張しかなかったが、もうひとつの懸念もあった。白龍皇がいるためいつ例の頭痛が襲ってくるかが不安であり、この会談に水を差す可能性もあったが、意外にもその兆しはまったく無かった。

 そしてリアスが先日のコカビエルの一件を報告したところで、サーゼクスが堕天使側に切りこむ。

 

「さて、アザゼル。この報告を受けて、堕天使総督の意見を聞きたい」

「先日の事件は我が堕天使中枢組織グリゴリの幹部コカビエルが、他の幹部及び総督に黙って、単独で起こしたものだ。奴の処理は白龍皇がおこなった。その後、組織の軍法会議でコカビエルの刑は執行、『地獄の最下層』で永久冷凍の刑だ。その辺りの説明はこの間転送した資料にすべて書いてあっただろう?」

 

 不敵な笑みを浮かべるアザゼルに、ミカエルは嘆息する。それだけで彼らの関係性がうかがえるような雰囲気であった。どうにもアザゼルは適当な面がある様だが、同時に戦争に興味のないことをきっぱりと言い放つ。

 しかしそんな彼に、サーゼクスとミカエルから怒涛の質問がなされていった。

 

「アザゼル、ひとつ訊きたいのだが、どうしてここ数十年神器の所有者をかき集めている?最初は人間達を集めて戦力増強を図っているのかと思っていた。天界か我々に戦争をけしかけるのではないかとも予想していたのだが…」

「しかし、いつまで経ってもあなたは戦争を仕掛けてはこなかった。『白い龍』を手に入れたと聞いた時には、強い警戒心を抱いたものです」

「神器研究の為さ。なんなら、一部研究資料もお前達に送ろうか?って研究していたとしても、それで戦争なんざしかけねぇよ。戦に今更興味なんて無いからな。俺は今の世界に充分満足している。部下に『人間界の政治にまで手を出すな』、と強く言い渡しているぐらいだぜ?宗教にも介入するつもりはねぇし、悪魔の業界にも影響を及ぼせるつもりもねぇ。ったく、俺の信用は三すくみの中でも最低かよ」

「それはそうだ」

「そうですね」

「その通りね☆」

 

 最低のようだった。

 この答えにアザゼルは耳をかっぽじりながら、面倒そうな表情になる。

 

「チッ、神や先代ルシファーよりもマシかと思ったが、お前らもお前らで面倒臭い奴らだ。こそこそ研究するのもこれ以上性に合わねぇか。あー、分かったよ、なら、和平を結ぼうぜ。元々そのつもりもあったんだろう?天使も悪魔もよ?」

 

 アザゼルの言葉に、リアス達は驚く。三大勢力のトップ、しかも先日大きな問題を起こした堕天使側が最初に和平を提案したのだ。

 だがこの申し出に天使側、悪魔側共に同意する。神がいなくなり大きく変わった現状、そして互いに滅びの道を辿りかねない三勢力、あらゆる事実をかんがみても種族の存続のために彼らが取るべき行動はひとつであった。

 

「神がいない世界は間違いだと思うか?神がいない世界は衰退すると思うか?残念ながらそうじゃなかった。俺もお前達も今こうやって元気に生きている。神がいなくても世界は回るのさ」

 

 アザゼルの言葉は普遍的な事実であった。しかしそれをここまで説得力のある言い切り方…大一はアザゼルが総督たる所以を垣間見た気がした。

 この一言から緊張は少し緩和され、今度はミカエルから赤龍帝である一誠に話が振られた。緊張しつつも、立ち上がった彼は各勢力のトップたちと話し始める。アーシアが追放された理由、加護と慈悲と奇跡を司るシステムのこと、堕天使レイナーレの件…弟よりも早く悪魔になった大一としては、その話の壮絶さが多少なりとも理解している自覚があった。そんな話に一誠が参加している。彼の意見が大きく尊重されている。

 不思議なものだ。大一にとって、一誠はただの弟。しかし赤龍帝という存在はそれほど特別なものであるのだ。

 

(俺はもう追いつけないかな…)

 

 この現実を目の当たりにした大一は一種のもの悲しさを感じた。視線の先に映る弟は赤龍帝として、その存在を認められている。ならば自分は、自分だけは彼らがどう思おうとも弟を…。

 その瞬間、不思議なことが起こった。何が起こったかまで大一は理解することが出来なかった。すべての時間が止まってしまったのだから。

 




いよいよ4巻も佳境に入ってきたところでしょうか。


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第30話 顧問の総督

考えてみれば、ギャスパーの能力を彼が避けられるはずがありません。
ということで、4巻の勝負まるまるカットでスタートです。


 アザゼルが和平をここまで押していたのは、何も種族の生存だけではなかった。もともと戦いの歴史である三大勢力なのだから、平和を望めばそれに反する相手が現れるのは必然ともいえる。それがテロ組織「禍の団(カオス・ブリゲード)」であった。赤龍帝や白龍皇を超えるほどの強力な龍「無限の龍(ウロボロス・ドラゴン)」のオーフィスを旗頭に、破壊と混乱を招き続ける軍団だ。アザゼルが神器の所有者を集めていたのも、彼らに対抗するためであった。

 当然、そんな組織が今回の会談を見逃すはずが無かった。彼らがまず起こした行動は、ギャスパーの利用。サーゼクス達を狙ったものであったが、結果は一部のグレモリー眷属にしか効かないものであった。続いて多くの魔法使いによる攻撃、さらに旧魔王の血を引く者達もこの組織に参加していた。さらに堕天使側であった白龍皇ヴァ―リも彼らに協力をする。彼の本名は「ヴァ―リ・ルシファー」、ルシファーの血を引く半純血の悪魔でもあり、そういう意味ではこの組織に協力したのは当然だったのかもしれない。彼の目的は純粋な戦い、だからこそこの組織に協力することとなった。

 彼らはあわよくば一人でも敵の主戦力を討とうとしたが、上位陣の尽力と動けた一部のグレモリー眷属によりその企ては失敗に終わった。彼らを止める中心となったのは一誠とアザゼルであった。一誠の方はサポートを受けながらもギャスパーを救い、さらに禁手によりヴァ―リを撤退に追い込ませるほどの大金星であった。

 そして戦いが終わった後、三大勢力のトップにより和平協定がなされた。この和平協定は舞台になった駒王学園から名を採って「駒王協定」と称される事になった。

 これほど多くのことが起きていたのに、大一は時間を止められ動けなくなっており、何も出来なかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「てなわけで、今日からこのオカルト研究部の顧問になる事になった。アザゼル先生と呼べ。もしくは総督でも良いぜ?」

 

 後日、アザゼルが着崩したスーツを身にまとい、オカルト研究部の顧問として現れた。なんでもグレモリー眷属の悪魔が持つ未成熟な神器を正しく成長させることであった。今回の一件でリアス達がヴァ―リ率いる白龍皇のチームに対抗する戦力と見なされたのだ。レーティングゲームも合わせて、特訓を考えるアザゼルはまさに顧問の肩書に恥じない働きをするつもりであった。もっとも当人はそれ自体を楽しむ気でいるようで、先日の戦いで片腕を失い義手にまで変えたとは思えないほどの明るさであった。

 そんな彼は次々と神器使いに目をつける。ギャスパー、祐斗、一誠と徹底的に強化するつもりであることを口にした。人工神器を作り、疑似的な禁手まで発動させた男の言葉は不思議なほど説得力があった。

 

「おまえは一から鍛え直す。白龍皇は禁手を一か月は保つぞ。それがお前との差だ」

 

 アザゼルが一誠に強く言い放つと、次に彼が視線を向けたのは大一…ではなくその隣に立っていた朱乃であった。

 

「まだ俺らが──いや、バラキエルが憎いか?」

 

バラキエルとは旧知の仲である彼からすれば、彼の娘である彼女への心配はもっともであったが、それを朱乃が納得するものではなかった。

 彼女は厳しい表情を崩さずに答える。

 

「許すつもりはありません。母はあの人のせいで死んだのですから」

「朱乃、お前が悪魔に降った時、あいつは何も言わなかったよ」

「当然でしょうね。あの人が私に何か言える立場であるはずがありません」

「そういう意味じゃねぇさ。いや、まあ俺がお前らの親子の間に入るのも野暮か」

 

 朱乃の表情が不本意と嫌悪に満ちていく。一瞬、大一は声をかけそうになったが、先日の神社で冷たくあしらってしまったことを思うと、異常なほど舌が重く感じた。

 そして朱乃はきっぱりと言い切る。

 

「あれを父だと思いません!」

「そうか。でもな、俺はお前がグレモリー眷属になったのは悪かないと思うぜ。それ以外だったら、バラキエルもどうだったかな」

 

 複雑な表情の彼女を確認すると、アザゼルは再び一誠に目を向ける。

 

「おい、赤龍帝──イッセーでいいか?お前、ハーレムを作るのが夢らしいな?」

「ええ、そうっすけど…」

「俺がハーレムを教えてやろうか?これでも過去数百回ハーレムを形成した男だぜ?話を聞いておいて損はない」

「マ、マ、マジっスか!」

 

 この誘いに一誠は興奮を隠せなかった。かつてグリゴリの幹部は人間の女性に魅了され、堕天使へとなった者ばかりであった。そういう意味では一誠と意気投合するのは必然であった。

 アザゼル主導の下で童貞卒業ツアーが計画される中、それにリアス達が不満を漏らさないわけがなかった。

 

「ちょ、ちょっと、待ちなさい、アザゼル!イッセーに変なことを教え込まないでちょうだい!」

「いいんかねぇか。このぐらいの年頃なら女のひとつやふたつ知っておいた方が健全ってもんだ。それとも下僕が女を知るのに何か不都合でもあるのか?」

「イッセーの貞操は私が管理します!イッセー、人の貞操を守っておいて、あなたが他のところで貞操を散らすってどういうことなのかしら!?」

「イッセーさん、私を置いて遠いところに行ってしまうのですか…?」

「あらあら、イッセーくん、ツアーに参加したら寂しいですわ」

「…イッセー先輩、最低です」

「部長が管理しているのなら、子作りも容易にできないな…むぅ」

「モテモテです、イッセー先輩!ひ、引きこもりの僕は憧れるばかりですぅぅ!」

「いやー、だんだん僕のことを悪く言えなくなってきているよね」

 

 数日後に終業式を控えたこの日、オカルト研究部の騒がしさはいっそうに増すこととなった。この騒ぎの渦中にいる一誠に唯一口を出さなかったのは、腕を組みながら立っている彼の兄だけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、大一はトレーニングをする。本来は朝にやるのだが、悪魔の仕事もなく例によって悪夢で目が覚めたため、いつもの場所でひとり体を動かしていた。

 走り込み、柔軟体操で体をほぐし、片腕で腕立て伏せをして、逆立ちをしながら魔力のコントロールをして、といつものようにトレーニングをこなしていく。体を堅牢かつ柔軟に鍛え、どんな時でも落ち着いて魔力を操る、それを意識して炎駒から仕込まれたものだ。

 続いて、錨を取り出し剣道の竹刀のように素振りをする。これも武器を手になじませておく目的であった。一瞬でもこの感覚を忘れないために、毎日必ず1回は握りしめた。

 いつものトレーニングであった。毎日こなし、休まず、時には更なる負荷もかけるような大きな変化のない内容…そのはずなのに、今の彼には体が異常なほど重く感じた。そして頭の中にも、それに勝るとも劣らないほどの自問自答がのしかかる。

 

(一誠はギャスパーに自信をつけた。あいつだけじゃない。リアスさんはライザーの一件がある。祐斗も聖剣の破壊で救われたと話していた。アーシアは命を救われたし、今回の会談でゼノヴィアと共に祈りを捧げることを許してもらった。朱乃さんだって堕天使の事実を彼に受け入れられたことを喜び、小猫もあいつを慕う。

 きっとみんながあいつに救われ、慕うことだろう。当然だ。あいつはそれほどのことをやったのだから。特訓や話に付き合っていただけで何もできない自分とはまるで違う。

 それに今回の戦いで俺は力になれなかった。時間を止められ、目が覚めればほとんど終わっているような現実…俺がまだまだ力が足りないせいだ。もっと強くならなければ。

 アザゼルは俺の神器に興味が無い。仕方のないことだ。俺は特別じゃない。だからこそ必死に特訓して食らいついていかなければならないんだ。

 その道に終わりが見えないのは承知している。だって…)

 

 呼吸が荒くなる。動きが雑になっていく。様子がおかしくなっているのを自覚できた。自分がどれだけ醜い感情を抱いているのかも…。

 大一は大きく錨を地面へと振り下ろす。魔力も入れていないため、地面には浅い傷しかつかなかった。自分の無力さを表しているかのようにすら見えてしまった。

 左手を錨から放し、ゆっくりと自分の顔の前に持っていく。年齢の割にごつごつとしたものであった。擦り切れた皮膚に潰れた血豆、見慣れているはずの手なのにそれを確認した途端、さらに心が締め付けられる思いが湧いてきた。彼の口から無意識に声が漏れる。

 

「…重い」

 

 それに気づいた瞬間、すぐにがっしりと歯を食いしばる。必死で流れ落ちそうになる涙を、口からこれ以上に吐き出しそうになる弱音をこらえる。何人たりとも、それを見せるわけにも聞かせるわけにもいかなかった。

 頭の中では自分が期待されていないことなど理解している。自分のこの想いが間違いであることも気づいている。しかし後に引けない。自分は悪魔で、その修羅の道を選んだのだから。それが自分の運命なのだから。

 彼の燃えるような苦しみの心情に対するかのように、辺りは異常なほど静まり返っていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一がトレーニングする同時刻、町の廃ビルの屋上にひとりの小柄な老人が座り込んでいた。場所に合わせたようなボロボロの布切れを纏っており、傍から見たら浮浪者にしか思えないだろう。

 男は目を凝らし、町全体を見渡す。これから起こるであろう出来事にその存在は心を震わせていた。

 

『興味がてら見に来たが、この感覚…これほどの相手を見つけられるとは!もしかしたら僕の望みもかなうかもしれない!アザゼルがいるのが厄介だが…まあ、なんとかなるだろう。明日にでも早速準備にかからねば!』

 

 見た目のわりには甲高く、それでいて負の感情に満ちたその声の主は、一瞬でその場から姿を消したのであった。

 




これで4巻は区切りが付きましたが、5巻に行く前にちょっとオリジナルの展開を書きます。


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第31話 廃屋の事件

朱乃とゼノヴィアが兵藤家に来るほんの数日前に起こった事件です。


「ごめんねー、大一ちゃん。夕方に来てもらっちゃって」

「いえ、自分も手が空いていたのでこれくらいなら」

 

 生島の言葉に返答しながら、大一は大きな段ボールを2つ抱える。アザゼルがオカルト研究部の顧問となった翌日、彼は珍しく夕方から悪魔の仕事に勤しんでいた。契約相手が少ない彼だからこそ、時間の融通が出来たものであった。

 依頼された仕事は単純な荷物の運び込みであったが、どうも中身は店の物ではなく私物であった。引っ越しでもするつもりなのかと思ったが、本人曰く模様替えがてらの物の整理らしい。

 何かを払拭するようにとにかく任された仕事に打ち込む大一だが、そんな彼を見て生島が声をかける。

 

「ところで眠れている?あれだったら、今日も乳酸飲料持っていきなさいよ」

「そんなに受け取ることはできません。というか生島さん、どれだけ貰っているんですか?」

「あら、今度は貰い物じゃないわ。正真正銘、私が買ってきた愛情たっぷりの乳酸飲料よ」

「尚更、貰えませんって…」

 

 冷蔵庫から例の乳酸飲料を何本も出して振って見せる。この前貰ったものが妙にはまってしまったようだ。それとも大一にあげるための物だろうか。

 呆れた表情で答える大一に、生島はたたみかけるように言葉を続けた。

 

「だったら、パーっとやらないかしら。お友達連れてきて、1学期の終わりをみんなで祝うくらいしてもらっても良いのよ。お店を貸してあげる!」

「あなた駒王学園には無関係でしょうよ…」

「もう前にも言ったけど、大一ちゃんと二人三脚でやっていきたいの!そんな大一ちゃんの幸せを私は心から祈っているのよ!」

 

 生島は大一に本当によくしてくれている。彼との契約は当たり障りのないもの。ビラを受け取りそこから連絡を受けて、初めての契約相手となった。本当にそれだけの関係なのに、彼は大一を案じて丁寧に扱ってくれる。今の大一にとっては、そんな彼があまりにも不思議な相手に見えた。

 

「どうして生島さんは俺なんかのためにそこまで言ってくれるんですか…?」

「ちょっとやめてよ!俺なんかって、大一ちゃん立派に悪魔の仕事を頑張っているじゃないの!」

「しかし俺は…」

 

 大一が言葉を続けようとした時、自分の携帯が鳴る。すぐにポケットから取り出して見ると、リアスからの着信であった。

 生島が出ることを促すジェスチャーをすると、大一は申し訳なさそうに電話に出る。

 

「はい、もしもし」

『大一、今大丈夫?』

「ええ。ですが、手短にお願いします」

『先ほど情報が入ってね。はぐれ悪魔がこの領域に入り込んでいるそうなの。場所を特定でき次第向かうから、生島さんには切り上げるかもしれないこと伝えておいてちょうだい』

「わかりました」

 

 電話を切ると、大一は頭を下げて申し訳なさそうな声で生島に話す。

 

「すいません、生島さん。ちょっとはぐれ悪魔が出たようで、呼び出し喰らったら行かなければいけません」

「気にしないで。大一ちゃんにも仕事があるのだもの。よし、だったら無駄話は禁物ね。さっさとやっちゃいましょう」

 

 生島はそう言って大きな段ボール箱に手をかける。いつもの彼のような勢いではなく、もの悲しさが背中に帯びていた。生島にとって聞きたくなかった否定の言葉を、大一自身が言いかけたことで訪れたこの奇妙な雰囲気を察することはできなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 入り込んだはぐれ悪魔の居場所はあっさりと特定された。町はずれに建つ暗く大きな廃工場であった。前にもはぐれ悪魔がこの場所に侵入しており、リアス達としても見知った場所であった。

 今回現れたはぐれ悪魔はオーイロと呼ばれ、やったことは主の元から逃げ出し人間を襲ってきたというもの。せいぜい中級と下級の間程度の実力なのだが、厄介だったのはその手数であった。

 

「あー、うっとうしい!」

 

 大一は苛立ちを口にしながら、直立する虫のような魔物を床に叩きつける。大きさは1メートル半といったところで、鎌のような腕で攻撃してくるがそこまで耐久力は無かった。そのためすでに10体も倒しているのだが、視線に広がるのはその部屋にうじゃうじゃと動く同じ個体の魔物であった。どうもオーイロは大量の魔物を使役しており、それをこの廃工場に解き放った。実力は片手間で叩きのめせるものの、数があまりにも多い。

 

「これだけの数がいれば、下級クラスでも主の元から逃げられたのは納得ですね」

 

 そう言って、祐斗は高速で動きながら両手に握る炎の剣と闇の剣で斬り伏せていく。今回はとにかく数が多いため、到着してからそれぞれ手分けをして魔物の駆除と首謀者のオーイロを捜索に当たっていた。一誠と小猫、朱乃とゼノヴィア、大一と祐斗というようにある程度探知ができるペアを組んでいる。リアスは広い場所でギャスパー、アーシアを連れて向かってくる魔物を片端から消し去っていた。

 大一は錨でまた一匹の頭をカチ割りながら話す。

 

「この手の相手は時間がかかるから苦手なんだよ。多分、朱乃さんとゼノヴィアのペアが一番速いな」

「2人とも広範囲の攻撃ができますものね」

 

 朱乃の強力な雷、ゼノヴィアのデュランダルを光の力を斬撃として飛ばすもの、どちらもこういった相手には有効的だろう。もっとも祐斗や一誠も広い範囲を狙える攻撃法を持っている。そういう意味では大一や小猫のような純粋な近接戦が強みのタイプが、苦手とする相手でもあった。

 

「そういえば名前が出たから聞きたいんですけど」

「なんだ?」

「大一さん、朱乃さんとなにかありました?」

 

 祐斗の問いに、大一は一瞬体を震わせるがすぐに魔物を倒しながら取り繕った声で聞き返す。

 

「…また変な言い方だな。別に何もないよ。気になることでもあったか?」

「いや、朱乃さんがあんまり大一さんからかわないし、昨日はアザゼルの言葉に何も言いませんでしたから」

「俺があの時に言わないのも変じゃないだろ。あの人のことだから俺が首ツッコむことじゃないし」

「いつもならその後にフォロー入れたりとかもあると思ったんですけど」

「それは俺を買いかぶりすぎだ。とにかくお前の気のせいだよ」

 

 ごまかすように大一は力任せに目の前の魔物を蹴り飛ばす。この前の神社の一件から妙に朱乃を意識してしまうのは否定できなかった。しかしそれがどんな感情なのかは大一も判断しかねた。あれを告白と捉えそうになった自分の自惚れには呆れたし、同時に彼女の本心ではないだろうとも思った。あの人に置くのは信頼だけで良いのだ。

 しかしまさか後輩にまで見抜かれているとは思わなかった。実際のところは祐斗のみが気づいていたのだが、それを大一が知る由もない。

 その時、妙な魔力の動きを感じた。この広い部屋の左側、ボロボロで開くのかも疑わせるような扉の先からだ。

 

「見つけた…。祐斗、それらしい魔力を感じた。ここら辺の雑魚どもを任せていいか?」

「わかりました。片付けたら僕も行きます」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一は向かってくる魔物を薙ぎ払いながら、扉を蹴破る。さっきの部屋と打って変わって扉の先は狭く、かつては物置き場にでもされていたことを窺わせる。

 そして部屋の真ん中には、目的の相手が座り込んでいた。すっかり色の落ちた帽子に、つぎはぎだらけの服、大一の身長の半分もないほどの小柄な体格…はぐれ悪魔のオーイロであった。

 大一はグイグイと距離を詰めて、錨を彼の喉元に当てる。

 

「さて、はぐれ悪魔オーイロ。グレモリー眷属の名の下に…ん?」

 

 その首を落とそうとした大一であったが、奇妙なことに気づいた。さっきまでの魔力がまったく感じられないのだ。疑問に思った大一はしゃがんで、オーイロの顔を見る。そこにはうつろで光を失った瞳を持った老人の無表情があった。腕を持って脈を測るも、まったく動いていなかった。目の前の男は、絶命していたのだ。

 大一は立ち上がり、顎に手を当てながら考えを巡らせる。部屋に入る前は間違いなく魔物とは別の奇妙な魔力を感じた。あれが魔物を操る信号のようなものを発していたはず。だが部屋に入った瞬間、いや錨を彼のもとに向けた瞬間にその男から魔力は消えていた。いったい何があったのか、少なくとも大一には見当もつかなかった。

 とりあえず祐斗にこのことを話そうと思い、後ろを振り向いたその時であった。

 

『おいおい、そのままお別れってことは無いだろうよ』

 

 大一の耳に奇妙な声が届くとともに、首と四肢に黒い鞭のようなものが絡みつく。突然のことに驚き振りほどこうとするも、黒いなにかは弾力があり、あっという間に体にまとわりついて体の自由を奪っていった。

 

「なんだ、お前…!?」

『僕は影さ。さっきまでそこのちっこいのに憑いていたね』

「お前がさっきの魔力の正体ってわけか…!」

 

 締めあげられながらも大一は次の行動を考える。少なくともこの状況を打破できるチャンスが、彼には無かった。そうなれば、向こうの部屋にいる祐斗に助けを求めるのが一番であった。

 しかしその考えが頭の中に浮かんだ瞬間、大一の口はその黒い影に塞がれる。

 

『おっと援軍を呼ばせはしないよ、兵藤大一』

 

 自分の名前を知るこの奇妙な存在に驚きで目を見開くが、その思いを見透かした影は言葉を続ける。

 

『ここまで一緒になったんだ。キミのことは言わなくても僕の中に入っていく。思考も感情も』

 

 気が付けば締めあげられているどころか、体の中に黒い影が入り込んでいく。体の自由はとっくになくなり、わずかにあった体の震えすら起こらない異常な状態となっていた。

 それどころか思考も怪しくなってくる。意識が薄れていくのだ。眠りに落ちるようなものではなく、頭の中に雪崩のように苦しい想いが入ってきて思考と意識を奪っていくのだ。師匠の炎駒、仲間であるオカルト研究部、家族達…彼らの顔が思い浮かぶと、のしかかるように昨日の夜の感情がぶり返されていくのだ。

 頭が回らない、息が苦しくなる、心臓をわしづかみにされたような、重く振り払えないヘドロがへばりつくような、不快感と重たい感情が同時に襲ってくる。

 もはや大一の目にはなにも映らない。なにも聞こえない。ただそこに存在があるだけであった。そんな彼の背中から伸びた黒い影には血走った一つ目がついており、彼を視界にとらえていた。

 

『さあ、記念すべき日だ。キミがもっとも憎い相手を殺す力を得たのだから』

 

 ぶちゅりっ、と気味の悪い音と共にその目も大一の中に入っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 魔物の首を落とした祐斗は、部屋を見渡す。大量の魔物の屍が転がっており、凄惨としか言えない情景であった。ようやく全てを打ち倒した祐斗は軽く息を吐く。途中から魔物の動きが明らかに鈍ったため、おそらく大一がなにかしら手を打ったのだと思った。

 大一が出てくるのを待っていたが、一向に出てくる気配がない。不思議に思った祐斗は歩を進めて扉の中を覗き見る。

 

「大一さん、こっちは終わりましたよ」

 

 彼にとって尊敬する先輩の背中が見えた。大きく、がっしりとしたその存在…しかしなぜかその姿がいつもと違い暗く恐ろし印象を直感的に抱いた。

 

「大一さん?」

『ああ…これは最高だ。ここまでとは、僕も恐れ入る。どれ体慣らしといこうか』




ここからオリ主にはもっと苦しんでもらおうと思います。


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第32話 犠牲の黒影

ある意味、今回の敵キャラの説明です。


 廃工場のもっとも広い場所にリアスは立っていた。少し前まではかなりの魔物の数がいたが、彼女の滅びの魔力により多くの者が消え去り、途中で合流した朱乃とゼノヴィアの助力もあり早々に敵を殲滅することが出来た。最後の方に至っては、明らかに魔物の統制が乱れ始めていたため、この場にいない誰かが目的のはぐれ悪魔を倒した可能性も考えられる。

 静まり返ったこの場でリアスは考えを巡らせるが、そんな彼女にアザゼルが後ろから声をかける。

 

「拍子抜けだな。お前らの実力をもっと見られると思ったんだが」

「この程度の相手に手間取るほど私達も甘くないわ。ご期待に沿えず悪かったわね」

 

 あくび混じりのアザゼルに、リアスはピシャリと言い放つ。この男に対して、いまだに手放しで信頼を寄せることはできなかった。

 とはいえ、アザゼルの言い分はもっともであった。相手が大したことないのは承知であったが、それにしても多いだけで無駄に時間を取られたと思われても仕方なかった。

 自身の手際の悪さに苛立ちながらリアスは、朱乃に話しかける。

 

「相手が大したことないから通信装置を用意しなかったけど、これは持ってきた方が良かったかもね」

「互いの連絡が出来ませんものね。どうも通信用の魔法を遮断する魔力も渦巻いていますし…。まあ、魔物の動きも怪しかったですから、誰かが討ったと見ていいものだとは思いますわ」

「部長~!」

 

 会話の途中で一誠と小猫が戻ってくる。2人も目立った外傷は見られなかった。

 

「こっちの魔物は片付けました」

「…特に首謀者らしい相手はいませんでした」

「2人もお疲れ様。あとは大一と祐斗だけね」

 

 リアスが確認したところで、轟音とともに天井の一部が破壊される。落ちてくる瓦礫をリアスと朱乃が防御魔法陣で防いでいると、その穴からふたつの陰が飛び出す。ひとつは煙の中に隠れたが、もうひとつのリアス達の近くに降りたのは木場祐斗であった。油断のならない表情、その手には聖魔剣が握られている。ただならぬ彼の気配にリアスは呼びかけた。

 

「祐斗!何が起こったの!?」

「僕も知りたい限りですよ。とりあえず首謀者のはぐれ悪魔は倒されました。しかし…」

 

 祐斗は歯を食いしばりながら煙の先を見つめる。そこから現れた大一は錨を担ぐように持っており、口元に笑みを浮かべていた。陰湿で相手を小ばかにするような薄ら笑いにいつもと様子が違うと感じた一誠は問いかける。

 

「兄貴?」

『兄貴…ああ、てめえが赤龍帝か。まあ、僕は興味無いが力を試すにはちょうどよさそうだな』

「なあ木場。兄貴どうしてしまったんだよ?」

「僕も分からない。ただひとつ言えることは、今の大一さんは僕らと敵対しているということだよ」

『聡明だぜ、木場祐斗。聖魔剣なんて特別なもの持っているだけはあるな!』

 

 大一は一気に祐斗との距離を詰めると、彼に向かって錨を大きく振りつける。祐斗は聖魔剣でそれをいなしていくが、攻撃の重さと聖魔剣の影響がまったく見受けられない錨に押されていった。

 

「ギャスパー!」

「は、はいィィィィ!」

 

 リアスの掛け声とともに大一の横に回ったギャスパーは彼を視界にとらえる。その瞬間、大一の動きは止まり祐斗への攻撃も落ち着いた。

 

「なんとか抑えていてちょうだい!一体何が────」

『「停止世界の邪眼」とはまた面白いものを使ってくる。しかしこいつの魔力探知と僕が合わされば、こんなものの動きは読めるわ!』

 

 時間が止まっているはずなのに、大一の声があたりに響く。よく見るとギャスパーの足元にいつの間にか影が伸びており、そこから隆起した影の腕が彼の喉をわしづかみにする。

 

「うぐぐッ…!」

『このまま窒息か、首の骨を折るか、迷うところだな』

 

 突然の不意打ちに能力を解除させられたギャスパーに大一が近づいていく。歯をむき出しにしたその笑顔は狂気に満ちており、これまでの彼の様子と繋がるものがひとつとして見られないほどの恐ろしさがあった。

 すぐにゼノヴィアがギャスパーを掴む黒い影を斬り落とし救出するも、大一は彼女を狙うようにその錨を振り下ろす。その振り方は、間違いなく彼女の命を狙いにかかっていた。向かってくる連撃をゼノヴィアがデュランダルでいなしていく中、今度は一誠が抑え込むように大一の背中に飛びついた。

 

「おい、兄貴!なにやっているんだよ!」

『まだこいつを兄貴と思っているその甘さには呆れすら覚えるな!』

 

 その瞬間、一誠は吹き飛ばされた。背中から太い黒い影が拳となって飛び出しておりこれが彼を殴り飛ばしたのだ。

 その異形の攻撃に驚きながら、一誠は殴られた箇所を抑えて立ち上がる。視線の先にいる大一の背中からは影の腕が2本伸びており、化け物のごとく多椀に見えた。

 

「こ、これは…!」

『ひとつ、ふたつで驚いていたらきりがねえぞ、赤龍帝』

 

 そう言った大一の体から黒い影が触手のように形作り、いたるところから噴き出す。これまでの彼とは一線を画す異様性がそこにはあった。

 リアス達は大一と一定の距離を取る。祐斗の言う通り、今の大一はリアス達にとって敵対している。それどころかいつもの様子はまるで違い、何かが乗り移ったかのような雰囲気であった。疑問と衝撃が渦巻くそんな中、一歩前に出たのはアザゼルであった。

 

「久しぶりだな、てめえ」

『おーう、アザゼル!まさか悪魔の手先になっていたとは堕天使も落ち目なものだ』

「ぬかせ。変わろうともしないお前よりははるかにマシだ。何しに現れた?」

『駒王協定とやらの真意が気になってみたら、最高の逸材を見つけた。それだけの話さ』

 

 静かに睨み合う大一とアザゼルの間に、緊張が張り詰める。一触即発の雰囲気を感じさせたが、意外にもアザゼルは冷静に横にいるリアスに声をかけた。

 

「おい、リアス。あいつを救いたいか?」

「当たり前でしょ!私の眷属よ!」

「だったら、ここは退くぞ。俺が目くらましをするからその隙に魔法陣で拠点に戻る。今ここで取る行動はここであれを始末するか、一度退くかだ」

「でもアザゼル────」

 

 リアスが言いかけた言葉を抑え込むようにアザゼルは視線を向ける。有無を言わせぬ説得力がなぜか感じ取れた。アザゼルは全員を見回して、それぞれに合図を送る。ほとんどが腑に落ちないような表情をするも、リアスの様子を見て彼らが反論することは無かった。

 

「じゃあな!」

 

 アザゼルはどこからか取り出した煙玉を大一の足元に投げ当てる。瞬間、周辺に白い煙が立ち込めあっという間に彼の視界を遮った。大一は一歩も動かず正面に目を凝らしていたが、煙が晴れるとそこには移動用の魔法陣が消えていくのが見えた。そして先ほどまで彼の周りにいたグレモリー眷属も姿を消している。

 

『魔力探知をごまかすタイプの目くらましとは、古典的な方法だな。いいさ、まだ慣らしているところだ』

 

────────────────────────────────────────────

 

「アザゼル、何があったのか説明してちょうだい!」

 

 部室に戻るなりリアスはものすごい剣幕でアザゼルを問い詰める。その勢いはコカビエルに対して見せたい仮にも匹敵しているように思われるほどであった。

 

「あー、ちょっと落ち着け。俺も考えてんだからよ」

「落ち着けるわけないでしょ!あれはいったいなに?大一を乗っ取ったあれは?」

「説明するから、とにかく座れ。あの厄介性はお前ら、全員に伝えなければならないんだからよ」

 

 アザゼルの指示に苛立ちながらも彼女は座る。他のメンバーもソファや手近な椅子に座ったりと戸惑いや驚きが交差した状態であった。

 大一がおかしくなったことには一誠も驚きを隠せなかった。それは彼だけではない。隣に座っていたアーシアは不安そうにしながら彼の袖をつかみ、主であるリアスは怒りと焦燥感を隠せない様子、祐斗は悔しそうに頭を押さえている。ギャスパーはよほどショックだったのか顔に袋を被って部屋の隅で震えており、小猫も意気消沈していた。朱乃は顔をしかめてアザゼルに非難的な視線を向けている。唯一、ゼノヴィアは何かを思い出すように目を閉じていた。

 とりあえず全員が腰を落ち着けたことを確認すると、アザゼルは困ったように頭を掻きながら口を開く。

 

「まず大一がおかしくなった理由だが、操られている。そしてそれの正体なんだが『犠牲の黒影(スケープゴート・シャドウ)』という意思を持つ神器だ」

「意志を持つって俺のブーステッド・ギアのドライグみたいな感じってことっすか?」

「そういうのだったら、どれだけ俺らも楽だったろうな。神器に意思が宿っているんじゃない。神器自体が意思を持っているんだ」

 

 各々の反応を意に介さず、アザゼルは言葉を続ける。

 

「元々はいかなる状況でも黒い影を体から生みだし、それを手足のように扱うというものだ。神器の本質である感情の力が大きく左右するもので、魔力を使わなくても生みだせるというのが強みだった。

 ただこの神器には大きな欠陥があった。それは所有者の精神に大きく影響を与えることだ。あれの宿主になっただけで一般的な負の感情を増大させ、どれだけ感情を排除しようにも暗いものがつきまとう。その結果、宿主は精神を破壊されて意識を失い、神器自体が宿主を乗っ取るというわけだ。しかもその暗い感情こそがあの神器の能力をもっとも引き出す」

 

 この奇天烈かつ質の悪い神器の特性を聞くと、リアスが質問する。

 

「そんな神器、初めて聞いたわ。これまで対策が打たれなかったの?」

「やろうとはしてきたさ。しかし相手もなかなか狡猾でな。混乱に乗じてだったりとか、身分を隠して潜んでいたりとかして身を隠す。ただ歴史の節目に現れてはその場を混乱させるんだよ。冥界や天界だけでなく、北欧や教会や…挙げだしたらキリがねえな。俺が把握していないのもあるだろうし」

「特性についてはわかったわ。つまり大一はそれに捕まったわけね。それで本題だけど、どうやって彼を助ければいいのかしら?」

 

 まさに一誠が知りたかったことであった。さすがにこのまま兄が神器に乗っ取られたままというわけにもいかない。一刻も早く救出したいところだが、あの場ではアザゼルの言葉に乗って撤退したのだから、当然手だてはあるはずであった。

 しかし彼らの期待とは裏腹にアザゼルの表情は渋かった。

 

「救う手だてはある。だが確実じゃないんだ。成功する確率はかなり低い。何よりも今日まであの神器から無事に解放された所有者は、俺の知る限りいない。魔力を全部取られて死ぬか、精神が完全にイカレて廃人になるかのどちらかだ」

 

 アザゼルの言葉にその場の空気が凍り付く。一瞬、彼の言葉が飲み込めなかったが間もなくどうしようもないほど腑に落ちない感情が湧いてくる。これではまるで文字通り、大一が犠牲になってしまったようなものだ。

 その想いを代表するように、リアスはアザゼルに食って掛かる。

 

「どうして!?撤退するときにあなたが言ったことじゃない!」

「助ける手だてがあるのは事実だ。しかし準備が必要だから、あの場ではその望みすらも無かった。だが元々成功する確率はかなり低いものだということだ。

 それに考えてもみろ。あの神器はその悪魔の負の感情を増大させる。俺の研究では、あいつがもっとも力を発揮するのは憎しみの感情だ。つまり助けたところで、大一が強烈に誰かを恨んでいるのが明白になるんだ。お前ら、そんな奴と今後も付き合っていけるのか?」

「私に眷属を切り捨てろって言うの…!?」

「あくまで最悪の事態を想定しろってだけだ。お前らが思う以上にあの神器は厄介なんだぜ?」

 

 彼の鋭い言葉に、リアスは押し黙った。彼の言う通り、最悪の事態は想定するべきなのだろう。しかもこの場で例の神器に精通しているのはアザゼルだ。その男が言うのだから、むしろ大一を救いきれない可能性の方が高いとすら思えてしまう。

 しかしそれで一誠が納得するはず無かった。弟である彼にとって、兄である大一を見捨てることなど当然できようもない。常に憎まれ口を叩きながらも、自分のために助言したり、特訓に付き合ってくれたことを忘れるわけがなかった。

 それに加えて彼の高潔さを知っているからこそ、その感情にも打ち勝てるという淡い期待すら感じてしまうのだ。大一なら…兄ならこの状況すらもどうにかするのではないかと。

 

「俺は何があっても兄貴を助けますよ!それに兄貴は…俺よりもすごいところいっぱいありますから!」

 

 皆が鎮まる中、一誠の言葉はよく響いた。弟である一誠の信頼を目の当たりにした仲間たちは息を吹き返すように同意する。

 

「そうだね。大一さんを救う、まずはそれからだ」

「…先輩はいい人です。必ず助け出します」

「お兄さんを助けましょう」

「うむ、私もまだまだ学びたいことがあるからな」

「ぼ、僕も頑張りますゥ…!」

「…ええ、そうね。少しでも可能性があるならかけるべきだわ」

「イッセーくんの言う通りですわ」

 

 皆が口々に仲間である大一救出の決意を口にする。しかしリアスと朱乃だけは同意するもどこかぎこちない表情であった。アザゼルは2人のその表情に気が付いたようだが、特に何も言わずに言葉を繋ぐ。

 

「わかった。だったら、今日のところはまず解散だ。俺の方で準備しておいて、明日の昼休みにここで作戦を説明する。お前らはしっかり休んでおけ。いざという時に動けないのは困るからな。それとリアス、朱乃。お前らはちょっと残ってくれ。明日のための打ち合わせだ」

 

 アザゼルの言葉と共にこの日は解散する。一誠の中に不安は間違いなくあった。しかし今は仲間と兄を信じること、これこそが最善の策だと思った。むしろそう思わないと、自分の方が気持ちに押しつぶされそうになっていたのだから。

 




一番悩んだのは、神器の名前でした。特性を平たく言えば、めっちゃ暗い感情に支配されて体を乗っ取られるよ、というものです。


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第33話 悪魔のきっかけ

徐々にオリ主の真実が明かされていきます。


 一誠達が帰るのを見送った後の、オカルト研究部は静かであった。リアスはさっきまでの苛立ちがウソのように鳴りを潜めており、朱乃の方は心配と悲しみが入り混じった微妙な表情で座っていた。

 アザゼルは部屋の外に誰もいないことを確認すると、2人に対して話し始める。

 

「さて…俺はすでに頭の中で作戦を構築している。実際のところ、お前らに伝えること自体はイッセー達同様に明日でも良いのだが…」

「私達に聞きたいことがあるんでしょう」

「そうだ。なにせ『犠牲の黒影』はさっきも言ったが、一筋縄でいかない。俺からすればイッセーの考えは甘いとすら思える。だが顧問を任された身だ。今回の作戦を成功させて、大一のことは救ってやりたいのさ。だからこそ、あいつについて取っ掛かりになるものは知っておきたい」

 

 「犠牲の黒影」の厄介な点は、所有者の元々の感情も大きく反映されることであった。アザゼルから見れば、大一は特別なことは何も無い。一方で弟の一誠は「赤龍帝の籠手」という神滅具を持ち、つい最近悪魔になった身でありながらあらゆる勢力からも目をかけてもらっている。そういう意味では、大一がもっとも嫉妬を抱き、憎むであろう相手は弟の一誠しかいないと考えていた。

 しかし一誠の言葉に、リアスと朱乃がした反応が彼は気にかかっていた。どこか後ろめたいことがあるかのような反応であったため、その真実を聞いておきたかったのだ。

 アザゼルはそのまま言葉を続ける。

 

「場合によっては配置も変える必要があるからな。正直、神器を抜かれれば死ぬから、その点であいつを助ける難易度は高いんだけどな」

「大一はすでに神器を持っているからそこはどうにかなるわ。あなたは興味が無かったようだけどね」

 

 リアスの言葉にアザゼルは眉をひそめる。なにを言われたのかが理解していないように見えた。しかし間もなく合点がいったような表情になり、慎重に話を切り出す。

 

「お前ら、あいつが神器を持っていると思っているのか?」

「それどういう意味なの。大一の『生命の錨』は…」

「あれは神器じゃねえよ。似て非なるものだ」

 

 アザゼルの言葉に、リアスと朱乃は互いに視線を合わせる。突然、突きつけられた衝撃の事実に驚きを隠せなかった。

 

「ちょ、ちょっとどういうこと!?あれは間違いなく神器のはずよ。たしかに聞いたこと無いものだったけれど、構造や力は…」

「悪魔の神器への理解は本当に甘いんだな。いや俺も最初はそうだと思っていたから人のこと言えないか。

 いいか?あれは構造や魔力は確かに神器と同質だ。しかし神器が思いの力が強く反映するのに対して、あれはただ魔力を感じ取り、操れるようになるだけだ。それが所有者の思いの強さで変化するようなことは無い。言わば、神器の根幹を成す部分が無いんだよ。

 俺が昔調べたところ、どうも魔力と生命力が混じった力が普通の人間に宿っているんだ。たまにそれが噴出していろいろな形を成す。グリゴリではその力を『生命(アンク)』としか呼んでいなかったよ。まあ、悪魔や堕天使からすれば力なんて呼べる代物じゃないけどな」

 

 アザゼルの説明に、リアスと朱乃は目を見開き驚きの表情を浮かべる。元々、彼の力については普遍的なものだと感じながら、神器と全く同じ感覚だったので疑いを持たなかった。あの力が別物だと分かるのは、それこそ神器をよく理解するほどまで研究をする堕天使だからだろう。

 

「納得できましたわ。あなたが大一に興味を持たなかった理由は───」

「神器でも無いし、特別じゃ無いからな。むしろこれを調べていたのは、コカビエルの方だ。あれが力の鍵になるとか言っていたな」

 

 朱乃の言葉を引き取る様に、アザゼルは続ける。

 

「なるほど、これで俺も納得したぜ。リアス、お前ほどの悪魔が大一のような才能ない奴を眷属にしているのは、あいつがこれまで神器使いだと思っていたからか」

「違う…とは言い切れないのは悔しいわね。実際、きっかけはそうだったんだから。でもね…」

 

 リアスは言葉を切ると、アザゼルに警告するかのように人差し指を向ける。彼女の瞳にギラギラとした炎が宿っているかのようであった。

 

「ウソでも彼に才能が無いなんて言わないで。私が心から背中を預けられるとしたら、朱乃か大一だけよ」

「…えらく信頼を置くんだな。お前、あいつとの間に何があった?」

「別に…ただもし彼が心から憎む相手がいるとしたら、それは私ってこと。私は彼の人生を奪ってしまったのだから」

「リアス、それはッ!」

「朱乃、黙っていて。彼を悪魔にしてしまったことは私の責任なんだから」

 

 憂いがこもる声でリアスは話し始める。自分が初めて得た「兵士」の眷属のことを…。

 

────────────────────────────────────────────

 

 3年前、まだ駒王学園に入っていないリアスは暗い夜の世界の中で悪魔として活動していた。この頃は今以上に半人前の彼女であったが、同時に常に焦燥感に駆られていた。上級悪魔とはいえ、まだまだヒヨッコ。そんな上からの評価を払拭し、自身を認めさせたかった。この頃からグレモリー家であることや兄のサーゼクスが魔王であることへの誇りや、当時からライザーとの結婚の話が決まっていたことへの不安感を抱いていたのは無関係ではないだろう。

 当時、もっとも一緒に動いていたのは朱乃であったが、もうひとりリアスのお目付け役にルシファー眷属の炎駒も参加していた。頼りになる相手ではあるが、同時に彼女が未熟であることを知らしめている節はあっただろう。

 そんな中、事件が起きたのは冷える夜中であった。今日と同じくはぐれ悪魔の討伐にリアス達は動いていたのだが、対象がまったく見つからないのだ。そのはぐれ悪魔は長年行方が知られてなかったが、ここ数年で再び姿を現し活動していた。その培った経験なのか、それとも別の理由があるのか、この悪魔を見つけるのは困難を極めた。

 ようやくそれらしい魔力が見つかって現場に向かう。橋下の川沿いそこには血が飛び散り、ひとりの少年が倒れているだけであった。

 炎駒が飛び散っている血を消している間、リアスは倒れている少年に近づく。服は血にまみれて、背中には大きな傷が生々しくついていた。ひとりの犠牲者にリアスは己の未熟さを感じるが、いちいちそれを嘆く真似はしなかった。すぐに彼の処置と関係者の記憶捜査を考えるが、目の前の少年の奇妙な様子に気づく。

 

「…あれ?」

「どうしましたの、リアス?」

「この子…生きている」

 

 少年は生きていた。血まみれで背中に致命傷の傷は負っているも、浅く呼吸しており気絶しているだけであった。それどころかただの人間であるはずなのに、魔力まで感じる。それが影響していたのか、少年はたしかに息があったのだ。

飛び散った血を片付けた炎駒も覗き込むように少年を見る。

 

「このままでは命が危ないですな。魔力を持っているなら流し込むことで目が覚めるかもしれませんぞ」

「ここからなら私の神社が近いですわ。そちらに運びましょう」

 

 この時からリアスはどこか少年に運命的なものを感じていた。瀕死になる傷を受けても生きているこの少年の存在が、ある種の特別な巡りあわせであると。

 

────────────────────────────────────────────

 

「うおっ!えっ、いや!?す、すいませんでした!!」

 

 翌朝、朱乃の神社で叫び声をあげた少年はリアスに土下座をする。目が覚めて横に同年代の女子が裸で密着していたのならば、当然の反応だろう。少年はびくびくしながら、リアスと距離を取った。

 その声を聞きつけて、炎駒と朱乃が部屋に入ってくる。

 

「…姫、服を着ていなかったのですな」

「だって、こっちの方が早く治るもの」

「魔力を流すだけなら触れながらでも良かったんじゃないかしら。それに彼にそこまでやってあげる義理は無いですわ」

 

 朱乃が非難するかのように目を細める。元より男性苦手な彼女からすれば、リアスの行動は腑に落ちないものだったのだろう。もっともリアスも同じように男性が得意というわけではなかったが、彼女がここまでするのには理由があった。

 

「そんなことないわ、朱乃。私が未熟だから起こったような事件なんだし。それに私決めたのよ。あなた、名前は?」

「ひょ、兵藤大一です…!」

「よろしく、大一。私の名前はリアス・グレモリー。悪魔よ」

「「「はっ!?」」」

 

 リアスの言葉に、その場にいた全員が頓狂な声を上げる。大一の方は非現実な告白に面食らっていたし、炎駒と朱乃は彼女の唐突な正体明かしに驚いていた。同時にこの告白が意味するものを2人は瞬時に理解した。

 

「ちょっとリアス!まさか彼を!?ただ魔力があるだけじゃない!そんな人間他にもいるわ!」

「姫様、眷属は今後を左右する存在。その唐突な決め方は勧められません」

「決めるのは私、そうでしょう?」

 

 2人の反論を軽く受け流しながら、リアスはグッと大一に顔を近づける。怯えと当惑にまみれた表情であったが、それを意に介さずにリアスは肝心の言葉を言い放った。

 

「ねえ、大一。悪魔になって、私の力にならない?」

 

 これを皮切りにリアスは大一に一通りの話をした。悪魔がどんな存在であるか、眷属とは何か、彼を引き入れたいと思った理由、悪魔としての利点、さらには自分の翼を見せて悪魔の存在を証明までした。その間、大一の表情には当惑の感情が映っていた。

 そして説明が終わると、大一は首を横に振りながら震えた声で答える。

 

「こ、こんなのおかしいですよ…!俺は高校受験を控えるただの中学生で、あなたが思うような特別なことは無い…!」

「そんなこと無いわ。あなたにはきっとすごい力がある。私はそれを見込んで───」

「やめてください!俺はあなた達の世界でやっていけるとは思いません!治療をしてくれたことはお礼を言います。でも、ごめんなさい!」

 

 きっぱりと断ると、大一は逃げるようにその場から去っていく。リアスは追おうとしたが、それを炎駒が引き留めた。

 

「姫、彼ははぐれ悪魔に襲われたばかりで混乱しています。それにあの反応と言葉…悪魔のことをまったく知らない人間であることは疑いようもありません。そんな彼に覚悟を決めろと言うのは酷なことです」

「でも炎駒…!」

「焦る気持ちはわかりますが、我々ははぐれ悪魔の討伐などでただでさえ無関係な人間を巻き込んでいる身なのです。少し特殊なだけの彼までこちらの領域に引き込んではなりません」

 

 炎駒の言葉に、リアスは納得せざるを得なかった。熱くなった頭で決めるのを早めるのは自分の悪い癖であった。彼の言う通り、少年を巻き込むことは彼に何度も手を汚させること…悪魔とは無縁の男にやらせるものではないだろう。悪魔にも多くのメリットがある。それを知ってなお、彼が自分に向けた表情を思い出すと彼女は間もなく自分のやったことを後悔するのであった。

 




だいたい書き終わって見直して、長いなと思ったので区切ることにしました。なので34話はだいたい出来ていますので、今日中にもう一回投稿するかもしれません。


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第34話 悪魔の理由

感想で何度か言われてきたオリ主の過去です。一誠とはまた違った方向となっています。


 次の日、リアス達は再びはぐれ悪魔の捜索に出ていた。幸い前情報から、相手は夜の活動のみであったため日中の被害は抑えられるだろうが、それでもこれ以上の被害の拡大は望ましくなかった。これまでの経過からターゲットが襲う相手は無作為であったため、事件が大きくなる前に手を打っておきたかった。

 加えて、大一を探す必要もあった。スカウトする為ではなく、悪魔の件について記憶を消しさるためであった。リアスなりに彼への罪悪感は持っていた。昨日のスカウトは振り返ってみれば、身勝手なものだと彼女は思った。いくら自分の力を示すため、早く眷属をそろえるためとはいえ、あまりにも無茶なものだ。

 そしてこの日の夜、事件は再び起きた。はぐれ悪魔の居場所をリアス達は再び特定した。場所は前日と同じ橋下の川沿いであった。これにはリアス達も驚いた。そこは隠れる場所も少ない上に、昨日と一件があったため魔法陣のトラップを仕掛けて来たら反応するようになっていた。ましてや、彼女の味方にはルシファー眷属の炎駒がいる。それほどの実力者がいるにもかかわらず発見が遅れたのだ。自分たちの知らない能力があるのかもしれないと思いつつ、リアス達は現場に急行した。

 しかし現場に到着した時は全てが終わっていたことであった。橋下にはターゲットであるはぐれ悪魔の死体が横たわっていた。2メートル以上はある巨体であったが、その頭をカチ割られており、長い四肢は不自然な方向に折れ曲がって動かなかった。

 そしてこの事件で最も驚くべきことは、そのはぐれ悪魔の前で佇んでいたのが、前日に出会った少年…大一であったことだ。その手には大きな錨が握られており、先端にははぐれ悪魔の血が滴っていた。ただの人間であるはずの少年が、はぐれ悪魔を葬ったのだ。

 リアスはその時の彼の様子に衝撃を受けた。全身が傷だらけであったことでも、返り血を大量に浴びた不気味さでもない。大一の表情であった。自分のやったことに衝撃を受けているだけではない。もっと重く、それでいて激しい感情が渦巻いていることが窺えた。目を大きく見開き、瞳の中には奈落のように暗く深い影が見えたような気がした。

 リアスだけでなく、朱乃や炎駒もこの光景には驚きを隠せなかった。同時に信じられないその光景から、動きが止まってしまった。この状況でリアスは意を決してゆっくりと大一に近づいていく。

 

「これ…あなたが倒したの?」

「え?ああ…俺が…俺がやってしまったんですよね」

 

 リアスに声をかけられるまで、彼は彼女の存在に気づいていなかった。自分の行いをすぐには認識できない様子であった。

 

「死体は私達で片付ける。その血は洗い落とした方がいいわ。昨日みたいに来てちょうだい」

 

 大一は言われるがまま、リアスの指示に従う。この少年から気力というもの全てが抜け落ちたような印象であった。ただ「死体」という単語に、彼は一瞬だけ体を震わせるような反応をしたのをリアスは見逃さなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 闇のなかに月明かりが差し込むこの真夜中、リアスは縁側に座り考えていた。場所は再び朱乃が住む神社。彼女の隣には朱乃も座っていたが、その空気は静かでありながら穏やかではなかった。風呂場では大一が血を洗い流しており炎駒もそれを手伝っている。

 淹れられた日本茶を飲みながら、リアスは親友に問う。

 

「さっきのこと、どう思った?」

「本当に驚きましたわ。たしかに今回のはぐれ悪魔は力任せのタイプではありませんでしたが、まさか人間である彼がそれを倒すとは…。彼が持っていたのは神器かしら?」

「私が近づいた時の感覚はそうだったわ。どんな力があるのかは不明だけど、あれがはぐれ悪魔を倒すことに繋がったことに疑いようは無いわ」

「それほどの才能の持ち主ということですのね」

「才能か…」

 

 才能という言葉に、リアスは懐疑的であった。たしかに人間でありながら、はぐれ悪魔を討ったのは驚くべきことであろう。だが大一の本質がそこにあるとはどうも思えなかったのだ。

 

「ねえ、朱乃。これから私が何をしようとしているのかわかる?」

「…あなたの決断を止めようとは思いません。でも炎駒様が話していたことが全てだと思いますわ。あの時の彼の表情…怖いとか不気味とかではない。ひたすら可哀そうでした。そんな彼を引き入れるのは、私としても懐疑的ですわ」

「まあ、そうよね。私も昨日はやりすぎた。だから今回断られたら、さすがにきっぱり諦める」

 

 間もなく大一が上がってくる。彼の着ていた服も炎駒が綺麗にしており、体に傷がある程度で小綺麗な見た目となっていた。

 大一を広い部屋に通すと、リアスは彼と向かい合って座る。張り詰めた緊張の中であったが、最初に行動を起こしたのは大一であった。床の畳に両手をつき、大きく頭を下げる。土下座の状態で彼の口から出る言葉は、悲しみと苦しみに満ちていた。

 

「お願いします!俺を…俺を悪魔にしてください!」

 

 突然の告白に、リアスは目を丸くする。彼女自身が提案しようとしたことを、昨日断られた相手から申し出たのだ。

 

「…私としては願ってもないことだけど、急にどういう心変わりなの?」

「それは…」

「大一殿、風呂場で私に話してくれたことを無理にまた説明する必要はありません。私がしましょうぞ。席を外してくれても───」

「いえ、これは俺が言わなければならないことなんです。あの時…あの時襲われたのは俺だけじゃないんです!」

 

 大一は前日の夜の真実を話し始めた。

 あの時、襲われたのは大一だけでは無かった。彼ともうひとり、本当にただ居合わせただけの友人がいたのだ。大一よりも先に彼は食い殺され、大一はその後に逃げようとしたところを背中から攻撃を受けて気絶した。そこで止めを刺さなかったのは、リアス達の存在を感知したからだろう。

 そして先ほど大一がひとりであの場に向かったのは、食われたはずの友人が彼の前に現れたからだ。大一としては信じられないことだし、おそらく偽物であることも分かっていた。それでも目の前に友人がいるのを見た時、昨日のことを嘘だと思いたい、現実だったということを否定したい、そんな彼の気持ちが再び現場に向かわせた。

 その友人がはぐれ悪魔が変装していたものだった。間もなくはぐれ悪魔は顔だけその友人のままに大一を襲い始める。絶望に打ちひしがれた彼の心では、前日同様にただ逃げるだけしかできないと思っていた。

 しかし現実は突然、彼の手元に奇妙な錨が出てきて、しかもそれを持つと力が湧いてくる。殺されないために必死であった。無我夢中であった。向かってくる腕の攻撃を防ぎ、脚を払い、最終的に大一ははぐれ悪魔の顔をその錨でたたき割ったのだ。恐怖におびえ涙を流す友人の顔を…。

 息が荒い大一の話を聞き終えると、炎駒は付け加えるように話す。

 

「…今周辺の悪魔に手配して記憶の操作を行ってもらっています。一日経ったためかなり大掛かりなものでしたが、問題ないとの報告を受けております」

「俺は…俺は取り返しのつかないことをしてしまったんです!友達を…殺したんです!」

 

 リアスはなんと声をかければいいのか分からなかった。彼女にとってはぐれ悪魔は討伐するべき相手、命の重さは大きくなかった。しかし彼は違う。殺したことがあるのはせいぜいちょっとした虫程度だろう。そんな少年が初めて命を奪ったのは、友と同じ顔の相手だ。いや彼の言い分からすれば、友達を死に導いたのも自分の責任だと感じているのだろう。

 実際のところ、彼を苦しめたのは自分自身だとリアスは思った。失敗することも含めて彼女はこの責任感の重さを覚悟していた。しかし実際に目の当たりにすると、その重さは言葉を絶するものがあった。

 リアスは大きく息を吐くと、大一を見据えた。

 

「責任を取るために悪魔になろうということ?」

「俺のやったことは取り返しのつかないことです。その責任は必ず取ります。でもそれだけじゃない。あなたの言う通り、俺がなにか力を持っているのならば、また狙われてもおかしくない。その時、自分がまた同じようなことをやるのが怖いんです。友達を…家族を…」

「だったら、なおさらあなたを入れられないわ。それほど苦しむのなら、あなたが今後やっていけるかが───」

「それ以上に、同じことになった時に俺が何も出来ないことがもっと怖いんです!友達を殺して…救えたかもしれないのに…!だから、俺を悪魔にしてください!迷惑をかけないように強くなります!覚えるべきことは全て学びます!だから…だから…!」

 

 涙声で懇願する目の前の少年はただ哀れであった。小さく、少しでもつつけば全てが瓦解しそうな脆さを感じさせた。彼を救いたい、ただの自己満足だとしてもいい、彼の心を救うためにリアスが出来ることは…。

 彼女は懐から小さな駒をひとつ取りだし、大一に近づいて見せる。

 

「それは…?」

「これは『悪魔の駒』と呼ばれるもの。これにより転生悪魔になることになるのよ。あなたの覚悟はよく分かったわ。ならば、私は悪魔としてこの町を管理する者としてその想いに応えなければならないことを。

 兵藤大一、悪魔として私に仕えなさい」

「…ありがとうございます」

 

 震える声で答える大一はこの瞬間、悪魔となった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 話を聞き終えたアザゼルは腑に落ちない状況であった。いくらでも聞き慣れたという表情で、同時にこの手の話題があまり得意でないこともわかるものであった。

 

「やっぱり納得できねえな。そんな奴、この世にごまんといる。お前や大一だけが特別じゃねえよ」

 

 アザゼルの発言に、リアスと朱乃は反応する。

 

「ええ、そんなことは理解できるわ。でも彼のその後の様子をあなたは知らないでしょう」

「大一は炎駒様の代わりになるように徹底的に戦い方を学び、悪魔としての知識や価値観を学び、リアスの評判を落とさないために必死に自分を磨いてきました。今もなおそのスタンスは変わりません。仲間を気にかけて、自分の弱さは絶対に見せずに…」

「彼の才能は目に見える能力なんかじゃない。己を捨てて、悪魔として生きる道を選んだその純粋さよ。そんな彼だからこそ…私は救いたいの」

 

 悪魔になってからの大一の苦労は間違いないものであった。一般的な人間としての存在から、悪魔としてのあらゆるものを叩きこんでいるのだから当然であろう。本人は一度もそれを投げ出すことは無かった。かつて友を殺した罪悪感と無力さを忘れていなかったからだろう。それを目の当たりにしてきたリアスと朱乃だからこそ、あの男の抱えるものを少しでもおろしてあげたかった。彼を本当の意味で救いたかった。

 アザゼルは少し頭を掻きながら首を縦に小さく振り、グッと身を乗り出した。

 

「まあ、お前らの言い分は理解した。どっちにしろ、あいつがやってきたことまで否定するつもりはねえよ。それだけの男なら、明日はしっかりやりな。ただしどんな結果になっても、その事実から目をそらすなよ」

 

 彼の言葉にリアスと朱乃は頷く。アザゼルの言葉は大一を救えなかったことだけではない。彼を救い出しても、その負の感情を抱え込み続けることを指しているのだろう。だが彼女らはたとえ彼が誰を恨もうとしても、それを受け入れるつもりであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 窓からこぼれた月明かりが廃工場の中をうっすらと照らす。そこには巨大なスライムのようにうごめく黒い影がひとりの男を包み込んでいた。

 「犠牲の黒影」はあれから動くことなく、時間をかけて大一の乗っ取りに勤しんでいた。

 

『ああ、この憎しみの感覚…僕の望んでいたものだ。憎いよなあ、殺したいよなあ…安心しろ、お前の望みは叶うよ。そして僕の望みもな…!』

 

 黒影の声に、大一は反応することは無かった。しかし映っていないはずの彼の瞳は暗く、それでいて哀しみに満ち溢れていた。それこそかつて自分の友達に錨を振り下ろしたときのように…。

 




積もりに積もったこれまでの負の感情。どこまで大一を救うことが出来るのでしょうか。
正直、もうちょっと淡白にすればよかったと後悔までしています…。


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第35話 兄の救出

自分の頭の中をどれくらい書けているのかが不安になるこの頃です。


 大一が神器に乗っ取られてから一夜が経った。アザゼルの部下やリアス達の使い魔が交代で例の廃工場を見張っているが、動きは見られないらしい。アザゼルとしてはこれは予想通りのことだという。基本的に「犠牲の黒影」は力を慣らす必要があるため、いくら相性が良くても数日はかかるのだとか。

 しかし時間が経つほど、その適応が進んでいくため早く決着をつけることに越したことは無い。つまり今夜のみがチャンスであった。

 

「ダメね、私。大一を救うための決心を、彼が本当に危険になってからつくなんて…」

 

 翌日の授業の合間、屋上でリアスはため息交じりに朱乃に話す。悪魔になった時から大一が責任を感じやすいのは分かっていた。分かっていたのに、彼を気にかけてこなかったのだ。炎駒の代わりにたしかな働きをしていた彼だからこそ、気づけば信頼しすぎてその強さにしか注目していなかった。

 己の甘さに心を痛めるリアスに、朱乃は冷静に答える。

 

「今になって話す事ではありませんわ。まずは大一の救出に全力を尽くすべきです。それに大一があっさりと私達を頼ってくれるとは思いません」

「そうなんだろうけど、主としてもっと出来ることがあったと思ったの」

「リアス、あなたの気持ちは痛いほどわかりますわ。でも大一は、あなたに恥をかかせないように必死でやっていましたの。あなたまで罪悪感に押しつぶされては、それこそ大一がまた悩むだけですわ」

 

 朱乃の言い分はその通りであろう。大一が苦労したのは悪魔になった時だけではない。むしろその後が本番とも言えた。それもひとえにリアスを支えるためであるのだ。一瞬、そこまでしてもらっている自分の不甲斐なさを認識しかけたが、これ以上考えることは間違いなく堂々巡りになるだけだ。その姿は大一が望むものではない。

 リアスは雑念を払うかのように頭を振ると、再び親友を見る。

 

「ありがとう、朱乃。私よりも大一のこと、理解しているんじゃないの?」

「一緒にあなたを支えてきた仲ですもの。リアスとはまた違う信頼関係は築きますわ。それでも私の力も彼は借りてくれないでしょうけど…」

「…ねえ、大一となにかあった?」

「へっ!?」

 

 リアスの指摘に朱乃は驚くように声を上げる。いつもの余裕あるものや、意固地になった時のものとは違い、年相応の可愛らしさを感じさせる声色であった。

 

「べ、別に何もありませんわ。リアスったら変な勘繰りして」

「…あのね、これは私から見ての話なんだけど、最近あなた達の仲がよく分からないのよ。もともと軽口を言い合えるくらいの関係性なのは知っているけど、プール開きの際にオイル塗りの話が出たかと思えば、会談少し前辺りからはあんまり話さなかったり。この事件無かったら、とっくに言及しているわ」

「イッセーくん達が入ってから、いろいろあったでしょう?それでお互いに話す事がいつもより増えただけですわ」

 

 あたふたと答える朱乃の姿はどこかリアスにとって既視感があった。顔の赤らめ方、目の泳ぎ方、言葉の濁し方、なぜか直接見たわけではないはずなのに間違いなく知っているような気がしたのだ。ただそれがどこで見ているのかまでは彼女も思いつかなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 同じ頃、一誠は頬杖をつきながらぼんやりとしていた。特にどこかを見るわけではなく、ただ心がどこか別のところに行っている気がしたのだ。

 

「イッセー、生きてるか?」

「うーん…えっ?」

「お前、明らかにおかしいぞ」

 

 松田と元浜の呼びかけにも、一誠は応対できなかった。その原因は本人も分かっていたが、彼らに説明するわけにもいかない。

 

「ったく、せっかく俺が最近調べあげた他校の素晴らしい女子たちベスト30の講義をしてやろうと思ったのに!」

「ああ、悪い。考えごとしていた」

「おいおい、その反応はやっぱりおかしいぜ。もしかして大一先輩の風邪ってそんなにひどいのか?」

 

 この日、駒王学園に大一の姿は当然無かった。彼はこの日、風邪で休んでいることになっている。併せて前日両親にはリアスが魔力で若干の記憶を操作したりと、今さらながら人間から悪魔になったことの苦労がつきまとう気がした。兄はこの心労に3年もよく耐えていたものだと、一誠は思ってしまった。

 兄を救うと決心した。それは確固たるもので皆がいる前で覚悟も決めたはずなのに、なぜか心に穴が開いている気がしたのだ。

 

「いやそうでもないよ」

「だったら、良いんだけどよ。先輩のおかげで俺らはなんとか生き残っているところはあるからな」

「まあ、なんだかんだで気にかけてくれるしな。あとは俺らの趣味をもっと理解してくれたら言うこと無しなんだが…!」

 

 少し無念そうに松田と元浜は拳を握りしめる。彼らなりに大一には愛着があったのかもしれない。思えば、この学園での大一の評判は不思議なものであった。変態3人組にここまで関わっている割に、妙に人望があり頼られていた。ただ厄介ごとを押し付けられているようにも見えたが。

 そんなことをぼんやりと考える一誠に、アーシアが話しかける。後ろにはゼノヴィアも腕組みをしながら立っていた。

 

「イッセーさん、ちょっとだけいいですか?」

「ん?わかった」

「「また秘密の逢引きか、チクショーッ!」」

 

 後ろで声を上げる親友には反応せず、一誠は2人ともに教室を出ていく。驚いたことに出てすぐのところで、祐斗と小猫、袋を被ったギャスパーまでもが待ち構えていたかのように立っていた。

 一誠が現れたのを確認した祐斗は、さっそく話を切り出す。

 

「大丈夫…なわけがないよね。大一さんの件があるもの」

「あのな、木場。いきなりそういう話は…」

「僕は単刀直入に聞くよ。助けられるか不安なんでしょ?」

「あったりまえだ。仲間ってだけじゃねえんだよ。兄貴は…兄貴は俺にとって家族なんだ。父さんや母さんとも違う…昨日はああ言ったけど、そう割り切れるものじゃねえよ」

 

 一誠は胸に突っかかっていた思いを吐露する。一誠にとって兄は不思議な人物であった。自分の趣味には理解を示さず、互いに文句を言い合うことも多い。それでいながらいざという時は頼れる、どこか精神的な支えとして存在する相手であった。

 昨日の時点でかなり不安を抱いていた。それでも自分を奮い起こすために覚悟を言葉にした。だが家に帰り、兄のいない一夜を実感すると、それが永遠に続くかもしれないことに不安を感じたのだ。そういう意味では、一誠の不安は他の仲間達よりも重いかもしれない。

 

「僕もキミに知っておいて欲しいことがある。僕はイッセーくんほど大一さんのことを知っているわけではないけど、悪魔としての付き合いは長い。あの人の強さはキミよりも知っているつもりだ」

「…私も同じです。いっぱい相談しましたし、何度も特訓に付き合ってもらいました」

「ぼ、僕も何度も気にかけてもらいました。それこそまだ部屋からの外出が許されていない頃からもですぅ」

「私はまだお兄さんとの付き合いは長くありません。それでも普段の生活から、お兄さんの頑張りは分かります。たまに迷惑かけているような気持ちになりますが…」

「うーん、それだったら私の方がまだ付き合いは浅いな。でも以前、先輩と模擬戦をした時はすごかったよ。あの人の戦い方は私でも見習うことは多かったな」

 

 次々に大一への考えを聞く一誠は不思議と誇らしい気持ちになった。自分が知らないところでも兄は同じように慕われているのを目の当たりにしたからだろうか。

 

「つまり僕らが言いたいのは、大一さんを助けるにあたって不安なのはキミだけじゃないってことだよ。イッセーくんにとって特別であるように、僕たちにとっても特別なんだから」

 

 締めの祐斗の言葉に、一誠は静かに息を吐く。自分の情けなさに呆れてしまった。本気で兄を救うのなら、失敗した時のことをどうして考えるのだろうか。前日に自分を奮い起こすために宣言したことが全てではないか。

 全ての力を持って兄を助ける、それが今の彼に出来ることであった。

 

「悪い。兄貴を助けなきゃいけないのに、俺がこんなんじゃダメだよな」

 

 ようやく振り切った彼の決意を持って、グレモリー眷属全員が本当の意味で覚悟を決めた瞬間であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアス達は前日の廃工場に向かう。当然、狙いは大一を捕らえている「犠牲の黒影」の存在であった。鎮座している場所は昨日と変わっていなかったが、その姿は大きく違っていた。大きな上半身からは腕が複数伸びており頭部には巨大な目玉をギョロつかせている。下半身は蜘蛛のような姿で脚だけでなく棘のようなものまでついていた。大一はその巨体の中に取り込まれているような状態であった。

 黒影はその眼で正面から入ってきたリアス達を確認する。

 

『正面から来るとは…と本気で思うか?こいつの魔力感知ならキミら以外にいることは分かっている』

 

 その言葉通り、正面から入ってきたオカルト研究部のメンバーはリアス、小猫、祐斗、ギャスパー、アザゼルと全員では無かった。一誠、朱乃、アーシア、ゼノヴィアは裏から回り、大一救出のための準備をしていた。

 黒影は目の前のリアス達には目もくれず、別方向を見ていた。視線には映らないものの、魔力を感知してすでに別動隊の場所は把握している様子であった。

 

『さて何が狙いなんだか…』

「わからねえな。お前は異様なまでに用心深い。これまで姿を見せてきたのも、ほとんどが大きな混乱に乗じてのものだ。そんなお前がここで正面切って姿を見せるのは違和感しかないな」

『アザゼル、貴様の考えは間違っていないよ。僕自身そのスタンスは変わっていない。しかし今回はこの男の感情にひどく魅入られたのさ。そして確信した。コイツさえいれば、僕の望みは間違いなく果たされる!』

「そうはいかないわ。大一は私たちの大切な仲間、あなたごときにやすやすと奪われてたまらないわ!」

『だったら、取り返して見せろ!』

 

 黒影は両腕から自身の影で手斧を生成する。計4本、全てを目の前のリアス達に向かって振り下ろした。大一の魔力による体の硬質化もあいまって、その威力はたやすくコンクリートの床を砕くほどであったが、全員がそれぞれに回避する。

 避けた矢先に仕掛けたのはアザゼルだ。指を鳴らすと複数の光の槍が彼の周りに現れ、一斉に黒影目掛けて襲い掛かる。堕天使総督の攻撃の威力は間違いないはずだが、手斧を使って正確にその攻撃を落とされていった。

 

「思った以上に浸食が早いな…。だったら、短期決戦で行かせてもらうぜ」

『やれるものならやってみろ、堕天使がァ!』

「よそ見は禁物だよ!『魔剣創造(ソード・バース)』!」

 

 祐斗の掛け声とともに、大量の魔剣が黒影の足元を襲う。アザゼルに気を取られていたためか完全に不意を突いた一撃であり、大量の魔剣が彼の下半身を貫通していた。

 

「乗っ取った相手の能力も使えるのがその神器の強み。大一さんの魔力によって体を固める能力は変幻自在のその体とは相性がいいだろうね。しかし一度刺されば、下手に体を固めるのはむしろ抜けづらくなる」

『この程度はダメージにもならねえさ』

「やっぱり油断だらけです」

 

 今度は祐斗に向けて振り降ろそうとした斧を持つ手がギャスパーによって止められる。そちらに気を取られた瞬間に、反対側から小猫の強烈な打撃により腕が一本引きちぎられた。

 

「いいぞ、攻撃の手を止めるな!」

 

 アザゼルの声が響く。「犠牲の黒影」の最大の武器はその手数であった。変幻自在かつ、いくらでも再生が可能なその特性はまともに相手にするには分が悪い。しかし完全に侵食する前であったら、馴染んでいないせいか再生する場所にも多大な意識を向ける必要があった。

 つまり各方面からの攻撃を絶やさないことで、その特性をある程度封じることが可能であった。

 黒影は失った腕を再生させるが、今度はリアスが脚部と反対側の腕2本に滅びの魔力を撃ち込み、態勢を崩させる。

 

『お、おのれ…!この程度で…』

「いまだ!」

 

 アザゼルの掛け声とともに巨大な魔法陣が黒影の下に展開される。展開させたのは朱乃で、彼女が別に動いていたのはなるべく黒影に邪魔されないためであった。

 

『堕天使が神器を抜き取る際に使うやつか。準備に時間がかかる上に、長い時間をかけないと取ることも不可能。正式な儀式の場でも無いのだから、これで僕が抜かれる道理は…』

「こっちには赤龍帝がついているんだぜ?やりな、イッセー!」

「了解!いきます、ブーステッド・ギア!」

 

 呼応するように一誠は朱乃に倍加の力を譲渡する。魔法陣の光はさらに強くなり、黒影も体は再生しながらも明らかにふらついた様子を見せていた。背中から杭のように尖った触手が朱乃を狙うが、それをゼノヴィアが守る様に一気に斬り伏せていく。

 圧倒的に押されている状況にも黒影は態度を変える様子は無かった。

 

『この程度でやられるほど僕は…』

「甘くないだろ。それはあくまでお前を弱らせる取っ掛かりに過ぎないのさ。俺がお前相手に長年何もしてこなかったと思うか?」

 

 アザゼルの笑いと共に、黒影はあることに気づく。いつの間にか一誠が彼の懐に飛び込んでいたのだ。その手には杭のような物を握りしめており、彼はそれを力いっぱい大一が取り込まれている付近に突き刺した。

 

『ぬぐおぉぉぉ!な、なんだ、この感覚は!?』

 

 これこそがアザゼルの話していた準備をするものであった。この神器が負の感情により強化されることを知ったアザゼルは、長年の研究で「犠牲の黒影」に特効を持つ武器を作り上げていた。その効果は癒しの力によって負の感情を浄化させ、黒影の力を限りなく弱らせるものであった。

 直前までアーシアが持ち癒しの力を流し込み続け、一誠がその力を倍加させることによりその効果は抜群であった。

 力強く押し込まれるほどに、黒影の中にある大一までの道のりは近づいていく。妨害しようと触手を出すも、リアスの滅びの魔力に打ち消され、祐斗やゼノヴィアに斬り落とされ、壊れた手すりの棒を小猫に突き刺され、ギャスパーに時間を止められてと、全員の妨害により狙うこともままならなかった。

 

「イッセー、押し込んで!大一を…大一をお願い!」

「もちろんです、部長!兄貴!帰ってきてくれ!」

『や、やめろぉ!!』

 

 黒影の瞳が恐怖におびえるのをよそに一誠は杭を押し込みぬいた。廃工場内を強力な魔力と絶望に満ちた声が響いていくのであった。

 




そろそろこの展開にもケリをつけようと思います。


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第36話 感情の方向

前回であっさり…とはいきません。
仮にもボスクラス、これくらいはやりますよ。


『なーんちゃって!』

 

 もう少しで兄が救える、そう思った瞬間に一誠の耳に届いたのは、数秒前まで大声で呻いていたはずの神器の声であった。嘲笑が込められた声と同時に掻き割れていったはずの黒い影はあっさりと再生され、一誠ごと杭をはじき返した。

 背中から落ちる一誠に、黒影は大きく拳を振りかぶった。

 

『まずひとり』

「イッセーくん!」

 

 一誠を狙った巨大な拳による一撃は、幸い祐斗が寸前のところで救出したため当たることは無かった。しかしその一撃は先ほどの斧の攻撃同様に強力で、この神器が弱まっているとは思えないものであった。

 この状況にリアスはアザゼルに問う。

 

「なにが起こっているの、アザゼル!?」

「なんだ、こりゃ…。いくらなんでも取り込むスピードが早すぎる。しかもこれほどの力、今まで見たこともねえぞ」

『アッハッハッハ!ちょっとでも希望があると感じたお前らは滑稽だよ。どうやらそっちの方が甘かったようだな』

 

 徐々に体を大きくさせる黒影は、攻撃を受けて失った体を再生させながら言葉を発する。

 

『アザゼルよ、お前は僕を理解しているようだったがそれは傲慢だ。力を直接感じ、お前以上に経験を積んでその特性を知る…自分のことは自分が一番わかっているのさ。

 たしかにお前の言う通り、僕は憑りつくことで暗い感情を増幅させる。それこそが僕を強くさせる。だがな、感情にも様々なものがある。怒り、悲しみ、恐怖…数え上げたらキリが無いだろうよ。そしてそれを向ける対象というのもまた様々だ』

 

 話を続ける黒影の体はどんどん肥大化していく。斬り落とされた腕を取り込み、床を覆いつくしかけるほどの範囲を土台としており、巨大な腕にさらに背中からも4本の腕が生えてくる。頭部からは鹿のような角が伸びており血走った目玉がリアス達を見下ろしていた。

 

『コイツはお前らのことを誰も恨んじゃいない。誰かに嫉妬しても、そんな感情を持ってしまった自分の弱さを、未熟さをさらに憎む。それこそ自分を殺したいほどにな。最悪の負の堂々巡りというわけさ。これほど自分のことを恨む奴は驚くほど珍しい。

 そして僕がもっとも強化されるのは、ただの恨みではなく己への恨み…だからこそコイツは僕にとって最高の相棒というわけなのさ』

 

 説明を終えた黒影はその拳を一斉に振る。天上、壁、床と建物全部へと与えた衝撃は、廃工場全体を轟音とともに崩していった。

 瓦礫の中からリアス達はふらつきながら立ち上がる。悪魔の耐久力から生きてはいたが、さすがに手痛い傷を負わされていた。

 

『さすがは魔王の妹とその眷属、この程度ではやられないよな』

「ふ、ふざけないで…!大一を…放しなさいッ!」

 

 血の流れる肩を抑えながらリアスは正面から滅びの魔力を撃ち出す。その規模は大きく、大きなテーブルくらいはあるだろう。しかし黒影はその大きな手で真正面から、その一撃を防ぎ切った。

 続いて禁手化した祐斗が聖魔剣で、ゼノヴィアがデュランダルでそれぞれ黒影の体に一太刀入れるが、斬り落とされるどころか傷も出来ていなかった。今度は小猫が近くの瓦礫を投げつけるも、そちらには見向きもせず当たった瓦礫が崩れるだけであった。

 

『いい防御力だ。魔力の流し方もだいぶ使えるようになってきたな』

 

 状況は最悪であった。黒影の力はどんどん強くなり、リアス達の攻撃をものともしない。廃工場の倒壊で大なり小なりダメージを受けており、アーシアの回復も間に合わない。そして何よりも大一を救う手だてが完全に断たれたのだ。

 

「くっそ、ここまで来たらあとは持ち主ごとやるしか…!」

「何言っているの!?そんなの私が許さないわ!」

「現実を見ろ、リアス!コイツの力はもはや留まることを知らねえ!コイツの思想は「禍の団」並みにイカレて───」

 

 アザゼルが言い終える前に、彼の立っていた場所を巨大な黒い影が通り過ぎる。一撃で吹き飛ばされてしまったのだ。

 

『あのアザゼルすらも一撃!しかもまだまだ力が湧いてくるのが分かる!最高だ!これで出来る!僕の長年の願いが叶えられる!ようやく僕はこの復讐を───』

 

 なにかを焼いたような音が声をかき消す。黒影が頭部の目玉がうなじ辺りに移動して攻撃を仕掛けてきた相手に視線を移す。

 そこには朱乃が腕を前に出している姿があった。手のひらから煙が出ており、彼女が攻撃したことを証明していた。

 

『コイツの記憶にあったバラキエルの娘とやらか』

「はあはあ…返してもらいますわ、彼を」

『そういえばお前との記憶もあったな。そのことにも大一は自分を責めていたぞ。力になれなかったと、少しでも信頼が揺るぎかけたと。なんとも情けない奴だよ。お前の力添えもコイツに届くことは無いのさ』

「黙りなさい!黙って…!」

 

 朱乃は手のひらから雷を撃ち込むが、その威力は想像以上に弱かった。仮にも長年あらゆる感情を糧としてきたこの神器からすれば、取り付いた相手の記憶を覗き込み、さらに相手の精神を追い詰める術を心得ていた。この場では大一を限りなくけなし、救う手だてもない事実を突きつけることこそ、適したやり方であった。

 そんな中、一誠が大きな声を上げる。

 

「いい加減にしやがれ!これ以上、兄貴を侮辱するなら俺が許さねえぞ!」

『今度は赤龍帝か。僕から言わせれば、お前こそがこの男を追い詰めた張本人だと思うがね。自分を捨ててまで鍛え上げる大一からすれば、特別な神器を持っていただけで認められるキミは恨みの対象だろうさ。おかげで僕は最高の感覚だけど。

 まあ、安心するがいいよ。大一はキミを恨んじゃいない。そんな感情を抱いた自分の弱さをさらに恨むのさ』

「兄貴は弱くない!仲間のためにどこまでも純粋に鍛え上げる兄貴が弱いものか!」

 

 一誠の啖呵に黒影は大きく笑う。侮蔑、嘲り、そして怒り…様々な感情が入り混じった狂乱の声であった。

 

『アッハッハッハ!やはりお前らは大一の本質をまったく理解していない!コイツが人のために頑張れる?違うね。コイツはどこまでも自分本位なのさ。仲間のために何もできない自分がとても不安だから、己を殺してでも強くなろうとする。どれだけ他の人間から認められようが、自分自身を認められないのさ!コイツが強くなろうとするのは、結局ただの自己満足、己の心の弱さを隠すためだ!』

「ふざけるな!兄貴の心は強い!」

『とっくに心なんぞ壊れている!』

 

────────────────────────────────────────────

 

 弟の声が遠くから聞こえる。なぜこんなにも遠くにしか聞こえないのかは分からなかったが、自分が置かれている状況に気づけばその理由も単純であった。

相変わらず、自分は弱い。もっと自分が強ければ仲間を傷つけずに済んだはずなのに。弟を悪魔に巻き込まなかったかもしれないのに。友の命が消えることは無かっただろうに。暗い感情と後悔が、自責の念となって押しつぶそうとしてくる。

 しかし終わりが見えているのだ。いつまでも続くと思っていたこの悪魔の道もようやく…。

 自分は何を考えているのだろうか。友の顔をしたはぐれ悪魔に錨を下ろしたあの日から、覚悟を決めていたはずではないか。逃げることで自分の弱さを認めるのが怖かったのに、最後の最後に逃げるなど言語道断だ。そして何よりも、自分がもっとも傷つけたくない人たちが苦しんでいるのを見過ごすことなどできない。

 そうなればやることはひとつであった。最後の最後まで、自分本位な罪滅ぼしをしようとするのに呆れすら感じる…。

 

 

 

「い…せい…!」

「兄貴!?」

『コイツ、まだしゃべる気力があったか』

 

 黒影の腹部から大一の頭がわずかに出てくる。その顔はうつろで、誰が見ても意識はもうろうとしていた。それでも最後とばかりに必死に言葉を繋いでいく。

 そんな兄を励ますように、一誠は呼びかけた。

 

「待ってろ、今助けるから!」

「さ…と…俺ごと…やれ…!」

「そんなことできるわけがねえだろ!」

「たま…兄の…言うこ…聞き…がれ…!」

 

 息も絶え絶えながら、最後の言葉を大一は紡ぐ。この瞬間だけは表情はうつろながらも、兄の眼に強い光が宿っているように見えた。一誠はそれが悲しかった。こんな絶望的かつ重い感情の中で、兄が最後に紡いだ言葉が自分を捨てるようなものであったことが。

 

『これで終わりだ。今度こそ完全に征服する。そして今こそ始めるんだ、僕の野望を!』

「兄貴ッ!」

 

 高笑いと共に、兄の頭部は再び黒影の中に取り込まれる。もはや彼の耳にはなにも聞こえない。ただ暗い感情に永遠に支配され続ける世界があるだけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 気が付くと黒影は不思議な空間にいた。自分が望む大一の自己嫌悪渦巻く感覚ではない。負の感情にまみれた暗いものでもない。暗いだけで何もない空間なのだ。

 奇妙なことに小さな影に目玉だけの姿となっていた神器は、困った様子であたりを見渡した。

 

『どこだ、ここは?僕はたしかにあいつの体と精神をものにした。だったら、これが大一の精神だというのか?』

(初めてだ…ようやく声が聞こえるくらいまで来たか)

 

 どこからともなく声が聞こえる。低く、それでいてすべてを圧倒するようなこの世のものとは思えないインパクトの残る声…。黒影はあたりを見回したが、周辺の暗さからは何も確認できなかった。

 だがその瞬間、黒影は急に押しつぶされるような感覚に襲われた。全ての自由が効かなくなり、影を伸ばすどころか思考すらもこの重さに潰れていくような感覚であった。

 そして再び、奇妙な声が彼を襲った。

 

(…違うな、お前じゃない。俺と繋がったのはお前じゃない)

『な、なんだ、お前は…!いったいこの力は…!』

(勝手に入ってくるんじゃねえよ)

 

────────────────────────────────────────────

 

『ぐおぉぉぉぉ!止めろぉ!僕は!僕の体が!』

 

 黒影は瞳を抑えながら、大きく苦しそうの咆哮を上げる。体を搔きむしるように腕を動かし、体をねじるように揺らすが、それらも溶けるように形を上手く形成できていなかった。

 必死に見えない脅威に抵抗するかのように動く黒影だが、その苦しさから胸のあたりに捕らえていた大一を吐き出した。すぐ下にいた一誠がその体をキャッチする。意識は無かったが、気絶しているだけで生きていた。

 

「よし、捕まえた!」

『返せぇ…!そいつは僕のものだ…!ようやく見つけたんだぁ…!あと少しで───』

 

 体が見る見るうちに崩れていく黒影は一誠と大一に形を成していない腕を伸ばす。懇願のように哀れな声は最後まで続かなかった。その眼に、巨大な光の槍が刺さっていたのだから。

 

『ア、 アザゼルゥ…!』

「もうお前に付き合ってられねえな。あばよ」

 

 復帰したアザゼルは大量の光の槍を黒影に撃ち込む。絶望と苦しみの声を上げながら、その神器の姿はこの場から消え去った。

 




次回あたりでこの章の締めとなります。
オリ主の心はどうなるのか。


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第37話 悪魔が認めるもの

これからオリ主がやっていくうえで、避けて通れないものとなっております。


 目を開ければ既視感のある天井が見える。体を起こせばこれまた見覚えのある和室に横たわっていたことに気づく。ここがどこかを考えようとしたが、酷い気怠さと吐き気で頭は回らなかった。

 長い夢を見ていたような感覚であった。どれくらいの時間が経ったのかも分からない。最後に覚えているのは、暗闇の中で一誠に何かを言ったこと。あれがどんなことだったのかも覚えていない。

 大一が思い出そうとした時、和室のふすまが開かれる。そこには朱乃が立っていた。髪は下ろしており、いつぞやの龍の気を散らす時のような白い服を着ている。そして彼女を見た瞬間、ここが朱乃の住む神社であることも理解した。

 

「目が覚めたのね」

「あ、ああ…。ところで俺はどうしてここに?」

 

 彼女の寂しそうな表情から、大一は何も読み取れなかった。考えてみれば、会談前の一件からしっかりと話していなかったので、彼女と面と向かうこと事態が久しぶりに感じた。

 朱乃はゆっくりと近づいて、彼の顔に触れる。

 

「ちゃんと説明するわ。でもまずは無事でよかった…!」

「お、おい、そこまで…!」

 

 目からボロボロと涙をこぼす彼女に、大一はあたふたと慌てる。事態の経過がわからない大一はただ唖然とするだけであった。

 間もなく、朱乃は落ち着いて目を拭う。いつもの大人びた雰囲気ではなく、年相応の少女に見えた。

 

「…そうね、落ち着かなきゃ。あのね、ここに来たのは…」

 

 朱乃の口から説明される経緯に、大一は血の気が引く想いであった。「犠牲の黒影」が自分を乗っ取ったこと、それにより仲間達を襲ったこと、自分の弱さが今回のような凶行を招いてしまったのだと、心底苦しい想いであった。今すぐにでも消えたい、自分を叩きのめしたい、そんな考えが渦巻いてくる。

 大一は務めて冷静な声で、朱乃に問う。

 

「他のみんなは?」

「それぞれ帰っているわ。場所が町はずれの廃工場だったから、こっちの方が近かったの。本格的に話し合うのは明日になるわ」

「…そうか。ごめん、俺のせいでみんなを傷つけた」

 

 悔しい、情けない、弱い…そんな想いが大一にのしかかる。あの時と同じだ。乗っ取られる前日にトレーニングしていた時の感情が、彼を再び悩ませる。この感情をあと何度味わうことになるのだろうか。それでも大一はざわつく感情を見せないように振舞っていた。

 そんな彼に、朱乃は嘆息する。

 

「ねえ、大一。ここにいるのは私達だけよ」

「…ん、そうだな。ここまで迷惑をかけてしまって…」

「迷惑じゃない…と言ってもあなたは自分を責めるのでしょう。だから…」

 

 朱乃は立ち上がり、大一の後ろに回ると体を密着させて抱きしめる。神社に呼ばれた時と同じ状況であったが、今度は彼女を振り払おうと素振りすら大一は見せなかった。そんな気力すらも無かったのかもしれない。

 

「大一はみんなには頼らせるのに、自分が頼ることは無いの?」

「後輩たちの前で弱い姿を見せるわけにいかないし、主であるリアスさんはなおさらだ」

「私は?」

「同じだよ。俺はあなたにはそういう姿を見せたくない。一番信頼する仲間だし、俺が悪魔になった経緯を知っているし…」

「つまりあなたの言う弱い姿を見ているのよ。どれだけ辛くて重い責任感を背負っていたかだってわかるわ」

 

 彼女の言葉が、大一には辛かった。同時に心に熱いものが湧いてくるのがわかる。これ以上、優しくされれば、理解を示されれば、自分の覚悟が揺らぐ。

 そして大一の耳に、朱乃の涙声が響く。

 

「我慢している姿を見るのは辛いから…大一が誰かを救えなくて苦しむのと同じように、私もあなたの押しつぶされそうな姿を見ているのが苦しいから…」

 

 なんとなくだが、彼女の家に招かれた理由が大一にはわかった。自分の狭量なプライドを少しでも崩せるとしたら、信頼があり、悪魔になった時の必死な姿を知り、その後の努力を知る朱乃しかいないだろう。そして大一は知らなかったが、朱乃自身もそういった信頼があったからこそ、自分から彼をこの神社に招いたのであった。

 その目論みは当たっていた。信頼する仲間に涙ながらの言葉は、大一の暗く静かな部屋の扉をわずかに開いたのだから。

 

「ここにいるのはあなたと私だけ。そして今の私からは顔は見えないわ」

「…涙は流さないぞ」

「それでもいいの。しばらくはこうしているね」

「…はぁ…辛えな…」

 

 ようやく漏れ出た彼の言葉は、いつもひとりで背負い込んでいた自負と暗い感情が表に現れたものであった。小さな一言であったが、朱乃はようやく仲間から素直な弱音を聞けたことに安心するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日の昼休み、オカルト研究部の部室で大一は皆に向かって頭を下げる。顧問であるアザゼル含めて全員が集まっており、その行く末を見守っていた。

 

「今回のことは俺の過失です。いかなる処分も受けます」

 

 言い訳などするつもりは無い。間違いなく自分の落ち度だ。どんな非難も浴びるし、己の弱さをさらそうとも受け入れるつもりであった。

 しかしリアスは静かに、優しい声で大一に話しかける。

 

「大一、顔を上げて。今回の一件で私はあなたに責任を追及するつもりは無いわ。そもそも不慮の事故のようなものなんだから」

「それでも俺が仲間に手を上げたのは事実です。俺の弱さがこの事態を招いたんですから」

「ねえ、教えて。あなたは自分をどう思っているの?」

 

 一瞬、言葉が詰まりかけたが、大一の口から言葉が紡がれる。

 

「俺は決して強くありません。特別なものはなにひとつ持っていない。修行もまだ甘いし、仲間の力になることが出来ていない。そのくせ、醜くも嫉妬すらしてしまう…情けない男です」

 

 それが彼自身の評価であった。どれだけ鍛えても、どれだけ学んでも、自分は甘いのだろう。結果を出せず、無力な自分を何度も呪った。とっくに自分を信じられなくなっていた。少し前なら仲間たちの前でこんなことを話すのもあり得なかっただろうが。

 彼の言葉に一誠、アーシア、ギャスパーはなにか言いたげに体を動かすし、祐斗は何かを考えるかのように目を閉じる。小猫とゼノヴィアは腑に落ちないように目を細めるし、朱乃は何かを訴えかけるかのようにリアスを見た。

 そのリアスは表情を変えなかった。悲哀が映るその顔を向けると、彼女はよく響く声でハッキリと言葉にする。

 

「大一、よく聞いてちょうだい。私にとって、あなたは頼れる眷属、信頼できる仲間よ。だからこそ私はあなたに伝えるわ。

 あなたの価値をあなたが勝手に決めないで欲しいの。どれだけあなたが自分を認められなくても、私は知っている。みんなのために尽くそうとしてきたその努力を」

「…しかし俺は何も出来ない。結果を残せない。そんな俺だから…」

「そんなあなただから、私達は信頼している。その強みは目に見えるものじゃない。あなた自身の生き様よ」

「俺は…俺には…」

 

 大一は必死に声を振り絞る。悪魔になってから3年以上、責任を持ち続けることに苦悩していた。そして彼自身もどこかでは気づいていた。これがいつまでも持つはずがない、間違ったやり方であることなど、とっくの前から気づいていたはずなのだ。しかし己が培ってきてしまった意地と、元来の自信の無さが引き戻せなくなっていた。

 リアスも彼がそれほど苦労してきたのは知っていた。それでも自分を認められない彼を救うには、大一自身が己を肯定し、許すことだと考えていた。そして彼女に出来ることは、その難題を正面から少しでも背負い込むのを手伝うことだけだと。

 

「あのさ、兄貴!俺は少なくとも兄貴はスゴい奴だって知っているぜ!だからそんなこと言わないでくれよ!」

「イッセーくん、少なくともは酷いな。僕だって先輩を尊敬しているし、大一さんの強さは分かっているよ」

「…なんならイッセー先輩よりも知っています」

「私はその強さを学びたいな。先輩、また模擬戦をやろう。頼りにしているぞ」

「私はお兄さんから色んなことを教えて欲しいです。イッセーさんのことだけじゃなく、悪魔としてのことや大切な心構えとか」

「ぼ、僕はもっと先輩とお話したいです…まだ先輩の知らないこといっぱいありますし…」

「あらあら、大一ったら人気者ですわ。それくらいのこと、やってきましたもの。ね、部長?」

「そういうこと。つまりあなたの価値を本当に理解しているのよ、ここにいる仲間たちは」

 

 どうしてここまで自分を認めてくれるのだろうか。どうして傷つけたのに受け入れてくれるのか、どうして…どうして…。心の中に熱いものがこみ上げてくる。とても苦しく、同時に自分がもっとも望んでいた感情でもあった。

 

「すみません、ちょっとだけ席を外します」

「あ、兄貴…」

 

 呼吸も荒く、顔を抑えるように大一は部室から出ていく。それを一誠は追おうとしたが、それを阻止するようにアザゼルに肩を掴まれた。

 

「行かせてやれ。自分が変わっても見せたくないものなんざ、男にはいくらでもあるんだ。まあ、大丈夫だろうよ」

 

 その言葉通り、人目のつかない階段の影で大一は声も上げずに静かに涙を流していた。とめどなく溢れてくるその涙に苦しみは無く、彼の胸の中は熱くさせるもので満たされていた。この時、大一は初めて自分を認めることが出来たのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 生島はテーブルを拭きながら、大きくあくびをする。店を閉まってまだ30分しか経っていないが、とてつもない眠気であった。さっさと終わらせて休もうと考えていると、電話音が鳴る。この眠気で、この夜中、それなりに温厚な彼も苛立ってしまった。しかし店の固定電話でもなく、自身の携帯電話でもない。まさか、と思い立った彼は私物が入っている戸棚から小さな紙を引っ張り出す。そこには魔法陣が記されており、生島が触れるとそこからは半透明の生物の半身が映し出された。

 

「お久しぶりです、生島殿。急な連絡、申し訳ありません」

「炎駒さん、ご連絡なら事前に大一ちゃんに知らせるなりして教えてくださいな。なにかあったのかしら?」

「大一殿の件で、お耳に入れたいことが」

 

 炎駒はリアスから聞いた2日間で起こった事件の詳細を説明した。生島の表情は浮かなかったが、結末まで聞き終えるとゆっくりとタバコに火をふかし始めた。

 

「とにかく大一ちゃんは無事なんですね。それだけわかれば十分」

「まことに申し訳ありません。私も先ほど教えてもらったことでして。ただ姫様のお話だと、ようやく自分の荷を下ろすことが出来たようです」

「だったら、まずは彼を大切にしてあげてください。大一ちゃんはもっと救われても良いはずです」

 

 生島の強い声に、炎駒は目を丸くする。彼の言動に心から感心しているのがわかった。

 

「…本当に強いお方だ。自分の息子が殺されているのに、一緒にいた少年を悪魔になったら契約相手にするなど」

「あら、だって大一ちゃんを恨むのはお門違いですよ。悪いのはそのはぐれ悪魔なんだから」

「まだバレていませんかな?」

「一緒に襲われた子どもの父親が私であることを?あの子は私のこと、徹底的に隠していたから苗字が同じだけで知らないと思いますよ。

…私ね、嬉しかったんですよ。私のような父親を持ったからいろいろ悩んでいた息子が友達と呼べる人がいたことを。あの子が死んだ息子のことを本当に友達だと思ってくれていたことを。妻も息子も亡くした身としては、彼が幸せに生きることだけが望みですね」

「…やはりあなたは強い」

「男と女の両方を知っているもの。そりゃ、強いですよ」

「今後とも私の弟子をお願いします」

「お互いさまに」

 

 15分も経たない会話であった。生島はタバコの煙をしっかりと味わう。もはや人間では自分しか覚えていない息子と、悪魔として生きる息子分を思うと、不思議とタバコの味が美味く感じた。

 




オリ主の過去と秘密に触れましたし、暫定的ではありますがヒロインも決めました。一皮むけたオリ主の頑張りにご期待ください。
ということで、次回から5巻のスタートです。


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冥界合宿のヘルキャット
第38話 生活の変化


今回から5巻スタートです。まずは基盤固めから。


 大一は気づくと黒い世界に立っていた。締め付けられるような、重くのしかかるような苦しい感覚…3年も付き合っているこの悪夢は今もなお彼のことを悩ませていた。そんな彼に出来ることはただ耐えるだけ。覚悟を決めて身構えるも…

 

(今度こそ、俺と繋がったやつだな…)

 

 どこからともなく声が聞こえる。低く無骨な印象であったが、全身を圧倒するかのような凄みが感じられる不思議な声であった。こんなことは今まで無かった。この悪夢に別のなにかが入ってきたということだろうか。

 大一は声を出そうとするも体の自由が効かず、もがくだけであった。

 

(早く俺を見つけてくれ。ようやく出来た初めての…)

 

────────────────────────────────────────────

 

「大一!大一、起きて!」

「うおっ!えっ!?なんだ?ここは!?」

「あなたの部屋よ。大丈夫だから」

 

 飛び起きた大一に、朱乃が慰めるように声をかける。薄い着物という珍しい寝間着姿で、その顔は心配に満ちていた。

 

「とてもうなされていたわ。悪夢がここまでひどかったなんて知らなかった…」

「いや、今回のは特別だ。いつものものとはまるで違う…誰かが俺を呼んでいたんだ」

「誰かって?」

「わからない…ただ声が聞こえたんだ…」

「お水、持ってくるわ」

 

 朱乃はせかせかと大一の部屋を出ていく。ひとり残った彼は布団を取り上げ、ベッドに座り込む。体から滝のように流れるイヤな汗、思考を邪魔する吐き気と頭痛、最悪なコンディションが彼を襲っていた。だがそんな状態でも、彼は考えを巡らせる。

 あの声…聞き覚えがあった。つい最近「犠牲の黒影」に乗っ取られ完全に意識を失う直前、遠くなりながらもあの威圧的な声が聞こえたのだ。

 不気味以外のなにものでもない。しかしこの声が彼にとって特別なものなのは疑いようもなかった。白龍皇以外の手がかりが見つかったのだ。どうにかしてこの声相手にコンタクトを取る必要性を感じた。

 大一は大きく息を吐く。頭の中に入り込む空気が彼の眼を冴えさせた。それにしてもあの場で、朱乃に起こしてもらったのは彼としても助かっていた。起きなければ冷静に考えることも出来なかったのだから。

 

「…ん?なんであの人が俺の部屋にいるんだ?」

 

 口からポロリと疑問が出る。終業式の日に、朱乃とゼノヴィアの2人までもが兵藤家に転がり込むことになったので、同じ家にいるのは分かる。しかし時刻は深夜の3時過ぎ、寝ているはずの彼女が自分の部屋にいるのはどう考えてもあり得ないことであった。

 そしてこの考えが出ることで落ち着きを取り戻し始めた大一は明らかに部屋の様子がおかしいことに気づき始める。部屋は倍以上に広いし、その部屋に見劣りしない巨大な本棚やテーブルが置かれている。どう見ても自分の部屋とはかけ離れていた。いよいよ自分の残っていた人間らしい生活の場にも、悪魔が入り込んできたことに気づいた大一は呆れたようにため息をつくのであった。

 

「いやー、リフォームしたんだよ。父さんも朝起きてビックリだ。寝ている間にリフォームできるんだな」

「リアスさんのお父様がね、建築関連のお仕事もされているそうで、モデルハウスの一環でここを無料でリフォームしてくれるっておっしゃったのよ」

 

 朝食時、両親が笑顔で事の経緯を説明するが、それに納得する大一と一誠ではなかった。悪魔の事情を知らないはずの2人がこんな無茶苦茶な話を喜んで引き受けたのには、さすがに彼らも懐疑的であった。悪魔の常識もおかしいが、自分らの両親も大概だと思ってしまう。

 6階に地下3階、あらゆる部屋とそれに見合った広さ、もはや大一の知る兵藤家はこの世にないことを彼は実感するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「冥界に帰る!?」

 

朝食後、オカルト研究部の全員が一誠の部屋に集まっている中、彼の素っ頓狂な声が聞こえる。部屋がすっかり広くなっていたため、響くほどではなかったが。

 

「夏休みだし、故郷へ帰るの。毎年の事なのよ。どうしたの、イッセー。涙目よ?」

「うぅ、部長が冥界に帰ると突然言い出したから、俺を置いて帰っちゃうのかと思いましたよぉ…」

「まったく、そんなことあるわけじゃないでしょう?あなたと私はこれから百年、千年単位で付き合うのだから、安心しなさい。あなたを置いてなんかいかないわ」

 

 涙を流す一誠に、リアスが頬を優しくなでるのを見ながら、大一はため息をつく。ついこの間まで、こんな弟に嫉妬したり、比べて自分を否定していたと思うと、あんなに悩んでいた自分がくだらなく思えてしまうのだ。

 今回のリアスの帰省は特別なことではない。眷属を連れての帰省は毎年の恒例であった。アーシアやゼノヴィアが初めての冥界に緊張ながらも心を躍らせる中、一誠は大一の方を不思議そうに見る。

 

「え!?じゃあ、兄貴も冥界に行っていたのか!?」

「まあな。わざわざ記憶操作をしてもらっていたから、お前が気づかないのも無理はない」

「うっわ、なんかショックだぜ。兄貴が俺の知らないことを知っているのが」

「…お前も俺に辛辣なこと多いからな」

「あー、でも、俺、夏休みやりたいことあったんですけどねぇ」

 

 大一の言葉をスルーしながら、一誠は自分の想いを口にする。なんでも今年の夏こそ、彼女を作ってエロい妄想を現実のものとしたかったらしい。それにあたり、プールや海に行くことを計画していた。

 しかしリアスが冥界に大きな湖、さらに彼女の自宅にプールや温泉があると聞くと、一転してやる気を見せていた。

 

「じゃあ、イッセー。冥界で私とデートしましょう。デートするだけの時間があればいいのだけれど…」

「部長ォォォォッ!行きます!全力でついていきます!」

「バカだ。俺の弟はバカの極みだ…」

「あらあら、イッセーくんったら張り切っちゃって。私達はどうしましょうかしら。同じようにデートでもしてみる?」

「俺に聞くなよ。どうせ俺は例によって病院で検査だし…。まあ、時間あったら付き合う」

 

 朱乃がからかうように隣に座っていた大一に聞くと、彼は気恥ずかしそうに顔を背けながら答える。あまりにも意外な行動に朱乃どころか、部屋にいる全員が大一に注目した。むしろ彼自身も、自分の行動にひどく驚いていた。先日の一件から、大一が朱乃に抱く感情はこれまでとは異なったものになっていたのは間違いなかった。同時にその感情をあっさりと表に出しかけた自分自身に、どこか隙を感じてしまう。

 

「ウソでしょ、あなた達…!いつの間にそこまで…!」

「いや、そんな関係じゃないですよ!誘われたからってだけですって!」

「ぬああああ!兄貴が朱乃さんととか死にたくなるゥゥゥ!」

「よく本人の前でそんなこと言えたな、バカ弟!だからそういう関係じゃねえよ!」

「お、お兄さん!私、胸がいっぱいで…!」

「やめろ、アーシア!泣くな!祈るな!」

「俺も冥界に行くぜ」

「あんたは空気を読まないな、おい!っていつの間に来た、アザゼル!?」

 

 いきなり気配もなく登場したアザゼルに全員が気を取られる。おかげで妙なリアクションにツッコミを入れる必要は無くなった。そんな彼らのことを意に介さず、アザゼルは懐からメモ帳を取り出す。

 

「冥界でのスケジュールは…リアスの里帰りと、現当主に眷属悪魔の紹介。あと新鋭若手悪魔達の会合、それとあっちでお前らの修業だ。俺は主に修業に付き合う訳だがな。お前らがグレモリー家にいる間、俺はサーゼクス達と会合か、ったく、面倒くさいもんだ」

 

 スケジュールを確認したアザゼルは嘆息する。こんな男でも堕天使達からの尊敬と信頼はとてつもなく、指導者としてもその手腕は間違いないのだから大一としては反応に困った。

 グレモリー眷属にアザゼルも加えたメンバーが冥界に行くことに決まった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 出発の日、彼らは最寄りの駅にいた。そこからリアスと朱乃、そしてここ数か月で悪魔になった一誠、アーシア、ゼノヴィアが先にエレベーターで降りていく。このエレベーターが冥界行きのための駅に繋がっていた。実際、人間の世界には目に見えないほど多くの冥界への入り口があるらしい。

 一誠達が先に降りて行ったのを確認すると、アザゼルが大一に耳打ちする。

 

「今ならリアスや朱乃の邪魔も入らねえな。よし、大一。お前の病院の検査結果と錨をあとで見せてくれ」

「なんです、藪から棒に?だいたいあなたが興味あるのは神器でしょう」

 

 不信感を隠そうともせずに、大一はアザゼルを見る。自分の力が神器じゃないことを、大一はリアスから聞いていた。アザゼルの説明だけでは、さらに自分の能力に特別性が見いだせなくなっていたため、当の本人からこんな言葉を聞いてもいい気分ではなかった。

 間もなくエレベーターに乗り込んだ彼らだが、アザゼルは話を続ける。

 

「お前が『犠牲の黒影』から解放されたあの時…どうも俺は腑に落ちないんだ。あの神器の研究が足りなかったのは事実だが、より強化されたはずのあいつの支配から抜けたお前の命があったばかりか、なんの後遺症も残っていないように見えるのは驚きだ。俺として、お前が助かったのは黒影自身がお前を吐き出したからだと思うんだ」

「あれは俺を乗っ取ろうとしたのに、どうして吐き出すんです?」

「それがわからねえんだ。あいつに打ち勝つには奴に勝るほどの正の感情を持つか、または乗っ取りも効かないような鋼のメンタルや力で打ち破るかのどちらかしかない。かと言って、お前はどっちも持っているように見えねえしな」

「本当に歯に衣着せないな、あなた…」

「才能無い奴に、嘘でも言う方が残酷だろうよ。特にお前みたいな奴には。いや、そんなことはどうでもいい。つまり俺はそのアンクに見落としたものがある気がするんだよ」

 

 エレベーターは止まり、眼前にはだだっ広い空間が広がる。その広さはいつも利用している最寄り駅とは比べ物にならなかった。それでもアザゼルは話を止めない。

 

「出来ることならコカビエルの研究が手に入れば良かったんだがな…」

「総督なのに管理していなかったんですか?」

「俺が持っているのは1度だけあいつと一緒に研究した時のものだ。その後も何度かあいつは見つけて調べていたらしいが、あいつにしては珍しくひとりで事を進めていたんだよな。とにかく今の俺は持っていない。だから───」

「お話はもっと早くやめた方が良かったと思いますよ」

 

 アザゼルの言葉を遮るように祐斗が口を挟む。視線は向けず、先の方を見ていた。

 

「おいおい、木場。これは重要な話だぜ?」

「もちろんわかっています。だからこそ、邪魔が入らないようなタイミングを狙ったんでしょうけど、もう着きましたよ。つまり…」

「アザゼル先生、何をしていらっしゃるのかしら?」

 

 威圧するような笑顔で、アザゼルに話しかける。アザゼルへの不満が露骨に表れていた。

 

「いやいや、男同士の会話ってやつだ。気にするな」

「彼への無理強いは看過しません。大一、行きましょう」

「ああ、うん…」

 

 大一の手を取ると朱乃はグイグイと前に行き、前方の一誠達に合流する。残ったアザゼルは頭を掻きながら、親友の娘の後ろ姿に視線を向けていた。

 

「やっぱりあいつ、俺に当たりが強いぜ」

「堕天使の件だけでなく、神器に乗っ取られた時に大一さんごとどうのこうのって言っていたのも引きずっているんでしょうね」

 

 それぞれが思う中、グレモリー家所有の列車に一行は乗り込み、いざ冥界へと向かうのであった。

 




ヒロイン決めたことでそっちの描写も考えなくちゃ、とか思いつつ書くのを進めていきます。


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第39話 常識の違い

しばらくは大きく話が動くことは無さそうです。
しかしオリ主の心労はまだ続きます。


 全員がグレモリー家の所有する列車に乗り込むと、冥界に向けて出発した。冥界までは約1時間、主であるリアスのみ前の車両へと移り眷属は各々座席へと座る。これが正規の入国であり、初めての場合はこのルートを使わなければならなかった。一誠はすでに魔法陣で一度入国しているが、そこは魔王の権力。裏魔法陣を使っていたため、特例ということで許されたようだ。

 大一は基本的に車内では寝ている(実際は20分程度で起きてしまうことがほとんど)が、この日に限っては対面に座る一誠やアーシアの質問の連続で、それすらもかなわなかった。やはり初めて冥界に行くとなれば、気になることも多いのだろう。

 

「冥界か…どうもイメージが湧かないな」

「お前の反応はある意味正解だと思うよ」

「うふふ、良いところですわ。ましてやグレモリー家となれば、冥界きっての名家ですもの。待遇は間違いありません」

「そのぶん責任も伴う。前にライザー様が言っていたが、俺らの振る舞いがより求められることになるんだ」

 

 大一の言葉に、一誠やアーシアは緊張した表情を見せる。グレモリー眷属での彼の努力を見れば、この言葉は2人にプレッシャーをかけるだろう。大一もそこまで負担をかけようとは思っていなかったが、同時に多少の覚悟は必要だと思っていた。この辺りの認識の違いは、悪魔になった長さの違いだろうか。

 

「…行く前にプレッシャーかけないでくれよ」

「し、心配になってきました」

「あらあら、大一ったら怖がらせちゃって。大丈夫ですわ、その辺りはおいおい覚えていけば」

「悪い、そこまで負担にさせるつもりは…。まあ、いざとなったら俺らもサポートするから」

 

 大一は安心させるように一誠の腕を軽く叩く。ごく自然に、かつ心に余裕を持って振舞えているのが自分でも分かった。

 

「初めて見ましたわ、大一のお兄さんらしいところ」

「今まではそんなこと無かったって言いたげだな」

「あら、そんなことありませんわ。大一は頼りがいあって、責任感ありますもの」

「…すごい皮肉っぽい言い方だな」

「どうかしら?」

 

 茶々を入れられた大一は反論するが、朱乃は気にせずにいたずらっぽい余裕の笑みを見せる。このやり取りにどこか懐かしさを感じる彼であったが、対面に座る2人の後輩はまた違った表情であった。一誠は訝しんでいるようなもので、アーシアはどこかワクワクしていた。

 先輩2人のやり取りに、アーシアが口を出す。

 

「あの朱乃さんとお兄さんの関係って、いつからそうなったんですか?」

「私達、どこか変わっているかしら?」

「とても仲が良いというか、親友なんだけどそれ以上にお互いに信頼しているというか…」

「言っても、朱乃さんの方が俺よりも悪魔としてはるかに先輩だぞ。信頼だったら俺よりもリアスさんの方が上だ」

「そうじゃないんです!私が言いたいのは!ああ!言葉に出来ません!」

 

 体と腕を揺らしながら、アーシアはもどかしそうに言う。彼女なりに頭の中で思い描いているものがあるのだろうが、それを正確に言い表せずにやきもきしていた。表情は活き活きとしているのだが。

 そんなアーシアの様子を見て、大一はなんとなく彼女の言いたいことを察した。2人の関係性に憧れのようなものを見出したのだろう。同じような立場で、互いに気兼ねなく接する、友情と愛情が混在した心の隙を見せあえる関係だ。

 とはいえ、アーシアは夢見がちじゃないかとも彼は思った。最初に悪魔になった時は毛嫌いとまではいかなかったが、大一は朱乃との距離感をまったく掴めなかった。いまだに同じことを思う時があったり、彼女を呼び捨てにしないのは、最初の頃に根付いた感情が起因している。要するに、アーシアが期待するような男女の関係では無いのだ。もっとも大一としては先日の一件もあってか、朱乃に対しての好意が膨れ上がっておりそれを本人も自覚していたのだが。

 そして朱乃はそんなアーシアを見て目の奥を光らせる。優しさとからかいを兼ね備えた彼女らしい反応であった。

 

「あらあら、アーシアちゃんったら。大丈夫よ、いっぱい教えてあげますわ。男の人の扱い方についてもね」

「誤解されるぞ、その言い方…」

「お、お願いします!」

 

 朱乃がアーシアに耳打ちをする一方で、一誠は頭を掻きながら本音を漏らす。

 

「…やっぱり腑に堕ちねえ!兄貴がそんなタイプなのが!」

「お前にだけは言われたくないわ!」

 

 弟の言葉に大一も反論する。彼からすれば、毎日のようにリアスとアーシアから好意を向けられている姿や、弟が煮え切らない態度を見せつけられていたため、一誠の言葉はただの嫌みにしか捉えられなかった。

 女性陣は秘密話、男兄弟は口喧嘩と対照的な盛り上がりの中で、リアスが目を丸くさせたように顔をのぞかせる。後ろには車掌姿の初老の男性が立っていた。

 

「ずいぶんと盛り上がっているけど、一度やめてもらってもいいかしら」

「初めまして、姫の新たな眷属の皆さん。私はこのグレモリー専用列車の車掌をしているレイナルドと申します。以後、お見知りおきを」

 

 レイナルドの自己紹介に併せて、一誠、アーシア、ゼノヴィアもそれぞれ自己紹介をする。そして本人かどうかを照らし合わせるための機械を持って、正式な入国手続きを終わらせていった。

 そして約40分後、彼らはついに冥界へと到着するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『リアスお嬢様、お帰りなさいませっ!』

 

 サーゼクスに会うためにそのまま列車に乗っていたアザゼルを除いたメンバーが列車を降りると、多くの人物がリアスの帰りを祝った。花火が上がり、兵隊たちは銃を空に向けて放ち、楽隊が壮大に音を奏でる。なにも知らない者から見れば、国王陛下でも現れたのかと思うだろう。

 そんな中、グレイフィアもリアス達を出迎える。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。お早いお着きでしたね。道中、ご無事で何よりです。さあ、眷属の皆さまも馬車へお乗りください。本邸までこれで移動しますので」

 

 一行は馬車に乗ると、目的地の城へと向かった。豪華絢爛なとてつもない大きさの城はグレモリー家の本邸とのことであったが、他にもあるとのことだ。

 一行が到着して城の門が開かれると、いの一番にリアスを歓迎したのが小さな男の子であった。

 

「リアス姉さま!おかえりなさい!」

「ミリキャス!ただいま。大きくなったわね」

「あ、あの、部長。この子は?」

「この子はミリキャス・グレモリー。お兄様…サーゼクス・ルシファー様の子どもなの。私の甥ということになるわね」

 

 ミリキャスの出迎えの次に現れたのは、リアスの母親であった。これまた彼女の姉と言われても通用するような容姿で、その美貌から一誠もデレデレであった。そんな弟の姿に列車の中での言葉がどこまで身に入っているのかが、不安になる大一であったが、リアスがツッコミがてら頬を引っ張っていたのを見て、溜飲が下がる気分であった。

 

「初めまして、私はリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーですわ。よろしくね、兵藤一誠くん」

 

 数時間後、ダイニングルームで夕食会が開かれた。ごちそうの数々、それらがすべて収まるほどの大きなテーブル、そんなテーブルに見劣りしないきらびやかな部屋の内装とグレモリー家がいかに名家なのかを納得させられるものの連続だ。

 フォークとナイフを丁寧に扱いながら、大一はちらりと一誠やアーシア、ゼノヴィアに視線を向ける。現実とかけ離れた豪華さの連続、彼らにフォローするべきかを考えていた。実際のところ、教会2人組はそれなりに形になった行動が取れている。そうなれば問題は弟か…などと大一が考えを巡らせていると、リアスの父であるジオティクス・グレモリーが兵藤兄弟に話しかける。

 

「ところで大一くん、一誠くん、ご両親はお変わりないかな?」

「ええ、2人とも元気に過ごしていますよ」

「は、はい!リアス様の故郷に行くと言ったらお土産を期待するほどです!あ、あんなに立派な家にリフォームしていただいた上でそんなこと言ってくるなんて、本当、わがままな親で…アハハ」

 

 一誠の言葉に、大一は素早く警告の視線を向ける。上級悪魔の常識を相手に不用意な発言がとんでもない結果を招きかねないことを、彼はこの数年でしっかり学んでいたからだ。

 しかしすでにジオティクスは執事相手に、土産として城ひとつを手配しようとしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!そ、そこまでのお土産はちょ、ちょっとスケール違いというか!」

「ジオティクス様、我々の文明では城はお土産とはまた違うものでして…」

「あなた、日本は領土が狭いのですから、平民が城を持つなんて不可能ですわ」

 

 一誠が慌て、大一が言葉を選んでいる中、ヴェネラナの静止によりなんとかジオティクスを思いとどまらせることが出来た。まだ悪魔として学ぶことが多い弟に対して、大一は口パクで黙っているように指示をしたが、彼の祈りとは裏腹にジオティクスは一誠に話を続ける。

 

「兵藤一誠くん。今日から、私のことをお義父さんと呼んでもかまわない」

「あなた、性急ですわ。まずは順序というものがあるでしょう?」

「う、うむ。しかしだな、紅と赤なのだ。めでたいではないか」

「あなた、浮かれるのはまだ早い、ということですわ」

 

 グレモリー夫婦の言葉に、大一は気まずい気持ちで水を飲む。もはや隠すつもりは無いのだろう。グレモリー家はリアスと一誠を婚約させるつもりだ。しかもその後も続く会話からして、リアスの気持ちをわかった上で外堀を埋めている。やはり先日のライザーとの婚約の解消が大きく響いているようだ。伝説のドラゴンを使って解消させた、という噂まで広がっているとのことだが、ほとんど間違っていないのが何とも大一には何とも言えない気持ちにさせた。

 家でさんざん弟がリアスから好意を向けられていたり、両親がそのことを全面的に肯定しているのを目の当たりにしてきた大一でも、目の前で繰り広げられるグレモリー家の会話にはあまり耳に入れたくないような感情を抱かせた。

 しかしそれ以上に彼が辟易したのは、ここまで匂わせてハッキリと明言までされているような状況でありながら、当の本人である一誠がポカンとした理解できていない表情をしていることであった。

 




実際、身内でこんな状況を何度も目の当たりにしていたら、イライラが凄そうなイメージです。


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第40話 期待の悪魔

主人公の立ち振る舞いがなんも変わってないな、と思いながら書くことが増えてきました。


「検査は終わりです。お疲れさまでした」

 

 医師の声が大一の耳に届く。いつもとは違って青い検査着を着用しており、筋肉質な胸がはだけていた。

 大一は現在、冥界の都市にある病院で検査を受けていた。グレモリー家からはかなり離れており、その都市で将来有望な若手悪魔同士の交流が開かれるとのことであった。彼は早めに来ており、後から来るリアス達と合流する予定であった。ちなみにリアス達は彼女の城内観光、一誠は悪魔としての振る舞いや知識を叩きこまれていた。

 悪魔とはいえ、パッと見て人間界で使うものとそこまで違いはないように見えた。全身を撮るような機械はあるし、医師から最近の生活や状態を聞かれたり…しかし悪魔だけあってか体だけでなく魔力や他の力についても調べられた。

 

「眠れていないことで、健康はたしかに損なわれていますね」

 

 制服に着替えて座る大一に、対面する医師は答える。すぐに結果が出るのも、医療技術が進んでいるから…というよりも炎駒が特別な病院を選んでくれただけだ。当時、時間が少しでも惜しい上に、早く手を打ちたい大一のために腕の良さと即日性を考慮した病院を彼が選んでくれた。支払いについても炎駒が全て持ってくれている。

 こんな至れり尽くせりの状況であったが、大一自身はあまり期待していなかった。毎年の夏に検査して今回で4回目だ。薬や魔力を流した治療などもあったが、この不眠と奇妙な夢が解消されることは無かった。しかも今回は不意に襲ってくる頭痛や夢での幻聴までセットだ。余計にわからないことが増えるような気がしていた。いっそのこと、この場で眠り込んで例の夢を見たり、唐突に頭痛でも起こればわかることもあったかもしれないが。

 

「今回はこれまでの3回と違って、大きな変化は確かにありました。白龍皇と会った時に起こった頭痛に幻聴、実は神器ではなかったあなたの力、『犠牲の黒影』に取り込まれた…こう見るとずいぶん色んなことがありましたね。リアス・グレモリー様もいよいよ名を上げることになりそうですし、日常生活でもストレスが多いのでは?」

「まあ…そうですね」

 

 ストレスと言われた時に、日ごろの肩身の狭い生活を思い出したがそこに言及しようとは思わなかった。

 医師はペンで頭を掻きながら迷った様子を見せていたが、しばらくして申し訳なさそうに大一に話を切り出す。

 

「大一さん、おそらくあなたもわかっているでしょうが…」

「特別、変わったところは無いということでしょう」

「その通りです。眠れていないことで、血圧などの体的な負担は見られますが、それ以上のことはありません。むしろその割には健康的な方とも思えますね。そこでひとつ気がかりなのは、あなたの神器…じゃなかった『生命(アンク)』と呼ばれるものですね」

「あれになにが…?」

「どうもこれがあなたの回復力を高めているのは間違いないですね。全身に魔力や生命力を行きわたらせている。悪魔の回復力とは別にあるような存在ですね。なんとも奇怪なものですよ」

 

 医師の言葉に大一は疑問を感じながら、検査を終える。結果は後日グレモリー宅に送ってもらうこととして、集合場所へと向かうのであった。とにかく今の願いは、突発的な頭痛が会合の場で起きないことを祈るだけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 予定通り、建物で合流した大一はすっかり疲れた様子の仲間数人を見て驚いた。会場へと向かうエレベーター内で話を聞けば、ここに来るまでに多くのリアスのファンに会って圧倒されたらしい。

 間もなく会場前につくが、中に入る前にリアスは自分の眷属に向かい合い、声をかける。

 

「皆、もう一度確認するわ。何が起こっても平常心でいる事、何を言われても手を出さない事。上にいるのは将来の私達のライバルたちよ。無様な姿は見せられない」

 

 その厳かながら、力強い声色から彼女の覚悟が感じられた。

 覚悟を決めて会場に踏み込む。広いホールとなっており、使用人たちが入ってきたリアス達に会釈をする。

 そんな中、リアスが最初に声をかけたのは、紫色の瞳をした筋骨隆々の男性であった。

 

「サイラオーグ!」

「久しぶりだな、リアス」

「ええ、懐かしいわ。変わりないようで何よりよ。初めての者もいるわね。彼はサイラオーグ、私の母方の従兄弟でもあるの」

「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ」

 

 サイラオーグ・バアル…悪魔の序列でも魔王に次ぐ順に位置するバアル家の出身であった。そんな彼が廊下にいたのは、若手同士でもめ事が起きたかららしい。

 サイラオーグに続いて部屋に入ると、部屋の中は荒れ放題になっておりその中心には、青いローブを着た真面目そうな女性と、顔や体にタトゥーを入れた荒々しい男性が立っていた。

 

「ゼファードル、こんな所で戦いを始めても仕方なくてはなくて?死ぬの?死にたいの?殺しても上に咎められないかしら」

「ハッ!言ってろよクソアマッ!俺がせっかくそっちの個室で一発仕込んでやるって言ってやってんのによ!アガレスのお姉さんはガードが固くて嫌だね!へっ、だから未だに男も寄って来ずに処女やってんだろう?ったく、魔王眷属の女どもはどいつもこいつも処女臭くて敵わないぜ!だからこそ、俺が開通式をしてやろうって言ってんのによ!」

 

 あまりにも対照的な2人のチームが睨み合う。少なからず血の気の多い若手悪魔を集めればこういった小競り合いは起こるものだとか。唯一、この小競り合いを気にせずにお茶をしている穏やかそうな少年が印象的であった。

 そんな彼らにいよいよ我慢の限界が来たのか、サイラオーグが向かっていく。

 

「アガレス家の姫シークヴァイラ、グラシャラボラス家の凶児ゼファードル。これ以上やるなら、俺が相手をする。いいか、いきなりだが、これは最後通告だ。次の言動次第で俺は拳を容赦なく放つ」

「バアル家の無能が───」

 

 ゼファードルの言葉と共に、強烈な打撃音が聞こえる。一瞬でサイラオーグがゼファードルに拳を叩きこんだのだ。ゼファードルの魔力は決して弱くない。大一の魔力とは一線を画す程の強力なものであった。しかしサイラオーグの力はそれすらもねじ伏せた。

 

(あれが若手ナンバー1…)

 

 その強さを見た大一は心の中でつぶやく。バアル家の特別な才能が無く、己の体一つで信頼を勝ち得たその実力は聞いていたが、いざ目の当たりにすると気が昂るのが感じられた。その率直さはある意味、大一が目指すところにいる存在にも思えてしまった。

 間もなく、ソーナ率いるシトリー眷属も到着して若手悪魔同士の紹介が始まった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「先程は失礼しました。改めて自己紹介を、私はシーグヴァイラ・アガレス。大公アガレス家の次期当主です」

「ごきげんよう、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主です」

「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です」

「俺はサイラオーグ・バアル。大王バアル家の次期当主だ」

「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さん、よろしく」

 

 若手悪魔達が丸テーブルを囲み、自己紹介をする。ゼファードルはサイラオーグにやられて伸びてしまっているため不在であった。グラシャボラス家ではもともと別の跡継ぎがいたのだが、不幸があったため繰り上がりで彼が選ばれたのだとか。

 大一はこの場に居合わせていることに緊張するも、その姿は見せないように努めた。己の一挙一動が主のリアスの評価に繋がる、悪魔になってから叩き込まれたことはもはや彼にとって当たり前のものなっていた。

 間もなく、使用人が入ってきて部屋へと案内する。

 

「皆さま、大変長らくお待ちいただきました。皆さまがお待ちでございます」

 

────────────────────────────────────────────

 

 若手悪魔たちが案内された場所は、いくつもの段があった。一番上の段には現魔王の4人が座っている。そこから下に続く席には多くの悪魔が座っている。老若男女、見知った顔はほとんどいないが、全員が冥界でもそれ相応の権力者であることは疑いようもなかった。

 異様な静寂が部屋を支配する中、前に出た6人の若手悪魔たちに初老の男性悪魔が厳かに話す。

 

「よく集まってくれた。次世代を担う貴殿らの顔を改めて確認するため、集まってもらった。これは一定周期ごとに行う若き悪魔を見定める会合でもある。さっそく、やってくれたようだが…」

「キミ逹6名は家柄、実力共に申し分のない次世代の悪魔だ。だからこそ、デビュー前にお互い競い合い、力を高めてもらおうと思う」

 

 サーゼクスが引き取るように、言葉を続ける。この場にいる悪魔たちは、互いに悪魔界の未来を背負って行くであろう存在だ。場合によっては先日現れた「禍の団」との戦いもあるかもしれないが、上としては将来有望な存在を戦いに巻き込みたくないようであった。

 その後、有力者の間で今後期待することや若手同士のレーティングゲームについての計画が話し合われた。それなりに時間をかけられて話がまとまってきた頃、サーゼクスが若手悪魔たちに目を向ける。

 

「最後にそれぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 この問いにいの一番に答えたのは、サイラオーグであった。

 

「俺は魔王になるのが夢です」

 

 はっきりと真っすぐな瞳で言い切る彼に、有力者たちも感嘆の息を漏らす。

 

「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だな」

「俺が魔王になるしかないと冥界の民が感じれば、そうなるでしょう」

 

 力強く答えるサイラオーグに負けじと、今度はリアスが口を開いた。

 

「私はグレモリーの次期当主として生き、そしてレーティングゲームの各大会で優勝する事が近い将来の目標ですわ」

 

 彼女らしい…大一はそう思った。何度かその目標は聞いたことがある。グレモリー家として、上級悪魔として、彼女の目標は上級悪魔としては普遍的ではあるが、目指す者が多いからこそ険しさを物語っていた。ならばその夢についていくだけ、大一は己をより高めることを決心するのであった。

 そして若手悪魔たちが目標を答える中、異彩を放っていたのがソーナであった。

 

「冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

「レーティングゲームを学ぶところならば、既にある筈だが?」

「それは上級悪魔と一部の特権階級の悪魔のみしか行くことが許されない学校のことです。私が建てたいのは下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学舎です」

 

 立派な夢だ。彼女の眷属はもちろん、一誠も感心していた。しかしそんな彼らの想いとは裏腹に、多くの有権者はソーナの夢に笑いを付した。

 

「それは無理だ!」

「これは傑作だ!」

「なるほど!夢見る乙女というわけですな!」

「若いと言うのは良い!しかし、シトリー家の次期当主ともあろう者がその様な夢を語るとは。ここがデビュー前の顔合わせの場で良かったというものだ」

 

 今の冥界が以前と変わりつつあるとはいえ、昔からの格差というのは強く根付いている。実際、ライザーのように上級悪魔と下級、転生悪魔を一線引いている輩は珍しくない。実力主義の悪魔とはいえ、この根深い現実を目の当たりにするのは微妙な気持ちにならざるを得なかった。

 有力者たちの非情な言葉が出てくる中、声を上げたのは匙であった。

 

「黙って聞いてれば、なんでそんなに会長の───ソーナ様の夢をバカにするんスか!?こんなのおかしいっスよ!叶えられないなんて決まった事じゃないじゃないですか!俺達は本気なんスよ!」

「口を慎め、転生悪魔の若者よ。ソーナ殿、下僕の躾がなってませんな」

「…申し訳ございません。あとで言ってきかせます」

「会長!どうしてですか!この人逹、会長の、俺達の夢をバカにしたんスよ!どうして黙っているんですか!?」

「サジ、お黙りなさい。この場はそういう態度を取る場所ではないのです。私は将来の目標を語っただけ。それだけのことなのです」

 

 徐々にではあるが、この集まりに暗雲が立ち込める。冷ややかで微妙な空気が流れる中、それを断ち切ったのは現魔王で彼女の姉のセラフォルーであった。

 

「ならなら!うちのソーナちゃんがゲームで見事に勝っていけば文句もないでしょう!?ゲームで好成績を残せば叶えられるものも多いのだから!

 もう!おじさま逹はうちのソーナちゃんをよってたかっていじめるんだもの!私だって我慢の限界があるのよ!あんまりいじめると私がおじさま逹をいじめちゃうんだから!」

(わ、笑えない…!)

 

 セラフォルーの言葉に大一は心の中で戸惑う。それは有力者も同じだったようで、ぶち切れ涙目の彼女の言葉に、多くの者がたじろいでいた。

 しかし彼女の言葉がソーナやその眷属を救い上げたのも事実であった。やはり魔王である彼女の言葉の影響力は間違いないものであった。もっともソーナは恥ずかしさのあまり、顔を覆っていたが。

 さらにこの状況で話を激化させる爆弾を投入したのは、サーゼクスであった。

 

「ちょうどいい。ではゲームをしよう。若手同士のだ。リアス、ソーナ、戦ってみないか?」

 

 どうやらもともとリアス達がレーティングゲームをする予定があったようで、若手同士でまずはその戦いぶりを見てもらおうということだろう。

 いきなりの振りではあったが、それにたじろぐ2人ではない。リアス、ソーナ共に好戦、挑戦的な笑みを浮かべ互いに向かい合った。

 

「公式ではないとはいえ、私にとっての初レーティングの相手があなただなんて運命を感じてしまうわね、リアス」

「競う以上は負けないわ、ソーナ」

 

 こうして若手悪魔同士のゲームの最初の対決…オカルト研究部と生徒会という駒王学園同士のカードが決まった。

 




仕方ないんだけど、主人公が入り込む内容じゃないですね、はい。


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第41話 温泉の一幕

修行前の息抜き回です。
ただ言うほど、息抜きになるかは分かりません。


「旅ぃ~ゆけば~♪」

 

 温泉ではアザゼルの歌声が響いていた。若手悪魔の会合が終わったこの日、グレモリー眷属は名湯に浸かり疲れを癒していた。シトリー眷属との戦いまで約20日、明日からの修行に向けて英気を養う意味合いもあったのだろう。今でこそのんきに歌っているアザゼルだが、彼の頭の中ではすでに修行内容を考えているらしい。もっとも他の眷属も各勢力や有権者からのバックアップが見込まれているらしいが。

 大一も温泉につかりながら、ぼんやりと外を見上げている。眠れないことが多い彼にとって、風呂は数少ないリラックスでもあった。

 

「イッセーくん、背中を流そうか?」

「頬を染めながら言うなよ!」

「お前ら、またやって…いや、うん。ちょっと違うのかも」

 

 祐斗と一誠のやり取りを見ながら、大一は言葉を濁す。真面目に最近、祐斗が一誠に対して色目を使っているのでは、と思うことが多い気がした。聖剣の一件からそれを疑わせるような言動はあったが、今回は生々しく感じる。別に否定するつもりは無かったが、やはり困惑はしてしまう。

 

「…そういや、ギャー助はどこだ?兄貴、知らない?」

「お前、ギャスパーのことそう呼んでいたのかよ。あいつなら、ほら入り口のところに」

 

 大一が指さす先にギャスパーは立っていた。タオルを胸の位置で体に巻き付け、もじもじと体を動かしていた。彼の正体を知らなければ十中八九、女の子だと思われるのは間違いないだろう。

 そんな彼を一誠が引っ張り出そうとする中、アザゼルが大一に声をかける。いつの間にかその手には酒の入ったおちょこまで持っていた。

 

「おい、大一。そういや、今日は検査だったよな。結果はどうだ?」

「いつも通りです。心身、魔力とも特に変化はなし。正確な数値はまとめたものを後日、グレモリー家に送ってもらうことになっています」

「なんとか修行前に欲しかったんだがなぁ…まあ、やることは変わらねえからいいか」

「いやぁぁぁぁん!あっついよぉぉぉ!溶けちゃうよぉぉぉ!イッセー先輩のエッチィィィッ!」

 

 大一とアザゼルの声をはるかに上回る叫び声が轟く。どうやら一誠がギャスパーを温泉に放り投げたらしい。耳を突き破るような悲鳴、一誠のツッコミとこれだけでこの日の温泉が休まる時間になるとは思えなかった。

 大一は立ち上がると、ギャスパーを抱え湯船を上がる。

 

「た、助かりましたぁ…!」

「無理だと思ったなら断るとか、せめてさっさと湯船近くまで行くとか、いくらでも手はあっただろう」

「ご、ごめんなさいぃ…!」

「まあ、一誠もいきなりやったのは悪いと思うがな」

 

 大一はギャスパーを降ろして、涙目の彼に話す。たしかに近くで見ると、彼の女の子らしさは一段と際立っているような印象を受けた。湯で体が濡れているせいかそのしっとりした印象は強烈だ。

 もっとも彼を女の子と思うような付き合いはとうに過ぎていたため、大一はそのまま洗い場に向かおうとすると、ギャスパーが付いて来て小声で話しかけてくる。

 

「大一お兄様。も、申し訳ないお願いがあるんですが、ひとりだと背中が…」

「いいよ。洗ってやるから後ろ向いてな」

 

 安心した様子でギャスパーは座り込む。自分と比べるとその体の小ささは印象的であった。

ちらりと一誠に視線を向けると、アザゼルと話し込んでいた。表情からして自分が混ざりたいようなものであることは明らかだったので、離れられたのは幸いだったのかもしれない。

 

「…良かったです。お兄様とこんなふうに一緒で…」

「…おい、ギャスパー。お前、そっちの趣味があるわけじゃないよな?」

「うえぇぇぇ!違いますよ!大一お兄様があの神器に乗っ取られなくて、一緒にまたグレモリー眷属としていられることですぅ!」

「ああ、うん。悪かった。そして安心した」

 

 大一はタオルで彼の背中を洗いながら、ほっと息をつく。ちょっとでも疑った自分を殴りたくなる想いであった。

 

「それを言ったら、僕も同じ気持ちですよ」

 

 隣で頭を洗っていた祐斗が会話に入ってくる。横顔ながらその整った顔は印象的であった。

 

「大一さんから僕はもっといろんなこと学びたいし、強くしてもらいたいんです。それにやっぱり、同性の先輩って心強いですし」

「えへへ、祐斗先輩も同じなのは嬉しいです」

「…俺も嬉しいよ。みんなと一緒に肩を並べられることがさ」

 

 驚くほど穏やかな声で大一は答える。自分が必要とされている、そのことを素直に伝えられるだけで心が感動に満たされる想いであった。影に取り込まれることなく、また仲間たちと共に日の当たる場所に立てている、その現実が涙をも誘いそうになった。

 そんな仲間の期待を裏切ることはできない。気負いや使命感とは違った、前向きな覚悟が今の彼には燃えていた。

 

「それじゃ、なおさら負けられないな。今度のゲームは」

「ぼ、僕、頑張りますぅ!」

「イッセーくんも合わせて、グレモリー眷属の男子の力を───」

「おわあああああああっ!」

 

 締めの祐斗の言葉を遮るように湯船の方で叫び声が聞こえる。直後に向こう側から、大きなものが着水したような音…大一達が振り向けば、アザゼルだけが立っていた。一誠の姿が見えないこと、ちょっと前の彼らの表情を考えれば、アザゼルの行動がすぐにでも予想できた。

 ざぶざぶと湯をかき分けながら大一はアザゼルへと近づき、その後ろを祐斗とギャスパーがついていく。

 

「あんた、なにをやっているんだ!」

「あん?なにってお前の弟を一流のスケベに仕立ててやったところだ」

「一誠を女湯の方に投げたということか!?」

「わかっているなら、聞くんじゃねえよ。面倒なやつだな」

「あなたに言われたくないわ!だいたいここは混浴じゃないんだし、もっと節度を…!」

 

 大一が怒りをぶちまける中、アザゼルは抱え込むように3人に手を回す。その表情はよからぬたくらみを思いついた子どもを思わせた。

 

「うるせえな。男ならこういう経験は必要だぞ。それはお前らにも言えることだ。ということで行ってこい!」

「ぬおっ!」「うわっ!」「ひゃあぁぁぁ!」

 

 アザゼルの言葉と共に、大一達は空中に放り投げられる。3人とも弧を描くように宙を舞いながら、塀を超えて隣の風呂へと落ちていった。

 ザブン、ザブン、ガンというそれぞれの鈍い音が聞こえる。大一は温泉に着水したが、顔面を思いっきり打ってしまったのと、多少水を飲んでしまい、もがきながら立ち上がった。ひりつく顔面を抑えながらものぞかせるその眼は恨みがましく、塀の先にいるであろうアザゼルに目を向けていた。

 

「あんの野郎…!あとで絶対に殴る!あいつらは無事か?」

 

 荒い息で大一は周囲を見回そうとするが、すぐに先に投げ込まれた一誠が裸体のリアスとアーシアの取り合いの様子が視界に入る。その光景だけで彼の頭からどんどん冷静という単語が引き下がっていくような気がした。

 

(落ち着け!まず落ち着け!)

 

 自分が女湯に落ちたことを理解した大一は、必死で言い聞かせる。だがそんな彼が冷静になるはずもなく、同時にさらにヒートアップするようなことが起こった。

 

「大一?」

 

 朱乃が覗き込むように、大一の前に立っていた。彼の視界には、彼女の白い肌と綺麗に整った裸体が入り込んだ。その美しさに見惚れそうになるも、すぐに手で目を覆い後ろを向いた。

 

「いやゴメン!こういうことをするつもりじゃなかったんだ!アザゼルに投げられてッ!いや言い訳の前に出る!すぐ出る!」

「…あらあら、イッセーくんみたいに大胆になったのかと思いましたわ」

 

 大一が歩き出そうとする前に、朱乃が後ろから体を密着させて抱きしめる。神社で何度か経験したはずの態勢なのに、この日の緊張はそれまでの比ではなかった。それどころか、さっさと振り払うべきという気持ちと、しばらくこのままでいたいという気持ちがせめぎ合っていた。

 

「あ、朱乃さん…頼むから離れて…!」

「やーですわ。大一ったらいつもそうやって離れて。この前みたいに受け入れて欲しいですわ」

「あれは後輩もいなかったし…とにかく俺の気持ちが持たない…!」

 

 必死で声を振り絞る大一に、朱乃は彼の耳元に顔を近づけるためにさらに体を押し付ける。より柔らかい感触が背中に当たった大一は、全身が温泉とは違う意味で熱くなっていくのを感じた。

 

「私は一緒にいたいの。それとも大一は…イヤ?」

「イヤじゃない!それは絶対に無い!」

 

 皆には聞こえないくらい小さく、それでいて甘くとろけるような朱乃の言葉に、大一は小刻みに首を振りながら強く否定する。神器の一件以来、大一が朱乃に対して抱く感情は深いものになっていた。元々の仲間としての強い信頼だけでなく、堕天使での一件と例の神器の一件を経て、女性として強く意識することが多くなった。だからこそ今の彼女の行動は、以前とは別の意味で受け入れづらく、己の理性を試されているような気持ちになった。

 だが朱乃は手を緩めない。ただこういったチャンスを逃したくない想いがあるのは事実であった。

 

「じゃあ、このままでいたいわ。私は大一と体を触れ合っていると…その…安心するの」

「そんな言われ方したら、うぬぼれてしまうよ…」

「だったら、うぬぼれて。私もあなたと───」

「お、お兄様ぁぁぁ!た、助けてぇぇぇ!」

 

 少し横でごぼごぼと苦しそうな声が聞こえる。見てみれば、ギャスパーが涙目で風呂に溺れかけていた。足はつくはずだが、どうやら突然のことに驚いてパニック状態のようだ。

 大一は朱乃の腕を優しく(同時に名残惜しそうに)引き剥がすと、ギャスパーを抱えた。ゲホゲホとせき込むギャスパーを見る大一に、今度はゼノヴィアが声をかけてくる。

 

「先輩、手を貸してくれ」

 

 見れば、彼女は祐斗に肩を貸していた。力が無いようにだらりとした祐斗だが、頭部に大きなこぶが出来ている。

 

「祐斗ぉぉぉ!どうした、お前は!?」

「うーん、どうやら着水できずに頭からそこの石段に当たったようなんだ」

 

 ゼノヴィアの話に、大一はアザゼルのことをいつか本気で殴ってやることを決意しつつ、風呂から上がって手を貸す。片手にぐったりと力が無さそうにうなだれていたギャスパーがいたので誰かに任せようとしたが、一誠は鼻血を出しながら幸せそうな表情で気絶しかけのため無し、リアスとアーシアは取り合いの状況のため無し、朱乃は単純にこれ以上向き合うと今度は自分が気絶すると思ったのでやはり無し。そんな彼の眼に止まったのは小猫であった。

 

「小猫、悪いけどギャスパーを…」

 

 だが大一の言葉は小猫に届いた様子は無かった。見るからに元気がなく、うなだれた様子の彼女はぼんやりとしながら温泉をあとにした。

 その様子に、混乱だらけの大一もさすがに疑問を感じるのであった。

 




心に余裕出来ても、なかなか主人公が変われません。
そしてどうせならヒロインも出来るだけ可愛らしく書きたい…。しかしその力量が無い…。


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第42話 特訓の開始

まんまタイトル通りの内容です。


 温泉での一幕からの翌早朝、グレモリー家の庭の一角に集まっていた。全員がジャージ姿で、これからの修行への意気込みも充分であった。

 

「先に言っておく。今から俺が言うものは将来的なものを見据えてのトレーニングメニューだ。すぐに効果が出る者もいるが、長期的に見なければならない者もいる。ただ、お前らは成長中の若手だ。方向性を見誤らなければ良い成長をするだろう。まず、リアス」

 

 アザゼルは全体を見回すと、最初にリアスに対して指摘を入れる。

 

「お前は最初から才能、身体能力、魔力全てが高スペックの悪魔だ。このまま普通に暮らしていてもそれらは高まり、大人になる頃には最上級悪魔の候補となっているだろう。

 だが、将来よりも今強くなりたい、それがお前の望みだな?」

「ええ、もう二度と負けたくないもの」

 

 アザゼルの問いに、リアスは力強く反応する。ライザーの敗北が強く影響しているのは疑いようもなかった。

 そんな彼女に課せられたトレーニングメニューは特別なものではなかった。あくまで基本的なものであるのと同時に、彼女に求められたのはレーティングゲームでの知識。機転や頭脳も必要となるのが「王」だ。今後を戦うにあたって、あらゆる戦術や動きを頭に叩き込む必要があった。

 

「次に朱乃」

「…はい」

 

 アザゼルの呼び声に、朱乃は露骨に不機嫌そうな表情をする。堕天使のボスだけあって、彼女の苦手意識は並々ならぬものであった。

 

「お前は自分の中に流れる血を受け入れろ」

「!!」

 

 その直球な指摘に、朱乃はさらに顔をしかめる。アザゼルの見立てでは、あのフェニックス家とのゲームにおいて、彼女は相手の「女王」に苦戦することがありえなかった。本来、彼女の持つスペックをすべて活かすことが出来るのなら。もはや雷だけでは限界がある現状、堕天使の光の力も合わせた「雷光」を使いこなすことを求められた。

 

「…私は、あのような力に頼らなくても」

「否定するな。自分を認めないでどうする?最後に頼れるのは己の体だけだぞ?否定がお前を弱くしている。辛くとも苦しくとも自分を全て受け入れろ。お前の弱さはいまのお前自身だ。決戦日までにそれを乗り越えてみせろ。

 じゃなければ、お前は今後の戦闘で邪魔になる。『雷の巫女』から『雷光の巫女』になってみせろよ」

「…」

 

 アザゼルの言葉に、朱乃は押し黙る。彼女の葛藤は難しいところだろう。強くはなりたいが、忌み嫌う力を認めることには当然抵抗がある。それを堕天使総督から指摘されれば、尚のことだろう。

 一言でも彼女の力になれるような言葉が出ればよかったのだろうが、あいにく大一には思いつかなかった。

 その後もアザゼルのトレーニングメニューの教示は続いていく。祐斗は先日覚醒した禁手の時間を延ばすことと基礎トレーニング、さらに剣術について彼の師匠が駆けつけてくれるとのことだ。ゼノヴィアはデュランダルとなにやら用意されているもう1本の聖剣の扱いの訓練、ギャスパーはアザゼル特性の引きこもり脱出計画だ。

 さらにアーシアのメニューは、神器だけあってかアザゼルも力を入れている印象であった。基礎体力の向上に加え、彼女の神器「聖母の微笑」の回復範囲を広めるために回復のオーラを飛ばすという方法を実践しようとする。

 そしていよいよ残り3人となった時、アザゼルは小猫と大一に交互に視線を向けた。どちらから取り掛かろうか迷っている様子であったが…。

 

「次は小猫」

「…はい」

 

 気合いの入った声で反応する。昨日のうなだれていた様子がウソのようであった。

 

「お前は申し分ない程、オフェンス、ディフェンス、『戦車』としての素養を持っている。身体能力も問題ない。───だが、リアスの眷属には『戦車』のお前よりもオフェンスが上の奴が多い」

「…わかっています」

 

 ハッキリとした言葉に、小猫は悔しそうに答える。現状、グレモリー眷属でトップクラスの攻撃力は光の力を使える祐斗とゼノヴィアが抜きんでている。併せて、一誠のブーステッド・ギアも入れば、彼女よりも強力な攻撃を出来る者はいくらでもいるだろう。

 

「小猫、お前も他の連中同様、基礎の向上をしておけ。その上で、お前が自ら封じているものを晒け出せ。朱乃と同じだ。自分を受け入れなければ大きな成長なんて出来やしねぇのさ」

「…」

 

 朱乃同様に、小猫は黙り込む。アザゼルの言葉に、すっかり意気消沈してしまったのだ。そんな彼女を気遣ったのか、元気づけるように一誠は声をかける。

 

「だいじょうぶ、小猫ちゃんならソッコーで強くなれるさ」

「…そんな、軽く言わないでください…っ」

「一誠、お前はまず自分を気にかけろ」

 

 不穏になる小猫から注意をそらされるように、大一は弟をたしなめる。ほんの少し前から上空から奇妙な魔力を感じていたのだ。どことなく龍のオーラを想起させるような感覚…一誠の練習メニューが予想できてしまった。

 

「さて、来たか。それじゃ、まずはイッセーからだな」

 

 間もなく、上空から巨大な存在が現れる。15メートルはあろうかという巨体、大きくさけた口からはギラリと凶暴そうな歯がむき出しになっており、腕や脚も巨体に強靭な太さであった。横に広がる両翼も合わせて、その姿はまさにドラゴンであった。

 

「ドラゴン!」

「アザゼル、よくもまあ悪魔の領土に堂々と入れたものだな」

「ハッ、ちゃんと魔王さま直々の許可をもらって堂々と入国したぜ?文句でもあるのか、タンニーン」

「ふん、まあいい。サーゼクスの頼みだというから特別に来てやったんだ。その辺を忘れるなよ、堕天使の総督殿」

「ヘイヘイ。───てなわけで、イッセー。こいつがお前の先生だ」

「えええええええええええっ!この巨大なドラゴンが!?」

 

 あまりの衝撃に、一誠は叫び声をあげる。このドラゴン───タンニーンはドライグとも旧知の仲であり、五大龍王に名を連ねていたこともあった。その異名は『魔龍星(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』、得意の炎は隕石を想起させるほどの威力であった。

 タンニーンはリアスから特訓場所として山の使用許可を取ると、一誠をつまんでそのまま空へと飛んでいった。彼の目標はとにかく神器を自力で禁手に至らせること。そのためにわざわざ化け物クラスの龍に声をかけたのだ。

 

「イッセー、気張りなさい!!」

「部長ォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 リアスの激励に、一誠の叫びがこだまする中、アザゼルは大一に向き合う。一誠の件はもう過ぎたこととして、あっさりとしていた。

 

「それじゃ、ちょっと順番は変わったが最後だ。大一」

「はい」

「お前も小猫同様に筋は悪くない。ゲームの経験はほとんど皆無ながら、炎駒からの叩き上げの特訓と日頃からのトレーニングのおかげか基礎的な体力、戦い方は充分だ。しかし言い方を変えれば、お前にはそれしかない。激的な伸びしろが無いんだ。まあ、こればかりは元々の能力や神器、才能が物をいうが…」

「自覚していますよ」

「今回のトレーニングは木場のように炎駒が見ると申し出があったが、俺の方から断った。というのも、やったところで体力が強化されるくらいだろうからな。そこでこれをお前に渡す」

 

 アザゼルはどこからともなくリュックサックを取り出し、それを大一に押し付けるように渡す。見た目はなんの変哲もないが、思った以上に重かった。

 

「なにが入っているんです?」

「植物図鑑と初心者向けの魔法の使い方の本。あとは生活に使いそうなやつだな」

「…意図がわからないのですが」

「まあ、聞け。これからお前には俺と炎駒で選んだ場所に魔法陣で飛んでもらい、サバイバル生活をしてもらう。強い魔物も多いから、そこで生きること自体が特訓になるぞ。魔法の方はついでだ。お前、魔力を別の物質に変えるどころか、放出して攻撃として撃ち出すことも出来ないらしいじゃねえか。だから座学で少しでも戦闘に仕えそうなものを学んでおけ」

「俺だけ方向性が違いすぎませんか?」

「基礎が出来ているお前には、もっと応用性を重視した動き方や別に出来ることを増やしてもらおうと思ってな。大丈夫だって!本当にヤバイ時はブザー鳴るようになっているから!」

 

 そう言ったアザゼルの手にはたしかに独特な形をしたものが握られていた。しかしどうも誤魔化すための急ごしらえで用意した者にしか見えなかった。しかも先ほどからアザゼルが意図的にリアスや朱乃から目を逸らしているのがわかる。こんな反応を取られては、炎駒はかなり反対したのではなかろうかと思ってしまった。

 

「よし、とりあえずお前も行ってこい!」

「うおっ!ちょ、ちょっと!」

 

 押し付けるように魔法陣が描かれた紙を渡されると、大一の姿はグレモリー邸の庭から消えてしまった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 魔法陣で大一がたどり着いた場所は自然が生い茂っていた。正面は深そうな森、そこから流れている川が彼の右に通っており、奥へと続いていく。草や木は人の手が入ったと思えないが、代わりに大きな動物が踏みつけたように草がつぶれていたり、なぎ倒された跡が見られた。

 冥界にもこんなに野性的な場所があることに驚きつつ、自分がまだまだ悪魔としてひよっこであることを思い知らされた。

 とにかく決まってしまったものは仕方ないと思いつつ、大一は体を伸ばす。

 

「まあ、川近くに飛ばされただけでありがたいか。水は確保できるし、あとは食い物と寝床───」

 

 やるべきことを確認するために独り言をつぶやく中、彼はすぐに言葉を切って体をひるがえす。同時に「生命の錨」を取り出すと、いきなり襲ってきた魔物の一撃を防ぐ。見た目はクマであったが、頭には角、攻撃のために振ってきた手は人間のように長い指と鎌のような爪が印象的であった。

 

「グルルルルッ!」

「パワーあるな、コイツ…!オラぁ!」

 

 魔力で腕力を上げて強引に薙ぎ払うと、クマの魔物は素早く下がりそのまま距離を保っている。どのように攻めればいいかを考えているように見えた。

 こんな時、リアスや朱乃のように魔力を撃ち出せればいいのだが、大一にはそれが出来なかった。しかも今は片翼も無いので、空を飛ぶこともままならない。

 この状況に約10分間、にらみ合いを続けるといよいよ魔物の方が我慢できなくなって、正面からツッコんでくる。バタフライのような態勢で両腕を振りかぶるが、大一は右腕を出来るだけ固くさせ片方の攻撃を防ぎ、もう片方は錨で払った。間髪入れずに、下から魔物のあごを蹴り上げる。そうとうな重さであったが、なんとか魔物の体を起こすように飛ばすと、止めとばかりに喉元を錨で刺突する。魔物は苦しそうに手を振るが、間もなく動きが止まった。

 錨を魔物から引き抜く。勝負自体は単純なものであったが、命のやり取りを終えたことを自覚すると汗が噴き出てくる。

 

「このレベルがいきなり襲ってくる。こりゃ、下手したら夜も寝ていられないな。ここまでしたアザゼルの狙いは…」

 

 頬についた返り血と吹き出た汗を拭いながら大一はつぶやく。なるほど、ただでさえ出来ることが少ない自分に対して、常に油断できないこの状況、とことん追い詰めて必死にさせることによって、大一になにか特別な力が開花することをアザゼルは期待しているのかもしれない。仮にそんなことが無くても、ここに寄こす前に話していた対応、応用力は身につくはずであろうから、無駄にならないというわけだ。

 軽くため息をつくと、大一は少し歩く。幸い、すぐにそれなりに大きな木を発見したため、そこを仮の拠点としてバッグの中身を漁り始めた。ご丁寧にメモが書かれた付箋をつけている。植物図鑑(食える果実とか多分載っているだろ)、魔法の使い方が書かれた入門書(火ぐらいは起こせるようになっておけ)、空の水筒(中身は自分でな)、タオル2枚(こういうの使えそうだろ)、エロ本(とりあえずお前の好みだと思うやつを選んだ)…

 

「いるかぁぁぁぁ!」

 

 キレながら、大一はエロ本を地面に叩きつける。こんなことの連続だから、大一はいつまでたってもあの男を信用できなかった。

 しかしここで大声を出したのが、運の尽きであった。なにやらうめき声が聞こえたかと思うと、さっきと同じ魔物が4匹も現れた。

 

「ぐおがあああ!」

「ああ、くっそ!最悪だ!」

 

 大一はバッグを背負うと全速力で逃げ始める。これがあと20日間続くと思うと、先日の風呂の件も含めてアザゼルに怒りをぶちまけたい感情であった。

 この30分後、木の上に登ってやり過ごした大一であったが、今度は姿を隠れさせるカメレオンのような魔物に襲われる。倒すとその音で、また魔物の集団に襲われて、また木に登ってやり過ごし、疲労で眠りにつくと30分もしないで悪夢の声に起こされる。

 大一にとって、トレーニングの初日はごっそりと気力を奪っていくものであることは疑いようもなかった。

 




さあ、オリ主はなにか変わることはできるのでしょうか。


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第43話 猫の憂愁

多分、主人公はアザゼルみたいなタイプはとことん苦手だと思います。


 目を閉じた大一が度々見る、暗く重いだけの世界。そんな場所では、この日も威圧的な声が彼の耳に入ってくる。

 

(近いんだ。さっさと俺に気づけ)

 

『だから…』

 

(それとも聞こえていないのか?俺だけが聞こえているってわけじゃないんだろ?)

 

『そもそも…』

 

(とにかく何度もやってきて、初めてここまで繋がれたんだ。ようやくこぎつけたチャンスなんだ。いい加減に───)

 

『お前は…』

 

 

 

 

「誰なんだよ!」

 

 苛立ちながら、大一は大声を上げて体を起こす。すでに日は昇っていたが、木の上で休んでいた彼には日の光は葉によってさえぎられていた。抱いていたリュックから時計を取り出す。眠ってから40分程度しか経っていない。夜通し、魔物の群れに追われていたため休んだのが朝日が昇っていた頃であったが、これ以上眠れる気がしなかった。

 アザゼルの用意したサバイバル生活が始まって数日が経過していた。たった数日であったが、いかにこの森の魔物が血の気が多いのかを思い知らされていた。下手に視線を合わせようものなら襲ってくるし、不意打ち、集団戦とやり方も様々だ。逃げることも多いため、大一は戦いが上手くなったといったものはまるで感じなかった。

 むしろ生活するにあたり魔法を学び、小さいながらも火と水を出せるようになったことが一番の成長といえた。おかげで余計なことで修行の時間を削られることはなくなった。

 大一は木の上から降りると、顔を洗い、リュックからひとつの果実を取り出してかぶりつく。口の中を刺激する酸味が支配した。2日目に見つけた大一の唯一の食料であった。とにかく酸味が強く、目を覚ますのにはうってつけであったが、好んで食べたいものではない。魔物の肉を焼いて食べられないかとも思ったが、鼻の良い魔物がすぐにでも匂いを嗅ぎ充てて襲ってくるため、その暇もない。結局、この周辺に群生していた果実のみが彼の食事であった。

 酸味により目を覚ましたところで、大一は神器を出して素振りを始める。こんな状況下でも炎駒から教えてもらったトレーニングを止める気は無かった。もちろん、魔物が来たら中断するしかないのだが、今回はまた別の存在によって手を止めた。

 

「おっ、精が出ているな」

「…なにしにきたんですか?」

 

 なぜかアザゼルがひょうひょうとした様子で、大一の方へと向かってくる。ここ数日で彼への恨みつらみは間違いなく肥大化していたため、その登場に歓迎することはできなかった。

 

「これからイッセーのところに行って、あいつをちょっと連れ戻すんだ」

「だったら、直接行けばいいでしょう」

「お前にもちょっと話したくてな」

「俺はお断りです」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべるアザゼルに、大一はきっぱりと断りを入れる。もはや大一にとって、アザゼルは苦手とか以前に生理的に相容れないような存在だと認識している節があった。

 しかしそんな大一の反応を気にせず、むしろ余計に意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「そうか。じゃあ、この差し入れもイッセーに渡すかなー」

「誰の差し入れか知りませんけど、勝手にどうぞ」

「朱乃がお前のためにせっかく作った弁当なのになー」

「…ちくしょう!すぐに準備します!」

 

 アザゼルの方がはるかに上手であったことを認めざるを得なかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「うみゃい!うみゃいよぉぉぉおおお!」

「ああ…久しぶりのまともな食事…!」

 

 数分後、一誠は泣きながらリアスお手製のおにぎりにがっつき、大一は朱乃お手製の弁当に一口ごとに歓喜に震えていた。2人とも心身ともに過酷な状況であったため、この差し入れには最上級の感動を覚えた。

 そんな兵藤兄弟の様子をアザゼルは笑って見ている。

 

「しかし、ハハハハ、数日見ない間に多少は良いツラになったな」

「ふざけんな!死ぬよ!俺死んじゃうよ!このドラゴンのおっさんメチャクチャ強いよ!」

 

 一誠の文句に、彼の苦労がうかがえた。とにかく四六時中、タンニーンに追い回されたようだ。もっともタンニーンからすれば、相当手加減しているようで、なかなか禁手にならないことにやきもきしているとのことだが。

 そもそも一誠に期待されているのは、ライバルである白龍皇ヴァ―リと打ち合えるほどの実力になること。それを考えれば、この特訓をこなすことは重要であった。

 ヴァ―リの話が出たところで、一誠はアザゼルに尋ねる。

 

「あの、ヴァーリがあのとき何かをやろうとしていたんですが、あれは何なんですか?」

 

 あの時というのは会談の際にヴァ―リと戦った時であった。アザゼルの話では、彼がやろうとしたのは「覇龍(ジャガーノート・ドライブ)」と呼ばれる強力な力であった。基本的に神器の強化は禁手であったが、神器ごとに独自に制限が加えられているのもある。二天龍の神器にはそれがあり、発動すれば暴走するもとてつもない力が発揮されるのだとか。ヴァ―リはある程度コントロールしているのだと言う。気になる内容ではあったが、大一としてはそもそもその場にいなかったので、反応しようが無かったが。

 一通り、覇龍の話を終えたところで、アザゼルは大一に視線を向けた。

 

「さて、大一。今度はお前の番だ」

「言っておきますけど、俺に能力云々の話をしても無駄ですよ」

「そっちじゃねえよ。朱乃のことだ」

 

 その言葉に、大一は進めていた箸を止めてアザゼルに向き直る。明らかに兄の雰囲気に一誠も気づいて食事の手を止めた。

 

「お前、あいつのことどう思う?」

「…信頼できる仲間ですよ」

「俺が聞いているのはそうじゃねえんだよな」

「…とにかくいい人です」

「ったく、面倒な奴だな。いいか、俺はダチの代わりにあいつを見守らないといけない部分があるんだよ」

 

 アザゼルのダチ…それが彼の部下であるバラキエルを指していることはすぐにわかった。バラキエルが彼女に対してどんな思いがあるのかはわからなかったが、アザゼルは彼なりに責任を持っているようであった。しかし彼の期待とは裏腹に、大一の態度は煮え切らないものを感じたのであった。

 アザゼルはガシガシと頭を掻いて、困ったような表情を作る。

 

「お前にあいつのことを任せていいものか…。関係はともかくお前は度胸と実力が足りないしな」

「結局はそこに繋がるんですね」

「まあ、この件は保留にしといてやるよ。とにかく今は小猫の方が緊急だしな」

「?小猫ちゃん、どうかしたんですか?」

 

 いきなり出てきた小猫の名前に一誠は不思議そうにアザゼルに問う。

 

「どうにもな。焦っている───というよりも自分の力に疑問を感じているようだ。俺が与えたトレーニングを過剰に取り組んでてな。今朝、倒れた」

「た、倒れたぁぁあああっ!?」

 

 一誠が驚きの声を上げ、大一は考えるように無言であごをかく。アザゼルの話では、アーシアに回復をしてもらっているが、筋肉の疲労までは戻らない。期間が限られている以上、今回の出来事は看過できないものであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一としては連れ戻されたことに場違い感を覚えてしまった。そもそも今回戻るように指示されたのは、リアスの母親ヴェネラナが一誠にまたいろいろ教え込むためだったらしい。そして大一はついでのようにそのまま連れ戻されてきた。

 そんな彼は現在、小猫の部屋の壁際に座っていた。ベッドには彼女がうなだれた様子で横になっており、脇には朱乃が心配そうに座っていた。先ほどまではリアスもいて、小猫と少し話していたが、今は退室している。

 小猫の見た目はいつもと違い、頭には白い猫耳が生えていた。元々は妖怪の猫又の中でも特に力の強い猫魈であった彼女だが、姉が主を殺したはぐれ悪魔となり、責任を追及されたところをサーゼクスとリアスに救われた…つまり彼女も己の力に不安を抱える存在であった。

 誰も言葉を発しない重い沈黙が続く中、扉が開かれる。レッスンを終えた一誠であった。

 

「イッセーくん、これは───」

「いえ、だいたい聞きました」

 

 猫耳について説明しようとした朱乃の言葉を一誠は遮る。そんな彼は小猫を見て、笑顔で訊いた。

 

「やあ、体は大丈夫?」

「…何をしに来たんですか?」

「…心配だから、って言ったらダメかな?」

 

 一誠の登場に、小猫が怒っているのは明らかであった。一誠とて心配はしているだろう。だが今の彼女に、彼の言葉が素直に入るとは思えなかった。

 

「…なりたい」

 

 小猫は起き上がってぼそりと呟く。

 

「強くなりたいんです。祐斗先輩やゼノヴィア先輩、朱乃さんに大一先輩…そしてイッセー先輩のように心と体を強くしていきたいんです。ギャーくんも強くなってきてます。アーシア先輩のように回復の力もありません。…このままでは私は役立たずになってしまいます…。『戦車』なのに、私が一番…弱いから…お役に立てないのはイヤです…」

 

 涙目の小猫の想いが決壊したかのように、一気に流れ出た。仲間たちがどんどん強くなっていく、それに追いつけない自分の弱さがもどかしくて、情けなくて、無力な自分を恨んでしまっていた。

 それでもその体に秘める猫又の力を使うのは、自分の姉の存在を想起してしまう。この力で姉と同様に大切な人たちを傷つけてしまう…己の実力と忌み嫌う力に、彼女の心はもがき苦しんでいた。

 一誠はなんとか声をかけようとするが、朱乃が首を横に振ってそれを制止した。

 

「イッセーくん、あとは私達に任せてください」

「でも…」

「あなたは優しい人です。けれど、たまに少しだけ距離を置くことも大事ですわ。それよりもあなた自身が強くならないとダメよ。それに私も…小猫ちゃんと同じだから、一緒に乗り越えなければいけません。自分のすべてを肯定できなくても、理解しなくては先に進めないこと。私も小猫ちゃんも頭ではわかっているのですから。ただ…勇気が少しまだ足りないのです。もう少しだけ待っていて。私も小猫ちゃんも必ず。必ず───」

 

 一誠を説得する朱乃の言葉は、最後の方は自分に言い聞かせているようであった。そんな彼女の言葉に、一誠はちらりと兄へと視線を向ける。大一の感情を彼は読めなかったが、口パクで「任せろ」と言ったことに気づくと、覚悟を決めたように2人を見る。

 

「はい。朱乃さん、小猫ちゃん、俺は…俺にしかできないことをやってみます」

 

 そう言うと、一誠は部屋を後にした。再び、静かな沈黙が流れる。しばらく2人が落ち着いてきたところを見計らって、大一は朱乃に声をかけた。

 

「朱乃さん、ちょっとだけ小猫と2人にしてもらっていいか?」

「…わかりましたわ」

「たすかるよ」

 

 少し腑に落ちない様子で、朱乃は部屋を出る。どっちにしろ、今の大一が意気消沈している小猫を放っておくことはできなかった。

 

「さてと…お前の気持ちはわかったよ。難しいよな、うん」

「…それだけですか」

「朱乃さんがさっき言っていただろ。本人がすでにわかっているのに、そこをついてわざわざ説教じみたことなんかしないよ」

「先輩は…先輩はどうやって受け入れたんですか?『犠牲の黒影』に取り込まれた時、あの神器が言ってました。先輩も自分の弱さに悩んでいたことを…」

「あの影野郎…俺の胸の想いをそこまでさらけ出していたのか」

 

 もはやいない神器に怒りを感じつつ、大一はあの事件のことを思い出す。己の無力さ、どう頑張っても仲間に追いつけない現実、それが彼の心に重くのしかかっていた。

 それを知る彼だからこそ、実力で悩む彼女を話したいと思った。そして求めるのならば、それに見合った答えを伝えたいという想いも。

 

「なあ、小猫?お前は俺がどれくらい弱いと思う?」

「先輩は弱くありません…!実力も経験も私なんかよりもはるかに───」

「あの影に取り込まれる前は、俺はずっと自分の無力さを恨んできたんだよ。みんながどれだけ認めてくれても、力になれないと思って情けなくてしょうがなかった。

 でもあれをきっかけに気づいたんだよ。そんなこと勝手に思っていたのは自分だけだって。俺が頑張っていたことは無駄じゃなかったし、仲間がちゃんと見てくれていたんだって。まあ、要するに仲間に救われたんだな。もちろん、お前にもな」

 

 あの頃の暗く濁った思いを浮かべながら、大一は答える。自分でも追い詰めるような考え方が間違っていたのには気づいていたが、後戻りできない感情だったのだ。しかし自分が信じる仲間たちがその想いを受け止めてくれた時、塞ぎこんでいた心に光が入った。今でも無力なのには変わりない。それでも引きずるような苦しさはなかった。

 そんな大一が、彼女にしてあげられることは同じように苦しみを正面から受け止めることだけであった。自分の存在が、支えになれたらと。

 

「だから、今度は俺がお前を受け止める。どれだけ苦しくても、お前の力で俺は絶対に傷つかない。これでも防御だけはそこそこだからな」

 

 きっぱりと言い切る大一に、小猫の表情は悲しそうに、同時にどこか安心したような表情になる。その顔に大一は、どことなく自分が涙を流した日を思い出した。

 

「あの人じゃなくて、先輩がお兄さんだったらよかった…」

「兄にはなれなくても、兄貴分でいてやることはできるさ。でもまずはしっかり休め。そうじゃないと、やろうと思っていることもままならない」

「…じゃあ、眠るまで一緒にいてください」

 

────────────────────────────────────────────

 

 15分後、大一は小猫が小さく寝息を立てたことを確認すると、静かに部屋を出る。部屋前には朱乃が立っていた。

 

「ごめん、無理言っちゃって」

「別にいいけど…急だったからびっくりしたわ」

「なんか他人事とは思えなくてな。まあ、境遇が違うから俺の時よりも大変だろうけど」

「小猫ちゃんなら、きっと乗り越えられるわ。でも…ちょっと…」

 

 視線を逸らしながら、朱乃はぼそぼそと声を小さくする。伝えたいことはあるものの、それを言葉にすることに抵抗感がるように見えた。

 

「どうしたの?」

「…ちょっとだけ嫉妬したわ…。小猫ちゃんには自分からあんなふうに話して…」

 

 さっきの話をこっそり聞いていたのだろう。朱乃としては、あれだけ自分から迫っているのに、なかなか応えようとしないにもかかわらず、小猫相手には大一自ら受け入れていたことには複雑な感情を抱いてしまった。

 彼も彼でその想いに気づかないほど鈍くもなく、バツの悪そうに言葉を詰まらせる。

 

「あー…その…ごめん」

「別にいいけど…私だって…」

 

 踵を返して去ろうとする朱乃であったが、大一は咄嗟に彼女の手を掴んで引き留めた。

 

「あのさ…あー…弁当、ありがとう。美味しかったし、とても嬉しかった」

「…いまする話?でもそれだけ言ってくれるなら、作った甲斐があったわ」

「今回はこれで勘弁してほしい」

「許してあげる」

 

 互いに気恥ずかしさと喜びを感じながら、繋いだ手に力を入れる。シトリー家とのゲームまでまだ時間があるにもかかわらず、暑さが体を駆け巡っていた。

 




まあ、小猫相手にはこういった態度は取るでしょう。
しかし主人公の方から小猫に愛情はあっても、恋愛的な感情が向くのでしょうか?


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第44話 悪夢の正体

今回、ようやくこれまでのオリ主の悩みの原因と相対します。
しかし44か…数字とかけっこう気にしちゃいます。



 小猫たちと話した大一は、その日のうちに魔法陣で修行場に戻ってきた。冥界の空は紫色であったが、時刻はすっかり夜になっており、闇が辺りを支配する。気のせいなのかもしれないが、この辺りは冥界とは隔離された雰囲気があった。まさかまったく別の地域ではないと思われるが…。

 大一は大きく深呼吸する。この場の空気を吸うと、より自分のやるべきことがはっきりするような気持ちであった。朱乃も小猫も自分の中に眠る力を受け入れて強くなろうとしている。最終的に決めるのは彼女たちだが、間違いなく強くなるであろう。そんな彼女たちに力になりたい。たとえ劇的に強くなれなくても、いざという時に支え、助けられるくらいには。

 

(落ち着け…俺は俺のままで強くなればいい)

 

 額を指で叩きながら、大一は自分に言い聞かせる。熱い頭で物事を考えて落ち着きが無くなるのは欠点だと知りながらも、なかなか直すことが出来なかった。

 そんな大一がふと思い立ったのは、この奥の地域であった。ここ数日で様々な魔物と戦ったが、アザゼルの話にあった強い魔物が見受けられなかった。いや魔物自体は間違いなく強い。だがタイマンなら問題なく対応できるし、逃げるのは多数で襲われた時であった。つまりまだ見ていない強力な魔物がいる可能性がある。そしている可能性があるとすれば、まだ踏み入れていない森林の奥だと考えていた。

 だがさすがにこの闇の中を突っ切るのは、無理がある。行動を明日にしようと考えた大一は木の上に登り、リュックを抱き枕代わりに眠りについた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 うっすらと徐々に意識が目覚めていくと、その周囲は何もない世界であった。これが夜の暗闇とは違うことなど、大一は充分承知している。そうなれば、間もなく例の声が聞こえてくるはずだ。あの威圧的ですべてを押しつぶすかのような声が…

 

(そうか。お前が俺の魔力を辿ってくればいい)

 

 大一の体に負荷がかかるのと同時に、声が辺り一帯に響く。

 

(小僧、俺が強引に道を開く。そしたら魔力を辿ってここまで迎えに来い!)

 

 何かを思いついたその声は歓喜に震えていた。それと同時に負荷は大きくなり、頭痛も酷くなっていく。

 大一はギリギリと歯を食いしばりながら、この声が求めるものを考えるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌朝…と言ってもほんのり明るくなった程度だが、大一は森の奥へと進んでいた。道はなく、雑多に踏みつけられた草をかき分けて進んでいた。傍から見れば、まったくの指針もなく歩いているように見えたが、じつのところは違った。なぜか大一と同じような魔力が森の奥からわずかに感じ取れるのだ。目が覚めた時にその魔力は彼を誘い込んでいた。同時に彼は悪夢の声を思い出す。いよいよあの声の存在が本当にいることが確定したような気がした。

 進み続けて約1時間、不気味な空気に大一も警戒心を強めていた。なぜか魔物が襲ってこないのだ。歩き始めた頃は何度か集団の魔力を感じて、隠れながら進んでいたのだが、今は存在すらも感知できない。この不自然な状況に大一は首をひねりつつ、グイグイとただまっすぐに進んでいった。

 さらに1時間もすると、巨大な崖がある場所にたどり着いた。正確には向こう側にも地面が続いていたため、巨大な亀裂が広がって崖を形成したような印象であった。この場所に来るまでも魔物が見つからない。むしろ今まで襲われてきたのがウソのような印象であった。

 大一は向こう側の崖へと視線を向ける。両翼あればそこまで飛ぶのは苦ではないが、あいにく今のところそれが出来ない。そしてもうひとつ腑に落ちないのは…

 

(まさかと思うが…)

 

 崖の下を大一は覗き込む。あまりにも深すぎて底が見えなかった。当然、こんな場所に落ちることなど自殺志願者でもしないだろう。

 しかし魔力は間違いなく、この崖下から感じた。深く、暗い崖下からだ。近くにあった石を落としても、地面にぶつかった音がしないほどの深さだ。

 大きく息を吐きながら、大一は座り込んでリュックから取り出した果実にかぶりつく。最悪の酸味が口内を刺激するが、口に物を入れないと落ち着かない気持ちであった。翼も無いし、錨を使って降りていくにしても今度はこの深さでは途中で体力が尽きる可能性もある。要するに手詰まりとなっているこの現状、もし動くとするならば一か八かで飛び降りるしかなかった。

 大一が思案していると、急激に頭が割れるような痛みが襲ってくる。それどころか夢の声が頭の中に響いたのだ。

 

(来い!)

 

 頭痛が治まらない。吐き気がする。目に光が宿ったようにチカチカする。この最悪のコンディションの状態なのだから、なおさら崖を飛び降りようとは思えない。そのはずだったのだが…。

 大一は意を決して飛び降りた。もはや彼もどこかでわかっていた。悪魔になってから苦しんだ悪夢の原因が、この先にいることを。それが信用できる存在かはわからない。だが受け止めなければ、後悔すると思ったのだ。

 風を切る音、体の全身に覚える浮遊感、悪夢とはまた違って不快そのものであった。風圧で目をわずかしか開けられない大一であったが、どんどん落ちていくと、地面の前に空間に大きな亀裂が入っているのが見えた。そのまま彼はその中にとてつもないスピードで突っ込んでいくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 とんでもない高さから落下したのにもかかわらず、両足で着地した大一はちょっとした衝撃を感じただけで怪我は無かった。あの空間を通った瞬間、体がとてつもなく軽くなったような感覚となり、着地もとても軽いものとなっていた。

 大一が落ちた場所は巨大な洞窟のようであった。奇妙な魔力が全体にいきわたっており、立っているだけでその魔力に肌を気持ち悪く触られているような気分になる。

 しかし彼がそんなことに驚いている暇はなかった。なぜなら目の前には巨大な顔があったからだ。ぎょろりとした赤い目玉は大一を見据えており、牡牛のような巨大な角と自分の身長近くあるむき出しの牙がとても印象的であった。皮膚はごつごつとしていながらも鋼のように鈍い銀色の光を放っており、まるで巨大な鎧を身につけている印象であった。あまりの大きさに全身が見えないが、その顔がドラゴンであることは疑いようも無かった。

 

「やっとだ…長かった…」

 

 大一を確認したドラゴンは声を漏らす。それが悪夢の中で聞いた声なのは間違いなかった。

 

「お前が俺を呼んでいたのか…。いったいお前は何者なんだ」

「俺か…俺の名はディオーグ!すべてを破壊する最強の龍だ!」

「…いや知らないな」

「…俺の名はディオーグ!すべてを───」

「いやさっき聞いたからわかるって」

 

 自信たっぷりに自己紹介するディオーグというドラゴンに、大一はきっぱりと言い放つ。その態度にディオーグはカチンときた様子で、震える声で威圧してきた。

 

「小僧が…!俺を舐めやがって…!だいたいこの俺を知らないとか、お前本気か!?」

「あーいや、申し訳ない」

 

 落ち着かせるように手を上げながら、大一は答える。しかしこのディオーグという名について、彼は本当に聞いたことが無かった。一誠が赤龍帝として扱われ、さらにアザゼルが入った今、何度か有名どころのドラゴンの名前は耳にする機会があったが、こんな龍の名前は耳に入ってこない。もっとも本格的に調べたことがあるわけではないので、探せばなんらかの情報が出てくるかもしれなかった。

 それに見てみれば、このドラゴンは相当大きい。一誠の修行をつけているタンニーンの何倍はあろうかというほどのサイズだ。これほどの大きさの龍が無名なのは考えづらく、おそらく自分の知識不足なのだろうということで、大一は納得することとした。

 

「まったく、俺と繋がって初めてここまで来た奴がこんなのだとは呆れて物も言えねえよ」

(見た目の割りにチンピラ的な雰囲気あるな)

「適当にやった方がよかったか。しかしそれだと頭で考えられる奴にかかるか、わからないしな。でも同じような感覚の近くに力を飛ばした結果がこれだしな…」

「待ってくれ?それはどういうことだ?」

 

 ディオーグの隠そうともしない独り言に大一は待ったをかける。彼の言葉の意味が気になったのだ。

 

「あん?だからここからでも感じられる強力なドラゴンのオーラを目印に、俺の力を飛ばして繋がりを作るんだ。そして俺に気づいてもらえるように何度も念を送るんだよ。しかし気づかれなくてな」

「…質問なんだけど、それってどういう時にやっているんだ?」

「まあ、俺が起きている時に気まぐれでだな。なにせここだと時間もわからねえから、不定期だ。寝ている時みたいな精神が隙だらけの時が、だいぶ近くまで行くんだが声まで届かねえ」

「要するに、あの悪夢はお前のせいか!」

 

 ディオーグの告白に、大一は声を上げる。つまりこのドラゴンは赤龍帝の力をここから感じて、それを目印に力を飛ばし、近くの生物と繋がりを作ったということであった。さらに寝ている時に強引にその繋がりからコンタクトを取ろうとするため、眠っている時に悪夢として実現されていたようだ。

 

「最初はお前が眠っていても繋がらなかったんだぜ?幸い、どこかで魔力に当たったおかげでお前の心にも踏み込めるようになったんだが」

「魔力…俺を襲ったはぐれ悪魔か!」

「繋がりが強くなるのにも時間がかかったな。いつもなら同じドラゴンの魔力を感じれば、強くなるのによ」

「同じドラゴン…白龍皇の時の頭痛もお前か!」

 

 どんどんこれまでの疑問が解消されていくのがわかっていく。悪魔になって悪夢を見るようになったのはそれまで魔力に縁が無かったから、頭痛の件も初めて白龍皇を見た以降は不定期に来るのはディオーグが起きていたかどうかが関係しているのだろう。

 そして今の自分に流れるこの魔力…この正体がようやく何なのかがわかったのだ。

 

「つまり『生命(アンク)』の正体は…お前との繋がりが力になったものってことか…!」

「なにかわかったのか?」

「ああ。少なくとも長年の疑問が大きく解消された瞬間だったよ」

 

 大一の反応に、ディオーグは興味なさそうにあくびをする。ここにいるせいか、このドラゴンがどこまで自分のやってきたことを理解しているかは甚だ疑問であった。

 

「その疑問解消に併せて、俺も訊きたいんだが。俺は今まで声が届くまで繋がったことが無かったんだ。お前の方で何かあったか?」

「そんなこと言われても、思いつくものは無いな…」

「精神が異常に無防備になったりとかよ。ちょっと前にお前とは違うやつが俺の心にまで侵入しようとしてきたから、それが原因じゃないかとも思ったな。まあ、威圧して吹っ飛ばしたがよ」

 

 ゲラゲラと笑うディオーグの言葉に、大一の頭にはすぐさま「犠牲の黒影」の存在が思い浮かぶ。あれが彼を乗っ取ったことで精神的に薄弱となり、深く入り込んだ神器が一瞬ディオーグの中にも入ったということだ。つまりあの神器に憑りつかれたことが、結果的にこのドラゴンとの繋がりを強めることになっていた。同時に大一が後遺症なくあの神器から助かったのも、ディオーグが要因であったようだ。

 名こそ知らないものの、ディオーグの言葉には説得力があった。先ほどから魔力を感知しようとしているが、規模が大きすぎて把握しきれない。これほどの大きさだから仕方ないとも言えるが、少なくとも自分が感知してきた相手の中ではずば抜けていた。その強力な存在感が、神器を追い払ったことに説得力を持たせている。

 

「まあ、過ぎたことを聞くのも意味はない。それよりも目の前のことだ。小僧、俺をここから解放しろ」

「ずいぶん上からの命令だな。解放しろってどういうことだ」

「見ればわかるだろ。俺はここに縛り付けられているんだ。お前の想像もつかないほど永い時間な」

 

 ディオーグの目線が右を向く。その方向に大一も顔を向けると、この巨大な空間の岩壁にディオーグの腕が埋め込まれており、併せて鎖が巻き付けられていた。反対側の左腕も同様であった。おそらく見えないだけで、このドラゴンの体は他にも埋まったり、鎖が巻かれている箇所があるのだろう。

 

「しかしこんな大きいの…俺がどうにかできるものじゃない」

「いや、物理的に外すことは不可能だ。しかしお前が俺を取り込むことで、俺は脱出することが出来る」

「…取り込むってどうやって?」

「俺が知っている数少ない魔法だ。それを使ってお前の体の中に俺が入り込む」

「絶対にヤダ!」

 

 大一はきっぱりとディオーグに対して断りを入れた。あの神器に乗っ取られた経験から、彼の警戒は人一倍であった。ましてや、悪魔になったきっかけのような存在が自分の中に入ってくると考えると、気味が悪いことこの上無かった。

 

「あん?それでお前の見た目が変わるわけでも無いし、別に問題ねえだろうが!」

「体の中にお前みたいな奴が入って大丈夫なわけあるか!こちとら前に体を乗っ取られかけて酷い目にあっているんだよ!」

「それはてめえが弱いのが原因だろうが!俺は関係ねえ!それにこの魔法では俺が主導権が握れねえんだよ!」

「だとしても、自分の体に自分じゃない存在がいるのなんて気分悪いわ!とにかく俺は拒否する!」

「ハッ!お前に拒否権があると思っているのか!お前がこの場から去ったところで、俺はまたお前に念を送りまくるぜ!俺の力にいつまでも耐えられると思うなよ、小僧!」

 

 ディオーグの言葉に、大一は悔しそうに言葉が詰まる。このドラゴンとの繋がりを切るには現状では死ぬしかない。そうなれば、悪夢は見続けるし、あんな生活が続いて狂わない心配も無ければ、仲間を余計にも心配させるだろう。

 あらゆる不安と葛藤が彼の頭を巡る。自分が悪魔になった原因が突然現れたこと、このドラゴンが自分にとってどのように影響するかということ、今の自分に出来ること…。

 

「…本当に変わらないのか?」

「完全に同化するわけじゃねえからな。お前の中に俺の意識が入り込むだけだ。それにこの魔法、残念なことに取り込んだ方が主導権を握るんだよ」

「残念なことにって…。くっそ、災難続きだ。でも…あー…ちくしょう!どうすればいい!」

 

 やけ気味に反応する大一を見て、ディオーグは満足そうにニヤリと笑みを浮かべると口をもごもごと動かす。間もなく彼の脚元目掛けて血の塊を吐き出した。

 

「俺の血を使って、そこに言う通りの魔法陣を描け。複雑なものじゃねえよ。それと微量でいいからお前の血と俺の血を混ぜたもので、お前の腹のあたりに同じ魔法陣を描け」

 

 数分後、大一は取り出した錨を使いながら、血で魔法陣を描く。円の中に6角形の星とシンプルなものであった。さらに自分の腕を少し切って出血させると、ディオーグの吐き出した血を混ぜて、それで同じ魔法陣を腹部に描いた。生臭い匂いが大一の鼻を貫き、これから起こることと併せると不快極まりなかった。

 

「…それで?」

「あとはお前が魔法陣の中に立ち、魔力を全身に流すだけだ。始めると魔力を打ち止められないからな」

「まったく最悪の気分だよ」

 

 大一は血で描かれた魔法陣の中に立つ。緊張と不安、さらには自分への呆れが入り混じった複雑な感情であった。それでもここまで来た以上は、引き返すわけにもいかない。己の向こう見ずさを呪いつつ、大一は大きく深呼吸をした。

 

「どれほど待ったことか…!ようやく俺はここから出られるんだ…!」

「…よし、やるぞ」

「ああ、来い!」

 

 大一が全身に魔力を行きわたらせ始めると、魔法陣も輝きはじめ、さらに目の前にいるディオーグが彼の腹部に向かって引っ張られていくのが見える。同時にとてつもない激痛が全身に走り、とても立っていられない状態になった。大一は錨を支えにして立つも、いつまで保っていられるかはわからなかった。これまで悪夢や頭痛にしてもその苦しみは比較にならない程だ。

 間もなく、大一の意識は完全に途切れてしまった。




オリ主がというだけでなく、一誠が赤龍帝であったこともかなり影響しています。


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第45話 体の同居龍

悩みの原因がわかっても、それで解決するどころか付き合い続けることになることってあると思います。


「ゴホッゲホッ!うっぷ…オロロロ!」

 

 目が覚めた大一はせき込み、さらに嘔吐する。体は重いわ、吐き気を催すわでその体調は最低であった。嘔吐が治まると、ふらつきながらリュックサックに近づき、水筒を取り出して中の水を一気に飲んだ。今まで生きてきて、これほど水を美味く感じたのは初めてであった。

 口の水滴を拭いつつ、大一はあたりを見回す。先ほどまでいたドラゴンの姿は見えず、巨大な空洞が広がるだけであった。あまりにも大きくちょっとしたドームのように感じた。気持ちの悪い奇妙な魔力が肌を撫でる感覚、まだ少しだけ残っている生臭さ…すべてが先ほどの出来事を裏付けているように見えてしまった。

 でももしかしたら…「自分がさっき見たことは夢であって、本当は落下した時に気絶してしまったのかもしれない」、そんな想いが一瞬だけ大一の頭をよぎるが、頭の中に響いた声が最後の小さな期待を打ち砕いた。

 

(ハッハー!成功だ!俺はようやくここから抜け出したんだ!)

(うわっ!びっくりした!)

(よくやったぞ、小僧!これで俺は自由だ!)

 

 ディオーグの歓喜の声が、よく聞こえる。声の印象は変わらないのにもかかわらず、飛び上がりそうな興奮を感じた。

 そんな彼とは対照的に大一はうなだれる。やはりこれは現実であったのだとその事実に落胆していた。ただ今の自分の手を見てみると特別変化した様子は見られない。体も自分の思い通りに動く。「犠牲の黒影」の時のように操られている感覚は無かっただけでも少し安心した。

 

(さあ、小僧!さっさとこんな場所とはおさらばするぞ!俺の開けた裂け目に飛んでいけ!)

(…いやちょっと待てよ!今の俺って片翼無いから、まともに飛べなかったんだった!あー、間抜けすぎる!俺とした…ことが…うん?)

 

 自分の状態と思慮の浅さに嘆きかけた大一であったが、すぐに動きが止まる。いつも収納している翼に妙な違和感を覚えたのだ。大一は力を入れて翼を出すと、なんと両方とも現れた。左の翼はいつもの悪魔のものであったが、落とされたはずの右の翼は鋼のように光る龍の翼となっていた。

 

(なんだこれ…)

(俺の持つ生命力がお前の足りない部分から出てしまったか。まったく自分の力が恐ろしいものだ)

 

 ディオーグの自画自賛を無視しながら、大一は翼を動かす。特に問題は無さそうで、飛行も可能であった。喜びよりも戸惑いの方が大きい感覚であった。

 

(俺も一誠のことをどうのこうの心配できない感じになってしまったな…)

 

 己の変化と体に住む別の存在に憂いを感じつつ、大一はリュックを持って上に見える裂け目から、この奇妙な空間を後にした。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ディオーグと融合してからの修行はかなり奇妙なものであった。とにかく血の気が多いところがあるドラゴンであり、向かってくる魔物は全部倒せとまで言うことは珍しくない。そんな彼と言い争いしながら、時には逃げ、時には従って全力でぶつかることもあり、ほぼ毎日のようにそんなことを繰り返していた。

 だがそんな修行を繰り返していたためか、あっという間にディオーグが自分の体にいることに慣れてしまった。

 気が付けばすっかり日にちは立っており、アザゼルが迎えに来る直前まで、その日がトレーニング最終日であることを忘れて、頭の中でディオーグと見つけた怪しげなキノコを食べるかどうかで言い争っていた。

 

(腹減っているなら食うべきだろうが!食うものなんてすべて同じだ!)

(こんな図鑑にも載っていないキノコをおいそれと口にできるか!)

 

────────────────────────────────────────────

 

 グレモリー邸に戻ってきた大一はシャワーを浴びて着替えると、一誠の部屋で仲間たちと合流する。なぜかここで修行の様子を語ることになった。

 祐斗は師匠である沖田との修行の顛末、ゼノヴィアは聖剣のコントロールの内容を、一誠はドラゴン相手にサバイバル生活をしていたことについて話していた。特に一誠の内容には、全員が軽く引いていた。なんでも祐斗やゼノヴィアも外で修行していたようだが、住む場所があったのに一誠にはそれすらなかった。アザゼルもどこかで音を上げると思っていたため、そのバイタリティに感心していた。

 皆がその壮絶さに目を丸くする中、大一だけは特に驚きもせずに話を聞いていた。同じようにサバイバル生活を送っていたからもあるが、それ以上に頭の中でディオーグがうるさかったため、そちらの対応に気を取られていたからだ。

 

(あれが俺の目印にした龍を宿しているとは…見た目じゃわからねえな)

(正確には、弟の神器に宿っているんだ。まあ、世間はほとんど同じような存在だって思っているけど。というかお前、ドライグもアルビオンもタンニーンも知らないんだな)

(おい、それ本当に実在する龍か?俺よりも強い気がしないんだが)

(ぶっちゃけ、俺から言わせてもらえばデカいだけのお前よりかは遥かに強そうな印象はあるけどな)

(噛み殺してやろうか、小僧!)

 

 ディオーグが威圧的に声を荒げる。体が無いにもかかわらず、ガチンと歯が鳴る音が聞こえてくるような凄みに感じた。

 ここ数日でわかったが、このディオーグというドラゴンは想像以上に知識が無かった。正確に言うと、知識に偏りを感じる。ドラゴンとして名を広める二天龍や五大龍という同族は知らないし、神器の存在についてもわかっていなかった。かと思えば、悪魔、堕天使、天使の種族については知っていたり、魔力や生命力、気などについては感覚的ではあるが詳しかったりと、ちぐはぐであった。

 

(ったく、ここらへんのドラゴンは度胸ってのが足りないな。お前はもちろんだし、その赤なんとかってのも泣きながら女に慰めてもらうとか…ガキか?)

(俺もあいつもまだガキだよ)

 

 あまりの過酷さに一誠が泣きながらリアスに慰めてもらっていたのを見て、ディオーグが呆れるのを大一はフォローする。大一としても、もうちょっと時と場所を選んで欲しいとは思ったが。

 そんな一誠を見ながら、アザゼルはぼそぼそと呟く。どうも彼が禁手に至れなかったことを残念がっていた。あと1月あれば、至れる可能性もあったのだという。大一としてはまた弟の強烈な可能性と期待がかかっているのだと感じた。

 

「まあ、厳しい生活をしたという意味では、コイツも同じようなもんだ。大一、お前はどうだった」

「あー…まあ、魔物から逃げたり戦ったりの連続でしたね。あっ、でも魔法は使えるようになりましたよ。実戦的ではありませんが、生活に使える程度は…」

 

 リアスの胸に顔をうずめる一誠を除いた皆が大一に視線を向ける中、彼も同様に修行の顛末を話す。魔物との勝負に明け暮れて身体強化の練度が深まったこと、相手の場所を探るために感覚が以前よりも研ぎ澄まされて魔力感知の範囲と精度が上がったこと、魔法を少しだけ使えるようになったこと…。

 ただしディオーグが自分の中に入ったこと、それによって出来ることが増えた件は一切触れようとはしなかった。あまりにも不可思議な事象に、説明が思いつかなかいことと、一度体を乗っ取られたからこそ、話せばまた皆に心配をかけるは目に見えていたからだ。ディオーグ自身もこれについては特に何も思わなかったようで、口出ししてこなかった。

 アザゼルもそれなりに納得したような表情で頷く。もっとも一誠に見せたような期待的なものは感じ取れなかったが。

 

「お前もいい感じに顔つきがよくなってきたからな。兄弟揃って、野性味溢れるようになったじゃねえか」

「それ褒めているんですか…?」

「おー、褒めてる褒めてる。お前こそ、イッセーみたいに泣きつかなくても大丈夫か?」

「バカにしているでしょ、あんた」

 

 返されたリュックの中身を見ているアザゼルの言葉に、大一は露骨に不機嫌そうに眉を上げた。この男が自分になにを求めているのかがまったくわからない。

 大一の態度には特に反応を見せなかったアザゼルだが、急に不思議そうに首をひねって彼の方を見る。

 

「…おい?入れておいたエロ本どこいった?」

「腹が立ったんで、薪と一緒に火にくべました」

「なんだと!?お前、あとで他の奴らにも使うという名目で経費で落としたんだぞ!」

「知らねえよ!勝手に変なものいれるな!」

「ずりいぞォォォ、バカ兄貴ィィィィ!俺なんてなー!妄想だけでなー!ドラゴンから逃げてなー!」

「お前はこういう話の時に限って、入ってくるんじゃねえよ!」

「あらあら、私も小一時間ほどお話を伺いたいものですわ」

「耳を引っ張らないでくれって!冤罪だ!」

(堕天使の女ごときが!この俺に手を上げるなど、数億年早いこと教えてやるわ!)

(これは俺の体だ!)

 

 外からも内からも声が聞こえる状態に、慣れたと思っていたディオーグの件を大一は後悔し始めていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日の夕方、リアス達はパーティに参加することになっていた。大々的なものではなく、名家、有力者によるお楽しみ的な要素が強いものであったが、他の悪魔たちとの交流の場であり、魔王も来るため大一としては気が抜けない感覚であった。そのため午前中は少しでも眠りたいところであったが、ディオーグの矢継ぎ早の質問に答えていたためどこか気持ちが落ち着かなかった。もっとも夜は悪夢を見なかったため、何年振りかというほど久しぶりの安眠に心を休ませていたのだが。

 ネクタイを締める大一に、ディオーグが言葉を挟む。

 

(こんな面倒な服じゃなくて、お前の弟と同じようなやつにすればいいじゃねえか)

(たしかに一誠と同じ制服でも問題は無いんだが、俺はあいつよりも悪魔歴が長いんだ。こういう場所で着るための服があるんだから、それを身につけることに越したことないんだよ)

 

 大一は鏡で全身を確認する。黒いジャケットが印象的なスーツ姿であった。リアスの婚約パーティ時とほとんど変わっていなかったが、ネクタイとシャツだけはうっすらと模様がついていた。身長の高さと相まってか、我ながら年齢以上の見た目だと、大一は思ってしまった。

 

(戦いになったら、という考えが抜けているな。この服じゃ上手く動けないだろうよ)

(こう見えても、いざという時に動きやすいものを炎駒さん…あー…師匠に選んでもらったんだ。それに戦いに行くわけじゃない)

 

 大一は反論しながら、最終確認を終えると客間に向かう。女性陣や祐斗、ギャスパーはまだ準備中のようで、制服に身を包んだ一誠となぜかシトリー眷属の匙がいた。

 

「あれ?なんで匙が?」

「…あっ!大一先輩!いや会長がリアス先輩と一緒に入るというものですから」

「納得した。ということは他の眷属も?」

「ええ。みんな準備しています」

 

 大一は静かにソファに座る。一誠はどこか驚いた表情をしており、匙の方はショックを引きづっているような雰囲気であった。

 大一はそんな一誠を見て問う。

 

「…なんかおかしいか、俺?」

「いや兄貴のドレスコードって雰囲気変わるなと思って…」

「そういえば、しっかり見せたこと無かったな。まあ、こういうパーティでは俺はいつもこんな感じだよ。まあ、お前もおいおい知る必要があるな。

 それよりも俺としてはそこのショックを受けている匙がどうしたんだと聞きたいんだが」

「ふふ…グレモリー眷属はイイですよね…。先輩も主の胸とか…寝るとか…」

「察した。匙、それは一誠だけだ。こいつの特別なラッキーにいちいちショックを受けていたらキリないぞ」

 

 慰めるように大一は匙の背中を叩く。また聞きではあるが、彼がソーナに想いを寄せているのを知っていた。そして彼の言葉と反応を見る限り、一誠とリアスの関係性を知って愕然としたのだろう。

 間もなく、ドレスコードを終えたリアス達の登場に一誠と匙が感動する中、いよいよパーティに向けて彼らは出発した。

 

(服なんて邪魔なだけだろ)

(お前は引きずりすぎ)

 




オリ主がひとりで休める日はもう来ない…。


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第46話 乱入の悪魔

パーティと乱入の回です。
小猫の姉である彼女も登場します。


 パーティ会場に向かうにあたり、大一達はタンニーンの背中に乗せてもらった。大きく飛び立ち、いつもと違った感覚は新鮮なものであった。

 しかしその間もディオーグは文句を言い続けていた。今回は自分よりもはるかに弱いドラゴンに乗せてもらっていることに呆れが入ったような内容であった。大一としてはどちらが強いかというよりも、ディオーグの根拠のない自信を目の当たりにし、止まらない文句がずっと頭の中で流れている不快感の方がはるかに面倒であったため、会場に向かっている間はずっと無視して仲間たちと話していた。

 会場についてもそれは止まることなく、大一もさすがに苛立ちがピークに達しそうなものであったが、パーティが始まって料理を口にした瞬間、その煩わしさは一気に落ち着いた。

 

(小僧、今度はその料理だ!)

(お前、食べ物なんて全部同じとか言っていたじゃねえか)

(これだけ美味ければ話は別だ!さっさと食え!)

 

 頭の中でディオーグの待ちきれない声が響く。どうやら大一が食べたものの味はディオーグと共有されるようで、出てくる料理の美味に彼は舌鼓を打っていた。話を聞けば、自由であった頃は倒した魔物の肉を食いちぎり、岩なんかも飲み込んでいたという偏食だったようだ。併せてそもそも飲まず食わずでも生きていける特殊なドラゴンであったため、これまであまり食事に重きを置いてなかったらしい。それでも修行時と比べてここまで変わるのかとも思ったが、文句を垂れ流されるよりはずっとよかった。

 さすがにリクエスト全部を食べるほど、大一も大食いではなかったが、ディオーグと融合してからは腹が減りやすくなっていたため、結構な量を平らげられていた。

 とはいえ、食べてばかりもいられない。初のパーティにぐったりしている一誠達にゼノヴィアと一緒に料理を持ってきて渡していた。特に一誠は赤龍帝の名を冠しているためリアスに連れられてフロア内を一周して、すっかり疲れていた。

 

「イッセー、アーシア、ギャスパー、料理をゲットしてきたぞ、食え」

「まあ、こういうのは慣れだ。ゼノヴィアの言う通り、腹に物は入れた方がいい」

「ゼノヴィア、兄貴、悪いな」

「いや、何。このぐらい安いものだ。ほら、アーシアも飲み物ぐらい口をつけた方がいいぞ」

「ありがとうございます、ゼノヴィアさん…。私、こういうの初めてなんで、緊張して喉がカラカラでした…」

 

 3人ともげんなりした様子で食べ物や飲み物に手をつける。考えてみれば、以前のリアスの婚約パーティにも彼らは出席していなかったのだから、こういう場にはまだ慣れていないのは当然のこと。心身ともに疲れるのだろう。その割にはいつものように振舞うゼノヴィアに、大一は感心したが。

 そんな中一誠に話しかける少女がいた。小柄で綺麗なドレスを着ている彼女はライザーの妹のレイヴェルであった。

 

「お、お久しぶりですわね。赤龍帝」

「焼き鳥野郎の妹か」

 

 一誠の一言に、大一は軽く頭を叩く。一誠がライザーを嫌っているのは知っているが、さすがにその感情をストレートに出すのは見過ごせなかった。

 

「ライザー様だろうが。失礼しました、レイヴェル・フェニックス様」

「い、いえ、気になさらなくてもけっこうですわ」

「だからって叩くなよ…悪かったって。それで兄貴は元気か?」

 

 一誠の質問にレイヴェルは嘆息する。どうやら彼女の話では一誠に負けたことですっかり塞ぎこんでしまったらしい。気の毒であったが、レイヴェル本人は才能に頼り切っていた兄にはいい薬だと、バッサリ切り捨てた発言をしていた。

 そんな彼女は現在母親の「僧侶」となっている。もっともゲームに参加しないため、実質フリーなのだとか。

 彼女は途中でイザベラ(後で聞くと一誠と戦った相手だとか)に呼ばれて、去り際に彼女は一誠に向き直る。

 

「わ、分かりましたわ。イッセー様、今度、お会い出来たら、お茶でもいかがかしら?わ、わ、わ、私でよろしければ、手製のケーキをご、ご、ご用意してあげてもよろしくてよ?」

 

 緊張しながらもドレスの裾をつまみ上げて、彼女はパタパタと行ってしまった。一誠が不思議そうにしながら、イザベラとの話に移行する中、大一は飲み物を取りに行くと言って席を離れる。

 だが頭の中は衝撃的な感情が湧いていた。レイヴェルの反応に、間違いなく一誠に気があることがわかったからだ。一誠に対してなにがあって気にかけたのか、女心の不可思議さに大一は首をひねるのであった。

 

(…俺にはわからない)

(小僧!今度はあの白い雲みたいなのが乗っているものだ!)

(あれはデザートだよ。お前ほど楽観的になれれば、どれほど俺も楽だろうな…)

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、魔王が壇上に上がりあいさつをするのを大一達は見ていた。通り一辺倒の内容であったが、その堂々とした立ち振る舞いは印象的であった。

 そんな中、朱乃が話しかける。洋装のドレスコードをしており、いつもとは違った華やかな印象であったが、その表情は逆に困惑していた。

 

「…ねえ、大一。リアス知らない?」

「いや知らないな。さっきまで一緒に他の人達と話していたじゃないか」

「そうなんだけど、ちょっと席を外すってだけ言ってどこかに行っちゃったのよ。困ったわ。魔王様のあいさつの最中にリアスのことを追求されたら…」

「落ち着きなって。ちょっと見てないだけかもしれないだろう?」

 

 2人の話を耳に挟んだゼノヴィアが入ってくる。

 

「そういえば、さっきイッセーも知り合いを見つけたとかであいさつ前にどこかに走っていったぞ」

「あいつの知り合いって…そんな多くないはずだが」

「まさか駆け落ちというやつか!」

「フェニックスの件を思い返せば、ある意味リアスはやっても驚きませんけど…」

「なんにせよ、探す必要はあるな。俺、ちょっと行ってくる」

 

 そう言って、大一は静かに席を立ち、弟と主に行方を捜しに行った。とはいえ、当ても無いため近くの廊下や男子トイレへと向かうだけであった。当然のように姿が見当たらず困っていると、面倒そうなディオーグの声が頭の中に響いた。

 

(おい、小僧。変なの紛れこんでいるぞ)

(変なのって?)

(それなりの力を持った妖怪が一人、あと妖怪に近いが…仙人っぽいな。それと近くにお前の弟と赤髪の悪魔女、あと小せえ妖怪悪魔にここまで運んできたドラゴンだな)

(あ!?)

 

────────────────────────────────────────────

 

 事の発端は小猫がどこかへ向かうのを見て、一誠とリアスがその後を追ったことからであった。するとそこに現れたのは、小猫の姉ではぐれ悪魔となっていた猫又の黒歌と先日3勢力の会談で現れたヴァ―リの仲間の美猴だ。彼女は小猫を迎えに来たのだという。

 黒歌の力は、妹である小猫がよく分かっていた。その実力が最上級悪魔にも匹敵するほどであることも。だからこそ彼女はリアス達のために、姉に従うつもりだった。しかし…

 

「黒歌…。力に溺れたあなたはこの子に一生消えない心の傷を残したわ。あなたが主を殺して去った後、この子は地獄を見た。私が出会った時、この子に感情なんてものは無かったわ。小猫にとって唯一の肉親であったあなたに裏切られ、頼る先を無くし、他の悪魔に蔑まれ、罵られ、処分までされかけて……。この子は辛いものをたくさん見てきたわ。だから、私はたくさん楽しいものを見せてあげるの!この子はリアス・グレモリー眷属の『戦車』塔城小猫!私の大切な眷属悪魔よっ!あなたに指一本だって触れさせやしないわっ!」

 

 当然、リアスがそれを許すわけにいかなかった。誰よりも小猫を理解し、彼女を受け入れていたのは他でもない主のリアスなのだから。そんな彼女の言葉に、小猫は涙し自分の本当の気持ちを姉にぶつけた。

 

「…行きたくない…。私は塔城小猫。黒歌姉さま、あなたと一緒に行きたくない!私はリアス部長と一緒に生きる!生きるの!」

「じゃあ、死ね」

 

 この瞬間、黒歌の雰囲気が変わった。自分の思い通りにならなかった彼女に対して、その命を狙い始めたのだ。悪魔と妖怪に効く特殊な毒霧…リアスと小猫が地に膝をつき苦しみ始めた。ドラゴンの力により、毒が効かなかった一誠は黒歌に対して向かっていくも、相手は最上級悪魔にも匹敵する実力者。それどころかブーステッド・ギアが急に機能しないという状態にまで陥ってしまった。どうやら禁手が近いようだったが、タイミングは最悪であった。

 当然、それで手を抜く相手ではない。仲間に向けて撃ち出してくる魔力の攻撃を、身を挺して防ぐのであった。

 血だらけの一誠はふらつきながらも立ち上がる。状況は絶体絶命であった。黒歌が特殊な空間を作ったことで何人たりとも入れない状況、ぎりぎりで援護に来たタンニーンも美猴を相手に手間取っている。この援軍が期待できない状態で、何度も黒歌の強力な攻撃を喰らえば敗北は必須であった。だからこそいきなり聞こえた声に、一誠は驚愕したのだ。

 

「…なんだ、この状況?」

 

 なぜか兄の大一が驚いた表情で立っていたのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一はポカンと口を開けて、目の前に広がる状況を確認した。上空ではタンニーンが小さい誰かと戦っているし、弟の一誠はかなりの手負い、リアスや小猫もダメージは負っていなかったが苦しそうな表情で口を手で押さえている。さらにはだけた和服に身を包む黒い猫耳の女性が複数立っていた。

 ディオーグの指示通りの場所に向かって、言われた通りの箇所に魔力を流して進んだらいきなりこんな現場に出会ったのだから彼の表情はある意味で間違っていなかった。

 

「あ、兄貴…!?どうして…?」

「そりゃ、こっちのセリフだよ。一体全体どういう状況だ?というか、3人ともその様子は───」

「先輩…!ダメです…!ここは毒が…!」

「…毒?」

 

 小猫の必死の説明に大一は不思議そうな表情をする。そんな彼の頭の中では、同居するドラゴンが自信満々の声を響かせていた。

 

(はん!毒なんかで俺と融合した体が破壊されるものか!俺はディオーグ!その体はいかなる攻撃もはじく!)

(よくわからんが、お前のおかげでなんとかなっているわけだな。とりあえず…)

 

 大一は上着とネクタイを素早く外しながら、黒髪の女性に目を向ける。整ってどこか誘惑的な顔立ちだが、それも併せて露悪的に感じられた。

 

「あんたが敵ってことでいいんだよな?」

「へえ…あんたもグレモリー眷属?しかもただの悪魔じゃないわね。中に変なのがいる」

「そこまで見破るとは、ただものじゃないな。あいつは妖怪って言っていたが、その耳は…まさかお前が小猫の姉か」

「答える義理あるにゃ?」

「無いな。だが大事な主を、弟を、妹分を傷つけられた。そうなれば俺がここでやるのは───」

 

 大一は錨を出して分身の1体に素早く接近する。しかしその分身は手から魔法陣を出して、大一の振り下ろした錨の一撃を防いだ。その瞬間、黒歌の分身は消え去る。いきなり現れた男に本物として見破られたことに衝撃的な表情を向けていた。

 

「その相手を倒す事だけだ」

 




ということで、融合した後の主人公の初戦闘のスタートです。


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第47話 黒猫との対決

変わった(?)オリ主の初対決です。


(強い…!)

 

 攻撃を防がれた瞬間、大一が確信したことであった。魔力の質や量、手数の多さ、空間術の実力、目の前のはぐれ悪魔は、大一が戦ってきた相手の中ではかなりの実力者なのは間違いなかった。

 相性は悪くないものの、決して有利ではないこの状況で、一誠達を守りながら戦うのにはさすがに無理がある。そう判断した大一は、黒歌から視線をそらさずに後ろにいる手負いの一誠に呼びかけた。

 

「一誠、動けるか?」

「あ、ああ…なんとかな…!」

「じゃあ、リアスさんと小猫を連れて逃げろ。ここは俺が食い止める」

「でも…」

「いいから行け!」

 

 錨を押し込みながら大一は叫ぶが、黒歌は魔法陣を解いた瞬間、身軽な宙返りをしながら後方に下がる。

 

「そう簡単に逃がすわけないじゃない」

 

 黒歌が指を鳴らすと、再び異様な空気に周囲が包まれる。大一が強引に打ち破った空間術もあっという間に修復したのだ。

 さらに再び分身を出し始める。眼前に広がる彼女の姿は7人、違いがまるで無いようにしか見えなかった。

 

「それじゃ、小手調べにゃ」

 

 7人の黒歌から一斉に魔力の弾が撃ち込まれる。狙いは大一に絞られており、錨で防ごうとするも全弾命中していった。全身に魔力を行きわたらせて硬度を上げていたため、致命傷にはならなかったものの、焼け焦げた跡が彼の体に刻まれた。

 

「ぐっ…!威力は間違いないってことか…!」

「ありゃ、あんまりダメージを負っていない?赤龍帝よりは面白そうだにゃん」

「こっちは遊んでいる暇ねえんだよ」

 

 そう言いながら大一は地面に落ちていた小石に魔力を込めると分身の1体に投げつける。まるで鋭い弾丸のように飛んでいく小石を黒歌は首を曲げてかわした。

 

「…やっぱり本物がわかっているわね。妖怪でも無いのに気が読めるっているの?」

「わざわざ敵に種明かしをするか」

 

 大一は素早く黒歌に接近すると、連続で錨を振りつける。防御用魔法陣で黒歌は攻撃を防ぐも、腕力では大一の方に軍配が上がり徐々に後退していく。

 黒歌の指摘は当たっていた。ディオーグと融合して生活しているうちに、大一は魔力とは違った力を感知できるようになっていた。それはすべての生き物に流れる普遍的な力であった。生命が持つ大元の力であるオーラやチャクラムを感じ取れる。ディオーグ曰く「生命力」を感知できるようになり、さらに常に気を張る必要があるサバイバル生活と併せた結果、大一は他の力との区別をつけながら力を感じ取れるようになった。これにより、離れすぎていなければ魔力を持たない相手を探すことも出来る上に、幻術などのかく乱も相手の生命力を辿ることで見抜くことが出来た。

 だが黒歌もこのまま押されっぱなしとはいかない。空間を操り、別の場所に現れると魔力による攻撃を撃ちだした。しかし今度は大一を狙わず、攻撃は一誠に向かっていた。

 

「やらせるかって」

 

 一誠に当たる直前に、黒歌の攻撃は空中で爆発する。直前に大一の口からは撃ち出された魔力の塊がその攻撃を防いだのであった。これまでの大一とは違う攻撃方法に、一誠は驚いて口から煙が出ている兄を見た。

 

「あ、兄貴…魔力撃てるようになったんだ」

「なぜか口からだけどな。まったく鍛えて悪魔離れしたってどういうことだか…ほらもう一発!」

 

 大きく息を吐きだすように大一が口から撃ち出した魔力は、黒歌に向かっていく。彼女は冷たい表情でその攻撃を正面から防いだ。大一は間髪入れずに煙に紛れて接近戦を仕掛けるが、黒歌は軽い身のこなしで彼の錨や蹴りを避けていった。

 大一が錨で大きく薙ぎ払ったところで、黒歌はジャンプして木の上へと飛び乗った。

 

「赤龍帝の兄ねえ…。ヴァ―リの話じゃ警戒するような相手ではなかったと聞いていたんだけど」

「ヴァ―リ?お前、あいつの仲間か」

「私としては白音を引き取ってさっさと退散したかったんだけど、お姉ちゃんの言うことを聞いてくれないからねえ~」

 

 大一の問いを無視しながら黒歌は話を続ける。明らかに時間稼ぎを狙ったような態度であったが、今の彼にはどうすることもできないため次の攻撃に備えて一誠達のそばへと下がった。

 

「そりゃ、よかった。お前みたいな姉に、大切な仲間を連れていかれるのも癪だからな」

「お姉ちゃんならちゃーんと力を理解してあげられる…そう思っているんだけど、どうも白音やそのお仲間たちは納得してくれないみたいにゃ」

「経緯を知る以上、納得しろってのが無理な話だ」

「力や才能を理解してあげることこそ最高じゃない?まあ、白音の力は未熟だけど」

「小猫にとっては、お前が一緒にいてやることの方が必要だったと思うがな。あるがままの優しい彼女を認めるべきだな」

 

 大一の指摘に一瞬だけ、黒歌の眉が動く。しかしすぐに煽るように言葉を発した。どこか苛立ちと呆れが感じられた。

 

「つまらないわね。そういう詭弁は好きじゃないにゃ」

「詭弁でけっこう。力や才能だけが人を認める理由じゃない。俺が最近になって学んだことだ」

「なに?あんた白音の王子様でいるつもり?」

「そういうのはもっと英雄的な肩書きを持っている奴に言うものだな。弟のようにな。俺はただ小猫が安心していられるために、受け止めてやるだけだ。それが兄貴分として出来ることなんだよ」

 

 そう答える大一は大きく息を吸うと、再び魔力を撃ち出す。黒歌は木から降りて攻撃を避けると、再び魔力を連続で撃ち出してくる。大一は翼を大きく広げると、魔力を通して硬くし仲間の前で壁になって攻撃を防いでいく。以前よりも魔力を通して堅牢な守りが出来るようになったため、ダメージはそこまででも無かったが、このまま耐えても突破口が開けない。毒が先にリアスや小猫の命を奪うのは疑いようもなく、遠距離攻撃も手段だけで威力はそこまででも無かった。つまり最悪のジリ貧状態であった。

 彼の翼を見たリアスと小猫が驚いて息をのむ中、一誠は何か思い当たったように頭を振る。

 

「兄貴、わかったぜ。俺も力だけじゃない。自分らしく強くなって見せる!だから少しだけ任せてもいいか?」

「勝算あるんだな。攻撃は通さねえよ」

「ありがとな。…部長、お話があります。俺が禁手に至るにはおそらく部長の力が必要です」

「…わかったわ!私でよければ力を貸すわよ!それで何をすればいいのかしら?」

「───おっぱいをつつかせてください」

 

 一誠の言葉に、最悪の静かな空気が流れる。あまりにも唐突で、上で戦っているタンニーンと美猴の勝負音がとてつもなく遠くに感じた。

 たしかに自分らしくと言ったが、それで弟が取ろうとする行動があまりにも欲望に忠実なのは大一も首をひねる想いだ。

 だがこれに対して、リアスの回答もさらに大一を困惑させた。

 

「…わかったわ。それであなたの想いが成就できるのなら…」

(いいのか、それで!?)

(お前の仲間、狂ってんな)

(い、言い返せねえ…!)

 

 ディオーグにすら何も言い返せない中、後ろで布がこすれたような音がする。リアスが上を脱いで胸をさらしたことは想像に難くなかったが、自分が攻撃を受けている中で最低の状況が後ろで繰り広げられているのに、泣きたくなってしまった。こんな状況に居合わせることになった小猫やタンニーンにすら申し訳なさを感じる。敵である黒歌、美猴もすっかり困惑していた。

 

「ねえ、美猴!あれは何か作戦かしら?リアス・グレモリーが乳房をさらけ出して、赤龍帝と何かをするつもりだわ」

「俺っちに訊くな!赤龍帝の思考回路は俺っち達とは別次元のところにあるんだってばよ!」

(実力なら俺こそが別次元だ!)

(そこで張り合わないでくれ…死にたくなる…!)

 

 さっさと終わらせて欲しい気持ちとこれで禁手に至ると思えない気持ちが混ざり合わさる中で、一誠は叫ぶ。

 

「兄貴!おっさん!大変だ!右のおっぱいと左のおっぱい!どっちをつついたらいい!?」

「知るかァァァッ!さっきから戦っているこっちの身にもなれェェェッ!」

「バカ野郎ォォォォォッ!!右も左も同じだ!!さっさと乳をつついて禁手に至れェェェェッ!!」

「ふざけんなッ!!右と左が同じわけねぇだろォォォォッ!!大切なんだよ!俺のファーストブザーなんだぞ!人生かかってんだ!真面目に答えろォォォッ!!!!」

 

 地獄みたいな言い争いが繰り広げられる中、これに終止符を打ったのは胸を触られるリアスの一言であった。

 

「もう!バカッ!それなら同時につつけばいいでしょ!?」

 

 革新的な提案に一誠は衝撃を受け、大一とタンニーンはとにかく気を抜かないようにしながらその時が来るのを静かに待つ。間もなく、リアスの艶めかしい喘ぎ声が耳に入ると、大一の後ろでとてつもない魔力の上昇を感じた。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!』

「禁手、『赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』ッ!!主のおっぱいをつついて、ここに降臨ッ!」

 

 一誠は赤い鎧を身にまといながら高らかに宣言すると、大一の横について、手のひらから魔力を撃ち出す。黒歌の横を過ぎた魔力であったが、その威力は間違いなく、とてつもない爆風で一気に毒霧を霧散させた。

 

「兄貴、下がっていてくれ。ここからは俺がやる」

「言われなくても攻撃を受けすぎて、俺もちょっとヤバいんだ…。頼むよ…」

「ハッ!面白いじゃないの!なら、妖術仙術ミックスの一発お見舞いしようかしら!」

 

 黒歌は高らかに笑うと両手にそれぞれ別の力を溜め始める。毒霧でのすりつぶしが効かないとわかった今、戦法を変えてきたようだ。しかしそれすらも今の一誠には通用しなかった。

 撃ち出された波動を両腕でガードすると一気に距離を詰めていく。黒歌が何度も波動を撃ち込むも、一誠はそれを弾いていき彼女の眼前で拳を止めた。

 

「次に小猫ちゃんを狙ったら、この一撃を止めない。あんたが女だろうが、小猫ちゃんのお姉さんだろうが、俺の敵だッ!」

「…クソガキがっ!」

 

 怒りと怯えが入り混じった眼で一誠を見る黒歌に対し、美猴はまだまだ戦うつもりの様子で如意棒を回す。大一も疲れた様子でありながら、脚に力を入れて気合いを入れ成すが、頭の中でディオーグが嘆息しながら声を発する。

 

(まーた別の奴が来やがったな)

 

 その言葉通り、突如目の前に空間の裂け目が現れるとそこから背広を着た眼鏡の男性が出てきた。手には巨大な聖剣が握られていた。

 

「そこまでです、美猴、黒歌。悪魔が気づきましたよ」

「全員そいつに近づくな!手に持っている物が厄介だぞ!」

 

 男の登場に、タンニーンが警戒を促す。彼の持つ聖剣は「聖王剣コールブランド」と呼ばれ、地上最強の聖剣と名高い一振りであった。さらに腰には最近発見された7本目のエクスカリバーまで備えており、それを扱っているだけでも男の実力を物語っていた。

 

「さて、逃げ帰りましょう。さようなら、赤龍帝」

 

 それだけ言い残すと、男は仲間を引き連れて空間の中へと去っていった。

 ようやく戦いが終わったことがわかると、大一は疲れたようにその場に座り込んだ。さすがにディオーグと融合して初めての実戦であったため、自分でも気づかないうちに力が入っていたようだ。

 そんな彼に小猫は恥ずかしそうに話しかける。

 

「…先輩、ありがとうございました」

「俺だけじゃないって。とにかくみんな無事でよかったよな」

「…はいッ!」

 

 少し涙ぐみながら笑顔を見せる小猫に、大一も安心する。その彼女の様子だけでも尽力した甲斐があった。

 一方で、リアスは少し心配した表情をしながら大一に言葉をかける。

 

「大一、話は後で聞かせてもらうわよ」

「わかっています。ちゃんと真実は話しますよ」

 

 間もなく、騒ぎを聞きつけた悪魔が彼らを保護する。その状態で大一は頭の中でどのようにディオーグのことを説明しようかと考えていた。

 




強化されてもオリ主がやること変わっていないのに書いてから気づきました。


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第48話 試合前の内心

書いていて思ったのは、オリ主の性格がなかなか向こう見ずなところです。


 禍の団の襲撃により中止となったパーティの後、リアス達はグレモリー邸に戻ったが、すぐに休むことは無く待合室で大一を問い詰めていた。先ほどの戦いで彼が貢献したことは否定しようもない。しかし同時に、彼がこれまでと違った様子であったのも事実であった。

急激に力をつけるのは、悪魔の世界では珍しいことではない。だが大一の場合は、以前「犠牲の黒影」に取り付かれていた経歴があったため、疑いを向けられるのは仕方が無かった。

 一方で、大一はどう説明すればいいかが、まるで見当がつかなかった。ディオーグの存在を証明できればいいのだろうが、頭の中でしか会話できない奴を存在するなどそれこそ不可能であったからだ。しかも当の本人は、食事が終わったとわかるや否や眠り込んでいた。

 話をどのようにして切り出そうか迷っていると、アザゼルが落ち着きなく貧乏ゆすりをしながら話しかける。

 

「あんまりもったいぶるなよ。この後、俺はまたすぐにサーゼクス達に会って、今後のことを話さなくちゃならないんだからな」

「もしかして内容によっては、俺が今回出られないとかも…」

「もちろんあり得る。むしろこのまま隠し続ける方が、お前にとって不利益だと思うがな」

「…わかりました。あー…じゃあ…」

 

 とにかく目に見える証拠と併せて、話すしかない。そう考えた大一は立ち上がると両翼を広げた。片方は悪魔の翼、もう片方は同じくらいのサイズの龍の翼が現れた。

 先ほど見たリアスや一誠、小猫は目を細め、それ以外のメンバーは彼の体の変化に驚いた表情をしていた。中には息をのむ者もいたが、反応せずに大一は事の経緯を説明する。例の悪夢の詳細、ディオーグと出会った経緯、「生命(アンク)」の正体、そして自分の体とディオーグが融合したこと…。

 話を進めるほど、全員の表情に心配と陰りが見える。仲間たちのそんな表情を見るのが心苦しいものであった。

 話し終えたところで、さっそく追求してきたのはアザゼルであった。

 

「さて、その話だがどこまで本当なものか…」

「まあ、信用できないですよね」

「お前は前に乗っ取られているからな。正直、今話しているのが大一なのかっていうのも手放しに信じられるものじゃない」

 

 アザゼルの指摘はもっともであった。残念ながら彼の体に別の存在がいるかなど、特別な感知能力でも無ければわからないし、大一が自分の意思で話しているのかなど傍から見ればもっとわからなかった。

 

「私が姉さまくらいの力があれば…」

「小猫、そういう話は今は無しだ。だいたいこの件については、俺が証明できないのが悪いんだから」

 

 ぼそりと呟く小猫に大一は指摘する。彼女は少し口を曲げて、そのまま黙ってしまった。一方、アザゼルは特に反応せずに、大一にたたみかけていった。

 

「あとな、信用できない理由はそもそもディオーグなんて龍を聞いたことないんだ。龍のオーラも感じられないし、俺はこう見えてもかなりドラゴンを知っているつもりだが…」

 

 アザゼルがちらりと一誠に目を向ける。すぐに彼も首を振った。おそらく彼の神器にいるドライグも知らないことを伝えたのだろう。

 このまま話がどん詰まりになると思われた時、彼の頭の中に低い声が響いた。

 

(まだ話し終わっていなかったのか)

(お前はいつ起きていたんだよ…)

(ついさっきだ。バカ共が俺の名を知らないとか抜かすからな。おい、小僧。錨出して、俺の人格を引き上げて表に出せ。10秒程度ならできるだろ)

(…は?)

 

 寝起きの苛立ちとはまったく違う面倒そうなディオーグの言葉に、大一は一瞬思考が停止する。取り付く島が無い状態の中、いきなり助け船が現れたのだから、無理もなかった。

 

(お前、それ早く言えよ!)

(やっても、すぐに戻るから意味無いだろ?まあ、使う機会が来たってことだな)

「兄貴、どうした?」

「…ちょっと待っていてくれ」

 

 大一は手を上げて一誠を制すと、錨を出して自分の中にいるディオーグの生命力を探り当てる。間もなく強固で、重そうな感覚を見つけると、いつも魔力を引き上げるのと同じ要領で表に出した。

 一瞬、吐きそうな感覚が襲うが、間もなく大一は奇妙な感覚に陥った。視界は変わっていないのに体をまったく動かせない。自由が効かないのに解放的な感覚と矛盾した要素に包まれていた。

 さらに彼の口から、大一とは違った威圧的な声が発せられた。表情は勝ち誇っており、ぎらついた眼で仲間達を睨んでいる。

 

「いいか、ガキども!よく聞いておけ!俺こそが最強の龍、ディオーグだ!お前らのような───」

 

 威厳たっぷりに宣言する大一の声は途中で途切れる。凶悪そのもののような顔があっという間に静まり、自分の口からとんでもないことが言われそうになったのに恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 リアス達は大一のあまりの変わりように目を丸くしていたが、間もなく緊張が途切れたように各々言葉を発する。

 

「ふぅ…とにかくあなたの言葉が正しいことがわかって安心したわ」

「兄貴も俺みたいにドラゴンがいるってことかよ…!」

「見た感じ頼もしい…とは違うみたいだけどね」

「うーん、木場の言うこともわかるな。私としてもあの傲慢さは気持ちのいいものではなかったぞ」

「わ、私も驚きました…!」

「怖いですよォォォッ!」

「ギャーくん、うるさい。…でもたしかに先輩とはまるで違いますね」

「あらあら、大一と息が合うようには思えませんわ」

「まあ、嘘じゃねえことがわかってよかったよ。サーゼクス達に報告しなくちゃな」

 

 仲間たちの反応に、大一は胸を撫でおろす気持ちであった。少なくとも彼らを説得できたのを確信できたからだ。あとは後日のソーナ相手のレーティングゲームに参加できればいいのだが…。

 

(ガキどもが知らねえなどというのは納得できねえ!これから俺の名をよーく覚えておけ!)

(もう戻っているよ)

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後、大一は心から安心して仲間たちと共に立っていた。今回のレーティングゲームに参加することが許されたのだ。まったく無名のドラゴンであること、大一が完全に人格をコントロールしている(と思われている)こと、そしてなによりもシトリー側が彼の参加を強く希望したことが幸いであった。試合後にまた検査することを条件に、お偉方からのお許しが出たというわけだ。

 そんな彼が仲間と共に魔法陣でジャンプした対戦場所は、デパートにあるようなレストランであった。そんな中、今回の審判を務めるグレイフィアの声が響く。

 

『皆さま、この度はグレモリー家、シトリー家の「レーティングゲーム」の審判役を担うこととなりました、ルシファー眷属「女王」のグレイフィアでございます。

 我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。さっそくですが、今回のバトルフィールドはリアス様とソーナ様の通われる学舎「駒王学園」の近隣に存在するデパートをゲームのフィールドとして異空間にご用意致しました』

 

 今回のフィールドは駒王学園の近くにあるデパートであった。リアス側の本陣は2階の東側、ソーナ側の本陣は1階の西側であり、フィールドを破壊しないことという制約が設けられていた。そのため広範囲に破壊力のある攻撃が主体の一誠や朱乃、ゼノヴィアには少々厳しいものとなっていた。さらにギャスパーの神器の使用もまだ暴走の危険性を考えられていたため、使用は禁止。リアス側には縛りの多い試合となっていた。そして今回は「フェニックスの涙」もひとつ互いに支給されている。これが勝負の鍵を握るといっても過言じゃないだろう。

 ルールの説明が終わるとリアスと朱乃を中心に序盤の動きを確認、気が付けばゲームスタートまで残り15分となっていた。

 一誠達はそれぞれ残りの時間を過ごす。大一も落ち着かない気持ちでウロウロと歩いていたが、それ以上に戦いと聞いて中のドラゴンが黙っていないことの方がより落ち着かなかった。

 

(とにかく全部潰せば…と言いたいが、お前の力じゃムリだな)

(それ以前に、今回はルールがあるんだ。戦いじゃなくて試合なんだよ。まったくその血の気の多さ、どうにかならないか?)

(もっと強さに貪欲になるべきだろうよ。強さこそが存在の証明だからな)

(お前だったら、この前の小猫の姉と仲良くなれそうだよ。まったく…)

(ハッ!)

 

 大きく声を響かせたディオーグに、大一はため息をつく。こんなやり取りを残りの長い悪魔人生で何度繰り返すことになるのだろうか。

 大一のそんな様子を見て、朱乃がクスクスと笑いながら声をかける。

 

「中のドラゴンと折り合いがつかないのかしら?」

「正解。前よりも過ごしやすくなったのかどうか、わかったものじゃないな」

「あらあら、戦いの前にそんな様子じゃ不安だわ。それともいつもの強がり?」

「大丈夫…なんて言うつもりは無いが、まったく根拠がないわけじゃないんだ。自信はいつもよりあるな」

 

 大一は自分の片手を見ながら答える。その言葉に嘘はなかった。ディオーグと融合したおかげで出来ることが増えた。魔力、生命力の感知、魔力の放出、以前よりも強固になった守り…実際、強く放っていた。

 しかしそれ以上に以前のまとわりつくような苦しい責任感から解放され、自分自身を見つめ直せたことがもっとも大きな要因であった。己の在り方に強い理由を持った彼は、これまでの悪魔人生で一番自信を実感していた。

 そんな彼の手に、朱乃がゆっくりと手を重ねる。その瞳には不安が映っていた。

 

「羨ましいわ。私は…覚悟を決めたつもりでもやっぱり怖い…」

「朱乃さん…」

「もちろん勝利のために、全力は出すわ。それでもこの力を使って、私自身が堕天使に染まる感覚は…あっ」

 

 朱乃は言いかけた言葉を切る。大一が彼女の手の上にさらに手を重ねて、優しく握ったからだ。

 

「強い手だよ。俺と一緒に、そして俺よりもリアスさんを支えてきた、綺麗で、とても強い手だ。

 そんな朱乃さんなら、どんな力にも負けないと思うよ。それでも怖かったら、俺がいる。朱乃さんがリアスさんや俺を支えてくれたように、俺があなたを支える」

 

 大一は顔を赤らめながら、彼女に優しく、強く伝える。彼女の想いを自覚していくほどに気恥ずかしくなってくる。どんどん体が熱くなっていくのに、彼女に触れていたい、力になりたいという想いが膨れ上がっていた。

 朱乃の方も、そんな大一の姿に不思議な感情を抱いた。いやその感情の正体にはわかっていたし、だからこそ彼にアピールをしてきたのだが、いざ自覚し始めると喜びと緊張に心が締め付けられるような感覚であった。

 

「…らしくないわ。大一の言葉に、こんなに喜んじゃうなんて前は思わなかった」

「正直、自分でもよくこんな歯の浮くような言葉が出てくるなと思うよ」

「あら、じゃあ本気じゃなかったの?」

「ま、まさか!俺は朱乃さんのことを…あー…大切な仲間だと思っているから…!」

 

 本心を言い切れずに普遍的な言葉で濁す大一に、朱乃は少し残念そうに、同時にいたずらっぽく何かを思いついた笑みを浮かべた。

 

「期待したのに…意気地なし。だから代わりに」

 

 手を離した朱乃は、腕を大きく開いて大一の前に立つ。恥ずかしさと期待の混じったその表情は、魅力的かつ妖艶にも感じられた彼女の美しさを引き立てるものであった。

 

「…抱きしめて」

「そ、そういうのは…まだ…えっと…」

「支えてもらいたいの。勇気を…ちょうだい」

 

 切なく、甘えるような彼女の声に、大一の感情は溶かされる。彼は一歩進んで、自分から彼女の腰に手を回した。自分と対照的な柔らかい体、鼻をくすぐる誘惑的な香り、見慣れているはずの長い黒髪、すべてが魅力的に感じた。

 胸が高鳴り苦しいのに、もっと近づきたくなる不思議な感覚であった。

 

「…そういうのもっと人目のつかないところでやってください」

 

 突然の小猫の言葉に、2人は雷に打たれたかのように驚く。気まずそうな表情の2人を、小猫は呆れたように目を細めて見ていた。

 

「うおっ!小猫、いつからいたんだ!?」

「手のくだりからです」

「あ、あらあら、ちょっと恥ずかしいところ見られちゃいましたわね」

「…本気でそう思っているなら、まず離れるべきじゃないですか」

 

 表情を変えない小猫の指摘で初めて気づいたかのように、大一も朱乃も両手を上げて離れる。気まずさと名残惜しさが傍から見てもわかるほど、顕著に感じられた。

 

「えっと…じゃあ、大一!お互い頑張りましょう!」

「えっ!?ああ、うん!そうだな!」

 

 あまりの気まずさから朱乃はパタパタとリアスの元へと逃げるように走っていった。残された大一は、小猫に見られながら居心地の悪く、羞恥心にまみれていた。

 

「いよいよイッセー先輩に文句言えなくなってきましたね」

「不本意だが…そうだな」

「先輩は女の子に興味ないのかと思っていました」

「そんなひねくれた性格してないよ。今まで余裕が無かっただけだし…」

「…ふーん」

 

 小猫から向けられる視線に、大一は目を背ける。彼女の眼は冷ややか…というよりも、疑いとどこか期待を抱いているような奇妙なものであった。

 

「先輩は朱乃さんのためなら、頑張れるんですね?」

「…仲間のためってことにしてくれないか?」

「…でしたら、私の手も握って欲しいです。私のことも支えて欲しい…」

 

 小猫は大一から顔を逸らすと、ぶっきらぼうにグイっと手を向ける。彼はちょっと意外そうな表情を見せるが、間もなく手を伸ばして握り返した。比べるとかなり小さい手なのに、そこには芯の通った強さが感じられた。

 

「この前の一件でお前にシンパシーは感じちゃったな。強くなれたと思うか?」

「あります。でもそれ以上に、迷いを断ち切れたのが大きいです」

「その言葉だけで安心したよ」

 

 小猫が握った手に優しく力を入れると、大一もそれに沿うように握り返す。このやり取りだけで、互いの強さを実感できるような気がした。

 時間が近づいてくるのを確認した大一は、小猫と手を離し励ますように肩を叩くと皆の元へ向かう。

 

「よし、行くか」

「わかりました。あ、あの…前に話したおごってくれる約束もお願いしますね」

「一誠がドレスブレイクした時のあれか…。そうだな、冥界から戻ったら一緒に行こう」

「…ありがとうございます。お、お兄ちゃん…

「ん?」

「…なんでもありません」




次回はシトリー戦になります。オリ主ひとり入った程度で大きく変わる気はしませんが…。


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第49話 シトリーとの試合

迷って迷って、1話にまとめました。
個人的にはシトリー眷属の方がデザイン好きです、はい。


 ゲームが始まってすでに数分間が経過していた。大一、祐斗、ゼノヴィアの3人は立体駐車場にいたが、前方にはシトリー眷属が陣取っていた。相手は「女王」真羅椿姫、「戦車」由良翼紗、「騎士」巡巴柄の3人だ。

 

「ごきげんよう。3人がここへ来るとはわかっていました」

 

 椿姫が淡々と答える。今回の試合、リアス達は最初にギャスパーに偵察をさせつつ一誠と小猫、大一と祐斗とゼノヴィアの2ルートに分かれて攻めていた。相手がもっとも警戒してくるであろう相手は禁手にも至った一誠が「女王」に昇格すること。だが攻めにおいては祐斗、ゼノヴィアもかなり強力であったため、一方を囮にしつつどちらからでも強力な攻めを狙えるような配置にしていた。だからこそ、感知に優れる小猫と大一をそれぞれに配置している。

 とはいえ、ここにいきなり3人と手堅く配置していたのを見ると、リアスの狙いはどうも看破されていたようだった。

 

「まさかこんなに早く椿姫さんを相手にするとは思わなかったよ」

「こちらとしては予定通りです」

 

 大一の言葉に、挑むように椿姫は自分の得物である長刀を向ける。にらみ合いが続く中、グレイフィアのアナウンスが響き渡る。

 

『リアス・グレモリー様の「僧侶」1名、リタイヤ』

 

 先手を取られたのはリアス達であった。アナウンスでは「僧侶」だけであったが、アーシアはリアス、朱乃と一緒にいるので、討たれたのがギャスパーであることは疑いようも無かった。

 

「冷静ですね」

「ええ、こういうのに慣れておかないと身がもちませんから」

 

 椿姫の言葉に、祐斗が冷静に返す。彼としては内心穏やかではなく、その仇討に燃えていた。ゼノヴィアの方も目が据わっており、その心情が察せられた。もっとも大一はこうなる可能性は考慮しており、相手の手際の良さに感心していた。

 

「まったく、あいつは体の鍛えが足りないから。だが、かわいい後輩をやられたのでね。仇は討たせてもらうよ」

 

 とてつもない殺気でゼノヴィアは聖剣を構える。そのプレッシャーは肌がひりつくような想いを感じさせた。

 全員が一斉に動き出す。祐斗が椿姫と、ゼノヴィアが巡と、大一は由良とぶつかり合った。他の2人から刀身がぶつかり合う音が聞こえる中、大一が振り下ろした錨を、由良は腕を交差させて手の甲で挟み込むように受けた。防いだ瞬間に、わき腹を狙うように蹴りを入れられるが、大一もそれを見越してすぐに錨を持ち上げながら、魔力を込めて体を硬化させて攻撃を防いだ。それでも「戦車」のパワーで押し込まれそうになったため、大きく横に飛んで距離を取った。

 由良がすぐに距離を詰めて、拳を連続で打ち込むが、大一は錨の柄を使って彼女の手首を狙いつつ払うように、拳の攻撃を防いでいく。

 

「けっこう長身で見下ろすことが多いんですけど、先輩相手だと見下ろされますね。リーチの違いがシビアですよ」

「そう言いながらも、俺に対して的確に格闘をしかけてくるじゃないか。純粋な力だけじゃない。その経験に裏打ちされた体術は間違いないな」

「その言葉、そっくり返しますよ」

 

 由良はとにかく押し込むように猛攻を仕掛けていく。大一の反撃を蹴りに対して、彼女は脚を掴みそのままぐるっと一回転して投げ飛ばした。身体能力は同等だが、攻撃の手を止めない彼女に後退を強いられる。

 大一はちらりと祐斗とゼノヴィアに視線を向ける。元より聖剣を使える彼らは武器の面で大きく有利であった。特にゼノヴィアについては一誠からアスカロンを借りており、見事に扱いこなしていた。

 彼らへの援護が必要ないと感じた大一は、体を硬化させての体当たりを狙う。牽制で魔力を撃ち出しながら、手頃な車の上へと着地しようとした。どうもいくつかの車に魔力を感じたため、罠が張られているのは想像に難くなかった。当然、彼は魔力の感じない車の上へと着地しようとするが…

 

「うおっ!?」

 

 足を踏みしめようとした瞬間に、大きく態勢が崩れる。車の上が異常に滑りやすくなっていたのだ。車から滑り落ちた大一はその原因となったものに触れる。なんてことはない、ただの油であった。おそらく食品売り場辺りから取ってきた食用のものだろう。

 だがこの一瞬が、勝負を動かした。由良は素早くゼノヴィアと巡の戦いに介入する。

 

「反転(リバース)!」

 

 この瞬間、ゼノヴィアの聖剣にまとっていたオーラが魔のオーラへと変化した。聖なる力でなくなった剣を由良は白刃取りすると、そのまま強力な蹴りでゼノヴィアを強襲する。この攻撃をゼノヴィアは避けるが、先ほどの不可思議な現象は彼らに少なからず動揺を与えた。いずれにせよ、ゼノヴィアが苦手なカウンタータイプだとわかると祐斗は彼女に声をかける。

 

「ゼノヴィア!チェンジだ!」

「待て、祐斗!それは───」

「おっと!先輩、それ以上の言葉は無しですよ!」

 

 大一の言葉を遮るように喜々として巡が魔力の斬撃を飛ばす。錨でその攻撃を薙ぎ払うも、すぐに由良が車を思いっきり投げ飛ばして追撃してきた。魔力を込めて錨を振り下ろすと、再び由良が攻めてくる。気がつけば、ゼノヴィアは椿姫と、祐斗は巡と対戦していた。わざわざ隙を作り、この状況を作り上げたのにはどこか作為的なものを感じた大一はなんとか彼女の援護に向かおうとするも、それを相手は許すわけがなかった。

 

「どけ、由良!」

「そうはいきません!今のところは完全にこちらの作戦通りなんですから!」

「───神器『追憶の鏡(ミラー・アリス)』」

 

 椿姫が守るように出した鏡をゼノヴィアが破壊すると、それに対するように強力な波動が彼女を襲う。その威力にゼノヴィアの体からは鮮血が噴き出した。知っていた椿姫の神器とはまるで違う使い方に、シトリー眷属への評価の甘さを大一は呪った。

 祐斗は素早くゼノヴィアを回収し物陰に隠れると、大一も手近な車へ身を隠す。

 

(あの程度でやられるとは情けない女だ)

(お前はちょっと黙ってろ!)

(戦いに口出しはしないが、感想は言うぞ。甘いんだよ、お前らの考え方は)

(説教やアドバイスは終わってから聞く!)

 

 大一は歯を食いしばりながら、頭の中のディオーグに答える。だが彼の言うことはその通りだと思った。カウンター使いをわざわざ2人も用意して、確実に手数を減らしにかかってきている。今思えば、由良の強気な攻め方は、魔力感知でも気づかないような古典的な方法でわざと大一を引き離し、祐斗とゼノヴィアの片方に確実にカウンターを仕掛けるためであろう。ここで数的有利を取るのは大きかった。いかんせん、祐斗にはカウンター使いをぶつければいいし、決定力の無い大一には数で押せるのだから。

 この攻めあぐねる状況の中、耳につけられた通信機に祐斗の声が聞こえる。

 

『大一さん、聞こえますか?一瞬だけでも3人を相手にすることできますか?』

『まあ、出来るにはできるが…ゼノヴィアは?』

『おそらくこのままリタイヤは必至。でも最後のあがきはできそうです』

『…わかった。俺が囮になる』

 

 大一は姿を現すと、魔力を撃ち出す。あっさり巡に斬り伏せられたが、全身に魔力を込めつつ、椿姫へと突進をしていく。彼女は長刀で迎え撃つが、大一はそれを掴んだ。間もなく、巡と由良も横から攻めてくるもそれは防がずにあくまで硬化した体で受けた。

 すっかり攻撃に転じてきた大一に気を取られた彼女たちは、祐斗とゼノヴィアが技を撃ち出す技への反応が遅れてしまった。

 

「───デュランダル・バースッ!」

 

 聖魔剣にデュランダルも合わせた強力なオーラは由良と巡を貫き、見事に彼女らをリタイヤさせた。椿姫の方は逃がしたようだが、この圧倒的に不利な状況で相手を追い込んだのは大きかった。

 

「先輩、すまなかった」

「ここまでやってくれれば充分さ。まず休んでいろ」

「そう言ってもらえると助かる。木場、いい攻撃だったな」

「ああ、僕とキミが組めばまた聖なる剣を咲かせられる」

 

 このやり取りの間もなくゼノヴィアの姿も消えていった。残った大一と祐斗は合流地点を目指して、再び歩を進めていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 グレモリー眷属の脱落者はギャスパーとゼノヴィアの2人に対して、シトリー眷属の脱落者は4人。一誠と小猫の2人が匙と仁村の兵士コンビを倒し、元より数的有利のあるグレモリー眷属の方が現状は圧倒的に有利であった。

 それなのに大一は奇妙な感覚がぬぐえなかった。先ほどのシトリー眷属との戦いはもちろんのこと、リアス達と合流したショッピングモールの中央広場でソーナが大胆不敵に待ち構えていたことが腑に落ちない。周囲に結界が張られた彼女の近くには、「僧侶」花戒と草下、そしてここまで下がってきた椿姫がいた。奇妙なのは、花戒と一誠の間に奇妙なラインが繋がっていたことであった。

 全員と合流したリアスはソーナと相対する。

 

「…ソーナ、大胆ね。中央に来るなんて」

「そういうあなたも『王』自ら移動しているではありませんか、リアス」

「ええ、どちらにしてももう終盤でしょうから。それにしてもこちらの予想とはずいぶん違う形になったようね…」

 

 自分の作戦が完全に読まれていたことにリアスは苦笑するが、さらに想定外のことが起きた。急に一誠が膝をついたのだ。すぐにアーシアが回復させるも、どうも効果が薄い。いきなりのことにリアス達は訝しむが、その理由がソーナから語られる。

 

「あなたの血です。人間がベースとなっている転生悪魔。人間は体に通う血液の半分を失えば致死量です。知っているでしょう?レーティングゲームのルール。ゲーム中、眷属悪魔が戦闘不能状態になると、強制的に医療ルームへ転送されます」

 

 一誠に繋がっていたラインはリタイヤしたはずの匙の神器によるものであった。そのラインと繋がれた先は血液パック。そこから彼はどんどん血液を抜かれていき、追い込まれていった。

 彼女が一誠を危惧していたのは、その折れない精神であった。フェニックスとのレーティングゲームではそれが顕著に表れており、彼の赤龍帝の力と併せると脅威であるのは明らかだ。だからこそ彼を倒すために、誰よりもその意志が強かった匙を主体にした策を巡らしていた。

 

「リアス、あなたのプライドと評価は崩させてもらいます」

 

 ハッキリと言い切るソーナに、リアスは苦虫を嚙み潰したような表情になる。このゲーム、常にソーナの方が覚悟を決めていたのは疑いようも無かったことを目の当たりにしたのだ。

 そんな中で、一誠はふらつきながらも立ち上がる。鎧に包まれながらも、どこか異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「リタイヤ前に…俺は俺の煩悩を果たしてから消えようと思う…」

 

 その瞬間、一誠を中心に奇妙な空間が広がる。この時点で敵味方関係なく女性陣は身を守るような態勢を取っていた。すでに「洋服破壊」などという最低の技を開発しているのだから、当然だろう。だが現状、彼女たちの服がはじけ飛ぶようなとんでもない事態は起こらなかった。だが一誠が次に放った言葉で場の空気が変わった。

 

「部長、いま俺を心配してくれましたね?変なことばかりしていると体に障ると…」

 

 いきなり自分の心中を当てられたリアスは驚愕する。さらに立て続けにソーナの方に目を向けると彼女の考えをも見抜いた。

 

「ソーナ会長、いま俺の必殺技が心の声が聞けるものだと思いましたね?ふふふ、違う。当たっているけど違うんですよ。俺は聞きたかったんです。胸の内を!否!おっぱいの声を!」

 

 一誠の新技「乳語翻訳(パイリンガル)」は、女性の胸に語り掛けることで相手の本心を聞くことが出来た。タンニーンとの修行期間の禁欲生活により、こんな技を開発したらしい。その後も一誠は喜々として相手の「僧侶」から胸の内を聞いたりと、やりたい放題であった。

 当然、この技に感心する者はおらず、ソーナは目元を引くつかせ、リアスは完全に呆れながら嘆息した。

 

「リアス…これはちょっと…」

「ゴメンなさい…」

「怖い技だと思うけれど、プライバシー侵害で、このままでは女性悪魔と戦えませんよ?」

「ええ、厳重注意しておくわ…」

 

 このやり取りに一誠は衝撃的な表情を見せる。間違いなく役に立つ技だと思っっており、これほどの批評を受けるとは思っていなかったようだ。まるで自分の評価が…

 

「…本当のど変態じゃないか!」

『ど変態ですッ!!』

 

 一誠が両陣営の女性陣から総ツッコミを受ける中、大一はソーナ達に対して土下座をしていた。一誠の新技の説明を聞いてからずっとこの体勢であった。さすがに先輩の哀れな姿に小猫が問いかける。

 

「…先輩、なにやっているんですか?」

「弟の愚行に対しての謝罪…。でもさ、もうなにをやったら責任とれるかわからないんだよ…。あれか、いっそ俺が腹を切ればいいのか…?」

「しっかりしてください。どこの武士ですか」

 

 弟とは違う意味で、大一は床に膝をつく。さっきまでの警戒心が瓦解し、代わりに後悔と謝罪が彼の中で急速に積みあがっていくのであった。

 そんな兄の感情はいざ知らず、最後のあがきとして一誠はソーナの胸から作戦を聞き出した。どうやらここにいるソーナは「僧侶」の2人が作り出した立体映像で、本物は屋上にいるとのことだ。

 それだけ伝えると、一誠は倒れ込む。さすがに血液を抜かれすぎたようで、彼の体力は限界に来ていた。ここでアーシアが回復させようとして近づくが、この緩み切った空気の中でもシトリー眷属は油断していなかった。まず椿姫がアーシアを妨害するが、すぐに彼女は修行で習得した回復のオーラを飛ばす方法に移ろうとする。そこを見計らって花戒がアーシアに近づき、由良と同じように「反転」を行ったのだ。回復が逆の効果を発揮するのならば、当然それはダメージとしてアーシアに襲い掛かる。近くにいた花戒も相応のダメージを喰らったが、元より玉砕覚悟の作戦だったのだ。

 間もなく、その場で3人の悪魔が脱落していったことを知らせるアナウンスが鳴った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 あっという間に一誠とアーシアの強力な戦力を失った。残ったリアス達の間にどこか重い空気が流れる。ソーナとシトリー眷属の覚悟は彼女らの想像の遥か上を行っていた。己の道の険しさを理解し、それを打ち破るためにぶつかっていく…彼女らの本気には、頭の下がる想いであった。

 大一はこの現状に、頭の中でつぶやく。

 

(侮っていた…だけじゃ済まされないな)

(だからつまらねえのさ。こんなゲームに命がけだ。やるからにはルール無用の死闘だろうに。もっともそれすらできないお前はもっとつまらねえが)

(…俺の甘さは認める。だがな)

 

 息を吐いて気合いを入れ直す。いかに彼らが命がけでも、大一は負けるつもりなどさらさら無かった。彼のリアスへの誇りと忠誠は変わっていない。自分も己の弱さを嘆くこともあったが、神器の事件を通してより前に進む覚悟を身につけた。それらを発揮するのはまさにこの瞬間であった。

 

「さて、どうします?誰が我々と戦いますか?」

 

 長刀を構えながら椿姫はリアス達に問う。隣の草下もすでに魔力を溜めており、戦う準備は万全であった。

 この状況で、リアス達の方も2人受けて立つように前に出てきた。

 

「リアスさん達は先に屋上に行ってください。ここは俺らで」

「ここまで相手の作戦通りでしたもの。これ以上はかき乱されませんわ」

「大一、朱乃…頼んだわよ」

 

 リアスは祐斗と小猫を連れて、ソーナのいる屋上を目指す。小猫の感知能力があるのだから、今さら逃すことなどはしないだろう。

 残った大一と朱乃に、シトリー眷属も警戒を示す。

 

「グレモリー眷属で主の両脇を固める2人が相手とは…警戒してくれたのは光栄だわ」

「しかし私達も強くなっています。姫島先輩や兵藤先輩でも負けませんよ」

「そうですわね。実際、ここまで追い詰められたのですから。それでも私達だって負けませんわ。リアスのためにも」

「あとはまあ…自分の為にもってところだ」

 

 各々が叶えたいもの、乗り越えたいものを秘める中、4人が一斉に動き出す。朱乃の草下は互いに魔力による攻撃を撃ち出してぶつかり合い、大一と椿姫は互いの得物を振るっていく。

 

「すでに作戦負けしている身。ならば、一瞬で勝負をつけて、少しでも評価を取り戻させてもらいますわ」

「姫島先輩相手でも負けません」

 

 朱乃はもっとも得意とする雷の攻撃を、草下に撃ち出す。大量の雷が轟音を慣らしながら彼女を襲っていった。

 

「反転!」

 

 向かってくる強力な攻撃にもひるまずに、草下はカウンターを狙うが、雷は妙な音を上げながらあっという間に彼女を包んでいった。朱乃が撃ち出した攻撃は、これまでの雷とは違い、光も併せた「雷光」となっていた。つまり草下は雷のみ反転しようとしただけで、光までは反転できずにそのまま攻撃を喰らってしまったのだ。宣言通り、彼女は確かに一瞬で決着をつけたのだ。

 そんな朱乃は、椿姫と戦闘中の大一を見るが、すぐに彼の方から制止がかかった。

 

「朱乃さん、手出ししないでくれよ!」

「ここまで来て、私達をまだ侮る気なの!?」

「侮るものか!全力で立ち向かわなくちゃ勝てない!それを分かっているからこそ、格上のあなたに対してひとりでやるんだ!」

 

 これは椿姫の神器がカウンター主体であることをわかっているからこその判断であった。朱乃の援護を利用されて、こちらへの致命傷に繋がることもありえる。接近戦においては武器の扱いは同等だが、身体能力と硬度の引き上げにより長期戦になれば彼に分があった。

 それを理解してか、椿姫も長刀で攻撃しながら打ち崩せない相手に苦心の表情を浮かべる。互いに素早く武器を振るっているため、神器のカウンターも狙いづらかった。

 

「無名とはいえ、ドラゴンと融合したことによるさすがの身体能力…!こっちとしても決定打がない…だったら!」

「なにを…?」

「反転!」

 

 椿姫は取り出した「フェニックスの涙」を大一にかけようとする。先ほどのアーシアの回復を反転させてダメージへと変換していたのを見ていたため、これには彼も警戒して錨で払うように、フェニックスの涙を防ぐ。

 だが反転を受けたことで、錨には当然強烈な力が加わるが…

 

「錨が壊れない…!?神器でもこれほどのダメージを負えば、少しの時間でも機能停止になってもおかしくないのに!」

「割れないよ、こいつは。俺の錨の見た目とか、あんまり気にしていなかっただろうよ」

 

 そのまま大一は錨で椿姫の長刀を打ち砕く。彼の「生命の錨(アンク・アンカー)」はディオーグの力が漏れ出した取っ掛かりであり、神器とはまた異なる存在だ。それでも何にも染まっていない純粋な魔力と生命力の塊だからこそ、彼の意思で他の魔力に合わせることが出来た。そして同時に飲まず食わずでもあの過酷な封印場所でも生きていたディオーグの生命力と堅牢さも受け継いでおり、ディオーグと融合したことを契機にその特性はより強化され、見た目も変化していた。柄は少し長くなり、先端の鋭さが上がり、以前よりも槍に近い見た目となっていた。

 

「『生命の錨』改め『金剛の魔生錨(アダマント・アンク)』…やれることは変わらないが、その名の通り強固さは間違いない。当然、それは俺自身も!」

 

 長刀を砕かれ驚いた隙を、大一は見逃さなかった。椿姫の懐に飛び込むと、全速力で突き進んでいく。折れた長刀で攻撃するも、大一の体に傷はつかず、そのまま一気に彼女のを広場端の壁へと突進して叩きつけた。

 

「グッ…!まさか『兵士』のあなたにここまで…!」

「一誠ばかりに気を取られすぎだよ。俺はあいつよりも前からグレモリー眷属の『兵士』をやっているんだ」

 

 脱落した椿姫を見ながら、大一は疲れたように座り込む。引き上げた魔力を全身にまとっていたが、かなり時間をかけていた上に、常に最大出力で引き上げていたため、かなりの体力を消費した。相性と錨のパワーアップを見破られなかったから勝てたが、さすがにこの勝利は紙一重と言わざるをえなかった。その証拠に魔力を解いた瞬間に、膝をついてしまった。

 そんな彼を支えるように、朱乃が肩を貸す。みっともないとわかっていながらも、彼女に支えられながら2人は屋上を目指した。

 

「お疲れ様。錨のこと、話してくれなかったのは不本意だったけど」

「やれることが変わったわけじゃなかったからな。それに見た目も大きく変化していたわけじゃ無かったし」

「まあ、いいわ。格上の『女王』への勝利、かっこよかったもの」

「朱乃さんの雷光も見事なものだったさ。やっぱり憧れるな、あなたの強さには」

 

 間もなく、ソーナが投了したアナウンスが流れる。波乱のレーティングゲームはリアス達の勝利で納められた。

 




読み直して、そろそろ一誠のセクハラネタがギャグでも厳しい気がしてきた…。
そして5巻もそろそろ終わりそうです。


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第50話 師に向けての決意

なんだかんだで50話まできました。
そんな区切りの話には、このキャラとの会話は必要だと思いました。


 試合が終わってから、大一はすぐに一誠達のいる医療ルームとは別の病院へと案内された。場所はつい先日も検査した馴染みの病院。理由は当然、ディオーグと融合した体の検査であった。到着するなりすぐに検査が行われたため、リアス達がどのように過ごしていたかを大一は知る由も無かった。

 

「それで?」

 

 検査が終わった後に個別の待合室で、炎駒が大一に問う。数日前に彼の真実を聞いて、すっ飛んできたようだ。炎駒の強めの語気に大一はバツの悪い表情で目線を逸らす。師の表情は呆れ、怒り、安堵とこれでもかというほど様々な感情が混ざり合っていた。

 

「『犠牲の黒影』の一件があったにもかかわらず、貴殿はまた無謀なことをした。無名とはいえドラゴンを自身の体に取り込み、あまつさえそれを隠し続けていた。私にも、姫にも、仲間にも」

「その…皆に心配をかけたくなくて…」

「だとしても、皆はあなたにちゃんと説明して欲しかったはずだ。そうでしょう」

 

 炎駒の言葉は強く、同時に静かであった。その空気の重さ、炎駒のどこか幻滅した表情、言い返しようのない正論、それら全てが申し訳ない気持ちを引き立てる。自分の勝手な判断が彼にこのような言葉を引き出させてしまったのだ。

 検査の結果、大一の体は驚くほど変わっていなかった。魔力が以前よりも上がっている程度でそれ以外の変化は無かった。見た目の変化はあったのだから、遅かれ早かれバレることにはなっていただろうが。

 この結果は炎駒を少しだけ安心させることになったが、今回の大一の行動に苦言を呈さないわけにはいかなかった。

 

「心配するこちらの身になっていただきたい。貴殿だけで全て背負い込む必要は無いのだから。今回の件は反省してくだされ」

「…本当に申し訳ありませんでした」

 

 大一は炎駒に対して深く頭を下げる。

 

「まあ、大一殿がすぐに変わることは期待していなかったですが」

 

 嘆息しながら炎駒は呟く。表情は幾分か柔らかく、同時に悲しみの色が見られた。

 

「…炎駒さん?」

「大一殿、姫が弟殿を眷属にしたという報告をした際に私が話したことを覚えていますか?」

「悪魔をやめさせたいというものでしたよね」

「この際だからはっきり言わせてもらいますが、私は今でもその意見は変わっていません。あの時、姫や貴殿を全力で止めるべきでした。貴殿は人一倍責任感が強い。だから悪魔として生きながら、もがき苦しんでいた。それを私は目の当たりにしながら、何度も空しい言葉で自分を納得させていたのです。大一殿が選んだことなのだから、悪魔として生かすためなのだから…」

 

 炎駒は自分を戒めるように言葉を繋ぐ。ぎらついた歯を食いしばり、これまでのことを大きく後悔していたその表情は鬼気迫るものであった。

 

「私は…私は貴殿をこれ以上苦しませたくない」

 

 ようやく絞り出した言葉に、大一は神妙な表情になる。目の前の男はどんな思いで過ごしてきたのだろうか。師として鍛えていたため、大一が苦心していた時をリアス達以上に見てきたのだ。いまだにそれを引きずり、大一への申し訳ない気持ちを抱えているのだ。その苦しみは自分以上だろう、大一はそう思わざるをえなかった。

 大一は大きく息を吐いて、炎駒の眼を見る。ここまで辛そうな師匠にはどうしても自分の本心を伝えなければと思ったのだ。

 

「生島正…炎駒さんにはこの名前を話していませんでしたね。俺に巻き込まれた友達の名前です」

「私は…私は知っていました。記憶を消して回る際に知ったのです」

 

 実際は父親である生島純からその名前は聞いていたのだが、炎駒はとっさに嘘をつく。大一は一瞬だけ目を細めるが、すぐに納得したように首を縦に振り、そのまま話し続けた。

 

「忘れたことありませんよ。でも名前を口にすることが、前まではどうしても出来なかったんです。悪魔として、自分が崩れそうな気がして…」

「しかし今は口に出せる。貴殿が罪の意識を振り払ったとは思えませんが…」

「もちろんです。あいつのことは一生背負って生きていくつもりですよ。だからこそなんでしょうね。悪魔になったことを後悔するときもあります。

お恥ずかしい話ですが、特に弟が赤龍帝の力を持つと知ってから、あいつに何度も嫉妬し、その度にそんな感情を抱く自分や、己の無力さを責めましたよ。

 例の神器の一件があっても…ダメですね。それを知るほどにもっと強くなりたいと思いました」

「だからドラゴンを取り込んだと?」

「まあ、あれは脅されたのが大きいですが。でもその気持ちもまったく無かったわけじゃないです」

「だったら、あなたは大バカだ。自分を認めたと言いながら、それを実行に移せていない」

「そうだと思いますよ。でも自分を認められないわけじゃないです。だからといって自分のままで強くなる…それだけでも足りない。悪魔という立場である以上、どうやっても強くならなければいけませんから」

 

 腑に落ちない炎駒に対して、大一は淡々としていた。言葉の内容や覚悟はかつての大一と何も変わっていないように、炎駒は思った。にもかかわらず、それは以前よりも強固でありながら、縛り付けるようなものではなく、希望に満ち溢れたものに感じた。

 大一は炎駒を安心させるように言葉を続ける。

 

「俺はもっと強くなります。強くなって死んだ友や今の仲間達に胸を張れるように」

「そこまで…そこまで背負う必要が…」

「そこなんですよ。責任として背負うことじゃないんです。俺は強くなりたい、それは俺の願いであり、それを支えてくれる炎駒さんには感謝しかないんですよ」

「その言葉を私に信じろと…さんざん強がってきた貴殿を知る私に…」

「ええ、そうです。ある意味、あの神器が話していたことは間違っていなかったですね。俺って自分本位なんですよ」

 

 最後の言葉で炎駒は理解した。大一はたしかに変わっていた。自分の弱さを恨むのではなく、強みも理解したうえで、さらなる高みを自発的に目指す。その姿を目の当たりにした炎駒は複雑であった。ただの転生悪魔である大一にそのような考えを持たせることになったことに苦い思いを感じつつ、未熟ながらも、間違いなく成長している弟子の姿に安心するという矛盾した感情であった。

 

「…どれほど強くなるつもりで?」

「一誠を追い越し、あいつの前にいつも壁としていられるようなところまで」

「赤龍帝である弟殿はこれから優遇されるでしょう。それほど二天龍というのは特別な存在なのです。それに他にも期待されるような者達は多い。いくらグレモリー眷属でもあなただけが特別扱いされることは決して多くありません。」

「それは3勢力の会談の時に目の当たりにしましたよ。まるであいつが特殊な存在の代表として扱われているような気がしました。同時に思ったんです。多くの人があいつを赤龍帝としか見ていない。だったら、身内の俺くらいは弟の一誠として認めてもいいでしょうよ。あいつがどれだけ力を得ようとも関係ない。俺は兄として弟より強くなるだけです」

「どうやら私がこれ以上言葉にするのは野暮ですな」

 

 炎駒は再びため息をつく。浅く、少し呆れが混ざったものであったが、大一に向ける視線はずっと穏やかなものであった。

 

「しかし大一殿、今回の件は褒められたことではないのは心に留めるべきです。あなたがどれだけ情けない姿をさらしたくないとはいえ、他の仲間達はあなたに頼って欲しいのですから」

「それについては申し訳ありません…」

「それで例のドラゴンは?」

「先ほどの試合が終わるなり、眠ってしまいました。どうも退屈だったようで」

(起きてるがな)

(うおっ!いつの間に…!)

(くそつまんねえ勝負から、面白い動物がお前と合流して戦うのかと期待したら、またつまんねえ話の連続だ。黙り込むわ)

 

 ディオーグの言葉に、大きな反応はせずに大一は炎駒に話す。

 

「話している時から起きていたみたいです。すいません、気づかなくて」

「いや貴殿が謝ることではない。では…」

 

 炎駒は軽く咳払いをすると、鋭い視線で大一を…いや彼の奥を見透かすかのように睨みつける。声もいつも以上に厳かで、敬語でなかった。

 

「ディオーグ、貴殿が何者かは知らん。しかし私の弟子を危険な目にあわせて見ろ。あらゆる手段を用いて、そこから追い出して叩きのめす」

(上等だ…小僧、変われ)

(え―…わかったよ…)

 

 大一は錨を出すと、ディオーグの人格を表に出す。あまり気持ちのいいものではなく、悪夢と同じように何度やっても慣れないような気がした。

 

「言ってくれるな、珍獣が。せいぜいこの小僧が死なない程度に鍛え上げるこった!」

 

 すぐにディオーグの人格は引っ込むが、残された空気は気まずかった。大一は再び炎駒に大きく頭を下げ、申し訳なさそうに謝罪する。

 

「…本当にごめんなさい」

「気になさるな。まあ、あまり気持ちのいいものではありませんが…。ああ、そうだ。大一殿、もうひとつどうしても伝えなければならないことがありました」

「なんでしょうか?」

「先ほどの戦い、お疲れさまでした。反省点はあるにせよ、お見事でしたぞ」

 

 炎駒の言葉は、大一にとって心に熱いものをこみ上げさせてくれる喜びの言葉以外の何物でも無かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夏休みも終わりが近い8月後半、帰りの列車の中で一誠はげんなりとしながらも宿題に取り組んでいた。グレモリー家のレッスンにドラゴンとの修行となかなか宿題を取り組む時間がなかった彼にとって、夏休み最後の伏兵がここにきて襲ってきたのである。

 一方で、彼の後ろの方の席では奇妙な光景が広がっていた。

 

「にゃーん☆」

「うぐ…やめてくれ…キムチは…苦手なんだ…」

 

 猫耳を出した小猫が大一に体を寄せて甘えていながら、当の本人は奇妙な寝言を言いながらぐっすりと眠り込んでいた。

 人目もはばからずに甘える小猫と、列車に乗っている間起きることなく眠り込む大一という初めて見る両者の雰囲気に、全員が気になって覗き込んでいた。ようやく2人とも吹っ切ったように安心を得られたと思った一誠は、その光景に驚きつつも再び宿題へと取り掛かる。リアスは面白そうに写メを取り、朱乃は不満が混在する笑顔という矛盾の表情を取っていた。

 各々が新たに乗り越えるもの、新しく目標を決めること、成長を踏まえながら、2学期が始まろうとしていた。

 




体調崩して、ダウンしたりと思う通りに書けなかった時もありましたが、これにて5巻分は終了です。
次回から6巻分の始まりです。


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体育館裏のホーリー
第51話 2学期の始まり


今回から6巻のスタートです。展開自体はあまり進んでいません。


 大一は苛立ちながら、ランニングをする。残暑は厳しく、額にじっとりと浮かんでくる汗はあまり気持ちのいいものではない。しかも時刻は4時半、まだ一誠達も起きていない頃であった。彼が行っているのは日課の朝練であったが、正直なところこんなに早く起きる必要は無かった。しかし…

 

(この程度のスピードで敵の攻撃が避けられると思っているのか!その甘い性根、さっさと叩き直せ!)

(朝っぱらからうるさいんだよ!頭の中でやかましく騒ぎ立てるな!)

 

 大一は脳内で大声を出すディオーグに負けないほどの勢いで反論する。早起きの原因はいたってシンプルなもので、ディオーグの大声で目が覚めたのだ。冥界にいた頃よりも彼の時間の概念は怪しいところがあった。

 

(せっかく眠れる時間が増えたと思ったのによぉ…)

(俺はずっと起きるか寝るかで体が動かなかったんだぞ!少しくらい我慢しろ!)

(ワガママか!)

 

 苦虫を嚙み潰したような表情をしながら、大一は走る。これでも以前よりはしっかり眠れるようになり、少しずつではあるがくまも取れてきた。疲労回復も早まって体も軽くなり、動きも格段に良くなっていた。思いかえせば、先日のシトリー眷属との試合の際に椿姫相手に互角に立ち回れたのはこの点が大きかったのかもしれない。

 途中で目が覚めることなくたっぷり睡眠を取れる状態になったのは精神的にも喜ばしいことなのだが、現実はディオーグによって妨害されるため気分の良いものではなかった。ちょっと大きめの目覚まし時計…にしてはしつこく、うるさく、脅してくるためそんな考え方も出来ない。

 

(雑魚どもが俺の名を知らないのはわかった。不本意であるが、事実は認めなければならない。ならば、再び俺の強さをこの世に知らしめてやるさ)

(だからって、お前の望みに俺が付き合う道理も無いだろうが!)

(小僧、この前に強くなると言っていただろうが!この世の全てが恐れ、おののくほどの最強の存在になってみやがれ!)

(そこまでは言ってねえ!)

 

 この早朝のトレーニングはいつもの体の動きを遥かに超える壮絶な口論が、彼の頭の中で繰り広げられていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 早朝のトレーニングを済ませた大一は家に戻ると、シャワーを浴びてから皆と一緒に朝食をとる。食事の際はディオーグも騒ぎ立てることは少なく、大一が口に運ぶものの味を堪能していた。

 

(パーティとやらで食った方が美味かったが、毎日食うことを考えるとこっちの方が良いな)

(それには同意する。眠れない時から、こういうのが一番安心するんだ)

 

 大一は味噌汁をすすりながら、頭の中のディオーグに反応する。彼としてはこれくらいの平和なやり取りを日常的にやりたかった。

 一方で、彼の対面に座る弟の一誠は食べ方にどこか落ち着きが見られなかった。わりと露骨に見えたので、大一は右隣に座る小猫(少し前から彼女も兵藤家に住み着いた)に小声で問う。

 

「なあ、小猫。あいつなにがあった?」

「あまり詳しくはわかりませんけど…でも先輩が帰ってくる前にまた郵便受けにアーシア先輩への手紙が入っていました。それが原因じゃないでしょうか」

 

 彼女の言葉に、大一は納得するように頷く。冥界から戻ってきた日、兵藤家に訪問者がいた。若手悪魔の会合の時にいたアスタロト家の御曹司、ディオドラであった。なんでも彼はかつて手負いの状態の時に、アーシアから治療を受けたのだとか。彼女はそれが原因で教会を追い出されたそうだが、そのきっかけとなった悪魔と再会したということだ。そんなディオドラが彼女に行ったことはなんと求婚であった。その日から彼のアーシアへのお誘いは毎日のように来た。毎朝、大量のラブレターが郵便受けに入り、映画のチケットや商品券などが入ったデートのお誘いも多い。それどころか大きな花束など、郵便受けに入らないようなものまで送られてくるのだから、物理的にも堪ったものでなかった。

 大一はちらりとアーシアを見る。彼女は箸を進めているが、時々何かを考え込むかのようにぼんやりすることもあった。彼女なりにディオドラの存在は思うところがあるのだろう。

 

「しかし結婚というのは急な気もするが…」

「名家の悪魔ともなれば、早い段階からそういうのは考えているんでしょうね」

「リアスもそうだったもの。おかしくありませんわ」

 

 左隣に座る朱乃もこの話に参加してくる。たしかに名家の悪魔ともなれば、若いうちから結婚を考えることはおかしくないだろう。

 

「うーむ…結婚…」

 

 また渋い表情になっていたのは、一誠やリアスだけではなかった。父も考え込むように小さく呟く。関係ないとはいえ、アーシアを預かって娘のように思っている身としては、顔も知らない相手のプレゼント攻めは、あまり気分の良いものではないのだろう。母の方も心配そうにアーシアに何度も視線を向けていた。そして一誠の方は…。

 

「ちくしょう!アーシアをやるもんか!」

 

 ひとしきりに飯をかきこんだ一誠は、宣言するようにはっきりと言葉にする。ディオドラに対しての感情が手に取るようにわかるような雰囲気であった。

 兵藤家の3人は不安な感情を抱える中、大一は落ち着いていた。恋愛のことなのだから自分が口出しすることでは無いし、アーシアの気持ちが誰に向いているかをわかっている以上、ディオドラの恋心がすぐに実ることはあり得ないと思っていたからだ。

 ただ気になったのは、アーシアの一件に関わった悪魔がディオドラであることだ。アスタロト家は現ベルゼブブを輩出した家系。上級悪魔としては間違いない家系だ。そんな出自の彼がどういった経緯で、いちシスターのアーシアに治療されることになったのかは甚だ疑問であった。

 とはいえ、この経緯について知っているとなれば、ディオドラ本人しかいないだろうから調べようは無かったが。

 

「新学期になっても悩みの種は尽きないってことか…ごちそうさま」

「先輩、早いです。もうちょっと待ってください」

「なにかあったか?」

「…だって一緒に…学校に…」

「小猫ちゃん、大一はイッセーくん達とは登校時間もずらしていますの。大丈夫、すぐに出るわけじゃないから」

「…ああ、そういうことか!いや、ごめん。俺がちょっと無神経だった」

 

 朱乃に批判的な視線を向けられた大一はすぐに小猫に謝る。彼女らが来たのは1学期が終わってから。まさか一緒に登校することになるとは思ってもいなかったのだ。とはいえ、最近の小猫の懐きっぷりを考えれば、一緒に登校するくらいは思ってもおかしくなかったと思った大一は、自分の配慮の無さを申し訳なく思った。

 

「しかし俺と行ったところで特別なことないぞ?」

「先輩とがいいんです」

「もちろん、私も一緒ですわ。文句はありませんよね?」

「う、嬉しいくらいだけどさ」

 

 気恥ずかしそうな表情をする大一に、朱乃も満足そうな表情を浮かべる。小猫の方は2人のやり取りに少し不満そうに目を細めていた。

 一方で、彼の両親はその光景に感涙していた。

 

「母さん、ついに…!ついに大一にも!」

「イッセー以上に可能性が低かったと思っていたから嬉しいわ!」

 

 両親の反応を無視して、大一は食器を片付ける。考えてみれば、誰かと登校などやろうとも思っていなかった。しかしこの選択は2学期早々に、大一を大きく悩ませることになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「大一よ、まずお前から謝ることは無いか?」

 

 想像以上に会話も弾んだ登校をして間もなく、大一はクラスの一部の男子生徒…といっても一誠関連で質問してくるいつものメンバーであったが…彼らに呼ばれて屋上へと来ていた。さすがにこんな朝早くから屋上を利用している生徒はおらず閑散としていたが、それを補うほど彼らから醸し出されるプレッシャーは強烈なものであった。

 

「…もしかして、あれか?授業参観の日に、時間取るって言っていたのにうやむやになった件か?」

「それは俺らの方もすっかり忘れていたが、お前の言葉で思い出したので罪状に加えさせてもらおう」

「横暴すぎるだろ…。というか、罪状ってお前らに対して俺はそこまで酷いことをやっていないぞ」

「ハッハッハ!白々しい嘘をつくような小手先のテクニックまで身につけたか!」

 

 リーダー格の男が渇いた笑い声を上げながらすごんでくる。元より彼らが物事を大げさに表現するのは理解していたが、今回は芝居がかっているというよりも本気の怒りを感じた。

 

「では罪状を…えー…学園ナンバー2の人気者の姫島さんと1年のアイドル小猫ちゃんと一緒に登校してきた罪を…」

「待て!それのどこが罪だ!」

「罪だろうが!貴様が我々の想いを踏みにじるような行為をしたのだから!」

 

 大一の声をはるかに上回る力強さで目の前の同級生は答える。思い返せば、一誠がリアスやアーシアと登校してきた時も学園中でかなり問題になって苦労したのに、同じような行動を取ればこうなることは予想できたはずであった。そういう意味では、自分の考えの甘さを大一は認めざるをえなかった。

 しかし大一は冷静に彼らに対応する。

 

「よく考えて欲しい。たしかに一緒に登校してきたが、俺は彼女らとは同じ部活だ。偶然会って、一緒に来ることもおかしくないんじゃないか?」

 

 実のところ、この言葉で説得できる自信が大一にはあった。同じ部活の友人と偶然会って登校する…いたって自然なことだ。彼らがかつて大一に対しては潔白性を認めていたことも併せれば、多少恨まれても納得せざるを得ないものだろう。

 しかし彼らは大一の予想を上回っていた。

 

「大一よ…我々が何も知らないと思っているのか?貴様が彼女らと一緒にいたのは初めからだということがわかっている。つまり姫島さんや小猫ちゃんが兵藤家で同居済みなのは調査済みなんだよ!それでまかり通ると思うなよ!」

「ど、どこ情報だ、それ!?」

「こちらのネットワークを舐めるな!だいたいなぁ、ホームステイのアーシアちゃんはともかく、高校生が同居するという時点でおかしいんだよ!」

「急に反論しようもないド正論をぶつけないでくれ!」

 

 リアスや一誠の言動に感覚がマヒしていた大一は、急に向かってきた正論という壁にぶち当たり一気に彼らに押し込まれたような気持ちであった。

 

「よいか、大一よ。我々は女子高から共学になって間もない頃の駒王学園の生徒だ。その感情は貴様も推し量ることだろう。数少ない3年生の男子のほとんどが、女子への感情、特に学園でも有数の人気者への感情が特別なものであることは理解していると思う。そんな中で、弟への言動などで潔白性の信頼を勝ち取ったのがお前なのだ。そんなお前が彼女らと付き合うことは、その信頼を破壊することなんだぞ!」

「そもそも付き合ってないわ!というか、その理論でいくなら仮にお前らの誰かが、そっちの言葉でいう人気者と付き合うことになった場合、どうするんだよ!」

「そりゃあ…」

 

 大一の指摘に、彼ら全員が考えるような様子を見せる。間違いなく、彼らも抱いているはずの感情や目標のはずだが、突っ込まれることすら予想していなかった様子であった。間もなく全員が一瞬ニヤついた表情になる。各々、そうなったことを想像したのだろう。

 このタイミングで頭の中にディオーグの声まで響いた。

 

(しゃらくせえ!全員、この場で頭をカチ割ればいいんだよ!)

(そんな殺人、やるわけないだろうが!)

(だったら、半殺しにして上下を教え込め!)

(その蛮族的な発想を止めろ!)

「と、とにかくだ!」

 

 表情を取り繕いながら、目の前の男は咳払いをする。他のメンバーはまだ妄想に浸っている様子であった。

 

「女に興味のないお前だからこそ信頼しているんだぞ、我々は!」

「そんな勘違い評価いるか!俺だってな!」

 

 大一は口走りそうになった言葉を飲み込む。頭には黒い髪を束ねた想い人の姿が浮かんだが、悟られないように心を落ち着くようにと言い聞かせた。

 だがこの反応には彼らも何か感づいたように、頭を抑えるわ、床に膝をつくわ、傍から見れば阿鼻叫喚な絵図であった。

 

「くっそ!お前のことをお兄さんと呼ぶ転校生まで現れて…俺らの心はズタズタだ!」

「誰だよ、それ?」

「名前は知らないが、お前の弟と同い年だよ!」

 

 目の前で地獄絵図が展開されるのを尻目に、大一はその人物を考えるが検討もつかなかった。もっとも、この日の放課後に会うことになるのだが。

 




徐々に体調も戻ってきたので、書くペースも戻していきたいと思います。


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第52話 歓迎と約束

体調崩すと、マジで考えていたことが頭から飛ぶということを実感した最近です。


「紫藤イリナさん、あなたの来校を歓迎するわ」

「はい!皆さん!初めまして───の方もいらっしゃれば、再びお会いした方のほうが多いですね。紫藤イリナと申します!教会───いえ、天使様の使者として駒王学園に馳せ参じました!」

 

 放課後の部室で、イリナの自己紹介に皆が拍手を送る。大一が朝に聞いた転校生とは、イリナのことであった。自己紹介を終えるなり、彼女は主やミカエルへの話始めて見事に部室にいるメンバーを苦笑させた。

 なんでも彼女も神が死んだことについては知っており、今回はミカエルの使いとして来たのだという。さすがに信仰心の強い彼女からすればこの事実を知った時はショックを受けたそうで、以前の件についてアーシアに平謝りしていた。

 そしてミカエルの使いというのは、教会からというわけでなく…

 

「───紫藤イリナといったか。お前、天使化したのか」

「はい。ミカエル様の祝福を受けて、私は転生天使となりました。なんでもセラフの方々が悪魔や堕天使の用いていた技術を転用してそれを可能にしたと聞きました」

 

 イリナが祈る仕草をすると、体が光りだし同時に天使の翼が彼女の背中から現れた。もはや彼女は普通の人間でなく、天使としてこの場に来ていた。上級の天使であるセラフメンバーはそれぞれA~クイーンのトランプに倣った「御使い(ブレイブ・セイント)」という配下を持ち、イリナはミカエルのAに当たるようだ。

 しかも将来的にはレーティングゲームまで視野に入れているのだという。同盟が決まってから2か月も経っていないはずなのに、天使の展開には感心する気持ちであった。

 いずれにせよ、今すぐに影響することがないとのこと。

 

「悪魔の皆さん!私、いままで敵視してきましたし、滅してもきました!けれど、ミカエル様が『これからは仲良くですよ?』とおっしゃられたので、私も皆さんと仲良くしていきたいと思います!というか、本当は個人的にも仲良くしたかったのよ!教会代表として頑張りたいです!宜しくお願い致します!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 後日、大一は地下にあるトレーニングルームで体を動かしていた。家を改造されてから使ってみたいと思っており、最近はここに来る回数も増えている。だいたいはひとりで取り組んでいるのだが、今日は珍しく部屋には彼以外にもいた。

 

「しかしイリナまでウチに住むとはなあ…」

「夏休みで魔改造受けたおかげですっかり駐屯地扱いだ。祐斗やギャスパーがいないことが、不自然にすら思うな。まあ、一番驚いたのは父さんも母さんもあんなに受け入れが早かったことだけど」

 

 バタフライマシンを動かしながら大一は、ぼやいている一誠に視線を向けずに答える。住むところが無いイリナもまさかの同居となった。とはいえ、元々ゼノヴィアという知り合いがいて、さらにはアーシアも教会出身者のため、早々に馴染んでいた。一誠の話ではクラスでも持ち前の明るさから、あっという間に打ち解けていた様子であった。

 

「実際、これは夢のような生活だと思うんだよ。母さん以外、ここにいるのみんな美人でさ」

「そういう気持ちはわかる。俺もクラスの連中にそこを指摘されたよ」

「兄貴、そういう自慢するタイプなんだな」

「俺じゃなくて、相手が勝手に言い始めたことだよ!反論できない俺もあれだったが…。というか、お前はなにしにここにいるんだよ。俺と話すためにいるってわけでもないだろうに」

「いや、それが…」

 

 一誠は気まずそうに頬をかきながら、視線を逸らす。ちらりと目を向けた大一はらしくない弟の姿に手を止めて、首にかけていたタオルで汗を拭いながら話を続ける。

 

「おいおい、本当に俺と話しに来ただけかよ」

「うるせー。俺だっていろいろ悩んでいるんだよ。聞いてもらいたいことだってあるんだ」

「…深刻なものだったら聞くけどさ」

「俺にとっては深刻だよ。なんというか…肩身が狭い!」

 

 一誠の悩みはシンプルなものであった。やはり女性が増えたことで、居心地が悪く感じることが増えたのだとか。会話にもなかなか入れず、困ることが増えたのだという。

 

「兄貴いるからまだなんとかなっているけど、今後ハーレムを目指すにはこういうのもなんとかしなければいけないと思うとさ。なんとかならねえかな───」

「はい、お疲れさま」

「いや、話を聞くって言ったじゃねえかよ!どうしてさっさと部屋を出ていこうとしているんだよ!」

「俺からすれば、どうでもいい内容だからだよ。というか、前も思ったけどなんで俺にそんな話できるかなあ…」

「だって事情を知っている上で、わかってくれそうなの兄貴くらいだし」

「1学期の頃の普段の生活に自覚があれば、こんな発言出てこないだろうにな。というか、無理に話す必要も無いだろうに」

「むしろ兄貴は慣れすぎなんだよ。普通に話すしさ」

 

 一誠は口をとがらせて、兄に抗議する。たしかに一誠よりは大一はこの生活に慣れているようであった。女性陣と話す際に躊躇している様子も見受けられない。

 とはいっても、これは1学期の間に一誠、リアス、アーシアの件で肩身が狭い状況に慣れていたこと、一誠と違ってリアスと朱乃以外には先輩として接していること、元々トレーニングや読書をしてひとりで時間を潰すことには抵抗がないことなどの理由があった。

 大一は近くのトレーニングマシンに腰掛けると、顎をかいて考える様子を見せながら答える。

 

「…まあ、お前の言う通りハーレムを築くためには考えることかもしれないけどよ、今はまだ良いんじゃないのか?まだ高校生だし、悪魔の寿命は長いんだ。その辺りはゆっくり考えていけばいいだろうよ」

「でもさ、この気まずさはなんとかしたいというか…」

「考えすぎってやつだよ。別にそれで仲が悪くなったわけじゃないんだから。まあ、相手の話を聞くことを意識すれば、ある程度は会話にも入っていけるかもな」

 

 大一の言葉に、一誠は考え込むように顔に手を当てる。直情的な印象が強い弟が有名な銅像のようなポーズを取っているのに一瞬吹きだしそうになるが、咳ばらいをして誤魔化した。

 

「ああ、そうだ。でもアーシアのことは気にかけてやってもいいかもな。どうも元気が無さそうに見えることは多いしな」

「そうだよな。あのディオドラだっけか…いきなり結婚なんて…ぬあー!思い出したらムカついてきた!絶対にアーシアをやるわけにはいかねェ!でもアーシアは…実際はどうなんだ…」

「感情が忙しい奴だなぁ。とにかくあいつのことは心配してやってほしい。おそらく求婚のことで気持ちが不安定だろうからな」

「だったら、先輩の兄貴の方が───」

「バーカ。こういうのは相応しい奴がやるものなんだよ。あいつが一番安心できるのがお前だろうしな」

「たしかにアーシアとは一番仲良いかもしれないけどさ…」

「仲良いというか…いや、俺が言うことじゃねえな。とにかく兄からの約束事として覚えておいてくれよ」

 

 考え込む一誠を残して、大一はトレーニングルームを去った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 駒王学園では球技大会以外にも、運動系のイベントがある。体育祭はその最たるもののひとつと言っていいだろう。その練習も徐々に始まってきた頃のある日の放課後、大一は小猫と一緒に喫茶店に入っていた。以前、祐斗の件で相談した時の店とは違い、いかにも学生向けというような騒がしさが特徴的な店であった。

 

「ここのパフェが美味しいんです」

「お前はこういう店をよく知っているよな」

 

 大きなパフェとショートケーキの注文を済ませた大一は、目の前で嬉しそうにしている小猫に答える。人前であったため猫耳は引っ込めていたが、出していたなら動いてその感情を表していただろう。

 2人で来たのは、先日彼女と約束していたおごりの件であった。球技大会の練習が本格的に始まる前に済ませようと思っていたが、なかなか上手くいかない。それでも時間が取れたため、2人で小猫のリクエストの店に来ていた。

 

「…先輩はパフェを頼まないんですか?疲れた時の甘いものですよ」

「そこまでの量はいいかな。別に体育祭の練習で疲れているわけじゃないし」

 

 首をかしげる小猫に、大一は答える。正直なところ、この店のガヤついた雰囲気が得意でなかった。他の後輩たちを呼ぶことも考えたが、それが出来るほど懐は豊かでなかったからだ。

 さすがにそれを悟られたくない見栄はあったので、大一は話題を体育祭に持っていく。

 

「リアスさんがまた楽しみにしそうだ」

「先輩はあんまりはしゃぎませんよね。学校の行事って」

「嫌いじゃないんだよ。ただリアスさんの方がはしゃぐし、朱乃さんは笑って傍観するしで、こっちが余裕ない」

「先輩らしいです」

 

 小さく笑う小猫に大一は眉を上げるも、同じようにフッと笑う。夏休みに冥界で見たあの打ちひしがれた時の彼女とは違う。いつもの調子で、いやそれ以上に心の靄が晴れたような雰囲気は大一自身も身に覚えのあるものであった。シトリー眷属との試合の録画も見たが、猫又としての力を受け入れて戦いにも取り入れていた。その姿は彼女なりに自分の存在と力に折り合いをつけていたことの証明であり、同時に美しくも思えた。

 

「よく笑うようになったな。安心したよ」

「先輩たちのおかげです」

「そう言ってもらえると、俺もお前の支えになれたのかなって思ってしまうな」

「実際、そうですよ」

「後輩の言葉が胸にしみるなぁ。でも本当に安心したよ。なんかリアスさんも小猫とは思えないほど列車では笑っていたと言っていたし」

 

 その瞬間、小猫はびくりと体を震わせる。急に彼女の表情に緊張と不安が入り込んでいた。

 

「…ぶ、部長は先輩に他に言っていましたか?ど、どんな感じだったかとか…」

「いや、そう言っていたのを聞いただけだが…なんだ?あんまり聞いて欲しくないところだったか?」

「え、えっと…そうであるような、なんというか…あっ!来ましたよ、先輩!」

 

 小猫は店員が運んできたパフェに大きくリアクションする。猫耳を出してこれでもかというほど甘えていたのは冥界に繋がる列車の中での1回のみであり、大一は爆睡していたためこれを知らない。さすがに小猫も後で自分の行いに羞恥心を感じたようで、この事実は胸に秘めておきたかった。もっとも猫耳のことだけなら大一も知っているし、リアスの手元にはその時の写真まで収められているのだが。

 しばらくは2人で味の感想を話していた(中のディオーグの甘いものの追加要求を大一は完全に無視した)が、やがて再び先日の試合の話題へと繋がる。

 

「先輩も凄かったです。『女王』相手に競り勝ちました」

「あれは椿姫さんが俺の動きをよく知っていたことと、錨の方にはあまり注目していなかったのがラッキーだっただけだよ。それなりに眠れるようになって動きも良くなったからな。朱乃さんの方がはるかにすごい。近くで見たが圧倒的だった」

 

 大一の表情を見て、小猫は少しだけ口を曲げる。朱乃の話題を出す大一の表情が自分に向けてこない感情が表出しているのが気になったのだろう。

 そんなことを思われているのも露知らず、大一は小猫に元気づけるように話す。

 

「次の試合も絶対に勝とうな」

「もちろんです」

 

 この2人の会話の数日後、次の若手悪魔の対戦相手がディオドラ・アスタロトに決まった。

 




書いている私でも、いよいよヒロインが誰かわからなくなってきました。好感度次第では変わることもあるだろうと思ってしまいます。


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第53話 唐突の来訪者

個人的にゼファードルの脱落はショックでした。ああいうチンピラキャラは嫌いじゃなかったので…。


 ある日の部活の時間、集まったグレモリー眷属にアザゼルが見せたものは他の若手悪魔たちのレーティングゲームであった。他者の試合を見て学び、次に備える、当然のことではあるが、それをすぐに手配するアザゼルの本気がうかがえた。

 最初に映し出されたのは、若手悪魔ナンバー1であるサイラオーグと凶児ゼファードルの試合であった。その内容はあまりにも圧巻であった。互いに駒が死力を尽くして対決する中、王であるこの2人の一騎討ちとなるとサイラオーグの圧倒的な強さが光った。ゼファードルが撃ち出してくる魔力を体ひとつで薙ぎ払い、重く鋭い拳の一撃は相手の幾重にも張られた防御魔法陣を粉砕する。空気をも震わせるその破壊力のインパクトは映像でありながらも伝わるものであった。

 今回のメンバーにおいて、急遽の代理指名された身でありながらゼファードルの実力は決して低くない。特にパワーに関しては、リアス達もしのぐほどであったが、それほどの相手をサイラオーグは格闘だけで打ち倒したのだ。若手悪魔ナンバー1といわれているが、その実態は6人の中でも突出した実力を持つ。むしろその肩書の方が不足に見えるほどのものであった。

 

「やっぱ、天才なんスかね、このサイラオーグさんも」

「いや、サイラオーグはバアル家始まって以来の才能が無かった純血悪魔だ。バアル家に伝わる特色のひとつ、滅びの力を得られなかった。滅びの力を強く手に入れたのは従兄弟のグレモリー兄妹だったのさ」

 

 一誠の疑問に首を振ってアザゼルは答える。彼の言う通りサイラオーグにはバアル家特有の滅びの力を持っていない。一方でバアル家出身であるヴェネラナの血筋から、サーゼクスやリアスにはその力がハッキリと現れていた。だがサイラオーグは腐らずに、己の肉体を鍛え続け今の実力を手に入れた。嘲笑や期待されない状況に耐えてきた男の人生は、自分の想像をはるかに超えるものだろうと大一は思った。

 考えるだけで胸が熱くなるような想いを抱く中、ディオーグが呆れ交じりに声を発する。

 

(つまらねえ)

(お前のような奴にはわからないだろうな)

(わかりたくもねえよ。俺から言わせてもらえば、努力だ、才能だという方がくだらん。どんなに強くなっても、その時にすべてを発揮できるとは限らないし、不測の事態が起こることだってある。そんな概念のひとつ、ふたつが全てじゃねえんだよ。すべてをひっくるめての戦いなんだ)

(でもそれが勝負をわけることってあるんじゃないか?)

(じゃあ、さっき吹っ飛ばされた悪魔が、あの筋肉野郎と同じくらい鍛えていたら勝てたと断定できるか?お前らと戦った眼鏡の女達がそれに迫るほどの魔力や能力があれば、お前らは間違いなく負けていたか?そんなことは俺にもわからねえ。結局、強さにおいて他人の評価なんて当てにならない)

 

 ディオーグは吐き捨てるように言うと、低く唸りながらまた黙り込む。大一は喧嘩と名を上げたいだけの質の悪いチンピラみたいな言動しか見てこなかったため、ディオーグが強さや勝負ごとについて本人なりに考えや信念を持っていることには驚いた。もちろんこれに同意するかは別であったが、大一が初めてディオーグの考え方に感心を抱いた瞬間でもあった。

 そんな彼を現実に引き戻す言葉をアザゼルが発する。

 

「先に言っておくがおまえら、ディオドラと戦ったら、その次はサイラオーグだぞ」

 

 この衝撃の一言に、当然部室にいる全員が衝撃を受けた。なんでもゼファードルは今回の戦いで完全に心が折れてしまい、今後の試合に出られそうにないため繰り上げでリアス達がサイラオーグと戦うことが早まったようだ。

 とはいえ、それだけに気を取られるわけにもいかない。彼らが次に相手をするのはディオドラ・アスタロトなのだから。彼らも格上であるアガレス家を見事に打ち倒したらしい。おかげで若手悪魔の中で、リアス達を追い詰めたソーナ以上の評価を受けていた。

 いったいどんな内容の試合だったのか、皆が興味を示す中、映像を再生する前に部屋の片隅で転移用魔法陣が現れた。その紋様は見慣れていなかったが、悪魔の中では有名なアスタロト家のものであった。一瞬、強烈な閃光が放たれると、そこには笑顔を浮かべたひとりの男性…ディオドラ・アスタロトが立っていた。

 

「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いにきました」

 

────────────────────────────────────────────

 

 テーブルをひとつ挟んでリアスとディオドラが向かい合って座る。アザゼルも事の次第を見守るように座っていた。

 状況としてはライザーの時と似ていたが、張り詰める空気はどことなく違うような気がした。相手がライザーとはまるで違うタイプで、あの時のような強引さを感じなかったからだろうか。

 

「リアスさん。単刀直入に言います。『僧侶』のトレードをお願いしたいのです。僕が望むリアスさんの眷属は───『僧侶』アーシア・アルジェント」

 

 ディオドラの狙いは眷属のトレードであった。「王」同士が合意すれば、自分の眷属を交換することは可能であったが、冥界から戻ってきた時のあいさつや連日の手紙やプレゼントの数々を考えれば、ディオドラの狙いがただの戦力増強が目的でないのは明らかであった。彼がトレードを持ちかけた瞬間、この展開を予想できなかった者がこの場にどれほどいるだろうか。

 ディオドラはカタログらしきものを取り出してパラパラとページをめくるが、リアスはそれを制止する。

 

「だと思ったわ。けれど、ゴメンなさい。その下僕カタログみたいなものを見る前に言っておいた方が良いと思ったから先に言うわ。私はトレードをする気は無いの。それはあなたの『僧侶』と釣り合わないとかそういうことではなくて、単純にアーシアを手放したくないから。───私の大事な眷属悪魔だもの」

 

 真正面から言い放つリアスはいつにも増して上級悪魔としての風格があるように、大一は思えた。情愛の深さは元より、己の直感と自信で眷属を選ぶ彼女がトレードに応じないのは火を見るよりも明らかだ。

 そんな彼女に、ディオドラは表情を変えずに淡々と聞いてくる。

 

「それは能力?それとも彼女自身が魅力だから?」

「両方よ。私は彼女を妹のように思っているわ」

「───部長さんっ!」

 

 リアスの言葉にアーシアは感動して、瞳を潤ませる。

 

「一緒に生活している仲だもの。情が深くなって、手放したくないって理由はダメなのかしら?私は十分だと思うのだけれど。それに求婚した女性をトレードで手に入れようとするというのもどうなのかしらね。そういうふうに私を介してアーシアを手に入れようとするのは解せないわ。ディオドラ、あなたは求婚の意味を理解しているのかしら?」

 

 リアスがかなり配慮した言い方なのは、長年付き合っていた大一もわかっていた。それでも言いすぎだと彼は思ってしまった。悪魔に倫理はあってないようなもの、どのような方法であろうがこれがディオドラのやり方ならば、そこをえぐるような言い方は上級悪魔でもあまり上手い言い方とは言えない。まだ相手が同格の若手であることなのが救いだろうか。

 とはいえ、リアスが怒るのも納得はできた。元より悪魔にしてはロマンチストな面がある彼女だ。トレードで想い人を得よう等という行為は言語道断なのだろう。それが恋のライバルであっても、自分の大切な妹分ともなれば納得だ。それに彼を諦めさせるには、ここでハッキリと釘をさす必要があるのも理解できる。

 どっちつかずの気持ちで大一は事の次第を見守っていると、ディオドラは立ち上がる。

 

「わかりました。今日はこれで帰ります。けれど、僕は諦めません」

 

 そう言うと、彼はアーシアの元に歩き跪いて手を取ろうとする。

 

「アーシア。僕はキミを愛しているよ。だいじょうぶ、運命は僕たちを裏切らない。この世のすべてが僕たちの間を否定しても僕はそれを乗り越えてみせるよ」

 

 その芝居がかったようなセリフに、大一は当惑を隠せなかった。どうも相手は相手で思い込みが激しいような気がした。

 そして彼の言動に大一以上に苛烈な感情を抱いた一誠は、彼がアーシアの手に口づけをしようとしたところを肩を掴んで制止した。腕に力が入っているのが傍から見てもわかった。

 

「放してくれないか?薄汚いドラゴンくんに触れられるのはちょっとね」

 

 笑顔を崩さずに言うディオドラの言葉に、一誠の表情はまた険しくなる。このままではライザーの時の二の舞になりかねないと思った大一であったが、バチッと何かを叩いたような音がその場の全員の動きを止めさせた。アーシアがディオドラの頬を平手ではたいたのだ。

 

「そんなことを言わないでください!」

 

 静かに怒りを見せるアーシアの表情に対して、ディオドラはビンタを受けて頬が赤なっているのにもかかわらず、変わらない笑顔を向けている。

 

「なるほど。わかったよ。───では、こうしようかな。次のゲーム、僕は赤龍帝の兵藤一誠を倒そう。そうしたら、アーシアは僕の愛に応えて欲し───」

「おまえに負けるわけねェだろッ」

 

 ディオドラの宣言に一誠は正面から言い放つ。互いに強く睨み合う2人に携帯電話に連絡が来たアザゼルは内容を確認すると、全員にそれを説明する。

 

「リアス、ディオドラ、ちょうどいい。ゲームの日取りが決まったぞ。───5日後だ」

 

────────────────────────────────────────────

 

(残り香?)

 

 ディオドラの来訪した日の深夜、悪魔の仕事(といっても彼はこの日は何もなかったのだが)を終えて帰ってきた大一は、自室でディオーグと話し込んでいた。しかも珍しくディオーグの方から興味深くなるような話題を振ってきたのだ。

 

(そうだ。この前のガキ悪魔に妙な匂いが残っていた。俺が出会ったドラゴンのもので間違いない)

(ディオドラ・アスタロトにドラゴンの匂いが残っていた…妙だな)

 

 大一はベッドに腰掛けながら困ったように頭を掻く。一誠に見せたディオドラの反応を考えれば、あまりドラゴンについて好意的な感情を持ち合わせていないだろう。にもかかわらず、ドラゴンの匂いが残っているということは何らかの形で接触したことが想像される。

 

(アスタロト家がドラゴンと関わりあるってのは聞いたことが無いんだよな。いちおう聞いておくけど、それってドライグやタンニーンじゃないんだよな?)

(あの匂いが誰のものかは覚えているんだ。俺があの場所に封印する前にやりあったドラゴンの匂いだからな。ただ相当薄いから、昔に出会ったのか、それとも匂いのついた誰かに接触したことがあるかがわからん)

(そんな因縁あるドラゴンなのに名前を憶えていないのかよ?)

(覚えてないんじゃなくて知らないんだよ。出会ってすぐにやりあったからな。決着はつかなかったが)

 

 ディオーグの話をどこまで信じていいかは、大一としても懐疑的であった。彼が他のドラゴンについて知識がないことは知っている。それなのに今さらドラゴンの話、しかも名前すら知らない存在というのは疑いしかなかった。

 同時に、ディオーグの探知能力は間違いないものである信頼もあった。本来の自分の身体でないにもかかわらず黒歌の結界を見破り、繋がりを持たせるために強力なドラゴンである二天龍を目印にすることが出来るのだ。もっと言えば、ここで嘘をつくことがディオーグにとってはメリットも無い。これまでの実績と性格を考えれば、ディオーグの言葉は本当だろう。

 無意識に立ち上がって、部屋の中をうろうろ回る。完全な答えの出ないもどかしさが行動に現れていた。ディオドラとの試合まで5日しかない。そんな中でこの話を聞けば、冷静でもいられなくなるだろう。とはいえ、いたずらに話して混乱させるような事態も避けたかった。

 大一が悩んでいると、彼の部屋にノックして小猫が顔をのぞかせた。

 

「先輩、暇ですか?」

「…まあ、暇だがどうした?」

「…ちょっと見て欲しくて、こういうの着てみました」

 

 部屋に入ってくる小猫は巫女のような服であった。ただ胸元や太ももの露出が激しく、なにかのコスプレ衣装であるのはすぐにわかった。

 猫耳を出したその姿は可愛らしかったが、それ以上にことの経緯について大一は懐疑的な気持ちであった。

 

「似合っていますか?」

「可愛らしいと思うが…珍しいことやっているな。お前がそういうことするとは思わなかったよ」

「朱乃さんが、イッセー先輩から借りた本を参考にしたと言っていました」

「発端はあの人か。まったく何を…うん?待てよ。朱乃さんもコスプレか?」

「アーシア先輩やゼノヴィア先輩もあわせてやっています。おそらく今はイッセー先輩の部屋で部長と───」

 

 小猫の聞き終える前に、彼はグイグイと一誠の部屋があるひとつ下の階へと向かっていった。なぜか気持ちはざわめいており、それを感じ取ったのかディオーグも話しかけてこなかった。

 一誠の部屋に入ってみると、部屋の主である一誠がだらしない表情をしているのと、小猫と同じようにコスプレをしていたリアス、朱乃、アーシア、ゼノヴィアの姿が確認できた。特にリアスと朱乃は部屋の真ん中で睨み合って…いやリアスの方が一方的に睨んでいた。

 

「今度はなんだ…」

「大一、朱乃がまたイッセーを誘惑していたのよ!」

「駄々っ子みたいに言わないでください。その言葉だけでだいたい分かりましたから。それで朱乃さんは?」

「ちょっとリアスをからかっただけですわ」

 

 あまり悪びれる様子もなく、朱乃は肩をすくめる。ただし大一とはあまり目を合わせようとはしなかった。

 

「…おい、一誠。ちょっと話をつけるから、俺の部屋で待ってろ。小猫もいると思うから」

「ええええ!でも、兄貴!この状況でそれをされるのは生殺しだぜ!」

「あとでいくらでも頼めばいいだろ。悪いが、アーシアとゼノヴィアもちょっと席を外してくれ」

「わ、わかりました…」

「なんかよくわからないが、あまり揉めないでくれよ。あのディオドラとの試合まで5日しかないんだから」

「その服装で言われても説得力ないけど…そこら辺は先輩である俺らを信用してくれ」

 

 一誠達が部屋から去ったのを確認してから、大一は事のいきさつを2人から確認した。一誠とリアスが帰ってきてから、コスプレした朱乃がそれを出迎えて一誠を誘惑したというものであった。

 すべてを聞いてから大一は困った様子で朱乃の方を見る。

 

「リアスさんをからかうためとはいえ、やりすぎじゃないか?」

「朱乃、私はあなたのことは信頼しているけど最近ちょっとおかしいわよ。そのコスプレだってイッセーから借りた本とかを参考にしたらしいじゃない。やっぱりあなたも…」

「それは違うわ。だって私は…」

 

 朱乃は何かを訴えようとするがすぐに口をつぐむ。いつも大人びた彼女であったが、頬を膨らませるその様子は年相応な雰囲気が見られた。実際、彼女のやり口はわからないからこその手探りではあった。想い人がなかなか振り向いてくれない上に、先日は後輩と出かけたということも耳に入っていた。だから扇情的な格好をして、さらには嫉妬心を煽るように彼の弟を誘惑するような行動を取っていた。

 そんな彼女を見た大一は感情を隠すような無表情であったが、それでもどこか不安のようなものがにじみ出ていた。彼女の気持ちが一誠へと向いているのが不安であった。もし本当にそうならば自分が口を出すのはお門違いであったが、3勢力の会談前の嫉妬とは似て非なる羨ましさが弟に沸き上がっていた。

 そしてそんな2人を見るリアスは嘆息しながら手を鳴らすと、全てを納得したように話し始めた。

 

「今のあなた達の微妙な関係はわかった。だから今回の件は無かったことにしてあげる。でもどこかで2人で話し合いなさい。これは主としての命令であって、親友としての頼みでもあるわ。特に大一、あなたも朱乃のことをわかっているのならそれ相応の態度を取りなさいよ」

 

 リアスは疲れたように話す。自分の信頼する両翼がこんな状態では今後も思いやられるのと同時に、自分と違って互いに好意を向けているのだから早く決めればいいのにという想いがあった。

 この日は彼女の手腕でひとまず丸く収まったのであった。

 




誰が悪いかといえば、どっちつかずの態度を取るオリ主だと思います。


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第54話 守る約束

オリ主は一誠の知名度に嫉妬しなくても、その内容に嘆きはします。


 若手悪魔の注目度はとてつもなかった。稀代の才能に加え、名家や魔王の血縁者を筆頭に、眷属も特別な肩書きを持っているおかげか各界からは好奇心や今後を見据えた興味は尽きなかった。全体的にビジュアルの良さもそれに拍車をかけている。

 つまり世間に知ってもらうためにテレビ出演が組まれることも必然的であった。ごたごたがあった先日の夜、グレイフィアから「冥界のテレビ局からの出演オファー」という連絡が入った。先日の試合が冥界での知名度を大きく上げたようだ。

 テレビ収録の日、リアス達は専用の魔法陣で冥界へと向かう。到着した場所は都市部にたたずむ巨大ビルの地下で、プロデューサーの案内を受けてエレベーターで上階へと向かった。

 案内のまま進んでいくと、前方に見知った男性が人を連れているのが見えた。若手悪魔ナンバー1のサイラオーグとその眷属たちだ。

 

「サイラオーグ。あなたも来ていたのね」

「リアスか。そっちもインタビュー収録か?」

「ええ。サイラオーグはもう終わったの?」

「これからだ。おそらくリアス達とは別のスタジオだろう。───試合、見たぞ。お互い、新人丸出し、素人臭さが抜けないものだな」

 

 サイラオーグは苦笑しながら、今度は一誠へと視線を移す。

 

「どんなにパワーが強大でもカタにハマれば負ける。相手は一瞬の隙を狙って全力でくるわけだからな。とりわけ神器は未知の部分が多い。何が起こり、何を起こされるかわからない。ゲームは相性も大事だ。お前らとソーナ・シトリーの戦いは俺も改めて学ばせてもらった。───だがお前とは理屈なしのパワー勝負をしたいものだよ」

 

 サイラオーグは一誠の肩を軽く叩いてそのまま去っていった。その後ろ姿だけでも力強く、そんな男に弟がすでに目をつけられていると思うと、大一としては奇妙な感情であった。

 

(あれがこの前の筋肉野郎か)

(そういやお前はサイラオーグさんを見るのは初めてか)

(妙な悪魔だぜ。獣のような匂いまでする)

(獣って失礼だな、お前。あの人は獣というよりも気高い百獣の王って感じだと思うぞ)

(まあ、意気地のないお前に取ったらあんなのでも気高いんだろうよ)

(ったく、お前みたいに敬意の無い興味の持ち方するやつは苦手だよ。これなら実力で相手を見るヴァ―リの方がマシか)

 

 わずかに顔をしかめながら、頭の中で大一は反論する。先日、一誠は悪魔の仕事の帰りに白龍皇のヴァ―リと出会っていた。彼はなぜかディオドラを警戒するように忠告してきたのだとか。実際、試合の映像を見た時も、急激に魔力が増大するという奇妙な様子が見受けられた。先日のディオーグの奇妙な発言からして、どうにも不安がぬぐえなかった。

 大一は軽く息を整えると、皆についていく。一度、楽屋に通されて荷物を置くと、すぐにスタジオへと案内された。準備中のため、局のスタッフたちがせわしなく動いている。

 そんな中、リアスはスタッフや局アナと共に打ち合わせをしている。この慣れない環境でも緊張していないのは、さすがグレモリー家の後継者とも言える。一方で、ギャスパーや一誠は見るからに緊張していた。

 

「眷属悪魔の皆さんにもいくつかインタビューがいくと思いますが、あまり緊張せずに。それと、木場祐斗さんと姫島朱乃さんはいらっしゃいますか?」

「あ、僕です。木場祐斗です」

「私が姫島朱乃ですわ」

「お二人にも質問がそこそこいくと思います。お二人とも、人気上昇中ですから」

 

 スタッフの話に当人と一誠が驚いた様子を見せる。なんでも祐斗は女性人気が、朱乃は男性人気が凄まじいらしい。先日のソーナとの試合でも特に注目されていた。

 

「まあ、妥当だな」

「納得できる理由だが、私はイッセーもその枠だと思っていたな」

「赤龍帝の知名度って一般悪魔にはどれくらいのものなのかはわからないが…」

 

 朱乃と祐斗を見ながら、大一とゼノヴィアが言葉を交わす。考えてみれば、赤龍帝の評価は各勢力の上層が注視しているのは何度も見てきたが、他のところでの評価は彼も知らなかった。だが間もなく彼女の予想が当たっていることがわかった。

 

「えっと、もう一方、兵藤一誠さんは?」

「あ、俺です」

「あっ!あなたが!いやー、鎧姿が印象的で素の兵藤さんがわかりませんでした。兵頭さんに別スタジオで収録もあります。何せ、『乳龍帝』として有名になってますから」

「乳龍帝ぇぇぇぇッ!?」

(えっ、なにそのこの世の狂気が詰まったような名前…!?)

 

 一誠が叫び、大一が意図せず口を開けて衝撃の表情をする中で、スタッフは喜々としてこの異名について説明していた。

 なんでも先日の試合で「おっぱい」という単語を連呼していたことが起因して、なぜかそれが子ども達に受けてしまい「おっぱいドラゴン」などと呼ばれているそうだ。

 一誠はとにかくその事実が衝撃的だったようで驚きつつも、神器の中で嘆いているドライグへの同情をしていた。

 その一方で、大一は…

 

「…大丈夫か、先輩?」

「俺が学んできた悪魔の価値観ってなんだったんだろうなー。学園じゃなくても何度も見せられるのかなー」

「小猫、一発打ち込んだ方が良いかもしれない。先輩が壊れた」

「わかりました。この後インタビューもありますので、軽めに…えい」

「へぶっ!」

 

 小猫の軽めの拳が大一のみぞおちに入り込む。軽めとはいえ、彼女のパワーでみぞおちに拳が入ればさすがの大一も半ば悶絶気味に正気を取り戻していた。

 声にならない状態でみぞおちを抑えていると、彼とは別にディオーグが冷静に呟く。

 

(異名か…あった方が名前も広まりやすいか?)

(あれを参考にするのだけはやめてくれ!)

 

 その後のインタビュー中もこのイヤな事実は頭から離れなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「…地獄かよ」

 

 楽屋に戻った大一は意気消沈の状態で座り込むと、ぼそりと呟いた。インタビューは滞りなく終わった。リアスの言う通り、彼女への質問が大半であったし、朱乃と祐斗への質問も2人は難なく対応していた。

 しかし今回のインタビューである意味強烈だったのは一誠であった。子ども達から本当に受けが良かった上に、本当に例の2つ名が浸透していた事実に直面すると、複雑な気持ちであった。もっとも人気になった最大の理由は禁手による鎧であったが、それでも子ども達が一誠に対して「おっぱいドラゴン」などと呼ぶたびに、申し訳なく思ってしまった。

 

「お疲れ様です」

 

 げんなりした大一の隣に祐斗が座る。紙コップに入ったお茶を手渡してくれた。

 

「ありがとな。お前も大変だったろうに気をつかわせて」

「そんなことないですよ。たしかにちょっと驚いてしまいましたけど」

 

 祐斗は恥ずかしそうに苦笑いしながら頬をかく。たしかに彼と朱乃の客人気は圧倒的であった。彼らの質問になると会場にいたファンの黄色い声援がスタジオに響く。この若さでこれほど多くの人を惹きつけるのは一種の才能だと思った。

 ある程度休んだところで帰るために立ち上がると、楽屋に意外な訪問者が現れた。

 

「イッセー様はいらっしゃいますか?」

「レイヴェル・フェニックスか。どうしてここに?」

 

 金髪に印象的な縦ロールを持つ美少女…レイヴェル・フェニックスであった。本人は次兄の番組があるからと言っているが、一誠に差し入れとして持ってきた手の込んだチョコレートケーキを見る限り、本当の目的は傍目からして明らかだ。

 彼女はバスケットだけ渡してさっさと立ち去ろうとしたが、一誠は引き留めて祐斗に創ってもらった小型のナイフでケーキを一切れ口に運んだ。

 

「うまいよ、レイヴェル。ありがとう、家でもゆっくり食べさせてもらうから。ハハハ、ほら、次に会えるのいつかわからないし、感想と礼をいま言おうかなってさ。お茶も今度ちゃんと別にするから。俺で良ければだけどな」

 

 一誠の言葉にレイヴェルは頬を赤くさせ、目を潤ませていた。まさに恋する乙女ともいうべき表情であろう。

 

「…イッセー様、今度の試合、応援してます!」

 

 それだけ言うとレイヴェルがせかせかと楽屋から去っていった。面食らったような表情の弟であったが、彼女の真意に気づいていない様子なのが大一は腑に落ちなかった。

 

「律儀な奴…」

「小猫ちゃんの約束守った先輩が言うセリフじゃないと思いますけど」

 

────────────────────────────────────────────

 

 ディオドラとの試合も明後日に迫ったところ、大一はこの日もトレーニングルームにいた。といっても、器具を使うわけではなくいつものような筋トレや錨を出しての素振りであった。いつもやっているトレーニングをこの遅い時間に回数を増やしている時は、大抵が考え事をしている時であったが、この行為自体が先送りにしようとしている節があった。自分の悪い点だという自覚はあるのだが、もはやこれが一種の様式となっていた。

 そんな彼しかいない部屋に、来訪者が現れた。

 

「お兄さん。お疲れ様です」

「アーシアか?一誠ならたしか風呂に行っているはずだぞ」

「いえ、お兄さんとちょっと話したくて」

「…俺と?」

 

 大一は錨をしまうと首にかけたタオルで汗を拭いながら、近くの器具に腰をかける。アーシアも向かい合うように座った。

 

「なにか相談か?」

「え、えっと…やっぱりわかっちゃいました?」

「わざわざ俺のところ来るくらいだからな。一誠のことか?」

「いえ、イッセーさんのことではあるような…無いような…」

「…やっぱり不安か。ディオドラのこと」

 

 アーシアは言葉にしづらかったのか、諦めて小さく頷いた。求婚してきたディオドラのことを思えば当然のはずだが、一誠に釘を刺したのに自分のところに来るのは不全感を抱いた。

 

「違うかな。結果的に俺が押し付けただけか…」

「えっ?」

「いや、なんでもない。それで求婚の件は断るつもりなんだろ?どう断ればいいか迷っているなら、ハッキリと言ってやれ。相手を傷つけない方法なんて無いんだからな」

「それは断るつもりでしたけど…どうしてわかったんですか?」

「むしろこれまでの経緯でわからない方がおかしいだろうよ。日常的にプレゼントの件で謝って、あんな平手打ちまでしたくらいだ」

「だ、だってあれはイッセーさんに酷いことを言いましたから!」

 

 アーシアは眉をひそめながら答える。子どもっぽい印象を受ける表情であったが、その様子はディオドラへの怒りよりも一誠への特別な感情が溢れているように思えた。

 

「あいつのこと、やっぱり特別なんだな」

「…イッセーさんが言ってくれたんです。『そばにいていい』って。たくさんのお友達に、頼りになる先輩、慕ってくれる後輩…主も見守ってくださると実感できる、本当に今が幸せなんです。だからこの幸せを手放したくないんです。イッセーさんがそれを肯定してくれたのが、なによりも嬉しかった…」

 

 思い出すように、夢見るようにアーシアは言葉を紡ぐ。彼女の過去はゼノヴィア達から聞いた程度しか、大一は知らない。しかしその口ぶりから彼女が後悔しているとは微塵も思わなかった。

 弟の言葉が彼女の心を救うことになったのは嬉しかった。同時に自分の不全感が杞憂であったことを実感した。

 

「それなら、なおさらしっかり断らなきゃな」

「はい。それでお兄さんにお願いが…」

「俺に出来ることなら。ただ断ることに手伝いが出来るとは思えないがね」

「そ、その…私のうぬぼれであることは自覚しているのですが、イッセーさんはきっと次の試合、その件もあって全力で戦ってくれると思うんです。でもこの前みたいなことも無いとは限りません。だから…だからもしもの時はイッセーさんを助けてあげてください」

 

 アーシアの言葉に、大一は意外そうに眉を上げる。

 

「そりゃ、もちろんだが…別に俺じゃなくてもいいだろ?リアスさんは立場上贔屓が難しいだろうが、祐斗とか…」

「もちろん皆さんのことは信用しています。ただイッセーさんは思い切りの良すぎる時もありますから、危ない時に本当の意味で止められるのはお兄さんだけなんです。それにこれは私の個人的なお願いでもありますから…」

 

 恥ずかしそうにアーシアは目を伏せる。彼女の口からそういった言葉が出るのは意外であった。彼女の中ではディオドラの件については不安に思いつつも、すでに折り合いはつけられているのだ。それ以上に、この件で想い人が無茶をしないかが心配なのだろう。惚れた相手を心配してのこの相談は、ある種の勇気が必要であったはずだ。それを彼女が奮い起こしたことに、大一は後輩相手に尊敬するような気持ちになった。

 

「お前が心配することじゃない気もするが、一緒に住んで家族同然の妹分にそんなこと言われたら断る理由もないな。任せろ、いざという時は俺があいつを守るし、止めてやるからよ」

「ありがとうございます!これが終わったらなにかお礼を───」

「そこまでやるとただの利害関係の一致みたいになるだろうが。身内に甘えるのに、そういったのは抜きだ。それに俺が勝手にやったことだしな」

「ふふッ…やっぱりお兄さんにお願いしてよかったです。お兄さん達は憧れですから」

「なんだ?あいつと俺の関係なんてただの兄弟だろ」

「イッセーさんとではありません。朱乃さんとです。冥界に向かう列車でのことや、この前の試合での最後…2人の長く築いた関係は憧れなんです。私もイッセーさんと…」

 

 小さく嬉しそうに笑うアーシアはやはり理想的に捉えやすい面があるように思えた。先日の一件を知る大一としては、彼女の想像する関係性とは程遠かった。ただ彼女のように惚れた相手のために行動を起こす必要性も実感してしまった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 アーシアと別れた大一は風呂に向かうために、一度部屋に戻って着替えを取りに行く。できることならさっさと話しをつけた方が良いのだろうが、このびっしょりと汗をかいた状態で会いに行くのははばかられた。

 だがそういう時に限って、上手くいかないことはままある。ちょうどエレベーターから出るところで目的の相手と鉢合わせした。

 

「あ、朱乃さん…」

「大一…えっと…」

 

 気まずい沈黙が流れる。2人も先日のリアスを交えた話を思い出していた。この場はとりあえずスルーしたうえで、あとでしっかりと話す選択肢もあったが、アーシアとの会話で妙に気が昂っていた大一は前置きも無しに話し始めた。

 

「あ、あのさ…ディオドラとの試合も近いから、どうも落ち着きがないんだ。だからこの前リアスさんが言っていたみたいに話すことは難しいと思う」

「そうね。お互いに冷静でいられるか…」

「だからといってはなんだけど、試合が終わったら2人で話すためにどこか出かけないか。近場でいいんだけど、えっとなんと言えばいいか…」

「それってデートってこと?」

「デートってほど大層なものじゃない!2人で遊びに行くってくらいで、お茶を飲んで話すというか…はい、デートです」

 

 完全に言葉を選びきれずにとっ散らかった状態であったが、彼の言葉に朱乃の表情は間違いなく明るさを増していた。

 

「…嬉しい。約束守ってね」

「それは必ず」

 

 短いやり取りだけで朱乃はエレベーターに乗って下の階層に降りていく。大一は自分の部屋に戻りながら静かにガッツポーズをしたり、朱乃はその日の行動ひとつひとつに笑顔が付属されていた。

 




これはこれで日中にそのことを思い出してオリ主は悩むと思います。


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第55話 意外な襲撃

今回は基盤づくりです。つまり原作とほとんど大差ないということです。


「そろそろ時間ね」

 

 ディオドラとの試合の日、メンバーはオカルト研究部の部室に集まっていた。全員が中央の魔法陣に集まり、転生するのを待つ。

 相手は若手悪魔の中でも底知れない雰囲気があったが、アーシアの一件もあったため全員が気合いを引き締めていた。

 間もなく、魔法陣が光だし全員が目的地へと転生されるが…。

 

 たどり着いた場所は、開けた場所であった。等間隔に大きな柱が立ち並んでおり、後ろには巨大な神殿が鎮座している。空の白さから例の異空間であることは間違いないはずだが、どうも異様な雰囲気が漂っているように思えた。

 

(おい、小僧。錨をだしとけ)

(言われなくても、試合だからな)

(今回は多数の敵を薙ぎ払わなきゃいけねえのか?)

(…相手の眷属の数はこっちと大差ないはずだが?)

(あ?じゃあ、さっきからこっちに向かってきている千近くの魔力はなんだ?)

 

 ディオーグの言葉に驚きつつ、大一はすぐに錨を出して魔力探知を始める。しかし存在に気づく前に相手から姿を現した。

 神殿とは反対側に多くの魔法陣が現れる。それどころか数はどんどん増えていき、リアス達を取り囲むようであった。次々に現れる魔法陣の文様はアスタロト家のものではないのが、全員に戦闘態勢を取らせた。

 

「全部、悪魔。しかも記憶が確かなら───魔法陣から察するに『禍の団』の旧魔王派に傾倒した者達よ」

 

 あっという間に「禍の団」のメンバーがリアス達を取り囲むと、そのうちのひとりが挑戦的に宣言する。

 

「忌々しき偽りの魔王の血縁者、グレモリー。ここで散ってもらおう」

 

 旧魔王を崇拝する彼らにとって、新魔王の血縁者であるリアスはたしかに目の上のたん瘤ともいえる存在だろう。

 それにしてもテロリストである「禍の団」がレーティングゲームに介入してくること自体が疑問であった。たしかに別の時空間ではあるが、監視の目も多いはず。3大勢力が手を組んだ今、警備が厳重になっているため尚更であった。

 その疑問の解消する事態がすぐに起こった。

 

「キャッ!イッセーさん!」

 

 悲鳴の方を見ると空にアーシアを捕らえたディオドラの姿があった。

 

「やあ、リアス・グレモリー。そして赤龍帝。アーシア・アルジェントはいただくよ」

「アーシアを放せ!このクソ野郎!卑怯だぞ!つーか、どういうこった!ゲームをするんじゃないのかよ!?」

「バカじゃないの?ゲームなんかしないさ。キミたちはここで彼ら───『禍の団』のエージェント達に殺されるんだよ。いくら力のあるキミたちでもこの数の上級悪魔と中級悪魔を相手にできやしないだろう?ハハハハハ、死んでくれ。速やかに散ってくれ」

 

 ディオドラの言動で彼が「禍の団」と通じていたのは明らかであった。彼としてはそうすることが自分のやりたいことをやれるという至って欲望に忠実な理由であった。彼はそのままアーシアをさらうつもりのようだ。

 すぐに怒りの形相でゼノヴィアが一誠からアスカロンを受け取って攻撃を仕掛けに行くも、魔力の弾によってはじかれる。

 

「イッセーさん!ゼノヴィアさん!イッ───」

 

 アーシアは助けを請うが、無残にもその途中でディオドラとともに消えていった。

 

「アーシアァァァァッ!」

「イッセーくん!冷静に!いまは目の前の敵を薙ぎ払うのが先だ!そのあと、アーシアさんを助けに行こう」

「祐斗の言う通り…と言いたいが、どうやってこの状況を切り抜けるかだな。数が多すぎる!」

 

 睨みを利かせながら、周囲の悪魔たちとはこう着状態になる。しかし戦いの瞬間は近い。すでに相手は大なり小なり魔力を溜めており、それが一斉に撃ちこまれれば無傷とはいかなかった。

 一触即発の状況で、今度は朱乃の驚いた悲鳴が聞こえる。その方向を見ると、隻眼の老人が彼女のスカートをめくり下着を覗き込んでいた。

 

「うーん、良い尻じゃな。何よりも若さゆえの張りがたまらんわい」

「あんた誰だ!?」

 

 すぐに大一は朱乃の手を引き、老人から彼女を引き剥がして抱き寄せる。見たこともない男であったが、どうも魔力から只者じゃないのはわかった。それどころか生命力も生物とはまた異なった雰囲気が見受けられる。

 不信感を隠さずに老人を睨みつける大一に、リアスが声をかける。

 

「大一、その人はオーディン様よ!どうしてここに?」

「うむ。話すと長くなるがのぅ、完結に言うと『禍の団』にゲームを乗っ取られたんじゃよ」

 

 禍の団と繋がっていたディオドラの手引きにより、この場には大量のテロリストが入り込んでくる形となった。しかもゲームフィールド自体が強力な結界に覆われているため、救援も難しかった。そこであらゆる術式に通じるオーディン自ら、彼女らの救援に現れたのであった。

 そして彼の存在は当然ながら敵にも注目される。

 

「相手は北欧の主神だ!討ち取れば名が挙がるぞ!」

 

 一斉に大量の魔力の弾が向かってくる。数える暇もないくらいの多さであったが、オーディンが杖を地に一度ついただけでその魔力が消え去った。その実力の一片だけでも、神の名にふさわしいものであった。

 オーディンは全員に小型通信機と特殊な魔力を施すと追い立てるように言葉を発する。

 

「それが神殿までお主らを守ってくれる。ほれほれ、走れ」

「でも、爺さん!ひとりで大丈夫なのかよ!」

「まだ十数年しか生きていない赤ん坊が、わしを心配するなぞ───グングニル」

 

 左手から槍を出したオーディンの一撃に、大一は目を疑った。鋭く、全てを貫くような破壊力は、縦に並んでいた悪魔数十人を一瞬で消し去ったのだ。

 目の前の光景に空いた口が塞がらないほど驚く一方で、ディオーグは舌なめずりをしながら別ベクトルで好奇の感情を向けていた。

 

(あれは本気じゃねえな。こいつは面白い。あれくらいの奴を複数相手に出来るくらいが最低限度だな)

(お前…あれ神クラスだぞ…!?)

(神だろうがなんだろうが、俺の名を知らしめるにはちょうどいいだろうが!)

(…ちょっとついていけない)

 

 そんな問答の間にもオーディンは禍の団相手に睨みを利かせていた。もはや意気揚々と向かってくる相手はおらず、出方を窺って半分腰が引けている者までいた。

 

「すみません!ここをお願いします!神殿まで走るわよ!」

 

 リアスの指示のもと、彼女らはアーシア救出のために神殿へと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 神殿の入り口に入ると、通信機から聞き慣れた声…アザゼルからの通信が入った。

 

『無事か?こちらアザゼルだ。オーディンの爺さんから渡されたみたいだな。言いたいこともあるだろうが、まずは聞いてくれ。このレーティングゲームは「禍の団」の旧魔王派の襲撃を受けている。そのフィールドも、近くの空間領域にあるVIPルーム付近も旧魔王派の悪魔だらけだ。だが、これは事前にこちらも予想していたことだ。現在、各勢力が協力して旧魔王派の連中を撃退している』

 

 アザゼルの話ではグラシャボラス家次期当主の不慮の事故も彼らが関わっており、ここ最近は現魔王に関する家計の不審死が続いていた。現状、首謀者と予想されるのが旧ベルゼブブと旧アスモデウスの子孫であり、リアス達は最初から狙われていたということになる。

 また先日の試合でディオドラが急に強化されたのも、オーフィスの力を借りたことが予想されていた。

 アザゼルの話を聞いたとき、大一は一種の疑念が生じた。彼の話をすり合わせると、ディオーグの話していたドラゴンが何者なのかが予想できる。しかしそれが真実であった場合、自分の身体にいるドラゴンがより得体の知れない存在に思えてしまった。

 とにかく攻め込んできたテロリスト相手にもろ手を挙げるような者は上位陣にはいない。各勢力のトップクラスが、今回向かってきた禍の団の討伐に動いていた。

 話の区切りに一誠がアザゼルに言う。

 

「先生、アーシアがディオドラに連れ去られたんです!」

『───っ。そうか。どちらにしてもお前逹をこれ以上危険なところに置いておく訳にはいかない。アーシアは俺達に任せておけ、そこは戦場になる。どんどん旧魔王派の連中が魔方陣で転送されてきているからな。その神殿には隠し地下室が設けられている。かなり丈夫な造りだ。戦闘が静まるまでそこに隠れていてくれ。あとは俺達がテロリストを始末する。このフィールドは禍の団の所属の神滅具所持者が作った結界に覆われているために、入るのはなんとか出来るが、出るのは不可能に近いんだよ。神滅具「絶霧(ディメンション・ロスト)」。結界・空間に関する神器の中でも抜きん出ているためか、術に長けたオーディンのクソジジイでも破壊出来ない代物だ』

 

 アザゼルとしては敵を倒すのと同時に、これ以上リアスたちを巻き込みたくない感情もあった。もとよりこの戦争状態は、旧魔王派をあぶりだして一気に掃討するもの。リアス達が巻き込まれる必要は無かった。

 しかしそれで引き下がるような彼らではない。

 

「アーシアは俺達が救います」

『おまえ、今がどういう状況かわかっているのか?』

「む、難しいことはわかりません!でも、アーシアは俺の仲間です!家族です!助けたいんです!俺はもう二度とアーシアを失いたくない!」

 

 一誠の言葉を聞いたリアスは不敵に笑う。

 

「アザゼル先生、悪いけれど、私達はこのまま神殿に入ってアーシアを救うわ。ゲームはダメになったけれど、ディオドラとは決着をつけなくちゃ納得出来ない。私の眷属を奪うという事がどれほど愚かな事か、教え込まないといけないのよ!」

「アザゼル先生。私達、三大勢力で不審な行為を行う者に実力行使する権限があるのでしょう?今がそれを使う時では?ディオドラは現悪魔勢力に反政府的な行動を取っていますわよ?」

 

 続けざまに一誠をフォローするリアスと朱乃に対して、アザゼルは半分困ったように、半分期待していたように応える。

 

『…ったく、頑固なガキどもだ…。ま、いい。今回は限定条件なんて一切無い。だからこそ、お前逹のパワーを抑えるものなんて何もない。───存分に暴れてこい!特にイッセー!赤龍帝の力を裏切り小僧のディオドラに見せつけてこいッ!』

「オッス!」

 

 アザゼルのお墨付きに一誠は強く答える。彼だけではないだろう。仲間を奪われたことに皆がここでやれることとして、ディオドラと戦うつもりであった。

 

『最後にこれだけは聞いていけ。大事なことだ。奴らはこちらに予見されている可能性も視野に入れておきながら事を起こした。つまり多少敵に勘付かれても問題の無い作戦でもあると言う事だ』

「相手が隠し玉を持ってテロを仕掛けていると?」

『それが何かはまだわからないがこのフィールドが危険なことには変わりない。ゲームが停止しているため、リタイヤ転送は無い。危なくなっても助ける手段はないから肝に銘じておけ。───十分に気をつけてくれ』

 

 最後にこれでもかというほど念を押したところで、アザゼルとの通信が切れる。この時点で皆が不穏な予感はあるものの、いますぐに対応できるものでもない。まずはアーシアの奪還、そしてアザゼルの話していた地下に逃げ込むことであった。

 

「大一、小猫。アーシアは?」

 

 リアスの促しに、2人は各々のやり方でアーシアの位置を探る。間もなく探し当てた場所は、2人も同じ場所を示していた。神殿の奥だ。

 

「…あちらからアーシア先輩とディオドラ・アスタロトの気配を感じます」

「幻術らしきものもない。確定だな」

 

 居場所がわかればやることはひとつ。リアス達は仲間を取り戻すために奥へと突き進むのであった。

 全員の気持ちがひとつになる一方で、大一の身体に宿るディオーグだけはまったく別のことに気が向いていた。彼は声を発することなく、それでいてぎらついた感情を宿らせて自分なりに探知をしていた。

 

(間違いなく近くにいる。しかもあいつだけじゃない。あの時、戦いに割り込んだ別の龍…そうだ、この感覚だ。別次元にいるが間違いない。これは体に閉じ込められているのがもったいないくらいだ)

 




オリ主がアホみたいに強ければ違った展開にも出来たのかな等と思いました。


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第56話 敵からの挑戦

原作を読み返していたら、年下の方が大人びている印象がありました。


 神殿を進んでいくと、広い空間に出る。大きな広間がずっと続いているようで、建物を支える巨大な柱以外に目立ったものは無かった。ここを出ると、さらにまた神殿が現れて、また抜けると神殿が現れるの繰り返しであったが、とある神殿に入った際に前方から10人フードを被った人影が現れた。同時に、神殿内にディオドラの声が響く。

 

『やー、リアス・グレモリーとその眷属の皆。僕はこのずっと先の神殿でキミたちを待っている。遊ぼう。中止になったレーティングゲームの代わりだ』

 

 笑いながらディオドラはルールを説明する。内容はいたってシンプルなもので互いのメンバー同士で戦うもので、1度戦ったらその後は出られないというもの。最初の相手は8人の「兵士」と2人の「戦車」だが、「兵士」の方は全員「女王」へとプロモーションをしているのだという。

 舐めきった態度を取るディオドラに対して、リアスは啖呵を切ってこの提案を飲んだ。

 

「いいわ。あなたの戯れ事に付き合ってあげる。私の眷属がどれほどのものか、刻み込んであげるわ」

「相手の提案を呑んでいいんですか?」

「応じておいた方がいいわ。あちらは…アーシアを人質に取っているんですもの。

 こちらはイッセー、小猫、ゼノヴィア、ギャスパーを出すわ。いま呼ばれたメンバー、ちょっと来てちょうだい」

 

 リアスが出すメンバーを集めて作戦を伝える中で、大一は妙な気持ちの高鳴りを感じた。戦い前の緊張や惚れた相手に触れた時のものとは違い、もっと苛烈で荒々しい感覚であった。推測の域でしかないが、ディオーグの感情なのかもしれない。ただ彼の性格からすれば、ディオドラが提案した試合の内容にここまで高鳴るとは思えなかった。

 

『じゃあ、始めようか』

 

 作戦の打ち合わせが終わったのを確認したディオドラの声と共に、相手の眷属が一斉に構えだす。

 一誠は祐斗に魔剣で指を切ってもらい、その血をギャスパーに与えていた。赤龍帝の血を飲めばパワーアップするということは以前の会談でも使った方法であった。

だがそれよりも大一が気になったのは、一誠の表情であった。完全に勝利を確信した表情をしていた。だがこれに近い表情は何度か見ていた。ライザーとの試合前での山での特訓、先日のソーナとの試合…さらに相手を見れば眷属は全員が女性だ。これらをすり合わせれば、彼の確信の理由が理解でき、同時にこれからあらゆる意味で凄惨な光景が繰り広げられるのは想像に難くなかった。

 ゼノヴィアの方はデュランダルを解放すると、アスカロンとあわせて相手の「戦車」へと歩みだす。

 

「アーシアを返してもらう。…友と呼べる者を私は持っていなかった。そんなものが無くても生きていけると思っていたからだ。神の愛さえあれば生きていける、と」

 

 かなりの速度で距離を詰めていく相手に、ゼノヴィアの独白は止まらない。しかし彼女の鋭い眼光は間違いなく相手の動きを追っていた。

 

「そんな私にも分け隔て無く接してくれる者達ができた。特にアーシアはいつも私に微笑んでくれていた。この私と『友達』だと言ってくれたんだ。…私は最初に出会った時、アーシアに酷い事を言った。魔女だと。異端だと。でも、アーシアは何事もなかったように私に話しかけてくれた。それでも『友達』だと言ってくれたんだ!だから助ける!私の親友を!アーシアを!私は助けるんだ!」

 

 彼女の力強い言葉に呼応するかのようにデュランダルの力が強まっていく。発する波動は相手を吹き飛ばし、その聖なる力には底知れないものがあった。

 デュランダルを抑えて制御するのではなく、その破壊力と斬れ味を増大させてより強めることに特化させた彼女の選択。アスカロンも併せることでその聖なるオーラは幾重にも膨れ上がり、広場を大きく照らしていった。

 

「さあ、いこう!デュランダル!アスカロン!私の親友を助けるために!私の想いに応えてくれぇぇぇぇぇっ!」

 

 振り下ろした二振りの剣の刃からは、強力な聖なる波動が大波のように相手を飲み込んでいく。神殿が大きく揺れるほどの威力は、防御自慢の「戦車」を完全に消滅させた。

 ゼノヴィアの本気を見たディオーグはようやくこの戦いに気を向けた。だが声に覇気がなく、先ほどの昂った感情とは真逆の印象であった。

 

(心の力ってのはそんなに強いものかね)

(強いだろ。今のゼノヴィアの攻撃は彼女の実力だけじゃない。アーシアを助けたいって気持ちも大きかった。それに一誠や祐斗のような神器持ちなんかは特に思いの強さが影響する)

(それで強くなれるのか…ハア)

 

 最後に軽くため息をつくと、ディオーグは再び黙り込んだ。落胆や嘆きでなく、純粋な呆れが感じられたなんとも奇妙な様子であった。もっともそこでぶれた様子を感じさせないのは、「犠牲の黒影」ですら跳ねのけたメンタルゆえだろうか。

 戦いの方も、ゼノヴィアの攻撃により士気が上がった他の3人が動く。しかし予想通りともいうべき地獄絵図が始まろうとしていた。

 まず一誠が「女王」に昇格すると、ソーナとの試合で見せた「乳語翻訳」で敵の動きを読む。それをギャスパーに伝え、次々と相手の動きを止めていくと、今度は動きの止まった相手に「洋服破壊」をする二重のセクハラコンボで相手を無力化していった。

 

「先生、俺、いつかおっぱいを支配できるんじゃないかって思えてきましたよ。さーて、残りのお姉さんたちをどうしてくれるかなー!」

「…早く倒しましょう、どスケベ先輩」

 

 一誠の凶行に、小猫が顔面パンチでツッコミを入れる一方で、外野である祐斗が大一を羽交い絞めにしながら騒いでいた。

 

「祐斗、放せッ!あいつを止めるか、代わりに俺がこの勝負に参加して一気に終わらせる!」

「落ち着いてください!アーシアさんを助けるためですから、今は我慢して!」

「だったら、俺が腹を切ってお詫びを!」

「目的を見失わないでください!部長の指示ですから!しょうがないことですから!」

「リアス…やりすぎじゃないかしら?」

「正直、ちょっと後悔しているわ…」

 

 あっという間に3人が敵を倒す一方で、外野は盛り上がっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 終わってみれば、難なく潜り抜けた一戦に意気揚々の一誠に対して、大一の方は目が据わっていた。歩きながらずっと頭の中で「アーシアのため」と言い聞かせている姿は、なんともいびつな印象を与える。

 次の神殿に進むと待ち構えていたのは3人。ディオドラの「女王」と「僧侶」2人であった。魔力ならアーシアやギャスパーを凌駕する「僧侶」に、アガレス家の副官と一騎打ちして打ち勝つ「女王」と油断ならない相手なのは間違いない。そんな相手に対抗するのは…。

 

「あらあら、では、私が出ましょうか」

 

 いつもの笑顔で朱乃が一歩前に出る。すでに魔力を全身にまとっており、戦闘準備は万全であった。そんな彼女の隣に、リアスも立つ。

 

「あとの『騎士』2人は祐斗と大一がいれば十分ね。私も出るわ」

「あら、部長。私だけでも十分ですわ」

「何を言っているの。いくら雷光を覚えたからって、無茶は禁物よ?ここでダメージをもらうよりは堅実にいって最小限の事で抑えるべきだわ」

 

 リアスの指摘に朱乃は少し考えたような表情をするも、誰に言うでもなくポツリと呟く。

 

「まあ…怪我をして今度のデートに差し支えるのも問題ありますものね」

「そうよ、デートのためにも…ちょっと待って。えっ、誰と?」

「大一とですわ。この試合が終わった後に約束しましたの」

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 朱乃の言葉にリアスと勝負に参加しない眷属たちが一斉に声を上げる。唯一、声を出さなかった大一はなぜこのタイミングで言ったのかという言葉を飲み込み、額に手を当てた。

 そんな周囲の様子を気にせずに、朱乃は言葉を続ける。ほんのりと頬を染めて語る彼女はいつもと違う色気があった。

 

「リアスにはお礼を言わなくちゃ。この前のことで話し合いなさいって言われたものですから。そのまま2人で───」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。話し合えとは言ったけど、そこまでは…!せ、節度は守りなさいよ!」

「どうしてそこまでうろたえて…あー、そういうこと」

 

 朱乃の視線が意地悪く光る。この状態だと彼女がリアスに取る対応が手に取るようにわかった。

 

「もしかして私や大一にいろいろと先を越されるのが不安ってことかしら?」

「べべべ別に私はそんな考えはないわよ!眷属の幸せを願うのは主として当然の役目よ!」

「あらあら、図星かしら。そんな見栄ばかり張っているからイッセーくんとも関係が進まないのでは?」

「そ、そんなことないわ!私なんてイッセーに胸を揉まれたし、キスもしたし、もう数か月一緒に住んでいるのよ!後輩に先を越されかけているあなたよりは遥かに関係は進んでいるわ!」

 

 リアスの応酬の言葉に、朱乃の雰囲気が明らかに変わる。触れてはいけないスイッチを押してしまったようだ。

 

「気にしているところを言われるのは我慢なりませんわ。それに後輩に先を越されそうなのはあなたの方じゃない?イッセーくんが別の人を好きになることもあるでしょうしね」

「朱乃、あなたも冗談で言って良いことと悪いことがあるのは自覚する必要があるわね」

 

 気づけばあっという間に2人の魔力が先ほどとは比べ物にならないほど強大なものになっていた。だがその睨み合う矛先は味方同士という、勝負ごとであるまじき光景であった。このいがみ合いは以前のプール開きを思い出させるものとなっていた。

 さすがに目の前で行われるまったく関係ない喧嘩に相手の「女王」も苦言を呈する。

 

「あなた方!いい加減にしなさい!私達を無視して───」

「「うるさいっ!」」

 

 一瞬であった。2人は見向きもせずに、滅びの魔力と雷光の意図しない強力な合わせ技で相手の3人をあっという間にダウンさせた。その破壊力は先ほどのゼノヴィアの攻撃に勝るとも劣らないほど目を見張るものであり、彼女らの本気の底知れなさが垣間見られる。焼け焦げて倒れる相手は無残なものであったが、それすらも今の彼女たちにはどうでもいいことであり、そのまま口喧嘩を続行していた。

 

「リアスよりも関係は深いわ!大一とは悪魔になってからずっと一緒にいたもの!抱きしめてもくれたもの!」

「意識したのはそれこそ最近じゃないの!それに時間だけが全てじゃないわ!私とイッセーの関係を全部知らないで適当なこと言わないで欲しいものね!」

 

 自分の方が想い人に愛されているアピールをしながらヒートアップしていく2人を見る小猫とゼノヴィアの視線は冷静であった。そしてこの状況を止められそうなのが、ひとりいるのもわかっていた。

 2人は大一の両脇に立ちながら、追い立てる。

 

「お互いに付き合ってもいないのによくあそこまで言えますね。…先輩の責任ですよ。止めてきてください」

「いやこれは見当違いだろうよ…!」

「どうだろうなぁ?私も小猫の意見に賛成かな。というか、あれを私達で止められる気がしない」

「火に油を注ぐことになりそうだけど…」

「お目付け役を任されているんですよ。先輩が止めなくて誰が止めるんですか。アーシア先輩のこともあるんですから、さっさと行ってきてください」

「まあ、こんなところで時間を食うわけにもいかないし…そうだな」

 

 大一はリアスと朱乃に近づいていく。それだけでも下がりたくなるようなひりつくような空気であったが、時間が惜しい現状で四の五の言ってはいられない。

 

「あー…2人とも、とりあえず喧嘩は後にしません?」

「大一、あなたが朱乃にはっきりしない態度を取っているのも原因の一端であることを理解しているのかしら?」

「リアスの言う通りよ。私だって考えなしにやっているわけじゃないのに」

「なんで俺に言う時は意見を合わせるんだよ…。とにかくアーシアの救出があるから行きましょう。話はその後からでもいいでしょう?」

「…そうね。まずはアーシアの件が先決だわ」

「私にとっても妹のような存在ですもの。わかっていますわ」

 

 幸い、大きく発展することなくやり取りは落ち着いた。大一が胸を撫でおろす一方で、一誠の方は膝をつきながら床を叩いて自分の胸の内を吐露していた。

 

「ぬあああ…やっぱり俺のお姉様が兄貴に取られるってのはイヤだぁ…!木場、この想いはどうしたらいいんだよ…!」

「とりあえず直接話したらややこしくなるから口を閉じるのが一番だと思うよ、イッセーくん」

 

 兵藤兄弟の面倒くささに一番被害を受けていた祐斗の言葉は一誠の耳にしか入らなかった。

 




木場のストレスがマッハな状況ができました。


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第57話 確執の戦い

正直、この辺りはオリ主が入るところではないと思いながら原作を読み返していました。


「や、おひさ~」

 

 ディオドラのいる場所まであと少し、最後の神殿で待ち受けていた男が下品な笑みを浮かべながら挨拶をする。白髪に表情からにじみ出る悪意的な雰囲気、フリード・ゼルセンであった。

 

「まだ生きていたんだなって、思ったっしょ、イッセーくん?イエスイエス。僕ちん、しぶといからキッチリキッカリ生きてござんすよ?ところで、もしかして『騎士』のお二人をお探しで?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、フリードは一誠の考えていたことを説明する。さらに口をもごもごと動かすと、なにかを見せつけるように吐き出した。とても小さかったが、それは人間の指の肉片であった。

 

「俺様が食ったよ」

 

 にべもなく答えるフリードに対して、大一はすぐに魔力と生命力を探る。魔力は大きかったが、それ以上に奇妙なのは生命力であった。目の前の人間の体にあらゆる生物がぎちぎちに詰め込まれたもので、まったく違った生物の印象を受けた。

 隣にいる小猫も鼻を抑えながらその違和感を口にする。

 

「…その人、人間を辞めています」

 

 小猫の指摘に、フリードは口を大きく曲げて狂気的な笑い声をあげる。彼の笑い声は耳を抑えたくなるような不快さがあった。

 

「ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!てめえらに切り刻まれた後、ヴァーリのクソ野郎に回収されてなぁぁぁぁぁあっ!腐れアザゼルにリストラ食らってよぉぉぉおおっ!

 行き場を無くした俺を拾ったのが『禍の団』の連中さ!奴ら!俺に力をくれるっていうから何事かと思えばよぉおおおっ!きゅはははっははは!合成獣(キメラ)だとよっ!ふはははははっはははっはっ!」

 

 言葉を続けるたびに体が変化していく。全身が隆起し、腕と足も膨れ上がる。背中からはコウモリのような片翼に、巨大な腕、顔はドラゴンのように凶暴な牙が突き出していた。そこにかつてのフリードの姿はなく、醜悪な異形の怪物が目をぎらつかせて一誠達を睨みつけていた。

 

「ヒャハハハハハハハッ!ところで知ってたかい?ディオドラ・アスタロトの趣味をさ。これが素敵にイカレてて聞くだけで胸がドキドキだぜ!あのお坊っちゃん、大した好みでさー、教会に通じた女が好みなんだって!そ、シスターとかそういうのさ!」

 

 フリードの話では、なんとこれまで倒してきたディオドラの眷属の女性たちは全員が教会関係者や信仰深い者だった。眷属だけでなく彼を囲う多くの女性がその類であり、そういった女性を堕としてきた。アーシアの件も最初から目をつけており、回復の神器を持つことを知ったディオドラはわざと手負いの状態になって駆け込み治療してもらうことで、彼女を教会から追い出すきっかけを作った。つまりアーシアが教会から追放される原因を作ったのは、彼女の元来の優しさにもつけこんだディオドラの計画であった。

 最高の苦しみを与えたところで、その傷に愛情を流しこみ、相手を堕とす…それがディオドラの常套手段であった。

 その真実を知った一誠の怒りは壮大であった。アーシアがその時のことについて後悔していないことを知っていたため尚更であった。目を見開き、歯を食いしばりながら拳を握る彼を抑えるように、祐斗が言葉をかける。

 

「イッセーくん。気持ちはわかる。だが、キミのその想いをぶつけるのはディオドラまで取っておいた方がいい」

「どっちにしろ、相手のルールに従うならここは俺と祐斗でやるしかないんだ。あのふざけた野郎は俺らで黙らせる」

 

 祐斗と大一が前に出る。2人とも静かながらもその眼には怒りと憎悪で燃えており、フリードの前に立つ。祐斗は聖魔剣を一振り創りだし、大一は全身に魔力を纏わせていた。

 

「やあやあやあ!あのとき俺をぶった斬りやがった腐れナイトさんにじゃあーりませんかぁぁぁっ!てめえのおかげで俺はこんな素敵なモデルチェンジをしちゃいましたよ!それにもうひとりは俺のことを舐めてくれやがった腐れ悪魔さんじゃないですか!聞けば、てめえも俺みたいに化け物じみて合成獣みたいになっているんだってなぁ!」

「ディオーグの件を言っているなら、お前とは違うと思うが…。まあ、そう思うならお前はこの腐れ悪魔と同類ってことだな」

「ああああ!?最後までふざけやがって、このクソ悪魔が!さっき食った『騎士』と同様に俺の糧にしてくれてやるよぉぉぉ!」

「キミはもういないほうがいい」

「調子くれてんじゃねぇぇぇぞぉぉぉっ!」

 

 憤怒の形相でフリードは全身のいたる部分から刃を生やして、2人を狙う。大一はそれをすべて受けきり、祐斗は素早くかわすと目にもとまらぬ神速の速度で接近し、文字通り一瞬のうちにフリードをバラバラに切り刻んだ。

 

「あっ…がっ…ま、まだ…!」

 

 最後のあがきともいうように肉体の一部から刃物を伸ばして祐斗を狙うが、それも間に入った大一に防がれてしまう。間もなく体は崩れ落ちていき、その存在は四散していった。

 

「…お前、最後の攻撃避けられただろ」

「大一さんなら守ってくれるって信じていたので」

 

 フリードの最後を確認した一行は、ディオドラの待つ最後の神殿へと走り出した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 最深部にある神殿に入っていくと、その視界に巨大な装置が入る。壁に埋め込まれた巨大な円形をしており、宝玉や紋様、文字が至る所に刻まれていた。そして装置の中央にはアーシアが磔の状態で捕らわれていた。

 

「アーシアァァァアアアッ!」

「やっと来たんだね」

 

 一誠の叫びを聞いて、ディオドラが装置の横から姿を現す。相変わらず穏やかな笑顔は崩していなかったが、真実を知った今その表情は悪意の塊にしか見えなかった。

 

「…イッセーさん?」

 

 アーシアも同時に目を開ける。腫れあがった目元からよほどの涙を流していたことが察せられる。どうもディオドラは教会追放の真実を彼女に語っていたようだ。

 

「でも、まだ足りないと思うんだ。アーシアにはまだ希望がある。そう、キミたちだ。特にその汚れた赤龍帝。キミがアーシアを救ってしまったせいで、僕の計画は台無しになってしまったよ。あの堕天使の女───レイナーレが一度アーシアを殺した後、僕が登場しレイナーレを殺し、その場で駒を与える予定だったんだ。キミが乱入してもレイナーレには勝てないと思っていた。そうしたら、キミは赤龍帝だという。偶然にしてはおそろしい出来事だね。おかげで計画はだいぶ遅れてしまったけど、やっと僕の手元に帰ってきた。これでアーシアを楽しめるよ」

「黙れ」

 

 とてつもなく低い声…大一は一瞬それが誰の声がわからなかった。それほど今の一誠は怒りに燃えていた。握りしめる拳は強く、その眼は感情をむき出しにディオドラを睨んでいる。

 だがディオドラはなおも変わらずに挑発を続けた。

 

「アーシアはまだ処女だよね?僕は処女から調教するのが好きだから、赤龍帝のお古は嫌だな。あ、でも、赤龍帝から寝取るのもまた楽しいかな?キミの名前を呼ぶアーシアを無理矢理抱くのも良いかもしれ───」

「黙れェェェェェェェェェッ!」

 

 とうとう我慢の限界がきた一誠は叫びながら禁手化する。体は堅牢な赤い鎧をまとい、全身を強力な魔力が包んでいた。

 その様子にディオドラは高笑いする。同時に彼も黒いオーラに体が包まれ、魔力が強化されていった。

 

「アハハハハ!すごいね!これが赤龍帝!でも、僕もパワーアップしているんだ!オーフィスからもらった『蛇』でね!キミなんて瞬殺───」

 

 ディオドラご言い終える前に、背中の噴出口を使って一気に接近した一誠の拳が相手の腹に深く入り込む。

 激痛に体をくの字に曲げ、衝撃に顔をゆがめるディオドラは苦しそうに言葉を発した。

 

「キミのような下級で下劣で下品な転生悪魔ごときに気高き血が負けるはずがないんだッッ!」

 

 苦し紛れに手を前に出すと、大量の魔力の弾を雨のように撃ち出していく。数は多く、ひとつひとつの威力が上級悪魔の中でも強力なものは疑いようがない。

 しかしこれほどの攻撃すらも一誠には通用しない。腕で薙ぎ払い、あるいは受けても止まることなく、ただ目先にいる仇に向かっていった。

 再び背中の噴出口を利用して接近してくる一誠に、ディオドラは防御障壁を作り出す。

 

「ヴァ―リの作った障壁よりも薄そうだな」

 

 障壁をものともせずに一誠は打ち砕いていくと、そのまま肉弾戦に持ち込む。顔面、腹部と連続で魔力の拳を叩きこんでいく。ディオドラは一撃喰らうたびに血を出してふらつくも、しぶとく抵抗を諦めなかった。最大の魔力で作りだしたオーラの壁でわずかに体勢を持ち直したように見えたが、間もなく何倍にも力を倍加させた一誠の打撃にそれすらも砕かれる。

 

「俺ん家のアーシアを泣かすんじゃねぇよっ!」

「ウソだ!やられるはずがない!アガレスにも勝った!バアルにも勝つ予定だ!才能のない大王家の跡取りなんかに負けるはずがない!情愛が深いグレモリーなんか僕の相手になるはずがない!僕はアスタロト家のディオドラなんだぞ!」

 

 叫びながらディオドラは魔力の塊を鋭く尖らせて触手のように自在に動かす。鎧の隙間を狙ってきて、ここで初めて一誠に対して手痛いダメージを与えた。

 しかしこれでディオドラが気をよくする隙も無く、一誠は棘を引き抜くと距離を縮めて蹴りをお見舞いする。その鈍い音から彼が蹴られた部分の骨が粉砕したようだった。

 互いに手負いの状態で勝負を決めるかのように魔力を溜め、相手に向かって放出する。魔力は空中でぶつかりあうが、ブーステッド・ギアから倍加の音が鳴り響く。一誠の撃ちだした魔力の大きさと密度が肥大化していき、ディオドラの攻撃を破ると、彼すれすれに床に当たる。巨大なクレーターが作り出され、近くにいたディオドラはガチガチと歯を鳴らしながら怯えていた。

 

「二度と、アーシアに近づくなッ!次に俺達のもとに姿を現したら、そのときこそ、本当に消し飛ばしてやるッ!」

 

 一誠の言葉にディオドラはすっかり戦意喪失していた。ゼノヴィアはすぐにアスカロンの切っ先を彼の首に当てるが、一誠がそれを止めた。相手が魔王の血縁者であり、ここでやることが他勢力への迷惑になると思ったらしい。

 少し腑に落ちない様子でゼノヴィアは剣を地面に突き刺したが、すぐに一誠と共に強く釘をさす。

 

「「もう、アーシアに言い寄るなッ!」」

 

 すっかり意気消沈したディオドラをよそに彼らはアーシアへと近づく。なんとか奇妙な装置から外そうと全員で試すが、どうにも彼女を捕らえる枷を外せそうになかった。聖魔剣やデュランダルでも斬れず、大一の錨や小猫の怪力でも砕けず、一誠の倍加した力でも外れない。この異常な硬さに、ディオドラがポツリとその真実を呟く。

 この装置は「絶霧(ディメンション・ロスト)」の禁手である「霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)」により生み出されたもので、正式に発動しないと停止しない。そしてこの装置の効果は、このフィールド一帯と観戦室を範囲にアーシアの回復の力を「反転」させるものであった。つまり広範囲にとてつもない破壊力が展開される。

 その真実を聞いたとき、大一は顔から血の気が引いていくような想いであった。本当にそんなことが起こればあらゆる勢力の多くが手痛いダメージを喰らうのは間違いなかった。その現実に冷静さを欠く彼に、呆れたようにあくび混じりでディオーグが話す。

 

(だったら、あの金髪小娘を殺せばいいだろ)

(ふざけるな!アーシアを犠牲に出来るか!)

(はー、くだらない。自分の命と他の命を天秤にかける時点で呆れたものだ。ましてや、今回はお前以外の仲間の命もかかっているんだぞ。どの道、この装置が発動したらそいつも死ぬんだから、さっさと終わらせた方がいいだろうに)

(うるせえぞ、ディオーグ!とにかくアーシアは助ける!なんとかこの装置からあいつを外さないと…!)

 

 ディオーグの提案を当然受け入れるわけがない。家族同然の彼女を犠牲にする選択肢など、大一にはなかった。

 だが彼の言うことが一番手っ取り早いと思われるのも事実であった。全員が攻撃をしても一向にこの装置が破壊される気配が無かったからだ。

 そんな中で、なにかに気づいた一誠は軽く息を吐くとアーシアに向き合う。

 

「アーシア、先に謝っておく」

「え?」

「高まれ、俺の性欲!俺の煩悩!───洋服破壊ッ!禁手ブーストバージョンッ!」

 

 一誠の魔力がアーシアを伝い、彼女のシスター服を一瞬のうちに弾き飛ばす。同時に服に密着していた枷も吹き飛んでいった。枷を洋服に見立てる要領で、彼女をその拘束から解き放った。彼女が脱出したことにより、装置も動きが止まっていった。

 朱乃が魔力で出したシスター服に身を包んだアーシアが一誠に抱きつく。ゼノヴィアも彼女を心配して2人に駆け寄った。

 

「信じてました…。イッセーさんが来てくれるって」

「当然だろう。でも、ゴメンな。辛いこと、聞いてしまったんだろう?」

「平気です。あの時はショックでしたが、私にはイッセーさんがいますから」

「アーシア!良かった!私はおまえがいなくなってしまったら…」

「どこにも行きません。イッセーさんとゼノヴィアさんが私のことを守ってくれますから」

「うん!私はお前を守るぞ!絶対だ!」

 

 アーシアはゼノヴィアと固く抱き合った後に、皆に向かって一礼する。先ほどまでの不安満載の表情と打って変わり、明るく彼女のいつもの穏やかさがあった。

 

「部長さん、皆さん、ありがとうございました。私のために…」

「アーシア。そろそろ私のことを家で部長さんと呼ぶのは止めていいのよ?私を姉と思ってくれていいのだから」

「───っ。はい!リアスお姉さま!」

 

 今度はリアスとアーシアが抱き合い、その姿を見ながらギャスパーがわんわんと泣き、小猫は彼を慰めるように頭を撫でていた。朱乃も静かに涙目を拭っている。大一は安心と同時にスッキリしないようなゆがんだ表情で首をひねる。

 

「うーん…良かったんだけど、一誠のあれで腑に落ちない…!」

「イッセーくんのあの技も使いようがあったってことでよかったじゃないですか。アーシアさんも無事でしたし」

「祐斗…お前は寛容だな。本当に良い奴だよ、うん」

 

 ドタバタながらもアーシアを救出した彼らは安息に包まれた。とはいえ、この空間ではまだ戦いが繰り広げられている。いつまでもここにいるわけにいかないため、一誠はアーシアに声をかけた。

 

「さて、アーシア。帰ろうぜ」

「はい!と、その前にお祈りを」

「何を祈っていたんだ?」

「内緒です」

 

 笑顔で一誠のもとにアーシアは走りよるが、その時に強烈な光の柱が彼らの視界を奪った。その柱はアーシアがいたところを包んでおり、収まると彼女の姿は消えていた。

 




おそらく次回が大きくことが動きそうです。


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第58話 赤龍の暴走

感知能力のおかげで他よりも危険性に気づきやすくなるオリ主です。止められるかどうかはまだ別ですが。


「神滅具で創りしもの、神滅具の攻撃で散る、か。霧使いめ、手を抜いたな。計画の再構築が必要だ」

 

 聞き覚えの無い声が耳に入る。声の主は宙に浮いており、ライトアーマーにマントも羽織っている。突如現れた正体不明の男性に、リアスが問う。

 

「…誰?」

「お初にお目にかかる、忌々しき魔王の妹よ。私の名前はシャルバ・ベルゼブブ。偉大なる真の魔王ベルゼブブの血を引く、先ほどの偽りの血族とは違う。ディオドラ・アスタロト、この私が力を貸したというのにこのザマとは。先日のアガレスとの試合でも無断でオーフィスの蛇を使い、計画を敵に予見させた。貴公はあまりに愚行が過ぎる」

 

 旧魔王派でこの事件の首謀者の登場にグレモリー眷属が警戒を強める一方で、ディオドラは震える声で懇願する。

 

「シャルバ!助けておくれ!キミと一緒なら、赤龍帝を殺せる!旧魔王派と現魔王が力を合わせれば───」

 

 声はそこで途切れた。シャルバの攻撃がディオドラの存在を一瞬で消し去ったからだ。彼にとってもうディオドラはどうでもいい存在であった。リアスに向ける目も憎悪に満ちており、現魔王への関係者への恨みつらみは計り知れないものであった。

 

「直接現魔王に決闘も申し込まずにその血族から殺すだなんて卑劣だわ!」

「それでいい。まずは現魔王の家族から殺す。絶望を与えなければ意味がない」

「───外道っ!何よりもアーシアを殺した罪!絶対に許さないわッ!」

 

 シャルバに匹敵するほどの怒りの形相でリアスは魔力を溜め始める。仲間たちも次々に戦闘態勢を取るが、大一は構えた瞬間に背筋が凍るような禍々しい魔力を感じた。目先にいるシャルバからではない。強力ながらも覚えのある…いやよく知っている魔力に近い性質、魔力の主は弟の一誠であった。

 

「…一誠?」

「アーシア?どこに行ったんだよ?ほら、帰るぞ?家に帰るんだ。父さんも母さんも待ってる。もう、誰もアーシアをいじめる奴はいないんだ。いたって、俺がぶん殴るさ!ほら、帰ろう。アーシア、体育祭で一緒に二人三脚するんだから…」

 

 意識がどこかに行ったかのように何度も呼びかける一誠をリアスが抱きしめる。他の仲間達もいつもらしくない彼に目を背けるような状態であった。だが大一は弟の目を背けたくなるような苦しさとは別に、どす黒い魔力と生命力の方が気になってしまった。

 

「なにが起ころうと…いや、とにかくこれはマズい!」

 

 大一は頭を振るうと、抱きしめられている一誠の目を見る。うつろで生気の無い目からは今にも涙が溢れそうであった。

 

「おい、一誠!俺を見ろ!俺の話を聞くんだ!」

「兄貴…!アーシアがッ…!どこにも…!」

「まずはここを離れよう!話の続きはそれからだ!」

「いないんだ…!どこにもいないんだよ…!」

「頼む、一誠!話を聞いてくれ!今のお前を放っておくことなど出来な───」

 

 言いかけたところで大一の身体が吹き飛ばされる。地面に叩きつけられた彼は、冷血に笑うシャルバの顔とその手のひらが大一に向けられていたことが目に入った。ダメージはほとんど無かったが、今の彼にとっては弟の様子の方に気が取られているだけでもあった。

 

「下劣なる転生悪魔と汚物同然のドラゴン。まったくもって、グレモリーの姫君は趣味が悪い。そこの赤い汚物。あの娘は次元の彼方に消えていった。すでにその身を消失しているだろう。───死んだ、ということだ」

 

 憎む相手をとことん絶望させる、シャルバはただ戦うのではなく、そういったやり方にシフトしたようであった。

 シャルバの言葉に一誠は無表情で彼を見つめる。その異様さはいつもの弟とかけ離れており、気味が悪く感じた。

 するとドライグが彼らにも聞こえる声で発する。

 

『リアス・グレモリー、今すぐこの場を離れろ。死にたくなければすぐに退去した方がいい』

 

 そのままドライグの声はシャルバへと向けられる。ほとんど同時に一誠もリアスを振り払い、相手へとゆっくりと向かっていった。

 

『───おまえは選択を間違えた』

 

 神殿が大きく揺れ、一誠から溢れ出る血の如き赤い色のオーラで内部全体を照らしていく。さらに彼の口からは老若男女入り混じった声が発せられ、呪文を唱えていく。

 

『我、目覚めるは…』

〈始まったよ〉〈始まったね〉

『覇の理を奪いし二天龍なり…』

〈いつだって、そうでした〉〈そうじゃな、いつだってそうだった〉

『無限を嗤い、夢幻を憂う…』

〈世界が求めるのは〉〈世界が否定するのは〉

『我、赤き龍の覇王と成りて───』

〈いつだって、力でした〉〈いつだって、愛だった〉

《何度でもお前達は滅びを選択するのだな!!》

 

 一誠の鎧が鋭利に、禍々しく変化していく。もはやドラゴンそのものといったような鎧へと変化していくだけでなく、至る所にはめられている宝玉から再び声が発せられた。

 

「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう───」」」」」」」

『Juggernaut Drive!!!!!!』

 

 鎧が完成すると同時にそこから放たれる強力な赤いオーラによって周囲が破壊されていく。さらに理性もない獣のような叫び声と共に一誠は四つん這いの体勢になって、シャルバへと狙いをつけていた。

 刹那、一誠はシャルバの肩部にかぶりつく。あまりの速度に全員がまったく目で追えなかった。シャルバも抵抗しようと腕に魔力を集中させるも、その腕を刃で斬り落とし反撃を阻止する。

 

「ふざけるなっ!」

 

 やられっぱなしともいかないシャルバが反撃を試みるも、今度は鎧から出ている翼が光り輝く。あっという間にシャルバの撃ちだした魔力は弱まり、下級悪魔以下の威力になっていた。これに似た光景は大一も見たことがある。白龍皇がコカビエルに対してやったことだ。彼は一誠が白龍皇の力を奪っていたという事実を目の当たりにした。

 シャルバが撃ち出す攻撃が次々と無力化されていく中、鎧の胸元と腹部が開き発射口が出てくる。そこに集まっていく魔力はこれまでの魔力を幾重にも凝縮させており、不気味な赤い光が辺り一帯に広がっていった。

 あれが撃ち出されたらマズい、それを感じづいたシャルバが転移用魔法陣を描こうとするも、鎧の眼が赤くきらめくとその動きを封じた。ギャスパーの神器と同じ能力だ。

 

『Longinus Smasher(ロンギヌス・スマッシャー)!!!!』

 

何度も能力を発動して倍加された赤いオーラがついに発射される。その規模は間違いなく大一達も巻き込むほどの規模であった。

 

「部長、一時退却しましょう!この神殿から出るべきです!」

「イッセー…私は…」

「祐斗、リアスさんを抱えていけ!俺がしんがりで行く!」

「わかりました!失礼します!」

 

 祐斗がリアスを抱え、他のメンバーも後を追うように神殿から退却する。大一は最後尾で一誠とシャルバの戦いの最後をわずかに見た。

 

「バ、バカな…ッ!真なる魔王の血筋である私が!ヴァ―リに一泡も吹かせていないのだぞ!?ベルゼブブはルシファーよりも偉大なのだ!おのれ!ドラゴンごときが!赤い龍め!白い龍めぇぇぇ!」

(小僧。早く行かねえと死ぬぞ)

(…わかっている)

 

 間もなく神殿全てが赤いオーラで覆われていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「全員、無事か?」

「ええ、なんとか」

 

 大一の問いかけに祐斗が力なく答える。彼が創った魔剣を幾重にも重ねたシェルターに大一が翼を広げて覆うように守りを固めたもので事なきを得た。

 

「大一さんはダメージは?」

「少しだけ背中にかすったが、ちょっと熱かったくらいだ。それよりも…」

 

 崩れた神殿へと大一と祐斗は目を向ける。鎧を身につけたままの一誠が悲しみに満ちたように咆哮を上げる。アザゼルから聞いていた「覇龍」と呼ばれる力の片鱗は、自分の想像をはるかに超えるものであった。同時にアーシアを失ったことの悲しみに暮れている姿には弱々しいものにも思えた。

 この状況にディオーグは興味なさそうに呟く。

 

(あれは酷いな。まるで力を制御できていない。まるで雑魚だ)

(魔力はぐちゃぐちゃだ。でもそれ以上に生命力が失われていくような…)

(そりゃ、身の丈に合っていない力をコントロールできずにいるんだ。おそらく暴走するだけしてそのまま死ぬな)

 

 ディオーグの言葉に大一は生唾を飲み込む。認めたくなかったが、薄々気づいていたことではあった。魔力の質、失われていく生命力、それがどんな結果を引き起こすのかも。

 

(…どうにかして止められないか?)

(無理だな。今のお前が行ったところで死ぬだけで、止めることすらできないという無意味な行動になるだけだ)

 

 バッサリと切り捨てるディオーグの言い方は至極どうでもよさげな様子であった。いつもなら強い力に対して少なからず興味を抱くのに、今回の一誠に対しては呆れとどこか嘲りも見え隠れするような印象であった。

 そんな彼と反対に、大一の心は落ち着かなかった。自分を頼ってくれたアーシアへの喪失感、暴走する一誠への悲哀、そして弟が悪魔になったと聞いた日のことが頭をちらついて仕方が無かった。

 

「困っているようだな?」

 

 突如、空間に裂け目が生まれると、そこからヴァ―リが現れる。彼の後ろからは美猴と、以前現れたエクスカリバーを持った背広の男性が現れる。現れた敵に皆が警戒するが、ヴァ―リは面倒そうな声で対応する。

 

「やるつもりはない。見に来ただけだ。───赤龍帝の『覇龍』を。と言っても、あの姿を見るに中途半端に『覇龍』と化したようだ。『覇龍』の現象がこの強固な作りのバトルフィールドで起こったのは幸いだったな。人間界でこれになっていたら、都市部とその周辺が丸ごと消える騒ぎになっていたかもしれない」

 

 咆哮を上げる一誠を興味深そうに見つめるヴァ―リにリアスが問う。

 

「…この状態、戻るの?」

「完全な『覇龍』ではないから戻る場合もあれば、このまま元に戻れず命を削り続けて死に至る場合もある。どちらにしてもこの状態が長く続くのは兵藤一誠の生命を危険にさらすことになるな」

 

 ヴァ―リの冷静な分析に、大一は唇をかむ。ディオーグの正しさが証明されると、自分に出来ることがないという事実が顕著になった気がした。

 一方で、美猴は祐斗に近づくと抱きかかえていた少女を彼に渡した。

 

「ほらよ、お前らの眷属だろ、この癒しの姉ちゃん」

 

 彼が渡した少女はアーシアであった。気絶こそしていたが、息をしている。ヴァ―リたちが、次元の狭間に飛んできたのを見かけてそのまま連れてきたようだ。

 全員が彼女の生存に一安心をしたところで、視線は再び一誠に向けられる。あとは彼を止めることが出来れば万事解決であった。

 

「アーシアの無事を伝えればあの状態を解除できるかしら」

「危険だ。死ぬぞ。ま、俺は止めはしないが」

「…ヴァ―リ、頼みがある。一誠を救う手だてがあるなら教えて欲しい」

 

 土下座をして頼み込む大一を見るヴァ―リの目はどことなく厳しい印象を受けた。彼の姿に失望しているようであった。

 

「…呆れたな、兵藤大一。黒歌から聞いたぞ。お前が俺や赤龍帝と同じように龍の力を手に入れたと。無名とはいえその力を得た男が取る行動とは期待外れだな」

「仲間を…弟を救いたいというのがおかしいことか」

「誇りがないと思っただけだ。学校で会った時と違って少しは変わったと思っていたが」

「俺の誇りを捨てるだけで救える命があるならいくらでも捨ててやる。それに不本意だが…俺には家族を救える力を持っていない。代わりに差し出せるものがこの安いプライドしかないんだ…!」

「…やはり、俺を楽しませてくれそうなのは赤龍帝か。そうだな、何か深層心理を大きく揺さぶる現象が起こればいいのだが…」

 

 ヴァ―リがあごに手をあてながら考える。

 

「おっぱいでも見せればいいんじゃね?」

「あの状態ではな。ドラゴンを鎮めるのはいつだって歌声だったが…そのようなものはないし、赤龍帝と白龍皇の歌なんてものはない」

「あるわよぉぉぉ!」

 

 ヴァ―リの言葉を遮って現れたのは、イリナであった。手には立体映像機器を持っており、場に合わないテンションの高さがあった。

 

「はー、着いたー。あれがいまのイッセーくん!?ミカエル様やアザゼル様に聞いてはいたけど、すごいことになっているわね!」

 

 彼女が話すには、一誠が危険な状態になったことは他の上層部にも把握されていた。そこでサーゼクスとアザゼルが秘密兵器を彼女に持たせて、オーディンがこの場に転送したようであった。

 一刻も早く止めるため映像機器を受け取ったリアスはボタンを押して再生する。空中に映し出された映像には禁手した鎧姿の一誠が映っていた。

 

『おっぱいドラゴン!はっじっまっるよー!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、大一は自分の表情が無になっていくのを感じた。

 




ヴァ―リとのやり取り久しぶりだなと思いましたが、4巻のラストバトルをばっさり省いてたからですかね。
次回あたりで6巻も終わると思います。


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第59話 龍との対話

まず謝らせてください。あの歌の歌詞を書く勇気は私にはありませんでした…。


(特に問題なかったな)

(…終わってみればな。とにかく一誠が無事でよかった。助け方はあれだったが…)

 

 ディオーグの言葉に大一は安心と不全という相反した感情を表情に現わす。彼の視線の先にはアーシアの無事を知り、仲間達からも元に戻って安心されていた一誠の姿があった。この場面だけ見れば無事に助かったということで心から安心できるものであったが、助かった過程を思い出すと素直に喜んでいいものなのかを迷う大一がいた。

 イリナの持ってきた映像機器では一誠が子ども達と一緒に「おっぱいドラゴンの歌」というものを歌っていた映像であった。流れる歌詞がどこまでも女性の胸のことしか言っておらず、大一としては笑いでは流せないレベルの内容となっていた。しかも本当にそれで暴走していた一誠の動きが鈍るのだから反応にも困る。その隙を見計らってヴァ―リが能力で一誠の力を半減させ、止めとばかりに再びリアスの胸をつつくことで元に戻った。この酷い経過があったのだから、流れそうになる涙も正気を取り戻した安心に対してなのか、弟の気質の情けなさに対してなのかわからなくなる。結局、涙を見せずに奇妙な表情をするだけであった。

 ヴァ―リが一誠に近づいて声をかける中、急に空間に巨大な穴が開いていく。そこから現れたのは100メートルは超えるかであろう巨大なドラゴンであった。このドラゴンこそヴァ―リが狙いにしていた存在、「真なる赤龍神帝(アポカリプス・ドラゴン)」のグレートレッドであった。禍の団のトップであるオーフィスも狙っているそのドラゴンを打倒し「真なる白龍神皇」となることが目標なのだという。

 大一としてもたしかに衝撃的な大きさであった。ヴァ―リの言葉からしても、わずかに感じる魔力からしても、その強さが自分の想像を超える範囲にあることは予想できる。同時にこの大きさに匹敵するドラゴンを彼は間違いなく見ていた。

 そしてこのドラゴンを見ていたのは、彼らだけではなかった。

 

「グレートレッド、久しい」

 

 いつの間にかすぐ近くに黒髪の少女が立っていた。

 

「誰だ、あの娘…?さっきまでいなかったぞ」

「───オーフィス。ウロボロスだ。『禍の団』のトップでもある」

 

 苦笑しながら答えるヴァ―リの言葉に、皆が驚く。話に聞いていた存在とはまるでイメージが違っていたのだから当然の反応だろう。

 オーフィスは彼らには見向きもせずに、グレートレッドに向けて指鉄砲の構えをとる。

 

「我は、いつか静寂を」

 

 自由奔放にオーフィスが振舞う中、アザゼルとタンニーンも合流した。

 

「おー、イッセー。元に戻ったようだな。俺もどうなるか怖かったが、お前ならあの歌や女の胸で『覇龍』から戻るかもなんて思っていた。乳をつついて禁手に至った大馬鹿野郎だからな。あの歌を作詞したかいがあったぜ」

 

 ゲラゲラと笑うアザゼルに、タンニーンも豪快に笑う。2人とも一誠が正気を戻したことになんだかんだで安心していたようだ。

 アザゼルの話では、今回の事件の首謀者であるベルゼブブとアスモデウスの2人は打ち倒され、おかげで各地で暴れまわっていた旧魔王派も次々と退却と降伏の連続。禍の団に対して、大きな打撃を与えられた。現状、彼らに残された大きな戦力はヴァ―リの派閥と「英雄派」と呼ばれる英雄や勇者の末裔、神器所有者で集まった派閥の2つであった。

 

「さーて、オーフィス。やるか?」

「我は帰る」

 

 光の槍を生みだすアザゼルには目もくれずに踵をかえす。意欲なく撤退しようとするオーフィスにタンニーンが呼び止めた。

 

「待て!オーフィス!」

「タンニーン。龍王が再び集まりつつある。───楽しくなるぞ」

 

 そう言ったオーフィスはタンニ―ンに目を向け、そこから大一をちらりと視線を向けて少し眉をひそめると消え去った。一瞬だが目の合った大一は心臓をわしづかみにされたような感覚が体を駆け巡った。同時にディオーグのギラギラとした闘争心のような感情も伝わってきた。いや、グレードレッドを見た瞬間から、その感情をディオーグは抱いている。

 一方でヴァ―リたちも去ろうとするが、彼はその前に一誠に話しかけていた。

 

「兵藤一誠。───俺を倒したいか?」

「…倒したいさ。けど、俺が超えたいものはお前だけじゃない。同じ眷属の木場も超えたいし、ダチの匙も超えたい。俺には超えたいものがたくさんあるんだよ」

「俺もだよ。俺もキミ以外に倒したいものがいる。おかしいな。現赤龍帝と現白龍皇は宿命の対決よりも大切な目的と目標が存在している。きっと、今回の俺とキミはおかしな赤白なのだろう。そういうのもたまには良い筈だ。───だが、いずれは」

「ああ、決着つけようぜ。部長や朱乃さんのおっぱいを半分にされたら事だからな」

「やっぱり、キミは面白い。───強くなれよ」

「じゃあな、おっぱいドラゴン!それとスイッチ姫!」

 

 その言葉を最後にヴァ―リと美猴も空間の裂け目へと去っていく。最後に残った背広の男性は後に続く前に、祐斗とゼノヴィアに声をかけていた。

 

「私は聖王剣の所持者であり、アーサー・ペンドラゴンの末裔。アーサーと呼んでください。いつか、聖剣を巡る戦いをしましょう。では」

 

 そう言って、アーサーも彼らに続くと時空の裂け目は閉じていく。

 戦いが終わり、すべてが丸く収まった様子であったが、大一の心はどうにもざわついて仕方が無かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 駒王学園の体育祭の日、大一は人目のつかない倉庫の裏に座り込んでいた。すでに彼の種目はほとんど終わっており、もう少しで2年生の二人三脚の時間であった。力を使いすぎた一誠は静養のためにグレモリー邸にいるが、来るであろうことは大一も疑っていない。

 今の大一にはそれ以上に差し迫ったことがいくつかあった。そのためにわざわざ誰にも邪魔をされないであろう小さな時間を見つけているのだから。

 

(なあ、ディオーグ。いくつか訊きたいことがあるんだけど)

(予想していたことではあるな。本来なら力づくでも聞き出して見ろ、と言いたいところだが後でなにか美味いものを食うことで許してやる)

(…じゃあ、単刀直入に訊くがお前は何者なんだ?)

 

 いくつかの疑問全てに集約されていることを大一は問う。ディオーグはその意味がよくわかっていなかったのか、少し間をおいてから答える。

 

(俺はディオーグだ。その存在に揺るぎはない)

(そういうことじゃないんだよ。オーフィスは去り際に間違いなく俺と目が合った。だがあいつは俺のことは見ていない。俺の中にいるお前を見ていたんだろう。俺はずっとお前をただの無名のドラゴンだと思っていた。しかしあのオーフィスの反応…あいつはお前のことを知っているんじゃないのか?)

 

 まくしたてるように大一はディオーグに追求する。彼が話していたディオドラの残り香、相手がオーフィスから力を借りていたことを考えれば、ディオーグが話していたドラゴンとは間違いなくオーフィスであると思った。だがディオーグは名前を知らなかったため、まずは本当にそうであることを確かめたかった。

 

(だろうなあ。しかしあいつも決着がつかなかったのに、よく覚えているもんだ。もう一匹の方は覚えていなかったようだが。それとも気づいてないだけだったのか…まあ、今回名前を知ることが出来たのは収穫だったな)

(…グレードレッドのことか)

(俺とオーフィスがやりあっていた時に横槍を入れてきやがったんだ)

 

 言い方とは裏腹にディオーグの声の調子は喜んでいた。彼としてはグレードレッドに邪魔されたことは、強者を求める戦いに同じくらい強者が来てくれたという歓迎的な感情をもたらしていた。

 当然、この事実も大一は無視できなかった。グレードレッドの存在は知らなかったが、ヴァ―リの口ぶりからすれば次元の違う強さを持っていることは疑いようも無い。同時に「禍の団」のトップであり、グレードレッドを狙うオーフィスの実力も計り知れない。

 もしディオーグの言葉を全面的に信じるのならば、彼はその規格外のドラゴンにも匹敵すると思われた。だがその場合、それほどの実力のあるドラゴンが無名というのが納得できなかった。

 

(おかげで勝負はうやむやだ。俺がもっと早くに気づいていれば、同時に相手をすることも出来たかもな)

(つまりお前を封印したのは、あいつらのどちらかが?)

(あんな奴らに封印されるか。勝負がつかない状況にまた横槍を入れてきた奴がいるんだよ。…名前は知らん)

(そいつもドラゴンか?)

(いや、違うな。見た目はお前らと同じような奴だ)

 

 ディオーグの回答に、大一はあごに手を当てる。おそらく彼の言う「同じような奴」というのは、人間や悪魔、天使、堕天使などが考えられるが、さすがに絞り込むことはできなかった。

 気味が悪かった。グレードレッドに匹敵するほどの体格を持つ無名のドラゴンが、自分の身体に入り込んでいる、この事実が大一を動揺させた。

 

(なにをそんなに焦る。なにをそんなに怯える)

(俺の中にいる存在がとんでもない奴かもしれない。それだけで不安になるには十分だろ)

(それだけじゃないな。当ててやろうか?自分も暴走するんじゃないのかってこと、お前の弟が暴走した時にまともに止められなかったこと、金髪娘との約束をろくに守れなかったこと…挙げればキリがないな。共通しているのは「恐れ」ってところか)

 

 うやむやにしていたことをズバリと言葉にされたことで、大一の感情に陰りが落とされる。ディオーグの言葉は全て的を射ていた。ディオーグの存在が不明になるほど、彼は自分の存在にも確証が持てなくなっていた。目の前で赤龍帝の力を暴走させた弟を見たのだから尚更である。それらが仲間の期待に応えられなかったことへの責任感にも繋がり、自分の今後が見据えられない恐ろしさにもなっていた。

 そして何よりも一誠が悪魔になった…死にかけた時のことが再び頭をよぎる。なるべく抑えていた感情がまた噴き出していた。

 そんな大一に、ディオーグは面倒そうに言葉を続ける。

 

(言っておくが、あいつとお前とでは状態が違う。俺の意識はあの神器とかいうやつじゃなくて、お前自身に入っているんだ。あの魔力の流れなら、おそらく暴走しようものならその前にお前の身体にすぐ限界が来て、暴れる間もなく死ぬだろうよ)

 

 ディオーグの言葉はどこまで信用できるかがわからなかった。数少ない繋がりが敵の親玉であることに、手放しで言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。元からあってないような信頼関係ではあったが、今回の一件でそれすらも揺らいでしまったのは間違いない。

 

(口だけだな)

(なに?)

(お前と融合してから…ひと月以上は経ったが、お前は口だけだ。自分の無力さを言い訳に力を求めない。お前の弟と同じような龍を感じた小僧が失望していたが、あれでも優しい方だったな)

 

 嘲りを隠さずにディオーグは話す。荒々しい気質で、他人を気にしない性格の彼としては、今の大一の姿はただ不安になるだけの滑稽な姿に見えたのだろうか。それとも強さを重視する彼だからこそ、無力であることに呆れを超えて、純粋に見下しているのだろうか。あるいはその両方か、いずれにしてもディオーグが大一を快く思っていないのは明らかであった。同時に大一も同じようなことを自覚していた。

 

(所詮、お前は自分の存在を認められない臆病者ってところか)

(…強さでしか証明できないお前も同じようなものだろ)

(…フンッ)

 

 そのやり取りを最後にディオーグは黙り込む。大一としてもこれ以上、彼と話しても埒が明かないと思っていたため、ちょうど話に終止符を打てたタイミングであった。

 ちょうど2年生の二人三脚を知らせるアナウンスが鳴り、大一は急いでグラウンドへと戻る。ぎりぎりスタートに間に合うことができ、一誠とアーシアが二人三脚で走っていくのが見えた。2人の表情は今の自分の心境とは真逆にあるほど輝いており、それを守ることに無力であった自分に大一は再び責任を感じるのであった。

 




今回で6巻は終了となります。
次回からいよいよ7巻に突入です。オリ主がこのメンタルで7巻か…。


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放課後のラグナロク
第60話 平穏の中の戦闘


今回から7巻分のスタートです。一発目は久しぶりのあの人から。


「やっぱり、どんな業界も信頼関係って必要だと思うのよ。大一ちゃんがこんなふうに時間外に来てくれるのも、その信頼関係があってこそ…と思いたいのよ。実際はどうかしら?」

「お得意様を無下にすることは俺にもできないので、その考え方でよろしいかと」

「そう言ってくれるから、好きよ~」

 

 ある日、大一は生島の店に来て掃除を手伝っていた。悪魔の仕事をする時間では無かったが、基本的に都合がつけば依頼のあった時間に行くようにしていた。悪魔の仕事が多くないからこそできるやり方ではあったが、彼の言う通り長年の付き合いも大きい。

 ただ今回は逃げてきた側面もあった。というのも、今日のこの時間に冥界で放送されている「乳龍帝おっぱいドラゴン」の鑑賞会が自宅の地下で行われていた。一誠が主役の特撮番組でとんでもない視聴率を叩きだしているのだが、大一としてはそれを見たいという気持ちは微塵も起きなかったため、生島から仕事の誘いが来たときはすぐに二つ返事で引き受けた。

 

「それにしても、目に見えて目のクマが取れたのは安心したわ。眠れるようになったのね」

「おかげさまで」

「今日転移してきた時は、私好みのイケメンが来たのかと思って胸が高鳴ったわ!」

「…冗談ですよね?」

「もう当然よ~!でも実際に顔はいい感じになったんじゃないかしら。前は辛気臭そうでちょっとデスマスクみたいだったし、今の方が健康的でイイ男だわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 生島の迫るような言い方に、大一は戸惑いながらお礼を言う。彼のように直接的な表現をしてくる相手は未だに戸惑ってしまった。それが何度も顔を合わせている相手でも慣れなかった。

 当然、彼が眠れるようになったのは悪夢を見ることが無くなったからだ。ディオーグが起こしてくることも少なくないが、あっちはあっちでしっかり睡眠時間は確保しているので大一も安心して眠ることはできる。

 大一は生島にディオーグの件は話していないが、炎駒から真実について彼が聞いていることを知らない。生島の方は全面的に大一と炎駒を信じて任せることにしていた。

 

「でもやっぱり嬉しいわ。私の長年の契約相手がいい男に育っているのが」

「生島さんのおかげでもありますよ」

「ちょっとお世辞でもそんなこと言われたら勘違いするわよ!このままじゃ、仕事無い時でも呼んじゃいそうだわ!」

 

 生島は笑いながら、大一の背中を叩く。あまりにも強烈だったので、意識して足を踏ん張る必要性を感じてしまった。

 

「でも実際、お仕事無くても呼びたいときはあるのよね。話したい時とか…」

「時間空いていればお付き合いしますよ。そういう契約とすれば」

「あら、そうなの。お願いしちゃおっかな?…そうだ、大一ちゃん。好きな食べ物とかってなにかしら?」

「また唐突ですね…。えっと…そばとか」

「若いのに渋いわね」

「眠れない時からあっさりしたものが好きで」

「なるほどね。じゃあ、いつか一緒におそばを食べに行かない?私、けっこういろんなところ知っているわよ」

「それは自分としても嬉しい限りですが…」

「ふっふっふ、おじさんの若者にいっぱい食べさせたい欲求の犠牲になってもらうわ!場合によっては、他のお友達も連れてきてもらうからね!」

 

 生島はにやにやと笑みをこぼす。よほど嬉しかったのか彼の感情が浮かれているのがわかる。

 実際のところ、生島自身も浮かれているとわかっていた。店の客や弟家族とは何度も出かけている彼であったが、肩の荷を以前よりも降ろせた息子同然の大一との約束は別の楽しさを期待できるからだ。

 そんな生島を見ながら、大一はふとあることを思いつく。基本的に誰にも相談するまいと決めていたが、彼になら朱乃とのデートの件を相談できるのではないかと思った。デートの日は次の日曜日であったが、今の時点で彼の緊張は相当なものであった。その緊張は少しでも軽減させたかったため、誰かに相談を考えたが生島こそ適任ではないだろうか。ただ余計に察せられることは避けたかったため、出来るだけ濁すような言い方を意識した。

 

「…あの生島さん、ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「あら、水臭い言い方ね。私と大一ちゃんの仲じゃないのよ」

「実は…あー…今度、知り合いが初めて女子とデートするって相談を受けたんですけど、俺はそういった経験が無いのでどうアドバイスすればいいか…」

「ふーん…」

 

 大一の言葉に、生島は先ほどにも勝るとも劣らない笑みを浮かべる。そしてグラスを用意すると、ボトルを開けて中身を注いだ。

 

「生島さん、飲むにしては早いですよ」

「いいのよ、飲みたい気分だから。店も開けなければいいし。それにしても大一ちゃん、私を欺こうなどまだまだ早いわよ~。その話が知り合いじゃないことくらいお見通しなんだから」

 

 生島は大一を指さすと、その人差し指でくるくると宙に円をかく。その仕草といい、したり顔といい、彼が大一の嘘を見破っているのは明白であった。

 生島はグイっとグラスの液体をあおると、言葉を続ける。

 

「それでそれで相手は?」

「いやさすがにそこまでは…」

「うーん、気になるわ。ごまかすってことは私も知っている子かしら。いやでもここは敢えて聞かないでおきましょう。私は後方保護者面を取らせてもらうわ。そして正式に紹介してもらった時に盛大にパーティを開くのよ!」

 

 完全に脇道にそれている生島の様子に、大一は話したことを少しだけ後悔した。あっさりと嘘を見破られるどころか、ここまでこの話題に喰いついてくるのは想定外であった。

 とはいえ、生島も接客業をやっているだけはあるのか、またグラスの中身を飲んでから大一に向き直る。

 

「それでデートのアドバイスなんだけど、付け焼刃はおススメしないわ。だからひとつだけ言葉を贈らせてもらうとしたら…自分も相手も楽しむことを意識しなさい」

「楽しむ…ですか?」

「そう!デートってのはやっぱりお互いが楽しんでなんぼだからね!あーっ、大一ちゃんの幸せでお酒が進むわ!」

 

 間もなく1杯目を空にした生島は2杯目を注ぐ。その顔はとても幸せそうで、大一も珍しくつられて口元に小さく笑みをこぼすほどであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ある日の放課後の部室では一誠達が修学旅行についてお茶をしながら話していた。班を決めるにあたって、一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナの4人は同じ班になっていたようだ。

 そんな彼らの楽しげな様子に、部長の椅子に座るリアスも話しかける。

 

「そういえば2年生は修学旅行の時期だったわね」

「部長たちも京都でしたよね。兄貴がお土産に八つ橋を買ってきてくれたの覚えてますよ」

「父さんが捻りないなと笑いながら、なんだかんだで一番食べていたあれか」

 

 苦笑い気味に大一は話す。よくそんなことを覚えていたものだと、我ながら意外な気持ちになっていた。

 朱乃も思い出すように話しに参加する。

 

「部長と一緒に金閣寺、銀閣寺と名所を回ったものですわ」

「そうね。けれど、意外に三泊四日でも行ける場所は限られてしまうわ。あなた達も高望みせず、詳細な時間設定を先に決めてから行動した方がいいわよ?日程に見学内容と食事の時間をキチンと入れておかないと痛い目に遭うわね。バスや地下鉄での移動が主になるでしょうけど、案外移動も時間がかかってしまうものだわ」

「移動の時間まできちんと把握しておかなかったのがいけませんでしたわね。部長ったら、これも見るあれも見るとやっていたら、最後に訪れる予定だった二条城に行く時間がなくなってしまって、駅のホームで悔しそうに地団駄踏んでいましたわ」

 

 朱乃が小さく笑って言うと、リアスが顔を赤らめる。彼女にとって京都の町並みや土産屋はそれほど誘惑的で魅力的であったのだ。

 しかし一誠が少し不思議そうな表情で大一を見る。

 

「あれ?兄貴って二条城に行ったこと話してなかったっけか?」

「ああ、俺はリアスさん達とは別の班だったからな。修学旅行時の班決めは…あれはもう経験したくないほどの激戦だったな」

「ちょっと大一!二条城の話は初めて聞いたんだけど!」

「だって話していませんでしたし。駅近くで人間に変装していた妖怪に会ったことの方がどうしても印象強くて…戦ったとかじゃないからな」

 

 一誠達の表情を見て、すぐに付け加える。最近戦いの連続であったことを考えると、ある意味当然の反応と言えた。

 カップのお茶を飲み干すと、リアスが話題を変える。

 

「旅行もいいけど、そろそろ学園祭の出し物について話し合わないといけないわ」

 

 駒王学園の行事はかなり詰め込まれたところがある。この時期は学園祭も近いため、特に2年生の忙しさはかなりのものだった。やることだけ決めていれば修学旅行中はリアス達で対応可能であるため、出し物は早々に決めなければならない。

 オカルト研究部は去年お化け屋敷を出していたが、その評判は学園内でも屈指のものだった。

 

「そうね。本物のお化けを使っていたのだもの、それは怖かったでしょうね」

「ほ、本物だったんですか…?」

 

 一誠の驚きをまったく気にしない様子で、リアスは平然と答える。

 

「ええ。人間に害を与えない妖怪に依頼して、お化け屋敷で驚かす役をやってもらったわ。その妖怪たちも仕事が無くなって困っていたから、ちょうど良かったのよ」

「あとで、生徒会に怒られましたわね。当時副会長だったソーナ会長から『本物使うなんてルール無視もいいところだわ!』って」

「まあ、ソーナ会長に怒られただけで終わったのがせめてもの救いというか…」

 

 上級生たちが思い出を懐かしんでいると、全員の携帯電話が一斉に鳴った。それが何を意味するのか、リアスは神妙な表情で全員に呼びかける。

 

「───行きましょう」

 

────────────────────────────────────────────

 

 すでに日が落ちている中、町にある廃工場は薄暗かったが、工場内では猛烈な戦いが繰り広げられていた。

 グレモリー眷属とイリナのメンバーで対抗している相手は、英雄派の戦闘員で3人の神器持ちと百近くの黒い人型モンスターであった。最近、定期的に各勢力の重要拠点をこの英雄派たちが小規模ながら襲撃しており、この町では出てくるたびにリアス達が駆り出されていた。

 相手は神器を使いこなし、戦闘員も中級から上級悪魔にも匹敵する魔力を持つ。今回の神器の持ち主は炎の攻撃を行う「白炎の双手(フレイム・シェイク)」、影を操り防御やカウンターに使う「闇夜の大盾(ナイト・リフレクション)」、光の攻撃を行う「青光矢(スターリング・ブルー)」と選り取り見取りであったが、グレモリー眷属の実力はそれ以上のものとなっていた。

 一誠、祐斗が禁手して切りこんでいき、大一が防御したり、ゼノヴィアが光の斬撃を飛ばして前線を支える。打ち漏らした敵はギャスパーがサポートを入れつつ、小猫やイリナが撃退。後方ではリアスが指示を出しながら、朱乃と共に魔力による強力な攻撃を行い、回復のためにアーシアも控えている。

 この陣形で最近は禍の団に対応しており、同時に強くなった彼らは見事に敵を撃退していった。

 

「ふー。終わった」

「お疲れ様です、イッセーさん」

 

 戦いが終わって鎧を解除した一誠に、アーシアが回復のオーラを当てる。戦いは熾烈ではあったが、グレモリー眷属側はほとんど傷も無い状態で、相手の神器持ちを2人、ゼノヴィアと小猫が発見した隠れていた相手を含めれば3人捕らえることに成功した。唯一の失態は「闇夜の大盾」を持った相手を逃してしまったことだが、敵の騒動を収めることに成功した。

 大一も多少鼻血が出る程度で済んでいた。戦闘中はそれなりに攻撃を受けたが、治りが妙に速い。

 

「冥界への移送も終わり。まあ、今回も良い情報を得られそうにないでしょうね」

 

 ギャスパーによって意識を奪われた神器持ちの3人は魔法陣によって冥界へと送られた。しかし情報収集はリアスの言う通り見込めなかった。どうも神器所有者は戦いに敗北した瞬間に英雄派にいた頃の記憶を失うように仕掛けられていた。おかげでいまだに有力な情報は得られていない。

 加えて、何度か戦っているうちに相手は純粋なパワーではなく、搦め手を用いた戦法で挑んできた。しかも戦うたびに戦闘時間は長引き、グレモリー眷属の動きは研究されている実感があった。

 みんなが違和感を抱く中、イリナが恐る恐る手を上げた。

 

「あ、あの、疑問に思ったんだけど…意見いいかしら?」

「ええ、お願い」

「私達を研究してると攻略しにきたってわりに、英雄派の行動って変だと思うのよ」

「変?」

「だって、私達を本気で研究して攻略するなら、2,3回ぐらいの戦いで戦術家はプランを組み立ててくると思うの。それで4度目辺りで決戦しかけてくるでしょうし。でも4度目、5度目とそれは変わらなかった。随分注意深いなーと感じたけれど…なんていうのかな、彼らのボス的な存在が何かの実験をしているんじゃないかしら」

 

 イリナは神器を使った実験を行っていると思っているようだ。神器はまだまだ未知の部分が多い。アザゼルのような研究気質の男ならそういった目的も考えられる。そしてひとつの可能性が考えられた。神器の劇的な変化───禁手だ。

 一誠が狼狽した声を出す。

 

「でもよ、俺達にぶつけたぐらいで禁手に至れるのか?」

「…赤龍帝、雷光を操る者、聖魔剣、聖剣デュランダルとアスカロン、時間を停止するヴァンパイア、仙術使いの猫又、体に龍を宿す悪魔、しかも優秀な回復要員までいる…。イッセー、相手からしてみれば、私達の力はイレギュラーで強力に感じると思うの。勝つ勝たない以前に、私達と戦うことは人間からしてみたら、尋常じゃない戦闘体験だわ」

 

 要するに禁手に至るための経験値として彼らは当て馬とされていた。禁手に至るきっかけは様々ではあるが、実力者との戦いはたしかにそのきっかけには最適であった。

 ちょうど全員が考えを深めようとする中、リアスが話に終止符を打つ。

 

「わからないことだらけね。後日アザゼルに問いましょう。私達だけでもこれだけ意見が出るのだから、あちらも何かしらの思惑は感じ取っていると思うし」

 

 結局のところ、この場でいくら意見を出し合ったところで確定できるものではない。この問題は後日に回すこととして、彼らは魔法陣で部室へと戻っていった。

 帰り支度をする中、朱乃が鼻歌を歌っていることにリアスが問う。

 

「あら、朱乃。随分、ご機嫌ね。S的な楽しみが出来たの?」

「いえ、そうではなくて、うふふ。明日ですもの。自然と笑みがこぼれますわ。デート。もしかしたらリアスよりも先を越しちゃうかも」

「あーもう!いちいち言わないでよ!」

「うふふ、ごめんなさい。ちょっと浮かれちゃって」

 

 リアスの反論に、朱乃は笑みを浮かべて謝る。傍目から見て浮かれっぷりは間違いないものであった。

 彼女の様子に、一誠や小猫はそわそわと落ち着かない様子、アーシアは嬉しそうに期待を込めた視線を送り、ゼノヴィアやギャスパーの方も興味ありげな様子であった。イリナは目を丸くさせて驚いた様子で近くに立っていた祐斗に2人の関係について猛烈に質問していた。

 そして大一の方は…

 

(いよいよ明日か…。決着をつけてやろうじゃねえか)

(…デートって決闘とかじゃないからな)

(なに!?2人で水入らずって勝負ごとってことだろ!)

(当日にその考えを持ち込まれなくてよかったよ)

 

 相変わらず、ディオーグに手を焼いていた。

 




なんか全体的にオリ主が落ち着いた話になりました。まあ、次回あたりからそれどころじゃなくなりそうですし…。


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第61話 デート内の一幕

多分だけどオリ主はいざデートとなると、プラン自体は一誠と大差ない気がします。


 戦闘から戻った大一は、地下のトレーニングルームにいた。いよいよ明日がデートということに緊張が高まり、冷静を取り戻すためにトレーニングルームに来ていたが、意外な相手に掴まってしまった。

 

「ねえねえ、お兄さん!朱乃さんとどういう関係なの?」

「しつこいぞ、イリナ!説明するようなものじゃないっての!」

「おいおい、先輩が困っているぞ。そのくらいにしておけって」

 

 イリナが目を輝かせて大一に問い詰め、それをゼノヴィアが諌める。2人も大一より先にトレーニングルームに来ていたが、鉢合わせになったところでイリナが質問を始めた。

 

「でも私の中では大一お兄さんってそういうイメージなかったのよ!というか、ゼノヴィアは知っていたの?もうどうして教えてくれなかったのよ!あっ、もしかしてまだ微妙な関係だったのかな?木場君に聞いても言葉を濁してばっかりだったし!イッセーくんもモテるし、グレモリー眷属の男子って侮れないわ!」

「ゼノヴィア、どうやったら黙るよ?」

「うーん、完全にひとりで盛り上がっているな。たいてい放っておけば落ち着くから大丈夫だと思う」

「ちょっと意地悪言わないでよ!」

 

 イリナは頬を膨らませて抗議するが、いまいち説得力は無かった。大一としても薄々感づいていたことだったので、ゼノヴィアの口からその対応が正しいとお墨付きを得られたことに安心した。

 

「でもお兄さん、まだトレーニングするの?今日戦ったんだし、ちょっと動きすぎじゃない?」

「あれくらいは全然だ。俺は地力がそのまま戦闘に出るからな。というか、お前らだって同じようなものだろ」

「私はゼノヴィアと話していただけよ」

「私はアーシアやイッセーを風呂に誘うことを考えていたのだが、今は小猫のマッサージを受けていたようだからな。時間つぶしだ」

 

 ゼノヴィアの話に大一は納得しかけた。「覇龍」を経てから、一誠の生命エネルギーは著しく消費していた。大きく寿命を削るようなものであり、アザゼルの話では百年も持たなくなるのだとか。そこで小猫が仙術を使うことで、マッサージと生命エネルギーの回復に努めていた。

 

「実を言うと、あれちょっと不安なんだよな」

「ん?小猫の能力がそんなに不安か?」

「いや、あいつの実力は疑っていないよ。そもそもこれ自体が仙術の特訓にも繋がるらしいじゃないか。ただあれって房中術とかもあるんだろ。妖怪って調べたらかなり複雑な特性しているらしいし、あのヘタレ性欲弟と2人きりにしていいものか…」

 

 大一としてはこれも最近気がかりなことではあった。調べてみれば猫又は古くから異種との交配が多く、仙術を使う以上体の密着も増えるため間違いが起こらないかは不安であった。小猫が一誠を慕っていることは日頃の生活やシトリー眷属との試合を見て確信していたが、それでも無理やりといった関係になる可能性まで大一は思ってしまったほどだ。

 大一の悩んでいる様子を見て、ゼノヴィアが答える。

 

「…イッセーが前に『兄貴は俺に辛辣だ』とこぼしていたが、たしかにそうだな」

「あいつが俺に対してエロ関連で迷惑をかけなくなったら、緩和してやるよ」

「しかし男性である以上、どうしてもそういう感情はあるんじゃないかな」

「それは俺も否定しない。ただちょっとは隠せってことだ。欲望のままに生きるなんて言われる悪魔にも、社会はあるし契約やそれぞれの価値観があるからな。またはいっそのこと振り切って相応の甲斐性を見せるか…」

「『おっぱいドラゴン』の受けはよかったみたいだけどな」

「あれ、けっこう面白かったわよ。お兄さんも一緒に見ればよかったのに。もしかしてヒーローものって嫌い?」

「名前からしてお断りだ!」

 

 一誠のヒーロー番組「おっぱいドラゴン」の受けがいかによかろうとも、自分から関わることは絶対にしないという謎の信念を大一は決めていた。

 言葉の勢いから少なくともゼノヴィアの方は納得したように頷いていた。(イリナは首をかしげていた)

 

「話を戻すようで悪いけどな、ゼノヴィア。これはお前にも言えるぞ。さっき風呂に誘うって本気で言っているのか?」

「うーん、ライバルが多いからどこかで差をつけなきゃと思っていたんだが…じゃあ、先輩のデートを見学して学ぶということでどうだ?」

「…俺がそれを納得すると思うか?」

「でもリアス部長やイッセー、小猫がそんな話をしていたの耳に入れたぞ」

「なるほど、よく話してくれた。あとでお礼をしてあげよう。じゃあな」

 

 まくしたてるように話す大一はすぐにトレーニングルームから飛び出て、リアス達の部屋へと向かい、問い詰めるのであった。

 後に残ったゼノヴィアとイリナは彼が勢いよく閉じた扉を見ていた。

 

「うーん、先輩の方はライバルが少ないからそういう考えもあるのかもしれないがな」

「それでそれでお兄さんと朱乃さんの関係って?ライバルって他にもいるの?」

「さて、私もそろそろみんなのところに行くかな」

「ちょっと無視しないでよー!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 差し込む日差しが少々暑く、夏の残暑がまだ感じられた。大一は駅近くで朱乃を待っていた。同じ家に住んでいるのだから一緒に行けばいいような気もしたが、女性の準備やデートの雰囲気などを考えれば、待ち合わせも一種の楽しみなのだろう。

 前日にディオーグにはデートがどういうもなのかを再確認して退屈なものであると植え付けていたため、すっかり眠り込んでいる。同時にゼノヴィアから聞いた話からリアス達にもついてこないようにと釘を刺していた。もはや邪魔が入る隙は無かった。

 

「ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

「いや、待ってはいないが…だいぶ雰囲気違うな」

 

 合流した朱乃を見て、大一がつぶやく。髪を下ろしてフリルのついたワンピース姿といつもの彼女とは打って変わって可愛らしさが全面的に押し出された印象であった。何度かリアスも交えて私服で出かけたことはあるが、その時と比べると年齢相応な印象があった。

 

「おかしいかしら?」

「すごい似合っているよ。俺が見慣れていないだけだな」

「あらあら、大一もお世辞が言えるのね」

「あーはいはい。いつもらしさもあって尚のことだよ。それじゃ、行こうか…と言いたいところだが」

 

 大一は渋い表情で駅のホームの柱を見つめる。魔力でリアス達が隠れているのがあっさりと看破できた。それどころか前日に話したゼノヴィアやイリナ、一緒に住んでいない祐斗やギャスパーまでいる。

 朱乃も気づいていたようで、同じ方向に視線を向けてくすくすと笑っていた。

 

「昨日、言っておいたのにさ…」

「せっかくだから見せつけてあげようかしら」

「見せつけるって…手でも繋ぐとか?」

「手もいいけど…」

 

 言葉を切ると朱乃は大一の腕にしがみつく。急に体を密着させてきたことで大一も驚き、朱乃は自分でも思い切った行動なのをわかっているのか顔が火照っていた。

 

「こっちは?」

「…嬉しいけど、周りの視線が気になるから…手を繋ぐで勘弁して…」

「そうね。私もデートどころじゃなくなっちゃいそう」

 

 パッと腕を離すと、朱乃はすっと手を伸ばす。あくまで手を繋ぐのを求めているようであった。意図を理解した大一は軽く息を吐くと、彼女の差し出した手を取り共に歩き始めた。

 

「でもそれだったら代わりにお願いがあるんだけど」

「俺が出来る程度でお願いします…」

「その…デート中は呼び捨てがいいかなって…」

「…あー、そうきたか」

 

 ちょっと言いづらそうな様子の大一に、朱乃は少し非難するように彼を見る。

 

「そうきたかって、私は気にしていたのよ。どうしていつも「さん」づけなのかって。別に年上でもないし、後輩たちには呼び捨てなのにって」

「今だから言うけど、朱乃さんとの距離感がつかめなくて…。それに主であるリアスさんを呼び捨てに出来なかったからそのまま…って感じかな」

 

 言い淀む大一に、朱乃も少しだけバツの悪そうな表情をする。実際、朱乃も彼が悪魔になりたての頃はどのように接していいかわからなかったため、隙を見せないようにしていた面があったため、その言葉を簡単に否定できなかった。

 とはいえ、せっかく出来たチャンスは逃すような彼女でもなかった。

 

「…本気で悩んでいた私がバカみたいじゃない。じゃあ、今日のデート中…というか、これから名前で「さん」づけは無しにして」

「わかったよ。朱乃さ…じゃなくて、朱乃」

「よろしい」

 

 気恥ずかしさが残る大一に対して、朱乃の足取りがより軽くなる。これを皮切りに2人のデートは始まった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 

「どっちが似合う?」

 

 ブランドショップの服屋にて朱乃が2つの服を見せる。片方は白を基調としたニットワンピース、もう片方は黒中心の大人っぽさが引き立つワンピースであった。

 

「どっちも似合う…というのは、反感を買いそうだな。たとえ本音であっても」

「前に言われたことを覚えていたようでなにより」

 

 朱乃は小さく笑って服を合わせるように大一に見せる。今の雰囲気が年相応の可愛らしさを見せているが、いつもの彼女であれば大人っぽさを引き立てることも軽々しくやってのけるためどちらも似合うのは否定しようがなかった。

 

「うーん、難しいな。そういえばどっちもワンピースなんだね。パンツスタイルも似合うと思うんだけどな」

「…大一の口からパンツスタイルって言葉が出るのがちょっと衝撃的だわ」

「買い物に荷物持ちで何度か付き合っていれば覚えるよ」

 

 大一はにべもなく答える。長い付き合いでも知らなかった面はあるのだと、朱乃は再認識した。

 

「うーん、今日はやめておこうかな」

「まあ、即決するものでもないからな。ありだろうよ」

「じゃあ、また選びに来る時には一緒に来てくれる?」

「時間を見つけて…いや時間を作って付き合うよ」

 

 ひとりでは絶対に来ないであろう店の雰囲気だからではない。また彼女と一緒に出かけたいという感情が、デートの序盤から大一に芽生えていた。それを自覚するだけでも夏の残暑とは違った暑さが、己を支配していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次に露店で買ったクレープを2人で食べていた。笑顔でその甘さを堪能する朱乃に、大一の方は驚きながらかぶりついていた。

 

「うん、美味しいわ…って、大一どうしたの?」

「いやすごい美味しいんだけどさ、そもそもクレープって何年振りだって思って」

「大一って甘いもの嫌いなの?リアスも交えて一緒に出かけてお茶するときってあんまりケーキとか頼まないし」

「嫌いじゃないけど、あの眠れない毎日でクリームってきつくて…」

 

 どんよりとした表情で大一は答える。以前よりもクマが消えたはずなのに、思い出しているだけでその頃の表情に近づいているように見えてしまった。思い出したかのように胃のあたりを抑えるのも拍車をかけている。

 

「でも今はそんなことないんでしょう?」

「むしろこんなに美味しかったのかと感動を覚えるよ」

「私と一緒だからかもね」

「そうだろうな」

 

 さらりと答える大一に、朱乃の耳が赤くなる。からかおうとしたら、予想外の反撃を受けたような気分であった。付き合いが長いからこそ、普段は聞けないような反応は彼女の心を高鳴らせる。実際のところはクレープの味でディオーグが起きてしまい、もっと食えと主張していたため、朱乃の言葉に本気で取り合っている余裕がなかったのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

「チョウチンアンコウ…」

「こういう説明は読むと思った」

 

 水槽前の説明が書かれている看板を目で読む大一に朱乃が答える。今度は水族館へと入った2人は深海魚のコーナーにいた。町中の小規模な場所であったが、2人とも入るのは初めてでゆっくりと見て回っていた。

 

「水族館って動物園よりも魚がどこにいるのかわからなくなるから、読んでどんな魚がいるのかは知っておきたくて」

「思った以上に後ろ向きな理由ね。それよりも水槽を見た方が面白いわよ」

「たしかにあっさり見つかるな。にしても、普通の魚よりもインパクトあるな」

 

 水槽を覗き込むと、強烈な顔をしたチョウチンアンコウがゆったりと泳いでいるのが見える。真正面から見た時のインパクトは、なんとも言葉に出来ない面白さが見られた。

 まじまじとチョウチンアンコウの正面顔を見ていると、朱乃が彼の腕を叩いて奥の方を指さす。

 

「あっちのはもっと凄くない」

「んー…ちょっと待って。どっちだ?」

「右の方よ」

「いや俺は左の方が強力だと思うね」

 

 同じ水槽の上の方で並んで泳ぐ別々の深海魚に2人は興味深げに話を弾ませていた。互いに水槽の奥を見るために体を密着させていたことには気が向いていないほど楽しげな様子には、緊張という言葉は微塵も感じられなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 デートを始めて数時間、大一の気持ちは満ち足りていた。別にこれまで遊んだことがまったく無かったわけではない。しかし悪魔になってから彼の心には、常にその責任感がついて回っていた。だがデート中、無意識にその重荷を降ろし緊張はあっという間に解け、見るもの感じるものあらゆることを楽しめていた。自分が学生であることを忘れていたかのような反応であった。

 朱乃もいつもの余裕たっぷりの大人びた様子ではなく、年相応の可愛らしさが印象的であった。心の隙をさらけ出し想い人を自分が独占している、その現状に足取りは軽く自然と笑みがこぼれる。

 お互いになじみ深い相手と一緒にいるだけなのにこれほど感情が昂るのは、特別な感情を抱いているからであることを2人とも自覚していた。生島の話していたように互いに楽しむことを満喫していった。

 

「さて、次はどこに行こうか」

「うーん、そうね…でもそろそろ…」

 

 朱乃はちらりとつけてくるリアスを確認する。彼女の意図に気づいた大一はそのまま言葉を引き上げる。

 

「…撒くか」

「できそう?」

「そうだな…3つ先の角を曲がると少し大きめのコンビニがある。ここからは死角だが、たしかそこは出入り口が2つあるからそれを利用しよう」

 

 2人は何事もなさそうに歩いていくが、角が近くなったところで走り出してすぐに死角のコンビニに入り込んだ。ゆっくりとリアス達に見つからないように奥の出入り口から出ると、さっきまで彼女たちが追ってきたルートを逆に歩いていく。

 

「それにしてもよく知っていたわね」

「何度か休日に走っていた時に、ここで飲み物を買っていたから。さて撒くことにも成功したし、次はどこ行こうか。映画館、ゲーセン、カラオケ…あっ、ここの奥の方にある喫茶店は紹介したいな。生島さんに教えてもらったところなんだけど」

「それは興味あるわ。そこで次のプランを立てましょうか」

 

 10分ほど歩いていくと、目的の喫茶店が見える。生島の知り合いが経営している大きめの喫茶店で、黒い看板に店名が丁寧に掲げられ、手作りのメニュー表が力の入れている印象を与える。近くには先ほどのクレープ屋のように露店まで立ってあり、喫茶店のジェラートが売られていた。

 

「隠れ家的って程じゃないけど、ゆっくりするには悪くない場所だと思う」

「さすが、と言いたいけれどこんなに良い場所をどうして教えてくれなかったの?」

「ひとりでは滅多に来ないし…リアスさんや朱乃さんと出かける時はだいたい2人が先導だったからな」

「引っ張らないと大一だって何も言わないじゃない。それと名前」

「あっ!いやごめん、朱乃」

「よろしい。行こう」

 

 言い直した大一に、朱乃は満足げな表情で手を握り直す。2人はそのまま喫茶店に入ろうとするが、突然聞こえた声に思わず足が止まってしまった。

 

「ジェラートを3つ、わしのはダブルでな。味はそうじゃな…」

「オーディン様、私はけっこうです。護衛中なので」

「というか、さっさと戻りますよ。こんなところで北欧の主神がウロチョロしていたらダメじゃないですか」

「そのために彼もおるんじゃ。お前はその固い頭をなんとかしなければ、まともな恋愛が出来んぞ」

「か、関係ないじゃないですか!」

 

 大一と朱乃は入り口間際にあるジェラートの露店を覗き込む。北欧の主神のオーディンが注文をしているのを、囲むようにガタイの良い黒髪の男性とスーツ姿の銀髪の女性が立っていた。

 相手もその視線に気づいて思いっきり目が合ってしまった。

 

「おや、誰かと思えばこの前の小童どもじゃないか」

「オーディン様、どうしてここに?」

「ふむ、説明すると長いんだが…まあ、今のところは観光じゃな」

 

 クックッと笑いながらオーディンが答える。おそらくなんらかの仕事があって来ているのだろうが、同時にこの人なら観光も間違いなくするだろうと大一は思った。

 

「デート中か。若い者らしい初々しさがあるな。ロスヴァイセも見習った方がいいぞ。そのうちに行き遅れヴァルキリーになっても知らんからな」

「はいはい、そういうのはもう結構です。私にはどうせ縁もありませんから」

 

 オーディンのからかいに銀髪の女性…ロスヴァイセは鼻を鳴らして不満を露わにする。ヴァルキリーという単語に大一は納得した。北欧で戦う女性の戦士で神にも仕える実力者であると聞いている。彼女がオーディンの付き人なのだろう。

 オーディンとロスヴァイセがやり取りする中、朱乃が大一の背中に隠れるように下がる。その視線は共にいた護衛の男性に向けられていた。男性の方も朱乃へと視線を向けた後に、大一へと非難的な視線を向ける。明らかに歓迎していないようなものであったが、同時に誰かに似た雰囲気があるように大一は思えた。

 

「朱乃、なにをやっている?」

「あなたには関係ないわ。邪魔しないで」

 

 朱乃の声色は衝撃的だった。当惑でありながら、冷ややかで敵をいたぶっている時ですら聞いたことのない不穏な雰囲気が感じられた。

 なんにせよ、オーディンの護衛となれば名高い実力者であることは疑いようも無いため、彼女を落ち着かせる必要があった。

 

「お前は誰に向かって…」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ」

「朱乃さん、言いすぎだって!申し訳ありません!」

「貴様のような輩に謝られる筋合いもない」

「やめてよ!彼を責めないで!」

「俺のことはいいから…。あのお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 男性は大一への不信感を隠さずに嘆息すると、雰囲気を崩すことなく自己紹介を始める。

 

「グリゴリの幹部…堕天使のバラキエルだ。姫島朱乃の父親でもある」

 




バラキエルとついでにロスヴァイセも初登場です。
第一印象から腰の低さがうかがえるオリ主となりました。


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第62話 男の心配

ヒロインとの関係性でかなり迷いながら書いていました。


「ほっほっほ、というわけで訪日したぞい」

 

 兵藤家の最上階のVIPルームでオーディンが愉快そうに笑う。当然、デートは中断してリアス達と合流して家に戻ることになった。

 オーディンの気楽な雰囲気に対して、護衛であるバラキエルと娘の朱乃の雰囲気は明らかに重苦しい。2人とも相手を視界に入れることすら避けたいように視線を逸らしている。加えて、バラキエルは感情の読めない毅然とした態度、朱乃は露骨に不満げな表情と関係を察するには十分な様子であった。

 

「どうぞ、お茶です」

「かまわんでいいぞい。しかし、相変わらずデカいのぅ。そっちもデカいのぅ」

 

 リアスに差し出されたお茶ではなく、彼女や朱乃の胸を見ながらオーディンはニヤつく。いつだったか妄想していた時の弟の表情とダブってしまい、大一としてはオーディンの評価が下がっていくのを感じた。実力は間違いないのだが、初めて出会ったのが朱乃のスカートの中を覗いていたことと、どことなくアザゼルにも通じるような適当な振る舞いが気になってしまった。もっともその柔軟性ゆえに3大勢力の同盟にも、協力を惜しまないのだろうが。

 

「もう!オーディン様ったら、いやらしい目線を送っちゃダメです!こちらは魔王ルシファー様の妹君なのですよ!」

 

 どこからともなくハリセンを取り出したロスヴァイセが、オーディンの後頭部をスパッと叩く。あまりの早業とツッコミで北欧の主神の頭部を叩く行為にグレモリー眷属全員が驚いた。

 オーディンは頭部をこすりながら、呆れ気味に話す。

 

「まったく、堅いのぉ。サーゼクスの妹といえばべっぴんさんでグラマーじゃからな。そりゃ、わしだって乳ぐらいまた見たくもなるわい。と、こやつはわしのお付きのヴァルキリー。名は───」

「ロスヴァイセと申します。日本にいる間、お世話になります。以後、お見知りおきを」

「彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーじゃ」

「そ、そ、それは関係ないじゃないですかぁぁぁぁっ!わ、私だって、好きでいままで彼氏ができなかったわけじゃないんですからね!好きで処女なわけないじゃなぁぁぁぁいっ!うぅぅっ!」

(ひ、酷い…!)

 

 泣き崩れるロスヴァイセを見ながら、大一はオーディンの言動に心の中で呟く。よほど気にしているのか、容赦ない傷のえぐり方に見えてしまった。それともこれくらいの軽口を言えるのは信頼ゆえだろうか。ロスヴァイセの様子を見る限り、そうは思えなかった。オーディンの話ではどれだけ器量良くても、昔と比べてヴァルキリー界の縮小化や勇者が減っていることなど様々な要因があるらしい。

 こんな2人であったが、しばらくは日本に滞在するらしい。その護衛はグレモリー眷属に任されており、バラキエルは堕天使側のバックアップとして来ていた。

 そもそも今回オーディンが来たのは、予定よりもかなり前倒しであった。特に自身の陣営である北欧で厄介な問題を抱えており、事態が起こる前に解決したいとのことであった。

 また危惧しているのは、英雄派の存在であった。リアス達が予想していた通り、彼らの狙いは神器の禁手化であった。神器を持つ者を拉致し、洗脳させ、とことん戦わせる。この方法の連続で禁手に至らせていた。当然、批判の多いやり方ではあるが、テロリストゆえに出来たことであった。

 大一の脳裏に「犠牲の黒影」が浮かぶ。あの神器がやっていたようなことが各地で起きていることには不快感しか抱かなかった。

 そんな英雄派のトップ組は伝説の勇者や英雄の子孫であり、その身体能力は悪魔にも匹敵するほどだ。さらに神器も持っているのだから、脅威は計り知れなかった。

 

「禁手使いを増やして何をしでかすか、それが問題じゃの」

「まあ、調査中の事柄だ、ここでどうこう言っても始まらん。爺さん、どこか行きたいとこはあるか?」

 

 アザゼルの問いに、先ほどまで豪胆にかまえていたオーディンが指を動かしながら答えた。

 

「おっぱいパブに行きたいのぉ!」

「ハッハッ、見るところが違いますな、主神どの!よっしゃ、いっしょそこまで行きますか!俺んところの若い娘っこどもがこの町でVIP用の店を最近開いたんだよ。そこに招待しちゃうぜ!」

 

 先ほどまでの空気はどこに行ったのやら、他のメンバーをよそにオーディンとアザゼルはどんどん盛り上がっていった。そのはしゃぎっぷりに皆が呆れてしまっていた。間もなく、2人とオーディンのお目付けとしてロスヴァイセが店に向かったところでこの話は幕を閉じた。

 

────────────────────────────────────────────

 

(ちっ!結局、あのジジイはなにしに来やがったんだ!)

(珍しいな。お前と意見が合うと思わなかったよ、ディオーグ)

(せっかくだから何かしら理由をつけて戦いに来いや!)

(前言撤回。お前とはやっぱり合わないわ)

 

 自分の部屋に向かう途中でディオーグが大一に愚痴を吐く。オーディンを見つける前から起きており、揉め事が起きないかとずっと期待していたようだ。その血の気の多さには呆れしか感じなかったが、オーディンとアザゼルのことを思い出すとどちらの方がマシかは甲乙つけがたかった。

 しかし先ほどの話は大一としても看過できない気持ちであった。神器持ちではないが、洗脳に近いことを受けて強制的に戦わされた身でもある彼としては、英雄派の行いは快く思えなかった。沸々と煮えたぎる怒りは、いつもの自分自身のように思えなかった。

 

(口だけの貴様にも正義感なんてものがあったのか)

(そんな大層なものじゃない)

(だったら、嫉妬心ってところか。お前には強い武器というものは無いもんな)

(…いつもより感じ悪いな。そんなにオーディン様と戦えなかったことが不服か)

(最近になって期待外れだと気づいただけだ。いくらお前が俺を助けたと思っても、納得できないことがある、それだけの話だ)

 

 ディオーグの声にはわかりやすく失望の色があった。実力の無い大一に呆れているのか、それとも野望に協力的でないことに苛立っているのか、彼の言う「納得できないこと」が大一にはよくわからなかった。

 とにかく相手にするのも煩わしいので、無視して自分の部屋に向かっていくと扉の付近に朱乃が立っていた。

 

「朱乃さん、どうしたの?」

「…一緒にいたいと思うのはダメ?デートだって最後まで出来なかったんだから」

 

 疲れたような表情に、か細く小さな声、彼女がバラキエルに会ったことで思いつめているのは想像に難くなかった。実際、大一がいつもの呼び方をしているのにも指摘せずにただ目線を下に向けていた。その弱った様子に大一はなるべく不安感を与えないように振舞う。

 

「それはいいけど…なんか飲みながらにしないか?俺、ココア淹れてくるよ」

「一緒に行く」

 

 静かに呟くと同時に朱乃は大一の手を掴む。その手はいつもよりもか弱く、そこから彼女の暗い感情が体へと伝わっていくような気持ちであった。

 しかし往々にしてタイミングの悪いことは重なるものであった。1階のキッチンに向かおうためにエレベーターへと足を進めるところで、ちょうどバラキエルと鉢合わせになった。

 互いに一瞬驚いた表情をするも、朱乃はすぐに不信感をあらわに大一の背中へと隠れ、バラキエルも真面目な表情になる。

 

「…悪いがキミは席を外してくれないか」

 

 あまり意味を成していない軽い咳払いの後にバラキエルは大一に向かって言う。その視線は不信感と否定にまみれていた。同時に朱乃が背中を掴む手に力を入れたのを感じた。この動くに動けない状況に大一は言葉を発することも出来なかった。前には自分よりも上の立場にいる堕天使の幹部、後ろには惚れた付き合いの長い仲間、2人の関係を考えれば尚のこと行動を起こせない。

 状況を察してくれたのか、バラキエルは軽く嘆息すると、大一の後ろに隠れる朱乃に話しかける。

 

「朱乃、お前と話し合いをしたいのだ」

「気安く名前を呼ばないで」

 

 朱乃の口から出たのはいつもとまるで違う冷たく鋭い声であった。

 

「…彼のことは知っている。ルシファー眷属の弟子だったな。お前と彼の2人でリアス・グレモリーの両翼を務めていたそうだな」

「なにが言いたいの?」

「私はただ…心配なだけだ」

「だったら、もういいでしょう。あなたは言いたいことを言ったし、私はこれ以上話したくない。早くここから出ていって」

 

 声の調子は変わらず冷たく言い放つ朱乃に対して、申し訳ない表情をした後にバラキエルは踵をかえして去っていく。彼女の息は荒れており、心が苦しそうであった。

 大一は後悔した。バラキエルはおそらくもっと話すことがあったのだろう。あそこで濁したのは自分がいたからだと確信したのだ。ただそれが朱乃のためになるかと考えると、ディオーグの「口だけ」発言を否定しきれない想いが湧いてくるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日、一誠達は冥界に来ていた。今回の目的はあるイベントであったのだが、その主役として来ていたのだ。タイトルを「おっぱいドラゴン握手&サイン会」、一誠は大人気の主役であった。一誠以外にもこの番組に出演しているメンバーはおり、特撮人気者メンバーの握手とサイン会に多くの人が賑わっていた。

 大一も冥界に来ていたが、その会場にはおらずグレモリー家の一室を借りていた。目の前にはアザゼルが困ったように頭を掻きながら座っている。

 

「お時間取らせて申し訳ありません」

「いや、俺としてもお前の話を無視するわけにはいかないからな。といっても、こっちは収穫なしだ。やっぱりディオーグなんてドラゴンは調べても見つからなかったよ」

 

 アザゼルは両手を上げて降参のポーズを取りながら答える。ディオドラとの戦いの後、大一はアザゼルと炎駒の2人にだけディオーグの件を打ち明けた。その特異性と危険性からリアス達には打ち明けず、まずは身近かつ信用性のある大人へと相談していた。当然、ディオーグの存在が禍の団につながりのある可能性も危惧してのことだ。

 ディオーグは目を覚ましていた。事の顛末を聞こうとしていたらしいが、彼の本当の意図はわからなかった。

 

「炎駒の方からも連絡は来てないが…お前にはどうだ?」

「なにも来ていません。いや炎駒さんは忙しいですから…」

「俺がそうじゃないみたいな言い方だな」

「アザゼル先生はむしろ気になることが出来たら、とことん調べるでしょう?」

「言ってくれるじゃねえか」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるアザゼルは、自信にあふれていた。性格的には苦手ではあったが、改めて信用できる相手だと大一は確信した。

 

「だがな、本当に洗いざらい調べたんだよ。それこそお前が想像している以上にな。それなのにディオーグのディの字も…それくらいは似たような奴もいたかもしれないが、とにかく見つからなかった」

「そうですか…。すいません、俺の勝手なことで付き合わせてしまって」

「いや正直なところ、俺も疑っていたところだ。お前の行動を見ているとな」

「行動?」

 

 大一の疑念的な表情にアザゼルは話を続ける。

 

「黒歌が創りだした時空間、お前がいかに感知能力に優れていたとしても、それに気づいてさらに打ち破れたとは思えないんだ。あれはディオーグに聞いたんだろ?」

「ええ。あいつが変な奴が紛れ込んだと言って…」

「加えて、お前がディオーグに会った経緯。あの特訓場所は俺と炎駒で下調べはしておいた。あんな崖の下に空間の切れ目は無かった。もっと言えば今も無い」

「…どういうことです?」

「あの空間の裂け目自体、ディオーグが作ったってことだろ」

 

 アザゼルの言い方は軽かったものの、鋭く大一に突き刺さった。自分よりも状況をわかっている相手の言葉は、想像以上の重さであった。

 

「お前が俺に話してくれたグレートレッドにも匹敵するディオーグの巨体、やつがこことは別の次元に存在していることと、お前の中のドラゴンが次元をも破ることが出来ること、これらが繋がらないと思う方が不自然だ」

「じゃあ、ディオーグは…」

「オーフィスとの関係はわからない。だがドラゴンは良くも悪くもプライドは高いから、仲間というのは考えにくい。しかしお前の中には想像もつかないほどの存在がいる危険性は否定できないな」

 

 その言葉に、大一は気持ちが沈む。奇妙な悪夢から解放されたかと思えば、自分がとんでもない存在を復活させたかと思うと吐きそうな気持ちであった。あの時に脅されたとはいえ、自分の利益のために大きな問題を起こしてしまったのだろうか。思い返せば、あの封印が施されていた洞窟は異様な空気間であった。自分の行動の軽率さに、いくらでもため息が出そうになった。

 そんな大一を見て、アザゼルが手を振りながら話を続ける。

 

「だがそれでお前がどうこうなるわけじゃない。もっと言えば俺の考えが当たっている可能性が低いのも事実なんだ。たしかに歴史の闇に葬られたような恐ろしい龍はいくらでもいる。クロウ・クルワッハやアジ・ダハーカ、アポプス…他にもいくらでもいるが、だとすればそこにも詳しいドライグやタンニーンなんかが知らないのがおかしいからな。

 つまりいくらお前が声高に叫んだところで、世間ではやっぱり無名のドラゴンだろうと思われるのがオチってことだ。案外、それが真実でお前の中身が虚勢を張っているだけかもしれないがな」

(ぶち殺すぞ、堕天使小僧が!)

(落ち着けって!)

 

 笑うアザゼルに、ディオーグが苛立つように声を荒げる。この怒りがどういったものなのか大一には計りかねたが、同時にどうも言葉以上の覇気がないように思えた。話を聞いている間もディオーグからは、オーフィスやグレートレッドを感知したであろう程のギラギラした感情を感じなかったのにも違和感を覚えてしまう。

 

「まあ、お前が俺を選んだのは正解だぜ。お前は変に正直なところがあるから、信用したんだよ」

「慰めでもありがたいですよ」

「いーや、本心だ。お前は実力はグレモリー眷属の中でも伸びしろが無いが、あいつらと違って無茶苦茶やらない方だからな。まあ、俺は無茶苦茶やる方が好きだが」

「そうでしょうね」

「…だからこそ言いたいことがある。朱乃の件についてだ」

 

 先ほどまでの話題とは違うものの、背筋が伸びるような気持ちになる。アザゼルもディオーグの件よりも神妙に、同時に迷いのある表情でこの話題を切りだしていった。

 

「お前、あいつとバラキエルの関係性はどこまで把握している?」

「ざっくりとした経緯だけです。ある神社の巫女とバラキエル様が結ばれて朱乃さんが生まれた…くらいですね」

 

 大一は首をひねりながら答える。仲間の眷属の過去はある程度知っていたが、文字通り「ある程度」なのだ。朱乃がバラキエルに対してあそこまで否定的な態度を取っている理由までは把握していなかった。もっとも母親がすでに他界していることや堕天使との立場を考えれば、その辺りが関係しているのではないかと推察はしていたが。

 

「あー…だったら、俺よりもサーゼクスやグレイフィアの方がいいか?俺が話すと、どうしても堕天使を擁護するようになっちまうからな」

「俺はアザゼル先生を信頼していますよ。気に食わないことは多いですけど」

「…やっぱり言えねえな。そこまで信頼されているからこそ、お前にはちゃんとした視点から知って欲しいからな」

 

 アザゼルの気遣いはありがたかったが、同時に大一の中で奇妙な感情が膨れ上がる。そしてこの疑念が前日のバラキエルの目を思い出してしまったのだ。

 

「そういえば、俺はバラキエル様に嫌われているんでしょうか?昨日、会った時にどうも苛立っているように思えて…」

「あいつは堕天使にしては堅物なんだよ。俺やコカビエルどころか、シェムハザ以上にな。その厳格さからして、朱乃とお前の関係が不安なんだろうよ。お前はある意味バラキエルにも劣らず頑固で真面目なところはある。しかしそれは身内だから知っている美点だ。世間からすればイッセーや木場、他にも多くのメンバーが才能を見せる中でどうしても目立つものがない。それに『犠牲の黒影』に憑りつかれたというのもマイナスだろうな。そんな奴が娘と…ってことで不安なんだろうよ」

 

 アザゼルの言葉に、大一は腑に落ちた。メディア露出も増えてきているグレモリー眷属の多くがその特別な力と合わせて注目されている。大一がやってきたことはせいぜい魔力のコントロールと錨による泥臭い肉弾戦や耐久性、派手さも目新しさも無いものであった。世間の評価としては「赤龍帝の兄」程度の認識、いやそれすらも怪しいものであった。バラキエルからすれば、朱乃と共にリアスの両脇を固めていたのも昔で、今はどんどん強くなる仲間達に追いつけなくなっているような男に移ったのだろう。改めて実力がものを言う社会であることを思い知らされた。

 だが、大一にとってその評価はどうでもよかった。少なくとも彼自身は仲間には信頼されている自負があったのだから。

 同時にアザゼルの言葉でひとつあることを確信した。「犠牲の黒影」に取り込まれたことは大一としても自慢できることではない。しかしあの仲間にも手を上げる恐ろしき神器に取り込まれた男をよく思わない、それがわかっただけでもバラキエルが父親として彼女への愛情はあるのだと察せられた。

 大一の表情を見たアザゼルは目を細める。

 

「無理するなよ」

「えっ?」

「朱乃とバラキエルの関係は根深いものだ。下手に首を突っ込む必要はない。朱乃は大人っぽく振る舞っているが、精神的には弱い部分がある。それを支えるにあたって、お前はいてやるだけでいい。無理にあいつのために行動を起こす必要は無い」

 

 ハッキリとした言葉であった。アザゼルとしては親友とその娘を思っての言葉だろう。大一の実力や立場を考えれば、手放しで任せることはできないだろう。いや、それだけではない。おそらく大一にもこれ以上の責任を負わせたくなかったのかもしれない。しかしそれでも…。

 大一は唇を軽く嚙むと、大きく息を吐きアザゼルを見る。口から発したのは揺るぎない想いであった。

 

「俺は…俺は朱乃さんのために出来ることはやるつもりですよ」

「お前が苦しい立場になるかもしれないぞ」

「それであの人が笑顔でいられるなら十分ですよ。俺を救ってくれた人なんですから」

 




少しずつですが、オリ主が頼れる人に頼ることが出来るようになったのは大切なことだと思います。


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第63話 悪神の登場

ロキって本当に多くの媒体で登場しているなと思います。


 オーディンが来日して数日たったある日の夜、大一は空を飛んでいた。伝説の軍馬スレイプニルが引く馬車にはオーディンやアザゼル、ロスヴァイセ、一誠達が乗っており、大一、祐斗、ゼノヴィア、イリナ、バラキエルが外の護衛を任されていた。

 オーディンはこの馬車に乗って連日各地を遊びまわっていた。当然、その度に護衛である彼らも連れまわされるのだからたまったものではない。大一も一誠から聞く愚痴がその大半を占めていたことはおかしくないと思っていた。

 

(まあ、時間の無駄だな。こんなことよりも特訓に時間を使った方が有効的だ)

(護衛なんだ。仕方がないよ)

(フンッ!)

 

 大一の無気力な言い方にディオーグは鼻を鳴らす。もはや折り合いの悪さにどうこう言おうと思わなかった。ただディオーグから話しかけることは少なくない。自分の胸の内を吐露しておきたいのだろうか、大一は訝しんだ。

 

「この前の特訓、先輩が来なかったの珍しかったです」

「何だよ、祐斗。ずいぶんと唐突だな」

「いえ、せっかくトレーニングできる広い場所があるのにと思って」

 

 少し後ろを飛ぶ祐斗は肩をすくめる。先日のディオドラの一件を解決した褒美としてグレモリー領の地下に大きなフィールドをいつでも使用できることになった。グレモリー眷属、特に男子たちは特性上広い方がよりしっかりと動くことが出来たため、この褒美は皆が喜んだ。敢えて、不満を感じるものがいたとすればディオーグだろう。ただ不満とは言っても怒りや苛立ちなどではなく、呆れたような反応であった。彼曰く、「こんな場所が無いと強くなれないのか」というものであった。

 もっとも先日の特訓に付き合わなかったのは、別にその場所だからというわけではない。その日は例の握手会とサイン会の後で、大一はアザゼルとディオーグの件で話した日でもあった。あの日は無駄だと思いつつ、ドラゴン関連の本を出来るだけ読み返しておきたり、朱乃の件で考え込んだりしていたので、彼らに付き合うのを止めておいただけであった。

 

「まあ、埋め合わせはやるよ。模擬戦とか付き合うさ」

「別にそういうつもりではないんですけど…期待しますよ。僕やイッセーくん、ギャスパーくんも相当強くなっていますからね」

「だろうな」

 

 表情を見なくても大一にはわかった。いかに祐斗が強くなっていることを自負しているのかが。どんどん強くなっていく後輩は頼もしく、間違いなく自分を追い抜かしていると感じた。

 その瞬間、急激に強力な魔力が前方に感じた。馬車も護衛も皆が動きを止め、その魔力へと注意を向ける。どこからともなく姿を現したのは黒を基調としたオーディンと似たようなローブを着た男性であった。隠しきれない嘲りが表情に出ていた奇妙な雰囲気であったが、その魔力の大きさに大一は驚愕した。オーディンと同等のものと見積もってもおかしくないほどであった。

 男性はマントを広げると、口端をつりあげて声高々に話し出した。

 

「はっじめまして諸君!我こそは北欧の悪神ロキだ!」

(なんだ、あの変な奴?)

(北欧の神のひとりだよ!そんな方がどうしてこんなところに…!)

 

 ディオーグが不思議そうにつぶやく一方で、大一は驚きながら錨を出す。北欧の神のひとりでオーディンとは義兄弟の関係でもある特異な男であったが、魔力の練り方から完全に敵対するために現れたとしか思えなかった。

 

「これはロキ殿。こんなところで奇遇ですな。何か用ですかな?この馬車には北欧の主神オーディン殿が乗られている。それを周知の上での行動だろうか?」

「いやなに、我らが主神殿が、我らが神話体系を抜け出て、我ら以外の神話体系に接触していくのが耐え難い苦痛でね。我慢出来ずに邪魔をしに来たのだ」

 

 アザゼルの冷静な問いかけに、悪びれないような態度で悪意を見せつけるロキの行動は完全に狙ったものであった。彼は今回の和平に納得しておらず、この襲撃はオーディンを含めた粛清であった。

 

「どちらにしても主神オーディン自らが極東の神々と和議をするのが問題だ。これでは我らが迎えるべき『神々の黄昏(ラグナロク)』が成就できないではないか。───ユグドラシルの情報と交換条件で得たいものは何なのだ」

「ひとつ訊く!お前のこの行動は『禍の団』と繋がっているのか?って、それを律儀に答える悪神さまでもないか」

「愚者たるテロリストと我が想いを一緒にされるとは不快極まりないところだ。───己の意志でここに参上している。そこにオーフィスの意志はない」

 

 幸いと取るべきか、厄介と取るべきか、少なくともこの一件に禍の団は関与していなかった。同時にオーディンの話していた厄介な問題というのがどういうものなのかが察せられた。どうも北欧も一枚岩とはいかないらしい。

 オーディンは現れた同じ神話の神に微妙な表情をする。魔法陣を足元に展開すると、ロスヴァイセを伴ってそのまま馬車から降りて空中を移動した。ロスヴァイセの方もいつの間にかスーツから鎧をまとった姿になっており、戦闘に備えている。

 

「ふむ。どうにもの、頭の固い者がまだいるのが現状じゃ。こういう風に自ら出向く阿呆まで登場するのでな」

「ロキさま!これは越権行為です!主神に牙をむくなどと!許されることではありません!しかるべき公正な場で異を唱えるべきです!」

「一介の戦乙女ごときが我が邪魔をしないでくれたまえ、オーディンに訊いているのだ。まだこのような北欧神話を超えた行いを続けるおつもりなのか?」

 

 呆れ、失望、嘆き…様々な感情が混ざり合ったロキの声に対して、オーディンは平然と答える。

 

「そうじゃよ。少なくともお主よりもサーゼクスやアザゼルと話していた方が万倍も楽しいわい。日本の神道を知りたくての。あちらもこちらのユグドラシルに興味を持っていたようでな。和議を果たしたらお互い大使を招いて、異文化交流しようと思っただけじゃよ」

「…認識した。なんと愚かなことか。───ここで黄昏をおこなおうではないか」

 

 大一は全身にプレッシャーを感じた。ロキの魔力がさらに増大していく。そこには敵意しか感じられず、それはオーディンに対して強く向けられていた。

 

(くるぞ、小僧)

(言われなくてもわかっている。しかし相手は神様だ。下手に動いても…)

 

 全身に魔力を行きわたらせながら大一が答えていると、突如強力な波動がロキへと襲い掛かる。どうやらゼノヴィアが聖剣から撃ち出したものであったが、ロキは特に視線を向けずに受けたが、そこにダメージは感じられなかった。

 

「先手必勝だと思ったのだが、どうやら効かないようだ。さすがは北欧の神か」

「聖剣か。いい威力だが、神を相手にするにはまだまだだ。そよ風に等しい」

 

 そう言うと、ロキは左手に魔力を集中させる。攻撃的な感覚、合わせてなにかの効果を与えるものだと思われるが、撃ち出されたら厄介なのは疑いようもない。規模にもよるが撃たれても防げるように大一は前に出ようとすると、馬車から飛び出した鎧をまとった一誠がロキに一気に接近して打撃を入れようとする。

 一瞬、物珍しそうな表情をしたロキだが、一誠のパンチを軽やかに避けた。

 

「っと。そうだったそうだった。ここには赤龍帝がいたんだった。良い調子にパワーを身につけているじゃないか。───だが神を相手にするにはまだ早い!」

 

 ロキが放った波動に対抗するように一誠は何倍にも増幅させたドラゴンの魔力の波動を撃つ。彼の本気の一撃であったが、これすらもロキには通用しなかった。とはいえ、まったく通じなかったわけではなく、ロキの手からはわずかに赤い煙が出ていた。

 

「…特別手を抜いたわけではないのだがな。これはまた面白い限りだ。嬉しくなるぞ。とりあえず笑っておこう。ふははははっ!」

 

 高笑いするロキに対峙するように次々と馬車から護衛が出てくる。

 

「紅い髪。グレモリー家…だったか?現魔王の血筋だったな。堕天使幹部が2人、天使が1匹、悪魔がたくさん、赤龍帝も付属。オーディン、ただの護衛にしては厳重だ」

「お主のような大馬鹿者が来たんじゃ。結果的に正解だったわい」

「よろしい。ならば呼ぼう。出てこいッ!我が愛しき息子よッッ!」

 

 声高にロキが叫ぶと、空間にゆがみが生じた。そこから現れたのは全長10メートルはあろう巨大な狼であった。口から覗かせる牙は特に鋭く、その存在感はロキにも劣らぬ恐怖を大一達に与えた。その狼の正体を察した大一はすぐに一誠の近くに向かうと肩を掴んで後ろへと下がった。

 

「なんだよ、兄貴ッ!」

「とにかく距離を取れ!あれはおそらくフェンリルだ!」

「大一の言う通りだ!あれは神をも殺す牙を持つ最悪最大の魔物の一匹だ!神を確実に殺せる牙を持っている!そいつに噛まれたら、いくらその鎧でも保たないぞ!」

 

 アザゼルが皆に警告する。表情は珍しく緊張に包まれており、声もわずかに震えていた。相手の反応に満足そうなロキはフェンリルを撫でながら言う。

 

「そうそう。気をつけたまえ。こいつは我が開発した魔物の中でトップクラスに最悪の部類だ。何せ、こいつの牙はどの神でも殺せるって代物なのでね。試したことは無いが、他の神話体系の神仏でも有効だろう。上級悪魔や伝説のドラゴンでも余裕で致命傷を与えられる」

 

 ロキの言葉に、大一はイヤな汗が噴き出してくるのがわかる。ハッタリではない自信が、間違いない恐怖として感じられたのだ。

 ロキはゆっくりと腕を上げるとリアスを指さす。

 

「本来、北欧の者以外に我がフェンリルの牙を使いたくはないのだが…。まあ、この子に北欧の者以外の血を覚えさせるのも良い経験となるかもしれない。───魔王の血筋。その血を舐めるのもフェンリルの糧となるだろう。───やれ」

 

 全身の毛が逆立つような咆哮を上げるとフェンリルはリアス目掛けて突っ込んでいく。大一はフェンリルの注意を引こうと口に魔力を溜めるが、撃ち出す前に掴んでいた一誠が手を振り払って猛スピードでフェンリルへと突っ込んでいった。

 

「触るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 一誠はフェンリルの顔を正面から殴り飛ばした。打撃音が耳に届くくらい強烈な一撃であったが、受けたフェンリルは平気そうな様子であった。それでもリアスを守れたことに一誠は安堵する。しかし…

 

「ごぶっ」

 

 なにかを吐き出したような音が一誠の鎧越しから聞こえる。見てみれば彼の腹部には大きな傷が出来ており、その血はフェンリルの前腕の爪に続いていた。殴り飛ばす際にカウンターを喰らったらしい。

 意識が朦朧とする一誠はそのまま落ちていく。すぐに近くにいたリアス、朱乃、祐斗が彼を支えるが、フェンリルは相も変わらず彼女らを睨んでいた。

 

「ゼノヴィア、イリナ、手を貸せ!」

「わかった!」

「任せてよ!」

 

 近くにいたゼノヴィアとイリナに声をかけると、大一は口に溜めた魔力を2発ほど撃ち出してフェンリルへと突っ込んでいった。手負いとなった弟たちへと注意を向けないためには、自分が囮となるしかなかった。

 撃ち出した魔力の威力はまったく足りておらず、まるでダメージを受けた様子を感じさせなかったが、いきなり攻撃が来た方向から向かってくる相手が見えるとフェンリルは大きく口を開けて牙を見せつける。

 噛みつこうとしてきたようだが、すぐに大一は下へと方向を切り返し、さらにゼノヴィアとイリナが聖なる力を斬撃として飛ばし注意を逸らした。そのまま大一は魔力を上げた腕力でフェンリルの右腕に向かって錨を横に振るうが、腕を切り落とすどころか掠り傷ひとつできなかった。

 

(硬い…!)

 

 思わず頭の中で大一はつぶやく。かなり魔力を腕部に集中させていたが、腕がまったく振り切れないことに驚きを隠せなかった。フェンリルは腕を振り上げて大一を狙うが、「騎士」へとプロモーションをしてその巨体を縫うように飛んで避けていった。幸い、相手の巨体故に小回りは利かず、その周囲を「騎士」のスピードでちょこまかと動けばなんとか攻撃は避けられるが、まるで決定打を与えられる様子はなかった。

 ロキの方もアザゼル、バラキエル、ロスヴァイセで攻撃を仕掛け続けるが、まるで気に留めた様子も無く攻撃を防いでいく。神の名は伊達ではなかった。

 

(くそっ!このままじゃジリ貧だ!)

(お前らだけならな。それよりも下がった方がいい。白い小僧に巻き込まれるぞ)

 

 ディオーグの言葉に疑問を感じつつ、フェンリルが振るってきた尻尾による殴打を大きく下がって回避した瞬間、どこかで聞いたことのある声が響いた。

 

『Half Dimension!』

 

 フェンリルを中心に空間が大きく歪み、その身は歪みに捕らわれて魔獣は動きを封じられた。さらに一誠の付近にヴァ―リと美猴が現れる。フェンリルを封じたのが彼らであることは疑いようもなかった。

 

「なんだってあいつらがいきなり…?」

「こっちにも用事があるのよ」

 

 いつの間にか、大一の横に胸元の露出が激しい和装の女性が飛んでいた。その声、その姿、大一が不信感を持つのには十分な相手であった。

 

「小猫の姉…なんのようだ?」

「お久しぶりね、赤龍帝のお兄ちゃん。言葉通りの意味だにゃん」

 

 警戒する大一に対して、この前の一件をまるで気にしないかのように黒歌は肩をすくめて答える。見てみれば、ゼノヴィアとイリナの近くには背広姿の聖剣使い…アーサーが飛んでおり、ヴァ―リのチームがこの場に来ていた。

 この介入にロキはむしろ歓迎するかのように、驚いていた。

 

「───ッ!おっとっと、白龍皇か!」

「初めまして、悪の神ロキ殿。俺は白龍皇ヴァーリ。───貴殿を屠りに来た」

「二天龍が見られて満足した。今日は一旦引き下がろう!だが、この国の神々との会談の日!またお邪魔させてもらう!オーディン!次こそ我と我が子フェンリルが、主神の喉笛を噛み切ってみせよう!」

 

 マントを翻して再び空間をゆがませたロキはフェンリルと共に去っていった。オーディンに宣戦布告を残して…。

 

────────────────────────────────────────────

 

 駒王学園近くの公園、そこに馬車は降りていた。突然の襲撃に、突然の乱入者、ただの護衛の時間が、この短い内にとても濃いものになっていた。一難去りながらも油断できない状況が続くのはどうにも気持ちが悪い。ヴァ―リ達のおかげでそんな状況が出来上がっていた。

 しかしアーシアの回復と小猫の仙術のおかげで一誠が回復したとわかると、額の汗をぬぐうくらいの余裕が大一にも生まれた。どうにも生きた心地のしない時間の連続であった。

 ヴァ―リは全員を見渡すと、遠慮なしに言い始める。

 

「オーディンの会談を成功させるにはロキを撃退しなければいけないのだろう?このメンバーと赤龍帝だけではロキとフェンリルを凌げないだろうな。しかも英雄派の活動のせいで冥界も天界もヴァルハラも大騒ぎだ。こちらにこれ以上人材を割く訳にもいかない」

 

 ヴァ―リの言い分には誰も言い返せなかった。少なくとも同じ禍の団である以上、英雄派の動向も彼にはわかっているからこその言葉であろう。

 治療の終わった一誠がヴァ―リに問いかける。

 

「お前があいつを倒すとでもいうのかよ?」

「残念ながら、今の俺でもロキとフェンリルを同時には相手に出来ない。だが───二天龍が手を組めば話は別だ」

 

 ヴァ―リの言葉に、彼の仲間を除いたその場にいる全員が驚愕する。そんな彼らの反応を意に介さず、ヴァ―リは言葉を続けた。

 

「今回の一戦、俺は兵藤一誠と共に戦ってもいいと言っている」

 




原作を読み返していると、ヴァ―リって結構無茶苦茶やる印象があります。


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第64話 過去を知る

原作を読んでいた時、黒歌は5巻での行動が不自然に思えるほどその後が変わった印象でした。


 ロキの襲撃の翌日、兵藤家の地下一階の大広間にはかつてないほどの人が集まっていた。グレモリー眷属にイリナ、アザゼルにバラキエル、シトリー眷属、これに加えてヴァ―リのチームまでいることはどうにも反応に困るものであった。

 これほどの顔ぶれが集まったのは、当然ながらロキの対策についてであった。ロキが日本に来たことはすでに3大勢力や北欧側でも問題視されており、オーディンの会談を成功させるためにもロキを退けさせる必要があった。

 とはいえ、それが一筋縄ではいかない。相手は様々な術に精通している北欧の神。さらに封じられる前の二天龍にも匹敵する力を持つフェンリルまでいる。これほどの相手に各地では英雄派の襲撃も続いているため加勢も望めない。相手の戦力は絶大であるこの現状では、犠牲も覚悟しなければならなかった。

 そんな現状で、アザゼルがヴァ―リに疑問を投げかける。

 

「まず先に。ヴァーリ、俺達と協力する理由は?」

「ロキとフェンリルと戦ってみたいだけだ。美猴達も了承済みだ。この理由では不服か?」

「まあ、不服だな。だが、戦力として欲しいのは確かだ。今は英雄派のテロの影響で各勢力ともこちらに戦力を割けない状況だ。英雄派の行動とお前の行動が繋がっているって見方もあるが…お前の性格上、英雄派と行動を共にする訳ないか」

「ああ、彼らとは基本的にお互い干渉しない事になっている。───俺はそちらと組まなくてもロキとフェンリルと戦うつもりだ。組まない場合は、そちらを巻き込んででも戦闘に介入する」

 

 素直に組めば手を貸す、組まないなら無理にでも戦いに介入する、選択の余地がない提案をヴァ―リは示してきた。

 アザゼルは困ったように頭を掻くも、その表情はすでにことを決めたような様子にも見えた。

 

「サーゼクスも悩んでいる様子だったが、旧魔王達の生き残りであるお前からの申し出を無下にできないと言っていてな。本当に甘い魔王だが、お前を野放しにするよりは協力してもらった方が賢明だと俺も感じている」

「納得できないことの方が多いけれどね」

 

 付け加えるようにリアスが言う。彼女としても不満は多いだろうが、魔王の決定に意向を示したような形であった。事実、同じように不満な表情をするソーナも何も言わなかった。

 

「…まあ、ヴァ―リに関してはいったん置いておく。さて、話はロキ対策の方に移行する。ロキとフェンリルの対策をとある者に訊く予定だ。五大龍王の一匹、『終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)』ミドガルズオルムだ」

 

 ミドガルズオルムは五大龍王の1体に名を連ねる北欧のドラゴンであった。フェンリル同様にロキから生まれた存在であったため、打開策を彼から享受してもらおうとしていた。本体は深海で眠りについているため、二天龍であるドライグとアルビオン、さらに五大龍王のヴリトラとタンニーンに、アザゼルの持つファーブニルの力で龍門(ドラゴン・ゲート)というものを開き、ミドガルズオルムの意識を呼び寄せるとのことだ。

 

(便利なものがあるんだな)

(都合のいいものってだけだろ。まったく深海にも行けない貧弱な体だから、そんなものに頼らなきゃいけないんだ)

(自分の力が必要ないからってひがむなよ)

(そんなものに必要とされるなどこっちから願い下げだ。俺の力は呼び鈴代わりじゃねえんだよ)

 

 大一の関心にディオーグが食って掛かる。気のせいか、最近の彼の苛立ちが増しているように思えた。よほど先日のアザゼルから伝えられたことがショックだったのだろうか。いや、彼のようなドラゴンがそのことをいちいち引きずるようなタイプとは大一には思えなかった。

 そのままアザゼルは打ち合わせのためにバラキエルと共に部屋を去っていった。残された彼らの間には何とも言えない空気間が充満していた。特にヴァ―リチームの存在がそうさせていたのだが、当人たちは…

 

「赤龍帝!この下にある屋内プールに入っていいかい?」

「ちょっとここは私と赤龍帝である兵藤一誠の家よ。勝手な振る舞いは許さないわ」

「まーまー、いいじゃねえか、スイッチ姫───いってぇぇぇぇっ!」

 

 美猴はグイグイとした態度と無意識の暴言でリアスの怒りを買っており…

 

「こ、これが失われた最後のエクスカリバーなんですね!はー、すごーい」

「ええ。ヴァ―リが独自の情報を得まして、私の家に伝わる伝承と照らし合わせて、見つけてきたのですよ。場所は秘密です」

 

 アーサーはイリナとあっさり打ち解けてエクスカリバーの件で話していた。

 そしてもうひとり…黒歌は大一と相対していた。正確に言えば、彼の後ろに隠れるように小猫とギャスパーがいるのだが。小猫は大一の後ろから警戒するように視線を向けており、ギャスパーはびくびくと怖がっていた。

 

「…こ、小猫ちゃん、美人ですけど、こ、怖いですぅ」

「黒歌、もっと距離取れ。小猫に近づくな」

「イジワルねぇ。まーだこの前のことを気にしているの?」

「お前みたいに流せるものじゃないんでな。とにかくさっさと離れろ」

 

 大一は追い払うように手を振る。以前、無理やり小猫のことを連れて行こうとしたことを思い出せば、睨みを利かせるのは当然であった。

 黒歌は少し考えるような素振りをすると、踊るように一歩下がった。

 

「やっぱりあんたつまんないわ。赤龍帝の方が面白いし、子どもを作るにも───にゃん?」

 

 黒歌は目をぱちくりと丸くさせながら、大一を見る。彼は錨を出して脅すように彼女へと切っ先を向けていた。

 

「猫又の特性は知っている。だからって弟の貞操を奪わせるような男じゃねえぞ、俺は。ヴァ―リに頼みやがれ」

 

 大一はあごでヴァ―リの方をしゃくる。彼はちょうど一誠とアーシアと話しており、先日彼女を助けたことのお礼を受けていた。

 

「だってヴァ―リには断られたんだもの。私はドラゴンの子どもが欲しいの。だからこそ強いドラゴンの子…赤龍帝の遺伝子が欲しいってことよ。それともお兄ちゃんは弟くんの恋愛までちょっかいをかけるブラコンかにゃ?」

「あいつの女性関係を知っているだけだ。そもそも敵対しているお前の立場を考えれば止めるだろ」

「正論しか言えないからつまらないのよ。せっかく私でも把握しきれない強力な生命力が別にあるのに、つまらないし、ドラゴンのオーラは無いしでもったいないにゃ。二天龍相当なら私も手を出したいところだけど」

「…姉さまに先輩は渡しません」

 

 背中に隠れていた小猫が大一の脚にしがみついて、より強い目つきで黒歌を睨みつける。その様子に黒歌は珍しそうに驚いていた。

 

「あーらら、ずいぶんと白音に気に入られているみたいね、お兄ちゃん」

「その言い方やめろ」

「まあ、いいわ。もうちょっと本気を出せるようになったら、また話しましょうね」

 

 妖艶な笑みを残して黒歌はヴァ―リの方へと足を運んでいった。やはり彼女は苦手だと思いつつ、大一の中で彼女の言葉が引っ掛かった。

 間もなくアザゼルが戻ってきた後、一誠、ヴァ―リ、匙の3人は彼と共に転移魔法陣でタンニーンとの合流地点へと飛んでいった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「…とまあ、対策はそうなりました」

『又聞きで概要は知っていましたが、なんとも奇怪な状況となりましたな』

 

 大一はひとり大広間とは別の場所で炎駒と連絡を取っていた。短い時間であったが今回のロキへの対策についての情報共有をしていたのだが、ルシファー眷属である彼からしても首をひねるような内容であったようだ。

 

『姫がこんなことに巻き込まれるとは、当時は思いもしませんでしたな』

「たしかに大変そうでしたけど…」

 

 大一は先ほどまでのリアスの様子を思い返す。美猴にスイッチ姫と揶揄されて本気で怒って追い回していた姿は間違いなく炎駒の考える様子は違っていたであろう。

 こんな話をしている時に、タイミングよく当の本人が姿を現した。

 

「あら、大一。ここでなにを…って、炎駒!久しぶりね!」

『これは姫様、お久しぶりです。お元気そうで何より』

 

 展開していた手のひらサイズの魔法陣に移る炎駒の顔を見てリアスは嬉しそうな表情をする。彼女からすれば幼い頃からの相談相手で遊び相手でもあり、一時はこの町の活動を支援していた信頼ある相手であったため、久しぶりに話をできたことはとても嬉しそうであった。

 

『ちょうど大一殿から今回の件についてお話を伺っておりました』

「また私に黙って連絡していたってことね」

「ヴァ―リチームがいるところでこの話はできないでしょうよ」

 

 肩をすくめながら大一は答える。さすがにこの正論に食って掛かるようなことはリアスもしなかった。

 

『しかし懐かしい顔ぶれですな。これで姫島殿もいれば、当時の懐かしさが一層のことですな』

「あー…そうね。ぜひまた皆で会いたいものだわ」

『楽しみですな。おっとそろそろ時間が…それでは姫、今度は直接お会いしましょう。大一殿、無理はなさらないように』

 

 少しまくしたてる様に炎駒は別れの言葉と共に通信を切る。彼の様子だけでルシファー眷属の忙しさがうかがえた。

 しかしそれでよかった。今の朱乃のことを考えればそこまで話を掘り下げるのは、リアスや大一としても避けたかったからだ。

 

「ふう…本当に朱乃が落ち着いたらまたこのメンバーで集まりたいものだわ」

「炎駒さんは朱乃さんのことをどこまで知っているんでしょうか?」

「正直、私もわからないわね。堕天使の件はもちろん知っているけど、詳しく知っているのはお兄様やグレイフィア以外はどうだか…もしかして大一もそのくらいだったかしら?」

「まあ…そうですね。だから知っておきたいんです。あの人とバラキエルさんの関係については」

 

 大一としては朱乃の過去を聞くにあたり、一番信頼できる人物を挙げるとしたらリアスしかいなかった。もちろんアザゼルやサーゼクスから聞くこと自体はやぶさかではないが、付き合いの長さを考えると彼女の口からが客観的でないにしろ一番朱乃のことを考えたものであることを。

 リアスの方も真実は朱乃の口から話すのが一番だと思う反面、大一に伝えることは自分の役目だとも思った。

 大一の言葉にリアスは一瞬言葉が詰まった様子を見せるも、周りに誰もいないことを確認すると、朱乃のことを話し始める。

 

「…悲しい記憶よ」

 

 日本のとある筋で名家であった姫島家の巫女…姫島朱璃という女性が、ある日手負いの状態であったバラキエルと出会ったことが始まりであった。看病して共に過ごすうちに2人は恋に落ち、やがて朱乃が生まれて、慎ましくも幸せな生活を送っていた。

 だがこの事実が姫島家の親族に知られると、朱璃が堕天使に操られたのだと有名な術者がけしかけられる。この時はバラキエルが退けたものの、その術者たちは後に堕天使の敵対勢力にその居場所を教えていた。運の悪いことにバラキエルが不在であった時、敵対勢力が彼女たちの家を襲撃した。朱璃が命がけで朱乃を守ったおかげで彼女は助かったが、バラキエルが急いで戻ってきた時は全てが手遅れであった。

 襲撃の時、朱乃は目の前で母を失い、同時に堕天使がどれほど憎むべき存在かを襲撃者たちが語った。彼女にとって堕天使への印象が最悪になったのはそれからであった。

 そんな感情を抱えたままに彼女は天涯孤独の身で放浪し、リアスと出会った。

 

「…そんなことが」

 

 すべてを聞き終えた大一がようやく絞り出した言葉はとても弱々しかった。朱乃の過去を正確に知った時、以前の彼女のことを思い出した。リアスがいる場で堕天使のハーフであることを初めて教えてもらった時のこと、彼女が一誠に受け入れられるか不安であったこと、神社での告白、ソーナとの試合前、そして先日のバラキエルとの再会…思い出すほどに彼女がいかに不安を抱えて過ごしていたのかを深く知った。

 それを知るほどに大一は自分を責めた。今までの自分の言葉がどれほど薄っぺらいかということを思い知らされたのだ。彼女の支えたい、その信頼に応えたい、それを分かっているのに自分は行動をこれまで起こせなかった。ましてや、朱乃の過去が想像を超えるものであったことを知らずに、わかったつもりで接していたことにも内心苛立った。

 リアスはそんな大一を察してか、彼に声をかける。

 

「私と出会って朱乃は以前よりも明るくなったわ。悪魔としての第二の人生が彼女にとって大きなものであったと私は思うの。それに仲間たちと出会ってからは堕天使の印象も少しずつ変わっている。あなたもそれはわかっていると思うわ。お母様の件だってどうしようもないことだってわかっているはず…でもそれを受け入れられるほど彼女もまだ強くないのよ」

「…俺の中ではあの人はいつも強い人でした。いざという時に背中を任せられる信頼のおける人…でも俺はなにも知らなかった。無責任な言葉と態度だけで、あの人の力になろうと思い上がっていました」

「だったら、あなたはどうして私に彼女のことを聞いたの」

 

 リアスの言葉に大一はつばを飲み込む。上手く説明できないと一瞬思ったが、自分でも不思議なほど言葉を紡いでいた。

 

「…朱乃さんがバラキエル様に対して決してよい感情を抱いていないと思っていました。でもバラキエル様には間違いなく愛情がありますし、朱乃さんがそれに気づかない人だとは思えません。あの時の反応は感情的でしたから。なによりも本当に心の底から憎いなら、光の力だって受け入れなかったはずです。だから俺は朱乃さんのことを知れば、あの人のためになにかが出来ると思ったんです」

「やっぱりあなたはしっかり彼女を見ているじゃない。直感的なものだけではなく、彼女と一緒にいたあなただからこそ強いところも弱いところも知っているのよ」

 

 リアスは大一の両肩に手を置く。その手に込められた力は彼女自身が目の前の男への信頼を示していた。

 

「朱乃のこと、あなたに任せたいの」

「アザゼル先生には真逆のことを言われましたけどね」

「それは私達の関係性を把握しきれていないだけよ。2人を眷属にした日から信頼という点であなた達を疑ったことなんてないんだから」

 




多分、こういう立場の眷属居たらリアスはしっかりフォローを入れてくれるとは思うのです。


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第65話 決めた覚悟

正しいかわからないが、必死に行動するタイプの主人公は好きです。


 翌日、大一達は学校に行かず地下の大広間に集まっていた。ロキとの対策が必要なため、学校には代わりに使い魔が変化して登校している。兵藤兄弟は使い魔がいないため、他のメンバーの使い魔が代わりに向かっていた。大一は自分に使い魔ができない理由について、根本的に懐いてもらえない性質との指摘を受けたが、今にして思えばディオーグの異様さを本能的に察しているのかもしれない。

 全員が落ち着いたところで、アザゼルが咳払いをして話し始める。

 

「あー、作戦の確認だ。まず、会談の会場で奴が来るのを待ち、そこからシトリー眷属の力でお前たちをロキとフェンリルごと違う場所に転移させる。転移先はある採掘場跡地だ。広く頑丈なので存分に暴れろ。ロキの対策の主軸はイッセーとヴァ―リ。二天龍で相対する。フェンリルの相手は他のメンバー───グレモリー眷属とヴァ―リのチームで鎖を使い、捕縛。そのあと撃破してもらう。絶対にフェンリルをオーディンのもとに行かせるわけにはいかない。あの狼の牙は神を砕く。主神オーディンといえど、あの牙に噛まれれば死ぬ。なんとしても未然に防ぐ」

 

 アザゼルの確認に皆が気を引き締める。相手は神…その実力は予想もつかなかった。そのためにも対策はきっちり打ってある。ミドガルズオルムからの助言から知ったロキ対策のための武器として北欧の神であるトールの持つ武器「ミョルニル」のレプリカを一誠が装備し、さらに鎖はダークエルフ製と道具においては万全を期していた。

 さらにアザゼルは今回の戦いで匙も当てにしており、彼に一誠とヴァ―リのサポートを任せようとした。五大龍王のヴリトラの力が必要らしい。ということで、彼は強引にグリゴリの研究機関へと連れていかれた。

 

「匙、先生のしごきは地獄だぞ。俺も冥界で死にかけたし。しかも研究施設だ。おまえ、死んだな」

「はっはっはー。じゃあ、行くぞ匙」

「マジかよ!?た、助けてぇぇぇぇっ!兵藤ぉぉぉぉっ!会長ぉぉぉぉっ!」

 

 泣き叫ぶ匙の声が大広間に響いていった。

 だがこれにいちいち反応する暇は、大一には無かった。彼はちらりと朱乃とバラキエルに視線を向ける。これからやることに不安と後悔がつきまとうのは予想できたが、それでも彼は実行する決心があった。

 そんな彼とは対照的に、ディオーグは珍しくゲラゲラと笑っていた。

 

(因縁のライバルが侮辱されて泣いていやがるよ!アホらしい!)

(…お前、そういうので笑うんだな)

 

 ドライグとアルビオンの会話で爆笑していることと彼らの会話が聞こえていることに驚きつつ、大一はこれからやることに気持ちを引き締めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 作戦確認を終えて解散した後、大一はバラキエルがひとりになったところを狙って彼に接触していた。

 

「バラキエル様、お願いします。朱乃さんと話してほしいんです」

 

 誰もいない廊下で、大一はバラキエルに頭を下げる。その様子にバラキエルは疑いの目を向けていた。不信と失望、彼の目の前の頭を下げる少年に抱いた感情であった。

 

「もとより私はそうしたいと思っている。しかし朱乃はそうもいかないだろう」

「俺が説得します。なんとかお二人で話す場を作ります」

「余計なことはしなくていい」

 

 バラキエルは大一に対してきっぱりと言い切った。目の前の男は何様のつもりであろうか。そんな想いがバラキエルの中で膨らんでいく。アザゼルから聞いた話では、娘の朱乃と共に数年間リアス・グレモリーを支えてきたようだ。ルシファー眷属である炎駒の弟子であることも知っている。もっと言えば、朱乃が彼とデートをしている場面に鉢合わせした上に、先日の態度から見ると彼女が並々ならぬ信頼を置いている人物であることもわかる。

 だがバラキエルにとっては、決して肯定したい男ではなかった。真面目ではあるかもしれないが、保守的で不安定な印象がある。実力は突出したものはなく、むしろ赤龍帝や聖魔剣使いなど将来が有望な人材が多い中ではどうしても見劣りする。朱乃との付き合いも長いとはいえせいぜい数年であり、百年、千年単位では誤差程度の範囲だ。

そしてもっとも許せないのは数か月前に「犠牲の黒影」という神器に憑りつかれて仲間を危険にさらしたことであった。この神器がどういうものかはバラキエルもよく知るところであったが、あわや全滅寸前まで仲間を、娘を追い詰めたのは看過できない。加えて、現在は正体不明の龍と同化しているというのだから、失敗から何も学んでいない印象すら受ける。そんな男にいきなり朱乃のことで、話をされても前向きにとらえることが出来ないのは当然であった。

 

「私はキミを信用していない。朱乃のことを任せたいと微塵も思わない。だからこの件は終わりだ」

 

 それだけ言い残すと、バラキエルは踵をかえす。

 だが大一もこれで引き下がるつもりは無かった。アザゼルの話を聞いた時から、苦しみを抱えているのが彼女だけではないことを知ったからだ。

 

「俺はバラキエル様にも救われてほしいんです」

「思い上がるな!キミに理解してもらおうとは思わない!」

 

 バラキエルは大一を脅すように睨みつけた後に、再び歩を進める。彼自身も想像以上に声が荒くなってしまったのがわかる。朱乃が大一に信頼を置いているのを認めたくない、その感情を直接的に出してしまったことを後悔した。同時にあの必死さがかつての自分に重なるようにも見えてしまったことに深く自己嫌悪するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一は去っていくバラキエルを追おうとはしなかった。自分の立場をわかっているため、この反応も予想していた。

 それでも彼を説得するには正面から話すしかないと思った。小細工云々が通用する相手とは思えなかったし、この働きかけで少しでも彼が朱乃に対して話しに行こうと考えれば御の字であった。

 どの道、朱乃を説得する必要があると思った大一は彼女の部屋の階層へと向かう。リアスが狙ったのかはわからないが、自分の部屋と同じ階層であった。だが彼女は自分の部屋にはおらず、大一の部屋の扉の前の壁に寄りかかっていた。

 

「どうかした?」

「あなたを待っていたの。その…一緒にいたいの」

 

 答えるなり彼女は体を預けるように大一に抱きつく。いきなりの行動に面食らいながらも、動かずに彼女を支えた。

 

「朱乃さん、誰か来たらマズいって…」

「私がこうしたいの。お願い」

 

 声が震えていた。ソーナとの試合前に見せた甘い声はもちろん、神社で大一の心の扉を開けた時のような悲哀に満ちた声とも違う。自分の感情に折り合いがつけられずにもがき苦しんでいる印象を受けた。

 いつまでもこうしていられれば彼女は救われるのだろうか。アザゼルの言う通り、一緒にいるだけで彼女は再び笑うだろうか。しかし…。

 意を決して、大一は朱乃をゆっくりと引き剥がすと彼女に目を合わせる。

 

「朱乃さん、バラキエル様と話そう。俺も一緒にいるから」

 

 バラキエルの名前を出した瞬間に、朱乃の表情が曇る。視線もどことなくバラキエルを彷彿させるようなものであり、その表情だけで胸が締め付けられる思いだが、大一は言葉を続ける。

 

「朱乃さんとバラキエル様の間にあったことは聞いた。どれほど難しい関係なのかも…でもだからこそしっかり話す事が必要だと思う。だから───」

「やめて、そういうの…。私はあの人に憎しみしかない。だってあの人のせいで私は…母様は…!」

「でもバラキエル様は朱乃さんのことを───」

「あの人の肩を持つの!?私は大一となら…もういい」

 

 突き放すように大一から距離を取ると、朱乃は自分の部屋に戻っていった。最後に向けられた視線は鋭く突き刺さるような批判的なもので、残された大一は大きくため息をつく。

 

「ハァ…やってしまった…」

 

────────────────────────────────────────────

 

 朱乃は扉を閉めると、そのまま崩れ落ちるように座り込む。すっかりうなだれており、ぐっと唇をかむ。

 出来ることなら大一にはバラキエルのことを触れて欲しくなかった。彼への信頼や気持ちは嘘ではない。一緒にいてくれるだけで安心したし、抱きしめてくれるだけでその苦しさを忘れていくような想いであった。

 そう、忘れたかったのだ。母を失った悲しみを、苦しみを、もっと言えば父への憎しみすらも…。バラキエルに対しての感情は自分でもわからなかった。ただ彼と話せばわかるはずなのに、その一歩が踏み出せない。これからもその一歩を踏み出せるとも思えない。大一が一緒にいたところで変わるとは…。

 「犠牲の黒影」の事件の後やソーナの試合の前が思い出される。共にリアスのために戦ってきた信頼と最近意識し始めたその感情…互いに苦しみを一緒に抱えてきた男が、自分を傷つけようとしていたわけがないことなど分かっていた。だからこそあの感情的な態度を取ってしまったことを後悔していた。

 

「可愛くない…」

 

 ぼそりと呟くと、朱乃は静かに涙をこぼす。その姿は心を支えてくれる男が見ることは無かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

(お前、バカだろ。あの堕天使小僧の言うことを聞いてた方がよかったんだよ。こんなことで貴重な時間を無駄にしやがって)

 

 その日の夜、部屋に戻った大一はディオーグ相手にうだうだと文句を言われていた。結局、この日はなんとかして朱乃やバラキエルと話そうとしたが、2人とも取りあおうとはしなかった。バラキエルの方はまだ言葉を交わすものの、朱乃に関しては完全に無視されていた。

 

(だいたいあの女は、自分で言っていたじゃねえか。父親のことだって本当に嫌っているんだろ)

(そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ)

(不確定でこんな行動を起こすのなら、バカの極みだな。赤髪女の言うことを真に受けているんじゃねえよ)

(俺はリアスさんに頼まれたからそうしたわけじゃない)

(じゃあ、なおさら干渉する必要がねえだろ。あいつにお前が何をしたっていうんだ。血縁も無いようなただの女だぞ)

(惚れたんだから、仕方ないだろ!)

 

 ディオーグに対して、苛立つように胸の内を吐露する。胸が苦しく、体が熱くなっていくのがわかった。

 

(お前は知らないけどな、俺はあの人に救われたんだよ。あの人のおかげで初めて自分の背負っていたものを下ろせたんだよ。あの時…まるで先が見えない暗い道で、ようやく光が見えたんだ)

 

 頭を抑えながら、大一はディオーグに言う。今でもあの頃の感情は忘れられない。不安、嫉妬、嫌悪などの悲観的な考え方は彼の中に根付いていると言っても過言ではなかった。しかし「犠牲の黒影」に憑りつかれたあの事件で、朱乃が彼に理解を示し、心の扉をこじ開けてくれたことで、ようやく前に進むことが出来るようになったのだ。

 だからこそ朱乃のことはただ安心させるだけでなく、背負ったものを払拭し心の底から笑って欲しかった。同時にこの件で同じように悩むバラキエルやアザゼルも救われてほしかった。これを大一は優しさだと思っていない。所詮は自分が勝手に期待しているだけの、自分本位な想いであるからだ。

 

(それでお前が嫌われてもか?)

(あの人が心から笑えるなら、俺はいくらでも嫌われていい。俺は自分が笑うよりも、あの人に笑って欲しいんだよ)

 

 大一の固めた決意を聞くと、ディオーグは苛立ったように言葉を放つ。

 

(だからくだらねえんだよ。愛だの情熱だの、感情に左右されているから弱いんだよ)

(お前はどうしてそこまで心の力を否定するんだ?たしかに戦いにおいて直接的なものは無いかもしれないが、それが支えになることだって───)

(それがわかっていねえんだよ!お前も、お前の仲間や戦ってきた奴も!負けた奴は心が弱いから負けたのか?そうとは限らないだろ!戦いの場に立つ以上はな、誰でも最低限の覚悟を持っているんだ!その前提条件を満たして、初めて「戦い」と言えるんだ!それなのにお前らは気持ちが強いから勝っただ、命がけだからこそ強いだ…たったひとつの要因程度で騒ぎやがって!以前も言ったが、すべてをひっくるめての戦いなんだ!だからこそ戦いで勝つことってのは、これ以上なく高尚かつ力を持つことの証明なんだよ!)

 

 ディオーグの声は今まででもっとも荒々しかった。彼の言う強さのこだわりは揺るぎなく、同時に強烈な衝撃を与えたかのように大一の心を震わせた。

 

(それなのにてめえはうじうじと…!お前の修行量が誰よりも多く、経験値も高いことは融合してわかった。それなのにどうしてお前は覚悟を決められねえ!他の奴がどんどん強くなっているからって、どうして自分の持つ力を信じられねえ!)

 

 言いたいことを言うと、ディオーグは引っ込んだ。朱乃のこと、バラキエルのこと、そしてディオーグのこと…自分が真摯に話に向き合っていたら、早く解決できただろうか。いや土台無理な話であろう。無理な話だからこそ、ディオーグの言葉を聞いた今の大一には自分がどうするべきかを改めて考えるのであった。

 




ヒロインとの好感度を数値化したらダダ下がりしていそうだと思いました。


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第66話 立場の理解

一歩踏み出すために、前回で一回失敗しているような印象です。


 早朝、大一はいつものトレーニングしながら考え込んでいた。前日、朱乃とバラキエルへの対応は後悔ばかりであった。ことを急ぎすぎていたのは否定できない。神との戦いを控えているだけでなく、朱乃とのデートや突然のバラキエルとの出会い、過去の真実を知ったことなど様々な要因が大一の気持ちを前のめりにさせていた。

 さすがに一日経てば彼も冷静になっていたが、こんな時に限ってその話題を掘り返らせる相手はいるものであった。

 

「なあ、兄貴。朱乃さんのことどこまで知っていたんだ?」

 

 汗を拭いながら一誠が、錨を振る大一に問う。前日にミョルニルの使い方をリアスと確認していた時に、グレイフィアが報告の書類を持ってきたタイミングで、彼女らから朱乃とバラキエルの関係について詳細を聞いていた。それが理由なのか、早朝に大一がトレーニングをする時間を見計らって、合流して共に動きながら話を振ってきた。

 

「俺も2人の関係性があそこまで根深いものだと知ったのはごく最近だ」

「うーん、やっぱり兄貴でもそうだったのか。バラキエルさんってそこまで悪い人じゃなさそうだから、なんかもどかしい感じがするんだよな。アザゼル先生も悪気があったわけじゃなかったしさ」

「同意はする。俺は互いに話をつけられたら一番だと思ったんだがな」

 

 首をひねる一誠には目を向けずに、大一は答える。後で聞けば、当時バラキエルのことを緊急で招集したのはアザゼルであった。思えば、彼が朱乃を気にかけていたのは親友の娘というだけでなく、彼なりに負い目があったのは疑いようもない。そういう意味ではいまいち信頼の欠ける大一には余計なことをしないように釘を刺してきたのは当然であった。

 だからこそ、本音を伝えられれば少しは確執も減ると考えていたが、その場を取り付けることはできなかった。

 

「それで俺にこの話をした理由は?」

「いやー、兄貴だったら何とかできないかなって。そもそも兄貴が知っていたら、もっと早く行動していたと思うんだけどさ」

 

 その言葉に、大一は口内で歯を食いしばる。一誠は自分のことをなんだと思っているのだろうか。たしかに彼の言う通り、もっと早く知っていればこの確執を解決しようと動いていたかもしれない。しかしそれで解決するとは限らないし、そもそも大一自身が行動していたかは懐疑的であった。悪魔としての価値観や振る舞いを学んできた。それは下僕として、リアスの品格を落とさないためにも必要なことであった。そんな彼が同盟が組まれる前に種族の垣根を越えてまで、行動に踏み切れていたかはわからなかった。ある意味、ことを急いでいるのはもっと早く朱乃の重荷を降ろせたかもしれないという考えゆえだろうか。

 

「お前は俺を過大評価しすぎだ」

「そうか?だってみんな兄貴のこと信じているし、強いしで頼りになるよ」

「そのわりに、前にヴァ―リに越えたい相手を聞かれた時に俺の名前を出さなかったな」

「いや俺にとっての兄貴ってそういう人じゃないんだよ。なんていうのかな…ここぞという時でも常に下から支えてくれるような頼りになる人っていうか…」

(つまりお前は眼中に無い、一生の日陰者ってことだろ)

(ひねくれすぎだろ、その考え方…)

 

 一誠が言葉を考えている最中のディオーグの一言に大一は戸惑う。さすがにそこまでマイナスな方向には考えなかったものの、一誠の言葉に懐疑的になるのは仕方なかった。リアスを筆頭に多くの仲間達の心を救っている弟から賞賛を受けても素直には受け取れない。同時に自分では行動を起こしても彼のように上手くいかないだろうとも考える。そんな性格に我ながら面倒くさいと思ってしまうものであった。

 

「俺でもどうしようもできないことは、いくらでもあるんだ。まあ、それでもやることをやるだけだな」

「…兄貴も割り切り良い方だよな」

「そんな性格だったら、あの最低神器に目をつけられなかったと思うけどよ」

「まあ、俺は赤龍帝の方が強いと思うがね」

 

 兵藤兄弟の話にいきなりヴァ―リが介入してきた。歩きながら彼らに近づき、その表情はどこか楽しげにも見えた。

 

「何の用だ?」

「俺は兵藤一誠が早朝に動いていたのが気になっただけさ」

「一誠、お前が相手してやれ。俺はコイツと話す気はないぞ」

「おいおい、兄貴。そこまで邪険にしなくても…」

「それに俺はキミとも直接話したいと思っていたんだよ、兵藤大一」

「俺と?」

 

 ヴァ―リはニヤリと挑発的に笑いながら、大一を見る。この類の期待は碌なことであった経験はなかった。

 

「正直、黒歌から話を聞いた時に俺は期待したんだよ。キミの中にいるドラゴンのことをね。禍の団では半分眉唾物としか思われていないようだが、俺は真実だと思った。かつてグリゴリにいて何度かアザゼルやコカビエルの研究も目にして、アンクと呼ばれる力が二天龍や五大龍王の近くに何度か出現していることを知っていたからな。それにこれまでとはまるで違う成長の仕方をしている赤龍帝の兄という立場だからな。その特異性には運命的なものを感じたんだ」

 

 ヴァ―リの言わんとすることが大一には何となくわかった。どれだけ理由をつけても彼にとっては最後の言葉が本質なのだろう。自分なりの白龍皇としての価値観を持つ彼にとって、大一の存在は赤龍帝関連の気になる要因でしかないのだ。

 

「実際は期待外れだったが」

「ディオーグが無名のことがか?」

「それ以上に、キミ自身だよ。強さに貪欲になれず、かといって赤龍帝の彼のように特殊な成長は見込めない。ドラゴンとしての誇りもまるでない」

 

 すでに予想されていた言葉であった。同時にヴァ―リは本当に強い相手にしか興味が無いのだろうとも思った。

 

「なぜ兵藤一誠のように強くなろうと思わない。俺にはそれが不思議で仕方ないんだ」

「あのな、ヴァ―リ。兄貴だって───」

「一誠、俺をフォローしなくてもいいよ。実際、俺は決心しても口だけなんだからな」

 

 錨を振る手を止めた大一はヴァ―リを見据える。何度も同じように思われている視線を見てきた。リアスの下僕になってから自慢できるものがひとつも無かったからこそ、わかりやすい才能や特別性が無かったからこそ、向けられてきた感情だ。

 しかし彼にもある自尊心と前日のディオーグの言葉が、大一に言葉を発せさせた。

 

「俺は強くなろうと思って望み通りに成長できるような特別さはない。気持ちひとつ、努力ひとつで成長できるほど強くない。だからってそれをそのまま受け入れるつもりはない。修行、経験、得た才能…全部含めて強くなってやるさ。それこそ二天龍以上にな」

 

 大一の言葉にヴァ―リはおろか、一誠も驚いたような表情を見せる。彼の口から強さについての考えが出てきたことが意外なのだろう。その衝撃を感じたような表情は前日の自分を思い出させた。ディオーグの考えすべてに感化されたわけじゃない。しかし自分の強さに限界を感じる以上、必死さが足りないことを思い知らされた。今の大一にとってディオーグの強さの考え方は、自分の強さへの想い、炎駒に言った決意に近づくために必要だと感じたのだ。

 

「だったら期待しているよ」

 

 想像以上に強さへの貪欲性を確認できたヴァ―リは少しだけ満足そうに表情を変えるとあっさりと去っていく。

 彼の後ろ姿と大一の発言にディオーグは満足そうにしていた。

 

(ちょっとはわかってきたじゃねえか、小僧。次の戦いに少しは自信あるのか?)

(…お前の言葉が俺にとってそれくらい重かっただけだよ)

(だが俺の強さは乳龍帝やらケツ龍皇とかよりマシだろ)

(待て、ケツ龍皇ってなんだよ?)

(昨日、お前がいろいろ動いていた時に赤白小僧達が、ジジイ神にそう言われているのが聞こえたんだよ)

(うーわ、知りたくなかったその事実…)

 

 大一がげんなりと顔を下に向ける一方で、一誠はヴァ―リの後ろ姿を見ながら誰に言うでもなく言葉を紡ぐ。

 

「兄貴があそこまで言うの意外だったな」

「…頑固なだけだ」

 

 大一はそう言うと、再び錨を振り始める。しかし頭の中では自分に出来ることを再び考えていた。強さにしても、朱乃に対しても…。

 

────────────────────────────────────────────

 

 決戦の日ではあったが、この日は彼らは学校に来ていた。部活動の時間に学園祭の出し物を決めるためという傍から見れば変哲もないものであったが、彼ら学生にとっては重要なことだ。

 そしてこの日、大一は昼休みを利用して人気のないところで朱乃に会っていた。前日の件で彼女に謝るためだ。

 

「昨日は本当にごめん。朱乃さんの気持ちをないがしろにしていた。俺の身勝手さで傷つけてしまった」

「…そこまで謝ってもらわなくてもいいのに。大一が私を傷つけるつもりがなかったのだって…」

「悪意が無いからって、人を傷つけていい理由にはならないよ。大切な人には尚更だろ」

 

 大一の言葉に朱乃は一瞬体が震える。そして彼に向けた表情は深い悲しみに包まれていた。

 

「優しくしないで…」

「…朱乃さん?」

「一緒にいてくれるだけでよかった。あなたが私を受け入れてくれることがわかっているから。でもあなたが私のことを考えて行動すると、私は見たくないものを見てしまうの。本当はいつか直面しないといけないとわかっていても…それがイヤだから…あなたに甘えて感情的になってしまう。あなたに遠慮なく私の醜いところを見せてしまう…」

 

 言葉を繋ぐたびに朱乃の目からは涙がこぼれ落ちていった。前日の件をどれほど後悔したのだろうか。バラキエルとの関係をどれほど悩んでいたのだろうか。リアスの言う通り、彼女自身もどこかで理解していた。母のこと、バラキエルのこと…それが仕方ないことを。しかしそれをどうしても受け入れられず、同時にこの件に恋心を抱く男性まで関わられると穏やかでいられなかった。

 

「私は大一を嫌いになりたくない…でもあなたに甘え続けて辛くあたっていたら、いつかそんな感情が芽生えてもおかしくない。そしてなによりも…あなたが私を嫌いになるかもしれない…!」

 

 朱乃は苦しそうに胸を抑えながら、自分の想いを吐き出す。愛する人たちをこれ以上失いたくない、自分への信頼や愛情を手放したくない、弱くて身勝手な考え方なのは重々承知していたが、それほどいっぱいいっぱいであった。

 大一はそんな彼女の様子を見ると、静かに近寄って彼女を抱きしめた。初めて彼の方から抱きしめられたことに朱乃は驚きつつ、その優しい力に心が締め付けられるような、温かくなるような矛盾した感覚が駆け巡った。

 

「嫌いになった時はその時だよ。朱乃さんがそう思ったならそれでいい。代わりに俺は朱乃さんを嫌いにならない。あなたが俺を嫌っても、他の人を愛しても、あなたの支えとして助けるから」

「どうして…そこまで…」

「朱乃さんからだよ。俺の弱いところを受け入れてくれたのは。だから救ってくれた人を、俺は助けたいんだ」

 

 朱乃は何も言わず、ただ大一の胸の中でボロボロと涙をこぼす。どこまでも熱く、苦しみの感情が洗い流されてくような気持ちであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「おっぱいメイド喫茶希望です!」

「却下」

 

 一誠の提案に、リアスはすっぱりと言い放つ。あと数時間で決戦の時刻なのに、いつもの調子の弟に呆れを超えて、大一はただあるがままを傍観していた。

 

「でも、そうなると他の男子に部長と朱乃さんの胸を見られてしまうんだよ?」

「…くっ、無念だ。これじゃ、おっぱいお化け屋敷も無理か…」

「…そんなことを考えていたんですか、どスケベ先輩」

「お前、本当に悪い意味でぶれないな」

 

 祐斗の言葉に、衝撃を受けてうなだれる一誠に、小猫と大一が呆れる。もはやオカルト研究部の様式美のような面すら感じられた。

 そもそもの話、一誠の案に従おうものなら生徒会や教員に差し止めを喰らうのは想像に難くなかった。もっともオカルト研究部最大の特徴が、学園大人気の女性陣のレベルの高さ、男性陣の多様な理由での知名度の高さと、オカルトにまるで関係の無いものばかりであったため、彼の提案は間違いなく人気になると思われるが。

 そんな中、一誠とギャスパーのちょっとした発言が一瞬だけ場を盛りあげる。

 

「…オカルト研究部の女子、誰が一番人気者か、とか?」

「二大お姉さまのどちらが人気か気になりますぅ」

「「私が一番に決まってるわ」」

 

 リアスと朱乃が同時に主張する。親友でありながらも相手には負けたくないこの関係性は不思議でありながらも強い信頼関係を証明しているように見えた。

 多少、持ち直したとはいえ、朱乃の感情は計りかねた。リアスと口論(大一としてはどことなく楽しんでいるようにも見えた)していたが、彼女は自分の感情を隠す事には長けている印象もあったからだ。だが仮初でも彼女らしさを目の当たりにすると、安心を覚えてしまう。

 結局なにをやるか決まらなかった中、部屋の隅でずっとお茶を飲んでいたアザゼルが窓の外を見て呟く。ほぼ同時に部活終了のチャイムが鳴り響き、全員が気合いを引き締めた。

 

「…黄昏か。神々の黄昏(ラグナロク)にはまだ早い。───お前ら、気張っていくぞ」

『はい!』

 




何気にオリ主も少しずつですが、アプローチすることが増えてきた気がします。


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第67話 神との総力戦

ロキの実力はもちろん、関連者含めて便利なキャラすぎる気がします。


 すっかり日が落ちた夜、そんな時間では風の音が聞こえる高層ビルの屋上はかなり冷えた。オーディンの会談はこのビルで行われることになっていた。すでに周りのビルの屋上にはシトリー眷属も控えており、ロキの登場を待つだけだ。

 残念ながらアザゼルはオーディン仲介役のためこの場にはいなかったが、その穴を埋めるようにバラキエル、タンニーン、ロスヴァイセと強力な戦力がいる上に、今回はヴァ―リチームもいる。さらに戦うメンバーにフェニックスの涙が支給されており、回復面でも強化されていた。これほどのメンバーと準備でも盤石さを感じないのは、それほどロキという相手が強力であるからだろう。

 

「時間ね」

 

 リアスが腕時計を確認して呟く。会談が始まる時間であった。そうなれば、ロキが現れるのも近いと思われるが…

 

「小細工なしか。恐れ入る」

 

 苦笑い気味のヴァ―リの視線の先には空間がゆがみ、ロキとフェンリルが現れた。真正面からの登場に驚きがあるものの、バラキエルが耳につける小型通信機で全員に作戦の決行を伝える。

 シトリー眷属による巨大な魔法陣が一帯に展開され、その光がロキを含めた全員を包んでいく。

 

(…ありゃ、気づいているな)

 

 ディオーグが呟いた言葉に大一も納得した。光で転移される直前のロキの余裕たっぷりの笑み…彼がわざわざこの状況を受け入れていることに説得力があった。

 転移された場所は古い採石場跡地であった。大きく広がる土地に無骨な岩肌しか目に入らない、暴れるのにはうってつけの場所であった。

 

「逃げないのね」

 

 リアスの一言すらもあざけるように余裕たっぷりの笑みをロキは浮かべる。

 

「逃げる必要はない。どうせ抵抗してくるのだろうから、ここで始末してその上であのホテルに戻ればいいだけだ。遅いか早いかの違いでしかない。会談をしてもしなくてもオーディンには退場していただく」

「貴殿は危険な考えにとらわれているな」

「危険な考え方を持ったのはそちらが先だ。各神話の協力などと…。元はと言えば、聖書に記されている三大勢力が手を取り合ったことから、すべてが歪み出したのだ」

「話し合いは不毛か」

 

 無駄だとわかり切っていた交渉の決裂が決定づけられると、バラキエルは雷光を手にまといさらに堕天使の翼を展開する。

 一方、一誠とヴァ―リも同時に禁手を発動させ、強力な鎧に身を包んだ。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!』

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!』

「これは素晴らしい!二天龍がこのロキを倒すべく共同するというのか!こんなに胸が高鳴る事はないぞッ!」

 

 歓喜するロキを相手に、一誠とヴァ―リが仕掛ける。高速で動くヴァ―リを追尾する光の帯をロキは撃ち出し、それは一誠にも襲い掛かる。華麗に避けるヴァ―リに対して、強引に一誠は突貫していった。何度も倍加させて弾丸のように鋭い突撃で幾重にも張られた魔法陣を破ると、そのまま上からヴァ―リが魔力と覚えたての北欧の魔法を合わせた大規模な一撃を叩きこむ。巨大なクレーターをも作り出す一撃であったが、受けた本人は高らかに笑っていた。

 

「ふははは!」

 

 ローブは多少破れているものの、まるでダメージを感じさせない様子には神という存在の兄弟さを見せつけられた気持ちであった。

 そんな相手に、今度は一誠から仕掛ける。ロキ対策のために借りたレプリカのミョルニルを両腕で持って突きつけた。

 その様子にロキは驚きと言葉に出来ないほどの苛立ちを表情に見せた。

 

「…ミョルニルか。レプリカか?それにしても危険な物を手にしている。オーディンめ、それほどまでに会談を成功させたいか…ッ!」

 

 一誠は重そうに持ちながらも、背中のブーストを噴かせて狙いを定めてそのレプリカを振り下ろす。しかしロキには避けられて、それどころか特効となるミョルニル特有の雷も出てこなかった。

 

「残念だ。その槌は、力強く、そして純粋な心の持ち主にしか扱えない。貴殿には邪な心があるのだろう。だから雷が生まれないのだ。本来ならば、重さすらも無く、羽のように軽いと聞くぞ?」

 

 ロキの指摘に大一は思わず額を叩く。ここまでぐうの音も出ないほど納得させられたのは久しぶりであった。

 そして同時にロキの実力にも警戒が強まっていく。禁手状態の赤龍帝と白龍皇のコンビネーションをまるで苦にもしていないのだ。これでフェンリルが投入されると戦況がどう動くかが想像もつかなかった。

 

(わかっていたがまるで手を出せねえ…)

(お前らのくだらない作戦に従うのなら予定通りだろ。動くのはもっと先だろうしな。それとも今さら無力感を抱くのか?)

(そういうわけじゃないだ。不安はあるけどな。俺が気になるのはここで一誠とヴァ―リを消耗させるのが不安なんだ。ロキといえば、その知能は各界でも有名だ。先日圧倒したとはいえ、その時と同じ戦力で来るとは思えないんだ。つまりまだ隠し玉を持っているはず…)

 

 大一はディオーグとの会話を切り、全身に魔力を集中させ、さらに「騎士」へとプロモーションを果たす。フェンリルがゆっくりだが動き始めたのだ。

 

「───神を殺す牙。それを持つ我が僕フェンリル!一度でも噛まれればたちまち滅びをもたらすぞ!おまえたちがこの獣に勝てるというのならばかかってくるがいいッ!」

 

 だがそれこそが狙いであった。リアスの合図と同時に黒歌が自分の周囲に魔法陣を展開させた。魔法陣からは魔法の鎖…グレイプニルが出てきて、手の空いている全員でフェンリルに向かって投げつける。ロキとしてはこの鎖の対策はとうの昔に取っていたようだが、ダークエルフによって強化されたその鎖はあっという間にフェンリルに絡みつき自由を奪っていった。

 

「───フェンリル、捕縛完了だ」

 

 すっかり捕らえられたフェンリルを見て、バラキエルがピシャリと言い放つ。予定通りかつスムーズに決まった。もっとも厄介であったフェンリルを封じたのは、この戦いにおいて大きなアドバンテージであった。

 だが油断はできない。相手は悪神の名を冠するロキともあれば、これだけで手札が切れたとは思えなかった。

 そして間もなく大一は自分の予想が当たっていたことを知るのであった。

 

「スペックは落ちるが───スコルッ!ハティ!」

 

 ロキの両隣の空間がゆがむとそこから別のフェンリルが2匹も現れた。なんでもフェンリルの子どもに当たるようで、身体能力などは劣るものの厄介な神殺しの牙は健在であった。

 

「さあ、スコルとハティよ!父を捕らえたのはあの者達だ!その牙と爪で食らい千切るがいいっ!」

 

 ロキの指示のもとに2匹の狼が一斉に動き出す。片やグレモリー眷属に、片やヴァ―リチームに向かっていき、その口から禍々しい牙をのぞかせていた。

 タンニーンが牽制とは思えないほど強力な炎を吐き出すが、スコルとハティはまるで気にせずにその炎の中を駆けてきた。

 

(あの炎が効かない…だったら狙うとしたら顔の部分か)

(牙が近いから噛み殺されるかもな。どっちにしろお前じゃ、決定打に欠ける)

(つまり囮になればいいってことだろ!)

 

 大一は最大まで魔力を溜めて吐き出す。威力は相変わらず低いものの範囲はそれなりであったため、顔に命中した。もちろんダメージは見られない。

 祐斗やゼノヴィア、イリナが続くように斬撃を飛ばして牽制する。なんとか近づけさせないように距離を保ちつつ、彼らはリアスや朱乃、タンニーンの強力な遠距離攻撃で沈めたかった。しかし距離こそ稼げるものの、一向に敵は足を止めない。攻撃をよけ続け、わざと作った隙にものってこない。フェンリルの周辺をグルグルと動いているだけだ。

 

「埒が明かないな…!」

「大一さん、行きましょう」

「仕方ない。俺が前で注意を引く」

 

 大一、祐斗、ゼノヴィアの3人で突撃していく。口から吐き出す魔力を連射して上に飛び、敵の視界に自分が入るように動いていく。しかし一瞬だけ視線を動かすと再び頭を下に向けた。

 その視線は祐斗もゼノヴィアも見ていない。

 

「まさかッ!」

 

 リアスの驚いた声が聞こえる。相手をしていたグレモリー眷属全員が気づいたのだ。敵の狙いがフェンリルを捕らえる鎖であることに。

 近くにいた大一、祐斗、ゼノヴィアで一斉に得物を振りつけるが、相手は攻撃が当たる直前に大きく体を回転させて3人を薙ぎ払った。吹き飛ばされた3人は近くの地面に叩きつけられるが、ダメージはそこまででもない。むしろ危険なのは解き放たれたフェンリルの存在だ。

 

(あーあ、だから甘いんだよお前らは)

 

 ディオーグの呆れた声が聞こえる。間もなく捕らえられているフェンリルの姿が消えてヴァ―リの鎧を噛み砕いた。

 

「ふはははっ!まずは白龍皇を嚙み砕いたぞ!」

 

 哄笑するロキを無視して一誠はヴァ―リの救援にフェンリル目掛けてミョルニルを振り下ろす。しかしフェンリルの前足の薙ぎ払いに一誠の鎧は切り裂かれた。神殺しの牙だけではない。その爪の破壊力も間違いないものであった。

 

「ぬぅ!そやつらはやらせはせんっ!」

 

 2人の援護にタンニーンが動く。先ほどの牽制の炎とは格の違う強力な火炎球がフェンリルを襲うが、逃げる素振りも見せずにそれどころか持ち前のスピードでタンニーンの身体を爪で引き裂いた。

 幸い、奥歯に仕込んでいたフェニックスの涙を使うことで傷は癒えていく。窮地は脱出したが、五大龍王すらものともしない実力には舌を巻く想いであった。しかも敵は手を止めるつもりはなかった。

 

「ついでだ。こいつらの相手もしてもらおうか」

 

 ロキの足元に影が広がると、蛇のようにしなやかな身体のドラゴンが5匹も現れた。かの五大龍王の一匹であるミドガルズオルムの複製までロキは手にしていたのだ。5匹が一気に火を噴くが、対するタンニーンも強力な炎で応戦する。

 

「こなくそ!」

「防御にまわったら負けよ!攻めて!」

 

 グレモリー眷属とヴァ―リチームも子フェンリル2匹を相手に戦う。とはいえ、相手もフェンリルの血を引くだけあって強敵であった。バラキエルの雷光を受けてもものともせず、祐斗が聖魔剣を頭部に振るってようやく傷らしい傷をつけられた。

 

「ギャスパー!やつの視界を奪って!小猫はその瞬間に仙術の打撃をどこでもいいから入れてちょうだい!大一は牽制を続けて!」

 

 リアスの指示に、3人が動く。ギャスパーは大量のコウモリとなって目くらましをして、その瞬間に小猫が足に入れた仙術の打撃で相手の内部から崩そうとする。大一は小猫たちに注意が向かないように、魔力を何度も撃ち出していった。

 

(くっそ…!息が続かねえ…!)

(まったくお前の攻撃は羽虫が止まった程度だろうに…)

(それでも気をそぞろにするくらいできる…!)

 

 そうは言うものの、大一は胸を抑えながら息を荒くしていた。こんな戦い方をやってこなかった上に、何度も咳をしているようなものだから喉や胸が苦しくなっていく。

 しかし気の散った子どもフェンリル相手にゼノヴィアの2つの聖剣による強力な波動や、祐斗の聖魔剣で脚部をズタズタに切り裂くことで、間違いなく押し込んでいる実感はあった。

 量産されたミドガルズオルムはタンニーンとロスヴァイセのコンビで追い詰め、もう一匹の子フェンリルもヴァ―リチームが圧倒的な戦闘力で体の一部を次々と無力化していった。リーダーであるヴァ―リが窮地に陥っても自分たちの任務を遂行する、リアス達とはまるで違う信頼関係と盤石な強さが垣間見られる。さらに…

 

『Juggernaut Drive!!!!!!』

 

 突如、採掘場全体を照らすほどまばゆい光が発生する。感じられる魔力の質は赤龍帝と似て異なるが、二天龍としての絶対性と危険性が合わさったような感覚…これこそヴァ―リが使いこなした覇龍の力であると大一は実感した。

 

(よそ見したな)

(えっ?)

 

 ディオーグの呆れ声と共に、大一は吹き飛ばされた。子フェンリルの前足による薙ぎ払うような一撃が彼を襲ったのだ。一瞬、体が引き裂かれたと思った。想像以上の腕力、魔力で硬化させていた体をあっさりと切り裂く鋭い爪、まともに受けて自分の見積もりが甘かったことを知った。

 そのまま大一はぼんやりと意識が薄れていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「黒歌!俺とフェンリルを予定のポイントに転送しろッ!」

 

 ヴァ―リが黒歌に指示をすると、彼女はニンマリと笑い、鎖をヴァ―リへと集約させる。さらに帯状の魔力が幾重にもヴァ―リとフェンリルを包んでいくと、そのまま景色に同化するように彼らの姿は消えていった。彼が場所を移動させてひとりでフェンリルを相手に蹴りをつけようとしたのは疑いの余地もない。

 そんな中、大一を吹き飛ばした子フェンリルが次に狙ったのは朱乃であった。その恐ろしい牙は彼女へと狙いをつけて噛み砕こうとしている。一誠や他の仲間達がカバーに向かうが、彼女をかばったのはバラキエルであった。

 

「ごふっ!」

「…どうして?」

「…お前まで失くすわけにはいかない」

 

 すぐに一誠が子フェンリルの横顔を殴りつけてバラキエルを解放したが、彼の背中からは血が噴き出していた。間もなくアーシアが回復のオーラを飛ばして傷をいやすものの、戦線の復帰は絶望的だ。

 そして朱乃の方も複雑な表情であった。憎いはずの男に命を救われた彼女は酷く狼狽していた。

 

「…私は…私はっ!」

「…しっかりしろ、朱乃。まだ戦いは終わっていないのだぞ」

 

 子フェンリルの引き留めるようにグレモリー眷属が戦う。しかし朱乃は動けなかった。バラキエルの行動に当惑し、苦しみ、今まさに父の想いを目の当たりにした彼女の心は引き裂かれそうなほど混乱していた。

 そんな彼女を見る一誠も腑に落ちない想いを抱えていた。過去をリアスやグレイフィアに聞いたからこそ、朱乃の胸の中にある真意が気になった。そこで真意を探るために、こっそりと「乳語翻訳」を発動させるが…。

 

『私は姫島朱乃のおっぱいではありません。私は───おっぱいの精霊です』

 

 とんでもない相手からの声が聞こえてきた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「お兄様、無事でよかったですぅぅ!!」

 

 目が覚めた大一にギャスパーが涙目で安心を口にする。腹部を触ってみると、爪で引き裂かれたはずの傷が治っている。ギャスパーの手には空の小瓶があったので、フェニックスの涙で回復したのだろう。

 

「安心しましたぁ!ちょうどヴァ―リさんが覇龍を発揮した際に大一お兄様が吹っ飛ばされたみたいだから、皆さん気づくのが遅れてしまって…」

「でもお前のおかげで俺はなんとか生き残ったわけだ。ありがとな。…それで戦いはどうなった?」

「ヴァ―リさんがフェンリルと一緒に消えました。それと朱乃お姉様をかばってバラキエルさんが攻撃を受けましたが、アーシア先輩のおかげで回復はしています。ただイッセー先輩が…」

「一誠がどうかしたか?」

 

 体を起こして一誠を見ると、一誠は明らかにうろたえておりリアス、タンニーン、ドライグは涙ながらに悲惨な声を上げている。

 

「なんか乳神というのから声が聞こえたと言って…」

「あいつ、まさか朱乃さんにまで『乳語翻訳』やったのか!?しかも乳神って…」

(その神とやらはいるぞ)

 

 突然のディオーグの言葉に大一はさらに驚愕する。

 

(お前もわかるのかよ!?)

(声が聞こえるだけだがな。今、その変人がお前の弟と黒髪女とその父親に記憶を見せているぞ)

 

 突然、一誠が乳神という存在をほのめかしたと思えば、今度は一瞬だけ温かい光を感じ、気づけば朱乃がバラキエルに対してとめどない涙を流しながら手を取っている。

 

「母さま…ッ!私は…ッ!父さまともっと会いたかった!父さまにもっと頭を撫でてもらいたかった!父さまともっと遊びたかった!父さまと…父さまと母さまと…3人でもっと暮らしたかった…ッ!」

「朱璃のことを…お前のことを…一日たりとも、忘れたことなどないよ」

「…父さま」

 

 傍から見れば、何が何だかわからない状況なのは否定できない。ただ彼女たち親子の和解を見れば、一誠とその乳神が朱乃の心を救ったのは疑いようもなかった。それを証明するように、一誠の鎧に埋め込まれているすべての宝玉が光りだし、同時にミョルニルも光り始めた。

 その突然の不思議な現象に、大一は眉を上げる。

 

(奇跡みたいなものだと思うか?)

(奇跡ってのは気に食わんな。勝負の運と言えるが、それにしては納得できないほど理不尽なものに聞こえる)

(でも俺と違って一誠はそれを引き起こしたんだ。本当に…特別なんだろうな)

(今度は「助けられなかった―」とか言って、またうだうだと悩むか?)

 

 茶化すような言い方のディオーグであったが、そこにある軽蔑と苛立ちの感情は隠しきれていなかった。いつものごとく、大一の煮え切らない態度を予見したのだろう。早朝に強さについて理解を示すような発言があったのに、そんな態度を取られては苛立ちは尚のことであった。

 しかしディオーグの予想に反して、大一の言葉は驚くほど静かで同時にどこかディオーグ同様の重たい印象があった。

 

(…ディオーグ。お前にとって俺は口だけで、いつまでも決心がつかない弱い男だろう。でもな、俺にとってはそれが強さなんだ)

(気でも狂ったか?)

(正気さ。お前の言う通り何度も悩んできた。いつだって手探りの状態だ。不安だから必死に鍛えるし、わからないから正しいと思っても大切な人の気持ちをないがしろにした行動を取ってしまう。そうやって回り道でもいろんなことをしてきたからこそ、今の俺がいるんだ)

 

 かつては自分の全てを否定していた。行ってきたことに結果が伴わず、その度に自責感に苛まれてきた。しかし今は仲間たちが受け入れてくれる、それによって大一自身もこれまでの行動を肯定できる。失敗があっても、無力であっても全てひっくるめて彼の誇りなのだ。

 

(それに俺は結局、自分の考える通りになればそれでいい、なんて思ってしまう自己中な性格だよ。だから朱乃さんを救うのは俺じゃなくていい。あの人が心から救われて幸せならば、彼女の隣にいるのは俺じゃなくてもいいんだ。まあ、嫉妬くらいはあるけどよ)

(…やっぱり呆れたもんだよ、この口だけ多い小僧が。でも、ひとつ腑に落ちたことがある。お前って俺と同じ頑固な身勝手野郎だな)

 

 不思議とディオーグの態度は言葉ほど残念そうな様子はなかった。むしろなにかを期待していた。完全に自分と同じ考え方じゃない。しかし大一自身が自分の思う強さを語ってくれたことに嬉しそうな様子であった。

 

(それで戦いはまだ続いているが…お前はどうする?)

(ひとつ考えていたことがある。今の俺はあらゆるものを持っている。経験も知識も才能も…)

(才能?そんなのあったか?)

(気に食わない性格だし、全てを信じられるわけじゃないが、実力に置いて間違いない強さのドラゴンがいるからな。まあ、俺のじゃなくて他人の才能だが。恥も外聞も捨ててでも強くなるためには必要なことだ)

(…言っておくが、お前に力を分け与えることなんて芸当はできないぞ。欲しけりゃ奪い取って見せろ)

(そこだ。そもそも俺の魔力の引き出しはお前からいくらか貰っているんだと思う。お前との繋がりであるこの『金剛の魔生錨(アダマント・アンク)』だからこそ出来る芸当だ)

 

 大一は黒歌の言葉を思い出す。彼女は間違いなく「生命力が別にある」と話していた。そして何度かディオーグの人格を表に出す際に彼の生命力を引き上げていることも。もし魔力とうまく合わせていつもの方法で全身にいきわたらせれば…。

 

(お前の力を使うことが出来る)

(裁量を間違えれば体は吹き飛ぶし、緻密なコントロールが必要だぞ)

(それでもやって見せる。むしろ…出来る気がする)

 

 この方法は早朝にヴァ―リへの反論の最中にふと思いついたことだ。そのため失敗する可能性もある。しかし何度も修行や実戦で経験してきた大一には決して不可能な方法ではないと思えた。

 大一は錨を支えにして起き上がる。すぐにギャスパーが肩を貸そうとするが、彼はそれを制した。

 

「ギャスパー、離れていろ」

「な、なにをする気ですか…?」

「俺にやれることだ」

 

 戦いはまだ終わっていない。一誠が特別な力を得たとしてもそれが必ず勝利に繋がるとは限らない。大一は弟ほど手札も多くない。だからこそ手に入れたものを最大限に活かす必要があるのだ。

 ディオーグの生命力を見つけると、魔力と合わせさらにいつもの方法で全身に行きわたらせるために引き上げようとする。その瞬間、大一は衝撃を受けた。まともにディオーグの生命力に向き合ってみると、その大きさと重さは計り知れなかった。山全体を覆うほど根っこが地に入り込んでいるような大木の印象を持ったが、それでも大一はコントロールできる限りの生命力を引き上げていく。

 

(…ここだ)

 

 徐々に全身が熱を帯びていく。かつての悪夢で経験した押しつぶされそうな感覚に、体の内側からはじけ飛びそうな苦しさが襲ってくる。体が膨らむような感覚は彼に上着を脱がせ、靴なども苦しく感じさせた。

 やがて、その苦しみも治まると大一は静かに目を開ける。見える景色は変わらないはずなのに、全身を駆け巡る力は自分が経験したことも無いほど強大であることが感じられた。

 

『さて、行くか』

 




そろそろオリ主にも頑張ってもらいましょう。


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第68話 龍混じりの悪魔

ようやく主人公が実力面で大きく発揮することになります。


 乳神という謎の存在の登場に一誠は当惑したが、それを皮切りに続いた怒涛の展開で戦いは好転していった。乳神のおかげで朱乃とバラキエルは和解を果たし、さらに一度だけとはいえミョルニルを扱えるほどの強力な助力を得た。

 ロキは警戒を強めて、量産型のミドガルズオルムをさらに複数追加で召喚するも、突如現れた謎の黒い炎のようなものが敵を捕らえた。さらに巨大な転生魔法陣からはそれに匹敵するサイズの黒いドラゴンまで現れる。

 謎の黒いドラゴンの正体は匙で、アザゼルが特訓を終えた後にヴリトラ関連の神器を彼に与えた。おかげで散らばっていた神器はひとつになり、ヴリトラの意識とも取り戻し本来の力もだいぶ引き出せるようになった。五大龍王の中でも搦め手においてずば抜けた力を持つヴリトラの力は敵を弱体化しながら、動きを止めていた。匙自身かなりの負担である様子だが、一誠の呼びかけもあって彼は奮戦する。

 全員が捕らえられているロキと魔物たちに狙いをつける中、ロキは苦しそうに叫ぶ。

 

「まだだ…!この程度で私を…このロキを…止められると思うなッ!」

 

 ロキが黒い炎の外側に手をかざすと、またもや空間が歪みまったく別の子どもフェンリルが現れた。だがその姿はどうにも異様であった。体全体は間違いなくフェンリルなのだが、頭が2つあるという奇妙なものであった。

 同時に匙が捕らえていたはずの2匹の子どもフェンリルがいなくなっている。よく見ると現れた子どもフェンリルの2つの頭部は手負いであり、すでに戦った後が見られた。どうもロキは弱体化した2匹を1匹にまとめて別の場所に転移させることで戦線復帰させたようだ。

 

「本来は白龍皇に力を奪われた時のための方法だったが、意外なところで役に立つ…!隠し玉はいざという時に取っておくものだ!」

 

 ロキの指示に合体フェンリルは大きく雄たけびを上げると、匙に狙いをつけて飛び掛かるために姿勢を低くした。彼に牙の一撃でも与えれば、ロキも量産ミドガルズオルムも動けるのだから当然の選択だろう。リアス達がそれを防ごうと合体フェンリルに狙いをつけるが、大砲の弾のごとく飛び出した何かが片方の頭部に命中して敵を怯ませた。

 それは一見、人の形をしているように見えた。だがよく見るとあらゆる点で異なる。肌は龍の鱗のようなものに覆われて黒く鈍く光っている。髪の中から飛び出ている角は牡牛のように力強く、歯も牙のように鋭かった。背中から生えている翼はドラゴンのものでその付け根辺りに尾のようなものが伸びている。

 突然現れた存在の魔力はまるで不明であったが、その手には強固な錨が握られている。そして彼が発した声に、リアス達は驚いた。2つの声が重なっており、一方は1度だけ彼女らを脅すように自己紹介した凶暴そうなドラゴンの声、そしてもうひとつは聞き慣れた仲間の声であったからだ。

 

『合体か…ちょうどいい、同じような相手だ。コイツは俺らでやろう』

 

 ドラゴンの要素を色濃く反映したような見た目の大一は合体フェンリルを相手に錨を向けるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 姿の変わった大一は、目の前の合体フェンリルの生命力を感知する。姿を現した時よりも弱まっている。ただでさえ手負いの状態で無理やりな合体をしたのだから、力を補っているとはいえ完全に回復とまではいかなかったのだろう。

 

『だが油断は出来ないな。牙、爪、共に健在だし、手負いの相手はどんなことをするかわからない。疲労で遅くなっているかもしれないが…おっと』

 

 合体フェンリルが距離を詰めて上から押しつぶすように前腕を振り下ろす。予想通り距離を詰めるまでの速度は遅くなっていたため、攻撃を避けるのも苦ではなかった。

 合体フェンリルは苛立つように今度は腕を薙ぎ払う。上に飛んでかわせば、牙の餌食になるのは間違いなかったが、避けなければその爪に引き裂かれて、剛腕で吹き飛ばされるだけだ。

 しかし大一は地に足を踏みしめると、錨の柄で攻撃を防ぐ体勢を取る。

 

「オオオオオオオオオオンッ!」

『さっきと同じチビが相手なら楽勝だと思ったか』

 

 合体フェンリルは苦しそうに吠えながら腕を下げる。振り払おうとした前腕は妙な方向に曲がっており、折れているのが明らかであった。

 その一方で大一には傷ひとつついていなかった。爪は錨で防いだのもあったが、圧倒的な体格差にも関わらずまったく動じずに攻撃を受けきっていた。

 ディオーグの生命力を表面化させたこの状態は、間違いなく大一の力を強化した。これまでの感知能力や硬度調節能力はもちろんのこと、純粋に肉体強化もされて、龍の鱗も混じった皮膚のおかげで炎や氷、雷などの攻撃にも耐性が出来ていた。

 しかし最大の変化は硬度ともうひとつ、体の重さを調節できるようになったことであった。軽くすることはできないが、全身や体の一部、さらに錨も重くすることで体格差がある相手に対しても打ち合える。ディオーグ曰く、かつて硬度と重さを変化させる能力でその堅牢さを誇っていたようだ。

 

『しかしこれでお前の力を一割も引き出せていないのは信じられないが…』

『俺が言っているんだ。間違いない』

 

 大一は自問自答するようにひとりで会話する。正確にはディオーグの人格も同じように表に出たため、ひとりで会話しているように見えるだけなであった。しかし体のコントロールは完全に大一のものであったため、動きに迷いが生じるような様子はなかった。

 

『この状態っていつまで持続できる?』

『そんなもん知るか。俺はあのドラゴン共のような便利アイテムじゃねえんだぞ。お前の身体がはじけ飛ぶまでだろうよ』

『じゃあ、とにかく戦えってことか』

 

 怯んだ合体フェンリルの片方の顎を目掛けて大一は突撃する。直前に自身の重さを増やすことで相手の身体を大きくよろめかせた。さらに口から魔力を数発撃って目くらましをすると、もうひとつの頭部を目掛けて重くした錨を振り下ろした。先ほど祐斗が聖魔剣で攻撃した傷口に再び攻撃されるものだから、敵としてはたまったものでなかった。

 とはいえ、大一も余裕があるわけではない。能力を使うたびに身体がきしむような感覚がある。この重さの調節が慣れていないせいか身体に負担をかけていた。元より硬度調節だけでなく、ディオーグの強靭な肉体あってこその能力なのだろう。すでに悲鳴をあげている身体ではどこまで持つかは微妙なところであった。

 大一は魔力を通じて後ろの様子をうかがう。量産ミドガルズオルムが次々に散っていく。併せて、朱乃とバラキエルによる強力な雷光、匙の相手を捕縛する黒炎、そして力を与えられた一誠のミョルニルの波動がロキへと向けられていた。間もなく決着がつくのは想像に難くない。

 

『こっちもやるぞ!』

 

 大一が気合いを入れ直す中、合体フェンリルは何度も牙や爪で攻撃を仕掛ける。しかしそれは動揺ゆえの行動であり、攻撃というよりは相手を近づけさせないため、そして早くこの状況を終わらせるために必死で抵抗しているように見えた。

 牙をかわし、爪を防いで、大一は合体フェンリルが体力を消耗していくのを確認する。同時に魔力や生命力を辿って、相手の弱いところを探した。急ごしらえで融合させたのだから、必ずどこかにほころびが生じていると考えていた。間もなく、2つの頭のつなぎ目辺りが弱いことに気づく。狙うべき場所がわかればやるべきことはひとつだ。

 腕を大振りしてきたところを狙い、全身を硬く、重くしてフェンリルの腕部を掴んだ。

 

『持ち上げるは無理だが…これは…どうだッ!』

 

 可能な限りの魔力で腕力を強化すると、引きずるように合体フェンリルを振り回して、近くの岩肌に横向きに叩きつけた。大きく岩が砕ける音が耳に響くが、それに反応している暇はない。

 すぐに上空へ飛び上がると、起き上がろうとするところを狙って合体フェンリルの2つの頭部の間に錨を振り下ろした。重くするにあたり、上から下に向かう方が体力の消費も少なく、同時に重さを存分に活かすことができた。合体フェンリルの身体の中央線を切り裂くと、鮮血が噴き出す。血は大一の体にかかり、肉が千切れる感触が錨を通じて伝わった。そして錨が地面に到達したとき、敵はわずかにうなった後に絶命した。錨から手を放し、しびれる腕を見ながら大一はポツリと呟く。

 

『つ、疲れた…!』

『終わって言うことがそれかよ』

 

 肩で息をする大一に、ディオーグが呆れ気味に答える。自分が倒せたことに半ば信じられない気持ちになっていた彼は、後ろでも決着がついたことにすぐには気づかなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「この戦い方は考えないとな」

 

 戦いが終わってげっそりとした様子で大一は呟く。体は元に戻っており、その表情は疲労に満ちていた。見事にロキを退けた彼らは勝利を喜んでいた。神相手に勝利をもぎ取れたのは誇ってよいことだろう。しかしその中にヴァ―リチームはいなかった。どうも戦闘が終わって間もなく煙のように退散したようだ。

 大一は魔法で水を出すと体についた血を洗い流す。ディオーグの力を引き出した際に上半身の服は破れて、足の爪も伸びるものだから、今の彼は破れた服にズボンだけという酷い見た目であった。

 体にも強烈な疲労感が残っている。魔力のおかげで傷こそ負わなかったものの、負担が大きかったのだと実感できる。怪我ではないため、アーシアの回復が効果をなさないのがもどかしかった。そもそもフェニックスの涙を必要とするほどの出血の後であそこまで動けることが驚きであった。例の姿になった際に、今までの疲れと貧血が引いていき力がみなぎってきたのだから不気味にも思えた。もっとも姿が戻ってからは、その感覚が再び襲ってきたので、今の彼はげんなりした様子で座り込むしかなかったわけだが。

 

(だが悪くなかった。俺も久々に暴れられたしな)

 

 頭の中でディオーグが満足そうに話す。人格が表に出ただけでなく、体を動かしている実感も彼にはあったようだ。本来の自分の体格とまるで違うのに気にならなかったのかと大一は思ったが、今のディオーグに水を差すとまた何を言われるかわからないため聞き役に徹した。

 大一はわずかに頭を上げて目の前の合体フェンリルを見る。生命力は感じず、絶命しているのはわかっていても威圧感があった。そんな怪物を自分が倒したことも信じられなかった。

ふと先日、キメラとなったフリードの言葉を思い出す。彼の言う通り、自分も「化け物」の類であることは否定できなかった。今回、ディオーグの力を引き出したことは尚のことであった。

 大一は体の向きを変えて、離れたところにいる一誠達を見る。彼は匙を起こした後に、バラキエルと話していた。バラキエルの方は朱乃に支えられており、その表情は穏やかであった。何を話しているかまでは聞こえないものの、2人の確執を解消させたことの感謝の言葉なのは想像に難くなかった。

 

「片や『英雄』、片や『化け物』か」

 

 大一が誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいてすぐ、リアスが大一のもとに飛んでくる。彼女は勝利の余韻を味わった笑顔で彼に手を伸ばした。

 

「お疲れ様。最後のあれはなんだったのかしら?」

「ディオーグの生命力を魔力と混ぜていつものように行きわたらせました。ああいった姿になるのは意外でしたけど」

「体に異常は?」

「疲労がものすごく感じるくらいです。個人的にはよくこれで済んだと思いますよ」

 

 大一はリアスの手を取り立ち上がると、彼女に支えられながら皆のもとに向かっていく。思った以上に足取りが重かった。

 

「今回の戦いは大きなものを得たわ。オーディン様を守れたことや神に勝利したことだけじゃない。あなたはさらに強くなったし、朱乃も父親との関係が改善した…万々歳ね」

「本当に一誠はすごいですよ。乳神とか言い出した時は困りましたけど…あいつは俺に出来ないことを見事にやってのける。朱乃さんもあいつだったら…いたっ!」

 

 すっかり疲れた様子の大一に、リアスの手刀が飛ぶ。想像以上の鋭い一撃に大一は受けた額を抑える。だがリアスは当然の報いとも言うように目で訴えかけていた。

 

「まったくイライラするわね。戦いの時くらいの思い切りの良さをそっちにも活かしなさいよ。親友として見ていてモヤモヤするわ」

「いやしかし問題を解決したのはあいつですし…」

「それを言ったら、あなただって動いていたでしょう。彼女だってそれに気づかないほど馬鹿じゃないんだし、2人の関係はそれで変わるほど希薄なものじゃないわ。それに私は朱乃にイッセーを渡すつもりはないわよ」

 

 皆のもとに近づいていくと、仲間たちが集まってくる。リアスと交代するように祐斗が大一の身体を支えると、彼女は大一の背中を押すようにポンと叩く。

 

「あなたらしいけど、決めるところは決めなさいよ」

 




ヒロインとの関係性はどうなるか…。次回あたりで7巻分も終わると思われます。


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第69話 単純な関係

読んでくださる皆さまがどう思っているのかはわかりませんが、こうなりました。


 大一は苛立っていた。その原因がくだらないものであることは分かっている。だがそれを気にするなという方が無理な話であった。

 ロキとの戦いの後、彼らは採掘場の整備を朝まで行った。いくら暴れられる場所とはいえ、翌日に一般人が見ればクレーターやらどでかい狼の死骸やらで大混乱になるのは間違いないからだ。疲労困憊の上に、ヴァ―リチームが消えたのは人手的な面でも苦労したのは間違いない。しかしこれが原因ではない。

 そして家に帰ると、学校は使い魔達に任せて倒れ込むようにみんな眠りについた。夜通し戦って朝まで作業をしていたのだから当然だろう。

 しかし大一は起きて、炎駒への報告もしなければいけなかった。オーディンの会談が上手くいったこと、ロキとの戦いのこと、ディオーグによるパワーアップ…話すことが多く、報告もついさっき終わったばかりだ。しかしこれも原因ではない。

 

(ぐおごごごごッ…!)

 

 大一の頭の中で、体が無いはずなのにデカい寝息を立てるドラゴンの声が響く。作業中、報告中、ずっとこの状態であった。休めない状態で、頭の中でずっと休んでいるドラゴンの寝息を聞くのはさすがに大一も苛立った。何度か強制的に人格を表に出して起こそうかとも思ったほどだ。

 大一は眠そうにあくびをする。いい加減に自分も休もうとすると、扉がノックされた。開けてみると、バラキエルがそこに立っていた。

 

「バ、バラキエル様!どうかしましたか?」

「少しキミと話したい。時間は取らせないから、いいかな?」

「…わかりました」

 

 意外な来訪者に大一の眠気は一気に吹っ飛び、少しどもりながら彼を部屋に入れる。回復を受けたとはいえフェンリルの一撃を喰らっておきながら、このように動けるのは堕天使の最高格のひとりだけあった。

 部屋のミニテーブルを挟んで、2人は向かい合うように座る。

 

「まずはキミに謝らなければならない」

「えっ?」

「先日、蔑ろな態度を取ってしまった。堕天使の幹部として、朱乃の父としてその非礼を詫びたい。申し訳なかった」

「や、止めてくださいよ。あれは俺が勝手に自己満足でやっていたものですから、謝らなければいけないのは俺の方です。申し訳ありません」

 

 バラキエルが頭を下げるのを見て、慌てた様子で大一も深々と頭を下げる。互いに頭を下げているなんとも不思議な光景であった。

 先にバラキエルが頭を上げると、複雑な表情で再び話し始める。

 

「正直なところ、私はキミを見たくなかったのだと思う。朱乃と親交を深め、彼女のために必死な様子は…朱璃を守れなかった自分がどうしてもちらついたんだ」

「本当に申し訳ありません。俺の勝手な行動でバラキエル様まで傷つけることになって…」

「私が勝手に思ったことだ。それにキミとキミの弟のおかげで朱乃と和解することもできた。もっと早く話すことができたら、と思ったよ」

 

 額を抑えてバラキエルは少し自嘲気味な笑みを浮かべる。同時にそこには安心が感じられた。話し合えば解決できた問題だったのかは、大一としては自信が持てなかった。朱乃が本当にバラキエルのことを憎んでいるわけじゃないと思ったことと、自分に出来ることが話し合いの場を設けることしか考えつかなかっただけで、今回の件はあの謎の神が現れたからこそと考えていた。自分が問題を解決したわけではない。

 しかしバラキエルは、彼が動いてくれたおかげで問題に向き合うことができたとも考えていたようであった。

 少し沈黙が流れた後に、再びバラキエルが話し出す。

 

「朱乃のことをどう思っている」

「俺は…」

 

 一瞬、言葉を切って息をのむ。舌は重く、口の中は乾いていたが出てくる言葉はハッキリしていた。

 

「とても大切で信頼できる仲間です。あの人に救われ、俺もあの人を支えたいと思いました」

「…惚れているんだな」

「否定しません」

 

 バラキエルと目が合った瞬間、大一は熱いものがこみ上げてきた。覚悟や決心のような複雑なものを抜きにして自然と言葉が出てきた自分に驚きつつも、朱乃への想いが本気であるのだと改めて感じた。

 バラキエルはわずかに表情が緩みかけたが、すぐにとりなすように厳格な表情に戻る。

 

「私は感謝こそしているが、キミを認めていない。朱乃のことはこれまで一緒にいられなかった分、私が支えるつもりだ。…しかしな、私にも立場がある。ずっと娘のそばにいてやることはできない。私がいない間、彼女を安心させてくれ。あいつはまだ弱いから…」

 

 そう言うと、バラキエルはゆっくりと立ち上がる。言いたいことを言いきった後の振る舞いはとても穏やかに見えた。

 しかし大一は扉に向かうバラキエルの後ろから声をかける。

 

「バラキエル様!お言葉ですが、朱乃さんは弱い人ではありません。たしかに弱さはありますが、それも含めて彼女は強いと俺は思っています」

「…私の知らない娘も見てきたんだな」

 

 振り返ったバラキエルの表情は今度こそ笑みが隠しきれていなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後、部活動の時間で2年生は修学旅行の話で盛り上がっていた。大きな困難を乗り越えた後なのだから、当然のことだろう。ただアーシア、ゼノヴィア、イリナの話す内容が女性の下着関連という明らかになにか間違っている内容だったことに、大一は懐疑的であったが。

 そしてもうひとつ不思議であったのが…。

 

「もう、終わりだわ!うぅぅぅぅっ!酷い!オーディン様ったら、酷い!私を置いていくなんて!」

 

 部室の中央でロスヴァイセが涙ながらに叫んでいた。オーディンは会談後になぜか彼女を置いてそのまま北欧に帰ってしまった。本来なら連絡のひとつやふたつあってもおかしくないのに、それすらもなかった。

 

「リストラ!これ、リストラよね!私、あんなにオーディン様のために頑張ったのに日本に置いていかれるなんて!どうせ私は仕事が出来ない女よ!処女よ!彼氏いない歴=年齢ですよ!」

 

 完全にヤケになっている彼女に様子に気圧されて声すらかけられなかったが、ここでリアスが慰めるように彼女の肩に手を置く。

 

「もう、泣かないでロスヴァイセ。この学園で働けるようにしておいたから」

「…グスン。ほ、本当に?」

「ええ。希望通り、女性教諭ってことでいいのよね?女子生徒ではなくて?」

「もちろんです…。私、これでも飛び級で祖国の学舎を卒業しているもの。歳は若いけれど、教員として教えられます。けど、私、この国でやっていけるのかしら…?かといって国に戻っても『どのツラ下げてオーディン様の後から帰還したのか?』って怒られるでしょうし、挙句の果てに左遷されそうだし…っ!うぅっ…せっかく安定した生活が送れそうな職に就けたのに!」

「うふふ、そこでこのプラン」

 

 ずぶずぶと考えが泥沼化していくロスヴァイセに、リアスは畳みかけるように書類を取り出して見せる。彼女は悪魔になるとどれだけお得なことがあるかを説明していった。保険金、賃金、サービス、その他もろもろ…瞬く間にロスヴァイセの心は悪魔へと移っていった。とどめとばかりにリアスは悪魔の駒を取り出す。

 

「そんなわけで、冥界で一仕事するためにも私の眷属にならない?あなたのその魔術、『戦車』として得ることで動ける魔術砲台要員になれると思うの。ただ駒の消費がひとつで済めば良いのだけれど」

 

 リアスの申し出に全員が驚く。例の戦車の駒は、彼女にとって最後の駒であった。それほどロスヴァイセが欲しい人材であるということだろう。

 そして当の本人はすでに決意が決まっていた様子であった。

 

「…どこか運命を感じます。私の勝手な空想ですけど、それでも冥界の病院であなたたちに出会った時から、こうなるのが決まっていたかもしれませんね」

 

 そう言うと、ロスヴァイセは駒を受け取る。その瞬間、まばゆい紅い閃光が室内を覆い、光が落ち着くと悪魔の翼が生えたロスヴァイセが立っていた。

 

「皆さん、悪魔に転生しました。元ヴァルキリーのロスヴァイセです。何やら、冥界の年金や健康保険が祖国のよりも魅力的で、グレモリーさんの財政面も含め、将来の安心度も高いので悪魔になってみました。どうぞ、これからもよろしくお願い致します」

「というわけで、皆、私───リアス・グレモリーの最後の『戦車』は彼女、ロスヴァイセとなりました」

 

 新たに仲間となったロスヴァイセを皆が歓迎するが、大一としてはさっきからどうにもイヤな考えが飛び交ってしょうがなかった。

 

「…まさか、眷属に引き入れるためにわざと置いていくように仕向けたとかじゃないだろうな」

「部長からそういう話は聞いていませんでしたけど」

 

 いつの間にか隣にいた朱乃が、大一の独り言に返事をかえす。あまりにも唐突であったため一瞬体が震えるが、すぐに咳払いをして誤魔化した。

 

「いや…なんか段取りが良すぎると思ってさ」

「やりかねませんものね、あの人なら」

「しかも学生という選択肢があったってことは…あの人、俺らと年齢変わらない?」

「同い年かも。後で聞いてみようかしら」

 

 なんとなく懐かしいやり取りに感じた。部活だから互いに一歩引いているが、何度も経験してきたやり取りは心地よく、最近の重苦しく複雑なものと比べてスッキリとした感覚であった。

 そんな中、朱乃は弁当箱…といってもお重のようなものを取り出した。

 

「あっ、そうそう。大一、よかったらこれ食べてみない?」

「うーん…肉じゃが?」

「そう。作り過ぎちゃって、みんなにも食べてもらう前に味を確認してもらおうと思って」

「毒見かよ!…いや、もらうけど」

 

 大一は中に入っていた肉じゃがを指でつまんで口に入れる。程よい塩加減に、だしがよく効いていて彼にとって好みの味付けであった。

 

「美味いな。個人的にすごく好みだよ」

「本当にッ!」

「うおっ!急に声上げないでくれよ」

「あっ…ご、ごめんなさいね。みんなにも食べてもらってきますわ」

 

 先ほどの大一と同じように誤魔化すような反応を見せると、彼女は仲間達に自分の料理を振る舞った。その笑顔は、大一が渇望していた心からの笑顔であったのは疑いようもなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、大一はベッドに腰をかけながらディオーグと話していた。幸い、悪魔の仕事が入っていなかったことと先日の疲労感からこの日はトレーニングを休んでいた。

 

(もうちょっと食いたかったな)

(食い意地張っているな。あの肉じゃが、多分バラキエル様のためのものだぞ)

 

 ぼやくディオーグに大一が指摘する。バラキエルはこの日に帰ることになっていた。部活動にアザゼルがいなかったのも、彼だけで見送りに行ったからであった。そしてアザゼルがこっそりと朱乃から弁当を預かっていたのも大一は知っていた。

 

(あの状態になると腹減ると思うんだよ)

(お前が食いたいだけで適当な理由をでっちあげるなよ。だいたいお前と融合してから、俺は間違いなく食べる量増えたぞ)

(それで困ることは無いんだろ?)

(…まあ、ないけどよ)

 

 ディオーグとのやり取りもだいぶ穏やかにできるようになったと大一は思った。きっかけや出会いは歓迎できたものではなく、そのつながりから数年間辛い想いもしてきた。まだわからないことも多く、危険性を孕んでいるのも否定できない。

 しかし彼の強さやその信念は確固たるものであり、これからの自分には必要だと大一は確信した。もろ手を挙げて信じるまではいかないが、ディオーグに対して前向きな感情を抱けるようになったのは大きかった。

 すると部屋の扉がノックされ、朱乃の声が聞こえた。

 

「大一、まだ起きている?」

「起きているよ。ちょっと待っていて、開けるから」

(なんかこんなこと、この前の堕天使の時もあったよな)

(…お前、あの時起きていたのか)

 

 大一の問いにディオーグは答えずに引っ込んでいった。あの寝息がわざとであることを知ると、さっきまでの穏やかなやり取りも急に腹立たしいものになった。

 大一が扉を開けると、髪を下ろしており、薄い着物という寝間着姿の朱乃が小さいお盆を持って立っていた。お盆の上のマグカップの中にはココアが入っている。

 

「ちょっと話がしたくて…この間飲み損ねたココアでもどう?」

「あー…いいよ。入って」

 

 朱乃は大一の部屋に入ると、テーブルにお盆を置きココアを彼に渡す。大一はそのままテーブルの近くに座ろうとしたが、朱乃が彼のベッドに座り込み、隣に座るようにベッドをポンポンと叩く。

 少し迷いながらも、大一は彼女に従ってその隣に座った。しかし互いに相手に顔は向けず、すぐに話し始めないで、静かにココアを飲んでいた。ホッとする甘さが口に広がっているはずだが、大一は緊張して熱いものを飲んでいるような感覚しかなかった。

 この状況で、口火を切ったのは朱乃の方からであった。

 

「部活の時の肉じゃが、気に入ってくれた?」

「ああ、うん。すごく美味しかったよ。バラキエル様も喜んでいるだろうさ」

「気づいていたの?」

「いや、実際は偶然見ただけだったんだけど…。しかしあの肉じゃが、作りすぎたって言っていたけど、最初からみんなにごちそうするつもりだっただろ」

「食べてもらいたかった人がいたもの」

 

 朱乃は視線を合わせずに、肩をすくめて答える。誤魔化しているようにも見えたその姿に、大一はココアを一気に飲み干してテーブルへと置きに行く。やはり自分は彼女の隣には座れない、そんな想いがよぎってしまった。迷惑をかけた自分よりも相応しい相手がいるだろう。

 

「あのさ、朱乃さん。俺はさ…あなたが誰を好きになっても親友として応援するから」

 

 振り返って大一は朱乃に伝える。正直な気持ちを言葉にはしない。それで彼女に引きずらせることはしたくない。バラキエルに言われたように支えになるだけでいい。今日の部活のように信頼ありきの仲間としての関係が心地よかったのだから。

 そんな彼の言葉を聞いて、朱乃も立ち上がり中身がまだ残っているココアを盆の上に置いた。そして再びベッドの上に座ると、大一の顔をハッキリと見た。

 

「イッセーくんにはとても感謝しているわ。父さまと仲直りできたのは彼のおかげだもの。でもイッセーくんだけじゃない。あなたが私のために頑張ってくれたおかげでもあるの」

「俺は…なにもしていないよ」

「私が堕天使のハーフであると神社で話した時も同じような反応していたわ。その時も私はその言葉を否定した。今回も同じ気持ちよ。大一がいるだけで私は…」

 

 朱乃は一度そこで言葉を切ると、自分を落ち着かせるように深く呼吸する。心が締め付けられるような感情を抱いたが、彼女に苦しみはなかった。

 

「私ね、今日みたいに大一と話せるのがとても楽しいの」

「俺もそうだよ。安心するんだ」

「おそらくだけど、それって関係が複雑すぎないからできたと思うの」

「…それはあるかもしれない」

「あなたが親友として私を応援してくれるのはとても嬉しいわ。でも…でも私はもっと───」

「ごめん、朱乃さん!ちょっと待って!」

 

 朱乃が続けようとした言葉を大一は制すると、彼も大きく深呼吸する。頭の中では先日のリアスから言われたアドバイスが響いていた。

 大一は意を決して彼女の隣に再び座った。

 

「ごめん、俺やっぱり自分勝手だ。朱乃さんに背負わせたくないから、想いを伝えようとしなかったけど…このまま言わないのはやっぱり辛い。それにこういうのは男の方から言うべきだろうし…。

 あー…朱乃さん、俺はあなたが好きだ。一緒にいると楽しいし、その笑顔が好きなんだ。出来ることなら…あなたを支えたいし、支えて欲しいとも思っている。だから親友としてではなく…その…付き合いたい…です…はい…」

 

 尻すぼみ気味に想いを伝えた大一の顔は主の真紅の髪のように赤くなっていた。だがそれに勝るとも劣らないほど、朱乃の方も赤くなり同時に目に涙をためていた。

 朱乃はそのままベッドに大一を押し倒すと、顔を近づけて体を預けた。

 

「やっと神社での想いを受け止めてくれた…。これでスッキリした関係になるわね」

「俺でいいの?」

「あなたを知っているからよ。私がずっと好きでいられるような男性でいて欲しいわ」

「…悪魔になってから一番幸せかもしれない」

「これからもっとそんな想いをしましょう。私もそうしたいし…まずは…」

 

 朱乃は静かに顔を近づけると、互いの唇を触れさせる。それだけなのに2人とも全身の血が沸騰するかのような暑さを感じてしまった。

 

「私は我慢しない方よ」

「…朱乃さん、節度は守りながらにしよう」

「呼び方は?」

「そうだった…朱乃、これからもよろしく」

「こちらこそ、大一」

 




別に問題を解決したかどうかで変わる必要は無いと思うんですよ。ということで7巻分は終わりです。
それで9巻に行きたいのですが、ちょっと友人に貸していて現在手元にありません。なのでしばらく別の内容を考えます。アンケートとかも視野に入れています。


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アクマのおしごと
第70話 師匠と弟子


8巻の書き下ろしの回です。サタンレンジャーは出てきません。おそらくだけど、オリ主は魔王全員に苦手意識はあると思う…。


「大変だわ」

 

 休日の早朝からリアスは落ちつかなかった。念入りに掃除をして、身だしなみを何度も確認、そして意味もなく行ったり来たりを繰り返していた。

 当然、彼女がここまで昂るのには理由がある。この日、兵藤家にグレイフィアが来ることになっていた。しかしいつもと違い今日はプライベートのため、サーゼクスの妻であり、リアスの義姉として来るのだ。リアスは義姉としてのグレイフィアが厳しさゆえに苦手意識を持っており、昨日来訪する連絡が来てからは落ち着きがなかった。

 朱乃と大一はすでにこのことを彼女から聞いていたが、特別手助けはしなかった。というよりも、リアスが2人の申し出を断った。彼女なりに義姉を迎えるのは自分でありたかったのだろう。

 同居する仲間達に見守られながら、リアスは忙しそうにやることを整理すると、一誠にも目を向ける。

 

「お、お茶の用意もしておかないといけないわ。イッセー、あなたもきちんとしていてちょうだい。きっと、あなたのこともチェックするでしょうから」

「お、俺もですか?えっと、どうしてですか…?」

「あなたは…ほ、ほら、と、特別だから…」

 

 一誠の問いにリアスは顔を赤らめながら答える。彼女の状態でその意味を分かっていなさそうなのは一誠だけであった。

 

「あそこまでなってわからないものかね」

「あらあら、大一に言われるなんてイッセーくんも相当ね」

「手厳しいな」

 

 リアスと一誠のやり取りを見ながら、大一と朱乃も互いにいつもの調子でやり取りする。この様子なので2人の関係が進展したのを仲間達は知る由もなかった。

 間もなく、玄関のチャイムが鳴る。リアスの様子から誰なのかはすぐに察しがついた。彼女は急いで玄関へと向かい、仲間たちも後を追うようについていった。

 玄関口が開かれると、そこにはいつもと雰囲気の違うグレイフィアが立っていた。ブランド物の落ち着いた服装に髪をアップにした姿は、いつものメイド姿の彼女とはまるで違いながらも美しさが確立されていた。

 

「ごきげんよう、皆さん。ごきげんよう、リアス」

「ごきげんよう、お義姉さま」

 

 気品ある笑顔であいさつするグレイフィアに、リアスもあいさつを返す。どう見ても緊張の色が現れていた。彼女の様子に半分呆れも感じた大一であったが、間もなくそんな感情を吹っ飛ばす相手が現れた。

 

「お久しゅうございますな、姫さま、大一殿」

 

 全身が赤い鱗に覆われ、鹿や馬に似たような胴体を持ち、顔は東洋の龍のような見た目…その姿は大一にとって見慣れていながらも衝撃的な相手であった。

 開いた口が塞がらない大一をよそにその生物は一誠にあいさつをする。

 

「これは赤龍帝殿。お初にお目にかかる。私はサーゼクス様にお仕えする『兵士』───炎駒と申す者です。以後、お見知りおきを」

「は、はあ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 いきなりのあいさつに驚きながらも一誠は対応する。すると少し思い出すような表情をした後、兄へと視線を向けた。

 

「兄貴、もしかしてこの人が…?」

「あ、ああ。俺の師匠で麒麟っていう伝説の生物なんだけど…どうしたんですか、炎駒さん。来るなんて聞いていませんよ」

「いやなに、我らが偉大なる『女王』にして、主の奥方であるグレイフィア様が正式に訪問なさるのに護衛もなしではと思いましてな。もちろん私がいなくても問題がグレイフィア様を襲うなどと露ほども思いも致しませぬが。それにこのお屋敷に幸運を少しでも訪れさせることができれば幸いだと思い、馳せ参じたところもあります。姫様と若である赤龍帝のお顔を拝見できて良かった」

 

 炎駒の表情は嬉しそうであった。麒麟が来た家には良いことがあるという己の存在についても、よく理解した発言であった。

 

「しかし今日はグレイフィア様のご都合の日。私としては長居するわけにもいきません」

「あら、私は気にしませんよ」

「いえいえ、姫とのお話もあるでしょうし、サーゼクス様の眷属として私も仕事がありますため。ただ少し───」

 言葉を切った炎駒は大一へと視線を向ける。つい先日も報告で話したのに、その眼は期待に満ちていた。

 

「我が弟子と話はしたいですな。少し歩きませんかな?姫、借りても構いませんか?」

「私はいいけど…」

「俺も問題ないですよ」

「それでは…」

 

 炎駒は床を軽く踏み鳴らすと、魔法陣が現れて彼を覆う。さっきまでと打って変わり、スーツ姿に身を包んだひげを蓄えた初老の男性へと姿を変えていた。大一も見たことのない変装だった。

 

「参りましょう」

 

────────────────────────────────────────────

 

「この町を歩くのは久しぶりですな…今でもトレーニングは例の広場で?」

「朝の走り込みとか、錨の素振りはそこですね。トレーニングルームとか、ディオドラ戦を終えて使用許可を頂いたフィールドもあるので、行く機会は減りましたが」

「利用できるものは使うに越したことありませんからな」

 

 町中を歩く大一と炎駒に目的地は特になかった。ただぶらぶらと散歩しており、話の内容も昔を懐かしむようなもので、いつもの報告とはまったく違った雰囲気であった。

 炎駒とは報告のたびに何度も話してきた。夏休みに冥界でも会った。それでもかつて師事を受けてきた人間界でこのような形で会うのは身が引き締まる思いと同時に、相反するような穏やかな感情も沸き上がっていた。

 

「いやはや、この地で私が見守ってきた者達が成長していると思うと感慨深いものです。ましてや姫は想い人まで見つけて…」

「一誠のことでしたら脈はあると思いますが、どうも煮え切らない感じはありますね。まあ、リアスさんの立場でしたら外堀から埋めるのは間違ってはいないと思いますよ。ただ相当お膳立てしないと厳しい気もしますが」

「ふむ、そのあたりはグレイフィア様も危惧しておられましたな。悪魔の出生率も下がっていますし、上手くいかないものです」

 

 悪魔界全体での問題ともなれば、名家も無関係とはいかない。ましてやライザーの一件があったのだから尚更であった。

 

「大一殿にもそろそろ…」

「炎駒さん、俺のことまで気にしていたんですか!?」

「当然です。あなたがむやみに責任を負うようなことをしていたから口出してきませんでしたが、悪魔の未来や大一殿の幸せを考えれば師として気になるものです」

 

 炎駒の発言に大一は努めて驚いた様子だけを見せる。彼に本当のことを言おうか迷ったが、せっかく少しゆっくりとした場面で朱乃との関係性を打ち明けるのは抵抗があった。なによりも大一自身がまだどこか気恥ずかしさを感じるのが最大の理由であったが。

 

「今回は姫にグレモリー家の遺跡の通過儀礼についてグレイフィア様は話すつもりようでした」

「初耳ですね。なんですか、それ?」

「いや実は私も詳しくは無いのですが、なんでもある年齢を境に挑むのだとか。サーゼクス様も関係しているようです」

 

 炎駒は肩をすくめながら答える。なぜかグレモリー家特有の謎のものであるのと同時に、サーゼクス絡みであると聞くとろくでもないことな気がした。大一の中ではサーゼクスは信用こそできるものの、おふざけに対しても全力なので公的な場でないといまいち反応に困る相手であった。

 そう思うと、急にその魔王の眷属である炎駒の仕事にまで不安を感じてしまった。それこそ以前、いくつかサーゼクスが仕事を投げ出したと大一に言っていたように。

 

「お仕事は大丈夫ですか?」

「もう少しこの辺りを歩いたら戻ります。といっても、私は空いた休憩時間を利用してグレイフィア様を送ったにすぎませんので、夜には時間が空きますため。まあ、観光したい気持ちは無いと言えば嘘になりますが、それよりかは…」

 

 炎駒はあごを撫でながらもったいぶるように言葉を切る。余裕ある彼の態度は、大一としてもあまり見たことが無かったため印象的であった。彼なりに大一のことで悩みが軽減されたことが原因であることまでは看破できなかったようだが。

 

「大一殿と久しぶりに手合わせくらいはしたいですな」

「…本気で言ってます?」

「私はいつでも本気のつもりですぞ」

 

 穏やかに笑う炎駒に、大一は困ったように頭を掻く。彼の言う手合わせは、大一にとって一度もまともに相手ができた覚えはなかった。徹底的にどう動くか、どこを見るか、どう立ち回るか、あらゆる面で実践的な動き方を叩きこむものであり、炎駒がリアスの補佐を終える最後までも振り回されてばかりであった。

 そんな思い出しかないからこそ、彼の「手合わせ」という言葉には無意識に身構えてしまう。

 大一が内心緊張しているのを見透かすように、炎駒はくっくっと笑いをこぼす。

 

「お気持ちはわかります。しかし私も久しぶりに師らしいことをしたくありまして…」

「なにかきっかけがあったんですか?」

「まあ、我が主の影響と言っておきましょう。今日の夜、先ほど話していた例のフィールドでどうですかな?」

「悪魔の仕事はありませんが…」

「それはけっこう」

 

 ゆっくり歩いて再び家の前につくと、炎駒はなにやらメモ用紙に走り書きをして大一に渡す。

 

「緊急で無理になったらこれに連絡を。それでは今日の夜、待っています」

 

 それだけ言い残すと、炎駒は赤い霧となってその場から消えていった。すでに引き受けたことを少し後悔しつつも、相手の胸を借りるつもりで大一は気持ちを引き締めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 場所は冥界グレモリー領のとある地下に作られたバトルフィールド。ディオドラ戦の活躍で、リアス達に褒美として与えられた広い練習場であった。大一はあまり利用したことが無かったが、他のメンバーと模擬戦をやる際などは活用している。

 約束の時間、大一はそこで炎駒を待っていたのだが…。

 

「だからってなんでみんな来るんだよ…」

 

 後ろのメンバーに大一はつぶやく。リアスを筆頭にグレモリー眷属全員が来ていた。それどころかイリナやアザゼルまでいる。誰にも話していないはずなのに、どこから話が漏れたのかは甚だ疑問であった。もっとも反応は多種多様であったが。

 

「いやあ、大一さんと炎駒さんの手合わせってだけで学ぶことは多いですよ」

「トップクラスの眷属の戦いは私も知りたいしな」

 

 祐斗やゼノヴィアのように今後に活かすために来た者もいれば…。

 

「先輩、頑張ってください」

「お、応援してます!」

「怪我の時は私がいますので!」

 

 見学&応援として来ている小猫、ギャスパー、アーシアの後輩組はわりと普通の理由であった。

 

「あのルシファー眷属かぁ!どんな戦いするのかしら?」

「ここで悪魔について少しでも学ばないと…」

 

 イリナとロスヴァイセは異文化を少しでも知っておきたいのに対して…。

 

「さて、ロキ戦に参加できなかった分、大一の能力…どういうものか見定めさせてもらうぜ」

 

 悪だくみをするような笑顔のアザゼルには明らかに別の目的が見られる。

 

「ああ…儀式が不安だわ」

「部長、大丈夫ですって」

 

 不安そうにしているリアスと彼女を励ます一誠に関しては、この場にいる理由すらもはや謎であった。あまり知った仲間に見られながら手合わせというのも、平常心ではいられない。

 

「大一、頑張ってね」

 

 もっとも朱乃の応援がポジティブな方向に彼の平常心を失わせていたが。それに気づいたディオーグは呆れ半分、昂り半分で声をかける。

 

(ちょろい奴…だがこれはチャンスだ。あの奇妙な生き物の喉元食いちぎってやるよ!)

(殺し合いするんじゃねえんだぞ。あの人は俺の師匠なんだから)

(やるからには相手を叩きのめすくらいの覚悟は持つべきなんだよ。そら、来やがった)

「いやはや、少々遅れて申し訳ありません」

 

 赤い霧が目の前に集まっていくと、そこから炎駒が現れる。いつもの麒麟の姿であり、仕事終わりだというのに微塵も疲れを感じさせない立ち振る舞いであった。

 

「おや、姫たちまで…」

「すいません。どこかで気づかれまして」

「なに、気にすることではありません。私はただ…あなたの成長が見たいのですから」

 

 言葉を終えると同時に炎駒は口から魔力によって作り出した火球を撃ちだす。突然の強襲に後ろのメンバーは驚いた様子であったが、大一はすぐに錨を出してその火球を真っ二つに割った。

 

「突然の強襲にも対応できる反射神経…見事」

「あなたに鍛えてもらったからですよ。胸を借りるつもりで全力で行かせてもらいます」

「元よりそのつもり」

 

 大一は口に魔力を溜めると数発、炎駒に向かって撃ち出す。範囲はそれなりなものの、威力の低さを看破した炎駒は再び火球で応戦した。互いの魔力がフィールド中央でぶつかり黒煙が辺りを覆っていく。

 当然、煙にまみれて突撃してくるものだと炎駒は考えていたが、予想に反してすぐに大一が向かってくることは無かった。代わりに魔力がぶつかり合った先で強力な力を感じる。

 

『わざわざ時間を取ってくるなんて、俺のこの力が気になったからでしょう?』

「おや、バレましたか。しかし大一殿の力を見たいと思ったのは事実ですよ」

『だったら、ちょうどよかったですね。この能力…俺があなたから学んだ戦い、技術を活かせるものなんですよ』

 

 そう言った大一の姿は半人半龍ともいうべき姿になっていた。この状態になるにあたりディオーグの生命力を引き上げるためにわずかな時間を要する。本当に一瞬の隙ではあるものの、炎駒ならそのタイミングを狙ってくると思われたため牽制を行っていた。

 姿を変えた大一は炎駒の遠距離攻撃の狙いを定めさせないようにジグザグに走る。接近戦に持ち込むことが自分の本気を最も引き出せるものであった。

 しかし炎駒も当然それはわかっている。前方に大きめの竜巻を発生させると、それを利用して大一を一気に上へと吹き飛ばした。さらに上空に上がったのを確認すると、狙い撃つように自身の口から火球、さらに大一の上からは雷を落とすという挟み込みの攻撃を行った。

 さすがに避けられないと踏んだ大一は全身に魔力を行きわたらせて体の硬度を上げる。さらに重さも上げて錨を上空から地に向かって振り下ろしていった。火球も雷も受けるもののそれを耐えきった大一の目はギラギラと輝いていた。この一瞬でわかった。炎駒の期待、喜び、弟子として師の想いを感じたのだ。

 大一の振り下ろしの攻撃を防御魔法陣で防ごうとするが、直前になって素早く後退して攻撃をかわす。

 だがそこで攻撃の手は緩めずに、規模の小さい竜巻を周辺に発生させて独楽のように動きながら大一へと向かわせた。四方八方から向かってくる攻撃にも体を重くさせて吹き飛ばされないようにすると、錨と背に生えた尻尾で器用に処理していった。

 その隙を見て、先ほどの数倍はある火球を炎駒が撃ち出す。見た目以上に濃い魔力は、最初の不意打ちとは遥かに違う威力であることを物語っていた。しかしこの一撃すらも最初と同じように真正面から錨で割った。

 短い時間でありながらも、大一にとってまったく油断できない猛攻であった。火球は彼も知っていたが、竜巻や雷までは彼も初めての攻撃であった。そして防ぐたびにその威力の高さに衝撃を感じるのであった。

 攻撃がひと段落つくと、炎駒は言葉をかみしめるように静かに話す。

 

「…成長しましたな、大一殿。あなたが冥界で話した決意が本物であることが身に沁みました」

『俺なんて、まだまだですよ。炎駒さんが本気を出していないのわかりますもの』

「気づけることが素晴らしいのです。それに正直なところ、私の最後の一撃は実戦級でもあります。あなたは間違いなく強くなっている。それは今後も胸にとどめてください」

『…ありがとうございます』

 

 短い手合わせであった。当然、勝てたわけでもない。しかし、実力の面で炎駒から認められたことは、長い間どこかで常に抱いていた無力感が払しょくされるほど嬉しいことであった。

 目に少し涙を溜めながら、大一は炎駒に笑顔を向ける。化け物のごとき恐ろしい笑顔でありながらも、弟子の屈託のない笑顔は炎駒の心にも安心と光を感じるものであった。こうして久しぶりの師弟の交流は幕を閉じたのであった。

 




9巻が返ってくる見通しがまだ立たないので、アンケートをやってみようと思います。もっと内容的に詳しいリクエストがあれば、活動報告やメッセージの方にお願いします。やり方がまだよくわかっていないので、おかしければ指摘していただけると助かります。


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第71話 愛の不安

別にみんなの前で告白したわけでもないから、関係性は聞かれないとバレませんよね。


 ある日の部室、珍しくそこにはリアスと朱乃しかいなかった。2年生は修学旅行の準備、大一と小猫はアザゼルによるギャスパー外出計画を実行中、教師陣はまだ仕事と軒並み人がいない状態であった。こんな状況では学園祭の準備などやろうとも思えなかった。

 2人で紅茶を飲みながら、その静かさをしみじみと味わっていた。

 

「なんか久しぶりよね、私達だけって」

「ずいぶん賑やかになりましたものね」

 

 考えてみれば、ここ数年で下僕をそろえた上に、天使や堕天使との繋がりまで出来た。リアスとしてもまさかここまで交流関係が広まるとは思っていなかったため、今の静かな環境は懐かしさを感じられた。

 

「でもまた少ししたら修学旅行ですから静かになりますわ。アザゼル先生やロスヴァイセさんも行きますから」

「そうよね…」

 

 朱乃の言葉に、リアスは目を逸らしながら紅茶を飲む。本音を悟られないために少しこわばる表情、特別な相手を思うからこそ出てくる寂し気な目、我が親友ながらなんとわかりやすい反応だと、朱乃は思った。

 

「イッセーくんと会えないのは寂しいわよね。それにアーシアちゃん達もいるから…いろいろと先を越されちゃう心配も」

「わかっているなら言わないでよ」

 

 軽く鼻を鳴らしながらリアスは不満を表す。先日、魔王達の試練なのかおふざけなのか分からないものを一誠と共に乗り切ったリアスであったが、いまいち関係の前進を感じられなかった。

 どうもここ最近、リアスとしても一誠との関係に悩むことが増えてきたのは否定できない。彼を眷属に引き入れ、さらに惚れるきっかけにもなったライザーとの件から数か月。彼女なりにアプローチはしてきたつもりだが、リアスとしては主従関係を抜け出せていない気がした。一誠はたしかに甘えてきたり、胸を触られたりもあるが、男女の関係とはまた違ったのは否定しようもない。

 リアスは親友にアピールするかの如く頬杖をついて指で自身の顔を何度もトントンと叩く。表情も相まって、効果は抜群であった。

 

「あらあら、そんな大人げない様子は見せるものじゃないと思うわ」

「朱乃以外、誰もいないからいいもん。というか、あなただっていい加減にあの龍の気を吸い出すの止めなさいよ」

「それは仕方ないところもあるでしょう。リアスは立場上どうしても無理な時はあるんだし。それに私も前よりは回数は減らしているわよ?」

「それはそうなんだけどー!」

 

 気持ちの整理がつかない様子でリアスは体を震わせる。一誠の腕を考えれば、龍の気を指から吸い出すのは仕方ないことだが、あの儀式自体が扇情的な雰囲気があったため、一誠が朱乃に目移りしているように見えてしまう。

 そもそも眷属の多くが彼に干渉しているような気がして仕方が無かった。女性陣はもちろんのこと、男性陣も含めてだ。それが無いのは仲間になったばかりのロスヴァイセぐらいのものだろう。

 すっかり意気消沈した様子でうなだれるリアスとは対照的に、朱乃は淡々と笑みを浮かべながら彼女の相手をしていた。

 

「自分で言うのもなんだけど、私だって頑張っているつもりよ…」

「それでも上手くいかないから難しいものね」

「まったくよ。元さやに戻ったあなたと大一はいいわよね」

 

 リアスは口をとがらせて、目先にいる笑顔の親友に言う。朱乃は表情をあまり変えなかったが、ほんのりと頬を染める姿は同性から見ても色気を感じられた。

 

「あら、気づかれていたのね」

「まあ、黒影の時の件や最近の様子を見ればね。あなたが大一に特別な感情を抱いているのはわかっているけど、だからってそれに一誠を巻き込むのは止めて欲しいわ」

「…リアス、ちょっとだけ情報が古いわね」

「また前みたいに話しているじゃない?」

 

 朱乃の少し面喰った様子に、リアスも不思議そうに返す。ロキとの戦いの後、バラキエルの一件が解決した彼女は以前のように明るさを取り戻していた。そんな中で大一とのやり取りも以前と同じように、軽口を叩きあうくらいのものになっていた。

 

「それはそうなんだけど、もう少し関係が進んだというか…」

「…えっ、ウソでしょ!?」

 

 朱乃の言おうとしていることに気がつくと、リアスは目を見開いて驚きを露わにする。正直なところ、まるで予想していなかったので親友の告白はあまりにも衝撃的であった。

 リアスの驚きように、朱乃も少し戸惑いながら答える。

 

「むしろ全然気づいていなかったのね。ここ最近、大一だって私のことを呼び捨てにすること増えたのに」

「いやだって、長年の付き合いだったから私の中では勝手にそう呼んでいるものだと…。そうだったのね…へえ…おめでとう」

「ありがとう。ファーストキスもしちゃったし、本当にこれからよ」

「まさか大一から!?」

「私の方から。でも告白は彼からだったわ」

 

 言いたくて仕方が無いように体を弾ませる朱乃の惚気に、リアスは喰いつく。親友の恋愛というだけでも大きな話題なのに、それが自分のよく知る仲間同士となれば気にもなるだろう。

 朱乃の方もこの話をどこかで話したかったようで、いつもの大人びた様子はすっかり鳴りを潜めて嬉しさと気恥ずかしさの入り混じったどこか甘さを感じるような少女の表情であった。

 

「むう…親友同士が上手くいくのは嬉しいけど、羨ましくも思うわ」

「うふふ、嫉妬を受けるのもいいものね」

「相変わらず、そういうところはSなのね。でも気をつけなさいよ」

「あら、大一は私のことを見ていてくれるから大丈夫よ」

「自惚れ過ぎは注意しなさいってことよ。付き合っていても、ぼやぼやしていたら奪われるかもよ」

「…大一がモテるイメージなんてないわ」

 

 朱乃は肩をすくめながら答える。彼女の中で、大一は悪魔になってからずっと気の置ける仲間であった。気軽に毒を吐いても対応してくれるし、共にリアスを支える身として不思議な親近感があった。そんな彼だからこそ、堕天使のことを受け入れてくれたことは嬉しかったし、それからも信頼関係が揺るがなかったことは心地よかった。意識したのはそれこそ自分に協力的にしてくれたことであったが、3年以上の時間で積み重ねた親愛が大きいのは否定できない。

 それゆえか、大一の本当の強みに気づいているのは自分だけという想いがどこかにあった。また彼自身が長年ストイックに振舞っていたのも、他の女子には目移りしないだろうという勝手な考えも抱いていた。

 そんな中で、リアスの指摘は朱乃を少し不安にさせる。考えてみれば、この自信が根拠のないものなのだ。

 

「例えばだけど、私はイッセーがおっぱいを好きなのを知っているわ」

「自信を持って言うことじゃないと思うのだけれど」

「でも好きな人の好みを知っておくことに越したことは無いじゃない?…自分で言っていてあれだけど、大一のそういう好みってわかる?」

「リアス…不安にさせるようなこと言わないでよ!」

 

 少し涙目気味で反論する朱乃に申し訳なさと、普段のSな彼女とは真逆の反応に不覚にも可愛さをリアスは感じるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ったく、この人手が少ない時期にやらせなくてもいいだろうに」

「アザゼル先生の意図はわかりかねます」

「ごめんなさいィィィ!僕のことに付き合わせてしまってッ!」

 

 大一と小猫が目を細めて不満を漏らすのに対して、紙袋を被ったギャスパーがオドオドしながら謝る。身長差のあるこの3人は街中でもそれなりに目立つ組み合わせであった。

 

「いや、ギャスパーは悪くない。アザゼル先生が悪い」

「同意します。渡されたお金で買い物って完全にパシリじゃないですか。お釣りでなにか食べちゃいましょう」

 

 小猫は財布の中身を見ながら答える。このギャスパー外出計画だが、今回はアザゼルのお使いのついでに頼まれたのは事実であった。どうも最近、彼の方にも冥界への連絡に加え、会議の出席、さらに修学旅行も近いせいかどうも忙しかった。

 もっとも本当に忙しいなら、ここまで大一達もぼやきはしない。実際のところは意味の分からない研究など自分の趣味を優先させて、さらに定期的に厄介ごとを引き起こしているため、いくら忙しいと言われても腑に落ちないところがあったのだ。

 すでに買い物も終えていた彼らは歩きながら店を物色する。買い物内容も欲しがる理由が分からない市販の医薬品や徹夜の備えのための栄養ドリンクに加え、新作ゲーム(限定特典付き)なんてものまであるのだからよくわからなかった。

 

「ぼ、僕はもう帰りたいですぅぅぅ!」

「まあまあ、ちょっとくらいゆっくりしていこう。それにリアスさん達だけの時間を作ってあげるのもありじゃないか」

「…先輩、ギャーくん、あそこにしましょう」

 

 小猫が指さしたのは、いつぞや彼女から祐斗の件で相談を受けた喫茶店であった。幸い、そこまで混んでいる様子はなく、3人でそこに入っていく。

 表情には出さないながらも嬉しそうにメニューを取る小猫に、案内された席が人目のつきにくい壁側であったことに安心するギャスパー、荷物を置いて一息つく大一と少なくとも3人ともこの茶店に入ったことは正解であると思った。

 3人はそれぞれ注文すると、再び話し始めた。

 

「正直、ギャスパーは一誠の特撮番組にがっつり出させてもらえたら自信でもつくんじゃねえの?」

「むむむむ無理ですよォォォォ!」

「先輩は出ないんですか?一緒にやりましょう」

「そういえば、小猫は祐斗と一緒になんかの役やっているんだってな」

 

 「おっぱいドラゴン」で出演しているのは一誠だけではなかった。リアス、祐斗、小猫と他の眷属たちも参加している。彼女の役は「ヘルキャットちゃん」というもので、一誠の味方役であった。

 

「いや、なろうと思ってなれるものじゃないだろ」

「で、でもお兄様の龍人(ドラゴン・マン)状態なら悪役とか一発で受かりそうですよ」

「ギャスパー、あの形態はなにもそういう目的で…なんだ、その龍人って?」

「え?アザゼル先生が大一お兄様と一緒にあの形態の名前を決めたって言っていましたけど…」

「あの人は俺のことも引っ掻き回す!」

 

 アザゼルの名づけに大一は頭を抑える。今に始まったことではないが、アザゼルの勝手な決定を受けるのは気分の良いものではなかった。

 そんな大一に、小猫は励ますように話しかける。

 

「…なんか先輩ってアザゼル先生と絶妙に馬が合いませんよね」

「あの人のことは信じてはいるよ。ただそれはそれとして一発殴らないと気が済まないと思うようなことは多い。まあ、今回の件はまだマシではあるが…」

「バラキエルさんの方が気が合いそうでしたよね」

 

 ギャスパーが納得するかのようにうんうんと頷く。実際、その真面目な気質は大一とは合っていたのかもしれない。今となってはそこを言及するよりも複雑な関係になっているだろうが。

 

「朱乃のお父さんってだけで緊張するよ…」

「お兄様も緊張することあるんですね」

「お前は俺を過大評価しすぎだ」

「お、お兄様は自分を過小評価しすぎですぅ!部長や朱乃お姉様に並ぶんですから!」

「過小評価というよりも油断しないに越したことないと思っているんだけだ。そもそも俺はリアスさんや朱乃には食らいついているだけで、みんなどんどん強くなっているから並ぶってのも違う感じがするな」

「…先輩、いつから朱乃さんのこと呼び捨てにするようになったんですか」

 

 大一とギャスパーのやり取りに、小猫が疑問を持って介入する。じつのところ、彼女にとってここ最近の疑問であった。呼び方だけではなく大一と朱乃のやり取りが以前よりもどことなく仲良さげに見えていた。どうも2人の仲が進展しているように感じた。

 

「いつから…この前のデートの時に指摘はされたな」

「ぼ、僕は気になりませんでした…」

「ギャーくん、気づかなかったの?」

「気づいてはいたけど、大一お兄様と朱乃お姉様の付き合いの長さを考えれば、今までが不自然だった気もするし…」

「まあ、名前だけずっと『さん』づけだったものな」

「私が訊きたいのは…」

 

 小猫は迷うに体をもじもじと動かしながらためらった様子を見せる。大一は兄貴分で頼れる先輩というだけで特別な感情は抱いていないと彼女は思っている。思っているはずなのだが、この質問をすること自体が喉の奥を鋭く突きさすかのように彼女の不安を煽った。それでも疑問をうやむやにしたくはなかった。

 

「…先輩って朱乃さんと付き合っているんですか?」

「あー…まあ、そうだな」

「ええっ!?そ、そうだったんですか!」

 

 少しむすっとした表情の小猫と驚愕の表情のギャスパー相手では、大一としては祝われているような感じはしなかった。仲間内で恋愛関係を持つのに対して反対しているのかとすら思ってしまう。だがすぐにそれが誤解だということがわかった。

 すぐに小猫は緊張が解けたように大きく息を漏らした。何となく腑に落ちたような気持ちであった。彼の人柄と人間関係を考えれば、拗れたままの関係性を疑う方があまりにも疲れてしまうからだろう。それに大一が一誠と同じように女性に興味があることがハッキリとわかったのも安心を感じてしまったのだ。

 ギャスパーの方も目を輝かせて、その報告に興味深そうにしていた。

 

「先輩、おめでとうございます。これはここでお祝いですね」

「わあ、朱乃お姉様と大一お兄様が…僕なんか嬉しいですぅ」

「ああ…後輩の優しさが胸にしみる…ありがとな、2人とも」

 

 大一は安心と純粋な祝いに胸を押さえる。どうも一部のメンバー相手では絶対にこんな祝われ方をしなかったであろうと思ってしまったのだ。

 間もなく注文していたメニューが運ばれてくる。ただの休憩があっという間に身内のお祝いに変わり、3人とも甘いものに舌鼓をうつのであった。

 

「…私もいつかは…」

「小猫ちゃん、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない」

 

 胸のつっかえが取れた小猫は運ばれてきたケーキを幸せそうに、同時に何かを決意したかのように頬張った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、大一は口をあんぐりと開けていた。朱乃から後で部屋に来て欲しいと呼ばれたから、入浴後に彼女の部屋に行くと不思議な格好の彼女に迎えられたからだ。

 

「ど、どうかしら…?」

 

 黒い色のウサギの耳に、胸元や太ももの露出が激しい同色の服、脚を誘惑的に見せる網タイツといわゆるバニーガールの姿となった朱乃は恥ずかしそうに大一に訊く。

 大一は軽く深呼吸すると表情を落ち着かせていった。

 

「ちょっと待ってろ。体温計を持ってくる」

「熱はありません!」

「じゃあ、一誠かアザゼルの野郎をぶん殴って来る」

「別に無理やり着せられたわけでもありません!」

「いやだって、そんな姿をする理由が俺には思いつかなくて…」

「だ、大一に気に入って欲しいからって理由じゃダメなの!?」

 

 恥ずかしさをかき消すためだけに出したような大声で朱乃は答える。身体を押さえながらところどころ隠すように立つ彼女は表情と相まって、非情に誘惑的であった。だがその姿以上に、彼女の言葉の方が大一にとっては心に響いたのであった。

 

「考えてみれば、けっこう一緒にいるのに大一がどういうの好きなのか知らないし…私だっていろいろ考えているんだから…」

 

 この日の部活にリアスに指摘されたことが不安になった朱乃はどうにかしてこの不安を解消したかった。そのため、以前コスプレをして嫉妬心を引き出そうとしたように、再び情を煽るような格好をして今度は想い人相手に直接的にアピールして彼からの愛情を引き出したかった。

 大一はそんな彼女に対して、努めて優しく声をかける。

 

「俺にはそう思ってくれるのが嬉しすぎるよ。それとごめん。不安にさせてしまったな」

「…大一の愛情が欲しいというのはワガママ?」

「まさか。でもさすがに家では他にも人がいるから…うーん…ちょっとごめん」

 

 大一は朱乃のことを静かに抱きしめる。力こそ強くなかったが、想い人に抱かれその温もりを感じるだけでも彼女の心は満たされていった。

 

「抱きしめるだけ?」

「欲しがるなぁ」

「だってこの前のキスは私からだったわ」

「…それを言われたら、何も言えないよ。ほら顔上げて」

「うん」

 

 2人の唇が重なる。先日のと決定的に違ったのは、ねだられたとはいえ大一の方からしたことだろう。今度こそはもっと彼女をリードしようと思う大一に対して、朱乃は満足そうにその行為に笑みを浮かべるのであった。

 

「…ところでその衣装はどこから?」

「この前のコスプレ衣装よ」

「そんなに買ったの?」

「まだまだあるわ。また見せてあげる」

「嬉しいけど…反応に困るな」

 




9巻がこの休日に戻ってくることになったので、そしたらプロットを練りたいと思います。アンケートは一度締めきりますので、ご容赦ください。


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第72話 匙との一日

9巻戻ってきたんで、プロット練りながら書きかけだった今回の話をお出しします。


 その日の早朝、大一はいつものようにトレーニングに励んでいた。走り込み、筋トレ、柔軟体操、武器の素振り…悪魔になってから日課として行っているものである。

 しかしこの日はいくつか違う点があった。まず場所が駒王学園の運動場であることだ。広さは充分、この場でトレーニングすることに特別不都合はなかった。

 そしてもうひとつ、いつもと違うこととして彼ともうひとり、このトレーニングを行っていた少年がいた。

 

「朝からこの回数をこなすのは相当ですよ」

「そんなこと言いながら、しっかりついていくお前はさすがだよ。それにこのトレーニングはやっておかないと身体が鈍るんだよな。鍛えるというよりも、維持するためのものだ」

 

 大一が錨を素振りする隣で、匙がスクワットをする。この日は早朝から匙は大一との練習に付き合うことになっていた。先日、ソーナから匙の特訓するにあたり、大一のトレーニングに付き合わせて欲しいという打診を受けた。特に断る理由もないため承諾したものの、大一としては名指しで指名されたのが疑問であった。

 

「特訓するなら、一誠とか祐斗とかゼノヴィアとかもっと他にもいたと思うんだけどな」

「会長には会長の考えがあるんだと思います。それに2年生だと修学旅行近いですし」

「それ言ったら、お前もだろうよ」

 

 大一の返しに、匙は特に反応はしなかった。正直なところ、匙も今回の特訓については主のソーナから命じられるままでその真意まではわかっていなかった。基礎的なトレーニングは彼も充分に積んでいるし、厳しいしごきもグリゴリでやらされた。今さら大一との特訓、しかも1日限定で付き合う理由もわからなかった。

 その後も2人は黙々と特訓をこなしていく。夏も終わったのに互いに運動着が汗にびっしょりと濡れるくらいまで動いた辺りで、彼らは切り上げた。

 

「ソーナさんも2年生のこの忙しい時期にやらなくてもいいと思うんだけどな…」

「アガレス家とのゲームも近いので」

 

 大一のぼやきに、突然聞こえた声が対応する。ソーナが満足そうな表情をしながらこちらに向かってきた。彼女の後ろには同じ生徒会の1年生、仁村留流子も一緒にいた。

 

「会長!仁村!どうしてここに?」

「頑張っている僕の様子を見に来るのは変なことですか?」

「い、いや、そういうわけじゃ…」

 

 匙は少し気まずそうに同時に照れくさそうに頭を掻きながら答える。又聞きではあったが、匙はソーナに好意を寄せていることを大一は耳にしていた。彼の反応を見れば、その気持ちが明らかであった。もっとも大一はソーナと一緒にいた仁村の視線も気になった。前回の試合の時に匙と一緒に行動して小猫に敗北した彼女であったが、ソーナに対しての匙の反応に非難とはまた違った不満そうな視線…生徒会の恋愛事情の複雑さはオカルト研究部にも引けを取らないようだ。

 

「大一くん、引き受けてくれてありがとう。今日は匙をよろしくお願いしますね」

「今日と言っても、あとは放課後と夜の悪魔の仕事くらいですよ。仕事は別に特訓じゃないですし、本気でやるなら休日に一誠とかの方がよかったと思いますがね」

「リアス達ほどではありませんが、私もあなたとはそれなりに付き合いは長い方ですから、匙に必要なのはあなたの方だと思っています。それに学ぶことは何もトレーニングだけではありませんから」

 

 ソーナは含みのある言い方とそれに見合ったような表情で答える。リアスほど無茶苦茶はしない彼女だが、それでも別の方向で底知れない雰囲気があるのは否定できない。

 だがそんな面のある彼女を知っているからこそ、大一はいつものように振舞った。

 

「まあ、俺もソーナさんには一誠の件もあってよくしてもらっていますから、最善はつくしますよ」

「さすがは学園トップクラスの人気者を堕としただけはありますね。頼りがいが違います」

 

 この言葉に空気…というよりも後輩2人の視線が変わるのを感じた。恥ずかしさと気まずさが得も言われぬ感覚を抱かせる。

 

「…あの、どこで聞きました?」

「リアスからです。勘違いしないでください、私は応援していますよ」

「それはどうも…」

「では私はこれで。匙、頑張ってください。留流子、あとはお願いします」

 

 伝えたいことだけ伝えて、ソーナは去っていった。彼女の後ろ姿を見ながら、今からこの面倒な空気間をどうにかする必要があると思うと、朝から胸の内がモヤモヤする気持ちであった。

 

 

「「師匠!よろしくお願いします!」」

「誰が師匠だ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 3人は近場に座り込み(仁村がわざわざシートを持ってきていた)、休憩する。大一も匙も朝食を取っていたため、もっぱら話を回していたのは仁村であった。

 

「駒王学園大人気のマドンナのひとり、姫島朱乃先輩。その和風な容姿端麗さに加えて、包み込むような優し気な雰囲気…その人に恋人ができたとならば学園中が震撼する大ニュースですよ!」

「お前みたいな反応だけならどれだけ楽だろうな」

 

 大一はコンビニで買ったパンを頬張りながら答える。2人に問い詰められて大一は朱乃との関係をあっさりと白状した。もちろん隠すことでは無いのだが、もし彼らが生徒会でなければ口を割らなかっただろう。

 

「この特大スキャンダルはドキドキしちゃいますよ!ねえ、匙先輩?」

「仁村、落ち着けって。でもたしかに男としては羨ましい限りだと思いますよ」

「言っても、相手は俺だぞ?」

「いいじゃないですか。私の中では大一先輩は、会長やグレモリー先輩に並ぶほどですよ。むしろ学園では兵藤一誠先輩の兄という評価で苦労していると思います」

「評価というか事実だからな。まあ、2年生の頃からその件で振り回されることが増えたのは否定しないが」

「むしろ先輩ってそれ以外のことをあんまり聞かなかったんだよな」

 

 匙の言葉に仁村も頷く。大一自身もリアス達の人気を知っていたから、意図的に距離を取ろうとしていた面はあった。とはいえ、それにも限界があり1年生の頃は必至で他の男子生徒相手に説得していたこともある。2年生になって一誠が入学してからは、彼含めた変態3人組を相手に必死で走り回っていた面もあり、その嬉しくない形で信用を勝ち取ったこともあった。

 仁村が差し入れしてくれたサンドイッチを飲み込むと、匙は少し考え込むようにつぶやく。

 

「仁村、ごちそうさま。美味かったよ。しかしグレモリー眷属が羨ましく思いますよ…。兵藤の話とか聞くとどうも…」

「匙、俺も兵藤だから一誠でいいと思うぞ」

「先輩は大一先輩ですから。いやそんな事はどうでもいいんです。俺だって会長と…ハア…」

 

 匙はため息交じりにうなだれる。ソーナの規律意識の高さと生徒会の忙しさを考えれば、グレモリー眷属はかなり自由なのは間違いない。しかも一誠とリアスの関係性や行ってきたスキンシップを考えれば、同じように主に想いを寄せ彼の気持ちも理解できた。

 一方で、仁村も少し頬を膨らませて匙を見ていた。あまり怒っていない様子に見えるのは、先ほどのお礼もあってだろうか。わりと露骨に嫉妬を受けているのに匙は気づいていない様子に見えた。この光景はどことなく一誠とアーシアの関係性を思い出させた。

 

「というか、俺は別にお前らにそういう話を聞かせようとしたわけじゃないぞ。匙、汗流してくるぞ。ウチの部室のシャワーを使っていいから」

「使って大丈夫なんですか?」

「俺があとで掃除しておくからいいよ。さすがに水の魔法で洗い流すわけにもいかないからな」

 

 片付けに入りながら話す大一に、匙と仁村が目を丸くする。「魔法」という単語が意外だったようだ。同時に匙の方は関心と少しだけ不思議そうな感情を表情に現わしていた。

 

「先輩って魔法も使えるんですね」

「戦闘ではまったく使えないけどな。どうも俺は魔力を変化させることができなくてな。やれることはやっておきたくて、夏休み中に魔法を学んだんだが…感覚よりも計算を必要とする分、まだそっちの方ができたな」

「魔法と言えば、ロスヴァイセさんが入ってグレモリー眷属は揃ったんですよね。北欧のヴァルキリーってすごいです」

「あの人に頼み込んで教えてもらおうかな…あっ」

 

 片付け中に大一の腹が少しだけ鳴る。ディオーグと融合してからの空腹感は自覚していたつもりなのに、ケチってパン2個しか買わなかったのが尾を引いてしまったようだ。

 

「ごめん…」

「いや別に気にしませんが…けっこうドラゴンの融合って弊害がありますね」

「お前や一誠と違って神器に入っているとかじゃないからな。まあ、我慢しかないよ」

「おにぎりでよければありますわ」

「嬉しいな。ありがた…うおっ!?」

 

 いつの間にか来ていた朱乃に3人とも驚く。相変わらずの穏やかな笑顔で立っていた制服姿の彼女は、普通の男子生徒なら見惚れるだろうがこの急な登場にはさすがに驚愕の感情が優先された。

 

「…いつからいたの?」

「ついさっき。おはようございます、2人とも」

「「お、おはようございます」」

 

 朱乃は笑顔を崩さずに匙と仁村にあいさつをすると、大一へと向き直る。その表情から一言以上物申したい様子であった。

 

「それにしても言ってくれたら作っておいたのに」

「いやこの早朝だし、そこまでしてもらうのも悪いし…」

「イヤだったら私も断るから気にしないで。はい、お昼の分のお弁当。今日は購買とかで済ませようとしていたんでしょう」

「ありがとう。どこかで埋め合わせはするよ」

「期待しているわ。行きましょうか」

 

 4人はオカルト研究部のある旧校舎へと向かった。その間も大一と朱乃のやり取りを見ながら、匙はこれがいつもの2人であることを実感した。

匙がシャワーで汗を流している間、大一は朱乃のおにぎりを頬張り、朱乃は仁村と何かを話していた。仁村の表情はいつぞやの冥界へ向かう列車内のアーシアを彷彿させるようなものであったことから、話の内容がなんとなく察せられた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 すっかり日もくれた頃、大一は移動用魔法陣の前に立っていた。これから生島のところへと向かうのだが、今回は彼だけではなく匙とロスヴァイセも行くことになっていた。

 さすがに時期が時期なので彼女にビラ配りをさせる暇はなく、かといってまったく悪魔の仕事を関わらせないわけにもいかなかったため、ちょうど人手が欲しいという生島の依頼に同行することになっていた。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそお願いします。生島さんはちょっと風変わりですが、いい人ですよ」

「学ばせてもらいます」

 

 スーツ姿でロスヴァイセは気合いを入れるように拳を作る。容姿と身長で大人びていたが、内面や言動は少女らしい印象であった。

 隣に立つ匙の方は落ちつかない様子でそわそわしていた。グレモリー眷属ばかりの部屋にひとりいることが気になるのかもしれない。結局、朝と放課後に一緒にトレーニングして昼休みに話した程度でなにか出来たように大一は思えなかった。たまにトレーニングについて訊いてくることはあるが、それで何かが変わったような印象は見られない。

 時間になったことを確認したリアスは大一に声をかける。

 

「それじゃ、大一。2人をよろしくね」

「わかりました。行きましょう」

 

 3人は移動用魔法陣に立つと、生島の店へと飛んでいった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 無事に転移した大一達を生島が迎える。だが開口一番、生島はガッツポーズを取りながら歓喜の声を上げた。

 

「来たわぁぁぁぁ!!!」

「生島さん、落ち着いてくださいよ!何があったんですか!?」

「これが落ち着いていられるわけないでしょッ!たしかにお得意様のパーティの片付けのために人手が欲しいと言ったのは私だわ!しかしまさかこんな綺麗な人を…大一ちゃんが話していた人を連れてきてくれるなんて…!外国人よね?もちろん紹介してくれるのよね!?」

 

 グイグイと迫って来る生島に、大一は後ずさりしながら彼の言葉の意味を考える。勢いで話してきたため、一瞬何を言われているのかが理解しかねたが、間もなく少し前に生島に対して話していたことを思い出した。

 

「違いますよ!この人はウチの眷属の新入りのロスヴァイセさんです!今回は初めての悪魔の仕事を経験するために来たんですよ!もうひとりは訳あって協力してくれる後輩の匙です!」

「ロ、ロスヴァイセです。今日はよろしくお願いします」

「匙元士郎です。グレモリー眷属とは違いますが、今日は大一さんからいろいろ学ぶために来まして…」

「生島さんショック!大一ちゃんがついに彼女を連れてきてくれたと思ったのにッ!」

 

 生島は涙ながらに床に膝をつきながら、拳で床を叩く。がっしりとした体格からその勢いはすさまじく、同時に悲惨さも一層強力なように見えた。涙姿をここまでインパクトの強い様子に仕立て上げられるのは、おそらく彼だけだろう。

 さすがに匙も驚いて引いてしまったが、一方でロスヴァイセはなぜかうなだれていた。

 

「うう…私だって好きで彼氏を作らないわけじゃないのに…」

「ロスヴァイセさん、その話は後でしましょう」

「メソメソしない!あなたはまだ若いんだから、その年齢で彼氏がいないくらいでへこたれているんじゃないわ!ちょっと来なさい!お話するわよ!」

 

 そう言うと、生島は手際よく飲み物を入れたグラスを2人分持ってロスヴァイセをテーブル席の一角へと連れていく。よく見ると彼の分のグラスにはウィスキーが注がれていた。この時点で今日の仕事が意味をなさないような気がしてしまった。

 

「これは今日は無理かもな…」

「大一さんのお得意様って強力ですね」

「いい人なんだけどな。ちょっと俺のことを心配してくれた結果がこれだよ」

 

 大一の顔は言葉とは裏腹に穏やかであった。彼の様子だけで生島への感謝の気持ちが傍目から見ても明らかであった。

 

「そういえば、今日は悪かったな。付き合ってもらいながら何もしてやれなかった」

「いえ、大一先輩とのトレーニングは楽しかったですよ」

「お前は優しい奴だよ。今度は模擬戦とかもやろうな。俺もお前の強さをしっかりと経験したい」

 

 期待を込めるように大一は匙の肩を軽く叩く。匙は大一の横顔を見た。先ほど同様に穏やかな表情…よくここまで落ち着いていられるものだと彼は思った。境遇こそ恵まれているのだろうが、決して才能は豊かではなく、血のにじむような努力を何度もしてきたとソーナから聞いている。朝のトレーニングも今でこそ軽くこなしているが、悪魔になった当初は過酷であっただろうし、他の強い仲間達にもコンプレックスは感じていたであろう。それでも必死に食らいつくことを彼はしてきたのだ。

 

「やっぱり先輩はすごいですよ…」

「褒めるなよ。俺は恵まれているだけだ」

「でもそれを言ったら───」

 

 匙は言葉を飲み込む。一誠の顔が浮かんだのだ。神滅具という特別な力を持ち、主との関係も羨ましい限りだ。一誠が勝るとも劣らないほどの努力をしているのは知っている。自分の想いが彼に劣っているとも思わない。だからこそ前のゲームでは彼を抑えることができたのだから。

 それでも常に一歩以上前を行くライバルの存在に匙は焦っていた。自分も同じように様々なバックアップを受けているし、感謝もしている。しかしどう頑張っても一誠に追いつけないのだ。ロキとの戦いでも一誠の強さを目の当たりにした。その気持ちの強さに敵わないとも…。

 少し物思う匙に気づいたのか、大一は匙の方を向く。

 

「いろいろ悩んで辛いと思うがな、それはお前の強さだと思うぞ」

「俺は…ただ…たまに思うんです。色んな人に認められても、どうしても自分の思い通りに強くなれない時があって…」

「それを悩んで強くなるためにどうすればいいかを考える。それでいいじゃないか。強さはひとつの要素で決まるわけじゃない。だからこそ自分の辿ってきた考えや、経験は強くなっている要因でもあるんだ。お前はお前のままで強くなればいいし、それは間違いじゃないよ」

「先輩はそうやって乗り越えてきたんですか…?」

「最近になってようやく気づけただけだ。たくさんの人たちのおかげでな。言っただろ、恵まれているってな」

 

 肩をすくめる大一の姿は説得力があった。たった1日だけではあったが、彼のトレーニングがどのようなものかを経験し、彼の仲間とのやり取りや客への理解を目の当たりにしたからこそ、その言葉に説得力が生まれたのだろう。

 そして彼の言葉に匙は少しだけ自信がついた。自分なりに強くなる、その上でライバルである兵藤一誠を追い越す、この気持ちに改めて整理がついた気がした。

 男性陣のやり取りが一段落したところで、生島が大一へと呼びかける。

 

「大一ちゃん、決めたわ!ロスヴァイセちゃんと契約するわ!そして彼女にウェディングドレスを着せるのよ!」

「なんですか、その目標は…」

「うえぇぇ…生島さぁん…」

 

 ロスヴァイセは疲れ切った様子で涙と鼻水で顔を汚していた。もはやどっちが依頼主か分かったものじゃなかった。

 

「手始めに大一ちゃんか元士郎ちゃんどうよ?」

「見境なさすぎですよ」

「ダメですよぉ…特に大一くんなんて朱乃さんと付き合ったばかりなんですからぁ…」

「なん…だと…!まさか姫島ちゃんと…!これは…赤飯を炊かなければッ!」

「生島さん、片付けやりましょうよ…」

 

 夜とは思えない騒ぎの中、匙の心は忙しさとは裏腹に穏やかであった。

 




自己肯定感低い人にはとことん優しいのが生島さんです。
次回から、9巻分に突入しようと思います。


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修学旅行はパンデモニウム
第73話 呼び出しを受けて


今回から9巻の始まりです。


 2年生の修学旅行が間近に迫ったある日、グレモリー眷属は冥界にあるリアスの実家に来ていた。新たに眷属となったロスヴァイセの紹介がメインであったが、帰り際にたまたま寄っていたサーゼクスにあいさつしようとすると、なんとこれまた偶然居合わせたサイラオーグと鉢合わせした。その結果…

 

「サーゼクス様の意向とはいえ、まさかこんなことになるとは…」

「急な展開よね」

 

 大一のぼやきに朱乃が頷く。場所はグレモリーの城の地下にある広いトレーニングルーム。その中央で一誠とサイラオーグが向かい合っていた。サーゼクスの計らいで、今からこの場で2人は手合わせすることになった。互いに格闘が主体の2人ではあるが、どこまでのものになるかはいまいち読めなかった。

 一誠がブーステッド・ギアを出す一方でサイラオーグは黒いタンクトップ姿になる。覗かせる肉体は岩のように強固な印象を受けるほど、屈強であった。

 

(すごい筋肉だ。龍人状態の俺らくらいあるぞ)

(お前の肉体は、身長のわりに絞り込まれた感じだからな)

(前より食べるようになってから少しは増えているよ)

 

 中にいるディオーグもこの手合わせには興味を示したのか、起きて事の次第を見守っていた。

 一誠が禁手に至る準備を始める。その間、サイラオーグはまったく動かなかった。禁手化した一誠の全力に期待しているのは明白であった。間もなく一誠の身体が強固な赤い鎧によって覆われると、手合わせが始まった。

 目の前で起こっている勝負はあまりにも衝撃的であった。一誠とは何度も模擬戦をしているし、彼の魔力や活躍もよく知っている。神滅具と呼ばれるほどのブーステッド・ギアの力もよくわかっている。だからこそ、身ひとつでそれに対応しているサイラオーグの実力は衝撃的であった。

 

「俺の武器は3つだ。頑丈な体、動ける足、体術。───いくぞッ!」

 

 その言葉は事実だろうと、大一は思った。一誠の拳を正面から防ぎ切り、ブースト機能で加速する相手にも追いつくスピード、そして強固な鎧をも砕く拳打…動きのひとつひとつが彼の強さと裏打ちされた努力を物語っていた。

 しかし一誠も負けてはいない。「戦車」へとプロモーションすると、サイラオーグに対して何倍にも強化した重い一撃を放った。サイラオーグもカウンターで一誠の腹部に鋭い拳を入れるが、彼は耐えながらも連続で拳を振るっていく。ついにはサイラオーグ相手に鼻血を出させた。

 互いに油断ならず、拳の応酬を行う。もはや手合わせというには2人も全力で打ち合っているようにしか見えなかった。だが一誠が徐々に押されていく。やはり実力面ではサイラオーグの方に一日の長があるように思えた。

 そんな状況で、アーシアが突然叫びだす。

 

「イッセーさん!パ、パワーアップです!お、お、お、おっぱいを触ればイッセーさんはもっと強くなるんです!」

「そ、そうか!イッセーはおっぱいドラゴンだ!私たちの胸を触れば力が増す!部長!どこか、ここでスイッチ姫のお役目を披露していただきたい!」

「リアスお姉様!わ、私でもかまいません!どうか、イッセーさんにお、お、おっぱいの力を!このままでは負けちゃいます!」

 

 アーシアの提案に乗っかるようにゼノヴィアも叫ぶ。どんどん仲間達がヒートアップしていくのに対して、サイラオーグも興味深そうに笑っていた。

 その一方で大一は目をつむり、耳を手で塞いでいる。その様子に朱乃と小猫が不思議そうに見ていた。

 

「…先輩、どうかしました?」

「俺は何も聞いていませんよー」

「ダメね、現実逃避していますわ」

 

 結局、この手合わせは拍子抜けしたサイラオーグの方からのストップで幕を閉じた。サイラオーグも一誠に対して期待しているようで、その成長を次回の試合まで楽しみにしているようにも見えた。どっちにしろ、サイラオーグは両手足に負担のかかる封印を施していたようであったため、この手合わせを続けたところで一誠の敗北は濃厚であった。

 手合わせを見たところで、大一としてはサイラオーグに対して疑問が生じた。封印を施してあれほどの実力、龍人状態で徹底的に守りを固めても本気であったならば打ち砕かれるように思えてしまった。だがそれは不安であり、疑問ではない。彼の腑に落ちないのは…

 

(あの筋肉小僧、まだなにか隠していそうだな)

 

 大一の疑問をディオーグも感じていた。たしかに実力は間違いないが、いかんせん肉体だけでは限界がある。滅びの魔力を受け継げなかったことやそれゆえに肉体をとことん鍛え上げたのは分かるが、身ひとつでトップを目指せるほど悪魔も甘くない。魔王を目指しているような男がそれを理解していないとは思えなかった。

 どこか引っかかりを覚えつつ、この日はお開きとなった。だがこの疑問を先送りにしていくのはあまり賢明とは言えないだろう。サイラオーグとの試合は近づいているのだから。

 

────────────────────────────────────────────

 

 2年生の修学旅行当日、学園にはひとつの学年がまるまるいないため、いつもよりも静かな印象であった。

 そんな学園で大一は早朝から同級生の男子同級生から声をかけられて屋上に来ていた。いつものごとく重苦しい空気が張り詰められる中で、リーダー格の男が言葉を発する。

 

「大一、どうしてここに呼ばれたのかはわかっているよな?最初に言っておくが、俺達はすでに調べはついている。お前と姫島さんの関係性についてだ」

「ああ、そのことか…」

「まずお前の口から聞きたい。姫島さんと付き合っているのか?」

「…事実だ」

 

 大一は落ち着いた様子で質問に答えるが、内心は身構えていた。現状、彼と朱乃の関係を知っているのはオカルト研究部や生徒会のメンバー、あとはアザゼルや生島くらいであった。だが先日の仁村の予想通り、このニュースはそれなりに学園内でも騒ぎ立てるものとなっていた。朱乃と付き合っている人がいる、という噂だけで誰なのかというところまでは不明であったようだが、さすがに同級生たちにはバレていたようだ。

 これから決闘でも起ころうかというような雰囲気が漂う中、目の前の男が大きく息を吐く。

 

「そうか、お前とか…。安心したよ」

「…えっ?」

 

 その反応に大一は面食らう。罵声やら文句が向かってくると思っていただけあって、彼の反応は意外であった。他の同級生たちもうんうんと首を縦に振ったり、ため息はつくものの「まあまあ」と口に出していたりと、彼らの落ち着いた様子は大一にとって予想外であった。

 

「まあ、よかったな、うん。ショックはあったが」

「俺はもっといろいろ言われるものかと思われたよ」

「言っておくが、お前だから俺らも許したんだからな!どこの誰かも知らない他校の奴とかじゃないぶん、マシというだけだ!コイツなんて、姫島さんのこと本気で好きだったんだぞ!」

 

 リーダー格の男の右隣にいた痩せた男はうなだれ気味で少し涙声になりながら話す。

 

「いいんだ…俺よりも大一の方がはるかに仲良かったしさ…俺なんてクラスでも地味な方だから…」

「そんな悲しいこと言うなよ、飯高。去年の学園祭で人気のたこ焼きを作っていたじゃないか」

 

 大一の言葉に、今度は同級生たちが先ほどの彼と遜色ないほど驚いた表情になる。

 

「お前…俺らの名前を憶えていたのか」

「そもそも同級生なのに忘れるかって話だよ。飯高孝介、あのたこ焼きは本当に美味かったぜ。林田海斗は俺と同じ中学校で同じ班で学級新聞も作ったことあったな。勝馬裕司は前に中指立ててくれたよな。まあ、代わりに俺がいなかった時に日直やってくれたからそれでおあいこにしようぜ。あと三谷澤晃が1年生の頃に委員会でやっていた本の紹介文、あれはいまだに覚えてるくらい俺の中では印象的だった。そして───」

 

 次々と指さしながら最後に正面に立つリーダー格の男へと指を向ける。男の表情は関心と驚きの両方が混在していた。

 

「大沢剛、男が少ない駒王学園でも毎年体育祭を引っ張ってくれるのは忘れようがないよ。お前らがどう思っているかはわからないがな、俺は少なくともしっかり覚えているよ」

 

 一気に話し終えた大一は、軽く息を吐く。名前はともかくそれぞれのことまで覚えているとは思わなかった。別に彼らと特別仲が良かったわけではない。むしろ面倒だと思ったことの方が多いし、何度もリアスや朱乃の件で呼ばれたことはある。それでも余裕のない悪魔として生活を送る中で、なんだかんだ学生としての繋がりがあった彼らのことは無意識ながらありがたかったのかもしれない。

 大一の言葉にリーダー格の男…大沢はどこか照れくさそうに頭を掻く。

 

「まず…人に指をさすのは失礼だぞ」

「おっと、悪かった」

「まったく、勝手に敵視していた俺らがバカみたいじゃないか…。もし振られたら声をかけてくれよ。失恋パーティくらいは開いてやる」

 

 そう言い残すと、彼らは大一の横を通り過ぎながら屋上から立ち去っていく。別れ際に背中や肩を叩かれたが、いつものような必死さよりも親しみの方が感じられた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「…ということが朝にあった」

「それなりに人望ありますよね、先輩」

 

 昼休み、早朝での出来事を大一は仲間内に話す。部室にはリアス、朱乃、小猫、ギャスパーと学園に残るメンバーが集まって昼食を取っていた。大一のこの話に朱乃は満足げに笑っている。

 

「責められるのも覚悟したんだがな…」

「あらあら、私は気にしていませんわ」

「朱乃さん…じゃなくて朱乃は自分の人気を理解しているのかどうかわからない時があるな。正直なところ、もっと変な噂が立つことも覚悟はしていたんだよ。ちょっと前に生徒会の仁村もいろいろ推測していたし」

「で、でも先輩が朱乃お姉様と仲が良いことはけっこう周知の事実ですから…」

「まあ、立場を考えれば今さらという感じはします」

「そう思うと、一番騒がしかったのは一誠達だな」

 

 この関係性を身内で一番遅く知ったのは2年生組であった。祐斗は特別反応せずに祝ってくれただけであったが、他のメンバーはとにかく騒がしいことに尽きた。一誠は祝いながらも、「納得できねえ」の連続、アーシアは半泣きで万歳三唱状態、イリナはなれそめからこれまでの経過を根掘り葉掘り聞こうとするし、ゼノヴィアはちょこちょこ答えに困る質問をぶつけてくる。

 思い返すだけで胸を押さえたくなるような光景だったのは否定できなかった。

 

「そういえばイッセー先輩達、そろそろ京都に着きましたかね?」

「さすがに着いたと思うわ。今頃、京都を楽しんでいるでしょうね」

「認証のカードは渡しました?」

「さすがに忘れないわよ」

 

 リアスが弁当のおかずをつまみながら答える。通常の授業があったため、彼女のみ一誠達の見送りに行っていた。その際に悪魔が歩き回るために必要な通行証を渡していた。京都は妖怪の総本山でもあり、神社なども多いため悪魔が歩き回るには通行証は必須であった。

 

「元気に行けたらそれでいい」

「むしろイッセーくんと会えなくて、リアスが泣いちゃうかも」

「ふーん、昨日いっぱい甘えてもらったもん。おっぱいでいっぱい癒してあげて、イッセーを補給したもん」

「胸触らせるのを堂々と言うのっておかしいことですからね」

 

 リアスが子どもっぽく朱乃に反論するのに、大一はツッコミを入れる。いまだにリアスと朱乃の謎の張り合いは見られた。そしてこの一言でスイッチが入ったかのように朱乃は隣に座る大一との距離をぐっと詰めて体を密着させると、狙うように上目遣いになる。

 

「負けていられないわ。ねえ、大一…」

「いや、やらないよ!?ましてやみんなのいる前で!」

「せ、先輩もイッセー先輩みたいに大きいおっぱいが好きだと…」

「ギャスパーの俺への評価はどうなっているんだ!」

「…ギャーくん、あとでニンニク料理の刑ね」

「ええっ!?こ、小猫ちゃん、僕なんかした!?」

 

 徐々に歯止めの利かない騒ぎになっていく中で、大一は上着の内ポケットから魔力を感じた。炎駒からの緊急の連絡の時のものだ。と言っても、これまで緊急のものということが無かったため、この魔力の感覚がどういう意味だったのかが一瞬わからなかったほどだ。

 すぐに取り出して魔法陣に魔力を流すと、半透明の炎駒の顔が映し出された。

 

『おっと、食事中に申し訳ない。先日ぶりですな、皆さま』

「炎駒さん、何かあったんですか?」

『あまり時間が無いので、単刀直入に話します。大一殿、今日の夕方にでも京都に向かって頂きたいのです』

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 炎駒の言葉に全員が驚きの声を上げる。吹き始めの秋風によって揺れる木の音がどことなく不気味な印象を抱かせた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 竹藪が風に揺られる音、水車が静かに回る音、使い込まれたふすまが動く音、そのすべてがこの屋敷に見合っていると家主は思った。心を落ち着けるために、墨をすり、筆を執っていたが、彼女にとってはこの音もあってこそだと感じた。

 心を静かにしていると、部屋の隅にある火鉢からくぐもった声がする。

 

「本当にお引き受けするつもりですか?」

「旧友から緊急の打診だ。断る理由もあるまい。それに目的についても大方の見当はついている」

「我々に打診をしても意味がありませんのにねえ…」

「だが私も彼の立場なら、同じことをしていたと思うね。もっとも自分で来ないで、弟子を遣わせるというのには不服だが…私のもとに向かわせるということはよほど信頼があるのだろう。紅葉!」

 

 家主の呼び声に、ふすまが開かれてひとりの小さな少年が頭を下げていた。一見すればただの着物を着た少年であったが、その顔には目がひとつしかなかった。

 

「お呼びですか、零様」

「迎えはあなたに任せる。私の式を2人追跡させるので頼んだよ」

「承知いたしました」

 




今後に関わるキャラを出していく予定です。


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第74話 師の旧友

以前、ちょこっとだけ話に出た妖怪が登場します。このあたり、がっつりオリキャラを関わらせます。


 夕方の京都駅は人が多くごった返していた。一度来たことがあるとはいえ、慣れない場所にひとりでいるのは大一としても気持ちが落ち着かなかった。黒い背広姿は身長のせいか学生らしさを打ち消しており、深く被った帽子も若い顔を隠すため、その容姿は実年齢以上に見えた。

 

(この帽子は邪魔だな。被る必要あるのか?)

(2年生が修学旅行に来ているんだぞ。誰かに鉢合わせしていろいろ訊かれる方が面倒だ)

 

 大一は困ったようにディオーグに呟く。昼休みの際に炎駒から受けた話は、「京都に行って旧友の妖怪に会って欲しい」というものであった。あまりのことによくわからなかったが炎駒の様子から緊急性の高さを感じた。

 そして昼休みが終わる頃に今度はアザゼルからメールが来ていた。どうも京都の妖怪と協力体制を敷くために、セラフォルー・レヴィアタンが京都に来ていたのだが、交渉相手である妖怪側大将の九尾の狐がどこかへ消えてしまったらしい。これにあたり、炎駒の知り合いである妖怪が京都に住んでおり、その者から話を聞いてほしいとのことであった。本来ならば炎駒が出向くべきなのだが、ルシファー眷属の仕事がある。その上、相手の妖怪も炎駒が来ないのならば誰か近親者を呼べと指定をしており、学生の立場である程度動きやすかった大一に白羽の矢が立った。

 学校が終わると急いで帰宅して、背広を用意した。さらに数日滞在する可能性もあると言われて旅行カバンに着替えの服を適当に詰める必要まであった。そして家にある移動用魔法陣をアザゼルから指定された場所に調節して、少し前にこの京都駅付近に到着したばかりであった。

 

(あの女と抱き合っていたのも時間の無駄だったな)

(ほんの数秒だからいいだろ!しかも軽いハグ程度だよ!)

(子孫を残すって発想が俺らの種族には無かったからな)

(お前とそういう話をするのは、どうにも価値観の違いが露骨に出るからしたくないわ!)

(あー、つまらねえ!せめてさっきの場所の団子とやらを食おうぜ!)

(そんな時間ないよ。そもそもこれは贈り物なんだから)

 

 頭の中でディオーグと言い合いしているそんな彼の手には大量の串団子が入った袋があった。炎駒曰く、これが好物らしくなるべくたくさん買ってご機嫌を取るようにした方がよいとのことだ。

 大一は落ち着きなく腕時計を確認する。到着したら魔力を発し続けていたら、迎えが来ると言われているのだが、その気配が一向に無かった。さすがに騙されたとは思っていないが、穏やかにはいられなかった。

 するとひとりの少年がひょこひょこと大一に近づいていく。小猫くらいの身長であったが、青い和服を身にまとっており、さらに傘まで被っている。京都とはいえ祭りでもないのにその恰好はさすがに不自然であったが、周りの人は誰も反応しない。

 

「ちょいと失礼、お兄さん。炎駒様の使者と思ってよいですかな?」

「ええ、自分が…うん?キミって…」

「はて?なにか───おっと、これは去年の悪魔さん!?」

「やっぱり!去年の修学旅行ですっころんでいた一つ目小僧か!」

 

 大一は声を上げて、目の前の妖怪を見る。去年の修学旅行の際に駅近くで転んだ少年がいたのだ。さすがに見て見ぬふりは出来なかったので、助け起こすと目がひとつしかなくて驚愕した思い出があった。

 

「あの時は普通の子どものような格好だったのに、今回は和服なんですね」

「私の正装なので。私は『一つ目小僧』ではなく、『豆腐小僧』です。豆腐小僧の紅葉です。それと片言は止めていただきたい。親切にされた相手に優しくされると、どうもむず痒くなりましてね」

「わ、わかった。兵藤大一だ。あの時は名乗れなかったけど、よろしく頼む」

「こちらこそ。では参りましょうか。私の後をついて来てください」

 

 指で軽く合図する紅葉の後を、大一は歩いていく。知り合いに会えたことには安心したが、どうにも緊張は拭えない。これから向かう場所には、敵はいないが味方もいないのだから。

 

────────────────────────────────────────────

 

(なんて術だ…!)

 

 頭の中で大一は感心していた。京都駅からどのように目的地に行くものかを考えていたが、紅葉についていき裏通りへと進んでいくと、周辺に霧がかかり、あっという間に見知らぬ竹林へと到着していた。竹が綺麗に道を作っており、石段がカーブを描きながら上の方にある大きめな和風の屋敷へと繋がっていた。

 どう見ても、京都駅周辺にあるとは思えない。おそらくどこかの山の中だろう。それほどの場所まで一瞬で連れてこられたという事実に、この空間術、結界術を扱う者が気になった。

 大一の考えを察したのか、紅葉が歩きながら説明する。

 

「ここに来るには私達の主に認められないといけません。主の作った独自の術式が各所に組み込まれており、大妖怪でも簡単には入れません」

「これほどの術は見たことがない。その主が炎駒さんのお知り合いなんだよね」

「旧友ということは聞いております。まあ、そもそも主に率いられる我々は京都でも特異な立場ですので…」

 

 腰を低くしながら紅葉は笑う。彼の話す「立場」については大一もある程度聞いていた。これから会う炎駒の旧友というのは、別に京都の妖怪を牛耳っているわけではない。その旧友は遥か昔から様々な地を転々と渡り歩き、多くの妖怪や妖獣と親交を深めてきた。だがさすがに長年の旅順に疲れ、元々生まれ育った京都へと腰を据えることになった。九尾の狐とは友人の関係であると同時に、その卓越した能力と人脈から定期的に協力すること、各地の妖怪との橋渡しを条件に、京都の妖怪たちとは一線を引いた独立軍団としてこの地に居座っていた。

 

「着きましたね」

 

 ガラガラと引き戸を開けて、紅葉についていくように玄関に入る。たしかに大きい玄関であったが、同時に質素な印象であった。普通の下駄箱がありその上には木彫りのクマの置物が置いてある。大家族が住んでいると言われれば信じるだろう。

 すると着物を身にまとった女性が出迎える。顔は口のみで、その口から覗かせる黒い歯が印象的であった。

 

「紅葉や、帰ったかい」

「帰りましたよ、菜種姉さん。例のお客さんです」

「兵藤大一です。炎駒様からの命を受けて、こちらのご主人に会いに参りました。これは皆さまで」

「おや、串団子!零様がお喜びになります。紅葉、客間へ案内して」

「はい、姉さん」

 

 靴を脱ぎ、紅葉に案内された部屋へと入ると大一は目を丸くした。明らかに部屋の大きさが外から見た屋敷に見合っていないほど広かった。壁はすべてふすまとなっており、どことない異様さが漂っている。あの屋敷の外観はどうやら見せかけらしい。あるいは中身の方を術で変えているのだろうか。

 

「では、こちらでお待ちください」

 

 紅葉に勧められた座布団に座ると、彼はにっこりと笑って下がっていく。残された大一は胃の中のものがグルグルと回っているような気持ち悪い想いであった。悪魔としての振る舞いや価値観は学んできたが、いきなりひとりで話し合いの場に放り込まれるとは思ってもいなかった。

 

(…空間は外も中も弄っているな。器用なことをする妖怪だ)

(相当な実力らしい。炎駒さんが出会ったのは悪魔になる前のことだが、その頃から多くの術に精通していると聞いている)

(だが俺ならこんな空間も容赦なく打ち破れる)

(龍のままのお前ならな。あー、緊張する…)

 

 実りの無い話ではあったが、大一の気持ちは少し落ち着いた。話し相手がいるというだけでも、だいぶ心持ちが変わる。

 間もなく一番の奥のふすまからひとりの人物が入ってきた。艶やかな藍色の着物は女性らしさが引き立っていたが、身長は大一よりも高い。だがもっとも目を引くのはその顔だろう。飛び出た耳に整った黄色の毛並み、すっと尖った口元、そして着物にも劣らないほど深い青い色の瞳…面をつけているわけではない。その顔は狐であった。

 

「待たせたな」

 

 狐の妖怪は大一とは10メートル以上は離れたところで座布団に座り込む。見た目での性別はわからなかったが、凛々しくも高い声は女性のようであった。向けられた視線は何もかも見透かしているような印象を与えた。

 

「貴殿が炎駒の弟子か?名を聞こうか」

「兵藤大一です。グレモリー眷属の『兵士』をやらせてもらっています。今日は炎駒様の代理で参りました」

「グレモリー…炎駒の主がそんな名前だったような」

「私はそのお方…魔王であるサーゼクス・ルシファーの妹であるリアス・グレモリー様の下僕です」

 

 大一の自己紹介に、狐の妖怪は目を細める。疑っている…というよりも品定めをしているように見えた。本当に信用に足る実力があるのかということを。

 

「私がなにを期待しているのか分かるかい?」

「…紅葉殿に出会ってから私の後ろについて来ている奇妙な存在が2つ。あなたのものでしょうか?」

「しっかり感づいていたか。感知に長けていると聞いていたからな。ちょっと試させてもらった」

 

 狐の妖怪が指を1本動かすと、部屋が狭まり大一との距離がせいぜい2メートル程度になった。同時に小さな形代が2つ彼女の元へと向かっていく。彼女の式神だろう。

 

「私の名は零(れい)。炎駒とは古い仲でな。久しぶりに連絡が来たと思ったら、九尾の大将について教えて欲しいというじゃないか」

「その件について、今回はお伺いした次第です」

「重要なことほど直接会わないと話そうとしない私の性分をよく理解している。だがこの件について、私はほとんど知らない。せいぜい数日前に八坂の姿が攫われたことくらいだな」

 

 大一は表情に出さなかったが、攫うという単語に反応する。アザゼルはこの件を『禍の団』のものだと睨んでいたからだ。裏で動いているような彼女のことだから、テロリストのことも知っているだろう。

 努めて落ちついた態度を取りながら、話を進める。

 

「行方についても心当たりは無いのですか?」

「無い。もっと言えば、私の方から人手は出していないから手がかりも無い」

 

 淡々と答える零の言葉に、大一の表情はなんとも言えなかった。彼女は九尾の狐の友人ということでこの地に居座れているようだが、そのわりには態度がぞんざいな気がした。もっともただ気の置けないほどの仲であるだけかもしれないのだが。

 

「だが奴の動かす妖怪共…というより八坂の娘とその仲間の一部はどうもこれが貴殿ら、悪魔の仕業だと思っているようだな。まあ、すぐにでも誤解は解けるだろうさ。あの娘は狐というよりも猪のように周りが見えないところがあるからな」

「…零様から説得はしてくれないのですね」

「聞く耳持たないだろうよ。逆に私と炎駒が知り合いだと知っているから余計に疑われるだけだ」

「失礼します」

 

 話を区切るように紅葉がお茶を運んでくる。口の中はカラカラであったが、そのお茶に手を出すことも忘れるほど目の前の妖怪の態度が腑に落ちなかった。

 そんな大一の想いなどまったく介していないかのように零はどこからともなく取り出したキセルを吸っていた。

 

「私が人でなしだと思うか?」

「我々悪魔に対しては思いません。完全な協力関係が組めていないのですから。しかし古くからの友人の九尾の大将に対しては…」

「奴の実力は間違いないし、京都の気が安定しているからこの地には間違いなくいる。今さら私が心配するのも無意味だ。それにテロリストなど…お前の中の龍よりかはマシかもな」

 

 クックッと笑いながら零は大一を見据える。ハッタリではないその深い声と確信めいた視線は、オーフィスに見られた時のように大一の心臓を鷲掴みにするような深みがあった。

 

「…わかるのですか?」

「それほど奇妙な魔力や生命力…私がわからないわけがないだろう。炎駒は私にこのことも知って欲しかったのかもしれないな。だが興味を抱くほどではない。妖怪と融合する者も珍しくないからな」

 

 キセルをしまい、お茶と伴に出された大一の持ってきた串団子にかぶりつく。露骨に話題を逸らし、口と手を動かしながらも、なおその眼は大一から外そうとしなかった。

 3本をあっという間にたいらげて、茶を一口すすると零は怪しげな笑顔を崩さずに口を開く。

 

「同じようにテロリストも興味を抱くほどではない。私達の生活を露骨に妨害してこようとしない限りは動くつもりはないのだよ。そもそも我々は戦闘向きではないのでね。だが八坂と炎駒の関係から、特別に人手を貸そうではないか。紅葉、明日から彼に京都を案内してやれ」

「お任せください」

 

 お茶を出してから部屋の隅に座って待機していた紅葉に指示をする。底知れない雰囲気を持つ零とは対照的に、明るい声で紅葉は答える。

 一方的に話を進められるまま、大一はこの訪問を終えたのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夜、大一は遅れながらの食事を取っていた。場所は「大楽」という料亭なのだが、格式ばった高級店であり当然一人ではない。今日のことをアザゼルとセラフォルーに報告するために来ていた。

 

「…以上が零様と話した内容です」

 

 大一の報告にアザゼルとセラフォルーが腕を組んで考え込む。先ほどまでは一誠達もいたが、彼らは明日も修学旅行があるためすでにホテルへと戻っていた。大一が現れた時は、全員が唖然としていたが説明を受ければあっさりと納得していた。唯一、場違い感があるのはロスヴァイセだろう。事情を知っている大人として残されたようだが、彼女も話の内容には少し困惑しているようであった。

 

「大方予想通りの反応だな。ディオーグにまで突っ込んでくるとは思わなかったが。それでもあいつらから人手を借りられた事実はデカいぞ。パイプはあるほどいい」

「どうやってその妖怪達と連絡を取るんですか?」

 

 ロスヴァイセの質問に大一は上着の内ポケットから擦り切れた紙を取り出す。いびつな形の円が描かれていた。

 

「この紙に魔力を込めれば、紅葉に連絡できます。俺と炎駒さんがやり取りしているのとものは似ていますね」

「やっぱり来てくれてもひとりが関の山か。仕方ないとはいえ、残念だな」

「あんなに非協力的だとは思いませんでした。それにあまり京都の妖怪にも協力的に思えませんでしたし」

 

 大一の疑問にアザゼルは答える。事情をよく知っている上でのその表情は彼を落ち着かせようとしていた。

 

「言っても、あいつらは基本的に静かな暮らしが好きなんだ。余程のことがあれば動くが、問題ないと判断すれば余計に首は突っ込まない。そんな立場でも許されているのは、やはり零の存在だな。とてつもないほどの能力と各地の妖怪との人脈が、この京都でも重宝されているのは間違いない。あとは九尾の狐との親交もあるな。聞けば、相談役でもあったらしい」

「彼女らが動かなければ問題なしということでしょうか?」

「そういうわけじゃないが、ある意味ではあいつらは俺らの実力を信用しているからこその反応なのかもな」

 

 大一はどんな反応をすればいいのかわからなかった。少なくともあの零という妖怪に対して、炎駒のように自分が信頼関係を築くことは至難だと思ってしまった。

 空気が重くなるかと思われた中、セラフォルーが明るい声で話しかける。

 

「でもでも、大一くんのおかげでひとり借りられたのは外交的にも大きいわ。彼女らが協力してくれたのは、各地方の妖怪勢にはひとつのアピールになるもの」

「それもそうか…よし、大一。明日からもこの件よろしく頼むぞ!」

「…やっぱり俺って残らないとダメですか?」

 

 大一は目を細めながら答える。紅葉が協力してくれるという話からすでにイヤな予感はしていたが、やはり今回の一件に大一は使われるらしい。いきなり呼び出しを喰らったあげく、数日滞在することになるのはやはり反応に困った。

 

「当たり前だろ。お前もいまや俺ら大人側の人間だぜ」

「一誠達には修学旅行を楽しめって安心させておいて、俺にはこれですものね…」

「まあまあ、大一くん。せっかくだから私と一緒に京都を満喫しちゃいましょ☆」

「なぜ、レヴィアタン様が…」

「そりゃ、お前の緊急招集の名目は魔王レヴィアタンの護衛の強化だからな。だから明日の午前中だけでも彼女の護衛はしておけよ。名目上でも仕事はしないとな」

「ええ!?初めて聞きましたよ!」

「初めて言ったからな」

 

 あっけらかんとした態度でアザゼルは言う。怒りや呆れよりも、ただ振り回されていく展開に大一は呆然としていた。

 

「大丈夫よ!大一くんはお姉ちゃん、お兄ちゃん仲間であり、魔法少女仲間だからね☆」

「いやですから自分は…」

「よかったな、大一。美人魔王様の護衛だぞ。それとも彼女ができたばっかりのお前にはむしろ困りごとかな?」

「えっ、そうなの?アザゼルちゃん、誰々?」

「いや、コイツはな───」

 

 アザゼルがニヤつきながら、セラフォルーに説明を始める。もはや朝に同級生たちと話したことが遠い昔のように感じた。学生からほど遠くなっていく自分の立場がますますわからなくなる。

 

「だ、大丈夫ですよ!一緒に頑張りましょう!」

「ありがとうございます、ロスヴァイセさん…」

 

 すっかり意気消沈した大一は料理を次々とかきこむ。理解を示してくれるロスヴァイセの存在を持っても、完全にヤケ食いの状態をならざるを得なかった。そして料理を口にするたびに狂ったように「美味い」を連呼するディオーグに羨ましさを抱くのであった。

 




立場があれなだけで、いくらでも振り回されるのがオリ主です。


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第75話 京都の仕事

グレモリー眷属でありながら、ルシファー眷属との繋がりもあるため、便利扱いされることもあるのがオリ主です。


 場所は京都駅付近にある「京都セラフォルーホテル」のひとり部屋。その名の通り、セラフォルー・レヴィアタンが関連するホテルであった。近くには一誠達が泊まる「京都サーゼクスホテル」もあり、大一は同じ学園の後輩たちと鉢合わせしないように、このホテルの一室に泊まることになっていた。

 部屋で着替えて、ジャージ姿になった大一は電話をしていた。

 

「とにかくしばらくは京都の妖怪の大将捜索のために、数日帰れません。早く見つかれば帰れるでしょうが…」

『わかったわ。学園祭の準備は私達で進めるし、学校やご両親もなんとかしておく』

「申し訳ありません…」

 

 電話の相手はリアスであった。今回の一件と、数日間京都に滞在することを報告する為であった。炎駒の方は繋がらなかったため、アザゼルに任せたが今の彼にはそんなちょっとした頼みすらも懐疑的な感情が入り込んでいた。

 

『振り回されているわね。あんまり無理しないでよ』

「お気遣いありがとうございます。でも任された以上はなんとかやらないと…」

『下僕がそんな状態で「もっと頑張れ」なんて言えないわよ。まったくアザゼルは私の下僕をなんだと思っているのかしら』

 

 リアスの不満げな声が電話越しからも伝わる。互いに信頼はあるかもしれないが、どうも余計に利用されているような気がした。もっとも大一もディオーグの件でそれなりに無茶振りをしていたため、仕方ないという気持ちもどこかにあったのだが。

 もちろんリアスとしては自分の信頼する下僕が勝手に使われているということで腑に落ちていない様子であった。そのおかげ、一誠と他の後輩たちの修学旅行での関係性の気がかりが頭の中で吹っ飛ぶほどであった。

 

『とにかく無茶は禁物よ。今のあなたはイッセー達とはまったく別の立場なのだから』

「肝に銘じておきます」

『しかし最初に連絡したのが私で良かったのかしら?朱乃に妬かれるわよ」

「話の内容は事務的なものなので、まずは主に報告するのは当然でしょう」

『あなたの生真面目さであり、たまに無茶をやるイッセーとは違うところね。まあ、話はすぐにでもつければいいわ。ということで、朱乃に替わるわね』

「…はい?」

 

 どうやら彼女らは同室にいたようだ。リアスが朱乃と電話を替わるほんの短い時間、大一はどうにも具合の悪い感覚であった。先ほどのリアスの話を踏まえると、その態度など予想ができる。

 間もなく、朱乃の声が耳に届いた。

 

『もしもし、京都は楽しんでいるかしら?』

「修学旅行じゃないんだから、そんな当てつけみたいな言い方しなくても…なんか気にしている?」

『別にそんなことありませんわ。私への連絡よりもリアスの方を優先させて、明日はレヴィアタン様と護衛なんでしょう。好きに楽しめばいいじゃないのかしら』

「別に好きで行ったわけじゃないって…」

 

 大一は困ったように頭を掻きながら答える。いきなり呼ばれた上に致し方ないことの連続なのだから、ここで朱乃に責められることはお門違いとも言えた。

 ただ大一の中ではそういった考えは一瞬で、すぐに思い直した。元をたどれば、リアスの言う通り、彼女を安心させることを優先させるべきだったのだろう。

 

「たしかに、これは俺が悪かった。朱乃の言う通り、リアスさんよりも先に連絡して心配させないようにするべきだったよ。本当にごめん」

『もうそんなに本気で謝らないで。私だってグレモリー眷属の『女王』としてわかっているわ。まったく妬いていない、と言ったらウソだけどもね』

 

 朱乃自身はできるだけ大一に不信感を抱かれないように振舞っていた。実際のところは不満が無いといえば嘘になる。頭では理解しているものの、先日のリアスから指摘されたことも相まって大一だけでなく、彼以外の女性の立ち振る舞いまで気になってしまっていた。それでも彼女も理性的に振る舞い、この不安をさらけ出さないようにしていた。大一に余計な心配をかけさせることなどは彼女もしたくないのだから。

 大一は電話越しの言葉に目を細める。

 

「…帰ったら、一緒にデートとかしないか?朱乃が満足するまで付き合うよ」

『私は別にそういうつもりで言ったわけじゃ…』

「俺がそうしたいんだ。それが理由じゃダメかな」

『…ズルいわ、いつも私を安心させてくれるもの。なにをお願いするか考えているからね』

「期待しているよ」

『もう…仕事、あまり無理しないでね。それじゃ、小猫ちゃんにも替わるわ』

「あっ、小猫もいたの…」

 

 電話でまさかここまで話すとは思っていなかったが、ここで無下にするわけにもいかない。間もなく小猫の声が電話越しから聞こえた。相変わらず淡々とした様子であったが、それが一種の頼りがいにも感じた。

 

『もしもし、先輩。お元気ですか?』

「ああ、なんとかな。というか、夕方近くまではいただろう」

『…でもそこから数日経つことが確定しているんですよ。いきなりしばらく会えないこっちの身にもなってください。先輩と特訓だってしたかったのに…』

「あー…それはすまなかった。サイラオーグさんとの試合前にはお互いに特訓してしっかり仕上げておこう」

『約束ですからね。…それともうひとつ訊きたいことが』

 

 小猫の声のトーンが下がる。それだけで聞かれたくないような内容であることは察しがついた。

 

『お昼に話したことなんですけど…』

「昼?朝に同級生たちと話したことか?」

『いえ、そっちではありません。先輩は…イッセー先輩と同じように…その…』

 

 小猫が言いづらそうにしていることを察して、大一は意外そうに眉を上げる。彼からすれば、小猫が胸の大きさにそこまでコンプレックスを持っていることに驚いたのだ。しかし考えてみれば、先輩勢が軒並み胸の大きさには一般女性と一線を画すレベルな上に、そんな人たちと一緒にいれば、イヤでも目に付くのだろう。

 

「ギャスパーが話していたことか。あんまり考えたことは無かったけど、特にそういう趣味嗜好はないぞ」

『でも朱乃さんはおっぱい大きいですし…』

「なんで朱乃と比べるんだよ…。そんなにコンプレックス感じることないと思うけどな。小猫はあの人に無い可愛らしさを持っているんだし、他にもいくらでも強みがあるんだから。ちょっと無責任に聞こえるかもしれないけど、俺はそのまま強みを活かせればいいと思うぞ。…ってなんの話だよ、これ」

 

 電話で話すどころか、直接でも話すような内容とは思えなかった大一は困惑しながら答えるが、その一方で小猫の方は顔が見えないはずなのに笑顔が想起されるような満足した声色であった。

 

『いいじゃないですか。私はまた自信がついたので、嬉しかったですよ。それじゃ、お土産を楽しみにしています』

「だから旅行じゃないって…」

 

────────────────────────────────────────────

 

 旅行じゃない、そんなことは分かっている。そしてはしゃぐ気持ちも大一は持ち合わせていない。だが翌日の朝から、大一は着物姿のセラフォルーについていき2人で祇園を歩いていた。街並みは美しいが、疲れ切った大一の表情とその真逆の雰囲気を見せるセラフォルーにはなんともミスマッチな雰囲気であった。

 

「やっぱり京都は最高よね☆」

「レヴィアタン様、京都妖怪の誤解を解かなければいけないんですよ。そもそも他の護衛や秘書の人とかどうしたんですか?」

「大丈夫よ。妖怪の上役さんと会う時間は決まっているし、こういう場で大勢でいるのが不自然でしょ?大一くんもここで名目上の仕事はさっさと終わらせちゃったら楽でしょう。ということで、楽しもー!」

(やっぱり苦手だ、この人…)

 

 腕を上げてはしゃぐセラフォルーを見て、大一は心の中でつぶやく。たしかに京都の妖怪と会うのは数時間後な上に、すでに誤解はほとんど解けているようなものではある。さらにこの日の午前中だけでも仕事をすれば、あとはアザゼルが報告するだけなので本来の仕事に戻れる。その仕事を少しでも楽しめるようにするセラフォルーの配慮(?)も理解はできる。

 しかしそれゆえに傍から見れば、真面目さを感じられない彼女とはどうにも馬が合わなかった。彼女がそれなりに生真面目で、悪魔の将来を考えているのはわかるのだが、サーゼクス同様にノリで事を進める面は、気圧されてしまった。ましてや彼女としては配慮したつもりの2人だけという状況も、前日に電話したことを思い返せば朱乃に対しての申し訳なさが湧いてくるようであった。紅葉とは、京都の妖怪たちと会う際に合流するのも結果的に大一を後悔の想いを引き出していた。

 そんな大一の渋い表情を見て、セラフォルーはまったく違うことを思ったようであった。

 

「やっぱりその恰好暑いんじゃない?せっかく京都に来たんだから、それ相応の恰好しようよ!」

「お気遣いありがとうございます。しかし自分は護衛ですし、下手に服装を変えて駒王学園の生徒にバレるわけにもいきませんので」

「魔法少女にコスプレは鉄板よ!そんな付け髭だけではダメだわ!」

「俺は目指していませんって…」

 

 大一の姿は前日同様にスーツ姿に深く帽子をかぶっており、さらにアザゼルから貰った付け髭とサングラスまでかけているという正体を隠すためのフル装備であった。

 

「うーん、真面目系魔法少女ってどうなのかしら…でもそこはソーナちゃんこそが相応しい気も…」

「ソーナさんの意見も尊重させませんかね…」

「だって、私はお姉ちゃんとしてソーナちゃんと魔法少女姉妹をやりたいんだもの!きっとソーナちゃんが私の想いにいつか気づいてくれるはず…!だってソーナちゃんはね───」

 

 下手にソーナのことに突っ込んでしまったおかげで、セラフォルーの妹愛に火がついてしまった。彼女はソーナの魅力を強い想いに乗せて語り始めた。

 大一は困りながらも相槌を打ち、どうしようか考えていたが真後ろから誰かが走ってくる気配を感じた。後ろを見ると、若い男性が強烈かつ誰かを思い出させるようなぎらついた視線でセラフォルーへと迫っていた。

 

「おっぱーいッ!!」

「なんだ、いきなり!?」

 

 飛び掛かろうとしてきた男性を、大一は素早く地面へと取り押さえる。普通の人間の力であったが、抑えられても落ち着かないようにバタバタと動いていた。

 

「いくらなんでも見境なさすぎだろ!なんだ、あなたは?」

「俺にはおっぱいが!おっぱいがァ!」

「話にならん。レヴィアタン様を狙うとは、いくらなんでも…」

「赤龍帝くんみたいだね」

「ちょっと止めてくださいよ。あいつだってそこまで…そこまで…」

 

 セラフォルーの言葉に大一は強く否定できなかった。以前より学園生活ではセクハラ行為は減ったとはいえ、完全に無くなったわけではない。むしろ「おっぱいドラゴン」や「乳龍帝」という名称のせいで、悪化しているような気までしていた。

 

(この男、お前の弟と同じような匂いがするな)

(お前までそんなことを言うか…)

(そうじゃなくて、そんな魔力を感じるんだよ。いや魔力か、これ?とにかくお前の弟の龍の力と同じような雰囲気があるんだよ)

 

 ディオーグの追撃に、大一は取り押さえながらもさらにうなだれる。先ほどの眼光も思いかえせば、一誠と同じようなものに思えてしまった。

 ディオーグの感知能力を考慮すれば、もしかしたら本当に一誠が関連しているのかもしれないが、なぜこうなったのかは検討もつかなかった。

 結局、応援を呼んでその悪魔たちにこの人を任せるしかなかった。助けられたことにセラフォルーは大一を連れてきたことは間違いなかったと確信したように頷くと、約束の時間いっぱいまで京都を楽しみながら、大一にソーナの魅力と兄姉としての想いをほとんど一方的に話したのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数時間後、京都の妖怪の本拠地ともいえる裏の都の屋敷に大一はいた。すでに誤解は解けており、一誠達とも合流している。そして彼らにひとりの少女が深く頭を下げていた。

 

「先日は申し訳なかった。お主たちを事情も知らずに襲ってしまった。どうか、許して欲しい」

 

 狐耳を生やした巫女服を着ている少女は、渦中の人物である九尾の御大将の娘「九重」であった。この前日に一誠達は彼女の勘違いで襲われており、その件を彼女自身も深く反省していた。

 大一の隣では先ほど合流した紅葉が笑みを浮かべている。彼の場合はもともと笑みが普通の表情らしいため、感情は読めなかったが、その笑みのおかげで前日の零の態度をいやでも思い出してしまう。

 

「ま、いいんじゃないか。誤解が解けたのなら、私は別に良い。せっかくの京都を堪能できれば問題ないよ。もう二度と邪魔をしないならね」

「そうね、許す心も天使に必要だわ。私はお姫さまを恨みません」

「はい。平和が一番です」

 

 ゼノヴィア、イリナ、アーシアは九重のことを素直に許していく。心配はしていなかったが、実際に目の当たりにすると大一としては安心する思いであった。

 

「てな感じらしいんで、俺も別にもういいって。顔あげてくれよ」

「し、しかし…」

 

 九重は歯切れ悪く、そうとう気にしていた様子であった。すると一誠は目線を合わせるようにしゃがみ、彼女を見る。

 

「えーと、九重でいいかな?なあ、九重、お母さんのこと心配なんだろう?」

「と、当然じゃ」

「なら、あんなふうに間違えて襲撃してしまうこともあるさ。もちろん、それは場合によって問題になったり、相手を不快にさせてしまう。でも、九重は謝った、間違ったと思ったから俺達に謝ったんだよな?」

「もちろんだとも」

「それなら俺達は何も九重の事を咎めたりしないよ」

「…ありがとう」

 

 一誠の言葉を聞いた九重は顔を赤らめて体をモジモジと動かす。そんな彼女の姿にアザゼルは一誠を小突いた。

 

「さすがおっぱいドラゴンだな。子供の扱いが上手だ」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ。これでも精一杯なんですから!」

「いやいや、さすがおっぱいドラゴンだ」

「はい、さすがです!感動しました!」

「本当、見事な子供の味方よね」

「ちょっと見直しました。教師として鼻が高いです」

 

 それぞれの仲間達からも一誠への賛辞が入る。その様子を見ていた大一の頭にディオーグの声が響いた。

 

(お前は言わなくていいのか?「偉いぞー」とかよ)

(今さらそんなことで褒めるつもりはないよ。むしろ兄からそう言われてもあんまりいい気はしないだろ。あと午前のあの男性の件がひっかかるし、俺は「おっぱいドラゴン」を認めたくない!)

(ハッハー!それくらいの感覚は必要だ!)

 

 そして大一ともうひとりセラフォルーも一誠の態度には賛辞とは別の感情を抱いていた。

 

「ま、負けていられないわ!こんなところでおっぱいドラゴンの布教だなんて!魔女っ子テレビ番組『ミラクル☆レヴィアたん』の主演として負けていられないんだから!」

(ライバル意識かい!)

 

 すっかり闘志を燃やしているセラフォルーに大一は心の中でツッコむ。出来ることなら口からぶちまけたい気持ちであったが、さすがにそこまで理性を失うような真似はしなかった。

 

「…咎がある身で悪いのじゃが…どうか、どうか!母上を助けるために力を貸してほしい!」

 




真面目な話、京都で被害にあって痴漢と化した男性陣はどうなったんでしょうか。悪魔たちが総力を挙げてなんとかしたと思いたい…。


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第76話 豆腐と酒の一幕

わりと悪魔の世界は真面目なほど損をする場面が多い気がします。


(苦ッ!)

(子ども舌だな)

(こんなものを好んで飲む方がおかしいだろ。もっと甘いものと味の濃いものをよこせ)

(そう言われてもな…)

 

 大一が喫茶店でコーヒーをすすると、ディオーグが文句を垂れる。朱乃の料理など舌の合う味はあるのだが、2人の好みは被っているわけではなかった。大一はあっさりしたものを好むのに対して、ディオーグは味が濃くこってりしたものを好んでいる。そして苦いものや渋いものはディオーグの受けは悪かった。

 京都妖怪たちとの話し合いを終えた大一は、午後からセラフォルーの護衛を離れて、合流した紅葉と共に京都を歩いていた。前もって零から指示を受けた場所を回り、大一が八坂の気配を感知することの繰り返しであった。ディオーグにも感知は頼んでいるが、本人が使われることに気乗りしない上に1度だけ探してもらって発見できなかったため、協力的でなかった。

 そして現在、大一は紅葉と共に休憩がてら喫茶店に入っていた。場所は紅葉のリクエストであった。

 

「すみませんね。京都に来たのだから美味しいお茶とかを紹介したかったのですが、どうしてもここのプリンを食べてみたくて」

「まあ、俺は旅行に来たわけじゃないから気にしないよ」

「明日はちゃんと美味しい場所を紹介しますよ。豆腐小僧ですから、美味しい豆腐が食べられる場所も知っていますし」

 

 目の前でプリンを頬張りながら、笑顔で紅葉が話す。この日は先日の和服とは違い、サイズ感を間違えたようなダボダボのズボンに似合わない色のジャケットと深い帽子という統一性の無いファッションであった。そんな恰好で小学生のような体格の彼が、スーツ姿の大一といるのは傍から見てもミスマッチ感が強かった。

 

「いやはや、しかしなかなか見つかりませんね」

「あんまり困っていなさそうだぞ」

「そんなことはありませんよ。八坂様がいなくては、京都どころか妖怪の世界でも大きな事件になりますからね」

 

 緊張感を感じさせない雰囲気で紅葉は答える。たしかに先ほどの話し合いの場で、九尾の狐…八坂がどれほど重要な存在なのかを理解していた。

 今回の事件は、八坂が仏教の守護神である帝釈天の使者から遣わされた使者との会談のために数日前に住まいである屋敷から発ったことからだ。だがこの会談に八坂は姿を現さなかったのだ。そこで妖怪側が調査をすると、同行していた烏天狗が瀕死の状態で発見された。死に際に烏天狗が、八坂が何者かに襲撃されて攫われたことを言い残した。京都での気が乱れていないことから、京都内での怪しい輩を探っている最中に一誠達は襲撃されたらしい。

 

「以前から零様は帝釈天関係者と睨んでいました」

「帝釈天って仏教でも相当なお偉いさんだろ。さすがに無いんじゃないか?」

「権力や地位はこういった議論で当てになりません。思惑がある者が動くだけです」

 

 大一の脳裏にヴァ―リやロキの顔が思い浮かぶ。彼の言う通り、結局は現状に不満を持つ者が動くのだから自分の推測は当てにならないのだろう。

 

「しかし状況証拠を見る限り『禍の団』が怪しいということになった」

「テロリストはあらゆる勢力が手を組んでいるという話を聞きます。そういう意味では帝釈天の関係者がいてもおかしくないと思うのです」

「なるほど…しかしその考え方だと帝釈天、または『禍の団』がどちらかの勢力を利用としているか、または出し抜こうとしている輩がいるってことじゃないか?」

「ありえると思いますね。我の強さはあるでしょうから」

「…ずいぶん確信を持った言い方だな」

 

 大一は不信そうに言うと、カップの中身をすする。零は自分達から人手を出していないと話していた。アザゼルからは静かな生活を好む集団とも聞いている。しかしそれにしては、彼の物言いは場慣れしているように思えた。

 大一の言い分を察したのか、紅葉は否定するように手を振りながら答える。

 

「私は教えていただいたことしか話せません。たしかに零様は『禍の団』の存在には以前から疑念を抱いていましたが…」

「どういうこと?」

「言ってはあれなんですが、組織力が不可思議なのです。旧魔王派のみならばいざ知らず、調べる限り多くの種別が加入していると考えられます。そのため各地で妙な動きが多発しています。日本国内はもちろん、伝手を使って海外でも奇妙なものがあるというのです。目的が無いとは考えづらい、しかし無限の龍がそこまでの計画性、組織力を構築できるとは思えないのです」

「零さんはオーフィスとも会ったことがあるのか?」

「いえ、そうではありません。ただ無限の龍ほどの存在ともなれば、過去にも複数回事件を起こしています。それらと比べるとどうもやり方が違うようなのです」

 

 たしかにオーフィスはかつて問題を起こさなかったわけではない。過去の事件から見ても、その強大な力はあらゆる勢力から危険視されていた。同時に急に組織を作り上げて、動きを活発化させたのには違和感を覚える。魔王達やアザゼルなど上のメンバーなら何か知っているのだろうか。

 

「しかしそこまで調べがついていながら、零さんは今回の事態を傍観するつもりだったのか?」

「零様は3大勢力が動くと予想されて控えたのもありました。余計に動けばそれだけ協力させられることになるのだと。あのお方にとっては、優先するのが自らの暮らしであるというだけです」

「…まあ、俺が口出しをすることでは無いか」

 

 大一は紅葉からの視線を逸らしながら答える。彼の言う通り、自分達に多くの者が協力してくれると思うのはそれこそ傲慢なのだろう。それぞれの考えがあるからこそ、今回のような誤解もある。そう考えれば、知り合いのよしみで人手を出してもらえただけでも感謝することであることなのだ。

 

「まあ、私としては大一殿と再び知り合えることになれたので喜ばしいですな」

「あの時は互いにバタバタしていたもんな。そういえば、零さんのところの妖怪ってどうして京都の八坂様の部下にはならなかったんだ?」

「白状しますと、あの場にいる妖怪のほとんどは京都の妖怪ではありません。私も出自の方はもっと東です」

「そうなの?」

 

 紅葉の話では、零のもとにいる妖怪の多くはわけあってその地に住めなくなった妖怪や、彼を師として仰ぐような妖怪ばかりであるとのこと。他地方との連絡係としても重宝される零にとっては、彼らを引き入れることでより情報の行き来をスムーズにさせているというのだ。

 

「これで救われた者も多いのです。どこにいてもはみ出し者はいますから」

 

 そう言って、紅葉はプリンの残りを口にする。甘さに満足げな笑顔を浮かべているはずなのだが、直前の発言から愁いを帯びているようにも見えてしまった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日、大一は再び紅葉と共に調査を進めていた。成果はまったくと言っていいほど出ておらず、大一としても気持ちに焦りが出ていた。そんな中、昼食に嵐山にある湯豆腐屋を紹介したいと紅葉が話して向かったのだが…

 

「いや~、ここの店を選んだのは正解だったな。豆腐小僧のお墨付きだぜ」

「いよッ!さすがは堕天使総督、お目が高い!」

 

 アザゼルの言葉に、紅葉が笑いながらよいしょする。アザゼルの隣ではロスヴァイセが呆れに満ちた表情を浮かべていた。アザゼルとロスヴァイセは嵐山を調査していたのだが、一段落したためこの店に立ち寄っていたところに鉢合わせしたのである。

 アザゼルは昼酒をしており程よく酔っ払っていた。ロスヴァイセは何度も注意したのだが、止まる様子がなかった。それどころか紅葉も普通に飲み始めたので、ますます抑えが効かない。現在、彼は術によって一般人には大人に見えているようだが、大一達からすれば相変わらず子供と大差ない体格なので、酒をあおる姿が倫理的に問題あるようなものにしか見えなかった。

 

「成果はありませんが、これだけでも悪魔達と親交を深めた甲斐はありますね!」

「おいおい、俺は堕天使だぜ~」

「さすが悪いことにおいては悪魔をしのぐイケメン堕天使!」

「わかっているじゃねえか、小童妖怪!」

「「アッハッハッハ!」」

 

 アザゼルと紅葉が2人して大笑いする。酔っているのもあるのだが、この高いテンションにはついていけなかった。

 

「すいません、ロスヴァイセさん。こんなことになってしまって…」

「いえ、私も止められなかったのが悪いんです。この人を何とかしなければいけなかったのに…」

 

 互いに隣に座る相手の様子に、ため息をつく。もはや運ばれてきた湯豆腐の味もわからないほどであった。

 

「なんだよ、ノリ悪いな。楽しむ時は楽しんでおいた方がいいぜ?」

「そんな態度では生徒に示しがつかないと思っただけです」

「お前はそういう態度だから、他の奴らに出し抜かれるんだよ。いっそのこと、昨日の夜にイッセー達に混ざれば良かったんだよ」

「そ、そんなことできるわけないでしょッ!」

 

 からかうアザゼルに、ロスヴァイセが赤面する。彼女の反応と弟の名前が出てきたことに大一が反応しないわけがなかった。

 

「昨日、なにかあったんですか?」

「いやな、昨日の夜にイッセーの部屋にアーシア、ゼノヴィア、イリナが入り込んで、あいつが鼻血まみれになってぶっ倒れていたんだとよ。ロスヴァイセがそれを介抱して、朝に4人を説教していたんだ」

「まことに申し訳ありませんでした!」

 

 アザゼルの話を聞くなり、大一はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げる。これまでも何度か一誠の件で頭を下げていたが、まさか旅行という形で一線を超えかける状況になっていた上にロスヴァイセにまで迷惑をかけるとは思ってもいなかった。同時に一誠だけでなく、アーシアやゼノヴィアまでも見境が無くなってきたようにも感じてしまった。

 

「い、いえ大一くんが謝ることでは…」

「あとな、初日はコイツがドレス・ブレイクを受けていたぞ」

「重ね重ねごめんなさいッ!弁償します!あいつにもしっかりとした謝罪の場を作ります!」

「いやはや大一殿の弟の赤龍帝は性欲旺盛ですね」

 

 困り果てるロスヴァイセの対面で何度も頭を下げる大一、煽るアザゼルにケタケタと笑う紅葉とまさに地獄絵図が展開される中、アザゼルが何かに気づき、少し先のテーブルに呼びかける。

 

「おう、お前ら、嵐山を堪能しているか?」

 

 そこにはちょうど昼食に入った一誠達がいた。別クラスの班でもある祐斗も居合わせており、事件の関係者が意図せずして合流する形になっていた。

 アザゼルが持っている杯を見て、一誠が呆れながら話す。

 

「先生!先生も来てたんですか?って教師が昼酒はいかんでしょう」

「その通りです。その人、私が何度言ってもお酒を止めないんです。先生の手前、そういう態度は見せてはならないと再三言ってはいるのですが…」

「まあまあ、ロスヴァイセさん。固いことを言いなさるな。休憩をしてこそ、最高の仕事ですぞ」

 

 酔いで軽く紅潮した紅葉がロスヴァイセをたしなめる。そんな彼の姿に、一誠の同級生である眼鏡をかけた少女…桐生が質問する。

 

「先生、その人達は?」

「あー、コイツらな。えーっと…俺の京都の知り合いの兄弟だ。ちょっと店を紹介してもらっていたんだよ」

「どうも紅葉と申します。いやはや駒王学園の噂は聞きましたが、見事に美男美女ばかりですな」

「兄貴の方は一太ってやつだ。人見知りで根暗で話さないけど、気にしないでくれ」

 

 アザゼルのアドリブにあっさりと乗る紅葉に、大一はあまり顔を見せないように頭を下げる。サングラスに付け髭、さらに髪の毛をワックスでバリバリに固めているとはいえ、バレてしまえばそれなりに面倒だからだ。それでもアザゼルの紹介には、わずかに苛立ったのは否定しようがない。その一方で事情を知っている一誠達が哀れみの目を向けていた。

 

「しかし紅葉の言う通りだぜ。ちったぁ、要領よくいかないとよ。そんなだから、男のひとりもできないんだぜ?」

「か、か、彼氏は関係ないでしょう!バカにしないでください!もう、あなたが飲むぐらいなら私が!」

 

 そう言うと、ロスヴァイセはアザゼルから杯を奪って一気に飲み干す。次に彼女が向けた目は明らかに座っており、雰囲気もどことなくやさぐれていた。

 

「ぷはー。…だいたいれすね、あなたがふだんからたいどがダメなんれすよ…」

「い、一杯で酔っ払ったのか?」

「わらしはよっぱらっていやしないのれすよ。だいたいれすね、わらしはおーでぃんのクソジジイのおつきをしてるころから、おさけにつきあっていたりしててれすね。…だんだん、おもいだしてきた。あのジジイ、わらしがたっくさんくろうしてサポートしてあげたのに、やれ、おねえちゃんだ!やれ、さけだ!やれ、おっぱいだって!アホみたいなことをたびさきでいうんれすよ。もうろくしてんじゃないかってはなしれすよ!ヴァルハラのほかのぶしょのひとたちからはクソジジイのかいごヴァルキリーだなんていわれててれすね、やすいおきゅうきんでジジイのみのまわりのせわしてたんれすよ?そのせいれすよ!そのせいでかれしはできないし、かれしはできないし、かれしはできないんれすよぉぉぉ!うおおおおおおおんっ!」

 

 ロスヴァイセは大号泣しながら、獣の雄たけびのような咆哮を上げる。溜まりに溜まっていたものが理性によって塞がれていたが、酒によってそれを取り除かれて一気に噴き出したようであった。これにはその場にいた全員が困惑してしまった。アザゼルですら頭をぼりぼりを掻くと、彼女を落ち着かせるように声をかける。

 

「わかったわかった。お前の愚痴に付き合ってやるから、話してみな」

「ほんとうれすか?アザゼルせんせー、いがいにいいところあるじゃないれすか。てんいんさーん、おさけ、じゅっぽんついかでー」

「…おい、だい…じゃなくて一太。水持って来い」

「わ、わかりました…」

 

 大一はアザゼルに指示された通りセルフで置かれてある水を取ってこようと立ち上がるが、すぐにロスヴァイセに肩を掴まれて座り直された。

 

「みんなにちゃんときいもらいまふからね!」

「…ダメだな、これは。お前ら、さっさと食って他に行け。ここは俺らで受け持つからよ」

 

 ため息交じりにアザゼルは一誠達に指示をする。大一と紅葉は目の前の豹変した女性に、ただ身を引き締めるだけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ぐおー…」

 

 1時間後、机に突っ伏しながらロスヴァイセは爆睡していた。まだまだ話したりない様子ではあったが、愚痴を吐き出しているうちに酔いの方が先に彼女を眠気へといざなっていた。テーブルには彼女が注文したお酒のとっくりが散乱している。すべて彼女が飲み干してしまい、その強烈さを物語っていた。

 

「いや…強力だったな」

「9割、オーディン様と彼氏できないことの愚痴でしたね」

「悪魔は酒癖が悪いのですか?」

「いやこの人が特別なだけだと思う」

「なんにせよ、コイツどうするかな。しばらく起きそうにねえし」

 

 愚痴をたっぷりと聞かされた男性3人はげんなりした様子で考え込む。アザゼルと紅葉に関しては酔いもすっかり冷めたようであった。

 アザゼルはロスヴァイセを指さしながら、大一に話を振る。

 

「いいか、大一。独立するならこういうやつの扱い方も覚えておけ」

「もっともらしい理由をつけないでくださいよ。あと、俺は独立を考えていませんよ」

「そうだったのか?イッセーには前にこの話はしたんだが、お前はそういう将来の目標はないのか?」

「…悪魔になってからそんな考えを持つ暇もなかったですからね」

「上を目指すならしっかりと考えておけ。自分が悪魔として何ができるのかは。そもそも───」

 

 言葉を切ったアザゼルは視線を出口へと向ける。大一も席から立ち上がると、緊張した面持ちになった。同時にうっすらであるが、店内に白い霧が入り込んでくる。

 

「この感覚…前にディオドラの時のですね」

「神滅具『絶霧』だな」

「え?え?何がですか?うわっ!他のお客さんの姿が見当たらない!」

 

 紅葉が慌てふためく一方で、大一とアザゼルは警戒を強めていた。この霧がどういうものなのか、そして使い手がどの組織に所属しているのかを考えると油断ならない状況であった。

 

「大一、俺達はイッセーの方を見てくる。強めの結界は張っておくが、いざという時はこいつらを任せたぞ」

「わかりました。お気をつけて」

 

 アザゼルはこの場を任せると店を出て黒い翼を出すと一誠達のもとに飛んでいく。その後ろ姿が見えなくなって間もなく、奇妙な黒い人型のモンスターたちがどこからともなく現れた。英雄派の襲撃で現れたモンスター達であり、数十体全員が店へと視線を向けている。

 あまりの数に紅葉がビビりながら大一の後ろへと隠れる。

 

「ぼ、僕は戦えませんよ!」

「じゃあ、店内に下がってロスヴァイセさんのことを頼むよ」

「わかりました!」

 

 いそいそと店内に入っていく紅葉を確認すると、大一は魔物たちに向き直る。敵意が直接的に向けられているのが、肌で感じられた。付け髭とサングラスを取りながら錨を取り出すと同時に、ディオーグのギラギラとした声が頭に響く。

 

(数は多いが…こいつら全員やっていいんだろ?)

(多数は苦手だが、どうこう言っている暇はなさそうだな)

(この前の狼くらい遠慮なく暴れられそうだ!)

 

 全身に魔力と生命力を行きわたらせる。肉体が隆起し、強靭かつ堅牢な姿へと変貌していった。

 

『よし…やるか!』

 




さすがにオリ主は飲んでいません。


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第77話 霧の中の戦い

オリ主が龍人状態になると人格が2つ表に出ているので、ひとり会話を延々とやっているようなところがあります。


 人型の魔物が向かってくる。押し寄せてくる魔物はまるで波のようであった。だがその状況にも大一にひるむことなく、呼吸を整える。

 

『ここを通すと思うなよ』

 

 大一は眼光鋭く正面を見据える。錨を翼の付け根から伸びる尾で持つと、獣のように両手足を地につけて姿勢を低くする。土下座よりも四つん這いに近い体勢であった。さらに角を含めた頭部の硬度を上げると、脚をバネのように縮めた。

 

『硬度や重さを調節するだけでない。龍人状態なら筋力も桁違いだ』

『この角の一撃はそれなりだぞ、ひよっこ共ォ!』

 

 大一とディオーグの声が合わさり、魔力が増大する。脚を伸ばした大一は猛烈な速度で突進していく。弾丸のごとき速さで突き進んだ道にいた魔物は全員はるか先へと吹き飛ばされていた。

 すぐに錨を手に持つと、全身を重くして回転して一気に周囲の魔物の首を薙ぎ払う。魔物のうめき声が耳に届くが、それにいちいち反応している暇はない。手近にいた魔物の腕をつかむと力任せに他の魔物へと投げつけた。

 

『こんな時、リアスさんや朱乃のような攻撃ができればここまで動く必要は無いんだが』

『関係ねえッ!押しつぶすぞ、小僧!』

『わかっているよ』

 

 大一は飛び上がると体重を上げて魔物を押しつぶす。倒した魔物は黒い霧となって消えていく。死体が残らないおかげで足場を無くして、動きが鈍ることは無かった。

 

「ぐぎゃああッ!!」

『くっそ!』

 

 頭を狙ってかぶりつこうとする魔物の牙を腕で防ぐ。硬度を上げたことで折れたのは相手の牙の方であった。大一の龍の鱗が混じったような皮膚には、傷ひとつついていない。

 

『噛みつきってのは相手を砕く勢いでやるんだよ!』

『やりたくないけど仕方ない』

 

 ディオーグの指示のもと、大一は大きく口を開けると、魔物の肩にかぶりつく。血が出ないどころか気持ちの悪い肉質を実感した。大一はそのまま噛みつきながら、体を回転させて魔物を投げ飛ばす。いよいよ怪物じみた戦い方に我ながら呆れるが、自分の実力を把握しているからこそ四の五の言っていられないものだと理解していた。

 

『…肉の切れる感覚が短い。血も吹き出ない。やっぱりこいつらはただの生き物じゃねえな。おい、小僧。こいつらおそらくいくらでも湧いて出てくるぞ』

『だろうな。持久戦を強いられても負ける気はしないが、このままでは状況は好転しない』

 

 正面から向かってきた魔物の腕による薙ぎ払いをジャンプしてかわすと、そのまま魔物の顔を踏みつけて宙返りしながら店の前へと着地する。魔物たちは大一にすっかり気を取られていたため、ロスヴァイセや紅葉を襲うために店内には入り込まなかったようだ。

 大一は大きく息を吸って魔力を吐き出す。規模は大きく、正面にいる魔物全体に当たった。しかし魔物たちはまるで効いた様子は見られなかった。

 

『ウソだろ、全然効いていない!?』

『お前のその攻撃は範囲を広くすれば魔力が分散するんだよッ!ただでさえ威力がしょぼいのにもっと弱めてどうするんだッ!』

 

 ディオーグの苛立ちの感情が伝わってくる。大一自身、ここまで魔力を撃ち出すのに威力が無いとは思わなかった。集束させて撃てば魔物の一人くらいは倒せるだろうが、まだ何匹もいる相手にその方法は現実的ではない。

 

『だったら、引きつけて何体か投げ飛ばすか…』

「ちょ、ちょっとロスヴァイセさん!?危ないですよ!」

 

 店の中で紅葉の慌てた声が聞こえると同時に、ふらついた状態でロスヴァイセが出てきた。起きてはいたものの目が据わっており、不機嫌さを前面に押し出している。後を追うように飛び出した紅葉は出てくるなり魔物を見てびくびくしていた。

 

『ロスヴァイセさん、大丈夫ですか?』

「…うるさいれす。人が寝ているのにギャーギャー…あー!うるさいんれすよ!」

 

 勝手にヒートアップした彼女は、怒りながら魔法陣を展開させると強力な魔法を一気に撃ち出す。あらゆる属性を使用したその攻撃は目の前に広がる魔物を瞬く間に一掃した。あまりの猛攻に大一と紅葉はあんぐりと口を開けて見守っているしかなかった。

 

『情けねえな、小僧』

『…返す言葉もないよ』

「すっごいですね、この人…!」

 

 攻撃を終えたロスヴァイセはふらりと体勢を崩したため、大一はすぐに支える。酔いも残っていたためか、再び眠り込んでしまったようだ。

 しかしあれほどの攻撃を受けたのに、霧の向こうからは魔物が再び姿を現していた。

 

『やっぱり埒が明かないな。紅葉、逃げるぞ。背中に掴まれ』

「わかりました」

 

 支えたロスヴァイセを両腕で抱え、背中に飛び乗った紅葉を尾で固定すると、大一は大きく飛び上がる。霧のせいで魔力を探るのは難航したが、生命力ですぐにアザゼル達の場所を感知することができた。

 

「大一殿、重くないのですか?」

『これくらい大したことはない。それよりも気を抜いて落ちるなよ。…なんだあれ?』

 

 しばらく飛ぶと、視線の先に10メートルはある巨大な岩の人形が見えた。魔力の大きさはもちろんのこと、放った雄たけびも耳をつんざくような大きさであった。そして巨大な拳を足元目掛けて振り下ろす。バキバキと橋が砕かれる音が耳に入った。

 紅葉が怯えて叫ぶ中、ディオーグは敵意をみなぎらせる。

 

『うるせえな!あのデカぶつ、叩き割ってやろうかァ!』

『ちょっと待て。どうもおかしいぞ』

 

 巨大な岩人形の足元から一誠達の魔力を感じる。あの岩人形の攻撃が一誠達を狙ったものではないのであれば、互いに敵対していない様子であった。

 一誠達と向かい合っているのは4人の男たちだ。長い槍を持つ男はアザゼルと、背中から腕を出して複数の剣を持つ男は祐斗、ゼノヴィア、イリナの剣士トリオが相手をしている。他の2人は影から魔物を出したり、霧を出したりと搦め手で戦っていた。特に霧を出している相手は『絶霧』の使い手であることが予想される。

 このまま突撃して援護に入ろうか、不意打ちを狙うか迷っている中、大一の腕の中で眠っていたロスヴァイセが再び目を開ける。相変わらず目が据わっていた。

 

「だからうるさいっていっへるんれすよッ!今度はられれすかッ!」

「大一殿!」

『これはマズい!降りるぞッ!』

 

 急降下で大一は降りると、ロスヴァイセと紅葉を地面に下ろす。半龍悪魔と豆腐小僧、酔っ払ったヴァルキリーが突然降りてきたことに槍を持った男性が呟く。

 

「また珍客が来たな」

『誰だ、お前は?』

「兄貴、気をつけろ!コイツが首謀者の曹操なんだッ!」

『英雄派か…』

『関係ねえェ!頭を噛みちぎって、体はすりつぶしてやるぜッ!』

「威勢がいいな。赤龍帝の兄ということは、オーフィスの話していた面倒な龍を身体に宿す者か。その姿はデータに無いが…この槍をどこまで捌けるかな」

 

 曹操の姿が消えたと思った瞬間、真横から振られてきた槍を大一は錨を縦にして持ち手で防ぐ。姿勢が崩れかけるものの、軸にした脚の重さを増加させて踏みとどまった。押し切れない状態に曹操は眉を上げるが、すぐに槍を持ち換えて連続の刺突に切り替える。攻撃の軌道はある程度予測できるものの、その速度から錨で防ぐよりも魔力で体を固めた方が効率が良いと思えた。しかし…

 

『…なんだこれは』

 

 大一は攻撃を無視して曹操へと錨を振るが、素早いステップであっという間に距離を取られる。残された大一の身体には槍で受けた切り傷から血がにじんでおり、特に左の太ももからは銃弾を撃たれたかのように刺突による傷が深く、流血していた。

 魔力で体を硬化させたはずなのに、あっさりと手傷を負わされたことに大一は衝撃を受けていた。曹操のパワーはそこまででも無いのは一撃目で理解していた。だからこそここまでダメージを負わされたことに驚いていた。

 そんな大一の周りを囲むように魔物が向かってくる。この魔物もそれなりの相手なようで一誠達も手間取っている印象を受けた。覚悟を決めて錨を握るも、そんな彼の横を千鳥足のロスヴァイセが通り過ぎる。

 

「なんれすか?やるんれすか?いいれすよ。元オーディンのクソジジイの護衛ヴァルキリーの実力、見せてやろうじゃないれすかっ!」

『またさっきのやる気ですか!?』

「全属性、全精霊、全神霊を用いた私の北欧式フルバースト魔法をくらえぇぇぇぇえええッ!」

 

 ロスヴァイセは再び魔法陣を大量に展開すると先ほどの匹敵する、いやそれを凌駕するほどのあらゆる種類の魔法が雨のように振って敵を襲っていく。ローブを羽織った青年が霧を使って防ぐものの、周辺にいた魔物や疑似フィールドの物体はその魔法で消滅していった。

 霧がさらに濃くなっていくと、曹操の声が響く。

 

「少々、乱入が多すぎたか。───が、祭りの始まりとしては上々だ。アザゼル総督!我々は今夜この京都という特異な力場と九尾の御大将を使い、二条城でひとつ大きな実験をする!ぜひとも制止するために我らの祭りに参加してくれ!」

 

 敵の姿が見えなくなり、霧がどんどん濃くなっていく。身体も霧に包まれていき、もはや視界にはその霧しか映らないほどの濃さであった。そんな中でアザゼルの声が耳に響く。

 

「おまえら、空間がもとに戻るぞ!攻撃を解除しておけ!」

「大一殿、私の手を握ってくださいッ!」

 

 慌てた様子の紅葉の声と生命力の感知を頼りに、大一は言われるがまま彼の手を握った。

 間もなく霧が晴れると、そこは観光客で賑わう渡月橋周辺であった。どうやら「絶霧」で創りだした空間から戻ってきたらしい。大一は未だに龍人の状態であったが、紅葉が寸前のところで術をかけたことで一般人からは姿が見えないようになっていた。

 人に当たらないように避けながら元の状態に戻る最中に、彼の視線に泣き崩れる九重の姿が映る。

 

「…母上。母上は何もしていないのに…どうして…」

「大一殿、行きましょう。ここでは落ち着いて治療することも出来ません」

 

 紅葉が腕を引っ張って先導していく。頼もしくもあったのだが、九重から目を背けるようにしていた彼の姿は妙に印象的であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夜、ホテルの一誠の部屋に現状いるグレモリー眷属とイリナ、アザゼル、シトリー眷属、レヴィアタンが集まっていた。目的は日中に曹操が宣戦布告したことをくい止めるための作戦確認であった。

 作戦はグレモリー眷属とイリナ、さらに匙が敵のいる二条城に攻め入り、八坂を救い出すことであった。敵の戦力は未知数であるが、アザゼルはすでに強力な援軍を要請しているようであった。残ったシトリー眷属は京都駅付近で待機し、最悪の事態にならないように周辺に結界を張りつつ、防衛を行う予定だ。今回の作戦では回復の要ともなりえる「フェニックスの涙」は3つしか支給されていない。グレモリー眷属側に2つ、シトリー眷属側に1つそれぞれ支給されるが、心もとないのは否定できなかった。アーシアと同じ神器「聖母の微笑」を探しているほど、現状では回復要員の需要が高まっていた。

 大一はちらりと自分の手のひらを見る。先ほどの戦いで受けた傷はすっかり治っており、手のひらにはトレーニングで出来たタコや擦り傷しかなかった。彼に傷をつけた曹操が使っていたあの槍は、神滅具の中でもトップと言っても過言ではない「黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)」であった。それを知った時、いかに自分が無謀な戦い方をしようとしていたのかを思い知らされた。さらに曹操と一緒にいた影から魔物を生みだす少年は、あらゆる魔物を生みだす神滅具「魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)」、祐斗たちと戦っていた男は伝説の剣を複数持つ元教会の戦士ジークフリートと実力者ぞろいであった。

 大一は改めて自分の実力の甘さを思い知った。ディオーグの力を少し引き出せたことで、無意識ながらも油断していたのかもしれない。次の戦いに気を引き締めるのと同時に、アーシアの回復と紅葉の手当てに感謝していた。

 紅葉はこの場にはいなかった。零に対して報告しに行ったのもあるが、ただの案内役である彼が戦う必要も無いのだから当然だろう。

 煙のようにモヤモヤとした感情を抱く中、ディオーグの声が頭に響く。

 

(…あの妖怪どものことを考えているのか?)

(まあ、そうだな…。協力してくれないことに最初はがっかりしたよ。でも考えてみれば、あの人たちはただ静かに暮らしているだけなんだ。協力してくれるのが当たり前なんて思うのは傲慢だった。禍の団のやったことは許せないが、俺らがいることで被害を受けた人たちもいるはずなのに…)

 

 紅葉の怯えよう、九重の涙、どれも禍の団が原因だが自分達がまったくの無関係とも思えなかった。自分の実力が足りないことだけではない。結果的に巻き込んでしまったことで、悪魔としての自分の在り方に不安定さを抱いてしまったのだ。

 悪魔として余裕ができたためだろうか、今になって多くのことに直面させられた気がした。

 

(これだから組織ってのは面倒なんだよ。そういうこと考えるのは、性に合わん。だから俺はひとりで強さを証明したんだよ。まずは今度こそあの槍持ちとその仲間達を叩きのめす事だけを考えろ。迷いがあっては勝負にも勝てやしねえ)

(…ごめん)

 

 大一は目を覚ますように頬を叩く。ディオーグの言う通りであった。まずは目の前のことを全力で取り組むことだ。悩むことがあっても、それこそが自分の強さなのだから。

 

────────────────────────────────────────────

 

 時を同じくして場所は零の屋敷。屋敷の主は自室で、部下の紅葉から事の経緯をちょうど聞き終えたところであった。テーブルにはお茶と好物の串団子が置かれているが手は付けられておらず、表情を変えずに話を聞いていた。

 

「以上が今回の一件となります。やはり禍の団が動いていました。今夜、二条城方面でなにかを起こすつもりなようです」

「そうか…。ご苦労様、紅葉。あなたは休んでいな、と言いたいところだが、なにかあったかい?」

 

 対面に座る紅葉はその指摘にびくりと体を震わせる。常に笑顔で、大きく感情が揺れた時でしか表情を変えない彼であったが、長年の付き合いのため零には察することがあったようだ。

 

「…大一殿は良い方でした。一緒に調査をしていた際、とても楽しかったです。しかし戦いで傷ついていた時、私は力を…」

「使ってこなかったものをすぐに使うことなど難しいものだ。致し方ないことだよ。それに彼らには案内役だけでいいのさ。無理に関わる必要はない」

「零様…私は戦うあの人たちを見て、不思議な気持ちになったのです。自分にもできることをしたいと思ったのです」

 

 紅葉の言葉に、零は目を丸くする。彼自身も初めて見るような主の表情であった。当惑か、驚きか、怒りか…どれでもないのかもしれないその不思議な表情は、紅葉をうろたえさせた。

 

「…ワガママでしょうか?」

「いや、そういった考えを持つのは大切なことだ。しかし私はその感情が3大勢力の同盟に向けられるのが納得しないがな」

「零様が彼らに良くない感情を持っているのは知っています。私も表面的な付き合いは出来ても、あまり納得していません。ただ力を出せたなら、八坂様の娘さんは涙を流さずに、大一殿は傷をもっと早く癒せました。同盟のためじゃない。あの人達の力になりたいんです」

 

 紅葉らしからぬ強い意志を目の当たりにした零は考える時間を稼ぐようにお茶をすする。その時、部屋の隅にあった火鉢から煙が巻き起こり、声を上げる。

 

「零様、伝令です」

「煙々羅、後にしてくれ」

「しかし緊急で近くにいるようなのです。しかも相手が…」

 

 どことなく言いづらそうな煙の妖怪の様子に、零は八の字に眉を曲げる。この伝令方法を知っている者が限られている上に、緊急という言葉が引っ掛かった。

 零は立ち上がると、火鉢の中を覗きこむ。積もっている灰が赤くなり、文字を刻んでいく。その名前を確認した時、零の表情はさらに渋くなった。

 

「チッ…炎駒に引き続き、なんのつもりなんだか。案内しろ」

 




基本的に原作読んでいる前提で書いているため、省くところは省きます。


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第78話 向かう道中

タグを増やしました。他にもいくつか思いついたけど、場合によってはネタバレになるのでは?などと思って控えました。いや原作読めば、流れはわかりますが。


 場所は京都駅付近のバス停。敵陣に乗り込むメンバーはここからバスで二条城へと向かう予定だった。一誠達はいつものように制服姿、大一とロスヴァイセはスーツ姿と傍目にはただの学生集団であったが、全員がこれから向かう場所へと気持ちを引き締めていた。

 一行がバスを待っていると、一誠の背中にいきなり九重が飛び乗ってきた。

 

「おい、九重。どうしてここに?」

「私も母上を救う」

「危ないから待機しているよう、うちの魔王少女様や堕天使の総督に言われたろ?」

「言われた。じゃが!母上は私が救いたいのじゃ!頼む!私も連れて行ってくれ!お願いじゃ!」

 

 一誠としても彼女の気持ちは理解できる。母親を自分の手で助けたいと思うのはおかしくないだろう。ましてや、彼女は母のために必死で行動し続けた。それを考えれば、九重の気持ちを尊重したいと思うのは当然だろう。

 そんな中で、大一が一誠に声をかける。

 

「一誠、アザゼル先生に連絡して迎えを寄こしてもらおう」

「待ってくれよ、兄貴。俺は九重の気持ちを尊重したいんだ」

「この方は、京都妖怪の大将の娘だぞ。なにかあってからでは遅い」

「それはわかっている。でも俺が責任を持って守るからさ」

「…俺にはお前みたいな言葉は出せないな」

 

 そんな会話が繰り広げられる中、足元に薄い霧が立ち込めていく。肌にはぬるりとした生暖かい感触を覚え、間もなく全員が霧に包まれていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「これは相手に動きを読まれていたな」

 

 大一が周囲を見渡しながらつぶやく。見慣れない街並みが広がっており、夜とはいえ明かりも人も見当たらなかった。すぐ後ろには地下鉄行のエレベーターがあり、「西大路御池駅」と書かれていた。日中に受けた「絶霧」の件を考えれば、この場がレーティングゲームなどでも使われるような疑似フィールドであることは疑いようもないが、見慣れない土地だけあって場所がどの辺りなのかがすぐにわからなかったため、大一は懐から持たされた地図を広げて調べ始めた。

 すると携帯電話を持ったアーシアが呼びかける。

 

「お兄さん、木場さんから連絡がありました。あっちは匙さんとロスヴァイセさんが一緒で京都御所にいます。イッセーさんともすでに連絡が取れていたようで、九重さんと一緒に京都駅の地下ホームにいるそうです」

「となると、二条城を中心に各地に3組で分けられたか…」

「えらく人数が偏っているが、相手に狙いでもあるのか?」

 

 情報を統合すると、ゼノヴィアが疑問を口にする。この場には大一、アーシア、ゼノヴィア、イリナと人数としては一番多かった。そういう意味では、一誠と九重のペアが一番心配なのは否定できない。

 

「二条城まで歩いてせいぜい30分ってところか。かなりの広さに展開されたな」

「私達と戦うつもりなら直接こちらに転移させればいいような気がするけど…」

「それをしなかったということは…ここで相手をする奴がいるということだろ」

 

 制服を脱いで下のボディスーツ姿を露わにしたゼノヴィアが正面を見ながら、新たに改良されたデュランダルを抜刀する。彼女の視線の先には4人のローブを被った人間が横に並んで立っていた。わかりやすく向けられた敵意に大一とイリナも戦闘準備をする。

 

「アーシアは下がっていてくれ。私達でやろう」

「わ、わかりました。気を付けてくださいね、皆さん」

「任せておいて!ところでお兄さん、誰がなにをしてくるとかってわかる?」

「イリナ、お前もなかなか無茶振りしてくるな。…ただ右端の奴は光の力、左端の奴は闇の力を感じる。おそらくそれに即した神器持ちだろうな。真ん中2人はわからん」

「だったら、光の方はイリナに頼もう。今後を考えれば無駄なダメージは避けたい」

「OK!ミカエル様のエースとしての実力、見せちゃうんだから!」

「じゃあ、残った3人は俺とゼノヴィアでやるぞ。俺が前で守りを固める」

「わかった。よし、行こう!」

 

 ゼノヴィアの言葉と同時に大一は龍人へと変化しながら突撃していく。イリナは並んだ敵を分断するように光の剣から斬撃を飛ばして、手早く右端の敵との一騎打ちに持ち込んだ。

 だが相手はうろたえた様子も見せずに、ただ一言呟いた。

 

『禁手化』

 

 その一言に大一達は驚く。間もなく強力な魔力と共に、それぞれ神器が強化されていた。目の前の2人は全身を鎧に身を包んでいた。片方は燃えるような赤と黄色が交互に入った無骨さを感じる堅牢な鎧であるのに対して、もう片方は毒々しい緑色ながらもすらりとした女性的なフォルムが特徴的であった。闇の力を感じた相手は肩に砲台のようなものをつけていた。イリナと相手をしている者は光の力を帯びた鋭い爪を装備する籠手をつけている。

 

『全員、禁手に至っているとは』

「前に話していたイリナの疑問は正しかったわけだな」

「だからって負けるつもりもないけどね!」

 

 堅牢な鎧を包んだ方が真正面から突進してきた大一を受け止める。錨を相手が蹴り飛ばすと、互いに組み合った。片や化け物のごとき龍の混じった皮膚、片や戦士のごとき強靭な鎧と重さのかかる力強さがそこにあった。このまま組み合った状態が続くかと思った矢先、相手の鎧の各所から炎が噴き出してきた。

 

『炎の神器か』

「逃がしはしない。このまま燃やし尽くす」

『俺の防御を知らないようなら…』

「知っているから、こちらも手を打っているの!」

 

 女性の声とともに、大一の後ろに先ほどの緑の鎧をまとった人物がつく。その背中からは蜘蛛の脚のような触手が伸びており先端は鋭利に尖っていた。

 大一の背中に狙いをつけた女性は、その触手をすべて突き刺す。

 

「この毒はあなたの魔力を弱める。これと合わせてそのまま貫き殺す!」

『これくらいじゃまだ刺さらないな』

「だが正面には俺の炎、背中には彼女の毒の刺突、いつまで持つかは見ものだな」

 

 この膠着状態で徐々に相手の力を奪っていくのが目当てだろう。相手なりにどのようにして対策をするかは考えていたようだ。

 相手の意図を察したディオーグの言葉が響く。

 

『要するに我慢勝負ってことか。くだらねえ、こんなもので俺らを止めると思われるのは癪だぜッ!』

『そもそもお前らが2人がかりであるように、こっちも仲間がいるんだ』

「そういうことだ」

 

 大一の言葉に呼応するように、ゼノヴィアが姿勢を低くしてデュランダルを構える。彼女に手を出させないようにもうひとりの敵が肩の砲台から闇の力を数発撃ち込んだ。規模からして後ろのアーシアにも狙いをつけているのだろう。

 だがゼノヴィアは構えを解かず、ただ静かに向かってくる闇の魔力を待ち構えていた。そして魔力が彼女に近づいたところで、デュランダルを薙ぎ払うように振る。目の前に迫っていた闇の力どころか、その後ろに続く魔力すらも余波で吹き飛んでいった。

 

「闇があれば光を打ち消せると思っているのなら、舐められたものだな。この新たなデュランダルの破壊力とそれを操る私はその程度では止められないぞ!」

 

 かなり撃ち込んだ魔力をたった一振りで無効化されたのには、さすがに相手も衝撃的であったようだ。すぐに砲撃の体勢を再びとるが、一瞬怯んだ隙を見逃すようなゼノヴィアではなかった。

 ゼノヴィアは騎士の特性で距離を詰めると、そのまま相手を斬り伏せた。さらに倒れた相手には目もくれず、今度は大一の背中を刺す女性へと目を向けた。

 

「一撃で…!」

『敵を前によそ見は禁物だ』

 

 そう言うと、大一は体重を重くする。組み合った相手は自身の腕や肩にかかる重さが急激に増したことに鎧の中でうめき声を上げた。

 さらに翼の付け根から伸びる尾で、素早く女性の方を捕らえた。

 

『頼むぞ、ゼノヴィア!』

「任されたッ!」

 

 ニヤリとゼノヴィアは笑みを浮かべると、再びデュランダルを構えて大一と戦っていた2人を斬りつけた。女性の方は鮮血を出しながらそのまま倒れ込むが、大一と組み合う男の方は鎧のおかげかその一撃を耐えきった。

 

「ぐううううぅぅぅッ!」

『耐えたところで…』

『潰れるのが落ちだろうがァ、小僧が!』

 

 ディオーグの荒々しさが表に出ると、大一は腕の力を強める。手負いの相手は組み合う腕にも力が入らず、振りほどく腕力など尚更残っていなかった。相手は腰を逸らせて大一の押し込みに耐えるが、対して大一は膝を上げて敵の顔面に蹴りを数発入れる。さしものこの蹴りには相手も参った様子で足取りをふらつかせつつ、そのまま地面に叩きつけられて気を失った。

 龍人状態を解いた大一は腕をさする。多少の火傷と背中の傷、まったくの無傷の勝利とまではいかなかった。

 

「ふぅ…正直、侮っていたわ」

 

 顔の汗を拭いながらイリナが2人に近づく。いくらか傷があったものの、致命傷は受けていない様子であった。後ろには彼女が倒した相手がすっかり気絶していた。

 短い勝負であったが、現れた刺客が全員「禁手」に至っていたのは想定外であった。幸い、相手の練度がそこまででも無かったが、より習熟した状態であれば潜り抜けることすら危うかったかもしれなかった。

 

「よし、先輩とイリナの傷の手当てが済んだら移動しよう」

「イリナだけで大丈夫だろ」

「お兄さん、そういうのはやせ我慢って言うのよ」

「そうです!回復させるまで私達は動きませんからね!」

 

 後輩たちの主張に押されて、大一は仕方なく傷をアーシアに見せるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「しかし先輩も災難だったな」

 

 アーシアからの治療を受けた大一は、ゼノヴィアの言葉に疑問符を浮かべる。

 

「なんだ、藪から棒に?」

「いやここまで巻き込まれるのは想定外だったんじゃないかと思ってな」

「こればかりは仕方ないしな。それにあっちにいたところで、問題に巻き込まれただろうし…あっ、リアスさんに連絡するの忘れていた!いやどっちにしろ繋がらないか…?」

 

 頭を掻きながら大一は答える。実際、リアス達も現状は忙しかった。というのも、冥界のグレモリー領で旧魔王派…といっても禍の団とは無関係なのだが、その暴動の鎮圧に乗り込んでいた。リアスやグレイフィアだけでなく、グレモリー家の夫人であるヴェネラナまで動いており、二つ名を持つほどの実力者がいるのだから京都と比べればかなり楽ではあるだろうが。

 この会話にアーシアから治療を受けていたイリナが入ってくる。

 

「せっかく朱乃さんと付き合い始めたんだから、いきなり離れるのは寂しくない?」

「この恋愛脳が。すぐにそっちの話に持っていくなよ」

「で、でも私も気になります!お兄さんと朱乃さんが何をしているのか!」

「言い方が誤解に溢れているぞ、アーシア!」

 

 イリナの治療をちょうど終えたアーシアの声は興奮が垣間見えた。その顔も茹蛸のように赤面しておきながら、期待の感情が間違いなく表れている。

 この話にゼノヴィアも興味津々であった。実際、大一が朱乃と付き合い始めてからきわどい質問をしていたのだから、当然の反応とも言えるだろう。だが大一の頑として話そうとしない態度に口を尖らせる。

 

「先輩こそ教えてくれていいじゃないか。私は参考にしたいんだ」

「お前の押しの強さで参考もなにもあったものじゃないだろうに。最近はアーシアと一緒にアピールが露骨すぎるぞ。アザゼル先生から聞いたが、昨日の夜中に一誠の部屋に忍び込んだらしいじゃないか。ロスヴァイセさんにも迷惑かけて…イリナも断る時は断れよ。教会時の付き合いでそこまで合わせることはないんだから」

「ふえっ!?わ、私はさ~、え、えっと…」

 

 イリナは歯切れ悪く顔を赤らめながら指をいじる。いつもの元気が取り柄な様子は鳴りを潜めて、しおらしい雰囲気が彼女を包んでいた。

 

「むう…イリナもまんざらではないと思うんだがな。その時に胸だって揉まれたし」

「お前もそっち側かよ!いつから一誠とそこまで許すような仲になった!?」

「事故よ、事故!」

 

 イリナの反論が大一の耳にどれだけ入っているかは不明であった。大一としてはイリナは勝手に連れまわされたものだと考えていたため、このゼノヴィアの告白には衝撃を受けた。

 さらにはアザゼルが一誠に話していたことを思い返す。どうにも祇園でセラフォルーへと向かってきた人間が痴漢未遂をしたのは、一誠の才能が漏れ出て京都へと散らばったことが原因だ。その才能は回収されて現在一誠が持っているが、一般人にこれが入ると一誠のように胸を求めてしまうらしい。

 弟の件でスイッチが入った大一はうろつきながら、頭を掻く。こうなってしまっては放心状態になるのも多かったが、これから強敵と戦うことが彼に理性を保たせていた。

 大一は大きく息を吐くと、後輩たちに視線を向ける。

 

「…まあ、本気なら応援するけどよ。しかしあいつにそれだけの甲斐性はあるものかなぁ…」

「先輩、考えすぎだ。私とアーシアはイッセーが独立するなら行く気満々だぞ」

「それってハーレム入りを希望ってことじゃないか。…3人とも、帰ったら話し合おう。この際、全部聞いてやるからさ。お兄さん、いろいろ心配になってきたよ…」

「それでこそ赤龍帝の兄だ!」

「お兄さん、よろしくお願いします!」

「それよりも私の話を聞いてよ…」

 

 先ほどまでの戦いのひりついた感覚とは打って変わった空気のまま、彼らは目的地の二条城を目指すのであった。

 




原作読んでいると、この辺りはアーシアも強力な発言が増えてきた印象でした、


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第79話 英雄との激突

9巻も何気に最終決戦まで来ました。


 二条城前に一誠がたどり着いた頃には、すでに他のメンバーが集まっていた。全員がここにたどり着くまでに刺客が送り込まれたようだが、難無く乗り越えたようであった。

 仲間達の無事に安心する一誠であったが、どうしても目についた人物がいた。

 

「おげぇぇぇ…」

「この場ではあいつが『王』なんだ。文句を言うのは終わってからなんだ…」

 

 近くの電柱で酔いのせいでもどしているヴァルキリー姿のロスヴァイセに、別の電柱では袖が破れたシャツを羽織る大一が耳を抑えながら独り言を連呼していた。年上2人のあまりにも緊張感のない状態に、他のメンバーは当惑を隠せなかった。

 全員が揃って間もなく、巨大な門がそれに見合った鈍い音をたてながら開いていく。その門を見ながら祐斗は苦笑した。

 

「あちらもお待ちしていたようだよ。演出が行き届いているね」

「まったくだ。舐めてんな」

 

 一誠達はそのまま敵陣へと足を踏み入れていった。

 敷地内を進み、本丸御殿へと向かっていく。櫓門をくぐって、古い日本家屋が立ち並ぶ場所へ着くと、付近の庭園から曹操が待っていましたとばかりに姿を現した。同時に次々と英雄派の幹部も現れた。

 

「禁手使いの刺客を倒したか。俺達のなかで下位から中堅の使い手でも、禁手使いには変わりない。それでも倒してしまうキミたちはまさに驚異的だ」

 

 余裕しゃくしゃくな態度で話す曹操の後ろには着物姿の美しい女性が佇んでいた。

 

「母上!」

 

 狐の耳、複数の尻尾、九重の反応、彼女こそが九尾の狐である八坂であった。無表情でかつ生気を感じられないその瞳に、九重は曹操達を睨みつける。

 

「おのれ、貴様ら!母上に何をした!」

「言ったでしょう?少しばかり我々の実験に協力してもらうだけですよ、小さな姫君」

 

 落ち着いた様子で話す曹操は槍の石突で地面を軽く叩く。その瞬間、八坂が苦しそうに呻き叫びだした。さらに体が光りだすと、そのまま膨れ上がり巨大な狐の怪物へと姿を変貌させた。金色の毛並みにスマートな麗しいフォルムと美しい姿であったが、同時にその魔力は畏怖を感じさせるものであった。

 

「曹操!こんな疑似京都まで作って、しかも九尾の御大将まで操って、何をしようとしている!?」

 

 一誠の問いに曹操は態度を変えずに答える。京都にはあらゆる場所に魔力、妖力、霊力が富んでおり、この地自体が巨大な術式発生装置となっていた。この疑似空間は京都の気脈を利用するために絶妙な距離の次元の狭間に存在していた。おかげで京都の気脈のパワーをこの空間にも流れ込ませていた。さらに九尾の狐という最高クラスの妖怪を馴染み深い地を使うことで力を引き出させた。

 これら全ての条件を満たして、彼らが狙うことは…

 

「───都市の力と九尾の狐を使い、この空間にグレートレッドを呼び寄せる。本来なら複数の龍王を使った方が呼び寄せやすいんだが、龍王を数匹拉致するのは神仏でも難儀するレベルだ。───都市と九尾の力で代用することにしたのさ」

「グレートレッド?あのでっかいドラゴンを呼んでどうするつもりだ?あいつ、次元の狭間を泳ぐのが好きで実害はないんだろう?」

「ああ、あれは基本的に無害なドラゴンだ。───だが俺達のボスにとっては邪魔な存在らしい。故郷に帰りたいのに困っているそうだ」

 

 曹操はにべもない様子で答える。もっとも彼としてはグレートレッドを殺すよりかは、捕らえて様々な調査をしたいというのが本音のようであった。

 

「…よくわからねぇ。よくはわからねぇが、おまえらがあのデカいドラゴンを捕らえたら、ろくでもないことになりそうなのは確かだな。それに九尾の御大将も返してもらおう」

「イッセーの言う通りだ。貴様たちが何をしようとしているのかは底まで見えない。だが、貴様の思想は私達や私達の周囲に危険を及ぼす。───ここで屠るのが適切だ」

「意見としてはゼノヴィアに同意だね」

「同じく!」

「グレモリー眷属に関わると死線ばかりだな…ま、学園の皆とダチのためか───」

 

 一誠の言葉に、ゼノヴィア、祐斗、イリナ、匙も続くように答える。どんな理由にせよ、テロリストをここで逃す道理は無かった。

 戦闘準備をする中、さっそく動いたのはゼノヴィアであった。デュランダルとアスカロンを合わせたオーラは光の柱という形容すら生ぬるいほどの太さでそびえたっていた。十数メートルはあろう長いオーラを敵に向かって振り下ろすと、その見た目に恥じぬほどの威力で周囲を吹き飛ばす。本丸御殿はもちろん、その遥か前方の建物なども巻き込んだ強力な一撃であった。

 肩で息をしながらゼノヴィアは額の汗をぬぐう。これでも彼女としては手加減をしていたようだ。エクスカリバーを鞘の形でデュランダルに被せることで、その力をコントロールする上に同時に高め合うことでより破壊力を高め合うことになったようだ。これほどの破壊力を見ると、先ほどの刺客との戦いではいかにセーブしていたかを実感して、大一は感心した。

 

「───エクス・デュランダル。この聖剣をそう名付けよう。ま、初手で倒せるほどだったら苦労しないな」

 

 建造物の跡地の土が盛り上がると、英雄派のメンバーが姿を現す。薄い霧を纏っており、土汚れこそついているものの傷は無かった。そしてその態度は明らかに楽しんでいた。予想以上の実力に期待を込めているのだろう。

 

「とりあえず実験をスタートしよう。九尾の狐にパワースポットの力を注ぎ、グレートレッドを呼び出す準備に取りかかる。───ゲオルク」

 

 曹操の言葉に応じてローブを羽織った魔法使いのような青年…ゲオルクが手を突き出す。すると彼の周辺に各種様々な紋様の魔法陣が出現する。魔法陣は縦横無尽に飛び回り、それだけでも目が回りそうな勢いであった。

 間もなく八坂の足元に巨大な魔法陣が展開されると、八坂が苦しそうな雄たけびを上げる。全身の毛が逆立ち、魔力も膨れ上がっていった。

 

「グレートレッドを呼ぶ魔法陣と贄の配置は良好。あとはグレードレッドがこの都市のパワーに惹かれるかどうかだ。龍王と天龍が1匹ずついるのは案外幸いかもしれない。曹操、悪いが自分はここを離れられない。その魔法陣を制御しなければならないんでね。これがまたキツくてねぇ」

「了解了解。さーて、どうしたものか。『魔獣創造』のレオナルドと他の構成員は外の連合軍とやりあっているし。彼らがどれだけ時間を稼げるかわからないところもある。外には堕天使の総督、魔王レヴィアタンがいるうえ、セラフのメンバーも来るという情報もあった。───ジャンヌ、ヘラクレス、クーフー」

「はいはい」

「おう!」

「御意」

 

 曹操の呼びかけに3人の敵が前に出る。金髪の外国人女性、がっしりとした体格の巨漢、他のメンバーとは違った襟の長い服を着た厳格そうな顔つきの男性と様々であった。

 

「彼らは英雄ジャンヌ・ダルクとヘラクレス、クー・フーリンの意志───魂を引き継いだ者達だ。ジークフリート、お前はどれとやる?」

 

 曹操の問いにジークフリートは無言で剣先を祐斗とゼノヴィアに向けた。その様子にジャンヌとヘラクレスが顔を笑ませる。

 

「じゃあ、私は天使ちゃんにしようかな。可愛い顔してるし」

「俺はそっちの銀髪の姉ちゃんだな。随分、気持ち悪そうだけどよ」

「某は龍の男を相手する。赤龍帝の兄と聞いているが興味深い」

「んで、俺は赤龍帝っと。そっちのヴリトラくんは?」

 

 曹操は匙に視線を送ったが、すぐに一誠が彼に頼んだ。

 

「…匙、お前は九尾の御大将だ。なんとか、あそこから解放してやってくれ」

「俺は怪獣対決、か。…あいよ、兵藤、死ぬなよ」

「死ぬかよ、そっちも気張れ」

「これでもここに来る前、『女王』にプロモーションしてんだからさ。最初から気合いは充分だッ!───『龍王変化』ッ!」

 

 匙の身体が黒い炎に包まれて、巨大なドラゴンへと姿を変えて九尾の御大将と対峙する。そして一誠達の前には怪物を超えた人間達が向かって来るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「某の名はクーフー。かつての英雄クーフーリンの末裔である」

「丁寧な男だな。テロリストとは思えない物腰だ」

 

 錨を取り出しながら、大一は目を細める。漆黒の髪にところどころ白髪のメッシュが入っており、西洋的な顔つきの男性が武士のような物腰で話すことは違和感を抱かせた。ましてや相手がテロリストなどという特異な存在であれば尚更だろう。

 クーフーは肩をすくめながら答える。

 

「祖先が誇りを重んじる男であったのだ。戦いは好まず、女にも手をかけず…某はそれを模倣しているに過ぎない」

「女にも手をかけないような英雄に子孫がいる方がおかしいと思うがな」

「血を引くものなら兄弟姉妹もいただけだ。そして時を経て、某がその意志を継いだだけのこと」

「好まない戦いを助長させることがか?」

「某には某の正義がある。貴殿らのような強者をこれ以上助長させるわけにはいかないのだ」

 

 きっぱりと言い切るクーフーの表情は強さに満ちていた。己の正義に疑いを持たず、確固たる意志を感じさせた。

 とはいえ、それに同調するわけにはいかない。相手の正義があるように、大一にも大切な仲間を守るという正義があるのだから。

 大一の身体が隆起して、龍人状態へと変化する。対してクーフーは円形の盾を取り出した。無骨なデザインをしており、魔力を感じなければ普通の武器と見間違うだろう。

 2人も睨み合っている中で最初に動いたのは大一の方であった。身体の硬度を上げた角を向けた突進は牡牛のごとく強烈なものであった。しかしクーフーは円形の盾で一歩も後退せずに、この突進を受けたのであった。

 

「神器『永続なる円盾(アエテルヌ・シールド)』。殺傷能力こそ無いものの、この盾には魔力を帯びた攻撃は無力だ」

『魔力に対して特効を持つ神器か…だが、俺の「金剛の魔生錨」は魔力を通さなくても充分に硬い!』

 

 大一は角を盾から離すと、錨での攻撃に切り替える。相手に反撃の隙を与えないように腕力を強化して、相手に向かって右から左から上からと連続で錨を振っていった。

 クーフーは表情を変えずにその攻撃を盾でいなす。相当な反射神経で振られる錨をしっかりと捌いていた。しかし魔力の通されていない錨の攻撃に、傷はついている様子であった。

 

「調子に乗らない方がいいぞ、悪魔よ。───禁手化!」

 

 クーフーの持つ盾の雰囲気が変わる。盾の中央に緑色の宝玉が埋め込まれ、盾には魔法陣のような模様が刻まれた。

 大一は錨で刺突しようとしたところで、クーフーが変化した盾で防ぐ。すると触れた瞬間に、大一は後方へと吹き飛ばされた。ダメージこそ無いものの、突然全身を強い力で押し出されたような感覚であった。

 空中で回転しながら大一は着地するが、その眼は油断ならない様子でクーフーの盾に目を向けた。

 

「某の禁手『畏怖の絶対防循(アーガスティア・ガードナー)』は触れた物を受けた方向とは反対側に弾き飛ばす。貴殿との戦いにおいて、某は絶対防御を持つ」

『くっそ、お前も守り専門か…』

「守ってばかりで怪物に勝てるなどとは思わない。荒々しく攻める武器あってこそ勝利は掴めるのだ」

 

 力強い言葉とともに、クーフーは強烈なジャンプを行う。よく見れば彼の脚には装飾のついたブーツのようなものがついていた。そのままかかと落としをしてくるが、大一は体の硬度と体重を上げてその一撃を防いだ。ぶつかった衝撃と重さでわずかに地に沈むような感覚を覚えるが、クーフーはそのまま大一に蹴りを入れてその反動で後ろに下がった。

 傷こそ受けなかったものの、その機動力に大一は目を細める。

 

『…それも神器か?』

「左様。『踊る強脚(ステップ・パワー・フット)』は神器の中では珍しくもないもので、脚力の強化だ。魔力を使えば充分に出来る程度だが、某はこれを使いこなすことで戦場を駆け抜ける。それに手札はこれだけではない」

 

 クーフーはどこからともなく槍を取り出した。剣と同じくらいという短さで、切っ先は十字になって真ん中にはひし形の宝石が埋め込まれていた。

 その短槍を振ると、炎の斬撃が飛んでくる。大一はそれを錨で防ぐが、間もなく電撃を帯びた斬撃が向かってきた。口から吐き出した魔力の塊で相殺させるも、ぶつかったことで黒煙が広がる。

 

『…たしかに速いな!』

 

 煙に紛れていつの間にか後ろについていたクーフーは槍で一突きしようとしたが、生命力の動きから感知した大一は攻撃を錨で防ぐ。武器の競り合いはせずに早々に後ろに下がるクーフーの表情は相手を打ち倒すことに燃えていた。

 

「かつて祖先はゲイ・ボルグと呼ばれる槍を使っていた。某にはそのようなものは無いが、この『他属性槍(エレメンタ・ハスター)』がある。武器を創造するタイプのような手数は無いが、常に持っているからこその扱いやすさがある」

『つまり神器を3つ持っているわけか…』

 

 大一は渋い表情で答える。英雄派の神器の扱いについては、彼も重々わかっていた。だからこそ、その幹部クラスがこれほど多くの神器を使ってくるとなればその実力は計り知れなかった。

 

「勝利のために、武器や型にこだわる必要などない。使えるものは使い、某は自分の使命を全うする」

 




それっぽいネーミングを考えるのがめちゃめちゃ苦労しました、はい。


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第80話 耐える怪物

英雄派の幹部って強い印象があります。


『この程度でやられるかッ!』

 

 向かってくる銃弾のような形をした炎の魔力に対して、同じように口から噴き出した魔力をぶつけて対抗する。黒煙に紛れて大一はクーフーへと向かっていくが、相手も予想していたように猛スピードで迂回するように動いた。生命力を感知した大一は足を止めて後ろから来るクーフーを待ち構える。煙が晴れると同時に向かってきたクーフーに頭突きを入れようとしたが、盾を構えていたことに気づくと素早く首の動きを止めて、逆に盾を蹴り上げるように足を上げた。しかしクーフーも素早い反射神経で後ろに下がると、槍で突くような動作をしながら魔力を飛ばして大一と距離を取った。

 戦い始めてから30分近く経っているが、2人も決め手に欠けるような戦いが続いていた。

 肩で息をしながら、大一は目の前の男へと視線を向ける。コカビエルと対峙した時の圧倒的な実力差は感じない。フェンリルを相手にした時のような恐ろしさも感じない。しかし大一がこれまで戦ってきた相手の中でもずば抜けて厄介であった。

 近接戦が主である大一にとっては、硬さ重さ関係なく弾き飛ばす相手の神器では手傷を負わせられない。スピードで翻弄しようにも相手は神器で勝るとも劣らないスピードで動くため、意味をなさない。クーフー自身も英雄派の幹部だけあってずば抜けた身体能力と反射神経で大一を攻め立てるのであった。一瞬で勝負がつくとは思っていなかったが、ここまで持久戦を強いられるとも思っていなかった。

 しかし戦いづらさを感じているのは、クーフーも同じであった。基本的な戦い方が高速移動からの槍や盾でのヒット&アウェイを繰り返すものであった彼にとって、いくら攻撃してもかすり傷程度しか負わない大一を打ち倒せなかった。

 苛立ちを感じながらクーフーは再び動き出す。槍で炎、水、電気と様々な属性の魔力が込められた斬撃を飛ばすが、大一は身体を硬化させて防いだ。

 

『この程度の斬撃…!』

 

 動き回って四方八方から飛んでくるとはいえ、大一の防御力ならば受けても大したダメージにはならなかった。さらに腕や翼で体を包むような防御姿勢を取るが…。

 

「隙を見せたなッ!」

『あっ?』

 

 大一が防御姿勢を取ったところで、クーフーが横から突っ込んでくると、翼の隙間から槍をねじ込むように突き刺した。当然のように、硬度を上げた大一の皮膚に刃は通らなかったが、クーフーは素早く盾を槍の石突へと押し当てた。

 

『まさか…!』

「吹き飛べ、化け物がッ!」

 

 ダメ押しとばかりに盾を強化した蹴りで槍ごと大一に押し込む。すると銃弾のように槍は飛んでいき、切っ先にいた大一もそのまま押し込まれていった。槍ごと飛ばされていく大一は最終的に他の戦闘の余波で崩れていた瓦礫へと叩きつけられた。

 自分の手元に戻ってきた槍をクーフーは見る。切っ先には鮮血がついていたが、その表情は油断ならなかった。

 

「…今のも受けきるか」

『抜かすなよ。さすがに効いたさ』

 

 瓦礫をどけてわき腹を抑えながら大一は立ち上がる。攻撃を受けたわき腹からは血がにじんでいたが、ギラギラとした眼は闘志に燃えており、手傷を負ったとは思えないほどの力強さを見せていた。

 

「某としては、今の攻撃すら受けきられると手詰まりに感じる。何度も同じやり方が通じるとは思わぬのでな」

『えらく物をハッキリ言うな。だがそれを素直に信じるわけがないだろ』

 

 肩で息をしながら大一は答える。神器を3つも持っているような男が、手札を出しきったとは思えなかった。もっともその場合はここまで引っ張る意味も無いような気はするが。

 後方で曹操と戦っている一誠の生命力を感じる。そちらも旗色は良くない様子で、それがまた大一の気持ちを焦らせた。

 互いに次の出方を伺うような睨み合いが続く中で、大一は自分に向かって何かが迫っていることに気づく。強力な魔力で、当たればマズいことがすぐにわかった。クーフーからは目を離さずに、大きく飛び上がってその攻撃をかわす。地面に当たったそのなにかは大きな爆発をした。

 

「おいおい、まだ終わっていなかったのかよ」

「そう言う貴殿は終わったのか?」

「曹操以外は終わったぜ」

「あら?こちらはまだやってるんだ?」

「ま、赤龍帝だからさ。彼らよりはやるんじゃないの?そっちの方も防御特化だし、クーフーだと火力が足りないさ」

「はっはー、お前は神器の数ばかりで禁手はその盾だけだものな」

「爆発だけが取り柄の貴殿には言われたくない」

 

 戦っている間にジークフリート、ジャンヌ、ヘラクレスが合流していた。彼らは各々の対戦相手を足元へと投げ捨てる。祐斗、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセ、4人とも血にまみれており、気絶している様子であった。さらに巨大な黒龍となった匙も九尾の狐の尾に捕らえられてうめき声を上げている。この数十分で彼らは英雄派に追い詰められていた。

 

『小僧、このままだと死ぬぞ』

『そんなことわかっているッ!』

 

 落ち着いた様子のディオーグに対して、大一の言い方は荒かった。実力においてはかなりの自負があったはずの仲間達がなすすべなく敗北したのを目の当たりにしては冷静でいられなかった。それでも彼の頭の中では次の行動をどうするべきかを必死で考えていた。

 その一方で、ジークフリートがクーフーに話しかける。

 

「曹操は赤龍帝とやりたいだろうし…クーフー、手伝ってやろうか?」

「…好きにしろ。某は曹操ほど闘い方にこだわりは無いからな」

「じゃあ、最初に誰が残った獲物をやるか競争ね」

「上等だ!俺が先に潰してやる!」

 

 英雄派の幹部たちの敵意が大一に向けられる。ただでさえ長期戦で心身ともに神経を張り詰めた状態だったのに、ここにきて4人を相手にすることは勝ち目が完全につぶれるのは必須であった。

 最初に動いたのはヘラクレス。身体から無数の突起…ミサイルを作り出し、それを撃ち出す『超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)』で大一に仕掛けた。

 

『…喰らえば動けなくなるほどだろうな』

 

 大一はぼそりと呟くと素早く魔力を探知する。ミサイルの軌道と速度を読むと、脚に魔力を集中させて地を走って回避する。爆発の余波だけでも肌に焼けるような感覚を覚えるが、それを気にしている暇はない。そのままヘラクレスの方向に突っ込んでいった。

 

「逃がしはしないわよ♪」

 

 大一が走っていく途中で横から巨大なドラゴンが向かってくる。ジャンヌの禁手『断罪の聖龍(ステイク・ビクテイム・ドラグーン)』は聖剣で形作られたドラゴンを操るものであった。ギリギリのところで体をひねりながらジャンプしたため直撃は避けられたが、翼の一部と脚に攻撃を受けた。龍の皮膚が混じっていたが、それでも悪魔として光の力は手痛かった。

 

『くっそ…!』

「惜しい!あと少しで倒せたのに!」

「俺が貰った!」

 

 ヘラクレスが再びミサイルを撃ち込んでくる。威力を考えれば魔力で相打ちに出来るかも怪しかった。大一は一番近いミサイルに錨を力任せに投げつけると、黒煙に紛れ込んで再びヘラクレスの懐へと入り込んだ。

 そのままやるべきことを済ませると、ジャンヌがいた場所にも向かう。大量のミサイルが爆発したため黒煙はまだ晴れなかった。

 

「それでも魔力を辿ることはできる」

 

 いつの間にか、後ろには禁手『阿修羅と魔龍の宴(カオスエッジ・アスラ・レヴィッジ)』で6本の腕に同数の名だたる剣を構えたジークフリートが迫っていた。

 

「武器なしでこの六刀を捌けるかな?」

『捌く必要は無いけどな』

 

 大一は口からできるだけ一点に集中させた魔力を地面に向かって放つ。クーフーが強靭な脚力で踏み込んだ上に、ヘラクレスが何発も周辺にミサイルをばらまいていたため地盤が緩くなったのか、ジークフリートは足元をふらつかせた。さらに砂埃も舞ったため、目くらましにもなり、大一はすぐに離脱した。

 しかし間もなく黒煙は晴れ、禁手化した英雄派の幹部たちが大一を見る。どこからともなく錨を再び取り出しており、据わっている眼で敵を睨んでいたが、相手は大一の様子よりもその周囲を見てあることに気づいた。

 

「なるほど、複数相手に正面からやりあうはずがないとは思っていたが…」

「貴殿は仲間達を回収していたのか」

 

 大一の周りには血まみれの仲間達が倒れていた。戦うふりをしてなんとか4人全員を回収して、回復を受けさせようとしていた。その証拠に後ろにはアーシアが目を見開いて立っていた。彼女と一緒にいる九重もこの絶望的な状況と苦しんでいる母親に気が気でない様子であった。

 先日のフェンリルとの戦いで子フェンリルが鎖を外すように動いたのを参考にしたが、大一としても想像の倍は体力を消費したように感じた。

 

『アーシア、みんなを頼む。回復のオーラを飛ばすよりは、まとめて近くにいた方が回復は早い』

「わ、わかりました。お兄さんも回復を───」

『あいつらがそうさせないだろう。とにかく援軍が来るまで持ちこたえる。あの4人は俺が食い止める』

 

 大一は静かに前に出る。息を吐き、全身に魔力を再び行きわたらせた。その様子にジャンヌとヘラクレスが笑う。

 

「へえ、考えたものじゃない。でも私達のボスが気にしていた龍が混じっているんでしょう?その割にはやり方が地味ね」

「しぶとさと動き回り方から、龍というよりかはハイエナだぜ」

『ハイエナけっこう…勝利のために才能もチャンスも骨の髄までしゃぶりつくしてやろうじゃねえか』

 

 言葉とは裏腹に、彼の気持ちは焦っていた。強力な剣を巧みに扱う六刀流の剣士、悪魔への特効を持つ聖剣で創られた龍を扱う聖女、破壊力抜群のミサイルが大量に撃ちだせる巨漢、相性の悪い防御を使う戦士…4人を一気に相手して勝てる道理はまるで無かった。

 そんな中で大一の口から間の抜けたような声が出る。ディオーグの言葉であった。

 

『…なんだァ?』

 

 ディオーグの注意は曹操と対峙していた一誠へと向けられていた。彼は仲間達が倒れていくのに涙するほど悔しがっていたが、少し前から妙なほど隙だらけで動かなくなっていた。曹操はグレートレッドをおびき出せるかの方に興味を向けていたため、一誠にはほとんど注意を向けていなかった。

 だが少しして、一誠の懐から辺り一帯を照らすほどの光を放った。光が魔法陣を形成していくと、その後に彼が叫んだ言葉にはその場にいた全員が当惑した。

 

「───召喚ッ!おっぱいぃぃぃぃぃッ!」

 

 魔法陣が光り輝き、そこから見覚えのある人物が現れた。着替え中だったのか、上下下着姿のリアスだ。

 

「な、何事!?ここはどこ?ほ、本丸御殿…?きょ、京都?あ、あら、イッセーじゃないの?どうしてここにって、私がどうしてこんなところに!?しょ、召喚されたの!?え?え?」

 

 リアスはどう見ても狼狽していた。着替え中に京都に、しかも戦いの真っただ中に召喚されたのだから当然の反応だろう。さらにリアスの身体を金色の光が包んでいく。この奇怪な状況には先ほどとんでもない言葉を放った一誠でも想定外だったようで、鎧姿にもかかわらず呆然としていることがわかった。

 しかし大一としては今後の展開がなんとなく読めるような気がした。以前、冥界において一誠が禁手に至った時と同じような雰囲気を感じていたからだ。そうなれば一誠が次に出る行為は予想できる。

 一誠はマスクを収納(鼻血でも噴いたような顔であった)すると、リアスの元へと歩いていく。

 

「───部長、乳をつつかせてください」

「───ッ!」

(ああ、うん…知ってた)

 

 敵味方問わず呆然としている状況ではあったが、そんな中でクーフーのみが一誠に狙いをつけるように槍を構えていた。

 すぐに気づいた大一は魔力をクーフーに撃ちだし、一気に距離を詰めて錨を振り下ろした。攻撃は盾で防がれるが、彼が一誠を攻撃することの妨害には成功した。

 

『冷静だな、お前は』

「赤龍帝が女性の胸をつついてパワーアップするのは有名だからな。邪魔もするものよ。貴殿も赤龍帝の兄と聞いているが、その割にはこの状況に戸惑わないのだな」

『うるせェ!俺だって出来ることなら、あのバカの頭を一発殴ってやりたいくらいだよ!とにかく俺があの2人の邪魔はさせない!』

「じゃあ、戦いも続行ということでいいかな」

 

 クーフーがやりあっているのを見て、ジークフリートが大一の後ろにつく。二振りの魔剣で交差するように大一の背中を斬り裂いた。

 不意を突かれて硬度を上げるのが不十分であったため、その背中からは多くの血が噴き出した。

 

『…こ、こんなので殺されるか…!』

「それじゃもう一撃───」

『喰らうか!』

 

 大一はクーフーの首に素早く手をかけると身体を回して、位置を入れ替える。さすがにジークフリートも手を止めたが、それを見た大一はクーフーの腹に足を入れて蹴り飛ばした。

 

「まったく自分から仕掛けるのはバカなのかしら?」

 

 ジャンヌの声とともに聖剣の龍が迫ってくる。すぐさま飛びあがるが、血を流しすぎたのか大一の目はかすみ始めていた。集中力も途切れ始めていたため、ここで飛び上がったのは早計であった。

 狙っていたかのようにヘラクレスのミサイルが追撃してくる。受けたものこそ1発だけであったが、彼の攻撃力はそれだけでも脅威であった。全身が焼け焦げて、身体からは煙が噴き出ていた。

 大一はゆっくりと地面に降り立つ。呼吸音は怪しく全身にどこまで力が入っているのはわからない。唯一、その眼だけが霞みつつも光を失っていなかった。

 英雄派の幹部たちも彼を取り囲みながら関心を持つ。

 

「自分の力量を把握していねえのか、こいつは?」

「気力だけで立っているんじゃないかしら。オーフィスの情報じゃ、そのドラゴンも耐久力だけはとんでもなかったって話だし」

「無名相手にそこまで警戒するオーフィスもよくわからないけどね…さて誰が止めを刺す?クーフー?」

「…わかった。某が終わらせよう」

『…さっき言ったよな。チャンスもしゃぶりつくすって…兄としては不本意だけどな…』

 

 大一がもうろう気味に言い終えた時に、一誠の声が轟く。すでにリアスの胸をつつき終えたようで、彼女の姿は見えなかったが、その魔力はどこまでも高まっていた。

 

「いくぜぇぇぇぇっ!ブーステッド・ギアァァァァァッ!」

 

 溢れ出てくる強力な力、かつて暴走した時の覇龍とは似ていながらも異なる魔力…かつて負の感情に染まった大一だからこそ、今の彼の力が二天龍の悪意のような力に染まっていないことがわかった。

 少し安心した大一はそのまま倒れ込みそうになるも、突然奇妙な浮遊感に襲われる。

 

「はったりではなさそうだな。彼を始末してさっさと…どこにいった?」

 

 ジークフリートがあごを撫でながら不思議そうにつぶやく。先ほどまで取り囲んでいたはずの大一の姿が、一瞬目を離した隙に煙のように姿を消していたのだ。彼らが魔力を探ると彼の仲間同様に倒れ込んでいたが、先ほどとは違いその場に2人増えていた。ひとりは着物姿の狐の妖怪、もうひとりは小さな一つ目の少年であった。

 

「遅れるかもしれないから、距離として近い我々に打診とは…あの猿ジジイめ。炎駒同様にこれは高くつくぞ」

「大一殿、生きてますかァ!?」

 




バトルの際のタフなキャラって、どうしてもサンドバック状態になってしまいますよね。


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第81話 頼もしき援軍

この辺りから一誠の実力が上がった印象です。


「…痛え」

 

 目を覚ました大一は開口一番に呟いた。頭は重く、身体には激痛が走るものの、周辺の様子から自分がまだ生きていることを実感した。気を失う直前までは意地でも倒れないつもりであった。しかし一誠から強力な魔力を感じた瞬間、彼の心を安心が襲って意識が途切れてしまった。

 

「お兄さん、目を覚ましてよかったです!」

 

 アーシアが胸を撫でおろしながら大一に言う。彼女の魔力の感覚からして直前まで回復してくれていたのは明らかであった。

 

「悪い、アーシア。助かった」

「あっ、回復をしたのは私じゃないんです」

「…ん?だったら誰が…」

「いやはや、大一殿が生きていて安心しましたぞ!」

 

 大一の顔を覗き込むように、紅葉の顔が現れる。相変わらず口角を上げており、いまいち緊張感を感じられない表情は、いまだにここが戦いの場であることを忘れそうになる。

 

「紅葉!?お前、どうしてここに…」

「援軍として来てくださったんです。そして紅葉さんが回復をしてくださって」

「回復?それって…」

「大一殿、申し訳ありませんがもうしばらく横になっていてください。私はアーシア殿ほど上手に回復できませんので」

 

 横になっている大一の腹部に紅葉が手を近づける。彼の手には緑の光がともっており、それを当てられると痛みが引き、同時に傷が塞がっていく。アーシアのおかげで何度も目にしてきたこの光景を、紅葉が行うことに大一は驚きを隠せなかった。

 

「お前、これってアーシアと同じ神器か…」

「はい、『聖母の微笑』です。実戦で使うのは今回が初めてなので、まだ慣れませんが…」

「おかげで皆さんをすぐに回復することができました」

 

 アーシアの言葉通り、大一以外の全員は身体を起こして事の行方を見守っていた。現在、一誠が曹操とヘラクレスを相手に大立ち回りしていた。彼を纏う鎧はこれまでの禁手とは違い、ずっしりと重さを感じさせるような堅牢さが目を引いた。

 

「…祐斗、何が起こっているんだ?」

「イッセーくんが鎧を様々な姿に変えて戦っているんです。『僧侶』『騎士』『戦車』のそれぞれの特性を活かしたような雰囲気ですね」

 

 大一の問いに同じく意識を取り戻していた祐斗が一誠の戦いから目を離さずに答える。

 歴代のブーステッド・ギア所有者たちの協力を経て、一誠が新たに身につけた力は兵士の特性であるプロモーションをフルに活用できるものであった。両肩のキャノン砲から魔力を撃ち出す「龍牙の僧侶(ウェルシュ・ブラスター・ビショップ)」、鎧を絞り込み高速の戦いを展開する「龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)」、幾重にも鎧を重ねて強固な守りと相応のパワーで押し込む「龍剛の戦車(ウェルシュ・ドラゴニック・ルーク)」、これらを切り替えてそれぞれの特性を限界まで引き出した戦いができる力「赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)」で一誠は戦況をなんとか持ちこたえていた。

 一方で、ジャンヌとクーフー、ジークフリートは先ほどから奇妙な白装束の人物たちと戦っていた。白装束の手には槍が握られており、倒されてもすぐに消えてどこからともなく何事も無いように蘇って、再び彼らに槍を振る。湧いて出てくる謎の戦闘員に、英雄派の3人も苦慮していた。

 

「手数だけは一級品か…!?」

「これではキリがない」

「あー、もうイライラする!なんなのよ、あの狐妖怪!」

 

 3人が睨む先には、零が面倒そうにあごをかきながら立っていた。彼女の周りには奇妙な魔力が渦巻いており、手負いのグレモリー眷属たちの周囲にも同じ魔力が小さなドーム状に展開されている。

 さらに彼女の元から小さな紙が飛んでいき、間もなく白装束の人間へと姿を変えていく。ジークフリート達が相手にしていたのは零の式神であった。

 

「貴様らと直接的にやりあうつもりもないんでな。時間だけ稼がせてもらう」

「噂には聞いていたが、九尾の狐に協力するはみ出し者というのはコイツのことか。結界も強いから、彼らにも手を出せない…厄介だな」

「私の結界を破れると思うなよ、小童ども。『絶霧』を本気を出した状態で使いこなせられれば突破できるかもしれんが…この広さのフィールドを展開させた上に、別の作業片手間でやられるほど甘くないわ」

 

 零は言葉には苛立ちが含まれていた。少しでも英雄派の幹部たちに見くびられたことが、気に食わない様子であった。その言葉通り、あれほど苦戦した英雄派の幹部を3人同時に相手しながらもまるで疲弊していなかった。その実力にグレモリー眷属は感嘆した。

 そして大一としては彼女の反応と実力への驚きと同じくらい、この場に彼女がいることに驚いていた。紅葉がいる時点である程度察することはできたものの、実際にその場に零がいたことにはやはり驚愕する。お世辞にも協力的でない態度を取っていた彼女がどういった経緯でこの場に来たのだろうか。

 大一の表情を察してか、紅葉が話しかける。

 

「零様は旧友から打診を受けて、この場にいらっしゃったのです。私はそれについてきまして」

「旧友って炎駒さんか?」

「いえ、別の方です。その方は遅れるかもしれないから、零様に───」

 

 紅葉が言葉を続けようとしたその瞬間であった。次元の狭間が現れて、そこから強力な龍の力を感じた。しかしグレートレッドのような圧倒的な力ではなく、流れるような洗練された感覚を大一は感じた。これまで感じてきた龍のものとはまるで雰囲気が違い、大一は戸惑った。

 間もなく、現れた龍はグレートレッドとはまるで違い、蛇のようにしなやかな身体が特徴的な東洋の龍であった。

 

「───西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)、玉龍(ウーロン)かッ」

 

 曹操の言葉を聞いて、大一は腑に落ちた。五大龍王の一匹である玉龍、それほどの龍であれば八坂の力に呼応することもおかしくないだろう。

 その一方で零は玉龍を見て苛立ちをより露わにしていた。彼女をよく見れば、その龍の背に乗っている人物に視線を向けていた。

 その人物は龍の背から飛び降りるも、地面にはふわりと衝撃など全くない様子で降り立った。一見すると小柄な老人であったが、金色に輝く体毛が目立つ妖怪のような雰囲気が印象的である。

 謎の老人は落ち着き払った様子で、辺りにぐるりと目を向けた。

 

「大きな『妖』の気流、それに『覇』の気流。それらによって、この都に漂う妖美な気質がうねっておったわ。おー、久しい限りじゃい。聖槍の。あのクソ坊主がデカくなったじゃねーの」

「これはこれは。闘戦勝仏殿。まさか、あなたが来られるとは。各地で我々の邪魔をしてくれているそうですな」

(闘戦勝仏殿…初代の孫悟空か!)

 

 曹操との会話をしていた老人は初代孫悟空であった。八坂と会合する予定であった天帝の使者で、今回アザゼルが話していた助っ人である彼は英雄派たちに睨みを利かせている。

 孫悟空は一誠の視線に気づくと、労いながら笑顔を見せる。

 

「赤龍帝の坊や。よー頑張ったのぉ。いい塩梅の龍の波動だ。だが、もう無理はしなくていいぜぃ?儂が助っ人じゃい。あとはこのおじいちゃんに任せておきな。───玉龍、お前は九尾を頼むぜぃ」

『おいおい、来た早々龍使いが荒いぜ、クソジジイ!オイラ、ここに入るだけでチョー疲れてんですけど!てか、白龍皇の仲間の魔女っ子に手助けしてもらったんだけどよ!おわっ!つーか、ヴリトラだ!おいおいおい、狐と戦ってんのヴリトラだよ!どれぐらいぶりだぁ?』

 

 あまりのハイテンションに多くの者がポカンとしながらも、玉龍は怪物化した八坂に向かって飛び掛かる。言葉とは裏腹にその巨体を駆使して、互角以上に彼女を相手にしていた。

 そんなことはどこ吹く風ともいうような態度の孫悟空は再び英雄派に視線を向けた。

 

「さてさて、赤いのには悪いがのー、てっとり早く曹操の子孫にお仕置きせんとなぁ。零よ、他の奴らは任せたぞ」

「このクソジジイめ…271年前の賭け事で負けていなければこんな事には…!」

「ったく、話を引きずる妖怪ババアがうるさいわ」

「八坂よりかよっぽど若いわ!」

 

 ひょうひょうとした態度の孫悟空に零がキレながら反論する。このやり取りだけでこの場に零がいる理由が察することができてしまう。

 敵そっちのけで始める口論にジークフリートが6本の腕を展開して孫悟空へと向かっていった。

 

「隙を見せたな!」

「ジーク!相手にするな!お前では───」

 

 曹操の制止も振り切って、ジークフリートは突撃していく。だが孫悟空は彼の方を見ずにただ一言だけ静かに呟いた。

 

「───伸びよ、棒よ」

 

 孫悟空が手にしていた棒が凄まじい速度で伸びていき、ジークフリートを突き飛ばす。あれほど苦戦した相手を孫悟空はものともしていないのだ。

 立て続けに今度はゲオルクが霧で捕縛しようとしたが、棒を地で軽く叩き呪文を唱えるとあっという間に霧は霧散した。

 

「…零」

「わかっている、猿ジジイ。押さえておく」

 

 連続で邪魔を受けたことに呆れた気味の孫悟空の言葉に、零も手早く反応する。どこからともなく筆を取り出すと空中に文字を書き、同時に式神の姿が煙となった。煙はジークフリート、ゲオルク、ジャンヌ、ヘラクレス、クーフーの足元にまとわりつくと同時に、彼らの立つ地点に零が書いた文字と同じものが現れた。間もなくその文字が光りだすと英雄派の幹部たちの動きが見えない壁に阻まれているようであった。

 それを見届けた孫悟空は満足そうな表情を見せる。

 

「上々の結界術じゃ。さて後は───」

「槍よッ!」

 

 最後前まで言い終わらないうちに曹操が仕掛ける。槍の切っ先が伸びて孫悟空へと向かっていったが、彼はそれをあっさりと指先で受け止めてしまった。あまりの実力差に曹操も焦燥感に駆られているようであった。

 

「…良い鋭さじゃわい。が、それだけだ。まだ若いの。儂の指に留まるほどでは他の神仏も滅せられんよ。───貴様も霧使いも本気にならんで儂にかかろうなどと、舐めるでないわ」

 

 さすがに実力差を目の当たりにした英雄派であったが、曹操は槍を下ろし落ち着いた様子で孫悟空を見た。

 

「退却時か。見誤ると深手になるな。ここまでにしておくよ。初代、グレモリー眷属、赤龍帝、再び見えよう」

 

 ガラスを砕いたような音がすると、英雄派のメンバーは素早く一か所に集結する。地面に攻撃して強引に零の文字を消して結界術を突破したようだ。ゲオルクが巨大な魔法陣を展開させて逃げようとするが、修学旅行を滅茶苦茶にされ、さらに九重の母親を危険にさらした彼らを逃すほど一誠は温厚ではいられなかった。

 一誠は左の籠手にキャノン砲を作り出すと曹操に狙いを定める。さらに意図を汲んだ孫悟空が彼に力を貸すと、魔力が一気に膨れ上がった。

 

「───お咎めなしで帰れると思うのか?こいつは京都での土産だッ!」

 

 撃ち出した一誠の魔力は濃縮されており、見た目以上に力強い一撃であった。狙いが曹操であると気づいたジャンヌ、ヘラクレス、クーフーが盾になるように前に出るが、彼らに防がれる直前のところでその軌道は変更された。

 

「曲がれェェェェッ!」

 

 たった一発であったが、見事に不意を突いた一撃が曹操の顔へと命中した。苦しそうに呻きつつ、顔を上げるとべったりと鮮血に染まっており、狂気と歓喜、そして怒りに顔をゆがませていた。

 

「…目が…赤龍帝ぇぇぇっっ!槍よッ!神を射抜く真なる聖槍よッ!我が内に眠る覇王の理想を吸いあげ、祝福と滅びの───」

「曹操っ!唱えてはダメだ!『黄昏の聖槍』の禁手───いや、『覇輝(トウル―ス・イデア)』を見せるのはまだ早いッ!」

「落ち着いてください!ジーク殿の言う通りです!ここでそれを使われてはッ!」

 

 予定していなかった曹操の行動にジークフリートとクーフーが押しとどめる。2人の必死な様子に曹操も自分のやろうとしていた衝動的な行動を振り返り、すぐに落ち着きを取り戻した。ただ一誠に向けた眼には、先ほどの狂気が隠すことなく渦巻いていた。

 

「まったく、ヴァ―リのことを笑えないな。彼と同じ状況だ。キミはなぜか土壇場でこちらを熱くさせてくれる。───兵藤一誠、もっと強くなれ。ヴァ―リよりも。そうしたら、この槍の真の力を見せてあげるよ」

 

 不気味な言葉を言い残し、英雄派はこの場から転移していった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 英雄派が去った後の疑似京都は先ほどの戦闘と打って変わって静寂さに満ちていた。戦う相手もいない上に、先ほどまで暴走の一途をたどっていた八坂はヴリトラと玉龍のコンビによりひとまず沈静化させたため、この静寂さには安心を感じた。

 今回の目的でもある八坂の解放は信じられないほどスムーズに行われた。零が少しずつ彼女の洗脳を解くために邪な気を発散させている間に、一誠の「乳語翻訳」を孫悟空が力を貸すことにより、九重と八坂を会話できるようにした。これが功を奏し、八坂に渦巻く邪気がどんどん削られていった。

 事の行く末を見守りつつ、手持無沙汰状態の大一は隣に立つ紅葉に話しかける。

 

「神器持ちだって教えてくれたら良かったのに」

「申し訳ありません」

「いや、非難しているわけじゃないんだ。おかげで俺はこうして経っていられるわけだからさ。ただその神器は隠す力とは思えなくて」

 

 大一は落ち着いた声でなだめるように紅葉に話す。以前は生傷の絶えなかった彼からすれば、アーシアが仲間になって回復をしてくれることは革新的なことであった。彼女の元来の優しさと堕天使が欲しがった神器の力を実感する生活を過ごせば、紅葉が誇れる神器を隠す理由が気になった。

 紅葉は少し迷った後に、静かに答える。

 

「…ある種族が神器を持つ、これだけでもはみ出し者になりかねないんですよ」

「別に『聖母の微笑』は危険視されるものではないだろうに」

「しかし戦う力とはなりえますし、混乱のもとになります。私の神器を狙う者は当然いましたし、戦いへの参加を強制させられたこともあります。…豆腐小僧の私にですよ」

 

 付け加えるように言う紅葉の言葉には苦々しさが込められていた。豆腐小僧という妖怪は人に害を成す性格はしていないし、上位妖怪のような強力な力を持っているわけではない。戦いなどは縁のないもののはずだが、神器を持つ彼は無関係ではいられなかったのだろう。おかげで彼がどれだけ平穏から程遠い生を送ってきたかが察せられる。

 その一言に彼の嘆きが込められているかに気づいた大一は愕然とし、同時に恥じた。自分がこれほど相手の気持ちを考慮しないのだと思いたくなかった。

 そんな大一の感情はいざ知らず、紅葉は言葉を続ける。

 

「そんな私を救ってくれたのが零様でした。あの方に拾われてようやく平穏な生活を得られたのです」

「…ごめん。言いたくないことを聞いてしまった」

「謝るとしたら、私の方ですよ。渡月橋では神器を使えばあなたの傷をもっと早く治療できたのに、私はこの力を使えなかった…。あれはとても後悔しましたよ」

「だったら、どうしてここに来たんだ?無理をしてまで戦いに参加しなくても…」

「私の後悔とは、戦いに巻き込まれたことではありません。良き友人のために力を使えなかったことです。あなた方の戦いを見て、私は誰かのために力になりたいと本気で思ったのです。だからこそ私はここに来たのですよ」

 

 胸を張って答える紅葉とは対照的に、大一は無表情であった。紅葉の決意は賞賛されるべきだろう。だが自分の行いが平穏から彼を戦いに引き込んだことに、大一は逃げ出したい気持ちになった。今になって、悪魔になるきっかけとなった友人の顔を潰したことを思い出させた。

 彼が悩む一方で、八坂が正気に戻り九重との再会を互いに喜んでいた。その姿を見て、紅葉はほっと胸を撫でおろした。

 

「やはり平和とはいいものです」

 

 紅葉の言葉に大一は軽く頷いた。平和のために戦う…間違っていないはずなのに大一の気持ちにはすっかり影が落とされていた。

 そんな彼の感情を察せるはずのディオーグがなぜか小言ひとつ言わないのも、よりこの感情に暗雲が立ち込めるようであった。

 




9巻は次回で締めにしたいと思います。


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第82話 家に戻って

一誠がポジティブなのに対して、オリ主はかなりネガティブ思考です。


 京都の疑似空間から帰還した一誠達は孫悟空達に連れられて、ホテルの屋上へと連れられた。救護班が駆け回り、戦闘で負傷した仲間達が手当てを受ける。特に匙は今回暴走した八坂を相手に一歩も退かなかったため、かなり消耗しており、担架で運ばれていった。大一も回復は受けたものの、英雄は4人相手に持ちこたえたことで、相当体を酷使していた。救護班のスタッフに連れられようとするが、そこに零が待ったをかける。

 

「待て。その男を少し貸してもらおう。話があるのでな」

「しかしこれほど消耗が激しいのは───」

「ウチの者が回復したからまだ大丈夫だろう。私の方も重要なのだ」

「…俺は構いませんよ」

 

 大一は零の言葉に応じる。彼女は屋上の隅に彼を連れて行くと、鋭い眼光で周囲を見渡す。誰にも聞かれたくないような内容なのだろうか。

 零は大一へと向き直ると、落ち着き払った…それでいて警戒を促すような強い声で話し始める。

 

「まず、勘違いしないでも貰いたいが、私が今回援軍に来たのはかつての借りを返すためだ。それ以外の何物でもない」

「わかっています」

「…つまりだ、協力関係は結果的なものでしかなく、私…いや我々が今後も貴様らに力を貸すと思わないことだ」

「心得ています。炎駒様にもそのように報告するつもりです」

 

 大一の淡々とした反応に、零はわずかに眉根を寄せる。いくつかの反論や、表面上の理解を予想していた彼女からすれば、落ちつきながらも素直に言うことを聞いた大一の反応はいささか面を食らった。

 

「ずいぶん物分かりがいいな。この前は不信感が漏れていたぞ」

「も、申し訳ありませんでした。あの時は自分が勝手に振舞ってしまい…」

「…まあ、なにがあったかを聞くつもりは無いが。いや私のことはどうでもいいのだ。釘を刺したいのは紅葉の方だ」

 

 大一と零はちらりと紅葉へと視線を向ける。アザゼルとなにかを話していた様子だが、彼の表情から感情を読み取ることはできなかった。

 

「奴が来たのもお前を助けたいと言ったからだ。そして私はそれを納得はしていない」

「戦いに巻き込んで申し訳ありません」

「まっことその通りだ。奴がようやく手に入れた平穏を自ら捨て去るとは…よほどお前の戦いに心を動かされたのだと思う。おっと、『自分は何もしていない』のようなつまらない言葉を出すなよ。お前がどう思うかは勝手だが、紅葉は心を動かされたのだ」

 

 大一が開きかけた口を見て、零はすぐに彼の言葉を押しとどめる。彼女の青く深さを感じる瞳は、大一の不安を完全に見透かしているように見えた。

 

「お前ら、3大勢力に協力するつもりは無い。これはさっきも言ったとおりだ。しかしな、部下の友好関係まで縛る私ではない。以前、連絡用に持たせた紙があっただろう?」

「え、ええ。ホテルの部屋にあります」

「持っておけ。話し相手でも、たまの茶の相手でもいい。それが彼の儚かった生に火を灯すことになるのだから」

 

 それだけ言って零は軽く大一の背中を叩くと、紅葉と話すアザゼルへと介入する。不遜な立ち振る舞いとは裏腹に、彼女の言動が部下を重んじていることを感じられた。大一はアザゼル相手に脅すように指を向けている零にもう一度だけ目を向けると、医療スタッフに連れられた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 帰ってきた一誠達は家の一室でリアスを筆頭に怒られていた。2年生組は全員が正座しており、反省の色を見せている。魔法陣で一足早く帰ってきていた大一はすでにいくらか小言を受けておりげっそりとした様子であったが、帰って早々疲れと酔いで寝込んでいるロスヴァイセと比べればマシだろう。

 

「なんで知らせてくれなかったの?───と言いたいところだけど、こちらもグレモリー領で事件が起こっていたものね。でも、ソーナは知っていたのよ?」

「こちらから電話したときに、少しでも相談が欲しかったですわ…」

「…そうです。水くさいです」

 

 大一としては、リアスの言葉が特に耳に痛い想いであった。今回の一件の報告をすっかり忘れたのは大きなミスであった。自覚しているゆえに、彼女の言葉はバツが悪い。

 

「で、でも、皆さん無事で帰ってきたのですから…」

「まあ、イッセーは現地で新しい女を作ってたからな。しかも九尾の娘だ」

 

 ギャスパーのおかげで鎮火しかけた状況に、アザゼルが巨大な爆弾を投下する。その言葉がリアスどころか、その場にいたはずのアーシア達にまでピリッと辛みの効いた空気をもたらした。

 すぐに一誠はアザゼルに反論する。

 

「そ、そんなのじゃありませんよ!ったく、人聞きが悪いな、先生は!」

「でもよ、あの八坂を見た限りじゃ、将来相当な美人で巨乳に育ちそうだぞ?」

「…そ、そうかもしれません。けど!俺はちっこい子への趣味はありませんって!」

 

 どことなく弁解っぽく聞こえる一誠の言い方に、彼に好意を寄せる者達は目を細めていた。

 その一方で、小猫は大一に静かに問う。

 

「…先輩は相手が小さくても大丈夫ですものね」

「いや、なんの確認だよ。そういうのは、惚れた相手に確認しておくものだぞ。だとしても、変な質問だと思うが…」

「…もういいです」

 

 心なしか舌打ちが聞こえたような気がしたが、特に大一は気にしなかった。小猫に対して親愛の情しか占めていない彼に、現時点で彼女の想いは届くどころかほんの1ミリでも理解しているのかは懐疑的であった。

 そんな2人のやり取りには気づかず、アザゼルは一誠を諭すように話す。

 

「お前の力の選択はいいと思うぜ、イッセー。お前のライバル───ヴァ―リは『覇龍』の力を極めようとしていて、本当の意味で覇王の天龍になろうとしている。お前がヴァ―リと同じ道を選んでも旧魔王派襲来のときのように覇の力に飲み込まれるだけだろう。イッセー、お前は覇道ではなく、王道で行け。『王』を目指しているならちょうどいい」

 

 一誠の新たな力の可能性は、現場にいた大一も知るところであった。「覇龍」に似ていながら、禍々しさを感じない魔力は一誠の更なる一歩であるだろう。聞けば、「おっぱいドラゴン」を妖怪界隈でも放送が決まったらしく、妙な方向で赤龍帝の名前が広がるのは間違いなかった。それを聞いた時に、大一は無意識に胸のあたりを落ち着かせるように撫でていたが。

 さらにアザゼルが思い出したように話を展開させる。

 

「そういや、学園祭前にフェニックス家の娘が駒王学園に転校してくるようだぜ?」

 

 レイヴェル・フェニックスの転校は、リアスやソーナ同様に日本で学びたいという理由からであった。表向きは…。

 

「でも、なんで急に転校してくるんでしょうね?」

 

 真意を理解していない一誠の発言は、先ほどのアザゼル並みの爆弾となって空気を変化させる。

 

「ま、そういうことだろうけどな。リアスは大変なもんだ」

「…帰ってきても安心できないんですね」

「耐えろ、アーシア。こいつに付き合うということは耐えることでもある。最近、私も覚えてきたぞ」

「そうね。…私も耐えなきゃダメなのかしら…?」

 

 後輩たちの反応に大一は気の毒に思えてしまった。一誠が気づいていないとはいえ、彼女らに無意識に我慢を強いているのは兄という立場からすれば反応に困るものがあった。

 そんな中で、リアスは嘆息すると仲間達に呼びかける。

 

「まあ、いいわ。皆、無事に帰ってきたという事でここまでにしておきましょう。詳しくは後でグレイフィアを通じてお兄さまに訊いてみるわ。

 さて、もうすぐ学園祭よ。あなた達がいない間、準備も進めてきたけれど、ここからが本番よ。それにサイラオーグ戦もあるわ。レーティングゲーム、若手交流戦では最後の戦いと噂されているけれど、絶対に気は抜けないわ。改めてそちらの準備に取りかかりましょう」

『はいッ!』

 

 身を引き締める思いで全員が返事をする。サイラオーグに勝つ…まずは目の前のことに集中するべきであった。そう言い聞かせないと、また余計なことを考えるのだから。

 だが大一が表面的に不安を見せないように表情を取り繕ったのを、朱乃は見逃さなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 お説教と決意の話し合いが終わると、お土産を渡したりと、修学旅行が終わった後の余韻を皆と共有していた。

 大一は土産に買った饅頭だけおいて、そこには顔を出さずに自室の椅子に座り込んでいた。くたびれたジャージ姿であったが、彼の心身の疲れが服装にも表れているように見えた。

 そんな彼は珍しく自分からディオーグに話しかける。

 

(なにか気になることでもあったか?)

(あん?なんだ急に?)

(いや、俺がウダウダ悩んでいた時さ、珍しく何も言わなかったじゃないか。お前はお前で別に気になることがあったのかと思ってさ)

(…お前が考えるのなんて今に始まったことじゃねえだろ。いちいち指摘するのも面倒なだけだ)

 

 嘘だ、大一はそう思った。彼の傍若無人名性格からして、今さら宿主である大一の感情を尊重するとは思えない。また直前まで戦闘で昂っていたであろうことを考えると、より彼の気づかいができるとは思えなかった。

 とはいえ、大一もそれを追求しようと思わなかった。訊いたところで絶対に口を割らないという確信もあったし、この様子なら少なくとも今の自分には余計な口出しをしないと思ったからだ。

 大一は疲れを拭うように顔を撫でつける。無意味な動作だとわかっていても、そんなやり方でしか心を穏やかにできないのだ。

 今回の京都への派遣は、結果的にはグレモリー眷属として禍の団との戦いに参加したが、考えることが多い一件であった。自分の実力や仲間のことだけでいっぱいいっぱいであった時とは違う。悪魔側の使者として動き、別勢力への実状に目を向ける。さらに無関係な戦いに巻き込んでしまったことへの自責感も付け加えられる。紅葉が神器のことで苦労したことを思い返せば、敵である英雄派ですら戦ったことに虚しさを感じるのであった。もっともテロリストに同情の余地など無いと言い聞かせはしていたが、「よくわからないから」という言葉だけで片付けるのは、大一としては不本意であった。

 ぼんやりと気怠そうに天井を見上げる大一の耳に扉をノックする音と朱乃の声が耳に入る。

 

「大一、入るわよ」

「どうぞ」

 

 部屋に入ってきた朱乃は盆を持っており、その上には紅茶の入ったポットとカップが乗っていた。

 

「お仕事、お疲れ様。大丈夫…じゃなさそう」

「まあ、いろいろあったからね」

「あんまり無理しちゃダメよ。倒れたら元も子も無いんだから。はい、お茶を淹れてきたわ」

「ありがとう」

 

 朱乃が手早く淹れた紅茶の入ったカップを受け取った、大一は一口すする。温かさが全身をほぐすような気分にさせてくれた。

 

「まったく、炎駒様もアザゼル先生も無茶苦茶だわ。あなたに頼む仕事では無いのに」

「人がいなかったから…と思うようにしたよ」

「だとしても、まだ学生の身で上級悪魔でもないのに…!」

 

 朱乃も自分の分のお茶を淹れると、憤慨しながら愚痴を吐く。彼女からすれば、兵士でありながらその壮絶さを目の当たりにしてきた大一を知っているからこそ、今回の彼への扱いには疑問が生じた。上の相手でも自分の愛する男を追い詰めるのは、気持ちの良いものではない。

 

「大一も怒っていいと思うわ」

「怒るというか、別のことを考えちゃうな」

「どんなこと?」

 

 朱乃の問いに、大一は口をつぐむ。自分が勝手にネガティブな方向に考えていることを彼女に共有するのは気が進まなかった。余計な重荷を朱乃に背負わせたくないのだ。

 大一の煮え切らない態度を見て、朱乃は聞き出そうとはしなかった。彼女も相談してほしいとは思うが、彼の性格を考慮するとその悩みを聞いたところで受け止めきれる自信も無かったからだ。

 そうなると自分に出来ることを考えた朱乃は自分のカップをテーブルに置くと、大一を後ろから抱きしめる。

 

「話したくなったらでいいから。あなたが不安になったら、私が一緒にいてあげる」

 

 わざとらしいくらいに身体を密着させる朱乃は、我ながら自惚れに満ちているように思った。他よりも優れた容姿と、彼から愛されているという自負があるからこその行動であるのは否定できなかった。

 だが彼女の目論見通り、その行動が大一の安心に一役買っていた。惚れた相手への信頼が揺るぎないからこそ、その彼女のため、同じく信頼する仲間のために今は前を向こうと思えるのだ。

 

「ありがとう、朱乃。一緒にいてくれるだけでも助かるよ」

「あらあら、嬉しいわ。いっぱい甘えていいのよ。それこそイッセーくんがリアスにするみたいに」

「いや、さすがにそこまでは…そこまで期待していたの?」

「私も寂しかったの。それに…その…そういうことだって考えているし…」

 

 赤面する朱乃の顔は大一の方からは見えなかったが、彼女の言葉に勝るとも劣らない勢いで彼の顔も赤面していった。

 

「ま、まだ、早いんじゃないかな…?」

「だってリアスじゃないけど…うかうかしていると…」

「うかうか?」

「…なんでもないわ。ねえ、そろそろ皆のところに行かない?」

「そうだな。うん、そうしよう」

 

 互いに身体に熱を帯びているのを感じながら、2人は部屋を出る。大一の方は朱乃の不安を察することはできなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「最初から協力など考えてなかったのだろう?」

 

 自身の屋敷の客間で、零はキセル片手に目の前の男に問う。スーツ姿に髭をたくわえた初老の男性姿の炎駒は、零の言葉に反応を見せずにただ静かに出されたお茶をすすっていた。先日の一件から無理にでも休日を取り、彼女に会いに行ったのだ。

 炎駒の静けさに、零は特に無礼も感じなかった様子で話を続ける。

 

「八坂の件はせいぜい貴様が上に命じられたから形だけでも…といったところだろう」

「いや軽くは思っていない。たしかに私の目的は貴殿に大一殿を会わせることではあった。だからといって、私は命令を蔑ろにしたわけでは断じて無い」

「口ならいくらでも…と言いたいところだが、お前はその辺りは嘘をつかないからな。まあ、信じてやるさ」

 

 零は再びキセルを吸いながら、静かに炎駒の出方を待つ。鼻につくような上から目線の態度、見透かされているような不遜な目つきは相変わらずであった。彼女は初対面の相手には特にそういった態度を取ることで、彼女なりに人物鑑別をしているため咎めようとは思わなかった。それでも弟子に付き合わせてしまったことを今更ながら炎駒は後悔した。

 出来ることなら彼女の思い通りの反応はしたくなかったが、このまま沈黙を続けてもらちが明かないため、炎駒は軽く嘆息した後に本題に切り込む。

 

「世界の裏側を見てきた貴殿だ…大一殿の中のドラゴンに思い当たる節があるではないか?」

「はっきり言わせてもらうが無いな」

 

 炎駒の眉間に真っすぐな縦線が入る。その承服しがたい表情を見た零は肩をすくめながら、なだめるような口調で話しを続けた。

 

「いやお前の言い分はわかるよ。私ですらその全容を感じられなかったドラゴンだ。無名と聞いて、はいそうですかと納得はできないだろう。だがそれが現実だよ」

「貴殿なら、と期待した私が甘かったと?」

「まあ、そうだな。私とて世界の全てを見ているわけではない。日本ですらいくつか私の知識が及ばない場所はあるのだからな」

 

 実際のところ、零がパイプを繋いでいるネットワークは日本全土には及ばない。どれだけ実力があろうとも、どれだけ人徳に溢れようとも、所詮は一妖怪。ましてや九尾の狐のように生まれながらにして特異な存在とは違い、人間の師から術を仕込まれて長年かけてこの実力を築き上げたものだ。そんな自負があるため、彼女は態度とは裏腹に慢心しておらず、己の立場を過信もしていなかった。もっとも八坂にとっては、零の実力とネットワークは京都妖怪にとって強力な手札であったため、相対的に彼女は自身を過小評価していることになっているのだが。

 そして八坂以外にも零の能力を信頼している者は他にもいる。そのひとりである炎駒としても、彼女の反応には落胆を感じた。それは彼女へ向けたものでなく、弟子の力になれない自分自身へのものであった。

 

「…入れ込まない方がいいぞ」

「なにがだ?」

「あの小童にだよ。いかに弟子といえど、あれに肩入れしすぎない方がお前のためだということだ」

 

 悩む炎駒に零は忠告する。声の調子が不遜なものから低く注意を促すものに変わったことがハッキリとわかる。

 

「あれは後に苦しむぞ」

「お得意の人相占いか?」

「だから私のは占いではないって。経験とお前らの実状から言っているのだ。弟の赤龍帝は着々と力をつけている。顔つきからわかる。あれは良くも悪くも己の道を曲げることがない。しかも3大勢力があれに期待を寄せているのは間違いないだろう。堕天使総督や猿のジジイの態度を見ればわかる。

 だが兄の方は似て異なる。自分なりの信念はあるのだろうが、立場でそれを曲げられかねない。そして彼は仕方ないことだと受け入れている節がある。実に悪魔が望むような都合のいい駒だ」

 

 回りくどい言い方だと炎駒は思った。要するに赤龍帝は今後も持ち上げられていくのに対して、大一は便利扱いされることが増えるだろうという予想だ。あながち間違っていない指摘に、炎駒の感情は静かに逆なでされる。

 炎駒は感情を表にしないように落ち着き払った声で追及する。

 

「我が弟子への侮辱か?それとも今回の私のやり方にか?」

「侮辱ではないさ。ただ彼がこのままその現状を受け入れていると、碌なことにならないと思うのだよ。それこそ離反か、あるいは使命を全うするために己の命を軽視するか…いずれあの男を失うぞ。肩入れしすぎていると、落胆は大きいだろう?」

 

 零の指摘に炎駒は押し黙る。炎駒としては大一を全面的に信頼していた。その不安定さを含めて、彼の強みであることも理解していたからだ。しかし第3者…それも勝手を知る相手からの指摘は、炎駒に苦い感情を抱かせた。

 




9巻は今回で終わりです。次回から10巻に入りたいと思います。あの10巻かあ…。


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学園祭のライオンハート
第83話 眷属の雑談


今回から10巻開始です。10巻冒頭のショーの裏側の出来事と思ってください。


 ある日の冥界では、「おっぱいドラゴン」のステージショーが行われていた。会場は満席、多くのファンが押し寄せてその人気を博していた。主役である一誠はもちろん、ヒロインのリアスに悪役の祐斗、仲間役の小猫とグレモリー眷属が大活躍であった。

 しかしグレモリー眷属全員がその場にいるわけではない。このショーに参加していない眷属もいた。そのひとりである大一はグレモリー領の地下にあるフィールドでゼノヴィアと模擬戦をしていた。すでに開始してから30分近く経っているが、ゼノヴィアが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 

「どうした?それで終わりじゃないだろ」

「わかっているさ!」

 

 ゼノヴィアがエクス・デュランダルとアスカロンの2本で押し込むように連続で振るのに対して、大一は魔力で肉体を強化しつつ錨でその攻撃をいなしていく。正面から受けずに、錨の向きを調整して攻撃を滑らせるいなし方に、ゼノヴィアは歯切れの悪さを感じた。この模擬戦中ずっと攻め続けているのにもかかわらず、大一には一撃も納得のいく攻撃を入れられていないのだ。

 

「なかなか決まらないのは、いい気分じゃないな!」

「だからこそ…こうなるッ!」

 

 交互に振り下ろされる剣の連撃の隙を狙って、大一は彼女の顔に向けて蹴りを放つ。とっさに防御姿勢を取ろうとするが間に合わずに、寸前のところで彼は伸ばした脚を止めた。このままいけば蹴り飛ばされたのは疑いようも無く、そんな状況にゼノヴィアは軽く息を吐いて呟く。

 

「…上手くいかないものだ」

「それが理解できただけでも十分さ。よし、反省会としよう」

 

 模擬戦を終えた大一とゼノヴィアは隅にある飲み物とタオルが置かれている場所へと足を運ぶ。そこではギャスパーとロスヴァイセが模擬戦を見ていた。

 

「先輩達お疲れさまでした!ダイナミックな模擬戦でしたね!」

「いや、私は完全に手玉に取られたような気分だよ」

「そうですか?ゼノヴィアさんのパワーは目を見張るものがありましたが」

「ロスヴァイセさんの言う通りだよ。その勢いは大切にするべきだ」

 

 大一はペットボトルに入ったお茶を飲んで汗をぬぐう。現在、このフィールドには大一、ゼノヴィア、ギャスパー、ロスヴァイセの4人がいた。4人ともショーには正式に出ておらず(朱乃やアーシアはリアスや一誠の付き添いで向かっていた)、サイラオーグ戦も近いため一誠達が帰ってくるまでここでトレーニングに励むことにしていた。

 

「大剣だから攻撃の速度が遅れるのは仕方ないが、もう少し速い方がいいだろうな」

「振る速度は遅くないと思うんだがな」

「むしろ振った後の戻りの遅さだな。お前の体力なら、意識するだけでもだいぶ変わるだろう。あとは身体を慣らすことも大切だ」

 

 先ほどの模擬戦で気になった点を率直に指摘する。剣を振る速度は大剣を扱うにしては相当な速さを誇っている。ただそこで安心するからなのか、あるいは持ち前のパワーのおかげで倒せることが多いからなのか、剣を引いて次の攻撃に移るまでの遅さは気になった。開幕から遠距離から破壊力重視の聖なるオーラを決めることが通例になっているのも影響しているのだろうか。

 ゼノヴィアは考え込むような表情で剣を素早く振り、素早く腕を引く。この指摘に不満を示さずに素直に受け取って実践する意識を持てるのは、彼女の性格的な強みが出ていた。

 

「せっかくの二刀流だから、隙を補うように振るのもありだと思う。感情だけで突っ走るだけでは勝てないから、持っている強みは活かしていこう」

「剣士でもないのに、先輩はよく見ているな」

「お前だって意識すれば、すぐにできる。その強さは間違いないものだし、俺なんかよりも才能はハッキリしているんだ。自信を持て。お前は強いし、もっと強くなるさ」

 

 大一の言葉に、ゼノヴィアは少し照れくさそうに顔をほころばせる。素直に褒められたことに驚きと喜びが混じりつつ、らしくもなく照れを表情に出したことに困っているようにも見えた。

 

「俺の方はどうだった?」

「単純に龍人状態じゃない先輩に負けたのが悔しいな」

「そっちじゃなくてさ…」

 

 ゼノヴィアの反応は大一を戸惑わせたが、彼女の反応は間違ってもいなかった。大一の服装はいつものトレーニング用のジャージとは違い、黒い半そでのインナーを着用していた。龍人状態になるたびに上半身の服がボロボロになるという悩みをアザゼルに打ち明けたところ、伸縮性抜群のインナーを渡されたのであった。それを着ているのだから、特訓相手としては龍人状態になることを期待するのもおかしくは無いだろう。ただ、これは大一としても手を抜いているわけではなかった。

 

「正直なところ、隙の無さに驚くよ。先輩は防御が自慢だと言っているから、純粋に受けに来るものだと思っていた」

「リアスさんや朱乃の攻撃力を知っていれば、防御がそれなりでも慢心はできないさ。無駄に受けずに逸らすことも必要だ。…まあ、最近はちょっと雑になっている気はするが」

 

 自分で話しながら、苦い表情で言葉を付け加える。龍人状態になれるようになってから戦法が大きく変化したわけではない。しかし堅牢な守りを得たことで多少の攻撃なら受けられると思い、以前よりも錨での防御を疎かにしている気がした。先日の曹操との勝負や、今後戦うであろうサイラオーグとの勝負を考えると、以前のように一部の慢心もせずに注意をすることがより必要であった。今回変化しなかったのはそれが大きな理由であった。おかげでディオーグは早々にふてくされて、無言の傍観に徹していたが。

 この大一の想いに反するように、ゼノヴィアは眉を上げる。

 

「そうか?この前の戦いでは先輩が4人相手に立ち回ってくれたおかげで助かったからな」

「あれは奴らも遊び半分の状態になっていたからな」

 

 京都での戦いを勝利とは捉えられなかった。祐斗、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセは禁手化した相手に圧倒されたし、大一の方も決定打を入れられずに最終的には袋叩き状態だ。相手を退けられたとはいえ、これを勝利と思えるのは相当な図太い性格の者だけだろう。

 

「今度はあの剣士相手に負けるつもりは無いがな!」

「私もあの時の借りは返すつもりです」

「お、お二人とも、すごい気迫ですぅ…!でもそんなに英雄派が強かったなんて…」

 

 ゼノヴィアとロスヴァイセと意気込みにギャスパーもつられて握りこぶしを作る。直後の発言が心配を表しているせいか、ちぐはぐな印象を受けた。

 

「あの時は一誠がいないと終わっていただろうな」

「『赤龍帝の三叉成駒』ですよね。僕まだ見ていないんです」

「魔王から悪魔の駒をちょっと弄ってもらったと聞いたな」

 

 先日、一誠がリアスとグレモリー家の試練を受けた際にサタンレンジャー(という名の魔王達とグレイフィア)が接触してきたのだが、その際に彼は魔王のひとりアジュカ・ベルゼブブから悪魔の駒に手を加えられていた。なんでも駒の特性が赤龍帝の力になんらかの影響を及ぼされていたらしい。

 アジュカ・ベルゼブブといえば、悪魔の駒の開発者でもあり、その他各方面でも冥界での技術発展に貢献した男であった。直接的に話したことは大一も無かったが、それほどの男に一誠は興味を抱かれたようだ。

 

「あの人はサーゼクス様と双璧を成すレベルだ。いざという時は冥界でも頼れるだろうな」

「ふーむ、イッセーくんはそんな人からも信頼されているんですね」

「…先輩も同じ『兵士』だから、駒もなんか特性が発揮するんじゃないか?」

「ないない。一誠は多くの要素が重なって出来たことだからな」

 

 目を細めながら話すゼノヴィアに、大一は手を振って否定する。一誠の話ではこの影響に加えて、先代の赤龍帝の協力と胸をつついたことが相まって「赤龍帝の三叉成駒」が生まれた。せいぜいディオーグとの繋がりしかない大一としては、特別な力を発揮できる道理は無かった。そもそも、いまだに「女王」へのプロモーションで体に負担がかかる大一には、一誠のような力を使いこなせる自信も無かった。

 ただ以前よりも強くなった自負は、彼にもある。それを考えれば、「女王」へのプロモーションも上手くいくのではないかと期待を抱いた。

 

「…ちょっと久しぶりにやってみるか」

 

 大一は息を吐いて、「女王」へのプロモーションを行う。トレーニング中はリアスからプロモーションの許可を受けていたため、すぐには出来たが…。

 

「…あっ、やっぱダメだこれ!」

 

 間もなく元の状態に戻った大一は片膝をつく。ものすごい速度で身体の魔力が乱れる上に、それに伴って体力も立っているだけでどんどん消費する。魔力の性質を変化させるのと同様に、才能やセンスなどの根本的なものが足りていないと思わざるを得なかった。

 

「ちょ、ちょっと大一くん!大丈夫ですか!?」

「え、ええ…。しかしこれはなんか前よりも厳しい気がする…」

 

 ロスヴァイセの肩を借りながら、大一はゆっくりと壁に寄りかかる。再びペットボトルのお茶を飲んで体中に水分を行きわたらせることですぐに調子が戻っていくような感覚ではあったが、さすがに戦いの中で使えるものでは無いと感じた。

 そんな大一を見ながら、ゼノヴィアがポツリと呟く。

 

「うーむ、『女王』を堕としても『女王』には成れずか…」

「ちょっと上手いこと言った気分になっているんじゃねえよ!…すまん、もうちょっと休ませてくれ」

 

 座り込む大一の顔色はよくなかった。ただのプロモーションでここまで体調を崩す自分は情けなかったが、その体調を考慮しないで反射的に大声を出すことがさらに呆れる思いであった。

 

「もちろん無理はしない方がいいさ。そうだ。せっかくだからこの休憩中に先輩に訊きたいことが───」

「この流れだと朱乃とのことだろ?お前にはアドバイスできないぞ」

「な!?先輩、それは不公平だぞ!」

 

 ブーイングのように口を尖らせるゼノヴィアであったが、そんな彼女に向けた大一の目には呆れの感情が満ちていた。

 

「お前の話って、一誠レベルの内容が多いんだよ。経験無いものを答えられるか」

「なに!?だって朱乃さんとならば、すでに経験があってもおかしくないだろッ!」

「え!?朱乃お姉様とはてっきりそこまで言っているのかと…」

「お前までどうした、ギャスパー!?」

 

 まさかのギャスパーの介入にまたしても大声が出る。勝手な思い込みではあったが、彼の口からそこまでの言及がなされるとは思いもよらなかった。鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる大一に対して、ギャスパーとゼノヴィアは2人して冷静に呟く。

 

「だって朱乃お姉様ですし…」

「朱乃さんだしなぁ…」

 

 それだけのことではあったが、大一は理解した。一誠の龍の気を吸い取る、混浴などをまるで気にしない、コスプレ衣装を買って露骨に性的なアピールをする…ざっと思いついた言動だけでも朱乃に対して、そういった印象を持つのはおかしくないだろう。そして大一自身もそれは否定できなかった。

 反論も難しく感じた大一であったが、困ったように頭を掻いてからゆっくりと話す。

 

「…お前らのあの人のイメージはわかったから。でも今のところはそういうことは無いよ」

「そ、そうですよ!こんな若いうちからは大人として見逃せません!節度を守った付き合い方は大切ですよ!だいたい人に対して、そんなイメージを抱くのは失礼です!実際にそういった行動があるわけでもないのに!」

 

 クールダウンした様子の3人に対して、今度はロスヴァイセの方が赤面しながら矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。一番後から入った彼女からすれば、朱乃の積極的行動や誘惑的な性格を知らなくても仕方なかった。

 そんな彼女をスルーしながら、ゼノヴィアは話を続ける。

 

「じゃあ、逆に朱乃さんのような大きい胸を揉めば力が解放される可能性が…」

「一誠のような情熱は俺に無いよ」

「ゼノヴィア先輩、そんなこと小猫ちゃんに聞かれたら怒られますよ。なんか最近、気にしているようですし。僕なんかこの前ニンニクの効いたペペロンチーノを食べさせられたんですから…お、恐ろしい…!」

 

 当時の光景を思い出しながら、ギャスパーは身震いをする。彼らがいない間に、ニンニクの刑は実行させられていたようだ。

 このおふざけ話の終わりが見えないと思った大一は、軽く手を叩いて注意を向けさせる。

 

「まあ、この話はとにかく終わりだ。埒が明かないからな。いい加減に特訓を…」

「だから先輩は休んでいなって」

「そうですよ。無理は禁物です。次は私がゼノヴィアさんとやりますから。あっ、よければ持ってきた魔法の本を読んでいいですよ。大一くん、前に魔法を学びたいと聞きましたからね。このまま貸してあげます」

 

 いつの間にか平静を取り戻していたロスヴァイセは、立ち上がりかけていた大一にずっしりとした魔法の本を渡す。彼女の私物なのか使い込まれた形跡が表紙からもわかった。いくらかのページをめくっただけでも、以前アザゼルから借りた本よりも内容が濃く、実践的なものであることがわかった。

 

「北欧のものですが、かなり種類は多いですよ。使えるものがあればいいですが…」

「いや助かりますよ。ありがとうございます。戻ったら俺も悪魔関連の貸しますよ。炎駒さんから頂いたものなので、悪魔について学ぶにはぴったりです」

「ありがとうございます。大一くんは勤勉ですし、生島さんのこともありますから、頼りやすいですよ。本当に兄弟揃っていやらしくなければ、もっと頼れるんですけどね…」

「そういうロスヴァイセさんも大概じゃないですか…」

 

 残念そうに話すロスヴァイセに、大一も返す言葉でツッコミを入れる。そんな彼の頭には京都で酔った時の彼女の暴走が浮かぶのであった。

 




久しぶりに穏やかな(?)仲間とのやり取りをしている気がします。


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第84話 向けられる恋

正直、10巻はオリ主の性格的に物申したくなる場面が多い気がします。


「それでは作業開始よ」

『おーっ!』

 

 ショーの翌日の放課後、学園祭の準備にオカルト研究部は励んでいた。旧校舎をまるまる使える立場であるため、それを利用した「オカルトの屋敷」を出し物とした。要するに旧校舎を使って様々な出し物をするということだ。これほど広い建物を使えるのだから、場所に困ることはないだろう。

 そのため旧校舎を改装中であったが、基本的には男性陣が力仕事なのだが…。

 

「ギャスパー、無理しなくていいぞ」

「でも僕も男子ですし…!」

 

 大量の木材を肩に抱える大一に対して、ギャスパーは身体を震わせながら同じ木材を持っていた。悪魔なのだから体力があるのは間違いないのだが、ギャスパーの場合は持っている木材の大きさが小柄な体格に合っていないために苦労しているように見えた。小猫と大差ない彼の身長では、この後も苦労するのは目に見えていた。

 

「大一先輩みたいに大きければ…こんなに苦労することも…!」

「体が大きいと、戦いでは当たる範囲も大きくなるから苦労するぞ。小回りを利かせる動きを覚えるのにどれだけ苦労したか…」

「で、でも男らしいです!僕は憧れちゃいますよ!」

「でもこの体格だったら、女子向けの服は着られないんじゃないか」

 

 大一の指摘に、ギャスパーは考え込むように押し黙る。頭の中ではがっしりとした体と可愛らしい服を天秤にかけていた。

 一方で、大一はギャスパーの顔そのままに長身の筋肉質の男が女子用の制服を着るのを想像してしまう。あまりにもアンバランスかつ珍妙な姿に自分の発言を後悔し、すぐに話題を変えた。

 

「そういやレイヴェル様はクラスではどうだった?」

「…慣れるのは大丈夫だと思います」

「まーた、歯切れの悪い言い方だな。他に気になることがあるんだろう」

「小猫ちゃんと馬が合わない雰囲気なんですよね…」

 

 ギャスパーは心配と疑問が入り混じった感情を抱きながら苦々しく話した。この日はレイヴェル・フェニックスが学園に入学してくる日でもあった。朝はリアスと一誠の2人が様子を見に行ったが、彼女は戸惑いながらもさっそく友人を作り、オカルト研究部に入部して早速手伝っていた。

 これだけならば、特別困っていることは無さそうだが、なぜか小猫がレイヴェルに対して当たりが強かった。容赦なく「焼き鳥娘」などと揶揄し、レイヴェルもやられっぱなしといかず睨みを利かせていた。一誠がとりなしても上手くいかなかったらしい。

 ギャスパーの話に大一は首をひねる。

 

「小猫らしくないな。いきなり対抗するような態度を見せるなんて」

「もちろん本気で嫌っているわけじゃないと思います。なんだかんだで今日はずっと面倒見てあげていましたし。ただ一言、二言多いというか…あの空気は怖かったですよォ…!」

「馬が合わないのかねえ。少し高飛車な面はあるが、レイヴェル様は素直だから気が合うと思ったんだが」

 

 大一の中で、小猫は規律を意識するタイプで、レイヴェルのような格式を守る性格とは気が合うと思っていた。彼女が苦手なのはそれこそ黒歌のような自由奔放かつ掴みどころのないタイプと考えていたが、ギャスパーの話を聞くと自信が無くなった。

 

「うーん、あいつはぶっきらぼうなところはあるが優しいのにな。そんな対抗心を露骨に見せるなんて…まさか…」

「なんか思いついたんですか?」

 

 大一はふとレイヴェルの態度を思い出した。小猫に対してではなく、一誠に対してだ。冥界でのパーティのあいさつの様子、わざわざ手作りのチョコレートケーキを差し入れする行動…レイヴェルが一誠に対して好意を向けているのは比を見るよりも明らかであった。

 そんな彼女に対して、小猫が敵対心をむき出しにするのはライバルと考えているからではないだろうか。思えば、一誠が「覇龍」を発動して以来、小猫は彼の削った生命力を補うために定期的に仙術によるマッサージを受けている。2人の時間もあるため、彼女が弟に好意を持ってもおかしくは無いと考えていた。というよりも、こう考えると彼の中ではすべて合点がいった。

 ギャスパーの問いに、大一はごまかすように肩をすくめながら答える。

 

「いや…ちょっと気になっただけだ。さておしゃべりも止めて、作業を続けるぞ」

 

 これが想像通りであろうとなかろうと、胸にしまっておくべきだと思った。他の仲間と違って、そんな態度を微塵も見せない小猫のことは静かに見守り、いざという時に応援するスタンスが正しいと感じたからだ。もっとも本音を言えば、この考え自体がアーシアやイリナの領域な気がして、口に出すこと自体が憚られる想いを抱かせるからなのだが。

 その後、大一はギャスパーや一誠、祐斗も巻き込みつつ力仕事に徹する。予想通り、ギャスパーは慣れない仕事に半泣きの状態であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、皆が悪魔の仕事に備えて一度帰る中、3年生組は残って作業を進めていた。高校生として最後の学園祭というだけで、気持ちが引き締められ、同時にこの準備期間というものも長く味わっておきたかった。

 しかし長い時間作業していれば、空腹も感じる。大一の提案で休憩がてらに近場にあるラーメン屋に向かったのだが…。

 

「似合わないな」

 

 大一はポツリと小声でつぶやく。リアスと朱乃のずば抜けた美しさでラーメンを食べる姿は、それすらも絵になるというよりはミスマッチな印象が強かった。おそらくこの場所を教えてくれたアザゼルならこんな絵面にはならなかったのだろうが。

 口元を紙ナプキンで拭くリアスは不審げに大一を見る。

 

「ちょっと、それどういう意味?」

「いや、なんか2人がラーメンすすっているって、思った以上に雰囲気が似合わないなと」

「私だってこういうの食べるわよ。その度にそんなこと思っていたの?」

「白状するとそうですね」

「…3年以上命を懸けた仲間をやっていても知らないことは多いものね」

「あらあら、リアスったら感慨深くなっちゃった?」

 

 麺をすするのに一区切りをつけた朱乃も話に参加する。リアスと比べるといささか色っぽくも見えたが、あくまで大一視点だからこそでもあった。

 そんな彼女の言葉に、リアスは手を顎に当てて思い返すような表情を作る。

 

「まあ、そんな想いが無いと言えば嘘になるわね。学園の行事はもちろんのこと、私にとっては日常も含めてとても楽しかったわ。たまに授業をさぼったりとかもあったけど…」

「俺は未だにそういうの納得していませんからね」

「このタイミングで小言を挟まないでよ。とにかく実りのあるものだったわ。そもそも在学中に眷属が揃ったし、ライザーとの婚約問題も解消すると思わなかったし、それに───」

 

 リアスは一度言葉を区切って、対面に座る2人へと意味ありげな視線を向ける。

 

「こんなふうに親友同士が付き合うなんて本当に驚きの連続よ」

「あらあら、そんな改まってどうしたのかしら…」

「別に今言わなくても…」

 

 リアスの指摘に、朱乃と大一は気恥ずかしそうに顔を赤らめる。面と向かって親友から応援されるのは、喜びよりも恥ずかしさの方が上回った。

 

「しっかりと親友として言ってなかったと思っただけよ。私にとってあなた達はいざという時に背中を預けられる存在でかけがえのない親友だもの。進学しても、いえこれからの悪魔人生でも頼りにしているわ」

「もう、リアスったら今さらだわ。私こそあなたに救ってもらった身なんだもの」

「それに気が早いですよ。卒業までにまだ期間はあるんですから」

 

 そうは言うものの、大一も朱乃もリアスがこんな話題を出した気持ちはよく理解できた。学園祭が終わると、大きな学校行事は卒業式を残すだけであった。上級悪魔として、家柄的にも悩みが多かったリアスとしては学園生活や行事はかけがえのないものであるのは、想像に難くない。そんな生活に終止符が打たれるのも徐々に近づいてくるのが、この学園祭を終えればより実感させられるのだろう。

 ただ彼の言葉通り、気が早いのも事実であった。リアス自身もそれは理解しており、受け入れるように頷く。

 

「そうよね。思い出にふけるのはもっと後。差し当たってはまずやることに集中しなくちゃ」

「それでこそ我らが主ってものですよ」

「そちらの方がリアスらしいわ。学園祭とサイラオーグ様との試合を考えないとね」

「サイラオーグと言えば、今日彼の執事からお母様経由で連絡があったの。サイラオーグのお母様…私にとっては叔母様ね。その件について私とイッセーがシトリー領に行くことになったわ」

 

 リアスの声には先ほどの雰囲気とは別の緊張感が含まれていた。

 サイラオーグの母親はウァプラ家出身の悪魔だが、その人生は平坦とは言えなかった。悪魔の中でも家柄と血筋を重視しトップの序列であるバアル家に対して、特性である「滅び」の魔力を得られなかったサイラオーグを生んだ彼女は母子ともに侮蔑と冷遇を受けていた。バアル家の発言力もあることから援助を受けられず、最終的に2人で片田舎でひっそりと暮らすことになったが、裏では本家に対して何度も頭を下げてその回数に劣らないほど涙を流したらしい。しかも現在は悪魔特有の「眠りの病」にかかり、医療機関で生命を繋ぎとめている身であった。

 しかし彼女が幼い頃からサイラオーグを励まし、育ててきた結果、彼は母から教わった通りその肉体を極限まで屈強に鍛え上げ、ついにはバアル家を継ぐと思われていた腹違いの弟を実力でねじ伏せたことでバアル家の次期当主の権利を勝ち取った。

 サイラオーグの強さの本質は、自分達には無い遥かに強力なハングリー精神であった。幼い頃から驕らず、慢心せず、ただひたすらに鍛え上げる…だからこそあの身体能力と若手ナンバー1の名に説得力があった。

 経過を知る朱乃は少し考えながら、リアスに問う。

 

「サイラオーグ様のお母様…ミスラ・バアル様ですわね。しかしどうしてイッセーくんまで?」

「わからないわ。でもあっちはイッセーの『乳力(にゅーパワー)』に期待しているみたい」

「…あれにですか」

 

 リアスの回答に大一は苦々しい表情で口を挟む。先日の京都の一件を通じて、アザゼルが命名した一誠の持つ可能性の力だ。どうも最近、一部の者の中でそれが特別な奇跡を引き起こすとまことしやかに言われている。

 これには大一とディオーグが辟易していた。大一の方が、当然のごとくこのネーミングに納得いかなかった。弟の性欲については、大一は苦労させられた思い出しかない。それが本当に奇跡を引き起こしてピンチを切り抜くことに繋がっているのだから、素直に喜んでいいものなのかはわからなかった。

 一方でディオーグは、どうも奇跡のような出来事自体に納得していなかった。あらゆる要素をひっくるめて強さや勝負にこだわる性格ゆえ、奇跡ひとつでそのあらゆるものを覆すのは認めがたい気持ちがあるのだろう。

 大一が腑に落ちていないことを察したリアスは諌めるように言う。

 

「あなたが何を考えているのは察せられるけど抑えなさい。あちらにとっては藁にも縋ることなんだから」

「…わかっていますよ」

 

 兄としての責任感が大一を不穏にする中、朱乃が茶化すような笑顔を作る。

 

「大一もイッセーくんくらい思いきりが良ければ、それくらい考えること無いのに」

「またその話か。あれを普通にしないでくれよ」

「あら、私は愛する人がそれで気楽になれればと思っただけよ。リアスとイッセーくんみたいにね」

「…どうかしらね。イッセーは私のことを特別に思っていないんじゃないかしら」

 

 リアスの自虐的な一言に、朱乃も大一も目を丸くする。自信が溢れていて、惚れた相手への距離の詰め方に積極的な彼女らしからぬ発言に、さすがの2人も一瞬動きが止まった。

 

「どうしたの?リアスらしくないわ」

「もしかしてあいつが何かしましたか?」

「別に…ただちょっと、そんなことを思うことが最近増えただけよ」

 

 憂い、寂しさといった物悲し気な雰囲気が今のリアスにはあった。胸が好き、大切だ、頼りになる部長…ライザーの一件から惚れた身ではあったが、それが自分の気持ちばかりで一誠には響いていないようにリアスは思った。これでもかというほどアピールしているのに、彼にとって自分は「部長」でありそれ以上になれないのがもどかしく感じる。

 

「…私の魅力が足りないのかしら」

「「無い。それは絶対に無い」」

 

 誰に言うでもなくポツリと呟くリアスの言葉を朱乃と大一がきっぱりと否定する。親友として付き合ってきたからこそ、リアスの魅力はわかっていた。特に朱乃はリアスと長年付き合っていたからこそ、その美貌だけでなく優しさや強さも知っていた。一方で大一は、彼女が一誠にとって羨望の相手であり、弟が本気で惚れるであろう要素を満たしているとも理解していた。

 2人の強い言葉に、一瞬リアスは驚きながらもすぐにとりなして笑顔を作る。

 

「ごめんなさいね、2人とも。変な心配をさせちゃって。さっ、早く食べて戻りましょう」

 

 再びラーメンを食べ始めるリアスに、朱乃と大一は視線を交わす。この無理やり生みだしたような空元気を見抜けないほど、彼女らの信頼は薄いものではなかった。

 




実際、高校生の恋愛ってここまで湿っぽいものはなかなか無い気が…いやあるでしょうね。


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第85話 弟への見直し

原作を読んでいて、9巻までに一誠のトラウマを看破できた人がどれくらいいたのかは真面目に気になります。


 ある日のこと、先日の話通りにリアスは一誠を連れて冥界に行っていた。平日の出来事であったため、学校を終えてから彼女らは向かった。そうなると残ったメンバーで学園祭の準備をしていたのだが、悪魔の仕事もあって早々に切り上げていた。

 一度帰宅して夕食を食べたりするのだが、大一は父親と一緒に倉庫の整理をしていた。

 

「ったく、帰って早々に釣り竿探すの手伝ってくれって息子に言うかな」

「息子だからだろう。それにいい機会だから、倉庫の整理もしよう」

「だからって別に平日にやる必要無いだろ」

「お前はいつも文句言いながらも手を動かすからな。助かるよ」

 

 大一は軽く舌打ちだけして、再び倉庫の中を探す。父親の趣味が釣りであることは知っていたが、これに協力することはあまり乗り気でなかった。元々悪魔になる前は静かに本を読んでいるタイプであったため、どうも外に出るのは好まなかった節があったからだ。

 もっともこのような状況を作ったのは、なにか話があるからだと思った。両親ともに決して器用な性格でないからこそ、こういった2人だけの状況を作るなどして話をしようとしていた。

 

「…ところで大一。イッセーがおかしくなったと思わないか?」

「いつも通りだろ。修学旅行でもエロい妄想して表情はだらしなかったし」

「ん?なんでお前がそんなこと知っているんだ?」

「あっ、いやー…アーシアからちらっとそんな話を聞いたんだよ、うん」

 

 実は京都にいたなどと口が裂けても言えない大一であったが、父は少し首をかしげただけで特に追及もしなかった。大一がいなかった間は、朱乃の使い魔が変化して大一の代わりを務めていた。幸い、バレることは無かったようだが。

 

「それで俺にはわからないんだけど、どのあたりがそう思ったの?」

「なんというかな…親の直感?母さんも気になっていたみたいだし」

「具体性に欠けるな」

 

 大一は慎重な態度で、父から明確な言葉を引き出そうとしていた。もしかしたら両親が悪魔の真実に感づいたのではないかと危惧したからだ。これほど連続で信じられないような出来事が連続で起こっているのだから、もっと疑いを持ってもいいような気はしたが。

 

「うーん、説明が難しいな。父さんたちとしてはな、こんなふうに女の子だらけになるとイッセーがもっと積極的に動くものだと思っていたんだよ。普段が普段だったし。いや、さすがに一線は守っているのは、父さんでもわかるけどさ。それにもしものことがあって、相手方のご家族にご迷惑をおかけするわけにもいかないし…」

「あのさ、俺はこのまま作業が終わるまで、あいつの性格について父さんの話を聞かなきゃいけないわけか?」

「ああ、すまんすまん。要するに、もっと積極的に行くと思ったんだ。なにか理由があるのかなって」

 

 父の言葉には安心と不全感の両方が含まれていた。彼からすれば、一誠に対して息子として信じているのと同時に、やはりそのエロさは看過できないものがあった。とはいえ、この家にリアス、アーシアを筆頭に多くの女性たちが住むことになって、息子への評価のひとつであった「性欲の権化」も改善されていた。だからこそ、いまだに女性に対してまともにアプローチひとつしていないのは気になったようだ。

 一方で、大一は特別気にしていなかった。弟の一誠が実際どう思っているのかは知らないが、男女の恋愛関係なのだから当事者で決めれば良いことだ。直接の相談でも受けない限りは協力するつもりはないし、下手に首を突っ込むつもりも無かった。

 ただ先日のリアスの様子を思い返すと、父の指摘にも引っかかるものがあった。学園でのセクハラ行為は、悪魔になってから時間的制約や大一がより近いところで目を光らせることもあったため、以前よりは多少は減った印象がある。もちろんその代わりに、リアス達からの好意や誘惑を受けてきた。ここで父の指摘を受けてふと思ったのは、恋愛方面ではたしかに彼からアプローチをした話はまるで聞かなかった。

 たしかにエロいことには並々ならぬ情熱を持つ彼であったが、恋愛にも相応の感情は抱えていたはずであった。それこそ騙されたとはいえ、レイナーレと付き合うことになった際のはしゃぎっぷりを兄として見てきたのだから。

 それともセクハラ行為だけを目的としているのか、好意に気づかないほど鈍感なのか…そうは思いたくなかった。

 

「…それで俺にどうしろって?」

「いや、大一はなにか思い当たる節は無いかなと思ってさ。言ってはなんだが、イッセーが女の子と知り合う機会なんて今後どれだけあるか分からない。ただちょっと可能性の話だが…もし今いる子達の中でよかったら誰かが…」

「そういう話、俺や母さん以外の前ではしないでくれよ。あと、思い当たる節は無いな」

「大一だったら、なんか知っていると…いや父さんの杞憂かな。忘れてくれ」

 

 その後は男2人で静かに目的の釣り竿を探し、同時に倉庫の整理を続けていた。正直、竿は見つからないわ、整理するべきものが多すぎるわで夕飯前に少しやるというには多大な時間を要することがすぐにわかったのだが。

 

「こりゃ、ダメだな。別の日にしよう」

 

 結局、この日は作業を断念した。疲れたように大一は肩を回していると、父が自分を見ていることに気づいた。

 

「…どうしたの?」

「いや、お前も大きくなったなと思って。身長なんて170後半くらいあるんじゃないか。高校になってからぐんぐん伸びたよな」

「あー…たしかに伸びたね」

「昔は身体は健康そうなのに、目のクマは酷くて母さんと一緒に心配したもんだよ」

 

 父の発言に大一は肩をすくめる。力強い体つきや鋭い目つき、髪の色が弟よりも暗めなのもあってかずっと一誠とは似ていないと言われ続けたものであった。もっとも顔つきはどことなく似ているし、一誠自身もかなり筋肉をつけてきたので雰囲気は近くなってきたかもしれないが。

 

「でも、最近は顔つきが身体同様に健康的になってきたな。彼女もできていろいろ変わったか?」

「朱乃は関係ないよ」

「いや真面目な話、母さんはお前が朱乃さんと結婚して欲しいと思っているらしいんだよ。それこそイッセー以上にお前は女っ気が無いからな。父さんもけっこう不安だったんだ。ほら、リアスさん達が来てからお前には───」

「あー、言いたいことはわかったから言わないでくれよ。とにかくまだ学生の身にそんなことを言うなよ」

「わかっているって。ただやっぱり孫の顔を期待しちゃうなー」

 

 父の言葉を取り合う様子は見せずに、大一はただ呆れた表情を作る。なぜ我が家は揃いも揃って、そちらの方向に考えが及ぶのだろうか。もっとも亡くなった祖父なんかも一誠と引けを取らない性欲ありきの人物ではあったが。

 自分の両親なら、ハーレムができると言えば悪魔のことも受け入れるんじゃないかと思いつつ、大一は父と共に家の中に入っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 それから2日後、グレモリー眷属はグレモリー領の地下にあるフィールドで特訓をしていた。今回は全員がその場にいて、それぞれ分かれて特訓している。

 大一は一誠と祐斗の模擬戦を見ながら、ロスヴァイセから借りた魔法の本を読んでいた。使い方は理解しても、それを即座に出すことが難しく実戦で活用できるとは思えなかった。学べば学ぶほど、ロスヴァイセの魔法の扱いが見事であることが身に染みる。

 一方で、一誠、祐斗の模擬戦は新たに身につけた力を存分に使ったものであった。ただ双方ともに魔力を消費しやすい能力のせいか模擬戦自体はそこまで長くかからなかった。特に一誠の方は終わった後に祐斗との反省会の中で、「赤龍帝の三叉成駒」の「僧侶」の使い方に苦慮していた。肉弾戦が主流である彼は「騎士」や「戦車」の方は、他のメンバーと模擬戦を重ねていく中で、その有用性をめきめきと発揮していた。反面、「僧侶」の方は砲台を見せつける上に、そこから魔力を撃ち出すまでに時間がかかる。曹操に決めた魔力を曲げることも難しい。決まれば「戦車」以上の破壊力を見込めるが、ひとりで使うにはどうにも難しい代物であった。

また一誠にとってはもうひとつ、体力の消耗が大きいのも悩みの種であった。京都で初めて発揮した時よりはマシであったが、それでも2、3回連続で変化するとあっという間に消耗するようだ。

 一誠の話を聞いた祐斗は、大一に振る。

 

「大一さんは、龍人状態になってもあまり消耗が無いように見えますけど、初めて変化した時はどうだったんですか?」

「消耗無いというか、解いた時に疲労が来る感じだな」

 

 龍人状態になった際の持続時間や消耗は、大一にとって課題にはならなかった。初めて変化した時は身体が追いつかない感覚があったが、何度かやっていくうちに自然に身体の方が慣れていた。また一度引き上げれば解除するまでは持続するため、魔力のコントロールも肉体強化や体重のコントロールの方に集中できる。そのぶん解除した際に疲労がまとめてやって来るのだが、戦いの場で変化を繰り返すことはそう多くはない上に、この疲労も再び龍人状態になればある程度はリセットされるため、あまりデメリットにならなかった。もちろん、京都の時のように龍人状態で怪我を負えば、その時はダメージを負うし、勝手に怪我が回復することも無い。ただ一誠が悩むような神器や体力による時間制限、魔力の消耗などは問題にならなかった。おそらく彼らと違って、神器由来のものではないのだから根本的に違うのかもしれない。

 大一の回答に、一誠は一瞬いぶかし気な表情をするが、そこに見学に来ていたレイヴェルが挙手をしてきた。

 

「あ、あの、ふと思ったのですが…先ほどの特化型の『僧侶』ですが、砲身から砲撃ではなく、譲渡の力を撃つことはできないのでしょうか?そうすれば援護射撃にも幅が出るような気がしますわ」

「「…それはいいね!」」

 

 一瞬の沈黙の後に、一誠と祐斗は笑顔で答える。純粋な攻撃力だけではなく、倍加の譲渡を遠距離にいる味方に撃てれば戦略の幅は広がるだろう。2発目からも敵に揺さぶりをかけるという意味では効果的だ。

 相手に利用される可能性もあるが、着眼点としては目から鱗な考え方だと大一は思った。だてにフェニックス家である故か、兄たちの戦いを見て学んでいるのだろう。

 

「おおっ!すげえな!チーム戦になれば大活躍できそうだぜ!てか、実戦で大いに役立ちそう!」

 

 テンションが上がり興奮している一誠を見ながら、大一はあごを撫でる。その直情的な様子は美点であると同時に、視野の狭さを感じた。それが女性からの好意に気づきにくい鈍感さに繋がっているのだろうか。

 先日のリアスの発言から、父との会話を通して、大一なりに弟を観察していた。しかし一向に違和感など抱かなかった。せいぜい父の指摘が、言われてみればそんな気がする程度のレベルで見受けられるものであった。これだけでは、彼だってどうしたらいいのかはわからない。サイラオーグの母親の件で冥界に行った際の話もリアスから聞いたが、目覚めなかったとはいえ最後まで全力で手を尽くそうとしたのは弟らしいと思った。ただリアスはその話すらも、物悲し気な様子を見せていた。

 現状で出来ることは無いものの、このまま何もしないのも納まりが悪かった。父からの指摘は暗に弟のことを任されたような気がした。兄としての責任だけはある彼からすれば、無視は出来なかった。もっともリアスの発言もあったので、サイラオーグとの勝負前に不安要素は取り除いておきたいというのも大きいのだが。

 そんな中でリアスが話に参加してくる。先ほどのレイヴェルの話を聞いていたようだ。

 

「問題はゲームフィールド、でしょうね。集団戦ができる場所ならいいのだけれど…。

サイラオーグは私たちの全てを受け入れると上役に打診し、上役もそれを許可したわ。私たちにとってシトリー戦ほどの束縛はないでしょう。けれど、上役はそれを踏まえた上での特殊ルールを強いてきそうだわ」

 

 リアスの話では、今回の会場は大公アガレス領土の空中都市で行われるらしい。大勢の観客が呼ばれるため、それに伴って興行的な面もあるレーティングゲームは短期戦のルールが見込まれる。サイラオーグ、リアス共に冥界ではすでにトップクラスの人気や知名度を誇っているのだから、当然の措置とも言えた。

 一誠はレイヴェルにお礼を言いつつ(彼女は顔を真っ赤にしながらテンプレごとくツンデレの態度であった)、すぐにまた練習を再開しようとしたが、リアスがそれを制止した。

 

「今日はここまでよ。明日は記者会見だもの。あまり練習ばかりしていると、明日酷い状態で記者たちの前に出ることになるわ」

 

 リアスの発言に、一誠は間の抜けた表情で目を丸くする。そんな彼にお構いなしで、彼女は言葉を続けた。

 

「あら、言ってなかったかしら。ゲーム前に私たちとサイラオーグのところが合同で記者会見をすることになったのよ。テレビ中継されるのだから、変な顔しちゃダメよ?」

「え、ええええええええっ!?」

 

 度肝を抜かれた一誠の叫び声がフィールド中に聞こえる。こんな様子で弟の違和感を察知するなど、両親だからこそできるものだと大一は耳を塞ぎながら考えた。

 




まあ、オリ主も大概ツッコむべき点は多いのですが。


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第86話 我慢なしの接近

オリ主はオリ主でタガが外れたらヤバい方だと思っています。


 学園祭の準備を含めた一連の活動を終えたリアス達が向かったのは、グレモリー領にある高級ホテルであった。シンプルながらも豪華さを漂わせる造りのこのビルで、今夜行われるのは試合前の意気込み会見であった。

 現在、彼女らは控室で待機していた。この控室も広い一室で、豪華な家具が揃い、ケーキや菓子が並んでいる。そんな部屋の中でグレモリー眷属は各々過ごしていた。リアスや朱乃、ゼノヴィアのように落ち着いている者もいれば、一誠やアーシア、ロスヴァイセのように落ち着かない者もいる。そんな中で大一は微妙な表情で座っていた。その原因は外にも内にもあった。

 

(あー、甘い匂いが鼻をくすぐる。舌が濃い味を欲している)

(…そうか)

(おい、アホ小僧。このわかりやすい主張をお前は聞かないのか?)

(だってここに来る前にお前がなにか食いたいと言うから、おにぎり食べてきたじゃん…)

(あんなので俺が満足すると思うなよ!俺は今甘い物の気分なんだよ!)

(これから会見だっていうのに、そんなに食べられないよ)

(だいたいな、戦いの前に意気込みなんて語る方がおかしいんだよ!戦いがもたらすのは生と死、勝利と敗北で十分だろうが!)

(ここで持論を語っても仕様がないだろ…)

 

 頭の中で騒ぎまくるディオーグに、大一は弱ったように返答する。沈み込むような低温の声でドスを利かせながら脅してくるので、苛立ちが湧くどころかすっかり気圧されてしまっていた。食べられないことも無いのだが、人前に出るのに満腹で行くのは勘弁したい。

 そんな大一を見て、小猫が声をかける。

 

「先輩、顔色悪いですよ?」

「ディオーグが頭の中で騒いでんだよ…」

「…それは大変ですね。私で良ければ慰めてあげますよ」

「俺の膝の上に乗っている後輩の言葉とは思えないな」

 

 呆れるような大一の返しを気にも留めず、小猫は彼の膝の上でくつろいでいた。と言っても、彼は脚を開いていたため片脚にちょこんと乗っかるような形であったが。待合室に案内されてから、彼女は自然に先輩の膝の上を独占していた。

 

「…迷惑ですか?」

「別にそういうわけじゃないんだが…思うことはいろいろあるな。まず座りづらくないか?」

「先輩は身体大きいので、大丈夫です」

「…それじゃ、もうひとつ。こういうのは女の子がやると、あらぬ誤解を受けるぞ」

 

 我ながらズルい言い方だと、大一は思った。小猫のことを気遣った言葉ではあったが、同時に付き合っている相手の反応を気にしたものであった。しかし小猫を無理に下ろして、不穏な空気になるのも避けたかった。彼の言葉を無視した、小猫はそれくらいくつろいでいたのだ。

 大一はちらりと朱乃へと視線を移す。彼女はいつもと変わらない様子でリアスと話していた。その態度に安心を感じたのと同時に、女々しい自分本位な感情に嫌気が差した。

 その考えを振り払うように頭を振ると、彼はこの機会を利用して小猫に話を振った。

 

「そういや小猫。リアスさんと一誠から聞いたぞ。レイヴェル様と仲が悪いようだな。なにか理由あるのか?」

「別に…馬が合わないだけです」

 

 渋い表情で答える小猫であったが、その感情が穏やかでないものは彼にも理解できた。大一は自然に周囲を見回すと、他の者には聞こえないような小さな声で彼女に耳打ちする。

 

「あのな、一誠を取られるかもしれないことで焦るのは分かるが、あの人はまだこっちに慣れていないんだ。もうちょっと仲良くしてくれよ」

「…は?イッセー先輩は関係ありませんよ」

「…あれ?そうだったのか?」

 

 目を丸くする大一に、小猫は不満を全面的に押し出した表情をする。勘違いの内容を察した彼女は自分でも信じられないほど険しい顔つきになっていた。そして感情も相応の苛立ちを感じており、それをぶつけるかのように少し早口に話し始める。

 

「焼き鳥娘がイッセー先輩を特別に思っているのは知っています。私もイッセー先輩は尊敬してますが、あっちとは違う感情ですよ」

「…ゴメンな。これは俺の早合点だった。言い訳させてもらうなら、ほら…あいつの周りってそういう人多いから」

「先輩の勘違いは不快ですが…まあ、その理由は理解できます」

 

 小猫は表情を変えずに首を振る。一誠のモテっぷりは仲間なら皆が知るところであろう。唯一、それに気づいていないとすれば当事者の一誠くらいなものであった。

 申し訳なさに誤魔化すような苦笑いを浮かべる大一に対して、小猫は言葉を続ける。

 

「私が心配しているのは…先輩が取られると思ったからです」

「俺がレイヴェル様に?どうしてだよ?」

「だって焼き鳥娘は末っ子で、お兄さんもたくさんいるから…不安になって先輩が見かねて助けることもあるでしょうし…」

 

 もにょもにょと言葉を引き出しづらそうに、小猫は話す。要するに妹気質のレイヴェルに、兄としての大一を取られるのではないかと心配していた。ましてやレイヴェルが憧れを抱いている相手の兄なのだから、接点は自然と多くなるはずだ。

 大一はあごを撫でて考える素振りを見せると、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。

 

「レイヴェル様は頼れる兄が3人もいるんだ。俺なんか当てにしないだろうよ」

「先輩は自分を過小評価しています。少なくとも私にとって、先輩には信頼と安心があるんです」

「俺はいい後輩を持って幸せだよ。それでも膝乗りはやり過ぎな気もするが…」

「…これくらいしないと置いていかれるんです。朱乃さんがいても…私だって…」

 

 小猫は顔を赤らめると、彼の身体に寄りかかる。猫耳を出したリラックス状態でも無いため精神的な余裕は皆無であった。

 一方で、大一は小猫の表情を彼女の本心とは違う解釈したようで、慰めるように肩に手を叩きながら声をかける。

 

「何を思っているかは知らないが、そんなにギラギラするなよ。お前への態度は変わらないつもりだよ。仲間としても、兄としてもお前のことは大切だ」

「…聞きたかったのはそうじゃないですけど。今はそれでいいです」

 

 間もなくスタッフがやってきて、記者会見の始まりを告げられるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 記者会見は圧巻の一言であった。写真のために多くのフラッシュがたかれ、会場の広さを感じさせないほどの人数の記者がいる。何度か、冥界のパーティを見てきた大一にとっても初めての光景であった。ここに来るまでに匙たちと偶然会って、アガレス家との試合の記者会見についてぼやいていたが、彼の言うことが納得できるほどリアスとサイラオーグの試合が注目されているようだ。

 だがこの空気に圧倒されないほど、張り詰めた緊張感がサイラオーグ側にはあった。見るだけでも全員が強い意志に満たされており、彼らにとってこの試合への意気込みがどれほど大きなものであるかが物語られている。

 飛び交う質問にそれぞれの「王」であるリアスとサイラオーグは堂々と答える。さすがは眷属を持つことを許されている上級悪魔、その立ち振る舞いは間違いないものであった。

 当然、その眷属たちも相応の振る舞いが求められる。主が話す間はただ静かに、おかしな挙動ひとつ許さぬ凛とした佇まいが要求された。

 徐々に眷属にも質問が振られていくが全員難無く…というのは語弊があるが、ファンが望んでいるであろう解答をしていく。そんな中、次に振られたのはリアスやサイラオーグに勝るとも劣らない人気を博している一誠であった。

 

『冥界の人気者おっぱいドラゴンこと兵藤一誠さんにお訊きします』

「は、はい」

『今回もリアス姫の胸をつつくのでしょうか?つつくとしたら、どの場面で?』

 

 この質問に一誠は頭に描いていたことがあっという間に白紙になる。エロいことにはストイックな彼でも、これには戸惑いしかなかった。

 しかし顔を引きつらせる一誠に、記者の質問は手を緩めなかった。

 

『特撮番組同様、リアス姫のお乳をつつくとパワーアップするという情報を得ています。それによって何度も危機的状況を乗り越えてきたと聞いているのですが?』

 

 こんな質問がまかり通るのだから、冥界の常識は自分たちの通用しないところにあると大一は改めて思った。もっともそれはリアスの眷属となったことで目の当たりにしたスケールの大きさの違いではなく、何度も弟の件で苦労していたことが現在の冥界では一切問題がないかのように扱われているという別ベクトルな内容なのだが。

 一誠もこの質問がイカレた内容であるのは承知しているが、聞かれた以上は答えなければならない。しかし緊張故に言葉を嚙んだことが会見の空気をさらに変な方向へとシフトさせた。

 

「えーとですね、ぶ、ぶ、ぶちょ、じゃなくて」

『ぶちゅう!?いま、ぶちゅうと言おうとしてませんでしたか!?それって、ぶちゅうぅぅぅっと吸うということですか、胸を!?』

 

 フラッシュの量が増え、記者たちの熱量が上がる。一誠が噛んだことと記者たちの勘違いが会見の方向性を捻じ曲げたようであった。

 当然、このような内容なのだからリアスにも振られる。

 

『リアス姫!これについてコメントをお願いします!』

「…し、知りません!」

 

 あまりの晒上げの状態に、彼女の隣に座っていた朱乃は噴き出す。その胆力に大一は羨ましさを覚えた。

 

『サイラオーグ選手はどう思いますか?』

「うむ、リアスの乳を吸ったら、赤龍帝はおそろしく強くなりそうだな」

『おおおおおっ!』

(従兄弟がそれでいいのかよ!)

(だから意気込みなんざくだらねえんだよ)

 

 ディオーグの言葉を完全に否定しきれない記者会見がすぐに終わることを大一は祈るしかなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「こんなにキツイものだとは思わなかった…」

「あら、大一もリアスの眷属としてそこそこ年数を重ねているんだから、こういうのは慣れていたのかと思ったけど」

 

 記者会見も終わり、自宅に戻った大一のぼやきに朱乃はおかしそうに笑う。場所は彼の自室で2人の手には温かいハーブティーの入ったカップが握られていた。大一はジャージ、朱乃は薄い着物と入浴を済ませた寝間着姿で、就寝前に話し込んでいた。

 

「パーティは問題ないが会見は…というか、大半が一誠関連でだけど」

「質問もあなた自身のものがほとんど無かったものね」

 

 記者会見で大一に向けられた質問は、仲間関連のものばかりであった。同じ兵士の一誠に期待すること、主であるリアスの誇れる点など、通り一遍な内容であった。もっともルシファー眷属の弟子であることやディオーグの件など世間一般で公になっていない面が彼には多数あったため、記者も彼に関連した質問は限られるのだろう。

 

「まあ、それは仕方ないよ。みんなと違って露出多いわけではないし」

「あらあら、負け惜しみかしら?」

「そういう負け惜しみが出るとしたら、俺じゃなくてディオーグの方だな。言っても、あいつも知名度が無いのはもう諦めているような気もするが」

「そっちも知名度無いものね」

 

 朱乃の言葉に、大一は少し歪んだ笑顔を作る。ディオーグが聞けば、彼の頭の中で不平不満を怒気に包んで騒ぐことがわかっていたからだ。幸い、彼が風呂に入っている間に眠り込んでいた。

 

「朱乃はもうすっかり有名人だしな。あいつの特撮番組出ていないのに」

「うふふ、私達の関係を話せば注目されるかもね。リアス達みたいに」

「そっちのファンに俺が殺されそうになるイメージしか湧かないよ。俺はあいつみたいなヒーローでも無いし」

「あなたの魅力は私が一番わかっているわ。もっと自信を持って」

 

 先ほどとは違い、からかいを抜きにした朱乃の言葉は優しかった。どうもこの無自覚な自信の無さは、朱乃にとっては彼氏に対する不満点のひとつであった。以前よりかはマシになったとはいえ、言動の端々にそういったものが感じる気がしていた。

 この自信の無さは、弟である一誠にもあるのだろうか。

 

「…そう考えれば、イッセーくんがリアスの想いに気づかない理由にもなるかしら」

「どう考えれば、とかは聞かないがあいつにも何らかの理由があると思いたいがね」

「兄の直感かしら?」

「俺はそういうの考えない方だ。ただそう思ないと、リアスさんが不憫すぎるだろ」

 

 紅茶の中身を見つめる大一の表情は渋かった。先日のリアスの言葉は、いつも自分たちを引っ張ってきた彼女らしくないものであった。矢面に立って強く、仲間達を先導してきた主であり親友の弱さが、弟によって引き出されていることには何とも言えない気持ちであった。サイラオーグ戦前の不安のような、任されたお目付け役としての視点とは違った。

 彼の内心を読み取って、朱乃も話を続ける。

 

「親友として出来ることはしてあげたいわ」

「同意する。助けられっぱなしだからな」

 

 仲間、親友、家族、自分たちを救ってくれた人たち…理由などいくらでもつけられた。男女間の関係に首を突っ込むのも野暮なのは理解している。しかし2人ともこの不全感と心配は無意味なものとは思えなかったのだ。

 

「私達よりもいろんなことやっているのに不憫だし…」

「あの2人を見本にしないで欲しいものだけどなぁ。朱乃がそっち方面に興味津々なのを知らなかったし」

「考えてみれば、大一にはそんな態度を取ったこと無かったものね。でも私だって好きな人には心を許してしまうわ」

 

 そう言うと朱乃は自分のカップを持ったまま大一の脚の間に座って体を預ける。甘えるような寄りかかりであった。

 

「小猫ちゃんがやっていたことに嫉妬しちゃったんだから」

「そ、それは悪かった…」

「悪かったと思うなら、膝に乗せて」

「いや、朱乃は小猫より重いからけっこう厳しいような…痛いって!耳を引っ張らないでくれ!」

「女の子相手にそれを言えば当然の結果ですわ」

 

 まったく優しさを感じられない笑顔で朱乃は、大一の耳を引っ張る。そこには一切の容赦もなく、ここぞとばかりに不満を口にした。

 

「あなたももっと気を付けた方がいいわ。小猫ちゃんのこともあるし、最近はロスヴァイセさんから魔法を教わっているんでしょ?」

「そこは強くなるために必要だし…」

「…信頼関係を築けば、ほんの少しのきっかけで好意に変わるなんてあるもの」

 

 彼の耳から手を放した朱乃は頬を膨らます。彼女自身、リアスに勝るとも劣らず自信はある方だが、自らの経験と彼の人の良さを考えると全く可能性が無いとも思えなかった。

 引っ張られた耳を抑える大一には目も向けず、誰に言うでもなくポツリと呟く。

 

「別に悪魔だからいいけど…私ばかり嫉妬するのバカみたい」

「…それ本気で言ってる?」

「え?」

 

 テーブルにカップを置くと、大一は静かに朱乃を後ろから抱きしめる。いつものような優しさがあるが、同時に少しだけ力が入っていた。

 

「朱乃が俺以外のことを好きになったら、仕方ないと思っている。それは俺に魅力が無くて、繋ぎ留められないのが悪いんだから。でもいまだに一誠の龍の気を吸い取るのとか、冥界でも人気があるとか…俺は俺でけっこう嫉妬しているよ」

「…ごめんなさい」

「いや、謝るのは俺の方だよ。結局、好きな人を不安にさせたんだから。ごめんな」

 

 そう言うと、大一は腕の力を弱める。らしくないやり方だと思った。あまり強引で押しつけがましい方法は、感情を露骨に見せているようで心穏やかでなかった。

 一方で、朱乃の方は少し強い彼に顔を赤らめていた。いつもは自分が攻めている立場であったが故か、意中の相手が見せた力強さに胸が高鳴る思を感じた。

 だがそのままの気持ちでいるのも癪に感じた朱乃は大一へと声をかける。

 

「ねえ、大一。その腕貸して?」

「貸すって?」

 

 大一の問いを無視して、朱乃は彼の腕をつかむとそのまま手のひらを自分の胸へと誘導する。

 彼が意図を察した時にはすでに遅く、その手には彼女の柔らかい胸の感触に包まれていた。彼女の大きな胸の感触は、男にとっては流涎ものであろう。

 朱乃は艶っぽい声を上げながら、上目遣いで彼に視線を向ける。

 

「ん…揉んでいいよ…」

「む、無理してやるもんじゃないだろって…」

「私がしたかったの。大一だって…イヤでは無いんでしょ?」

「…その聞き方はズルいって」

 

 数分も無い短い時間のはずなのに、2人とも数時間は触れ合っている気がした。だんだん根競べのような状況になっていくが、先に音を上げたのは大一の方からであった。

 

「…マジで理性が保てなくなりそうだから止めよう」

「じゃあ、代わりにどうしてくれるの?」

「…今日、一緒に寝る。それでどうでしょうか…?」

「許してあげる」

 

 朱乃の見惚れるような笑顔に、大一は安心感と別の緊張感に支配される。落ち着くためには慣れるしかないのだろうが、彼にとっては相当な難題に思えた。

 同時にこれ以上のことをやっていながらも、いまだに関係性が変わらない一誠とリアスには首をかしげる想いであった。

 




原作だと彼女の積極性は強力だと思いました。
この裏では一誠とリアスがサウナで結局ダメだった状況が繰り広げられています。


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第87話 不満の爆発

この辺りの他のメンバーの心情を聞いてみたいものです。


 あくる日の放課後、大一は他の男性勢と共に旧校舎の一室にいた。女性陣は材料を求めて新校舎へ出向いており、本来なら先に始めればいいのだろうが前日の一誠の発言が載った新聞を読んだりして、すっかり休憩状態であった。

 

「…覚悟していても、いざ読むと困るものだ」

 

 誰に話すでもなく、大一は苦々しく呟く。彼の持っている新聞は先ほどまで一誠が読んでいたものだが、そこには『おっぱいドラゴン、スイッチをぶちゅううううっと吸う!?』と最低な見出しが書かれていた。弟のこんな話題を見て、そのまま流すことができたらどれだけ楽だっただろうか。サーゼクスやセラフォルーのような感性の持ち主ならば喜びそうだが、大一には一誠に責任感はあってもその類の愛情は持ち合わせていなかった。

 顔は新聞に向けられていたが、彼の目はまったくと言っていいほど動いていなかった。その意識は頭に集中しており、一誠とリアスのことを考えていた。早朝からリアスが露骨に一誠に対して無視するような態度を取っており、後で聞いてみれば「イッセー出入り禁止」などという貼り紙が彼の部屋に貼られていたらしい。

 昨夜、何があったのかは知らないが、朱乃と話をした次の日にこんなことが起こっているのだから、ただならぬ雰囲気を感じてしまった。

 大一の耳には一誠とギャスパー、そして先ほど入ってきたアザゼルの会話が聞こえる。「グレモリー眷属男子の訓戒」というものを話して、次の試合に不安が残るギャスパーを勇気づけていた。その力強い声が、リアスとの関係を考えるとちぐはぐな印象を感じ、大一としては不全感を覚える。

 

「ギャスパー!俺がいまからいうことを胸に刻め!『グレモリー眷属男子訓戒その1!男は女の子を守るべし』!ほら復唱!」

「お、男は女の子は女の子を守るべし!」

「よし、次!『グレモリー眷属男子訓戒その2!男はどんなときでも立ち上がること』!」

「お、男はどんなときでも立ち上がること!」

「最後!『グレモリー眷属男子訓戒その3!何が起きても決して諦めるな』!」

「よしよし、それを胸に刻んでグレモリー男子らしく戦えばいいのさ」

「は、はい!ぼ、僕、これらを胸に刻んでがんばりますぅぅぅっ!」

 

 びくびくしながらも答えるギャスパーに、一誠は胸を張っていた。そんな様子に祐斗も微笑む。

 

「いいね、それ。僕も胸に刻もうかな」

「そうしとけそうしとけ。何があっても諦めないのがグレモリー眷属の男子だぞ」

「暑苦しいねぇ。お前はいいのか?」

 

 半目で見守るアザゼルに振られるが、大一は否定するように肩をすくめた。

 

「気合いはありますよ。ただ俺みたいに一歩引いた奴がいてもいいでしょう?」

「なんだよ、兄貴。ノリ悪いな」

「じゃあ訓戒その4として『女性にセクハラをしない』というものを提案しようか」

「あ、兄貴!当てつけ過ぎるぞ!」

「ちょっとは自覚が必要だと思っただけだ」

 

 間もなく、女性陣も戻ってきてミーティングが始まった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 今回のミーティングの目的は、サイラオーグ戦の対策についてであったが、開口一番にアザゼルから告げられたのは、神器についての話であった。最近、英雄派が一般の神器所有者に対して、禁手に至る方法を触れ回っていた。危惧されるのは、その情報により多くの禁手使いが増え、結果的に圧倒的な力を手にした者達が復讐、逆襲などに走ることであった。

 

「人間がやれることの限界、超常の存在への挑戦、禁手の研究をしてきた英雄派の連中にとって、これから起こるかもしれない事象はある意味でひとつの成果だろう。人間界、冥界のどこかで不満を抱えていた神器所有者が暴動を起こすのは時間の問題だ」

 

 アザゼルの声には重苦しい緊迫感と後悔の感情が含まれていた。神器を深く研究しているからこその危険性、人間の持つ強さの再認識、テロリストの思惑…多くの理由が彼にとってこの事実の危険性を強いものにしていた。

 その空気は他の者達にも伝染するように場の空気を重くしていくが、その流れを断ち切るかのようにアザゼルは咳払いをする。

 

「───と、悪かったな。今日、ここに俺が来たのはサイラオーグ戦へのアドバイザーとしてだったな」

 

 重い雰囲気を打ち砕くために、一誠が率先して手を上げる。

 

「サイラオーグさんにも先生みたいにアドバイザーが付いているんですか?」

「ああ、いちおうあっちにもいるぞ。皇帝様が付いたそうだ」

「───っ!…ディハウザー・ベリアル」

 

 アザゼルの回答に一番反応したのはリアスであった。正規のレーティングゲームランキングで1位を誇る現王者…ベリアル家の当主でもある最上級悪魔であった。レーティングゲームでは名実ともにトップの存在は、リアスの目標であると同時にいずれ挑むべき最大の壁でもあった。

 それほどの男がサイラオーグにアドバイザーとしてついている。まさに実力で勝ち取った信頼であった。

 

「まあ、リアスやイッセーが上級悪魔としてゲームに参加するのならば、正式参戦後の大きな目標と見ておいていいのだろう。眷属のメンバーも主がゲームに参加する以上は避けて通れない相手だろうしな。

 さて、お前達、サイラオーグ眷属のデータは覚えたな?」

 

 意気込むように全員が頷く。といっても、彼の試合はグラシャラボラス家のものだけであり、その試合も途中でトップ同士の一騎打ちになったため眷属たちの実力をすべて把握は出来ていない。また彼らも驕ることなく日ごろから修行を重ねているおり、グレモリー眷属同様に、すでに「禍の団」との戦闘にも何度か参加している。実際の実力は前の試合よりも上なのは間違いない。記録された映像や伝聞で耳にする情報だけでも彼らの実力は、疑いようも無いほど盤石なものであった。

 立体映像で映し出される相手の情報を見ながら、ロスヴァイセがふと疑問を口にする。

 

「…この相手の『兵士』、記録映像のゲームには出てませんよね?」

 

 部屋にいた全員の視線が、映像の人物に向けられる。悪魔らしからぬサイバーな仮面をつけており、見た目からは掴みどころのない印象であった。

 この人物はサイラオーグでも滅多に動かさない眷属であり、情報もほとんど無かった。会見でもこの人物への質問はサイラオーグが代わりに答えている。しかしそれゆえに信頼と実力が窺える。それを証明するかのように、彼の「兵士」はこのひとりしかおらず、さらに使用した駒は6,7個であった。だからこそサイラオーグ戦で彼と同じくらい警戒する相手なのは間違いない。

 その後も、彼らは相手をひとりひとり分析しつつ、戦略を練っていく。もちろんルールにもよるが、彼らの特性を知ることで対策はより明確になるのだ。

 話に区切りがついたところで、一誠がアザゼルに疑問をぶつける。

 

「先生、俺達が正式にレーティングゲームに参加したとして、王者と将来的に当たる可能性は…?先生の目測でもいいですから」

「お前たちはサイラオーグと合わせて、若手でも異例の布陣だ。というのも正式に参戦もしていないのにこれだけの力を持ったメンツが集まっているんだからな。しかも実戦経験…特に世界レベルでの強敵との戦闘経験がある。その上、全員生き残っているんだからな。そんなこと、滅多に起こらないし、久方ぶりの大型新人チームと見られている。本物のゲームに参加してもかなり上を目指せるだろうよ。トップテン入りは時間の問題だろうな」

 

 この太鼓判にはほとんどが気恥ずかしい想いを感じた。テロリストや悪神ロキを抑えたことでも冥界の注目が高まり、悪魔の未来までも期待が上がるほどであった。

 

「───変えてやれ、レーティングゲームを。ランキングテン以内も皇帝も、お前たち若手がぶっ倒して新しい流れを作るんだよ」

 

 アザゼルの激励に、質問した一誠は意気込んでいた。悪魔として多くの夢や野望を叶えたい、そんな感情が手に取るように分かった。

 大一はそんな弟の背中を見ながら、アザゼルの言葉にむず痒さを感じて首を掻く。どうも最近、過大評価が止まらない気がして慣れない想いであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 打ち合わせが終わると、アザゼルとロスヴァイセは教員として仕事のために抜けて、残ったメンバーはオカルト研究部として今度は学園祭の準備を始めようとしていた。

 だが、いざ始める前に突如テーブル上に光が現れ、魔法陣を描いていく。連絡用の魔法陣のため規模は小さかったが、その紋様は見覚えのあるフェニックス家のものであった。

 間もなくそこから現れたのは、若い女性の姿であった。金髪で高貴な印象を受ける女性を見たレイヴェルは声を上げる。

 

「お母様!」

『ごきげんよう、レイヴェル。急にごめんなさいね。なかなか時間が取れなくて、こんな時間帯になってしまったわ。人間界の日本では、まだ学校のお時間よね』

 

 フェニックス家当主の夫人は見かけこそ若いが、丁寧ながらも長い年数で裏打ちされた立ち回り方を心得ている雰囲気があった。

 彼女が今回連絡してきたのは一誠とリアスに用事があるからだという。

 

「ごきげんよう、おばさま。お久しぶりですわ」

『あら、リアスさん。ごきげんよう。久しぶりですわね。それと…』

「あ、どうも初めまして。兵藤一誠です」

『こちらこそ、ごきげんよう。こうしてお会いするのは初めてですわね、赤龍帝の兵藤一誠さん。このようなあいさつで申し訳ございませんわ』

 

 夫人は笑顔であいさつを行う。フェニックスの涙も需要が高まっているから、彼女の立場では忙しいのも致し方ないのだろう。

 そんな彼女にリアスも微笑みながら答える。

 

「そんなことありませんわ、おばさま。お気持ちだけで十分です。レイヴェルのことはお任せください」

『…本当にごめんなさいね、リアスさん。うちのライザーのゲーム後のケアから、レイヴェルの面倒まで見ていただいて…』

 

 夫人の言葉に、大一は少々複雑な気持ちになった。先に約束を破ったのはライザーではあったが、あの無茶なやり方には恨まれてもおかしくはない。その後、ライザーが塞ぎこんだ際に復帰する手伝いをしたのだが、大一としてはトラウマを植え付けられた相手に無茶をやらされたライザーの方が気の毒な気持ちであった。もっとも彼も現在では少しずつ復帰している上に、彼女もその辺りは気にしていないようだが。

 夫人の視線が今度は一誠に移った。

 

『それと兵藤一誠さん。特に娘をよろしく頼みますわ』

「え、ええ、もちろんです。けど、部長もいますし、俺よりももっと面倒見の良いヒトが部にもいるんで…」

『はい。もちろん、リアスさんをはじめ、皆さんに任せておけば娘のレイヴェルは何の不自由もなく人間界の学び舎で過ごせるでしょう。しかし、それとは別にあなたへお願いしたいのです。人間界で変なムシがつかないようどうか守ってやってくれないでしょうか?数々の殊勲を立てていらっしゃる赤龍帝がそばに付いていてくださるなら、私も夫も安心して吉報を待てるのです』

 

 建前だ、その言葉が大一の頭をよぎった。レイヴェルが一誠に想いを寄せているのは火を見るよりも明らかだし、冥界でのパーティでは一誠の話ばかりしているとイザベラから教えてもらった。当然、家族もその心中を知ることだろう。要するに、波風立てない形でレイヴェルを一誠に近づけたいようだ。その証拠のように彼女は去り際にレイヴェルが現在フリーの「僧侶」であることを念押ししていた。当の本人はいまいちピンと来ていない様子であったが、レイヴェルのことを守ると彼女と強く約束していた。

 

『こちらの様子は済みました。リアスさん、兵藤一誠さん、皆さん、突然のご挨拶を許してくださいましね。それではもう時間ですわ。レイヴェル、人間界でもレディとして恥ずかしくない態度として臨みなさい』

「はい、お母さま」

『それでは、皆さん。ごきげんよう』

 

 光が再び輝くと泡のように消え去り、夫人の姿も消えていた。嵐のようなあいさつに多くの者が呆然としたようであった。

 そんな中、リアスが少しおぼつかない様子で扉へと向かっていく。レイヴェルの話の時点で怪しかったが、わずかに見えたその表情は影そのものを落とし込んだように釈然としない雰囲気があった。

 そんなリアスに、一誠が心配するように声をかける。

 

「…ぶ、部長、どこに行くんですか?」

「…イッセー、私のこと、守ってくれる?」

「もちろん、部長のことを守ります!」

「…アーシアのことも?」

「え?ええ、もちろんアーシアも守ります!」

「…他の皆も?」

「それは当然です。けど…どうしたんですか、いきなりそんなことを訊いて?」

 

 リアスの声が低い。一方で、一誠はまるで意図を理解していない。その食い違う緊迫感が漂う状況を皆が見守っていた。

 

「…ねぇ、イッセー」

「は、はい…」

「…あなたにとって、私は『何』?『誰』?」

「…えっと、俺にとって部長は部長で───」

「───っ!バカッ!」

 

 一誠の言葉が最後まで紡がれないうちにリアスは涙混じりに罵声を上げると、そのまま部室をあとにする。扉を開けた力強さから彼女の失望の大きさがわかるようであった。

 

「リアスお姉様!」

 

 すぐさまリアスをアーシアは追いかけようとするが、扉の前で立ち止まり一誠へと顔を向ける。

 

「イッセーさん!酷いです!あんまりです!どうしてそこで…!お姉様の気持ちをわかってあげられないんですか!」

 

 珍しく一誠に対して、露骨な怒りをぶつけるとリアスを探しに部室を出ていった。ここまで言われても、一誠はキョトンとしていた。これを皮切りに、一誠に対してダメ出しが一気に向かっていった。

 

「いまのはマズいよ、イッセーくん」

「…マ、マズいって何がだよ?」

「それが、だよ。まったく、キミときたら…女性陣の苦労がよくわかるよ」

「本当ですわ。リアスとアーシアちゃんが怒るのも当然です」

「こういうのは鈍い私でもいまのはさすがにどうかと思うぞ、イッセー」

「もう!イッセーくんって、ホントにダメダメだわ!リアスさんがかわいそう!」

「…最低です」

 

 祐斗は呆れ気味に、女性陣は怒気を含んだ声で話していく。責められる一誠は事態と理由を飲み込めておらず、とりあえず何とかするためにリアスを追いかけようとするが、すぐに朱乃に制止された。

 

「いまのイッセーくんでは追いかけてもあちらに深手を与えるだけですから、お止めなさい」

 

 一誠は愕然としていた。自分の中でもまったくわかっていないわけでは無いのだが、確証が持てない上に本人としてはあり得ない内容と考えているゆえに決定に欠けていた。

 

「…なあ、ギャスパー。俺って、そんなにダメか?」

「…えーと…。はい、とてもダメかなと…」

「あ、あの…わ、私の、私とお母様のせい、ですよね…?すみません…」

「レイヴェルちゃんは気にしなくてもいいのよ。いままでのリアスとの大事なところを考えてあげなかったイッセーくんが一番悪いのですから」

 

 ギャスパーにも言われたことで、一誠は完全にうなだれた。レイヴェルがフォローに入るも、それも朱乃が肩を置いて彼女を制止した。

 完全に取りつく島がない状況で、彼は兄へと視線を向ける。落ち込んだ上に完全に思考が戸惑っているせいか、言葉もしどろもどろであった。

 

「あ、兄貴…どうすれば…」

「…とりあえず、作業しよう。祐斗とギャスパーは買い出しを頼む。女性陣はいつも通りな。一誠、お前は空き部屋に行って工具を整理しておいてくれ。すぐに俺も行く。朱乃、ちょっとだけ話がある」

 

 少し頭を掻いた大一は手早く指示を出す。重苦しい空気の中ではあったが、それを振り払うように全員それに従った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 皆がそれぞれ移動したのを見届けてから、大一は残った朱乃を見る。笑顔はなく、目を細めて不満と怒りを見せていた。

 

「あまりにも酷いわ。リアスがあんな態度を取っても仕方ないものよ」

「落ち着きなって。問題を解決するのに冷静さを欠いてはなんとかなるものもならないよ」

「…イッセーくんに味方するの?」

「いや、今回のことはあいつが悪いと思うよ。理由があるにしろ、一誠の態度は褒められたものじゃない」

 

 大一はあごに手を当てながら答える。数か月も一緒に住んでやきもきする状況を目の当たりにしてきたのだから、一誠の態度を肯定するつもりはさらさら無かった。同時にそんな状況を何度も見てきたからこそ、落ち着いた態度を取れていた。

 どれが最善なのかは彼にもわからなかったが、この確執は兄として、親友として解いておきたい気持ちであった。そうなればやることは…。

 

「リアスさんのこと任せてもいいか?」

「もちろんだわ。イッセーくんは…」

「それこそ俺が何とかするよ。信用できないかもしれないけど、いちおう兄なんでね」

 




ということで、次回はオリ主と一誠のいつも以上の話し合いになりそうです。胸を揉ませるなんて解決法はやらせません。


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第88話 弟との対話

兄弟間だからこそ不満が強くなることってあると思います。それがちょっとしたことで出ちゃうこともあるでしょう。


 空き部屋で一誠と大一は工具の整理をしていた。2人の間に会話はなく、ガチャガチャと作業する音が不自然なほど響いていた。その空気に反するかのように、一誠の頭は穏やかでなかった。先ほどのリアスの態度に不全感を抱きつつ、自問自答を繰り返していた。

 とはいえ、工具の整理などそこまで時間を取るわけでもない。間もなく、作業を終えると大一は軽く一伸びして、一誠に声をかける。

 

「それじゃ、学園祭の準備を…と言いたいが、その前にさっきの話の続きだな」

「…やっぱりしなきゃダメか?」

「そうだな。あれをうやむやにするのは今後に響くだろう。リアスさんにも、お前にもな」

 

 大一の言葉に一誠は仕方ないように短く頷く。短いながらも作業をしたことで、一誠の表情は落ち着いているように見えた。そのためか、最初に疑問を口にしたのは彼の方からであった。

 

「…俺が悪いのかな」

「リアスさんの気持ちを無視した言葉だったとは思うよ。この際だから訊くけどな、お前本当にリアスさんがあんな態度を取ったのがわかっていないのか?」

 

 兄の指摘に、一誠は顔をしかめる。正直なところ、彼自身まったくわかっていないわけではなかった。しかしそれは彼にとって夢のような感覚が期待されるものであるのと同時に、踏み込むのもためらわれる領域であった。

 舌が重く感じるも、一誠は静かに言葉を出す。

 

「…もしかしてってくらいの考えはある。だけどありえないと思うんだ」

「悪魔になった時点でありえないも何もないだろうに。それでその考えって?」

「それは…あー…なんというか…ぶ、部長が…いや絶対無いと思うんだけど…もしかしたら…、お、俺のことが…す、好きとか…。

 いやゴメン!やっぱり今の言葉忘れてくれ!絶対にありえないことだ!」

 

 自分の発言と大一の変わらない表情を見て、一誠はすぐに首を振る。我ながらかなり傲慢な考えだと思った。彼女の「兵士」に過ぎず、眷属になったのも最近だ。あれほど優れた人物が自分に好意を抱くはずが無いとずっと考えていた。

 ただこの考えが正しかった場合、これまでの生活にすべて合点がいくのも事実であった。そしてその感情は一誠自身もリアスに対して本気で抱いていたものであった。

 

「どうしてそう思ったんだ?」

 

 責めることなくただ冷静な大一の声に、一誠は言葉を続けた。それでも兄の食えない態度には腑に落ちない感覚を覚える。

 

「…眷属には俺ら含めて男が4人いるけど、いくら部長が優しいからって…そのおっぱい揉ませてくれたり、キスしてくれるのって俺だけだし…。部長って大人っぽく見えて、すごく恋愛的なことについては乙女なイメージあるんだ。だからこそライザーの結婚をあれほど嫌がっていたし、けっこう貞操観念もしっかりしているし…」

「貞操観念はそうでもないと思うが…そこまでわかっているなら、どうして『部長』なんて呼び続ける。あの人が恋愛にこだわるなら、呼び方もこだわるものだと分かりそうだが」

「…兄貴には言ってもわからねえよ」

 

 一誠の頭には黒髪の堕天使の女性の姿がよぎった。悪魔になるきっかけとなった初恋の相手…彼女が自分に放った言葉、非情な態度、鋭い一撃、それら全てが心をむしばみ、目に見えない恐さに襲われるのであった。これほど苦しい経験を兄が理解できるとは思わなかった。

 当然、そのことを知る由もない大一は怪訝な表情であごを撫でる。

 

「あのな、言われてもいないのにわからないって断定されるのも気分が悪いんだよ。まず聞かせろって」

「別にいいだろ。とにかく俺のことは…」

「それこそ寝覚めが悪いんだよ。今のお前がリアスさんをどうにかできるとは思えないし、お前自身もその様子じゃ健全とは言えないだろうが」

「…だから兄貴に分かるわけ無いだろうって」

 

 口から発せられた声は先ほどのリアスにも匹敵するほど低く、苛立ちと怒りが込められていた。しつこい上に、なんでも見透かそうとする余裕な言動、兄だからこそ今の一誠にとって大一の淡々とした態度は、絶対に自分を理解しないものと感じて無性に腹が立った。

 そしてその感情は不穏な状態で口から出ていった。

 

「初恋の人に殺されかけたことあるか?残酷に否定されたことあるか?お互いに好きな人と付き合っている兄貴は無いだろう?俺は…俺は兄貴と違うんだ!なんでもかんでも上手くいっている兄貴には分からねえよ!」

 

 息も荒々しく一誠は想いを吐き出す。どこかで嫉妬していたのかもしれない。兄は学園で目立たないながらも信頼を勝ち取っており、ずば抜けた人気の朱乃と付き合っている。実力もあるし、ハッキリとしながらも落ち着いた性格は皆から慕われている…自分よりも恵まれた存在の言葉は嫌みのようにも思えてしまった。いや、それだけではここまで思わないだろう。相手がたった一個上の兄だからこそ、こんな感情を抱いたのだ。

 とはいえ、まさか罵倒のような形で自分の口から出ると思っていなかったため、すぐに冷静になった一誠はバツが悪く、兄にどう話せば良いか戸惑った。

 一方で、一誠からの予想外の言葉に大一は一瞬だけ眉を上げて目を丸くしたが、反論することなく少し押し黙った後に立ち上がった。

 

「…お前が言いたいことは分かった。ちょっと場所を変えて話そう」

 

────────────────────────────────────────────

 

「…ゴメンなさい、2人とも」

 

 リアスは朱乃とアーシア相手に静かに謝る。彼女自身、衝動的に飛び出したためどこを目指していたのかも特に無く、最終的に新校舎の影で隠れるようにうなだれていたところに朱乃とアーシアが合流した。

 

「気にしていませんわ。落ち着いたようでよかった」

「そうですよ、リアスお姉様。それに今回の件はイッセーさんに非があると思います」

「優しいのね、2人とも」

 

 軽く目を拭いながらリアスは答える。今回の一件は自分が未熟過ぎたと彼女は思った。いくら惚れた相手が自分への態度を一向に変える様子が無いからといって、その相手に八つ当たりのようにしたのは、あまりにも子どもっぽかったと反省していた。

 それでも…それでもライザー相手に果敢に挑み、自分のワガママのために命を懸けた少年には想いに応えて欲しかった。

 そんな感情がせめぎ合っていたため、優しくしてくれる親友と妹分の様子にはどんな表情をすれば分からなかった。

 

「彼にも彼の理由があるはずなのにこんなやり方…主として失格だわ」

「主がどうかは関係ないんじゃないかしら。リアスにとってどうしても納得できなかったことだったんでしょう?」

「お姉様がイッセーさんのためにアピールしていたのは私もよくわかっています。だから…だからその気持ちはわかるつもりです」

 

 アーシアがこぶしを握ってリアスを励ます。メンバーの中では最初にホームステイをしていた彼女だ。時には競い、時には共同して一誠にアピールをしてきた身としては彼女の言葉は説得力があった。

 

「私はイッセーさんとずっと一緒にいたいと思っています。そしてその未来にはお姉様も一緒がいいんです。私を救ってくれた大切な人たちと一緒が…だ、だから…」

 

 リアスを慰めるアーシアは途中で言葉がまとまらずしどろもどろになる。自分がかなり恥ずかしい言葉を紡いでいることに慌てたのだろうか。同じ相手に惚れた、いわば恋のライバルに対しての言葉とは思えないものに、リアスはおかしそうに口に手を当てる。

 

「そんな様子を見せられたら拍子抜けしちゃうわ」

「あらあら、アーシアちゃんったら。でも彼女の言う通りよ。私だってリアスがイッセーくんにアピールしてきたのを知っているんだから。あなたの想いは必ず届くはずよ。私が親友として保証してあげる」

「ありがとう。朱乃、アーシア」

 

 主としてはなんとも情けない感覚があったが、同時に安心した。自分の想いを認めてくれていたのが近くにもいたこと、そして彼女らが理解してくれていたなら、きっと一誠にもいつかは伝わるという希望が持てるのだ。

 リアスが落ち着きを取り戻して間もなく、朱乃の携帯が鳴る。開いて確認すると、大一からのメールであった。3人で内容を覗き込むと、なぜか一誠を連れて模擬戦をしてくるというものであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「話すって言ってもなんでここなんだよ…?」

 

 一誠は困惑した様子で口を開く。場所はいつも模擬戦をしているグレモリー領のトレーニング場であった。

 

「ちょっと模擬戦をやろうと思ってな」

「学園祭の準備だってあるだろ」

「朱乃達には連絡を入れた。終わったらすぐに戻るさ」

 

 一誠の疑問に答えながら、大一は上の制服を脱いでタンクトップ姿になる。その恰好を見て、一誠は目を細めた。

 

「お、おい。まさか龍人状態になるつもりかよ」

「当然だ。最近、お前とはまともに模擬戦をやっていなかったから、全力で来い。あのトリアイナだって使っていいぞ」

「さっきのことは謝るから…」

「別にそういうことじゃないんだよ。ただ俺は───」

 

 錨を出した大一はいきなり一誠へと魔力の塊を撃ち出す。威力は低いものの収束させていたため、牽制には十分な威力であった。

 

「お前の本気を見たいだけだ」

 

 この程度の一撃でやられるはずが無い、その確信が大一にはあった。そして期待通り、煙から姿を現した一誠の手にはブーステッド・ギアが装着されていた。今の一撃はその拳で防いだようだ。

 

「いくらなんでも不意打ちは卑怯だろ!」

「模擬戦に卑怯も何もねえよ。それにお前はこれくらいしないと本気を出さないだろ」

 

 大一は錨を構えて素早く一誠へと接近すると、縦横無尽にあらゆる方向から錨を振り攻めたてていった。

 一誠も顔をしかめながらその勢いに押されるように後退していく。しかし攻撃は避けるか、防ぐかでしっかりと防いでいた。とはいえ、さすがに戦闘においては大一の方が手慣れており、この攻撃を防ぎ続けるのも限界が来るのは予想できる。しかし多少でもしのげば…

 

「来た…禁手化!」

 

 不意の一撃で遅れたが、攻撃を防いでいる間になんとかカウントを間に合わせた一誠は禁手を発動する。力強く赤い鎧に身を包んだ一誠は、真っ向から大一の上から振り下ろした錨を掴んでそのまま彼ごと投げ飛ばした。

 空中で体勢を整えて受け身を取る大一は笑みを浮かべる。

 

「魔力で身体能力は上げていたんだが、あっさりとやられたな」

「くっそ!そっちが本気で来るなら…俺だって容赦しねえぞ、兄貴!」

「元からそのつもりでここに呼んだんだよ!」

 

 背中のブースト機能を使用して猛烈なスピードで一誠は接近し、先ほどのお返しとばかりに連続で拳を撃ち込む。マシンガンのごとく連続で向かってくる拳は、彼の日頃のトレーニングを裏付けるほど重く素早い攻撃であった。

 とはいえ、大一もそのまま受け続けはしない。素早く龍人状態になると、全身に魔力を行きわたらせて身体の硬度を上げた。

 

「硬い…!これが兄貴の防御力か!」

『一撃が重いな。ただこの程度じゃ俺が重さを上げれば余裕で受けきれるし、ましてやサイラオーグさんにも届かねえぞ!』

 

 タイミングを見計らって体重も上げた大一は腕を振って一誠の拳をはらうと、脚を上げて踏みつけるように振り落とす。すぐに一誠はバックステップで避けるが、重さを上げた彼の一撃はフィールドに足跡を残すほどであった。

 

「だったら、これでどうだ!」

『龍星の騎士ォォォォッッッ!』

 

 鎧からの声とともに、一誠の鎧が鋭利でしなやかなものに変化する。「騎士」に特化したトリアイナ能力であったが、大一はそれほど危惧していなかった。スピードこそあるものの、この状態の攻撃では自分をダウンさせるまでは至らないと踏んでいたからだ。

 だが一誠もそれは理解していたようで、猛烈なスピードで彼の周囲をグルグルと回っていった。

 

『こんなことしても無駄に魔力を…いや…そういうことか』

 

 一誠の狙いに気づいた時はすでに手遅れであった。あっという間にフィールドの埃やらが舞ってちょっとした竜巻になっていた。すっかり視界を封じられた大一は軽く舌打ちする。弟の戦法に出し抜かれたことに、複雑な気持ちであった。

 大一はすぐに魔力と生命力の探知へと切り替える。どうも一誠は竜巻からかなり離れた場所にいるようだ。てっきりこの状況では「戦車」形態へと変化して攻めてくるものだと予想していたため、この距離の取り方は不自然に感じた。

 だが間もなく狙いが判明した。一誠から強力な魔力が撃ち出されたことが気づいた。これはいつものドラゴンの力を撃ちだすドラゴンショットではない。「僧侶」で特化した攻撃であった。

 すぐに硬度と体重を上げて、さらに錨を構えて防御姿勢を取る。あの攻撃をまともに受ければ倒れるのは間違いなかった。

 間もなく、感知した方向から向かってきた魔力を大一は真正面から受け止める。先ほどの竜巻も霧散させるほどの威力であったが、これでもフィールドを考慮した威力なのは受けた瞬間に感づいた。しかしそれ以上に驚いたのは…

 

「こいつで…どうだッ!」

 

 真横から現れた一誠の拳を、大一は顔面に受けて吹き飛ばされる。「戦車」に特化したトリアイナ形態の一撃はあまりにも重く、加えて完全に不意を突かれた大一は受け身も取れずにそのまま地面に叩きつけられた。「僧侶」の攻撃はあくまでブラフと足止めで、本命は攻撃を防いで気が抜けた瞬間の「戦車」の一撃だったのだ。攻撃を受けた瞬間に、大一はその意図を理解した。

 連続でプロモーションしたせいか一誠は肩で息をしながら、倒れ込んだ大一へと声をかける。

 

「勝負ありだ。十分だろ、兄貴」

「…ああ、十分だ」

 

 龍人状態を解きながら大一は半身を起こす。殴られた右頬は腫れており、なんとも締まらない顔になっていた。

 

「強いな、一誠。俺よりもはるかに強い」

「…まぐれだろ」

「少なくとも俺は全力を出していた。それでまぐれと言われるのは、俺としても気分が悪いな」

「何が言いたいんだよ!」

「『なんでも上手くいっている兄貴』よりお前は強いって言いたいんだよ」

 

 大一の静かながらも鋭い一言に一誠は押し黙る。怪我をしているのは兄の方なのに、弟の方が気まずそうな雰囲気であった。

 

「まったく、それほどの男が初恋の人…お前の話だとレイナーレとかいう堕天使だな。そいつに傷つけられたことがそこまで尾を引くとはな」

「…悪いかよ。怖いんだよ!また…またあんなふうに女の子に否定されるかもしれないと思うと…どうしても仲良くなることにブレーキがかかっちまうんだ。…あんな思いは二度と…嫌なんだ…」

 

 せき止めていたブレーキが外れたように一誠から本音が漏れる。身体を震わせ、地に膝をつき、ボロボロと涙をこぼしながら心情を吐露する彼の姿は哀れみと苦しさに満ちていた。

 大一は身体を起こすと一誠の元へと歩き、その傍らにしゃがみ込む。そして震えを止めるように優しく肩に手を置いた。

 

「リアスさんがお前を嫌っていると本気で思っているわけじゃないだろう。それはお前自身がよくわかっているはずだ。あの人だけじゃない。アーシアも、朱乃も、小猫も、ゼノヴィアも、イリナも、レイヴェルも、ロスヴァイセさんも…少なくともオカルト研究部の女性はお前を嫌っていないだろうな。もちろん男たちもな」

「それでも…俺は…もしも…」

「もしも何かが間違ってお前が嫌われても俺がいる。世界中の皆がお前を嫌っても、俺だけはお前の横にいて支えるよ。まあ、そんな状況にはならないだろうが」

「…なんで兄貴は…俺にそこまで…」

「お前が弟だからだ。兄貴がやるのなんてそれで十分だろ」

 

 なんとも間抜けな兄だと思った。頬は腫れているのにかける声は一貫としてしっかりしている。エロいことにひたむきだわ、勝手に不満をぶつけるわ、そんな弟に付き合ってくれるなんとも不思議な男であった。

 

「ほら、自信持て。俺に勝ったんだから、お前は少なくとも誇れるものがあるだろうよ。リアスさんのことも意識しろ」

「ああ…そうだな」

「そろそろ戻るぞ。アーシアにこの顔を回復させてもらわないと堪ったものじゃねえ」

 

 軽く頬を抑えながら、大一は立ち上がる。あまりにもしゃんとした立ち上がり方に切り替えの速度には感心した。

 一誠も同じように立ち上がるが、そんな彼に視線を合わせずに大一は歩いていった。

 

「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていた」

「ん?」

「悪かったな。お前が悩んでいることに気づいてやれなくてよ」

 




オリ主が傷ついても進むタイプなせいか、こんな不器用な方法しか出来ませんでした。


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第89話 強者の関心

別にオリ主は自分を認めていないわけじゃないんです。ただいざという時に自分を切り捨てる傾向があるだけで。


 一誠との模擬戦も終わったその日の夜中、大一は静かに目を閉じながら自室の椅子に座り込んでいた。時刻を考えれば悪魔でもすでに眠りについている時間に、彼は頭の中にいるディオーグと話していた。

 

(悪かったな、ディオーグ)

(ようやくこの前の甘い物を逃したことを謝る気になったか)

(そっちじゃねえよ。というか、根に持ちすぎだろ…)

(むしろそれ以外に謝られる理由がわからねえだけだ)

(今日の模擬戦だよ。負けて悪かった)

 

 大一は静かに謝罪する。勝負の勝ち負けにこだわるディオーグが模擬戦とはいえ、あのような形で敗北するのは腑に落ちない筈であった。しかし彼は龍人状態の時にまったく口出しせずに、一誠との模擬戦を最後まで付き合ってくれたのだ。

 

(なんだ、その言い方?たしかに気に食わなかったが、短くても全力で戦ったんだろうが)

(いや、そうなんだけど…お前のことだから絶対に口出しすると思って)

(あんな勝っても得にならねえ勝負には興味ねえよ。だいたいそれで謝るのは意味がわからん)

 

 ディオーグの言葉に、大一はひとり頷く。彼の言う通り、この場合の謝罪は意味をなさないものであった。今回はむしろ彼に示すとしたら最後まで付き合ってくれたことへの感謝であろう。

 

(…お前の言う通りだな。この場合は協力してくれて、ありがとうってところだな)

(ますます意味がわからん)

 

 あくび半分でディオーグは答える。彼は力や勝負へのこだわりは強いものの、性格、感情的な面はからっきし…というよりも興味が無いようで、そのおかげでいまいち心が通じ合っている感覚が大一には持てなかった。大一としては今後の悪魔人生で一生付き合っていく以上、一誠とドライグのような相棒的な関係を考えていたが、その道の長さをこのやり取りだけで実感するのであった。もっとも弟たちの方もドライグがカウンセリングを受けたりと、決して健全な関係とは言えないのだが。

 そんなことを考えていると、ディオーグが疑うような声色で言葉を発する。

 

(今日のはお前らしくない行動だったな)

(なんだ?兄貴として別にいいだろ。そりゃ、あいつを立ち直らせるためとはいえ、ちょっと過保護すぎるとは思ったが…)

(つまらねえ兄弟仲とかはどうでもいいんだよ。お前、自分本位とか言いながらあの態度はらしくないって思っただけだ)

 

 ディオーグには奇妙な確信があった。初めて龍人状態へと変化した際のやり取りで、彼は大一と繋がったことに少々関心を覚えた。こだわりが強く、自分の想いを先行させる。そんな彼の発言は自分にも通じるものがあったからだ。

 それなのに、今回の一誠の件は明らかに違和感を覚えた。数か月大一の中にいて、彼が弟の性格や評判でげんなりするような想いを抱くのは知っていたし、一誠に不満をぶつけられた際も感情が煙のようにもやつく感覚をディオーグは感じとった。

 

(なんか負い目でもあるのか?)

(…ねえよ。俺はあいつに迷惑かけられっぱなしだ)

(なのに、お前は弟に真摯に向き合おうとする。自分の感情を押し殺してもな)

(ガキじゃねえんだ。いつまでも感情的にいられないんだよ)

 

 椅子の上でゆっくりと身体を伸ばしながら大一は答える。京都の時にいつもとまるで違うポジションで動いていたせいか、自分の精神的な未熟さを思い知らされた。リアスのお目付け役であり、今後悪魔として生きることを考えると余計に立ち振る舞いを見直す必要性を感じた。それこそ感情だけで突っ走るのではなく、自分の任された仕事を遂行するためのメンタル的な強さだ。

 おそらくその経験と考え方が原因だと大一は思っていた。そう思うことにしたかった。でなければ、心に引っかかる正体不明の後悔に直面するような気がしたからだ。

 

(…まあ、俺が話しても聞くことじゃねえだろうな。じゃあ、もうひとつ言わせてもらおう。ベッドの女をどうにかしろ!)

(それこそ無茶な話だよ)

 

 荒ぶるディオーグに対して、大一は落ち着いて答える。視線の先には朱乃が彼のベッドで静かに寝息を立てていた。先日から朱乃に提案して以来、ほぼ毎日のように彼女と話してそのままベッドに眠りにつくことが日課になっていた。家改装で多少は大きくなったとはいえセミダブルのベッドで横になるのは緊張した。おまけに朱乃は吹っ切れたかのように身体をくっつけてくるので、昂る気持ちを抑え込むのも一苦労であった。一誠がリアス、アーシアと一緒に眠ったという話を依然聞いたことがあるが、今ではどうやっていたのかを問いただしたほどであった。

 一方でディオーグはこの現状が気に食わなかった。手狭な感じが封印されたことを思い出すようで、その不満はどんどん増幅していった。実際、大一がわざわざベッドから出たのも、彼女と一緒の状態では緊張でろくに頭が回らないからだ。

 

(あとあの女の雰囲気が気に食わん!なんか湿っぽいんだよ!)

(お前が融合してから、俺があの人と付き合うまでに泣いていたのを何度か見たからじゃねえかな…)

 

 別にディオーグに朱乃との仲を認めてもらおうとは思っていなかったが、今さらながら文句が増えるのは気分が良いものではない。

 それを知ったことでは無いと主張するかのように、ディオーグはさらに声を荒げた。

 

(あー、邪魔くせえ!)

(お前はうるさいよ…)

 

 サイラオーグ戦まであと数日とは思えないようなやり取りであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 そしてゲーム当日、グレモリー眷属は空中都市に続くゴンドラの中にいた。ゲームの会場であるアガレス領土の都市、アグレアスは旧魔王時代に作られたもので浮かんでいる原理は謎が多く、アジュカ・ベルゼブブくらいしか理解していなかった。地上へと水が落ちて滝を形成するその構造はとても神秘的であり、見た目的にも土地の特別性を含んでいる。冥界でも特別な遺産として認定されているため、移動手段は限られていた。今回は眷属の多くが景色を一望できるゴンドラを希望したためであった。

 無邪気に外の景色を見る一誠と後輩たちを見ながら、大一は静かに嘆息する。例の一件以来、リアスと一誠の仲は表面上は落ち着いたかに見えたが、根っこのところは気まずさと行き違いがあるように感じた。

 むず痒く感じるのは何も彼らの関係性だけではない。今回、会場を決める際にもそれに類似したことが起きていた。グレモリー家、バアル家共に自らの領地での開催を強く希望していたのだ。グレモリー家は現魔王を輩出した家系であるためその特別性は冥界でも一目置かれている。一方でバアル家は大王として悪魔の中でも強い発言力を持っており、場合によっては魔王以上の強い権限を持つこともあった。結局アガレス家の領土に収まったのは、大公という立場でお互いの調整を図ったからであった。

 そんな因縁が裏であったのだから、これからの試合が魔王とバアル家の代理戦争などと考える者も少なくない。もちろんこの程度のことでサーゼクスに影響は及ぼすことは無く、せいぜい負ければサイラオーグのバックにいる有力者がわずかな恩恵を受けられる程度なのだが。

 ただこれから試合に臨む当事者としては、耳に入れて落ち着く情報ではなかった。

 

「…家の特色を得られずに苦労したサイラオーグさんを利用する上級悪魔たち、か」

 

 ぽつりとつぶやく一誠にアザゼルはため息をつく。

 

「複雑だろうが、それでいいんだよ。苦労した分、やっと注目されたと思ってやればいいじゃないか。どんな理由があろうと名のある者に認められることはひとつの成果だ。あとは結果次第だが…。お前達はあいつのことを気にせず全力で行け。自分の目的を果たすためにがむしゃらに行かないと奴には勝てん」

 

 アザゼルはそう言うが、大一としてはどこまで同意していいものかが分からなかった。彼の言う通り全力でぶつからないとサイラオーグには勝てないだろう。しかし相手は自分が現在の魔王の体勢にくさびを打ち込むバアル家の駒であることを自覚している。そうまでして上に行くために清濁併せ吞む向上心がある男だ。それほどの男と相対する以上、自分たちも少なからず覚悟する必要性を感じたのであった。

 そんなことを大一が考える一方で、一誠はふと思いついた疑問を口にする。

 

「今更ですが、このゲーム、テロリスト───英雄派に狙われるなんてことは?」

「あるだろうな。これだけ注目されているし、会場には業界の上役が多数揃う。狙うならここだ。あいつらにとっちゃ、お祭り騒ぎに自慢の禁手使いを投入することは大きな行動になるだろう。いちおう、警戒レベルを最大にして会場を囲んでいるんだがな。ま、杞憂に終わるかもしれん」

「どうしてそう言い切れますの?」

 

 朱乃の疑問にアザゼルは頬をかく。その仕草、表情共にどことない気まずさが含まれていた。

 

「…ヴァ―リから、個人的な連絡が届いてな」

『───っ!』

 

 この発言にその場にいた全員が息をのむ。なんでもヴァ―リもこの試合には注目しており、邪魔をさせないように睨みを利かせているらしい。もっとも彼が一番注目しているのは相変わらず一誠のことであったが。

 

「もともと曹操はここを狙っていないってことも考えられるさ。隙を狙われる可能性もあるから他の勢力も自分の陣地を警戒してるってところだ」

 

 アザゼルがまとめるように言葉を紡いですぐ、ゴンドラは目的地へと到着した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 到着した彼らは大量の記者たちに迎えられてフラッシュをたかれるが、すぐにボディーガードの案内の元にリムジンへと乗り込んだ。車内にはレイヴェルが待機しており、準備を整えてくれていたようだ。

 この手腕に感嘆する中、アザゼルが忠告する。

 

「…お前たち、そろそろ個別にマネージャーつけろ。特にリアスとイッセーは必ずな。今回の試合、勝っても負けても知名度は上がる。日が経てば落ち着くだろうが、それでもしばらくは冥界に来るたびにこんな調子だろう。あー、そうだな、レイヴェル、お前がイッセーのマネージャーをしたらどうだ?こいつに付けば勉強になるぞ、スケベだがな」

 

 下心を示唆するようにいやらしい顔を見せるアザゼルに、真横から朱乃と大一がどこからともなく取り出したハリセンで頭部を叩く。この不意打ちにはさすがのアザゼルも目を見開いた。

 

「な、何するんだ、2人とも!」

「うふふ、ちょっとデリケートな時期でもあるんで、そういうのは控えてくださいな」

「まあ、俺の場合はもろもろの件による私怨もありますが」

「てめえ、そういうタイプじゃねえだろ!」

「なんのことやら?」

 

 大一がアザゼルの相手をしている間に、朱乃はこっそりとリアスにウインクする。少なくともリアスの方は一誠に強くあたることは無くなり、ぎこちなくも会話をしていた。一誠の方は特に変わらなかったが、2人とも覚悟は決めていたため、区切りがつけばお互いに向き合うのだろう。事情を知る身としてはむず痒いものが残る光景であったが、朱乃と大一を筆頭にサポートを決めていた。

 奇妙な空気間が続く中で、彼らを乗せたリムジンは目的地へと到着する。多くの娯楽が開催される巨大なドーム会場、アグレアス・ドーム。その隣にある巨大な高級ホテルに彼らは案内された。その絢爛な造りはどこに視線を向けても納得できるものであった。

 グレモリー眷属が専用のVIPルームに案内される道中、骸骨の顔をした人物が率いる奇妙な集団に出会った。全員がローブを羽織っており、掴みどころのない奇妙な魔力を抱えている。

 彼らが視界に入った瞬間、大一の中でディオーグの感情が大きく昂るのを感じた。その集団の中にとてつもない力を感じたのだろう。間もなく、それが事実であることが相手からの会話で明かされた。

 

≪これはこれは紅髪のグレモリーではないか。そして堕天使の総督≫

「これは、冥界下層───地獄の底こと冥府に住まう、死を司る神ハーデス殿。死神をそんなに引き連れて上に上がってきましたか。しかし悪魔と堕天使を何よりも嫌うあなたが来られるとは」

≪ファファファ…、言うてくれるものだな、カラスめが。最近上で何かとうるさいのでな、視察をな≫

「骸骨ジジイ、ギリシャ側のなかであんただけが勢力間の協定に否定的なようだな」

≪だとしたらどうする?この年寄りもロキのように屠るか?≫

 

 静かに言い放つハーデスには、身体を通り抜けるような、それでいて清々しさはまったく無い雰囲気があった。周りのローブをつけた死神たちも敵意を見せている。

 外面でそのような感覚に当てられながらも、大一は中にいるディオーグを収めようとしていた。

 

(落ち着け、この人たちと戦う道理は無いんだ)

(向こうが仕掛けて来たら話は別だろ?)

(あの人は神の中でも特別だ。この世界にいなくてはならない存在…天地がひっくり返っても戦う時は来ないと思うよ)

 

 死を司るだけあって、ハーデスの存在はかなり重要なものであった。そのせいか黒い噂も絶えないようで、彼自身が悪魔や堕天使を毛嫌いしているのもあって友好的な印象を抱けなかった。そんな男でもかつて冥府で暴れまわったドライグとアルビオンのことから一誠には興味を示す。一誠を一瞥すると、軽く別れを言って立ち去っていった。アザゼルの話では同盟にも反対を示しているようだが、大一は表立ってロキのようなことをしてこない分、マシにも思った。それにすべての存在が手を取り合うことがわかっている以上、こんな相手がいても仕方ないことなのだ。

 もちろん、全てが否定的ではない。現に間もなく出会った2人はいきなりアザゼルに結婚話を進めてくるほどであった。どちらも体格がよく、豪快な笑いが特徴的な中年の男性…ハーデスに匹敵するギリシャ神話の神々であるゼウスとポセイドンだ。

 

「嫁を取らんのか、アザ坊!いつまでも独り身も寂しかろう!」

「紹介してやらんでもないぞ!海の女はいいのがたくさんだぁぁぁっ!ガハハハハハッ!」

「あー、余計な心配しなくていいって…」

 

あまりの豪快さにアザゼルですら押されている様子は、珍しさと愉快性を含んだ光景であった。

 

「来たぞ、お前たち」

 

 アザゼルが2人の神を相手にしている最中に、リアス達に声をかけたのは小さなドラゴンであった。一瞬、誰かを訝しむが一誠が聞き覚えのある声に思い当たった表情になる。

 

「その声、タンニーンのおっさんか!ちっちゃくなっちゃって!」

「ハハハ、もとのままだと何かと不便でな。こういう行事の時はたいていこの格好だ」

 

 見た目とはギャップがあるような力強い笑い声を上げながら、彼は一誠達を見渡す。

 

「相手は若手最強と称される男だが、お前達が劣っているとは思っていない。存分にぶつかってこい」

「もちろんさ!俺達の勝利を見届けてくれよ!」

 

 一誠が自信満々に師であるドラゴンと話す中、相変わらずディオーグはギラギラした闘争心で周りを品定めしている。なだめるのにも限界を感じた大一は、勝手に放っておいていた。

 

(あの堕天使に絡んでいる神も悪くねえな…いやそれともいつもの片目ジジイもいるし、そっちともいい加減戦いたいところだが…)

(うん?それって…)

「あっ!オーディン様!」

 

 素っ頓狂な声を上げるロスヴァイセが指さした方向には、オーディンが綺麗な女性を連れて立っていた。ロスヴァイセに気づいたオーディンはぎくりとした表情ですぐに逃げていった。

 

「ここで会ったが百年目!まてぇぇぇっ、このクソジジイィィィッ!その隣にいる新しいヴァルキリーはなんなのよぉぉぉっ!」

 

 不満を露わにしたロスヴァイセがオーディンを追いかけようとするが、ディオーグのおかげで前もって気づけた大一が素早く彼女を羽交い絞めにした。

 

「大一くん、放してください!あのジジイめぇぇっ!」

「これから試合なんですから余計に疲れることはしないでください」

「大一、ロスヴァイセをそのまま連れてきなさい」

「わかりました。ほら、行きますよ」

「腑に落ちませんッ!」

 

 じたばたと動くロスヴァイセを引きずりながら大一はリアス達の後をついていくのであった。

 




この辺り、どのように切ったらいいかがわからずに書いて直してを繰り返していました。


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第90話 覚悟を持って

どうしてもオリ主の感情から中だるみ感は否めません。しかし今後を考えると、必要な描写…だと思って書いています。


 専用の待機部屋は至れり尽くせりであった。広さはいくつかの部屋をくっつけたと思わせるほど充分、菓子や飲み物も完備、トレーニング装備一式まであり、完璧な空間であった。

 身体を動かすメンバーは早々にジャージへと着替えて、アップの準備をし始めた。最高の状態で動けなければ、サイラオーグ達に勝てるものとは思えない。各々が試合前のアップを始める中、意外な人物が訪ねてきた。

 

「邪魔をする」

 

 レイヴェルの兄であり、元リアスの許婚のライザー・フェニックスだ。

 

「ライザー!」

「お兄様!」

「よー、来てやったぜ。レイヴェルも元気そうじゃないか」

 

 ライザーは椅子に座り、朱乃が淹れてくれた紅茶を飲む。不遜というよりも気心知れた打ち解けやすい雰囲気があった。ドラゴンのトラウマを克服してから、以前よりも柔らかな印象が感じられる。

 それを裏付けるように、リアスとの会話はレーティングゲームの先輩として心強い意見であった。

 

「試合について、少し話そうと思ってな。今日のゲームはプロの好カードと同じぐらい注目を集めている。実質、おおまかな流れはプロの試合と同じだろう。観客も席を埋め尽くす勢いだ。そのなかでお前たちは戦うことになる。実戦とは違うエンターテイメント性を強く感じて戸惑うこともあるかもしれない。だが、これだけの大舞台だ。力を発揮すればそれだけの評価につながる。リアス、ここがひとつの正念場だぞ?」

「…私はソーナほど戦の組み立てがうまいわけでもないし、サイラオーグほどのパワーもないわ。けれど、眷属に恵まれているのはわかっているの。だから、この子達をうまく導けないかもしれない自分の力量不足が腹立たしいわ…」

 

 ライザーの振る舞いとは反対に、リアスは苦々しく告白する。彼女の元に集まった眷属は才能豊かなものが多い。そしてそれ以上にひたむきで、彼女の目指す高みへと共に目指す精神力のあるメンバーばかりだ。それを活かせない自分への不甲斐なさには不安を感じていたようだ。

 

「戦術と自分の力は経験を積み、俺が嫌いな『努力』ってやつも重ねればある程度のものまで得られるだろう。だがな、リアス。巡り合い───良い人材を引き寄せる才能だけは別だ。ここにいる連中はお前の持つ巡り合いの良さで集まった眷属だと思うぞ?」

「けれど、ドラゴン───赤龍帝であるイッセーが引き寄せた部分も強いと思うわ」

「赤龍帝と出会ったのはお前の運命だ。お前が持つ、引き寄せる何かが赤龍帝と巡り合わせた。だから出会った。その後、ドラゴンの特性が他の奴らを呼び出せたとしても、その赤龍帝と出会い、眷属にしたのはお前だ。自身を持てリアス。こいつら、お前の財産だ」

 

 力強く言い放つライザーに、リアスは目を見開く。仲間達にしては久しぶりに見るような不安を持ちつつも、強い決心と自信に満ちた表情であった。一方、ライザーはさすがに恥ずかしくなったのか頬をかいて誤魔化すが、この発言を撤回するつもりは無かった。

 

「リアス、いちおう応援している。───勝てよ」

「ええ、もちろんよ」

 

 ライザーの言葉に、リアスは晴れやかな表情で答える。以前の関係とは違ったものだが、互いに高め合う力強い関係性が見られた。

 ライザーは立ち上がると今度は一誠の元に歩いていく。

 

「お前の拳…。忘れられない一撃だった。あれは、あのパンチはゲームで上を目指せる一発だ。───早く来いよ、俺と同じ土俵にな。お前なら来れるだろう?そこで再戦しようぜ。プロの世界でプロの本当の怖さを教えてやる」

「…は、はい!もちろんっスよ!絶対にあんたともう一度ゲームで戦って、正式に勝ちますから!」

 

 一誠の本音にライザーは笑みを浮かべる。ひとりの女性を取り合った勝者と敗者がここまで関係を修復したと思うと、不思議な光景であった。

 だがライザーにとってはそれだけではなかった。彼はちらりとレイヴェルに視線を向ける。

 

「それと、レイヴェルを頼む。リアスに負けずのわがままっぷりだがな。これでも一途なんだ。泣かしたら燃やすぞ?」

「よ、余計なお世話ですわ!」

 

 レイヴェルは顔を真っ赤にして抗議する。見事な手腕を発揮する彼女も、兄のライザーには後れを取るようだ。最後に彼は再び一誠へと向き直る。

 

「そうだ、言い忘れてた。赤龍帝、さっきサーゼクス様からお前を呼ぶよう言付けを託されてな。VIPルームの方に顔を出してくれってよ。見せたいものがあるそうだ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 ライザーの伝言通り、一誠が部屋を去った後に大一は身体を大きく伸ばす。立場が上の相手というのはいつでも体のどこかが強張るようであった。以前、様々な因縁があった相手と考えれば尚更だろう。

 だがリアスの覚悟の決まった表情を見ると、ライザーの影響はとても大きく感じた。先輩悪魔としての意見と激励は、ぶれていた感情を瞬く間にいつもの調子に戻したのだ。

 同時に兄としてもライザーの態度には素直に感心した。妹への恋心へのサポートとその相手への釘刺し共々スマートであった。先日、一誠に対して不器用な方法でしか解決できなかった大一は、自分との経験の違いを実感させられた。

 ライザーの登場に緊張半分、感動半分に感心していると頭の中でディオーグが呆れ気味に呟く。

 

(前はドラゴンでビビッてた奴なのにな)

(その敗北をバネによくあそこまで復帰できたものだよ。あの人は絶対に強くなるな…)

(敗北で強くねえ…だがこれからの戦いは負けられないだろう。あの筋肉野郎に勝てば、俺の名も大きく轟く!)

(負けられないのは俺も同意だが、名前はどうだろうな…)

 

 大一は首をひねる想いで答える。元より無名な上に同じ眷属で赤龍帝がいるのだから、ドラゴンとしての名が上がるとは思えなかった。もし自分が相手チームをひとりで全員倒すような活躍を見せればギリギリありうるかもしれないが、それをできると思うほど大一も思い上がっていない。要するに可能性は無いということだ。

 

(血がたぎるな…!)

(お前は強い奴と戦いたいのか、名を上げたいのか、俺にはわからないよ)

(戦いこそが俺の存在の証明ってだけだ。それを高尚なものだと考えるのは当然だろ?)

(もっと幾らでも方法はあると思うんだがね…)

 

 重く、力強い声色で話すディオーグにあごを掻きながら答える。このドラゴンについて、大一は未だに掴めない想いであった。彼が戦いに特別な想いがあるのは十分に理解している。しかし口を開けば戦いと名声に明け暮れている印象は拭えなかった。もっともドラゴンなのだから、それはある意味正しいのだろう。ドライグやタンニーンは理知的だが、ドラゴンについて調べればそういった価値観がおかしいものではないことがわかる。

 正直、大一はどうしてここまでディオーグを気にかけるのかが分からなかった。考えが違うものの身体を共有し、共に戦う仲間だからと言われればその通りなのだが、その理由は腑に落ちないものであった。かと言って、その思いを言葉に出来る気もしないのだ。

 

(また何かを考えているな?)

(まあ、いろいろな…)

(考えるなとは言わん。考えを捨てて戦う奴は俺から言わせれば愚かだ。しかしそれが勝利を捨てることに繋がるのならば、愚かの極みだな)

(つまり今は試合に集中しろってことだろ?)

(そういうことだ。お前の主の赤髪女のようにな)

 

 リアスが戦術の本を読みながら朱乃と話している姿が見える。その眼は闘志と自信に満ちており、強敵と戦う準備は十分であった。

 大一は大きく息を吐くと、ストレッチを始める。自分は何をやっているのだろうか。言葉に出来ない感情に悩むよりも、まずは力になるべき主のために報いることが必要なのだ。ひとまず整理のつかない考えを振り払うと、試合までに心身を仕上げることに意識を向けるのであった。

 

「やれることをやるだけだったな…」

 

 自分の中で薄れかけていた意識を呟いた大一の目には、リアス同様に強い光がともっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数時間後、グレモリー眷属はドーム会場の入場ゲートに続く通路で入場を促すアナウンスを待っていた。ゲートの向こうから感じる会場の熱気は凄まじく、観客の入り乱れた声援はこれまで聞いたことも無いような迫力があった。

 半分近くは戦闘にも使えるように改良された駒王学園の制服姿であったが、アーシアはシスター服、ゼノヴィアは戦闘用のボディスーツ、ロスヴァイセはヴァルキリーの鎧姿と服装から戦いの準備はばっちりであった。

 それぞれが気合いを入れてその時を待機する中、リアスが重い口を開く。

 

「…皆、これから始まるのは実戦ではないわ。レーティングゲームよ。けれど、実戦にも等しい重さと空気があるわ。人が見ているなかでの戦いだけれど、臆しないように気をつけてちょうだいね」

『さあ、いよいよ世紀の一戦が始まります!東口ゲートからサイラオーグ・バアルチームの入場ですッッ!』

 

 アナウンスの声と同時に耳に残るような強烈な歓声が聞こえてくる。サイラオーグ達への期待がこれだけでも手に取るようにわかった。

 

「…緊張しますぅぅぅぅっ!」

「…だいじょうぶ。皆、かぼちゃだと思えばいいってよく言うから」

「ゼノヴィアさん、イリナさんがグレモリー側の応援席で応援団長をやっているって本当なのですか?」

「ああ、アーシア。そのようだぞ。なんでもおっぱいドラゴンのファン専用の一画で応援のお姉さんをすると言っていた」

 

 後輩たちの会話は、大一にとっていまいち緊張感の欠けるものに感じた。しかしそれは戦意を削ぐものではなく、いつもの調子に安心を抱くようなものであった。

 そしてついにリアス達の入場を促すアナウンスの声が聞こえた。

 

『そしていよいよ、西口ゲートからリアス・グレモリーチームの入場ですッッ!』

 

 サイラオーグ達にも比肩するほどの歓声が聞こえる。自然と皆の表情も厳しくなった。そんな中、リアスが皆を見回して、力強く言葉を放った。

 

「ここまで私について来てくれてありがとう。───さあ、いきましょう、私の眷属たち。勝ちましょう」

「「「「「「「「「はいッ!」」」」」」」」」

 

 主の想いに応えるかのように返事をした彼らはゲートを潜った。

 間もなく視界に入ったのは、広大な楕円形の会場の上空に浮くふたつの浮島であった。片方にはすでにサイラオーグのチームが乗っている。

 

『さあ、グレモリーチームの皆さんもあの陣地へお入りください』

 

 促された通りに階段を上って浮島のような陣地へとたどり着く。人数分の椅子とテーブルのような台がひとつ、そして少し高いところに移動用の魔法陣が設けられているだけとかなり殺風景なものであった。

 この時点で、大一は何となくだがゲームのルールが読めた気がした。予想通りなら、これまで経験してきた2回の試合とは毛色の異なるタイプだろう。

 だが考えを深める前に、歓声にも負けないほどの大声とド派手な衣装に身を包んだ男性が会場の巨大モニターに映し出された。

 

『ごきげんよう、皆さま!今夜の実況は元七十二柱ガミジン家のナウド・ガミジンがお送りいたします!今夜のゲームを取り仕切る審判役にはリュディガー・ローゼンクロイツ!』

 

 実況、審判ともに悪魔の中でも名うての者であることに、この試合の期待が込められていた。特にリュディガー・ローゼンクロイツは元人間でありながら最上級悪魔であり、現在のレーティングゲームのランキングでも7位に位置する実力者だ。

 これだけでも気が張る感覚なのに、さらにナウドは言葉を続けた。

 

『そして特別ゲスト!解説として堕天使の総督アザゼルさまにお越しいただいております!どうも初めましてアザゼル総督!』

『いや、これはどうも初めまして。アザゼルです。今夜はよろしくお願い致します』

 

 一瞬で、緊張が緩和されて代わりにズッコケそうな空気がリアス達に流れる。映像に映ったアザゼルはわかりやすい営業スマイルでナウドからの質問に受け答えしていた。彼の自由奔放っぷりは、常に予想を上回るものであった。

 ひとしきりアザゼルの紹介を終えると、カメラが彼の隣に座る端正な顔の男性の紹介に移った。

 

『さらに、もう一方お呼びしております!レーティングゲームのランキング第一位!現王者!皇帝!ディハウザー・ベリアルさんですッ!』

『ごきげんよう、皆さん。ディハウザー・ベリアルです。今日はグレモリーとバアルの一戦を解説することになりました。どうぞ、宜しくお願い致します』

 

 アザゼルを遥かに超える歓声が会場に響き渡る。レーティングゲームの王者というだけあってその人気は絶大なものであった。アザゼルも交えて3人でチームごとの強みを話す中、リアスは画面に映るディハウザーに強い視線を向ける。

 

「いつか必ず───。けれど、いまは目の前の強敵を倒さなければ、私は夢を叶えるための場所に立つことすらできないわ」

 

 彼女の発言に、仲間達も相手の陣地へと目を向ける。すでに戦いの空気が張り詰めていた。

 それぞれのチームの解説が終わったところで、話が進んでいく。まずはゲームで使用されるフェニックスの涙について。禍の団の件で需要が高まっているものの、今回はフェニックス家の尽力により両チームに1つずつの支給がなされた。その回復力は戦いの上でも相当重要なものだが、この試合では実質サイラオーグを2回は打ち倒す必要性ができたことには厄介極まりなかった。

 今度は互いのチームの「王」が台の前に行くようにと促された。そして今回の試合の形式だが…

 

『そこにダイスがございます!それが特殊ルールの要!そう、今回のルールはレーティングゲームのメジャーな競技のひとつ!「ダイス・フィギュア」です!』

 

 ダイス・フィギュアのルールはシンプルなものだ。互いの「王」がダイスを振り、その合計の数によって出場する選手の基準が決められて、フィールドで戦う。人間界のチェスの駒の価値に準じており、「騎士」と「僧侶」は駒価値3つ、「戦車」は駒価値5つ、「女王」は駒価値9つというもの。「兵士」は純粋に使われた駒数に準ずる。ダイスの合計を超えないように、駒を組み合わせて戦うものだ。また基本的に選手は連続で出場は不可能で、残ったメンバー次第で振り直しが認められている。

 そして「王」は前もって審査委員会から出場できる駒の価値が決まっていた。リアスが8つ、サイラオーグが最高の12であった。評価では負けているが、裏を返せばサイラオーグは最大値が出ないと出場できない上に、誰かと組んで参加というのが不可能である。

 もっともこの試合形式だとリアス側も狙われるリスクからアーシアを出すことは難しいため、実質的な戦闘員はひとり引いて考えなければならないが。

 ルールの説明を終えると、再び実況者のナウドの声が響く。マイク越しでもその興奮が隠しきれてなかった。

 

『さあ、そろそろ運命のゲームがスタートとなります!両陣営、準備はよろしいでしょうか?』

 

 この発言の後に、審判のリュディガーが大きく手を上げる。

 

『これより、サイラオーグ・バアルチームとリアス・グレモリーチームのレーティングゲームを開始いたします!ゲームスタート!』

 




ということで、次回から試合開始です。でも原作通りに進むところもあるからカットもそこそこしそうです。


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第91話 始まる若手の決戦

迷いましたが、数値は原作と変えないでいこうと思います。


 耳に響く大歓声、それに相反するかのような緊張感、命を懸けるようなテロリストとの戦いとは方向性は違うものの、それに匹敵する感覚に身体が包まれる。

 だがその感覚を理解しているからこそ初戦に出場した仲間の一言は心強いものであった。

 

「当然勝つよ」

 

 ダイス・フィギュアの1戦目の数値は3。最低数字から火蓋が切られたこの戦いは「騎士」同士の戦いであった。グレモリーチームからは木場祐斗、サイラオーグチームからはベルーガ・フルーカスが広大な平原で地を駆ける一騎打ちを行った。

 ベルーガは西洋甲冑に身を包み、円柱型の槍を構え、馬にまたがっているという騎士という言葉がそのまま形作られたような出で立ちであった。家系であるフルーカスは代々馬を司る悪魔である。彼がアルトブラウと名付ける青白い炎に包まれた馬は「青ざめた馬(ペイル・ホース)」はコキュートスの深部に生息する特別な魔物で、当然そのコンビネーションは外野からでも感嘆するほどのものであった。

 だがそのスピードに祐斗は追いついていた。互いに高速で得物をぶつけ合い、高速の勝負を展開していく。目で追うのもやっとなこの勝負は足場の確保が重要かと思ったが、祐斗が剣を地面から出すのに対し、空中をも駆けるペイルホースに祐斗は苦戦を強いられる。

 それでも祐斗は確実にベルーガを追い詰めていった。持ち前の手数の多さと幻をも見せる超スピードは相手を消耗させる。

 

『自信満々のようですな。たしかに貴殿の才能は私とアルトブラウをいずれ上回る。だが!ただではやられませんぞ!後続のため、手足の一本でも切り落とし、体力を奪う!』

 

 たしかに実力においては祐斗の方が上だろう。しかしベルーガは馬に乗っているためスタミナの面では最後までくらいつけるだろうし、なによりも彼の気迫がそれを成し遂げるだろう。

 この勝負において、決着をつける要因になったのは祐斗の新たな力であった。

 

『そう、だからこそ、あなたが怖い。覚悟が完了した使い手ほど、怖いものはありませんから。僕は───もうひとつの可能性を見せようと思います。───禁手化』

 

 聖剣を構えた祐斗のつぶやきと共に、地面から大量の聖剣が突き出し、その近くに龍を模したような兜を被った甲冑騎士が現れた。騎士たちは聖剣を手に取ると祐斗の周りに立ちベルーガ達と向かい合う。

 さながら騎士団を率いるような祐斗の新たな力は、彼が後天的に得た神器「聖剣創造」を禁手化したものであった。その名を「聖覇の龍騎士団(グローリイ・ドラグ・トルーパー)」、京都でジャンヌが使っていた禁手の亜種を見て思いついたものであった。

 圧倒的な物量と聖剣による攻撃、そして彼のスピードから展開される戦闘は見事にベルーガを打ち倒した。

 

────────────────────────────────────────────

 

「お疲れ、祐斗」

「ありがとうございます」

 

 戻ってきた祐斗は主の労いの言葉に短く答える。他の仲間達も彼の奮戦と勝利に賞賛するが、余韻に浸っている間もない。実況のナウドの声が響いた。

 

『初戦を制したのはグレモリーチーム!さあ、次の試合はどうなるでしょうか!』

 

 そのままの流れで2戦目のダイスを振る。合計は10と数値としては、かなり高い。会場中もこれからの試合に大いに期待するように歓声を上げた。そんな試合にリアスが選んだのは…

 

「手堅くいきましょう。ロスヴァイセ。それとサポートに小猫。2人にお願いするわ」

「わかりました」

「…了解」

 

 「戦車」のコンビという基準値を限界まで使った組み合わせであった。確実な勝利を目的とするこの布陣に、指名された2人もやる気に満ちていた。

 移動用魔法陣に乗る前に、小猫が大一の元へと駆け寄る。

 

「…先輩、見ていてくださいね」

「なに当たり前のこと言っているんだ。お前の新しい力も含めて、存分に振るってこい」

 

 覚悟の仲にも満足そうな表情を浮かべた彼女は、そのままロスヴァイセと共に魔法陣へと移動し転送された。

 2戦目のバトルフィールドは神殿の内部のような場所であった。頑丈そうな柱や祭壇が確認できるが、いかんせん天井が崩れているのでミスマッチな印象が感じられる。

 そんな場所に現れた小猫とロスヴァイセに対するのは、軽鎧に身を包んだ優しげな表情の金髪男性と3メートルはある巨漢であった。

 金髪男性の方は「騎士」のリーバン・クロセル、断絶したはずの72柱のひとつであるクロセル家の末裔だ。そして巨漢は「戦車」のガンドマ・バラム、怪力が売りのバラム家の男だ。

 まるで雰囲気が違う互いのメンバーが揃ったところで2戦目が始まった。先に仕掛けたのは小猫。仙術の力を全身に行きわたらせた「猫又モードレベル2」により純粋なパワーと身体能力が向上した彼女の拳がガンドマの顔面へと打ち込まれた。だが正面からもろに受けたにも関わらず、彼は意に介さずにその長い腕を振るってきた。素早くロスヴァイセが後ろから魔法攻撃を与えるも、これもガンドマはダメージを受けた様子が無い。その防御力の桁外れさは間違いなかった。

 その隙をついてリーバンも動き出す。魔法剣士であり、さらに神器「魔眼の生む枷(グラビテイ・ジエイル)」を持つ彼はその力を使ってロスヴァイセに膝をつかせる。視界の範囲に重力を発生させるこの神器は、相手の動きを封じるものであった。

 

(動きを止める程度か…)

 

 試合の様子を見たディオーグがポツリと呟く。彼がどういう意図で発した言葉なのかはわからないが、さすがに試合中にまでわざわざ追及はしなかった。

 視界を用いるタイプの神器は強力な効果があっても、対策は取られやすい。それこそ視界を封じればよいのだから。

 しかしそれ故に強者は取られがちな対策について、さらに対策を用意するのであった。ロスヴァイセが手元に魔法陣を展開させたのを確認すると、リーバンは即座に魔法で鏡を召喚する。おそらく彼女が視界を封じるために発する光を防ごうとしているのだろう。

 この駆け引きに置いて、上であったのはロスヴァイセの方であった。彼女が撃ち出した光は鏡に跳ね返され、そのままガンドマへと当たる。すると彼女とガンドマの居場所が入れ替えられて、仲間の重力に押さえつけられる形になった。どうやらロスヴァイセは跳ね返されることを前提に動いていたようだ。

 

『小猫さん!攻撃は通ってますか!?』

『…はい。もう魔法に対する防御力が展開できないほど、あの大きな人のオーラと内部を乱しました』

『了解です!フルバースト、2人とも食らいなさい!』

 

 幾重にも展開された大量の魔法陣から撃ち出される魔法の一斉掃射が2人の相手を襲う。その破壊力は京都でも見せた通り、フィールドを揺らすほどの破壊力であった。

 この強力な攻撃が止み、巻き起こった塵芥も晴れていくと…そこにいたのはリーバンただひとりであった。

 

『…隙があるって…さっきも言ったろ…?倒したと…思っているときが一番隙を生む…』

 

 今にもリタイアするであろう瀕死のリーバンの瞳が、彼女らを捉える。その瞬間、小猫とロスヴァイセの動きが重力によってわずかに封じられた。当然、それを見過ごすような相手ではない。血だらけのガンドマが現れると、力のかぎりその拳を小猫へと入れ込んだ。

 間もなく、リーバン、ガンドマ、そして小猫の身体がリタイアの光に包まれる。悔しそうに謝るロスヴァイセに対して、小猫の表情は満足げであった。

 

『…ゴメンなさい、小猫さん』

『…謝らないでください、ロスヴァイセさん。嬉しいです…。私、役に立てましたから…2人も倒せたんですから…』

 

────────────────────────────────────────────

 

(…ガンドマ・バラムは手負いだった。小猫も「戦車」なのだから防御力が低いわけではないのに、満身創痍の一撃で彼女を倒すとは…改めてサイラオーグさんの眷属が一筋縄ではいかないことを認識させられたよ)

(やけに冷静じゃねえか)

(命のやり取りをしているわけじゃないんだ。試合を見てしっかりと勝利へと繋げるようにしなきゃな。ましてや後輩が立派な試合を見せてくれたんだから)

 

 ディオーグの言葉に、大一は冷静に答える。小猫の敗北に当然悔しい気持ちはある。しかしそれで冷静さを欠くのは、自分から可能性を潰しているのと同じだと思った。元より無傷で勝てるほどこの試合は甘くない。戦った者達への敬意は忘れずに、その上で頭を回転させて勝利を目指す必要があるのだ。戦いはあらゆる要素をひっくるめるのだから。

 2試合目が終わり、3試合目の数字が決定する。数値は8とこれまた高く、互いの強力な「兵士」を出せるものであった。

 これにあたり、サイラオーグはこの試合に「僧侶」のコリアナ・アンドレアルフスを出すと宣言する。その理由を実況に問われると…

 

「兵藤一誠のスケベな技に対抗する術を彼女が持っているとしたら、兵藤一誠はどう応えるだろうか?」

 

 この理由に大一は露骨に眉をひそめる。相手はウェーブのかかった金髪が特徴的な女性でたしかに一誠の好みそうなグラマーな体型であったが、それだけであの倫理を考えるような技を打ち破れるかは疑問であったが。当然、大一としては疑問を遥かに超える嫌な予感と見たくないものが視界に入りそうな気がする不安さが大半であった。

 しかしアザゼル、ベリアル、観客は疑問の方が大きかったようだ。あっという間に会場中が一誠の出場を期待するようになっていた。

 

「いいッスよ!俺、その挑戦受けます!」

 

 半ば、やけ気味に答える一誠の発言にリアスは困り顔をする。

 

「…まったく。罠だろうけど、どうなの?実力的にはあなたの方が圧倒的に上でしょうけど、おそらく相手は何かを企んでいるわ」

「興味あります。俺の技に対抗できる女性だなんて。それにこれ、サイラオーグさんからの挑戦状でもあるんだろうし…『これを超えられるか?』って。あんまり酷いハメ技はしてこないんじゃないんでしょうか?」

 

 一誠の回答に、大一は少しだけ首をひねる。正直なところ、その可能性は半々といったところだろう。サイラオーグとしてはこのゲームは是が非でも勝利を得たいはずだ。数的有利を取られている以上は、この第3試合は勝っておきたいはずだ。しかし同時に一誠にもかなり期待しているのも事実であった。結局、どのような可能性もありえる試合なのだ。

 

「数値が8なら俺も出られる。いざという時に盾になろうか?」

「いやここで兄貴が出たら、もしもの時に次の試合に出られなくなる。それにこの挑戦を俺は受けたいと思うんだ」

「…わかったわ、行ってきなさい。私もあなたのあの技を破るという相手の術が気になるわ。でも、決して気を抜かないでね」

 

 リアスの注意のもと、第3試合は一誠がひとりで出場することになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 やはりというべきか、彼の出場は会場が大きく湧きあがる。「おっぱいドラゴン」のコールが何度も響き、大一はすぐにでも耳を塞いで大声を出したいものであった。しかしそうもいかない。この勝負を最後まで見届ける必要があるのだから。

 

『第3試合、開始してください!』

 

 広大な花畑というフィールドで試合が始まった。コリアナは魔力による氷の槍で攻めたてるが、「女王」へとプロモーションした一誠はそれを難なく避けていく。間もなくカウントも終わり禁手化により赤い鎧をまとった。これにより子供たちの声援はいっそう強力なものになる。

 そして一誠は例のごとくパイリンガルで相手の動きを読み取ろうとするが、コリアナは上着に手をかけてそれを脱ぎ去った。さらにそのままスカートにまで手をかけて脱いでいく。あまりの突然の行動に一誠もその場に釘付けの状態で攻撃の手を止めている。つまりサイラオーグの対策というのは…

 

『おおっと!これは!バアルチームのコリアナ・アンドレアルフス選手が、突然脱ぎだした!男性のお客さんも無言でガン見している状態です!アザゼル総督、これはいったい!』

『…』

 

 実況の問いを無視してアザゼルもガン見していたが、この状況で相手の手がわからないほど彼らもバカではない。最初に脱衣を始めることで相手は一誠のドレスブレイクを封じ、さらにパイリンガルをしても次に脱ぐ服を知るだけで動きを読ませなかった。相手も羞恥心をかなぐり捨ててこの戦法に出る辺り、曲がりなりにも本気度が垣間見られる。

 

(だとしても、お前の弟にしか効かねえだろ)

(そうだと思います)

 

 完全に興味を失っているディオーグの声に、大一は申し訳なさそうに答える。当たり前のように行われるこの攻略法に頭の中でも閉口したい気持ちであった。

目のやり場に困る試合であったが、間もなく大一は肩を誰かに掴まれると無理やり後ろを向かせられる。そこには黒い感情を隠さない笑顔で、朱乃が立っていた。

 

「はい、大一はこのままね。それと後でこの件については話し合いましょう」

「…いちおう言い訳させてもらうとこれは不可抗力だと思うんだよ」

「だったら、ここで雷光を出すのも不可抗力にしてもいいのよ?」

「勘弁してくれよ…」

 

大一の弱い反論にも朱乃は耳を貸そうとはしていない様子であった。

 

「試合中だからしませんわ。でも貸しひとつね。…見たいなら言ってくれればいつでも見せるのに」

「小声とはいえ人前で言うことじゃないだろうに。誰か、試合が決まったら教えてくれ」

「いやそれなんだが…」

 

 ゼノヴィアが何かを言い出す前に、一誠の大声が響いた。

 

「ブラジャー外してから、パンツでしょッッ!」

 

 気がつくと、一誠が巨大なドラゴンショットを撃ち出してこの勝負は勝利を収めていた。相手がパンツから脱ごうとするのに対して、一誠はブラジャーから外して欲しかったらしい。

 

────────────────────────────────────────────

 

 レーティングゲーム史上ある意味最低な戦いであったが、なんとか第3試合もグレモリーチームが勝利した。

 次の4試合目の合計数値は同じく8と、高数値であった。相手の残りメンバーを考えるなら出場選手を絞れそうなこの状況、名乗り出たのはゼノヴィアであった。こうなると祐斗かロスヴァイセの組み合わせが考えられるが、ギャスパーが恐る恐る手を上げて立候補した。

 

「…ぼ、僕が行きます。え、えっと、そろそろ中盤ですから…何が起こるかわかりませんし…、ゆ、祐斗先輩とロスヴァイセさんは強いですから、後半に向けて控えていただいたほうがいいかなって…」

 

 いつものようにビビり気味で頼りない雰囲気であったが、彼の目は決意に満ちていた。それほどの覚悟には応えるのが、リアスであった。

 

「じゃあ、ギャスパー、ゼノヴィアをサポートしてくれるかしら?あなたの邪眼やヴァンパイアの能力でゼノヴィアをサポートしてほしいの。

 あとは勝利を確実にするために───」

「お任せを」

 

 リアスが向ける視線を合図に、大一は立ち上がる。今さら彼女の指示に言葉は必要なかった。

 

「さて勝とうか、2人とも」

「もちろんだ。頼りにしているぞ、ギャスパー」

「は、はい、ゼノヴィア先輩!」

 




オリ主はちょいちょい表向きにはドライな面もあります。


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第92話 吸血鬼の意地

考えてみたら、オリ主の能力は非公式戦でしか使っていないため手の内がバレている可能性は少ないですね。


 第4試合のフィールドはごつごつとした岩が印象的な荒れ地であった。足場に気を配らなければならないこの地で戦う相手は、長身ながら細身の男性とギャスパーにも劣らない女性らしさがある美男子のコンビであった。

 

『グレモリーチームは赤龍帝の兄であり同じ「兵士」の大一選手、伝説の聖剣デュランダルを持つ「騎士」ゼノヴィア選手、一部で人気の「僧侶」な男の娘、ギャスパーです!』

「「「うおおおおっ!ギャーくぅぅぅんっ!」」」

 

 実況の紹介通り、客席の一部から男性陣の力強い歓声が聞こえる。彼の人気は間違いないものであり、この3人の中では一番の歓声が起こったのは疑いようもない。

 

(紹介が弟ありきなんて情けねえな)

(うるせえよ)

 

 ディオーグが茶化してくるのをすっぱりと流した大一は、実況の紹介を聞きながら油断なく相手のコンビへと目を向ける。

 

『対するバアルチームは、なんと!両者共に断絶した御家の末裔というから、驚きです!「戦車」のラードラ・ブネ選手、「僧侶」のミスティータ・サブノック選手。それぞれ、断絶した元七十二柱のブネ家とサブノック家の末裔です!アザゼル総督、バアルチームには複数の断絶した家の末裔が所属しておりますが…』

『能力さえあれば、どんな身分の者でも引き入れる。それがサイラオーグ・バアルの考えだ。それに断絶した家の末裔が呼応したということでしょうな。断絶した家の末裔は現魔王政府から保護の対象でありながらも一部の上役に厄介払いと蔑まれているのが実情。他の血と交じってまで生き残る家を無かったことにしたい純血重視の悪魔なんて上にいけばたくさんいますからな』

 

 容赦なく悪魔界の痛いところを突いていくアザゼルの言葉に、観客の一部はどよめき、実況ですら苦笑い気味だ。一方で隣に座るベリアルはそれを肯定しながら笑っていた。容赦ないアザゼルの発言だが、今後は自分たちもあらゆる思惑が入り乱れる中に放り込まれると考えると、大一は勝負前に胃が痛くなる想いであった。

 しかしいちいち遠い未来を心配している暇はない。まずは目の前のことからだ。

 

「我が主サイラオーグ様は人間と交じってまで生きながらえた我らの一族を迎え入れてくれた」

「サイラオーグ様の夢は僕たちの夢」

 

 少なくとも正面切ってこれほどの覚悟を口にできる相手に、片手間で悩みを抱えながら勝てるはずがない。そう思った大一はしっかりと地を踏み、静かに相手を見ていた。

 

『第4試合、開始してください!』

 

 審判の合図と共に、全員が一斉に動き出す。さっそく耳につけている小型通信機からリアスの指示が来た。

 

『ギャスパー、コウモリに変化して!ゼノヴィアはそのあとに攻撃!大一は前に出て、守りを固めてちょうだい!』

 

 3人は指示通りに動き始める。ギャスパーはコウモリへと分裂し、ゼノヴィアは早々に聖剣による聖なる波動を斬撃として飛ばして攻撃を仕掛けていった。相手は攻撃を避けると、素早く反撃に出る。ラードラは斬撃によって砕かれた大きな岩石を投げ、ミスティータは広範囲に炎を撃ちだした。

 

「させません!」

「防がせてもらう!」

 

 ギャスパーは神器を発動させて炎を止め、大一は向かってきた岩石を硬度を上げた体と錨で防ぎきる。牽制でも油断ならない威力であることが、この攻防だけで実感させられた。

 とはいえ、もとより数的有利を取っているグレモリーチームだ。攻めと守りはどちらもある以上、このままいけば相手を消耗させられるだろう。

 

「ラードラ!サイラオーグ様の指示が届いた!先に剣士だ!僕は準備する!」

「了解!」

 

 だが相手もそれを理解している以上、そのまま同じ状態を続けるわけがない。サイラオーグからの指示を受けるとラードラが前に出て上着を破り捨てる。この一連の動作が大一にとってあまりにも既視感のあるものであった。間もなくラードラの筋肉が隆起するように動き出し、どんどん肥大化していく。それどころか、尾や翼も生え、歯はむき出しの牙へと変化し、圧倒的な威圧感を見せつけた。

 

「まさかこれは…!」

 

 変化したラードラの姿に、大一は驚きながら呟く。見るものすべてに圧倒的な力強さを与えるドラゴンの姿がそこにあった。

 ブネは元よりドラゴンを司る悪魔だが、自身の体をドラゴンへの変化まで至れるのはごく少数しかいない。事前情報にもなかったこの姿は、ラードラの努力の結晶と言えるだろう。

 ゼノヴィアの斬撃や大一の打撃をまるで通さないラードラの防御力に、ディオーグは楽しそうに吠える。

 

(ハッハー!ちょっとはおもしれえ相手がいるじゃねえか!)

(こっちも龍人…と行きたいが、俺の能力は相手も知るところじゃないんだよな。中盤とはいえここで披露していいものか…)

 

 大一は苦虫を嚙み潰したような表情で頭の中でつぶやく。彼の龍人状態は公の場で披露したことがないため、祐斗の新たな禁手やゼノヴィアのエクス・デュランダル同様に隠し玉のひとつであった。特にメンバー内では能力方面では注目されていない彼であったため、意表を突く効果の高さも期待できる。そのためこの場で披露していいものかは、かなり難しい判断であった。

 そんな中で、ゼノヴィアが進言する。

 

「先輩!ギャスパー!あれを撃つ!時間を稼いでくれないか!」

「わかった!ギャスパー、コウモリの状態は維持しろ!相手の注意を逸らすだけでいい!」

「了解です!」

 

 大一はギャスパーと共に前に出てドラゴンとなったラードラを相手に戦う。脚に魔力を集中させて常に動き続けるヒット&アウェイの戦い方、ギャスパーはコウモリ状態と神器で目くらましと、速度と手数を主軸とした時間稼ぎでラードラの気を逸らす。身体が大きくなったことで、小回りは利かなくなっていた。撃ち出してくる火炎も二手に分かれているため、なかなか当たらない。

 彼らが時間を稼いでいる間に、ゼノヴィアがエクス・デュランダルの力を溜める。彼女の一撃は最大まで高めれば、あのドラゴンでも倒せるほどなのは間違いない。

 しかしその瞬間、ミスティータが叫ぶ。

 

「ここだッ!聖剣よッ!その力を閉じよッ!」

 

 ミスティータの杖が怪しく光り、そこから発せられたその光にゼノヴィアは捕らわれた。身体に気味の悪い紋様が浮かび上がると、ゼノヴィアは驚いたように自分の聖剣を見る。

 

「…これはなんだ…。デュランダルが反応しない…!」

 

 彼女の言う通り、デュランダルから聖なる力をまるで感じなかった。しかし祐斗と違い、元々が聖剣に適性があった彼女から力を奪うことができるものだろうか。

 大一はミスティータへと目を向ける。血色は悪くやつれていたが、目には闘争心によって爛々と輝いていた。

 

「ゼノヴィア、大丈夫か?」

「ダメージは無いんだが…デュランダルの力が使えないんだ。これはいったい───」

「…神器か」

「ご名答…僕は人間の血も引いていてね。神器『異能の棺(トリック・バニッシュ)』。最近になってようやく使えるようになった呪いの能力だよ…」

 

 自身の体力や精神力と引き換えに相手の能力を封じ込める神器、ゼノヴィアの聖剣の力が封じられたのはこれが原因であった。

 とはいえ、原因がわかれば対策も取れる。大一はラードラの攻撃を掻い潜り、ミスティータに狙いをつけた。

 

「だがそれでは戦力にならないだろう。あなたを倒せば───」

「理由もなく能力を明かしたとでも…?」

 

 ミスティータにたどり着く一歩手前のところで足元に奇妙な紋様が光りだす。見えない壁があるかのように身体が抑え込まれ、あっという間に動きを封じられた。まるで大きなボールの中に押し込められているようであった。

 自分の置かれた状況に気づいた大一は苦悶の表情を見せる。

 

「罠式の魔法…!」

「…神器を発動させる前に仕掛けておいたものだよ。あなたは突っ込んでくるタイプではないが…問題を解決する手段がわかれば来ると思ったからね。だから先に準備をさせてもらった…」

 

 こちらの気性まで読んで罠を張った、相手の方が一枚上手であったことを認めざるをえなかった。魔力の流れからこの罠が物理攻撃で破れそうにもない。龍人状態になったところで、ただでさえこの狭い状況がさらに苦しくなるだけだろう。

 ただ大一の動きも全てがマイナスになっていたわけではない。彼が動いたおかげでラードラとミスティータの注意は逸れ、その間にギャスパーがゼノヴィアをどこかの岩陰に隠れさせたようだ。

 ライザー戦の際に似たような方法で一時動きを封じられたことを思い出し自分の間抜けさを呪ったが、その自己嫌悪を心に抑え込みこの魔法の仕組みを調べ始めた。ロスヴァイセから学んだ魔法についての知識がここで役立てるのは、なんとも腑に落ちない感覚であった。

 

(感知すればすぐに居場所がわかる。さてあのコウモリのガキは…おーう、なるほど。自分が囮になるか)

 

 ディオーグが興味深そうに戦況を話す。どうやらギャスパーはゼノヴィアの解呪方がわかったが、いかんせん時間がかかるようであった。そのため彼はゼノヴィアに注意を引かせないために、ひとりで2人を請け負うことにしたのだ。

 苛立ちながら大一は必死で術式の計算をする。相手は神器を発動させても効果が続くようにわざわざこのような魔法を探したのだろう。これは正解だったと言わざるを得ない。

 

(しかしあのチビじゃ…あーあ、今の炎は効いたな)

(頼むから今は黙っていてくれ!この術式を解くために、ミスできないんだ!)

(お前が頭を動かせなくて見ることができないから、俺が特別に戦況を説明してやっているんだ。感謝して欲しいくらいだ。さてどこまで耐えきれるか見ものだな)

 

 ディオーグの声は言い方とは裏腹に別段楽しそうでも無かった。リアス達に仲間意識などは持っていない。ただこの退屈な状況の暇つぶし程度に感じているだけなのだろう。同時にギャスパーが脱落して戦力がダウンするのは多少気にしているのかもしれない。

 

「ああああああっ!」

 

 そして今の大一には彼にいちいち突っかかることも出来なかった。耳にギャスパーの苦しそうな悲鳴が聞こえる。頭でディオーグがギャスパーの動きを伝えてくる。彼がラードラの炎に焼かれ、ミスティータの杖に殴られと必死で抵抗しているのだ。知れば知るほど自分の判断の甘さと情けなさが露呈していく気持ちであった。

 そんな大一の気持ちを無視してか、それとも追い詰めて鼓舞するためなのかは分からなかったが、ディオーグはギャスパーが食らいついている様子を説明する。

 

(あーあ、自分を焚きつけるためにこの前の訓戒なんぞ口にしていらぁ。ろくに声も張れないのによぉ)

(…お前は俺をどうしたいんだ…。勝負に出たいのならハッキリ言えばいいだろ…)

(それもあるが、妙なヒロイズムなんぞに浸らねえようにという釘刺しもある。自分たちだけが特別だと思うなよ。起こったことはしょうがねえ。挽回するためにも、気持ちは強く持って冷静にやるべきことをやるんだな)

(アドバイスが多いな…要するに全部ひっくるめての戦いなんだろ!)

 

 ディオーグの言葉に、大一は呼応するように答える。ほぼ同時にギャスパーの声が聞こえた。身体にはいくつもの傷がつき、発する声はか細く、あまりにも弱々しかった。

 

「…ぼくは…グレモリーの…部長を…勝つ…勝たせなきゃ…」

「ギャスパーァァァァァアアアアアッッ!」

 

 ゼノヴィアの叫びがフィールド中に響く。ギャスパーはラードラの巨大な足に踏み潰された。

 

『…このまま後輩のために何もできずに終わるかッ!』

 

 踏み潰された…試合を見ている全員がそう思った。踏まれるギャスパー自身もそう思ったが、実際は直前のところで龍と人間の入り混じった姿をした男がその足を両腕で持ち上げていた。ギリギリのところで魔法の解除に成功した大一は龍人状態へと変化すると、素早くギャスパーの援護に向かったのだ。

 予想外の乱入にラードラは目を丸くしながら足を引っ込める。ミスティータも不思議そうにやつれた表情で首をひねって目の前の乱入者に問う。

 

「…誰だ?」

『さっきあなたに封じられた男だよ!』

「その感覚…龍が身体に混じったのは聞いていたが、まさかこれほどとは…。赤龍帝の兄である貴様も龍の力を得ているということか」

『あんなのと一緒にするんじゃねえ!俺は最強のドラゴンだッ!』

『まあ、今は弟には及ばんがいつかそうなって見せるさ!』

 

 ラードラとミスティータから視線を外さずに、大一は背中のギャスパーに話しかける。後輩の奮戦に応えきれなかったこともあり、彼に顔を合わせることも出来なかった。

 

『ギャスパー、すまなかった。俺の油断と判断の甘さが招いた結果だった』

「あ、謝らないでください…僕は僕のやることを成しただけです…。それにお兄様なら…助けてくれるって…信じていましたから…」

『…そうだな。まず言うことは…よく頑張ったな、ギャスパー』

「…はいッ!」

 

 ギャスパーの涙ながらの力強い声が聞こえる。それだけでこの勝負がまだ終わっていないことを実感させられた。

 一方で、観客のざわめきと実況の興奮気味の声が聞こえる。

 

『大一選手も龍の力を持っているとは衝撃の展開です!やはり赤龍帝の影響ということでしょうか、アザゼル提督?』

『さあ、どうでしょうね。きっかけはそうかもしれませんが、龍の力をここまで引き出せたのは彼の実力あってこそだと思いますよ』

 

 アザゼルはニヤニヤしながら答える。自分の想像通りの盛り上がりが湧きたったことに満足している様子であった。

 

「だが半端なドラゴンではどこまでやれるか!」

 

 ラードラは正面から炎を吹き出す。いつものように身体だけの守りでは背中のギャスパーや隠れているゼノヴィアにも及びそうな広範囲の炎であった。

 だが大一もまったく手段がないわけではない。片腕を突き出すと自身の倍はある魔法陣が展開され、向かってくる炎を防いだ。

 

「防御魔法陣…とは少し違う」

『疑似的なものさ』

 

 大一の出した魔法陣は防御魔法陣ではない。基本的な術式のひとつであり、これを元に他の魔法を展開するものであり、そこまで複雑な術式ではなかった。しかし自ら展開することで、この魔法陣には魔力を流すことができた。そこで大一は自身の硬度を上げる要領でこの魔法陣に魔力を通すことで、魔法陣も同様に強力な硬度を実現させた。結果的に疑似的な防御魔法陣を作り出すことに成功した。複雑でないがゆえに習得にも間に合い、以前よりも広範囲で守りを展開できるようになったのは、今後のチーム戦で役立つだろう。

 ラードラは前腕で薙ぎ払うように攻撃してくるが、大一も対抗するように硬度と重さを上げて対抗した。

 

『さすがに重い…!』

「そちらもな…!」

 

 ラードラの鍛え上げた龍の筋力は生半可なものではなく、魔力で重さを上げた大一も苦戦した。

 だがラードラも大一を崩せないことに苛立ち、勝負は拮抗し始めていた。そこに力を溜め切ったゼノヴィアが姿を現す。身体の文様は消え去り、聖剣の力が確立されている。そんな彼女の目には涙の痕があり、ギャスパーの決死の戦いに心を打たれていた。

 

「よくやったぞ、ギャスパー。どうやら私には覚悟が足りなかったようだ。だから、あんなものに捕らわれた。仲間のために、部長の───主のために持つべきだった死ぬ覚悟がギャスパーよりも足りなかった。こいつの方が私なんかよりもずっと覚悟を決めてこの場に立っていた!自分があまりにも情けない…ッ!私は自分が許せなくて仕方がないんだ…ッ!

 なら、どうすればいい?どうすればこいつの思いに応えられる?これしかないだろう。ギャスパーのためにもこいつらを完全に吹き飛ばしてやろう!それがお前への応えだと思うからなッ!」

 

 覚悟を決めたゼノヴィアの心情を表すかのように、エクス・デュランダルにより光の柱のような力があふれ出していく。この一撃はどれほどのものかは想像もつかない。

 それを前にしてもミスティータは杖を前に出し、決死の表情を浮かべる。

 

「そうはさせるかッ!今度はこの命を代償にもう一度あの『騎士』の能力を封じる!」

 

 再び神器を発動させようとするミスティータだが、彼の力は発動することは無かった。彼自身の全ての動きが止まったのだ。瀕死のギャスパーが最後の力を振り絞り、彼の時間を止めていたのだ。

 

「ミスティータ!まだ動けるか!」

『気を取られたな、未熟ドラゴンがァ!』

 

 ギャスパーに狙いをつけるラードラに、素早く移動した大一が相手の顔を横から蹴りつける。身体を動かせて喜々としているディオーグの声がよく響いた。

 不意を突かれたラードラは体勢を大きく崩し、ミスティータ同様にゼノヴィアの射程範囲に入った。

 

「お前たちはギャスパーに負けたんだッ!」

 

 ゼノヴィアの発言と共にエクス・デュランダルが振り下ろされる。その光の柱は相手を2人とも飲み込んだ。

 間もなく試合の終わりを告げる審判の声が聞こえる。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「戦車」1名、「僧侶」1名、リアス・グレモリー選手の「僧侶」1名、リタイヤです』

(ギャスパーも相手も…強い覚悟を見た試合だった)

(まあ、てめえらだったらこの程度だろ)

 

 自分の不甲斐なさと直面した強さへの想いを胸に、大一はゼノヴィアと共にフィールドを後にした。

 




オリ主の悪い面が表に出た試合です。彼ひとりで変わるほど甘くないと思います。


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第93話 圧倒的な強さ

原作読み返して思ったのは、サイラオーグが強すぎてこれよく勝てたなというものです。


 第4試合はサイラオーグ側が2人、グレモリー側が1人脱落という結果で幕を閉じた。この試合でもっとも意地を見せたのはギャスパーだろう。小猫に引き続き、年少である彼の奮闘は仲間達をより奮い立たせるものだったのは間違いない。それはつまり数で圧倒的に有利であっても、油断を許さないことを意味していた。サイラオーグ側のメンバーは絶対的な実力を持つチームリーダーのサイラオーグ・バアル、彼を支える副官の「女王」、そしていまだに得体のしれない駒消費7つの「兵士」であった。このため、ダイスの最低基準値は7とかなり高いものになっている。そして運命を占う第5試合目の数値は9であった。

 リアスはこの数値を見た時、相手の出場選手を「女王」であるクイ―シャ・アバドンと予想した。この試合になるまで機会があったにもかかわらず、相手が「兵士」を出さないことを考えると相当温存しておきたい存在なのだろう。

 だからクイ―シャ・アバドンはマシな相手かというと当然そういうわけにいかない。彼女は悪魔の中でも実力者である一族「番外の悪魔(エキストラ・デーモン)」のアバドン家だ。それにサイラオーグが「女王」に選ぶ女性なのだから、その実力はやはり計り知れない。

 

「私が行きますわ」

 

 その状況でリアスに進言したのは、彼女の右腕である朱乃であった。

 

「…朱乃、いいの?相手は『女王』はアバドンの者よ?記録映像を見る限りでも相当な手練れだったわ」

「俺が行きましょうか?勝てる算段はあるんですけど」

 

 リアスや一誠の心配に朱乃は首を横に振る。

 

「それは例のトリアイナを使ったものでしょう?まだ出してはダメよ、イッセーくん。もっと大きな数字が出た時───終盤で見せてこそですわ。それまでは私がなんとか削りましょう。うしろに祐斗くんやゼノヴィアちゃん、ロスヴァイセさん、そして部長とイッセーくんが控えていてくれるからこそ、できる無茶もあるんです」

 

 朱乃の答えに一誠は違和感を抱いた。兄の名前が入っていなかったことはさすがに不思議であった。彼女の中に大一への信頼が無いとは思えなかったが…。

 リアスはそのことには言及せずに静かに朱乃へと話す。

 

「…わかったわ、朱乃。お願いするわね」

「ええ、リアス。勝ちましょう、皆で」

 

 そう言った朱乃は大一へと近づき、真剣な表情で話しかける。

 

「もしもの時は───」

「今更、俺らの仲で言う必要あるか?」

「うふふ、そうね。行ってくるわ」

「任せたよ」

 

 短いやり取りを終えて、朱乃は移動用魔法陣へと向かっていく。恋人同士であることには間違いないのだが、それ以上に今の2人はリアス・グレモリーを支える両翼としてこの試合に臨んでいる。それをリアスもよく理解している。一誠は改めて3人の盤石な関係性を目の当たりにしたような気持ちになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 第5試合のフィールドは無数の巨大な石造りの塔が並んでおり、朱乃はそのひとつの頂上に立っていた。この状況なら嫌でも空中戦を強いられるだろう。そして彼女の眼前の塔には金髪をまとめてポニーテールにした女性が立っていた。サイラオーグ側の「女王」であるクイ―シャ・アバドンだ。

 

『やはり、あなたが来ましたか、雷光の巫女』

『ええ、ふつつか者ですが、よろしくお願い致しますわ』

 

 対峙する「女王」同士の対決は、観客も多大な期待を寄せていた。そしてついにその勝負の火蓋が切られる。

 

『第5試合、開始してください!』

 

 審判の合図と共に、両者は空中へと飛び上がる。先に仕掛けたのは朱乃であった。得意の魔力による属性攻撃を展開させていく。しかしそれはクイ―シャも同様であった。朱乃が強力な火炎を撃ち出すと、クイ―シャは対抗するように氷の魔力でそれを相殺する。今度は大質量の水で攻めると、相手は風の巻き起こしそれを防ぎきる。互いに魔力に物を言わせた破壊力のある攻防の応酬で、試合としてもド派手な内容であった。その証拠のように歓声は大きく響き、一方でフィールドの石の塔は攻撃のぶつかり合う余波でどんどん崩れていく。

 とはいえ、これでも互いにまだ力を温存していた。朱乃はもっとも得意な雷光を発生させていないし、クイ―シャの方はアバドン家の特殊能力である空間に「穴(ホール)」を作り出すこともしていない。

 そんな状況で果敢に攻める朱乃は、上空に黒雲を作り出した。それだけで彼女の一手が予想できる。もっとも得意である強力な雷光がクイ―シャに落ちていく。普通に魔力で防げないと判断したクイ―シャは、手を上に向けた。間もなく空間に歪みが生じ、雷光がその中へと入っていく。

 

『ここですわ!これならどうでしょう!』

 

 相手が穴を出すことを待っていたかのように朱乃はさらに多くの雷光を落とし込む。一撃の威力も先ほどより遥かに強力な上に、雨のように雷光が降り注ぐ。もはやフィールドの大半を覆うほどの雷光の攻撃に、一誠達は朱乃の勝利を確信した。さすがに相手も「穴」ひとつで防げるほどのものではなかった。

 そう、ひとつだけならの話だ。実際のところは彼女の周囲に大量の「穴」が生まれた。朱乃の雷光同様に、その規模も最初に出したものよりも遥かに大きく、朱乃の攻撃は瞬く間に吸い込まれていった。

 この光景に絶句している朱乃に、クイ―シャは冷笑を浮かべる。

 

『私の「穴」は広げることも、いくつも出現させることもできます。そして「穴」の中で、吸い込んだ相手の攻撃を分解して、放つこともできるのです。───このようにして』

 

 クイ―シャの言葉と同時に、朱乃を取り囲むように「穴」が発生する。先ほどの彼女の言葉を考えれば次の展開は火を見るよりも明らかであった。

 

『雷光から雷だけ抜いて───光だけ、そちらにお返ししましょう』

 

 眩い程の光が朱乃を襲う。彼女の攻撃力はそのまま自分へと返ってきたのだ。そして悪魔にとって光がどれほど強力なものかは誰でも知っている。つまり…

 

『リアス・グレモリー選手の「女王」、リタイヤです』

 

 審判が5試合目が終わったことを知らせるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「吸い込むだけでなく、あのようにカウンターにも使えるのか」

 

 祐斗の絞り出すような声を隣で聞きながら、大一は無表情で朱乃が脱落したフィールドを見る。クイ―シャを甘く見ていたことが敗北に繋がったのは間違いないだろう。少なくとも攻撃力においては、朱乃の方が上回っていたように見える。

 冷静に試合の経過を頭で整理する一方で、大一は頭の中で静かに呟く。

 

(「女王」同士の勝負…見事だった)

(いいねえ、その冷静さ。だからこそ次の勝負にも期待できるものだ)

 

 ディオーグの満足そうな声が頭に響く。戦いの最中は血肉がたぎるような感覚を求めつつも、自分に関係ない勝負には冷静さを求めるのはなんともちぐはぐな印象を感じた。

 いやおそらく彼なりに、宿主に気がかりであったのだろう。最も信用する仲間の脱落が彼に精神的に大きな揺れをもたらすことになるのを予想していたのだ。しかし実際のところは、大一は落ち着いて試合を見守っているに過ぎなかった。

 一方で、大一は他の仲間達に目を向ける。皆が悔しそうな表情をする中で、弟の一誠の表情には少々不安を覚えた。悔しさが全面的に出ている彼の我慢はかなり限界に近付いているように見えた。

 相手が陣地に戻ると、リーダー同士第6試合の基準値を決めるダイスを振る。そして出たのは…

 

『出ました!ついに12が出ました!この数字が意味することは、サイラオーグ選手が出場できるということです!』

『おおおおおおおっ!』

 

 実況の声に歓声が大きく沸き立つ。それに応えるかのように、サイラオーグは上着を脱いで準備をしていた。もはや出場を隠すつもりも無いようだ。そして彼がリアス側に向ける視線、それだけでも一線を画すプレッシャーを感じるのであった。

 そしてこの試合の出場選手として、祐斗は一誠の肩に手を置いて話す。

 

「僕とゼノヴィアとロスヴァイセさんでサイラオーグさんと戦う。できるだけ相手を消耗させるつもりだ。キミと部長のために」

「ああ、頼む」

 

 あまりにも落ち着いた祐斗の話し方に、一誠は激情を強引に押さえつけているような静かさで答え、一方でリアスは不安を含んだ声で彼に訊く。

 

「祐斗!あなた、まさか…」

「僕単独ではサイラオーグ・バアルには勝てません。そんなことは重々承知です。では、僕の役目は?簡単です。できるだけ相手の戦力を削ぐ。この身を投げ捨てでも───。ゼノヴィア、ロスヴァイセさん、付き合ってくれますか?」

「ああ、もちろんだ。イッセーと部長が後ろに控えているというだけでこんなにも勇気が持てるとはな。朱乃副部長の想いがよくわかる」

「役目がハッキリしている分、わかりやすくていいですね。───できるだけ、長く相手を疲弊させましょう」

 

 ゼノヴィア、ロスヴァイセ共に祐斗の願いに呼応するかのように覚悟を決めている。もはや彼らを止めるのは無理というものだろう。

 しかし彼らを合わせると合計数値は11、つまり駒の数がひとつ分空いているのだ。大一は立ち上がると、祐斗に対して話しかける。

 

「駒の数がまだひとつ空いている。俺も出ることは出来るが…」

「朱乃さんが脱落した今、いざという時に皆を支えることができるのは先輩だけです。それに次の試合、最低値が7となりますが先輩がいれば…」

「どこにでもねじ込めるってわけだな」

 

 大一は静かに答える。次の試合から最低値が7であれば、相手は兵士を出すしかないものの、一誠か大一のどちらかを出せる。8以上であればタッグも組めるし、回復の必要性が薄くなってくる終盤ではアーシアを出してすぐにリタイヤさせて相手の出場選手を縛ることも出来る。ここで出す必要性よりも、今後に残っていた方が期待できることは多いようだ。

 

「ここが正念場です。僕たちがサイラオーグの力を削ります。それにやれるなら倒す」

 

 祐斗のさわやかな笑顔に対して、その言葉は強固な要塞のごとく力強さを感じた。仲間の想いを目の当たりにしたリアスは大きく息を吐く。

 

「お願いするわ、3人とも。サイラオーグに少しでも多くダメージを与えてちょうだい。…ゴメンなさい。さっき、心中で覚悟を決めたばかりなのに、またあなたたちに教えられてしまったわ…。本当に私は甘くて、ダメな『王』ね」

「僕たちは部長と出会って、救われました。ここまで来られたのも、部長の愛があったからこそです。───あなたに勝利を必ずもたらします。僕たちで」

 

 リアスの自嘲に、祐斗は安心させるように言葉を紡ぐ。こうしてサイラオーグと戦う3人は転移魔法陣へと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『そうか。リアスは一皮むけたようだ』

 

 湖畔のフィールドで祐斗たちと対峙するサイラオーグは口角を上げる。愛情深いだけでなく仲間の覚悟に応えることを、彼らが現れたことで判断したのだろう。

 

『お前たちでは俺に勝てん。いいんだな?』

『ただでは死にません。───最高の状態であなたを赤龍帝に送り届けるッ!』

『いい台詞だッッ!お前たちはどこまでも俺を高まらせてくれる…ッ!』

『第6試合、開始してください!』

 

 審判の合図により、試合が始まる。開始早々、サイラオーグは自分の四肢に施していた負荷を与える枷を取り除いた。祐斗たちの覚悟に敬意を表したからなのだろうが、その力は想像をはるかに超えるものであった。枷を外した瞬間、彼の立っていた地面は大きくえぐれてクレーターとなり、湖の水は大きく揺れている。

 ベリアルの解説では、彼の鍛えぬいた肉体から溢れ出る活力と生命力が闘気となって現れたとのことだ。

 開幕早々にその実力は見せつけられた。ロスヴァイセが祐斗の指示のもと、お得意の魔法によるフルバーストを行うが、サイラオーグは撃ち込まれる魔法を拳で殴り返していったのだ。あっという間にロスヴァイセとの距離を詰めたサイラオーグは、彼女の腹部に空気が振動するほどの重く鋭い一撃を入れて彼女を吹き飛ばした。

 

『───まずは1人』

『うおおおおっ!』

 

 すぐにゼノヴィアが斬りかかるが、これも目にも止まらぬ速度でサイラオーグは回避すると彼女に向かって蹴りを入れる。ぎりぎりで避けた彼女だが、その風圧で吹き飛ばされた。蹴りひとつ取っても、彼の体術のレベルの違いを見せつけてくる。

 

『木場───ッ!こいつはヤバいッ!全力中の全力でなければ勝てないぞッ!』

『わかっているよ、ゼノヴィア!後先考えるのはよすべきだ!余力を残すなんてことを頭の片隅に浮かべただけでもやられる…ッ!それほどの相手だッ!』

『それでいい。俺の拳を止めてみせろッ!』

 

 魔物を倒せるのではないかと思えるほどの気迫で、サイラオーグは闘気を拳に溜める。祐斗は聖魔剣を地から創り出して壁にするが、闘気を纏った彼の拳は刃物も聖なる力もものともせずに打ち砕いていく。次々と生まれていく聖魔剣が追いつかないほどの速度で砕いていくサイラオーグの拳は、ついに祐斗に一撃を与えた。

 仲間のピンチに今度はゼノヴィアが広範囲にデュランダルによる聖なる波動を撃ちだす。悪魔にとっては致命傷になりかねない威力のものであったが、サイラオーグは全身に闘気を纏うとその波動すらも無傷で受けきった。彼の鍛えに鍛えぬいた肉体が、文字通り彼の武器としての万能さを見せつけていた。

 

『ゼノヴィア、コンビネーションいくよ!』

 

 だがここでしり込みするようなグレモリー側ではない。祐斗とゼノヴィアの連撃に加え、彼の新たな禁手「聖覇の龍騎士団」による物量でも攻める作戦に出た。これをサイラオーグは最小限の動きで避けていき、向かってくる騎士団をことごとく拳で砕いていく。受けるだけではない。スピードにおいても一級品であった。

 

『才気溢れる動きだ。可能性に満ち溢れた攻撃を感じる。───しかし、この場では俺の方が上だ』

 

 サイラオーグは2人の斬撃を掻い潜り、隙を見つけてゼノヴィアに掌底を、祐斗に蹴りを入れこむ。不快なメキメキという身体がきしむような音が発せられる。2人はその場に膝をつくと、軽く吐血する。

 これほど強靭な肉体を名家とは言え、いち悪魔が得られるとは信じられなかった。それほど彼の実力は確固たるものなのだ。

 祐斗とゼノヴィアは苦悶の表情で立ち上がる。2人ともその苦しさは想像を絶するところなはずなのに、眼は闘志に満ち溢れて輝いていた。

 

『…まだ、寝てはいられないか』

『さあ、削ろうか、ゼノヴィア。少しでもイッセーくんのために、部長のために、剣をふるおう』

『まだ楽しませてくれるのか…ッ!』

『ああ、楽しませてやるさ…!』

 

 サイラオーグの笑みに対するようにゼノヴィアも不敵に笑う。その瞬間、彼女の後ろから殴り飛ばされたはずのロスヴァイセが現れて、サイラオーグに肉薄する。

 

『油断しましたね!近距離からの魔法フルバーストならどうです!?』

 

 ゼノヴィアのエクス・デュランダルは持ち主の承認さえあれば、聖剣の因子がなくても他のデュランダルの能力を使うことが短時間使うことができるようになっていた。今回は擬態の聖剣と透明の聖剣を使い、ロスヴァイセはずっとサイラオーグの隙を狙っていたようだ。

 即席ながらも3人のコンビネーションに、一誠はリアスの説明を受けながら興奮する。一方で大一はただ目を細めただけで試合の展開を見守っていた。

 さすがに至近距離からの大火力の魔法には、サイラオーグも無傷とはいかず全身に血をにじませていた。

 

『…アナウンスがないので怪しくは感じていた。リタイヤするかどうかのギリギリの状態で、光に包まれながら湖の底で気絶しているだけかと思っていたのだが…。───見事だ、お前たち。

 敬意を払うと共に、これを送りたい』

 

 相手の連携に感心したサイラオーグは右腕に闘気を溜めると、ゆっくりと引いていく。静かであったが、これまでの闘気の力を考えれば今から打ちだす一撃は想像もつかない威力が発揮されるだろう。

 3人は素早く下がり、祐斗が注意を促す。

 

『本当の正念場だ!例の作戦で───』

 

 彼の言葉が終わる前にサイラオーグの拳が放たれる。映像は激しく揺れて収まった後には…地面を大きくえぐったような跡がはるか先まで続いていた。彼は拳に乗せた闘気を一気に撃ち出したようだ。

 

『リアス・グレモリー選手の「戦車」1名、リタイヤ』

 

 審判のアナウンスが聞こえる。今度こそ、ロスヴァイセはリタイヤしたようだ。

 

『…こいつはかすっただけでも相手に致命傷を与える拳打だ。生半可な攻撃ではこいつを止められん!』

 

 そう言ってサイラオーグは再び右腕による一撃を放つ。その瞬間、祐斗が右腕に斬りかかった。彼の闘気は聖魔剣の刃を砕くが、すぐに振り下ろされるゼノヴィアのデュランダルを2人がかりで押し込んだ。もはや傷を受けるのも気にせずにただサイラオーグの右腕に集中する。2人で握るデュランダルは強力な一層強力な光とオーラを放ち、ついにはサイラオーグの右腕を斬り落とした。

 

『見事だ。右腕はお前たちにくれてやろう。これで俺は否応なくフェニックスの涙を使わねばならない。───万全の態勢で決戦に臨みたいからな』

 

 そこからのサイラオーグの動きは素早かった。まずゼノヴィアを蹴り上げると、浮いたところに目にも止まらぬほどの左腕による拳と両足の蹴りの連撃で彼女にダメージを与え、止めに地面に叩きつけた。

 すぐに祐斗が距離を取ろうとするが、サイラオーグはそれを残された左腕で顔を掴むと再び地面に叩きつけた。さらにそのまま地面を引きずっていき蹴り上げると、宙に投げられた祐斗の腹部に拳を打ち込んだ。

 右腕を失ったことに疲れを感じさせないあっという間の出来事であった。これほど攻撃を受けながらも祐斗は立ち上がり、息も絶え絶えに話す。

 

『…僕たちの役目は…これで十分だ。あとは…、僕の主と、僕の親友があなたを屠る…』

『───見事としか言いようがない。お前たちと戦えたことに感謝する』

 

 サイラオーグの感謝のこもった言葉に、祐斗はどこか安堵した感情を抱きながら倒れ込む。

 

『…イッセーくん。部長。勝ってください。必ず、この人に───』

『リアス・グレモリー選手の「騎士」2名、リタイヤです』

 

────────────────────────────────────────────

 

 フィールドの去り際にサイラオーグが自分の右腕にフェニックスの涙を使ったのを確認したリアスは正直なところ安堵していた。愛する仲間達が次々と敗北していったのは悔しい。しかしそれ以上にそれほどの仲間達が自分のための勝利に貢献してくれたのは、なによりも喜ばしかった。残酷になった…というよりも、以前よりも覚悟が決まったという方が正しいだろう。

 そんな中でダイスを振り、出た合計数値は9。おそらく相手は「女王」であるクイ―シャ・アバドンを出場させるのだろう。

 一誠が静かに立ち上がる。彼の表情は憤怒に満ちており、仲間の敗北に怒りを感じているのは間違いない。しかし…

 

「おい、一誠。ちょっといいか?」

「どうしたんだ、兄貴?」

「ちょっと話すことがあってな」

 

 呼び止めた大一はゆっくりと一誠に近づくと不意に彼の額を人差し指ではじいた。いわゆるデコピンだ。この突然の行動にリアスもアーシアも驚いたが、当然一番驚いたのはそれを受けた一誠本人であった。

 

「痛ってぇッ!何するんだよ!」

「ちょっと頭を冷やせ。お前を今のまま行かせたら、相手を殺しかねない」

「しょうがないだろッ!仲間達がこんなにやられて冷静でいられるかよ!」

「それは相手も同じだ。あの人たちは敵ではあるが、禍の団のような相手ではない。その思いをぶつけるのはお門違いだ」

 

 淡々とした大一の態度に一誠は不満げに抗議する。

 

「兄貴は悔しくないのかよッ!」

「悔しいさ。だがそれとこれとは別だ。お前の今のその想いをぶつけたいのなら、サイラオーグさんほど強くなきゃ受け止めきれないだろうよ」

 

 大一の態度にリアスは驚きつつも、同時に少し感心した。想いが強いことは否定しない。一誠含めて仲間達の強さの原動力はそこにあるのだから。しかし同時に大一のような存在も間違いなく必要であった。いざという時にストッパーになる存在、なにかを未然に防ぐ彼の立場は祐斗が期待していたようないざという時の支えなのだろう。

 

「いいか、一誠。その思いは持ちつつも、ぶつけるのならサイラオーグさんにしろ。情けない話だが、お前しかあの人に勝てるであろうメンバーはいないんだよ。そしてもうひとつ、あの人を───いやあの人たちへの敬意も忘れるな。仲間達と同じくらいにな」

 

 大一の声は静かであった。このゲームを試合として認識していたのは、立場からだろうか、ディオーグの考えに影響されたからだろうか、いずれにせよ大一自身もそれはわかっていなかった。

 しかしそれはこの勝負に手を抜くことでは無い。やることをやるだけ…彼もリアスを勝たせたいという想いは他の仲間達に負けていなかった。

 大一はリアスへと視線を向けると、いつもの調子で話す。

 

「ここは俺が行きますよ。どっちにしろ、ここで一誠を出してトリアイナを見せるのもしのびない。一瞬で決まるとはいえ、魔力も多少は持っていかれるでしょうし。こいつには本当の意味で万全の態勢でサイラオーグさんに当たって欲しいので」

「…勝算は?」

「あります。あとは指示だけしていただければ」

「…わかったわ。大一、任せたわよ」

 

 大一は軽く頭を下げると、再び一誠へと向き直る。腑に落ちない表情であったが、兄の態度が弟の頭を少し冷静に戻したようだ。

 

「任せろって。俺は負けないよ」

「…わかった、絶対勝ってくれよ」

 




原作の一誠の状態に、オリ主はこんな感じで話すんじゃないかなと思いました。


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第94話 やれることの遂行

思い返せば、オリ主は「女王」ばかりと戦っている気がします。


 大一が降り立った場所は人気のないコロシアムであった。ここにきてあまりにもシンプルなフィールドであった。

 彼と相対するのは、サイラオーグの「女王」クイ―シャ・アバドン。朱乃を破ったその実力は折り紙付きだ。

 大一を見たクイ―シャは眉をひそめて不審げな表情になる。

 

「あなた一人だけですか?」

「『兵士』でしかも駒ひとつ…『女王』には不満でしょうが」

「いえ、少し意外だっただけです。ここは少しでも確実に勝利を狙ってくる…だからあなたと赤龍帝のコンビで来ると思っていました」

 

 クイ―シャの考えは正しい。2人がかりであれば、クイ―シャを倒すことは間違いなく可能だろう。最悪、大一が盾になってでも一誠を守れるだろう。ただその場合は次の試合の数値が12以外であることが必要だが。

 

「少しでも不安な要素は排除しておきたいだけですよ。これで次の試合がどんな数値でも一誠が完璧な状態で出られる」

「…舐められたものですね。あなたひとりで私を止める気でいる」

 

 静かに答えるクイ―シャの声には怒気が含まれていた。この采配では大一が間違いなく彼女を倒すということを意味しているのだから当然の感情だろう。

 一方で、大一はただ頭の中で彼女を倒すことだけを考えていた。サイラオーグと戦いたがると思っていたディオーグもなぜかこの時は静かにしていた。もっとも大一の感情や考えを推し量っていただけで、彼なりにこの采配には不満を抱いていたのだが。

 いずれにせよ、もはや決まったこと。互いに今は自分のやるべきことをやるだけなのだ。

 

『第7試合、開始してください!』

 

 審判の合図と共に、大一は錨を出してすぐに龍人状態へと変化する。もはや手札を見せている上に、相手は格上の「女王」なのだから躊躇して勝ち筋を狭める道理は無い。

 ほぼ同時にクイ―シャも攻撃を開始する。まるで巨大な蛇のようにうねる強烈な水流が大一に向かって突き進んできた。

 

『真っ向から…いや』

 

 大一は呟くと脚部に魔力を集中させて水流をかわす。受けても下手に捕らえられて溺れさせるのを狙っている可能性もあったからだ。そのまま走り込み、クイ―シャへと接近していく。相手のスピードは決して速くない上に、大一は近接戦でしか強力なダメージを期待できない。同時に魔力を主体にした戦いかつ近接戦が絶対的なサイラオーグの「女王」であるならば、彼をサポートするために近接戦は不得手だろうと踏んだ。

 だが大一の動きを読んでいたクイ―シャはすぐに飛ぶと、火球を何発も放ってくる。錨でそれを薙ぎ払うがいつの間にか後ろには先ほどの水流が迫っていた。

 体をひねって水流を再び避けるが、クイ―シャがその水流に広範囲の火炎をぶつける。一瞬でその周辺に霧が広がっていった。

 

『目くらましか…』

『こんなもん、魔力を辿れば意味がねえだろうが!』

 

 すぐに魔力の探知を始めるが、横から強力な力が向かってくるのを感じる。風がかまいたちのように斬撃となって向かってきたが、魔力を込めた錨でその攻撃をはじくと追撃がてら口から魔力を数発撃つ。

 当たった感触はしないため防がれたと思ったが、その割には音すらしないのは不自然であった。さらにあらゆる方向から同じような斬撃が飛んでくるのを感知する。

 

『これはマズい…!』

 

 さすがに全て捌くのは無理だと判断した大一は硬度と体重を上げて、さらに手と錨の先から魔法陣を生みだし攻撃を防ぐ準備をする。その結果、数発は魔法陣で防いだものの、それ以外は身体で受けきった。とはいえ、その身体に傷はほとんどつけられることは無かった。

 風の魔法のおかげで霧は霧散しており、クイ―シャは離れたところに陣取っていた。彼女の周囲には「穴」があり、大一から少し離れたところにも「穴」がある。どうやら「穴」を通して遠距離から自分の攻撃を撃っていたようだ。

 

『さっさと生命力を感知すればよかったのによ』

『俺のミスなのは否定できないな…』

 

 ディオーグの指摘に、大一は苦々しく答える。おそらくディオーグはわかっていただろうが、基本的に彼がこの試合でアドバイスを送るようなことはしなかった。あくまで彼にとってはこの試合は大一のものという意識があるのだろう。

 

「頑丈ですね」

『それはどうも』

 

 クイ―シャの言い方はシンプルながらも、彼にダメージを与えられなかったのは想定の範囲内であった。ラードラの攻撃を防いだほどの男がこの程度で倒れるとは思っていなかった。

 大一の方は自分の予想が少しだけ外れていたのを実感した。先ほどの試合で朱乃の方が攻撃力は上だと思ったが、それは雷光があったからこそだろう。通常の魔法であれば、彼女の攻撃力は勝るとも劣らないほどの威力なのだ。それでも頭の中で組み立てている勝ち筋を変えることは無かったが。

 

「兵藤大一。あなたでは私に勝てません」

『「兵士」相手には負けないと踏んでいると?』

「勘違いしないでもらいましょう。私はあなたを侮っていません」

 

 出し抜けに放ったクイ―シャの言葉はどこまでも実直な響きがあった。よく通るその声に大一は訝しげに彼女へと視線を向けていた。

 

「あなたには他のメンバーと比べると派手さに欠ける上に、突出した能力は見受けられません」

『否定はできませんね』

「しかしこれまでの2回のレーティングゲームで最後まで残り、同時に格上の相手や多数の相手にきっちりと自分の役割を果たしている。そんなあなたを侮る理由があるでしょうか」

 

 リアス・グレモリーの両翼、自称こそしているものの、この認識は現在ではほとんど形骸化したものだ。彼女の横には雷光の巫女である姫島朱乃、主戦力として赤龍帝の兵藤一誠や才能豊かな騎士の木場祐斗が特に名高く、他にも優秀な能力や実力を持った眷属が揃っている。大一は他のメンバーよりも少し古株である程度が世間の認知であった。

 だからこそ戦いにおいては、純粋な力だけではなく経験や根性など自分の使えるものを全部使って勝利に貢献してきた。それにあたって、ひとつ武器になっていたのは…

 

「同時に相手の油断を突いて勝利してきたのもあなたです。私はあなたを倒すにあたり、全力を出します」

 

 クイ―シャの指摘は当たっている。ライザー戦では「兵士」ひとりということで、相手は様子見の立ち回りを最初に取っていた面があり、ソーナ戦では手の内を知られていたからこそ椿姫の足元をすくえた。

 だがクイ―シャはそれを踏まえた上で、確実に大一を倒すために手を打っていた。

 

「先ほどの動きで大方わかりました。ここからが本番です」

 

 大一の上から強力な魔力を感じる。見上げるといくつもの氷塊が宙に浮いていた。規模を見れば一瞬で準備できたとは思えない。会話はあくまで時間稼ぎだったのだろう。

 これには大一も不穏な表情になる。硬度を上げるのはともかくとして、上からの攻撃では体重を上げて受けるのはあまり意味をなさない。そこまで理解した攻め方なのだろう。

 クイ―シャが指を鳴らすと、氷塊が一斉に落ちてくる。どんどん降り注いでいくが、雨のように細かく、一部の隙間すら埋めてくるわけではない。大きな塊だからこそ、ところどころに入り込む隙間があるものだ。

 脚部に魔力を集中させ、さらに氷塊の動きも探知する。大一は素早く空いている場所を感知するとそこに向かって攻撃を避けていった。

 周囲に氷塊が落ち、地面から砂埃が舞って視界を塞いでいく。間もなくクイ―シャの力強い声が耳に届いた。

 

「狙い通り!」

 

 正面から強力な魔力を感じ、大一は錨で防御態勢を取る。彼に大質量の雷光が迫り、錨に命中した。その勢いは激しく、発動の余波で砂煙が晴れていく。雷光はクイ―シャの前に現れた「穴」から発生しており、その威力に錨がはじかれて吹き飛んでかなり後ろへと飛ばされてしまった。

 武器を吹き飛ばされてしまった大一は静かに呟く。

 

『朱乃の雷光…』

「ご名答。あの攻撃力は凄まじいものでした。だからこそ、次の試合のために温存させてもらったのです」

 

 錨が吹っ飛ばされてしまったとはいえ、龍人状態が解けるわけではない。発動さえしていれば手から放れても、能力は使えた。とはいえ、慣れ親しんだ武器が無いのは厳しいものがあるだろう。

 さらに雷光が使えるのは厄介であった。龍の皮膚に守られているとはいえ、光の攻撃は悪魔にとって強力な効果がある。なによりも朱乃の雷光なのだから、その威力は大一がよく知るところであった。

 おそらくこの雷光を当てるために、氷塊にわざと逃げ込める場所を用意したのだろう。避けられる場所にまんまと誘導されたというわけだ。

 

『だがこれで負けが決まったわけではない』

「その通り。だからこそ私は負けられないのです」

 

────────────────────────────────────────────

 

 試合の様子を見ていた一誠は腕を組んでその様子を見守っていた。この体勢でもなければ、気が気でなくて身体を揺らしていたことだろう。実際アーシアの方は、不安げに身体を上下に揺らしていた。

 今のところ戦況はお世辞にも有利と言えるものではない。大一の戦い方ではクイ―シャとはそもそも相性が悪い。近接戦を仕掛ける前に、大質量の魔力の攻撃がそれを防ぐからだ。しかも相手は油断なく立ち回り、付け入る隙すらも見せない。

 大一には考えがあるようであったが、今の時点では打開策がわからなかった。

 

「やっぱり俺が行っておけば…」

「終わったことを話しても仕方がないわ」

 

 小声でつぶやく一誠にリアスはピシャリと言い放つ。彼女の目にはわずかな後悔も見られなかった。

 一誠はなんとも言えなかった。自分なら間違いなくすぐに決着をつけられたし、仲間のやられた怒りをぶつけることも出来た。本気で勝利を目指すなら、自分が行くべきだったと今でも考えている。それなのに兄がわざわざ説教まがいのことをしてまで、自分を押しとどめた真意がわからなかった。

 なぜリアスはここまで大一を信用しているのだろうか。彼女は兄の真意を理解しているのだろうか。懐疑的になる一誠にリアスは言葉を続ける。

 

「イッセー、よく見ておきなさい。あなたの兄の強みのひとつは、どんな時でも自分の仕事を遂行する精神力よ」

「でもどうも旗色が悪いように見えて…」

「今の時点ではね。でも大一は相手の『女王』を必ず倒すわ。あなたの気持ちと一緒にね」

 

 最後に付け加えるようにリアスは締める。その意味を一誠はすぐには理解できなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 短期決戦にしては少々間延びしている状況であった。クイ―シャは傷ひとつ無かったが魔力の消費が激しく、大一は手負いながらも体力的にはまだ余力があるように思える。その様子を見て、クイ―シャは眉間にしわを寄せる。時間をかけた耐久勝負が狙いなのだろうか。だとすれば、見通しの甘さも良いところだ。すでに彼女は勝利のために手を打っているのだから。

 

「だいぶ長引きましたが、終わりにしましょう」

『そういうのは勝ちを確信してから言うものですよ』

「では問題ないですね」

 

 クイ―シャが指を鳴らすと、大一の横から「穴」から強力な火炎が噴き出していく。彼は龍の翼を盾にその火炎を防ぐが、それによって動きが止まったところをクイ―シャは見逃さなかった。大一の足元が砂へと変化し、両足を埋め込むように捕える。きっちりと受ける攻撃、避ける攻撃を判断する大一には足止めはかなり重要なものであった。

 気づいた大一はすぐに足を引き抜こうとするが、間髪入れずに「穴」から火炎を止めると朱乃の時と同様に「穴」を彼の周囲に発生させると、あらゆる角度から水流を複数撃ち出す。

 

『受ければ溺れる可能性もあるなら…これでどうだ!』

 

 両手から魔法陣を形成して、水流を受けきる。大きく展開された魔法陣は向かってくる水流を完全に防ぎ切っていた。これほど大質量の攻撃や足止めを同時に展開するのだから、クイ―シャの魔力の消費は大きい。それでも…それでもサイラオーグの勝利のために彼女は命を投げ出す覚悟で戦っていた。だからこそこれほど大きな足止めをしたのだ。動きさえ止めれば、この一撃で仕留められるのだから…

 

「この勝負…もらった!」

 

 大きく宣言するクイ―シャの言葉と共に、上空に最大規模の「穴」が展開され、そこから朱乃から奪った雷光の全てを一気に落とし込む。脚は捕らえられ、両腕と尾は水流の処理で埋まり、武器である錨もない。ただ耐えるしかないのだ。

 フィールドを揺らすほどの一撃が大一に撃ち込まれるのであった。

 

『これは決まったああああああっ!』

 

 実況、歓声共に大きく湧きあがる。傍目にはそれほどの破壊力であったのだ。これをまともに受けて無事であるはずがないのだ。

 それでもクイ―シャは油断しなかった。水流は止めたものの、脚部への魔力は解除していない。審判の脱落のアナウンスがされるまで、わずかな隙も見せるわけにはいかなかった。

 煙が晴れる時間がクイ―シャにはかなり長く感じた。しかしその瞬間は訪れる。煙が晴れると、そこには全身から黒煙を噴出して致命的なダメージを負った大一が立っていた。

 

「本当に…頑丈です」

 

 クイ―シャは驚きを隠せなかった。あれほどの一撃を受けて、まだ立っているのだ。それまでも少しずつであるが攻撃を受け、さらには悪魔にとって有害である光を全身に浴び続け、それでもまだ立って気絶まで持っていけない。この耐久力を目の当たりにして、平常心でいる方が難しいものだ。

 しかし同時に勝負は決まったと実感した。呼吸は明らかにおかしいし、全身が震えている。龍人状態は解除されていないものの、そのダメージが間違いないものであることがわかる。魔力の波長もぶれており、雷光が身体に帯電して今もなおダメージを与え続けているのだ。

 こんな状態ながらも、大一は静かに言葉を紡ぐ。

 

『な、なるほど…、朱乃の雷光を…確実に当てるために…ということですか…』

「その通り。あなたの防御力を破るにあたり、もっとも効果的な一撃だと感じましたからね」

『…見事ですよ』

 

 これほどの攻撃を受けながらも、大一の態度は戦い始めた頃と変わらなかった。どこか余裕を感じ、いまいち熱量が感じられない。自分の身を削ってでも突撃するような雰囲気が無かった。

 彼の態度にクイ―シャは不満げな表情を隠さずに見せる。

 

「呆れましたね。これまでのグレモリー眷属の戦い方は見事でした。己の命を賭してでも勝利をもぎ取ろうとする…しかし今のあなたには力強い気迫はない。そんなあなたに負ける道理はありません!」

 

 正直なところ、肩透かしを食らったような気分であった。クイ―シャは自分を含め、今回の試合は眷属全員でサイラオーグの勝利のために命をかける覚悟と想いがあった。それはグレモリー眷属も同じだ。自分が戦った朱乃、意地を見せた小猫やギャスパー、サイラオーグを相手に捨て身で挑んだ祐斗、ゼノヴィア、ロスヴァイセ…これほどの覚悟を目の当たりにすると、大一の今回の戦い方はどうも決定打に欠ける雰囲気があったのだ。

 試合中、何度か過大評価したかと思ったが、それでも徹底して油断なく彼を倒す算段を立てた。そして現在、勝利はもはや目前というところまで来ている。

 大一は静かに息を吐く。いまだに身体に帯電している雷光のせいなのか、口から出る息が煙のように見えた。

 

『…あなたが俺に勝つ理由についてはわかりました。しかしそれを言ったら、俺だって負ける理由はありませんよ。だいたい想いだけで勝負が決まるのなら苦労しません。それに死ぬ覚悟がない方や負ける方が想いが弱いというわけでもないでしょうに』

「…バカにしているのですか」

『そんなことはありません。俺だってこれまでの試合を見てきて、その覚悟を目の当たりにしたのですから。ただひとつ勘違いしないで欲しいのは…死ぬ覚悟が無いからと言って俺の気持ちが弱いということになりませんよ』

 

 大一の言葉は淡々とした響きがあった。仲間も相手もこの試合で命を懸ける覚悟を目の当たりにしてきた。しかし大一としては、熱い想いや感情が頭を支配する恐ろしさも同時に知っていた。自分を支配した神器、弟の覇龍の暴走…その危険性を理解している上に、この試合はこれからの悪魔の未来を担っていくべき存在同士のものであるからこそ、一歩引いた視点でいることを意識した。

 そんな立場だからこそ、勝つために頭を働かせることができた。一誠に対して激情を抑え込む時間を与えられた。主であるリアスの勝利のために、それこそが自分の“やれること”であった。

 

『勝つのは我々です。サイラオーグさんは、主と弟が倒します。そのために俺がここで戦う必要があるのです』

「しかし結果が伴わなければ、意味もありません」

『おっしゃる通りです。正直、俺ひとりではあなたに勝てる確率はありません。しかしこの試合があなたにとって2試合目であることが勝利に繋がるのです』

 

 クイ―シャは痺れを切らしたのか、大一の頭上に「穴」を展開させる。朱乃の光は無いが、まだ雷はある上に自分の残る魔力を使って攻撃を通すことくらいはできる。

 しかし大一は気づいていない…というよりも、まるで気にしていなかった。

 

『あの試合であなたが朱乃の雷光を温存していたのは、カウンターの際の規模でわかりました。そしてあなた達の覚悟を目の当たりにしたからこそ、使える力はすべて使ってくる。あなたは俺を侮っていないと言ってくれましたが、そういったことも予想通りでした。そしてあなたの最大の弱点はスピードよりも、あなた自身の防御の低さであることも…』

「まるですべて手のひらであったかの言いぶりですね」

『誤算もありました。あなた自身の魔力の強さです。おかげで想像以上にダメージを受けました。だからこそ、ぎりぎり勝利をもぎ取れるはずが、そうもいかなくなりましたが…』

「言い訳は敗北してから考えなさいッ!」

『事実ですよ。あなたはあなたで気づいていないことがある…最初の雷光で錨をはじいた時、俺がわざとやったということを』

 

 意外な言葉に、クイ―シャはなにか背筋が寒くなるような不穏な感覚を抱いた。同時に彼女を後ろから雷光がレーザービームのように貫いた。

 会場の全員、何が起きたのかが理解できなかった。どこからともなく現れた雷光がいきなりクイ―シャを撃ち抜いたのだ。彼女は驚きに目を大きく開くと、後ろを振り返る。遥か後ろに地面に突き刺さった錨が、大一と同じように帯電しているように光を帯びていた。

 

「ま、まさか…あれを狙って…」

「俺はあなたのように魔力で強力な攻撃を扱うことは出来ない…しかし合わせることは出来ます。それが何度もコンビを組んできた相手の魔力ならなおさら…」

 

 龍人状態が解除された大一は肩で息をしながら答える。自分の身体にも錨にも同じ魔力が通っている今、自身がその魔力を引き寄せることで錨から噴出した魔力が大一へと向かっていった。大一と錨が点になり、その点を結ぶように雷光が突き進み、そのライン上にいたクイ―シャを撃ち抜いていた。

 だが本来なら仲間とのコンビネーションとして使うものであり、ひとりで行った大一はもろに雷光を受けて龍人状態を維持することも出来なくなっていた。

 クイ―シャは自嘲気味に呟く。不意を突かれた一撃は強力で彼女は自分のリタイヤを悟っていた。

 

「…甘かったのは私の方ということですか」

「いや、あなたが俺に対してまったく慢心しないで全力でかかってきたからこその戦法です。なにより俺ひとりでは、あなたには勝てなかった…その実力と覚悟には敬意しかありません」

「なるほど、見事なものです。私も先ほどの言葉を撤回しましょう。あなたも見事なものでした」

 

 このやり取りを最後に両者共に倒れ込む。最後まで互いに出し切ったこの勝負は審判のアナウンスによって終結へと向かった。

 

『サイラオーグ・バアル選手の「女王」1名、リアス・グレモリー選手の「兵士」1名、リタイヤです』

 




コカビエル戦でやっていた魔力を合わせる戦法の応用となります。それでも身を削った戦法ですが…。


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第95話 弟への負い目

タイトルまんまな内容です。一誠VSサイラオーグは原作とまるで変わらないでしょうから、ほとんど描写はカットします。


 大一とクイ―シャの引き分けは、リアス達にとって完璧なものであった。これで次の試合、どんな数値が出ようが一誠とサイラオーグの勝負は決定した。

 そんな状況で一誠は瞑目しながら、兄の戦いを思い出す。相性が良くない上に、「女王」という格の違いがある相手に引き分けられたことは見事なものだと思った。だがそれ以上に、互いに相手を尊重した戦いであることを目の当たりにした。大一は格上の相手を倒すための一手をしっかりと用意していた上に、クイ―シャの覚悟を信じていたからこそ雷光の使用まで見越していた。クイ―シャも大一の実力を認めているからこそ油断なく立ち回り、最後に彼への称賛も口にした。おそらく一誠が戦ったら、そういった感情を抱く前にすぐに動いて決着をつけるだろう。それ以上に仲間のやられた我慢の限界を超えて殺す気でやりかねなかった。

 不思議な感情であった。仲間の仇を取るという気持ちはしっかりと根付いているし、悔しさをサイラオーグにぶつける気もある。だが先ほどの必要以上に苦しめる熱さとは違い、もっと洗練されて澄み切った熱さが一誠の胸の中にあった。先ほどの試合、大一は勝利こそできなかったものの、一誠に変わって相手を見事に打ち倒すことができた。しかもそこには暗雲立ち込めるような黒い感情はない。互いにリスペクトし、全力を出し切った試合だったのだ。

 そして次の試合に移ろうとするところで、サイラオーグがひとつの提案を行う。それは次の試合を残ったメンバーで団体戦を行うというものであった。ここまで来れば、2試合以内に一誠とサイラオーグが激突するのは決まっている。観客全員が次の展開を読めてしまうこの状況よりも、互いの総力戦で一気に勝負をつけるのがゲームとしても盛り上がるという考えであった。

 リアスはその提案を呑み、委員会もそれを受諾する。こうなれば話は早かった。

 

「───だそうだ。やりすぎてしまうかもしれん。死んでも恨むなと言わんが、死ぬ覚悟だけはしてくれ」

「───全力で行きます。そうじゃないとあなたに勝てなさそうだし、リタイヤしていった仲間に顔向けできないんで」

「たまらないな…ッ」

 

 燃え盛る闘志を胸に秘めながら、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 負傷した男性選手の治療室で大一は目を覚ました。悪夢を見ていた時のようなハッとした目の覚まし方であり、あの時のような苦しみは無かったが、身体中に取り除かれたはずの光の感覚が残っていた。

 大きな歓声が耳に入ると、彼は体を起こしてモニターでの試合に目を向けた。そこに映されていた映像では一誠とサイラオーグが全力で殴り合っていた。2人も見たこともない鎧に身を包んで戦っている。一誠はいつもの禁手とは違う赤い鎧で、サイラオーグは獅子を想起する黄金の鎧だ。

 すでに目を覚まして勝負の行く末を見守っている祐斗とギャスパーに声をかける。祐斗の方はかなり手ひどくやられたようで、目は覚ましても体を起こすことができない様子であった。

 

「これはどういう状況だ?」

「僕も目を覚ましたのが少し前だったので全部を把握していないんですが、団体戦になったようです」

「え、えっと、サイラオーグさんの方から今後の試合展開を予想できるという理由で、残ったメンバーの団体戦を提案して部長が受け入れたんです」

「ふーん…」

 

 ギャスパーの説明に、大一は静かな反応を見せる。相手からの豪胆な提案に少々驚きはしたが、リアスが承諾したことならばいちいち突っ込む必要もあるまい。観客の盛り上がりを目にすれば、ゲームとしては今回の提案は成功したと言えるだろう。もっとも戦略的な面から見れば、大一とクイ―シャの試合があまり意味の無いものになっている気はするが。

 

「それであの鎧は?どこから出てきた」

「どうやらサイラオーグさんの『兵士』が神器だったみたいなんです…」

 

 サイラオーグの隠していた「兵士」の正体は、意志を持った神滅具「獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)」であった。所有者が殺されていたところをサイラオーグが見つけたのだが、この神器自体が意志を持っており前の所有者を返り討ちにしていた。獅子の名を持つこの神滅具に運命を感じたサイラオーグは、悪魔の駒を使って彼を眷属へと引き入れたのであった。

 当然その力は絶大であったが、主と合わさることで更なる高みへと昇華される。その身ひとつで戦っていたサイラオーグであったが、この神滅具を禁手にまで至らせていたのだ。名を「獅子王の剛皮(レグルス・レイ・レザー・レックス)」、獅子を模した金色の全身鎧はたてがみをはためかせ、その強大な力を悪魔たちへと見せつけていた。

 ただでさえ体ひとつで圧倒的な実力を誇るサイラオーグであったが、この鎧をまとった時の彼はそれを遥かに凌駕する力であった。トリアイナを使った一誠でさえ歯が立たず、まるで相手にならないほどであったのだ。

しかし今の一誠はそんな相手とも真正面から殴り合っている。闘志と力が正面からぶつかり合うその勢いは画面越しにも伝わる迫力があった。

 

(だがあれは…)

(以前、暴走していた時のものだな。似て非なるものだが)

 

 説明を受けながら大一が頭の中で考えたことを、ディオーグが引き取るように続ける。映像越しにもかかわらず、一誠の魔力が絶大なものかつ旧魔王派と戦った時の似たような魔力の質を感じた。「覇龍」…その言葉が大一の脳に出現するのに、時間はかからなかった。

 だが不思議なのは、「覇龍」の時とはまるで違う感覚であった。幼子が殴り書きしたような乱雑かつ血のように心を怯ませるような恐ろしさは全くない。ドス黒さとは対照的な明るさがあり、それを洗練した魔力として純粋な力強さを感じたのであった。まるで違うこの力をどうして関連付けることができたのか、大一にはいささか疑問であった。

 子ども達の「おっぱいドラゴン」という英雄を求める歓声、神器の奥にあった白龍皇の残留思念、リアスが彼の存在を肯定し求めたこと…あらゆる要素と偶然、そして想いが重なり合った結果、一誠とブーステッド・ギアの力は覚醒に至った。

 「真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)」、サイラオーグが命名したその新たな力は赤龍帝の力が解放された状態で「女王」へと昇格したものであった。その姿をもっとも印象付けるのは、リアスの真紅の髪を想起させる色合いだろう。一誠のリアスへの感情が色濃く反映されていた。もっともこれに至る経緯にリアスの胸から出てきた光が一誠に照射されたことや、観客の「おっぱいドラゴン」のコールがなされていたが、大一がこれを知ることになるのは後日なのだが。

 

「しかしこんな大衆の面前で告白する必要なんてあるかねぇ、まったく…」

「イッセーくんらしいとは思いますよ」

「僕はむしろ安心しました」

 

 大一のぼやきに祐斗とギャスパーに苦笑い気味に答える。一誠が今の鎧姿になった際に、彼は主であるリアスに大声で「愛している」と告白したのだ。会場は別の意味で湧くわ、リアスは髪にも劣らぬほど赤面するわ、サイラオーグは豪快に笑い飛ばすわと多種多様な反応だったらしい。大一としてはその際に目を覚ましていなかったのはよかったと思っていた。いくら日常でやきもきさせられた関係とはいえ、弟の告白場面など好きで見たがるような性格ではない。

 祐斗とギャスパーからその話を聞いた際に彼の心に芽生えたのは、一種の安心と自分自身の杞憂であった。一誠とリアスの関係性の発展に兆しが見えたこと、新たな力を得られたこと、冥界での存在が認められていること…

 

(なんつーか、腑に落ちねえんだよな)

 

 大一が想いを馳せているところに、ディオーグが話しかけてくる。どっしりと構えるような低音にも隠れきれていない疑問と呆れの感情が含まれていた。

 

(さっきの戦い方か?)

(そうだな、あの戦い方に不満が無いと言えば嘘になる)

(あの戦い方が正しかったかはわからない。俺にとってはあれしか勝てる手段がないと思ったから、あの方法を取ったまでだ)

(まあ、所詮その程度しか出来ねえし、今さら蒸し返すつもりは無いんだよ。それ以上に腑に落ちねえのは、お前の弟に対しての感情だよ)

 

 ディオーグの発言に、大一は眉を上げる。その反応だけで彼にとっては触れられたくないものであることが明らかであった。

 

(…またその話か。お前、自分が追及しても無駄だと思ったんじゃないのか?)

(俺なりに考えたら、ある一点を解決すれば納得できることが思いついてな。まずお前が弟に戦い前に説教まがいのことをしたのは、あの筋肉バカを倒すにあたって前に暴走した時のような力を使う可能性があることを、お前は見越していたんじゃねえかと思った。その際にお前は魔力と生命力のドス黒さを感じ取っている。赤龍帝の話とやらも知っている。つまり弟が暴走しないためにも釘を刺したんだろ)

(…白状するとその通りだ。サイラオーグさんを倒すために、「覇龍」を発動させるかもしれなかった。クイ―シャさんを殺しかねないあいつの感情を少しでも落ち着かせたかった)

 

 試合前に一誠の感情を読み取れないような大一ではなかった。鬼気迫るあの表情、仲間が負けて我慢の限界であったことは理解できる。

 しかしそれを肯定することを許しては、彼の直情的な性格からして「覇龍」を発動させた際に再び取り返しのつかないことが起こることを危惧した。だからこそ彼の悔しい想いを消化させるために、最後まで相手をリスペクトするような発言を仲間達に聞こえるようにしていた。もっとも相手への敬意は嘘では無いし、あの戦い方しか勝算がないのも事実であったが。

 結論から言えば、その心配は杞憂であった。一誠はサイラオーグに全力で向かい、さらには多くの想いに応えることで「覇龍」とは違う方向で、彼なりの新たな進化を見つけることができたのだ。大一があのような試合を見せなくても、ひとりで乗り越えることができただろう。

 

(口でハッキリ言えば良いだろうによ)

(一誠がそれでわかってくれると思わない。あいつなりに、俺に対してコンプレックスを抱いている節があったみたいだからな。そんな相手から口頭で説明されたところで、意地になって聞かないだろう?)

(だからこの前の説得の際も模擬戦か…バカだな)

(我ながら不器用だと思うよ。こんな方法しかできないんだから)

(いやそれだけじゃないな。お前は弟に負い目がある)

 

 ディオーグのきっぱりとした言い方に、自嘲気味に話していた大一は血の気が引いたような感覚を覚えた。以前の疑問を呈するような言い方では無い。身体を共有するドラゴンには確信がある、それが大一の心を不安定にさせた。

 畳みかけるようにディオーグは言葉を続ける。

 

(最近、お前の性格を理解してきた。その上で言わせてもらうが、お前の自分本位な性格と言うのも嘘ではないだろう。だがそれは常に自分の感じている責任を回避するためのものだ。そんなお前が弟に対して世話を焼くのは、負い目や罪悪感があるからじゃねえか)

 

 大一はすっかり押し黙ってディオーグの言葉を聞く。頭では理解していた事実だ。だが直面することが、自分の抱いていたものを露呈させて余計に重い責任感を抱くようで今まで避けていたことだ。

 しかし気づけば、大一はディオーグに背負っていたものを打ち明けていた。

 

(…あいつが悪魔になるきっかけが堕天使に殺されかけたからなんだ)

(ああ、なんかそれっぽいこと言っていたな)

(神器があるから狙われてしまったが、それを未然に防ぐことができなかった。俺は…あいつに苦しい経験をさせてしまった)

 

 一誠が悪魔になったきっかけは、神器を持っていたからレイナーレに狙われたことだ。堕天使が神器持ちを狙うことなどおかしくない。一誠の持つ神器が神滅具である以上、いずれどこかの勢力が狙いをつけて、結果的に彼は悪魔とは少なからず繋がりを持っただろう。

 それでも弟が殺されかけるという事態を未然に防げていた可能性が僅かでもあると考えた時、その重圧は兄である大一を大きく蝕んだ。頭の中では常にどこかで感じていたことだ。それでも自身に余裕がなかったことが、その事実を背けさせていた。だが一誠が「覇龍」を発動させた時、一誠から女性に対しての恐怖を聞いた時…自分の中で彼への罪悪感が膨れ上がっていた。

 サーゼクスやセラフォルーのような兄弟愛は彼には無い。子どもの頃から一誠に対して、大一が抱いていたのは兄としての責任感だけであった。それ故に一誠に過去を引きずらせる経験をさせてしまったことは、直接的な原因ではないにしろ後悔していた。

 情けなく頭を抑える大一に、祐斗とギャスパーは気づいていない。彼らは一誠とサイラオーグの激闘を目に焼き付けているのだから。しかし珍しくディオーグは彼らの勝負など片手間に聞いているだけで、今の大一に苛立ったように声を荒げた。

 

(想像以上にくだらねえ理由だったな。お前が弟に甘い理由は)

(俺が勝手に悩んでいることだっていうのも理解している。それでも俺は…)

(そんな考えは理由つけてさっさと捨て去ることだな。じゃなければ、お前はいつまでも弟を超えることは出来ねえ。それに試合を見てみろ)

 

 ディオーグに従って、大一は顔を上げて映像を見る。そこには両者共に鎧が砕かれており、意識を失ったサイラオーグを一誠が抱きしめていた。

 

『…ありがとう…、ありがとうございましたぁぁあッッ!』

『サイラオーグ・バアル選手、投了。リタイヤです。ゲーム終了です。リアス・グレモリーチームの勝利です』

 

 一誠の涙ながらの叫び、審判の試合終了の合図、熱狂する観客、勝利を喜ぶ仲間達…気づけば大一は試合にほとんど注意が向かずにディオーグと話し込んでいた。それを差し引いても、この盛り上がりが信じられないほど大きかった。ましてやその原因が弟にあることが尚更だ。

 この熱狂に相対するかのように、ディオーグは静かに話す。

 

(小僧、前に言っていたよな。あの弟に誰も味方がいなくても自分だけは味方でいてやるって。これを見て、あのエロガキにそんな日が来ると思うか?むしろその逆だ。あの弟にはこれからもっと名声が集まる。奴をすべて肯定するだろうよ)

(それは…)

(とにかく何かのきっかけでその責任感は捨てろ。お前の人生だからどうしようが勝手だが、このままじゃ俺はドラゴンとしての名を轟かせることができねえ)

 




おそらく次回あたりで10巻も終わると思います。
オリ主がまた別方向で曇ってきました…。ぶっちゃけディオーグじゃなくてもイライラすると思います。


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第96話 学園祭の一幕

10巻は今回で終了です。
表面上は穏やかに過ごすことは出来るのが、オリ主です。


「ったく、これは学園祭の人数じゃねえだろ」

 

 あごを掻く大一のぼやきを人混みの中で聞こえた者はいなかっただろう。旧校舎をまるごと使ったオカルト研究部の出し物はアイドルの握手会と勘違いさせるほどの人気であった。朱乃と小猫の占い&お祓いコーナー、美女部員たちの喫茶店の人気は特に絶大で、去年から引き続きのお化け屋敷くらいが普通に入れるくらいだろう。長蛇の列は廊下どころか外にまで伸びており、その盛況さは学園の歴史上トップクラスと言えるだろう。

 大一は外にまで並んでいる人々の整理にあたっていた。彼の長身は人混みでもよく目立ち、持っているプラカードと合わさればトラブルでもなければ見逃すことはないだろう。

 そんな彼のもとに大沢を筆頭とした同級生がやって来た。以前のようなわかりやすい敵意のようなものはない。

 

「よっ!来てやったぜ!」

「お前らも来ていたのか…あれ?飯高と三谷はどうした?」

「いや、飯高の部活で出しているたこ焼きがちょっとシャレにならないレベルで人気になってな。ここほどではないが、どうも去年の評判を舐めていたようだ。あいつは未だに頑張っているよ。それで三谷も手伝うために残って、俺たちだけで先に来たんだ」

「あとで行こうと思っていたが、これは難しいかな」

 

 大一は頭を掻きながら、その盛況っぷりに舌を巻く。去年の学園祭で感動したのはどうやら自分だけでは無かったようだ。

 そんな大一に大沢は声を落として耳打ちする。

 

「安心しろ。特別にお前らの分の材料は確保してやっている。あとで姫島さんと一緒に行ってこい」

「おいおい、ありがたい限りだけどそんな贔屓していいのか?」

「まあ、俺らの好意と思ってもらおうか。その代わりと言ってはなんだが───」

「…言っておくが、この行列をどうにかすることは出来ないぞ。先に入れるとか難しいだろうし」

「いやいや、そういうことじゃないんだ。ちょっと先の話になるが、大学に入ったらちょっとした同好会を作りたいんだが、その際に協力して欲しい。署名とか規定人数の補充とか…」

 

 大沢の発言に、大一は目を丸くする。エスカレーター式で大学に上がるとはいえ、彼らがすでにそこまで考えを巡らせていたことに驚きを感じた。しかし高校生としての卒業も近づいている今、決して遠くない将来への計画を思案することはおかしくないだろう。そういう意味では悪魔という人間よりもはるかに長い寿命を持つのに、状況に流されがちな自分こそ考えるべきだと大一は思った。

 

「それくらいなら協力するよ。よほど変なものでない限りは」

「失礼な奴だな。俺らは真面目だぞ」

「信じているよ。しかし列が動かないな…」

「ちょっと大一ちゃん!ここにいたのね!」

 

 突然の声に、大一は飛び上がるように肩を反応させると後ろを振り返る。見慣れた生島の顔が視界に入った。学園外の人も大勢来るのだからおかしいことでは無いのだが、いきなり野太い声をかけられるのはいつもよりも驚いてしまう。

 

「生島さん、驚かさないでくださいよ…あと列には並んでいただかないと」

「やーね、私は大一ちゃんを見かけたから声をかけただけよ。やっぱり大きいと目立つわね」

「だ、大一…この人はいったい…?」

 

 大沢達は目を見開いて、大一に問う。長袖のシャツでは隠しきれない生島のがっしりとした体格に、大一にも劣らない高身長、これほど男性らしい体つきと顔をしているのに、口紅をつけているなど、同級生たちが怯む理由がいくらでも挙げられた。

 大一は説明に迷ったが、素早く生島がフォローに入る。

 

「あら、お友達ね。初めまして、生島純よ。飲み屋を経営しているんだけど、前に町で困っていた時に大一ちゃんが助けてくれたのよ。それ以来、ちょっとした知り合いなの。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします…お前、変わった人と知り合いなんだな」

「まあ、偶然の出会いでな…いい人だよ。リアスさん達とも知り合いだ」

「はあ、意外な人脈ってあるものだな…。おっと、列が動いた。じゃあな、大一、生島さん」

「ああ、またな」

 

 すっかり委縮したような大沢達は前に進んでいく。彼らが声の届かない距離まで進んだことを確認すると、大一はざっと列を整理するような声をかけた後、再び生島へと向き合った。

 

「ちょっと理由づけに無理ありませんか?」

「親戚だと親御さんの耳に入った時に大変でしょう?」

「まあ、そうですが…しかし手慣れていましたね」

「こう見えても悪魔利用は長いし、仕事がら話を合わせるのが得意なのよ」

 

 ふふんと鼻を鳴らして、得意げに生島は語る。その姿は人生の先輩として、先ほどの行動にも妙な説得力を与えた。

 

「なるほど…あー…まだやることあるので案内するにはもう少し待ってもらう必要が…」

「もう、私だっていい大人よ。そこまでしてもらわなくてもいいわよ。むしろ大一ちゃんこそ、姫島ちゃんと一緒に回る時間は確保しておきなさいよ」

「肝に銘じます」

「それでよし。さーて、私も楽しみますか。そうだ、ロスヴァイセちゃんにも会っておかなきゃ…じゃあね、大一ちゃん」

 

 そう言い残して、生島は去っていった。見た目とは印象を変える軽やかな足取りから、彼なりに学園祭を楽しもうとしていることがわかる。

 

────────────────────────────────────────────

 

「大盛況だよな。ウチの学園祭」

「本当ね」

 

 学園祭に来る人々の流れを見ながら、大一と朱乃はベンチに座って静かに雑談する。わずかに出来た休憩時間を利用して2人は学園祭を回っていた。その手には湯気の立つタコ焼きの入ったパックを持っていた。店を訪ねてから、飯高がわざわざ作ってくれたタコ焼きは手に程よい温かさを伝え、寒くなってきた最近には嬉しい一品であった。

 

「こういうのを見ると駒王学園の人気がよくわかるわ」

「規模も大きいし、特にウチの出し物は大人気だ」

「嬉しい限りよね。でも笑顔で顔が引きつっちゃいそう」

「だろうな」

 

 実際、この学園祭で一番の人気を集めているのはオカルト研究部だろう。しかしオカルト関連の占いやお祓いはあるが、それを目当てに来る人はどれだけいるだろうか。基本的に他校にも名高いほどの美男美人達を目当てに来るのは間違いないだろう。実際、部員と写真を取れるシステムを作ったら、多くの人が雪崩のように押し寄せた。写真の枚数が集計されれば、それこそ面白い結果が得られるだろう。

 

「他の学校の人に口説かれちゃうかも」

「またわざとらしい発言をして…」

「もうちょっと乗ってくれてもいいじゃない」

「いちいち反応していたら、俺が疲れちゃうよ」

 

 朱乃がわざとらしく頬を膨らませるのに対して、大一は肩をすくめる。リアスや朱乃を知っていれば、それでいちいちなびくようなことにならないことを確信していた。

 それでも大一の反応にいささか不満であった朱乃であった。

 

「もう…今回はこの前の試合の件があるから許してあげる」

「この前の試合ってサイラオーグさんの時か?俺は何もしていないよ」

「私の方は全然ダメだったわ。完全な敗北、クイ―シャさんを見くびっていたつもりは無かったんだけど…」

 

 苦い表情で朱乃は話す。実際、サイラオーグとの試合で一番活躍できなかったのは彼女だろう。一騎打ちであったため敗北がより強く強調されやすく、世間的な評価としてはよいものとは言えなかった。

 そんな朱乃に大一は優しく話す。

 

「朱乃のおかげで俺は「女王」相手に引き分けまで持ち込めたんだ。あの試合で無駄な試合はひとつも無かったと思う。俺は俺で反省点がたくさん見つかったし、また2人で強くなっていこう」

「そうよね…私もリアスを支えなきゃ。ありがとう」

 

 朱乃はゆっくりと大一に寄りかかる。ズルい男だと思った。長年の付き合いがあるとはいえ、下心的な打算がなくそんなことを言えるのだから。他人には優しいのに、自分が背負う責任に対して楽観的になれないのは、彼の美点かそれとも…。

 一方で大一は人前でこういったことになるのは抵抗があったが、ここで振り払うのはさすがに罪悪感が先行するため、姿勢を変えずに彼女を受け入れた。もっとも体は強張ったように力が入っていたのだが。

 朱乃が無言の甘えを発揮していると、大一はふと思い出したように話し始める。

 

「そういえば、あの試合で一誠の奴がリアスさんに告白したらしいな」

「らしいなって、試合見ていなかったの?」

「俺が目を覚ました時は、もう終盤だったんだよ…。まあ、後で試合の反省で見直す際に見なきゃいけないだろうが」

「あらあら、もったいない。イッセーくんの告白はとても面白かったわよ」

「弟の告白は見たいような見たくないようなだな。でもまだリアスさんと付き合っているわけじゃないんだろ?」

「そうみたいね。早く決着がつけば私たちの心配も終わるのにね」

「否定はしないな」

 

 朱乃も大一もリアスの友人として、ここ最近の彼女の恋愛事情については頭を悩ませていた節はあった。特にリアスが一誠に対して不満をぶつけてからの数日は相当なフォローの連続であった。せっかくきっかけが作られたのだから、この辺りで決着がついて欲しいというのが本音であった。両思いであることが明確であるのだから尚更だ。

 

「まあ、そろそろなんとかなるだろう。あいつもこれ以上は先延ばしにしないと信じたい」

「兄としての直感が当たるといいわね。上手くいったら───」

「すいません、ちょっといいですか?」

 

 朱乃が言葉を続けようとしたところで、見知らぬ男性が声をかける。学生服から別の高校であることがわかる。祐斗ほどではないが顔は整っている方で、笑顔は穏やかであった。

 

「俺、実はこの学園祭初めてで…案内してもらえませんか」

 

 この発言に、朱乃は驚いたように眉を上げる。稀に口説いてくる相手はいるが、まさか大一と一緒にいる時に来るとは思わなかった。露骨に朱乃だけに話しかけており、大一の方は無視している。普通に話しかけてくる相手よりも厄介な可能性を考えて身構えてしまう。

 

「…俺の連れなのでそういうのは止めてください」

 

 大一は朱乃を優しく引き剥がすと立ち上がる。彼の静かな苛立ちは言葉に出来ない凄みがあった。まさかここまで威圧感があるとは相手も思わなかったのか、ぎくりとした様子で一歩下がり、視線をきょろきょろと走らせる。

 

「あー…えっとこれは申し訳ありませんでした」

 

 間もなく早口で答えると、逃げるように去っていった。相手を一瞥もすることなく、大一は軽く首を曲げて嘆息する。

 

「言葉は本当に起こるものだな。しかし口説くにしても相手がいるのにやるかね」

「学園祭だとこういうことも本当にあるのね」

「3年になって遅ればせながら気づいた警戒するべきことだな」

「警戒はいらないわ。頼れる彼氏がいるんですもの」

「…俺はそんな大層な人物じゃないよ」

 

 そう言った大一はガラじゃなさそうに顔を赤らめながら背ける。こんなことも経験できるのだから、朱乃としてもリアスには早く決めて欲しいと思ってしまうのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 学園祭は大盛況であったが、始まれば必ず終わりが来るものだ。終盤、校庭ではキャンプファイヤーごとく火がたかれてオクラホマミキサーが始まっていた。

 大一はこれに参加する気は全くなく、むしろさっさと片づけを終わらせたかったため、ゴミ出しなどに奔走していた。どうもこういった盛り上がりには煩わしさの方が勝ってしまう。それにこういったことに参加すれば、頭の中でディオーグがまたぐちぐちと文句を言うことが予想できたからだ。もっとも今も騒がしいのであったが。

 

(甘い匂いがするな…なにか食いてえな…)

(もう学園祭も終わりなんだぞ。甘い物の匂いなんてするわけないだろ)

(いや俺の感覚に間違いはねえ!)

 

 結局、ディオーグを黙らせるためにわざわざ案内された家庭科室に大一は向かった。しかしそれは彼の言葉が正しかったことを決定づけるのであった。中には明かりがついており、疑いながらも面食らいながらも中を覗いてみた。

 

「…レイヴェル様?」

「あっ、大一お兄様」

 

 家庭科室ではレイヴェルがエプロンをほどいていた。近くのテーブルには大きなケーキが置いてあり、彼女が作っていたようだ。

 

(どうだ、俺の言ったとおりだろ!)

(はいはい、わかったから)

「お兄様、ここで何しているんですの?」

「頭の中のドラゴンといろいろありまして…。レイヴェル様はケーキ作りですか」

「ええ、学園祭と試合の終わりのお祝いに。片付けも終わったので、あとは持っていくだけです」

 

 レイヴェルはエプロンを丁寧にたたみながら答える。洗い終わった食器やたたむ動作だけでも彼女の器用さがうかがえた。さすがは名家のお嬢様といったところだろう。

 

「ケーキ運ぶの手伝いますよ」

「そんなお兄様だってお疲れでしょうに…」

「体力には自信がありますから大丈夫ですよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 大一はレイヴェルのケーキを持つと、2人で旧校舎を目指す。校庭ではいまだに踊りが続いており、学園祭の終わりを感じさせる光景が広がっていた。

 大一はそれをちらりと見ただけであったが、その視線をレイヴェルは見逃さなかった。

 

「お兄様は参加しなくてよろしいのですか?」

「ああいうの苦手でして…それとレイヴェル様、お兄様なんて呼ばなくても」

「イッセー様のお兄様ですから間違っていません。それに兄たちとなかなか会えない以上、その…頼れる人は欲しいですし…」

 

 少し恥ずかしそうにレイヴェルは尻すぼみ気味で話す。どうやら小猫の考えは正しかったと認めざるをえなかった。もっとも「兄」としてなのかはまだ確信は持てないが。

 

「むしろお兄様こそ私を『様』付けで呼ぶのは、どうにもむず痒いのですが…」

「いや名家のお嬢様を呼び捨ては出来ませんよ」

「学校でその呼び方をされると、むしろあらぬ誤解を受けかねないのです。敬語も同様です」

 

 毅然とした態度で答えるレイヴェルの言葉に、反論できる材料を大一は持たなかった。この短いやり取りだけで、彼女の理路整然とした性格を垣間見た気がした。尚のこと、一誠に惚れたのが疑問であったが、ライザーの言うように英雄色を好むというものなのだろうか。

 

「わかった。慣れるまでに時間がかかるだろうけど意識します…いや、違うな。努力する」

「ありがとうございます。しかし不思議ですね、お兄様は。転生悪魔でありながら、こんな小さいことでも悪魔的価値観を重要視しています。それでいてあの試合では、力こそすべて、戦いに命を懸けることも厭わないタイプとは違いました」

「それは…申し訳ない」

「あっ!いや批判しているわけではないんです。あの試合はイッセー様の戦いが特に感動しましたが、お兄様の「女王」との勝負もとても素晴らしかったと思います。ただ不思議だと思っただけで…」

 

 レイヴェルが慌てて話す様子に対して、大一は彼女を安心させるように笑顔を向ける。彼女の考えは、大一自身もあながち間違いでは無いと思った。彼も最近は自分の立場はもちろんのこと、悪魔としても迷うことが増えたのは否定しようがない。見る人が見れば、彼の不安はあっさりと看破されるのだろう。

 しばらくして彼らは旧校舎へとたどり着き、部室へとたどり着く。喜々としてレイヴェルは扉を開けていった。

 

「家庭科室をお借りして、ケーキが完成しましたわ!…あれ、皆さま、どうかされたんですか?」

 

 怪訝そうな表情で、レイヴェルは部室にいるメンバーを見渡す。揃いも揃って気まずそうな様子であったが、ひときわ雰囲気が違ったのはリアスであった。一誠の横で身体を震わせている。

 

「もう!あなたたち!私の貴重な大切な1シーンだったのに!どうしてくれるのよ!これもイッセーのせいよ!こんなところで告白するんだもの!」

「え!俺のせいなんですか!」

「「「「「「「「ということにしましょうか!」」」」」」」

 

 リアスは叫び、一誠は驚き、他の部員は同意する。状況が飲み込めないレイヴェルと大一は顔を見合わせて首を傾げた。

 大一は手近なテーブルにケーキを置くと、朱乃の傍に行って小声で問う。

 

「何がどうなったんだ?」

「私たちの昼の悩みが解消されたの」

「あー、そういうことか。…って、みんなで告白の場面を覗いていたのかよ!」

「私たちも負けていられないわ」

「別に競うことじゃないだろうに」

「負けていられないのは、私だって同じです」

「なんで小猫までそんなに気合い入っているんだよ…」

 

 朱乃は余裕を持って小さく笑い、小猫はいつの間にか大一の近くで彼の袖を握って会話に入り込んだ。

 大一の方は戸惑いながらも、とりあえずリアスが同棲してから半年近く感じていた心労から解放されたことに安堵するのであった。

 




いよいよ次回から11巻の突入です。
9巻、10巻で書いた不穏さを存分に活かしたいところです。


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進級試験とウロボロス
第97話 寒さを感じて


11巻分の始まりです。
いつものごとく、今後の展開のための基盤固めから。


 ある日の夜、格式ばった屋敷にひとりの妖怪が招かれていた。立派な屋敷とは対照的なおどろおどろしい雰囲気と空気が周りを包んでいるが、零はこの場に呼ばれたこと自体が気分の悪いものであった。

 

「…何の用だ、八坂?」

「お前が最近、妙な動きをしていると聞いているから見に来ただけじゃ」

 

 突如、呼び出しを食らった零は眉間に不満のしわを刻み込みながら、目の前に座る京都妖怪の御大将へと視線を向ける。立場上はたしかに八坂の方が上であったが、独立した立場でありどちらかといえば友人としての関係性であった零からすれば、八坂の不信感がむき出しの問いかけはあまり気持ちの良いものではなかった。もっとも八坂もそれ相応の理由があるからこそ、彼女を呼んだのだが。

 

「私の行動にお前は関与しないだろう」

「昔から貴様を見てきているのじゃ。何を企んでいる?」

「企んではいるのは、私じゃないな。どうも例のテロリストに動きがあるのが気がかりなだけだ」

 

 零は静かに答える。京都での事件以来、禍の団の動きを警戒していた零は密かに調べていた。多くのネットワークを持ち、裏の世界にも精通している彼女からすれば八坂の目についた時点で、かなりの情報を得ている可能性があった。

 当然、八坂からすればそんな零が報告しないことは不満を感じるのであった。そしてその感情を隠さずに、苛立つ声色で同じ狐の妖怪である彼女に問う。

 

「なぜ報告しない?」

「お前に言ったら、すぐにでもあの同盟に告げ口するだろう。私はまだお前と違ってあいつらを信用したわけじゃないんだ」

「足並みを揃えないことには───」

「おっと説教を受けに来たわけじゃない。それにな、これはお前のためでもあるんだよ。どうも一部のテロリストがあの堕天使総督と通じていることがわかってね」

 

 零の言葉に八坂の眉がピクリと上がる。堕天使総督のアザゼルは、同盟の中でも発言力が大きく、加えて先日母子共々自分達を救ってくれた赤龍帝とは既知の仲でもある。もしこの事実を公の場で報告でもしようものなら、他の妖怪たちに妙な不安を与えかねないだろう。だからこそ零は私的な話の中で出してきたのだ。

 もっとも別のやり方があったのかもしれないと考えた八坂からすれば、零の飄々とした態度はあまり好ましいものではなかった。友人でありながら、同時に寒気すら感じる存在の妖怪だ。

 

「…まったく貴様の性格の悪さには呆れるな」

「これくらい立ち回らないと、私はとっくの昔に死んでいるよ。それにこれは偶然知ったことなんだ。禍の団も我々同様に一枚岩じゃないようだ」

 

 すっかり話の主導権を握った零は、まるで気にしないかのように爪についた埃を取っていた。彼女が持ってくる情報がウソならばどれほど安心できるだろうか…しかし八坂が零を雇ってからこの日に至るまで彼女が公的、私的共に持ってきた情報が偽物であったことはこれまで一度も無かった。

 となれば、禍の団でも近いうちに何かが起こる可能性はあるのかもしれない。そして理解しながらも、この場で聞いたことで公にすることも難しくなってしまった。

 

「まったく協力は表向きでその裏は…まるで帝釈天殿のような立ち振る舞いだ」

「それはたまに思うね。他の勢力など知ったことじゃない、そんな考え方をする時はあるな。ただあの神様と違って、戦いは好まないがね」

 

 どこまでも掴めない友人だと八坂は思った。色気で国を落としたこともある彼女と違って、零はもっと狡猾に立ち回り、いかに自分が厄介な存在かを印象付けて生き残ってきた。そういう意味では、3大勢力のような大きな力には頭ごなしに信用するわけにもいかないのだろう。

 八坂自身も一誠に助けられなければ、ここまで友好的になっていたかは自信がなかった。それでも今は娘の九重と同様に彼らを信頼していることを考えると、いかに一誠が不思議な存在なのかを実感するのであった。

 そんな彼女の心境を見透かすように零は話し続ける。

 

「信頼するのはいいが、盲目的にはならないことだな。そういう意味ではあのドラゴンが何かしてくれるのでは…と期待することもあるね」

「赤龍帝のことを言っているのなら───」

「いや、名無しの方だよ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 早朝から、大一は相も変わらずにトレーニングを行っていた。場所はいつもと違って学園の旧校舎近くの開けた場所でのトレーニングであった。寒くなってきて日が昇るのも遅くなったが、彼の生活リズムはまるで変わらない。この日もダッシュを終えると、腕立て伏せをこなしていた。

 身体を動かすのと同時に、頭の中でもディオーグとの会話が繰り広げられていた。

 

(前の試合では小手先でなんとかやって来たが…このままじゃ上手くいくはずがないな。どうにかしてもっと強くならなければ)

(足引っ張りたくないの一心で鍛えているお前じゃ限界があるだろうな)

(うるさい)

 

 ディオーグの言葉に、大一は具体的な反論は出来なかった。強くなるという前向きな意識はあるが、ディオーグの指摘通りその理由はとことん後ろ向きであったのだから。

 

「お、お兄様、顔が険しいです…!」

「ん?いやディオーグがまたうるさくてな…だから違うっての」

「イッセー先輩の…ドライグと違って…表に出るのが…短いですものね…」

 

 スクワットをしながらジャージ姿のギャスパーが話す。息を切らしながら行うその姿は彼の必死な努力が伝わるものがあった。

 先日の試合で自身の力不足を感じたギャスパーは、朝から大一と共にトレーニングをしていた。元々あったメニューとは別に、身体を鍛えて基礎体力を上げる…それにあたり、彼は大一のトレーニングに付き合うことになった。

 

「何度も言うが、無理だけはするなよ。それで本来のお前のトレーニングがこなせないんじゃ本末転倒だからな」

「だ、大丈夫です…!」

 

 少し苦しそうな表情のギャスパーであったが、彼の目に宿る決意は後輩ながらに頼もしく感じる。先日の試合では勝利に大きく貢献しながらも、慢心することなく強くなろうという姿勢は、以前の彼を知るからこそ大一としては感心した。一誠や仲間に感化された面も強いが、それ以上にギャスパー自身の成長なのだろう。

 

(あいつは特有の強みがあるのに偉いものだよ)

(お前は今のままではエロガキの弟の劣化みたいなものだからな)

(言いたいこと言ってくれやがって…否定しきれない俺にも腹が立つ)

(お前に赤髪女に黒髪女…この辺りか、この前から散々なのは。まあ、いいさ。今のうちにしっかり鍛えて、弟も越してやれ)

 

 大一は舌打ちしたくなるような気持ちで話を聞く。相手からの敗北を喫するリアスと朱乃、正面勝負では勝ち目の無かった大一と現状では上級生がいまいち戦果を残せていないのは事実であった。もっとも3人ともその自覚はあり、トレーニングに力を入れていた。特にリアスは滅びの力を活かそうとして必殺技になりえるものを作ろうとしていた。

 ただ一誠に追いつけるかは、大一としても懐疑的であった。彼の新たなる力「真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)」は目を見張るものであった。先日の一戦を見返したが、禁手化した神器を身につけ強化されたサイラオーグを相手に一歩も退かずに攻めたてて勝利を掴んだその場面に、大一は感動よりもさらに一誠が遠くなったことを感じた。いくら彼を赤龍帝としてではなく弟として見ても、やはりその実力の隔たりは実感してしまった。

 

「もっと、もっと強く…!」

「ギャスパー、気負い過ぎるな。それで小猫は以前オーバーワークでぶっ倒れたんだからよ」

「こ、心に留めます!でもやっぱり力になりたいです。レーティングゲームでも、禍の団との戦いでも…」

 

 小さく呟くギャスパーに、大一は忠告する。どうも1年生の後輩たちは気負いしやすい面があるように彼は思った。これほどまで才能豊かなのだから急ぐ必要も無いと感じたが、それでもギャスパーの決意を止めることは出来ない。

 同時に、彼の発言で大一はふと思い出したことを口に出していた。

 

「そういえばこの前、紅葉から連絡が来ていたんだよな」

「紅葉…ああ、お兄様が京都で会った豆腐小僧ですね」

「なんか、この前の試合を見ていたらしくてな。ご丁寧に連絡してきたんだよ。あとできれば遊びに行きたいとかも言っていた」

 

 ギャスパーに話す大一の頭の中には先日友人となった妖怪とのやりとりを思い出していた。内容は至って普通でサイラオーグ戦の感想と、今度は九重と共に遊びに行きたいというものであった。少し掘り下げてみると、「聖母の微笑」を持っていることを知られて駆り出されることも増えたため、京都妖怪との交流も増えて、九重や八坂とも親しくなったのだという。それでも零が手を加えて、前線に引っ張られることは無いようだ。大一としても、彼があまり戦いを好まないのだと知っている分、その方が良いと感じていたし、紅葉自身も主には感謝している様子であった。しかし…

 

「紅葉の主である零さんがどうも『禍の団』を調べているみたいなんだ」

「それって、炎駒様のお友達なんですよね?」

「らしいんだが、どうも嫌な予感がするんだよな。零さんは基本的に厄介ごとを嫌うのに、自分から調べるっていうのは妙な勘繰りをしてしまう」

 

 大一としては京都で彼女に会った時の態度や表情から、自分達に火の粉が降りかかるのは本気で面倒がっていた印象を抱いた。それ故に、紅葉からその話を聞いた時は首をひねる想いであった。しかも彼女は師匠である炎駒や実力者である初代孫悟空も信頼するほどの存在のため、それほどの人物が主体的に動くということは、その対象になんらかの動きがあるからだと考えられる。

 

(あんな狐妖怪の才能にビビるものかねえ)

(でも実際、その情報収集能力や人脈、術の力は本物だよ)

(まあ、百歩譲って才能が重要なものであることは認めてやるよ。お前の弟なんかまさにそれだからな)

(やっぱりあいつに才能が無いとは思えないよな)

(そりゃ、お前なんかよりも遥かに強いからな。だがな、持っている手札が違くても強くなることは出来るんだ。力はもちろん、魔力、頭脳、度胸…あらゆる要素を合わせてな。それなのにお前は弟への罪悪感も捨てきれずに───)

(あー、はいはい。その話はとりあえずいいだろ)

 

 大一はディオーグの言葉を遮る。彼の考えには同意しかねる感情であった。一誠への負い目は確かにあったが、それが自分の強さを妨げている理由になることがわからなかった。自分の実力は自分のものであり、一誠は関係ないはずなのだから。

 一方でディオーグから見れば一誠が悪魔人生を謳歌しているようにしか思えなかったため、勝手に責任を感じている大一の態度は苛立つものがあった。兄は兄で弟は弟、なぜ彼がわざわざ悩む必要があるのだろうか。ましてや、一誠は多くの支援を受けているのに大一が気にする必要など無いはずだ。

 

(あー!むしゃくしゃしてきたら、食い物が欲しくなってきた!しかもこの冷たい空気も鼻につく感じで今はいいものじゃねえ!)

(もうちょっと我慢しろ)

 

 腕時計で時間を確認した大一は錨を取り出し、縦に力強く振る。この実感できる重さが、ディオーグの繋がりと小言も併せて肌に感じるようでいい気分がしなかった。

 そんな状態で声をかけてきた人物がいた。バスケットを持ったレイヴェルだ。後ろにはなぜか黒い笑みをした朱乃と、元気の無さそうな小猫がいた。

 

「お疲れ様です、2人とも。差し入れを持ってきました」

「わあ、ありがとうございます!」

 

 嬉しそうにギャスパーはレイヴェルから弁当を受け取る。細やかな気づかいやサポートができる彼女の人間性を垣間見た。

 一方で、朱乃のプレッシャーを感じる笑顔に大一は少したじろいだ。

 

「いちおう聞いておくけど、どうして何も言わないの?」

「め、迷惑かなと思いまして…」

「それで後輩の前でお腹鳴らしていたくせに。前にも言ったでしょ、迷惑なら断るって。そして迷惑じゃないから持ってくるの。はい、お弁当」

 

 朱乃はぐいっと大一の面前に丁寧に包まれた弁当箱を突き出す。力の入ったその動作には、大一も思わず一歩引いてしまった。

 

「…なんか怒っている?」

「不満はあるわ。朝からリアスはイッセーくんとラブラブで朝ごはんの時も見せつけるように惚気ている。一方で、私はせっかく彼氏がいても早々にトレーニングに行ってひとりですもの」

 

 当てつけるように朱乃は、目の前の彼氏に話す。朝からリアスは一誠とたっぷりいちゃついて、朝食時には両親から孫を楽しみにしていると言われる。すっかり2人の空間を作り、周りは楽しんでいるやらライバルの先取りにやきもきしているやらであったが、親友の圧倒的な幸せを見せつけられているような気分になった朱乃はどうにも不全的な感情であった。祝いはしているものの、自分にも相手がいるのにという気持ちがどうしても湧いてくるのだ。

 大一も一誠とリアスの様子は知るところ───もっとも彼の場合は付き合う前からの煮え切らない様子も知っているのだが───であったため、朱乃の気持ちには申し訳なく感じた。

 

「あー…その…ごめん」

「謝るだけなら誰にだって出来るわよね」

「それもそうだが…」

 

 大一はちらりと他の3人に視線を向ける。ギャスパーとレイヴェルは気にしたようにちらちらと視線を向けていたし、小猫に至ってはどう見ても覇気がない。正直なところ、小猫の方が心配にも思えたが、少し考えた末に大一はごまかすように肩をすくめる。

 

「…さすがに後輩の前ではさ」

「…ハア、そうよね」

 

 大一の態度に期待外れというように朱乃はため息をつき、ギャスパーやレイヴェルも何か言いたげな視線を向けていた。

 

「…部室でお茶を淹れましょうか。行きましょう、小猫さん、ギャスパーさん」

「わ、わかりました」

 

 呆れるレイヴェルは2人に合図をして旧校舎内へと向かっていく。ギャスパーも一緒に歩いていき、小猫は返事こそしなかったもののその後をついていった。

 

「…やっぱり一誠達みたいな方がいい?」

「だってもっと一緒にいたいし、大一に必要とされたいもの…ワガママかしら」

「いや俺が満足させられないのは悪いと思っている…だから…あー…近くの自販機で一緒に温かい飲み物を買ってこないか。それで良ければ、2人で近場のベンチに座ってさ」

 

 気恥ずかしそうに大一は話し続けるが、その様子を見た朱乃は少しだけ目を丸くする。弟よりも彼女ができたのは前なのに、いまだに慣れない雰囲気がある。先日の学園祭などでは男らしい面も見せている。そんなちぐはぐな相手なのに、肌寒さを感じさせないような温かい感情を抱いてしまうのだ。

 

「でも、もう少しだけ欲しいわ」

「…わかったよ」

 

 頭を掻きながら、大一はさっと辺りを見回すと朱乃のあごに手を添えて軽く口づけする。慣れないながらも、同時にもっと触れていたくなるような柔らかい唇であったが、それ以上に恥ずかしさが勝っていた。それでも朱乃は少し納得した様子で笑顔を向けていた。もっとも彼女自身も我ながらちょろいと自嘲していたが。

 

「じゃあ、行きましょうか。寒くなってきたから温かいものが美味しいはずね」

「思うけど、その制服で寒くないのか?」

「もう長袖よ」

「いやスカートとかさ…」

「ニーハイにしたから大丈夫。魔力使えば気にならないし。それとも中身が気になるかしら?」

「一誠じゃ無いんだから、そういうのはねえよ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 2人が歩いていく姿を1年生組は旧校舎の2階の窓からこっそり見ていた。会話は聞こえなかったが、変に拗れることは無かったらしい。

 

「ちょっと心配でしたわ。お二人でも喧嘩することがありますのね」

「喧嘩じゃなくて、朱乃お姉様のおねだりみたいなものですよ。お兄様も不器用ですし」

「うーん、でも羨ましい関係性ですわ。意中の殿方とそういった関係になるのは」

「アーシア先輩も同じようなこと言ってましたよ。うーん、やっぱりそういうの気にするんですね」

「わ、私だって色々と…とにかくお茶を淹れますわ」

 

 ごまかすようにお茶を淹れる準備をするレイヴェルに、ギャスパーはちょっと踏み込みすぎたかもしれないと思いながら、嬉しそうに彼女から貰った差し入れを開けていた。

その一方で小猫はぼんやりと窓越しに大一の後ろ姿を目で追っていた。あの隣に自分も歩くことは出来るだろうか。寒さを共有して、身体を温められるだろうか。そんな気持ちが一瞬のように、それでありながら強く残るように感じる。

 

「先輩は…」

「準備出来ましたわ」

「小猫ちゃんも一緒に飲もう」

 

 2人の友人の誘いを機に、小猫はゆっくりとその場を離れて行った。

 




ヒロインの件も、ずっと考えていたんですよ。
おそらくこの章がひとつの分かれ道になりそうです…。


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第98話 昇格の推薦

友人周りが落ち着いたとはいえ、別にオリ主のもとに一誠関連の話が来なくなったわけではありません。


 兵藤大一にとって、この半年近くは常に胸のあたりをさすりたくなるような気持ちが駐在していた。その理由を上げればキリがない。弟が悪魔という非現実的な領域に関わったこと、次々と迫りくる自身の能力を超えたものを必要とする問題、それらにつけて実感する無力さ…明確に表さないだけで、他にもあるだろう。

 しかし先日から一誠とリアスが付き合い始めたことで、幾分かその気持ちが緩和されると考えた。日常生活の中で定期的に2人の世界を作るものの、リアスが居候を始めてから幾度となく見せつけられた、彼女の直接的な好意の表現とそれに対して弟の煮え切らない言動の組み合わせと比べれば遥かにマシであった。

 だがそれは瞬間的な錯覚であると認めざるをえなかった。その証拠ともいうべき言動が、大一に襲い掛かる。

 

「死ねェ、大一!」

 

 遠慮のない友人の言葉が屋上で響き渡る。この日の昼休み、大一はクラスメート大沢率いる男性陣に屋上へと呼ばれた。和解を経てすっかり気を許していた彼に取って開口一番の罵倒は、早朝から朱乃とささやかながらも甘美な時間を過ごした大一としても、大沢の容赦を捨ててきた言葉には気持ちの良いものではなかった。

 

「…さすがに前置きも理由もなしに罵倒されるのは、俺だって気分が悪いぞ。何をしたって言うんだ」

「監督責任の一点に決まっているだろうがァ!てめぇの弟とグレモリーさんが付き合っているって噂があるんだぞォ!」

 

 大沢の半泣きに加えて、後ろのメンバーも口々にそうだそうだとはやし立てる。目の前で繰り広げられる同級生たちの地獄絵図に対して、「どこからの情報か?」という至極当然の質問が出かけるも、それを胃の中に押し戻して平静な表情を崩さずに、あえて疑問を浮かべるような表情を作った。

 

「え?なんだよ、その話は?」

「しらばっくれるんじゃねえ!明らかに最近の一緒に登校してくる2人の距離感がおかしいんだよ!腕組んでいるの見たって、言っていた奴がいるくらいだぞ!」

 

 耳に響く強い主張であったが、それに反して大一は驚きで飛び上がりそうな感情が、少しだけ落ち着いたのを実感する。主観的な理由に伝聞交えた情報、要するに彼らの話は確証のあるものではないのだ。あくまで初耳であるというスタンスを取った自身を褒めたい気持ちであったが、今は目の前の友人たちを落ち着かせることを優先するべきだろう。

 事実を話すつもりは大一には無かった。一誠、リアス両者の評判を知っている彼からすれば、事実ひとつで駒王学園全体がパニックになるのは目に見えている。せっかく想いが通じ合った2人にも余計な被害が及びかねない。それに何よりも自分自身にも降りかかる被害は想像を超えるだろう。

 如何に問題をこじらせないかを大一が考える一方で、クラスメート達はとうとう膝をついて握り拳で床を叩いていた。

 

「俺らだってな!男女の仲について口出したいわけじゃないんだよ!でもな、俺らが1年の頃から憧れであったグレモリーさんが、よりにもよってお前の弟だぞ!エロ大名で他校にすらその名を知らしめるお前の弟だぞ!姫島さんの時は、お前だったからまだ許せたが弟の方は…無理だ!」

「あのな、まず俺の話を聞けって。証拠があるわけじゃないんだろ?その証言だって眉唾ものじゃないか。以前にもこういうのがあったし、ちょっとした噂だよ」

「でもよ、俺らにはもうわけがわからないんだよ…。お前の家に非現実的なくらいホームステイの美人がいるわ、オカルト研究部が酒池肉林の惨状になっているという噂が出るわ、もう最近は本当のことがわからないんだ。挙句の果てには、信じて送り出したお前にまでホモ疑惑だ!」

「たしかにおかしいことだらけだが…ちょっと待て。最後のはスルーできないぞ」

 

 悪魔に関する知識や戦闘においては注意を払う彼でも、友人の耳を疑うような内容の発言には一瞬反応が遅れた。

 

「木場祐斗やギャスパーくんに慕われているのもいつかは毒牙にかけようとしていたのか!姫島さんと付き合っているのも、その趣味を隠そうとするための偽装か!」

「俺を含めて、いろんな方向にめちゃめちゃ失礼なこと言っているからな!?それも根拠ねえことだろ!」

「いや、グレモリーさんの件よりはある!お前、学園祭の時にオネエの人と知り合いだったじゃねえか!」

 

 大沢の発言は、大一の不全感を解消して納得させるものであった。先日の学園祭での生島とのやりとりが彼らに誤解を与えてしまったのだ。それか、他に見ていた誰かが根も葉もない疑いを持ったのかもしれない。いずれにせよ、友人たちが疑いを持つ材料はあったわけだ。

 しかしそれで非難の嵐を受ける道理は無かった。一誠とリアスの件は疑いレベルであったが、彼についての件は誤解という半年近く前に経験したものと同じなのだから。反論する大一の声は意図せずに喧嘩を売るような荒々しさが出ていた。

 

「このご時世に偏見この上無さすぎるだろ!生島さんは本当にただの知り合いだわ!なんだったら、俺だけじゃなくて朱乃やリアスさん、ロスヴァイセ先生とも知り合いだよ!」

「お前が期待を裏切ったなんて信じたくない!でも俺らにはそれ相応の確証が欲しいんだ!ホモ野郎!」

「本気で信じ込んでいるんじゃねえか!」

 

 友人たちとは別ベクトルで泣きたくなるような気持ちで、大一は昼休みの残された時間を彼らへの誤解という厄介な氷を溶かすのに注ぎ込むことを考えたが、いくら器量の悪さが目立つ彼でもかつてその不毛さと苦労を知っていれば、同じことに時間をかけようとは思わなかった。

 そこで彼が取った行動は…

 

「あらあら、そんな疑いが。でもしっかりと私のことを気にしてくれるのですもの。そういうことはありませんわ」

「ほ、本当ですか…?」

「ええ。私も生島さんとは顔見知り程度ですけど会ったことはありますもの」

 

 学園で人気を博する笑顔で朱乃は、疑いを持つクラスメート相手に答える。結局、自分で弁解しても時間と労力、さらに不全感が残るだけと踏んだ大一は、朱乃に連絡を取って彼女に確証を持った発言を頼むしかなかった。彼女の説得の力は絶大であまりにもトントン拍子で進んだため、彼女の力量に感服した。もっとも疑いを持っていた友人たちは朱乃と話してすっかり骨抜きの状態であったため、大一としては完全に溶け切っていない疑いを友人に向けるのであった。

 

「もっとも本気で隠されたら私も分からないかもしれませんが」

「「「「「大一、てめぇ!」」」」」

「この場に来て煽るようなこと言わないでくれよ!」

 

 鳴りを潜めていたと言えど朱乃のSな側面は、何気ない場面でも発揮されるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 穏やかさと不快な疑いというふり幅の激しい日を過ごした大一であったが、その日の終わりはサーゼクスとグレイフィアが来訪することで、違う方向に緊張が走った。アザゼルも共に来ておりVIPルームに案内すると、眷属全員集められた。

 

「先日も話した通り、イッセーくん、木場くん、朱乃くんの3名は数々の殊勲を挙げた結果、私を含めた四大魔王と上層部の決定のもと、昇格の推薦が発せられる」

 

 サーゼクスの発言に、いくばくかの驚きが眷属全員に広がった。もともと昇格については当事者である3人にはすでに話が持ちかけられており、他の皆も大なり小なり小耳には挟んでいたが、いざ正式に発表させられると感情を揺さぶられるものがあった。

 テロリストである「禍の団」や悪神ロキの撃退、さらには先日のサイラオーグ戦の試合が決定打となっていた。特に一誠については冥界で人気の「おっぱいドラゴン」というのも話の後押しになっていた。本来ならば3人とも上級悪魔の素質は十二分にあるのだが、慣習に倣って手順を踏んだ昇格は必要であった。同時にメンバー全員が実力などから考えてみれば、すでに上級悪魔相応であることにアザゼルは太鼓判を押す。

 この報告には、主であるリアスを皮切りに次々と祝いの言葉が上がる。

 

「昇格推薦おめでとう、イッセー、朱乃、祐斗。あなたたちは私の自慢の眷属だわ。本当に幸せ者ね、私は」

「イッセーさん、木場さん、朱乃さん、おめでとうございます!」

「うん、めでたいな。自慢の仲間だ」

「中級悪魔の試練とかとても興味があるわ!」

 

 アーシア、ゼノヴィア、イリナの教会トリオと呼ばれる3人が祝いや興味を示せば…

 

「ぼ、僕も先輩に負けないように精進したいですぅ!」

「私も早く昇格して高給で安定した生活が欲しいところです」

「おめでとう。納得の人選だな。…自分のペースで強くなるにも限界があるか」

 

 ギャスパー、ロスヴァイセ、大一のように各々の感性や目標を抱きながら、上を目指すことを考えるメンバーもいた。

 当然、レイヴェルも満面の笑みで祝う。

 

「ライザーお兄様のチームではもう太刀打ちできないほどの眷属構成になってしまいましたわね」

「フェニックスのところは長男がトップレベルのプレイヤーじゃないか。あそこのチームはバランスがいい」

 

 アザゼルはフォローするも、レイヴェルは特に気にしない様子で頭を振った。

 

「ウチの長男は次期当主ですもの、強くなくては困りますわ。それはともかく、さすがリアス様のご眷属ですわ。短時間で3人も昇格推薦だなんて。ね、小猫さん?」

「…当たり前。───おめでとうございます、イッセー先輩、祐斗先輩、朱乃さん」

 

 レイヴェルから話を振られた小猫の声はどこか弱々しく、いつもの調子じゃないことを看破できないメンバーはいないだろう。とはいえ、仮にも魔王の面前であるためこの場でことを大きくすることも出来ないのだが。

 祐斗、朱乃の両名は立ち上がると、サーゼクスに一礼する。

 

「このたびの昇格のご推薦、まことにありがとうございます。身に余る光栄です。───リアス・グレモリー眷属の『騎士』として謹んでお受け致します、魔王サーゼクス・ルシファーさま」

「私もグレモリー眷属の『女王』として、お受け致します。このたびは評価していただきまして、まことにありがとうございました」

 

 2人の毅然とした態度にサーゼクスは微笑むと、その視線を一誠へと向けた。

 

「イッセーくんはどうだろうか?」

「もちろん、お受け致します!本当にありがとうございます!…正直、夢想だにしなかった展開なので驚いてますけど、目標のために精進したいと思います!リ…部長にも応えられて俺も満足です!」

 

 祐斗や朱乃と比べるといささか直情的な物言いに感じる弟の返答に、大一は軽く頭を掻く。ただサーゼクスが気になったのは、一誠が遠慮してリアスを部長と呼んだことであった。

 

「おやおや、イッセーくん。私の手前でもリアスのことは名前で呼んでくれてかまわないよ。ハハハ、むしろ呼んでくれたまえ!私も嬉しいし、見ていて幸せな気持ちになれる」

「も、もう!お兄様!茶化さないでください!」

「ハハハ、いいではないか。なあ、グレイフィア」

「私風情が分に過ぎたことは言えません。…ですが、この場の雰囲気ならば名前で呼び合っても差し支えないかと」

 

 相変わらず魔王としての威厳よりも妹への態度を優先するサーゼクスはともかく、一線を引いた厳格さで知られるグレイフィアですらその関係性について認めたのだ。これにはリアスも目を潤ませるほど感激を示すが、対照的にサーゼクスの言動を増長させることになった。

 

「よしよし。それならばついでに私のことも義兄上と呼んでくれてもかまわないのだよ!さあ、呼びたまえ、イッセーくん!お義兄ちゃんと!」

 

 さすがにこれを看過するほどグレイフィアも甘くなく、どこからともなく取り出したハリセンの一撃で魔王の頭をはたいた。

 

「サーゼクス様、それはこの場ではやりすぎです。───いずれ。いずれでよろしいではありませんか」

「…そ、そうだな。それにイッセーくんには、本当の兄もいるし…ところでこの場合は大一くんからお義兄ちゃんと呼ばれるのもありなのだろうか?私としてはそれもいいな。いやしかし大一くんとはあくまで兄同士の立場でセラフォルーも含めたお兄ちゃん、お姉ちゃん会合を…」

「サーゼクス様?」

「す、すまない。私もそろそろ自重しなければな…コホン」

 

 咳払いをして誤魔化すサーゼクスであったが、大一は耳を塞ぎたくなるような想いが頭を駆け巡ったのを感じた。相手が相手でなければ「お兄ちゃん、お姉ちゃん会合」というものを小一時間問い詰めたいような気もするが、それを聞くと逆に手を引っ込めたくなるような熱量に直面しかねなかった。

 サーゼクスの威厳を忘れてきたような様子にひとしきり笑ったアザゼルの話では、この中級悪魔の昇格試験は来週であることが告げられる。試験内容はレポート作成、筆記、実技と人間界の試験を想起させるような内容であった。特にレポートについては「中級悪魔になったら何をしたいか」というテーマで、受験や就職活動にも通じるようなものであった。

 祐斗、朱乃はもともと筆記にも心配は無かったが、アザゼルは一誠を危惧していた。

 

「お前はレポートの他に筆記試験のための試験勉強だ!基礎知識はともかく、一週間で応用問題に答えられる頭に仕上げろ!安心しろよ。お前は周りには才女、才児がなんでもござれの状態だ」

 

 アザゼルの発言は釘を刺すのと同時に、一誠を安心させた。事実、彼のサポートにはリアスがいるし、共に勉強する仲間として祐斗や朱乃がいる。3人の成績の優秀さは皆が知るところであった。もっとも仮に落ちたところでよほど素行が悪くない限り推薦は取り消されることは無い。良くも悪くも注目されることが多い彼らには、取り下げは無縁の話だろう。

 

「私はイッセーくんが次の試合で合格すると確信している。イッセーくん自身は突然のことで不安かもしれないが、まったく問題ないのではないかな」

「俺、がんばります!絶対に中級悪魔になります!そして、いずれ上級悪魔にもなります!」

 

 サーゼクスからの太鼓判に応えるように一誠は決意を口にする。心の中にはハーレム願望が再燃していた彼であったが、その決意が確固たるものであるのは疑いようもなかった。

 

「さて、話がまとまったところで、私は少しばかり出かけようと思います」

 

 この状況で声を上げたのはロスヴァイセであった。夜にもかかわらず外出すると思われる格好をしており、時間とのギャップを感じさせるものがあった。

 なんでも先日の試合で露呈した弱さを振り返り、故郷の北欧へ一時帰省し「戦車」としての特性を伸ばすことを考えていた。彼女自身、魔法の攻撃力においては目を見張るものがあるが、それとは別に伸ばしたい能力もあった。

 当然、リアスとしても彼女の前向きな意気込みを否定する理由はない。彼女は自身の眷属の行動を許可した。

 

「自ら伸ばしたい点があるのなら、断る理由はないわ」

「ありがとうございます。あ、それと学園の中間テストの方はすでに問題用紙を作成しておきましたのでご心配なく」

 

 ロスヴァイセの発言に、大一は無言ながらも感嘆の気持ちが湧きだすのを実感した。彼女から魔法を教えてもらった身であればその優秀さ、勤勉さは知るところであったが、加えて手際の良さも所有している。

 その一方で、一誠は思い出したかのように声を上げた。

 

「やべぇ!そうだ、中間テストあるんだった!べ、勉強あんまりしてねぇぇぇっ!」

 

 地頭はお世辞にも良い方でない一誠としては、勉強関連が重なるというだけでも大問題であった。悪魔としてはまだ1年も経っていない彼としては、このやりくりの難しさを感じるのは当然だろう。

 そんな彼の心配をよそに、サーゼクスはレイヴェルに問う。

 

「レイヴェル、例の件を承諾してくれるだろうか?」

「もちろんですわ、サーゼクス様」

「例の件ってなんですか?」

「うむ。レイヴェルにイッセーくんのアシスタントをしてもらおうと思っているのだよ。いわゆる『マネージャー』だね」

 

 今後の一誠の多忙さについて予想するのは難しくない。特に悪魔としては、絶大な知名度と人気を博しておりその存在は別の勢力、神話体制でも少なからず耳に入っているだろう。そうなれば彼をサポートする人物…すなわちマネージャーが必要であった。そこでサーゼクスが打診したのが、レイヴェルであった。元より支援という面では非凡な才能を持ち人間界でも勉強中である彼女は、一誠のサポートにおいてうってつけであった。

 まさか1年もしないで弟がこれほどの存在になることは、大一としても驚きを隠せなかったが、それを補うにあたり余りあるほどのサポートが入ることには安心を覚える。

 一誠の待遇にはギャスパーも息を漏らし、大一と共に驚きを示していた。

 

「イッセー先輩、すごいですぅ…」

「マネージャーの話は前にも出ていたが…なるほど、そう来たか。レイヴェルも忙しくなりそうだな。小猫、ギャスパー、同じクラスだから気にかけてやれよ」

「もちろんですよ」

「…はい」

 

 ギャスパーは活気的な返事を返すのに対して、小猫は相変わらず覇気のない様子で答える。どうも彼女の様子は引っかかるものがあるが、それが気持ち的なものなのか、体調的なものなのかは判断しかねた。ただ夏休み時のように彼女がまた何かを思いつめているようなら…そのような考えがよぎった大一は頭の中で対策を練ろうとするも、同時にディオーグのとげとげしい苛立ちの感情がよぎって思考を深めることが至難であった。

 




オリ主の経歴で中級の昇格は…まだ出ないんじゃないかな。


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第99話 昂り2つ

どうしても湿っぽい内容の方が筆が乗るような気がします。


『昇格の推薦が来なかったのは残念でしたな』

 

 手のひらサイズの半透明の師匠の顔が、部屋の主である大一に語りかける。久しぶりに炎駒から連絡があったと思ったら、通り一辺倒のあいさつをした後にとてつもなく苦いコーヒーでも飲んだような表情で話していた。

 

「まあ、こればかりは致し方ないとしか言えませんよ」

『私としては貴殿も推薦されておかしくないとは思うのですが』

「炎駒さんにそう言って頂けるだけで、俺としては嬉しい限りです」

 

 炎駒は腑に落ちない訝し気な視線を送るが、大一としてはこの発言に偽りはなかった。数日前に中級悪魔の昇格について自分の名前が呼ばれなかった際、大一には無念の感情というものがまったく抱かなかったのである。自分よりも悪魔人生が長い朱乃はもちろんのこと、赤龍帝として実力や実績ともに確立している一誠、禁手を2つも発動させてどの戦いでも一定以上の戦果を挙げている祐斗…彼らに比べれば自分の評価は正当なものだと思ったからだ。

 それでも師である炎駒としては納得していなかった。というのも、それはある話を小耳にはさんだからである。

 

『私は昇格の件については関わっていませんが、グレモリー眷属全員が一度は協議されたと聞いています』

「そうなれば選ばれなかったメンバーには相応の理由があるのでしょう」

『それは否定しません。しかし一部では悪魔になってからの日が浅いという指摘がありました。これに当てはめれば若…弟殿もそれに該当するでしょう』

「俺だって3年以上はありますが、それも別に長いわけじゃありませんけどね」

 

 肩をすくめながら大一は淡々と答えるが、炎駒の言いたいことに察しはついていた。大一が選ばれなかった理由に年数は関係なく、同時に炎駒としては感情を逆なでする内容であったようだ。

 

『現魔王であるサーゼクス様の妹君である姫の眷属から多くを出したくないという者がいるのは確かですな』

「悪魔も一枚岩というわけにはいきませんものね」

『こればかりは致し方ありません。しかし私が納得できないのはこれだけではないのです。大一殿が選ばれなかった理由には若との比較、そして危険性を孕んでいるという指摘があったと聞いています』

「一誠との比べられるのはわかりますが…危険性?」

 

 大一は考えるようにあごに手を当てる。一誠と比べられるのは仕方のないことだ。兄弟であり、同じ主に仕えており、しかも同じ「兵士」ときたものだ。いくら切り離して考えようにも、評価を受けるにあたってそれは長年のツタのように絡みつくだろう。

 しかし「危険性」という単語には首をひねる想いであった。大一自身の能力を考えれば、危惧されるようなことはひとつも無いように思えるが…

 炎駒は嘆息すると、再び話を始める。少し疲れた声にはこの場にはいない悪魔の上層部への呆れが込められていた。

 

『活発になっていく禍の団の襲撃により、大一殿も戦う機会が増えました。おかげでディオーグの存在はすでに上層部の多くが知るところになっております。ディオーグが未だに正体不明なドラゴンであることを少なからず危険に感じる者もいるのです。ましてや先日の試合で、多くの人が知ることになりましたから…』

「でもそれを言ったら、一誠のドライグなんかは赤龍帝として恐れられたと思うのですが」

『もちろん無名の存在よりも悪名は轟くことではあります。しかし現在は違うでしょう。冥界のヒーロー、期待の新星、そういった面で世間からの肯定的な意見がずば抜けています。悪魔自体が他の勢力と比べるとドラゴンへの危険意識が低いのはありますが…いやそれはどうでもいいのです』

 

 頭を振る炎駒の姿は、どうにも疲労感を抱かせるものであった。彼の心には、さっさと話を終えたい焦燥感と本当に話してもいいのかという心配の相反する気持ちが混在していた。

 最終的に彼は前者を選択し、話を進めるのであった。

 

『私はどうも…負の部分が兄という繋がりから貴殿に向かっているような気がするのですよ』

「まさか。俺を貶めたところで百害もないでしょうが、一利もないでしょうよ」

『私もそれは思います。しかし貴殿がかつて「犠牲の黒影」に浸食されたことが、昇格を容認されない理由に挙げられたことを小耳にはさみました。今さらながらこの事実を掘り返してくる辺りに、貴殿が一部の者からあまりよく思われていないのは明白です』

「そう来ましたか…」

『加えて、先日の京都での一件。貴殿はグレモリー眷属としてではなく、いち悪魔としてあの場にいました。ひとりの成人悪魔としての責任が伴っているのです』

 

 大一は身体にたまった不穏な感情を入れ替えるように、鼻から大きく深呼吸をした。要するにグレモリーに対して、納得がいかない一部の権力者のはけ口に使われているということだろう。

 あまりいい気分では無かったが、理不尽には感じなかった。未だに権力を持つ上役がいるのは事実だし、それらが冥界のシステムを守っている面もあるだろう。悪魔が実力主義とはいえ、その常識が悪魔のどこでも通じるわけがないのだ。もし通じるのであれば、そもそも大一はディオーグと融合する前に放逐されている。今後、上に行くにあたって面倒なしがらみとも関わることは重々承知していた。それを思えば、少し時期が早くなっただけのこと。不満はあるが、理不尽ではないのかもしれない。

 ただし炎駒は同じ見解ではなかったようで、半透明にしか映っていない頭部を下げた。

 

『申し訳ない。私が貴殿を京都に行かせたことで余計なしがらみに関わらせてしまいました』

「炎駒さんは悪くないでしょう。それに昇格の話が来なかったのは、俺の実力不足もあるんです。今度はそういった言葉が出ないほど強くなれば問題ないでしょう」

『しかし…』

「これ以上、湿っぽくなるのは止めてくださいよ。だいたい師匠の頭を下げる様子を見たい弟子なんていないでしょう」

『…わかりました。しかし大一殿、思うことがあればいつでも連絡して来てください。できる限り力にはなります』

「本当にありがとうございます、炎駒さん」

 

 展開していた魔法陣が消え去り、連絡を終える。再び大きく息を吐いた大一の頭にはサイラオーグのことが浮かんでいた。アザゼルから聞いた話では、彼を支援した上層部の悪魔の多くが手を引いたようだ。だがそれでも彼はストイックに己を鍛え続けている。以前は利用されることを、むしろチャンスだと思っていた節もある。その質実剛健な姿勢は、実力以上に悪魔として完成していたと言えるだろう。

 

「見習いたいものだな…」

(だったら、そうすればいいだろう)

(うおっ!起きていたのかよ、ビックリした…!)

 

 誰に聞かせるでもない大一のつぶやきは、彼の体に住み着く一匹の龍が聞いていた。口調はいつもの様子であったが、すでにとげとげしい雰囲気の声であり、炎駒の話を聞いていたことが察せられる。

 

(ったく、どこのどいつか知らねえが、俺はあのドライグって奴より下に見られているのが気に食わねえ)

(だからって悪名を轟かせても困るけどな)

(悪名なんぞ勝手にそいつらが決めたことだろう。強ければどっちにしろ名は上がるんだ)

(…やっぱり今回の中級悪魔の昇格が来なかったことに怒っている?)

 

 大一はおそるおそる尋ねた。数日前にサーゼクスが来てからディオーグの不満は感じたが、この話を振るのを彼はためらっていた。頭の中で罵声をうだうだと言われるのが間違いないと思われるため、相手からその類の話題を振ってこない限りは避けようとしていた。

 声の荒々しさは予想通りであったが、返答はまったく違ったものであった。

 

(てめえらの格付けなんぞ興味もねえよ!)

(あ、あれ…?でも中級悪魔になれば、以前よりは有名にはなると思うぞ)

(悪魔の枠組みなんて小さいものにこだわる理由はねえな。そんな与えられる称号は願い下げだ)

(そ、そうか…。ゴメン、勝手に昇格出来なかったことにイライラしているのかと)

(あー、ムカついているよ!てめえのその態度にな!さっき、ヘンテコ生物と話していた時、「致し方ない」って言ったよな?それどういう意味だ!)

(いやだってさ、俺は別に一誠達ほどの実績を残しているわけじゃないし…)

(その後ろ向きな発言が気に食わねえんだよ!)

 

 ディオーグはガチンと牙を鳴らしそうな勢いであった。誰もいない自室なのに、大一は思わずびくりと身体を震わせる。

 そんなこともお構いなしにディオーグは話を続けた。

 

(その事なかれ主義みてえな考え方、自分の評価は正当だと思っていやがる。強くなりたいという意識はあるのに、その理由はどこまでも後ろ向きだ)

(別にそんなこと───)

(俺から言わせてもらえばな!お前は未だに弟に対して遠慮がある!下手に強くなったせいで、弟や仲間に対して過保護な割には踏み込めていないんだよ!)

(俺はそこまで───)

(だったら、この前の話でお前は嘘でも悔しがれよ!あいつを本気で超えたいなら、いざという時にぶん殴れるくらいの心でいろよ!てめえのは自分の罪悪感を少しでも軽くしたくて、無意識にストップかけているだけじゃねえか!)

 

 たびたびの反論を抑え込むディオーグの発言は怒りに塗れていた。もし元の身体で同じように言われたら、心が折れてもおかしくないと思うほど鬼気迫る力強い雰囲気がそこにあった。

 

(…小僧、てめえが未熟なのは事実だ。それは否定しないし、己の力量を把握するのは必要なことだろう。しかし今のお前は自分の伸びしろをすべて消している。弟へのこだわりをいい加減に捨てろ。そうすればお前は…もっと強くなる。お前がいなくても、特別扱いしてもらっているんだから生きていけるだろ)

 

 吐き捨てるようにディオーグは締める。ここまで言われても、すぐに変わろうと思うほど大一は彼との信頼関係は築けていなかった。そもそも特別扱いというのならグレモリー眷属として彼も大小違えどあるだろうし、一誠の兄としてのアイデンティティを持つ身としては弟への責任感を捨てるなどというのは土台無理な話だ。

 しかし同時にディオーグの言葉をすべては否定しきれないのも事実であった。彼の言う通り、弟に対しては甘い点は確かにあった。入学当初から彼の行いについては謝罪してきたし、相談を受ければ基本的にすべて聞く。もっと幼い頃から、仲が良いわけではないが気にかけてはきた。もっともこれは弟の出生について、彼がかつて祖母からこっそりと聞いていたのも原因ではあるのだが。

 結局、この話に決着はつかないと感じた大一は小さく唇をかむ。悔しさとは別の不本意な感情が、彼の心を気味が悪くなるように荒廃させていった。

 ただこの会話に収穫が無かったわけじゃない。大一はディオーグのことを知る必要性を感じた。それは実力だけではない。彼の人生そのものを知りたいと思ったのだ。そこから強い信頼関係を結ぶことは、この問題を解決させるだけじゃなく自分がさらに強くなることにも繋がるだろう。

 彼が思考の渦に身を投じようとすると、朱乃が部屋にノックと同時に入ってくる。最近はすっかり遠慮がなくなってきた彼女は、部屋に入るのにも意味のなさないノックで済ませるだけになっていた。

 

「大一、いるかしら?」

「どうしたの?」

「これからみんなで勉強会をしようと思うの。一緒にしましょう」

「わかった。すぐに行くよ」

「お茶は淹れなくていいからね」

「あー…わかった」

 

 朱乃の意地の悪い笑顔に、大一は少しバツの悪そうに反応する。他のメンバーが中級悪魔の勉強やらテスト勉強やらで精を出していたため彼が一度お茶を淹れたのだが、あまりにも味気の無いものが出来上がってしまった。不味くは無いのだが、お世辞で美味いとも言えない微妙なものであった。

 

「あとは小猫ちゃんだけなんだけど…」

「部屋にいなかったのか?」

「返事が無かったのよ」

「寝ているだけならいいが、最近は体調悪そうだったし不安だな」

(まあ、たしかにあの猫又は最近の生命力の流れが変だが)

(おいおい、不安になるようなことを言うなよ…)

(だったら、お前も感知してみろ。ったく、武器を出さなくても感知できるようになれるようにしろっての)

 

 ディオーグの余計な一言は無視しつつ、大一は錨を取り出して小猫の生命力を感知する。同居中の女性にやるような行為ではないが、ディオーグの感知能力に関しての信頼と小猫への心配が小さな常識を押しつぶした。

 

「…なんだ、これは?」

「どうかしたの?」

「ちょっと小猫の部屋に行こう。魔力の乱れだけならともかく、生命力までおかしいな…。あいつ、どうしたんだ?」

 

 間もなく、小猫の部屋にたどり着くと大一は軽くノックする。

 

「小猫、体調は大丈夫か?あれだったらちょっと入ってもいいか?」

「…どうぞ」

 

 あまりにもか細いが反応する声が聞こえる。小猫が起きていたことに、朱乃は少し驚いた表情をしており、大一は静かに部屋に入った。

 部屋の中で小猫は横になっていた。たまに寝間着に使用している白装束を着ており、荒い呼吸で目元を抑えている。その様子は苦しさに支配されており、大一はベッドの横にしゃがみ、彼女の容態を確認した。

 

「大丈夫じゃなさそうだな。熱あるか?」

「だ、だめです…!」

「そんなに辛いか。病院行かないとマズいかもな」

「そ、そうじゃなくて…!」

「朱乃、悪いけどやっぱり勉強会は参加しない。ちょっと遅いけど、俺が小猫を病院に連れて行くよ」

「それは構いませんけど…小猫ちゃんがなにか言っているわ」

 

 小猫はぼそぼそと何かを呟く。先ほどの声よりも遥かにか細く、耳を口元に寄せないと聞こえないほどだ。

 すっかり弱った様子の小猫に不安を感じた大一は、彼女を起こしてすぐに病院へと向かう仕度をしようとする。

 だが彼が小猫に触れた瞬間に、小猫は大きく体を震わせるとゆっくりと起き上がった。この突然の反応には、彼女を心配する先輩2人も面を食らった様子で驚いた。

 

「お兄ちゃん…辛い…」

「…あ、ああ。大変だな。早く病院に一緒に行こう」

「…お兄ちゃん…好き…赤ちゃん…欲しい…」

「…おいおい、小猫。お前ちょっと落ち着こう。朦朧としすぎて───」

 

 大一が全部を言い終える前に、小猫は飛び掛かるように彼に抱きついてそのまま押し倒した。不意の行動に咄嗟の反応もできず大一は驚きに目を見開くが、そんな彼の反応などお構いなしに小猫は身体を摺り寄せて少しでも密着しようとしていた。

 

「リ、リアスを呼んできますわ」

 

 さすがにただ事じゃないと感じた朱乃は少し裏返った声を出すと同時に部屋を出る。正直なところ、この状況で2人きりにされる方がとんでもない方向へと舵を切られるようにも思われるが、この場にいた男女はそこまで考えが及ばなかった。

 とにかく引き剥がそうとする大一であったが、小猫は物悲し気な表情で相手を見る。

 

「お兄ちゃん…私のこと…嫌いですか…?」

「そうじゃない。しかし今のお前は明らかに変だ。まずはそれをどうにかしよう」

「…お兄ちゃんなら…私を…受け止めてくれると…」

 

 小猫らしくない妖艶な響きがあったが、なぜか胸を締め付けられるような悲しみと辛さを感じた。間もなくリアス達が現れて彼女を落ち着かせるために奔走するのであった。




ヒロインについて指摘を受けてから50話近く…そろそろ決着をつけたいところです。


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第100話 来訪した龍神

なんだかんだで100話です。
そんな回の内容は、いよいよ彼女との対面です。


「猫又の発情期ってことか」

 

 連絡を受けたアザゼルは、開口一番にVIPルームでリアス達に話す。当事者である小猫は、駒王学園のテニス部長である安部清芽の調合した薬で深い眠りに落ちていた。彼女も悪魔を知る存在で、代々から魔物を使役する家系であった。同学年でありながら大一はあまり彼女とは話してこなかったが、リアスや朱乃は親交があり彼女のおかげで小猫は落ち着きを取り戻した。

 彼女の見立てでは、小猫の変化は猫又の持つ子孫を残したいという本能的なものが原因であった。猫又も猫の妖怪だけあって一定の周期で発情期があり、子作りを求めるのだという。しかも猫又の特性上、相手は異種族の男性ということになる。

 だが小猫の身体は成熟しきっておらず、仮に性行為をして妊娠した場合は母子ともに命の危険にさらされることは間違いなかった。

 

「まあ、こいつに限ってそういう甲斐性は無いだろうが」

「その嫌みっぽい言い方やめてくださいよ」

 

 アザゼルの呆れたような視線に大一は反論する。聞けば小猫の発情期はかなり早いものであり、その原因はこの場の恋愛事情によるものであった。リアスや朱乃は想い人と付き合い、他の女性陣の多くが積極的に行動している。その結果、彼女自身が焦りを感じてしまいそれが本能を刺激する結果になった。

 そんな彼女を無理やり抑えても今後に支障をきたす可能性があるため、この場合の一番の対処法は男側が我慢することであった。

 

「正直、今の小猫なら場合によっては龍の力を持つ相手なら見境が無くなりかねないからな。イッセー、お前も定期的に仙術のマッサージを受けているんだから用心しておけ。誘惑されても耐えろよ」

「お願いイッセー。小猫の誘惑に負けないで。子作りしちゃダメよ?だいたい、私だってまだ…」

「そ、そうですね。俺!誘惑に負けず、小猫ちゃんが落ち着くまで耐えて見せます!」

 

 きっぱりと言い切る一誠にリアスは嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「無事に耐えてくれた、私がご褒美をあげるわ。ね?」

「本当ですか!?」

「ええ、本当よ。イッセーのことだからエッチな要望でしょうけれど。うふふ」

 

 気がつけば一誠とリアスは互いに見つめ合って、何人の侵入も許さないような不可侵の領域を作り出していた。2人の甘ったるい空気は可視化できるように思えるほど濃厚で、それを見たアザゼルがやれやれと言った様子で苦笑いする。

 

「見せつけやがって。そういうのは2人だけの時にやれってんだ。なあ、お前ら?」

「いえ、お二人の様子は安心して見てられるというか」

「いいなーと思いつつも二人の仲を見守れる安堵感は癒されるぞ」

「そうねぇ、決着するまで案外長かったものねぇ。見つめ合った時、二人の間に演出的なお花が満開だったような気がするわ!」

「いまの場面を録画してライザーお兄様に見せたら悶死しそうですわね。うふふ」

 

 教会トリオとレイヴェルの反応に、アザゼルは呆れたように首を振る。あっさりハーレム状況を受け入れているのは、一誠の日頃からの態度やリアスとの関係性も複雑に絡み合っているからであろう。

 アザゼルの視線はもうひとりの男子へと向けられる。

 

「かー、甘ったるいバカップルに理解のある女たちだぜ。まあ、イッセーの方は大丈夫だろ。あとは大一。お前がいくら男として機能停止していても、小猫のことは襲うなよ」

「本当に自然に失礼なこと言いますね。だいたいするわけないでしょ。それにあいつは───」

 

 大一は喉まで出かかった言葉を無理やり押しとどめる。小猫に率直な好意を向けられた時、彼には戸惑いしか感じられなかった。「お兄ちゃん」という言葉が耳に響く感触が残っている。そのため彼女は親愛と恋愛を誤解しているだけだと感じたが、同時にあの色気と憂いが込められた表情には恋愛とは違った方向で胸が締め付けつけられる感触があった。

 大一が意味深に言葉を切ったことに、アザゼルは眉を上げる。

 

「おっと熟年夫婦にも暗雲か?」

「誰が熟年夫婦だ!」

「まったくですわ。リアス達よりは長い付き合いですけど、私と大一は新婚並みにラブラブです」

「その反論もなんか違くないか!?」

「こっちはこっちで違う空気だが…お前らの方は尚更しっかり話しておかないとイッセーよりも酷いことになりそうだな。まあ、頑張れよ。

 ああ、それとついでの報告だ。朱乃、バラキエルは承諾した。俺もそれでいいと思うあとはお前の意思次第だ」

「父が…そうですか。わかりました。これ以上、眷属に迷惑はかけられませんものね。───ギャスパーくんも頑張っているんですもの、私も近く必ず」

 

 アザゼルの報告に朱乃は決意を持った表情になる。詳細は不明であったが、大一はギャスパーとトレーニングしていた際に彼が神器の研究のためにグリゴリへ行くことを耳に挟んでいた。バラキエルとの関係性も考えれば、彼女も同じような目的で向かうのだろう。もっとも神器と堕天使で違いはあるのだが。

 朱乃の反応を見たアザゼルは、改まった表情でその場にいる全員を見渡す。

 

「さてと、ちょっといいか。明日、この家に訪問者を呼ぶ予定だ。リアス、それについての了解を取りたい」

「あら、初めて聞いたわ。突然ね」

「ああ、ちょっとな。お前達はその訪問者に確実に不満を漏らす。いや、そいつに対して殺意を抱いてもおかしくないはずだ」

 

 アザゼルの発言に、部屋にいたメンバーに波のように不穏な空気が広がっていく。これほど注意喚起をする相手をおいそれと歓迎するような人物は、よほどのスリルを求める怖いもの好きでもいないだろう。

 大一は炎駒の話からなぜか「犠牲の黒影」がちらっと頭に浮かんだが、すぐに可能性のある方向へと舵を切った。不満と殺意が混在し、かつアザゼルとの繋がりがある人物…思い当たるのに時間はかからなかったし、おそらくこの場にいる全員が一誠のライバルを自称する天龍を想像したであろう。

 

「いま頭に過ぎった集団があるだろう?それで半分正解だ」

「先生、ヴァ―リたちがまたここに?」

 

 一誠が疑問を呈するが、アザゼルの回答を考慮すると本命は別のところにある気がした。実際、わざわざ殺意というほどの言葉を使ってまで注意勧告する相手にしては共闘もしたことのあるヴァ―リチームは少々ずれていると言わざるをえない。

 

「まあ、ヴァ―リチームに関してはお前たちも曖昧な立ち位置であることは認識しているだろう。ただな…いま言ってもしょうがない部分があってな。明日の朝まで待ってくれ。それでわかる。だが、俺の願いとしては決して攻撃を加えないでくれ。それだけだ。話だけでも聞いてやればそれで十分なんだ。───うまくいけば情勢が変化する大きな出会いになるかもしれない。俺も明日の朝、もう1度ここに来る。───だからこそ、頼む」

 

 アザゼルは頭を下げて頼み込む。一誠達は訝しげな表情をする一方で、どうもこの強引なやり口に大一は眉間にしわを寄せた。彼の場合は、小猫の件やディオーグの件もあって余裕がないのもあったのだが。しかし翌日、このディオーグが大きくかかわることになるとは彼の想像を絶した。

 

────────────────────────────────────────────

 

「久しい。ドライグ」

「オ、オ、オ、オ、オオオオオオオオオオ、オーフィス!?」

 

 早朝、アザゼルが連れてきた人物を見て一誠の衝撃的な叫びがこだまする。しかし彼の感情を否定できる人物がこの場にいるはずがなかった。アザゼルが連れてきた人物は、どこか思慮の薄そうな影のあるゴスロリの服をまとった少女…禍の団のトップであるオーフィスであった。

 彼女の出現に全員が臨戦態勢を取ろうとするが、アザゼルがストップをかける。

 

「ほらほらほら!昨夜言ったじゃねぇか!誰が来ても殺意は抱くなってよ!攻撃は無しだ!こいつもお前らに攻撃を仕掛けてはこない!やったとしても俺たちが束になっても勝てやしねぇよ!」

 

 彼の言葉は間違ってはいないのだろう。オーフィスの実力を考えればこの場で全員が本気を出したところで勝負にはならず一方的な敗北を噛み締めるだけになるだろう。

 しかしそれを簡単に受け入れることができるだろうか。3大勢力が同盟を組むきっかけでもあり、今もなお世界中で混乱を引き起こす禍の団のボスが同盟の中でも重要な意味を持つこの地に足を踏み入れたのだ。歓迎する方がはるかに難題だろう。

 当然、非難轟々であったがいち早く冷静を取り戻したリアスが息を吐く。

 

「…協力体制を誰よりも説いていたあなたですものね。このオーフィス訪問にそれがかかっていると判断したってことね?」

「ああ、すまんな、リアス。俺はこいつをここに招き入れるためにいろんなものを現在進行で騙している。だが、こいつの願いは、もしかしたら『禍の団』の存在自体を揺るがすほどのものになるかもしれないんだ。…無駄な血を流さないために、それが必要だと俺は判断した。改めてお前たちに謝り、願う。───すまん、頼む。こいつの話だけでも聞いてやってくれないだろうか?」

 

 再びアザゼルは頭を下げる。そんな彼にリアスの次に歩み寄ったのは、おそらく彼に一番世話になっているであろう一誠であった。

 

「俺は先生を信じます。俺がここにいるのは先生のおかげですから」

 

 その後も続々と賛成の意見が現れる。大一はその光景にいまいちしっくりきていなかったが、自分だけが騒ぎ立てることでも無いし、それで事が変わらないことも理解していたため、ただ閉口していた。むしろオーフィスが現れてから、静かながらも間違いなく力強い感情を感じさせるディオーグの方が気がかりであった。ただ闘争心とは違う、このドラゴンなりにオーフィスに興味を抱いた不思議なものであった。

 さらに招かれたのはオーフィスだけでなかった。突然、魔法陣が出現するとそこから金髪の少女と灰色の大型犬が現れた。

 

「ごきげんよう、皆さん。ルフェイ・ペンドラゴンです。京都ではお世話になりました。こちらはフェンリルちゃんです」

 

 ヴァ―リチームの魔法使いであるルフェイが物腰柔らかく挨拶をする。彼女はフェンリルやゴグマゴグといった人智を超えた生物と親交を深めており、ヴァ―リチームのアーサーの妹であった。修学旅行の際に会ったメンバーもいるが、大一はわずかに見かけた程度だったのでほぼ初対面といっていいだろう。むしろ彼が気になったのは、間もなく別の魔法陣から現れた和服の女性であった。

 

「おひさ~赤龍帝ちん!お兄ちゃん!元気にしているかにゃ」

「黒歌かよ!ど、どういう組み合わせだ!」

「というか、その呼び方やめろ。お前にそう呼ばれる筋合いはない」

「あらら、冷たい。そう呼んでいいのは白音だけってわけ?」

「…小猫は関係ないだろ」

 

 黒歌が面白そうな笑みを見せるのに対して、大一はそっけなく反応する。この場にいるのは兵藤兄弟と同居しているメンバー。祐斗やギャスパーはまだ来ていなかったが、小猫もまだ部屋で休んでいた。どっちにしろ彼女が現れた以上、大一はあまり小猫を引き合わせたくは無かったが。

 このメンバーをVIPルームに通し、人生最大の重い空気が流れるお茶が始まるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その場にいるメンバーほとんどが緊張感を持った状態(ヴァ―リチームの2人+1匹はお茶と昼寝を堪能していた)の中で、オーフィスが求めたのはドライグとの会話であった。彼女は二天龍と称される赤龍帝ドライグとその宿主がまるで違う成長していることに興味を持っていた。ヴァ―リもベクトルは違うが、同様にまったく違った成長をしている。彼女はその先に何があるのかを見極めたいという意図があった。それこそ二天龍には規格外であったオーフィスやグレートレッドに通じる『覇』の力を呪文に混ぜたのだから。

 一誠のブーステッド・ギアからドライグの声が聞こえる。彼女との応対はほとんど彼が行っていたが、その価値観の違いは他の者を寄せつけない雰囲気があった。あったはずなのだが…

 

「ドライグ、乳龍帝になる?乳揉むと天龍、超えられる?ドライグ、乳を司るドラゴンになる?」

『うぅ…こいつにまでそんなことを…。うっ!はぁはぁ…!意識が途切れてきた!カウンセラーを!カウンセラーを呼んでくれぇぇぇっ!』

「落ち着け、ドライグ!ほら、薬だ!」

『…あ、ああ…す、すまない…。この薬、き、効くなぁ…』

 

 この緊張感に支配された空気が覆されるのに時間はかからなかった。身体があれば間違いなく泣いているであろうドライグの声が聞こえる。乳龍帝、おっぱいドラゴンなどの異名が彼に負担をかけているようで今ではカウンセリングや薬などのメンタルケアまで受けているほどだ。

 

(あれでよく相棒とか言えるぜ、あの赤ドラゴンは)

(ま、まあ、当の本人が言っているんだから良いんじゃないの?)

(俺はあんな脆弱な奴とは違うからな)

(あー、はいはい。今の状況でお前と言い争うつもりは無いよ)

 

 大一が頭の中でディオーグとの会話を早々に切り上げる中、オーフィスはじっと一誠を見る。彼女の興味の矛先は天龍を大きく変えるきっかけになった宿主へと向いていた。

 

「我、見てみたい。ドライグ、この所有者、もっと見たい」

「てなわけで、数日だけこいつらをここに置いてくれないか?オーフィスはこの通り、お前のことを見ていたいんだとよ。そこに何の理由があるかまではわからないが、見るぐらいならいいだろう」

「イッセーがいいなら、私はかまわないわ。もちろん、警戒は最大でさせてもらうし、何かあったら、全力で止めるしかないでしょうね。それでいいなら、私は…呑むわ、アザゼル」

 

 リアスの言葉に一誠は驚いた表情をするも、同時にどこかで納得したような感情も含ませていた。オーフィスがこの場で懐柔でもされるのならば、今後の戦火や流れる血は間違いなく減るだろう。それを考えれば、この選択は決して悪くはない。決定権を与えられた一誠は、平和に過ごしたい願望が口から出そうになるのをこらえてオーフィスに向き直った。

 

「…俺もOKですよ。ただ、試験が近いんで、そちらの邪魔だけはしないでくれるなら」

「毎度悪いな、イッセー。大切な試験前だってのに、お前に負担をかけちまって。───だが、これはチャンスなんだ。うまくいけば各勢力を襲う脅威が緩和されるかもしれん。

 俺が言える義理じゃないが、オーフィス、黒歌、こいつらは大事な試験前なんだ。邪魔だけはしないでやってくれ」

「わかった」

「適当にくつろぐだけにゃん♪」

 

 気づけばあっという間に話がまとまり、新たな客が滞在することが決まった。他の勢力が見ようものなら、3大勢力の同盟の信用が落ち込むことは間違いない光景だろう。

 大一は大きく息を吐く。一誠やリアスが決定権を持っていたことやアザゼルの強引な手立てに悩みはしない。ただ小猫が不安定な状態で黒歌が一緒に生活するというのが不安であった。彼女の存在が何かしらの引き金を引くことにならないことを祈るばかりだ。

 ちらりとルフェイに視線を向ける。彼女は一誠のファンのため、サインを貰っていた。彼女ほど危険性を感じさせなければ、もう少し大一も感情がざわつくことも無いのだろう。

 するとオーフィスがすたすたと歩を進め、大一の前で立ち止まった。

 

「名前は?」

「…兵藤大一」

「中のドラゴン、なんと言う?」

「…ディオーグ」

 

 彼女の真っ黒い瞳に映し出されると、全てを見透かされるような感覚を覚えた。部屋にいる面々もオーフィスが大一に話しかけたのを気にしており、特にアザゼルは注意深く観察していた。その様子からディオーグの出自がハッキリしないため、オーフィスの動きを観察していたことが窺えた。

 

「我、ディオーグとも話したい」

「しかしあいつの人格を出せるのは短い時間だけで…」

「龍人状態になればあいつも自由に話せるだろ。大一、頼む」

 

 アザゼルの促しに少し不満を覚えたもの、大一は上の服を脱いで錨を取り出すと龍人状態に変化する。もはや彼はこの会話に参加するつもりは無く、ただディオーグとオーフィスの会話を聞くことに徹するつもりであった。

 

『ああ…かったるいな。戦闘もしないのにこの姿になるのは』

「ディオーグ、久しい」

『てめえに名前で呼ばれるのは妙な気分だな。互いに名前も知らないで長い時間が経ったからな。よく覚えていたな、俺のこと』

「グレートレッド以外にいない。我の住処を荒らした存在。かつて次元の狭間を破り、我に戦いに挑んできた」

『そりゃあ、てめえほどの強い存在を感じたからな』

 

 もしも身体のコントロールがディオーグにあったならば、ここで戦いを挑むだろう。そんなことを考えていた大一だが、予想に反して彼の口調は落ち着いていた。相手を威圧するような低い声も、今はどこか建設的なものに聞こえる。

 

「ディオーグは『覇』を求める?」

『その「覇」ってのがわからねえな。要するにてめえらが勝手に名付けた力だろ。俺は俺で自分を証明できる。そんなものにこだわる理由はない。だからこそ言っておくが、あの時につけられなかった決着はいつか必ずつけるぞ』

「なぜ消えた?」

 

 ディオーグの言葉に反応を見せずに、オーフィスが真っすぐに聞く。この言葉が僅かにディオーグの感情に楔を打ち込んだのは間違いなかった。彼の意識も表に出ている今だからこそ、大一はその感情が揺らめく炎のように動いたのを感じた。

 

『…てめえと戦った後にある男と戦って封印されただけだ。もっともそいつも死にかけるくらいの力を使っただろうがな』

「なぜディオーグ、知られていない?」

『そんなこと俺が知るか!ったく、埒が明かねえ!おい、小僧!解除しろ!』

「もっと話す」

『俺は話すことはない』

 

 どちらの意志を優先させるべきか迷う選択であったが、この状態を維持してもディオーグが答えないであろうことは予測できたので、大一は龍人状態を解除した。一誠の時とは違う緊張感が場に流れており、アザゼルは考え込むようにあごを撫でていた。

 オーフィスは首を少しかしげると、大一に向かって一言だけ話す。

 

「また話そう」

 

 マイペースな歩幅で去っていくオーフィスの後ろ姿を見て、大一は初めてディオーグに同情を感じた。現状、たったひとりだけ彼を覚えていた少女は互いに理解していない関係だったのだ。

 




100話だからちょっと違うのも書きたいと思って、原作などを調べていて驚いたのは、アニメに安部清芽さんが出ていないことでした。あの人、それなりに面白いキャラしていると思うんですが…。


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第101話 気まぐれな黒猫

猫姉妹、オーフィスとディオーグ、オリ主自身の兄弟間…悩みは尽きません。


 オーフィスたちが兵藤家に滞在することになってからあっという間に数日が過ぎた。客である彼女たちはマイペースに生活を送っているが、リアス達はそうもいかない。試験日がもう目と鼻の先とも言えるほど近づいて来ており、緊張に包まれていた。特に一誠はかなり四苦八苦しており、朱乃や祐斗の優秀さと比べると座学の面ではどうにも劣っていた。それでもリアスやレイヴェルのサポートのおかげで、必要な知識が叩きこまれているのは間違いなかった。

 もちろん、気をつけるべきなのは中級悪魔の昇格試験だけではない。彼らは学生としてテストもあるのだから。とは言っても、オカルト研究部は軒並み成績優秀なメンバーが揃っていたため、これで苦労するのもやはり一誠であった。そんな彼は現在、仲間と共に勉強に打ち込んでいた。その様子をオーフィスがじっと観察しており、なかなか気持ちが落ち着かない空間が作られていたが、仲間の中で唯一その場にいない男を除けばマシな状態であっただろう。

 兵藤大一は地下のプールにいた。しかし服装は部屋着のパーカーとジーンズというラフであるが水泳とは対極にあるような服装で、適当な小さなテーブルに参考書やノートを積み上げて勉強していた。成績は優秀といえるほどではないが、多忙な悪魔生活をこなすために時間の使い方は心得ており、座学自体も苦ではないタイプであったため、少なくとも中間テストの対策は問題なかった。そんな彼がたったひとりで勉強するには適さないこの環境に身を置くのにも理由があった。

 

「行きますよ、黒歌さん」

「全力で来いにゃ!」

 

 バシャバシャと水の跳ねる音、楽しそうに遊ぶ女性の声、このプールではルフェイ、黒歌、フェンリルがのんびりと遊んでいた。黙々と勉強に励んでいる大一とはまるで違い、ゆったりと楽しんでいるのが印象的であった。

 このような現状になったのはアザゼルが大一に打診したことが原因である。オーフィスの自由奔放さを止める気はない…というよりもそもそも止められないのだが、彼女らには別で警戒があった。ヴァ―リに何か命じられている可能性もあるため、ある程度はこちらも警戒していることをアピールする必要があった。それにあたり、白羽の矢が立ったのは大一であった。黒歌の幻術を破れ、ある程度魔法への知識を持ち、フェンリルの子どもを倒したという実績からアザゼルに選ばれた。

 これにはリアスと朱乃は嵐のごとく非難した。リアスは京都の時同様に便利扱いされている下僕を見るのは不満であり、朱乃も大一の負担を目の当たりにしていたことや彼との時間を強引に減らされていると感じているのだから当然だろう。

 ただ彼女らの怒りに反して、大一はこれを承諾した。アザゼルの言う通り、黒歌、ルフェイ、フェンリルの3人に対抗するにあたり能力的な相性としては筋道が立っていた。ディオーグがオーフィスと争ったこともある強大な龍であることが判明した今、彼女の力をよく知るヴァ―リチームにはその存在は抑止力にもなるだろう。

 またリアス達と離れることで必然的に小猫と顔を合わせることも減らすことができた。彼女はまだ本調子ではなく辛そうな様子になることも多いが、発情期が原因であることがわかった今、その負担を減らすためにも物理的な距離を取ることは必要不可欠であった。

 もっとも卑怯なやり方であることも自覚していた。小猫から好意を向けられたことに、すぐに向き合わずに先延ばしにしているのは男として申し訳なかった。しかし今の彼女がどれだけ話を飲み込めるのかは分からないため、まずは発情期が治まるのを待つしかなかった。

 大一はテスト勉強に一区切りつけると、持ってきた魔法瓶の中に入ってあるコーヒーを注いで一服する。自分のお茶の腕を自覚した彼には、結局インスタントコーヒーが最適解であった。

 熱い液体が身体を温め、疲れた脳に安らぎを与える。しかし脳はその安らぎを享受せずに、再び思考の中を奔走していた。それは彼と体を共にしているディオーグについてであった。オーフィスが彼に対して話したことを振り返ると、何かを知ることができると思ったが大きな収穫は無かった。せいぜいわかったことは彼がかつて次元の狭間へと侵入し、そこでオーフィスと戦ったこと…しかしこれが裏付けされたことにより、大一の彼に対しての疑念が大きくなったのは否定できない。龍神と呼ばれ、グレートレッドと共に最強の存在であるドラゴン…それに肉薄し、戦ったオーフィスですらその存在を記憶に焼き付けていた。

 にもかかわらず、なぜオーフィスを除いて誰も彼のことを覚えていないのだろうか。ディオーグの血の気の多さから他の勢力に戦いを挑まなかったとは考えられない。それにドラゴンという存在を危惧して挑んできた人物もいるだろう。彼ほどの巨体で暴れれば、いくらかその存在が認知されてもおかしくないはずだ。

 手がかりがあるとすれば、ディオーグを封印したという人物だろう。それが何者なのかが分かれば、この疑念を解消できるかもしれない。もっともその人物に対しても手がかりは全く無いのだが。

 この疑問が深まって熟成されるほど、それに勝るとも劣らずディオーグに対して大一は同情も感じていた。あれほど力を追い求め、勝負にこだわり、名声を欲しがったドラゴンが誰からも知られていない、ようやく会えた既知の相手には彼自身も気にしているであろうことを追求されるだけ、彼が自分よりも遥かに強い心を持っているとはいえ影を落とさないなどとは言えないだろう。

 

「なーに、難しい顔しているんだにゃん?」

 

 いつの間にかプールから上がっていた黒歌が、大一の顔を覗き込む。紫色のスリングショットという過激な水着姿で、事情を知らない男性ならば見惚れることは間違いないだろう。こんな状況でなければどこで買ったのかと問いただしたくなるような色気を醸し出している。

 

「いつものことだ」

「ふーん、いつも難しい顔しているんだ。やれやれ、どうしてこんなつまらないのが見張り役なのか」

「じゃあ、問題ないな。お前にほだされることもないんだ」

「言ってくれるね~」

 

 きっぱりと言い切る大一に対して、黒歌はニヤニヤと笑みを浮かべながら彼の目の前に立つ。強調された谷間が視界に飛び込むが、彼は渋い表情を変えない。大一はヴァ―リチームに対して…というよりも黒歌に対しては一番不信感を抱いていた。ロキとの戦いで一度は共闘したものの、禍の団のメンバーである上に小猫の命を狙ったことを考慮すれば当然の感情ではあった。彼女以外の他のメンバーがアーシアを助ける、京都で援護するといった直接的な救援をしたのを目の当たりにしていることや、黒歌のおちょくるような態度もその不信さに拍車をかけている。

 その意図を知ってか知らずか、変わらない大一の表情に彼女も軽く息を吐く。

 

「うーん、赤龍帝ちんならこれで一発なんだけどにゃ」

「俺はあいつじゃねえんだ。いちいち反応していられるか。というか、あいつも節操はあるよ」

「だったら、押し付けてみようか?それともいっそ一発ヤッてみる?」

「お前、なんのつもりだ?」

 

 遠慮の無い黒歌の発言に、相応の不快さと不信さを含ませた声で大一は問う。一度でも対峙した彼女から急激なアピールに、おいそれと信じてしまうような感性は持ち合わせてなかった。もっともこの色仕掛けに応じる者など多くは無いだろうが。

 黒歌は大したことなさそうにさらりと答える。

 

「だって私はドラゴンの子ども欲しいもの。今回の話であんたの中のドラゴンが本当にオーフィスにも食い下がっているなら、その力を欲しくなるのは当然じゃない?」

「嘘つけ。お前、俺に興味ないだろ」

「信用されないのは悲しいねえ。せっかくあんたにも目をかけてやったのに。まあ、白音の件でも興味を抱いたけどさ」

 

 彼女の発言には、大一の緊張の琴線に触れるには充分であった。彼女はどこまで妹の状態に気づいているのだろうか。いやおそらく気づいている。彼女の実力を知る大一だからこそ、その能力には嬉しくない信頼があった。

 

「小猫に手は出させないぞ」

「あんたが手を出せば事態は丸く収まりそうな気もするけど」

「俺のことはどうでもいい」

「そうかしら。私の目はごまかせないにゃ。少なくとも白音の方はね」

「お前はいい加減に───」

「はえー、こういう魔法を勉強しているんですね」

 

 大一の不機嫌な感情が言葉として吐き出されそうな際に、ルフェイの感心したような声が耳に入る。水色のビキニは色気に加えて可愛さも兼ねた雰囲気を纏っているが、その姿に似つかわしくないテーブルに置かれていた厚い魔導書をめくっていた。

 

「先日の試合でも魔法をお使いになっていましたね。そちらも目指しているんですか?あまりそちらの戦闘スタイルには合っていないように思いますけど」

「…いや、魔力の放出が上手くできないから、座学の方で多少カバーしようとしているだけだ」

「悪魔も千差万別…兄弟と言えど似ないものなんですね。ところでこの魔導書、北欧式が多いですね」

「借りているものだからな。しかしよくわかるな」

「いろいろなところを見ましたから」

 

 満面の笑みでルフェイは答える。一誠のファンであり、京都では救援も行っていた。人当たりも悪くなく、ここでの生活は丁寧この上ない彼女のような人物が、どうして禍の団のメンバーとして動いているのかは甚だ疑問であった。

 その一方で黒歌が何かを思いついたかのような表情をするのを、ルフェイと話し込む大一は気づかなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 中級悪魔の昇格試験の前日の真夜中、悪魔の仕事で夜中まで起きていることも多い彼らであったが明日に備えてこの日は早々に床に入っていた。

 悪夢も見ることが無くなった大一もすでに眠り込んでいたが、頭の中に響く脅すような声と奇妙な魔力を感知し目を覚ました。

 

(おい、小僧。起きろ)

(ん…なんだよ、ディオーグ。お前が俺を起こすなんて…。いま何時だ?)

(そんなことはどうでもいい。白猫の部屋に黒猫の感覚があるぞ)

(ああ!?黒歌め、みんなが寝静まっている時間に…!)

 

 横で眠っている朱乃を起こさないように静かに起きだすと、寝ぼけまなこをこすりながら大一は小猫の部屋に急いで向かう。彼女の部屋はわずかに扉が開かれており明かりが漏れ出していた。

 中では話し声が聞こえていたが、それをこっそりと聞くような余裕は彼には無かった。すぐに扉を開けて、部屋の主である小猫が黒歌に詰め寄られている姿を視認する。

 

「黒歌、言ったよな。小猫に近づくなって」

「あらら、見つかっちゃった♪」

「せ、先輩…」

 

 大一の剣幕に対して、黒歌は悪びれる雰囲気もなくいたずらっぽく舌を出す。小猫の方は安心したような気まずいような微妙な表情になり、その場から動けない様子であった。

 

「でもこの子が発情期に入っちゃってるってわかったから、様子を見に来ただけよ。姉として当然でしょ♪」

「お前の言葉を信頼できるとでも?」

「私は猫魈の先輩として詳しいのよ。ほら、その証拠に───」

 

 黒歌は小猫の手を取ると素早く大一の方へと押し出す。突然の行動に大一は素早く動いて彼女を支えた。

 

「小猫、大丈夫か?怪我は無いか?」

「…先輩…お兄ちゃん…にゃあぁぁ…」

 

 紅潮した頬、切なくも甘い声、大一を押し倒した際の小猫と同じ状態であった。自分の行動が失敗であったことを理解した時にはすでに遅かった。気づけば猫耳と尻尾を出しており、その尻尾を彼の腕へと巻き付けていた。

 そんな妹の姿を見ながら、黒歌は指摘する。

 

「どんなに我慢していても好きな男の肌に触れてしまえば途端に子作りしたくなってしまうのよ。白音はあんたの子供が欲しくてたまらない状態になっているにゃ」

 

 彼女の指摘を裏付けるかのように、小猫の息はさらに荒くなり、大一相手に身体を密着させていく。

 先日のように慌てることは無かったが、それ以上に彼女の状態を見て胸が締め付けられるような想いであった。

 大一としては小猫のことを妹分だと思っていた。物静かながら頑張り屋で、真面目なところもあるから責任感を感じることもある。姉である黒歌の件で心に大きな傷を負ってしまい自身の無力さを感じて悲しみに暮れたこともある。しかもそれを強く意識したのは「犠牲の黒影」の事件から間もない頃であった。大一としても彼女の背負うものがよく理解できた。だからこそ、先輩として兄として不安を拭いたい、幸せのために力を貸したい…そこに抱く感情は確固たるものになっていた。

 しかし男女としての関係は全く視野に入っていなかった。しかも元来男女問わず好意を向けられ慣れていないのもあって、今の大一は戸惑いと小猫を無意識に追い詰めていた申し訳なさで支配されていた。

 

「お兄ちゃん…好き…好きです…!身体は小さいですけど…私…お兄ちゃんとならできます…!」

「小猫…」

「それとも…私じゃ足りませんか?朱乃さんのようにおっきくないと…ダメですか…?」

「そうじゃない。そういうことじゃないんだよ…俺はお前には幸せになって欲しいんだ。しかし俺じゃない…俺はそこまで…」

 

 必死で訴える小猫の肩を掴み押しとどめながら大一は言葉を紡ごうとする。小猫を傷つけたくない、しかし彼女を受け入れることは今の自分ではできない、朱乃のことも傷つけるわけにはいかない、あらゆる考えが交差し整理できない想いは言葉として発することができなかった。もはや彼自身、どうしたいのかもよくわからなくなっていた。

 その様子を見ながら、黒歌はニヤリと笑みを浮かべる。彼女の反応は情緒がこんがらがっている2人に対して、余裕しゃくしゃくであった。そして大一の傍まで歩くと、首元に舌を這わせる。

 ネコ特有のザラザラと舌触りを感じるが、彼はそれを振り払う。しかし目の前に小猫もいる状態では力も弱く、あっさり腕を黒歌に掴まれた。

 

「なんのつもりだ…!」

「姉として交尾のやり方を妹に見せるのもありかなって。猫又はこうやって男の味を覚えるの」

「お前、いい加減にしろよ…!」

「いちおう一線は引いているつもりなんだけどね」

 

 黒歌がさらりと答えると同時に、小猫は力が抜けたように倒れ込みかける。すぐに大一は支えるが、息は荒いものの頬の赤みは落ち着いて瞳にも活気が戻っていた。

 そんな彼女を黒歌は抱えてベッドに寝かせると、見下ろしながらどこか呆れが含まれた声で話す。

 

「とりあえず、白音、ここで止めておいたほうがいいわよ?他の女に感化されて、その体で発情期が来てしまったようだけれど、その体で子を宿せば死ぬにゃん。どうしてもこの男の子供が欲しいなら、私みたいに発情期をコントロールできるように待つべきにゃ」

 

 落ち着き始めたこの状況はあまりにも奇妙であった。先ほどまでの色気と切なさに満ち溢れた空気はすっかり緩和され、夜の静寂さが変わるように入り込んでくる。

 

(乱れていた生命力が安定したな。あの黒猫が触ったからだな)

(黒歌が?)

(お前はそれどころじゃ無かったから気づかなかったみたいだけどな。こいつはどさくさに紛れて白猫の首筋に触れて落ち着かせていたぞ。しかしそれをやる意味が分からん)

 

 ディオーグの言葉に、大一はどうにも腑に落ちない感覚であった。あれほど小猫を囃し立てておきながら、いざというところで黒歌は妹を抑えて釘を刺した。この流れだけなら疑問しか感じないが、かつての矛盾した行動を含めて今の彼女には大一なりに思うことがあったのは否定できない。

 

(…やっぱりダメだな。あとはお前らに任せる)

 

 それだけ言い残してディオーグは引っ込むと、すぐに部屋の扉が開いた。そこには憤慨した表情のレイヴェルと不安そうな表情の一誠が立っていた。

 

「…ちょっと、そこの黒猫さん?あなた、小猫さんのお姉さんだそうですね?小猫さんはいまとても体調が優れませんわ。その子に何かをするのでしたら、クラスメートの私が許しませんわよ!」

「兄貴、大丈夫か?」

「ああ…すまん」

 

 一誠が大一を支えるように起こす中、レイヴェルは黒歌相手に力強く物申す。さすがはフェニックス家のご令嬢と言ったところか、その胆力には目を見張るものがあった。彼女としても小猫のことは馬が合わないだけで、感じている親愛は間違いないものだろう。

 一方で黒歌は面を食らった表情であったが、すぐに面白そうに笑みを浮かべてレイヴェルの縦ロールを軽く弄ぶ。

 

「白音の友達、かにゃ。ふーん、知らない間にこの子を心配する子が次々と増えるのね」

 

 そのまま黒歌は部屋を出ようと歩を進めるが、大一はそんな彼女の肩を掴んで制止した。

 

「…黒歌、ちょっと話がある」

「なーに、白音のお誘いを断って私に乗っちゃう?」

「真面目な話だ」

 

 大一の様子に、黒歌は軽く息を吐く。表情、動作共に退屈さを感じているのが現れておりそれを隠そうともしなかった。

 そんな彼女を無視しつつ、大一は一誠とレイヴェルを見る。

 

「一誠、レイヴェル、小猫のことを頼む。ちょっと話をつけてくる」

「兄貴、ひとりで大丈夫かよ?」

「ああ…むしろそっちの方が腹を割って話せそうだからな」

「わかりましたわ。ここはお任せください」

 

 レイヴェルの言葉に大一は頷くと、すぐ隣にいた小猫の顔を見る。先ほどの一連の行為で恥ずかしそうに視線を向けるが、同時に黒歌と2人だけになることに不安そうな様子であった。

 

「…先輩」

「さっきは悪かった。あの話は試験が終わってからゆっくり話そう。あと俺のことは大丈夫だよ。お前だってそれはわかっているはずだ」

「…はい」

 

 声は腑に落ちていない様子であったが、先ほどの理性を捨て去った彼女と比べるとすっかり落ち着いていた。そんな彼女から少なくとも肯定の言葉を聞けたことに安心すると、彼は再び黒歌へと向き直る。

 

「さて行こうか」

「いやん、襲われちゃうかも♪」

「微塵の可能性も無いから安心しろ」

 




好意に直面化させられると対応がわからないことってあると思います。


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第102話 深夜の女性たち

どう考えても高校生らしくない雰囲気が出てしまう…。


 静寂が漂う深夜、大一が選んだ部屋は結局居間であった。自室は朱乃が眠っており、他に当てのある部屋もない。邪魔が入ることなく、ゆっくりと腰を据えて話せる部屋はここくらいのものだろう。

 大一は椅子に腰を下ろすが、黒歌は横になれるような大きなソファにクッションを抱きしめて座り込んだ。

 

「それで話だが───」

「え~、何もないのに話す気ないにゃ」

「…俺は茶を淹れるの苦手だぞ」

「ココアでいいわ」

「ったく…」

 

 大一は立ち上がると、キッチンでお湯を沸かしつつ牛乳を用意する。さすがに市販のものを使うだけだったが、それでもところどころに不器用さが感じられた。

 間もなく2人分のココアを用意すると片方のマグカップを黒歌に押し付け、再び椅子に座る。そのまま自分の分を一口飲むが、黒歌は少し不満げに渡されたマグを両手で持っていた。

 

「…熱い」

「なに?」

「猫又にこんな熱いものを渡すって酷くない?けっこうな猫舌よ?」

「知るか。リクエストしたのはお前だろうが」

「あーあ、気づかい足りないわね。まったく白音はこんな奴のどこがいいんだか」

 

 むすっと頬を膨らませて不満を表明すると、湯気の立つココアに息を吹きかけて冷まし始める。美人ゆえに絵になる光景であったが、それに見惚れるような感情を彼は持ち合わせていなかった。

 そして小猫の名前を皮切りに、大一は話を展開させる。

 

「お前は小猫をどうしたいんだ?」

「これはまたざっくりとした訊き方にゃ」

「…お前の勝手な行動で小猫は苦労した。数か月前にお前が彼女を連れさらおうとしたし、その際に殺意を持って攻撃した時のこともよく覚えている。そこまでやっておきながら、今のお前はどうだ?自分の力を使って、あいつの苦しみを抑えた…そこが分からないんだ」

「私が白音のために力を使ったという証拠は?」

「俺の中のディオーグの感知能力を舐めるなよ。今だから白状するが、初めてお前と戦った際にその幻術を見破れたのはコイツと融合したおかげだ」

「説得力あるわね。うーん、どうしようかにゃ…」

 

 黒歌は人差し指を顎に当ててわざとらしく考えるような表情をすると、時間を稼ぐようにココアをすする。まだ少々熱かったようで、驚いたようにびくりと身体を震わせる姿は本物の猫のようであった。

 散々考えた、あるいはもったいぶっただけかもしれないが、黒歌は短く答えた。

 

「私なりにお姉ちゃんをやっていただけよ」

「…だとしたら、昔のことが腑に落ちないな。たしか主を殺したんだよな。悪魔である以上、それがどんなに大きな罪になるか分からないお前じゃないだろうに」

「まあね。でもさ、それこそ生きる術が無いときに拾われた私たちには選択肢が無いことってあるじゃない?最初は確かに助かったけど、徐々にそいつの本性が見えてきたりとかさ。それで…あー…」

 

 黒歌は多弁になりかけたが間もなく言いよどみ始めた。話し過ぎたと思ったのだろうか、どこまで自分のことをひけらかして良いものなのかは迷っていた。大一が黒歌に一線引いた感情があるように、同じようなものを彼女は大一に感じていた。元来の生真面目さが自身の自由気ままな性格からすれば退屈に感じ、水と油のように交じり合わない雰囲気を醸し出していた。弟の一誠が色気に弱く、ヴァ―リと同じ二天龍であることで馴染みやすいことがさらに拍車をかけていた面もあった。

 だが彼女の予想に反した言葉が大一の口から発せられた。

 

「…言えないなら無理に聞くつもりはない」

「あれ、意外にゃ?どういう風の吹き回し?」

「別に。ただお前の過去は小猫の過去でもあるんだ。無理に掘り下げようとは思わない。それに、お前が小猫の姉であることをハッキリと話したことで少し安心したからな」

 

 肩をすくめながら大一は答える。黒歌が小猫と別れるまでの過去は、今の小猫に色濃く影響を与えてきた過去でもあるのだ。それを踏まえれば、慎重になるのも当然だろう。同時に黒歌が「小猫の姉」ということを明言したのだ。初めて戦った時の発言とは違い、その声には黒歌らしい気ままな雰囲気に加え、姉としての確固たる責任感が含まれていた。

 信じるにはあまりにも感覚的なものであったが、大一はそれを信じてみたかった。兄としての直感という不確実なものであったが、どこか繋がるものを感じたからかもしれない。もっとも彼女の性格を考えれば、無理に聞き出そうとしても話さないことが容易に想像つくところもあったのだが。

 一瞬、目を丸くさせて不意を突かれたような黒歌であったが、すぐにいつものいたずらっ子のような笑顔になる。

 

「ふ~ん、あんたなりの駆け引きってこと?でも、いいわ。乗ってあげるにゃん。要するに、そいつが気に食わなかっただけよ。猫魈の力に興味を持って、眷属の強化のために無理な強化をさせていく。しかも眷属の血縁にまで手を出そうとしたのよ」

「小猫を守るためってことか。…その話を聞けば、お前はかなり力の扱い方に慎重になっているな。あの時、小猫を連れて行こうとしたのも、一誠の力の不安定さを感じた故か」

「そういうこと。ヴァ―リは近くで見てきたから力の使い方に置いては信頼があるけど、あっちはわからなかったからね」

「しかしあの時の攻撃に殺意があったのは間違いないだろ」

「あれはブラフ…というか、あんたたちを狙ったものよ。あんたたちを殺して、強引に引き剥がそうとしたってところね」

 

 悪びれもなく堂々と答える黒歌に、不思議と嫌悪感を抱かなかった。彼女の中では小猫が一番であった。いたずらも力の扱いも好きだが、それ以上に小猫を守ろうとしていた。だからこそ自分の気質に合わせた方法で、彼女を救おうとしていた。

 

「所詮、私は野良猫。いくらでも無理は出来るし、気の合う仲間と放浪しているのが性に合っているにゃ。いざとなればひとりでも十分なほどに。でも白音はしっかりと守られたところで、大事な人たちから愛を受ける方がいいと思うの。それこそ飼い猫のように」

 

 どこか自嘲するように黒歌は答える。小猫が求めていたものが分からない彼女でも無かった。しかし2人の気質の違いが大きな齟齬に発展し、結果的に姉は自分の方法でしか妹を守れず、その妹は姉の行動で地獄を見ることになった。

 彼女の話にシンパシーを感じた、そう思った大一は我ながら驚いていた。黒歌は自由気ままで、彼は規律を重視するタイプであった。それこそ交わることのないものに思えたが、下の弟や妹を守るという責任感とそれを実行するための不器用なやり方という2点に置いては確かに共通のものがあった。

 大一はココアの残りを一気に飲み干すと、黒歌にゆっくりと話し始める。

 

「黒歌…俺はお前を許すつもりはないぞ」

「別にあんたに許してもらうつもりは無いにゃ」

「仮にもあいつの兄貴分をやっているんだ。そういう意味では言う権利はあると思っている。お前の小猫に対しての感情はどうあれ、あいつがそれで傷ついたのは事実だ。しかし…今回の件については感謝する」

「へえ、あんたでもそういうこと言えるんだ」

「これは俺にとってお前への一種のけじめでもあるんだ。なんというか…俺も同じように不器用な方法は思い当たる節があるのでな。だから無理するなよ。お前の行動で小猫が悩むのはもうたくさんだし、お前自身の人生もあるだろう」

 

 我ながら黒歌を励ますような言葉が出てくるのを、大一は内心意外に感じていた。しかし彼女の不器用さはどこか自分を見ているような気がして、飄々とした態度の彼女がいずれ自分を追い詰めそうな様子を感じ取った。それが暗い森に迷い込み、光の見えない場所を歩くような足取りの重さを感じるものであることを理解していた大一は、彼女が同じように苦しむ姿を見たくはなかった。

 黒歌の方はじっと大一を見ると、小さく首をかしげる。

 

「あんたが白音を受け入れてくれたら気負うことも少なるかもね」

「…それについては試験が終わった後に、あいつとしっかり話すつもりだ。しかし俺は…」

「あんた、本当に真面目よね。ヴァ―リや赤龍帝ちんくらい純粋でいればいいのに抱え込みすぎにゃ」

「そんなのじゃない。俺はただ自分本位で見たくないものを見ないようにするために必死なだけだ」

 

 そう言うと、大一はゆっくり立ち上がり、自分のマグカップを流しへと持っていく。話に区切りをつけた大一は、まだ黒歌のココアが残っていることを確認すると静かに話した。

 

「水にはつけておけよ。洗うのは後で俺がやる。それ飲んだら、素直に部屋に戻っていろ」

「自由気ままな野良猫は命令されるとやる気なくなるにゃ。なんかご褒美がないとね」

「…またココアくらいは淹れてやる。じゃあな」

 

 なぜか今の彼女はわざわざ警戒する必要が無いと感じた。あるいは大一自身、感情を整理するためにこの場を離れたかったのかもしれない。彼は黒歌を残して、居間を出て行き自室へと向かった。

 残された黒歌は冷めたココアの残りを一気に流し込んだ。猫舌が気にならないほど冷めたココアは心地よく、同時に理解と共感を示されたことが彼女にとっては液体とはかけ離れた温かさを胸に感じていた。

 

「…けっこう良い奴じゃん」

 

────────────────────────────────────────────

 

 ココアは身体を温めたはずなのに、どこか冷える想いであった大一は早々に親愛なる布団を求めて、足早に自室へと向かっていた。

 中級悪魔の昇格試験の深夜に、宿敵であった相手とここまで話し込むとは思ってもいなかった。しかしそれは決してマイナス方向に向かっているわけではなく、相手を理解することになった上に小猫のことを考える大きなきっかけになり、大一にとっては重要なものになった。

 この会話に至ったのも、ディオーグが起こしてくれたおかげではあるが、どうにも腑に落ちない点があった。ディオーグが基本的に大一自身の利益に繋がるような手助けはほとんどしなかった。興味本位で口に出すことが結果的に大一の利益に繋がることはあるものの、先日の試合でもアドバイスは無かったし、弱い彼のことを見下している節がある。特に最近は大一自身が一誠のことで悩むことに対して苛立ちが多いため、お世辞にも関係は良いものとは言えなかった。

 そんなドラゴンがわざわざ大一を起こしてまで、黒歌の動向を知らせるのは不自然であった。なにか目的があるのかもしれないが、彼はおそらく眠りについているため言及しても答えないだろう。しかし引っ込む直前のディオーグの言葉が彼らしくもない憂いが籠っているように感じ、どうにも引っかかっていた。

 いずれにせよ、今すぐに問いただすのは不可能であるだろうし、眠気でいまいち頭が回っていなかった。

 ようやく自室にたどり着いて扉を開けるが、その瞬間に朱乃も飛び出して結果的に彼の胸に飛び込む形になった。

 

「おっと、大丈夫か?」

「あっ、うん…」

「どうしたの、この遅くに?」

「それはこっちのセリフ。目が覚めたら見当たらなかったんだもの」

 

 そう言った朱乃は寝間着である薄い着物にガウンを羽織ったちぐはぐなスタイルで、大一を探しに行こうとしていたようであった。

 

「ごめん、ディオーグが小猫と黒歌の件で感知してさ。話をつけてきた」

「…そう」

 

 朱乃は静かに答えるが、その反応が大一に緊張感をもたらしていた。陰りや不安があるように見えたのは、小猫の一件があったからだろう。

 2人は部屋へと戻り、ベッドに腰をかける。目が覚めてしまった2人はすぐに横になることもできず、ただお互いに押し黙っていた。この沈黙を先に破ったのは、珍しく大一の方からであった。

 

「…ごめん、不安にさせて」

「え?」

「小猫の件だよ。付き合っている相手に見せる状況ではなかった」

「誰の責任でもないわ。不可抗力じゃないの」

「…そう言ってもらえると助かる」

 

 言葉ほど大一の気持ちは穏やかではなかった。ぐつぐつと煮立ったお湯が鍋一杯に入っており、わずかなことで一気にこぼれかねないギリギリの状態であったが、彼がそれをどこまで自覚しているのかは不明であった。

 

「小猫ちゃんのことどうするの?」

「…断るしかないだろう」

「小猫ちゃんは辛いと思うわ。姉にも兄にも拒否された経験をするんだもの」

「おい、それじゃまるであいつを受け入れることを推奨しているようだぞ?」

「あなたが自分で決めようとしていないと思っているだけよ」

 

 朱乃はわかっていた。大一が小猫を受け止めきれない理由がいくつかあることを。今まで兄として接していたため恋愛感情を向けられ戸惑っていること、そのため彼女に対して向ける感情が純粋な兄妹愛であること、一誠のようにハーレムを作ることをそもそも考えていなかったこと、小猫が幸せになって欲しいと思うが故に自分以上の相手を見つけて欲しいと思うこと、元来の自信の無さから突き放そうとしていること、朱乃に対しての負い目…数え上げたらキリがない。

 ただし、彼自身がどうしたいのかを朱乃は聞いていなかった。理由はあくまで理由であり、それらをひっくるめた上で大一自身がどうしたいのかは知らなかった。もっとも朱乃からすれば想像は出来るのだが。

 横に座る愛しい相手にもたれかかりながら朱乃は問う。

 

「ねえ、大一はどうしたいの?」

「どうしたいって…俺は…」

「私の前だからって遠慮しなくてもいいわ。私には弱みを、本心を見せてもいいってわかっているでしょ?」

「…俺は誰も傷つけたくないと思っている。朱乃も、小猫も…なんだったら黒歌ですらそう思ってしまう。我がままだってわかっているんだけどさ」

「相変わらずね」

 

 苦しそうに絞り出す大一の言葉に、朱乃は軽く嘆息する。これが優しさと言えば、彼は否定するだろう。自分が彼女たちを傷つけるのを避けたいだけで、ただの自己満足なのだと答えて、必死に首を横に振るのが目に見えている。

 彼の回答は予想通りであった。自分が原因で仲間が傷つくのを極端に嫌う、黒影の一件からそれは間違いないものだろう。おそらく朱乃だけは信頼する仲間として任せられる面もあるのだろうが、今回は恋愛という悪魔としての勝負ごとは別ベクトルのものであったため含まれているのだろう。

 

「でも嬉しいわ。私のこともちゃんと考えてくれていて」

「当たり前だろ。俺は…朱乃のことを本気で好きなんだ。あなたに救われた。おかげで俺は悪魔として本気で幸せを感じるんだ」

「私も同じね。あなたがいたからこそ、自分を受け入れて進めたんだと思う。でも私だけじゃないわ。それは小猫ちゃんも同じよ」

 

 夏休みの際に、大一が小猫に話していたことを思い出す。種族的な悩みについては、朱乃だからこそ小猫の深い辛さを理解していた。だからこそ彼とのやりとりで小猫が救われたことも推し量れる。いやおそらくそれ以上に前から、頼りになる存在ではあったのだろう。戦い方から小さな悩みまで、彼は後輩からの悩みには妥協することなく相談には乗っていたのだから。

 別に小猫と付き合うことを推奨するつもりは無い。しかし朱乃自身も彼女が苦しむのは見たくはなかった。

 

「最終的に選ぶのは大一だからね。私はこれ以上どうこう言うつもりはないわ」

「…朱乃は心配じゃないのか?」

「あらあら、私たちの間柄で今さらそんな心配するかしら。リアスじゃないけど、正妻としての余裕があるのよ。あなたが私のことを充分に愛してくれているのかを知っているし、あなたはこんなふうに私の横にいてくれるんだもの」

 

 そう言うと、朱乃は大一を押し倒す。大一は一瞬面食らった様子であったが、抵抗はせずにそのまま彼女からの口づけの餌食になった。

 

「あなたが私を応援してくれるように、私もあなたが誰のものになっても愛しているわ」

 

 いつもと変わらない静寂が深夜を支配する。その中にも甘く濃い空気が生きているのであった。




結局、オリ主の判断に委ねられます。ただ彼ならこうするのではないかな、ということについてはすでに考えています。


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第103話 龍の来歴

そろそろドラゴンのことにも触れなければ…。


 試験当日、一行は地下の転移魔法陣のある部屋へと集まっていた。ここから試験会場のあるグラシャラボラス領地まで飛ぶことになっており、一誠、祐斗、朱乃、そしてサポートにレイヴェルが行くことになっていた。リアス達は後で冥界から向かう予定であった。というのも、本来であれば直接転移することはあまり無いのだが、一誠とリアスの関係性に注目したマスコミが殺到することを予想した行動となっている。サイラオーグ戦の一件から「身分を超えた真剣恋愛」などと題されており、下手に人目につく機会が増えれば試験会場で混乱を起こしかねなかった。貴族社会の面もある悪魔では、主と下僕という関係から大きな話題になっているのだ。

 

「まあ、名前だけで言えば赤龍帝も匹敵すると思うんだがな」

「つまるところ、主と下僕という関係が話題になるのか。しかしそれはそれで苦労がありそうだな。そういう意味では私やアーシアは大丈夫かな」

「お前はまずそういう関係になってから心配しろ」

 

 大一の呟きに対応するかのように、ゼノヴィアが反応する。恋愛に関しては相変わらずのスタンスであった彼女だが、今の彼にはそれが羨ましくも思えた。

 いざ出発前というところで、一誠はきょろきょろと辺りを見回していた。

 

「ギャスパーは見送りに来ていないのか」

「あいつなら、一足早くここで転移して、冥界───グリゴリの神器研究機関に行ったよ」

「あいつ1人で、ですか?」

 

 アザゼルの言葉に一誠は驚愕する。なんでもバアル戦が終わって間もなく、アザゼルに頼み込みに行っており、今回の件に至ったようだ。朝のトレーニングを大一と共に行っていたのも、彼なりにもっと仲間達の力になりたいと思った故の強い覚悟からの行動であった。

 そのため今回はギャスパーとロスヴァイセは同行せず、代わりというのもおかしいがオーフィス、黒歌、ルフェイ、フェンリルが一行が待機する近くのホテルまで行くことになっていた。さすがに彼女らを手放しにするわけにもいかず、またアザゼルは試験終わりにそのままサーゼクスの元へとオーフィスを連れて行こうと考えていた。それが吉となるか凶となるかは想像もつかないが、この日に大きくことが動くのが予想される。特にアザゼルは、ヴァ―リ達がオーフィスをなんらかの脅威から守ろうとしていると考えていたようだが…。

 話に区切りがつき時間が近づくと、一誠達は魔法陣へと向かう。だがそれをリアスが引き留めた。

 

「待って」

 

 彼女は一誠へと近づくと、頬に軽くキスをする。

 

「おまじないよ。イッセー、必ず合格できるって信じているわ」

「俺、絶対に合格します!ご、合格したら、俺とデートしてください!」

「うん、デートしましょう。───約束よ。私、待っているから」

 

 露骨に気合の入った表情になる一誠を筆頭に彼らは転移する。彼らの姿が消えるのを確認すると、アザゼルがやれやれと呆れ気味の表情で大一に話を振る。

 

「…ったく、人前でイチャイチャしやがって…。お前は良かったのか?朱乃にしては珍しく物欲しそうな様子を見せなかったが」

「本当にあなたは人のプライベートにずかずかと踏み込んできますね」

 

 特に掘り下げることなく大一はアザゼルの言葉を軽く流す。一見すれば落ちついていたが、頭の中では前日の深夜に今までの比にならないほど触れ合っていた時のことが想起されていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達が中級悪魔の昇格試験に望んでいる間、リアス達は試験場であるセンター付近のホテルにいた。現魔王出身のグラシャラボラス家の領地だけあって管理は徹底されており、彼女らがくつろげるスペースを用意してもらっていた。

 現在は大きなサロンで、それぞれ過ごしていた。2年生組はまとまって試験勉強に勤しみ、リアスは昼間から酒をあおるアザゼルに表情渋く話し込んでいる。大一はロスヴァイセから借りた魔導書を読んでいるが、いまいち身が入っていなかった。彼と同じテーブルでは小猫が試験勉強をしているが、彼女は出し抜けに大一に話しかけた。

 

「…昨日はすいませんでした」

「俺の方こそ悪かった。配慮が足りなかった」

 

 短いやり取りであったが2人の間には弦がピンと張られたような緊張感があった。少なくとも小猫にはそういう感情があった。発情期とはいえ、想い人相手にらしくもない露骨なアピールは、思い返しても赤面ものであった。

 しかし同時にあの感情に嘘は無いことも事実であった。出会ってからリアスや朱乃とは違う方向で頼りになる存在であり、悩んだ時にはいつも相談に乗ってもらっていた。猫魈の力で悩んでいた際も理解と共感、「受け止める」とはっきり明言してくれたことが嬉しかった。姉である黒歌による傷を、代わりの兄として補っていたのは否定しない。

 それこそ小猫も大一に抱いていたのは親愛であった。親愛のはずだった。しかし彼が朱乃と距離を縮めるのを見て胸は苦しくなり、仲間達が恋愛関係に深く傾倒するほど兄であるはずの男に抱く愛情に変化はあった。その結果、このような事態に至った。

 

「あ、あの…昨日は姉様と何を話したんですか?」

「…あいつが何を考えているかと、余計なことをしないようにという釘刺しだな」

 

 大一の発言を、小猫はあまり信じられなかった。他の仲間達に心配させないようにいくらでもごまかしをつけようとする面がある男だ。ここでの答えがどんなものでも小猫からすれば心から信用できるかは謎である。いまいち集中していないような声色にも拍車をかけた。もうひとつ自分の身体の小ささのコンプレックスから黒歌に兄がなびく可能性もわずかながらに危惧していたのはあるのだが。

 そんな黒歌はルフェイと話している。彼女にはあまり良い感情を持っていないゆえに、昨日の一件で発情期を抑えられたことには不全感を抱いた。あの姉はいったい何を目論んでいるのか、掴みどころのない雰囲気は姉ながら苦手に感じる。

 小猫が考えを巡らしていると、リアスが2人のもとに移動する。明らかに不満げな表情であった。

 

「ちょっとアザゼルに文句言ってきたわ」

「何についてですか?」

「あなたの扱いについてよ、大一。私の下僕なのに、京都の一件から面倒ごとを引き受けているじゃない」

「ああ、そのことですか。しかし仕方ないでしょう。頼める相手で俺が適任となるなら…」

「あなた、学生なのよ?まだ下級悪魔で、私という主がいるのよ?都合のいい使われ方は納得できないわよ」

 

 小さく鼻を鳴らしてリアスは答える。彼女の言う通り、大一の扱いは便利屋…というほどでは無かったが、グレモリー眷属の中では方向性が変わっているというのは否定できない。京都の派遣、オーフィス達への警戒は少なくとも彼がやる仕事では無いはずだとリアスは考えていた。

 

「今後も悪魔をやっていく上で必要なことだと思って割り切りますよ」

「あなたねえ…」

「ディオーグの宿主、疲れている?」

 

 この会話に割り込んできたのは、意外なことにオーフィスであった。深く光を感じられない瞳は、大一の中のディオーグも見透かしているような印象を与えた。

 

「疲れているわけじゃないが…」

「我、ディオーグと話したい」

「ここで龍人状態になるのもな。あいつ、話したがらないし…俺が伝えようか?」

「ディオーグが求めるもの、知りたい。二天龍とも違う、あの存在を知りたい」

「まあ、言葉そのまま伝えるよ。…あー、やっぱりダメだ。ちょっと飲み物買ってきます」

 

 そう言うと、大一は立ち上がって軽く目を抑える。声にも覇気がなく、いまいち活気が欠けていた。

 

「ちょっと大丈夫?」

「なんかこっちに移動してから、頭痛…なのかな。頭が重い感じするんですよ。ちょっと売店で栄養ドリンクとかあるか見てきます」

 

 そう言うと、大一はそそくさとサロンから出て行った。傍から見ればそこまで変わりばえの無いように見えるが、立ち上がった際のげんなりとした表情は以前の寝不足の頃を思い出させた。

 

「どうも不幸が続くわね、彼」

「…やっぱり先輩、疲れているんでしょうか」

 

 心配な声で小猫はリアスに同調するが、大一の調子がおかしそうなのが昨日の一件で無さそうなことに内心安堵していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ホテルの売店で栄養ドリンクを買うと、大一は一気に飲み干す。気休め程度ではあったが、無いよりかはマシに感じた。どうもグラシャラボラス領に入ってから、頭が重く感じ気怠さが襲ってきた。朝は何もなかっただけに、この体調の違和感は深刻でないにしろ気になった。

 

(なんだ、そんなに気になるのか?)

(まあな。疲れが溜まっていたのかな?というか、お前起きていたなら教えてくれよ。あの時にオーフィスに答えられただろうに)

(あいつと話すのはまっぴらだ)

 

 吐き捨てるようにディオーグが答える。その声には肌を突き刺すような鋭い嫌悪感がにじんでおり、先日の短いやり取りだけでも彼がオーフィスに抱いた感情が垣間見えた。

 大一はそれを聞くと、売店でお茶を買って近くの休憩用のベンチに座り込む。場所が場所なだけあって無造作気味に置かれたベンチすら、座り心地は悪くなかった。

 

(戻らねえのか?)

(ちょっと休んでからにしようと思ってさ。またオーフィスにいろいろ訊かれないからいいだろ?それとお前にまだ礼を言ってなかったから)

(礼?)

(昨日はありがとな。お前が起こしてくれたおかげで、黒歌のことを知ることができた)

(けっ!別にそうされるためにしたんじゃねえよ!俺は…)

 

 言葉を濁す様子は、すべてを押しつぶすようなディオーグのイメージからかけ離れており影を感じさせた。

 訊くのは今しかない、そう思った大一はディオーグに問う。

 

(なあ、ディオーグ。やっぱり理由があるんだろ?お前が昨日、俺を起こしたことにはさ)

(…戦い以外に自分を知らしめる方法をやってみただけだ。どうも上手くいったと思えなかったがな)

(そんなのいくらでもあるじゃないか)

(俺には無かった。戦いだけなんだよ)

(…お前、昔に何があったんだ?封印されるまで、いったいどんな生き方をしてきたんだよ)

 

 大一の問いにディオーグは黙り込む。もともと互いに強い信頼関係は無くそれゆえの遠慮の無い物言いをしてきたため、相手に対してどこまで踏み込んでよいものかがわかっていなかった。

 しかし間もなくディオーグがいつもの低い声で話し始めたことでそれが杞憂であることを理解した。

 

(まあ、ガキの頃なんざほとんど覚えてねえから意味も無いんだがよ。ただお前らのような家族ってものが無かったな)

(両親とか兄弟とかいなかったのか)

(驚くことじゃねえ。俺らの種族は気づけば産み落とされているようなドラゴンだ。様々な魔物がいて、そいつらといつも殺し合っていたんだよ。あそこじゃ戦わなければ死ぬだけだ。だから俺も生きるために戦ったさ。向かってくる者は押しつぶし、肉を食いちぎり、時には頭も使って罠にはめたりだ。

 しかし種族間同士の戦争をしているわけじゃない。つまり同じ種族同士でも戦いは起こっていたんだよ。当然、俺も同じようなドラゴンを相手に何度も戦い、叩きのめしてきたさ。長い間戦い続けて…気づけば、俺だけになっていた。

 これまで戦うことしかしてこなかったんだから、どうすればいいのかはわかったもんじゃねえ。だが俺には強力な感知能力がある。次元の先に化け物のような力を感知した時、俺は強引にそこへ行ったんだ)

(そこでオーフィスやグレートレッドと戦ったわけか)

(感動したね。こんな強い奴がまだいたなんてよ。いくら攻撃を入れても耐えきるし、俺もあいつらの攻撃を耐えきった。まだまだ勝負は続くかと思ったが、戦っている間に吹っ飛ばされて、気づけば次元の狭間から追い出されていた。そこは入った場所とは違ったようだから、見たこともない生物がいた。俺は当然、そいつらと敵対してまた戦った。

 だがそれも長く続かなかった。数日後に、お前のような見た目の男が現れた。人間なのか、悪魔なのか、それとも別のなにかなのかは分からない。だが強かった。オーフィスやグレートレッドの時のように歓喜に震えたな。そして三日三晩戦い続けて…その男に力をすべて使った封印術を施された。あとはお前が来るまで、ずっとあの状態で繋がりを作る日々だ)

 

 一気に話しきったディオーグは疲れたように嘆息する。少なくとも大一が今まで想像してきたドラゴンの生き方とはまるで違った。ディオーグはかつての二天龍のように強さを求めていたというよりは、環境がそうさせたような存在であった。戦うしか生き残る術が無い、だからこそ彼にとっては戦いが全てであり、勝利することが何よりも崇高で誇れることだと自負していたのだろう。

 

(この名前もいつだったか、俺が殺した奴が死に際に言っていたものだ。なんとなく覚えていたからそれを名前にしただけだ。まあ、おかげで戦って名前が知られるほどに俺という存在が実感できるから悪くねえんだが)

(…辛かったか?)

(考えたこともねえな。それしか知らなかったんだ。だから昨日の夜中は他に自分を知らしめる方法が無いかと、お前の手助けなんてやってみたが…どうも俺には理解できなかったな)

 

 多くの者に名前を忘れられること、それがこのドラゴンの精神的な支えを崩してもおかしくないはずなのに、彼はこれまで崩れた様子を微塵も見せなかった。だが過去をひけらかした今の彼は、大一にとってこれまでとは違う姿として映ったのは間違いない。

 思い返してみれば、大一に対しての彼の怒りはもっともであった。己の力だけでその存在を表明し、生を切り開いてきた彼にとって、弟や仲間のことで負い目のある態度は心地よいものでは無い。もっと言えば、一誠達ですらディオーグにとって仲間達との協力や支援を受けているという点から嫌悪していたのかもしれない。

 大一は静かに唇をかむ。今までディオーグを理解しようとしなかったこと、彼の真実を知るほど己の身勝手さには胸が締め付けられた。それでよく彼との信頼を勝ち取ろうと思ったのか、何度も問いただしたくなる。

 しかし同時に…大一はゆっくりと大きく深呼吸すると立ち上がった。そして皆のいるサロンへと歩を進める。頭の中ではディオーグへの会話を続けていた。

 

(ディオーグ、お前の壮絶な人生はわかった。その生き方、力の考え方は難しいものだっただろう)

(同情されるために話したわけじゃねえぞ)

(わかっている。それでもお前とは今後もずっと生きていかなければならないんだ。お前の想いは知っておきたいと考えるのはおかしくないだろう?)

(だがそれで生き方が変わるお前じゃないだろ?)

(ああ、そうだ。それにお前の心情を完全に理解したとは思えない。実際に経験したお前と聞いただけの俺では大きな隔たりがあるだろうからな。しかしひとつ、お前のおかげで分かったことがある。俺の生き方はこのままじゃダメだということだ)

 

 大一が頭に響かせる声は自分でも不思議なほどに力強かった。自分とディオーグの両者に向けたその声は、大一の本心をハッキリと表していく。

 

(罪悪感に囚われる…それだけじゃ俺自身の人生は無い。このままでは虚しさが膨れ上がるだけで強くなれない)

(ほう、ようやく理解できたか)

(もっと言えば、それはお前も同じだ)

(なに?)

(だってそうだろう?戦いだけの人生なんて悲しすぎる。かつてのお前はそうせざるをえなかっただろうが、今は違うはずだ。身体の自由は無くても戦い以外にもっと自分を見出す方法を知っても良いはずだ)

 

 ディオーグの人生は「戦い」だけであった。そこで培われ熟成された彼の戦いや力の価値観は今後も持ち続けるべきだろう。同時にそれだけでは彼自身の人生はみずみずしさを失い、荒廃していくだろう。大一自身が罪悪感を抱くだけの人生がどれほど苦しいものかをわかっているがゆえに、今後も共に生きていく身としてはディオーグにも違う世界を見て欲しいというのが本心であった。

 

(だからそれは昨日で懲りたって言っただろうが)

(まだ1回だけだ。他にも方法はいっぱいあるはずだ。俺は…俺はお前にも幸せになって欲しい。すぐに一誠への負い目を捨て去るのは難しいだろうけど、俺は必ずけじめをつける。自分の人生に向き合う。そして仲間と共に…お前と共に強くなる!)

(…ハッ!勝手に言ってろ。本当にけじめをつけた時に考えてやるよ)

 

 意図せずに皆の元へ向かう足に力が込められる。足音が心なしか少し大きくなり、一歩ごとに彼の決意を踏みしめるのであった。

 

(…でもやっぱり頭重いな)

(締まらねえな、おい!)

 




次回あたりから戦闘になります。読み返すと11巻って戦闘場面少ない印象ですね。


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第104話 試験が終わって

この辺りはけっこう設定がバシバシ出ている印象です。省くところは省いていきます。それでも長くなるから、区切らなきゃいけないのですが…。


「てなわけで、試験お疲れさん。乾杯」

 

 中級悪魔の昇格試験を終えた3人と合流し、一行はレストランを貸しきった労いの席を設けていた。乾杯の音頭を取ったアザゼルはすでに昼から酒を飲んでいたため、相当酔っている。呂律が回っているだけでも大したものであった。

 3人とも試験は上々の手ごたえを感じていたようだが、一誠だけは実技で相手を吹っ飛ばしてしまったことを気に病んでいた。彼としては想像以上に力をつけていたことに驚いており、いきなり禁手化からの強烈な拳の一撃で実技の対戦相手を倒した。幸い無事であったが、組み合わせで当たった相手は不幸とした言いようがないだろう。

 

(自分の実力も把握できていないとは…)

(難癖つけたいだけみたいな発言だから止めなよ)

(あのドライグって奴の下なのが納得できねえだけだ)

 

 ディオーグの言葉を軽く流しつつ、大一も食事を進める。と言っても、いまだに頭の重い感覚が拭えなかったため、どちらかといえば祐斗や朱乃に食べるのを促す方が多かった。

 他のメンバーも昇格試験のことを訊いたり、食べることや労いに集中したりとそれぞれ忙しかった。黒歌のおかげでひとまず落ち着いた小猫も、レイヴェルが食べ物を勧めたり、礼を言ったりとぎこちないながらも親交を深めていた。

 

「…我、じーっとドライグを見る」

 

 その中でも異彩を放っていたのはオーフィスだろう。レストランの隅でパスタ料理を頬張りながら、その深い眼は一誠から逸らさずに見つめていた。同行者である黒歌とルフェイは正体を隠すためのローブを被って甘いものを満喫していたため、彼女の様子にはあまり注意を向けていなかった。

 その頃、すっかり酔っぱらったアザゼルが一誠と祐斗を見て話す。

 

「イッセー、木場、お前ら2人はグレモリー眷属でも破格だな」

「破格…ですか」

「とんでもない可能性を持った若手悪魔ってことだよ。イッセーは才能こそないものの、赤龍帝を宿す者。歴代所有者とは違う方向から力を高め、ついに『覇龍』とは真逆の能力に目覚めた。木場は後付けに得たものがあったとはいえ、それでも才能が抜きんでている。禁手をふたつも目覚めさせるなんて信じられないほどの才だ。しかもイッセーも木場もいまだに発展途上ときた。さらに言うならお互いにトレーニングして高め合っているなんてな。…おまえら、リアスがプロデビューする前に最上級悪魔になるんじゃないか?」

 

 この指摘は間違いないものだろう。2人はグレモリー眷属の中でもめきめきと力をつけていき、その評判は若手悪魔ながら冥界以外にも轟いている。彼らは謙遜こそするがその実績は覆しようもない事実なのだ。

 大一の隣に座っていた朱乃が小さく呟く。

 

「すっかり追い抜かれてしまいましたわ」

「…仕方のない部分はあるが、負けていられないな。俺らだって強くなるさ。グレモリー眷属の両翼としてな」

「…そうね。私らしくないこと言っちゃったわ。だから慰めて」

「それはちょっと違う気がするが…後でね」

 

 甘えてくる朱乃を流すように答える大一だが、なぜか頭の中ではディオーグの低い笑い声が響いていた。朱乃との関係を面白がった…という可能性は微塵もなく、大一が久しぶりに一誠を追い越すような意気込みを見せたからであった。最近までの後ろめたさは未だにつきまとうものの、ディオーグの本質を垣間見たことは彼にとって健康的な影響をもたらしたのは間違いなかった。もっとも朱乃からすれば、大一の未だに振り払えない陰りも充分に理解していたのだが。

 しかしアザゼルの指摘に間違いはなかったが、大一にはその評価が少々懐疑的であった。一誠が本当に才能が無いのであれば彼は「覇龍」を克服して新たな進化を見出すことは出来ていないだろうし、祐斗にしてもたゆまぬ研鑽を積む行動力と意志が無ければここまで強くなっていないだろう。要するにアザゼルと大一の考える「才能」という単語には見解の相違があるだけで、それをいちいち突くような発言をするほど彼も捻くれてはいなかった。そもそも発言したら、アザゼルの考え方を長々と聞かされるだろうし、大一の場合はディオーグの主張が重なって響くのも予想できるため閉口するのも当然であった。

 一方で、一誠はアザゼルから神滅具について話を聞いていた。神器の中でも特別な力を持つ神滅具。一誠の持つブーステッド・ギアのみならず、サイラオーグや曹操の所有する神滅具にも「覇龍」のような特殊な力があるのだと言う。また現在は13種類あるが、ここ最近の前例に無い神器の進化の仕方を見ると、新たな神滅具と呼べるものの誕生が考えられていた。

 その話を深めるほどにアザゼルの表情は酔いながらも活気の満ちた者になっていく。伊達に神器の研究に心血を注ぎ、その存在に昔から少年のような好奇心を抱いているだけはあった。

 アザゼルが今度はアーシアの神器の回復の力について言及し始めた時、大一の耳には彼の声は右から左に抜けていくだけで頭の中では違うことを考えていた。その考えの発端は「犠牲の黒影」であった。その特異性と危険性から欠陥品として多数の勢力から見られていたが、思い返せばあの厄介な神器を自身の体から後遺症もなく解放されたのは奇跡でしかなかった。かつてアーシアが神器を抜かれた際は命を落とし、それがきっかけで悪魔になったことを踏まえると、ディオーグの影響で黒影側から吐き出したとはいえ、命に別条が無いのは不思議であった。

 この疑問を感じた時、彼は自身の使う錨が神器と似て異なるものであるのを思い出すが、同時にひとりの男の存在も脳裏に浮かんだ。アザゼルやバラキエルと比べると、非人間的な表情で戦いを渇望する堕天使…コカビエルの存在であった。彼の伝説、実際に戦った際に抱いた印象、その全てが戦いを好む狂人であったが、それを考えるほど彼がこの錨…ディオーグとの繋がりに興味を示したことが気になった。アザゼルの話ではグリゴリはこれを魔力と生命力の塊としか認知していない。もしその程度の存在であれば、あのコカビエルが興味を抱くのには不十分な気がした。

 そのように考えると、出せる結論はひとつ。あのコカビエルが仲間達にも知らせずに何かを知っていた可能性がある。大一としてはコカビエルがこれで何を目論んでいたのかは興味ないものの、オーフィス以外にディオーグについて何か知っている可能性を感じた。もっともコキュートスに幽閉されている彼に会うのは、ほぼ不可能であるだろう。ましてやあれほど他勢力を嫌っている男に協力を求めることが、それ以上の難易度なのだ。

 ただでさえ頭が重いのに、考えることでさらに負荷をかけている気になっていると、ディオーグの低い声が油断なく響く。

 

(結界が張られている。しかもこのまとわりつく感覚…前にもあったな)

(何かあったか?)

(すぐに分かる)

 

 彼の短い答えは、大一も間もなく実感した。全身の肌をぬるりと包み込む気味の悪い感覚は以前にも味わったことがある。これには他の皆も感づいており、談笑の空気は一転して緊張感によって支配された。

 

「ありゃりゃ、ヴァ―リがまかれたようにゃ。本命がこっちに来ちゃうなんてね」

 

 いつの間にかローブを脱いでいつもの着物姿になった黒歌が呟く。辺りの一帯が深い霧に覆われた時、敵の正体に確信を持つのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ホテルのレストランにいた全員がその場から飛び出す。移動中も人の気配が皆無であり、肌に残る感覚から以前のように空間ごと転移させられたことに気づくのに時間はかからなかった。

 広いロビーへと到着すると、そこには3人の人物がいた。同時に球状の火炎がアーシアとイリナに向かってくるが、意外なことにオーフィスがそれを防いだ。

 

「あ、ありがとうございます」

「…」

 

 アーシアの礼に反応は見せず、オーフィスはただそこにいた3人の男に視線を向けた。いずれも京都にいたメンバーは見覚えがあり、特にリーダー格の青年と槍の組み合わせはすぐに記憶から発掘された。

 

「やあ、久しいな、赤龍帝、それにアザゼル総督。京都以来だ。いきなりのあいさつをさせてもらった。先日のデュランダルのお返しだ」

「…曹操っ!」

 

 一誠が相手の名を絞り出すように口にする。最強の神滅具を持つ英雄派のリーダーは、京都で一誠から受けたはずの目の傷は綺麗に消えていた。両脇には神滅具「絶霧」を持つゲオルク、3つの神器を扱うクーフーが固めていた。

 彼は不敵な笑みを浮かべながら、拍手をする。

 

「この間のバアル戦、いい試合だったじゃないか。禁手の鎧をまとった者同士の壮絶な殴り合い。戦闘が好きな者からすれば聞いただけで達してしまいそうな戦いだ。改めて賛辞の言葉を贈ろう、グレモリー眷属。若手悪魔ナンバーワン、おめでとう。いい眷属だな、リアス・グレモリー。おそろしい限りだ」

「テロリストの幹部に褒めてもらえるなんて、光栄なのかしら?複雑なところね。ごきげんよう、曹操」

「ああ、ごきげんよう。京都での出会いは少ししかなかったから、これが本当の初めましてかな。あの時は突然の召喚で驚いたが。いやー、なかなかに刺激的だった」

「言わないで!…思い出しただけでも恥ずかしいのだから!」

 

 リアスは顔を赤らめて羞恥最大限に現わしていた。事情を知っているものからすれば同情を感じると同時に、大一の場合はその感覚を彼女の一誠に対する態度にほんの少しでも分けて欲しいと思う光景であった。

 そんな彼女の態度を特に気にすることもなく、曹操はオーフィスへと視線を向ける。

 

「やあ、オーフィス。ヴァ―リとどこかに出かけたと思ったら、こっちにもいるとは。少々虚を突かれたよ」

「にゃはは、こっちも驚いたにゃ。てっきりヴァ―リの方に向かったと思ったんだけどねー」

「あっちには別動隊を送った。今頃それらとやりあっているんじゃないかな」

 

 曹操と黒歌の会話にはどうもリアス達が知らない事実が隠されていた。それを察してか一歩前に出たルフェイが説明をする。

 なんでもオーフィスをつけ狙う存在がいることを知ったヴァ―リが、それらをあぶりだし直接叩きのめすことを画策したようだ。オーフィスが赤龍帝である一誠に強い興味を持ったことも相まって、彼女らを兵藤家へと向かわせて、ヴァ―リ自身はオーフィスに変装した美猴と共に囮になる予定であったが、当事者である曹操は戦力をわけて叩くことにしたようだ。しかし曹操自身が本物のオーフィスの元に来ていることを踏まえれば、彼はヴァ―リの策略を見破っていたと捉えられる。

 

「曹操、我を狙う?」

「ああ、オーフィス。俺たちにはオーフィスが必要だが、いまのあなたは必要では無いと判断した」

「わからない。けど、我、曹操に負けない」

「そうだろうな。あなたはあまりに強すぎる。正直、正面からやったらどうなるか。───でも、ちょっとやってみるか」

 

 この言葉を皮切りに、曹操はオーフィスとの距離を一瞬で詰めると、強烈な光を放つ聖槍で彼女の腹部を深々と突き刺す。

 

「───輝け、神を滅ぼす槍よっ!」

 

 槍の刃から放たれる光はいっそう強力になり、フロア内を照らしていく。

 

「これはマズいにゃ。ルフェイ」

 

 黒歌の声をかけると、2人は周囲に闇の霧を展開させる。光を大きく軽減させるこの闇は非情に濃度が高く、黒歌とルフェイによる二重の力で聖槍の力から守っていた。

 悪魔にも神仏にも効果のある聖槍であったが、オーフィスにはまるで効果が無く血が出ていないどころか、無表情で傷を負った雰囲気を見せなかった。実際、曹操が槍を引き抜いても、空いた穴があっという間に塞がる。無限の存在である彼女にはダメージが通っても、溢れ出る無限を削り取ることは不可能であった。

 

「攻撃した俺に反撃もしてこない。理由は簡単だ。───いつでも俺を殺せるから。だから、こんなことをしてもやろうともしない。グレートレッド以外、興味が無いんだよ。基本的にな。グレートレッドを抜かした、全勢力の中で五指に入るであろう強者───1番がオーフィスであり、2番目との間には別次元とも言えるほどの差が生じている。無限の体現者とはこういうことだ」

 

 まるで勝てないことをわかっておきながら、余裕の態度を崩さない曹操に警戒を感じなかった者はいるだろうか。聖槍の力は数々の伝説とその評価から凄まじいのはわかるものの、彼はそれでオーフィスに勝てないことを十分理解しているようであった。

 一方で、黒歌とルフェイはいつの間にか魔法陣を展開させていた。そこにルフェイの影から出てきたフェンリルが乗り込むと、聖槍とは違うまばゆい光が発せられる。その光が治まった時に魔法陣の上に立っていたのは、ヴァ―リであった。

 

「ご苦労だった、黒歌、ルフェイ。───面と向かって会うのは久しいな、曹操」

「ヴァ―リ、これはまた驚きの召喚だ」

「フェンリルちゃんとの入れ替わりによる転移法でヴァ―リ様をここに呼び寄せました」

「フェンリルには俺の代わりにあちらにいる美猴たちと共に英雄派の別動隊と戦ってもらうことにした。───さて、お前との決着をつけようか。しかし、ゲオルクにクーフーと3人だけとは剛胆な英雄だな」

 

 曹操がヴァ―リの動きを予見していたように、ヴァ―リもまた彼の動きを予測して保険をかけていた。強者同士の腹の読み合いは底知れない印象があったが、曹操が不敵に微笑む。

 

「むしろ過剰戦力なくらいだよ、ヴァ―リ。本来は俺とゲオルクだけでも十分だが、それにクーフーまでいるんだから」

「強気なものだな、曹操。例の『龍喰者(ドラゴン・イーター)』なる者を奥の手に有しているということか?」

「『龍喰者』とは現存する存在に俺たちが付けたコードネームみたいなもの。作ったわけじゃない。すでに作られた。───『聖書に記されし神』が、あれを」

 

 この話題が出るとゲオルクは静かに曹操に視線を向ける。一方で、クーフーは特に睨みを利かせるでもなく、感情を表に出さずに仮面でも被っているような印象を受ける表情であった。

 

「曹操、いいのか?」

「ああ、頃合いだ、ゲオルク。ヴァ―リもいる、オーフィスもいる、赤龍帝もいる。無限の龍神に二天龍だ。これ以上ない組み合わせじゃないか。───呼ぼう。地獄の釜の蓋を開ける時だ」

「了解だ。───無限を食う時がきたか」

 

 ゲオルクは曹操に呼応するかのように笑みを浮かべると、後方にとてつもなく巨大な魔法陣を展開させる。魔法陣からは禍々しさを固めたかのようなオーラがあふれだし、ホテルを大きく揺らす。

 

『…これは、この気配は。ドラゴンにだけ向けられた圧倒的なまでの悪意…っ!』

 

 一誠の元からドライグの声が聞こえる。彼の声には恐怖が含まれており、その反応だけで現れる存在の危険性を物語っていた。

 魔法陣からは世にも恐ろしい存在が現れた。上半身は堕天使、下半身は蛇のようにしなやかさを持つ龍のようで、この異様な身体を太い釘と強固な拘束具によって十字架に磔にされていた。一帯に響き渡る声はあまりにも不気味で心の芯から怯ませる恐怖があった。

 コキュートスに封印され、かつて龍を否定する憎悪、呪い、毒を一身に受けたその存在…「龍喰者」のサマエルが、一誠達の前に現れたのであった。




サマエルも創作でいろいろ使えそうな設定をしている印象です。


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第105話 余裕と実力

曹操の強いこと強いこと…。


 大一もたしかに肌に突き刺すような感覚を、背筋の凍るような寒気を感じていたが、その一方で、彼の中のディオーグが恐怖という言葉とは握手を交わさない反応をしている。

 

(気持ち悪い感覚だが…これくらいにビビるものじゃねえ)

 

 歯があればガチンと鳴らしそうな勢いでディオーグは語る。しかし彼の言葉のみを信じて目の前の相手を甘く見るのは早計だろう。というよりも、伝説や逸話を考慮すればあれに危険性を感じないドラゴンの方が愚かでしか無いのだ。

 『龍喰者』の異名を持つサマエル、かつて神から受けた龍を滅ぼす呪いの力をその身に宿しており、存在自体が龍に対して滅ぼす力を持っている。冥界のさらに下層にあるコキュートスに封印されていたはずだが、英雄派はハーデスから幾重もの制限をかけた上でこれを借り受けることができたらしい。

 

「というわけで、彼の持つ呪いはドラゴンを食らい殺す。彼はドラゴンだけは確実に殺せるからだ。龍殺しの聖剣など比ではない。比べるに値しないほどだ。アスカロンは彼に比べたらつまようじだよ、兵藤一誠」

「それを使ってどうするつもりだ!?ドラゴンを絶滅させる気か!?…いや、おまえら…オーフィスを…?」

 

 不敵な笑みを挑戦的に向ける曹操に対して、アザゼルは衝撃に支配された顔で言葉を紡ぐ。

 

「───喰らえ」

 

 静かに曹操が指を鳴らすと、一誠達の横を黒い塊が目にも止まらぬ速度で通り過ぎる。同時に何かを食すような音が聞こえ、目を向けるとオーフィスが黒い塊…サマエルの口元から伸びる舌に飲み込まれていた。

 すぐに祐斗が聖魔剣を創りだしこの舌を斬ろうとするが、塊がその刃を飲み込み瞬く間に消失させる。さらにヴァ―リも神器によって力を半減させようとするも、見た目、魔力と共に変化は無い。次にリアスが消滅の魔力を撃ち込むも、黒い塊を消すことは出来なかった。サマエルの力はことごとく向かってくる攻撃を無力化していた。一誠も禁手して攻撃を入れようとするが、アザゼルが深刻な表情で制止する。

 

「イッセー!絶対に相手をするな!お前にとって究極の天敵だ!ヴァ―リどころじゃないぞ!あれはドラゴンを簡単に屠れる力を持っているはずだ!それにこの塊はどうやら俺たちの攻撃を無効にする力を持っているらしい!ていうかな、オーフィスでも中から脱出できない時点で相当ヤバい状況になってんだよっ!相手はドラゴンだが、アスカロンは使うな!最凶の龍殺し相手じゃ何が起こるかわからん!」

「そんなこと言ったって、オーフィスが奴らに捕らえられたら、大変なことになるんでしょう!?」

 

 叫ぶ一誠の一方で、動きを見せたのはゼノヴィアと大一であった。ゼノヴィアはサマエルに向けてデュランダルによる聖なる力を斬撃として飛ばし、大一の方は彼女の攻撃とは違う方向からサマエル本体を狙った。

 しかしゼノヴィアの攻撃は曹操に防がれて、大一の前にはクーフーが槍と盾を構えて立ち塞がった。大一が振る錨の攻撃に対して、クーフーは盾で防ぐ。まだ禁手化はしていないため、彼の盾は攻撃を防ぐだけで終わった。

 

「またお前か!」

「その言葉、そっくりそのまま返そうぞ。半龍よ、ずいぶんと強くなったな。互いの得物を交わらせれば十分に分かる」

「しかし認められたことで、通してもらえるほど甘くないんだろ」

「某にも役目があるのでな」

 

 クーフーは盾で錨の軌道を逸らすと、炎を纏った槍で突きを放っていく。大一は魔力で身体を硬化しつつ、器用にいなしていく。日頃からの特訓と実戦経験のおかげで龍人状態でなくても充分な戦闘は可能であったが、炎に関しては皮膚が硬くなっただけの状態では手傷は免れなかった。

 大一は軽く舌打ちすると同時に、力強く真っすぐな蹴りを放つ。当然のようにクーフーはそれを盾で防ぐが、それを反動にして彼は敵との距離を空けるための後退に成功した。そしてすぐに龍人状態へと変化して、再び視線を向ける。クーフーの方は特に反応もせず、ただ目を細めただけで曹操の近くへと後退していった。

 すでに一誠達も戦うために力を出しており、一誠やヴァ―リ、アザゼルは鎧をまとっており、レイヴェルを後ろに下がらせていた。

数的には圧倒的な不利の状態であるにもかかわらず、曹操の表情は狂気と歓喜に満ちていた。

 

「このメンツだとさすがに俺も力を出さないと危ないな。何せハーデスからは1度しかサマエルの使用を許可してもらえていないんだ。ここで決めないと俺たちは計画を頓挫する。ゲオルク!サマエルの制御を頼む。俺はこいつらを相手にしよう」

「1人で二天龍と堕天使総督、グレモリー眷属を相手に出来るか?」

「やってみるよ。これぐらい出来なければこの槍を持つ刺客なんて無いにも等しい」

「クーフー、いいのか?お前の因縁の相手を取られるぞ」

「某はこだわらぬ。曹操の好きにすればいい。それにあの男に因縁など…」

 

 味方から同意を得られたところで曹操は喜々として槍に構える。同時に眩いほどの光が周囲を照らしていった。

 

「───禁手化」

 

 曹操の背後に輪が後光と共に現れ、さらに彼を囲むようにボウリングの球ほどの大きさの球体が7つ現れた。

 

「これが俺の『黄昏の聖槍』の禁手、『極夜なる天輪聖王の輝廻槍(ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルディン)』───まだ未完成だけどね」

 

 一種の神々しさすら感じる曹操の変化は静かなものであったが、それと対照的にすさまじい魔力と生命力に満ちていた。曹操の禁手はこれまでの所有者のものとは異なり、英雄派たちの言うような亜種にあたるものであった。ヴァ―リの話では「七宝」と呼ばれる球体ひとつひとつに特殊能力が付随しており、彼自身の戦闘能力と相まってその実力は禍の団内でも突出していた。

 

「七宝がひとつ。───輪宝(チャツカラタナ)」

 

 曹操が呟くと、球体のひとつが消えて何かが割れる音が聞こえる。音の出どころに目を向けると、ゼノヴィアのエクス・デュランダルが破壊されていた。

 

「…ッ!エクス・デュランダルが…ッ!」

「まずひとつ。輪宝の能力は武器破壊。これに逆らえるのは相当な手練れのみだ」

 

 不敵に笑い、さっそくゼノヴィアの戦闘能力を削いだ曹操であったが、さらに彼女に対して輪宝を槍状へと形態変化させて貫いていた。その一撃の威力はもちろん、消えたように思えるほどの神速の突きが曹操の実力を見せつけた。ゼノヴィアは鮮血を散らしながら膝をつく。

 すぐにリアスの指示のもとにアーシアがゼノヴィアの回復に努めるが、彼女の戦線離脱は免れなかった。

 

「曹操ォォォォォッ!」

「許さないよッ!」

 

 一誠と祐斗が同時に曹操に攻め立てるが、彼はそれを聖槍でたやすく捌きながら今度は違う球体を手元に寄せた。

 

「───女宝(イッテイラタナ)」

 

 次の宝玉も高速で動き、目的の相手へと狙いを定める。リアスと朱乃が対応しようと腕を前に出して魔力による攻撃を放とうとするが…

 

「弾けろッ!」

「くっ!」

「こんなものでっ!」

 

 弾けた光に包まれたリアスと朱乃は一瞬怯むものの、攻撃を仕掛けようとするが何も起きなかった。彼女らの強力無比な滅びの力や雷光が手から放出されないのだ。

 

「女宝は異能を持つ女性の力を一定時間、完全に封じる。これも相当な手練れでもない限りは無効化できない。───これで3人」

 

 この効果を説明したことで、その場にいる女性陣が戦力として事実上封じられたのは疑いようもない。

 圧倒的な力で確実に勝利へと歩を進める曹操の笑いは、この勝負を楽しんでいた。

 

「ふふふ、この限られた空間でキミたち全員を倒す───。派手な攻撃はサマエルの繊細な操作に悪影響を与えるからな。できるだけ最小の動きだけで、サマエルとゲオルクを死守しながら俺一人で突破する!なんとも最高難易度のミッションだッ!だが───」

 

 この間にも黒歌とルフェイがゲオルクとサマエルに狙いをつける。相手の手薄なところを狙っていたが、宣言通り曹操がこれを見逃す道理は無かった。

 

「───馬宝(アッサラタナ)、任意の相手を転移させる」

 

 黒歌とルフェイの姿が消えると、彼女らは回復中のアーシアと負傷したゼノヴィアに手を向ける形で転移させられていた。すぐに一誠がトリアイナによる「騎士」の形態で素早く移動し、彼女らの壁になった。スピードが上がる代わりに防御を犠牲にしたその形態では彼女らの強力な魔力の攻撃のダメージは非情なものであった。

 だがそれを心配している暇もない。その隙を狙って大一は曹操に接近して錨を振るが、ごく自然に聖槍で受け止められる。

 

「お前はサマエルを使うまでもないか」

『言ってくれる!だったら、攻めさせてもらうぞ!』

 

 硬度と体重を上げた大一は力強く錨を振るが、曹操は見事な槍さばきで攻撃をいなしていく。まるで崩せる様子もない状況ではあるが、彼の後方ではアザゼルとヴァ―リの2人が力を溜めており、魔力の感知で次の動きは予測できた大一は数回錨を振った後に大きく姿勢を下げた。

 その直後、ヴァ―リとアザゼルが一気に曹操との距離を詰めて彼に拳打を浴びせる。スピードと不意打ちを併せた攻撃であったが、なんと曹操はこれすらもひょうひょうと避けていった。

 

「力の権化たる鎧装着型の禁手は莫大のパワーアップを果たすが───、パワーアップが過剰すぎて鎧からオーラが迸りすぎる!その結果、オーラの流れに注視すれば、次にどこから攻撃が来るか容易に把握しやすいッ!

 ところで邪視というものをご存じかな!?そう、眼に宿る特別な力のことだ!俺もそれを移植してね!赤龍帝にやられ失ったものをそれで補っている!俺の新しい眼だ!」

 

 一瞬、曹操の片目が怪しく光ったかと思うと、アザゼルの足元が石化していく。彼の眼はかの有名な怪物メデューサのもので、視認した箇所を石化させる力を持っていた。当然、動きは封じられて、その隙に聖槍の一突きが無情にもアザゼルの腹部へと突き刺さった。彼の鎧は解除され、血を吐きながら崩れ落ちる。

 

「…なんだ、こいつのバカげた強さは…ッ!」

「いえ、あなたとは一度戦いましたから、対処はできていました。その人工神器の弱点はファーブニルの力をあなたに合わせて反映できていない点です」

「アザゼルッッ!おのれ、曹操ォォォォッ!」

 

 このタイミングで激怒したヴァ―リが曹操に気圧されるような感情を向ける。近くにいた大一はアザゼルを回収して下がるが、ヴァ―リの方は巨大な魔力の塊を相手に向かって撃ちだした。

 

「育ての恩人をやられて激怒したか!───珠宝(マニラタナ)、襲いかかってくる攻撃を他者に受け流す。ヴァ―リ、キミの魔力は強大だ。当たれば俺でも死ぬ。防御も厳しい。───だが、受け流す術ならある」

 

 ヴァ―リの撃ち込んだ魔力は、また別の球体の前方に生まれた黒い渦に瞬く間に吸い込まれていく。この瞬間、嫌な予感を抱かなかった者はいないだろう。攻撃をそのまま吸い込むだけで終わらせるような相手では無いはずなのだ。

 間もなくそれを裏付けるように、小猫の前方に新たな渦が発生した。これが意味することを察知するも、動けるメンバーのほとんどは間に合いそうに無かった。

 

「バカ、なんで避けないの!白音!」

 

 唯一、間に合ったのは小猫の姉である黒歌であった。強力な魔力と小猫の間に立ち、その身を挺して妹を庇ったのだ。

 凄まじい爆発とそれに見合った爆音、手厳しい傷を負って倒れる黒歌を小猫がすぐさま抱きしめた。

 

「…な、なに、ちんたらしてんのよ…」

「…ね、姉さまッ!」

「曹操───、俺の手で俺の仲間をやってくれたな…ッ!」

 

 低く、怒気に満ちた声が曹操へと向けられる。ヴァ―リの怒りは鎧越しながらもすさまじく、それに当てられながらもまるで調子の崩さない曹操がより異常に感じるような光景であった。

 

「ヴァ―リ、キミは仲間想いすぎる。まるでそこで無様に転がる赤龍帝のようだ。二天龍はいつそんなにヤワくなった?しかし良かったな?これで七宝のすべてを知っているのはキミだけになったぞ」

「では、こちらも見せようかッ!我、目覚めるは、覇の理に全てを奪われし───」

 

 もはや怒りに身を任せようとするヴァ―リは「覇龍」の呪文を唱え始める。さすがにマズいと思ったのか曹操は後方のゲオルクに指示を与えると、不気味な声を発したサマエルの黒い塊がヴァ―リへと伸びて飲み込んだ。しばらくしてそこから解放されたヴァ―リであったが、鎧は弾け飛び、全身が血に濡れていた。

 

『あれはかなり喰らったな。生命力もガタガタだ』

『ヴァ―リであれほどかよ…!いや、とにかく!』

 

 同じ体から危機感に温度差のある発言がなされたが、大一はすぐに魔力で牽制しながらヴァ―リを回収し、仲間の元へと下がった。曹操も手を出せたのかもしれないが、さすがに戦闘不能のヴァ―リをいちいち足蹴にする気にはなかったらしい。

 

「えーと、これであと何人だ。赤龍帝、白龍皇、アザゼル総督を倒したいま、大きな脅威は無くなったかな。あとは聖魔剣の木場祐斗、無名ドラゴンにミカエルの天使とルフェイと言ったところか」

 

 実力の差が浮き彫りになる。神滅具の最上級を未熟でありながらここまで使いこなす曹操には、まるで相手にならないのだ。そもそも残ったメンバーですらサマエルと能力封じの餌食にされる可能性が高いため、実際のところ祐斗くらいしかまともに立ち向かえないのだ。

 ルフェイはどうすればいよいのか困り果てており、イリナは怒りながらもリアスに立ち向かうのを制止されている。

 その一方で祐斗は果敢に曹操へと戦いを挑んでいた。新たな禁手も使って、物量とテクニックで攻めたてるが、曹操は喜々として龍騎士団をなぎ倒していくのが見える。

大一の方は愕然としながらも錨を握り直していた。

 

『まさか今さら絶望を感じているわけじゃないだろ』

『打ちひしがれてはいるかもしれないが…』

 

 生命力を感知すれば、まだ全員助かる見込みはある。傷を負ってもアーシアの回復やしばらくの休息で助かる状況であった。だからこそまだ諦めるわけにはいかないと思ってはいるが、同時に下手に向かっても返り討ちにされることが明白なのだ。

 

『だったら、とりあえず動かないのが賢明だな。いざという時に後退できる余力も無いようならバカだからな。どうもあいつは本気を出していないように見える』

『このまま俺らがやられる可能性もあるだろ』

『どうかな。本当ならばあの後ろに控える盾男を参戦させられるのに、わざと控えさせている。楽しみながらも舐めきっているんだよ、お前らを。だからこそまだ離脱の可能性があるわけだ』

 

 ディオーグの考えには根拠は無いが、大一は同意せざるをえなかった。悔しいことに現状で全員が無事であるためには、相手のその余裕につけこんで見逃してもらうしかないのだ。もっとも仲間を守れなかったことに彼の心は先ほどから沈痛な感情が流れているのだが。

 間もなく、祐斗の攻撃も完全にいなした曹操が槍を下ろした。

 

「───やるまでもないか。すぐに特性は理解できた。速度はともかく、技術は反映できていない状態だろう?いい技だ。もっと高めるといいさ」

 

 仲間を死守しようとした祐斗は憤怒の形相で後退する。仲間を命がけで守ろうとしたものの、その実際はまるで意に介さずにあしらわれただけなのだ。大一としては、祐斗が傷を負わないことで安心していたが。

 曹操は後ろにいるゲオルクに問う。

 

「どれだけ取れた?」

「…四分の三ほどだろうな。大半と言える。これ以上はサマエルを現世に繋ぎ留められないな」

「上出来だ。十分だよ」

 

 このやり取りを機に、サマエルは身も凍るような叫びを発しながら魔法陣とともに消えていく。解放されたオーフィスに見た目の変化は起こっていなかったが、彼女は不思議そうに自身の手を見た後に、曹操に視線を向けた。

 

「我の力、奪われた。これが曹操の目的?」

「ああ、そうだ。オーフィス。俺たちはあなたを支配下に置き、その力を利用したかった。だが、あなたを俺たちの思い通りにするのは至難だ。そこで俺たちは考え方を変えた。───あなたの力をいただき、新しい『ウロボロス』を創りだす」

 

 今回の英雄派の目的は、オーフィスの力をサマエルで奪い取り、それを使って新たな力の象徴を生みだすことであった。禍の団創設にあたり、オーフィスという存在は御輿として大いに利用されたが、考えの読めない龍神は傀儡とするには不向きであった。そこで力を奪い、それによって彼らにとって都合の良い「ウロボロス」を生みだそうと画策した。すでに彼女の力は別の場所に転送されており、英雄派の理念でもある「超常の存在に挑む」ことも達成されていた。

 

「曹操、今ならヴァ―リと兵藤一誠をやれるけど?」

「そうだな。やれるうちにやった方がいいんだが…どちらもあり得ない方向に力を高めているからな。将来的にオーフィス以上に厄介なドラゴンとなるだろう。だが、最近、もったいないと思ってなぁ…」

「期待外れだ」

「そう言うなよ、クーフー。俺としては他の勢力が二天龍を見守りたいという意見が出てるのも頷ける。神器に秘められた部分をすべて発揮させるのは案外俺たちでなく、彼らかもしれない。…うん、やっぱり止めた」

 

 曹操の決定に、ゲオルクは軽く頷き、クーフーは口を真一文字に結ぶ。あくまで自身の実力の向上と、それに比肩する可能性を持つ者と戦うために、彼は今回一誠達を見逃すことに決めたようだ。

 

「赤龍帝の兵藤一誠。何年かかってもいい。俺と戦える位置まで来てくれ。将来的に俺と神器の究極戦ができるのはキミとヴァ―リを含めて数人もいないだろう。───いつだって英雄が決戦に挑むのは魔王か伝説のドラゴンだ」

 

 曹操は一誠に指を向けて期待を示すと、ゲオルクに死神をこの場に呼び寄せること、転移魔法で自分とジークフリートを入れ替えることの2点を指示する。目的を達成した彼は、ゲオルクとクーフーがこの場から離脱したのを見届けると、再び一誠達に向き直る。

 

「ひとつゲームをしよう、ヴァ―リチームとグレモリーチーム。もうすぐここにハーデスの命令を受けてそのオーフィスを回収に死神の一行が到着する。そこに俺のところのジークフリートとクーフーも参加させよう。キミたちが無事ここから脱出できるかがキモだ。そのオーフィスがハーデスに奪われたらどうなるかわからない。さあ、オーフィスを死守しながらここを抜け出せるかどうか、ぜひ挑戦してみてくれ。俺は二天龍に生き残って欲しいが、それを仲間や死神に強制する気はさらさらない。襲い来る脅威を乗り越えてこそ、戦う相手に相応しいと思うよ、俺は」

 

 それだけ言い残し、曹操も立ち去っていく。骨の髄まで舐めきった態度を取る曹操であったが、そんな彼に完璧な敗北を喫した一同はその後ろ姿を悔しそうに見つめるしかできなかった。

 




曹操の能力多いなと読み返して思いましたが、割と原作でも後でメインキャラには多くの能力が付随されている印象があります。


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第106話 見方と意識

そろそろ展開にもケジメをつけていきたいと思います。


『ヴァ―リチームはクーデターを企て、オーフィスを騙して組織を自分のものにしようとした。オーフィスは英雄派が無事救助。残ったヴァ―リチームは見つけ次第始末せよ』

 

 これが禍の団に通達された内容であった。これで実質、彼らは禍の団から切り離されたと言えるだろう。哀れな結末ではあるが、彼ら自身テロ活動は片手間で様々な伝説や幻の調査や生死不明の強者の捜索など自由気ままに行動していたのだから当然なのかもしれない。それでも龍喰者の毒を直々に受けて、もがき苦しむその姿は割に合わないとも言えるが。

 ホテルは全60階であったが、一誠達は真ん中の30階に陣取っていた。ルフェイが幾重にも結界を張っており、脱出のために考えを巡らしていた。かなり強力な結界でオーフィスを逃さないために構成されている。外に助けを呼ぼうにも、黒歌もダウンした今ではルフェイが転移できる相手はせいぜい2名までだ。まずは救援を優先することを踏まえて、イリナとその護衛にゼノヴィアが選出され、その後はアザゼルとリアス、朱乃で作戦を練り始めていた。

 大一はホテルの廊下にある窓から外の様子をうかがっていた。足音がよく響くほどの静けさであったが、続々と外には死神が現れていた。彼は持ち前の探知能力を活かして、見張りについていた。先ほどの戦闘でほとんど手傷も負わなかったのも大きい。もっとも頭の重い感覚は未だに拭えていなかったのだが。

 どんどん増えてくる死神を感知しながら、大一の頭の中でディオーグが呟く。

 

(つまらねえな。おかげでオーフィスも弱まっちまった)

(しかし力は全部奪われなかった。オーフィスを侮ってもらえてラッキーだったよ)

 

 オーフィスはサマエルに多くの力を奪われたが完全ではなかった。捕らえられる直前に自身の力を別次元に逃しており、曹操達はそれに気づいていなかった。現在はそれをすべて回収し、実力は二天龍よりも二回りほど強いくらいに収まった。不幸中の幸いというべきか、彼女も戦力としてカウントできるだろう。ただし彼女の強みである無限の特性が無くなったことは危惧しなければならない。

 

(敵に対してもよくそんなことが言えるな、小僧。いやお前だけじゃないな。他のガキどもも敵対者相手によくそこまで寛容になれるものだぜ)

 

 ディオーグのぼやきに対して、大一は反論しなかった。彼の過去を知った今では、どんな厳かな論説でも彼の積み上げてきた盤石な生き方を変えられるとは思えなかった。

 それを理解しながらも、大一はディオーグに戦い以外の生というのを味わって欲しかった。これからも身体を共有して生きるからだけではない。心からディオーグの境遇に同情していたのだ。もっともそれを実現するには大一自身が変わることも必要だが。

 我ながら驚くほど感傷的な感情がこみ上げてくるものだと思った。否定するようなものでは無いが、静かに考え込む中で珍しい心情を抱いているものだと、大一は考えた。

 こんな感情がこみ上げるのは、絶体絶命と隣り合わせの戦況というだけではなかった。もともと大一は矛盾の塊が責任を背負っているような男であった。弟の関係、悪魔になってからの責務、強くなる理由…それらが自分本位な性格と仲間のために身を削る行為という相反的な要素を内包し、それを重く受け止めて責任感へと昇華する。要するに面倒な男であった。

 そんな男に影響を大きく与えたものを問われれば、絞りこむことは不可能だろう。弟が悪魔になった事、多くの仲間との経験、愛する人の関係、敵であった相手への理解、枠を超えた超常的な存在との邂逅…。最近になって怒涛に迫る雪崩のように直面化する事実と指摘も併せると、今のようなひとりで考えこむ時間があればその問題について解決するための悩みを抱くことはおかしくないだろう。

 だからこそ、ディオーグの言う通りどこかでケジメをつける必要があった。いかに自分が責任を抱え込む性格であるかを自覚すると、自身の人生を前に進ませるためにも問題には向き合わなければならなかった。

 すっかり思考の渦に取り込まれている大一に、祐斗が近づいてくる。

 

「お疲れ様です。代わりますよ」

「さっきの戦いで疲れているだろ?感知は俺の方が上なんだ。休んでいろよ」

「もう数えることもできないほどの数だと思いますけどね」

 

 祐斗が窓の外を見ながら答える。奇妙なローブに残酷的な鎌、これを身につけていない相手を視界から外すことの方が困難を極めるほどの人数が外にはいるのだ。力を奪われたオーフィスに対して、これほどの戦力を投入する辺りにハーデスの本気が窺える。

 

「それに大一さん、さっきから体調あまり良くないでしょう。部長から聞きました」

「ちょっと頭重いだけだって」

「ダメですよ。ここから脱出するのに皆の力が必要なんですから、先輩も少しは休憩してください」

「お前も頑固になったなあ。誰の影響だ?」

「皆さんのですよ」

 

 この絶望的な状況に似つかわしくないほどの輝きを感じる笑顔で祐斗は答える。後輩の頼もしい姿に大一は後を任せて廊下を歩いていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 部屋に戻ろうとした大一だが、その途中の廊下で怪訝な表情の小猫と心配そうな面持ちのレイヴェルに会う。おかしい組み合わせではないが彼女らの表情と、先ほどの戦闘で黒歌が取った行動を思い返せば納得できる光景ではあった。

 

「そんなところで立っているよりも座った方が休めるぞ」

「…先輩」

「あっ、お兄様。いえ、ちょっと先ほど小猫さんのお姉さんの様子をイッセー様と一緒に見てきたんですけど…」

 

 レイヴェルが小猫を見やりながら遠慮がちに話す。小猫は表情を変えず、ただまっすぐに寄りかかっている壁とは反対の壁に目を向けていた。彼女の中であらゆる感情と思考がぐちゃぐちゃに混ざり合って、ほぼ純粋な不全感にすっかり仕上がっていた。

 レイヴェルもそんな彼女を心配そうに見るが、現状でどういう手だてをすればよいのかはわからないようであった。

 

「レイヴェル様…じゃなくて、あー、とにかくちょっと小猫と2人にしてもらえるか?」

「え、ええ。お願いしますわ」

 

 そう言うと、レイヴェルはパタパタと皆のいる部屋へと急いだ。あとに残された大一は、静かに小猫の横に同じように壁に寄りかかる。重く沈んだ空気とまではいかないが、一歩でも踏み出しづらい緊張感が漂っている。これを破ったのは小猫からであった。

 

「…前もありました。こういうこと」

「夏休みの時か。あの時もいろいろ大変だったな」

「本当に大変でした。でも皆のおかげで乗り越えることができたんです。それが今は…」

「あの時に悩んだ原因に助けられたからな」

 

 きっぱりと言い放つ大一の言葉に、小猫はぐっと口を閉じる。先ほど一誠とレイヴェルがいる前で、彼女は横になる姉に向かって詰問した。なぜ助けたのか、真面目で純粋な問いであったが、ここに彼女の感情が乗せられるとそれは非情に重くなる。しかし黒歌はそれを「よくわからない」と気まぐれに答えて、軽くかわした。茶化すような態度と姉が咄嗟に守った時の言動のギャップに、小猫はすっかり抱え込んだ状態であった。

 胸が苦しくなり、いっそのこと凝り固まったその感情を吐き出したいと思った。…いや吐き出していいのだ。横にいる男は自分がどこまでも信じた兄代わりなのだから。

 小猫は視線を逸らさず、しかし頼れる相手に聞こえる声で話し始める。

 

「…正直、わからないんです。姉さまが何を考えているのか。だからこそ辛くなります。私はあの人のせいで苦しんだのに、あの人に殺されかけたのに…あの人はさっき私を守った」

「当然の感情だろうよ。いくら姉妹でも相手の考えを理解するなんて難しいと思う。俺と一誠だってそんなものだからな」

「…先輩なら答えを教えてくれるものだと思いました。姉さまとも話しましたから」

「俺に出来ることは受け止めるだけだよ。それにどう思うのかを決めるのは、小猫自身だろう」

 

 ここで先日の黒歌の話を彼女に伝えたところで何かが変わるだろうか。それは大一にもわからなかった。しかし自分の言葉が彼女にとって大きなものになりかねないことを自覚している。それを踏まえれば、不用意な発言がどうしてできようか。

 そして大一は小猫の強さを知っている。より良い方向に向かうために真剣に考えることができる真面目さがある彼女だ。そんな彼女だからこそ、大一も信頼しているし彼女の味方であり続けたかった。

 

「ゆっくり考えればいいんだ。俺は支えるよ」

「…とりあえずこの場では信用します。それが私としての考えです」

 

 軽く息を吐いた後に、小猫は答える。姉のことが嫌い、その感情をすぐに裏返せるほど関係は単純でなかった。それでも彼女があの瞬間だけでも守ってくれたのは事実であった。それであれば、少しくらいはその想いに応えても良いだろう。自分には信頼できる味方もたくさんいるのだから。

 

「じゃあ、それで決まりだな。でもあまり無理はするなよ」

「無理するのは夏休みに充分経験しましたから。…でも、今ならもう少しだけ無理できそうな気がします。だからここで先輩と話したいんです。昨日の夜に約束したことについて」

 

 黒歌に発情期を抑えられた後、大一が彼女に言ったこと…小猫としては黒歌との関係に整理をつけた今だからこそ兄貴分である男との関係にもけじめをつけたかった。

 

「お前なぁ…こんな状況でよく言うよ」

「強くなった証拠です」

 

 小さく微笑む小猫に、大一は頭を掻く。後輩たちの強さに頭の下がる想いであった。だからこそ、自分の答えを出さなければならなかった。その期待に応えるためにも…。

 大一は静かに息を吐き、新しい空気を吸い込む。その一連の動作だけで脳に活力がみなぎり、背けていた現実に直面する勇気が湧いてくる。

 

「…好きだと思うよ。真面目で頑張り屋で…お前の良いところをたくさん見てきたつもりだ。しかしそれは恋愛としてじゃない。正直なところ、俺はずっと妹のような感覚で見てきたから。今の俺ではお前の想いを受け止めることはできない」

「…知っています」

「…ただなんというか…俺もズルい奴だから…お前のことは悲しませたくないと思っている。だから、まずは小猫のことをしっかりと女性として意識することから始めようと思う」

 

 我ながらバカだと考える大一は、それを振り払うかのように頭をガシガシと掻く。悪魔が多重婚を認めているとはいえ、別にそれに倣う必要はない。無いはずなのに彼の選択はそこに逃げ込んだような結果であった。

しかし彼女を傷つけたくないのも事実であった。彼女のことを知り、大切に思っているからこそ、幸せになって欲しい。それを全力で支えるのであれば、まずは自分が彼女を受け入れるために努力を始めることが必要であった。

 大一はこの考えを恐ろしく利己的に感じたが、それに気づいたのか小猫も言葉を紡ぐ。

 

「私も先輩のことを頼れる兄として見ていました。でも…いつからかただ頼れるだけの相手じゃなくなりました。どんなことにも真面目に向き合って、私を強くしてくれた…なんというか…好きなんです。ただやっぱりまだお兄ちゃんと見ちゃうから…私ももっと先輩のことを男性と意識します」

「俺なんかよりいい奴はたくさんいると思うけどな」

「そうだと思います。でも今の私にとって好きなのは、面倒で真面目な先輩なんですよ」

 

 この言葉を相手に伝えるのに、どれだけ葛藤を感じたことだろうか。彼と朱乃の関係に入り込めないと小猫は思っていた。あの2人とは過ごしてきた時間の違いと確固たる信頼関係には及ばない自覚はあった。だからこそ2人の関係が進展した時は祝福と同時に、静かにちくりと胸を痛める感情が芽生えていた。

 しかしそれは彼女も同じようなものだ。決定的に想いを強く自覚し始めたのは夏休みの一連の事件であったが、その優しさや信頼に触れてきたことが大きかったのだから。それに気づいた今、自分が遠慮を感じることは無かった。

 

「そしていつか本気で先輩を惚れさせます。それこそ朱乃さんから先輩を奪うくらいに」

「お前、なにもそこまで…」

「意気込みです。口に出すことが大事ですからね。それに放っておけば、ライバルがどんどん増える気がするんですよ」

 

 壁から離れた小猫はぐっと伸びをして答える。彼女の頭の中には朱乃はもちろんのこと、他にも彼と繋がりの深い女性を考えていた。このまま負けっぱなしで終わるつもりは無い。そのハングリー精神は彼女の表情にみずみずしさと力強さの両方をもたらしていた。

 小猫は大一に期待するように微笑む。いつもの可愛さに加えて、一歩前に踏み出せた彼女には、これまで以上に女性としての魅力が詰まっていた。

 

「先輩ももっと甲斐性は身につけた方がいいですね」

「口が達者になったな。祐斗もそうだったが…まあ、俺だって努力するよ。それこそお前の期待に沿えるようにな」

 

 そう言って大一は軽く小猫の肩を叩くとその場を後にする。言葉こそ不慣れだが落ち着いた声の調子と、自分よりも大きな手に触れられたことに小猫は顔が熱くなるのを感じる。まだまだ相手を魅了するのは、相手の方が上であることを認めざるをえなかった。

 

「…やっぱりズルいですよ」

 




オリ主と小猫の性格をわざわざ書き出してまとめた結果、こうなりました。ハーレムは似合わないですが、変な方向に真面目なキャラにしちゃったから…。


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第107話 脱出開始

いまいち死神の強さが分からないと思いました…。


 神器の中でも抜きんでた能力を持つ神滅具は13種ある。さらにその中でも群を抜いて絶対的な力を持つものは、上位神滅具に分類されていた。2番目に強いと評される「煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)」を除けば、他の3つは禍の団の英雄派に属している。

 そして現在、この異空間に閉じ込めているのはゲオルクが扱う上位神滅具「絶霧」によるものであった。空間ひとつ丸ごと封じ込めるその規模は目を見張るものがある。この結界から脱出するには、術者本人が解くこと、強引に結界を破壊して突破することなどが挙げられるが両方とも現実的な方法ではない。そうなれば、術者本人を倒すか、この結界を支える中心点を破壊するかが脱出のカギとなる。

 かつて一誠がアーシアを救出した時のように、今回もこの広大な疑似空間にはそれを支える装置が置かれていた。装置の数は3つ。駐車場、屋上、ホテル内部にそれぞれひとつずつ設置されているが、いずれも周囲には大量の死神が控えており、中でも駐車場の装置は術者であるゲオルクに加え、ジークフリートとクーフーも守りを固めていた。

 この数に無策で突っ込むことはどれ程の猛将でも愚か者と揶揄されるだろう。かと言って、諦めてしまえば死に直結する。この状況で一誠達が突破するために作戦を提案したのはリアスであった。彼が愛する男の武器を存分に活かした作戦だ…。

 

「いよいよ感知の役目が無くなれば、あなたもお役御免かもね」

「この極限の状態で、そこまで言えるならいつも通りなんだろうな」

 

 小さく笑う朱乃に対して、大一は答える。今回の作戦にあたり、敵の場所を正確に把握する必要があるのだが、今回はこれを小猫がやることになっていた。現在、鎧姿の一誠と小猫が共に一室に入ってその時を待っており、その部屋の付近で大一は朱乃と静かに外の様子を見守っている。

 大一は一誠と小猫のいる部屋の扉にちらりと目を向けると、朱乃に向き直る。

 

「…あのさ、朱乃。さっき小猫と話したんだ」

「あらあら、わざわざ私に話すってことは内容は察するに余るわね」

「まだそういう関係じゃない。ただ彼女を女性として意識すると約束したんだ」

「あなたらしいわ。うーん…それで私にはなにを約束してくれるの?」

「そうだな…これまで通り、いやこれまで以上に好きでいる。それこそ朱乃が今まで以上に満足するくらいには」

「今はそれで許してあげる」

 

 そう言った朱乃は静かに大一へと身を寄せる。頭でも心でも彼が自分から離れないことを確信しているつもりであったが、いざ明言されれば安堵が体中を駆け巡るのを実感できるのだ。

 しかしちょうどそのタイミングで大一は軽く頭を抑えた。リアスから話は聞いていたが、どうも彼の体調不良は心もとなく感じる。

 

「体調も怪しいのに無理しようとするあなたも問題よ」

「それ、祐斗にも言われたな。でもそこまで深刻じゃないし、この状況じゃ無理するなって方が難しいよ。ましてやヴァ―リや黒歌のように手痛くやられた奴だっているし…」

「おやおや、私の名前が聞こえたにゃ」

 

 いつの間にか、黒歌が近くに立っており会話に加わる。表情はいつものように気ままさと余裕に満ちていたが、いまいち覇気が感じられない上に少し足取りが怪しかった。

 

「こういう時はすぐに飛んでくるな」

「お見舞いにも来なかった薄情者よりは、お節介なほど素早い私の方がいいと思うけどねー」

「あれでやられるほどヤワじゃないだろう。お前と戦ったことあるから尚更だな」

「ふーん、信用してくれたんだ…。悪くない気分にゃん」

「勝手に言ってろ」

 

 黒歌の発言を大一は軽く流す。ヴァ―リチームに対しては、他よりも懐疑心が強かった大一であったが、昨日の黒歌との話が無意識のうちに想いが軟化していた。彼にこれを追求すれば否定するであろうが。

 

「そうそう、さっき赤龍帝ちんとも話したんだ。昨日の深夜にあんたと話したようなことをね。きっと彼ならヴァ―リみたいに純粋なドラゴンになってくれそうにゃ」

「含みがあるな…俺に何を期待しているんだ?」

「大一はどんなドラゴンになるのかなってこと♪」

 

 黒歌の黄色い瞳の奥に光が宿ったかのように輝く。彼女にとって眉唾気味であったオーフィスとディオーグの関係性と、昨日の深夜の一件で大一への興味は間違いなく膨れ上がっていた。願わくば、彼自身にもドラゴンとして強者として期待したい想いがあった。

 しかしそれにいちいち反応する大一でもなく、軽く首を横に振る。

 

「…そんなのお前に言う必要無いだろ。だいたい俺自身がまだ固まっていないんだ」

「そういう複雑で面倒くさいところが面白いことになるのかも」

「面倒な俺でも、作戦前にお前と無駄話するつもりはねえよ」

「うわっ、冷たい男!まったく…おっとっと」

 

 踵をかえして自分の持ち場に戻ろうとする黒歌は足元をふらつかせて転びそうになると、大一が腰を抱えてそれを支える。咄嗟であったが、彼の動きにはためらいは見られず素早かった。

 

「気をつけろ。怪我するぞ」

「ふ~ん、今のふらつきがわざとなのも見抜けないで助けるなんて、さすがは赤龍帝ちんのお兄ちゃん」

「お、お前な…!」

「それじゃ、また後でね。大一」

 

 ひらりと大一の身体から離れると、いたずらっぽい笑みを浮かべて彼女は自分の持ち場へと戻っていった。魅惑的な動きであったが、それでも後ろ姿には疲れが感じられて、大一としては騙されたことへの不全感と心配する感情が入り混じっていた。

 

「…あいつ、本当に大丈夫かよ」

「どうかしらね。でも私はそれ以上に…いろいろ気になったわ」

 

 朱乃の声は静かながらも、強い覇気が込められていた。黒歌と大一のやり取りが、普段の生活で朱乃自身が彼をからかう時と同じようなものに感じ、さらに黒歌が馴れ馴れしく彼の本名を呼ぶことに引っかかっていた。この感情を言葉に表すとすれば「嫉妬」であることを、自分だけの特権と思っていたやり取りを奪われた朱乃は気づいていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!ドラゴンブラスタァァァァァ!」

 

 一誠が魔力を込めた渾身の砲撃が放たれる。トリアイナの「僧侶」形態の双肩から放たれる魔力の砲撃は、小猫が感知で示した場所に向かっていった。目標はこの空間を支える装置のうち2つ。敵の守りが比較的薄い屋上と2階のホールに設置されていたものだ。

 大きくホテルが揺れると共に、ルフェイが目標の破壊とその周辺の敵の討伐を報告する。さらに転移の準備もちょうど整ったところだった。

 

「ゼノヴィア!イリナ!頼むぞ!」

「イッセー!死ぬなよ!」

「必ずこのことを天界と魔王様に伝えてくるから!」

 

 一誠の言葉を胸に救援を求めに向かうゼノヴィア、イリナ、ルフェイの3人は光に包まれた。

 その様子を見届けたアザゼルはその場にいる全員に檄を飛ばす。

 

「よし!これであとはあいつらをぶっ倒して装置も破壊すればしまいだ!いくぞ、お前らっ!」

『はいっ!』

 

 これを機に作戦が開始される。前衛であるアザゼル、リアス、朱乃、大一、祐斗の5人が翼を広げて駐車場へと向かった。死神たちは動き始めた相手に狙いをつけ、空中でぶつかり始めた。そこに援護するように強力な魔力の攻撃が撃ち込まれる。後衛であるヴァ―リの魔力の一撃であった。後ろに控えるのは一誠とヴァ―リの二天龍に加えて、遠距離から回復を飛ばすアーシア、弱りながらも階層に結界を張る黒歌、その彼女を支える小猫とレイヴェルであった。曹操からダメージを受けたことや、死神の生命をも刈り取る鎌、多くの状況を踏まえた上で作り上げたこの布陣は予想通りに相手を押していた。

 一誠は緊張を抱きながら次の魔力を溜める。惚れたリアスの戦術、ヴァ―リというライバルが味方にいること、絶望的な状況のはずなのに精神的な支えは強大であった。初手が上手くいったのも大きいだろう。彼のドラゴンブラスターと小猫の的確な感知の賜物であった。

 

「あら、白音。…助けてくれるの?」

 

 一誠の後ろで黒歌が少し意外そうに話す。小猫とレイヴェルが彼女の身体を支えていた。

 

「…私を助けてくれた借りを返すだけです。防御の魔法陣に集中してください。仙術でフォローしますから」

「そっちのお嬢ちゃんはどうしてにゃん?」

「な、なんとなくですわ!ありがたいと思いなさいな!」

 

 顔を赤らめてあやふやとした声で答えるレイヴェルの様子に、黒歌は面白いおもちゃを見つけたような笑顔になる。だが状況が状況なので、追及はしなかった。

 

「そ。じゃあ、お言葉に甘えちゃう。…白音、今度、仙術だけじゃなくて猫又流の妖術とかを教えてあげちゃおうか?…嫌ならいいけどねん」

「…いえ、教えてください。私も仲間を支えるために強くなりたいです。姉さまに頼ってでも私は前に進まないと───」

 

 小猫が覚悟を決める一方で、ドラゴンも奮闘する。ヴェーリはサマエルのダメージで禁手を使えないが、撃ち出す魔力は死神数体をまとめて吹き飛ばすほどの威力を誇り、戦力としては十分であった。しかしオーフィスの方は撃ち出す魔力はヴァ―リよりも強力ながらも、本調子でないがゆえにコントロールが定まらずにでたらめな方向に、しかも空間に余計な影響を及ぼしかねないため、アザゼルに下がるように言われた。

 チャージが溜まった一誠は再びドラゴンブラスターを放ち、さらに敵の数を減らしにかかる。どれだけ敵が警戒していても、その威力は簡単に防げるものでは無かった。

 

「さすがです、イッセーさんッ!」

「お見事です、先輩」

「さすがですわ、イッセー様!」

 

 アーシアと後輩2人の声援に一誠は軽く後ろを振り向いて拳を握る。表情は鎧に隠れているが、彼の人を魅了するような笑顔が向けられていたのだろう。

 

「へえ、白音は赤龍帝が好みなんだ。それじゃ、あっちは…」

「姉さま、変なこと言うと手を離しますよ。私がさっき扉の外の会話が聞こえてなかったと思うんですか?」

「ありゃりゃ、聞こえていたの?我が妹ながら怖いわね」

「あの人は…大一先輩は私の強さでもあります。姉さまには渡しません」

 

 きっぱりと言い放つ小猫の言葉に、一誠は鎧の中で小さく息を吐く。彼自身、兄のことを認めているものの、仲間が好意を抱いているのを直面すると不思議と落ち着かない感情になるものであった。

 

「兄貴もモテるな…」

『お前にだけは言われたくないと思うぞ、相棒』

 

 半ば呆れ気味にドライグの声が響く。大一は今の彼と全く同じような感情をこれまで幾度となく経験していたのだが、それを一誠が気づく日は来ないのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『邪魔だ、陰気な雑魚どもがァ!』

 

 龍人状態になった大一の口から、ディオーグの喜々とした言葉が紡がれる。経歴から戦わざるを得ない環境にずっと身を置いてきた彼であったが、戦いが好きであるという気性も本性であることを実感させられた。

 錨で死神の鎌をひっかけると強引に引き寄せて、その顔面に痛烈な拳を入れこむ。その隙を狙って後ろから2人の死神が鎌を振りかぶるが、翼の付け根から伸びる尾の先端から魔法陣を出すとその鎌の攻撃を防いだ。

 

『本当に魔法を覚えて正解だったと…思うよ!』

 

 身体を回転させて後ろの死神をはじくと片方は錨で頭をカチ割り、もう片方は頭を掴んで近くにいた別の死神へと叩きつけるように投げた。

 前衛はかなり押し込んでいたが、特に敵を一気に蹂躙したのは間もなく一誠からの倍加の力を譲渡されたリアスと朱乃の攻撃だろう。元より大規模な魔力の攻撃を得意としていた2人であったが、一誠により倍加の力を受けたその破壊力は辺りの死神を大幅に減少させた。かつてコカビエルと対峙した時よりも、はるかにその威力は凌駕していた。

 

『お前の弟も動いたな』

『あいつは無理に前衛に来なくてもいい気がするんだけどな…』

 

 ディオーグの言葉に、大一は苦々し気に呟く。ドラゴンブラスターを2発、リアスと朱乃に譲渡までしたため、彼のドラゴンのオーラの消費は激しかったが、ジークフリートに誘い出される形で駐車場へと出陣していた。

 しかし相手の想像以上に一誠は動き、向かってくる死神を殴り飛ばしている。悪魔としての経験は1年にも満たない彼であったが、修行の積み重ね、はるかに格上である強者との戦い、多くの支援など様々な要因が積み重なった彼の実力は下級の死神の動きをハッキリと見切っていた。

 

「サイラオーグや曹操と戦っていりゃ、このぐらいの死神じゃ束になってもお前の相手にならないだろうよ。ま、俺にとっても同じだ」

 

 一誠の横にアザゼルが降り立つ。お世辞という言葉から遥か離れた意味を含んだ発言に、アザゼルは笑っていた。

 

《死神を舐めてもらっては困ります》

 

 不利な状況を覆しつつあった中、駐車場に寒気を感じる不気味な声が響き渡る。漆黒の刀身の鎌に、他の死神とは少し違った黒いローブ、無数にいる死神の中にいても間違いなく気づくであろう異様な雰囲気を纏った人物が現れた。

 

《初めまして、堕天使の総督殿。私はハーデス様に仕える死神の1人───プルートと申します》

「…ッ!最上級死神のプルートか…ッ!伝説にも残る死神を寄越すなんてハーデスの親父もやってくれるもんだな!」

 

 アザゼルは衝撃と苛立ちを隠さずに言葉を叩きつける。プルートとしてはアザゼルがテロリストと結託して同盟勢力を陰から崩そうとする、という理由づけがすでに済んでいたらしい。あくまで理由づけであり、彼らの本心は死生観がまるで違う厄介な悪魔や堕天使への否定であったが。

 一瞬、プルートの姿が消えたかと思うと、アザゼルが人工神器の槍を出して相手の鎌とつばぜり合いを起こしていた。力の温存ができないほどの相手であるため、アザゼルは素早くファーブニルの力を持つ黄金の鎧を展開させるのであった。

 その一方で、ジークフリートは一誠を前にいくつもの名剣を抱える。

 

「さて、キミの相手は僕じゃないとダメなんだろうね」

「悪いね、イッセーくん。───彼は僕がやる」

 

 激突は必死かと思われたが、そこに高速で祐斗が割り込んだ。彼らの因縁の濃さについては一誠も理解するところであった。仲間を信じ一歩下がろうとする一誠であったが、そこにドライグの声が響いた。

 

『相棒!』

 

 アザゼルとプルートの勝負の時とは違う金属音が聞こえる。一誠の横から突っ込んできた何かが同じく上から落ちてきた何かとぶつかっていた。

 10秒もかからないぶつかり合いは突っ込んできた相手が引き下がることでその正体が判明した。一誠の隙を狙っていたクーフーとそれを察知して防いだ大一であった。

 

「仕留め損ねたか」

『前も同じような不意打ちしようとしていたからな。祐斗があいつとやるなら、俺がお前の相手をしてやる』

『ちょっとは楽しませてくれよ、雑魚が!』

 




11巻もだいぶ佳境に入ってきましたね。


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第108話 乳力と旧魔王

原作初見で例の歌よりも困惑したのがこのビームでした…。


『さっきは勝負できなかったが、今度は勝たせてもらう!』

「勝手にほざくことだなッ!」

 

 錨を薙ぎ払うように連続で振る大一に対して、クーフーは槍で攻撃をいなしながら後退していく。まったく手の内を知らない相手なら押していると思えるが、京都で彼の神器を知っていればどこで盾のカウンターを狙っているかに注意が向けられる。

 とはいえ、この戦場で一騎討ちがルールに決められているわけではない。間もなく、大一の背中を狙った死神のひとりが大きく鎌を振りかぶるが、尾で相手の首を絞めつけると硬度を上げた翼で何度も叩きつけた。

 

「禁手化!」

 

 死神へと注意が逸れたと感じたクーフーは禁手化した盾で、右下から振り上げられる錨を受けようとする。攻撃を受けた方向とは反対方向に吹き飛ばす盾であったが、接する直前に錨の動きが止まった。同時に大一の口には魔力が込められており、クーフーは顔面からその一撃を受けた。よろめくクーフーの腹部に、追撃するように大一の蹴りが入り込む。

 

「がっ…!」

 

 一瞬、声にならない苦痛の音が漏れると、そのままクーフーは後方に蹴り飛ばされた。すぐに大一は後ろを振り返ると死神の頭を地面へと叩きつけて、再び相手の吹き飛んだ方向へと視線を向けようとする。

 その瞬間に、炎、氷、雷、風の属性の魔力が斬撃となって飛んできた。素早く魔法陣を出してその斬撃を防ぐと大一は目を凝らす。この戦いの煙に紛れて脚力強化の神器で動いてくるものだと予想していたが、意外なことに煙が晴れると軽く息を切らしたクーフーが立っていた。口から血反吐を吐き捨てると、据わった眼で大一を睨みつける。

 

「…なるほど、死神に自分を狙うまで待っていたな。某がそのタイミングで攻撃すると踏んで」

『ああ、そうだ。あんたは油断しないからわざとでも俺の気が逸れたと勘違いさせる必要があった』

「ふむ、貴殿を侮っていたわけではないが見事なものだ」

 

 感心するように頷くクーフーに、大一は訝し気な表情を浮かべる。数刻前に大一達を「期待外れ」と評価した男とは思えない態度である。強者との戦いを楽しむ姿勢、やはりクーフーも英雄派ということなのだろうか。もっとも大一の場合は、自分を強者とは思っていなかったが。

 そんな大一の表情に気がついたクーフーは服の襟を直して神妙な面持ちになる。意図して演じているような変わりぶりには、余計にも奇妙な印象を抱かせた。

 

「まあ、今の某は自分の役目を全うするだけだが…」

『それは俺も同じだ。ここから出るためには、お前らをどうにかしなければいけないんだからな』

 

 再びクーフーが動き出す。クーフーは神器により猛牛のように突っ込んでくるのに対して、大一は体重を上げながら錨を構える。大きく錨を横に薙ぎ払うが、それを受けずにクーフーは身体を逸らしてかわすと、風の魔力で貫通力を上げた槍で刺突を狙ってきた。最初の一撃を硬度を上げた左腕でいなすも、わずかに肌が斬れる感触を感じる。すぐに錨を構え直した大一は、連続で向かってくる刺突を錨でいなし始めた。

 

「大したものだな。貴殿も、ジークと刃を交える少年も、他にも優秀な人材が揃っている。だからこそ我々は危惧している。その力の行く末をな!」

『お前ら、英雄派だって大概だろうが。上位神滅具を3つも手の内にあるお前らに加えて、独自の禁手化の数々…それで世界を混乱に陥れようとしているんだから堪ったものじゃない』

 

 大一とクーフーが戦っている一方で、祐斗とジークフリートが激突していた。祐斗は龍騎士団と幻術を組み合わせて新たに創りだせるようになった龍殺しの魔剣を用い、ジークフリートはお得意の6刀流で名だたる名剣を手足のように扱っていた。

 

「…そうだな。しかし世界を混乱に導いているのであれば貴殿らも大概だ。3大勢力などが結成されて世界が良い方向に傾いた…戯れ事でもそうは言えないからな」

『…何が言いたい?』

「同じ穴の貉というわけだ。であれば、互いに信じるもののために戦うだけだろう!」

 

 クーフーは大きく飛び上がると、強引に大一の顔面を蹴りつける。神器によって脚力が強化されているため、その蹴りの威力は十分であった。

 しかし大一は怯むことなく歯を食いしばる。そのままクーフーの脚を掴むと投げ飛ばし、その先に魔力を数発撃ち込んだ。今度は相手も盾で防ぎきっており、ダメージは与えられなかったことに大一は軽く舌打ちをする。

 

『鼻が折れるかと思った…』

『この程度で俺の感知が変わることはねえがな』

 

 鼻血を拭いながら彼の口からディオーグの呟きが漏れる。血の匂いが鼻を蝕むも、この程度の攻撃で怯むような彼らではなかった。すぐに体勢を整えて追撃にかかろうとするが、頭に感じる重さが大きくなる。気分の悪さが先行し、彼は後退をするもクーフーがそれを見逃すはずもなかった。

 

「動きが鈍ったか…」

 

 クーフーが少し呆れたような発言と共に走り出そうとするが、すぐに踏みとどまった。上空から強力な雷光が彼と大一の間に落とされたからだ。

 間もなく朱乃が大一の横へと降り立つ。彼女がクーフーに向ける視線は鋭く、身体に突き刺さるのではと思わせる凄みがあった。

 

「こちらもわざわざ一人で相手をする道理はありません。大一、ひとりで無理しないで」

『悪かった…』

「雷光の巫女か…堕天使の血を持つ貴殿とは初めてだな。さすがに某だけでは手に余るかな。ここはジークに倣うとしよう」

 

 クーフーは静かに呟くと同時に後退していく。そして彼の壁になるかのように大量の死神が出現し、生命を刈り取る鎌をちらつかせていた。

 徐々に敵の包囲網が狭められていく。圧倒的な数の差がここに来て致命的になっていた。じわじわと後退を余儀なくされた大一と朱乃は、同様に追い詰められていく一誠、リアス、祐斗の3人と合流し、多くの死神に囲まれる形になっていた。アザゼルは未だにプルートとの激しい戦闘を繰り広げており、後衛も上空から向かってくる死神の相手で援護どころではない。ここに来て、戦局は英雄派と死神側に再び傾いていた。

 

『寿命を奪う鎌に玉砕覚悟で相手はしたくないな』

「数が多すぎますね。僕のスピードでもこれは難しいかな…」

「私と朱乃がまた一誠に譲渡してもらえば…いや相手もそれは警戒しているものね」

「…あらあら、これはちょっと大変ですわね」

 

 追い詰められていく中、一誠は上を見合げアザゼルへと呼びかける。声の調子は慌てた様子で、衝撃的な現実にぶつかったような印象を抱いた。

 

「せ、先生っ!大変なことになってる!歴代の先輩たちがリアスの乳を次の段階に進めようって言ってきてるんだ!」

「きたぁぁぁぁっ!よぉぉぉしっ!いますぐつつけ!もめ!触れっ!ふははははっ!おい、英雄と死神ども!うちのおっぱい夫婦が噂の乳力を発揮するぞ!グレモリー眷属必勝のパターンだッ!」

 

 アザゼルの狂喜乱舞の雄たけびが響き渡る。死神たちはキョトンとして様子で疑問がさざ波のように広がっていったが、ジークフリートは戦慄し、クーフーは不快の2文字が刻まれたような表情をしていた。京都で1度経験している分、彼らの不穏さは察するに余る。

 仲間達の方も祐斗と朱乃は苦笑い気味、大一は感情のこもったため息をこぼすが、リアスは何度も経験した当事者のためか覚悟を決めたような表情になっていた。

 

「あ、あの、聞いて欲しいことがあります!」

「何?今更何が来ても驚かないわ」

「…そのおっぱいに赤龍帝のパワーを譲渡していいですか?」

「───やっぱりわからないわ。京都でもよくわからなかったし、いまも正直理解ができない。けれど、わかったわ!私の胸に譲渡してみせてちょうだい!」

『やけを起こしているだろ、あの赤髪女』

『言うな、ディオーグ…』

 

 嘆く兄の姿には気づかずに、一誠はリアスの胸に自身の譲渡の力を渡す。わざわざ鎧の腕の部分を解除して行うほどの本気っぷりであった。ブーステッド・ギアの音声とリアスの恥じらう声の両方が響くと、Bustの音声が連呼されリアスの胸が光を帯びていた。さらにそこから一筋の赤い光が一誠へと伸びる。この光を受けた一誠はたちまちにオーラが回復して、再びトリアイナの「僧侶」へと姿を変化させた。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

 

 一誠の怒号と共に3発目のドラゴンブラスターが撃ち出される。圧倒的な破壊力と規模は死神を3分の1も消し去ったのだ。

 しかしこれだけでは終わらない。リアスの胸から伸びる光が彼のドラゴンのオーラを再び回復させたのだ。

 

「さしずめ、『紅髪の魔乳姫(クリムゾン・バスト・プリンセス)』と言うべきか!一言で表すのなら、『おっぱいビーム』!または『おっぱいバッテリー』か!とんでもないバカップルだな!」

「うるせぇぇよっ!いいからだ黙って戦ってくださいよ、バカ総督!」

「…そっか、私、ついに『ビーム』で『バッテリー』なのね」

 

 その能力に興奮するアザゼル、ツッコミを入れる一誠、諦めの境地に至るリアスと三者三様の反応の一方で大一の口からはディオーグの声が漏れる。

 

『つまりあの女の胸の光でいくらでも回復できるというわけか。ただあくまでエロ弟とあの籠手の中にある想いによってもたらされたもの。他の奴には無理だろうな』

『頼む、ディオーグ…ちょっと黙っていてくれ…俺もドライグの受けているカウンセリングを紹介してもらおうかな…』

「大一さん、なんか怖いですよ」

「私としてはあの仲の良さは羨ましいとすら思いますわ」

 

 こちらも同様にそれぞれの反応で事の行く末を見守っていた。

 しかしこの技にはどうにも弱点…なのかは不明だが、エネルギーを使うたびにリアスの胸が縮小していく特性があった。リアスは一時的なものだと一誠をなだめるが、彼からすれば最愛の相手の胸を縮小させるのは心が痛んだ。

 それでもリアスは一誠と共に戦えることに喜びを感じており、それに対して彼も鎧の中で涙を流す。

 

「俺も愛してます、リアスッ!リアスリアスリアスッ!」

「どこまでも一緒よ、イッセー!イッセーイッセーイッセー!」

『な?お前がいなくても弟はどうにでもなるんだよ』

『今言わなくちゃいけないことかな…』

 

 一誠とリアスの不可思議な愛の攻撃はしばらく続いたのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数分後、フィールドからは先ほどの信じられないほどの数の死神の存在は消えており、その広々とした疑似空間の景色がよく見えた。相手の残り数はゲオルク、ジークフリート、クーフー、プルートのみ、戦況はすっかり覆したのだ。一誠はリアスの胸が小猫並みに小さくなったことに血の涙でも流しそうな勢いで号泣していたため、はるか離れた小猫から野球ボール程度の瓦礫を投げつけられたのだが。

 いよいよ勝利が見えてきた瞬間であったが、耳に火花が散るような音が入る。音の方を向けば空間が割れていた。

 これには一誠達はもちろんのこと、敵も訝し気な表情をしており予想外の存在が登場したことを意味していた。

 

「久しいな、赤龍帝。───それとヴァ―リ」

 

 現れたのは旧魔王派のトップであるシャルバ・ベルゼブブであった。どうも彼は英雄派に保護されて傷を癒していたのだが、突如独断で行動を始めていた。

 ジークフリートが目を細めて非難するかのようにシャルバに問う。

 

「それで、ここに来た理由は?」

「なーに、宣戦布告をと思ってね」

 

 マントを翻したシャルバの元に小さな少年が姿を現す。英雄派で「魔獣創造」の神滅具を持つレオナルドという少年であった。目は虚ろで表情は無く、操られている様子に英雄派の全員が目を見開く。英雄派からすれば彼は別の作戦に当たっていたはずで、この場にいるのは疑念と嫌な予想を禁じえない。

 

「少しばかり協力してもらおうと思ったのだよ。───こんな風にね!」

 

 シャルバが手元に小さな魔法陣を展開させレオナルドに近づけると、少年は苦悶の表情でそれに合致するような苦しみの叫びをあげる。さらに少年の影がフィールド全体を覆うほどの規模に広がると、いくつもの巨大なモンスターが現れた。特に大きいものでは200メートル近くはあり、グレートレッド以上の巨体に鼓膜が張り裂けそうなほどの咆哮を上げた。

 

「フハハハハハッ!今からこの魔獣たちを冥界に転移させて、暴れさせてもらう予定なのだよ!これだけの規模のアンチモンスターだ、さぞかし冥界の悪魔を滅ぼしてくれるだろう!」

 

 哄笑しながらシャルバは叫ぶ。「魔獣創造」を持ち、しかも悪魔に対してのアンチモンスターを生みだすことに長けているレオナルドを拉致した彼はこのモンスターを使い現悪魔への復讐を目論んでいた。

 すぐさま一誠達はモンスターに攻撃を加えるも、まるで気にした様子もなくこの巨大な怪物たちは転移魔法陣の中に消えていった。

 同時に疑似空間も不穏な音をたてながら崩壊し始める。怪物の出現と転移は多大な影響を及ぼし、強固な疑似空間にも限界をもたらしていた。

 

「装置が持たん!シャルバめ、所有者のキャパシティを超える無理な能力発言をさせたのか!」

「…仕方ない、頃合いかな。レオナルドを回収して一旦引こうか。プルート、あなたも───」

 

 ジークフリートはプルートへと視線を向けるが、上位の死神の姿はすでに消えていた。彼らにはこれだけでハーデスが裏で手を引いていることを理解していた。手段を択ばないハーデスは、英雄派も利用していたようだ。

 彼らはレオナルドを回収すると、立ち尽くして不満を表情にしたクーフーに呼びかける。

 

「クーフー、脱出するぞ」

「ああ…。シャルバめ、余計なことを」

 

 間もなく英雄派も霧によって姿を消し、この場から離脱した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 シャルバの暴れっぷりはこれだけにとどまらなかった。大量の魔力による攻撃で後衛にいたヴァ―リを攻め立てる。純血で魔王の家系という自負から、人間との混血であるヴァ―リは許し難い存在であったが、それに加えて自力で彼に勝てなかったことがシャルバのプライドを大きく傷つけていた。

 さらにシャルバは魔力をロープのように扱い、力を奪われたオーフィスを捕えて引き寄せる。

 

「情報通りだ!今のオーフィスは力が不安定であり、いまの私でも捕えやすいと!このオーフィスは真なる魔王の協力者への土産だ!パワーダウンした私に再び『蛇』も与えてもらおうか」

「させるかよッ!」

 

 ドラゴンの翼を広げて飛び上がった一誠の目に映ったのはシャルバの狂気に満ちた顔であった。

 

「呪いだ!これは呪いなのだ!私自身が毒となって、冥界を覆いつくしてやる…ッ!私を拒絶した悪魔なぞ!冥界なぞ!もはや用なしだっ!このシャルバ・ベルゼブブ、最後の力を持って、魔獣たちと共にこの冥界を滅ぼす!」

 

 復讐に狂った怪物は高らかに笑うこの状況でもフィールドの崩壊は進んでいく。このギリギリの状態だからこそ転移も可能であり、すでに黒歌が手を打って魔法陣を展開させていた。

 

「イッセー!転移するわ!早くこちらにいらっしゃい!」

「俺、オーフィスを救います。ついでにあのシャルバもぶっ倒します」

 

 リアスの呼び声に一誠はシャルバへの睨みを利かせたまま動かなかった。その静かな答えに全員が驚愕する。

 祐斗や朱乃が共に戦うと進言するが、彼は頭を振ってそれを否定する。

 

「俺だけで十分だ。皆はあの魔獣どもの脅威を冥界に伝えてくれよ。どちらにしてもフィールドはもう保たないだろう?俺ならこの鎧を着込んでいればフィールドが壊れても少しの間、次元の狭間で活動できるはずだ。…いま、シャルバを見逃すことも、オーフィスを何者かの手に渡すこともできません」

 

 見過ごすことは出来なかった。狂った感情で冥界を危機にさらすその存在を、このまま利用されそうになるオーフィスを一誠は見過ごすことは出来なかった。

 アザゼルに肩を借りているヴァ―リは一誠に呼びかけた。

 

「兵藤一誠」

「ヴァ―リ!お前の分もシャルバに返してくる!」

「イッセー!あとで龍門を開き、お前とオーフィスを召喚するつもりだ!それでいいんだな?」

 

 ただ頼もしく頷く弟の姿に、大一は口の中で歯を食いしばる。すでに龍人状態は解除しており、あとはリアス達に続くだけであった。しかし…しかし弟の姿をそのまま見ていられるほど彼も穏やかではなかった。

 

(ディオーグ、今の俺なら次元の狭間にいられるか?)

(…そうだな、俺の力を表面化させた状態で魔力をしっかり流し続ければちょっとは保てるだろ)

(そうか…お前との約束もここで果たそう)

(あ?)

(最後のケジメだ)

 

 一誠が決心したように、大一もすでに腹をくくっていた。軽く息を吐くと、リアスの方へと向き直る。

 

「俺も残りますよ」

「大一!?あなたまで…」

「一誠を連れて帰るだけですよ。不測の事態が起こってもそれなら大丈夫でしょう。主の最愛の人を死なせるわけにもいかないので」

「…また私のあなたへの信頼を利用する。…わかったわ、お願いね」

「お任せを」

 

 リアスの言葉に大一は頷くと、ちらりと隣に立つ朱乃に目を向ける。彼女の方もなにか言いたげな様子ではあったが、彼が止まることがないのもよく理解していた。

 

「大丈夫だよ」

「…ええ」

 

 朱乃の不全まみれではあるが、ひとまず肯定した発言を確認すると大一は正面へと向き直った。横に立つ一誠は祐斗や朱乃に対して向けた断りを彼には言わなかった。

 

「イッセーッ!必ず私のところに戻ってきなさい」

「ええ、必ず戻ります!」

 

 最愛の相手との一時の別れと約束をした一誠は、仲間達が転移の光に消えていくのを見届けた。仲間達が無事に脱出した、これを確認できただけでも彼の心には安堵が広がっていた。しかも彼の横には手厚い信頼を持つ男が立っている。

 

「なあ、兄貴」

「ん?」

「ありがとな」

「俺が勝手にやったことだ。さっさと終わらせて戻るぞ」

「当たり前だ!」

 

 龍の力を持つ2人の兄弟は翼を広げて、敵へと向かっていった。

 




次回あたりで11巻分も終わりそうです。


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第109話 崩壊の最中

そりゃ、こういう展開になりますよ…。


「ヴァ―リならともかく、貴殿のような天龍の出来損ないごときに追撃されるとはな…ッ!どこまでもドラゴンは私をバカにしてくれる…ッ!」

 

 場所はホテルの屋上。崩壊がすぐそこまで来ているこの疑似空間で、一誠と大一が旧魔王派のトップと相対していた。

 ホテル上空でのシャルバの顔は怒りで歪んでいた。天龍の出来損ないと呼ぶが、彼の本心にはかつて暴走した一誠に完璧な敗北を受けた屈辱が残留していた。ヴァ―リより天龍として格落ちを感じているだけでなく、過去の敗北がその崩れかけて歪んでいるプライドの琴線に触れているのだ。

 

「私の邪魔を…するなッ!」

 

 前面に感情を出した声で彼は魔法陣を展開させる。そこからは奇妙な魔物が現れた。顔は蠅のような顔であったが、身体は巨大な蜂、蝶のような翼、伸びた腕はカニのようであった。体長は10メートルはあり、ケルベロスや子フェンリルにも負けない大きさ、そのおぞましさはキメラとなったフリードを想起させた。

 

「魔力と生命力がかなりデカい。片手間で相手に出来るような奴じゃないな。こんな魔物どこで手懐けたんだか…」

「なあ、兄貴」

「わかっている。俺がこいつを引き受けるよ。やっぱり残って正解だったな」

「悪い。任せた」

 

 大一はすぐに龍人状態になると、巨大な魔物を重量を上げた錨で叩き飛ばす。魔物は大きく吹き飛び、疑似空間の駐車場へと着地した。そのまま弾丸のように突進して頭の角で攻撃を狙うが、巨大な腕の鋏がそれを正面から受け止めた。

 予想以上のパワーに大一は体勢を立て直しながら駐車場へと降りるが、同時に安堵した。この魔物のことを踏まえれば、一誠をひとり残した場合のことを考えると余計に心配が自身を襲うことは疑いようも無かったからだ。

 

『やるぞ、ディオーグ』

『…』

『ディオーグ?』

『ん?ああ、勝手にしろ』

 

 妙にそっけないドラゴンに違和感を抱くが、それをいちいち引っ張っている暇はなかった。目の前の魔物は大きく腕を振りかぶるとそのままハンマーのように鋏を振り下ろす。素早く回避する大一であったが、その破壊力は体格に見合ったものであった。

 魔力を足に込めて走り出すと彼は、魔物の下からの攻撃を狙うが、サソリのような尾から針が複数撃ち出され、その進行は断念した。この針に毒が仕込まれているのは、間もなく地面に突き刺さった箇所がシューシューと音を立てながら煙を上げたことと鼻に沁みるような匂いで気づいた。

 

『お手本のような怪物っぷりだな!しかもこいつ、この巨体で俺のことをしっかり確認できているのかよ!』

『あー、面倒だな…。あっちのガキは今更始めたばかりかよ。どうせならあっちとやりあいたかったぜ』

『ワガママ言うな!』

 

 ディオーグのぼやきに大一は苛立ちながら返答する。だが彼の言う通り、あまり時間はかけていられないのだ。この崩壊する疑似空間でどこまで戦えるのかは分からないのだから。

 ちらりと視線を屋上へ向けると、鎧をつけた一誠の魔力が急激に上がっていた。その力を知っていれば、決着に時間はかからないことは察せられた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 シャルバ・ベルゼブブの実力は一誠も知るところであった。少しは弱体化していたが、狂気に満ちたところでその実力は間違いないものだろう。

 だが一誠は勝てると確信していた。難しいことはよくわからない。しかし目の前にいる悪魔が子ども達を含めた現在の冥界を滅ぼそうとしているのはヒーローとして見逃せない、たったそれだけではあったが、その純粋な気持ちが彼の強さをさらに跳ね上げていた。

 

「…貴殿からのプレッシャーが跳ね上がった。わからん理屈で動く天龍だ。まあ、いいだろう!ならば我が呪いを一身に浴び、この狭間で果てろ、赤い龍ッッ!」

「それはてめえだ、三流悪魔がッッ!」

 

 一誠の内の駒が紅く爆発し、まったく違う鎧を形作る。覇道とは違い、王道を行く新たな呪文と共にその姿は完成した。先日のサイラオーグとの戦いで得た力、「真紅の赫龍帝」の姿はシャルバに戦慄を感じさせるのには充分な力と存在感を見せていた。

 

「───ッ!紅い…鎧だと!?なんだ、その変化は!?紅…ッ!あの紅色の髪を持つ偽りの男を思いだす忌々しい色だッ!真なるベルゼブブの力を見せてくれようッ!」

 

 義憤の表情のシャルバが先手を打つ。魔法陣から大量の蠅を生みだすと、それらが組んだ陣形の円から魔力の波動を撃ちだした。

 だが一誠は「騎士」の特性を発動させるとかわしながら敵の懐へと一気に距離を詰める。すぐさま「戦車」の特性も発動させると、彼の右腕は肥大化しその拳で痛烈なボディーブローを入れこんだ。

 苦しそうに血を吹き出すシャルバは素早く後退し大量の魔法陣を展開させると、そこから巨大なレーザービームのように魔力を撃ちだす。だがこれすらも今の一誠には通用しなかった。真正面からそれを受け、再び距離を詰めて顔面にもう一撃打ち込んだ。

 圧倒的であった。幾多の戦いを経験した一誠にとって、かつての魔王の血筋は取るに足らないほどの実力差があった。敵から感じる重圧はサーゼクスと比べると小さく、それが尚のこと彼に勝利への確信を抱かせた。

 

「俺は二天龍の『赤い龍』───赤龍帝ッ!あんたみたいなまがい物の魔王なんかにやられはしねぇッ!」

「ほざけッ!腐れドラゴンめがァァァァッ!」

 

 狂ったように魔力を撃ちだしてくるが、一誠はそれをことごとく拳やドラゴンショットでかき消していく。

 

「シャルバ、あんたには莫大な才能と魔力があるんだろうさ。俺よりも強大なものを持って生まれてきた」

「そうだ!私は選ばれた悪魔なのだよ!魔王だ!真の魔王だ!」

「でも、ダメだ。あんたの攻撃は、己の拳だけで、己の肉体だけで向かってきた漢に比べたらカトンボ以下だ!そんな攻撃じゃ、俺を倒せやしねぇんだよォォォッ!」

 

 一誠の何度目かになる拳がシャルバを吹き飛ばす。この場に観戦する者がいたならば、もはや決着はついたも同然と思うだろう。シャルバが一誠に対して、サマエルの血が塗られた矢を突き刺す前までは…。

 

────────────────────────────────────────────

 

『一誠!』

 

 大一は強烈に生命力が乱れていく弟の様子に不安の声を上げる。先ほどの戦いでヴァ―リも同じような乱れ方をしていたため、それがサマエルの影響だと察するのに時間はいらなかった。

 怪物はその隙を狙ったかのように横殴りに腕を振ってくるが、大一はそれを避けると敵の左肩部へと突っ込んでいく。

 

『邪魔だ、虫野郎!』

 

 硬度と重量を上げた一撃は魔物の左腕を斬り落とした。魔物は叫びも上げずにすぐさま尾での薙ぎ払いをして、自身の腕を斬り落とした相手をホテルへと吹き飛ばした。ホテルの外壁に叩きつけられた大一は、瓦礫を払いのけながら立ち上がる。

 

『くっそ!まだ魔力の引き上げが甘かったか…!』

『あの魔物、よく悲鳴も上げずに攻撃にかかったものだ』

『そういう生物なのか、それともあの英雄派の子供のように操られているのか。こんな化け物をどうしてこの前に使ってこなかったのか…うおっと!』

 

 追撃するように残った腕で魔物が殴りつけてくるのを、大一は飛んで回避する。長時間の戦闘と体調の悪さがスタミナ自慢の彼を疲弊させていく。そもそもさっきからこの怪物に何度も攻撃を入れているのに、まるで動きを止めないで戦ってくるためこの状態は必然と言えるだろう。こんな怪物をシャルバが隠し持っていたのは冷や汗ものであった。

 とにかくこのままではすりつぶされかねないと思った大一は、怪物の一点に視線を集中させた。

 

『…頭をやるか』

『それしかないだろうな』

 

 大一は怪物の真上を取ると、手早く魔法陣を展開させる。その大きさはかなり広く、いつもよりも時間はかかったが、怪物が撃ち出してきた針が当たる直前に広げきり防ぐことに成功した。

 

『この魔法陣に硬度を上げると防御魔法陣のように使える。同じ要領で重さも上げてやる』

 

 大一は魔法陣に自分の魔力を一気に流し込む。極度に硬さと重さが上がった魔法陣を展開させつつ、彼は急降下した。真上からの強烈な重さは一種のプレス機のように相手を押し潰しかけて、その巨体の動きを止めた。

 そのまま大一は魔法陣を消し去るとすぐに頭へと向かって錨を振り下ろす。バックリと頭をカチ割られた怪物は一瞬だけ跳ね上がるような素振りを見せるが、間もなく絶命したことを思い知らされた。

 

「…子フェンリルの時の比じゃねえくらい疲れた」

 

 小さく呟く大一は龍人状態を解除すると屋上を見上げる。間もなく強烈な紅い光がシャルバを飲み込んでいった。一誠が勝利したのだ。

 しかし兄の眼に映る弟の姿はオーフィスを救助しながらも、あまりにも儚く、生命力と魔力が急激に減少していくのが感知できた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 疑似空間が崩壊する音が鼓膜に響く。地面が大きく揺れるのが見える。この場所が無くなるのはもはや時間の問題であった。

 

「なあ…兄貴…」

「下手に喋って体力を使うな。とにかく脱出だ」

 

 鎧を装備している一誠の弱々しい声に大一はそっけなく答える。サマエルの毒は一誠に多大なダメージと苦しみを与え、彼はすっかり衰弱していた。それでもシャルバを倒したのは、一誠の強い想いが最後まで保っていたからだろう。彼が最後に撃ちだしたクリムゾンブラスターの威力は、それを裏付けるものであった。

 そんな弟を背負いながら、大一は必死に歩を進める。彼も魔物相手にかなりの魔力を消費した上に、ここに来て頭の重さがかつてディオーグと呼応した時を思い出すほどのものになっていたため、その歩みは遅かった。

 横ではオーフィスが大一の腕から垂れ下がる腕をつかんでいる。いつの間にこれほどの親交を深めたのだろうかと訝しんだ。シャルバから助けた後にオーフィスと友達になることを約束したようだが、大一はそれに深く追求するのは無駄なような気がした。

 とにかく生き延びることが必要であった。もう少し耐えきれば、アザゼル達が彼らを呼び寄せるために龍門を開くはずなのだから。

 小さいが確実に一歩ずつ進んでいく中、一誠はオーフィスに話しかける。

 

「…なあ、オーフィス」

「?」

「おまえ、帰ったら何がしたい…?」

「帰る?我、どこにも帰るところがない。次元の狭間、帰る力ももうない」

「…それなら、俺らの家に…帰ればいい」

「赤龍帝の家?」

「…ああ、そうだ。アーシアと…イリナと…仲良くなれたんなら…きっと…皆とも…」

 

 言葉が細くなっていく一誠の力が抜けていくのが分かる。大一は背負い直して弟の身体を揺らすと、出来るだけ力強く声をかけた。そのはずなのに声は意図せずに震えている。

 

「寝るなよ、一誠。俺がお前を必ず戻す」

「…兄貴…ありがと…最後までさ…」

「そういうのは、ここから脱出してから言え。縁起でもねえんだよ」

 

 弟に返す言葉がハッキリと焦っているのが、彼にはわかった。同時にそんなはずはないとその想いを振り払うように頭を振って歩みを進める。その遅さに身体が気持ちに追いついていないことがわかって心底腹が立った。

 

「…オーフィス、お前、誰かを…好きになった事はあるか…」

『相棒、気をしっかりしろ!皆が待っているのだぞ!』

「ドライグの言う通りだ。なに、寝ようとしているんだ。起きろ!」

 

 必死で声をかけるも、一誠の生命力は失われていく。身体はどんどんサマエルの毒に蝕まれていく。オーフィスは横にいる一誠をじっと見た。

 

「ドライグ、この者は呪いが全身に回っている。限界」

『わかっている、オーフィス!だが死なぬ!この男はいつだって立ち上がったのだ!なあ、帰ろう!相棒!何をしている!お前はいつだって、立ってきたじゃないか!』

 

 ドライグの必死な呼びかけは一誠の耳に届いていなかった。これまでの強敵との戦い、友人や仲間との思い出、最愛の人…多くの人物が彼の脳裏に焼き付き、彼の心を温めていた。

 

「大好きだよ、リアス…」

 

 耳の近くで聞こえたあまりにも小さく弱々しい一言を機に、背負っている弟の身体が軽くなるのを感じる。何か目に見えないものが音も立てて崩れるたように思えた。兄が何度も何度も悔やんできたことが、弟の身に再び降りかかったことは間違いなかった。それに気づいた時、大一は意図せずに足を止めて立ち尽くしていた。

 

「…ドライグ、この者、動かない」

『…ああ』

「…ドライグ、泣いている?」

『…ああ』

「我、少しの付き合いだった」

『…そうだな』

「悪い者ではなかった。───我の、最初の友達」

 

 近くで話すドライグとオーフィスの声がはるか遠くのトンネルで話しているように感じる。大一にとって確かに絶望を感じる瞬間であった。同時に…彼は頭の中でディオーグと話していた。

 

(間違いなく死んでいるんだよ。お前だってこれだけ近ければわかるだろ)

(ああ、それはわかっている。わかっているんだ…)

(だったら、その死体さっさと捨てて自分だけでも生き残れ。正直、もう微妙なところだと思うがな)

(…なあ、ディオーグ。サマエルの毒は肉体を蝕み、最終的には魂をも破壊するらしい。お前ほどの感知能力だ。気づいていないわけ無いだろ?)

(…てめえが何をしようかは分からないが、手を尽くしても結果は変わらねえかもしれねえぞ?)

(だったら、万に一つでも可能性は上げるさ。それと先に謝っておく。本当にすまなかった)

 

 大一は大きく息を吐くと、顔を上げる。ゆっくりと一誠を下ろし横にする。堅牢な鎧とは裏腹に、まるで生気を感じさせなかった。同時にまだ鎧があること自体が僅かに希望を感じさせた。

 そのまま彼は錨を取り出すが、その姿にドライグの静かながらも怪訝に感じている声が聞こえる。

 

『兵藤大一、お前も早く脱出しろ。お前まで犠牲になることはない』

「その前にやることがある。ドライグ、頼みがあるんだ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 この日、大量に出現した巨大魔獣たちによって冥界を中心に多くの勢力が震撼することになった。しかしグレモリー眷属とその関係者の衝撃と比べると取るに足らないものであっただろう。

 戻ってからアザゼルが龍門を繋ぐことに成功はしたが、そこから現れたのは彼らの「悪魔の駒」だけであった。皆が待ち望んだ赤龍帝とその兄は、仲間達の元に戻ってこなかった。

 




次回から12巻に入ります。
オリ主も不在なので、サクサク行けると思います。


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補習授業のヒーローズ
第110話 冥界の危機


今回から12巻のスタートです。現状の展開は原作と大きな差はありませんので、心情の方を出来るだけ…。


 シャルバ・ベルゼブブによって冥界に現れた「魔獣創造」のアンチモンスターの脅威に衝撃を受けなかったものはいなかった。魔獣たちは冥界に出現した後に、各地の重要拠点へと進行していた。彼らは冥界を滅ぼすという、生まれながらに持った残酷な使命を抱いていた。

 最も巨大な魔獣を筆頭に、人のように二足歩行もいれば、獣のように四つの手足で地を駆けるのもいる。目がひとつしかなかったり、頭が魚のようにしなやかだったりと、その見た目の多様性も恐ろしさに拍車をかけている。さらにこの巨体から独自に小型のモンスターを生みだす性質まで備わっており、後手に回ることは怪物の戦力を増強させることを意味した。

 これらの魔獣の中でも最大のサイズを誇るものを「超獣鬼(ジャバウォック)」、その他の12体の大型の魔物を「豪獣鬼(バンダースナッチ)」と名付けられ、その名はたちまち各勢力へと広まっていった。特に超獣鬼の方は、異常なまでの堅牢さと回復性能を誇り、出撃した皇帝ベリアル率いるチームの攻撃をまったく意に介していなかった。

 併せて、問題の種となったのはこの魔獣の混乱に乗じて、息を潜めていた旧魔王派が各地で活動を再開したことだ。ここまで含めてシャルバの計画であることは疑いようもない。さらに言えば、これを機に上級悪魔の眷属が反旗を翻しているという情報も入っている。熟されてきた鬱憤が最悪のタイミングで噴出した事例であった。

 同盟とこれに協力する勢力は事態の鎮圧化のために動いているものの、終息の兆しが見えないのは精神的な疲労に直結する。

 グレモリー家の屋敷にいた祐斗は腑に落ちない様子でため息をつく。この未曾有の危機に、グレモリー眷属は行動を起こせずに意気消沈していた。原因は火を見るよりも明らかである。一誠と大一の死であった。

 龍門を通って戻ってきたのは、「悪魔の駒」が8つのみ。いずれも「兵士」のもので、門からはサマエルのオーラを微量ながらに感じた。裏でハーデスが動いていることに確信を持った彼女達からすれば、サマエルの呪いによって仲間の命の灯火が吹き消されたことが想像つく。過去にも駒だけが残る事例はあったが、その際に命が助かったことはなかった。

 祐斗と小猫は2人で、屋敷に来たライザー・フェニックスの対応をしていた。これから兄と共に魔獣の討伐に向かうのだが、一誠の死を聞いてリアスを訪ねていた。もっとも当の本人はすっかり閉じこもっていたのだが。

 重い空気がフロアにこもる中、レイヴェルがひとりの男性と共に現れる。フェニックス家の次期当主で長兄のルヴァル・フェニックスだ。妹への激励と、微力ながらの支援としてフェニックスの涙を渡しに来ていた。

 

「リアスさんもリアスさんの『女王』も彼らの死で酷く落ち込んでいる。こんなときに冷静であるべきはおそらくキミだろうね。情愛の深い眷属でありながら、仲間の死に耐える。見事だよ」

「ありがとうございます」

 

 感情を出さない静かな声で祐斗は対応する。実際はルヴァルが言うほど、祐斗に余裕はなかった。自分を助け、共に研鑽を続けていた最高の親友がいなくなった時の祐斗は心に爪を突き立てられたような痛みと悲しみを感じた。出来ることなら、感情のままに苦しみを吐き出したいと何度も思った。しかしリアスを筆頭に、多くの者が悲しみに暮れる中、自分まで崩れてしまってはいよいよチームの瓦解は必死に感じ、思いとどまっていた。

 リアスは部屋に閉じこもり、朱乃は放心した様子。アーシアは何度も涙を流し、必死に悲しみと戦っていた。小猫は彼女らほど崩れた印象は無かったものの、眼に力はなく表情の暗さに拍車がかかっていた。レイヴェルの方も兄のフォローがあったとはいえ、涙が止まる様子は見られなかった。

 本来であれば、大一あたりがフォローに奔走していたのだろう。自分の感情はひとまず抑え、仲間のためにやるべき行動に舵をきっていたはずだ。一誠が皆に光を与えるならば、兄の方は皆が立つ土台になっている。

 しかし現在はその男もいなかった。戻ってきた彼の「悪魔の駒」にはわずかにひびが入っており、一誠と共に必死で戦い抜いたことが察せられる。

 

「では行くぞ、ライザー。お前もフェニックス家の男子とならば業火の翼を冥界中に見せつけておくのだ。これ以上、成り上がりとバカにされたくはないだろう?」

「わかっていますよ、兄上。じゃあな、木場祐斗。リアス達を頼むぜ」

 

 フェニックス家の兄弟は魔獣討伐のために屋敷を去る。頷きはしたものの、祐斗の心から陰りのもやは払えなかった。

 屋敷に残ることを選んだレイヴェルは溢れ出る涙を拭いながら、震える声で話す。

 

「…こんなのってないですわ…。ようやく、心から敬愛できる殿方のもとに近づけたのに…」

「…私はなんとなく覚悟はしていたよ。…激戦ばかりだから、いくら先輩たちが強くてもいつか限界がくるかもしれないって」

 

 瞳の奥にシャッターが下りたような印象の眼を背けながら小猫は力なく答える。言葉の内容とは裏腹に、覇気はまるでなかった。しかし今のレイヴェルにそこまで感じ取れるほどの余裕はない。

 

「…割り切りすぎですわよ…ッ。私は小猫さんのように強くなれませんわ…っ!」

「…私だって…いろいろ限界だよ!やっと想いを打ち明けられたのに、死んじゃうなんてないもん…っ!」

 

 小猫のせき止めていた感情が流れ出る。彼女からすれば長く心を悩ませていた想いをようやく打ち明けることができたのだ。これから先を期待できるはずの大きな一歩を踏み出したのに、その相手はこの世から去ってしまった。

片や紆余曲折を経て前向きな関係を築き、片や眷属とは違いながらも大きく想い人との特別な立場として接近できた。互いに想い人は違うものの、そこに感じる敬愛の念は本物であった。後輩2人は互いに苦しみを分かち合うように泣いていた。

 その様子に心を痛める祐斗に、また違う訪問者が現れた。堕天使幹部のバラキエルだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 負の感情を朱乃は幾度となく経験したと思っている。母が死んだ時が顕著で、その後も多くの場面で経験してきた。それでも悪魔になってから、リアスと共に生きる道を選んでからはそれ以上の喜びを経験してきた。最高の親友と強くなり、大事な後輩から尊敬され、父とも和解を果たした。

 その中でも、もっとも色濃く思い出に残る男の存在は不思議なものであった。いまいち馬が合わないところから始まり、時が経つにつれて共に親友を守る同志となり、気がつけば傍にいることが一番安心できる相手になっていた。だから好意を抱かれていることを彼の口から聞いた時、その安心をさらに熱くし、感情を昂らせたものであった。

 それほど惚れ込んだ相手が死んだ。可愛がっていた後輩で、大一の弟である一誠も死んだ。これらの現実に向き合うことが彼女には出来なかった。失いかける経験なら以前もあった。しかしまだ助かる見込みはあった上に、これほど感情が傾く前の話なのだ。今回の失意の気持ちはその時の比ではない。

 その彼女の心を示すかのように電気のつけていないフロアは暗さに支配されていた。明かりをつける気にもなれない。ただ座っているだけである今の彼女の頭は、感情に潰されてまったく働いていなかった。

 だからこそ、フロアにバラキエルが来ていたのも、自身の目の前に来るまで気がつかなかった。

 

「…朱乃」

「…とう、さま」

 

 声の出し方を忘れていたかのような雰囲気の反応であったが、その彼女に父親は諭すように声をかけて抱きしめる。

 

「話は聞いている」

「父さま…私…」

「いまは泣け。父はお前が泣き止むまでここにいよう。だが、お前は若手悪魔の代表格となりつつあるグレモリー眷属の『女王』なのだ。すぐにその力を冥界のために役立てなければならない。…彼ならきっとそうしたはずだろう」

「…うぅ…父さま…大一が…」

 

 朱乃は大粒の涙を流しながら、バラキエルの胸でむせび泣く。共に両翼として存在した心の支えがいないことに向き合った彼女は、その苦しさを吐き出していった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 眷属たちが悲しみに暮れていた時、その主であるリアス・グレモリーの心の活力は枯れかけていた。率先して檄を飛ばすべき…頭では理解していることもまったく行動に移せなかった。

 何度も涙を流した。仲間の眷属の悲しみも見てきた。それでも彼女は己を奮い立たせることができなかった。最愛の男、信頼を置く親友、この2人の死は情愛深いことで有名な彼女の心を大きくえぐった。

 ライザーもソーナも彼女を訪問したが、自室の扉の門は固く閉ざされ、心ごと来訪者を拒否していた。もっとも2人とも丁寧に断りを入れてから領域に足を踏み入れるタイプなのだ。3人目の来訪者は入ることをひとつ宣言しただけで彼女の部屋へとグイグイと入り込んできた。

 

「情けない姿を見せてくれるものだな、リアス」

「…サイラオーグ。何をしに来たの…?」

「ソーナ・シトリーから連絡を貰ってな。安心しろ、プライベート回線だ。大王側にあの男が現在どのような状態か一切漏れてはいない」

 

 いつものように世間話をするような調子でサイラオーグは話す。レヴィアタンからの打診でソーナたちは首都リリスの防衛と民間人の避難に向かったが、リアスをよく理解している彼女はもっともうってつけの相手に連絡を取っていた。来訪したサイラオーグは祐斗に案内されて、リアスの元に訪れていた。

 サイラオーグは相変わらずの力強さで冥界の危機を説く。リアスほど期待された若手悪魔が前線に立たないなどそれこそお笑い種だろう。だが彼女は一向に沈み切った態度を崩さなかった。

 

「…知らないわ」

「…自分の男が行方知れずというだけでここまで堕ちるか、リアス。お前はもっといい女だったはずだ」

「彼がいない世界なんてッ!イッセーがいない世界なんてどうでもいいのよッ!…私にとって彼は、あの人は…誰よりも大切なものだった。あの人無しで生きるなんて私には…」

 

 感情が再び悲しみに昂ったが、サイラオーグはきっぱりと言い放った。

 

「あの男が…赤龍帝の兵藤一誠が愛した女はこの程度の女ではなかったはずだッ!あの男はお前の想いに応えるため、お前の夢に殉ずる覚悟で誰よりも勇ましく前に出ていく強者だったではないかッ!主のお前が、あの男が愛したお前が、その程度の度量と器量で何とする!?」

 

 サイラオーグの言葉は理路整然としたものではなく、あまりにも感情的なものであった。そのはずなのに、心を震わせる説得力が間違いなく込められていた。一誠と真っ向から拳でぶつかり合った彼ゆえか、それとも元来からの雰囲気からか、ともかく彼の言葉はうつむいていた彼女に勇気を与えるには充分であった。

 

「それにお前は彼らが死んだと思っているのか?」

 

 その言葉に、リアスも祐斗も言葉を失う。サイラオーグは彼女らの反応にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「それこそ滑稽だ。ひとつ訊こう。お前はあの男に抱かれたか?」

「…抱いてももらえなかったわ」

「ハハハハハハッ!なら、やはりあの男は死んでいない。お前を、愛した女を、そして周りであの男を好いていた女がいるのに兵藤一誠が死ぬものか。奴がお前を抱かずに死ぬわけがあるまい。兄の方だって似たようなものだ。クイ―シャ相手に意地でも引き分けに持ち込むような執念深く義理堅い男だ。それこそ今でも喰らいついているだろうさ」

 

 笑うサイラオーグに、リアスはすっかり面食らっていた。妙な説得力は、不思議と彼女を奮い立たせていたのだ。

 

「俺は先に戦場で待つ。必ず来い、リアス。そしてグレモリー眷属!あの男が守ろうとしている冥界の子ども達を守らずして何が『おっぱいドラゴン』の仲間かッ!」

 

 去り際の一誠のライバルの言葉は、彼女らにわずかな希望を投げかけていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 この日の夜はあまりにも静かであった。彼らにとってはそれも当然かもしれない。本来であれば、もっと大勢の仲間たちと共にいるはずの英雄派の幹部であったが、現在の作戦ではジークフリートとクーフーの2人だけで動いていたからだ。ローブを深く被った彼らは冥界の騒ぎとは無縁の廃屋を進んでいた。

 

「グレモリー眷属がアジュカ・ベルゼブブの元に向かったらしいぞ。どうする?」

「どうするも何もないだろう。こっちは作戦を遂行するだけだ。旧魔王派の連中も殺気立っているからね」

 

 肩をすくめながらジークフリートは答える。彼らはある作戦に当たり動いていたのだが、それに伴って旧魔王派のメンバーと合流する予定になっていた。

 

「某は無理だと思うがな…。あの男はたしかに独自の価値観を持っているが、そんな男がこれほどまで長く今の政府で仕事をしているのは打算抜きに何かあるように思える」

「そんなこと言って、本音は協力するのが納得しないだけだろう?」

「もちろん、それもある。仮にも英雄派として動いているのだ。人間としての化け物共を打ち倒す気で某はいるのだから」

 

 ジークフリートは軽くため息をつく。信念は立派なものだが、それ故にクーフーの柔軟性の皆無な雰囲気には度し難いものがあった。だからこそ未だに掴めない部分も多く、彼との行動は気疲れする。

 

「…一理あるが、僕は同意しないな。曹操についていくって決めたんだから」

「それで結構。だが、某にもあのドーピング剤を勧めないでもらおう」

「ジャンヌやヘラクレスじゃないんだから、僕はしないよ。…そろそろかな」

 

 ジークフリートは目を細めると、その視線の先に複数人立っているのが映る。今回の協力者ではあったが、クーフーはその相手に悟られないように、必死に失望と苛立ちの感情を粉々に砕くように努力していた。

 




サイラオーグが熱血コーチみたいに感じました。こう見ると、グレモリー眷属って決してメンタルは強い方じゃありませんね。


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第111話 魔帝との戦い

これでもかなり描写は削った方だと思います。でも展開は原作とほとんど変わらない…。


 サイラオーグからの激を受けた後、祐斗は屋敷に立ち寄った初代孫悟空から一誠達が生きている可能性を見出した。サマエルの呪いは身体を蝕むが、帰ってきた「悪魔の駒」からはそのオーラは感じられない。つまりその魂はまだ無事である可能性が高いのだ。

 その後、サーゼクスに代わり仲間の眷属を率いるグレイフィアからは、アジュカ・ベルゼブブのいるビルへの地図が渡された。すでにサーゼクスとアザゼルの方で話は通されており、「悪魔の駒」を作り出した男に駒を調べてもらおうとしていた。

 わずかではあるが、失ったものをすくい上げる希望を感じた。生存を信じているのは彼らだけではない。サイラオーグやグレイフィア、他にも多くの仲間達が彼らの生還を期待している。一縷の望みがあるのならば、それを追求するのみだ。

 一誠のライバルであるヴァ―リは回復した後に、仲間達を引き連れてどこかへと向かった。彼も一誠の生存には確信しているようであった。

 すっかり日も暮れた深夜、人間界に戻っていたリアス達はがたどり着いたのはひと気のなさがその暗さにピッタリな錆びれたビルであった。向かった先は町から8駅も離れた場所で、その静けさと不気味な雰囲気が人を寄せ付けない印象だ。もっともアジュカが主催しているゲームのため、ビルの中には人がいくらかいたのだが。

 ビルの屋上庭園に案内されてアジュカに出会うが、どうやら来客はリアス達だけではなかった。

 

「初めまして、アジュカ・ベルゼブブ。英雄派のジークフリートです。それとこの方々は英雄派に協力してくれている前魔王関係者ですよ」

 

 リアス達には特に大きな反応をせずに、ジークフリートが自己紹介をする。横には口を真一文字に結んだクーフー、後ろには旧魔王派の悪魔たちが佇んでいる。いずれも上級クラスは間違いない魔力を抱いていた。

 彼らの姿に祐斗たちは敵意と警戒を強める。元をたどれば、彼らが一誠達を葬り去った一因であるのだから。

 一方で、アジュカは淡々とした様子であった。

 

「知っているよ、キミは元教会の戦士だったね、ジークフリートくん。上位ランクに名を連ねていた者だ。協力態勢前は我々にとって脅威だった。二つ名は魔帝(カオスエッジ)ジークだったかな。───それで、俺に何の用があるのだろうか?先客がいるのでね。用件を聞こうか」

「以前より打診していたことですよ。我々と同盟を結ばないか、アジュカ・ベルゼブブ」

 

 この言葉にリアス達は当然衝撃を受けた。どうやら禍の団としては、サーゼクスに匹敵する実力者でありながら、独自の価値観、倫理観を持つ彼は魅力的な存在であるようだ。人望もそれなりにあり、多くの協力者を求められるという面でも彼の才覚は光っていた。禍の団が持つ研究材料の提供を交換条件に彼らはアジュカとの協力を求めていた。研究者気質である彼には魅力的な条件ではあったが…。

 

「だが、いらないな。俺にとって、キミたちとの同盟は魅力的だが、否定しなければならないものなのでね」

「詳しく訊きたいところだけれど、簡潔にしよう。どうしてなのだろうか?」

「俺が趣味に没頭できるのは、サーゼクスが俺の意志をすべて汲んでくれるからだ。彼とは───いや、あいつとは長い付き合いなのでね。俺が唯一の友と呼べる存在なのだよ」

 

 アジュカの発言は、ジークフリートの後ろに立つ旧魔王派を激昂させた。しかし彼にとって、ライバルであり親友であるサーゼクスとの関係を明確に肯定しているだけ。それゆえに彼らに協力するつもりなど毛頭無かった。

 クーフーは小さく息を吐くと、隣に立つジークフリートに語りかける。

 

「そういうことか…無駄足になったな、ジーク」

「仕方ないことだよ。もっとも彼らはそうもいかないようだけど」

 

 旧魔王派はすっかり色めきだって、魔力を溜めていた。一戦起こるのは時間の問題であろう。祐斗は身構えようとするが、アジュカが静かに一歩前に出る。

 

「仕方ない、俺も魔王の仕事を久しぶりにしようか。───あなた方を消そう」

「「「ふざけるなッ!」」」

 

 旧魔王派が一斉に攻撃を仕掛ける。大質量の魔力の波動…魔力の力に物を言わせた威力を追求した攻撃であった。しかしこれはアジュカに命中する直前に大きく軌道を変えて空へと向かっていった。

 この世のあらゆる現象は方程式や数式などに当てはめて答えを導き出せる、それがアジュカ・ベルゼブブの持論であった。彼の扱う「覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラー)」はあらゆる力を解析し、乗っ取り、操る…彼のずば抜けた計算と分析から成される能力であった。

 アジュカに向かって撃ち出される魔力はすべて操り、威力を上げ、軌道を操作し、魔力の形態を変化させ、瞬く間に挑んできた旧魔王派を全滅させるに至らせた。

 

「さて、残るは英雄派だけだがどうするかな?」

「まだ切り札は残っているので、撤退はそれを使ってからにしてみようと思っているよ」

 

 悪意のある笑顔でジークフリートは答える。敵の立場なのだからおかしくない不穏な雰囲気、何度も見てきたはずの態度であったが、祐斗は腹の中から沸々と煮立っていく感情がこみ上げてくるように感じた。彼が向ける殺気にはアジュカも気づいたようで、祐斗にジークフリートと戦うことを勧めた。

 

「どうだろうか、彼はキミが相手をしてみては?見たところ、面識はあるようだ。このビルと屋上庭園はかなりの堅牢さを持ち合わせているよ。もう一方は…」

 

 アジュカはちらりとクーフーに視線を飛ばす。しかし彼は一歩下がると、ジークフリートへと声をかける。

 

「やめるべきだ、ジーク。ここで一戦交えたところで何の利点もない」

「おいおい、せっかくの切り札があるんだ。試さないともったいないだろう。それにこのまま引き下がれば、仲間達になんて言われるか分かったものじゃない」

「…某はやらんぞ」

「いいよ、僕だけでやる」

 

 まるで戦意の無いクーフーとは対照的にジークフリートは静かに戦意を昂らせる。祐斗からすれば、体中を駆け巡る熱い感情をぶつけるには最適の相手であった。

 

「…祐斗?」

「…部長、僕はいきます。もし、共に戦ってくださるのであれば、そのときはよろしくお願いします」

 

 禁手を発動させ、祐斗は聖魔剣を1振り手にする。頭の中では消えていった親友と先輩の顔が想起されていた。2人とも強かった。一誠とは共に研鑽し高め合ってきたし、大一とは学園に入ってから何度も特訓や相談を重ねてきた。彼らとの絆を実感してきたからこそ、怨敵である英雄派には激情を抱いていた。

 怒りをぶつけるように素早く接近して聖魔剣で仕掛ける。ジークフリートも禁手を発動させ4本の龍の腕を背中に出現させると、4本の名剣を握って祐斗の攻撃を防いだ。互いの剣が交差しつばぜり合いとなる中で、ジークフリートはピストル型の注射器を取り出した。警戒した祐斗はすぐに後退し、剣を握り直す。

 

「これは旧魔王シャルバ・ベルゼブブの協力により完全に至ったもの。いわばドーピング剤だ。───神器のね」

「神器能力を強化するということか」

 

 英雄派の神器の研究は確かなものであった。聖書に示された神が作った力が神器であるならば、それに宿敵の魔王の血を融合させたもの…本来ならば相容れぬ2つの存在が混ざり合った時、生み出された結果は英雄派の切り札になっていた。

 本来であれば、ジークフリートが持つ最強の魔剣であるグラムを使いこなせれば、祐斗に勝つには十分であった。他の名剣を超える切れ味に、かつてファーブニルをも屠った龍殺しの特性、過剰と思えるほどの能力であったが、ジークフリートが龍関連の神器を持っていたがゆえに扱いきれなかった。一誠のように天界からの支援も無かったため、尚更であった。しかし英雄派の切り札は、この悩みを打ち砕いた。

 ジークフリートは自身の首に注射器を打ち込む。間もなく彼の身体は隆起を始めて、肥大化していった。背中の腕も太くなり、魔剣と同化して巨大な刃となる。まるでクモの化け物のような姿へと変貌したジークフリートは血管が浮き出たような顔に歪んだ笑みを浮かべていた。

 

『───「業魔人(カオス・ドライブ)」、この状態を僕たちはそう呼称している。このドーピング剤を「魔人化(カオス・ブレイク)」と呼んでいてね、それぞれ「覇龍」と「禁手」から名称の一部を拝借しているんだよ』

 

 身体も声も以前とはまるで違うジークフリートであったが、もっとも変わったのは彼が発する恐ろしきプレッシャーだろう。相対するだけで、押しつぶされそうな感覚を祐斗は抱いた。それは間もなく目視できる実力によって証明される。

 ジークフリートが放ったいくつもの魔剣が織りなす斬撃は時空に裂け目を入れていた。攻撃速度もあまりにも速く、祐斗ですら彼が動く前に直感的に移動することで避けられたくらいだ。

 すぐにもうひとつの禁手を発動させて、龍騎士を出して距離を取るも、ジークフリートの一撃はあまりにも強く、跡形もなく龍騎士を消していった。

 特にすさまじいのは、やはりグラムの存在だろう。デュランダルを想起させる威力であったが、溜める時間が無い分、その危険性はデュランダルを超えている。結局、祐斗が攻撃を相殺できるのは、相手が持っている聖剣1振りだけで、それ以外の攻撃は必至で避けるしかなかった。

 ならば、このままやられるしかないか。覚悟を持つ祐斗がそんな選択肢を取るわけが無かった。もはや荒れ地と化している庭園内を高速移動しながら、祐斗は隙を伺っていた。間もなくジークフリートが5本の魔剣で彼を狙ってきた瞬間、祐斗は相手の懐に入り込み蹴りを入れこんだ。足先に龍殺しの特性を持った聖魔剣の刃を創りだしているため、龍の特性を持つ神器のジークフリートには特効があるはずだが…。

 

『───どうやら、強化された僕の肉体はキミの龍殺しの聖魔剣を超えていたようだ』

 

 無残な金属音を立てて、祐斗の聖魔剣は砕かれる。ジークフリートにはまったくダメージは入っておらず、それどころか祐斗の片足を掴むとそのまま床へと豪快に叩きつけた。元より避けることに比重を置いている彼の戦闘スタイルではこの一撃はあまりにも重かった。

 全身がきしむような痛みを感じながらも、祐斗は聖魔剣を相手に切り込もうとする。しかしこれすらもジークフリートは剣を交差させてあっさりと防いでしまった。叩きつけられた手傷のせいで力は入らず、強化された相手の筋力で一気に押し込まれていく。さらに魔剣によって床ごと祐斗は脚を凍らされると、そのまま彼の両脚に氷柱が突き刺さる。激痛に嘆く間もなく向かってくる魔剣の攻撃は、生み出した聖魔剣の刃で盾のように防ごうとするが抵抗空しく彼の片腕は斬り落とされた。

 意識が朦朧としかけるも、炎の魔剣で氷を溶かして傷口は氷の魔剣でひとまず止血する。後退するもこの状態で勝ち目を感じるなど土台無理な話であった。

 

「祐斗…ッ!」

 

 沈痛な表情で呼びかけるリアスであったが、その手には一誠の悪魔の駒が握られている。この期に及んで彼女はここにいない男に期待を抱いているだけであった。それはこの場では否定するべきことであった。本来は彼女が率先して前に立つべきなのだから。

 朱乃も小猫も同様であった。身体は動かずに勝負を見守っているだけで、戦意を感じられない。レイヴェルも心配そうにして、炎の翼が弱々しく燃えているだけだ。

 

「…木場さんまで死んでしまう…。いや…もう、こんなのはいやです…」

 

 アーシアだけは苦しそうに回復のオーラを飛ばそうとしていたが、精神的なショックのせいで神器の力が弱まり手の先が弱々しく光るだけであった。

 祐斗はルヴァル・フェニックスから貰ったフェニックスの涙を使い回復する。もっとも左腕の再生にまでは至らなかったが。

 こんな相手の様子にジークフリートは嘲笑する。先日まですさまじい奮戦をしていた相手がまるで戦いに対して弱腰になっているのだから、当然の反応だろう。

 

『彼らは無駄死にをしたよ。出涸らしとなったオーフィスを救うために残り、シャルバと相討ちになったんだろう?あのままオーフィスを放置して帰還すれば、いまごろ態勢を整えて再出撃できただろうに。自分の後先を考えないで行動するのはあの兄弟のよくないところだった』

 

 きっぱりと言い放つジークフリートに対して、祐斗はドス黒い感情がこみ上げてくるのが実感できる。彼にとって失った2人の仲間は貶されていい存在でなかった。自分を救い、共に戦ってきた頼れる彼らのように、祐斗は気力を振り絞って前に進もうとする。必死に自身を鼓舞しながら祐斗は聖魔剣を再び創り出した。

 

『無駄だっ!あの赤龍帝のようにいこうとも、キミでは限界がある!ただの人からの転生者では、いくら才能があろうとも肉体の限界が───ダメージがキミを止める!』

 

 ジークフリートの指摘は間違いないだろう。傷は回復したものの、血を流しすぎて体力はほとんど残っていない。聖魔剣を握る力すらも危ういのだ。

 しかし歩みを止めるわけにはいかない。一誠と約束したのだ。最後まで諦めないことを。大一の背中を見てきたのだ。悪魔としての矜持を。

 その瞬間、祐斗の覚悟に応えるかのようにリアスの持っていた駒が紅く光り始めた。輝きはこの夜を照らすかのように強くなり、宙に浮かんで祐斗の目の前へと飛んでいく。そして光がはじけると、そこに現れたのは聖剣アスカロンであった。

 

『───いこうぜ、ダチ公』

 

 同時に祐斗の耳に間違いなく一誠の声が届いた。たったそれだけのことなのに、胸に熱いものがこみ上げ、この戦いに向き合える勇気と意地が湧いてくるのだ。

 

「そうだね、イッセーくん。いこうよ!キミとなら、僕はどこまでも強くなれるんだからさッ!キミが力を貸してくれるならッ!どんな相手だろうと───切り刻めるッ!」

 

 アスカロンを手にした祐斗は真っ向からジークフリートに斬りかかる。すでに満身創痍のはずであったが、彼は俊敏かつ力強い動きで敵へと向かっていった。それに相対するジークフリートは衝撃の表情に包まれる。魔人化した彼はグラムに対応できても、アスカロンの龍殺しの性質には耐えられなかったようだ。

 一方でグラムが不思議な光を放つ。警戒した祐斗は後退するも、その光はジークフリートの意志によるものでなかった。祐斗に対する不思議な光…これが彼を受け入れるものであるのを理解するのに時間はかからなかった。

 

「来い、グラム!僕を選ぶというのなら、僕はキミを受け入れよう!」

 

 グラムは元の所有者を拒絶するかのように輝きを増す。ジークフリートが耐えきれずに手を離すと、宙に飛び出した魔剣は祐斗の目の前に突き刺さった。

 急激な状況の変化にジークフリートは困惑するが、祐斗を後押しする奇跡が続いた。仲間達の持つ駒も同じく紅く輝き、一誠の声が彼女らを鼓舞した。アーシアや小猫、レイヴェルは涙を流しながら祐斗の身体を支えながら回復をし、リアスや朱乃も奮い立つように魔力を溜め始める。ここに来て、全員が息を吹き返した。

 

「さあ、私のかわいい下僕悪魔たち!グレモリー眷属として、目の前の敵を消し飛ばしてあげましょうッ!」

 

 リアスの激で全員が気合いを入れ直す。アーシアのおかげで祐斗の左腕は完全に繋がり、アスカロンとグラムという龍殺しの二刀流で相手に狙いをつけた。

 ジークフリートはたじろぎながらも剣を構え直すが、彼の上空から強烈な雷光が突き刺さった。

 

「───これが私の最後の手。堕天使化ですわ。父とアザゼルに頼んで『雷光』の血を高めてもらったの」

 

 両手首に魔術文字が刻まれたブレスレットを装着し、6枚の堕天使の翼を広げた朱乃が説明する。新たな力を得た朱乃の一撃は、魔人へと変貌したジークフリートですら痛烈なダメージを負わせる威力であった。さらにリアスが追撃とばかりに放った滅びの魔力が彼の背中の腕を消滅させる。瞬く間に連撃を食らい続けたジークフリートに、祐斗は2振りの龍殺しの剣を深々と突き刺した。

 

『…この僕が…やられる…?』

 

 自嘲するように自身の手を見ながらジークフリートは吐き捨てる。魔人化による影響でフェニックスの涙の回復が不可能になっていた彼は身体が徐々に崩れていった。

 

『…やっぱりそうさ。…あの戦士育成機関で育った教会の戦士は…まともな生き方をしないのさ…』

 

 それだけ言い残すと、ジークフリートの身体は崩れ去っていった。後ろに控えるクーフーは腕を組みながらただその様子を見守っていた。祐斗達は残ったクーフーへと視線を向ける。ジークフリートの戦いは激戦であったが、今の彼らは負ける気がまるでしなかった。

 

「仇を取るかい?」

「…そこまで思い上がっていないさ。気力を取り戻した貴殿らに最高峰の魔王だっている。某は退散するだけだ」

「どうしてあの時、仲間を助けなかったんだ?」

「理由など貴殿らが勝手に想像すればいいだろう」

 

 それだけ言うと、クーフーは懐から髪を取り出してその場から消えていった。アジュカ・ベルゼブブの拠点のひとつからあっという間に消え去ったその手腕は謎であったが、敵を見事に退けた彼らはひとまずやるべきことへと注意を向けるのであった。

 




大一もクーフーも助けに入らないとは私のオリキャラは薄情者ばかりか、と読み返しながら思っていました。
次回は内容的にあまり期間を空けずに挙げたいです。


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第112話 ケジメ

うだうだ悩むから、こういう極端な形でしか断ち切れないと思います。


 英雄派ジークフリートとの戦いは苛烈であった。しかし蓋を開けてみれば、本調子を取り戻したグレモリー眷属の実力によって見事な勝利をつかむことに成功した。

 英雄派を退けた祐斗達は、アジュカ・ベルゼブブに兵藤兄弟の悪魔の駒を見せる。アスカロンは駒へと姿を戻していたが、先ほどの不思議な奇跡は彼らに希望を残していた。彼らが生きているという希望だ。

 アジュカはチェス盤に駒を置くと、魔法陣を展開させて調べ始める。静かに頷きながらそれぞれの駒へと視線を移していくが、一瞬だけ眉間にしわを寄せた懐疑的な表情を見せた。間もなく、彼は駒を指でさすりながら思慮深い表情で語る。

 

「4つの駒が『変異の駒』になっている。ひとつひとつの価値にばらつきこそあるが…恐ろしいことだ。例のトリアイナの分と真紅の鎧がこれらを表しているのだろうか。兵藤一誠が引き出した天龍と悪魔の駒を組み合わせ───調和のスペックは、想像を遥かに超えるもののようだね。あのときに調整したかいがあったというものだ。先ほどの現象も実に興味深かった。…彼の意志が駒にダイレクトに反映されているのか」

 

 規格外の力を持つものでも駒をひとつに収められる「変異の駒」、一誠の身体に宿っていた駒の内4つがそれに変化していた。一誠の得た乳力しかり、アジュカがリアスとの試練の際に彼の駒を調整したことしかり、あらゆる要因が積み重なったことでこのような結果を生んだのだろう。

 そしてアジュカが解析をしたところ、これらの駒の最後の記録情報に「死」の文字はなかった。さらにドライグの魂も今なお神器の中に宿ったままであった。これらの情報から総合すると一誠は次元の狭間で生きている可能性が高いというものだ。

 サマエルのせいで肉体は完全に使い物にならないが、魂は生きている。そうなればクローン技術の応用などで新しい身体を用意し、これに魂を付着させることで再びこの世に生を受けることが可能になっていた。もっともその身体に神滅具が備わるかは確定ではないが、悪魔の駒を使えば再びリアスの眷属として存在できる。

 一連の説明を受けた祐斗は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。煮えたぎる感情がゆっくりと全身を駆け巡るのを実感する。その感情はアーシアとリアスによって言葉として噴出した。

 

「うえぇぇぇぇぇんっ!イッセーさぁぁぁぁんっ!」

「…イッセー、生きているのね…。そうよね、彼が死ぬはずないもの!」

 

 安堵と歓喜をグレモリー眷属は感じた。兵藤一誠が生きているという事実が彼女らにもたらしたものであった。

 リアスは期待するようにアジュカへと続けて問いかける。

 

「大一の駒も死んだという記録は無いんですよね?」

「…ああ。ここにある駒はすべて最後の記録にその類のものは無い。ところで彼の話になる前に俺の方からもひとつ訊きたい。これが兵藤大一の駒で間違いないんだね?」

 

 アジュカはチェス盤から駒をひとつ取って、リアス達に見せる。彼が悪魔になるきっかけとなった「兵士」の駒で、一誠のと違い小さなひびが入っていた。

 

「間違いありませんが…なにかおかしいことがあったのでしょうか?」

「ふむ…調べたところ、ここにある悪魔の駒はすべて兵藤一誠のものとなっている。この駒の最後の所有者も含めてな。魔力の感覚や俺が調整を加えた形跡が無いから、最近までの所有者は違ったのだろうが…」

 

 疑問と同時に背中がひやりとする感覚を彼女らは覚えた。大一の中にあった悪魔の駒が一誠のものになっているのならば、彼はどこへ消えたというのだろうか。一誠とは違い行方をまるで確定できない事実に、祐斗は隣で朱乃が静かに生唾を飲み込む音を聞いた気がした。

 

「兵藤大一、いったい何をしたんだ?」

 

────────────────────────────────────────────

 

 次元の狭間はその名の通り、あらゆる次元の隙間に存在しており完全な静寂が支配する無の空間であった。ただ目が覚めた一誠の目に映った景色は、静寂とは相反するようなきらびやかさを感じさせるものであった。万華鏡のような様々な色が混ざり合ったようなもので、その流れにボロボロの空間の名残や機能停止したゴグマゴグが流れるものだから、不自然さが際立つ。

 しかし目が覚めた一誠からすれば、こんなことは取るに足らない現実であった。彼がもっとも危惧していたのは、自分の身体が禁手の鎧になっていたからであった。彼の肉体がサマエルの呪いによって限界を迎えていたため、ドライグが魂を鎧へと移したのだが…

 

『…なんてこった!体がなければリアスとエッチできんじゃないかぁぁぁっ!』

 

 ドライグは一誠の発言に不意を突かれた。身体が無くなったことに対して、感じる絶望は様々であろう。性欲の件も決しておかしいことではない。しかしこれが真っ先に挙がるのは、さすがにドライグも驚きを隠せなかった。

 そんな相棒の想いはいざ知らず、一誠は悔しさに鎧となった身体を震わせていた。生身でないため性行為は出来ず、堅牢な硬さのおかげで胸を揉むにしても実感を得られない。肌と肌が触れ合う柔らかなコミュニケーションは、この姿である以上不可能であった。最近になってリアスと恋仲になったことが彼の悔しさに拍車をかけていた。それでもハーレム王を諦めるつもりは無かったのだが。

 すっかり悲しみに暮れた一誠であったが、そのおかげか意識はハッキリして徐々に自分が何をやっていたのかを思いだす。元をたどればオーフィスを救出するために、兄と共に疑似空間に残ったのだが、その相手はなぜか近くで地面を叩いていた。幼子が砂場で遊んでいるような様子で、この不思議な空間とはかけ離れた一幕だ。

 

「えいえいえい」

『お、おまえ、何をしていたんだ?』

「グレートレッド、倒す」

 

 一瞬、オーフィスの言葉を一誠は理解できなかった。しかし冷静になって辺りを見渡せば、彼が立っていた地面はどうにも違和感を覚える。赤い岩肌が特徴的だと思っていた地面であったが、その割に生物のような活力に満ちている。違和感を抱いた一誠は走り出すと、ほどなくして先端へとたどり着いた。巨大な突起物は角であり、さらに少し先にはドラゴンの顔が見えた。彼が立っていたのはグレートレッドの背中であった。

 

『…な、なんで、俺、グレートレッドの上にいるんだよ…?』

『お前はシャルバを倒した後、崩れゆく疑似フィールドで力尽きた。そのあとすぐにフィールドも完全に崩れきったのだ。そこに偶然グレートレッドが通りかかった。そこでオーフィスはお前を連れて、グレートレッドの背に乗ったのだ。ちなみにだが、すでにあれから幾日が過ぎている』

 

 ドライグは一誠に説明するが、彼は自分の強運に驚いていた。次元の狭間はかなり広大な空間であるにも関わらず、グレートレッドが通りかかったことで助かったのは運が良いという言葉に尽きる想いであった。もっともドライグからすれば一誠が持つ他者を引き寄せる力によって起きた事象であり、一種の必然にも感じたようだ。

 加えて、オーフィスが一誠を助けたのも大きかった。彼女は律儀にも一緒に人間界に帰るというドライグの約束を守ろうとしているようだ。その純真な精神性に、一誠はやはり彼女のことを嫌いになれなかった。

 ドライグによって現状を整理すると、「悪魔の駒」のみが抜き出されて龍門へと向かったこと、この龍神2体が一誠に力を貸しているためこの次元の狭間でも生きていられること、そして歴代の所有者が彼の魂を救ったことであった。

 

『彼らの残留思念がサマエルの呪いから、お前の魂を守ったんだよ。彼らが身代わりになって呪いを受けている間に、お前の魂を肉体から抜いて鎧に定着させたのだ。絶妙なタイミングだった。一瞬でも判断が遅ければ、いまここに俺もお前もいない』

 

 ドライグの話に一誠は少し不全感が残る。これまで様々な局面で力を貸してきてくれた先代の所有者達であったが、最後の最後まで自分のために助力してくれたことには感謝と同時にこれから先の付き合いもあったことを考えると、やりきれない想いであった。

 

『…気持ちはわかる。だから、彼らの最後の言葉を聞いてもらえるか?彼らの最後のメッセージだ』

 

 籠手の宝玉から映し出されたのは歴代の赤龍帝達の満面の笑みであった。この直前に、一誠はかつて似たようなシチュエーションがあったことを思いだすが、それに想いを馳せる間もなく、映し出された者達が声を揃えて一言だけ残す。

 

『『『『ポチっとポチっと、ずむずむいやーん!』』』』

 

 おっぱいドラゴンの歌の一節に、一誠は完全に拍子抜けの気持ちになった。アザゼルやサーゼクスが力を貸したこの歌の効果は冥界の子どもどころか、戦いに明け暮れた生活もあったはずの彼らにすら影響を与えていたようだ。画面の隅にいた白龍皇の先輩にすら助言(という名の尻押し)を受けた一誠は、投げやり気味にこのやり取りを感動的なものとして考えることでひとまず納得することにした。

 そんな一誠の様子を確認したドライグは、再び彼に声をかける。先ほどよりも気を引き締めた印象の声色であった。

 

『さて、もうひとつ話さなければならないことがある』

『さっきのでもう十分味わったぜ…』

『今度は真面目な話だ。いやさっきのも真面目ではあるんだが…』

『やっぱりドライグも思ってはいたんだな』

『お前も原因の一端ではあるんだぞ、相棒…。いや、とにかく今はどうでもいい。兵藤大一のことで話さなければならない』

『ああ、兄貴のことか。でもさ、ここにいないなら龍門を通って皆のところに戻ったんじゃないのか』

 

 一誠は軽く後ろを振り返る。魔力も何も感じない。おそらくひとりで龍門を通って脱出したに違いなかった。そうであれば、兄が自分の無事を仲間達に知らせることを一瞬だけ期待したが、そもそも兄が自分の生存を知っているのかが分からなかった。

 どこか気楽な一誠に対して、ドライグは不穏な声の調子を崩さなかった。

 

『いや…あいつは戻っていない』

『…戻っていないってどういうことだよ?』

『今から俺が見たことを全て話す。その上で…俺を責めればいい』

 

────────────────────────────────────────────

 

『兵藤大一、お前も早く脱出しろ。お前まで犠牲になることはない』

「その前にやることがあるんだ。ドライグ、頼みがあるんだ」

 

 崩壊していく疑似空間の中でドライグは大一に対して脱出を促す。一誠の身体の浸食は進んでおり、彼を助けるための策を考えるためにも大一に構っている暇はなかった。

 一方で、大一は丁寧に背中から降ろして横たわらせた後、手早く錨を取り出して静かに瞑目する。感知に集中している様子に見えたが、その意図を掴むことは出来なかった。

 ぱちりと目を開けると、大一は錨の切っ先を横たわる一誠の宝玉へと当てた。攻撃するようなものでは無く、ただ触れるだけのもの。傍から見れば、なんとも度し難い光景ではあったが、ブーステッド・ギアに宿るドライグはすぐに彼が何をしたのか気づいた。

 

『何をやっている!?お前、自分の魔力や生命力を渡すなんてッ!』

「…大した量じゃない」

『馬鹿を言うな!渡された量で分かる…お前だってあれほど戦ったんだッ!これほどの量を渡せば、お前の命の方が持たないぞ!』

 

 大一の行為は至極単純であった。彼の使う「生命の魔生錨」は力を引き上げるものであった。これによって元々下手な魔力の表面化を可能にし、ディオーグの力も引き上げて龍人になれる。そこで思ったのだ。もしかすると、自分の魔力や生命力を表に出して、それを他の人に渡すこともできるのではないかと。リアスが直接触れて魔力を流し込むように、一誠が譲渡の力を他者に渡すように。

 そして彼の考えは見事に的中した。錨の先には彼自身の魔力と生命力が丁寧にまとめられ、それを瀕死とはいえ神器を通して一誠に渡すことができた。

 

「これで少しでも一誠を助ける糧にしてくれ。肉体が少しでも生きれば、魂を汚染するのには時間がかかるはずだ」

 

 がくりと脚に力が入らなくなった大一は錨を支えになんとか立ち続ける。ドライグの言った通り、相当な量を渡したことで彼自身もかなり弱っていた。

 

『それにこの感覚…「悪魔の駒」まで相棒に…!』

「…あれ、そうなのか?自分では実感無かったんだが…なんだよ、この錨もまだまだ出来ることあるんだな…。でもちょうどいい…これでさらにサマエルの呪いを遅れさせることが…」

『お前がここまでする必要は無いだろッ!まだ助かる命なのに…兄だからってそこまでやるのかッ!』

 

 ドライグは感情のままに大一へと言葉を投げかけた。年上の兄だから弟を守る、兵藤兄弟がそういった義理堅さに忠実な関係でないことはドライグもわかっていた。

 しかし目の前の男は、弟を助けるために自身の持つものを大量に渡した。それこそ文字通り、本人にとって致命的になるまでだ。

 

「兄だからか…それもある。ただ兄弟愛なんていいものじゃないがな」

『だったら、そこまでしなくても…』

「こいつが命を落としかけた時に何もしてやれなかった。その後悔によるケジメをここでつけるだけだよ」

 

 大一は静かに答える。結局、どうあがいても大一自身は弟を死なせたことへの罪悪感を払拭できなかった。一誠が気にしていなくても、他の誰かが大一の責任じゃないと主張しても、彼自身がその想いをしつこい羽虫のように振り切れずにいた。そうなれば、形式上でも大一が納得するような方法を選ぶことで、その感情にケジメをつけるしかなかった。そこで選んだのが、命を引き換えにしてでも弟が生き残る確率を上げることであった。

 どっちにしても疲弊した大一が無事に脱出できる確率も高くなかった上に、生き残るのであれば英雄として期待が寄せられる一誠の方を生かすのは、彼にとって当然の選択であった。だがそれを口に出すようなことはしたくなかった。

 

『こんなことをしても…こんなことをしても、相棒は喜ばない!相棒はお前に対して、そんなことを思っていないはずなのに…!お前の人生だって、まだまだこれからだろうがッ!』

「…悪いな。俺もわがままでさ、こいつを助けられなかった後悔を重ねて生きていけるほど強くないんだよ…。そういう意味ではその荷を下ろすチャンスが今ってことか…」

 

 自分でもわかるほど声が弱くなっていく大一の言葉は、ドライグに向けられているのか、自分に向けられているのかが分からなかった。ただ隣ではオーフィスがジッと彼のことを見つめていた。

 

「…最後に身勝手で悪いんだけどさ、2人ともどうか弟のことを頼む。こいつを…リアスさんの元まで届けてやってくれ」

「わかった」

 

 オーフィスは短く答えるのに対して、ドライグは答えに詰まっていた。最後の最後まで責任を押し付けるような方法を取ってしまう自分に呆れながら、大一は軽く笑いながら嘆息した。

 

『こんなの間違っている…!』

「そうだよ、これが正しいわけがないんだ。俺はいつも失敗ばかりだからさ…そんな方法しか取れない…」

『───ッ!相棒は俺らがなんとかする…!』

 

 ドライグの言葉を確認した大一はふらつきながらその場を去ろうとする。何かの間違いで死体が残ってしまった時、弟にその姿を見られることを危惧したのだろう。弟への気づかいか、利己的な理由か、しかし今のドライグにはその背中が大きく、悲しく感じた。

 大一の背中がまだ確認できる頃、疑似空間が音を立てて完全に崩壊していく。崩れゆく岩盤の中に、弟に命を懸けた兄の姿は消えていく。オーフィスがちょうどグレートレッドへと飛び移った時には、彼の姿は確認できなくなった。

 




オリ主は一誠のような引き寄せる力みたいものがあるわけがありません。
お疲れ様、オリ主。


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第113話 反撃の狼煙

原作と大差ないところは大幅にカットしていきます。
そりゃ、こうなりますよ。


 この日に起こった出来事は、かつての戦争に並ぶほど実力者が関わっていた。その出来事を推挙するにあたっても指の数が足りなくなるのは想像に難くない。ただし、もっとも大きな規模で動いたのは冥界とさらに奥の冥府の2か所であろう。

 冥府はオリュンポスの神で死を司るハーデスが統治していた。彼の圧倒的な実力はもちろんのこと、死神も名うての存在は少なくない。勢力関係も踏まえれば、それほどの者が集う場所に襲撃をかけるなど、相当の愚か者がすることだろう。併せて、現れたメンバーも決して多くない。ただ揃いも揃って格の違う者達がハーデスと冥府に喧嘩を売っていた。

 禍の団の中でも独立したヴァ―リチーム、リーダーである彼はいなかったが、神をも屠る牙を持つフェンリル筆頭に、巨体のゴグマゴグは両椀を振り回し、アーサーが聖剣で向かってくる面々を斬り伏せ、ルフェイと黒歌は魔法で圧倒し、美猴は如意棒でなぎ倒す。ずば抜けた才覚の持ち主が死神大群に大立ち回りをしていた。

 しかし彼らですら劣るように思えるメンバーがハーデスを前に威圧していた。サーゼクス・ルシファー、アザゼル、これに護衛としてついてきたブロンド髪と神父服が特徴的な男…天界の切り札的存在、上位神滅具のひとつ「煌天雷獄」の所有者であるデュリオ・ジェズアルドの3人だ。3勢力それぞれのトップクラスのメンバーが揃い踏みするという稀有な光景であったが、ハーデスからすれば特に不愉快な悪魔と堕天使が目の前で敵意をむき出しにしているのだから、その激情は表に出さなくても想像できるほどだ。

 もっとも彼らは戦ったわけではない。禍の団との繋がりが疑われる(もっともほとんど確定的なものであったが)ハーデスへの牽制として、この魔獣騒動が終わるまで冥府の神殿に共に居座るという者であった。

 最初こそ嫌悪する種族の提案に、飄々とはぐらかそうとしたハーデスであったが、サーゼクスが真の姿を見せたことでこの条件を飲むことになった。悪魔を超えた彼は滅びのオーラが人型になったような姿を見せる。かつての戦争を勝利に導いたその存在は世間で「超越者」と呼ばれ、サーゼクスはアジュカと共に3人のうちの2人として数えられていた。

 それほどの強者が噴火する火山のごとき怒りを見せたのは、冥界を危機に陥れただけではない。理由はいくらでもあるが、もっとも大きな理由は同じ感情を抱いたアザゼルがハーデスに向けて放った言葉に集約される。

 

「骸骨神様よ、俺もいちおうキレてるってこと、忘れないでくれ。まあ、個人的な恨みなんだがな、それでもいちおうのことを物申しとくぜ?───俺の教え子どもを泣かすんじゃねぇよ…ッ!」

 

 3大勢力の最高戦力の雰囲気に、ハーデスは怒りを隠すのに本気で集中しなければならなくなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一方で冥界でも大きくことが動いていた。各地で暴れていた「豪獣鬼」に強力な戦力が反撃に打って出ていた。アジュカ・ベルゼブブとファルビウム・アスモデウスを筆頭に構築された対策と戦術を受けた強者たちが一気に動いたのだ。

 セラフォルー・レヴィアタンはお得意の大質量による氷の力で周辺ごと魔獣を凍らせる。タンニーンは魔王級の威力と評価される強大な火力で攻めたてると、援護に来た八坂は娘の九重の応援を受けながら巨大な九尾の狐となって正面から戦いを挑む。

 そしてついに皇帝ベリアルが率いる彼らのチームが、豪獣鬼の1匹を完全に討ち取ることに成功した。戦況の優勢になったところで、各地で反乱をしていた旧魔王派の鎮圧の後押しも始まった。

 残る懸念要素は首都リリスにいる最大の魔獣「超獣鬼」の存在であった。現在はルシファー眷属が鎮圧にあたっているが、その状況は彼らの本気でも五分五分といったところだろう。

 この状況をグレモリー城に帰還したリアス達はテレビで確認していた。アジュカの解析により、一誠が生きている希望を抱いた彼女らの士気は高かった。ただ大一に関してはアジュカですらどうなったかについては断言できない状態であったが、彼の性格から一誠と一緒にいる可能性は高かったため、希望的観測も併せて無事であると考えていた。

戻ってくるとゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセとも合流した。いずれも兵藤兄弟の生存は疑わずに、まずは自分らが為すべきことを為すために準備をしていた。

そんな彼女らは、騒動の渦中である首都リリスに向かうことになった。シトリー眷属が禍の団と交戦したという情報が入ったのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 首都リリスでギャスパーとも合流したグレモリー眷属が目にしたのは、ルシファー眷属と超獣鬼による一線を画す規模による対決であった。グレイフィアを筆頭にずば抜けた魔力で攻撃を仕掛けるルシファー眷属に対して、超獣鬼は動きを止められても怯む様子は無かった。

 この勝負の最中で、救出活動を行うシトリー眷属は英雄派と接敵したのだが、テロリストの戦法は決して正々堂々とは言えなかった。子どもの乗るバスをわざと狙っての襲撃であったため、防御のために本来の力を出せぬまま敗北へと至った。

 テロリストの戦いだ。ルールなどは無い。それでもおっぱいドラゴンとしてヒーローとして一誠が守ろうとしたものを打ち砕こうとする行為は、彼らの怒りを促すのは当然のことであった。

 ジャンヌは魔人化してゼノヴィア、イリナ、朱乃が相手をし、ヘラクレスは援護に現れたサイラオーグとロスヴァイセが相手をする。強くなったのはもちろんのことだが、精神的にも大きく余裕ができたグレモリー眷属は彼らを圧倒し、特にサイラオーグは王者としての圧倒的な貫禄がヘラクレスを真っ向から叩きのめした。

 唯一、この2つの戦いとは違った形になったのがギャスパーとゲオルクの戦いだろう。兵藤兄弟が死んだことがゲオルクから聞かされた時、ギャスパーの雰囲気が明らかに変化したのだ。

 

《───死ね》

 

 声はいつもの彼とは真逆の低さで、しかも彼の口から出ているように思えない。目は虚ろで感情を捨てきったような表情であった。周囲を闇が黒く包み、ゲオルクが捕縛のために出した霧は瞬く間に飲み込まれていった。神器でもない、吸血鬼でもない、その異様な力が上位神滅具持つ相手を闇へと飲み込んだ。

 たった1時間にも満たないこの戦いで英雄派の幹部は追い詰められていった。唯一、ジャンヌだけは逃げ遅れた親子連れの子どもを捕えて人質としていた。彼女は息を切らしながら、リアス達に視線を向ける。

 

「とりあえず、曹操を呼ばせてもらうわ。あなたたち、強すぎるのよ。私が逃げの一手になるなんてね。てなわけで、この子は曹操がここに来るまでの間の人質。…ったく、こんな時にクーフーはどこに行ったんだか」

 

 焦燥を隠せないジャンヌに対して、リアス達もベクトルは違うとはいえ焦りを感じていた。彼女らの動きを封殺するには十分の理由であった。

 ただしそんな彼女たちとは違って、まるで動じていないのは人質にされた子ども自身であった。

 

「あら、ボク案外静かね。怖くても何も言えないのかしら?」

「ううん。ぜんぜんこわくないよ。おっぱいドラゴンがもうすぐきてくれるんだ」

「ふふふ、残念ね。おっぱいドラゴンは死んだわ。お姉さんのお友達がね、倒してしまったの。だから、もうおっぱいドラゴンはここには来られないわ」

「だいじょうぶだよ。ゆめのなかでやくそくしたんだ。ぼくがね、おっきなモンスターをみてこわいっておもってねていたら、ゆめのなかにでてきたんだよ」

 

 子どもはそのまま「おっぱいドラゴンの歌」を歌い始める。まるで緊張感の感じられない様子であったが、はるか上空では大きな亀裂が入り、待ち望んでいた英雄の帰還を多くの仲間が実感していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアス達が首都で戦いを繰り広げる最中、次元の狭間で兵藤一誠はドライグにある夢の話をしていた。泣いている子ども達がいたので、おっぱいドラゴンとして励ましの言葉とポーズを送っていたというのだ。彼の励ましのポーズは最初の頃は一誠ですら嫌がっていたが、もはや受け入れている節があり、事実そのおかげで子ども達に安心がもたらされていた。

 手のひらを握って開く行為を何度か繰り返す。その感触はハッキリとしており、かつての身体と遜色ない柔らかさや温もりが感じられた。

 今の彼は人間としての身体とはまた違ったものになっていた。サマエルの呪いにより身体は死んだものの、魂を鎧に移し替えていたが、さすがにそのままというわけにもいかない。そこでグレートレッドとオーフィスの力を借りて新たな身体を作り上げた。見た目や感覚は以前と変わらなかったが、最強の龍の力によって生み出された身体の潜在能力は計り知れないものであった。悪魔の駒が無いため、今のこの身体は人型の真龍とも言えた。

 

「よっしゃ!これでリアスの乳がもめる!」

 

 わしゃわしゃと指を動かして完全に復活したことを実感した一誠の目に、「おっぱいドラゴンの歌」を歌う子ども達の姿が見える。夢幻を司るグレートレッドが冥界中の子ども達が見た夢を投影したらしい。傍から聞けば間違いなくふざけた歌であったが、今の一誠やドライグには力を、勇気を与えてくれる不思議な歌であった。

 

「兄貴が聞いたら卒倒しそうだけどな」

『…相棒。俺を責めても良かったんだぞ。兵藤大一が…お前の兄が死んだのは…』

「誰の責任でもない。兄貴が選んだことだ」

 

 ドライグの反応に一誠は静かに答える。兄の真相を聞いたとき、一誠は鎧の身体でありながら息がつまる想いがした。今の身体であれば意図せずに涙がこぼれてもおかしくないだろう。怒りや悲しみはどこに向かうでもなく、ただ振り下ろす拳が見つからずに苦しんだ。

 しかし時間が経つにつれて、不思議と冷静になった。兄が一誠を助けたのは何も彼が苦しむためではないのだ。それを理解していた彼は時間を置くほど冷静になり、同時に気持ちが引き締まる感覚が全身をかけ巡らせていた。

 

「俺さ、兄貴のことは別に好きでもないんだよ」

『…』

「だっていつも上から目線で面倒くさいし、俺の趣味を理解しようともしないし、イケメンでもないけどそこそこモテるし…そのくせ俺のことを気にかけてくれるし、相談には乗ってくれる。挙句の果てには命を懸けてまで俺を助けてくれる」

 

 淡々と話し続ける一誠は一度言葉を切ると、こみ上げてくる感情を息として吐きつつ言葉を続けた。

 

「前に兄貴に対して思いっきり不満をぶつけたことあるんだけどよ、あの時ですら受け止めてくれたんだよ。ずっと前を走ってお手本にでもなろうとしていたのかな。それなのに後ろから来た弟の不満にも全力で受け止めていたんだ。多分、俺だけじゃなくて他の皆にもそうだったんじゃねえかな。

 ズルいんだよ、兄貴は。いつも必死で自分本位だ、ワガママだって言いながらずっと誰かのために生きていたんだから」

 

 リアスの下僕として戦い、後輩のために特訓や話に付き合ってきた。犠牲の黒影に飲み込まれる最後の時ですら、自分を捨てるような発言をしていたのだ。

 悪魔になってからだけじゃない。一誠としては子どもの頃から両親が自分に構ってくれるのとは別に、いつも兄として振る舞っていたことが模糊な記憶と鮮明な記憶の両方とも頭と心に刻まれていた。一誠としてはそんな兄に望んだことは、自分なりの生き方を送って欲しかった。

 

「…でも兄貴は最後に俺を助けてくれた。たぶんそれが兄貴にとっての生き方で、兄貴なりに自分の人生を歩んでいたんだと思う。そんな兄貴に助けられたんだ。だったら、兄貴の分まで俺は自分の人生を全うするんだ」

 

 一誠はきっぱりと言い切る。もはや迷いはない。兄を含む多くの者達から託されたその命を彼は最後まで全うするだけであった。

 ドライグは静かに笑うと、グレートレッドに呼びかける。

 

『グレートレッド、頼めるか?この男をあの子達のもとに帰してやってくれないか?』

 

 グレートレッドが大きく咆哮を上げると、前方の空間に歪みが生じて裂け目が生まれる。そこから見える大都市の風景、感じられる大切な仲間と愛する人のオーラ…これら全てが一誠を奮い立たせていた。

 

「オーフィス、俺は行くよ。俺が帰られる場所へ」

「そうか。それは…少しだけ羨ましいこと」

「───お前も来い」

 

 横に立つオーフィスに、一誠は確固たる決意を持って誘う。打算は無かった。そこにあるのは彼女との約束…

 

「俺と友達だろう?なら、来いよ。───一緒に行こう」

「我とドライグは───友達。我、お前と共に行く」

 

 オーフィスは一誠から差し出された手を掴むと笑みを浮かべる。間もなく彼らは次元の狭間を抜け出した。

 




一誠は兄に対してあまり悩まない方じゃないかな…。


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第114話 英雄の帰還

原作だと万歳三唱な展開もオリ主のおかげでお通夜気味です。


 首都リリスで炎駒は仲間と共に戦っていた。シャルバ・ベルゼブブにより冥界を混乱に陥れた超獣鬼、そのサイズは彼らの中でも最も巨体を誇るスルト・セカンドですら比べ物にならないほどの大きさであった。しかも自他共に認める屈指の実力者達である彼らの攻撃を受けきるのだ。名にふさわしい怪物は、ルシファー眷属を大いに苦戦させた。

 しかし強大な相手に手をこまねいている訳にもいかない。冥界をこれ以上荒らさせないように、彼らは全力で超獣鬼の討伐に当たっている。

 僧侶のマグレガー・メイザースによる猛烈な炎の魔法を、炎駒は自分が起こした竜巻で勢いを強めた火炎として攻撃へと繋げる。規模はかなり大きいものであったが、超獣鬼は少し視線を向けただけであった。もっとも陽動が狙いであり、相手の横腹にグレイフィアの大規模な魔力の一撃が殴りつけるように入れられた。

 炎駒は軽く舌打ちをする。アジュカ達による対抗術式が来たのにも関わらず、いまいち決定打に欠ける状況が続いていた。本来であれば戦車のスルト・セカンドが万全であればもっとやりようはあったのだろうが、最初から本気を出し過ぎたため、現在の彼の火力は本気の時と比べるとかなり弱い。おかげで今のように煮え切らない戦況が続いていた。

 もっとも…炎駒としても、最初からスルトのように思いのまま戦いたかった。らしくもなく思いのたけを目の前の怪物にぶつけたかった。それは実力による自信からではない。愛弟子が命を落としたという情報からであった。

 彼が最後に聞いた情報では、弟と共に別の時空から戻ってこなかったというもの。その後はグレイフィアがリアス達をアジュカの元へと向かわせたようだが、それ以降の事情は知らなかった。それ故に炎駒が知っている情報では、大一の生死は絶望的と思わざるを得ない。もっとも現状は真実が不明であるため、正確かつ非常な事実を知っているのはごく一部の者だけであったが。

 何度も後悔してきた。兵藤大一という男を悪魔にしたことを。特別な力を持っているとか、悪魔として見込みのある感性があるとかではない。環境と彼元来の責任を感じやすい性格によって、悪魔にする道を許してしまった。

 それでも夏休みの時やロキとの戦いの後に、彼が生き生きとした表情を見た炎駒は嬉しかった。ようやく彼が悪魔になって幸せを掴めるのだと期待もした。たまに耳に挟む話では、その可能性も充分に感じられた。

 そんな想いを抱いていたからこそ、彼が弟のために残り門から帰ってこなかったことには嘆いたものだ。信頼関係を築き、可愛がってきた大切な弟子がテロリストにより命を奪われたのだ。

 

「…入れ込まない方がいいぞ」

 

 少し前に旧友に忠告された言葉が、頭の中で反芻している。彼女の忠告は正しかっただろう。弟子を失った悲しみは、これまでの長い悪魔人生でも炎駒に大きな影を落とした出来事であった。

 しかし同時に彼の心は折れなかった。折るわけにはいかなかった。兵藤大一の師として、短い間ながら彼に悪魔として戦うことの必要性を説いてきたのだ。ならば、目の前でそびえ立つ相手に、その矜持を持って向かわなければ亡き弟子への示しがつかないというものだろう。

 間もなく、空間の裂け目から超獣鬼に匹敵するほどの巨体を持つドラゴンが現れたかと思うと、一瞬で鎧を着込んだ巨人へと姿を変えていた。映像越しでしかないが見たことのあるその姿は主の妹が愛する男で、亡き弟子の弟でもあった。

 グレイフィアの指示のもと、ルシファー眷属は彼のサポートのために動き、超獣鬼の巨体を上空へ浮かすと、一誠の鎧の胸部が大きく開く。

 

『ロンギヌス・スマッシャァァァァァアアアアッ!』

 

 彼の咆哮と共に放たれた大出力の赤いオーラはルシファー眷属の攻撃をものともしなかった怪物の姿を消し去ったのだ。

 戦いの勝利に安心するのと同時に、炎駒は確信した。元のサイズに戻っていく一誠の横には大一の魔力を感じない。自分の愛した弟子はこの場にはもういないという現実に、不健康な感情の入り混じった涙を静かに流すのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日かけて復活して、次元の狭間から脱出した一誠がさっそく目に入ったのは仲間の姿ではなく、騒動の根源である超獣鬼であった。

 それだけでも驚きであったが、この怪物に睨まれたと思ったグレートレッドが腹を立てて (もっと言葉もわからないためその感情がどれほどか不明だが)一誠に力を貸して戦うことになったのは、彼の経験の中でもスバ抜けた衝撃を与えたのは間違いない。グレートレッドが与えた力は、一誠を超獣鬼と殴りあえるほどにまで巨大化させた。いつもと同じ感覚で戦う一誠は、超獣鬼と戦っていたルシファー眷属の助力も得て、上空に飛ばした相手にグレートレッドとの力を合わせた強大なオーラ「ロンギヌス・スマッシャー」を決めて勝利を掴んだのだ。

 元に戻った一誠を残し、グレートレッドはそのまま飛び去っていった。規格外の存在は別れも嵐のようにあっという間であった。同時に去り際にわざわざ「おっぱいドラゴン」の歌の一節を残していくあたり、その俗っぽさに面食らう一誠でもあったが。

 彼はそのままオーフィスを背中に乗せて、仲間を探す。グレモリー眷属がこの首都にいることは確信していた。次元の狭間で聞こえる声と感じる魔力は、それこそ彼が導かれたものなのだから。

 オーフィスの指示もあって、間もなく彼は目的の相手を見つける。そこにいたメンバーはライバルも含めた仲間達であり、彼の想像を遥かに上回る安定を感じさせたのは間違いない。意図しなくても感情が昂る。彼女らのもとに向かう速度が速くなる。そしてついに渇望していた仲間達の元へとたどり着いた彼はその中心に降り立った。

 

「兵藤一誠!ただいま帰還しました!」

 

 この言葉に全員キョトンとした様子で静まり返ってしまう。もっと熱烈な歓迎を期待していたため一誠も面食らってしまったが、ドライグが少し面白がりなら指摘する。

 

『お前だと認識していないんじゃないか?』

「…マジかよ。そんなことありえるの?」

 

 軽いショックを受けつつも、すぐに取り直した一誠は少し考えてもっとも彼らしい言葉を選び抜いて素顔を見せた。

 

「えーと、おっぱい!グレートレッドに乗って帰ってきました!」

 

 この言葉が出た瞬間に、爆発したように仲間達から歓声が上がる。ある者は駆け寄って抱きつき、ある者は涙を流し、ある者はその登場に純粋に驚きを向ける。様々な反応が飛び交っていたが、一誠が最も会いたかった相手はゆっくりと近寄ると、その温もりを感じるように手を彼の頬に当てた。

 

「…よく、帰ってきたわね」

「そりゃ、もちろん。あなたや───仲間の皆がいるところが俺の生きるべき場所ですから」

 

 静かに答える一誠であったが、何とも言えない感情を抱いていた。リアスと再会できたことの喜びという健全なものから、彼女の胸が戻っていることに心から安堵しているという間抜けなものまでごちゃごちゃに入り組んでいる。しかしこの中には、常にひとつだけ心配が煙のように渦巻いて在中していた。

 いつ切り出すかを考えていると、英雄派のジャンヌの間の抜けた声が聞こえる。彼女が人質にしていた子どもを、隙をついて祐斗がお得意のスピードで助け出していた。

 

「…お帰り、イッセーくん?キミのおかげでこの子を救えたよ。さすがヒーローだね。キミが変わりなしで本当に良かった。グレートレッドと共に来るなんてさすがに読めなかったよ」

 

 仲間の安心した様子に触れるほど、これから直面するであろう兄の真実を打ち明けることへの緊張感が増していった。吐きそうになる感情をぐっと抑え込み集中するが、真実を打ち明ける前に苛立ちを見せたジャンヌがギラギラとした視線を向けていた。

 

「…まさか、シャルバの奸計から生き残るとはね。恐ろしいわ、赤龍帝」

「そりゃ、どうも。どうする?俺たちとやるのか?」

「…2度目の使用は相当寿命が縮まるけれど、使わざるを得ないわ」

 

 フェニックスの涙で傷を癒したジャンヌは懐から取り出したピストル式の注射器を自身の首に打ち込む。その瞬間、彼女の姿は大きく変化し上半身は血管の浮き出た筋骨隆々の状態になり、下半身は彼女の神器によって創られた聖剣が巨大な蛇を形作っていた。

 ラミアのような姿になったジャンヌに一誠は驚愕する。祐斗から英雄派の使うこの姿が肉体と神器を飛躍的に強化するものだと知った。

 しかし早々に撤退を目論む彼女に一誠は逃すつもりは無かった。自他共に認める煩悩から彼が最も好きなことのイメージを膨らませ、ジャンヌへと向ける。彼が発動した「乳語翻訳」は、ジャンヌが路面を破壊して下水道に逃げ込むことを知らせると、彼女の行く手を阻むように動いた。そして触れる直前に再び煩悩から泉のように湧き出るイメージを、最大限に活用した。女性の服を弾け飛ばす「洋服破壊」の一撃は、相も変わらず抗えない力であり、完全に無褒美になったジャンヌにドラゴンショットを叩きこむのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ひとまず戦いを終えた一誠はここに戻るまでの経緯を仲間に説明していた。特に身体の面については、リアス達がアジュカから指摘を受けていた点でもあるため、グレートレッドやオーフィスの力を借りて受肉したと聞くと仲間達は驚愕していた。

 一誠は話す中で、とにかく自分に落ちつくように言い聞かせていた。ひとりでなら気持ちを処理できたことでも、いざ仲間の前で話すとなればその感情は揺れる陽炎のごとく、はかなげな不安を感じていた。

 

「…あ、あの、イッセー先輩。大一先輩は…」

 

 一誠が危惧していたことの口火を切ったのは小猫であった。この一言で周囲の空気が緊張感に包まれ、周りの気温が数度下がったかのような錯覚を抱かせた。

 一誠はゆっくりと息を吐く。隠し通すつもりは無い。ただそれでも彼の起伏する想いを鎮めるために、一息の時間を必要としていた。

 

「兄貴は…兄貴は俺のために死んだ」

 

 この言葉が始まってからは早かった。大一が死に際に魔力、生命力、悪魔の駒を一誠に託したこと、そのまま疑似空間の崩れゆく瓦礫に消えていったこと、ドライグの発言も交えながら一誠は静かに話し続けた。

 先ほどまでの空気とは打って変わった重い雰囲気になる。アーシアやイリナは悲しみの涙を流し、気丈なゼノヴィアですら沈痛な表情を隠せなかった。祐斗の方は表情を固く、感情を表に出さないようにこらえている様子であった。ソーナやロスヴァイセは目を伏せて腑に落ちない感情を見せ、匙は悔しそうに拳で額を叩く。サイラオーグはただ瞑目してその話を静かに聞いていた。この話を振った小猫は目を潤ませながら、口を真一文字にして必死に耐えているようであった。

 仲間やライバルの反応を見るのが辛かったが、一誠がもっとも心配だったのは兄と親交が深かったリアスと朱乃であった。2人ともこの話を聞いていたが、その表情が表すものを一誠は読み取ることができなかった。

 話し終えた一誠は、朱乃の方を向くと大きく頭を下げる。

 

「本当にすいません!兄貴を助けることができなくて…本当に…!」

 

 一誠の言葉が途切れるようになっていく。覚悟はしていたものの、兄がもっとも愛していた女性にこの真実を伝えた時の重責は、これまでの比じゃなかった。煙のようにこの場から消え去れたらどれだけ楽だろうか。ただそうなっても、彼の心は休まることは無いことだってわかっている。顔を上げた一誠に出来ることは、ただ朱乃の反応を待つだけであった。

 朱乃は一誠に近づくと静かに抱きしめる。

 

「…よかったわ。イッセーくんが帰ってきて…本当に安心したわ」

「朱乃さん…俺…」

「なんとなく…アジュカ様の話を聞いた時から嫌な予感はしていたの。あの人がやりそうなことだわ」

「…本当にすいません…ッ!」

「あなたは何も悪くない。あの人が選んだ道なんだもの。大一が命を懸けてまで救いたかったあなたが苦しんでいたら…彼が浮かばれないわ」

 

 一誠から離れた朱乃は笑みを向ける。哀しみは隠しきれず、必死で自分を奮い立たせていたものでありどこまでも美しいその顔は、一誠の胸を熱いもので締めつけた。

 朱乃と代わるようにリアスは一誠の前に立つ。彼女の潤んだ瞳には、軽く目を拭う亡き仲間の弟の姿がハッキリと映っていた。

 

「彼は私との約束を守ってくれたのね。…イッセー」

「はい」

「───私と共に生きなさい。あなたを救った兄の分まで」

「…はい、俺はリアスと共に生きます。───最強の『兵士』になるのが夢ですから」

 

 一誠の決意と共にリアスと彼の唇が重なる。これが彼の生きる心を強く支えるのであった。

 

「強者を引き寄せる力、ここまで来ると怖いな」

 

 間もなく、彼らのもとに常軌を逸した力を持った存在が姿を現す。英雄派のリーダーである曹操と、先日猛威を振るった最上級死神のプルートであった。もっとも今回は互いに仲間としてではない様子であったが。

 信頼ある仲間への悲しみを心に収めた彼らは、強敵の登場に臨戦態勢を取る。そしてそこにはもう一人の援軍が現れた。

 

「お前の相手は俺がしよう、最上級死神プルート。───やはり帰ってきたか、兵藤一誠」

「ヴァ―リッ!」

 

 頼もしいライバルであり援軍の登場に、一誠は声を上げる。彼としても敗北続きの鬱憤をぶつける相手が欲しかったらしい。プルートは油断なく、それでいて堂々とヴァ―リを見据えるが…。

 

「兵藤一誠は天龍の歴代所有者説き伏せたようだが、俺は違う。───歴代所有者の意識を完全に封じた『覇龍』のもうひとつの姿を見せてやろう」

 

 光り輝く白き翼を広げたヴァ―リの鎧姿に、これまでの彼とは一線を画す魔力が感じられる。彼が新たに独自に生みだした強化形態「白銀の極覇龍(エンピレオ・ジャガーノート・オーバードライブ)」は、言葉通りの凄まじさであった。向かってくるプルートの鎌をあっさり破壊すると、鋭いアッパーで上空へと打ち上げる。

 

「圧縮しろ」

 

 彼の言葉と同時に鎧からも音声が鳴る。その瞬間、プルートは横から大きな壁に挟み込まれたように身体が圧縮され、お次は潰れるように横に圧縮する。何度も何度も圧縮を続けるその様子にプルートは完全に戸惑っていた。

 

《こんなことが…!このような力が…ッ!》

「───滅べ」

 

 目にも捉えきれないほどの大きさにまで圧縮されたプルートは、そのままこの世から微塵の欠片もなく姿を消していった。

 プルートを圧倒したヴァ―リに曹操は目を輝かせていた。強者との戦いの渇望…ここにいる一誠、ヴァ―リ、サイラオーグ、祐斗などはまさに彼が期待する男達であった。しかし相手は決まっていた。曹操と決着をつけたい想いがもっとも強い男…一誠が一歩前に出て最強の神滅具を持つ相手に睨みを利かせている。

 

「俺の相手は赤龍帝か。他はそれを察してまるで動かないときた」

「ああ、借りを返さないと気が済まなくてさ」

「おもしろい。あの時はトリアイナの弱点を突いてさし込ませてもらったが、今度は全力のキミと戦おうじゃないか。成れ、紅の鎧に」

「もちろん、そうさせてもらうさッ!いくぜ、ドライグッ!」

『応ッ!相手は最強の神滅具ッ!ここで倒さねば赤龍帝を名乗れんぞ、相棒ッ!』

「あったり前だろうがッ!」

 

 ドライグとのやりとりを機に、強烈な紅い光と強固な鎧が形成される。赤龍帝として、おっぱいドラゴンとして、子ども達のヒーローとして彼は負ける気が無かった。強いライバル、大切な仲間、愛する女性、そして命を託してくれた兄への想いが彼の実力をどこまでも引き上げていた。

 

(見ていてくれよ、兄貴ッ!)

 




オリ主いませんがクーフーとの決着はしっかりつける予定です。
次回あたりですかね…。


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第115話 最後の英雄派

クーフーとの勝負回です。こいつも一筋縄でいきません。


 最強の龍の力と「悪魔の駒」を8つ身体に宿した兵藤一誠と、最高峰の神滅具を持つ英雄派のリーダーである曹操の戦いは一言で表せないほどの苛烈さと凄みが感じられた。片や仲間と子ども達の期待を背負い、片や人間としての誇りと強者とのぶつかり合いへの昂り…互いに想いをぶつけ合うこの戦いは何人たりとも介入を許さなかった。

 皆がこの戦いに釘付けになっている中、もっとも視線を逸らすように思えない男が後ろを振り向く。

 

「…なんだ?」

 

 ヴァ―リの小さな呟きと同時に、彼の視線の遥か先で爆発が起こる。規模こそ小さいが、リアス達の注意が逸れたのは間違いなかった。

 すぐに小猫が耳を出して感知を始めると、目を細めた。彼女が感知した存在は何人かの悪魔とたったひとりの人間…。

 

「この感覚…ジークフリートと一緒にいた英雄派の幹部です」

「クー・フーリンの末裔ね」

 

 リアスは静かに顎を撫でながら気を引き締める。一誠が戻ってきたとはいえ戦いは終わっていない。テロリストがまだ暴れているのであれば、そちらの鎮圧に精を上げるのは当然のことだ。

 そんな中、祐斗が一歩前に出て進言する。

 

「僕が行きます。相手は手数の多さとスピードが武器でしたから、僕なら対応できます」

「わかったわ。小猫、あなたもお願い。敵の位置を把握しなきゃ」

「…わかりました」

 

 小猫は気合いを入れるように拳を強く合わせて短く答える。彼女が大一へ向ける感情はリアスも理解していたが、その確固たる信念を感じられる瞳には感心を抱かざるをえなかった。小猫は強い、一誠がいなくなったと思った時に腑抜けた自分と違って、その心の強さは頼りがいのあるものであった。

 しかし相手は英雄派の幹部。ひとりといえど、祐斗と小猫だけでは心もとなく感じた。リアスはもうひとり誰かに声をかけようと思案するが…。

 

「私も行きますわ」

「朱乃、あなたは…」

「大丈夫よ、リアス。いつまでも落ち込んでいては、それこそ大一に何を言われるものか分からないわ」

 

 肩を小さくすくめて朱乃は笑顔を見せる。その表情が無理をして強がっているものであることを見抜くのは、長年の付き合いであるリアスにとってたやすかった。同時に彼女がこの言葉を曲げようとしないことも理解していた。朱乃をこのまま行かせても不安は残るが、リアスとしても最も信頼できる相手に任せたいのも事実であった。

 

「…3人とも気をつけなさい。なにかあったら、すぐに連絡を」

 

────────────────────────────────────────────

 

 最前線を飛ぶ小猫は油断なく感知を行う。リアスから任された3人は、クーフーがいると思われる場所に向かっていた。相手は英雄派の幹部であったが、全員が各々の方法でパワーアップしていたグレモリー眷属だ。勢いも感じられる今、傍から見れば負ける気は微塵の欠片も感じられない。しかしそれは彼女らの精神的なものを考慮しない考え方であった。

 自分は幸運だ、小猫は感知を続けながらそんな言葉を哀しみという真逆の感情に包みながら考えていた。自分が初めて憧れと尊敬を抱いた男の死を知った時、ヘドロのように嫌悪的な感情が湧きだすのを感じていた。ようやく彼との関係性を望んだ方向へと向ける一歩を踏み出したというのに、その矢先に相手が死んだとなれば悲しまない方が不可能というものだ。

 しかしそれでも幸運なのだ。まだ深い仲でない関係性は、彼女にとって喪失感の悲しみよりも大一への敬愛と自立心を強めていた。心の中では禍の団への嫌悪と彼の仇討ちの闘志がメラメラと燃え盛っている。

 勝つことへの執念を感じるほどに、後ろを飛ぶ朱乃のことが気にかかった。大一との関係性は仲間も知るところであり、共に幾度も支え合ってきた仲なのだ。しかも一誠と違ってわずかに希望を抱いた矢先に、死の報告がなされたのだ。どれだけ凛々しく振る舞っても、彼女のことを知る人物であれば頭ごなしに安心できないのは当然だ。

 小猫自身、朱乃に匹敵するほど大一に入れこんでいれば同じような悲しみを抱えた可能性もあったのだ。それを考えるほど、自分は幸運だと思うしかなかった。ただ心残りは思いだす大一の表情ですら気難しい雰囲気であり、もっと頼れる笑顔を自分に向けて欲しいと思ったのだが。

 5分ほど飛び続けたところで、小猫が指をさす。そこにはひとりの男を複数の悪魔が取り囲むように倒れていた。

 

「いました」

 

 その合図と共に3人は降下し、地面へと着地する。彼女らの存在に気づいたクーフーは振り返ると、冷たい視線を向けた。

 

「ああ、貴殿らか」

「英雄派の幹部クーフー。こんなところで何をやっている?」

「答える意味があるか?」

 

 肩をすくめながらクーフーは答える。周囲に倒れている悪魔たちはいずれも中級クラスの魔力を有していた。さしずめ、ソーナたちと同様に避難活動をしていた際にクーフーと接敵して戦ったというところだろう。結果は明白であったが、彼らはまだ息があったのは幸いであった。

 倒れている悪魔たちに祐斗が声をかける。

 

「逃げてください。ここは僕らが請け負います」

「す、すまない…」

 

 言葉も短く、動ける悪魔たちは肩を貸し合ったりしてその場から去っていく。妙な動きを見せたらすぐに斬りかかろうと思い祐斗は剣を構えていたが、意外なことにクーフーは視線を向けるだけでまるで動こうとしなかった。去っていった悪魔たちはまるで眼中に無いかのような素振りだ。

 

「…英雄派もあなたと曹操だけだ。これ以上の抵抗は無意味だよ」

「ほう、ジャンヌもヘラクレスもゲオルクもやられたのか。…所詮、そんなものだったか」

 

 敵に向けた視線よりも冷たい口ぶりに祐斗は憤然とする。いくら敵であっても、まるで仲間と思わないその態度は情愛の深さと結束力が強みのグレモリー眷属からすれば、気持ちの良いものでは無かった。

 

「冷たいね。仲間をそんなふうに扱うなんて、英雄が聞いて呆れる」

「別にどう思われようと構わんさ。それでなにか変わるわけでもない」

 

 キッパリと言い放つクーフーは神器を取り出して、戦闘態勢に入る。

 

「さて、超獣鬼との戦いもあったから赤龍帝は戻ったのだろう。おそらく曹操と戦って、某には貴殿らというわけだ」

「悪いね。その戦いに水を差そうとは思わないんだ」

「どっちが勝とうがどうでもいいさ。どのみち、英雄派には戻れない。それならば某が…いや、俺がやることは今後のためにも目の前にいるお前らを叩きのめすだけか」

 

 クーフーの口調が僅かに変わる。これまでの武人的な要素は排除され、感じられる雰囲気は不気味なことこの上なかった。曹操やゲオルクのように上位神滅具を持っているわけでもない。他の幹部と同様に神器を使って敵と戦う、ただそれだけの相手で、実際に京都や疑似空間でその姿を見てきた。

 しかし今のクーフーはまるで人が変わったように、残虐性と狡猾さが見え隠れしている表情をしていた。これが彼の本性ということだろうか。

 これには祐斗達も警戒を強めて、戦闘態勢に入る。

 

「どちらにせよ、キミ一人に負けるつもりは無い」

「…私たちも全力でやるだけです」

「大一の仇はここで取らせてもらいますわ」

「ああ、俺だってたったひとりでお前らを相手にするなど、そこまで思い上がっていない。だから数だけでも合わせよう」

 

 そう言うとクーフーはどこからともなく魔法陣が描かれた紙きれを2枚取り出して放り投げる。するとそこから2匹の魔物が出現した。1匹は3メートル近くある筋骨隆々の体格に、両手には巨大な斧を持っている。頭は牛そっくりでその眼は祐斗達を見据えていた。もう1匹は横幅2メートルもある巨大な怪鳥であったが、その全身は骨で構成されておりところどころに苔が生えていた。いずれにしても見た目は不気味な上に、それに劣らぬほど強い魔力が祐斗達を不安にさせる。

 

「これで同数だ。言っておくが片手間で勝てるほど弱い魔物じゃない」

「まさかこんな手を残しているとは…」

「朱乃さん、祐斗先輩。ここは───」

 

 小猫がリアス達への連絡を提案する前に吹き飛ばされ、後ろのビル壁に叩きつけられる。凄まじい速度で怪鳥が突っ込んで小猫に突進したのだ。

 

「「小猫ちゃんッ!」」

 

 朱乃と祐斗の叫びが響くが、小猫はすぐに瓦礫を退かして額から流れる血を拭う。

 

「大丈夫です…この程度で…ッ!」

 

 小猫は突き刺すような鋭い視線を怪鳥に向けると、瓦礫を持ち上げて狙いを定める。そのまま投げつけた瓦礫は怪鳥に命中するが、わずかに怯んだ程度であまりダメージは感じられなかった。軽く舌打ちした小猫は猫又モードになると、そのまま空へと飛び立った。

 

「やれ、ミノタウロス!」

 

 小猫の行く末を見守っていた祐斗と朱乃に牛の頭をした魔物…ミノタウロスが大きく斧を振り下ろす。地面にも突き刺さる斧の威力だけでも、この魔物の腕力が察せられる。

 素早く左右に分かれて攻撃を避けると、祐斗は聖魔剣を創り、朱乃は手のひらに強い魔力を纏わせる。ミノタウロスは祐斗の方を向いて斧を押し込むように振ってきた。祐斗はそれを聖魔剣で防ぐと、朱乃はがら空きの背中を狙ってビームのように伸びる電撃を放った。

 しかしこの攻撃にクーフーが介入し、彼女の攻撃を盾で防いだ。これにより朱乃とクーフー、祐斗とミノタウロスの対決となる。

 

「魔力の攻撃ならこれで防げる」

「その神器の特性は聞いていますわ。あなたの戦法も。大一のためにも負けるつもりはありません」

「…だが、これは知らんだろう。禁手化!」

 

 クーフーの声と共に、彼の神器である「他属性槍」が光り輝く。短槍は縦に伸び、十字の切っ先の左右は斧のような曲線を描いた刃が展開され、先端の部分もひし形へと変化した。

 朱乃は驚愕の表情を浮かべるが、すぐに防御魔法陣を展開させる。これでもかなり魔力を込めたものであったが、クーフーの変形した槍の一振りはたやすく防御を打ち砕いた。

 すぐに後退して距離を取る朱乃は静かに自分の手のひらに視線を落とす。深い裂傷からは無残にも血が流れていた。

 

「魔法陣は破壊されたけど防ぎ切ったはず…」

「俺の新たな禁手『切り開く威風の斧槍(クリアル・マジェスティー・ジャベリン)』だ。生半可な防御で防げると思うな」

「それ以外にも効果があるのでしょう?」

「教えると思っているのなら、相当なバカだな」

 

 苛立ちながらクーフーが大きく下から斧槍を振り上げる。巨大な斬撃が衝撃波として朱乃に襲いかかってきた。魔法陣で防ごうにも、先ほどの二の舞どころか致命傷になりかねないと思われる。

 朱乃は向かってくる斬撃に匹敵するほどの大きさの雷光を撃ち出す。ぶつかり合う攻撃は巨大な爆風となって、周辺に煙を広げていった。

 互いに視界がぼやけるのを機に、朱乃はブレスレットを装着すると堕天使化を行った。敵の新たな禁手の特性を完全に理解できない上に、その攻撃力は今の自分に防げるものではない。そのため早々に決着を狙うが…。

 

「違うな」

 

 視界もおぼつかない戦塵の中で、クーフーのハッキリとよく通る声が響く。その一言に朱乃はびくりと身体を震わせると、間もなく神器で一気に接近してきたクーフーの斧槍の石突を腹部に入れこまれた。

 突然の不意打ちに朱乃は身体をくの字に曲げるが、すぐに喉を掴まれる。そのまま手近なビルへと彼女を投げ飛ばし、強引に身体を叩きつけた。

 朱乃は苦しそうにせき込みながら立ち上がる。足取りはいまいちおぼつかなく、覇気が感じられなかった。

 

「違う。疑似空間で俺に向けた雷光の時よりも間違いなく覇気がない。堕天使化ほどの強化した貴様が、今の俺の攻撃に対応できない…明らかに弱くなっているな、姫島朱乃」

「バカにしているの…!」

「油断はしていない。だからこそ気づいたんだ。他の英雄派の奴らは自分の力におごりすぎていた。曹操も含めてな。倒せるはずの相手を見逃し、余計な戦いを吹っ掛ける。挙句の果てには『魔人化』だ」

 

 小さく、しかし不満が全て込められたようなため息を吐きながらクーフーは据わった眼で朱乃を睨みつける。

 

「俺は違う。それ故にお前の微妙な違いに気づいた」

「…あなたの感じ方次第じゃない。私はテロリスト相手に屈しないッ!彼だってそうしたはずだもの!」

「…なるほど、兵藤大一か」

 

 鼻で笑うクーフーの姿に、朱乃は心を貫かれたような錯覚に陥った。痛くも痒くもないはずなのに、豊満な胸へと無意識に手を当てていた。

 

「この短い間に、何度か奴の名を口にしている。お前は全く無意識だったかもしれないがな。思えば疑似空間でも…恋仲だったか?」

「…だったらなんだというの」

「さあな。だがあの男は死んだ。弟を助けて己は犠牲となる。美しくも思えるが…奴が戻らないという結果は盤石となった。それを実感しながらも戦うのは、なんとも哀れなものか。」

「黙ってッ!」

 

 悲痛な叫びと共に朱乃が雷光を撃ち出すが、クーフーは盾で真正面からそれを防ぐ。魔力による攻撃を防ぐ盾であったが、本来の朱乃の実力であれば勢いで弾き飛ばすことや、盾の大きさを遥かに超えるような大規模な攻撃を撃ち出すこともできたはずであった。しかしそのひとひねりとも言えない攻撃は、今の彼女には出来なかった。

 

「朱乃さん、立ってくださいッ!このままじゃやられます!」

「大一先輩のためにも生きてください!」

 

 祐斗と小猫が必死に鼓舞しながら、それぞれの相手と戦う。ミノタウロスは祐斗から目を離さずに巨体に見合わない反射神経で彼を攻め立て、怪鳥の方は何度も小猫の仙術を交えた攻撃を受けてもすぐに起き上がりしつこく彼女を狙った。そのおかげで2人とも援護もままならない。

 クーフーは言葉通り油断しない男なのだろう。朱乃に付け入る隙を見つけた彼は、舌戦でも入念に彼女の心をえぐっていく。その証拠とばかりに朱乃は呼吸が荒くなり、その眼からはボロボロと涙がこぼれ落ちていく。もはや彼女の様子は、元来の美しさとも相まって一種の美術的作品のように絶望を表現していた。

 間もなく、クーフーの斧槍の突きが弾丸のように斬撃となって飛んでいく。それは彼女の堕天使の翼に小さな穴を開けて彼女を怯ませると、再び急接近して朱乃の腹部に強烈な蹴りを入れこみ、そのまま足で押し倒した。

 

「哀れだな、グレモリー眷属。本来の力を出せずに死ね」

 

 殺意を持って斧槍を振りかぶるクーフーに対して、朱乃はすっかり戦意を喪失していた。大一が生きている希望があった時は必至に戦った。ジークフリートにも、ジャンヌにも、彼が生きて戦っていると信じていたからだ。しかし一誠から真実を聞いたとき、自分の中で目に見えない何かが音を立てて崩れ去った気がしたのだ。その後、何度も自分を鼓舞した。仲間に心配をかけないように、その悲しみを押し殺すように、必死で戦う士気を上げようとした。

 それでもダメだった。いくら大一が選んだ道とはいえ、愛する存在が戻らないという現実に直面させられるとそれが毒のように心を悲しみで蝕む。一度は希望を抱いてしまったからこそ、この落差がさらに彼女を苦しめ心に穴を開けるどころか、心ごと砕き割るほどの喪失感に襲われた。

 そんな状態の彼女にはもはや反撃する余力は無かった。今はただ涙に濡れた眼で、相手の振り下ろそうとする刃を見ることしか出来なかった。

 

「…ごめんなさい、みんな」

 

 たった一言だ。己を救ってくれた親友、ようやく和解を果たした父親、信頼する仲間達への謝罪はクーフーにも聞こえない小さな声で呟いていた。絶望と謝意に満ち溢れた朱乃であったが、ここで死ぬことで彼に会えるかもしれないという暗い希望すら芽生えてしまっていた。間もなく彼女に斧槍の切っ先が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその切っ先は彼女に届かなかった。突然、クーフーが横に吹き飛んだのだ。クーフーはすぐに体勢を立て直すと、忌々しくその原因を睨みつける。視線を向けた相手は朱乃ではなく、倒れている彼女の前に立っていた。

 

『ごめん、遅くなった!』

 

 兵藤大一が息を切らして立っていた。

 




こういうベタな展開もいいと思うんですよ。


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第116話 帰還と再会

オリ主が戻ってきました。
でもただ復活というのも微妙ですよね。


 兵藤大一は死んだ、これが皆の共通認識であった。弟の一誠は彼から魔力と生命力を分け与えてもらい、ドライグは疑似空間の瓦礫に飲み込まれているのを確認している。彼が生き残っている確証になるものは少なくとも無かった。

 しかし姫島朱乃を助けたのは間違いなく彼であった。龍人状態によるはちきれんばかりの筋骨隆々な肉体、弟よりも黒寄りの茶髪から飛びでる牡牛のような角、口から覗かせる鋭い歯、彼の疲れながらもよく通る声とディオーグの低く威圧的な声が入り混じった様子…要するに兵藤大一がこの場にいたのだ。

 少々違う点と言えば、死に際の時と服装が異なっていることだけだ。擦り切れたズボンは制服のものだが、上に羽織っているのは病衣のようなもので右腕には真っ黒な手袋をはめている。

 クーフーは首を軽くかしげると、鋭い視線で大一を睨みつける。

 

「お前は死んだと思っていたが」

『死にかけた。でも生き残った』

 

 短く訂正した大一は2匹の魔物の魔力を感知すると、祐斗と小猫にハッキリと呼びかける。

 

『祐斗、小猫!おそらく、そいつらはいくら傷ついても向かってくる!頭を狙え!それで動きは止まるはずだ!』

「わ、わかりましたッ!」

「…了解ですッ!」

 

 大一の助言に2人が反応して、すぐに動きを変える。祐斗は龍騎士団を出してミノタウロスの視界を遮るとあっという間に後ろを取り、グラムを使ってその強靭な首を斬り落とす。小猫は突っ込んでくる怪鳥の攻撃を感知の範囲を広めることで寸前の場所で回避すると、頭とかかと落としで身体ごと地へと叩きつける。そのまま落下して拳を合わせたものに仙術を纏わせて頭をカチ割った。

 あっという間に魔物が討伐されたことに、クーフーはわずかに眉をピクリと動かす。そんな相手から視線を外さずに、大一は息を切らす朱乃に対して落ち着かせるような声色で話しかける。

 

『大丈夫だ。俺が相手する』

 

 朱乃はすっかり不意を突かれて何も言葉が発せられなかった。つい先ほどまで悲しみに暮れていたが、その要因が突如現れたことに混乱は隠せないのだ。

 大一は対峙する相手への警戒心を強める。持っている斧槍はもちろんのことだが、それ以上に彼の記憶にあるクーフーとは醸し出す雰囲気と表情がまるで違うことが不安を掻き立てる。

 

『さて初陣にしては手のかかる相手だな。厄介だ』

『関係ねえ!叩き潰してやるだけだ!』

『あくまで捕縛が目的だ。あいつにはいろいろ訊きたいことがあるからな』

「舐められたものだな。死に際のゾンビに負けるほど俺は甘くないぞ!」

 

 クーフーが一気に距離を詰めていくのに対して、大一も硬度と体重を上げて構える。クーフーの槍さばきは踊りのような華麗さは省かれ、敵を倒すという意思の下に苛烈極まりない勢いであった。

 大一は錨を使って、器用にその攻撃を捌いていく。防御魔法陣をも破る威力の斧槍であったが、彼の錨はまるで傷つくこともなかった。もっとも彼の表情は疑念と余裕の無さが前面に押し出され、その苦悩も口にする。

 

『くっそ…想像以上に強力だ』

「…俺としてはお前は期待外れだ。疑似空間で戦った時ほどではない。明らかに錨の動かし方がぎこちないな。それに受ける気がないのか?」

 

 クーフーの指摘は正しかった。どうも大一の捌き方は正面で受け止めるのではなく、必死で切っ先をずらすような印象を受けた。表情も相まって、彼が決して落ち着いた状態で対応できていないことがわかる。

 

「その原因は…これかッ!」

 

 クーフーは盾で大一の錨をはじくと、そのまま斧槍を下から振り上げて彼の右腕を狙う。いくら威力が上がっているとはいえ、防御に自信のある彼がこの攻撃を受けても、ジークフリートと戦った際の祐斗のようにはならない筈であった。

 しかし現実は大一の腕は二の腕の途中から斬り裂かれ、その腕は上空へと吹き飛んでいった。病衣の袖は裂け、腕は空中へと飛んでクーフーの後方へと落ちていく。

 

「「「…ッ!!」」」

 

 仲間達は大一の姿に息をのみ、叫びすら出なかった。斬り落とされた箇所からは出血がなく、それどころか綺麗に縫合されていた。彼の右腕は二の腕の途中からは存在しておらず、アンバランスな姿がそこにあったのだ。彼がはめていたと思われた黒い手袋は長く伸びており、彼の右腕のほとんどを形作っていた義手であった。

 

「腕を失い、義手で戦っていた。だから動きが不自然だったのか」

『…まあ、そうなるな』

 

 クーフーが侮蔑の視線を大一に向ける。甘く見られたものだと感じられた。彼がどういった経緯で腕を失ったのかは知らないが、そんな状態で勝てると思われたのは腹立たしい。同時に希望を抱いたグレモリー眷属が再び衝撃を受けているのを見るのは一種の否定的な愉快さを感じさせた。

 そんなクーフーを大一がどのように思ったのかは彼自身しか知らない。彼は特に気にしていない様子でクーフーへと問う。

 

『俺が弱くなったと思うか?』

「当然だ。お前のその姿には呆れすら覚える。もはや敗北は決定したようなものだろう?」

『俺はそう思わない。たしかに腕は失った。しかしそれは再び仲間に会うために、生きるために必要な犠牲だった。未練などはないよ』

 

 大一の信念を持った声に、クーフーは値踏みするような視線を向ける。彼の言葉通り命と天秤にかけた上での選択であれば、その右腕を失ったのは必然だろう。

 しかし大一の戦闘スタイルからすれば、錨に込める力や純粋な肉弾戦を行うためにも片腕を失ったのは間違いなく弱体化と言えるだろう。

 

「…だとしても、お前が弱くなったのには変わりない」

『それはどうだろうな。俺は腕の代わりを…いやそれ以上の存在を見つけたんだ。負けるつもりはさらさらないね。…お前、俺の腕が無くなったと思うなら見通しが甘いな』

 

 そう言った大一はほとんどの肉を失った右腕をクーフーへと向ける。するとズルズルと気味の悪い音を立てて再び黒い物体が縫合跡から生えだす。スライムのように柔軟に変化するその黒いなにかは、何度か音を立てると右腕を形作った。

 

『言っただろ、初陣だって。俺ら3人としてはな…行くぞ、シャドウ!』

『任せておけッ!』

 

 大一の掛け声と同時に甲高い声が黒い腕から発せられる。黒い手のひらには血走った眼玉がぎょろりとクーフーへと向けられた。

 この突然の復帰に、さすがのクーフーも目を見開いてわずかに怯んだ。その一瞬を見逃す大一達ではない。斬り落とされた黒い腕が蛇のように地を這うと、クーフーの視界外から彼の後ろ襟を掴み引っ張る。意外な襲撃にクーフーは大きく態勢を崩すと、そこに大一が接近していく。硬度と体重を上げた重い拳は相手の腹部に深く食い込み、苦しそうに口から息が吐きだされた。

 身体を曲げてよろめくクーフーに、大一が追撃をかける。錨を持つ黒影の右腕の手首から別の手のひらが出てきて相手を掴むと腕を伸ばしてビルへと叩きつけた。極め付きはダメ押しとして魔力を数発口から撃ち込んだ。

 ガラガラとビルの壁の一部が崩れる音を聞きながら、大一はクーフーを叩きつけて戦塵が舞っている箇所に目を凝らす。彼の肩から飛び出る目玉も共に目を凝らしていた。

 

『おいおい、英雄派って人間なんだろ?あれは死んだんじゃないのか?』

『人間でも神器と魔力でガチガチに鍛え上げているんだ。そう簡単には死なないはずだよ』

『そもそもあいつが本当にただの人間って奴なのかも怪しいもんだぜ』

 

 シャドウの問いに、大一とディオーグが答える。油断を許さない相手への不信感はこの戦いにおいてより確信めいたものになっていたため、警戒を強めてゆっくりと近づいていく。まるで反撃が来ないことが余計にも違和感を抱かせた。

 

『…逃げられたな』

『ウソッ!?あの状態から?』

 

 ディオーグの呟きにシャドウは驚きの声を上げる。この煙に紛れて逃げるのであれば、どうあがいても魔力なり生命力なりの感知で動きは気づくはずであった。それがディオーグからすれば魔力を感知したのと同時に、文字通りその場から消えてしまったらしい。

 しかしその理由がすぐに判明する。巨大な気味の悪い芋虫のような魔物が突進してきたのだ。大一はすぐに飛び上がって突進を回避すると、上空からその芋虫を睨みつける。

 

『なるほど、黒歌がやっていた場所を入れ替える転移魔法か。超獣鬼のせいでこの首都の結界が弱まっていたから出来たことなのか。…だとしても、ますますあいつが分からないな』

『さっさと潰すぞ。小僧、影野郎』

 

 大一は巨大な魔法陣を展開させると、再び硬度と体重を上げると以前のシャルバの魔物の時と同様に押し込み始める。

 しかし弾力性の高いぶよぶよの身体は押し込むのも難しく、反動で弾き飛ばされる。すぐに体勢を立て直して錨を構える。地を砕くかのような勢いで這いながら突進してくる魔物に対して、カウンターの要領で一撃を決めようとする大一であったが彼が錨を振ることは無かった。上空から落ちた強烈な雷光が魔物の身体全身を焼き尽くし、黒焦げにして絶命へと至らせた。

 息を切らせた朱乃が手を前に出していた。涙の痕をくっきりと美しい顔に残し、視線を大一へと向けていた。

 

「大一…」

「ただいま、朱乃。遅くなって悪かった」

 

 黒い腕がほとんどない右腕の付け根の中に吸い込まれ、龍人状態を解除した大一は朱乃の方へと向かっていく。彼女の方も弱々しくもしっかりとした足取りで彼の方へ向かおうとするが、祐斗がその行く手を阻むように手を出した。

 

「待ってください、朱乃さん。この人を…簡単に信用できません」

「でも彼は───」

「冷静になってください。今の彼は大一さんとは断定できないんですよ」

 

 祐斗は冷酷ながらも力強い視線を大一に向ける。一誠と違ってその存在には疑念まみれであった。彼のようにアジュカから生きているというお墨付きを受けてもいないだけではない。最大の要因は先ほどまで彼の右腕の代わりを成していたその黒い影の存在であった。もし祐斗の予測が正しければ、その神器の危険性は十分に理解しているのだから。

 祐斗の油断ならぬ雰囲気に大一は納得したように首を振る。

 

「いや当然の反応だ。しかしディオーグの時と同様に証明できる手段がない。俺の言葉は全部信用できないだろうからな」

「僕だってあなたが生きていると思いたい。それでも…それでも再びお前があの人を使うようなら、僕は容赦しない」

 

 哀しみと決意が砕かれて入り混じったようなその声で紡がれる言葉は、祐斗の心情そのままであった。

 しかしそこに息を切らして、猫耳を揺らしながら小猫が割り込む。

 

「祐斗先輩ッ!待ってください!」

「小猫ちゃん…」

「感知しているんですが、先輩の中にとてつもない龍の力とあの嫌な神器の感覚はあります。しかしそれらとは別に…たしかに先輩の魔力や生命力があるんです。つまり…つまり間違いなく…今いるのは…大一先輩です」

 

 小猫が絞り出すように声を紡ぐ。ボロボロと涙を流し嗚咽を漏らしていたのは、完全に確信したからだ。兵藤大一が生きていることを。

 彼女の言葉を聞いて、大一は胸を撫でおろす。実際、彼の反応は当然であった。これを機に祐斗も手を下ろして緊張の糸が切れたように大きく息を吐いており、朱乃の方は駆け寄って顔を涙に濡らしながら彼に抱きついた。

 

「おっとっと…朱乃、まず怪我の手当てをしなきゃ」

「いいの…そんなことよりも…あなたが生きていてくれたから…」

「心配かけてごめんな。もうどこにも行かないから」

「…約束して。ずっと一緒にいるって…」

「約束するよ」

 

 歓喜と安堵が入り混じっていた。一誠が戻ってきた時にリアスが抱いた感情を、あるいはそれ以上の強い激情を今たしかに感じていた。心から愛した相手が生きている、その事実は朱乃の枯れかけていた感情の泉に再びみずみずしさを与えていた。

 大一は左手で朱乃の頭を軽く撫でながら、小猫へと視線を向ける。

 

「ありがとう、小猫。本当に助かったよ」

「…私だって辛かったんです。でも今は…お帰りなさい、大一先輩」

「ああ、ただいま」

 

 小猫も静かに近づいて彼の胸にも届かない身長で頭だけを預けるように触れた。さすがに抱き合うといった行為は、まだ関係性を進展させていない彼女には憚られており、これが精いっぱいの安堵を示したものなのだろう。

 

「お前は良いのか、祐斗?」

「からかわないでくださいよ。それよりも…」

「いや、お前の考えは正しいよ。ただ説明するとなるとちょっと長くなるし、アザゼル辺りにも聞きたいことがあるんだ。だからまず3人にだけ紹介するよ」

 

 朱乃と小猫を優しく引き剥がすと、大一の右肩からぬるりと黒い影が伸びだし、血走った眼が3人を見渡していた。

 

「『犠牲の黒影(スケープゴート・シャドウ)』、俺の新たな神器だ」

『あー…久しぶりだな、グレモリー眷属』

 

────────────────────────────────────────────

 

 3人の案内の下でリアス達と合流した大一を待っていたのは、涙と歓喜の熱烈な歓迎であった。アーシアとイリナは人目も憚らずに滝のような涙を流しており、横に立つゼノヴィアはもらい泣きをしないように目を閉じて頷いていた。ロスヴァイセはさすがに一誠の時と違って腕が無いのを考慮してか質問攻めをするようなことはせずに、仲間の帰還に安堵していた。ギャスパーは気絶していたが、無事であることを知っただけでも大一としては安心であった。

 彼にとって予想していた以上の反応の連続であったが、ソーナや匙、サイラオーグ、ヴァ―リまでいるのはさすがに予想外であった。ソーナとサイラオーグは空気を読んで仲間達との再会を優先させ、匙の方は顔をくしゃくしゃにしながら涙をこらえている。唯一、ヴァ―リだけがニヤニヤと笑みを浮かべながら、視線を向けてくるのが気にかかった。おそらく、と言っても限りなく確定に近いだろうが、彼が強くなっていることに期待を抱いているのだろう。

 そんな中、リアスが大一に話しかける。

 

「イッセーと会って、あなたは死んだものだと思っていたわ」

「正直、俺自身も死んだと思いましたよ。まあ、紆余曲折ありまして生きていました」

「…いろいろ訊きたいことはあるけど、まずはお礼を言わなきゃね。ありがとう、私との約束を守ってくれて」

「あいつが帰っているということを知れただけで満足ですよ」

 

 答える大一はちらりとオーフィスに視線を向ける。ボケーっとした表情であったが、同時にその見透かすような視線はシャドウの存在を把握されているような気がして心臓が跳ね上がる気持ちであった。

 大一はリアス達にはシャドウのことを話さなかった。ここで話して面倒ごとになるのは避けたかった上に、この神器自体もこれ以上の紹介を望んでいなかった。先ほどの紹介の際に、朱乃、祐斗、小猫の露骨な敵意と不満の反応を見れば仕方のないことだと、大一自身も納得していたのだが。

 

(おい、エロ弟の戦いも終わったようだぞ)

(上々。それじゃ迎えに行くか)

『あれ?結局、どっちが勝ったの?』

(それは愚問というものだぞ、シャドウ)

 

 ディオーグからの報告を頼りに、大一は仲間達と共に弟の下へと向かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 兵藤一誠はすっかり疲れていた。サマエルの毒を使うという機転も合わせながら、ぎりぎりのところで曹操を打ち倒した。もっとも相手の神滅具が曹操の意志に反したこともあり、ゲオルクによって彼ら自身は逃げられてしまったのだが。

 そんな戦いの中で限界を迎えてドライグがしばらく眠ってしまったことには、少なからずの罪悪感と直前まで彼もいなくなるかもしれないという心配があった故の安堵の両方の感情で彼の心まで疲弊させた。

 今後も幾度となくこのような感情に襲われるのかもしれない、そう考えることを振り払えなかった。仲間達と再会して、愛する人とも出会い、どんどん実力をつけていき、ハーレム王になる夢も現在進行形で突っ走っている。前向きな感情とそれを裏付ける実績もあるため、悪魔として生きるにあたり期待を抱いて良いはずであった。

 しかし彼が望む将来に、兄である大一の姿は無かった。いくら自分が割り切って今後の生を全うしていくと決心しても、その中で彼がいないことに何度も直面することになるだろう。今は大丈夫であっても、その悲しみが甦る可能性も否定できない。もちろん、今悩んだことで仕方のないことも理解していた。

 そんな想いを抱きながら合流した仲間達と話す。今はとりあえずこの安息を守っていきたかった。ただし、その心配に沿ってか無意識に視線を下に向けていたのだが。

 

「お疲れ、一誠。なんとか勝てたみたいだな」

「ああ、本当になんとか───えっ!?」

 

 あまりにも聞き慣れた声がしたため、そのまま反応しかけるがすぐにおかしいことに気づくと顔を上げる。あまりにも勢いよく上げすぎて、傍から見れば首がもげるのではないかと疑われるほどであった。

 しかし一誠はそんなことを気にしていられなかった。彼の眼の前には死んだはずの兄がいたのだから。

 

「あ、兄貴…生きていたのかよ…!」

「今日だけで何度言われたか分からない言葉だな」

「だってよ…俺はさ…!」

「そんな顔するなよ。なんとかなったんだからいいじゃねえか」

「で、でも俺は兄貴に…!兄貴がさッ…!」

「いろいろ話すことはあるが、まずは互いに生き残ったことに安心だな」

 

 淡々とした様子の大一に、一誠は言葉を紡ぐことができなかった。ただひん曲がったような表情で、溢れそうな涙を堪えることしか出来なかった。しかしそれは胸が熱くなるようなもので、先ほどの疲弊した心とはまるでかけ離れたものであった。

 仲間がいる、愛する人がいる、互いに認め合うライバルがいる、そして兄がいる。この日、冥界の英雄と謳われる彼がもっとも心が安らいだ瞬間がそこにあった。

 




神器の件で以前、感想でこれに近いことに触れられた時は少しだけ肝を冷やす思いでした。
それはそれとして感想は励みになります。


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第117話 残片の中で

今回からまたもやオリジナルで、彼の帰還について書いていきます。と言っても、2話くらいで終わりそうです。


 冥界の魔獣騒動から幾日が過ぎた日のこと、アザゼルの表情は渋かった。オーフィスの件で手を回していたことで総督から更迭されたことはまだ想定の範囲内だ。むしろ命がけでもあったので結果的にはマシであったと言えるだろう。

 命がけであれば、むしろ兵藤兄弟の方がぎりぎりのところであった。アザゼルは事の顛末を聞いて驚愕と不信に陥っていた。オーフィス、グレートレッドという最強の龍すらも魅了し助力を得た一誠の生存は、これ以上の衝撃は無いだろうと思うほど驚き、同時に安堵した。しかし驚愕だけで言えば、それを超えるのが兄である大一の生存であった。ただし一誠と違って、安堵よりも不信感の方が強かったが。

 現在、部室ではほとんどのメンバーが大一に対して…正確には彼の中の存在に、不快と疑念の視線を向けていた。そうするだけの理由がリアス達にはあったのだから当然だろう。敵意を向けていないのは、当時はその場にいなかったイリナ、ロスヴァイセ、レイヴェル、オーフィスくらいであったが、ある程度の事情は聞いているせいか、本当に不信的な視線を向けなかったのはオーフィスだけかもしれない。

 大一は距離こそ取られていないものの、この類の視線を仲間から向けられて気まずい想いであった。話したのは最初に合流した3人だけであったが、時間が経てば仲間内であればその情報はあっさり洩れる。しかも魔獣騒動からすぐに別の都市で検査続きであったため、ようやく全員が集まれる時間が作れたと思ったらこのような状態なのだから、覚悟していても噛み切れない弾力のものを飲み込むような微妙な気持ちになった。

 そんな彼の右腕は本物と見分けがつかないほど精巧な義手が装着されていた。こんなものをあっさりと用意できるのだから、悪魔の技術力には頭が下がる。もっとも感覚は全く無いため動かすことに慣れなかった。

 大一の対面のソファに座るリアスが、目を細めたままに話を切り出した。

 

「…全員揃っているから、そろそろ真実を聞かせてもらいましょうか」

「あー…そうですね。一誠はどれくらい話したんだ?」

「俺はドライグから聞いたことだけだよ。だから兄貴がドライグと別れてからだ」

「そうか…うん…じゃあ、本題に入る前に───シャドウ」

 

 大一の呼びかけに応じるように彼の右肩から黒い靄のようなものが浮き出し、先端には気味の悪さを反映したかのような血走った眼が出てくる。

 

『自己紹介するまでもないけどなー…だってこいつら僕を知っているだろ?』

「頼むよ」

『…わかったよ。「犠牲の黒影」だ。久しぶりだな、アザゼルにグレモリー眷属』

「てめえ、どういうつもりで───!」

「一誠」

 

 一誠の感情的な怒号が出てきそうになったが、それを手を上げて制した。

 

「わかる。お前が何を言いたいのかも。というか、皆の言いたいことも。だからさ、まずは俺の話を聞いてからにしてくれないか?いいですよね、アザゼル先生?」

「…正直、俺も納得できないがな。まあ、こいつらよりは理性的なつもりだよ。そう言うことだ、お前ら」

 

 アザゼルが周囲の仲間達を軽く一瞥する。まずは話を聞く、こうならないことには判断も何も出来なかった。敵意を特に強く向けるリアスと一誠、心配の方が強い朱乃、アーシア、ギャスパー、妙な動きを警戒する祐斗とゼノヴィア、唯一彼の意識が明確だと断定できる小猫は不思議な表情をしており、当時を知る仲間達の反応は様々であった。

 ひとまず全員がアザゼルに従い、大一の口からここまでの経緯を話し始めた。

 

────────────────────────────────────────────

 

(死ぬつもりだった)

(だろうな)

 

 生気の無い表情で心の中でつぶやいた大一に、ディオーグが感情のこもっていない声で同意する。彼の身体は大量の瓦礫で作られた深い穴のような場所に倒れ込んでおり、穴の先には多くの光が輝くこの世のものとは思えない光景が覗き込んでいた。

 

(龍人状態で無いなら次元の狭間を生きられないと思っていた)

(運が良かったな。この疑似空間の大量の瓦礫に守られる形になって)

 

 崩れゆく瓦礫の中で力尽きて倒れ込んだ大一であったが、巡り巡って疑似空間の大量の破片が残っていた場所に偶然入り込んでしまったらしい。実際、今の彼がいるのは戦ったホテルの瓦礫が大量に見えていた。

 

(もっとも数時間もすればこの瓦礫の塊も、次元の狭間の流れで消えるだろう。その時が本当に死ぬ時だろうな)

(正直、覚悟を決めた時に死にたかったな…そっちの方が気が楽だし)

 

 荒い呼吸で大一は話す。傷だらけでろくに魔力も残っていないため、体全身が激痛と疲労で動かすことができなかった。おまけに右腕に関しては、ちょうど瓦礫に飲み込まれてしまいすっかり潰されていたので感覚すら無い。不幸中の幸いなのか、幸い中の不幸なのか、まるで分かったものではない。

 

(お前は最後の最後まで望み通りにいかねえな。まあ、俺との約束を守っただけ良しとしようか)

(約束?)

(最後にしっかり弟へのケジメをつけることだよ)

(ああ、そのことか…。そういえば一誠は無事だろうか?)

(別れる直前にあのガキの魔力と生命力を感じたし、グレートレッドの感覚もあった。問題ねえだろ)

 

 特に興味の無いようにディオーグは答える。馬こそ合わないが、最後の最後までこのドラゴンに付き合わせたことに、大一は申し訳なく感じた。それを見越したかのように、ディオーグはきっぱりと言い張る。

 

(おい、今度は俺に対して哀れみを感じているんじゃねえだろうな。だとしたら噛み切るぞ、小僧)

(だってさ、これからいろいろ出来たはずなのに…)

(てめえなんかに哀れまれる方が屈辱的だわ。そもそも自分の命をどう扱おうがてめえの勝手だろ。俺がどうこう言うものじゃねえ。まあ、最後が封印されていた時のような自由が無いというのは気分悪いが)

(同じじゃないさ。今度は俺もいる。終わりも見えている。話しながら最後を全うしよう)

(…フンッ!)

 

 ディオーグは少々呆れながら軽く鼻を鳴らす。それが今の大一には不快感なく感じる反応に見えた。もっとも彼自身、終わりが見えていることにどこか安堵にも似た感情を抱いているからかもしれないが。

 それに大一とて、ディオーグ同様に心残りが無いわけではない。ようやく肩の荷を下ろせた感覚なのに、ここで死ぬのは口惜しくも感じた。頭の中には多くの人物の顔が浮かぶ。約束を守った親友、心から惚れた女性、ようやく関係を見直せ始めた後輩、頼れる仲間達、信用してくれる両親、世話になった師匠と大人達、振り返ってみればいかに自分が助けられていたのか、愛されていたのかを実感する。ゆえにここで終わるのを寂しく思うのは当然であった。

 そんな彼が今できることは最後まで悔いを少しでも減らすことであった。後悔と罪悪感だらけの人生で、最後にこんなことを思いつくあたりが大一という人物を表しているだろう。

 

(ところで、ディオーグ。死ぬ前に解消したい悩みがあるんだよ)

(俺に言う理由があるか?)

(お前以外に話す相手いないし…。それでさ、身体は全身傷だらけの激痛が走る状態なんだけど、それとは別にこの頭の重い感じがまだ取れないんだ)

(…知ったことじゃねえし、どうにもできねえな。それを言ったら、俺はさっきから何かが隠れているのが気になる)

(なにか?)

(ああ。悪魔でも龍でもない。一番近いのは…あれだ。あの筋肉野郎が持っていた喋る神器というやつだ。巧妙な隠れ方だが、俺相手には無理だな。わざとこっちに姿を見せないようにしているのか、気分悪いんだよ)

(…ちなみにそれってどこにいる?)

(少し前方のお前の頭側)

 

 ディオーグの指摘された場所に目を凝らす。ただ瓦礫が無造作にはめ込まれているように見えたが、何を思ってか大一はそこに声をかけた。正体がわからなかったため、ぼかしたような言い方ではあったが。

 

「おい、そこにいるのは分かっているんだ。姿を現せ、この臆病者」

『…チッ!いつから気づいていた?』

「お前は…!?」

 

 瓦礫の隙間から黒い靄のようなスライムのような物体が流れ出し、軽く舌打ちしながら血走った眼を大一へと向ける。その存在を大一はよく知っていた。忘れようにも忘れられない。数か月前に彼を取り込み狂わせ、仲間達の命を奪いかけた神器「犠牲の黒影」であった。アザゼルによって止めを刺されたはずの存在がここにいるのは、不快よりも疑問という感情を優先させた。

 

「なんでお前がこんなところに!?」

『うるせー!お前らのせいで僕はボロボロだ!こんなところにも飛ばしやがって!』

「この状況については、俺は何もやっていない」

『逆にお前以外だれがいるってんだ!もう1回憑りついて絶望させてやろうか!』

「…止めた方がいいと思う」

『ほーう、強気な態度じゃないか!後悔するなよ、半悪魔が!』

 

 完全にキレていた意志のある神器は、大一目掛けて飛んでいく。彼の胸に目玉が気持ちの悪い音がするのと同時に、彼は頭の重さがいっそう強くなり吐き気を覚えた。同時に嘲笑に満ちた甲高い声が聞こえる。

 

『ハッハー!口だけだったな!このまま完全に───』

(なんだ、てめえは?)

 

 ディオーグの低い声がシャドウに問いかける。彼の声はハッキリと不快を表しており、同時に威嚇を目的にしているのを隠そうともしなかった。

 これにはシャドウも衝撃を受けたようで、大一の胸から黒い影が現れそこからギョロついた眼を彼に向ける。先ほどまでと変わらない見た目のはずなのに、その眼には衝撃と恐怖を感じて印象が変わっていた。

 

『ななななな、なんだってんだ!今の感覚!?お前、身体の中に化け物でも飼っているのか!?』

「まあ、たしかに化け物みたいに強いかもしれないけど…」

(誰が飼われているだ!思いだしたぞ!てめえ、前に小僧の方から俺の中に入り込もうとした奴だろ!その脆弱な精神ごと粉々に押しつぶしてやろうか!)

『お、お助けー!』

「なんだこの状況…というか、お前ディオーグとも話せるのか」

 

 涙目でじたばたと動くシャドウに、大一が話しかける。しかしこの神器はビビりすぎて彼の話をまるで聞いていなかった。シャドウが自分の胸から出てきてじたばたと動くのに対して、ディオーグはその態度が気に食わなかったのか、頭の中で何度も歯を鳴らすように声を荒げる。死に際の大一にはまるで平穏とは無縁の状態が続いたが、この一連の出来事のおかげでいくつかの問題に納得できた。

 

(…ああ、そういうことか。こいつ、グラシャラボラス領にいたんだ)

(なんでそんなことがわかる?)

(俺の頭が重かったのは、おそらくこいつが近くにいたからだよ。1度憑りつかれたから、俺の魔力とかその類のものをわずかに持って、こいつと繋がりみたいなのが出来たんだと思う)

(憶測が過ぎねえか?)

(こいつの支配から正常に生きて解き放たれたのって、俺以外にいないから憶測で話すしか無いんだよ。それにゲオルクが俺らだけを疑似空間に移動させた時、こいつが俺の魔力を持っていれば、巻き込まれたとしても不思議じゃないだろ?)

 

 特に言い返す必要を感じなかったのかディオーグは思案して黙り込み始める。一方で、大一は動きすぎてぐったりとしていたシャドウに再び声をかけた。

 

「お前、どうしてグラシャラボラス領にいたんだ?というか、どうやって生き残ったんだ?」

『なんでだぁ?そもそも僕があんな攻撃で死ぬか!ギリギリのところで分裂して、逃げてやったわ!

 それにグラシャラボラス領というが、遥か昔にあの家系の下僕悪魔に憑りついていたことがあって、あの辺りは僕の隠れ家のひとつだっただけだ。それをお前らが…あー、ちくしょおっ!』

 

 再び感情が昂ったシャドウは、この狭い瓦礫に囲まれた空間を駄々っ子のようにじたばたと動く。少なくともこの神器を止められるほどの体力はまるで残っていなかったため、大一は黙ってこの状況を見守ることに徹していた。ディオーグも何かを考えているのか、はたまた興味が無くなったのか、何も言わなかった。

 数分後、口でもあれば息が切れていそうな状態でシャドウはぐったりとしていた。

 

『くっそ…屈辱的だぁ…!こんな終わり方をするなんて…!』

「お前、この世を混乱に貶めてきたのに、よくそんなこと言えるな」

『うるせー!僕としては野望さえ果たせばいいんだよ!』

「野望ね…そういえば、俺に憑りついた時に何度か野望がどうのって言ってたらしいな。そこまで成し遂げたい野望ってなんだよ?」

『お前なんかに教えないよーだ!』

(さっさと話せ)

『はい、わかりました』

「お前、ディオーグに従順すぎるだろ…」

 

 この短時間に構築された力関係には呆れしか感じられなかったが、それを追求しても意味はなさなかった。

 シャドウは少し面倒そうに、同時に憂いのこもった声で話し始める。

 

『野望って言っても大したもんじゃないよ。天界に復讐したかっただけさ』

「さらっと穏やかじゃない発言をしているな。何がそんなに気に食わない?」

『…そりゃ、僕という存在を生みだしたことにさ。あのね、僕が好きでこんな特性を得たと思うか?得た生物は死ぬか、狂うかの2択なんてどんな頭おかしいギャンブラーでもやりたがらないだろう。こんなの創り出した神のミスだろうよ。僕だって神器である以上、特別な存在なはずなのに…。当然、この特性が判明したら多くの奴らが僕を排除しようと躍起になったさ。

 でもね、僕はその時にはすでに何十人と憑りついており、感情というものを持ってしまったんだ。消えたくないと思うのは当然だろう』

 

 そこで言葉を切るシャドウは、物思いにふけるように疲れた眼をしていた。忌々しい眼のはずなのに、そこに映る憂いはこの神器の壮絶な経験を物語っていた。この存在が全てを騙し、憑りつき、混乱を巻き起こすのも、彼の憎しみをぶつけるためなのだろうか。

 この神器の狡猾さは理解している。この話も真実とは限らない。それでも大一は同情を湧いているのを実感した。むしろそれ以上に…

 

『お前らなんかにわかるか?どんなに誰かのためになろうとも、その存在自体が許されないんだ』

「…わかってやれないな。しかしお前のやって来たことは───」

『許されるものじゃないとかって言うんだろ?そんなのとっくの昔に気づいている。でも僕は───』

(おい、てめえら。そんなつまんねえ話をまだ続ける気か)

 

 呆れ半分、苛立ち半分にディオーグが話の流れを止める。さすがにこの行為には大一はもちろんのこと、シャドウも相応の不満を感じたようだ。

 

(ディオーグ、お前はもうちょっと人の話を聞くことが大切だな)

『ちょっと…どころじゃないくらい今のは気分悪いんだけど。だいたい話せって言ったのそっちじゃないか』

(知るか。身の上話なんぞ、後でいくらでもやればいいだろ。せっかく俺ら全員が動けば、ここから脱出できるかもしれねえのによ)

 

 ディオーグの言葉に、大一もシャドウも押し黙る。彼が考えていた時間とそれによって得た答えは、シャドウの話を止めるのに十分な理由を有していた。

 




さあ、それぞれ何を考えているのやら…。


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第118話 未知の相手

ちょっと長くなりましたが、半分にしても微妙なので今回はこのまま行きます。
オリ主はシャドウのことを理解する…。


(この状況から脱出…つまり生きてここを出られるってことなんだろう?)

(それ以外の意味に聞こえたんなら、お前は頭打っておかしくなったんだろうな)

(…野暮な質問だったな。どうすればいい?)

 

 大一は緊張感を抱きながら問う。この瓦礫の塊がどこまで持つか分からない以上、その可能性はすぐにでも実行しなければならなかった。一方でシャドウは押し黙ったまま、このやり取りをただ聞いているだけであった。

 

(俺はかつて強引にこの時空の狭間に来たことがあるんだ。つまり逆に元の世界の入り口も感知できる)

(それはお前のパワーがあってこそだろう?)

(強引に入るならな。俺の感知能力を舐めるな。集中すればほんのわずかな魔力を入れて錨を振ることで、裂け目を入れられる場所は見つけられる。前に俺がお前に対して黒猫の結界を破った時とやり方は同じだ)

 

 大一は夏休みの際に冥界で黒歌と美猴が襲撃したことを思いだす。あの時は黒歌が結界を張っていたが、ディオーグに指示された箇所に魔力を通した錨で振ると、そこに裂け目が表れて中に入ることが出来たのだ。

 

(しかしなけなしの魔力では…)

(錨を出して、先端に込めるくらいは残っているだろ)

(それが限界だ。そもそもここから動けない)

(そこでこの影野郎の出番だ)

 

 ディオーグの指摘で、大一はようやく納得する。魔力を必要としないこの神器の特性であれば、彼の身体を支えて錨も持たせたうえで、空間の裂け目を作る動きをサポートできるだろう。

 

(そうなれば、問題はこの右腕か。いくらシャドウに支えられても、この瓦礫を退かすのは無理…いやそもそも完全に潰れているんだ。錨でひっかけて斬り落とすしかないな)

(飲み込みがいいじゃねえか、小僧)

(生き残れる可能性が出来たんだ。なんだってやるさ)

 

 意図しない汗をかきながら、大一は答える。いつもの自分であれば躊躇もするだろうが、諦めかけていた命を長らえる可能性を思えば、覚悟が決まるのも早かった。それとも一誠への罪悪感を払拭したからだろうか。いずれにせよ、今の大一の決死は強固な岩石のごとく固く、大きな運命を必死に手繰り寄せようとしていた。

 

『待て待て待て!そんな馬鹿げた方法があるか!出来るはずないよ!』

 

 しかし覚悟を決めていた大一とディオーグに水を差すように、シャドウが呆れを含んだ声でこの案を否定する。

 

(んだと、このヘタレ影野郎が!ここを出られるんだから、てめえもさっさと協力しやがれ!)

『だからそれが無理だって!あんた、僕の特性を知らないからそんなことが言えるんだ!』

(憑りついた奴の精神狂わせるとかだろ。その程度、どうってことねえんだよ!)

『やっぱりわかっていない!今は不完全な状態で憑りついているから無事だが、正式に僕を神器とすればドス黒い感情に塗りつぶされるんだ!正式な神器の持ち主となるのは、あんたじゃなくてこの男なんだぞ!無理に決まっている!』

(さっきから言い訳ばかり並べやがって…てめえはやらない理由だけを見つける才能しかねえのか!ウダウダと、まるで───)

「待ってくれ、ディオーグ」

 

 頭の中でも会話できるのに、大一は口に出してディオーグを制した。その声は死のリミットが近づいているとは思えないほど落ち着いており、どこか懐かしむような感情が感じられていた。

 

「感知の方を頼む。シャドウとは俺が話す」

(…さっさとしろよ)

 

 何かを察した様子のディオーグが引っ込むのを感じると、大一は目の前にいる不全感たっぷりのシャドウへと視線を向けた。

 

「シャドウ、頼む。力を貸してくれ」

『だから無茶だって!こんな方法が上手くいくわけない!』

「心配なのはわかるよ」

『心配なんてものじゃない!まず不可能なんだよ!そんなわかったような口を───』

「お前の壮絶な人生全てをわかってあげられないが、今抱いている心配はわかる。お前が自信を持てないことは」

 

 この言葉がスイッチであったかのように甲高い声を荒げていたシャドウはピタリと黙り込む。まるでいきなり殴られでもして面食らったかのような反応であった。

 

『…僕に自信が無い?何を根拠にそんなことを言う?』

「お前がさっき自分の経緯を話した時…俺にはどうも他人事とは思えなかった。どれだけ努力しても、どれだけ必死になっても、まるで上手くいかないんだ。あの時に感じる無力感、劣等感、悔しさ…ドス黒い感情は経験しないと本当の意味で理解できない。俺がそんな経験をしたのは、憑りついたお前が一番わかっていると思うが」

『…ッ!』

 

 シャドウが言葉を切った瞬間、眼の血走りが激しくなる。とてつもなく力が入った視線を向ける中、その眼玉から大粒の涙がこぼれ始める。まるでダムが決壊したかのように、その涙はぼたぼたととめどなく溢れていくのであった。

 

『悪いかよ…!僕は怖いんだよ…!神器として何もできないことがわかっているんだ…!どれだけ想いがあっても、誰も僕を使えない…!この無力感が…苦しくて…苦しくて…!』

 

 幾度も思ってきたことであった。感情を持った神器として、何度も特別な存在として扱われたい、所有者を見つけて共にその名を轟かせたい、そんな野心的でありながら有り触れた内容のものを夢に抱いてきた。

 しかしその狂わせる特性上、何度もそれが不可能であることを思い知らされた。何度もあらゆる陣営から抹消されかけた。その度に地獄を見てきた神器はいつしか自分を狙ってきた存在への復讐を決意していた。それこそ彼が本当に望んだ道とすり替えるようにして。

 そしてこの野望も長年果たしえないことを自覚すると、その無力感はさらに肥大化していった。それでも必死に存在するしかなかった。もはやこの神器が世界に引き起こした害悪は数えきれないほどあり、引き返すこと等は出来なかったのだから。

 

『…だから…だから仕方のないことだろうが!自信の無いことが悪いことかよ!』

「…悪くないよ。誰だってそう思ってしまうのは仕方ないことだ。しかしこのままではお前はずっと苦しんだままだ。そんな状態でずっと生き続ける…それがどれだけ過酷なものかが分からないお前じゃないだろう?」

『じゃあ、どうしろってんだよ!僕にそれを解決する手立てがあると思っているのか!?それにお前と僕は決定的に違うことがある!僕は…ひとりだ…!』

「俺がいる」

 

 聞き逃すはずもない短い言葉に一瞬、時間が止まったような錯覚を覚えた。シャドウにとって目を背けながらも、身についた意志の奥底で何度も渇望した言葉をこの絶望的な状況で投げかけられたのだ。

 

『…ぼ、僕はお前を狂わせようとした』

「わかっている」

『お前の仲間も…冥界も…混乱と絶望に陥れた』

「これからそれ以上の人を救っていけばいい」

『僕は存在しても、神器としては欠陥品だ!』

「お前が必要な存在であることの証明に、俺がなって見せる」

 

 次々と出てくる反論に大一は淡々と答える。今までのシャドウであればこれがウソであると頭ごなしに考えていた。しかし一度憑りついたこと、彼との繋がりによる感情の変化、それらがこの言葉の真実性を裏付けていた。

 もはやどうすればいいのか分からないシャドウであったが、ついには吹っ切れたように声を荒げる。

 

『…ああ、ちくしょう!だったら、約束通り耐えてみやがれ!』

「よし、来い!」

 

 シャドウの血走った眼が、再び大一の胸に入り込む。その瞬間に、彼の頭を、全身を、心をドス黒い感情が駆け巡った。圧倒的な力を得た弟への嫉妬、仲間達の期待に応えられているのかという不安、鍛えても思うように強くなれない焦燥、両親や炎駒に対して応えられなかった負い目…かつても味わった負の感情が山の噴火のように噴き出し、彼の中を怒涛の勢いで襲っていく。意識は薄れていき、負の感情に溺れていく…。

 しかし大一は力強く歯を食いしばった。頭の中ではそのような暗い思考が巡っているのと同時に、命を懸けてでも守った弟や大切な仲間達、自分を尊重してくれた両親や師匠などの大人たち、そして心から惚れた女性の顔が浮かんでいた。

 

「…ここから出るんだよ…!生きて…みんなに会うんだろうがッ!」

 

 自身を鼓舞するかのように、大一は叫ぶ。息は非情に苦しそうな様子で、眼にはこれでもかというほど力が入っていた。その必死な様子は、傍から見れば決して健康的には思えなかった。

 そんな彼にディオーグが冷静に問う。

 

(…終わったか?)

「…おうよ!」

 

 言い切った大一の瞳は奥に炎が灯っているかのように輝いていた。この様子に大一もディオーグもわずかに微笑み、シャドウは衝撃に塗れていた。

 

『し、信じられない…!僕を完全に所有して意識を保つなんて…!』

「1回喰らって耐性がついたのかもな。だが余裕があるわけじゃない…さっさとここから出るぞ!『金剛の魔生錨』!」

 

 大一が声を上げると彼の手元に重そうな錨が現れる。握ることは出来るが、それを自力で持つことは不可能であった。

 しかし今は彼だけではない。彼の腕を覆うように黒い影が走り、錨を握る手をしっかりと固めた。そして左腕を動かすと、自身の右腕の二の腕の真ん中あたりに枝分かれしている部分をひっかける。

 

「シャドウ、斬り落とした後にこの部分も覆って止血してくれ。あと口元に影を厚く棒状に用意してくれ。それ噛んで歯を食いしばる」

『おいおい、無理するなよ…』

「無理しなきゃ、ここを出られねえよ」

 

 片から伸びた黒い影を大一はしっかりと噛む。汗に濡れた彼の顔はこの危機的状況と今まさに起ころうとすることの惨状を物語っていた。一瞬、すっかり潰れている右腕を斬り落とすも躊躇ったのは、人として当然のことだろう。

 それを察したディオーグが頭の中で大声で叫ぶ。

 

(俺は最強の龍として再び君臨する!)

(なんだよ、いきなり?)

(てめえが右腕に未練残すのは無理もねえ。だがそれ以上に今は生きることが必要だ。ならば、デカい目標でも掲げて生きることに意義を見つけろ。影野郎、てめえもだ)

『ぼ、僕も…?ええと…こ、今度こそ神器として多くの勢力に僕の必要性を証明する!』

(小僧は?)

(俺か…)

 

 大一の頭の中では様々な想いが飛び交う。悪魔になったのも、その後も戦い続けた理由もどこか後ろ向きな理由である彼はすぐには思いつかなかった。一誠のようなハーレム王を目指すわけでもなく、リアスのような悪魔としての実績も気にしていない。それでも彼なりに多くの経験を経て、多くの苦しみを見てきた。愛する人たちの悲しみの過去、京都では立場が違う故の妖怪の苦悩、この場ではシャドウという神器の絶望…それら全てに直面した大一の心苦しさは何度も経験して気持ちの良いものでは無かった。

 何度も疲れた彼の心は、気づけば言葉として口に出ていた。

 

「…冥界を俺の手で変えてみる。少しでもその悲しみが減るようにさ」

(気持ち悪いな)

「うるせえな。俺だって悩み続けることに疲れる時はあるんだよ。少しでも解消したいんだ」

『いやいや、僕は嫌いじゃないよ。大一らしくて』

(…まあ、いいさ。つまるところ、俺らが目指すもののためには名を上げなければならない。そのためにも───)

「(『まずはここから脱出する!』)」

 

 3人の決意が重なった時、大一は再び黒い影で食いしばり、同時にその右腕を斬り落とした。激痛どころか、灼熱に焼かれたような感覚が彼の右腕を襲い、食いしばる口にも力が入る。声にならない悲鳴を上げるが、それでも何とか意識を保つことが出来た。苦しそうに腕を見ると、血は流れておらず黒い影がしっかりと止血している。

 

(まずひとつめだ。小僧は気絶するなよ。影野郎は、こいつを立たせて俺の指示した場所まで移動させろ)

『わ、わかった!大一、動かすけど気をしっかり持てよ』

「た、頼む…!」

 

 口から影を取った彼の声はあまりにも小さかったが、同時に盤石な意志の強さを感じさせた。シャドウはディオーグの指示通りの場所に大一を移動させた。と言っても、ほんの数歩だけ歩かせたにすぎないが、今の彼にとってはそれすらも重労働であった。

 

(その左上の辺りから魔力を流した錨を下に向けて振れ。もう少し上…そこだな)

 

 大一が錨の先端に魔力を込めて、シャドウが彼の左腕をディオーグの指示通りに動かす。すると音もなく、何も無いはずの空の場所から布を切ったような裂け目が表れる。それを目にした時に、感情が昂るのを感じた。

 

(言っておくが、どこに繋がっているのかまではわからん)

『ええ!?じゃあ、人気のないところに出るかもしれないってことじゃないか!』

(うるせえ!今の小僧の体力で開けそうな空間の裂け目の直近がここしかなかったんだよ!)

『そんな無責任な…』

「…とにかく行こう。ダメな時は…その時だ」

 

 シャドウが脚を動かして、大一を裂け目の中に進ませる。ほんの数時間しかいなかったこの次元の狭間での出来事は、大一にとって濃い人生の一端となっていた。

 間もなく彼は柔らかい地面へと足をつける。みずみずしい草が生い茂って自然のカーペットとなっており、周囲は木々が生い茂っていた。空は暗いものの、どこか冥界を思い出させるような雰囲気であった。

 この静かな場所にシャドウは絶望的な叫びをあげる。

 

『さ、最悪だー!本当に人気のない場所に降り立ってしまった!』

(この匂い、この感覚…この独特な魔力は…)

「…ごめん、もう無理だ…」

 

 叫ぶシャドウと思案するディオーグに大一は力なく倒れる。シャドウやディオーグが目を覚ますように声を出すが、それは彼の耳に届くことは無かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 目が覚めると見慣れない天井が視界に入った。木造のようだが、綺麗に整えられている。大一は自分がどうなったのかを思いだそうとしたが、酷い頭痛がして考えるのをすぐにでも放棄したかった。頭を抑えるように手を動かそうとするが、彼の右腕はすでに無く、手は頭に届くことは無かった。同時に右腕の奇妙さに気づく。二の腕の途中から丁寧に縫合されていた。

 大一は首をひねると、自分の現状がいかに変化しているのかに気づく。柔らかいベッドに横たわっており、温かい毛布が彼の身体を包んでいた。彼が寝ていた部屋もシックな印象を受ける木造のもので、品の良さを感じさせられる。一方で部屋の中央に置かれているテーブルには可愛らしい手芸作品と怪しげな植物が混在しており、混沌の雰囲気を醸し出していた。

 

「どこだ、ここは…?」

『よかったな、大一!目が覚めてよー!』

 

 突然の歓喜の声に大一はびくりと身体を震わせる。左肩から黒い影に血走った眼が安心したように彼を見ていた。

 

「シャドウ…俺はどうなったんだ?」

『次元の狭間から出てきてから、ぶっ倒れていたところを助けてくれた奴がいてよ。彼女が治療してくれたおかげで一命を取りとめたんだぜ。あっ、ディオーグは眠っているっぽいよ』

「そうか…ということは、ここは病院か何かか?」

 

 大一が疑問を口にすると、扉がゆっくりと開かれる。てっきりシャドウの言う恩人が入ってくると思っていたが、現れた相手は手にお盆を持った骸骨であった。しかもひとりでに歩いている。

 あまりにも衝撃を受けすぎて大一は声も出なかった。しかしすぐに意識を取り戻すと、彼は骸骨に話しかける。

 

「え、えっと…あなたが助けてくれたということで…?」

 

 紅茶の乗った盆をテーブルに置いた骸骨は、大一へと視線を向けるとケタケタと笑いだす。声も出ていないため骨が当たって笑っているように見えるだけなのだが。あまりの薄気味悪さに、大一はごまかすように乾いた笑いをこぼした。

 

「なにをやっているのよ、気持ち悪い」

 

 冷めた声でひとりの女性が入ってくる。黒めのワンピースに水色のケープが印象的な服装で、透き通るような青い瞳に短い金髪には軽いパーマがかかっている。年齢は同じくらいのように思える美人ではあったが、吊り上がった眼は少しきつい印象を抱かせた。

 さすがに彼女が本当の意味で助けてくれたのだろうと察した大一は、再び誤魔化すかのように礼を言う。

 

「あー…あなたが助けてくれたんですよね?ありがとうございます」

「その神器がうるさかったからね。声が聞こえて向かってみたら、あなたが倒れていたのよ」

「そうか…シャドウもありがとな」

『やめろよ、照れくさい』

 

 大一は自分が生きているのを実感した。しかも彼女の反応を見る限り、神器を知っているということはどこかの組織に属していると考えていいだろう。彼女の素性をどこまで聞けばいいか迷う大一であったが、彼女はきびきびと話す。

 

「私はアリッサ。この辺りで医者をやっているわ。兵藤大一、最近世間を賑わせている若手悪魔の眷属ね。その神器から話は聞いたわ。あっ、お代はけっこうよ。あなたの身体から血液を抜かせてもらったからね。半龍に珍しい神器を持ったこの血は、サンプルとして面白いわ。命に別状は無いし、その神器から了解は得ているから」

「は、はあ…そうですか」

 

 ズバズバと話を進める彼女に、大一はすっかり面食らう。この強引な雰囲気はどこかリアスを思い出させるものであったが、アリッサは特に気にしたようでもなく骸骨が運んできた紅茶のカップを持ちながら、テーブルに置かれているラジオのつまみをいじっていた。

 

「あなた、どこから来たの?」

「…いちおう冥界から。話せば長くなるしややこしいですが」

「ふーん…まあ、根掘り葉掘りは聞かないけど」

「ここは冥界じゃないんですか?」

「違うわね。名前はあるようで無いような…一部の者から『異界の地』なんて呼ばれているらしいけど」

 

 特に興味の無さそうにアリッサの答えに、大一は首をひねる。まったく聞き覚えの無い土地の名前に、どの勢力かも分からない以上はどこまで話していいものかが分からなかった。

 そんな中、彼の頭の中で聞き慣れた低い声が響く。

 

(んあ…起きたか、小僧)

(ディオーグか?お前も大丈夫そうだな)

(お前が数日間寝ていたおかげで、暇だったがな)

(…え?)

 

 ディオーグの指摘に、大一は慌て始める。てっきり次元の狭間から抜け出してすぐのことだと思っていたが、ディオーグの話ではすでに数日が経過していたようだ。

 焦燥にかられる大一であったが、アリッサはまるで気にしていない。むしろなかなか付かないラジオへの不満の方が大きかったようだ。

 

「あーもう!冥界の妙な魔獣のおかげで受信もできやしないわ。まったく誰がこんなことをしたんだか…」

「冥界までの行き方を教えてくれませんか?」

「…あんた行くつもりなの?その身体で?」

 

 呆れたようにアリッサは大一に問う。たしかに彼は数日寝込んでおり、その身体にも未だに包帯が巻かれている。一目で健康だと思う者は誰もいないだろう。

 

「俺は行かなければならないんです」

「よくもまあ、医者の目の前でそんなことを臆することもなく堂々と言えるわ。まだ完全に回復していない状態で、はいどうぞと私が送り出すと思っているの?」

 

 苛立った様子のアリッサが指を鳴らすと、どこからともなく骸骨や人形が現れて脅すように刀剣類の武器を向けてきた。全員に魔力の類を感じ、その精密なコントロールに舌を巻く想いであった。ただの医者ではない、これだけでも彼は確信した。

 それでもこのまま休んでいるわけにもいかない。魔獣の件についてはシャルバの仕業であることがわかっているし、リアス達がこの騒動に手をこまねいているとは思えない。大一はベッドから降りると、目の前の骸骨たちに睨みを利かせる。

 

「だったら…押し通るだけです」

「そこまでやる理由がわからないわね」

「冥界には俺の大切な人達がいる。行くのはそれだけで十分ですよ」

 

 大一の言葉に、アリッサは目を細める。彼女の心情を読み取ることは出来なかった。西洋人形のような整ったその顔には、感情というものを一切捨て去ったような印象すら抱かせるのであった。

 やがて彼女の方が小さく口を開く。

 

「つまり無理ってことね…わかったわ。あなたを冥界に連れて行ってあげる」

 

 その言葉と同時に骸骨と人形は武器を下げる。大一も安心した様子で、彼女に大きく頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

「でも条件があるわ。まずあなた自身が回復すること。今から持ってくる食料を全部食べて、私の薬を打たせてもらうわ。それでとりあえず大丈夫でしょう。あとその報酬がてらに血液を注射一本分追加。あと冥界と言っても広いわ。魔法陣を使うんだけど、私有地は入れない。だから騒動の中心で結界が弱まっている首都リリス辺りになりそうだけど、それでもいい?」

「わ、わかりました。とにかくお願いします」

「…交渉成立。あなた達、食料持ってきなさい。その間に、私は転移部屋で準備しているから」

 

 アリッサがまたもや指を鳴らすと、骸骨と人形たちが一斉に動き出す。彼らが出て行った後に、アリッサも部屋から出て行き先ほどまでのごちゃごちゃとした雰囲気はあっという間に消えていった。

 

「…しかし至れり尽くせりすぎるな」

(何者なんだ、あの女?)

『ちょっと怪しい気もするけど…ま、まずはラッキーってことにしておかない?』

 

 間もなく骸骨たちが大量に運んできた食料を大一が片っ端から口に入れることになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、大量の食糧を無理やり飲み込んだ大一は残った左腕で腹をさすっていた。アリッサから消化を助ける薬も併せて飲んだことで全部平らげたが、それでもまだ重い感覚が残っている気分であった。もっともディオーグは久しぶりに大量に食べられたことに満足していたが。

 

「さて、魔法陣の準備を出来たし…ほら、腕を出しなさい。まずはあんたの血を貰うわ」

「え、ええ」

 

 アリッサは大一が差し出した腕に手際よく注射を指すと血液を抜く。時間が惜しい現状では、彼女の手際の良さは素晴らしく、炎駒に勧められて毎年採血を受けていた大一から見ても、その腕の良さに感嘆した。

 

「それであとは薬の方を注射っと…よし、これで完璧」

 

 連続で注射を行った後、大一の身体はかなり軽くなったような気がした。頭痛や疲労は鳴りを収めており、すっかり健康体になったようであった。

 包帯を外している大一を見ながら、アリッサは忠告する。

 

「いちおう大丈夫だと思うけど、戻ったら早めに病院に行くことね。あと服は上の方はもうボロボロで捨てたから、その寝間着上げるわ。転移はこの魔法陣の中央で魔力を流せば発動する。首都リリスからこっちに来ることは出来ないから、忘れ物はしないでよ」

「なにからなにまで本当にありがとうございます」

「…あのさ、敬語止めてくれない。我慢していたけどさ、私よりも遥かにガタイの大きい男が丁寧にしているの気持ち悪いんだけど」

「え、えーと、わかった」

『酷い言われよう…』

 

 ポツリと呟くシャドウを、アリッサは無視して大一を促す。もはや彼女の興味はどこか別のところにあるように思えた。

 大一は魔法陣の中央へと進み、改めてアリッサへと視線を向ける。

 

「いつかしっかりお礼をするよ」

「いらないわよ。私は私で勝手にやるから」

「それってどういう───」

「さっさと行きなさい。あなたの大切な人達がいるんでしょう」

「あ、ああ…。とにかく本当にありがとう!」

 

 このやり取りを最後に魔法陣が光りだし、大一の姿はその場から消えていった。一仕事を終えたアリッサはグーっと体を伸ばすと、骸骨たちに片づけを命じる。残った彼女は特に誰に言うでもなくポツリと呟く。

 

「さて、私の望む方向に転んでくれればいいけど」

 




新キャラは今後の展開にも関わってきます。恋愛関係にするつもりはありません。
名前は某映画のヒロインのをもじっています。ヒントは「本当に申し訳ない」です。


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第119話 安心と不安

今回が12巻分のラストになります。


「そうやって首都にたどり着きました。ディオーグが朱乃達を感知したと言うので急いで行ってみたら、クーフーと戦っていたのでそこで合流したんです」

 

 大一が話をまとめると、アザゼルは困り顔で顎を掻く。

 

「つまり紆余曲折あって、『犠牲の黒影』と協力して次元の狭間から脱出し、行き倒れていたところをそのアリッサという女に助けられて、冥界に送ってもらった…短くまとめるとこれでいいんだな?」

「ええ、そういうことです」

「まーた、イッセーとは別方向で壮絶なことになっているな、お前は…」

 

 最高峰の龍から力を得た一誠も信じられなかったが、兄の大一も同様に豪運と覚悟で乗り切ったのは脱帽であった。

 だがこの説明でリアス達はあまり納得したような表情をしなかった。その原因はやはり「犠牲の黒影」が大一の神器として存在していることだろう。この不満を直接言葉にしたのは一誠であった。

 

「それで…兄貴はそいつを信じたのかよ」

「ああ、そうだ。こいつに助けられたからな」

「俺は納得できねえよ。兄貴をあんなに酷い目にあわせた奴だぜ。どれだけやっても手放しで信じることは出来ない」

「…お前がそんなふうに俺を心配してくれたことは嬉しいよ。でもこいつには、そうやって心配してくれるような奴がいなかったんだ。扱える俺が心配をするくらいはいいだろ?

 アザゼル先生、実際のところはどうですか?」

 

 シャドウの件については、大一も仲間に受け入れてもらうのは難しいのは承知のうえであった。仲間の思いを理解しているからこそ、粉骨砕身に説明をしても彼の心配と神器への敵意で納得を得られないのは当然であった。

 それを理解していたからこそ、アザゼルの同席を望んだ。神器の理解が深く、オーフィスを呼び込んだ彼であるのならば、メンバーの中で唯一納得を得られると踏んでいた。

 そして事実、全員の視線がアザゼルに向かっている。大一に振られたアザゼルは軽く目を閉じて思案すると、間もなく彼らしくない厳かな声で話す。

 

「…俺個人の見解を言わせてもらうなら、神出鬼没のこの神器は出来る限り、管理下に置いておきたい。そして今の話を踏まえれば、お前がそいつをコントロールできるのなら…今の戦力が必要な状況では大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

「ただ忘れるなよ。こいつの犯してきた混乱は、本当に多かったんだ。少しでもこいつのせいで何かが起こるのであれば…」

「俺含めて責任を取ります」

 

 きっぱりと言い放つ大一に迷いは感じられない。全員が納得してこそいないが、この場で決着をつけるのは不可能だろう。全員がわかっていたことだからこそ、この場では当事者である大一と立場的な面でアザゼルが尊重された。

 

「…保留だな、この件は。ただせめて黒影の口から俺らに協力する理由を聞いておきたい気もするが…」

『ええ~。僕としては大一の神器として生きるだけだが…まあ、あえて言うなら禍の団が僕を尊重してくれるとは思えないからね。それなら僕を使える相棒と一緒にいる方がいいだろ?』

「…まあ、神器の気持ちっていうのならそういうことになるのかね」

『ちょっとは分かっているな。さすがにこの使えない悪魔どもよりも理解あるわ~!』

「な、なんだと、この残虐神器!兄貴が許しているからって俺は許していないからな!」

「…引きちぎってやりましょうか。どうせ再生するんですから」

「修理したデュランダルの錆にしてやってもいいぞ…!」

『やれるものならやってみろ!今の僕は負ける気しねえぞ!』

「バカ!止めろよ、シャドウ!」

 

 シャドウの煽りに、一誠、小猫、ゼノヴィアがギラギラと苛立ちを見せ、それを祐斗、ギャスパー、アーシアが後ろから抑える。大一の方も伸びているシャドウを抑えるように手を当てた。緊迫していた空気が打って変わり、すっかり弦が弛んだような緩さが割り込んできた。

 やれやれといった様子でリアスは手を額に当てるが、同時に大一への不安が少し拭えたことに安堵するのであった。

 これを機にアザゼルは話題を転換する。中級悪魔の昇格試験の結果だ。

 

「まず、木場。合格!おめでとう、今日から中級悪魔だ。正式な授与式は後日連絡があるだろう。とりあえず、書類の面だ」

「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

「次に朱乃。お前も合格。中級悪魔だな。一足早くバラキエルに話したんだが、伝えた瞬間に男泣きしたぞ」

「…もう、父さまったら。ありがとうございますわ、お受け致します」

 

 祐斗は穏やかに、朱乃は赤面しながらアザゼルから合格通知を受け取る。これには仲間達も祝い、特にリアスも大一も心の中でガッツポーズを取る想いであった。

 一方で、一誠は緊張を募らせる。実技はともかく、筆記の方は彼にとってそこまでの自信が無かったようだが…。

 

「最後にイッセー。お前も合格だ。おめでとさん、中級悪魔の赤龍帝が誕生だ」

「や、やったぁぁぁあああ!今日から俺も中級悪魔だ!やったー!マジうれしいっス!」

 

 両手を上げて大声を上げる一誠にアーシア達が祝福する。その光景に大一は胸を撫でおろす思いであった。

 

(あー、よかった。祐斗や朱乃は間違いなく大丈夫だと思ったけど、あいつはどこか不安なところがあったからな)

『中級…ふん、さっさとあんな奴を追い越してやろうぜ。僕らの方が強くなるさ』

(勝手な基準で計られて嬉しいものかは疑問だが…まあ、影野郎の考えには賛成だ)

(はいはい、頑張ろうな)

 

 野心をたぎらせる同居人を抑えながら、大一は答える。もっともそのくらいの気持ちは必要にも思えた。アザゼルの話では、一誠の復活劇がすでに悪魔の上層部にも伝わっており、そのおかげで現魔王反対派の中には畏怖している者もいる。一誠の強者を引き寄せる力はもはや不可能なことを探す方が難しいだろう。

 こんな弟を超えようと思うのならば、ディオーグやシャドウ並みの野心は必要に思えてしまう。

 大一が考えを巡らせている中、一誠がひとつ気になることを問う。

 

「あの、先生、『禍の団』…英雄派のその後の動きはどうなんですか?」

「ハーデスや旧魔王派の横槍もあってか、正規のメンバーの中枢がやられたからな。奴ら英雄派が行っていた各勢力の重要拠点への襲撃も止んだよ。お前らのおかげで正規メンバーを何名か生きたまま捕えることもできたし、いま締め上げていろいろ尋問しているところだ。曹操たち神滅具所有者は…ろくなことにはなっていないだろうな」

 

 アザゼルは何とも言えない表情で答える。魔人化という手段により、強力な回復手段を受け付けなくなった英雄派の末路は厳しいものがあるだろう。また曹操、ゲオルク、レオナルドの神滅具所有者は天界の方のシステムで、神器が未だにどこかにあるのは確認されているため奪われた可能性も否定できないようであった。

 そんな中、祐斗が大一へと目を向ける。

 

「そういえば、大一さん。クーフーが召喚した魔物の弱点がどうしてわかったんですか?」

「ああ、それなんだがな…疑似空間でシャルバ・ベルゼブブが召喚した魔物の魔力の流れがまったく同じだったんだよ。ちょっと奇妙なほどにな」

「ああ、あのドデカい虫のキメラみたいなやつか」

 

 納得するように頷く一誠であったが、一方でリアスは眉をピクリと動かす。

 

「ちょっと待って?だとすれば、クーフーはシャルバに支援をしていたということ?」

「そればかりはなんとも…」

「うーん、あいつの消息はこっちでも掴めていないんだよな。そもそもいくら冥界が混乱状態だからって、魔法陣であっという間に逃げるのも奇妙だが…」

「魔法陣と言えば、先生。もうひとつお聞きしたいのですが、『異界の地』って知っていますか?」

「お前が次元の狭間から出た時に、たどり着いた場所だな。あるにはあるが、おとぎ話みたいな場所だよ。行き場所が無くなった者が、気がついたらたどり着く場所と噂されている」

「えらく伝聞的な言い方ですね」

「実際、どこにあるかまで把握されていない伝説の地みたいなものだからな。と言っても、ヴァ―リチームが探したことのある伝説、逸話の類であまり戦力的な面で注目されないような地だ。あんまり気にしすぎるなよ」

「そうですか…」

 

 大一がアザゼルの同席を望んだのは、自分を助けてくれたアリッサの住む「異界の地」と呼ばれる場所のことを知りたかったのもあった。どうもこの話だけでは、ヴァ―リチームに聞いた方が望みの回答を得られそうであったが、彼自身なぜあの地に興味を抱いたのかは説明できなかった。

 大一が思案する一方で、アザゼルは皆に声をかける。

 

「クーフーの方も同様だな。あいつが英雄派の残党をまとめ上げる可能性はあるが、曹操ほどではない。奴らの最大の失点はお前らに手を出したことだな。見ろ、奴らを返り討ちにしやがった。成長率が桁違いのお前らを相手にしたのが英雄派の間違いだ。触らぬ神に祟りなしってな。あ、この場合は触らぬ悪魔に祟りなし、かな?」

「腫れ物のように言わないでくださいよ!俺たちからしてみれば襲いかかってきたから応戦していただけです!なあ、皆!」

 

 一誠の問いに同意するように仲間達が呼応する。実際のところ、彼らの戦績は目を見張るものがあるのだから当然の反応と言えるだろう。もっとも不安材料はあった。英雄派が奪ったオーフィスの力、いまだに勢力として残っている禍の団と油断はならない。それでも一誠と大一が戻り、見事に英雄派の核を倒したことで間違いなく彼らの勢いはついていた。

 その様子を見ながら、シャドウは大一の中で呆れたように言葉を紡ぐ。

 

『ケッ!そんな言い草じゃ、いつか足元救われるんだよ。なあ、大一?』

(…あっ、ごめん。聞いていなかった)

『おいおい、勘弁してくれよ。それともやっぱり大一も、仲間達の余裕に賛成か?』

(うーん…まあ、ほどほどに慢心しないようにというところだな。少なくとも、俺はあいつらほど強くないから、余裕もないよ)

『よしよし、キミからそういう言葉を聞けて僕は満足だ』

(うるせーぞ、影野郎。考え事している時に口を挟むな。潰すぞ)

『も、申し訳ない…!』

 

 びくびくしながら反応するシャドウに、大一は苦笑いをする。ディオーグを取り込んだときにも思ったが、ひとりで平穏に過ごせる日はこないだろう。しかしそれは悔やむことでは無く、また一歩前に進んだことと新たな仲間が出来たことに喜ぶものであった。

 一方で、リアスはよく通る声で話し始める。挙げた手は3本の指が立てられていた。

 

「いつ来るかわからないものに対する備えも大事だけれど、私の当面の目的は3点ね」

 

 1点目が神滅具所有者のゲオルクを一方的に蹂躙したギャスパーの謎の力、2点目は魔法使いとの契約の件である。いずれにしても無視できるものではなく、吸血鬼の名家とのコンタクトを取ったり、魔法使いの情報を仕入れたりと準備を進めている。そして彼女にとって重要な3点目は…

 

「ところでイッセー。試験前に約束したこと覚えているかしら?それが私の当面の目的の最後の1点なのだけれど?」

「今度の休日、デートしましょう」

「ええ、楽しみにしているわ、愛しのイッセー」

 

 リアスも年相応の少女、その想いはしっかりと惚れた相手に伝わっており、同時にその相手である一誠も少し照れくさそうに答えた。てっきりそのまま2人だけの空間が作られるかと思われたが、ゼノヴィアやイリナ、アーシアなどもデートを求める。祐斗やアザゼルなどもふざけてこの乗りに参加し、オカルト研究部は笑いとツッコミに溢れていった。

 

『大一は参加しなくていいのか?』

「弟相手にギャグでも言いたくないな。せっかくあいつへの罪悪感も払拭したし、俺は俺なりにやっていくよ」

 

 大一は肩をすくめると、一誠を見る。仲間達に慕われる弟の姿を見れば、自分の選択は間違いでなかったと確信するのだ。同時に今度は必ず弟を追い越して前に立つという気持ちが湧き上がってくるのを感じた。もっとも今の彼にはそれ以上に気になることがあるのだが…。

 再び、思考の渦に飛び込もうとしていた彼であったが、いつの間にか隣にいた朱乃から声をかけられる。彼女は義手となった右腕を触っていた。

 

「…感触は無いのよね」

「まあ、こればかりはしかたないよ」

「わかっている。あなたが戻ってきたんですもの。私も前を向かなくちゃ…だから、私達もデートしましょう。リアス達に負けていられないわ」

「デートはいいが、リアスさんに対抗意識燃やさなくても…」

「私らしいでしょう?なんだったら、ベッドの上でもいいですわ」

 

 にっこりと微笑む朱乃に、大一は苦笑い気味で受け答える。その掴みどころのない雰囲気は、大一が心から惚れた女性であり愛し合える関係を続けられるのが心から嬉しかった。そこに割り込むように小猫が入ってくる。

 

「…私だって先輩とデートしたいです。今度はしっかりと約束だってしたんですから」

「あらあら、大一ったら後輩までたぶらかすなんて」

「朱乃さんには…負けません」

「ぼ、僕はまた先輩とトレーニングしたいです。また鍛えてください」

「私もいっぱい魔法を覚えましたからね。また教えますよ」

 

 小猫に続いて、ギャスパーやロスヴァイセも会話に加わり、部室はガヤガヤと騒がしくなる。仲間達の笑顔、今後への意気込み、改めて自分は生きて帰ってきたと実感し、心が熱くなるのを感じるのであった。

 これほど幸せな空間なはずなのに、大一の心から不安が完全に払拭できないのは、先ほども話題に上がった男…クーフーの存在であった。首都リリスで、彼の神器と錨がぶつかっていた際、わずかであるがこれまで感じなかった魔力の違和感があったのだ。この場で彼への言及がほとんど無かったのは、彼の不安の芽を結果的に育てることになった。

 しかし同時に腑に落ちたこともある。京都から帰ってきた際に、ディオーグが大一に対してはぐらかすような態度を取ったのは、おそらく彼がクーフーについて同じように違和感を抱いたかもしれないということであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ある日、大きなフロアではソファに男性が座って読書に耽っていた。190㎝はあろうかという高身長がスーツ姿によく似合っており、ふさふさの黒髪や思慮深い表情は洗練された中年の紳士という印象を与えた。彼に見合うように部屋の内装は品の良い家具が揃っているが、不揃いな大きさがちぐはぐな印象を与える。

 そんな部屋の扉をひとりの青年が荒々しく開ける。黒髪と白髪が同じくらいの割合で交じっており、ギラギラと鋭い眼は苛立ちを表していた。身体には包帯が巻かれており、強烈な怪我をうかがわせた。男は入るなり、行動同様に荒い口調で悪態をつく。

 

「ああ、くそっ!グレモリー眷属どもめ!いつか絶対潰してやる!」

「穏やかじゃないな。傷が開くぞ」

「いつまでも寝ているわけにはいかないんだよ」

 

 本から視線を外さない紳士の忠告に、包帯を巻いた男…クーフーは苛立ちながら答える。英雄派の幹部としての武人的な佇まいはまるで見られず、荒々しさと狡猾さが表情に表れていた。

 

「あんたが貸してくれた魔物どもがいなければ厳しかったな。だがシャルバにも渡したのを含めて、全部使いきってしまった」

「構わんよ。どうせ邪龍どもが復活するまでの繋ぎだ。切り札の2匹は残っているしな」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 クーフーはソファに勢いよく腰掛けると、紳士が用意してくれた紅茶を飲む。温かい飲み物というだけで芯から安堵した。

 対面に座る紳士は本を閉じると、クーフーにハッキリとした視線を向ける。

 

「しかしまあ…長い期間の英雄派の潜伏、ご苦労だったな」

「その言い方は好かないな。あいつらが本当の意味で英雄と足りえる存在なら、もっと力を貸していたさ。旧魔王派にも言えるが、結局は期待外れだったわけだ」

「だがわざわざ本物のクーフーを殺して、成りすましていたんだろう?」

「クーフーリンの末裔と言っても、悪魔などとは無縁かつ人との繋がりも絶っていたような男だ。そもそも神器を持っていたようなことにも、気づいていなかった。仮に英雄派が先にあの男を見つけても、神器を利用されて終わっていただろうよ」

「つまり結末は変わらなかったと」

 

 紳士の問いに、当然ともいうようにクーフーに成りすましていた男は頷く。ポットから2杯目の紅茶を補充した彼は、今度はすぐには飲まずにその温かさを肌で感じていた。

 

「とにかくキミが戻ってきたことで、我々も本腰を入れて動くことになるわけだ」

「他の奴らは?」

「吸血鬼の領地でボスの護衛、魔法使いどもとの話し合い、かく乱のために過激派の唆し…それとユーグリットが動くと打診が来たが…」

 

 紳士は迷うような表情で話すが、男の方は特に気にする様子もなくあくびを噛み殺しながら答える。退屈というわけではない。すでに彼の頭の中では、どう動くかが決められていただけだ。

 

「こっちからも誰か出せばいいんだろ?ギガンに任せよう。俺の方もちょっと気になることがあるしな」

「ふむ…私も教会の奴らを調べてみよう。出来れば神滅具の在処も知りたいが…」

「無理だと思うぜ。英雄派の拠点に曹操どもはいなかったし、どうも攫われたようなんだ。帝釈天辺りがきな臭いかな。

まあ、神滅具は上手くいけば程度のものだし、英雄派に行ったのもボスの命令だからな」

「そうだったな。まあ、無理はしないでおこう」

 

 紅茶を飲み終えた紳士は見惚れそうになる優雅な動作で部屋を立ち去る。実力を知っているがゆえに、その後ろ姿には無意識に笑みが浮かんでしまうのであった。ここにいないメンバーも含めて、協力者の存在に男は頼もしく感じる。このメンバーがいれば、グレモリー眷属はおろか3大勢力にも負ける気はしなかった。

 しかしそれでも彼にとって大きな懸念すべき存在はいる。直接的に関係するかどうかは未知数だが、彼にとっては十分な理由があったのだ。

 

「ディオーグか…」

 




原作を読んで「禍の団」はもっと強くてもいいんじゃない?と思って、追加した軍団です。
ただシリアス展開多かったので、しばらくは違う方面の話を書いていきたいと思います。またアンケートやろうかな…。


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イッセーSOS
第120話 騒々しい朝


オリ主の現状整理です。久しぶりにわちゃわちゃした雰囲気を書いた気がします。


 休日の早朝、大一は静かに息を吐く。場所は家からの魔法陣で向かえるグレモリー領の地下フィールド。いつもの朝のトレーニング場所とは異なるだけでなく、たったひとりで立っていた。約20メートル先にはトレーニング用の動く的がある。普段はギャスパーが神器で動きを止めるものだが…。

 

「…よし」

 

 大一は義手を外すと、そこから黒い影を発生させる。影はタコのような触手を複数本形成すると、的に向かって突き進んでいった。計10個ある的に黒い影が次々と命中し見事に動きを捕えると、そのまま引き寄せて的を足元に置いていった。どれも捕らえただけなので傷などはついていない。

 大一は軽く息を切らしながら、右腕から伸びる黒い腕を見る。

 

「8本でこの長さ…実戦で使えそうなのはこれが限界だな」

 

 先日、次元の狭間から生きて脱出した際に大一が仲間とした神器、「犠牲の黒影」の使い心地はお世辞にも良いとは言えなかった。魔力を使わないとは言え、下手に範囲を広げると心持ちが悪くなる。限界を超えると、以前のように意識を失うこともあるようだ。併せて、この伸ばした影に魔力を込めるのが上手くいかずに、硬度や重さを上げることが出来なかった。

 つまり今の大一は鍛え上げた体の一部を切り捨て、代わりにまるで違う技術を要する能力を手に入れたことになる。一誠と違い、単純に強くなったと言えないこの状況がもどかしかった。もっとも彼の場合もドライグが眠りについているため、今はいつものように鎧姿で戦えなかったのだが。

大一としては、これまでとは違った戦い方を模索しなければならないため、不安を強く感じた。

 もちろん、弱音を吐いていられない。実力がものを言う悪魔の世界では、このまま立ち止まるわけにいかなかった。

 もっとも彼の場合、その悪魔の世界にも属していると断言できなかった。大一は弟に「悪魔の駒」を移しており、一誠の方が先にリアスの元に馳せ参じていたため、彼女が持つ「兵士」の駒は8つとも一誠が宿していた。つまり今の大一は厳密に言えば、誰の眷属でもないどころか転生悪魔とも言えない存在になっていた。すでに炎駒やアザゼルに相談しているが、解決の糸口は見つかっていなかった。

 それでも強くなることを無視できない。禍の団やクーフーへの懸念がある上に、このような立場になってもリアス達と共に戦う自覚のあるのだから。

 その後も彼は朝のトレーニングをこの能力と向き合うことに費やした。

 

────────────────────────────────────────────

 

「早く慣れなくちゃな…」

『おいおい、まだこんな早朝からのトレーニングやっているのか?』

 

 1時間ほど筋トレと影の使い方に時間を割いた大一の右肩から、黒い影が伸びて血走った眼玉が姿を見せる。

 

「別にいいだろ?お前を扱えるようになりたいしな」

『前に憑りついた時にキミの記憶を見たけどさ、ちょっとは休んでもいいと思うぜ?あんだけトレーニングしているのに、割に合わない印象だよ』

「それはちょっと違うな。俺はこれだけやって、あいつらと並べるんだよ。割に合うどうこうじゃないんだ」

『そんなものかねえ…』

 

 露骨な不満を隠そうともしないシャドウに、大一は困ったような苦笑いを浮かべる。シャドウは基本的に大一やディオーグ以外に対して、お世辞にも友好的ではなかった。特に神器としての苦労を経験したため、天使や堕天使関連者への嫌悪感はひときわ話したがらなかった。逆に言葉を発すれば、悪態や煽りも出てくるため、これを戒めるのにも苦労した。友好的なアーシアやイリナにすら、そういった態度を取るためこの神器の憎しみの根深さが察せられる。

 もっともアザゼルに関してはむしろ研究させろと何度も迫ってくるため、シャドウの方に同情したくらいであった。

 そこに重低音の声が頭の中に響く。

 

(うーん、味噌汁の香り…肉と野菜に味が染みたのもあるな。これは煮物だな。しかもあの女の煮物だ)

(ああ、ディオーグも起きたのか。おはよう)

『というか、よく朝食のメニューがわかるね』

(俺は鼻も効くのさ。おっと、卵に出汁も入った匂いがするぞ)

『…匂いって嗅ぎ分けられるものなのか?』

(普通は無理だろうけど、ディオーグだしな…)

(うるせえぞ、ガキども。とにかく飯だ!さっさと行け!)

 

 大一は首をひねりながら、義手を着け直してフィールドを後にする。脳内でまったく別の人格が話し合いを始めることもざらであった。

 要するにディオーグとシャドウの関係性についても、大一は不安を抱えていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 早朝のトレーニングを終えた大一はシャワーを浴び、家族や仲間と共に朝食を取る。休日ゆえにのんびりと緩慢な動きをするメンバーも多く、一誠辺りは眠そうに目をこすっていた。

 食卓には朝にしては手の込んだ和食が並べられており、どれも香りから空腹を刺激するものであった。大一としてはディオーグがものの見事にメニューを当てたことに、思わず苦笑いが出てしまったが。

 それにしてもこの食事風景は慣れ親しんだものであるはずだが、死にかけた経験のおかげで今の大一にとってはより温かみのある光景になっていた。仲間がいる、家族がいる、それを実感するほどに、胸に熱いものが込み上げてくるのだ。

 本来ならば、涙のひとつやふたつが出てもおかしくないが…

 

(うーん、黒髪女の煮物が一番いいな。あとはパーティとやらの味の濃い食い物だ)

『僕は洋食派だな。日本で活動していた回数って少ないから、スープとか肉の方が好みだよ』

(影小僧、お前は俺と舌が合うかもしれねえ。てめえが食ってきたものを教えやがれ)

『さすがに写真もないから難しいな…』

 

 頭の中でディオーグとシャドウが会話する。神器なのに食べることが出来るのには疑問を感じたが、意識することで憑りついた相手が感じる味、触感、風味はわかるらしい。もちろん食事を取る必要は無いのだが、長年の逃亡生活をするために学んだようだ。

 一方でディオーグも何度も食事を取っていくにつれて、いっちょ前に知識を身につけたようで、最近はまだ見ぬ食べ物への情報収集をやりたがった。おそらく戦い以外で彼が活き活きとするのは食事に関することだろう。

 こんなことが毎度の食事風景であれば、大一としてもゆったりとした食事は出来なかった。もっとも原因はそれだけじゃない。これ以上に厄介なことがあるのだ。

 父が味噌汁をすすり、安心の表情でアーシアに目を向ける。

 

「いやあ、アーシアさんも腕を上げたな」

「い、いえ!私なんてリアスお姉様に比べればまだまだです…」

「あら、謙遜しなくていいのに。私もお父様の言う通りだと思うわ。ねえ、イッセー?」

「俺もそう思うよ。アーシアの味、すごく好みだ」

 

 リアスと一誠の言葉に顔を真っ赤にしてアーシアが照れる。この光景に、両親は和やかな視線を向けた。2人とも息子の一誠がリアスと付き合っていることは知っているが、娘同然のアーシアにも幸せになって欲しかった。いざとなれば重婚の方法まで探ろうとするほど、とんでもない寛容性(?)を見せる両親であり、大一もそれはよく理解している。

 しかしこの場で彼はそれを関心の外に置いていた。指摘してツッコミを入れる余裕は無かったのだ。というのも…

 

「あっ、大一。お醤油取ってくれない?」

「…え?ごめん、なんか言った?」

「お醤油を取って欲しいんだけど」

「ああ、はいはい」

 

 母の言葉に、大一は慎重に箸を置いて彼の右側にある醤油さしを掴む。少し不器用に持ち上げた彼はそのまま腕を伸ばして母に渡した。

 

「ありがとう」

 

 簡単にお礼を言った母に大一は胸を撫でおろす思いであった。食事に余裕のない最大の理由は、この腕のせいであった。今の大一の右腕には本物と変わらない見た目の義手が備え付けられている。どこからどう見ても人間の腕であり、感触も平常時の人肌と変わらない。ぱっと見は完璧な義手であった。

 しかし本物の腕では無いのだから感覚もない。長年使ってきた腕では無いのだから、扱うのにも神経を集中させなければならない。この新たな義手の扱いには苦労していた。ましてや彼の場合は利き手が右であったため、箸やペンの扱いなど細かい作業もしなければならない。

 両親や友人の前で右腕を失ったことを、告白できればどれだけ楽だろうか。しかしそれは同時に悪魔の真実を話すことでもあるため、そもそも選択肢に上がるものでは無かった。ましてや大一はこれ以上の心労を両親にかけることなど言語道断なのだ。一誠と共に死にかけたことは記憶操作のおかげで大事には至っていないが、それでも後ろめたさは感じている。

 

「おいおい、大一。顔が険しいぞ」

「えっ!?ああ、ごめんごめん。考え事をしていた」

 

 父の指摘に大一はごまかすような笑いを向ける。悪魔になってから何度も多用していた反応であったため、父は特に追及することはなかった。それでも怪訝そうな表情を浮かべ、それは母も同様であった。

 そのやり取りを見たリアスは注意を自分に向けるために、よく通る声で一誠に話しかける。

 

「イッセー、今日のデートはよろしくね」

「…えっ…あっ!そうですね!うん」

 

 兄に気を取られてたどたどしく反応する一誠であったが、リアスの発言の内容だけで両親の注意を向けるには十分であった。この日は一誠が約束していたリアスとのデート日であり、その事実だけでこの家庭内では色めき立つものがあった。

 

「イッセー、しっかりとリードしなきゃダメだからね」

「いやあ、若いって良いな」

 

 釘を刺す母に、懐かしむような父と反応はそれぞれであったが、共通しているのは息子がリアスとの関係をさらに進めることであった。

 両親の注意が逸れたことに、大一は軽く安堵する…間もなく、今度は母が大一へと声をかけた。

 

「大一も休日なんだから、朱乃さんとどこか出かけたらいいのに」

「普通、それをわざわざ目の前で言うか…?」

「ええ、言いますとも。女の子との関係は、ある意味イッセーよりも心配になる時があるからね」

「その言われようは傷つくな。まさかエロ大名の一誠以上に心配されるとは」

「兄貴、言いすぎだろ!そっちだって男としての機能が怪しいときあるのによ!能面ムッツリ朴念仁!」

「言いたいこと混ぜすぎて矛盾の塊みたいな悪口になっているじゃねえか!とにかく、お前のようなオープンスケベよりはマシだ!」

 

 テーブル越しに口喧嘩の始まる兵藤兄弟の様子に、リアスはどことなく安心した。恋人と親友がしっかり帰ってきたことに何度目かというような安心をするのであった。

 一方で、朱乃も母とテーブル越しに手を握り合っていた。

 

「お母様、心配しないでください。大一のことは私が必ずどうにかしますわ」

「ああ、とても頼もしいわ!お願いするわね、朱乃さん!この際だから、イッセーにも負けないようなエロさに仕立て上げてもいいのよ!」

「お任せください、お母さま!」

 

 さすがにこのやり取りには大一も一誠との口喧嘩を中断して、衝撃に耳を疑う。付き合い始めてから、仲間達の評判と積極性を垣間見た彼にとって、朱乃ならやりかねないという印象が強くあったのだ。

 

「そっちはそっちで、何をとんでもない会話しているんだ!?」

「まったくです。今の朱乃さんが先輩と出かけても、きっと不埒なものになるに違いありません。だから今日は私と食べ歩きをしましょう、先輩」

「ふ、不埒はいけませんよ!そうなるくらいなら私は阻止します!」

 

 ここぞとばかりに小猫とロスヴァイセが、この話に介入する。関係を進展できる確率を上げた小猫は、以前よりも大一へのアプローチが増えており遠慮の無さが垣間見られた。これには朱乃も笑顔でありながら山椒のように辛みが利いた雰囲気を纏い、母の方は大一も一誠同様に複数の女性から慕われていることに気づいてワクワクしていた。

 

『お菓子だと僕はタルトタタンがいいね。リンゴの香りが最高なんだよ』

(デザートであれば、クレープが美味かったな。そのタルトなんとかはそれ以上か?)

『味は保証するよ』

(お前らは話し合うなら、聞こえないくらい奥でやってくれ!)

 

 大一が外でも中でも忙しく対応する一方で、一誠もゼノヴィアの言葉を皮切りに女性陣との騒ぎに巻き込まれていた。

 

「これは迷うな…イッセーとのデートと先輩のデートとどちらを見学するかな」

「ゼノヴィア、俺とリアスのデートをつけるつもりだったのかよ!?」

「後学のためにな。それに私だけじゃなく、アーシアとイリナも行くつもりだったぞ」

「我も行く」

「大所帯すぎねえか!?」

「でもイッセーくんやリアスさんだって、前に一緒にお兄さんと朱乃さんのデートをつけたじゃない」

「ええ!?イッセー様がそんなことを…!」

 

 オーフィスやイリナ、レイヴェルも混じって話の規模が大きくなり、一誠は彼女らを止めようと必死になり、リアスの方は困ったように額に手を当てて首を振る。もはや食卓で起こる話し合いはちょっとした喧騒にまで発展しており、休日の朝の穏やかな雰囲気とはかけ離れていた。

 それでも一家の大黒柱は味噌汁の残りをすすりながら、嬉しそうな笑顔になる。

 

「いやあ、平和だな」

 




13巻はミリキャス来訪の話は触れたいと思います。運動会ネタとか書ける気がしない…。
それはそれとして原作に出たキャラをもうちょっと出したい…。


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第121話 各々の相談

あけましておめでとうございます。今年も粛々と更新を続けていきます。
ということで、新年一発目はこのようなお話です。


 ある日のこと、駒王学園の生徒会室ではリアス、朱乃、ソーナ、椿姫の4人が集まっていた。若手悪魔として期待が集まるのは4人いるが、同じ学園にいるリアスとソーナが情報をやり取りにするにあたり、もっとも軽易に出来ることは疑いようもない。

 禍の団の旧魔王派と英雄派をほとんど機能停止に追い込んだこと、最近の互いの眷属の調子など、悪魔としての話題は事欠かない。そんな中、先日の一誠達の復活劇が出るのは自然なことであった。

 

「でも良かったわね、リアス。兵藤くん達が戻ってきて」

「安心もあるけど、ちょっと悩みもあるのよ。大一の駒の件とか」

「その件は私も聞きましたね」

 

 ソーナが紅茶の入ったカップを手にしながら答える。現在、兵藤大一は転生悪魔の括りに入らない。元々所持していた「悪魔の駒」の影響でわずかに力は残していたが、特別な能力を所持している人間という状態なのだ。これには元主のリアスとしても不満を抱かざるを得ない。彼女からすれば片翼をもがれたような気持ちなのだ。

 

「大一くんなら私も眷属にしたいくらいですが」

「いくらソーナでも、易々と納得する私じゃないわよ」

「わかっていますし、そもそも不可能です。最近、私の方でも新たに眷属を募りましたし、なによりも彼の駒の数が想像つきませんからね」

「1つ…とはいかないでしょうしね」

 

 ソーナと椿姫の言葉に、リアスがわかりきっているかのようなため息をつく。大一自身の潜在能力は決して高くなかったからこそ、「兵士」の駒ひとつで済んでいた。しかし後付けで無名とはいえ怪物クラスの龍に、各界から厄介者としてマークされている特異な神器も備わっている今の彼では、リアスもソーナも以前同様に駒のひとつで済むとは思えなかった。アジュカの話では、そもそも「悪魔の駒」自体もひとつであり続けることに限界があったようで、それ故に耐えきれずに錨の引き上げで飛び出し、駒自体にもヒビが入ったのだと推測されていた。

 

「まあ、イッセーくんの潜在能力を考慮すれば駒の数としては妥当ですから仕方ないことだとは思います。彼の場合、いずれ独立することもあるでしょうし」

 

 赤龍帝としての知名度と実力、異常なほどの中級悪魔への昇格のスピード、彼自身がハーレムを目指していること、多くの要因がソーナの言葉を裏付けていた。

 とはいえ、リアスとしてはあまり笑顔になれるような話題では無かったが。

 

「あんまり聞きたい話題では無いわね…」

「おっと失礼。今がラブラブなリアスには、あまり嬉しくない話題でしたね」

「もう!自覚があるなら言わないでよ!」

 

 むすっとした表情で答えるリアスに、ソーナがおかしそうに笑みを浮かべる。これを機に彼女らも年相応の恋愛話へと移行していくのが、手に取るように感じられた。

 

「いいじゃないですか。幼馴染として、恋が成就したことは祝っていますよ。ただそれはそれとして、イッセーくんは引く手数多な印象ですが。匙から聞きましたが、仲間内でも人気だそうですね」

「が、学園の人気は祐斗ほどじゃないし…」

「…木場くんってやっぱりそれだけ人気あるんですか?」

「彼が1年生の頃にラブレターの仕分けを大一が手伝っていたくらいには凄かったわね」

「へ、へえ…」

 

 椿姫の表情には驚きと同時に思案するような雰囲気が含まれていた。ソーナに劣らぬほどの生真面目さを有する彼女にしては、色めき立つような印象を受けたリアスと朱乃は少し不思議そうに顔を見合わせ、その一方で隣に座るソーナはリアスに向けたような笑みを続けていた。夏休みの試合を皮切りに、その後も何度か交流のあった椿姫の感情は、祐斗への恋心へと傾倒していた。その副官の思いを知っているソーナからすれば、わかりやすい彼女の反応はおかしいことこの上なかった。

 

「仲間の中では、祐斗くんは間違いなくモテますものね」

「私としては彼も誰か相手を作っていいような気もするけど…」

「2人とも彼氏がいる余裕故の発言に聞こえますね。特に朱乃の方はそういった印象が強いですが…」

「あらあら、ソーナ会長ったらそんなことありませんわ」

 

 ソーナの言葉に、朱乃は何度も振りまいてきた穏やかな笑みを見せる。ただ彼女の内心はこの笑顔ほど自信に満ちたものではなく、それもあってか自分に言い聞かせるように大一との関係性を強調した言葉を放つ。

 

「でもたしかに私と大一の関係はリアスと比べれば圧倒的なものだと自負していますわ」

「…私の方がイッセーとラブラブだもん」

 

 リアスの小さい呟きに、朱乃は目を光らせながらSっ気のある笑みを浮かべた。それがリアスや大一に幾度となく向けていたからかいの表情であることをソーナは熟知していた。

 

「うふふ、どうかしら?信頼においては、私と大一の右に出るものはいませんわ」

「彼氏の好みもまだ把握していないあなたに言われたくないわ」

 

 売り言葉に買い言葉、これが着火剤となり2人の言葉の応酬は激しくなっていった。

 

「リアスだって同じようなものでしょう?」

「私はイッセーがおっぱい大好きなこと知っているもの!付き合う前からいっぱいスキンシップしているし、一緒にお風呂入るし、その気になれば一線だってすぐ超えられるわ!」

「大一はそうしなくても私のことをしっかり見てくれているわ!お願いも聞いてくれるから、もっと愛し合えるもの!それに私だって彼のためにコスプレとかいっぱい用意しているから、飽きさせないわ!」

 

 リアスの方は一誠が戻ってきたことへの安堵を抱きつつも、いまだにたくさんいる恋のライバルの動向や、最近では男性陣にも目をつけられていること、そして彼の名声が上がるほどに彼に期待する女性が増えていることに不安を禁じえなかった。

 一方で朱乃もリアスに指摘されたようにいまだに大一の好みを把握しきれないことだけでなく、彼と小猫の距離感が縮まったことに焦燥感と緊張感が内包されるのであった。彼の片腕が義手になり、温もりを感じられないのも不満であった。

 

(お風呂もコスプレもやりすぎな気がしますが…)

 

 そんな不安だらけの2人の会話を見ながら、ソーナはため息をつく。その横では椿姫がいまだに祐斗関連で頭と感情を整理するために黙りこくっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ほぼ同時刻、旧校舎の人気のない部屋で小猫がギャスパーとレイヴェルを招集していた。これにはレイヴェルが不思議そうな顔で、小猫に話を要約した内容を口にする。

 

「大一お兄様と距離を縮めるためにどうしたいかを話し合いたいと」

「…『好きな人』とだよ」

「同じことじゃありません?」

「…焼き鳥娘は、イッセー先輩のことが好きなんだから違う。ライバルが強いし、たくさんいるからここだけでも団結しなきゃ…」

「…まあ、その呼ばれ方は不本意ですが、考え方は納得ですわね」

 

 小猫のあまり感情を出さない声に、レイヴェルは納得したように頷く。正直、小猫の発言であれば連れてこられた理由がいまいち腑に落ちないギャスパーであったが、それを話すとまた面倒な小言に巻き込まれるのは明らかなため口をつぐむ方を選択した。小猫からすれば男の視点を期待した故の人選であったが。

 そんなギャスパーをよそに親友2人は想い人を振り向かせる方法に苦慮していた。

 

「…相手の好みに合わせるのが一番なのかな」

「イッセー様は…わかりやすいですが、リアス様の胸に勝てる気がしません」

 

 完全な敗北を勝手に感じるレイヴェルに、小猫は軽く不快な表情になり、ギャスパーは苦笑いを浮かべる。小猫と大差ない身長のレイヴェルであったが、彼女と違い胸のふくらみはしっかりあるため嫌味のようにも捉えかねない。アザゼル辺りが口を開けば、「将来が有望だ」という言葉が出ていただろう。

 小猫の苛立つ視線に気づいていないレイヴェルはそのまま話を進める。

 

「大一お兄様の方はわかりませんけど、何が好きなのでしょうか?」

「…かなり前に食べ物ではおそばが好きって言っていた。けどイッセー先輩みたいな好みは知らない。ギャーくんは?」

「僕も聞いたことないな」

「ギャスパーさんでわからないなら…難しいですわね」

 

 再びうなるように黙り込みながら腕を組み、小猫とレイヴェルは考え込む。恋慕の情を抱く相手から好かれたいと思うのは当然であり、悪魔という立場上いくらでも恋人関係になれることを踏まえれば、彼女らの熱意も納得はできる。

 それでもギャスパーとしては、戦い以上の白熱した親友の真面目さを目の当たりにして、戸惑いが優先されるのはごく自然なことであった。このままでは決着がつきそうにないと思った彼は、遠慮がちにこの議論に別の方向性を提示した。

 

「で、でも好みに合わせるだけじゃなく、その人にとって特別な関係を築くことも大事じゃないかな?」

「特別…そういう意味ではレイヴェルは、イッセー先輩のマネージャーになっているから大きな一歩だね」

 

 小猫の言葉に、レイヴェルが赤面しながらまんざらでもない様子で答える。

 

「わ、私は別にイッセー様の力になれればと思って…それに小猫さんだって最近は大一お兄様と一緒の時間が増えたではありませんか」

「そうなの?いいじゃない、小猫ちゃん」

 

 レイヴェルの言うとおり、たしかに小猫は大一との時間を確立していた。なんでも転生悪魔でなくなった彼の回復力は著しく低下しており、同時に疑似空間で一誠に生命力の大半を渡したため、彼自身の生命力の回復を図るにあたり小猫が一誠にしているマッサージを大一もたまに受けていた。朱乃が心配を抱いたのは、大一と小猫の間にこういった事情が構築されたのが理由であった。

 しかしこの指摘に小猫は目を細め、眉を八の字にして明るいとは程遠い表情をしていた。こんな表情でも可愛らしさが優先されるのだから才能の領域だろう。

 

「…朱乃さんほど一緒にいるわけじゃないし…すぐ終わるし…」

「ま、まあまあ。2人だけの時間で、朱乃さんの次に一緒にいるのは小猫ちゃんなんだから」

「…私よりもロスヴァイセさんの方が長いもん」

 

 半ば不貞腐れたような態度で小猫は顔を背ける。ロスヴァイセから魔法を学んでいること、同じ契約相手がいることに加えて、大一は修学旅行時から大人の悪魔と同様の立場を強いられるようになっていた。その辺りの事情と相まって彼がロスヴァイセと長くいる時間が増えるのは必然的であった。小猫からすれば恋愛関係でないのは重々承知の上であったが、朱乃がかつて大一をまるで意識してなかったことと同様に、きっかけで発展に繋がるのはあり得る気がしていた。小猫が姉である黒歌と同じレベルで警戒する相手と言えるだろう。

 あまりにも意外な名前が出てきたことにレイヴェルは驚き、ギャスパーは自分の失言を強く後悔するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 このような会話が行われていたのは、女子だけではなかった。大一と祐斗は人目のつかない校舎裏で、自動販売機で買った缶コーヒーを片手に立っていた。ベクトルは違えど、共に目立つ要素が色濃く反映されている2人が、相談事のために人目を避けた場所を選ぶのは当然であった。

 ただ今回は珍しく大一の方から祐斗を誘っていた。内容は朱乃と小猫を悲しませない方法というものであったが…。

 

「大一さんらしくない話ですよね」

「それは重々承知している…。こういうのは一誠の領分だろうしな」

「だったら、イッセーくんの方が…」

「あいつにこの相談をするのは死んでも嫌だし、答えが返ってくると思えない」

 

 針にも劣らない真っすぐな鋭い言い方で大一は反応する。彼から見て弟の一誠はハーレム願望こそあるものの、自分から積極的にハーレムを組み立てず、女性陣の方からアプローチをかけている印象があった。恋愛要素において弟に頼ることを良しとしないプライドと併せて、一誠に相談したところで的を射る回答は期待できなかった。アザゼルも思いついたが、他の勢力からの評価を踏まえるとやはり頼りない。事情を知ったシャドウが立候補もしたが、まともな恋愛観が期待できない。他にも様々な相談相手を思いついたが、要するに彼が頼れる相手は祐斗のみであった。

 

「いちおう聞いておきますけど、朱乃さんは好きなんですよね?」

「当然だ。心から好きだ」

「小猫ちゃんとの関係は?」

「…そこがまた微妙なところでな。この前の中級悪魔の試験時に、女性として視ると約束してさ…」

「イッセーくんのことをどうこう言えないことを自覚するべきですね」

「…ごめん」

 

 大一は困ったように頭を掻く。もともとハーレム願望は無く、見知らぬ相手であればここまで悩むこともなかっただろう。惚れた相手と大切な妹分だからこそ、彼はここまで悩んでいた。

 悪魔的価値観を意識する割にはなんとも面倒な先輩だと思いつつ、祐斗は自分の感性から言葉を紡ぎだした。

 

「僕なりの意見を言わせてもらいますと、2人は今の大一さんを好きになったんだと思います。だとすれば、今のままでいることが一番じゃないんでしょうか?」

「そうも言ってられないよ。女の子の方にばかり期待して、自分が期待に沿えないのは申し訳ないだろう。俺なりに彼女らを傷つけない方法を考えたいんだ」

「じゃあ、簡単ですよ。2人とも受け入れる甲斐性を持つことですね」

「…やっぱりそれしかないか」

 

 祐斗の発言を何度も噛みしめた大一は、口をへの字の形にして不安そうな表情になる。本人も理解はしていたが、元来の自信の無さが負い目を生み、無駄な生真面目さがハーレムの形成を邪魔し、仲間や愛する人たちを大切にするほど苦しむという悪循環に陥っていた。もっとも実力の足りなさに絶望していた頃と比べると、天と地の差を感じるほど幸せな悩みではあったが。

 大一は軽く息を吐くと、祐斗に向き直る。無意識な動作のためか、身長の高さと相まって妙に大人びた雰囲気を醸し出していた。

 

「ごめんな、祐斗。お前に話すことでは無かったんだろうけど、吐き出さないと整理がつかなくて。本当にありがとう」

「いいんですよ。僕としても頼られるのは嬉しいですから」

 

 笑顔で反応する祐斗としては、大一がいつものように兄として振舞えばそれなりの甲斐性は見せられると思っていたが、下手に口に出して彼の態度が不自然になることは避けたかった。

 

「今度、なにか埋め合わせはする。飯とかおごるよ」

「この缶コーヒーだっておごってくれたじゃないですか」

「それとは別だ。お前にはいつも世話になりっぱなしだからな」

 

 少し疲れてはいるが穏やかな表情の大一に、祐斗は少し思案するとゆっくりと話し始める。

 

「…でしたら、ご飯じゃなくてちょっとした相談があるのですが」

「俺でよければ、なんだって聞くよ」

「真面目に大一さんもテクニックを伸ばしませんか?」

「…ああ、グレモリー眷属がパワーだらけの脳筋チームって言われていることか」

「せっかく例の神器も得たので搦め手をなんとか…」

 

 先ほどとは打って変わって、半ばげっそりした様子で祐斗が懇願し始め、大一が慰めるように彼の肩を叩きながら話を聞く。

 この日、学園の幾多の場所で悩みが勃発していたことは誰も知りえなかった。

 




本筋と同時にヒロイン関連も考えなければ…と思いつつ書いていきます。


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第122話 魔王の息子

13巻のミリキャス来訪の話です。
これはやっておかなければ…。


 ある休日、兵藤家のVIPルームに客人が来訪していた。年齢はせいぜい小学生程度で、それに見合った体格、リアスにも劣らないほどの真紅の髪…サーゼクスとグレイフィアの息子ミリキャス・グレモリーであった。元々、来客があるのは聞いていたところだが、この小さな来客に一誠達は驚いていた。

 

「今日は見学がしたくて、リアス姉さまと眷属の皆さんのもとに来ました」

「見学?何を…ですか?」

 

 一誠の怪訝な問いに、ミリキャスは身を乗り出して答える。

 

「はい!人間界での悪魔のあり方が見たくてまいりました!」

 

 今はまだ若いミリキャスだが、彼の血筋を踏まえればいずれ眷属を迎え、人間界で契約を取り、上級悪魔としての道を生きていくのは既定路線であった。その将来を見据えて、今回は身近かつ名高いグレモリー眷属の生活を見学にやってきた。

 この年齢で未来のために学びを深める姿勢に一誠は自分の過去を振り返って頭を抱える思いであったが、大一が見透かしているような視線を向けていたためすぐに取り直した。

 

「そのようなわけで、今日から数日、ここで共に生活をしましょう。皆もよろしくね」

「よろしくお願いします!」

『よろしくお願いします』

 

 ミリキャスの快活なあいさつに、全員が快く反応する。ミリキャスがほほ笑んだ後、向かったのは朱乃と大一の下であった。

 

「朱乃姉さま、大一兄さま、今日からよろしくお願いします」

「あらあら。ミリキャスくんのお願いですもの。問題ありませんわよ」

「こちらもできる限りのことはさせていただきます」

 

 朱乃は柔らかく、大一はどこか形式ばった言い方で対応する。その後、次々と仲間たちが改まってミリキャスに紹介されていくのを見ていると、大一の頭の中でシャドウの甲高い声が響く。

 

『魔王のところのボンボンか。将来が安泰の奴は羨ましいねえ』

(そんな言い方するなよ。あの人はなかなか難しい立ち位置にいるんだからな)

『フンッ!…しかし意外だったな。キミなら、もっと兄貴的要素を前面に出すような印象だったが』

(ミリキャス様とは悪魔になって余裕ない頃に出会ったからな。それに炎駒さんのことも併せて、朱乃のような態度を取れなかったんだよ)

 

 困った様子で大一は義手であごを掻く。ミリキャスの友好的な態度を見るほど、もっと彼にとってよりよい対応があったような気がして、義手のぎこちない動きと同様の煮え切らない感情に当てられた気分であった。

 こうしてミリキャスの見学生活が始まるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 グレモリー眷属が契約している人間は様々である。可愛い女の子に応援してもらいたい男性、多忙な会社経営者、心疲れた働く女性、節約術を学びたい主婦、魔法少女への願望を持つマッチョ、世話好きのオネエ…挙げ始めたらキリがない。

 そんな中、ミリキャスが見学することになったのは、ゼノヴィアとアーシアの契約相手であった。

 

「よーし、じゃあ、千本ノックするぞー」

「はい、コーチ!」

「頑張ってくださーい!」

 

 深夜の河川敷で野球帽をかぶった青年がゼノヴィアと千本ノックをしている。さらに見物している一誠達の横ではアーシアがチアガール姿で応援していた。いずれも2人への依頼で、契約者相手に野球の特訓とその応援というものであった。

 この様子をミリキャスと仕事を終えた一誠、大一が一緒に見ている。兵藤兄弟はミリキャスへの護衛という側面が強く、特に大一に関しては炎駒の立場もあって是が非でも守る必要があった。もっとも会話の方はもっぱら一誠が担当していたが。

 

「いいなぁ…。僕もこういう風に眷属の人には楽しく仕事してほしいです」

「ミリキャス様は将来これという眷属候補はいらっしゃるのですか?」

「いいえ、これからです。いいなーって思う目標はありますけど」

「やっぱり、リアスの眷属が参考とかですか?」

「リアス姉さまの眷属の皆さんも素晴らしい方々ばかりです。イッセー兄さまも格好良くて尊敬してます。ですが、僕が目標にしたいのは父様の眷属かなって」

 

 ミリキャスの言葉に、一誠も大一も納得したように頷く。サーゼクスの眷属といえば、冥界きっての最高峰のメンバー。ミリキャスにとっては身近でありながら、納得の目標であった。

 

『そりゃあ、パワーバカと言われているグレモリー眷属よりは遥かに良いだろうね。もっとも今のルシファー眷属なんざ、どれほどのものか分かったものじゃないけどさ』

 

 頭の中で響くシャドウの声を無視しながら、大一はミリキャスと一誠に目を向ける。シャドウはかなりおしゃべりな性格であったため、いちいち言葉を拾って受け答えていれば、彼のこれからの人生をどれほど浪費するかは分かったものじゃなかった。

 それにしても大一にとって、一誠がミリキャスに対しての振る舞いはどことなく新鮮に感じた。子供たちのヒーロー「おっぱいドラゴン」として立場が彼に子どもを引き寄せる親しみやすさをもたらしたのだろう。まるでミリキャスの兄としての雰囲気を、彼は纏っていた。大一と違い、気難しさと対極にあるちょっとしたバカらしさも含めた温かみが、多くの人を引き付けていることが推測される。こんな情景を見ると、改めて一誠は自分が干渉しなくても十二分にやっていけることに納得するのであった。

 もっとも一誠としては、大一の背中を見てきたのもあり、そこから学んだ振る舞いも反映されているのだが、無意識下で行われるその情動的な作業は兵藤兄弟2人とも気付くことはなかった。ましてやオーフィスがアーシアの使い魔であるドラゴンのラッセーを鍛え上げると発言したことから、なぜか盛り上がって一誠とアーシアが抱き合うということにまで至ったため、尚のこと兄弟の件で感傷に浸るのはほんのわずかであった。加えて、大一も先日の命を懸けたケジメをつけたことで、一誠に対しての負い目を断ち切り、自分のことに目を向けられるようになっていた。

 

(…いるな)

 

 不思議な感情の水に心を浸している中、ディオーグがぼそりと呟く。だいたいこの手の発言においては、彼の戦いへの感知が優先された。

 大一も瞑目し、集中を高める。冥界に戻って以来、なぜか彼は錨を出さずとも魔力の感知を可能にしており、その範囲と精密性も上がっていた。要因が不明なのに強化されているというのは不気味な印象を抱いたが、瀕死に近い体験をしたからだろうと思うことにしていた。

 複数…何者かが突き刺すような視線を向けていると感じた大一は後ろを振り向く。

 

「…一誠、ここにいろよ」

「え?兄貴どうした?なにが───」

 

 一誠の発言が終わる前に、大一は静かに闇の中を捜索し始める。彼に遅れて、一誠、オーフィス、ゼノヴィアも何かを感じ取ったようで警戒していたが、その謎の視線もすぐに感じなくなった。

 そして大一も感知能力を使っても捕捉できずに、掴んだ手から水が流れ落ちるように消え去ってしまったことを認めざるを得なかった。

 

(なんだったんだ、今の?敵意とは違うような…)

 

 この腑に落ちない感情を拭き取るにはやや難儀な性格の彼は、仕方なく一誠達の下へと戻って、差し入れを買ってきたイリナに泣きつかれた。

 

「お兄さーん!私、『自称』じゃないわよね!?」

「何の話だよ…」

 

────────────────────────────────────────────

 

 明くる日、グレモリー眷属は地下フィールドでトレーニングを行っていた。ミリキャスもジャージ姿でこの光景を見学していたが、なんとリアスの提案で男子組と手合わせすることになった。

 一誠、祐斗、ギャスパーが活発な笑顔で快諾する中、大一が苦手なものを無理やりほめたたえるような笑顔で頷く。この様子に女性陣の多くは首をひねる思いであった。

 

「…あんまり先輩らしくないです」

「まったくだな。私なんて真夜中の模擬戦を受けてくれたくらいなのに」

「やっぱり、お兄さんもミリキャスくんには手を出しづらいのかしら?」

「いや、あの神器の扱いにまだ慣れていないだけじゃないですかね?」

「考えとしては、ロスヴァイセが一番近いかしらね」

 

 小猫、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセが議論する中、リアスがおかしそうに指摘する。これに対して、ゼノヴィアが違った意見を述べる。

 

「しかしいくら神器に慣れていないと言っても、そこまで警戒するようなことないんじゃないか?」

「ミリキャスの実力を見れば、すぐにわかるわよ。あの子の実力を知っている身とすれば、慣れない状態ではやり辛いと思うはずだから」

 

 リアスの言葉は間もなく模擬戦の様子によって証明された。彼の動きは実践慣れしているグレモリー眷属からしても素早く、その消滅の魔力はサーゼクスやリアスと同様に滅びの魔力を操るその戦闘力は目を見張るものであった。技術も一級品で魔力を散弾のように撃ち出したり、軌道を変化させたりとずば抜けた戦闘センスを披露する。祐斗の聖魔剣の刃を、一誠のドラゴンショットを消滅させ、模擬戦ながらもはっきりとした緊張感があふれていた。

 彼の実力を把握すると同時に、リアスの言葉を理解した。ミリキャスはこの時点で同世代の悪魔とは一線を画した存在なのだ。

 

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 その後、約30分にわたり模擬戦は続いていった。一誠達も少年の思いに応えるように実践に出る先輩として、トレーニングに付き合った。何度も攻撃を仕掛け、何度も転び、それでも立ち上がるミリキャスの根性は幼いながらに称賛に値するものだろう。

 男性陣もしっかりと汗をかいており、皆がタオルでトレーニングの成果を感じ取っていた。特に一誠は弟と一緒に何かを成し遂げているような気分で、その楽しさに心を喜ばせていた。

 ミリキャスがリアスから指導を受けている最中、大一は取り外していた義手を拾う。戦闘中ではシャドウが腕の代わりをするため、この義手は取り外していた。その間にもシャドウは彼の頭の中で毒づく。

 

『才能にものを言わせた戦い方だ!所詮はそんな奴だよ!』

(シャドウ、お前ほどの奴がそんな言い方するとはな。あの人の動きや技術、一長一短で身につくものじゃないとわかると思っていたが)

『…チッ!』

 

 シャドウは軽く舌打ちをするだけで引っ込む。徐々に付き合い方にも慣れてきた大一は、軽く首をほぐすように曲げる。先ほどの模擬戦ではシャドウを活かしたサポートに徹底していたが、慣れない戦法でミリキャスの相手をするのはお世辞にも楽とは言えない。それほど彼の才能と努力で裏打ちされた実力はすごいものなのだ。

 

「やっぱりミリキャス様は強い…」

「お疲れ様でした。あんまり先輩らしくない戦い方でしたね」

 

 心からの言葉が漏れ出した時に、小猫がタオルを渡しながら話しかける。この指摘にぐうの音も出ない彼は小さく笑う。

 

「仕方が無い…というのはごまかしになるな。でも実際、ミリキャス様の実力はすごいよ。もっともこれほど動けるとは思っていなかったけどな」

「先輩や部長、朱乃さんはわかっていると思いましたが…」

「わかっていた…というよりは、ここまで伸び伸びと動いたミリキャス様を知らなかったんだろうな」

 

 幼い上に特別な身分であるミリキャスにとって、胸を借りて全力で挑める相手というのはとても貴重であった。全員が年上であるが、少年の力を認めてしっかりと向き合ってくれる。それが彼にとって心の奥底で渇望し、新鮮に感じていた。

 大一は模擬戦を通じて、そんなミリキャスの輝かしい感情で自分たちに挑んでくるのを感じた。この少年と手合わせした回数など片手の指を半分も使わないほどだが、それでも年の近い男性としてもっとできたことがあるように思えてしまった。それゆえに、ミリキャスの笑顔を引き出した弟に感心してしまう。

 

「あの人にもっと教えられたことがあったのかもな…」

「…先輩ならできますよ」

「一誠ほど上手くできるかは謎だけどな」

「ミリキャス様はイッセー先輩に強い憧れを抱いているのもありますから…。でも大一先輩はその兄です。だったら、あの人が先輩から教わることも大きいはずですよ」

 

 後輩の檄に大一は少し気恥ずかしそうに頭を掻く。小猫の言葉が彼らしい真面目ゆえの後悔を、わずかに温めて氷解させていた。

 

「…ちょっと嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ありがとう、小猫」

「…わ、私も先輩にはいろいろ教えてもらいたいですから」

「もちろんだ。今度、また模擬戦しような」

「…そういうのじゃないんですよね」

 

 小猫が感じている不満に気付かない大一はぎこちなく義手を装着して指を動かす。相変わらずの違和感に軽くため息をつくと、ほぼ同時にディオーグが舌なめずりするような声で呟く。

 

(いるなぁ、この前の変な奴にその他もろもろ。あの暗闇で俺らを見ていた)

(なに!?こんなところにまで…)

 

 大一が警戒をしようとした時、その正体たちが姿を現す。2メートル以上はあるオレンジ色の髪をした巨漢、凝ったデザインの紅色のローブを羽織るどこか怪しい雰囲気の男性、時代違いの陣羽織を身につける日本人男性の3人が興味深げに姿を現した。

 多くのメンバーがこの来訪者を怪訝に思う中、リアスと祐斗は嬉しそうな様子で、朱乃と大一は虚を突かれたような驚きの表情をしていた。

 現れたのは現ルシファー眷属であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「総司!それに皆もこちらに来ていたのね!」

「これは姫。お久しゅうございます。ええ、ミリキャス様の護衛をと思いまして。

 元気そうで何よりです、祐斗」

「夏以来です、お師匠様」

「ハハハハハッ!ひっさしぶりだなぁ、姫さん」

「姫に無礼でしょう。リアス姫、ご機嫌麗しゅうございます。また一段とお綺麗になられましたな」

 

 弟子との解析に喜ぶ者、豪快に笑う者、その笑いをたしなめる者とそれぞれの反応であった。なんでも彼らがここに来たのはミリキャスの護衛もあるが、魔獣騒動の際に全員が集まったため、久しぶりに全員でどこかに行こうと決めたからであった。もっとも多忙ゆえに全員は集まらなかったようだが。

 リアスは仲間たちに、ルシファー眷属を紹介する。ルシファー眷属唯一の「騎士」である沖田総司。新選組の最強の剣客であり祐斗の師匠でもある。体には多くの妖怪が住み、それらを操り戦うこともできた。

 

(量より質だ。あんな妖怪ども俺の目じゃねえ)

 

 同じくルシファー眷属唯一の「僧侶」であるマグレガー・メイザース。近代西洋の魔術師だが、魔術や魔法においてはずば抜けた技量を持っており、魔法使い組織の中でも有名な「黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)」の設立者であった。

 

『どうせ魔法だけだ。魔法だけ。一芸特化じゃなくてそれだけしか無いんだ』

 

 そして「変異の駒」を使用された「戦車」であるスルト・セカンド。北欧神話で恐ろしき伝説を持つスルトのコピー体であり、その炎とパワーはいかなる存在をも焼き尽くす実力があった。魔獣騒動では彼が本気を出せば、超獣鬼を打ち倒せたというほどの評価だ。バハムートと共にルシファー眷属の「戦車」として双璧を成している。

 

(つまり脳筋ってことだろ)

『パワーバカだ。パワーバカ』

(お前ら、ちょっとは前向きな感想を出せねえのか!)

 

 紹介の度に難癖のように頭の中で言葉を発するディオーグとシャドウに大一は突っ込む。彼からすれば師匠である炎駒と肩を並べるメンバーだけあって尊敬を抱く相手なのだが、その思いを邪魔するように口出しする同居者には辟易した。

 3人の紹介が終わると、リアスはふと疑問を提言する。

 

「そういえば、ベオウルフは?やはり、今回は3人だけなの?」

「「「あー、そういえば」」」

 

 素っ頓狂な声を3人が出して間もなく、トレーニングルームに似合わないような背広姿の茶髪の男性が現れた。

 

「や、やっと追いついた…」

「おっせーよ、ベオ」

「…何言ってんすか。セカンドさんが俺にあれ持てこれも持て、あれ送れ、これも送れって日本のお土産を持ち運んで冥界に転送したのぜーんぶ俺なんすからね!」

 

 ルシファー眷属で炎駒と並ぶ「兵士」であるベオウルフが不満を漏らす。英雄ベオウルフの子孫であり、冥界の「兵士」では五本指に入る実力者であった。人間時代ではサーゼクスに手傷まで負わせたというエピソードがあるほど、実力においては間違いないはずだが…

 

「『兵士』のことは俺に聞いてくれ!なんでも話すぜ~、若君?」

「あ、はい。機会があれば必ず」

 

 一誠に軽く流されるベオウルフを見て、セカンドとマグレガーが吹き出す。彼の眷属内での立ち位置は完全にいじられキャラであった。

 

(ちょっとは気を利かせろよ、一誠よー!)

 

 ことごとく同居人の否定的な感想を聞いていた大一は、頭を抱えながらぎゅっと目をつむる。彼の頭の中に申し訳なさが生まれていることは、朱乃、小猫、ゼノヴィア辺りは見慣れていたために、容易に想像ついた。

 これほどのメンバーが揃うのはまずありえないことなのだが、彼らが集結する最大の決定打になったのはサーゼクスでもあった。なんでも、先日久しぶりに休暇が取れそうなため、ミリキャスを誘ったサーゼクスであったが、彼はリアスの元へ見学に行くと言ってこれを断っていた。息子の成長に喜ぶ彼であったが、その際にサタンレッドよりもおっぱいドラゴンの方が好きだと言われたらしい。つまり…

 

「…ミリキャス…サタンレッドよりもおっぱいドラゴンの方が好きなんだね…」

 

 赤い特撮ヒーローの衣装に身を包んだ一人の男性が、悲哀に満ちた声と共にトレーニングルームに現れた。姿は隠しているが、この正体がサーゼクスであることなど看破できない者はいなかった。

 

「旦那、これはおっぱいドラゴンと雌雄を決するしかありませんぜ?このままではミリキャス坊ちゃまを乳龍帝に奪われてしまう」

「マスター・サーゼクス、ここが決めどころかもしれません。ミリキャス様の前で乳の威厳よりも父の威厳の方が強いことを見せるしかないかと!」

「かんべんしてくださいよ!またサタンレッドと戦うなんて俺は嫌ですからね!」

 

 面白がって促すような進言をするセカンドとマグレガーに、一誠は抗議する。かつてリアスと共に試練を受けた際に、一誠はサタンレッドに扮したサーゼクスとぶつかっていたが、その時の記憶はもろ手を挙げて受け入れたいようなものではなかった。

 しかし息子を奪われたと思い込んでいる今のサーゼクスにとっては、眷属の進言も併せて悲しげな視線と共に魔力を帯びていく。つまり彼にとって戦う理由は十二分にあるということだ。

 まさに勝手な私闘が始まるかと思われた中、今度はトレーニングルームの中央に魔法陣が現れる。全員がこの転移魔法陣については見たことがあり、総司を除いたルシファー眷属はたじろいでいた。

 

「…誇り高きルシファー眷属が、こんなところで何をしているのでしょうか…?」

 

 威圧と覇気がそのまま表情になったような迫力で「女王」グレイフィアが現れた。

 




次回辺りで13巻の分を終わりにしたいと思います。


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第123話 その名を連ねる

今回で13巻分最後です。


 この数日の出来事を形容する言葉は多々あるだろうが、大一にとっては強烈な嵐というのが一番しっくりきた。ルシファー眷属が主のサーゼクスを囃し立てる中、現れたグレイフィアの覇気が彼らの悪乗りをあっという間に鎮火させたのだ。ミリキャス曰く、グレイフィアが最強とのことであった。

 その事件後の2日間、ミリキャスと共に過ごし、ルシファー眷属は日本を満喫と彼らにとって充実した生活であった。一誠とミリキャスの別れ際のやり取りが特にそれを際立たせていた。

 

『ミリキャス!また来いよ!』

『イッセー兄さま!また遊んでください!』

 

 このやり取りを目にした大一は、自分の命を懸けた甲斐を改めて感じるのであった。弟を生かした選択、それが自分にできない方向で冥界の未来に強い影響を与えているのは間違いなかった。

 

(だがそのつまらねえ感傷に浸るだけなのは問題だな)

 

 ミリキャスが冥界に帰った翌日の放課後、ディオーグが呆れ半分の低音で大一に話しかける。彼としては不意の発言であったが、その意図を察せないほど浅い付き合いではない。

 

(あのエロ弟にケジメはつけたんだ。今度はあのガキを遥かに超える実力をつけやがれ)

(わかっているつもりなんだが、どうすればいいのかが分からないんだよ)

 

 これまでの経緯から一誠への罪悪感を払拭し、立ち上がる決意を持った大一であったが、その目標はあまりにも漠然としていた。死の狭間で決意した「冥界を変える」という目標は揺らいでいない。しかし、いざ具体的にどうすればよいのかと考えるとまるでビジョンが浮かばないのだ。実力至上主義である悪魔なので強くなることが目標に近づくはずだが、そもそも現在は転生悪魔でもないため、唯一考えなしにすがりつけるロープすらも持っていない。

 ディオーグへの反応に困窮する大一であったが、そこにシャドウが割り込む。

 

『いやいや実際、大一の気持ちもわかるぜ。そもそも赤龍帝が恵まれすぎなんだよ。同盟前に天使側から聖剣を貰ったり、悪魔の駒を特別に調整されたり、化け物龍や異世界の神から力を借りたり…』

(そんなこと、俺に言うなよ。というか、俺の記憶を覗いたのか?)

『ディオーグから聞いた』

(そうですか…)

 

 半ば諦めた雰囲気で大一は答える。どうもシャドウは一誠の特別扱いが気に食わないらしい。その理由について説明することは無かったが、神器として神滅具所有者ゆえに特別扱いされているのが気にならないのかもしれない、と大一は睨んでいた。そしてその予想は実際にほとんど的を射ていた。

 

『昨日なんて使い魔なんて貰っていたじゃないか!』

 

 シャドウは不満をこれでもかというほど垂れ流す。昨日、ミリキャスと別れる前に一誠はセカンドから「スキーズブラズニル」と呼ばれる空飛ぶ帆船を貰った。今はまだ小型のラジコン程度のサイズであったが、持ち主のオーラやイメージでさらに巨大なものになるといわれている。セカンドから「空飛ぶハーレム御殿」などと言われて、一誠はこの贈り物をありがたく受け取った。

 シャドウが不満を漏らす一方で、大一はこの辺りをまるで気にしていなかった。すでに自分は十分すぎるほどの支援を受けていると考えており、より今後の可能性がある弟に援助が集中するのはある意味では当然と考えていた。もっとも使い魔に関しては、ただでさえ体の中にやかましい相棒が2つも存在しているのに、使い魔の面倒など見られないと考えていたのも気にしない理由であったが。

 この不満に、ディオーグは諭すように反応する。

 

(だがな、影野郎。この世なんて好きに力を得られることの方が圧倒的に少ないんだ。都合の良い状況を期待している暇があったら、それを少しでも自分を高める時間に使うべきなんだよ)

『そ、そうかもしれないけどさ…僕らだけじゃ…』

(勘違いするなよ。諦めるんじゃなくて、受け止めて強くなるんだ。そもそも俺は小僧のエロ弟なんかに負ける気はしねえぞ。その上で奴らを叩きのめすくらい強くなるんだよ)

(叩きのめすという点はともかく、俺もそういう気持ちはあるよ。いざという時に、兄としてあいつを超える力はないと)

(そうだ、小僧!そういう向上心を持つだけで、もっと強くなれる。お前が罪悪感を持っていた時は不安だったが、ようやくそれらしくなってきたじゃねえか!)

『ああ、道のりは長いなあ…』

 

 ディオーグとシャドウが対照的な反応を見せる中、大一はとにかく歩を進める。向かっている場所は旧校舎ではなく職員室であった。この日、大一はアザゼルから呼び出しを受けており、彼の待つ職員室に向かっている途中であった。わざわざ部活の時間に呼び出すあたりに、アザゼルへの不信感が増大される。もっともこの呼び出しを知ったリアスと朱乃がまた大一が何かをやらされると思って、雪崩のごとき不満を漏らしていたため、彼がアザゼルに向ける感情はいつもよりも穏やかであった。

 間もなく職員室にたどり着いた大一はアザゼルと合流する。

 

「時間ちょい前…上々だ。遅れることが出来ないからな」

「部活の時間に呼び出すほど、重要な案件なんですか?」

「まあな。ただ俺は打診を受けただけ…ちょっと来な」

 

 合流後、すぐに職員室を出たアザゼルはとある空き教室に入る。そして大一に押し付けるように魔法陣の書かれた紙きれを渡した。

 

「ここなら誰も見ないだろ。戻ってくる際は、いつものルートで部室の方から出てくればいい。あっちが用意しているだろうからな」

「転移魔法陣ですか…俺はアザゼル先生からこういうの渡されて碌な目にあってませんよ」

「いちおう今回は俺が用意したもんじゃねえけどな。まあ、用事自体は夜の仕事には間に合うだろ」

「待ってくださいよ。そもそも何をするのかを聞いていませんよ?」

「それは向こうで待っている奴が説明してくれるよ。というか、俺が説明するのもお門違いだしな。

 …ただまあ…敢えて言わせてもらうなら、決めるのはお前自身だ。お前には受け入れることも、拒否することもできる権利はあるってことだな」

 

 事情を知らない側からすれば、まるで不透明なアドバイスであったが、少なくとも大一に選択する余地はあるようだ。ごくわずかであるが安心を手に入れた大一は、アザゼルに向けて頷くと魔力を込める。間もなく、彼の姿は学校から消え去った。

 

────────────────────────────────────────────

 

 たどり着いた場所は学校の空き教室とは一線を画していた。周囲の壁は呪術的な文字こそ描かれているが、一種のアート作品のような優美さを誇っている。床は踏み心地の良いカーペットで塵ひとつ見当たらない。単純ながらも格式の違いがある。

 そんな部屋の様子に大一がまるで気が付かなかったのは、転移した先で出迎えてくれた人物に会ったからだろう。

 

「炎駒さん!」

「これは大一殿。時間通りですな」

「まさか炎駒さんがお呼び出しを?」

「いや、私というか私含めてというべきか…まあ、話は部屋に行ってからにしましょう」

 

 そう言うと、炎駒は大一を連れて部屋を出る。全体的に規模は大きくないが手入れが行き届いている廊下が長く続いている。これに絢爛な飾りでもあれば、金持ちが所有している屋敷のような印象を受けるだろう。

 

「貴殿と直接会うのはグレイフィア様を送った日以来ですな」

「ええ。その間にもいろいろありましたよ」

「私は心から安心しましたぞ。若が戻ってきた時、貴殿の魔力を感知できなかった。その時に貴殿は死んだと本気で思ったのですから…」

「本当に申し訳ありません」

「謝ることではありません。どのような形であれ、貴殿は生きて帰ってきた…それが嬉しかったのです」

 

 大一の心に温かいものが込み上げてくる。師から多くのものを受け取ってきたと自負しているのだが、これほど自分を心配してくれる存在がいるというのはやはり安心する。仲間含めて今の自分の特異な状況を理解してくれるのだ。

 やがて大きな扉の前に彼らはたどり着く。炎駒は軽く息を吐くと、大一に向き直った。

 

「大一殿、これから行うことは無理強いされるものではありません。もしかしたら…貴殿は今以上に難しい立場になる可能性もあります。だからこそ、自分の意志を尊重していただきたい」

「…わかりました」

 

 アザゼルと同様の内容に、大一の気持ちも引き締まる。これから待ち受けることが危険なものではないと理解していてもここまで釘刺しされると自然と不安は高まった。

 扉が開けられると大きな長テーブルが視界に入る。いくつかの椅子が用意されており、そこに座るほとんどの人物がここ最近出会ったばかりの存在であった。ちょうどテーブルの先である上座に座る紅の髪をした男性が、親しみを込めた様子で大一に手を上げる。

 

「やあ、大一くん。この間ぶりだね」

「サーゼクス様…!」

 

 声を震わせながら、大一は部屋の光景に驚きを示している。サーゼクスを中心に、このテーブルにつく者は全員が強者であった。彼の右腕で妻でもあるグレイフィアを筆頭に、スルト・セカンド、沖田総司、マグレガー・メイザース、ベオウルフと先日現れた面々に、大一はすっかり衝撃に面食らっていた。まったく知らないローブを被った人物がいるが、このメンバーと一同に会している点から、ルシファー眷属の「戦車」であるバハムートであると察するのに時間はかからなかった。「深海の光魚」と呼ばれる魔物であるのは知っていたが、何らかの方法でこの部屋に収まるような姿をしているのだろう。

 朱乃ですら見たことがないと言わしめるルシファー眷属全員の集合の場に、大一は完全に動きが止まっていた。同時に頭の中ではこれから起こることを様々挙げてみるが、どれを取っても確信は持てず、挙句の果てにはこの場でなんらかの責任を取らされるなどとありもしないはずの不安に駆られていた。

 炎駒が人間体へと変化し席に着くのを確認したサーゼクスは、少し笑いながら大一を見る。

 

「そう固くならないでくれたまえ。まずは話を進めるためにそこに座ってくれないかな?」

「は、はい。失礼します」

 

 固くなるな、という冥界を知る者ならまず不可能であろう促しを受けた大一はガチガチに緊張した状態で残った椅子に座る。ちょうどサーゼクスと対面上の席で、ルシファー眷属の視線を一身に受けているような気分であった。

 

「さて、まずは多忙な中で時間を取ってもらって悪かったね。もっとも昨日まで半数は休みを取っていたが、こうして全員が一同に集まるのは久しぶりだ。魔獣騒動の時も私はハーデスのところに出向いていたからね。それに加えて───」

「…サーゼクス様、前置きはそれまでにしませんか?」

「おいおい、炎駒。そこまで急かす必要ねえだろ。重要なことだから時間かけようぜ」

「セカンドは仕事が面倒だから、引き伸ばしているように思いますがね」

 

 マグレガーの皮肉に一瞬何か言い返そうとするセカンドであったが、話の腰を折ることを危惧したグレイフィアの一睨みに、軽く肩をすくめて腕を組んで姿勢を正す。

 サーゼクスは苦笑い気味でそのやり取りを見守った後、再び話し始めた。

 

「いやはや炎駒の言う通りだ。無理に時間を作ってもらった者も多いし、なによりも今の時点で私がいくら話をしようとも肝心の主役が困惑するだけだろうからね。

 さて大一くん!ここに呼ばれた理由はわかるかな?」

「え…あ…も、申し訳ありません。まったく見当もついていません」

 

 呆然としていたところにいきなり話を振られた大一は困惑気味に答える。アザゼルや炎駒の雰囲気から気を引き締めたつもりではあったが、それでは足りないほどの圧倒的なメンバーが目の前に鎮座しているのだから当然だろう。ただ少なくとも自分以外は状況を理解していることだけは、さすがに大一も把握できた。

 納得したように頷くサーゼクスが言葉を続ける。

 

「ふむ…キミの立場を整理しよう。先日の事件で弟を助けるために『悪魔の駒』を渡し、そのままリアスがイッセーくんに使用した。それによってキミは現在、転生悪魔ではなく、リアスの眷属でもない。そこは理解しているね?」

「はい」

「では、それにあたり新しい主を見つけようとは思っているかい?」

「私は…私はそこが分からないのです。リアスさん…じゃなくて、リアス様に助力したいと今でも思っています。しかしそれは新しい主を裏切る行為とも思うのです。今の私は決して万全な状態ではありません。それでありながら、もし私の力を見初めてくれる方がいらしても、この感情を抱いたままでは…」

 

 大一にとってリアスは主であり、グレモリー眷属は共に戦う仲間であった。苦楽を共にし、己の心を救ってもらった彼女らはかけがえのない存在であった。それゆえに新しい悪魔の主を見つけても、簡単な二つ返事で眷属になれるとは思えず、さらには忠誠を誓えるほど尊敬できる相手を見つけても、今度はリアス達とその相手への感情で板挟みになることは目に見えていた。

 大一の感情にサーゼクスは優しく微笑む。彼の回答を予測していたかのような印象を受けた。

 

「なるほど…では、その点を踏まえて私からひとつの提案をさせてもらおう。大一くん、私の眷属にならないか?」

「ッ!」

 

 驚愕という言葉だけでは足りないほどの衝撃を顔面に走らせる大一に対して、サーゼクスはひとつの「兵士」の駒を懐から取り出す。それが「変異の駒」であることは疑いようもなかった。

 

「私の秘蔵で最後のひとつだ。この駒の存在を知る者はほとんどいない。何よりも私にとって、今のメンバーは間違いなく完成されているからね。これを使うのは…本当に後悔しないと思うような相手が現れた時だけだ。つまり、今のキミだ。ぜひとも我がルシファー眷属に迎えたい」

 

 衝撃的な殺し文句に、大一は一瞬あらゆる感情がどこか別の空間へと飛んでいった錯覚を覚えた。コンマの世界でサーゼクスの提案を幾度となく繰り返した。そして彼の提案が、自分自身に向けられたのだとようやく受け止められた。

 認識するのと同時に、頭の中でグルグルと疑問が湧くが、やがて大一の口から空気が抜けたかのような雰囲気で自然と言葉が出てくる。

 

「サーゼクス様…私にはあまりにも大きすぎる名前です。誇り高きルシファー眷属の名を背負えるほど、強くありません」

「やはり、キミは真面目で純粋だな。それは美点でもあるが、己の道を狭める欠点でもある。私としてはキミも冥界を大きく変えてくれる存在だと考えているんだ」

「過大評価です。そもそも私なんかを眷属になど…」

「ひとりの悪魔として惚れ込んだ人間を眷属にしたいと考えるのは自然なことだろう?」

 

 サーゼクスの真意を大一は読み取れなかった。言葉通りの気持ちなのか、今後も一誠やリアス達を助けることに期待しているのか、それとも別の何かを成し遂げてほしいのか、あるいはただの気まぐれか…何度も自問自答を繰り返すが、答えを知ることができないのもわかっていた。

 ただ彼が今後もリアス達の助けとなることができ、尊敬に値する人物、さらに強くなるという一点に置いて自分を高めるのにこれほどの相手はいないだろう。それも理解していたからこそ、大一は取るべき行動を決めた。余計な時間は身を錆びさせることなど何度も経験している。

 

「サーゼクス様、私は未熟者です。どれほどその期待に沿えるかは分かりません。しかしあなたが私を必要としてくださるのであれば…兵藤大一、この身をあなたのために仕えさせていただきます」

「その言葉に満足しかない。魔王の眷属として、私の眷属として、キミのできる全力を見せてくれ」

 

 そう言ったサーゼクスは持っている「兵士」の駒を投げる。対面にいた大一はそれを受け取り、そのまま胸の中に込めた。海流が大きく動くような、マグマが火山から噴き出すような、雷が地を叩きつけるようなとてつもない力が全身に駆け巡る。リアスから悪魔の駒を受け取った時のような感覚を思いだす。

 

「さて、改めて自己紹介といこうか」

「兵藤大一です。この度、ルシファー眷属の『兵士』となりました。皆さまよろしくお願いします」

 

 サーゼクスの促しに、大一は立ち上がり他のルシファー眷属に頭を下げる。

 

「いいんじゃねえか。ベオの時よりもしっかりしている」

「セカンドさん、このタイミングでもそんなこと言いますか!?」

「自己紹介の時、ガチガチに緊張していましたものね」

「言葉もしどろもどろ…」

「マグレガーさんやバハムートまで!?」

「しかしいいんですか?我々はあれに対抗するために、神器持ちで構成されていないですが」

「大丈夫だよ、総司。影の方はともかく、彼の持つ錨は神器ではないからね。いやー、セラフォルーとの大一くん取り合い合戦に勝てて良かった」

「サーゼクス、そんなことやっていたんですか…」

 

 主含めて一気に和やかな雰囲気を醸し出す面々に、ようやく大一は生命を取り戻すような呼吸を行う。やっと現実に戻ってこられたような気分であった。

 すっかり緩められた空気の中で、炎駒は大一に近づく。

 

「本音を言えば、この件について私は賛成と反対が半々でした。またあなたに責任を背負わせることになりますからな」

「…だからこそ、俺に逃げ道も作ってくれたんでしょう?でもこれを選んだのは俺の意志です。これからは師弟というだけでなく、同じ眷属としてもよろしくお願いします」

 

 大一の言葉に、炎駒は何も言わなかった。ただ静かに微笑み返しただけであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ということで、サーゼクス様の『兵士』になりました。これからもリアスさん達を手伝う事には変わらないので、よろしくお願いします」

 

 他のルシファー眷属と軽く打ち合わせをしてから数時間後の深夜、悪魔の仕事のために部室に全員が集まったところで、大一が報告する。一連の説明を聞いて、メンバーの表情はまさに大一がサーゼクスから勧誘を受けた時に匹敵するほどの驚きを表していた。

 そんな中で、唯一驚きの表情をしていないアザゼルが大一に近づいて肩を組む。

 

「そういうことだ。ただ表沙汰にはしない、特殊な立ち位置のルシファー眷属だからな。他言無用だぞ」

「あ、あなたがそうさせたの?」

「俺は打診を受けただけだ。それに選んだのは大一自身だぜ」

 

 やっと絞り出すリアスの言葉に、アザゼルが肩をすくめる。これには彼女もどういった反応をすれば分からないようであった。

 これに次いで、ようやく他のメンバーも言葉を発した。多くのメンバーが大一の新たなスタートを祝うのに対し、朱乃は少し微妙な表情をするが、それを彼は気づかなかった。

 




立場が大きく変わるため、これまでとは違った立ち振る舞いも必要になるオリ主です。
ということで、新スタートを切って次回から14巻です。


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進路指導のウィザード
第124話 深夜と早朝


今回から14巻です。
やっぱり会話させやすいキャラの違いあるな…。


 魔獣騒動から幾ばくかの日数が経過したある日の夜、兵藤大一は生島の店で皿洗いをしていた。いつもは数少ない店のスタッフと共に生島がやっているのだが、そのスタッフは友人の結婚式で休み、生島自身も弟夫婦が揃って風邪でダウンして看病と甥の面倒を見るために出向いていたため、店の片づけを行っていた。その多忙でも店を短時間でも空けていたあたり、生島の並々ならぬ思いが察せられる。

 

「生島さんの弟さんは悪魔を知らないんですかね?以前、親の世代から悪魔のことを知っていると聞いたのですが」

 

 大一と並んで皿洗いをしているロスヴァイセがふと疑問を口にする。さすがにこの量をひとりの悪魔に頼むのは生島も躊躇しており、契約を取っている2人を呼んでいた。

 

「知ってはいるらしいですよ。ただ結婚する際にそういったものとは、一切関係を断ち切ったのだとか。生島さんも最初はそうだったんじゃないですかね」

「えっ!?生島さんって結婚されていたの!?」

「俺も話を聞いたことしかないんですけど、奥さんとは病気による死別だったようです。お子さんがいたかまでは知りませんが…」

「へ、へえ…ちょっと驚きましたね」

 

 言葉以上の驚きをロスヴァイセが感じていたのは、火を見るよりも明らかであった。大一自身もこの話を初めて耳にした時は、驚きすぎて失礼な内容を口走りそうになった。もっとも生島の正体が、悪魔になる理由を作った亡き友の父親であることを知れば、その比では無いほどの衝撃に包まれるのは疑いようもないだろうが。

 

「うーん…生島さんが結婚…結婚…」

「ロスヴァイセさん、気にしすぎですよ」

「ご、ごめんなさいッ!」

 

 びくりと身体を震わせるロスヴァイセの表情は、どこか羞恥を感じさせるものであった。オーディンの彼氏いないことへの冗談も酷かったが、ロスヴァイセ自身が男女関係について気にしすぎている印象もあった。とはいえ、教師を務めてはいるが彼女の年齢は大一と変わらないことを考えれば、当然の感情でもあるのだ。

 皿洗いの手を止めることは無く、再び2人は話の渦へと飛び込む。

 

「でも周りを考えれば仕方ないことだと思います。その…恋愛についていろいろ考えちゃうのは…」

「まあ…最近は特に激しいですからね」

 

 含みのある言い方で大一は反応する。ここ数日、一誠に好意を抱く者達へのアプローチの凄まじさは、彼らもよく知るところであった。魔獣騒動での一件から我慢が噴出したかのように、朝は多くの者が彼のベッドに潜り込み、部活中にも遠慮ない様子が見られる。

 これには一誠も喜びと困惑が入り混じっている様子で、アザゼルを筆頭に年上のロスヴァイセや祐斗に相談を持ちかけていた。大一も一誠から相談は受けたが、まるで答えを出すことはできなかった。一誠としては、兄の女性関係はあまり波風立たない印象を持っていたようだが、実際のところは彼も祐斗に相談しており、シャドウやルシファー眷属の件で忙しくしていたことで、あまり困った雰囲気が表に出なかっただけだろう。そもそも一誠とは数が圧倒的に違ったのも大きな要因ではあったのだが。

 

「あいつなりにハーレムについては考えているんだな、とは思いましたね」

「大一くんも意識するべきですよ。小猫さんのこともあるんだから」

「…努力します」

 

 ロスヴァイセの発言に、大一は少しだけ面食らう。小猫の件について、彼女にまで知られているとは思わなかった。ましてや彼女は疑似空間にいなかったのだから。ただ小猫も我慢をせずに言動に好意を表明することが増えていたため、気づくことに時間はかからないのも当然であった。

 微妙な空気のままこの話が展開されるかと思われたが、このタイミングで皿を洗う大一のぎごちない手つきにロスヴァイセは心配そうに視線を向ける。

 

「義手の調子は慣れなさそうですね」

「これでもマシになった方ですよ」

 

 大一は洗った皿を水切りかごへと慎重に置く。落とすような心配は無くても、たまに意識を怠れば動作にぎこちなさが現れるのは未だに確認された。かつて一誠が愛する人のために片腕を犠牲にしていたように、兄である彼も似たような道を歩むのは、なんとも褒められたものでは無い似方であった。

 

「あんまり無理してはいけませんよ。あとは私がやっても…」

「それはダメですよ。俺だって依頼されている身ですし、あと少ししかありませんから」

 

 その後、2人とも黙々と作業に集中し、5分後には全ての皿洗いを済ませた。ロスヴァイセはぐっと体を伸ばし、義手の指を曲げ伸ばししている大一に向き直る。

 

「お疲れ様でした」

「ええ、お疲れ様です。さて生島さんが帰ってこない場合は連絡を寄越すと言っていたけど…」

「まだみたいですね。もうちょっと待ちましょうか」

「この空き時間に魔法の勉強でもしたいところですよ」

「熱心な心掛けですが、今の大一くんなら私よりも優秀な人に教えてもらえるじゃないですか。マグレガーさんとか」

 

 ロスヴァイセの言葉に、大一は軽く首を振る。彼からすれば、疑似防御魔法陣を習得できたのも、魔法の練度を上げて術式について学べたのも、彼女の指導能力を実感しており、今さら他の人から教えてもらうつもりは無かった。

 

「俺にとって魔法で一番頼もしいのはロスヴァイセさんですよ。多くのことを教えてもらっているんですから」

「…お世辞が過ぎますよ」

 

 先ほどとは真逆で今度はロスヴァイセの方が面食らった表情になり、恥ずかしそうに頬をかく。直接的な尊敬を向けられて戸惑ったのは間違いなかったが、ロスヴァイセ自身はそれをどこまで理解していたのかは謎であった。物理的にも彼女よりも大きな相手から、尊敬の念を向けられたのも起因しているのかもしれない。

 

「もっと俺も力になれればよかったんですが…」

「今でも十分ですよ」

「ただルシファー眷属になって、以前のような方法が取れなくなったのかと思うと…」

「たしかにレーティングゲームの参加もできないですからね」

 

 大一がルシファー眷属になったことは秘匿されており、知っているのは一部の関係者だけであった。サーゼクスを筆頭とした魔王達、グレモリー眷属、シトリー眷属などの有望な若手悪魔たち…他にもいくらか何人かいたが、少ない人数では無かった。それでも公の場では、彼の所属はリアスの母親ヴェネラナの眷属となっていた。これは社会的騒動を避けるためもあったのだが、サーゼクスとしては魔王の眷属と縛られないようなフットワークの軽い下僕の必要性を感じていたようで、大一の存在が公にされない理由の一端を担っていた。

 どちらにしろ、今の彼はグレモリー眷属ではない。そのため、レーティングゲームの参加や公の場での付き添いなど、これまで当たり前のようにやってきたことも不可能になっていた。

 

「祐斗くんとかテクニックが僕だけ…と言ってうなだれていましたね」

「ああ、グレモリー眷属としての評価が最近ではパワー一辺倒な印象ですからね。でも小猫の仙術とかあるし、朱乃もロスヴァイセさんから防御関連について教わったりしているって聞きましたが」

「ええ。やっぱり彼女の才覚は素晴らしいものですよ。ただちょっと元気が無いような気はしますが…」

「それって───」

「ただいま~!ごめんね、遅くなっちゃって!」

 

 話の展開を打ち破るように、店のドアを勢いよく開けて生島が現れた。顔のしわには疲労の色がはっきりと刻まれており、寒くなってきた時期にもかかわらず額からは汗が噴き出していた。

 

「あら、全部終えてくれてありがとね。本当に助かったわ~」

「泊ってこなくて大丈夫だったんですか?」

「義妹のご両親が来てくれたから大丈夫よ。それと悪いんだけど、お水くれないかしら?」

 

 大一が近くのコップを取って水を入れると生島に渡す。彼は椅子に座ると同時にそれを一気に飲み干すと、もう一杯のおかわりを要求した。コップを受け取った大一がまた水を入れている最中に、ロスヴァイセが彼にハンカチを渡した。

 

「どうぞ、使ってください」

「本当にロスヴァイセちゃんもいい子だわ。絶対にいつか好い相手見つけてあげるからね!」

「親戚の世話焼きさんみたいになっていますよ」

 

 大一が生島に水のおかわりを渡すと、彼はそれを半分ほど飲み、ハンカチで額の汗をぬぐいながら反論する。

 

「いいじゃないの。私はそういう立場が一番合っているんだから。私からすれば娘が出来たようなものよ!…そういえば、悪魔って一夫多妻、一妻多夫がOKだったわよね?なんだったら、大一ちゃんどうよ?」

「前にも言いましたけど、見境なさすぎです」

「だって、私の知る一番可能性のあるイイ男って大一ちゃんだもの。…まあ、いいわ。私は大一ちゃんともこのまま長い付き合いをしたいものね。グレモリー眷属を止めたと聞いた時は冷や汗ものだったけど、契約は続行と知って安心したわ!長いこと変わらないと思っていたことが変わるって、やっぱり不安だもの!」

 

 生島は遠慮の無い豪快な笑い声を発する。疲労を吹き飛ばそうとするような勢いに、大一もロスヴァイセも苦笑い気味で反応した。相変わらずの豪快さがそこにあったが、変わらない相手を見るのは今の大一にとって心地よかった。生島はすでに大一と義手の件、シャドウの件についてはリアス達から内々に聞いており知っていたが、大きな心配をしてくれたのと同時に変わらず接してくれる。それが彼の精神に良い方向を与えていた。

 彼の言うことは正しい考え方であろう。長く続くと思っていたことについて急にはしごを外されるのは、感情のある生物なら不安を抱いて当然のことなのだから…。

 

「…あっ」

 

 大一は誰にも聞こえないほど小さな声を漏らす。生島の言葉で、朱乃の件について思い当たることがあったのだ。それを自覚した今、彼女と話す必要性を感じた大一であったが、その時間を取ることに苦慮するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 生島の仕事を終えての翌日、早朝のトレーニングを終えてから朱乃と話をつけようと思っていた大一であったが、朝からそれどころではない騒ぎがあった。トレーニングから戻ってくると、ちょうどリアス、一誠、レイヴェルが誰かと話をしていた場面に鉢合わせした。リアスは半ば気が立っていたのに対して、会話の相手は飄々とした様子で受け答えをしていた。黒い着物をはだけさせており猫耳が頭から生えているその女性は…

 

「げっ」

「おっ、大一じゃない。久しぶりにゃん♪」

 

 誰なのかわかった瞬間に、思わず否定的な声が漏れだした大一を無視して、黒歌は跳ねるように近づく。

 なぜかいる来客に呆然気味の大一であったが、よく確認すればルフェイも一緒にいた。黒歌は小猫から仙術を教えて欲しいと言われ、ルフェイの方は魔法使い選びのアドバイザーとして来たと説明するが、リアスもすっかり憤慨と困惑に支配されていた様子であった。

 

「どうして白龍皇側のあなた達が私達の家にいるの?敵地に等しいのよ?」

「スイッチちゃんは難しいこと考えすぎにゃー。そんなだから、脳みそにいくエネルギーがお乳から飛び出すようになるのよ?」

「大きなお世話よ…。というよりも、スイッチちゃんって何よ…!…はっ!まさか、以前この家に来た時に転移用魔法陣のマーキングをしたのね!?」

「ピンポーン♪おかげさまで一瞬で来られるようになったにゃ。いつでもここのおっきなお風呂使えるってわけね」

「あ、あの、これ。アザゼル元総督よりのお手紙です」

 

 ルフェイから手紙を受け取った一誠はリアスと共にそれに目を通す。すでに勝手すぎる了解は取っているようであった。

 

(マーキングとか気づいていた?)

(興味ねえから感知もしなかった)

『神滅具持ちのチームか…ハッ!』

 

 頭の中で面倒そうな声で反応するディオーグと、神滅具関係者ということで勝手に敵意を向けているシャドウの声が響く。

 そして目の前ではリアスが諦めたように手を額に当てていた。

 

「たまにしか来ないから、気にしないで。ね、スイッチちゃん?白音のこと、ちゃーんと鍛えるから♪」

「…勝手になさい。その代わり、小猫のこと、頼むわよ?それと必要な時は力を貸しなさい。悪魔らしくギブアンドテイクよ」

 

 リアスと黒歌の約束が取り決められる中、一誠が大一に近づいて小さく言う。

 

「いっそう賑やかになりそうだな」

「お前のそういう楽観的なところが羨ましいよ」

 

 結局、兵藤家にヴァ―リチームの女性2人が通うことになった。

 




あんまり新スタートを切った感じありませんね。


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第125話 魔法使いの契約

あんまり魔法使いって印象に残らないです。…読み方が浅いのでしょうか?


 ある日の放課後、げっそりとした表情で部室に入ってきた一誠を見て、大一は不思議そうに顎を撫でる。ゼノヴィアから話を聞いたところ、松田と元浜の話し合いで少々揉めたらしい。リアスが呼び捨てにされていることやレイヴェルと仲が良いなどの言葉を聞いただけで、その話の方向性と一誠の気持ちは察するにあまりあった。

 だがこの日はいちいちそれを気にしている暇はない。悪魔にとって重要な案件をこなさなければならないのだから。

 全員が集まったのを確認したリアスは立ち上がり、見渡すように話し始める。

 

「さて、皆、今日集まってもらったのは他でもないの。今日から例の件、『魔法使い』との契約期間に入っていくわ」

 

 この言葉に緊張感が走り出す。各々が決めた魔法を生涯かけて学ぶ…それが魔法使いという人種であった。先人たちが積み上げたものにさらに貢献するのも良し、独自に自分の道を切り開いても良し、共通するのは特定の分野の魔法への情熱であった。

 そんな魔法使いが悪魔と契約するのはいくつか理由がある。第一に揉め事になどに巻き込まれた時のための後ろ盾だ。様々な技術を研究、調査する以上、騒動に巻き込まれることも少なくない。

 第二に悪魔と契約することで悪魔から技術や知識を得られるというもの。これにより魔法使いの研究は飛躍的に上がる。もちろん契約する悪魔によって得られる知識も技術も違うため、これは相当に重視される。

 そして最後に純粋な魔法使いとしてのステータスであった。名高い悪魔と契約すること自体が、魔法使いにとっては大きな財産になるのだという。

 要するに、魔法使いにとって悪魔というのは今後の研究を深めるためにも必要不可欠な存在であった。

 この重要な契約にあたり、魔法使い協会のトップが魔法陣を通して立体映像として部室に現れた。赤と青のオッドアイが特徴的な中年男性が、ゆったりと椅子に腰かけている。どことなく怪しげな雰囲気を醸し出しているが、リアスに向けた笑顔は穏やかであった。

 

『これはリアスちゃん。久しいねえ』

「お久しぶりです、メフィスト・フェレス様」

『いやー、お母さんに似て美しくなるねぇ。キミのお祖母さまもひいお祖母さまもそれはそれはお美しい方ばかりだったよ』

「ありがとうございます」

 

 一通りのあいさつを済ませたリアスは、仲間達にこの悪魔について紹介する。

 

「皆、こちらの方が番外の悪魔にして、魔法使いの協会の理事でもあらせられるメフィスト・フェレス様よ」

『や、これはどうも。メフィスト・フェレスです。詳しくは関連書物でご確認ください。僕を取り扱った本は世界中に溢れているしねぇ』

 

 どこかのんびりした調子であいさつをするメフィスト・フェレスであったが、冥界の中でも知名度、実力共にずば抜けた存在であった。特にオカルト研究部との繋がりを感じさせるのは、あのタンニーンの「王」であるところだろう。五大龍王の一角を眷属にするという規格外の事実だけでも、実力の一端が垣間見られる。

 また冥界の中でも古株でありながら、その独創的な考え方から旧四大魔王とはまるで反りが合わなかったため、現在のサーゼクス達との関係性は良好であった。

 それもあってか、リアス、ソーナ、サイラオーグ、シークヴァイラの4人の若手悪魔「若手四王(ルーキーズ・フォー)」にも非常に協力的であった。そして仲の良さは、悪魔だけでは無かった。

 

「わりぃわりぃ、俺だけ会議が長引いてな。お、メフィストじゃねぇか!」

『やーやー、アザゼル。この間ぶりだねぇ。先にリアスちゃんと話をさせてもらっていたよ』

「ああ、魔術師の協会も大変なもんだな。それより、今度、こっちで飲まないか?いい酒を手に入れてな」

 

 遅れて入室してきたアザゼルに会うなり、メフィストは談笑が始まる。どう見ても初対面とは思えないやり取りであったが、メフィストは以前からアザゼルを通じてグリゴリの情報網を頼りにしていた。それは逆もしかりであり、同盟により裏でコソコソする必要が無くなったようだ。

 この光景を見ていた大一の頭の中でシャドウが話し始める。

 

『こういうのを見ると、3大勢力が同盟を組んだと思って見に来ていた自分がバカバカしくなるね』

(まあまあ。そのおかげで俺らも恩恵を貰っているじゃないか)

『でもこういうのって続けていると、そのうち大きなしっぺ返しがありそうじゃない?』

(関係ねえ!降りかかる厄は叩きのめすだけだ!)

(振り払う程度でお願いします…)

 

 ディオーグの聞くものを震え上がらせるような好戦的な声に、大一は小さく表情を歪ませる。このやり取りだけでもこれから行うことから注意が逸れそうになるものであった。

 間もなく、メフィスト・フェレスによって大量の書類が送られてきた。雨のように大量に送られてくる書類は、魔法使いのアピール文書のようなもので一種の履歴書でもあった。

 全員で大量の書類を分けるのに時間を要する。大一としては、この時に右肩から出てきたシャドウによる3本の黒い腕が役立ったのは幸運であった。

 数分後、全員の書類がまとめ上げられる。中でも一番多かったのはやはりというべきか、リアスであった。グレモリー家の次期当主であり、これほど有力な眷属を抱えていれば、その人気はもっともであった。

 次に人気なのは悪魔歴の短いロスヴァイセ。彼女の魔法の技術に目をつけた者は後を絶たなかった。

 そして3番目は、なんとアーシアであった。回復という能力は魔法使いにとっても大きなメリットであり、引く手数多とのことだ。

 とはいえ、数が多い=良いというわけではない。この中から本当に信頼関係を築き、なおかつ互いにメリットをもたらせる相手を選ぶとなれば、魔法使いの質も重要なのだ。事実、数の少ない小猫やギャスパーにもなかなか粒ぞろいなものが揃っている。

 みんなが書類を見たり、他の仲間と情報を共有する中、メフィストが一誠の書類の数を見る。アーシアに次ぐ量であったが、彼は少し意外そうな表情であった。

 

『冥界で人気者であり、殊勲をあげる赤龍帝くんへの指名率が思ったほど伸びなかったねぇ。それでも十分すぎるほどに多いけど。案外こちらの若い子達はミーハーってわけでもなさそうだよ』

「魔法使いの連中はステータスも重視するが、それ以上に業界内の体裁を気にするからな。特にエレガントではないものに関しては少々手厳しい。イッセーの人気が俗すぎるものだと判断したのかもな。本人もエロ技ばかりだしな」

「そ、それも関係しますか…」

 

 少したじろぐ一誠に対して、アザゼルがケタケタと笑う。まったく悪意を感じられないのが質の悪さを感じさせる。

 

「あと、大一の存在もあるな。別に赤龍帝って肩書きにこだわらなければドラゴンなら扱いやすそうな方に流れたのかもしれない。まあ、こいつもシャドウの件が表沙汰になれば、どうなるかわからないがな」

(てめえ、それは俺が寝ている小童ドラゴンより下だって言うのか!)

『余計なお世話だ、マッド神器研究者!』

「アザゼル先生、あんまり煽らないでください。頭の中がめちゃめちゃ騒がしくなるんですよ」

 

 冷静にツッコミを入れられるあたり、怒涛の魔法使いの書類を捌き切るくらいには落ち着いたようであった。とはいえ、魔法使いの選考はこれで終わりじゃない。これからもまだまだ来るため慎重を期した。

 ひとまず大量の書類を魔法陣で転移させる中、メフィストがレイヴェルに興味深そうな視線を向ける。

 

『そこの女人はフェニックス家の者かな?』

「は、はい。レイヴェル・フェニックスと申します」

『うん…これはうちの協会だけに届いている極秘の情報なのだけれどね。どうにも「はぐれ魔術師」の一団が「禍の団」の魔法使いの残党と手を組んでフェニックスの関係者に接触する事例が相次いでいるんだよ』

「…それはどういうことなのでしょうか?」

 

 なんとも不気味な情報に、リアスはメフィストに問いかける。禍の団に流通しているフェニックスの涙であったが、最近は闇のマーケットでフェニックス家産でないフェニックスの涙が出回っている情報があった。しかも効果まで純正に等しいものであり、情報のもたらした不穏な雰囲気は一層濃くなった。フェニックスの涙の模造品が出回り、それに伴いフェニックス家に接触する禍の団…これに緊張感を持たない方が無理というものだろう。

 だがアザゼルの言葉がその緊張感をさらに張り詰めさせた。

 

「どうにも『禍の団』の旧魔王派、英雄の残党、陰に隠れた魔法使いどもをまとめようとしている輩がいるようでな。そいつが実質的な現トップだって話だ。詳しい情報はこれからだが…嫌な予感ばかりがする。奴らの戦力は確実に破滅の一途なんだけどな。戦力減少の歯止めが利かない状態で何をするつもりなんだか」

 

 こうして奇妙な空気を残したまま、この日はお開きとなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その夜、大一は台所にいた。作業をしている間も、頭の中ではディオーグやシャドウと共に今日の会話で思いついた疑問について話し合う。

 

(クーフーが率いている…とは思えないんだよな)

(まあ、あのガキはただの敗残兵だろ)

『でもさ、無視できる存在ではないよね。英雄派の残党をまとめ上げているのかな?あっ、でもあいつは戻るつもりは無いみたいなことを大一の仲間に言っていたのか』

 

 大一達がアザゼルの話を聞いて真っ先に思いついたのは、先日捕り逃したクーフーであった。朱乃達の話ではいまいち協調性を感じられない立ち振る舞いであった。だがシャルバに協力した可能性の高さなどを踏まえると、まったく禍の団に協力していないとも思えない。禍の団が一枚岩でないことを知る大一としては、彼がなんらかの理由で英雄派にいたと思えてしまった。

 ただアザゼルの口ぶりからすれば、禍の団全体をまとめ上げようとしていることが考えられる。となれば、オーフィスがずば抜けた実力を持っていたように、相応の実力とカリスマ性が予想された。そうなれば先日ルシファー眷属に迎え入れられた際の打ち合わせで挙がったある男の名前が脳裏に浮かぶが…

 

『現状で早計は禁物だ。まずは魔法使いを選んだ方がいいよ』

(あんなのいるか?メリットがねえ)

(見聞を広めれば強くなれると思うぞ。それに場合によっては、名を広めることに繋がるかもしれないからな)

 

 予想はしていたが、ディオーグの否定的な意見に大一は首を振る。今後の悪魔として生きていく以上は避けて通れないものだ。使い魔と違って無視していいものでもない。

 

『僕らを助けてくれたあのアリッサっていう女の子にお願いできればよかったかもね』

 

 シャドウの言葉に、大一もディオーグも疑問符を浮かべる。なぜこのタイミングで彼女の名前が出てくるのかがわからなかった。

 

(なんでアリッサ?)

『え?だって、あの子って魔法使いでしょ?』

(そうなの!?魔法なんて使っていたか!?)

『転移の魔法陣使っていたじゃないか。しかもあれってオリジナルだと思うよ。そう考えれば相当な手練れだ。というか、大一はなんだと思っていたんだよ?』

(てっきりはぐれの悪魔かなんかかと…魔法を使う悪魔だって普通にいるし)

(悪魔や人間の類じゃねえだろ。あの女に生命力なんて感じなかったぞ)

(『はあ!?』)

 

 間髪入れずに出てくる様々な意見に大一もシャドウも素っ頓狂な声を上げる。なんてことない話題のはずが、あっという間にクーフー並みに不審な印象を抱かざるを得なかった。

 

(…いや、これはおかしいだろ。そもそも魔法使いが冥界へ行くのは契約した上で余程の力が無いとできないと、メフィスト様が説明していた。アザゼル先生の話では彼女がいた「異界の地」というのは死人や落ちぶれた存在が迷い込むようなおとぎ話のような場所…なんだってそんなところに生命力もない女性がひとりでいたんだ?)

『ま、まさかあれって死後の世界とか…!』

(そういうのは、あのハーデスとかって奴の管轄だろ。だいたい俺らは死んでねえ)

(妙な話だな。アザゼル先生や炎駒さん達にも相談するか…)

 

 呟く大一は胸がざわつく感覚がある。悪魔になってから頭痛に悩まされていた日々は過ぎ去ったが、今度は気持ちが落ち着かず不安を覚えることが多くなっていた。それでもルシファー眷属に打診しやすくなったのは、彼の鉛のような重い感情を少しでも軽くさせていた。

 

『だったら、あのマグレガーって奴が一番だな。魔法に詳しいところから当たろう』

(…どうでもいいけどよ、小僧。てめえ、台所にいるだけで甘い物を食わねえのかよ)

(甘い飲み物は淹れたから勘弁してくれ。…よし、できた)

 

 大一は2人分のココアを淹れると、マグカップを持ってゆっくりと台所を出る。時刻はすっかり遅かったため両親はおらず、おかげで両手が塞がっていてもシャドウによって扉を開けることが出来た。

 

(ありがとよ、シャドウ)

『というかさ、誰に持っていくのさ』

(朱乃に。さっきリアスさんと後輩たちに魔法使い選びのアドバイスを終えたところを見たからな。部屋にいるだろ)

『おいおい、深夜デートかよ。いいぞもっとやれ』

(…茶化すなよ。話さなければいけないことがあるんだ)

 

 間もなく大一は目的の部屋の前にたどり着く。肩から形成されるシャドウの腕で扉をノックする。

 

「朱乃、まだ起きているか?」

「ええ、入って」

 

 半ば身の入っていない返事を聞いて、大一は彼女の部屋の扉を開ける。和風で品の良い家具が揃えられているが、端々に可愛らしい小物が見える。すでに寝間着の薄い着物姿になっていた朱乃は自分の椅子に座りながら、机にたくさん置いてある魔法使いの書類に目を向けていた。目の動きからまるで集中していないことが窺える。

 

「どうかしたの?」

「休憩しないか?ココアを淹れてきた。俺がしっかり淹れられるのってこれくらいだけだからな」

「…うん、いいよ」

 

 ふっと安心したような、それでいてぎこちなく感じる笑顔で朱乃は応じる。大一から手渡されたココアを両手で持つ彼女は絵のように美しかった。

 

「…なんかこういうの久しぶりな気がするわ」

「俺もそうだよ。とても嬉しい」

「お世辞を言っても何もしてあげないわよ」

「本心だよ」

 

 静かにココアを飲む音以外、何も聞こえなかった。緊張感は無いはずなのに、朱乃はどこか気まずさを感じていた。その理由について自覚はあったのだが、いまいち表に出すことははばかられた。しかし間もなく、その心の引っ掛かりに大一の方から言及する。

 

「俺がルシファー眷属になったこと、やっぱり気になる?」

「…わかっちゃったかしら?」

「気づけたのは最近だけどね」

「あらあら、正直なんだから」

 

 朱乃はココアを持つ手と静かに下ろすと、しっかりと大一の瞳を見つめ直す。

 

「…本音を言うとね、とても寂しかった。仕方ないとはわかっているんだけど、あなたと共にリアスの…親友の力になることに慣れていたから。あなたが生きて戻ってきてくれたのは嬉しいの。でも…義手の件や神器の件、そしてルシファー眷属の件…不安になっちゃったのね」

「朱乃…」

「謝らないでね。私が勝手に悩んじゃっているだけだから」

 

 朱乃はようやく栓をしていた感情を言葉に出来た。死んだはずの愛する男が生きて戻ってきた、それだけでも本当は喜ぶべきことなのだが、その後に荒れ狂う海のように感情を揺さぶられることが続いた。変わっていないはずなのに、大一がまるで手の届かない場所へ向かっていくのが彼女の心をじわじわと締め付けていたのだ。

 そして大一も先日の生島との会話で、ようやくそのことを自覚した。当然、惚れた女性を不安にさせたことに自分を責めたが、死の淵を経験した彼もようやく勇気を常備するだけの覚悟を持ち合わせていた。

 大一はココアを手近なテーブルに置くと、朱乃に近づいて触れるだけのキスをする。

 

「だ、大一…」

「…俺の方からするのは珍しかったかな」

 

 不意打ちに朱乃が赤面するのに対し、大一の方も勝るとも劣らないほど顔を赤らめていた。それでも持てるだけの勇気を奮い起こして、大一は言葉を続ける。

 

「…俺は一誠みたいに奇跡を起こして大きくことを変えることは出来ない。でも、朱乃が安心しているために寄り添うことは出来る。リアスさんの件だって同じだ。不安になっても俺があなたを支えることに変わりない」

「…きざなセリフ」

「正直、かなり頑張った…」

「でもそうやって愛してくれるから好きだわ」

 

 そう言って朱乃もキスを返す。心に抱え込んでいた不安の氷塊は溶けており、我ながら甘い女だと彼女は思った。もっともそんな甘さを彼女は享受し続けるつもりであったが。

 

「そうだわ。そろそろ大一に埋め合わせしてもらわなきゃ」

「あー…たしかに事あるごとに言っている気がするな、俺」

「良いこと思いついたから、どこかでお願いするわね」

「それはもちろんいいが…これは?」

「これはまた別よ。ライバルに先を越されないためのね」

 

 そう言って、朱乃は大一の首の後ろに手を回し気のすむまで身体をすり寄せる。このまま書類を読み進めることは無いと思われたが、リアスが朱乃に相談に来たことにより大きな進展は見送られることになった。

 




ヒロインを決めて良かったと思う今日この頃です。


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第126話 男達の話し合い

オリ主がかなり便利扱いできるポジションになったと思いました。


 グレモリー眷属の利点の一つとして挙げられるのは、その実力の高さである。それは互いを高め合うことにも繋がる。この日も一誠達はグレモリー領の地下にあるフィールドでトレーニングをしていた。模擬戦をして鍛え上げるもの、新たな武器の使い方に悩むもの、さらに強力な技の考案に精を出すもの、これまでとは違った方法で更なる強化を求めるもの…とにかくそれぞれの方法で高みを目指している。

 このトレーニングに大一は参加せずに、別領土にあるビルへと赴いていた。理由は単純なもので、マグレガーへ荷物を届けるためであった。部屋を開けると相当な量の書類が山積みにされており、彼の仕事量をうかがわせるものであった。しかしほぼ同時に視線に入った相手の方が、大一にもたらした驚きは大きかった。

 

「失礼します。マグレガーさん、頼まれていたものを…あっ」

「ん?大一殿?」

「おっと、この前ぶりスね。大一くん」

 

 部屋には炎駒とベオウルフもいた。同じルシファー眷属であるのだから、同席しているのはおかしくない筈なのだが、ルシファー眷属自体が集まることが難しいという印象を抱いていたために少なからず驚きを抱いた。

 

「お二人とも、どうしてここに?」

「ちょっと、魔法関連でマグレガーさんの意見を聞きに。大一くんは?」

「自分は頼まれた荷物を届けに来ました」

「マグレガー殿、それは我が弟子を使いっぱしりにしたと解釈してよろしいので?」

 

 炎駒が椅子に座るマグレガーに強い視線を向ける。彼はその視線にもまったく動じず、ベオウルフの意見書から目を離さずに答える。

 

「悪い言い方だとそうなりますね。しかし炎駒も知っての通り、ここは私の秘密主義を前面に押し出した仕事部屋のひとつ。今回持ってきてもらった荷物は少なからず強力な力を持つ道具なので、信頼とこの秘密を守れる相手を選びたかったのですよ。彼もルシファー眷属として見聞を広めるとして、ちょうどいいでしょうし」

「うーむ…しかし…」

「自分は全然問題ないですよ」

「ほら、こう言っているし大丈夫だって。炎駒は気にしすぎだよ」

 

 炎駒の背中をバシバシと叩きながら、ベオウルフが諌める。大一に対して、あまり余計な負担をさせたくない炎駒であったが、マグレガーの方はルシファー眷属として同等の扱いをしながら鍛えるつもりでいたし、ベオウルフも同様の気持ちであった。ベオウルフの場合は後輩の存在に気が良くなっているのも間違いなくあったが。

 大一は荷物を指定された場所に置いた後にもうひとつ小さなバスケットを机に置く。

 

「ヴェネラナ様からの差し入れも持ってきたので、それのついでということにしておけば大丈夫です」

「おっとマスター・サーゼクスの母君から…これはありがたい」

「その時にグレイフィア様とも会いましたよ」

 

 この一言にこの場の空気の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。炎駒の視線にもまるで気にしなかったマグレガーが静かに資料から目を離すと、大一に向かって少し震えた声で問いかける。

 

「…なにか言われましたか?」

「用事を訊かれて、マグレガーさんに荷物を届けると説明しました。いろいろ渋い表情はしていましたが、フォローは入れて納得はしてくださいましたよ」

「うーん、炎駒は良い弟子を育てましたね」

 

 安心したようにマグレガーは頷く。以前、ミリキャスがグレイフィアこそ一番強いと話していたが、ルシファー眷属になってからそれが事実であることをますます実感せざるを得ない。彼女に対して上手いかわし方が可能なのは、それこそ炎駒と総司くらいであった。

 マグレガーの態度に炎駒は軽く鼻を鳴らす。

 

「まったく調子がいい…」

「いずれ埋め合わせはしますよ」

「でしたら、ひとつ訊きたいことがあるのです。マグレガーさん、アリッサという女性を知りませんか?」

「アリッサ?」

 

 マグレガーはあごに手を当てて少々押し黙るが、間もなく肩をすくめて答える。余裕ありげな表情は、男性でありながら色気を感じさせるような不思議な雰囲気があった。

 

「…いえ、まったく聞いたことはありませんが。まあ、私に恋愛相談するのは賢明ですよ。ベオにするよりかは的確なものは出来ると思います」

「し、失礼な!魔法一辺倒のマグレガーさんよりも経験豊富…のはずです!」

「いえ、恋愛相談ではなくてですね…実は───」

 

 大一は以前リアス達に説明したように、3人にも話し始める。初めての打ち合わせで戻ってきた経緯についてザックリとは話したが、今度は記憶の出る限り事細かに説明をした。

 話の中で、マグレガーやベオウルフは神妙な表情になり、炎駒の方は渋い表情へと変化していった。大一が話し終えた時、マグレガーは額を指で叩きながら考えを張り巡らせていた。

 

「『異界の地』か…久しぶりに聞きましたね。数十年前に書物で読んだことがあります。あれの著書は数百年前ですが」

「そんなに昔からあったんですか?」

「それ以上ですよ。私は魔法使いの関連でメフィスト様とも親交はあるのですが、あの方が現役であった頃にその存在を確認したと聞きます。なので、正確な年数は分かったものじゃありません」

「でもその割に俺は聞いたことないスね…炎駒は?」

 

 ベオウルフの問いに炎駒は無言で首を横に振る。大一もアリッサの話で初めて聞いたことであり、その地が勢力間の中では重要視されていないものであることがわかる。

 

「奇妙な地ですよ。存在が確認できても、その全容は未だに把握されない。どうやって行くのかもわからない。どのような始まりで把握されたのか、それすらも謎です。その謎ゆえに好奇心を刺激させる魅惑を持っているとも捉えられますが」

「それほどの場所を調査しようと思わなかったのですが?」

「もっと明確に特別なことが確認される場所なんていくらでもありますからね。あの地を本気で調べているのなんて一部の神話形態のみですよ。あの地にはまだ見ぬ特別な何かがある…根拠のない理由で調査をしていますね。伝聞だけ知って一攫千金の宝島を目指すようなものです」

 

 マグレガーはさらりと言ってのける。彼もアザゼル同様に、異界の地についてはあまり気にしていないような雰囲気であった。自分の考えすぎか、大一はそう思ったが心の中で何かが引っかかっていた。あの地に降り立った時、薄れゆく意識の中で彼は間違いなく特別な何かを感じていたが、それを言葉にするのは難しかった。

 いずれにせよ、この場で答えが出ないと判断した大一はマグレガーに礼を言う。

 

「マグレガーさん、ありがとうございます。お手数をおかけして」

「この程度はお手数でもなんでもありませんよ。私の方でも、もう少し調べてみますよ。ところで大一くんはこの後の予定は?」

「このまま戻って皆とのトレーニングに合流するつもりですが…」

「なるほど…大一くん、表立っていないとは言えルシファー眷属になった以上、それ相応の実力は必要です。それは心得ていますね?」

「もちろんです。例の男のことも踏まえれば、弱くていいというのは理由になりません」

「よろしい。では、せっかく足を運んでもらったし、こちらも誠意を見せましょう」

 

 マグレガーは資料を机に置いて立ち上がる。いつものローブ姿でありながらその立ち振る舞いは、質の良い劇の役者のような優美な印象を抱かせた。

 

「ここの地下もそこそこのフィールドがあります。いつもはセカンドの発散用として使われることが多いですが…稽古をつけてあげましょう」

「あ、ありがとうございます」

「炎駒はどうしますか?」

「当然、一緒に行きますよ。私は大一殿の師なのですから」

「あ、あの、マグレガーさん。俺の意見書の方は…」

「では行きますよ、3人とも」

 

 マグレガーを先頭に大一はルシファー眷属を3人相手に訓練をつけてもらった。いつも仲間内でやる模擬戦とのレベルの違いに驚愕した彼がリアス達の下に戻った際には、まったく歯が立たない実力差を実感し、ぼろぼろの状態であったのをアーシアに治療してもらうことになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日の放課後、部活が終わってから大一はそのまま帰らずに校庭のベンチに座り、げんなりとした表情で匙の話を聞いていた。なんでもこの日の昼休みに一誠が生徒会室に遊びに来ていたのだが、その際の会話の中で彼は初めて一誠とリアスが付き合っていたことを知ったらしい。併せて、ソーナが「イッセーくん」と呼んでいたことがかなり気になっており、部活後に大一に話を聞いてもらうという約束を取り付けていた。

 

「先輩…!俺は…俺はどうしたらッ!」

「よーしよし、大丈夫だぞ。お前の気持ちはよくわかった。いろいろ感情が追いつかないよな、うん」

 

 隣に座る匙を慰めるように、大一は背中をさする。すでに何度も行っていることであったが、彼の様子は一向に落ちつく様子は無かった。

 

「やっぱりあいつくらいグイグイ行かないと無理なんでしょうか…!」

「あのソーナさんがそれで落ちる印象もないけどな。あと別に一誠はそこまで積極的でないと思うぞ。普段の生活ではむしろ受け身一方だ。ここぞという場面では、しっかり決めるけどな」

「先輩はどうだったんですか…?」

「俺にも振るか…」

 

 うなだれた匙の問いに、大一は困った様子で考え込む。朱乃との関係性を振り返るも、その答えは短い言葉でまとめられた。

 

「俺の場合は…言ってはあれだが付き合いの長さがあったからな。あんまり参考にならないよ」

「で、でもその場合は会長とも付き合いの長さは…」

「心配しすぎだ。俺はソーナさんとは純粋な仲間でいるつもりだぞ。心配になる前にどうやったら振り向いてもらえるかを考えろ」

「すいません…」

 

 匙は力なくため息をつく。もっとも彼の心配もわからなくはない。ソーナと結婚することまで目標にしている彼としては、似たような志を持つ一誠が先に歩を進めているのに対して、最高の触れ合いが眷属たちと映画鑑賞に止まっているのが気になるのだろう。ソーナとの仲がまるで進展していないことには、泣きたくもなるはずだ。

 もっとも匙とてモテないわけではない。同じ眷属の花戒桃と仁村留流子から好意を抱かれていた。匙としてはどこまで気づいているのかは分からないが。

 ただ大一としては匙が望む方向に幸せをつかんで欲しいと思っていた。できちゃった婚はソーナ相手にはさすがに不可能と思っていたが、男女の仲になるのは推していきたかった。

 

「前にも言ったが、ひたむきに考えるのはお前のいい点でもあるんだ。ソーナさんへのアピールも忘れずにすれば、その想いは気づいてくれると思うよ。また悩んだら相談には乗るさ」

「大一先輩…ありがとうございます…!」

 

 半分涙ぐみながら匙は、大一の手を握る。彼の家庭環境を踏まえると、直近で頼れる同性の先輩の存在というのは匙にとって心を健康的な方向に向かわせていた。大一にとっても、彼の強みと気質を知って幸せを祈っていたため、見守っていくつもりであった。

 

「やっぱり同性の先輩は身近にいるとありがたいですね」

「お前のところ、男一人だもんな」

「いやいや、実はこの度新しい眷属が入ることになりまして」

「おっ、念願の同性か。ソーナさんから正式に紹介されることを楽しみにしよう」

 

 大一は手に持っていた缶コーヒーの残りをグイっとあおる。純粋な苦みは頭の中でディオーグが騒ぐことになったが、大一としてはこちらの方が好みであった。

 隣では匙もジュースの残りを飲み干すと、ふとした疑問を口にする。

 

「そういえば、先輩はルシファー眷属になったんですけど、下級悪魔のままなんですか?」

「そうだな。中級悪魔になったのは朱乃、祐斗、一誠の3人だな。まあ、あっちは近いうちに上級になって自分の眷属を持てるようになるだろ。匙はそういう目標ないのか?」

「俺は…会長が言っていた学校の先生になりたいだけですね。眷属を持つことにはまだそこまで。先輩こそ、自分の眷属を持ちたいと思わないんですか?」

「俺にはそういうのは向いていないよ」

 

 大一は静かに首を振って否定する。一誠と違い、彼は独立を勧められてこなかったし、彼自身も積極的に考えてこなかった。今後もリアスのために眷属として戦っていくつもりであったことが理由であったが、もうひとつの大きな理由として彼自身が矢面に立って人を率いていくというのが性分に合っていないと考えていたからだ。あくまで人の下で戦うのが自分らしいのだ。無責任な考え方ではあるが、彼自身が余計な責任を負うことを避けたがっていると無意識のうちに考えているようにも思われる。

 だが現状の実績を知っている匙としては、あまり賛成できない考えであった。

 

「先輩はむしろ『王』を目指してもいい気がしますがね…」

「おいおい、お世辞を言っても何もでないぞ」

「本心ですよ。兵藤とは違う方向で先輩は人を率いることは出来る気がします」

 

 冥界の英雄であり多くの人を魅了する一誠であり、京都での経験も踏まえて匙は粗削りながらも彼のリーダーシップには肯定的な感情を持っていた。ハーレムを目指していることも理解しているため、本人の意志も考えればいずれ眷属を持って独立するのは間違いないだろう。

 その一方で、大一は一誠とは別ベクトルながらも独立するタイプだと考えていた。弟のような名声は無いが、仲間を支えてその力を存分に発揮できる土台を作る。サイラオーグ戦の一件などからいざという時は仲間も止めることも厭わない。彼の重厚質実な性格と相まって、上に行ってもおかしくないと匙は考えていた。

 

「まあ、眷属にしたいと思えるような人が現れたらあるかもな」

「ある意味、兵藤以上に見てみたい気もしますよ」

「だが、あったとしてもだいぶ先のことだ。まずは目の前のことから。明日の吸血鬼との会談についてだな」

 

 大一はベンチから立ち上がるとグッと伸びをする。グレモリー眷属にとって大きな問題のひとつである吸血鬼関連のことについて、明日の夜に会談が行われることが本日決まっていた。シトリー眷属も聞いており、一種の緊張感を抱かざるを得なかった。

 

「吸血鬼って独特の考え方を持っているようですが…気をつけてくださいね」

「戦うわけじゃないが、肝に銘じておくよ」

 

 日も短くなり夜特有の暗さが辺りを支配する。この状況は悪魔の本分でもあったが、それ以上に好みそうな種族との邂逅に心を引き締めるのであった。

 




最新刊まで追っていると、眷属関連も複雑だと思います。
彼は…どうするかなー。


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第127話 吸血鬼との会談

こういう場ではどうしてもオリ主の出番がありませんね。


 空気は季節相応に冷え込み、一切の音も無い夜の世界は不気味さを際立たせる。この日の深夜、その闇に相応しい吸血鬼が来訪し会談する予定になっていた。すでに旧校舎にはリアス率いるオカルト研究部全員、アザゼル、シトリー眷属からソーナと椿姫、そして見慣れないシスターが集まっていた。シスターはグリゼルダ・クァルタといい、天界のスタッフを統治するイリナの上司に当たる女性であった。エクソシストの中では五本指に入る実力な上に、ガブリエルのQ(クイーン)でもある彼女は、イリナ同様に天界側からのスタッフとなる。すでに一誠やアーシアとは出会っているが、それ以上に深い付き合いのある相手がいた。

 

「ゼノヴィア?私と顔を合わせるのがそんなに嫌なのかしら?」

「…ち、違う。た、ただ…」

「ただ?」

「…で、電話に出なくてごめんなさい」

 

 きびきびとした態度のグリゼルダに対して、ゼノヴィアは気弱に言葉を発する。ゼノヴィアとは同じ施設で育っており姉代わりでもあったためか、グリゼルダに頭が上がらなかった。いつもと違うゼノヴィアの様子にリアスを筆頭に仲間達が目を丸くする。イリナと、先日出会っていた一誠とアーシアは少し苦笑しており、それぞれの反応がゼノヴィアにとってグリゼルダがいかに特別なのかを証明していた。

 さらに時間は経ち夜が更けていくが、そんな中に冷ややかな空気が流れ込んでくるのを全員が感じた。

 

「来たようね。…相変わらず、吸血鬼の気配は凍ったように静かだわ」

 

 リアスは立ちあがると、祐斗に視線を向ける。彼もそれに応じるように一礼すると部屋を出て、来客を迎えに行った。いよいよ闇の支配者である吸血鬼との会談が始まる。

 

────────────────────────────────────────────

 

「お客様をお連れしました」

 

 それぞれが気を引き締める中、丁寧な対応で祐斗は客を招き入れる。入ってきた吸血鬼は少女であった。顔立ちは完璧とも言えるほど整っており、西洋のドレスと相まって人形のような印象を抱かせた。吸血鬼特有の血の気の無さが無機質な雰囲気をより促進させていた。少女の背後にスーツを着た護衛と思われる男女のペアも入ってきたが、全員が吸血鬼の証拠として部屋の明かりによる影が見られなかった。

 

『おーう、位の高い吸血鬼は尚のこと活力という言葉から離れているように見えるな』

(だがあの女には生命力がある。死人じゃねえよ)

 

 大一の眼を通して吸血鬼を確認したシャドウとディオーグが頭の中で会話する。吸血鬼の情報について、大一は書物と伝聞による情報でしか知らなかった。身体を共有する2人が何か知らないかと思ったが、ディオーグが何も知らず、シャドウの方は平民の吸血鬼にかなり昔に一度だけ憑りついた程度で、吸血鬼社会が閉鎖的なものということしか分からなかった。つまり書物以上の話は何も出てこず、前もってリアスやアザゼルから叩き込まれた内容が全てであった。

 少女は丁寧にあいさつを行う。

 

「ごきげんよう、3大勢力の皆さま。特に魔王様の妹君お二人に、堕天使前総督様とお会いできるなんて光栄の至りです。

 私はエルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼びください」

「…カルンスタイン。確か、吸血鬼2大派閥のひとつ、カーミラ派のなかでも最上位クラスの家だ。久しぶりだな、純血で高位のヴァンパイアに会うのは…」

 

 吸血鬼は他勢力と一定の距離を置いているが、そんな彼女らの中でも派閥が分かれていた。数百年前に吸血鬼内で大きな事件があり、それを契機に男尊主義のツェペシュ派と女尊主義のカーミラ派で分かれたようだ。

 席に座るエルメンヒルデに朱乃がお茶を出したのを確認したリアスは率直な疑問をぶつける。

 

「エルメンヒルデ、いきなりで悪いのだけれど質問させてもらうわ。───私達に会いに来た理由をお話してもらえるかしら?いままで接触を避けてきたあなたたちカーミラの者が、突然グレモリー、シトリー、アザゼル前総督のもとに来たのはなぜ?」

「───ギャスパー・ヴラディのお力を借りたいのです」

 

 エルメンヒルデの言葉は全員が予想していないものであり、同時にその視線が一斉にギャスパーへと向けられる。当の本人はびくりと身体を震わせ、明らかに動揺が見える。彼女の指摘を受けて本人含めて、先日の英雄派の戦いでギャスパーが発揮した謎の力が頭の中をよぎったのは当然のことだろう。

 彼女がこの話を持ちかけたのは、吸血鬼社会である出来事が発生したからであった。ツェペシュ側で神滅具を所有していることが判明したのである。多数ある神滅具の中で現在その影や足跡も追えていないのはたったの2つ。その片方、「幽世の聖杯(セフィロト・グラール)」こそ吸血鬼が所持する神滅具であった。曹操の聖槍同様に聖遺物のひとつで、この神器の効果によりツェペシュ派は弱点を克服した身体を手に入れていた。杭も十字架も太陽の光も受け付けない不死性の強い身体を得たツェペシュ派は、カーミラ派を襲撃した。この弱点こそ一種の誇りでもある吸血鬼にとって、この一連の事件は許されざるものであった。

 そこで彼女らが目をつけたのがギャスパー・ヴラディの力であった。詳細までは把握されていないが、彼の常軌を逸脱したその力によってこの吸血鬼同士の抗争にケリをつけることが目的であった。なんでも吸血鬼の間では稀に超常的な実力を持つ者が現れ、ここ最近は否定を受けやすいハーフに多いとのことであった。

 この申し出にリアスは静かながら激情を煮えたぎらせている。愛する眷属を種族間の抗争に駆り出されるのが、彼女にとっては許せないものであり、眷属や長年の付き合いであるものであれば、その感情を理解できるものであった。

 それに気づいているかは不明だが、エルメンヒルデはそのまま話を続ける。

 

「そして、問題の聖杯について。所有者はもちろん忌み子───ハーフではありますが、名はヴァレリー・ツェペシュ。ツェペシュ家そのものから生まれたのです」

「…ヴァレリーが…?う、嘘です!ヴァレリーは僕みたいに神器を持って生まれていませんでした!」

 

 必死に訴えるギャスパーの様子はこれまでの彼とは違っていた。息も荒く、赤い瞳が見開かれている。ヴァレリー・ツェペシュ、その人が彼にとって重要な存在であることは間違いないようだ。

 そして彼の必死な訴えが無意味であることは理解していた。神器がなにかの拍子で発動することなど、歴史上いくらでも確認されている。観測、特定の早い天界や堕天使達からも逃れるために隠蔽していたのであろう。

 エルメンヒルデは真っすぐにギャスパーへと視線を向ける。互いに赤い双眸には感情が込められており、2人の視線は空中で交じり合っていた。

 

「ギャスパー・ヴラディ、あなたは自分を追放したヴラディ家に───ツェペシュに恨みはないのかしら?いまのあなたの力なら、それが可能ではないのかと私は思うのだけれど」

「…ぼ、僕はここにいられるだけで十分です。部長たちと一緒にいられればそれだけで───」

「───雑種」

 

 エルメンヒルデの冷たい単語が耳に入った瞬間、ギャスパーの表情は曇り始める。それを確認した彼女は淡々と言葉を続けた。

 

「───混じりもの、忌み子、もどき、あなたはいかような呼び名でヴラディ家で過ごしていたのかしら?感情を共有できたのはツェペシュ家のハーフ、ヴァレリーだけ、でしたわね?ツェペシュ側のハーフが一時的に集められて幽閉される城の中で、あなたとヴァレリーは手を取り合い、助け合って生きてきたと聞いておりますわ。ヴァレリーを止めたいと思いませんか?」

『なるほど、良心に訴えかけてきたな』

 

 感心するようにシャドウの甲高い声が大一の中で響く。感情を食い物にしてきた神器ならではの着眼点に感じ、大一は無意識に口内で歯を食いしばった。

 一方で、この言葉にグリゼルダが冷静な声で話し始める。

 

「あなた方はハーフの子たちを忌み嫌いますけど、もともと人間を連れ去り、慰み者として扱い、結果的に子を宿させたのは、吸血鬼の勝手な振る舞いでしょう?民を食い散らかされ、悔しい思いをしながらも憂いに対処してきたのは、我々教会の者です。できれば、趣味で人間と交わらないでもらいたいものです」

「それは申し訳ございませんでしたわ。けれども、人間を狩るのが我々吸血鬼の本質。悪魔や天使も同じだと思っておりますが?人間の欲を叶え対価を得る、または人間の親交を必要とする。我々異形の者は、人間を糧にせねば生きられぬ『弱者』ではありませんか」

 

 グリゼルダに相対するかのように冷静に答えるエルメンヒルデの言葉に、大一は飲み込みづらい感情を感じた。大一にとっての悪魔的な価値観は現在の冥界社会の制度や古くからの考え方に従っているだけで、彼自身が心から同意しているわけではない。それ故に割り切れることも多かったのだが、彼女の価値観はすぐに納得は出来なかった。

 異形の者が「弱者」とするなら、なぜ悪魔になったきっかけとなった友がはぐれ悪魔に殺されたのか、自分が心を砕いて戦ってきたのか…吐きそうな想いを感じた。これが清濁併せ吞むということだろうか。意図しない汗が噴き出すのを大一は感じていた。

 

「手ぶらで来たわけではありませんわ。書面を用意しました」

 

 エルメンヒルデはアザゼルに書を渡す。その書面の題を見たアザゼルは軽く息を吐いた。

 

「…カーミラ側の和平協議についてか」

『───ッ!?』

 

 アザゼルのつぶやきに全員が驚くが、考えてみればそこまでおかしいものでもない。閉鎖的な吸血鬼が3大勢力に出せる最大の切り札となれば、外交カードなのは当然であった。

 もちろん外交としての手順としては逆だろう。きっちりと和平関係を結んでから協力するというのが筋ではある。

 しかしここで断れば、分け隔てなく和平を持ちかけている3大勢力の説得力は薄まり、同時に不信感が露呈する。それを見越したカーミラ派が1枚上手であったのだろう。

 

(狡猾…いや別に取引としてはおかしくないのか)

『慢心は足元をすくう…とは言わないが、まあどこもかしこも平和のために協力というのは甘い考え方だね』

 

 大一はしっかりと唇をきっちりと結ぶ。怒りは多少感じるものの、それ以上に他の勢力の価値観を強く意識してこの世界の難しさを感じるのであった。

 このままではギャスパーが連れていかれるのを危惧したリアスは怒りに身体を震わせていたが、隣に座るソーナが手を握ってなだめていた。

 対して、完全に主導権を握ったエルメンヒルデはニンマリと口角を上げている。

 

「ご安心ください。吸血鬼同士の争いは吸血鬼同士でのみ、決着をつけます。ギャスパー・ヴラディをお貸しいただければ、あとは何もいりませんわ。和平のテーブルにつくお約束と共にヴラディ家への橋渡しも私どもがおこないましょう」

「待てよ。仮にギャスパーをそっちに送ったとして、無事にこちらに返すつもりはあるのか?いや、まだ貸すとは言ってないけど!いちおう、その辺を訊きたい!」

 

 このまま重苦しい空気で進むかと思われた中、一誠がたまらずにエルメンヒルデに訊いてしまう。これには彼女も蔑みを隠しきれず不満げな視線を向けた。一誠の発言に大一は驚いたが、すぐに一歩前に出て頭を下げる。

 

「失礼しました。私の弟が権利も無く、エルメンヒルデ様に意見したことのご無礼をお詫びします」

「…あなたは?」

「兵藤大一と申します。リアス様の母君、ヴェネラナ・グレモリー様の下僕で、かつての縁からこの地で同盟の仕事をしています」

「赤龍帝の兄…ほんの噂程度は聞いたことがありますね。以後、気をつけてくださるかしら?」

「寛大なお言葉ありがとうございます。以後、気をつけます」

 

 大一は感謝を示すように頭を下げると、そのまま下がり祐斗と挟むように一誠の横につく。一誠はまだ納得していない様子であったが、リアスが深く息を吐いて自身の激情を抑えようとする姿を見て、とりあえず気持ちを抑えた。

 

「グレモリー次期当主の眷属一人を犠牲に、吸血鬼と休戦協定、か。おまえらカーミラ側の言い分は雑な言い方をすると、こういうことだな?」

「犠牲になるとは決まっておりません。早々と決着がつけばそれにこしたことはありませんわ」

「俺たちの介入は嫌なんだろう?両者の仲介、もしくはどちらかについて加勢ってのは?戦力不足だからこそ、ギャスパーが必要なんだろう?」

「いえ、あくまでも我々の決着は我々の手でおこないます。アドバイザーぐらいでしたら、いかようにも」

 

 アザゼルの話にもエルメンヒルデは乗ってこなかった。身勝手のようにも見えるが、大一としては価値観の違いをより鮮明に直面させられた気がした。それは京都での零との会話で味わった感覚に似ていた。

 

「以上ですわ。今夜はお見通りできて幸いでした。自分の根城に吸血鬼を招き入れるという寛大なお心遣いに感謝いたしますわ、リアス・グレモリー様」

「…ええ、今日の貴重な会談ができて良かったわ。あなたたちのことがよくわかったものね」

「それでは、ごきげんよう。この地に従者を置いていきます。何かありましたら、その者に取り次いでください。では、よいご報告をお待ちしております」

 

 危惧されていた会談が突き刺すような空気のままで終結した。エルメンヒルデは氷の微笑を崩さず、リアスは瞳から憤怒の炎が消えなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「…相変わらず、吸血鬼は好きになれない…ッ!」

 

 会議が終わってから10分ほど経ったところで、ゼノヴィアがテーブルを叩いて感情を吐き出す。それでも感情のままに手を出さなかったことをグリゼルダが褒めていた。

 実際、相手の姿勢にまったく不快感を抱かなかった者はいなかっただろう。その独特な価値観に加えて、嫌みな雰囲気を出しているのだから気持ちの良い感情は持てないのも当然だ。種族の違いの難しさをより鮮明に、大一は感じていた。

 ここで問題なのは吸血鬼の要求を呑むかであった。外交を進めるに越したことは無いが、全員が大切な仲間であるギャスパーを売るつもりはさらさら無かった。ことさら情愛に深いことで有名なグレモリー眷属がそれを行うことにも疑惑を向けられかねなかった。とはいえ、外交の件も無視するわけにはいかないが…。

 

「ぼ、僕、行きます!」

 

 思考に翻弄される中、ギャスパーは決意に満ちた瞳で言葉を続ける。

 

「…吸血鬼の世界に再び戻るつもりはありませんし、ここが僕にとってのホームです。で、でも、ヴァレリーを助けたい!彼女は…僕の恩人なんです。おかげで僕はあの城から抜け出て、ここにたどり着けました。…1度は死にましたけど、それでも今は優しい主がいて、頼れる先輩がいて、一緒に遊んでくれる友達もできました…。こんなに幸せになれたのに、彼女だけ辛い目に遭っているのかもしれないと思うと…。きっと理不尽な扱いを受けていると思うんです!

 僕、ヴァレリーを助けたいです!そして、絶対に死にません!ヴァレリーを救って、ここに戻ってきます!」

 

 ギャスパーの言葉はその小さい身体に反するように、大きく重い響きがあった。いつもの可愛さに目が向き、引っ込み思案な要素は無く、グレモリー眷属で培った男らしさがそこにあった。

 そして下僕の覚悟を無下にするような感性は、リアスは持ち合わせていない。彼女は一瞬微笑むと、力強く立ち上がる。

 

「───行くわ、私。今度こそヴラディ家とテーブルを囲むつもりよ。まずは私が行ってこの目であちらの現状を確認してくるわ。ギャスパーを派遣に関してはそれからでも遅くはないと思うの」

 

 現状を知るために、ギャスパーの主として筋を通すためにリアスが先行して吸血鬼の領地に行くことが決まる。他のメンバーは後発部隊として残るが、彼女の護衛として「騎士」の祐斗も同行し、さらに相手の信用を勝ち取るためにも神器に詳しいアザゼルも行くことが決まる。

 先の見通しが霧にかかった現状に不安は抱きつつも、吸血鬼の領域に彼らは踏み込む決意をするのであった。

 




吸血鬼も多くの作品で取り上げられていますよね。
私は「吸血鬼ノスフェラトゥ」が好きです。


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第128話 弱みは出して

なかなか展開を進められないなと思ってはいるのですが、やっぱりこういう場面は今後のためにも必要だと思うです。


「滅んだドラゴンねえ…」

 

 吸血鬼の会談を終えて帰宅した大一はリビングのソファに座って魔法使いの資料に目を通しながら、一誠の話を聞いていた。会談後に彼はアザゼルに神器を見てもらうついでに、ヴァ―リからリークされた情報を兄にも話していた。なんでも彼は滅んだドラゴンの生息地を捜索していた際に何度も禍の団のはぐれ魔法使いグループに遭遇したという。

 

「兄貴なら何か分からねえかなと思ってさ」

「アザゼルが知らないことを俺が知るわけ無いだろ」

「でも俺よりも本読みこんでいるし、ルシファー眷属だし」

「俺は都合のいい情報屋じゃないんだぞ。お前の話した邪龍だってディオーグの件で、アザゼルから聞いた程度だし」

 

 一誠の話に大一は困ったように髪をかき上げる。一誠がアザゼルから聞いた滅びたドラゴンとして挙げられたのは、クロウ・クルワッハ、アジ・ダハーカ、アポプス、ニーズヘッグ、グレンデル、ラードゥン、八岐大蛇だ。いずれも実力と凶暴性に秀でた龍であり、特に前者の3匹は「邪龍」としてその名をあらゆる界隈に轟かせた。それ故に相応の危険性を孕んでおり滅ぼされていた。

 彼の頭の中でも、さっそく龍と神器の会話が繰り広げられていた。

 

『いたな、そんな名前の龍。ずいぶん昔だし、僕は会ったことないな。噂話程度はいくらでも聞いたことあるけど』

(なんだ戦ったことねえのか。つまらねえな)

『いやいや二天龍や五大龍王同様に知る者なら、わざわざ手を出すような相手じゃないんだよ。むしろディオーグこそ聞いたことないの?』

(ない。いちいち覚える気もねえが)

「…ディオーグもシャドウも詳しくないってよ」

 

 同居者の回答を一誠に伝えると、彼は軽く肩をすくめる。情報を知れたら良いと思っていた程度なので、今の段階で心配する必要がないのは彼もわかっていた。どちらかというとドライグが眠っている今、気になったことを少しでも吐き出せる相手が欲しかった。

 そんなドライグは曹操との一戦から未だに目覚める兆しはなかった。この状態ではトリアイナや女王形態も使えない上に、相棒がいつ復活するか分からないのは不安を抱くのも当然のことだ。もっとも一誠も傍から見れば龍神によって創られた身体で転生悪魔になるというイレギュラーな存在であったので、事情を知る相手からすれば疑問と不安を抱かれる対象であったのだが。

 いろいろ考えは巡るが結局落ち着くのは、禍の団が再び来ようともまた相対して退けるしかないということであった。

 

「まあ、来た相手は退けるしかないか」

「…それで済めばいいがな」

「なんだよ、兄貴。その言い方」

「さっきの吸血鬼の会談でちょっとな…」

 

 兄の言葉に、一誠の眉が不自然にピクリと動く。会談の場で我慢できずに口出ししてしまったことを言われているのだろう。別に赤龍帝だからと思い上がっているつもりは無い。それでもいざという時に仲間のために力になれないことは、彼としては苦心を飲み込むように無力さを感じるのであった。

 アザゼルにも指摘されたが、グレモリー眷属は良くも悪くも感情を優先させる傾向がある。年齢ゆえの未熟さではあるのだが、その面では大一が他のメンバーよりも隙の無さを感じられるのであった。

 

「…仕方ないというつもりはねえよ。でもあれは口出しだってしたくなる。だからこそもっと立派な悪魔にならなきゃいけないんだ」

「…ん?あっ、まあそれもそうだな」

 

 ぼんやりと間の抜けた大一の声が反応として返ってくる。ひとつの強い決意を口にしたつもりであった一誠は、いまいち拍子抜けした。

 

「なんだよ、兄貴。会談で俺がエルメンヒルデに意見したのを言ったんじゃないのか?」

「あれはあの場で収まったことだ。反省はするに越したことないが、それはお前が勝手にやることだろう」

「じゃあ、何を考えていたんだよ?」

「吸血鬼の価値観についてちょっとな。…まあ、俺が悩んでも仕方ないんだろうが」

 

 大一の表情から考えを読むことが一誠は出来なかった。もともと抱え込みやすい兄の性格は熟知しているつもりであったが、同時にその面倒なほどの思慮の多さを解析する気にはなれないのも理解していた。それにいたずらに不安を出して、相手を混乱の渦に引きずり込むようなことを彼はしないのだから。

 しかし一方で、一誠の話も彼の耳には届いていた。

 

「まあ、お前も立派な悪魔になるっていう意識を持てるのはけっこうじゃないか」

「俺だって赤龍帝だからって思い上がるつもりはないからな」

「それでいいはずだ。お前は俺の弟なんだからな」

 

 一誠のことを英雄と見ていない兄の言葉は、妙に彼を安心させた。無駄な責任を背負わせない心遣いなのかは知らないが、少なくとも無意識ながらに一誠の精神的な支柱としている男の言葉は心強く感じた。

 

「…ところで兄貴は魔法使いは決まったか?」

「まだまだ先になりそうだ…」

 

 軽くため息をつきながら、大一は資料をまとめ始める。一誠よりも数は少なかったが、それでも契約する魔法使いを選ぶのには苦慮している様子であった。

 そんな彼の右肩から黒い触手のようなものが伸びると、血走った眼が煽るように一誠を睨みつける。

 

『お前は良いよなー!より取り見取りだもんなー!マネージャーもいるもんなー!』

「うるせえ、外道神器!」

「シャドウ、父さん母さんが寝ているからって出てくるなよ」

 

 軽く舌打ちしたシャドウは大一に言われて引っ込んでいく。一誠としては今でもあの神器の敵意と煩わしさに満ちた態度は快いものでは無く、かつての兄への行為を許すつもりも無かった。

 

「お互い、神器の件では苦労するかもな」

「俺は兄貴よりはマシだと思っているけどな。…そういえば先生がアーシアに伝えることがあるって言っていたな」

「あの人がアーシアにというと神器のことだと思うが…」

 

 大一は身に覚えのないびくりとした悪寒が走るのを感じて、身体を震わせる。理由は説明できないが、なぜか嫌な予感を抱いてしまった。

 

「…なんか不安になってきた」

「だ、大丈夫じゃねえかな」

 

 大一の苦々しい言葉に、一誠小さく歪んだような笑いを浮かべる。覇気や規律性が感じられない隙のあるような態度であったが、無意識のうちでも兄が不安を少しでも降ろしているように感じた一誠は、慎ましい満足感を抱くのであった。彼が唯一シャドウの件で好感を持てるのは、このきっかけを作った事であろう。

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日の早朝、大一はいつものように目を覚まし、隣で眠る朱乃を起こさないようにこっそりとベッドから降りる。手早くトレーニング用のジャージに着替えると、大きく伸びをしていつものように早朝の練習に向かおうとした。オーバーワークに思われがちだが、もはや彼の生活のルーティンとして成り立っている。

 するとエレベーターのところで、パジャマ姿の可愛らしい少女と鉢合わせをする。

 

「おはようございます、先輩」

「おはよう、小猫。どうした?今日はやけに早いな」

「実はその…先輩と話したくて…いいですか?」

「断る理由もないよ」

 

 これにより、彼にしては珍しく早朝のトレーニングを休むことになった。

 下に降りた2人はまだ誰も起きていないリビングの椅子に座る。小猫のリクエストによるココア付きであった。

 

「…姉さまが前に淹れてもらったと聞いたので」

「言っても、市販のやつだぞ。まともに淹れられるのが、ココアってだけだ」

「話を聞いたら飲みたくなったんです。それに朱乃さんや姉さまが一緒に飲んで、私だけまだなのも…」

 

 気にしすぎな印象を覚えたが、大一は特に何も言わずに自分のココアを飲む。寡黙でありながら小猫はこだわりの強い一面もあるため余計に掘り下げようとも思わず、彼女の方から話し出すのを静かに待っていた。

 ソファに座る小猫は静かにココアを飲んで身体を温めると、大一にチラチラと視線を向ける。

 

「…昨日の会談は緊張しました」

「知らない種族との話し合いに緊張は付き物だよな。ギャスパーの件もあったし」

「ギャーくんが心配です。たしかにあの力はとてつもなかったですが…」

「そんなにすごかったのか…」

「同時に異質でした」

 

 小猫は大一の問いにきっぱりと答える。英雄派のゲオルクを倒してギャスパーの力は明らかに異常であった。彼の持つ神器とはまるで違い、生まれた闇を巧みに操り敵を飲み込む、人格も別人に入れ替わったかのようで不気味な雰囲気は意図しない寒気を感じさせた。大一と違い、実際に目の当たりにしたからこそ抱く恐ろしさであった。

 

「…あれがどういう力かはわかりません。でも…親友が力に飲まれたらと思うと…」

 

 小猫の声が曇りに満ちていく。かつて猫魈の力の件で怯え、心に憂いがつきまとっていた彼女としては、今のギャスパーの状態が心配であった。得体の知れない凶悪な力、大切な人のためにその身を亡ぼすほどの勢いと覚悟、それによって自分自身を見失うのでは無いかという疑念…彼の同級生で、似たような経験を知っているからこそ、ギャスパーが無茶をして親友として手の届かない場所に行かないかが心配であった。

 ましてや昨日の吸血鬼たちの態度を踏まえても、その手を緩めるつもりは無いだろう。物理的にも精神的にも厳しい環境に赴くのが不安であった。

 

「…私に出来ることがないのは分かっているんですけど…やっぱり悩んじゃいます」

 

 全部言い終わった小猫の顔を見て、大一は彼女の隣に座ると優しく背中をさする。不快な想いを吐き出したのが、意図せずに表情にも表れていたようだ。大一相手だと自分の素直な感情を出しやすいものであった。

 

「…無理するなよ。それでお前が抱え込み過ぎたら逆にギャスパーを心配させるぞ」

「…分かっています。でもギャーくんの力になりたくて…受け止めてもらうことは何度もありますけど、受け止めるのはどうしたらいいのか…」

 

 言葉を切る小猫は目を細める。ギャスパーの力にはなりたい、しかし今まで己の感情を受け止めて貰ってきた彼女にとっては、どうすれば彼の支えになれるかが分からなかった。親友として彼の不安を埋めるにはどうしたらいいのかが。だからこそ一番相談をしてきた相手に答えを求めるのだが…。

 そんな彼女に視線を合わせた大一は安心させるような声色で話し始める。

 

「一緒にいるだけでもあいつは安心するさ。いつも通りに振舞えばいい」

「でも…」

「それだけじゃ納得できないんだろ?しかし正解なんて無いと思う。結局はギャスパーがどう思うかだしな」

「打つ手なしというわけですか…」

「でも考えるのを止めていい理由にはならない。俺は常々そうやってきた。そうすれば…どこかで良い方法が見つかるかもしれないからな」

 

 大一の大きな手を背中に感じながら、小猫はほっと息を漏らす。薄々ではあるが、この悩みに明確な答えが無いことなど小猫は感づいていた。それでも親友のためにもがく自分を頼れる相手が肯定してくれたという事実が、彼女の安定感の無かった感情を下からハッキリと支えてくれた。

 小猫の安堵した様子を見た大一は半ば呆れ、半ば感心するような声で言葉を紡ぐ。

 

「しかしお前も真面目だなぁ」

「先輩ほど面倒ではありませんけど」

「言ってくれるな…」

「でもお話してよかったです。今はギャーくんとも一緒にトレーニングすることが多いですから…私なりに良い方法を探そうと思います」

「そう思ってくれたら安心だ」

 

 ギャスパーだけではない。いずれは彼も支えたい、一瞬だけ芽生えたその気持ちだけは胸に秘めた小猫はココアの残りを一気に飲み干した。

 2人は並んで台所で自分のマグを洗いながら、先ほど話題に上がったないように触れていた。

 

「ところでギャスパーとのトレーニングって?」

「姉さまから仙術の扱いについて教えてもらっているんです。精神を統一させて、気の乱れが無いように。その関係でギャーくんもこの前は一緒にやったんですよ。先輩はルシファー眷属の皆さんと修行でしたけど」

 

 少し意地悪いような皮肉を投げかける小猫に、大一は視線を逸らす。彼としては事実である故に反論しようとも思えなかった。

 

「それは…悪かった」

「別にいいですよ。私はもう少しで新しい力をものに出来そうですし、部長や朱乃さんもすごいですから」

「これは俺も必死にならなくては…」

「実際、強くなった感じはするんですか?」

 

 小猫の疑問に大一は反応に困った様子で義手を見る。見た目では分からないが、扱う者ゆえのぎこちなさをハッキリと感じていた。

 シャドウの変幻自在の動きは強力だがかく乱と捕縛に特化しており、魔力も通せないため根本的に彼のこれまでの戦い方と相性がよくなかった。また戦いながら操るのはかなり意識を集中するため、身体が別々にあるような感覚を拭えず、連携を取ることもかなり難しい。クーフーの時のような不意打ちは強力だが、種さえ割れれば脅威にはなりづらかった。

 大一の頭にクーフーから放たれた言葉が思い浮かぶ。あの時は否定したが、現状を踏まえるとその言葉が現実味を帯びていくのだ。

 

「…でも弱くなったと思いたくないな」

「先輩は慣れていないだけだと思います。あの神器を使いこなせたのはこれまでいなかったんですから、苦労するのは仕方ないことです。魔力や魔法陣も最終的には戦いに組み込めた先輩なら、絶対に大丈夫だと私は信じていますよ。それにどうしても大変な時は…私もいますから」

 

 ポツリと呟いた大一に、小猫自身も少し驚きを感じるほど言葉が紡がれた。それでもこの言葉に嘘はない。彼が思うような無力さを小猫は思っておらず、追い詰められた時は自分が彼のために力を発揮するのも決意していた。

 面食らったような顔の大一はやがて静かに柔らかく微笑む。

 

「ありがとう、小猫。お前の言葉だけで安心できるよ」

 

 その言葉に小猫は少し支えになれたことを実感して満足感を覚えるも、同時に大一の自然ながらもストレートな言葉に、落ちついた外面とは対照的なほど感情を昂らせた。まだまだ恋愛方面では年上の相手に振り回されることを実感した小猫は余裕があるように見せるため、マグカップを洗うことに没頭するのであった。

 




だいぶオリ主も初期と比べると軟化してきた気がします。


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第129話 移り変わる日常

キャラが多くなってきて、整理がつかないことが増えてきました。


 吸血鬼との会談から数日後、兵藤家にある巨大な転移魔法陣が展開されている部屋にオカルト研究部とソーナが、リアス達の見送りのために集まっていた。吸血鬼の領地は幾重にも特別な結界が張ってあり、かなり辺境の地に集落を構えているため、何度も魔法陣で転移した後に小型ジェットや車を駆使して目的地まで向かわなければならなかった。長い道中であるが、目的地であるルーマニアの天候が回復したおかげで予定よりも早く出発することになった。

 魔法陣の中央でリアスはギャスパーを抱きしめる。

 

「…あなたのことは私が守ってあげるから、何も心配しなくていいわ。ヴラディ家とのことも私がきちんと話をつけてくるから」

「はい、部長…」

 

 ギャスパーもすっかり安心しており、リアスを昔から知る人物が見れば感涙でもしそうな成長ぶりであった。

 リアスは微笑むと、朱乃と大一に顔を向ける。

 

「2人とも、あとは頼むわね」

「はい、リアス」

「お任せを」

 

 短いながらも信頼に溢れた3年生のやり取りの横で、一誠も祐斗と拳を合わせる。おそらく最も模擬戦をして、互いに高めてきたであろう男同士の結束は強かった。

 

「リアスのこと、頼むぞ」

「もちろんだよ」

 

 各々のやり方で感情を形にする中で、アザゼルもソーナとロスヴァイセに笑みを向けた。

 

「じゃ、学校のほう、あとは頼むわ。ソーナ会長♪ロスヴァイセ先生♪」

「「忙しいので早く帰ってきてください」」

「んだよ、つれない反応だ」

 

 バッサリと切り捨てられたアザゼルは不満げに肩をすくめる。年末近くで忙しくなっているのもあるが、これまでの関係性とアザゼルの軽薄性が明らかに分かる瞬間に仕上がっていた。

 それでも元堕天使のトップだけあって釘を刺すべきところは忘れない。彼は全員にフェニックス家の件の注意喚起と、オーフィスに何やらアーシアを任せるような発言をしていた。なぜかアーシアは赤面して恥ずかしさと覚悟を前面に出しており、大一は心配が増幅されたが追及する気までは起きなかった。

 

「…行ってくるわね」

「ええ、良い報せを心待ちにしてます。何かあったら、必ず駆けつけますから」

「うん。わかってるわ」

 

 最後に一誠とリアスは互いに見つめ合ったまま、数秒間手を握り続ける。心配の籠った別れを惜しむ短い時間を終わらせると、3人は魔法陣の光に包まれていった。

 

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「父さん、風呂掃除終わったよ」

 

 リアス達が吸血鬼の領地へ向かったその日の夜、大一はソファで釣り雑誌に目を通している父親に家事をひとつ終えたことを告げる。兵藤家には巨大な浴槽はあるが、母の注意喚起により女性陣のみのものとなっており、もともとあった風呂は男性陣が使っていた。もっとも一誠はこっそりと大浴場を使用しており、この風呂場を使っているのは大一と父だけであったのだが。

 

「おう、ありがとな。風呂も入れてくれた?」

「10分も待てば入れるだろうよ」

「手際が良いなー。今日は大一が風呂掃除だったし、先に入りな」

「俺はやることあるから、そっちが先でいいよ」

「そう言われたら甘えるが…イッセーにも声かけるか」

 

 父はちらりと上階に目を向けるような仕草を見せる。両親は一誠が大浴場の方を使っていることは知らなかった。

 

「別にいいと思うぞ」

「でもあいつ、かなり落ち込んでいたからな。せっかくできた彼女が用事あって不在にもすれば仕方ないが…」

「大丈夫だって。人肌恋しくてもすぐになんとかなるよ」

 

 大一は身に入っていないような声で答えた後、あくびを大きくする。たしかに一誠はへこんでいた。リアスと離れることは仕方ないこと、その覚悟は決めていたが数時間後には彼女の温もりに飢えている状態であった。

 ただこれについて大一は気にしていない。いつも一緒に寝ているならアーシアもいるし、ゼノヴィアを筆頭にリアスがいない隙を狙って距離を詰めようとしている話し合いをしていたのを、すでに小耳に挟んでいたからだ。

 

「…まあ、お前が言うなら大丈夫なんだろうな」

「そういうこと。あいつを慕う奴はいっぱいいるからな。それじゃ、1時間くらいしたら俺も戻るから」

 

 それだけ言い残し、大一は自分の部屋へと向かう。今さらではあるが、父母が一誠に対して抱く想いはなんとも複雑であった。そのエロい性格に辟易している面はあるが、それ以上に愛情を向けている。弟の出生を踏まえれば当然だと思うが、それ故に大一は兄として違った立ち振る舞いを意識していた面はあった。

 やがて彼は自分の部屋に入ると、そのまま机に向かう。魔法使いの書類に目を通すだけでなく、3年生としての進路の件も考えなければならなかった。もっとも駒王学園はエスカレーター式で大学に上がるのだが、それでも高校を卒業する以上は将来に向けた兆しを書かなければならなかった。

 彼がペンを取るために義手を着け直そうと緩めたところで、扉をノックする音が耳に入る。間もなく断りなく女性が入ってきたが、彼の部屋を当たり前のように行き来するのはひとりしかいないため、書類から目を離さずに淡々とした反応をしていた。

 

「だ、大一。いいかしら?」

「ん、いいよ」

 

 朱乃の声に大一は軽く返事をするが、どうも少しだけ声を震わせていたので疑問に思った大一は書類から目を離し、部屋に入ってきた彼女に目を向ける。ほんのりと頬を染める彼女の表情は恥じらいに満ちており、同時に相応の色気を醸し出していた。

 

「…どうかしたか?」

「あのね、リアスもいないから…その…埋め合わせの件をお願いしたいの」

「ああ、この前の話だな。…ん?リアスさんがいないのって関係あるか?」

「そっちの方がまだ緊張しないかなって…感づかれることもなさそうだし…」

「…ごめん、話が見えないんだが」

「そ、そうよね。お風呂まだだものね。でも初めてだから今のうちに話しておきたかったの。や、優しくしてほしいから…」

「待て待て待て!埋め合わせってそういうことか!?」

 

 朱乃のか細くなっていく声に対して、大一は驚愕と緊張を乗せた声で反応する。彼にとって彼女が求めていることは予想とはまるで違うベクトルのものであったため、うろたえるのと同時に比較することすらおこがましいほどの緊張が襲ってきた。

 頭の中でとにかく落ち着くことを言い聞かせながら立ち上がる大一に、朱乃は上目づかいに問う。潤んだ瞳と紅潮した頬は誰が見ても美人といえるものであったが、同時に余裕の無さが見受けられる。

 

「…ダメ?」

「いやダメっていうか、予想外というか…そもそもどうしてこのタイミング?もしかしてリアスさん達への対抗意識か?」

「ま、まったく無いわけじゃないけど…リアスとイッセーくんに先を越されるのもあれだし…」

「誓って言えるが、あの2人はまだそこまで行ってないんじゃないかな…。アーシアも一緒にいるし」

「それに…この前、あなたが私を支えてくれるって…言ってくれたから」

 

 朱乃は静かに身体を惚れた男へと寄せる。呼吸は荒く、全身が強張っている。それでも己の抱く感情を吐き出したかった。

 

「…嬉しかったの。あなたが遠くに行っていないことがわかって…だからもっと近づきたくなる。あなたともっと一緒にいて、絶対に心が離れないんだと確認したいの」

 

 埋め合わせなど所詮は口実に過ぎなかった。不安とは違う。先日、大一が支えてくれると約束してくれたのだから。むしろそれによって愛する相手を求めたくなった。彼を失ったと思ったゆえの反動もあって、朱乃はいよいよ本気で求めていた。

 互いに時間が止まったような錯覚を覚えるが、その感情は濁流のごとく激しいものであった。欲望という一点に忠実であるならば、彼は朱乃の要求を受け入れただろう。しかし彼の心身は理性に対して行動を選択していた。

 大一は密着する朱乃の肩に手を置くと、上を向いて大きく深呼吸をする。新鮮な空気が頭の中の燃え盛る想いを冷たく鎮める。そして彼はしっかりと彼女と視線を交わらせた。

 

「…俺も朱乃とはもっと近づきたいよ。でもここじゃ誰が見てるか分からないし…。あなたとの本番は…その…誰にも邪魔されたくないから…」

「…ごめんなさい。私が冷静じゃなかったわ」

「いや、朱乃が謝ることじゃないって!俺が期待に応えられなくて…あー…なんと言えば良いかな…とにかくごめん!今は別の方法で埋め合わせをさせてほしい!」

「…わかったわ」

 

 朱乃の答えを聞いて安心した大一であったが、すぐに彼女の方から口づけををする。触れるだけではなく、呼吸が止まるような深さと情熱がそこにあり、朱乃からすれば覚悟のキスであった。

 その彼女の覚悟に応じるように、大一の静まったかと思われた感情の昂りも再燃する。このままでは戻ってこられなくなると感じたが、心のブレーキを利かせることに集中すると朱乃の行為に流されるままになり、そしてまたブレーキに集中するのを強くするという悪循環…見方次第では好循環に陥った。

 だがこういったものは偶然の事象により、空気が一変する。大一の緩めていた義手が音を立てて床に落ちたのだ。止まりそうもない展開は、この予測不能の事象によって中断された。

 互いに肩で呼吸する状態であったが、結果としてこれは幸運であった。おかげで扉で見ている人物に気がつけたのだから。そこにはニヤニヤと笑顔を浮かべる黒歌と眉間にしわを寄せる小猫が立っていた。これには大一も朱乃も思考が停止して固まらざるをえなかった。

 

「…いつからいた?」

「わりと最初から。赤龍帝ちんと話して、スイッチちゃんが転移魔法陣を使っている間にお風呂も入ったし、そろそろ行こうかなって思っていたの。その前にあんたにもちょっかい出そうかなと思って。そしたら白音に見張りとしてついてこられちゃったにゃん。それにしても…へえ、そこまで関係性が進んでいるんだ♪」

「…先輩達は時と場所をわきまえるべきです」

 

 ぐうの音も出ない小猫の正論で殴られた2人は気まずさと冷静さを取り戻す。やろうとしていたことが色ボケとしか言いようがない行為なのだから、反論もできないしそんな気力も湧かなかった。夏のソーナ戦の前にも似たようなことはあったが、それ以上の羞恥心が彼らを襲う。

 

「ほれほれ、白音。このままじゃどんどん後手に回るにゃ」

「…姉さまの態度も不快です」

「ちょっとした煽りじゃない。時間が無いから混ざれないのが残念なところね。いやー、いいもの見れたわ」

 

 からかうような笑みをしたまま、ふわりと流れるような動きで黒歌はそのまま退散する。この後、父から風呂が空いたことを告げられるまで小猫によるお説教が続くのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアス達が旅立ってから数日後、校舎屋上の片隅で大一は頭を抱えていた。彼らの学生生活は平穏そのものであったが、彼は先日の進展に自問自答を繰り返していた。

 

(もっと良い断り方があったのかな…俺はどうすればよかったのかな…)

(うるせえぞ、小僧!ここ数日、それしか悩んでねえじゃねえか!)

『大人になる直前の少年だねえ…。いっそのこと、あの場で3人同時に抱くというのも手ではあったかな。あー、でも悪魔が出生率低いとはいえ、この年でゴム無しはマズいか』

 

 何度も悩んでいる大一に対して、ディオーグは苛立ち、シャドウは冷静に分析する。たったひとつの身体の中で3人分の意見と考え方が広がっていくのも、当事者たちにとってはすでに慣れた状況であった。

 

(あんな取るに足らねえ女どものことで悩むなら、いっそのこと関係を断ち切れ!)

(そんなことできるか!あー、朱乃や小猫を傷つけてしまったかな…俺がもっと甲斐性を持てれば…)

『甲斐性は大切だな。ハーレム形成といっても、考えなしにやるなら問題なんていくらでも起きるわけだし。つまりいよいよ僕のような恋愛マスターの出番というわけだな。数々の生物に憑りつき、あらゆる感情を見てきた僕が…』

(狂わせることしかやってこなかったんだろうが。お前、それで前に小僧に断られていたじゃねえか。諦めろ、影野郎)

『ぼ、僕だっていろいろ役に立てるんだよ!戦闘以外でもさ!』

 

 ディオーグの言う通り、大一はシャドウに恋愛方面で期待はしていなかった。今の彼にとって必要なのは、こういった不安を共に考えてくれる先駆者であったが、仲間もルシファー眷属も他の大人達にも打ち明けるにはかなりシビアな話題であった。紅葉辺りも考えたが、彼との価値観の違いも十分すぎるほど理解していたため、これにも二の足を踏んでしまう。悪魔としての親友がいれば話は別なのかもしれないが…。

 悩みすぎて一種の吐き気すら感じる大一であったが、そんな彼に話しかける人物が現れる。同じクラスの大沢と飯高であった。

 

「やっと見つけたぞ、大一。授業近くにこんなところいるとは、俺らでも分からなかったぞ。サボりか?」

「そんなことしないよ…ちょっとひとりで考え事したかっただけだ。わざわざ探しに来てくれたのか?」

「当然だ。この時間中に前に話したサークルの件について煮詰めるつもりだったからな。あとお前の弟とグレモリーさんとの関係性について」

 

 胸を張って答える大沢であったが、その内容にはがくりと拍子抜けするような印象を受けた。大一はディオーグとシャドウの頭の中での主張を振り払いながら、大沢達に提案する。

 

「…別に無理に今やらなくてもいいんじゃない?」

「いーや、話し合う。俺は納得できないことを先延ばしにしたくない方だからな」

「なんとなくだが、お前にそういうところがあるのは分かってきたよ」

 

 大沢のハッキリとした声色に押されつつある大一に、飯高が耳打ちする。痩せて長身にもかかわらず、軽い身のこなしであった。

 

「悪いな。大沢の奴、グレモリーさんのことが好きだったから特に気にしているんだよ」

「あー、なるほど…お前は大丈夫なのか?」

「まあ、学園祭の関係で他校の女子との連絡先を交換できたし。姫島さんの件はお前がいるからな。お互いに幸せにいこうぜ」

「おお、それはおめでとう。となれば、まずは大沢を落ち着かせないと───」

 

 ひっそりと話していた大一は不自然に言葉を切る。彼だけではなく、頭の中で騒いでいたディオーグとシャドウも同様であった。どれだけ思考の波に飲まれていても、日常の中でしかも友人が近くにいるのにもかかわらず、本来であれば感じるはずもない存在を察知すれば、すぐに緊張感を抱くほど彼らの感覚は鋭敏になっていた。

 

(どっかから転移してきたのか?急に来たな)

『おいおい、これって…』

(…どうやって入り込んできたんだ)

 

 大一はすぐに校舎に通じる扉へと目を向けるが、それが強烈な勢いで吹き飛ぶ。そこにはローブを被った人物が2人立っていた。学校には似つかわしくない不気味さ、感じられる魔力の感覚、そして向けられる敵意…禍の団が駒王学園を襲撃してきたのであった。

 




やっと本編が動いた気がします。


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第130話 学園の襲撃

ちょっと読みこみが浅くなってきたかと思うようなことが増えてきました。
気をつけなければ…。


「なんだ、あれ?うちの学生…なわけがないよな」

「先生、呼んだ方がいいよな」

 

 不思議そうに大沢と飯高が謎の人物に視線を向けて少し扉によって行く中、大一は考えを巡らしていた。感知する限り、悪魔の類ではない。異形の見た目でもなく、怪しげなローブは魔法使いがよく使用しているものであった。最近の注意案件である禍の団と関係するはぐれ魔法使いであると想像するのは容易かった。人数もたったの2人とそこまで警戒するほどではない。しかし場所は校内に出入りする箇所がひとつしかない屋上で、しかも友人がいる状況だ。彼らを危険にさらすわけにはいかなかった。

 ローブの人物は大一に視線を向けると厳かな声で語りかける。もっとも頭まですっぽり覆っていたため、顔はよく見えないのだが。

 

「兵藤大一だな。赤龍帝の兄で噂は聞いている」

「…事を荒立てないでくれよ。ここには一般人もいるんだ」

「我々をはぐれやテロリストと称する貴様らの言葉とは思えないな。この後の展開など分かっているだろう」

 

 大一は内心で舌打ちする。どうせこの後に戦うことになるのは疑いようも無いのだが、交渉の余地すら感じさせないのは焦燥感に駆られる。それどころか感知すれば屋上どころか校舎内、校庭、体育館に複数の魔法使いの存在が感知された。いよいよ事の大きさが重大な印象を受けた大一は言葉を続ける。

 

「そもそもどうして俺のところに来たんだ?」

「なに、こっちもちょっとは武勲を立てないとな。我々なりに力を試したいのだ」

「ハッハー!それに少なくとも現状で一番可能性がある奴を選んだのさ。俺らでも楽に名を上げられそうな相手をな」

 

 もうひとりのローブの男性も言葉を続ける。隣の男と比べるとかなり軽薄な印象を抱かせる話し方であった。

 

「おいおい、甘く見られたものだな。ここには非戦闘員だって───」

 

 大一はひとつあることに気づいて言葉を切る。アザゼルやメフィストフェレスの情報から最近フェニックス家が狙われていること、わざわざ散らばって学園を襲撃したこと、この2点から狙いはレイヴェル・フェニックスであることが推察された。彼女は非戦闘員であるがゆえに、戦いになったら狙われる可能性は非常に高い。

 大一の表情を確認した魔法使い2人は掌から魔法陣を展開させる。

 

「まずはお手並み拝見」

 

 2人同時に炎と風の魔法が展開される。風速によってその火炎は膨れ上がりそれなりに規模を有する勢いで向かってきた。しかも狙いは大一ではなく扉に近い方にいた大沢と飯高であり、彼の緊張と焦りは一気に高まった。

 

「マズい!シャドウ!」

『わかった!』

 

 大一は義手である右腕を上げるとそこから黒い影が触手のように伸びて友人を掴み、そのまま自身の後ろへと引っ張り込む。同時に取り出した錨を左手で掴むと、その先端から魔法陣を展開させて向かってくる火炎を防いだ。

 なんとか防ぐものの、龍人状態になっていない彼では硬度も重さも違う。それどころか肌は普通の悪魔と同じ状態のため、熱気で身体に相当の暑さを感じた。

さらに建物が大きく揺れるのが感じる。体勢こそ崩れなかったが、建物内でもかなり派手な破壊活動を行っているようであった。

 

(時間はかけていられねえが…)

(だったら、さっさと俺を引き出して終わらせろ。後ろの奴らも庇いながらじだと戦いにくいから無視しろ)

(冗談でもそんなこと言うなよ。何があってもほっとかねえ)

 

 ディオーグに対して、大一は冷静に返す。頭の中では悪魔になるきっかけを作った友の顔が浮かんでいた。あの絶望と隣り合わせの後悔を2度も味わうのは、後悔続きの彼ですら死んでも避けたかった。

 後ろにいる飯高の怯えにまとった声が、大一に届く。

 

「な、なにがどうなってんだよ…!なあ、大一!お前やあの人達はいったい…」

 

大一の耳に震える声が聞こえた時、尚のこと龍人状態になれないと思った。ここまでなったら何かしらの方法で記憶の改ざんは必要になるだろう。それでも化け物のような姿へと変貌させて恐怖感を与えるのはためらわれた。

すでに手は打ってあったものの大一が答えに困窮していると、大沢が力強い声で戒める。

 

「うるさいぞ、飯高!今は大一にそれを聞く必要はないだろッ!」

「でもよ、こんなの意味がわからねえよ!し、死ぬかもしれないんだぞ!」

「俺だって意味わからねえよ!でもな、今は大一が守ってくれている!俺らがどうにもできない以上、こいつに今の時点で負担をかけさせるんじゃねえ!大一、俺は信じているからな!」

「…その言葉だけで救われるよ」

 

 大一は短く答えると、魔力をさらに強く入れなおす。魔法陣はより強固になり、魔法使いの撃ちだす炎の魔法を防いでいく。

 視界が炎で遮られる中で、魔法使いの煽るような声が聞こえる。

 

「おいおい、龍の力を見せてくれないのか?俺らの火力はもっと強力になるぜ?」

「所詮はこの程度。薄っぺらいプライドでは何もできずに死んでいく」

「白昼堂々、卑怯な手段を用いてきた奴らに言われたくないな」

 

 彼自身が驚くほど、大一の声は静かであった。同時にその静けさとは対照的な怒りが心の中で沸々と煮えたぎっていく。清濁併せ吞む必要性を知っている彼でも、このようなやり方には相応の怒りを抱いてしまう。

 激情を抑えつつ、大一は己を鼓舞するように独白した。

 

「何もできない?そう考えるのはもう終わらせたんだよ。俺は…俺のやり方で守る!今だ、シャドウ!」

 

 大一の合図と共に魔法使いの影から伸びた黒い腕が後ろから首を絞める。最初に大沢達を後ろへと引っ張った後に、シャドウは魔法使いたちが大一達に撃ち出している炎の影を通って移動していた。そして魔法使いの影に潜むと、合図と共に奇襲をかける。

 不意打ちを受けた魔法使いたちはそれぞれの魔法を解除する。この一瞬を見計らい大一は一気に近づくと、片方の敵の顔面を魔力で強化した左腕で殴りつけた。鼻血をまき散らしながら気絶するのを確認する間もなく、さらに隣にいる魔法使いの腹部に鋭い蹴りを入れこみ、身体をくの字に曲げたところを左腕で振り下ろすような肘打ちを入れて床へと叩きこんだ。たった一瞬の出来事であるが、この連撃により2人の魔法使いは完全に気絶した。

 緊張の糸が途切れたように、大一は荒い息で倒れた魔法使いを見る。いくらか溜飲が下がったものの、その行いを手放しで許すつもりは無かった。

また一方で大沢と飯高が大一へと駆け寄る。2人ともいまいち力が入っていなかったが、その表情は安堵が刻まれていた。

 

「た、助かった…!ありがとう、大一」

「…悪い、いろいろなことに巻き込んでしまった」

「何が何なのかはサッパリだが、とにかく無事であることに変わりないんだ。俺は信じているからな」

 

 大沢は震える手で大一の肩を叩く。運動部に所属する彼であったが、さすがに先ほどの出来事には恐怖を感じており、脚も小刻みに震えていた。それでも信じてくれたことに、大一は畏敬の念すら覚える。

 落ち着かせるように小さく何度か息を吐いた大沢は小刻みに身体を動かしながら大一に問う。

 

「それでどうすればいい?」

「隠れていて欲しい…と言っても安全な場所がわからないからな」

 

 次の動きを考えながら大一は魔法使い2人を屋上の端に寄せて、右腕の義手から伸びるシャドウの影で身体を縛る。この光景に大沢達は驚きと不思議に満ちた目で見ていたが、特に追及はしてこなかった。

 敵の狙いがレイヴェルである以上1年生の教室に向かう必要があるのだが、動くよりも前にディオーグの声が響く。

 

(…撤退しているな。他の奴ら)

(なに?ってことは…)

(的確に足止めされたな。小娘どもの魔力は感じねえ)

 

 レイヴェルが連れていかれたことを理解した大一は静かに顔を撫でる。たたみかけるように今度は縛った魔法使いたちが光り輝き始めた。一瞬、目を抑えるほどの光力が放たれると、彼らの姿は無くなっていた。

 

『やられた時の保険も完璧…』

(用意周到だぜ、これは)

 

 大一は大きくため息をつくと、友を連れて屋上を去るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 この日の夕方、オカルト研究部と生徒会は旧校舎に集まっていた。すでに全校生徒は下校しており、記憶の改ざんも済んでいる。以前、アザゼルが作って小さな騒ぎになった生徒の記憶を司る装置というものを使って、「学校に変質者が侵入して臨時休校となった」というものになっていた。また破壊された箇所についても補修作業の工事と重なったことに改ざんされている。

 もっとも一般人からすれば、今回の襲撃は大差ないような内容ではあるだろう。恐怖を心に刻み込んだという点において、今回の襲撃には憤りを抑えない方が無理な話であった。それを踏まえれば、大一としては龍人状態にならなかったのは結果的に正解に感じた。下手に変化して得体の知れないインパクトを余計に残すことは避けるべきなのだから。

 さらにレイヴェル、小猫、ギャスパーの3人が魔法使いたちにさらわれた。敵の目的は当初からレイヴェルのみであったが、同じクラスの2人も抵抗してそのまま連れていかれた可能性が高い。ただし狙いがレイヴェルだけでなく、彼女らも対象であった可能性は否定できなかった。

 すでに敵の勢力の狙いから、禍の団と協力するはぐれ魔法使いであるのは予想できる。だが今回の襲撃にあたり最大の疑問点となるのは、敵がどうやってここまで侵入したかであった。3大勢力の重要地点であるこの地はかなり多くの結界やセキュリティーが施されている。にもかかわらず、敵は存在を察知されることなく学園に入り込み散々暴れて、レイヴェル達を連れ去った。かつてコカビエルが暴れた時と比べるとその守りは間違いなく強固なものになっているはずなのに、日中でここまでの襲撃を受けたのだ。

 これにあたり魔法を専門にするロスヴァイセが意見を述べようとするが、彼女の携帯電話の着信音が鳴り響いた。彼女は話を中断して、電話に出るが…

 

「あ、お祖母ちゃん!どした?何か、あったの?…んだ、いま大事な会議中だかんな。え?仕事?心配すなくとも、わたす、元気にやってっからね。お祖母ちゃんが心配すっことなーんにもないんだってば」

 

 ロスヴァイセは特徴的なイントネーションで電話相手である祖母と話す。彼女はいつもやっているかのごとく話し続けるが、他の者からすれば普段のイメージとあまりにも乖離していたため目を丸くしていた。

 大一も鳩が豆鉄砲を食ったような表情になり、隣で同様の驚きを示していた朱乃に話しかける。

 

「なんか…かなり驚いたな」

「ご実家が北欧の田舎とはトレーニングをつけていただいている時に聞いたことあるけど…イメージがだいぶ変わりますわ」

 

 これについてはイリナがかなり聞いたことがあったようで、ロスヴァイセは父母共に北欧の戦士のため祖母に面倒を見てもらっていた。そのため彼女の夢は田舎である地元にディスカウントショップを作ることであった。

 彼女の変容にはディオーグですら興味を持ったようで頭の中で低い声が響く。

 

(あの銀髪女、だいぶ雰囲気変わるな。言い方ひとつでここまで違うものか…)

(お前が驚くことって余程だよな…)

『うげー…あの女ってたしか北欧だよな…』

(なんかあったか?)

『いや北欧って何度か行ったことあるんだけど、ヴァルキリーを筆頭に多くの戦士どもから逃げてきたけど、あの手の方言で話す奴って高確率で手練れが多いんだよ…』

 

 大一やディオーグと違って、げんなりした雰囲気でシャドウは答える。これだけで彼が北欧で経験したことはかなり手痛いものであることを察せられる。裏を返せば、ロスヴァイセの実力が意外な方面から裏付けされた証拠でもあった。

 電話を終えたロスヴァイセは軽く咳払いをして取り直す。

 

「…すみません。まさか、実家からいきなり電話がかかってくるなんて…。ついでなので、魔法の使い手だった祖母にも強固なセキュリティーを突破できる術式について聞いてみましたが…かなり厳しい見解を口にしていましたね。私もその可能性があると思ってはいたのですが…」

「それはなんですか?」

「裏切り者です」

 

 一誠の問いに、ソーナが代わりに簡潔に答えた。この地域一帯は3大勢力の同盟関係でも重要なもので、多くのスタッフが在住する。そのため怪しい者が踏み入れようものなら、誰かが感知できるようになっている。そうなるとここまで深く気づかれずに侵入するには裏切り者の存在が危惧された。それこそ3大勢力の同盟が決められた会談の際に、ヴァ―リが裏から手を引いた時のように。

 そうなれば疑われるのはこの場にいる者達が可能性としては高いが…。

 

「俺たちのなかに裏切り者がいるってんですか!?」

「私も裏切り者がいるなんて信じてません。けれど、襲撃犯は油断のできない相手です。目的はレイヴェル・フェニックスさんなのかどうかすらも断定はできません。しかしただで見過ごすほど、私達も甘くありません」

 

 匙の納得できなさそうな様子をたしなめるようにソーナは話す。彼女のハッキリとした言葉はすでに次の動きを練ってあるのと同時に、今回の一件について襲撃者への並々ならぬ怒りが込められていた。

 

「さて、連れていかれてしまった搭城さんたちについて───」

「会長!」

 

 ソーナの話を遮ったのはシトリー眷属「僧侶」の草下であった。かなり興奮した様子で息を切らしている。

 

「…オカルト研究部の1年生を連れ去った者から、連絡がありました」

 




方言はたまに本当に外国語に聞こえるくらいのものがありますよね。


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第131話 魔法使いとの対決

ソーナさんは本当によくここまでやるよ…。


 静寂に包みこまれる深夜であったが、最寄りの駅に集まっていたメンバーの心情は静かさとはまるで無縁であった。襲撃犯たちへの怒りはそれほどのものであった。

 大一達がこの場所に来たのは、襲撃犯からの連絡があったからであった。連れていかれた3人を返すにあたり、グレモリー眷属、兵藤大一、紫藤イリナ、シトリー眷属で地下のホームに来るように指示されていた。グレモリー眷属と分けられている辺り、すでに大一の立場は一誠達とは違ったものであることは周知の事実のようであった。

 指定された地下ホームは冥界とも通じている。大一達も夏休みに利用した駅だ。この場所を通じて冥界から侵入しても感知は出来るはずなので侵入経路とは考えにくいが、グレモリー領にある列車用の次元の穴はすでに封鎖されている。さらに駅周辺を3大勢力のスタッフたちが囲んでおり、相手を追い詰めている状況とも見られる。

 準備万端ではあったが、突入前にゼノヴィアがふと疑問を提示する。

 

「グレモリーの指揮は誰が執る?」

 

 至極単純だが当然の疑問であった。リアスが不在である以上、副官である朱乃あたりが候補に上がりそうなものだが、ソーナが眼鏡を上げながら答える。

 

「問題ありません。有事のため、生徒会、オカルト研究部の指揮は私が執ります。リアスにもそのように任されておりますから。『王』不在で当惑することがあるでしょうけれど、私の指示に従ってくれますね?」

『はい!』

 

 ソーナの問いに全員が反応する。夏のゲームでの苦戦、格上のアガレス家に戦略によってもぎ取った勝利、彼女の実力においてはグレモリー眷属はよく知るところであった。

 敵地へと赴く前にソーナがグレモリー眷属のメンバーに現在の使える能力などを確認している頃、一誠が大一を小突く。

 

「どうした?」

「いや…あの人って誰かなと思ったんだけど、兄貴知っている?」

 

 一誠の視線の先には外国人男性が静かに立っていた。髪は灰色で目元が隠れるほど長いが、それを差し引いても整った顔立ちであった。それ以上に目を引くのはサイラオーグに匹敵するほどと思われる肉付きの良い体格であった。

 

「いや、知らねえが…椿姫さん、そちらの方は?」

「ええ、こちらの男性は駒王学園大学部に在籍する大学生の方でシトリーの新しい『戦車』です」

 

 椿姫の返答に、一誠は驚愕し大一は腑に落ちたように頷く。男性は大きな反応は見せずに、静かに短く自己紹介を行う。

 

「…ルー・ガルーと呼んでくれ」

「私達はルガールさんと呼んでいます。2人もそのように呼んであげてくださいルガールさん、今回は外でのバックアップをお願いします」

「…ああ」

 

 椿姫の指示に頷いたルガールはそのままこの場を離れる。その後ろ姿を見ていると、今度は天井から声が聞こえた。

 

《マスター、周辺の準備は整ったようですぜ》

 

 グレモリー眷属が天井に目を向けると、シトリーの魔法陣から頭だけひょっこりと逆さまに出している。ただしその顔は髑髏の仮面に覆われており、その仮面は見覚えがあるものであった。

 一誠は天井を指さしながら叫ぶ。

 

「グ、死神(グリム・リッパ―)じゃないっスか!」

「こちらは私の新しい『騎士』───」

《…あっしはベンニーアと申します。…元死神であります》

 

 天井からふわりと降りてきた小柄な死神は自己紹介と共に髑髏の仮面を外す。眠そうなぼんやりとした目つきに金色の瞳は深い紫の長髪と合っており、この格好でも可愛らしさを抱くほどの少女であった。

 死神といっても彼女は最上級死神のオルクスと人間の間に生まれたハーフで、ハーデスのやり方についていけずにソーナ相手に打診を入れたとのことだ。しかもソーナが元々予定していた「騎士」の当てが外れたタイミングでだ。

 この情報だけではとてつもない怪しさを抱かせる彼女であったが、ソーナはある一点に置けることで信頼して眷属にしたのだと話す。

 ベンニーアは色紙を1枚、一誠へと突き出した。

 

《おっぱいドラゴンの旦那。あっし、旦那の大ファンですぜ。ほら、マントの裏はおっぱいドラゴンの刺繍って具合です。サインをひとつお願いできませんかね?》

 

 全員が納得できて、大一のみが納得したくない理由であった。もちろん母型の血が濃い彼女からすればハーデスや父のやり方に辟易していたのは事実であるが、おっぱいドラゴンのファンという肩書きがそれ以上の説得力を有しているのも事実であった。

 サインを貰って小さく満足げな表情をするベンニーアに、ソーナが声をかける。

 

「ベンニーアもルガール同様、外でのバックアップをお願いできますか?」

《イエッサーですぜ、マスター。同期の大柄あんちゃんと共に外で待機してやす》

 

 ベンニーアは足元に魔法陣を展開させるとそこに潜り込んで消えていった。悪魔たちとはまるで違う転移の仕方に小さな関心を大一が抱く中、ディオーグとシャドウが先ほどのメンバーについて会話する。

 

(あの獣のような生命力の男に死神のチビ女…実力を試してみてえな)

『はー、シトリー眷属は吸血鬼対策であのメンツを選んだのかねえ…。いかにもな特徴持ちだ。しかし死神から裏切り者とは…組織である以上は仕方ないものかねえ。まあ、敵勢力に起こったことが自分達では起こらない、そんな考えは傲慢もいいとこだ。こちらも可能性は考えることだね』

 

 シャドウはいつもの甲高い声を崩すことなくあっけらかんと忠告する。その言葉は誰にも気づかせることなく大一の心を曇らせた。否定したい憶測を後押しするような意識が、己の身の中にあるというのは居心地が悪かった。だが今後の戦いや立場から最悪の状況は想定しなければならないのだ。

 大一は自分を落ちつけるように深く息を吐く。

 

(…わかっている。少なくともその可能性を否定するわけにはいかないからな。まずはやることをやるだけだ)

『僕に狂わされた時よりも割り切りが良くなった?』

(俺だって色々な経験してきただけだよ)

 

 大一が短く答え終える頃には、ソーナが一誠の現状の出来ることを把握して作戦を組み立てていた。間もなくソーナがメンバーに作戦を伝えると、一行は駅のエレベーターから降りて地下へと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 冥界行き用のホームの奥へと進んでいくと、早々に不穏な気配が感じられた。それを機にソーナが立案した陣形を整えると、先へと進んでいく。そして通路を抜けたところで地下の開けた空間に足を踏み入れた。そこには視界から外す方が難しいほどの多くの魔法使いで埋め尽くされていた。総数はゆうに100を超えていると思われる。

 その数を相手に早速啖呵を切ったのは一誠であった。

 

「来てやったぜ?俺の後輩はどこだ?」

 

 この言葉に魔法使いたちは小さく笑ったり、肩をすくめたりと多様な反応を見せていたが、決して気持ちの良い反応とは言えない。

 一誠の言葉に返答はせずに、ひとりの魔法使いが前に出てきた。

 

「これはこれは、悪魔の皆さん。『若手四王』のグレモリー、シトリーの皆さんが俺たちのために来てくれるなんて、光栄の限りだ」

「あなたたちの目的はなんですか?フェニックス?それとも私たちでしょうか?」

「どっちもですな。ま、フェニックスのお嬢さんは大事に扱っているんで。そうしろと、リーダーの命令なんですよ」

 

 どうも相手の話しぶりではフェニックスの件についてはすでに終わらせているようであった。そしてもうひとつの目的であるのはメフィストフェレスを筆頭とした魔法使い理事から高い評価を与えられた「若手四王」の実力を試したいというものであった。

 話していた魔法使いが指を鳴らすと、他の魔法使いたちが攻撃用の魔法陣を展開させる。

 

「やろうぜッ!悪魔さんたち!魔力と魔法の超決戦ってやつをよ!」

 

 この言葉を皮切りにあらゆる属性の魔法、使役された魔物が一斉に向かってくる。感知するのも途方無く感じるほどの攻撃であったが、全員の耳につけられている通信装置からソーナの声が響いた。

 

『───では、見せようじゃありませんか。若手悪魔の力を───。駒王学園の悪魔を敵に回したことを後悔させてあげましょう』

 

 早速動いたのは前衛にいたゼノヴィアであった。エクス・デュランダルから放たれる聖なるオーラを斬撃へと変化させた攻撃で向かってくる魔法を一気に打ち砕いていく。中衛のロスヴァイセも彼女の後ろから魔法によるフルバースト攻撃で、相手の魔法を一気に落としていく。

 大一も龍人状態に変化すると、シトリー眷属「戦車」の由良と共に前に出る。大一は魔力を込めた魔法陣を展開させ、由良の方も巨大な光の盾を発生させて敵の広範囲の攻撃を防いでいく。

 

『良い盾だな、由良』

「先輩の防御にも負けませんよ」

 

 彼女の盾は人工神器「精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)」、精霊と契約してそれらを宿らせることで特性を変えるというものであった。シトリー眷属は彼女以外にもアザゼルから人工神器を渡されており、それを見事に使いこなしていた。

 最初の攻撃を凌ぎきって攻撃に転じると、「騎士」の巡が相手の防御魔法陣ごと叩き斬る。彼女の人工神器「閃光と暗黒の龍絶剣(ブレイザー・シャイニング・オア・ダークネス・ブレイド)」はその攻撃力に定評があった。もっともこの神器自体はアザゼルは黒歴史的なものだったが…。

 これにイリナも参戦して量産型聖魔剣で敵を斬り伏せていくのが視界に入ると、魔力を撃ち出していた大一の口からディオーグの重い声が漏れだす。

 

『おい、小僧!接近して攻めるぞ!』

『今回の俺らは防御と感知、かく乱が役割だ。積極的には攻めない。一誠だってそうだしな』

『チッ!つまらねえ!』

 

 ディオーグは苛立つように舌打ちする。食い下がらない辺りは彼としてもチームへの貢献という感情があるからだろうか。

実際、今回の戦いで兵藤兄弟はバックアップ的な面が強く、一誠もスキーズブラズニル(一誠は「龍帝丸」と名付けたらしい)に掴まって戦場を動き回っていた。彼の役目は匙のラインを使って仲間達への譲渡を決めることであった。

 匙がヴリトラ系の神器を使って捕縛と魔力を搾り取ると、一誠は彼のもとに降り立って力を譲渡する。匙は自身に繋がっていたラインをロスヴァイセに渡すと、敵は魔法の力を抜かれて倒れていくのに対して、彼女の方は強力なオーラを纏い攻撃が強化されていった。

 こうなると匙も狙われるが、彼は「兵士」の仁村が護衛して向かってくるのを徒手空拳でなぎ倒していった。

 苦心した魔法使いは今度はキメラの軍団で攻めたてるが、前衛のゼノヴィアがそれを斬り伏せていく。パワーはもちろんのこと、擬態と閃光のエクスカリバーの能力も使うことで多様なキメラ軍団を瞬く間に薙ぎ払っていった。さらにソーナの助言もあって、支配の能力を使い炎を操ることにも成功させている。

 すでにこの戦場ではソーナの戦略がことごとく嵌っており、相手もそれには気がついていた。

 

「シトリーの頭も狙えッ!」

「会長や後衛陣をやらせないわ」

 

 魔法使いたちは標的を後衛にいるソーナに定めるが、今度は「僧侶」の花戒が人工神器による結界で防いでいった。

 数が通じないなら破壊力とばかりに相手は巨大な岩石を出現させる。その質量は見ただけでも間違いないものであったが、それに対して朱乃が動いた。彼女が撃ち出した雷は東洋の龍の形をしており、その巨大な岩石を激しい炸裂音と共に打ち砕くと落ちてくる破片含めて飲み込んでいった。

 

「───雷光龍。イッセーくんの気をこの身で受け続いていたら、このような特殊な技ができるようになりましたわ」

『…大一の彼女、まだそれをやっていたのかい?』

『仕方ないだろ。一誠の龍の気を散らせることができるのリアスさんと朱乃だけなんだから…。それよりもシャドウ、お前も集中しろ』

 

 朱乃がロスヴァイセから学んだ防御術式で弱点であった防御の低さをカバーする中、大一は向かってくる魔法の影に隠れさせるように右腕からシャドウを触手のように伸ばす。そのまま魔法を撃っている相手の足元に潜み、不意を突いて体勢を崩させることで狙いを狂わせて同士討ちをさせていった。視認されにくい見た目と攻撃が飛び交う戦況のおかげで、予想以上に影が感知されづらかった。

 一誠が再び譲渡をすると、さすがに相手も危惧したのか彼に狙いをつける。これもシトリー眷属「僧侶」の草下が使う人工神器である大量の仮面が防いでいった。攻撃、サポート、防御を的確に役割を決めて遂行していく、全員の特性と能力をハッキリと把握するソーナだからこそできる芸当であった。

 ダメ押しとばかりに敵が出してきた巨大な氷塊を譲渡によって強化された椿姫の神器で、氷塊よりも強烈な威力のカウンターが魔法使いを襲い、この隙に一誠が全員に行きわたるようにラインを渡した。これにより全員がいつでも譲渡の力を得られるようになり、間もなく相手の魔法使いたちを全滅寸前まで追い込んだ。

 

『どうやら、初手は私達の勝ちのようですね』

 

 数十分後、敵の戦列は完全に崩れ去っていた。向かってくる魔法は相殺するか防ぐかで対応し、現れる魔法は強化した攻撃でねじ伏せる。狙いがずれて同士討ちやカウンターもあるため、下手な攻撃もはばかられる。手傷を負わせても後ろに下がってアーシアが回復できる。2つのチームをあっという間にまとめ上げて、高い戦果を出せたのはソーナの計算によるものであったのは明白であった。

 これには大一も舌を巻く想いであった。同級生のため彼女の実力は理解しているつもりであったが、「王」としての資質はリアス以上であると思わざるを得ない。もっともソーナ自身は、グレモリー眷属の個々の能力の高さを評価し、リアスが下手に策を練るよりも突っ込ませる方が戦果をあげられることと考えて仕方ないものだと判断していたが。

 完全に諦めたのか、いきなり魔法使いたちが降参とばかりに両手を上げる。

 

「…わかったわかった。俺たちの負けだよ。というよりも、リーダーが来いってさ」

 




14巻も終盤に差し掛かってきましたが…。


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第132話 参加する脅威

シトリー眷属の名前が自信無いため、何度も確認しながら書いてました。
でもデザインいいですよね。


 先ほどまで戦いが繰り広げられていた駅の地下ホームは、打って変わってかなり静かになっていた。聞こえるのはせいぜい一部の魔法使いが垂れ流す不平不満程度だろう。

 投降した魔法使いたちは次々と捕らえられていく。大一達と敵対していた魔法使いは正規の禍の団の構成員だけでなく、本当にただのはぐれ魔法使いもいた。だからといって学校を襲撃した彼らに恩赦を施すなど言語道断であり、拘束して自由を奪っていった。

 一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、朱乃、ロスヴァイセ、ソーナ、匙のメンバーは投降した魔法使いが発生させた魔法陣で転移して敵のリーダーがいる場所へと赴いていた。ソーナを除いたメンバーは敵が来るように指定しており、いざという時のためにも指揮官としてソーナも向かった。そのためこの場には大一とシトリー眷属しか残っていない。この少ない数であったが、先ほどの戦闘で魔法使いたちは戦意を失ったり、気絶したりと抵抗はまるで見せなかった。併せてすでに椿姫が外のスタッフに連絡を取っていたため、あと数分もすれば彼らを連れていくための援軍がやってくる。

 大一が影で魔法使いの数人を縛り上げている中、ディオーグの荒々しく不満げな声が響く。

 

(なんで俺らは呼ばれねえんだ!暴れたりねえ!絶対あいつらもっと強い奴らと戦っているぞ!)

(可能性は高いよな。心配だ)

『わざわざ大一は来るなと名指しされたくらいだから、キミと相性が悪い奴とか?』

 

 シャドウの問いに大一は分からないというように肩をすくめる。シャドウの思った理由があるのか、グレモリー眷属で無いから興味を削がれたのか、それとも別に何か理由があるのか…考えついても小猫たちが実質的に人質である以上は相手の言うことに従うしかなかった。

 

「痛って!もっと優しくしろよ!」

 

 大一の足元ひとりの魔法使いが吠える。共に影で縛られている2人はすっかり意気消沈していた。ただのはぐれ魔法使いであったが、学校襲撃の反省の色は見られなかった。どうも今回の一件で禍の団に協力したはぐれ魔法使いは揃いも揃って力を試したがる輩ばかりであり、同時にこれほどの混乱を起こしても逃れるつもりでいた。

 非難するような視線を向ける大一であったが、シャドウがなだめるように声をかける。

 

『どこにでも僕のようなはみ出し者はいるもんだ。いちいち相手にしていたらきりがないぜ?』

「それもそうだが…」

 

 頭では理解してもそれを受け入れるのは簡単なものでは無く、同時にシャドウの話す通り今の大一ははみ出し者と認定されてもおかしくない立場を経験していた。いかに自分が悪魔として恵まれているかを実感せざるをえない。

 

「大一先輩、もうすぐ外のスタッフが来るそうですよ」

「ああ、わかった。ほら立て」

 

 シトリー眷属の由良に言われて大一は考えを払うように頭を振ると、縛っていた魔法使いに指示を出す。不満を漏らした相手は軽く舌打ちして指示に従うと、ホームの後ろの方へと移動していった。

 あとは増援を待つだけの単純な作業になると思われた矢先、ディオーグの警戒するような声が彼の頭に静かに重く響いた。

 

(…なにか来やがったな)

 

 これに反応した大一はすぐに振り返る。一誠達が転移した辺りに魔法陣が展開されていた。紋様は先ほどのものとは違っており、そこから3メートル以上はある大男が現れたのだ。

 これほど目立つ男の登場に誰も気づかないはずがなかった。大一とシトリー眷属はすぐに警戒し、捕まっていた魔法使いたちもキョトンとした表情で現れた男に視線を向ける。

 現れた男の方はその視線に気にする素振りも無く、首の付近をその大きな指で掻いていた。身が詰まったはちきれんばかりの筋肉をタンクトップに包んでいる。上半身が山のような印象を抱かせるが、身体に対して短い下半身もズボンの上から分かるほど屈強であった。薄い紫の髪は無造作に伸びており、顔は獅子鼻に出っ張った唇と岩を削りだして作ったような雰囲気であった。やる気が感じられない垂れ下がった眼とはまるでミスマッチだ。

 

「あなた達の仲間?」

「知らねえよ、あんなデカぶつ!」

 

 花戒の問いに近くにいた魔法使いが叫ぶ。彼らにとっても予想外であった謎の訪問者は大きくあくびをした後に軽く首を曲げて全員を見渡した。

 

「誰だ?」

「誰…あー…ギガンと呼ばれている」

 

 大一の問いに謎の巨漢…ギガンはその見た目にピッタリの低温で答えるも、すぐにぼそぼそと独り言をつぶやく。

 

「名前…バレるか?いやこんな名前を覚えるのがいない…じゃあ、別にいいか」

「お前も『禍の団』か?」

「『禍の団』…そうだな」

「ほ、本当か!だったら、助けてくれ!俺らは『禍の団』の術者だ!」

 

 後ろで捕えている魔法使いたちが騒ぎ出すが、ギガンはそれに対してまるで表情を変えなかった。そのガタイの割りにはぼんやりとしたやる気の無さが感じられるが、「禍の団」のメンバーとなれば油断は出来ない。魔法使いが話すリーダーに命令されてこの場に来たのかと思ったが、魔法使いの誰もがギガンを知らないのは不思議であった。それとも独自に動いて彼らを救いに来たのだろうか。

 そんなギガンを前にして、椿姫が大一の隣に立ってキッパリと言い切る。

 

「もうすぐここに3大同盟のスタッフが来ます。あなたひとりで何をするつもりですか?」

「もうすぐはない。ここに来る前に手は加えた」

 

 この言葉に疑問を感じるメンバーであったが、間もなく後方にいた草下が声を上げる。

 

「大変です!通路が大量の瓦礫と岩石で塞がれています!」

「いつの間に…あなたの仕業ですか!?」

「手は加えたと言った。後は仕事だ…」

 

 静かに答えるギガンが手の平から直径2メートルはある大きな岩石を撃ち出す。魔法陣は無く、まるでそこから生えてきたように見えた。大一とシトリー眷属は横に飛んでかわすが、向かってくる岩石は捕らえていた魔法使いたちの一組に向かっていった。

 それに気づいた大一は龍人に変化すると、素早く岩石に追いついてそのまま硬度と体重を上げて叩き落とした。後ろで半泣きに叫ぶ魔法使いたちは身体を震わせながらすっかり岩のような大男に怯えていた。

 

『仲間だぞ…!』

「俺はこいつらを知らないし、興味もない」

 

 怒りに声を震わせる大一の言葉に、ギガンは気怠そうな声で反応する。この様子が彼の神経を軽く逆なでしたのは言うまでも無い。

 この男との戦いの必要性を覚悟したシトリー眷属も力を溜め始める。椿姫が長刀を取り出すと、後方にいるメンバーに指示を飛ばした。

 

「憐耶と留流子は魔法使いたちを連れて出来るだけ奥へ!残りはこの男を抑えます!」

『はい!』

 

 椿姫の言葉にシトリー眷属が一斉に動く。「王」であるソーナがいなくてもその統制は完璧であった。

 これに対してギガンはまるで動きを見せなかった。油断ないというよりも下がっていく魔法使いたちに興味が湧いていないようで、ただ戦闘準備をする大一とシトリー眷属を静かに見ていた。

 大一は前に出ると椿姫の横に並ぶ。肌を刺すような緊張感がこの場を支配していた。

 

「…大一くん、あの男が何者かわかりますか?」

『岩石を叩き落として思ったのですが、おそらく魔力によるものです。あの感覚は我々と同じ…断定はできませんが悪魔だと思います』

「断定できないのは?」

『生命力が悪魔特有のものとは違うんですよ。いまいち活気つく感じがしない。しかし使う魔力は悪魔と同等のものです』

「なるほど…そして先ほどの一撃とあの体格を踏まえれば純粋なパワーが武器かしら」

 

 会話の最中、ギガンは再び手の平から岩石を撃ち出す。今度は両手からであり、しかも6個も撃ち込んできた。このサイズの岩石を連射されれば避けるのも一苦労だが、その場にいる全員が間をぬってかわしていく。

 反撃に出ようと構えるが、ギガンの動きの方が速かった。見た目と雰囲気以上にスピードは速く、一番近くにいた大一に対して強烈な横フックをお見舞いする。

 自身の体を半分以上占めるほどの大きさの拳を受けた大一は一撃で吹き飛ばされる。なんとか空中で体勢を立て直すと、壁に激突する寸前に着地をした。骨をきしませるような痛みを感じるが、この程度で済んだことが幸いとすら思ってしまう。

 

『ちょっと大一!魔力の上げ方、甘いよ!』

『いや…確かに最高まで上げていないが、かなり魔力は込めていた。硬さと重さは相当なものだったんだぞ。それでもあいつは軽々と腕を振りぬいてきたんだ』

 

 シャドウの警告に大一は油断なく答える。ギガンに視線を向けると、殴ってきた彼の腕自体がまるで岩によって形作られていた。ギガンは腕自体を岩へと変化させてそこから更に魔力を使って強化しているのだろう。様々な悪魔を見てきた大一であったが魔力を別のものに変化させても、身体を別の物質に変化させるのは初めて見た。いよいよ悪魔なのか怪しくなり、先ほどの自分の発言を取り消したい想いであった。

 そしてそれ以上に強く疑問を抱いてしまうのは…

 

『ディオーグ、今の感覚…』

『あの盾と槍を持った変な奴と同じ魔力だな。なぜこいつが?』

 

 ギガンの一撃を受けたと同時に、彼はかつてクーフーと武器をぶつけた時と同じような魔力を感じた。ごくわずかでありながら、クーフーの時よりもハッキリと感じ取れたのは1度感知したことがあるからだろうか。しかしこの魔力は言葉では説明できないような違和感があり、直感的に自分や仲間達の持つ魔力とは違うものであると自覚していた。

 

『小僧、影野郎、気を抜くな。あれは奇妙な奴だぞ』

『わかっている』

『僕らも充分に奇妙だけどね』

 

 油断なく大一が構える中、対するギガンは大一を殴りつけた岩の拳を軽く開いたり握ったりを繰り返していた。

 

「ん…なるほど。分かったことだし、次は───」

「隙あり!」

 

 巡が「騎士」のスピードを活かし、一気に通り過ぎる。その間際に強烈な一太刀をギガンの腹部に入れていた。だがギガンは特にダメージを負った様子も無く、気怠そうな瞳で巡を睨みつけた。

 

「よそ見禁物だ!」

 

 お次は由良が「精霊と栄光の盾」で攻撃を仕掛ける。ただ守るだけの盾ではなく、回転させることでヨーヨーや丸ノコのように攻撃へと転換させることもできた。精霊を宿したことで炎と雷の属性までついており、先ほどは魔法使いたちの防御魔法陣を軽々と破壊していった。

 ギガンはこれを岩の片腕で防ぐ。盾は回転を止めなかったが、ギガンの方も直立不動で山のように動かない。やがて音を上げたのは由良の方で盾の回転を止めて自身の手元へと戻した。

 この攻防に対して、椿姫がインカムを通して全員に語りかける。

 

『並みの防御魔法陣なら難なく破壊する巴柄と翼紗の神器を防ぎ、防御に定評のある大一くんをあっさりと破るパワー…これは並大抵の相手じゃありません』

『となれば、狙うのであれば副会長のカウンターですか?』

『そうだと思います』

 

 巡の問いに椿姫は小さく頷いて答える。実際、この場にいる全員が思っていたことだろう。この「戦車」の特性を形にしたような巨漢を倒すにあたり、一番可能性があるのが彼女の神器「追憶の鏡」によるカウンターが確実だろう。

 

『椿姫さん、その言いぶりだとすでに考えはあるように聞こえますが…』

『察しが良くて助かりますよ、大一くん。伊達に私とも付き合いの長さはありますね。会長ほどではないですが、作戦はあります。ぶっつけ本番ですが…まずは時間を稼ぎましょう。手数で攻めます』

 

 椿姫の合図と共に全員が動き出す。大一と椿姫、花戒は魔力の塊を撃ち出し、巡は遠距離から斬撃を飛ばす。由良は合間に「戦車」のパワーで瓦礫を数個投げつけていた。どの攻撃もギガンはうっとうしそうな表情をするだけでダメージは見られなかった。しかし最初の攻防で彼らもそれはわかっている。この攻撃にあたり5人は足を止めないことが重要であった。これにより短時間であるが、椿姫が全員に作戦を伝えることが出来たのだから。

 

────────────────────────────────────────────

 

 同じ頃、一誠達もとてつもない戦いを繰り広げようとしていた。彼らが招かれた場所はフェニックスの涙の模造品を生成する工場であった。次元の狭間の一画に作られた場所で、フェニックス家のクローンを使って模造品を生みだすという非人道的な方法を行っていた。今回、レイヴェルを連れ去ったのはその模造品の精度を上げるために、魔力などのデータを取るためであった。彼女を守るために小猫とギャスパーも連れさらわれてしまい、特にギャスパーの方はかなり手痛い暴行を受けていた。

 敵の行いに憤怒を抱くが、それに想いを馳せる間もなく龍門から現れたドラゴンと戦闘になっていた。かつて暴虐の限りを尽くして初代ベオウルフに討伐されたはずの伝説のドラゴン、「大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)」の異名を持つグレンデルであった。

 この戦いに一誠はドライグを起こそうとするが…

 

『…おっぱい…おっぱい、怖いよ』

 

 目が覚めたと思えば、まったく年齢にそぐわない話し方でドライグが反応する。ソーナの仮定ではあるが、精神的な負担と一誠の蘇生に力を使いすぎたため一時的な幼児退行になっているとのことだ。

 

「ドライグ!いや、ドライグくん!おっぱいは怖くない!おっぱいはとても柔らかくて、いいものなんだ!」

『…ずむずむいやーんって、心の奥にまでずーっと残ってるの…』

 

 一誠の励ましにも、ドライグは怯えたようにトラウマを口にする。ただこんなふざけた状況であっても、彼の意識を引っ張ってこられるチャンスは残っていた。ヴリトラに加えて、もう1匹龍王相当のドラゴンがいればそれが可能であり、同時にこの中で匙ともうひとり、ドラゴンを呼び出すことが出来る少女がいた。

 

「───我が呼び声に応えたまえ、黄金の王よ。地を這い、我が褒美を受けよ。お出でください!黄金龍君!ファーブニルさんっ!」

 

 アーシアが力強い呪文を唱え終わると、黄金の魔法陣からグレンデル相当の体格を持つ黄金の龍が現れた。かつてはアザゼルの人工神器に身を宿し契約していた五大龍王の1匹ファーブニルであった。前線を引いた彼はアーシアの魔物使いの才能に目をつけて、彼女にファーブニルを契約させていた。

 ただしファーブニルにはそれ相応の対価が必要であった。アザゼルはかなりのお宝を用いたが、アーシアの場合は…

 

『───お宝、おパンティー、いただきました。俺様、おパンティー、嬉しい』

 

 ゲスの極みであった。しかもこれによってファーブニルの協力を得ると、本当にドライグの意識を取り戻すことが出来たのだから極みをさらに上回る酷さが確立されていた。

 

『───っ。…はっ!お。俺はいったい何をしていたんだ!?あ、相棒じゃないか!』

「うぅ、ようやく戻ってきたんだね、ドライグ…。おまえを復活させるための犠牲はあまりに大きかったんだぞ…っ!」

 

 目に見えないながらも何か大きなものを失ったことに、一誠は本気で涙するが同時にその感情は力となって爆発した。

 

「アーシアの思いを無駄にはしないッ!禁手化っ!」

 

 カウント無しで一瞬で鎧を身にまとえるようになった一誠を筆頭に、彼らはグレンデルとの激闘を始めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ほぼ同じ時間で大一とシトリー眷属も謎の襲来者を相手に挑み始めていた。

 

『さて…やりますか!翼紗!』

「了解!」

 

 最初に動いた由良は再び巨大な瓦礫を投げつける。さすがにその大きさは煩わしく思ったのか、ギガンはその丸太のように太い腕で瓦礫を殴り壊す。岩石化させなくてもその腕力は確かであった。

 次に彼女とは反対側にいた大一がシャドウを伸ばして相手の脚を絡め取ろうとする。下半身は貧弱に思えたが、それは上半身と比べてというだけであっさりと影を引きちぎられる。

 ギガンは腕を伸ばして両側にいた2人に岩石を一発撃ちこむが、2人とも盾や防御魔法陣で防いだ。ギガンとしてもこの2人を倒すのはもう少しパワーが必要だと感じたのか、グッと拳を握って力を入れ始めた。

 

「動きは遅い…お次はこれよ」

 

 立ったままのギガンの周囲に花戒が魔力による煙を展開させる。殺傷力はまるで無いが、魔力感知を鈍くさせる効果がある。もっとも感知にある程度秀でていれば、苦にもならないレベルであった。

 それでもギガンの視界と感知を抑え込むのにはかなり効果があった。このタイミングで巡が地下ホームを縦横無尽に動いて斬撃をあらゆる方向から飛ばしていった。ギガンとしては浴びるほど受けても手傷を追わないものの、煩わしいことこの上なかった。

 

「さっさと頭数を減らすか…」

 

 小さく呟くギガンは猛烈な回転音が聞こえてくるのに気がついた。それが先ほどの盾だと気づいたギガンはもはや受けるつもりは無く、わずかに身体をずらして向かってきた盾を避けると同時に、その方向に飛んでいく。

 煙の一帯を出ると由良が盾を飛ばしていたのが視界に入る。彼女と共にいた大一は防御魔法陣を展開させるが、ギガンからすれば自分に向かってくる相手の行動全てが面倒であった。腕を岩石化させて振りかぶり、その魔法陣ごと叩きのめそうとするが…

 

「これで…終わりです!」

 

 ギガンが腕を振り下ろした瞬間、椿姫が魔法陣との間に割り込む。その前には「追憶の鏡」が展開されており、ギガンの拳は鏡へと叩きこまれる。

 鏡が割れると、その威力をさらに高めた強烈な波動がギガンを襲った。目と鼻の先から向かってくる波動を避けられないギガンの岩へと変化した片腕は砕け散り、その波動の余波も身体に痛烈なダメージを与えていった。自身の破壊力をまともに受けたギガンはそのまま虚ろな瞳で後ろに倒れ込むのであった。




いやー、あっさり勝負がつきましたねー。


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第133話 岩石の男

今更ですが原作14巻はレイヴェルメインの巻でしたが、私の方では全然でした。
代わりと言ってはなんですが…。


 作戦は実にシンプルなものであった。大一と由良が攻撃をして注意を引かせて、ギガンの攻撃を誘発する。出来るだけ離れることで遠距離の岩石攻撃を発動させると、それを防ぐことで生半可な一撃ではやられないことを相手に実感させる。そこから花戒と巡のコンビネーションで足止めと相手の苛立ちを募らせる。そのタイミングで感知しやすい攻撃を行うことで、ギガン自身が直接攻撃のために接近してきたところを狙い、椿姫が割り込んでカウンターを決める。この一連の動きは完璧に再現された。

 そのおかげでギガンの片腕は粉砕され、仰向けになった巨体にはまるで活力が感じられなかった。それでも警戒して近寄れず、大一が目の前の倒れた巨体を感知した。

 

『…魔力も生命力も感じられません。おそらく死んだはず』

「ここまで上手くいくとは思いませんでした」

 

 肩で息をしながら椿姫が誰に向けてでもなくポツリと呟く。「王」不在という不安を最も強く抱いていたのは指揮を執った彼女だろう。椿姫の心に背負った重さを察するに余りある反応であった。

 しかしこの男を倒すことが出来たのも彼女のおかげであった。即興の作戦ではあるが単純ゆえに全員が役割を果たせ、しかも効果は絶大であった。これには唯一眷属でない大一も敬意を感じる。

 

「…彼は何者なんでしょうかね?」

 

 倒れたギガンを見ながら花戒が疑問を口にする。「禍の団」の構成員であることは本人が口にしていたが、その割には魔法使いには目もくれていない。この男には何かしらの仕事があったようだが、その目的が明かされていないのだ。

 

「いずれにしろ、彼の身体も運び込むためにも人手が必要となります。憐耶達と合流して、瓦礫を退かさなければなりませんね」

 

 シトリー眷属は仲間達と共に後退した草下と仁村のもとに戻ろうとする。ひとまず戦闘に区切りがついたことで、気持ちに余裕が生まれていた。

 その一方で、大一は未だに緊張感を抱いていた。もっともそれは戦いの緊張感とは別物で、ギガンについての疑問が深まっていたからだ。クーフーに対してわずかに感じた同じ魔力は、静かに潜みながらも自分を惹きつけるような感覚であった。また「禍の団」でありながら、独自の立ち回りをしていた点もクーフーと重なる。それらを踏まえると、この男から得られるかもしれなかった情報は少なくなかっただろう。

 ただ大一が緊張感を抱き続けて龍人状態を解除していなかったのは、幸運であった。その理由は間もなく行動によって証明される。

 

『危ない!』

 

 叫ぶと同時に大一は義手から黒い影を伸ばすと、由良を捕まえて自分の方へと引っ張り込む。由良はこの突発な行動に驚くも、身体を引っ張られて間もなく彼女が先ほどまでいたホームの床から巨大な突起が出現していた。そのままであれば地面から強襲を受けていたのは間違いなかった。

 すぐに椿姫、巡、花戒もその突起から距離を取ると、再び戦闘態勢を取った。驚いた由良の方は少し荒い呼吸をしながら大一に礼を言う。

 

「せ、先輩、ありがとうございます」

『気にするな。それよりも…』

 

 大一の視線は突起の根元から移動して少し先の誰もいない床へと到達する。そこから大きな腕が生えだすと、落ちた穴から這い上がるような動きで全身を岩石化させたギガンが現れた。

 

「避けた上に俺の場所も感知している…まあまあだな」

『お前、やられてなかったのか…!』

「あの程度じゃまだまだ」

 

 まるで地面から生まれてきたような雰囲気であるギガンは、岩石の身体を元の状態へと変化させる。筋骨隆々の大男には先ほどのカウンターによるダメージはまったく見受けられず、相変わらず気怠そうな目で彼らを見ていた。

 間違いなくカウンターを決めたと確信していた椿姫はギガンへの驚きを隠しきれない声で問う。

 

「さっきのカウンターをどうやって避けたというの…!」

「お前らの煙を利用しただけだ」

『…ああ、そういうことか』

 

 この場で唯一納得した様子を見せたディオーグの声に、大一がさらに追及する。

 

『どういうことだ?』

『お前らが目くらましに使った煙の中でこいつは分裂かなんかであの偽物と入れ替わったんだよ。そして本体は床に同化して姿をくらませ、油断したところを襲撃したんだ』

『あの岩石が偽物なのが信じられない。あれには生命力もあったんだぞ』

『可能性を挙げるとしたら、あのデカぶつは自分が作り出した岩にも生命力を付随させられるってことなんだろうよ。あいつ自身の生命力が強くないからこそ、見分けがつかずに気づけなかったってところか』

 

 ディオーグの考えは実際正しかった。足止めと目くらましのために行ったあの煙の中で、ギガンは岩の分身を作り上げて自身はその場の床と同化していた。そしてただ静かに次の一手を決めるチャンスを伺っていたのだ。ディオーグの言葉を証明するかのように、先ほどまでカウンターを受けて倒れていたギガンの分身は石となってその場に崩れていった。

 

『むしろ本調子でないとはいえ、俺の感知すら欺いた早業も見事なものだ。相当な手練れだな、こいつは』

 

 感心するディオーグであったが、彼以外のメンバーは別ベクトルに緊張を昂らせていた。短いながらも全力を出した彼らのコンビネーションがまるで通じていなかったのだ。再び戦うにしても、ギガンに与えられた精神的なショックは決して小さくない。

 また大一は他の皆以上に危機感を抱いていた。ディオーグと融合して数か月経ったが、彼ほどの実力者が感心する相手もほとんど見てこなかった。それ故に彼の反応が、いかに相手が強者であるかを証明しているのを理解していたのだ。

 

「さて、仕切り直しといこうか」

 

 軽く拳を合わせて鳴らすと、ギガンは片腕をホームの床へと突っ込ませる。正確には拳がボロボロの床の地面を一体化させていた。そのまま腕を下から上に持ち上げると、刃のように尖った岩が地面を割って飛び出して一直線に大一達へと向かっていく。

 翼を広げると大一達は宙に浮いてこの攻撃を避けた。駅のホームとはいえこれほど開けた場所にはそれなりの高さもあるため空中の回避も可能であったが、これを見越していたかのようにギガンは岩石を砲撃のように発射してきた。

 飛んでくる岩石は大一と由良が前に出て防御魔法陣と盾で防ぎきる。先ほどよりも連射して視界は遮られやすく、おまけに一撃の重さも上がっていた。空中ゆえに姿勢も崩しやすく、この岩石の攻撃に大一も由良も動きが止められた。ようやく攻撃が止んだかと思えば、今度はギガンの姿が再び消えていた。

 

「どこに───」

 

 呟く椿姫の言葉は続かず、代わりに何かを叩いたような音が響いた。大一がその音で後ろを振り向くと、椿姫が上からギガンに殴りつけられてそのまま床へと叩きつけられた。岩石を撃ち出して注意を引きつけている間に、今度は天井に同化して真上から彼女を奇襲したのだ。

 

『副会長!』

 

 シトリー眷属が叫ぶが、椿姫は床にうつ伏せに横たわったまま答えなかった。わずかに呼吸で身体が動いていることから生きているだろうが意識は完全に途切れており、殴られた時の音から相当なダメージを負ったのは間違いなかった。

 

「まずひとり」

「よくも!」

 

 花戒は魔力を変化させて水流と電撃で攻撃するも、ギガンは全く気にせずに腕を岩へと変化させて攻撃を防ぐ。そのまま落下していくのを見ると、巡と由良が追っていった。倒れた椿姫を追撃するように思ったのだろう。

 しかし実際は彼女に攻撃はせずに、プールに飛び込むように床へと飛び込んでまたもや同化した。そのまま降りた地点周辺から床を隆起させると岩の触手を数本伸ばして、降りてきた2人の身体を締め付けた。

 

「こ、これは…!」

「苦しい…!」

 

 伸びた地面の締め付けは縄で縛られるのとは訳が違った。凄まじい圧力が全身を包み、身体の骨を全身折ろうとしているかのような苦しみを感じる。花戒が岩の触手に対してすぐに魔力を撃ち込むが、多少欠けるだけでその締め付けは緩まなかった。

 

「このまま圧殺だな」

「や、やめてよ!」

 

 どこからともなく聞こえるギガンに対して、花戒は半分涙声で抗議する。しかし彼女の訴えは届かず、巡は気を失い、由良も呼吸を荒くさせて虚ろな表情になっていった。

 このままさらに2人を倒せると思ったギガンであったが、次の瞬間に岩の触手が根元からバッサリと斬り砕かれた。さらに潜んでいた床に魔力の塊が数発飛んでくる。ギガンが床を少しだけ隆起して盾のように防ぐ間に、落ちてきた巡と由良を黒い影が静かに捕らえて地面に下ろした。

 

「…硬いな、その錨」

 

 ギガンの言葉に、大一は無言で睨み返した。シャドウに魔力を通すことは出来ないが、錨に魔力を込めることは変わらず可能であった。そこでシャドウで伸ばした腕で魔力で硬度を上げた錨を持ちハンマー投げの要領で回転しながら、岩の触手を一気に砕くことに成功した。

 せき込む由良と降りてきた花戒に、大一は指示を出す。

 

『由良、花戒。椿姫さんと巡を抱えて、草下たちと合流しろ。そして一刻も早く援軍を呼んでくれ。その間、こいつは俺が止める』

「無茶ですよ!あの男、相当強いです!いくら先輩の実力でも…」

『やらなきゃいけない時はあるものだ。全員が生き延びるにはこれしかない』

 

 それだけ言うと、大一は脚を強化して一気にギガンに接近した。牽制がてらに魔力を撃ち込みつつ、錨を持ったシャドウの手を車輪のように回していた。回転を伴って伸ばした錨の一撃はなかなか強烈で、ギガンをわずかに怯ませた。簡易版のモーニングスターのような武器となった錨とシャドウの合わせ技を、大一はアクロバティックな動きと共に加えていく。腕力と質量では劣るものの、体格差の違いから運動性と小回りの利き方において優位に立つことが出来た。

 おかげでギガンの拳は空振り、錨の攻撃に集中する必要もあるので地面に同化することもできなかった。

 

『そらそらそら!僕の柔軟性があればこれくらい余裕じゃい!』

「珍しい神器だが…その程度だ」

『だが俺の錨の硬さにはお前も警戒するほどだろう?』

「否定はしない。ただそんな動き方でやってもお前がバテるだけだ。全員殺されるのに、疲れてまで時間稼ぎをするのも無意味だと思わないか?」

『誰も殺させない』

 

 大一は相手の顔面に向かって魔力を撃ち込む。攻撃力の無さは本人が一番理解していたが、多少なりともギガンの目くらましに成功した。後ろではシトリー眷属が移動しているのを感知し、大一の動きはさらに激しくなる。

 

「あー、うっとうしい…よく自分が一番危ない状態に身を置けるものだな」

『守らなきゃいけない人たちがいるんだ!当然だ!』

「その言葉には同意しかねるな。まあ…とりあえず俺も終わらせよう」

 

 大一が大きく飛んで錨をギガンに叩きこもうとした時、彼の動きはピタリと止まった。いつの間にか彼の脚を床が飲み込んでいたのだ。

 

『いつの間に同化を…!?』

「範囲は狭くなるが、脚だけでも動かせる」

 

 答えるギガンの脚はいつの間にか駅のホームの床と繋がっていた。これにより床の岩を操って、大一の脚の動きを止めていた。さらに浸食は進み下半身を飲み込まれた大一は怯み、その隙をついたギガンの拳が彼の上半身を殴りつけた。先ほどと違って大一は硬度を最大まで上げて防御姿勢も取っていたが、飛んで衝撃を緩和することもできずに硬さと衝撃の合わさった一撃は意識を朦朧とさせる。

 この瞬間に大一を岩が飲み込み続けて、あっという間に血を流す彼の頭だけが見える状態となった。

 

『くっそ…抜けられねえ…』

「このまま圧殺か、それとも俺が殴り殺すか、一気に伸ばして天井に頭を直撃させての窒息死もできるな」

『ふざけるな…!こんなので負けるか…!』

 

 最後のあがきのように大一の後頭部からシャドウが伸びて横からギガンの頭部を狙うも、視線を大一から離さずに彼は向かってきた影を掴んだ。

 いよいよ万策尽きたと感じる大一であったが、魔力を込めるのは止めない。あらん限りの力で拘束を振りほどこうとするも、地面の締め付けは一向に変わらなかった。

 しかしその執念の表情を見たギガンは感情の籠っていない声で言葉を紡いだ。

 

「なぜここまで必死に戦える。諦めずに仲間を守ろうとする」

『理由なんて掃いて捨てるほどあるさ…!』

「…羨ましいものだな。生きる理由、戦う理由がそれほどたくさんあるとは」

 

 岩石化したギガンは拳を振りかぶると、渾身の右ストレートで捕えている岩ごと大一を正面から殴り飛ばした。大一の力でも動かなかった岩はバラバラに砕かれ、彼の身体は受け身も取れずに地面へと叩きつけられた。

 

「はあ…後はさっきの小娘ども…いやまだやるのか」

 

 呆れた声でギガンは呟く。その視線の先にはまともな呼吸もできない状態の大一が血にまみれながら立ち上がろうとしていた。義手は完全に外れており、血に濡れていない部分が少ない程であったが、その眼には朦朧とする意識の中にも確かな炎が宿っていた。

 

「今の俺のパンチで死ななかったのは褒めてやる。だが次は無いぞ」

『ああ…くっそ…次は…』

「ろくに考えも回っていないな。気力だけで立っているのか。終わらせてやろう」

 

 ギガンは歩みを進めていく。もはやこれ以上の戦いを長引かせるのは面倒であり、無意味だと感じていた。すでに雌雄は決したのだ。

 だがこの日、ギガンの方も大一達と同様に驚くことになった。突如、彼の頭部が爆発したのであった。ダメージこそ無かったものの複数回爆発し、不意打ちとしては十分であった。さらに幾重もの斬撃が飛んでくるが、これは身体を岩石化して防ぎきる。先ほどのシトリー眷属が戻ってきたものだと思ったが、太刀筋がまるで違うように思えた。極め付きは猛烈な炎の竜巻が大一の周りに展開されてギガンを寄せつけず、その中から現れた鳥を形どった火炎が命中するのであった。

 

「…誰だ?」

「それはこっちが訊きたいくらいだ。レイヴェルをどこに連れて行きやがった…!」

 

 炎の竜巻が止むと、大一の隣には激情をたぎらせたライザー・フェニックスが眷属を引き連れて立っていた。

 




じゃあ、お兄さんに頑張ってもらいましょう。


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第134話 抱く危機感

今回で14巻分は終わりです。ライザーは良いキャラしていると思います。


 大一は苦しそうに呼吸をするが、同時にドッと安心感が身体を満たしていくのを感じた。自分の手札はことごとく破られて、相手の圧倒的な強さに押し込まれていく感覚は絶望的であった。しかしそんな状況を覆せる可能性を抱くほど、かつて戦った目の前の男とその眷属たちの援軍は頼もしかった。

 ライザーはギガンから目を逸らさずに後ろにいる大一に問う。

 

「大丈夫か、兵藤大一」

『な、なんとか…』

「無理だけはするなよ。雪蘭、こいつを守っていろ」

「お任せを」

 

 チャイナドレスの少女…「戦車」雪蘭が大一の横に立つ。彼女だけではない。爆発女王の異名を持つ「女王」ユーベルーナ、「騎士」のカーラマイン、「戦車」のイザベラ、「兵士」のマリオンとビュレントがいる。大一の視線に気づいたのか、雪蘭が話し始める。

 

「他の眷属も来てここのスタッフと合流しているわ。私達は最低限の瓦礫を退かしてから、先行して来たのよ」

「その通りだ。そしたらシトリー眷属と会って、お前が奇妙な奴と戦っていると聞いたんだ」

「奇妙な奴とは…言われたものだな」

 

 感情の籠っていない声でギガンが反応する。彼の方はライザーの登場に面食らってこそいるものの、そこまで気にしている様子ではなかった。

 この岩のように動じない態度が、ライザーの神経を逆なでしていた。

 

「レイヴェルはどこに行ったか分かるか?」

『いいえ…ただ一誠達が敵のリーダーの下に行っています。あいつらがいるから無事だと思いますが…。俺と一部のシトリー眷属は残って魔法使いたちを拘束していたのですが、そこにあのギガンという男が現れたんです』

「そうか…だったら、あいつを倒してレイヴェルの居場所を問いただしてやる…!」

 

 肌を刺すような熱さの炎がライザーの身体を纏う。その魔力はかつて一誠と対峙した時と比べると、強くなっていることが確信された。

 それでも油断できない。あのギガンという男の実力、能力はそれほどの相手であるのは、実際に戦った大一が一番理解していた。息を切らしながら、大一はライザーの背中に相手の特性を伝えた。

 

『あいつの攻撃は岩が主体です。体自体を岩石化させたり、駅のホームの床など岩に関するものに同化して操ることもできます。同化して隠れられると、しっかりと感知しないと居場所を突き止められません。腕力と防御力は凄まじいものです』

「俺らの不意打ちで打ち崩せなかったからな。しかしフェニックスの力はあんなもんじゃねえよ。すぐに見せてやる、そして後悔させてやるさ!」

 

 ライザーは再び炎の竜巻を発生させるとそれを撃ちだしていく。ギガンはわずかに目を細めるが、身体を岩石化させるとその攻撃を防いでいく。熱気と勢いは間違いないが体勢を崩されるほどではない。このまま床に同化してまとめて動きを封じようかと考えたが、その直後に頭部に強烈な爆発が襲った。「女王」ユーベルーナによるお得意の爆発である。彼女の攻撃でもギガンには傷を負わせることは出来なかったが、この爆発の衝撃には気を取られた。しかもそれが顔のみを集中的に連続で爆発するものだから、彼としては堪ったものでは無かった。

 爆発で視界が防がれているタイミングでカーラマインが一気に接近する。炎を纏った剣で一太刀入れるも、当然のように傷はつかなかった。

 

「硬いにしても限度があるだろう…!」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情でつぶやくカーラマインであったが、すぐに体勢を整えると、移動しながら連続で剣を振り始める。そこに援護を加えるようにマリオンとビュレントが魔力の塊を四方八方から撃ち出していき、多数の手数で攻めたてていった。

 ようやく攻撃が落ち着いたと思ったところで、ライザーがギガンの目の前へと現れて至近距離から高熱の炎の塊でぶつけた。その威力はすさまじく、ギガンも大きく態勢を崩した。

 しかし気怠い目はライザーから離さずに、炎でふらつきながらも強引に巨大な腕で彼を鷲掴みにする。

 

「あー…うっとうしい。統制が取れている動きは面倒だな」

「クソ…放しやがれ…!」

「ならば頭である奴を潰すだけだ」

 

 そう言うとギガンはライザーを掴む腕を岩石化させて、そのまま自分の腕ごと床に叩きつけた。ホームが揺れたかのような錯覚を覚えるほどの勢いと同時に、ライザーの苦しむような声が小さく聞こえる。そのまま彼は動かなくなった。

 

「さてこれでひとり。後は順番だな」

 

 ギガンは前に出るが、その後ろから巨大な火の鳥が襲いかかる。すぐに反応して振り返って岩石化したパンチでその鳥を打ち消すが、瞳は苛立ちに溢れていた。

 

「今の程度でやられるかよ」

「決まったと思ったが…なるほどフェニックスの特性か。それでも今の攻撃は相当なものだった。それで復活するとは、耐久の方も相当鍛えているな」

 

 炎と共に復活したライザーは不敵に笑う。ギガンの一撃はたしかに破格の威力ではあったが、復活の特性を持つフェニックス家の彼には十分に対抗することが出来た。もっともそれでも完全にダメージを無効化にすることができず、少しだけ出血していたのだが。

 

「負けてから鍛えているからな」

「しぶとさは一級品ということか」

「そう思ってもらって構わないぜ。おっと、俺の方ばかり見ていると碌なこと無いぞ。しぶとい奴ってのは他にもいくらでもいるからな」

 

 ライザーの言葉に疑問を浮かべるギガンであったが、間もなく彼の背中に強い衝撃と燃えるような熱さを感じた。あまりの威力にわずかに吐血すると、苦悶の表情で後ろを振り返る。離れた場所に息を切らした大一が座り込んでいた。

 復活間もないライザーの不意打ちは、ギガンへの攻撃だけでなく大一に向かっても炎を撃ち込んでいた。彼はそれを錨で受け止めると、周辺の瓦礫を雪蘭にセットしてもらい、その瓦礫に伸縮性に優れるシャドウを引っかけた簡易式スリングショットを作り出すと、炎を纏った錨をギガン相手に撃ちだしていた。硬度、重さは十分な上に、速度と炎も相まったその威力は見た目以上の衝撃をギガンへと叩きこんでいた。

 ギガンは軽く舌打ちすると、口から流れた血を軽く拭う。それとほぼ同時に彼の耳元に連絡用魔法陣が現れた。

 

「…わかった、時間だな」

 

 魔法陣が消えた後、ギガンは周囲を見渡す。垂れ下がった眼は相変わらずだが、その瞳には奇妙な光が宿っているように見えた。

 

「久しぶりの感覚だったな。今度会うかはわからないが、その時は全力で殺してやろう」

「待て!レイヴェルをどこに連れて行った!」

「…すぐわかる。俺は退散させてもらおう」

 

 ギガンは自分の腕を床と同化させると、自身の周囲を隆起させて刃のような岩を出現させた。天井まで伸びる刃は彼の巨体を隠し、ライザー達が全て破壊する頃にはギガン自身もその姿を消していた。危機が去って数十分後、戻ってきた一誠達は手傷を負った大一とシトリー眷属を心配し、ライザーはレイヴェルの無事にようやく胸を撫でおろすのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 襲撃のあった翌日の夜、大一は自室のベッドに座っていた。全身には包帯を巻きつけており、前日のギガンとの対決の痛みを物々しく語っている。これでもアーシアから回復は受けていたのだが、それでもなお彼が受けた傷は大きかった。

 だが彼は身体の痛みを気にしている余裕は無かった。彼の眼の前には通信用魔法陣から現れた半透明のサーゼクスが立っていたからだ。

 

『だいぶやられたようだね…これほどならもっと後にすればよかったかな』

「お気遣いありがとうございます。しかし主からの連絡を蔑ろにするわけにもいきませんので」

『…わかった。なるべく簡潔にいこう。早朝に報告があってから、事態は非情にややこしくなっている。それはキミも察していることだろうと思う』

 

 サーゼクスの言葉に、大一は無言で頷く。今回の魔法使いの襲撃において、作戦を指揮したリーダーの正体が判明した。名をユーグリット・ルキフグス、かつて戦死したと思われていたグレイフィアの弟にあたる人物であった。グレイフィアと同等のオーラを持っていたため結界を通過し、魔法使いたちの侵入の手引きが出来たのだ。

 さらに彼が連れていたグレンデルはかつて滅ぼされたにもかかわらず、肉体を持って蘇り一誠達と交戦した。それどころか龍殺しの効力をものともしなかったという報告が出ている。

 結果的にはユーグリットがグレンデルを止めて、そのまま彼がいたフェニックスの涙の偽物の工場が次元の狭間に消えたことで事態は一度終止符が打たれる形になった。

 

『ユーグリット…その名はよく覚えている。グレイフィアの身内だ。そして彼が「禍の団」に関与、いやその団員として活動しているのは非常に問題だ。これによりグレイフィアを筆頭にルシファー眷属全員に疑いがかかっている』

「裏で『禍の団』と繋がっているというものですか?」

『まあ、そんなところだね』

 

 サーゼクスは小さくごまかすような笑みを浮かべるも、その心労は決して軽いものでは無かった。行動の制限、世間から眷属たちに向けられる疑惑の念、新魔王を快く思わないものからの圧迫、他勢力からの非難、そしてなによりも愛する妻への心配…数え上げたらキリがなかった。

 そしてそれを察せられないほど大一も鈍くは無いため、サーゼクスの態度に気の利いた言葉のひとつも出せない自分を恨めしく感じた。

 

「申し訳ありません。私が彼を捕えることができれば…」

『そもそもキミは会うことを許されなかったらしいじゃないか。謝るのはお門違いというものだよ。むしろ私としてはキミの存在は幸運なんだ。現状、グレイフィアはもちろんのこと、他のルシファー眷属も大なり小なり制限が加えられている』

「…私だけが自由に動ける立場ということですね」

『もちろん、キミが大きく動く必要は無い。いつも通りにリアスやイッセーくん達をバックアップしてくれるだけでいい。しかし…もしかしたらいずれ非常に難しいことを頼んでしまうかもしれない。それは覚悟して欲しい』

 

 サーゼクスの言葉は大一に責任を感じさせないようにするには少々物足りないと言わざるをえなかった。事の重大さ、頼まれるという行為、これらは大一が背負い込む理由としては十分であった。むしろ余計な気づかいを感じさせない言い方のおかげで、大一に遠慮という感情が芽生えなかったためマシなのかもしれないが。

 

「…私は自分のやるべきことをするまでです」

『…無理だけはしないでくれよ。炎駒が心配するだろうが、私も彼と同じくらいキミを心配しているんだ』

「お心遣い感謝します」

『…そろそろ時間だ。また連絡するよ』

 

 あまり腑に落ちていない表情でサーゼクスは通信を切る。残された大一は静かに、それでいながら悔しそうに唇を真一文字に結んだ。

 接敵した後に戻ってきた一誠達が疑念の表情であったのを覚えている。ユーグリットにグレンデルとその件は彼らに動揺を与えたのは間違いないだろう。

 しかし大一にとってはそれに、ギガンへの敗北による悔しさが加わっていた。まるで歯が立たず、圧倒的な力の前でねじ伏せられたその想いは改めて自分への無力感を思い知らしていた。そして後輩たちを助けられなかったことに心を砕くような苦しさに拍車をかけていた。総じて今回の一件は疑問と後悔が入り混じり、大一にとって今後を明るく照らす要因には程遠いものであった。

 考えたあげく、ようやく彼の口から出た声は震えていた。

 

「…強くなるぞ」

(当然だ。今度は負けねえ)

『協力するよ。神器としてね』

 

────────────────────────────────────────────

 

 あくび混じりに眠そうなギガンは大きな部屋に来たが、そこにいる者は誰一人として彼が入室したことに気づいていなかった。

 白黒の髪の青年は熱心になにかの作業に集中しており、紳士はソファに座って静かに紅茶を飲んでいる。別の椅子に座っている法被姿の女性はテーブルに並ぶ食料を次々とかきこんでおり、対面に座る帽子を深く被った少年は疲れたようにジュースをストローで飲んでいた。

 

「帰ったぞ」

 

 ギガンの声は決して大きくなかったが、全員がその声に気づいたように作業を止めて扉にいるギガンに視線を向けた。

 これに歓迎の意を示したのは白黒髪の青年であった。

 

「おー!ギガン、よく帰った!無事で何よりだ」

「まあな。バーナとモックも帰って来ていたのか?」

「ほんの30分前にね」

 

 ギガンの問いに帽子をかぶった少年…モックが答える。声もその見た目相応のものであったが、疲労感漂っているように感じられた。

 そして今度は紳士がこの会話に入ってきた。

 

「ユーグリットはどうしたのかね?」

「もうすでに別の方で動き始めている。俺が殺しきれなかったことには苛立っていたが…まあ、そこまで問題にはしていないようだった。それにどうもグレモリー眷属の一部とアザゼルが吸血鬼領地に向かったようで、そっちを気にしていたな」

「吸血鬼領地か…だったらボスの護衛に行かせたあいつに連絡だけは入れた方がいいな」

 

 作業する手はすっかり止めた青年は、考え込むようにあごに手を当てて呟く。そのままブツブツと小声で自分の考えをまとめ始めるが、今に始まったことでは無いのでその場にいる誰もが指摘しようとしなかった。

 呟く青年のことは放っておき、紳士はギガンとの話を続ける。

 

「しかしアザゼルがいなかったら、私が行っても良かったな」

「万全は期するべきだろう。あんたは俺と違って、アザゼルなんかに見られれば一発で正体を看破されるからな」

「僕たちのなかでは唯一、各勢力が知る可能性のある男だからね」

 

 モックの口出しに、紳士は肩をすくめる。彼の指摘に対してあまり良い感情を持っていないことは明らかであった。

 そしてギガンは未だに呟き続ける青年に声をかける。

 

「ところでリーダー、そろそろ報告していいか?」

「しかしどっちにしても…ああ!?えっ、うん。よし、話してくれ」

「…気にしていた男だがな、あんたの予想通りだ。『異界の魔力』を持っていたよ。触れた瞬間に繋がったのが分かった。ただ本人が気づいているかは微妙だな」

「あー…やっぱりか。となれば、『異界の地』に足を踏み入れたことがあるな」

 

 ガチャガチャとしたやかましい音が急に止まる。女性がビンの酒を一気に飲み干して、口の中を流し込むとギガンの方を向いた。

 

「なんだ、その話!?あたしは聞いてねえぞ!」

「バーナ、どうも我らのリーダーが英雄派に潜入していた頃にそういう相手に出会ったようなんだよ」

「信じられねえ…あの魔力を得るには100年はあの地に居続ける必要があるんだぞ」

「リーダーと同じく例外2人目ということだ。そして仮定が証明されたと言っても過言ではないんじゃないかね」

 

 紳士が冷静に話す横で青年は頷く。満足とは言えない表情であったが、納得はしていた。

 

「まあ、ディオーグの融合が影響したということだな。もっともこの魔力があったところで大きく戦況が変化するわけじゃないんだ。しっかりと感知できるような輩がいればすぐにバレるんだし。ただこれからは我々の隠密行動もやりにくくなることを懸念しなければならないな」

「それでこれからどうする気だ?」

「どうするもなにも、ボスもユーグリットも魔法使いどもも吸血鬼領地に行くなら、我々はかく乱しかないだろ。人手はボスの護衛につけているし、他の勢力どもが変な動きをしないように周辺をかき回すぞ」

 

 リーダーと呼ばれる青年の言葉に全員小さく頷くと、再び気が抜けたように各々のやることへと戻るのであった。

 




次回から15巻分ですが、原作でもほぼ番外編みたいな内容なのでそこまで引っ張るつもりはありません。


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陽だまりのダークナイト
第135話 男の出会い


15巻分ですが、今回と次回あたりで終わらせる予定です。
本編のプールでの打ち合わせ中の出来事だと思ってください。


 ルシファーの領土にはいくつもビル等の巨大な建物がある。その中にあるひとつの屋敷は他のビルと比べると大きくなかった。しかしその屋敷は地下まで空間が広がっており、そのひとつはそれなりの広さは誇るバトルフィールドであった。現在そこで模擬戦を行われているが、その苛烈さは素人目にもわかるほどであった。

 

「ほらっ!避けねえと黒炭になるぜ!」

『でしょうね!』

 

 スルト・セカンドの猛烈な速度で迫ってくる業火の球に対して、龍人状態の大一は回避を続ける。速度も規模も相当なものであったが、それ以上に目を見張るのは魔力の濃さだろう。向かってくる火球の感覚は一撃だけでも手痛いものであることが察せられた。防御に多少の自信はある大一ですらそう思わざるを得ない。

 

「回避ばかりで勝てるかよ!」

『そんなことわかっていますよ…』

『だから僕がいる!』

 

 火球を掻い潜って大一の右腕から伸びたシャドウが、セカンドの片腕へと巻き付いた。相手に気づかれないようこの手際には、受けた本人も感心したように気を吐いた。

 

「ほう、やるじゃねえか…だが!」

 

 巻き付かれた腕にぐっと力を籠めると、同時に腕が炎を噴き出して瞬く間に影を焼き切った。この一連の行動にセカンドは得意げな笑みを浮かべる。

 

「俺の炎はこの程度じゃ掴めねえぞ!」

『セカンドさんなら、腕力でも十分でしょ!』

 

 そのように答える大一はいつの間にかセカンドとの距離を詰めており、硬度と体重を上げて錨を振る。重い一撃をセカンドは炎をまとった両腕で真っ向からその一撃を受け止めた。

 

「違いねえな。だがそんな俺の腕力に真っ向から挑む気合は褒めてやる」

『そうすることを期待していたでしょうに』

「ハハハ!違いねえ!ほら、もっと全力でかかってこい!」

 

 この後も大一とセカンドの模擬戦は続き、終えたのは1時間後であった。

 ようやく模擬戦を終えると、セカンドは体の凝りをほぐすように両腕を伸ばす。その表情は満足そのものといった様子であった。

 

「いやー暴れたぜ!最近はうるせえ奴らとの話が連続だったからスッキリしたな!お前はもうちょっとその影を自分の体のように扱えればいいな」

「ご助言ありがとうございます…しかしいきなり呼ばれたと思ったら、模擬戦で驚きましたよ」

 

 腫れた頬をさすりながら大一は話す。この日、大一はセカンドから連絡を受けた。重要な話と聞いたため急いで向かったが、いざ出向いたら査問続きで体がなまっていたため模擬戦をしたいというものであった。

 

「仕方ねえだろ。俺の模擬戦に付き合えるやつってそんなに多くないし、他の奴らとは会えねえんだ」

 

 申し訳なさそうな態度など微塵も見せずにセカンドは話す。ユーグリットの一件からすでに数日経過しているが、この短期間でルシファー眷属の立場は厳しいものとなっていた。基本的に眷属同士で会うことは許されておらず、業務をかなり絞り込まれていた。今回はセカンドに我慢の限界が来たため、ある程度の実力を把握しており、余計な詮索が入らない場所を知っている人物…つまり大一がストレス発散に付き合わされていた。もっとも大一としてもルシファー眷属との手合わせは、実戦経験レベルであればグレモリー眷属以上に得られるものが多かったため感謝の気持ちもあったが。

 

「ったく、いつまでこんなこと続くのか…」

「しかし我々はまだマシですよ。グレイフィア様の方はそれどころじゃありませんから」

 

 セカンドのボヤキに、大一は静かに応対する。当然のことながらグレイフィアは特に厳重に注意を向けられており、査問の回数はほかの眷属の比ではない上に監視の目も厳しかった。

 そもそもルキフグス家は前ルシファーに最も近しい立ち位置であり、その唯一の生き残りと思われていたのがグレイフィアであった。しかし実際に生きていたことで彼女が死を偽装したことが疑われており、さらに禍の団にある旧魔王派の存在も相まったゆえにユーグリットの存在は特別危険視されるのであった。

 もっとも冥界政府の驚きなど、グレイフィア当人の衝撃に比べたら取るに足らないものだろう。実際に会ったということで朱乃から真実を伝えられた際には、彼女の表情は誰も見たことがないほどの動揺を見せていた。

 それをセカンドも理解していたからこそ、余計な愚痴は少なくしようとしていた。

 

「わかっている。姉御が一番難しい立ち位置なんだ。俺がどうこう文句を言っても仕方ねえのは理解している。しかしお前が行って捕まえてくれていたらなあ」

「だからさっきも言いましたけど、俺はそもそも来るなと言われたんです」

「冗談だって。…まさかと思うが、お前がルシファー眷属だってバレた可能性はあるか?」

「さすがに無いと思います。そうなれば大なり小なり自分にも影響があるでしょうし…」

「まあ、それもそうか。わざわざ無名の実力者をぶつけてきたくらいだからな」

 

 セカンドの言葉に、大一も短く頷いた。彼の言う通り、ギガンという存在は3大勢力ではあまり話題に上がらなかった。首謀者じゃないこと、ユーグリットや復活したグレンデルの方が話題としては圧倒的であったため、禍の団にはまだまだ強者がいる程度の認識で済んでいたのだ。

 大一としてはギガンの存在は他の2人に匹敵するほど疑念もあったが、魔力の感覚的なものがあったため、特別誰かに相談するということはしなかった。

 ただセカンドに相手の特徴を伝えた際に、新たに敵の正体が転生悪魔の可能性であることに気づいた。何も転生悪魔になるのは人間だけではない。そのため精霊のようにその属性を司るような存在が悪魔になれば、自分の体を別物質に変化させるような芸当ができるのかもしれない。まさにスルトのコピー体である彼だからこその着眼点であった。また特別な悪魔の家系にも特殊な能力を持つ者はいるため、そういった面からも相手の正体を探るのに役に立った。

 いずれにせよ、ギガンも決して油断ならない相手ではない。大一からそれを伝えられたセカンドも、後先考えない性格とはいえ油断ならない気持ちがあった。

 

「こうなると敵の動きが気になるな。わざわざ正体を明かしたのは…」

「…まあ、なにか仕掛けてくる前兆な気がしますね」

「用心しろよ。今の俺らの数少ない頼みの綱でもあるんだからな。そのケガもしっかり治してもらえ」

「模擬戦で傷つけた本人が言いますか…」

 

 生傷を抑えるように触る大一は少し恨めしそうにセカンドに視線を向けるが、当の本人は豪快に笑い飛ばすだけであった。この模擬戦はここで終わりを迎えた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、最低限の治療を終えた大一はグレモリー家の屋敷へと戻る。何度かルシファー眷属関連の建物は行ったが、妙な疑いを避けるためにも魔方陣の移動を複数回行う必要があり、その面倒さを向かう頻度が増えるほど実感するのであった。さっさと戻ってアーシアに回復してもらおうと考えていたが、その前にリアスの両親には一声かけておくべきだと思った。ましてやヴェネラナの方は、名前を貸してもらっている身なので尚のこと礼儀を尽くさなければならない。あわよくばグレイフィアにも会っておきたかったが、彼女はいまだに査問にかけられている身だ。

 大一は屋敷の転移魔方陣のある部屋から出ると、使用人に対してグレモリー夫妻がどこにいるかを尋ねようとしたが、意外な人物と鉢合わせした。

 

「ん?赤龍帝の兄か」

「あれ?ライザー様」

 

 なぜかライザー・フェニックスが廊下を歩いていた。いつもは着崩しているスーツもきっちりと整えており、「女王」ユーベルーナのみ連れていた。彼らがその場にいる理由を察することができなかったが、先日の一件もあって大一はすぐに頭を下げた。

 

「先日は助けていただきありがとうございました」

「あんなの、ただの救援だろ。気にするな。むしろ俺の方こそレイヴェルの件で礼を言わなきゃならないくらいだ。今日もそれでここに来て、今から帰るところだったが…」

 

 ライザーは軽く頬を掻いて話す。どうやら日頃からレイヴェルが世話になっていることと、先日の彼女の救助の件やフェニックスの涙の偽物について解決したことについての謝礼に来ていた。

 あまり柄でもないと自覚しているようであったが、彼がレイヴェルを大切に思っていることについては大一もよく理解していた。その件でわざわざ一誠に対して、たまに連絡を入れているくらいだと聞いている程なのだから。

 この話題を長く続けたくなさそうなライザーは、今度は大一に問う。

 

「お前はどうしてここに?」

「もしかしてルシファー眷属の仕事じゃないですか?傷もなかなかのようですし」

「傷は間違ってはいないのですが…そういえばユーベルーナ様は私の立ち位置を知っているのですね」

「ライザー様も知っているわ。フェニックス家はレイヴェル様の由縁あって、その辺りの情報は把握している」

 

 温和な態度でユーベルーナは答える。かつてはレーティングゲームで争ったこともある相手であるが、その縁もあるからこそ尽くせる敬意が互いに感じられた。

 

「たしかヴェネラナ様の名前を借りているんだったか?」

「ええ、そうです。だから戻る前に挨拶だけでもと思いまして」

「だったら、応接室にまだいると思うぜ。俺らがまさにさっき会ってきたばかりだからな。手土産に家の自家製リンゴ付きでな」

「重ね重ねありがとうございます」

 

 大一が再び頭を下げて、ライザーを見送ろうとする。客人を前にして自分を優先させる気は微塵もわかなかった。

 しかしライザーは動かずに、大一に対してどことなく気まずそうな表情を向けていた。

 

「…あの何か?」

「いや…そういえばお前に対して謝ってないなと思ってな。前にほら…」

 

 ライザーが言いづらそうにしている内容を、大一は察した。おそらく彼とのレーティングゲームが決まった際に「下級」と揶揄したことを指しているのだろう。同時に彼は慌てたように手を振る。

 

「ラ、ライザー様!そんなこと気にしていただかなくても!むしろ自分の方こそ多大な過失があるのに!」

 

 立場を踏まえれば、下級など事実でしかない。むしろ魔王の画策があったとはいえ、弟のせいで一時はすっかりドラゴンに対してトラウマを抱かせることになったのは申し訳なく思った。結果的に一誠と再び戦って復帰したようだが、むしろ立ち直せるのは当然のことのようにも考えていたのだ。

 大一が頭を下げようとすると、ライザーが肩をつかんでそれを止めた。

 

「落ち着け。俺はあのようになってよかったと思っている。努力することを知ったし、視野を広めることもできたんだからよ」

「そう言っていただけるとありがたいですが…」

「お前はちょっと下っ端根性が抜けてねえな。…わかった。お互いに思うことがあるならそれでイーブンということにしよう。反論は受け付けないぞ」

「わ、わかりました」

 

 ライザーの反応に大一は感嘆する。一度手痛い敗北をしていながら、ここまで這い上がってきたその精神力は間違いない強さを放っていた。復帰戦も見通しが立ち始めているようだが、先日のギガンとの立ち回りを見れば相応の期待が持てる。噂ではフェニックス家の子供たちの中では成果を出せていない面があるが、現状では上級悪魔としての振る舞いにおいてリアスよりもしっかりしている印象を抱いてしまう。

 

「まあ、お互いに兄として出来ることはやっておこうじゃねえか。俺はそれすらも怪しいところだが…」

「ライザー様が素晴らしい兄であることはレイヴェル様もわかっていると思いますよ。そうでなければ先日、眷属を連れてすぐに助けに来るなんて出来ないじゃないですか。おかげで私は命を救われた身ですし、ライザー様は素晴らしい人であると私は思います」

「…こういうのは女に言われたほうが嬉しいものだ」

 

 気恥ずかしそうな笑いをこぼしながら、ライザーは上着のポケットを少しまさぐる。間もなく小さな紙と小瓶を取り出すと、それを大一に押し付けるように渡した。

 

「あのこれは…?」

「小瓶は『フェニックスの涙』だ。役立ててくれ」

「そんな貴重なもの、自分なんかにダメですよ!」

「前線に出る機会はお前のほうが多いんだ。俺が持っているよりも活用できる。それと紙の方は、あー…連絡用のものだ」

 

 大一はちらりと紙に描かれた魔方陣を見る。フェニックス家特有の文様が描かれており、ライザーとの連絡を取るためのものなのは明らかであった。

 

「プライベート用のひとつなんだがな。今度またゆっくり話そう。レイヴェルの件とか他にもいろいろ、飯でも食いながらな」

「それって…」

「ライザー様、気軽に話せる同性の相手が欲しいのよ」

「余計なことを言わなくていい!」

 

 ユーベルーナの口出しに、ライザーは少しだけ頬を染めながらたしなめる。兄妹や眷属とのつながりが強く、変わってから他愛ない話や本音を漏らせる同性の悪魔を彼が欲していたのは間違いではなかった。要するに悪魔としての友人が欲しかったようだ。

 大一は一瞬だけ面食らった表情にあるが、すぐに顔をほころばせる。

 

「ライザー様、ありがとうございます。私の方でもご連絡させていただきますね」

「わかった、期待している。それはそうとして敬語やめないか?」

「しかし目上の方にそれは…」

「じゃあ、せめて『様』をやめてくれ。むず痒いんだよ」

「わかりました、ライザーさん」

「…まあ、それでいいよ。ったく、そういうくそ真面目な点も美点なのかね。じゃあな」

 

 そう言い残してライザーは去っていく。その足取りがどことなく軽く見えることに気づいたのはユーベルーナだけであった。

 一方で、彼を見送った後にグレモリー夫妻の元へと向かった大一も意図せずに浮足立っていた。背負い込むことが多かった彼にとって同性の年上の友人というのは、それだけで不思議と嬉しい気持ちになるのであった。

 




焼き鳥と言われますが、ライザーは原作で綺麗にハーレムを形成できているのがすごいと思います。


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第136話 若手への期待

今回で15巻分ラストです。
禍の団と比べると層が厚い印象です。


 グレモリー家の屋敷から戻ってきた大一は仲間たちと合流したが、なぜかその場所はプールであった。聞けば、魔法使いの書類選考と今後の打ち合わせを行っていたのだが、行き詰まりを感じて休憩も併せてプールサイドに移ったのだという。

 そのためほとんどが水着姿であり、打ち合わせのために来ていたソーナまでもがワンピースタイプの水着を身にまとっていた。大一に気づいたソーナが眼鏡を少し上げながら話す。

 

「ああ、大一くん。お邪魔しています。その傷はどうしましたか?」

「えっと、セカンドさんに呼ばれて模擬戦でやりあったんですよ。それにしても、また珍しい状況ですね」

「息抜きがてらです」

「それで集中できるものかなぁ…」

「あらあら、私の方は問題ありませんわ」

 

 大一の独り言にソーナの隣に座る朱乃が小さく笑う。彼女も肌の露出が多いビキニ姿であり、この場になじんでいない服装なのは、戻ってきたばかりの大一とジャージ姿のロスヴァイセ、ソーナについて来たベンニーアくらいであった。彼女の方は「おっぱいドラゴン」の家に行けるということで来たようで、今はプールサイドに置かれてあるテーブルの足元に隠れながら静かにお茶を啜っていた。

 

『…なんだこのカオスな状況』

 

 大一の右肩からわずかに出てきたシャドウがポツリと呟く。彼の言葉はもっともであった。一誠はなぜか膝にゼノヴィアを乗せており(イリナとの対決に勝ったらしい)、ロスヴァイセが一誠、ゼノヴィア、イリナに向かってアンチマジックについての教鞭を取っていた。アーシアはオーフィス、使い魔のラッセー、そしてスク水姿の彼女にどっぷり入れ込んでいるファーブニルの相手をしており、それを朱乃やソーナは見ていた。さらにレイヴェルはルフェイと話し込んでおり、プールにしては様々な存在が入り混じった光景は、多くの世界を見てきたシャドウですら当惑の言葉が紡ぎだされるのであった。

 一方で、大一はルフェイが視界に入ると真っ先にある人物の顔が思い浮かぶ。間もなくその人物…黒歌が近づいてきた。全裸に着物を羽織って大事な部分のみ隠すという煽情的な恰好であった。

 

「おっと大一も来たにゃ。おひさ~」

「ああ、やっぱりお前も来ていたのか」

「先輩、姉さまを捕まえておいてください!」

 

 黒歌を追うように小猫とギャスパーが現れる。小猫の不満げな表情に気づいて、大一は眉を上げて黒歌に向き直る。

 

「また何かやったのか?」

「なーんにも。証拠もないのに疑うの早すぎない?」

「いきなり私の腕からすっぽ抜けて逃げたのは姉さまじゃないですか」

 

 眉間にしわを寄せた険しい表情で小猫は文句を口にする。なんでも家にいるのが稀だから、彼女に仙術の修行をつけてもらうために彼女を連れて行こうとしたが、その途中でひらりと離脱して大一の元へと来たようだ。

 

「大丈夫よ。ちゃーんと特訓してあげるから。でもせっかく大一が来たのを感知したから、会っておこうと思ってね」

「なにか訊きたいことでもあったのか?」

「ちょっと私もいろいろあってね…この前なんてアジ・ダハーカと戦ったのよ。それでグレンデルやローブ姿の男まで現れて、どさくさに紛れて逃げた感じかな」

 

 げんなりした雰囲気で黒歌は言葉を紡ぐ。視線も伏せがちで、体もひと泳ぎして濡れていたため、健気さと弱々しさ、そしていつもの開放的な彼女とは違った方向の色気が醸し出されていた。

 数時間前にセカンドとの模擬戦をしていた大一には、彼女の戦いの疲労を感じて労わるように声をかける。

 

「それは…大変だったな」

「そうなのよ…だから癒して♪」

 

 声の調子を変えた黒歌は大一の胸に飛び込み、そのまま腕を背中に回して抱きつく。咄嗟の変わりように大一は反応できず、彼女の体の柔らかさを感じた。同時に朱乃と小猫はあっ、と露骨に不満げな声を上げた。

 

「お前な、ふざけた嘘つきやがって…」

「嘘は言ってないにゃ。実際に疲れたし」

「姉さま、先輩から離れてください!」

 

 羽織る着物ごと黒歌を掴むと、小猫は大一から引き剥がす。特に抵抗することなく離れた黒歌はやれやれといった表情で妹へと視線を向けていた。

 

「まったくさっきは捕まえて、今度は離れてって忙しい妹ね。白音もこれくらいしないと追いつけないわよ?」

「姉さまこそドラゴンの子どもが欲しいだけなら、別に先輩である必要はないでしょう!」

「えー、いいじゃない。私としては赤龍帝ちんと大一の逆ハーレムでも全然OKだし」

「私がよくありません!」

「ハイハイ。大一、私なら白音やおっぱい巫女ちゃんほどややこしないから、気が向いたらいつでも教えてね」

「…姉さま!」

 

 声を荒げて小猫は険しい視線を姉へと向ける。対して、黒歌は突き刺してくるような妹の視線をまるで気にしておらず面白そうに口元に笑みを浮かべていた。なんとも温度差のある関係に、ギャスパーがおどおどする様子が余計に映えた。もっともこの姉妹の関係は夏休みの冥界時の光景と比べるとかなり温和になった印象を受けるが、当の本人たちの内心は未だに不明であった。

 突然の黒歌の行動に感じた緊張を丁寧に包んで隠しながら、大一は自分を落ち着かせるように右手で胸をさすっていた。

 

「びっくりした…」

「そうですわね。小猫ちゃんの怒りももっともですわ」

 

 ニコニコと笑顔を崩さずに朱乃は答える。声の調子も表情も学園でよく見せるものであったが、言葉に出来ない凄みが確立されていた。そんな彼女はいつの間にか大一の横についてしっかりとその左手を握っていた。そこから感じられる力強さに彼も戸惑いと申し訳なさを感じた。

 

「あのさ、朱乃。俺もアーシアの治療を…」

「何か問題でも?」

「…いやなんでもありません」

 

 朱乃の覇気のある声に口をつぐんだ大一は彼女に引っ張られてそのままプールサイドの席に着く。彼の表情を見て、ソーナは呆れを隠さずに首を振った。

 

「ハッキリしない態度はあまり褒められたものではありませんね」

「自覚はあるつもりです…」

「生真面目な性格が完全に裏目に出てますね。別に悪魔なのだからハーレムを咎めるつもりはありませんが、それ相応の甲斐性は必要でしょう」

「肝に銘じます」

 

 ソーナのきびきびした発言に、大一はバツの悪そうな声で答える。実際、彼女の言う通り元来の悩みすぎる性格が自身を追い詰めており、同時に傍目から見れば優柔不断な態度を取っている様にしか映らないのも事実であった。弟ほどハーレムに肯定的になれないのも、彼の自信の無さと割り切れない性質が起因している。もっともソーナは黒歌に対して信頼を置けないのも大きな理由ではあったのだが。

 

「本当に面倒な彼氏だと思いますわ」

「先輩の欠点のひとつだと思います」

 

 朱乃と小猫は同時に手痛い評価を下す。2人とも想い人のそういった面で少なからず苦労を感じた経験もあったため、歯に衣を着せるつもりは無かった。もっともそれが彼を嫌う理由にもならないことは彼女たちが自覚することでもあり、その証明ともいうべく朱乃は手を握り続け、小猫はいつの間にか彼の膝に座り込んでいた。

 一方で、大一はその言葉に対して静かに落ち込み、同時にライザーに連絡する際には全力で恋愛相談をすること決心していた。たったひとりではあるが、頼れる年上の友人ができたことは、彼にとって無意識に精神的な健康をもたらしていた。

 ライザーを思いだしたことで、レイヴェルも気になった大一は彼女がルフェイと話し込む様子を見る。その表情がまさにネタを集める記者のごとき貪欲性を秘めたものであるのが不思議に思えた。

 彼の視線に気づいた黒歌は笑みを絶やさずに説明する。

 

「私が赤龍帝ちんの魔法使いにルフェイを薦めたの。あの子と相性良いかなと思って」

「それでマネージャーの彼女が根掘り葉掘りの情報収集をしているわけか」

「おやおや、お兄ちゃんは私が赤龍帝ちんに干渉しても文句は言わなくなったのね」

「だからその呼び方やめろって。それに決めるのはあいつ自身だから、俺がとやかく言うことじゃないよ。むしろ俺より文句言いそうなのは…」

 

 言いかけたところで大一は口をつぐむ。彼の肩から伸びた黒い影の先にある血走った眼玉が、彼の強さを増長させる悪感情を走らせてわざとらしい声を上げた。

 

『まーた赤龍帝ばかり優遇だもんなー!でも特別だからなー!』

「シャドウ…!」

『ハイハイ、引き下がればいいんだろ!』

 

 軽く舌打ちするとシャドウは伸ばした身体を吸い込まれるように収納していく。彼の周囲にしか聞こえないような声であったため、ルフェイ達の耳には幸いなことに聞こえていないようであった。

 シャドウが消えたことを確認した黒歌が少し目を見開いて問う。

 

「…なに今の?」

「あいつ、神滅具持ちに嫉妬しているんだよ。わりとしょっちゅう不平不満を頭の中で騒ぐんだ」

「それはご愁傷様ね~」

「あの神器が…ねえ、無理しちゃダメよ。眠れないなら私が膝枕でもしてあげるわ」

「先輩、あの神器なんて気にしちゃダメです。あとで仙術のマッサージをしましょう。ついでに甘い物も一緒に食べましょう」

(…リアスのバカップルぶりもあれですが、こっちも大概ですね)

 

 先ほどまでの辛辣な評価の手のひらが反される様を目の当たりにしたソーナは再び呆れるものの、これ以上の面倒は避けたかったため心に留めて小さく嘆息するだけで終わらせた。

 しかし間もなく、話し合いの前に再びちょっとした火種がくべられる。今後の話し合いが行われるということでグリゼルダが来訪するのだが、皆に穏やかなあいさつをした後に彼女が注目するのは妹分のゼノヴィアの様子であった。

 

「昼間から殿方の膝に乗っているなんて、ずいぶんと破廉恥な子になったようですね」

「ひゃ、ひゃい、ごめんらひゃい…」

 

 頭の上がらない存在の登場にゼノヴィアは涙目で謝罪してすぐに立ち上がった。呆れと先ほどの態度を取り繕ったグリゼルダはソーナと朱乃に案内されてそのままテーブル席へと招かれる。

 ただ大一達が気になったのは彼女と共に来た2人の男性であった。せいぜいほんの数個しか年齢が変わらない見た目で、片方は神父の服を着て金髪とグリーンの瞳をどことなく面倒そうな雰囲気に仕立て上げており、もう片方はシンプルな黒髪と同色の大型犬を連れているのが印象的であった。どちらもただならぬ存在であることはこの場にいる全員がすぐ察したが、思案する前に金髪の青年が口を開く。

 

「ども。初めまして、駒王学園の悪魔の方々。自分、デュリオ・ジェズアルドといいまっす。以後、お見知りおきを~」

 

 その名前に全員が驚愕の表情を示す。天界の転生天使の中でも別格の実力を持ち、ジョーカーの称号を持つ男の来訪には空気を一変させるほどの衝撃があるが、当の本人はまるで歯牙にもかけず軽薄な様子で女性陣に目を向けていた。

 

「いやー、赤龍帝殿の美人の嫁さんをたくさん持ってるって聞いてたけど、マジだったんスね。羨ましい限りだ、うんうん」

「デュリオ?あなた、天界の切り札たるジョーカーなのですよ?失礼のない言い方をなさい」

「いてててて。…ったく、グリゼルダ姐さんには勝てないっスわ」

 

 耳を引っ張られながら話す答えるデュリオであったが、その雰囲気はまるで変わらなかった。

 おかげで対照的に冷静な雰囲気を見せる日本人男性が妙に強く印象を残した。そして彼の素性を知っていた黒歌が楽しげに話す。

 

「これは珍しいにゃん。うちのヴァ―リがいたら喜んだかもね」

「知ってんのか、黒歌?」

「刃狗(スラッシュ・ドッグ)よ。『黒刃の犬神(ケイニス・リュカオン)』の所有者。曹操以外でヴァ―リに覇龍を出させた『人間』にゃ」

「初めまして、幾瀬鳶雄といいます。今日は元総督アザゼルの代行でここへ訪れました。こっちは刃(ジン)。神滅具そのものだと思ってください。俺の神器は独立具現型だから、意志を持っているんだ。今度は裏方要因として、皆さんのサポートに入っていきます」

 

 デュリオとは違い、幾瀬は丁寧に自己紹介を行う。アザゼルの秘蔵っ子でもあり、堕天使側が所有する神滅具持ちの実力者は犬も含めてただならぬ感覚を彼らに印象付けた。奇しくも3大勢力の各神滅具所有者が集った状況であった。同時に大一が腑に落ちたのは、彼らが現れてから頭の中でシャドウが苛立ちながら何度も舌打ちをしていることであった。

 

(うっせえぞ、影野郎!)

『ご、ごめん…!』

 

 ついに我慢の限界が来たディオーグが声を荒げてシャドウを制するが、そのドスの利いた声がシャドウの舌打ち100回分よりもうるさく感じた。

 なんでも彼らがここに来たのは、アザゼルやミカエルから練習相手として任されたからであった。これには彼らも願ったり叶ったりの話であり、一誠を筆頭にグレモリー眷属はやる気を見せ、ソーナも匙を禁手に至らせる思案から彼に連絡を取ることを提案した。

 

「テロリストの動きが以前にも増して不気味な以上、各勢力の若手を強化させねばなりません。…残念ながら各陣営の実力者の大半が上役であり、政治的な意味合いで動きにくい立場にあります。各勢力の神族、特に主神を失うわけにはいきません。ですから、あなた方のようにいつでもどこにでも派遣できるであろう強い若手が必要なのです。どうか3大勢力だけでなく、各神話体系のため、人間界のために力を貸してください。私達もサポートとして最大限尽力します」

「頭をあげてください、シスター。俺たちはやるときはやります。平和が1番ですけどね」

 

 深く頭を下げるグリゼルダに、一誠が声をかける。彼としてもハーレム王を目指す身として、仲間の悲しみを見ないためにも全力で戦うことを決意していた。

 

「ま、各勢力の若手を1度会わせておこうって話し合いはされ始めていたところですからねぇ。イッセーどんやここの皆さんにばかり戦わせては心が痛むとミカエル様もおっしゃっていますしな。若手同士で交流を持つのは悪くないんじゃないスかね」

 

 菓子を頬張りながら話すデュリオの言葉に、皆は気持ちを引き締める。各々の思いと決意を胸に、禍の団との戦いの準備をより強固にすることへと向かっていくのであった。

 

「よーし!皆でさっそく練習だ!」

『おーっ!』

「いえ、その前に今後についての話し合いです」

 

 一誠の発言に同調が広がりかけるも、ソーナはきっぱりとやるべきことの釘を刺す。もっとも大一としては傷の手当の方を優先させたかったのだが。そして決意に満ち溢れる中、完全な同意を抱いていない存在が彼の中にいるのであった。

 

(平和か…)

『…どうだかな』

 




スラッシュドッグはかなり前に読みました。今は手元に無い…。
次回から16巻です。


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課外授業のデイウォーカー
第137話 彼への評価


今回から16巻分の始まりです。
ギャスパーメインの今回ですが、最初はあまり絡みの無かったキャラ達で。


 冥界にある一角のレストラン。値段は安くメニューも大衆的なものであり客層も身分や種族問わずに入り乱れるという珍しさがあったが、それゆえに人目を気にせずに集まることが出来た。

 ある休日、炎駒から頼まれた資料(今は立場のおかげで手続きがかなり手間を取るらしい)を渡した大一はそのまま帰路でこのレストランに立ち寄り、約束の人物たちと食事を取っていた。

 

「どうもお前は立場を間違えている気がするよ」

 

 片手に持つワイングラスに視線を向けつつライザーが呟く。すでに3杯目であったが、酒は相当強いようでまるで酔った様子が見られなかった。

 山盛りの野菜サラダを頬張っていた大一はレモネードで口の中の物を押し込むと、ライザーに問う。

 

「何がです?」

「ルシファー眷属であることがだ。別にお前を軽んじているわけではないけどな」

「まあ、自分の実力的に未熟なのは確かですが…」

「だからそういうことじゃねえって。どうも俺はお前が兵藤一誠達と比べると、しがらみに囚われているなと思ってな。その年齢で冥界の仕事をこなすものじゃねえだろ」

「ウチの場合はリアスさんやロスヴァイセさんも似たようなものですから」

「王と下僕、子どもと大人の立場を同等にするなってことだよ」

 

 ライザーはそう答えて、カプレーゼにフォークを刺す。荒々しい雰囲気と異なって、その動作の滑らかさはさすが貴族の出身であると思わせるものであった。

 

「たしかに大一殿は貧乏くじを引いている印象ですな。京都の時でもそうでしたし」

 

 ケタケタと笑いながら、隣にいる紅葉が話す。零の勢力も現在は京都妖怪たちと共に3大勢力に協力しており、半ば独立している故のフットワークの軽さも相まって冥界にも日常的に出入りしていた。零の方は未だに3大勢力への協力はそこまででもなかったが、紅葉は交流を深めることには積極的で、ライザーも他勢力との親交には前向きであり、大一の紹介の下で何度か連絡を取り合った。互いに方向性の違うタイプではあるが、コミュニケーション能力の高さもあって瞬く間に打ち解けたようだ。

 そんな紅葉のズバリとした指摘を否定するように、大一は手を振る。

 

「俺はそう思わないよ。このバックアップで少しでも仲間が集中できるなら、それに越したことは無いだろう?」

「完全に縁の下の力持ちですな。ライザー殿、昔から大一殿はこんな感じでしたのかな?」

「まあ、リアスのフォローに回ったりとこういう裏方気質ではあったが…もっと評価されてもいいと思うぞ?」

「身の丈以上の評価はすでに頂いています。それにおかげでライザーさんや紅葉のようないい友人も出来たのですから」

「ワハハ、お褒めの言葉嬉しいですぞ!ライザー殿も心配しすぎです。本人は気にしていないんですから」

「そういうものかね…」

 

 大きなハンバーガーにかぶりつく紅葉とワインを片手に持つライザーの姿はなんとも対照的な雰囲気を放っていた。片やはみ出し者の妖怪が集まり評価など気にしないような独特の集団、片や冥界の名家で純血悪魔として名声と隣り合わせに生きてきた。この違いが露骨に表れた反応にも見られる光景であった。

 一方で大一は肉料理に手を付け始めながら、ふと思い出した疑問を口にする。

 

「そういえばライザーさん、おっぱいドラゴンの関連で出演しているって本当ですか?」

「ああ、敵役だけどな」

「それでもかなりの人気ですぞ。大一殿は見ないのですか?」

「多分死んでも見ることは無いと思う…」

 

 首を横に大きく振りながら大一は答える。どれだけ命をかけようとも、責任を感じようとも、彼がおっぱいドラゴンに対して肯定的な感情を持つことは出来なかった。むしろケジメをつけたことで、より関わり合いになりたくないものがあった。ある意味全力で関われば、多少は彼が名を売れる要因になったかもしれないが。

 

「まあ、少しでも名が売れれば眷属を得るのもいいんだがな。あとは『僧侶』だけだし」

「ライザー殿は女性だけを下僕にしてハーレムを形成していると聞きましたよ」

「納得できる相手がいれば男でもいいけどな」

 

 余裕ある笑みでライザーは答える。一誠との対決との敗北から、彼はかなり変化していた。敗北からのトラウマ克服が成長を促し、上級悪魔としての格を引き上げていた印象を抱く。

 だがその経過を詳しく知らない紅葉からすれば、感じる方向性が違うのも当然であり…

 

「つまり…両刀ということですか!?」

「そういう意味じゃねえよ!」

「悪魔は本当にいろいろな方がいるものですな。赤龍帝殿のようなスケベ根性もいれば、酒乱もいましたし、男女両方いける相手もいる。…ハッ!まさか自分と親交を深めたのはそういう狙いで!」

「だから俺はそっち方面じゃねえ!」

「ライザーさん、この機会にちょっと本気でお聞きしたいのですが、ハーレムを作るにあたって意識するべきことはなんでしょうか?」

「お前はいきなり喰いつくな!?」

 

 どこからともなく取り出したメモ帳とペンを持つ大一に対して、ライザーはツッコミを入れる。大一としては女性関係に悩むことも増えてきており、相談できる相手を渇望していた。同じ悪魔で年上で相応の恋愛経験を期待できる人物…ライザーはその条件を兼ね備えていた。

 

「いや女性関係で悩むこともあって…」

「恋愛話とな!私もそういうのは好きですよ!」

「お前は本当に楽しそうだな…まあ、いいぜ。指南してやるよ。それがお前の弟にいい影響を与えて、レイヴェルを安心させるかもしれないからな」

「ありがとうございます!」

 

 この後の食事の時間はライザーによる恋愛講座が行われることになった。数時間後に緊急事態が起こることを知らずに…。

 

────────────────────────────────────────────

 

「リアス達が!?」

 

 一誠の驚愕した声が兵藤家にVIPルームに響く。オカルト研究部、ソーナ、椿姫、グリゼルダ、デュリオが一堂に会して視線を向けていたのは、魔法陣から映し出されるアザゼルの立体映像であった。

 

『ああ、どうにもツェペシュ側の方で大きな動きがあったようでな。ツェペシュ、カーミラ、両領域の境界線上が一時的混乱状態になった。あちらでクーデターが起きたと見ていい。リアスや木場はそれに巻き込まれた可能性が高い。というよりも拘束されているだろう。こちらはリアスに通信ができん。そちらも同様じゃないか?』

 

 アザゼルの指摘通り、朱乃がすぐに通信用の魔法陣を展開させるが通じなかった。このタイミングで起きたクーデターの大きさを察せられた。しかもアザゼルの話では、このクーデターによりツェペシュ側のトップが入れ替わったようだ。詳細は不明だが、生命の理を操る神滅具の存在が確認されている以上、先日に接敵した滅んだはずの邪龍の存在が想起される。このクーデターに禍の団が関わっている可能性が高いことを推察するには充分であった。これについてはカーミラ派も同様の見解を示している。

 

『お前らを召喚することになるな。てなわけですぐに飛んでこい。リアス達と合流しつつ、ツェペシュ側の動向を探らなければならん。お前たちの戦力が絶対に必要だ。何せ、ツェペシュの反政府グループ以上に危険な者が関与しているだろうからな』

「もちろんっスよ!主たるリアスを守るのが俺やグレモリー眷属、いや、オカルト研究部の務めですからね!なあ、皆!」

『もちろん!』

 

 アザゼルの言葉に拳を打ち付けながら応じる一誠の言葉に、オカルト研究部のメンバーは応じる。もっとも大一だけはアザゼルが僅かに意味深な視線を送ったことに気づいて、静かに頷くだけではあったが。

 とはいえ、他種族の混乱に首を突っ込むのだ。大戦力で向かうわけにもいかない。ましてやユーグリットの件で町の防衛も必要であるため、今回向かうメンバーはレイヴェルを除いたオカルト研究部に加えて、シトリー眷属の新メンバーであるルガールとベンニーアのコンビが向かうことになった。アザゼルの話ではヴァ―リも吸血鬼の領土に潜入しているため、神滅具所有者をそれぞれに配置するという形ができた。

 

『詳しいことは現地で話す。───では、準備ができ次第、こちらにジャンプしてくれ。カーミラ側に受け入れ用の転移魔方陣を敷く。状況開始だ』

『はいっ!』

 

────────────────────────────────────────────

 

 早々に自室で旅支度を終えた大一は他のメンバーよりも早く転移魔方陣のある部屋へと到着していた。見送りのためにソーナやレイヴェルも集まっており、彼女らと話して仲間が来るのを待っていた。

 

「ライザーお兄様に付き合わせて申し訳ありません」

「いや、自分としてはありがたい限りですよ。悪魔として気兼ねなく相談できる相手はいなかったのですから」

「おやおや、私やリアスでは不満だったというわけですか」

「からかうのは止めてくださいよ…」

「ふふっ、冗談です」

 

 ソーナは口に手を当てて小さく笑う。想い人よりも大人びた雰囲気が目立つ男を自然と手玉に取る光景は、ちぐはぐながら納得できる不思議な雰囲気を醸し出しているとレイヴェルは思った。

 ソーナは軽く眼鏡を上げる。この動作が特別な話題を出すときなどのものであるのは、大一も理解していた。

 

「ところで話は変わりますが、シトリー出資で学校を建てたことは聞いていますか?」

「ああ、その件ですね。聞いていますよ。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 大一の言葉にソーナは微笑む。グレモリー家の屋敷に出入りすることも多くなった彼は少し前にジオティクスから聞いていた話だが、ソーナの夢であった下級悪魔、転生悪魔でも通えるレーティングゲームの学校をついに創設したのだと言う。職員の雇用や反対意見の続出などの問題、ソーナ自身まだ学生の身であり本格的な稼働まではまだまだ先ではあるが、すでに入学を希望する子供も多く彼女の夢に向けて大きな前進を図れたのは間違いなかった。

 

「まだまだ前途多難ですが、なんとかやっていきたいところです。お姉様の力を借りずともね」

 

 たしかに今回の学校については、セラフォルー・レヴィアタンの政治活動として容認させた面があった。そのためおいそれとサーゼクス達が援助できないものがあったが、ユーグリットの件を踏まえると結果的に良い方向に転がったと言えるだろう。

 

「お姉様は大一くんを眷属に欲しがっていたようです」

「サーゼクス様が取り合い合戦をしたのは耳に挟みましたが、具体的にどういうことをやったのかは知らないですね」

「内容までは知りませんが、3番勝負を行ったのは聞いています」

 

 ソーナの回答に大一は苦笑いをする。正直なところ、魔王が取り合うほどの価値が自分にあるようとは思えなかったが、現実に彼らは行ったようだから下手な口出しは出来なかった。

 

「ま、まあ、ありがたい限りです」

「実を言うと、私も少し期待したんですよ。お姉様が大一くんを眷属にすることに。少々考えがありましてね」

「考えと言いますと?」

「ひとつの提案として聞いて欲しいのですが、将来的に大一くんもその学校で教員になりませんか?」

 

 意外な提案に大一は内容をすぐに飲み込めずに、何度か瞬きする。そして間もなくその言葉を認識すると、傍から見て手が千切れると思えるほど強く横に振った。

 

「いやいやいやいや!俺には荷が重い話ですよ!」

「ルシファー眷属という肩書きの方が遥かに大きい印象ですがね」

「それを言われたらなんとも…というか、レヴィアタン様の名で行っているから表立った支援は無理ではないですか?」

「だから将来的にですよ。私は大一くんならいい先生になれると思います」

「俺が戦いの中で使うものは特異な借りものばかりですよ。それで教えられることと言っても…」

 

 大一自身、ソーナの評価には懐疑的であった。以前よりも強くなったとはいえ、それはディオーグやシャドウといった特別な存在の力を借りている面が非常に強い。トレーニングや勉強を妥協してはいないが、彼が教えられるようなものがあるとは思えない。

 しかしソーナは首を横に振って否定した。

 

「私がこれまであなたの能力しか見てきていないと思っているんですか?その勤勉さ、悪魔としての知識や心構え、裏打ちされた実戦経験、これらは全てレーティングゲームに活かせると思っています」

「し、しかし…」

「それと忘れないでもらいたいのですが、私はリアス達と同様にあなたがディオーグと融合する前から知っているのですよ。あなたの強さの本質も理解しているつもりです」

 

 ソーナのよく通る声とハッキリした言い方は、大一を面食らわせた。彼女との付き合いはたしかに長いものの、同じ眷属でなかったためここまで評価されているとは思わなかった。以前よりも自分を認めるようにはなったものの、直接的に言葉にされるのは慣れないものがある。同時に心に熱いものが込み上げてくるのも事実であった。

 

「私はとてもいいと思います。そもそも大一お兄様はレーティングゲームでは間違いなく実績を残しているので、外堀が冷めてからでも今後の選択として十分にありえるのではないでしょうか」

「レイヴェル様…」

「呼び捨てですよ、お兄様」

「あっと…これは失礼」

 

 レイヴェルの評価にも、大一は困ったように頭を掻く。世間的な評価はさておき、身内や近しいものには間違いなく信頼されているのを改めて肌で感じた瞬間であった。

 

「まあ、今すぐに答えを出して欲しいというものではありません。頭の片隅にでも置いていただければと思います。ロスヴァイセさんにもそうでしたので」

「俺よりもよっぽど重要な人に声をかけているじゃないですか」

「私は必要だと思う人に話しているだけですよ」

 

 冷静に答えるソーナの眼鏡がきらりと光ったような印象を受けた。リアスと幼馴染というだけあって、彼女も強い信念を感じさせるものがある。

 間もなく他のメンバーたちも集まり、いよいよ吸血鬼の領土へと出向く準備が整われた。

 




なんだかんだで交流の幅が広がっていると思います。


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第138話 吸血鬼の領地

意外とサクサク進みそうな気がしてきました。


 レイヴェル、ソーナ、匙、グリゼルダ、黒歌、ルフェイ、オーフィスの見送りの下、兵藤家の地下にある巨大魔法陣部屋にて、オカルト研究部とルガール、ベンニーアは転移をする。出発前に戦いの心配がなされるような多くの忠告があったが、レイヴェルがライザーからフェニックスの涙を3つも急遽送ってもらったことは、僅かに彼らの心に余裕をもたらしていた。

 今回は相手側の協力もあり余計な手順を踏まなくても、直接吸血鬼の領土であるルーマニアへと向かうことが出来た。

 転移した彼らを出迎えたのは、アザゼルと先日の会談にいたエルメンヒルデであった。

 

「よう、来たか。さっそくで悪いが移動するぞ。詳しい話は移動中の車内でする。エルメンヒルデ、案内を頼む」

「かしこまりました。皆さま、カーミラの領地までよくぞお越しになられました。───手前どもはギャスパー・ヴラディだけでよろしかったのですが…」

 

 露骨に付け足すエルメンヒルデの視線は、お世辞にも歓迎からは程遠いものであった。それでも彼女は淡々と話を進めていった。

 

「到着早々で申し訳ございませんけれど、車まで案内致しましょう」

 

 転移してきた部屋を抜けて地下の階段を上がるも、肌に吹きつけるような猛烈な寒さを感じた。服装は寒さ仕様の制服で防寒着も身に着けているのに感じる寒さは相当なものであることが窺える。

 間もなく外に出た彼らの視界に映ったのは、一面の雪景色であった。人里離れた山奥に位置する吸血鬼の領地ゆえにこの雪景色は非情に幻想的な印象を抱かせた。

 

(この寒さで血の匂いが混じってないのは新鮮に感じるな)

(物騒なこと言うな…)

(事実なだけだ)

 

 血の気の多さを感じるディオーグの感想とは対照的に、アーシアは感嘆の息を漏らしていた。彼女の視線はこの雪景色に映える城下町に向けられており、中央に位置する巨大な城を囲むように建物が建ち並ぶ。

 彼らは吸血鬼側が用意した2台のワゴン車(運転はアザゼルとロスヴァイセ)に分乗し、目的地へと向かっていった。

 2時間ほどかけて移動を終えると、今度は山の中腹にあるゴンドラ乗り場から向かってきたゴンドラに乗り込む。カーミラ派が確保した唯一のツェペシュ側の城下町に続くルートであった。

 ゴンドラに乗って間もなく、アザゼルはロスヴァイセの方に乗っていたメンバーに現状のツェペシュ派について説明する。なんでも現在のトップがギャスパーの話していたヴァレリー・ツェペシュということだ。男尊を基本とするツェペシュ派からすれば、女性でハーフの彼女が選ばれたのは驚きの一言であり、「禍の団」が裏で手を引いていることが推察された。荒事になった場合は、ヴァレリーを助けさえすれば後はどうにか吸血鬼側で処理できるというのが、アザゼルの考えであった。もっともこの話題が出ただけで、ギャスパーが気負うような表情をしており、それを見た仲間達が相応の決心をするのであったが。

 早々に話を切り上げられるが、深夜でしかも雪山しか見えないため、景色を楽しむというわけにもいかなかった。そんな中、ゼノヴィアが単語帳を片手にイリナと話している。学生の立場をもっと堪能するために勉強は欠かせないと感じているようであったが…。

 

「うふふ、私でよかったら日本の言葉を教えてあげるわ」

「いや、イリナの日本の知識は怪しいところが多々ある。独学か、リアス部長や朱乃副部長に訊いた方が確実だ」

「な、何よ!失礼しちゃうわ!」

 

 不満の声を漏らすイリナであったが、ゼノヴィアの方もハッキリと根拠は持っていた。なんでもイリナは弱肉強食の意味を焼肉定食と混合して覚えており、先日のテストで「全ての人が平等に焼き肉を食べられる権利を持つ」というズッコケるような回答を叩きだしたのだという。オカルト研究部は軒並み成績は良いが、外国暮らしが長いメンバーではこういった首をひねるような間違いがあるのだという。

 

「…自称『日本育ち』か。ここまで来るとすごいと思えるよ」

「じ、自称じゃないもん!日本で生まれ育ったもん!」

「はいはい、わかったよ。焼肉定食のA」

「うえーん!ゼノヴィアがいじめるわ、アーシアさーん!」

 

 ズバズバと言い放つゼノヴィアの態度にイリナはアーシアに泣きつくが…

 

「え、えーと…今度、一緒に日本語の勉強しましょうね、イリナさん」

「そんな!アーシアさんまで!ショックだわ!お兄さーん!」

 

 悪気ないアーシアの言葉にショックを受けたイリナは、なぜか大一に泣きついた。

 

「だからって俺の方に来るなよ。一誠がいるだろ」

「だってミリキャスくんが来た時に、イッセーくんですら私を幼馴染だって忘れそうになるって言ってたのよ!」

「お前にはそういう弄りたくなるような雰囲気があるのかね…。まあ、大丈夫だ。お前が自称じゃないのは、皆わかっているから。勉強も間違えたら、次に正解すればいいだけだから」

「でも先輩もテストの成績は悪くないですよね」

「まあ、入試には合格しているくらいはあるさ」

 

 隣に座っていた小猫の問いに大一は答える。悪魔になったのが中学3年生、そこからリアスや朱乃のサポートも受けながら死に物狂いで勉強して駒王学園の入学を果たしたため、座学にはそれなりの自負はあった。

 大一の言葉に朱乃は面白そうにクスクスと笑う。

 

「大一ったらわざわざ入試の回答を手に入れて、本当に点数的に大丈夫だったのか確認していましたわね」

「あれはリアスさんがいざという時は裏口入学もあるとか言うから、不正されていないか不安になったんだよ」

「せっかくの下僕がいざという時に別の学校にいては困りますもの」

 

 学校の話題を皮切りに一誠がふと思い出したように朱乃に問う。

 

「学校といえば、シトリー出資の学校が建てられるって知ってました?」

「ええ、ソーナ会長から聞いてますわ」

「私も聞きましたよ。会長さんから将来的にその学校の教師にならないかとオファーをいただいたほどです」

 

 この会話に聞いていたメンバーのほとんどが驚く。しかし彼女の魔法の能力を踏まえれば、十二分に納得できるものがあった。

 

「それでロスヴァイセさんはどう返事を?」

「まだ考え中です。断る理由もなかったものですから。確かに駒王学園で教員になって教職というもの───人に教えることが楽しいと思えているのも事実ですからね」

「やっぱりロスヴァイセさんの方で十分な気がするんだよな…」

 

 しっかりと説明するロスヴァイセの言葉を聞いて、大一は無意識に小さく呟く。特に誰かに向けて言ったわけではなく無意識にこぼしたものであったが、言葉の意味として興味を引くには十分な言い方であり、気づいた一誠が兄の方を向く。

 

「兄貴、どうかしたのか?」

「いや…実は俺も転移する前にソーナさんに同じことを提案されたんだよ」

「兄貴まで!?」

 

 ロスヴァイセの時よりも周囲の驚きは大きかった。ルシファー眷属として裏方に回ることは増えたものの、まだ学生の身である彼にこのような話が持ちかけられることは、間違いなく意外性に富んでいた。

 

「うわー…ロスヴァイセさんは分かるけど兄貴は意外だな」

「反論できないのが悔しいな…。ちなみに俺も答えは保留にしたよ。ただロスヴァイセさんほど前向きには考えられないが…」

「でも同じような立場の人がいるのは私としては安心ですよ。今度、その学校に見学に行こうと思うので、一緒に行きましょう」

「そうですね。考えるにしても、まずは知らなければ」

 

 ロスヴァイセの誘いに、大一は小さく頷きながら答える。このやり取りに朱乃と小猫が少しだけ危機感を持った表情になるが、誰も気づくことは無かった。

 一方で、話の区切りを見計らって、ルガール、ベンニーアと話し込んでいたアザゼルは大一に声をかけて、近くに来させる。他のメンバーに聞かせたくないのか、かなり声を落としていた。

 

「お前に前もって言っておくことがいくつかある。まずルガールとベンニーアは別行動を取らせる。いろいろ探ってもらい脱出のルートの確保も頼んでいる。これは朱乃も知っている」

「わかりました。お二人ともよろしくお願いします」

「ああ」

《任せてくだせえ》

 

 大一は共に話を聞くルガールとベンニーアは頷く。悪魔としては新人だが、その正体を踏まえればかなり頼れるコンビであった。

 

「これから向かう領域では、立場のせいで少々行動の自由が制限されるだろう。リアスや朱乃はギャスパーの件で動くだろうし、俺もあっちとの話でいる時間は少なくなる。差し当たって、ロスヴァイセと協力してあいつらの面倒を見てやってくれ。なんだかんだでガキなところがあるからな」

「元よりそのつもりですよ」

「悪いな、いつも面倒なことを任せる形で」

「謝らないでくださいよ。ルシファー眷属になってから、そういう覚悟は持っているつもりです」

 

 大一の言葉は本人が驚くほどハッキリとしていた。実際、以前からの裏方的役割や京都での経験などから、彼の意識や立場は他の成人悪魔と大差ないものと言っても過言ではないだろう。

 アザゼルは申し訳なさそうな表情はするも小さく息を吐いて取りなした。

 

「お前を信じるよ。それとちょうどルシファーの名前が出たから言っておく。むしろこれが本題だと言ってもいい。今回の事件において『禍の団』に関わっている奴についてだ」

「そんなに手ごわいんですか?」

「手ごわい上に危険だ。まだ会ってはいないが、情報通りならばな。お前、どうしてサーゼクスの眷属が神器持ち以外で構成されているかは聞いているな?」

「ええ、眷属になった時の打ち合わせで───」

 

 大一はハッとした表情で言葉を切る。アザゼルがわざわざ確認した意図に気づき、頭の中ではある人物の名前と写真で確認した顔が想起された。

 

「…まさか彼が?」

「ほぼ確定だ。とにかく用心してくれ。お前がルシファー眷属だと悟られるのもマズいしな」

 

 胃の中が逆流するような緊張感を抱きつつ、大一はゴンドラに乗る間はアザゼルとの話を続けるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ゴンドラに乗ってから約30分後、山をいくつか超えてツェペシュ城下町の近郊にたどり着くと、相手側の迎えの馬車に乗って彼らはリアス達の待つ本城へと向かっていた。ゴンドラが到着する寸前にルガールとベンニーアは音も無く姿をくらまし、すでに別行動を取っているため、現在向かっているのはいつものオカルト研究部のメンバーであった。

 城に着くまでの道中、馬車の窓から見える町の様子は穏やかであり、とてもクーデター後とは思えなかった。住民は町を歩き、店で買い物をし、談笑を楽しむ。普通の人間や悪魔とまるで大差なく、平和を物語っていた。

 大一の視界を通してこの光景を見ていたシャドウが頭の中で呟く。

 

『こいつらも吸血鬼だけど穏やかなもんだ。僕が昔見たのとはまるで違う』

(お前はツェペシュ派の町にいたのか?)

『いや、僕が取りついたのは別の町の庶民吸血鬼だよ。そもそも派閥なんて無かったから、だいぶ昔のことだね』

(それが今は派閥にクーデターまで起きたわけだ…)

 

 アザゼルの予想では住民に悟られぬように最低限の方法でクーデターを成功させており、同時にそれほどの隠密が出来たのは内部による裏切りの可能性を示唆した。聖杯の力の利用や内政に大きな影響を及ぼしているのも想像に難くない。先日のユーグリットの件で裏切り者に敏感になっていた彼らにとっては、なんとも反応に困るものであった。

 間もなく到着したツェペシュ派の本城は、グレモリーの城にも劣らないほどの規模を誇っていた。古風な印象を抱かせる石造りのもので、特徴的な魔力やオーラも感じ取れる。

 馬車を降りて内部に案内されると、魔物を形どったレリーフのある巨大な扉の前で待たされる。その大きさと雰囲気からして、扉の向こうが特別な場所であることは察せられた。

数分後、彼らの下に現れた人物は懐かしい声を喜びに包ませていた。

 

「イッセー!皆!」

「リアス、無事でしたか?」

 

 一誠がすぐさま駆け寄ってリアスに寄り添う。彼女の後ろには祐斗も付き添っており、久しぶりにグレモリー眷属が揃った瞬間であった。

 リアスは笑顔で一誠の心配に受け答える。

 

「ええ、なんとかね。…クーデターのことは察知したようね、アザゼル」

「ああ、何か起こるだろうと思ってこいつらを召喚して、ここまで連れてきた。文句はないだろう?」

「そうね。私もどうにかして皆を思っていたから。ただ、この城に軟禁されていて、どうにも動けない状態だったのよ。けど、王にお招きいただいた割りに今のいままで謁見はなかったわ。そうこうしているうちに先ほど『お客様が来たからついてきてほしい』と言われて…ここに来たというわけ」

 

 一誠はリアスの言葉を確認するかのように、ちらりと祐斗に視線を向ける。

 

「何事も無かったようだな、木場」

「拍子抜けするほど、僕にも部長にも火の粉はかからなかったよ。内部で争っていてこちらにまで手を出すほど、暇ではなかったんだと思う。少なくとも今のいままではね」

 

 祐斗は肩をすくめるがその視線は巨大な扉へと向けられていた。相手からすれば、役者が揃ってから招こうと考えていたようであった。それを裏付けるかのように扉の両脇に立つ兵士がリアス達を促した。

 

「では、新たな王への謁見を───」

 

 巨大な両開きの扉が重々しい音を立てながら開かれていく。これから起こるであろう出来事に、大一としてはこの音同様の重さが肩にのしかかるような想いを抱くのであった。

 




次回辺りで例の人物が出そうです。


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第139話 危険な人物たち

一気にキャラが出てくる話になりました。


 アザゼルを先頭にリアスが続き、そこからさらに他のメンバーたちも歩みを進める。

 巨大な扉の先は広大であり、相応の大きさを誇る真紅の絨毯が敷かれ、扉にもあったレリーフと同デザインのものが金色に輝いている。長く伸びていく絨毯の先は一段高くなっており、そこに玉座が置かれていた。そこにひとりの女性と、少し離れた場所に若い男性、あとはいくらか年を重ねた貴族と思われる人物が数人と兵士や執事くらいであった。

 部屋の広さに対して人はそこまでいなかったが、絢爛豪華さが支配するこの室内で、玉座に座る女性はそれに伴った美しさを備えていた。ブロンドの髪を丁寧に束ねており、落ち着いたドレスは彼女の雰囲気によく似合っていた。ただしギャスパーのような赤い目は光を忘れたように虚ろであった。女性は客であるリアス達にあいさつをする。

 

「ごきげんよう、皆さま。私はヴァレリー・ツェペシュと申します。あ、えーと、いちおうツェペシュの現当主───王様をすることになりました。以後、お見知りおきを」

 

 声は軽やかで厳かな印象はない。しかしそれは親しみやすいというよりは、掴みどころがなく心ここにあらずといった雰囲気を醸し出している。

 そんな焦点の定まらない目でヴァレリーは、唯一見知った人物に視線を定めた。

 

「ギャスパー、大きくなったわね」

「ヴァレリー、会いたかったよ」

「私もよ。とても会いたかったわ。もう少し近くに近寄ってちょうだい」

 

 招き寄せるヴァレリーに、ギャスパーは近づく。一瞬だけ彼の悲しみが顔に出かけたがすぐに彼女を心配させまいと笑顔を取り繕い、ヴァレリーはそんな彼を抱き寄せる。

 

「…元気そうで良かった」

「うん、悪魔になっちゃったけど…僕は元気だよ」

「ええ、そのことは報告を受けていたわ。あちらでは大変お世話になったそうね」

「うん、友達や先輩もできたんだ」

「まあ…ギャスパーのお友達なのですね。…あら」

 

 ヴァレリーはリアス達に目を向けるが、間もなく今度はあらぬ方向に目を向ける。あらゆる言葉を理解できるはずの悪魔の耳をもってしても聞いたことのない言葉で空へと話しかけており、顔を輝かせていた。まるで誰かと会話をしているように見えたが、当然そこには何も見えない。これにはギャスパーを筆頭に皆が困惑した。

 そんな中、アザゼルがぼそりと警告する。

 

「…お前達、あれを真正面から捉えるな。聖杯に引っ張られる。特にアーシア、ゼノヴィア、イリナ、教会出身のお前たちはあれから視線を外しておけ」

「どういうことですか…?」

「…あれが聖杯に取り憑かれた者の末路だ。決して見てはいけないものが見えてしまうんだよ。詳しい話は後でする」

 

 なんとも不気味な感覚を覚える中、大一の頭の中では退屈そうにディオーグが声を出していた。

 

(たしかにろくでもない感じはするが、そんな変な相手でもねえだろ)

(お前、あの言葉が分かるのか!?)

(いや、まったく。だがあの女が話している連中の声は聞こえる。あんまり敵意は感じねえな)

『おいおい、神滅具の聖杯って噂じゃ死をも操るものだよ…。それに支配された相手と同じものが見えるって、感知どうこうの話じゃないだろ』

 

 シャドウは唖然とした様子で話すが、その反応自体が鬱陶しいかのようにあくびひとつで無視をした。以前、別世界の神である乳神の言葉を一誠以外に確認していたのを知っていたため大一は特別驚かなかったが、この厳かな場で頭の中が不穏に包まれるのはため息を出したくなった。

 

「ヴァレリー、その『方々』とばかり話し込んでいては失礼ですよ?きちんと王として振る舞わなければなりません」

 

 ヴァレリーの近くにいた若い男性が手を鳴らして彼女の意識を引き戻す。彼女は笑顔で相づちを打つと、再びその虚ろな目を向ける。

 

「うふふ、ごめんなさい、皆さん。でも、私が女王様である以上、平和な吸血鬼の社会が作れるそうなの。楽しみよね。ギャスパーもここに住めるわ。だーれもあなたや私とイジメることなんてしないもの」

「…ヴァレリー…」

 

 静かに涙を流すギャスパーはただ恩人の名前を口にすることしかできなかった。紡がれる大切な女性の言葉は本人の意志が欠落し、それを目の当たりにしたギャスパーの悲しみは深いものであった。

 アザゼルは荒々しく先ほどの若い男性へと目を向ける。

 

「よくもまあここまで仕込んだものだ。それを俺たちに堂々と見せるたぁ趣味が悪すぎた。お前さん、この娘を使って何をしたい?見たところ、お前さんが今回の件の首謀者なんだろう?」

「首謀者といえば、そうなのでしょうね。おっと、そういえば、ごあいさつがまだでした。私はツェペシュ王家、王位継承第5位マリウス・ツェペシュと申します」

 

 端正な顔立ちに露骨な醜悪な笑みを張りつけながら、マリウスは答える。現在の暫定政府の宰相を務めあげているが、本職は神器研究最高顧問であり、そして系譜的にはヴァレリーの兄でもあった。

 当然、ツェペシュ派はリアス達がカーミラ派と接触しているのは知っているようであったが、マリウスからすればそれは特に気にしていないものであった。

 

「正直な話、私は別に政治など、興味はあまりありません。それはクーデターに乗った私の同士に任せるだけですので。ただ、今回はヴァレリー女王があなた方に会いたいとおっしゃったものですし、私もあなた方に興味があったのですよ。何せ、協力者からよくあなた方のお噂を伺っているものですから」

「まあ、それはこの際、置いておく。では、主犯のお前さんに訊こう。なぜクーデターを起こした?あの野郎の立案か?」

「私が聖杯で好き勝手できる環境を整えているだけです。ヴァレリーの聖杯は興味の尽きない代物でして、いろいろと試させているのですよ。そのため前王…父や兄が邪魔でして、退陣していただきました。『あの野郎』とはあの方をさしているのでしょうが…今回の行動は我々が起こしたことです」

 

 切れ込むように本題を突くアザゼルであったが、マリウスは特に気にした様子なく淡々と答える。混乱を招いたという事実を口にしているにも関わらず、ヴァレリーは動揺せずに笑っている。すでに彼女の心は兄の手によって操られていた。

 とはいえ、この発言はさすがに周囲の貴族たちには理解していても、口にするのはうろたえる内容であった。

 

「マリウス殿下、それはいまここで話すべきことではありませぬぞ!」

「こ、これは仮にも謁見の間です!ざ、暫定の宰相といえど、それ以上のことは謹んで頂きたい!」

「相手はグリゴリの元総督とグレモリー家の次期当主なのですから、今の発言を総意と取られてしまうと我々の立場がありませぬ!」

「これは失敬。早く宰相の任を解いてもらいたいぐらいです」

 

 動揺とはかけ離れた態度で、マリウスは皮肉を口にする。自分の思い通りにことを進めるように、妹の心を砕き、家族を追いやった。聖杯を利用し外部からの協力を得てクーデターと立場を確立した彼の本性は容赦のないものであった。もはや彼に力が集中しているのは明らかであり、他の吸血鬼たちでは彼を止められないようであった。

 

「…ヴァレリー・ツェペシュは解放できないというのね?」

「当然です」

「話し合いは無駄だよ、リアス部長。こいつを消してさっさと帰ろうじゃないか。このヴァンパイアは生きていても害になるだけの存在だろう」

「お止めなさい、ゼノヴィア!」

 

 リアスの警告を気にせず、冷たい表情に激情を燃やしながらゼノヴィアはデュランダルを取り出す。ただでさえ吸血鬼に好感情など持ち合わせていない彼女としては、マリウスの非情な性分が気に食わなかったようだ。ゼノヴィアの気迫は凄まじく、大一としては強引に止めようかを考えあぐねていた。

 しかし彼女の睨みに、まったく怯まないマリウスは変わらずに笑みを浮かべた。

 

「怖いですね。では、ボディーガードをご紹介致しましょうか。私が強気になれる要因のひとつをね」

 

 マリウスが指を鳴らした瞬間、全身に膨大なプレッシャーと凄まじい悪寒を感じた。純粋な敵意と圧倒的な実力…感じたものは間違いなく彼女らにそれを悟らせた。リアス達がその相手に目を向けると、そこには黒いコートに身を包んだ長身の男性が柱に寄りかかって立っていた。金と黒が入り混じった髪、それぞれの片目が同色のオッドアイとなっていた。明らかに格の違うその男は軽く一瞥すると視線を下に向けるが、ゼノヴィアの怒りをけん制するには充分であった。

 全員の動きが、その男の存在感によって縛られている中、大一の頭の中ではディオーグが興味深そうに吠えていた。

 

(ドラゴンだな…それもあの紅白に近い感覚だ)

『げえ!?それって二天龍クラスってことだろ!そんな存在がこの世にいるのかよ!』

(それこそオーフィスやグレートレッドが出そうなものだが…)

 

 感情が昂るディオーグとは対照的に、大一とシャドウはげんなりした様子で謎の男を警戒する。この会談後、その正体が邪龍の最高峰、「三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)」の異名を持つクロウ・クルワッハであることを知るのだが。

 そんな中、マリウスが再び手を叩いて鳴らす。

 

「今日はここまでにしましょうか。お部屋をご用意しています。皆さまもしばしご滞在ください。ああ、そうでした。ヴラディ家の当主様もこの城の地下室に滞在しておりますのでお会いになるとよろしいでしょう」

 

 この言葉を契機に謁見は終わりを迎え、リアス達は退室をさせられる。マリウス・ツェペシュとクロウ・クルワッハ、別ベクトルながらもその危険性を目の当たりにした短くも濃い時間であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 王の間を出た一行は用意された部屋へと案内されて廊下を進んでいた。出てくる感想はマリウスの欲望に忠実なことへの非難的なものであり、アザゼルがそれに対して意見を述べる。

 

「あの手合いは厄介だ。種族の定めたルールを全速力で突き破ってくるからな。このクーデターもそこから始まったんだろう。それに乗っかった者達が、あそこにいた貴族どもだ。マリウスは己の欲求のため、あいつに乗っかった政治家…お偉いどもは聖杯による強化と、現政府の不満を同時に叶えた。聖杯によって蘇らせた邪龍がいれば王の打倒も容易かっただろうよ。…それらを行わせた切っ掛けは『奴』なんだろう…」

 

 最後にアザゼルが吐き捨てるように考えを付け足す。誰のことを指しているかをわかっている身として、大一は緊張の整理がつかない想いであった。

 当然、このクーデターにより多くの結果がもたらされた。ツェペシュ派のトップは瀕死の状態で領土から逃亡、その者が救援を求めたのが同じカーミラ派のみであること、ヴァレリーの精神が汚染されたことと様々だ。

 特にクーデターを成功させる要因となったヴァレリーの件は、先ほどの謁見で全員が不思議に感じていた。アザゼルの話では彼女が見ていたのはあの世に住む亡者のようだが、多くの存在が混ざり合って曖昧かつ危険な存在へと変貌していた。

 アザゼルの話では、聖杯を使うことは生死問わず様々な者の精神、概念などの多くのものを自分の心に取り込むことになるものであった。そのため、繰り返し使えばその混沌とした意識に蝕まれて、精神が狂わされることになる。少なくとも亡者たちと楽しげに話している時点で彼女の精神はすでに危険な領域に身を置いていた。

 

(つまり…)

(影野郎の特性のさらにロクでもないってことか?)

『同じにするなよ!僕は憑りついた奴自身の負の感情を増長させるのであって、他の存在の精神なんて入ってこないよ!』

 

 神滅具と比較されては堪ったものでは無いというようにシャドウが主張するのを大一が聞く一方で、一誠はアザゼルに解決策を問う。

 

「先生、助ける方法は無いんですか?」

「…まず聖杯、神器の活動自体を…」

 

 アザゼルは口を開いて間もなく言葉を切り、前方から来る何者かへと目を向けていた。

 現れたのは2人組であった。ひとりは銀髪の中年男性であるが、その服装はサーゼクス同様の魔王の衣装を身に着けている。その男に付き従うように後ろにはこの城とは対極にあるかのような和風の甲冑を一部の隙も無く身に着けている。

 いずれも不気味さを感じさせるが銀髪の男性がアザゼルを確認すると、無邪気な笑みを作り出す。

 

「およよ?こいつぁ、奇遇だな♪おっひさしぶりぶり♪アザゼルのおっちゃん、元気そうじゃん?」

 

 魔王の衣装を身に着ける気さくな男性というなんとも奇妙な相手に、リアスはアザゼルに問う。

 

「…アザゼル、誰なの?」

「…リゼヴィム。若いお前でも、この名を親から聞いているはずだ。グレモリーであれば知っていて当然の男だろう」

「───ッ!!…ウソ…でしょ?」

 

 リアスは声を震わせて驚きを露わにする。他のメンバーは名前も聞いたことがないという様子で疑問符を浮かべる状態であったが、大一だけは彼の顔を見た瞬間にアザゼルに勝るとも劣らないほどの警戒をしていた。その顔は写真でしか見たことは無く、ルシファー眷属の打ち合わせ時に名前を聞いただけだが、それゆえにその危険性については把握していた。

 

「…こいつのクソったれな顔は忘れられねえよ。『リリン』、いや、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーッ!」

 

 アザゼルがその名前を出した瞬間に、全員に雷でも打たれたかのような衝撃が駆け巡る。前ルシファーと悪魔の始まりでもあるリリスの間に生まれたこの人物こそ、聖書に「リリン」と刻まれた者であり、ヴァ―リの祖父にあたる男であった。さらにサーゼクス、アジュカと共に規格外の力を持つ「超越者」のひとりであり、現在は「禍の団」の首領という敵の総大将的な存在であった。

 もっとも彼自身は旧魔王派のような怨恨は無いようで、下品な笑いを廊下一杯に響かせた。

 

「うひゃひゃひゃ、ま、やりたいことが出来たから帰ってきたっつーだけだ。アザゼルおじちゃんも元気してた?なんか、全勢力と和平を結ぼうとめっちゃがんばってるそうじゃん?俺、マジ応援したいわ~♪」

 

 威厳をすっかり捨てたような余裕に垣間見られる邪悪さを抱きながら、リゼヴィムは今度はリアスへと視線を移した。

 

「紅髪のお嬢ちゃん、お兄ちゃんは元気かな?」

「…お兄様に何か含むものでもあるのかしら?」

「ないわけじゃねーな。同じルシファー名乗ってんだしぃ。でも、まあ、どうでもいいっちゃーどうでもいいんだけどね。いずれ、会いそうだからよろしく言っておいてちょーだいよ?」

 

 リゼヴィムの言葉に、不快をはっきりと示すかのようにリアスは眉間にしわを寄せる。ただ彼の言葉はあながち間違いでないと大一は思っていた。実際、サーゼクスはこの男の存在をかなり危険視しており、彼の能力を踏まえて眷属を構成していたのだから。そして現実に接触して、マリウスのようにやりたいことをやるために禍の団のボスに立つこの男は、短いながらもその危険性があるのを、大一は確信した。

 リアスに劣らないほどの苛立ちを表情に出していたアザゼルは憎々しげに言う。

 

「…お前をぶん殴って邪魔をするってのもアリなんだが…ここは俺たちにとってまだ正式な協力関係を結んでいない中立の国だからな。どうせ、この国では表面上正体を偽ってVIP扱いを受けているんだろう?」

「うひゃひゃひゃっ、そうそう、その通り。俺はマリウスくんの研究と革命の出資者でね。ここで俺に手を出すのは得策じゃねえな。負けるつもりもねぇけどよ?」

 

 その言葉と共にリゼヴィムの後ろからひとりの少女が気配を感じさせずに姿を現す。背は低く、真っ黒なドレスに身を包むが、その姿はオーフィスに瓜二つであった。

 

「奪ったオーフィスの力を再形成して生み出した我が組織のマスコットガール───リリスちゃんだ。よろしくね~♪俺のママンの名前をつけてみたのよ。ちっこいけど、腐ってもオーフィスちゃんなんでめっちゃ強いよ?僕ちゃんの専属ボディガードでもあるの~。ユーグリッドが留守の間はこの子が僕ちんを守ってくれます!ちっこい子が強いってロマン溢れるよね♪」

 

 リゼヴィムはリリスの頭に手を置き、さらにもう片方の手で後ろに控える鎧武者にも親指で刺した。

 

「加えて、この堅苦しい和風鎧の彼も同様の護衛よ。リリスちゃんほどじゃねえが、その実力は折り紙つきの無角くんだ。よろしく頼むぜ~」

 

 プレッシャーこそ感じられないが、リゼヴィム相手にそれほど言わせる鎧武者の無角は一歩前に出ると、護衛対象に顔を向ける。

 

「リゼヴィム殿、そろそろ行かねば」

「おっと、そうだったな。んじゃ、俺はマリウスくんにお話があるのでここを通らせてもらうよ?ここでは平和に過ごしましょうね~。プライドが高くて、鎖国的なお国は最高です」

 

 悠々と楽し気な雰囲気を醸し出しながらリゼヴィムはリリスと無角を連れて、一行の横を通りすぎていく。

 その後ろ姿にアザゼルが告げる。

 

「リゼヴィム、ヴァ―リがお前を狙っているぞ」

「そういやー、俺っちの孫息子くんをグリゴリが育ててくれたんだったな。ちったぁ、強くなったん?俺んちの愚息…あいつの父親よりは強かったけどさ」

「いずれ、お前の首も取るさ」

「わーお、そりゃ、おじいちゃんとしてはむせび泣きそうだわ」

 

 ふとリゼヴィムの視線が一誠へと移る。それに気づいた大一は素早く弟を庇うように前に出た。

 

「現赤龍帝ねぇ。グレートレッドとオーフィスの力を有する唯一の存在っつーとプレミアム感満載だわな。うち来ない?」

「行くわけねえだろ」

「あらら、そりゃ残念♪まあ、下手な勧誘してもこっわーいお兄さんに目をつけられちゃうな。

カーミラと結託してクーデター返しをするなら、いつでもいいぜぇ♪すんげえ期待してっから」

 

 後ろ手に手を振りながら、最後の最後まで軽い調子を変えずにリゼヴィムは護衛を伴って去っていった。ふざけた印象は拭えないものの、それ以上の力の違いを感じさせられた大一は、ルシファー眷属としてその危険性と内臓が逆流するような緊張感を抱くのであった。

 




挿絵のリゼヴィムはそれなりにシュッとしていますよね。


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第140話 吸血鬼の世界

基盤づくりが…長い!


 謁見から数時間後、リアス、ギャスパーが話し相手としてヴァレリーに、アザゼルが神器の関係でマリウスの息のかかった吸血鬼に呼ばれて不在の中、他のメンバーが向かったのは城の地下の一室にいた。豪華な内装に相応のシャンデリアと家具も揃っており、貴族の一室として十分であった。

 部屋の主はまだ30代ほどの男性で、金髪とどことなく幼さを残す顔はギャスパーの面影を感じさせた。彼の父親にあたるヴラディ家の当主なのだから当然でもあるのだが。

 リアスが不在のため、朱乃が前に出てあいさつをする。

 

「はじめまして、私達はリアス・グレモリー様の眷属悪魔です。私はリアス・グレモリー様の『女王』、姫島朱乃と申します。このたびはごあいさつだけでもと思いまして、この場に馳せ参じていただきました」

「どうぞ、お座りください。アレ、いえ、ギャスパーについて、話をしに来たのですね?」

 

 ヴラディ家の当主は落ち着いた声でソファーへと促す。朱乃が座り、その後ろを残りのメンバーが控えた。

 すでに彼はリアスと話をして、互いの情報を交換しているのだが、それに伴って彼はここに幽閉されているのだと話す。もっともその声は焦燥と緊張を持つ内容とは対照的に落ち着いており、この状況を受け入れている雰囲気を作っていた。

 しかしそれ以上に気がかりなのは、彼の発言でギャスパーのことを何度も「アレ」と呼んでいたことであった。全員がその引っ掛かりを感じていたようで、朱乃がヴラディ家の当主に質問する。

 

「アレ、ですか」

「アレは…ギャスパーは悪魔としては機能しているのですね。リアス様からそれを聞いた時、正直驚きました」

 

 実の父親とも思えない言い方であったが、ヴラディ家の当主にもそれ相応の根拠があった。

 ギャスパーの母親はギャスパーを生んで間もなく亡くなっている。その原因はショック死であった。なんでも生まれた時のギャスパーは人の形とは程遠い姿をしていた。黒くうごめく物体であり、人でも吸血鬼でもない不気味な異形が母体から現れたことに衝撃を受けて、ギャスパーの母は死に至ったのだと言う。加えて、その場に居合わせた産婆などが次々と呪殺され続け、数時間後には普通の赤ん坊の姿に落ちついた。

 この事実はギャスパー自身も知らず、下手な刺激によって再びその異形の存在になることを危惧したようだ。

 

「…グレモリーの皆さん、我々はアレを吸血鬼としても人間としても認識できないのですよ…。異形の存在としか、識別できないのです。あれをハーフとしていちおうの扱いとさせましたが…それが正しかったのかさえ、わからないのです。そして、正体がわからぬまま私達はアレを外部に出してしまった…」

 

 困惑を顔に浮かべながら、ギャスパーの父は重々しく話す。閉鎖的とはいえ彼自身、当時からそれなりに多くの経験を積み、ヴラディ家当主として生きてきた。そんな彼ですら、あの存在には恐怖と混乱しか感じなかったのだ。

 そんな彼に対して、一誠と小猫は正面から言い放つ。

 

「むかしはあいつがどうだったのかわかりません。けど、いまギャスパーは悪魔です。俺の後輩です。たとえ、体が闇に塗れようとも仲間ですから」

「…ギャーくんは私の大事なお友達です。初めて出来た、同い年のお友達なんです」

 

 たとえギャスパーの正体が得体の知れない存在であっても彼と過ごした時間が消えるわけではない。彼の父親が恐怖する気持ちの大きさに勝るとも劣らないほど仲間達がギャスパーへ抱く意識は強いものであった。それは彼の力を目の当たりにしても同様であった。

 もっとも大一は実際にギャスパーのその奇妙な力を目の当たりにしたわけではない。リアスや小猫から聞いたものの、その異質さを肌で感じたわけではないため、ヴラディ家の当主の話をどこまで呑み込めたかも自信が無かった。それでも仲間達同様にギャスパーへの思いを変えることは無く、同時にそもそも異質さでは自分も似たような状況に陥っているのだから悩むこともなかった。

 

「…やはり、グレモリー眷属なのですな。リアス様にも同様のことを問い、同様のことを言われました」

『人間でもなく、吸血鬼でもないのなら、ギャスパーは悪魔です。何せ、私がこの手で悪魔に転生させたのですから。正体がなんであれ、紛れもなく、あの子はグレモリー眷属の悪魔ですわ』

 

 小さく笑みを浮かべながら、2度もギャスパーへの信頼を目の当たりにした父親は言葉を続ける。

 

「…我々には理解しがたい感情ですが、なるほど。あの力を見た上でそうおっしゃられるのなら、アレは少なくともあなた方に救われたと思っていいのでしょうな」

 

 ヴラディ家は少なくともギャスパーを歓迎していない、しかし同時に彼の行く末が決まったことに安堵はしているようであった。

 しかしこの話し合いでは、彼の正体に行きつくことは出来なかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「なんとも難しい話だな…」

 

 部屋に戻った大一は首元のシャツのボタンを外して、胸に溜まっていた空気を吐き出す。ここ数時間で彼の入り混じった重い感情が、これだけでも軽減された。

 ヴラディ家の当主との話を終えたメンバーは用意された大一の部屋に集まり、今日の出来事について話し合っていた。ただ一誠と小猫は吸血鬼のメイドに案内されて、ヴァレリーの下へと向かっていた。ギャスパーとリアスとの話の中で興味を抱かれたのだろう。

 

「聖杯を利用したやり方、伝説の旧魔王とオーフィスのコピー、ギャスパーくんの正体…本当にたくさんだったわ」

「あの吸血鬼は気に食わなかった!」

 

 イリナのつぶやきに、隣に座っていたゼノヴィアは声を荒げて紅茶を煽る。マリウスに対して直情的に振舞ったことは褒められたものでは無いが、その想いに同調しない者はいなかった。大一としても妹の力を利用して好き勝手にしているマリウスの言動は、あまり気持ちの良い感情を抱かけなかった。

 ゼノヴィアを「まあまあ」と落ち着かせつつ、アーシアは首をひねる。

 

「イッセーさんやリアスお姉様、小猫ちゃんがどうにか話をつけてくれないでしょうか」

「あのマリウスという吸血鬼がそう簡単に納得するはずがないだろう。ましてや、あんな桁違いのボディガードもいるくらいだ」

 

 悔しそうにゼノヴィアが答える。あの場にいた全員がクロウ・クルワッハの圧倒的な存在感を目の当たりにした。あの存在がいれば大きな態度を取れることも納得であった。

 もっともルシファー眷属として大一はそれに勝るとも劣らないほど、もうひとりの人物に危険を感じていたのだが。

 

「加えて、リゼヴィムだものな…」

「そういえば、大一くんはあの人のことを知っていたんですか?」

「ルシファー眷属の打ち合わせで顔は知っていました。実力、カリスマ、そして恐ろしい残虐性…多くのことが警戒事項でしたね」

「吸血鬼のクーデターだけでも厄介なのに、これでは尚更ですわ」

 

 リゼヴィムの存在は冥界に取っても長い間の懸案事項であった。先日のユーグリットの存在も相まって、冥界を大きく揺るがすものであるのは間違いない。吸血鬼と邪龍にこの存在が加わることで、現状は非常に厳しい事件に昇華されたのは間違いなかった。

 

「なんとかなりそうなのは、ギャスパーくんの件くらいですね」

 

 どことなく重い雰囲気が部屋に蔓延する中、祐斗が発言する。実際、ギャスパーの身柄はリアスとヴラディ家の当主で話はだいぶまとまっており、彼を悪魔として正式に迎え入れることは問題ないと思われた。

 細々と見える希望を何とかするしかないが、戻ってきたギャスパーからマリウスがヴァレリーを解放するという約束をしていたことを聞いて、それすらも暗雲が出てきた気がした。

 

────────────────────────────────────────────

 

「あー、案外、普通なんだな、吸血鬼の町って」

 

 純白の雪景色に立ち並ぶヨーロッパ風の建物を見ながら一誠が言う。この地に来てから2日ほど経過していた現在、一誠、大一、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセの6人は吸血鬼の城下町の下見をしていた。リアス、朱乃はヴラディ家当主とギャスパーの件についての話の進め合い、祐斗は2人の護衛、ギャスパーは小猫と共にヴァレリーからのお茶の誘いに応じていた。アザゼルの方は未だに戻っていなかった。

 城下町で彼らが町民から受ける視線は物珍しさの一言に尽きた。閉鎖的な社会を色濃く体現している吸血鬼にとっては、よそ者の存在は目につきやすく直視はしないものの興味ありげにチラチラと視線を向けていた。

 

「よそ者だとわかるみたいだね」

「城下町とはいえ、閉鎖された世界だもの。やっぱり、外の世界から来た人って、空気が違うんじゃないかしら?ほら、ゼノヴィア、私達が任務で外国に行くと浮いたじゃない?」

「そういえばそうだな。教会で育った者が任務先の外国で最初にぶつかる障害は異文化の壁だね」

「私も日本に来たばかりの頃は知らないものだらけで戸惑いました」

 

 この雰囲気に一番慣れているのは、ゼノヴィア達であった。教会の戦士として活動していた彼女らは文化の違いに直面する機械は多く、レイナーレに連れられて日本に来たアーシアも一誠と出会った頃は幾度も困惑していたようであった。

 ただ吸血鬼たちの生活が完全に閉鎖されているわけではなかった。移動手段には車やバイクが使われており、時代の違いをあまり感じさせなかった。

 

「…あとをつけられるのは好きではないんだけどね」

 

 出し抜けにため息をつきながらゼノヴィアは呟く。少し離れた場所から数人の吸血鬼たちが監視の目を光らせていた。ツェペシュ派の城に滞在している身としては当然であったが、これに対して穏やかにできる者はいないだろう。

 そんな中ずらりと並ぶ各店舗に興味深そうに視線を走らせていたロスヴァイセに、一誠が声をかける。

 

「ロスヴァイセさんがついてくるなんて意外でした」

「当然です。私は駒王学園の教師であり、あなたたちは生徒なんです。これは言わば引率ですね。今回のルーマニア入りも課外授業に他なりません」

 

 ハッキリと答えるロスヴァイセであったが、この町並みに一番興味深げに動いていたのは彼女自身であった。それに対して大一が半分呆れたように首を振っていると、ゼノヴィアが彼に対して口を開く。

 

「私は先輩がついてくるのも意外だったな。例の奴が城にいるから残って調べるものだと思っていた」

「アザゼルからいろいろ言われているのもあるんだが…正直、今の俺にやれることも無いんだよ」

 

 リゼヴィムのことを踏まえれば、彼について調べることを優先させる必要はあっただろうが、現在のように監視の目があり、実力的にも下手な動きをすれば察知されかねない。結界のおかげで他のルシファー眷属に連絡は取れず、強引に行ったところで傍受されて己の正体を晒しかねない。要するに、ルシファー眷属として大一ができることはほとんど無く、仲間達と行動することが精神的にも安定していた。

 

「…やっぱりディスカウントショップはなさそうですね…吸血鬼の世界でも値段均一ショップは流行ってもいいと思うのですが…」

「ハイハイ、行きますよ」

 

 呟くロスヴァイセを半分引きずるように大一は誘導する。どっちが引率かわかったものじゃない光景に一誠は苦笑いをするが、それよりも風変わり…というよりも意外な人物が彼の視界に入った。

 あるアクセサリーの露店の前で、リゼヴィムに付いていたリリスがちょこんと座っていた。店主も困惑しており何度か話しかけるが、まるで彼女は反応を示さなかった。彼女の姿を確認した一行は困ったように視線を交わらせるが、その中で一誠が決心したように進んでいく。そしてリリスの横につくと露店の商品をひとつ指さした。

 

「…これ欲しいのか?」

「………」

 

 リリスは何も答えない。ただじっと露店の商品を見ていた。

 

「これください」

 

 一誠はリアスから渡されたこの国の通貨を店主に渡して、赤いドラゴンのアクセサリーを買うと、そのままリリスへと渡した。

 

「ほら、じゃ、じゃあな」

 

 一誠はそのまま仲間達と共にその場を後にしようとするが、なぜかリリスはてくてくとついて来て彼の服の袖を引っ張った。表情は変わらず、しかし興味深げに一誠へと視線を向けていた。

 

「…な、なんだよ」

「…おなか、へった」

 

────────────────────────────────────────────

 

 目の前に広がるルーマニア料理を皆が口にするが、その中でも一心不乱に食べ進めているのはリリスであった。結局、彼らはリリスを連れて近くの料理屋へと入っていった。基本的にはルーマニア料理であったが他国の料理も出しており、多種多様に楽しめた。もっとも一誠は豆腐を食べて渋い表情をしており、他国の食べ物については決して味が保証されたものでは無かったようだ。

 ただ本場の料理の味は間違いないようで、大一の頭の中ではディオーグとシャドウが舌鼓を打っていた。

 

(悪くねえな。焼いた肉も美味いが、このチーズってやつがいい。味がだいぶ変わる。また違った美味さがある。もっと食いまくれ、小僧!)

『ブルンザか…けっこう癖があるけど、ここのは良い感じだね。デザートも楽しみだな』

 

 おそらく現状で食事を最も楽しんでいるのがこの2体だろう。これに対して一誠達は彼らと同じくらい食事を堪能していそうな少女の方が気がかりであった。

 

「美味いか?」

「…わからない」

 

 一誠の問いにリリスはソースをベタベタにつけた口元で答える。そんな彼女の口をアーシアが綺麗に拭いてあげていた。そして再び食べ進める。見た目がオーフィスにそっくりのため、何度も家で見てきた光景であった。

 この状況はある意味、新生「禍の団」についていろいろ聞くチャンスではあったが、監視の目がある上に世間ではそもそもオーフィスが兵藤家にいること自体が伏せられているため、彼女の方がオーフィスと認識されることがほとんどなのだ。加えて、彼女自身がどこまで話せるのかも不明であるため、今は共に食事をするだけしか選択肢が無いのは当然であった。

 リリスは食事を一区切りすると、今度は隣に座る一誠の服の匂いを嗅ぎだした。

 

「…リリスとおなじにおいがする」

「…あー、オーフィスの匂いが移っているとか?」

「…なつかしいにおいもする。あかい、おおきくて、あかいドラゴンのにおい」

 

 この一言に大一のフォークの手が止まり、同時に頭の中で騒いでいたディオーグもシャドウもピタリと言葉を止めた。オーフィスの分身体である彼女もまた、赤龍帝やグレートレッドのことを認識したことには驚きを隠せない。さすがにディオーグのことは分からなかったのか大一の方には見向きもしなかったが、それによってディオーグが苛立ちや不満といった悪辣な言葉を発しなかったため、それが大一やシャドウにとってはより大きな驚きになった。

 一方で、一誠は気を取り直したように自己紹介をする。

 

「俺は兵藤一誠だ。こっちはアーシアと俺の兄貴の大一、そっちはゼノヴィア、イリナ、んで、ロスヴァイセさん」

「…ひょうどう、いっせい…ひょうどう…いっせい…」

 

 全員が『よろしく』と対応するのに対して、リリスは表情を変えずに反芻するように言葉を繰り返した。一誠が「イッセー」でいいことを話すが、それに対してリリスは今度は黙り込んでしまった。オーフィス以上に感情に波の無い様子に、尚のこと不思議な底知れなさを感じさせた。

 リリスはそのまま特に何も言わずに立ち上がった。

 

「なんだ、帰るのか?」

「…リゼヴィム、まもる、リリスのやくめ」

 

 それだけ言い残してリリスは去っていった。あっという間の出来事に困惑した彼らであったが、大一の中ではその想いをシャドウが吐露していた。

 

『意味わかんない奴だったな。ある意味、オーフィスのコピー体ってのは納得だけど』

(同意するよ。というか、ディオーグ。お前、よく何も言わなかったな)

(…オーフィスじゃねえんだから興味もねえだけだ。それよりも飯だろうが!)

 




ディオーグは存在自体はハッキリ分けて考えています。


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第141話 出陣のタイミング

オリ主が入る隙間が本当にありませんね。


 城下町から帰ってきた一誠達が客室に戻ると、2日ぶりに姿を見せたアザゼルがリアス達と話し込んでいた。他の吸血鬼たちがクーデターに気づいていない様子であることを報告すると、彼も特別に驚いた様子はなく、淡々と納得したように頷いていた。

 しかしギャスパーからの喜びに満ち溢れた報告には、彼も怪訝そうな表情になった。

 

「アザゼル先生、聞いてください!マリウスさんが、ヴァレリーを解放してくれると約束してくれたんですよぉ!良かったですぅ。これでヴァレリーを日本に連れて行ってあげられます!」

 

 さすがに彼のテンションの高さと発言の内容を怪訝に思ったアザゼルは一誠達へと促すように視線を向けた。

 

「…話せ、何があった?」

 

 ヴァレリーとのお茶の場に居合わせたリアス、一誠、小猫の3人が説明をする。マリウスがヴァレリーに対して聖杯を使わなくていいこと、体裁を整えて政権が落ち着いたら彼女を解放することを約束したのだという。内容だけならその通りなのだが、ギャスパーを除いたメンバーはマリウスの性格を考えるとどのように考えてもこの提案を素直に受け取れなかった。

 それはアザゼルも同じだったようで話を聞き終わった後に、リアス、一誠、朱乃を手招きして集めるとわざわざ部屋の隅へと行き小声で話し始めた。

 彼らの姿を見て、大一の頭の中ではシャドウが苦々しく呟く。

 

『ああいうの、気分悪いと思わないか?』

(俺は気にしないが…まあ、話の内容は予想できるな。ヴァレリー様の件はおそらく神器を抜き取ることだろう)

(察しが良いな、小僧。あいつらそんな話しているぞ)

 

 相変わらずの耳の良さを発揮するディオーグの言葉に、大一は納得するように静かに頷く。大方、希望を抱くギャスパーに加えて、かつて神器を抜き取られた経験のあるアーシアあたりに配慮したのだろう。

 

(ある意味、俺も似たようなものか?)

(影野郎の件はそういうことになるな)

『抜かれてませーん!僕はディオーグに驚いて出ただけだもの!アザゼルや赤龍帝が凄いんじゃなくて、ディオーグが凄いんだよー!』

(ほう、わかっているじゃねえか)

 

 なんとも子どもっぽいやり取りが頭の中で展開される中、間もなく4人が皆のもとに戻ってくると、一誠が半ばわざとらしく話題の転換を行った。

 

「ところで先生はこの2日間、何をしていたんですか?」

「…ハーフヴァンパイアの者達が有する神器について調べていたんだ。どうにもな、昨今、神器を持って生まれてくるハーフが多いらしい。理由はわからんが」

 

 ここ最近、アザゼルは吸血鬼の神器研究者相手に情報提供を行っていた。彼が会ってきた吸血鬼はクーデター以前から研究に没頭していた他種族の助けを拒む吸血鬼としては変わり者ばかりで、アザゼルの話を熱心に聞いていた。吸血鬼としても神器で危機的状況に陥ることは少なくなく、そもそも他の勢力と比べると遥かに神器への理解が遅れていることもあり、最低限の情報を提供していた。かつて曹操が率いていた英雄派が、禁手になる方法を各勢力に流布したため、仮に現状に不満を持った神器持ちが禁手へと至るのであれば…

 

「いびってきた相手から逃げ出すために禁手になるのはいい。復讐に使われるのもよくあることだ。問題は禁手の力に魅了されて、辺り構わず暴走することだ。現にその傾向が観測されそうだからな。緊急に禁手の対策を講じたいところもあるんだろう。だから、それに関しても教えたつもりだし、グリゴリからの派遣も約束したよ。悪魔と同じ問題を抱え込んでいるな、ここも」

 

 アザゼルの判断は甘さもあったが、いまだに不明なことが多い神器の情報を収集するためにも接触は必要なことであった。しかし聖杯だけはアザゼルも見せてもらえず、マリウスが完全に独占していた。

 区切りがついたところで、一誠が大一も気になっていたことをアザゼルに問う。

 

「冥界は…サーゼクス様のところは今回の件はどうなんですか?先生はすでに報告されたんですよね?」

「…いちおう、リゼヴィムの関与について報告をしたが、まだ悪魔上層部から返信はないな。ユーグリット・ルキフグスの生存で混乱状態であったところにリゼヴィムだ。あっちは大混乱確定だろうよ。サーゼクスは対応に追われて身動きひとつ取れないさ。大一、お前があいつらに連絡を取らなかったことは正解だよ。下手すれば、お前も拘束されることに繋がるからな」

 

 ルシファー…悪魔としてこの名前は非常に大きく特別であった。悪魔の世界をまとめ上げて一大勢力として築き上げた実力者、それ故にルシファーの直系であるリゼヴィムの登場は現政府を大きく揺るがすものであった。前政府の支持者や旧魔王派のメンバーが動き出すことも危惧される。

 この話には大一としても心がざわついた。悪魔としての学びを深めても、彼にとって魔王ルシファーとはサーゼクスであった。だからこそ信頼を持ってルシファー眷属に名を連ねることを受け入れたのだ。

 しかし彼と同様、いやそれ以上の感情を旧魔王に抱く者は存在しているだろう。それを信じていたからこそ得てきた幸福もあれば、新魔王によって招いた悲しみもあるはずであった。それを理解するほどに、己の立場の難しさがより際立つ思いであった。

 

(…なんだ?)

 

 堂々巡りの考えに陥りそうな大一の頭の中にディオーグの声が響く。ほぼ同時期に天井にシトリーの魔法陣が現れると、そこから逆さまにベンニーアが頭を出した。

 

《どうも。外をここを繋げるのに大分時間がかかりやしたが、なんとかなってよかったですぜ》

 

 冷静に話す彼女の魔法陣から、他に2名の人物が降り立つ。ひとりはルガールで、ベンニーアと共に華麗に床へと着地した。もうひとりはなんとエルメンヒルデで、「きゃっ」と可愛らしい声と共に着地を失敗して、床に打ち付けた腰をさすっていた。すぐに一行の視線が集中しているのに気づいたエルメンヒルデは、すぐに立ち上がって咳をして改まった。

 

「ごきげんよう、皆さま。お元気そうで何よりですわ」

「エルメンヒルデ、この国に潜入していたのね」

 

 リアスの言葉にエルメンヒルデはこくりと頷く。

 

「当然です。町での城へのルートを工作員と決めかねているときにそこのベンニーアさんと裏路地でお会いできたものですから。

 それとお知らせすることがありますわ。間もなく、マリウス・ツェペシュ一派は聖杯を用いた一連の行動を最終段階に移行するという報告がありました」

「最終段階…まさか」

「ヴァレリー・ツェペシュから聖杯を抜き出して、この国を完全に制圧するようです。聖杯の力を高めて、この城下町の住民すべてを作り替える計画を発動させるそうですわ」

 

 この発言に部屋にいたメンバーの空気がさらに重く、衝撃的なものになる。マリウス・ツェペシュの計画は吸血鬼の存在の根本を大きく変えるものであり、これに対して吸血鬼の埃を持つエルメンヒルデが嫌悪の表情で身震いする。

 

「おぞましい限りです。聖杯の力で吸血鬼の特性を持った他の生物に変える気なのですから。我々、町に侵入したカーミラの者はもうすぐツェペシュ派の政府側と共に反政府派の打倒を開始するつもりです」

 

 今後について説明していくエルメンヒルデであったが、彼女の言葉はつい先ほどまで希望を抱いていたギャスパーを動揺させるのには十分な内容であった。彼の心情を示すかのように瞳孔が大きくなり、口から出てくる声は震えていた。

 

「…あの、聖杯を抜き出されたら、ヴァレリーは…」

 

 彼の声に一瞬だけアザゼルは顔をしかめるが、意を決したようにハッキリと言葉を紡ぐ。

 

「───死ぬ。奴らは最初から聖杯の成長、研究が進めば、彼女から抜き出すつもりだったのだろう。所有者が死ねば、神滅具は次の宿主のもとへと行ってしまう。そうならないように神器を抜き出して手元に置けば損失の心配をせずに済むからな」

「…そ、そんな、マリウスさんは解放してくれるって…日本に行ってもいいって…。全部、嘘だったの…」

 

 赤い瞳から涙をこぼしながらギャスパーは床に崩れ落ちた。大切な後輩である彼の涙は大一にとっても心をえぐり取られるような思いであったが、彼の同居人は同じような感情を抱いていなかった。

 

『なーに、希望を見出していたんだが。普通に考えて、聖杯なんてカードを簡単に手放すわけないだろうに。騙し騙されるなんておかしくもないんだから、いちいちショックを受けていたらキリが無いっての』

(シャドウ、それ以上は止めろ!)

『…僕は彼の見通しが甘いと思っただけさ』

 

 はぐらかすシャドウに大一は苛立ちが高まる。自覚しているとはいえ、やはり生きてきた経験から価値観の違いはところどころで垣間見られる。特にシャドウの方は宿主である大一と比べると露悪的な面が目立つものがあった。シャドウは会話の相手をディオーグへと向け直す。

 

『そういえば、さっき死神たちが転移してきた時、珍しく直前だったね。感知遅れたの?』

(あ?そんなの最初から気づいていたわ。あのタイミングで下の方から妙な乱れを感じたんだよ。今も続いているが、何をやっているんだ?)

 

 このやり取りを終えると同時に、窓からまばゆい光が室内にまで入り込んでいた。日の出の時間にはまだ早いため彼らは外の様子を確認した。そこには巨大な光の壁が城を覆うように発生していた。この光景にアザゼルが舌打ちする。

 

「…先手を取られたか!おそらくカーミラ側の動きが察知されているな。奴ら、この時点で聖杯を抜き出す儀式を展開する気だ!これは…かなりオリジナルの紋様が刻まれているが、神滅具を所有者から取り出す時に描く術式で間違いないッ!」

 

 アザゼルの焦り様を見れば、事の重大性はすぐに理解した。おそらくディオーグが感知した時にはすでにマリウスは行動をしていたということだろう。

 この状況にエルメンヒルデは、ベンニーアが展開した魔法陣に立つ。

 

「私は外から仲間と共に行動します。あなた方は早く脱出してください」

「この状況でも俺たちの介入を拒むつもりか?相手はテロリストも絡んでいる。間違いなく、邪龍どもも出てくるぞ」

「ええ、吸血鬼の問題は吸血鬼が…と言いたいところですが、我らが女王カーミラがあなた方の援助をお認めになられましたわ」

 

 明らかに不服そうに漏らすエルメンヒルデであったが、彼女の発言にメンバーが内心ガッツポーズを取る想いであったのは間違いなかった。

 彼女は値踏みするような視線でギャスパーを見る。

 

「ギャスパー・ヴラディ、聖杯を───ヴァレリー・ツェペシュを奪還したいと考えていらっしゃるのでしょうか?」

「もちろんです!」

「いいでしょう。ギャスパー・ヴラディがいくというのであれば、あなた方の同行を認めます。彼の補佐、護衛をお願いしますわ。手前どもは、もともとギャスパー・ヴラディを使ってヴァレリー・ツェペシュの行動を止めるのが目的でしたから」

 

 この状況でも吸血鬼としての立場を守る彼女であり、一誠など一部は内心不服な想いを募らせていた。しかしそれを知った事じゃないというかのように、エルメンヒルデはベンニーアに声をかける。

 

「それではごきげんよう。お手数ですけれど、外と繋げてください」

「案外、あっさり任せるんだな?」

「あなた方の実力は買ってますので」

 

 皮肉な笑みを浮かべるエルメンヒルデは魔法陣から落とし穴に落ちるかのように姿を消した。同時に悲鳴が聞こえており、ベンニーアの話ではまたもや天井に繋げたようであった。

 ギャスパーは呼吸を整えると、部屋にいる仲間達に強い瞳で訴えた。

 

「───救います。僕、ヴァレリーを救いたい!皆さん!どうか!どうか、僕に力を貸してください!」

 

 可愛らしい顔にも関わらず力強い男らしい雰囲気を纏っており、それを見た一誠を筆頭にまず2年生組が前に出る。

 

「当然だ。そのためにも来たってのもあるからな!救おうぜ、ヴァレリーを!」

「力を貸すぞ。お前は私の後輩だからな。パワー勝負ならいくらでも披露してやるぞ」

「じゃあ、僕はテクニック勝負かな。強化された吸血鬼を相手にどこまで試せるか、グレモリーのナイトとしてぜひ参戦したいね」

「そうそう、1年生を助けてこその2年生よね!天界代表として悪いヴァンパイアを断罪しちゃうわ!」

「はい!私も頑張ります!い、いざとなったら、パ、ファーブニルさんを呼びますし!」

 

 今度は小猫がギャスパーの隣に立ち、その手を取って優しく微笑む。

 

「…友達の友達は私の友達でもある。ギャーくん、私も手伝うからね」

 

 さらに今度は大一、朱乃、リアスの3年生組も頷く。

 

「ここで協力しない理由なんて無いと思うがな」

「うふふ、私もお手伝いしますわよ♪」

「いきましょう、ギャスパー。グレモリー眷属は、オカルト研究部は、困った部員をほっとけるはずがないのだから!」

「皆さん…はい!僕、頑張ります!」

 

 ギャスパーの心に熱い感情が込み上げてきた。自身にとって苦い思いの多い吸血鬼の領土で唯一の光であったヴァレリーの存在を失う可能性には怯えたが、同時にそれを助けるためにかつてはほとんどいなかった味方が、今はこれほどたくさんの仲間達が協力してくれるのだ。溢れそうになる涙を我慢しながら彼は微笑んだ。

 そんな彼に追い風のようにベンニーアやルガールも口を開く。

 

《あっしらも手伝いますぜ。ねえ、ルガールの兄ちゃん》

「…うむ。ソーナ殿の命令を果たしてこそ、シトリー眷属だろう」

 

 彼らが息まく中、少し離れた場所でアザゼルとロスヴァイセが話す。

 

「いいねぇ、若いもんは。なあ、ロスヴァイセ先生」

「私も若いのですが。まあ、私も存分に魔法を震わせてもらいましょうか」

 

 ヴァレリーを助ける、全員の意見が一致したところで一誠が皆を見渡して音頭を取った。

 

「んじゃ、オカルト研究部+生徒会の新人2名、本格的に出陣だ!見せてやろうぜ、火力バカと言われている俺たちの突破力をッ!」

『おおっ!』

 

 後輩のために全力を尽くすことを決心する大一とは別に、彼の中では声も届かないほどに宿主ほどの熱意とはかけ離れた神器と龍が呟いていた。

 

『神滅具を助けるのはあまり…まあ、大一がやるならやるけどさ』

(しかし城内だけに気を配るのもどうかと思うがな。外にも何人かいるな、これは)

 




シャドウは嫌みが強めですね。


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第142話 地下へ爆進

皆さん、どんどん強くなってきますね。


 一行は、ヴァレリーから聖杯が抜き取られるのを阻止するために地下の階段を駆け下りていった。アザゼルがくすねてきた城の見取り図と祐斗が滞在中に兵士たちの行動をある程度把握したおかげで、移動中に爆音が聞こえる中でも最低限の接敵のみで、地下の祭儀場に続くルートを進んでいけた。

 とはいえ、完全に戦いを回避することは出来ない。地下に入り込むと、どうあがいても敵との遭遇は回避できず、最初は100を超えるであろう吸血鬼の兵士たちが待ち構えていた。全員が聖杯で強化されているが、後に邪龍やリゼヴィムといった強敵との戦いを考えると、体力は温存する必要がある。この大群を相手に誰が行くのかを考えあぐねる中で前に出たのは…

 

「…問題ない」

《ま、ここはあっしらってことでしょうねぇ》

 

 ルガールとベンニーアが怯まずに前に出ると、大群を相手に突っ込んでいった。

 

《ほらほら死神っ娘のお通りですぜ》

 

 ベンニーアは自分の身の丈を超えるほどの鎌を取り出すと、残像を生みだすほどの高速移動で敵の合間を縫うように動いていく。死神の鎌は外傷を与えずに相手の魂だけを刈り取る力を持つ。彼女の一振りは強化された吸血鬼を瞬く間に倒れさせていった。また彼女の場合、「騎士」の特性が上手く噛み合っているため、素早さに磨きがかかっていた。

 

《死にやすぜ…あっしの姿を見た者は皆死んじまいやすぜ》

 

 機敏かつ鋭い動きで、ベンニーアは片っ端から吸血鬼たちを打ち倒していく。

 その一方でルガールはコートを脱ぐと、筋肉が力強く隆起していきシャツを弾き飛ばした。全身が灰色の毛におおわれ、鋭い牙と爪を持つ特徴的な獣人の姿へと変貌していった。

 

『俺もシトリーの者としてやらせてもらおう。吸血鬼とはやり合い慣れているのでね。容赦はせん』

 

 大きく咆哮を上げたルガールは吸血鬼たちに向かっていく。その姿に怯む吸血鬼たちを見た大一の中で、ディオーグが不思議そうに問う。

 

(なんで獣人一匹程度でビビるんだか)

(狼人間と吸血鬼は古くからの敵対関係なんだよ。相手もこの場に来るとは思ってなかったんだろうさ)

『わりと狼人間だってすぐわかりそうなものだけどな』

 

 3人ともルガールの正体は感づいていたため驚きこそしなかったものの、相手の吸血鬼はそうはいかなかったらしい。うろたえ、動揺しながらも刀剣類でルガールを攻撃するが、その屈強な体に「戦車」の特性が加わった彼には傷がつけられず、逆に刃が折れる形になった。

 さらに彼の両腕に魔法の紋様が浮かび上がると、腕を炎が包んでいき、それで敵を殴り飛ばす。なんでもルガールは高名な魔女と灰色の毛並みが有名な狼男とのハーフであり、強靭かつ軽やかな動きができる肉体に魔法を活かした攻防一体の戦い方は、向かってくる吸血鬼たちをものともしなかった。

 

『行け、グレモリー眷属。ここは俺とベンニーアに任せてもらおう』

「任せていいのね?」

《そのために派遣された面がありますぜ。新人コンビは能力の初お披露目と主役のための足止めが適任なんでさー》

『さっさと悪魔としての戦いに場慣れしろということだろう。我が主はスパルタだ』

 

 新入りとは思えない頼もしさのある2人にこの場を任せて一行は先を目指すのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「…シトリーの戦力増強は凄まじいな。ゲームをしたら次はかなり食い込まれるんじゃないか?」

 

 階段を下りていく中、ぼそりと呟いたゼノヴィアの言葉にアザゼルが反応する。

 

「ゲームでの総合的なバランスなら、すでにソーナ側の方が上だろう。火力重視じゃ、将来のゲームで苦戦するぞ、リアス」

「わかっているわよ。私はソーナを舐めたことなんて1度だってありはしないわ」

 

 肩をすくめて答えるリアスであったが、彼女の下僕も同様の気持ちであった。ソーナの戦略眼はこれまでの戦いで経験してきたため、どうして侮ることが出来るだろうか。

 進んでいく一行は間もなく、再び開けた場所に出る。そこにいた吸血鬼は先ほどとは違って鎧の類は身に着けていなかったが、与えられる感覚は先ほどの比では無かった。クーデターの矢面に立った上役の直属の兵士らしい。

 一誠が禁手化して祐斗と攻めようかと考える一方で、ゼノヴィアとイリナが先制して相手に一撃加えようと駆けだそうとしていた。しかし…

 

「お前ら、ちょっと待った」

 

 大一が黒影を伸ばして、ゼノヴィアとイリナの肩を掴む。いきなりのことに2人は面食らった様子で、イリナが大一に抗議した。

 

「ちょっとお兄さん、止めないでよ。聖杯で強化されていた相手に聖剣がどれくらい通るのかを確認しなきゃ」

「確認するまでもない。普通にやったらかなり時間がかかるレベルだ。いつものゼノヴィアのデカい一撃ならいけるが、この狭い空間だと無理だしな」

 

 大一は相手を見ながらさらりと答える。すでに錨を取り出して感知をしていたが、ここ数日で様々な吸血鬼と触れ合う機会が多かったため、魔力や生命力の違いは把握できた。

 

「だいたいルガールさんやベンニーアがせっかく引き受けてくれたんだから、お前らは温存していろ。俺が行く」

 

 大一は前に踏み出して吸血鬼相手に睨みを利かせる。吸血鬼の特効になるような力こそ持っていないが、重さを重視した腕力と捕縛や妨害に秀でたシャドウの力であれば、十二分に対抗できる算段であった。

 同時に彼の横に並ぶように小猫が立つ。

 

「…私も行きます。姉さまから教えてもらったものがここで役立ちそうです」

「お前だって貴重な戦力だから温存しておけよ」

「…その言葉、そっくり返しますよ。早々に決めなければなりませんから、サポートお願いします」

 

 答える小猫の身体を淡い白い光が包んでいく。闘気を纏いつつ全身が発光していき、徐々に光が落ち着くと姿を現したのは白い着物を羽織った美女であった。白い猫耳や二股の尻尾が特徴的で、女性的な体型も相まって色の違う黒歌のような印象を抱かせた。

 

『近隣に存在する自然の気を集めて、自身の闘気と同調させることで強制的に成長させました』

「…だいぶ変わったな」

『先輩に見せるのは初めてでしたね。仙術を扱えるようになったこの姿、白音モードです』

「魔力も生命力も段違い…負けていられないな」

 

 大一は小さく息を吐くと、龍人状態へと体を変化させた。右腕だけは相変わらず義手であったが、シャドウと纏っているため黒く変色している。

吸血鬼たちは大きく姿を変えた2人の相手を見て嘆息する。

 

「悪魔にも異形がいるようだな」

『俺はともかく小猫に失礼だな。やるぞ』

『了解です』

 

 小猫は滑らかに腕を横に挙げると、白い炎に包まれた大きな車輪が現れた。さらに複数出していくと、車輪は一斉に敵の吸血鬼に向かわせる。速度はそれなりであったが、吸血鬼が避けられないほどではない。しかし回避したところで車輪は空中で軌道を変えて、吸血鬼たちを狙っていった。どれだけ逃げようとも車輪は追っていき、ついにはひとりが捉えられて車輪が命中する。その瞬間、敵の身体は白い炎に包まれて絶叫と共に灰へと化した。

 

「な、なぜだ!?なぜ、燃える!?我らは炎すらも寄せ付けない体を手に入れたはずだ!?」

『無駄です。その炎は死者を燃やし尽くすまで決して消えることはありません』

 

「火車」と呼ばれる猫又の能力は、浄化の力をそのまま具現化したようなものであった。彼女が取り込んだ自然の力を仙術により浄化の力へと変化させ、邪気があるものが触ればそれ自体を浄化するために弱点なども関係ない。火車はもちろん、小猫自身もその状態であるため、彼女に触れることも叶わない。すなわち、この吸血鬼たちでは対抗手段はなかった。

 小猫の能力を把握した大一は素早く動く吸血鬼たちに目を向ける。

 

『なるほど…だったら俺がやることは』

 

 大一は小さく呟くと脚部に魔力を集中させると、素早い動きで吸血鬼たちを殴り飛ばしていく。いかに彼らが弱点を克服しているとはいえ、直接的な物理攻撃には怯まざるを得なかった。さらにシャドウで相手を縛る、視界を封じることで吸血鬼の動きを妨害した。おかげで吸血鬼たちは回避も上手くいかず瞬く間に火車の餌食になり、この場にいる敵を全滅させた。

 大一は龍人状態を解除すると小猫へと近づく。顔には疲労の色が見え、白音モードの維持に苦慮している様子であった。

 

「小猫、大丈夫か?」

『…この力を実戦で使うのが初めてだったので、ちょっと疲れちゃいました。それよりも先輩、私の姿どうですか?』

「どうって…成長したな」

 

 大一の反応に、小猫は顔を嬉しそうにほころばせる。いつもの小さない姿と異なり、身長は大きく伸びて大人びた印象を与え、彼女のコンプレックスであった胸はしっかりとした膨らみがある。それらを覆う着物姿も丁寧ながら色気を纏っていた。

 

『今は浄化の力が溢れているので先輩と触れ合うことは出来ませんが、完璧にコントロールすればこの姿でも触れ合えます。朱乃さんやお姉様にも負けません』

 

 何かを期待するかのように瞳を潤ませる小猫に、大一は頭の中で必死にライザーから教わったことを復唱していた。

 そして短い時間で散々迷ったあげく、不器用に言葉を紡ぐ。

 

「あー…うん、よく似合っていると思う。いつもの姿もその姿もとても綺麗だ」

『嬉しいです』

 

 その言葉を最後に小猫は白音モードが解除されて倒れそうになるが、小さくなった体を素早く大一が支える。完全に意識を失う前にリアスが彼女の頭を労わるように撫でた。

 

「お疲れ様、小猫」

 

────────────────────────────────────────────

 

 2つ目の突破した一行は急いで次の階層へと向かっていく。大一は気を失っている小猫を背負いながら走っているが、それ自体は特に苦ではなかった。むしろ苛立つのは頭の中で響く声達であった。

 

(あぁ、戦い足りねえ!さっきの戦闘なんて白猫の援護だけだったし、もっと激しくぶつかり合って暴れてえ!イライラが止まらねえ!)

『神滅具持ちを助けるためにこの煮え切らない状況の繰り返し…はー、かったるいな』

(うるせえぞ、お前ら!)

 

 愚痴だらけのディオーグとシャドウに対して、大一がイライラしながら反応する。悪感情を我慢する習慣のない2人は、邪念まみれの存在のようにも思えてしまう。火車の説明の際にアザゼルが邪念を持つ一誠が触れられれば消滅する旨を話していたようだが、大一自身も彼らを内包しているのだから瞬く間に消えるだろうと思ってしまった。

 3つ目の階層の扉を開き、いよいよヴァレリーがいるはずの祭儀場まであと1つの階層というところで待ちわびていたのは、黒い鱗と銀色の瞳が印象的なドラゴンであった。

 

『グハハハハハッッ!この間ぶりだなぁ、ドライグちゃんよぉぉぉっ!』

「グレンデルッ!」

『そうだぜぇ、お前らをぶっ殺したくてたまんねぇグレンデル様だぜぇぇっ!ちょっとだけ遊んでいいっつーからよぉ、この間の続きをしに来てやったのよっ!』

 

 ゲラゲラと凶悪な笑い声をあげるグレンデルに、大一は眉をひそめる。警戒するのはもちろんなのだが、彼としてはどうしても別の感情を抱いてしまった。このわずかな敵の態度だけでも、彼はある存在のことを想起してしまう。

 彼の想いを引き継ぐようにシャドウが言葉を紡ぐ。

 

『僕さあ、邪龍グレンデルって初めて見たんだよ。それで話では防御がスゴイって言っていたけど、あの反応って…』

(ああ、俺も同じこと思ったよ)

(『ディオーグに似ている』)

(ふざけるんじゃねえぞ、雑魚ガキども!あんな中途半端な脳が足りねえドラゴンと一緒にされてたまるか!)

 

 大一の頭の中でディオーグが声を荒げる一方で、リアスが仲間達に視線で合図を送る。ほとんどのメンバーがグレンデルの実力を目の当たりにしているため、全員でかかることを決めていた。

 先手を打ったのは一誠と祐斗で、互いに猛スピードでグレンデルへと突っ込んでいく。特に祐斗の方は強力な龍殺しの特性を持つ魔剣グラムを持っており、周囲に展開させた龍騎士たちもジークフリートから倒して手に入れた名剣を持っている。さらに彼らに続くようにゼノヴィアとイリナも向かっていき、4人がかりで勢いよく振っていった。

 

『軽いなッ!』

 

 一誠が通常の禁手状態であることや、ゼノヴィアの溜めた一撃でないとはいえ、4人がかりの攻撃でグレンデルはまるでダメージを受けたような印象は無かった。

 その後も一誠が何度も倍加した拳で殴りつけ、イリナが天使の状態で巨大な光を放射するも、グレンデルは楽しそうに笑うだけであった。

 ならばとばかりに、グラムを持つ祐斗を筆頭に龍騎士団が斬りかかっていく。グレンデルの身体を斬り裂いていき、祐斗の一撃には全身から青い血を吹き出すほどであった。しかしここまで受けて尚、グレンデルは不敵に微笑む。

 

『グハハハハハッ!いってぇなっ!やるじゃねえか、剣士の坊主ぅっ!』

「…まいったね、僕が使いこなせていないとはいえ、龍殺しのグラムでもあの程度しか傷をつけられないなんて」

「無駄にかったいからな、あの野郎。やっぱり、真『女王』になるしかないのか…」

 

 一誠と祐斗が苦慮する中でロスヴァイセが魔法の攻撃で攻めたてる。あまりにもダメージを受けていないのを踏まえると、どうも本来の防御力に加えて魔法の耐久性も挙げられているようであった。

 大一も小猫をアーシアとアザゼルに任せると、龍人状態へと変化し素早く接近して敵の横顔を蹴りつけた。もっとも体重を上げてもまるで動かなかったため、すぐに腕で薙ぎ払われしまった。全身の筋肉を活用して受け身を取りながらリアスと朱乃の隣に立つと、龍と人間のものが混じったような奇妙な瞳は、痛みを感じていないようなグレンデルへと向けられる。

 

『どうします?このままじゃジリ貧ですよ』

「今のところはイッセーくんに釘付けみたいだけど…」

『どうしたどうしたドライグゥ!本気出せや!あの真紅の状態になって見せろよぉぉぉおっ!』

 

 朱乃の言う通り、グレンデルの銀色の双眸は一誠を追っており、鈍い光を輝かせていた。これを突破できないとまでは思わない。しかし後にクロウ・クルワッハやリゼヴィムが控えているのを踏まえると、まだ温存できる力は残しておきたかった。

 そんな相手にリアスは考えをまとめた様子で、静かに口を開く。

 

「ひとつだけ、あのドラゴンに致命傷を与えられる技があるわ」

「リアス、あれを使うつもりなのね」

「ええ、朱乃。あれしかないと思うわ。けれど、あれを使うには時間が必要なの。魔力を練るだけの時間が稼げれば勝てる見込みは増すわ」

 

 きっぱりと言い放つリアスの瞳には勝利を確信する力強さがあった。

 




オリ主が別行動も増えてきたから、こういう場面で初めて見るみたいな状況も増えてきました。


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第143話 龍の多様性

少し長くなりましたが、区切りの良いところまで行きます。


 リアスの提案は早々に受け入れられた。グレンデルの堅牢さとぶつかり合いを楽しむその性格もあり、仮に一誠が真「女王」を発動したとしても食い下がる可能性がある。リアスの新たな技は防御を無視して戦闘力を大きく削ぎ落せるもののため、上手くいけば彼自身の完全に倒せる可能性があるのだ。

 

「では、皆。お願いするわ」

 

 リアスが足元に魔法陣を展開させるのと同時に、仲間達は彼女が力を溜めるまでの足止めに向かった。

 正面から一誠が殴り込み、左右からはゼノヴィアとイリナのコンビがドラゴンの肉体を斬り裂く。祐斗が持ち前のスピードを活かして死角から攻めていくと、気を取られたグレンデルに隙を見てロスヴァイセが魔法を撃ち込んでいった。

 

『おもしれぇぇぇぇっ!どんどんこいっ!』

 

 攻撃をもろに受けながらもグレンデルは歓喜に満ちた声を上げて、その眼に邪悪な活力を宿していた。ロスヴァイセの魔法を受けきりながらも、ゼノヴィアとイリナに拳打で対応、さらに祐斗のグラムの攻撃を飛んでかわすと彼に向かって真上から炎を噴きつける。元来の凶暴さはあるが、戦いを純粋に楽しむ邪龍はセンスも充分であった。

 祐斗が炎をグラムで斬る中、一誠が低空飛行で彼を助け出した上にそのまま彼とゼノヴィアの2人に力を譲渡した。

 

「木場、ゼノヴィア!譲渡するぜっ!受け取れぇぇっ!」

「よし、これなら!」

「ああ、いこう!天閃(ラピッドリィ)よッ!」

 

 得物の握り直した2人の速度はずば抜けたものとなり、数々の戦いを経験してきたグレンデルでも目で追えないほどの速度となる。確認できるのはグレンデルの皮膚を斬りつけた跡とその際の鋭い太刀音のみ。一撃の重さはグレンデルに軍配は上がるもの、まったく当たる気配を感じさせないスピードとそれに相まった手数が徹底的に追い込み始めた。

 さらにこの連撃にグレンデルもいよいよ苦悶の表情を見せ始める。ダメージが蓄積してきたため、龍殺しの効果が表れ始めていた。後退して広範囲の火炎を決めようとするグレンデルであったが、それに対して祐斗とゼノヴィアは冷静であった。

 

「いこうか、ゼノヴィア」

「ああ、こういうときのための破壊力だからな!」

 

 向かってくる炎に対して、祐斗はグラムを、ゼノヴィアはエクス・デュランダルを大きく振り下ろす。2本の伝説の剣は共に強力な力を纏っており、撃ち出された巨大な波動はグレンデルの炎を正面から振り払い、邪龍の巨体を飲み込んでいった。

 

『グオオオオオオオオオッ!!』

 

 グレンデルの苦悶した声が響き渡る。間違いなく強力な痛手にはなっているはずだが、今の合体技を受けてもなお相手が立っていることはすぐに分かった。それでもダメージはかなり大きいものであったらしく、ついに片膝をつかせた。ここまでしてもその邪悪な目のぎらつきが変わらないのが恐ろしいものであった。

 

「かなり硬いな…朱乃、大一、手を貸せ」

「お任せくださいな」

『言われなくても』

 

 アーシア達の防御用結界を張ったアザゼルの言葉に、朱乃と大一は素早く動く。ようやくダメージが通り始めたのだから、間髪を入れずに攻めたてる必要があった。

 まずは朱乃が雷光の龍を3匹も作り出し、グレンデルをくまなく感電させていく。祐斗とゼノヴィアが与えた傷に塩を与えるように、雷光は敵の全身を痺れさせていった。グレンデルは口から大きく黒煙を吹き出すが、その口元は歪んだ笑いを浮かべていた。

 

『…いいじゃねえか!こんなに傷ついた上に痺れたのも久しぶりだっ!クソみてぇに楽しいなぁぁぁぁぁあああああッ!んがっ!』

 

 大きく笑うグレンデルは面食らったように間抜けな声を発すると同時に、その顔が大きく上を向いた。雷光に気を取られている間に、懐に入り込んだ大一が硬度と体重を上げて、弾丸のような突進で邪龍のあごを下から上へと突き上げたのだ。

 

『ちいせえドラゴンか…赤龍帝ほどじゃねえが…楽しませてくれるんだよなァ!?』

『別に戦いを楽しむ趣味は俺には無いがな』

 

 のけぞったグレンデルが体勢を立て直す前に、素早く体重を戻した大一は義手から伸びる黒い影で敵の口を縛り付ける。せいぜい多少の伸縮性がある程度のため、口を大きく開かれればあっという間に千切れる程度のものだ。

 

『こんなもんじゃつまらねえな!ドラゴンならもっとデカい攻撃や肉体でやって見せなぁ!』

『お望みどおりにしてやるよ』

「こいつを喰らっておけ」

 

 影に気を取られたグレンデルの腹部に、アザゼルが作り出した特大サイズの光の槍が向かっていく。反応が遅れた邪龍はすぐに迎え撃とうとしたが、光の槍は刺さる寸前に四散して大量の細かな光の槍となって突き刺さっていった。

 ここからさらに数分間にわたり、オカルト研究部とグレンデルの攻防は続いた。ダメージをものともしない…というよりもそれすら戦いのひとつとして楽しむ邪龍の化け物じみた耐久力は目を見張るものであった。オカルト研究部も決して怯まなかった。向かってくる攻撃は大一やロスヴァイセ、朱乃が防御していき、巨体の割りには俊敏な動きから放たれる攻撃で受けた傷はアーシアが回復する。連携を取りながらグレンデルを攻め続けるが、無尽蔵にあるような体力を持つ相手にはこのまま長期戦を続けるのはお世辞にも得策とは言えなかった。

 

「とりあえず、片目はいただくぜ」

 

 隙をつかれたグレンデルの左目にアザゼルの巨大な光の槍が突き刺さる。青い血をまき散らしながら、不穏な叫びをあげるが向き直った顔には狂気の笑みが張り付いていた。

 

『いいねぇっ!こうこなくっちゃ潰し合いってのは成立しねぇやなっ!いいぜぇ、殺し合いになってきたっ!一人二人死んでも後悔すんじゃねぇぞ、クソガキどもぉぉぉおおおおおおっ!』

 

 邪龍のけたたましい雄たけびが響き渡る。まるで倒れる様子なく、攻撃を受けるたびにむしろテンションが上がっている印象を受けた。

 もはや狂喜乱舞の領域にいる邪龍に対して、シャドウが生気を吸い取られたような疲れた声を発する。

 

『うげえ、しつこい奴だな。頭おかしいよ。ドラゴンの中でもずば抜けて変な奴だぜ、あれは』

『あんな能無しと同類によくもしてくれたな…!』

『落ち着け、ディオーグ。もうそろそろ決められるはずだ』

 

 大一はちらりと背後に視線を移す。そこには強大な滅びの球体を作り出したリアスが、ゆっくりと移動する姿が見える。球体から感じられる魔力の濃さは非情に強く、ついに彼女の準備ができたことが察せられる。

 

「私の攻撃が効かない相手ばかりで嫌になるわ。けれど、いつまでも眷属に格好悪いところを見せてはいられないものね。だから私も作ってみたの。必殺技っていうのを」

「皆、離れて!リアスの後ろに下がりなさい!」

 

 朱乃の一声に呼応するように仲間達は素早くリアスの後ろへと後退する。それを確認した彼女はその球体を前方へと放った。

 

「吹き飛びなさいっ!」

 

 彼女の言葉とは裏腹に、滅びの魔力を固めた球体はゆっくりと遅く進んでいった。宙を移動する余波だけで床を削る威力はあるが、そのスピードはお世辞にも当たるとは思えないものであった。

 

『ん?なんだそりゃ。おっそいじゃねえか!』

 

 当然、興を削がれた様子のグレンデルも間の抜けた声を放つ。しかし間もなくこの反応はかき消されることになった。

 球体の内部は徐々に紅と黒の魔力を渦巻かせて交じり合っていく。それと同時にグレンデルの巨体が少しずつ球体に引き寄せられていった。すぐに事情を察知した邪龍は踏ん張ろうとするが、球体の引力は想像以上に強力で、必死の抗いも空しく彼の全身が球体へと接近していった。そして次第にグレンデルと球体が触れ始めると、あれほど苦労した堅牢な龍の鱗が弾けていった。

 

『グオホォォォオオオオオッ!』

 

 苦しみを伴った絶叫を上げるも、球体は容赦なくグレンデルの巨体を崩していく。一誠の力に影響されて変化した魔力を鍛え上げて作り出したリアスの新技「消滅の魔星(イクスティングイッシュ・スター)」は、耐性や弱点といった相性を完全に無視したものであった。

 

「吹き飛びなさいッ!」

 

 まさに滅びの魔力に相応しいその破壊力を持つ球体は邪龍の身体を包み込んでいった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 滅びの球体がようやくその力を振るいきって消え去ると、そこに残っていたのは半分の頭部しかない無残な姿となったグレンデルであった。普通であればとっくに絶命しているはずの姿なのにその口から声が発せられたことに全員が驚いた。

 

『…ユーグリットの野郎が言う通りだ。バアル家の血筋が持つ滅びの魔力ってーやつぁしぶてえ邪龍の意識、魂も削るってな。

 なーに、また体を新調すりゃいいだけの話だっ!魂さえ無事であるなら、俺らはいくらでもボディを取り換え可能だからよぉぉっ!』

 

 未だに戦う気を残すグレンデルの言葉に、大一は目を細める。これほど追い詰めたとしても聖杯さえあれば、復活できる辺り神滅具の異常性を垣間見た気分であった。

 とはいえ、この邪龍を相手にこれ以上戦って時間を浪費するわけにもいかない。復活するとはいえ、身体を消し飛ばしてこの通路を通過することは出来るのだ。リアスが滅びの魔力で敵を狙おうとしたその時であった。

 身体にずしりとのしかかるような重い感覚が襲ってくる。それほどのプレッシャーを放つ存在は、黒い服装に身を包む男…邪龍クロウ・クルワッハがこの場に現れたのだ。彼は半分の頭しかないグレンデルを一瞥する。

 

「グレンデル、一度退け」

『クロウの旦那か。チッ!これからどこまでやれるか挑戦しようと思っていたのによッ!あんた、邪魔するってーのかよッ!?』

「その体ではどちらにしても長くは保てない。さっさとボディを乗り換えろ」

『うるせえええよッ!こいつらの殺し合いしてんだよッ!せっかく盛り上がってきたのによぉぉぉぉっ!』

 

 ここまで来てさらに啖呵を切るグレンデルであったが、クロウ・クルワッハは肌を突き刺すような鋭い眼光を向けるだけであった。

 

「意思を疎通したければ、俺を倒さねばならない。俺とやるか?それでも構わんが」

『…ッ!!チッ、ここであんたとやり合おうなんざ思っちゃいねえよ。やるならベストな状態でつぶし合いてえしな。いいぜ、交代してやんよ』

 

 ようやく納得したことを確認すると、クロウ・クルワッハは指を鳴らし転移魔法陣を展開する。転移の光に包まれる中、グレンデルは耳に残る低音の声で吠える。

 

『運がねえな。お前らじゃ、束になってもクロウの旦那には勝てねぇ。ま、生き残ったら、またやろうや。殺し合いってやつをよ?グハハハハハッ!』

 

 不穏を抱かせる言葉を残しつつ、グレンデルはこの場から転移した。あとに残ったクロウ・クルワッハは睨みを利かせる。

 

「ここから先に行かすわけにもいかないのでね」

 

 さすがにこの男を相手に出し惜しみは無理と判断したのか、一誠が静かに詠唱を始める。彼が真「女王」状態になろうとしていた時、何かがこの地下空間へと向かってきた。

 白い閃光が一誠の隣へと降り立つ。彼と肩を並べたのはヴァ―リであった。すでに白龍皇の鎧をまとっており、その視線はクロウ・クルワッハへと向けられていた。

 

「お前がクロウ・クルワッハか」

「ああ、そうだ。現白龍皇」

 

 互いに強者との戦いを求めるような感覚を色濃くぶつける中、アザゼルはヴァ―リへと声をかける。

 

「ヴァ―リ、遅えじゃねえか。カーミラの領地から俺よりも先に出たのに、なぜ到着がここまで遅れた?」

「途中で妨害されていたのさ。あのルキフグスの男…ユーグリット・ルキフグスにな」

 

 彼の話では仲間の美猴達も、聖十字架の神滅具所持者を筆頭とするはぐれ魔法使い集団の「魔女の夜(ヘクセン・ナハト)」と接敵しており、ヴァ―リだけ先に来たのだという。

 息を整えながら、ヴァ―リは隣に立つ一誠へと呼びかける。

 

「兵藤一誠、キミはクロウ・クルワッハに勝つ自信はあるか?」

「身にまとうオーラから察するに…おかしいぐらいに強いのは理解できるぜ」

「現時点ではキミよりも遥か格上の存在だろう。俺も勝算はあるようでないとも言える。だが俺は…この先にいるであろう者に用があるのでな」

 

 ヴァ―リが指している人物が、その血縁関係からリゼヴィムであることは想像に難くない。あれとの戦いを控えている以上、彼も消耗は抑えたいらしく、一誠もギャスパーの大切な人を救うためにも一刻も早くこの相手を退かしたかった。要するに、久しぶりの共同戦線が張られるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『二天龍のコンビねえ…僕は初めて見たな。歴史上で考えれば珍しいことこの上ないんだろうけど、今の時代に限ってはそこまででも無いといったところか?』

 

 一誠とヴァ―リのコンビでクロウ・クルワッハの対決が始まってから数分、龍人状態を解除した大一の肩からシャドウが現れてその勝負を見守っている。クロウ・クルワッハの実力は直接交えなくても察するに余りあり、この後も考えれば他のメンバーはグレンデルと戦った分の消耗を少しでも回復させることに専念していた。あの2人のコンビネーションを踏まえれば、援護が邪魔になることも危惧しての選択であった。

 ただクロウ・クルワッハは想像以上の実力を誇っていた。ヴァ―リがここに来るまでに消耗して本気の極覇龍へと変化できないのもあったが、それを差し引いても余力を持って二天龍を相手にしていた。一誠が真「女王」形態によるアスカロンの龍殺しの性質を加えたドラゴンブラスターですら手傷を負わせたものの、耐えきって戦いを続行させるほどであったのだ。

 なんでもクロウ・クルワッハは他の邪龍と違い滅ぼされたことは一度も無く、余計な介入に煩わしさを覚えて姿を消すと、長い期間をかけて研鑽を重ねてきたと言う。その鍛え上げた実力の結果は、この攻防の最中で明らかに次元が違うことを垣間見せてくれた。

 グレンデル以上に崩せそうにない存在に、アザゼルは小さく舌打ちをする。

 

「チッ、ここでいつまでも時間をかけてもいられん!アーシア!」

「は、はい!」

「最終手段だっ!呼べ!ファーブニルを!」

「は、はい!わ、わかりました!」

 

 アーシアは恥ずかし気な表情で詠唱を始める。大一としてはこの場でファーブニルを呼ぶのは疑問であったが、それ以上に女性陣が不快な表情をしていたり、一誠がより姿でも分かるほど動揺していることも気になった。

 そして彼女の詠唱により龍門から現れたファーブニルが開口一番に放ったのは…

 

『…おパンティータイム?』

「(『…はっ?』)」

 

 ファーブニルの発言に大一とその同居人たちは疑問符を浮かべる。5大龍王で見た目も神々しさを感じるドラゴンが、あまりにもかけ離れた発言をしたため当然の反応であった。

 だが彼らの疑問もいざ知らず、アーシアは半泣きで答える。

 

「いえ、ちが、そ、そうです!おパンティータイムですっ!」

 

 妹分の衝撃的な発言に、さすがに大一も頭の中が混乱し始める。それを解消するためにも、彼は隣に立つ朱乃に疑問をぶつけた。

 

「これってどういうこと?」

「…そうね、大一はこの前のグレンデルとの戦いはいなかったし、特訓の際もあまり見ませんものね。知らないのも仕方ありませんわ…」

「その反応…余程、酷いことになっているのか?」

「ええ、なんでもファーブニルから力を借りるためにアーシアちゃんの下着を渡すというものらしいの。それがあの龍にとってのお宝なんですって…」

 

 朱乃の諦めと嫌悪の入り混じった発言を聞いた瞬間、大一はアーシアへと呼びかける。

 

「アーシア!そんなことしなくていい!そんなバカは放っておいて、自分を大切にしろ!」

「うるせえぞ、大一!クロウ・クルワッハに魔弾タスラムのレプリカが効くかもしれねえんだ!アーシアの下着ひとつで、こいつから俺が渡した大量のお宝を使えるんだから安いものだろ!」

「やっぱりあんたの差し金か、アザゼル!」

 

 アザゼルと大一が完全に口論に発展している頃、アーシアはポシェットから自身の下着を取り出してファーブニルに見せる。しかし彼は頬を膨らまして、それを否定した。

 

『違う。俺様、今日はパンツって気分じゃない』

「マジか!?じゃ、じゃあ、何が欲しいってんだ!?アーシアのブラジャーか!?」

「あんた、これ以上アーシアに恥をかかせるんじゃねえよ!」

「アーシアはランジェリーショップじゃないのよ!?パンツもブラジャーもそう簡単にあげていいものじゃないわ!」

「まったくですわ!乙女の下着をなんだと思ってますの!?」

 

 リアスと朱乃も合わさって上級生組が、妹分のことでアザゼルに激情を向けていく。さすがにこの酷い状況には、敵も味方も困惑の状況であった。

 ここで何を思いついたのか一誠が声を張り上げる。

 

「いえ、先生。俺の予想が正しければ、脱ぎたてのパンティーです!俺がファーブニルなら、それを選ぶ!」

『アーシアたんのスク水が欲しい』

「そ、そう来たか~。それは予想できなかったわ~。変態だわ~。本当、滅んじゃえばいいのに、この変体龍王っ!」

「その発想が出る辺り、お前も大概だぞ!この愚弟!」

 

 もはや収拾がつかなくなり始めている中、なぜかアーシアはスクール水着を持ってきていた。聞けばソーナが指示したことであり、プールでファーブニルが熱烈な視線を送っていたことに気づいていたようだ。

 仲間達が混乱に向かっていく中で、ファーブニルはアーシアが差し出したスクール水着を口に含む。わざわざ最低な食レポまで挟みつつ、それを聞いていたドライグやアルビオンまで阿鼻叫喚の状態となっていた。これにはディオーグやシャドウも頭の中で騒いでいた。

 

(アッハッハッハ!乳龍帝!尻龍皇!女の肌着を食うドラゴン!バカみてえ!)

『うわー、おぞましい!僕が言うのもなんだけど本当におぞましい!二天龍も五大龍王もまとめて滅んでしまえばいいのに!』

『あーん。今週のビックリドッキリアイテム発進』

 

 口をもごもごと動かした後に、ファーブニルが吐き出したのは大きな筒のようなものであった。アザゼルがバズーカ砲のごとく担ぐと、クロウ・クルワッハに狙いをつけて砲撃を撃ち出した。弾はジグザグに空を切り、敵へと向かっていく。

 

「ほう、タスラムか。懐かしい。必中する魔の弾。回避は不可能。昔の俺であれば脅威だっただろう。だが、今の俺ならば───」

 

 クロウ・クルワッハは両腕を構えると、本来の姿である巨大な龍の腕へと変化させて受け止めようとした。しかしタスラムは軌道を変えて腕から逃れると、そのまま下に潜り込む上へと向かう軌道であごへと爆音と共に命中した。

 ほどまばゆい光と視界を遮る煙が発生し、少しずつ落ちつくとそこに現れたのは…弾を鋭い歯で噛んで止めたクロウ・クルワッハの顔であった。

 

「…止めたのか…」

 

 呆れるように息を吐くアザゼルであったが、弾を床へと吐き出したクロウ・クルワッハは腕を戻して静かに壁へと寄りかかる。向けられてくる敵意は一切消え去ったような印象を受けた。これに対して、ヴァ―リは訝しげに問う。

 

「やめるのか?」

「最低でも十数分間だけ時間を稼げと言われただけだ。───次に会う時は本気でやりあいたいものだ」

 

 そのままクロウ・クルワッハは一言も発さずに立っていた。なんとも理解できない状況ではあったが、先ほどのようなプレッシャーは感じられない。一行は彼の前を通って奥へと突き進んでいくのであった。

 




私の変換候補がとんでもないことになりつつある今日この頃…。


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第144話 闇の怪物

流れは原作と大差ありません。にしても、マリウスはびっくりするほど印象に残らないな…。


 最下層にたどり着いた彼らの視界に入ったのは、怪しさがそのまま形となった印象を抱かせる場所であった。あちこちに不気味な像や怪しげな書物の入った棚が設置され、中央の床には大きな魔法陣が描かれて上に寝台がある。すでに魔法陣は光り輝いており、寝かされていたヴァレリーは苦悶の表情を浮かべていた。

 

「ヴァレリーィィィィッ!やめてっ!やめてくださいぃぃっ!もう、これ以上、ヴァレリーをいじめないでッ彼女を解放してあげてぇぇぇっ!」

 

 ギャスパーは魔法陣の中で術式を操っているマリウスに悲痛な叫びで訴える。しかし彼は嘲笑を口元に浮かべるだけであった。

 

「ええ、だから『解放』してあげようとしているのですよ。ほーら、もうすぐ彼女の心身を蝕んでいた聖杯が取り出されますよ」

「いやぁぁぁぁああああああああっ!」

 

 さらに苦痛の絶叫がヴァレリーから発せられ、体から何かが出現しようとしていた。すぐに一誠、祐斗、ゼノヴィア、大一が魔法陣の障壁を打ち破ろうと攻撃するが、頑としてビクともしなかった。

 

「おっと、下手な攻撃は止めてくださいね。術式に影響が出ると、聖杯も、聖杯の所有者も無事では済みません。元総督殿に案があったとしても無駄です。私は誰よりもこの聖杯に触れ、調べてきました。抜き方は誰よりも熟知しているのですよ」

 

 実際、アザゼルも調べ始めたが、彼ですら知らない術式が組み込まれていた。禍の団の情報提供は相当なもののようであった。マリウスはそこで得た情報から聖杯の研究を大きく発展させることで邪龍たちの復活を現実化した。さらにヴァレリーの持つ聖杯にはこれまでの聖杯よりも突出した部分があるようで、それが邪龍や吸血鬼たちの弱点克服へと貢献していた。

 間もなく、魔法陣の術式が強い光を生みだし、ヴァレリーを包み込む。そして彼女の身体から小さな金色に輝く杯が現れた。

聖杯を抜かれたことでヴァレリーは生気を失う一方で、マリウスは血の気のない顔に爛々とした狂気の感情を見せていた。

 

「これが───神滅具『幽世の聖杯』。しかも禁手の発動条件も揃った代物です」

 

 術式が解けて障壁も消えたところでギャスパーがヴァレリーに駆け寄る。ぐったりと力は入っておらず、間に合わなかった現実が直面化させられていた。ボロボロと涙をこぼすギャスパーを、ヴァレリーは震える手で優しく撫でた。

 

「…泣き虫ね、ギャスパーは…。ちっちゃい頃から泣いてばかり…強くなったのでしょう…」

「…ごめんね…僕…キミを助けることが…」

「…いいえ、私は助けてもらったわ…最後に…ギャスパーに会えた…。私のたったひとりの友達…家族…。ねえ、ギャスパー…」

「…なに?」

「…お日さま…見たかったわ…皆で…ピクニックに行けたら…どんなに…」

「…見れるよ。僕が連れて行ってあげるから。ピクニックも行こうね」

 

 瞳は虚ろで明らかに力が失われていく。ヴァレリーがどうなるかなど感知などしなくてもすぐに理解できた。その命の灯火が消えるまで時間は長くなかった。

 ヴァレリーはギャスパーの胸へと手を当てる。

 

「…ここに…もうひとりのあなたがいるの…。最後にお願いしなくちゃ…あなたともお話したかったわ…あなたも、ギャスパーなのだから、皆とお話しなきゃダメよ…。あなたを許してくれる居場所はここにあるのだから…」

 

 彼女の反応が何を意味しているのか、大一はすぐに理解できなかった。しかしその言い方を踏まえると、彼女はギャスパーの中にいるその異質な存在を理解していることが察せられる。

 

「…皆と仲良くできますように…」

 

 最後に心からの願いを口にしてヴァレリーは動かなくなった。ギャスパーがその現実を否定するように何度も首を振って、彼女の身体を抱きしめるが動くことは無かった。もっともこの悲痛な状況で、違った反応をしている人物もいた。アザゼルと大一はどこか腑に落ちないような懐疑的な表情をしており、その一方でマリウスは聖杯を持ちつつ拍手をしていた。

 そんな不快さを持ち合わせるマリウスは、リアスに不敵に発言する。

 

「リアス・グレモリー様、あなたの滅びの力を私に撃ってください」

「…ええ、遠慮なくいかせてもらうわ。さすがに私も抑えられそうにないから」

 

 リアスの強烈な滅びの魔力がマリウスへと放たれ、正面から受けた彼は上半身を完全に消滅させられた。ただ突っ立っている下半身と宙に浮かぶ聖杯がそこにあるだけだが、すぐにその下半身の断面から肉が盛り上がり、あっという間に上半身が甦った。

 取り出された聖杯は所有者の身体にあった頃よりも、その力を存分に発揮していた。ずば抜けた再生の力はフェニックスにも劣らず、今の一撃を受けても魂が傷つかない。

 マリウスがその再生の力を見せつけると同時に、どこからともなく中年、初老の吸血鬼が姿を現す。服装と立ち振る舞いから貴族の類であることは明らかであった。彼らの登場に、マリウスは口元に笑みを浮かべる。

 

「これは叔父上方。準備は整いました。どうされます?さっそく更なる強化を施しますか?」

「夜の永遠の住人たるヴァンパイアはとてもとても弱点の多い種族でした」

「日の光、流水、十字架…人間よりも優れた種族であるのに、我々はそれらを抱えるせいで彼らの隆盛を許した」

「聖杯を用いて我々は吸血鬼を遥か超越した存在に作り替える!」

「人間どもに代わり、この世界を支配せねばならない。我ら上位種に支配されてこそ、人間達は本来の家畜としての本懐を遂げられるのだよ!」

 

 吸血鬼たちが口々にまるで演説するかのように、種族としての高尚さを説く。これに対して一誠の感情は呆れの極みであった。自分達だけが至高という考え方は、一部の上級悪魔や貴族を彷彿させた。

 一方で大一も当然ながら賛同できない、そう考えた彼の心情は答えが出ているにもかかわらず複雑であった。腑に落ちないのに、そこに長年培われてきた歴史と種族的価値観があると思うと、頭ごなしに否定する気にもなれなかった。

 たっぷりと上役たちの話を聞いたマリウスは頷きながら、一誠達に微笑んだ。

 

「まあ、私についてくださった上役はこのような意見をお持ちなのですよ。私は聖杯を使って自身の研究を進められればいいだけのこと」

「…荒れてるね、ったく。しかし、神滅具ってのは本当にとんでもない代物だ。それを持った者が生まれただけで、その世界の理が崩される」

 

 アザゼルは目を細めて一誠やヴァ―リへと目を向ける。実際、彼らを含めて今の時代に神滅具がもたらした変化は大きなものだろう。

 その危険性を理解しているからこそリアスはきっぱりと言い放つ。

 

「…あなたたちにその神器を持たせるのは危険ね。聖杯を渡してもらうわ。返答次第ではここでの戦闘も辞さない」

「あなた方も神器を、神滅具をいいように使っているではありませんか…。単に価値観と文化の違いで、相互理解が不能になっているだけでしょう?」

「じゃあ、俺たちグリゴリに渡してもらおう。それらの研究は専売特許なんでね保存から、封印までどうとでもできる。嫌なら、オーディンやゼウスに渡してくれてもいい。とにかく、それは危険なんだ」

 

 リアスやアザゼルの言葉に、マリウスは薄く笑って対応する。当然のごとく、素直に聖杯を渡そうとしなかった。

 この傲岸不遜な態度に、しびれを切らした一誠は一歩前に出る。

 

「いいから返せよっ!あんたらの思想や誇りやら、吸血鬼の価値観なんてうんざりだっ!その聖杯はあんたたちの考えのために使わせるにはあまりに力が強すぎる!」

 

 一誠の訴えに余裕しゃくしゃくの態度を吸血鬼たちは崩さない。この光景には、シャドウですら何か思うことがあったのか、苛立つような舌打ちが大一の頭の中で響いていた。

 一方で、ディオーグはまるで興味もなさそうに黙り込んでいた。この議論自体があまりにもくだらないと考えているようであったが、それ以上に別のことに興味を示していた。その証拠に先ほどから声には出していないが感知を鋭くしている。まるで何かが来るのを期待しているような雰囲気であった。

 そして間もなく、この議論を無に帰すような考えをする存在が声を発した。

 

《フフフ…くだらない…くだらなさすぎる…!》

 

 芯から冷えるような不気味な笑い声、その発生源であるギャスパーの全身から黒いオーラが生み出され、徐々に室内を覆うように動いていった。

 

《貴族と…それ以外の生き物…?お前たちが言う超越した存在とやらを僕に見せてみろ》

 

 見る見るうちに、部屋中がこの奇妙な漆黒の闇に飲み込まれていく。ギャスパー自身も体を漆黒化させて、ついには小柄な人間の形すら崩れていった。両腕は肥大化し、鋭い爪が現れて、背中からはいくつもの不気味な翼が飛び出し、脚は逆関節で禍々しさを感じられる。頭部はドラゴンのような形で、牙と角が鋭く形成されていった。

 約5メートルはあると思われるその巨体は完成した瞬間、肌を突き刺し身を凍らせるような咆哮を上げる。

 この姿には敵も味方も大なり小なりの動揺を見せていたが、マリウスは冷静に上役の吸血鬼たちに声をかける。

 

「落ち着いてください、叔父上方。これがユーグリット殿からの報告にもあったギャスパー・ヴラディの本性なのでしょう。しかし、恐れる必要などありません。進化した吸血鬼たる我々がハーフの持つ力ごときに屈するようでは笑いの種にもならぬでしょう」

 

 マリウスの言葉に上役たちは頷く。もっとも完全に恐怖心が消えたわけではないようで、出てくる言葉は自分達を鼓舞するような印象を受けたが。

 

「そ、そうだ。その通りだ。我々は聖杯にて超越した力を得た吸血鬼。次のステージに進んだ我らがハーフごときに後れを取るはずが───」

 

 吸血鬼は言葉を続けることが出来なかった。床に広がる闇から出てきたワニのような怪物に全身を飲み込まれたのだ。

 

《次のステージが…なんだって?》

 

 嘲笑うギャスパーはさらに部屋の至る所に怪物たちを生みだしていった。魔獣創造を思いだすような様々なデザインの怪物は、じりじりと吸血鬼たちを追い詰めていき、ひとりまたひとりと襲っていきその存在を無力化させていった。

 あまりにも一方的な蹂躙に、吸血鬼たちも恐怖の中で疑問を抱く。なぜ聖杯で強化した力が発動しないのかと。

 

《なぜ、うまく吸血鬼の能力が発動できないかわかるか?お前たちが聖杯によって強化された力を停止させているからだ》

 

 ギャスパーの種明かしは、敵味方双方に衝撃を与える。相手の能力を封じるその力はすさまじく、上役たちは闇に足を捕えられて瞬く間に化け物たちの餌食となっていった。凄惨極まりないこの光景に、マリウスだけは笑みを変えずにまたもや称賛の欠片も感じられない拍手をしていた。

 

「素晴らしい。昨今、ハーフの間で異質な力を持つ者が生まれている。主に神器所有者なのですが…キミはその中でも屈指だ。どうだろう?私の研究に協力してくれないだろうか?」

 

 この状況でも自分の欲望を素直にぶつけられるその面の皮の厚さに大一としては呆れすら感じたが、ギャスパーには明らかに地雷となる発言だった。

 

《…ヴァレリーのようにか?》

 

 ギャスパーが腕を伸ばして横なぎにはらうと、マリウスの左腕が吹っ飛ばされていた。

 

「おっと、これはこれは…凶暴ですね。しかし、この程度は聖杯の力で強化した肉体には無意味…ん?なぜだ。腕が再生しない」

(あーあ、力量を把握できないバカはすぐに死ぬ)

 

 大一の中でディオーグが呆れを隠さずに呟く。もはや彼には聖杯の力が…それどころか吸血鬼の力自体がろくに機能していないことを看破していた。

 その証拠にギャスパーが次々とマリウスに対して攻撃を加えていく。復活はおろか、吸血鬼の持つ変化もできず、傷口には闇が浸食していた。

 もはや余裕の表情は吹き飛び、恐怖と動揺だけが彼の心を支配していた。さすがにヴァレリーの件がマズかったのかと悟ってたしなめるが…。

 

「ま、待て。落ち着きたまえ。…そうだ!この聖杯でヴァレリーのクローンを作ってあげましょう!魂もどうにかしてサルベージすればいい!クローンを連れて日本に戻りなさい。それでキミは満足のはずです!」

《…もうしゃべるなよ。ヴァレリーが甦る可能性とお前が助かる理由は一緒じゃない。───お前はここで死ぬべきだ。お前だけはこの世に肉片のひとつすら遺すことを許さない。魂まで喰われて死に果てろ》

 

 片脚、片腕で逃げ惑うマリウスであったが、ギャスパーの合図を機に一斉に魔物たちに群がられていく。吸血鬼のクーデターを主導した男は、絶叫と共にその存在を消されてしまったのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ギャスパーがマリウス達を蹂躙した後、アザゼルがすぐに祭儀場へと向かい魔法陣を展開してヴァレリーの体を調べた。

 

「…なるほど、俺の疑問は解消できそうだ」

「どういうこと?」

「この娘の聖杯、元々から亜種のようだぞ。本来、ひとつのはずの聖杯が、まだ存在している。この娘の体にもうひとつ聖杯が残っているんだよ。おかしいと思ったんだ。神滅具の抜き出しの術式というのに、あまりに静かでな」

 

 アザゼルの言葉に全員が驚愕する。どうやらヴァレリーの神滅具は複数でひとつの扱いになるものらしく、抜かれた分を戻せば息を吹き返す可能性もあったのだ。なんとも予想外で驚くことであったが、同時に大一は腑に落ちた。彼女が神滅具を抜き取られても生命力を感じられており、魔力がかなり乱れていたので死んだという印象を抱かなかったのである。

 さっそくアザゼルが抜き取った神器を戻す作業を始めて皆が安堵する中、次に彼らの視線を受けたのは当然ながら姿の変わったギャスパーであった。一誠がポロリと素直な感想をこぼす。

 

「すげえな…」

《あなたなら知っていると思ったんだけどね。赤龍帝》

 

 この言葉に一誠が疑問を感じている中、今度はリアスがストレートに問う。

 

「…あなた、ギャスパーではないわよね?」

《いいや、僕はギャスパーだよ。ただ、ギャスパーであり、ギャスパーではないとも言える。この少年が母体にいた時に宿ったのは、バロールの断片化された意識の一部》

 

 彼が話すには、かつてクロウ・クルワッハをも操った魔人バロールの意識の一部が残り、それが彼という意識を形作ったという。そもそも彼の持つ神器はあくまでその能力からバロールの名前を倣っただけであったのだが、どうやらバロールの魔の力だけが残ったようだ。「聖書の神」が生み出した神器はこの規格外の力をも封じ込めていたらしく、その繋がりもあってか一誠の持つ神滅具とも共鳴をしていた。かつて覇龍を発動させた時にシャルバの動きを止めたのは、偶発的に彼の視界が共有されて能力が発動されたからだという。

 しかし大きく変化した彼であっても、ヴァレリーへの思いは確かにあった。彼はその不気味な腕で、彼女の頬を優しく撫でた。

 

《僕はなぜか、この聖杯の少女を救わないといけないと感じた。強く、強くね?それはもうひとりの僕が感じている恩義とは別の感情だ。…これは感謝への礼?僕にもよくわからないけれど、おそらく、聖杯の力に完全に目覚める前から、彼女はその力を無意識に使っていたのかもしれない。僕のもととなったバロールの意識の断片、それを聖杯の力で呼び出して…僕を作り上げた…?》

 

 本人もいまいちピンと来ていないようであったが、ぶつぶつと考えを巡らせてまとめようとしているアザゼルとは違って答えは出ていた。

 

《この状態───少なくとも神器とバロールの融合が生み出したものだ。禁手でもあり、そうでもないとも言える。「禁夜と真闇たりし翳の朔獣(フォービトゥン・インヴェイド・バロール・ザ・ビースト)」とでも名付けておこうか》

(うっとうしいくらい長いな)

(やめろって、ディオーグ)

 

 期待外れのようにつぶやくディオーグに、大一がたしなめる。神器の名前は自分で名付けたり、それに類似した名前が頭に浮かぶと聞いているが、彼もその類だろうかと大一は訝しんだ。

 あまりにも強力な力にアザゼルはもはや14番目の神滅具としても言える立ち位置にあるとすら考えているようであった。これほどの内容に神器であるシャドウが何も言わないのに大一は疑問を感じるが、指摘して文句を引き出すつもりも無かった。

 加えて、徐々に闇が晴れていき、ギャスパーは疲れたように言葉を紡ぐ。

 

《…おっと、もう限界だ。あとは皆に任せて、僕は少し眠らせてもらうよ。オカルト研究部の皆、僕は全てを闇に染め上げる存在だ。けれど、あなたたちには絶対に危害を加えないと約束する。もうひとりの僕を通して、ずっと見ていたからね》

 

 それだけ伝えると、闇が完全に晴れてギャスパーはその場に倒れ込んで気絶した。元の姿に戻った彼をリアスはそっと抱き寄せる。

 

「…わかっているわ。あなたが誰だろうと構わない。あなたは私の眷属だもの。ねぇ、ギャスパー…」

 

 仲間としての結束と、主としての決意を抱くリアスの横で、アザゼルが作業を終えてヴァレリーの体の中に聖杯が戻っていった。

 しかし彼女が目を覚ます雰囲気は皆無であった。

 

「…おかしいな。息はある。意識だけが戻らない…?何がまだ足りないのか?」

「あー、もしかしたら、これも戻さないと一度失われた意識は戻らないのかもねぇ」

「───会いたかったぞ、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーッ!」

 

 ヴァーリの荒々しい声が響く。その視線の先にはリゼヴィムが立っており、傍らには小さな少女のリリスと生気を感じられない鎧武者の無角もいた。そして彼の手にはもうひとつ聖杯を持っている。これだけで意味をすることが何なのかは理解できた。

 

「そう、ヴァレリーちゃんが持つ亜種の聖杯は全部で3個だ。すでにひとつ、俺たちが先に抜き出していてねぇ。マリウスくんは聖杯が複数あることさえ、気づかなかったようだけど。

 じゃあ、ここから愉快なお遊戯タイムになりまーす。良い子の皆はおじさんの話に注目してね☆」

 

 ゲラゲラと笑うリゼヴィムの態度と口調から、これから起こることの恐ろしさを垣間見せていた。

 




ちょこちょこオリ主や彼の中のメンバーの気持ちが…。


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第145話 悪魔の男

ちょいちょいオリ主は仲間達の考えに賛同していない時があります。


「うひゃひゃひゃっ!きゃわいい孫にそんな眼をされちゃうとおじいちゃんうれしくてイッちゃいそうになっちゃうよ!」

 

 この上なく醜悪な笑い声を上げるリゼヴィムに、ヴァ―リは鋭く睨みつける。その眼には純粋な怒りと憎しみが燃えており、身内に向ける感情が根深いものであることが察せられる。

 アザゼルの話では、かつてリゼヴィムが息子…つまりヴァ―リの父親に対して迫害を実質的に命じていた。魔王の血筋で白龍皇という特別な存在がヴァ―リの父親にとっては恐怖の存在でもあったようで、その心の隙に付け込まれた。ヴァ―リは迫害に耐え切れずに家を出て、そこでアザゼルに拾われたのだという。

 

「あの男はどうした?」

「あー、パパのその後が知りたい?俺が殺しちったよ!だって、ビビりなんだもん。見てていらついちゃってさ。あんれー、ショックだった?パパ殺されちゃって怒っちゃったー?」

「別に。俺も消そうとしていただけだからな。ただ、俺は嬉しいよ。貴様を一番に殺したかったからな…ッ!貴様は『明けの明星』と称された魔王ルシファーを名乗っていい存在ではない…ッ!」

 

 昂る怒りに呼応するかのようにヴァ―リの身に着ける鎧の輝きが増していく。もっともリゼヴィムにとっては向けられるギラギラとした敵意はむしろ昂りを増すだけであったが。

 すぐにでも向かっていこうとするヴァ―リであったが、アザゼルがそれを制する。

 

「…リゼヴィム、その聖杯を使って何をするつもりだ?邪龍どもを復活させて何を企んでいる?」

「うひゃひゃひゃっ、聞きたいの?いいよ、特別にお話してあげませう。───いまから数か月前のことだ。とある実例が俺たちの『世界』にもたらされた。───『俺たち』が知らない『異世界』の存在だ。こいつは以前から可能性を議論されていたわけだが、ついにその存在が確認されたわけだねー」

 

 あまりにも奇想天外な発言に、一行は困惑しかなかった。ただ唯一、アザゼルだけは何かを察したようで、一誠にちらりと目を向ける。リゼヴィムはその反応が期待通りのように、言葉を続けた。

 

「そう、悪神ロキが日本に攻め込んだとき、その可能性は現実味を帯びた。おまえさんがそれをやっちまったのさ、おっぱいドラゴンくん♪おまえは、異世界の神である『乳神』とかいうのに接触した」

 

 乳神…一誠が乳語翻訳を使用した際に現れた謎の神である。どの神話体系にも属さず、未知の神の存在は、まだ明かされていない別の世界があることの証明であった。世界が大きくひっくり返るような可能性に、リゼヴィムが考えた答えは…。

 

「でな、俺は思ったわけよ。───なら、攻め込んでみようぜ?ってな!」

 

 まるで子どもが夢見るような表情で、嬉しそうに話す。その目的に大一達は警戒の色を強めるが、この目論見には大きな障害がある。次元の狭間に居座るグレートレッドの存在だ。下手に次元を破って行こうものなら目をつけられることは間違いなく、オーフィスに並ぶ絶大な実力は当然リゼヴィムも理解していた。そもそもオーフィスですら、曹操によって弱体化されているのだから。

 となると、グレートレッドを相手に戦える存在とは…。

 

「黙示録の一節を再現しようぜってことよ」

「…『666(トライヘキサ)』…ッッ」

「正解だ、アザゼルくん。いいねぇ、回答要員って素晴らしいよね。そうだ、黙示録に記された伝説の生物は何も赤龍神帝グレートレッドだけじゃねぇんだよ。『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)』666、聖書の神に存在を示唆されたあの子がいればグレートレッドといい勝負ができそうじゃないかね?」

 

 666の逸話に関しては、大一も聞いたことはある。だがせいぜい伝説レベルのものの上、グレートレッドに並ぶ存在が他にいることには驚きを禁じ得なかった。

 そもそも他の神話体系ですらトライヘキサの存在は可能性程度のものなのだ。しかしリゼヴィムは発見していた。聖杯を使い、世界の果てや理を調べ上げて、トライヘキサが封印されている事実を突き止めたのだ。その封印が亡き「聖書の神」によって施されたものであることまで…。先ほどのマリウスによって使われていた術式もその封印術式を参考にしたもので、現在は聖杯と聖十字架である神滅具を使って封印を解いているのだという。

 

「つーことで俺らは、666くんを復活させて、グレートレッドを撃破、撃滅、撃退させちまったら、復活邪龍くん軍団と666を引き連れて異世界に殴り込みかけんのよ!あっちの世界の神々、魔物、生物どもを一切合切、蹂躙、全滅しまくって俺だけのユートピアを作るっつーわけだッ!うひゃひゃひゃっ!」

 

 その真の目的を語るリゼヴィムは愉悦に塗れた笑いを上げる。ルシファーという特別な血筋ですら軽んじ、別の世界にまでも悪意を打ち付けようとする、その邪悪さは直面して初めて実感するものだと大一は感じた。

 彼が準備を進める中、一誠はリゼヴィムに啖呵を切る。

 

「そんなくだらないことのために俺たちに多大な迷惑をかけるってのかよ!?」

「くだらねぇとか失敬だ。これでも俺にとっちゃようやく生まれた目標なんだわ。悪魔ってのはよ、ながーく生きてもなかなか夢って持てないのよね。この新たな素晴らしい夢が生まれるまで自堕落でどうでもいい生き方をしてたんだぜ?いんや、ありゃ、生きてたとも言えねぇよな。

 そんな俺のところにユーグリッドくんがおもしれぇもんを持ってきたのさ。オーフィスの力と聖杯の情報、異世界の証明、んでもってトドメが666だ。おじさん、年甲斐もなくめっちゃはしゃいじゃってさ。滅んだ邪龍くんたちを復活させて、世界に混沌を与えたあげく、異世界にまで足を運んでチョー暴れてえぇぇぇってね!」

「わけわかんねぇよっ!どうして異世界で暴れなきゃいけねぇんだ!?」

 

 一誠は声を荒げて物申し続ける。どうやってもこの男の身勝手な野望を理解することが出来なかった。

 しかしリゼヴィムはそれ自体が愚問かのように、指を左右に振る。

 

「いいかー、坊主。悪魔ってのは、邪悪で、悪鬼で、畜生で、悪童で、外道で、邪道で、魔道で、鬼畜で、悪辣じゃねーとダメなんだよ。英雄の真似事?ヒーロー?それはよー、『正義』がやることだ。俺らは『悪』で『魔』の存在なんだぜ?じゃあ、やることは決まってんじゃねーの?どこであろうと、気に入らねー奴らを一切合切ぶっ殺しだろうがッ!」

 

 リゼヴィムの純粋かつ邪道な想いに、一誠を筆頭に仲間達が睨みつける。

 

「はっはっはーッ!嫌だねー!何その眼!悪魔の眼じゃねーな。ろくでもねーよ。…そいつは『正義』の眼だ。いいぜ、来いよ、孫のヴァ―リのお友達は大歓迎しなくちゃな」

 

 リゼヴィムは余裕の態度で手招きをして一誠達を煽る。これに対して、いの一番に動いたのは一誠であり、真「女王」状態での特大のドラゴンショットを撃ち込んだ。

 しかし命中した瞬間、その濃い魔力の塊は霧散していった。

 

「───ッ!どういうことだ…?」

 

 あまりにも効果を成さないことに一誠は驚いていたが、それもそのはずであった。リゼヴィムの能力は唯一の異能である「神器無効化」であった。神器の特性や強化などそれに関わった全ての攻撃が彼には通らないのだ。

 追撃するように祐斗が聖魔剣を振るも、こちらもリゼヴィムの身体に触れた瞬間に音も無く消えていった。

 どれだけ二天龍が特別な成長をしていようが、どれだけ歴史上と違った神器の変化を起こしていようが、神器であるという一点によってリゼヴィムはそれを無力化していった。これがサーゼクスの眷属が大一を除いて、全員が神器持ちでない最大の理由でもあった。

 

「じゃあ、聖剣ならばいけるのだろう!」

 

 ゼノヴィアがエクス・デュランダルを振り下ろすと絶大な聖なる力の斬撃が、リゼヴィムへと向かっていく。その威力は確かなものであったが、これをリリスが手を横に振って払いのけた。オーフィスの分身体というだけあり、生半可な攻撃はまるで意に介していない。

 そしてリリスが攻撃を防いだタイミングとほぼ同時に大一も動きだす。魔力を脚部に集中させて素早さを高めると、横からリゼヴィムの首を狙う。この不意打ちで少しでも手傷を負わせる。

 リリスはゼノヴィアの攻撃に気を取られており、さらに地下の暗さを利用して前もって移動させていたシャドウが床から飛び出てリリスと無角の身体に触手のように巻き付こうとした。しかし…

 

「いい動き方だが、見通しが甘かったな」

 

 飛び出てきた影をひらりとかわした無角が身の丈を超える大きな刀を鞘に収まった状態で構えて、大一の錨を防ぐ。

 

「バレてたか…!」

「リリス!」

 

 無角の言葉にリリスは頷くと巻き付いた影を引きちぎり、ふわりと飛び上がって魔力の塊をぶつけて大一を吹き飛ばした。床に叩きつけられた大一は、朱乃の手を借りてもがくように起き上がる。その時、大一の眼がリゼヴィムの眼と空中でほんの一瞬だけ合った。そして敵は愉快そうに笑うと、うんうんと首を縦に振る。

 

「ま、そういうのもこれぐらいにして、見せたいものがあるのよ。あれがどこだかわかりますかねぇ?」

 

 リゼヴィムが指を鳴らすと祭儀場に立体映像が映し出される。そこは深々と降る雪が印象的な吸血鬼の町であったが、カーミラ側のものであった。

 

「さーて、これから起こるのは楽しい楽しいライブですぞ~。俺が今から指を鳴らすと───大変なことが起こります。予想できます?破壊?うーん、限りなく正解だけど、ちょっと違う!」

 

 再びリゼヴィムが指を鳴らすも、目立った変化はすぐに起こらなかった。しばしの沈黙の後、ひとつまたひとつと巨大な黒いなにかが現れた。その存在は何度か大一も見たことがある。つい先ほどもそれと相対した。特徴の違いはあるが、それはドラゴンであった。しかも1匹、2匹ではない。

 この邪龍の数々がこれから暴れだすのだという。なんでもカーミラ側にも弱点を消すことを求めて強化された吸血鬼がいたのだが、体を改造された際にリゼヴィムの合図ひとつでその姿を邪龍に変えることが仕組まれていた。もちろんそれはツェペシュ側も同様であり、城が大きく揺れ始めた。

 映像でも両陣営の町が火の海と化しており、凄まじい惨状が目に映った。

 

「じゃあ、気になるようだし、見に行こっか」

 

 リゼヴィムが軽い言い方をすると、床に巨大な転移魔法陣が現れてその場にいる全員が姿を消した。

 

────────────────────────────────────────────

 

 彼らが転移させられた場所は城にある塔のひとつで、城下町が一望できる場所であった。そのため、吸血鬼から変化した邪龍によって火の海と化した惨状がよく見える。そこには何も知らない吸血鬼が住んでいる。一誠達は少し前まであの地を歩き、空気を感じ、食事までしていたのだ。それが今は火と暴力に支配される地獄絵図が広がっていた。

 

「リゼヴィムッ!」

「やっほー、ヴァ―リきゅん♪お祖父ちゃんが遊んであげるぞい☆肩たたきしてくれるとうれしいな!」

 

 リリスを抱えながら、誘うようにリゼヴィムは空中で手を振る。その様子に怒り心頭のヴァ―リは白く輝く翼を広げて飛び出していった。

 

「おい、ヴァ―リッ!」

 

 アザゼルが引き留めようとするが、今のヴァ―リには制止の声はまるで届いていない。2人して空中で戦い始めるのであった。

 

「クソッ!どうしようもねぇな、この状況じゃ!おい、リアス!手分けして量産型とかいう邪龍どもの殲滅と住民の避難をさせるぞ!上の連中がどうであれ、ここに住む者達に非は───」

 

 指示の途中でアザゼルは言葉を切る。ほぼ同時に彼に向かって無角がその巨大な刀で突進してきたのを、彼は光の剣で防ぐ。

 

「こ、こいつ…!!」

「もっとも厄介な司令塔は早めに潰すに限る」

 

 アザゼルが苦慮している様子に反して、無角はあまりにも淡々とした様子であった。互いの得物がぶつかり合うが、不意打ちを決めた無角の方が僅かに押している印象があった。すぐに一誠達が加勢しようとするが、アザゼルは短く言い放つ。

 

「お前らは吸血鬼たちの救助だ!こいつは俺が引き受ける!それとヴァ―リも…!

 

 これだけ言い残すと、アザゼルは堕天使の翼を広げて後ろに飛び、敵の攻撃の勢いを逃しながらその場から離脱していった。

 リアスがグッと歯を食いしばるが、手早く仲間達に指示を飛ばした。

 

「皆、できるだけツーマンセルでお願い!私と朱乃、祐斗とロスヴァイセ、ゼノヴィアとイリナさん、イッセーと大一…」

 

 リアスがきびきびと指示していくのに対して、大一は首を横に振る。

 

「いや、俺はヴァ―リの方の援護に行きます。一誠なら一人でも大丈夫でしょうし、あいつの情報や性格を少しでも知っている俺が行くのが確実でしょう」

「…わかったわ。ゼノヴィアとイリナさんはアーシアと気絶している小猫とギャスパーを外へ退避させるのもお願いね。たしか東門の先に地下シェルターがあるから、そこに住民を各自誘導すること。アーシアはケガをした住民の回復をお願いするわ」

 

 全員が指示に対して頷くと、一斉に散開していった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大きく飛び上がった大一は数十メートル先で戦っているヴァ―リへと目を凝らす。先ほどから魔力の塊を撃ち出しているが、余裕たっぷりなリゼヴィムはバカにするようにジグザグに飛び回ってそれを回避していた。

 大一は龍人状態へと変化すると、ヴァ―リの横について引き留めるように肩に手を置く。

 

『落ち着け、ヴァ―リ!相手の特性上、神器では勝てないことは分かっているだろう!』

「邪魔をするな、兵藤大一!俺がここで決着をつけなければ…!」

「うひゃひゃひゃっ!こいつは面白い援軍が来たなッ!いいぜ、2人がかりで来てみな」

「お前だけは…俺が倒す!」

 

 ヴァ―リは大一の腕を振り払うと、魔法陣を展開させる。かつてロキと戦う為に学んだ北欧の攻撃術式であった。そこから撃ち出された波動は、純粋に攻撃力に特化しており、大規模なビームのようであった。

 

「いやいや、しばらく見ないうちにこんな攻撃まで出来るようになったなんて…クスン、お祖父ちゃんは感動して涙がちょちょ切れちゃう!でもよぉ…」

 

 軽く上唇を舐めるリゼヴィムは、リリスを抱えていない方の腕に強力な魔力を纏わせると、大きく縦に振り下ろす。するとパックリと撃ち出された波動が左右に割れていった。

 

「ヴァ―リきゅん、甘すぎるぜ?これくらいなら、リリスちゃんいなくてもやれちゃうわけよ?俺様、仮にも魔王の息子だもん♪」

 

 追撃するように魔力の塊が飛んでくる。大一は素早くヴァ―リの前に行くと、魔法陣を展開して向かってくる攻撃を防いでいく。硬度はしっかり上げているが、魔力が当たるたびにその衝撃がビリビリと腕に伝わってくる。

 

『この空中じゃ重くしてもあまり意味が無いか…!』

『だったら、さっさとあいつに接近して全力の重さで叩くしかねえだろ』

 

 口から出てくるディオーグの言葉が正しいのも大一にはわかっていた。しかしそれが簡単に叶わないのだから厄介なのだ。リゼヴィムの実力はサーゼクスやアジュカに並ぶレベルの「超越者」の領域なのだ。悲しいが、彼と戦うよりも今はヴァ―リを抑えて戦いを避けることの方を優先させるべきであった。もっともヴァ―リの方も頭に血が上っているようで、彼を止めるのも一苦労であったのだが。

 

「邪魔をするなと言ったはずだぞ!」

『とにかく落ち着け。お前だって消耗しているんだろう。もっと勝てる算段を整えてからでもいいはずだ』

『そうだそうだ。まったく暴走列車のごとく、やってもプラスにならねえんだよ。これだから神滅具持ちは…』

『シャドウ、煽るな!…マズいッ!ヴァ―リ、離れろ!』

 

 感知した時には遅かった。リゼヴィムの撃ちだした魔力は軌道を変えて、展開されている魔法陣を避けていき、大一とヴァ―リに何発も命中していった。ユーグリットやクロウ・クルワッハとも戦ったヴァ―リの方がダメージの蓄積は酷かったようで、白い鎧に包まれる体はふらりとよろけると真っ逆さまに落ちていった。

 

『シャドウ、網だ!』

『気が乗らないけどやるよ』

 

 大一の変化していない義手から、黒い影が触手のように伸びていく。近づいていくと網のように広がっていき、落ちていくヴァ―リを捕えて落下を阻止することに成功した。

 安堵するように大一は息を吐くが、それも長く続かなかった。リゼヴィムが猛スピードで伸ばした黒影のちょうど半分辺りを面白そうに軽くはらったのだ。シャドウも神器であるため、触れられた部分はあっという間に消え去り、ヴァ―リはそのまま城の屋根に落下していった。幸い、残った黒影がクッションになっていたため、そこまでの衝撃は無いように思えたが、この状況でリゼヴィムと一騎打ちという最悪の状況が完成していた。

 大一は静かに唾を飲み込む。相手はおふざけ半分の飄々とした態度のはずなのに、感じるプレッシャーは凄まじいものであった。黒い陽炎のような不気味さ、裏を返せばそれがカリスマ性にも繋がるのだろうか。

 緊張した面持ちの大一を、リゼヴィムは値踏みするように視線を送る。

 

「兵藤大一…赤龍帝のお兄ちゃんねえ…どうだ、ウチ来ない?」

「一誠に断られたからって今度は俺か?ふざけているな」

「うひゃひゃひゃっ!言ってくれるねえ!でも正直なところ、赤龍帝より本気だぜ?」

 

 大一は眉をピクリと動かす一方で、リゼヴィムは蛇のようにしつこく鋭い目つきを向けて話し続ける。

 

「お前の弟くん含めて、まさに『正義』って感じだろ?あの率直さは、もう俺の肌に合わないのよ。キラキラのピカピカに平和への信念、あれは参ったわー!だからマリウスくんにもあんな啖呵を切れるわけだ。

 しかしお前さんは違うね。信念がブレブレだ。考え方に自信が無いのが見え見えってやつ?その割には悪魔としての責務なのか、俺を倒すためにすぐに準備を始めた。感情を殺して動けるのは優秀だよね~!おじさん、憧れちゃう!我慢もすごいだろうしね!」

 

 いまいちリゼヴィムの言うことを大一は呑み込めなかった。一誠やリアスと違うのは理解しているが、立場を大きく変えるような意識や行動などしたつもりは無い。そのはずなのにリゼヴィムの言葉は、大一の心の肌をチクチクと針でついてくるのだ。別の種族の価値観、たまに感じられる仲間との考えのズレ…そういったものが頭に思い浮かぶ。

 

「そもそもな、無名でもオーフィスやグレートレッドに生身で喧嘩を売って食い下がるような化け物龍に、持っているだけで廃人まっしぐらの真っ黒神器、このふたつをその身に宿しているような奴が『悪魔』じゃないと言えるわけねえだろ!こっちは楽しいぜ!赤龍帝のお兄ちゃんよ!我慢も責任も無く思うがままに動けるってのは!うひゃひゃひゃっ!」

 

 リゼヴィムの不快さしか無いはずの笑い声が彼の耳に反響していた。

 




真面目な人ほど…とかはよく言われますよね。
しかしこれまた感想で指摘された予想でしたね…。


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第146話 悪魔でいられる理由

かなり面倒な雰囲気になってしまいました…。


 邪龍の業火が広がる吸血鬼の城下町から少し離れた場所、肌に刺すような風が吹く中でアザゼルはそれ以上に強烈な攻撃をいなしていた。

 

「さすがは伝説の人物。簡単に崩せないな」

「そもそも負ける気なんてまったくねえよ」

 

 アザゼルは光の槍で向かってくる刀をいなしながら舌打ちをする。無角が振る鞘に収まった刀は、身長160センチ前後の持ち主よりも長く、さらに鞘ごと伸びてまるで鞭のように縦横無尽に動き回る。しかも鞘に収まっているはずなのに、その攻撃は斬撃として辺りの地面や彼の光の槍に斬り跡を残していった。

 多頭の怪物のようにあらゆる方向から絶え間なく襲ってくる太刀筋にアザゼルは防戦を強いられたが、これで降参するつもりも微塵も無かった。小さく息を吐くと、翼を展開して素早く後ろに下がりそのまま空へと上がる。そして自分の両側に巨大な光の塊を作り出した。

 

「これでどうだッ!」

 

 塊から光の矢を連射し始める。攻撃の軌道、速度共に様々で特に手数の多さはずば抜けている。いくら相手の刀が変幻自在とはいえ、刀一本で防ぎきるには至難の業であった。

 しかし無角は特別驚いた様子も無く、刀を伸ばし自身を囲むドームのような形へと形成していく。向かっていく光の矢はこの刀のドームにぶつかり、ことごとく防がれていった。

 アザゼルは息を整えながら、下へと降りていく。なんとも不気味な感覚が肌に伝わった。リリスと共にリゼヴィムの護衛をしているだけはあるその実力は、この短時間でも十二分に理解できた。

 

(だが…何者だ?)

 

 アザゼルの違和感は無角の実力というよりも、その存在の不透明さであった。全身に包む鎧から魔力こそ感じられるが、あまりにも普遍的であり種族の特定には至らない。持っている刀にしろ、アザゼルの攻撃を防ぐ辺り並みの刀剣類ではない。しかし神器の類ではないのは、研究者である彼がよく理解していた。大一や小猫のような感知を得意とするタイプであれば、正体を掴めたのだろうか。せめて種族だけでも分かれば、敵に協力している可能性のある勢力の特定にも繋がるが…。

 アザゼルは小さく嘆息する。一誠が発動させた新たな力、大一の身体に巣食う謎のドラゴン、リゼヴィムの話した異世界の存在…今の時代だけでも未知の存在が数多く確認されるのに、まだ現れるのかと感心すら覚えた。

 疑問が渦巻く中、無角は刀のドームを解除する。鎧で包まれた顔はアザゼルへと向いていた。

 

「堕天使の元総督、その実力は確かなものだ。それ故に、貴殿があんなガキどもに肩入れをするのが不快だ」

「テロリスト相手に協力するよりマシだろうよ」

「我々が世界を混乱に招いているのは否定しない。しかし原因の一端は貴殿らにもあるのだよ」

 

 無角の言葉に、アザゼルは小さく頷く。いくらでも聞いてきた言葉であった。3大勢力の同盟が決められてから、この類の言葉はいくらでも聞いてきた。もちろん難癖のようなものもあれば、ぐうの音も出ないほどの怨恨が込められている場合もある。

 しかしその主張がどうであれ、ここで止まるわけには行かないのもアザゼルは承知していた。

 

「文句はいくらでも受け付ける。3大勢力の同盟で起こった弊害も知っているからな。しかし良い方向に向かっていることも確かにあるさ」

「我が気に食わないのは…なぜ貴様らが正しい存在のようにいられるのかということだけだ」

「各地で暴虐の限りを起こしているお前らよりは、よっぽど信頼を勝ち取っている」

「過去の戦争含めて相応のことはしているだろう?」

 

 その言葉を手掛かりにアザゼルは敵の正体を予測し始めるが、間もなく刀を振りかぶった無角を見て、この思案は中断させられるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リゼヴィムとしては大一の勧誘がどこまで本気であったかと思うと悩むところではあった。戦力としては弱くないが目をかけるほどではなく、性格的にも馬が合うようには思えない。

 しかしオーフィスやグレートレッドに迫るほどの龍の存在はトライヘキサに並ぶほどの興味を駆り立てられたし、犠牲の黒影のネガティブな噂は彼の悪魔的価値観の心を躍らせる。加えて、自分に狙いをつけた瞬間の大一の視線は間違いなく「正義」とは違う愚直な黒い想いを感じられた。そもそも初めて会った時に、アザゼル以外に警戒した様子を見せた大一はどうも他のメンバーとは立ち位置が違う印象を受けていた。

 そしてなによりも仲間が裏切った事実に一誠達がどういった絶望を抱くのか、その光景は垂涎の的になりえると思うと、リゼヴィムとしてはひとつのお楽しみとして勧誘を行う理由になりえたのだ。

 油断なく、しかし動揺が見て取れる大一にリゼヴィムは言葉を続ける。

 

「迷っているなあ!いいねえ!やっぱり俺の見込み通りだ!お前さんは、『悪魔』としてやっていける性質があると思うぜ?それは化け物龍と合体しているから?それとも真っ黒い感情に呑まれる神器を扱えるから?それともその経験の両方か?あるいはお前さんの生まれながらの気質か?いっぱい選択肢があると迷っちゃうね☆」

『…俺は…友達の顔に…武器を振り下ろしたことがある…』

 

 黙り込んだままかと思ったら、大一は出し抜けに呟く。その内容がリゼヴィムの悪辣な感情を大きく昂らせた。

 

「へえ…他には?」

『…悪魔になってからもはぐれ悪魔や敵対した堕天使を殺した…。向かってきた魔物だって倒した…』

 

 ぞわぞわと体の産毛が逆立つ気分になる。大一の口から洩れ出る言葉は後悔に塗れていた。これほど真面目な男が堕ちていく可能性があると思うと、更なる興味を抱かせる。こうなれば次は矛盾したところを突いていきたい。

 

「殺しは慣れているってことだな。どうだい?そんな感じだと反りが合わない時もあるんじゃない?」

『…一誠達は強いし、信念もある。でも俺は…わからなくなる。妖怪たちや吸血鬼たちの価値観を目の当たりにして、まるで生き方の違う龍の過去を知って、神器のおかげで自分の黒い感情にも向き直った。降りかかる火の粉を払っても…それで…自分が正しいと思えない』

 

 大一の迷いが手に取るように感じられる。大切な仲間に同調はしても、本心から共に歩んでいけない、そんな彼の矛盾的な気持ちが可視化されているようであった。この男が責任を投げ出して、好き勝手にやる姿を見たいとリゼヴィムはハッキリ思った。そして高鳴る想いを口にする。

 

「うひゃひゃひゃっ!そんな小難しい中でよくやれるもんだ!それだったら、こっちに来てみねえか?重いものを下ろした瞬間、世界が変わるぜ?」

『…変われるのか。あんたについていけば』

「任せておけって!悪魔として、最高の生き方を教えてやるよ!」

 

 ニヤリと誘うような笑みをリゼヴィムは口元に浮かべる。これに対して大一はゆっくりと近づいていき、そして…

 

「はあ~、つまんね。お前も結局、そっち側。『正義』ってやつか」

 

 昂った熱が一気に冷めていくのをリゼヴィムは感じる。万にひとつでも面白い光景が見られると思った彼の視線の先では、片手に抱えるリリスが展開した防御魔法陣が、大一の振る錨を完全に防いでいたところであった。

 

『本気で勧誘できると思っていたのかよ…!』

「そういうお前さんだって、わざとらしい下手くそな演技をしていたじゃねえの?」

 

 リゼヴィムの言葉を大一は否定しなかった。少しでも彼を倒すための算段を考えていたが、相手の油断を誘って一撃を与えようとしたのは事実だからだ。もっとも彼の一撃はリリスに防がれた上に、リゼヴィムにもあっさり感づかれたようだが。

 

『俺がやれることをしただけだ』

「よく言うわ~。化け物が英雄の真似事なんて出来るわけねえだろに?俺の言う通り、もろもろ投げ出して好きなように生きた方が楽だぜ?」

 

 リゼヴィムの言葉に特別反応はしない大一の腹部から黒影の腕が伸びる。リリスの顔面目掛けて向かっていくが、リゼヴィムがそれを防ぐと、今度はリリスが魔力の塊を撃ち出して吹き飛ばした。

 空中で体勢を立て直した彼は考えをスッキリさせるように頭を大きく振ると、リゼヴィムに鋭い視線をぶつける。

 

『化け物なのは百も承知。英雄になろうとも思わない。そもそも俺は投げ出しても、また別のものを背負うような面倒くさい性格なんでな。あんたと一緒に行ったところで、悩むのは変われねえよ。それに…簡単に下ろせるほど軽くないんだよ』

 

 口から血反吐をペッと吐き捨てながら、大一は答える。責任ある立場、自分と共に生きる存在、信頼する仲間と愛する人たち…苦しみや後悔以上に大切なものを抱えているのだから、リゼヴィムの甘言など元より聞き入れるつもりは無かった。それに何よりもこの悩み続ける状態こそ、大一という人物を形作っているのだ。

 

『俺が何者かは俺が決める』

「化け物になって全てを失ってもか?」

『その時はその時だ』

「いつか後悔するぜ、小僧」

 

 一瞬だけ垣間見える背筋が凍り付きそうな声色に、大一は意図せずに身体が震えるのを感じる。もっともリゼヴィムも自分のキャラじゃないと思ったのか、すぐにゲラゲラと笑ってふざけた調子を見せた。

 

「いや~、それにしても惜しいわ!いい感じの逸材を見つけたと思ったんだけどなぁ!ちなみに一緒にいるドラゴンくんや神器の方はどうよ?俺と一緒に悪辣の限り暴れて見ねえか?優遇するぜ」

『面白い誘いだが、残念ながら俺の身体は小僧から離れられねえんだ。無理な話だな』

『僕は元より大一と生きていくつもりだ。お前の誘いなんてお断りだね!』

「うっわ、連続で振られておじさんショックだわー!もう悲しすぎて、心折れちゃう!」

「だったら、ついでに身体も吹っ飛べ!」

 

 復帰したヴァ―リが弾丸のように突っ込んでいく。リゼヴィムはそれをひらりと避けると向けられた敵意に対して嬉しそうに笑った。大一に抱いた感情の昂りが再発したような印象であった。

 

「うひゃひゃひゃっ!ヴァ―リきゅん、やっとお目覚め♪その強い思い!やっぱりお前さんも同じだぜ!俺と同じで戦いを求めるもの!こんなに俺様の考えについて素質のある子達は向かってくるなんて、おじさんとしては複雑だわな!」

 

 リゼヴィムさらりと言い放った発言に、ヴァ―リの動きは一瞬止まる。その言葉が意味することに、彼との血縁故かそれ以上の衝撃を受けたようであった。

 

「せっかくだからもうちょっと相手してあげたいが、やりたいことをやるには引き際も肝心!ということ、さいなら~♪」

「クソっ…!待て、リゼヴィム!」

『だから落ち着けって、ヴァ―リ!』

 

 この場から離脱していくリゼヴィムを、ヴァ―リと大一はそのまま追い続けるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リゼヴィムを追っていた城下町の先にいたのは、一誠とアザゼル、そして再び黒い怪物となっていたギャスパーであった。リゼヴィムの横には鎧武者の無角と、なぜか見知った一誠の禁手と同じ鎧が立っていた。その姿を確認したシャドウが率直に疑問を口にする。

 

『なんだ、あれは!?赤龍帝のガキの鎧とまるで同じじゃないか!』

『感覚はエロガキの鎧と同じだが、中の奴はあの銀髪メイドとほとんど同じだな。何者だ?』

『…そうか、あいつがユーグリットか!』

 

 ディオーグの感知によって、その正体を理解した大一は錨に魔力を溜める。視線の先にルシファー眷属として目的の相手がいるのだから、自然と気持ちも焦燥感に駆られた。

 そんな中、ユーグリットが素早く転移型の魔法陣を展開させる。この場から離脱しようとするのは明らかであった。その様子に、一誠とヴァ―リ、ギャスパーが詰め寄っていく。

 

「待て、リゼヴィムッ!」

「てめえも待て、ユーグリッドォッ!」

《ヴァレリーの聖杯を返せッ!》

 

 ヴァ―リと一誠の撃ちだす魔力の塊、ギャスパーが向かわせる黒い獣たち、これらはリゼヴィムに直撃しても何事も無かったように霧散していった。

 

「残念♪その力が神器に関わっている以上、俺には効かないぜ?」

「それ以外で攻めればいいだけだ!大一、やるぞ!」

『了解!』

 

 アザゼルの言葉と共に大一はシャドウで作り出した腕をロープのように回転させると、その勢いで魔力を込めた錨を投げつける。ほぼ同時にアザゼルも光の槍を数本投げつけるが、それらは無角が伸ばした刀によって弾き飛ばされた。

 

「いやはや、甘いっつーの!んじゃね♪また盛大にテロすっから応援してくださーい!今度も伝説の邪龍くんを連れてくるよ!

 あ、そうだ。俺たちの名だ。『クリフォト』、いい名だろう?『生命の樹セフィロト』の逆位置を示すものだ。セフィロトの名を冠する聖杯を悪用するってことで名付けてみた。悪の勢力って意味合いもあるよねん♪ちゃお☆」

 

 最後の最後まで舐めきった態度を取ったまま、リゼヴィム達は転移の光に消えていった。あとに残されたメンバーは息を切らして、彼らが消えた辺りに視線を向けていたが、ヴァ―リは怒りで全身を震わせていた。

 

「…俺の夢はグレートレッドを倒すことだった…。俺の夢は奴と一緒なのか…ッ!違う、俺は…俺は、あいつとは…違うッ!」

 

 憎々し気に胸にたまった感情をヴァ―リは吐き出す。そこに込められた思いを完全に理解できる者は恐らくその場にいなかった。

 とはいえ、彼ほどではないにしろ他のメンバーも間違いなく実感した。リゼヴィムという男の危険性を。




次回あたりで16巻はラストになります。


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第147話 独立のチーム

今回が16巻最後です。
やっと例のチーム結成ですね。


 吸血鬼の事件でもっとも好転したことは、間違いなくギャスパーが一皮むけたことだろう。それは彼自身が目覚めた新たな力ということだけではない。吸血鬼の領地を去る前、彼は父と会ってハッキリと決別の意を示し、さらにヴァレリーを目覚めさせるために決意を示した。元より土壇場での気持ちの強さは発揮していた彼であったが、今回の一件に通してその赤い瞳に強い光が宿っているようであった。彼の決意の引き金になったヴァレリーはグリゴリの研究施設に移されることになった。

 しかしこれは身内ゆえに感じられるものであり、大局的に見れば今回の一件が残したものはマイナス要因でしかなかった。その原因はリゼヴィム率いる新生「禍の団」である「クリフォト」の存在である。

 吸血鬼の領地から戻った数日後の深夜、一行は駒王学園に集まっていた。オカルト研究部や生徒会だけでなく、グリゼルダやデュリオといった天界チーム、刃狗と幾瀬鳶雄、サイラオーグとシークヴァイラの冥界関係者、加えて初代孫悟空とヴァ―リチームもいた。

 これほどの壮絶なメンバーが集まる中、彼らはアザゼルから現状の各勢力の動きについて聞いていた。他勢力にとってもリゼヴィムは無視できる存在ではなく、和平を結んだ勢力同士でクリフォトへの対抗策が協議されている。グレートレッドとトライヘキサがぶつかる余波だけで世界が滅びる可能性もあるため、手段も選ぼうとしない神話体系もあるが、オーディンやゼウス、ミカエルなどが彼らを止めているようだ。これまで非協力的であった勢力ですらも重い腰を上げて動き出す辺り、リゼヴィムの危険性は認知されていた。

 ひとしきり説明を終えたアザゼルが、注目を集めるように人差し指を立てる。

 

「ひとつ、各勢力の首脳から提案がされている。吸血鬼2大派閥の領土がどちらも蹂躙されるなんてことがあったんじゃ、各勢力もこの先不安で仕方ないだろう。どの神話もクソ強い神様のひとりぐらいはいるが、おいそれと自ら赴いてテロリストと戦うのもあらゆる体裁が付きまとってできないときている。そこでリゼヴィムの野郎どもとまともに張り合えて、すぐさま現地に赴ける、突出した実力を有した対テロ組織のチームが必要となった」

 

 キッパリと言い放つアザゼルはこの場に集ったメンバーを見渡す。この時点で彼が言おうとしていることなど、容易に感づけた。

 

「そのチームが各勢力の自由が利いて強い者ほど都合がいい。そう、ここにいるお前たちが対テロリストの混成チームとして挙がっている。悪魔、堕天使、天使、吸血鬼、妖怪、ヴァルキリー、死神、獣人、人間、そしてドラゴン───。混成チームとしちゃ、破格といってもいいだろう。何よりも物凄く動きやすい」

 

 アザゼルの提案に集まったメンバーは次々と賛成の意を表明する。リゼヴィムの危険性は彼らも知るところであったし、この状況で結束しない理由はないだろう。

 ただこの中でデュリオだけが首をひねって腑に落ちない様子を見せていた。アザゼルが少し意外そうに問う。

 

「どうした、何か不満か?」

「名前が必要なんじゃないかなーって思っただけです」

 

 デュリオの提案には少々面食らったが、その内容は的外れでもなかった。テロ対策チーム、直接的すぎて仰々しさが残る名前だ。メンバーも実力者ぞろいでありながら、政界などの公的な立場とは離れている特殊性もあるのだから。

 

「───『D×D』」

 

 ポツリと呟いた小猫に皆の視線が集中する。彼女も本当に思いつきで提示したものであったため、恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。

 

「いえ、異形たちの混成チームなのでなんとなくそう感じてしまって…」

「『D×D』の意味は?グレートレッドみたいにドラゴンの中のドラゴンという意味?」

「いいえ、デビルだったり、ドラゴンだったり、堕天使の堕天───ダウンフォールとか」

 

 リアスの問いに小猫は続ける。この回答にアザゼルはうんうんと言葉を噛み砕くように頷いた。

 

「まあ、Dから始める単語で無理矢理こじつけてもいいんだけどな。名前が必要だってのは確かなことだ。なるほど、『D×D』か…。『D×D』たるグレートレッドを守るという意味でもわかりやすいかもしれん。俺はそれでもいいと思うが、お前達は?」

「変な名前でなければいいんじゃないスかね。無難だと思いますよ」

「儂はどうでもいいさね。まあ、若いもんたちに任せるわい」

 

 提案者のデュリオ、年長者の初代孫悟空が頷く。彼らが納得すれば十分であった。もっとも大一の中ではディオーグがこの空気にそぐわない苛立ちを感じていた。アザゼルの「グレートレッドを守る」という発言が気に食わなかったようだ。頭の中で声を荒げないのはありがたかったが、調子が狂う気持ちもあった。もっとも先日のリゼヴィムの勧誘を受けてから、どこかずれたような感覚が大一の中に内在していたのだが。

 チーム名がまとまったところで、一誠がアザゼルに疑問をぶつける。

 

「…俺たちみたいなチームが動き出して、他の勢力で嫌な顔する者が出るのでは?」

「まあ、それは仕方ないところではある。だが、そうは言ってもお前たち以外に適任の者がいないからな。そうだ、お前に大義名分をやろう」

 

 アザゼルはいやらしい笑みを浮かべながら、一誠の肩に手を置く。いたずらを提案しようとする少年のような雰囲気があった。

 

「───おっぱいは正義だ。お前はおっぱいドラゴンだ。だから正義ってことにしとけ」

「い、いいんですか?そんなので…」

「イッセー、リアスの胸を見ろ?どうだ、正義だと思えてこないか?」

 

 なんと無茶な理論だと大一は思った。同時にアザゼルは間違いなく、弟の扱いというものを理解しているのを実感した。その証拠に彼の表情は見る見るうちに興奮の感情に包まれていった。

 

「は、はい!だいぶ正義に思えてきました!」

「よし!お前は大義名分を得たぞ!お前らもそういうことで納得しておけ!テロ対策チーム『D×D』の大義名分はっ!」

「『おっぱいは正義』ッッ!」

 

 アザゼルに続くように一誠は声を張り上げる。これには部屋にいる者達が呆れたように嘆息をした。シャドウも愚痴を漏らしたくなったのか、大一の肩から少しだけ姿を見せて目を細める。

 

『まったく、こんな奴が希望とは世も末だな…ぬおっ!どうした、大一!?』

「あれがさ…冥界のヒーローというのがさ…俺にはさ…わからなくてさ…」

「気にしなくても大丈夫よ。たまに放心状態になるだけだから」

 

 うなだれたように頭を下げる大一にシャドウは驚くが、隣にいた朱乃が説明する。彼も一誠のスケベさには慣れたつもりであったが、直接的に目の当たりにすると未だに神器の影響とは別ベクトルで感情がマイナスへと傾くのであった。

 そんな彼をスルーして話は進んでいく。アザゼルがデュリオに指を突きつけた。

 

「リーダーは…ジョーカー、お前がやれ」

「いえぇぇぇぇぇえええっ!?じ、じ、自分ですか!?いやいやいや、マジでどうしてなんスか!?」

「悪魔や堕天使がリーダーってのは体裁的にまずい。どう見ても世間的に悪役イメージで固まってる。その点、天使ならいいイメージで満載だ。特に人間から天使になったってのはポイントが高い。人間にもイメージがいいぞ」

「そ、そんなことで…?い、いや、俺、そういうのは…」

 

 明らかに乗り気でなく、断りたい雰囲気を醸し出しているデュリオであったが、その逃げ道を封じるかの如くグリゼルダが強い口調で彼に話す。

 

「デュリオ、これは大変名誉なことです。やっておきなさい。いいえ、やりなさい。『切り札』を体現した役職にいる以上、やるべきです」

「…あー、はい。わかりました。やりますです!えー、そんなわけで俺がリーダーってことでひとつよろしくです」

 

 天界の力関係が垣間見られる中、締まらない形でリーダーが決定し、そのままサブリーダーも初代孫悟空に決定した。ディオーグがアザゼルに、大一が一誠に負の感情を向けている中、今度は神滅具持ちということでシャドウがデュリオに不満を持ったようで、大一の中に引っ込んでくだを巻き始めていた。

 大一の中でネガティブな感情が渦巻く一方で、まったく逆に友好な様子を見せるメンバーもいた。アザゼルがヴァ―リチームをこのチームに参加させて、彼らへの嫌疑を晴らそうということを主張すると、ヴァ―リがアルビオンに問う。

 

「アルビオン、宿敵と組むことに不満はないのか?」

『私は構わん。それよりも赤いの、今度は千年前の戦いについて語ろう』

『うむ、俺も構わん。なあ、白いの。いやー、昔話は楽しいなぁ』

「…随分、仲が良いな」

 

 あまりの雰囲気の違いに、さすがのヴァ―リも戸惑いを隠しきれていない様子であった。そんな宿主を意に介さず、アルビオンは元気に答える。

 

『我らが揃えば乳だの尻だのもう怖くないのだ。なあ、赤いの』

『ああ、おっぱいだろうがヒップだろうがドンとこいというものだ!俺たちはそんなものに屈しない!』

『『ねー』』

 

 長年悩ませていた二天龍の対立は意外な形で決着を迎えた。実際、先日の吸血鬼の領土で一誠がユーグリットと戦った際に、以前取り込んだ白龍皇の力を一部使えるようになっていた。白い龍を出して自身の攻撃を反射させるというもので、先日の戦いではユーグリットを退けさせることに成功したらしい。アザゼルの見解ではドライグ自身の新たな目覚めということらしいが。

 

「あいつのエロさが…こういう結果を招いても…俺は万に一つも納得できなくて…」

『ぬああああ!二天龍ばかりだ!神滅具ばかりだ!どうしてチクショウッ!』

(…いつか食いちぎる)

 

 穏やかな二天龍と、混沌と化した大一達というなんとも奇妙な雰囲気がそこにあった。

 また「禍の団」に加担していたヴァ―リチームの件を少しでも払拭するために、オーディンが全てを承知の上でヴァ―リを養子にするという提案をしていた。アザゼルとしても堕天使という悪印象を与えやすい自分よりも遥かに安心して預けられる相手であった。

 アザゼルがこの話をヴァ―リに振ると、彼は少し考えて答えを出す。

 

「お互いに利益が出そうなときは協力しよう。あとは独自にやらせてもらうさ」

「それは合意と見ていいんだな?」

 

 明言はしないヴァ―リだったが、彼は黒歌とルフェイに視線を送る。

 

「…黒歌とルフェイは基本的にそちらに預ける。こちらでも必要になったら呼ばせてもらうが。黒歌、ルフェイ、ここは任せる」

「任せられたにゃ」

 

 黒歌は敬礼ポーズで了承し、ルフェイはこくりと頷く。これを機にアーサーが一誠に対して、妹のルフェイの契約の話を持ちかけていると、黒歌はまだうなだれている大一にひらりと近づく。

 

「ということで、よろしくにゃん♪」

「正解がわからねえよ…俺が慣れればいいのか…でもそれは違ってくるし…あっ?えっ?ああ、今後も滞在するってことだろ。はいはい…」

「聞いているのか聞いていないのかわからないですわ…」

 

 大一の戻りように朱乃はやれやれといった様子で首を横に振る。

 

「だ、大丈夫だ。聞いていた…と思う」

「ルシファー眷属がそれではダメでしょうに…」

「は、反省します…」

「にゃはは、だったら大一も赤龍帝ちんみたいにおっぱい大好きになればいいのに。私だったら、いつでも大丈夫よん」

「あらあら、聞き捨てならない言葉ですわね」

「姉さま…!」

 

 朱乃と小猫がメラメラと闘気を出すようにプレッシャーを見せるが、黒歌は面白そうに笑うだけでわざとらしく胸の谷間を見せつける。そして大一の方は少し思案したような表情を見せると、上着を彼女の肩にかける。

 

「…そういうのは大事な人のためにするものだ」

「おっと、スマートな対応にゃ。あんたらしくない」

「頼もしい先輩から習っただけだ」

 

 大一の頭の中にはフェニックス家の3男の顔が思い浮かぶが、どこまで学んだことの効果が発揮されるのかは理解していない上に、そもそも彼から教授された女性の扱い方を実践しきれていなかった。それでも黒歌は面白そうにしているが。

 一誠とルフェイの魔法使いの契約も一段落ついたところで、初代孫悟空が一歩前に出る。

 

「さての。若いもんで強くなりたい奴はおるかねぇ。お前さん達はこれより儂が一から鍛えるでな。───全員、最低でも上級悪魔、上級天使クラスに成長してもらわんとこれを結成した意味がないぞぃ。ゆくゆくは最上級クラスになってもらうわけじゃい」

 

 この言葉に全員の士気が大きく上がる。これから相手にするのは、最高峰の悪魔や邪龍達。それを踏まえれば、かの伝説の人物からの指南は非情に頼もしいものであった。初代孫悟空やアザゼルとしてはこのチームにテロリストだけでなく、今後の未曽有の危機にも対抗なりえる切り札と考えているようであった。

 特に二天龍には期待が寄せられているようで、初代孫悟空は一誠とヴァ―リを骨の髄まで鍛えるつもりのようであった。それこそ将来には神クラスとも戦えるほどまで…

 

「ま、今は目先の大悪党───リゼヴィム・リヴァン・ルシファーへの対応じゃろうよぃ。常々、儂はお主らの神滅具を持って生まれたもんは生まれた時から課せられておると思うてるわい」

「…課せられている?」

「神をも滅ぼす具現。儂は神滅具の登場は神器システムのバグなどではなく、世界の必然だと思うておる」

 

────────────────────────────────────────────

 

 同日のほぼ同時刻、特殊な結界を張り巡らせた奇妙な屋敷のとある部屋に出向いた人物はゲラゲラと不快な笑い声を響かせていた。

 

「うひゃひゃひゃっ!愉快だねえ!ついに俺らも表舞台に参上ってやつだな!」

「いきなり来たかと思えば、やかましいな…」

 

 やれやれと呆れた様子で黒髪と白髪が入り混じった青年が疲れたように頭をかく。幾度となく顔を会わせた組織のボスであるリゼヴィムの様子にため息交じりであった。リゼヴィムの横にはユーグリット、リリス、無角が立っている。

 青年は無角を確認すると、労わるように手を上げる。

 

「久しぶりだな、無角。長期間の吸血鬼の領地での護衛、お疲れ様」

「それが我の仕事だったまでよ」

 

 そう言うとリゼヴィムの傍を離れて壁に寄りかかる。それで身体が休まるのかとユーグリットは不思議そうに一瞥したが、特に釘づけにされるような興味も無かったため再び青年へと視線を戻す。

 リゼヴィムはざっと部屋を見渡す。相当な広さを誇っていたが、青年以外にはひとりの中年の紳士がソファから立ち上がって自身に視線を向けているだけであった。

 

「ありゃ、もうちょっといなかったか?えーっと…あいつ以外にもいただろ?」

「他のメンバーはもうすぐ帰ってくるよ。あと彼の名前は『ブルード』だ」

「ああ、そうそう!昔の名前で憶えちゃっているから、すぐ出てこなかったわ!ごめんねー☆」

「気にしないさ」

 

 紳士…ブルードは肩をすくめて答える。名前を忘れられたことよりも、リゼヴィムのおふざけ極まった態度の方を気にしているようであった。

 すると別の扉から3人の人物が入ってくる。岩のような巨漢、帽子を深く被った少年、ド派手な法被を着た女性だ。

 

「おっと、ついに全員集結だな。おひさー、キミたち♪」

「…ああ、ボスですか。どうも」

「うっせえな!こちとら仕事終えて帰ってきたんだから黙ってろ!」

 

 帽子をかぶった少年、モックは小さく頭を下げるだけ、法被姿の女性、バーナは荒々しい口調で反応する。ギガンに関しては無言であった。

 

「なんか、俺ってボスなのに扱い雑じゃね?」

「そりゃ、3人は吸血鬼の領地の動きを感づかれないように騒ぎを起こしていたんだぞ。ようやく収拾がついて戻ってきたからな。もっと言えば、俺とブルードも別のところで引っ掻き回していたんだ」

「おっと、それはおじさん感謝感激♪お礼がてらにハグしてあげたいな♪」

 

 リゼヴィムの態度にいちいち反応するのも面倒になった青年は、手近な椅子にドカリと座るとボスへと視線を向ける。

 

「それでどうしてここに?」

「いやあ、本拠地戻るにあたってここが一番近かったからな。宣戦布告もしたし、いよいよ俺たちも本腰を上げて動きまくるぜ。邪龍復活はすぐすぐとして、お次はトライヘキサだ」

 

 ニヤニヤと笑うリゼヴィムは悪意に満ちていた。悪魔を体現しているような残虐非道な考え方、性格が表情や動作のひとつひとつに込められているように思えてしまった。

 青年が呆れと感心が入り混じった不思議な感情を抱いていると、ユーグリットが一歩前に出る。

 

「それにあたっては私の方で少々考えがあります。次の作戦では私を主導にさせていただきたいのですが」

「おっと、いいね!ユーグリットくん、そういう意欲大事よ~!100点上げちゃいたいね♪」

「お任せください、リゼヴィム様。聖槍を手に入れられなかったハーフの分まで働きはしますよ」

「露骨に喧嘩売ってくれるな、ユーグリット…!」

 

 ユーグリットの発言に青筋を浮かべながら青年は答える。たしかに聖槍を奪うことは英雄派に潜入していたひとつの目的でありそれを達成することは出来なかったが、神器の研究成果や聖杯、聖十字架でトライヘキサの封印を解くことへの貢献、その名も知らぬ封印場所の発見など貢献は十分にしているつもりであった。

 

「なに、ハーフのあなたよりは目的を遂行できると自負しているだけですよ。しかも人間の血の方が濃い」

「そのおかげで英雄派に潜入できていたんだよ!このシスコン悪魔が!」

「身内でドタバタやっているのも時間の無駄だろう。さっさと本拠点で次の作戦をまとめようではないか」

 

 ユーグリットと青年が火花を散らすのに対して、ブルードが間に入って2人を抑える。この光景をリゼヴィムはニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。とはいえ、さすがにずっとここで時間を潰すつもりも無く、軽く手を叩いてこの小競り合いの終焉を伝えた。

 

「まあ、ブルードの言う通りだな。あっちで聖十字架の魔女ちゃんも待っているし、まずは聞かせてもらおうじゃねえの。ユーグリットくんの作戦をさ」

「ええ、ある女性についてなんですが…」

 




併せてオリキャラチームもようやく全員出揃いました。
次回から17巻に入っていきます。


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教員研修のヴァルキリー
第148話 女性の打診


今回から17巻分スタートです。
いつものごとく、基盤作りからスタートです。


 大一のトレーニングウェアは他のメンバーと比べると伸縮性に優れている。最大の理由は彼自身が龍人状態へと変化すると、筋肉が増強されてそれに合わせるためでもあった。今日も彼はその姿で模擬戦に励んでいた。場所はルシファー領地の施設にあるトレーニングフィールドで、炎駒が修行をつけていた。

 炎駒が吐き出す火の球を大一は魔法陣で防いでいく。その隙に義手からシャドウを伸ばして、横から掴もうとするがそれに気づいた炎駒は飛び上がって咆哮を上げる。

 

「お次はこれです!」

 

 雲が生み出されて雷が雨のように降り注ぐ。規模は小さいものの、その数は相当のものであった。

 これに対して魔法陣で防ごうと初めは思ったが、そのまま集中した攻撃で足止めされるのを危惧すると、感知をしながら強化した肉体で隙間を縫うように回避し始めた。

 

『さすがに多い…だが動きも止まっているなら!』

 

 上空に飛ぶ炎駒を狙って、大一は口から魔力を撃ち出す。さすがにこの方法にも慣れてきたため、威力、速度共にだいぶ上昇していた。炎駒はするりと避けるも気を取られたためわずかに雷の攻撃が収まる。そこを狙って大一は弾丸のように突進していった。炎駒もそれを正面から魔力の纏った頭突きで受け止める。互いに傷がつくことは無く、そのまま降り立った。

 大一が今度はシャドウを纏った義手に錨を持ち換えて回し始めるが、炎駒は力を抜くように小さく息を吐いた。

 

「この辺りにしておきましょう」

『まだまだ動けますよ』

「少し気になることがありましてな」

 

 師の言葉に、大一は龍人状態を解除する。まだまだ余力は残っていたため不完全燃焼な気持ちはあったが、さすがに無理を言うつもりもなかった。現状のルシファー眷属の立場の難しさも知っているのだから尚のことであった。もっとも炎駒やベオウルフ、セカンド辺りは下手に動きを制限されて時間があり余ることもあったようだが。

 炎駒はその長い頭を軽く振ると弟子に話す。

 

「さて、大一殿。今の模擬戦の動き、かなり良かったです。的確に受ける攻撃と避ける攻撃を見極めて、次の動きに繋げていく。苦手であった魔力の攻撃もなかなかの威力でした」

「俺はまだまだですよ」

 

 左手を見ながら大一は答える。『D×D』が結成されてから、仲間達の実力がめきめきと上がっていくのを目の当たりにした。特に一誠に関してはヴァ―リと共に初代孫悟空から指南を受けて、新たな力の使い方にも慣れ始めている。またデュリオや幾瀬といった神滅具持ちと模擬戦をしたが、その能力に歯が立たなかったのだ。それを思えば、強さへの貪欲さは当然であると彼は考えていた。

 そんな大一の様子に、炎駒は小さく首を振る。

 

「大一殿、急ぐ気持ちはわかります。しかし無理は禁物ですぞ」

「そうはいきません。無理しなければ、俺はあいつらに追いつけないのですから」

「…しかし言わせてもらえば、大一殿は自身を過小評価していると言わざるをありませんな」

「お世辞でも嬉しいですよ」

「いえ、大真面目です」

 

 きっぱりと言い放つ炎駒は、面食らっている大一を見ながらそのまま続ける。

 

「いいですか、大一殿。たしかに特殊能力という面において貴殿は他の仲間達よりも劣っているかもしれません。特別な神滅具、伝説の剣、特異な出自ゆえの能力…それらはありませんし、硬度を上げた防御や体重を上げた攻撃はそれを超える者達はいますし、シャドウの力も完全に発揮できていない」

「容赦ないですね」

 

 肩をすくめる大一であったが、この指摘は全て彼自身が思っていたことであった。むしろ炎駒の言い方ですら、優しく感じるほどの気持ちであった。

 

「しかしその経験から来る動きや立ち回りは間違いない。基礎的な部分ではすでに他の悪魔と一線を画すものにまで成長しています。目に見える能力ではないから実感し辛いのはわかりますが、私が保証します」

 

 その言葉に大一は困ったように頭をかく。炎駒の指摘は決して間違いでなかった。ルシファー眷属になってから、圧倒的にレベルが上の彼らと修行や模擬戦をする機会が多い大一は、その中で確実にレベルアップしていた。特別な能力というものは無かったが、体力やスタミナはもちろんのこと、戦いの中での動き方、魔力のコントロール、スタミナや余計な力を削ぎ落した戦法など上級悪魔に匹敵するほどであった。苦手とする魔力の放出ですら龍人状態でなくとも中級悪魔クラスはある。それほどの経験値もあるからこそ、ギガンやリゼヴィム相手にも生き残れていたのだが、これを大一は実感することが出来なかった。

 

「貴殿は十分に強い。自分を認めること、いかにそれが大切かは知っているものだと思っていましたが?」

「…そうですね。でもやっぱり強くなっている実感が湧かないんです」

「ふうむ、あくまで私の見解ですが、その原因のひとつとして思い当たるものがあります。その神器の扱いについてです」

『なんだと、妖獣!僕が神器として未熟だと言うのか!』

 

 炎駒の発言にシャドウが怒りながら、大一の肩から飛び出す。血走った眼が向けられるが、炎駒はまるで気にした様子はなくシャドウに対して淡々と答えた。

 

「神器云々というよりも大一殿との連携が上手くいっていないように思う。元々の戦闘スタイルが防御を活かした肉弾戦を武器にしているのに対して、貴様のはかく乱と手数に特化している。しかも義手の方を中心に動かしているのだから、彼は半身でいつものスタイル、半身で貴様の影を操っている。それ故に動きのぎこちなさや思考の遅さに繋がっているはずだ」

 

 炎駒の指摘は、シャドウも気づいていたのか反論できなかった。大一がシャドウを完全に扱えていないと感じるのは、この一体感を抱けない戦闘スタイルが起因していたのだが、彼自身はそこまで考えが及んでいなかった。

 

「むしろ大一殿は貴様に錨を持たせて、その伸縮性を利用しているあたりよくやっていると思うが」

『ぐっ…僕が禁手化すれば少しは…!いや、赤龍帝のように奇跡みたいな力があれば…!』

「あのな、シャドウ。奇跡なんていうのはまず起こらないんだ。俺みたいな奴には特にな」

「大一殿の場合は、積み上げてきたものが実を結ぶというところでしょうな。しかし下地はあるのです。ほんの小さなきっかけで、貴殿は劇的に強くなれるでしょう」

 

 炎駒は柔らかく微笑んで弟子を激励する。想いの強さをリアス以上に目の当たりにしてきた自負のある彼にとって、大一の不安は少しでも軽減させたかった。それこそ『D×D』として、より壮絶な経験をするのだろうから…。

 

「さて、お開きにしましょう。帰ったらしっかり休むのですよ。トレーニングばかりでは無くて、息抜きも大切ですからな」

「母親みたいなこと言いますね…。でも今日は帰る前にヴェネラナ様のところ寄らなければならないので」

 

 大一は義手の調整をしながら答える。炎駒とのトレーニングへ行く前に、リアスの母親であるヴェネラナから呼び出しを喰らっていた。帰りに寄る程度で良いとのことだったので、深刻な話にはならないと思われるが。

 むしろグレモリー城に軟禁状態であるグレイフィアの方が気がかりであった。未だにユーグリットの件で嫌疑が晴れていない彼女はあらゆる制約がつきまとい、公務やグレモリー家のメイドとしての仕事も禁じられている。当然、主で夫であるサーゼクスとの交流などもってのほかであった。会いに行くことも考えたが、行ったところで自分ができることなど何もない。唯一、フットワークの軽さもあるルシファー眷属なのに、力になれないのは歯がゆさを感じた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 約30分後、スーツへと着替えた大一はヴェネラナの前に立っていた。場所はグレモリー城にある彼女の書斎で壁には多くの本が敷き詰められていた。見目麗しい彼女にしては質素であったが、同時にグレモリー家当主の妻としての教養の深さが部屋だけでも窺える。

 

「いつもならお茶でも淹れてあげたいのですが、時間も遅いですしなるべく早く帰りたいでしょう。用件はさっさと済ませます」

「お心遣いありがとうございます」

 

 きびきびと話すヴェネラナに、大一は軽く頭を下げる。冥界のため時間がわかりづらいが、時刻はすでに夜遅い。学園での生活も考えれば、彼女の言葉は助かった。

 

「さて間もなく12月ですが、その頭にアガレス領土で魔法使いの集会が行われます」

 

 大一は眉がピクリと動く。高名な魔法使いがここ最近、行方不明になる事件が多発していたのを、大一はマグレガーから聞いていた。クリフォトが裏で手引きしている可能性は高く、それを踏まえて情報交換も兼ねての集会なのだという。

 

「その集会に参加する女性の送り迎えをお願いしたいのですよ」

「それは構いませんが、護衛でなくていいのですか?」

「正式な護衛はあちらでつけていますし、テロ対策チーム『D×D』のあなたを縛り付けるわけにもいかないでしょう。そもそもグレモリー家が主催ということでもありませんし、あくまでグレモリー家としての誠意を見せるものですから」

 

 ヴェネラナが渡してきた1枚の紙を受け取りながら、大一は頭の中で考えを巡らせていた。ルシファー眷属であることを隠すために彼女の名前を借りているため大いに協力するつもりではあったが、グレモリー家と関係のない集会でそこまで力を入れる理由がわからなかった。

 大一の思いを見透かしたかのように、ヴェネラナは話を続けた。

 

「その方は魔法使いの集会に参加することに加えて、シトリー出資の学校で講演も行う予定なのです。あなたも近々皆さんと見学に行く予定でしょう?」

「そういうことだったんですね。しかし私はリアス様達とは時間をずらして行く予定だったのですが…」

「ええ、サーゼクスと会うために時間を取っているのは知っています。だから、そちらの家に寄る際の送り迎えなどで十分ですよ」

「ウチに来るんですか?どうしてまた?」

「この方はヴァルキリーの1人でした。名前をゲンドゥルさんと言い───」

 

────────────────────────────────────────────

 

 説明を受けてから約10分後、大一は兵藤家の地下にある転移魔方陣のある部屋へと降り立つ。炎駒のトレーニング以上に、ヴェネラナの話は頭への負担が強く感じ、疲れもあってか大きなあくびを噛み殺した。

 時間的に両親は眠っているだろうと思い、着替えを取りに自室に向かおうとしたが…。

 

「大一、お帰りなさい」

 

 穏やかな笑顔で朱乃が部屋へと降りてきた。ゆったりとした部屋着であり、スーツ姿の大一とはとても対照的な印象であった。

 

「ただいま。…えらくタイミングが良いな」

「魔力で帰ってきたことくらいわかるわ」

「まあ、それもそうか…先に寝ていても良かったのに」

「そうもいかないわ。今日はちょっと考えがあるんだもの」

 

 首をかしげる大一に、朱乃はいたずらっぽく笑って話を続けた。

 

「疲れたでしょう?ゆっくり休まなきゃ」

「炎駒さんにも同じようなこと言われたな。やることやってシャワー浴びたら寝るよ」

「あら、シャワーだけでは疲れが取れないと思うわ」

「でも父さんは寝ているだろうし、自分一人だけのために風呂を沸かすのもな…」

「だったら、一緒に入りましょう?背中洗ってあげる」

 

 笑顔を崩さない朱乃の発言に、大一の心に巨大な爆弾が投下されたような感覚を覚える。頭の中で必死に感情と興奮を抑えようと言葉を投げかけるが、それでも冷静さを取り戻すことは不可能に近かった。

 

「さ、さすがにそれはまだ早いんじゃないか?」

「リアスとイッセーくんは何度も入っているわ。アーシアちゃん達だってよく一緒に入っているのに」

「そもそも母さんが制限を加えているのに、普通に入っているあいつがおかしいだけだからね?」

「私の裸だって見たことあるじゃない」

「夏のあれは不可抗力だって…」

 

 半ば言い訳気味に反応する大一に、さすがの朱乃もしびれを切らしたのか近づいて彼の身体に抱きつくと上目遣いでその顔を見る。

 

「ねえ、一緒にいたいの。いいでしょう?」

 

 いよいよ大一の感情が燃えるように熱くなる。ほぼ同時にライザーから教えられたことを思いだした。『女性相手に恥をかかせるな』『ハーレムを作るなら相手を満足させるまで付き合え』といった内容だ。もはやただの理由作りにもなっていたが、そこに考えが至るほど彼は冷静ではなかった。

 

「…わかった。一緒に入ろう」

「やった。大一、大好きよ」

「じゃあ、部長たちが上がったら行きましょう」

 

 このやり取りに朱乃とは別の女性の声が耳に入る。いつの間にか小猫もその場にいて、小さくガッツポーズをしていた。

 

「小猫、いつの間に…」

「少し出遅れましたが間に合いました。朱乃さんが良くて、私がダメな理由はありませんよね?」

「…わかった。よろしくお願いします」

 

 もはや言い訳は止めて、自分が彼女らと一緒に入りたいのだと言い聞かせながら大一は頷いた。頭の中では興味なく寝息を立てるディオーグと、囃し立てるような言葉と笑いを連呼するシャドウで騒ぎ立てられていた。

 

「でもちょっと待ってくれ!まずやること終わらせなきゃ…」

「そうね。まずはスーツを脱がなきゃ」

「でも先輩のスーツ姿、しっかりして長身と合っているから脱ぐのもったいないですよね」

「意味変わってくるぞ、小猫。いやそうじゃなくて、ちょっとロスヴァイセさんと話さなきゃいけないんだよ」

「何かあったの?」

 

 不思議そうに問う朱乃であったが、ちょうどその時にロスヴァイセが少し慌てた様子で部屋に入り込んでくる。

 

「大一くん、帰って来ていて良かった。朱乃さん達もいますね。ちょっとお話があるんです」

「奇遇ですね、俺もちょっとお話したいことがありまして」

「うえっ!?そうでしたか…」

 

 誰がどう見ても落ち着きの無い彼女の様子に、大一も朱乃も小猫も面食らう。とはいえ事情も分からず、そこを突っ込んで焦燥を加速させる必要はない。

 まずは彼女の落ち着きを優先させた大一は、落ち着かせるようにゆっくりと話す。

 

「急ぐ話でもないのでお先にどうぞ」

「あ、ありがとうございます。あの、その前に朱乃さんや小猫ちゃん、ちょっと今からとんでもない話をしますけど勘違いしないでくださいね」

「え、ええ。わかりましたわ」

「…はあ」

 

 戸惑い気味に朱乃と小猫が反応したのを確認すると、ロスヴァイセは大きく深呼吸をして大一を見る。力が入りすぎて半ば睨みつけているようにも見えてしまった。

 

「大一くん、わ、私の彼氏になってください!」

 




さて、これに対してオリ主はどうするか。


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第149話 祖母の来訪

まあ、こういう形に収まるようなイメージですね。


 12月に入って期末テストが帰って、一部で拍手喝采、一部で阿鼻叫喚になっている1、2年生であったが、3年生の注意はどんどん近づいている卒業へと気が向いていた。もちろん赤点を取っていないのが前提ではあるが。

 駒王学園はエスカレーター式で大半はそのまま大学部へと進級する。そのため進路相談もこの時期になると3年生は終わらせてある。おかげでゆっくりと残りの学生生活を過ごすことができる…と思われがちだが、実際はそうでもなかった。

 少なくともオカルト研究部の上級生3人は昼休みに集まって、部室の整理や話し合いをするくらいには忙しかった。メンバーが後輩たちの眼につかないようにするためでもあったが。

 

「リーダーシップという点においてはイッセーくんやゼノヴィアちゃんが良いと思いますわ」

「俺は反対だな。ガンガンやりすぎて、とんでもないことになりそうだ」

「イッセーは今後も冥界の件で忙しくなりそうだしね。ゼノヴィアは…そういえば生徒会長を狙っているというのを聞いたわね。部長のポジションは難しいか…」

 

 リアス、朱乃、大一は旧校舎の部室で紅茶の入ったカップを片手に話し込んでいた。当然のように期末テストを難なくクリアした彼女らは、卒業してからのオカルト研究部の部長と副部長を誰にするかについて話し合っており、それぞれ意見を出し合っていた。

 ほとんど確定であったのは、1年生の頃から所属している祐斗であった。女性2人で固めていた3年間だからこそ新しい風を入れたいというものであった。

 

「祐斗と小猫でいいような気もするが…」

「小猫は私との付き合いこそ長いけど、オカルト研究部としてはイッセーと歴はほとんど大差ないわ」

「2年生に負担を強いるのも少々難しいところですものね」

「私としてはアーシアが1番だと思うわ。私とは違う新たな方針を見せてくれそうだもの」

 

 ズバリと話すリアスであったが、その時に部室にアザゼルが大きなあくびをしながら入ってきた。その場に3人もいたことに軽く驚いた様子を見せる。

 

「おっと、お前らか。せっかくの昼休みに何やっているんだ?」

「来年のオカルト研究部のメンバーについて話し合っていたのよ。アザゼルこそどうしたの?」

「俺はちょっと探し物だ。にしても、そういうことなら俺にも声をかけろよ。仮にも顧問だぜ?」

「私達で決めたかったのよ」

 

 リアスは軽く肩をすくめて、アザゼルの発言を流す。ただこの短い回答が彼女の本音ではあった。残り数か月の高校生活、これを彼女は徹底的に満喫するつもりでいたのだから。朱乃も大一も、彼女の思いを汲み取ったうえで協力する気であった。

 

「まあ、いよいよ高校生活もあと少しだからな。決まったら俺やロスヴァイセには早めに教えてくれよ」

 

 気軽に言ったアザゼルはざっくりと部屋を見渡すと、部屋を出ていく。どうもお目当ての探し物は見つからなかったようだ。しかし彼が残した言葉は3人に対して、目に見えない爆弾を投下していた。彼が発した女性の名前、大切な仲間であるのは間違いないのだが、ここ数日で大きく拗れているのも事実であった。

 数日前、ロスヴァイセは大一に対して、「彼氏になって欲しい」と頼んできた。この依頼の真意は、来日する祖母の前で彼氏として紹介する為であった。ロスヴァイセが異国の地で過ごしているのと、元来の真面目さを危惧して、せめて相手でもいれば安心できると常々伝えていたようだ。祖母を安心させるためにも、ロスヴァイセは彼氏役を頼みたかったようだ。

 しかしここでひとつの問題が発生する。大一がヴェネラナから依頼された件について、迎える女性…ゲンドゥルがロスヴァイセの祖母であった。彼女の紹介前に彼氏が出迎えるのはどうにも体裁の悪さと気まずさが予想されるため、大一は彼女の頼みを断らざるをえなかった。

 これで済めばよかったのだが、迷ったあげくにロスヴァイセは一誠に同じことを頼んだ。同じ屋根の下に住んでいる時間的な面と、実績からもたらされる頼りがいにおいて納得の人選ではあった。しかしそのおかげでリアスも朱乃も大一も全員が微妙な感情を抱かざるをえない。

 

「…仕方ないこととわかっていても」

「簡単に納得できるものじゃありませんわ…」

「祐斗に頼めば良かったんだ…」

 

 リアスは彼氏の一誠のモテっぷりによる不安の加速、朱乃は最初に大一が頼まれたことへの心配、大一は断ったことへの申し訳なさと一誠の女性関係がややこしくなる危惧と三者三様に想いを深めていた。

 

「そもそも別のやりようはあったはずだわ!あー、これでロスヴァイセまでイッセーのことを好きになったら…もう、大一が引き受けてくれたら万事丸く収まったのに!」

「それはそれで私が悩むだけよ、リアス!それに大一ももっと甲斐性見せれば、これほど拗れることにならなかったのに!」

「そこで俺に矛先向かうのはおかしくないか!?」

 

 昼休みの集まりは気がつけば、緊張感や今後の準備とはかけ離れた色恋沙汰による議論へと変化してしまった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 次の休日、スーツ姿の大一はグレモリー領地にある目的の建物で待機していた。目の前には転移用魔法陣があり、ここでゲンドゥルを迎えることになっていた。

 上着の襟とネクタイを正しながら待っていると、頭の中でシャドウの声が響く。

 

『ヴァルキリーか…あんまり会いたくないな。北欧は何回か足を運んでいるが、しつこい奴が多かったんだよ』

(そういう時は力づくで黙らせればいいだろ)

(無茶苦茶言うなよ、ディオーグ。ロスヴァイセさんのおばあさまで、大切なゲストだぞ)

 

 物騒なことを言うディオーグを大一はたしなめる。仮にも今回はグレモリー家の使いという立場であるため、尚のこと粗相は出来なかった。しかしシャドウの件で何かしらの問題があれば、責任を取る必要があるのも間違いなかった。そういう意味ではロスヴァイセの彼氏役を引き受けなかったことは、彼女への不利益の可能性を無くしたため良かったのかもしれないと考えた。

 

『会いたくねえな…あいつらと同じように修行していれば余計な考えをしなくても済んだのだろうけど』

(それはそれで文句たれそうだけどな…)

 

 この日、他のメンバーは軒並みトレーニングに励んでいた。ゲンドゥルが来るまで時間があり、初代孫悟空やヴァ―リも手が空いていたためさらなる研鑽に励んでいた。

 大一は身動き取れないルシファー眷属に荷物や書類を届けたり、ヴェネラナから段取りを確認したりなど別件で動いていたため、その訓練には参加していなかった。日課のトレーニングは疎かにせず、ルシファー眷属からもしごかれ続けているが、仲間との特訓の時間が減っているのも、ある意味では先日炎駒から受けた指摘の不安にも繋がっていた。もちろん初代孫悟空やジョーカーに対して、自分以外のルシファー眷属が劣っているとは微塵も思っていないのだが。

 シャドウも神滅具所有者を中心に特別な力を目の当たりにしていたため、自信の喪失と焦燥感は確かにあった。

 

『神滅具…禁手…』

(出来ることばかり増やしても意味がねえ。それを過不足なく使いこなせるように鍛え、さらに他の要素にも目を向けるんだ。最終的にグレートレッドやオーフィスをねじ伏せられるくらいまでな)

(そこまで行けるかな…。やっぱり出来ることも増やさなきゃ)

 

 3人の人格は話し合っても、完全にまとまった考えに至るのは稀有であった。強さにおいても当然のように考え方に違いは出ている。神器としての能力を優先するシャドウ、あらゆる事象をひっくるめて強さと勝利に貪欲なディオーグ、自信の無さと出来ることを模索する大一と点でバラバラな雰囲気がある。ある意味、これが彼らの連携の難しさを表しているようにも思われた。

 

(俺が本調子なら肉体だけでも十分だが、貧弱な小僧だとな…魔法も全然だしよ)

(実戦で使うにはどうもな…あっ、ロスヴァイセさんに魔法の本返しておかなきゃ)

『おいおい、話せるのか?例の件があってから気まずくなっているんじゃないの?』

(えーい、冷やかし止めろ!)

 

 大一は苛立ち半分に反応するが、シャドウは高い声に浮ついた気持ちを乗せて話を続ける。

 

『まあ、僕としては?男としてもキミの方が上等であることを見せつけて欲しいものだけど?』

(お前、エロ弟の武器が特別ってだけで敵対しているだろ)

『それの何が悪い!くっそ…また神滅具持ちだ…!大一はヴァルキリーの誘いに乗っておけば良かったんだよ!それで僕は優越感に浸れる!』

 

 話の方向が逸れかけていると、魔法陣が強い光を放ち始めた。それに気づいた大一はすぐに姿勢を正し、その光が収まるのを静かに待った。

 間もなく魔法陣から初老の女性が現れた。紺色のローブを着ており、非情に落ち着いた雰囲気が印象的であった。しわの少ない精悍な顔つきは若々しさと力強さを感じられ、腰の曲がっていないしっかりとした立ち姿から真面目さが窺える。銀髪も併せて、ロスヴァイセの祖母というのに納得の雰囲気であった。

 

「初めまして、ゲンドゥルです。あなたがグレモリー家の?」

「はい、兵藤大一と申します。グレモリー家の使いとして参りました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 ゲンドゥルは丁寧に頭を下げる。一瞬だけ、その眼が鋭く大一を捉えていたが、頭を上げてからは穏やかな表情をしていた。

 

「ところで私の記憶が正しければ、あなたは孫と同じリアス・グレモリーさんの眷属だったと思ったのですが…たしか孫が魔法を教えているのもあなたで?」

「ゲンドゥル様、そこまで知っていたのですか!?」

「孫からの連絡で時々耳に挟んでいましたから」

 

 落ち着き払ったゲンドゥルの発言に、大一は驚きを隠せなかった。抜け目のない辺り、ロスヴァイセよりも長年の経験の違いを感じさせた。

 

「そ、そうでしたか…ええ、ロスヴァイセさんからは多くのことを学んでいます。ただ私は訳あって今はヴェネラナ・グレモリー様の眷属に身を置いているのです」

「だからあなたが出迎えてくれたわけですね。しかし孫から多くのことを…うーん…」

「納得いかれませんか?」

「いいえ。ただあの子は昔から要領が悪くてね」

「とても素晴らしい女性ですよ」

 

 大一の反応に、ゲンドゥルは今度こそ隠しきれない鋭い視線を向けた。それが何を意味するのかは、大一はわからなかったがいつまでもこの場で話し続けるわけにもいかない。

 

「このままだと短い道中での話題が尽きそうですね。行きましょうか?」

「ええ、お願いします」

 

────────────────────────────────────────────

 

 15分後、大一はゲンドゥルを連れて兵藤家にたどり着くと、手作りの菓子と熱いお茶が用意されたVIPルームへと案内する。リアスがそこで仲間達に今回の彼女の来訪の素性や目的を説明していた。ヴァルキリーとしての来歴、アガレス領土で行われる魔法使いの集会、クリフォトが関係していると思われる魔法使い失踪事件、それにあたりいざという時に術の封印をすることとそれをアンチマジックの研究に長けている堕天使に任せる旨、併せてソーナの学校で講演を行うこと…大一は事前の打ち合わせでだいたい知っていたため、驚き少なく凛とした佇まいを崩さずにいられた。

 しかしこの話の最中にも座っているロスヴァイセは気が気でないように見えた。そして話の区切りがついたところで、いよいよ彼女の緊張が最も高まる瞬間が訪れた。

 

「ロセ、私がここに来た理由のひとつ。お前ならわかるね?彼が───そうだと思っていいんだね?」

「そうです。彼が私の彼氏、兵藤一誠くんです」

 

 緊張をほぐすように大きく息を吐くとロスヴァイセは祖母に一誠を紹介する。弟の一瞬見られた腑に落ちた表情を見逃さなかった大一は、ロスヴァイセが事の詳細を一誠に説明していないと思って小さくため息をついた。

 当然、彼の反応は誰も気づかずゲンドゥルは容赦なく話す。

 

「ロセ、おまえは勝手に家を出て、勝手に悪魔に転生し、勝手にこちらで人間界の教員などを始めた…私に心配ばかりかける悪い孫娘です」

「うっ…それは…」

「お祖母さま、それは私が勧誘したことも起因しておりますわ。ロスヴァイセばかりをお責めにならないでください」

「いいえ、グレモリーのお姫様。それに関しては特に問題ではないのです。いえ、厳密に言えば問題は問題ですが、それよりも相談もなく、勢いで生き方を変える孫に私は一言言いたいのですよ」

「…耳が痛いな」

 

 リアスのフォローも気にせず、紡がれるゲンドゥルの言葉に、クッキーをつまんでいたゼノヴィアが呟く。大一も大きな理由があったとはいえ、勢いで悪魔になった面はあるため彼女同様にあまり他人事として聞き流せなかった。

 ただゲンドゥルとしても責めるつもりは無かった。オーディンが忘れたということを踏まえれば、そもそも彼女に文句のつける理由も無かったのだ。

 むしろゲンドゥルの本心は彼女への心配という一点に集約されていた。

 

「勉強や魔法ができても要領が悪くて大いに抜けているお前が遠い極東の地で他人に迷惑をかけずに教職が勤められるのかが…。そこで私は孫に彼氏でもできれば安心できると常々伝えていたのです。そうしたら、いると言うものですから…」

「イッセーくんは頼りになる男性です。で、伝説の赤龍帝で、もう中級悪魔の将来性豊かな人なのですから!」

 

 ゲンドゥルは少し思案したような表情になると、後ろに控えて立つ大一に言葉をかける。

 

「お兄さんとしてはどう思うのでしょうか?」

「わ、私ですか…そうですね、私の弟は冥界では並々ならぬ信頼は勝ち得ていると思います」

 

 まさか振られると思っていなかったので動揺はするものの、大一は短く答える。本音ではあるが、それを直接表明するのは気恥ずかしい思いもあった。しかし自分の感情とロスヴァイセの言葉を天秤にかけた時、彼が優先させるのは考えるまでもなかった。

 ゲンドゥルはその言葉に特別反応もせず、再びロスヴァイセに向き直って話し続ける。

 

「付き合ってどれくらいだい?」

「…さ、三ヶ月です」

「ということは、すでに男女の関係も結んでいると思ってもいいんだね?」

「…そ、それは…まだ結婚をしているわけでもないし…。だ、だいたい!私の貞操観念は、ばあちゃ…お祖母さんが私に植え付けたものです!」

「私は別に嫁ぐ前に関係を持つなとは言ってない。変な男に引っかかって無駄に身体を許すんじゃないと言ったんだよ」

 

 話の方向性がとんでもない方向に向かっていく中、ついにロスヴァイセの我慢のダムが崩壊した。

 

「わ、わたすだって、男の子とエッチなことしてぇさっ!」

「そっだら、さっさと身を固めちまえばいいって言ってんでしょが!しっかりした男の人が2人もいんのに、なにしとったか!」

 

 いよいよ互いに方言丸出しで言い合いが始まりかけて、2人を除いたメンバーはポカンとした様子でそれを目の当たりにしていた。話している内容は孫の男女関係というものなのに、その勢いはあまりにも凄まじかった。

 大一も一瞬迷ったが、リアスが一誠の件で冷静でいられないと踏んだ彼はすぐに大股で2人の下へと近寄る。

 

「お二人とも、落ち着いてください。熱くなっては話もまとまりません」

「…そうですね。とにかく交際を許可します。これで好きな男性と想いを遂げられるのだろう?ほら、今度逢い引きでもしてみんさい」

「い、いや、で、でも!」

 

 途端に慌てるロスヴァイセに、ゲンドゥルは強い瞳で告げる。

 

「今度会う時に改めてその辺のことを訊くからね。お前と───彼氏さんからもね。今日はありがとうございました。私はこれで失礼します」

 

 それだけ言い残すとゲンドゥルはソーナが用意している宿泊施設に向かうために、この場を後にした。大一も彼女のついていき宿泊施設まで送り届けると、その後に一誠とロスヴァイセのデートが決まったことを耳にするのであった。

 




微妙でややこしい人間関係…。


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第150話 互いの心配

150話です。区切りだからと言って、劇的に何かが変わる内容ではありませんが…。


 兵藤大一が仲間と訓練する時間は減っているとはいえ、仲間との交流が変わったわけではない。彼自身もそれは意識することであるため、拗れた関係性は払拭しておきたかった。面倒な関係性というのがどれほど互いに心労をかけるのか、彼はこの短い期間で恋人と慕ってくる後輩と共に嫌というほど学んでいる。

 少し迷いもしたが、彼は意を決すると厚い本を片手にある人物の部屋の前へと向かうと、軽くノックする。

 

「ロスヴァイセさん、すいません。ちょっといいですか?」

「うえっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 バタバタと何かをしまうような騒がしい音が扉の向こうから聞こえてくる。無理に今日にするべきでなかったかと思ったが、先延ばしにすると余計に距離感を置きそうだと思った大一はとにかく落ち着くように自身を戒めながら扉の前で待つ。

 間もなく、部屋の主であるロスヴァイセが扉を強く開いた。

 

「お待たせしました!」

「えっと…お忙しいところすいません」

「明日の準備をしていただけなので、大丈夫ですよ」

 

 少し髪がぼさぼさになっているロスヴァイセの様子から、明日の一誠とのデートの準備が難航しているのが窺えた。やはり動揺させないように後日にするべきかと一瞬思ったが、すぐに振り払って彼女に本を渡す。

 

「前から借りていた魔法の本です。お返しします」

「後ででも良かったのに…」

「いえ、いつまでも借りっぱなしというわけにもいきません。それに必要な基礎的な部分は書き写しましたので」

「ええ!?基礎的って…これの半分近くを写したんですか…」

 

 ロスヴァイセは驚愕の表情で反応する。約2か月、彼が隙間時間を見つけてコツコツと学んだ集大成は彼の机にノート6冊分としてそこにあった。トレーニングと同時に学びを深めることは彼にとって数少ない悩みを忘れさせてくれるひとつの手段であったため、ありがたかった。その割には実戦で使えるレベルの魔法は疑似的な防御魔法陣だけであったが。

 

「…確かに受け取りました。でも必要な時は言ってくださいね。いつでも貸しますよ」

「お気遣いありがとうございます。あともうひとつ、謝らなければならないことがあって」

「なんでしょう?」

「えっと…最初に彼氏役の件を断って申し訳ありませんでした」

 

 大一は大きく頭を下げる。これにはロスヴァイセも面食らったようですぐに手を振ってそれを否定した。

 

「いやいや!大一くんが謝るのはお門違いですよ!私の方こそ皆さんに迷惑をかけてばかりで…」

 

 彼女自身、祖母への引っ込みがつかなくなった面はあったが、兵藤兄弟に彼らに好意を持つメンバーを巻き込んで大事になってしまったのは不本意であった。このような形で祖母に指摘された要領の悪さが表に出ると、尚のこと自分に呆れる思いであった。

 

「改めて申し訳ありませんでした。祖母がこちらに来るとは思ってもいなくて」

「それは仕方ありませんよ。一番、気持ちが落ち着かないのはロスヴァイセさんでしょうし、俺が引き受けていればあなたの負担も少なくなっていたかも…」

 

 大一が感じていた申し訳なさはこの言葉に集約されていた。今回の一件で一番動揺しているのはロスヴァイセであることは明白であった。大一が引き受ければ、リアスや一誠まで巻き込まずに済み、彼女の心労も軽減していたことを考えると、彼にとって謝罪は必要なものであった。もちろん、朱乃や小猫が不服は示すだろうが、そこは自分がフォローをしっかりと入れることで丸く収まると考えていた。ライザーやシャドウ辺りからすれば、それでなんとかしようとするのは、自惚れが過ぎるような気もしていたのだが。

 再び頭を下げようとする大一の肩をロスヴァイセは押しとどめる。

 

「このままでは謝罪ばかりで、いつまでも終わりそうにないですからここまでにしましょう」

「か、返す言葉もないです…」

 

 互いに要領の悪さと真面目さに定評のある2人のやり取りは奇妙であったが、区切りをつけたことが安心に繋がったのも間違いなかった。そのまま落ち着いた空気で会話が展開される。

 

「そうだ、大一くん。祖母のこと、ありがとうございました」

「いや出迎えただけなので…そういえば、ゲンドゥルさんは自分のことを知っていたみたいなんですが」

「あっ…それはたまに話していたんです。学校で先生をするだけでなく、魔法を教えることもするようになったって」

「腑に落ちました」

「大一くんに彼氏の役を最初にお願いしようとしたのも、それがひとつの理由でした。あとは年齢の近さとか…」

 

 恥ずかしさを顔に映しながら、ロスヴァイセは話す。度々魔法を教えていた時間的な関わり、身近な仲間内ではアザゼルを除いて彼女よりも身長が高いため視覚的な安心もある、京都の件を皮切りに大人としての立場で同志的な感情…他にも理由はいくつかあるのだが、話を深めるのは蒸し返すような気持ちになるため、彼女は言葉を切った。

 大一も特に気にしていない様子で、話を続ける。

 

「このまま丸く収まればいいですね」

「はい。まだまだ困ることはありそうですが…」

「いつでも協力しますよ」

 

 力づけるように握り拳を見せる大一の姿に、ロスヴァイセはなんとも言えなかった。彼が多くを抱え込んでいるのを知っていた。学生の身、下級悪魔の身で未だに多くのことをこなそうとしている。

 彼女も大人として仲間達に迷惑をかけないように、懸命に努力を積み重ねており、似たような立場にいる故の心配であった。そんな彼に対して、頼るべきではなかったと思っていたはずなのに…。

 

「ありがとうございます、大一くん。おやすみなさい」

 

────────────────────────────────────────────

 

 翌日、一誠とロスヴァイセがデートに行くよりも早く大一は外出した。リアスと朱乃は詳細について知っているが、正確には急遽決まったことで最低限の2人にしか連絡出来なかったのだが、彼はゲンドゥルに町を案内していた。会議前の資料などは用意しており、ミーティングなどの時間まで日本を紹介して欲しいというものであった。しかもわざわざご指名付きである。と言っても、駅周辺の賑わっている場所を紹介しただけであった。休日に老いてきた母の買い物に付き合う成人男性のような印象であった。実際のところは、まったく違うのだが。

 ほどほどに歩いたところで2人は喫茶店に入る。ディオーグが頭の中で甘い物を注文することを求めるのを完璧に無視しながら、大一は運ばれてきたコーヒーを飲む。対面に座るゲンドゥルは丁寧に紅茶とケーキを楽しんでいた。動作のひとつひとつが上品ながらも、年齢を思わせない若さがあった。

 

「私の住むところよりも賑わっていますね。日本は本当に素晴らしい国です」

「楽しんでいただけたら幸いです」

 

 打診があった際は冷や汗ものだったが、オーディンの時のような無茶な要求は皆無であった。ただ少し気がかりなのは、わざわざ大一に頼んできたことであったが。

 

「…正直気づいているのですよ。あの子があなたの弟に彼氏の振りをして欲しいと頼んだことは。他の皆様の反応なども踏まえれば明らかです」

 

 出し抜けに放ったゲンドゥルの言葉に、大一は納得した。おそらく彼女は実状を聞くために、自分への案内を頼んだろう。そして彼女相手に誤魔化すことが無意味であることも、すぐに悟った大一は、静かに頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした」

「あなたを責めているわけでは無いのですよ。孫に対して呆れはありますが…」

 

 紅茶のカップを両手で持ちながら、ゲンドゥルは静かに嘆息する。身内として孫娘への心配がハッキリと見て取れた。

 

「やはり心配ですか…?」

「ええ、あの子の気性は仲間であるあなたもよく知っているものだと思いますが?」

「たしかに無茶をやる場面はありますが…しかしそれ以上に真面目で責任感の強い女性であると思います」

「そのように評価していただけると嬉しいものです。しかしだからこそ心配というのもあるのですよ」

 

 そのままゲンドゥルは不安について語る。なんでも彼女の家系は代々降霊術や精霊との交信を主軸に置いてきたのだが、ロスヴァイセは方向性が違う攻撃魔法ばかり覚えていった。家の伝統とはまるで違う方向に進んでいき、それが起因して家の代替わりする際の紋章を彼女は受け継げなかった。北欧の業界では研鑽してきた魔法や技術を代々引き継いでいくため、代わりに遠縁の子が引き継いだことはロスヴァイセに影を落としていた。

 彼女の身内も血縁関係者もそれで別に彼女を蔑ろにすることはなく、こういった子もいるだろうと変わらずに接し続けている。ゲンドゥルも少し違うだけで大切な孫の能力や素晴らしさをよく理解していた。しかし…

 

「あの子が素晴らしい能力を、人として優しい子であるのはわかっています。だからこそ、このことを引きずり続けないで欲しいと思うのです。私への自責の念なんてさっさと振り払って、更なる研鑽に励んで欲しいと思っているのですよ。それがこの地で教職を続けることへの不安にもなっていて…」

 

 ゲンドゥルが孫に対して不安を感じるのは、こういった事情が複雑に絡んでいるからなのは理解できる。なんとか気の利いた返しができればと思ったが、彼の知識量ではそれも叶わなかった。いや、おそらく本当に同じような立場でないとそれもできないだろう。それでも…。

 

「ロスヴァイセさんがどれほど心配しているかは私にはわかりません。お祖母様が不安に思う気持ちもあるでしょう。しかしあの人はとても強い女性です。魔法を教えてもらっている私が保証します。きっとその不安を乗り越えることは出来るでしょう。それに難しいときは、私も彼女を支えます。ですから、えっと…」

 

 半ば勢い任せに放った発言にどのように言葉を紡ごうかと大一が困窮していると、突然印象に残る声が彼の耳に届いた。

 

「あらっ!大一ちゃん、奇遇ね~!」

 

 野太い声がした方を見ると、屈強な肉体をした男性が近づいて来た。大一とロスヴァイセの契約相手である生島純であった。

 

「い、生島さん、驚かさないでくださいよ…」

「いいじゃないの、運命の出会いとして楽しませてよ。最近、ロスヴァイセちゃんと一緒にお仕事に来てくれないんだから」

「失礼、大一さん。この方は?」

 

 ゲンドゥルが鋭い視線を大一に向けて問う。孫の名前が出たことでさすがに彼女も流すわけにはいかなかったのだろう。

 

「あっ、ごめんなさいね。私は…」

「生島さん、大丈夫ですよ。ゲンドゥルさん、この方は私とロスヴァイセさんの契約相手の生島純さんです」

「あら、そこまで話して大丈夫な人なの?」

「この人はゲンドゥルさんといって、ロスヴァイセさんのお祖母様ですよ」

 

 これを聞いた瞬間、生島の表情が2割増しで輝いたように見えた。その後に続いた声の調子は5割増しではしゃいでいるように感じた。

 

「えええ!そうだったのね!でも言われてみれば、たしかに雰囲気が似ているわ!すごい綺麗な方~!あっ、自己紹介が遅れて申し訳ありません!生島純です!いつもロスヴァイセちゃんには良くしてもらっています!」

「ゲンドゥルと申します。孫がいつもお世話になっています」

 

 生島相手には初対面の人では大概面食らうものであったが、ゲンドゥルは落ち着いて対応する。生島の方もいつもの調子はまるで崩さずに接しているため、傍から見ればかなり温度差の激しいやり取りに感じられた。

 

「よろしければ、これから私のお店に来ませんか?日中なのでお酒は出せませんけど、ちょっとした手料理を振舞わせてくださいな!」

「生島さん、いきなりは…」

「ありがたいお誘いです。孫のことも話したいので行きましょう」

「ぜひぜひ~!」

 

 機敏に立ち上がるゲンドゥルを見て、大一はポカンと口を開ける。前日にロスヴァイセにいろいろ話していたが、彼女も行動力においては同等のものだと思ったのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

「こちらでご迷惑はかけていないのですね?」

「迷惑どころか、もう助かっています!大一ちゃんには言えないようなデリケートな話題も打ち明けちゃったりして。やっぱり乙女心を理解してくれる同志はありがたいですよ!」

 

 店に来てからすでに1時間ほど経っているが、ゲンドゥルも生島も会話が弾んでいた。生島はロスヴァイセの仕事ぶりには心底満足しているようで、その純粋な想いを先ほどからゲンドゥルの質問に回答として答え続けていた。

 

「ふむ…頑張っているならなによりですが。心配に思うようなこともないですかね?」

「そうですね~…ちょっと彼氏がいないのを気にしすぎかなと思うことはありますが」

「あの子は契約相手になんて話を…」

「私は常々言っているんですよ。絶対に良い人が見つかるから心配するなって!」

 

 元気づけるように生島は話す。事実ではあるが、少しは隠して欲しいとも大一は思った。それでも率直に話すのは彼の性格ゆえか、それともゲンドゥルにはハッキリと伝えるべきだと思ったのか、大一にはわからなかった。

 温かい紅茶をあおり、ゲンドゥルはやれやれといった表情で首を横に振る。

 

「本当に申し訳ありませんね…」

「まあ、それですら私は楽しいですけどね。本当にいい子ですし、彼女の努力とお祖母様の育て方が良かったのでしょう」

「私なんてまだまだですよ」

「謙遜しなくてもいいですよ~!大切な人には率直に伝える、それが相手を思うことですよ!」

 

 ゲンドゥルは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、生島を見つめる。あまりにも単純なことであったが、それが彼女の心に一石投じたのは明らかであった。大一も目から鱗が落ちる思いで、今さらながらこの契約相手に感嘆の感情が湧いてくるのが感じられる。

 

「…ありがとうございます、生島さん。そろそろ私はお暇させてもらいましょう」

「いつでも来てくださいね。いっぱいサービスさせていただきます。今度はロスヴァイセちゃんと一緒に。大一ちゃん、お願いね」

「当然ですよ。行きましょうか、ゲンドゥルさん」

 

 大一の声かけにゲンドゥルは頷くと、2人は生島に見送られながら店を出る。孫娘の信頼を目の当たりにした彼女の心は穏やかに流れていた。

 




ゲンドゥルさんは気づいていると思うんですよ…。


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第151話 主との会話

オリ主が別行動することが増えてきたので、原作既読じゃないとかなり厳しくなってきたかもしれません。いちおう分かるくらいには書くように意識はしているのですが…。


 夕暮れ時、一誠達よりも少し遅れて帰って来た彼の耳に入ったのはユーグリットが現れたという情報であった。一誠とロスヴァイセのデートは駅ビル近くの大型百円ショップで行われていたが、そこに敵の方から接触してきた。その狙いは…

 

『…なるほど、ロスヴァイセが狙われたか』

 

 現在、一行はグリゴリにいるアザゼルに定期連絡として一連の事情を説明していた。連絡用魔法陣に映る半透明の彼の表情は思案に満ちていた。ユーグリットの狙いは、ロスヴァイセの勧誘であった。彼女が学生時代に書いた『黙示録の獣について』というタイトルの論文に目をつけて、トライヘキサ復活の鍵になると考えていた。もっともロスヴァイセ自身、この論文はまとまらずに破棄したものであったが、敵は当時の彼女のルームメイトを襲いその記憶の断片から辿ってきたようだ。

 アザゼルの話では、名うての魔法使いが襲われている事件についてひとつの共通点があった。それは全員が「獣の数字666」に関する研究をしていた者であることだ。しかも一般的な視点だけではなく、あらゆる角度から研究と考察を深めた者達ばかりで、クリフォトは彼らを手当たり次第狙っていることになる。最悪の場合を想定して、アザゼルも何かしらの用意はしているようだが…

 

『ま、こっちの協議の末に出た答えもどこまで信用できるか見当もつかん。捕らえられた術者の持っていた情報がどれほど封印術式に影響を及ぼすかわかったもんじゃないからな。

 ひとつだけ簡単に訊く。ロスヴァイセ、お前は「666」の数字をどう読み解こうとした?』

「…私は異説である『616』の方で研究していたんです。そちらの数字で各種関連書物、歴史上の出来事と照らし合わせながら数式、術式を組み立てていきました」

『───っ。…そうか、やはりな』

 

 ロスヴァイセの研究について、アザゼルは予想の範囲内であったようであまり驚きは見せなかった。この話について、2人以外のメンバーはピンと来ておらず、アザゼルが説明した。

 

『数ある黙示録の研究者たちが、「666」という数字に焦点を合わすなか、一部の術者が異説である「616」からのアプローチをはじめたという。今回、拉致された魔法使いのすべてが「616」からのアプローチを始めたという。今回、拉致された魔法使いの全てが「616」から「獣の数字」を調べていた者達ばかりだ。多くの研究者は「616」が本来の解釈とは見ない。俺たちがグリゴリもそうだと信じていたほどだ。…それでも奴らがこう動いたということは、「聖書の神」は「616」でトライヘキサの封印術を編んだというのか…』

 

 説明の途中で、アザゼルは自分の仮説をぶつぶつと呟き始めた。研究者気質の彼が己の考えに没頭することなど珍しくなかったため、誰も指摘しなかった。間もなくアザゼルはハッと我に返ると咳払いをして再びロスヴァイセに言う。

 

『よし、とりあえず、お前が学生時代に書いたという論文を、覚えている限り、紙に書いてこちらに回せ。その論文がどこまで666に関して触れているのか、こちらで調査してみよう』

「…少し前から、書き起こしてありました」

 

 ロスヴァイセの手元には魔術文字と術式が書かれたレポート用紙があった。彼女はそれを小型転移型魔法陣の上に乗せて、アザゼルへと転送した。

 軽くレポートに目を通しながらアザゼルは感心しながら話す。

 

『しかし、お前も大したもんだ。自然と祖母と同じものを調べていたなんてな。血は争えないというやつなんだろう』

 

 アザゼルの言葉に、大一は額に嫌な汗が噴き出すのを感じる。数時間前まで彼は彼女と共にいたのだ。下手をすれば、あの瞬間に狙われていてもおかしくなかったのだ。その危険性と恐ろしさを強く実感させたのは、ロスヴァイセが複雑な表情を浮かべたまま押し黙っているのを見てからであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 冥界の中でも相当な広さを誇る旧都市ルシファード、その名前の由来はこの地にかつてルシファーがいた為であった。今でこそ冥界の首都はリリスであるが、その規模や賑わいからしても冥界の中でも特別な意味を持つ場所である。大一もこの地の病院には何度か足を運んで不眠の原因を探ってもらったし、リアス達はここで若手悪魔の集会を行ったのだから、馴染み深さと規模の大きさは理解している。

 その地に佇む巨大なビルの一室にスーツに身を包んだ大一はひとりの男性と会っていた。

 

「ここで話すと波風が立ちそうな気もします」

「だが私も魔王としての仕事がある。それに旧魔王を崇拝している者たちが全員ここに住んでいるわけではないからね」

 

 対面に座るサーゼクス・ルシファーは小さく笑う。そこは応接室であったが、造りは簡素なもので置かれているソファやテーブル、棚などもきらびやかさには無縁なものであった。事務用の部屋であるのと同時に、そもそも滅多に使われない部屋であるようだ。その証拠に腰を下ろすソファも固く、お世辞にも座り心地が良いとは言えなかった。

 サーゼクスは軽く目をこすりながら、大一に話す。

 

「悪いね。わざわざ来てもらって。リアス達と学校の見学に一緒に行くはずだったのに。しかしどうしてもこの時間しか取れなくてね」

「いいえ、主のお呼びがかかったのですから当然のことです。この後、向かうつもりですし」

 

 この日、一誠達はアガレス領土にあるソーナの「誰でも通えるレーティングゲームの学校」の見学に向かっていた。本来であれば、大一もそこに同行する予定であったのだがサーゼクスとの話もあったため、時間をずらして遅れて向かうことになっていた。いくら教師として勧誘を受けているとしても、どちらを優先させるべきかは明白であった。

 大一の言葉にサーゼクスは微笑む。

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

「…サーゼクス様、少し痩せましたね」

 

 大一の言葉にサーゼクスは無言で笑顔を崩さない。何度も民衆に見せてきたであろうリーダーとして安心を示す笑顔であったが、どこか弱々しくも見えた。目の下にはうっすらとくまが出来ており、頬も少しこけている。ユーグリットの存在による疑惑の念が連日の激務を誘発させ、彼の身体を間違いなく追い詰めていた。

 しかし身体的疲労以上の苦労を彼の表情は映していた。その理由を言及しなくても事情を知る人物たちは予想できたであろうし、実際それが正しかった。グレイフィアと会えないこの状況は彼の心を枯らしていた。

 

「ご無理なさらないでください…と言っても難しいでしょうね」

「ははは、まあそうだね。こればかりはどうしようもないよ。

さて大一くん。ちょっと私の方でいくつか話したいことがあるんだ」

 

 サーゼクスの雰囲気が張り詰めたことに、大一も姿勢を正す。今回、サーゼクスが大一を呼び出した理由は、ここ最近であったいくつかの重要な情報をまとめるためであった。

 

「まずここ最近、連中が各地で引っ掻き回しているという情報が入っている。キミらが吸血鬼領地で戦っていた際もオーディン様の管轄であるアースガルズの一部と冥界のはずれで旧魔王派の残党が暴れていた。おかげで吸血鬼の方から注意を逸らされたのは間違いない」

「クリフォトの策略でしょうね」

「私もそうだとは思う。しかしそれにあたり疑問に思うのは、これを主導したと言われる奇妙な連中だ。混乱の最中で確認した相手の中に、神器を扱う青年や岩のような巨漢がそれぞれいたらしい」

 

 大一の眉がピクリと動く。真っ先に思い浮かべた2人はいずれも大一が戦い、手を焼いた相手であった。

 

「彼らは追跡しようにも煙のように消え去り、尻尾を掴むこともできない。しかし間違いなくクリフォトと繋がっていると断言できる。実際に戦ったキミがいるからね。そこでだ。キミの方でなにか敵に思い当たる節は無いかな?」

「クーフーとギガンにですか…正体とかに心当たりはないですが、ひとつだけ共通していることがありました。戦った際に奇妙な感覚があったんです」

「奇妙な感覚?」

「言葉で説明するのは難しいのですが…なんというか…感覚的なもので、私の魔力に繋がりを感じたんですよ」

 

 大一は首をひねりながら答える。自分の中に流れる魔力の一部が、パズルのピースが互いにハマるようにかっちりと繋がるのを想像したが、それを口頭で説明するとなると非常に難しいものであった。

 しかしサーゼクスはこの回答を噛み締めながら、思慮深く頷く。

 

「…ハッキリとしたことは不明だが、やはり何か共通点があるということかな?魔力的な面であれば、感知に秀でた者に調査させるのが一番か…」

「サーゼクス様、彼らの正体はやはり不明なのですか?」

「そうだね。加えて、判明している2人ですら共通点がわからないんだよ。英雄派の残党に、悪魔の魔力を持つ謎の巨漢…不明というならば先日アザゼルと戦った鎧武者も素性がわからないな。私が思うに敵も『D×D』のような混成状態なんだろうね。

 そうだ、例の鎧武者が出たから本題に移ろう。リゼヴィムの件なんだが…」

「ええ、先日の吸血鬼の領地で接敵しました」

 

 大一はそのままリゼヴィムと戦った時の動きをそのまま伝える。特に長年ルシファーとして警戒対象であったリゼヴィムと直接対決した大一からは、その時の肌で感じた経験を聞いておきたかったようである。

 一連の戦いについて聞いたサーゼクスは考え込むようにあごに手を当てる。

 

「錨は防御した…ということは少なくともキミの錨は神器無効化の対象にならなかったわけだ」

「そのようです。今さらですが構造はほとんど神器と同じらしいのに奇妙な感覚ですよ」

「キミの力もリゼヴィムの能力も不明な点は多いからね。加えて護衛のリリスか…アザゼルからも報告は聞いたがやはり厄介だな。あとはどういうことがあったかな?」

「…どこまで本気かわかりませんが、私を勧誘してきました」

 

 一瞬迷った後に、大一はリゼヴィムが勧誘してきたことを話す。これにはサーゼクスも目を細めて、興味を持ちながらも愉快とは程遠い感情で傾聴した。

 

「…なるほど。危険な思想に加えて、なかなか失礼なことだ。それについて聞きたいのだが…」

「私は裏切りません」

「そこは疑っていないさ。むしろキミがそれで何か悩んでいないのかは不安になったけどね」

 

 サーゼクスの視線は、心を見透かしているかのような印象を大一に与えた。彼の言葉通り、リゼヴィムの勧誘は確かに大一に動揺を与えていた。それは悪魔として敵の甘言を信じたからではない。しかし圧倒的な格上の存在が垣間見せた一言が、いずれその未来を本当に実現させてしまうような不安を感じさせた。全てを失い、後悔に苛まれる日…多くのものを手に入れてきたからこそ、その心配は深刻になりかけていた。

 しかし目の前の男にそれを伝えるのは、気持ちにブレーキがかかった。頼れるのは間違いないが、今のサーゼクスにこれ以上の負担を強いるのは心苦しいものがある。

 大一は小さく首を横に振った。

 

「ありません。なにも」

「…そうか。では、これは私一個人の意見として聞いて欲しい。リゼヴィムは『正義』とか『悪魔』にこだわっているようだが、それで全ての人が分類されるわけじゃない。誰しもひとつはそういった面を持っているはずだ。私も含めてね。

 だからこそ、どのように選択をして行動するかは非常に重要なのだろう。それが自身を形作り、周りからの評価にもなるだろうからね」

 

 サーゼクスの言葉の意図を大一は読めなかった。困惑した表情は表に出さなかったが、彼はそれすらも見透かしたように身体を少し前に出して諭すように話し続けた。

 

「大一くん、難しいかもしれないが自信を持って欲しい。キミのやってきたことは自信を持っていいものだ。そしてイッセーくんやリアスを超えていける可能性にも繋がると私は思っている」

「…私なんかに期待しすぎですよ」

「秘蔵の駒を使ってでも、眷属にしたいと思ったんだ。そういった感情を持つのは自然なことだろう?」

 

 サーゼクスの笑みにつられるように、大一も笑みをこぼす。不思議と暗く沈みかけていた感情が穏やかになるのを実感した。サーゼクスがどこまで大一の心配を見抜いていたかは不明であった。しかし不安定になっている土台を補強するように、自信をつけさせるという手法は今の彼にとって効果的であった。

 改めて自分の主には叶わないと思いつつ、あの日に眷属となった選択は間違いでなかったとハッキリと実感した。

 

「ありがとうございます、サーゼクス様」

「礼を言われるようなことはしていないさ。私にとっては正当な評価のつもりだよ。だからこそ例の学校で教師の勧誘を受けたのだろう?」

「知っていたんですか…」

「セラフォルーから聞いてね。いい教師になれると思うが、選ぶのはキミ自身だ。自分の心に従うんだよ」

「元よりそのつもりですよ」

「しかしこうでも言わないと、キミは断る選択肢を考慮しないだろう」

 

 大一を眷属にしてからまだほんの数か月にも関わらず、サーゼクスはすでに彼の扱いを心得ていた。

 せいぜい30分程度の会話であったが、次の予定もあるためサーゼクスとの会合は終わりを迎えようとしていた。2人はソファから立ち上がるが、その時にサーゼクスが待ったをかける。

 

「おっとそうだ。大一くん、頼まれてほしいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「少し待っていてくれよ…」

 

 サーゼクスは書類机へと向かうと引き出しから封筒を取り出し、大一の前に戻ってくる。

 

「アガレス領土に行くにあたり、グレモリー城を経由するだろう。その時にこれをグレイフィアに渡して欲しいんだ」

「手紙ですか…」

「キミなら大丈夫だろう」

 

 いたずらっぽく笑うサーゼクスに対して大一も頷く。古くから使われているであろう殺し文句は、大一の自信をつけるにあたり更なる効果をもたらしていた。彼もこれがサーゼクスとグレイフィアの安寧に繋がることを理解していたので、主の力になることをより実感していた。

 




思えば17巻はメインメンバーとの絡みがかなり少ない…。


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第152話 女王の願い

何気にグレイフィアさんとしっかりやり取りした描写を書いたの初めてかもしれませんね。


 グレモリー城内では少なくとも自由は確保されているグレイフィアであったが、外部との接触は強く禁じられている。共に住むグレモリー夫妻や息子のミリキャス、使用人以外が接触するには派遣された冥界政府の者からチェックを受けなければならなかった。

 当然、大一も例外ではない。ヴェネラナの眷属として来ていることを告げても、身体と持ち物を念入りに調べられる。わざわざ義手まで外すことになったのは気持ちの良いものではなかった。もっともルシファー眷属であることが露呈すれば、問答無用で追い返されるのだろうが。

 10分もかかってようやく確認が済ませられた大一は、客間にてグレイフィアと対面した。

 

「お久しぶりです、グレイフィア様」

「ええ、久しぶりですね」

 

 夫のサーゼクスと比べると、グレイフィアは健康的に見えた。顔の血色はよく、穏やかな雰囲気を醸し出していた。グレモリー家の仕事からも離れているためか服装もメイド服ではなく、クリーム色のセーターにチノパンというシンプルな私服姿であった。

 

「お身体は大丈夫ですか?」

「とても調子はいいですよ。ミリキャスとの時間が取れますし、あの人のご両親も一緒ですから」

 

 グレイフィアの言葉は真実であるが、同時に本音でもないという矛盾をはらんでいた。その寂しさと苦難に気づかないほど大一も鈍感で無かったし、彼女も隠せるとは思っていなかった。

 彼は心配そうに目を細めると、ゆっくりと本題の火ぶたを切る。

 

「…サーゼクス様から手紙を預かっています」

「っ!身体も持ち物もチェックされているはずでは…」

「ええ、体中のあちこちを小突かれましたし、義手まで外されて調べられましたよ。でもこの義手の内側、しかもここまで隠せばわからないでしょう」

 

 大一は義手を外すと装着していた部分から手紙を取り出す。義手に隠していた部分は黒く染まっており、不本意なため息が聞こえてきた。義手の内側にシャドウを張り巡らせて、彼に隠してもらっていた。問われても動かしにくいので神器で補助していると答えることで隠し通すことに成功した。

 目を丸くさせたグレイフィアは納得するように頷く。

 

「神器を使いこなしていますね」

「まだまだですよ。少し曲がってしまいましたが…どうぞ」

 

 大一はソファから立ち上がり、対面のソファに座っていたグレイフィアに手紙を渡す。彼女は逸る気持ちを抑えつつ、それでも隠し切れない感情の昂りに手を震わせながら、封を切って手紙を確認する。

 枚数は4枚、一般的なサイズの用紙であった。そこに書かれている文字、文章を静かにグレイフィアは読み込んでいく。本来であれば、この紙の枚数が数十倍あっても伝えたいことは足りないだろう。それでもこの夫婦の信頼は目に見える愛情と絆の強さを実感していた。その手紙は、彼女の乾いた心に愛情を注ぎ込み、熱く潤し満たしていくのであった。

 せいぜい10分程度しか読んでいなかったはずだが、なによりも貴重な時間にグレイフィアは安堵するように息を吐く。読み終えた手紙を丁寧に折りたたむと、彼女は目に溜まる涙を拭って大一に向き直った。

 

「失礼…らしくない姿を見せてしまいました」

「いいえ、お二人の関係ならば当然のことでしょう」

「あの人の…サーゼクスの愛を感じましたよ」

 

 恥ずかしげもなく穏やかにグレイフィアは答える。彼女とサーゼクスの関係性は非常に有名ではあった。その壮絶な恋愛劇は冥界でも多くの女性の憧れでもあり、以前彼女が兵藤家に来訪した際も朱乃辺りが目を輝かせながらその話を伺ったのだという。

 それでもここまで愚直に夫への思いを口にするのは珍しかった。いつもなら影のごとく一緒にいる愛する相手とこれほど長く離れていたため、この手紙からもたらしたものが彼女の本心を引き出させていた。

 

「サーゼクス様も安心するはずです。次の連絡の際に間違いなく伝えます」

「本当にありがとう、大一くん。あなたのおかげで私もサーゼクスも救われました」

「手紙を送り届けただけで、それほど言ってもらうとむず痒くもなりますよ」

「それでも私にとっては本心です。まさかこういった状況になるとは思ってもいませんでしたから…」

 

 憂いのある声でグレイフィアは答える。そこに込められた思いはサーゼクスだけでなく、敵対しているもうひとりの男を想起させた。

 

「…ユーグリットのこと、気になりますよね」

 

 大一の問いにグレイフィアは頷く。彼女の瞳はわずかに潤んでおり、先ほどの涙とは違う意味が込められていた。

 

「死んだと思っていました。あれほど激しい戦いの中で音沙汰も無く、当時は死んだという情報も聞きました。ルキフグス家を裏切った私ですら、長い間の心残りになっていたんですよ」

「…仲が良かったんですね」

「いつも私のことを慕ってくれていました。姉上、姉上と目を輝かせながら私の後をついてきて、時には横に並んで、時には私を守るように前に立って…あの子は私への尊敬を隠しませんでしたし、そんな弟を私も可愛がっていました。サーゼクスとリアスほどではないですけど」

 

 グレイフィアの言葉には懐かしさと寂しさが入り混じった微妙な感情の起伏が感じられた。ルキフグス家は72柱に属さない「番外の悪魔」の中でも魔王ルシファーに最も近い一族であり、旧魔王派として新魔王派と激突したこともある。しかも彼女以外の一族は消息を絶っていたのだ。それゆえに戦いの中で陣営を超えた大恋愛をした彼女も少なからず自責の念はあり、それがユーグリットが現れたことでより大きなものになっていた。

 

「真面目な子です。悪魔として、ルキフグス家としてその生き方を真っすぐに遂行していた彼は多くの責任や義務を背負っていたでしょう。そんな弟を失望させた原因は私がサーゼクスと恋仲になったことだと思っています。あれほど悪魔としての生き方や家を信じ、私のことを慕ってくれたのですから…」

 

 大一はただ静かに彼女の話に耳を傾ける。かつてはセラフォルーと最強の女性悪魔を争い、ルシファー眷属の中でも最も強い彼女がこれほど思い悩む姿を初めて見た。

 グレイフィアは小さく息を吐くと、大一に潤んだ瞳を向ける。

 

「大一くん、お願いがあるのです。ユーグリットを…私の弟を救ってくれませんか?」

「救う…ですか」

「先ほども言いましたが、あの子はとても真面目です。たくさんの苦しみを背負い、今では私にも勝るとも劣らないほど何かを感じていると思うのです。それこそ自分を見失うほどに。私が彼を止められればいいですが、それは私には出来ません。不躾で無茶なお願いだとはわかっています。それでも…弟を救って欲しいのです。彼自身の人生を歩むために」

「…それは姉としてですか」

「悪魔として、ルシファー眷属としてでもです。挙げればキリがありませんね」

 

 グレイフィアの言葉に大一は額を掻く。この願いがどれほど重いものであるかは彼も自覚していたが、その上でどうしても彼女の口から確認しておきたいことがあった。

 

「ひとつだけ聞きたいのですが、どうしてそこまでユーグリットのことを言いきれるのですか」

「間違っているかもしれません。しかし…姉として彼を見てきましたから。あなたも似たような経験があるのでは?」

「…何とも言えません」

 

 大一とグレイフィアの話はここで終幕を迎えた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大公アガレス家はあらゆる派閥に政治家がいるため、悪魔としてあらゆる方面からの信頼はずば抜けていた。そのため下手をすればセラフォルーの政治的策略として見られかねない「誰でも通えるレーティングゲームの学校」ができたのは、この地で建設を提案したアガレス家の現当主のおかげであることは間違いなかった。

 かつてリアスとサイラオーグがレーティングゲームを行った空中都市アグレアスからすぐ近くにある町アウロス、そこに件の学校はあった。町は冥界随一の農産業を誇っているが、人口は決して多くない上に盛り上がりという点ではアグレアスに欠けていた。

 しかしおかげで穏やかな環境が約束されている。加えて、この地もまったくの無名というわけでなく、今回の魔法使いの集会のように学術的な集まりやシンポジウム、プレゼンテーションが行われていた。近くにアグレアスもあるため、レーティングゲームへの見学も見込める。要するに子どもへの学びにおいて、信頼性がある土地柄であった。

 大一は着替えの入ったバッグを背負いながら、田舎町をひとり歩いていく。手には地図が握られており、時々立ち止まっては確認しながら学校に向けて歩を進めていた。

 

『迎えを頼んだらよかったのに』

(サーゼクス様の件がいつ終わるのかもわからなかったから仕方ないんだ)

 

 やれやれといった様子で話しかけるシャドウに、大一は軽くあくびをしながら頭の中で答える。ソーナが誰かを向かわせることは提案していたが、サーゼクスとの話し合いやその後に何か仕事を任されるかもしれないことを踏まえて、地図だけ貰った彼はアウロスの田舎風景の中を進んでいた。リアス達のように皆で向かえばのんびり穏やかな風景に対して話の花も咲いただろうが、残念ながら今の彼と共にいるのはこの風景に興味を示さず好戦性と握手するようなメンバーであった。

 

『しっかしあの「女王」も無茶な要求をするよね。いくら自分が動けないからって尻拭いを大一にやらせることないじゃないか』

(そう言うなよ、シャドウ。グレイフィアさんはそれほど思い悩んでいるんだ)

『でもさ、あいつに勝つ算段あるのかよ。聞けば模造品とはいえ神滅具の「赤龍帝の籠手」を持っているんだぞ。その力は大一もよく知っているだろう。しかもそいつの地力は想像つかない』

(それは…)

 

 シャドウの言葉に大一は言いよどむ。彼の言葉は全てが正しかった。ユーグリットは次元の狭間で、以前サマエルに毒された一誠の身体を回収していた。それを元に聖杯を利用して、ブーステッド・ギアのレプリカを生成し鎧として身に着けるほどにまで鍛え上げていた。加えて、吸血鬼の領地で一誠が戦った際に彼はグレイフィアにも負けない実力であることを自負していた。それらを思い返せば、大一が言いよどむのも当然であった。

 しかし同時にグレイフィアの願いを無下にすることなど彼には出来なかった。ルシファー眷属としての責任感、彼女の自責の念とユーグリットへの想い、そしてサーゼクスとの絆…多くの要因をあの場で目の当たりにしたのだから、ひとりの悪魔として力になりたいと思うのも必然であった。

 

(また口だけの男に戻るか、小僧)

 

 ディオーグが茶化すように声をかけてくる。これに対してシャドウが文句を垂れた。

 

『ちょっとディオーグ。これは口だけというのは違うだろ。大一が理不尽に任されただけで、元より難しいって話だろうさ』

(どうだろうな。こいつはまだ碌にそいつと戦ってねえんだぞ。それで諸手を上げて諦める方が、よっぽど口だけだと思うがな)

『そ、それは…』

(落ち着けよ、シャドウ。ディオーグの言葉は気にするなって。それが俺の強さだって、こいつはわかっているからな)

(フンッ!)

 

 大一の答えにディオーグは軽く鼻を鳴らす。先ほどの茶化した言い方にも、以前のような苛立ちや軽蔑が感じられないのはすぐに分かった。

 同時にシャドウの気持ちも彼は理解できた。傍から見れば無理難題を押し付けられたと思われるのは、これまでの実績も踏まえればおかしくはない。

 大一を中心にそれぞれ考えを張り巡らせるディオーグとシャドウであったが、彼自身も2体の相棒と同じように独自に思考の網を展開し、その想いを口にする。

 

(…俺はユーグリットと戦わなければいけないと思う)

(ほう…)

『で、でも難しいぜ』

(それは百も承知さ。あいつがどれほど強いかなんて、クリフォトでリゼヴィムの護衛やっている時点で相当なものだとわかる。それでも俺はやらなければいけないんだ。サーゼクス様のために、グレイフィア様のために、そして何よりも俺達自身のために)

 

 ルシファー眷属としてサーゼクスとグレイフィアを筆頭に同じ眷属のために出来ることは間違いなくユーグリットを倒すことであった。しかしそれだけが理由ではない。いずれ一誠を超えるにあたり偽物の赤龍帝を倒すこと、自身の能力や技術の不安に打ち勝つこと、そして冥界の悲しみを少しでも減らすこと…ディオーグ、シャドウ、大一の願いを少しでも大きく前進させるにあたり、これはひとつの目的といっても過言でなかった。

 特に大一にとって、あのサーゼクスの疲れ果てた表情とグレイフィアの涙は強く脳裏にこびりついていた。彼らの悲しみを拭うためにも、大一は戦う覚悟を決めていた。

 そしてもうひとり、もし本当に彼が苦しんでいるのであれば…。

 

(だいぶわかってきたな、小僧)

『うげえ…まあ、赤龍帝も因縁あるみたいだし僕たちが絶対ではないだろうけど…』

 

 自信に満ち溢れたディオーグと波のように不安を揺らすシャドウの声が頭に響く中、ようやく目的地である学校が視界に入った。

 




一気に因縁が出来る形になりました。


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第153話 上手くいかなくても

ちょっと長くなりましたが、区切りの良いところまで書きます。
失敗や躓きゆえの学びもあるでしょう。


「いや本当に助かった。危うく不審者として変な目で見られるところだった」

「私だってそんな目で先輩を見ることにはなりたくないですよ」

 

 大一は申し訳なさそうに隣を歩く花戒桃に謝る。学校に着いたは良かったものの、門が閉まっており呼び鈴やインターホンの類を探していたところ、学校の職員と子ども達に見つかった。長身の黒スーツの男が怪しくうろついている、それだけでも不審者として疑われるには十分であり、近くにいた彼女がすぐに現れて事なきを得た。

 あやうく学校見学が色々おじゃんになりかけた大一がショックを受けたのは、子ども達を泣かせる一歩手前の状態になっていたことであった。別に好かれようとは思っていなかったが、半泣きで引いている子どもの原因が自分にあると知っては相応にへこんでしまう。

 

「俺、そんなに怖いかな…」

「怖いというか…兵藤くんや木場くんとかと比べると愛嬌は無い気がします。あと大きいから、子どもも驚くのは仕方ないことかと」

「それを言ったら、サイラオーグさんも似たような…いや、あの人はさっぱりしているものな」

 

 実際、案内途中でサイラオーグが子ども達に打撃の講師をしていた場面を遠めに彼は見ていた。離れていてもわかる慕われぶりに感嘆の息が漏れたほどであった。

 

「先輩、湿っぽいというか、げっそりとしているというか、あまり健康的じゃない時ありますものね」

「容赦なさすぎだろ、花戒…」

「いや、生徒会に来るたびにくまだらけの顔で土下座を繰り返しているのを見ればそうも思いますよ」

 

 実際、生徒会のメンバーが大一に抱く印象はほとんどが疲れているという印象であった。今でこそ足を運ぶことはほとんど無くなったが、2年生の頃は一誠含む変態3人組への謝罪で入り浸っていたため、当然の感想とも言えた。

 

「一誠が悪魔になって忙しくなり、モテることにもなったおかげで、学園生活はだいぶ落ち着いたと思うよ。家ではそこまででも無いが…」

「まあ、兵藤くんの全てを肯定はしませんが、良いところも知れたと思います。学園ではなかなか…」

「否定はしないよ。ところで学園といえば、この学校のデザイン…」

 

 歩きながら大一は校内の光景に視線を走らせる。教室、廊下、校庭…デザインや学園の様子があまりにも見慣れていた雰囲気があった。

 

「お察しの通りですよ」

 

 いつの間にか後ろにいたソーナの一言に、大一と花戒はびくりと身体を震わせる。

 

「び、ビックリした…会長、驚かないでくださいよ!」

「ちょうど曲がり角で見かけて声をかけたのよ。大一くん、いらっしゃい。どうですか、『アウロス学園』は?」

「まだ少ししか見ていませんが…駒王学園を参考にしていますね」

「私がもっとも素晴らしいと考える学び舎ですから」

 

 学校の外観、建物や運動場の配置、校内の作り、あらゆる箇所でこの「アウロス学園」は彼女らの母校「駒王学園」を踏襲していた。ソーナの想いがふんだんに込められており、ピカピカの新築校舎は新鮮さと馴染み深さという2つの矛盾した想いを抱かせた。

 この学園はまだ正式な開校はしておらず、現在は体験入学の段階であったがそれでも子どもは150人以上集まっており、父兄も含めればこの校内いる人数は倍以上いた。口コミで噂が広まった結果であったが、上々の滑り出しであることはソーナも自覚していた。

 

「しかし本当にすごい…こんなふうに夢を叶えてしまうとは」

「まだまだ第一歩でしかありませんよ。これから本当の意味で平等に皆がレーティングゲームを学べるようにしなければ」

 

 冷静に、しかし目に爛々とした輝きを灯しながらソーナは語る。自身の夢を実直に語る彼女に大一は小さく微笑む。リアスと幼馴染だけあってか、その野心と目標の高さは本物であった。彼女の強みである知力と行動力も踏まえれば、ここまでこぎつけるのも当然の結果であろう。

 

「リアス達はすでに手伝ってくれています。イッセーくんなんかは人気が凄すぎて、少し前までおっぱいドラゴンのファンイベントになってしまったくらいですよ。先ほどまで来ていたディハウザー・ベリアルに次ぐほどでしたね」

「なにやっているんだか…って、ベリアル様が来ていたんですか!?」

「ええ、先ほど帰られましたけど」

 

 冷静に対応するソーナに、大一は呆けたように息を吐く。アグレアスで明日、ディハウザー・ベリアル主演の映画撮影があるため見学に来たそうだ。レーティングゲームの現覇者、「皇帝(エンペラー)」の異名を持つその存在は大一も興味があり、つい先ほどまでいたという事実に驚きを隠せなかった。

 

「それは本当にすごい…ま、まあ、皆さんに比べれば微力ですが、俺も手伝いますよ」

「ありがとうございます。ぜひ色々見ていただいて、いずれ学園の先生として来て欲しいものです」

 

 眼鏡越しにきらりと光る彼女の瞳は、期待に満ちた様子で大一へと向けられていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアス達は自分たちの強みや立場を活かして授業のサポートにあたっていた。リアスと朱乃は「王」と「女王」という特別な立場ゆえの経験や知識、祐斗やゼノヴィアの「騎士」コンビは剣を用いた実技、イリナは悪魔からすれば珍しい転生天使としての布教に片足突っ込んだ講義となかなか強烈なものであった。小猫やギャスパーも出生の特異さを活かした授業の手伝いに入っており、一誠は匙と共に「兵士」の実演を行う。アーシアはエクソシスト関連であったが、ファーブニルのおかげでゼノヴィアやイリナに介抱されるところにまで発展した。

 仲間達が活躍する中、大一はそうもいかなかった。元々、一誠のように「兵士」としてプロモーションを多用しない上に、「女王」とは相性が悪いため使用すらしない。ルシファー眷属の立場を明らかにするわけにもいかず、ヴェネラナの眷属としてもレーティングゲームに参加できないため、いまいち教える立場としては説得力に欠ける。

 そんな彼が任されたのは、ロスヴァイセによる魔法の授業の手伝いであった。

 

「もう少しで出来ますよ。こうすれば…」

「やったぁ!ちょっとだけど火が出た!」

 

 はしゃぐ子ども達にロスヴァイセが中心になって魔法を教えていく。彼女の知識量の凄まじさに加えて、積み上げてきた教師の経験を存分に活かされていた。以前の会議後にサイラオーグが彼女に対して冥界で教鞭を取ってほしい旨を強く伝えていた。彼のように魔力の素質が無い悪魔はいくらでもいる。そんな悪魔も魔法を使えば、出来ることの幅が一気に広がるのだ。苦い経験を知るサイラオーグだからこその願いと要望に、彼女はすぐに答えを出せなかったが、その現状を目の当たりにしているような気分であった。

 

「兄貴先生、水が出ません」

「うん、見せてみな」

 

 ひとりの少年悪魔が手を上げて、大一を呼ぶ。ここで教えられているのは基礎的な魔法ばかりであった。メンバー内では座学で魔法を習得してきた彼でも十分に見て教えられるレベルであり、ロスヴァイセでは手が回らないところをサポートする形を取っていた。

 大一は近くに向かうと、少年悪魔が手の平に展開させていた魔法陣を調べる。

 

「…あー、ここの術式か。ここを直してまとめれば…」

「わっ!水が出た!」

 

 魔法陣から噴き出る水を見て、子どもが歓喜の声を上げる。実戦では素早い展開や威力の足りなさでほとんど活用できない彼の魔法も、この穏やかな現状で教える分には事欠かなかった。

 

『しかし兄貴先生って…』

 

 不穏な声色でシャドウが頭の中でつぶやく。大一の「兄貴先生」という名称は、一誠が兄貴と呼んだことに起因していた。赤龍帝ありきの名づけに不満を抱く者がいる一方で、大一としては怖がられるよりも遥かに安心した。それでも距離感が掴めずに苦慮しているが。

 それを思えば、数十人いる子ども達を相手に魔法の講義を行っているロスヴァイセの手腕に感心した。

 

「ロスヴァイセ先生!」

「先生、もっと教えて!」

「順番ですよ、皆さん」

 

 ロスヴァイセとしても教えるのには間違いなく手ごたえと喜びを感じていた。これほど魔法を学びたがる悪魔が多いことに驚きも感じ、学びへの意欲に更なる驚きもあった。とはいえ、全員が上手くいくわけではない。子ども達に教える中、彼女は初歩の魔法の発動が上手くいかない少年が視界に入る。マンツーマンで指導すれば上手くいくかもしれないが、今の彼女にそこまでの余裕はない。

 そんな中、大一はひとり苦慮している少年の下に歩いていった。

 

「…出ないな」

「…うん」

「どこがわからない?」

「…全部。これで良いはずなのに出ないんだ」

 

 静かに答える少年に大一は頭を掻いて術式を確認し始める。ひとつひとつ文字をつぶさに調べていきながら、大一は少年に問う。

 

「魔法を知りたいってことは、魔力関連は苦手かな?」

「…なにもできないんだ。頭も悪いし、魔力も上手く使えない。魔法だって…」

「…嫌になるよな。みんなができるのに自分だけができないとか」

「うん…」

「まあ、初めてのことは誰でも上手くいかないものだよ。それにキミは何も出来ないわけじゃない。こうすれば…」

「わッ…!」

 

 少年はびくりと身体を震わせる。展開させていた魔法陣から薄い霧が噴き出していた。彼の顔には靄がかかり、空いた手でそれを振り払っていく。視界が晴れて飛び出るその表情は驚きながらも、魔法を発動させることができたことの興奮が上回っていた。

 

「ここの文字が反転していたから発動しなかったんだ。それ以外は完璧だったよ」

「僕も出せた…」

「そう、キミが出した。キミが諦めずに頑張って術式を組んだ結果だ。できることはこれからひとつずつ増やしていけばいい」

「…ありがとう、兄貴先生」

 

 少年の笑顔に大一は気恥ずかしくなり、少しだけ頷いて立ち上がると他の子ども達の様子を見て回るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「あー、なんとか終わったなぁ…」

 

 この日の深夜、一誠は風呂に浸かりながらぼやく。最終プログラムを終えた一誠達は他のメンバーや講師と夕食を取った後に一息ついて明日のミーティング、入浴の時間になっていた。彼らが泊まっているのは敷地内にある学生寮となる予定の建物であった。ほとんど完成に近づいており、部屋割りの関係上、兵藤兄弟が同じ一室になっていた。

 彼の対面で足湯のような状態で座っている大一が労わる。

 

「お前、今日はかなりすごかったみたいだな。お疲れ」

「まあな。兄貴の方はどうだった?」

「んー…まずまずだな。そもそも俺はロスヴァイセさんを手伝っていただけだし。それでも子ども相手の距離感は難しいな」

「意外だな。兄貴ってそういうの得意な方だと思ったよ」

「一対一ならまだしも複数だとな…お前はそれこそ特撮の方で慣れているだろ」

「まあ、今日もいろいろあったからな。レイヴェルがいなきゃ、マジであたふたしていたぜ」

 

 一誠のげんなりした様子に大一は小さく笑う。表情は穏やかであったが、使い込まれた肉体に義手を外したその姿はどこか以前の兄と比べると頼りなさげな印象を抱かせた。

 義手自体は防水用ではあるのだが、隙間に水が入ってくるやら上がった後の手入れやらで面倒なため、風呂では出来るだけ外していた。もっとも父と兼用している状態のため、そのまま入ることも少なくなかったが。

すでにない兄の腕のあたりを見ながら一誠は話す。

 

「兄貴も大浴場の方を使えばいいのに」

「それこそリアスさん達が使うだろ。お前は母さんの注意喚起を無視しているみたいだけどな」

「ま、まあ、それはほら…俺もいろいろあるからさ。

 それよりも聞いておきたかったんだけど、サーゼクス様に会ったんだろ?元気だった?」

 

 露骨な話題逸らしに半ば呆れながらも、大一は主の顔を思いだす。その美形に隠しきれない疲労の表情は思いだすのに苦労しなかった。

 

「元気とはいえないな。ユーグリットの件もあるからな」

「それもそうか…なあ、兄貴。思うんだけど、ユーグリットはまた俺の前に立ちはだかると思うんだ」

「わざわざ偽物の赤龍帝としているからか?」

「まあ、そうだな。だからサーゼクス様とグレイフィアさんに俺が必ず突き出して見せる。それにロスヴァイセさんの件もあるしな」

 

 決意を込めるように握りこぶしを見せる弟の姿に、大一は目を細める。力強い信念だ。幾度となく見てきたその姿は頼もしく、彼が冥界で英雄として子ども達や多くの人に慕われる裏付けでもあるだろう。

 

「…頼もしいな。だがその想いはお前に負けないほど俺も抱いているよ。非公式とはいえルシファー眷属だ。俺にも思うことはあるんでな。いずれにせよ、危険なのにお前とロスヴァイセさんのデートの際に接触してきたくらいだ。あいつは必ずまたどこかで会うだろうな」

「あれは俺も驚いたよ。まさかデート中にあんな形で会ってくるなんてさ。俺らに示すために聖書読んだり、なんかロスヴァイセさんの髪を撫でたりとか…いろいろ不気味な感じもした」

 

 一誠の発言に大一は眉をひそめて思案した表情になる。なにか思い当たる節があったのか、片腕で顎を撫でながらか考えを張り巡らせていた。どことなくアザゼルを想起させる兄の姿に、一誠は不思議そうに彼を見た。

 

「…もしかして…いや、どうだろうな。まあ、確証もないか。じゃあ、俺はそろそろ上がるよ」

「ええ!?兄貴、あんまり入っていないじゃねえか」

「父さんに義手を見られないように注意していたせいか、長風呂が落ち着かないんだよ。あと単純に今日はいろいろ回って疲れた」

 

 それだけ言うと大一は立ち上がり、右腕の縫合跡から黒い影を腕と形成して風呂の扉を開いて出て行った。右腕がない彼は確かに不安であったが、その大きな背中は紛れもなく多くを背負い続けて安心を感じられるものであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 風呂から上がった大一は早々に着替えて部屋に戻ろうと脱衣所から出るが、その近くの壁に寄りかかる女性を見て意外そうに声をかけた。

 

「ロスヴァイセさん。そこで何をやっているんですか?」

「あっ、大一くん。いえ、女子寮のお風呂のお湯が出なくなってしまって男子寮の方を使うように言われて。そしたら浴場で話し声が聞こえたので、ここで待っていたんです」

「おっと、それは申し訳ない。一誠に上がるように言ってきますので、待っていてください」

 

 踵を返そうとする大一を、ロスヴァイセが慌てて呼び止めた。

 

「だ、大丈夫ですよ!急いでいるわけではありませんので!…あの、待っている間に少しお話いいですか?」

「それは構いませんが…」

 

 ロスヴァイセの申し出に大一は再びくるりと身体の向きを変えると、彼女に並ぶように壁に寄りかかる。この状況で口火を切ったのはロスヴァイセの方からであった。

 

「今日はお手伝いありがとうございました」

「いえいえ、自分の力添えなんか些細なものです。やっぱりロスヴァイセさんの指導力あってこそですよ。あれだけの大人数に魔法を教えるのは、さすがだと思いました」

「そう言われると嬉しいですね。でも私は大一くんのお手伝いに助かったのも本音ですよ。ひとりだけ初期魔法で躓いていた子、あのままできないで終わらないか心配でしたけど、大一くんのおかげで彼も魔法が出せました」

 

 頭の中で霧を出した少年の顔が思い浮かぶ。緊張気味でありながらも、成功を経験した少年の様子は、大一にとって非常に印象的であった。ロスヴァイセも上手くいかない様子が気になっており、その心配を払拭した彼への評価は順当なものであった。

 

「明日もお手伝いをお願いします」

「お任せください。俺で良ければいくらでも力になりますよ」

 

 弟の強い信念にも劣らないほどハッキリした大一の意思表示にロスヴァイセは小さく微笑む。どこか無理して作ったような笑顔に彼は追及したくなるが、そこに触れるのはためらわれた。彼女の様子に思い当たる節があるからだ。

 そんな彼の想いをどこまで理解しているかは不明だが、彼女は話し続ける。

 

「大一くんには迷惑をかけっぱなしですね。この前は祖母の案内までしてもらって…」

「俺は迷惑だと思っていませんよ」

「私がそう思えないんです。ひとりで頑張るあなたを知っているから、本当は頼るべきじゃないのに…」

 

 半ば自分に向けるようにロスヴァイセは呟く。年上として教師として頼られることが多い彼女としては、大一を同じような立場の仲間だと思っていた。だからこそ負担や不安も理解しているつもりだし、グレモリー眷属とルシファー眷属の違いやまだ学生の身であることを考慮すれば自分よりも苦労しているのだろうと考えていた。

 だから彼には負担を強いるつもりも無かったが、彼氏役の件では半ば動転していたのも相まって、一瞬でも自分も甘えかけたのが申し訳なかった。

 不安を抱える彼女をちらりと見た大一は、思いだすように義手を見つめながら答える。

 

「…俺はひとりで背負っているつもりは無いですよ。そういう考えは…まあ、いろいろあって緩和しましたので」

 

 彼の頭の中ではロスヴァイセが仲間になる前に起こった小さな、しかし彼にとっては大きな意味を持つ事件について想起されていた。そして同時に彼女がどのような苦難を抱えているのかを察して、ためらいを捨てて大一はゆっくりと語る。

 

「ロスヴァイセさん、ユーグリットの件で不安はあると思うでしょうが自分を犠牲にしようとはしないでくださいね」

「ふえっ!?わ、私は…どうしてわかったんですか…?」

「俺も似たような経験があったので。敵の手に落ちて仲間に迷惑をかけるくらいなら、死を選ぼうとしました。今はその選択が間違っていたことを強く実感しています」

「…それでも私は…」

「俺らがいますよ。何があってもあなたを敵の手に渡しません。心配な時は頼ってください。俺もみんなも迷惑だなんて思っていないのですから」

 

 大一は落ち着いた声で言い切る。かつて愛する人が、仲間達が、自分の負の荷物を下ろすのを手伝ってくれたように、彼はロスヴァイセに対して抱え込む不安と苦悩を軽減させる手伝いをしようとした。彼にも気恥ずかしさはあったが、それ以上に彼女に自分のような苦しみを引きずってほしくなかった。

 彼女は少し潤んだ瞳で大一を見つめ続けると、震える声で絞り出すように答える。

 

「…頼っていいんですか?」

「当たり前です」

「私は…」

「ん?2人ともそこで何をやっているんだ?」

 

 不思議そうに問うゼノヴィアを筆頭に、アーシア、イリナ、小猫、レイヴェルが現れる。彼女らも入浴のために来たのだろう。

 

「一誠が上がるのを待っていたんだ」

「じゃあ、気にすることは無いな」

「そうね、イッセーくんだもの」

「イッセーさんとお風呂…いつもとは違うお風呂で一緒に…」

「わ、私がお背中を洗いますわ」

「ちょっとはためらえよ!」

 

 気にせずに脱衣所に入ろうとする4人の肩を大一は義手から伸ばした黒い影で掴んで制止する。そんな彼に対して小猫は期待するような目つきで寄ってくる。

 

「先輩も一緒に入りましょう?」

「ごめん、上がったばっかりだ」

「むう…この前の時も結局一緒に入ってくれなかったじゃないですか」

「いやあれは仕方ないだろ。それどころじゃなかったし…」

 

 申し訳なさで言いづらそうに答える大一に、小猫が彼の服の袖を引っ張り始める。

 

「だったら、二度風呂です。入りますよ」

「強制しないでくれって!」

「えーい、先輩!放してくれ!部長の邪魔もない今はチャンスなんだ!」

「お願いです、お兄様!見逃してください!」

 

 一誠が騒ぎを聞いて上がるまでの間、この収集がつかない小さな騒ぎは続いた。そのおかげでロスヴァイセは小さく目を拭ったことに誰も気づくことは無かった。

 




割と似ている節はあると思うのですが…。


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第154話 敵の来襲

ディオーグもシャドウも子どものことは嫌いなタイプです。


 いつも朝のトレーニングをしているのもあって、大一はどのような場所でも睡眠時間は長くはない。それでも悪夢は見なくなったため、しっかり休めていた。この日も早々に目を覚ますと、誰もいない校庭を走っていた。

 

『今日くらい休んでもいいんじゃないの?』

(いつもよりは控えるつもりだ。あと部屋に居づらい)

 

 シャドウの言葉に、大一は渋い表情で答える。男子寮の2人部屋は2段ベッドなのだが、朝起きると上の段に寝ている一誠以外にも寝息が聞こえた。確認してみるとアーシアとレイヴェルが一誠の両側に抱きついて眠っていた。

 叩き起こして小言のひとつでも漏らしたい思いはあったが、前日の風呂での一件も踏まえるともはや諦めていた彼はそのまま部屋を出ていた。

 

『夜這いか…かのフェニックス家の令嬢の行動としてはいささか疑問だね』

(さすがに理由があると思いたいが…)

 

 実際のところはレイヴェルはゼノヴィアとイリナとアーシアのじゃんけん勝負を経て一誠のベッドに入り込んだのだが、シャドウの考えの方が近いのは間違いなかった。

 

『正直ね、キミらのところは相当関係が爛れていることを自覚するべきだろうね』

(否定はしないよ。俺ですら朱乃と小猫がいるくらいだし)

『本当にその2人だけで済むかな~?』

(なんだ、その含みのある言い方)

『いやいや、僕としてはあらゆる場面で神滅具持ちを超える人物になって欲しいと思っているだけだ』

 

 シャドウの言葉に、大一は疑問符を浮かべる。少なくとも自分が好意を寄せる、逆に寄せてくる相手に思い当たる節は無かった。敢えて上げるなら黒歌が近いかもしれないが、明らかにからかっているのだから気にもしていなかった。

 それにしてもここまでお節介を焼かれるのは、大一としても戸惑いを感じる。シャドウが彼に期待を寄せるのは理解できるが、こうも遠慮なく言われ続けると逆に自信が削がれる想いであった。

 そんな中、ディオーグが眠そうな声で発言する。

 

(小僧のエロ弟じゃあるまいし、女がいたところでこいつが強くなるわけじゃねえだろ)

『別に強さだけじゃないんだよ。言っただろ、あらゆる面で神滅具持ちを超えて欲しいんだ。僕の所有者はすごいってことを証明して欲しいし、それが僕らの存在をより強く有名にしてくれるはずさ。あと僕が優越感に浸れる』

(その前にてめえらが禁手とやらに至れる方が先だと思うがな。それかもっと実力的に変わるか)

『い、痛いところを突いてくれる…!』

 

 ディオーグとシャドウがそれぞれ理論を展開していくのを大一は聞きながらトレーニングに励む。彼らの主張は自分と違うことが多く、ヒートアップしている際は聞き流すことが圧倒的に多いのだが、改めて耳を傾ける必要性を彼なりに感じていた。というのも、一誠やヴァ―リを見ると、ドライグやアルビオンの様子が少なからず強さの変化に繋がっていると感じた。そこで彼らの話にも強くなるにあたりヒントは無いかと思ったが…。

 

(だいたいよ、あんなガキどもに魔法を教えたところで何も得がねえだろ)

『それには同意する。昨日はあのゲンドゥルとかも子ども達に教えていたみたいだけど、それを息抜きと言えるのは腑に落ちないね』

 

 愚痴が増えてきたところで、大一は自分のやることに集中するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 朝食後、2日目の日程を周知されたメンバーは今日も授業の手伝いに入る。大方、前日と大差ないのだが、サイラオーグとその眷属がベリアルの映画に友情出演するため午後からの参加となっていた。それにあたり、アグレアスにはシークヴァイラ・アガレスもいるため、「若手四王」が付近に集合する形になっていた。また直接は関係していないのだが今日は例の魔法使いの集会がこの町で行われるため、アガレス家の領土は賑わっていた。

 そして大一にも少々変化があった。前日は子ども達の様子を見ていたことがほとんどであったが、この日は見学している親からも質問を受けることが多かった。

 

「家で魔法を学ぶにあたってはどうすればいいですかね?」

「私は座学でなんとかしていました。入門的なものであれば冥界でも売っています」

「実際、レーティングゲームでも使えますか?」

「私は特性上、魔法陣だけを使用していますが、磨けば十分発揮できると思いますよ。実際、ロスヴァイセさんがそうですし」

 

 内容は普遍的なものばかりで、魔法のわからないことを訊くというよりも、活用の仕方や学び方などばかりであった。ロスヴァイセが子ども達に付きっきりのため、必然的に親の対応を大一が行うことになっていた。

 悪魔ながら魔力に恵まれない子ども達を持つ親がほとんどのため、その熱意はすさまじく彼も対応に追われていた。

 懇切丁寧に相手する大一に、親たちは感心した様子で話す。

 

「いやはや、お若いのに色々知っていますね」

「あ、ありがとうございます。幸い、多くの経験をさせていただいているので…」

「赤龍帝のお兄様ですものね。そういえばリアス姫様の眷属を止めたようですが、今後はレーティングゲームには出ないのですか?」

「…見通しはありませんね」

 

 少し困惑気味に、大一は答える。現時点でレーティングゲームに参加する機会はほとんどない。それを踏まえると、この学校の方針とは違っているためソーナからの教師としての打診は自分に相応しいとは思えなかった。

 大一はちらりとロスヴァイセに目を向ける。子どもに魔法を教える彼女がいかに輝いているかが理解できる。以前、ゲンドゥルに問われたことについて自分の考えは間違っていないことを改めて確信したのと同時に、そんな彼女が重いものを抱えていることに感情がざわつく。

 そんな想いを馳せていると、舌なめずりするようなディオーグの声が聞こえる。

 

(気味の悪い魔力…誰だ?)

 

 大抵、ディオーグが何かを感知した際の発言は、まさに嵐の前の予兆と化していたため、大一もすぐに警戒する。間もなく、全身に悪寒が走りディオーグの言う通り気味の悪い魔力が感じられた。ロスヴァイセや他の大人たちもこの違和感に気づいて警戒が強まる中、校内放送が耳に届く。

 

『グラウンドにいる体験入学生、父兄の方、講師、スタッフの皆さんは速やかに校内に入ってください。繰り返します。グラウンドにいる体験入学生、父兄の方、講師、スタッフの皆さんは───』

(ディオーグ、シャドウ…)

(ハッハー!来やがったな!)

『か、勘弁してくれよ…!』

 

────────────────────────────────────────────

 

 不安に駆られる子ども達と父兄は体育館に集合させ、オカルト研究部と生徒会メンバーが職員室に集う。すでにスタッフが総動員で情報の収集にあたっていたが、難航していた。それもそのはず、連絡用魔法陣、転移用魔法陣を展開させても上手くいかず、かつて英雄派によって空間ごと閉じ込められたことが想起される。

 しかし決定的に違うのは、周りにあるものが本物であることであった。大一と小猫で気を探ったが、草木も石も本物であった。

 なんとか直近のアグレアスと魔法使いがいる町の集会場には連絡が繋がり、立体映像が映し出された。片やアグレアスにいるサイラオーグ、片や集会場にいるゲンドゥルであった。

 

『これはどうなっている?』

『この地域一帯丸ごと、敵対勢力の結果に覆われたと考えていいでしょう。いま、総動員で各々使役している生物に結界の規模を確認させていますが、どうやらこの町とアグレアスを楕円形にすっぽり覆っている可能性が高いと報告を受けています。それに加えて、私たち術者は魔法の大半を封じられてしまっています。この通り』

 

 サイラオーグの問いに、ゲンドゥルは答えて額を見せる。奇妙な魔法陣が禍々しい光を放っており、これによって魔法が封印されているようであった。とはいえ、これは集会場にいる魔法使い限定の封印であるようで、この場にいた一誠達は問題なく力を使える様子であった。

 この状況に匙が顔を引きつらせながら不安そうに心中を漏らす。

 

「こんな大規模で大胆なことが出来る者が敵にいるっていうのかよ…」

『───ええ、いますよ。千以上もの魔法を操ったという伝説の邪龍「魔源の禁龍(ディアボリズム・サウザンド・ドラゴン)」アジ・ダハーカ。かの邪龍ならば、魔法使いを封じる術も知っているでしょう』

 

 ゲンドゥルの言葉に全員が絶句した。伝説の邪龍の名前が出てきたことを思うと、間違いなくクリフォトが関わっているからだ。しかもこれほどの規模で封印を可能にする辺り、アジ・ダハーカが強化されていることが考えられる。それこそ聖杯やレプリカのブーステッド・ギアが相手にあるのだから、力を増大させることも可能だろう。

 相手の狙いを探ることが優先ではあるが、魔法使いたちを封じたことで真っ先に思いつくことは…。

 

『…ひとつは私たち、でしょうね。666に関する研究をしていた術者たち。彼らの狙いは私たちにあります。しかし、彼らはあのアグレアスまで結界を覆った。意図があるのでしょう』

 

 ゲンドゥルの話す通り、わざわざ魔法使いたちの魔法をピンポイントで封じたのだからそれは予想される。同時にアグレアスについて疑問はあるが、それについてレイヴェルがぼそりと呟く。

 

「───旧魔王時代の技術」

 

 これについてソーナも頷き、仲間達に説明する。

 

「あのアグレアスには、旧魔王時代の技術が使われています。いまだ解明できていない部分があり、アジュカ・ベルゼブブ様の研究機関が島の深部を調査中です。前ルシファーの息子であるリゼヴィム・リヴァン・ルシファーはあの島にある何かを狙っているのかもしれません」

 

 空中都市アグレアスには、今もなお解明されていないことが多く、旧魔王時代の技術が眠るといわれている。それがどういったものかを全員が考えはするものの、この場で答えが出るはずも無かった。

 とはいえ、この現状を打破するにあたり情報が少ないのも事実であった。外部からの助けも期待できないのが現実だ。これほど広大な結界を張る以上、外からの情報の遮断のために時空間をいじっていることも考えられる。アグレアスとその周辺は本来であれば、もっと早々に結界対策が施行されているはずであったが、冥界随一の観光地でもあるため後回しにしていたのが仇になっていた。

 頭を悩ます中、ひとりのスタッフが慌てたように職員室に入ってくる。

 

「───上空に映像が」

 

 一行が校庭に出て空を見上げると、花畑の映像に『しばしお待ちください』と悪魔文字で記されていた。この映像の雰囲気とはかけ離れたおふざけ感が満載の男性の声が聞こえる。

 

『え?もう始まってんの?マジで?ちょっと待ってよ~。おじさん、まだお弁当全部食べてないって。いいから、出ろって?わかったわかった』

 

 軽いノリで話し続けられる中、間もなく映像が切り替わりリゼヴィムの憎らしい姿が映し出された。

 

『んちゃ♪うひゃひゃひゃっ!皆のアイドル、リゼヴィムおじさんです☆皆、はじめまして、あるいはお久しぶり!説明なしではなんだから俺が直々に説明してあげようかなって思ったしだいです!ほら、敵方が説明するのがお約束でしょ?こちらが不利になっても種明かしをするのがお約束じゃん?

 実は僕たち、その辺一帯丸ごと、結界で包囲しちゃいました!いやー、いきなりのドッキリで申し訳ない!』

 

 言葉と違って謝罪の気持ちなど微塵もない様子で、リゼヴィムは説明を続ける。この結界は予想通りレプリカのブーステッド・ギアで強化された邪龍が関わっていた。話題にも挙げられた邪龍アジ・ダハーカと、初代ヘラクレスに討伐されたもう一匹の邪龍ラードゥンの2匹によって、外とは時間ごと隔絶されていた。

 敵の目的は2つ、協力を得られない魔法使いたちの全滅とアグレアスの技術の奪取であった。

 

『そこに俺たちの打倒を企てて結成したという「D×D」の皆がいるんだろう?事前情報ぐらいは得てるぜ。面白いから、勝負といこうぜ?量産型邪龍軍団の大群と、伝説の邪龍様がそちらと───あの空中都市に向かう。───蹂躙するためだ。それを止めてみろよ。ねぇ、止めてみてくれって』

 

 そう言ってリゼヴィムが指を鳴らすと、町を囲むように紫色の巨大な火柱が無数に天高く立ち上がっていく。

 これを見て、集会所からいつの間にかここまで移動してきたゲンドゥルが忌々しそうにつぶやく。

 

「───紫炎ですか。厄介な者が絡んできましたね」

「…これは『紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)』ッ!」

 

 紫炎が十字架を形作るのを確認してリアスは叫ぶ。聖杯同じ聖遺物(レリック)のひとつで、悪魔でも魔術師でもその紫炎は燃やし尽くすと言われる神滅具であった。

 

『てなわけで、踏ん張ってくれよ!3時間後、行動開始だっ!うひゃひゃひゃっ!』

 

────────────────────────────────────────────

 

 リゼヴィムの宣戦布告からすぐに彼らは行動を始めた。まずは体育館にいた子どもと父兄たちを臨時の避難場所である学校の地下に誘導する。残念ながら、結界と紫炎の守りは厚くこの結界から抜け出すことは不可能であった。

 またアグレアスの方でも同様で、すでにアジ・ダハーカを筆頭とした多くの邪龍軍団が待機しているとのことだ。

 それでも彼らがここで弱音を吐くわけにはいかない。この場に「D×D」として居合わせた以上、彼らはこの学園を守ることに全力を尽くさなければならなかった。

 最終ミーティング前に避難所に集まる皆に、大一は視線を走らせる。恐怖と不安に張り詰められているこの空気は、決して気分の良いものでは無かった。この悲しみに直面させられると、期待というものがいかに大きなものかを実感させられるのであった。

 緊張感に包まれる彼の様子を見た朱乃が声をかける。

 

「大丈夫?」

「あんまり…どうも守るべき対象をこんなふうに見ると、穏やかじゃいられない」

「そうね…でも私たち以上にあの子たちは不安なはず。私たちがここで頑張らなきゃ。それにほら、あんなふうに子どもが期待しているんだもの」

 

 朱乃の視線の先を大一も見ると、一誠がひとりの悪魔の男の子と話しているのが見えた。なんでも魔力の才能が無い子どもであったが、ロスヴァイセの授業のおかげで魔法を出すことが出来るようになったらしい。

 名前をリレンクスと言い、おっぱいドラゴンのイベントにも来ていたことで一誠が覚えていた。

 

「ほら、おっぱいドラゴンは僕のこと忘れてなかったでしょ!」

 

 そこにリアスやロスヴァイセも加わり、リレンクスを勇気づける。そこに映る彼らの姿は温かく、互いに勇気づけられているような雰囲気がそこにあった。

 

「…冥界を変えるのって難しいんだろうな」

「どうかした?」

「いや、俺には英雄って向いていないんだろうなと思っただけだよ」

 

 肩をすくめて避難場所を後にする大一を、朱乃は小さく嘆息して追っていくのであった。

 




次回あたりからバトルになると思います。


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第155話 防衛戦

やっと17巻分の戦闘開始です。


 敵の指定した時間までの残りがもう僅かとなった頃、空には大量の邪龍が町を囲うように滞空していた。一匹一匹の実力も相当な上に、数百は間違いなくいると思われるその数にこれから起こる戦いが壮絶なものになるのは容易に想像できた。

 一行は校庭で作戦の最終確認をしていた。作戦立案と指揮はソーナが執り、それぞれ2人1組で学園の防衛にあたる。手数が不利だが、そこはギャスパーが闇の獣を各組に援護として回す予定であった。加えて、アーシアはボートサイズにまで大きくなった一誠の使い魔であるスキーズブラズニルに搭乗して、各組に回復のオーラを飛ばすことになっていた。その彼女を大一とロスヴァイセで護衛しつつ後方支援することになっている。またこの学園を守ると決心した一部の父兄たちもおり、彼らは町の家々を回ってもらい避難に遅れた町民がいないかを調べることになっていた。

 最終確認も終えようとしていた頃、校庭にひとつの連絡用魔法陣が展開する。そこに映し出されたのは紫色のゴスロリ衣装が目を引く若い女性であった。

 

『ごきげんよう、悪魔の皆さん。わたくし、「魔女の夜(ヘクセン・ナハト)」の幹部をしているヴァルブルガと申しますのん。以後、お見知りおきをん♪』

「…『紫炎のヴァルブルガ』。神滅具『紫炎祭主による磔台』の所有者…」

『リゼヴィムのおじさまの命令で、邪龍の皆さんと一緒にぃ、あなたたちを燃え萌えにしにきましたわん。わたくしに萌えてくださると、燃やしがいがあるというものですわん』

 

 若々しさに甘々しさも入った声が癪に障る印象を与えるが、どこか不気味さを纏う雰囲気とその力に彼らは警戒する。ギラリと睨みの視線を一斉に受けるヴァルブルガはわざとらしく応える。

 

『いやーん、怖いですわねん。悪魔の皆さんが激おこですわ♪うふふ、楽しくなりそう♪』

 

 一瞬、その瞳が恐ろしく暗く口元には相手を軽蔑するような醜悪な笑みが浮かべられた。垣間見える彼女の雰囲気は、大一達に対して敵意と容赦の無さを植え付けていった。

 加えて、彼女はそのまま視線を走らせる。 

 

『ロスヴァイセさんってどなたかしら?』

 

 突然の呼びかけに仲間達が視線を投げかけてしまったため、ヴァルブルガはロスヴァイセに気づいた。

 

『あのねん、いちおう、あなただけは無事に連れてくるよう言われているのん』

「誰にですか?」

『ユーグリットさんよん。彼ね、あなたが欲しいんですってん。いやーん、イケメンくんのご指名なんて羨ましいわん♪』

「行きません。戦います」

 

 きっぱりと答えるロスヴァイセに分かり切っていたように、ヴァルブルガは笑みを浮かべる。

 

『では、皆さん。よいバトルをしましょうねん』

 

 それだけ言い残して魔法陣ごと消えていった彼女を確認した大一は小さく顎を撫で、それとほぼ同時にシャドウが呟く。

 

『そんなに彼女がトライヘキサについて可能性を知っているのかな?それとも洗脳して手駒にでもしようとしているのか?』

(…いやそれだけじゃないと思う)

 

 答える大一の脳裏には、彼の所属する眷属内での「女王」の姿が浮かんでいた。彼女の話や一誠とロスヴァイセが報告していたユーグリットの様子などを踏まえると、彼としては敵が彼女に執着する理由を察していた。

 いずれにせよ彼がこの戦場にいるのであれば、大一としても戦う必要性を感じていた。それこそがルシファー眷属としての彼の使命でもあった。リアス達やソーナ達とはまた違った決心を抱きつつ、いよいよアウロス学園防衛線が始まった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 邪龍が攻め始めてからすでに数分が経過していた。量産された邪龍の攻撃は苛烈極まりなく、向かってくる攻撃は強烈なものであった。それでも学園に散らばるオカルト研究部&生徒会のペアは獅子奮迅に戦い続けていた。邪龍相手にもまったく怯まない様子は、日頃からの鍛錬の成果を物語っている。

 しかし敵の実力も踏まえれば、まったくの無傷とはいかない。そのためアーシアが回復のオーラを各方面で届けるのは、貴重なことであった。当然、彼女に狙いをつける邪龍もいるため、護衛である大一とロスヴァイセも生命線となる彼女を全力で守っていた。

 

『また来たか…!』

 

 龍人状態となった大一は魔法陣を展開して邪龍が吐いてくる火球を防いでいく。相手は2匹いたため、しっかりと魔力を上げて防ぐ必要があった。彼が防いでいる隙に、大きく弧を描いてカーブしたスキーズブラズニルの上から、ロスヴァイセが氷と風の魔法で一気に攻めたてる。直撃した1匹は大きく体勢を崩して、隣にいたもう1匹に激突した。そこを狙ったかのように、大一は激突された1匹の口を義手から伸ばしたシャドウで巻き付けて強引に閉じさせた。気を逸らしたところにロスヴァイセが再び魔法を撃ち込み、大一は上から硬度と体重を上げた蹴りを叩きこんで、2匹の邪龍をダウンさせた。

 

「ただ攻めるだけじゃなく、意志があるのは厄介ですね」

『アーシアが回復役であることに気づいて襲ってきますからね。本当にしつこい…!』

「お二人とも無理はしないでくださいね!」

 

 アーシアが心配するように声をかける。先ほどから回復のオーラを飛ばすたびに、必ずと言っていいほど数匹ほどの邪龍に目をつけられて追いかけまわされる羽目になっていたため、彼女の心配は必然のものとなっていた。

 

『この学園を守るためだから、多少の無茶はするさ』

「でも倒れてしまっては意味がありませんよ。というか、大一くんもいい加減にイッセーくんの龍帝丸に乗った方がいいのでは?」

『そのサイズだと2人乗るだけで精いっぱいでしょうよ。スタミナならロスヴァイセさんよりは自信がありますし、戦法も飛び回っていた方がすぐに準備出来るから楽なんですよ』

「こういう時まで頑固なんですから…」

 

 半ば呆れたようにロスヴァイセは反応する。しかし実際のところ、遠距離攻撃が主体である彼女の方が安定感はあったため、スキーズブラズニルにはアーシアとロスヴァイセが乗ってそれに追従する形で大一が動くという陣形が成果を上げられていた。

 再び移動しようとした時、強烈な爆音が響き渡る。音がしたのは学園の北方面、リアスとベンニーアのコンビが対応していた辺りに紫炎の十字架が確認された。

 

『…北側より、聖十字架使いが襲来しました。リアス達だけで相対するのは難しいでしょう。一旦、防衛範囲を狭めて4人1組を作ってください。皆さん、後退を始めて───』

 

 インカム代わりの魔力装置から届くソーナの声を遮るように、今度は南西方面から爆炎と黒煙が上がった。間もなく、今度は小猫から通信が入った。

 

『こちら、南西方面担当の小猫です。…邪龍グレンデルとラードゥンが出現しました』

「立て続けに来ますね…」

 

 ロスヴァイセが苦虫を嚙み潰したように声を出す。敵の戦力の層の厚さを踏まえると、まだまだ仕掛けてきてもおかしくないと感じる。

 

『本当に…ん?』

 

 同調するように頭を掻いて答える大一はなにかが学園に向かってくるのを感知した。まるで魚群のように数多く向かってきており、その方向を見ると、水の塊が槍のような形を形成して一気に降ってきたのだ。大一の視線で気づいたロスヴァイセも動き、2人で魔法陣を展開してこの攻撃を防ぎきる。

 半ば不意打ちのような攻撃にロスヴァイセは不信げに目を細める。

 

「まったく今度は何でしょうか?」

 

 彼女の疑問をさらに加速させるかのように再びソーナの声が耳に響く。

 

『全員、聞こえますか?各方面で敵の攻撃と思われる水の塊が飛んできます。ヴァルブルガ、グレンデル、ラードゥンを相手にしながら捌き切れるほど少なくありません。なんとか攻撃の相手を探してください』

 

 敵が一気に攻勢に出てきたことにロスヴァイセはごくりと唾を飲む。このままでは一方的になりかねない状況が徐々に作られてきていた。

 

「相当な距離からの攻撃ということでしょうか?それとも姿を隠してとか…」

『前者ですよ、ロスヴァイセさん』

 

 大一が校舎の東側に顔を向けながら答える。数キロも離れた遠い距離から、先ほど防いだ魔力と同じような感覚があるのを感知していた。その魔力の感覚が、かつてクーフーやギガンと戦った時に感じたような不可思議な繋がりを抱くようなものに、彼は不信感丸出しでその先を見据えたような視線を走らせていた。

 

「感知できる小猫ちゃんが邪龍たちと戦っているタイミングを狙ったのでしょうか…?」

『感知なら俺やシトリー眷属もできるが…』

 

 アーシアの言葉に大一はどこか引っかかりを覚えた。感知できる相手を警戒するにしても、その割にはやり方が雑なような気もした。小猫以外にも感知に秀でたメンバーはいるのに、どうして敵はこのタイミングで攻めたのだろうか。そもそもこれほど離れた距離の敵をすぐに感知できた自分自身にも彼は疑問を抱いていた。

 いずれにせよ、このまま敵を放っておくと先ほどの水の攻撃も止まらずに向かってくる可能性が高い。この乱戦気味の防衛戦では、長距離からの攻撃は非常に厄介なことこの上なかった。すで他のメンバーがチームで防衛にあたり、敵の主力とも相手している今、自分が向かうことが適任だと考えた大一はソーナに通信を繋ぐ。

 

『ソーナさん、さっきの水の攻撃の犯人を見つけました。かなりの距離から撃ってきています。俺がすぐに行って止めてきます』

『わかりました。しかし深追いは禁物です。それが敵の狙いかもしれませんから』

『お任せを』

 

 通信を切った大一はアーシアとロスヴァイセを見て小さく頷く。

 

『さっきの攻撃を止めてきます。ここは少し手薄になりますのでよろしくお願いします』

「お兄さん、気をつけてくださいね」

「無茶しすぎないでくださいよ」

 

 2人の激励を受けて、大一は感知した方面へと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 飛び始めてから数分、邪龍の攻撃を掻い潜った大一は目的の魔力が感知される場所へと向かう。学園から離れてからも、彼に向かって魔力による水の攻撃が飛ばされてきた。水はサメの形をしており、まるで生きているかのように大一を襲ってきたが、彼はそれを錨と魔法陣で突破していく。

 わずかに後退していく相手であったが、逃げる素振りは無い。間もなく攻撃を続けていた魔力の持ち主を発見して大一は降り立った。

 

『お前か、攻撃を仕掛けていたのは』

「まあ、そうだな」

 

 鋭く問う大一の言葉を、相手はひらりと流すように答える。パッと見て同い年かそれよりも下に見えるほど若い印象の少年であった。つばの広い帽子を深く被っており、妙に目つきが悪いように見える。くたびれた黒いフードジャケットとしわだらけの白いチノパンが疲れたような印象をより加速させていた。それでも彼の声はどこか軽い調子であり、ちぐはぐな雰囲気を纏っている。

 とはいえ、相手が少年のような見た目でも手を抜く理由にはならない。ましてや例の奇妙な魔力を感じる以上、尚のこと油断ならなかった。

 

『さっさと終わらせてやる』

 

 錨に魔力を込めた大一は一気に接近して振り下ろす。少年は素早く避けると、両手から魔力による水の槍を作り出して撃ち出してきたが、大一も反応して身体を硬化させてそれを防ぐ。

 少年は特に驚いた様子も無く、首を軽く曲げる。

 

「防御はそこそこ…やるな、兵藤大一」

『俺を知っているのか?』

「そりゃ、敵となる人物は覚えておくさ。おっと僕の名前を聞こうなんて思うなよ。明かすつもりも無いし、知ったところで思い当たる節は無いだろうからね」

『不公平だな。まあ、どうでもいい。とにかくお前を倒して、俺もさっさと戻らなければならないんだ』

 

 互いに再び魔力を込め始めるが、少年の隣にいきなり魔法陣が展開される。見たこともない術式であったが、感じる魔力から何者かがこの場に転移してくるようであった。警戒する大一の一方で、少年は呆れたように小さくため息をつく。

 間もなく、魔法陣からひとりの女性が現れた。七分丈のズボンにド派手な赤い法被を羽織った女性は、服装だけでなく髪も主張が強く燃えるようなオレンジ色で短く切られている。整った顔立ちだが、中性的な印象の強い女性は荒々しい声を発した。

 

「到着だ!さあ、戦いの時間だ!このバーナ様の実力に酔いしれな!」

 

 発言の内容と向けられる敵意から女性も敵であることは間違いなかった。これに対して少年は横目で女性を歓迎していない様子で見る。

 

「姉さん、どうしてここに来ているんだよ。あっちの担当だろ?」

「グレンデルのバカも無茶を通して配属されたんだから、別に良いだろ?最近は陽動ばかりだったし、せっかく面白い奴と戦えるチャンスが来たんだしよ。それとモック…『お姉様』だと何度言ったらわかるんだ!」

「わかったよ、姉さん」

 

 叫ぶ姉に適当な弟と、なんともデコボコな印象を受ける姉弟であったが、直面しているからゆえにその魔力の大きさを感じた。通常の上級悪魔とは一線を画すその魔力の大きさと、得体の知れない感覚に大一の緊張感は肥大化していく。早々に倒して仲間達の下に戻る必要があるのに、目の前の2人は量産型邪龍よりも厄介なのは明白であった。

 法被姿の女性…バーナは唇を軽く舐めて、大一に視線を向ける。ギラギラとしたその眼は闘争心がむき出しになっており、得物を狙う野獣のような印象を与えた。

 

「おい、モック。手を出すなよ。久しぶりに楽しみたいからな」

「わかったよ。別に任務に支障は出ないだろうし、任せるよ」

「さすが、あたしの弟だ。物分かりが良いな!」

 

 少年…モックの態度とは正反対に喜々としてバーナは数歩前に出る。身体からは湯気が立っており、踏みしめた地面が焼き焦げるような音が聞こえる。今にも吹き出しそうに思えるほど魔力が膨れ上がっていく彼女は、歯をむき出しにしてこれから始まる戦いに喜びを感じている様子であった。

 

「始めようか、龍交じりの悪魔さんよ!このバーナ・ロッシュの戦いに震えな!」

『…行くぞ、ディオーグ!シャドウ!』

『ちょっとは楽しませてくれよ、女ァ!』

『よ、よし!やってやるぞ!』

 

 大一は大きく息を吐くと相棒たちと共に気合いを入れなおして相対するのであった。

 




原作との戦いと比べると、敵の戦力は間違いなく増えています。


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第156話 攻防の激化

たまに邪龍のサイズ感が分からなくなります。


「噂の実力、見せてくれよ!」

 

 猟奇的な笑みを浮かべながらバーナは拳を鳴らす。ヴァルブルガとはまた別方向で戦いを求めるような雰囲気を見せる彼女は、大一としても最大限の注意を余儀なくされた。その証拠なのか、体中から汗が噴き出るような感覚であった。

 しかし気持ち的なものだけではない。実際、彼女が現れてから少し暑くなっていた。龍人状態で体温はそこまで変化は無いはずなのだが、じっとりとした汗が流れるのが感じられる。

 

『これは…』

「そんじゃ、行くぞ!」

 

 喜々としてバーナは接近すると飛び上がって踏みつけるように足を振り下ろす。一瞬、受けるかを考えたが、素早いバックステップで大一はこの一撃を避けた。彼女が踏みつけた箇所が焼かれたように煙を上げているのを見て、一瞬の判断は正しいものだと実感した。

 

『炎か?それとも熱?モックという奴の姉弟なら同じような攻撃をしてくると思っていたが、どうも違うみたいだな』

 

 バーナの攻撃の跡を見て、大一は苦々しく呟く。基本的に神器でも無ければ、血縁関係や家柄、種族で特殊能力は決まる傾向がある。リアスとサーゼクス、小猫と黒歌、ソーナとセラフォルーなど身近にそういったメンバーを見ていれば特に実感する。もちろんサイラオーグのような例外はいくらでもいるが、彼女から感じ取れる魔力は非常に物珍しさがあった。

 

『悪魔とは違うこの感覚…精霊か!』

『間違いねえな』

 

 大一の言葉にディオーグも同意する。感知した経験は少ないが、濁りの無い水のように純粋な感覚は精霊のものであった。しかし精霊と言えば、魔法で契約、協力するものが大半であると考えていたため、このように等身大でしかもテロリストに協力している人物がいることに驚きを感じる。

 

「あたしの正体を看破したとこで戦いには関係ねえだろ?食うか食われるかだ!」

『俺好みの性格だ。小僧、気合い入れていけ!』

『言われなくてもそのつもりだ!さっさと勝って、皆の援護に行かなければいけないんだから!シャドウ!』

『合点!』

 

 大一の呼びかけにシャドウが6本の触手となってあらゆる方向からバーナへと向かっていく。腕に足に腹に首にとどんどん絡みつき、一気に締め上げていく。ほぼ同時に彼は錨に魔力を溜めて、その頭を狙おうとした。

 これに対してバーナは全くうろたえずに笑みを浮かべている。

 

「動き止めて攻撃、基本的な戦法だな。しかしもう少し欲しいな」

 

 バーナの身体が赤くなり捕縛していたシャドウを焼き切ると、振り下ろした大一の錨を横っ飛びに避ける。すぐさま彼女は体勢を立て直すと、片手を拳銃の形に構えて指先から魔力を弾丸のように撃ち出した。撃ち出される魔力は真っすぐに飛んでいき、大一の脇腹に命中した。

 

『あっつ!』

 

 肉を焦がす音と共に、不意を突かれた熱さに大一は叫び声を上げる。龍の皮膚によって守られている彼の身体は、ちょっとやそっとの炎では傷どころか熱さも感じないはずなのに、今のバーナの小さな一撃はそんな彼を怯ませるほどの熱さであった。攻撃を受けた箇所を見ると、指を押し当てたようなサイズの火傷の跡が残っており、煙が小さく上がっていた。

 

『くっそ…硬度を上げても当たれば意味がない…!なんだ、この熱さ…!』

「おいおい、この程度でダウンとか興ざめするな。ウチのリーダーの買い被りかぁ?」

「だったら、さっさと勝負をつけてくれよ、姉さん。だらだらやってもいいことがない」

「ったく、もうちょっと余裕を持とうぜ、モック。ほら、これを避けてみな!」

 

 今度は両手を拳銃の形にしたバーナはガンマンのごとく魔力を連射していく。雨のごとく連射される攻撃を回避するのは無理だと判断すると、防御魔法陣を展開して一気に防いでいった。攻撃が当たるたびに焼ける音が響くが、魔力の速度は普遍的なものであったため、打ち破られることは無かった。

 この連射を防いでいる間に、シャドウが口を開く。

 

『さっきの僕の捕縛も熱で焼き切られたから、直接攻撃はダメだね。僕か錨を介する必要があるな』

『ハアハア…接近中心の俺には相性悪いな…しかしあれってただの火じゃないな。これは…』

「動きを止めていると、今度は破られるぞ!」

 

 煙に紛れたバーナが拳を振りかぶって魔法陣を殴りつける。魔力をしっかり上げていたにも関わらず、彼女の真っ赤な液体のようなものを纏ったパンチは大一の魔法陣を砕いていった。破られた魔法陣の一部は赤く染まっており、同時に彼女の腕も不自然にグツグツと音を立てている。

 ことごとく自分の防御が破られる状況に、彼は先日戦ったギガンを思いだす。あっちが身体を本物の岩に変化させて魔力を纏わせていたのに対して、彼女の場合は精霊として持ち前の魔力をこれでもかというほど使用して攻撃力を上げている。違いはあるが、その攻撃力は目を見張るものがあった。

 このまま追撃を受けるのを防ぐためにも、口から魔力を数発撃ちだしてすぐに後退する。ダメージなどほとんど与えられていないものの、距離を取るには充分であった。煙をはらったバーナと再び相対する大一は先ほどの攻撃を思い返す。龍の皮膚を焦がす熱さながらも火とは違う、液体のような流動性と煮立つような音は燃やすのではなく、焼くことに特化したその正体は…。

 

『…お前の能力はマグマか』

「正解だ。元々は炎の精霊のあたしが鍛え上げた結果、更なる火力を生みだしたのがこの力ってわけさ。龍をも焼き尽くすこの火力、とくと味わいな!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 小猫と匙のコンビの援護に向かった一誠も苦戦していた。邪龍グレンデルとラードゥンのコンビはその名にふさわしい実力で彼らを追い詰めていたのだ。ラードゥンは幾重にも障壁を張り、一誠の動きを完全に封じていた。彼も真「女王」形態となり何度も敵の創り出す障壁を打ち破るも、ものすごい速度で再生と新たな障壁で足止めしていた。

 この間にグレンデルは大暴れをする。それを止めようとする匙であったが、いかんせんもともとずば抜けた体力で敵を攻め立てる邪龍の力は、搦め手がメインである匙とは相性が悪かった。力を奪おうと伸ばしたラインも、巨体に見合わない俊敏な動きで回避されると強烈な尻尾の殴打で手痛い傷を受ける。そもそもドライグやファーブニル共々にヴリトラがヴァ―リの神器に潜ってしまい、本来の出力を発動できなかった。小猫と仁村が必死に援護に向かおうとするも多勢に無勢、量産型邪龍の妨害でそれも叶わなかった。

 このままでは匙の命が危ない、それを直感した一誠はクリムゾンブラスターで現状の打破を図った。ずば抜けた魔力を持つ真紅の砲撃は、敵の障壁を次々と打ち破り、とてつもない爆音と共にラードゥンに直撃した。

 最上級悪魔にも匹敵すると思われる一撃の煙が晴れると…全身から煙を上げながらも普通に立っているラードゥンの姿があった。

 

『いい攻撃です。まさか、防御障壁を突破されるとは…しかし、私の体も案外硬いのですよ?生身の丈夫さはグレンデルほどではありませんが、障壁込みなら私の方が硬いでしょうね』

 

 ずば抜けた堅牢さに一誠は舌を巻く。攻撃力に定評のあるグレモリー眷属の最高峰の一撃を防ぎ切ったのだから、その衝撃は相当なものであった。

 その一方で、ふらつきながらも匙が立ち上がって、学校を狙うグレンデルにラインを幾重にも繋げる。

 

「…行かせるかよッ!」

『んだよっ!その非力はよぉぉぉぉっ!んなもんで俺の体を引き留められると思ってんのかッ?グハハハッ!無駄だ無駄ァァァッ!』

 

 いかんせん体格差が大きく、グレンデルが身体を揺さぶると、匙はラインに引っ張られて空中に投げ出された。そこにグレンデルの大きな拳が打ち込まれて、匙は受け身も取れずに上空から地面へと叩きつけられた。そのまま何度もバウンドして最終的には付近の風車小屋に激突するにまで至るが、彼は一本たりともラインを保ったまま瓦礫の中から立ち上がる。

 全身を血に濡らし、腕はおかしな方向に曲がり、どこまで意識があるのかは不明なほどグロッキーな状態である匙だが、それでも目は鋭くグレンデルを見据えていた。

 

「…壊させるかよ…学校を…あそこには…あそこには…」

 

 歯牙にもかけないグレンデルが突き進むのを引きずられながらも匙は止めようとラインを引っ張る。

学校を守るためにも、親友の彼を助けるためにも、一誠は必死に障壁を壊していく。

 

『おおっ、やりますな。凄まじいパワーです。このままいけば、私の壁を突破できるでしょう。しかし、学校とあの少年は助からないでしょうね』

『残念だったなァァッ!てめえもこれで終わりだぜッ!グハハハッ!そのあとにあの学校もぶっ壊し確定だぁぁぁっ!』

 

 グレンデルがその巨体で匙を踏み潰そうとした時、近くの民家を捜索していた父兄たちがギリギリのところで匙を助ける。逃げ遅れた人たちがいなかったことで援軍として来てくれたようだが、その実力差は明白である。実際、父兄たちもかなり怯んでいたが、それでも学校を守るために、一誠達が立て直せる時間を少しでも稼ごうと邪龍に立ち向かった。

 

「こ、こいっ!邪龍めっ!」

「あの学校には行かせんぞっ!」

『んだよ、それ。雑魚が俺の楽しみを邪魔しようってか?ったくよぉ、雑魚は雑魚らしく、散ってればいいのによぉぉぉっ!』

 

 グレンデルが父兄を狙って巨大な火炎球を吐き出す。防御魔法陣を展開するも、その破壊力はすさまじく、瞬く間に彼らは吹き飛んでいった。

 

「逃げてくださいッ!このままじゃ、皆さんが死んでしまうッ!」

 

 一誠が叫んで静止するも、彼らは果敢にグレンデルへと攻めていった。どうあがいてもその実力差は縮まらず、身に着けていた彼らの鎧は砕かれ、グレンデルの前に倒れていった。

 一誠がすぐに駆け寄り、通信でアーシアへの救援を求めるが、彼女も戦場を駆けまわって回復に勤しんでいるためすぐには向かえなかった。その証拠にあちこちで爆発が起こり、地響きが感じられる。全員が防衛戦に奮迅しており、手が足りていない状態だ。

 気がつけば一誠たちを囲うように邪龍たちも詰めており、絶望的な現状であった。このまますりつぶされることにならないだろうが、全てを守ることは不可能であった。今のままであればの話だが。

 包囲網を作る量産型邪龍の1匹が不自然に宙に上がる。グレンデルとラードゥンも気づいたようで、1匹また1匹と次々に邪龍たちがなぎ倒されていく。

 

「どうやら、ギリギリで間に合ったか」

 

 息を切らして一誠達の下にたどり着いたサイラオーグが呟く。この頼もしき援軍に一誠は涙した。

 

「サイラオーグさん…ッ!」

「遅くなってすまなかった。アグレアスの戦闘はこちらが優勢になったのでな。俺だけでもと送り出されてきた。聖十字架の炎を大量の闘気を使って無理やり突っ切ってな」

 

 なんとも無茶苦茶な方法ではあるが、アグレアス優勢の報告は彼らに少なからず勇気を与える。同時にグレンデルとラードゥンが学校を狙っていることを知ると、とてつもない覇気と同時に2匹の邪龍を睨みつけた。

 

「させてなるものか…ッッ!滅んでもらうぞ、邪龍どもッ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達が希望を見出し始めた頃、大一は苦しそうに呼吸をする。身体のいたる部分にやけどの跡があり、酷い手傷が戦いの苛烈さを物語っていた。加えて周辺にはマグマの塊が散らばっており、強烈な熱が周辺に立ち込めていた。吸い込む空気ですら熱を感じて、体力を消耗させていく。

 目の前で立つ女性はいくらか手傷を追っているものの、その鋭い目つきは闘争心を加速させていた。

 

「その戦闘スタイルでここまで食い下がるのはやるじゃねえか」

 

 バーナの言葉に、大一は応対する気力も湧かなかった。一見して苛烈さを押し出した印象であったが、戦いはじっくりと体力を削りながら敵を追い詰めていくものであった。攻撃もしっかりと見極めており、何度かシャドウの捕縛や目くらましを行った上での攻撃を受けても、致命的なダメージを負わずに済んでいた。

 

『強い…』

 

 心からの言葉であった。経験と能力を兼ね備えた彼女の実力は間違いないものであった。邪龍や名高い悪魔や神器使い以外にも敵の層が厚いことが窺える。控えている彼女の弟のモックも一筋縄ではいかない相手であるのは理解できる。

 それ故に、これほどの者が無名であることが疑問であった。以前戦ったギガンも、吸血鬼領地でアザゼルと相対した無角も、出自や経歴が不明であった。

 

『捕縛…それが出来る余裕はないか…』

『マズいよ、これは!救援を求めた方がいいって!』

『それが出来たら苦労しないよ』

 

 シャドウの言葉に、息を切らしながら大一は答える。この熱気でインカム代わりの魔力装置は壊れており、周辺での戦いの苛烈さを踏まえても味方の援護は望めない。

 だがこのまま戦い続けたところで勝機が見えないのも厄介であった。バーナ自身の実力もさることながら、彼女の弟のモックも厄介であった。彼女を止めても、今度は彼と戦わなければならない。今は戦いを見ているだけであったが、先ほどの長距離攻撃を学園に向けられてはすぐにでも止める必要があった。

 おそらく現実的な方法は後退しつつ、味方と共に彼女らと戦うことなのだろうが、敵の実力を踏まえれば更なる被害の可能性もあり得る。そもそも敵が易々と後退を許すとは思えなかった。

 

「考えながら戦うことは大切だ。しかし相手がそれを待つ道理はねえよな!」

 

 バーナが一気に距離を詰めて、マグマを纏った拳を大一の腹に打ち込んだ。彼は咄嗟に右腕の義手で攻撃を受けるが、あっという間に焼かれて義手が壊れるとそのまま拳が彼のみぞおちに入った。

 しかし義手で防いだおかげで、わずかな時間が生まれる。その一瞬に硬度と体重を大きく上げた大一は、間もなく腹部に受けた強烈な熱さに耐えつつ、左手に持つ錨で彼女の身体を大きく殴りつけた。大きく体勢を崩したバーナに、さらに顔面へのハイキックを入れてそのまま吹き飛ばした。

 ようやく痛烈な攻撃を入れこめたことに、大一は安堵の息を吐く。このまま後退も考えたが、バーナに入れられた攻撃と蹴った足の熱さが想像以上のダメージであったため、呼吸を整えるのにも一苦労であった。加えてモックの方が油断なく睨みつけているため、不可能であった。

 大一が壊れた義手を外して投げ捨てると、蹴り飛ばした相手が声を上げる。

 

「ぬあ…今のは効いた…。あたしの一撃を受けて耐えたのは見事だよ…」

 

 蹴りを受けた顔を撫でながら、バーナは立ち上がる。靴の跡が頬についており、口からはわずかに流れる血を彼女は指で拭った。

 手傷を負った姉にモックは声をかける。

 

「手を貸そうか?」

「いらねえよ。ギガン相手に生き残ったから、どれほどか気になったが…楽しくなってきた」

「まったく…学校の方もそろそろ彼らが来るだろうから巻き込み攻撃もできないし、本当に僕は見ているだけか」

「だからこそ、いざという時に魔力を溜めておきな。あたしはもうちょっと色男と戦いたいね」

『褒められている気がまったく無いな』

 

 軽く舌打ちしながら大一は答える。魔力はかなり上げていたが、今の攻撃で気絶にまで持っていけなかったのは手痛かった。

 同時に焦燥感を駆られるのは、モックの発言であった。学園の方で更なる襲撃の可能性が示唆されたため、仲間達に知らせなければならないが、そのためにも素早い後退と合流がより不可欠となった。

 

「この逆境にも諦めないのは褒めてやる。覚悟はあるみたいだな」

『戦いの場で覚悟が無い奴なんていないさ。少なくとも俺はそう思っている』

「ハッ!よく言うよ。あたしはそれを持ち合わせていない奴らをいくらでも見てきたが…いや、どうでもいいことだ。まずはてめえを倒して───」

 

 バーナは突然言葉を切って目を細める。モックも先ほどとは違う訝し気な目つきで大一へと視線を向けていた。

 しかし大一は敵の姉弟の変化を気にしている様子は無かった。身体の中で例の魔力が繋がったような感触を抱くのであった。しかもその魔力を感じるのはバーナでもモックでもなく、義手が取り外された自分の右腕からであった。

 この違和感と同時に彼の片腕に見たこともない紋様の魔法陣が展開されると、その場にいた3人の視界を奪うほどの光が溢れ出すのであった。

 




オリ主もだいぶメンタルが強くなってきたと思います。


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第157話 介入

グレンデルとの戦いは全カットします。
ついでに久しぶりのキャラも登場です。


 眩い光はこの場にはあまりにも似つかないものであったが、ものの数秒で収まった。何が起こったのかと大一はすぐに自分の無くなっている腕を確認したが、すでに魔法陣は消えている。代わりに彼の前にひとりの女性が立っていた。

 

「やっと冥界で『異界の魔力』を強く感知できたと思ったらあんた達か」

 

 ふんわりとした金髪に、白いロングスカートと青いケープが印象的な女性は軽く顎を掻く。顔を見なくてもその声を聴いただけで、大一は現れた人物に驚きを隠せなかった。

 

『アリッサ、どうしてお前が!?』

「…ん?あんた、そんな見た目だったっけ?私と別れた後にいろいろあったのかしら?」

 

 大一の疑問にまったく答えず、アリッサは自分の疑問を考えながら彼にちらりと目を向ける。だがそこまで興味を惹かれるものでも無かったらしく、すぐにバーナとモックへと視線を戻した。

 一方で相対する姉弟はアリッサの突然の登場に少し意外そうな表情をしただけであり、バーナが非難するような声で話しかけた。

 

「誰かと思ったらアリッサかよ…。何しに来た?」

「ちょっと片付けにね。『無角』はどこ?」

「なんだいきなり。一番の新入りがあたしらの勧誘を断っただけでなく、上から目線で命令か?」

 

 2人の女性の間にバチバチと火花が散りそうな空気が組み立てられる中、モックが彼女たちをたしなめる。

 

「姉さん、落ち着いて。言い争っても意味がないだろ?

 アリッサ、キミはリーダーの仲間の勧誘を断ったことを別に否定はしない。しかしあの時、外のことには干渉しないと約束していたはずだ。なぜ彼らの肩入れをする?」

「うるさいわよ、モック。私は自分の残したことにケジメをつけるだけ。別にこいつらの仲間になったつもりは無いわ」

「彼の身体に魔法陣が仕掛けられていたみたいだけど?」

「ええ、偶然出会ったこの男に『異界の魔力』があるのに気づいたから、同じ魔力を持つあんた達と冥界で会ったらわかるようにしておいただけよ」

 

 あっけらかんと答えるアリッサの話に大一は縫合された腕を撫でる。内容は半分以上わからないことであったが、彼女が治療した際に自分にこの場に転移できるような仕込みをしていたのは理解できた。しかしディオーグに気づかれずに仕組んでいたことを思うと、彼女も敵と同様に侮れない底知れなさを感じられる。

 そんな悩む大一をよそに、アリッサはバーナとモックに敵意を向ける。

 

「さて目的はさっさと済ませたい質なの。だからあんた達をボコボコにして全部吐いてもらうわ」

 

 アリッサが指を鳴らすと彼女の両側に展開された魔法陣から鎧を身にまとった骸骨や人形が十数体も現れる。手には西洋の刀剣類や盾、古い拳銃など武器を携えている。

 

「面白い。小童のお前があたしに反逆するなんざ数万年早いことを教えてやるよ」

「あら、自信だけはあるわね」

 

 パチンと指を鳴らすと2体の骸骨が高速でバーナに接近して剣を振り下ろそうとする。すぐに両腕にマグマを纏わせるバーナであったが、対抗する前にモックが間に入って振り下ろされた剣を両腕で防いだ。いや実際のところは両方の前腕から三角形の突起が出ており、それで剣を防いだのであった。モックは剣をはじくと、そのまま前腕の突起で骸骨の首をはねた。

 この介入にバーナは小さく舌打ちをする。

 

「モック、てめえ!邪魔するんじゃねえ!」

「言ってる場合じゃないだろ、姉さん。アリッサの兵力は厄介だ。僕もやるよ」

「どの道、2人とも相手するつもりだわ」

 

 再びアリッサが指を鳴らすと、先ほど首を斬られた骸骨が自分の頭を持って立ち上がる。これには大一は驚いたが、敵は気にせずにアリッサへと睨みを利かせていた。

 どうも頭が混乱する現状ではあったが、彼女の登場が大一にとって好転したのは間違いなかった。アリッサを援護しようと彼は一歩前に出るが、彼女はバーナ達から目を逸らさずに冷たく鋭い声色で言う。

 

「邪魔だから下がって」

「しかしあいつらは相当強い。ここは協力が必要なはずだ」

「勘違いしているみたいだけど、私は別に仲間じゃないって言ったでしょ。むしろ少しでも邪魔になろうものなら、まずはあんたから叩きのめすわよ」

 

 反論も許さない雰囲気に大一は怯む。崖の底を覗き込むような暗さ、肩にのしかかる岩のように重い責任感、泥のように引きずる後悔、それらが彼女の声の調子だけで手に取るようにわかるのだ。

 アリッサは少し憂い気に言葉を続ける。

 

「…私の問題なの。外のあんたの手を借りるわけにはいかない。あんたが大切な人のために向かった時のように、私にも相応の理由がある。だから邪魔しないで」

「…わかった」

 

 彼女の覚悟を目の当たりにした大一はそのまま後退を始める。これに対して、モックは隣にいる姉に話しかけた。

 

「どうする、姉さん?このまま逃がしたらユーグリットにいろいろ言われるよ」

「『お姉様』と呼べ。まあ、放っておけばいいさ。今からじゃ間に合わねえだろうし、作戦自体があいつの趣味だろう。むしろアリッサと戦う方があたしにとっては重要だ。さあ、死体大好きな変人研究者、楽しませてくれよ!」

「死霊術者(ネクロマンサー)と呼んで欲しいわね」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠の感情はかなり忙しく、驚きの連続であった。サイラオーグの救援と匙の尽力でグレンデルを倒し、さらに小猫が仙術の応用と一誠の神器の宝玉を使って敵の魂を見事に封印することが出来た。

 大きな勝利に興奮する中、ソーナの指示で学校の周囲まで後退して皆に合流するが、そこに兄がいないのが不安になった。どうも敵の長距離攻撃を止めに行ったようだが、先ほどから連絡が取れないらしい。

 しかしこれに考えを馳せる間もなく、衝撃的なことが起こる。なんとアグレアスが巨大な転移魔法陣の光に当てられていたのだ。ヴァルブルガの話では、アグレアスを攻めること自体が建前であり、空中に浮かぶ島そのものを敵は奪おうとしていたのだ。どうやら集まった魔法使いたちの中に敵と内通している者がいたため、子どもたちを避難させるための転移魔法陣の発動直前にアグレアスへと狙いを変えさせたのだという。最終的にアグレアスは転移の光の中に消えていった。

 そして立て続けにこの驚きに匹敵するような、しかし一誠達にとっては好転するようなことが起こった。幾重にも張られていた大規模な結界が破られたのだ。ヒビが入りそこの綻びから結界が破壊されていったのだ。結界を破った閃光は校庭へと落ちて突き刺さっていた。それが最強の神滅具「黄昏の聖槍」であることを確認すると、一誠達は驚き、ヴァルブルガは呆れるように嘆息する。

 

「…まさか、ここでこんなことになろうとは。けれど、もう遅いですわん。わたくし、殲滅するのが大好きですのん。お疲れのようですけれど、もう少しわたくしと遊んでくださいましねーん♪」

 

 ヴァルブルガが指示するように傘を振り下ろすと、邪龍たちが一気に向かってくる。さらに彼女の紫炎の十字架が校舎の一部を吹き飛ばした。

 

「学校がっ!ダメェェェェッ!!」

 

 いつもの冷静さを欠いたソーナに、ヴァルブルガは醜悪な笑い声をあげる。片や目の前で夢を砕かれてショックを受け、片やそれを行うことで自身の邪悪な喜びを満たしている。非情な対比の光景であった。

 しかも彼女の神滅具の力は、悪魔に対して特効とも言えるほど強力な力を持っている。触れるだけで悪魔にとっては致命傷になりかねず、遠距離で攻めようものなら邪龍が妨害する。彼女の紫炎が学園を守るソーナとロスヴァイセに迫る中、それを防いだのはヴリトラの黒い炎を纏った匙であった。妨害に特化した彼の炎でも、聖遺物の炎は容赦なくその身を焦がしていく。

 

「逃げなさいッ!サジ、このままでは死んでしまいますっ!」

 

 ソーナが必死に叫ぶが、匙は従わずに必死に紫炎を抑え込もうとする。紫炎を全身に受けながら、彼は小さく胸の奥を吐露し始めた。

 

「…俺は兵藤になりたかったんだ。俺と同期の『兵士』で…エロすぎて、下品で、どうしようもなくスケベな奴だけどよ…いっつも一生懸命で、仲間のために、誰かのために、真っすぐに突っ込める男でさ…。どんなに鍛えてもあいつは俺を遥かに超えていくんだ。『ああ、俺はこいつを絶対に越えられないんだ』ってわかっちまった瞬間に…俺は…心底悔しかった。

 でも違ったんだ。兵藤には、兵藤のやりたいことがあって、それに無我夢中だったからこそ、あいつはいつでも自分を高めていけた。俺があいつを超えられないのは当たり前だったんだよ。俺は兵藤じゃないんだからさ。いろいろな人から学んで…やっと気づけたよ」

 

 自分の想いを確認するように匙は言葉を紡ぐ。彼の眼には戦意と決意が光り、紫炎を少しずつ押し返していった。

 

「俺は兵藤になれない。でも、俺にもやれることがある。俺は…『先生』になるっ!あの子たちに!これからあそこに通うであろう子供たちに教えてやるんだッ!そいつにしかできないことが必ずあるってことをッ!」

 

 匙の決意をヴァルブルガは非難するような笑いを上げるが、彼の横に黒い大蛇であるヴリトラが神器の深奥から戻ってきた。

 

『遅くなったな、我が分身よ。少し見ない間に、ずいぶんと成長したように見えるぞ』

「…ああ、いまなら行けそうだ。吹っ切れたからよ」

 

 互いのやり取りに呼応するように、彼らの身体を特殊なオーラが包み込む。一誠はこの現象を何度か見てきた。仲間でも敵でも己自身でも、神器持ちが更なる境地へと至れた合図でもあった。

 

「『禁手化ッッ!!』」

 

 匙とヴリトラが叫ぶと、漆黒の炎をたぎらせた黒い触手のようなものを備え付けた鎧を身に着ける。

 

『「罪科の獄炎龍王(マーレボルジェ・ヴリトラ・プロモーション)」。地獄の業火に等しい俺…いや俺たちの黒炎とあんたの聖なる紫炎、どちらが強いか、一丁勝負だッ!』

「おもしろいわ、おもしろいわねん!」

 

 新たな力と決意に勢いをつける匙は、ヴァルブルガを相手にタイマンで空中戦を始める。これを後押しするかのように、ドライグやファーブニルの意識も戻ってきた。さっそくアーシアがファーブニルを呼び出すが、相も変わらずその第一声は一般人には理解の範疇を超えた変態極まるものであった。

 

『こんにちは、ファーブニル3分クッキングにようこそ。今日のお料理は、「ディアボラ風アーシアたんのおパンティー揚げ」です』

 

 敵味方関係なく疑問符とツッコミが頭の中に抱いて動きが止まる中、彼は気にせずに材料の紹介に入る。それらをみじん切りにした後、アーシアから下着を貰い文字通りの「唐揚げ」にすると、材料と一緒に盛り付けて一口でそれを食べた。

 しっかりと咀嚼を続けた後に、彼は味わうかのように頷きながらたった一言感想を述べる。

 

『ありのままのキミでいてほしい』

 

 意味の不明さと最低さにおいて他に類を見ないほどの光景であったが、これに対して一部の量産型邪龍は涙を流しながら拍手をしていた。これが一誠をさらに混乱させる光景であったが、彼は思考を放棄してドライグに問う。

 

「それで、ドライグ。確認だけしたいんだが、歴代白龍皇の皆さんはできたのかよ?」

『…あ、ああ、ま、まあな…』

 

 歯切れが悪いドライグだが、彼の話では記録した映像があるとのことだ。一誠は目を閉じて神器の内部でその映像を見たのだが、たしかに歴代白龍皇の残留思念は敵意なく晴れやかな表情をしていた。

 しかし最悪なのは彼らが目覚めた素晴らしさは、尻とパンツであった。とりわけその一端を担ったのがファーブニルであり、彼のアーシアの下着への並々ならぬ想いが彼らの心を動かしていた。

 

『我らはこれをもって和解の宣言としよう』

『『『『『アーシアたんのおパンティー、くんかくんか』』』』』

 

 ド変態の最低な和解の末に、吸血鬼領地で一誠が目覚めた白龍皇の力は使えるようになったが、その場に居合わせたドライグは不本意と困惑に塗れていた。当然、彼の想いを否定できるものもいないだろうが。

 

「しかし、邪龍を止めるとは…二天龍と龍王たちは読めませんね」

 

 聞き覚えのある声と同時に、赤い閃光がソーナとロスヴァイセの下に降ってくる。それはソーナを吹き飛ばすと、ロスヴァイセを包み込み、同時に赤い鎧をまとったユーグリットが彼女を抱き寄せていた。

 

「ごきげんよう、『D×D』の皆さん。ロスヴァイセとあの島は我らクリフォトが活用させてもらいます。アグレアスの転移も済みましたし、この一帯の不穏さに気づいて冥界の軍が来てしまう前にとっととおいとまさせてもらいたいところですが、そうはさせてくれないでしょうね」

「あったりめぇだっ!ロスヴァイセさんを放しやがれっ!」

 

 一誠を筆頭に仲間達はユーグリットを包囲しようとするが、彼が指を鳴らすと我に返った邪龍たちが一斉に攻めてくる。他のメンバーが対応する中、ユーグリットに対して魔法の矢を撃ち込んだ者がいた。酷く疲弊した様子のゲンドゥルであった。

 

「孫を…返してもらいます!」

「下で私の仲間が暴れ回ったのでしょう?それの対応で酷くお疲れのご様子とお見受けいたします」

「ばあちゃんっ!やめてっ!力を使い果たしてもう動けないんでしょう!?」

「…黙っていなさい。お前を救うぐらいはできます!」

 

 ロスヴァイセの必死の訴えを聞いても、ゲンドゥルは攻撃を続けていく。しかし呆れるようにユーグリットは息を吐くと、攻撃をいなしながら転移魔法陣を展開させた。このまま逃げられる…そう思った一誠達であったがゲンドゥルが渾身の魔法の矢をぶつけると魔法陣があっという間に消滅する。

 

「…転移封じ。なかなか、こざかしいことをしてくれますね」

 

 忌々しさを前面に押し出して呟いた彼は龍の両翼を展開させて飛び上がる。

 

「行かせるかっ!」

 

 一誠とリアスがそれを追うように飛び上がるが、その瞬間に一誠がどこからともなく現れた何者かに蹴り飛ばされた。

 

「イッセー!」

「よそ見は感心しないな。現魔王の妹よ」

 

 現れた男性は手元に魔法陣を展開すると、そこから蛇のように動く鎖を生みだしてリアスを捕えるとそのまま地面にたたきつけた。

 叩き落とされた2人が見上げると、品のよさそうな紳士が宙に浮かぶ魔法陣の上に立っていた。

 

「すまないな、ユーグリット。少々遅れた」

「いえ、ベストタイミングですよ。ブルード、ヴァルブルガと共にあとはお願いしますね。伝説のあなたの実力、たっぷりと振るって頂きたい」

「若い者にはわからないだろうが、ベストは尽くそう」

 

 スーツの襟を正すブルードに、ユーグリットは満足そうに頷くとそのまま飛び去っていく。

 

「ばあちゃん!リアスさん!イッセーくん!」

 

 ロスヴァイセが悲愴な叫びを上げるが、追おうにも目の前の男の放つ圧倒的なプレッシャーがそれを許さなかった。

 

「早く助けなければ…!」

「おっと行けると思うなよ、紳士淑女の諸君。格の違いを見せてあげよう」

 

 肌を切るような冷たい声のブルードに、一誠達は焦る想いを抱きながら魔力を溜めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ロスヴァイセは悔しかった。仲間達に迷惑をかけないと決心していたはずなのに、これほどあっさりと連れていかれてしまっていることに。同時に心が潰れるような想いを抱いた。学園を最後まで守り切れず敵にさらわれて、あまつさえ去る寸前に祖母や大切な仲間達を結果的に傷つけることになってしまった。

 その激流のように流れる感情を表すかのように、全身に力が入る。一瞬、自分の舌を噛み切るなりして、このまま敵の手に落ちることを避けようとすら思った。

 だがその踏ん切りはつかなかった。最後まで自分を助けようとしてくれた祖母と仲間達、魔法を学ぶことに意欲的で慕ってくれる子どもたち…その顔を思いだすとどうしてもその残酷な選択肢を取れなかった。

 ユーグリットに連れられていく中、ひとりの男性との会話を思いだす。頼って欲しいと言ってくれた彼の言葉、もし心から頼っていたらこの結果を覆すことが出来たのだろうか。後悔と悲しみが蝕み、目に涙が溜まっていく。

 

「…このままだと追いつかれますね。迎え撃つか」

 

 空を飛ぶユーグリットは誰に言うでもなく呟く。一瞬、なんのことか不思議に思うロスヴァイセであったが、間もなく彼はスピードを落としゆっくりと降りていった。苦しみの感情に息を荒げるロスヴァイセは、不思議そうに彼を見た。鎧越しでも警戒するのが手に取るようにわかる。

 数分もしないうちにひとりの男性が翼を広げて飛んでくる。着ていたシャツにはところどころ焦げた跡があり、ロスヴァイセと別れた頃よりは消耗しているような印象があったが、兵藤大一が降り立った。

 

「見つけたぞ、ユーグリット」

「本当に不愉快ですよ、あなたという男は」

 




ということで、マッチアップ決定です。オリ主はどこまで食い下がれるか。


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第158話 奮戦

原作では「曖昧で薄っぺらい」と言われたユーグリットですが、オリ主は一誠ほどその辺りに敏感になれないので実力差が…。


「大一くん…」

「待っていてください、ロスヴァイセさん。今助けますよ」

 

 敵の力で動きを封じられ絞り出すような声を出すロスヴァイセに、大一は落ち着いて答える。アリッサがピンチの状況を引き受けてくれたため、彼は学園に戻ろうとしていた。幸い、ライザーから受け取ったフェニックスの涙によりバーナから受けた傷を治癒出来たが、その道中に結界が壊れるわ、奇妙な力を感知するわと心の方は大いに揺さぶられることの連続であった。

 そんな中、赤龍帝に似た感覚とロスヴァイセが学園から離れていくのを感知した大一はすぐに最悪の予想に行きつき、その後を全力で追っていった。そして彼の考えは的中していたことはすぐに証明されることになった。

 ユーグリットは不愉快そうにあごに手を当てる。

 

「こうして話すのは初めてですね、兵藤大一。どうやってモックから逃げ切ったのですか?」

「お前に話す義理はないな。それよりも彼女を連れて行かせはしない」

「あなたごときに出来るでしょうか?」

「俺のことを警戒していたと思っていたがな」

 

 大一の発言にユーグリットは小さく首を曲げる。注意を向けさせるような攻撃とモックの発言、そしてユーグリットがロスヴァイセを連れているこの状況を踏まえれば、感知されるのを警戒してモックによって学園から自分を引き剥がしたように思えた。

 実際その予想は当たっており、ユーグリットは苛立ちを隠しながら肯定する。

 

「…ええ、警戒していましたよ。ディオーグの感知能力はこちらも知るところです。私が隙を見て、彼女を奪う前に感づかれてはいけませんからね。だがあなたとの一騎打ちで負けるつもりはさらさらありません」

 

 ユーグリットの纏う赤いオーラが増大する。レプリカとはいえ何度も目の当たりにしてきた神滅具と同じ力を感じる。加えて、グレイフィアにそっくりな強大な魔力、大一としても相手にするには腰の引ける想いであった。

 彼は小さく息を吐くと、魔力を全身に集中させる。筋肉が隆起していき、龍人状態へと変化して眼前の男に警戒を強めた。

 互いに相手へと向かっていくと、大一の魔力を込めた蹴りと、ユーグリットの倍加させた拳がぶつかり合う。強烈な一撃のぶつかり合いに2人ともその場に釘付けになるが、間もなく吹き飛ばされたように後退する。

 今のぶつかり合いだけで、敵の才能を垣間見た大一は荒い呼吸で敵を睨む。

 

『強い力だ…それほどの実力があれば新魔王の政府でも十分にやっていけたはずだ。それなのにお前は俺らの敵でいる。それほどリゼヴィムの考えに賛同しているのか』

「否定はしませんよ。悪魔は邪悪であるべき、凶悪で恐ろしいもの、それを世界に知らしめるべきだとも思っていますよ。それどころか私はあの人を通して、『悪魔』の恐ろしさを全ての存在に証明したいのです。ましてや、私はルキフグス家のひとり。ルシファーの血を引く者の隣にいるのはおかしくないでしょう」

『…悪魔を孤立させるというのか。しかしそれだけじゃないだろう。お前にとってあいつがグレイフィア様以上だとは思えない』

 

 彼の脳裏に先日のグレイフィアの表情が想起される。彼女の強さと優しさを悪魔になってから目の当たりにし、後に同じルシファー眷属として強く実感することになっていた。それゆえに彼女が見せた悲哀と憂愁は、大一の心に鉛のように重いものを投げ込んでいた。

 ユーグリットは鎧の頭部を解除して顔を見せる。どこか空虚な印象の瞳は、敵の恐ろしさを一層際立たせていた。

 

「私は自分の欲望に従って生きているだけです。あなたの弟から学んだのですよ」

『一誠から?』

「そうです。私にとって憧れであった姉が去り、絶望と苦悩に雁字搦めになりながら、肉体的にも精神的にも潰れかけていた。長年そのような状態である私が、好き勝手に振舞って冥界に新たな風を吹き込む赤龍帝を。子どもたちに『英雄』としての悪魔を見せて影響を与えるあなたの弟を。それを知って私は、自分も好きに生きていいことに気づいたんですよ」

 

 一誠が「英雄」として悪魔の未来を作っていく子どもたちに影響を与える一方で、彼はリゼヴィム自身を「悪魔」のあるべき姿として示そうとしていた。無論、それは悪魔の種族を孤立させることになるが、ユーグリットはそれを心から渇望していた。

 真面目だ、目の前の男を見て大一はそう思わざるをえなかった。もっと早く自分を解放しても良いはずなのに、彼は悩み続けていた。多くの苦悩を抱えてきた結果、もはやユーグリットの心は大きく砕かれていたのだろう。特殊な悪魔の家系の立場、敬愛する姉が悪魔の領域を超えた存在である男と一緒になり彼の下を去ったこと、それを解放するきっかけが彼とは大きく立場を異にする一誠であることは皮肉にも思えた。

 

「そんな私がこれからやろうとしていることは非常に単純ですよ。リゼヴィム様の目的を達成させる。それが結果的に私の望みにも繋がるのですから。アグレアスは頂きました。あとは彼女だけです。彼女が研究していたのはトライヘキサに封印を施そうとするものでした。それは我々にとっては目的に大きく近づく内容ですし、彼女ほどの聡明さと才能があれば我々にとって大きな利益となるでしょう。そしてなによりも彼女は───」

『グレイフィア様を思いだすか』

 

 自分の考えを言い当てられたユーグリットは静かに微笑み、そのまま肯定する。

 

「…ええ、そうです。彼女は私の姉になれるかもしれない、それはとても重要なことです」

『そうか…やはり尚のこと負けるわけにはいかない』

 

 大一にとって、ユーグリットがロスヴァイセに抱く感情はなんとなく予想していた。わざわざ敵地付近まで行って接触してきたこと、グレイフィアとの会話、彼自身が姉の影を追って凶行に及んでいることが窺えた。

 

「さてこれ以上、話していても埒が明かないでしょう。こちらも小手先の手段を使わせてもらいますよ」

 

 パチンとユーグリットが指を鳴らすと、遠くの背後から爆発音が鳴る。学校での爆発が起こったことが明らかであった。

 

「詰めの甘いあなた方のことですから、裏切り者の魔法使いは生かして捕らえただけでしょう?その者の体には仕掛けをしてありましたからね。いざとなったら、爆発してもらおうと。加えて、あそこにいるメンバーは我々の中でも屈指の実力者、あなた方ばかりが上手くいくと思わないことです。これ以上の被害を心配するのであれば、戻ってもいいのですよ」

『…俺は弟や仲間達がその危険を乗り越えられると信じている。だから俺はお前を逃がさないことに、ロスヴァイセさんを助けることに全力を尽くすだけだ』

「なるほど、覚悟はあるようですね。しかし大きな思い違いをしています。あなたが私に勝てる道理がない。力の差は先ほどの一撃で実感したのではないですか?」

 

 ユーグリットは再び鎧を全身に覆うと、赤いオーラを纏っていく。見る見るうちに力が増幅されていった。

 

「『赤』の力を得た私の実力、その身に刻ませましょう」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達は驚きに溢れていた。いきなり魔法使いが大きな爆発をしたのだ。これについて彼らと対峙するブルードが特別気にしていない様子で言葉を紡ぐ。

 

「ふむ、ユーグリットはあれを作動させたか。まあ、裏切り者からこちらの情報を抜かれるよりはいいだろう」

「お前らがやったことか…!」

「我々以外の手が加えられていたらさらに問題だろうな。しかし、たかだか学び舎ひとつによくそこまで怒れるものだ…おっと」

 

 ブルードは身を翻して、リアスが撃ちだした滅びの魔力を避ける。彼女は怒りの感情をそのまま声に乗せて、敵を睨みつける。沸々と怒りが湧き上がってくるのを彼女は感じられた。

 

「学び舎ひとつ?そこにどれだけの子ども達の希望が、私の幼馴染の大きな夢が詰まっていると思うの!あなた達のような外道が、それを否定していい理由にならないわ!」

「気の強い女性だ。現魔王の妹だけはあるな」

 

 リアスの激情を目の当たりにしてもブルードは態度を変えずにさらりと流す。敵の態度とソーナの絶望した様子がリアスを筆頭に彼女らの怒りを加速させた。

 一方で、ブルードは1枚の魔法陣が描かれた紙を取り出す。

 

「多勢に無勢…とまではいかないが、私でも厳しいな。ということで増やさせてもらおう」

 

 彼が紙を上に向けると、そこから巨大な魔物が現れる。下半身は蛇のようにしなやかだが、上半身は筋骨隆々の身体が特徴的であった。

 

「東洋と西洋、それぞれの龍のキメラだ。なかなか面白いだろう?」

「邪龍か!?」

「いやいや、それほど名のある者ではない。だが私の秘蔵の1匹、量産型邪龍よりも遥かに強い」

 

 ブルードの召喚した魔物は身体をくねらせて学園に突撃しようとする。その巨体がぶつかれば完全に崩壊することは目に見えて明らかであったが、それを祐斗、朱乃、小猫が攻撃して注意を自分たちへと向けた。

 

「この召喚の仕方…冥界で見ましたね」

「ええ、わずかに見えた魔法陣も見覚えがありましたもの」

「感知しましたが、間違いありません」

 

 猫耳を出した小猫はリアスと一誠に向けて話す。

 

「部長、この魔物の感覚は覚えがあります。以前、英雄派のクーフーが私たちと戦った時に感じたものと同じです」

「だとすれば、この男こそがその元凶ってことね。尚のこと、あなたを倒さなければいけない!」

「私をねぇ…そう上手くいくかね?」

「お前をさっさと倒してロスヴァイセさんを助けに行かなければならねえんだ!」

 

 リアスと一誠がブルードに相対する。上空で戦う魔物には祐斗、朱乃、小猫が、その付近で呪いの炎と聖なる炎をぶつけ合う匙とヴァルブルガ、邪龍軍団にはゼノヴィア、イリナ、サイラオーグが獅子奮迅の戦闘を見せていた。ソーナもなんとか踏ん張り、シトリー眷属に爆発の消火やあぶれた邪龍を倒すなど指示を飛ばしていく。『D×D』が尽力するのをブルードはすさまじく冷たい視線で眺めていた。

 

「不愉快な光景だ…昔じゃ想像もつかないほどに」

「お前が何者かは知らない!でもこれ以上、皆を傷つけさせるわけにはいかねえ!」

 

 空中で魔法陣に乗るブルードに、一誠は高速で接近すると激しい拳打を行う。激しいラッシュであったが敵はそれを最小限の動きで避けていった。今度は回転して強烈なソバットを放つが、それも寸前のところで避けられる。

 たかだか数十秒の猛攻であったが、ことごとく避けられることに一誠は苛立ちを感じた。

 

(しっかり狙っているはずなのに当たらねえ。これほど速い上に、動きが洗練されている)

『落ち着け、相棒。攻撃の狙いがずれているぞ。そこまで素早い相手じゃないから、しっかり狙っていけ』

 

 一誠の疑問にドライグが落ち着くように促す。この言葉がさらに一誠の疑念を加速させた。2人が敵に抱いた感想はまるで違っていた。

 

「イッセー、下がって!」

 

 介入するように真横からリアスが滅びの魔力をうねる水流のように放つ。複数の魔力の攻撃を、ブルードは渋い表情で手に展開した防御用魔法陣で攻撃を逸らしていく。しっかりと足場用の魔法陣を展開しながら、彼は指を複数回鳴らす。すると周囲にいくつかの魔法陣が展開され、様々な属性の魔法が撃ち出された。

 リアスは魔力で相殺させ、一誠はジグザグに動いて回避していく。しかしかってくる攻撃の軌道は絶妙であり、一誠はいくつかの炎と風の魔法をかすめた。鎧のおかげでなんとかダメージは無いものの、その威力は決して油断ならないものであった。リアスの方も撃ち出した相殺の攻撃を外して、魔法陣で防御せざるをえなかった。

 

((おかしい…))

 

 一誠もリアスもまったく同じ感想を抱いた。先ほどからブルードの攻撃や動きにはどうも違和感を抱いていた。まるで動きが読めているかのように的確であるのだが、同時にあまりにも上手くいなされているような気がするのだ。目の前の敵を避けるにはあまりにも強すぎる相手であると確信した瞬間であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『くそッ…!』

「あなたごときでは私には勝てない」

 

 ユーグリットが縦横無尽に駆け回り、ヒット&アウェイの連続で大一に打撃を与えていく。硬度を上げて防御力を上げていはいるものの、敵もレプリカのブーステッド・ギアで攻撃力と速度を上げており、一撃だけでも足元がよろめくほどであった。それを連続で受けているのだから、じわじわと手傷を負っていく。

 横から来るのを感知して錨を振るが、直前に後退されて魔力の塊を数発撃ち込まれた。体重を上げて踏ん張って耐える大一に、ユーグリットは露骨に嫌悪感を示す。

 

「まったく苛立ちますよ。あなたという男は」

『お前としっかり話をしたのは今回が初めてなのに、そこまで嫌われるとはな』

「ええ、嫌いですよ。私はあなたを心から軽蔑しています。兄という立場でありながら、才能も実力も弟よりも遥かに弱い。それだけでも腹が立つのに、あなたは私にとって大切な姉のために戦おうとしているのですから」

 

 ユーグリットからすれば、大一の存在は不愉快極まりなかった。弟の兵藤一誠の実力は彼も認めるところであったが、一方で兄という弟や妹にとって特別な存在にも関わらず相応の強さを感じられなかった。姉の存在に特別性を見出している彼からすれば、大一の存在はそのものが忌むべきものであった。そんな男がグレイフィアのため、ロスヴァイセのために自分と相対している事実にも腹が立つ。

 その想いを受けた大一は額から流れる血を拭って答える。

 

『俺に怒るのはけっこうだ。しかしだからといってこのまま引き下がるわけにもいかないんだよ』

「あなたじゃ『英雄』にはなれない」

『そんなことは自覚している。俺は子どもを救うような「英雄」じゃない。それでも少しでも悲しみを減らすために、戦わなければいけないんだ。大切な仲間であるロスヴァイセさんを、そして敵であるお前を救うためにも』

「…私を?」

 

 意外な一言にユーグリットは呟き、それに対して息を荒げながら大一は続ける。

 

『そうだ。お前は自由に生きているつもりのようだが、その実態はグレイフィア様を思う気持ちに囚われている。その証拠がレプリカのブーステッド・ギアだ。それを身につけて模倣したところで、お前がサーゼクス様や一誠のようになれるわけじゃない。

 グレイフィア様やロスヴァイセさんにそれぞれの人生があるように、お前にはお前の積み重ねてきた人生があるはずだ。そんなお前が絶望と後悔に苛まれ続けるのを、俺は助けたいんだ』

 

 一気に想いを吐き出した大一は、魔力を一気に身体にまとわせる。瞳には力強い光が宿っており、しっかりとユーグリットを見据えていた。仲間だけではない、苦しんでいる男を彼は救いたかった。そして絶望を感じて心が壊れている彼を助けるためには、ここで打ち勝って再びグレイフィアに会わせることが必要だと強く感じた。

 

「…知ったような口を利くな」

『Boost!!』

 

 ユーグリッドは小さく呟くと、力を倍加させる音声が鳴り響く。ふっと姿が消えたと思ったら、大一の懐に入り込み顎を大きく蹴り上げた。

 大きく体勢を崩す大一に、ユーグリットは間髪入れずに強化した拳で何度も殴りつける。

 

「知ったような口を利くな!貴様ごときに何がわかる!姉を奪われた!あの悪魔とも言い難い化け物から!私の全てをだぞ!その時の絶望など、貴様のような未熟な兄に理解されてたまるか!」

 

 ユーグリットは大一の顔面に蹴りを入れる。寸前のところで再び力を強化しており、何度も打撃を受けて魔力が弱まっていた彼は後方に吹き飛ばされた。

 すぐに体勢を立て直して着地するが、そこにユーグリットは接近して大一のみぞおちに拳を鋭く入れこむ。拳には魔力も込められており、その一撃は彼の体をくの字に曲げさせた。

 

「いずれドライグの意志も奪い支配し、私は本当の「赤龍帝」になる!姉が、ロスヴァイセが私を認めるほどに特別な存在に!貴様ごときにそれを邪魔されてたまるか!」

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost!!』

 

 鳴り響く倍加の音は拳の魔力をさらに増大させていき、腹部からの強烈な爆発が大一を襲った。全身から血を吹き出し、口からは煙を吐きながら彼は背中から倒れていった。

 肩で息をしながらユーグリットは踵を返してロスヴァイセの下に戻ろうとする。魔力を使いすぎたのを感じた彼は急いでこの場を離脱しようと考えた。これ以上の時間を稼がれては援軍が来て、彼女を連れていくことがさらに困難になるだろう。

 彼の視線にはボロボロと涙を流すロスヴァイセの姿があった。彼女の視線はユーグリットのさらに後方へと向けられていた。

 

「だめ…これ以上…立たないで…!」

 

 彼女の悲痛な声を聴いたユーグリットは衝撃を受けて振り返る。全身から煙を上がり、血を流している。呼吸も壊れた機械音のように怪しいものであった。本来であればそのまま倒れ込んでおかしくないほどの状態なのは明白であった。

 それでも唯一の手に持つ錨を支えに大一は立っており、今もなお龍人状態を解除せずにその眼で見据えていた。

 

『お前だけは…この俺が…なんとかしなければならないんだ…!』

「まだ立つか…力も点でバラバラな貴様が『赤』を制御する私に勝てる道理はない。次で諦めるべきだ」

 

 もはや怒りで口調も落ち着かないユーグリットであったが、大一は面食らったような不思議な表情をしていた。

 そして吐息して何かを決心したかのように姿勢を起こすと、錨の先に魔法陣を展開させた。

 

『…なるほど。それならば、これでどうだ!』

 

 魔法陣から大量の霧がまき散らされる。それが昨日、魔法の授業で子どもに教えたものと同様であるものだとロスヴァイセは気づいたが、このタイミングで出す理由は分からなかった。

 一方でユーグリットは注意深く辺りを見渡す。魔力の妨害は無く、本当にただ視界を封じるためだけの霧であった。このままロスヴァイセを連れて離脱することも考えたが、大一の感知能力を踏まえればそれは賢明でない。逆にこの霧に乗じてロスヴァイセを連れて逃げることも疑ったが、あの手傷でそれが出来るとは思えない。そうすると思いつくことは…

 霧が薄くなってきたあたりで、大一が突如目の前に現れる。これに対してユーグリットは特別驚かなかった。この状況であり得るとすれば、不意打ち以外考えられなかったのだから。

 現れた大一には両腕があり、右腕の方を大きく振りかぶっていた。シャドウによって形成されているだろうが、左腕も黒く染まっていた。霧と併せて混乱を誘うためだろうか。姑息な手段しかできない相手に、ユーグリットはさらに苛立ちが加速される。

 相手の黒い腕を硬くできないのは知っている。となれば、警戒するべきは左腕の一撃であった。おそらく右腕の攻撃を咄嗟に防いだところで、左腕で殴りつけるつもりだろう。

 ユーグリットは落ち着いて左から来るはずの攻撃に備えていた。

 

(そういえば奴の錨はどこに───)

 

 その疑問がよぎった瞬間、ユーグリットの顔面に右の拳が痛烈に入った。鎧越しでも感じる硬く重い一撃は、彼の身体を大きくよろめかせた。

 大一はさらに左腕でユーグリットの肩を掴むと、意向返しのように腹部へと右の拳を入れこんで殴り飛ばした。

 完全に油断して地面へと叩きつけられたユーグリットはせき込みながら、立ち上がり鎧越しに自分を殴り飛ばした相手を睨みつける。

 

「貴様ッ…!」

『さっきのお返しだ。もう負けない』

 

 大一は両腕の拳を力強く握りしめてユーグリットに対峙するのであった。




ご都合主義っぽいでしょうかね?


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第159話 三位一体

新能力というほどではないかもしれませんが…。


 数分間、ブルードを相手に戦い続けている一誠の違和感は今もなお解消されなかった。放つ攻撃はことごとく避けられ、敵の攻撃は避けようにも追尾して向かってくる。先手を打たれ続けているこの状況は、彼の心身を疲弊させていた。

 息を切らす一誠にブルードは余裕しゃくしゃくの態度でその様子を眺めていた。

 

「パワーは見事なものだ。しかしまだ若い、経験値の少なさがもろもろ出ているな」

「ちくしょうッ…!早くユーグリットの奴を追いかけないといけないのに…!」

 

 この戦いにおいて、一誠は間違いなく焦っていた。ユーグリットにロスヴァイセを奪われて、彼女を救出しないといけないという想いが先走っており、この焦燥感が余計にもこの戦いにおいて集中力を欠くことになっていた。

 そんな彼の横にリアスが立つ。表情は冷静で、恋人を落ち着いて諭す。

 

「落ち着いて、イッセー。焦ってもあの男には勝てないわ」

「でもリアス、ロスヴァイセさんが…」

「わかっている。だからこそ落ち着かなければならないの。彼女を助けるための最短ルートは、目の前の敵をなんとかすることだから」

 

 一誠同様にリアスも先ほどまで不安が先行していたのは否定できなかった。しかしそれで敵を倒せなければ、仲間を救うことすらもできないのだ。厳しい決断ではあるが、まずはブルードをどうにかすることを優先させるという想いが彼女を冷静にさせた。またこの場にいない信頼できる仲間の存在を考えると、ユーグリットを止めるチャンスはまだ終わっていないと思えた。

 冷静を取り戻したリアスは、少しだけ下がって一誠とブルードとの戦いを注意深く観察していた。そこでひとつ、ある違和感に気づいたのであった。

 

「イッセー、例の飛龍(ワイバーン)の反射を使える?」

「不意を突けますかね?」

「狙わなくていいわ。敵の周囲に攻撃を展開させるだけで」

 

 リアスの指示に一誠は頷くと、小さな白い飛龍を複数呼び出す。吸血鬼の領地で身につけた新たな力、この飛龍によって白龍皇の力を発動することを可能とした。「力の半減」と「攻撃の反射」、この2つを使えるようになっていた。

 一誠はドラゴンショットを数発撃ちだす。ブルードはそれを難なく避けるが、飛龍が周囲を飛び回り攻撃が敵の移動範囲を狭めることになった。

 渋い表情をするブルードに対して、さらにリアスが強力な滅びの魔力を撃ち込む。「消滅の魔星」ほどではないが、その威力は防御魔法陣で防げるほど軟ではなかった。

 ブルードはこの攻撃について身を翻すように避けるが、その瞬間に反射していた一誠の攻撃が背中に命中する。あまりダメージは負っていないように見えるが、その表情は忌々しそうにリアスへと向いた。

 

「イヤな予感はしたが…気づいたか?」

「ええ、あなたの能力についてね。どうもおかしいと思ったのよ。いくら格上の相手でも、あの程度の動きで私たちの攻撃を避けられるのかって。ようやくその理由がわかったわ。私たち自身があなたの避けやすい攻撃を無意識に放っていたのね。あなたの手によって」

 

 リアスの指摘にブルードは自嘲気味に笑う。ブルードは相手の認識をずらす能力を持っていた。攻撃の狙いや自分の動きに考えていることとのズレを生じさせることで、常に有利に立ち回ることを可能にしていた。受けた相手は無意識である故に、訳も分からずに追い詰められる…それが彼の強みである。

 今回の一誠の攻撃はあくまで行動範囲を狭めるためだけにでたらめに反射をしており、リアスの攻撃を避けさせることで結果的に命中することになった。

 

「やるな、現魔王の妹。しかしよく気づいたな」

「ちょっと冷静になって、あなたとイッセーの戦いを観察したのよ。私がいつも見ている彼にしては、どうも乱雑な動きに思えたのよね。初代孫悟空にも指南を受けているのを踏まえれば尚更のこと。それで催眠の類のように、無意識に私たちに影響を与えているんじゃないかと思ったのよ。おそらく最初に私たちに攻撃した時に仕掛けたのかしら」

「パワーだけのグレモリー眷属と聞いていたから、私の能力が上手くハマると思っていたんだが…難しいものだ」

「そのパワーも見せてやるッ!」

 

 叫んだ一誠は大きく飛び上がると、周囲に複数の赤い飛龍を展開させる。吸血鬼の領地での戦いと比べて、この力が大きく変化したのは赤龍帝としての能力もこの飛龍で反映できることであった。歴代白龍皇の残留思念を説得したことで、彼の意識ひとつで赤と白を切り替えることが可能になっていた。

 赤と白が混ざることを可能とした一誠の力は瞬く間に増大していく。赤い飛龍が力を倍加させていき、一気に鎧に張り付いて譲渡すると、彼の紅のオーラは極限まで高まっていく。同時に鎧の胸部と腹部が動いて、キャノン砲のようなものを形成すると、ドライグの声が響く。

 

『これが赤龍帝の籠手が持つ禁じられし奥の手。アルビオンと通じ合ったからこそ、実現できた夢幻の因子───ロンギヌス・スマッシャーだ!』

 

 放たれた強力なオーラは大きく、些細なズレなど意味もなさないほどの規模でブルードを飲み込んでいった。かつてグレートレッドの力を借りて放った最強の一撃は凄まじい威力で空を切っていく。わざわざ空中で放ったのも、学園に被害を及ぼさないためであった。もっとも敵がわざわざ魔法陣を足場にしているあたり、空中で撃った方が避けられる可能性も少ないと踏んだのもあったが。

 手ごたえを感じて小さくガッツポーズをする一誠であったが、煙が晴れて目にしたのは傷を負っているブルードの姿であった。いくらかダメージを負っているが、その様子は瀕死とは程遠かった。ロンギヌス・スマッシャーの一撃を耐えられたことへの驚きはもちろん、その姿が先ほどまでとは少々違うことにも驚いた。彼の背中には6枚の白く輝く翼が展開されていたのだ。同じようなものを彼はイリナの背中に確認したことがある。

 一誠が驚くのをよそに、ブルードは口から血反吐を吐き捨てて話す。

 

「チッ…なんという威力だ。認識をずらしていなければ、もっと酷かった」

「あなた…天使なの!?」

 

 一誠の隣につくリアスの問いに、ブルードは鼻を鳴らす。そしてわずかに後ろを見ると、さらに上空で戦うヴァルブルガへと呼びかける。

 

「撤退するぞ、ヴァルブルガ。あっちでも勝負がついたようだ。これ以上の長居は無用だ」

 

 言葉と同時にブルードが形成した光の槍が匙へと向かっていく。彼はそれを避けるが、その隙にヴァルブルガもブルードの下へと後退した。

 

「もうちょっと勝ちたかったですわん」

「思うようにいかないのが現実だ。第一目的を果たせただけでも良しとしよう」

「仕方ないですわねん。それでは悪魔の皆さま、ごきげんよう♪」

 

 ヴァルブルガの合図と共に、敵の軍勢の足元に魔法陣が展開される。邪龍やブルードが召喚した魔物の下にも展開されており、転移の光と共に彼らはその場から消え去ったのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 学園にいたクリフォトが撤退するよりも前、ユーグリットは怒りに震える表情を鎧に隠しながら、自分を殴りつけた男を見る。全身に傷を負っているが、大一の眼は覚悟に満ちていた。それを確認するほどに、忌々しい相手が自分を殴りつけた事実を実感し、反吐が出るほどの屈辱と怒りを感じていた。震える声で彼は大一に問う。

 

「何をした…!」

『単純なことだ。ディオーグの力とシャドウの力、これを合わせた』

 

 大一は黒く染まった右の拳を強く握る。鋭い爪に盤石な筋肉、その見た目は左腕と同様に龍と交わったような姿であった。両腕を取り戻した肉体は、かつての大一と同じような屈強さを見せていた。

 ユーグリットはただの転生悪魔がいきなり腕を再生させたとは思えなかった。メンバーの報告から、大一は右腕を間違いなく失っており、他のクリフォト関係者の調べから彼は神器に魔力を通せないことも判明している。しかし理屈はあっても、それとは違う現実は彼の眼の前で体現されているのだ。これを思うと、目の前の男が一誠のように特別ということだろうか。まるで英雄のように…

 

「逆境で奇跡を起こしたというのか」

『奇跡とは違うな。強くなるためのきっかけに気づけただけだ。そしてお前がヒントをくれたんだ』

 

 ユーグリットの言葉を、大一は否定する。実際、つい数分前まで彼は勝ち筋を見いだせていなかった。相手の実力は本物であり、その猛攻に押されていたのは事実だ。

 しかしユーグリットが放った言葉が彼にひとつの引っ掛かりを生じさせた。ディオーグもシャドウもその特異な力はずば抜けており、大一はそれを制御しているとはお世辞にも言えなかった。彼の言う通りバラバラであった。

 そこで思いついたのが、力を一点に集めることであった。あの霧の中で大一が行ったことはひとつ、大一とディオーグの「繋がり」である「金剛の魔生錨(アダマント・アンク)」をシャドウに取り込ませた。そしてシャドウと融合した錨は姿を変えて、大一の右腕になった。

 肩からギョロついたシャドウの眼玉が現れて呟く。

 

『今更だけど、本当に奇妙な錨だ。他者からの影響を受け付けない絶対的な不変性がありながら、大一が意識すれば仲間の魔力に同調することもできる…この矛盾した2つの特性がこんなことを可能にしたのか?同調した僕が不思議な感覚だよ』

『だが悪くねえ。これならもっと多くのことが出来る』

 

 大一の口から洩れ出るディオーグの低い声も感心したようにも呟く。3人ともこの新たな力で出来ることを理解しており、この戦いへの勝ち筋を見出していた。

 

『名前を「三位一体の魔生力(トリニティ・アンク)」。悪魔、龍、神器…それぞれの力を1点に集中し、融合させたのが今の状態だ』

「…なるほど、あの錨を媒介に貴様らの力を集中させたということか」

 

 ユーグリットは油断なく魔力を溜めていく。先ほどの発言を踏まえれば、今の大一に出来ることを推測することは造作も無かった。要するにこれまで彼が行ってきた硬度や重さの調節をシャドウにも反映させられるようになっただけだろう。右腕も再生したわけではなく、硬く重くすることで疑似的に再現させたに過ぎない。

 

「だがネタが分かれば造作もない。今度こそ完全に倒すだけだ」

『Boost!!』

 

 レプリカの神滅具が強化する音を鳴らすとともに、彼は一気に接近して拳打のラッシュを打ち込む。これについて大一も対応して両腕を硬くさせて攻撃を捌いていく。それでも手負いの彼にはあまりにも厳しい素早い拳の連続であった。

 

「それほどの手傷で私の攻撃を防ぎきれると思うな!」

『だったら、手数を増やすだけだ!』

 

 答えた大一の腰からさらに2本の腕が形成されていく。計4本もある腕は雨のように連続で向かってくるユーグリットのパンチをことごとく防いでいき、その隙間を見計らって大一の痛烈な蹴りが敵の腹部に入り込んだ。

 一瞬、よろめくユーグリットはすぐに後退するが、大一は接近して追撃する。腰から生やした影の腕を変化させて、いつもの錨を2本形成するとそれを両手に持って流れるように攻めたてていった。ユーグリットは姿勢を崩しながらも防いでいくが、その硬く重い錨の連撃は鎧を削っていった。

 

「調子に乗るな…!」

 

 ユーグリットは両腕で錨をはじくとすぐさま強化した魔力の塊を放つ。これに対して大一は両腕から盾のようなものを形成し、さらに疑似的防御魔法陣を展開させて攻撃を防ぐ。黒影の硬度も上げられるようになり、幾重にも張られた守りは敵の強力な攻撃を防ぎ切った。

 短いながらも激しい攻防が繰り広げられる。大一自身、これほど動けることに驚きを抱いていた。魔力を込められるようになりシャドウのコントロールもより上達していた。肉弾戦と搦め手、今まで方向性が違った2つの力は融合したことで実力の向上を実感させていた。

 

『いける…』

「手数に硬度と重さを加えられるようになったか…少々厄介だが、所詮はこの程度。神滅具には遠く及ばない!」

『まだわかっていないな。手数だけじゃない…シャドウの本質のひとつは柔軟性や弾力性もある。これにディオーグの硬度と重さが加われば、こんなこともできるんだ』

 

 大一は右腕をバネのように縮めると、一気に腕を伸ばして相手の腹部を殴りつける。反動によって弾丸のように鋭い速度で撃ちだされたパンチは、ユーグリットをさらに後退させて鎧にひびを入れる。柔軟性に硬度と重さが加わったことで、以前とは違う格闘も可能にしていた。

 

『もう1発…!』

 

 腕を戻した大一は再び伸ばして弾丸のようなパンチを撃ち出す。猛烈な速度で迫ってくる拳を、ユーグリットはそれを両腕で防ぐと影の腕を掴んで背負い投げの要領で地面へと豪快に叩きつけた。大一は受け身も取れずに頭から落ち、一瞬意識が飛びかけた。

 しかし退けば敗北への道に拍車がかかる今、大一は再び立ち上がると錨を作り出すと、油断なくユーグリットを睨みつける。

 

『やはり強い…!』

「当然だ。未熟な兄である貴様ごときに負けるような私ではない。そんな化け物じみた能力を得ても、それほどの手傷を負ってまだ戦うか」

 

 ユーグリットの指摘は確かに正しかった。全身は生々しい傷跡や焼け焦げた跡があり、鼻と口からは出血している。歯や角も一部折れており、満身創痍を表したような姿であった。

 にもかかわらず、彼の眼の輝きは失われておらず、肩で呼吸をしながらもハッキリと言葉を紡ぐ。

 

『言ったはずだ。ロスヴァイセさんもお前も救うと』

「英雄でもない化け物の貴様にそんなことが出来るものか!」

『そんな俺だからこそだ。英雄は多くのものを守る。子ども達の未来、世界の期待、数えきれないほどにな。それを奪おうとする化け物を救うには、同じ化け物が適任だろうよ』

「屁理屈を…!」

『だがその言葉でお前が迷っているのは事実だろう。お前は俺と違って賢いし真面目だ。心が壊れても、自分が後戻りできないことを理解している。そんなお前を救うためには、倒すしかない』

「抜かせッ!」

 

 激昂するユーグリットは両腕を合わせると魔力を溜めていく。赤龍帝特有の赤いオーラを可視化されるほどに纏い、次の一撃の規模の大きさを理解するのは十分であった。

 

『次で決めるぞ、ディオーグ!シャドウ!』

『ここが正念場だぞ、小僧!打ち破って強くなったと証明してみろ!』

『レプリカでも神滅具…僕は超えてやるぞ!』

 

 ユーグリットが撃ち出した魔力のオーラを前に、大一は力を感知する。魔力の濃さ、規模共に自分が相対してきた中でもトップクラスの破壊力を感じられたが、同時に力に無駄がありまばらな印象を受けた。

 大一は右腕の拳を錨の切っ先のように変化させると、同時に腕を絞るようにねじっていく。そして向かってくる魔力のオーラに対して、正面の弱いところを感知すると、その一点に向かって右腕で突いた。ドリルのように回転する右腕の突きは魔力を貫いていき、敵の渾身の一撃を砕いていく。

 

「私の力がッ!赤龍帝の力がッ!」

 

 焦りと狼狽えが見られる声が絞り出される中、ついに大一の右腕は攻撃を打ち破り、ユーグリットの腹部に痛烈な一撃を入れこんだ。ひびの入っていた赤龍帝の鎧は完全に砕かれ、ユーグリットは呆然としたように呟く。

 

「姉上、私も『赤』になったんですよ…それなのに…どうしてこんな兄に…」

 

 たった数秒のはずなのに、あまりにも長い時間が立ったように思えたユーグリットは大きくのけぞり、背中から地面に倒れて気を失った。

 相手が倒れたことを確認した大一は龍人状態を維持できずに戻る。シャドウが代わりに形成していた右腕も消え去り、ボロボロの状態で前のめりに倒れかける。それをロスヴァイセが抱きしめるように支えた。

 

「大一くん、また無理しましたね…」

「これくらいなんてことありませんよ…それよりもごめんなさい。あなたを敵の手に渡さないと約束したのに…」

「気にしていません。あなたが私を助けてくれたんですから。本当に…ありがとう…!」

 

 喜びと安堵の涙を目に溜めるロスヴァイセと満身創痍の大一の下に、間もなく仲間達が迎えに来る。先ほどとは打って変わって、あまりにも静かな時間が流れていた。

 




オリ主のタイマン勝利が久しぶりな気がします。
そろそろ17巻もクライマックスですかね。


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第160話 残る疑問

今回で17巻分はラストとなります。


 現在、駆け付けた冥界の兵士たちが中心となって戦後処理をしている。町は邪龍の炎や爪痕が残っており、見るも無残な状況であった。アウロス学園もユーグリットの手によって半壊にまで追い込まれたが、幸い完全な破壊は免れていた。子ども達も守れたことも含めて、今回「D×D」の貢献は大きいと言えるだろう。

 この大きな事件の主犯格であったユーグリットは、兵士たちによってサーゼクスの下へと連れていかれた。最後まで虚ろな表情でその真意は読み取ることは出来なかった。そんな彼もグレイフィアには会うことになるだろう。最後の意地を砕かれた彼が、姉との出会いでどこまで持ち直せるか、それは大一にとっての嫌な心残りであった。

 大一はげっそりとした様子で瓦礫を退かしている兵士たちに目を向ける。その身体はボロボロでアーシアの回復を受けて包帯を必要としていた。もっともグレンデルとヴァルブルガの強敵の連戦をした匙と比べればまだマシだろう。禁手にまで至った彼は戦いが終わってから回復を受けて、すぐさま病院へと搬送された。話を聞くだけでも、彼の並々ならぬ想いが伝わってくる。

 このお世辞にも元気とは言えない彼に、一誠が話しかける。

 

「手酷くやられたな、兄貴。休んでなくていいのか?」

「落ち着かないんだよ。しかし悪かったな。お前の因縁の相手を取る形になって」

「俺はむしろ安心したよ。あの時、ロスヴァイセさんを本当に助けられないかもと思ったからさ」

 

 一誠は肩をすくめて答える。実際、あの場で全員が仲間を奪われたと思い緊張感をより強めたが、クリフォトが撤退した際にロスヴァイセの下に大一がいたのを見て心から安堵した。

 

「でもすごいよ。ユーグリットに勝てるなんてさ」

「お前なら充分に勝てただろうよ。俺は本当にギリギリだったからな…」

 

 半ば自嘲気味に大一は答える。実際に戦ってその圧倒的な力量を実感したが、同時に一誠なら間違いなく勝利をもぎ取れただろうと思った。自分の場合は、あの戦いの中で一瞬でも気を抜き、あの土壇場で「三位一体の魔生力」を生みだしていなければ、間違いなく敗北してロスヴァイセを連れていかれただろう。ライザーから貰っていたフェニックスの涙でバーナから受けた傷を回復したのも勝因のひとつであった。

 

「派手にやられたな。悪かったな、今回は参加できなくて」

 

 兵藤兄弟の後ろからアザゼルが声をかける。これに対して一誠は首を横に振る。

 

「いえ、俺たちだって、こんなことになるなんて思いもよらなかったんで…。奴らはあの空中都市の何が目的なんでしょうか?」

「…実は巨大な兵器がついているか、もしくは変形でもするのかね。あそこを担当していたアジュカ・ベルゼブブが何か知っているかもしれない。訊いてみた方がいいな」

 

 クリフォトがアグレアスを狙った理由はアザゼルも皆目見当つかない様子であった。アグレアスは転移の前に人々が地上に転移させられたため、本当に空中都市のみ奪われる形となった。

 また敵にとってもうひとつの狙いであったロスヴァイセについては、ユーグリットの言葉通り666の封印についての研究が目的でもあったようだ。つまり彼女がグレートレッドに並ぶ黙示録の怪物を封じられる可能性を持っていた。

 

「…これからは、あいつの術式解析が鍵を握る。今後はあいつらもロスヴァイセを狙ってくるだろうさ。まさか、あのロスヴァイセたちが俺たちの切り札になりそうだとは、世の中、何が起こるかわかるもんじゃないわな」

 

 アザゼルは疲れたようにため息をつく。改めてグレモリー眷属の規格外の特別性を目の当たりにして、頼もしさ半分、苦労するような想い半分といったところだろう。

 

「それと帝釈天からの伝言だ。初代孫悟空が天帝のもとで行っていた対『禍の団』の先兵、その後釜が曹操となった」

「曹操が!?」

 

 大一が驚く一方で、一誠は腑に落ちたように頷く。今回、結界を破るきっかけとなった聖槍の存在を知る彼からすれば、当然の反応でもあった。一誠からすれば、いずれかつての強敵と再び邂逅することが予感されていた。

 

「2人とも今回、上手くいっても油断するなよ。力を引き出さないと、他の敵たちに勝てんからな」

「こんな紙一重の戦いになって油断はしませんよ」

「俺も兄貴と同じ気持ちですって」

 

 2人はアザゼルの言葉に頷くが、少しして一誠が言いづらそうに切り出す。

 

「…そういえば、アザゼル先生。俺とリアスが今回戦った相手なんですけど、天使の翼があったんです。しかも6枚も」

「…だとすれば、上位クラスの天使の可能性が高いな。裏切り者か?いや、それならばイリナが気づいてもおかしくないな。あいつなら現代の上の天使なら顔を全員覚えているはずだし」

「ブルードと名乗っていました。それと本人は若い奴にはわからないだろうと言っていましたから、先生ならもしかしてと思って」

「ブルード…いや聞いたことねえな。だが貴重な情報源だ。ありがとよ」

 

 アザゼルは一誠の肩を小さく叩くと、そのまま他の兵士たちと話しに向かった。一瞬、見せた微妙な表情はありし日の天使時代を思いだしていたのだろうか。

 

────────────────────────────────────────────

 

 2人は仲間が集まっている休憩所のテントに戻るなり、一誠はリアスと話し込む。内容は教会、天界から援助を求められているというもので、種族間の交流がまたひとつ期待されるものであった。

 一方で、大一もパイプ椅子に座るなり、朱乃に心配そうに話しかけられる。

 

「その怪我で動くのは大変じゃないの?」

「どうも身体が昂ってさ」

「新しい力の影響かしら?」

「緊張から解き放たれて、少し気持ちが落ち着かないだけだよ」

「だったら良いのだけれど、お願いだから無理しないで。義手まで壊れちゃったんでしょう」

 

 朱乃はちらりと大一の右腕へと視線を移す。相変わらず、二の腕の半分より下は無かった。新たな力は本当に腕が再生したわけではないため、今後も義手に世話になるだろう。

 そんな彼の義手は半分以上が焼け溶けたような状態で発見された。周囲は激しく争った痕跡があったのだが、魔力や魔法の感覚は消えており、何者がいたかは感知することは不明であった。当事者でも無ければ…。

 バーナとモック、そして彼女らと相対したアリッサの姿は義手が発見された頃にはどこにも見えなかった。大一はその報告を聞いてから、右腕を重点的に感知したが特別な変化は感じられなかった。ディオーグもわからないと話していたため、おそらくアリッサの転移は1回きりのものだったのだろう。

 新たな敵の存在に加えて、アリッサが話していた「異界の魔力」という言葉が大一には引っかかっていた。近い言葉を考えると、アリッサと出会った「異界の地」が思いつくが、それが何を意味するかは分からなかった。もっともまったく推測の余地が無いわけではない。ここ最近で自分の中に感じた一部の敵との魔力の繋がり、あれがこの謎を解くカギになると思われた。

 大一が思考にふけろうとした時、朱乃が軽く頬を叩く。

 

「無理しないでと言った途端にこれなんだから。休む時は休んで」

「心配ありがとう。わりと辛辣な小言を心配したんだけど」

「ボロボロのあなたにそこまで言うほどじゃありません。それに…危機感もあるし…」

「危機感ってなにが?」

「いろいろ」

 

 はぐらかす朱乃に大一は追及しようかと考えあぐねていると、戻ってきたゼノヴィアがグレモリー眷属を見渡しながら言う。彼女の隣にはイリナも自信満々に胸を張っていた。

 

「そろそろ、皆に話をしておいたほうがいいと思ってね。三学期に入ったら、来年度生徒会の総選挙があると聞いた。私は今度の選挙に立候補する。私は生徒会長になりたいんだ」

「「「「ええええええええええええっ!」」」」

 

 一誠、祐斗、小猫、レイヴェルの仰天した声が響く。あまりの衝撃発言に同級生と後輩は驚いていたが、リアスを筆頭に耳にしていたメンバーは彼女の発言にうんうんと頷いていた。学園行事に並々ならぬ関心を寄せていたのはこれが理由でもあったらしい。

 

「三学期に入ったら、選挙活動をするつもりだ。…オカ研を抜けることになりそうだが、どうしても生徒会長になりたいという野望を持ってしまったんだ。どうか、ご了承を願いたい」

「い、いいんですか?ゼノヴィアがオカ研を離れても?」

「ええ、いいんじゃないかしら。グレモリー眷属ということは変わらないわけだし。ゼノヴィアが動かす学校なんて面白そうじゃないの」

 

 一誠の問いにリアスはさらりと答える。学園の出来事に関しては、とことん楽しむことを優先する彼女らしい反応であった。

 その一方で、アーシアやイリナはゼノヴィアへの全面的な支援を約束しており、3人で張り切っていた。

 そんな彼女たちを見て、リアスは少し寂しそうに呟く。

 

「…三学期になったら、卒業は間近。オカ研も新しい部長を決めなくてはならないわ」

「誰にするつもりか、決めてあったりします?」

「まだ秘密。けれど、朱乃と一緒にもう決めてあるの」

 

 一誠に小さくウインクするリアスを見ながら、大一は朱乃に耳打ちする。

 

「もう決めていたのか?」

「ええ、大一は最近ゲンドゥルさんのことで忙しそうだったから、私とリアスで話したわ。せっかくだからあなたにも秘密ね」

「別にいいけど…まあ、予想はできるかな」

「そういえば、先輩はこの後、ゲンドゥルさんの見送りもするんですよね?」

 

 朱乃との会話に小猫も割り込んで質問してくる。先ほどの戦いでゲンドゥルも相当な消耗をしており、冥界の病院に行くことになっていた。もっとも魔法陣はひとりで展開して、そのまま北欧へと帰ると話していたのだが。

どことなく不機嫌な雰囲気に、大一は首をかしげるが特に気にせずに答える。

 

「ああ、グレモリーの立場で行くよ」

「じゃあ、ロスヴァイセさんと2人でですか…」

「一誠も来るだろ。彼氏役なんだし」

「いや、先輩がイッセー先輩と話しに行く前に、ロスヴァイセさんにバレていることを話していましたよ」

「ああ、その話をしていたのか…まあ、ゲンドゥルさんは許してくれるだろうよ」

「私が心配しているのはそっちじゃないんですよね…」

「小猫ちゃんに同意するわ」

 

 彼女らの反応に腑が落ちない想いを持ちながら大一は、イリナが一誠に嬉しそうに話しているのを見ていた。どちらかというと疲労で頭が回っていないだけであったが。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ここで構いませんよ」

 

 学内の隅でゲンドゥルは自分で魔法陣を展開し始める。この間にも彼女とロスヴァイセの間に言葉は交わされず、どことなく気まずい印象を感じられる。

 その空気を打ち破るかのように、可愛らしい声が後ろから次々に聞こえてきた。

 

「ロスヴァイセ先生―っ!」

「おばあちゃん先生―っ!」

 

 彼女らに魔法を習った子供たちがに集まってくる。彼らは寂しそうに2人に話した。

 

「先生、帰っちゃうって本当?」

「もう、この学校に来ないの?」

「先生の魔法、もっと教えて欲しいです!」

「魔法、使えるようになりたい!」

 

 子ども達の訴えに、ゲンドゥルは優し気な微笑みを浮かべながら子どもの頭を撫でる。

 

「私はまた来ますよ。それにロスヴァイセ先生だっていつかまた必ず来てくれるはずです」

 

 ゲンドゥルの言葉に、子ども達は眩いほど輝いた笑顔を見せる。その様子に大一は感嘆の息を漏らす。教師という存在が子ども達にとってどれほど特別であるか改めて理解したのと同時に、自分には不可能な立場だと感じてしまった。

 そして彼女は視線を移してロスヴァイセに真っすぐに伝える。

 

「ロセ、お前が通ってきた道は、学んできた知識は、たとえうちの家系と異なるものだとしても、間違ったものではないんだよ。ほら、見なさい。この子達の笑みはお前が通ってきた先にできたものだよ。それはいまのお前だからこそ、できたもの。もっと、自分を誇りなさい。お前は私の自慢の孫なのだからね」

 

 ゲンドゥルの率直な想いに、ロスヴァイセは口元を手で押さえ、熱く込み上げてくる感情を抑えていた。目からはその想いを反映するように涙が溢れている。

 

「…はい、ありがとうございます」

 

 絞り出すように、しかし心から発した言葉にゲンドゥルは安心したように頷くと、ちらりと大一を見る。

 

「大切な人には率直に伝える、そうですよね?」

「その通りだと思います」

 

 大一の言葉に、ゲンドゥルは満足そうに微笑むと転移の力を強める。魔法陣が更なる光を放つ中、転移前に彼女は再び視線を向けた。

 

「そうそう、大一さん。孫のことをこれからもよろしくお願いしますね。生島さんにも伝えておいてください」

「また来てください。いつでもご案内します」

「ええ、そうさせてもらいますよ。ロセ、今度は本当の彼氏を紹介するんだよ。少なくとも私が任せられる相手でね」

 

 面白そうな表情をしてゲンドゥルは転移の光に消えていった。祖母の最後の言葉にロスヴァイセはどこか緊張を持ち、同時に見て分かるほど気恥ずかしそうに頬を染めていた。

 そんな彼女は小さく大一に問う。

 

「…生島さんに会っていたんですね」

「あー…ごめんなさい。バタバタしていてお話するのを忘れていました」

「…じゃあ、その時の話を今度聞かせてください。その…どこかで2人でお茶をしながら…」

「まあ、いいですけど…」

 

 いつもと雰囲気の違うロスヴァイセへの対応に、大一は少々面食らうが、子ども達を送っている間、その理由を模索しても最後までその理由に思い当たることは無かった。

 




今後も紆余曲折ありそうです…。
次回から18巻分となります。


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聖誕祭のファニーエンジェル
第161話 甘い1日


今回から18巻分です。
しかしまずは状況と関係性の整理からやっていきます。


 終業式まであと数日だというのに、兵藤大一の日常はあまり大きな変化が無かった。2学期最後となる休日も、朝から変わらずにトレーニングに励んでいる。

 とはいえ、この12月に外でトレーニングするような真似は、さすがに彼も嫌がり家の地下にあるトレーニングルームで器具を使って励んでいた。汗に濡れたその身体は傍から見れば、ストイックこの上なく身体を鍛えているものだが、頭の中では3つの意識が忙しなく話を展開させていた。

 その中でも特にご機嫌なシャドウは歌うように言葉を紡ぐ。

 

『いやあ、気分が良いね。この前の勝利はまさに痛快だった。レプリカとはいえ、神滅具を打ち倒したのだから!』

(油断禁物だぞ、シャドウ。そもそもあの戦いは紙一重だったし)

『わかっているよ。それでも僕の気持ちは高鳴るばかりだね』

 

 この数日に同じような内容を大一は何度も聞いていた。先日のユーグリットとの勝利はシャドウにとってそれほど特別なものであったらしい。その感情の昂りは毎日のように聞こえるはしゃいだ声が証明していた。

 もっとも、大一自身その気持ちが分からないほど無粋でもなかった。シャドウにも硬度と重さの調節が可能になった「三位一体の魔生力」は、これまでのちぐはぐな戦い方から、再び手慣れた戦法を取ることを可能とした。シャドウにも魔力を通すことで両腕があった頃のような肉弾戦はもちろん、伸縮性を利用して反動で腕を伸ばしたり、持ち慣れた錨を大量に生成したりと出来ることの幅もより増やしていた。それがより強くなったことを実感させ、彼に自信を持たせていた。

 とはいえ、大一はシャドウほど慢心した感情を持てなかった。それはディオーグも同じであり、荒い声でシャドウをたしなめる。

 

(小僧の言う通りだ。あんな悪魔ごとき、片手でひねられるくらいにしねえと、最強には程遠い。それにどうも意味の分からねえ奴らもいるからな)

(アリッサ達のことだな。どうも気がかりだ)

 

 今のところ、大一が魔力に繋がりを感じた相手は、クーフー、ギガン、バーナ、モックの4人であった。加えて同様の感覚をアリッサが発動した右腕の魔法陣にも感知できたため、彼女も数えていいだろう。さらにディオーグの話では、あの地で一誠と対峙したという天使にも同じものを感知したらしい。計6人、奇妙な魔力に関係していると思われるメンバーだ。特徴も種族もバラバラな彼らの正体については不明であったが、その共通する魔力の存在が彼の疑問を強めていた。そしてその魔力がアリッサの話していた「異界の魔力」ではないかと推察している。この考えが正しい場合、大一やディオーグにもその魔力が通っていることになるが…。

 当然、このことはすでにサーゼクスやアザゼルに報告していたが、的を射る回答は出てこなかった。少なくとも彼らも「異界の魔力」なるものは知らなかった。手がかりとなりえる「異界の地」についても、調べようがないから仕方ないのだが。

 

『というか、意外だな。ディオーグってオーフィスやグレートレッドくらいしか眼中に無いと思っていたけど』

(引っかかるだけだ。あの奇妙な感覚がな…)

『ふーむ、実力者ならってところかね』

 

 ディオーグの声色にシャドウは勝手に納得するが、大一の方はその微妙な雰囲気の違いを感づいた。以前、京都から帰ってきた際にも聞かれた何かを隠しているような雰囲気だ。追及するべきか迷ったが、頑固さにも自負のある彼を説得するのは至難の業だろう。

 ディオーグの件に悩むのと同時に次にやるメニューを迷う中、朱乃がトレーニングルームに入ってくる。

 

「大一、おはよう」

「おはよう。朝早いけど、どうかした?」

「毎日のように他の皆よりも早く起きているあなたに言われるのも変な感じだわ。眠れているの?」

「前が酷すぎたし、それに慣れちゃって睡眠時間は短くなった気はするな。まあ、悪夢も見なくなったから、だいぶ楽だけど」

「まったく…私が求めているのはそういうことじゃないの。たまには一緒に朝ゆっくり起きて、ちょっとベッドの中で触れあいながら話したりとかしたいわ」

 

 寝間着姿の朱乃は不満を見せつけるようにむくれながら、手近なトレーニング器具に座り込む。彼女としては、ルシファー眷属の用件でただでさえ共に過ごす時間が少ないのに、彼の方はまったく生活を変える様子は見られなかった。結果的にゆっくりと話す時間も減り、それが朱乃の心にマイナスの要素を満たしていった。加えて、先日の学園の一件でリアスと一誠がプライベートの際に敬語を使わずに話すくらいに距離感が縮まっているのを目の当たりにして、より彼女をヤキモキとした気持ちにさせた。

 そんな彼女に、大一は困ったように残った左手で頭を掻きながら答える。

 

「なんというか…ごめん」

「最近は本気でリアスが羨ましい時があるわ。学生生活だって、もう少ししかないんだし…」

「俺はあまり卒業することに実感持てないけどな」

 

 駒王学園は大学までエスカレーター式だ。3年生といってもそのまま進級するなら、他の大学ほどの試験もなく、彼のような感覚を抱く者も決して珍しくはない。

 

「リアスはそんなふうに考えられないでしょうね。彼女にとって学生生活は特別だもの。私にとっても…」

 

 朱乃は静かに立ち上がると、大一の近くまで行き、多くの男を魅了するような美しい瞳を向ける。大一にとっては見慣れた顔ではあり、同時に見飽きることはないと確信させられる美しさであった。

 

「あなたと一緒に過ごせる特別な時間をもっと大切にしたいの。一番好きな人との時間を」

「…最近、しっかり時間を取れていなかったな。たしかに悪かった」

 

 そう言うと、大一は立ち上がり少し迷った様子を見せる。身体が汗に濡れていたため躊躇したが、朱乃が腕を広げて求めていることを確認すると、左腕で彼女を抱きしめた。久しぶりにも感じる柔らかな身体と甘い香りが、余計にも申し訳なさを抱かせた。

 

「本当にごめん。一緒にいることが当たり前になりすぎるのもダメだな…。でも朱乃への想いは変わっていないよ」

「腕の力だけでも十分に感じられるわ。ちょっと痛いけど」

「ご、ごめん…」

 

 大一は力を緩めて腕を離そうとするが、逆に朱乃が嬉しそうに彼の背中に腕を回す。そんな彼女に対して、言い訳のように彼はこぼす。

 

「片腕だけだからどうしても力が入って」

「じゃあ、身体を洗うのも苦労するわよね。私も寝間着があなたの汗で汚れちゃったし、一緒に行きましょう」

 

 彼女の刺激的かつ魅惑的な誘いに大一は拒否する材料は皆無であり、促されるままに共にシャワー室へと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 昼近く、彼はリビングで本を開いていた。悪魔に関する歴史の本であり、少しでも奇妙な魔力などについて知ることができないかを期待したが、まったくと言っていいほど内容が頭に入らなかった。

 

「…頭がおかしくなると思った」

 

 特に誰に言うでもなく呟く大一の頭では、数時間前の光景が思い出されていた。まだ昼前なのに、すでに彼は何度も朱乃とのシャワーを頭に浮かべていた。弟ほど興奮の感情を表に出さない彼であったが、それでも惚れた相手と共に裸になるのは彼の緊張を異常なまでに高める。一誠が何度もリアスやアーシア、他の女性陣とも風呂に入っていることを思うと、よく正気でいられると感心すら抱くものがあった。

 彼の呟きはあまりにも小さくまず聞こえないほどであったが、同室でココアを飲んでいた小猫は聞き逃さなかった。現場にいたわけではないが、シャワーを浴びて間もない時の2人の会話を耳にしていたため事情は知っており、彼女の感情は寝起きの朱乃に勝るとも劣らず不満だらけであった。

 

「先輩もイッセー先輩に負けないほどのドスケベですね」

「小猫、俺は別に何も…」

「隠そうとされるのも不快です。私は全部知っていますよ」

 

 小猫は睨みつけるように大一を見る。侮蔑的な印象の言い方ではあったが、その裏には嫉妬と不全感が行きわたっている。

 彼女はやけ気味にマグカップのココアを飲むと、再び口を開く。

 

「前にギャーくんが言ってたことは正しかったですね。先輩もやっぱりおっぱいが好きってことですか」

「俺はあいつほど、そういうこだわり無いって…」

「でも姉さまにだって、デレデレしているじゃないですか」

 

 愚痴をダラダラと小猫は不満を漏らしていく。彼女自身、紡いでいく言葉がこじつけになっているのは理解していた。

 それでも、いまだに妹分の領域を超えられないのがもどかしく感じ、その気持ちが言動に反映されてしまう。せっかく数か月前に関係性が大きく見直され、仙術によって見た目を大人のように変えることも出来るようになった。しかし、朱乃のように深い関係はまだまだ見えず、それどころかライバルが増えていく一方にも感じていた。

 この煮え切らない感情に折り合いがつけられず、小猫は疲れたようにため息をつく。

 

「…ごめんなさい。あまり冷静じゃありませんでした」

「俺の方こそ悪い。どうも女性のことを理解できていないな」

「私はただ…先輩とちょっと特別な関係になりたいだけです。信頼し合えるような、そういう特別な…」

「俺は特別な相手だと思っているけどな」

 

 大一の言葉に、小猫はどきりとしたように顔を赤らめるが、すぐに疑わしそうに視線を向ける。

 

「…お世辞はあまり好きじゃありません」

「嘘をつく理由がない。俺のことをいつも頼ってくれる、そのおかげで必要とされている実感が湧くんだ」

「それなら他の人たちだって…」

「前から頼りにしてくれる、お前が見てくれると思うからこそ、無理も出来るってものだ」

「それだと先輩を追い詰めている気がします」

「少なくとも、今の俺にとっては数少ない期待が実感されるから特別ではあるけどな」

 

 朱乃との弱みを見せて支えあう関係とはまた別に、小猫から向けられる淡い期待は彼に一種の自信を確立させていたのは間違いなかった。仲間が認めてくれる、これを実感するほど心を盤石にすることに繋がった。小猫の向ける特別な想いは、大一にとっても良い方向に向かわせることになっていた。

 小猫は鼻を鳴らすと、不全と満足の矛盾した感情が入り混じった声で訴える。

 

「…だから先輩はずるいんですよ。なんだかんだ言いながら、いつも余裕で私の心をかき乱す…膝の上に乗せてもらうことで許します」

「いつも断りなく乗っているだろうよ」

 

 大一の言葉に肩をすくめる小猫はそのまま彼の膝の上に乗る。これだけでも彼女にとっては安心を覚えるのだが、朱乃との仲睦まじい様子を知ったこと、いつも後手に回るのも癪であることなどあらゆる想いが更なる一歩を踏み出させようとしていた。

 意を決した小猫はぎゅっと抱きつくと、面食らう大一に上目遣いでねだり始める。

 

「…お兄ちゃん、大好きです」

「こ、小猫?」

「もっともっと…私を見てください」

 

 狼狽する大一を見て、小猫は内心でガッツポーズを取る。初めて彼に対して、男女関係で一歩リードしたと確信したのだ。もっとも間もなく、打ち合わせを終えてリアスと朱乃がリビングに現れてちょっとした騒ぎになるのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

「あら、大一ちゃん。どうしたの、そんな顔して。まるで大勢の女性に言い寄られてもみくちゃにされたような感じよ」

「なんで生島さんはそうも的確に当ててくるんですか…」

 

 深夜、カウンター席に座る大一は生島の言葉に疲れ気味に反応する。彼に呼ばれたのは客の散らかしたものの掃除や整理が目的であったが、ロスヴァイセと共に予想の数倍速く終わらせることが出来た。そして、このまま帰すのもつまらないと思った生島に誘われて、大一とロスヴァイセは彼と話し込んでいた。

 

「割といるからわかるのよ、男女関係で苦労する子って。以前は鎧武者と甲冑のカップルなんてのも店に来たことあるし」

「そのカップルとは全く違う方向だと断言できますよ」

「さすがに私もそうだとは思うわ。あっ、そうそう!大一ちゃん達はクリスマスの予定とかって決まっているかしら?良ければ、私の店を使ってもいいわよ!」

 

 嬉しそうに話す生島の申し出に、大一は小さく首を振る。彼にも一緒に過ごす弟夫婦がいるのをよく知っていたからだ。

 

「それはいけませんよ。生島さんだって毎年、ご家族と過ごしているじゃないですか」

「それもそうなんだけど…せっかく大一ちゃん達の卒業が近づいているんだから、私も何かしてあげたいのよね」

「そのお気持ちだけで十分です。生島さんのおかげで俺もずいぶん助けられていますから」

 

 落ち着いて、同時に間違いない感謝の想いを率直に伝えられた生島は面白そうに笑う。

 

「もう、いい表情をするようになってきたわね、大一ちゃんったら!恋をすれば男として磨きがかかるのかしら?だからこそ…酔わせて介抱してみたいわ~!」

「そっちが本音ですか!」

「そう、本音よ!というか、絶対にお酒を飲めるようになったらリアスちゃん達と来てよね!酔った皆を見てみたいわ~!あっ、ロスヴァイセちゃんは飲めるのかしら?今からでもどう?」

 

 期待を向けた眼差しで大一の隣にいるロスヴァイセを見るが、彼女はこれでもかというほど首を横に振る。彼女の頭の中では、京都での失態が想起されていた。

 

「い、いや、私は遠慮しておきます。酔いやすいですし、記憶が飛んだ経験もあるので…」

「えっ?とてつもなく気になっちゃうじゃないの!」

「生島さん、そういうのは…」

「まあ、これ以上やったらアルハラになるわね。でも残念だわ~!酔えば2人とも色気が半端なく出ると思ったんだけど!ロスヴァイセちゃんも前に会った時よりも、可愛くなった気がするし!お祖母様から、いろいろ仕込まれたのかしら?それとも好い人見つけた?」

 

 生島の本気かどうか判別できない言葉に、ロスヴァイセの顔は一気に紅潮していく。白い肌には、あまりにも目立つ赤さでその熱を覚ますように手で仰ぎながら、彼女は落ち着かない様子で言葉を紡ぐ。

 

「なっ!そ、そったらことねえだ!わ、わたすはまだ…!」

「ロスヴァイセさん、訛っていますって!」

「今の面白いところ見せられたら、もっと気になっちゃうわ~!しかし無理強いはしないのが生島さんスタイルよ!ということで、今日はお酒の代わりに私のお手製ぶり大根を振舞ってあげるわ」

 

 どんどん話を進めていく彼は後ろの鍋から手早くぶり大根を器に寄せると、2人の前に差し出した。彼の店のメニューであるが、漂ってくる湯気と香りが深夜にもかかわらず食欲を掻き立てた。

 

「残り物だけど、おかげで味が染みているわ。ぜひとも感想を聞かせてちょうだいな」

「「いただきます」」

 

 ロスヴァイセが箸で丁寧につまみ口に運ぶ。柔らかな食感と、優しい味が舌の上にかけていく。この一口だけでも、生島の料理の能力が窺えた。

 

「これ、本当に美味しいですよ!生島さん、料理がすごくお上手ですね!」

「やだー、外国人のロスヴァイセちゃんにそんなふうに褒められちゃったら、生島さんどんどん調子に乗っちゃうわ!…あら、大一ちゃん大丈夫?」

「あっと、す、すいません。ちょっといろいろと…」

 

 大一はつまもうとした大根をそのまま箸で切ってしまい、食べるのに苦慮していた。彼の利き手である右手の扱いにかなり苦労している様子であった。彼の右腕の義手は、先日の一件でバーナによって完全に壊されてしまったため、急ごしらえでまた新しいものを装着していた。これがまた勝手が少々違っており、せっかく慣れてきたのにまた後戻りという状態であった。むしろ下手に以前のものに慣れ始めていたおかげで、余計にも扱いに難しさを感じていた。

 

「義手にはまだ慣れないのね~」

「いや、いろいろあって新しくなって…あれ?生島さんに義手のことって話しましたっけ?」

「え!?い、いや、リアスちゃんから聞いたのよ!ほら、眷属が変わったって聞いた時にね!しかしこれならスプーンとかの方がいいかしら?」

「いえ、なんとかやりますよ…」

「あ、あの、大一くん。ちょっと待っていてくださいね」

 

 シャドウの補助を考え始めた大一に、ロスヴァイセは恥ずかしそうに自分の器の大根を箸で一口サイズに切ると、それを持って彼の口にゆっくりと向けた。

 

「えっと、ロスヴァイセさん?」

「は、はい、どうぞ。あーんしてください」

 

 あまりにも意外な行為に大一は目を丸くするが、ロスヴァイセもそれは自覚しており先ほどの紅潮に勝るとも劣らないほど赤面していた。それでも腕を下げることはしない。

 

「それはさすがに申し訳ないですよ」

「大変そうだったから、手伝っているんです。わ、私では不満ですか?」

 

 無意識に上目遣いとなるロスヴァイセに、大一は一瞬とてつもない緊張が全身を駆け巡った気がした。しかしそれを自覚する前に小さく息を吐いて落ち着けると、ロスヴァイセが差し出した箸から大根を口にする。

 

「…う、美味い…!」

「そうですよね?これ本当に美味しくて…生島さんの料理は見習いたいですよ」

 

 その美味しさを分かち合う2人であったが、生島の方は仁王立ちの状態で何かに勝利したかのようにぐっと右腕を天井へと向けていた。

 

「我が生涯に一片の悔いなし…いや、悔いあったわ!冬だけどついに春が来たわ!もうそのぶり大根はロスヴァイセちゃんが作ったことにしていいから、もっと私をヒートアップさせてちょうだい!」

「意味わからないこと口走ってますよ、生島さん!?」

「おっと、私としたことがおかしくなりかけていたわ。こういう関係はゆっくりと育てるべきだものね。今はまず…悪魔の制度に感謝するべきだったわ」

 

 勝手に納得する生島に、ロスヴァイセ羞恥のあまり固まってしまい、大一の方は完全に困り果てるという深夜にしてはあまりにも奇怪な光景が店内で繰り広げられていた。

 

『このままそっち方面でも赤龍帝を超えるぞォ!』

(おい、小僧!もっと今の料理をよこせ!味が気に入った!)

 

 もっとも彼の頭の中の騒ぎようもそれに匹敵するほどであったが。

 




原作だとイリナの回である18巻ですが、こちらは別のキャラとの回になりそうです。


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第162話 進める企画

関係性が複雑化してきましたね…。


 終業式が終わった日、兵藤家の上階にあるVIPチームにオカルト研究部のメンバーは集まっていた。仕事を終えたアザゼルとロスヴァイセに加え、さらにグリゼルダまで来ており、全員が集まったことを確認したイリナが目的を口にする。

 

「そのようなわけで、クリスマスを通じて、この駒王町の皆さんにプレゼントを配るの!」

 

 今回、『D×D』を中心としたクリスマスの企画が進められていた。その内容が、イリナの話した駒王町に住む人々にクリスマスプレゼントを配布するというものであった。3大勢力が手を取り合ったこの重要な地は、すでに拠点のひとつとしても機能している。それ以前からもあらゆる件でこの町が危機にさらされたことは少なくなく、そのお詫びも兼ねたものであった。プレゼントは子どもから大人まで多種多様なものであるが、それぞれの陣営のトップもこの企画には好意的で全面的に協力をしていた。

 サンタ服を着て回るという力の入れようであるが、これまでの町への迷惑を踏まえれば足りないくらいではある。

 

「うふふ、こちらがサンタのコスチュームですわ」

「サンタクロースになれるなんて光栄だね」

「でも、サンタさんのお仕事を奪ってしまいそうで気も引けるわ。これって営業妨害よね」

「いやいや、だいたいサンタクロースなんているわけ…」

 

 朱乃がゼノヴィアとイリナに女性用のサンタ服の案を見せながら話していると、一誠がツッコミを入れかけるが、これに対してゼノヴィアとイリナのコンビが不思議そうな反応をする。

 

「「?いるけど?」」

「…え?いるの?」

「ええ、いちおうね。まあ、その話はまた別の案件になってしまいそうだから、説明は省くわ」

 

 リアスの言葉に、一誠は衝撃を受ける。この17年、1度もその存在に会えなかったことにはショックを感じ、兄にもその話題を振る。

 

「兄貴、知っていたか!?」

「存在はまあ…ただ見たことは無いな」

「…サンタさんはエロい子のもとにこなかったんですね」

「そうですね!エロい子どものところになんて来ませんよね!小学生の頃からエッチなDVDやエロ本を欲しがってすみませんでしたぁぁっ!」

 

 小猫の痛烈なツッコミに、大声で奇妙な謝罪をする一誠を苦笑い気味に大一は見る。そんな彼の頭の中では闘争心と興味をむき出しにしたディオーグとそれに反応するシャドウの声が響く。

 

(そのサンタクロースってのは?強いのか?)

『キリストの弟子だったかが貧しいガキどもに金貨配っていたのが、いつの間にかプレゼンを配るのだったか…まあ、戦うような奴じゃないね』

(なんだ、面白くもねえ。ということは、クリスマスってのも集まって戦うもんじゃねえのか。てっきり血で血を洗うような戦いで、区切りをつけるものかと)

『違うね。まあ、僕としては祝い事になっているのが不快だけど』

 

 クリスマスを戦いの行事としか捉えていない龍と、聖なる出来事には敵対心を抱く神器の会話は、大一のこれまでのクリスマス概念を覆しそうなものだが、さすがに慣れてきたため苦笑い気味になるだけで済んだ。もっとも悪魔としてもクリスマスは契約関連で忙しいことが多いため、一般的な学生のクリスマス的な観点とは違うのだが。

 

(クリスマスねえ…)

 

 大一はちらりと一誠と話す祐斗を見る。なぜか祐斗がケーキを作って一誠に食べて欲しい旨を伝え、彼の方は椿姫を誘うことを提案していた。一誠としては、祐斗と椿姫がくっつくことを画策しているようだ。

 別に彼らに倣うつもりは無いが、大一も朱乃のことを考えていた。高校生最後のクリスマスという肩書きが彼を魅了する。さすがに一緒にゆっくり過ごすというのは難しいだろうが、何らかの形で彼女と楽しみたいと考え、ライザーへの相談を決意した瞬間であった。

 もろもろと忙しくなりそうな状態であったが、それは彼らだけではない。シトリー眷属もアウロス学園の修繕に心血を注いでいた。そのためこの企画にはかなりギリギリの参加になる予定であった。

 そんなアウロス学園の事件は大々的に報道されており、冥界でもかなりの反響を呼んでいた。若手悪魔たちの奮戦は高い評価を獲得していたが、その一方でアグレアスを奪われたことの批判もつきまとう。

 しかしこの事件で敵の大戦力であるユーグリットやグレンデルを封じたのは大きいだろう。特にユーグリットを捕えたのは大きく、これによる情報やルシファー眷属が動きやすくなったのは大きかった。

 現在、彼の尋問は姉のグレイフィアが行っている。彼からの直々の指名であったらしい。リアスの話では相当苛烈な尋問を行っているようだが、ユーグリットはそれすらも楽しんでいる節があったようだ。大一としては、やはり彼は捕らわれたままに思えてあまり良い感情を持てなかった。

 

「グレイフィアにぽつぽつと話し始めたという情報では、クリフォトの隠れ家がいくつもあるそうでな。すでにそこへ各勢力、エージェントを送り込んでいる。もうそろそろ本格的に奇襲が始まるだろうな」

 

 アザゼルの話では、情報から割り出されたクリフォトの隠れ家にそれぞれの勢力が奇襲を仕掛ける予定とのことだ。もっとも主力勢はアグレアスにいる可能性が高いため、少々戦力を削る程度が関の山だろうが。未だに姿を捕捉できないアグレアス、研究者として名高いアジュカを筆頭にアザゼルなども推測を寄せるものの、どれも確信には至れなかった。

 話に区切りがついたところで、グリゼルダが時計を確認して全員に声をかける。

 

「まずはこのあと、一度皆さんを天界へお連れ致します。そこで、企画中の中身───プレゼントの確認と、ミカエル様から年を明ける前のごあいさつを頂ける予定です」

 

 彼女の言葉に、一誠を筆頭としたオカルト研究部は色めき立つ。天界…天使たちが住むその場所は悪魔や堕天使の住む冥界とは真逆の場所であった。かつての敵対関係では、悪魔が天界に行くなどありえないことであったため、この反応も当然だろう。

 

「んじゃ、ミカエルによろしくな」

「アザゼル先生は天界行かないんですか?」

「今更戻れると思うか?ま、昔の研究施設を始末させてもらえるなら、行ってもいいけどよ。企画には協力するんで、あとのことは若いお前らに任せる」

 

 アザゼルがひらひらと手を振るのと同時に、大一も仲間達に発言する。

 

「ついでに言うと、俺も行かないぞ」

「兄貴まで!?それってどうして?」

「別件の仕事があって、京都に向かわなければいけないんだ。大丈夫、そこまで長くかからないはずだから」

 

 朱乃達との不満な表情が視界に入った大一は付け加えるように答える。ルシファー眷属の仕事でもあるため、それでも先日の一件から申し訳なさは感じられた。ただ今回の場合、シャドウの件もあるため天界に行くことに精神的なブレーキがかかっていたことは否定できなかった。

 

「ま、こればかりは仕方ないわね。じゃあ、地下の魔法陣から天界に行くわよ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 仲間達が天界に向かったのを見送ってから、大一は京都へと転移した。修学旅行などでは新幹線を使って往来したのを思えば、京都の妖怪と繋がったおかげで移動も遥かに楽であった。

 今回の出向いた目的は零から「異界の地」について聞くことであった。あらゆる勢力の繋がりと道理から外れた術を知る彼女なら、何か知ることを期待してサーゼクスと炎駒から任されたものであった。

 現在、大一は土産の串団子を大量に買い込んだ後、京都駅付近に迎えが来るまで、その店で時間を潰していた。零は八坂のもとに出向いているため、そこで合流する予定になっており、京都駅の近くで迎えが来ることになっていた。

 

「この餡子もいいし、みたらしも最高。まだまだいけちゃう♪」

「…本当になんでお前がいるんだか」

 

 お茶をすすりながら、大一は対面に座って団子を頬張る黒歌を見る。さすがにいつもの着物姿ではなく、暖かそうなセーターとロングスカートを身に着けており可愛さと綺麗が同居している姿であった。その服に身を包まれた細い身体のどこに入っているのかと思うほど、すでに大量の団子を食べており、今もなお彼女の動かす手は止まらなかった。

 舌鼓をうつ彼女は疲れた表情の大一とは反対に笑顔で答える。

 

「アザゼルに頼まれて、妖怪にも詳しい私が一緒に行くことになったからね。ヴァ―リも『異界の地』について興味あるみたいだし」

「俺は京都に来るまで知らなかったぞ…」

「だって話していないもの。あっ、白音たちにバレたらヤバいとか思っている?」

「ほっとけ」

「にゃははは、図星かにゃ♪」

 

 愉快そうに笑う黒歌に、大一は渋い表情をする。家に戻ってから朱乃や小猫に何を言われるか心配になる発言であり、実際それが起こるであろうことは容易に想像できた。

 

「あと私も興味あるしね」

「そういえば、ヴァ―リチームはいろいろな場所を冒険していたんだってな」

「『異界の地』については、場所の特定すら出来なかったし、特別な噂も聞かないから後回しにしていたんだけど、最近で気になることも増えてきたからね。まあ、私の場合は噂の京都妖怪も気になるのよね」

「零さんは確かに独特な妖怪だが…」

「裏ではそれなりに名の知れた奴だからね。実力においては九尾の狐ほどではないけど、各地に広がる人脈と妖怪でありながら人間に仕込まれた術の数々、道理を外れた研究、面白い点はいくらでもあるにゃ♪」

 

 黒歌は楽しそうに答えると、冷めたお茶を飲んで再び団子に手を付け始める。動作ひとつが好奇心と色気に満ちた印象を抱かせ、どこか引き込まれるような魅力に溢れていた。

 

「ヴァ―リチームは皆、好奇心に満ちているんだな」

「そうそう、もっと褒めてもいいにゃ♪まあ、でもヴァ―リには敵わないわね。あんたにもまた興味を向けていたわ」

「俺に?」

「だってユーグリットを倒したんでしょ。それでちょっと嬉しそうにしていたわよ」

「だとしたら、過大評価だな。あれはギリギリの戦いだった。まあ、以前よりは変わったと思うが…」

 

 濁すような言い方で大一は答える。以前、京都に赴いたのは彼女がディオーグを知っているかを期待した炎駒の考えであった。今回は大一の繋がった魔力について見てもらうために、再び直接会うことにしていた。もっとも彼女が重要な話ほど直接会うことにこだわっているため、連絡用魔法陣など使えば機嫌を損なうことも目に見えていたのも理由であったが。

 

「しかしあいつが実力方面で興味を持つのなんて、一誠くらいだと思っていた」

「ヴァ―リは強くなりそうな相手には基本的に興味を持つわ。特にドラゴン関連ね。だからこそ、あんたも気にしているんでしょ」

「嬉しくないな…」

「強くなることに貪欲なのよね。この前、赤龍帝ちんになんか色々聞いていたんでしょ?」

 

 黒歌の問いに、大一は眉をわずかに潜めただけで分からないと首を横に振る。実際のところは、ヴァ―リが一誠に性的興奮について聞いていたのを彼は知っていた。なんでもアザゼルから、さらに強くなりたいなら一誠を参考にすることを勧められたようだ。ご丁寧に「乳力」を例に挙げていたため、間違いなくスケベ根性を見習うように勧められたのだろう。二点龍の2人でエロDVDを鑑賞した際の、ヴァ―リのピントの合わない感想に苦労したことを、弟の愚痴として彼は聞いていた。

 しかしそれを口に出すのは、さすがにはばかられる。結局、彼は知らないふりを続けることを選択した。

 

「…そろそろ行くか」

 

 大一は腕時計を確認すると、黒歌が少し不満げな表情になる。

 

「もうそんな時間?締めのお汁粉、頼んでないのに~」

「今度にしろ」

「せっかく来たのに…まあ、仕方ないにゃ。ところでお会計なんだけど」

「…まさか財布ないとか言わないよな?」

「さすがにあるけど、ほとんど手持ちがないにゃ。ほら」

 

 黒歌はどこからともなく取り出した財布には少量の小銭しかなかった。ひとりぶんの団子とお茶ならともかく彼女が食べた量には全然足りなかった。

 

「勘弁してくれよ…貸しひとつだぞ」

「え~、白音をあんなにダイナマイトボディにしたのは私なんだから、これくらい奢ってよ」

「あれは小猫の努力の賜物でもあるだろうが。…まあ、わかったよ。お前のおかげで、小猫が強くなったのも間違いではないからな。ここは奢るよ」

 

 大一は自分の財布から支払いを済ませる。一誠ほどではないが、ルシファー眷属となって彼もほどほどに給料を貰っていた。大一としては申し訳なさで断ろうとしたが、サーゼクスの律義さとグレイフィアの厳格さがそれを許さなかった。

 店を出ると黒歌はいたずらっぽい笑顔を向けて、大一に言う。

 

「ありがとう、お兄ちゃん♪」

「だからその呼び方をやめろ」

「じゃあ、ダーリンとかにする?せっかくだから、おっぱいでサービスしてあげてもいいにゃん♪それともヴァ―リみたいにお尻派だった?」

「お前、ちょっとは恥じらいを持ってくれないかな。思うんだけど、そういうことばかりだと本気にしてもらえないぞ」

「いたずら野良猫にはこれくらいがちょうどいいのよ♪」

 

 黒歌の態度に、大一は小さくため息をつく。彼女の魅惑的でありながら掴めない雰囲気は大きな強みなのだろう。しかし同時に不安定さも感じられた。妹の小猫が特別な相手を見つけたように、彼女にもそういった人物が現れるのだろうか。

 余計なお世話に気づいた大一はその考えを振り払うように頭を振ると、彼女と共に約束の場所まで歩を進めるのであった。

 




珍しい兄姉コンビとなりました。


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第163話 不得要領

散々引っ掻き回してきた設定の説明が少し入ります。


 大一と黒歌は京都の妖怪と合流すると案内されるまま、本拠地である裏の都に足を踏み入れていた。大一もディオーグもこの地に足を踏み入れたのは2度目であるため特別大きな反応はせず、黒歌はいつの間にかいつもの着物姿に身を包んで面白そうに歩いていく。唯一、シャドウだけは周囲を物珍しそうに大一の肩から飛び出して見回していた。

 

『日本にはあまり来たことなかったから珍しいな。特にこんなに妖怪がいる場所なんて。外国の奴らとまた風体が違っていて面白い』

「ほどほどにしておけよ。これから京都妖怪の大将に会うんだから」

「むっ?赤龍帝の兄ではないか」

 

 屋敷まで案内された大一に気づいた巫女服の少女が近づいてくる。八坂の娘の九重であった。

 

「これは九重様、お久しぶりです」

「うむ、また会えて嬉しいぞ。今日は赤龍帝は一緒ではないのか?」

「残念ながら我々だけです」

「そうか…いつでも遊びに来て良いことを伝えておいてくれ」

 

 顔を赤らめながら話す九重に大一は苦笑い気味で頷く。ここでも弟に想いを寄せる相手を目の当たりにするのは、普段の生活を知っていると胸焼けするような奇妙な感覚を抱いた。

 一方で黒歌は面白そうにニヤニヤしながら大一に耳打ちする。

 

「モテるねぇ、赤龍帝ちん」

「はいはい、そうだな」

「ふむ、よく来た」

 

 大一が軽く流していると、奥から京都妖怪の大将にして九重の母親である八坂が現れた。相変わらず突出された色気を放っている彼女に、大一は頭を下げる。

 

「八坂様、お久しぶりです。サーゼクス様からの伝聞が───」

「よいよい、話はすでに聞いておる。ところで今日は赤龍帝は来ておらぬのか?」

「まったく同じことを九重様にも言われましたよ…」

「にゃはは、血は争えないって奴なのかね」

「やめてくれ、黒歌。あっ、これをどうぞ。手土産です」

「ありがたく貰おう。すでに零は来ておる。こっちじゃ」

 

 八坂は受け取った団子を部下の妖怪に渡すと、ついてくるように優雅に手招きをする。彼女の後を歩き、案内された和室には姿勢を崩して座る零の姿がいた。

 彼女は大一を一瞥すると、小さく鼻を鳴らす。

 

「久しぶりだな、炎駒の弟子。前以上に気味の悪い身体になっているな。鵺やキメラでも目指しているのか?」

「お久しぶりです、零様。そんなに自分の身体、おかしいですか?」

「意味不明な龍だけでもおかしいのに、奇妙な神器まで入ればそうもなるだろう。しかし…」

 

 零は言葉を切って、黒歌にちらりと視線を移す。明らかに嫌そうな彼女の表情に対して、黒歌は特別気にした様子なく愉快そうに手を振った。

 

「よくもまあ、テロリストを私の前に連れてきたものだ」

「彼女を含めて白龍皇のチームは『D×D』のメンバーですよ」

「きっちりケジメもつけてない奴に信用など」

「返す言葉はないわね。ま、別にどう思われてもいいけど」

 

 黒歌は小さく肩をすくめただけであったが、それに対して大一は困ったように鼻から息を吐く。はみ出し者を取りまとめる零であれば、黒歌にもそこまで露骨な態度を見せないと思っていたが、その期待は甘かったことを思い知らされた。紅葉がいれば少しはこの空気を和らげることも考えたが、残念ながら彼は別件でこの場にはいなかった。

 大一と黒歌はそのまま零の対面に座り、八坂も彼女の横に腰を下ろして話し始める。

 

「さて、冥界の魔王からすでに話は聞いている。クリフォトを倒すためにも、わらわ達も援助は惜しみなくするつもりじゃ。そうだろう、零?」

「…ここまで面倒ごとになればさすがに手は貸す。現にこちらからも人手は出しているからな」

「ありがとうございます、八坂様、零様」

 

 風格と威厳を纏った八坂と、不本意丸出しの零に対して、大一はぐっと頭を下げる。感情はさておき、この大きな問題に協力の手を差し伸べてくれることには感謝しかなかった。彼はそのままの流れで「異界の地」について、自分がたどり着いたこと、そこで出会ったアリッサという人物などについて説明した。

 

「『異界の地』か…わらわは名前しか知らん。ある程度の者であれば、この地について名前だけは知っているのが少なくはないからの」

「私も同様だ。気になる場所ではあるがな」

「そうですか…」

 

 八坂と零の答え方に、大一は静かに落胆する。特殊な術において妖怪という存在はかなり信頼できるものがあったため、情報を期待していた。解決の糸口が見えないことは不安を固められる想いであった。

 だが気持ちは表に出さず、大一はもうひとつの疑問に取りかかる。

 

「もうひとつお聞きします。これも『異界の地』に関係していることかもしれません。私はこれまで何度かクリフォトのメンバーと接触したのですが、その際に魔力が繋がったような奇妙な感覚がありました。私自身、その魔力は繋がらないと感じられないのですが、何か理由があると思うのです」

「ふむ…零、貴様も感知に優れておったの。どうじゃ?」

「私以外にも感知できそうな者はいるがね」

 

 ため息をつく零は、大一の隣に座る黒歌を見る。半ば挑戦的な視線を向けられて、黒歌は内心楽しんでいた。実力を計られている感覚、力を認められるような発言、わずかな敵意と緊張感、こういったことがちょっとした魅惑的スリルに感じるのであった。

 

「裏では名高い狐妖怪さんに認められて光栄にゃ♪たしかに大一の魔力って、最近になって掴みどころのない感覚があるのよね~」

「それ知っていて教えなかったのかよ…」

「そこまで気にしていなかったのよ。感知できるようになったのも最近だし。あと大一って赤龍帝ちんに劣らないほど、色々おかしいことになっちゃっているじゃない?未知の部分も多いから、私がわめくのも違うでしょ」

「今回はわめいてくれた方がありがたかったかな」

「まあまあ、過ぎたことにゃん♪」

 

 黒歌は元気づけるような力で大一の肩を軽く叩く。今さらであるが、掴みどころの無さで言えば彼女も大概に思えた。

 男が女に圧倒されているような光景に、零は面倒そうな表情を崩さずに話す。

 

「小僧とまったく同じ魔力を303年前に感知したことがある。その者とも戦った」

 

 零の発言に、部屋の空気が引き締まる。ここにきて初めて手がかりらしいものが期待できる状況に、大一は自然と胸が高鳴っていくのが感じられた。次の言葉を待つ部屋のメンバーに応えるように、零は話を続けた。

 

「まだ京都に腰を落ち着けていなかった私は全国を回っていた。北海道…当時は蝦夷か。そこで奇妙な蛇の妖怪と出会ってな。そいつと戦った際に同じ魔力を感知したのだ」

「その特徴というのはないでしょうか?なにか特別な感じとか…」

「さっき、その猫魈の悪魔が話した通りだ。掴みどころのない感覚、まるで煙のようなものだ」

 

 零の話に、大一は首をひねる思いであった。これまでの戦いの中で、そのような魔力の印象をまるで抱かなかったのだ。むしろモックに関してはかなり離れたところから攻撃してきたにもかかわらず、明確に方向などを感知できたため、彼女らにすぐに同意できなかった。

 大一は自らの考えを苦心しながら言葉にする。

 

「うーん…自分がクリフォトの相手と接敵した際はわずかでもハッキリした印象でした。こう…パズルがハマるような腑に落ちる感覚といいますか…磁石が引き寄せられるというか…」

 

 しどろもどろになりながら大一は話すが、言葉を紡ぐほど自信が無くなっていた。仲間内では感知に自信がある方だが、零は師匠の炎駒が認めるほどの相手で経験も圧倒的である。それを思えば、彼女の言葉の方が信頼できるのも当然であった。そもそも大一は繋がった時しか魔力を感知できておらず、零の話す魔力とは別物かもしれない。

 しかし大一の不安を切り捨てるように、零は思慮深い表情でつぶやく。

 

「…いや、むしろそれが特徴か?」

「どういうことです?」

「当時の私はその蛇の妖怪の魔力を不思議に思った。感知が本当に難しくてな、不意を突かれたのを今でも覚えている。一方で同じ魔力を持つ貴様はしっかりと感知している。思うに、この魔力は同種のものを持つ者と強く繋がるのではないか?」

 

 この仮説に、大一はこれまでの戦いを思い起こす。岩肌と同化して隠れていたギガンを感知できたこと、長距離にも関わらずモックの居場所をすぐに感知できたこと、接触した瞬間の力強い結びつき…様々な敵と戦っていたが、自分だけが素早く察知できたのは同じ魔力を持つものだけであった。元々の感知が難しく、慣れていないことを踏まえると、大一自身が普段は感知できないのも説明できる。

 同時に頭をよぎったこの魔力の厄介性を八坂が口にした。

 

「もしその推察が正しいのであれば、かなり厄介ではないか?敵はどこにでも潜り込み、裏工作や不意打ちもお手のものということになるじゃろう」 

「感知に秀でた者はどこにでもいる。まったく感知できないわけじゃないのだから、人員と質を上げればよい。というよりも、それ以外の具体案が思いつかないだけだが」

 

 その後もこの推察を主軸に話は進められたが、これ以上の対策案は出てこずに話し合いの場は終えることになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夕食も終わったであろう夜近く、転移魔法陣で戻ってきた大一の表情は渋く、それに対して黒歌が問う。

 

「まーた難しい顔しているにゃ。収穫あったのに、なにが不満?」

「その収穫でもっとわからないことが増えたからな」

 

 死の淵から生き残ってから何度か感じた繋がる魔力…おそらくこれがアリッサの話していた「異界の魔力」というものだろう。また以前にサーゼクスが話していたクリフォトの一部のメンバーの尻尾を掴めない話、これらを踏まえると零の推察は正しいものと思えた。

 同時に大一には疑念が湧いてくる。ディオーグが何も言及していないことであった。この魔力の繋がりをディオーグも気づいていたのに、彼の性格でまったく話を振ってこないのには違和感を抱いた。いよいよ話を聞く必要があると感じていたが、残念ながら彼は眠り込んでいた。

 困ったように頭を掻く大一はエレベーターに向かいながら呟く。

 

「とにかくサーゼクス様か炎駒さんに報告しなきゃな…そうだ、黒歌。アザゼルへの報告は頼んでいいか?」

「え~、面倒。あんたの方が出来るでしょ?」

「お前だってヴァ―リの方の伝手で話すだろ。そもそも今回はあの人に任されたのは、そっちなんだし」

「猫ってご褒美あった方がやる気出るのよ」

 

 誘うような目で話す黒歌を気にせずに、大一はネクタイを緩める。彼女の言葉をいちいち本気で取り上げていては、心労も計り知れなかった。

 

「仲間として頼むというだけじゃ不十分か?」

「おっと、あんたにしては珍しい発言ね。さっきの狐の妖怪の時もサラッとかばってくれたけど、そこまで警戒心なかったっけ?」

「俺だってそこまで頑固じゃないよ」

 

 瀕死の状態での決意、多くの戦いで敵にも複雑な思いがあるのを知ったこと、黒歌が小猫の成長に大きく関与していること、あらゆる事象が大一に対して強い成長を促していたのは間違いなかった。それは彼自身が知るところであり、黒歌も何度かその雰囲気を垣間見たような気持ちであった。

 

「…ま、ちょっとは磨きがかかったってやつかしら?でもせっかくだからご褒美は欲しいにゃん♪」

「そういうのは無茶振りだ」

 

 すっかり話し込んでいた大一達は、皆のいる場所を感知してVIPルームへと向かう。来客がいるのには気づいたが、あいさつもしない方がさすがに失礼だと思った彼はノックをしてから静かに入室する。

 

「失礼します。戻りました」

「おや?これは…大一くんじゃないか!」

 

 部屋に入っていの一番に声を上げたのは、牧師の服に身を包んだ栗色の髪をした男性であった。知らないはずなのにどこか見覚えのある風体の男性の明るい雰囲気に、大一は驚いて身体を震わせるが、相手は気にせずにハツラツとした笑顔で手を差し出す。

 

「いやあ、久しぶりですね」

「え、えっと…」

「おっと、たしかにイッセーくんよりも関わりは少なかったから当然の反応だ。イリナの父ですよ」

 

 その言葉に大一はようやく合点がいった。イリナに似た明るさと髪色、そして見覚えのある顔…紫藤トウジのことをようやく思いだした。

 彼はプロテスタントの牧師であり、支部の局長でもあった。エクソシストの経験もあり、天界、教会にとって重要な存在であった。

 今回、来たのは仕事があるとのことだが、例のクリスマス企画の発案者が彼であった。そのため企画の説明もかねて、久しぶりに兵藤家に赴いたと言う。夕方ごろに帰ってきた一誠達の話では、彼らの母とも懐かしの談笑しておりすっかり打ち解けていた。

 

「大一くんも今回の企画には参加してくれるんですよね?」

「ええ、微力ながらお手伝いさせていただきます」

「嬉しい限りだ。あっ、でも無理をしてはいけませんよ。ルシファー眷属なら仕事もあるだろう」

「知っているのですか?」

「ミカエル様から直々に聞きましたよ。イッセーくんも大一くんも悪魔になって、しかも2人とも素晴らしい活躍をしているとは…親交ある身としては嬉しい限りですよ。今後、イリナちゃんが義妹になってもよろしく!」

「…えっ?」

 

 耳を疑う発言がトウジの口から発せられるが、すぐに彼はアザゼルと話し込む。あまりの衝撃に彼はアザゼルへの報告がすっぽ抜けるが、よく見るとVIPルーム内にいるメンバーの様子もそれに劣らないほど奇妙であった。一誠はなにかメラメラと情熱に燃えており、イリナは恥ずかしそうに赤面する。アーシアやゼノヴィアはなぜか気合いに満ちており、リアスはぶつぶつと呟いていた。

 直前までなにがあったのか気になった大一は朱乃へと問う。

 

「トウジさんが来てから、なにがあったんだ?」

「いろいろとね。私はあなたの方に訊きたいところなんだけど。京都でお仕事と言っておきながら、実際は黒歌とデートだったのかしら?」

 

 まったく笑っていない笑顔のまま、朱乃は大一の耳を引っ張る。久しぶりの感覚であったが、できれば思いだしたくなかったこの痛みに彼は声を上げる。

 

「誤解だって!俺だって知らなかったんだ!あっ!アザゼルに報告しなきゃ!」

「ちゃんと説明するまで話すことは出来ませんわ」

「朱乃さんに賛成です。反省してください、先輩」

 

 小猫もむくれ顔で大一の足を踏みつける。これまた嫉妬の感情がこもっており、容赦の無さがダイレクトに伝わってくる。

 圧倒される大一を見ながら、黒歌は面白そうにいたずらっぽく舌を出す。

 

「いやー、大一とのデート楽しかったにゃん♪」

「お前も火に油を注がないでくれ!」

「大一?」「先輩?」

「や、やっぱり肉食的な方が好かれるんでしょうか…」

 

 怒りと嫉妬を抱く朱乃と小猫に大一は捕らわれ、その様子を黒歌は見世物を楽しむがごとく笑い、ロスヴァイセはイリナにも劣らないほど赤面しながら言葉を呟いていた。

 




例の子作り部屋の紹介の直後に合流したから、こんなことになった…いや、オリ主も悪いな、これ。


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第164話 男女の悩み

冷静に考えれば、天使はどういうつもりでこの部屋を作ったのでしょうか?


『お前が悪い』

「そうですよね…」

 

 皆がすっかり寝静まった深夜、大一は自室で連絡用魔法陣を使いながら、ライザーと話していた。いつも隣で眠っている朱乃はおらず、部屋にはベッドに腰掛ける彼しかいない。戻って来てから説明をしたが、最後まで彼女の機嫌は直らずにいまいちぎくしゃくした状態で自室に入っていった。小猫も同様で、腑に落ちない表情を崩さなかった。

 こういった経緯から、感情と反省の吐露を求めた大一は、サーゼクス達への報告を済ませた後、ライザーに相談を持ちかけていた。

 

『お前が知らなかったとはいえ、それで彼女らが傷ついたのは事実だろうが。そうなると後の説明も言い訳っぽく聞こえてしまうものだしな』

「謝罪もしたのですが、それでも甘かったのでしょうか」

『甘いというより、それすらも言い訳になる。またはちょっと距離を置いて整理したい時に、謝られても余計にわからなくなるだけとも取れるな』

 

 うなだれ気味で、大一はライザーの指摘を耳にする。朱乃や小猫への大切な想いは変わっていない。しかし同時にそれを思うほど、もっと上手にフォローを入れるべきだった後悔がのしかかっていった。

 そんな彼の肩から黒い影が、眼玉をギョロつかせながら飛び出して会話に加わる。

 

『いやいや、そうは言うがね。彼女らもちょっと過剰反応だったと思うよ。あの黒猫が大一にスキンシップをしていたのなんて、前から分かっていたことじゃないか』

「しかしな、シャドウ。もっと俺がハッキリした態度を取ればこんなことには…」

『それを言ったら他にも同じような奴だっていっぱいいるって。だいたい拗れたのは、赤龍帝が貰ったあの意味の分からないドアノブのせいで、変な空気が出来上がっていたのもあると思うね』

 

 大一と黒歌が戻ってくる直前、一誠達はトウジの持ってきたあるお土産の説明を受けていた。見た目はなんてことないドアノブであるが、他の部屋のドアノブを交換して扉を開けると、豪華なベッドルームへと繋がる。その部屋は天使が悪魔と愛を育んでも堕天しないという特殊な異空間となっており、もはや誰にも邪魔されない個室へと早変わりするものであった。トウジはこれを一誠に託し、イリナとの孫を期待する発言までしていたという。しかもミカエルお墨付きであるため、天界関係者も煩悩にまみれているのを垣間見ることとなった。ちなみにトウジはアザゼルに連れられて彼の経営する堕天使関連の店へと向かっていった。ご丁寧に「おっぱいが好きか?」という文言に同意をしたうえである。

 ただでさえ天界には碌な感情を持っていないシャドウからすれば、今回の一誠へのプレゼントはかなり憤慨する内容だったらしく、高い声を荒げて文句を口にしていた。

 

『そもそも都合よすぎだろ!なんだよ、天使と悪魔が愛し合える部屋って!要するにただの子作り部屋じゃん!まーた赤龍帝だけ特別扱いだ!イライラするー!』

『まあ、確かに意味わからない部屋だと思うが…これでレイヴェルが蔑ろにされたら、それこそ燃やす案件だな』

 

 シャドウが苛立ちを露わにする一方で、映像越しにライザーもメラメラと燃えるような雰囲気を見せる。明らかに話しの方向性がずれると思った大一はすぐに2人を落ち着かせる。

 

「まあまあ、2人とも。今はそれを気にしても意味無いでしょう。それに俺が彼女らへのフォローが甘かったのは事実なんだから」

『というか、気にする必要あるか?』

「大切な人達を不安にさせたら気になるさ。…俺ももっと変わらないと」

 

 付け加えた言葉は大一にとって自分自身に向けて放たれたものであった。朱乃も小猫も大切にするという想いがある以上、相応の甲斐性は必要になる。いつまでも今の関係だけで終わらせるだけでなく、自ら変化をしなければならないのだ。

 ライザーはそんな彼の姿を見ながら、小さく嘆息する。

 

『たまに思うけどな。お前、基本的に自己肯定感が低いから好意を持ってくれる相手を無下に出来ないんだろ』

「別にそんなことは…」

『俺はそれを悪いと言っているわけじゃないぜ。ハーレムにもいろいろな目的があるからな。ただ切り捨てられないなら、本気で来る女全員を幸せにさせるくらいじゃねえとな』

「そう思うと本当に難しいことを考えていると思います」

『だが惚れた相手を全員相手に出来るのはやはり嬉しいものだ。とにかく受け身だけじゃなくて、自分からも攻めていけ。…おっともうこんな時間か。またな』

「相談に乗っていただき、ありがとうございます。おやすみなさい」

 

 魔法陣を消した大一はベッドへと仰向けに倒れ込む。目は天井に向けられていたが、特にどこかを見ていなかった。傍から見れば虚ろな表情に見える彼であったが、散々考えを巡らせた挙句にたどりついた答えは…。

 がばりと大一は体を起こすと、静かに口を開く。

 

「もう1回しっかりと謝る。それと感謝も伝える」

『いいんじゃないか。大一らしいし、赤龍帝を超えるハーレムを作るには、受け身ばかりじゃダメさ』

「ありがとよ。さて、すぐにでも謝りたいところだがさすがにこの時間じゃ───」

 

 大一は言葉を切ると、訝しげに目を細める。意識して感知してみると、グレイフィアへの面会で冥界に行っているリアスを除いて、他の女性陣がなぜかひとつの部屋の前に集中しているのがわかった。

 

「…あれ、起きている?」

(お前のエロ弟と天使女だけ別空間にいるな。訓練でもしているのか?)

 

 いつの間にか起きていたディオーグの言葉に、大一はハッと気づいて立ち上がると部屋を出る。そのまま仲間達が集まっている場所へと歩を進めていくのであった。

 間もなく彼が見たのは、ぎゅうぎゅうになって廊下の前で扉をわずかに開けて部屋の中を覗き込む女性陣の姿であった。よく見ると扉には例のドアノブがつけられている。

 

「…イリナ、立派になって…涙すら出てくるぞ…っ!」

「…ゼノヴィアさん、本当に、本当にイリナさんは…っ!」

「…この部屋、いかがわしい限りです」

「そう言いながら白音は夢中で見てるにゃ」

「…イッセーくんはどんどん進んでいくのね。大一は応えてくれるかしら…」

「…破廉恥だぁ…エロエロだぁ…」

「…この部屋もマネージメントしないとスケジュールを崩壊されそうですわ」

「あわあわあわあわ…こ、こんなお部屋まで天使は造るのですね!」

「イッセー、繁殖中?」

 

 状況を察した大一は呆れたように一行に話しかける。

 

「さすがに覗きは止めなって」

 

 特別大きな声でも無かったが、女性陣は雷に打たれたように驚き、一斉に振り向く。

 

「違うんだ、先輩!イリナの成長を親友として見届けたくて!」

「そ、そうです、お兄さん!同じ仲間としての義務だと思うんです!」

「親友なら尚更やめろよ」

 

 ゼノヴィアとアーシアの協会コンビの主張を収めれば…

 

「イッセー様のスケジュールに響く可能性もあるんです!」

「魔法使いとして契約相手を知っておきたくて…」

「事務的な理由でも無理あるわ」

 

 レイヴェルとルフェイの仕事的観点っぽい理由に呆れながら答える。

 

「後輩のやることが気になって…」

「か、監督責任だッ!」

「年下には気づかいを見せるべきでしょうよ」

 

 朱乃とロスヴァイセの年上組にもため息交じりでツッコミを入れる。

 

「じゃあ、大一も私とやってみるにゃん♪」

「断る!」

「ダメです!」

 

 黒歌が誘えば、小猫と共にキッパリと断る。

 

「赤龍帝は増える?」

「お前に関してはノリでついてきただけだろ…」

 

 オーフィスのピンと来ていない表情に、大一は小さく首を振るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「それでどうなったんですか?」

「ほとんど同時に一誠達も気づいていたから、深夜に部屋の見学会だよ。本当に意味が分からなかった」

 

 翌日の午後、大一は祐斗に対して前日の出来事について愚痴をこぼしていた。この日、クリスマスの企画準備のために、2グループに分かれて買い出しなどのために2つ先の町で奔走していた。大一は祐斗、朱乃、小猫、ギャスパーのメンバーで動いており、以前のオカルト研究部を思いだす構成であった。

 

「でも見学の最中に京都の件を謝れたんですよね」

「まあ、それがせめてもの救いだな。しかしさすがに覗きって…」

 

 ため息をつきながら大一はサンタ服を物色している朱乃達の後ろ姿を見る。彼女らもさすがに自分の行為に冷静になっていたのか、京都の件は謝罪と合わせておあいこのような雰囲気になっていた。

 

「怪我の功名って考えればいいのかな。もちろん俺がハッキリしないのも悪いんだけど」

「ハッキリしないという意味ではイッセーくんも大概ですけどね。あれだけ好意を正面からぶつけられているのに、ガンガン行かない印象もあるんですよね」

 

 祐斗は思いだすように話す。前日にアザゼルが一誠にエロ技を最近使っていないことで発破をかけていたが、祐斗も評判以上にいざという時にエロさを見せない彼に似たような感想を抱いていたようだ。

 これに対して、喜んだ様子でシャドウが話しかける。

 

『なんだ、聖魔剣使い。分かっているじゃないか。そうだよな、赤龍帝の女どもが都合よすぎるのも問題だよな。それであんな部屋まで…!』

「いや、そうは言ってないけど…」

「シャドウ、引っ込んでいてくれ。さすがに誰かに目玉が肩から出ているのを見られたら驚かれる」

『はいはーい』

 

 いまいち本気に聞こえない反応を見せながらシャドウは大一の体に潜り込む。表に出れば悪口を毎度のことのように残していく神器に、彼も疲れたような表情であった。

 

「悪いな。あいつ、神滅具持ちの相手に難癖つけたいだけなんだよ」

「僕は気にしませんよ。とりあえず先輩が上手くいっているようで安心しました」

「上手くいっているのかな。戦いの方はともかく、恋愛関係にまで首を突っ込むことが増えて心配になったよ」

「恋愛関係ですか…そういえば、イッセーくんが僕に対して副会長のことを妙に話題に出すんですけど、何か知りませんか?」

 

 祐斗の問いに対して、大一は考えるようにあごを掻く。実際のところは椿姫が祐斗に対して好意を抱いていることを知っていたのだが、さすがに本人からの口から話してもいないことを自分が言うつもりも無く、考えている振りだけを見せていた。

 

「いや知らないな。お似合いとかって思われたのかもな」

「わからないですね。副会長とは何度か関わりはありましたけど…」

「まあ、お前がどうするかだと思うよ。俺や一誠がギャーギャー騒ぐことじゃないし」

 

 一誠としては無茶をしがちな祐斗に対して、支えてくれるような女性が現れるのを期待していたが、大一はさすがに弟ほど別のメンバーの恋愛に首を突っ込もうとは思っていなかった。さすがに前日の覗きレベルにまでなれば話は別だが。

 そもそも自分の方ですら余裕が無いのだから、後輩たちのサポートなどさらに無理な話であった。

 

「難しいよな、いろいろと…」

「先輩はイッセーくん以上にハーレムには悩んでいますよね」

「考えても答えがすぐに出るものじゃないからな。とりあえず、今はクリスマスプレゼントとか考えているだが…」

「一緒に過ごすだけで十分じゃないですか?朱乃さん達はそれを期待しているでしょうし」

 

 祐斗の言葉は確かに正しいだろう。特別な時間を一緒に過ごすだけでも彼女らは満足するのは確定的とも言えた。

 しかし大一自身、感謝を形で伝えたい気持ちもあった。自分らしくないと思いつつも、一緒に過ごすだけでは限界もあると訝しんだ彼のひとつの案であった。卒業が近づきクリスマスもあるというこの現状がそういった感情を肥大化させている面もあった。もっとも贈り物など選ぶことから遥かに難易度が彼には高く、現状は本当に案だけであったため、祐斗から意見を聞けたことの方が安心した。

 悩むほどため息が出るような想いであったが、それがむしろ喜ばしく感じた。悪魔になって否定的な感情を繰り返していたが、それを払拭されるほど愛してくれる相手がいるのが彼には嬉しかった。

 

「こういうことで悩めるのは幸せだよな」

「あらあら、じゃあもっと悩ませてあげる」

 

 いつの間にか目の前に来ていた朱乃は2つのサンタ服を見せる。細かな装飾の違いに加えて、片方は両肩が見えるという大胆なデザインであった。

 

「どっちが可愛いと思う?」

「朱乃ならどちらも似合うだろうが…肩出すのは寒いだろ。もうひとつもスカートだし」

「魔力を使うから大丈夫。それに露出多い方が嬉しいでしょ?」

「俺はそこまででもないよ…」

 

 一誠ほどの強いこだわりのない大一に対して、朱乃に続くように小猫もサンタ服を持って聞いてくる。

 

「先輩、私のも選んでください。好みに合わせます」

「好きなの選びなって。そういえば出発前にロスヴァイセさんもスカートとズボンのどっちがいいとか聞いてきたな。サンタであることがわかれば気にしなくてもいいと思うんだが…」

「好きな人にどう思われるかは重要です。…というか、ロスヴァイセさんにも聞かれていたんですか?」

「ああ、参考程度にって話していたよ」

「朱乃さん…!」

「わかっているわ、小猫ちゃん。いよいよ油断できなくなってきましたわ」

 

 サンタ服を手にしながら、奇妙な炎が見えるような錯覚を覚えるほど闘志を燃やす朱乃と小猫に、男性陣は少しだけ引いてしまう。

 

「大一さん、止めましょう」

「祐斗先輩の言う通りだと思います。この鎮火はお兄様しか出来ません」

「いやしかしなんと言ったらいいか…」

(止める暇なんてねえよ。またなにか感じるな)

 

 昼食後から興味の無い話で一向に加わろうとしなかったディオーグのギラギラとした闘争心が感じられる声が響く。間もなく彼らの携帯に、奇妙なオーラを感知したという連絡が入るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達は予想以上に苦戦していた。ここが町中の公園でもあって行動がいくらか制限をかけられているのも理由だが、予想以上に対峙した相手が強力であった。特異な太刀筋はエクソシストに関連し、扱う得物は名高い伝説の剣「天叢雲剣」であった。しかも邪龍「八岐大蛇」が宿っており、大量に現れる数十メートルはある首を落としても再生して、強力な毒を放っていた。

 八重垣と呼ばれた男性の一撃は、共に行動していたトウジの肩をかすめ彼を弱らせていった。これに対して、イリナは怒りに身を震わせる。

 

「…よくも、パパを!」

「…それでいい。わかるかな?それが怒りだ。大事な者を傷つけられた者が抱く感情だ。キミがたとえ、天使だろうと、身内を傷つけられた激情は抑えられないだろう?」

 

 言い返せないイリナに男は醜悪な笑みを浮かべる。再び剣を向けると独立して動く複数の邪龍の頭が一誠達を狙って来る。彼らはトウジを庇うように立つが、その数を捌き切るのは至難の業に思えた。

 しかし攻撃が届く前に、雷光や素早い斬撃で邪龍の頭が吹き飛んでいく。何匹かは動きが止まったかと思うと、小猫の格闘と大一の伸ばした黒い腕の打撃で消えていった。

 援軍の登場に一誠は胸を撫でおろす思いであり、一方で敵は小さく舌打ちをする。

 

「…これ以上は、人目につくか。局長!必ず僕はあなたと天界、そしてバアル家に復讐をします!絶対に許すわけにはいかない!キミたちがいる楽園という名の駒王町は、多くの犠牲の上に成り立った世界だ。あの町を継いだバアルの血を引きし悪魔とその眷属。よく覚えておくといい」

 

 男は転移魔法陣を展開させると、憎しみに満ちた表情を向けながら去っていった。魔法陣の紋様を確認した一行は、クリフォトがまた動き出したことを実感するのであった。

 




八重垣くんはそこまで関われないかもしれません…。


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第165話 負の感情

時間空きましたが投稿です。
個人的に八重垣はもっと恨んでもいい気がします。


 クリフォトの襲撃の後、一行はすぐにトウジを冥界の病院へと連れて行った。彼が受けた八岐大蛇の毒は非常に厄介なもので、サマエルほどではないが最終的には魂も蝕む恐ろしさを持っていた。治療のために天界に連れていく必要があったが、その前にトウジから話があるとのことで、合流したグリゼルダに促されてリアスも合流した一行は病室へと入っていく。

 ベッドに横たわる父の姿を見て、イリナは涙ながらに飛びつく。

 

「…ごめんなさい。私、ミカエル様に選ばれたのに…天使になれたのに、パパを守れなかった…」

「ハハハ、イリナちゃんは悪くないよ。それにまるで死んじゃうみたいな雰囲気はやめておくれ。このあと天界で治療を受けるのだから、大丈夫大丈夫」

 

 感情をかき乱している娘に対して、トウジはあやすように励ます。額から流れる脂汗や肌の変色具合を見ればかなり苦しそうに見えるが、それでも点滴によって毒の進行を遅らせていた。

 彼は皆を見渡した後に重い口を開く。

 

「…天界へ行く前に少しだけお話したいことがあります。先ほど襲撃してきた彼のことについてです。

 …彼は八重垣正臣。かつて私の部下だった男です」

「…『だった』ということは現在彼は…?」

 

 リアスの問いにトウジは毒とは違う精神的な苦しみを伴って答える。

 

「彼はもう亡くなっています。…教会側が、彼を粛清したのですから」

 

 その言葉に全員の気持ちが騒めきたつが、敵の手に聖杯があることを踏まえると、ありえない話ではなかった。またここ最近、司教など教会の役職ある者たちが襲われている情報があるが、被害者の共通点がトウジの同僚であり、彼自身も八重垣がその凶行に及ぶ理由には思い当たる節があったようだ。

 この話に思い当たる節があったのか、リアスは他のメンバーに情報を付け加える。

 

「実はね、いまバアル家の関係者が、襲われているの」

 

 トウジの話と同様の驚きが、一行を襲う。バアル家での被害者は確認されていないが、大王派の政治家が襲撃されており、死者まで出ていた。先ほどの八重垣の去り際の言葉を踏まえると、この2つの問題が無関係とは思えなかった。

リアスは緊張した面持ちでトウジに問う。

 

「何があったのですか?私は前任者である悪魔が、大王バアル家の縁者───母方の身内が取り仕切り、教会とのいざこざを起こして解任されたとしか聞いていないのです」

「…こちらでも、表向きはそのような説明で済ませていますよ。…お父上か兄上から、駒王町で起こったことは聞いていないのですね?」

 

 トウジの質問に、リアスは静かに首を振る。

 

「…父は知らないと思います。私にそのような隠し事をする方ではありませんので…。兄は…立場上の都合もあるでしょうから、わかりません。ただ、このあと、大王バアル家からグレモリー家に使者が訪れて、説明があるとだけ…。隠し切れない事柄が表に出る前に打ち明けるという体を感じました。私は眷属を連れに一旦ここへ戻ったところなのです」

「…そうですか。彼らも話すのですね。ならば、事情は大王側から聞いた方がいいでしょうね。ただ、私からも少しだけお話しましょう。彼は…八重垣くんは、駒王町を縄張りにしていた上級悪魔の女性と…恋に落ちたのです」

 

 言葉を切ったトウジの目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。肉体の苦しみを遥かに超える精神的な苦痛がそこに表れており、何かに対して心から悔いているように思えた。

 

「女性はベリアル家の分家に当たる方でした。名前はクレーリア・ベリアル。…私たちは、駒王町で、彼らを引き裂いたのです…ッ!…私は、彼に斬り殺されても一切文句は言えないでしょう…ッ!殺されて当然なのですから…ッ!八重垣くん、すまない…っ!すまない…っ!」

 

 嗚咽を漏らし悔恨の思いを吐き出す男に、部屋にいる者は何も言えなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアスが一誠達を連れてグレモリー城へと向かった一方で、大一は別の屋敷へと足を運んでいた。トウジを病院へと運んでいる最中に招集がかかっており、少し前にルシファー眷属への勧誘を受けた屋敷に赴いていた。

 部屋では以前出会った頃よりも血色の良いサーゼクスが座っており、事務机を隔てて炎駒と話していた。大一が来たのを確認したサーゼクスは小さく頷く。

 

「急な呼び出しだったのによく来てくれたね。トウジさんの方は大丈夫かい?」

「八岐大蛇の毒を受けたため、天界に移送されます。命は大丈夫とのことでした。それで用件は?」

 

 大一の問いに、サーゼクスは壁にかかっている造りのしっかりした時計へと目を向ける。

 

「ちょっとキミを連れて来て欲しいと言われてね。約束の時間まではまだあるから、ついでに先日の『異界の魔力』について、改めてまとめてもらおうかな。炎駒もいるしね」

「炎駒さんも呼び出しを受けたのでは?」

「いえ、私の方は別件で報告に来ただけですので」

 

 ユーグリットが捕まったことで、完全とは言えないがルシファー眷属への不信感もかなり払拭され、眷属間の接触も出来るようになっていた。相変わらず多忙であるはずのサーゼクスがどこか健康的に見えるのも、愛する妻のグレイフィアや信頼する仲間達との接触が可能になったことが起因していた。

 これに対して、安心を抱く大一であったが、その一方で心の中では引っかかる感覚もあった。しかしそれは表に出さないことを意識しつつ、彼は前日の報告をさらに詳細に説明する。

 以前、零が同じ魔力を持つ妖怪に北海道で出会ったこと、相応の技術や実力が無いと感知が難しいこと、異界の魔力同士は引き合うような特性があること、挙げられた対策案、零や黒歌が感じた抽象的な表現まで含めて、彼は一気に話し続けた。

 これについてサーゼクスは目を閉じながらうんうんと頷き、炎駒は表情を変えずに耳を傾けていた。

 大一が報告を終えると、さっそく炎駒が口火を切る。

 

「知れば知るほど、警戒心を抱くようなものですな」

「炎駒さんの言う通りだと思います。今まで、これが調査に当たられなかったのが不思議に思えますよ」

「たしかに奇妙な魔力ではあるが、現時点では同種の魔力を持たないと感知しづらい点のみが特別なだけだからね。新しい力の発見にしては、ずば抜けて特異なわけでも無し、もともと気づきにくいのも相まって、注意を向けられなかったのも無理はない。それゆえに対策案も現状を強化する程度しか出来ないのはもどかしいが…」

 

 考え込むようにサーゼクスは軽く頭を掻く。ずば抜けて特別な要素があれば、それをとことん調べ上げて対策を練ることも考えられそうなのに、現時点では感知結界を強化するなどの通り一辺倒な対策しか用意できそうにないのが、厄介であった。

 

「いずれにせよ、アジュカやマグレガー辺りと話す必要があるな。クリフォトにそういった連中がいるなら注意するに越したことは無い。大一くん、報告ありがとう。また何かあったら頼むよ」

「はい」

「ところで、先ほどから何か気がかりのようだが…察するところ、バアル家に関するところかな?」

 

 短く答える大一に、サーゼクスは穏やかな表情を変えずに問う。容赦なく、同時に的確な指摘を受けた大一は驚きつつ言いよどんだ。

 

「なぜそれを…」

「少し前にゼクラム・バアル様がグレモリー城に行ったと小耳にはさんでね。トウジさんのことを考えると、もしかしてと思ってね」

「ゼクラム様って、初代バアル様じゃないですか!リアスさんはバアル家の使いってしか話していなかったのに…いや知らされていなかっただけか」

 

 頭の中を素早く整理するために考えを口に出しながら、大一は渋い表情をする。ゼクラム・バアルは初代バアルにあたる人物で、聖書などにも名を連ねる伝説の人物であった。引退こそしているものの、その権力と人望は確固たるものであり、サーゼクスたち魔王を表の顔とするならば、ゼクラム・バアルは裏の顔と言って差し支えないだろう。

 それほど特別な人物がわざわざ来ているあたり、今回の件がいかに根深いものかを察するには充分であった。同時に大一自身、どこか気がかりに思うことは間違いでなかった証明でもあった。

 大一は落ち着くために息を軽く吐くと、サーゼクスを見る。

 

「サーゼクス様、八重垣正臣とクレーリア・ベリアルの件を知っているのではないでしょうか?」

「確信しているような言い方だね」

「トウジさんが話していました。教会の戦士である八重垣と、リアスさんの前に駒王町を担当していたクレーリアという悪魔が恋に落ちたことを。そして時代を踏まえれば、この2人が粛清されたことは想像に難くありません。どちらかが…あるいは両陣営からか」

 

 大一の問いにサーゼクスは穏やかながらも、神妙な雰囲気を醸し出していた。

 

「…大方、正解だね。併せて、いくつか話を付け加えよう。あの地は今でこそグレモリーの管轄だが、以前はバアルと共に管理していた。かなり盤石な管理体制であったから、貴族のご子息、ご令嬢に訓練の一環として貸し出された時期もあるんだ。そこにいたのがクレーリア・ベリアルだ。そして後は…まあ、キミの考えていた通りだよ。もっとも私がこれを知ったのも、ゼクラム様から聞いたことだが」

「リアスさんには隠していたのでしょうか。そうでもなければ、一誠がアーシアと通じた時、もっと動揺があってもおかしくないはずです」

「そうだ、リアスには隠していた。いやそれどころかグレモリー家に隠していたね。愛しい妹に気苦労と葛藤、すさまじいプレッシャー…もろもろ背負わせたくなかったんだよ」

 

 疲れたようにサーゼクスはため息をつく。なんとも憂いの籠った雰囲気に対して、大一はただ静かに見ており、炎駒は少し考え込むような表情で問う。

 

「私もその話は初めて聞きましたな。サーゼクス様はこの件もあったから、姫が高校に入るまでの間、私をサポートにつけたのですかな?」

「否定はしないよ、炎駒。リアスが慣れていて、私も信頼を置ける相手とすればキミが適任だったからね」

 

 グレモリーとバアルの両方の血筋であり、将来が有望な若手としてリアスに駒王町を任せるのは、この不祥事を払拭させる狙いがあったことはサーゼクスもすぐに理解した。この不祥事は全面的に秘匿され一部の者しか知らないとはいえ、この地を紹介したゼクラム・バアルとしても思うところがあったのだろう。この件を身内に明かさずに炎駒に頼んだのは、このしがらみに彼女を巻き込まないように、サーゼクスは苦心して考えた結論であった。

 彼は後悔をしておらず、同時に非難を受けるのも覚悟していた。経緯はどうあれ、この不祥事の隠ぺいに関わっていたのだから、当然の結果であると。

 サーゼクスは目の前にいる巻き込んだ2人の眷属を見るが、炎駒は視線に気づくと、小さく首を振る。

 

「私は恨みなど微塵もありません。主が求めたことを遂行し、姫を助けるだけです」

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 礼を言うサーゼクスは大一の方にも視線を向けるが、あまりにも無表情であった。その様子にサーゼクスは少々驚くが、間もなく大一は静かに話し始める。

 

「私もサーゼクス様を責める気持ちなど微塵もありません。もっと言えばゼクラム・バアル様も同様です。当時の情勢を思えば当然でしょう。ただ…」

「ただ?」

「…いえ、なんでもありません。私の考えすぎなだけです」

 

 師と同様に、大一は首を横に振るが、この言葉を表面通りに捕らえようと思うことなどサーゼクスはできなかった。一瞬だけ、彼の中に猛烈な切なさを見たような気がしたが、同時に彼の頑固さも知っていたため、追求しようとは思わなかった。

 ちらりと時計を見ると、気づくと予定の時間まで近づいていた。彼は立ち上がると、大一に声をかける。

 

「この件はまたしっかり話そう。まずは目の前のことだ。大一くん、ついて来てくれ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 12月の海辺近くとなると、人気は当然見られず、かなり静かであった。冷たい海風が吹きすさぶ中、2人の青年が会話していた。

 

「仕留め損なっても気にすることはない。いくらでもチャンスはあるからな」

 

 黒髪と白髪が入り混じったような青年の言葉に、八重垣は渋い表情をする。今まで復讐が順調に進んでいた分、トウジをすぐに仕留められなかったのは気分が悪かった。

 

「次は成功させる。相応しい場所で僕は必ず復讐を果たす」

「ありがたいかぎりだな。ユーグリットがいなくなったが、あんたほどの強い目的を持つ奴がいると安心するよ」

 

 八重垣の強い決意を目の当たりにして、青年は小さく笑う。ユーグリットは気に食わなかったが、彼が抜けた穴を埋めるにしても、八重垣と八岐大蛇の力を持つ剣のコンビは非常に心強かった。またクレーリア・ベリアルの件があったからこそ、ディハウザー・ベリアルを裏切り者として引き入れることが出来たため、戦略的にも大きい。もっとも彼が八重垣を好んでいたのは、ユーグリットと比べると、神経を逆なでさせられることがなかったからだが。

 

「あのバカは身内に執着しすぎたから、ああなったんだ。想いを馳せるなら、あんたくらい恨みに昇華するべきだったのに」

「褒めているのか、それは?」

「その想いの強さには、少なくとも畏敬の念は抱いているよ」

「…まったくキミもよくわからないな。いやキミ達か」

 

 八重垣は彼が率いるクリフォト内での独立チームを思いだす。彼を筆頭に、巨大な岩男、属性を強化した精霊、その弟と呼ばれる魔物、まるで生きている気がしない鎧武者など多様性においては、『D×D』にも劣らない印象であった。特に彼が驚いたのは蘇ってから出会った天使であった。生きている時ですら会えなかった伝説の天使が、クリフォトの軍門に下っている事実は凄まじい衝撃であった。

 青年は腕を広げてアピールするように答える。

 

「よくわからない程度でいいんだよ。俺らはそんな大層な人物じゃないんだ」

「そうは言うが…キミは悪魔と人間のハーフなんだろ?かなり人間の血が濃いらしいが」

「…誰から聞いた?」

 

 眉をピクリと動かした青年は、わずかに警戒するような声色で八重垣に問う。

 

「リゼヴィムから。触れられたくないことだったか?」

「…まあ、否定はしない」

「それでも僕にとっては羨ましいとすら思う。だってそうだろ?悪魔と人間が愛し合った結果がキミなんだ。僕だってクレーリアと…種族や立場が違くても愛し合えたのに…!」

「まあ、どう思うかは勝手だ。俺の身内は全員ろくでもないがな」

 

 青年の瞳に、八重垣は肩を震わせる。その瞳には言葉に出来ないような暗い炎が宿っているように見え、深淵を覗き込むような負の感情に直面したと錯覚するほどであった。

 だが恨みの度合いでは、八重垣自身も相当なものであったため、彼の苦しみを追求しようとは思わなかった。

 

「…そろそろ行かなくては。また報告する」

 

 それだけ言い残すと、八重垣は転移魔法陣を展開させてその場から去る。

 残った青年は大きくため息をつくと、自分が見せた隙に猛烈な後悔を抱くのであった。

 




こじらせた奴が多い…!


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第166話 敵との間

倒してハイ終わり、というにはちょっともったいない気がするのです。


 大一がサーゼクスと魔法陣で共にたどり着いた建物は、先ほどの場所にも劣らないほど人気が感じられなかった。部屋も廊下も綺麗であったが最低限のものしか見られず、建物にいる人物たちからは並々ならぬ魔力と無骨さが感じられた。おかげで全体的に清楚というよりも堅牢的な印象を与える。

 先を行く主の後ろ姿を大一は静かについていく。彼の眷属になった時も、詳細を知らされないで連れてこられた経緯があるため、自然と緊張が高まっていた。

 階段を降りていき、やがてひとつの部屋にたどりつく。部屋には大量の紋様が刻まれており、より異質な雰囲気を放っていた。その部屋でグレイフィアが何人かの悪魔と話しているのが見える。

 

「お待たせ、グレイフィア」

「サーゼクス様、お待ちしておりました」

 

 サーゼクスを確認するなり、グレイフィアを含めその場にいた者は頭を下げる。彼女の言葉遣いを踏まえれば、公的な場であることは理解できるが、わざわざ会わせたい相手として主がもったいぶる相手ではないと思える。

 そんな大一の気持ちを察したのか、サーゼクスは静かに彼の肩に手を置く。

 

「会わせたい相手は、グレイフィアの口から聞くのが良いだろう」

「どういうことです?」

「あなたに会わせたい人物は彼ですから」

 

 グレイフィアが指を鳴らすと、半透明の人物の姿が現れた。椅子に疲れた様子で座っており、手首と足首には錠のようなものがつけられている。最後に見た時とはまるで違う服装をしていたが、その顔は少し前に激闘を繰り広げたユーグリットであった。

 訝し気に大一は目を細めると軽く息を吐いて、サーゼクスとグレイフィアを見る。

 

「自分が彼を倒したから会わせたいと?」

「いえ、弟の方からあなたに会いたいと話してきたのです」

「ユーグリットから?尚のこと、分かりませんね」

「私も同意します。これまで尋問は私が行ってきました。それに対して、彼は…適切な言葉が思いつかないのでハッキリ言いますが、喜んでいる節すらあったのです。しかしこの前、いきなりあなたに会いたいと話してきて」

 

 グレイフィアの語気から戸惑いが察せられる。ユーグリットの姉への想いを彼女自身も理解している節はあった。だからこそ身内としてケジメをつけようとしていたが、その最中に大一の話が出たのだから不思議で仕方がなかった。

 そこに付け加えるようにサーゼクスが話す。

 

「もちろん、我々が彼の意見を飲む必要性は無い。しかし現状でクリフォトの最大の手がかりである彼から、情報を得られる可能性があるならそれにすがりたいんだ」

「…わかりました」

 

 大一の答えを聞いたサーゼクスは他の悪魔に合図する。彼らが魔法陣を少しいじると、先の扉が軽く光りだしすぐに収まった。この部屋では時空間が操られているようで、この扉からユーグリットのいる部屋へと向かえるようであった。

 

「魔力は封じているし、憔悴しきっている。我々もここで監視は続けているから、何かあったときはすぐに駆けつける。それと彼の質問に正直に答える必要はないからね」

「…無理はするなということでしょう?」

「察しがよくて助かるよ」

 

 大一はゆっくりと歩を進めてドアノブへと手を伸ばす。胃の中が逆流するような気分の悪い緊張感が駆け巡っていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その部屋は建物同様に無骨な雰囲気であった。テーブルと椅子、壁掛けの時計程度しか見られない。少々使い古された印象が、そこにいる人物のくたびれた雰囲気をより強めていた。

 大一が入ってきたことに気づいたユーグリットは顔を上げる。目立っていた銀髪は以前と比べると無造作な状態で、整っていた顔立ちも疲れに満ちていた。

 彼は光の伴っていない瞳を大一に向ける。

 

「…姉上たちは私のささやかな願いを聞いてくれたわけだ。嬉しいね」

「あの人たちの考えと、お前の要求が偶然同じだっただけだ」

「どっちでもいいさ。私はまたキミに会えたんだから。久しぶりだな、兵藤大一。あまり変わっていないな」

「お前は1か月も経たないうちに、だいぶ雰囲気は変わったみたいだな」

 

 ユーグリットは口元に歪んだような笑みを浮かべる。前にも見た醜悪な雰囲気であったが、その真意はなにも読み取れなかった。

 大一は対面に座り、ユーグリットに向かい合う。

 

「どうして俺に会おうと?」

「お礼を言いたかっただけですよ。あなたが私を倒してくれたおかげで、こうやって姉上に会うことが出来たのだから」

 

 ユーグリットの皮肉めいた言い方に、大一の感情は荒野のように枯れ果てていた。勝つことで姉であるグレイフィアに会わせ、それが敵である彼の人生を再びやり直すきっかけになると信じていた大一にとっては、いまだに姉への執着があるユーグリットの姿を目の当たりにすると、悲哀を感じてしまうのであった。

 

「…それを言うためだけに俺を呼んだのか?」

「そうですよ。いかにあなたの行いが意味の無いものか教えたかったのです。所詮、私を救うなどあなたごときには不可能だったのですよ」

 

 ユーグリットは椅子に座り直すと、見せつけるように軽く腕を広げる。自分の生き様と思いを今さら変えられない、どれだけ大一が粉骨砕身したところでそれは無意味であったことを証明したかった。

 

「義兄上や赤龍帝なら、負けても納得できたかもしれませんがね」

「…俺は積み上げてきたものを全て打ち砕き、また1から組み上げるきっかけがあれば、それが結果的に悲しみを減らせることになると思っただけだ」

 

 呆れ、嘲り、不本意…負の感情が湧いてくるのがユーグリットは実感した。そもそも敵である自分に対して、彼がそこまで気にかける道理など無いはずなのだ。

 

「どうして私にまでそこまでやるのか…」

「グレイフィアさんに頼まれたから…だけじゃないな。俺自身がこのままじゃダメだと思った。目の前の相手を助けられないのに、冥界を変えることなんて尚のこと出来ない」

 

 それだけ答えると、大一は静かに立ち上がり、扉へと向かっていく。その後ろ姿は虚しい影を感じられ、ユーグリットにはひとりの男を想起させた。

 

「クリフォトについて聞かないので?」

「俺は尋問に来たわけじゃないからな」

「…あなたに似た男を思いだしますよ。英雄派にクーフーリンの末裔として潜入していた悪魔と人間のハーフでね」

「ッ!?潜入ってどういうことだ?」

「聖槍を奪うとか、神器の研究とか、理由は様々ですよ。奇妙な男でね。私と共にトライヘキサや異世界の情報を調査もしていました。素性はあまりよく知りませんが…同じようなはみ出し者たちを束ねてクリフォト内でも独特のチームを組んでいます。本名は…サザージュとかそんなだったかな」

「…ありがとう。有力な情報だった」

「あなたに礼を言われる筋合いはありませんけどね」

 

 このやり取りを最後に大一は部屋から出ていく。ユーグリットはグッと姿勢を後ろにそらして背もたれに寄りかかり、天井へと視線を向ける。彼自身、どうしてこんなことを口走ったのか分からなかった。ただ大一の姿がどこか例の男と被ってしまった。決定的に違ったのはその男が率いるメンバー含めて憎悪に燃えているのに対して、大一は自分を救うと言い切ったことだろう。

 

「まあ、話せてよかったか…」

 

 ユーグリットは少し光が戻った瞳で堅牢な天井を見ながら静かに呟き、再び牢に戻されるのを待つのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の深夜、みんなが寝静まった時間帯にも大一は静かにリビングのソファに座っていた。頭の中では様々な思考が飛び交い、眠る行為を妨げていた。そんな彼に対して、シャドウの甲高い声が響く。

 

『眠らないと健康に悪いぜ?』

(お前は大丈夫なのか?)

『だって僕、神器だから別に寝なくても平気だし』

(こいつが眠らないことなんざ、今に始まったことじゃねえだろ。ったく、気になることがあるとすぐにこれだ)

 

 バッサリと切り捨てるようにディオーグも会話に入ってくる。彼の言葉は何も間違っていなかった。ユーグリットとの会話からサーゼクスとグレイフィアに得た情報を説明、その後に自宅でリアス達と合流すると、彼女たちからグレモリー家で初代バアルと会ったことについて話を聞いた。内容自体はサーゼクスから聞いた駒王町の事件であったため、目新しさは無かったが。

 

『キミが悩むことじゃないと思うけどねえ。あの時の魔王相手に言わなかったことも、結局何だったの?』

(別に…サーゼクス様も初代バアル様にも怒りとか恨みは無いよ。ただ、八重垣について気の毒だと思ったんだ)

 

 大一が感じたことは純粋すぎる悲哀と同情であった。当時の一誠とアーシアの出会い、教会の戦士であったゼノヴィアとイリナとの共闘、駒王町が3大勢力が手を取り合う平和の地となったこと、今であれば八重垣とクレーリアは共に生きられたと思うと虚しさを抱いたのだ。

 改めて大きな犠牲の上に立っていることを実感した彼は、炎駒と共にサーゼクスから話を聞いた際に、その率直な思いを口にすることが出来なかったのだ。

 

(ユーグリットのことも救えていなかった。結局、俺の傲慢だったのかなと思ってしまうんだよ。…一誠なら上手くできていたのかな)

『そうは思わないな。だいたい僕だって───』

 

 なにか言いかけたところでシャドウは言葉を切る。間もなく、リビングに大あくびをしながら黒歌が入ってきた。

 大一に気づいた彼女は目を丸くする。

 

「おやおや?こんな深夜にまだ起きているの?」

「それはお互い様だろうよ」

「あたしはそもそもさっき帰ってきたばかりよ。ヴァ―リに呼ばれてね。ルフェイはさっさと寝ちゃったけど、私はなんか飲んでからにしようと思って。あっ、そうだ!せっかくだからココア淹れてよ」

「自分でやってくれ。今の俺はそんな気すら起きない」

「うっわ、酷い奴~。泣きたくなっちゃうにゃん」

 

 おちょくるような言い方をする黒歌に、大一は眉をひそめる。考えている時ほど、彼女のノリはついていけない感覚であった。

 

「にゃははは!そんな顔しているなんて珍しくも…ないか。よし、お姉さんが話を聞いてあげよう」

「お前に話しても解決するとは思えないけどな」

「まあまあ、悩んだときは吐き出すことはひとつの手段だと思うけどね♪ほれほれ、言ってみな?」

 

 大一の隣に座ると黒歌はニンマリと笑顔を見せる。これは話すまで終わらないと思った彼は、今日の出来事を1から10まで説明していく。八重垣の襲撃、ユーグリットとの会話、駒王町で起きた事件、それらを通して彼が抱いた哀しみも不安も含めて全てであった。その話を黒歌は茶々を入れずに、不思議そうな表情で聞いていた。

 

「俺は…不安なんだ。冥界を変えたいという想いはあるが、今回の件を目の当たりにしてそれがいかに難しいのかを実感した。俺には一誠ほどの特別な力も無いし、自分がこれからやれるかが…」

「あんた、意味無いことで悩んでいるのね。正直、聞いて損したにゃ」

 

 つまらなさそうに首を振った黒歌は立ち上がると、冷蔵庫へと向かっていった。意を決して説明したにもかかわらず軽く流されたことに大一は渋い表情をする。

 

「意味無いって、これでも俺は真剣だぞ」

「だって本当のことでしょ?とっくに出来ていることを悩んでいるなんてバカらしいじゃない?それとも、私とかシャドウとかと和解していないと思っていた?」

 

 黒歌の指摘に、大一は目から鱗が落ちるような感覚であった。彼女の話す通り、大一はすでに何度か敵であった相手との和解を果たしている。特にシャドウに関しては、確執が大きいにもかかわらず神器自身が抱く絶望を大きく払拭し、今後この存在が他の人々を襲うかもしれない可能性を消していた。

 気負って必死になり過ぎていたのか、それとも目の前の苦しみを目の当たりにしすぎていたのか、彼は自分のやってきたことを蔑ろにしていた。

 

「わりと京都で庇ってくれたことや、前にここで話を聞いてもらえたこと嬉しかったんだけどな~」

「それは…すまなかった」

「ま、信用されないことには慣れているけどね。私だってそこまで隙を見せているわけでもないし」

「黒歌…お前は…」

「おっと、同情はけっこうにゃ。そういうのは野良猫には似合わないの。白音にでもあげなさいよ」

 

 ひらひらと手を振って黒歌は冷蔵庫を漁り始める。掴みどころのない態度は彼女の本音と建て前を錯覚させている。京都でも抱いた余計なお節介が入り込んだような気持ちになった大一は立ち上がると、彼女に言葉をかける。

 

「ココアでいいなら淹れるぞ」

「おや?それは願ったり叶ったりだけど、もう立ち直ったの?」

「思った以上にお前の言葉に救われたからな。お礼も兼ねてだ」

「ラッキー♪つまらない話も聞く価値ありにゃ」

「その言葉が無ければ、もうちょっと素直な感謝ができたんだがな…」

 

 そう言いながら、大一はお湯を沸かして準備を始める。手つきから軽快さが感じられ、彼の感情が少し明るくなっていたことが捉えられる。

 そんな彼の様子を見ながら、黒歌は覗き込むように問う。

 

「私ってけっこうお姉ちゃんしていると思わない?」

「どうだろうな。まあ、今回は助かったよ」

 




性格的にデコボコだからこそ、気づくこともあると思います。


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第167話 奇襲の連続

オリ主、結局天界には行きません。一誠と違って、天界とは繋がりが全くできていませんね。


「ユーグリットから得た最新情報では、クロウ・クルワッハ、アジ・ダハーカ、アポプスがリゼヴィム相手に取引をしていることだが、また新しい情報が更新されたってわけだ」

 

 黒歌と話した翌日、大一はアザゼルと共にグリゴリへと足を運んでいた。前日は駒王町で起きた事件について話し込んでいたため、昨日のユーグリットの件について報告する必要があった。

 

「サザージュ…やっぱり聞いたことねえな。そいつがクーフーに成りすましていたと話したんだな?」

「ええ。その情報の裏はまだ取れていませんが、探る価値はあると思います」

「それには俺も同意する。ただ調べようがないのは厄介だな。ハーフ悪魔なんざ、探せばざらにいるし…」

「まずは曹操に当たってみるのが早いと思います。共に英雄派で戦っていたのですから、何かを知っている可能性もあるでしょう」

 

 現状、仲間のユーグリットですらその素性を詳しくわからない相手を調査するにあたり、なにか糸口を見込めるとすれば、やはり英雄派でリーダーをしていた曹操だろう。そもそもハーフとはいえ、悪魔の血が混じっている人物が英雄派にいたという事実が、余計にも疑問を強め、曹操への相談の必要性を強めるのであった。

 

「ヴァ―リしかり、曹操しかり、よくもまあ味方になったもんだ。どういう心境があったのか…」

「それぞれ思うことがあったんじゃないですか。特別な力もありますから、それに向き合うこともしたでしょうし」

「そんなものかねえ。…特別な力と言えば、お前に聞いておきたいことがあったんだ。『異界の魔力』についてだ」

 

 アザゼルの声の調子が緊迫感を醸し出す。彼にとってもこの話題はクリフォトに関わっているため、注視する必要があった。

 

「あれについては、前に報告したこと以上のことは何もわかっていませんよ。それともアザゼル先生の方で、なにか分かったのですか?」

「いや、分かったことはない。しかし推測ってのは言えるだろ。『異界の魔力』の特性を知って思ったんだが、あれは神器とか種族の特性とはまた違ったものじゃねえか?」

「いまいち分かりませんね」

「お前がいきなりその魔力を得たこと、同じ魔力を持っている奴らがまるで統一性が無いことを踏まえると、この魔力を得るにあたって俺としては『異界の地』に行くことがカギになると思うんだよ」

 

 アザゼルの考えに、大一は納得したように頷く。思い返せば、あの魔力の繋がりを初めて感じたのも、異界の地で助けられてからだ。同じく魔力を持つアリッサがあの地で過ごしていることも踏まえれば、彼の推測は筋が通っていると思われる。

 また異界の地自体に例の魔力が存在しているとすれば感知は難しく、元々の世間からの興味の薄さと併せて、長年発見されてこなかったことも説明はつく。

 

「クリフォトがそこに潜伏している可能性も…」

「もちろんあり得る。だからこそ、俺らは早くその地を発見しなければな」

 

 アグレアスほどではないにしろ、その不透明性と異質性からこの件に関しては蔑ろに出来ない。その感覚を肌でも理解している大一は、アザゼルの言葉に強く頷いた。

 

「しかし悪いな。今日もお前を引き留めてしまって」

「別に謝ることは無いでしょう。必要なことなんですから」

 

 傍から見れば、たしかにアザゼルが大一を引き留めているのは間違いなかった。この日、一誠達は天界に向かっており、改めて駒王町で起きた事件の当事者であるトウジから話を聞こうとしていた。そのため、今回も大一は仲間達とは別行動を取っていた。もっとも大一としてはルシファー眷属の立場やシャドウの心情もあるため、あまり天界には足を運ぶべきではないと考えていた。

 

「でもなあ、最近は仲間たちと過ごす時間も減っているんじゃねえか」

「否定はしませんが、こればかりはどうしようも…」

「バラキエル辺りが知れば、小言を言われるぞ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、アザゼルは話す。現在、副総督として多忙であるバラキエルは出払っていたが、娘のことを溺愛している彼が今の大一に会えば、文句のひとつどころか数千も言ってくるのは、容易に想像できた。

 

「やめてくださいよ、そういうの…いや、悪いのは自分ですけど」

「俺は丁寧に忠告してあげただけだぜ?イッセーほどじゃねえが、お前もなかなかモテているし、頑張らなきゃ泣きを見るぞ。聖夜を性夜にするくらいよ。なんだったら、俺がいろいろ教えてやろうか?」

「アザゼル先生、結婚していないじゃないですか」

「おいおい、この世は結婚が全てじゃねえぞ。むしろ堕天使は異性の扱いには慣れた奴らがほとんどだ。俺やシェムハザ、コカビエルですら女のハーレムを作ったのは1度や2度じゃないくらいだ。バラキエルだって元をたどれば、朱乃の母親に出会う前は女性への興味はすごかったんだぜ。まあ、堅物ゆえに付き合うのはひとりずつだったが」

 

 ゲラゲラと笑うアザゼルに大一が渋い表情を見せる中、いきなりひとりの堕天使が部屋の扉を開ける。その顔は焦りに満ちており、息を切らしながら叫ぶように話し始めた。

 

「アザゼル前総督!緊急事態です!」

「穏やかじゃねえな。どうした?」

「天界と人間界の扉が何者かによって閉じられました!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 数分後、兵藤家に戻った大一は魔法陣部屋でアザゼルと共に一誠達と連絡を取っていた。天界には邪龍が現れたという報告まで上がっているため、今回の首謀者がクリフォトであるのは疑いようもなかった。

 侵入経路についても人間界から入っていないことがわかれば、他に可能性がある道は限られていた。

 

『辺獄と煉獄!』

 

 グリゼルダの言葉にアザゼルが頷く。天国や地獄とも別の場所で、特殊な事情を抱いたまま亡くなった信徒が身を清めて、天界へと入れる場所であった。教会では「ハデス」とも呼ばれているため、アザゼルとしては冥府の神であるハーデスの関係性も疑っているようであった。

 そこに天界側の方でひとりの天使の報告が入る。

 

『報告です!煉獄から第三天へ通じる扉が破壊されているとのことです!』

 

 もはやこれで決定したと考えても良いだろう。クリフォトは煉獄から天界へと進行することに成功したという事実に。

 併せて、さらにこの問題をややこしくするのが、邪龍アポプスが冥府に降り立ったという情報とユーグリットから得た一部の邪龍たちがリゼヴィムと取引しているという情報であった。邪龍たちの取り引きは、至極単純なもので「解放しても良い」というものであった。聖杯がある以上、邪龍たちは基本的に従わざるを得ないが、ある条件を呑むことで彼らは解放されているとアザゼルは考えていた。それは「神クラスの勢力と契約する」というものであった。アポプスが冥府に降り立ったのも、ハーデスと契約して天界への侵入経路を確保する為ではないかと推測される。

 アザゼルの考えを聞いた一誠は腑に落ちない様子で叫ぶ。

 

『じゃ、じゃあ、あれですか!?クリフォト的には「アポプスたちは解散した」とか「逃げ出した」とか理由つけて、勝手に神と契約したとでも言い訳を!?んで、ハーデスもハーデスで逃げ出した邪龍と契約しただけで、クリフォトには契約していないと!?んな言い訳、通じるわけがないでしょ!?あまりにも無茶苦茶だ!』

「…わかっている。悔しいが、いまはそれを追求している場合でもない。俺たちはこっちから、天界の門をどうにか開けようと思う。そちら側からも開門できるよう試みてくれ」

 

 アザゼルの指示に「御使い(ブレイブ・セイント)」は頷いて行動を開始する。

 早々に味方の援護を必要とするためにも開門は必須であったが、同時にすでに敵が侵入している以上は防衛も重要であった。それにあたり、敵の目的は気になることではある。天界はいくつかの階層に分かれているが、敵の侵入経路や戦力を踏まえると第三天前後の可能性が高かった。第二天のバベルの塔や第五天の研究施設が挙げられる中、アザゼルはグリゼルダに問う。

 

「…グリゼルダ、第三天にある生命の樹と第四天ことエデンの園にある知恵の樹はいまどうなっている?」

『どちらも樹自体は健在ですが、実は久しく成っていません。主が亡くなられて以来、果実の生育は止まったままです』

「生命の樹の逆位置となる『クリフォト』。それを名乗る奴らだ。狙っていてもおかしくない。あれらの実があれば666の封印解呪も劇的に早まるだろうしな…。それをネタに他勢力の邪な考えを抱く神クラスと交渉するってのもあり得る話だったが…」

 

 アザゼルが考えを張り巡らせる中、天界側の方にまた別の映像が映し出された。邪龍を宿した刀を持つ男性…八重垣が第五天の研究施設周辺へと足を踏み入れていたのだ。

 

『…いけません。現在、第五天には、解毒の最終段階のために紫藤局長が上がっています!』

『…パパッ!』

 

 映像越しでもハッキリとイリナのつぶやきが耳に届く。考えている暇など無い。天界側の彼らはすぐに動くことを強いられていた。

 リアスが仲間達に檄を送る。

 

『行きましょう!どちらにしても、ここでじっとはしていられないわ!私たちは対テロリストチームの「D×D」よ!上層に上がりながら、天使と共闘して邪龍たちを倒しましょう!』

「俺も天界の門が開き次第、増援を送る!お前ら、気張れよ!」

「みんな、くれぐれも気をつけてくれよ」

 

 アザゼルと大一の言葉に天界にいるメンバーは強く頷き、通信が切れた。大一は落ちつかなさそうに胸を撫でる。

 

「仲間が戦いの最中にいると思うと、落ち着かないですよ」

「気持ちはわかるが落ち着け。とりあえず、お前はすぐに動ける準備をしておけよ」

 

 指摘した矢先、アザゼルの携帯が鳴る。軽くため息をついた彼はすぐに電話に出るが、いらだつ声を隠そうとしなかった。

 

「俺だ。今は…ああ!?くっそ…わかった。それについてもなんとかする」

「…なにかありましたか?」

「…国外で調査しているヴァ―リチームからの連絡が途絶えた。どうも魔力の探知も妨害されているようだ。くっそ、天界は囮か?いや逆か?どうするか…」

 

 アザゼルは顎に手を当てるが、その指がせわしなく動いていた。ユーグリットが明かしたクリフォトの隠れ家への襲撃も重なっていたため、悪魔も堕天使もすぐに派遣できる人手が足りていなかった。だからこそ、この連絡もシェムハザやバラキエルの前に前総督のもとに来たのだろう。

 

「…なあ、大一」

「言われなくてもそのつもりです。俺が行きますよ」

「お前の方から言ってくれて助かる。グリゴリで何人かの堕天使と共に現場に向かってくれ」

 

 アザゼルは急いでポケットから紙切れを取り出すと、手早く魔法陣を描くと、それを押し付けるように大一に渡した。

 

「ヴァ―リチームと合流したら、それに魔力を通してくれ」

「任せてください。大切なヴァ―リは助けますよ」

「お前も皮肉が言えるようになってきたな」

 

────────────────────────────────────────────

 

 日本も12月となれば、場所にもよるが雪は降る。しかしヴァ―リチームがいた場所は山付近で、豪雪という言葉がぴったり当てはまるほど雪が積もっていた。おかげで戦いの中でも脚部への魔力を集中させなければ、足を取られそうになる。

 もっともこの程度の悪環境は、そこまで大きな問題でもなかった。それ以上に相対する敵が厄介であったからだ。

 

「最悪…!」

 

 黒歌が小さく舌打ちしながら呟く。クリフォトの件で調査していた彼女らであったが、接近を許し奇襲を受けてしまった。そのおかげで現在は混戦状態に陥っている。

 

「数が減らないですね…!」

 

 ルフェイが呼び出したゴグマゴグは向かってくる量産型邪龍を片っ端から殴りつけるが、おかげで完全に足止めを喰らっている。援護しているルフェイの魔法でも捌くのには苦労していた。

 

「ただの魔物とは思えませんね」

「こんな化け物をどうやって手懐けているんだよッ!」

 

 ルフェイの兄のアーサーは美猴と組んで、巨大な龍のキメラと戦っている。邪龍とは別物だがこれまたずば抜けた魔力を持っており、殴りつけられても斬られても、そこから別の龍の頭が出てきて向かってくるのだ。

 フェンリルも同じように邪龍とは違う魔物と戦っている。サソリと蛇が合わさったような恐ろしさをしており、複数の目が神殺しの狼の素早い動きを見据えていた。互いに身体の芯を冷やすような雄たけびを上げながらぶつかっていく。

 この2匹の魔物を召喚したスーツに身を包んだ紳士は、上空でヴァ―リと激突していた。まだ「極覇龍」は発動していないものの、彼の動きからして決して手を抜いている様子はない。それでも敵は互角以上に立ち回っているように見えた。

 

「というか、どうもヴァ―リの動きが変ね。神器の効果も当てられずに避けられてばかり。…いや狙いが定まっていない?もしかしてあれがこの前、赤龍帝ちんを追い詰めた奴かしら?搦め手が得意なタイプっぽいけど、ヴァ―リ相手にここまでやる奴をどうしたものか…」

「独り言の暇があると思うな。猫又女」

「おっとっと」

 

 突然の声と共に黒歌が立っていた場所の地面が棘のように隆起する。彼女は魅惑的なバク宙でそれを回避すると、横に視線を向けて魔力と仙術を合わせた塊を撃ち出す。

 だがそれを地面から生えだしたような岩石の腕があっさりと弾いた。そして水から這い上がるように地面から巨漢が現れる。

 

「感知が上手いのは面倒だ」

「あんたみたいに隠れるのを繰り返すのも厄介だけどね」

 

 そして黒歌が戦っていたのは、岩石を操る男であった。それがギガンというクリフォトのメンバーであることを、彼女も理解している。

 

「噂に聞く白龍皇のチーム…その実力は確かだが、相性が悪いな」

「舐めないでもらえるかしら?こう見えても『僧侶』の駒を2つも消費しているの。悪魔の中でも相応の実力にゃ」

「だろうな。それは理解しているが、俺には勝てんよ。パワーも防御もその程度ではな」

 

 ギガンは大木のような腕を上げると、大量の岩石を撃ち出してきた。防御魔法陣を展開しようかと思案するが、攻撃の規模と質量を踏まえるとあまり得策ではない。幻術との組み合わせで隙間を縫うように回避していくと、黒歌はギガンの上を取ろうと大きく飛ぶ。

 

「俺も見た目の割りには飛べるんでな」

「うげっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる黒歌の前には、大きく腕を振りかぶったギガンが飛んでいた。このまま叩き落されること覚悟した彼女は、すぐに防御魔法陣を張るが…

 

「にゃっ!?」

 

 ギガンの拳は空振りに終わった。黒歌の腰に巻き付いた黒いロープのようなものが空中にいる彼女を大きく後退させていた。

 

「怪我無いか、黒歌?」

「おかげさまで♪」

 

 内心で胸を撫でおろす黒歌は、大一に対して軽い調子で答えるのであった。

 




事件の裏で別の事件と対峙している系はけっこう好きです。


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第168話 黒い2人と岩の男

某忍のゲームでコラボやっていましたが、ああいうのってゼノヴィアが本当に出ない印象です。まあ、私の方もあまり出ていないんですが。


「また会ったな、龍交じりの悪魔。お前が援護に来たところで変わるとは思えないが」

「言ってろ。強くなった実力を見せてやる。『三位一体の魔生力』!」

 

 黒歌を救出した大一は全身に魔力を行きわたらせ龍人状態へと変化すると、大きくジャンプして黒く染まった右腕を思いっきり引く。正確にはシャドウによって弾力性の帯びた腕をバネのように縮めており、ギガンの腹部を見据えて狙いを定めた。放たれた拳は砲弾のごとく突き進んでいき、それをギガンは腕を交差して防いだ。

 

『これくらいじゃ決められないか』

「重いな。影にも魔力を通している…少し変わったようだな。面倒なことだ」

『面倒、面倒というなら、テロなんかやめて欲しいものだよ』

 

 口から魔力を連続で吐き出して牽制していくと、大一は一気に距離を詰めていく。ギガンが右の拳でフックを放つが、それを飛んで避けると脚部に魔力を集中させてかかと落としで敵の頭を狙った。左腕で防がれるが、硬度と魔力を存分に上げた大一の一撃は、空中に飛ぶ敵を叩き落した。

 大一はすぐに下がって黒歌の横へと降り立つ。その眼はギガンが地に落ちて雪が舞っている様子を油断なく見つめていた。

 

『かなり強化したんだが、これでもダメか』

「あいつ、硬いにゃ。私の仙術もまるで通さなかったし」

 

 感知に優れていた2人だからこそ、今の攻撃がほとんど通じていないことを理解することに時間はかからなかった。その証拠に雪煙が晴れると、頭を軽く掻きながらギガンが立ち上がってきた。

 

『わかっていたとはいえ、強くなった自負があったのに、あっさり立ち上がってくるのはショックだな』

「話には聞いていたけど厄介ね。というか、援軍にしては少なすぎない?」

『天界も攻められてな。人手が足りないんだ。すでにこの紙に魔力を流してアザゼルに位置は知らせたから、もっと援軍は来てくれるだろうよ。そこまで耐える必要はあるが…』

 

 口を尖らせる黒歌に答えながら、大一はちらりと周囲へと目を向ける。ヴァ―リはブルードを相手に苦戦しており、アーサー&美猴のコンビ、フェンリルは邪龍とは違った魔物に決定打を与えられずに激戦を繰り広げていた。

 唯一、状況が好転していたのはルフェイとゴグマゴグのコンビであった。大一と共に来た堕天使数人が量産型邪龍の討伐に当たっていたので、数に押されていたのを徐々に盛り返していた。

 この盛り返しが微妙な戦況への不安とは別に、ふと気づいたことを同じように感知に優れる黒歌へと向ける。

 

『なあ、黒歌。お前ならギガンが何者なのか分かるんじゃないか』

「…あんたは戦った時に気づかなかったの?」

『魔力だけなら悪魔だと思っていたが、生命力がまるで違うから分からなかった。だがここに来て、かなり似た感覚を持っている奴がいることに気づいたよ』

 

 大一の耳に邪龍たちが殴られている音が響く。ずっしりと重い殴打を放つゴグマゴグから感じる感覚は、彼が直前に打ち合ったギガンとそっくりであった。

 雪を軽く払っている敵から目を逸らさずに、黒歌へと問いを続ける。

 

『しかしゴグマゴグって意思はあるのか?』

「ウチのチームのあいつは一定以上の知能はあるにゃ。それを意思と取ることは出来ると思う。でもねえ、あの岩男みたいに生物って感じじゃないのよ、ゴグマゴグは」

 

 ゴグマゴグは古の神が造ったと言われている破壊兵器であった。巨大なゴーレムであり、そこに意思が介在しているような雰囲気はない。ヴァ―リチームのゴグマゴグは次元の狭間で再起動できそうなものを回収したに過ぎない。その破壊兵器の生命力は、ほんのわずかなものであった。

 ギガンも同様に生命力はわずかしか感じられず、その質もゴグマゴグとそっくりであった。しかし彼は自身の意志で考え戦う生物だ。この矛盾した要素が内在する巨漢はまさに不可思議と言えるだろう。

 

「そもそもゴグマゴグだとして、小さすぎるにゃ。本来なら倍以上はあってもおかしくないのに」

『ハーフ悪魔、精霊、天使に加えて、ゴグマゴグもどきと来たものだ。クリフォトの一部の奴らはどうなっているんだか…』

『種族なんざどうでもいい。強いか弱いかのどちらかだろうが』

「ああ、その龍の言う通りだな」

 

 大一の口から漏れ出るディオーグの荒々しい声が響く中、ギガンは小さくため息をつくと両腕を地面に突き刺す。周辺の岩肌に魔力が流れ込んでいるのが感じられ、2人の警戒が強める。

 

「詮索されるのは好きじゃない。さっさと死んでもらおう」

 

 その太い腕を力強く引き始める。それに伴って大一と黒歌が立つ周辺の地面が大きく隆起していき、彼らに覆いかぶさるように動いていく。

 

『両側から攻めるぞ』

「了解にゃ」

 

 このままでは埋められかねないと感じた2人は素早く散開すると、逆にギガンの側面に回り込む。腕を地面と同化させていることを踏まえれば、次の行動まで時間差があると考えその隙をつくつもりであった。

 左側から大一は硬度と重さを上げた腕を伸ばし、右側からは黒歌の仙術と魔力を混ぜ合わせた塊を撃ち込む。攻撃速度も充分であったが、それがギガンに届くことは無かった。彼が突っ込んでいる両腕のすぐ横が盛り上がり、攻撃を防いでいったのだ。威力は決して低くは無いものの、変化した地面を破壊するには不十分であった。

 攻撃を防いだ隙にギガンは岩肌と同化して、そのまま彼らの視界から消え去る。これに対してシャドウが遠慮のない苛立ちを口にする。

 

『前の時みたいに隠れやがった!あんのデカぶつめ…!』

『落ち着け。手の内が分かっていれば、それに対処するだけだ』

 

 意識を集中させた大一の視線は、ギガンのいた場所から移動していく。雪に覆われた地面でも、敵の魔力や生命力が動いているのはすぐにわかった。

 しかしギガンも感知されていることは理解していたため、すぐに対処するように動く。

 感知を続けていた大一には、生命力の動きに懐疑的な表情になった。

 

『生命力が分裂した?これは…』

 

 間もなく大一の目の前にギガンが拳を振り上げた状態で現れる。巨大なハンマーのように振り下ろされた拳は、大一を上から叩き潰し衝撃で周囲の雪を巻き上げるのであった。

 

「大一!?」

「元テロリストが心配とは甘いな」

 

 背後に現れたギガンの横殴りを黒歌はギリギリのところで後退して回避する。自分に攻撃が来るのはわかっていたはずなのに、気を取られて避けるのが遅れそうになった自分に内心苛立った。

 

「岩の分身、いや分裂体か。ただ硬いだけで終わらないのは厄介ね」

「厄介…手は焼くが俺を倒せると思っているということか?」

「これでも実力には自信ある方なの」

 

 迫ってくる筋骨隆々の腕から、軽い身のこなしで回避を続けながら黒歌は不敵に笑う。ただ内心は、言葉ほどの余裕は無かった。スピードと運動性に関しては間違いなく彼女の方が上回っている。しかしそれがこの戦いの優位性を示すことにはならなかった。

 パワーや攻撃の規模は非常に強力で、頑強な身体は仙術を使っても打ち崩すことが出来ない。その上、この場所自体が岩石豊富であり、敵に有利であることも否定できなかった。搦め手を使っても地形を利用して対策を取られるため、相性の悪さをことごとく実感する。

 とにかく距離を取る必要性を感じた黒歌は大きく後退しようとするが、大一を攻撃したギガンの分身が地面を隆起させて突起を生みだす。おかげで逃げ場を一気に狭められて、ギガンとの距離が詰まっていった。

 

(やっばい…!)

 

 いよいよ追い詰められた黒歌であったが、危機を感じたと同時に何かが砕き割れるような音が聞こえる。それは敵の分裂体が破壊された音であった。

 そして間もなく猛烈な速度で黒歌とギガンの間に入り込んだ大一は、影で生成された2本の錨を両手に携えて敵の横殴りを防いだ。その太い腕1本に対して、大一ですら硬度と重さを上げつつ両手を使う必要があり、歯を食いしばりながら必死で耐えていた。

 

「さっきのじゃやられなかったか…」

『不意は突かれたが、分裂体程度にやられるほど軟じゃないんだよ。シャドウ!』

『任せろって!』

 

 大一の胸部から黒い影の拳が、ギガンの顔に向かって伸びていく。魔力を込められるため、純粋な打撃としても威力は保っていたが、それを理解しているギガンは顔面を岩石化させて真正面から受け止めた。

 

「甘いな。本当に甘い…」

「そんじゃ、追加でこれもどうにゃ!」

 

 黒影による拳を受け止めるギガンの顔面に、黒歌が追い打ちをかけるように仙術の塊を放つ。これには相手も怯んでわずかに姿勢を崩すと、大一は腹部に全身全霊で角を使った頭突きを入れこんだ。身体がくの字に曲がるほどではないが、わずかに後退するギガンに初めてダメージの実感を得た2人は素早く距離を取って体勢を立て直す。

 

「まったく、復帰するならさっさとしてよ」

『仕方ないだろ。分裂体でも威力は本物だったんだ』

 

 大一は頭部から流れる血を抑えながら答える。これでも大きな怪我に見えないのは、彼の頑丈さの証明であろう。

 だが頑丈さにおいては敵に軍配が上がっていた。ギガンは鼻から出ている血を拭うと、気怠そうな瞳を彼らに向ける。

 

「…よくもまあ、その女も守ったものだ」

『何が言いたい?』

「言葉のままだ、龍交じりの悪魔。以前、お前は守らなきゃいけない人たちがいると話していたが、その女まで守るのかと思ってな。元々『禍の団』の一員のテロリストだぞ。そこまでの価値があるのか?」

「現在進行形でテロやっている相手が言ってくれるね~」

 

 黒歌は余裕な態度を崩さずに笑う。敵味方問わず、このような扱いなど慣れていた。もともと敵だったのだからすぐに信用されるとは思ってもいなかったし、いちいち本気で反応するような気苦労をする性分でもない。野良猫のように自由気まま、その本質を守っており相手からどのように思われるかなど、さらさら興味を抱かなかった。彼女にとって大切な妹さえ生きていれば…。

 

『価値がどうこうとか考えたこともない。だが理由を挙げろと言われれば、いくらでもある。小猫の姉で、心強い実力者で、信頼できる仲間だ』

「薄っぺらいな。その程度の言葉は何度も聞いた。そういう奴らの言葉が紛い物であったことも知っている」

『信じてもらわなくても結構。俺が勝手に思っていることだからな』

 

 自然と口から言葉が紡がれることに、大一は内心驚いていた。黒歌とは命のやり取りもしたほどではあり、その掴みどころの無い気ままな雰囲気は決して彼の得意とすることではなかった。

 しかし言葉自体に偽りは皆無であった。決して馬は合わないが、彼女の性格や境遇を知ったうえで考えさせられ、信頼にまで至っていたのは事実であった。もっとも先日の彼女からの言葉を筆頭に、兄姉としての立場、不器用な性格といった奇妙な共通点がその想いを支えていることまでは自覚していなかったが。

 ギガンは鼻から大きく息を吐くと、気怠そうな目を細める。相変わらず面倒そうな印象であったが、同時に無骨さからにじみ出るほどの苛立ちも感じられた。

 

「…やはりお前は殺さないと俺の気持ちが収まらない」

 

 それだけ言い残すとギガンは身体を地面の中に潜り込ませる。間もなく周辺が地震のように揺れたかと思うと、彼が潜った辺りの地面が大きく盛り上がっていき巨大な腕を形成していった。その大きさは本家ゴグマゴグのごとく10メートル近くはあり、視界に全貌が収まらないほどであった。

 これほどの存在感を前に、大一と黒歌はうろたえながらも構える。

 

「大きい!さすがにあれを食らえば、ひとたまりも無さそう」

『同意するよ。あれに対処するために提案がある。さっきの攻撃で一番効いていたもの、お前の仙術だったよな』

 

 大一の問いに黒歌は頷く。実際、先ほどの大一の頭突きではわずかに後退させても傷ひとつ出来ていなかったのに、黒歌の仙術は鼻血を出させる傷を負わせていた。

 

「さすがにあれをどうにかするなんて無理よ。私の術じゃすぐには無理。そもそもさっきの攻撃があいつに通じたのか、よくわかっていないのよね」

『だから力を貸して欲しいんだよ。俺が仙術でダメージを通す』

「…はあ?あんたが仙術を使えるわけないでしょ」

『使うことは無理だ。でも合わせることなら出来るかもしれない』

 

 大一の提案した作戦はシンプルなものであった。朱乃の雷光を錨に受けて纏わせたように、黒歌から仙術を受けて自身の黒影の腕に纏わせて攻撃を仕掛けるものであった。

 仙術を用いた攻撃はこれまで黒歌もギガンに対して撃ち込んできたが通用していなかった。では先ほどの顔面への攻撃がどうして通ったのかと考えると、大一の打撃が彼に入っていたからであった。強い衝撃を与える物理と内部から崩す仙術、この2つの要素がギガンの強固な身体にダメージを通したことを、シャドウを通して大一は実感していた。

 

「仙術は一長一短で身につくものじゃないわ。魔力の放出もへたくそなあんたに出来ると思えないにゃ」

『こう見えても生命力の感知はかなり経験してきた。合わせるだけなら、他の奴よりかは出来る可能性はあると思う。

 実力において、俺はお前に背中を預けるくらいには信頼できる。だからこの場だけでも俺を信じてほしい』

 

 黒歌は少し目を丸くすると、面食らったような表情になる。決して大一と過ごした時間は長くないものの、その実力においては本気で戦ったことにおいて信頼は感じていた。同時に先ほどギガンの分身に大一がやられた時の心配と似ていながらも、どこか昂るような熱い感情が身体を駆け巡った。

 自身の感傷的かつ少女らしい想いに気づいた黒歌は、軽く吹き出すと小さく呟く。

 

「私らしくないな…」

『なにが?』

「こっちの話。そんだけ言うくらいなら、信じてあげるにゃ。勝つわよ」

『ああ、一緒にな』

 




オリ主もヴァ―リチームには心をだいぶ許しています。


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第169話 憎々しい

ヴァ―リチームとの絡みって多いような少ないような…。


 大一は視線の先にある巨大な岩の拳への感知を集中させつつ、黒く染まった右腕の拳を錨の先端のように変化させる。新たに得た「三位一体の魔生力」は、シャドウにも硬度と重さの変化を付与していたため、疑似的な肉体強化を可能とした。特に右腕は錨と直接的な融合を果たしていたため、左腕と謙遜の無いほどの強化が出来ており、同時に錨による魔力の同調も可能としていた。つまり…

 

『黒歌、頼む!』

「かなり練り込んだわ。任せたにゃ!」

 

 黒歌が両腕を合わせて放った仙術の塊が大一の右腕に命中する。同時に蛇のようにしなやかな、流れる川のように掴みどころの無いような奇妙な力が彼の右腕に纏い、駆け巡っていく。

 

『こ、これは…予想以上に厳しいな…!』

 

 苦心しながら大一は呟く。ダメージは感じないものの、この力がすぐにでも外部に出ようとしていくため、留めることに労力を要した。

 それでも仙術に通じる生命力をこれまで感知し続けてきた経験があったため、流れる仙術の力に同調を促し、そとへと漏れ出ないようにコントロールしていた。

 それでも長い時間保つことは難しいと悟った大一は敵の拳の高さまで飛び上がると、右腕を後方に一気に伸ばしていく。伸縮性と弾力を帯びた腕は絞るようにねじられており、撃ち出す一撃のセットアップは完璧であった

 構える大一に対してギガンは苛立ちと退屈が入り混じった声で、その様子を非難する。

 

「この圧倒的な体格差でやれると思っているのか?貴様では俺の硬さ、大きさには敵わないことは以前の時に思い知っているはずだ」

 

 ギガンの言葉に、大一の頭には地下室での敗北が思い返されていた。必死に喰いついたが、その実は圧倒的な実力差を思い知らされ、ライザーの援護がなければ間違いなく殺されていただろう。

 それでもあの時よりも強くなった。加えて今は黒歌の力も合わせて、勝ち筋が見いだせている。それゆえに強い緊張感と昂ぶりが心身に行きわたっていた。

 

『出来ないかどうかはすぐに証明してやる!』

「俺に勝てる自信があるとでもいうのか?」

『生きて仲間と共にいる。それで自信の理由としては十分だ!』

「ならば、お望みどおりに相手しよう。そして今度こそ殺してやる」

「正面ばかりに気を取られるのは甘すぎない。よそ見禁物よ、愚鈍な木偶の坊」

 

 巨大な岩石の腕となったギガンと地面の付け根に爆発が起こる。黒歌が仕掛けた攻撃であったが、焦げた跡が見られるだけでまるでダメージは見られなかった。

 それでも注意を引くには充分であったようで、ギガンは小さく舌打ちをすると拳の矛先が音を立てながら彼女へと向いた。

 

「…いいだろう。まずは猫又から潰す」

『させるかッ!』

 

 大一の右腕が敵に向かって回転しながら伸びていく。猛スピードで突き進んでいく拳は、巨大な岩肌の手の甲に命中するとドリルのように表面を削っていった。同時に右の拳に纏っていた仙術の力が敵の内部にも浸透していき、無機質な岩にも徐々にひびが入っていく。そして…

 

「ぬおっ!?」

 

 気怠そうな印象の強いギガンから、驚愕の声が響く。痛烈な一撃は轟音と共に岩石の拳を砕き割り、それに連鎖するように腕にもひびが入っていった。

 これを確認して間もなく、大一はすぐに高速で落下していくと、黒歌の横に立って両肩から黒影の腕を形成する。そして手の先から2重に疑似防御魔法陣を真上へと展開させた。破壊した岩が雨のように降り注ぎ、辺りに雪と砂埃を巻き上げていく中、魔法陣や岩が何度もぶつかる音が響いていった。

 ほんの十数秒のことであったが、その非情な瓦礫音と落下した地響きはその場にいた彼らに圧倒するような感覚を植え付けた。

 破砕が落ち着き、巨大な岩の腕が音を立てながら元の地面へと戻っていくのを見ながら、大一は魔法陣に圧し掛かる岩の破片を下ろした。軽く息を切らす彼は、黒歌に対して疑問をぶつけた。

 

『ハアハア…黒歌、どうしてギガンに攻撃した?』

「あいつの手の甲にわずかな綻びを感知したのよ。だから正面からの打ち合いよりは砕きやすいかなって。それで私に注意が向くようにしたの。あいつ自身もさっきのダメージが仙術によるものだと気づいたはずだから、私が攻撃して挑発すればこっちを優先するかなって」

 

 あっけらかんと答える黒歌に大一を非難するように目を細める。仙術の件を話した時に、彼女はまったくこのような提案を出さなかったのだ。

 

『お前がやられちゃ元も子もないだろ。一緒に勝つって言ったじゃないか』

「だからあんたが守ってくれたんでしょ。私がチーム以外でここまで信頼すること珍しいんだから」

 

 いたずらっぽく笑う黒歌の態度には呆れすら覚える。わざわざ自分を危機にさらすような真似は褒められたものではない。ましてや間に合わなければ…もちろんそこでへまをするような彼女でないのは百も承知であったが、この状況まで気ままで小猫にも見せた不器用な態度を取られるのは心労が付きまとう。同時に彼女からの信頼を実感して、心中ひそかな喜びを抱くのであった。

 軽く嘆息した大一は正面へと視線を向ける。土煙と雪が収まると、荒い息を漏らしながらギガンが這い出すように地面から現れた。

 

『…あれでまだ生きているか』

「でも相当な致命傷にゃ」

 

 たしかに今のギガンの姿は黒歌の言葉通りであった。息は荒く、右腕は肩から下が完全に砕き割れていた。その付け根からは大量に流血しており、口や頭からも血が流れていた。異常なまでに屈強な肉体は、大一の硬度と黒歌の仙術で想像できないほどのダメージを負っていた。

 

「…久しぶりの感覚だ。まずはこの腕を戻すか」

 

 ギガンは無くなった右腕を見ると、歯を食いしばって力を入れ始める。するとバキバキと音を鳴らしながら体から岩が生えだしていき、それが砕かれた右腕とまるで謙遜の無い姿で形成された。

 先ほどまで乱れていた魔力や生命力も落ち着いており、五体満足でその場に立つ姿に、大一も黒歌もぎょっとした表情で内心を吐露する。

 

『…あの状態から戻るってどういうことだよ』

「いよいよ化け物ね。厄介の度合いを超えているわ」

『つまり俺らと同類ってことだろ、小僧、影野郎』

『ま、まあ、違いないかもしれないが…』

 

 ディオーグやシャドウも会話に混ざるが、その緊張感は緩和されない。ギガンから感じられる魔力が弱まるどころか、ずば抜けたプレッシャーとして襲い掛かってくるのだ。

 その空気間に割り込むように、その中央に鋭い閃光が落ちてきた。間もなくその閃光はわかれて、近くに降り立った片方に黒歌は声をかける。

 

「ヴァ―リ、けっこう消耗したわね」

「正直、厄介なことこの上ない。相手の能力のトリックが分かっても、奴はそれを踏まえたうえで立ち回っているからな。しかし兵藤一誠も追い詰めた相手と聞く。ならば、俺がここでやりあうのもある種の運命みたいなものだろ?」

「さっすがウチのリーダーにゃん♪」

 

 鎧はところどころ欠けており、それなりのダメージは窺えたヴァ―リだが、相変わらず力強くエネルギッシュな精神力を見せていた。

一方でギガンの横へと降り立ったブルードは天使の翼を展開させた状態で、口元の流血を拭い、ヴァ―リと同じようにまだ戦える意思を目に宿していた。

 

「さすがと言うべきかな。白龍皇で彼と同じ魔王の血筋…まるで違う進化を遂げる赤龍帝も強かったが、彼もまた真っ当な実力者だ。その周りを固めるメンバーも同様。ギガンや私の秘蔵の魔物を相手にここまで持ちこたえられるのも、滅多にない経験だ」

「滅多にない経験というのは同意する」

「…大丈夫かね?かなり傷を負ったようだが」

「大丈夫ではないな。本当に久しぶりの感覚だ。これほどの傷はもちろんだが、それ以上にこの燃えるような感覚。長年あの地で生きていて、すっかり忘れていた感情…本気の怒りだ」

 

 ギガンの声に気怠そうな雰囲気は消えており、強力な怒りが感じられた。その威圧感を与える巨体に見合うような、重く圧し掛かるような感覚に、大一と黒歌は再び構える。ダメージは確かなものであったが、戦う意欲が立ち振る舞いに現れている。

 ブルードは軽く顎を掻きながら、ギガンに問う。

 

「手伝おうか?」

「どちらでも構わん。しかしあの龍交じりの悪魔と猫又は俺が止めを刺す。お前は白龍皇をやればいい」

「私はそこまで執着しないさ。もっと注意を向ける相手がいるからね…なんだ?」

 

 余裕な態度を見せていたブルードが警戒と欺瞞に満ちたつぶやきを漏らす。同時に大一たちの後方で苦しみの咆哮が鼓膜を震わせる。思わず耳を抑えるほどの音で、それが魔物たちの声であると認識するのに時間はかからなかった。何者かの攻撃があの魔物たちを一蹴したのだ。

 さらに今度は猛スピードでブルードとギガン目掛けて一本の槍が飛んでくる。素早く反応した2人は後退してこの一撃を回避するが、突き刺さった槍を苦々しく眺めていた。

 

「光とは違う、このずば抜けた感覚。神クラスの力に、この槍とは…意外な男が援軍に来たものだな」

 

 彼らの視線は槍からその先、大一たちの横に降り立ったひとりの老人に向けられた。独特のローブに隻眼、小柄な見た目に反して感じられる圧倒的な力を持つその存在に、大一は思わず声を上げた。

 

『オーディン様!?』

「久しぶりじゃのう、赤龍帝の兄よ。あの後、でっかい胸のバラキエルの娘とは上手くいっているかのう?」

『それは関係ないでしょうよ!どうしてここに?』

「いやなに、アザゼルから救援を受けてのう。ウチの部隊を引き連れて来たんじゃ」

 

 軽くあくびをしながらオーディンは答える。すぐ後ろでは邪龍たちが北欧の戦士やヴァルキリーたちに切り裂かれていき、戦況はあっという間に押し返していた。

 その様子にブルードは眉をピクリと動かすと、オーディンを睨みつける。

 

「これはこれは北欧神話の主神オーディン。まさか貴様ほどの大物が出張ってくるとは…度肝を抜かしたよ」

「いやなに、テロリストを無視するほど終わっていないのでな。それに白龍皇はわしの養子じゃ。子を助ける親はおかしくないじゃろう」

「ほう、魔王の息子が…いよいよ世界も腐敗極まるということだな」

 

 ブルードの表情からは余裕の表情は引っ込んでおり、醜悪に歪んでいた。隣に立つギガンにも劣らないほどの怒りと憎しみが表情に表れて、針のように鋭い眼光はオーディンを見据えている。

 これに対してオーディンは急に訝しそうに呟いた。

 

「…お前さん、見たことあるのう。かつての大戦中に天界でミカエルと共に立っていた…名前はハニエルとかじゃったか?」

「とっくの昔に捨てた名前だ。今はブルードと名乗っている」

「堕ちたものじゃのう。上位の天使とあろうものが、テロリストとは」

「元テロリストの悪魔を養子に迎え入れるお前も同じ穴の狢だと思うがな」

 

 ブルードが巨大な光の槍を形成すると、オーディンを狙ってそれを力強く投げつける。上級天使クラスのその威力はアザゼルを想起させる勢いがあった。

 オーディンは防御魔法陣を展開させようとするが、その前にヴァ―リが神器の効果を発動して光の規模を縮小させると、魔力の塊を撃ち出して攻撃を相殺させた。

 

「お前の相手は俺だろう?」

「白龍皇、余計な邪魔を…!ここでお前らを消しておきたいところだよ。しかし…」

 

 邪龍の多くはルフェイとゴグマゴグを筆頭に、援軍たちもあわせてほとんど処理されかけており、彼の切り札の魔物もオーディンによって討たれた。この圧倒的に不利な状況で無駄に勝負を長引かせるのが得策でないことを理解できるほど、彼も熱い頭に支配されてはいなかった。

 

「旗色が悪いのも事実。ここは引き下がりたいところだね」

「それを俺たちが許すと思うのか?」

「許される筋合いもないけどな。援軍はお前らだけの特権じゃないということだ」

 

 どこからともなく別の声が聞こえるのと同時に、周囲に転移魔法陣が展開されると、複数の量産型邪龍が飛び出してヴァ―リ達に襲い掛かってくる。いきなりの奇襲にヴァ―リ、オーディン、黒歌は攻撃を防いでいく中、大一のみまるで敵の奇襲に気づいていたかのようにその合間を縫ってブルード達に接近する。精製した2本の錨を叩きこもうとするが、それを何者かによって防がれた。それどころか錨が防がれた瞬間、攻撃した方向とは逆の方向に吹き飛ばされそうになって大きく体勢を崩しかける。そこに追撃するように腹部に蹴りを受けた大一は吹き飛ばされた。

 空中で体勢を立て直した大一は、自身を飛ばした相手へと視線を向ける。もっともそれが何者かは目を向けなくてもすぐにわかったのだが。

 その相手はブルードとギガンに向かって呼びかける。

 

「天界での襲撃は終わった。俺たちも撤退するぞ」

「承知した」

 

 彼の言葉にブルードは手早く魔法陣を展開させ、ギガンは片腕を地面へと突き刺す。

 

『待て、サザージュ!』

「ッ!」

 

 大一の呼びかけに、かつて何度もクーフーとして戦った男は衝撃的な表情を見せていた。自分の本名が呼ばれたことについて、あまりにも信じられない上にそれ自体が彼自身に心的なプレッシャーを与えていた。

 間もなく地面が彼らを覆うように隆起すると、そのまま魔法陣によって敵の姿は消えていった。

 




18巻分もだいぶ終盤に近づいてきました。


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第170話 秘めたる思い

全体的に18巻はオリ主が振り回されている感がありますね。


 オーディンまで腰を上げた異国の辺境でヴァ―リチームが襲撃された事件は、総合的に見ると天界の襲撃の注意を逸らすための囮である可能性が高かった。それほど天界には戦力が集中していた。リゼヴィムを筆頭に、八重垣、ヴァルブルガ、クロウ・クルワッハ、ラードゥン、果てはグレンデルの分身体まで参加していた。

 これにあたり、天界も総力をあげて敵を撤退させることに成功した。大きく貢献したのはやはり「D×D」のメンバーだろう。特に一誠は新たな力「透過」によってリゼヴィムにダメージを与え、デュリオはクロウ・クルワッハを相手に足止めを成功させている。また五大龍王のファーブニルも奮戦して、リゼヴィム相手に食い下がっていた。彼らに並ぶほど今回の戦いで活躍したのは、帝釈天から派遣を受けた曹操であった。グレモリー眷属の一部と組み、ラードゥンを筆頭とした邪龍軍団相手に、聖槍を大いに振るったのだという。もっとも帝釈天はハーデスから情報の提供を受けたということで、何か裏がありそうな印象はあったのだが。

 

「そうか、八重垣はリゼヴィムにやられたのか…」

 

 その日の夜、戻ってきた大一は、リビングで一誠から話を聞いていた。彼はゼノヴィア、イリナと共に八重垣と戦っていたが、その過程で分かり合えると感じていた。愛する者と共に生きることを望み、愛する者を守ることを望み…。

 

「同じような立場だと思った。異種族間で愛して、時代のせいでそれが許されなくて…俺だって同じ立場になったかもしれない。だから、あの人と分かり合えると思ったんだ。それなのに…!」

 

 一誠は悔しそうに歯を食いしばる。八重垣の苦しみと悲しみを知った彼が見たのは、リゼヴィムによる不意打ちで消滅させられた最後であった。八重垣が一誠達に影響されていくのを危惧され、粛清されたのだろう。事実、彼が最後に呟いたのは「同じ時代に出会いたい」というものであった。

 悔しさに拳を強く握る一誠であったが、大一はそんな弟に湯気の立つココアを出しながら話す。

 

「当然の想いだが、あまり気負いすぎるなよ。突っ走るのはお前の自慢でもあり、悪いところでもあるんだから」

「…わかっているさ」

 

 一誠は小さく頷きながら、ココアに手をかける。兄が理解を示してくれることに安心を感じ、ぶり返しそうになった激情も落ち着いていた。

 

「それにな、八重垣は怒りに満ちていたかもしれないが、最後は安らかだったんじゃないか?」

「どうして、そう思うんだ?」

「復讐だけの2度目の人生の中で、悲しみを理解し合える相手が現れたんだ。ましてや、消えてからも考えてくれる相手だしな」

 

 敵との和解というのがどれほど複雑な思いを感じさせるのかは、最近の出来事のおかげで大一も痛いほど理解していた。正直なところ、ユーグリットについては彼自身まだ心の中に泥のように残る感情はあった。

 それでも敵が少しでも肯定的な道を見出すことで、自分の行動は決して無駄でなかったと実感できるのであった。

 大一の言葉を噛み締める一誠は静かに頷く。

 

「…だったら尚のこと、リゼヴィムに勝たなきゃな。ゴメンな、兄貴。疲れているのに、話に付き合わせてしまって」

「別にいいよ。しかし、どうして俺に話したんだ?」

「なんつーか…吐き出したくてさ。兄貴だったら言いやすいというか…」

「まあ、それで安心したらいいけどよ。そういえば、お前どうやってリゼヴィムにダメージを与えたんだ?あいつの能力は神器を無効化するのに」

「ああ、生前のドライグが持っていた『透過』の力を使ったんだ。これなら能力含めていろいろすり抜けられるんだ」

 

 一誠は自身の左腕を軽く振りながら答える。先日はヴァ―リとの合わせ技も可能にして、今回は赤龍帝の力も新たに解放していた。「乳力」を筆頭に変わった進化は遂げているが、まっとうな赤龍帝としても強くなっていることに大一は感心する想いであった。

 しかし彼は感心したのと同時に、なにか引っかかるような気持ちになる。「透過」と「乳力」、この2つの単語が並ぶことと先ほどの一誠の発言から、彼の頭の中に好ましくない考えがよぎった。

 

「…なあ、能力含めてって言ったけど、他にすり抜けられるのを試したのか?」

「えっ!?あー…なんというか…そうだな、うん」

「一誠、お前まさかと思うが覗きとかに使ってないよな?」

「ま、まさか、いくら俺でもそこまでしないよ!」

「…知っていたか?お前、嘘をつくと瞬きが異常に多くなるって」

「嘘だろッ!?」

 

 咄嗟に目元を抑えた一誠に対して、大一は弟の額を左手で掴むと徐々に力を入れていく。

 

「嘘だよ。というか、やっぱりその力使って覗きしているじゃねえか!」

「いででででッ!ご、誤解だ、兄貴!俺はリアスとかにしか使っていないって!朱乃さんのはちょっと見えちゃったし、ガブリエルさんのはがっつり見たけど───あだだだっ!」

「死ね、この愚弟がァ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大きな困難を乗り越えた彼らは無事にクリスマスを迎え、当初からの予定であった駒王町へのプレゼントを配る企画も成功させた。

 

『かんぱーい!!』

 

 現在、プレゼントを配り終えた彼らは兵藤家の地下室に集まり、企画参加者たちに黒歌、ルフェイが加わったパーティを開いていた。乾杯を終えた大一はチビチビとグラスのジュースを飲みながら、頭の中で騒ぐ相棒たちの相手をしていた。

 

(想像の数倍面白くなかったな、プレゼント配りというのは)

『まあ、所詮は物をポイポイと渡していくだけだからね。気づかれないように注意するだけで派手なことはひとつもなしだ』

(そうは言うが、俺はかなり神経使ったぞ。準備をあまり手伝えなかった分、大量にやらなきゃいけなかったからな)

『6本腕の空飛ぶサンタが現れた日には、僕だったら卒倒するね』

(見た目なんざどうでもいい。必要なのは実力だ)

 

 ディオーグとシャドウがプレゼント企画にうだうだとした感想を漏らしている中、リアスと朱乃が一歩前に出る。

 

「クリスマス作戦、皆、お疲れ様。ちょうどいい機会だし、私たちから重大発表があるの」

「うふふ、こんな時に突然かもしれませんけど、あえてクリスマスというタイミングだからこそ、お伝えしようとリアスと決めてましたわ」

「オカルト研究部の新部長と新副部長について、発表するわ」

 

 彼女らの突然の言葉に、オカルト研究部と生徒会の面々は驚いていた。唯一、知っていたのかソーナだけは口元に笑みを浮かべながら頷いて、その様子を面白そうに見ていた。

 

「私は、オカ研の部長を3年続けてきたけれど、特別、強いルールを下の世代に残さないように尽力してきたわ。それはこれから継いでいく部長、部員たちにも覚えておいて欲しいことなの。オカ研はその時々のルールで動いて運営していった方が絶対にいいわ。

 それを踏まえた上で…新しい部長はアーシア、副部長は祐斗よ」

 

 リアスの指名に、感心の声が上がる。皆がこの人選は妥当であると感じていた。リアスや朱乃が語る理由も、アーシアはリアス達が作り上げたオカルト研究部とは違う方向に発展させること、祐斗は他の男子との架け橋になることへの期待であり、メンバーとしても納得できる。ただアーシアだけは飲み込めていない様子でポカンとしていたが。

 理由を語り終えたリアスは2人に問う。

 

「それで、2人はこれを受けてどうなのかしら?」

「僕は問題ありません。光栄なくらいです」

 

 穏やかな微笑で承諾する祐斗に対して、アーシアはいまだに当惑を示している。声も上ずっており、不安が余計にも表に出ている。

 

「…はぅ!わ、わ、わ、私は…そ、その!」

「ダメ、かしら?」

「い、いえ!私で本当にいいのかなって思いまして…。活動的なイッセーさんやイリナさん、真面目な小猫ちゃんやレイヴェルさんのほうがいいと思えますし、人見知りの激しい私なんて、きちんと勤められるのか、不安で…」

 

 わたわたと自身の不安を吐き出すアーシアであったが、これに対して一誠が彼女を勇気づけるように微笑む。

 

「大丈夫だよ。その辺は俺たちもフォローするしさ。何より、アーシアが部長ってのはなんだか頑張れちゃいそうだ!俺、『ああ、愛しの部長のために』って2年連続で張り切れそうだしさ!」

 

 なんとも軽い印象を覚える雰囲気であったが、一誠なら間違いなく身を粉にする想いで活動するだろう。リアスとしても一誠のそのような態度を期待していたため、楽しげに笑っていた。

 その後も次々と仲間達からアーシアが部長になることに賛成する声が上がる。大一としてもリアスや朱乃が決めたことに口を挟むつもりは無いし、2年生組で選ぶとすれば納得の人選であった。

 仲間達の声を受けて、考え込むアーシアは意を決したように頷く。

 

「…わかりました。謹んでお受け致します!どうか、皆さん。若輩者の私ですが、1年間よろしくお願いいたします」

「「「「「「「はい、部長!」」」」」」」

 

 新たなオカルト研究部長の誕生に一斉に答える。すでにその明るさからは、来年への希望が満ちている印象を抱かせた。

 その様子を眺めるリアスと朱乃の下に、大一は合流して彼女らを労う。

 

「2人とも、今までお疲れ様です」

「ありがとう。でも大一だって3年間しっかりとやって来たじゃないの」

「俺なんて、2人についていっただけですので」

「あなたが支えてくれたおかげで、私たちもいろいろ出来たつもりだけどね。しかしやっと、肩の荷が下りた気がするわ」

「あらあら、私もですわ。あとは若い皆に任せましょう」

「年寄りみたいな言い方になっているぞ」

 

 オカルト研究部3年生組が各々の想いを口にしていると、そこにソーナと椿姫も合流する。彼女らも生徒会を後に託す立場であるため、リアス達の気持ちはよく理解していた。

 

「じゃあ、今度、5人でお茶会でもしましょうか?いくらでもセッティングしますよ」

「嬉しいお誘いですが、女性陣に俺が混ざるのも…」

「そういうのは、私たちの間柄で今更じゃないですか」

 

 ソーナの指摘に、大一は恥ずかしさを誤魔化すかのように頭を掻く。体格の割に、仕草のおかげで妙にこじんまりとした印象を抱かせた。

 そんな大一に朱乃は腕にしがみつく。

 

「大丈夫。大一は私と一緒にいれば不自然じゃないものね」

「朱乃と大一の様子を延々と見せつけられるのは、さすがにごめんだわ」

 

 リアスの言葉に、ソーナは一瞬だけ「どの口が」と思ったが、それは胸に秘めておくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 パーティも終わって外には雪が降り始めていた頃、自室で大一は落ち着きなく部屋中を行ったり来たりしていた。これに対してディオーグの苛立った声が、頭の中全体に重くのしかかる。

 

(うっとおしいな、小僧!気持ち悪いんだよ!)

(そうは言うけどな、ディオーグ。俺にとっては重要な問題なんだよ)

『クリスマスプレゼントの件だろ?代替え案はもう考えているじゃないか』

 

 苛立つディオーグとは対照的に、シャドウは面白そうにねっとりとした言い方で話す。例の襲撃に加えて、クリスマス企画やサーゼクス達への報告と立て込んでいたため、クリスマスプレゼントの準備をする時間が取れなかった。最近のお詫びも兼ねていたため、かなり引きずる内容ではあった。

 そこで彼が考えたのは、別日にクリスマスプレゼントを選ぶデートの提案であった。一緒にいる時間も取れる上に、朱乃達の好みもいまいち把握していなかったため、彼としては悪くない案と考えていた。

 それでもいらぬ心配を抱く辺りが、彼の面倒さと生真面目を象徴させていた。

 

(そんなに気になるなら、さっさと終わらせろ!というか、女共も話さなかったんだから言わなきゃいいだろうが!)

『いやいや、ディオーグ。大一のことだ。絶対に必要ない後悔するよ』

(面倒くせえな!ごちそうも食ったし、俺は寝る!)

 

 ディオーグが引っ込んでも、大一は落ち着きなく部屋をうろついていた。自分でも考えすぎである自覚はあるが、朱乃達への想いを踏まえるとやはり緊張は高まってしまう。頭を整理するためにいよいよ独り言として呟き始めた。

 

「朱乃と小猫にこの話を…」

『おいおい、あの戦乙女にもだろう?』

「ロスヴァイセさん?たしかに感謝を伝えるという意味ではそうか。しかしデートというのも迷惑だろうし…」

『あの女の婆さんへの言い訳に、買い物付き合うぐらいは良いだろうさ。彼氏役のお詫びも兼ねてだな。もっとも僕としては、そのまま彼氏になるもありだろうと思うけど』

「いやいや、彼氏役の件を引っ張りすぎだろう。そもそもロスヴァイセさんは、もっと素敵な男性を見つけるだろうよ。でも確かにお詫びと普段の感謝を踏まえれば、贈り物はありか───」

「なーに難しい顔しているの?」

 

 突然、後ろからかけられた声に大一は飛び上がりそうになる。振り向くと黒歌がいつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。

 

「お、驚かせるなよ!」

「あんたが勝手に驚いただけじゃない。デートひとつで悩むのなんて、あんたくらいよ」

「声に出ていたか…。聞かなかったことにするというのは?」

「う~ん、対価次第ってところね」

 

 挑発的ながら不思議な魅力を兼ね備えた表情で黒歌は答える。相変わらず駆け引きのようなことを持ち込んでくる辺り、おちょくられているような気分になるのであった。

 

「どうして欲しいんだ?」

「それが不思議な感じなのよね。いつものように思いつかないのよ」

「なんだそれ?うーん…またココアを淹れるのは?」

「それも悪くないんだけどね…ねえ、これはどう?」

 

 そう言うなり、黒歌は大一に向かって両腕を広げる。この体勢は朱乃がやっていたのを何度か見ていた。彼女の意図を悟った大一は、眉根を上げながら問う。

 

「…ハグ?」

「そう。大一からして欲しいにゃ」

「からかうのは勘弁してくれよ。お前、それで何度か俺に抱きついてきたじゃないか」

「からかい目的でね。でも今回は違うかな。まあ、いいや。だったら───」

 

 言葉を切った黒歌は、大一に思いっきり抱きついて背中に腕を回す。これまでと違いしっかりと背中に腕を回しており、密着感を強めていた。

 面喰ってうろたえる大一に対して、黒歌はいつもの気ままな雰囲気を潜めた落ち着いた声で話す。

 

「ねえ、私との関係も本気にして欲しいにゃ」

「く、黒歌…しかし俺は…」

 

 直接的な好意をぶつけられて、心臓が大きく脈動するような感覚であった。いつもと違う雰囲気を纏った黒歌の色気はすさまじく、先ほどまで悩んでいた彼の思考を止めるほどの破壊力を誇っていた。

 間もなく黒歌は離れると、いつもと変わりない気ままな笑顔を見せる。

 

「にゃはは、どう?本気になりそう?」

「お、お前な、ふざけるのもいい加減に…」

「あらあら、これはどういう状況かしら」

「…なにやっているんですか。先輩、姉様」

 

 声が聞こえた瞬間、大一は再び思考が止まるような思いであった。時間がゆっくりと流れるような感覚の中で、彼は扉の方を見ると朱乃と小猫が魔力でも纏っているのかと思うようなプレッシャーを放ちながら立っていた。

 

「ご、誤解だ!いや、誤解か、これは!?」

「私としては、誤解じゃない方が嬉しかったりするにゃん♪」

「ね、姉様まで…!私もおっぱいがあればもう少し…!」

「あらあら…大一、ちょっとお話ししましょうか?」

 

 この後、プレゼントの件によってなんとか場を収めることが出来たが、それにあたり30分近くかかってしまうのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 現在はクリフォトの実質的な本拠点となっているアグレアスの一室にて、サザージュは苛立ちを隠さずに対面のソファに座っているリゼヴィムに話していた。

 

「ボス、いくらなんでも今回の行動は看過できない。今回の目的は、あんたの母親が煉獄に隠していた知恵の実と生命の実の回収だ。それなのに、ついでがてら天界を攻めても利点が無いじゃないか。おかげで俺らがヴァ―リチームを攻めて、注意を引きつける必要があったんだぞ」

「まあまあ、終わったことを言っても仕方ないだろうよ」

 

 あくび交じりに答えるリゼヴィムに、サザージュは声を荒げる。もはや彼の焦燥的な感情は駄々洩れであった。

 

「真面目に聞いてくれ!トライヘキサの封印解除は少しずつだが、間違いなく進んでいる。異世界がどんなものか分からない以上、出来る限りの戦力の温存は必要なんだぞ。それなのに今回の戦いで、八重垣とラードゥン、量産型グレンデルを失った。クロウ・クルワッハも我々の下から去った。このままでは計画に支障が出てもおかしくないんだ」

 

 サザージュの主張は、リゼヴィムも理解していた。同時に微塵も失敗する気は起きなかった。戦力についてはいくらでも替えはある。クロウ・クルワッハは去ったが、元よりアポプスやアジ・ダハーカ含めてコントロールするには難しい存在だ。もちろん危惧する要素もあった。今回の件で自身にダメージを与えた一誠の存在や、食い下がってきたファーブニルだ。それでも油断しなければ足元をすくわれることは無い。

 リゼヴィムは軽くため息をつくと、厳かな雰囲気で部下である半悪魔に答える。

 

「私はルシファーの血筋だ。あの程度の者達に遅れなど取らん。それでこの話は終わりだ」

 

 鋭い眼光で口ごたえをする部下を見やった後に、リゼヴィムは重い足取りで部屋を退出した。

 後に残されたサザージュは勝るとも劣らない目つきで閉じられた扉を見ると、手早く連絡用の魔法陣を展開させる。

 

「俺だ。アジ・ダハーカやアポプスの動向に警戒しておいてくれ。あいつらの様子は気がかりだからな。それとクロウ・クルワッハの行方もだ。しかしこっちはあまり無理しなくていい。それで近い2匹に足元をすくわれたくないからな」

 

 サザージュは仲間達に伝えて魔法陣を消すと、不満をため息に乗せて大きくうなだれる。八重垣の粛清に関しては、リゼヴィム同様の行動を自分も取ったであろう。しかし感情のままに行動しては、それこそ最大の目的を達成できないではないか。

 今回の一件についてはリゼヴィムの傲慢性と悪辣さが悪い方向に出たのは間違いないだろう。

 

「ルシファーの血筋なんざ、微塵の価値も無いだろう…!」

 




あまり仲間達と動けていませんでしたが、18巻は今回で終わりとなります。
次回から19巻となります。


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総選挙のデュランダル
第171話 大切だから


今回から19巻分のスタートです。ただ今回は原作分よりも少し前の状態からです。


 年の終わりが近づいている頃、グレモリー城の地下トレーニングルームにて龍人状態の大一は立っていた。目の前には鎧姿の一誠がおり、力強く拳を合わせている。

 

「そんじゃ、兄貴!行くぜ!」

『ふう…よし、来い』

 

 疲れを感じさせる大一の声と共に、一誠は背中のブースト機構を展開させると一気に距離を詰めて拳打を打ち込む。鋭い拳のラッシュはマシンガンのごとく激しかったが、大一はそれを作り出した黒い錨で器用にいなしていく。

 赤い鎧と黒い影の錨がぶつかり合う鈍い音が響く中、一誠は呟く。

 

「長い武器を使っているのに、動きが速いな…だったら、これでどうだ!」

 

 更なる力を発動して真「女王」形態へと変化を遂げた一誠は、小さな飛龍を数匹出現させると、何発かドラゴンショットを撃ち出した。攻撃を反射させる飛龍、視覚外から不意を突く戦法を可能にするこの力で、一誠は周囲から攻めることを狙った。

 

『噂の飛龍か…だが警戒すれば問題ない』

 

 反射してあらゆる角度から向かってくる一誠の攻撃であったが、大一は軽く息を吐くと、身体の各所から黒い腕を形成して触手のように伸ばしていく。腕はドラゴンショットを次々と相殺していき、あっという間に展開された攻撃を無効化した。

 息を切らす大一は右腕をバネのように縮め、一気に伸ばす。砲弾のごとく突き進む拳は離れた一誠に向かっていくが、それをひらりと避けると再び距離を詰めていった。

 これに対して大一は両肩から伸ばした手の先から疑似防御魔法陣を展開させる。2重に張られている上に、魔力もしっかりと通されているため、硬度においては間違いない。

 しかし一誠は複数回「倍加」の力を発動すると、拳のラッシュでその魔法陣を砕き切った。

 

『これは…!』

「決まりだッ!」

 

 うろたえる大一が2本に分けた錨を振りかぶるが、それよりも先に一誠の拳が彼の顔面に迫っていった。

 しかしそのパンチが届く直前、タイマーの音が大きく響く。これを合図に彼らは攻撃の手をピタリと止めて、緊張が途切れたように息を吹きながら腕を下ろした。

 龍人状態を解除した大一は小さく呟く。

 

「…参った」

 

 この日の午前中、彼らはトレーニングに励んでいた。久しぶりに大一も混ざったものであり、模擬戦を行っていた。ちょうど兵藤兄弟の模擬戦が終わりを迎えたところで、仲間達が集まってくる中、大一は息を切らしながら一誠に話す。

 

「ハアハア…魔法陣をあっさり破られるとは思わなかったな。かなり魔力は入れていたんだが」

「『透過』を使ったら、だいぶ破りやすくなったんだ。まだどこまで使いこなせているかは自分でもわからないけど、リゼヴィム相手には効果があるから慣らしていこうと思う」

「さっきの小さな飛龍に続き、新しい能力をまた得るとは…赤龍帝というのは底知れない」

「先輩にも底知れない感覚を抱いたけどね」

 

 合流したゼノヴィアが感心の声で話す。今回の模擬戦にあたって、大一が相手をしたのは一誠だけでなかった。祐斗、ゼノヴィア、イリナとも模擬戦を行っており、しかも時間制で連戦をしていた。1時間以上、彼は立て続けに模擬戦を行っており、そのスタミナにゼノヴィアは一種の感動すら抱いていた。

 

「スタミナくらいしか取り柄がなあ…」

「だとしても、私たちを相手に4連戦は並大抵じゃないと思うぞ。少なくとも私は手を抜かなかったし」

「褒めてもらえると光栄だ。しかし久しぶりに模擬戦をして、改めて実感したよ。皆の強さを」

 

 大一は額から流れる汗を拭いながら話す。ゼノヴィアの太刀筋は鋭く、攻撃速度も速かった。イリナは新たな聖剣オートクレールによる光の力、祐斗は魔剣グラムの扱いなど、一誠以外もどんどん強くなっていくのを肌で実感できたのは大きな収穫であった。

 この言葉にイリナも元気な笑顔で答える。

 

「私もお兄さんとの久しぶりに模擬戦できて良かったわ!新しい能力も知れたしね」

「別に新しいというほどではないが…まあ、シャドウに魔力を通せるようになったことはかなり大きい。おかげで以前のような戦い方もできるし、他にも多くのことが出来る」

「そもそもディオーグとの融合前から、先輩は叩きこまれた経験を武器にしていたからな。応用性の高い能力があれば、それを存分に発揮できるというわけだ」

 

 うんうんと頷くゼノヴィアの指摘は事実であった。硬度と重さに加えて手数と伸縮自在の力を合わせ、さらには他のルシファー眷属に模擬戦で叩きこまれた経験値が今の彼を体現している。

 一方で、彼女と同じ「騎士」の祐斗は手を顎に当ててぶつぶつと何かを呟いていた。考えを巡らせることに没頭しており、時々「やはりテクニックが」「戻ってくれれば」等と聞こえ、彼が眷属のパワー戦法についていまだに頭を悩ませていることを知るのに時間はかからなかった。

 

「言い分も分かるけど、木場は悩みすぎる気がするな」

「うーん、私もエクスカリバーの能力を使いこなそうとはしているのだが…」

 

 一誠とゼノヴィアが心情を漏らす一方で、眷属に関係ない大一とイリナは苦笑い気味の表情で話す。

 

「小猫の仙術とか他のメンバーも搦め手ではあると思うがな。むしろ最近はあいつもグラム一辺倒になっているような気も…」

「そりゃ、お兄さんが戻ってきて欲しいと思うわけだわ」

「俺も戦い方はあまり変わらないと思うけどな」

「それじゃ、さらに出来ることを増やすにゃ♪」

 

 楽しむような声と同時に黒歌が大一の左腕に抱きつく。あまりにもいきなり来たため、大一も隣で話していたイリナもびくりと身体を震わせる一方で、黒歌はその反応にすら面白そうに笑っていた。

 

「おやおや、そんなガタイでも小動物みたいにビビっちゃうのね」

「いきなり来るからだろ…というか、離れろよ。模擬戦後で汗凄いから、お前も濡れるぞ」

「話が終わったらね♪」

「勘弁してくれよ…それで増やすって何をするんだ?」

「ちょっと仙術を覚えてみない?私も協力するからさ」

 

 笑みを崩さない黒歌は、子どもが秘密の話をしているような無邪気さが感じられた。彼女にとっては面白い提案であったが、これについてイリナは面喰い、大一は小さく首を横に振る。

 

「ええ!?お兄さん、転生悪魔なのに仙術を使えるの!?」

「使えないよ。黒歌、申し出はありがたいがさすがに俺には無理あると思うぞ」

「私はそうでもないと思うけどね~。この前の岩男との戦い、本来であれば纏わせることも不可能なはずなのよ。しかしあんたは短い間でもコントロールした」

 

 ディオーグと融合してから大一は幾度となく気や生命力を感知してきた。一般的な悪魔ではなかなか感知できない力を、肌で知り、身体で気づき、あらゆる場面で活かしてきた。生命力を感じ取れる彼だからこそ、先日の戦いでは仙術をなんとかコントロールすることを可能としていた。

 

「日頃から仙術の修行をしているようなもの。つまり大一には素質が備わっていると思えるのよね」

「にわかには思えないけどな」

「仙術のスペシャリストが言っているんだもの。そこは信じて欲しいにゃ」

 

 ぐっと胸を張った姿勢で黒歌は自信満々に答える。その実力を直接的に知っている大一からすれば、反論の余地も無い回答であった。

 

「俺にそんな素質がねえ…」

「私がみっちり教えれば使えるかもよ?1対1でやってみない?」

「1対1でやる必要性が感じられません」

 

 黒歌の軽い言い方に、後ろから小猫がキッパリと言い切る。彼女もギャスパーとの自主トレに区切りがついたようだが、その顔にはハッキリと「不快」の文字が刻まれていた。

 

「姉さまはドラゴンの子どもが欲しいだけでしょう?だったら、別に先輩じゃなくても良いはずです」

「強いドラゴンと考えると限られてくるんだもの。それに私も白音の気持ちがちょっとわかったもの♪」

「まったくそれでクリスマスの時も先輩を困らせて…」

 

 小猫はため息をつきながら、眉間にしわを寄せる。最近ではクリスマスの時も彼の部屋で2人きりでいたことを筆頭に、これまで何度も惚れた相手を姉がからかっている姿を見てきた。それで大一がうろたえるのも確認してきたため、姉には節度を持って欲しいと思っていたが…。

 

「…ん?わかったって…えーと…」

 

 小猫は目を閉じて片手を額に当てる。黒歌の発言を流しそうになったが、冷静に考えればどうも引っかかるのだ。そして心の奥ではどこかその真意に気づいていながらも、彼女が完全に飲み込むには頭を整理するわずかな時間が必要であった。

 間もなく、ハッとした様子で目を見開くと、小猫は頬を染めながら抗議する。

 

「ね、姉様まで…ダメですよ!先輩は私や朱乃さんのです!」

「え~、いいじゃない。2人も3人も変わらないって。悪魔だから問題ないし」

「で、でも…」

 

 小猫は落ち着きなく体を揺らす。姉はいまいち掴みどころのない性格であるのは、妹の彼女が嫌というほど理解していた。いたずらっぽい態度と合わせて、本音を開示することなど滅多にしない、何度もそんな姉を見てきた。

 にもかかわらず、小猫は姉の言葉が本気であると確信していた。思い返せばクリスマスの日以降、黒歌が大一に対するスキンシップは間違いなく増えていた。また性格の合わない印象があるが、それ故に惹かれることがあったのかもしれない。頭の中でいくつか理由を挙げる彼女であったが、最大の要因は直感的なものが大きかった。要するに、クリスマスの時にいつものごとくからかっていただけかと思ったことは、実際は黒歌がいよいよ本気になり始めていたと気づかされたのだ。

 

「とにかく離れてください!わざわざ義手じゃない方の腕に掴まって!」

「わー、本当だー。偶然だにゃー」

「わざとらしいです!」

「もう、白音ったら気にしすぎにゃん♪大一だってこの柔らかなお胸の感覚とか、嬉しいと思うけどね~」

「俺としてはさっさと汗を流して、休憩したいんだけど…」

 

 大一の反論は猫又姉妹の耳に届いておらず、彼女らは言い合いを続ける。もっとも小猫が抗議して、黒歌がそれをのらりくらりとかわすという連続であったが。

 ついにしびれを切らしたのか、小猫は大きく息を吐くと静かに目を閉じる。間もなく身体が光り輝いたかと思うと、身長が伸び色気のある体付きへと変化した「白音モード」の小猫が立っていた。

 

『先輩、見てください…姉様にも負けていませんよ』

「小猫、また倒れるから無理するなって」

『短時間なら問題ありません。まだ触れることは出来ませんが、見るだけなら…』

 

 小猫はぎゅっと胸を寄せると、前かがみで見せつけるような体勢を取る。男にとっては垂涎ものであるが、息が荒くなっている彼女を心配した大一は優しく話す。

 

「小猫、俺のことをそこまで大切に思ってくれるのは嬉しいよ。でも無理はして欲しくない。俺もお前のことは大切だから」

『…お兄ちゃん、やっぱりズルいです』

「にゃはは、これは面白いものが見れたわ♪」

 

 なんとも近寄りがたい空気が作られていく中、それを目の当たりにしたイリナは興味、恥ずかしさ、興奮など複数の感情が入り混じり顔に手を当てながら呟く。

 

「わあ、すごい…!お兄さん、そこまでなんだ…!私もイッセーくんと…いやダーリンと…!」

 

────────────────────────────────────────────

 

「外に行かなくて良かったの?」

「家でのんびりしたかったから」

 

 午前中のトレーニングを終えた大一と朱乃は彼女の自室で静かにお茶を飲んでいた。他のメンバーは買い物やらで外に出ている中、家で過ごすことを提案したのは彼女の方からであった。

 

「それに外でデートなら1日しっかり相手して欲しいもの。初めての時のように中途半端にしたくないわ」

「まあ、言われてみれば納得だな」

 

 初めてのデートの中断の原因が神、戦乙女、当時は関係が劣悪であった父とくれば、朱乃の言い分には嬉しくない説得力が生まれていた。

 それに家でのデートは素晴らしく穏やかであった。静かな時間を彼女が淹れた紅茶と共に過ごす、様々な雑務に追われていた大一としては心身ともに安らぎを感じるものであった。

 ティーカップの紅茶を見つめながら、大一は小さく呟く。

 

「久しぶりだ、こういうのは」

「やっぱりあなたにお仕事をやらせすぎだと思うの。いくらルシファー眷属だからといって、サーゼクス様もアザゼル先生も酷使しすぎだわ」

「心配してくれるのは嬉しいけど、こればかりは仕方ない。サーゼクス様たちはユーグリットのおかげで動きが制限されていたし、『異界の魔力』の件も俺にとって因縁が深すぎるからな」

 

 先日の襲撃については、すでにサーゼクス達には報告を済ませていた。攻めるタイミングと規模からして陽動の可能性が高いとのことであったが、同時に敵の正体について収穫もあった戦闘であった。特にブルードはかつて天界にいた上位クラスの天使「ハニエル」であることが明確になったことは大きかった。大戦中にある悪魔との戦いで死亡の扱いを受けていたようだ。

 またギガンについても、ゴグマゴグに関連していると思われるため、現在過去の研究資料を片っ端から調査されていた。

 この2人について「異界の魔力」を持つ以外の共通点が判明していないため、クリフォトは「異界の地」にいた一部の勢力を仲間に加えた、と三大勢力では考えていた。以前、大一が聞いたアリッサとモックの会話を踏まえれば決定的であると言える。

 そうなれば、バーナとモックの姉弟や鎧武者の無角、彼らをまとめているサザージュも警戒の必要性が生まれていた。もっとも現状では動きの読めない上位の邪龍たちの方が同盟としては気がかりであったが。

 

「どうしたものか…」

「大一、また考え込んでいるでしょ」

「えっ?ああ、ごめん。どうしても気になって」

「もう…これじゃ、休んでいると思えないわ」

 

 朱乃は大一の様子に小さくため息をつく。自分から苦しい状態に首を突っ込んでいるようにしか見えない彼氏に、彼女は胸が小さく痛む想いであった。なぜ愛する男がそこまでしなければいけないのか、背負い込む彼の姿はどうしても心配になる。冥界を変えて悲しみを減らすという大きな目標が、ひとつの重荷として彼自身を不幸に導いているように思えた。

 

「…ねえ、今は戦わなければいけないから仕方ないと思うの。でもあなたが自分の幸せをないがしろにしなくても…」

「それは違うな。俺はむしろ幸せだと思う。家族、仲間、師匠、主、そして大切な人…俺に関わってくれた人たちが、言わば恩人なんだ。だから少しでも自分に出来ることをやって、今度は俺が皆の幸せに貢献したい。大切な人たちが笑ってくれれば、俺もまた安心するからさ。まあ、自分のためという利己的なものだ」

 

 大一の言葉を聞いて、朱乃はふっと笑みが漏れる。本人は利己的と話すが、そのために身を削って戦える彼に対して、同じ評価を抱くことは出来ない。だからこそ彼が苦しむのを見るのは彼女にとっても同じくらい辛かった。

 しかしそんな彼だからこそ、惚れてしまったのだ。たとえ上手くいかなくても仲間のために身を粉にするほど支え続ける、改めて彼への感情を自覚した朱乃は小さく息を吐いた。

 

「頑固なんだから…」

「自覚はしている」

「ふーん…じゃあ、私のお願いにも頑固に反応する?」

「内容次第…だけど俺は出来ることなら全部やるよ」

「わかった。じゃあ…」

 

 朱乃は紅茶のカップをテーブルに置くとベッドに座ってぽんぽんと膝を軽くたたく。

 

「膝枕をさせて」

「…え?俺がしてもらう側なのか?」

「そうよ。誰もいないからいいでしょう?」

「う、嬉しいけど、どうしてまた…」

「いいからさせて。それともお願いを聞いてくれないの?」

 

 目を細めて不信感を見せる(誘惑するような色気にも見えたが)朱乃に対して、大一は少し頭を掻いた後に、恥ずかしそうに彼女の言うことに従って、横向きに頭を彼女の膝の上に乗せた。服越しにもわかる柔らかな太もも、頭部の後ろにちょこちょこと当たる豊満な胸、柔らかに髪を撫でる手とあらゆる要素が彼を緊張させる。

 

「私の前では弱さも見せるって約束してくれたでしょ。だからたまには甘えて欲しいの」

「し、しかし、それじゃ朱乃から貰ってばっかりだ」

「私もあなたにはいっぱい甘えるつもりよ。いっぱい不安になるから尚更ね」

 

 朱乃は小猫や黒歌、ロスヴァイセなどの顔が浮かんだが、そこまで大きく考えていなかった。むしろこれを契機に、彼にはもっと甘えるつもりだし、甘えさせるつもりであった。そうやって触れ合って、より絆を強く感じていたかった。彼はハーレムを形成しても、その気持ちが薄れないだろうという絶対的な自負を抱くからこその想いでもあった。

 

「やっぱり強いな、朱乃は」

「あらあら、私の強さも弱さもよく知っているくせに」

 




原作19巻はゼノヴィアや教会がメインですね。私の方は…。


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第172話 元日の一幕

この時期に正月的な内容を書くのは、自分でも違和感を抱きますね。


 無事に年を越せた元旦、オカルト研究部の面々は初詣へと向かった。場所は京都の伏見稲荷大社と遠出であったが、転移魔方陣を使用してあっという間にたどり着く。人混み溢れる神社に、特殊な結界が展開されるとそこでひとりの少女が出迎えた。

 

「イッセー!久しぶりじゃな!」

「よー、九重。参拝しにきたぜ」

「うむ!ここの主祭神であらせられる宇迦之御魂大神さまもお喜びになられるに違いないぞ」

 

 九重が満面の笑みを見せる中、その奥から複数のお供の妖狐を伴いながら八坂も現れる。その横には紅葉も一緒に控えていた。

 

「遠路はるばるようお越しになられましたなぁ」

「こちらこそ、いずれあらためてごあいさつをしようと思っていたところですわ。なかなか、都合がつかずじまいでしたから、初詣の折にあいさつをすると」

 

 八坂とリアスが言葉を交わす一方で、紅葉は大一へと近づいてあいさつする。相変わらず満面の笑みが印象的であった。

 

「久しぶりです、大一殿。お変わりはなさそうですな」

「ああ、おかげさまで。紅葉も元気そうで安心したよ。零さんは来ていないのか?」

「わざわざ顔を会わせる必要ないだろと来ていませんな」

「あの人らしいな」

 

 大一の返答に、紅葉は苦笑いしながら肩をすくめる。協力はするものの、彼女が悪魔に対して快くない感情を抱いているのは相変わらずであった。そんな彼女の代わりに、今回は紅葉が八坂達に同行することになったそうだ。

 

「しかし華やかでありますなあ。グレモリー眷属は」

 

 紅葉の視線はリアスを筆頭とした女性陣へと目を向けていた。初詣ということで振り袖姿であり、雅かつ和風な雰囲気が非常に美しさを引き立てていた。もっとも紅葉の視線の先にはギャスパーもいたのだが。

 

「大一殿は着ないので?」

「面倒なだけだしな。一誠や祐斗、ゼノヴィアも動きやすい方がいいって普段着だしな」

「むしろ私はスーツ姿でない大一殿を見たのも久しぶりですな。てっきりまた眷属の使いで来るのかと」

「今日はそっちの方が目立ちかねないし…」

 

 今回の訪問はあいさつを兼ねているものの、あくまで私的な内容であった。さすがの大一も仕事的な要素を持ち込まない分別はついていた。そもそもサーゼクスやグレイフィアはアザゼル達と会合という名の新年会に参加、他のルシファー眷属たちも別場所で酒盛りと揃いも揃って仕事とは無縁の状態であり、大一自身も仲間達と過ごすことが出来ていた。

 一方で頭の中ではディオーグとシャドウが話している。

 

(「シンネン」というのは、なにが特別なのかわからねえな)

『無事に1年超せたという事実がお祝い事なんだよ。年関係なく逃げ回っていた僕は、そんなこと関係ないと思うけど』

(そもそも俺はそういうのがあることを知らなかったな)

『え?西暦とかそういうの知らない?』

(聞いたこともない)

『あー、もしかして封印されていた時期がそれよりも遥かに昔だからか?』

 

 シャドウの発言は、大一にとってもなかなか興味深いものであった。彼と同様に「異界の魔力」を繋がった感覚を抱いたディオーグは、その解明についてひとつの突破口になりえる存在であった。ただ話を何度か振っても、すでに判明している「感知の難しさ」にしか触れず、新たな情報は出てこなかった。そのためシャドウの指摘について判明すれば、新たに分かることがあるかもしれない。

 どうもディオーグについては、まだ不明な部分も多いため追及したい思いはあるのだが、本人が話したがらない上にかつて聞いた過去の話以上の内容が期待できなかった。

 

「赤龍帝殿はモテますな~」

 

 のんびりとした声を上げる紅葉の視線の先には、九重が一誠の片足に甘えるように掴まる姿であった。八坂が一誠を誘惑した言動が原因のようだが、九重の蕩けた雰囲気を見るとその本気度がうかがえる。

 また八坂の話では、九重は来年度に駒王学園へ入学する予定であった。すでに転入手続きは済ませており、リアスも同意している。

 

「いやはや、今後は気軽に会えなくなるのは少し寂しいところです。私もあと30年若ければ、学園にも行けたのですがね」

「お前いくつだよ…」

 

────────────────────────────────────────────

 

 結界が解かれた後、一行は頂上の神社を目指して登っていく。ちょうど中段辺りで降りてくるシトリー眷属と出会った。彼女らも初詣に来ていたようで、すでに4つほど回っていたようだ。

 

「同盟のおかげで神社に行けるようになったのは不思議な感覚だな」

「去年まで私の住んでいた神社で初詣だったものね」

 

 大一のぼやきに、着物姿の朱乃が口に手を当てながら面白そうに答える。元旦は「D×D」に参加しているメンバーやその協力者に限定で京都の観光地が開放されていた。各神社の神からも了承を受けており、親交が深くなったことが改めて証明されたといえるだろう。大一としては、自分が学んできた悪魔の常識がどんどん打ち砕かれていくような想いであった。

 シトリー眷属が神社を回っているのは観光でもあったが、2年生の花戒桃にとっては強い祈願の意味もあった。なんでも彼女は次期生徒会長に立候補するようで、ゼノヴィアと視線を交わしていた。

 

「負けるつもりはないわ、ゼノヴィアさん」

「ああ、桃。こちらこそ、やるからには絶対に勝つ」

 

 互いに強い決意を抱く2人は握手を交わす。シトリー眷属は匙が副会長にも立候補しており、それ以外にも生徒会に引き続き入ることを考えているメンバーもいるため、大きく注目を引くことになりえるのは、ゼノヴィアと花戒の生徒会長争いだろう。

 シトリー眷属と一通り会話をした後、彼らは再び頂上を目指すために歩き始めた。大一の前ではイリナが一誠に対して、「ダーリン」と呼んで困惑させていた。

 

「あいつもいよいよ積極性が増してきたな」

「あらあら、微笑ましいじゃない。私は嫌いじゃないわ」

 

 弟の恋愛事情に疲れた表情を大一はするが、対照的に朱乃は観戦気分で楽しそうに眺めていた。

 実際、イリナの積極性はクリスマスを契機に増しており、最近ではリアスやアーシアにも引けを取らないほど関わりを求めていた。

 

「な、なあ、イリナ。普通にイッセーでいいって。なんか、調子が狂うというか…」

「そ、そんな…イッセーくんがそんなこと言うなんて…っ!私とキスしたのは遊びだったのね!」

 

 わかりやすくショックを受けたイリナから、この人ごみの中で誤解を招きかねない発言が飛び出る。これには一誠も慌てふためいたものの、隣を歩いていたゼノヴィアはやれやれといった様子で言う。

 

「イリナ、キスひとつで恋人気どりするなんて気が早すぎるぞ。リアス前部長やアーシアなんてもっと前にイッセーとキスしているんだからな」

「いいのよ!私とイッセーくんの禁断の愛はこれからも続くの!たとえ、両者の間に壁が生じても愛さえあれば乗り越えられるはずなのよっ!」

 

 目を爛々と輝かせるイリナは天に向かって祈るポーズをしながら答える。ポジティブさにおいては一線を画す彼女の行動に続くようにゼノヴィアやアーシアも祈りのポーズを取る。

 

「そういえば、私もまだ天にお祈りをしていなかったな」

「あ、私もします!」

「「「ああ、主よ」」」

「なんと、異国のお祈りとな!私もしてみるぞ!」

「ほほほ、楽しい方ばかりやね。では、わらわも…」

 

 教会トリオの祈りに九重や八坂まで面白がって真似て行っていた。まだ途中にもかかわらず、すでにカオス的な光景が神社内で繰り広げられていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ようやく頂上の社にたどり着いたオカルト研究部の面々はさっそく参拝をしようとしたが、その前にひとりの人物が猛烈な勢いを感じさせて近づいてきた。

 

「大一ちゃーん!ロスヴァイセちゃーん!明けましておめでとう!」

「「い、生島さんッ!?」」

 

 がっしりとした体を、温かそうなコートに包みながら生島が現れた。大一やロスヴァイセはもちろん、他のメンバーもその存在感に衝撃を受けていた。

 

「本当にラッキー!ここで待っていて良かったわ!」

「どうして生島さんがここに?」

「お友達と旅行で来ていたのよ。そしたら少し前に元士郎ちゃんに会って、もしかしたら大一ちゃん達もここに来るかもって聞いていたの」

「あいつ、わざと黙っていたな…」

 

 匙への小さな苛立ちを感じる大一をよそに、生島はリアスや朱乃にも興奮しながら話す。

 

「リアスちゃんや姫島ちゃんも久しぶり~!ちょっと見ない間に、太陽を超えるほど輝く美人になっちゃって!感動しちゃうわ!着物姿も最の高よ!」

「お久しぶりです。生島さんもお変わりなさそうでなによりです」

「いつも大一がお世話になっていますわ」

 

 リアスと朱乃は最初こそ面食らったものの生島と久しぶりに話に花を咲かせる。この嵐のような光景に一誠達はすっかり鳩が豆鉄砲を食ったような表情で見ていた。一段落ついたところを見計らって、大一は他のメンバーに紹介していた。

 

「俺とロスヴァイセさんの契約相手の生島純さんだ。生島さん、弟の一誠に後輩の祐斗、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、小猫、ギャスパー、レイヴェルです。それでえーっと…」

「あ、紅葉と申します。こちらの親子は八坂様と九重様。大一殿たちとは知り合いでして、京都の案内をしているのですよ」

 

 八坂たちを見て言いよどむ大一に素早く紅葉が助け舟を出す。姿もいつの間にか大人の姿に変化しており、生島は気づいていない様子であった。

 

「あら、ご丁寧にありがとうございます。生島純です。いつも大一ちゃんとロスヴァイセちゃんにはお世話になっています。それにしても美男美女ばかりで驚きだわ~!どうしましょう、大一ちゃん達以外も頼みたくなっちゃう!」

「なあ、兄貴。生島さんっていつもこんな感じなのか?」

「まあ、テンションは高い方だ…」

「あはは、強力ですね」

 

 こっそりと耳打ちをする一誠と祐斗に大一は頷く。多種多様な人物を見てきた彼らも、生島のインパクトは非常に印象的であったようだ。

 そんな生島はロスヴァイセを見て何かを思い立ったのか、彼女の肩に手を置く。

 

「そうだ、ロスヴァイセちゃん。ちょっとだけお話いいかしら?」

「え、ええ…大丈夫です」

「うふふ、短いけど女子トークさせてね。すぐにお返ししまーす」

 

 そのままロスヴァイセを連れて、生島はどこかへと向かっていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 少し人混みが落ち着いている場所までロスヴァイセを連れてきた生島は嬉しそうに彼女に問う。

 

「着物姿、とても可愛いわ~!やっぱり大一ちゃんに見せるため?」

「うえっ!?な、なんで大一くんが出てくるんですかッ!」

「ちょっとちょっと、ロスヴァイセちゃん。私を甘く見すぎじゃないの~?あなたが大一ちゃんを気にしていることなど、お見通しなんだから」

 

 ロスヴァイセが赤面していくのを見て、生島は満足げに微笑む。彼がわざわざ話を持ちかけたのは、彼女の恋愛事情について話しておきたかったからであった。いつもの仕事場ではどうしても大一に聞かれる可能性があったため、この機会を逃すつもりはなかった。

 

「実際、大一ちゃんのことをどう思う?」

「ど、どうって…」

 

 ロスヴァイセはその感情がよく分からなかった。グレモリー眷属になってから特訓や魔法の教授で時間を過ごし、京都では大人の立場として共に動いていた。性格の生真面目さも彼女にとっては気楽に感じられた。だからこそ祖母が来訪する時の彼氏役を最初に頼んでいた。

 ユーグリットの事件で助けられた時は心から安心した。そのあたりを機に彼への見方が少し変わったのは否定できない。敵の手に落ちて皆を傷つけるかもしれないという苦悩を分かち合い、頼って欲しいと言ってくれたことが心から嬉しかった。

 しかしこれを恋愛的な感情かと思えば、確信が持てなかった。信頼と安心、これでは仲間としての意識と大差ないと考えていた。また彼に対して好意を抱くメンバーのこともよく知っていたため、自分の感情が中途半端なものではないかと気にしてしまうほどであった。

 それを察したのか、生島は落ち着きのある深い声で話し出す。

 

「私はね、あなたのことを娘のように大切に思っているわ。だからこそ幸せになって欲しいの。そしてあなたも大一ちゃんも、とてもいい人であることをよく知っている。あなたが本気で彼を好きなのであれば、迷ってはいけないわ。後悔しないで欲しいのよ」

「わ、私なんかよりも、朱乃さんや小猫ちゃんのように魅力的な人達がいますし…」

「悪魔の世界で何を言っているのよ。真面目で頑張り屋なあなたの魅力だって、いっぱいあるじゃないの。もっと自信を持ちなさい。私は応援しているわ」

「どうして生島さんはそこまで気にしてくれるんですか?」

「言ったでしょう。あなたを娘のように思っているの」

 

 生島の声は穏やかで優しさに溢れていた。その温かみを感じる彼女であったが、同時にわずかに震えているようにも聞こえ、感極まった印象も抱かせたが、その理由はロスヴァイセには分からなかった。

 

「ごめんなさいね。いきなりこんな話をしちゃって。でもこの前からどうしても伝えたかったの。本気で困ったら相談して、頼ってちょうだい」

「生島さん…いつもお気遣いありがとうございます。失礼します」

 

 丁寧にお礼をしたロスヴァイセは仲間達のところへと戻っていった。そんな真面目な彼女を見送りながら、生島は思いに耽りコートのポケットからあるものを取り出そうとしたが…。

 

「…あら?どこにいったかしら?」

 

────────────────────────────────────────────

 

 かなりの人ごみのおかげで、ロスヴァイセは皆をすぐに見つけることが出来なかった。合流は難しそうかと思った彼女であったが、間もなく先ほど話題にも挙げていた男の姿を確認した。

 人混みをかき分けてロスヴァイセは合流したが、彼はまったく気づいていない様子で片手に持っていた小さな写真に目を向けていた。

 

「あ、あの、大一くん。リアスさん達は…?」

「…えっ?あ、ロスヴァイセさん。戻ったんですね。人増えてきて合流するのが難しそうだったので、俺が残ったんです。自分の身長ならまだ目立ちますし」

「ごめんなさい、遅れてしまって」

「いえ、気にしないでください」

 

 顔を上げて答える大一の態度はどこか上の空のような雰囲気であった。淡々としており、どこか別のところに意識が飛んでいるかのようであった。

 

「…ロスヴァイセさん、申し訳ないのですがお願いしたいことがあるんです」

「なんでしょう?」

 

 ロスヴァイセの問いに彼は持っていた小さな写真を差し出す。

 

「この写真、さっき生島さんが落としていたんです。この人混みでまた合流するのは難しいので、今度会った時に渡してくれませんか。俺じゃなくてあなたが拾ったことにした上で」

「え?でも、それだったら大一くんでも…」

「ちょっといろいろありまして…お願いします」

 

 ハイライトが消えたような目をした大一が差し出してきた写真を、ロスヴァイセは受け取る。そこには今よりも少し若い生島と、中学生くらいの少年が恥ずかしそうな笑みを浮かべながら映っていた。

 




では、そろそろこの過去にも向き合ってもらいましょう。


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第173話 罪悪感

相手が教会ともなれば、こんな関係があってもおかしくないような気がします。


 3学期が始まると、多くの変化が訪れていた。3年生は自由登校となり、後輩たちは次の年度の準備に奔走する。新たなスタートを切るオカルト研究部は、次年度の方針決めを中心に、アーシア部長を筆頭として準備を進めていく予定であった。部員についても、すでにルフェイやベンニーアが来年の1年生として入部予定のため、尚のこと必要なことであった。

 またゼノヴィアとイリナは、生徒会長の選挙活動に力を注いでいた。去年の暮れに彼女の正体を知ったクラスメートの桐生の助けもあり、その本気度が窺える光景であった。

 しかし学園生活を堪能するだけともいかないのが現実であった。この日、部室に元も含めたオカルト研究部と生徒会メンバーが集められると、アザゼルが渋い表情で話し始めた。

 

「新学期早々で悪いんだが、あまりよくないニュースだ。ま、最悪ってほどでもないんだが、お前らの耳には入れておいた方がいい。教会側の一部信者───主に所属していた戦士たちがクーデターを起こしたのは去年の暮にも話したな」

 

 アザゼルの言葉にメンバーは頷く。悪魔や堕天使と敵対しないことを伝達されたことで、多くの教会の戦士たちが不満を抱えて生きていた。イリナのように割り切れる者もいたが、一方で悪魔や堕天使に並々ならぬ激情を抱いている者もいる。彼らの我慢が限界に達した結果、クーデターを発生することに繋がった。

 

「実は大半が収拾してきてな。大勢がすでに捕らえられている。だがクーデターの首謀者とされる大物3名は逃亡中だ。いまだ多くの戦士がそれに付き従っている。司教枢機卿であるテオドロ・レグレンツィ猊下、司祭枢機卿であるヴァスコ・ストラーダ猊下、そして助祭枢機卿であるエヴァルド・クリスタルディ猊下です」

「…名前を聞いたことのある者たちばかりね」

 

 リアスが顎を撫でながら唸るのと同時に、大一の中では陽炎のように揺らめいた感覚が走る。3人ともトップである教皇に準ずるレベルの権力者であり、それ以上に武勲を上げたメンバーでもあった。

 筆頭となるストラーダはデュランダルの前所有者であり、御年87にもなる高齢の身でありながら、生ける伝説と呼ばれるほどその実力は健在であった。実際、第二次世界大戦の際にはコカビエルとも戦い、彼ほどの堕天使を追い詰めた実績がある。

 クリスタルディもエクスカリバーの前所有者で、現役時代には3本同時に扱っていた。理論上では6本すべて使うことが可能と思われており、その技術は研鑽を続けられている。

 そして3人の中で地位がトップであるレグレンツィは最年少でありながら、司教枢機卿にまで上り詰めており、若いながらもずば抜けた才覚を誇っていた。

 この3人と付き従う戦士たちが逃亡中であったが、捕らえた戦士から事情を聴いたところこの町を目的としていることが判明された。アザゼルとしては、3大同盟の核たる象徴である「D×D」への邂逅を望んでいることを想像していた。もちろん、このまま穏便に終わるなど誰も思っていなかったが。

 

「ま、そこまで気を張るな。今回は血なまぐさくはならないだろうよ。実際、ヴァチカンで起こったクーデターも怪我人は出たものの、死者までは出ていない。転生天使たちも躍起になって止めてくれたそうだからな。今回はあくまで存在意義に苦悩した戦士たちの不満が爆発した結果だ」

「…ですが、戦いになる場合も想定して当然でしょう。こちらも極力命の奪い合いをしないよう心がけますが、何が起こるかわからないのが現状です。…この状況下でテロリストの横やりもあるかもしれませんしね」

「用心にこしたことがないのはソーナの言う通りだ。噂じゃ、事の始まりはリゼヴィムの野郎が教会上層部を煽ったのが原因とも言われているからな。あの男は扇動の鬼才だ。加えて、敵の陣営には上位クラスの天使だっているんだ。尚のこと、やりやすかっただろうよ」

 

 アザゼルは肩をすくめて答える。結局のところ、今回の一件もクリフォトが大きく関係していた。混乱をもたらすことに定評のある男に加え、先日の戦闘で判明したブルードことハニエルの存在が教会のクーデターを決定づけさせたのは想像に難くなかった。

 とはいえ、アザゼルはこの一件すらもひとつの機会として捉えている節があった。

 

「ゼノヴィア、イリナ、木場、聖剣に関わる者としては先達を乗り越えてこそだ。もし、そうなったとき、お前らは全力で超えてみせろ。『D×D』に名を連ねる以上、それができてこそあくどい連中への切り札となる」

「…先達を超える、か」

 

 アザゼルの言葉に、ゼノヴィアは思慮深く呟く。その言葉が彼女にとって、何を思わせたのか、その真実に気づく者は本人以外にいなかった。

 

「各自、教会クーデター組もそうだが、クリフォト相手にも警戒は怠るなよ」

 

 この一言で緊急の報告会は終わりを告げた。聖剣に関わる者たちが強く想いを馳せる一方で、それに勝るとも劣らないほど大一は考えを巡らしていた。教会のメンバーを聞いたときに、シャドウによる黒い感覚が揺らいだことが彼の心に楔を打ち込んでいた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の深夜、兵藤家地下にある屋内プールにはオカルト研究部メンバー、デュリオ、グリゼルダ、ヴァ―リチーム、幾瀬鳶雄が集まっていた。なんでも一誠とリアスが新たな技を考案しており、それにあたりヴァ―リのサポートも入れながら完成へとこぎつけていた。

 その力を見せ終えた後、鎧姿の一誠と全身にオーラを纏わせたリアスが立っていた。溢れ出る力の余波はプールに凄まじい水しぶきを上げさせており、彼らの合体技の力強さを物語っていた。

 技の練習が終わると、そのまま一行はプールでブレイクタイムとなるが、大一は椅子に座って静かに目を閉じていた。傍から見れば、このまま眠り込んでしまうような姿であったが、実際のところは頭の中で2つの意識と話していた。

 

(なあ、シャドウ。今日の話で出ていた3人の教会の戦士について何か知っているのか?)

『別に…そんな特別なことではないよ』

(うざってえな。その名前を聞いたとき、お前の感情のブレを俺も小僧も感じ取ったぞ。それどころか、いつものお前ならさっきのエロ弟と赤髪女の合体技にも文句を言ってそうなところ、まるで眼中になく無反応だ。そこまで知られているのに、ごまかす必要はないだろうが)

 

 ディオーグが苛立ちを隠さずに、体があろうものなら歯を鳴らしているような雰囲気で話す。

 

『…レグレンツィは知らないが、ストラーダとクリスタルディはちょっと面倒なんだよ。昔、戦ったことがあるからね』

(なんだ、その実力にビビっているということか?)

『まあ、それもあるな。あの2人は本当におかしい。人の身でありながら、その実力は人間離れしているよ』

(面白いじゃねえか。そういう奴ほど実力は肌で感じたいものだ)

 

 獲物を狙う猛獣のような印象を受けるディオーグの声は驚いていた。戦いを渇望する彼はシャドウの不安とは真反対の方向へと突き進んでいる様子であった。

 しかし大一はシャドウの不安がこれだけだとは思えず、さらに言及する。

 

(本当にそれだけか?俺はどうもそれ以外にもあるように思ったんだが)

『…あいつら自身と直接のかかわりはない。ただ昔に憑りついた奴が、彼らの部下だったんだ』

 

 シャドウの言葉に、大一は合点がいく。ストラーダとクリスタルディの部下となれば、彼らが戦ったのはその無念を晴らす為だったかもしれない。もっと言えば、彼らに付き従っている戦士となれば、その憑りついた人間と知り合いがいてもおかしくないだろう。要するに、シャドウは彼らにとって恨みの対象であるということだ。

 シャドウの言葉に、ディオーグは意外そうに言う。

 

(お前にも後悔なんてあるのか)

『後悔なんてしていない!僕を勝手に捨てた天界に仕える教会だ。恨みしかない!』

 

 きっぱりと言い切るシャドウであったが、一拍置くと疲れたように話を続ける。

 

『ただ奴らの気持ちを…受け止められるかが不安なんだ』

 

 シャドウとしてもどうしてこんな感情を抱くのか、わからなかった。復讐として多くの勢力で混乱を引き起こしてきた。自分の力を証明するために多くの生物に憑りついてきた。それに後悔を感じたことは無かった。

 しかし今はどうしようもなく教会の戦士と邂逅することに、言葉に出来ない不安を感じていた。彼らが自分に抱く恨み、怒り、悲しみ…それらを受けられるかが不安であり、同時にモヤモヤとした黒い塊が己を蝕んでいくような気がした。頭の中に「罪悪感」という言葉が生まれたが、シャドウはそれをすぐに振り払おうとした。それでも雁字搦めのように全身にまとわりついているような気がした。

 

(ひねくれた性格の割には、真面目なことを考えやがって。面倒な野郎だ。過ぎ去ったことをうじうじと考えて、何の得もないだろうが)

『そ、そうかもしれないが…』

 

 ディオーグの指摘に、シャドウは言いよどむ。いつもであれば、シャドウに対して支えのひとつでも出せる大一であったが、この時は異常なほど舌が重く感じ、背筋に悪寒が走るような気分であった。

 

(影野郎も小僧もちょっとは強くなったかと思えばこれだ。情けねえ)

(俺は何も…)

(他の奴らを騙せても、俺を騙せると思うなよ。ついこの前に、妖怪どもと会った時からお前の様子がおかしいのはわかる。特訓中の動きのずれが酷いんだよ)

 

 ディオーグの言葉は正しかった。元日に京都から帰ってから、大一の動きは本人でも気づかないほど微細でありながら、確実にずれていた。本人が感じた不安が、間違いなく表に出ていたのであった。

 大一が強い不安を抱いたのは、生島が落とした写真を見てからであった。それを見た時、彼は自分の身体と頭の中身が混沌に陥ったような錯覚を抱いた。今よりも若い姿の生島と共に映っていたひとりの少年…それは彼が忘れずに後悔の念を抱いていた友達の顔であったのだ。

 

(なぜ気づかなかったんだ…)

 

 大一は苦々しく自答する。生島正、彼が悪魔になるきっかけの要因となった友人であった。自分よりも先にはぐれ悪魔に食われて、その翌日に彼の顔を持ったそのはぐれ悪魔の顔に錨を振り下ろした。

 そしてリアスの眷属となった彼が契約した相手が、生島純であった。強烈なインパクトを与える彼であったが、思いやりと力強さに溢れている男で、自分には勿体ないほど素晴らしい契約相手であった。

 2人とも同じ名字で、3年以上の付き合いがあるにもかかわらず、大一はその関係性に気づくことが出来なかった。純の方は息子の死に大一が関わっていることを知っているのだろうか。知っていようがいまいが、心から謝罪を彼に行うべきではないだろうか。「仕方ない」などという言葉で片付けるにはあまりにも重い現実に感じた。

 

「大一、大丈夫?」

 

 声が聞こえた大一はゆっくりと目を開けると、声の主へと視線を向ける。布面積少なめの水着姿の朱乃がその過激かつ艶っぽい恰好とは対照的に、心配そうな表情で彼に目を向けていた。

 

「大丈夫だよ。ちょっと疲れているな」

「でしたら、もう休む?あまり無理してはいけないわ」

「ありがたいが、朱乃はいいのか?」

 

 大一の視線の先には、わかりやすいほど興奮している一誠にオイル塗りをしてもらっているリアスの姿があった。屋内であるためオイル塗りなど必要ないのだが、スキンシップを狙って彼女は恋人に頼んでいた。これについてイリナやレイヴェルも羨ましがり、一緒に参加しようとしていた。

 そして朱乃の手には同様のものが握られており、何を期待しているかは明白であった。

 

「あなたの体調の方が大切よ」

「スタミナには自信がある。それよりも大切な人との時間だ。それに半年前のプール開きではなんだかんだで断ってしまったからな」

「らしくない台詞なんだから…でも嬉しいわ」

 

 にっこりと微笑む朱乃は、大一の手を取ると握ると誘導するように優しく引く。そしてプールサイドに敷いてあるマットに横になると甘えるような声を出す。

 

「じゃあ…お願い」

「了解」

 

 大一は小さく頷いて彼女の体にオイルを塗り始める。柔らかい肌は彼に一種の緊張をもたらしたが、それ以上に愛する人と触れ合っている事実が彼に幸せをもたらしていた。

 同時にあまりにも幸せであると感じること自体に、罪悪感を抱いていた。友達が襲われたときに自分が助けられることができていれば、生島正は今も生きて彼以上の幸せを享受していた。生島純は息子を失った悲しみを味わわずに、家族との生活を満喫していた。

 自分の無力さがあの親子の幸せを奪い、悪魔となってからも会い続けてその悲しみを引きずらせていたと思うと、大一は己の幸せを感じるほど心が締め付けられるような想いであった。

 そんな想いをよそに、黒歌と小猫も彼の下にやって来る。

 

「お?いいことやっているにゃん♪次は私にもして欲しいな~」

「姉様、抜け駆けはダメです。先輩、次は私に泳ぎを教えてください。オ、オイル塗りも…!」

「我が妹はいつの間にかムッツリスケベになっているわね」

「まだ私が終わっていませんわ。ねえ、大一…」

「…ああ、わかっている」

 

 大一の陰に満ちた感情は、理性によって丁寧に包まれていた。仲間達に相談せず、支えると約束してくれた彼女にも吐き出さず、己の問題として決着をつけようとしていた。自分なんかのために他人を巻き込むことを嫌い、いつもの自分を振る舞うように強く意識していた。もっともその感情は危うく、破滅的な方向へと向きかけていた。

 

(…俺なんかが幸せになっていいのかな)

 

 彼の変化について察していたのは、中にいる龍と神器であった。しかし変化のきっかけに関わったロスヴァイセも疑いを持ち始め、心配そうに彼を見守っていた。

 




もうディオーグに頑張ってもらうしかないですかね…。


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第174話 望むこと

長くなりましたが、区切りの良いところまでいきます。


 翌日の早朝、大一はひとりで魔法陣部屋に赴いていた。まだ誰も起きておらず、彼は普段は朝のトレーニングに励んでいる時刻であったが、この日はルシファー眷属が集まっていた。と言っても魔法陣越しであるが。

 出かかったあくびを噛み殺しながら、大一は魔法陣の出現先を指定されたサーゼクスの仕事部屋へと設定し、魔力を流し込む。間もなく、彼は半透明の姿で目的の場所へと出現した。

 

「兵藤大一、ただいま参りました。おはようございます」

『おはよう、大一くん。あとはセカンドとベオウルフだけだな…』

 

 疲れた様子でサーゼクスは部屋にある壁掛けの時計を見る。その隣に控えているグレイフィアは毅然とした態度で、彼のためにお茶を用意していた。

集まったメンバーは早朝であることもあってか、少し疲れているような印象を受けた。中でもマグレガーがずば抜けており、クリフォトの件でトライヘキサの術式調査にあたっていたため、いつもの優美さは鳴りを潜めている印象であった。映像越しにも分かるほど、ひどいくまは以前の大一にも劣らない。

 目をこすったり、あくびをしたりと各々が疲労や眠気と戦っている中、間もなくセカンドとベオウルフも現れた。2人も健康とは程遠く、覇気が感じられない。

 

『これで全員集まったね。疲れているところに申し訳ない。直接、伝えておくべきだと思ってね』

『サーゼクス様、前置きはいいですから早々に終わらせましょう』

『ん、グレイフィアの言う通りだ。私含めて日ごろの激務による休息は必要だからね。まずクリフォトの件についてだ。アザゼルがシヴァに接触して、動いてもらうことを取り付けた』

 

 クリフォトがトライヘキサを復活させ、リゼヴィムを筆頭に大暴れするという最悪の展開を迎えた場合、いざという時のために三大勢力のトップは保険を考えていた。それが破壊神シヴァへの打診であった。その実力は絶大であり、グレートレッドやオーフィスにも比肩し、トライヘキサにも対抗しうる可能性を持つ彼に協力を要請したのであった。そして彼は同盟からの情報と条件を受けて、最悪の結果が迎えられる時のみ動くことを約束したのだという。なんとも早朝にしては重く感じる内容であった。

 ルシファー眷属はこれに対して、誰も声を上げなかった。シヴァの存在とその関係性は理解していたため、ギリギリまで協力しないことについて文句など出るわけが無かった。むしろ協力まで漕ぎつけたことに、ただ感心していた。

 

『無論、その状況を迎えるわけにはいかない。先日はリゼヴィムに手痛いダメージを与えられたと聞くし、邪龍の動きも考えれば敵の動きは少しずつだが削れている。このままシヴァの協力を借りずに済むなら、それに越したことは無い。キミらにも一層の協力を求めたい』

 

 ルシファー眷属は一斉に頷く。今更、この責任を避けようと考えるメンバーはここにいなかった。

 

『さてもうひとつの話は、クリフォトにいる「異界の魔力」を持つメンバーについてだ。先日の事件で、一部メンバーが判明したが追加情報がある。ハニエルの件は聞いているだろうが、もうひとりの人物について関係のありそうな事件があったんだ』

『例の岩男か…』

 

 セカンドがぼそりと呟くのに、サーゼクスは軽く頷く。ルシファー眷属内でも大一が関わっているだけあって、「異界の魔力」関連については周知されていた。

 サーゼクスは机に置かれてある資料の束に触れる。

 

『旧魔王の時代にひとつの研究がされていたんだ。その中に別の生命に変化させるというものがあった。一部の研究者だけで進められていたようだ。大一くん、たしか彼には悪魔の魔力の感覚もあると話していたね』

「ええ、私が正体に迷った要因でもあります。…ちょっと待ってください。まさか変化させるって悪魔をゴグマゴグにしようとしていたのですか?」

『実際は悪魔以外にも様々な存在に対して、実験を行っていたみたいだ。お世辞にも人道的な内容ではない』

 

 サーゼクスの渋い表情から、実験の内容は彼の言葉以上に非情であることが想像された。

 

『研究は不意の事故によって頓挫。しかしそこに生き残りがいてもおかしくないはずだ』

『…気分が良いものでは無いスね』

『まあ、「悪魔の駒」だって悪魔に転生するんだから似たようなものだろうよ』

『セカンドの言うことも一理あります。こういう残酷なことの積み重ねが今を体現しているのもあるのでしょう』

 

 ベオウルフの言葉に、セカンドは達観したように言い、マグレガーは鋭く追及する。自分よりも遥かに長く生き、経験を積んでいた悪魔達の価値観は、何度も目の当たりにしてきた大一としても複雑になってしまう。そのように割り切れたら今のしがらみからも抜けられるのだろうか。

 

『そういう意味では、この研究の生き残りは「はみ出し者」とも言えると思う。ハニエルも戦争時代は何度かミカエルと意見の食い違いがあったと聞くし、そういったメンバーが集まる「異界の地」には何かあると思うんだ』

 

 サーゼクスはちらりと視線を大一に向けて、意見を求めてきた。これに対して、大一は考え込むように顎に手を当てながら、これまでの接敵時の状況を思い出していった。

 

「以前、アウロス学園の襲撃を受けた際にアリッサという女性に助けられたことは報告しましたよね。その時に敵のひとりが、彼女を勧誘してそれを断ったことを話していました。彼女が現在クリフォトと敵対関係にあるのを踏まえると、その住処である『異界の地』がクリフォトの拠点とは思えません。ですから、私としてはあの地で暮らしていたメンバーを、敵が勧誘したのだと思います」

『正体に関してはいまだ不明。しかし大一殿が1度だけ行った経緯も踏まえれば、ありえることでしょう』

 

 横で炎駒が大一の考えを補強するように助け船を出す。正直なところ、他のメンバーもこれ以上の結論は出ると思っていないため、長く議論する気力は無かった。

 サーゼクスは少し考えるように目を閉じてうんうんと頷くと、仲間達を見渡して話す。

 

『クリフォトの中でも邪龍とは別に厄介な敵たちだ。また何か分かったことあれば共有したい。頼んだよ』

『了解』

『さてだいぶ話を割愛したが、それでも時間は経ったね。これでお開きだ。暖かいベッドに向かおうじゃないか』

『私とバハムートはまだ仕事があるんですけどね』

 

 苦笑い気味に答える総司と従うように頷くバハムートの姿が消えていく。他のメンバーも次々と通信を終えて消えていった。

 最後に残った大一は通信を切ろうとするが、それをサーゼクスが手を上げて待ったをかける。

 

『大一くん、少しだけ待って欲しい。まだ勘案事項ではあるのだが、私はキミをそろそろ正式なルシファー眷属として発表しようと考えているんだ』

 

 この言葉に、大一は冷水をぶちまけられたかのように目が覚める想いであった。なるべく動揺しないことを意識しながら答える。

 

「サーゼクス様、それはいけません。ルシファー眷属は特別なもの。下級悪魔の私では、冥界に示しがつかないじゃないですか。一誠のような名声や実績だって…」

『一部のお偉方は騒ぐだろうが、キミの実績と実力を踏まえれば十分だと思う。ユーグリットのことだって、我々が動けない代わりに誤解を解いてくれたんだから』

「し、しかし…」

 

 大一は助けを求めるようにグレイフィアを見る。彼女は小さく咳払いをすると、ゆっくりと頷く。

 

『私は賛成です。あなたのおかげで助かりましたから。それに白状しますと、この件を提案したのは私です』

「グ、グレイフィア様が…!?」

『意外だろう?私も相談を持ち掛けられた時は驚いた。いずれにしても、キミに負担の無いようにしたい。しかし同時にキミのような素晴らしい眷属を、このまま埋もれたままにするのも心苦しい。まだ勘案事項だからゆっくり考えて欲しい』

「…わかりました。出来るだけ早くお返事をしたいと思います。失礼します」

 

 大一はぐっと頭を下げ、通信を切る。残った彼の感情は溶けかかったアイスクリームのようにドロドロとしていた。

 自分が認められている、それを実感したことは非常に嬉しかった。がむしゃらに鍛え、研鑽を積んできたことが実を結ぶ直前まで来たような気がした。半年以上前に己の無力感を何度も呪ったあの頃とは大きな違いであった。

 しかしそれを心から受け入れられない。そんな資格は自分には無い。幸せを享受することが出来なかったのだ。そのように考える理由には気づいていても、彼は意を決して行動に移すことが出来なかった。

 

「…トレーニングするか」

(やめておけ。戻って女と共に寝てろ)

「なんだ、今日は優しいじゃないか」

(てめえも影野郎もそんな状態で鍛えたところで得もねえからな)

 

 ディオーグの威圧的かつ呆れたような声を聞きながら、大一は重い罪悪感を背負ったまま部屋に戻っていった。

 

(また迷っていやがるが…まあ、それでいい。迷いに衝突し、それを乗り越えるほどお前はもっと強くなるんだからよ)

 

────────────────────────────────────────────

 

 ほぼ同時刻、ロスヴァイセは自室で電話をかけていた。相手は祖国にいるゲンドゥルであり、彼女の心にひっかかる心情を吐露していた。

 

『大一さんがねえ…』

「お正月に生島さんと会ってから、どうも様子がおかしいんだ。表面上は取り繕ってるけど、わたすが頼まれたことを思うと何かあったとしか…おばあちゃん、どう思う?」

『私に聞くんじゃなくて、本人やリアスさん達に聞くべきでしょうが』

「で、でも、隠しているような感じしたし…」

 

 祖母のピシャリとした言葉に、電話越しでありながらロスヴァイセは縮こまるように言いよどむ。彼女がゲンドゥルに持ちかけていた相談は、正月からいつもの様子ではない大一のことであった。一見いつもの彼ではあったが、よく観察すると考えに耽っている姿が見られていた。なによりも生島の落とした写真を代わりに渡してほしいと言った時の大一の驚愕と絶望の入り混じった表情が忘れられなかった。

 

『生島さんにはどうした?』

「私が写真を拾ったことにして、後で渡したよ。すごく安心していた。よっぽど大事な写真だったんだと思う」

『ふーむ、もしかしたら、大一さんに拾われていなかったことの安心かもね』

「…大一くんが生島さんと確執あるなんて信じらんね」

 

 悪魔になってから彼らとは何度も仕事をしていたが、その関係性は揺るがないものだと感じていた。互いの信頼を近いところで目の当たりにしてきた彼女にとって、今更2人とも後ろめたいことがあると思えなかったのだ。

 ただそれがきっかけで関係性が大きく崩れる可能性があるのならば…

 

『あんたは力になりたいんだろ?』

「…うん。2人とも私にとって大切な恩人だ」

 

 ロスヴァイセはきっぱりと言い放つ。自分のことを気にかけ、悪魔について教えてくれた。自信を与え、危機に陥っていた自分を心と共に救ってくれた。大一と生島は、彼女にとって悪魔になってから大切な人たちであり、多くの物をくれた。それゆえに彼女は、今度は自分が力になりたいと強く思っていた。

 彼女の願いを汲み取ったゲンドゥルはふっと笑いをこぼすと、聞くものを安心させるような声色で話す。

 

『思ったとおりに行動すればいい。あの人たちのためにやったことは、絶対に無駄にならないさ』

 

 具体的な内容ではなく、当たり障りのないアドバイスであった。それでもロスヴァイセには、祖母が自分の背中を押してくれることをしっかりと感じ取っていた。そして彼女自身、すでに頭の中で考えていたことを実行する決意をするのであった。

 

「…ありがとう、おばあちゃん」

『大切な孫娘の恋なんだ。アドバイスのひとつやふたつ出すよ』

「ななななな、なにを言ってるだ!」

『少なくともあの人には安心して預けられると思っているよ。あんたも大一さんも、真面目で不器用で、似ているところがあるだろう』

「大一くんは付き合っている人がいるんだよ!?」

『悪魔なら問題ないのだろう。まったく、自信を持ちなって前にも言ったじゃないの』

 

 声も上げられない恥ずかしさを感じながらロスヴァイセは身体を落ち着きなく動かす。電話の向こうでは、祖母が全てを見透かしているかのような笑みを浮かべているような気がした。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の放課後、引退した3年生も含めたオカルト研究部は隣町のたい焼き屋に来ていた。まだまだ寒さが際立つ中で、湯気の立つ温かさはより味わい深く感じた。リアスやレイヴェル、小猫がスイーツ談議に花咲かせる中、大一の頭の中では甘いものということでディオーグが非常に騒がしかった。

 

(これも美味いなあ!やわらかい生地に餡子とカスタードが合う!もっと食おうぜ!)

『ちょっと食レポが詳しくなっている気がするね…』

(まあ、食の楽しみを知ったのならいいと思うよ)

 

 大一はたい焼きを味わいながら答える。いまだに戦いに渇望こそしているものの、ディオーグがそれ以外の楽しみも見つけていることには不思議と喜ばしく感じた。

 だがその感情は長く続かなかった。ディオーグも大一もたい焼きを味わうことなく、油断なく周囲に警戒を抱くのであった。

 

(…何か来た)

 

 彼が無理やりたい焼きの残りを飲み込むのとほぼ同時に、他のメンバーも強烈なプレッシャーを感じた。強い戦意が当てられているのを感じる中、彼らはすぐに陣形を組んだ。

 その感覚の正体を見つけるのに苦労しなかった。大一と小猫が感知した方向を見ると、祭服をまとった白髪の巨漢が立っていた。しわだらけの顔は年齢を感じさせたが、身体は服の上からでも分かるほど筋肉がついており、顔とのギャップが凄まじく感じた。

 

「Buon giorno、悪魔の子らよ」

『ストラーダ…!』

 

 シャドウの言葉が頭に響いた瞬間、白髪の男性の姿が音も無く消える。大一はすぐさま背後に向かって魔力で強化した裏拳を放つと、余裕の表情で陣形の真ん中に現れたストラーダはそれを片手で受け止めた。

 

「勘が良いな、影を持つ少年よ」

「俺も魔力で強化した腕を防がれて驚いているよ…!」

 

 すぐに一行は距離を取って構えるが、相手は破顔させるだけであり野太い声で話した。

 

「私はヴァチカンから来たヴァスコ・ストラーダというものだ」

 

 ストラーダの圧倒的なプレッシャーに彼らは動きが取れなかった。彼の戦士としての実力がひしひしと伝わる中、当の本人はゼノヴィアへと視線を向ける。

 

「戦士ゼノヴィアよ。悪魔になったそうだな?」

「…ストラーダ猊下、お久しぶりです」

 

 常に大胆不敵に振舞うゼノヴィアが、彼を前にして脂汗だらけであった。その緊張感は今まで見てきた彼女からは想像もできないほどだろう。

 ストラーダは懐から封筒を取り出すと、それをリアスに渡す。

 

「これを渡しにきたのだ」

「…こ、これは…?」

「挑戦状だ。私たちは貴殿らに挑戦状を叩きつけようと思う」

 

 豪胆さを前面に押し出したこの言葉に、全員が顔を強張らせた。首謀者単独のこの行動に、リアスは怒りを露わにする。

 

「冗談ではないわ。今がどういう状況だか、わかっているの?いくら、教会の上役だとしても───」

「魔王の妹よ。若いな、若すぎる」

 

 このストラーダの反応に、一誠はリアスを守るように彼女の前に立つ。相手の実力を垣間見たところで引き下がる理由は彼には無かった。

 

「…この人には触れさせないぜ、あんたが何者であってもな!」

「…いい目だ、悪魔の子よ。───さあ、レグレンツィ猊下。宣言をお任せ致します」

 

 ストラーダの言葉と共にひとりの少年がどこからともなく現れる。年齢はかなり若く、せいぜい12歳前後であるが、ストラーダ同様の祭服を身にまとっている。彼こそ、クーデターの首謀者の一人テオドロ・レグレンツィであった。

 

「私は…エクソシストの権利と主張を守る!そなたらがたとえ『良い』悪魔であろうとも、祓わなければならない邪悪と悪魔と吸血鬼もいるのだ!彼らから一方的に悪を断罪する役目を奪うなど…納得できない!それがたとえ、主や大天使ミカエル様の意志に反していたとしても…これだけは、これだけは納得できないのだ!」

 

 レグレンツィの強い意志のこもった言葉と共に、大一たちは多数の教会の戦士たちが取り囲んだ。祭服を纏う者、ゼノヴィアやイリナのようなボディスーツを着る者、フリードやジークフリートのように白髪の者と多様なエクソシストや戦士がいたが、彼らに共通するのは「悪」への戦意であった。大一も肌に刺すような戦意を感じ、同時にシャドウの動揺が体中に伝わっていた。

 一方で、ゼノヴィアはデュランダルを取り出すとストラーダへと切っ先を向ける。

 

「…ストラーダ猊下」

「戦士ゼノヴィア。デュランダルは使いこなせているかね?」

 

 この言葉を皮切りにゼノヴィアが動き出す。エクス・デュランダルの破壊に満ちたオーラを纏った刃が、ストラーダに向かって真っすぐに振り下ろされるが、なんと彼はそれを避けるどころか真正面から指1本でこの攻撃を防いでいた。

 

「まだまだのようだ」

「ゼノヴィア!猊下、失礼を承知でいきます!」

 

 親友のピンチにイリナは天使の翼を展開すると、高速で一気に距離を詰めていく。握る聖剣オートクレールの力から彼女の本気が窺えたが、今度は彼女の攻撃を別の中年男性が聖剣で防いだ。

 

「クリスタルディ先生っ!」

「…戦士イリナよ、視野を狭めてはいけないな」

 

 エヴァルド・クリスタルディはイリナを押し返すと、ふっと息を吐く。ストラーダも見せたその余裕の表情は、彼の経験値の高さを物語っていた。

 そして彼の登場に、祐斗も勝負を仕掛ける。

 

「元エクスカリバーの使い手…ッ!勝負ッ!」

 

 祐斗は神速で、得意の高速戦闘を仕掛けていく。隙の無さとスピードには定評のある彼であったが、クリスタルディはそれをものともせずに、体捌きだけで彼の斬撃を防いでいった。祐斗は高速移動による分身も交えて斬りかかるが、それすらも相手の身体に届かなかった。

 

「聖魔剣か。キミが噂の聖剣計画の生き残りだな?いい波動だ。しかし、私をフリードのような下の下と比べてもらっても困るぞ?」

 

 何度も斬りかかっている祐斗に対して、クリスタルディは一撃振り下ろすだけで彼を地面へと叩きのめした。その一撃も油断ならず、余波によって道路にクレーターが出来るほどであった。

 

「木場、ゼノヴィア、イリナっ!」

 

 圧倒的な実力差によって、3人の剣士が倒れていくのを見た一誠が悲痛な声を上げる。意を決してリアスと共に一歩前に出ようとするが、その前に大一が素早く伸ばした黒い影の腕で3人を掴むと、すぐに近くへと引き寄せた。

 その瞬間、周りを囲む一部の戦士から暗い憎しみの念を向けられたが、大一はそれに構おうとしなかった。

 そしてほぼ同時に、ストラーダ制止させるように手を向ける。

 

「グレモリーの姫君、私たちは戦争をしにきたのではない。最後の訴えをしにきたのだ。それだけはわかってもらいたい」

「…なら、お互いに矛を収めた方がいいでしょうね」

 

 音も無く去っていく教会の戦士たちを確認して、リアスも応じるように足を止める。残った首謀者3人は踵を返していった。

 

「───再び見えよう。若き戦士たちよ」

 




ついに出ました、ストラーダさん。この人、もはやバグのレベルでしょう…。


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第175話 夜の話し合い

本当にメンタルが段階的にしか成長しないな、オリ主。


 夜、兵藤家のVIPルームに「D×D」のメンバーが集まっていた。オカルト研究部、生徒会、グリゼルダ、デュリオがその場に集い、通信用魔法陣に投影されるミカエルの立体映像を前に放課後の一件を話していた。

 

『申し訳ありません。立て続けにこちらの関与する事件に巻き込んでしまって…。彼らの要求は「D×D」との一戦です。特に駒王町に住まうあなた方との一戦を所望しているのです』

「どうして俺達と…?」

「この地は各勢力同士で行っている同名のスタート地点になった場所だ。あいつらにとっちゃ何よりも複雑な思いのところだろうよ。んで、お前たちはその事件にもろに関わった。逆恨みにも近いが、それでも奴らにとってみれば『D×D』ってのは、複雑極まりなく、また憎々しい相手に違いない」

 

 一誠の問いにアザゼルが答える。悪魔を滅するために戦うエクソシストに対して、あらゆるメンバーが集う「D×D」はその存在意義に一石を投じるものであった。

 グリゼルダやイリナの話では、今回のクーデターに加担した大半が悪魔や吸血鬼によって大切な人を失ったり、人生を狂わされた者ばかりであった。三大同盟が締結されることにもっとも異を唱えていたのも彼らであり、その確執がいかに複雑なものかは明白だろう。大一自身、シャドウを発動した際に周囲の戦士から向けられた敵意によって、それを肌で感じていた。

 

「今回の事件は、正直言って内輪もめだ。サイラオーグとシークヴァイラも呼びたいところだが、あいつらも自分の持ち場を守る役目がある。クリフォト相手ならいざ知らず、これに大王家、大公家の次期当主を呼び寄せるとなると、あっちのお偉いジジイどもが文句を言いそうだからな…」

 

 同盟が決まっても、関係性がすぐさま修復されるというのは難しいことであるのは誰もが理解していた。上層部の悪魔の価値観を何度も見てきた彼らとしても納得せざるを得ない。

 クーデターの現状に、ミカエルは苦々しく呟く。

 

『…我々の管理が行き届かなかったことがそもそもの原因。私たちの力を以て───』

「待て、お前は動くな。お前は天界の象徴であるべきだ。ここで厳しい決断を下すのも、トップの役目だろうと思う。だが、この一件はいわばケンカだ。複雑な事情があろうとも、無理やり抑え込めば禍根は残るだろう。だったら、今回の落としどころはきちんとつけさせた方がいい」

 

 きっぱりと言い切るアザゼルは思慮深い表情を見せる。ストラーダやクリスタルディといった聡明と経験に満ち溢れた人物が、いくら教え子たちに押し立てられたとはいえ、その通りにクーデターなど引き起こすだろうか。ミカエルもアザゼルも彼らのことを知る分、そのような懸念が強く存在していた。

 そうなると、必然的にもうひとりの首謀者に注意が向けられる。

 

『…もう一人の若き枢機卿、テオドロ・レグレンツィは「奇跡の子」のなかで最も秀でた能力を持った子です。それゆえ、若くしてあの地位に抜擢された経緯があります』

 

 天使と人間のハーフである「奇跡の子」、欲を持てば堕天する天使が特殊な儀礼と専用の結界を用いて、肉欲ではなく純粋な愛を持ったうえで行為に及ぶ…この複雑な経過を以て生まれてくるのだ。

 そんな話題が出たためか、ミカエルは一誠とイリナを交互に見る。

 

『…こんなときに訊くのも野暮ですが、使ってますか?例の部屋。意外と期待しているのですが…』

「じ、時間の問題です!」

 

 真っ赤になったイリナが凄まじい緊張と併せて報告する。一誠の話では、彼女は定期的に先回りして例の堕天しない子作り部屋に変化させていた。ご丁寧に水着やブルマなど誘惑する衣装も用意している場合もあれば、アーシアやゼノヴィアも彼女と共に行動することもあった。おかげでドアノブを確認する癖がついた、という愚痴を一誠から耳にしていた。エロさに定評のある彼でも、誘い方と雰囲気作りがあまりにも皆無なため、さすがに腰が引けるようであった。

 完全に部屋の空気が変な方向に向きかけていたのを、アザゼルが修正する。

 

「ってわけでだ。悪いが、あいつらの挑戦を受けてもらいたい。まあ、天使と教会の尻拭いってやつだ。いつも貧乏くじを引かせて悪い」

「コカビエル戦で関与したのは、私たちだもの。サイラオーグやシークヴァイラの協力がなくても問題ないわ。何よりも、挑戦を受けた以上、引き受けましょう」

「私たちシトリーも挑戦を受けます。この町の学園に通っている以上、捨て置けませんし、私たちもコカビエルとの一戦にも三大勢力の会談にも関わりましたから」

 

 リアスとソーナが不敵に笑む。彼女らを筆頭にその仲間達も因縁深い戦いを避けるつもりなど毛頭無かった。

 

「ま、ミカエル様が悩む必要なんてありゃしませんって。こういうのはどこでも起こりうる事件です。何かを変えるってことは、何かを犠牲にするってことで、不満を抱く者は必ず現れてしまうもんですよ」

「あなたがリーダーらしいことを言うなんて…成長しましたね、デュリオ」

「姐さん、もう少し俺のこと評価してくれると嬉しいんだけどなぁ…」

 

 デュリオががっくりと肩を落とす一方で、グリゼルダは向き直って宣言する。

 

「私やデュリオを含めて、この地を任された天界、教会のスタッフは皆さんをバックアップします。同盟を肯定している者もいるということです」

 

 この申し出は非常に頼もしく感じた。実力面はもちろん、この同盟を否定する者ばかりでないことも実感できる精神的な面でも安心を抱く援護であった。

 つまり今回の挑戦を引き受けるのはリアスとソーナのチーム、「D×D」の「御使い」組、さらにアザゼルの提案で幾瀬も裏方としてサポートにあたることとなった。

 なかなか手厚いメンバーであったが、グリゼルダが話すにはストラーダとクリスタルディの実力はすさまじく、ジョーカーであるデュリオ級のため、これでも足りないとすら感じそうになった。

 

「加えて、クリフォトもこの機会を狙っているだろうな」

 

 アザゼルの指摘はもっともであった。そもそもこのクーデター自体、リゼヴィムの扇動が関わっているため、敵がこの挑戦を機に動いてくることなど想像に難くなかった。

 

「そういえば、敵の中に天使もいるんですよね…」

 

 思い出すかのように一誠は口にする。彼の頭には、アウロス学園の事件でリアスと共に戦ったひとりの大天使の存在が想起されていた。

 彼の言葉にアザゼルも誰を指しているか察したようで、ちらりとミカエルに目を向ける。

 

「正直なところ、ハニエルの奴がリゼヴィムと組んだのが信じられねえよ。俺が天使だった頃から、お前以上に神に妄信的だったあいつがだぜ」

『妄信というのは言い過ぎですね。確かに信仰深い印象でしたが、視野は狭くありませんでした。常に仲間や信徒を考えていましたよ。…だからこそ、信じたくなかったのですが』

 

 ゆっくりと息を吐きながらミカエルは付け足すように呟く。哀愁に満ちたその言葉は、天界を率いる男のものにしては非常に弱々しく感じた。

 その姿にイリナやグリゼルダといった天界のメンバーは心配そうに視線を送っていた。飄々とした態度がほとんどのデュリオですら、目を丸くしており言葉が紡げない様子であった。

 

『意外そうですね』

「い、いえ…ただミカエル様がそこまで…」

『思ってしまうんですよ。彼とは何度も衝突しましたが、同じくらい肩を並べてきました。戦争で死んだと思っていましたし、尚のこと口惜しいのですよ』

 

 奇妙な空気が部屋に広まっていく中、アザゼルが手を叩いて自分に注意を向けさせる。

 

「いずれにせよ、リゼヴィムやハニエルを筆頭にクリフォトへの警戒も必要だ。頼むぞ」

 

 決戦は3日後、その短い期間にも一行は気を引き締めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 話し合いに区切りがついた一行は解散となった。目を覚ますように顔を撫でる大一に、小猫が感想を漏らす。

 

「疲れる話し合いでした」

「同意する」

 

 決して長い時間では無かったものの、非情にエネルギーを消費したような錯覚を覚える話し合いであったのは間違いない。同盟を組んだ相手と戦うという事実、それが種族間による価値観の違いが表れたものなのだから、精神的に疲労もするだろう。

 そこに朱乃も話に加わる。

 

「ミカエル様もああいった表情するのは驚きましたわ。天界ではリゼヴィム相手にも、覇気のある態度で相対したとイッセーくんから聞いていましたし」

「まあ、それに一番驚いているのはイリナ先輩達でしょうけど…」

 

 小猫がちらりと天界関係者に目を向ける。クーデターしかり、ミカエルの態度しかり彼女らの不安は悪魔側と比べるとより複雑化しているのは間違いないだろう。それを証明するかのようにイリナはゼノヴィア、祐斗と共に気難しそうな顔で話し込んでいる。

 一方で、大一としてもミカエルの表情は思うところがあった。あの表情には悲しみはもちろん、後悔のようなものが感じられた。ハニエルとの関係性は現時点では元同士ということくらいしか分からない。

 しかし天界のメンバーですら動揺させるほどの姿を見せたことを踏まえれば、ミカエルとハニエルの関係性は相応のものと察するのは難しくない。

 併せて、それほど特別な相手が敵対しているのであれば他のメンバーの経緯も気にかかる。サザージュ、ギガン、バーナ…彼らが僅かに見せた激情は、その壮絶さを窺わせるものなのだ。彼らもハニエルと同じように特別な過去を持っているのだろうか。

 

「…まあ、今はクーデターの方に集中しなければいけないのですが」

「そういえば、大一はよくストラーダさんの動きを察知できましたわね」

「まぐれだよ…」

 

 実際のところは、いつもの感知能力に加えて目にした瞬間に呟いたシャドウの言葉で警戒を強めた故の行動であった。また日頃からルシファー眷属に鍛えられているおかげで素早く反応できたものの、接触した瞬間にその実力差を肌で感じたため、あの行動に自信を持つことなど不可能であったが。

 どちらにしても、次に彼らと戦うとすれば、聖剣繋がりでゼノヴィア達が相手をすることになるだろう。

 むしろ大一にとって危惧したのは、シャドウを使った際に向けられた敵意であった。あの鋭く心臓に食い込むかのような感覚は、かつて自分の無力感に追い詰められていた時と似たように感じていた。

 シャドウの件は自分が責任を持つと言い切った。それならば、彼らが抱える恨みとも向き合わなければならない。どうすればこの罪悪感を払拭できる、彼らを救うことができる、堂々巡りとなる疑問に体が重くなっていくようであった。

 この負の面を仲間に見せることを、彼はためらった。完全に自分のことであればもう少し頼ることもできただろう。しかし今回の問題は、生島の件は悪魔になる前に起こり、シャドウの件もかつての彼が振りまいた混乱とそれによる禍根であった。今回は向けられた恨みや己に抱く罪悪感と、自分の無力さだけであれば吐き出せることもできた彼でも処理しきれない内容であった。

 

(いっそのこと…)

 

 破滅的な思考がよぎろうとする大一であったが、そこにロスヴァイセが声をかける。

 

「あの、大一くん。ちょっと今から付き合ってくれませんか」

「今からですか?しかし…」

 

 言いよどむ大一はちらりと時計へと目を向ける。すでに時刻は22時を過ぎており、深夜と言っても差し支えない時刻であった。

 それでもロスヴァイセは真っすぐな目で、彼に強く訴える。

 

「今からです。どうしても今じゃないと難しいんです」

「…わかりました」

 

 大一は朱乃達に別れを告げると、彼女に連れられて部屋を出ていく。残された朱乃と小猫はその後を静かに見ていた。

 

「…告白とかじゃないですよね」

「さすがに違うと思いますわ。でももしかしたら今の大一を救ってくれるかも…」

「朱乃さんも気づいていたんですか?先輩の様子が最近おかしいことを」

「あらあら、これでも彼と一緒にいる時間は仲間内では一番長いんだもの。話してくれるのを待っていたけど、私じゃダメだったのかしら」

 

 朱乃は寂しそうにため息をつく。弱みを見せると約束していたのに、いざこういった状況となれば頼られないことに彼女の気持ちはざわめいていた。自分を救ってくれた相手の力になれないことを口惜しく感じる。

 陰りのある朱乃に、小猫は元気づけるように言う。

 

「成長したはずの先輩がああいう態度ですから、これまでとは違う悩みを抱えているんだと思います。そしてロスヴァイセさんが気づいて、助けてあげようとしている…だったら、私たちは2人を信じるだけでしょう」

 

 小猫の言葉に、朱乃は感嘆の息を吐く。自分よりも年下であったが、彼女の強さにはいつも目を見張るものがある。冥界での時も不屈の心で戦っていた彼女には、自分よりも遥かに強い力を持っている。一瞬だけ、自分よりも彼女の方が大一に相応しいのではないかと考えてしまったが、それをすぐに振り払った朱乃はいつものように余裕のある笑みを浮かべる。

 

「そうね。私が信じなくちゃ」

 




基本的にオリキャラには過去をしっかり設定しています。
次回あたりにこのモヤモヤとはケリをつけたい…。


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第176話 謝罪

割と似てると思うんですよ、この2人。


 闇と冷たい空気が満ちる中、大一はロスヴァイセと共に歩いていた。1月の夜はさすがに肌寒く、道中には雪もある。楽しい外出とはお世辞にも言えない。元より緊迫した彼女の様子から、深夜の外出に心躍らせるような感情は持ち合わせていなかったが。

 少し前を歩くロスヴァイセに、大一は不思議そうに問う。

 

「ロスヴァイセさん、どこに向かっているんです?」

「部室です。あそこから生島さんの店に転移します」

 

 その名前を聞いたとき、大一の眉が無意識にピクリと動く。心臓の鼓動が異常に速くなり、自然と体が強張る。前を歩くロスヴァイセは彼の微妙な変化は気づかなかったが、自分の行いに苦々しさと申し訳なさを抱くように話を続ける。

 

「まず謝らなければなりません。日中に生島さんと連絡を取って、正月の写真を拾ったのはあなたであることを説明しました。その後、大一くんと話す機会が欲しいとのことだったので、私がこの時間に連れ出すと約束したんです」

「…どうしてそんなことを」

 

 大一の声には非難こそ無かったが、その言葉は冷静を通り越していつもの彼にしては冷たさすら感じられるような声色であった。同時にわずかに震えており、動揺を隠しきれておらず、矛盾した要素が混在していた。

 これだけでも彼の問題の根深さは伝わってきたが、ロスヴァイセは意を決して答える。

 

「大一くんがお正月から、いや生島さんの写真を見ていた時から様子がおかしかったからです。二人の間にどんな事情があったかは知りません。でも大一くんも生島さんも大切な恩人だから、私はあなた達の力になりたいんです」

 

 真っすぐで力強い言葉は彼女らしさを前面に押し出していた。愚直な真面目さは美徳として存在しており、それが大一には非常に眩しく感じた。アウロス学園で教師として子どもたちに慕われていた時と同じく、自分とはまるで違う特別さが感じられた。

 それを目の当たりにするほど、今回の一件を彼女の前で明かすのは躊躇するのであった。

 

「…ロスヴァイセさん、あなたはいい人です。だからこそ巻き込みたくない。俺はこれからひとりで行きます。元々、俺が自分でケジメをつけるべきことだったんだ。このことに関わっちゃいけない…」

「私は最後まで見届けるつもりです。生島さんも同意の上ですよ」

「あの人はどういうつもりで…いや、つまり知っていたのか…だったら尚のこと…」

 

 雪による歩きにくさとは別に足取りが重い。着込んでいる服装の中で気持ちの悪い汗が流れる。頭の中で整理がつかなくなっていく大一は、進むべき道がわからなくなっていた。

 そんな彼の左手をロスヴァイセは握ると、引っ張っていく。

 

「行きましょう」

 

 一向に前を見ている彼女がどんな表情をしているのか、大一には分からなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、全身が鉛のように重く感じる大一はロスヴァイセと共に転移する。そして何度も見てきた生島の店へとその姿を現した。

 

「いらっしゃい、二人とも」

 

 寝間着の上にガウンを羽織った生島は穏やかに出迎える。もっともその表情はいつもと比べると憂いに満ちていた。そんな契約相手の姿にロスヴァイセは緊張した面持ちでつばを飲み込む。

 一方で大一は生島の姿を確認すると、喉まで来ていた言葉を飲み込む。彼に対して、問いたいことはいくらでもあったが、それよりも優先するべきことがあるのだから。彼は静かに姿勢を低くすると、そのまま両手と額を床につけて土下座した。

 

「生島さん、申し訳ありませんでした…!自分のせいで…あなたの息子を死なせて…それどころか今までそれを知らずに…あなたの契約相手として会っていたこと…心からお詫びします…!」

 

 乾ききった口から地獄でも見てきたかのように絞り出された声は、決して大きくないのに部屋にいた者の耳に響き渡っていた。しかし開口一番に出てきた謝罪は、大一にとってあまりにも薄く感じた。謝罪の気持ちは確固たるものであった。その想いもすべて今の言葉に込められている。

 しかし言葉だけならいくらでも発せられる。目の前にいる男の方が自分以上に心を砕いていたはずなのだ。それを思えば、自分の謝罪など…。

 友達が先にはぐれ悪魔に襲われたこと、その顔を奪った相手に自分が手をかけたこと、その残酷な事実に関わりながらも彼の親と3年以上も顔を会わせてきたこと…まるで走馬灯のように一気に駆け巡り、彼の頭を頑なに上げさせなかった。

 そんな彼の姿に、生島は息を長く吐くと、動揺しているロスヴァイセに視線を向ける。

 

「…ごめんね、ロスヴァイセちゃん。無理言って、彼を連れてきてもらって」

「わ、私は…」

「おっと、言っておくけどあなたも悪くないんだから、責任を感じる必要は無いのよ。そう、誰も悪くないのよ…」

 

 寂しそうな様子で生島は、いまだに頭を下げている大一へと視線を移す。いつものエネルギッシュな要素は鳴りを潜めており、見た目に似合わない品の良い夫人のような雰囲気を纏っている。

 

「大一ちゃん、私はあなたを契約相手とした時から、そのことを知っていたわ。まさかこの3年以上、あなたを恨むために雇っていたとか思わないでしょうね」

「それでも俺の罪は変わりません…」

「そうね…あなたはそう言うわよね。あなたが私のことを理解しているように、私もあなたを理解しているつもりだわ。あなたの頑固さを、罪悪感も」

 

 大一の傷ついた姿は、生島にとって不本意であるが予想通りであった。自分の息子の死に関わっていることを知れば、彼の心はズタズタに引き裂かれ、苦しみに苛まれるだろう。悪魔として必死の姿を知っていれば尚更である。それゆえに、これ以上追い詰めないためにも生島は真実を明かそうとしなかった。

 これは生島自身のためでもあった。妻を失い、自分との関係性も微妙であった息子の死に心をつぶされた。そして息子の友が同じ苦しみと罪悪感に悶えるのを見るのは、勝るとも劣らない悲しみだった。

 

「どれだけ私が許すと言っても、世界が許しても、大一ちゃん自身が許せないんでしょうね」

「…ごめんなさい」

「いいのよ。だってそれがあなたでしょう」

 

 生島の表情が少しだけほころぶ。この日が来ないのに越したことはなかった。真実を知った男がわずかでも破滅への道を見出しかねないのだから。

 しかし同時にこの現実だからこそ、伝えられることがあるのも事実であった。生島は常々抱いてきた想いを、ストレートに切り出す。

 

「そういうあなただから生きて欲しいわ。そして幸せになって欲しい」

「俺にそんな権利はありません…」

「じゃあ、私の息子の代わりに幸せになりなさいよ。それがあなたの責任でもあると思わないの?」

「あいつがそれを…」

「望んでいるわ。あの子の親としてずっと見ていたからわかる。私の息子はあなたを恨んでいない」

 

 きっぱりと言い放つ生島の言葉に、ようやく大一は額を床から話す。その顔は何十年も悲惨に生きてきたかのように憔悴しきっているように見えた。

 そんな彼に対して、生島は言葉を続ける。

 

「それに私もあなたを恨んでいないし、生きて欲しい。あなたと一緒に生きた時間は絶望を感じていた私の救いでもあったのだから。

 ねえ、大一ちゃん。あなたには力があるでしょう。だったら生き抜いて、私や息子のような人を少しでも救って。そしてあなたを許す糧にしてちょうだい。息子の命と共に、その人生の使い方を考えて」

 

 生島の願いに、大一は大粒の涙を流す。黒影の事件の時ですら、仲間達に見せなかった熱いものを彼は公にしていた。彼のすすり泣く声が静かに店内に響いていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 生島の店で温かい飲み物を貰った後、大一とロスヴァイセは帰路についた。向かう道中では震えるような寒さも、涙で火照った顔には心地よく感じた。

 精神の疲れを表すかのような足取りで進みつつ、大一は横に並んで歩くロスヴァイセに話す。

 

「ロスヴァイセさん、ありがとうございます。踏み出すことのできなかった俺にここまでしてくれて…」

「むしろ私は申し訳ないです。生島さんの息子さんの死に大一くんが関わっていたなんて…」

「俺が…悪魔になったきっかけなんです。はぐれ悪魔に襲われた時に一緒にいたのが、生島さんの息子だったんです。俺にとっても友達で…それを知らなかったからあの時の写真を見て驚いたんですよ」

「…配慮が足りませんでした。もっと良い方法があったかもしれないのに」

 

 淡々と話す大一に、ロスヴァイセは申し訳なさそうに顔をしかめる。彼も生島も本当のことを話さないと確信のあった彼女の取った行動は、真実を伝えて2人を引き合わせることであった。その関係性は自分が突っ込むところではないが、いざという時はフォローも入れようと考えていた。

 しかし実際のところは口出しひとつできず、ただその真実と光景に呆然とするしかできなかった。大一がどれほど後悔と無力感に苛まれているか、生島への複雑な罪悪感を抱え込んでいるか、それを理解するのに時間はかからなかった。

 後悔を感じている彼女に対して、大一は否定するように首を振る。

 

「最善でしたよ。あなたのおかげで、また前に進める。やっぱりロスヴァイセさんは素敵な人ですよ。俺はいつも助けられてばかりだ」

「…私はそこまで大層な人間じゃありません。大一くんの方こそ、いつだって皆のために頑張っているじゃないですか」

「いや俺よりもロスヴァイセさんが…なんか前もこういったことありましたね」

「ええ、ありました。あの時はお互いに謝ってばかりでしたが」

 

 2人ともフッと笑みがこぼれて、安堵の感覚が醸造される。冷えた空気の中で緊張とは無縁のやり取りは心を温めた。

 やっと彼の心からの笑みを見たロスヴァイセは静かに問う。

 

「もう大丈夫ですか」

「完全とは言えませんよ。俺の中では、あいつのことはいつだって抱えますし、今はそこに生島さんも加わった。やっぱりこの問題とはずっと向き合っていくしかないんです。でも俺が生きていることで喜ぶ人がいた。だったら…やるしかないでしょう」

 

 大一の声はいつもと変わらない。しかしロスヴァイセにはユーグリットの件で不安を抱えていたあの夜と同じ強さを感じられた。

 ようやく彼が戻ってきたことを実感したロスヴァイセは穏やかに言葉を紡ぐ。

 

「…生島さんだけじゃないですよ。大一くんに生きて欲しいと思うのは」

「優しい言葉をかけられたら、また涙が出そうになりますよ。しかしよく俺と生島さんに何かあるのを気づきましたね」

「しゃ、写真を渡しましたし…」

 

 頬を指で掻きながらロスヴァイセは答える。その言葉は事実であったが、理由の一端でしかなかった。生真面目さ、仲間のために戦う責任、不安を抱え込む自己犠牲的な面…彼との共通点は覆い隠された動揺に気づかせた。大一の苦しみを知り、彼の力になれたのだ。

 それが心地よく、同時に不相応に感じた。自分ではこれが限界であった。彼の幸せの助けになることは出来ても、その幸せになることはできない。そうなることが自分のささやかな願いであったとしてもだ。彼の隣にいるのは、自分以上に相応しい相手がたくさんいるのだから、仲間としている方が互いのためだろう。

 緊張と気恥ずかしさ、ほんのわずかな哀愁を胸に秘めるロスヴァイセにわずかに視線を向けた大一は軽く頭を掻く。言葉にしていないのに、その空気はどこか既視感があった。

 ただそこに触れるのは彼も緊張し、それを振り払うかのように話題を変える。

 

「例の教会からの挑戦、気をつけましょう」

「は、はい!私もしっかり準備しますから!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一達が帰った後、生島はグラスに入った琥珀色の液体をちびちびと煽る。片手にグラス、片手にペンを持ちながら特殊な紙に文章を書きこんでいた。ルシファー眷属の炎駒に、今回の一件を全て報告するために、メッセージを残していたのだ。おそらく仕事ですぐに連絡は来ないだろうが、生島も吐き出さなければ気が済まなかった。

 全て書き終わった生島はライターで紙を燃やす。一瞬で消え去り、煙が不思議な紋様を描くのを確認すると、グラスに残った酒を煽った。

 

「ずるいことをしたわね、私も…」

 

 大一には力がある、それを知っているからこそ、自分の密かな願いを押し付けるような方法を取ってしまった。大一に生きて欲しいことと、自分のような悲しみをこれ以上増やさないで欲しいこと、この2つを彼の罪悪感を利用して背負わせてしまった。

 

「でもあの子ならやり遂げられるでしょう」

 

 生島は取り出した息子とのツーショット写真を憂いのこもった眼で見つめるのであった。




これでオリ主のメンタルは、根深さのある挑戦の準備ができたと言えるでしょう。
関係性は…はい。


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第177話 期待

初めて投稿して1年が経ちました。だから特別なことをやるわけではないのですが。


 決闘まで3日しか無かったが、その数日もかなり中身の濃いものであった。大一にとっては生島への謝罪がピークだと思っていたが、それに勝るとも劣らない出来事が起こった。

 翌々日、タンニーンが兵藤家を訪ねに来た。前にも見せたミニドラゴン姿で、到着早々に彼は口を開く。

 

「実は、頼みがあるんだ」

 

 タンニーンの打診はあるドラゴンについてであった。彼の持つ領地は平穏を求めて人間界から流れてきた龍がほとんどであるが、そこにいる絶滅の危機にあるほどの希少種「虹の龍(スペクタードラゴン)」が卵を産んだというのだ。当然、この卵の孵化には期待がかかるのだが、この龍の孵化は非常に難しく、冥界の風は相性の良いものでは無い。

 

「リスクを出来る限り下げたいがために駒王町の地下にある空間を借りようと思ったのだ」

「いいの?ここ、クリフォトに狙われているんだけど?」

「うむ、他に人間界で妥当なところが見つからなかったのだ。ここ以外の場所では、そのクリフォトに卵が狙われないとも限らない。ならば、危険は承知で強固な結界が幾重にも張られたこの地の、さらに地下深くの空間で孵化するまでの間だけ置いてもらえばいい」

 

 断る理由は無い上に、人間界の環境であれば孵化も早く期待できる。彼らは快くタンニーンの依頼を引き受けた。

 ただ最大の問題はこの卵を運んできた人物であった。しばらく待っているとその人物が現れたのだが、その黒いコートを纏った見た目にはうろたえるだけの理由があったのだ。

 

「クロウ・クルワッハ!どうしてお前が!?」

 

 一誠が指を突きつけて驚きの声を上げるが、彼と同じ気持ちにならなかったメンバーはこの場にいなかった。伝説の邪龍の登場に全員が構えるが、それをタンニーンが抑止する。

 

「待ってくれ。話すと長くなるのだが…いま、クロウ・クルワッハは俺の食客になっているのだ」

『ええええええええええええっ!?』

「…俺はタンニーンに衣食住を提供してもらっている。その礼を果たしているだけに過ぎない」

 

 一誠達が驚きのあまり大声を上げるのとは対照的に、クロウ・クルワッハは落ち着いた声で淡々と答える。正直、その事実を目の当たりにしたとしても首を縦に振って納得できるようなことではないだろう。

 

「クロウ・クルワッハは邪龍だ。魔神バロールの元眷属でもある。だが、まあ生粋のドラゴンでもあるだろう。ドラゴンであるなら、通ずるものもあるだろうと思ってな」

『他の邪龍どもに比べれば幾分かマシだろうが、油断はしないことだな』

「うむ、肝に銘じておこう。だがな…」

 

 一誠の体から発せられるドライグの声に、タンニーンは頷くが彼としても気苦労はたしかにあったようだ。その証拠に視線がクロウ・クルワッハに向いており、彼はオーフィスと対峙していた。

 

「オーフィスか。俺と勝負しろ」

「我、ケンカしないようにイッセーたちと約束してる。無理」

「…そうなのか?それはどういう手順を踏めば可能となる?」

「わからない」

「…そうか」

 

 この短いやり取りを終えたクロウ・クルワッハは無言で卵を抱え、オーフィスはその卵をぺちぺちと叩く。最強の龍と高名な邪龍のあまりにも間の抜けた光景にタンニーン以外の者は茫然としていた。

 タンニーンの見立てでは、クロウ・クルワッハは人間界を見続けたゆえの価値観の揺らぎを感じているようであった。時代の移り変わり、文化、善悪…長い年月をかけて激動そのものを目の当たりにしたのだから、彼ほどの実力者でも変化が訪れているのかもしれない。その話を聞いて、一誠はドラゴンの純粋性を実感した気がした。

 

「どちらにしても、クロウ・クルワッハは俺のもとでしばらくドラゴンのことを見て回るそうだ。ちょうど、俺の領民には多様なドラゴン種族がいるからな。悪いが、兵藤一誠、グレモリーの者達よ。このことはあまり公言しないでもらいたい。俺は、この者を少し見ていたいのだ」

 

 こうしてグレモリー眷属は虹の龍に加えて、邪龍関連でも複雑な事情を引き受けるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 決戦前日、大一たちはグレモリー家の地下フィールドで特訓をしていた。自主登校である3年生組は、いつもならば学園で思い出を話しているが、教会の戦士たちとの決戦を前に各々仕上げていた。

 リアスと朱乃が隣で膨大な魔力をぶつけ合う模擬戦を行う一方で、大一はシトリー眷属のルガールとの模擬戦を繰り広げていた。彼もすでに大学生であったため、時間に余裕を見つけてトレーニングに参加してくれていた。

背中から黒影で生成した4本の腕を伸ばして拳を叩きこもうとするが、獣人となったルガールはそれをことごとく回避する。

 

『速い…!「戦車」のスピードとは思えないな』

『それが狼人間の特性でもある。しかしスピードだけでもないんだ』

 

 淡々と答えるルガールは両腕で向かってきた2本の黒影の腕をつかみ、さらに軽くジャンプするともう2本の腕を踏みつけた。さらに四肢に魔法陣が展開されると発火して、影の腕を燃やしていく。

 すぐに背中から切り離した大一は口から魔力を吐き出すが、ルガールはそれを片腕ではらうと一気に距離を詰めて痛烈なフックを繰り出した。

 

『…そちらも「兵士」とは思えない硬さだ』

『それはどうも…!』

 

 ルガールの一撃を、大一は硬度を上げた腕でしっかりと防いでいた。お互いに腕がわずかに痺れるような感覚を抱いたが、それに反応する間もなく互いに後退して距離を取る。大一は黒影の錨を生成し、ルガールは両腕を発火させると、2人とも再び距離を詰めて力強い白兵戦に移行する。

 大一が鋭く錨を振れば、ルガールは華麗に身を翻し、ルガールが炎の拳を叩きこもうとすれば、姿勢を一気に下げて避ける。攻撃が入っても2人ともしっかりと防御するため、激しい格闘戦でありながらほとんど傷が見受けられなかった。互いに打開の一手を思案するが、そこでソーナのよく通る声が響く。

 

「1度、休憩にしましょう」

 

 この言葉を合図に、模擬戦をしていた4人は一斉に動きを止める。それぞれ壁際の飲み物やタオルを取りに向かう中、龍人状態を解除した大一はルガールに話しかける。

 

「いい模擬戦でした。ありがとうございます」

「俺の方こそ礼を言う。うちは搦め手が多いから、こういった格闘戦は嬉しいものだ」

 

 ルガールの言う通り、グレモリー眷属と比べるとシトリー眷属はたしかに変化球的な戦法が武器であった。実際、フィールド外でソーナと特訓していた椿姫の禁手も複数の異能の魔物を発生させるというものであった。「望郷の茶会(ノスタルジア・マッド・パーティ)」、かの有名な物語「不思議の国のアリス」から着想を得たであろうこの禁手は、明日の挑戦でも猛威を振ることが期待できる。

 もちろん鎧型の禁手を発動させた匙も格闘は出来るし、仁村や由良、巡といった近接が得意なメンバーもいる。ただ純粋な肉体面では、ルガールがシトリー眷属内ではトップでありそれゆえの感想なのだろう。

 

「しかしそのバランスの良さはシトリー眷属の強みじゃないですか。こっちはパワー一辺倒で祐斗が嘆いていましたし」

「グレモリー眷属も特殊能力の方面で言えば充分だと思うがな。…そういえば、キミはどうなんだ?」

「なにがですか?」

「ドラゴンとなれば、炎でも吹くかと思った」

「あー…いやディオーグ関連の能力は硬度と重さの調節だけですね」

 

 この指摘に、大一は思い出すような表情をして答える。ルガールも特に不思議と思わなかったようでそのまま頷いていた。

 

「さて、もう少し反省会をしたいところだが、俺も大学で予定がある。主にあいさつだけして、戻らせてもらおう。明日は共に頼むよ」

「こちらこそ。ありがとうございました」

 

 ソーナと椿姫の元へと歩いていくルガールの後姿を見ながら、大一は頭の中でディオーグに問う。

 

(言われて気づいたけど、お前って炎とか出せないの?)

(俺の武器はこの肉体だ。エロ弟の赤い龍や能面の白い龍のような特殊能力のオンパレードじゃないんだよ。ああ、でも重力の球を撃ち出していた)

(さらっと、初耳のすごい能力話しているぞ!?)

 

 ディオーグの新たな情報に、大一は内心飛び上がるような驚きを感じる。過去まで聞いているのに、ここにきて更なる発見を知って半ば困惑していた。

 

(そもそも俺の重さを上げる能力はそこから来ている。龍の体だからこそ出来るようなものだから、お前には無理だ)

 

 きっぱりと言い放つディオーグに反論する材料を大一は持ち合わせていなかった。彼と融合して、力を引き出した龍人状態になってからも、その能力に気づかなかったのだ。一誠が新たな能力に目覚めた時にドライグなどが気づいたことを踏まえれば、ディオーグの言葉は事実なのだろう。

 

(むしろてめえこそ、魔法を覚えたのに防御にしか使わないじゃねえか)

(いや、出来るんだけど実戦的じゃないんだよ。術式を組むのが瞬時に出来ないから、隙が生まれるし、その割にはリターンも少ないから)

(チッ、つまらねえ。技のキレも戻ったんだから、そろそろ出来ることも増やしていかないと厳しいぞ。ようやくまたひとつ罪悪感を乗り越えたんだから、もっとやってみろ)

(助言、ありがとう)

 

 ディオーグの口調は荒いわりに、期待も感じられるものであった。たった数か月間ではあったが、精神的な困難を乗り越えるたびに大一が強くなっていることは、融合している彼が一番理解していた。もっとも理解していたところで、彼自身がそれを期待や信頼のような形で認めるかと言えば、話は別であるが。

 そして大一も、精神的な安定を取り戻していた。生島と本気で向き合ったことは、彼の心の闇を払っていた。それゆえに以前のような強い決心を抱くことを可能にしている。

 

(あとは…影野郎。てめえもいい加減、ウジウジしているんじゃねえ)

『うえっ!?ぼ、僕はいつも通りだよ!』

(どんなにつまらねえ話にも首を突っ込んでくるお前が、黙り込んでいる時点で普通じゃねえんだよ。いい加減に覚悟決めろ。そいつらと明日には戦うんだからよ)

『わ、わかっているよ…』

 

 言葉とは裏腹にシャドウの自信の無さは全くと言っていいほど隠しきれていなかった。マイナス的な感情を食い物にしてきた彼であったが、それに向き合うことには踏ん切りがつかないようだ。

 彼が動揺しているところで戦闘に支障は無いのだが、ディオーグとしては苛立ちが募っていた。

 

(そんなに恨み募らせている奴を相手にするのを怖がる理由がわからねえな)

(昨日、クロウ・クルワッハの価値観が揺れているみたいなことをタンニーンさんが話していたけど、お前は一向にぶれないよな)

(俺は強いからな)

(説得力あるな…。とにかくシャドウ、心配する気持ちもわかる。だから一緒に向き合おう。お前の責任は俺の責任でもあるんだ)

『す、すまない、大一…』

 

 どこかでは正面から本気でぶつからないといけない筈であった。それが本当に後悔や罪悪感を乗り越えることに繋がるし、相手との和解の道も開けるはずだから。

 明日の挑戦はそういう意味では非常に厳しいものとなることが予想される。価値観の違い、悲しみの連鎖、消化できない無念…それらと向き合わなければならないのだ。

 彼は生身である左手を見る。先ほどまでの模擬戦に加え、訓練して擦り切れた皮膚や潰れた血豆が印象的であった。かつてこの手には無力さを感じたものだが、今の彼には自信をつけるものであった。

 

「…本気でやらなければ」

「でも力みすぎは禁物よ」

 

 大一の決意について、リアスが朱乃と共に向かってくる。それぞれジャージ姿にもかかわらず、美しさが際立っているように見えるのはもはや才能の領域だろう。

 

「わかっています。でも俺らしいでしょう?」

「否定はしないけどね、それであなたが苦労しているのも何度も見ているのよ。朱乃もそう思うでしょう?」

「…えっ?そ、そうだと思いますわ」

 

 リアスの言葉に、不意を突かれたように朱乃は答える。大一の様子が以前と同じように感じたことに安心しており、リアスの言葉を完全に聞き逃していた。

 彼氏に見惚れていたのかと思ったのかリアスは目を細めるが、特に追及せずに2人に話す。

 

「イッセー達が戻ってきてからも、少しだけ仕上げておきましょう」

「新しい部活の体制に、ゼノヴィアは生徒会長の選挙活動…あいつらも忙しいな」

「あらあら、大丈夫よ。頼もしい後輩たちは乗り越えられますわ」

「そうね。アーシア達が私たちとは違った部活を作り上げ、さらに盛り上げてくれるのを期待しているわ」

「その通りです」

 

 眼鏡を軽く上げながらソーナと椿姫も会話に加わる。眼鏡の奥の瞳には期待の光が宿っているような印象を受けた。

 

「私も桃には今回の選挙についてバックアップをしていません。彼女ならば、十分に学んできたと思うので」

「良い心がけだと思うわ。でも勝つのはゼノヴィアよ」

「言ってくれますね…桃を舐めないでもらいましょう」

 

 互いに笑顔でありながら、あっという間にバチバチと火花が散りそうな雰囲気を作り上げられるのを見て、他の3人は思わず身を引く。

 

「お互いに自分の眷属を応援は当然なんですけど…」

「まあ、リアスさんもソーナさんも負けず嫌いだしな」

「自分の眷属か…そういえば大一くんは兵藤くんが独立したら、グレモリー眷属に戻る予定なの?」

 

 椿姫の問いに、大一は小さく首をひねる。いつになるかわからないが、その可能性も十分にあり得る話であった。ただしサーゼクスからの期待も受けている以上、この場で結論を出せるものでは無いだろう。

 

「まだなんとも言えませんね」

「私としては戻って欲しいですわ。大一と一緒にいたいもの」

「うーん、私たちの方は中級すらもいない状態だから負けていられないわ」

 

 リアス、ソーナが落ち着きを取り戻すまで、3人は眷属と今後について話を広げる。3年生とはいえ、彼女らの未来も動き始めているのであった。

 




たまにネタを思いつくのですが、私の中でまずは本編を進めろと声がささやきます。


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第178話 教会の挑戦

いよいよ教会側との勝負がスタートです。


 教会のクーデター組との決戦の日、一行は兵藤家の転移魔法陣がある部屋に集まっていた。今回はアザゼルと天界スタッフ、幾瀬が裏方としてサポートに動くことになっている。

 アザゼルは一歩前に出て、皆に話しだす。

 

「いいか、今回の一戦は教会のクーデター組とのケンカだ。場所は、この転移魔法陣の先に急遽設けたレーティングゲーム用のバトルフィールドで行う。相手もそれを承知したんでな、この地よりは派手に暴れられることは先に伝えておこう」

 

 戦いの開始は深夜0時、相手は魔法陣を通ってそのフィールドに現れる。「D×D」側が用意した魔法陣やフィールドを受け入れたことには驚きものであったが、そもそも今回の戦い自体こじれることになれば、禍根を残すことになるのは明らかであった。そのため双方とも一線は守るという意識があるのだろう。

 そんな戦いが繰り広げられるフィールドは、駒王町がモデルとなっていた。学園を中心に半径10キロの周辺地域が再現されている。このフィールドを作るにあたり、トライヘキサの封印も研究しているロスヴァイセが助力をしたようだ。

 

「相手は中規模の部隊ふたつに分けるとのことです。主にエヴァルド・クリスタルディとヴァスコ・ストラーダをリーダーとしたふたつの部隊となります」

 

 椿姫の報告について、すでにソーナがチーム分けを済ましていた。クリスタルディに対しては、デュリオ、グリゼルダ、イリナを筆頭とした「御使い」の参戦メンバーに、匙を除いたシトリー眷属がバックアップを行うチームで迎え撃つ。一方でストラーダには、グレモリー眷属に大一と匙が加わり、黒歌、ルフェイ、幾瀬がサポートというチームで相手をする予定であった。

 しかしここでソーナのチーム分けに異を唱える者が現れた。

 

「ソーナ前会長、僕もジョーカー側に付いてもいいですか?」

 

 祐斗の申し出に仲間達が驚くが、事情を知るメンバーはすぐに察する。それについてソーナも切りこむ。

 

「…エクスカリバー、ですね?クリスタルディ氏は元エクスカリバーの使い手と聞いています」

「はい、現役を退いたとはいえ、数少ない天然のエクスカリバー適合者です。話では、若かりし頃に一時期3本のエクスカリバーを同時に使いこなしていたと聞いています」

 

 ソーナの問いにグリゼルダは答える。かつてフリードも同じように扱っていたが、純粋にレベルアップした祐斗をあしらったのだからその実力は彼と比較にならないほどだろう。グリゼルダの話ではエクス・デュランダルの精製の過程で作られたエクスカリバーのレプリカを有しているのだと言う。ストラーダもデュランダルのレプリカを手にしており、本物と比べるとかなり劣るとはいえ、彼らが使えばその力は本物にも劣らないほどのようだ。

 

「…戦わせてください。僕はもう1度、エクスカリバーを、エクスカリバーの使い手を超えたいと思っています。これは復讐ではありません。挑戦なんです!」

 

 決意の炎をメラメラと灯しながら、祐斗は訴える。彼の人生に根深く関わっているエクスカリバー、その使い手が現れたことに複雑な心境が垣間見られるが…。

 全員が反応に迷っていると、第三者の声が響く。

 

「やらせてあげてもよろしいのではないでしょうか?」

 

 皆が視線を向けると、そこにはアーサー・ペンドラゴンが立っていた。彼も聖剣の使い手としてはこの場に現れたのは当然とも言えるだろう。

 穏やかな微笑を浮かべながら、彼は続ける。

 

「剣士のこだわりは、剣士にしか癒せませんよ。ねえ、木場祐斗くん?

 代わりと言ってはなんですが、私はヴァスコ・ストラーダとの戦いに参戦致しましょう。長年、興味がありましたから。最強のデュランダル使いと称されたご老体の力にね」

 

 なんとも唐突な提案であったが、その意図を組んだリアスは大きく息を吐くとソーナに述べる。

 

「…ソーナ、そちらに入れてあげてちょうだい」

「いいのですか、リアス?」

 

 確認を受けたリアスは小さく頷くと、祐斗へと真っすぐに見る。

 

「祐斗、今度こそ、あなたの気持ちに決着をつけなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

 主の言葉に跪いて、祐斗は感謝の言葉を口にする。心強いほど勇敢な顔であったが、どこかうつろにも感じ、並々ならぬ思いが察せられるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 作戦の打ち合わせを終えて、あとは時間が来るのを待つ中、大一の頭の中でシャドウの不安げな声が響く。

 

『なあ、大一。復讐って許されることなのかな?』

(さっきの祐斗のことか?あいつはそもそも挑戦って言っていただろう)

 

 答える大一は、壁際で一誠が祐斗に話しているのサッと目を向ける。先ほどの祐斗の様子には強さと同時に、おぼろげで不安定さも感じさせられた。それに気づいた一誠が彼に対して何かしらの話をしているようであった。

 その様子を見て、大一は安心した感覚を抱いて瞑目する。自分がいなくても彼らは十分に進んでいける。分かり切っていたこととはいえ、3年生として卒業する身を踏まえれば改めてその想いを実感するのであった。

 

『大一?』

(ああ、悪い。ちょっと考えに耽っていた。それでお前の質問だが…俺には答えは出せないな)

『まあ、それもそうだよな…』

(ただお前や祐斗の復讐が肯定されて、教会の人たちの復讐が否定される筋合いは無いと思っている)

 

 復讐が許されることか、それは当人や立場によって変わるだろう。ただ祐斗のエクスカリバー関連について否定をせず、シャドウの起こした混乱を背負うことを決めた。それならば今回の一件について、自分が恨みを向けられる対象であることも受け入れていた。それを理解しているからこそ、これからの戦いに迷いは無。教会の戦士たちを相手に、自分の取るべき行動も…。

 

(いずれにせよ、お前を消させはしないよ。俺にとって、お前は身体の一部のようなものだ。つまり必要な存在だ)

『…僕はキミに迷惑をかけてばかりだな。本来なら切り捨てられても当然なのに』

(今更、そういうこと言うなって)

(小僧の言う通りだ。あと「キミら」の間違いだろう)

『反論の余地なしだ』

 

 大一がディオーグ、シャドウと話を進めている姿は、傍から見れば目を閉じて集中しているようにしか見えなかった。仲間内でも何度も晒してきた姿なので、特別気にすることは無かったが、ロスヴァイセは気にしたようにチラチラと視線を送っていた。

 

「…大丈夫ですか?」

 

 そんな彼女に小猫が顔を覗き込みながら問う。あまり大きな表情の変化が見られないものの、心配してくれていることが伝わる。

 

「だ、大丈夫ですよ。私はいつも通りです」

「…大一先輩のことを気にしていたようですが?」

 

 小猫の言葉に、ロスヴァイセは頭を掻く。自覚あるほど抱え込みやすい性格、恋人から幾度となく指摘されてきた面倒くさい面、生島への謝罪がつい数日前の出来事であったことを踏まえると、彼女が大一を心配するのも至極当然であった。

 しかしその事情を一から十まで説明するのは、さすがにためらわれる。大一と生島の過去の根深さは簡単に明かしていいものではない。

 どう答えようか考えあぐねるロスヴァイセに、小猫はいつもの調子で話し続ける。

 

「…先輩なら大丈夫だと思いますよ。あの人は強いですし、ひとつひとつ乗り越えることが出来ますから。それに今回はロスヴァイセさんも力を貸してくれたんでしょう」

「私は力を貸すなんて大層なことは出来ませんでした。本当はもっと力になりたかったのに…」

 

 自分の行動について腑に落ちない様子のロスヴァイセを見て、小猫は不思議そうに眉を上げる。そして手招きをして彼女の姿勢を低くさせると、周囲に聞こえないように耳打ちする。

 

「…やっぱり助けてもらったから好きになったんですか?」

「んなっ!?わ、わたしは…そ、そういうのじゃ…!」

「ちょっと気になっただけです」

 

 赤面してうろたえるロスヴァイセに対して、にべもない様子で話す小猫は肩をすくめる。年上があたふたとしており、年下が貫禄ある落ち着きを見せるという対照的な光景であった。

 

「た、助けてもらったからとかじゃなくて…安心するだけです。仲間内でシンパシーを感じるから肩を並べている実感がありますし…魔法の件で話す機会も多いですし…ま、まあユーグリットの件で助けてくれた時は確かにかっこよかったですけど…その前に私の心配を受け止めてくれた時から嬉しかったし…よ、要するにただそれだけですよ!誤解しないでくださいね!」

「…ギャグで言ってます?」

 

 小猫としては大一への心配をする一方で、ロスヴァイセも気負っているように思えたため、同じ「戦車」としてその緊張をほぐすことと、彼女の本心に探りを入れる目的で挙げた話題ではあるが、予想以上の回答に困ったように目を細める。

 しかし同時に腑に落ちた。どういった経緯や事情があったかは知らないが、大一の包み隠した心配をいち早く気づき、その解決に一役買ったのは、彼女なりの好意が起因していることに。

 感づいてはいたが、増えるライバルの存在に小猫は小さくため息をつく。一気に弛んだ緊張の中、数分後にソーナの合図の下、一行は転移魔法陣で決戦の場へと向かうのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 フィールドに移動してから数分後、感知によって敵のチームがどこにいるかを把握した一行は予定通り別れてそれぞれの相手の元へと向かった。

 

「来たか…」

 

 レプリカの駒王学園の校庭で、リアス達はストラーダ率いる戦士の一団と接敵した。レプリカではあるが、かつて聖剣関連でコカビエルが大暴れしたこの場所で、またもや聖剣関連の挑戦を受けるのは奇妙なものであった。

 相対する戦士たちはエクソシストの神父服やゼノヴィア達が来ていたようなボディスーツを身に着けている。共通するのは「D×D」に向けてくるギラギラとした敵意であった。唯一、その強い敵意が感じられないのは彼らを率いるストラーダのみだ。

 そんな彼はしわだらけの顔に、年相応の落ち着きを見せながら話す。

 

「さて、挑戦を受けてくれたことには礼を言おう。ふむ…教会の主要メンバーはクリスタルディの方に向かったか」

 

 ストラーダは目を走らせながら呟く。それ自体にはあまり残念と思っていない様子であったが、間違いなくゼノヴィアに対しては走らせる視線が一瞬止まっていた。

 はちきれんばかりの肉体を有する老人を相手に、リアスは声を上げる。

 

「あなた達の挑戦、受けて立つわ。ストラーダ猊下」

「若さに溢れている…他の者も同様だ。しかしこちらも逸る気持ちが抑えられない者も多くてな。まずはそちらを相手してもらおう」

 

 その言葉を契機に、戦士たちが一斉に戦闘態勢に入る。光の力が宿った刀剣類、聖水や十字架など手に握る得物を構え、間もなく百人近い相手が突き進んできた。

 

「行くわよ、みんな!」

『はいっ!』

 

 リアスの号令と共に、教会の戦士たちを迎え撃つ。武器がぶつかり合う金属音、魔力による爆発音などが騒がしく耳へと響きだした。

 大一も龍人状態へと変化すると、向かってくる教会の戦士に魔力の塊を吐き出す。しかしそれは剣によって丁寧に軌道を逸らされ、一気に距離を詰められていった。相手は教会の戦士たち、悪魔や吸血鬼との戦闘経験もあり、素人とはまるで違うのだ。その実力は油断ならない。

 

「負けるか!」

 

 彼の近くで鎧状態の一誠が相手を殴り飛ばす。吹き飛んだ相手は背中から叩きつけられて、ふらつきながら立ち上がろうとしていた。

 確かに相手の戦士たちは油断できない相手であったが、経験値であれば彼らも同様であった。多くの強敵との戦いは彼らを大きくレベルアップさせており、向かってくる相手をことごとくなぎ倒していった。

 もっとも彼らの本領は発揮されていないだろう。というのも、相手は教会の戦士たちでクーデターでも死者を出してきたわけではない。同盟の相手であり、殺すこと自体が恨みにも繋がるため、クリフォト相手に遠慮なく叩きのめすのとは違うため、抑えながら戦う必要があったのだ。

 大一は相手が振り下ろしてきた剣の一撃を、黒影で作り出した2本の錨で防ぐと、そのまま腹部に蹴りを入れて突き離す。

 しかし距離を取る前に他の戦士2人が連続で剣を振るい、大一を押し込んでいった。そのうちのひとりである男性が忌々しそうに口を開く。

 

「やはりそうか…!本物だったんだな!」

『何の話だ?』

「赤龍帝の兄が『犠牲の黒影』を所持していることだ!数日前の戦いで、あんたが発動させた時にもしやと思ったが、武器を交えて確信した!それが本物であることも!」

 

 男性が剣を振るう速度は間違いなく上がった。共に押し込んでくる女性も何も言わないが、その連続の攻撃から恨みを感じられる。

 

「そいつだけは許せない!俺らの親友を狂わせて、死へと導いた原因だ!」

「あなたを倒す…!」

 

 怒りを向けてぶつける彼らに対して、大一は体重を一気に上げると錨で押し込んでくる相手の剣を払いのける。2人の戦士はすぐに後退し、今度はボウガンを手にした少年が彼に向けて矢を放ってきた。併せて、先ほどの2人も別の剣を素早く用意すると、斬撃に聖なる力を乗せて飛ばしてきた。

 

『だったら…これだ』

 

 向かってくる攻撃に対して、大一は落ち着いて魔法陣を展開させると矢を防いでいく。さすがに彼としても光の攻撃を受けるのは避けたかった。

 正面からの攻撃で動きを止められていたこの状況に、後ろから槍で刺突を狙う戦士もいたが、感知していた大一は背中から生みだした影の腕で槍を掴んで防ぐ。

 

「くっ…この化け物が!」

「お前のせいで…!お前らのせいで…!」

『…少し多いな』

 

 恨みつらみを口にしながら大一に向かっていく戦士の数は確かに他のメンバーよりも数人多く、攻める勢いも激しかった。

 それに気づいたギャスパーが黒い影の獣を生みだし、匙が禁手の鎧姿でラインを伸ばす。

 

《先輩、援護します》

『なんとか捕縛して…』

『来るな!彼らは俺が相手をする!』

 

 援護の向かおうとした後輩たちを一喝すると、大一は後ろから攻めてきた相手の首を尾で巻き付けるとそのまま前方へと投げ飛ばす。同時に魔法陣を解除すると、強化した脚部で一気に右へと走り込み、攻撃を錨で防ぎながら注意を引いていった。

 他の教会の戦士を相手にしていたロスヴァイセはわずかに見えた彼の表情に、背中を撫でるような寒気を感じた。その覚悟を決めた雰囲気は、どうしても以前の自分を思い出してしまうのだ。ユーグリットの時のように、自らの犠牲を覚悟するあの時を。

 

(大一くん、やっぱり…)

『俺がケリをつけなければ』




原作と変わらないでしょうから、祐斗側の一戦はまるまる飛ばします。
そしてオリ主は相変わらずなのか…?


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第179話 生きる戦い

あれだけやってもらったのに、その想いを無下にするようなことはできないですよね。


 光は悪魔にとって毒である、それは常識であるが、今の大一にとってはそれ以上に向かってくる憎しみの方が精神を蝕んでくるように感じた。相手と武器をぶつけ合うほど、向かってくる攻撃を防御するほど、彼らのシャドウへ恨みを肌で実感する。そして扱う大一自身に対しても…。

 

『大一、キミは…』

『大丈夫だ、シャドウ。俺がいる。なんとかなる。心配するな』

 

 苛烈な攻撃を防ぎながら大一は答える。相棒である神器からも感情の揺れが伝わってくるが、扱うことに迷いは無かった。

 しかし相手が増えるほど、被弾する可能性も高くなる。先ほど投げ飛ばした戦士が槍で突いてくるのを、身体を逸らして避ける。しかし相手は懐から聖水の入った小瓶を取り出してそれを足元に叩きつけた。小瓶が割れて、中身が大一の右脚へと命中する。皮膚が焼けるような音と共に、別の戦士たちも武器を携えて接近してくる。

 

「これで…!」

『甘い!』

 

 いたる箇所から黒影の腕を放出すると、彼らの身体の一部を掴み、一気に投げ飛ばす。何人かはそのまま伸びてしまい、よろけながらも立ち上がる者もいた。しかしすぐに距離を詰めることはせず、ひとりが苛立ちの声を上げる。

 

「バカにしているのか!」

『ああ?なんだ、いきなり』

「仲間達からの援護を断り、殺せるチャンスにも見逃す!さっきからそんなことの連続だ!今のだって俺たちを殺せただろう!」

 

 シャドウの変幻自在な力を活かせば、今のタイミングで黒影を刃物にするなりして自分たちの身体を斬り落とすなり、心臓を狙うなり、チャンスはあったはずだ。

 しかし大一は腕へと変化させて投げ飛ばすことに留めていた。気を失っても死ぬまでに至ったメンバーはいない。それを思えば、戦士が舐められていると思うのは当然だろう。

 

『…お前らだってクーデターで殺しはしていないだろう。お互い様だ』

「だから自分も殺さないと?悪魔のくせに…だが俺らはその神器を扱う貴様に容赦はしない!その神器をこの世から消すためには、貴様を殺しだってする!」

『…』

「そんな神器を使いながら、今さら手を抜いて情けをかけるのか!そんな哀れみを抱くくらいなら、いっそのこと殺してみろ!または潔く俺らに討たれろ!殺す覚悟も無い腰抜けか!」

 

 息も荒く戦士たちは、大一とその神器に苛烈な敵意を向ける。恨み骨髄の相手に、情けをかけられるのは屈辱的であった。命を懸ける覚悟が無い悪魔に、甘く見られるのはプライドが許せなかった。怒り、屈辱、恨みといった負の感情がぐつぐつと煮えたぎる。あの恐ろしい神器に狂わされた同志の顔がちらつく。その仇を扱う悪魔が自分たちとは対照的に、まるで舐めきった様子で挑んでいるのは…。

 

『俺は…死ぬつもりも殺すつもりも無い。だからこそ全力で戦っている』

 

 大一の声は静かでありながら確固たる強さがあった。恨みを燃え上がらせる彼らでも、その様子には思わずたじろぎ警戒を強める。

 

「ふざけているのか?」

『本気だ。中途半端な戦い方で、あなた達に通用するものか。だから攻撃に全霊を込めている』

 

 大一がシャドウを扱うにあたり、腕などの体の一部や錨といった馴染んだものの方が瞬時に形成し、魔力も通すことが出来た。そのため相手が指摘したように刃物を形成するのは実戦的ではない。

 もっとも仮にシャドウの能力で完全に変化できたとしても、彼は今の戦闘スタイルを崩さなかっただろう。それは自惚れや油断ではなく、この戦いだからこそであった。

 

『あなた達がどれだけシャドウを恨んでいるか、今の戦いで充分に伝わってくる。それを思えば、俺らを殺したいと思うのは当然のことだ。しかしそれでもこの命を差し出すわけにいかない』

「結局は悪魔ということか…!利己的だな!」

『そう思ってくれてけっこう。こんな俺でも…生きて欲しいと願ってくれた人たちがいる。そして俺もシャドウやあなた達に同じくらい生きて欲しいんだ』

 

 生島やロスヴァイセの想いは、たしかに大一に響いていた。どれだけ罪の意識に押しつぶされそうになっても、憎しみを受けても、自分の存在を望んでくれる人たちのために、以前のような死ぬための戦いを選ぶつもりはさらさら無かった。

 それは自分の命だけではない。シャドウや戦士たちも生かすことが重要であった。彼らを生かす戦いは、己の魂を守ることに繋がる。

 だからこそ、魔力を通すことに妥協はしなかったし、持てる能力を活用している。まさに生きるための戦いに全力で挑んでいるのであった。

 

「そんな…綺麗ごとを…!」

 

 息を切らす戦士たちは武器を構えて、再び大一へと向かおうとするが、そこに突如として虹色のシャボン玉が出現した。それは校庭中に現れており、突如として戦士たちはボロボロと涙を流し始めた。よく見ると、仲間たちの中でも静かに涙をこぼす者もいる。

 

『なんだこれ…?』

 

 口元の血を軽く拭いながら、大一は怪訝そうにつぶやく。あれほど敵意を向けていた相手が、いきなり戦意が削がれた様子にはさすがに面食らう。

 

「このシャボン玉は…こちらの陣営のものかしら?」

「ええ、そうです」

 

 リアスが口にした疑問に応じたのは、祐斗であった。彼の傍らにはイリナもいて、クリスタルディとの勝負に決着がついたようであった。

 

「このシャボン玉はジョーカーが作り出したもので、相手の大切なものを思い返させて戦意を鈍らせるもののようです」

 

 デュリオの創り出したシャボン玉は触れた物に大切な人とその思い出を想起させるものであった。トップクラスの神滅具を扱う彼が生み出したこの能力は、彼の願う世界の尊さと救いを体現したものであった。

 

『俺や一誠はなんともなさそうだが…』

『エロ弟の方は知らねえが、お前はそもそも意識が3つもあるような状況だから効果が薄いんじゃねえのか。それに俺が戦意を鈍らせたことは無い』

『嬉しくない説得力だな。もっともこれで済まない相手もいるようだが…』

 

 大一の視線には、対峙している戦士たちに目を向ける。シャボン玉の効果で戦意を失った者もいるが、4人ほどふらつきながらも立ち上がって武器を強く握りしめ直していた。涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながらも、再び大一への敵意を甦らせていた。

 

「まだだ…!俺らは…あいつのために…!」

 

 自身の精神に鞭を打つかのように、彼らは走り出す。シャボン玉が彼らに見せた思い出は、シャドウによって狂わされた同志との修行の日々であった。厳しくも満ち足りていた日々の思い出は戦いへの意欲を削いだが、それでもその日々を奪った元凶が目の前にいること思うと、彼らは心を無理やりにでも叩き起こして向かっていった。

 これに対して、大一は黒影の腕を2本増やすと、相手の攻撃をそれぞれの腕に持った錨で全て受け止めた。

 4人がかりでもまるで動かない重さに、嗚咽を漏らしながら呟く。

 

「殺せ…!お前にとっては取るに足らない相手だろう…!」

『さっきも言ったはずだ。俺は全力で戦っている』

「だったら、尚のこと殺せるはずだ…!お前が本気なら…!」

 

 本望とは言えない。それでもここで殺されれば、この苦しさからも解放されると信じていた。同志を思うがゆえに、負の感情でしか生きられない日々から。

 

『本気だからこそ、俺は殺さない。あなた達とは分かり合えるはずだ』

「一生恨むぞ…!」

『それでもいいさ。しかし許されなくても、分かり合うことは出来ると信じたい』

「…偽善者が」

 

 苦しそうに呼吸しながら、彼らは静かに倒れこむ。すっかり消耗して意識もおぼろげな様子で、戦いへの意志は感じられなかった。

 大一が黒影の腕を引っ込めると、ディオーグの呆れた声が口から発せられる。

 

『ふん、つまらん。甘いんだよ、小僧』

『俺はそうは思わないよ。今後もこういった罪に向き合うことはあるはずだ。死んで全ての荷を下ろすことも出来るかもしれないが、そんな楽な道を選んではいけないんだ。それに討たれることで、相手に業も背負わせたくない』

『死なないための言い訳にも聞こえるがな』

『それもあるな。俺のことを大切に思ってくれる人たちがいるんだ。俺は相手も生かし、俺自身も生かすために命を使うよ』

 

 大一とディオーグの会話に、シャドウは何も言えなかった。宿主の覚悟を目の当たりにしたものの、今もなおどうすることが正しいのかは決めかねていた。

 たったひとつの体に三者三様の意識が渦巻く中、仲間達と合流する。このシャボン玉は発生したおかげで戦士たちとの戦闘は終息したかに見えた。実際、大一に向かっていった戦士たち以外は、ほとんどが戦意を削がれている。ただ一人を除いて…

 

「これはこれは…綺麗なシャボン玉ではないか」

 

 ヴァスコ・ストラーダは年相応の笑みを浮かべながら、重い腰を上げる。手にはデュランダルのレプリカが握られており、いよいよ静観を終えるようであった。

 祭服を脱ぎ捨て、露になった上半身はサイラオーグにも劣らないほどの筋骨隆々の肉体であった。握られているデュランダルのレプリカが小さく見えるほどガッシリしており、80歳相応の老人の顔とはあまりにも不釣り合いな姿であった。同時に与えてくるプレッシャーも人間とは思えず、邪龍にも匹敵するほどに感じられた。

 

「では、教義の時間といこうか。悪魔の子供らよ、学んでいきなさい」

 

 先手を取ったのは、合流した祐斗とイリナであった。聖魔剣とオートクレール、鋭い太刀筋は名剣に相応しいものであった。

 しかしストラーダは祐斗の聖魔剣を素手で掴んで、それを止めていた。

 

「いい剣筋だ。的確であり、なによりも相手が人間でも躊躇いがない。しかし素直すぎる。まだ鍛錬が足りない」

 

 祐斗の聖魔剣を素手で割ると、そのまま裏拳で彼に対して打ち込む。剣で防ぐもその威力は彼を一気に吹き飛ばした。

 続けてイリナの攻撃も、剣を2本の指で挟むとなんてことない様子で放り投げてしまう。

 

「ならば魔法です!」

 

 後衛のロスヴァイセが大量の魔法陣を展開すると多種多様な属性魔法を撃ち込む。彼女お得意の戦法であったが、ストラーダは指一本で触れていくだけでことごとく魔法を霧散させた。

 

「術式自体を崩したというのですか!?」

「魔法とは、計算だ。方程式を崩す理をぶつければ相殺、あるいは壊すことが可能なのだよ。特に若い使い手は式が洗練されておらず、形だけの場合が多い。わずかなほころびを見つければ物の数ではないぞ」

 

 大したことないように答えるストラーダであったが、ロスヴァイセの魔法の実力やセンスはずば抜けたものであることを仲間達は理解していた。それをあっという間に無効化する彼が異常なのだ。

 ここでギャスパーが闇の獣を生みだして一気に襲わせる。あらゆる生物を飲み込む恐ろしい力に対して、ストラーダはやはり動じた様子は無かった。

ぐっと腕を引くと筋肉が肥大化する。そして打ち込まれた正拳突きによって風圧と衝撃が発生し、突き進んできた攻撃をギャスパーはギリギリのところで回避する。拳の衝撃は先にあった建物を砕き、道をえぐれさせていた。

 この攻撃にゼノヴィアが注意を促す。

 

「猊下のパンチは『聖拳』と呼ばれているものだ。パンチにすら聖なる力が宿っている!気をつけてくれ、当たれば大ダメージだ!」

『ちょっとは面白いことが出来るな!影野郎、お前にしてはいい相手と因縁があるじゃねえか!』

『好きであんな化け物に関わったわけないだろう…』

 

 ディオーグの昂る声と、シャドウの気落ちした声が発せられるが、大一としては後者の方の感情に近かった。多くの超常的な存在を目の当たりにしてきたが、その中でも群を抜いてこの老人は強かった。

 その証明がまるで止まらない。現に今もギャスパーの闇の獣と匙の呪いの炎を相手に、レプリカのデュランダルで霧散させていた。あらゆる攻撃をパワーでねじ伏せる姿は、パワー自慢のグレモリー眷属も怯まざるを得ない。

 

「貴殿らはあまりに神より賜った力…神器に頼りすぎているのだ。私の力に理屈なんてものはない。愚直なまでの鍛錬と無数の戦闘経験が私の血となり肉となっただけだ。一心不乱なまでの神への信仰と己の肉体への敬愛を忘れなければ、パワーは魂にすら宿るのだ。貴殿らの魂にパワーが宿っているのか?」

『パワーに魂だ?面倒な御託はいらねえんだ…実力がすべてだろうよ!』

 

 あらゆるものを押しつぶすようなディオーグの重い声を出しながら、大一は急接近して黒影の錨を振り下ろす。

 このスピードにもストラーダはあっさりと対応し、彼の攻撃をデュランダルのレプリカで防ぐ。

 

「血の気が多いな。噂では無名の龍と融合しているようだが…」

『気に食わねえ評価だ。しかしでかい口を叩けるだけの実力はありそうだな。潰してやるよ!』

『落ち着け、ディオーグ。戦いを楽しみに来たわけじゃないんだ』

「噂の赤龍帝の兄か。そして私の弟子を狂わせた神器も持つ少年…」

 

 体が無いはずなのに、頭の中でごくりと唾を飲み込むような音が響いた気がした。それだけでシャドウがこの男と相対するのを避けたかったことが伝わる。

 かなり重さを上げていたにもかかわらず、ストラーダは太い腕で剣を一振りすると、大一を横っ飛びに退かした。追撃するように再び聖拳の衝撃波が迫るが、大一は身体をひねるようにして回避する。

 それを狙ったかのように高速で接近してきたストラーダが剣で突きを入れこもうとするが、これを錨によって切っ先を逸らすことに成功した。

 

「動きはいいが、防戦一方か」

『だったら、これでどうだ!』

 

 接近したのを機に、大一は大きく頭を振りかぶると硬度と重さを上げて、相手の額に頭突きを決めた。鈍い音が響き、その衝撃が互いに伝わる。魔力で強化したにもかかわらず、自分がふらつくほどの感覚を抱くのに、大一は驚きを禁じえなかった。

 もっともストラーダ自身も、意外な攻撃方法にわずかに怯むが、再び向けた瞳には輝くような光が宿っていた。

 

「…なるほど、悪くない信念だ。しかしこれを防げるかな?」

 

 ストラーダはしっかりと足を踏み込むと、大一の腹部に拳を鋭く入れこむ。すぐに後ろに飛んで衝撃を殺そうとするが、あまりの威力に身体はくの字に曲がり、想像以上に後退させられた。

 

「寸前で腹に黒影を幾重にも張って、攻撃を防いだか。よくやるものだ」

『死ぬつもりは無いので…もっともあなたも俺を殺すつもりは無いと思いますが?』

「…それでも弟子の無念は感じている。それにこの戦いでも、隠れてばかりの神器を認められないな」

『いつかは認めさせますよ…だが今はせいぜい時間稼ぎ…ここからは俺よりも強い奴が相手です』

 

 口からの流血を拭うと同時に、真「女王」形態へと遂げた一誠がストラーダに向かっていくのであった。

 




シャドウが未だに何もしていませんね。
そしてストラーダの実力はやっぱりおかしいですわ…!


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第180話 教会の戦士

ストラーダ関連はそこまでオリ主が入る隙は無いですが…。


『おいこら小僧!あの程度で負けたとか言うんじゃないだろうな!』

『あの程度って、もろに食らったら絶対に意識失っていたぞ!むしろ咄嗟に致命傷を避けたのを褒めて欲しいくらいだわ!』

『甘ったれるな!たかだが数十年の違いしかない男の攻撃を受けきれない弱さのくせによぉ!』

『ドラゴンの基準で言うんじゃねえ!』

 

 一誠が真「女王」形態となってストラーダに向かっていく一方で、入れ替わるように大一は後退してアーシアからの回復を受けていた。しかし先ほどから同じ口から会話として繰り広げられる独り言は、傍から見ればあまりにも不気味であった。これに対して朱乃は呆れたように首を振る。

 

「さっきまであんなに覚悟を決めていた人と同一人物とは思えませんわ」

 

 ストラーダの実力を目の当たりにすれば緊張感が途切れることは無いが、大一の様子はある意味で心にわずかな余裕を感じさせた。あれほど自分を犠牲にしようとする男が生きることへの決意を口にしてくれたことが、熱いものをこみ上げさせていた。

 

「お兄さんもディオーグさんも静かにしてください!回復が上手くいきません!」

『俺に指図するとは偉くなったな、ビビり女!』

『怖がらせるな!ごめん、アーシア』

「これくらい気にしません。それよりも…」

『無理はしない。そもそもあの人が期待しているのはおそらく…』

 

 回復を受けている大一の視線の先では、真紅の鎧を身にまとった一誠の重い拳がストラーダの剣に防がれていた。右腕には「戦車」の力を集中させているため、その拳の破壊力は推して図るものであるが、それをデュランダルのレプリカで防ぎきっていた。鎧と剣のぶつかり合いの余波が広がり、攻撃を相殺しきった2人は飛びのいて距離を取った。

 そのタイミングで再び祐斗とイリナが飛び出して、ストラーダへと剣を振る。合わせるように朱乃と小猫も参戦し、ひとりの老戦士を相手に総力を挙げて向かっていった。

 この状況に大一も姿勢を起こすが、それをアーシアがたしなめる。

 

「お兄さんはまだですからね。思った以上に内部へのダメージが───」

『…わかっているよ』

 

 大一は呼吸を整えながら答える。アーシアの言う通り、彼のダメージはたった一撃でありながら深刻であった。咄嗟に防御しながら衝撃を殺したものの、ストラーダの「聖拳」は悪魔の彼にとって手痛いものであった。

 

『まあ、間違いなく力の入れようが違ったからな』

「どういうことですか?」

『言葉通りの意味だ。さっきの一撃、あの人の言葉を借りるなら魂が宿っていた』

 

 ストラーダの一撃を食らった瞬間、今もなお余裕の態度を崩さない老人とは思えないほどの悲しみや怒り、恨みが込められているのを間違いなく実感した。彼なりに弟子を狂わせたシャドウに対しての無念を抱いていることを、たしかに肌で感じた。

 同時に殺すつもりで放った一撃ではないのも確信した。本気で殺すつもりであれば聖剣の方を使っただろうし、あのまま追撃を狙っただろう。そもそも一連のクーデターで彼らは死者を出していない。感情にかられて殺すようなタイプにも見えない。言わば先ほどの込められた一撃は、「許す」一撃であった。

 

『互いに自分の想いをぶつけ理解を求める。そのために全力を出す…受けた俺がそれを実感したんだ。俺にとって、あれが目指すところなんだろうな』

「だったら、尚のこと踏ん張る必要がありますよ」

 

 隣に立つロスヴァイセが手早く防御魔法陣を張る。ちょうどストラーダが朱乃の雷光龍を四散させて、その波動がこちらに向かってくるところであった。

 ロスヴァイセが幾重にも張った防御魔法に、大一も姿勢を起こすと両腕を伸ばして疑似防御魔法陣を複数作り出す。張り込んだ魔法陣でなんとかしのいだものの、守りに定評のある2人でもようやく防ぎ切るほどであった。

 

「まだだ!」

 

 瞬時にゼノヴィアが突貫していく。エクス・デュランダルに速度と破壊力を上乗せして切りかかっていくのに対して、ストラーダは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

 

「いいぞ!そうだ!それでいい!何も考えてはいけない!いいか、戦士ゼノヴィアよッ!たとえ、エクスカリバーと同化しようとも、デュランダルの本質は───純粋なパワーだッ!だからこそ、貴殿は選ばれた!否定するなッ!力を否定してはいけないッ!」

 

 ゼノヴィアの斬撃をいなしながら、まるで指南するかのようにストラーダは剣を振る。苦悶の様子の少女と喜々とした老人、本物と偽物の聖剣、まるで違う要素しかない2人がつばぜり合いになると、ストラーダは正面からハッキリと言い切る。

 

「だが、パワーの表現はひとつではない。この剣の姿、貴殿が本当に求めたものなのか?」

「───ッ!?」

 

 その指摘になにか思うことがあったのか、ゼノヴィアは素早く後退する。視線は己の得物であるエクス・デュランダルに向けられており、

 そこに今度はリアスが全身に滅びのオーラを纏いながら割り込む。手に込められている魔力から、彼女の必殺技である「消滅の魔星」を狙っているのは明らかであった。

 

「───なら、これならどう?避けないと死ぬわよ!」

 

 撃ち出された滅びの魔力は速度こそ遅いものの、凝縮された力を保っていた。リアスの忠告は、絶対に避けることを前提としており、この技を使ったのは相手への畏敬の念の表れであった。

 

「これはこれは…老体にはちと厳しい代物だ。───しかし」

 

 ストラーダは落ち着いてデュランダルのレプリカを天高く振り上げると、聖なるオーラを集中させる。そして周囲を巻き込んで滅ぼすほどの魔力の球体を…一刀両断した。

 この結果にリアスは言葉を失う。防御を無視し、邪龍をも追い詰めたこの技を老人がレプリカの聖剣で無効化したのだから、当然の反応であった。もっともストラーダ自身もかなり消耗したようで、肩で息をしていた。

 

「いいかね?デュランダルは『すべて』を斬れるのだ。たとえ、それがバアルの滅びであろうとも」

 

 息を整えるストラーダは、崩れることのない岩石のような強靭さを感じさせた。彼やクリスタルディの存在を踏まえると、かつての戦いで天界側を崩せなかったことにも納得の説得力があった。

 するとここでもうひとりの剣士が前に出る。

 

「───さて、次は私の番ということでよろしいでしょうね?」

「ほう…まさか、この歳になって見ることが叶うとは…」

 

 アーサー・ペンドラゴンの聖剣を見て、ストラーダが感嘆の息を漏らす。次の瞬間、ヴァ―リチームの若き天才と教会のベテランの戦士の姿がその場から消え去った。

 2人は上空へ飛ぶと、素早い動きで刃を交え始めた。激しい金属音をまき散らし、高速で斬撃の応酬をぶつけ合っていく。上から振り下ろしたかと思えば、次の瞬間には真横から薙ぎ払うように斬る。一方でそれを防いだ瞬間、相手の腕を狙って剣が振り上げられる。この激しい剣の攻防を落下の最中に行っているのだから、2人の戦いに誰も介入できなかった。

 素人目に見ても激しい戦いなのだから、祐斗、ゼノヴィア、イリナといった剣士組には特別なものだったのだろう。彼らは瞬きもせずに、その戦いの様子をじっと見ていた。

 やがて2人は地に降り立つが、息をつく暇も無く走りだして聖剣を交錯する。お互いに致命傷こそ無いものの、体には複数の細かな切り傷が刻まれ始めていた。そしてそれ以上に目を引くのは、戦いの狂気に彩られたその顔であった。

 

「…まだアーサーは本気ではない。むろん、あちらのストラーダも…」

 

 祐斗が悔しそうに唇を噛む。己の実力が目の前で繰り広げられている2人に及ばないことを察したのだろう。

 祐斗ですら悔しさを覚えるこの実力者同士の戦いに、終わりが訪れたのは突然であった。互いに大振りの斬撃を打ち合った後、後方に引き下がるとアーサーの方から剣を下ろした。

 

「…素晴らしい。───が、止めましょう。これ以上は、私がショックで立ち直れなくなる」

「…すまないな、若い剣士よ」

「あと30年、いや20年早く出会えれば、最高の戦いができたでしょう。これ以上は…悲しくなるのでね」

 

 どこか残念そうにため息をつくと、アーサーは去っていった。あまりにも唐突な終わり方に面食らうものの、それをいちいち気にしている暇も無かった。

 ストラーダを倒すにあたり、本気の一撃を必要と感じた一誠はロンギヌス・スマッシャーの準備を始めていた。

 しかしそれを遮るようにゼノヴィアがただひとり、ゆっくりと前に進んでストラーダと対峙した。そしてエクス・デュランダルを分離して、デュランダルとエクスカリバーを両手に携えた。この一連の好意に、相手は高揚したように身体を震わせる。

 

「そうだ。それでいいっ!元使い手の私からしてみれば、エクス・デュランダルは疑問の塊であった。どちらもそれで完成している。それなのに、なぜ組み合わせる必要がある?それは貴殿がデュランダルに翻弄されて、『補助』などという愚行をエクスカリバーに課したからに他ならない。貴殿は…一刀でも二刀でも戦える戦闘の申し子だ。否定するな。パワーを信じてこそ、力は本物になるッ!」

 

 かつてのゼノヴィアは二刀流が基本的であった。エクス・デュランダルを手にしてからはその一本で戦っていたが、ここにきて本来の戦闘スタイルへと回帰した彼女であったが、それが間違いでないことはすぐに証明された。デュランダルもエクスカリバーも聖なるオーラがにじみ出て、瞬く間に莫大な力へと上がっていった。

 

「ようやく、再会できたな、デュランダルよ。そう、そのデュランダルこそ、本当の姿だ。さあ、戦士ゼノヴィアよ。何も考えず、ただ来るがいい。デュランダルの真実は破壊の中にしかないのだ」

「…はい!」

 

 純粋なパワーを体現した2人は互いの聖剣をぶつけ合う。力の余波はこのバトルフィールドを揺らし、彼女たちの周囲が崩壊を始める。天井にひびが生じ、建物や道はどんどん破壊されていく。大一、朱乃、ロスヴァイセ、が前に出て防御魔法陣を出すほど、このパワーとパワーのぶつかり合いは影響を及ぼしていた。

 この次元の違う戦いの中で2人の瞳には光が宿ったように輝いていた。この2人にしか理解できないような思いを込めた戦いが繰り広げられているのだ。

 ゼノヴィアが2本の聖剣を交差させて振り下ろすのを、ストラーダがレプリカで防ぐ。苦悶の声を上げながら破壊の聖剣を押し返した彼の実力は、さすがの一言に尽きるだろう。

 しかしその代償は大きかった。いよいよレプリカの方の刃にひびが入ったのだ。体力もかなり持っていかれたようで、息を切らしながらついにストラーダはゼノヴィアを前にして膝をついた。

 いよいよ勝負が決すると思われた矢先、ひとりの少年…テオドロ・レグレンツィが彼女の前に立ちはだかった。

 

「…ストラーダ猊下を許してやってくれ。すべては私が悪いのだ」

「テオドロ猊下…お下がりください。この老骨がすべてを決めますゆえ」

「もういい!もう充分だ!ストラーダ猊下までいなくなってしまったら、私は…私はどうしたらいいというのだ!」

 

 テオドロは涙を流しながら、自分の存在を証明するように天使の翼を展開する。同時にゼノヴィア達に向けられた視線は憎しみそのものであった。

 

「…私の…父と母は…悪魔に殺されたのだ。悪魔は許さない!悪魔を許すわけにはいかないのだっ!」

 

 絶叫する少年に、誰も言葉を紡げなかった。そしてストラーダが彼を優しく抱きしめる。

 

「…同盟もいい。それもひとつの平和の形だ。しかしそれでは救われない者、憤りを感じる者もいるのだよ。テオドロ猊下も、今日立ち向かった戦士たちも生き方を魔となる存在に歪められて剣を取ったのだ」

「俺たちは───」

「僕たちはッ!」

 

 一誠が想いを吐露しようとした瞬間、祐斗がそれを遮る。

 

「…僕たちは、ただ平穏に暮らしたいだけだ。あなたたちにはあなたたちの正義があり、価値観があるんだろう。けれど、この町に住む多くの仲間たちは修羅場をくぐり抜けてきた仲間だ」

「その通りだ。お互いに支え合ってきて命がけで戦い抜いてきた大切な仲間だ。たとえ、ストラーダ猊下とテオドロ猊下が、それをお認めにならなくても私たちが信じた者たちのためにこれからも戦う!」

「ストラーダ猊下、テオドロ猊下、私も───悪い悪魔はいると思います。けれどいい悪魔もいます。それは、人間も一緒で…他の神話体系では、善神も悪神もいます」

 

 憑き物が落ちたような顔で強く言い放つ祐斗に、ゼノヴィアとイリナも続くように訴える。教会とも強くつながりを持つ3人の剣士の言葉に、ふっと悟ったように笑みをこぼす。同時に老体に鞭打つかの如く、再び聖剣を握りしめた。

 

「…そうだな、これが同盟の結果であり、新たな時代の幕開けを意味するのだろうか…。しかし、一度振り上げたものは落としどころも見つけなければならぬ。テオドロ猊下、お下がりくだされ。この老いぼれの最後のデュランダルをお見せしましょうぞ」

「もういい!ストラーダ猊下!私は…十分だ!あなたやクリスタルディ猊下、それに戦士たちが戦ってくれただけで…!だから、私が罰を受ける!この命を持って償おう!」

 

 テオドロの決意は、まさに強者と呼ぶにふさわしいだろう。それほど確固たる信念が垣間見えているが、それをストラーダは良しとしなかった。優しく少年の頭を撫でながら、柔和な笑顔を浮かべる。

 

「子供が不平を訴えるのはいつの時代もあることです。あなたの訴えは尊く、純粋であった。だからこそ、再び剣を握り、戦士たちも付き従ったのですよ。そしてあなたや戦士たちの意志を払いのけてまで作り上げられた彼らを見て欲しかった。一切我らを排せず、受け入れ、意を汲んでくれた。彼らは…どうやって私たちを止めようか、想いを踏みにじらずに受け入れるかを考え抜いてくれたはずだ。その時点で、私たちは負けていたのですよ」

 

 ストラーダの言葉に、テオドロは顔を伏せてしまう。その様子に、大一は小さく息を吐く。ストラーダが覚悟の上でいたことは、受けた一撃とわずかなやり取りで理解はしていた。その責任に対して真摯に向かう態度は尊敬に値する。

 同時に不安にも感じた。彼が次に取るべき行動を察してしまったのだ。

 

「私とクリスタルディの首を以て、天に許しを請おう。テオドロ猊下も戦士たちもまだ若い。これは、私が蜂起させたものなのだから。この戦場で吐き出したものと、私の屍を乗り越えて、戦士たちは新たな生き方に転じることも出来るだろう」

 

 嬉しくない予感ほど当たるもの、その現実を理解した大一は苦虫を嚙み潰したような表情になる。それを肯定できるような感情を彼は持ち合わせていなかった。あれほど強く、慕われている男が、責任を取るために死のうとすることを受け入れてはいけないのだ。自分が生島から許しを受けたように、彼にだって同じような道があるはずなのだ。

 少なくとも教会の戦士たちは誰一人として、この老戦士の死を望んでいるとは思えなかった。

 

「猊下!そのようなことおっしゃらないでください!」

「我らの命であれば、喜んで差し出しましょうぞ!」

「煉獄に行く覚悟はできておりまする!」

 

 次々に上がる教会の戦士たちの声に、大一の頭の中でシャドウの舌打ちが聞こえた。彼らに罪悪感を抱くその神器が何を思っているのか…。苛立ちもあるが、それはどこか腑に落ちない雰囲気も感じられた。

 一行がどうしようか考えあぐねるこの状況に、突如第三者の声が響き渡る。

 

「私がころころしてあげるわよーん♪」

 




やっとクリフォトが出てきました。


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第181話 影の信念

原作でもヴァルブルガの勝負はほとんど消化試合な印象でしたので、こちらも巻きでいきます。


「最後の最後、美味しいところを横合いから取っちゃう♪うーん、燃え萌えだと思わなーい?」

「その概念はわからないが、漁夫の利という言葉があるくらいだ。戦術としては正しいだろう」

 

 楽しそうにゴシック調の傘を回しながらヴァルブルガは、隣に立つ鎧武者の無角に話す。フィールドに侵入してきたクリフォトが合図をすると、周囲に魔法陣が展開されて100匹近い邪龍軍団が現れた。

 

「んじゃ、邪龍の皆に活躍してもらおうかなーん♪」

「そう来ると思ってました」

 

 邪悪な笑みを浮かべて邪龍に指示を出そうとするヴァルブルガに対して、ロスヴァイセは狙い通りといったように口元に不敵な笑みを映す。彼女が指を鳴らすと、フィールド全体が銀色の光を発し、邪龍の群れが力を失ったように倒れ始めた。

 

「───ッ!これって…っ!どういうことなのん!?」

「あなたたちクリフォトがここに侵入することも、邪龍を召喚することも想定済みです。このフィールドは私が独自の結界術式を組んで構築されていまして、この場で邪龍を呼び寄せると機能を封じる作りになっています」

 

 今回、ロスヴァイセは敵が横やりを入れてくるのを見越して、このような結界を考案していた。アウロス学園でファーブニルが行った謎のクッキング披露により、なぜかアーシアに懐いた量産型邪龍の研究の成果でもあった。

 悔しそうに口元を歪ませるヴァルブルガは撤退を計ろうと、手早く転移魔方陣を展開させるが、それも輝くことなくすぐに消えてしまった。

 

「…発動しない?転移が封じられている?」

「いや、経路をすべて断っただけだ」

 

 落ち着いた声の主は、黒い犬を従えた幾瀬であった。彼の姿を確認したヴァルブルガは驚愕する。

 

「───『刃狗』ッ!」

「やあ、久しぶりだ。紫炎の魔女。あんたに継承された聖十字架は、どんな塩梅かな?悪いが、あんたがフィールドの外に用意した脱出用転移魔法陣の術式はすべて斬らせてもらった」

 

 疑似フィールドの天井には氷柱のように切っ先を向ける無数の刃が生えていた。禍々しさすら感じる刃が、彼の言うように魔法陣を断ち切ったようであった。

 

「じょ、冗談じゃないわ!術式は前もってランダムに数万単位で組んだのよ!?それを私が侵入してからのわずかな時間で全部───」

「ああ、すべて断った。裏方要員なんでね。仕事はするさ」

「あんた、本当に人間…っ!?」

 

 絶句するヴァルブルガは、おぞましそうに幾瀬へと視線を向ける。もはや別の生き物を見るような目であった。

 

「さあ、決めるんだ、兵藤一誠くん。表舞台で輝いてこそ、伝説のドラゴンなのだから」

「は、はい!」

 

 幾瀬の言葉に、一誠が強く頷く。全員の意識がヴァルブルガと無角へと集中された。うろたえるヴァルブルガの一方で、隣に立つ無角は仁王立ちをして鎧に顔を覆われているため、まったく感情が読めなかった。

 

「ユーグリットの作戦が失敗したことがここで効いてきたな。あの戦乙女を侮っていた。それに『刃狗』…噂に違わぬ実力者だ。我々は甘かったということだ」

「…ふふっ!あーはっはっはっは!だったら、ここで全員、燃やし尽くすまでですわん♪」

 

 狂ったように高笑いをするヴァルブルガの背後から複数の紫色の炎が巻き起こり、十字架を形作る。

 

「じゃあ、見せてあげるわよんっ!私の禁手をねっ!」

 

 彼女に呼応するように、紫炎は膨張していき巨大な十字架へと姿を変えていく。そこには八つの頭を持つ蛇のようなドラゴン…八岐大蛇が磔にされており、その大きさは高層ビルにも劣らないほどであった。

 

「これが私の亜種禁手『最終審判による覇焰の裁き(インシネレート・アンティフォナ・カルヴァリオ)』よん♪」

 

紫炎の八岐大蛇をバックに、ヴァルブルガは堂々と宣言する。これに対して、ストラーダが言う。

 

「聞いた話では、現聖十字架の使い手の能力は、磔にしたモデルによって、その姿と特性を変えるという。此度の磔のモデルは八つ首の邪龍、ということなのだろう」

「八重垣くんに持たされた剣には『八岐大蛇』の魂が半分だけ入っていたの。残りの半分は私が紫炎に取り込んだわ。この神滅具の真の姿は独立具現型なのよん♪」

 

 彼女の自信を表すかの如く、肌を刺すような熱気が感じられる。聖遺物の炎だけあって、感じられるプレッシャーもすさまじいものであった。

 しかしこの強敵相手に怯む「D×D」ではない。教会の戦士たちの戦い後にもかかわらず、一誠とゼノヴィアを先頭に気持ちを締め直して相手へと向き直った。

 大一も気を抜かないのは同様であったが、それはヴァルブルガや無角だけではなかった。敵の狙いが双方の共倒れであるならば、ストラーダ達にも矛先が向かう可能性がある。ましてや、先ほどの実力を見せつけられては尚のことだ。

 

『…リアスさん、そっちは任せましたよ』

「大一、どういうこと?」

 

 魔力を全身にまとわせた大一は、テオドロとストラーダの下に高速で接近していく。その腕には黒影で形成した錨が握られていた。いきなりの行動に仲間からは驚かれるが、その理由はすぐに明らかとなった。

 

『やっぱりそう来るよな…!』

「予想されてたか。上手くいかねえものだな」

 

 ストラーダを背後から狙ったバーナのマグマの拳を、大一は錨で防ぐ。紫炎にも劣らない焼けるような感覚であったが、彼は硬度と重さを上げて踏ん張っていた。

 

「この爺さんをどさくさに紛れて焼き殺せば、教会もお前らも大混乱だと思ったんだがな」

『俺もそれを予想していた。「異界の魔力」の特性を踏まえれば、別に動いて不意打ちも難しくないだろうからな』

 

 ヴァルブルガ達が現れた瞬間から、大一は感知を強めていた。これまでも「異界の魔力」の感知の難しさを踏まえて、敵は不意を突くような戦術を取っていた。それを踏まえれば、目の前に現れたヴァルブルガ達以外にも動いている敵がいることを考えていた。そしてストラーダの実力や人望を目の当たりにしたからこそ、一番狙われる可能性も高いことも。それゆえに同じ魔力を持っている大一は警戒を強めていた。

 看破されていたことにバーナは目を細めて軽く舌打ちする。

 

「へえ、この魔力の特性まで気づいていたか。そういやウチのリーダーの本名まで知っていたようだし、思った以上にバレているのかね」

『お前らには誰も殺させない』

「そういう心意気はけっこう。あたしも楽しくなれるからな…でもまだ慣れていないようだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるバーナに、大一は悪寒を感じる。この一瞬の気の緩みは、すぐに己の未熟さを実感することに繋がった。

 気づけばテオドロのすぐ近くに同じ魔力の存在を感じた。そこには彼女の弟であるモックが前腕から三角形の突起を出して、少年の首を狙うように腕を振りかぶっていた。

 すぐに助けようにも、バーナの攻撃を防ぎながら出来るほどの余裕はない。おそらく1度感知して攻撃を防げば、他のメンバーも気づくだろうが今はそれも叶わない。つまりこのままではテオドロが殺されるのは明らかであった。その時が迫ろうとするが…

 

『ああ、イライラする!』

 

 大一の背中から真っ黒な人間の上半身が飛び出ると、両手に持った錨でモックの攻撃を防いだ。顔には表情は無く、たったひとつの血走った眼が肉薄するモックを睨みつけていた。

 

「なるほど、この男の神器か。自立型だからこそ出来た芸当か」

『ナイスだ、シャドウ!』

『正直、かなりきついけどね!』

 

 息も荒く、焦燥と緊張に溢れながらシャドウは答える。彼の咄嗟の行動で大一は安心するが、その一方でテオドロは間近で守ったこの神器の存在に驚いていた。

 

「…私を守ったのか?お前は世界を混乱させて、天界を憎んでいるのに…」

『ああ、そうだよ!今でも僕のことを捨てた天界は腹立たしいし、その復讐で騒ぎを起こしてきたのも後悔していない!』

「だったらどうして…?」

『イライラするんだよ!キミもストラーダも他にもたくさん、自分の命を軽く扱いやがって!僕と違って、失っても想ってくれる大切な人たちがいるのに!何が責任を取るだ!力があるんだったら、もっといくらでもやりようがあるだろッ!僕なんかよりもよっぽど…ッ!』

 

 感情をせき止めていたダムが壊れたように、シャドウが心中を吐露していく。涙は出ないはずなのに、いつもの甲高い声は鼻がつまったように聞こえ、苦しみに悶えているような印象を抱かせた。それでも言葉を続けていく。

 

『言っておくが、僕は謝らない!僕は生きるために必死だったからな!だから、恨んでくれて構わない!消そうとするのも構わない!それでも恨みも失敗も全部ひっくるめて抱えながら、僕を必要としてくれる相棒のために生きるだけだ!それが僕の答えだ!』

 

 シャドウの苦しみに苛まれた感情が、大一の中にも流れ込んでくる。彼なりに自分の正しさと相手への罪悪感にどのように折り合いをつけるかを悩んでいた。そして最後に決めたのは、必要とする大一やディオーグと共に罪を抱えながらも生きていく、というものであった。次元の狭間で再会した時に、大一が諭したことをシャドウは本当の意味で受け入れて前に進むことを決めたのだ。

 

「何が何だかわからないが…しかし神器ひとつで抑え切れるほど甘くはないよ」

『ぬ、ぬおおおおッ…!』

 

 淡々と答えるモックの腕が少し肥大化する。それに伴ってシャドウも力負けしていき、打ち破られるのは時間の問題であった。

 

「時間稼ぎさえしてくれれば、問題なしにゃん!」

「援護します!」

 

 妖術と仙術を合わせた塊がバーナを、複数の氷の槍がモックを襲った。目の前の相手に集中していた2人は攻撃をまともに食らうものの、すぐに攻撃が来た逆方向に後退する。そして入れ替わるように、大一の近くに黒歌とルフェイが降り立つ。

 

「大丈夫ですか、大一さん?」

『ああ、助かった…!正直、ギリギリだったよ』

「にゃはは、惚れ直してもいいのよ♪」

 

 緊張した様子でルフェイは杖を構え、対照的に黒歌は大一に誘惑的に笑みを向ける。もっともその眼は油断なく敵へと向けられていた。

 不意打ちを返されたバーナは苛立ち、モックは疲れたように言葉を紡ぐ。

 

「あー…この前、ギガン達とやりあったヴァ―リチームの奴らだな。仙術に魔法…あたし好みの戦いじゃねえな。モック、任せるぞ。あたしは龍交じりの悪魔の方をやるわ」

「姉さん、選り好みしている場合じゃないよ。僕ら、かなりピンチだ」

「お姉様って呼べ。いいじゃねえか、3人くらいあたしら姉弟なら…」

「4人ですよ」

 

 その言葉と同時にアーサーがバーナへと斬りかかる。鋭い斬撃ではあったが、バーナはマグマを纏わせた自分の腕で聖剣を防いでいた。

 

「いいねえ…聖剣エクスカリバーか。これだけで使い手の凄さもわかるってものだ」

「悪魔じゃないからか、そこまで効いていないようですね。しかしそれが負ける理由にはならない」

「個人的にはもっと荒々しい方があたしの好みだが、その綺麗な顔に闘争心も感じる。楽しませてくれよ!」

 

 喜々とした狂気の表情でバーナは、マグマの拳でアーサーにラッシュを打ち込む。素早い剣さばきで向かってくる拳を丁寧にいなしていくが、この熱気は彼も苦しいようで、その落ち着いた顔の額には汗がにじんでいた。

 

「おらおら!そんなものか、聖剣使い!」

「えらく荒々しいですね…それに視野が狭い」

『そういうことだ!』

 

 アーサーが大きく姿勢を低くすると、その後ろから大一が弾丸のような速度で伸びていく腕で顔面を殴りつけた。顔に命中して思わず姿勢をよろけさせたバーナに、さらにアーサーの斬撃が連続で襲い掛かる。防御もできないまま斬りつけられ鮮血がまき散らしたところに、距離を詰めた大一の蹴りが腹部に入り込み一気に吹き飛ばした。

 

「即興のコンビネーションでも上手くいくものですね」

『さすがヴァ―リチームってところだな』

 

 肩で息をしながらアーサーと大一は話す。バーナとの接近戦は熱で体力を消耗させられるため、この短時間でもかなりの疲労を感じた。大一については黒影で形成した腕はともかく、蹴り飛ばした足の方は火傷を負っている。それでもこの手負いに見合ったダメージは相手に与えられたと言えるだろう。

 すぐ横では黒歌とルフェイがモックを相手に押し込んでいる。モックが放つ水の塊を凍らせたり、電撃で無効化するなどしながら徐々に追い詰めていった。

 後方では一誠がヴァルブルガに「乳語翻訳」と「洋服破壊」を決めたことで完全にペースを握っており、紫炎で形成した八岐大蛇もリアス達がパワーでねじ伏せていた。

 その近くでは幾瀬が大量の刃を出しながら、無角の扱う鞭のような大刀を捌いている。後方での戦いは「D×D」が優勢であった。

 

「ああ…痛えな。ちょっと油断していたわ、うん」

 

 ぐっと体を起こしてバーナは呟く。短いながらも大一とアーサーの猛撃を食らいながらも普通に立ち上がる彼女のタフネスには驚きを感じなかった。

 

『あれだけ受けてあっさり立ち上がってこられるのはショックだな…』

「しかしダメージは入っているはずです。いずれにせよ、こちらが有利。一気に攻めたてましょう」

「調子に乗っているな、ガキども。今度はこっちが叩きのめして───」

 

 バーナの言葉は、フィールドを揺らすほどの衝撃と突然の轟音にかき消された。ゼノヴィアの二振りの聖剣によってあれほど巨大な八岐大蛇を磔にしていた十字架は断ち斬られて、そこに一誠のロンギヌス・スマッシャーがヴァルブルガを敵の禁手ごと飲み込んでいた。大一たちの背後で繰り広げられた「D×D」と紫炎の魔女の対決が終幕を迎えたのだ。つまり…

 

「我々の敗北というわけだな」

 

 上空から無角が巨大な刀を抱えながら、バーナの下に降り立つ。鎧に切り傷はあるものの手痛いダメージを受けた様子は見られず、まったく呼吸が荒れていないのも相まって、まだ余力を感じさせた。

 彼を追うように幾瀬も大一たちの近くに降り立った。無傷ではあるが、呼吸が浅く消耗していることが窺えた。

 

「確かに強いな。あの人が手こずるわけだ」

「本気を出していない貴様に言われても、褒められている気がしない」

 

 淡々と答える無角に対して、横からバーナが鼻血を拭いながら話しかける。

 

「なんだ、無角?魔女ひとり負けた程度で終わりか?あたしらがいれば、まだまだやれるだろ」

「そもそも今回はここまで消耗すること自体が計画外だったんだ。これ以上の損失は利が無い」

「仕方ねえ、撤退するか。モック!」

 

 バーナに呼ばれたモックは水の盾で黒歌とルフェイの攻撃を防ぐと、素早い動きで後退して姉たちと合流した。

 

「なに、姉さん?」

「お姉様だって言ってんだろ!撤退するから、手を貸せ」

「無角がいて良かったと思うよ。姉さんだけなら絶対にそういう結論に達しないだろうから」

「術式は全て断っている。逃げられると思うな」

 

 幾瀬とアーサーが斬撃を飛ばし、大一は硬度と重さを上げた黒影の腕を伸ばして敵を狙う。

 向かってくる攻撃に対して、モックが前に出る。そして突如、着ていたパーカーが引き裂かれるほど体が肥大化していくと、口から吐き出した流水で盾を形成して幾瀬たちの攻撃を完全に防ぎ切った。

 

「…妖怪の類かにゃ?」

「な、なんですか、あれは!?」

 

 合流した黒歌とルフェイはモックの姿に疑問を口にする。肥大化した身体は少年の姿とは程遠かった。腕や脚は筋肉に溢れ、バーナや無角よりも大きい。その腕には何度か出していた三角形の突起がある。だがもっとも驚くべきことは、まるで人の姿をしていないことであった。頭と体が繋がっていると思えるほど首は太く、それが伸びて尾まである。背中には腕よりも大きな三角形の突起が出ていた。口から覗かせる歯は鋭い上にのこぎりのようにギザギザとした凹凸が見られた。

 

『ドラゴン…じゃないな』

「サメですね」

 

 アーサーの指摘がもっとも正しいだろう。モックの変化した姿は、陸上に上がったサメの化け物と形容できる見た目であった。

 

「姉さん、目くらましだ。無角、転移は頼んだよ」

「よっしゃ!やるぜ、モック!」

 

 バーナの両腕から放たれたマグマとモックの口から吐き出された水流が合わさる。その瞬間、強烈な蒸気が一気に辺りを覆い、彼らの視界を覆った。蒸気もかなりの熱さであり、大一は幾瀬とヴァ―リチームを覆うように影を展開させて彼らを守ったが、目を開けることは叶わなかった。

 

『くっそ…!これじゃあ…』

「任せるにゃん。ルフェイ!」

「はいッ!」

 

 黒歌とルフェイが魔法陣を展開すると旋風が巻き起こる。その凄まじい勢いは、あっという間に蒸気を吹き飛ばしていく。

 しかし蒸気が晴れると、3人の敵の姿は消えていた。




そろそろ19巻も終わりが見えてきましたね。


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第182話 老戦士の準備

ちょっと長くなりましたが、一気に書きます。
ゼノヴィアには悪いが、原作の演説はカットで…。


 戦いが終わったバトルフィールド、すでに教会の戦士たちは首謀者であるテオドロ、ストラーダ、クリスタルディを筆頭に武器を手放して投降していた。ヴァルブルガ(直前のところで魔法陣を張っていたため、死には至らなかった)もフィールドに来たスタッフたちに連行されていった。同時に彼女の神滅具も回収し、今回の一件は終息へと向かっていた。

 もっとも、この挑戦は計画されたものであった。後から合流したアザゼルがストラーダと話すには、リゼヴィムがこのクーデターを先導しているとなると内通者の存在が疑われた。そこで内通者を特定するために、徹底してフィールドを準備した上で、今回の挑戦を計画していたのだという。ロスヴァイセの結界や封印術のテストも出来たため、かなり有益であったと言えるだろう。

 大一は疲れたように瓦礫に座り込みながら、少し離れたところでストラーダ達を見ていた。老戦士はアーシアにかつて彼女が治療した者達の手紙を渡したり、アザゼルに小瓶を渡していたりと、最初から打ち合わせをしていたかのように行動をとる。

 それを見ながら、大一の肩から出てきたシャドウが呟く。

 

『あいつは本気で死ぬつもりは無かったってことかよ…』

「どうだろうな。テオドロ様の訴えは本気に見えたが…」

『あー、ムカつく!踊らされたような気分だ!』

 

 甲高い声に本人の不快さを乗せながらシャドウは言う。たしかに彼の言う通り、ストラーダの様子から、今回の狙いは内通者のあぶり出しと同志の憎しみの浄化としか思えなかった。いやそれだけじゃない。ゼノヴィアに教示するような態度、アーシアに渡した手紙、さらに今は祐斗に対して、かつて彼が受けた非人道的な研究での生き残りと思われる少女を引き合わせている。ゼノヴィアは強い自信を確立し、アーシアは歓喜の涙に濡れ、祐斗はかつての同志との再会を涙と共に喜ぶ。まるで全てを見通していたかのような雰囲気に、シャドウの苛立ちはピークに達していた。

 

『僕が吹っ切ることも奴の計画自体だったのかよ…!』

 

 苦々しい呟きを残して引っ込むシャドウに、大一はわからないといった様子で肩をすくめる。たしかにストラーダの様子はシャドウの件すらも計算づくのように感じるが…。

 すると大一に近づいてきたアザゼルが話しかける。

 

「なあ、大一。やっぱり敵は逃げたのは間違いないか?」

「それですか。幾瀬さんにも言いましたけど、『異界の魔力』と思われる感覚が消えたんです。間違いありませんよ」

「つまりあいつらはヴァルブルガとは別に転移魔方陣を用意していたということか。おそらく内通者にも知らせないままに」

「その可能性が高いと思います。例の魔力と併せて偽装もしっかりしていたんでしょう。直前に目くらましをしたのも、その魔法陣の術式を見られるのを嫌ったからだと」

「今回の作戦で唯一の心残りだな。あいつらを捕らえるチャンスだったと思うんだが…」

 

 アザゼルは悔しそうに頭を掻きながら言う。この言葉には大一も諸手を上げて賛成するほどの想いであった。クリフォトにいる独立チーム、彼らに関しては断片的な情報や判明したことはあるものの、未だに核心が見えないように感じた。

 

「お前の方も特に気づいたこととか他に無いか?」

「あるにはあるのですが…」

「なんでも良いから言ってくれ。お前くらいしか、あの妙なチームを感知できる奴はいないんだからよ」

「わかりました。敵にいた無角という鎧武者についてです。彼から『異界の魔力』を感知できなかったんです」

 

 アザゼルの促しに、大一は気になったことを漏らす。クリフォト内の妙なチームの全様は把握しきれていないものの、これまでの戦いから正体の不透明さと「異界の魔力」の存在が共通点と考えられる。

 バーナやモックとのやり取りから、無角もそのチームにいるのではと考えたが、奇妙であるのは彼からその魔力を感知することが出来なかったのだ。アウロスで離れていてもブルードを感知したディオーグにも聞いたが、彼ですら感知できないと話していたため、そもそも異界の魔力は無いのだろう。

 

「だとすれば、普通にクリフォトのメンバーと考えられるが…」

「俺もそれは考えました。ただそうなると引っかかることがあるんです。前にアウロスでアリッサが現れた際、彼女は無角の名前を口にしていました。だから関係があるのだと思って…」

「お前を助けた『異界の地』に住む妙な女か。たしかにきな臭い部分はあるな」

 

 アザゼルが顎を掻きながら思案した表情を見せる。次にくる言葉がなんとなく予想できてしまうものであった。

 

「なあ、大一。その女と連絡を取ることは───」

「無理です。魔法陣の術式だってわかりませんでしたし、彼女が俺の縫合跡に仕掛けていた魔法陣も1回きりでした。そもそもあの件から、ディオーグが苛立って、わざわざ俺の身体全体を調べたくらいなんですから」

「やっぱりダメかぁ…。どうするかな…」

 

 ぼやきながらアザゼルは幾瀬の下に向かっていくと、入れ替わるように今度はストラーダが大一に近づいていきた。

 

「キミは仲間達と一緒にいないのかね?」

「あなたたちが去ってから合流しますよ。俺の立場を踏まえれば、おかしくないでしょう」

 

 ストラーダの問いに、大一は静かに肩をすくめながら答える。「D×D」相手にようやく和解の一歩を踏み出した教会の戦士たちもいる中に、神器の件で根深い因縁を持つ彼が行くのははばかられる想いであった。またシャドウ自身が感情の整理を始めたところであったのも理由だ。

 

「本当にあなたはすべてを用意してからこの戦いに挑んだのですね」

「…そのつもりだったよ。しかしひとつだけ忘れていたことがある。キミへの、いやキミらへの心の準備だ」

 

 年齢とはかけ離れた強靭さと強さを見せたストラーダであったが、しわだらけの顔に見せた表情は年相応の陰りを感じさせた。

 その様子に大一は意外そうに眉を上げる一方で、ストラーダは自嘲的に話し続ける。

 

「キミらに放った『聖拳』…あれはギリギリだった。殺すつもりは無かったが、その戦意は本物だったと自負している。一瞬…本当に一瞬であったが、我が弟子を狂わせた神器への怒りを見せてしまったのだよ。もっと冷静でいるはずだったんだがな…」

 

 ストラーダは額に手を当てて目元を隠す。自分には人一倍の責務を抱く男は、その一瞬の感情のぶれをひどく後悔していた。

 大一は腹部を左腕で撫でる。たしかに強い一撃であった。それは受けた彼自身がよく理解している。あの一瞬で拳を打ち込むまでに、大きく感情が揺れ動いたのだろう。しかし最終的には受けた一撃が、老戦士の怒りを断ち切ったものであると大一は感じていた。

 

「直前まで思い悩んだゆえの一撃だということは分かりました。しかし最終的にあなたは自分たちを殺さなかった。完全とまでいかなくても、あなたが本気でぶつかってくれたおかげで、俺もシャドウも向き合うことが出来たんです。恨まれても謝られる理由はありませんよ」

 

 大一の言葉に、ストラーダは小さく笑って反応する。弟子や一誠達に見せなかった疲れた表情の陰りはそぎ落とされて、再び開いた口から発せられた声はゼノヴィアを相手にした時のような芯の強さを感じた。

 

「…強いな。憎まれることすら受け入れている」

「こうなったのも仲間がいてくれたからです。今回はこの挑戦の前に、俺を助けてくれた人もいるので」

 

 大一の視線が自然とロスヴァイセへと向けられた。生島の件は、大一にとって悪魔になる発端であったためヘドロのように駐在して明かすことを躊躇われた闇であったが、彼女のおかげでそれを払拭するチャンスを得た。

 この罪悪感を乗り越えた彼には、強い心の支えが出来たと言えるだろう。

 

「恋人かな?」

「ち、違いますよ!彼女はいますし、ただ恩人というだけです!」

「ハハ、悪魔だから咎めはしない。デュランダルが愛に寛容であるように、その神器もそうなる時が来るのかもな」

 

 自分の放った言葉に少々驚きを抱くように、自嘲的な笑みを浮かべる。間もなくグッと姿勢を起こすと、80の老人とは思えない大きく力強い背中を見せる。

 

「私とテオドロ猊下の命を助けてくれたことを感謝する」

「そう言っていただけると、光栄です」

「だからこそ、期待しているよ。その神器と共に、何を成し遂げてくれるのかを。生きて、私たちの期待を裏切らないで欲しい」

「それは───」

 

 大一が答えようとすると、シャドウが再び肩から飛び出てきて血走った眼でストラーダを睨みつける。

 

『当たり前だ!僕らの凄さ、今度こそお前らに証明してやるよ!』

「そうであってもらわないと困る。それでこそ、私や弟子たちも前を向けるのだからな」

 

────────────────────────────────────────────

 

 教会の戦士たちとの挑戦から数日後、駒王学園では生徒会選挙の肝である立候補者のスピーチが行われていた。来年の学校の方向性を左右するのだから、1、2年生にとって興奮ものであり、多くの生徒が体育館に集まっていた。

 一方でリアス達3年生は、後輩たちが不在の機会にオカルト研究部へと赴き、私物を整理していた。

 

「ライザーは大丈夫かしらね」

「リアスさんにしては、珍しい心配していますね」

 

 レーティングゲーム関連の本を段ボールにしまいながら呟くリアスに、大一は意外そうに声をかける。以前と比べると関係が修復されたとはいえ、彼女の方からライザーを心配するような発言が出るのは意外であった。

 

「言っておくけど、ライバルとしてよ?私にはイッセーがいるんだから」

「わかってますよ。しかしもっとこれくらいになれたら、あの人もチャンスがあったのかも…」

「絶対ないわね」

 

 きっぱりと答えるリアスに、大一は苦笑いをする。ライザーはレーティングゲームの復帰が決まったのだが、その復帰戦が「皇帝」ベリアルの10番勝負のひとつであった。これに参加するにあたり、早朝にレイヴェルも兄の「僧侶」として冥界へと向かった。

 レーティングゲームのトップを突っ走り、その存在は名実ともに冥界に轟くディハウザー・ベリアル…彼の特別企画が復帰戦とは、いささか重荷にも思える。

 

「まあ、大丈夫じゃないですかね。さすがに勝つのは難しいでしょうけど、あの人ならいい勝負が出来ると思いますよ」

 

 大一が落ち着いた声で言う。正直なところ、復帰してからのライザーのメンタルの強さや実力を知るほど、心配という感情は湧いてこなかった。

 

「まったく、あなたの方こそいつの間にそんなに仲良くなったのだか…。ところで教会側とシャドウに因縁があったのをどうして言ってくれなかったのかしら?」

「ずいぶんと急に振りますね」

「さっきからその見た目で掃除していれば、いやでも気になるわよ」

 

 リアスは嘆息しながら答える。彼女の視界には、背中からシャドウによる黒い腕を複数出しながら掃除と整理を同時並行で進めている大一の姿があった。あまりにも素早い動きで仕事を進めていくため、その見た目の異質さと相まって目につくのであった。もっとも彼としては、すっかり復帰したシャドウには安心感しか無かったのだが。

 

「えーと…ちょっと別件でいろいろありまして」

「むしろその件が疎かになるほどの別件が気になるわ」

「それもややこしいのですが…どっちにしても解決はしたので大丈夫ですよ」

 

 大一の頭には生島への謝罪が想起される。思えば、あの一件があったからこそ、教会の憎しみを受けきり、生きる信念を持つことが出来た。それほど彼にとっては重要なことであったが、悪魔になるきっかけと関わっているからこそリアス達に明かすのはためらわれた。

 その露骨にごまかすような態度に、リアスは額を指で軽くたたく。

 

「前だったら、主だからと主張できたものだけど、今は違うから難しいわね…朱乃は知っていたの?」

「いいえ、知りませんでしたわ。ロスヴァイセさんは知っているようですけど」

 

 皮肉っぽく答える朱乃に、リアスは眉を上げて大一へとちらりと視線を向ける。彼女の言葉にうろたえているのは火を見るよりも明らかであった。

 

「いやそれは偶然で…」

「へえ…でもロスヴァイセさんと一緒にどこか行ってから、立ち直ったように見えるけど」

「それで問題が解決したところはあるからだよ。いや誤解を招く俺も悪いけど」

「あらあら、自覚はありますのね。でも許すにはまだまだですわ」

 

 手玉に取るようにS的な笑顔を浮かべる朱乃に、うろたえながら謝る大一の姿を見てリアスは軽くため息をつく。朱乃が自分と一誠の関係を羨んでいることを耳にしたことはあるが、自分からすれば次の大学生活では彼女らの関係を毎日見せつけられるかもしれないのだと思うと、リアスの方が朱乃を羨むことになるのも遠くない気がしたのであった。

 この部室の一幕から数時間後、ゼノヴィアが生徒会長に当選したことを3年生組も知ることになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日、ゼノヴィアの当選祝いのパーティをした後、一行はアザゼルに呼ばれて彼の研究ラボへと向かった。

 幾重もの厳重なゲートを通って、彼らが案内された場所は集中治療室であった。ガラス越しに確認できるのはいくつもの機械に繋がれたヴァレリー・ツェペシュの姿が見えた。聖杯を抜き取られているため、目を開ける様子は見られなかった。

 間もなく部屋にギャスパーとアザゼルが入ってくる。ギャスパーは2日に1回はここに来ており、ヴァレリーに日々のことを語りかけていた。

 心が離れた切ない状況ではあったが、まさかそのことに終止符が打たれるとは思いもしなかった。

 アザゼルはアタッシュケースからひとつのペンダントを取り出す。その中心につけられているのは、先日ストラーダから受け取った小瓶の中身…聖杯の欠片であった。彼がそのペンダントをヴァレリーの首にかけると…

 

『…うーん…ああ…あれ…?』

 

 両目がゆっくりと開き、明かりに目をくらませながら、彼女の口から声が漏れる。愛する人の目覚めにギャスパーは涙で顔をくしゃくしゃにしていた。

 

『…ヴァレリー。わかる?僕だよ?』

『…あら、ギャスパーじゃない。おはよう』

『ヴァレリー…ヴァレリィィィィ…っ!』

 

 思いをこらえきれず、ギャスパーは彼女の胸に飛び込んでボロボロと涙を流した。その念願の再会に彼はもちろんのこと、見守っていた眷属たちも涙を流していた。大一ですら安堵のため息で、気を抜いたら涙がこぼれ落ちそうになっていた。

 

『ったく、けっこう賭けだったんだがな。応急処置にしちゃ、うまくいったってことでいいのか?』

 

 アザゼルは疲れたように息を吐きながら言う。もっとも完全な復活ではないようで、ペンダントをつけた状態で、彼がこの後に兵藤家とギャスパーの住むマンションに張る特殊な結界内でなければ意識は保てないようであった。それでもこの再会はギャスパーにも、ヴァレリーにも大きな一歩であった。

 またこれでクリフォトが聖杯を盾にしてくるという万が一の可能性にも備えが出来ることとなった。ストラーダの狙いは、「D×D」に有益であることは間違いなかった。もっとも彼らは聖杯を取り戻す気は衰えなかったが。

 そんな中、ガラス越しにアザゼルが祐斗に問う。

 

『そういえば、木場よ。再会したばかりの同志とはどうだ?』

「え、えーと…とりあえず、数年間に起きた出来事と駒王町のことを話して、皆を紹介しました。わからないことだらけだと思うので、僕と皆で彼女にいろいろ教えていきます」

 

 祐斗はどこか気恥ずかしそうに答える。ストラーダのおかげで再会を果たした少女…トスカは強固な結界を生みだす神器の所有者であったようで、研究中に発動したためバルパー達も手が出せない状態であった。結界内では仮死状態で成長も止まっていたが生きており、グリゴリの研究により神器は解除、回復まで待って日本へと連れてきたという経緯であった。

 現在は祐斗(当時はイザイヤと呼ばれていたらしい)と共に住み、定期的に兵藤家に共に足を運んで色々と学んでいた。

 

『グレモリー眷属は赤龍帝以外にも春が来たか。2人とも本当に憑き物が落ちたような表情だものな』

(小僧は俺や影野郎がいるから、憑き物が落ちることは無いがな!)

(誰が上手いことを言えと…)

『大丈夫だぜ、大一!あいつらなんか気にならないほど、幸せになってやろう!』

(俺はお前がそんなふうに言ってくれるようになったのが安心だよ)

 

 頭の中でディオーグとシャドウが笑い、彼も思わず笑みがこぼれそうになる。少しずつだが、間違いなく前進している実感を抱いたのであった。

 アザゼルも同じように思ったのか、らしくもない柔らかい声を漏らす。

 

『…ふーっ、なんだかんだで俺の心配事はひとつひとつ無くなっていくもんだな。あとはお前らがクリフォトをぶっ倒せるぐらいに成長するのを待つだけかね』

 

 アザゼルの期待の言葉が投げかける中、朱乃が誰かからの連絡に気づいて施設の床に魔法陣を展開させた。そこに投影されたのはソーナであった。

 

『リアス、いま大丈夫かしら?』

「どうしたの、ソーナ?こんなに慌てて連絡を飛ばしてくるなんて…」

『ライザー・フェニックスの試合についてです…』

「そういえば、そろそろ結果が出てもおかしくないわね」

『ライザー・フェニックスとレイヴェルさんが───』

 

 彼女の報告は順風満帆と思われた状況に、大きな黒雲を広げるのであった。

 




今回で19巻は終わりです。
次回からはいよいよ20巻です。


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進路相談のベリアル
第183話 幸先見えず


今回から20巻スタートです。だいぶ終盤に差し掛かってきたと思っています。


 レーティングゲーム中、皇帝ベリアル、ライザー、レイヴェルの3人が突如としていなくなった。この情報は冥界を悪い意味で賑わっており、大々的にニュースで取り上げられていた。

 すでに各地で捜索が行われている中、沖田総司とバハムートは行方不明となったフィールドへと赴いていた。

 

「ここがそうですか…」

 

 捜査している悪魔から案内を受けた総司がぽつりとこぼす。試合のフィールドは地下深くに設置された古代遺跡、その中にあるドーム状の洞窟に彼らは来ていた。どうもここで戦闘していたベリアルとライザー達は、カメラの死角に入ったところで忽然とその姿を消したらしい。

 

「現場は保存されています。荒らしさえしなければお好きに調べてくださって構いません。情報の共有はお願いしますね。終わったら声をかけてください」

「ええ、ありがとう」

 

 案内をした悪魔が去っていくのを見送った後、沖田はさっと洞窟に視線を走らせる。隣に立つ人間体に変化したバハムートもローブの下から同様に鋭い眼を動かしていた。崩れた洞窟の破片や壁を焦がした後、明らかに争ったとわかる形跡がハッキリと残っていた。とはいえ、それはあくまでベリアルとライザーの勝負の形跡。レーティングゲーム中の出来事で、不自然なものでは無いのだ。

 

「…おかしいところはない」

「私たちが見る分にはですがね。だからこそ、ついて来てもらったのですから。大一くん、どうですか?」

 

 総司が後ろを振り向くと、そこには険しい表情で目を閉じる大一の姿があった。片手には錨を取り出しており、案内されてからひたすら魔力の感知に集中している。緊急招集を受けた彼はルシファー眷属のお付きとして、2人と共にこの調査に赴いていた。

 

「…たしかに違和感はあります。しかしすでに調査された以上の違和感ではないですね」

「要するに?」

「奇妙な結界の形跡があります。不正があったのは間違いないでしょうね」

 

 バハムートの問いに、大一は苦々しげに答える。今回のレーティングゲームでなんらかの不正行為が疑われていた。システムの方で何らかの問題が起こったようで、運営であるアジュカ・ベルゼブブも動いたという噂であった。

 

「『異界の魔力』の方は?」

「まったく感知できません。だからと言ってクリフォトが関与していないなどとは思えませんが」

「ディハウザー・ベリアルの試合ですからね」

 

 彼の隣で総司が疲れたようにため息をつく。「皇帝」ベリアル…レーティングゲームのランキングトップの男であり、その実力は魔王級にも匹敵すると思われる悪魔であったが、少し前から彼について奇妙な警戒が強まっていた。発端はクリフォトがアグレアス襲撃の事件の際に、敵の手際の良さと下準備の様子から内通者が疑われたことであった。アグレアス奪取という大規模な計画の準備なのだから、内通者もそれ相応の人物に疑いがかかる。そしていくらか絞り込んだ内通者と思われる人物の中に、ディハウザー・ベリアルがあったのだ。そもそもこの試合自体、カメラの死角に入ったことも格上であるベリアルの力量だからこそ誘導出来たとも考えられるのだから。

 とは言っても、これは疑いの段階。可能性の一端であり、確証は無い。そもそも彼ほどの男が、クリフォトに加担する動機が不明であるのだから。

大一は感知を続けながらも、不審そうに言葉を紡ぐ。

 

「不正があったのであれば、アジュカ様はベリアル様に会ってもおかしくないのでは?」

「私もそう思いますよ。しかしそれが余計にも疑問を抱きます。アジュカ様ほどの人物が会って、ここまで不可解な事件にまで発展するとは思えないのです」

「…案外、すでに解決しているのかも」

 

 呟くバハムートに大一は驚くが、一方で総司は思慮深く顎に手を当てていた。

 

「ありえない話ではないですね。何らかの理由があって」

「し、しかしそれだったらサーゼクス様に話がいっているのでは…?」

 

 サーゼクスとアジュカの関係性については、大一もよく知るところであった。同じ魔王であるが、それ以上に互いに敬意を抱く親友という関係である。その信頼は絶大なものであり、このような事件に対して安心の糸口となるものがすでにあるならば、アジュカが報告しない理由が大一には分からなかった。

 これに対して、総司は軽く首を横に振る。

 

「アジュカ様は我々よりも遥かに多くのことを考えています。それほどの方が話すべきでないと判断したのであれば、それ相応の狙いがあるということでしょう。情報の漏洩を危惧したのか、或いは隠すことで何らかの利益に繋がるとか…まあ、それはアジュカ様が知っていること前提ですが」

 

 最後に付け足すように言うものの、直前までの総司はわかりやすく考え込んでいるような表情であった。彼の方も主に並ぶアジュカという存在に対して強い信頼があるからこそ、このように考えをめぐらしてしまうのであった。

 この日、3人は現場を調べたものの進展は無く、むしろそれぞれが疑問の芽を育てることになってしまった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後の朝、外は快晴で素晴らしい天気であったが、メンバーの気持ちは晴れなかった。どうしてもライザーとレイヴェルの安否がわからないため、当然ではあるのだが。

 大一は現場に赴いたことについて包み隠さずに、仲間やアザゼルに報告した。彼らもゲームの映像は確認したようだだが、特別変わったことに気づいていなかった。もっともアザゼルはすでに自分の頭の中で何らかの見通しを持っていたようだが、確証は無かったのかそれを明かしはしなかった。

 いつもの朝食と比べると重い空気が広がる中、一誠に対して母親の声が響く。

 

「イッセー!明日は三者面談なのよ?わかっているの?」

 

 母の声に面食らった一誠は短く答える。気の入っていない様子で、どこまで理解しているのかは分からなかったが。

 

「…うん、わかっている」

「もう、気のない返事ね。明日、進路に関する三者面談でしょ?わかっているのかと訊いただけよ。

 アーシアちゃんも私が対応するから」

「はい、よろしくお願いします、お母さん」

 

 アーシアと母が話をする一方で、今度は父が一誠に声をかける。

 

「イッセー、男子たるもの、進路は大事だ。明日はきちんと母さんと一緒に先生と話してこい」

「…はいはい」

 

 上の空な印象を受ける返事であったが、年頃の男子ともなればある意味当然の反応とも言えるだろう。

 1,2年生は全員三者面談を行うことになっており、他のメンバーも話に加わっていった。

 

「進路相談か。来るとしたら、うちはシスター・グリゼルダだが…忙しそうだし、期待はしないでおこう」

「うちは…パパもママもあっちにいるし、やっぱり、ゼノヴィアと同様にシスター・グリゼルダが対応してくれるのかしら…」

「私はまだクラスの担任を任されていませんが、資料集めなどでご協力させてもらっています。進路は大事です。親御さんと相談しながら、自分に見合った道を選定することが何よりも重要です」

 

 ゼノヴィアとイリナの教会コンビが思うことを口にし、ロスヴァイセが続くように後輩たちに進路の重要性を説く。才能の豊かさと確かな努力の経験がある彼女の言葉は、重みが感じられる。

 

「大一とリアスさんと朱乃さんはもう卒業を待つだけだものね。進路が決まっている分、春までゆっくりできそうよね」

「そうだといいのですが、準備もありますのでなかなかゆっくりもできませんわ」

「うふふ、華の女子大生ですので」

「それもそうよね。高校生とは違うことも多いでしょうし…大一もしっかり準備しておくのよ」

「しっかりやっておくよ」

 

 母親の忠告に、大一は穏やかに答える。正直なところ、この件について大一はあまり話に巻き込んでほしくは無かった。前年度、余裕のない悪魔としての生活を送っていた彼としては将来のことなど考えていなかったため、当時の三者面談ではあまりにも具体性に欠けることしか言えなかった。そのため三者面談という話題自体が、大一にとってはどこか気まずいものであった。両親が一誠に対して助言を行うのも、その一件が原因と思えて仕方がなかった。

 苦い表情で飯をかき込む大一の隣では、ゼノヴィアと小猫が話していた。

 

「小猫のところはどうなんだ?誰が三者面談に来るんだ?」

「…私のところは」

「私が行くわ♪だって、お姉ちゃんだもん」

 

 もはや当然のように朝食の場に参加している黒歌が主張する。これには小猫も複雑な表情で、小さくため息をついた。

 

「…来なくていいと言ったんですが、どうやら来る気満々でして」

「つれないわねぇ、白音ったら。私が『うちの子をどうぞよろしくお願いします♪』って誘惑してあげるにゃ。内申書も安泰ね」

「…うちのクラス、担任の先生は女性ですけど」

「ありゃりゃ、それは困ったにゃん」

 

 言葉の割にはまるで困っていない様子の黒歌は卵焼きを口に放り込む。そのひょうひょうとした様子は、大一としては羨ましさすら感じるものであった。もっともそれは彼自身の悩みやすい性格だけでなく…

 

『三者面談って別に戦うわけじゃないからね。話すだけだからね』

(戦略を?)

『戦いにしか興味を抱かないのは、もはや蛮族に片足突っ込んでいるんだよなぁ…。だいたいは今後の将来について話し合うんだよ』

(どうして自分の生きる道を、他の馬鹿どもと話さなきゃいけないんだか…)

 

 頭の中で繰り広げられている同居人たちの騒がしさもあって表に出せない疲れもあったからなのだが。

 大一が頭の中の煩さを必死で無視する中、リアスは後輩たちを見渡して口を開く。

 

「いろいろと考え込むことも多いでしょうけれど、進路相談もとても大事なことよ。件のことは、自由登校でやることもない私たちが受け持つから、あなたたちは学校での生活と将来のことを考えなさい」

『はい』

 

 リアスの言葉に、一誠達は頷く。ライザーとレイヴェルの安否は不安でああるが、今は年上たちを信頼するしかないことを彼らは悟っていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ほぼ同時刻、空中都市アグレアスの一室ではひとりの青年がげっそりとした様子でソファに寝転んでいた。顔色はひどく額には脂汗がにじんでおり、疲労の状態が全面的に出ていた。

 そんな彼に、ブルードは熱いレモネードの入ったマグカップをテーブルに置いて声をかける。

 

「大丈夫か?ろくに眠れていないようだが…」

「どうも最近、昔を思い出すような夢を見ることが多くてな…まあ、ボスよりはマシだろうと思ってるが」

 

 体を起こしたサザージュは顎をぼりぼりと掻きながら、ブルードの置いたマグカップに手を伸ばす。顔にかかる湯気は温かく精神的な疲労を緩和させるものであったが、同時に彼は自分には勿体ないような特別なものであると思っていた。

 

「リゼヴィムの体調はやはり悪いのか?」

「薬を調合はしているんだが、まるで効いていないようだ。まったく無駄に天界に攻めたことで、あんなことになるとはバカみたいな話だ」

 

 ため息をつきながらサザージュは天井を見上げる。先日の天界襲撃の一件からリゼヴィムは眠れておらず、容体は悪化しいていた。その原因については五大龍王のファーブニルが関わっていることは判明していたが、いかんせん対処方法に苦慮していた。

 そこにギガン、バーナ、モック、無角の4人も話に加わってきた。

 

「同意する。どうもあの男はその場の感情で動いている節があるからな」

「せっかく力があるのにもったいねえな。こんなんであたし達は大丈夫なのかね?」

「こういうのは結束が大事…と言いたいところだけど、姉さんに同意するよ。最近では邪龍どもも何かを画策しているようだし」

「いくらトライヘキサと例の戦力があるにしろ、旗色が悪いのは否定できない。異世界に行く前に全滅してもおかしくないな」

 

 仲間達の厳しい意見に、サザージュは表情を変えなかった。頭の中では今後の計画に特有の価値観と正義が混じりながら思考の渦を発展させていたが、その結論が出ることは無かった。

 マグカップを傾けて熱い琥珀色の液体をひとくち体内に流し込むと、唇についた液体を軽く舌で拭って答える。

 

「まだコントロール下にある邪龍はいるし、ディハウザー・ベリアルという協力者もいる。いざという時は例のシステムも発動する仕組みだ。なんとかやっていこう。それにいよいよ『王』の駒の件でベリアルも動いているからな」

「やっとここを奪ったことの意味が明らかになるわけか…」

 

 サザージュの言葉に、バーナが頷きながら片手に持つ酒瓶の中身を煽る。その言葉の意味をこの場にいる全員が理解していた。

 

「もっとも『王』の駒は力を数十倍にも引き上げるが、それを言えば神器も聖剣も異能も全てが特別だ。当然、俺らの魔力についてもな」

 

 どこか自嘲的に話すサザージュの言葉に、彼の同志は顔を見合わせる。そして鋭い視線を持ち合わせた状態でブルードが彼に話しかける。

 

「…なあ、サザージュよ。キミは我々に復讐の機会をくれた。その強い信念があったからこそ、我々は『異界の地』を去ってキミをリーダーとして付き従った。これまでの実績から、キミが我々の期待を裏切らないのはわかっている。だからこそ、目的を果たしてほしい」

「…俺は英雄でも魔王でも無い。ただの情けない化け物さ」

「それは我々も同様だろう?」

 




一誠の生まれの件は、どうしても設定上原作とは違いが出ることになるでしょう…。


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第184話 未来の展望

この辺りの世代って将来が難しい印象があります。


 朝食後、大一は歯磨きを終えてリビングに戻ろうとすると廊下で小猫と合流した。その表情はお世辞にも明るいとは言えず、陰りが見えた。そんな彼女に、大一は心配そうに声をかける。

 

「小猫、大丈夫か?なんか暗いが…」

「…いえ、大丈夫です。学校に行ってきますね」

「…あまり思いつめるなよ。レイヴェル様のことは大丈夫だよ」

 

 大一は勇気づけるように小猫に言う。最初の頃こそ馬が合わなかったが、今は同じ1年生同士でしっかりと友情を育んでいた。いまだに煽るようなことはあるものの、親友としての信頼関係あってのものである。それほど仲良くなった相手の安否が不明となれば、彼女の心配が表に現れるのは自然なことだろう。

 

「…心配なんです。だって友達ですから」

「その気持ちはわかる。だからこそ今は時間のある俺らに任せて、自分のことに集中しな。大丈夫だよ」

「…お願いしますね、先輩」

 

 わずかに目を潤ませた小猫は上目遣いで言う。その可憐さはずば抜けており、事情を知らなければ見惚れてもおかしくないだろう。

 

「当たり前だ。俺だってレイヴェルやライザーさんのことは心配だからな」

 

 そんな彼女に対して、大一は安心させるように肩を軽くたたく。頼れる兄の安心する言葉と触れ合いは、沈みかけていた気持ちを少し引き上げた。そして同時に安心した。自分はまだまだ彼のことを好きでいられると確信したからだ。

 見送りも併せて玄関に向かうと、ちょうど登校するために靴を履いていた一誠と黒歌の会話が聞こえてきた。

 

「小鳥ちゃんのこと、気になる?」

「…そりゃ、当然だろ。いますぐ探しに行きたいよ。でも…」

「元総督が、無事を信じろって言ったんでしょ?あの元総督が言うなら、信じてあげてもいいんじゃないの?」

 

 落ち着き払った声で話す黒歌は小猫たちが来たのを確認すると、彼女にも同じような声で話しかける。

 

「白音も小鳥ちゃんのこと、心配だろうけど、たまには大人を信用してあげなきゃダメよ?」

「…姉さまのことはたまに信用できません」

「にゃはは、そう、『たまに』信用できないかもね」

 

 妹の言葉に黒歌はニンマリと笑顔を見せる。いまだに複雑な姉妹関係であるが、黒歌としては大切な妹と同じ屋根の下で暮らし会話できることに喜びを感じていた。初めて見せた悪辣さは落ち着いており、柔らかな表情が見られる。

 そこにルフェイが黒歌に報告をする。

 

「黒歌さん、準備できました」

「OK、わかった。私とルフェイは、こちらのやり方で小鳥ちゃんを探してきてあげるわ。ま、私も心配だからね。大一だって探すんでしょう?」

「当然だ。リアスさん達とゲームの記録を一気に洗っていく予定だ」

「ほーらね。だからまず、あんた達は心配せずに学生生活しておきなさい。きちんと進路相談しておかないと、小鳥ちゃんに怒られるわよ?」

 

 黒歌の優しい言葉に、2人は顔を合わせる。意外に思ったのはもちろんだが、それ以上に彼女の気遣いが彼らの心に響いていた。

 

「…ああ、言われなくてもそのつもりだ。黒歌、ルフェイ、兄貴頼んだぜ」

「…よろしくお願いします」

 

 一誠と小猫は不安を飲み込んで強く頷くと、扉を開けて学校へと向かっていった。弟たちを見送った大一はグッと体を伸ばして、横にいる黒歌に話しかける。

 

「優しいな」

「私らしくないと思っているんだけどね。でも妹のために姉としていろいろやってあげたいものじゃない?」

「まあ、いいんじゃないか。お前のそういうところ、小猫もわかってくれるだろうよ」

「にゃはは、そんなふうに言われたら嬉しくなっちゃうにゃ♪いい、ルフェイ?こういうところを見せるのも、惚れてもらうために必要よ」

「ベ、勉強になります!」

「そういうの無ければ、もっと素直に言えるんだけどな…」

 

 大一は嘆息しながら、リビングへと戻っていくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「ねえ、大一。皆、なにかあったのかしら?」

 

 自由登校で時間に余裕もある大一は弟と後輩を見送った後に、皿洗いを手伝いながら(義手の調子もあるため拭くだけであったが)母の言葉にドキリと心臓が跳ね上がるような感覚を感じていた。

 とにかく冷静を装いながら、大一は持っている皿を見ながら答える。

 

「なにかって?」

「ここ数日イッセーとか、小猫ちゃんとか思い悩んでいるように見えたのよ。他の子たちも落ち着きなさそうにしていたし」

 

 確かに母親の指摘通り、全員がライザーとレイヴェルの安否に不安を感じているのは間違いなかった。特にレイヴェルについては、一誠と小猫が一層の心配をしていた。親交の深さと、ライザーと違って実力的な面を考えれば当然だろう。

 それにしてもよく見ているものだと、大一は思った。事情を知らなくても、親というものはわずかな変化を気づけるのだろうか。家を改造した時や急な同居人が来た時もあっさり受け入れていたし、一誠とリアスの関係性が危うくなった際も父母共に感づいていた。今さらながら親という存在は驚かされることばかりだ。

 とはいえ、真実を話すわけにもいかない。大一は何てことなさそうに肩をすくめた。

 

「進路の件で不安を感じているだけだと思うよ。いざという時は俺がどうにかするって」

「将来の件は、あんたがどうこうできることじゃないでしょうに。まず自分の心配しなさいよ。リアスさん達みたいに、大学の準備をしっかりやっておきなさい」

「大丈夫だよ」

 

 母の注意に、大一は短く答える。大学生…この単語がいまいち実感が湧かなかった。高校からエスカレーター式に上がることだけでなく、悪魔としてすでに多くのことを仕事としてこなしている彼としては、もはや学生の枠組みが外れている部分は大きかった。おそらくそれを自覚してはいないだろうが。

 

「というかさ、母さん。なんでそれを俺に聞くのさ?」

「あんたは相変わらずに見えたからかな。昔から変わらないというか…」

 

 そこまで言うと、母は言葉を切る。自分の発言を後悔しているような表情は、大一も初めて見たような気がして、不思議そうに眉を上げるのであった。

 

「母さん、どうかした?」

「…いや今の言い方はちょっとあれだったかなって。大一も成長しているんだものね」

「別に気にしないよ」

「あんたはそういうでしょうけど…ねえ、大一は目標とかあるの?」

 

 話題が逸れたことでごまかす必要は無くなったが、なんとも答えの困る質問に大一は小さく息を吐く。

 

「ずいぶん急に振ってくるな…」

「だって2年生の頃の三者面談でそういう話をしなかったじゃないの。1年経って目指すものとか出来たかなって」

 

 母の言葉に対して、大一の頭の中に真っ先に思いついた言葉がディオーグやシャドウが口にする「強くなる」「名を上げる」であった。もちろんそれは彼らの意志であり、大一のものでは無かったが。

 すぐにそのぎらついた野心的目標を振り払うと、落ち着いて自分の考えを整理する。巻き込んでしまった友人と恩人、大切な人たちの涙、種族間の価値観の違い…それらの悲しみを減らすために、それゆえに悪魔として全力で戦うことを考えていた。それを思えば、ディオーグとシャドウの目標もまったく無関係ではないのだが。

 とはいえ、それは悪魔であることを前提とした目標だ。親に悪魔の真実を隠していくのであれば、なにかしら違う答えは必要であった。

 

「まだなんとも…大学で見つけたいと思うよ」

「そっか…あなたのことだから大丈夫だと思うけど、困ったら相談しなさいよ」

「心に留めておく」

 

 母はひとまず納得したというように頷くと、併せて思いついたかのように話を付け加える。

 

「だったら、これも心に留めておきなさい。朱乃さんを逃がしてはいけないわよ」

「結局はそういうことかい!」

「だって、イッセーだってリアスさんやアーシアちゃんがいるし、大一って不器用だから心配だもの。ちなみに私はあなたと朱乃さんの結婚には大賛成よ」

「それ前に父さんからも言われたな…いや本当に頼むから、他の人には言わないでくれよ」

 

 すっかり緩んだ空気の下で、親子は淡々と皿洗いを進めていくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 日中、リアス、朱乃、大一の3年生組は冥界に赴き、ライザーとレイヴェルの所在を調査していた。しかし名の知れた大物ルーキーとはいえ、出来ることは限られている。せいぜい彼らの行きそうな場所を探したり、ゲームの映像を見返したり、独自に手に入れたゲームの資料を調べるしか方法は無かった。

 冥界の町中を一通り回った彼女らは、グレモリー城の一室で独自に手に入れたディハウザーとライザーの試合の記録映像や資料に目を通していた。

 

「まるで手掛かりが無いわね…!」

 

 リアスが渋い表情で机に叩きつけるように資料を置いた。かなり細かく見ても、特別気になるようなことは無く、それが彼女の苛立ちを加速させた。

 ゲーム時の記録に目を通している朱乃や大一も困ったようにつぶやく。

 

「フェニックス家という繋がりで、『フェニックスの涙』関連…でもクリフォトの例の工場も破壊されましたしね」

「こういう時、悔しいですが限界を感じますよ…」

「そんなこと分かっているわよ。でも何かしていないと気持ちが晴れないんだもの!」

 

 サーゼクスやアザゼルのように人を使った大規模な調査はできないし、ヴァ―リチームのように自由に動けるわけでもない、自分たちに出来ることなど、たかが知れている。それでも彼女たちの気性は仲間のために行動することを求めていた。

 

「大一は前に現場に行った時、本当に何も分からなかったの?ライザーにも連絡取れない?」

「それは報告した通りで、進展なしですよ。連絡もつきません」

「お兄様からも何も聞いていない?」

「聞いていません。そもそもルシファー眷属だからって、情報がいくらでも入ってくるわけじゃないですよ」

 

 大一の回答に、リアスはゆっくりと息を吐きながら目を抑える。一向に状況が好転しない、朝に一誠に対して勇気づけるように言った矢先、少し先の未来すら煙で見通せないように感じて苛立ちを募らせていた。

 そんな彼女に朱乃がいつの間にか紅茶を淹れており、琥珀色の液体をカップに入れてテーブルに置いた。

 

「リアス、気持ちはわかるけど落ち着きなさい。無理したところで状況が好転するわけじゃないんだから」

「はあ…ごめん。イッセーのああいう姿を見ちゃうとどうもね…」

「朝、黒歌のおかげで多少は立ち直っていましたし、進路のことを考えて忙しい状況であればなんとかなるでしょう」

「…兄のあなたからそれを聞けただけでも肩の荷が下りたわ」

「うふふ、じゃあ休憩にしましょうか」

 

 すでに時計は14時を過ぎており、昼食も取らずにぶっ続けで調べていたことに気づく。3人は資料をあらかた整理するとそこでグレモリーの使用人が持ってきたサンドイッチで、遅めの昼食と休憩を取り始めた。

 

「明日は三者面談か…あまり思い出したくないわね」

「ジオティクス様が来ていましたものね。妙に校内が騒がしかったのを覚えています」

「まあ、いきなり紅髪の紳士が来れば、それなりに話題にはなりますわ」

「それ以上に、直前までお兄様とお母様も併せて、誰が行くかで揉めていたのよ。お義姉さまがまとめてくれたから良かったけれど」

 

 リアスは去年の自分の三者面談は始まる前から終わるまで苦労の続きであった。授業参観の際も校内中が騒いでいたことを踏まえると、彼女の髪色や身内の異様な雰囲気は物珍しさがあるのだろう。

 

「私は今年にやっていたら父さまが来てくれたかも。それを考えると、少し残念な気もしますわ」

「俺はどちらかというと、リアスさんと同意見だな。去年はごまかすようなことしか言えなかったし」

「あら、そうなの?グレモリーの会社から話が来ていると言えばよかったのに」

 

 グレモリーは人間界では各国で旅行代理店やホテル経営、さらにはリフォームも手掛けていることになっていた。両親もそれを信じているからこそ、夏休みの家のリフォームに納得している面もあった。また最近ではキャラクタービジネスにも力を入れていることになっていた。これについては、一誠の「おっぱいドラゴン」のことだろうが。

 

「でもその頃の俺って、そこまでリアスさん達の繋がりを家族に話していたわけじゃなかったので」

「同じ部活なんだからおかしくないでしょう?」

「家族には悪魔のことを隠したかったので、あまり言いたくなかったんですよ。俺も余裕なかったし」

 

 大一の答えにリアスも朱乃もそれ以上の深掘りはしなかった。彼の言葉はそのままの意味であることはよく理解していたし、実際に目の当たりにして追い詰められた結果も知っていたからだ。

 

「人間界の方はともかく、こっちでも将来は重要よね。…レーティングゲームのトッププレイヤーになれば、こういう時にもっと出来ることが増えるのに。そういえば、あなた達はどうするの?」

「俺は…具体的ではないですが、冥界を変えたいですね。少しでも平和にしたいです」

「ふーん…じゃあそれこそサイラオーグみたいに魔王を目指すの?」

「必要があれば」

 

 きっぱりと言い放つ大一の言葉に、リアスは感嘆する。あれほど悪魔として苦しんできた仲間が放った力強い言葉は安心を覚えた。

 かつての眷属の言葉に満足しつつ、リアスは彼の隣に座る朱乃へと視線を向ける。

 

「朱乃は?」

「私は…今はあなたを支えることだわ。あなたの夢が達成するまで付いてくつもりよ。ただそれ以外に挙げるとしたら…」

 

 朱乃は紅茶のカップを両手で持ちながら、大一へと視線を向ける。その眼は期待に満ちており、彼女が求めるものを同じ恋する女性としてリアスはすぐに察した。

 そして大一もその視線が特別なものであることは気づいたが、恥ずかしそうに咳払いする。

 

「…頑張ります」

「期待していますわ」

 




ただオリ主はとっくの前から大人の立場で動いてる気もしますが。


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第185話 父の本音

こんなやり取りがあってもいいと思うんですよ。


「っかぁぁぁっ!こんなにうまい酒は久しぶりだっ!」

 

 三者面談を終えた夕食の席で、兵藤家の大黒柱が幸せそうに酒を煽る。三者面談で母から一誠の話を聞いてから、ご機嫌この上なく頬を緩ませている。かと思えば、今度はボロボロと涙を流し始めた。

 

「うううっ!あのイッセーが、性欲しか取り柄のないと思っていた息子が!まさか、そこまで将来のことを考えていたとは…っ!」

「まったくね。私も驚いたわ。グレモリーさんから、うちのイッセーを大学卒業後に関連企業の方で引き取りたいとおっしゃっていただいただけでも舞い上がったというのに、その先のことまで考えているなんて…母さんもあの場で泣きそうになったわ」

 

 父の男泣きに、横で母も目元を拭っていた。三者面談の際に、一誠は将来的に自分の会社を持って独立したいという目標を掲げていた。真実を知る大一たちからすれば、それが自分の眷属を持ちレーティングゲームに参加することを意味するのを理解しているが、両親は息子の将来のビジョンに感銘を受けていた。併せて、一誠がアーシア達と仲が良く面倒見の良いことも言われて、息子の成長に喜んでいた。

 

「…大げさだよ。今時の高校生は、ちったぁ先のことまで考えるもんだぜ?」

 

 恥ずかしげに答える一誠であったが、そんな息子の様子すらも両親は楽しんでいた。

 

「ええいっ!今日は祝い酒だっ!母さん!この間、サーゼクスさんから送っていただいた高いお酒、あれを持ってきておくれっ!」

「はいはい、わかりましたよ。まったく、年甲斐もなくはしゃいで」

 

 母がキッチンに向かっていき、父は嬉しそうに酒を煽る。そんな両親を特に気にせずに大一は箸を進めていた。去年の三者面談でいまいちな空気を醸し出したため、この喜びに水を差すほど彼も無粋ではなかった。加えて、弟同様にグレモリーの企業から話が来ていることを、すでに両親には伝えていたため、これ以上の心配を与えることもないだろうと踏んでいた。

 ロスヴァイセの話ではここにいるメンバーのほとんどが大学卒業後にグレモリー関連の企業に就職すると思われているため、「グレモリー内定枠」などという名称が出てくるほどであった。

 

「イッセーだけじゃなく、大一やアーシアちゃんもグレモリーさんのところの関連企業からお誘いがあるようだし、うちの子供たちは将来が安泰だ!本当にグレモリーさんには頭が下がる思いだよ!ありがとう、リアスさんっ!」

「いえ、うちとしましても、貴重な人材は早いうちに確保してこそだと思っておりますので」

「うぅ、なんてありがたい!心強い!」

「うちのイッセーがリアスさんに拾ってもらってからというもの、本当に我が家は安泰だわっ!」

 

 リアスの言葉に、両親はただ感動の涙を流していた。一誠がこれからは定期的に両親に将来を話そうと固く心に誓う一方で、大一は淡々と食事を進めていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一部のメンバーにとって恥ずかしさ満載の夕食後、片付けを終えた大一は大きく伸びをする。トレーニングか勉強か、はたまた別のことか、夜をどのように過ごそうかと考えていると、母から話しかけられる。

 

「大一、悪いんだけどお父さんと一緒にお風呂に入ってくれない?」

「はあっ?そんな年齢じゃないだろ。というか、あんなに飲んだのに風呂入るのマズいんじゃないか?」

「どうしても入るんだーって言って聞かないのよ。しかも大一と一緒にって」

 

 母の言葉に、大一は呆れるように左手で額を叩く。大方、酔った勢いで感傷的な部分が浮き彫りになり、息子と語り合いたいとでも思ったのだろう。なんとも分かりやすい父親だと思った。

 とはいえ、彼としてはかなり躊躇する打診であった。その原因となる右腕を無意識に撫でる。精巧とはいえ義手に違和感を抱かれたり、何かの拍子で外れたりと考えれば、どのように言い訳をすればよいのか分かったものではない。

 

「お願いね」

「…わ、わかったよ」

 

 しかし断れる材料を持たない彼は、母の言葉に首を縦に振るしかなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「やっぱり大きさ的に無理あったかな~」

「当たり前だろ!」

 

 すっかり酔っ払った父の言葉に大一は声を荒げる。ひとりであれば広々と使用できるこの浴室も、大の男が2人で入るにはあまりにも狭すぎた。どこか足取りが怪しい父に注意を払わなければならない状況は、すでにリラックスとはかけ離れた状況であった。

 

(シャドウ、頼んだぞ)

『わかっているって。中からしっかり支えるよ』

 

 頭の中でシャドウが自信たっぷりに答える。結局、良い案を思いつかなかった大一が取った対策は、シャドウによって義手を内側から固定するものであった。不意の出来事で外れそうになっても固定してくれることが期待できる。

 そんな苦労を知らない父は、大一を見ながら感慨深そうに言う。

 

「大一が特に身長伸びていくもんな。やっぱり2人で浴槽は無理かな」

「ったく、わかっていたなら、無理に今日入る必要もなかっただろうに」

「さっぱりしたかったんだよ。よーし、大一!親子で裸一貫の付き合いといえば、背中を洗うことだ!ということで頼む!」

「調子いいんだからよ…」

 

 大一は嘆息すると、父の背中をボディスポンジで洗い始める。狭さのおかげで洗いにくいことこの上ないが、父は嬉しそうに鼻歌を歌っていた。

 それにしても父の背中が以前より小さく感じて、大一は少々面食らった。彼が大きく成長したのもあるが、それ以上に精神的なものもあったのだろう。

 息子に背中を洗ってもらっているという事実に、気をよくした父は隠しきれない喜びが見える声で話す。

 

「いや~、イッセーがあんなふうに思っていたなんてな。学校でも面倒見がいいって評価されて、あいつも立派になったな」

「夕食の時に、皆の前で散々その話しただろ」

「いや、もっと話したい!お前もアーシアちゃんもグレモリーさんの企業から話来ているし、イッセーは立派な目標に綺麗な彼女まで見つけて…もう嬉しくて嬉しくて仕方ないんだよ!」

「はいはい…」

 

 これは風呂にいる間はずっと父親はこの話をするだろうと思った大一は、半ば流すように答える。父から出てくる夕食時とほとんど同じような内容の話を、大一はあくびを噛み殺しながらボディスポンジを事務的に動かしていた。

 そしていつの間にか話に一区切りがついたようで、思い出したかのように父は話す。

 

「そうそう、探していた釣り竿が見つかったんだ。やっぱり倉庫にあったよ」

「ああ、前に俺と探していたやつか」

「寒さも少しずつ落ち着いてきたし、そろそろ釣りに行きたいと思っているんだよな。それでイッセーを誘おうかなって」

 

 父の趣味が釣りであることはよく知っていたが、その声はどこか決心めいたものを感じられた。そして言葉に含まれた意味を大一はすぐに察した。これが一種の相談であることを。

 大一は本を読んでいる方が好きであったため断っていたが、一誠はよく一緒に行っていた。しかしいつだったか父が大切にしていた釣り竿を彼が誤って折ってしまい、それから行かなくなってしまった。父に謝ってからも涙をこぼしていた弟の背中を慰めるように擦っていたのを、大一は妙にハッキリと覚えていた。

 おそらくその件を引きずっていた一誠は、気づけばそのまま足が遠のいてしまうことになったのは想像に難くない。それは父も理解しており、だからこそ機会を見つけて再び一緒に釣りをしたかった。要するに後押しが欲しいだけなのだ。

 

「釣りなぁ…あいつも忙しいと思うけど、誘ってみればいいんじゃないか」

「そう言ってくれると嬉しいよ。あいつも釣り竿の件を引きずらないで欲しいんだが…」

「それは仕方ないよ。どこかで腹割って話すしかないんじゃないか?」

「そうだな…あいつは名前通りに誠実に育ってくれているし、もう大丈夫だと信じよう」

「本当に誠実に育っているなら、少しでも学校で性欲を隠してほしいものだけどな」

「それは父さんも同意する」

 

 大一の指摘に、父は苦笑い気味で答える。狭い空間であったが、風呂の蒸気と合わさってどこか和やかな雰囲気に包まれていった。

 背中も充分洗っただろうと思った大一は手を止めるが、そのタイミングで父がこぼすように呟く。

 

「なあ、大一…ごめんな」

「なんだよ、藪から棒に?」

「父さんも母さんもお前にはあまり構ってやれなくてさ。愛情は注いできたつもりだが、イッセーの方ばかりだった…」

 

 父の背中は先ほどよりも遥かに小さく見えた。ただそれは父自身の哀愁漂う雰囲気によって作り出されていた陽炎のようであり、大一の成長とは無関係であった。

 

「…言い訳にしか聞こえないがな、母さんは子どもができにくい体質だった。妊娠してもダメだったこともあって、何度も諦めそうになった。だからお前が生まれてきた時は心の底から喜んだものだ。しかしその1年後に生まれたイッセーは…お前と比べるとあまり元気に生まれてこなくてな。そこまで心配するほどでも無いと医者には言われたんだが、それでも子どもができないことで何度も悲しんだ俺たちにとっては心配だったんだ。お前がスクスクと育っていくから、どうしてもイッセーを気にかけた」

 

 葛藤に満ちた声で語る父の言葉には、その内容以上の意味が込められているように思えた。後悔、悲しみ、罪悪感…ずるずると引きずっていくような虚しい感覚が父の全身を包んでいる。

 父の脳裏には幼き息子たちの顔はまるで違っていた。はしゃいで嬉しそうな顔、遊びまわって疲れた顔、泣きながら謝る顔…表情豊かな一誠の一方で、大一はいつもしっかりしており、幼稚園辺りから泣いているのを見たことが無かった。両親と共に一誠の面倒を見ているようであった。

 

「イッセーがしっかり育ったのはわかっている。しかしお前には…いつもイッセーの面倒を見させたし、父さんたちも頼ってしまう『大人』でいさせてしまった。本当にごめんな」

 

 父は背中を震わせながらボロボロと涙をこぼし始める。夕食時に見せた男泣きとは違い、純粋な悲しみと謝罪を兼ね備えていた。彼としては息子からの冷ややかな言葉や怒号のように激しい文句も覚悟していたが…。

 

「知ってたよ。母さんのことも一誠のことも」

「ッ!?ど、どうやって…」

「かなり昔に祖母ちゃんから聞いた」

 

 父とは対照的に、大一は淡々と答える。父の明かした真実について、彼はそれ以上のことも知っていた。母の妊娠の失敗が1回でなかったこと、父がお百度参りなどしていたこと、一誠の生まれが忙しなかったこと…彼は幼き頃から両親の想像以上に家庭のことをよく知っていた。

 それ故に、兄という立場を大一は全力で遂行しようとしていた。弟が寄りかかれる存在になれるように、両親が安心できるように強い存在になれるように…それに気づいたとき、大一は「子ども」であることを辞めて「兄」になっていた。だからこそ必死に考えて、必死に弱さや秘密を隠そうとしてきた。

 その立場は確かに大一という人間の形成に関わっているだろう。父の言う通り、幼き頃から一誠の兄として「大人」として振舞っていたのかもしれない。しかし…

 

「なあ、父さん。俺は別に蔑ろにされているなんて思ったことないよ。この18年間、俺が家族から貰った思い出は本物だ。数えきれないし、なんだったら多すぎて忘れているものだってあるだろうよ。それくらい楽しいことも辛いこともたくさんあったんだ。だから…なんというか…謝らないでくれよ。この生き方は自分で決めたものだし、俺はこの家に生まれて幸せだよ。だから謝られるのは不本意だ」

 

 大一の言葉に、父はただ嗚咽を漏らしながら涙を流し始める。一誠に感動した時の男泣きとも、先ほどの後悔にまみれた涙とも違う。目からこぼれ落ちる涙は熱く、心に打ち込まれていた黒い塊を溶かしていくようであった。その顔は背中にいた大一に見られることは無かった。

 ようやく涙が落ち着くと、深く息を吐いて父は鼻がつまったような声で問う。

 

「…大一はイッセーのようにやりたいことは無いのか?」

「今はまだ…ごめんな。あいつみたいに期待に応えられなくて」

「お前こそ謝るなよ。今まで十分なほど、父さんたちの無理や期待に応えてくれただろう。そんなお前だから、イッセーにも負けないほどいい将来を目指せると信じているよ」

 

 父の言葉に、大一は胸が熱くなり同時にチクリと鋭い針で突かれたような痛みが走った。これほど信頼してくれている両親に、自分は大きな隠し事をしている。その現実はやはり気持ちのいいものではない。

 そんな大一の感情とは裏腹に、安心しきった声で父は言葉を続ける。

 

「お前がいて、イッセーがいて、アーシアちゃんがいて…息子や娘と一緒にいる家族の幸せを俺や母さんはもうしばらく見ていたいよ」

「…ありがとう」

 

 両親であれば自分たちを受け入れてくれる…願望にも近い考え方であったが、大一はいつか必ずこの真実を打ち明けようと誓った。わずかな蒸気で身体がゆっくりと暖められる一方で、彼の心はこみ上げられている愛情に満たされる。彼が鼻を小さくすすった音は、父の耳には聞こえなかった。

 




ある意味、オリ主が「一誠」と呼び続けている理由です。


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第186話 その人の大切に

がっつり体調崩して、内容が飛びました…。


『大一さ、よく自分の命を懸けられるなんて言えたもんだね』

 

 風呂から上がった父に肩を貸しながら寝室へと連れて行った大一に、シャドウが呆れるように頭の中で呟く。それが何を意味しているのかは理解していたが、ごまかすかのように大一は答える。

 

(なんだよ、いきなり…)

『あんなふうに大切に思ってくれている両親とかいたのに、僕に取り込まれた時とかこの前の教会の戦士の時とか、よくもまあ自分を犠牲にする考えが出たものだなって。自分の死んだ後とかどうなるかを考えなかったの?』

 

 ため息交じりのシャドウの問いに、大一は風呂上がりでわずかに湿った髪を掻く。当然、彼とてこの指摘をまったく考えなかったわけではない。自分が死んだ時に家族や仲間達がどう思うかなど、それを察せられないほどではなかった。

 とはいえ、大一にはそのような方法しか取れなかった。自分の無力と余裕の無さ、責任感などもろもろの理由が彼を破滅的な方向性へと向かわせていた。傍から見れば、自分以外を優先する振る舞いであり、それは悪魔になる前の一誠の兄として培われたものであった。それゆえに両親も先ほどの告白のような想いが内在化していたのだが。

 

(…考えなかったわけじゃないよ。ただそれしか思いつかなかっただけだ)

『呆れたものだな~。キミだって誰かにとって大切な存在なのにさ。そもそも僕らはキミに死なれては困るんだし。なあ、ディオーグ?』

(俺はどっちでもいい。生きるも死ぬも小僧の考えしだいだろ。いちいち気にする理由がない)

 

 興味の無さを前面に押し出すディオーグの態度に、シャドウはうろたえたように反論する。

 

『いやいや大一がいなければ、キミだって死ぬかもしれないし、僕だって扱える人物がいなくなるんだよッ!?』

(その時はその時だ。命をかけるかは、こいつが決めることだろうが)

『この前は僕らを心配してくれたじゃないか!』

(そりゃ、悩んで弱くなるなんてバカみたいだからな)

 

 互いに温度差が感じられるやり取りだが、このまま頭の中で騒ぎになりかねないと察した大一は早々に介入する。

 

(なんにせよ、俺は自分の命を軽く扱うつもりはないよ。俺が大切にされているって改めて理解できたからな)

『まったく、この前のテオドロにも苛立ったが、戦乙女とオネエがいなければキミも大差なかったからな』

(否定できないな。だからこそ、俺が今度は大切に思ってくれる人たちにとって、安心できる存在になりたい。お前やディオーグに対してもな)

『…その言葉は悪い気はしないね』

(だったら、さっさとオーフィスやグレートレッドをねじ伏せられるくらい強くなれ)

(うーん、ハードルが高い…!)

 

 決心はするものの、求められる要求の高さにさっそく困惑の色を見せる。戦いに飢えたドラゴンの価値観は慣れようにも慣れるものでは無かった。

 大一はぐっと身体を伸ばす。まだ時間はあるものの、父との会話や同居人たちとの真面目な会話は精神的な疲労を促された。寝ることも考えたが、トレーニングしないことがわかるとディオーグの方が文句を発することが想像に難くなく、どうしようかと迷っていると…

 

「あっ、大一くん。もうお風呂あがったんですか?」

 

 声をかけた相手はロスヴァイセであった。少々意外そうな表情をしているのに、大一は軽く首をひねる。

 

「そんなにおかしいですかね?」

「いや、大一くんって遅くまでトレーニングしていることも珍しくないから、こんなに早くお風呂に入ったのが意外だなと思って」

「言われてみれば確かに…まあ、父に付き合わされたものですが」

「かなり酔っていましたけど、大丈夫だったんですか!?」

「だから母さんに頼まれたんですよ。おかげでいろいろ話せましたけどね」

「親御さんとしっかり話すことは大切ですよ。自分どういう将来を決めるか、身内から理解を得ることは自分が困らないためにも必要です」

「そういうことは最低限しか…俺がまだ決められていないのもありますし。でも父さんは信じてくれていました」

 

 肩をすくめて答える大一に、ロスヴァイセは小さく笑う。美人の笑顔はそれだけでも絵になるものであったが、大一にとっては自分の発言に彼女がどこか嬉しそうにしているように見えて、再び不思議そうに問いかける。

 

「な、なんかおかしなこと言いましたか?」

「いいえ。ただ安心したんです。大一くんが元気なようで」

 

 ロスヴァイセは微笑を崩さずに答える。ユーグリットの件で自分を犠牲にしようとしたのと同様に、生島との問題や教会の戦士たちとの戦いで同じような道を大一が辿るのではないかと不安であった。だからこそ、乗り越えた彼の落ち着いた姿を見ると彼女としても安堵を感じていた。

 彼女の笑顔に大一は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。

 

「それについてはロスヴァイセさんのおかげですよ。俺ひとりではどうにもならなかったことに、解決するチャンスをくれたんですから」

「前にも言っていましたよ、その話」

「改めてお礼を言いたいんです。父と話して、自分が家族から大切にされているのを実感しました。あの一件が無ければそれも出来なかったと思うと、感謝してもしきれませんよ」

 

 もし自分が死んでいれば、罪の意識で潰れていれば、父の言葉をすんなりと受け入れることは出来なかっただろう。かつて自分の黒い感情に籠った部屋の扉を開けてくれた朱乃とは別ベクトルで救われたのだ。

 ハッキリと想いを伝える大一に、ロスヴァイセの心は大きく跳ね上がる。風呂に入る前なのに、身体は火照ったように熱く感じており、それを誤魔化すかのように彼女は話題を逸らそうとする。

 

「そ、そういえば大一くんはソーナさんの先生の話をどうするかを決めたんですか?」

「…まだなんとも。ただ俺には教師というのは責任が重すぎると思っています」

「そ、そうですか…。私は大一くんと一緒に働けるのも…ハッ!い、いや誤解しないでくださいね!仲間同士ということですよ!」

「何も言ってませんけど…」

 

 半ば自爆のようになっているロスヴァイセの視界は、気持ちに応じるようにぐるぐると反転しているような錯覚を感じた。

 そんな彼女に迷いながらも、大一は声をかける。

 

「えっと…あー…お礼として先生にというのは難しいですが、別の形でお礼はしますよ。よければ一緒に買い物とか…」

「か、買い物…デート…ご、ごめんなさい!わ、私、お風呂行ってきます!」

 

 もはや恥ずかしさの限界が来たのか、ロスヴァイセは逃げるようにその場を去っていった。

 残された大一は凝り固まった感情を吐き出すかのように、長めに息を吐きだしていく。奇妙なほどに身体は火照っており、喉が渇いていた。自分でもなぜここまで彼女相手に緊張しているのかはまるで理解できなかったが、それを見透かしたかのようにシャドウが言う。

 

『大概、大一も惚れっぽい性格だと思うんだよね。前にライザーに言われたことが全てだな』

 

────────────────────────────────────────────

 

 なんとも自分の感情に整理がつかないような気持ちになるような出来事が立て続けに起こった翌朝、大一はいつものごとく早朝に目を覚ます。隣では朱乃が小さな寝息を立てており、彼は起こさないようにベッドから出ようとするが…

 

「…なんだ?」

 

 寝起きでハッキリしない頭の状態で呟く。どうも体に何かがへばりついているように感じ、ベッドから出ることを邪魔していたのだ。

 その正体は大一の身体にがっしりと抱きついていた小猫であった。彼を抱き枕のようにして、すやすやと眠っている。

 

「…もしかして夜中に忍び込んだのか?ゼノヴィアたちがたまに一誠にやっているって聞いたが…いや、それはどうでもいい。おい、小猫。起きろ」

「ふにゅ…先輩…」

 

 大一が彼女の額を軽く指で叩くと、小猫はうっすらと目を開ける。そして自分の置かれた状況に気がつくと、ハッとした表情ですぐに彼から離れた。同時に顔を赤らめていく。

 

「…寝てしまいました」

「その言い方だと、一緒に寝るつもりはなかったと」

「その…レイヴェルのことが不安だったから…ちょっとでも安心したくて…」

 

 恥ずかしそうに視線を逸らしながら小猫は呟く。先日、大一や黒歌からまずは安心するように伝えられたが、それでも夜にひとりで眠るには心の隙間に心配が入り込んでくる。それを埋めるために取った行動が、惚れた相手と触れあうものであり、夜中にこっそりと忍び込んだ。ほんの少し触れあうだけのつもりだったが、布団の温かさと安心で気づけばすっかり眠ってしまったようだ。

 

「ご、ごめんなさい…私らしくありませんでした」

「謝ることじゃないだろう。それだけレイヴェルのことが心配ってことなんだろうし…そうだな…うん」

 

 大一は少し思案すると、意を決したように小猫を優しく抱きしめる。義手は取り外していたため左腕だけであったが、その大きな腕は彼女の小柄な体を包むことに問題はなかった。

 小猫は面食らったような顔とともに身体を緊張したようにびくりと跳ね上がらせるが、すぐに安心したように彼の胸に顔をうずめた。

 

「なかなか飲み込むのは難しいかもしれないが、大丈夫だよ。あの人たちは無事だ」

「先輩は…ライザーのこととか…」

「心配じゃないといえば嘘になる。それでもあの人たちの強さ、アザゼルが大丈夫だと言っていたこと…それらを踏まえて前を見ているだけだよ。まあ、俺は心配しすぎて疲れることが多いからというのもあるんだが」

「私は…なかなか割り切れません」

「それでもいいよ。だから心配したときはいつでも頼って欲しい」

 

 相変わらずの兄的な言動に感じたものの、今の小猫にとってそれは心地よかった。

 

「…先輩、やっぱり私のことを受け止めてくれるんですね」

「その言葉をいまさら変えるつもりはないよ」

 

 小猫への言動は我ながら恥ずかしさ極まるものだと感じていた。それでも自分の言動ひとつで、大切な仲間が心に安らぎを感じるのであれば自然とこのようなことができていた。もっとも相手が小猫という後輩であるのも、理由としては大きかったのだが。

 小猫にとって安堵に満ちた空気が生まれる中、大一の身体が急にこわばるのを感じる。その理由はすぐに彼にかけられた声で察せられた。

 

「人が横で眠っている間に、そういうのは感心しませんわ」

「いつの間に起きていたの…?」

「むしろどうして目覚めないと思っていたのか、小一時間ほど訊きたいものですわ。私だって嫉妬するのよ」

「ご、ごめん…」

「謝ってばっかり…じゃあ、これでいかが?」

 

 目を覚ました朱乃は後ろから大一に抱きつき、その大きな背中を堪能する。柔軟な筋肉がしっかりとついた身体に、自慢の女性らしい体を密着させていく。嫉妬と欲求、この2つに突き動かされた朱乃はわざとらしい甘えた声を出す。

 

「私と小猫ちゃんが満足するまで、しばらくこのままですわ」

「トレーニングあるんだけど…」

「あらあら、愛しい彼女と大切な後輩のささやかなお願いを聞いてくれないと?」

「…朱乃さんに同意します」

 

 完全に2人の女性に手玉に取られた大一の頭の中では、ディオーグの苛立つ文句とシャドウの面白そうな笑い声が響いていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ただ小猫の心配が払拭されることになるのは、早々に訪れた。この日の昼頃、「D×D」のメンバーはアザゼルに緊急でオカルト研究部の部室に召集された。緊急というだけあって事の重大さは察するに余りあり、集められたメンバーは彼の言葉を期待した。

 

「確認が取れたぞ」

「じゃ、じゃあ、先生!」

「ライザー・フェニックスとレイヴェルの無事が確認できた。命に別状はないそうだ」

 

 アザゼルの発言に、部室内では安堵の息が広がっていく。特に心配の強かった一誠は目を潤ませており、小猫の方はギャスパーと一緒に泣きながら抱き合っていた。

 

「小猫ちゃん、レイヴェルさん無事だって!よかったよぉおおおっ!」

「うん!よかった!ギャーくん、やったね!───もう心配ばかりかけて、レイヴェルのバカ!バカ…っ!」

 

 早朝の件もあったため、小猫の堰を切ったように感情を吐露する姿は、大一としても安心した。併せてライザーとレイヴェルの安否の情報は、表面上は冷静を装いながらも彼の心にあった怪しい暗雲を晴らすものであった。

 だが同時に何人かの不信人物が脳裏に浮かぶ。その疑いは間もなく裏付けられた。

 

「彼らの身柄を確保したのは、魔王アジュカ・ベルゼブブだ」

 

 アザゼルが付け足した言葉は、少し前の沖田総司達との会話が間違いでなかったと確信してしまったのであった。

 




オリ主は年上には緊張多いな…。


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第187話 魔王の告白

今回はあまりオリ主は入る隙はありませんね。


 数日後の休日、アジュカ・ベルゼブブからライザー達の身柄を引き渡してもらう日であった。兵藤家の地下にある転移魔方陣のある部屋から、彼のいる場所へと向かう予定であった。

 

「オーフィスがそんなことをね…」

「とっても頑張っていましたよ」

 

 嬉しそうに話すアーシアに、大一は感心したように息を吐く。全員集合するのを待つ間、彼はアーシアから「虹龍」の卵の件であったやり取りを聞いていた。タンニーンから預けられたその卵は、駒王町の地下にある巨大空間に置かれていた。厳重な結界が張られており、定期的に「D×D」のメンバーが見に行っている。

 アーシアが一誠と一緒に行った際に、オーフィスが大きな卵にぴったりと身を寄せていた光景を目撃したのだという。

 

『傀儡とはいえ「禍の団」の元ボスが、無関係のドラゴンの卵のふ化を手伝うとか、見る人が見れば目玉飛び出るほど驚くんじゃないの?』

(その前に直接戦った奴がいるからな…)

 

 グレートレッドにも並ぶ最強の龍、無限を司り幾度となく甦る圧倒的な存在が、親鳥が卵を温めるような穏やかな光景に繋がるとは、今のオーフィスを知らなければまるで想像もつかないだろう。

 だが今の彼女を知っていても、かつて次元の狭間でぶつかり合ったディオーグからすれば、腑に落ちないものがあるのだろう。その証拠ともいうように、彼はアーシアの話を聞いても無言であった。

 

「それとクロウ・クルワッハさんにも会いました」

「あいつにか…正直、何を考えているのかわからないんだよな」

「でも穏やかに見えましたよ。私がバナナを渡したら、持って帰ってくれたみたいです」

 

 オーフィスがおやつに持っており、ファーブニルやこちらに味方した邪龍にも、アーシアはバナナをたまに上げていた。そのため彼女の中ではドラゴンとバナナに関係性を見出していた。

 

(バナナは美味いが、それ以上に美味いものはいくらでもあるからな)

『発言するのそこで良いのかい…?』

 

 無言を貫いていたと思われたディオーグの唐突な言葉に、シャドウは困惑気味に突っ込む。今に始まったことでは無いが、ディオーグの考えはまるで読めなかった。もっともこれから会いに行く相手も、勝るとも劣らないほどであったが。

 

────────────────────────────────────────────

 

 間もなく、兵藤家の地下に「D×D」のメンバーが集まる。元も併せたオカルト研究部の面々、シトリー眷属、アザゼル、グリゼルダとなかなかの大所帯であった。

 アザゼルが説明をしようとする中、ふと怪訝な表情で一誠に声をかける。

 

「どうした、イッセー?」

「あ、すみません。ちょっと」

「ご両親と何かあったのでしょう?」

 

 察しがついていたのかリアスはきっぱりと言い放ち、これに伴ってアザゼルも息を吐く。

 

「なんだ、ご両親と何があった?こういうときは変に心を囚われても困る。言ってみろ」

「大したことないんですけどね。釣りに行かないかって言われたんです。事が事なんで断りましたけど」

 

 一誠の発言に、大一は眉を上げる。先日に父と風呂に入った際に話していたことをさっそく実践していたようだ。このタイミングの悪さに、なんとも居心地の悪さを感じられる。

 その一方でアザゼルは顎に手を当てると、一誠に正面から言い放つ。

 

「なあ、イッセー。今日はダメでも、今度は一緒に釣りに行ってくるといい」

「え?ま、まあ、そのつもりですけど…。急になんですか、先生」

「親はな、いつまでもいるってもんじゃない。いずれ、必ずいなくなる存在なんだ。だからこそ、いるうちに子供がやれることってのがあるもんだぜ」

 

 その発言に、大一は小さく頷く。仲間達と比べると家族として両親も兄弟もいる兵藤一家は恵まれていた。それゆえにアザゼルの指摘は、説得力のあるものになっていた。そういう意味では父と風呂に入ったことも一種の家族交流と言えるだろう。

 

「こういうことは、リアス達もよく覚えておけよ」

「十分にわかっているわ。けど、そろそろ時間ではなくて?」

「ったく、これだから若い連中は…ほら、構えておけよ」

 

 嘆くように息を吐いたアザゼルが手元を光らせる。足元の巨大転移型魔法陣が輝きだし、その場にいたメンバーを目的地へと転移させるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 彼らが降り立った地は砂浜であった。眼前にはさざ波を立てる海が広がっており、上空には月と思われるものが2つ、夜空に浮かんでいた。

 

「ここは『異世界』とされる別次元の世界の一部を再現したフィールドだ」

 

 ふいにかけられた声の方を向くと、アジュカ・ベルゼブブが砂浜の一角に置かれている椅子に座っていた。隣にはベッドも置かれており、なんとも奇天烈な雰囲気であった。彼は読んでいた本をパタンと閉じると、立ち上がって近づいてくる。

 

「久しぶりだ、グレモリー眷属の諸君。…いや、今は『D×D』だったな」

「冥界でちょっと会って以来か、アジュカ」

 

 アジュカに対して、アザゼルが一歩前に出て握手を交わす。

 

「こうやって他のVIPを抜きにして会うのは初めてかもしれませんね、アザゼル元総督」

「っていうよりは、この対面は用意されたと思ったほうがいいんだろう?」

「我々の会合は各勢力でも危険視するでしょうからね。たとえ、間にチーム『D×D』が入ろうとも」

「アジュカ様、ライザーとレイヴェルは?」

 

 トップクラスの2人の挨拶が済んだのを見計らって、リアスはアジュカに問う。彼はちらりとベッドへと視線を向けた。

 

「ライザー・フェニックスの方は一足先にフェニックス本家に運ばせた。お嬢さんはキミたちに直接預けた方がいいと思ってね。レイヴェル嬢はそちらに」

 

 彼が見たベッドにはレイヴェルが横たわっていた。すぐに一誠と小猫が駆け寄って、眠りに落ちている彼女の名前を呼ぶと、うっすらと目を開けた。

 

「…んん…イッセー…様?…小猫さん?」

「うわあああああんっ!」

 

 ようやく再会を果たした小猫はわんわんと泣きながら、レイヴェルに強く抱きつく。アザゼルの話では「刃狗」のチームがフェニックス家に向かってライザーの護衛にあたっており、ここ最近まで彼らを悩ませていたフェニックス兄妹の安否に決着がついた瞬間であった。

 もっとも大一としてはそのまま安心だけで終わるわけにもいかない。アジュカ・ベルゼブブが、彼女たちを保護していたのであればなぜここまで遅くなったのか、以前ルシファー眷属同士で話し合ったことも踏まえて、警戒を解くことは出来なかった。

 

「さて、キミたちと元総督殿をここに招いたのはその少女の無事を伝えるだけではない」

 

 声の調子は変わらなかったが、どこか雰囲気が張り詰めた印象を与えるアジュカは、懐から「悪魔の駒」を取り出した。しかしその形状はどの駒にも当てはまらず、見せられた一行は不思議な視線を送った。

 そんな彼らの疑問に答えるかのように、アジュカは言葉を続ける。

 

「───これは『王』の駒だよ」

 

 その言葉に、アザゼルを除く全員が度肝を抜かした。上級悪魔になると領地や魔王の城にある「石碑」に触れて、「王」であることを登録して眷属を有する権利と「悪魔の駒」が渡される。「王」はあくまで立場であり、駒としては存在しないというのが通例であった。

 もっともアザゼルは噂を耳にしていたようであったが。

 

「『王』の駒は本来ありえない。そもそもシステム上、『王』とは登録制であった。…いや、登録制にあえてしたのだ。この『王』の駒を表に出さないために。それと眷属悪魔が昇格したとき、内にある駒と『王』の駒の重複及び融合は危険だと判断した面もある。

 この駒の特性は───単純な強化だ。ただし、2倍や3倍というものじゃない。これによって、少なくとも10倍から100倍以上の強化が可能なのだよ。文字通り、力が跳ね上がる。そのため、『王』の駒は使用を禁止にした。力を得ることで政府に害意、邪な感情を抱く者が出てしまうことを恐れてね。絶大な力とは、それだけで目を曇らせる」

 

 「王」の駒の特異性を説明したところで、アジュカは手元に小型魔法陣を展開させると操作して、この砂浜に数十人の人物データを提示した。レーティングゲームでよく見る顔ぶれであり、名の売れた悪魔ばかりであった。

 わざわざ「王」の駒を説明したうえで、このデータを提示することを考えれば、それがどういう意味を持っているのかを察するのは難しいことではなかった。

 

「ここに映し出された者達は現レーティングゲームのトップランカーだ。共通点は元72柱…純血の上級悪魔の出身ということ。そして、彼らは『王』の駒を使用しているのだよ。冥界の上役たちの思惑によってな。結果、最上級悪魔クラス、または魔王級と言っても過言ではないレベルに達したプレイヤーが出たほどだ」

 

 アジュカの告白に、一行はただ息をのむ。言葉が見つからない中、ソーナが震える声で言葉をなんとか紡ぎだした。

 

「…では、ここに映された現トップランカーの実力は…?」

「ああ、彼らは公表されていないルール外の力によって実力を向上させている」

 

 アジュカの話では、これを含めてゲーム運営はかなり黒い噂や現実が絶えないものであった。「王」の駒による不正な実力向上、八百長試合の組み合わせ、商業的な試合による賄賂など数え上げればキリがなかった。

 タンニーンやローゼンクロイツなど、実力でトップランカーを勝ち取った者もいるが、それもごく一部の者ばかり。

 アジュカ自身はゲームの発案者で、システムの根幹にかかわる部分でしかレーティングゲームには関係していないため、厄介者扱いされていることも多かった。

 要するに、実力さえあればレーティングゲームで大成できる可能性があるというのは嘘ではないが、言葉以上に黒い思惑が関わっているものであった。トップランカーのランキングの動きがほとんど無いのも、この画策によるものが大きい。まさに冥界の価値観を根底から揺るがすものであった。

 この告白を受けたリアスは歯を食いしばり、ソーナはがくりとその場で膝をつく。レーティングゲームに各々の夢を抱く2人としては、この事実はあまりにも酷なものであった。

 

「…サーゼクスもさすがにこいつを動かすのは辛いってことか」

「いちおう、表向きはうまく回っているように見えますからね。下手に介入すれば、現冥界のバランス自体が崩れかねない。種の存在を大事にしなければならない状況で内部争いが加熱しては、元も子もない。相手には老獪な年長悪魔も多い。彼らは貴族社会と利権を得られるなら、なんでもしますよ。超越者と呼ばれる俺とサーゼクスも、政治面では一進一退を余儀なくされている」

 

 アザゼルの問いに、アジュカは淡々と答える。それでも彼としても苦慮している様子がうかがえた。

 眉間にしわをハッキリと寄せた険しい表情でリアスはアジュカに訊く。

 

「しかし、なぜその情報を私たちに?これは本来上役───魔王クラスでもないと知ることが許されない、極秘とされる情報ではないのでしょうか?」

「知ってはならない者、あえて知らされなかった者が、その真実を知ってしまった。皇帝ベリアル、ディハウザーのことだ。彼はこの事実を知ってしまった」

 

 ディハウザー・ベリアルはずば抜けた才覚でトップへと上り詰めた悪魔であった。「王」の駒は使っておらず、純粋な実力のみで駆け上がったその男は、真実を知るためにクリフォトと手を組んだのだという。アグレアスを奪われたのも彼の手引きがあってこそであり、警戒対象であった相手の真実を知って、大一は眩暈すら感じる錯覚を抱いた。

 アジュカの話では、ディハウザーは自身の能力である対象の能力を無効化する「無価値」をシステムに利用した。これによってレーティングゲームのリタイヤを無効化し、緊急時のプログラムが発動をさせ、その不正行為の真相を知るためにアジュカが転移して赴いた。

 彼はそこでディハウザーから諸々の真実を聞いたらしい。

 

「だが、それだけではその場に残されたフェニックス兄妹の身に危険が及ぶ」

「どういうことですか?」

 

 一誠の疑問に、アザゼルが代わりに答える。

 

「レーティングゲームにはな、観客用のカメラの他に監視用のカメラがある。それは場合によってはその上の者達も内容を視聴することになる。アジュカと王者の会話は、上役に見られただろう。同時にその場にいたフェニックス兄妹も関与が疑われる。『王』の駒から始まり極秘とされる事柄のオンパレードを話しただろうからな。下手すれば、処分されるだろう」

「処分ってそんな…っ!」

「体裁を保つためなら、それぐらいわけもなく平気で行う。過去に『王』の駒の真実にたどり着いた者を容赦なく始末したからな」

 

 だからこそベリアルはそれを危惧して、アジュカ・ベルゼブブにフェニックス兄妹の身柄を預けた。魔王である彼であれば手は出せないだろうし、彼もそれを理解して用意周到に時間をおいていたそうだ。ある意味この不可解な失踪事件は、バハムートの思い付き通りすでに解決していたようなものであった。

 

「アジュカ様、それで姿を現さない王者がしたいこととは?」

「いまここで話したことを、冥界全土、各勢力に至るまで打ち明けることだろう」

 

 アジュカの回答は、何度目になるかわからないほど一行に衝撃を与えた。この闇が明らかになれば、どれほどの混乱が各地を襲うかなど想像もできないのだから。

 これについて大一は何とも言えない表情で額を掻いていた。皇帝ベリアルがどのような人柄かは知らない。しかしフェニックス兄妹のために行ったことを踏まえると、根っからの悪人というものではないだろう。それほどの人物がこの一件にどれだけの憤りを抱いているのか、クリフォトに手を貸すくらいなのだからそれは想像を遥かに超えるものだろう。いずれにせよ、このような事態となった以上、大一としてはサーゼクスや他のルシファー眷属たちと会うことの必要性を早急に感じられた。

 

「ま、レイヴェルとライザーのことは改めて礼を言うぞ、アジュカ」

「それくらいはしますよ。せっかく、有望な若手が出てきたのだから、死なせるわけにいかない。いまのレーティングゲームの状況は俺の見通しが甘すぎたがゆえの結果だ、可能であるなら少しでも環境をクリーンに出来る要素が欲しかったのです」

 

 アザゼルに妖艶な笑みを向けたアジュカは言葉を切ると、今度はリアス達へと向き直った。

 

「ライザー・フェニックスも、キミたち若手悪魔も今後のレーティングゲームを変えられるかもしれない大事な逸材だからね」

 

 現魔王からの大きな期待に肯定的な緊張が感じられる。そんな中で、一誠が一歩前に出ると頭を下げた。

 

「…難しい話はわからないし、政治に関してもアザゼル先生や魔王様方を信じてお任せするしかないと思ってます。でも、お礼だけは俺からも。レイヴェルとライザーさんを助けていただいてありがとうございました」

 

 一誠の率直な思いを告げた礼に続くように、「D×D」のメンバーもアジュカへと頭を下げる。期待する若手たちの行動に、彼は落ち着いた微笑を浮かべた。

 

「こちらこそ、若手悪魔に多大な迷惑をかけるだろうが、どうか乗り切ってくれ。上のことは上で対処させてもらう。これから何が起ころうとも、キミたちは暴れるところで暴れ、守るべきところで守ってくれるだけでいい」

 

 全員が強く頷くのを確認すると、アジュカは再びアザゼルに向き直り現状を説明する。回収できていない「王」の駒は5つ、これらは上役たちの手に渡っていると考えられている。アジュカとしてはどれだけ時間をかけても回収する覚悟はあるようだが、そもそもこの駒自体が強いものが持つとオーバーフローを起こす可能性もあるため、そのような危険性も危惧していた。

 

「それとこの情報をサーゼクス達にも伝えてほしいのだが…」

「だったら、俺よりも適任がいるけどな。頼めるか、大一?」

「もとよりそのつもりです」

「ユーグリット・ルキフグスのことも思えば、サーゼクスはいい眷属を得たな。ああ、それとアザゼル元総督殿。気をつけた方がいい。俺が敵であれば『D×D』打倒のために真っ先に狙うのはあなただ」

 

 真面目なトーンで、アジュカは忠告する。彼としてはアザゼルのアドバイザー能力や知識など、あらゆる面を考慮して危惧しているようだ。アザゼル自身も理解はしているようで、対策を立てているそうだが…。

 するといきなりアジュカの耳もとに小型魔法陣が展開される。そこから聞こえる連絡に彼は目を細めた。

 

「…ほう、その手は奇手か悪手か、あるいは…すぐに戻りたまえ」

「何があったのですか?」

「オーフィスが邪龍に襲われたそうだ」

 




アジュカもけっこう人間味がある印象です。


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第188話 兄弟の想い

なんだかんだで怒りは表に出さないタイプです。


 兵藤家上階にあるオーフィスの自室、アジュカの元から戻ったメンバーにデュリオも加えてそこに集まっていた。彼らの視線の先にはベッドに横たわりアーシアから回復を受けているオーフィスの姿があった。かなりひどい傷を負っていたが、これでもかなりマシになった方であった。戻ってきた当初の彼女の姿は見るも無残な様子であった。四肢は砕かれ、顔面はつぶされたかのようになっており、全身は爪でつけられた鋭い傷におおわれていた。

 

(この傷…ドラゴンの類っぽいな。しかし反撃しなかったのか?)

 

 大一の目を通して、ディオーグは冷静に傷の様子を確認する。因縁の相手への心配など露知らずな態度であったが、彼の言葉を無視することは出来なかった。サマエルによって有限となったオーフィスであったが、その実力はここにいるメンバーをしのぐものであった。それほどの彼女がこれほどやられて無抵抗でやられるのは腑に落ちなかった。

 デュリオの報告では、オーフィスが発見されたのは駒王町の地下空間であった。つまり…

 

「オーフィスは…『虹龍』のたまごをかばう形で倒れていた」

 

 大一は小さく頷く。敵の狙いがオーフィスであれば、彼女が大切にしていた龍の卵を狙うのは必然というもの。このやられようを見れば、彼女が無抵抗のままやられたのは想像に難くなかった。もっともそれだけで無抵抗だったとは思えず、まだ何かあるのではと思ったが…。

 これについて一誠は激情を抱き、怒りに身を震わせていた。穏やかに暮らす彼女を脅かしたのが許せなかったのだ。

 リアスとアーシアが彼を落ち着かせるために声をかける中、アザゼルの耳元に連絡用魔法陣が展開される。見る見るうちにその表情は不穏になり、かなり緊迫感のある視線が兵藤兄弟を捉えた。間もなく魔法陣を取り消すと、一拍おいて2人を見る。

 

「イッセー、大一、落ち着いて聞け。落ち着いて聞くんだぞ」

「どうしたんですか、先生。いったい何が」

「…お前らのご両親が、外出先でクリフォトに拉致された」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一行はVIPルームへと場所を移し、地下空間に設置されたカメラによる記録映像を見ていた。映し出されていたのは、突如現れた一匹の邪龍とオーフィスが対峙して、彼女が暴虐の限り攻めたてられた映像であった。かなり凄惨な光景に、渋い表情や直視できなかったメンバーも珍しくない。

 邪龍は黒い鱗と黄土色の腹が目を引く大蛇のような姿であった。四肢と4つの翼があり蛇とは違うことを印象づけ、醜悪さが感じられる表情の口から垂れる液体は不気味さを極めていた。

 邪龍ニーズヘッグ…北欧に生息していた邪龍だ。何度も蘇った経歴があるため、その執念深さはラグナロクが起こっても生き残るのではと噂されていたほどであった。

 そして映像の中で、オーフィスが無抵抗にその邪龍に暴虐の限りを尽くされた理由が、卵だけでなかったのが判明した。20メートルはあると思われるその巨体の左腕には、気絶した兵藤兄弟の両親が掴まれていたのだ。映像ではオーフィスとニーズヘッグが何かを話しており、邪龍が握っていた両親を見せつけると、彼女はそのまま叩きのめされていった。たまにわざとらしく卵を狙う素振りを見せては、守ろうとしたオーフィスはさらに傷を負う…何度も何度も同じことを繰り返す映像は凄惨そのものであった。

 

「しかし、どうやって入ってきたのでしょうか?」

「…リリス。オーフィスの分身体とオーフィスの繋がりのようなものを利用したのかもしれん。それか感知の難しい『異界の魔力』を持つメンバーを利用したのか…ったく、考案した俺が言うのもなんだが、こういうときに限って役にたたん結界だ…っ!」

 

 グリゼルダの冷静な問いに、アザゼルは悔しそうに答える。不幸中の幸いというべきか、この邪龍が撤退したのはクロウ・クルワッハの気配を感じ取ったからであった。敵としてはクロウ・クルワッハが関わっていることは想定外であったようだ。

 映像を見終えた彼らは兵藤兄弟がどうしても気になった。一誠はいまだに画面に目を向けており、その瞳は怒りを隠せないほど鋭く、体からは赤いオーラがにじみ出ていた。クリフォトが彼の踏み込んではならない領域を荒らしたのは明らかであった。

 

「…そうだよな、ヴァ―リ。ようやく、本当の意味でお前の心、想いが理解できたぜ」

 

 ぼそりと呟く一誠の視線は部屋の壁に寄りかかるローブ姿のクロウ・クルワッハへと向けられる。

 

「…クロウ・クルワッハ、なぜもっと早く…」

「…俺はオーフィスを観察するためにあの場に行っていただけだ」

「お前…ッ!」

「やめろ、一誠」

 

 クロウ・クルワッハへと向かおうとする一誠を阻むように大一が立つ。彼から発せられる声は驚くほど冷静な印象を周りに抱かせた。

 

「クロウ・クルワッハを責めても意味がない。まずは落ち着こう」

「これが落ち着いていられるかよ!兄貴だって、許せないだろッ!あいつらがやったことを!それとも父さんたちのことはどうでもいいって言うのかよ!」

「…俺だって相応の怒りは感じている。だからこそ、父さんと母さんを助けるために、何ができるのかを考えよう」

「わかっているよッ!わかっている…!でも…クッソ…!リゼヴィムの野郎…!」

 

 兄のあまりにも落ち着いた態度とは対照的に、一誠は怒りで我を忘れているようであった。燃え上がるような激情が動きにも表れており、身体を震わせながら忙しなくうろついていた。

 このまま熱い頭が彼を支配することを危惧した、祐斗は一誠の肩に手を置く。

 

「大一さんの言う通りだ。まずは冷静になろう」

「…これでも冷静になれっていうのか…?オーフィスぶん殴られた上に親まで拉致されたんだぞ…!?」

「だからこそさ。これは明らかに敵の罠だ。人質というだけでなく、心情を逆なでして冷静さを欠かせるためのね。このままでは相手の目論見通りになってしまう」

「あの野郎は、絶対に許せない」

「…僕はキミの代わりなんてしないからね。リアス・グレモリーの『兵士』はキミだけしかいない。僕は大切な友人に言われたからね。お前はリアス・グレモリーの『騎士』なのだ、と。だから『騎士』に準ずる」

 

 祐斗にとってこの言葉は先日の教会のクーデターで冷静さを欠いていた時に、一誠から投げかけられた言葉であった。それに彼も気づき、一瞬ハッとした表情を見せると苦笑い気味に返す。

 

「…あのときのこと、まんまお返しってわけか」

「怒るなとは言わないよ。でも、平常を装うだけでもしなければならない。我を忘れれば、絶対にキミ本来の力を出せないだろう。キミの真価は、怒りを内に込めながらも、視野を狭めずに相手の隙をうかがえることさ。

 それにご両親のことで悲しんでいるのはキミだけじゃない」

 

 祐斗は見た方を、一誠も目で追った。そこには苦しそうにボロボロと涙をこぼすアーシアの姿があった。

 

「…私にとっても、ようやくできたお父さんとお母さんです。イッセーさん、私だって…」

 

 彼女はそこまで言いかけたところで泣き崩れる。居場所を作り受け入れてくれた兵藤家の両親には、アーシアとしても肉親同然の感情を抱いていた。天涯孤独の身であったため、家族が出来たことはどれほど嬉しかったことか…。

 いや彼女だけじゃない。兄である彼も話していた通り、相当な怒りや悲しみを感じているはずなのだ。そんなことは分かっていたはずなのに…。

 一誠は大きく息を吐いて、両手で顔を覆う。ようやく彼の黒い熱が少しずつ引いてきたのだ。

 

「…そうだったな。ごめん、アーシア、兄貴。ごめん、皆…。───木場、お前がいてくれてよかったよ」

「大したことじゃないよ」

 

 落ち着きを取り戻した親友に、祐斗は軽く肩をすくめる。何度も救われてきたと感じている彼としては、この程度のことは言葉通り大したことではなかった。

 そんな中、部屋に黒歌とルフェイが入ってくる。少し前まで何かしらのやり取りがあったのかと察したのか、少々不思議そうな表情をしていた。

 

「あら、取り込み中かにゃ?」

「あ、こんにちは、皆さま」

「黒歌、ルフェイ、どこに行っていた?ヴァ―リと一緒だと聞いていたが…」

 

 アザゼルの問いに黒歌は自信ありげにいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「まあね、さっきまで一緒だったわ。それより、有力な情報を掴んだから私たちだけ一時的に抜けてきたの。───アグレアス、奴らのアジトの場所をほぼ特定できたわ」

 

 この報告に、部屋に居たメンバーは驚愕した。同時にそれぞれ確固たる思いが心の中で燃えていくのであった。

 

「グッドタイミングだ、黒歌。たまにはこっちからけしかけないと割に合わんからな」

 

────────────────────────────────────────────

 

 アグレアス攻略の作戦が話し合われている中、朱乃は大一の自室に向かっていた。作戦立案についてはアザゼル、ソーナを筆頭にリアスもグリゼルダもいるから問題はないだろう。むしろ今は彼の方が気がかりであった。

 その想いを胸に抱えたまま彼女は静かに扉をノックする。

 

「…大一、入るわね」

 

 返事がなく、彼女はそのまま扉を開けて大一の部屋に入っていく。いつも一緒に眠る時と同じで変わった様子は確認できず、椅子に座っていた彼も落ち着いた様子で持っている連絡用魔法陣の紙をしまっていた。

 

「ああ、朱乃か…」

「えっと…サーゼクス様に連絡していたのかしら?」

「いや、サーゼクス様への直通の魔法陣だと逆に目をつけられるかもしれない。いちおうルシファー眷属全員の兼用だし。だから炎駒さんの方を使った」

 

 大一はいつも炎駒と連絡を取り合っているものを取り出す。彼が駒王町を離れる際に、プライベート用のものを大一に渡していた。ルシファー関連の要素はまるで無いため、上役の悪魔達に目をつけられる確率も低い。大一は知らなかったが生島が炎駒とやり取りするものと同類のものであったため、尚のこと目をつけられる確率は低かった。そこで彼は炎駒にアジュカから聞いた情報を先ほどメッセージとして送っていた。

 

「本当は直接話せればよかったんだけど、この感じだと作戦が整い次第、攻め入りそうだからな」

「…そうだと思うわ。だから少しでも休んでおくべきよ」

「助言ありがとう。でも大丈夫だよ」

 

 淡々と答える大一に、朱乃は腑に落ちないように眉を八の字にひそめる。そして彼を諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ねえ、このまま作戦に出てもダメだわ。少しでも吐き出して」

「…隠していたつもりなんだけどな」

「ええ、完璧だったと思うわ。イッセーくんが怒っていた時、あなたは冷静で落ち着いていた。以前のあなたならともかく、ここまで完全に隠していたから逆に心配になったの」

「隠しすぎて逆に怪しかったわけだ。朱乃に隠しごとはもうできなさそうだな…」

 

 自嘲気味に笑う大一には、ハッキリと暗い陰りが見えたような気がした。その黒い陽炎のような危うさに気づいた朱乃は思わず言うべきでない言葉をこぼしていた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫なわけないだろう。正直、あの映像を見た時にはらわたが煮えくり返る思いだったよ。一誠みたいに文句を言えたら、どれだけ楽だっただろうか…」

 

 身体をわなわなと震わせながら拳を強く握る。振り下ろす場所が見つからずに、その怒りが彼自身に内在化していたのは明瞭であった。悪魔になってから危惧していたことが最悪の形で起こってしまった。悪魔の世界での凶事に家族を巻き込んだこと、いざという時に無力であった自分…その負の感情はシャドウに憑りつかれた時にも匹敵するほど深いものであった。

 

「…それでもあいつと一緒に感情のままに怒っていたら、それこそ取り返しのつかないことになるかもしれない。父さんと母さんを何があっても助けなきゃいけないんだ。それに俺は…俺は兄だから…」

 

 最後に絞り出すように大一は付け加える。その脳裏には先日の父との会話が想起されていた。父の信頼に直面したからこそ、その想いは黒い感情の中からも冷静さを引き出すことに成功していた。

 そんな彼の様子を見て、朱乃は目を細める。このように背負い込むのは今に始まったことじゃない。どれだけ彼の苦しみ姿を見てきても、そんな彼を支えると決めたのだから…。

 

「だったら、尚のことだわ。弱みを出して、少しでも休んで。このままだとあなたが潰れてしまうし、ご両親を救えないわ」

「わかっているつもりなんだけどな…」

「ひとりだと難しいなら、私が一緒にいてあげる。あなたを支えるわ」

 

 そう言って朱乃はゆっくりと抱きつく。こわばった彼の身体を少しでも温めるように、彼女はその柔らかな自慢の身体をすり寄せていく。

 彼女の純粋な優しさに触れた大一は静かに、ただし暗さを隠すようなものでは無く、純粋な落ち着きのある声で呟く。

 

「…いつも朱乃には助けられてばかりだ」

「あらあら、惚れ直した?」

「そうだと思うよ。俺はあなたに何もしてあげられないのにな…」

「じゃあ、これからに期待させて。あなたなら信頼を裏切らないってわかっているから」

「…わかった」

 

 静かに答える大一は彼女を抱きしめ返す。自分がどれだけ多くの人たちに愛されているのかを実感するほどに、心の中ではある決心が芽生えていた。しかしまずは両親を救うことに全力を出すことに集中するだけであった。

 




だからこそ感情を吐き出す相手は特別なのですが。


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第189話 アグレアス攻略戦

やっと20巻分の戦闘場面がスタートです。


 黒歌達からアグレアスの情報を受けて半日が過ぎた頃、兵藤家の地下にある巨大魔法陣が備えられている部屋にて、「D×D」のメンバーが集まっていた。

 今回の作戦はシンプルであった。黒歌から伝えられたアグレアスの座標にアジュカが禁呪に類する転移魔法陣を使用して、結界を突破しつつ複数回に敵陣に攻め入る。第一陣としてまずはシトリー眷属、デュリオ、グリゼルダと御使いがアグレアスの都市部に現れて、敵の注意を引くために暴れる。そして第二陣に、グレモリー眷属、大一、イリナ、そして彼らのサポートに幾瀬が参戦し、兵藤両親の救助と敵の戦力を削ぐことに集中する。追ってアザゼルも来て、動力室を狙う予定であった。

 奇襲ゆえスピードが求められるが、現在いるメンバーの中で出来る限りの戦力が投入されようとしていた。黒歌とルフェイの話ではヴァ―リもリゼヴィムを逃さないように監視を強めており、この作戦を利用して一気に攻め入ろうと画策していた。

 その話を聞いたアザゼルは腑に落ちない表情で、考えるように顎に手をあてた。

 

「ヴァ―リの執念が奴の居場所を掴んだ…。それもあるだろう。しかし、今回のリゼヴィムの行動には粗も目立つ。オーフィスを狙うのと大一とイッセーの親を拉致するのは確かに効果的だ。だが、たとえあの男が生粋の煽り屋だとしてもあまりにも性急すぎる。そう思わせることすらあっちの計算だとでも言うのか…?」

 

 ぶつぶつとアザゼルは考え込むが、今は頭を使うよりも身体を動かす方が優先される状況であった。彼は考えることを中断すると、部屋に居るメンバーを見渡して檄を飛ばす。

 

「何が待ち受けているかわからん。細心の注意を払って、最悪の状況でもご両親だけは救出しろ。けどな、これも頭に入れておけ。奴は入っちゃいけない領域に土足で踏み込んだ。万死に値するだけの連中だ。絶対に許すな。倒せるなら、やっちまえ。俺が許す」

『はいッ!!』

 

 これを合図に第一陣が転移する。戦いの火ぶたが切られた瞬間であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、第二陣として転移した大一達であったが、すでに地響きや爆発が辺り一帯で起こり、空では量産型邪龍が第一陣の方へと向かっていく。シトリー眷属や天界メンバーの尽力が感じられた。

 中央広場から西部に位置する公園に転移した一行であったが、早々に幾瀬と彼の相棒である刃は目にも止まらぬ神速でその場から消えさった。

 

「行きましょう」

 

 彼と別れてすぐ、リアスの言葉と共に一行はアグレアスを進んでいった。目的はアグレアスの庁舎。アグレアスの中でも規模の大きい建物で、アザゼルとしてはここが敵の拠点になると考えられていた。

 消耗を避けるために街並みを理解しているリアスを先頭に進んでいく。最後尾で大一は浅い息のまま、敵の感知を続けていた。

 

『大丈夫だよ、大一。両親は助けられるさ』

(…そうだな。ありがとう、シャドウ)

 

 シャドウの言葉に、大一は小さく頷く。冷静を保ってはいるが、無意識にも彼の緊張は高まっていた。大一と父親の会話をハッキリと聞いていたシャドウはそれを理解しているからこそ、彼の緊張に寄り添うこともできた。

 一方でディオーグは無言であったが、そこにはどこか苛立ちが感じられた。それは因縁の相手であるオーフィスがやられたからか、またもや悩みに陥りかけた大一を見てか…。

 

(わかっているよ、ディオーグ。だから信じてくれ)

(…だったら証明して見せろ)

 

 頭の中で2つの人格とのやり取りを済ませた彼は感知を強める。とにかく現状は敵からの奇襲に最大限の警戒をしながら移動していく。

 十数分後、彼らは庁舎の近くにたどり着いた。物陰から確認すると、特徴的な形をした高層ビルの周囲に数多くの量産型邪龍が佇んでいた。手厚い守りを固めていたが、逆にそれが敵の本拠地がここであることの証明となっている。

 攻め手を考えていると、小猫と大一が表情渋く呟く。

 

「…臭い、というか、気づかれてますね」

「1匹、明らかにこっちに対して魔力を向けているしな」

 

 彼らの視線の先には1匹の邪龍が存在した。蛇のようにしなやかな身体、周囲の量産型とは一線を画すオーラ…それが映像でも確認した邪龍ニーズヘッグであることに、一誠は激情が込み上げてくる。祐斗が肩に手を置き、アーシアが手を握ったため、なんとか飛び出さずにブレーキを踏み続けることに成功した。

 その横では大一が抱いたモヤを吐き出すように息を吐きだしている。少なくとも一誠への行動は必要ないと実感した朱乃は、作戦前の彼への行為が無駄でなかったと分かり胸を撫でおろした。

 

《グヘ、グヘへへへ。出て来いよぉぉぉ。いるんだろぉぉぉっ?》

 

 ねっとりとへばりつくような声色を出すニーズヘッグの前に、一誠達は姿を現す。対峙するとその言い方にピッタリと思えるほどの異臭が彼らの鼻をついた。

 この不気味な邪龍を前に、一誠が展開した神器からドライグの声が発せられる。

 

『ニーズヘッグか。お前がオーフィスをあんな姿にしたのか?』

《グヘ、グヘへへへ!そだよ、ルシファーの息子にうめぇドラゴンのたまごがあるって聞いてよ?そこに連れてってもらったら、そしたら、ちっこくなったオーフィスもいるもんでよ?俺がたまごさくれって言ったら、ダメだっつーのよ。でも、うまそうなもんだから、俺も強引にいっちまってよ。おめのおっとうとおっかあをルシファーの息子から預かったからよ?それを前にしてやったら、オーフィスが静かになったんだよなぁ。なんでだ?

 んでよ、俺よ、オーフィスをぶ、ぶ、ぶん殴っちまったっ!で、でよ?オーフィスにお仕置きでもされっかと思ったけど、されないもんだから、つい調子に乗ってオーフィスさ、もっともっと殴っちまった》

 

 喜々として語るニーズヘッグは、一誠の様子にまるで気づいていなかった。邪龍にとって垂涎ものの感想である言葉のひとつひとつが、赤龍帝の怒りの地雷をことごとく踏んでいることに。

 なおも話し続けるニーズヘッグに、一誠はゆっくりと歩いていく。すでに小声で真紅の鎧の呪文を呟いており、相手が同情を必要としない相手とわかると、最後の一節を唱えた。

 

「───汝を真紅に光り輝く天道へと導こう」

 

 真「女王」形態の鎧はいつにも増して、激しい紅の光を発していた。だが子の光すらも一誠の怒りと比べれば、大したことのないものであった。彼はすぐに複数回倍加の力を右こぶしにまとわせると、鈍重な一撃をニーズヘッグに入れこんだ。相手が展開した防御魔法陣などものともせず砕き割り、ニーズヘッグの巨体は一気に後方へと吹っ飛んで他の邪龍たちを巻き添えにした。

 一誠の攻撃を皮切りに、他のメンバーたちも攻撃に転じる。庁舎前はあっという間に戦場と化した。朱乃の雷光龍、ギャスパーの黒い獣たち、白音モードとなった小猫の火車、ロスヴァイセの魔法によるフルバースト、その破壊力は頼もしいことこの上なかった。

 

「それじゃあ…俺らも行くぞ」

(潰す!)

『見せてやるぜ、僕らの実力ッ!』

 

 大一の身体が隆起し、肌は龍の鱗を伴ったものへと変化していく。両腕は黒く染まっていき、そこから2本の黒い錨を生みだした。この錨を構える前に、2匹の邪龍が大一へと突っ込んでいく。彼はそれを避ける素振りは見せなかった。

 

『俺も相応の怒りは抱いている。この程度で負けるつもりはない』

 

 落ち着いた声色であったが、そこから感じられる重さはずば抜けた印象であった。同時に彼の背中から巨大な腕が二本現れると、量産型邪龍の頭へと伸びていき、一気に重さを上げて地面へと叩きつけた。仲間達ほどの大規模な攻撃はできないものの、その実力は十分であった。

 一方で、起き上がったニーズヘッグに一誠は容赦なく打撃を入れこんでいく。苦しみながら声を上げる邪龍相手に、容赦の2文字が介入する隙はなかった。

 

「ウチの龍神さまをいじめんじゃねぇよッ!」

 

 踏みつけてくるニーズヘッグの足を掻い潜りながら、一誠は邪龍の鼻先にまたもや拳を打ち込み、吹き飛ばした。邪龍は先ほどの下品な笑いをすっかり引っ込めて、苦しそうなうめき声を瓦礫の中から発していた。

 

「イッセー、ちょうどいいわ。例のでケリをつけましょう。私もそのドラゴンに一発入れておかないと気が済まないものだから」

「…あれか。了解!」

 

 リアスの一声に応じて、一誠は鎧の宝玉から複数の飛龍を発生させる。飛龍たちは彼女の回りを飛び回ると、魔力とオーラを同調させていった。間もなく、飛龍が鎧へと変化していきリアスの身体に張り付いていく。名を「真紅の滅殺龍姫(クリムゾン・エクスティンクト・ドラグナー)」、力を合わせることでリアス専用の赤龍帝の鎧を生みだすものであった。

 

「リアス!行こう!」

「ええ!よくってよ!」

 

 2人は紅の閃光となってニーズヘッグに追撃していく。回数こそ制限があるものの赤龍帝の力も得たリアスとのコンビネーションは邪龍をも簡単に追い詰めていった。

 

「あらあら、私たちも負けていられませんわ」

『競う必要はないと思うが…任せろ』

 

 一誠とリアスのコンビネーションにあてられたのか、期待するように視線を向ける朱乃に、大一は自身の黒い錨を差し出す。彼女がそこに雷光を纏わせると、大一は強化した脚で邪龍たちの間を縫うように高速で移動していく。すれ違いざまに雷光を纏わせた錨で痛烈な打撃を入れていく。大きくよろめく邪龍たちは過ぎていった大一へと注意を向けるが、それらは錨を叩きこまれた箇所に僅かながら雷光が帯電した黒い影がへばりついていることに気づかなかった。

 ほぼ同時に朱乃がレーザービームのような雷光を複数本撃ち出す。帯電している黒影を目印として突き進んでいく雷光は、避けようとする邪龍たちを逃さずに的確に撃ち抜いていった。

 湧いて出てくる邪龍たちを相手にまったく引かない彼らであったが、敵もしぶとかった。一誠とリアスの同時攻撃にダウンしたと思われたニーズヘッグが、完全に傷を癒した状態で起き上がってきたのだ。その手には小瓶が握られており、リアスは驚きの声を上げる。

 

「フェニックスの涙!?」

《便利なもんだなぁ、いまの傷がすぐに治るなんてよぉぉぉっ!もう許さねぇぇぞぉぉぉ、絶対になぁぁっ!》

 

 復帰したニーズヘッグの身体からドス黒い瘴気が溢れ出していく。触れただけでも異常をきたしそうな雰囲気であったが、それで挑まない理由にはならなかった。

 

「浴びるだけで体に異変が出そうね」

「だとしても、涙が尽きるまでやるしかない!とことんまで付き合ってやるさ!」

 

蘇るのであればその度に叩きのめすまで、再び一誠とリアスが向かっていこうとするが…。

 

「ドラゴンらしい言葉だ。高揚してくるではないか」

 

 彼らの間に黒いを身につけた男性…クロウ・クルワッハが介入した。

 

「ニーズヘッグ…なんと稚い気のことか」

《グヘへへへッ!クロウの旦那じゃねぇが!さっき会った時は思わずビビっちまったけどよ、一緒によ、俺とよ、こいつらさ、喰って───》

 

 しかし邪龍の言葉は最後まで続かなかった。巨大なドラゴンの腕へと変化させたクロウ・クルワッハの一撃が彼の頭部に見舞われたのだ。

 

《い、いでええええよっ!?いでええええじゃねぇかよ!?な、なんで俺をなぐるんだよぉおおおっ!?》

「…貴様が、貴様たちが、あまりにも小賢しい真似をするものだからな。俺はオーフィスを通じてドラゴンを見ようとした。それを邪魔するならば───消し炭にするしかあるまい?」

 

 戦いを前にしたクロウ・クルワッハは上を見上げる。庁舎を、いやその中にいるであろうひとりの人物に対して呟いた。

 

「リゼヴィム・リヴァン・ルシファー、見ているか?多くの邪龍を手懐けたことで勘違いしたようだな。真のドラゴンは、生まれた時から死ぬ時まであるがままに思うがままにわがままに生きるッ!それが、ドラゴンなのだッ!」

 

 龍の誇りを高らかに宣言するクロウ・クルワッハは一誠へと視線を移し、庁舎の最上階へと指さす。

 

「行け」

「…いいのか?」

「…さっきは悪かった」

 

 それだけ答えるとクロウ・クルワッハは再びニーズヘッグに睨みを利かせる。トップクラスの邪龍の存在感と誇りは、その佇まいだけで圧倒的なドラゴンの格を見せつけるのであった。

 ここにリアスが大きく声を上げる。

 

「イッセー、大一、アーシア!ここは私たちに任せて先に行きなさい!お義父様とお義母様を救うのは、『息子』だと、『娘』だと言われたあなたたちであるべきなの!」

 

 この猛烈な乱戦の中、全員でここを突破するのは不可能に等しい。それならば今回の作戦の目的を、相応しい彼らに託すのは不思議ではなかった。

 一誠はアーシアを抱きかかえて龍の翼を展開する。その横では大一も同様に翼を広げていた。

 とはいえ、空中も邪龍が数多く飛んでいる上に、敵も彼らを易々とは逃がさないために数多く向かってきた。それを防ぐがごとく、祐斗が割り込んで聖魔剣を使った師匠直伝の剣術で邪龍たちを斬り捨てる。

 

「イッセーくん、行ってくれ!ゼノヴィア、イリナさんも付き添って欲しい!」

「任せろ!アーシアの護衛は得意なんでね!」

「私たち、教会トリオって言われるものね!アーシアさんをゼノヴィアと一緒に上までご案内するわ!」

 

 彼女たちもイッセーの肩につかまり、猛烈な速度で飛び上がろうとする。それでもニーズヘッグはしぶとく体を起こして魔法陣を展開させた。

 

《い、行かせねぇぞぉおおおおっ!》

「貴様の相手は俺だ。───久方ぶりだ、見せてやろう」

 

 相対するクロウ・クルワッハの身体が変化していき、本来の姿である巨大なドラゴンへと変貌を遂げていた。黒と金の入り混じったオーラがその場にいる全員を釘付けにさせた。

 

『邪龍最凶と謳われたこの俺の力をな』

 

 口から火の粉交じりの息を吐きながら、その漆黒のドラゴンは両翼を広げて威風堂々としたその姿をさらけ出していた。その圧倒的な存在感に、ニーズヘッグは悲鳴を上げながら怯えていた。どれだけ強力な回復手段を持っていても、実力差がそれを無意味なものとしているのは双方ともに理解していた。

 その証拠に半ば自暴自棄となって向かったニーズヘッグは、クロウ・クルワッハの剛腕の一撃によってはるか後方へと吹き飛ばされていた。一誠達のように建物に叩きつけるどころか、建物をいくつも倒壊させていくほどだ。

 一誠の腕の中に抱かれているアーシアは、クロウ・クルワッハに礼を述べる。

 

「あ、あの、ありがとうございました!」

『───バナナ』

「え?」

『バナナとは、いいものだな』

「はい!」

 

 この言葉を最後に、一誠達は上空へと飛び立つのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達が飛んでいくのを確認したリアスはすぐに警戒を強める。かなり遠くに飛ばされたニーズヘッグの相手は、クロウ・クルワッハが受け持ってくれたものの、邪龍はまだまだ彼女らに雪崩のように襲ってきた。

 赤い鎧に身を包んだリアスは、向かってくる邪龍を睨みつける。一誠達を先に行かせたとはいえ、早々に援護しに行くことに越したことはない。

 

「まずはここにいる相手を片付けなくちゃね」

 

 真っ赤な滅びの魔力の塊が邪龍たちに何発も命中していく。1回の倍加だけでもかなりの威力となっており、命中した邪龍たちはもがき苦しんでいた。

 彼女の後ろから別の邪龍が大あごを開けて噛みつこうとするが、リアスは振り向きもしなかった。間もなく、その邪龍は横から現れた雷光龍によって、身体を痺れさせて倒れ込む。そしてほぼ同時に戦闘用に巫女服を身に着けた朱乃が降り立った。

 

「やるわよ、朱乃」

「ええ、ここが正念場ですもの」

 

 背中合わせで邪龍たちと対峙するグレモリー眷属のトップコンビは、まるで負ける気がしなかった。愛する人達のために力を出す、この純粋な一点が彼女や仲間達の勢いを強めていた。

 

「でもよぉ、そう簡単に事が進むとは本気で思ってねえだろ?」

 

 突如、発せられる声と同時に近くで倒れ込んでいた量産型邪龍の1匹が横に吹き飛ばされる。邪龍がどかされて巻き起こった煙の中からは、法被を羽織った中性的な顔の女性が現れた。少々離れているにもかかわらず、気持ち熱く感じるその女性は、先日のクーデターの中で見覚えのある相手であった。

 

「大一が何度か戦った相手…バーナとかいう炎の精霊だったかしら?」

「あんたらに覚えられてもねぇ。ったく、いきなりの奇襲とはやってくれるじゃねえか」

「あなた達がいつもやっていることでしょう?」

「言うねえ。さすがは期待の新星。敬意を示して…」

 

 その瞬間、彼女の周囲に熱波が噴き出す。両腕は真っ赤に染まっており、その熱さにも劣らないほどの強い敵意がリアスと朱乃に向けられる。

 

「その綺麗な顔を焼け爛れさせてやるよ!」

 

 そしてほとんど同じ頃、リアス達とは少し離れた場所では、ギャスパーが荒々しく舌打ちをする。目の前では気づかないうちに大量の発生させた闇の怪物たちが斬り刻まれていた。

 

《くそっ!これが「異界の魔力」か!これほど接近されているのに、気づけなかった!》

「それでもまだまだ出せるんだろう?まあ、負けるつもりはないが」

 

 モックは腕から飛び出た突起を、威嚇するように音を出しながらすり合わせる。彼の水の魔力による攻撃とこの突起によって、闇の怪物たちはあっという間にやられていた。得体の知れない相手ではあるが、その枠組みで言えば自分も大差ない。

 ギャスパーは再び怪物を発生させようとするが、そこに祐斗と小猫が割り込んだ。

 

「待つんだ、ギャスパーくん。キミの能力は数の多い邪龍にぶつけた方がいい。ロスヴァイセさんと一緒に邪龍の方をお願いしたい」

『たしかサメの魔物でしたね。私と祐斗先輩で相手します』

 

 祐斗は聖魔剣を、小猫は白音モードの状態で周囲に火車を展開させる。ギラギラとした闘争心に対して、モックはダウナー気味にため息をつく。

 

「これまた道理を外れた相手ばかり…だから嫌いなんだよ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達と共に飛び上がった大一は周囲にいる邪龍たちに攻撃を与えていく。ゼノヴィアやイリナも聖剣による斬撃や波動で攻撃していくが、まるでキリがなかった。

 それでも最上階を目指して彼らは突き進むしかなかった。ビルの半分に差し掛かるかというところで、大一は目を細める。その視線は一瞬だけビルの方に向けられ、彼は共に飛んでいる一誠達に声をかける。

 

「一誠、アーシア、父さんたちを必ず助けてくれよ。ゼノヴィアとイリナは2人を出来る限りサポートしてやってくれ」

「いきなりなんだよ?兄貴も一緒に───」

「そうしたいのは山々だが、まずは父さんと母さんの救出が絶対だ。そのためにもリゼヴィムに食い下がれる可能性があるお前が行くべきだ。それに俺にしかできないことがあるからな」

「それって───」

「ここであれこれ説明している暇はない。とにかく何があっても突き進んで、助けてくれ。いいな?」

「おう!」

「わかりました!」

 

 一誠とアーシアの強い返事、ゼノヴィアとイリナも頷いたのを確認すると、大一は飛ぶ速度を上げていく。そしてちょうどビルのちょうど半ばのところでその階層に突っ込んでいく。硬度と重さを上げた彼の突進は、その階の柱のひとつにぶつかった。その瞬間、柱から巨漢が飛び出していき後退していく。

 さらに追撃するように大一は速度を落とさず、その相手に突っ込んでいきビルの反対側へと押し込んでいき、窓を突き破った。

 真っ逆さまに落ちていく彼らはもみ合いながら、庁舎の高層ビルから少し離れた場所の使われていない建物の屋上に着地した。ギリギリのところでもみ合いから離れて、互いに翼を出して着地したが、その瞳は相手を睨みつけていた。

 

「半ばまで来たところで叩き落そうとしたんだが、気づいていたか…」

「俺も感知するだけなら出来るようになってきたからな。これで3度目…そろそろ決着をつけようか、ギガン」

「後悔するぞ、龍交じりの悪魔」

 




一誠視点だと原作と変わらないため、それ以外のメンバーのバトルになると思います。


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第190話 外れた道理

一誠とアーシアがベリアルの下へ向かっている最中の出来事です。


 アグレアスでは各所で戦いが起こっていた。爆音が響き、地が揺れ、強い魔力が渦巻いている。

 大一もまたクリフォトのひとり…ギガンを相手に戦っていた。使われていない建物の屋上に落下した直後、大一はシャドウを合わせた腕を伸ばして彼に拳を打ち込もうとする。しかしギガンは易々とそれを掴むと、大きく引っ張るが、大一も伸ばした腕を途中で引きちぎると、連続で魔力の塊を口から吐き出していく。

 全て命中したのを実感するが、それでダメージを与えたとは思えない。彼の硬さは、3回も戦った大一がよく分かっていた。

 

「うっとうしい」

 

 煙の中から現れるギガンは小さく呟く。両腕の肌は岩石へと変化しており、魔力がぶつかった跡として煙が揺らめいている。身体は無傷で、その腕で防いだことは明らかであった。

 だがそんなことは百も承知。大一は腕から黒い錨を取り出すと、油断なく構える。

 

『ここでお前を倒す。そしたら次は一誠達のところに行って、父さん達を助けるんだ』

「そういうのが、うっとうしいんだ。元人間の悪魔が」

 

 ギガンは建物に自身の腕を突きさすと、そのまま持ち上げるように腕を動かす。それに呼応するように突起が出現し、大一に向かって突き進んできた。

 

『おそらく避けることまで想定しているんだろうな。それでも…』

 

 脚力を強化した大一は走ってそれを避けると、ギガンへと向かっていく。それに気づいていたかのようにギガンもジャンプして、彼を叩きつけようと大木のような腕を振り上げていた。

 腕が振り下ろされる瞬間、大一は翼の付け根にある尾をシャドウによって伸ばすと、ギガンの振り下ろされる腕に縛り付け、体をひねらせて攻撃をかわしながら、縛り付けた尾を利用して小規模な逆バンジージャンプのように飛び、敵の上を取った。

 

『上さえ取れば…』

『重さが活きる!』

 

 大一とディオーグの言葉が重なった瞬間、錨を相手の首付近に振り下ろす。硬度、重さ共に最大級まで上げた一撃はギガンを押し込み、屋上へと叩きつけた。ギガンほどの巨漢が叩きつけられたことで、屋上全体にひびが入り込んでいき、間もなく建物の上が完全に崩れることとなった。

 ギガンが崩れた屋上の瓦礫の下敷きになったのを確認した大一であったが、息をつく間もなく彼の後ろに巨大な岩の腕が現れる。後ろを向いた瞬間に殴りつけられて、大一は隣のビルへと叩きつけられた。

 崩れた瓦礫を強引にどかしながら、大一は頭を押さえて立ち上がる。煙にせき込み、頭から流れる血を拭いながらも、彼の眼は油断なくギラギラとした光を放っていた。

 

『あの一撃、かなり魔力込めたのに…!』

『落ち着け、シャドウ。ダメージを与えられたんだ。これまでよりもチャンスはある』

 

 彼の視線の先では同じようにギガンが瓦礫をどかしながら現れる。気怠そうな表情ではあったが、彼の口からは細い血の跡が見えており、錨を振り下ろした首根っこ辺りには痣が残っていた。

 

「俺に手傷を与えたのだけは評価してやる」

『だったら、お前を倒してその評価を更新させてやるよ』

 

 ギガンの手痛い一撃を受けながらも、大一の言葉に迷いはなかった。これまでの2回の戦いと違って、単独でダメージを与えていたことで、わずかながら勝ち筋を見出していた。それを実現するために考えをめぐらす一方で、ギガンは眉間にしわを寄せて不愉快をハッキリと見せた。

 

「お前と戦っていると苛立ちと怒りを感じる。そういう感情は『異界の地』で長年生きて、枯れたと思っていたんだがな」

『だったら、出てこない方が良かったんじゃないか?』

「そうでもないさ。冥界が混乱する光景なんかは一見の価値があるだろう?」

 

 2人が再びぶつかる前に庁舎から巨大なマイク音声が響く。それはギガンが言ったような冥界を混乱の渦中へと引きずり込むことの始まりであった。

 

『ごきげんよう、冥界の皆さん。ディハウザー・ベリアルです。私が消息不明となっているようですが、この通り、平穏無事です。さて、いまから皆さんにお伝えしなければならないことがあります。それはレーティングゲームの闇だ』

 

────────────────────────────────────────────

 

 ディハウザー・ベリアルはクリフォトの手を借りて、冥界中に彼の告白を放送していた。明かした内容は、当時レーティングゲームに流れていた一種の噂とあるひとりの女性を皮切りに始まった。その噂は現在ディハウザーと共にランキング上位に位置する2人の悪魔が決して才能豊かでないというものであった。これ自体は一笑に付すものであったが、彼の従妹…クレーリア・ベリアルはその噂を調べた。ディハウザーの実力を何よりも知っていた彼女は面白おかしく過激に書きたてられるこの噂話を快く思わず、独自に調べ続けていた。

 しかし彼女は秘密裏に始末され、詳しい理由を伏せられて死んだという事実だけがディハウザーの耳に入った。彼女を妹のように可愛がっていた王者は、真相を探り続けており…

 

『結論から言えば「王」の駒は存在する。そして、いまあなた方の目の前に開示されているだろうと情報と、ゲームプレイヤーの顔ぶれ、彼らはその「王」の駒を使用して力を得たのだ』

 

 クリフォトから冥界の上層部によってクレーリアが始末されたことを知ったディハウザーは、復讐としてこの真実を冥界全土に公表したのであった。彼はその後もリアス達がアジュカから聞いた話を公表し続けていた。

 この放送を聞いたリアスはビルを見上げる。

 

「クレーリアの件は、人間の男性と恋に落ちたからじゃなかったの?いや、どちらも上層部からすれば消すには十分の理由か…」

「ハッハー!さすがだね、ディハウザー・ベリアル!これは冥界も大混乱間違いなしだな!」

 

 リアスの前方で、バーナが大口を開けながらゲラゲラと笑っている。彼女の周囲には地面からマグマが柱のように真っすぐに何本も噴き出しており、強烈な熱気が周囲を包んでいた。

 リアスの隣では、堕天使化した朱乃が苦しそうに呼吸をしている。魔力で防いでいるだろうが、リアスのように鎧をつけていないゆえに、より強い熱気にあてられていた。

 

「朱乃、大丈夫?」

「ええ、なんとか…それにしてもあんな放送があっては冥界が…」

「いいじゃねえか!支配を覆して革命でもなんでもすればいい!そしてもっと死んでいけばいいんだよ!」

 

 バーナの非情な意見に、リアスは鎧の中で唇をかむ。彼女の声には強い悪意が感じられた。相手はクリフォトなのだから当然の感想かもしれない。それゆえに「D×D」として、ひとりの上級悪魔として彼女に強い怒りを抱いた。ただでさえこれまでの事件や愛する人を苦しませたことで抱いていた炎は、相手の残酷な言葉が薪となり更に燃え盛っていた。バーナの言動もまた、リアスにとって入っちゃいけない領域を荒らされたようなものであった。

 リアスが感じる激情を、朱乃も感じたのか悲痛な声で問う。

 

「…どうしてそんなことが言えるのか理解できませんわ。悪魔があなたに何をしたというの?」

「…そうだな。まあ、地獄は見せられたよ」

 

 バーナがパチンと指を鳴らすと、マグマの柱はうねりだし、蛇のように彼女たちを狙っていく。リアスと朱乃は大きく飛び上がり向かってくる攻撃を起用に避けていく。短い攻防の中で下手に防げる威力でも無いのは理解していた。

 飛び上がったリアスは倍加した滅びの魔力の塊を撃ち込むも、バーナも対するように同規模のマグマの塊を撃ち出してその攻撃を相殺した。これを狙ってバーナはジャンプしてリアスにマグマの拳を打ち込む。

 

「くっ…!」

 

 赤龍帝の鎧をつけて防御魔法陣まで張っていたのに、苦悶の声が漏れるほどの熱さと痛みがリアスを襲う。振り払おうにも、想像以上の剛腕に上手くいかなかった。

 だが隣から朱乃の雷光龍がバーナに噛みつき、そのまま地面へと叩きつける。そこにリアスが追撃するように滅びの魔力を球体化させたものを複数撃ち込んだ。

 

「助かったわ、朱乃…」

「大丈夫よ。それにしても彼女は───」

 

 朱乃の言葉は突然切られる。目の前で火柱が上がり、彼女らはさらに警戒を強めることになったのだ。

 2人が向けた視線の先には、軽く首を回すバーナの姿が立っていた。

 

「いてえな…こういう戦いはやっぱり嫌いだな。昔を思い出す」

「…あなた、本当に何者なの?」

「バーナ・ロッシュ。ただの炎の精霊さ。しかし敢えて特別なことを挙げるなら…そうだな…さっき言ったように悪魔には地獄を見せられたよ。あたしは捕まって多くの実験を受けていたのさ」

 

 こぼした声は苛烈な印象を受けるバーナにしては冷静であった。その打って変わったような声の調子と、「実験」という単語にリアスも朱乃もごくりと唾を飲み込む。多くの闇を見てきた彼女達にとって、それが意味することは容易に想像できてしまったのだ。

 

「なんだよ、そんな驚くことじゃねえだろ。どこの勢力だって、ひとつやふたつはとんでもないことをやっているものさ。ましてやあたしが悪魔に捕まっていたのは、それこそ旧魔王時代で他の勢力と睨みを利かせていた時代。戦力として利用できるものが欲しかったのさ」

 

 バーナは自分の身体を見せるように腕を開く。ディハウザーの告発を聞いた以上、彼女の過去もクリフォトに加担するには十分な理由に思えた。

 リアスはゆっくりと降り立ち、彼女に向き直ると震える声で問う。

 

「…あなたも壮絶な過去を経験してきたということね」

「何をもって壮絶とするかだな。特性を知るためにありとあらゆる耐久実験を受けたことか、同類の精霊の断末魔を聞きながら消えていく姿を見てきたことか…他にもたくさんあるしな」

 

 あまりにも淡々としているバーナの言い方であったが、それが逆にリアスの感情を刺激した。彼女の語る過去は、自身の大切な眷属である祐斗や小猫のように勝手な思惑で利用されてきたものに感じた。それゆえにわずかに迷いが生じた。目の前にいる相手とも分かり合えるのではないかと。

 しかしその考えをリアスはすぐに振り払う。たとえどれだけ相手が苦しい過去を背負っていても、それを理由にクリフォトの行いを肯定するわけにはいかないのだ。

 

「あなたが冥界への復讐を目的にしているのは分かったわ。だからといって、それを認めるわけにはいかない。私の愛する人たちを、世界を苦しませたあなたを許せないわ」

「…復讐ねえ。やっぱり嫌いだよ、お前みたいな女」

 

────────────────────────────────────────────

 

 祐斗と小猫は苛立ちを感じていた。その原因はギャスパーの代わりに請け負った相手…モックとの戦いであった。その姿は先ほどまでの少年のような姿とは違い、はちきれんばかりの筋肉を持ったサメの魔物へと姿を変えていた。

 

「小猫ちゃんッ!」

『了解です!』

 

 祐斗の掛け声と共に小猫は火車を複数展開させて一斉に敵に向かわせる。不規則な軌道で動く浄化の力は、避けることは難しいものであるが、モックは動きを理解しているかのように高速でかわしていく。さらにあっさりと回避した後に、サメの形をした水の塊を撃ち出した。祐斗は龍騎士団を出現させて攻撃を防ぎきると、自慢の神速で火車を避けているモックの隙をつこうとした。

 しかし祐斗の聖魔剣の一撃を、相手は腕から出しているヒレで受け止めた。

 

「聖なる力は悪魔には効果があるが、僕はただの魔物。それくらいじゃ斬られない」

「ただの魔物ってよく言えるよ…!」

 

 つばぜり合いの状態で、祐斗は苦々しく呟く。押し込もうにも相手の腕力は相当なものであり、ヒレも魔力を纏っているのか斬れる様子は無かった。先ほどの小猫の火車の動きを見極める感知能力や、自分にもついていけるほどのスピードとその辺りの魔物とは一線を画す実力であった。

 

『祐斗先輩、危ないッ!』

 

 小猫の叫びと共に彼女の火車がモックを狙う。相手は素早くバックステップをして攻撃をかわすと、そのままさらに距離を取った。

 祐斗は荒く息を吐きながら、聖魔剣へと目を向ける。相手のヒレと交えていた辺りの刃がかなり削られており、あのまま力勝負のつばぜり合いを続けていれば、斬り落とされていたのは想像に難くなかった。

 

『大丈夫ですか?』

「助かったよ、小猫ちゃん。ありがとう。…サメ肌というやつか」

『感知能力も高いですね。たしかアウロスでは長距離から水の攻撃をしてきました』

 

 小猫は息を整えながら、油断なく相手を睨む。実際に相手して分かったが、クリフォトが一筋縄でいかないことを改めて実感するのであった。

 

「種族も鍛えてきた練度も違うんだ。勝てると───」

 

 モックはハッとした様子で言葉を切る。その表情は衝撃に満ちており、祐斗達とは別の方向に顔を向けていた。

 

「この感覚、熱さ…まさか姉さん…!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 バーナの身体から放たれる熱気は、先ほどよりも勢いと熱さに拍車がかかっていた。リアスと朱乃は苦しそうに顔をゆがませるが、それ以上に相手の変化に強い警戒を感じていた。衣服は消え去り、全身が赤く染まっていく。肩や背中はぐつぐつと沸いており、各所に炎が燃え盛る。その姿は炎とマグマが入り混じり、それが人の形を形成していた。

 

「リアス・グレモリー…そうやって理解できると思わねえことだ。あたしはそういうのが嫌いなんだよ。どんどん熱くなってしまう…」

「こ、この熱さは…!」

「復讐だけでこんなことが出来るかっての。あたしはモックと一緒に、あたし達の存在を証明したいのさ…」

 

 バーナはゆっくりと歩を進める。踏んだ地面からは煙が上がり、焦げた匂いが広がっていった。向けられるプレッシャーは先ほどの比ではなく、リアスは思わず怯むように一歩下がってしまった。

 しかし隣にいる親友は強い覚悟を目に宿しながら、リアスへを顔を向けて頷く。

 

「最後まで付き合いますわ、リアス」

「ありがとう、朱乃。…勝つわよ」

「その疑わない信念の強さ…いい感じにムカつくね。塵も残さないほど燃やし尽くしてやるから、覚悟しな!」

 




気づいていると思いますが、バーナとモックは血のつながった姉弟ではありません。


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第191話 貫く野心

引き続き、リアス達の戦闘になります。
燃え盛る女の本領です。


 頭に響く痛々しい悲鳴を何度も聞いてきた。同士の身体が無残に横たわるのを何度も見てきた。おびただしい傷を伴う実験を何度も経験してきた。

 それでもバーナが折れなかったのは、己の強さに確固たる自信があったからであった。もともと他の精霊とは異なる価値観を持っており、併せて同士が死んでいく実験に耐え続けて、その度に力が沸き上がるのを実感した。

 そしてある日、その力は解放されて彼女を捕えていた悪魔は研究所や他の実験対象と共に獄炎と灼熱に呑まれた。残った彼女はたったひとりの生き残りと共に、さまよい続けることになった。生まれてから今日まであらゆる苦しみに耐え抜いて、自信に溢れた彼女が復讐以上に渇望したのは…。

 

「知らしめたいのさ。この世にバーナ・ロッシュという存在がいるというのを…!」

 

 独り言のように小さく呟いたその声はリアスと朱乃に届くことは無かった。それ以上に彼女達の目の前に立つバーナの姿が放つプレッシャーが凄まじかったのだ。マグマと炎が入り混じったその姿は、精霊というよりも怪物の類に思えた。

 

「崩すわよ!朱乃ッ!」

「承知しました!」

 

 リアスと朱乃は互いの片手を合わせると、魔力を溜めていきバーナに向けて一直線に放つ。滅びの魔力と雷光が入り混じり、赤龍帝の力も合わさって魔力の入り混じった龍となりバーナを飲み込もうとした。

 それに視線を逸らさず、バーナは巨大な魔力の龍に飲み込まれていく。絶大なパワーを誇るグレモリー眷属の2トップの攻撃は、余波で敵の立っていた地面を大きくえぐり取った。

 

「さすがの威力だ。しかし先ほどと同じ感覚で来るのなら…甘いんじゃねえか?」

 

 魔力の入り混じった龍が煙を上げながら溶けていく。同時にあらゆる箇所から発火し、形が崩れていく中、無傷のバーナが現れた。

 リアスは鎧の中で小さく舌打ちをする。倒せたと思わなかったが、朱乃との合体技でダメージを与えられなかったのはさすがにショックを受けた。完全に命中する直前に体のマグマと炎で、体に触れないようにしていたのだろう。

 バーナが睨みを利かせる中、朱乃が動く。水の塊を龍の姿へ変化させて攻めたてていくが、相手は真正面から殴り飛ばした。水を受けてもまるで弱まった様子は無く、むしろ彼女の苛立ちが炎となって噴出しているようにすら思えた。

 

「そんなもので消火できると思うな!堕天使の娘よォ!今度はこっちから行くぞ!」

 

 バーナは大きく膝を曲げると体全身をバネのように伸ばして大きく飛び上がる。同時に背中から炎を噴出させると、一誠の鎧のブースト機能のように、炎の勢いで一気に朱乃との距離を詰めた。朱乃もすぐに防御魔法陣を複数張り出すが…。

 

「これはッ…!」

「この状態になった私に防御が通用すると思うなッ!」

 

 朱乃が張り出した魔法陣は、ロスヴァイセから学んだ魔法による堅牢さに定評のある強力な防御であった。

 しかしバーナとの距離がほとんどなくなると、魔法陣の文字が急に発火して消えていくのであった。術式が崩れれば、防御も保てない。弱体化した彼女の魔法陣はバーナのエルボーで次々と破られていくと、そのまま相手の肘が腹部へと入り込み、地面へと叩きつけられた。

 

「朱乃ッ!」

「次はてめえだ、リアス・グレモリー!」

 

 空中で向きを変えたバーナは再び背中から炎を噴射させると、その勢いでリアスとの距離を詰めていく。マグマによって形作られ炎によって包まれた両腕で、猛烈な拳の連打を打ち込み始めた。

 鎧のおかげで朱乃ほど直接的にマグマと炎に触れないものの、その熱気とパワーにリアスは後ろに下がりながら、相手の打撃をいなしていくしかなかった。もっとも彼女が脅威に感じたのは、熱さやパワーだけではないのだが。

 

「さっきまでの威勢はどうした!」

 

 バーナはいなしていくリアスの腕を掴むと、纏う炎の勢いをさらに激しくする。あまりの熱さに彼女は自分の腕が火傷を負うのを感じたが、バーナの攻撃は終わらなかった。掴んだ腕を強引に引っこ抜くかのような勢いと共に、体をブリッジさせながら後方へと投げ飛ばし、地面へと叩きつけた。

 受け身も取れずにまともに食らうリアスは苦しそうにせき込むが、それで手を休める敵ではない。大きく脚を上げたバーナはそのまま彼女の頭を踏みつけようとするが、寸前のところでリアスは転がるように回避し、距離を取ることに成功した。

 

「こんなものか」

 

 リアスへと睨みを利かせながら、バーナはゆっくりと歩を進める。彼女の眼には怒りが込められていた。その気迫にリアスは尻もちをついた状態で後ずさる。

 

「本当に気に食わないな。その実力で、あたしに対して同情していたのか?哀れんでいたのか?」

 

 バーナはリアスの片手で首を掴むと強引に持ち上げて、そのまま炎の勢いを利用したマグマのパンチを彼女の腹部に深々と入れこんだ。

 一気に後方に吹き飛ばされたリアスはニーズヘッグによって作られた瓦礫の山に叩きつけられ、苦しそうに鎧の中で吐血する。鎧は腹部が完全に破壊されており、それに伴い細かい箇所も崩れていた。

 

「何が慈愛に溢れた悪魔だ。あたしは同情するために生まれてきたんじゃないんだよ。ただの炎の精霊じゃなく、あたしという存在を示すために、あの男の誘いに乗ったんだ。それを哀れむべき相手というように思われたのは…あたしのプライドが許さない」

 

 落ち着きながらも、身体のように燃え盛るような気迫を感じる声でバーナは言う。

 そんな彼女に対して、勝てない、という言葉がリアスの脳裏に一瞬でもよぎってしまった。一見すればただの小さな野心家のような発言に聞こえたが、先ほどから打ち合った実力と確固たるハングリー精神を実感した。それゆえに彼女の言葉にも鬼気迫るものを抱き、気持ちの面で圧倒されていた。

 

「これで終わらせてやる」

 

 バーナは足をしっかりと踏ん張ると、背中を膨らませていく。間もなく背中から噴出したマグマは火山弾となり、地面を揺らしながら周囲に降り注いだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

「敵の攻撃か…無茶苦茶だ」

『見境なさすぎます。他のみんなも無事だといいんですが…』

 

 祐斗と小猫は落ちてくる火山弾を回避し、この状況に表情を渋くする。バーナの火山弾は周囲に雨のように降り注いだ。敵味方関係なく撃ちだされるこの攻撃は周囲のビルを破壊し、量産型邪龍を潰し、ギャスパーが展開していた闇の怪物を燃やしていき、文字通り彼らの戦いの場を混乱させていた。

 しかし彼ら以上に渋い表情を見せていたのは、敵対するモックであった。彼は注意を祐斗達ではなくバーナへと向けていた。

 

「マグマと炎が混じっている熱はダメだ。姉さん、これ以上は…」

 

 呆然とした様子でモックはバーナ達の方を向く。この無差別攻撃を気にしているのか、それとも別の心配があるのか、足まで止めて上の空な印象を受けた。

 この状況に祐斗は不思議に感じた。いくら感知能力が強い相手だからと言っても、これほど無差別な攻撃に動きを止めることは迂闊に思えた。しかしこの火山弾はモックには当たらず、彼の立っている場所には落ちてこなかった。

 

「…攻撃が来る場所が分かっているのか?」

『祐斗先輩も思いましたか。たぶん、魔力による遠距離攻撃とかは強く感知できるのじゃないでしょうか。私の火車の動きは予測してかわし、先輩の剣による攻撃は直接防いでいましたから。つまり…』

 

 そこで言葉を切ると、白音モードの小猫の身体が白い光でおおわれていく。間もなく光が納まると、制服を着たいつもの小柄な身体の彼女が現れた。頭には猫耳、腰のあたりからは尾が伸びており、猫又モードの状態であった。

 小猫はがっしりと両拳を合わせて、モックを睨む。

 

「作戦変更です。近接戦で崩しましょう」

「そろそろ僕らも反撃しなければね。そのためにも…この隙は逃さない」

 

 火山弾の隙間をぬうように、祐斗は高速でモックへと向かっていく。さすがに敵が接近して来れば彼も気づき、腕のヒレで聖魔剣の一撃を受け止めた。

 

「ただの悪魔ごときが…お前らに構っている暇は無いんだ。一刻も早く、姉さんを───」

「そうはいかない。あっちでは僕たちの仲間が戦っているんだから」

「あなたの相手は私たちですッ!」

 

 祐斗を跳び越すように現れた小猫は、モックの鼻先に痛烈な飛び蹴りをお見舞いする。火車の攻撃を予測していた彼にとって、この一撃は不意を突かれたものであり、同時に仙術も利用したもののため、魔力の維持にほころびが生じた。

 ヒレの硬度が落ちたと感じた祐斗は手早く聖魔剣をもう一振り創り出すと、両手に持った剣でモックの腹部を×印に斬った。強靭な肉体から鮮血をまき散らし、モックは衝撃の表情を浮かべながら数歩下がっていく。

 

「たしかに種族も練度も違うかもしれない。しかしそれで僕らが負ける理由にはならない!」

「勝ちます、この戦い!」

「ふざけた悪魔どもが…!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十発も火山弾を撃ち出したところで、バーナは息を切らしながら攻撃をやめる。怒りのままに繰り出した攻撃はさすがに疲労を感じ、胃の中が逆流するような気持ち悪さも抱きながら、わずかに身体をよろめかせていた。

 しかし同時にこの怒りは静まらなかった。

 

「ムカつくな…!なぜ…なぜ立っていられる!」

 

 荒ぶる声で問うバーナの先にはリアスが立っていた。赤龍帝の鎧は腹部から胸、頭部まで砕かれており、3分の1近く壊されていた。身体のいたる箇所から流血しており、特にまともに拳を入れられた腹部は、白い肌が見る影も無いほど惨い火傷の跡が残っていた。顔も血でぬれており、表情を読み取ることは困難であった。しかしその中にも見られる彼女の青みがかった瞳には闘志が宿り、何とも言えない凄みが感じられた。

 肩で息をするリアスは呼吸を整えると、ゆっくりと前に進む。傷と疲労のおかげで大声は出ないにもかかわらず、その声はよく通るものであった。

 

「まだ私の夢を成し遂げていないから」

「夢だぁ?愛する赤龍帝と結ばれることか?クリフォトを倒して平和を取り戻すことか?」

「レーティングゲームに参加し、各大会で優勝を重ねることよ。魔王の妹というだけでなく、私を…リアス・グレモリーという存在をさらに知らしめるために」

 

 何度も語ってきた夢だ。レーティングゲームの各大会での優勝しランキングトップとなる、力がものをいう悪魔の世界で彼女が大いに憧れたものだ。それは名誉や富のためではない。自分の実力によって実績を勝ち取ることと、それによって自分自身の存在を冥界中に轟かせるこの経験を手に入れたかったのだ。

 なんとも私欲にまみれた野心だと自覚していた。サイラオーグやソーナほど冥界のために貢献するような夢ではない。それでも彼女にとってはずっと抱いてきた夢なのだ。目の前の相手と同じように…。

 

「…ふざけるな!お前のように赤龍帝から力を借りるような奴と一緒にされちゃ堪らねえんだよ!」

「そうね。あなたと私では想いの強さに違いがあるでしょう。しかしそれが勝敗を分けるとは限らない」

 

 リアスは両手に溜めていた魔力を合わせ始める。生半可な一撃では彼女に勝てない。それを理解した彼女は、火山弾の攻撃が始まった時からなけなしの防御魔法陣と鎧に守りを任せ、魔力をずっと溜めていた。

 

「あなたにはあなたの道理や正義があるのでしょう。でも私の愛する人の両親を連れ去り、大切な人たちを悲しませたことを許すわけにはいかない。そして何よりも…ここで死ぬわけにはいかないのよ!仲間と私自身のために、この勝負は勝つ!」

「うるせえ!実力も伴わねえ女が!その小さなプライドごと焼き尽くして終わらせてやる!」

 

 バーナのマグマと炎が再び燃え盛り、彼女の頭上に巨大な球体を作り出す。まるで小規模な太陽かというほどの存在にリアスは圧倒されかけるが、その足は後ろに下がることなく踏みとどまる。

 1対1の戦いなら玉砕覚悟も考えていたかもしれない。しかし彼女の夢をよく理解し、支えると約束してくれた親友の存在が、リアスに勝利を確信させていた。

 突如、周囲の黒煙の中から雷光龍がバーナの背後に現れて、体をしびれさせる。すぐに彼女のマグマの体によって焼き尽くされるが、完全に注意は逸れて、バーナは苦々しく背後へと目を向けた。そこには朱乃が倒れながらも、敵へと手を向けている様子が見られた。

 

「死にぞこないの巫女が…!」

「リアスッ!」

「任せなさいッ!」

 

 この一瞬の隙をリアスは見逃さなかった。残る倍加の力を発動させると、彼女は両手の中で形成した「消滅の魔星」を撃ち出す。これに対してバーナも出遅れながらも巨大な火球を落とし込んだ。

 ゆっくりと進む圧縮された滅びの魔力は空中で火球とぶつかり合う。濃厚な魔力のぶつかり合いは、周囲の空間をゆがませるような錯覚を感じさせるほど凄まじいものであった。

 しかし朱乃の攻撃によって、練り上げた火球にはほころびが生じ、攻撃のタイミングも遅れた。これによりリアスの撃ちだした魔星は肥大化していき、巨大な火球を徐々に飲み込んでいき、間もなくバーナも飲み込んでいった。

 

「あたしが…負けるッ…!」

 

 彼女の攻撃が消えると同時に、余波によって辺りの黒煙が晴れていく。全身全霊を尽くしたリアスは息を切らしながら膝をつき、残った鎧もバラバラに砕け散っていった。朱乃も目をうっすらと開けながらも、もはや動けなさそうに倒れこんでいる。

 そして彼女たちの目には、上半身が半分以上消え去ったバーナの姿が見えた。身体はいまだに炎を纏っているが、流動的に感じたマグマの身体は黒く変色して固まっていた。おぼつかない足取りで彼女は少しずつリアスへと近づこうとしていく。

 

「死ぬわけにはいかないんだ…あたしは…モックと…一緒に…」

 

 リアスの元にたどり着く前に、バーナの身体は崩れていきその場に燻ぶった火と共に黒い塊を残していった。

 自分とどこか似た野望を掲げていた敵の亡骸を前に、リアスは小さく呟く。

 

「バーナ・ロッシュ…あなたの名前と実力を私は決して忘れないわ」

 




彼女たちを活躍させてもいいと思うんですよ。


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第192話 向ける信頼

今度はオリ主側の場面です。


 冥界を揺るがす内容の演説が終えてから幾ばくかの時間が経過したころ、最上階の展望台では戦いが繰り広げられていた。ゼノヴィアとイリナの助力もあって最上階にたどり着いた一誠が「皇帝」ディハウザー・ベリアルと、介入したヴァ―リがリゼヴィムと対峙していた。この戦いをアーシアと、人質となって状況がまるで呑み込めない兵藤夫妻が見ていた。

 とはいえ、この戦いは二天龍の方が追い詰められていた。鎧姿の一誠はいつものごとく「倍加」の力を乗せて戦おうとするも、ベリアル特有の「無価値」の能力で無力化されていった。それならばとばかりに、相手の能力をすり抜ける「透過」の力を乗せるものの、ディハウザーはそれをハッキリと見極めて攻撃をかわしていく。レーティングゲームのトップにして、魔王級と評価されるその実力を一誠は目の当たりにしていた。

 

「いい攻撃だ。真っすぐで迷いもない。ぜひともゲームで味わいたかった」

「いまなら遅くありませんよ!やりたいことはやったんでしょう!?その結果だって、冥界を駆け巡るはずだ!あんたの…王者の告白ってのはそれだけで重いはずだ!」

「ああ、わかっている。わかっているとも」

「わかってなんてないんじゃないですか!?…あんたの攻撃には、迷いがある!」

 

 鎧の頭部を解除して訴える一誠の言葉通り、ディハウザーは「無価値」の特性のみで戦い、本気の直接的な攻撃を向けてこなかった。彼も自覚しているのか渋い表情で目を細めていた。

 一方で、ヴァ―リは一誠よりも苦戦していた。「神器無効化」の能力はもちろんのこと、純粋な格闘戦でもリゼヴィムに軍配が上がった。ならばとばかりに、ロキ戦で覚えた魔法による攻撃を仕掛けるも、リゼヴィムの膨大な魔力を打ち崩すには力が足りなかった。

 

「ふふふ、どうした?ヴァ―リよ、こんなものでは祖父には届かぬぞ」

「…まったく、かんに障る口ぶりだ。ルシファーの息子として、リリンとして振る舞うことで、壮麗たる姿を見せているつもりだろうが…貴様の根底は、その体から隠そうとしても滲み出ている陰険で悪辣なオーラと同じもの。リゼヴィム、貴様は生まれもっての悪、悪意そのものだ」

 

 ヴァ―リの言葉に一瞬面くらった表情を見せるも、リゼヴィムは間もなく口角を上げて醜悪な笑みを浮かべた。一誠が天界で見た時とは違う、初めて出会った時の元来の彼の雰囲気であった。

 

「だったら、どうすんだよ、クソ孫くん?よぼよぼお祖父ちゃんに一矢も報いることもできない雑魚ドラゴンの癖になぁ?」

 

 リゼヴィムは素早く一誠へと目を走らせる。ヴァ―リ達の方に注意を向けていた彼はある意味で命取りになった。

 

「王者くん!あれだ!あれをなさい!」

 

 リゼヴィムの指示にディハウザーは苦渋の表情を浮かべると、懐から赤い液体の入った小瓶を取り出す。そして素早い動きで一誠の顔を掴むと中身を強引に口へ流し込み、後退していく。

 見た目と口の中に広がるドロリとした感触と生臭さで、一誠は飲まされたものが血であることを理解した。ほぼ同時に身体が熱くなり、肥大化していくのを感じた。やがて鎧を維持できないほど身体は大きくなり、皮膚は硬いうろこに覆われ、鋭利な牙を生やしている。彼が飲まされたものは龍の血であった。

 

「よーく見たまえ、兵藤夫妻。あれはお二人の息子の姿をした───化け物だ」

 

 魔王の息子の悪意は、英雄と家族に対して残酷に向けられるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠達が戦う庁舎のビルよりも少し離れた場所にあるビル街。そこにはいくつもの建物があったが、現在はほとんどがうねり別の建造物に突っ込んでいたり、いくつもの突起が飛び出ていたりと、お世辞にもビルの形をしていなかった。

 右も左も上も下も複雑に絡み合ったあやとりのようになっているこの地形に、大一は油断なく警戒する。

 何かに気づいた大一はいきなり走り出す。ほぼ同時に彼の立っていた場所から突起が現れていた。その後も彼を追うように突起は発生していき、容赦なく狙っていく。

 

『…そこか』

 

 納得したように呟いた大一は、大きくジャンプすると、飛んだ先にある変形してねじれたビルの柱に作り出した黒い錨を振りつける。砕かれは柱の残骸は飛び散り、その様子に大一は舌打ちをする。

 

『クソッ!ギリギリで避けられた!』

『このフィールドにされてから捉えるのが難しくなっているね』

 

 シャドウが大一の肩から出した目をギョロギョロと動かしながら話す。この数十分の戦いで何度かビルの上を移動しながら戦ってきたが、このビル街に来たところでギガンは戦法を変えてきた。周囲のビルと身体を同化させると、ことごとく建物の形を変化させたフィールドを作り上げた。

 巨大なアスレチックのように複雑なこの場所は、かなり苦戦を強いられた。地面がギガンによって自在に動かされるため移動は制限されやすく、さらには気を張っていないといきなり攻撃を仕掛けられる。飛び上がっても、ビルの上に行くまでの間に攻撃が飛んでくるか、そのまま逃げられるかのどちらかであった。この複雑なステージのおかげで相手は潜みやすいのに、大一は敵地のど真ん中にいるような状態なのだ。

 それでもギガンから目を離すわけにはいかなかった。彼ほどの実力者を逃せば、他の仲間達にも被害が出るのは明らかであり、下手に能力を使われれば両親の救出をさらに難しかるのは間違いない。

 油断ならない状況であったが、少なくとも魔力の感覚で一誠とアーシアが屋上の展望台にたどり着いたこと、そこにヴァ―リも向かったことが分かっただけでも、数少ない安心できる要素はあったため、尚のこと大一はギガンを逃すわけにはいかなかった。

 

『まったく捉えられないわけじゃない。現に何度か見つけて攻撃を入れているからな』

『でもさ、相手の防御力だと倒すまでにはいけないよ』

『騒ぐな、影野郎。こんな奴も潰せねえのに名前なんか上げられるか』

「俺を本気で倒す気とは笑えない冗談だな」

 

 ディオーグの言葉に、反応したのはギガンであった。ちょうど反対側のビルから、ギガンの上半身だけが現れ、眉間にしわを寄せた険しい目で睨みつけていた。

 

『お前こそ、俺たちとの正面の戦いを避けているじゃないか』

「前よりも硬度が上がったのは認めてやる。それで俺に手傷を負わせるくらいにまで成長したのもな。だがそれだけだ。お前ごときじゃ俺には勝てない」

『やってみなければわからないだろう』

 

 大一はバネのように腕を縮めると、その反動で弾丸のような速度で伸びていく黒い拳でギガンを狙う。

 しかしギガンはすぐに引っ込んだため彼の一撃はビルの外壁を空しく殴りつけるだけであった。同時に大一の両側から石壁が現れて挟み込んできた。腕を戻しながら、肩と背中からそれぞれ腕を作り出すと迫りくる石壁を抑えるが、想像以上の重さに足止めを余儀なくされる。

 

『これは…マズい…!』

「理解はしているようだな」

 

 足場から出てきたギガンは、大一の背後へと現れて、岩石化させた両手の拳を合わせて丸太のように太い腕を振り下ろした。鈍い音ともに頭部に痛烈な一撃を受けた大一は、敵の一撃の余波で砕かれた足場と共に下へと落ちていく。

 意識が飛びかけるものの、必死に目を見開きながら下の足場に受け身を取りながら着地する。頭から流れる血を抑えながら、すぐにギガンのいた方向へと目を向けるが、見えたのは岩石が複数個迫ってくる様子であった。すぐに黒い錨を2本作り出すと、硬度と体重を上げて岩石を打ち砕いていくが、攻撃を防いでいるうちに再びギガンの接近を許し、今度は正面から振るってくる拳をいなしていった。3メートルはある巨漢が放つ拳の連打は、ゴグマゴグに関連するのも納得のパワーを感じ、受け流すのもかなり必死であった。

 

「パワーにおいて正面から打ち合えば、俺の方が強い。併せて、俺の領域となったこのステージだ。動かすのも隠れるのも自在…つまりお前ごときに勝ち目はない」

『…そのパワーが強力なことも…この場所がお前にとって自由自在であることも…』

 

 大一は拳をいなした一瞬の隙に飛び上がり胸部へと蹴りを入れる。岩石化したギガンには傷こそ与えられなかったが、その反動で後方へと下がり距離を獲れた。

 

『俺が負ける理由にはならねえ』

「よくもそれほど無意味な自信が湧いてくるものだ。絶望という言葉を知らないのか」

 

 傍から見れば、ギガンが圧倒的であった。受けた傷が表面的なものがほとんどで、最初に流した流血もほとんど止まっていたギガンに対して、大一は息を切らし、大量の出血によって全身を熱くさせていた。

 それでも彼の龍のような眼がぎらついて戦いの意志を見せている一点のみ、ギガンに対抗していた。その様子に対して、呆れるようにため息をつく。

 

「諦めないな」

『少なくとも父さん達を返してもらうまでは、諦めるつもりはねえよ』

「…だったら、それが原因で絶望を感じてみろ」

 

 相手の言葉に、大一は首をかしげながら血を拭う。それと同時にディオーグの重い声が口から漏れ出る。

 

『なんだ?エロ弟の感覚が変わったな。まるで本物の龍だ』

『あいつ、いったい何をやっているんだ?』

「その真の姿を明かさせた。赤龍帝の体はオーフィスとグレートレッドの力によって生み出されたものなのだろう?だからリゼヴィムは奴に龍の血を飲ませて、龍へと変化させた。貴様らの両親の前でな」

 

 最後の言葉に、大一は息をのむ。ギガンの言葉が正しければ、リゼヴィムの策略によって両親が、ドラゴンへと姿を変えた一誠を目の当たりにしているということだろう。つまり弟が人間でなく、悪魔であることを白日の下にさらしたのだ。もしかしたらアーシアや他のメンバーも悪魔であることを話したかもしれない。

 その現実に息をのむと、静かに問う。

 

『…これがお前らが父さんと母さんをさらった狙いか?』

「正確に言うと、ボスの計画だ。悪辣そのものだよ、彼は」

 

 淡々と答えるギガンの言葉は、大一の耳に奇妙なほどに反芻していた。隠してきた残酷な真実、龍や悪魔という非現実的な存在、これらが最悪の形で大切な家族へと明かされた。それを思うと…。

 大一はわずかに苦しそうに息を吐くと…先ほどと同様の強い目を相手に向けた。その様子にギガンは意外そうに眉を上げる。

 

「なぜ冷静でいられる」

『正直、かなり腹が立っているけどな。だが、お前の言うような絶望を感じちゃいない』

 

 魔力を込めた錨を構えると、大一は傷だらけとは思えないほどよく通る声で話し続ける。

 

『俺は家族を信じている。父さんも母さんも俺らを愛してくれると知っているから、たとえ正体がばれても大丈夫だと言い切れるんだ』

 

 先日、目の当たりにした両親からの強い信頼、それを実感していたからこそ大一も両親を信じられた。あれほど子どもが生まれることを望み、懸命に育て、愛情を注いできた。そんな両親たちを知るからこそ、息子である彼はその残酷な計画を聞いても心を強く持っていられるのであった。

 

「くだらん。そのような信頼など無意味に等しい。お前の両親は絶望するだろうよ。仮にしなかったとしても、あの場にはリゼヴィムや『皇帝』ベリアルがいる。彼らを相手に勝てることなど出来るものか」

『勝つさ。一誠は強い』

「赤龍帝だからといって、希望的観測すぎるな」

『違うな。俺の弟だからだ』

 

 きっぱりと答えると同時に大一は走り出す。素早い動きで錨を振り下ろすが、ギガンはそれを岩石化させた両腕を交差させて防いだ。すぐに体重も上げて足場ごと叩きつけようとするが、ギガンはその前に足場と同化するとそのまま潜り込む。錨の一撃は足場を崩していくが、相手の本体は足場をつたって別のビルの柱へと逃げ込んでいた。

 

「お前らは自分の都合のいいように考える。世界がまるで自分たちの味方のようにな。いつも運よく奇跡が起こって勝ってきただけの奴らに…俺が負けるか!」

 

 柱から体を表したギガンはこれまでの気だるげな声の調子は完全に消え去り、純粋な怒りを以て飛んでいる大一に狙いをつけると、両手から岩石を撃ち出しながら、もう一方では壁から岩の触手を向かわせる。

 

『奇跡で通すつもりはない。この強さは俺達が積み重ねてきたものだ。その強さの証明として、俺らはここで勝つ!』

『そうだ、小僧!全てをひっくるめての戦いと強さだ!だからこそ、こいつに勝つんだ!』

『まったく僕の相棒は忙しいというか…でも僕だって同じ気持ちだ!』

 

 ひとつの身体に宿る3つの意識が呼応するのと同時に、大一は背中から腕と錨を出して手数を増やすと、空中で向かってくる岩石とビル壁の触手をことごとく防いでいく。

 間もなく攻撃が止むと、大一とギガンは互いに相手を見据える。空中で鋭い視線がかちりと合い、互いに強い戦意を感じ取った。

 

「やはりお前は殺してやる。でなければ、俺が納得しない」

『上等だ。最初に言っただろう。決着をつけようってな』

 




明かす必要が無い設定は描写しません。


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第193話 兵藤家の戦い

それぞれ方向性は違いますが、戦い続けます。


 今回の行いはリゼヴィムにとって、性に合っていたものだと考えていた。ヒーローとして支持を受ける赤龍帝の真の姿を、彼の家族に明かすことで、双方ともに絶望を植えつけるものであった。彼が1度死んだこと、彼の兄である大一や娘同然のアーシアも悪魔であること、紡がれていく言葉は一種の快感すら覚えていった。自分の残酷さを前面に押しだされており、まさに「悪魔」として満足できるものに昇華されるはずであった。

 だが現実は違った。龍の姿になった一誠を、彼の両親は受け入れた。化け物でしかないその姿に直面しても、彼らは息子を疑わず強い心で信頼を示したのだ。

 

「もう少しだぞ、一誠。いける!なんなら俺も一緒に行ってやるぞ!」

「なら、母さんも一緒に行くわ!一緒にあんなちんちくりんを倒してしまいましょう!」

「私も行きます!私も───兵藤家の一員です!」

「…大丈夫だよ、父さん、母さん、アーシア。3人が俺を支えてくれる限り、俺は何度だって───」

 

 それどころか痛烈な攻撃を入れても、兵藤夫妻は一誠を鼓舞し、アーシアが回復させる。苛立つリゼヴィムの視線の先にあるのは、なおも諦めずに咆哮を上げる一誠の姿であった。それに呼応するように神器も光り輝き、一方で隣に立つディハウザーは苦渋の表情で構えを解いていた。目に映るあらゆる事象が、リゼヴィムをさらに激昂させた。その原因を思えば…。

 

「その親どもが原動力か!何か得体の知れない異能を発揮してんだろう!?ならば、ぶっ殺せば上々ってことだッ!」

 

 リゼヴィムの強大な魔力の波動が兵藤両親に襲いかかる。一誠はかばおうとするも、すでに体力もかなり振り絞っている状態であり、間に合う状態ではなかった。

 しかし魔王の息子の攻撃は届くことはなかった。アーシアを中心に発生していた黄金の光が、波動を完全に防ぎ切っている。追撃として撃ち出される魔力の塊もまるで通さず、彼女から放たれる龍をかたどった黄金の光は絶対的な防御を示していた。

 

「お父さんとお母さんは、私が守ります。絶対に守り切って見せますっ!」

「…禁手だと!?しかも、そのオーラは…黄金の龍王…ッッ!ここまで私に…俺に楯突くってのか…ッ!」

 

 ファーブニルの想いが合わさり禁手へと至ったアーシアの神器は金色の鎧となって彼女の身体を包んでいた。同時に放たれる光は攻撃を通さずに、リゼヴィムを怯ませている。

 

「…んだよ、それ。なんなんだよ、それ…ッ!」

「…リゼヴィム様、彼らは私たちも抱くであろうものを見せているだけです」

「だから、なんなんだよ、それは!?愛、とか言うつもりか!?バカかよッ!んなものは幻想だ!クソみてぇな嘘っぱちだっ!」

 

 必死で否定するリゼヴィムであったが、一誠は確信していた。龍となった自分を信じてくれた両親と触れ合った瞬間に見た不思議な空間。とても温かく不思議な場所で、自分が祝福されて生まれてきたことを、両親からの愛情を受けていたことを知ったのだ。どれだけ望まれてきたか、どれだけ両親が懸命に家族の幸せを感じてきたか。そして自分だけでなく、大一やアーシアにも惜しみない愛情を注がれている。その強い想いを知っているからこそ、一誠は気づけば鎧の姿に戻り、アーシアの禁手の意味も理解していた。

 それでも体力の限界は感じる。胸に宿る温かみを感じても、身体の方は立つのも精いっぱいであった。そんな一誠の耳に、いきなりオーフィスの声が聞こえる。

 

(───イッセー、ようやく届いた。我の声が聞こえるなら、それはやっと満ちたということ)

 

 それはドライグにも聞こえており、感じられるものに笑っていた。期待に満ちたその声は部屋中に轟いた。

 

『ルシファーの息子よ。白龍皇ヴァ―リ・ルシファーの祖父よ。お前が最初の客になりそうだ。しかし喜べ。こんな呪文はそう聴けたもんじゃない。よく、耳を傾けておけ。何せ、龍神が作りし無二の呪文なのだからな』

「俺のなかでさ、オーフィスの声がするんだ。───一緒に謳おう、と。───一緒に、游ごうってな」

 

 一誠の頭の中に呪文が次々と浮かび、口にしていく。共にオーフィスも言葉を紡ぎ、力が沸き上がっていく。右腕の籠手の宝玉からは真紅の輝きが、左腕の籠手の宝玉からは漆黒のオーラが混じり合いながら身体を包んでいき、鎧を変化させていく。

 

「『───汝、燦爛のごとく我らが燚にて紊れ舞え』」

 

 一誠とオーフィスの声が重なって最後の一説を唱えたところで、宝玉からけたたましく音声が鳴り響き、∞の文字が浮かび上がっていく。

 

「『Dragon∞Drive!!!!!』」

 

 ドライグとオーフィスの声が合わさって宣言され、新たな鎧は完成へと至った。紅と黒を基調とした有機的な鎧、背中にある4枚の翼があり全てにキャノンが収納されている。グレートレッドの力で構成された身体ゆえに堪えることを可能とし、オーフィスの力を得て至った覇龍を超えた新たな進化…龍神化、後に「D×D(ディアボロス・ドラゴン)」と称される姿の一誠がリゼヴィムと対峙していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠とアーシアが新たな力を覚醒していた頃であった。四方八方から岩の触手が突き刺そうと狙ってくる。複数の岩石が降り注いでくる。明らかに激しさを増したギガンの攻撃に対して、大一は動きを止めずに防御と回避を続けていた。

 

『あいつ、どんだけスタミナあるんだよッ!これほど魔力を使った攻撃を出来るなんて!』

『いや、このステージが原因だよ』

 

 焦りに満ちたシャドウの声に対して、大一は淡々と答える。ちょうど後ろから迫ってきた足場から生えてくる岩の突起を回避するために、伸ばした腕を手近なビルの柱へと巻き付けてターザンロープの要領で飛び上がり、別の足場へと着地したところであった。

 

『ギガンはあくまでこの周辺のビルの形や地面を変化させているに過ぎない。だから攻撃の規模の割には、そこまで魔力は消費していないようだ』

『じゃあ、魔力でもこっちが不利じゃん!』

『関係ねえ!相手を叩きのめす一撃を放てばいいだけだ!そうだろう、小僧?』

 

 相変わらず重さを感じられるディオーグの声であったが、同時に大一への問いは期待が感じられた。まるでこれから行うことを見透かしているような印象を受けて、相棒の龍の雰囲気はいつも以上に大一の気を引き締めた。

 

『ああ、任せろ。全てをひっくるめての戦い…この勝負は必ず勝つ』

 

 大一は激しい攻撃を避けつつ、努めて冷静さを維持する。気を張り続け、常にギガンの位置を把握し続けた。攻撃をかわしていく中で、複雑に入り組んだ地形の大まかな構造を把握することもできた。そして相手の肉体と何度かぶつかり気づいたこと…すでに彼は勝利への道筋を見つけていた。

 

『あとは俺にそれを実践できる力があるか…』

 

 心のわずかな隙間に、彼の元来的な不安が生じる。仲間や家族を信じても、自分を信じきれない情けなさであった。

 そんな自分に対して軽く嘆息をすると、大一は手の錨を強く握りなおす。何度も握ってきた錨は、手足同様にシャドウを使って容易に創造することができた。それを実感するほどに己の積み上げてきた経験を感じ、小さく笑う。

 

『何を考えているんだか…俺にも武器はある。これでやってやろうじゃないか』

 

 ちょうど向かってくる岩の触手から身をひるがえしてかわしたところで、大一は動きを変えた。避けた岩の触手を足場に、次から次へと別の足場へと飛び乗っていく。向かう先は感知で分かるギガンが隠れているビルの柱であった。

 

『そこだッ!』

「無駄なことを」

 

 ため息でもついて回りそうな声と同時に、ギガンは柱の中を移動して上階の床の中へと潜む。

 

「お前のように生半可な奴に負けるか。愛、信頼などと無意味なことしか言えないガキが。自分の無力を思い知れ」

 

 そのまま別の足場の中を移動していくが、どのように動いているかを大一は捉えていた。魔力で脚部を強化すると、すぐに彼と同じ足場へと移動して追っていく。その間にも隆起して生みだされる岩の触手や壁が、周囲から進路を妨害するように迫ってくるが、ルートを変えてビルと同化した相手を追っていく。

 

『…次はこれでどうだ』

 

 移動しながら影で形成した右腕を縮ませると、ギガンのいる方向へと狙いをつける。撃ち出した拳は高速でギガンの進む進行方向へと迫っていくが、相手は進路を変えて再び回避した。

 

「また外したな。お前ではその程度が関の山だ」

『…それでも狙うだけだ』

「ならば諦めさせてやる。これで潰して、終わりにしてやろう」

 

 鈍い音を響かせながら大一の対面にあるビルが形を変えていく。徐々に巨大な腕を形成していき、大一を握りつぶそうと迫ってきた。

 

『規模は大きいが、ぼろぼろの建物を変化させただけだ。スピードも遅いし、砕いてやる』

 

 今度は左腕を後方に伸ばしてねじり始める。拳は錨の先端のような形へと変化させ、一気に前方へと撃ち出した。ユーグリットの鎧も砕いた一撃は、自分よりも遥かに大きいビルで形成された掌を打ち砕いた。

 以前、雪山で同じ攻撃方法で砕かれたギガンとしては、強い苛立ちを感じた。だがそれ以上に苛立ったのは、今もなお大一が感知をやめていないことに気づいており、動きを止めざるをえないことであった。

 砕いた瓦礫が飛んでくるものの、大一はそれよりも距離を取ろうとするギガンへと向かって飛んでいく。岩の触手がまたしても進行を防ごうとするが、先ほど砕いた巨大な拳の瓦礫がうまい具合に相手の攻撃を妨害していった。

 間もなく、撃ち出された砲弾のごときスピードで大一は突っ込んでいく。そしてギガンと同化している足場へと一直線に向かった。

 その突進はたしかに速いが、同時にこのまま突き進めば避けられることもわかっていた。それはギガンも重々承知であったが…。

 

「これは…ッ!」

 

 ギガンの潜伏する足場の先は崩れており、それ以上に前を進むことを許さなかった。そして気づいた時には時すでに遅く、大一の硬度を上げた突進が命中し、彼が同化していた足場は崩れていく。

 落下していく中、上空にいる大一を睨むギガンは吐血しながら呟く。

 

「ぐおっ!こ、これが狙いか…!」

『そうだ。さっきお前が俺を殴りつけた時に砕いた足場だ。そこへ行くように誘導するように、攻撃を仕掛けさせてもらった』

「避けられることは想定していたわけか。よく俺の動きとこの地形を観察したものだ。しかし惜しかったな。今の突進の狙いは完全ではなかった」

 

 大一の突進はギガンを完全に捉えてはいなかった。彼が当たった場所は、敵が隠れていた箇所よりもわずかに後ろで、足場を崩すことは出来たもののその突進はギガンに痛烈なダメージを与えることは出来なかった。

 

『いや狙いどおりだ!』

 

 大一はシャドウによって脚を伸ばすと、ギガンの腰と左肩に巻き付けて、逃げられないように捕縛する。同時にまたもや腕を後ろに伸ばして、攻撃のセットアップをした。

 

『あの程度の突進で倒せるとは思っていない!だからこそ、お前を倒す渾身の一撃を入れる準備をしなければならなかったんだ!空中ならば同化できる岩場も無いだろう!』

「…そういうことか。下からの突進にしたのも、その勢いのまま俺の上を取るためということだな。しかしそれでもお前が勝つにはまだ足りない!俺の硬さは圧倒的だ!」

 

 ギガンは全身を岩石化させていく。最初にダメージを与えた時と違い、その硬さは魔力から凄まじいものであることを察せられた。そして何度も戦ってきたゆえに、相手の言葉がハッタリでないことも十分に理解できた。

 大一は昂る気持ちを抑えるように、小さく息を吐く。怒涛の攻撃を耐えしのぎ、相手が逃げられない状況を作りあげた。懸命に勝利への道筋を組み上げたからこそ、いよいよ最後の一手が迫ろうとしている今、その緊張感は絶大であった。

 だがそこで潰れるような心は無く、経験値が支える柱として存在していた。それを証明するかのように大一は錨のようになった腕にさらに力を込める。

 

『正面からの打ち合いでは、そうかもしれないな。だがこの勝負は勝たせてもらう!ここで勝たなきゃ…大切な人たちに会わせる顔もないからな!』

 

 ここでギガンと戦ってから幾度となく肉体をぶつけ合ってきた。自分が錨で殴りつけたこともあれば、ギガンから瀕死の一撃もくらった。何度も何度もぶつかりあうことで、大一はひとつの事実に気づくことができた。

 以前、黒歌が与えてきたわずかな仙術の名残が相手の身体に感じられることを。そして冷静であったため、相手の胸部辺りにその名残を感じられた大一は、その一点に最大の一撃を加える盤面を整えたのだ。

 後方に伸ばした腕が回転しながらギガンに突っ込んでいく。間もなく痛烈な一撃が相手の胸部に命中し、掘削するかのように耳に響くような音が鳴っていく。同時にギガンの耐えるような苦悶の声が聞こえてくる。口から血を吐きながら、大一の伸ばした腕をつかもうとする。

 

「舐めるなぁぁぁ!悪魔ごときがぁぁぁッ!」

『押し込む!』

 

 大一の全力の一撃はさらに伸びていき、ギガンを捕縛していた影の脚がちぎれていき、そのまま遥か下の地面へと叩きつける。周囲のビルをわずかに揺らすほど落下に煙が上がり、彼の視線には血にまみれたギガンが大の字になって倒れている姿が映るのであった。




オリ主に覚醒?ありませんよ。
それにしても、だいぶ20巻も終わりに近づいてきましたね


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第194話 想定外

長くなりましたが、今回で20巻分のラストとさせていただきます。


 息を切らしながら、祐斗と小猫は構える。辺りの建物は瓦礫となり、荒々しい光景が目に映った。先ほどまで敵の攻撃に、彼らは苦慮していた。素早い動きから放たれる切れ味鋭いヒレの格闘、周辺にも被害を及ぼす規模の水の攻撃、何度も戦いを経験してきた祐斗と小猫すら手を焼かせた。

 しかしそれでも彼らは必死に喰らいついていく。なんとか敵を逃さないように立ち回っていく中、いきなりスイッチが切れたようにモックの攻撃がピタリと止んだ。相手は呆然とした様子で立っており、その特徴的な目玉は大きく見開かれていた。

 その隙を見逃さずに、祐斗はグラムで、小猫は仙術を纏った拳で腹部へと攻撃をしかける。2人の痛烈な一撃はモックの体を後方へと飛ばし、崩れた瓦礫にたたきつけた。

 

「…さすがに倒れて欲しいです」

 

 小猫のつぶやきに、祐斗も息を切らしながら頷く。何度も攻撃を叩きこんでも相手は熟練の技でそれをいなしていったため、ようやくしっかりと入った攻撃にはそのままダウンして欲しいものであった。

 しかしその願いむなしく、モックは立ち上がってきた。しかし表情は一向に変わらず、祐斗達など眼中に無い様子であった。

 

「姉さんが…感じられない…姉さん…僕は…」

 

 戦いの意志が感じられなかったが、そのチャンスに祐斗と小猫は更なる追撃を狙う。再び攻撃の準備を始めるが、突如それを阻むように光の槍が降り注いできた。2人とも素早く後退して攻撃を避けると、モックの近くに降りてきた男性に睨みを利かせる。

 

「モック、撤退しよう」

「ブルード…姉さんが…」

「…彼の命令だ。今は撤退するんだ」

 

 パチンと指を鳴らすと、ブルードとモックの足元に転移魔法陣が展開される。魔法陣が光出していき、間もなく発動することは明らかであった。しかし祐斗も小猫も動くことは出来なかった。自分たちの消耗だけでなく、ブルードから感じられる身体にのしかかるようなプレッシャーが動きを封じていた。

 間もなく相対していた2人の敵の姿は魔法陣の光に消えていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 意識が朦朧し、足取りも重い。バーナとの戦いによる名残の熱気がリアスを襲っていた。視線の先にいる朱乃も呼吸を苦しそうに倒れており、リアスは必死に彼女の元へと向かおうとした。周囲にはまだ邪龍が飛び回っている。ここは戦いの場なのだ。倒れたままでは殺されるのは目に見えている。

 それでも体力の限界を感じ、視界がぼやけながら倒れていくリアスを、地面にぶつかる前にソーナが支えた。

 

「大丈夫、リアス?」

「ソーナ…どうしてここに…?」

「ジョーカーとチームを分けて、応援に来ました。こちらに来て正解でしたね」

 

 軽く眼鏡を上げながら、ソーナは答える。リアスと朱乃の様子を見れば、彼女の言葉が的を射ているのは誰が聞いても納得できるものであった。

 手早く彼女は懐から小瓶を取り出すと、リアスの口に流し込む。間もなく彼女の傷は見る見るうちに回復していった。

 

「敵から奪った『フェニックスの涙』の模造品です。効果は確かなようですね」

 

 ソーナの視線の先には、身体を起こす朱乃の姿があった。由良から彼女も模造品のフェニックスの涙を与えられ、ひどい火傷痕や傷は見る影もなかった。

 

「助かりましたわ、由良さん」

「姫島先輩が無事で安心しましたよ。でも無理は禁物です」

 

 由良に支えられながら、朱乃はリアス達と合流する。動くことは問題なさそうであったが、戦線復帰するには心もとない印象であった。

 ならば、ソーナ達に朱乃を任せて、自分は仲間や一誠の援護に行こうかと考えたが、彼女の眼の動きからその想いを察したソーナが釘を刺す。

 

「私の眷属たちで援護しています。イッセーくん達も大丈夫でしょう。いざという時に離脱できる準備をしておくべきです」

「でも…」

「あなただって、彼らにとって大切な存在なのだから、ここで死ぬわけにはいかないでしょう」

 

 ソーナの言葉に、リアスは小さく笑みをこぼす。彼女も消耗しているはずなのに、ここにきて今もなお的確な指示を出せるのには頭が下がる思いであった。

 もっとも一誠とその家族たちがどうなったかについては、間もなく知ることになるのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

 龍人状態を解除した大一は息を切らしながら、地上にゆっくり降り立つ。身体には複数の傷がある上に、義手は完全にひしゃげていた。しかしそれ以上に、気にする要素が多い現状であった彼はそのひとつに近づく。

 地面にはギガンが大の字になって倒れていた。口からは血が流れ、白目をむいており、攻撃を受けた胸部は岩石化していながらもクレーターのようにへこんでいた。

 しかしそれでも僅かに感じられる生命力と、小さな呼吸が生きていることを証明していた。

 

(例の分裂体でも無さそうだな)

『あの攻撃で死ななかったとか、どうかしてるよ…!』

「むしろ助かるけどな。こいつから聞けることはたくさんあるはずだ」

 

 シャドウの驚きをよそに、大一は淡々と答える。クリフォトの情報、ゴグマゴグの関連を伺える特異な出生、そして何よりも「異界の魔力」を持つ存在として、多くのことが期待できた。

 

「問題はこいつをどうするかだな…。この巨体はひとりで運べないし、一誠達の援護にも行かなきゃ…」

『その傷で行くの!?さすがに無理だぜ!』

「それでも行くんだよ。あそこに父さんや母さんもいるんだから」

『せめて回復とかできれば…こいつとかクリフォトの中でも中核のメンバーなんだから、ニーズヘッグみたいに「フェニックスの涙」の模造品とかないのかよ』

「…無いな」

 

 ざっと見渡す限り、この巨体にニーズヘッグが持っていたような小瓶は見られない。敵の拠点のど真ん中のため、期待もしておらず残念には思わなかった。

 しかしシャドウの疑問は、無視するには引っかかりが大きいものに思えた。有名どころの邪龍ではないが、クリフォトの中でも実力者であるのは彼がよく理解していた。ニーズヘッグが「フェニックスの涙」の模造品を複数所持していたことを踏まえると、彼がひとつも持っていないことには違和感を抱く。

 もっともその理由を知ることは現時点では不可能なため、未来への宿題として残すことを決めると、汗と血が入り混じった額を拭う。

 

「仕方ない。まずはこいつを縛って、それから一誠達のところへ急ごう。あとは道中で誰かに連絡して───」

(必要ない。お前のエロ弟の方は決着がついたみたいだぞ)

「なに?」

 

 ディオーグの言葉を聞いて、大一は離れた庁舎を見上げる。屋上は遠く、しかも煙が舞っていたため、何が起こっていたのかはわからなかった。それでも絶大な魔力の痕が感じられる。

 

(敵の白髪は逃げたな。さっきまでいた白い龍のガキも姿を消した。あそこにいるのはお前のエロ弟と金髪ビビり女、あとはお前の家族と例の行方不明悪魔だけだな。戦う雰囲気じゃなさそうだ)

「一誠がリゼヴィムに勝ったってことか…」

 

 大一は重荷を降ろせたかのように安堵の息を漏らす。両親を救い出せたことが分かると、どれだけ信じていても心の中で無意識に感じていた黒い塊が消えていくのを実感した。

 そんな彼の安心をまるで気にせず、ディオーグは興味深そうに話を続ける。

 

(オーフィスの感覚もあったから、何らかの形で力を得たのかもな。ビビり女もエロドラゴンの感覚もあったし、2人して新たな力に覚醒したんだろうよ)

『やっぱりドラゴンというのは特別なのかねえ』

(その言い方は気に食わねえな。俺はドラゴンだから誇ったことはない。俺だから誇っているんだ)

「はいはい、そういう話はここを出てからだ。しかしそうなると、リゼヴィムはどこに…?」

 

 純粋な疑問を口にする大一の下に、間もなくデュリオ率いる天界チームが合流するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 打撃跡と流血にまみれながら、リゼヴィムは舌打ちをする。ほんの数分前、彼は今までに経験したことのないほどの敗北を味わった。神器無効化の特殊能力が、無限の力を得た一誠には通用しなかった。天界の一件から、頭を悩ませている黄金龍の力がアーシアの覚醒を促した。せっかく手に入れた「フェニックスの涙」の模造品もライザーと対峙して構成を理解したディハウザーに無効化された。これまで長い間、魔王の息子としての地位、超越者としての圧倒的な実力を持って悪辣の限りを尽くしてきた彼にとって、これらの経験は屈辱であった。

 

『関わらなければ良かったのだ。我が相棒───兵藤一誠は静寂を求めようとしているのだから。それを、あの新旧ベルゼブブの血族も、英雄の血族も、ルシファーの息子たるお前も無遠慮に触れて、踏み荒らした』

 

 撤退をする前に、ドライグから断言されたことが頭の中で反芻する。リゼヴィムがこれまで多くの相手に行っていたことだが、今回はそれで手痛い反撃を受けてしまったのだ。

 とはいえ、このまま敗北するわけにいかないと、彼は離脱してアグレアスの動力炉に向かった。そこにはリリスが防衛として鎮座していたが、ここ最近は力も性格も安定しておらず、いまいち信用に欠けるというのが本音であった。だからこそ早々にオーフィスを調べて再調整と強化を狙っていたのだが。

 そんな彼がアグレアスの動力炉で鉢合わせしたのは、アザゼルであった。彼はリリスに対してチョコレートバーを与えて休戦状態となっており、それがさらに苛立ちを加速させた。

 

「いいザマだな、リゼヴィム。イッセーか、ヴァ―リにやられたか。まあ、そうなるだろうなと思ったぜ」

「…この結果に驚くそぶりも見せない。さすがは二天龍の導き手さまだ」

「あいつらにちょっかいを出した奴はどんな実力者でもみーんな斜め上の現象に巻き込まれて消えていったよ。お前もいずれそうなるんじゃないかってな」

「…むかつく物言いだな」

 

 口元を引きつらせながら答えるリゼヴィムに、アザゼルは観察するような目をしながら答える。

 

「いや、それでもお前の悪意は俺の予想をいくらか上回ったよ。聖杯といい、生命の実といいな。だが、まあ、焦ったな。ここにきて、この急な動きは雑だ。その目の隈と関係しているのか?」

 

 アザゼルの指摘する通り、リゼヴィムの目の下にはひどい隈があった。そのため、健康とは縁遠い顔をしており、一誠に受けた傷もあって満身創痍という言葉が体現されているようであった。

 

「…意外にも俺も繊細だったってことだ。…ああ、クソ。やっぱな、俺の予想は当たってたじゃねえか。一番厄介なのは、目の前のこの…」

 

 次の瞬間、まばゆい光と共にその場に2つの龍門が現れた。開かれた門から出てきたのは、祭服に身を包んだ褐色の青年と3つ首の巨大な漆黒のドラゴンとであった。

 

《───詰めが甘いな、王子》

『というよりは、ここぞというところで精神的な弱さが出ちまっただけだろ』

『豆腐メンタル!』

『態度ばかりデカかった!』

「…これは、アポプスくんとアジ・ダハーカくんじゃないか」

 

 呆れを見せる青年と罵詈雑言を浴びせる3つ首の龍に、リゼヴィムは弱々しく笑みを向ける。もはやそれが虚勢であることは、火を見るよりも明らかであった。

 

《悪いが、リゼヴィム王子。貴君には大変世話になったが…ここまでだ。我らは我らで独自にやらせていただく。そこでこれをちょうだいさせてもらった》

 

 アポプスが手元に魔法陣を展開すると、そこからひとつの杯が現れる。それはヴァレリーの聖杯であり、リゼヴィムは何度目になったか覚えていないほどの舌打ちをする。

 

「…聖杯か。いちおう、俺の固有の亜空間に隠しておいたんだが…お前らにそれを問うたところで今更か」

『まあな。魔術の類なら、あんたよりも俺の方が上手ってことだ』

『ボクは大変魔法がお上手なのよ☆』

『この二流魔王!三流魔王!』

 

 さんざん舐められた態度を取ってくる邪龍にリゼヴィムは何も言えなかった。彼らは予測していた。彼が近いうちに失敗することを。天界で相対したファーブニルによって受けた呪いにより、毎晩うなされ続けていたのだ。夢の中で何度も黄金龍に殺され、何度も苦しんできた。おかげでろくに眠れず、計画は早急に取り組む必要性が出てきた。その結果、今回のように足元をすくわれることになったのだ。

 もっとも邪龍たちもリゼヴィム同様に異世界への侵攻は興味深いものであったため、その計画を彼らなりに実行することを決めたようだ。

 

《…貴君の魂を誘うものが来たようだ。それではさらばだ、魔王の子よ。心置きなく死ぬといい》

『ま、心意気だけは引き継いでやる』

『バイバイ!』

『無残に死んでいけぃ!』

 

 邪龍たちが嘲笑うように捨て台詞を放つと、黒いオーラと共にその場から消え去った。そして間もなく、通路を白い閃光が走り、まばゆいほどの白い鎧を身につけたヴァ―リが舞い降りた。

 

「どうやら蘇らせた邪龍にも愛想を尽かされたようだ。お前に制御できるほど、甘くはなかったということだな。───ドラゴンを舐めるなよ、リゼヴィム」

「まあ待て待て。ヴァ―リきゅん。俺が悪かったって。ほら、俺、じいちゃんなんだし?そこは労わろうよ?」

 

 憔悴しきった様子に目に見えた焦り、リゼヴィムは限界に片足を突っ込んでいた。そんな彼が見せた一種の命乞いに、ヴァ―リはため息をつくと呪文を唱え始める。

 

「我、目覚めるは───律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり───」

「これからは若者に必要なスキルは老人の介護だぜ?」

「無限の破滅と黎明の夢を穿いて覇道を往く───」

「あー!わかった!いままでのことを全部謝ろう!いじめて悪かった!」

「我、無垢なる龍の皇帝と成りて───」

「ほらほら、俺が悪かったって!金でも女でも何でも欲しいものならくれてやるぞ?」

「「「「「汝を白銀の幻想と魔道の極地へと従えよう」」」」」

 

 リゼヴィムの命乞いなど意に介さず、ヴァ―リは「白銀の極覇龍」を発動させる。上位死神をも屠ったその姿は、圧倒的な威圧感を敵に与えていた。もちろんリゼヴィムには神器を無効化させる力がある。しかしこの状態でパワーアップした魔法の攻撃を、すっかり消耗しているリゼヴィムが防げる道理は無かった。

 

「アザゼルッ!お前ならどうよ!?金でも何でも欲しいものは───」

「リゼヴィム、お前は最低最悪だ。せめて、赤龍帝と孫の白龍皇の手にかかって死ぬことを誉と思え」

「違うぞ、アザゼル。こいつは───ごく普通の人間の一家に敗北したんだ。…俺が手にできなかったものを兵藤一誠は持っていた。…こいつは、それに負けたんだ」

 

 ヴァ―リの言葉に、アザゼルは納得したように頷く。リゼヴィムは理解できず、ヴァ―リが欲したものによって、魔王の息子は敗れたのであった。

 

「リリィィィィスッ!リリスちゃんッ!俺を守りやがれェェェエッ!」

「リゼヴィム、守る?」

「ああ、そうだ!俺を守れッ!無限の力でここにいる白龍皇と堕天使を葬れッ!」

 

 扉の近くで行く末を見守っていたリリスは命令に従い、ヴァ―リに立ちはだかる。現在のオーフィスにも匹敵するほどの実力、まともに戦うのであれば死の覚悟も当然であったが。

 しかしヴァ―リはゆっくりと近づくと、彼女に語りかける。そこには戦意などまるで介在しない、優しげな雰囲気があった。

 

「そこをどいてくれないか?俺は…キミまで攻撃するつもりはない。後ろのそれはキミが守るべき存在でないぞ」

「でも、リリス。リゼヴィム、まもる。おしごと」

「なら、俺と来い。───俺と来れば、グレートレッドともう一人のキミ、オーフィスと会わせよう。…兵藤一誠、赤龍帝もキミと会いたがっているだろう」

 

 きょとんとした顔のリリスであったが、グレートレッドとオーフィス、そして一誠の名前が彼女に引っかかりを感じさせた。

 併せて、ヴァ―リは彼女のドレスについている龍のアクセサリーを指さす。吸血鬼領地で一誠が彼女に買い与えたものであった。

 

「それを貰ったのだろう?きっと、彼ならもっといいものをキミにくれるはずだ。そこにいる男よりもずっといいものを───」

「おいおいおいおい、うおぉぉぉいっ!なに、懐柔しようとしている!?うちのリリスちゃんはなッ!俺の専用ガードだッ!こういうときにこそ、働いてもらわないと、作った意味が───」

「今なら菓子もつけるぞ?」

 

 リゼヴィムの言葉を遮るように、アザゼルは再びチョコレートバーを取り出して、懐柔を図る。それが決め手だったのか、リリスはその場に頭を抑えながら座り込み、すっかり混乱状態に陥ってしまった。

 そんな彼女の横を通り過ぎたヴァ―リは、魔法で作り上げた剣でリゼヴィムの片腕をすっぱりと切り落とした。

 

「ガアアアアアアアアアアッ!」

「迷い始めたら、もう終わりだということだ。こんな調子の彼女では意識も散漫するだろう。この通り、隙が生じて俺の攻撃がお前に届いた」

「…クソが…ッッ!僅かに感情を持たせたのが、ここにきて仇かよッ!」

 

 必死で傷口を抑えながら悶えるリゼヴィムに、ヴァ―リは剣の切っ先を向ける。その憎悪もあって今まさに決着がつこうとしていたが、彼は首を横に振りため息をついた。

 

「…兵藤一誠が追い詰めたお前を俺がトドメを刺したのでは、格好がつかないな。おいしいところだけを食うようで、らしくもない。それにどうやら、お前を真に殺したい者がいるようだ」

 

 ヴァ―リの視線の先には再び龍門が現れていた。漏れ出してくる光は黄金で、それだけでも門の先にいる龍が何者かがわかり、アザゼルは小さく頷き、リゼヴィムは恐怖で顔を引きつらせていた。

 間もなく門から出てきたのは、休眠状態に入っていたファーブニルであった。

 

『…ようやく、見つけた』

「…ッッ!…なんでだ…ッ!なんで、ここまで執拗に…ッ!?夢の中にまで追いかけてきやがってよッッ!」

『…お前は、アーシアたんを泣かした』

 

 双眸に怒り、憎しみ、恨みを宿らせて、ゆっくりとリゼヴィムへと向かっていく。天界で起こったことを皮切りとした黄金龍の恨みは、魔王の息子に夢の中での苦しみと、それ以上の恐怖を植えつけて、心身ともに追い詰めていたのであった。

 もはや勝負はついた。彼はいたずらに踏み込んではいけない領域を荒らしまわった報いを受けようとしていた。ファーブニルの振り上げた足が、彼を下敷きにしようと迫っていた。

 

「…なんてことだよ」

 

 どこからともなく声が聞こえる。同時にファーブニルに踏み潰されそうになっていたリゼヴィムの姿が消えていた。

 アザゼル、ヴァ―リ、ファーブニルがすぐに周囲を見渡すと、いつの間にか、近くにひとりの青年がリゼヴィムに肩を貸して立っていた。

 

「お前は元英雄派のクーフー…いや大一の話では、本名はサザージュとかだったな」

「久しぶりだな、アザゼルにヴァ―リ。そしてお初にお目にかかる、黄金の五大龍王」

『そいつを寄こせ。アーシアたんを泣かせた報いだ。喰いつくしてやる』

「たしかボスが天界で、あんたの飼い主を殴ったんだったか?まあ、許さないのは勝手だが、この男を差し出す理由にはならない」

 

 ファーブニルの脅しにも、サザージュはまるで怯まずに無表情であった。この圧倒的な不利な状況にも関わらず、平然とした相手の態度には底の知れない雰囲気があった。彼が抱えているリゼヴィムが瀕死であり、その対比で尚のこと感じられる。

 

「ぜえぜえ…よ、よくやった。早く離脱するぞ」

「…だから言っただろう。あんたは余計なことをしてきたんだ。ルシファーの名にあぐらをかき、特別であると慢心してきた」

「そんなことはどうでもいい!とにかく離脱だ!さっさとしろ!」

 

 荒々しく命令するリゼヴィムに、サザージュはため息をつきながら魔法陣を展開する。まるで見たこともない術式であったが、それがこの場から去るためのものであるのは想像がついた。

 アザゼルは光の槍を取り出し、ヴァ―リとファーブニルも逃がすまいと魔力の塊や炎を放つ。だがまるで見えない壁に当たったかのように、彼らの攻撃はリゼヴィム達には届かなかった。

 

「うひゃひゃひゃっ!あばよ、てめーら!」

「待て、リゼヴィムッ!」

「そう言われて待つ奴がいるかよ!」

「…まったくだ。すべてが自分の思い通りにいくなんて、傲慢もいいところだ」

 

 一瞬、何かを突き刺したような小さな音が鳴る。あまりにも小さく聞き逃してもおかしくないものであった。しかしその音は切羽詰まっていたこの場にいる全員の動きを止めた。

 音の正体は目の前にあった。にもかかわらず、何が起こっているのかすぐには飲み込めなかった。時間が止まったような錯覚を感じる中で、アザゼルも、ヴァ―リも、ファーブニルも、リゼヴィムですら起こったことに驚いていた。

 無表情のサザージュがリゼヴィムの心臓部に深々とナイフを突き刺していた。

 

「…あ?な、なんだこれは…」

「魔力を込めているし、刃には毒も塗っている。間もなくあなたは死ぬ」

「て、てめえ…なんのつもりで…!」

「俺らは邪龍と組むことになった。これはその決別の意味を込めたものだ」

 

 サザージュがナイフを抜くと、リゼヴィムの胸部から血が噴き出す。腕の出血ともあわさって、呼吸はおかしくなり顔色は青く変色していく。ついには肩を借りていたサザージュから滑り落ちるように、地に膝をついた。

 

「ふ、ふざけるな…!このタイミングで裏切りだと…!邪龍どもに何を吹き込まれた…!?」

「なにも。あくまで俺らの意志だ」

 

 感情をどこかに置き去ったようにサザージュは答える。その冷たい雰囲気とは対照的に、リゼヴィムは憎悪に満ちた視線を彼に向けた。

 

「このコウモリ野郎が…!英雄派を裏切り、シャルバに甘言を与え、今度は俺か…!?誰のおかげでここまで来れたと思っているんだ!」

「だったら、最後まで計画を遂行するべきだったんだよ。手を抜かず、悪魔としてのあなたを見せるべきであった。それにな、曹操やシャルバはともかく、あなたにはかなり寛容だったぜ?」

 

 そう言うと、サザージュはゆっくりとしゃがみ、抱きしめるような体勢でリゼヴィムに耳打ちをする。アザゼルたちが見たのは、これまで以上の衝撃に歪ませた魔王の血筋の顔であった。目は見開き、毒とは違った唇の震えと流れ出る汗は、完全に破顔していた。

 

「は…?お、お前が…いやだったら…尚更だろうが!お前は───がッ!」

 

 リゼヴィムの言葉はそれ以上続かなかった。背中に再びナイフが深々と刺されて、いよいよ毒も回り込み、まともに呼吸する許さない状態であった。

 サザージュはナイフを引き抜くと、感情の読めない目で苦しむリゼヴィムを見下ろす。叫びひとつ上げる体力もなく、魔王の息子は小さくもがくように動くと、間もなく完全に動きを止めた。

 

「絶対に触れちゃいけない領域など、この世にいくらでもあるんだよ。さよならだ。リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」

 

 サザージュが指を鳴らすと、リゼヴィムの亡骸の下に魔法陣が発生する。そこから炎が生まれると、彼の遺体は火の中で燃えていった。

 そして彼はアザゼルたちへと向き直る。戦意こそ感じられなかったが、邪龍と手を組むと話していた以上、彼が敵であることは変わりなかった。

 警戒を解かない彼らを見て、サザージュは小さく腕を振る。

 

「ここで決着をつけられるほど、思い上がっていない。この先に用があるんだろう。行けばいいさ。そして勝手にやればいい。もっとも世界の終わりが始まるだろうがな」

 

 そう言い残して、サザージュは今度こそ魔法陣でこの場を去っていった。しかし間もなくこの言葉が偽りなく証明されることを、アザゼルたちは知らなかった。

 




ということで、リゼヴィムが退場しました。
次回から21巻分にいきます。


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自由登校のルシファー
第195話 終焉の始まり


今回から21巻分の始まりです。


 『私は海から一匹の獣が上がってくるのを見たのだ。獣には、七つの頭と十の角があり、その角には十の冠があった。そしてその頭上には、神を穢す名があった。その獣は、豹に似ていた。熊の足を持ち、口は獅子のようであった。龍は獣に、自分の力、座、そして大いなる権威を与えたのだ。頭のうちの一つは致命的な一撃を受けたが、その傷はすぐに癒えてしまう。地に住むすべての者は驚き、その獣と、獣に権威を与えた龍に従うしかなかった。誰がこの獣に匹敵するのか。誰がこの獣と戦うことができようというのだ』

 

 黙示録に記されていた文言…その通りの姿と実力を持った怪物がこの世に甦った。発端は5日前、リゼヴィムは死んだ際に自身の魂をエネルギーとして強制的にトライヘキサを復活させるようにしていた。

 同時に、ユーグリットのデータから生み出された自立式の赤龍帝の鎧も動き出した。偽物のため能力こそ不完全ながらも、その物量は千近くあった。しかも独自にこの構成を解析しており、数が減ってくるとトライヘキサが卵から生み出すまでしてくる。

 不完全ながらも復活したトライヘキサといくらでも湧く偽赤龍帝軍団は、アポプスとアジ・ダハーカが奪い、コントロール下に置いた。去り際に彼らがアザゼル達に挑戦を叩きつけてきた。邪龍と天龍の頂上決戦、ドラゴンはどこまでも純粋に力を振るうことを目的としていた。

 すでにグリゴリの主要施設、天界の第一天から第六天を破壊して、多くの被害者を出している。堕天使側の幹部や天使側の四大セラフですら、重傷を負っている。アジ・ダハーカの仕業なのか、一定以上の破壊を終えると彼らは別地点へと転移することを繰り返していた。

 偽赤龍帝と邪龍の軍団、すべてを破壊するトライヘキサ、そして彼らを操るアポプスとアジ・ダハーカ…この世を終わらせるような戦力が敵にはあった。

 現在、その大軍勢は北欧に進行していた。北欧も天界のようにいくつかの層になっているが、この日に最上層であるアースガルズにその姿を現していた。勇者とヴァルキリーの大部隊と「D×D」が前線に立って、彼らと相対して侵攻をくい止めている状況だ。

 冥界の首脳陣は、首都リリスの魔王城にてその様子を映像に映しながら、対応を協議していた。天使側も来られたらよかったのだが、あいにく天界の復興に尽力している状況であり、堕天使側もアザゼルとバラキエルのみであった。

 アザゼルは小さくため息をつく。すでにハーデスの動きに警戒を見せるなど、手は打っているが十分とは思えなかった。

 

(…現役を引退したのがちょいと早かったな)

 

 この5日間で多くの命を失った。大切な教え子たちに無理をさせてきた。感じられる責任感は、飄々とした仮面の下でとてつもなく膨れ上がっていたのは否定できない。

 思案と対応にふける中、状況の大きな変化はいきなり起こった。北欧の戦いに、インド神話の増援が現れて、徐々にではあるが相手の軍勢を押し込んでいく中、トライヘキサ達がその姿を消したのだ。すぐに首脳部の方で転移した場所を探るものの、どこにも確認されない。気配も消えてしまったのだ。

 

『うおおおおおおおっ!!!』

 

 映像の中で、戦士たちが勝利の咆哮を上げる。5日目にしてようやく敵を退けることが出来たのだ。

 

「どうやら、北欧は守れたようだな」

 

 疲れた表情のサーゼクスが席に着く。用事を済ませて、ようやく協議の場へと来ることができたのだ。

 

「ま、奴さんどもが、どういう了見か知らないが…とりあえず、この場での戦闘は防衛成功ってことでいいだろうさ」

「そうよね☆」

 

 アザゼルの言葉に、セラフォルーも嬉しそうに同意する。しかしこれが一時的なものであることは、その場にいる全員が感じていた。そしてその原因について、現四大魔王のファルビウム・アスモデウスが気難しい表情で切りこむ。

 

「…聖杯かな?」

 

 この言葉には、アザゼルも同様の考えを抱いていた。聖杯になんらかの異常があったのか、一時的に限界を迎えたのか、敵にとっては中核にあるもののため、慎重に扱っていくことだろう。

 いずれにせよ、ここで得たインターバルは貴重である。それにあたり、まずはサーゼクスとセラフォルーが立ち上がり、冥界の民衆に語りかけることになった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 建物内にある放送スタジオで、緊急の放送が始まる。全チャンネルを使って、冥界全土にその映像は流されていた。

 

『冥界の皆さん。現在、冥界全土、堕天使領を含め、この悪魔の世界に未曽有の危機が襲っております』

 

 サーゼクスは事件の経緯について、落ち着いた様子で話していく。同時に流れているトライヘキサとの戦いの映像は凄惨そのものであったが、それを理解しつつ落ち着かせるような声で説明を続ける。

 

『この映像のように私たち悪魔だけが戦っているのではありません。同盟関係にある堕天使、天使の方々、さらには他の神話勢力からも続々と心強い味方が駆けつけてくれています。トライヘキサと邪龍たちの戦力は膨大です。1度退けることができましたが、すぐに姿を現し、破壊を再開させることでしょう。これは数か月前の「魔獣騒動」の規模を超える戦いとなります。しかしながら皆さん。ご心配なく、心を強く持っていただきたい。我々には希望の星がある』

 

 そう言って切り替わった映像には、一誠やリアス、サイラオーグやデュリオと若き強者たちが映し出された。

 

『テロ対策チーム「D×D」をはじめ、我が悪魔世界が誇る勇猛な戦士たちもこの冥界とそこに住む国民の方々を守るため、各勢力の世界をも守るため、命を賭して戦いに応じるでしょう』

『そうよ!皆!私も前線に立っちゃうんだから、心配しないでね!』

『必ずこの冥界とそこに住む皆さんを守ります。この私の命を懸けてでも、必ずあなた方を守って見せる』

 

 数十分、サーゼクスとセラフォルーはレーティングゲームの不正にも言及しつつ、放送を終えると、スタジオにいたアザゼルと合流する。3人とも表情は落ち着いていたが、その雰囲気はどこか覚悟が感じられた。

 

「こういうときでも相変わらずだな、セラフォルー」

「こういうときだからこそよ。さて私も前に出ないとね」

「キミとキミの眷属にはいつも迷惑をかけるな」

「もう、そんなつれないこと言わないで。ながーく、一緒にやってきた仲じゃない?それにこういうときに動いてこそ、『私も魔王だ』って心の底から自覚できるわ」

 

 相変わらずの横チョキというポーズでセラフォルーは答える。それでも彼女の並々ならぬ覚悟はアザゼルもサーゼクスも理解していた。今回の戦いには堕天使からも幹部クラスが動き、天使たちもセラフ級が挑む。この共同戦線は少しまでは考えられないが、今は現実になろうとしていた。

 

「サーゼクスちゃんはどうするの?」

「出るさ。私にも『魔王』をやらせてくれ。…その前に雑事はあるがね」

「そっか。じゃあ、私は先に行くわね!」

 

 友の言葉を確認したセラフォルーはこの場をあとにした。残されたサーゼクスはアザゼルに小声で問う。

 

「例の計画、いつでも実践できるのだろうか?」

「ああ、他の主神からも承諾は得ている。あとは、お前達の決断だけだ。ま、お前達が無理だといっても、いざとなったら、俺たちだけでやってやればいい」

「ここまできたら一蓮托生だろう?」

 

 彼らの話す計画がどれほど特別なもので厳しいものであるかは、互いに理解していた。それでも最悪の結果を免れるのであれば、世界を救うために繋がるのであれば…今度こそは相手に勝つ、その心意気が彼らを包んでいた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一は冥界のはずれにある建物に赴いていた。そこは石造りで、見るからに堅牢さが売りであることを示している。規模もかなり大きく、周囲が自然に包まれている中で異常に目立っていた。

 建物内を歩きながら、小さく息を吐く。北欧での防衛戦を終えてから、すぐにここへと赴いたため、顔にも疲労の色が見られた。右腕も義手がつけられておらず、足取りも重そうに動かしていた。

 

(邪龍に偽赤龍帝軍団、遠巻きに見えたトライヘキサ…とんでもない相手だったな)

(俺は戦い足りない)

『信じられねえくらい自信にあふれた言葉だね…』

 

 シャドウがげんなりした様子で反応する。「D×D」が北欧へと到着したのは3日前。そこから敵が撤退するまで、最低限の休みのみで戦っていたため、彼らの疲労は想像を絶するものであったのは否定できない。

 もっとも大一自身は他のメンバーよりも半日遅い参戦であった。その理由は、これから会いに行く男が原因であった。

 間もなく彼はひとつの扉を開ける。狭い部屋であり、ベオウルフと数人の悪魔がそこにいた。

 

「お疲れ様です、ベオウルフさん」

「あれ、大一くん?戻っていたの?だったら、みんなと一緒に休んでいた方が…」

「用事が済んだら戻ります。まだ家族にも会えていないので」

 

 正直なところ、ベオウルフの指摘する通り、仲間達の下に戻って休みたいというのが本音であった。アグレアスで一誠達と別れてから、大一は彼らと合流していなかった。オーフィスによって強力な力を覚醒したこと、それによって現在は昏睡状態でいること、両親に悪魔であることが露見したこと、腰を据えて話をしたいことなどいくらでもあった。

 だが、それよりも彼は優先するべきと感じたことがあった。

 

「まだ何も言いませんか?」

 

 何もないことを示すかのように肩をすくめるベオウルフは、部屋に複数個あるモニターの一つに目を向ける。そこにはギガンが四肢に鎖を巻きつけられて、座り込んでいる姿が見えた。

 そこは冥界の中でも古い監獄であった。古いものの旧魔王派の特殊な魔法陣や動きを封じる術式が組み込まれており、今回のような特殊な相手を幽閉するにはうってつけの場所である。また大一が北欧での戦いに遅れたのも、彼の連行に付き添っていたことが理由であった。

 

「ここ数日、何度か問い詰めてはいるけど、一向に無言すね。まあ、別に拷問とかしているわけじゃないからな」

「…傷が治っていますね」

 

 大一は目を細めて呟く。戦った際に胸部にあったはずのクレーターのような跡はすっかり消えており、盛り上がった筋肉がそこにあった。

 

「気がついたら治っていたんだよ。しかも飯もここに来てから最低限しか食べていない。まるで全部のやる気がそがれたような雰囲気なんすよ。にもかかわらず、この回復力だからねえ」

「とんでもない生命力ですね…」

「まあ、そういう意味じゃゴグマゴグに改造された悪魔なんて考えに納得しちゃうけどね。それでここに来たのは、やっぱり彼から『異界の魔力』関連のことを訊くため?」

「そうですね。というのも、さっきまでの北欧の戦いで彼らの仲間と思われる奴らが現れなかったんです」

 

 先ほどの北欧の戦いで大一がより疲労を感じたのは、「異界の魔力」を持つ相手からの不意打ちも危惧して、気を張っていたからもあった。アザゼルの話では、サザージュがリゼヴィムを裏切り、邪龍と手を組むと宣言してきた。リアス達がバーナを倒したものの、敵の中で「異界の魔力」を持つメンバーは他にもいる。それを踏まえれば、あれほどの混乱の中で仕掛けてきてもおかしくはないと思っていた。

 しかし現実はそのような気配も無く、大一は仲間達と共に邪龍や偽赤龍帝軍団と戦った。そこで彼らが計画を練っているのではないかと勘繰り、唯一の情報源となりえるギガンに問うことを考えた。

 大一がこの疑問を打ち明けると、ベオウルフは考えるようにあごを撫でる。

 

「ふーむ、たしかに疑問としては引っかかるけど、知っていても口を開くとは思えないすね。ここ数日のあいつの様子を見ていれば尚更ね」

「そうですか…」

「まあ、ここには常に人を残すよ。サーゼクス様だって、こいつは貴重な情報源だと思っているだろうからね」

 

 ベオウルフが答えるとほぼ同時に彼らの下に連絡用魔法陣が現れる。差出人は話にも出てきたサーゼクスであり、文字だけの簡素なものであった。それを確認した瞬間、2人は不思議そうに顔を見合わせるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 雨が降り注ぐその日、いつもの古びた屋敷にて、サザージュはソファに座り、静かにお茶を飲んでいた。彼の視界にはいつものように仲間達が映っていた。無角は微動だにせず壁に寄りかかり、ブルードは明らかに動いていない目で開かれた本を見ている。モックはすっかりうなだれており、わずかに見える顔は何年も悲惨に生きていたような打ちひしがれたものであった。

 サザージュはカップに残る液体を完全に飲み干すと、ふっと息を漏らして良く通る声で話し始めた。

 

「さて5日前に例の結界の試作品については、上手くいった。アザゼル、ヴァ―リ、ファーブニルの攻撃を防ぎ切ったんだからな。となれば、次はトライヘキサに合わせるところと更に大規模なものだ。この数日で調整も済んでいる。無角、最後の協力を頼むぞ」

「任せろ」

「すまないな、キミは特異とはいえ最後まで付き合わせて。2人はどうする?」

 

 無角が小さく頷いたのを確認すると、今度はブルードとモックへと視線を向ける。サザージュの静かな問いかけにモックは顔を上げ、ギラギラとした戦意と凶悪な殺意を双眸に宿らせていた。

 

「グレモリー眷属は僕が殺す…!姉さんの仇は…この手で討ってやる…!」

「…私も付きあおう。終わる前に旧友に会えるかもしれないからね」

 

 力強く立ち上がるモックに、対照的に滑らかな挙動でブルードも立ち上がる。彼らには相変わらずの頼もしさを感じる一方で、自分の野望に巻き込んでしまった申し訳なさも抱いてしまった。

 しかし後戻りをするつもりは毛頭なかった。同志であるバーナは死に、ギガンは捕まった。邪龍は破壊を気ままに行い、上に立つ者に足りえないと感じる。その現状は彼の心に揺らめく炎を、さらに燃え上がらせていた。

 

「では、それぞれ動こうか。幸運を祈る」

 




かなり構成で迷いそうです…。


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第196話 信頼も覚悟も

20巻分で出来なかった両親との再会です。


 首都リリスにあるセラフォルー記念病院に、大一は赴いていた。そこには一誠が入院しており、家族や仲間達が集まっていたのを知っていたからだ。

 これから大切な人達に会いに行くというのに、彼の気持ちは穏やかでなかった。無意識に足は早まり、呼吸も荒くなっていく。

 

『僕はあれで良かったと思うよ。むしろまだ仕事を残すのかとも思ったけどね』

(シャドウ…俺は…)

『しっかりしなよ。想いを無下にするべきじゃないぜ』

(わかっている。覚悟だって決めたんだ。それでも…あー…くそっ!)

『落ち着きなって。これから仲間や家族に会うんだからさ』

 

 がしがしと頭を掻く大一は、出来るだけ冷静を装いながら歩を進める。シャドウの指摘が正しいことであるのは理解しているが、それを認めるのは並大抵でない勇気が必要に思えた。

 こんな時にディオーグはまるで口出しをしない。もっとも彼から紡がれる言葉が、大一に対して慰めや鼓舞である期待は皆無なのだが。

 どんどん歩を進めていく大一は、やがて一誠がいる集中治療室に入り仲間達のもとへとたどり着いた。彼の姿を確認するなり、朱乃が安堵した表情で駆け寄ってくる。

 

「大一、来てくれてよかった。用事はもう大丈夫なの?」

「俺は問題ないよ。それにしてもあいつはまだ目覚めないのか」

 

 大一はベッドに横たわる一誠へと目を向ける。話を聞いたところ、オーフィスの力を借りて至った龍神化の影響で、彼は昏睡状態であった。アグレアスから脱出した辺りは、完全に意識も無く、生命の危機が常に隣り合わせであった。

 そんな彼の命を繋いだのは、病院に運び込まれてから半日した頃に入ったアザゼルの連絡であった。内容は母乳とフェニックスの涙を混ぜた液体の中に入れる、というもので傍から聞けばバカバカしいことこの上なかった。実際、大一も伝聞で知った時はアザゼルに対して大きくため息をついたものであった。もっとも同時に一誠の身体も回復し始めたことを知り、情けなく頭をうなだれてしまうことになったのだが。

 しかし身体は回復しても目が覚める様子は見られなかった。今も彼はベッドに横たわっている。そして彼のベッドの横には…。

 

「大一…」

「…父さん、母さん」

 

 両親の姿を見た瞬間、大一は無意識に唾を飲み込んだ。それでも息を整えて、彼は両親へと話そうとするが、口を開く前に母が大一を抱きしめた。

 

「ごめんね…また背負わせていたことに気づけなくて…」

 

 ボロボロと涙を流しながら、母は大一に謝る。リアス達から謝罪の意も込めて、大一も悪魔であることを両親は聞いていた。3年前に苦しみの中から、必死に悪魔としての人生を歩み続けてきたこと、そして一誠が悪魔になってからも彼を支えるために戦い続けていたことを…。

 父もどこか力の無くした表情で大一に話す。

 

「リアスさん達から聞いたよ。その腕もイッセーを助けるために…」

 

 親としてはいつも兄として振舞っていた彼に対して、自分たちの知らないところでも弟を助けてくれていたことを知ると、胸が苦しくなる想いであった。片腕を失ったのも、それが原因であると聞いて、長男への熱い想いがとめどなく溢れていく。

 母親の背中を撫でながら、大一は父にも顔を向けた。

 

「俺が勝手にやったことだし、一誠はひとりだけでも頑張っていたんだ。俺はあいつをほんの少し手伝っただけだし、俺だって助けられたしな。だから、なんというか…謝らないでくれよ。こんな俺らを子どもとして信じてくれる、それがとても嬉しいんだからさ」

 

 いまいち言葉がまとまらない。両親を慰めることに比重を置いたような言い方だ。しかし大一にとっては、心からの本音であった。両親からの愛情を間違いなく感じたからこそ、謝られるよりも彼らに安心して欲しかったし、自分も感謝を伝えたかった。これほど道を外れて生きてきた自分を愛してくれる両親だからこそだ。そしてこの本音を両親は理解してくれたと、心のどこかで感じていた。

 あふれそうになる想いを抑えるように呼吸を整えると、大一はベッドで横になる一誠を見る。

 

「まったく、さっさと目を覚まして安心させてほしいものだ」

「いえ、実は1時間前に目は覚ましたんですけれど…その…大変なことになって…」

 

 非常に深刻かつ、言いづらそうに朱乃は反応する。その様子に嫌な汗が流れるのを感じるが、覚悟を決めて彼女の次の言葉を待った。

 

「『おっぱい』が認識できなくなっていたの」

「(『は?』)」

 

 頭の中でいくつか考えていた可能性とはまるでかすりもしない、そんな意外な方向の深刻さに大一どころか、彼の頭の中でもディオーグとシャドウが間抜けな声を上げる。

 彼女の話では、目を覚ました一誠は女性の胸がモザイクのかかったように見えて、「おっぱい」という単語も思い出せずに言うことができなかった。それどころか、思い出そうとするだけ体が張り裂けそうに痛みを感じるようだ。もっともこの状態は性的興奮を感じる胸が限定なのか、母や小猫の胸は普通に見えるようであった。

 いつの間にか、彼の横にいた小猫は目を細める。

 

「…別にエッチな目で見て欲しいわけではありませんが、納得できません」

「大丈夫、お前は魅力的だよ。それでつけっぱなしのテレビから『おっぱいドラゴンの歌』が流れて、また気絶したと…意味わからんな」

「アザゼル先生の話だと、龍神化の反動で糧としていたものが、猛毒になったのだとか…」

「ますますよくわからん」

 

 扉近くで大一は小さく頭を掻く。おそらく本人にとっては、アイデンティティを揺るがすほどの深刻なことではあるのだが、これまでの経緯を知る兄としては納得を示したくは無かった。

 感動と間抜けさ、安堵と情けなさと山の天気のように移り変わる感情に、大一は戸惑いを感じていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一が到着してから約1時間後に、一誠は再び目覚めた。アーシアの回復を受けて、フェニックスの涙も飲んだ彼はベッドから上半身だけ起こしてアザゼルの話を聞いていた。

 

「───と、まあ、そんなことなんでな。龍神の力は、もう2度と使うな」

 

 忠告するようにアザゼルはくぎを刺す。そもそも禁手自体、本来はあり得ない現象であった。それが多方面で頻出して、その中でも二天龍である一誠とヴァ―リは独自の進化を遂げている。何段階もすっ飛ばして進化していく、そんな彼の体に負荷がかかるのは当然の結果であった。

 アザゼルは兵藤家へと頭を深々と下げる。

 

「…イッセーが…息子さんが、こんな体になったのは、俺のせいだ。こいつの能力が、成長が、何よりも興味深くて、誇らしくて、短い時間の中で無茶な注文をしすぎてしまった。大一のことも、頼れる相手としてずっと振り回してきて…2人ともそれぞれ応えて、困難を乗り越えてくれたが、子どもが背負うにはあまりにも大きかった。俺の───過失だ」

 

 いつもの飄々とした雰囲気は鳴りを潜めて、どこまでも真摯に謝るアザゼルの姿に、一誠は慌てる。

 

「ちょ、ちょっと、先生!止めてくださいよ!俺は全然気にしてませんって!先生のおかげで俺は強くなれたんですから!」

「だがな、イッセー。お前の大好きなものまで俺は奪ってしまったんだぞ」

「だから、それは仕方ないんですって。…あれが俺のダメージになるのは、すごい残念ですけど…そのおかげで皆、死なずに済んでます。先生の指導があったから、俺は皆を救えるだけの力を得たんです。誰かを失うぐらいなら、俺は───自分の腕や足の一本ぐらい失った方がいい」

 

 これを受けて、両親も一誠に続くように言葉を紡ぐ。どこまでも実直な声に感じられた。

 

「先生、頭を上げてください。私の息子が、こんな立派なことを言えるようになった。これだけで私は十分です。先生は息子たちを男として育ててくれたんですね。父親として、これ以上の感慨はない」

「母親としては、これ以上の無茶も、これまでの無理も容認したくないけれど…私の子ども達は、誰かを救ってきたんですよね?それなら、親として誇らしく思います。なにより、そうなるように教えてくださったアザゼル先生には感謝の念が絶えません」

 

 我ながら強い親だと、大一は実感した。そのような信頼感を目の当たりにするほど、彼らが龍となった一誠を目の当たりにし、アーシアが悪魔であると知っても信じ切ったことに説得力が生まれている気がした。

 大一は何も言わなかった。アザゼルは馬の合わない相手ではあるが、信頼においては一誠達にも勝るとも劣らないところであった。同時に彼の…彼らの今後を思うと、どのような言葉を発せばいいのかわからなかった。

 間もなく、アザゼルは頭を上げる。その表情は覚悟に満ちており、大一は数時間前にも同じような顔を見ていた。

 

「あなた方の息子さんたちは、冥界の財産です。だからこそ、俺は今のイッセーにはこれ以上の無茶をさせたくないと思っています。

 あとは俺たちに任せろ。俺も…俺たちトップも今回は前線に出るつもりだ。だから、お前はここで寝ているんだ。…と言っても、飛び出すかもしれないが…これだけは約束してくれ。龍神の力は、二度と使うな」

 

 アザゼルの言葉に、一誠は頷く。堕天使元総督の言葉を、本当の意味で理解していた大一はこの場に来る前のことを思い起こして仕方なかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 病院に行く前、呼び出しを受けた大一は監獄で一緒にいたベオウルフと共に、ある城に赴いていた。数か月前に彼がルシファー眷属として認められた場所、彼らにとっての拠点のひとつであった。

 部屋に入ると、すでにそこにはサーゼクスと他のルシファー眷属が集結していた。世界の危機に、この緊急招集は嫌でも緊張感を高められた。

 全員が集結したことを確認したサーゼクスは穏やかな笑顔で眷属たちを見渡す。

 

「忙しい時に集まってくれて、ありがとう。どうしてもキミらに伝えることがあってね」

 

 主の落ち着いた言葉に、大一は小さく唾をのむ。この緊張あふれる空気、それに対して穏やかなサーゼクス、それを踏まえると嵐の前の静けさのように思えるのだ。

 

「トライヘキサを止めるには、その核を文字通り完全に消し去るしかない。いやそれでも再生する可能性がある。完全に倒すにしても、封印術を開発するにしても膨大な時間がかかるのは間違いない。そこでこれを使う」

 

 サーゼクスが指を鳴らすと魔法陣が現れて、そこから立体映像が映し出された。なにかの結界であり、その周囲には理論が展開されていた。

 

「アザゼルが開発した『隔離結界領域』に閉じ込める。強固なものだが、内側から攻撃され続けられれば、いずれ破壊されるだろう。そこで各勢力のトップクラスも入り込み、トライヘキサを完全に倒しきるまで戦い続けるものだ」

 

 この言葉に驚かない人物はいるのだろうか。要するに、自分たちの身を呈してトライヘキサを抑え込み、この世界に平和をもたらすということだ。もちろん、トライヘキサを無力化すれば、結界から戻ってこられるだろう。しかしそれがいつになるかはわからない。悠久の時の中で、トライヘキサと戦い続けなければならないのだ。

 

「もちろん、各勢力の今後も考えて残るメンバーも決められている。我々の方ではアジュカだ。彼なら冥界をより良く導いてくれるだろう。しかし私を含めて、他の3人は向かうことになる。魔王最後の仕事だ」

 

 そこで言葉を切ると、サーゼクスは大きく息を吐く。その穏やかな雰囲気の中に、とてつもない責任感を隠しているのがよく分かった。

 そして優しくも強い瞳で、眷属たちに問いかける。

 

「最後までつき合って欲しい」

 

 その言葉に全員が膝をついて、同意を示す。主の覚悟と信頼をよく知る眷属たちに、拒否するという選択は持っていなかった。

 公式的な眷属でない大一ですら、そのような態度を取っていた。内心、感情が激流のように渦巻き、穏やかとは程遠い感覚であった。仲間とも家族とも愛する人とも別れて、戦いの世界に身を投じる。いきなりそのような可能性を見せられたのだから、感情が混乱するのも当然であった。むしろ彼が他の眷属たちと同じように、跪いているのが異常なことであった。しかしこれが多くの人たちを救うことになるのであれば…。彼が願ったように冥界で悲しむ人が減るのであれば…。その願いを叶えるためであれば、これもひとつの道であることは確かであった。

 眷属たちの姿を見たサーゼクスは静かに頷く。

 

「…ありがとう。私はいい眷属を持ったな。しかし大一くん、キミは残って欲しい」

 

 その言葉に、大一は身体をびくりと震わせて頭を上げる。

 

「サーゼクス様、私もルシファー眷属です。皆さまが戦うのに、私だけ覚悟を見せないなど言語道断です。愛する人たちを守るために、私も戦います」

「真面目だね。しかし覚悟は見せてもらった。ここにいるメンバーは、キミが生まれる前から付き合いのあるメンバーばかりだ。その長い年月で築き上げた信頼関係がある。そして今…キミは同等の信頼を示してくれた。それが私にとって、とても嬉しいことなんだよ。それに未来ある若芽をここで終わらせることなど、私には出来ない」

「し、しかし───」

 

 言葉が続けないほど舌が重い。目からは涙がこぼれそうになる。胸に熱いものがこみあげてくる。自分が情けなかった。共に戦えないこと、そして一瞬でも安心してしまったことに、彼は唇を強く噛んでいた。

 そんな彼の背中を横にいた炎駒が優しくなでる。その気づかいが心に鋭く刺さるような錯覚を抱かせるのであった。師や先輩たちの本当の覚悟への敬意に、いよいよ涙を堪えきれなくなった。

 

「ハッハッハ、そんなふうに尊敬されるのも悪い気はしねえな!」

「珍しくセカンドに同意させてもらいますよ。ねえ、ベオ?」

「いやー、俺も照れるというか…いい後輩もったなって思うすよ」

「…俺も安心」

「バハムートのそういう表情、初めて見ましたね。大一くん、祐斗のことを見守ってあげていてください」

「弟子を思う気持ちは一緒ですな、総司殿。サーゼクス様、寛大な処置に感謝します」

「もともと、大一くんは残すつもりだったよ。そうだろう、グレイフィア?」

「ええ、そうです。もしあなたが彼を巻き込もうというものなら、それこそ抗議していましたよ」

 

 自分の想いを口々にするルシファー眷属たちに悲壮感は感じられなかった。強い決意と使命感、魔王の眷属としての誇り高さが、彼らの中に宿っているのを大一は目の当たりにしたのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 30分ほど眷属たちは作戦の説明を受けた後、大一はサーゼクスによって残されていた。2人きりという奇妙な空気の中、主は冥界の不思議な空の下に映る景色を窓越しに見ながらつぶやいた。

 

「謝らなければならないな。ルシファー眷属として、公表できないまま終わりそうだ」

「そんなことは気にしません。短い間ですが、あなたの眷属になれて私は幸せでした」

「そう言ってくれると、悪魔冥利に尽きる。秘蔵のひとつをキミに使ったのは、正解だったと実感するよ」

 

 サーゼクスは大一に向き直る。わずかに彼の頬には涙の跡があったが、その顔にはもう迷いが見られなかった。かつてリアスが彼を眷属にした理由や、炎駒が褒めていたことが、その表情だけで理解できた。

 

「いずれにしても、キミが残る理由については若いだけだからじゃない。先ほどの作戦の説明でもあったように、キミにしかできないことがあるからね」

「わかっています。それについては必ず遂行して、サーゼクス様たちの道を切り開きましょう」

「期待している。さて、話は変わるがキミと2人だけになったのは理由がある。ここからは私情にもなるが、聞いてほしい。私の…サーゼクス・グレモリーとしてのワガママだ」

 

 その言葉に、大一は眉をピクリと動かす。主が何を思っているのかは図りかねる。しかし最後まで自分のやり方で付き合うと決めた大一は、落ち着いたことで答えた。

 

「なんなりと」

 




原作だと終盤に明かされたこの作戦。明かされたことでオリ主が行うことは…。


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第197話 各々の役割

原作のサイラオーグと匙の場面は飛ばします。だって何も変わらないんですもの。
それにしてもこの辺りは、とにかくキャラが出てきますね。


 一誠との会話に区切りをつけたアザゼルは、リアス、朱乃、大一、祐斗、ギャスパー、ロスヴァイセを連れて、同階の休憩フロアまで足を運んだ。そこには幾瀬が見慣れないメンバーを連れて立っていた。

 

「全員揃えました」

「おおっ、鳶雄。急に呼びだしてしまって、悪かったな」

「いえ、俺たちも『D×D』と共に前に出る時期かなと思っていましたから。微力ながら、協力させてもらいます」

「リアス、お前ら。うちの刃狗チームも、今回は裏方から表に出てきてもらうことになった。あとで連携やらの相談をしてくれ」

 

 グリゴリでも名うての実力者集団である刃狗チーム、その参戦は非常に心強いものであった。噂ではそれぞれが高い実力を誇っており、グリゴリの戦力の一端を担っていると聞いている。

 そんな中、朱乃は驚いたようにある女性に注目していた。年齢は20前半、その容姿は朱乃が成長したかのように似ていた。

 

「朱雀姉さま!」

「しばらく顔を見られなくて心配していたけれど、元気そうで何よりだわ」

「こちらこそ、連絡もせずに申し訳ありませんでした」

「いいのよ。あなたの立場を考えれば仕方のないことだわ」

 

 姫島朱雀…日本を古くより異形から守っている異能集団である5大宗家のひとつ、姫島家の現当主であった。朱乃とは従姉妹の関係にあたり、彼女に理解を示した数少ない身内であった。幾瀬も家の系譜に姫島の血を引いているため、彼女とは顔見知りであった。

 そんな彼女に面識のあったリアスが話しかける。

 

「お久しぶりね、朱雀」

「ええ、リアスさん。小うるさい家の者たちを黙らせてきたわ。私も鳶雄たちやあなたたちと共に行かせてもらうわね。他の4家からも術者が参加するので、戦線に加わらせてもらいますわね」

 

 彼女が当主になったことで、大きな意識改革が行われたためか、朱乃とも落ち着いて接することができるようになっていた。同時に異形とは関りになることを避けていた5大宗家が動くあたり、あらためて事の大きさがうかがえた。

 朱雀は朱乃の頭を撫でながら、大一へと目を向ける。

 

「初めまして。あなたが大一さんですね。噂はかねがね聞いています。よろしくお願いいたしますね」

「えっと…こちらこそお願いします」

 

 大一は面食らいながら答える。リアスや朱乃と違って、彼は朱雀とは面識がなかったし、5大宗家のことも通り一辺倒のことしか知らない。それゆえに彼女が自分に対して、声をかけてきたことには驚きしかなかった。

 そんな彼の様子に気づいた朱雀は言葉を続ける。

 

「宗家の中で異例に付き合いのある妖怪から聞いていたんですよ。親友の弟子で、グレモリー眷属にいる悪魔が不思議な力を持っていると」

「親友の弟子…零さんですか!」

 

 京都で出会った狐妖怪の顔を思い浮かべながら、大一は別のベクトルで声を上げる。予想外のつながりに驚きを隠せなかった。

 

「ええ。あのお方は、妖怪でありながら遥か昔に5大宗家のひとりから術を伝授されました。その義理もあってか、彼女は妖怪でありながら、私たちの協力者で付き合いもあるのです」

「そうだったんですか。あの人たちには私も何度か協力いただいています。しかし自分の話が出るとは…」

「それだけ印象的だったのでしょうね。私としても朱乃と同じ眷属だから気になって。改めて今回はお願いします」

 

 穏やかに微笑む朱雀に、大一は身体を脈打つような感覚を抱く。美しい容姿とその余裕が緊張感を走らせた。いや並みの美人ではこのような感覚は起こらないだろう。朱乃に似た見た目だからこそ、感じたものであった。

 彼氏の緊張に気づいた朱乃は頬を膨らませながら、嫉妬するように耳を引っ張る。

 

「痛いって、朱乃!」

「朱雀姉さまに色目を使うからですわ」

「そういうのじゃないって!」

 

 2人のやり取りに、今度は朱雀の方が一瞬だけ面食らうものの、その意味に気づくと先ほどの微笑み以上に嬉しそうな顔でリアスに問う。

 

「リアスさん、もしかして2人って」

「ええ、お察しの通りよ」

「やっぱり…!従姉妹として嬉しいわ」

 

 朱雀が目を輝かせる一方で、朱乃は耳を引っ張り、大一は抗議する。傍目から見れば、なんとも緊張感の無い光景だと思われたが、それは別のチームの登場によって幕が下ろされた。

 

「鳶雄、あんたが顔を出すとはな」

「ヴァ―リ、復讐は遂げたようだね」

 

 幾瀬の言葉にヴァ―リはふっと笑みを漏らす。彼らのチームも北欧の戦いには参加しており、多くの邪龍を薙ぎ払っていた。防衛を終えた後、人知れずに姿を消していたが、幾瀬達がいるのを知ってかこの場に参じていた。

 

「久しぶりにあんたの本気が見られるのか?ふっ、それだけの事態ということだな。出来れば、あんたとの再戦時にあれを見たかったが…」

「ははは、格好つける癖はいつまで経っても変わらないな。やはり、キミの出番のようだ。頼む」

 

 幾瀬が声をかけるとひとりの女性が前に出る。年齢は朱雀と同じくらい、長い金髪と碧眼が印象的な魔法使いであった。

 ただの美人な魔法使いにしか見えなかったが、彼女を見たとたんにヴァ―リは凍りついたように固まり、緊張強く動揺していた。

 

「また、わがままを言っているのですね?」

「ラ、ラヴィニア…ッ!」

「メフィスト会長とアザゼル元総督から表に出ていいとお許しが出たのです。また、一緒に戦えるのです、ヴァ―くん」

 

 ヴァ―リを手玉に取るような彼女の名前はラヴィニア。メフィスト・フェレスの教会の秘蔵っ子にして、神滅具「永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)」の所有者、「氷姫のラヴィニア」の異名を持つ魔女であった。

 どうやらヴァ―リにとって、彼女は姉のような存在であり、まるで頭が上がらなかった。実際、抱き寄せられた彼は頬を紅潮させてすっかり固まっており、あまりの意外な反応にリアス達はポカンと口を開けて見ていた。

 事情を知っているゆえに面白そうに笑うアザゼルは、呼吸を整えると集まったメンバーを見渡す。

 

「ま、事が事だ。今回は皆の力を貸してもらう。冥界だけじゃない。全勢力の危機だ。それだけ悪意を、奴らは有している。今まで互いの事情を抱えて避けあっていた者たちも今回だけは協力しないと、無残にやられるぞ。世界が滅ぶのに比べたら個々のプライドなんて役に立たないからな」

 

 アザゼルの言葉に全員が頷く。敵はまさに世界を終焉へと導こうとしているのだ。彼の言う通り、プライドを優先させて命を捨てるのはバカバカしいことであった。もっともディオーグが苛立つように小さく舌打ちをしたことを、大一は気づいていたのだが。

 

「ロスヴァイセ、ギャスパー、聖杯についての新たな情報を得た。トライヘキサの対策のために、お前らの意見と協力を仰ぎたい。それと大一、お前も来い。事情はサーゼクスから聞いているな?

 あとの者たちは、いったん魔王城で待機していてくれ。何か動きがあったら───」

 

 アザゼルが指示を出していく中、いきなり言葉を切る。彼の視線の先に慌てた様子のスーツ姿のスタッフの男性が走ってきた。顔面蒼白の彼の言葉は、最悪なことにその様子に相応しい内容であった。

 

「トライヘキサと邪龍軍団が行動を再開させたとのことですっ」

 

 敵が再び動き出したという情報に、その場にいた全員の顔が険しくなる。すぐにでも動き出そうとする一行であったが、スタッフからの情報がそれを制した。

 トライヘキサが現れた場所は1か所だけではなかった。ギリシャ神話のいるオリュンポスの領域、須弥山のふもと、エジプト神話やケルト神話にゆかりある場所にも姿を見せたのだ。トライヘキサは頭の数だけ身体を分裂させることで、同時に複数の場所を侵攻していた。大陸をも変化させる敵の破壊力に更なる物量が加わったおかげで、先ほどの防衛成功の勢いは一気にしぼんでいくような感覚であった。

 ここまでくると、更なる援軍が欲しいところではあるが、絶望は止まることなく襲い掛かる。スタッフはインカムから入った新しい情報を、アザゼル達に伝えた。

 

「バアル、シトリー両チームは現在バアル領中枢である城にいるそうです。…バアルの城が、反逆者からの襲撃を受けているとのことですっ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 病院の休憩室、大一はぼんやりとした様子で座っていた。すでにギャスパーやロスヴァイセを交えた作戦協議は終えており、リアス達が待機しているこの部屋に戻って体を休めていた。

 先ほどの報告では、バアル家の城に襲撃を行ったのは、なんとレーティングゲームランキングの3位であるビィディゼ・アバドンであった。襲撃の理由は定かでなかったが、先日のディハウザー・ベリアルの告白では、彼も2位のロイガン・ベルフェゴールと同じく「王」の駒を使用している。それを踏まえれば、名誉を守るために現魔王派と根深い対立関係にある初代バアルを討ち、自分たちの正義を主張するなどいくつかありえそうな理由は思いついた。

 

『むしろ僕は絶対あると思うね』

 

 頭の中でシャドウは自信満々に話す。あらゆる負の面が強い感情を見てきた彼にとって、こういった暗くもありえる展開を予想することには長けていた。

 この件についてリアス達も援護を出そうとしたが、通信でソーナからストップがかけられた。すでに匙が城に向かっており、併せてサイラオーグにも連絡を入れているため、前線で戦っていたリアス達は少しの間でも休んでいて欲しいというものであった。転移するには少々距離もあり、余裕のない状況であるため、アザゼルが別の救援を送るだけで、ソーナとサイラオーグに任せることに決まった。それもあって、彼女たちは魔王城には戻らずにこの病院で待機していた。

 

『しっかし、レーティングゲーム3位だろ?相当な実力者って聞くぜ?』

(たしかにビィディゼ様はかなりの実力者だ。俺も何度かゲームの様子を映像で見たことがあるし、「王」の駒もある。でも無事ではあると思うよ。たしかあそこにはサイラオーグさんの弟もいるはずだし)

『え?バアル家って兄弟なの?』

(腹違いのな。たしかマグダランさんという名前だったな。眷属もいるし、それなりの実力はあると聞いているよ)

 

 もっとも兄弟仲は決して良い方じゃない、ということも含めて大一は耳に挟んでいた。サイラオーグの生い立ちに加えて、弟の方は逆転されるようにバアル家次期当主の立場を奪われたのだから、察するに余りある内容ではあったのだ。

 しかし同時に和解もありえるのではないかと、大一は思っていた。サイラオーグは自分と違って力強く真摯に向きあう性格をしているし、マグダランも植物の研究という兄とは違う方向で才能を見せているため、大王家としての拘りやプライド、負い目を払拭するチャンスさえあれば兄弟仲の修復に近づけると思えた。

 もっともこれらは、以前サーゼクスとの雑談で聞いたことの受け売りであった。しかし兄妹関連には常に目を光らせているような面がある彼だからこそ、妙に説得力も感じられた。そんな主の覚悟を思い返すと、再び胸が締め付けられるような想いであった。

 

「…あの人の覚悟に応じるんだろうが」

(てめえは自分本位とか言いながら、いつもそれだもんな)

 

 自分に言い聞かせるようにつぶやく大一に、ディオーグはため息をつく。いよいよこの龍にまで、そういった感想を持たせるようになったことに、思わず苦笑いがこぼれた。

 

『しかしトライヘキサがグレートレッドと並ぶ存在なら、ディオーグも完全復活したらやりあえるんじゃないの?』

(言われてみれば、ありえそうだな。あの体格を見るに、ディオーグとはどっこいどっこいだと思うぞ)

 

 大一はかつて封印されていたディオーグの姿を思い出す。腕や半身は地面へと埋め込まれていたが、目視できるだけでも彼はその龍に匹敵する体格をグレートレッド以外に見たことは無かった。

 

(たしかにあのデカい獣とぶつかってはみてえな)

『おーう、さすがの闘争心…』

(まあ、今回は無理だけどな)

 

 バッサリと答える大一は疲れたようにため息をつく。聖杯を封じるにあたって、彼は仲間達と別行動をすることになっていた。トライヘキサとも直接的にぶつかる可能性は少ないため、ディオーグの言うような戦いはありえなかった。

 

「大一くん、大丈夫ですか?」

 

 隣に座ったロスヴァイセが覗き込むように問う。現時点で、大一が別行動をすることを知っている数少ないひとりだ。

 

「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと疲れているだけです」

「あんまり、大一くんの大丈夫って信じられませんよ」

「否定できないのが情けないです…。でも今回は本当に大丈夫ですって」

 

 ここ最近、様々な場面で戦ってきた彼にとっては、仲間と共に前線に立てないことに心配はなかった。与えられた仕事をこなす責任感は、別行動で彼に動揺を与えなかった。もし動揺するとすれば、その後の作戦についてだが…。

 ロスヴァイセは少し考えこむような表情をすると、納得するように頷く。

 

「わかりました。でも心配な時は言ってください」

「お互い様ですよ。俺よりもあなたの方が大切ですから」

 

 安心させるように大一が落ち着いた表情を見せると、ロスヴァイセは緊張気味に頬を掻く。なぜ彼の雰囲気や言葉に緊張する必要があるのだろうか、そんな考えが頭をよぎるが、同時に生島や小猫から指摘を受けたことを思い出す。

 次の戦いはどれだけ心を奮い立たせても足りないくらいのものだ。トライヘキサを抑えるにあたり、自分の術式が重要であることも理解していたため大きな責任感も付随する。それゆえに振り払おうにも緊張がついてくる。少しでも安心を求めた彼女は…。

 

「あの…前に頼って欲しいと言ってましたよね?」

「ええ、言いましたよ」

「それって今でもいいですか?」

「頼るのに許可なんていらないでしょう。俺に出来ることなら───」

 

 大一は言葉を切って、目を丸くしていた。ロスヴァイセが彼の左手を祈るように握ったのだ。手の温もりと、彼女の少々荒い息遣いが、妙に印象的であった。たった数秒のはずであったが、妙に長い時間が流れたような錯覚を互いに感じ、彼女はゆっくりと手を放す。

 

「ゆ、勇気をもらいました」

「えっと、あー…」

「その…いいんです。これだけでも十分ですから」

 

 戸惑う大一にロスヴァイセは答える。彼には朱乃や小猫、黒歌までいる。自分が入り込む余地など無いのだから、その現実を受け入れてひとつの区切りにするつもりであった。

 一方で、大一はロスヴァイセから握られた手を静かに見つめる。自信の無さゆえに鈍感な方ではあったが、ここまで直接的に感情を向けられれば、さすがに彼も感づく。今度は立とうとする彼女の手を優しく握りかえした。

 

「だ、大一くん…!」

「…えっと、俺も勇気をもらいましたよ。トライヘキサをなんとかしましょう」

 

 短い上に、周りからも気づかれないような静かなやり取りであったが、間違いなくロスヴァイセにとっては関係性が一歩進んだと実感するのであった。

 




もう逃がしません。向き合わせます。


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第198話 信頼する人たちへ

ちょっと会話文多めです。冗長ですが、決戦前ということでひとつ…。


 休憩室で身体をぐっと伸ばす大一の目は鋭く険しかった。つい先ほど、アザゼルからトライヘキサが日本海近郊とヨーロッパの山岳に出現したという情報が入ってきた。どちらも人間界であり、それが何を意味するかは全員が理解していた。

 これにあたり、戦いが始まるだろうという中で、大一は先に任務のために動くことになっていた。短いながらも休憩を取ったことで、身体はだいぶ軽くなっていた。

 そんな中でひとつの懸念から、小猫と黒歌に声をかけた。

 

「小猫、黒歌、ちょっと話がある」

「どうかしましたか?」

「なになに?愛の告白でもする?」

「しねーよ。頼みたいことがあるんだ。作戦中、感知に注意して欲しい。魔力だけでなく、匂いとか周囲の気の感覚とか」

 

 大一が仲間達と行動しない今回の作戦では、「異界の魔力」を持つ存在に対する不意打ちは危惧する事項のひとつであった。ギガンやバーナを除いても、敵にその魔力を持つ相手は3人いる。

 そこで仙術による気の流れを感知できる2人に、警戒を強めることを頼むことにした。リアスたちは日本海側、ヴァ―リたちはヨーロッパ側へと向かうので、いずれも感知を徹底するに越したことは無い。

その意図を彼女らも理解したように頷く。

 

「任せてください。先輩のいない分まで、私が感知は行います」

「もともと警戒は怠らないつもりにゃ。あいつらの厄介さは身に染みているし」

「頼んだ。特にモックの方はリアスさんへの仇討ちとかありそうだしな」

「…同意します」

 

 小猫が確認したアグレアスで撤退する直前のモックは、完全に打ちひしがれていた。あとでリアスと朱乃が、彼の姉であるバーナを倒したことを聞いたため、それが原因であることは察した。その時の雰囲気を踏まえれば、再び戦うことになるのは予想できた。

 

「…でもちょっと心配ですね。先輩と一緒に戦えないのは」

「そんなこと、これまでも何度かあっただろ?」

「今回は深刻さが違います。それに前はもっと一緒でした。」

 

 以前はもっと肩を並べて戦っているという実感があった。レーティングゲームの試合のように、その場では一緒にいなくても、彼が近くにいるという感覚が小猫の中に流れていた。

 しかしここ最近はそれが薄れていくように思うこともある。レイヴェル達と共に連れ去らわれた時しかり、天界での襲撃しかり、物理的にも精神的にも遠く感じることがあった。かつて大一がルシファー眷属になった際に、朱乃が抱いたものと似たような感覚を彼女も味わっていた。

 もっとも本気でそれを不満していたわけではない。今回のように信頼を寄せられていることも実感しており、彼女の中に温かい感覚も灯していた。

 

「まあ、先輩が私のことを信じてくれていますからね。戻ってきたときに、いっぱい甘やかしてもらうことで納得してあげます」

「小猫がそういうことを堂々と言うのは珍しいな…」

「前にも言いましたけど、我慢はしませんので。…先輩、ちょっとしゃがんでください」

「お、おう…」

 

 自信と勢いを感じさせる小猫の言葉に、うろたえながらも大一は従う。身体をかがめ彼女と目線を同じくする。そして小猫は、彼の首の後ろに回して優しく抱きしめた。

 

「先輩も気をつけてくださいね。お互い、無事な上で守りきりましょう」

「…ありがとう、小猫」

 

 大一も小猫を優しく抱き返す。彼女が信頼を受けて安心感を抱いていたのと同じように、彼も想像以上にその言葉に温かさを抱いた。自分の中でも彼女の存在が特別なものになっているのだと実感する。

 すると急に背中に重さと柔らかさを感じ、ほぼ同時に大一の耳元に誘うような黒歌の声が聞こえる。黒歌が彼を後ろから抱きしめたようだ。

 

「我が妹ながら、大胆になったものだわ。でもその意見には賛成にゃ。だーいち、私も甘えさせてほしいな。後でココアを淹れてちょうだいにゃ」

「お前な…まあ、ココアくらいなら別にいいけど」

「お?珍しくすんなり受け入れてくれたわね」

「断る理由がないだけだよ」

「ふーん…ま、そういうことにしてあげる」

 

 間もなく抱擁を終えると、大一は服の襟を直して最後に念推す。

 

「頼むよ、2人とも」

「わかりました」

「当然にゃ♪」

 

 頷いた後に大一がリアスと朱乃の方へ行くのを見ながら、黒歌は小猫に訊く。

 

「珍しく、私に文句を言わなかったわね?」

「姉様にも負けるつもりはないので。それに…いや、なんでもありません」

 

 一瞬、なにかを言いかけた小猫であったが、それを黒歌は追及せずに大一を見ていた。あの大きな背中のようにはなれないが、自分も彼女の姉として生きていくためにも気を引き締めるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「それじゃ、先に行ってきます」

「ええ、気をつけて」

 

 大一とリアスのやり取りは短くシンプルなものであった。眷属が変わっても培われた信頼関係は変わることなく、互いに余計な言葉を必要としていなかった。

 リアスの言葉に頷くと、大一は朱乃の方を向く。

 

「無事でいてくれよ。終わらせたら、そっちの援護に向かうから」

「大一の方こそ無理は禁物よ。まあ、小猫ちゃんや黒歌、ロスヴァイセさんからも励ましてもらったから、私の言葉なんて今更かしら」

 

 朱乃のS気のある表情に、大一はうろたえる。彼女は従姉の朱雀と話し込んでいたため、ロスヴァイセの件まで見られているとは思っていなかった。もっともそれを口にすること自体が言い訳がましくなるのだが。

 

「ご、ごめん…」

「もう、謝らないで。怒っていないから。でもやっぱり彼女である私が出遅れるのだけは不満だわ。謝罪代わりにキスのひとつでも欲しいところだけど」

「さすがにみんながいる前では無理だよ」

「そうね。じゃあ…」

 

 朱乃は彼の手を握るとゆっくりと持ち上げて、人差し指に口づけする。わずかに温かい舌の感覚まで感じ、それが互いに燃えるような情熱を抱かせたのであった。

 

「無事であるためのおまじない」

「…いつも貰いっぱなしだ。俺を緊張させるし、安心させてくれる。だから…」

 

 言葉を切る大一はお礼とばかりに、彼女を優しく抱き寄せるとその額に優しく口づけをする。自分らしくないきざな行動であることは理解していたが、それでも彼女の想いに応えるための勇気を振り絞った一手であった。

 その勇気は裏切られず、朱乃は顔を恥ずかしそうに真っ赤に染めながらも幸せを感じていた。

 

「あ、あらあら…大一にこんなことされるなんて…余裕なくなっちゃう…」

「嫌だったならごめん」

「い、嫌じゃないわ!むしろもうちょっと…」

「戻ってきたらということでどうだろう?」

「…約束ね」

 

 生きる覚悟をより強くいだいた大一は、仲間達に見送られて休憩室を出るのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 休憩室を出た大一であったが、そこで入ろうとしていたアザゼルに鉢合わせする。

 

「おっと、大一か。もう行くのか?」

「ええ、家族と少し話してから向かいます。なにも無ければ、すぐに戻って援護に向かいます」

「ああ、頼む」

 

 大一がサーゼクスとアザゼルから任された任務の内容は、ある場所の調査であった。どうも彼がトライヘキサを映像越しに見ていた際に、ひとつの魔法陣が頭部に描かれているのを確認した。アザゼルはその魔法陣をわずかながらに見覚えがあったのだ。それはアグレアスでサザージュが結界を発動した際のものと酷似していた。先ほどの北欧の戦闘で攻撃が防がれている様子は無かったため、邪龍に対してか、それとも聖杯に結界が張られている可能性は高い。

そしてアザゼルは攻撃を防がれた瞬間、魔力や魔術が混じるその結界に、不自然に感知しづらい魔力があるのを感じた。つまり例によって「異界の魔力」が絡んでいる可能性が示唆されていた。

 

「しかしよく気づきましたね」

「あらゆる魔力が入り混じっている中で、不自然に抜け落ちたような感覚があったんだよ。あの魔力は切り替えられれば潜入にも使えるが、他の魔力と混ぜるとさすがに気づけるな」

 

 淡々と答えるアザゼルであるが、彼ほどの実力と洞察力によって可能としたことなのは疑いの余地も無かった。

そしてこの奇妙な魔法陣と同様の感覚が、トライヘキサが姿を消してから各地を感知していた際に、一瞬ではあるが発見されていた。これから大一は一部のルシファー眷属と共に、今からその場所へと赴く予定であった。

 

「リゼヴィムを正面から裏切ったような奴らが、何もしないのは不自然だ。あの結界を発動しているのが、その地点周辺にある可能性は近いからな。一番いいのは展開前で、杞憂で終わることなんだけどな。もし聖杯のところに展開されていれば、ギャスパーたちが近づけねえ」

「ギャスパーとヴァレリーさんで聖杯に近づいて無力化するんでしたね」

「トライヘキサはロスヴァイセと開発した結界で動きを止めるし、正直かなり道が開かれた状態だったぜ。聖杯の情報も吸血鬼たちから提供されたしな」

 

 アザゼルの話では、彼のもとにエルメンヒルデが来て吸血鬼の方でマリウスが研究していた聖杯の情報が提供された。トライヘキサを封じる作戦の一つとして組み込まれたのも、かつては険悪であった彼女らとの関係の修復が大きく、文字通り世界で対応しているような状況であった。

 

「エルメンヒルデの奴ももうすぐ合流するよ。あいつ、イッセーに熱を上げていたぜ」

「そうなんですか!?はー…あいつはいつから、モテ男になったのやら…」

「はっはっはっ!よく言うぜ。あいつほどじゃなくても、お前だってかなりのもんだろ?朱乃達との熱いキスは済ませたか?」

「最後の最後まで、そういうところに突っ込むな…」

 

 頭を掻く大一に、けらけらと笑いながらアザゼルは通り過ぎようとする。その際に彼の肩に軽く手を置いた。

 

「俺らしいだろ?」

「まあ、否定はしませんけど」

「…悪かったな。お前には本当に迷惑をかけた。正直、俺のこと苦手だろ?」

「いまさら、否定もしません。でもあなたのことは信頼していますよ。今までお世話になりました」

「…お前からそういう言葉を聞けただけでも嬉しいよ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一が一誠の病室へと足を運んでいると人影が見えた。それは廊下の壁に背中を預けているヴァ―リであった。

 

「ちょっと一誠に会いに来たんだけど…」

「彼なら今は着替えているようだったよ。間もなく出てくるはずだ」

 

 淡々とした様子でヴァ―リは答える。相変わらず冷静な雰囲気であったが、以前と比べるとかなり柔らかくなったような印象も抱く。ぱっと見ではわからないほどだが、なんだかんだで彼の様々な面を見てきたゆえだろうか。

 

「正直、兵藤一誠に会えて多くのことを知れたと思う」

「俺にそれを言うってのも、昔を考えれば信じられないな」

「なんだかんだでキミにも期待しているのさ。その龍の力もだが、キミ自身にもね」

「それはどうも」

 

 ヴァ―リと大一が会話する中、病室の扉が開いて駒王学園の制服に着替えた一誠が出てきた。一瞬、驚いた表情を見せる弟に、大一は短く訊く。

 

「復帰早いな」

「まあな。いつまでも寝ているわけにもいかねえよ。止めるなよ?」

「お前はそれで止まらないだろ」

 

 大一の言葉に、一誠はニヤリと笑う。医者から絶対安静を言い渡されてはいるが、体調は悪くない。女性の胸に触れたり、深く考えようとすると激痛は走るものの、ドライグの話では神器の力は問題なく使える。そして仲間達から日本の危機であることを少し前に直接聞いていた。リアスやアーシアから安静を言い渡されていたが、長年過ごしてきた故郷と親友の危機、そしてテレビから流れていた冥界の子どもたちの期待は彼を奮い立たせていた。

 そして大一自身も、弟がこれで折れるなどとは微塵も思っていなかった。赤龍帝だからではない。彼は自分の弟なのだからという、もっとも長い付き合いゆえの信頼がそこにあった。

 一誠の様子に満足したように笑みを浮かべたヴァ―リも問う。

 

「行くんだろう?」

「ああ、当然だ」

 

 不敵に笑うヴァ―リであったが、ふと廊下の先に視線を走らせる。兵藤兄弟は彼の見ている先へと視線を送ると、一誠への差し入れと思われる漫画雑誌とフルーツの入ったバスケットを持つ両親の姿があった。驚きこそすれど悲しむ様子などは微塵も見せなかった。

 そんな彼らに一誠は言う。

 

「父さん、母さん、ちょっと用事があるから、行ってくるよ」

「…晩御飯までには帰ってこられるのよね?」

「…もちろんだよっ!」

 

 明らかに返答に困ったように間をおいて一誠は答える。下手すれば何日も戦うことになると思っているのだから、当然の反応とも言えるのだが。

 すると母は一誠と大一に古いお守りを渡す。

 

「これ、お守り。あんたたちが持っていきなさい。いつもこれらがあったから、母さん、悪いことから守ってもらっていたと思うの」

「ああ、うん。ありがとう」

「それじゃ、これも頼りにさせてもらう」

 

 そんな親子のやり取りの一方で、父はヴァ―リへと目を向ける。

 

「キミは…イッセーのお友達かね?よく家に遊びに来ていただろう?」

「…ほんの数度、顔を合わせただけなのに、覚えていたと…?」

「当然だろう。イッセーの友達なら、忘れるわけがないさ。うちの息子がお世話になっているんだからね」

「そうよ。私もあなたの銀色の髪、よく覚えているわ」

 

 兵藤両親の言葉に、ヴァ―リは柄にもなく自己紹介をする。わかりやすく慣れていない様子であった。

 

「俺はその、彼の…ライバルとでも言えばいいのだろうか…」

「ライバル…そうか!やはり、お友達なんだな!」

「こんなイケメンの男子が友達だなんて!木場くんといい、意外にカッコいい男子とお友達になれるのよね!」

 

 さすがというべきか、相変わらず柔軟に物事を受け入れてくる両親に大一は頭が下がるような想いであった。

 しかし彼らの様子にヴァ―リは否定するように首を横に振る。

 

「そんないいものではない。俺は彼を本気で倒そうと思った。そのために俺は彼を怒らせようとして───彼の両親を殺すことで、復讐者に仕立て上げようとさえ考えた。『キミの親を殺す』とまで告げた俺を、あなた方は子どもの友人と言えるのだろうか?」

 

 ヴァ―リは思いのたけを吐き出すかのように告げる。この告白にはさすがに全員が驚いた。大一も話を一誠から聞いていただけだが、まさかこれを話すとは思ってもいなかった。

ただ彼としても、それを言葉にするのは自分で心に打ち込んだ楔をさらに深く食い込ませているような印象であった。

 どこか苦悶を感じられる表情に、父は朗らかに言う。

 

「ケンカをしたってことかな。若い頃はよくわからないことで友達とケンカするってことがあるもんだ。そのために汚い言葉が出てしまうのは…あるのかもしれないな。でも、いまは仲直りしたんだろう?」

「いや、仲直りというか…あなた方は俺を許すと?」

「許すも何も、悪いことをしたと思ったから、わざわざ俺たちに話してくれたんだろう?なら、反省をしたってことだ。それでいいんじゃないかな?なあ、母さん?」

「ええ。イッセーや大一も怒っていないようだし、これからも仲良くしてあげてくれると助かるわ」

 

 兵藤両親の言葉を聞いて、ヴァ―リはすっかり呆気に取られていた。重く心にのしかかっていた感情を、彼らはあっさり許したのであった。

 するとおかしそうに声を上げて笑った。年相応の笑いであり、大一も一誠も見たことの無い彼の一面に驚いた。

 

「なんだかな…やっぱり俺はキミらが羨ましいよ」

 

 ようやくヴァ―リは自分の心にあった後悔のひとつを払拭できた。もっともその後に一誠が「リアスの胸を半分にする」と言われた方が、両親の件よりも怒ったことを話して、病室とは思えない騒ぎになりかかるのだが。

 

────────────────────────────────────────────

 

 彼らを落ち着かせてから、大一は両親と共に一誠とヴァ―リを見送る。その背中を見て、母はぽつりとつぶやく。

 

「あの子たち、大丈夫かしら…?」

「大丈夫…だと思いたいな」

「大丈夫だよ。2人とも強いし、背中を預けられる仲間がいるんだから」

 

 両親を安心させるような落ち着いた声で、大一は答える。大きなものを背負い、迷いを断ち切った二天龍の強さを、彼はよく理解していた。

 

「それじゃ、俺も行ってくる。一誠達とは別行動なんだ」

「リアスさん達とは一緒じゃないの?」

「まあ、そうだな。大丈夫だよ、俺がいなくても一誠ならやれるさ」

「あなたのことも心配しているのよ」

「まさかひとりで行くのか?」

 

 一誠には強い味方がいる、それは先ほど目の当たりにした。しかし別行動すると宣言した大一には、どうしても心配を感じてしまうのだ。いつも自分を後回しにして背負い込む彼の気象を知っているからこそ…。

 

「大丈夫だよ。あっちに行けば、俺にとって頼れる人たちがいる。それに───」

 

 大一は少し歩くと胸に手を当てて両親へと振り返る。

 

「俺がひとりだったことなんて1度もないよ」

 




書き終わって思ったんですけど、ちょっと死亡フラグ立てすぎな気がしました…。


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第199話 決戦の皮切り

やっと21巻分の対決の幕開けです。


 何度かの魔法陣による転移を繰り返して、大一は魔法陣と同じ感覚が感知された土地へと行きついた。森が生い茂る一帯の上空を、炎駒、ベオウルフと共に、本来の巨大な魚の姿へと変身したバハムートに乗って進んでいる。

 

「最後に大一殿と肩を並べられるのは嬉しいですな」

 

 周囲を見渡しながら炎駒は笑う。トライヘキサとの終わりが見えない戦いを控えているにもかかわらず、この男は雰囲気をまるで変わらなかった。落ち着いた丁寧さと、芯の強さは何度も大一が見てきた師の姿をありありと映している。

 

「俺も炎駒さんと一緒に行くことになるとは思わなかったですよ。ただ最初で最後になりそうなのが…」

「嘆くことではありません。今生の別れとは限らないのですし、平和と未来を繋ぐために我々は戦うのです」

「ま、炎駒の言うとおりすよ」

「それに…サーゼクス様と生きると決めたから」

 

 炎駒の言葉に、ベオウルフとバハムートも続く。いまさらではあるが、大一はよく自分がサーゼクスに認められたと思った。ルシファー眷属の実力はもちろん、覚悟ひとつとっても並みの悪魔とは一線を画している。現に彼らに恐怖などはまるで感じられず、強い悪魔としての落ち着きを見せていた。

 

(…いや違うだろう)

 

 怖さや不安はあって当然なのだ。たとえ彼らがルシファー眷属であっても、感情を持つ存在である以上、相応の感情は抱いているはずだ。

 しかしそれ以上に覚悟や忠誠心、責任の重さやそれを支える強さがあるのだ。ならば自分に出来ることはなにか。任された任務と、彼らの目的を果たすために全力でサポートをすることであった。

 

「最後まで俺が皆さんを支えます」

「そう言ってもらえるとは…私はいい弟子を持った。しかし大一殿、気負いすぎないようにしてくだされ」

「大丈夫だ、炎駒。彼は強い。ベオよりは心配じゃない」

「ちょっと、バハムート!?俺を引き合いに出す意味なくない!」

 

 ベオウルフの反論に、どこか緩慢な空気が流れる。ほんのわずかな穏やかな時間も、彼らにとっては貴重に感じた。

 間もなく落ち着いた炎駒は周囲に目を凝らしながら、不思議そうにつぶやく。

 

「それにしても空に邪龍の一匹も見えないのは妙ですな」

「警戒してないんすかね?怪しい場所も見当たらないし、まさか当てが外れたか」

「…いや、姿を隠しているだけですよ。バハムートさん、南東に進んでください」

「わかった」

 

 大一の言葉に従ってバハムートは進んでいく。数分ほど進んだところで、大一は上空から魔力の塊を前方に撃ちだした。

 すると突如、森のど真ん中に大きな屋敷が現れた。木造の屋敷は、立派な西洋風の造りにいくつも小屋が無理やりくっつけたような奇妙な形状のものであった。

 

「よく気づきましたな」

「妙な結界が張られているのが感じられたので。わざわざこんな隠し方をするくらいですから…」

「目的はここで間違いないすね」

 

 大一、炎駒、ベオウルフは同時に素早く地上へと降り立ち、屋敷へと近づいていく。一方でバハムートは上空で警戒を強め、何人たりとも逃そうとしない状況を作り上げていた。

 そして3人が屋敷へと入ろうとするが…

 

「む?」

「なんすか、これ?」

 

 炎駒とベオウルフの面くらったような声が、大一の耳に届く。屋敷からほんの数メートル離れた場所で、彼らは立ち止まっていた。

 大一は振り返ると、2人に呼びかける。

 

「どうかしましたか?」

「見えない壁があるように通れないのです。おそらく結界のせいでしょうが…」

「…これ力で壊せるものじゃないな」

 

 目を細めながらベオウルフは、見えない結界をノックするように軽くたたく。コンコンと音も鳴り、そこに結界があることに大一も気づいた。感知すると先ほど屋敷自体を隠していた結界とはまた別物であり、全体に覆われていた。大一のみ通すあたり、これも特異な結界であることは疑いようもない。

 

「大一くんだけ通れたということは、『異界の魔力』を持つ者だけ通すみたいな性質がありそうすね」

「そんなことできるんですか?」

「ありえない話じゃないすよ。その魔力は持たない者には感知されにくい反面、持っている者同士は引き合わせるような性質もあるのだから、その応用とかじゃないかな」

 

 ベオウルフの予想に、かつて聞いた零の言葉が思い出される。そしてこの結界に「異界の魔力」が関係しているのであれば…。

 するといきなり周囲に魔法陣が展開されて、邪龍が姿を現す。量産型ではあったが、見た目はグレンデルやラードゥンに近く、並みの量産型邪龍よりもはるかに強い。しかもその数は100を超えるものと思われた。

 

「待ち伏せ…いや近づかれた際のトラップすか?」

「どちらでもいい。向かってくるなら倒すまで」

「バハムートの言う通り。我ら、ルシファー眷属の実力、たかだか量産型邪龍にやられるほど甘くない」

 

 素早く戦闘態勢を取る3人に援護するように、大一も向かおうとするが、それを炎駒がよく通る声で制止する。

 

「大一殿、待ってくだされ。貴殿はこのまま屋敷を調べて欲しい」

「しかし炎駒さん…」

「貴殿にしかできない仕事を果たすべきでしょう。それとも我々の実力に不安があると?」

「…その聞き方はずるいですよ。気をつけてくださいね」

 

 師匠と先輩たちからの想いを胸に、大一は屋敷の中へと入っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 作戦の肝は聖杯を防ぐことであった。そこでロスヴァイセとアザゼルたちが作り上げた結界でトライヘキサの動きを封じ、ヴァルブルガから回収した聖十字架を使って、敵の聖杯の動きを止めるというものであった。聖杯の不安定さや、持ち主を選ぶ聖十字架を同調させるというのは心もとない事象であったが、吸血鬼側から提出された資料が役に立った。なんでもマリウスが聖杯の研究をしていた際に1度だけ危険な状況に陥ったが、ツェペシュ派の秘宝である聖なる釘の欠片を使って、事態を鎮静化させたことがあった。

 これに目をつけたアザゼルは、聖十字架を再調整し、ヴァレリーの聖杯と波長を同調させることに成功した。つまりヴァレリーによって、邪龍たちの聖杯の働きも止められる可能性が出てきた。

 そして聖杯を持つ個体が、日本海に現れたトライヘキサであることが分かると、彼らは作戦を決行した。

 日本海のある場所、そこでリアスは奇妙な高揚を感じていた。トライヘキサと邪龍軍団、その圧倒的な強さに苦心した。愛する男は決して万全な状態でないため、不安を感じる。それでも彼女は第二の故郷とも言える日本を守るために、仲間達と奮闘していた。自分の眷属たちはもちろん、「D×D」のメンバーであるデュリオやグリゼルダも奮戦していた。そして彼女が見たのは…

 

『やったぞおおおぉぉぉっ!』

 

 周りで大きな歓声が上がる。なんとロスヴァイセの魔法陣が効果を発動して、トライヘキサの動きを止めたのだ。この歓喜する状況に持ち込むにあたり、多くのメンバーが加勢してくれた。サイラオーグとその眷属といったライバルたち、ストラーダに初代孫悟空と当時の仲間達、五大龍王の玉龍のベテラン勢、曹操とクロウ・クルワッハといったかつての強敵まで加勢に来てくれた。その猛攻は邪龍軍団を蹴散らし、トライヘキサの攻撃をことごとく薙ぎ払っていく。彼らの加勢もあって、時間を稼ぐことに成功し、トライヘキサの動きを封じることに成功したのだ。そして今、聖杯を止めるためにギャスパーとヴァレリーが目標へと向かっていた。

 赤龍帝の鎧をまとったリアスはちらりと近くの小島へと向かっていく影に視線を向ける。それはトライヘキサの頭部から逃げるように離脱するアポプスと、それを追う鎧姿の一誠であった。

 一瞬、彼を追うことを考えた。しかしその想いはすぐに留まった。邪龍たちは二天龍との戦いを望んでいることを、アザゼルから聞いていた。だからこそヨーロッパ側に出現したアジ・ダハーカにはヴァ―リたちが向かっている。となれば、ここで下手に加勢に向かう方が、先に邪魔ものを排除しようとして動くであろう敵に対して、一誠の足を引っ張りかねないと思ったのだ。

 

(それに…彼は私よりもすごい)

 

 心の中で小さく呟く。一誠はアポプスに必ず勝つ、その想いは揺るぎない。同時に彼は自分よりも先の道へと進んでいくだろうと実感していた。悪魔になって1年未満にもかかわらず、その証明を彼は次々と示してきた。それゆえに、恋人としては同じ道を歩けても、悪魔としては別の道をたどり、更なる高みへと上っていくだろう。その想いもあって、必ず一誠が勝つと考えていた。

 

「私は私のやることを果たさなきゃ」

 

 自分を奮い起こすようにリアスは呟く。トライヘキサの動きを止めたとはいえ、周囲には大量の邪龍や偽赤龍帝軍団がいる。ギャスパーとヴァレリーの邪魔をしないためにも、これらを倒さなければいけなかった。

 滅びの魔力を手に込めると、向かってくる一匹に放つ。うめき声を上げるものの、大口を開けて向かってきた。量産型邪龍も一筋縄ではいかない。よくこれほどの相手と何度も戦ってきたものだと思うのと同時に、日本を、世界を守るために気合いを入れなおすのであった。

 邪龍の攻撃を避けるとわき腹に痛烈な蹴りを入れる。吹っ飛んでいく邪龍に追撃の魔力の塊を撃ち込んで、その身を滅ぼした。

 

「さて次は…」

『部長、下がってください!』

 

 いきなりの声に、リアスは反射的に後退した。間もなく彼女の滞空していた場所にものすごい速さでミサイルのようなものが通った。リアスはすぐに先ほどの存在へと目を向ける。それは水をジェット噴射のようにしており、見事な曲線を描きながら方向転換すると、再びリアスへと向かっていった。

 

「見つけたぞ!リアス・グレモリーッ!!!」

 

 向かってくるモックに対して、リアスはすぐに防御用の魔法陣を展開する。しかし敵が突っ込んでくることは無かった。横から現れた猫又モードの小猫の鋭い蹴りによって、吹っ飛んでいったのだ。

 

「大丈夫ですか?」

「助かったわ、小猫。さっきの声もあなたね」

「はい。大一先輩が例の魔力を持つ相手なら、不意打ちをしてくるだろうと考えていましたので、ずっと警戒していたんです」

 

 落ち着いて答えた小猫は拳を合わせると、モックが吹っ飛んでいった方向を睨む。

 

「先日は逃げられましたが、今日はさせません。私がやります」

「だったら、僕も行くよ」

 

 いつの間にか、小猫の横に祐斗が降り立った。その手にはグラムが握られている。

 

「僕も彼を逃がしたからね。勝ちたい気持ちは小猫ちゃんにも負けていない。それに主が狙われているのであれば、守るのが『騎士』の役目だ」

 

 祐斗と小猫がリアスを守るように構える中、海面近くで本来のサメの姿となっているモックは、先ほど小猫に蹴られたわき腹を抑えながら歯を食いしばらせていた。

 

「邪魔をしやがって、ガキどもが…!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 一方、トライヘキサ近くではデュリオを筆頭にゼノヴィア、イリナ、グリゼルダがひとりの相手に警戒を強めていた。そこにはひとりの男性が、魔法陣を足場に上空に立っていた。

 

「異界の魔力については、先輩から聞いている。だから不意を突いてくるものだと考えていたが、正面から挑んでくるとはな」

 

 ゼノヴィアは挑戦するようにデュランダルの切っ先を向ける。これに対してブルードはまるで怯む様子も無く、退屈そうにあごを掻いていた。

 

「キミらにとってはありがたいのではないかな?私がこの魔力を活用すれば、間違いなく数人は葬れたのだからな」

「バカにされたものだな。まあ、それほどの天使だってのはわかっているんだけどさ」

 

 ため息をつきながらデュリオは呟く。今の彼は禁手を発動させており、セラフと同様の12枚の翼を黄金に輝かせており、頭には4重の光輪をつけていた。

 圧倒的にも感じる聖なる姿に、ブルードは嘆息する。

 

「神滅具の中でも、最高峰のひとつである『煌天雷獄』の亜種禁手か。それを転生天使である貴殿が使うとは、なんとも世界の変化を感じるものだよ」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうわ!伝説の天使で、ミカエル様とも友人であったあなたが、テロリストや邪龍に加担するなんて!」

「イリナの言う通りだ。天使ハニエル、私たちであなたを倒す」

 

 強い戦意をみなぎらせ、ゼノヴィアたちはブルードを睨む。対して、彼は背中から天使の翼を展開させる。かつて一誠と相対した際に見せた時よりも多く、10の翼をはためかせて、ふわりと浮かび上がった。

 

「世界が変わるのは喜ばしいこと…そのはずだったのにな。それじゃあ、始めようか」

 

────────────────────────────────────────────

 

 日本海の戦いから少し時をさかのぼった頃、大一は屋敷の中を走っていた。この屋敷を一言で表すのであれば、奇妙であった。廊下に描かれている紋様は悪魔特融のものであったり、まったく関係ない術式だったりと様々だ。たまに視界に入る飾られた絵や装飾品は全体的に古びており、点でバラバラな印象を抱かせた。廊下の暗い雰囲気にもまるで合っていない。要するに屋敷全体に統一性がなく、ちぐはぐであった。

 しかしこの奇妙さをいちいち気にするような慣性を持ち合わせてはいなかった。今はこの屋敷に隠されていると思われる魔法陣の手がかりを探すことに全力を尽くすべきであった。

 そして大一は目指すべき部屋に気づいていた。わずかながら煙のようにつかみどころがなく、同時に磁石のように引き合う感覚…「異界の魔力」がある部屋から感じられたのだ。

 間もなく目的の部屋の前にたどり着く。質素ではあるが、自分よりも遥かに大きな扉であった。大一は警戒を怠らずに、扉を開ける。

 

「これはッ…!」

 

 彼の視界に映った部屋は、ひどく荒らされていた。体育館ほどもある広さでありながら、床や壁には大量の斬撃や焦げた跡、ソファは破れて綿が無残に床へと散らばっている。テーブルは真っ二つに割れたり、脚が吹っ飛んでおり、部屋の中央には落ちたと思われる巨大なシャンデリアが割れていた。

 あまりの惨状に、大一は困ったようにつぶやく。

 

「いったいなにがあったんだ…?」

「貴様も来たか」

 

 生気の感じられない声と共に、部屋の奥の陰から鎧武者の無角が姿を現した。

 




このあたり、援軍が怒涛に出るので、私の方も一気にオリ敵を出していきます。


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第200話 外道の存在

200話まで行きました。さすがに長くなりましたね。


 大一は周囲を警戒しつつ、無角を睨む。辺りは静まり返っており、自分の呼吸の音が奇妙に響いているように感じた。

 そんな中で全身にディオーグの生命力を行きわたらせて龍人状態へと変化し、右腕をシャドウで形成する。戦闘態勢を整えると、大一は無角に問う。

 

『サザージュや他の奴らはどこだ?』

「ここにはいない」

『…どういうことだ』

 

 正直なところ、ここで無角と出会うとは思っていなかった。屋敷の中で迷わずにこの部屋を目指したのは「異界の魔力」を感知したからだ。

 アザゼルの話では結界はその魔力に関係していると思われる。ならばそれを扱える相手がこの部屋にいると予想していた。先日の教会の戦士たちとの戦いで、彼にはその魔力が宿っていないのはわかっているため、ここにはサザージュ、ブルード、モックの誰かがいると考えていた。

 しかし現実は無角が目の前に立っていた。それどころか彼自身から「異界の魔力」をわずかに感じた。それも悪魔の魔力や天使の光の力などが複雑に絡まっている。おそらく彼自身が、アザゼルの危惧していた魔法陣を発動しているのだろう。

 そこまで気づいた大一の口から、ディオーグの重い声が漏れ出てくる。

 

『…あいつの魔力の繋がりを逆に探知すれば、例のデカぶつ近くに展開されているな。ボケっとした吸血女の時と似た感覚もある』

『となれば、やっぱり聖杯周辺に結界が張られているということか』

『要するに、こいつを倒せばアザゼルが話していた結界を解けるってことだろう?』

 

 シャドウの指摘通りであったが、大一はうかつに動けなかった。この部屋へと向かう理由となった魔力が、部屋のいたるところから感じられていた。目の前の無角から感じられる微量のものでは無く、サザージュやギガンからも感じたハッキリしたものだ。

 敵の誰かが潜んでいるのかと周囲を警戒するが、それに対して無角は納得したように頷く。

 

「考えてみれば、貴様が来るのは必然だったのだろうな。こいつが察知して来たくらいだからな」

 

 無角は、腕に持っていた何かを見る。それが視界に入った瞬間に、大一の背中に冷たいものが流れるのを感じた。金色の髪、印象的な美形…それが自分を助けてくれた命の恩人だと気づくのに、時間はかからなかった。

 

『アリッサ!?』

「貴様が来るよりも前に、この場所に感づいてな。その結果がこれだ」

 

 無角が掲げたものはアリッサの頭部であった。首のところで切断されて頭だけになっており、その眼は閉じられている。あまりにも酷い光景に、冷たい感覚と同時に強い怒りを抱いた。

 それを見越したように、無角は言葉を続ける。

 

「この女のために怒る価値など無いだろう。別に貴様の仲間でも無いのだから」

『彼女は命の恩人だ。それだけで理由になる』

「恩人…ああ、そういうことか。貴様が『異界の地』から帰ってこられたのは、この女の仕業か。大方、その際に魔法陣を仕込まれた…なるほど、貴様がその魔力を得た経緯もやっと見えてきたぞ」

 

 納得したように頷く無角に対して、大一は素早く接近して黒影で形成した錨を振り下ろす。速度は決し遅くなかったが、相手はひらりと身をひるがえして回避すると、大きくジャンプして距離を取った。

 

「まあ、そう急かすな」

『そうもいくか。お前を倒して、結界を解除しなければいけないんだよ』

 

 少なくとも気絶まで持っていけば、魔力の動きも止まる。そうすれば聖杯周辺の結界も解除し、ギャスパーやヴァレリーが接近してその効果を無効化できるはずなのだ。

 次の攻め手を考えていると、今度はまったく別の声が聞こえてきた。

 

「ゲホッ…!あー…やられたわ…!」

 

 頭だけとなったアリッサが咳き込みながら、ぼんやりと目を開く。てっきり無角によって殺されたものと思っていたため、彼女の目覚めは戦いのことが一瞬頭から飛ぶほどの衝撃を感じさせた。大一だけでなくディオーグも訝しい感情を抱き、シャドウに関しては頭の中で気分が悪そうに声を上げていた。

 一方で無角は特別驚いた様子も無く、彼女の頭を顔の高さまで持ち上げる。

 

「目が覚めたか」

「ちょっと、私の身体をどうしたの?」

「そこらへんに散らばっているだろう。お前とは、この男を倒してから決着をつけてやる」

 

 そう言うと無角はアリッサの頭を無造作に後ろに放り投げる。同時にどこからともなく、身の丈以上の長さのある大刀を取り出し構えた。

 

「そう、怒る価値などないのだ。そもそも首が落とされたところで、彼女は死なないのだから」

『ど、どういうことだ…?』

「言葉通りだ。ただの西洋人形が持ち主に大事にされて、魂が宿った存在…それがあいつだ。日本でいう『付喪神』みたいなものだな。奴は身体を砕かれても、バラバラに切り裂かれても、本当の意味で死にはしない」

 

 大一の脳裏に以前ディオーグが話していたことが想起される。アリッサから生命力を感知できなかったことが、彼女自身が通常の生物とは道理の外れた存在であることに強い説得力を持たせていた。

 

「そこから自分を改造し、持ち主を蘇らせようとし、あらゆる禁忌に足を突っ込んできた。医者であるのも人体を何度も調べてきたゆえの結果だし、戦闘で使う人形や骸骨も魂の研究の賜物だ。そして研究としていく過程で『異界の地』に流れ着いて、魔力も身につけたのだよ」

『…どうして、お前がそんなことを知っている?』

 

 アリッサの素性を説明する無角に、大一は問う。彼女のずば抜けた魔法や技術、それでいながら無名であったのも、彼女が特異な存在かつ例の地に居住を構えていたからだと察せられる。同時に、そんな彼女の素性を細かに知る無機質な鎧武者の存在には不気味さを感じた。アウロスでのアリッサとバーナのやり取りから、因縁があることは察せられるが、この鎧武者の正体まではわからなかった。

 

「簡単な話だ。俺もこの女に造られたからな」

 

────────────────────────────────────────────

 

 戦闘が始まってからまだ数分程度しか経っていないが、小猫は肩で息をしていた。スタミナには自信があったし、今は消耗の激しい白音モードを解除して、仙術による肉弾戦重視の猫又モードであったが、それでも消耗していた。

 

「さっさと死にやがれッ!」

 

 モックは縦に高速回転すると、海上を巨大な車輪のように突き進んでいく。鋭い背びれは海面を切り裂き、真っ向から防げば手痛いダメージを負うのは予想できた。

 小猫は海面に拳を振り下ろすと、仙術で水柱を上げて素早く後退する。せいぜい目くらまし程度であったが、無いよりはマシだろう。

 しかしモックは水柱をものともせずに突き進み、それどころか小猫の居場所がわかっているかのように狙いを定めてきた。

 

「マズい…!」

 

 小さく舌打ちする小猫は出来るだけダメージを減らそうと、覚悟を決めて攻撃を防ごうとする。

 しかしその前に複数の龍騎士が彼女の前に壁を作るように現れた。ほぼ同時に横から祐斗が彼女を抱えると、すぐにモックの攻撃の軌道から離脱する。間もなく龍騎士たちが背ビレによってズタズタに切り裂かれていく様子を、2人は油断なく見ていた。

 

「無理をしちゃダメだよ、小猫ちゃん」

「助かりました、祐斗先輩」

 

 祐斗の言葉に小猫は力なく微笑む。「戦車」である彼女のタフさは皆が知るところであったが、そんな彼女を消耗させるほど相手の攻撃は苛烈であった。場所が海に近いため利用した水の攻撃もしてくるが、それを抜きにしてもアグレアスで対峙した時は本気でなかったことが予想される。

 回転を止めたモックはぎろりと視線を向ける。獰猛なサメのごとく、その眼は血走っており、口から覗かせる牙に血がついていないのが不自然なくらいに思えた。

 

「さっさと消えてくれよ…僕は姉さんを殺したリアス・グレモリーを殺すんだから…」

「そう言われて、通すわけが無いだろう」

「リアス部長は、私たちが守ります」

「癪にさわる…いやお前らが死ねば、リアス・グレモリーは絶望するのか?そう思えば、ここで始末して彼女に絶望を感じさせるのもひとつか…」

 

 呟いたモックの雰囲気は危険極まりなかった。どこか上の空にも感じ、それでいてドス黒い様子に、祐斗はかつての自分を思い出してしまった。

 

「…そうだ、そうしよう。眷属を殺し、僕と同じ絶望を味わわせて、その後に切り裂いてやる。復讐としては上々だ…」

「…そんなことをして、キミに何の得がある?」

「姉さんの想いを…僕が果たせる…!」

「…部長から聞いた。バーナ・ロッシュは自分という存在を世間に認めさせたかって。たしかにキミが今言ったことができれば、その想いは果たせるだろう。しかしそれはキミを縛るだけだ」

 

 敵であるはずの彼にここまで奇妙な思いを抱くとは、祐斗自身が一番驚いていた。しかし次にモックと対峙した時のために、リアスからバーナの事情を聴いた際に、彼女の会話やその境遇を知った。立場こそ違えど、利用されていた過去は、祐斗にとっては他人事とは思えない。

 だからこそ、このまま復讐に走るのがどういう結末をたどるのかを理解していた。相手がたとえテロリストでも、その件に触れないことは出来なかった。もしも救えるのであれば…。

 

「…木場祐斗だったな。お前が何者なのかは、こちらも調べがついている。だからお前の同情が上辺だけのものでないのも理解できる。だがな、それとこれとは別なんだよ。僕はあの人に認められればそれでよかった…」

 

 モックが両腕を海へと突っ込むと、周辺がうねりだし巨大な水流の柱がいくつも出現する。

 

「同情は勝手だ。しかしそれで手を緩めることなどしない。僕はリアス・グレモリーに復讐を果たす」

 

────────────────────────────────────────────

 デュリオの禁手はいくつものシャボン玉を生みだし、その中であらゆる苛烈な自然現象を発生させるものであった。その気になれば、天候を自在に操れるといわれる「煌天雷獄」の禁手、その破壊力はトップクラスの神滅具として十分な説得力を持っていた。

 しかし向かっていくシャボン玉はブルードを捉えられず、周囲の邪龍たちに命中していく。デュリオとしても彼を狙っていないわけじゃないのだが、いつもと勝手が違うようなずれた感覚を抱いており、それが狙いを定められない要因であった。

 

「…さすがだな、自分の動きにズレがあることに気づいている。天界で将来を期待された逸材であるがゆえか」

「いやいや、俺も禁手を発動させているのに、ここまで余裕ぶった態度をされるのも初めての経験だよ。さすがは大物天使様だ」

 

 デュリオは余裕なさそうに答える。不敵に笑みこそ浮かべているが、実際のところは額に汗が浮かぶほどコントロールに苦慮していた。相手が認識をずらす能力を持っていることは聞いている。無意識のうちに狙いがずれ、敵の動きを誤認するような状態は戦闘においてかなり厳しく感じた。

 とはいえ、この戦いは一騎打ちではない。彼以外にもブルードと戦っている味方はいるのだ。

 ゼノヴィアとイリナがそれぞれの得物で、ブルードに斬りかかろうと迫る。さらにいつの間にか彼の後ろに回っていたグリゼルダが光の槍を撃ち出した。

 

「たまにいるんだよ。神器や血縁などに基づかない、特別な能力を持つ者が。リゼヴィムの『神器無効化』はその最たる例だろう。私の能力もその類であった。しかし───」

 

 ゼノヴィアとイリナの斬撃、グリゼルダの槍がブルードに命中したかに思えた。しかし攻撃を入れた本人たちは手ごたえを感じず、空を切ったような感覚であった。間もなくブルードの幻影は流れるように動き、デュリオの近くに本体が現れた。

 そして手元に光の槍を生みだすと、デュリオに振り下ろす。両腕を交差させて防ぐものの、彼は一気に下方へと叩き落された。

 

「その能力があったから特別ではないのだ。それは一要因にすぎず、研鑽してきた実力があったからこそ、私は天界でも信頼されてきた」

「それほどの自負があるのであれば、どうしてこんなことができるのですか」

 

 非難するようにグリゼルダは問う。危険な思想を持った悪魔や邪龍に手を貸し、文字通りのテロ行為を各地で行う。テオドロやストラーダなど前に進もうとする者もいる中で、ミカエルが同志と信じていたほどの天使が悪辣を尽くしている現実には、非難のひとつでも投げかけたくなるのは当然だろう。

 

「私なりの正義ゆえだよ」

「これのどこに正義があるというのですか。邪龍と共に暴れ、多くの命を奪う。それで納得できると本気で思っているのですか」

「シスターの言う通りよ。少なくとも、今のあなたに天使の資格があるとは思えないわ」

 

 グリゼルダと共に訴えるイリナに、ブルードは顔を片手で覆いながら嘆息する。

 

「悪魔とつるむ転生天使がよく言えたものだ。キミらだって私と同じだろうに」

 

 顔を上げたブルードの瞳は鋭くゼノヴィアたちを捉えていた。先ほどのどこか余裕の感じる要素は廃されており、怒りと失望、嘆きが入り混じった眼からはわずかに涙がこぼれ落ちていた。

 

「…戦争の無用性を、悪魔や堕天使との共存の道を、この私が考えてこなかったと思うのか?赤龍帝と白龍皇の戦いや三大勢力同士の戦争で部下を失い、信徒たちを守れなかったこの私が。必死に平和の道を模索したが、それでもダメだった。そしてようやく結成された3大勢力の同盟も、一部の者しか恩恵を感じていない」

 

 ブルードがパチンと指を鳴らすと、複数の魔法陣が展開される。そこから鎖が蛇のように動き、ゼノヴィアたちを狙っていく。

 彼女たちが武器で攻撃を必死に防いでいる様子を見ながらも、ブルードは言葉を続けた。

 

「天使の資格だと?私には主への想いがあるのだから、そんなものは必要ない。あえて示すのであればこの翼だ。あの戦争で私が姿を消しても、『禍の団』や邪龍に力を貸しても、主への想いだけは変わらなかった。だからこそ堕天もしないで、ここに存在しているのだ。私は失われてきた命と無念を抱いて復讐を果たす。貴様らにとっては悪でも、それを完遂することが私の正義なのだ」

 




そろいもそろってオリ敵はこじらせている面がありますね。


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第201話 己の矜持

一気にやっていきます。


 突然の爆発、燃え盛る研究所、黒煙が立ちこもる室内を脱出した少年の眼に映ったのは、すでに命尽きた他の魔物や実験対象であった。

 しかし彼にとってはどうでもよいことであった。同じ種族の魔物も全員死んだが、この研究所で実験対象になっている以上、他の存在に気をつける余裕など無かった。いや、そもそも自分の命すら軽いのだ。悪魔という1万年も生きる種族に捕まった時から、生きることを諦めていた。

 そんな彼の前に、燃えるようなオレンジ色の髪をした女性がやってくる。

 

「へえ、生きていたのか」

「…あんたも?」

「というか、あたしが爆発した結果がこれだからな。ま、おかげで陰鬱なこの状況から抜け出せたわけだ」

 

 あっけらかんと答える女性に、微塵も罪悪感は見られなかった。彼女も少年同様に他の相手には興味も無いのだろう。もっとも彼女には生き生きとした活力が全身から溢れているように感じ、気力の無い少年とはまるで雰囲気が違ったのだが。

 

「あたしの炎とマグマで生きていたのはお前だけだよ。強いじゃねえか」

「別に…たまたま生き残っただけだし…」

「そうだ、あたしと来いよ。どうせ行くところ無いんだろ?」

「僕は…」

 

 彼女の言う通りだ。長年の実権を受けてきて、すっかり憔悴している。同じ種族の仲間はすでに死んでいる。もともと住んでいた場所に帰っても、誰も待っていない。ましてや今は3大勢力戦争をしているのだから、故郷すらあるのか分からなかった。少年には帰る場所は無かった。

 そんな少年の事情を、女性は知る由も無かったが、すでに決定事項のようにグイグイと話を進めていく。

 

「あたしはバーナ・ロッシュ。お前は?」

「…モック」

「よーし、モック!お前は強い!今日からあたしの弟として、一緒に世界へ名を轟かせるぞ!」

 

 地獄から解放してくれたから、生きる術が無かったから、彼女の強さに惹かれたから、理由などいくらでも後から思いついた。

 しかし当時、モックがバーナを信頼したのは直感的なものであった。そして彼はこの日から選択を後悔したことは1度たりとも無かった。

 ただそれだけの記憶が、今のモックの脳裏にハッキリと想起されていた。

 

「僕には姉さんしかいなかった…姉さんにだけ認められればよかった…!」

 

 モックが雄叫びを上げると、水流が一斉に動き出す。まるで大蛇のように祐斗と小猫をめがけて、あらゆる方向から向かってくる。

 

『だったら、これで!』

 

 白音モードへと変化した小猫が火車を複数発生させると、それらで盾のようにして水流を防ぐ。邪気を打ち消す彼女の力は、モックの魔力を帯びた水流を完全に防ぎ切っていた。とはいえ、水流の勢いも相当な強さだ。必然的に足止めはされてしまう。そこに水流で勢いをつけたモックがミサイルのように向かってきた。相手の突進は、彼女の腹部に深々と突き刺さり、後方へ一気に吹き飛ばした。

 

「小猫ちゃん!」

「次はお前だ!」

 

 モックは腕の鋭いヒレを、何度も振っていく。首、腕、脚、その鋭さは人体を斬るには充分な威力であった。これに対して、祐斗は複数の剣を取り出して防いでいく。しかし神器で創り出した剣はあっさりと折られていく。

 

「その程度の剣で僕の攻撃は防げない!」

「…そのようだね」

 

 祐斗は余裕のない表情で答える。創り出して防いでは折られることの繰り返し、このままでは消耗するだけでじわじわと追い詰められるだけだ。

 グラムを含めた他の剣に持ち帰ることも考えたが、モックの攻撃の激しさを踏まえると、持ち帰る隙で致命傷を受けかねない。加えて振りの速度で押し負ける可能性も高かった。

 

「…となれば、これでどうだ!」

 

 祐斗は一気に力を出して、大量の魔剣を壁のようにモックとの間に展開する。これに対して、モックは苛立ちながら両腕を大きく振りかぶって交差させるように切り裂いた。あっさり砕け散る魔剣の壁であったが、目くらましと大振りによるわずかな時間ができれば充分であった。

 グラムを手にした祐斗は、モックに対して振り下ろす。最高峰の龍殺しの一太刀は、肩から腰にかけて大きな傷を作った。鮮血が噴き出したところに、更なる追撃としてグラムを握り直し、横から薙ぎ払おうとした。

 

「甘い!」

「くっ!?」

 

 モックは怯まずに片腕で、グラムによる一太刀を受け止めた。腕のヒレは半分以上斬られるも、すさまじい筋力によって祐斗は振りぬくことが出来なかった。そのまま相手はもう片方の手で祐斗の首を掴むと、持ち上げて強引に海面へと叩きつけた。

 

「これで終わりだ、木場祐斗!」

 

 荒々しく宣言するモックは、祐斗の首を掴んだまま海へと潜り込む。喉を抑えられた状態で水中を高速で動き回っていくため、彼特有の神速は封じられ、まともに呼吸はできず、体全身がきしむような感覚を抱く。このまま一直線に深海に潜られれば、いくら悪魔でも命は無いだろう。

 まともに抵抗できない。腕にも力が入らない。じょじょに意識が薄れていく。そんな中で祐斗の視界に映ったのは、血に飢えたような猟奇性と純粋なほどの悲哀という相反するような矛盾を抱えたサメの魔物の顔であった。

 間もなく水の中で赤い液体が発生する。ほぼ同時に腕の力が弱くなり、おかげで祐斗は振り払って、なんとか海中から脱出した。

 苦しそうにせき込みながら、祐斗は息を整える。彼の隣には小猫が立っていた。

 

『大丈夫ですか、祐斗先輩?』

「あ、ああ…小猫ちゃんが助けてくれたの?」

『仙術で海中の動きを察知して、火車で相手を攻撃しました』

 

 目を細める小猫の先には、息を切らしたモックの姿があった。グラムを防いだ左腕のヒレは半分近く割れており、右腕に関しては火車によって切断されていた。グラムで受けた身体の傷からは、いまだに血が流れている。よく見ると鼻先も燃えたような跡が残っている。

 

『この状態の私に触れたのに、浄化されませんでした。魔力か何かで覆ってダメージを抑えたのでしょう』

「鼻先の傷はそれか…いずれにせよ、一気に決めよう」

『…祐斗先輩は休んでいてください。この人とは私が決着をつけます』

 

 小猫の声は驚くほど落ち着いていた。白音モードの状態で腹部を抑えてはいるものの、ダメージを感じさせなかった。しかしそれは戦いへの勝利を疑っていない強さではなく、もっと深い静けさのような雰囲気が感じられた。

 

『もう無理でしょう』

「そんなことは分かっている…!それでも僕は…!」

 

 モックは言葉を続けようとするが、咳き込んで吐血してしまい中断された。誰がどう見ても満身創痍な敵の様子に、小猫は無念そうに唇を噛むと、少し想いを落ち着かせるように息を吐いた。

 

『…終わらせましょう、モック・ロッシュ。これ以上はあなたを苦しませたくない』

「木場祐斗に続き、お前も同情か?」

『そう思ってもらってかまいません。私だって似たようなものでした。それを救ってくれたのが…リアス・グレモリー様だから』

「…つまり殺させたくないわけだ。しかしそれで手を緩める僕じゃない!」

 

 モックは残った左腕を海面へと勢いよく突っ込む。そして大きく持ち上げると同時に、前方に彼女の数倍の大きさはある波が展開された。

 

「これで終わりだッ!」

 

 向かってくる大波の規模は相当なもので、邪龍10匹以上は簡単に呑み込めそうなほどであった。いくら海の上とはいえ、死にかけの魔物にまだこれだけの力が残されていることに、祐斗は驚きを覚える。

 だがそれ以上に驚いたのは、小猫がまるで怯みもしておらずに、ただ瞑目していたことであった。轟音とともに大波が徐々に近づいて来る。小猫がそれに気づいていないはずがないのに、まるで動く気配が見えなかった。

 このままではマズいと思った祐斗が援護するために剣を握り直した瞬間、彼女は小さくつぶやく。

 

『…そこです』

 

 ひとつの火車が猛烈な勢いで回転しながら、大波に向かっていく。そして小さくむなしい音をたてて、波の中に消えていった。

 まるで効果が無いように思えた一撃であったが、間もなく大波が溶けるように崩れていった。大量の水しぶきを巻きあげながら、小猫に当たる前に海面へと消えていく中、彼女は目を細めてその先を見る。

 そこには正面から彼女の火車を受け、胸部に穴が開いたモックの姿があった。

 

「あっ…がはっ…!くそ…いつの間に…!」

『…あなたなら避けられたはずです。先日のように淡々と戦えば、少なくともそこまで手傷を追わなかったはずなんです。しかし今日はずっと攻めることだけに集中していました。余裕なく、ただ感情のままに』

「だから負けたってのか…!」

『…自覚はあったでしょう。あなたは強いんですから』

「さあ、どうだか…」

 

 モックの姿は小さくなっていき、血だらけの少年へと変化する。もはやその眼には諦めが映っていた。

 

「結局、僕は姉さんの無念も果たせなかったわけだ…」

『…あなたが羨ましいです。私は実の姉と微妙な関係ですから』

「…だが姉以外に支えてくれる人がいるんだろ。僕には姉さんだけだった」

『ええ、それはとても幸せで…だからこそ姉さまのことも…』

「じゃあ、勝手にすればいい。他の奴にも頼ればいい。お前には仲間がいるんだから…」

 

 小猫とモックの会話は傍から見ればあまりにも奇妙であった。ほんの数秒前まで敵対して殺し合っていたのに、会話の内容も含めて2人の空気は穏やかで、まるで友人同士で話しているように感じた。祐斗はその様子にハッとした。小猫が最後に自分が決着をつけると言い切ったのは、彼女自身がこのサメの魔物に思うことがあったのだと…。

 それはモック自身も気づいたようで、力なく自嘲的に笑みを浮かべた。

 

「…なんで、最後にこんなわからない話を穏やかにできたんだか…いや…そうか…理解されて同情って…こういうことか…」

 

 少年は前のめりに倒れつつ、そのまま海へと沈んでいった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ブルードの腕がオーケストラを指揮するように、空中で何度も振るわれる。それに呼応するかのように魔法陣からは様々な属性の魔法が放たれ、鎖は蛇のように捕えようと動き、光の槍は縦横無尽に動き回る。

 ゼノヴィア、イリナ、グリゼルダはそれぞれ背中を味方に預けた状態で、必死に攻撃を防いでいった。

 

「これは強力だ…!」

「四大天使では無いけど、ミカエル様と肩を並べたその実力は本物ね!」

「これでもデュリオに能力を使っているから、まだマシであるとは…」

 

 下方ではデュリオが複数の邪龍を相手に戦っていた。彼の実力と神器があれば、早々に薙ぎ払えるはずだが、ブルードの能力で狙いはズレて、湧いて出てくる量産型邪龍に手を焼いていた。

 

「そんなものか。私を否定する新世代は、この程度の実力…それで悪魔と手を組むのだから、嘆かわしい限りだ」

「悪魔にだって…いい人はいるもん!」

 

 イリナが大声を出して、オートクレールによる斬撃を飛ばす。名高い聖剣の鋭い斬撃の威力は目を見張るものであったが、ブルードはそれを片手に持った光の槍で防いだ。

 

「言っただろう、私も悪魔や堕天使との共存の道は模索した。そもそも種族的な差別意識があれば、クリフォトと手を組むものか。それに…いや、これを話したところで意味は無いな。とにかくいい悪魔とか悪い天使とか、そんなことはどうでもいい。私はただ無念を晴らすだけのこと」

「なんて自分勝手な…!かつて自分が望んだことがようやく実現されようとしているのに…!」

「シスターよ、自覚している。私のやっていることは、言わば今の時代が気に食わないから暴れているにすぎないのだから。しかしそれでいい。貴様ら新世代という都合よく満たされ、力を持つだけの者達への復讐は私が果たす。それがかつての部下や信徒への無念としての手向けだ」

 

 本気だ、目の前の大天使の迷いなき言葉に、グリゼルダは直感的に感じた。詭弁などを並べ立てているわけではない。本気でこの男は復讐を果たすべきだと考えているのだ。己の正義に絶対的な自信を持つ様子は、テロリストと協力してもなお堕天せずに、純白の翼を持ち続けていることに説得力を感じさせた。

 これほど強い覚悟を抱く相手に勝てるのだろうか、そんな考えがグリゼルダの脳裏によぎった瞬間、ゼノヴィアが飛び出した。

 

「そうか…たしかに強い思いだ…しかし!」

 

 ゼノヴィアは攻撃を掻い潜り、ブルードへと接近して剣を振り下ろす。相手は身をひるがえして避けるものの、彼女は連続で剣を振っていく。

 

「だったら、私だって思いの強さでは負けない。世界を破壊しようとするあなたを許すわけにはいかないんだ」

「そのボディスーツに、聖剣デュランダルとエクスカリバー…教会の戦士から悪魔へと移行した女がデカい口を叩く」

「自覚している。私もあなた同様に身勝手な形で、悪魔へとなったのだからな」

 

 不敵に笑うゼノヴィアの猛攻に、ブルードは光の槍を展開して真正面から彼女の剣を受け止める。憎しみが映る笑顔は、お世辞にも天使とは言えない雰囲気を見せていた。

 

「まさかこれほどの侮辱を受けるとは思わなかったよ」

「敵であるからこそだ。それにあなたの想いを否定するつもりも無い。私はただ…私の正義のために戦う!」

 

 ゼノヴィアの2刀流の剣撃がさらに激しくなっていく。彼女の純粋な心に呼応するかのように聖剣の刃は輝き、ブルードも押されていく。一心不乱に攻めたてる彼女に、相手も眉間にしわを寄せる。

 

「私に対して、聖剣が牙を向くか…!偽善的な悪魔が…!しかしひとりだけでは───」

「私もいるわ!」

 

 この近接の戦いにイリナも介入していく。ゼノヴィアの連撃に加えて、その隙を埋めるように的確に攻めていくイリナのコンビネーションは目を見張るものであり、あれほど優位を取っていたブルードは押されていく。

 

「今度は転生天使か…立場を違くしても、それほど彼女との仲が大切か」

「当然よ!ゼノヴィアは親友で、同じ人を好きになった…私にとってはイッセーくんと同じくらい大切な人よ!」

「赤龍帝への愛だと…!?いよいよ堕ちたものだ!」

「あなただって愛があるからこそ、戦っているんでしょう!」

 

 イリナの強い主張に、ブルードは舌打ちをして光の槍を巨大化させて彼女らの斬撃によるコンビネーションを弾く。その一瞬の隙を見計らって、大きく後退して距離を取ろうとした。しかし…

 

「油断したな!」

「ぐっ…!」

 

 後退していくブルードは背後に現れたシャボン玉に囚われる。彼女たちのコンビネーションに気を逸らしたため、わずか認識のずれを取り戻したデュリオのシャボン玉が彼を飲み込んだ。中では強烈な嵐が、業火の渦が、痛烈な寒冷が相手の体力を一気に奪っていった。

 

「私が…神の生みだした神器に…負けるものかッ!」

 

 大きく腕を回すと、ブルード自身よりも遥かに巨大な魔法陣が展開される。それを中心に周囲の時空が割れたガラスのように変化していき、間もなく天罰として発せられていた景色ごとシャボン玉がバラバラに割れていく。この日、デュリオはトライヘキサに続いて2度目となる禁手を打ち破られた。

 しかし彼の攻撃は、大天使の体力すらも大きく削り出し、息を切らせていた。これを見逃す彼女たちではない。グリゼルダは出来る限り、大量の光の槍を生みだすと一斉に撃ちだしていく。とはいえ、狙いはブルード自身ではない。彼を倒すためには、火力が足りないことなど充分に承知していた。だからこそ狙うは彼を逃がさないように、その周辺一帯であった。

 敵である天使を打ち倒す役目は、義妹となった転生悪魔と彼女の親友である転生天使と確信していた。

 

「行きなさい、2人とも!」

「おおッ!」

「はいッ!」

 

 力強い言葉で頷いたゼノヴィアとイリナは、再び距離を詰めていく。ブルードはこれに対して防御魔法陣を展開させた。

 

「未熟者どもが…!」

「あなたにとってはそうだろう。しかしその魔法陣を断ち切れないほど、我々の聖剣の扱いも甘くない!」

「行こう、ゼノヴィア!」

 

 デュランダルとエクスカリバーを交差させて撃ちだす斬撃…ゼノヴィアの必殺技であるクロス・クライシスと、それに合わせるようにオートクレールの光の波動が魔法陣を破りながらブルードを飲み込んでいった。

 

「この破壊力、浄化の力…たしかに本物だ。もっとも力を使いこなしたところで、貴様らを認めないし、憎しみを忘れはしない」

「別に構わない。私たちは私たちの未来を生きていくだけだ」

「…なんと後悔だらけ…私の選択は間違って…ミカエルやアザゼルが正しかったというのか…?」

 

 光に満ちた破壊力は、それを味方としていた大天使の身体を消していった。

 




片や似た相手と出会ってわずかにもわかり合い、片や最後まで復讐心を忘れずに消えていきました…。


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第202話 恨み骨髄

一方でオリ主側ですが…。


 息を切らしながらゼノヴィアとイリナは後退する。ブルードとの接近戦の最中でも、彼女らはじわじわと手傷を受けており、特に転生悪魔となっていたゼノヴィアの方は消耗しており、腹部にも痛烈な切り傷があった。それでも退かなかったのは、彼女らの強い信念があったからだろう。彼女らほど手傷を受けていなかったグリゼルダとデュリオの援護を受けて、後方にいたアーシアの元へと向かった。

 

「お二人とも、大丈夫ですか!?」

「私はなんとかね。それよりもゼノヴィアの方が酷いわ」

「いや、相手のわりには軽傷だ。この程度で済んだことに驚いている…」

「すぐに回復します!」

 

 ぐっと拳を握ってアーシアは回復に専念する。今の彼女は金色に輝く鎧を身にまとっていた。リゼヴィムとの戦いの際に発揮した彼女の亜種禁手「聖龍姫が抱く慈愛の園(トワイライト・セイント・アフェクション)」は広範囲に回復のオーラをばらまいていた。それでも近い方が回復の効果は高く、あっという間にゼノヴィアの傷は塞がった。

 その様子に安堵したゼノヴィアとイリナに、祐斗が話しかける。

 

「2人もだいぶ消耗していたようだね」

「おいおい、人に言える状態か?」

 

 ゼノヴィアの言葉に、大したことなさそうに祐斗は肩をすくめるが、説得力は感じられなかった。首には絞められたような痣があり、顔色もよくない。邪龍とは別のなにかを相手にしたのは明らかであった。

 

「勝負はついたから大丈夫だよ。決着をつけたのは、小猫ちゃんだけど」

「…大一先輩に頼まれて『異界の魔力』の相手を感知して戦いました。サメの魔物です」

「炎の精霊の弟か。私たちもさっき大天使ハニエルを倒した」

「大きな戦力を2つ落としたってことになるわね!」

 

 イリナの指摘に、その場にいる5人は頷く。モックとブルード、いずれも手を焼く強敵ではあったが、見事に打倒した。残るクリフォトの特殊チームの中で、邪龍に組み伏しているのはサザージュと無角の2人。警戒を強めるが、相手を追い詰めているのを強く実感していた。

 

「感知は続けますので、遠慮なくいってください」

「心強いな。さて、傷も癒えてきたところだ」

「私ももっと頑張らないとね!」

「ここが踏ん張りどころ…行こう」

 

 小猫、ゼノヴィア、イリナ、祐斗が一斉に動き出す。彼らは再びリアス達とともに邪龍との戦いに向かっていった。

 アーシアは回復に専念しながらも、仲間達の無事を強く願った。向かっていった彼女たちはもちろん、今も戦い続けるリアス達、聖杯の活動を止めようとするギャスパーとヴァレリー、アポプスとの一騎打ちに挑む一誠、そしてここにいない彼の兄…生き残って皆で日本を守りたいのだ。

 

────────────────────────────────────────────

 

 日本海で小猫たちが勝利する2時間ほど前、ある屋敷では武器がぶつかり合う鈍い音が何度も響いていた。

 龍人状態になった大一は押し込むかのように錨の連撃と肉弾戦をしかけ、それに対して無角は身の丈以上の大刀でいなしながら攻めたてていく。お互いに退く様子は微塵も無く、純粋な勝利のために攻撃を叩きこんでいく。

 間もなく無角の顔面に錨が、大一の左腕の付け根に大刀がそれぞれ命中し、互いに吹き飛ばされた。後方へと吹き飛んだ2人は壁へと激突し、瓦礫に埋もれていく。

 

『いてえ…!』

 

 小さくつぶやきながら、大一は瓦礫の中から立ち上がる。身体には細かな裂傷があり、肩で息をしていた。スタミナ自慢の彼でも、常に気を張った状態で戦い続けるには、かなり手ごわい相手であった。ずば抜けた剣術、硬化した身体に傷をつける刀、まったく消耗していない姿…無機質な鎧武者にこれほど危険な雰囲気を感じるのも妙な気分であった。

 反対側では無角も瓦礫をどかして立ち上がる。右目付近の鎧が砕かれており、そこから黒い煙が漏れ出ていた。

 

「割られたな。まあ、この程度は大したこともない」

『アリッサとも戦っているはずなのにまるで疲れていない。生命力をほとんど感じないことを踏まえると、お前が造られた存在というのは納得だな』

「いかにも。俺がリゼヴィムの護衛を任されたのもそれが理由だ。飲まず食わず、眠らなくても問題ない。俺の戦いに消耗という言葉は無いのだ」

『恐ろしい奴を相手にしたものだ…』

 

 ため息をつきながら、大一は錨を握り直す。どれだけ体力があっても、全力を出すことを意識しても、疲労や手傷を負えばどんな生物でも動きが鈍る。相手にはそのような要素がなく、長期戦は不利であった。

 ただ本音を言えば、それすらも懐疑的であった。いくら戦闘用の人形として造られた存在でも、動くためには魔力などが必要になる。疲れこそ知らないかもしれないが、魔力まで減らないというのは考えづらい。

 大一は背中から黒影による4本の腕を発生させ、弾丸のように撃ち出した。向かってくる拳に対して、無角は姿勢を低くすると居合のような構えを取る。

 

「お前では俺には勝てない。お前の全てが通用しないのだ」

 

 鋭い動きで無角は腕の隙間をぬうように接近してくる。もっとも攻撃を回避されるのは、大一としても想定の範囲内であった。だからこそ敵が回避してくるルートを予測した上で、最大まで魔力を纏わせ、体重も増やして迎え撃つために錨を構えていた。

 しかしそれすらも動きを読んでいたように、無角は流れるように錨の一撃を避けた。そのまますれ違いざまに抜刀し、大一の左腕から右腰にかけて斜めに切り裂いた。

 

『ぐおっ…な、なんだこれ…!?』

 

 身体を斬られたこと自体には、そこまで驚かない。先ほどのぶつかり合いで、鞘に納めた状態でも硬化した身体にダメージを与えていたのだから。しかし斬られた痕が焼けるように痛み続け、傷には黒い煙がへばりついていた。

 苦しみのあまり片膝をつく彼に、シャドウが声を上げる。

 

『お、おい!?大一、大丈夫か!?』

『妙な…感覚だ…』

 

 額から脂汗が噴き出し、身体に熱い感覚が走る。悪魔にとっての光の比ではない。燃えるような苦しみが、彼の身体を毒のごとく蝕んでいくのだ。

 大一はふらつきながらも立ち上がり、無角を睨みつける。彼の持つ刀の刃は骨を削りだしたような歪な形と質感であり、大一の血に濡れている。さらに禍々しい黒い煙のようなものに覆われており、無角の顔や大一の傷に纏っているものと同じものであるのはすぐに理解できた。

 

「この妖刀の名は『禍無威(カムイ)』。その危険性ゆえに多用はできないが、俺が扱えば怨念によって刀身を変え、すべてを断ち切るその切れ味は、魔力による防御も意味を成さない。怨念は身体を焼き、最後には生命も削りとる」

『怨念だと…そんなもので殺されて…たまるか…』

「そうは言うが、ハッタリでないことを気づいているだろう」

 

 無角の言葉を、大一は否定する余裕がなかった。そもそも相手の言う怨念が、彼の力を確実に削いでいるのは間違いなかったのだ。

 苦しむ大一を見ながら、無角は再び刀を構える。

 

「もっとも俺の恨みはこんなものでは済まない」

『何がお前をそこまでするんだ…造られたことの恨みでもあるのか…?』

「俺が恨むのはこの世界の全てだ。造られたことなどわずかな一端でしかない」

 

 無角の発言に、大一は苦しみながらも疑問を感じる。そもそもアリッサによって造られた存在が、どうして意思を持っているのだろうか。ゴグマゴグのように一定以上の知性があるのは理解できるが、彼のように意思を持つとは思えない。恨みのような感情は尚更だ。

 

「俺の意志は言ってしまえば、あらゆる怨念が集結したものだ。戦争で死んだ悪魔や天使、無念を抱いたまま寿命を迎えた人間、暴虐の巻き添えを受けた生物たち…上げ始めればキリがない。そういった数百年分の怨念がこの鎧に集まり、ひとつの人格として生まれたのがこの俺だ」

 

 大一の脳裏に、かつて吸血鬼の城で見た意識のハッキリしないヴァレリーの姿が想起された。彼女は聖杯によって死者との会話を可能とした。ディオーグの話では敵意を感じなかったようだが、それらとの交わりで彼女は精神を汚染された。無角の存在もそれに通ずるものがあるのだろう。

 

「なぜアリッサが俺を廃棄したか…その理由はこの身体が、怨念を引き込みやすい性質であったからだ。いずれ意思を持つ危険性を認識していた彼女は、俺を解体して破棄した。だが時はすでに遅く意識は生まれ、そこをサザージュに拾われたんだ。名前はそのまま使わせてもらったがな」

 

 ありえない、そのような言葉は出せなかった。無角の言うようにアリッサが魂の研究をしているのであれば、その過程で特殊な存在を生みだしても納得できる。そして彼があらゆる怨念の集合体であるからこそ、ずば抜けた剣術や攻撃を見極める観察眼は、怨念の経験値を反映させているのだろう。

 

『くそっ…!』

 

 大一は腕を複数形成すると、連続で叩きこもうとする。それを無角は動じずに、見惚れそうになるような刀さばきで斬り落としていく。そして徐々に距離を詰めていくと、肥大化させた刃で大一の左腕を切り裂いた。燃える感覚どころか、爆発を正面から受けたような痛みに、大一は苦痛の声を上げながら倒れた。

 

『あっ…がっ…!!』

「ギガンを倒したのは見事だ。しかしそれも偶然に過ぎない。所詮、お前は幸運の連続で勝ってきたにすぎないのだ」

 

 無角は容赦なく大一の頭をつかみ、強引に起き上がらせた。すぐに魔力を上げて硬度と体重を上げようとするが、横に投げつけられて叩きつけられると、追撃するように怨念を込めた斬撃を飛ばし、彼の左ひざから下を肉塊へと変えた。

 

「先ほど貴様らが言ったことはほとんど正しい。トライヘキサに発動している聖杯、その周辺には特殊な結界が張られている。特殊なもので、身体を媒介に発動とするものだ。負担はすさまじいが、怨念の意志とがらんどうの身体のみの俺だからこそ、発動できるこの結界…つまり俺を殺すことで機能が停止するのだ。しかしそれを実現するのは不可能だ」

『そこまでして復讐をしたいのか…!?』

 

 再び無角が近づいてくるのに対して、大一は左足をシャドウで補強しながら立ち上がる。左手で錨を握り直そうとするが、怨念はいまだに彼の手にダメージを残しており、痛みがわずかな隙を生みだした。

 太刀の刃が鞭のようにしなり、大蛇のごとく襲い掛かってくる。身体をひねって回避しようとするも、完全には避けきれずに、敵と同様に顔に命中した。左目がつぶされてその周りも肉が削がれて血に濡れた。

 

「ああ、その通りだ。俺が結界を発動させることを希望したのは、俺が生きている限りトライヘキサが存在していることを実感できるからだ。たった数日であらゆる場所に出没し、暴虐のままに世界を破壊する。俺の存在が世界を破壊しているのだからな。そしてこの怨念を果たす想いこそが、貴様らが結界を止めることが不可能であることの証明なのだ」

 

 止めとばかりに神速の速度で無角は突撃してくる。大一の左腹部を突きさす。怨念の力と衝撃により、後方へと吹き飛ばされた大一は先ほどの瓦礫の山へと叩きつけられた。

 

「実力、経験、技術…そしてなによりも数百年分の想いを抱いているのが俺だ。貴様らごときとは覚悟が違う」

 

 淡々とした無機質な声は変わらない。しかし大一は気づいた。その鎧の見た目と出生ゆえに感じた無機質さであったが、怨念によって作り上げられた意識は完全にコントロールされ、ここまで落ち着いた様子で濁りなき復讐心を抱いているのだ。

 そしてこの冷静さと黒い信念があるゆえに、的確な攻撃で徐々に力を削いでいくことができる。たった数分の攻防で、大一は無角の圧倒的な実力を思い知らされた。

 怨念による燃える感覚が至る箇所で感じる。血を流しすぎて力が入らない。片眼を潰されているから視界も怪しかった。

 それでも大一は立ち上がり、錨を構えた。状況的に援軍は期待できない。自分が倒さないと、ギャスパーとヴァレリーは接近できずに聖杯の機能を止められない。それではこの暴虐を止められず、サーゼクスやアザゼル達の最後の覚悟を、自分が閉ざすことになるのだ。

 ほとんど感覚が無くなりつつある左半身をシャドウで覆いつつ、大一は立ち上がるその姿を見て、無角は刀身に黒い煙をさらに纏わせた。

 

「これほど攻撃を受けても、死なないことだけは褒めてやる」

『負けられない理由はこっちにもあるんだよ…!』

「しかし取るに足らん。どれだけ強い想いがあろうとも、我が怨念の前には無意味だ」

『想いの強い方が勝つなら、俺なんか何度も負けているのでな…この戦いだけは…死んでも勝つ…!』

「そうか。では貴様の想いは届かないということだ」

 

 無角は呟くと同時に、大一への胸部に刀を突きさす。そのまま振りぬこうとするが、大一はシャドウを纏った左腕で刀身をつかみ、さらに全身の身体の硬度を上げて動きを止めた。

 そして生みだした右腕に錨を持つと、一部割れた無角の頭部を狙って振り下ろす。満身創痍の状態では、彼が考えられる勝ち筋は、先日のギガンとの戦いのように相手のわずかな弱点を狙うしかなかった。

 

「無意味だ」

 

 大一の胸部に突き刺さる刃の形状は変化し、再び鞭のように変化する。柔軟にしなる刀身は捕えきれずに、錨が頭部に振り下ろされる前に、彼の身体にいくつもの斬撃を与えた。

 目の前が光輝いたような錯覚を抱いた大一は、自分の流血の海に倒れていった。

 




さてここからどうやって打開するか…。


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第203話 最後の願い

あれだけ死亡フラグを立てていればこうもなりますよ。


 辺り一帯は何も見えず、暗い景色が支配する。上から押し付けるような重い感覚が、身体にのしかかる。いやそもそも身体はあるのだろうか。気を失う直前、彼は無角によってその身体をズタズタに切り裂かれて、肉塊へとなり果てたはずであった。しかし今の彼は健康体そのものであった。失ったはずの右腕まで再生していた。

 

『ぬおっ!?な、なんだこれは!?』

 

 隣でシャドウの声が響く。小さな黒いスライムにひとつの血走った目玉がついているような見た目であった。

 この状況、大一は驚きこそあったが見慣れたものではあった。ここ半年近く見なかったものであったが、悪魔になってから2年以上見続けていた悪夢と同じものであった。

 不可解なのは、どうして再びこの状況に置かれたのか、というものであった。

 

「…何が起こった?」

「死んだってことじゃねえのか?」

 

 疑問をつぶやく大一に、後ろから全てを押しつぶすような重厚かつ低い声が投げかけられる。振り向いて見上げると、自身の何十倍もある巨大なドラゴンの姿があった。牡牛のような角、鈍く光る鱗、むき出しの鋭い牙、圧倒されるような赤い双眸…ディオーグの全貌を見たのは久しぶりであった。

 それを見たシャドウが大きく悲鳴を上げる。

 

『ギャー!食われるー!』

「うっせえぞ、影野郎」

『か、影野郎って…ディオーグか!?』

「そうか、シャドウは初めて見るからな。まあ、俺もこうして対面するのは久しぶりだけど」

 

 改めて見ると、あまりにも大きな存在であると実感できる。グレートレッドやトライヘキサを実際に見たからこそ、彼の強さにも説得力を感じられた。

 しかしディオーグの存在感ばかりに気を取られているわけにいかない。もっと切迫した問題が彼らにはあるのだから。

 

「それでディオーグ、俺が死んだというのは」

「言葉通りの意味だ。お前の貧弱な身体であれだけの血を流し、肉体を破壊されれば、何もおかしいことじゃないだろ」

「…やっぱりそうか」

 

 大一は左手で頭を掻く。予想していたこととはいえ、直面すると言い難い感情が渦巻くのを感じた。

 無角から最後の攻撃を受けた瞬間、彼の中で保っていたはずの意識が消えていくのを実感した。睡魔よりも強力にいざなわれ、抗う術もなく意識を途絶えさせた。そもそもあれだけの攻撃を受けていたため、大一も無事で済まないのは自覚していることであった。

 

『で、でもさ!だとしたら、大一の意識はどうしてあるんだ?』

「そんなの俺が知るか」

「…予想でしかないけど、肉体が限界に達したんじゃないか?たしか一誠がサマエルの毒にやられた時、魂はギリギリで難を逃れただろう。それでディオーグの生命力で、保っているとかじゃないか」

「そう考えれば、この繋がりの中にいるのも納得は出来るな」

『冷静に言っている場合か!?キミは死んじゃったんだよ!』

 

 シャドウが甲高い声で訴えるのに対し、大一も相応の危険は感じていた。屋敷に自分以外に入れる可能性がないことを踏まえると、誰も無角を倒せない。それは発動している聖杯の機能を停止できず、トライヘキサの進撃を止められないことを意味するのであった。

 彼は大きく息を吐くと、考えを巡らせる。魂まで死んでないとなれば、諦めるにはまだ早い。奇跡の領域とはいえ、自分の弟も同じようなピンチから生還した経験があるのだから。もっとも彼と違って、オーフィスやグレートレッドが近くにいるわけでは…。

 その考えに至った時、大一はある筋道を見出す。

 

「手が無いわけじゃない」

『ほ、本当か?』

 

 シャドウの問いに頷くと、大一はディオーグへと視線を向ける。

 

「ディオーグ、頼みたいことがある。俺の意識を完全に乗っ取り、お前自身が蘇ることは出来ないか?」

 

 大一の提案にディオーグは何も言わずに彼を見る。ドラゴンのまったく読めない表情に対して、彼は緊張した面持ちで答えを待つが、その前にシャドウの方が声を上げた。

 

『何をバカなことを言っているんだよ、大一!本気か!?』

「本気だよ。そもそも龍人状態になる際に、いつもディオーグの生命力を引き上げて表に出していたのだから、彼の力はあるんだ。それが表に出ないのは、身体の主導権を俺が握っているからだと思う。だからディオーグがここで俺を消すことで、意識が表に出れば復活できるはずだ」

 

 予測の強い印象を与える言い方であったが、大一としてはこの考えにかなりの自信があった。何度もディオーグの力を纏わせてきたこと、その際に彼の意識も表に出ること、これらの経験から自分の身体を媒介に、このドラゴンを蘇らせられると考えた。

 この確信めいた言葉に、納得できないようにシャドウは抗議する。

 

『そうじゃない…そういうことじゃない…キミが本当に消えるってことだろ!』

 

 覚悟していた指摘に大一は、否定せずに押し黙りながら短く頷く。そこに畳みかけるようにシャドウは言葉を続けた。

 

『キミはまた自分を犠牲にするつもりか!やっと自分を認めて、生きるための戦いをすると決めただろ!それなのに自分という存在を消して、なんとかしようというのかよ!』

「…他に方法は無い」

『そんなことはない!大一が犠牲にならない方法だってあるはずだ!』

「シャドウ、心配してくれるのは嬉しいよ。でもな、それは無理なんだ」

 

 大一は軽く首を横に振りながら答える。今は一刻も早く無角を倒して、例の結界を解除しなければならない。そのためには自分が戦うよりも、ディオーグの方が適任であることは理解していた。そして実質死んでいる以上、取れる選択肢はひとつしかなかった。

 

「このまま死んだら世界は終わりだ。ディオーグが蘇って仲間達の道を開くしかない」

『またそうやって…!怖くねえのかよ!』

「怖いよ。でもやっぱり…仲間のために何もできない方が辛い」

 

 大一の口から出てくる声は、自分でも信じられないほど穏やかであった。意識が消える恐怖、大切な人たちとの別れ、期待に応えられない無念…彼の抱いた苦しみは相変わらずであった。

 しかし一誠に命を分けたあの時と同じ、いやそれ以上に強く確かなものが心身に刻まれていた。背負うものは変わっていない。彼自身がそれを背負える存在になれたのだろう。尊敬する人たちの覚悟を目の当たりにしたから尚更だ。サーゼクスたちと同じことを、彼もするだけだ。

 

「俺が愛した人たちが、俺を愛してくれた人たちが生きて覚えていてくれることの方が嬉しい」

『…あー、もう!勝手にしろよ!』

 

 大粒の涙をこぼしながら叫ぶシャドウに、大一は少しだけ微笑むとディオーグへと向き直る。

 

「お前に余計なことを任せてしまうな」

「俺は力のままに暴れるかもしれないぞ」

「この話をしたことが答えにならないか?」

 

 淡々とした声色であったが、その見えない信頼をハッキリと示した大一は言葉を続ける。

 

「お前とは不思議な縁だよ。種族も実力も性格も全てが違った。でも今では家族や彼女に勝るとも劣らないほど、お前のこと特別だと思っている。だからこそ、お前にはもっと幸せになって欲しいんだ。戦いが終わったら、もっと広い世界を見て欲しい」

 

 大一は抱いていた想いをディオーグへと伝えていく。良いことばかりではないし、彼のおかげで苦しんだことも数え知れない。しかし彼がいなければ、自分はここまで強くなれなかった。その前に心がつぶれて、その存在を無意味なものしていたかもしれない。正式な付き合いは1年にも満たないが、その存在は大きく特別であった。

 

「今までありがとう。シャドウと共に、後のことは頼む」

 

 大一の礼に、ディオーグは疲れたように息を吐く。そして巨大な口を大きく開けた。ゆっくりと近づき、巨大な牙がよく見えるほどの距離となる。大一はそのまま飲み込まれる瞬間を待つ…。

 

 

 

 

 

 

 

「断る」

 

 大一の目の前で思わず怯むほどの息を吐きながら、ディオーグは相変わらず重い声を発する。そのまま身体を起こすと、赤い目玉で彼を見下ろしていた。

 

「どうして俺がはるかに弱いお前の言うことを聞かなければいけないんだ。ふざけやがって。俺は最強の龍ディオーグだぞ。託した気になっているんじゃねえぞ」

「しかしディオーグ、これしか方法は無いんだ!」

「知ったことか。前に言ったよな、欲しけりゃ奪い取って見せろって。自分の望みを叶えるなら、力を示すんだな」

 

 大一自身、余裕がなくなっているのが感じられる。ディオーグとの強い信頼感を自負していたゆえに、この土壇場で協力を得られないのは手痛かった。このままでは、全てが終わると思うと、どんどん追い詰められていく想いであった。

 

「やるなら…自分で勝手にやれ」

 

 ディオーグが告げると同時に、大一の全身にとてつもない重さがのしかかった。まるで身体自体が鉄になったかのような錯覚を覚え、片膝をつく。すぐに重さは感じられなくなるが、代わりに血が脈打つかのように全身に魔力を感じだした。

 そして気づいた。ディオーグが何をやったのかを。

 

「ディオーグ…お前…!」

「甘いんだよ。お前がべらべらと喋っている間に、俺は力を渡せることに気づいたぜ。やはり俺こそが優れているってことだな」

「バカなことは…!」

「そのバカなことをやろうとしていた小僧が言っているんじゃねえよ」

 

 大一の震える声に対して、ディオーグの声はどっしりと大木のように動じない印象であった。併せて、足元から黒い空間に不釣り合いな光がわずかに発生していた。光が出るほどにディオーグの全身は薄くなり、大一の身体には今まで感じたこともないほどの力が走っていく。

 

「どうして…どうして…お前がこんなことを…!」

「言っただろ。お前なんかに命令される筋合いはねえ。俺は俺として、その命を全うする方を選んだだけだ」

「これからその名を知らしめるんだろ…オーフィスやグレートレッドに勝つんだろ…他にももっと…!」

 

 息が荒くなる。言葉が紡げない。ただ熱い涙があふれてくる。その圧倒的な野心を何度も目の当たりにしてきたのに、彼の選択は自分よりも遥かに弱い存在を生かすことに使われようとしているのだ。

 

「たしかに後悔が無いといえばウソになるが、俺が生き残った方がいろいろ煩わしいんだよ。それにお前ごときの身体を媒介にしたところで、かつての俺と同じ状態とは限らねえからな」

「お前がいなければ…俺は…」

「俺がいなくてもお前はやっていける。それで答えにならないか」

 

 短い言葉に込められた信頼をたしかに感じた大一は、ディオーグの顔を再び見る。あれほど強さを見せていた存在の顔は心なしか穏やかにも思えた。大一が感じていた信頼を、最強の龍である彼も間違いなく抱いていたのだ。

 ディオーグはちらりとシャドウの方を見る。あっけに取られていたが、血走った眼からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。

 

「おい、小僧のことを頼んだぞ」

『う、うぇ!?ディオーグ、僕は…!』

「頼んだぞ、シャドウ」

『ッ!!…任せろ!!』

 

 身体が薄くなっていく速度が速くなっていく。謎の黒い空間はもはや重さを感じず、周囲にはひびが入ったように崩れていく。

 終わりが近くなるのを実感するほど、大一は無念の涙が止まらなかった。

 

「ディオーグ、お前がそこまで…」

「ったく、最後の最後まで他人の心配か。おい、小僧。ちょっとは自分のために生きてみろ。世界が変わるぜ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたディオーグの身体はなく、ほとんど消えかかった顔がそこにあるだけであった。

 

「あばよ、大一」

「…忘れない。お前のことだけは何があっても!」

 

 このやり取りを最後にディオーグの姿は消えていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 最強の龍である俺が、なんてつまらねえ人生だ。あれほど戦い続けて充実した日々だったのに、封印されてからは散々だ。あの場所に封印されていた方が、下手したら長かったんじゃねえか。身体もほとんど動かせず、ようやく脱出できたと思えば、弱腰のビビり野郎と四六時中一緒だ。

 まるで性格が違うから馬も合わねえし、口だけばかりの弱い奴だ。何度も責任を感じて、誰かのために自分を犠牲にする大馬鹿だ。

 あとはせいぜい、初めて飯を美味いものと感じられたし、血に濡れてねえ景色や匂いを知ったくらいだ。戦い以外でいろんな生物の感覚にも気づいた。少しずつでも強くなるということも実感した。

 まあ、封印されてきた時よりも退屈しなかったし、短いながらも戦い続けていた昔と同じくらい充実はしていたな。それに…

 

「忘れられないと言われたのは悪くねえ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 無角は崩れた瓦礫に座り、部屋を眺めていた。空っぽの身体に込められたおぞましくも純粋な恨みの念は昂っていた。自分が存在し、魔力を感じ続けていることが、トライヘキサが生きていることを実感する。この怨念を晴らすかのように、外では世界が破壊されていると考えると、どす黒い意識にも熱を帯びているのが感じられるのだ。

 大一とアリッサ、この2人を倒した以上、もはやこの屋敷に入り込める者はいない。屋敷に覆われる結界もトライヘキサ周辺に展開されたものと同じであり、発動すれば「異界の魔力」を持たなければ侵入することは叶わなかった。

 勝利を実感していたからこそ、肉塊となって事切れていたと思われた男が血の海から立ち上がったのが信じられなかった。

 

「あいつ…俺に嘘をついていたな…記憶が流れ込んで…いや、それは後でいい」

 

 ぶつぶつと呟く大一の姿は血に濡れていた。先ほど妖刀の怨念を受けた部分は、焼かれたような皮膚となっていた。顔の半分近くは酷い傷跡が残っており、つぶれたはずの左目は赤く龍のようであった。右腕は相変わらずないが、あれほど酷い傷を与えた左腕や斬り落とした左脚も戻っていた。

 あまりにも不揃いな見た目ではあったが、彼の眼に宿る光は強い力を宿していた。

 

「まずやることはひとつだ…勝つぞ、シャドウ」

『当然だ!』

 




ということで、150話以上付き合っていたディオーグはここで退場です。


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第204話 悪魔混じりの龍

正直、オリ主の見た目は酷いことになっているイメージで書いてます。


 全身がきしむように痛む。引き裂かれた部分の肌の感覚が違う。流れ込んできた大量の記憶で頭が重い。正直なところ、体調はお世辞にも良いとは言えなかった。

 しかし呼吸をするたびに、新鮮な空気が肺を満たし、血が身体を駆け巡る。敵の姿がはっきりと見え、密閉された部屋に籠る血の匂いが鼻に流れ込む。再び立ち上がり、生き返ったことを実感させられる。自分は生かされたのだ。共に生きようと決心した相棒に。

 

「俺は…また助けられた…」

『大一…』

「最後の一撃は間違いなく心臓を斬ったはずだが」

 

 肩で呼吸する大一に対して、無角が接近して刀を振り下ろす。素早い動きであったが、察知した大一は身体を逸らして攻撃を避けると、黒い右腕と錨を形成する。間髪入れずに刀を振るってくる無角であったが、それをギリギリでいなしていく。

 復活した肉体には疲労感があったが、攻撃をいなせるほど動けることで、身体能力が向上したことに気づいた。刀のおどろおどろしい力も感知することができ、感知能力もより研ぎ澄まされていた。

 

「…違うな」

「ほう、瀕死の状態から復活したのが不服というか」

 

 無角は後退すると、自分よりもはるかに大きな刀を振り回す。それに伴い、無数の黒い斬撃がかまいたちのように飛んできた。

 これに対して、大一は生命力を引き上げる。身体の中に感じられるすさまじい生命力、それをわずかに行きわたらせるだけで、彼の姿は変化していった。何度も体現してきた人間と龍が混じったような状態…龍人状態となった彼は背中から複数の腕を出現させた。さらにそれぞれの手のひらから魔法陣を出現させると、一気に硬度と体重を上げていく。複数に張られた疑似防御魔法陣は、背後の壁も引き裂くほどの大量の斬撃を防いだ。

 

「少しは戦い方を学んだな」

『さすがにそれで、1度殺されればな』

「まったく末恐ろしいものだ、貴様らは。土壇場のところで奇跡を起こす。まるで世界が貴様らに味方をしているようだ。俺の意識を形作った怨念は、そのようなことも無く消えていったのだがな」

 

 無機質な声で話す無角であったが、刀に纏っている黒い煙がさらに濃く、大きくなるのが見えた。怒りや憎しみだけではない。妬みや嫉み、多くの負の感情が怨念となって彼に力を与えているのだろう。先ほどの実力も踏まえれば、彼という存在がどれだけ世界を憎んでいるのかを実感できる。

 しかし同時に不快にも感じた。本当に奇跡が起きたのであれば、大切な相棒を失うことなど無かっただろう。龍人状態になっても、自分の声だけが発せられることが、よりその現実を直面化させた。

 だがいちいち彼の言うことを真に受けて、激情をたぎらせる暇などない。大一にとって、今やるべきことは目の前の恨みに塗れた鎧武者を、一刻も早く打ち倒すことであった。

 

『…不幸自慢は十分だ。俺はお前を倒すだけだ』

「舐めるなよ。この短い間でも、貴様が先ほどより少々強くなったのはわかる。しかしそんな偶然得た力で、俺に勝てると思うな。この怨念、さらに受けてもらおう」

 

 無角が妖刀を上に向けると、黒い煙のような怨念が渦巻く。まるで竜巻のように刀身を包み、振り下ろされると同時に床をえぐるほどの勢いで向かってきた。

 

『うおっ!?これは強力…!魔法陣や硬度を上げた僕で防ぎきれるか?』

『…違うんだよな』

『おい、大一聞いているのかよ!ディオーグの分まで、僕らが勝たなきゃ!』

 

 シャドウの切羽詰まったような声に、大一は無言であった。彼の言う通り、無角を倒さなければならない。しかし今のまま攻撃を防ぎ、避けているだけでは、勝機が見えない。なにか打開策が必要であった。

 そしてもうひとつ、大一は先ほどから違和感を抱いていた。ディオーグと融合して得た力は向上した身体能力と感知能力。強力であったが劇的な変化とは程遠かった。

 

『違うよな。お前から託された命だ。これだけで終わらせていいはずがない。どれだけ時間がかかっても、必ず使いこなしてみせるよ』

『大一、どうするつもりだ?』

『もっと強くなるだけだ』

 

 ディオーグと融合したことで、大きな進化を期待していない。しかし伸びしろというものを強く実感していた。おそらく全てを使いこなし、当時の彼と同じだけの存在になるのは時間がかかるだろう。

 しかし奇跡など待っているつもりはない。相棒の龍に言われた通り、自分の力で手に入れたものから更に奪い取って強くなる。

 

『貪欲にいこう…今ならもう少しだけ引き上げられる…』

 

 彼は「生命(アンク)」を利用して、生命力をさらに引き上げていく。大陸に根づいた大樹のように動じない生命力を、龍人状態の時よりも多くコントロールしていく。力強い命の感覚が全身を駆け巡っていく。血流が激しくなり、筋肉が隆起し、骨が肥大化していく感覚は、龍人状態に初めて変化したときの、比では無い苦しみであった。

 

『大一!』

 

 シャドウの悲鳴にも近い叫びとともに、無角の怨念による竜巻のような斬撃が大一を飲み込んでいく。耳をつんざくような音をまき散らしながら斬撃は突き進んでいき、壁をも貫こうとしていく。

 

「終わりだ」

 

 無角は刀の切っ先を向けてつぶやく。怨念を纏った斬撃は、魔力でも魔法陣でも断ち切る。それほどの攻撃をまともに与えた手ごたえを実感していた。仮に耐えたとしても怨念は身体に残り、その憎しみを果たすように焼き尽くす。がらんどうの身体を持つ鎧武者は、怨念だけの意識に勝利を確信していた。

 身をひるがえして、上階の瓦礫の山へと視線を向ける。1度蘇るという想像以上の出来事に手間取ってしまった。あとはアリッサの頭部に止めを刺して、再びこの世の終末を感じようと思っていた。

 だからこそ、背後から別の生物のような存在感に気づいた瞬間、無意識に彼はすぐに振り向いて、再び刀を構えなおした。

 攻撃と崩れた壁による煙でハッキリとは見えなかったが、何かがそこで動いていた。

 

「まさか今の攻撃でも死ななかったというのか…!?」

 

 無機質であった無角の声に初めて動揺が感じられる。彼の意識を形作った負の感情は、多くの絶望を経験してきた。それゆえに動じない心で、世界を遠慮なく憎んできた。そこに動揺という言葉は一切なかった。それは先ほど大一が蘇った時ですら感じなかった。

 そんな彼が初めて心を揺さぶられたのは、煙の中にいる存在に気づいたからであった。

 

『怨念…恐ろしい力だ。魔力主体で身体の硬度を上げてきた俺には相性が悪い』

 

 煙の中から出てきた人物の姿は、まさに化け物と形容するにふさわしい見た目であった。3メートル近い巨体、上半身は服を破りむき出しとなった筋肉と丸太のような太い両腕が見えていた。頭には牡牛のような角、口から覗かせる鋭い牙、敵を見据える赤い双眸と、まるで龍が無理やり人間型へと縮小化させたような姿に大一は変化していた。

 皮膚や肉体を無理やり再生させたかような姿でさえ、別人のようであったが、今の彼はもはや面影すら見られなかった。

 

『しかし魔力を介さない龍の皮膚ならば別だ。次元の狭間でも生きて、オーフィスやグレートレッドともやりあったディオーグの皮膚。まだ不完全体だが、1割も出せていなかった龍人状態とは訳が違うぞ』

 

 ギラギラと黒く鈍い光を放つ龍の皮膚は、魔力を使わずとも金剛石(アダマント)に匹敵するほどの硬度を誇っていた。攻撃を受ける直前にこの姿へと変貌した皮膚には切り傷はほとんどついておらず、その僅かな傷もすぐに回復する。斬撃を受けた箇所には怨念も残っていなかった。

 ディオーグのずば抜けた生命力を表に出すだけで、右腕は再生し、驚異的な回復力を見せる。せいぜい4割程度、それでも以前と比べると圧倒的な力の違いを感じていた。

 

『名を「龍魔(ドラゴン・デーモン)」…龍の力をより色濃く発動させたこの形態で勝たせてもらう』

「この期に及んで、まだそんな力を…!」

 

 動揺した後に続いた声は怒りと嫉妬が込められていた。無機質な雰囲気はすっかり消え去り、その苛烈さを証明するかの如く再び無数の斬撃を放っていく。隙間の見えない連撃は避けることを至難とさせていた。

 しかし無理に避ける必要はない。先ほどの攻撃で怨念の斬撃を防げることは理解した。特に新たに得た皮膚と肉体、この2つは加算できる力であった。大一は腕を交差させると魔力を引き上げて、硬度を上げつつ一直線に向かっていく。

 斬撃をものともせず、接近した大一はそのまま敵に向かってツッコむように頭突きを行う。無角には大きくジャンプして攻撃をかわされるが、凄まじい轟音と当たった箇所の周囲をえぐるような状況に、この一撃が生半可なものでないことを確信した。

 

『いい威力だが、この身体の大きさに慣れないな。コントロールするにはまだ時間がかかる…!』

「ならば、その前に貴様を叩く!」

 

 距離を取った無角が振り下ろす刀は鞭のように縦横無尽に駆け回った。部屋の瓦礫や家具、装飾品なども関係なく引き裂き、あらゆる方向から大一へと向かっていく。

 再び防御の姿勢で攻撃を耐えて接近しようとするが、無角は一定以上の距離を保ちながら攻撃を続けていった。

 

「距離さえ取れば問題は無い!このまま長期戦を強いれば、まだ俺に分がある!」

『…俺らを相手にそれだけでどうにかなるとは思わない方がいいな。スタミナには俺だって自信がある。それにこれくらいなら問題ない』

 

 大一の両腕が黒く染まっていく。同時に防御の姿勢を解くと、右腕をバネのように引いて狙いを定めた。そして撃ち出された拳は風を切りながら一直線に敵へと向かった。

 無角は手早く刀身を変化させて、盾のように自分の前に展開させる。しかし龍人状態の時よりも何倍も大きくなった拳は、文字通り砲弾のような破壊力で無角を後方へと吹き飛ばした。

 

『シャドウのコントロールは出来るな。腕を増やすのはまだ厳しそうだが』

『正直、僕がいなくてもどうにかなりそうな気がする…』

『バカ言うな。お前は俺の相棒なんだから、そんな訳ないだろう。それに油断できる相手じゃないのは、お前だってわかっているはずだ』

 

 シャドウに答えながら、大一は右腕から錨を創り出す。以前の自分には槍に匹敵するほどの大きさであったが、龍魔状態ではせいぜい手斧くらいにしか感じられなかった。

 彼が戦闘態勢を整える中、部屋にあけた穴の奥から無角が姿を現す。全身にひびが入っており、顔面の割れた箇所から漏れ出る黒い煙の量は明らかに増えていた。

 

「認めない…!この俺が…貴様のように恵まれた男に負けるなど…!俺の信念は…想いは…貴様らよりも遥かに強いのに…!」

『認められなくていい。しかしこの勝負には勝たせてもらう』

 

 硬度と重さを上げた錨を無角に向かってブーメランのように投げていく。風を割くような重い音を鳴らしながら回転する錨に対して、無角は攻撃を逸らそうとしたが、完全にいなしきれずに横へと弾き飛ばされた。

 よろけるように無角は立ち上がると、信じられないように首を振る。

 

「こんなことがあってたまるか…!俺がこの世界を滅ぼすんだ…!復讐するんだ…!」

『…お前の、いやお前らの憎しみがその強さだということはわかる。負の感情から来る力がどれほど強力なのかも』

「ぬかせ!恵まれた貴様ごときに何が理解できる!禍無威!」

 

 無角に応えるかのように、妖刀が纏う怨念が肥大化していく。黒い煙は徐々に流動的な炎へと変化していき、最終的に部屋の半分以上を覆うほど禍々しい龍の姿を形作った。

 

「先ほどの斬撃とは訳が違う!邪龍から着想を得たこの技で、全てを飲み込んでくれる!」

 

 怨念の龍が咆哮を上げ、大あごを開ける。あらゆる箇所が崩れた部屋どころか、屋敷自体が大きく震えるかのように感じた。

 今にも襲ってきそうな怨念に、シャドウは血走った目を出現させながら言う。

 

『またとんでもない規模だな。僕が言うのもあれだけど、負の感情というのは恐ろしいものだね』

『俺もそう思うよ。それにその力を否定するつもりも無い。しかしそれだけではダメなんだ。本当に強くなるなら…使えるものはすべて使う』

 

 大一は小さく息を吐くと、しっかりと腰を据えて床を踏みしめる。同時に両手を床について、怨念の龍に相対するように口を開けた。

 

『なによりもこれ以上、大切な人を失うわけにいかない』

 

 彼が思い出すのは、ディオーグとの会話であった。二天龍のような特殊能力は少なく、その実力の大部分は強靭な肉体によるものであった。これに魔力による硬度と重さのコントロールを加えたことで、ずば抜けた実力を実現させていた。そんな彼は他の龍のように炎すら吐かない。戦いでは別のものを撃ち出していた。

 口元に魔力を集めていく。それに合わせて、透明な球体が生まれ徐々に肥大化していき、サッカーボール並みの大きさとなった。

 

「死ね!兵藤大一!」

『これで…押しつぶす!』

 

 無角による怨念の龍が呑み込もうと向かってくるのに対して、大一は口から溜めた魔力の球体を撃ち出す。球体は徐々に肥大化し、間もなく怨念の龍を飲み込んだ。球体の中ではあらゆる方向から重力が働き、怨念をつぶしていった。

 突き進む重力の球体は向かってくる怨念をものともせず、間もなく無角を飲み込んでいった。

 

「俺たちの恨みが…!怨念が…!」

 

 言葉は続けられず、無角の身体は重力の球体の中で完全に砕かれていった。ちょうどその頃、日本海では一誠達がトライヘキサの動きを一時的に止めて、聖杯を覆う結界が解除されるのであった。




ついに大幅な強化が来ました。
書いた後に思いましたが、これディオガ・グラビドン…。


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第205話 もうひとつの別れ

タイトルで内容はお察しだと思います。
にしても、そろそろシリアス以外も書きたい…。


「…んがッ!」

 

 間抜けな声を出しながら、大一は目を覚ます。無角を倒した彼は龍魔状態を解除して、そのまま倒れこみ気を失っていたようであった。

 頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。全身がきしむように痛み、とてつもない疲労感が襲ってくる。急激な肉体変化の負担は想像以上のものであった。

 

「体力が上がってこれとは…多用できるのはまだ先になるか…どれくらい経った?」

『ほんの15分程度だよ。大一のやるべきことは終わったんだ。あのまま倒れて休んでも…』

「そうもいかないだろう。まだ仲間達が戦っているんだから。他にもやることはあるしな」

 

 黒影で伸び切ったズボンを無理やり締めなおした大一は、シャドウの心配に答えると、半分以上崩壊している部屋を見渡す。生命力は感じられないが、特殊な魔力を感知して見つけ出すのは苦労しなかった。

 ふらつきながらも歩いていく大一は、黒影で右腕を形成すると至る方向に伸ばしていく。次々と掴んだのはバラバラになったマネキン人形のようなものであった。それらをまとめると、瓦礫の山に転がっていたアリッサの首のもとへと向かう。

 

「大丈夫か?」

「これを見て大丈夫と思える?身体はバラバラで碌に動けないし、あんたに借りを作るしで、気分は最低よ」

 

 苦々しい反応を見せるアリッサに、回収した彼女の身体を近くに置きながら大一は困ったように頭を掻く。

 

「この程度で借りを返したとは思っていない。あなたには命を救われたからな」

「身体の方じゃなくて、無角の件よ。本当は私がケリをつけるべきだった」

「それは製作者として、ということか?」

「当然よ」

 

 答えるアリッサの首の下から魔力が細い糸のような形でいくつも出てくる。魔力は回収された身体に繋がれると、ゆっくりと動き出し、少しずつ繋がれていく。繋がれ始めると人間のような生き生きとした活力が出てくる。もっとも身に着けていた服も完全に破れていたため、大一はすぐに後ろを振り向いて視線を逸らした。

 

「…完全に戻すには時間がかかるわね。まさかここまでなるとは。無角を侮っていたわ」

「製作者なら能力とかわかっているんじゃないのか?」

「あいつに特別なものなんてつけていないわ。怨念のコントロールは独自に編み出したのでしょうね。あんな不気味な刀だって、どこで拾ってきたのやら」

 

 後方でがさがさと音を立てたかと思うと、アリッサは大一の隣に立つ。いつの間にか服も調達しており、簡素なワンピースを身にまとっていた。もっとも欠けた指や腕に残る傷痣は生々しく、彼女の言うように戻るのには時間がかかりそうであった。

 大一の視線に気づいたアリッサは目を細める。

 

「そんなに私の壊れた箇所が気になる?」

「まあ、そうだな…」

「心配は無用。私は魂さえ無事であれば死なないからね。ハア…外の世界の奴に心配されるなんて、私もまだまだね」

「…俺にはそこまで協力関係を嫌がる理由がわからないな」

 

 ため息をつくアリッサに、大一は腑に落ちない様子でつぶやく。種族や立場のこだわりや価値観の違いは、京都妖怪との交流や教会の戦士との戦いで経験してきた。

 しかし「異界の地」に住むメンバーはどうも統一性の無い存在にしか思えなかった。種族はバラバラ、立場や目的も違って敵対関係になる場合もある。少なくともアリッサは、サザージュの誘いには乗らずに、彼らと戦う道を選んだ。それならば互いに協力することも出来たのではないかと思ってしまう。ましてや他の相手がクリフォトに協力したのだから。

 

「私は外の世界がどうなろうが知ったことじゃないわ。そもそも干渉したくないの。さっきも言ったけど、製作者として無角へのケジメをつけたかっただけよ」

「そういうものかね…」

「そういうものよ。だから私はあなたに大きな借りを作ってしまったのよ。私と違って生身のあなたが、そんな姿になるのはね」

 

 大一の半身は酷い傷と火傷が入り混じったような肌をしていた。痛みは無いが、あまりにも不揃いな姿は不気味さを醸し出している。

 しかし姿が変わるという外面的な事情よりも、彼にとっては相棒を失ったという喪失感の方が大きな傷跡を残していた。ディオーグとの付き合いは1年にも満たない。それどころか悪夢の件で苦しんだ年月の方が長かった。

 それ以上に、彼の圧倒的な実力と生き様は大一に大きな影響を与えていた。融合したことで気づいた魔力と生命力、恩恵で得た才能、龍という種族ではなく彼自身の誇り…ディオーグから貰ってきたものは数え上げればキリがない。それを自覚しているからこそ、相棒の意志を受け継いで生きることを決心しており、口から発せられる声はどこまでも強かった。

 

「俺は大丈夫だ」

「…まあいいわ。あとは勝手に…」

 

 去ろうとするアリッサであったが、完全に身体が修復できていないからか、よろめいて倒れそうになる。すぐに大一は彼女に肩を貸して、身体を支えた。

 

「そんな状態で放っておくわけにはいかない。こっちで治療を受けさせる」

「余計なお世話はいらないのよ…さっさと転移魔方陣のところに戻らなきゃ…」

「だとすれば、尚更だ。まだ戦いは───」

 

 大一がいきなり言葉を切り、険しい目つきで天井を見上げる。一瞬、はるか遠くから凄まじいプレッシャーを感じ取ったのだ。何度も身近に感知した龍の存在であったため、それが何者か気づくのに時間はかからなかった。

 

「一誠とヴァ―リだな…強い力だな。これはまた覚醒したようだ」

『また神滅具か…』

「ふてくされるなよ。それにどちらかと言えば、龍としての力に思えるな。そういえば感知して気づいたけど、外は妙に静かだな」

 

 結界は無角を倒して解除されたため、感知してみると邪龍の存在が察知できなかった。そとの戦いはルシファー眷属が勝利したのだと気づいて間もなく、部屋の大きく削れた壁の穴から炎駒達が現れた。

 

「大一殿、無事ですか!」

「炎駒さん。ええ、なんとか」

「うおっ!?だ、大一くん、どうしたんすか!?」

 

 ベオウルフが驚愕しながら声を上げる。炎駒も目を見開いて衝撃を受けており、感情を表に出さないバハムートですらポカンと口を開けていた。予想通りの反応であったが、これから重要な使命へと向かっていくルシファー眷属に余計な心配をかけさせたくない。

 

「えーと…」

「…大一殿?」

「…わかっていますよ。誤魔化すつもりはありません。無角との戦いで死にかけたんです。ただディオーグが命をかけて、俺のことを蘇らせてくれたんですよ」

「たしか若もオーフィスやグレートレッドのおかげで助かったんすよね。それと同じ感じかな?」

「詳しいことはわかりませんが、一誠と違って新しく身体を培養したわけではありません。だからこういう不揃いになったのかもしれませんが…」

 

 大一の言葉にベオウルフは顎に手を当てて考え込むが、炎駒は小さく息を吐く。どこか呆れを感じさせるものであったが、同時に安心も込められたものであった。

 

「…あの龍も逝ったか。貴殿を守ってくれたということなのでしょうな」

「あいつに言ったら、文句が出そうですけどね」

「それでもけっこうです。私は最初からあまり信用できませんでしたからな。…しかし彼は私のことも安心させてくれた。弟子が死んでは、これから向かう先の覚悟が揺らいだかもしれませんからな」

 

 炎駒の声は穏やかであった。彼としては弟子を苦しませた原因であったが、融合したことで大一が強くなったこともハッキリと目の当たりにしていた。それゆえに彼なりにディオーグが最後にもたらしたことに安心を抱き、そこに偽りはなかった。

 一方でバハムートは、大一が支えているアリッサへと目を向けていた。

 

「彼女は?」

「彼女が前に俺を助けてくれたアリッサです」

「ああ、マグレガーさんのところで話していた人すね。どうしてここに?」

「それは───」

「話す筋合いないでしょう」

 

 大一が説明を続けようとするも、アリッサが言葉を遮る。無機質かつ鋭い印象を抱かせる声の調子は、先ほどまで戦っていた無角を思い出させた。彼女も似たような存在であることを改めて実感させられる。

 無理に治療させようとしている面もあったため、あまり大きく言えない大一は困ったように頭を掻く。

 すると突如、彼らの足元にルシファー眷属の魔法陣が展開された。力強い光に包まれながら、大一はいよいよ時が来たことを悟った。主と師と尊敬できる先輩たちとの別れの時が…。

 

「では、参りましょう」

 

 炎駒の言葉に、ルシファー眷属は頷くのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 戦いは苛烈を極めていた。少なくとも「D×D」を筆頭に、三大勢力側が有利に思える展開が続いていた。

 邪龍軍団の首領格であるアポプスとアジ・ダハーカは、再び龍神化を発動した一誠と、同じくオーフィスの力を借りて新たな覚醒である魔王化を果たしたヴァ―リによって打ち倒された。量産型邪龍と偽赤龍帝軍団も、ギャスパーとヴァレリーが聖杯の機能を停止させたことで、これ以上増えていくこともない。さらには日本海付近に現れた邪龍と手を組む強者も、「D×D」のメンバーによって無力化した。

 アポプスに勝利した一誠はサーゼクスと共に、彼の力に興味を示したトライヘキサの核と孤島で戦っていた。少年の姿をしており、グレートレッドとオーフィスの感覚に引き寄せられたようだ。相手はたしかに強いが、もっとも恐ろしく感じたのはその再生力であった。超越者のサーゼクスが見せた真の姿による滅びの攻撃を何発も食らっても、身体は再生されていく。ほんのわずかでも身体の一部が残っていれば再生が可能であるようだ。

 これに対して、一誠はドライグの指示のもと灼熱の炎で攻撃をしかけた。かつてドライグが必殺技としていた「燚焱の炎火」は、勢いの止まらない炎で受けた相手を問答無用で焼き尽くすものであった。

 これほどの攻撃にもかかわらず、トライヘキサの核はその身を燃やしながらも再生を続けて向かってくる。どれほど邪龍を倒しても、向かってくる悪意を抑えても、この破壊の権化が止まらないことを一誠は実感した。

 次の瞬間、全身に猛烈な痛みが感じた一誠は膝をつく。さらにトライヘキサの動きを封じていた結界も徐々に解け始める。

 

『結界が解けたか。───やはり、あの案は必要ということだな』

 

 一誠の横に駆け寄ったサーゼクスは、手早い動作でトライヘキサの核に向けてロスヴァイセの使っていたものと似た魔法陣を放つ。相手が動きを止めたのを確認すると、今度はルシファーの魔法陣を展開させる。間もなく、そこにはルシファー眷属が転移されて跪く。

 

『ルシファー眷属すべて御身の前に』

 

 現れた眷属たちをサーゼクスはざっと見るが、変わり果てた大一の姿に目を止める。なぜか見知らぬ女性まで支えている状態なのだから、不思議に思うのは当然だろう。

 

『大一くん、その姿は…』

「説明すれば長くなります。ただ使命を果たすために必要なことでした」

『…わかった。結界の外や他の場所ではどうだ?』

「はっ、表のトライヘキサは活動を再開する兆しを見せてます」

「他の領域でも、核は出現し、猛威を振るっております。再生力が並外れているため、攻めあぐねている状態ですね。そこに加え、本体にかけられている術も解けかかっております」

 

 サーゼクスの問いに、マグレガーと沖田が答える。さらに彼の耳元には複数の連絡用魔法陣が展開されていた。

 間もなく、連絡で確認を終えたサーゼクスは決意のまなざしで眷属たちを見る。

 

『あれをおこなう。いいね?』

 

 主の問いに、眷属たちは力強く頷いた。すでに彼らの覚悟は決まっていた。そんな中、サーゼクスはグレイフィアへと近づく。

 

『───グレイフィア』

「───ッ!?サーゼクス様、いったい何を!?」

 

 サーゼクスは手元から魔法陣を展開すると、グレイフィアの顔へと向けて術を浴びせた。それはアザゼルから教えられた特別な催眠の術式であり、彼女は力なくその場に座り込んでしまった。滅びの力そのものとなっている彼は抱きしめるような素振りだけ見せて腕を引っ込めると、眠りに落ちていく妻に囁いた。

 

『すまないな、グレイフィア。お前はこっちに残って欲しいのだ』

「…そん…な…ずるい…ずるいわ、サーゼクス…っ!…いつまでも一緒だと…誓い合ったじゃないの…っ!」

『これからのミリキャスには…母親が必要だ』

「…あの子は…本当は、あなたを…サー…ゼクス…」

 

 抵抗を示していたグレイフィアは目を涙に濡らしながら、そのまま深い眠りについてしまった。そんな彼女を大一は抱えて、倒れている一誠の横へと寝かした。

 

『…すまない、我が眷属たち。嫌なところを見せてしまったな』

「いえ、これでいいのです、これで」

「まあ、こんなことでもしなければ、姐さんなら、絶対に俺たちに付き合っただろうからな」

『うむ、悪いが皆、最後まで私に付き合ってくれるな?』

『はっ、我らが命、サーゼクス様と共に───』

 

 大一を除いたルシファー眷属が主の言葉に応じると、動きを封じた核の周囲に集まり術をかけ始める。さらに離れた上空に巨大な空間の歪みが生まれ穴となり、そこに巨大なトライヘキサ本体がわずかに吸い込まれていくのが見えた。

 するとサーゼクスの周りにセラフォルーとファルビウムの立体映像が投映された。

 

《サーゼクスちゃん、こっちの準備は整ったわ》

《いつでも転移できるよ》

『セラフォルー、ファルビウム、了解した。愛しい者に別れのあいさつは告げられたか?』

《…最後まで悩んだけど、あの子、泣いちゃうだろうし、私、あの子の泣き顔は見たくないかな。きっと、行くのをためらっちゃうから…》

《こっちは元々そんなのいないしさ。まあ、こっちに残るうちの『女王』にあとの事はだいぶ先まで伝えたよ》

『そうか。私もセラフォルーやファルビウムと同様に今後のために「女王」をここに置いていくことにした。だから、グレイフィアもここに残る』

 

 目の前で繰り広げられる魔王達の会話に、彼らとの別れが近づいているのを大一は実感した。おそらく同じような気持ちを抱いている者達が、この瞬間にも各地にいるだろう。

 そんな中で、消耗しきって動けない一誠がサーゼクスに問う。

 

「…サーゼクス様…?どういうことですか…?」

『これはね、我々、トップの最後の手段なのだよ』

 

 サーゼクスは一誠にこれから行うことを淡々と説明する。トライヘキサを完全に止めるために膨大な時間がかかること、隔離結界の中で多くのトップ勢が戦い続けること…それを聞くたびに一誠の目は大きく見開かれていた。

 

『先ほど、連絡が届いた。真にルシファーを継げる者が現れたというのも喜ばしい。ヴァ―リ・ルシファー、彼こそルシファーを真に継ぐに相応しい者だ。悪魔にルシファーは必要だ。しかし魔王はこれから他にも必要になるだろう。イッセーくん、キミは魔王になってみるといい』

 

 もはや言葉も出せないほど体力を失っている一誠の意志は消えかけていた。そんな彼に現魔王は意思を残そうとしていた。

 

『キミなら、きっといい魔王になれる。いまは足りない部分も多いだろうが…遠くない将来、必ずキミは───全勢力の希望のひとつになれる』

 

『リアスと、ミリキャス、そしてグレイフィアをしばらくの間、よろしく頼むよ。ああ見えて、彼女はリアス以上に寂しがり屋でね。私がいない間、彼女の話し相手になってあげて欲しい。リアスやソーナ、サイラオーグたちと共に冥界を頼むよ。そして次のミリキャスたちの世代も、そのさらに次の世代も、私の代わりに見ていてほしい。また会う時まで…』

 

 サーゼクスは言葉を切る。とうとう限界が来た一誠はそこで意識が途絶えてしまったようだ。

 小さく息をする一誠に、大一はちらりと視線を向ける。どこまでも期待を向けられる弟に、一種の感心すら覚えてしまった。

 サーゼクスは微笑むと、今度は大一へと視線を向けた。

 

『みんなを頼むよ。無事にここから連れ出してくれ』

「ええ、もちろんです。グレイフィア様のことも心配しないでください」

『そうだろうな。そのような姿になっても、約束通り我々の道を切り開いてくれたのだからね。…行く前に教えてほしい。何があったのかを』

「…ディオーグが私の代わりに命を懸けてくれた、それだけの話です」

『…そうか。ならば、やはりキミを残すことは正解だったのだろう。あの龍が命を懸けて守り切った命なのだから』

 

 無名と言われた相棒を、主や師がハッキリと認めてくれたことに大一の心の中で熱い思いが込み上げてきた。目からあふれそうになる涙をこらえながらも、最後まで主たちの勇姿を見届けるために彼は耐えた。

 

『キミは本当によくやってくれた。表立ったルシファー眷属でないにもかかわらず、その成し遂げたことに感謝しかない。だからこそ、キミにはイッセーくん以上の期待をしてしまうんだ』

「…私は弟よりも強くなりますよ」

『それが聞ければ満足だ。またいつか会おう』

「ご武運を祈ります」

 

 サーゼクスが眷属の元へと向かっていく。そしてトライヘキサの巨体が上空への穴へと完全に吸い込まれるのと同時に、まばゆい光が辺りを包み、大一の2人目の主君は他の眷属や魔王と共にその姿を消していった。

 残された彼は大きく息を吐きだすと、シャドウを使って一誠、グレイフィア、アリッサを抱えて、この場を離脱するのであった。

 




短期間で2回も大きな別れを経験しましたが、もはや覚悟は決まっています。
ということで、次回あたりで21巻分のラストとなります。


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第206話 不穏

激動の21巻分も今回で終わりです。
久しぶりに彼との会話も。


 サーゼクス達との別れを経てから、大一はルシファーの転移魔法陣を展開させる。向かった先は病院で、そこに3人を医師と看護師に預けた彼は早々に着替えを済ませ、リアス達に一誠達を運んだことを報告した。その後にすぐに無角と戦った屋敷に戻り調査を行った。もっとも魔力も何も感知できず、成果は無かったのだが。

 正直なところ、リアス達の下に直接向かわなかったこの判断は正解であったと感じていた。背中に一誠、左にグレイフィア、右にアリッサと大所帯だ。シャドウがいなければ運ぶことは間違いなく不可能であった状況で、込み入った話は避けたかった。あとから聞けば、援軍として駆けつけたメンバーもいたので、尚のことであった。

 戦いの余波による破損物や土地の修復や一般人の記憶操作といった戦後処理のために、「D×D」は駆り出されていた。そんな中、とある海岸に設置された休憩所のテントにグレモリー眷属とシトリー眷属が集まったところで、大一はようやく仲間達と合流した。

 彼が皆の前に姿を現した時、何者かすぐに気づかなかったようだ。いや直面しても、誰かだとハッキリと理解していたかと言えば怪しい。ゆえに大一が口を開いて声を出したことでようやく気付かれたようなものであった。

 

「お疲れ様です」

「…大一なの?」

「俺以外にいないでしょう」

 

 リアスから問われると、大一は肩をすくめる。仲間達が衝撃的な表情をしているのが目に入るが、ほとんどが驚きで言葉が紡げないような様子であった。おそらく同じような反応をこれからも見ていく必要があると思うと骨が折れる想いであった。

 そんな彼に朱乃が震える手で頬に触れた。

 

「その傷…どうしたの…?」

「たぶん相当ひどいことになっているんだろう?」

「だって…だって…」

 

 朱乃は言葉が紡げない。左半分近くが火傷と傷が入り混じった顔、変わった皮膚は首へと続いていき残った左腕を覆っている。誰でも初めて見れば怯むには充分な容姿であった。すぐにアーシアが回復のオーラを当てるが、その皮膚は変化することは無かった。愛する男がどうしてここまで酷い状態になったのか、それを思うと胸が絞めつけられる。

 朱乃は目からぽろぽろと涙をこぼしながら振り絞るようにつぶやいた。

 

「…無事でいるって約束したじゃない…!」

「逆だよ。無事だからこそ、この姿になったんだ。俺は死んだはずだった。それを助けてもらったんだよ」

 

 大一はこの姿へと変化した経緯について話し始める。無角との戦い、ディオーグが命を与えてくれたこと、新たな力…口にするのは舌が重く感じるものの、炎駒達に話した時と同様に落ち着いていた。

 

「俺にとって大切な相棒が残してくれた命であり、ディオーグが生きた証なんだ。未練はないよ」

「…いつもそうやって…私は知らないところで…またあなたを失いかけたのに…」

「いつも心配かけさせてごめん。でも今回は失ったものも多かったな」

 

 大一は朱乃を優しく離すと、リアスとソーナに向き合う。自分の姿は二の次であった。今回の件でもっとも話をするべきは彼女たちであった。そして意を決して大きく頭を下げた。

 

「今回の作戦、俺は知っていました。サーゼクス様とセラフォルー様が覚悟を決めていることも。お二人にそのことを伝えられなくて、申し訳ありませんでした」

 

 サーゼクスたちの作戦を止められたわけが無い。代わりに犠牲になれたわけが無い。それでも真実を知っていながら、最後まで関わりの深い彼女たちに伝えなかったことは謝るべきだと考えていた。大一にとって、これはひとつのケジメであった。

 そんな彼の様子にリアスは小さく息を吐く。

 

「あなたは悪くない…と言っても、あなたなりのケジメなんでしょうね。たしかに辛いものよ。お兄様はルシファーである前に…私にとってはグレモリーの兄でもあるんだから。せめて卒業する私を見て欲しかったの。お節介だけど、優しくて強いあの人に」

「リアスさん…」

「でもそんなお兄様だからこそ、世界を守るために旅立つことを決めたのよ。私はそんな兄を誇りに、今日の光景を忘れないわ。あなたにとってのディオーグと同じように、兄は私の心の中で生き続ける」

 

 リアスの頬には涙が伝った跡が見られる。それだけでも彼女が、兄との別れに抱いた想いを察するには充分であった。同時に彼女の言葉が本物であることも理解していた。偉大な主の妹であり、自分の最初の主の強さを大一は改めて目の当たりにするのであった。

 

「それに永遠の別れと決まったわけじゃない。次に会った時にもっと立派になった私を見てもらうんだから。そうでしょう、ソーナ?」

「…私だって同じ気持ちです。お姉様の覚悟を無下にはしません」

 

 ソーナは目を真っ赤に泣きはらした状態で答える。いつもの整然とした様子は鳴りを潜めいたが、それでも出来る限り気丈にふるまっているのが見て取れた。それでも再び堪えきれなくなったのか、後ろを振り向くと眷属たちを連れて、戦後処理へと向かっていった。

 ソーナ達の後姿を見ていた大一に、今度はリアスが話しかける。

 

「あなたも多くを失ったわね…」

「ええ。でも悲しんでいれば、それこそ尊敬する人たちに顔向けできないでしょう」

「私の眷属から離れたと思ったら、こんなに強くなっているんだから…。それじゃ、私たちもそろそろ行くわよ」

 

 リアスの指示のもと、彼らも戦後処理へと向かう。それぞれ大きな存在を失ったものの、彼らは未来に向かって強く踏み出すのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後、大一は特殊な異空間に位置する部屋で椅子に座っていた。彼以外に部屋にいた人物はひとりしかおらず、テーブルを挟んで対面にいた。

 

「なるほど、義兄上たちはそうなったと」

「お前には伝えておこうと思ってな。言っておくが、アジュカ様やグレイフィアさんから許可は貰っている」

「まあ、姉上を巻き込まなかったことは評価しますよ」

 

 シャツの襟を正しながらユーグリットは答える。最後に会った時と比べると血色はよく、不気味な印象も薄れていた。

 大一はユーグリットに、ここ数日でのもろもろの事件を伝えていた。もっとも大きな出来事はサーゼクス達がトライヘキサを抑えるために旅立ったことであったが。

 

「私としては姉上から聞きたかったですが」

「今のグレイフィアさんにお前を会わせられるわけないだろ」

「やれやれ、そう声を荒げるものではないですよ。すでに醜い姿なのですから、少しでも愛嬌はよくするべきでしょう」

「お前くらいだよ。今のところ、この見た目にそんな反応ができるのは」

 

 皮肉っぽく言うユーグリットに、大一はため息をつきながら答える。この数日で仲間や家族に会ったが、口を開けて驚かれたり、すっかり言葉を失ったり、挙句の果てにはわんわんと号泣されたりといった反応がほとんどであった。彼のように一笑に付す反応は初めてであった。

 

「しかし現魔王3人に『女王』を除いた眷属たち、堕天使はアザゼル、天界ではガブリエル以外の4大天使とその配下…他にも北欧やギリシャの神々とは、世界は大きく変わりますよ」

「充分、理解している。それもあってお前に話しに来たんだ」

 

 大一としても、ただの同情心でユーグリットに今回の一件を話しに来たわけではない。アザゼルが信頼する相手に残していたとあるレポート、それを持っていたアジュカからある件について打診が来ていた。

 

「リゼヴィム様のことですか?」

「話が早くて助かる」

「あの人がただ死ぬとは思えないので」

 

 トライヘキサの件について説明するにあたり、ユーグリットにはリゼヴィムの死を伝えていた。もっとも聞いたところで動揺らしいものは見られず、知っていたかのような雰囲気を醸し出していた。

 その態度はむしろ歓迎するものであった。リゼヴィムが死んだ際に、トライヘキサの復活することを知っていたとすれば、彼はクリフォトの計画について他にも知っている可能性は高い。魔女集団を率いていたヴァルブルガや独立チームとして動いていたギガンよりも、遥かに情報を得られる見込みがあった。

 

「極秘事項ではある。しかしお前にとってはすでに知っていることかもな。リゼヴィムは何度か異世界に対して情報を送っている。グレートレッドを潜り抜けて、こちらに侵攻することを望んでいたわけだ。行っていたのはリゼヴィム、アポプス、アジ・ダハーカ…しかし異世界の可能性を提示したお前が関わっていないとは思えない。知っていることがあれば、話してほしい」

「やれやれ、ずいぶん要求が大きいな。まあ、たしかに直接的なやり取りはしていませんが、繋ぐ協力はしましたよ。しかしそれだけです。直接のやり取りは彼らだけ、あなた達が知っている以上のことは知りません」

「本当か?」

「嘘をつくメリットがない。私はフェニックスの涙の模造品の精製、赤龍帝の身体の調査、実働部隊の指揮…もろもろやりましたよ。しかしこの件に関しては、そこまで深く立ち入ってません」

 

 淡々と答えるユーグリットの目は、真っすぐに大一を見据えていた。余裕を感じる雰囲気に、大一はわずかに苛立ちを感じたが、同時に彼が嘘をついていないと直感的に思えた。もはや彼にとってクリフォトはどうでもよく、姉のことが気がかりなだけなのだろう。

 ユーグリットは優雅に足を組むと、小さく鼻を鳴らす。

 

「むしろもっと近くのことを心配した方がいい。各勢力のトップが消えた今、他にも警戒するべき相手はいるでしょう?」

 

 彼の言う通り、危惧すべき相手はいくらでもいる。少なくともアジュカは帝釈天ことインドラや、冥界の神ハーデスあたりを危険視していた。そもそもリゼヴィムのおかげで、世界の認識は大きく変わった。外敵の存在に、人々の不安は掻き立てられ、多くの勢力で対抗できる強者を求める傾向が強くなった。悪魔も魔王に加えて、ベリアルの告白もあって多くの強者が不在となったため、早急に代わりを必要としている状態であった。もっともアジュカはそれを踏まえて、シヴァと協力しレーティングゲーム国際大会を企画し、将来に向けて強者を生みだそうと考えていたようだが、彼らがそれを知る由は無かった。

 大一はため息をついて頭を掻く。傍観者として余裕のあるユーグリットの態度と相まって、今後の不安が膨れ上がっていくような想いであった。

 

「もっとも無用な心配かもしれない。冥界には赤龍帝がいるのだから。たしか上級悪魔への昇格の話があるそうじゃないですか」

「…誰から聞いた?」

「さあね」

 

 たしかに悪魔の上層部で、一誠の上級悪魔昇格の話が出ていたのは事実であった。これまでの活躍と、今回の戦いでアポプスを倒したことを踏まえたうえでの評価であった。転生して1年未満での昇格は、過去に例を見ないものであった。ヴァ―リと共に未来の超越者候補として数えられているようだ。

 しかしこの話は、大一はアジュカから打診を受けた際に伝えられたもので、まだ公にはされていないものであった。それゆえに目の前の男が、どこで聞いたのか不気味に思えた。

 

「あなたはどんどん追い越されているようですね」

「そんな煽りを気にする俺じゃないぞ」

「事実を述べただけですよ。あなたにも底知れなさはありますが、どうも気づかれていないようだ」

 

 大一としては、どうもただ煽られているようにしか思えなかった。情報も期待したほど得られず、早々に立ち去ることが賢明と判断すると、椅子から立ち上がり扉の方へと向かおうとする。

 

「サザージュは見つかりましたか?」

 

 ドアノブに手をかけた大一の動きが止まる。まるで彼の心の中にあったわずかな不安を見透かしたような一言であった。

 息を整えると、彼は動揺を丁寧に隠しながら振り向いた。

 

「目下、捜索中だ。当てがあるのならば教えてほしいが」

「私は何も知りませんよ。ただあれには注意した方がいい」

「あいつのチームは、ほとんど無力化している。今さら、兵を集められるとは思えないが…」

「たしかに彼はリゼヴィム様や邪龍と比べれば大したことない。赤龍帝達と比べれば、特別なところは無い。しかしたまに覗かせるんですよ」

「なにをだ?」

「そうですね…底知れなさ、とでも言いましょうか」

 

────────────────────────────────────────────

 

 その洞窟には、広い空間に奇妙かつまるで似合わないテーブルが複数あった。大量の薬品に魔導書が乗せられており、それらは煙を上げたり、不気味な光を放っていた。壁や床のいたるところには不気味な紋様や魔法陣が、乱雑に記されており、自然的な要素は廃されている。

 もっとも不気味さを出しているのは、天井に埋め込まれ、鈍い紅い光を放っているものだろう。石のように見えたが、定期的に心臓のように脈打っており、硬さと柔らかさの要素を内包している様子は、この世のものとは思えなかった。

 そんな洞窟に置かれている椅子に腰かけながら、サザージュは静かにグラスに注いだ酒を煽っていた。人間界でも買える安酒であり、味わっているというよりも気を紛らわせるために飲んでいるとしか思えなかった。

 据わった眼で、彼は天井の存在に目を向ける。

 

「ずいぶんと時間がかかった…多くのものを失った…だがこれで決着がつく…」

 

 彼は人生をかみしめるかのように呟いていく。生まれてから今日という日まで、なんとも数奇な運命をたどったものかと感じていた。

 しかしそれに終止符が打たれる時も近かった。最後の目的を果たしたとき、彼は初めて心から満たされるのではないかと思っていた。

 

「世界を…終わらせようか」

 




いよいよ次回から22巻分となります。


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卒業式のグレモリー
第207話 不透明な未来


今回から22巻分スタートです。
この巻分を最終章とします。


 2月下旬、すでに邪龍たちとの戦いから20日以上経っていた。風呂から上がった大一は廊下を歩きながら、首にかけているタオルで額の水滴を拭っていた。

 

「やっぱりこの姿で汗が出るというのは、どうも変な感じがするんだよな」

『違和感はあるだろうね。龍人状態の時とも違うみたいだし。あの怨念の影響もありそうだよな』

「思い出すだけでも疲れるな」

 

 シャドウの言葉に、げんなり気味に答えると、居間でテレビを見ていた父親に大一は声をかける。台所では母が難しそうな表情をしながら、2つの缶を見比べていた。

 

「父さん、風呂いいよ」

「おう、ありがとな。俺もさっさと入ってしまうか」

 

 ソファから立ち上がり父は大きく伸びをしながらつぶやく。なんてことない日常のようであったが、これが大一にとっては大きな変化であった。彼の左半身はディオーグによって再生した傷だらけの体、さらに右腕は無い状態で、肩からはシャドウが眼玉をギョロつかせている。

 そして今の姿を両親の前で普通にさらけ出しているのだ。これまで悪魔のことを隠し続けていた彼であったが、今はさらけ出した状態でいられるのは気が楽であった。もっともこの姿になった後に会った際は、本気で号泣されて仲間達よりも説得に時間がかかったのだが。

 密かな気楽さを感じながら、彼は冷蔵庫に向かって冷たい飲み物を取りに行こうとしたが、そこで母に呼び止められる。

 

「そういえば、大浴場の方を大一は使わないの?」

「使わないのって、あっちは女性専用…いやその言いぶりだと、もしかして一誠が使っていたこと気づいている?」

「わりと最近だけどね。リアスさん達が同意の下ならいいと思うけど」

 

 母は肩をすくめながら小さなため息と共に答える。呆れと同時に半ば諦めたような雰囲気であった。弟のエロさについてはもはや諦めている節があるのだろう。

 

「だとしても、俺が使うのはおかしいだろ」

「違うのよね…要するに…大一ももっと朱乃さんたちと距離を縮めるべきだと思うの」

「あーはいはい、そうですねー」

 

 母の言葉に、急激に反論する気力が減っていくのを感じた大一は適当に答える。冷静に考えれば、リアスやアーシアが裸エプロンになるのを止めなかった人達だ。心配な息子に、発破をかけるくらいはやるだろう。

 

「そうだぞ、大一。あれほどいい人はしっかりと繋ぎとめておかないとな。父さんも母さんも期待しているんだ」

「悩んだときはいつでも言いなさいよ。私たちでなくても、影ちゃんだっているんだから」

「だからって息子の恋愛事情に物申さないでくれよ…」

 

 げんなりした様子で、大一は冷蔵庫からお茶のペットボトルを取ると、その場をそそくさと立ち去っていく。さすがに両親からこれ以上のお節介を受けるのは、さすがに辟易していた。なによりもこの件に関しては、今の大一にはあまり触れてほしくないものであった。

 エレベーターに乗った大一の肩から眼をギョロつかせながら、シャドウは半分当惑したような声を上げる。

 

『この前から思ったんだけど、影ちゃんと言われるのは慣れないな。そんな感じとは無縁だったからさ』

「まあ、いいんじゃないのか。嫌ってわけじゃないんだろ?」

『別に呼び方はどうでもいいんだけど…なんというかな…むず痒いし疲れるんだ』

 

 歯切れの悪い言い方であったが、シャドウが大一に行ったことを踏まえれば、この神器なりに思うところはあるのだろう。もっとも大一はシャドウに支配されたことを両親に明かすつもりは無かった。ヴァ―リを許したほどの両親であれば、シャドウのことも許すだろう。それを確信はしているゆえに、わざわざ話す必要も感じられなかった。

 こんな会話をしながら、彼の足は自室へと向かっていく。いつも通りの行動のため、頭で考えたものでは無く、身体が覚えているものであった。そのため彼はドアを開ける際の違和感にまるで気づかなかった。

 扉を開けて真っ先に視界に入ったのは透けたランジェリー姿の朱乃の姿であった。

 

「あらあら、ちょうどいいタイミング♪」

「…ごめん、部屋を間違えた」

 

 淡々としたリアクションで扉を閉めようとした大一であったが、彼女は手早く近づいていき、腕をつかんで引っ張っていく。

 

「大丈夫。間違っていないわ」

「いやどう見ても別物…」

 

 無骨なデザインであったはずのセミダブルベッドは、3人くらいなら悠々と横になれる大きさものであり、それが部屋の真ん中に陣取られている。テーブルやイスは見慣れないデザインとなっており、もろもろ詰められていた本棚は消え去っていた。

 

「悪魔と天使が子づくりしても問題ない部屋に変化するドアノブがあったでしょう。あれの堕天使バージョンをいただいたのよ」

「つまり俺の部屋のドアノブを変えて、その別部屋に繋がったと」

「そういうこと」

 

 なんとも楽しそうな笑顔で朱乃は答える。同時にどこか覚悟めいた雰囲気であり、彼女は身体を預けるように大一に抱きつく。

 彼女の身体の柔らかさ、風呂上りなのか鼻をくすぐるシャンプーの匂い、見惚れるような黒髪、あらゆる要素が大一を緊張させており、そこに追い打ちをかけるように朱乃のしっとりとした声色が耳に届く。

 

「私もお風呂は終えたわ。お願い。私の初めてを…」

「ちょ、ちょっと待って。まず落ち着こう」

 

 言葉を続けようとする朱乃を、大一は慌て気味に引き離す。少し不満げに頬を膨らませる彼女に、彼は気恥ずかしそうに疑問をぶつける。

 

「なんか最近、積極的すぎないか?」

「んー、嫌かしら?」

 

 彼が今の姿になってから、朱乃はアプローチを積極的にしかけていた。今まで以上に身体を密着させ、キスも何度も求めてくる。明らかに加速する好意に対して、すべて応えることが出来なかった彼としては、申し訳なさと同時に疑問も抱いていた。

 

「そういうわけじゃなくて、どうしてそこまで…」

「何度も愛する人を失いかけたのよ。しかも今回は私の知らないところで。不安だから一緒にいたくなるのは当然よ。それにあなたのことだから、今の見た目を気にして距離を置こうとするかもと思って」

 

 誘うようにウインクしながら、朱乃は主張する。今の大一は外出する際は義手に加えて帽子やメガネが手放せず、学校に登校する際には、仲間の手を借りて魔力や特殊なゴム製の皮膚を貼って傷をごまかしている状態だ。

 もちろん彼は今の姿を肯定している。ディオーグから貰った命を反故にするような感情はさらさら無かった。

 とはいえ、見た目のおぞましさは否定できない。仲間達から距離を置かれないことは安心しつつも、恋人に対して積極的に触れ合うことには二の足を踏むだろう。そう予想した朱乃は、彼に対して積極さを増していった。

 

「朱乃、俺は別に…」

「でも否定はできないでしょう?無意識に距離を取ってもおかしくないじゃない」

「信用なさすぎだろ」

「今までが今までだったから当然よ」

 

 さらりと言い放つ朱乃に対して、大一は反論する材料を持ち合わせていなかった。実際、心の中でどこかブレーキをかけられていたからこそ、彼女の期待に応えきれなかったのだろう。

 

「私があなたを見た目だけで好きになっていたら、もっと早く一緒になっていたでしょうね。もっともその場合は、今のような関係にならなかったかもしれないけど」

「そこまで言われると…生き残ったのがすごく嬉しく感じる」

「ふふっ、じゃあその嬉しさを私にもちょうだい」

 

 そう言うと朱乃は目を閉じて顔を上へと向ける。腕は彼の首の後ろに回しており、何を求めているかは明らかであった。少し迷った大一であったが、間もなくゆっくりと唇を合わせる。触れるだけのキスでありすぐに離れたが、彼女はそれでは満足せずに顔を向けたままにする。

 

「えーと…」

「もっと」

 

 再び唇同士を触れさせるが、それでも彼女がねだるのは終わらなかった。3度目ともなると自然に唇を動かし、気づけば互いに舌まで触れ合うようなものに発展していく。互いの腕には力が入り、さらに密着していく。

 戻れなくなる、そんな想いが彼の脳裏をよぎったが、それはすぐに頭の中から吹き飛ばされていた。愛する感覚、愛される感覚、今の大一は彼女の想いに応えようとしていた。しかし…

 

「邪魔して悪いけど、打ち止めにしてくれる?」

 

 いきなり扉の近くから聞こえた声に、大一も朱乃も身体をびくりと震わせて、互いに顔を離す。声の方を見ると、リアスが真面目な雰囲気で立っていた。その後ろでは小猫とロスヴァイセが覗き込むようにちょこんと立っていた。

 

「ちょっとリアス、いくらなんでも…」

「好きで邪魔したわけじゃないわよ。私だってイッセーと…いや、それはどうでもいいわ。さっき冥界のニュースで、レーティングゲームの国際大会が開かれることが報じられたの。このタイミングで仕掛けてきたのは、どうも気になってね。これから冥界に確認に行くわよ」

「あらあら、でしたら仕方ありませんね。残念ですけど」

「こればかりはどうしようもないって」

 

 大一の慰めに、朱乃は渋々とした様子で頷くともう1度だけしっかり抱きしめて、服を着てリアスと共に出ていく。

 残った大一はまず部屋を戻すために、ドアノブを取り外しにかかるのであった。

 

「ところで小猫とロスヴァイセさんはどうしてここに?」

「…偶然です」

「こ、小猫さんと同意見ですッ!」

「答えになっていない気がするけど…」

 

 逢引きを他の女性に覗かれている、この状況は3人ともどことなく既視感を抱くものであった。

 なんと声をかけようか迷う大一であったが、その前に小猫たちの方からくぎを刺すように話しかけられた。

 

「…言っておきますけど、私も先輩がどんな姿になっても受け入れますからね」

「私だって同じ気持ちですよ!い、いや、仲間としてですけど!」

「その発言が出るということは覗いていたと」

「じゃあ、私はもう寝ますので。おやすみなさい」

「えーと、学校の準備とかもありますので私もこれで!」

 

 大一の発言を半分無視したような形で、2人は去っていく。残された彼は再びドアノブを取り外しにかかるが、彼女たちの言葉に心身ともに燃えるような感覚を抱いていた。

 

「熱いな…」

『惜しかったなぁ。いろいろ変われるチャンスだったぜ』

 

────────────────────────────────────────────

 

 数日後、大一は京都にある零の屋敷へと招かれていた。まさかこの1年で何度も京都に足を運ぶとは思わず、不思議な感覚を抱きながら彼は初めて通された部屋にて零と対面していた。

 

「また奇妙になったな」

「この見た目については仕方ないんですよ」

「もっと内情的な方だ。お前の龍の件は私の耳にも入っている。ただ転生悪魔にその力が混ざりこみ、いよいよ異形の存在と化していると思っただけだ」

 

 茶をすすりながら、ズバリと指摘する零について、どうも居心地の悪さを感じられた。別にその存在について指摘されたからではない。

 思い出すのは、繋がるきっかけとなった炎駒の存在であった。彼女はトライヘキサの戦いの際に、現地へと赴いていた八坂たちの代わりに京都を守っていた。それゆえに炎駒との別れは後から知った形であった。

 口の中で言葉がうごめいているような気分を味わう中、その言いづらい話題を零の方から切り出した。

 

「炎駒の件は残念だったな」

「自分よりも零様の方が…」

「正直、あいつとは古い友人というだけだ。弟子であるお前の方が落胆は大きいだろうよ」

 

 そのまま零は土産の串団子にかぶりつく。もしゃもしゃと口を動かすさまは、キツネの顔と合わせて妙に様になっていた。

 同じような問いを何度か受けていた。そんな彼としては、零の問いに答えることに迷いは無かった。

 

「今回の一件では身体、相棒、尊敬する人たちと失ったものを数え上げればキリがありません。しかし同時に多くのものを貰いました。それらが私の心にあるかぎり、未来を向いて生きていくだけです」

「…炎駒め。入れこんだ甲斐はあったということか。まあ、お前がそのように言えるくらいなら大丈夫なのだろう」

「ご心配ありがとうございます」

「勘違いするな。私が気にするのは部下の方だ」

 

 零はちらりと閉じられたふすまに目を向ける。そこに紅葉が隠れており、こっそりと話を聞いていた。大一もそれには気づいていたが、特に何か言うわけではない。ただ3人ともそれぞれ安心したことを実感していた。

 

「さて、前置きはこれくらいにして本題といこうか。レーティングゲーム国際大会というのが開かれるらしいな」

「零様も参加するのですか!?」

「私がそういうのに微塵も興味も無いのは、お前も知っているところだろう。まあ、八坂は張り切っていたな。少なくともあいつの娘は出ると思うぞ。お前の弟のチームとして」

「ああ、一誠の件は聞いていたんですね」

「史上初ともなる1年未満の上級悪魔への昇格、耳に入らない方がおかしい」

 

 零の声の調子には、皮肉めいた感覚があった。長い時間をかけて今の地位を築いた彼女からすれば、どこか不全的なものを感じたのかもしれない。

 

「すでにチームも集まっているんじゃないのか?」

「お察しの通りです」

 

 前から一誠についていくと話していたアーシアやゼノヴィア、レイヴェルに加え、今回はイリナも天界側でなく一誠のチームに参加を希望していた。さらにタンニーンの息子であるボーヴァが眷属入りを希望していることを耳にしている。まだ上級悪魔昇格の儀式をしていないのに、すでにかなりのメンバーが集まっているような状況であった。

 

「お前はチームを連れて出ないのか?」

「私はそもそもまだ下級悪魔ですので。いちおう中級悪魔昇格の話は上がっていますが」

 

 一誠の上級悪魔昇格の話題と同時に、大一や他のグレモリー眷属、ソーナの眷属の椿姫、匙にも中級悪魔昇格の話は持ちかけられていた。実力面を踏まえれば遅いくらいであったが。

 そもそも大一は今回の大会について、出場するかどうかも決まっていなかった。彼の身体の中にはサーゼクスの「悪魔の駒」が残っている。正式に他の誰かの眷属となることは出来ない。リアスから自分のチームに来てほしいと打診は受けていたが、それにもまだ正式に答えられなかった。

 

「…好きにすればいい。とりあえず、我々はせいぜい観戦くらいだろうからな」

「それでいいと思います。アジュカ様たちは今後を見越しての強者の発見を期待したものではありますが」

「強者ねえ…その考え方は不穏に思う時はある」

「どういうことですか?」

「いよいよ力の無い者達は蹂躙されていくしかないのかと思うだけだ」

 




眷属関連は考えもしたのですがね…。


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第208話 繋がりを求め

22巻の一誠とヴァ―リの会話の裏での出来事と思っていただければと。


 その日、グレモリー家に足を運んだ大一はグレイフィアと会っていた。血色よく、落ち着いた様子である彼女の姿を確認するだけでも胸を撫でおろされる想いであった。

 

「お元気そうで何よりです」

「あの人と仲間達が助けてくれた命だもの。私なりに出来ることはしないと」

 

 微笑むグレイフィアの美しさは無意識にも緊張を抱く。それだけでも彼女も大一と同様に、大きな別れと悲しみを乗り越えたことを実証しているように思えた。

 

「ユーグリットにまで知らせる役目をお願いしてごめんなさいね」

「私自身、彼と話す必要もありましたので大丈夫ですよ」

「…もしかしてサーゼクスから頼まれたのかしら?」

 

 グレイフィアの指摘はたしかに正しかった。例の作戦を伝えた後、サーゼクスが残してまで大一に頼んだことは2つあった。そのひとつが「ルシファー眷属としてグレイフィアを助け出す」というものであった。病院まで運び、彼女の心身の負担にならないように、気をまわしていた。

 

「もっとも言われなくても、そうするつもりでしたよ」

「最後まで迷惑をかけましたね。ところでもうひとつは?」

「いやそれは何というか…」

「無理に聞きだすつもりもありません。心の中にしまっておきなさい」

 

 本気で隠すつもりはない。ただ彼としてはどうもこの言葉は、口にするのも気恥ずかしくなるものであった。それゆえにグレイフィアの気遣いには安堵し、落ち着いた状態でお茶を飲むこともできた。

 

「そういえばアリッサのことは聞きましたか?」

「病院から抜け出したみたいですね」

 

 その件について、大一は数日前に連絡を受けていた。治療を始めてから20日以上経っていたが、アリッサのダメージはかなり深刻で、身体の構造も悪魔などとはまるで違うため、困難を極めていた。それでも少しずつ回復していたのだが、忽然と姿を消していた。誰にも気づかれず、病室のベッドはもぬけの殻になっていた。

 完治していないにもかかわらず、その姿を消したのはやはり心配してしまう。

 

「動けるくらいに回復していればよいのでしょうが…」

「例によって『異界の魔力』を利用して感知されずに抜け出したのでしょう。ただ───」

「どうかしましたか?」

「私は厄介ごとになる前に、逃げ出したとも思えるのですよね」

 

 思案した表情でグレイフィアは呟く。狙っているのか、それとも無意識なのか、鋭い雰囲気の彼女の言葉は、ルシファー眷属の「女王」としての威厳が感じられた。

 

「なにか起こるのですか?」

「いや、そういうつもりじゃないんですよ。ただ、大一くんの話では彼女もクリフォトに勧誘されていたらしいじゃないですか。結局は断ったものの、彼女の態度や協力した他のメンバーを踏まえれば、私たちに敵対心を抱いてもおかしくないと思うんです。

これから世界は大きく変化します。より力を求める時代に。今回はあまり表沙汰になっていませんが、『異界の魔力』も注目されるのは時間の問題でしょう」

「要するにアリッサは、その力に目をつけられて利用される可能性があるから逃げたと?」

「私の推測ですけどね」

 

 肩をすくめながら答えるグレイフィアであったが、その推測には説得力があるように思えた。「異界の魔力」を持つクリフォトのメンバーは、いずれも強い憎しみや怒りを抱えていた。同時に倫理や道理を外れたものも見ていた。それを思えば彼女の考え通り、アリッサはいずれ利用される可能性を考えて逃げた可能性はありえるだろう。

 

「前にアザゼルは、『異界の地』は行き場所が無くなった者がたどり着く場所、と話していました。自分は今回の戦いを経験して、それが事実だと実感しました。彼らの所業は許せるものじゃありませんが、同時にもっとなにか出来たのではないかと思うんです」

「…それを言い始めればキリがありませんよ。長い歴史の中で何度もあったことなのですから」

「ええ、理解しています」

 

 重い沈黙が2人の間に流れる。グレイフィアとしては若者の沈痛な悩みであったが、今の大一にとってはこれまでの責任感とは少し勝手が違った。「異界の地」…この存在は特別なものになっていたが、同時に確証は持てないゆえに誰にも話すことは出来なかった。

 

「そういえば、大一くんはレーティングゲームの大会には出場を考えていますか?」

「あー、いや…まだなんとも…リアス様から打診は受けているのですが…」

「無理に受ける必要はないと思いますよ。あなたはずっと抱えてきた。これからはもっと自分の道を歩んでも良いはずです」

 

 言い切ったグレイフィアは内心、このような言葉が出てくることに驚きを感じていた。これから大きく変わる新時代に、大一は必要な人物だと考えていた。そういう意味ではこの大会に参加することは、彼だけでなく冥界にとっても大きな意味を持つ。

 しかし同時にこの言葉を撤回するつもりも無かった。若い身でありながらリアスの支えやルシファー眷属としての仕事を期待以上に遂行してきた。その結果、神器の事件で精神をすりつぶし、弟を助けるために片腕を失った。挙句の果てには残った半身を大きく変えて、精神的支柱であった相棒も失った。それを思えば、彼はもう解放されても良いと思ったのだ。

 そんな彼女の言葉に、大一は目を丸くしていた。そして小さく吹き出した。

 

「おかしいことを言いましたか?」

「い、いえ…失礼しました。ただ先ほど話したサーゼクス様が私に残してくれた言葉と同じようなものだったので」

「それって…」

「ええ、あの人は言ってくれました。『大一くん自身のために未来へと進んでほしい』と」

 

 あの日、サーゼクスが魔王としての立場ではなく、ひとりの悪魔として大一に託したことは、愛する妻の無事と自分に尽くしてくれた少年の未来であった。ディオーグにも別れ際に伝えられたこの言葉は、自分で口にするのはあまりにも気恥ずかしく感じたゆえに先ほどは口をつぐむ方を選んだ。

 そして大一の言葉に、グレイフィアは熱い想いがこみあげてくる。今は離れているものの、愛する夫とのつながりが改めて感じられたのだ。それもひとりの眷属を通して。

 

────────────────────────────────────────────

 

 グレイフィアと別れた大一はその足でとある無人島へと向かった。そこには家族とグレモリー眷属たち、さらにはヴァ―リチームのメンバーが揃っていた。そもそも発端は前日の夕食の会話時に、なぜか父による熱い釣り語りが始まり、あれやこれやと話はまとまって、なぜか全員で釣りに行くことになった。もっとも大一はグレイフィアとの先約があったため、遅れて合流となったのだが。

 転移魔法陣から皆のいる島へと降り立った大一は、左手に封筒を握りながら最初に見つけた相手の元へと向かった。

 

「釣れたか?」

「わあああっ!び、びっくりさせないでくださいよぉ!お兄様!」

「ご、ごめん。まさかそこまで驚くとは…」

「うふふ、ギャスパーったらそんなに驚いちゃって」

「…私はギャーくんの叫びで釣り竿を落としそうになったよ」

「まあまあ、小猫さん落ち着いて」

 

 大一が後ろから声をかけたことに、ギャスパーは大声を上げ、隣に立つヴァレリーは穏やかに笑い、小猫はじろりと睨むように見て、それをレイヴェルが落ち着かせる。1年生組+αの組み合わせで、彼女らは釣りに勤しんでいた。バケツの中身はまだ小さな一匹しかいなかったが、のんびり穏やかな時間を彼女らなりに楽しんでいたようだ。

 そこに黒歌が嬉しそうに、大一に話しかける。

 

「おっと、大一も用事を終わったにゃん?」

「まあな。…ん?お前、釣り竿はどうした?」

「いやいや、私は食べる専門だからね。白音たちが釣り上げたのを、美味しくいただこうとしているのよ」

「だから上げないって言っているじゃないですか」

「もう、そんな意地悪言わないでよ。お姉ちゃん、白音が釣った魚を食べたいにゃ」

「自分で釣ってください」

 

 竿から目を離さずに小猫は答える。すっぱりと切り捨てるような内容であったが、その割には彼女の声は穏やかな印象も感じられた。

 そんな彼女たちに、大一は思い出したように言葉をかける。

 

「そうだ、2人とも。戦いの時に『異界の魔力』を持つ敵の感知ありがとう」

「…いえ、必要なことでしたし」

「そもそも、私の方には来なかったけどね~。あっ!それでご褒美なしとか言わないよね?」

「そんなこと言わないさ。というか、ご褒美ってココアの件だろう?それくらいなら、いつでも淹れる」

「にゃ!?嬉しいこと言ってくれるわ!言質を取ったもんね~。じゃあ、ご褒美は別でお願いしようっと」

「…相変わらずというか強かですわね。小猫さんのお姉さまは」

 

 黒歌が嬉しそうに体を揺らすのに対して、レイヴェルは何とも言えない表情で彼女を見る。その一方で、姉と比べて明らかに煮え切らない様子である小猫の横へと大一は立った。

 

「モックを祐斗と一緒に倒したんだってな」

「…実力で勝てたとは思えません。相手は冷静さを欠いていましたから」

「戦いは時の運もあるんだ。小猫たちが勝ったことには変わりないよ」

「…そうですね」

「なにかあったか」

 

 モックとの戦いを話題に挙げた瞬間、小猫の声の調子が僅かであるがさらに落ち込んでいた。彼女自身、それを理解していたため、大一の方から受け入れてくれる態勢を見せてくれたのは胸を撫でおろす想いであった。

 横目でちらりと姉の方を見る。今はギャスパーとヴァレリーと話しており、短い間なら大丈夫だろうと確信した。小猫は小さな声でつぶやくように話す。

 

「モック・ロッシュを倒した際に言われたんです。姉さまのことで仲間に頼ればいいと。ただの敵であったはずなのに…なんというか…昔のことや姉の件でシンパシーを感じたんです。だから妙にその言葉が耳に残って…」

「そうか…小猫はどうしたい?」

「私は…」

 

 姉の行動の結果、地獄を見せられたのは事実だ。そして後に彼女の愛情も知った。それゆえに板挟みになり、今日まで悩み続けていた。だが根底に黒歌に姉妹としての特別な感情を抱いているのも自覚はしていた。それを純粋にさらけ出せれば、どれだけ楽だろうか。しかしどうしても二の足を踏んでしまう。もし以前のように拒絶されたら、あの時のようにギラギラとした恐ろしさを目の当たりにしたら…。

 

「…先輩は受け入れてくれました。兄や姉って受け入れてくれるものでしょうか?」

「絶対とは言えないよ。弟や妹よりも長く生きているとはいえ、向かってくる想いを全部受け止められるとは限らないからな」

「…もうちょっと考えます」

「まあ、止めないけどさ。考える以上は、最終的に答えを出さなければって。俺も考えることが多くなって、最終的に苦労することが多いから思うんだけどな」

 

 大一の言い方は、どこか促しているようにも感じられた。結局のところ、自分は踏ん切りがつかない状態を後押しされることを求めていたのかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎった。しかし似た境遇の相手の助言と大切な人からの言葉が、彼女の心を振るいあがらせた。おそらくすぐに戻るのは難しいだろうが…。

 

「…もしもの時は支えてくれますか?」

「前に言った時と答えを変えるつもりはないよ」

 

 意を決した小猫は、黒歌へと呼びかける。悪魔の寿命は長いが、関係を戻すのにもさらに時間がかかるはずだ。将来になって後悔を残すことにしたくない。

 

「姉さま、お魚が欲しいなら調理の時に手伝ってください。そしたら…えっと…一緒に食べましょう…」

 

 恥ずかしそうに尻すぼみになっていく小猫の言葉に、黒歌はキョトンとした顔で妹を見ていた。

 そして間もなく嬉しそうに近づいて、妹をぎゅっと抱きしめてわしゃわしゃと頭を撫でる。

 

「にゃはは、もちろんよ。一緒にね♪」

「く、苦しいです…まだそこまでは…」

「いいじゃん!姉妹なんだから!」

 

 小猫と黒歌の様子を見て、大一は小さく息を吐く。完全な和解ではなくとも、彼女たち姉妹は間違いなく1歩踏み出した。特に小猫は困惑しながらも、これまで大一が見てきた表情の中でも心から安心しているように感じられた。

 

「…大丈夫だろうな、小猫も」

「私も親友としてすごく安心しましたわ」

 

 いつの間にか大一の隣にいたレイヴェルは微笑む。潤んだ目を拭って落ち着くように呼吸を整えると、彼女は大一の握っているものへと視線を向ける。

 

「そういえばお兄様、その封筒はなんですか?」

「…ああ、これな。ファンレター貰ったんだよ」

「ファンレター!?」

 

 大一の発言に意外そうに声を上げたのは小猫であった。黒歌、ギャスパー、ヴァレリーも気になった様子で近くに来ていた。

 

「ギャスパー、大一さんってすごい有名人なのね」

「イッセー先輩と比べればそこまでじゃないはずだけど…」

「にゃはは、ギャーくん言うねえ♪でもこういうのって、まとめて管理されるものじゃないの?」

「グレモリー家に直接送られてきたんだよ。それでグレイフィアさんから渡してくれた」

 

 黒歌の指摘通り、一誠やリアスを筆頭に彼女たちへのファンレターや贈り物は数え上げればキリがない。それゆえにまとめて管理やチェックをしていた。しかしすでに大一は大手向きにはヴェネラナの眷属であったためか、その類のものはほとんど見られなかった。今回のファンレターもグレモリー家に直接送られていたため、そのまま渡されていた。封筒には『あなたのファンより』と書かれてある。

 

「女性からですか!?写真とかあるんですか!?」

「おっと、白音ったら焦っている~。赤龍帝ちんのような人気はないから、油断していたでしょう?」

「そ、そういうのじゃありません!どうなんですか、先輩!?」

「小猫が思っているようなものじゃないよ。ほら」

 

 大一から渡された封筒の中身を、小猫はすぐに確認する。他のメンバーも後ろから覗き込むように見ていた。文章量は多いが、内容は要約すれば、レーティングゲームの復帰を望むものであり、以前のサイラオーグ戦の時に感銘を受けたなどといったことが書かれていた。一人称は「俺」、語尾には「っす」などと読むほどに男らしさが滲み出るような文体であった。

 

「読む限りは…大丈夫そうです…」

「よかったじゃない、白音」

「か、からかわないでください…!」

「まあ、納得してもらえたなら良いだろう。さてと、俺も父さんたちの方に行って、竿を借りてこないとな」

 

 大一は小猫から封筒を受け取ると、そのまま感知して父たちの下へと向かった。打って変わった険しい表情を、仲間達に見せないようにしながら。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数分後、大一は両親と合流した。父は釣りの教授を美猴やアーサー、ルフェイにしており、母はリアスと朱乃、それとなぜかウエットスーツを着ていたロスヴァイセとパラソルの下で話していた。彼が来るのに気づいた母が声をかける。

 

「あら、大一も来たわね。」

「ああ。先に小猫たちに会って話していたんだけどさ。ところでロスヴァイセさんはどうしてそんな恰好を?」

「潜って魚を捕っていたんです。けっこう捕れましたよ」

 

 得意げに胸を張りながら答えるロスヴァイセは、捕まえた魚たちを見せる。すでに5匹ほど捕まえており、彼女の技術の高さが垣間見える。

 

「お義姉さまは元気だった?」

「ええ、もうすっかり。落ち着いていましたよ」

「あなたがいてくれて助かるわ。私には無理して気丈に振舞おうとするときがあるんだもの」

 

 やれやれといった様子で首を振りながら、リアスはため息をつく。彼女も定期的にグレイフィアのところへ出向いているが、義理の姉という立場もあってか気丈に振舞うことが多いため、判断がつかないことが多かったらしい。

 そして朱乃の方は彼が持っているものに視線を向けていた。

 

「ところで大一。その封筒はなにかしら?」

「…ただのファンレターだよ」

「ファンレター!?」

 

 つい先ほどの小猫と同じような反応をしながら、朱乃は驚く。彼女にファンレターを渡して読むのを待ってから、大一はリアス達に神妙な声で話を切り出す。

 

「3人ともちょっと相談があるのですが」

 




さて原作では大会の方にフォーカスが当たりますが、こちらの方では…。


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第209話 龍の心

ちょっと21巻で触れていなかった情報も出しています。


 一誠の上級悪魔昇格儀式の前日、駒王学園では九重の学校見学があり、一誠やリアス達が対応していた。

 その一方で、グレモリー家の地下にあるフィールドでは2人の男が模擬戦を行っていた。白い鎧を身に着けたヴァ―リがジグザグに動き、四方八方から魔力で強化した拳を叩きこむ。このヒット&アウェイの戦法に、龍人状態の大一は、黒影で形成した錨でいなしていった。鋭い白銀の閃光を追うことは至難であったが、向かってくる攻撃を対応するだけの反射速度は充分であった。

 

「ならば、これでどうだ?」

 

 移動速度はそのままに、今度は複数の魔法陣を展開させると、様々な属性の魔法が撃ち出された。彼が学んでいた北欧の魔法は、実戦でも十分に通じるほどの威力であるのは間違いない。

 

『威力、手数ともに十分。だが守りなら俺も相応に自信がある』

『そして手数なら僕がいる!』

 

 大一の背中から黒い腕が4本も生えだしていくと、その手の平に疑似的な防御魔法陣が展開された。武器である感知と併用することで、どこから攻撃が向かってくるかを読みつつ、防いでいった。

 とはいえ、攻撃を防ぐことで黒煙が一気に展開される。この煙を隠れ蓑にヴァ―リは大一の後方へと距離を詰めていった。それに気づいた大一も素早く振り向くと、ヴァ―リの拳を真正面から錨で防いだ。鎧と硬化した錨がぶつかり合い、力と力が押し合う中、間もなくヴァ―リの方が後方へと大きく下がった。

 

「…このあたりで止めるかな」

 

 鎧を解除したヴァ―リは、ため息をついて首を横に振る。その態度は大一としてはどこか不全感を抱くものであった。今回の模擬戦はヴァ―リから誘ってきたものであるのに、勝手に期待外れのような反応をさせれば、眉間にしわの数本呼び込むのも当然であった。

 

「ったく、いきなり実力を試したいと言うから付き合ったのに、勝手に不服そうにされるのは気分悪いぞ」

「実際、期待外れだったからな。キミの新たな力を見れると思っていたんだが、どうもその気が無いようだからね」

 

 何を期待していたのかを理解した大一は、ようやく腑に落ちた想いであった。要するにヴァ―リは、彼の龍魔状態と戦いたかったのだ。すでに彼の新しい能力は「D×D」メンバーには知れ渡っており、一誠たちの前ではその姿を披露したこともある。身体が肥大化するため、インナーは特製のものが手放せない状態であったが。

 

「俺はそれに満たない相手と言うことかな」

「いや、少なくとも龍人状態で十分だと判断したから、発動しなかっただけだよ。そもそもお前だって、新しい力を見せなかったじゃないか」

 

 反論しながら、大一はフィールドの横で戦いの見学…というよりも、そこで菓子を食べながらぼんやりとしていたオーフィスとリリスを見る。オーフィスの方は身長が伸びて、グラマラスな体型となっていた。なんでも一誠の「龍神化」の負荷を肩代わりし、調整したことで姿が変わったのだと言う。おかげで隣にいるリリスとは本物の姉妹に見えた。

 一誠が彼女の力を借りて「龍神化」という進化を発揮したのと同様に、彼もまた彼女の助力により「魔王化」を発動した。ヴァ―リ、アルビオンの能力を過不足なく発揮した新たな形態は、アジ・ダハーカを見事に打倒したものであった。

 特に申し訳ない様子も見せずに、ヴァ―リは肩をすくめる。

 

「さすがに考えなしに出来るほどのものじゃないからな。このフィールドが耐えられるかわからない」

「だったら、俺にも求めるなよ。まったく、最上級悪魔の男だろうに」

 

 やれやれといった様子で、大一も反論する。今回の一件を通じて、ヴァ―リには最上級悪魔への昇格が決まっていた。一誠のように大々的に儀式は行わずに、秘密裏に昇格の話は進められた。仮にもテロリストとして表向きに行うのは世間体という大きな問題があったのだから当然ではあった。もっともあまり地位に拘らない彼としてはこの話自体は、煩わしさも思うと断っても良かったのだが…。

 

「そう簡単には変わらないさ。まあ、最上級悪魔になることで冥界では様々な特典もつくと言うしな。それにアザゼルの最後の意志でもある」

 

 サーゼクスと共に隔離結界へと飛び立ったアザゼル、彼との別れを痛烈に実感していたのは、他でもないヴァ―リであった。父親代わりの存在との別れは、彼に強い後悔と自身の無力を抱かせるものであった。

 同時に受けていた愛情も間違いなく心に根づいており、それをハッキリと気づかせてくれた。そこに信頼関係は間違いなくあったと、ヴァ―リは言い切れる自信もあった。戦いやまだ見ぬ世界への渇望だけでなく、「守る」という感覚を彼は学んだ。いやアザゼルだけではない。他の仲間や、トライヘキサと邪龍との戦いの前に探し出した母親との出会いも…。しかしこれを彼以外が知る余地は無かった。

 

「今回はお前もいろいろあったからな…」

「そういった同情はいらないぞ、兵藤大一」

「しないよ。それが出来るほど、俺も余裕があるわけじゃないからな」

 

 淡々と答える大一に、ヴァ―リは深く鼻から息を吐く。これで話の区切りがついたともいうように身をひるがえすと、出口へと向かおうとした。

 しかしすぐに思い出したように後ろを振り向いて、ニヒルな笑みを向けてくる。

 

「そうだ。レーティングゲームの大会、キミも参加するだろう?」

「その口ぶりからすると、お前の方は参加するんだろうな」

「当たり前だ。多くの強者が集まり戦うんだぞ。すでにキミとも縁があるサイラオーグ・バアルや曹操、デュリオ・ジェズアルドは参加を表明し、幾瀬鳶雄も登録は済ませている。しかも神クラスも何人か参加する。公式的に神に挑めるなんて、滅多に無いチャンスだからな」

 

 言葉の端々に興奮と昂ぶりが感じられる。戦いへの野心と渇望は彼の精神を燃え滾らせている。この大会への期待がハッキリと伝わってきた。たしかに今回の戦いは、悪魔だけのものでは無かった。様々な勢力が強者の捻出に躍起になっており、同時に今後は他の勢力でもレーティングゲームを取り入れようとする動きがあるため、参加する種族は多岐にわたっていた。

 

「リアス・グレモリーのチームとしてか、それとも兵藤一誠の方か…俺としては気になるところだね」

「…期待してくれるのは嬉しいが、俺はその大会に出ないよ」

 

 期待しているヴァ―リに対して、大一はきっぱりと言い放つ。理由は様々であるが、正式ではないにしてもルシファー眷属としての立場や、参加するのであれば自分の眷属を率いて参加したいという想いが選択を止まらせていた。先日の無人島での釣りの際に、リアス達にも事情を説明しており了承を得ている。

 

「…そうか。それは残念だな」

「意外だな。理由を聞いたり、出場を促すものだと思っていたんだけど」

「キミも兵藤一誠もその身体はひとりのものじゃないだろう?特にいろいろあったみたいだしな」

 

 ヴァ―リはそれだけ言って、フィールドから立ち去っていく。予想外の反応ではあったが、同時に彼の中でも何かが変わっているのが確信できた瞬間であった。

 大一は疲れたように身体を伸ばすと、オーフィスたちの下へと向かっていく。菓子を食べることに熱中して、そもそも模擬戦が終わったことに気づいていないように思えた。リリスはともかく、オーフィスは見た目が成長しても雰囲気がまるで変わっていないように思えた。

 

「終わったよ。帰るぞ」

「ん、わかった」

「リリスも行く」

 

 口をもごもごさせながら2人とも立ち上がる。さすがに放っておいて帰れば、何をしでかすかわからないため、最後の引率まで行わなければならなかった。

 オーフィスは疲れた表情の大一にバナナを差し出す。

 

「ディオーグの宿主、上げる」

「ありがとよ」

「ディオーグ、バナナ好きだった?」

「いや、あいつはそこまででもなかったな。美味いとは言っていたけど」

「クロウ・クルワッハはバナナ好き。ドラゴン、バナナ好き多い?」

「別にそういうわけじゃないと思う。そもそも…あー…とにかく、このバナナはもらっておくよ」

 

 彼女から受け取ったバナナの皮を剥いて、大きくかぶりつく。その甘みは疲労に染み渡るような感覚であったが、同時に模擬戦後としてはこの絡みつくような食感は微妙にも感じた。

 

「ディオーグ、もういない。求めているもの、分からなかった」

「…そうか。俺も似たようなものだ。あいつの記憶を得ても、確証は持てないんだ」

「宿主はディオーグの代わりをする?」

「どういう意味だ、それ?」

「強い覚悟があるように見えた」

 

 さらりと言い放つオーフィスに、大一は特別反応も見せずに2人ともにフィールドから去っていく。頭の中では表向きの様子とはまったく違う動揺した雰囲気でシャドウに話しかけていたのだが。

 

(顔に出ていたか…?)

『いや、野生の感みたいなものだよ。慌てていると、逆に感づかれるって』

 

 シャドウのとりなしに応えるように、静かに息を整えていく。先ほどヴァ―リには話していなかったが、大一にとって大会に参加しない本当の理由は、優先するべきことがあるからだ。それを終わらせない限りは心から臨むこともできないため、レーティングゲームの大会に出ることは見送ることを決意していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 あくる日、オカルト研究部のメンバーは冥界にある列車へと乗り込んでいた。そこにはリアスの両親や、兵藤家の両親も乗っている。彼らがこれから向かう先は、魔王の領土にある巨大な式場であった。そこで一誠の上級悪魔昇格の儀式が執り行われるのであった。

 一誠は朝からグレモリー城で今日の日程の確認やリハーサルを行っており、なんとも忙しなさが感じられる。加えて城から出発してこの列車に乗るまでも、多くのマスコミに囲まれるなど、すでに疲れを感じるような出来事の連続であった。

 しかしこの列車の中でもっとも緊張しているように見えたのは兵藤家の両親であった。それに気づいた一誠が心配そうに声をかける。

 

「…ところで父さん、母さん、やけに緊張しているようだけれど…大丈夫?」

「あ、ああ、そ、そりゃ、大丈夫だ!なあ、母さん?」

「え、ええ、もちろんよ!初めてのところで緊張しているだとか、息子の晴れの舞台で舞い上がっているわけじゃないのよ!」

 

 2人の答えに一誠は恥ずかしそうに頭を掻く。すっかり緊張に参って、のぼせ上っているような反応に、息子としては羞恥心が掻きたてられた。

 そんな2人を安心させるように、リアスの両親が言葉をかける。

 

「ご夫妻、どうか、気持ちを落ち着かせてください。お二人は式場の関係者席でお座りいただくだけでいいのです」

「そうですわ。息子さんの姿を見守るだけでいいのです。式場に呼ばれるのは一誠さんの『王』であるリアスと、とうの本人たる一誠さんだけなのですから」

「…そ、そう言われると、今度は俺が緊張してきたんですけどね」

 

 リアスの両親言葉は、逆に今回の主役である一誠の緊張を駆り立てていた。あと数時間もすれば、彼を中心とした壮大な式典が始まる。多くのお偉方やマスコミ、世間がこぞって注目する。考えてみれば、冷静でいろという方が無理な話であった。

 

「あなたはもっとすごい場面を何度も経験しているのだから、これぐらい慣れなきゃダメよ?ロキだって、リゼヴィムだって、殴ってきたじゃないの」

 

 緊張ですっかり固まっている一誠に、リアスを筆頭に皆が笑う。見方しだいではあるが、一誠からすれば戦闘の時の方がはるかに気楽であったのは否定できない。

 そんな彼はまるで動じずに座りながら、アイスコーヒーを飲んでいた兄の下へと向かう。

 

「兄貴は全然緊張していないな…」

「仮にも家の中では、もっとも冥界に慣れている俺が動揺すれば、それこそ父さんたちはもっと変な感じになるだろうよ」

「まあ、それもそうだけど…」

 

 一誠は疲れた表情で、兄の向かい側に座る。両親の様子とは対極にあるようなその姿には、一種の頼もしさすら感じられる。

 

「義手はしていくんだ」

「そうだな。いちおう二の腕の半分から下が無い状態だから、つけなくてもスーツ着るのは問題ないんだ。しかしせっかくの式だからな。…そういえば、まだお前に言ってなかったな」

「なにが?」

「上級悪魔の昇格、おめでとう。大したものだよ」

 

 小さく笑みを浮かべる大一の言葉に、一誠は気恥ずかしそうに頬を掻く。式への緊張とは違う感覚が身体中を駆け巡っていた。

 

「…ありがとな、兄貴」

「正直、こんなに早くなれるとは思わなかったけどな」

「俺だってそうだよ。まさか1年以内にここまで来れるとはさ」

 

 上級悪魔になってハーレムを作る、その目標はもはや遠い未来ではなく現実的なものとなっていた。それは心から喜ぶべきものであったが、同時にここまで来るのに失ったものも多かった。最近ではサーゼクスやアザゼルとの別れは、彼の心に鋭い杭を打たれたようであった。

 その気持ちを吐き出すように、一誠は兄に話す。

 

「でも不安が無いわけじゃないんだ。上級悪魔になれば、今までとは勝手が違うだろうし…」

「上級悪魔になるのは、大きな責任と期待を伴う。言わば、永い悪魔人生の中でこれはひとつのスタートだ。ここからお前がどうするのか、それが直接的な評価にもなっていく。しっかりと考えるべきなんだろうな」

「兄貴、手厳しいな!」

「一般論を言ったまでだよ。ハーレム作ってハイ終わり、といかないのはお前だって理解しているだろ」

「そうだけどよ…」

 

 自分なりに考えは持っているつもりであった。しかし改めてその問題を直面化させられると、どうにも不安が泉のように湧いて出てくるのであった。

 

「だがそのための眷属でもあるんだ。信頼できて、背中を預けるにふさわしい相手、そういったメンバーを見つけていけばいい」

「兄貴、上級悪魔じゃないのにそういった考えをよく持てるよな」

「嫌味か、お前ッ!仮にもルシファー眷属として、いろいろ学んできたつもりだからな。それに不安を煽るようなことは言ったけどな、まずは今日をしっかり終えることからだろう」

「…そうだな。まずは上級悪魔への昇格をしっかりと終わらせる」

 

 一誠は気合いを入れなおすように頬を軽くたたく。目の前のことを終わらせる、考えるのはそれからだ。それに何かあったとしても、仲間やこれまで培ってきた経験が彼を支えていた。気づけば彼の持つ緊張感はだいぶ消えていた。

 そんな弟を見て、大一は短く息を吐く。これから上級悪魔になるのに、その単純な面は相変わらずだと感じられた。おそらくこれからも同じようなことは繰り返されるだろう。それでも彼は受けている期待には応えていくのだろう。

 

(俺がいなくても大丈夫だよな)

『だからこそ超えていこうぜ』

 

 ギラギラと野心に満ちたシャドウの声が頭に響く。大一はその言葉を否定しなかった。それが何を意味するのか自覚しているものの、言葉としては出さず、ただ心の中で力強く燃え上がらせていた。もっとも…

 

「ところでご夫妻。実はこのようなものを作りました。『おっぱいドラゴン牛乳』といいまして、グレモリーの領地で育てている冥界乳牛から取れるミルクに独自の製法を───」

「まあまあ、これはうちの子を模したとかいう作品の関連───」

「喉ごしも良くて、甘みもありますな!これなら子供からお年寄りまで───」

「今年の夏までには商品化を目指しまして。もちろん、それによって発生する著作権使用料はご子息のもとに───」

 

 両親とリアスの父の会話の方にすっかり気を取られてしまうことになったのだが。

 




ということで、大会にオリ主は出ません。
そうなると、原作で戦っていたあの人が物申したくなると思います。


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第210話 昇格儀式

一誠の昇格の儀式の話です。
流れ自体はあまり変わりません。


 魔王領の駅に着いた一行は、リムジンに乗って式場へと移動する。トライヘキサや邪龍との戦いは終わったものの、いまだに警戒を強める警備は、少し見渡すだけでも厳戒態勢であることが察せられた。多くのお偉方や期待の新星が集まることを踏まえれば当然だろう。シャドウは『また赤龍帝だけ…』とブツブツと文句を垂れ流していたが。

 式場につくと、一誠とリアスはせわしなく準備をさせられる。その一方で、服装を整えた大一たちは関係者席についていた。

 

「なあ、大一。本当に座っているだけで大丈夫だよな?」

「大丈夫だって。リアスさんのご両親も話していただろう。俺らはここに座っているだけでいいの」

「ああ、緊張するわ…。大一の卒業式の前に、こういうことを経験すると思わなかった」

「いや、卒業式よりも遥かにこっちの方が凄いからね」

 

 会場の広さと絢爛性に両親は圧倒されていた。式場の大きさはプロ野球のドームにも劣らないほど大きく、そこにいる人たちが一誠の昇格を祝うために集まっているのだ。自分たちの知らないところで息子がこれほど慕われているのを目の当たりにすれば、その動揺と緊張も当然であった。

 

「しかし上級悪魔の式ってここまで盛大なんだな」

「いえ、ここまで大規模であるのは珍しいですわ。世界的にも有名なイッセーくんだからこその対応だと思うの」

 

 大一の隣に座る朱乃が耳打ちする。実際、彼女の指摘通りの意図は組まれているだろう。ヴァ―リが最上級悪魔への昇格をひっそりと終わらせたことを思いだせば察するのは難しくないだろう。

 

『力の誇示は一種の牽制でもあるからね。いや~、赤龍帝は愛されているからな~』

「別に私はそういうつもりで言ってません」

『ハイハイ』

 

 露骨に悪意を隠そうとしない皮肉めいた言い方をするシャドウに、朱乃がピシャリと言い放つ。所有者である大一はともかく、彼の嫉妬深い性格には、仲間達はいまだに慣れていなかった。

 とはいえ、このような会話も早々に打ち止めとなった。一誠とリアスが入場して来たのだ。一誠は悪魔の正装姿で、髪までワックスで強引に整えられていた。リアスの方は儀式用のドレスを着ており、化粧を施した美しさは遠目からでも理解できた。

 

「すごいな」

 

 無意識に口から言葉が紡がれる。とっくに弟が自分よりも先に進んでいることなど、とっくに気づいている。列車内での会話から、彼が内心とてつもない緊張を抱えているのも知っている。

 それでもリアスと共に、この式場を歩いていく姿は冥界を救った「英雄」として堂々たるものに見えた。思い返せば、堕天使から殺されかけたのを皮切りに彼は多くのことを救い、打倒してきた。主を、仲間を、家族を、世界を…。それらの結果がこれから始まるのであった。

 そしていよいよ儀式が始まる。一誠の数々の功績が読み上げられ、魔王アジュカ・ベルゼブブから期待の言葉が寄せられる。さらにはこの日のために冥界きってのオペラ歌手がオファーされて、祭壇で歌まで披露された。もっともその歌は…

 

『と~あるぅ国のぉ、隅っこにぃ、おおおおおっぱい大好きぃ、ドラゴォン住んでいるぅぅぅッ♪』

(なんで『おっぱいドラゴンの歌』なんだよ…!)

 

 どれだけ弟が認められようとも、兄として認めたくない歌と呼び名にすぐにでも耳を抑えたくなった。隣に座る朱乃が察したように彼の片手を抑えていたため、それは叶わなかったが。

 ようやく歌も終わり、本命である昇格の瞬間が近づいてくる。一誠とリアスが祭壇に立ち、まずはアジュカからの承認証の授与が始まった。

 

「リアス・グレモリー眷属たる汝、兵藤一誠を上級悪魔とする」

「謹んでお受けいたします」

 

 片膝をついた一誠は、魔王から承認証を受け取る。ここで長々と語る者もいるようだが、さすがに高校生の彼としては、リアスからの助言もあってシンプルな方を選んだようだ。

 次にリアスと向かい合った一誠は、再びその場で片膝をつく。そして彼女は係の者から受け取った王冠を、大切な「兵士」であった彼の頭の上に乗せた。主から被せられた旅立つ下僕への印は、ずしりと確かな重みを感じさせた。

 そしてアジュカが手を上げると、祭壇に黒光りする大きな石碑がゆっくりと降り立った。この石碑に触れることによって『王』としての登録が済むのであった。

 

「さあ、新たな『王』、兵藤一誠。石碑の前へ」

 

 魔王に促されて、一誠はオーラを纏わせた右手で石碑に触れる。すると石碑は紅に輝き、彼の手形を浮かび上がらせると、あっという間に輝きを失っていった。この一連の流れで上級悪魔としての登録が完了となる。最後にアジュカが一誠に「悪魔の駒」が15個入った箱を渡されて、彼らの出番は終了となる。

 あとは来賓による祝いの言葉が続く。一誠とリアスにとっては実質的な昇格の儀式を終えて、ようやく重荷を下ろしたように息を吐いていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 式は滞りなく終わり、一行は先に退場した一誠とリアスのいる控え室に集まっていた。仲間達が改めて祝いの言葉をかける中、両親は目元を潤ませている。

 

「なんだかわからんが、イッセーの晴れ舞台はやっぱり感動するなぁっ!なあ、母さん!」

「ええ、お父さん。うちの息子は、父親よりも出世しているようで感動しちゃうわね!ところで、上級悪魔って何が特権なのかしら?お給料が上がったりするのかしら?」

「イッセー!俺よりも偉くなったんだから、今度のボーナスで旅行券でもくれ!息子からのお祝いで母さんと旅行に行くのが夢のひとつでもあったんだ!」

「草津温泉とかいいわねぇ」

「いえ、お二人とも。イッセーの現在の立場でしたら、世界一周旅行もゆめではありませんわ」

「「せ、せ、せ、せ、世界一周ぅぅぅっっ!?」」

 

 リアスの回答に、2人とも身体を震わせて驚く。あまりの様子に、大一はシャドウで手を形成して支えるように肩をつかんだ。

 

「父さんも母さんも落ち着いてくれよ」

「だ、だって、世界一周だぞ!?そんなにすごいのか!?」

「上級悪魔はそれくらい特別なんだよ。というか、温泉旅行くらいだったら俺が出すよ」

「大一もお給料もらっていたの!?」

「一誠ほど荒稼ぎじゃないけどね。それに今後はどうなるか…いや、それはどうでもいい」

 

 大一は煩わしそうに首を横に振る。ルシファー眷属としての給料は彼の冥界の口座にしっかりと振り込まれている。サーゼクスは丁寧に相応の金額を振り込んでくれており、まったく手を付けていなかったためそれなりの額が貯まっていた。もっとも一誠の「おっぱいドラゴン」関連の荒稼ぎと比べると、雲泥の差であったが。

 そんな会話が繰り広げられる中、控え室に予想外の人物が来訪する。ライザーと母親であるフェニックス家当主の夫人が現れた。

 

「兵藤一誠さん、ごきげんよう。上級悪魔になられたようで、あらためておめでとうございます」

「こ、これは、レイヴェルのお母さん!お久しぶりです!それと、ありがとうございます!」

 

 少しあたふたしながら一誠は頭を下げて対応する。今回、彼女がここに来たのは他でもなり娘のレイヴェルのトレードの件であった。

 

「早速トレードを致しましょう。こういうのはパパッと早めに片付けた方がよろしくてよ?私も時間が取れないので、次にお会いできるのがいつになるかわかりませんし」

「そうね、確かにちょうどいいわ。こちらもトレードをしましょう。アーシアとゼノヴィアをね」

 

 夫人の話に、リアスも便乗してアーシアとゼノヴィアに声をかける。去年から2人が一誠についていくことで話がついており、いよいよそれが実現しようとしていた。

 彼女たちがトレードの準備を進めている一方で、ライザーは大一に話しかける。

 

「リアスから聞いた。今度の大会に、お前は出ないんだってな」

「ええ。一誠が抜けた分を埋めることで話は頂いていたのですが見送ろうかと。一誠もまだ迷っているみたいですが、ライザーさんは出場するんですよね」

「ああ。ウチは俺と長兄のチームが出ることになっている。優勝は難しいが、神クラスとも戦えるような機会だ。参加すること自体に意味があると思っている。だから、お前も出れば名を上げるチャンスだと思ったんだがなぁ」

 

 ライザーの言葉は、決意と同時に落胆めいたものが感じられる。彼としては兵藤兄弟の参加には強い期待があったのは間違いなかった。もっとも大一は一誠が参加することに微塵も疑いを持っていないのだが。

 

「聞けば、レーティングゲーム復帰を期待するようなファンレターまで来たみたいじゃないか。もったいないな」

「…俺も迷いましたけどね。あれを貰ったからこそ、俺は自分のチームで出たいと思ったんですよ」

「まあ、無理強いをするつもりはないけどよ…。しかしリアスの方は大丈夫なのか?お前も弟もいないし、このままだと他の眷属も何人かあっちに行くんだろう?だいぶ難しそうに思えるのだが…」

「そのあたりは大丈夫です。チームメイトについては、目星がついているようなので。しかも引けを取らないレベルですよ」

 

 先日の釣りの際に、大一が参加しない旨を話したことに、リアスと朱乃は少々残念そうな様子を見せたものの、彼を引き留めることはしなかった。もちろん、真意は違ったかもしれないが、とにかく彼の不参加については納得してくれていた。その際に、リアスの方から大会に参加する際に新たなメンバーを招き入れる予定を明かした。彼女の方も、一誠が別枠で参加することを疑っていない様子であった。

 大一とライザーが話をしている間に、気づけばトレードは済まされていた。アーシアとゼノヴィアは嬉しそうに一誠に抱きついており、レイヴェルは気合いを入れなおすように握りこぶしを作っていた。

 

「イッセーさん!大好きですっ!もう離れません!」

「ははは、アーシアが離れたことなんてないじゃないか」

「私も一緒だぞ!大暴れしてやろうなっ!」

「ほどほどに頼むぜ、ゼノヴィア!レイヴェルも、これからよろしく頼むぞ!」

「もちろんですわ。眷属としても、マネージャーとしても、『王』であるイッセー様のために尽くしますわ」

 

 さっそく眷属を得た一誠に、フェニックス家の夫人はなにやら耳打ちをする。さらに入れ替わるように、今度はライザーが彼に声をかけた。

 

「それで、兵藤一誠。念願の上級悪魔になったが、目標に変わりはないんだろうな?」

「そりゃ、もちろん、酒池肉林!美少女美女てんこもり!おっぱいいっぱい、夢いっぱいなハーレム王ォオッ!…ってのがスタートだったんですけどね。今はプラスして、身内、仲間、家族で平和に過ごせるようにできたらいいなって思います。ただ、もうひとつだけ加えることがあります。俺の大切なものを傷つける者は何人であろうと、神だろうと、絶対に倒す」

 

 一誠は部屋にいる皆に聞こえるようにハッキリと告げる。禍の団、クリフォト、邪龍、トライヘキサ…強敵たちとの戦いは、彼に強い決意を抱かせるには充分なものであった。

 それを聞いた大一はただ瞑目し、弟の放った言葉を頭の中でかみしめていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ライザーたちとの話も終わり、この後に開かれるパーティーの会場へと向かおうとしていたところに、控室に3人の来客が現れた。

 ひとりはアジュカ・ベルゼブブ、そして彼と共に来たのは、たくましい体を民族衣装に包む黒髪と白い肌が特徴的な男性と、青光りする黒髪を持つ奇妙な雰囲気の中学生くらいの少年であった。特に少年の方は品定めするように一誠を見ていた。

 

「初めて見るけど、噂通りの面とそうでない面が見えるね。とはいえ、賛辞は贈らないと。上級悪魔昇格おめでとう、赤龍帝」

 

このような相手だから、警戒を感じてしまうが、アジュカが手を上げて制する。

 

「警戒を解いてくれ。このお方がキミたちに会いたいとおっしゃられたものだから、突然で驚いたかもしれないが、お連れした。───シヴァ様だ」

 

 兵藤両親を除いたメンバーが、アジュカの言葉に仰天する。グレートレッドとオーフィスを除けば、神の中でも最強と名高い破壊の存在がこの場に来ていたのだ。

 

『ディオーグが知ったら、敵意をむき出しにしそうだね』

(まったくだ。アジュカ様があの人と組んで大会を考えていたのは知っていたが、まさか一誠の昇格の儀式にまで来ているとは…)

 

 大一もシャドウも落ち着かないまま、少年…シヴァは一行ににっこりと微笑む。

 

「はじめまして、『D×D』の…駒王学園サイド、とでも呼べばいいのかな。僕はインドの三柱神の一柱たるシヴァだ。今後は付き合いが長くなるだろうから、あらためてよろしく」

「あ、ありがとうございます…」

 

 おずおずと握手をする一誠に対して、さらに男性の方も話しかけてきた。

 

「上級悪魔昇格の件、私からも祝辞を述べよう」

「…あ、あなたは、えーと」

「彼は阿修羅神族の若き王子だよ」

「マハーバリという、お初にお目にかかる。特に赤龍帝の兵藤一誠、貴殿には会いたいと思っていた。邪龍戦役での活躍は耳にしている。私も貴殿と共にトライヘキサと打ち合いたかったぞ」

「そ、それはどうも…」

 

 一誠は完全に圧倒されていた。いきなり目の前に2人も神の中でもずば抜けた存在が、祝辞を伝えに来たのだから縮み上がらない方が無理な話であった。おかげでシヴァが性欲関連の話題を振れば、緊張して早口になりながら自分のセクハラ技をぼろぼろとこぼしていうほどであった。もっともシヴァは頷きながらも、あまり本気で受け止めていないような雰囲気であった。

 

「その手の技を考案したのは、煩悩から直結したからだろう。でも、今のキミからは性による欲望を大きくは感じさせないね。キミは今、何を一番望んでいる?やはり女?それとも富?」

「ど、どっちも欲しいです!…ということではないんですかね?」

「もっと根底だ。いま、一番欲しているのはなんだい?個ではない。全とした場合だよ」

「…平穏、でしょうか。争いもなく普通に暮らしたいです。そのために、全力で戦ってます」

 

 投げかけた問いに一拍置いた一誠の答えに、シヴァは考え込むように頷く。思慮深い表情が腑に落ちる様子は、少年らしい見た目には不釣り合いであった。

 

「…そうか、そういうことか。キミの今の身体の源流たるグレートレッドは、何を求めている?」

「…次元の狭間で…平穏に泳ぐこと、でしたか?」

「そう、彼もまた何に縛られることなく、ただ自由気ままに平和にあの狭間を泳いでいたいだけだ。オーフィスも昔はともかく、今は平穏を楽しんでいるんだろう?キミの第2の肉親ともいえる二つの存在が、総じて欲するのが平穏ならば、彼らの力で構成されたキミの本質が変化していてもおかしくはないということだ。その逆もしかり。キミが本当のハーレム王になりたいのならば、その思いを落ち着かせなければ先には進めないのかもしれないね」

 

 シヴァの見立てでは、グレートレッドとオーフィスが平穏を欲していることが、一誠自身にも強く影響しているようであった。それにより、本来の彼の欲求であった性欲に枷がつけられていると思われる。

 弟に向けられた指摘に大一は自分の手のひらを見る。ひどい傷を負った皮膚は、神をも超える2匹の龍と張り合った相棒が命をかけた名残だ。もしシヴァの言うような指摘が正しいのであれば、ディオーグの望みも大一自身に少なからず影響があるのだろうか。

 戸惑う一誠に対して、シヴァの方はおかしそうに笑っていた。

 

「僕をも超えるドラゴン2体の力を得ている冗談のような存在が、何よりも平和を望み、ハーレム王を目指すか。…ふふふ、気に入った。

 アジュカ、アザゼルが僕に出した条件を覚えているのかい?」

「…欲しいものがあれば、なんでも用意するという件ですか?」

「そう、それだ。───赤龍帝、僕の陣営に来ないかい?」

 

 シヴァの申し出に再び全員が驚く。もっともシヴァはリアスの下を離れて欲しいわけでは無かった。将来、帝釈天ことインドラとの戦いになった際に、対抗する味方が欲しいようであった。相手には初代孫悟空や曹操がいることを思えば、強力な味方を求めるのは必然的なことだ。ただし苛烈な戦争を望んでいるというよりかは、趣向を凝らしたようなものを求めているようであった。

 

「これだけは覚えておくといい。今後、キミと『明星の白龍皇』のもとに訪れる存在は神クラスが多くなるはずだ。必然的に付き合いも戦いも神クラスが多くなるだろう。キミは何よりも女人と平和が好きなドラゴンかもしれない。でもね、僕はもうひとつの真実があると見ているよ。キミは強者が好きなのだろう?味方はもちろん、敵だろうと、信念を持った戦士の戦いが何よりも大好物のはずだ」

 

 シヴァという存在は、どこまでも一誠を見透かしたような態度を取っていた。そしてそれは正しかった。一誠自身、強者へと目を奪われ、気づけばそれを目標とし、超えていきたいと感じる、この1年でそれを実感していた。そうなれば、彼が取る道はすでに決まっていた。

 レーティングゲーム国際大会…これを以前から計画していた堕天使元総督アザゼルの名を関して「アザゼル杯」への参加を一誠は静かに決心していた。

 




根本的に一誠とオリ主は相容れない点も少なくありません。


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第211話 卒業

タイトルまんまな内容です。
展開が遅いのは承知していますが、もう少しだけ待っていただけると幸いです。


 ある日の夜、と言っても悪魔として活動するにはそこまで遅くなかったのだが、大一は生島の店に出向いていた。テーブルを挟んで向かい合って座りながら、2人は会話を広げる。

 

「炎駒さんとも連絡を取っていたんですね。しかも正のことも知っていたとは…」

「そうよ。でもあの人を責めないであげてね」

「俺があの人を恨むなんて、天地がひっくり返ってもありえませんよ」

 

 生島と炎駒に関係性があったことを聞いても、大一は驚かなかった。むしろ師匠からの気づかいを改めて感じており、最後まで自分を心配してくれていたことを実感していた。

 グラスに満たされた琥珀色の液体を煽り、生島はにやにやと口元を緩ませる。

 

「そういう言葉が出るから、師弟の絆を感じられるわね~。たまらないわ!」

「言い方に語弊が感じられますよ…」

「あら、いいじゃないの。同性との特別な関係も私は好きなのよ。もちろん、男女の関係もね」

 

 満面の笑みで生島はウインクをする。その見た目通りの力強さは、バチンと重低音が鳴りそうに思えた。

 

「ねえ、大一ちゃん。前から聞きたかったんだけど、ロスヴァイセちゃんのことってどう思う?私はとってもいい子だと思うのよね。綺麗で真面目、それでいて謙虚で優しくて、茶目っ気もある。あんなに可愛い子って簡単に見つからないと思うのよ」

「…生島さんには同意しますよ。とても素敵な女性です」

「そうなのよ。だからこそ、あの子には特別な幸せを掴んで欲しいのよね。なにが言いたいかわかる?」

「…ええ、わかります」

 

 すっかり酔っぱらっていた生島の言葉は、大一の耳で反響していた。魔法を教えてもらったこと、同じ契約相手を持つこと、朱乃とは別ベクトルで自分を救ってくれたこと…ハッキリさせるにはまだ勇気があったが、彼女との間には特別な信頼関係が築かれていた。それゆえに先日の釣りの際には、なかなか無茶な相談をしてしまったのだが、ロスヴァイセはそれにも応じてくれた。

 生島が何を望んでいるのかを大一は理解している。ただしすぐに答えを出せるものでは無いことも自覚していた。それでも…

 

「無下にはしません。絶対に」

「あ~、やっぱりいい男になったわ、大一ちゃん。前だったら、もっとオドオドしていたのに」

『大丈夫だぜ、オネエ野郎。僕が何とかするからな』

「その呼ばれ方は不服だけど、その言葉は信頼できるわね!」

 

 肩から出てきたシャドウと共に生島はガハハッと大声で笑う。その様子自体が彼に二の足を踏ませている面もあるのだが、それを理解している訳もなかった。

 

「というか、この話をする為に俺だけを呼んだんですか?」

「まさか。たしかにこういう話はしたかったけど、最大の理由はこの言葉を伝えたかったからよ。本当は明日に言うべきなんでしょうけど、親御さんやお友達と一緒だろうから、一足先にね」

 

 そこで言葉を切った生島は再びグラスを煽ると、紅潮させた頬を上げて、優しげな瞳を彼に向けた。

 

「卒業おめでとう、大一ちゃん」

 

────────────────────────────────────────────

 

「いってきます」

 

 生島と話した翌日の早朝、大一は久しぶりに袖を通した制服に奇妙な感覚を抱きながら、学校へと向かう。自由登校とはいえ、大きく変わった姿や悪魔として多忙であったため、ほとんど行けなかった学校に久しぶりに足を向かわせていた。そしてこれが高校生として最後に学校へ向かう時となる。

 もっとも卒業式だからって、生活スタイルが変化するような彼ではなかった。相変わらず早朝に目が覚めてトレーニングに励み、シャワーを浴びて、朝食を取る。登校の準備をすれば、一誠達よりも早めに家を出ていた。とはいえ、この日はいつもよりもかなり早かったのだが。

 

「リアスさんと一緒に登校の方がよかったんじゃないのか?」

 

 大一は隣を歩く朱乃に話しかける。この早朝から彼に合わせるように登校していたため、申し訳なさすら感じていた。朱乃の方は、大一の言葉に不服そうに反論する。

 

「大一が学校に行かないときは、リアスやイッセーくんたちと一緒に行ってたもの。最後の今日は一緒がいいわ。それとも私が一緒だとマズい理由があったかしら?」

「そんなわけないって」

「よろしい」

 

 微笑みながら朱乃は満足げに答える。何度も見ている表情のはずなのに、心臓をわしづかみにされたような感覚に襲われた。実際、リアスも朱乃達と同じくらい早く出られたはずなのだが、少しだけ時間をずらして一誠と行くことを決めていた。

 

「3年も一緒にいたけど、2人だけでこんなふうに歩くことって、あまり無かったと思うの」

「だいたいリアスさんとか一緒だったしな。仲間も増えてからは尚更だ」

「一緒に過ごすのは何度もあったんだけど、こういうのはなかなかね。その顔も久しぶりに感じるわ」

「違和感ない?」

「大丈夫よ」

 

 現在、大一の顔には傷がなく、以前と同じような顔つきになっていた。左腕も痛々しさはまるで見られず、相手を怯ませるような要素は無かった。もちろん、本当に傷が消えたわけじゃない。冥界の特殊なクリームを何度も塗って、被せるように魔力を流し込んで傷を隠しているだけだ。当然、義手もつけており、卒業式のための準備をこれでもかというほど念入りに行っていた。

 

「結局、これにも時間がかかるから登校するのを避けていたんだよな…」

「仕方ないことよ。魔力でごまかす方法を早く覚えるしかないわ」

「まだ魔法の方ができそうな気持だ。少なくとも卒業旅行には間に合わないな。サングラスとマスクは用意しなきゃ…」

「気苦労は絶えないわね。でも卒業旅行は楽しみ」

 

 卒業してからの春休み、3年生とオカルト研究部の面々で北海道から沖縄まで時間が許す限りの旅行を予定していた。スケジュールは詰まっていたが、この旅行の後に控えるのが「アザゼル杯」なので、一息の休みとして特別なものであった。

 

「まずは今日を無事に卒業することだな」

「物騒な言い方しないでほしいわ。高校生として2人だけで歩くのは最後かもしれないのよ?少しくらい特別なことをしたいわ」

「特別なことって?」

「こういうのとか」

 

 朱乃は弾むような声色で答えるのと同時に、大一の左腕を組む。高校生離れした魅力的な柔らかさが、肌に感じられる。それによって身体を再生させた時にも匹敵するほどの熱さが、全身を駆け巡っていった。

 

「さ、さすがにこれは恥ずかしいんだけど…」

「あら、リアスとイッセーくんはやっていたわよ。アーシアちゃん達だって」

「マジかよ…そりゃ、俺のところに苦情が来るわけだ…」

「親友が羨ましいわ。こういうのを拒否しないでやってくれる恋人がいるんだもの」

「…早朝で人も少ないし、このまま行こう」

「ありがとう♪」

 

 朱乃はちょっとした優越感を心に抱えつつ、大一の方は羞恥心と緊張を感じながら学校を目指していくのであった。

 約20分後、2人は学校へとたどり着くが、ちょうどそこでソーナ、椿姫と鉢合わせした。

 

「朱乃も大一くんも早いですね」

「あらあら、お互い様ですわ」

「今日に限って、早くに目が覚めちゃって。それにしても…」

 

 椿姫は目を細めながら、朱乃と大一を見る。その視線は組まれた腕へと向けられていた。彼女の横でソーナは笑いをこらえているような不思議な表情をしている。

 そして朱乃はいつも学園で見せているような穏やかな笑顔で、大一は義手で顔を覆いながら必死に目を合わせないようにしていた。

 

「えーっと…」

「誰もいないと思って油断してました…。なにも言わないでいただけると助かります…」

「うふふ、リアス達にも負けていないと思いません?」

「まあ、2人の仲は今更ですからね。私たちはどうこう言いませんよ」

「ありがとうございます、2人とも」

 

 半ば朱乃が引っ張るような形で、2人はオカルト研究部の部室がある旧校舎へと向かっていく。そんな同級生の様子を椿姫は少し頬を紅潮させながら見送り、ソーナの方はそんな親友の様子に気づいていた。

 

「木場くんとああいう関係になれるといいわね」

「か、からかわないでくださいッ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一と朱乃が部室に到着してから数十分後、リアスに連れられた一誠も部室に足を踏み入れた。リアスが部長の椅子に座り、朱乃がお茶を淹れて、大一がソファに腰をかけて悩むように考え込む。いつもと変わらぬ部室の風景は、これから卒業する3人を今までと同様に包み込んでいた。

 

「…祐斗たちが来るまでは3人だったわね。朱乃、大一」

「ええ、学園に掛け合って、どうにか部としての体を守ってもらいましたわね」

「部としては人数が足りなかったですしねえ…」

「と言っても私たちの正体を鑑みればやたらに部員を集めるわけにもいかない…。知ってる、イッセー?最初の頃は、ソーナと椿姫がよく遊びに来てくれていたよ?だから、案外寂しくはなかったわ」

「あの頃だからこそ、できたことですわよ」

「ソーナさんたちも生徒会をしていなかったしな」

 

 リアス、朱乃、大一は懐かしむように語らいを続けていく。2年生になっても新入部員は祐斗のみであったが、彼の献身な頑張りと真面目な雰囲気に多くを助けられた。3年生になってからは小猫とギャスパーが入り、いよいよ見知ったメンバーが全員オカルト研究部に入部したことになった。しかしそれから間もなく、一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェルと立て続けに人が増え、顧問としてアザゼルやロスヴァイセまで来た。気づけば、あっという間に部活として成り立つほどの人数を得ていた。

 リアスも朱乃も思い出を噛みしめており、大一は静かに目を閉じていた。

 

「…悪魔の仕事で、まだここを使うし、明日も訪れるのだから、今生の別れどころか、まだまだこれからが本番だというのにね。…学生としてここへ放課後に顔を出せないことが、たまらなく寂しくも感じるわ」

「…3年間、短いようにも思えましたわね」

「悪魔としての年月としては大した年数じゃないはずなんだけどな」

「ええ。本当に一瞬のような時間のはず…でも」

「「「楽しかった」」」

 

 重なった3人の言葉は、どこまでも透き通った印象を一誠に抱かせた。それぞれ歩んできた道は違っても、この言葉ひとつだけで3年生組の心から感じていた想いを目の当たりにした気がした。

 

「一生の思い出ですわ。リアス、ここに誘ってくれてありがとう。私、本当に楽しかったわ」

「俺もここは拠りどころのひとつでしたよ。苦労は多かったですが、楽しみはそれ以上でした」

 

 淹れたばかりの紅茶をリアスと一誠に差し出しながら目に涙を滲ませる朱乃、気恥ずかしさからなのか視線は少し逸らしながら淡々と伝える大一、反応はまるで違うもののリアスへの感謝と熱い情は明らかであった。

 

「私もあなた達を誘ってよかった。今まで支えてくれて本当にありがとう。そしてこれからもよろしくね。大切な仲間として、親友として」

 

 一瞬、場違いな気持ちにもなった一誠であったが、同時に最高の先輩たちの過去と想いを聞けたことに一種の満足感を感じていた。リアスとしても特別な相手である彼にこそ、旅立つ前にこの様子を見て欲しいという狙いもあった。

 間もなく仲間達も登校してきて、卒業する3人を含めた最後の部活の時間が始まるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「大一、てめえ!いくらなんでも来なさすぎるだろ!卒業式の練習とか最低限の参加って…そんなに学校が嫌いかぁ!」

「姫島さんとイチャイチャしていたのか?それとも後輩を毒牙にかけていたのか?」

「なあ、大一。前に約束してくれた署名の件について、あとで話そうぜ」

「ところで今からでも女子って紹介してくれる?」

「久しぶりに言葉の洪水を一気に浴びせるのはやめんか!」

 

 教室に到着した大一は、クラスメートの男子たちに一気に詰め寄られる。久しぶりの登校が卒業式当日ともなれば当然の反応であったが、いつものごとく流せるような内容の数々であったため、反応に困るものであった。おかげで教室から飛び出して、廊下まで追い詰められる形になった。

 先頭で問い詰めていた大沢が周りの男子たちを黙らせると軽く咳払いをする。

 

「よし、わかった。じゃあ、順番に行こうか。まずひとつめだが…ついに俺らも卒業だよォ!どうするんだよ!お前がいないと、誰が弟たちを止めるんだよォ!」

「そこは卒業の感動じゃないのかよ!」

「俺らは全員、大学部に行くんだからそこまででもねえよ!いや、心残りが無いわけじゃない。駒王学園に入ったのに、彼女が出来なかったとか…」

 

 話していくうちに肩を落としていく大沢に、大一は微妙な表情になる。これほどがっついた様子を見せなければ、彼もモテるのではないだろうかと思ってしまうのだ。ましてや、他のメンバーとメールのやり取りをしていた際に、大沢に気がある様子の他校の女子に会ったという話を耳に挟んでいたのもあって尚のことだ。

 

「いや、それはどうでもいい!とにかくお前がいなければ、駒王学園はエロの権化に食い尽くされるぞ!」

「お前は、俺の弟をどう思っているんだよ…」

「エロ大名」

「後輩に慕われやすい変態」

「おっぱいの情熱そのもの」

「参ったな、事情が事情だからツッコミづらい…」

 

 大一は目頭を押さえながら答える。今年はまだしも、彼が2年生の際は弟とその友人を止めるために、毎日のように奔走したことを覚えている。悪魔としての事情を知らない彼らからすれば、この評価を否定することも出来なかった。

 

「まあ、後輩からそういう苦情が来たら、俺が家で釘を刺すこともできるわけだし…要するに、そんな心配をお前らがする必要は無いって」

「本当か?信じていいのか?」

「そこは友人として信じてくれよ」

 

 卒業式の前に自分は何を口走っているのだろうか、そんな微妙な思いに駆られながらも、高校生として数少ない日常を感じる繋がりであった彼らとの会話に、ひとつの区切りがつけられると思うと、一縷の切なさすら感じた。

 

「ったく、お前にそんなふうに言われたら信じるしかねえじゃねか」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「よーし、じゃあ2つ目の話題だが…ぶっちゃけお前と姫島さんってどこまで行った?」

「少しでも感慨深くなった俺の気持ちを返せ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

 数時間後、在校生と保護者の拍手のもとで卒業生は体育館に入場していく。保護者席を見れば、両親が涙で目を滲ませている様子が見えた。リアスの父は喜々としてカメラを回しており、隣ではヴェネラナが穏やかな笑顔をしている。近くにはサーゼクスの代わりに来ていたグレイフィアとミリキャスもおり、リアスの旅立ちを見守っている。バラキエルは周りの目も気にせずに号泣しており、デジカメをしっかりと朱乃に向けていた。

 国家と校歌の斉唱、卒業証書の授与、在校生代表として現生徒会長であるゼノヴィアからの送辞…式は順調に進行しており、その度に卒業への実感が湧いてきた。多くの人が見送ってくれる、それがどれだけ幸せなのかを実感していた。同時に彼を救ってくれた相棒のことを…。

 そして卒業生の答辞として、代表であるソーナが読み上げる。

 

『この3年間で、私たちは様々な出会いと…別れを体験しました。ここで様々な方と出会った経験は、きっとこれからの私たちにとって掛け替えのない思い出となるでしょう。そして、別れた人たちとも…別れた人たちとも、いずれ必ず会えると信じて、前に進んでいきたいと思います。再会したときに成長した自分を見せることが、何よりも大事なことだと信じています。───以上、3年生代表、支取蒼那』

 




多くの人に囲まれている幸せを実感するほど、オリ主にとってはどうしても気になることがあります。


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第212話 次の未来へ

原作でもあったあの人との会話です。
オリ主は大会に参加しないので…。


 卒業式を終えた3年生たちの反応は多種多様であった。笑い合う者、涙を流し合う者、思い出にと写真を撮る者…それぞれが滾る熱い感情を胸に抱えていた。

 そんな中でリアス、朱乃、大一は卒業証書の入った丸筒を持って、校門をくぐっていく。彼女たちを出迎えるのは、オカルト研究部のメンバーであった。卒業する3年生だけでなく、在校生たちもそれぞれ想いを抱えていた。さっそく、その想いを告げるにあたって一誠に背中を押された、祐斗、小猫、ギャスパーが緊張感のある面持ちで話す。

 

「あ、あの…卒業おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます!」

「ええ、ありがとう、祐斗、小猫、ギャスパー」

 

 後輩たちからの祝福にリアスはにっこりと微笑む。そんな彼女を前に3人は気恥ずかしそうにもじもじしていた。

 

「そ、それで…卒業されて…もう、駒王学園高等部の…オカ研の部長も引退されましたし…」

「もう、3人ともどうしたの?いつものあなた達らしくないわ。何を言いたいのか、ハッキリ口にしないと───」

「───リアス姉さん」

「リ、リアス姉様…」

「リ、リアス、お、お姉ちゃんっ!」

 

 リアスの言葉を遮りながらも、祐斗は意を決して言葉を紡ぐ。それを皮切りに小猫とギャスパーも続いていった。3年生の卒業が迫る中、祐斗たちは一誠を筆頭とした今年入ってきたメンバーに、リアスへの呼び方について相談していた。自分たちを救ってくれた頼れる恩人、祐斗たちにとっては彼女は姉のような特別な存在であり、その感謝と思いを包んだ呼び方であった。「部長」に代わるこの呼び方について、一誠達の後押しもあって、彼らは伝えたのであった。

 それを受けたリアスは虚をつかれたようにポカンとしたが、すぐにぼろぼろと目から涙をこぼしていく。

 

「まったく、門をくぐったら、卒業式より感動させることを言われるなんて思ってもみなかったわ」

 

 眷属を家族のように大切にしていた彼女としては、祐斗たちの言葉は喜びで心を震わせるほどであった。涙が落ち着くと「もう1度呼んでほしい」と言って、さらに上機嫌になるのであった。

 

「あらあら、私もお姉ちゃんって呼ばれたいですわ」

「朱乃さんのことも姉だと思っていますが…『朱乃さん』呼びがどうにも公私でカッチリしてしまったというか…大一さんの方も『さん』や『先輩』で凝り固まってしまって…」

「俺は呼び方なんて気にしないけどな」

 

 申し訳なさそうに答える祐斗に、朱乃はからかうような笑みを、大一は気にしていないというように肩をすくめる反応を見せる。

 それでも後輩としてフォローしなきゃと思ったのか、ギャスパーがあたふたと答える。

 

「い、いずれ、お呼びします!今回はリアスお姉ちゃん呼びの心の準備だけで、精いっぱいでしたぁっ!」

「…ギャーくんは朱乃さんや大一先輩のこと『お姉様』『お兄様』って呼んでいるからいいんじゃないの?」

「…ハッ!」

 

 小猫の突っ込みに全員が笑う。平和を感じられる和やかな時間、特別な先輩たちが卒業していくのに一誠には幸せがもたらされている気持ちであった。それを噛みしめるほどに、彼もケジメをつけることを決めていた。

 一誠は一歩前に出ると、恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「リアス、卒業おめでとう。今日から、俺、キミと普通に話せるようにしようと思っている。俺なりのリアスへの敬語を卒業…ってやつかな。公の場で、主に対しての敬語を使わざるを得ない場面はあるだろうけど、それ以外はどこであろうと、こうやって気兼ねなく話せればいいかなって」

「ええ、嬉しいわ。今日は本当に最高の卒業式になったわ!」

 

 一誠にとって、リアスと付き合っても会話に困ることは少なくなかった。少しずつ育んだ関係性であったが、やはり主と眷属の立場の違いから混乱することも多かった。そういう意味でもこのケジメは必要であった。

 同時に仲間達に宣言する。平和や恋人との関係性だけではない。シヴァに指摘された強者を求める姿勢からであった。

 

「そして、もうひとつ皆には聞いてほしい。俺も、俺だけのチームでレーティングゲームの大会に出る。アーシア、ゼノヴィア、レイヴェルは俺についてくると覚悟を決めてくれた」

 

 一誠の決意を止めるものはいなかった。むしろ彼がここまで参加表明をするのを引っ張っていた方が珍しいくらいだ。

 それに呼応するように、リアスも改めて宣言する。

 

「私も参戦するわ。将来、レーティングゲームに正式に参戦する以上、今回の大会は持って来いの催し。どんな結果になろうとも、参加することは大きな経験になる。たとえ、あなたと戦うことになったとしても───」

 

 2人の間に、緊迫感が張り詰める。大切な仲間で愛する者同士であったが、この瞬間から明確に強いライバル意識も抱くのであった。

 

「ロスヴァイセ、私や大一とした約束は頼むわね」

「任せてください。私はイッセーくんのチームに行きます」

 

 胸を張って答えるロスヴァイセに、リアス、朱乃、大一以外のメンバーは驚いた。当然、もっとも狼狽えていたのは一誠であり、口をあんぐりと開けながら問う。

 

「ど、どうしてまた…?」

「上級悪魔として日が浅いあなたには、いざという時に頼れる相手が必要だわ。それにロスヴァイセの力を最大限に活かすのであれば、イッセーのチームの方が良いと思うの」

「俺としてはありがたいですけど…ロ、ロスヴァイセさんはそれでいいんですか?」

「ええ、すでにリアスさんとは話しました。教師として、仲間として、皆さんを助けますよ」

 

 妙に頼もしい雰囲気を醸し出しながら、ロスヴァイセは答える。実際、ロスヴァイセの戦闘スタイルは似たようなことが可能なリアスや朱乃がいる彼女たちの下よりも、一誠のチームの方が活用できるだろう。一誠としても年上の頼れる相手がいる方がありがたかった。

 もっともこの提案の発端は大一であった。上級悪魔として日が浅い弟のサポートとして、大会に参加する際には、特別な信頼を寄せる彼女が助けてあげて欲しいと、先日の休日での釣りの場面では頭を下げて頼み込んでいた。

 リアスも新たに眷属にしたメンバーは、心のどこかで一誠によって引き寄せられた節があると考えていた。そのため「アザゼル杯」では、改めてチームを編成することを決めていた。

 当の本人であるロスヴァイセも、主と惚れた相手の意図を汲むのと同時に、自分を最大限に活かすためにも、今回のようなことに至った。

そんな中、今度はイリナが少し縮こまったように挙手をする。

 

「あ、あの…私の意志表明も聞いてもらえるかな?いま、天界でも転生天使を中心にした大会参加チームが構成されているわ。ジョーカーを『王』としたチームが、すでに構成され始めているの。でも、私は今回そこに入るのは止めようと思うわ。───私は、イッセーくんのチームに入りたい」

 

 天界は彼女にとって特別な領域であった。しかし本気で惚れた相手や親友と共にいる、その願いに正直に生きるという想いが今回の決断に至らせていた。上級悪魔昇格の儀式の後に決心した彼女は、すでに天界の上司たちにも連絡して許可を受けていた。あとは当事者がどう答えるか、その一点だけであった。

 

「イリナが来てくれるなら、これほど心強いことはないよ。入ってくれるのか?」

「ええ、もちのろんよ!ダーリン!」

 

 続々とチームが組みあがっていくことに、一誠の気持ちは更なる昂ぶりを感じていた。リアスとの関係性の発展、アザゼル杯の出場、これらを終えたことで段階的に上がってきた気持ちは、いよいよ最高峰に達するために最後の決心を言葉にした。

 

「最後に大切なことを伝えたい。いつか、必ず俺はリアスと肩を並べるというか…対等な関係になる。同じ上級悪魔として、誰から見ても釣り合っていると、お似合いだと言われる2人になりたい。つまり、その───将来、俺と共に歩んでほしい」

 

 将来を約束するプロポーズ、その言葉は周囲の仲間達を湧き立たせた。だがその盛り上がりもプロポーズを受けたリアス本人の気持ちには遠く及ばなかった。本当に不意打ちだったようで、自慢の紅い髪にも劣らないほどに顔を紅潮させている。

 間もなく瞳に涙を溜めながら、ハッキリと答える。

 

「…はいっ」

「よっしゃああああああっ!」

『おおおおおおおっ!』

 

 一誠のやり切った叫びと仲間達の興奮の歓声が上がる。彼の本気の告白は新たなスタートであり、互いの気持ちを最大まで高めていた。

 騒ぐ仲間達の様子を見ながら、大一と朱乃は小声で会話する。

 

「よく皆の前で言えるものだ」

「あらあら、いいじゃない。私は好きよ。イッセーくんが試合中に告白した時はリアスがちょっと羨ましいって思ったもの」

「ああいうのに憧れるってことか。しかしなぁ…」

 

 困ったように頭を掻きながら大一は答える。この驚きの連続で大声を上げていたせいで、遠くから一誠の友人の松田と元浜が向かってくるのが見えていた。彼の卒業は仲間と過ごすだけでなく、いつものような友人や後輩への説明にも費やされるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 卒業式を終えた一行は、兵藤家の地下に集まってささやかなお祝いをしていた。もっともささやかという言葉を使うには人数も多く、すでに2次会を終えて3次会にまで差し当たっていた頃なのだが。

 ひとしきり祝われた大一は、壁に寄りかかりながら一誠とリアスがロスヴァイセのトレードをしている様子を眺めていた。肩からはシャドウが血走った眼でギョロつかせながら、酒瓶を自身の黒影の部分に突っ込んでいた。

 

『くっそ!赤龍帝ばっかり!神滅具持ちばっかり!』

「落ち着け、シャドウ。それじゃ、くだをまいている酔っ払いだぞ」

『言っておくけど、僕は神器だからアルコールを飲んでも酔わないんだよ。味覚を共有しなければ、酔いが大一に行くこともないしな』

「じゃあ、なんで飲んでいるんだ?」

『気分!』

 

 すでにシャドウは父親たちと5回ほど乾杯しており、かなりの量を飲んでいるはずなのにまるで酔っぱらった様子はなかったので、彼の言葉は正しいのだろう。とはいえ衣食も可能という時点で他の神器とは明らかに違っており、改めて彼の特殊性を目の当たりにしていた。

 大一としては、シャドウが不満を漏らすのも理解はできた。チーム集めに告白の成功、友人へのリアスとの関係性のカミングアウトと、傍目から見ればこの日も一誠はことごとく成功の連続であった。もちろん、大一自身が不満を抱いたわけではないが、いまだに神滅具持ちに良い感情を持てないシャドウからすれば嫉妬による文句が出るのも不思議ではなかった。

 そんな大一にひとりの男性が声をかける。バラキエルであると気づいた瞬間に、大一は姿勢を正そうとするが、彼は気にしないというように手を振った。

 

「少しいいかな?」

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 落ち着くことを自身に言い聞かせるものの、その声はどこか上滑りしたような雰囲気であった。

 バラキエルは大一の横に同じように壁に寄りかかる。

 

「まずは卒業おめでとう。いろいろあった学生生活だろうが、良い卒業式だった」

「ありがとうございます」

 

 卒業の際に号泣していたバラキエルの顔が思い浮かぶ。クラスメートでも何人か気にしていたほど印象的であったため、心からの言葉のように思えた。

 そんな彼はリアスの近くでトレードを見守っている朱乃に視線を向ける。

 

「赤龍帝は告白をしたそうだな」

「ええ。リアスさんもそれを受けました」

「そうか。…あまり人の色恋沙汰に首を突っ込むべきでないことは分かっている。しかし娘のこととなれば、話は別だ。正直に言おう。大一くん、私はキミがこのまま朱乃と付き合い続けることを心配している」

 

 バラキエルの言葉を聞いて、大一は驚かなかった。むしろ当然だとすら思っていた。一誠のように強さや名声は無く、変わり果てた姿を踏まえれば安定性に欠ける。またアザゼルから女性関係についても聞いているだろう。それを踏まえれば、愛する娘を預ける相手としては不安が残るだろう。

 しかしバラキエルが不安を抱いた最大の理由は、大一の不器用な気真面目さが自分と重なるからであった。自分がかつて愛する妻を守り切れなかったことが頭をよぎる。そして大一自身も、バラキエルの想いを無意識に理解している節があった。

 

「私は朱乃が幸せであることが一番だと思っている。それを見極めるためにも今度の『アザゼル杯』では期待していたのだが、キミは出場しないようだからな」

 

 これを言って、その心配が解消されるなどとバラキエルは考えていなかった。むしろこれを伝えること自体、大人げないことも自覚している。

 それでも愛娘の幸せを最優先にする彼としては、どうしても物申しておきたかった。

 

「ハーレムを作るのを否定はしないが、それで朱乃が悲しむのであれば…別れた方が…」

『なんだと!この親バカ堕天使!大一が赤龍帝に劣るとでも───』

「シャドウ、やめろ!…バラキエル様、今どれだけ自分が決意を話しても、薄く感じると思います。自分にはその言葉を支えるような目に見える実績はありませんから。それでも…」

 

 言葉を切った大一は制服の襟を正し、バラキエルに向き直る。

 

「私は今でも彼女を愛しています。それだけは変わらない事実です」

「その愛が変わらないという保証はあるのか?」

「今はまだ…しかし必ずやあなたに認められるように精進します」

 

 目の前の少年と会ってからまだ1年も経っていない。それにもかかわらず、彼の姿は二転三転と酷い状態だ。見た者が驚き、恐れ、心配を感じるような見た目であった。心もとなさが付きまとうのにも関わらず、なぜか今の言葉はバラキエルの耳に強く焼きついた。まるで亡き妻への想いを吐露する自分のように…。

 

「…期待しよう」

 

 それだけ答えると、バラキエルは離れて飲み物を取りに行った。その後ろ姿を見ながら、大一の頭の中ではシャドウがギラギラと野心的な声を上げた。

 

『尚のこと、今日は負けられない理由ができたね』

(元より、そんな悲観的な考えは持っていない)

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の深夜、祝うのも終わって皆が寝静まった頃、大一はベッドから起き上がる。隣で穏やかな寝息をしている朱乃を起こさないように注意しながら着替えていく。バアル家とのレーティングゲーム時にも使った特殊な加工をした制服だ。そして悪魔のローブに身を包み、最後に机にしまっていた先日のファンレターが入った封筒を持って、部屋を出ていく。

 そして地下にある魔法陣部屋に到着すると、時計を確認する。約束の時間には充分に間に合うことを理解すると同時に、持っていた封筒を強く握る。この封筒の中に入ってあるファンレター…これに『異界の魔力』を感じたことで、ただの手紙でないことに気づいた大一は、魔力を通して書かれていた本当の内容を知ることとなった。時間と場所の指定、そして誰にも話さないことを釘刺すような文言しか書かれていなかった。傍から見れば罠にしか思えないこの手紙を、大一は正直に受け取ることを選択した。必ずあの男から接触してくる、それを自覚していたからこそ、差出人も書かれていないこの手紙を信用していた。

 

『やっぱり誰かに話しても良かったんじゃないの?その手紙に「世界が終わることになる」なんて陳腐な脅し文句は書いているけどさあ』

「気持ちはわかるが、どうもユーグリットの言葉が引っかかるんだ。それに…いや…とにかくそろそろ行こう」

 

 大一は息を吐きだすと、転移魔法陣に魔力を流し目的地へと向かうのであった。

 




さて、いよいよクライマックスが近づいてきました。


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第213話 異界と信念

いよいよラスボスとの対峙です。もろもろ設定の開示もあります。


 卒業式では快晴であったが、国が違えば天気も違う。闇が包む夜空をさらに覆うように黒い雲からは、大量の雨が降り注いでいた。大一が何度か転移を繰り返してたどり着いた場所は、ひと月近く前に無角と戦った奇妙な屋敷の近くであった。

 傘代わりになるシャドウとローブのおかげでなんとか雨をしのぎながら、魔法を使って光を照らす。悪魔なのだから夜間でも目は慣れているはずだが、この雨では視界があまりにも不安定であった。幸先の悪さを感じながらも、大一は例の屋敷を目指していく。

 10分後、例の屋敷を見つけると、雨宿りもかねて足早に入っていく。室内は暗く、無角との戦いで壁が壊されていたため、部屋の区切りは無いようなものであった。

 

『…ここにいるはずだよな?』

「奴が提示していたのはここだ。時間もそろそろだが、人の気配は───」

 

 大一は言葉を切ると、奥を睨むように目を細める。暗闇の中からローブを来た者が現れたのだ。確認した瞬間、シャドウは右肩から血走った眼を走らせる。

 

『来たな、サザージュとやら。戦うなら…』

「待て、シャドウ。こいつは違う。生命力を感じない」

 

 ローブを来た何者かは後ろを振り向くと、ひょこひょことおぼろげな足取りで屋敷の奥へと進んでいく。まるで誘導するような動きであり、大一は見失わないようについていった。少し歩いていくとローブの人物は足を止める。一見、何もなさそうであったが、大一が近づくと床が光りだす。かなり古い文字で描かれた魔法陣が記されていたようで、発せられた光は再び大一の姿をこの場から消し去った。

 一瞬の浮いたような感覚から、すぐに足が地面へと着く。雨に濡れた土や木材の匂いは消えさり、肌を刺すような寒さが感じられた。転移した場所の周辺には雪がわずかに地面を覆っており、目の前には巨大な洞窟の入り口があった。ローブの人物が洞窟へと入っていくのに対して、大一も足早に後を追っていく。

 洞窟に入ってさらに15分ほど歩き続けると、ようやく開けた場所にたどり着いた。学園の体育館をさらに二回りほどした広さであり、無造作にテーブルや棚が置かれていた。この不自然さに加え、天井には鈍い赤い光を放っていた大きな宝石のような存在が埋め込まれており、洞窟一帯を不気味にしていた。定期的に心臓のように脈打つため、辺りが魔法陣の光に照らされていても、天井の存在には気になった。

 もっとも視線の先にいる人物から、注意を背けることは無かったのだが。

 

「来てくれたな」

 

 白と黒の入り混じった髪、ギラギラと野心的な光を宿した瞳、見た目は記憶していた時よりもやつれていたが悪辣さがにじみ出ている。クリフォトの残党であるサザージュが出迎えるように腕を広げながら歩いてきた。

 

「俺の手紙に気づいてくれて嬉しいよ。誰にも話してないな?」

「話しても用意周到なお前のことだ。問題は無いんだろ?」

 

 大一はここまで案内したローブの人物に目を向ける。今はくたりと倒れており、ローブの中からはマネキンが見えていた。

 

「まあな。わざわざ魔力でマネキンを操り、さらに教会の奴らが使う抑える服とローブを身につけさせて案内した。しかもこの場所には屋敷にも仕掛けた『異界の魔力』を持たないと入れない結界を張ってある。それでも…俺はお前なら約束を守ると思ったがな」

 

 自信ありげに、どこか芝居がかった話し方で答える。その姿は英雄派のスパイであった時や正体を垣間見た醜悪さとは違った雰囲気…ユーグリットの言葉を借りるのであれば、底知れない様子がそこにあった。

 

「…ダメだな。いよいよ成功が近いと昂ってしまう。さて兵藤大一、まずは話そうじゃないか。茶でも淹れよう」

「俺は敵であるお前とお茶会をするために来たんじゃないぞ」

「だがお前は知りたいはずだ。『ディオーグ』や『異界の魔力』についてな。俺はお前よりは遥かに情報を持っている。せっかくだから、共に真実を語り明かそうじゃないか」

 

 テーブルがガタガタと動き、大一とサザージュの間に割り込むように鎮座する。椅子も同じように動き、サザージュはどこからともなくティーポットとカップを出して、湯気の立つ紅茶をそれぞれに注いだ。さらにテーブルにはミルク入れや角砂糖、はちみつなどが次々と現れた。

 サザージュは身を投げ出すように椅子に座ると、さっそく一口飲む。

 

「魔力で淹れてもそこそこの味は出せる。しかし限界はあるから、味の調節は自分でやってくれよ」

「…毒は入っていないようだな」

「ディオーグと完全な融合を果たしただけはあるな。匂いだけで分かるのか」

「煽ってるのか?」

「いや本気だ」

 

 苛立ちながら、大一は挑戦的に紅茶を飲む。味は良くないが、雨や雪にさらされた後では、温かい飲み物は非常に美味しく感じられた。

 しかし隙は見せずに警戒を強めていた。相手が敵であるのはもちろんだが、どうも先ほどの会話から気にかかることがあった。

 

「その口ぶり…お前はディオーグを知っているな?」

「ああ、知っている。その実力や恐ろしさも。しかしお前だって同様だろう。完全な融合を果たした、それによって記憶も流れ込んでいるはずだ」

 

 大一は眉間にしわを寄せる。この男はどこまで知っているのだろうか。まるで全てを見透かしているように話す様子は、気味が悪かった。

 

「…思い返せば、あいつの正体を知るヒントは何度かあった」

 

 大一はポロリと言葉をこぼす。いくら感知能力が優れているとはいえ、別次元の相手を簡単に察知できるだろうか。オーフィスやグレートレッドは他の勢力でも行っていたが、一誠しか気づかなかった別次元の乳神の存在まで感知すると常軌を逸していた。そしてディオーグの記憶と照らし合わせ、大一はひとつの仮説にたどり着いた。

 

「ディオーグはこの世界の存在じゃないんだろう?」

 

 ディオーグはこことは違う異世界から来た、大一はそのように考えていた。クリフォトの話していた異世界の存在、それがひとつとは限らない。過去に文字通り自分のいた世界を破滅させてから、より強い強者を求めてグレートレッドやオーフィスと戦う。その際に横槍を入れられて、この世界へと降り立って、ひとしきり暴れると、数日後に封印される。かつてディオーグが語っていた話とも合致する仮説であった。

 

「オーフィスがグレートレッドに住処を奪われた頃だろうから、封印されたのはかなり昔のはずだ。知らない者が多くてもおかしくはない。それでも伝承も残っていないのは気になるが…」

「しかしそれが事実であることは、記憶を共有したお前は気づいているだろう。そして封印のことにも気づいているなら、『異界の地』がどういうものなのかも予想しているんじゃないか?」

 

 大一は渋い表情で、促してくるサザージュを睨む。会話の主導権は完全に相手が握っていた。もちろんこの一件について解き明かしたいものの、敵の意図が読めずにヤキモキする。時間稼ぎか、情報の引き出しか、それとも気まぐれか…。

 

「俺が思うにお前は『異界の地』は何度か行っているはずだ」

「…そうだな。俺は2回行っている。魔獣騒動の時に1回、そしてその前に…ディオーグに呼び寄せられて1回だ」

 

 これもディオーグと融合して気づいたことであった。あの次元の狭間の中で、ディオーグが「異界の地」へと繋がる場所を見つけられたのは、彼が長い期間封印されていた場所であり、同じ魔力を引き寄せやすいものであったことが推察される。ディオーグ自身、あの地に降り立った際には気づいていたようだが、彼はそれを言葉にしなかった。おそらく彼自身にとっても不確定なものだったのだろう。

 つまりあの幻のような土地の正体は…。

 

「『異界の地』はディオーグが封印されて生まれた場所だろう。そして『異界の魔力』は封印し続けられたあいつの力が滲みだして、あの地で特殊な変化を果たしたものだと思っている」

「…ほとんど正解だ。そこまで気づいているとはな」

「お世辞は止めてもらおうか。お前は俺がここまで予想できると思っていたんだろう?」

 

 大一の声には刃のような鋭さがあった。記憶を引き継いだ中で、ディオーグとある人物の会話が流れ込んでいた。辺り一帯はクレーターだらけで激戦の跡を感じさせ、ディオーグの巨体を相手に対面する黒髪の青年が睨み合っていた。

 

『ディオーグ、貴様は危険だ。私の力でも封印が限界だ』

『舐めやがって!まだ決着はついてねえぞ!かかってこい!』

『危険なのは力じゃない。その傲慢さだ。まるで自分ひとりを信じていないような…だからこそ、この魔法を伝える。いつか本当に信じられる人物が現れた時に、その力を正しく使えるように』

『潰してやる!』

 

 その瞬間、巨大な魔法陣が複数ドーム状に張られていき、目の前の男の生命力が弱まっていくのと同時に、ディオーグの身体は魔法陣の光が鎖のように巻きつき、複数の鉱石で包まれていった。

 

「ディオーグを封印した人物…見た目はだいぶ変わっているが、お前がそうなんじゃないか?」

 

 サザージュは椅子の背もたれに寄りかかりながら瞑目する。大一の言葉を頭の中で反芻させながら、噛みしめるように頷いていた。やがて感情をどこかに置き去ったように、彼は淡々と話し始めた。

 

「…彼の名前はノロ。ディオーグや乳神のように別世界の存在だ。不思議な男でな。正義感に溢れており、持ち前の実力と技術で幾多の世界を渡り歩いて平和をもたらしてきた。そんな彼がこの世界に現れた恐ろしい力を持つドラゴンと対峙して、命をかけて封印をした。死にこそしなかったが衰弱しており、この世界での隠遁生活を決めていたんだ」

 

 そこで言葉を切ると、サザージュは右手を見る。そこには魔力が宿っており、引き寄せられるような感覚を抱いた。

 

「この『異界の魔力』はディオーグからにじみ出た力と、ノロの封印による魔力が混ざり合って生まれたものだ。あの地全体に宿っており、それが幻の土地となった所以だろう。基本的にはあの地に長い期間いた上で、さらに1部の強者にしか宿らない。お前はディオーグの繋がりがあったから、たった2回しか行かなかったのに宿ったんだろうな。それは俺も同様だ」

「つまりお前は…!」

「偶然だった。俺は世界のあらゆる場所を回っていた時に、朽ち果てかけていたノロに出会ったのさ。身体以上に心が死にかけていてな。あれほど幾多の世界を救ってきた男は、3大勢力の戦争やトライヘキサの暴虐、二天龍や邪龍といった存在などで世界に絶望を感じていたのさ。そして最後の望みとして、俺に教えてくれたのさ。ディオーグと融合したものと同じ魔法を」

 

 サザージュの話は、大一の背中に冷たいものを走らせた。目の前の敵は、言わば自分と同じような存在なのだろう。

 だがそれでも腑に落ちなかった。それほど正義と平和を求めていた男の意志を無視して、サザージュはテロリストとして活動していることに納得など出来るはずもなかった。

 

「だったら…お前はどうしてそんなことを…」

「言っただろう。ノロはすでに絶望していたのさ。彼は俺と融合する際に託したのは、『世界のためにキミの思うようにしてほしい』ということだった」

「それがクリフォトで暴虐の限りを尽くすことだったというのか?」

「俺から言わせてもらえば、3大勢力の存在も大差ない。結局のところ、戦いと力によって弱者が苦しむだけだろうが」

 

 サザージュは勢いよく立ち上がると、後ろに歩いていく。そして吐き捨てるように苛烈さを込めた声で再び話し始めた。

 

「ノロがディオーグを封印した時、この世界の理から外れた力がぶつかったことで、彼らに関する記憶が全て消えていった。彼らが暴れても、この世界に記録や伝承が残っていないのはそのためだ。オーフィスやグレートレッドは次元の狭間にいたから覚えているがな。『異界の魔力』の特異性もそこに起因しているのだと、俺は考えている。そこで研究を続けた俺の結晶があれだ」

 

 大一の方を振り向いたサザージュは天井に埋め込まれている謎の宝石を指さす。相変わらず脈打つように動いており、不気味な赤い光を放っていた。

 

「『異界の魔力』をベースに絶対的な力を持つトライヘキサとオーフィスの情報、そこに『王』の駒による力を増加させるものも合わせた。模造品ながらその効果は本物だ。あれを作動させるとどうなるか…『異界の魔力』を除いたこの世界の魔力や聖なる力、魔法力などがすべて消え去る。つまり力の根幹が消え去り、全てが平等になるんだ」

「なんだと…!?そんなことをしたら世界は混乱に陥るぞ!」

「そこにいる人や悪魔達は生き残るさ。神は消えるだろうが、むしろ超越的な力の存在が消えるから、平和になるだろう。神がいなくても世界は回った、ならば特別な力が消えても世界は動くさ」

「くそっ…!」

 

 立ち上がった大一はすぐに魔力を口に込めると、一気に吐き出す。しかし彼の攻撃は宝石には届かず、見えない壁に阻まれたように霧散した。

 

「当然、結界を張ってある。それに下手に破壊すれば力は暴発して余計に酷いことになるぞ」

「ふざけやがって…結局はお前が強者としていたいだけじゃないか!」

「本気でそう思っているなら、お前をここに呼ばずに発動させている」

 

 ピシャリと言い放つサザージュの瞳には、強い執念の炎が宿っていた。そのギラギラとした視線は真っすぐに大一へと向けられていた。

 

「兵藤大一、俺と一緒に来い。同じような境遇のお前ならば、本当の平和の世界を作り上げられるだろう。独裁者ではなく、互いの抑制を図れるからな」

「それを納得すると本気で思っているのか!」

「むしろお前たちは気づくべきだ。どれだけ自分たちが危険であるのかを。兵藤一誠、ヴァ―リ・ルシファー、3大同盟…あらゆる勢力がこれらに集中している。それは統一しているように見えるが、同時に恐ろしいことだ。彼らこそが正義となれば、そこに理不尽や非が生まれた時に誰も逆らえなくなる。いやその意志すらも湧かないのだ。俺の言う弱者とは、そういう奴らだ。そういう意味では『禍の団』や『クリフォト』もその類だな。そして俺についてきてくれた仲間達も…だからこそ、俺はここでその力を断ち切るんだ!それによりもたらされる平和と平等、それこそ俺がここで果たすべき使命なんだ!」

 

 サザージュの信念を目の当たりにした大一は気圧されたように一歩引いた。相手が信じ続けていたものはあまりにも重く、彼の心にくさびを打ち込んだ。この1年で自分と違う考え方を幾度となく目の当たりにした。大切な仲間や恩人、妖怪たちなどの第3者、禍の団やクリフォトといった敵、そして自分を救ってくれた龍や神器…そのたびに不安を抱き、己の信念をぶれさせていた。

 しかし何度も失敗してきたものの、彼らと分かり合うことも間違いなく出来ていた。ユーグリットとは話すこともできるようになり、生島純とは悲しみを分かちあえた。朱乃とは互いに愛するほどであった。

 そしてディオーグが言ってくれたように、自分のために生きるというのであれば、彼の取るべき行動は決まっていた。

 

「…たしかにお前の言うような世界が実現できれば、少しでも悲しみを減らせるかもしれない。それでも俺はお前の誘いを断らなければならない。俺は…俺は人を信じたい」

「…残念だ、兵藤大一。お前と茶を飲む時間も終わりのようだな」

 




世界を平和にするために力そのものを消せばいい、と考えています。
面倒くさいのはオリ主にも劣りません。


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第214話 名も無き悪魔

ラスボスがどうしてここまで面倒なのか…。


 洞窟の中で轟音が響くのと同時に戦塵が巻き起こる。視界は遮られるもの、龍人状態になった大一は煙の中を走りながら、油断なく敵の位置を感知していた。

 

『…まだ来るか』

 

 舌打ちをしながら呟く大一のその場で立ち止まると、背中から黒い腕を2本生みだす。腕の先からは疑似防御魔法陣を発生し、飛んできた様々な属性の魔力の塊を防いだ。規模は小さいものの威力はなかなかのもので、魔力がぶつかった瞬間、爆発が起きて再び煙が巻き起こった。

 大きく翼を羽ばたかせて、視界を遮る周囲の煙を一気に薙ぎ払う。戦い始めてからまだ10分程度、身体に傷こそ無かったものの、彼は敵の実力を実感していた。

 

『…強いな』

『少なくとも前に戦った時と比べると雲泥の差だよ』

 

 苦々しく答えるシャドウと共に、大一は上空を飛ぶ敵の姿を見る。今のサザージュは全身を白と黄金の鎧に身を包んでいた。両腕のブーステッド・ギアのような籠手、背中のヴァ―リを思い出すような鋭利な翼が印象的で、胸には天井のシステムと似たような紅の宝玉が埋め込まれている。鋭利さと重厚感の相反するような要素を感じさせながらも、一種の美しさすら感じるフォルムの鎧であった。

 

「見事なものだろう。これも俺の研究の結晶だ」

『ただの禁手には見えないな…そもそもベースの神器が分からない』

「そんなものはないさ。お前と戦っていた時に見せた3つの神器、クリフォトが持っていた赤龍帝と白龍皇のデータ、他にも俺が手に入れてきた神器を研究し、そのエネルギーを使って組み上げていった鎧だからな。名前を『進化に生まれし反逆の鎧(エヴォルト・ノロ・リベリオン)』、この世界への反逆者として悪くないだろう?」

『神器の研究において、アザゼルが1番だと思っていたが…』

「俺の持つ知識は神器とは似て非なるものだ。この世界以外にも同じような力はあったのさ。ノロはその研究に精通しており、それらを武器として使っていた。俺は神器の類似点から研究を進め、この鎧の作成にまで至ったのさ」

 

 なかなか突拍子も無い話に感じたが、同時に納得できることでもあった。大一がディオーグとの繋がりで生まれた錨は、想いを力に変えるような神器の根幹こそ無かったものの構造はほとんど同じであった。ディオーグを封印し、融合する魔法を伝えたのが、そのノロであったのならば影響があってもおかしくはないだろう。

 大一は息を吸い込むと口から複数の魔力の塊を吐き出す。牽制の割には威力もあり、軌道もバラバラであった攻撃は敵へと向かっていくが、サザージュの翼が光ったかと思うと攻撃の規模は一気に小さくなり、片手ではじかれていく。

 さらに急降下していくサザージュは、拳を合わせて振り下ろす。大一は硬度と重さを上げて攻撃を防ぐも、すぐに相手は距離を取り縦横無尽に動き回っていく。通り過ぎるたびに鋭い打撃を叩きこむヒット&アウェイの戦法だ。

 

『赤龍帝の「倍加」や白龍皇の「半減」もあるな。「譲渡」や「吸収」は無いが厄介だな』

『スピードは例の靴か。色んな属性の攻撃は槍だろうし、盾の防御もできると考えていいだろう』

「扱い方は様々だ。能力だけのものだと思うなよ」

 

 サザージュは再び飛び上がると、周辺一帯に円形の盾を複数展開させる。そのひとつに向かって手の平から撃ちだした炎の斬撃がぶつかるとバウンドするようにはじかれた。さらに飛んでいった先に別の盾がぶつかり、斬撃はさらにバウンドする。盾にあたるごとにスピードが上がり、洞窟内を駆け巡っていく。

 

「さらに追加といこう。避けられるか」

 

 続けざまに撃ちだした水、風、雷、闇、光の斬撃は、炎と同様に盾にバウンドして高速のスピードで動き回った。サザージュは使っていた盾の神器の特性を活かし、疑似的に一誠やヴァ―リのような「反射」の力を再現させていた。

 

『なるほど、能力だけじゃない。持っている手札を過不足なく活かすというものか。だが避ける必要はない』

 

 大一は黒く染まった両腕を地面へと振り下ろす。彼の周囲は黒く染まっていくと、小さなドーム状の形に変化していき、すっぽりと覆っていった。高速で駆ける敵の斬撃はやがて大一へと向かってくるが、シャドウのドームによって攻撃は全て防がれていった。

 すぐさま影を解除した大一に、サザージュは身の丈もある斧槍を振り下ろす。対抗するよう錨を2本創り出すと、それらを交差させて敵の一撃を防いだ。互いの得物がぶつかった衝撃で、周囲のテーブルや棚は音を立てて割れていく。

 

「さっさと倒れてくれるとありがたいんだが、さすがはディオーグと融合した男、一筋縄ではいかないな」

『負けるつもりはさらさら無い。一気にやらせてもらうぞ』

 

 相手の斧槍をはじいた大一は素早く後退していくと、全身に生命力をさらに流していく。身体は肥大化していき、上着は破れていくずば抜けた生命力と共に人間離れした姿へと変化した彼は、洞窟内を震わせたと錯覚させるような雄たけびを上げた。ディオーグの力をさらに引き出した「龍魔状態」となった大一は赤い双眸を敵へと向ける。

 

『手の内はある程度わかった。ここから決めるぞ、シャドウ』

『合点承知!』

「ほう、それが完全な融合を果たして得た力か。見せてもらおうじゃないか」

 

 上空に飛ぶサザージュは、ちょっとした部屋並みの大きさはある巨大な氷塊を造り出すと、盾を使って速度を上げて撃ちだす。規模と質量を伴った攻撃であったが、大一は両腕を一気に縮めていくと同時に放ち、一気に砕き割った。

 さらに大きくジャンプして距離を一気に詰めていく。飛んでいる最中に、多属性の斬撃が飛んでくるが、魔力を通してさらに硬度を上げていた堅牢な龍の皮膚には傷は全くつかなかった。

 

「これほどの防御とは…!」

『怨念をもはじくこの皮膚、簡単に破られるか!』

 

 猛々しく応えると同時に、角に重力の魔力を纏わせた状態で、痛烈な頭突きを敵の腹部へと打ち込む。鎧が砕けるような金属音が耳に届き、深々と肉に食い込むような感触を感じる。そのまま首を後ろにそらすと、一気に振り下ろして、角で捉えた相手を地面へと叩きつけた。

 戦塵が舞い散る中、さらに追撃に口から巨大な重力の玉を吐き出して、周囲の岩肌ごと叩きつぶしていく。

 

『これは決まったぜ』

『…いや避けたな』

 

 地面へと降り立った大一は、目を細めながらシャドウの歓声を否定する。頭突きの一撃は手ごたえがあったものの、重力の玉が命中する前に素早く走り込み回避されたことに気づいていた。

 とはいえ、動き方はハッキリと感知している。大一は両腕から黒い錨を作り出すと、振り向いてそれらをブーメランのように投げていった。

 鎧が再生していたサザージュはそれらの間隙に入り込み避けていくと、斧槍を下から上へと大きく振り、巨大な斬撃を飛ばしていく。地面の岩肌をも削っていく一撃ではあったが、硬度を上げた龍魔状態の大一は腕を交差させて真正面から攻撃を受け切った。

 

『これくらいなら…』

「効かないんだろう?だが俺を舐めるなッ!」

 

 猛々しい声と共にサザージュは接近すると、左腕を腹部へと当てる。前腕にはいつの間にか堅牢な6つのクローが展開されており、肩、わき腹、太ももに引っかかり龍魔状態の大一の身体を固定した。

 

「これを受けてみなッ!」

 

 サザージュの声と共に胸部の宝玉とクローが光りだす。間もなく大一は意識が飛びかけるような衝撃を感じ、身体をくの字に曲げて吐血した。そのままクローが外れると一気に後方へと吹き飛んでいき、洞窟の壁へと叩きつけられた。

 

『だ、大一!?大丈夫か!?なにがあった!?』

『わ、わからねえ…とんでもない衝撃が…身体の奥にまで…響いたんだ…』

「ぜえぜえ…効いただろう、今の攻撃。神器のエネルギーを利用したこの一撃は、内部へと浸食し響いていく。どれだけ硬い皮膚や鎧、魔法陣を覆っていてもな」

 

 見た目の派手さは無いものの、その破壊力は絶大であった。表面的な防御なら何とかなるものの、内部への直接的な攻撃には手の打ちようも無かった。仙術とも違ったもののため受け流すことも叶わない。サザージュ最大の武器は、あらゆる防御を無視して貫く強力な矛であった。もっともその反動の激しさなのか、放った左腕をかばうように右手で抑えていた。

 口からの流血が止まらない中、大一はふらつきながら立ち上がる。まともに受けたのは今の一撃なのに、そのダメージは計り知れなかった。

 目に見えないながらもかなりの傷を負っていた彼であったが、先ほどの一撃を受けた瞬間よりも意識はハッキリしていた。もとより覚悟を決めている戦い、弟や仲間のことを思いだせば立ち上がるのも当然であった。同時に心に引っかかっていた疑問を吐露する。

 

『ハアハア…腑に落ちねえな…』

「俺にここまでやられたことがか?」

『お前と何度も戦ってきて、この状況になったことに今さら驚くか。俺が腑に落ちないのはここまでやる理由だ』

「理由だと?」

『そうだ。ディオーグを封印した男と融合したのはわかった。しかし彼の遺言を汲み取っているなら、今までのテロ行為は少なくともお前自身の意志となる。ユーグリットの話だとハーフ悪魔みたいだが、むしろ旧悪魔体制側であった「禍の団」や「クリフォト」に協力する理由がわからない』

 

 純血でない存在が旧悪魔の体制では難しい立ち位置であるのは、大一も理解している。名家はもちろんのこと、中級や下級でもその過酷さは察せられるのは歴史が示している。それらはサーゼクス達の台頭によりそれらはだいぶ改善されてきたはずであった。

 しかしサザージュはテロリストとして加担していた。ただのハーフ悪魔であれば、むしろ敵対関係にある方が納得のいくように思えた。

 

『それほど俺たちに恨みがあるということか…?』

「…戦う理由などそれぞれさ。ブルードは亡き仲間や信徒への弔いのため、無角はこの世界への憎しみからの復讐、バーナやモックは恨みよりも存在を示すことを、ギガンはあの地ですでに怒りを捨てていたようなものだが最後に少しでも世界を潰したくて動いた。そして俺は…」

 

 鎧の頭部を収納して、顔を出したサザージュは朧げな目で上を見つめる。まるで何かを思い出して憂いているような表情であった。

 

「母親は愚かで同情する価値も無かったよ。俺を生んで間もなく死んだんだ。美貌しか取り柄が無くてな、ひとりの悪魔に心を奪われて一晩を共にして、あとは狂っていくだけだった。悪魔としての影響なのかね、俺はすぐに出生の秘密に気づいたんだよ。人間と悪魔のハーフだって。しかしそれからが長かった。人間社会に溶け込むには、幼い頃の俺は力の使い方が下手でね。いや、能力自体は大したことなかったんだ。しかし魔力をちょっと出すだけで、俺は化け物扱いだ。ならば、悪魔の世界はどうだろうか?それも難しいのさ。頼れる伝手は無いし、魔力をちょっと使えるだけだから歯牙にもかけられない。挙句の果てには、はぐれ悪魔や天使とかからも追われる」

 

 サザージュは言葉を区切ると、目頭を手で押さえる。そして身の毛もよだつような雰囲気で自嘲的に小さく笑い、言葉を続けた。

 

「地獄のような毎日だったよ。食う飯は無く、安心して眠れることもできない。無いこと尽くしの苦しみを数百年以上だ。それでも俺は懸命に努力した。独学で魔力の扱いを、人間界と冥界での振る舞いを覚えいった。この洞窟も長い間、俺の拠点としてあった場所でな。どうにかして自分の居場所を探していた。そして俺は冥界でどうにか食っていけるまでの地位を手に入れた」

 

 再び言葉を切ったサザージュの目には涙がたまっていた。彼の言葉には噴火前のような激しい緊張感と、深海のごとく深い嘆きという矛盾した感情が複雑に入り混じっていた。

 

「なあ、兵藤大一。俺は期待していたんだ。魔王の血を受け継ぐ者なら、英雄なら、本当に世界を変えられるんじゃないかと思ってな。しかし現実は権力の座を取り戻したい奴、力を追い求めて魔人へと変化する奴…期待外ればかりだ。その最たる存在が、リゼヴィムだ。あれほど恵まれた素質と環境を持ちながら、それを磨くともしない。それでも絶対的な名声と実力を持つんだ。多くの者が惹かれて、力を貸すんだ。俺は…心の底から嫉妬したよ」

『お前がリゼヴィムに止めを刺したのもそれが理由か』

「それもあったさ。あいつには侮蔑的な感情はあったしな。同時にあの男がこれ以上の生き恥をさらさないための介錯でもあった。それが俺に出来る唯一の手向けだったからな」

『お前はいったい何を…?』

「どれだけ伝説の悪魔でも全てを記すことは出来ない。どれだけ特別な存在でも完璧な存在などいない。だから…おかしくないだろ?冥界にもっとも影響力のある悪魔…魔王ルシファーが美しい人間の女性を気まぐれで抱き、それによってひとつの命が生みだされていても」

 

 その告白に大一もシャドウも言葉にならない衝撃を受ける。それだけでも目の前の男がどれほど特殊で、壮絶な生を送ってきたなど察することは出来る。しかし誰がその正体に対して、驚かないでいられるだろうか。

 

「腹違いの特別な兄と違って聖書には載っていない…しかし確かに俺という存在はここにいる。サザージュ・ルシファー…父の性を名乗らせてもらうのはめったに無いけどな」

 

 これまで見てきた黒髪と入り混じった白髪、正体をさらした際の悪辣さ、そして先ほど大一を勧誘した時の雰囲気、あらゆる要素が世界を混乱に陥れた例の男と重なっていた。

 サザージュは攻撃の反動で震えている左手を上げて、まるで握手を求めるかのように差し出す。

 

「ノロとディオーグのことだけじゃない。同じように恵まれた兄弟を持ち、本当の意味で苦しみを知り、英雄ではないお前だからこそ誘った。お前とならば、ただ恵まれているだけの奴らを超えて、本当の意味で平等と平和を創り上げられると思ったからだ。もう1度だけ言う。大一よ、俺と共に来い」

 




オリ敵軍団は彼の正体については知っています。


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第215話 人知れぬ戦い

たしかに似ている点は多い2人ですが…。


 目の前の男が口にしたひとつの告白、それは洞窟内の音を全てかき消したかのような錯覚を抱かせるほど、大一にとっては衝撃的であった。その内容はルシファー眷属である彼の頭で反芻し、どこか別の空間に飛ばされたかのような呆然とした思いを抱かせた。やがて動揺によって声をわずかに震わせながら言葉を絞り出した。

 

『お前が…リゼヴィムの弟だと…』

「そうだ。もっとも初代ルシファーやリゼヴィムは知らなかった。そもそも俺の血筋を知っている者は、ほとんど残っていないがな」

『…目的は母親の復讐か。それとも無角のようにこの世界への恨みか』

「さっきも言ったが、俺は母に軽蔑しかない。愚かなあいつのために復讐などするつもりはないよ。恨みも少し違う…たしかに俺の人生は碌でもなかったがな。しかしそれ以上に世界の残酷さを何度も見てきた。本当の弱者の存在も…俺以上に苦しむ者達も…だから世界を変えるのさ。力自体を無くして、本当の意味で平和をもたらす。その野望が果たされることで、父や兄を超えたというささやかな自信を得られるんだ」

 

 感情をどこかに置いてきたようにサザージュは淡々と答える。にもかかわらず、彼の語る野望には積み上げてきた絶望と裏打ちされた確固たる信念を感じられた。特別な血筋を持ちながらも、地獄のような長い年月を送り、必死に這い上がってきた過去を、この数分だけで目の当たりにした。

 そしておそらくこの男は、ルシファーの名を出すことは無いだろう。彼にとっては悪魔にとって特別な名前など無価値でしかないのだ。

 龍の顔で神妙な表情になる大一を見て、サザージュは落ち着いて言葉を続ける。

 

「こんな俺の最後の計画…やはり完璧に遂げたいのさ。お前を仲間に引き入れることも含めてな。どれだけこの世界に苦しみが溢れているのか、その神器を扱い、俺の仲間と戦ったお前ならわかるだろう?どれだけ力があっても、それが絶対ではなく、同時に世界を破滅に導くほど恐ろしいのだ。お前の仲間も含めてな。

それに安心しろ。仮に俺の野望が果たされても、お前の愛する者達は力を失うだけで生き残る。失うことも無いんだ」

『俺は…』

「残った力を真の平和に役立てるためにも、一緒に世界を変えようじゃないか」

 

 サザージュの表情は穏やかであった。しかしその裏には燃えるような期待や渦巻く哀しみ、経験してきた幾多の絶望があるのだろう。

 それを目の当たりにするほど大一は胸が締め付けられるような想いであった。知らない世界の悲しみを覗き込み、それによって積み上げた相手の信念は、自分の願いや戦ってきた理由がどれだけちっぽけな感傷かを実感させた。

 一瞬、揺らいだことは否定しない。相手がルシファーの息子だから、優れた兄弟を持つから、異世界の存在と融合したから、それらは理由ではない。純粋にサザージュの信念に圧倒され、己の偽善的な覚悟では勝てないと思ってしまったのだ。

 

『…違う』

 

 しかし間もなく彼の口から漏れでた言葉は、その不安を払拭させていた。思いの強さだけで勝負は決まらない、そのことは相棒のおかげで何度も心身に刻んできたはずだ。

 身体の中の空気を入れ替えるように、大きく息を吐くと目の前の相手をハッキリと見据える。

 

『…魔力が消えれば、世界は混乱に陥る。「アザゼル杯」もあるんだ。そんな恐ろしい計画に協力するわけにいかない』

「しょせん、力を持つ者だけの大会だ。そんなものに意味は無いだろう」

『たしかにそうかもしれない。しかしそれを期待している多くの人がいるのも事実だ。それを邪魔しようとするのであれば…こちらに残ったルシファー眷属としてお前を止めさせてもらう』

 

 大一の静かな言葉に、サザージュの眉間にしわが寄っていく。彼がどのような単語に反応したかは容易に察せられる。

 

「お前がルシファー眷属だと…?しかしなるほど…それならば天界襲撃の際は別行動していたのにも頷ける。それにしても新旧ルシファーの関係者という共通点まであるとは、ますますシンパシーを感じてしまうな。しかしお前は俺の誘いを断ろうとしている」

『言葉を変えるつもりはない。俺にも冥界の悲しみを少しでも減らしたいという願いがある。だからお前がどれだけ強い想いで平和を願っているのか、戦っているのかは理解したつもりだ。しかしだからといって、そのためにこれほど多くの犠牲や悲しみを生みだすのは間違っている。もっと他の方法だってあったはずだ。もっと分かり合うことだって出来た…いや今からでも出来るはずなんだ。そのためにも俺はここでお前と戦って止めなければならない』

 

 龍魔状態の大一は脚をしっかりと踏みしめて、岩石のような拳をしっかりと握りしめる。

 その様子にサザージュはやれやれといった様子で首を横に振りながら嘆息した。

 

「残念だが、それがお前の答えなら致し方ない。先ほどの言葉は敬意を持って撤回しよう。そしてやはり決着をつけなければならない!」

 

 サザージュは再び鎧で顔を覆うと、複数の盾と属性攻撃による波状攻撃を行った。雪崩のように激しく向かってくる攻撃は、「倍加」の能力も相まって先ほどよりも強力な印象を抱いた。

 これに対して、大一は油断なく硬度と重さを引き上げて防いでいく。そして間もなく、この連撃があくまで注意を逸らすものであったことに気づいた。

 巻き起こる戦塵の中をさらに高速で移動していき、やがてサザージュは左側から飛び出してくる。そして右腕に展開したクローで、再び彼の巨体を捕えようとする。

 とはいえ、先ほどの一撃の威力を知っていたからこそ大一の対応も素早かった。右足を軸にして身体をひねり、サザージュの右腕から伸びるクローを避けると、左の拳を固めて痛烈なフックを放った。

 鈍重な一撃が、サザージュの半身に入り込む。腕力も見た目相応のものとなっていた龍魔の拳は、再び相手の鎧にひびを入れた。

 しかし殴り飛ばされながらも白龍皇のような翼をクッションにして岩壁の激突を防ぐと、そのまま両腕を内側に向けて横に大きく振る。クローからも属性による斬撃が発生し、ブーメランのように大きく回りながら向かってきた。

 

『さっきよりも威力があるが対応はできる!』

 

 向かってくる斬撃に対して、大一は口を開けて重力の球を撃ち出した。炎だろうが水だろうがあらゆる方向から働く重力は、多様な属性の斬撃をすりつぶしていった。

 これに対してサザージュは攻撃の規模を「半減」させて縮小させると、隙間を縫うように移動しながら再び接近していく。向かってくるサザージュをカウンターの要領で再び殴りつけようとしたが、それを読んでいた相手は「倍加」で素早さを上げつつ身をひるがえして攻撃を避ける。

 

「まだだァ!」

 

 猛獣のように荒々しい声を発しながら、サザージュは展開させたクローを、大一の右肩へと強引にひっかける。すぐに引き剥がそうとするが、強烈な握力は硬度を上げた龍の皮膚をしっかりと掴んでいた。間もなく胸の宝玉が光りだして、再び体の芯にまで響く衝撃が襲いかかる。先ほどと違い、体勢を崩した状態かつ右肩からの攻撃であったものの、体重を上げているその巨体をふらつかせるには充分であった。龍魔状態となり再生した右腕には骨が折れるような痛みを感じ、そこから連鎖するように全身へと衝撃が響いてくる。

 それでも歯を食いしばりながら、大一はサザージュの腹部へと拳を叩きこむ。さらにシャドウによって腕を伸ばすことで、クローを強引に引き剝がしながら洞窟の岩壁へと叩きつけた。

 攻撃を受けた右肩を抑えながら、大一は膝をつく。内臓にも影響を与えているのか、呼吸は荒れていき、それすらも痛みに変わっていくような感覚であった。手傷と流血はすさまじいが、それ以上に赤い双眸には強い炎が灯っていた。

 一方で吹き飛んだサザージュも満身創痍であった。鎧は再生しながらも隙間から血が滴っており、生命力、魔力ともに消耗していた。それでも鎧の中から発せられる声は力強い響きが見られた。

 

「硬度に魔力、再生能力まで付与したこの鎧…俺の自信作をここまで破壊するとは…大したものだ。これほど強いのに…もったいない…!」

『その言葉、そのまま返してやるよ…。実力と技術、野望のために弛まない努力を続けられる心…お前だって…もっと別の形で…世界を変えられただろうに…!』

 

 互いに血を流しすぎて身体は異常に熱く、もはや痛みすらもよくわからない状態であった。しかし2人とも憎しみの感情は無く、目の前の男にどうやって勝つかという見えない奇妙な繋がりすら感じられた。

 そんな空気の中、サザージュは息を整えながら言葉を紡ぐ。

 

「悩み抜いた末での決心だ。俺だって伊達に歳を重ねてはいない。必死で生きていきながらも、どこかで世界は変わると信じていた。しかし表面上は変わっても、根幹はなにも変わらなかった。いつだって力ある者に更なる力と名声が集中し、弱い者は反する心すら失っていく。それでも一縷の望みを抱いてきたが、ノロの絶望した記憶を見て失望は確信に変わったんだ。ゆえに俺は戦うのだ」

『そうだろうな。お前ほど真面目な男なら、考えてきただろうよ。その野望にも一定の理はあるだろうさ。それでもこのような革命じみたことで、世界が混乱に陥るのを見過ごせない』

「世界はとっくの昔から混乱している。弱者に蓋をして見ようとしなかっただけさ。勝たせてもらうぞ、兵藤大一。ここで負けては、散っていった同志に顔向けできない。彼らも俺と同じように…いや俺以上に苦しんできた…。だから俺の手によって、今の世界を破壊して本当の平和と平等を創りあげる!」

 

 サザージュの想いに呼応するかのように、両腕からはクローが展開し、胸部の宝玉の輝きは増していく。同時に桁違いの魔力が、心を震わせるような生命力が彼の体を覆っていく。その迫力はこの洞窟をわずかに揺らすほどの勢いがあった。これほど手傷を受けていながらどこにこんな底力があるのだろうか。

 

「さあ、終わらせよう!命を懸けた俺の野望はどこまでも世界へと響いていくんだ!」

 

 全身が傷だらけになりながらも、サザージュは大きく叫ぶ。確固たる信念はもはや狂気に満ちていた。

 大一は静かに瞑目する。身体は血にまみれて熱い。右の拳は握りなおすにしても歪さがあり激痛が走る。それでもドクンドクンと心臓の鼓動が全身に感じられる。ひどい痛みが身体の感覚に残っている。それらが生きていることを実感し、同時に力が湧いてくるようであった。

 

『俺はディオーグから貰ったこの命を守る。俺を愛してくれる人たちのためにも生き抜く。その上でこの戦いに勝つ。シャドウ、最後まで付き合ってくれ』

『今更な相談だな。僕はキミと…キミらと一心同体だよ』

 

 両腕が黒影によって染まっていく。衝撃を受けた右腕も無理やり固定すると、腰を入れて構えなおした。

 互いに体力は限界を超えており、手傷と出血も並大抵のものではない。つまり次のぶつかり合いが、この戦いを決める最後のものであり、その瞬間はすぐに訪れた。

 大一とサザージュが同時に動き出す。大一はシャドウで支えた右腕で殴りつけようとするが、先ほどの衝撃による激痛が僅かに攻撃のセットアップを遅らせた。サザージュの左腕のクローは龍魔状態の巨体を捕らえ、さらに右腕のクローは大一の左の二の腕を完全に掴んでいた。

 

「この一撃で全てが終わる…いや俺の悲願の始まりとなるのだッ!」

 

 サザージュの決意と共に、神器のエネルギーと魔力の入り混じった衝撃が全身に響き渡る。完全に極めたクローを振りほどくことは出来ず、背中まで貫いていく衝撃を受けながらも後方に吹っ飛ばされることもなく、身体をのけぞらせながら最後まで相手の攻撃を受け切った。

 

「ぐぅ…どうだ…!」

 

 苦しそうに呻くような声を上げながら、サザージュはクローを解除する。この短時間で奥の手であるこの技を複数回も使用していたため、彼の腕は悲鳴を上げていた。がくがくと震える腕をだらんと垂らしながら、彼は目の間に仁王立ちでいる大一へと目を向けた。白目をむきながら呆然とした顔を上に向けており、牙の並んだ口からは血がダラダラと流れていた。

 

「ハアハア…」

 

 息を切らすサザージュはそのまま情けなさそうに、鎧越しに顔を抑えた。目には悔し涙がたまっており、無理やりひねり出したようなか細い声を上げる。

 

「俺はこの程度なのか…」

 

 彼のつぶやきと同時に、大一は苦しそうに呼吸しながらも意識を取り戻していた。全身の硬度を最大まで上げて、さらには内部にはシャドウを展開させて補強していた。防御を無視する一撃には気休めでしか無かったが、耐える可能性を1パーセントでも上げるための大一のあがきは無駄ではなかった。そして渾身の力を振り絞って両腕をバネのように縮めていく。拳には魔力によって発生させた重力の塊を纏っていた。

 

『…終わりにしよう、サザージュ』

 

 大一の撃ちだした砲撃のような両腕のパンチがサザージュに命中する。龍の硬度と剛腕、シャドウの柔軟性から撃ちだされた速度、あらゆる方向からかかる重力、それらによって敵の鎧は砕けていき、後方の岩壁へと叩きつけられるのであった。

 




いよいよ終わりも見えてきました。


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第216話 悪魔の兄弟

全力で打ち合った結果はこうなりました。


 龍魔状態を解除した大一は膝をついて、自分の身体から地面へと滴り落ちる血を見る。この1年の自分にとっては珍しいことでも無かったが、全身がきしむように痛み、おびただしい血の量を見ると生きていることが不思議にも思えた。

 小さな呼吸をしながらもまるで動かない様子の持ち主にシャドウは心配そうに声を上げる。

 

『とりあえず内部の傷は塞いだけど…よくもまあ、ここまで酷くやられたのに…』

「…ああ、生きている」

 

 蚊の鳴くような声で反応した大一は、よろめきながらも立ち上がる。幸い脚の方はまだ動き、少しふらついた足取りで岩壁にたたきつけられたサザージュへと向かっていく。相手の鎧は半分以上が砕かれており、胸部の赤い宝玉にもヒビが入っていた。むき出しとなった顔は、大一と同様に血に濡れており、わずかな呼吸が聞こえなければ死んだようにしか見えなかった。

 小さく咳き込むとサザージュはわずかに顔を上げて、恨めしそうな目で睨みつける。

 

「俺を生かしたのか…」

「そんな器用なこと出来るか。全力で戦って、それでも打ち倒せなかっただけだ。それよりもあの装置を止める方法をすぐに教えろ」

 

 完全に骨が折れた左腕をシャドウで固定しながら、天井に埋め込まれている宝石を指さす。まず何よりも優先するべきことは、あの装置が作動して「異界の魔力」を除いた力が消えることを阻止することであった。

 

「…そんなものはない」

「そんなバカな…!」

「いや本当だ。もっともそれは今すぐに止められないだけだがな。起動させずに数十年と放置していれば力は弱まっていき、やがて無意味なものへとなっていく」

「つまりこのまま放置することが正解…いやそもそも起動させていないことが前提か」

「起動はさせていない。全てを終えてから行うつもりだった。お前を仲間に入れてから…」

 

 自嘲的な笑みを浮かべるサザージュの視線は大一の身体を支えるシャドウへと向けられる。

 

「腕も脚もさっきの攻撃で動かない。俺には支えてくれる奴がいなかった」

「そんなことは無いだろう。一緒に戦ってきたクリフォトの仲間だっていたはずだ」

「たしかに俺が独自で集めた彼らは仲間だ。しかし全員、お前たちに負けて散っていった。それに他にも助けてくれる人たちはいた。でもな、この長い年月で失い続けてきたんだよ。だから似た境遇のお前を仲間にしたかった…」

 

 ひとりで全てを背負ってきたという想いはサザージュには無かった。地獄のような日々でこそあったが、その中でも親切を受けてきたことがあったのは否定しない。

 しかしそれ以上の苦しい年月と失い続けてきた事実が、彼の野望を積み上げてきた。併せて今回の一件で力を貸してくれた「異界の地」のメンバーには相応の感情は抱いており、彼らに報いるという意味でも後には引けなかった。

 

「命がけの俺が勝てなかった。まだまだ甘かったってことか…」

「お前は強かった。あの勝負は紙一重のものだと思っている」

「ハッ…ずいぶんテロリストである俺に優しくするんだな」

「敵でも分かり合うために戦う、この1年で学んだことだ。俺は冥界での悲しみを減らしたいんだよ。それは戦っている相手も含まれるんだ」

「高尚なことだ…絶望しなかった奴の差というものかね…」

 

 サザージュの呼吸が荒くなっていく。生命力も徐々に弱まっていることに気づくと、大一は通信用の魔法陣を展開させた。

 

「お前は死なせない。いろいろ訊きたいこともあるからな。今から人を呼んで治療を受けさせる。というか、模造品のフェニックスの涙とか無いのか?」

「フェニックスの涙ねえ…あれは意味をなさない…。おそらく完全な融合を果たしたお前にもな」

「どういう意味だ?」

「さっきも言ったが、ノロやディオーグはこの世界の理から外れた奴らだ。そのせいか、英雄派の魔人化のように、涙の回復を受け付けないんだよ。『異界の魔力』を持っている奴らも同様だ。自己回復力は上がるようだがな」

 

 サザージュの吐き捨てるような答えに、大一は1月近く前に倒したギガンのことを思いだす。彼を相手に勝利した後に身体を調べた際に、ニーズヘッグのようにフェニックスの涙を持っていなかった。さらに捕らえられてからも驚異的な回復力を踏まえれば、彼の言葉は真実だろう。おそらくその影響は自分にも…。

 

「もっとも、今の俺は死にかけている。いくら回復力が上がっていても、このまま放置されば死ぬな」

「だったら、尚さらだ。すぐに人を呼ぶ」

「お前にとってそれは悪手だと思うぞ。このまま俺を死なせた方が都合いい」

「ふざけている場合か」

「本気だよ。この場所は俺が長年にわたって研究してきた成果があるんだ。そして誰にも知られていないと自信を持って言える。そこに複数の人が来れば、どうあがいてもここにある情報が漏洩するリスクは高まるだろう。これほどの特殊な力や装置を各勢力が見逃すと思うか」

 

 血に濡れた顔はリゼヴィムのような悪辣さを感じられた。しかし彼の指摘は正しいだろう。異世界の知識、異界の魔力関連、クリフォトの神器やトライヘキサ、オーフィスの研究成果など、ここにはサザージュが積み上げてきた特別な成果が存在していた。3大勢力がこれを適切に管理するなど確証も無い。今では規模が大きくなりすぎている上に、神との交流の中で情報の流出も考えられるだろう。そもそも前にグレイフィアが指摘していたように、今はあらゆる力が注目される時代なのだ。

 

「万全を期すなら俺を死なせておくべきだ。なぜなら装置の起動スイッチはまだ手元にあるのだからな」

「どこにある?」

「この鎧の宝玉さ。しかしこの宝玉は特殊でな。俺の命と直結している」

 

 小さく笑うサザージュに対して、大一は渋い表情をする。口からは煮え切らない感情を乗せた声がにじみ出た。

 

「どこまで自分を軽く見ているんだ、お前は…」

「命をかけると言っただろう?この装置にはどうしても生命力が必要だった。だから俺の命と繋げることにしたんだよ。そもそも無角に結界の鍵を任せたのも、この起動装置を調整するためのテストだった。あいつは自分から進んでやってくれたがな」

 

 目の前にいる男に、大一は腹立たしい気持ちが湧いていた。まったく後悔も無く、本気で行っている。その覚悟と信念は褒められたものかもしれない。

 しかし納得できる道理は無かった。己の命を軽んじる選択が悲しみを生んできたのを、何度も見てきた。サーゼクスや炎駒、アザゼルといった恩師たち、相棒であったディオーグ…彼らの顔が浮かんだ瞬間、すぐにその想いを振り払った。

 彼らは世界を守るために、大切な人のために命を懸けた。そこに己の命を軽んじるような無鉄砲さは感じられなかった。むしろ目の前の男が感じているのは…。

 

「さてお前が取るべき道はふたつにひとつだ。俺がこのまま死んでいくのを見るか、それともこの宝玉を破壊して止めを刺すか」

『手を出さなくても死ぬなら放っておくだけだ!』

「それが簡単にはいかない。先ほど装置は放っておくことで無力化すると言ったが、それは完全では無いんだよ。装置内にある魔力を少しずつ抜いていくことで無力化する。しかし当然、下手に装置自体を攻撃すれば暴発の可能性がある」

「…なるほど、お前の胸の宝玉は魔力も共有している。これを壊すことで、中の魔力が少しずつ抜けていくということか」

「正解だ。そして俺が死んだ瞬間、力が逆流して装置は起動するのさ」

『リゼヴィムと同じ手を使いやがって…!』

 

 シャドウは歯ぎしりでも聞こえてきそうな雰囲気で言葉を紡ぐ。ことごとく相手の策略にはまり、上手くいかないこの状況に本気の怒りを感じていた。この神器としては、死の間際に立っても余裕の表情を崩さないこの男の心を読むことは出来なかった。

 宝玉を壊して装置を無力化しつつ相手の命を奪うか、相手が力尽きて死ぬのを待って野望が果たされるのを待つか、そのどちらかしか無いのだ。

 

「結局のところ、俺も血を争えないのかね。あいつと同じように非情な手段を取ってしまう」

『この外道野郎が!これ以上、僕の相棒に重荷を背負わせるな!』

「何度でも言えば良い。さあ、兵藤大一よ。決めるのはお前だ」

 

 挑戦的な視線に、大一はまるで動じなかった。シャドウで身体を支えながらも、精神的には動揺を感じていない。

 間もなく小さく嘆息した彼は、黒く染め上げた錨を創り出すとシャドウに支えられながら左手に持つ。そしてその切っ先を敵の胸部にある宝玉へと向けた。

 

「俺にとって大切な人たちが生きる世界だ。そこを混乱に陥れるわけにいかない」

「当然の判断だ。敵である俺に都合の良い選択を取る道理はない。さあ、終わらせようか」

「…しかしお前が歩んできた道を、俺は評価したいと思う。地獄のような日々を耐え抜き、偉大な野望を計画し、特別な存在を超えるために弛まぬ努力をしてきた。お前は本当に頑張った」

 

 世界を大きく変えようとした敵に対して、あまりにも穏やかな声であった。その様子にシャドウは驚き、サザージュも不意を突かれたようにキョトンとした表情になる。間もなく発せられた相手の声は無意識に震えていた。

 

「…なんのつもりだ」

「ただの本心を伝えただけだ。自分の無力さを感じ必死に頑張っている、お前ほどの男ならそれを心のどこかで自覚しているはずだ。お前ほどではないが、俺も同じような経験がある」

 

 サザージュの命を懸けようとする無鉄砲な危険性は、かつての自分を思い出させた。己の実力に自信を持てず、それを弱さだと思って必死に隠し続けて、埋めるために血のにじむような努力を重ねる。かつてシャドウに憑りつかれる前の自分自身と重ね合わせていた。

 それゆえに相手がどれだけ隠そうとしても、大一にはその苦しみが見えてくるようであった。そして朱乃がかつて自分に伝えてくれたように、その姿を見ている自分も胸が締め付けられるような悲しみを抱いた。

 同じ苦しみを知っているからこそ、それを受け止めて伝えたかったのだ。頑張ったのだから自分を認めていいのだと。かつて自分が仲間達に受けたことを、同じような境遇の男に行ったのだ。

 これに対してサザージュは何も言わずに、ただ息をのむだけであった。しかし目に見えない何かがハッキリと繋がっていることを実感していた。

 やがて大一と同じように息を吐くと、ゆっくりと話し始める。

 

「…世界は終わるかもしれないぞ。兵藤一誠も、ヴァ―リ・ルシファーも、あいつらにはあらゆる存在が味方をする。いずれ誰も止められなくなる」

「あいつらは平穏を望んでいる」

「たとえそうだとしても、特別な力を持っているんだ。必ず嵐を巻き起こし、その渦中にいるだろう。ただ火の粉を振り払っているつもりが、実際はより大きな力で圧倒するしかないだろうさ。力や名声が集中するのは恐ろしい。仮にそういった意図が無かったとしても、弱者やはみ出し者が苦しむんだ」

「もし…そうなったら、俺が2人の前に立ちはだかる。たとえ世界を敵に回すことになってもな」

 

 大一の落ち着いていながらも芯の通った訴えは、サザージュの心を震わせた。それを確認するかのように、彼は精一杯の声を振り絞り問う。

 

「お前がそこまでする理由はなんだ?」

「俺は一誠の兄で、あいつを超えると決心している。それだけじゃ不十分か?」

「…いや、十分だ。兄弟というのは…そういう想いを抱いてもおかしくないからな…。あのファンレターだって内容自体は…本気だったさ。お前が…戦うのを…活躍するの望んでいたのも…」

 

 サザージュの呼吸が弱くなっていく。生命力ももはや風前の灯火であった。後悔だらけの人生であった。長く苦しい日々と野望を果たせなかった哀しみ、それらが消え去ることは無い。目にはどんどん涙がたまっていくのも至極当然だ。しかしその涙は奇妙なほど熱く、不思議な感情をもたらした。彼は最後に訴えるような目で、大一の姿をしっかりと捉えた。

 互いの視線が空中でかちりと合うと、大一は意を決して錨を振り上げる。

 

「さよならだ、サザージュ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 まるで何かに揺り動かされたような気分で朱乃は目を覚ました。ベッドの近くに置いてある時計を見ると、まだ3時半を回ったところで、気持ちよく目覚めるような朝とは程遠い時間帯であった。

 瞼は重く、卒業式でのお祝い続きの疲労もあって再び眠りにつこうとしたが、ひとりにしては広々とした感覚を抱くベッドの状況に、彼女は身体を起こす方を選択した。

 

「…大一?」

 

 隣でいつも寝ているはずの傷だらけの恋人はいなかった。もともと家の中の誰よりも早起きである彼だが、それにしても早すぎる。そもそも卒業式とそのお祝いで心身ともに疲れていてもおかしくないのに、もぬけの殻であることには違和感しかなかった。

 一縷の不安を抱いた朱乃はベッドから降りると、ガウンを羽織って部屋を出ていく。すぐに魔力を感知して、彼の居場所を探った。彼や小猫ほどではないが、家の中を感知して居場所を特定する程度であれば簡単であった。

 間もなく地下の転移部屋にいることが分かると、彼女の不安はさらに大きくなる。家の中にいたことはよかったが、これからどこかに行こうとしていたのだろうか。それともすでに終わらせてきたのだろうか。またもや彼は何も言わずに事を成そうとしたのだろうか。

 様々な憶測と心配が頭の中で飛び交いながらも、彼女は地下の転移部屋へとたどり着いた。扉を開けると、そこには壁に寄りかかった状態で座り込んでいる大一の姿があった。

 ハッと息をのむと、急いで駆け寄る。身体のいたる箇所に傷と血があり、残っていた左腕は不自然に曲がっているように見えた。それでも小さく寝息を立てて、眠っていることには胸をなでおろすような想いであった。

 ひとまず安心した彼女は肩を揺さぶって彼を起こそうとする。

 

「…大一、起きて」

「んぐ…あー…ここは…朱乃?どうしてここに?」

「それはこっちのセリフよ。なにがあったの?」

「えーっと…ああ、そうか。戻ってから、そのまま寝てしまったのか」

「また隠し事をして、ひとりで戦っている…」

「今回はいろいろあったんだ。…説明はするよ。でも今は眠らせて欲しい」

 

 ふらつきながら立つ大一に、朱乃は肩を貸す。彼がディオーグと融合してから相当な強さを得たことは知っていたため、これほどの手傷を負っていることには驚きを感じた。

 

「ねえ、傷の手当てをしましょう。アーシアちゃんを起こすわ」

「いや、そこまではいい。ただ一緒にいて欲しい。今日は…疲れた…」

 




次あたりが潮時ですかね。


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第217話 新たな1歩

ラストです。オリ主にとって特別な相手達との整理でもあります。


 ある日の昼下がり、大一は朱乃と2人で彼女が淹れた紅茶を飲んでいた。一誠達は春休みまであと数日の学校、リアスは冥界でグレイフィアに会いに行き、父は仕事、母も買い物に出かけていたため、多くの人がいるのが当たり前のこの家では珍しく2人だけであった。

 

「美味いな、この紅茶」

「あらあら、珍しくお世辞を言っても何も無いわよ。それともご機嫌取り?」

「今さら、そんなことをする仲じゃないだろうに」

「いいじゃない。こういうやり取りも久しぶりで楽しいもの」

 

 ほんのりとS気のある微笑みの朱乃に対して、大一は淡々と反応する。以前は珍しくないやり取りであったが、ここ最近はめっきり減った軽口であった。それゆえに一種の快適さを感じられる。

 とろんとした穏やかな空気は心地よかったが、春休みが始まれば卒業旅行の予定だ。仲間全員で行く弾丸ツアーでかなりスケジュールが詰まっていた。そしてそれが終われば、アザゼル杯の開催だ。これからの忙しさや常に仲間達と一緒にいることを思えば、このような2人だけの時間は貴重であるのは間違いない。

 しかしそのような時間を打ち破るような発言を、珍しく朱乃の方から切り出した。

 

「ねえ、なにか隠していることない?」

「藪から棒にどうしたんだ?」

「数日前の話に納得していないだけよ」

 

 肩をすくめながら朱乃はさらりと答えるが、その割には声のトーンは不信感に塗れていた。

 サザージュとの戦いの後、家に戻ってきた大一は朱乃から魔力を流し込んでもらい、回復していった。朝には完全とまではいかないが、アーシアの治療がそこまで必要ないほどまで回復していた。異界の魔力を得たことによる回復力が影響しているのだろう。

 しかしそれで話が終わるわけが無い。夜中にひとりで抜け出して向かったことに、仲間達が納得するわけもなかった。

 そこで彼はサザージュと戦ったことを話した。しかし詳細はほとんど伏せており、彼がディオーグを封印したノロという人物と融合したこと、「異界の地」の真実、リゼヴィムの義弟であること、これらは一切口外しなかった。真実が大衆の目にさらされて力を利用されることを、彼が危惧していたように、その意志をくみ取ってあの洞窟は放置することにしていた。あの危険性を踏まえれば、長い時間をかけて装置を無力化し朽ちていくべきなのだ。

 あくまでクリフォトの残党が最後の戦いとして挑んできた設定で説明したのだが、その時点では仲間達は信用したように思えた。しかし…

 

「あなたの様子がどこかおかしいと思ったの。雰囲気というか気迫というか…」

 

 目を細めながらつぶやく朱乃に、大一は頭を掻く。彼女に隠し事など無意味なことなど知っていたはずなのに、自分の甘さを呪いたくなった。

 しかし今回の一件は、全てを明かすのはためらわれる内容であった。彼女を、もっと言えば仲間達を信用していないわけではない。それでもこの情報の漏洩は絶対に避けるべきなのだ。

 彼女を相手にごまかすのは不可能だと考えた大一は、カップのお茶を一口すすって気持ちを落ち着けると、決心した様子で言葉を紡ぐ。

 

「たしかに隠し事はある。それでも伝えることは出来ない」

「私でも?」

「朱乃でもだ。もしもの時を思えば…」

 

 全てをひけらかさないのは、「異界の魔力」の利用を防ぐだけではなかった。敵であっても最後に分かり合えたサザージュへの手向け、そして彼との約束が仲間達への告白を踏みとどまらせていた。

 そんな彼の様子を見て、朱乃は両手に持つカップにわずかに力を入れる。

 

「…私たちは『アザゼル杯』に出るけど、あなたはこれからどうするの?」

「すでにアジュカ様含めた上役から命令を受ける立場になっている。これまで通り、身分は明らかにしていないけど。直属の密偵みたいなものだって言われたな」

「そういうことを知りたいんじゃないけど…」

 

 朱乃は小さくため息をつく。傍から見れば儚げで色気に溢れていたが、その心情は薄暗かった。共にリアスを支え続けたもっとも信頼する仲間だ。そして恋仲になるほどの関係に発展した。幸せを実感していたが、同時に不安を加速的に掻き立てていた。あっという間に遠く、まったく違う道に歩もうとしている。そんな彼を今後もずっと見続けることになるのだろうか。

 彼女の気持ちが伝染でもしたかのように、どこか雁字搦めのような空気になっていく。せっかくの穏やかな時間を、どうして自分で壊すような真似をしたのか、すでに後悔していた。

 その一方で大一はあまり動じた様子は無く、ただ静かに言葉を紡いだ。

 

「なあ、朱乃。俺は今後も心配させると思う」

「ええ、今回の一件で確信した…」

「下手したら、もっと大変な状況になるかもしれない」

「あなたが相手なら驚きもしないわ。悲しいことを見たくないからって命を懸ける…自分勝手なんだから…」

「言う通りだよ。俺の命は、俺自身よりも大切な人たちのために使いたい。その想いは変わらないし、変えちゃいけないと思ってる。たとえそれで、朱乃を悲しませることになってもだ」

「本当にバカなんだから…」

 

 朱乃は疲れたようにため息をつくと、カップに残ったお茶を一気に飲み干す。そのまま立ち上がるとカップを片付けるために台所へと向かっていった。少しでも動かないとこの疲れた感情を鎮静化できなかった。

 すると大一も彼女の隣に立ち、紅茶を飲み干したカップを流し台に置く。

 

「ごめん。俺はこれからもあなたを悲しませると思う」

「まだその話を続けるつもり?私は…」

「最後まで聞いてほしい。それでも朱乃には特別な感情を抱いているんだ。だから…せめてあなたが感じた悲しみを遥かに超えるくらい、あなたを本気で愛することを誓う。それこそ一生をかけるくらいに」

「ッ!?」

 

 大一の言葉に、朱乃はすぐに反応できなかった。しかしその突然の告白は間違いなく彼女の心を揺さぶっていた。熱い涙が目にたまっていく。先ほどの切なさが燃えるような愛に変わっていく。彼への積み上げてきた信頼と愛情が、それを間違いないものであることを告げていた。

 朱乃は顔を真っ赤に染めてうつむきながら、小刻みに震える唇を開いた。

 

「…どうしてこのタイミングで言ったの?」

「えっと…今は俺らだけしかいないし…」

「だって雰囲気づくりは、イッセーくんと違って最高とは言い難いじゃない」

「それは悪かったって。でも伝えたかったんだよ。俺もいろいろあったからさ…」

「いろいろねぇ…」

 

 少し気恥ずかしそうに大一は視線を逸らす。先日の一誠の告白、バラキエルからの指摘、そしてディオーグが残した言葉…あらゆる事象が、かねてより常に心のどこかで抱いていた想いを伝えることを後押ししていた。そこにはある意味、彼らしい自分勝手さが込められていた。

 一方で朱乃は瞑目して深呼吸をすると、洗おうとしていたカップを置いて、横に立つ大一にしなだれかかる。なんだかんだで、最終的にいつも約束を守る彼を何度も見てきた。だから自分も信頼しているし、そんな彼を愛しているのだ。それを踏まえれば、彼女の答えは決まっていた。

 

「不器用なんだから…。でも、そんなあなたが好きなの。一緒に生きましょう。そしてリアス達よりも幸せにね」

「だから張り合う必要無いだろうに」

「あらあら、いいじゃない。少なくとも私は今までで1番の幸せを噛みしめているわ」

「俺もだよ」

 

 2人は肩を並べながら、洗い物を始めていく。弟と親友とは違って2人以外の誰も知らないこの告白は、お互いのささやかながらも未来を期待させる幸せを胸の内に宿していた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 4月半ばを過ぎた頃、魔王領土にある巨大なスタジアムの一室に、大一は脚を運んでいた。「アザゼル杯」のために新たに建設された施設、その大きさは東京ドーム10個分の広さに匹敵していた。

 この日は「アザゼル杯」の開会式、すでに観客席は満員であり、上空ではメディアのヘリコプターが飛んで撮影を始めていた。その映像は冥界だけでなく、各勢力にも映されているのだろう。

 

『既定の護衛の数合わせで呼ばれるとは雑用じゃないか。なんでこんな道楽どもに付き合わなければ…』

(シャドウ、口が過ぎるぞ。これも仕事だ)

 

 大一がいた部屋には上役の悪魔達が集まっており、ガラス張りの透明な壁からフィールドに集まるメンバーを眺められた。悪魔や天使、堕天使、妖怪や魔物の類、中には神クラスまでチラホラと見られて、その規模の大きさを改めて実感させられた。

 ちょうど一誠が使い魔であるスキーズブラズニルからチームメンバーたちと共に、フィールドに降り立つのが見えた。それだけでもリアス達やサイラオーグなど彼の周囲に人が集まり、部屋にいる上役たちも興味深そうに盛り上がっていた。

 

『おうおう、相変わらずの大盛況なことで』

(…グレイフィアさんはさすがにいないな)

 

 一誠の周囲に目を凝らしながら見まわし、頭の中でつぶやく。一誠のチームに「女王」としてチームに参戦している「ビナー・レスザン」、その正体がグレイフィアであることを大一は本人から聞いていた。彼女なりに経験の浅い一誠へのサポートへと向かうことを決めたようだ。この事実だけでもシャドウが、喚くはめになったのだが。

 もっとも驚くべきは一誠だけのチームではない。リアスの方もチームメンバーとして入れたヴァレリーやフリードの関係者であるリント・セルゼン、さらにミスター・ブラックと名乗っている謎の存在も、クロウ・クルワッハであることを知っていた。

 他にも名高い実力者や今後を期待されるような新人が集まっている。まさにアジュカ達の狙い通り、強者を発掘するための大会へと成っているのは間違いないだろう。そして当然のように、互いに強者との戦いに滾らせている節があった。

 そしてこの大会に参加しない大一も、似たような感情を抱いていた。

 

(いずれ彼らにも勝てるような仲間を集めなければいけないかもな)

『実際、どうかねえ。そんなすごい奴がいるものか…』

(俺は世界を全て知らないんだ。どこかに必ずいると思いたい。そういう仲間達も集めなければ…俺はあそこに集まる人たちに勝てない)

 

 サザージュに止めを刺す間際に交わした決意は、大一の中で金剛石のような盤石さを保っていた。ギラギラとした強さへの執着は、視界に入る強者たちにも劣らないだろうとシャドウは思っている。

 それゆえに一種の危うさも感じられた。ずぶずぶと日陰へと進んでいく彼が、いずれ心も化け物になるのではないかと。シャドウは頭の中で真剣な声と共に忠告する。

 

『なあ、大一。キミがこれから歩んでいく道は、皆から期待と称賛を受けるような王道じゃない。理から外れた日の当たらない影の道だ。それは決して簡単なものじゃない。だから…無理はするなよ。サザージュの話していた「弱者」のことを放っておくことも出来るんだよ。それに告白だって上手くいったんだ。キミはもっと幸せになる権利はあるんだよ』

(シャドウ、俺はあいつらと敵対するわけじゃないんだ。それでもいざという時に、一誠達の前に壁としていられるくらい強くなければ意味がないだろう?ならば、少しは無理しなくちゃな)

 

 相棒の忠告に、大一は瞑目しながら答える。彼にとって仲間達は今もかけがえのない特別な存在であった。そんな彼らをないがしろにするつもりは毛頭なかった。

 それでも自分と似た、そして自分以上の境遇を背負っていたサザージュの悲しみに直面していながら、見て見ぬふりなど出来るはずも無かった。

 だからこそ、もし彼が危惧していたようなことが起こった場合、それを止める存在として、同時に分かりあうためにも戦うことを決意していた。

 

(それにさ、ちょっと恥ずかしいけど昂っている自分もいるんだよな)

『どういうこと?』

(いずれ一誠を超えようと思うと、そんな気分になっていくんだ)

 

 兵藤大一にとって、弟である一誠は守る対象であるのと同時に、絶対に負けたくない相手でもあった。何度も見せてきた勢いと奇跡の数々、この1年の輝かしい経歴、無意識のうちに彼の中では弟は特別な存在で勝てない相手だと思っていた。

 しかし例の一件は、兄である彼は心のどこかに燻って残っていたその想いを、再び燃え上がらせていた。ヴァ―リが、祐斗が、サイラオーグが、曹操が、彼と全力で戦って勝ちたいと思う前から、ずっと兄としてそんな想いはあったのだ。

 

『ディオーグみたいだな』

(あいつも強さを求めていたからな。しかしだったら、ちょうどいいじゃないか。グレートレッドやオーフィスとも張り合ったほどの龍と、影の道を知り尽くした神器が相棒としているんだ。希望は十分なほどあるだろう?)

 

 その言葉に、シャドウは小さな安心感を抱いた。かつて自分の苦しみを理解し、戦いしか求めなかったディオーグですら心を許した青年は、着実に成長して未来へと歩んでいるのだと。

 相棒との会話に区切りをつけた大一は、目を開いて再び集まっている出場者たちの中に立つ弟へと目を向ける。今はまだ届かないだろう。彼の実力と特別性は、誰もが認めるほどなのだ。それでも兄として、弟に対しての一種のライバル心が輝いていた。

 

「絶対にお前を超えてやるよ、一誠」

 

 知らない世界がごまんとあった。彼がこの1年を通じて、痛烈に実感したことであった。自分が見てこなかったものはもちろん、目に見えていながら気づかなかったこともある。

 それを経験したことで改めて培われた想いは、自然と口から小さく漏れ出した。




これにて最後となります。
今後、ネタがあれば日常話も上げるつもりですが、本筋はこれで最終回です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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悪魔の日常
番外1話 接客


お久しぶりです。原作のように日常的な面をちょこちょこ書いていきます。
今回は4巻分の終盤、シャドウから解放されて間もない頃のつもりです。やっとシリアス以外に手を出せた…。


「接客ですか?」

「そうなのよ。他の子もお休み取っているのよね~」

 

 時刻は夜も近くなってきた頃、いつもならば部活動を終えて下校する時間に大一は生島に呼び出されていた。なんでも従業員のひとりが熱を出してしまい寝込んでしまったため、人手が必要となり彼を呼んだのであった。

 

「しかしこういう場での接客って難しいでしょう」

「まあ、否定はしないわね。お客様とのコミュニケーションは売りでもあるから」

「俺に務まりますかね…」

「少なくとも私は大丈夫だと思うわ。大一ちゃんの凄さはよくわかっているもの。まあ、私の手が空いていない時に、なにか飲みながら相手してくれればいいから」

「急に適当になりましたね」

 

 目を細める大一に、生島はケタケタと笑う。つい先日まで絶望に苦しんでいた彼としては、馴染みの笑顔というだけで安心を抱くのであった。

 

「でも飲み屋で未成年はマズいような…」

「私の甥っ子ってことにすれば大丈夫よ。立地的に駒王学園の関係者は来ないだろうし、いざという時はリアスちゃん達にも連絡するわ。それじゃ、お願いね♪」

 

────────────────────────――――――――――――――――――

客①

 

「飲みすぎじゃないですか?」

「飲ませてくれよ…大人はそうしたいんだよ…」

 

 眼鏡をかけた痩せ型の男性がグラスを傾けて酒をあおる。森沢はたまに来る客であった。彼は昼間公務員として働いているのだが、どうもこの1週間ほど失敗続きで意気消沈していたようで、気晴らしに飲みに来ていた。

 

「なんであんなミスをしちゃったかな…、自分が情けないよ…」

「誰にだってミスはありますよ。森沢さんが公務員として頑張っているおかげで、自分たちも安心して生活できるんですから」

 

 上手くいかないことについては大一自身も身に覚えがある。それを思えば、彼の気持ちを受け止めて話を聞くことが現状では最適解なのだろう。

 大一の話をどこまで聞こえていたのかは分からないが、顔を真っ赤にして酔っ払う森沢はガシガシと頭を掻く。

 

「あー…人肌が恋しい…」

「ご友人は?」

「友人というか…ちょっと変わった知り合いはいるけどさ…ドラグ・ソボールの話とかで盛り上がって…あっ、漫画とかって読む?」

「まあ、人並には…ただドラグ・ソボールは弟の方が詳しいですね」

「そっかー…いや、僕なんかは直撃世代だからね。学生時代はみんなでドラゴン波の練習をしたものさ」

「今でも人気ありますからね」

「僕だってたまに読み返すもの。昔はみんなで戦いごっこしたな…いや、少し前に彼とやったな…」

 

 思い出すかのように森沢は呟く。大一からすればその年齢でごっこ遊びに付き合ってくれるような友人がいるのは羨ましく思えた。もっとも悪魔として戦っている身なので、自分はごっこ遊びでも戦いの類はやりたくないが。

 

「まあ、友人も大切だけどさ。やっぱりこんなふうに気持ち的に弱っている時は、彼女とかいたらいいよね…」

「相手はいないので?」

「この見た目で!僕に!恋人が!いると思うのかい!」

「別に見た目だけで決まる世の中じゃないでしょうに…」

「あー!もっとイケメンだったらー!」

 

 今度は完全にくだをまく酔っ払いになった森沢は怒っているのか、泣いているのか分からない様子で声を荒げる。そしておつまみのポテトと一緒にグラスの中身を一気に流し込んだ。

 ペースの早さが気になった大一は水の入ったグラスを差し出されると、森沢は軽く礼を言ってちびちびと飲んでいく。

 

「はあ、彼女がいたら人生変わるかな…」

「どうでしょうね。ちなみにどのような子がタイプなんですか?」

「そうだな…優しくて、頼りがいがある子かな。あと貧乳だと嬉しい」

「最後の情報いります?」

「こだわりは大事だろう?そういうキミは?」

「自分はお客様に話すほどじゃありませんよ」

「いいじゃないか。こういう男トークできるの嬉しいんだよ。それにこういう話、なんか生島さんとは話しづらくてさ」

「そのお気持ちはわかります。しかしタイプですか…」

 

 森沢から興味に満ちた視線を受けながら、大一は考え込むように顎に手を当てる。この数年の悪魔生活は彼にとって充実と同時に過酷さも間違いなくあった。おかげで恋愛を意識する余裕など彼には無かった。

 

「うーん…」

「そこまで悩むほどかい?」

「お恥ずかしい話、そこまで意識してなかったので…」

「だからって、好みのひとつやふたつはあるだろう?」

 

 促されるまま、大一は考え続けていく。間もなく脳裏にはひとりの女性の顔がよぎった。悪魔になった頃からの付き合いで一緒に親友を守ってきた大切な仲間、気づけば彼の口からは言葉が零れ落ちていった。

 

「そうですね…穏やかな雰囲気で…強さも弱さもあって…一緒にいたくなるような…」

「…急にボロボロ出てくるね。誰かを思い浮かべているの?」

「えっ!?いやいや別にそういうわけじゃ…」

「もしかしてすでに彼女がいたのか!くっ…そっち側だったのか…!」

「いや自分は彼女がいたことは無いですよ」

「いいなー!帰ったら、お帰りなさいあなたとかって言ってくれるんだろうな!」

「話を聞いてくださいよ!?」

 

────────────────────────――――――――――――――――――

客②

 

 森沢が帰った後、奥で生島がお酒の準備をしている間、大一はあるカップルを相手に話していた。ただし出来ることなら店の掃除の方に徹したかった。それくらい目の前に並んで鎮座する2人の男女からは覇気のようなものを感じられた。

 

「えっと…おふたりは付き合って長いのでしょうか?」

「いえ、まだ半年も経っていません。でも私は前から彼のことを気にしていて…」

「そして数か月前に僕は手紙をもらいまして、それをきっかけに付き合うことになったんです」

「そ、そうなんですね…」

 

 別に会話としては何もおかしくない。にもかかわらず、これほどミスマッチ性を抱くのは、やはりその見た目だろう。

 片方は戦国武者の鎧、もう片方は西洋の甲冑を身に着けており、これから激闘が始まると言っても違和感のない見た目であった。最初は店に入ってきた瞬間、通報しようかと思ったほどだ。

 鎧武者の方はスーザン、甲冑の西洋騎士の方は堀井といい、2人とも大学生であった。どちらも顔を隠しているため、どちらが男女かわからなくなりそうであった。

 

「あの手紙は思い出すだけで胸が高鳴るよ」

「もう堀井くんったら!」

「その手紙は矢文だったのでしょうか…」

「すごい!よくわかりましたね!どうしても私はこの方法しか思いつかなくて、でも協力してくれた人には激しいツッコミを受けましたね」

「合っていたんだ…」

「僕はあの見事な矢文には射抜かれたけどね。まさか僕ともあろう者が、完全な一撃を脳天に受けることになるとは」

「いや、脳天はダメでしょうよ!」

 

 お互いに恥ずかしそうに褒め合いながら(見た目はむしろ不気味さの方が勝っていたのだが) 、身体を寄せ合う。鎧が擦れぶつかる金属音が小さく鳴るのは、スナックの一場面としてはあまりにも不適応であった。

 それにしてもこの2人に協力した人物がいることにも驚きを感じた。これほど特異な人に手を貸すなど、よほど友情に熱かったのか、それとも特殊な事情があったのだろうか。

 もっとも今のように相手をしている大一も人のことは言えないだろう。生島も彼女たちが来た瞬間、特に驚いた様子も無く普通に接していたことは印象的であった。扉近くの傘立てのところに刀と円柱のランスが差し込まれているのが証明として存在していた。

 

「お待たせ~、二人とも!生島さんのスペシャルカクテルよ!」

「「ありがとうございます」」

 

 生島が運んできたカクテルを2人は鎧の口元だけを開けて飲む。ここまで来ると素顔も気になるが、これほど本気の格好ができるようなカップルがおいそれと人前で素顔は晒さないだろうという奇妙な信頼感もあった。

 スーザンが嬉しそうに息をつくと、生島へと視線を向ける。

 

「本当にこの店に出会えてよかったです。他の店だと受け入れてもらえないことも多かったので」

「酷いわよね~。こんなに面白いカップルを受け入れない理由なんて無いわ」

「宮本武蔵の二天一流とか、戦における槍の有用性とかの話をしていただけなんですけど、やっぱりこういう話は敬遠されるんですかね。それとも武器の置き所でしょうか」

 

 十中八九、見た目が原因であるのは間違いないのだが、今の大一にはそれすら指摘する気力も無かった。どうも次元の違う相手をしているような気分で、悪魔になってから間もない頃のリアス達と会話しているような気分であった。

 

「まあ、好き嫌いは分かれるでしょうね。でも私としてはこれほどお似合いのカップルは存在だけで目の保養になるわ!付き合うきっかけをくれた人達に感謝しないとね!」

「本当にそうなんです。私、とても幸せで…あの人達にはなんとお礼を言ったらいいのか…」

「僕も同じ気持ちだよ。スーザン、これからも…」

「堀井くん…」

 

 見た目とは合い入れないような甘い空気が流れる中、生島はにっこりと微笑み大一の肩に腕を回す。

 

「この空気を邪魔するのは悪いわね。それじゃ、ごゆっくり~」

 

 そのまま大一を連れて、生島はその場を離れていく。大一の方も小さく息を吐くと、疲れたように目に手を当てた。

 

「大一ちゃんもああいう感じで良い人を見つけるのよ」

「いや、あれは無理ですって…」

────────────────────────――――――――――――――――――

客③

 

 あの後もスーザンと堀井の鎧カップルとは注文を取るために何度か話し、その独特の空気感に当てられた大一は疲労を感じていた。これほどの客を相手に当たり前のように対応できる生島には、一種の尊敬すら感じる。

 現在、店内に客は誰もおらず、少しずつ終わりの時間が近づいていることに安堵を感じていると、チリンチリンと扉の開いたベルの音が鳴る。すぐに気持ちを整えて、大一は入ってきた人物に声をかける。

 

「いらっしゃいま…せ…」

 

 入ってきた人物を見た瞬間、大一は二の句が継げなかった。それも当然だろう。入ってきた人物は巨木のような剛腕、力強さを象徴するような胸板、それらに見合った巨体に魔法少女のようなフリフリの衣装を身にまとった人物が店に入ってきたのだ。手には魔法ステッキのようなものを持っており、インパクトは先ほどの鎧カップルを遥かに超えるものがあった。

 

「生島さんはいるにょ?」

「え、えっと、奥にいますので呼んできますね」

「大丈夫にょ。戻ってくるまで待つにょ」

 

 独特な語尾と野太い声は、見た目の凹凸並みに違和感しか抱かなかった。そしてこの人物と2人きりになる状況に、思考はすっかり抜き取られたような気分であった。

 とりあえず何かをしていないと気持ちが収まらず、水とおしぼりを手早く準備する。その間にも手は無意識に震えていたのだが。

 カウンター席に座る謎の巨漢は水とおしぼりを受け取ると、大一の顔を見つめる。

 

「初めて見たにょ。新人さんなのかにょ?」

「い、いえ。生島さんの甥でして…えーっと…」

「ミルたんにょ。魔法少女になるのが夢だにょ」

 

 ミルたん…その独特な自己紹介から出てきた名前ですぐに思い当たった。一誠が悪魔になって間もない頃、契約に至ったという魔法少女を夢見る巨漢であった。その際は夜通し、魔法少女のアニメを一緒に見ていたのだという。名前と風体だけは一誠から耳にしていたが、実際の姿はその何倍も破壊力があった。これを親友の松田と元浜に紹介をしたのは、あまりにも酷に感じられた。

 とりあえず会話を続けようとする大一は半ば踏ん張るような思いで声を発する。

 

「あー…ミルたんさんは魔法少女が好きなんですね」

「そうにょ。常にステッキも持って、気持ちの面でも完璧にょ」

「ミルキーとかでしたっけ?」

 

 セラフォルーから長々と説明を受けたこともあってか、ミルたんの持っていたステッキが「魔法少女ミルキー」のものであることは気づいていた。しかしわざわざタイトル名を出したのは悪手であった。

 ミルたんの瞳の奥にはギラリと強い光が走り、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「甥っこさんも魔法少女には詳しいにょ」

「い、いや知っているだけで…」

「これは一緒に魔法少女を目指す必要があるにょ。今度一緒に勉強するにょ。いや、今からでも行くにょ」

 

 椅子から立ち上がるとミルたんはカウンター越しに、大一の両肩を大きな手で掴む。期待に満ちた目の輝きも怯むには充分であったが、それ以上に両肩に伸し掛かる鉛のように重い力強さが強烈であった。悪魔となって身体能力は向上している上に、常日頃から鍛えていた。一方で目の前の人物はただの人間のはずであった。それにもかかわらず、この腕力には自分と大差なく感じさせるほどのものであった。

 その時、店の奥から満足げにホクホクした顔の生島が姿を現した。

 

「いやー、終わった終わった。あんな良いものを貰ってそのまま置いておくわけにも───」

 

 ミルたんを確認した生島は打って変わって鋭い表情へと変化する。一方でミルたんの方も大一の肩から手を放し、生島を睨む。2人の間には見えないながらも激しい閃光がぶつかり合っているように見えた。

 間もなく2人はテーブル席へと歩いていき、それぞれ片手を出すと力強く握り合い、肘をテーブルについた。激しい闘気がぶつかり合い、店に見えない熱気を立ち込めていく。

 

「いつもの勝負ね」

「今日こそは勝たせてもらうにょ」

「「よーい…ドン!」」

 

 生島とミルたんは互いに腕に力を込めて、相手の腕を倒そうとする。店自体が揺れているのではないかと思うほどの錯覚を抱かせる激しい腕相撲対決は、互角であった。まるで引く様子も無く、しかし腕の震えようから見ればその壮絶さは察するに余りある。

 それでも戦いである以上、動きはみられていく。徐々に生島が押していき、ミルたんの手の甲をテーブルへと近づけていった。

 

「この勝負、貰ったわ!」

「負けないにょ!魔法少女は最後まで諦めないにょ!ミルキィィィィ・フラッシュゥゥゥ・パワァァァッッ!!!」

「ぬああああああッ!!!」

 

 掛け声と同時にミルたんの腕が一気に形勢を逆転し、そのまま生島の手の甲をテーブルに叩きつけた。

 2人ともまったく息を切らした様子は無く、立ち上がると固い握手を交わす。手を掴んだ音が聞こえてきそうな勢いであった。

 

「勝利おめでとう。また強くなったわね、ミルたん」

「生島さんもさすがだにょ。それでも3連敗は避けたかった…その想いが勝利になったんだにょ」

「さすがは癒しと希望を忘れない魔法少女ね。今日は飲んでいく?」

「今日はこの幸せを噛み締めたまま帰るにょ。いつものをお持ち帰りだけするにょ」

「わかったわ。少し待っていて」

 

 握手を解いた生島は持ち帰り用のコップ(かなり大きい)に、コーヒーとミルクを入れるとどこからともなく取り出したクリームやフルーツをトッピングしていく。間もなく華やかに完成した飲み物をミルたんへと渡した。

 

「はい、生島スペシャルミルキー風よ。勝利のお祝いにトッピングは多めにしておいたわ」

「最高にょ…生島さん、また来るにょ。甥っ子さんもまたにょ」

 

 お代を払ったミルたんは生島と大一に手を振って店を出ていく。時間で言えば15分程度であったが、大一の悪魔生活でも、いや人生の中でもずば抜けて衝撃的な出来事であった。下手したら悪魔になった日に並ぶかもしれない。

 

「あの子は魔法少女になれる。あれほど愛を持っているんだもの」

 

 憂うようにつぶやく生島であったが、そんな人物と本気で腕相撲をしていた彼も何者なのかと問いただしたくなる想いであった。

 




1巻と8巻に出ていた例の人たちです。
しばらくは原作やオリジナルの小ネタを書く、話の添削を行うことにしています。
それとアンケートも設置しましたので、よろしければお願いします。


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番外2話 お兄ちゃん・お姉ちゃんの会

アンケートで1番多かったものです。
オリ主がルシファー眷属になって間もない頃の話を想定しています。
日常系を書くのは楽しいけど、湿っぽい内容の方が筆が乗る気が…。


 数十人は余裕で入りそうな大きな会議室、その中央には円形のテーブルが鎮座している。周囲は暗く、そこにだけスポットライトが当たっているような状態は物々しい雰囲気を作り上げていた。

 そこに集まったメンバーのうち2人が覇気を感じさせるような緊張感を醸し出しながら、厳かな声で会話していた。

 

「ついにここまで来たのだ。これが終わる時、我々の栄光が果たされるのだ」

「長かったわね、SL。これが始まることをどれほど長く待ちわびたことか…感極まっちゃうわ」

「SS、キミの気持ちもよく分かる。何度もこのような場は夢見ていたからな。だからこそ、今日ここで行うことに意味があるのだ」

「ああ、楽しみだわ…今こそ始めましょう!」

「「ハッハッハッハッハッ!!」」

 

 舞踏会に使われていそうな目元の隠れた仮面をつけた2人の男女は高らかに笑い声をあげる。会議室に響き渡る笑い声は明るくも力強く、一種の恐ろしさすら感じさせるものがあった。冥界の一角にあるこの場で、どのような画策が行われるか、それは当事者たちにしか分からなかった。

 そして彼らと卓を囲むもうひとり、同じような仮面をつけていた男…兵藤大一はゆっくりと口を開いて、ただ一言つぶやいた。

 

「なにこれ?」

 

 サーゼクスから呼び出しを受けて、参上した彼は渡された謎の仮面の下で懐疑的な表情をしていた。声以外の物音が無い空間、壮大な雰囲気、部屋の規模、あらゆる要素が特別感を放っていたが、着いてから間もなく呼び出しの目的を知ったため、腑に落ちない感覚が心の中に貼りついていた。

 そんな彼に対して、先ほど「SL」と呼ばれたサーゼクスが声をかける。

 

「来てくれて嬉しいよ、D。やはりキミも我々と同じ志を抱くものであったのだな」

「いや、主であるあなたが緊急の招集をかけたんじゃないですか…というか、なんですか。この『お兄ちゃん・お姉ちゃんの会』って」

 

 大一は自分の席に置かれてある資料のタイトルを見ながら問う。『第1回、お兄ちゃん・お姉ちゃんの会資料』と書かれており、目次が立ち並んでいた。

 

「言葉通りだよ。兄として、姉として、自分たちの弟や妹への愛と魅力を語り合う場さ」

「いつもやっていることじゃないですか」

「しかしこのように集まって会合することは無かったからね。今回を皮切りにどんどん規模を広めていきたいね」

 

 うんうんと真面目に頷くサーゼクスであったが、話す内容がその真面目な雰囲気とは対照的なほどふざけているため、早々にこの場から去りたい想いが募っていく。

 そんな彼に畳みかけるように仮面をつけたセラフォルーが話す。

 

「Dも普段から弟くんのことを大切に思っているものね。ここでいっぱい語っていってね☆」

「いや前も言いましたけど、俺はそういった感情は無いですよ、セラフォルー様」

「ストップ!ここではプライベート性を守るため、コードネーム呼びよ!気をつけて、D!」

「なんで自分はDなんですか?」

「大一くんの頭文字がDだからね。カッコいいでしょう?」

「なんかアウトな雰囲気漂いますがね…それにあっさり名前言っているじゃないですか、セラ…あー…SS様。お二人はどうしてそのコードネームに?」

 

 戸惑い気味の大一の問いに、サーゼクスとセラフォルーは自信ありげに答える。

 

「私もキミと同じく頭文字だよ。LはルシファーのLだね」

(機関車みたい…)

「私はサーゼクスちゃんと頭文字が同じになるから、ソーナちゃんとの名前を合体したSSよ。セラフォルー&ソーナというところね☆」

(もう普通に名前を言っちゃっているよ、この人…)

「そうか、その手があったか!Lでなくて、Rにしておけばリアスの名前も入れられたか…くっ、どうしてルシファーはRのスペルじゃなかったんだ…!」

「ふっふっふ、愛情表現は私に分があったようね、SL!」

(俺は何のために呼ばれたのだろうか…?)

『冥界トップの姿か、これが?』

(ぐおごごご)

 

 さっそく目の前で繰り広げられる愛情表現に、大一は戸惑い、頭の中でシャドウは呆れ、ディオーグはいびきを立てる。これを皮切りにさっそく「お兄ちゃん・お姉ちゃんの会」が始まるのであった。

 

 第1回目となる今回の議題として挙げられたのは「弟妹の魅力を語り合う」というものであった。サーゼクス、セラフォルー共に日頃から発信しているものだと思えたが、意外なことに2人とも悩むようにうーんと唸っていた。

 

「これは難しいところだな。そもそも弟と妹では違いもあるから、これを語るのは難易度が高いな」

「それにどういった分野について語るのかも議題よね。それでプレゼンの内容も違うもの」

「…今更ですが、この議題を考えたのはお二人じゃないのですか?」

「いや、それだと公平性に欠けるからね。アザゼルに頼んだ」

(適当に決められたな)

『適当に流されたな』

(んぐぐ…むにゃむにゃ…)

 

 アザゼルすら匙を投げたことが容易に想像できるふわっとした議題であったが、サーゼクスもセラフォルーも本気で悩んでいる。

 

「一番のポイントを語り合いたいところだが、リアスは素晴らしすぎて迷うしなぁ」

「私も同意見だわ。ソーナちゃんの魅力を1点に絞ることなど出来ないもの」

 

 このままでは話が平行線…どころか話自体が進まずにだらだらと長引きそうな空気まで感じられるが、そこに介入するように大一の肩から飛び出したシャドウの甲高い声が響き渡る。

 

『ったく、だったらこれだけは譲れないみたいなのを見た目と中身からそれぞれ言うのは?いくら絞れないからって他の奴らに魅力を伝えたいなら、どうしてもってのはあるだろ』

「おおっ!それは良い案だ!」

「よーし、それでソーナちゃんの魅力をたっぷり教えてあげるんだから☆」

 

 シャドウの案に乗ったサーゼクスとセラフォルーはどこからともなく現れたフリップとマーカーを持って妹たちの魅力を書き始める。

 一方で、大一は引っ込んだシャドウに対して意外そうな声で語りかけた。

 

(お前がこういうのに乗るってどういう了見だ?)

『だってこうでもしないと終わらないじゃん。何が楽しくてシスコンどもに付き合わなきゃいけないんだよ。さっさと終わらせよう』

(そ、そうか…。しかし問題は俺の方だな…)

 

 半ば舌打ちする思いで大一もペンを持つ。彼にとって弟の数々の思い出は…

 

「やっぱりソーナちゃんと言ったらこれでしょう!」

 

 セラフォルーが叩きつけるかのような勢いでフリップを示す。そこにはサインのような特徴的かつ可愛いらしい文字で『ソーナちゃんはシュッとして可愛い♡そしてとっても優しい♡』と書かれていた。最後にはデフォルメされたソーナの似顔絵まで描かれている。

 

「ソーナちゃんの知的でキリっとした雰囲気はとても愛らしいの。冷静沈着なその素晴らしさは2人もリアスちゃんとのレーティングゲームを見てわかっていると思うわ☆」

「カッコいいじゃないんですね」

「甘いわ、D!そこで効いてくるのが、この優しいところよ!一見すれば冷静さとクールを兼ね備えたソーナちゃんだけど、その心は優しさに満ちている…そのギャップを理解した時、もう全てが愛らしく可愛いのよ☆やっぱりお姉ちゃんとして、妹の見えないながらも素晴らしいところはしっかり実感したいわ☆」

 

 セラフォルーの目の奥からビカビカと輝くような光が漏れだしているように見えた。言葉ひとつひとつに熱意が込められており、彼女の妹への並々ならぬ想いが垣間見られる。

 いつもであればその勢いに気圧されるだけだろう。しかしセラフォルーの熱弁は、ソーナとの付き合いの中で徐々に気づかされたことであった。それを溺愛するだけじゃなく、姉として理解している彼女の姿に心が震わされた。

 大一が小さく感心するような息を吐く一方で、サーゼクスは心から同意するように頷く。

 

「わかる。わかるよ、SS。やっぱり大切な妹の美点はハッキリと理解したいものな。これは負けていられないな。私は…こうだ!」

 

 サーゼクスはセラフォルーにも負けず劣らずの勢いでフリップを示す。彼女と違って余計な絵などは無くごちゃついた印象は無いが、丸みを感じて穏やかな文字で、リアスの美点が書かれていた。『堂々とした立ち振る舞いが美しい。夢に向かって突き進むその信念はさらに美しい』というものだ。

 

「これは決定的だと思うんだよ。リアスの立ち振る舞いは、若いながらも王としての懸命さが窺える。もちろん彼女が乙女心を熱く秘めているのはわかっているのだが、それと合わさって愛らしくも期待を感じさせるものだ。そんな彼女にみずみずしい若きゆえの大きな信念が入るとどうなるか。彼女の王としての気品、立ち振る舞い、強さ、美しさ…その他もろもろがさらに厚みを帯びるのだよ」

 

 サーゼクスの語気は落ち着いていたにもかかわらず、言葉の表面化にはリアスへの並々ならぬ想いが感じられた。セラフォルーに勝るとも劣らないほどの、妹への矢印の大きさは相変わらずであった。

 しかし、彼が語ったのは愛情というよりも信頼に近いものに感じられた。リアスは必ずや夢を実現するだろう、その確固たる信頼も踏まえた妹のアピールポイントであった。

 

「やっぱり、SLちゃんの妹への理解は素晴らしいわ。若手を集めた時のリアスちゃんの立ち振る舞いとか見れば、その可愛さがよくわかるもの!」

「いやはや、キミの情熱にも頭が下がるよ。お題通り、ソーナの素晴らしさをキッチリと伝えてくれたからね」

「「ハッハッハ!!」」

 

 2人の魔王は再び高笑いをして、互いに妹への愛をたたえる。その勢いから、これからとんでもない計画でも練っているかのような光景であったが、大一としてはとりあえず上司たちが満足している様子に安堵する。

 願わくば、これでお開きになって欲しかったが、サーゼクスとセラフォルーが期待するかのように大一へと視線を向ける。

 

「さあ、最後にD。思う存分、語ってくれたまえ」

「唯一の、弟での参戦だものね!期待しているわ!」

「えーと…じゃあ、これで」

 

 戸惑い気味に大一はフリップを提示する。そこには義手に慣れておらず、半分のたくったような文字で『諦めない。程よく鍛え上げている』と書かれていた。

 

「まあ、何事に対しても諦めないところは、弟の強みでしょう。見た目は…いちおう鍛えているおかげか夏休み辺りから仕上がってきているのでその点を挙げました」

 

 淡々と説明する大一に、セラフォルーは首を横に振る。その動きは明らかに納得していないようであった。

 

「…甘い。甘いわ、D!あなたの弟への想いは、その程度の熱量なの!仮にも『お兄ちゃん・お姉ちゃんの会』の会員なのよ!?」

 

 指を突きつけながら熱弁するセラフォルーの姿に、大一は困ったように頭を掻く。言ってはなんだが、大一の一誠への想いと、サーゼクスやセラフォルーが妹たちに抱く想いは根本的に違った。別に弟のことが嫌いなわけではない。

 しかし溺愛するような関係性ではなく、兄としての責任感の一点を中心に置いたものなのだ。

 併せて、そもそも彼の良さ以上に、悪い点に目がつくのも当然であった。昔から覗きなどのセクハラ行為で他の学生からの苦情が真っ先に自分の下に来る。謝らせようとして追いかけっこ状態になることはざらにあり、生徒会や職員室に赴いて頭を下げた回数も両手の指じゃまったく足りないほどだ。

 彼の良さが分からないわけでもない。その優しさや面倒見の良さ、実力など認めている点は確かにある。ただそれ以上に彼の経験上、受けてきた迷惑が多く結果としてマイナスの評価の方が大きくなっていた。大一としては妹分である小猫やアーシアの美点を語った方が100倍出てくるだろう。

 するとそこでサーゼクスが思慮深い声で発言する。

 

「いや待ちたまえ、SS。彼の言うことにも一理ある。我々は先ほどまで多くを語ることこそが全てだと思っていた。しかしDが多くを語らないのは、彼にとって弟の魅力とはもはや当然のものであり、わざわざ発言するまでもないとは捉えられないか?」

「俺はそういうつもりは───」

「な、なんですって!?たしかに私はここでソーナちゃんの魅力を語ることだけを目的にしていた…もっとみんなに知って欲しいと思って…でもDにとっては弟くんの魅力はすでに公然の事実!つまり今さら語るほどではないということなの!」

「別に俺はそこまで弟のことを───」

「その通り。そしてこれによって示される兄弟の絆。我々の予想をはるかに上回るものであった…」

「あ、あの、サーゼクス様!?」

 

 明らかに話の方向性がおかしくなっていると感じた大一は反論しようと口を開く。しかしサーゼクスが片手を上げてそれを制した。

 

「キミはもう喋る必要はないよ、D。私たちの負けだ。キミたちの兄弟の絆は見事なものだった。ここまで見せるお兄ちゃんは、まさに弟想いの概念と言っても過言ではない」

「悔しいけど、負けを認めざるをえないわね。冥界の妹想いを統べる私が宣言するわ…あなたがお兄ちゃんナンバー1よ、D!」

 

 仮面越しにもわかるほど、すっきりした表情のサーゼクスとセラフォルーに対して、大一は困惑するばかりであった。

 

(いや、結局なにもしてねえぞ…俺…)

 

 開いた口が塞がらない状態であり、同時にこの称号は弟への苦労も重ねたことを踏まえて、どこか不名誉的な気持ちを抱かせたため、なにか覆せるものを探していた。そこで手元にあった資料に書かれている今回の議題に目をつけた。

 

「あの、サー…じゃなくてSL様、SS様。そもそも今回の議題は語り合うことですから、勝敗などは関係ないのでは?」

「な、なんと…!敗北した我々にまでそのように言えるとは…!」

「圧倒的余裕…いや違うわ!純粋に同じ志を持つ者への慈悲…それはまさに『お兄ちゃんお姉ちゃんアガペー』!」

「感動したよ、大一くん!やはりキミを眷属に入れて正解だった!」

「よーし、じゃあ今からみんなで一緒にご飯を食べながら朝まで語り合いましょう!愛する下の子たちのことを☆」

 

 テンションの高低差がとんでもないことになっているサーゼクスとセラフォルーは大一の肩に手を置いて、半ば連行するようにその場を後にしようとする。もはや彼は自分の先ほどの決断を後悔するのであった。

 

(どこで間違えた…)

『ははーん、さては魔王ってバカだな?』

(うーん…腹減った…)

 

 もっともこの後、グレイフィアとセラフォルーの眷属数人に見つかって、説教と同時にこの会は解散することとなったのだが。

 

「次回はライザーくんを呼ぼうか?」

「どうせならフェニックス家のお兄ちゃん3人とも呼びましょう☆」

(まだやる気かい!)

 




長編の構想を練っても、なかなか手が付けられません…。


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番外3話 背伸びした振るまい

お久しぶりです。書きかけだったのもの上げます。こういうのがあってもいいと思うんですよ。


「先輩、今度の休日にデートしましょう」

 

 ある日の朝食終わりに、小猫は真剣な表情で大一に言う。発言内容とギャップのある雰囲気があり、その鋭い目つきを踏まえると、どちらかといえば決闘を申し込まれた方が納得できるような様子であった。

 これには大一も少々面くらって気圧されながらも、年上として落ち着いた調子で答える。

 

「ずいぶん唐突だな」

「むしろだいぶ待った方です。クリフォトの件もようやく一区切りつきました。そろそろ前に話していた『埋め合わせ』をして欲しいんです」

「そういえば、なんだかんだで出来なかったな。よし、じゃあ…えっと…」

 

 言葉を続けるごとに徐々に尻すぼみになり、考え込むように左手を顎に当てる。そんな大一の様子に、小猫は少なからず不快感を抱いた。

 

「…なんですか、その反応。もしかして不服ですか?」

「いやそうじゃなくて、埋め合わせっていろいろなところで使っていたから…えっと…クリスマスは年明け前に行ったし…」

「アウロス学園のお風呂の件です。結局、一緒に入ってくれなかったですから」

「いやあれって埋め合わせとして約束みたいなものしていたか?」

「約束…守ってくれないんですか?」

 

 思い出そうとする大一に、小猫は上目遣いで儚げに問う。実際のところ、彼女も約束などしてはおらず、学園の件は適当な口実に過ぎなかった。これに彼の約束を守る変に生真面目な性格を利用しているものも重々承知していた。

 それでも彼の卒業前に1度くらい2人きりでデートをしてみたかった。学生としてのささやかな願い、思慕を抱く先輩との大切な時間を求めた。

 小猫の柔らかな可愛らしさに、大一はうろたえつつ少し恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「…どこ行きたい?」

 

 彼の問いに、小猫は心の中でガッツポーズをする。彼の口から出てきた言葉は、彼女にとって勝利を告げられたようなものであった。

 同時に身体の中に煮立ったお湯が流れ込むかのような熱さを感じる。いざ承諾されると緊張の方が彼女を支配していたのだ。

 言葉に詰まりつつ、出来るだけ冷静を装いながら小猫は小さく答える。

 

「えっと…当日に答えるでもいいですか?」

「じゃあ、時間だけ決めるか」

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 約束の日、早朝から小猫はいつもの無愛想な雰囲気に、緊張感を丁寧に包みながら部屋にある鏡の前で服装をチェックしていた。ピンクのニットにロングスカート、黒のパンストも身に着けている。まだ寒さもあるから、この上に小さめのコートも羽織るつもりだ。身長と動きやすさに合わせると可愛さと足の露出が優先されがちな彼女にしては、出来るだけ露出を抑えた衣服は、それなりに大人っぽく見えるのではないかと思っていた。ロスヴァイセのような身長があれば、もっと相応のコーディネイトが出来たのではないかと思うと、同時にため息も出したくなるのだが。

 

(イッセー先輩みたいであれば分かりやすいんですけど)

 

 心の中で小さく愚痴をこぼしつつ、彼女は大一が待っている玄関へと向かう。その間にも彼がどのように自分を見てくれるかを期待半分、心配半分で心をざわつかせていた。

 間もなく、玄関に立っていた大一の姿を確認する。右腕には義手を装着しており、左半身はディオーグとの融合で火傷を負ったような酷さだ。それでも持ち前の長身はロングコートにマッチしており、顔を隠すための伊達メガネもいつもと違った雰囲気を醸し出していた。

 

「お、小猫。準備いいか?」

「大丈夫です。お待たせしました」

「待ってないよ。しかしお前にしては珍しい雰囲気だな」

「に、似合ってませんか?」

「いや、綺麗だと思うよ」

 

 さらりと答える大一に、小猫は約束を取り付けた時同様に胸を昂らせる。頭の中では惚れた相手に相応しいように大人っぽくと繰り返し言い聞かせるが、それでも油断すれば嬉しさと恥ずかしさが同時に襲ってきそうであった。

 話もそこそこに2人は家を出る。いまだに向かう先は決めておらず、なんとなく駅へと足を運んでいた。いよいよデートの始まりであったが、小猫は早々に気にかけていた疑問をぶつけた。

 

「先輩、よく朱乃さんにお許しを受けましたね。それとも秘密にしていたんですか?」

「言い方が…そもそもバレないようにする方が不可能だろう。特に何も言われなかったよ」

 

 実際、大一の言葉通り、朱乃はこの件に対しては口出しなどしなかった。すでにハーレムに関して容認している彼女は正妻的余裕を抱いており、今さら彼が小猫とデートすることに目くじらを立てはしなかった。親友であるリアスの態度を見習っている節もあったのだろう。もっともそれを埋め合わせるかのように、その話を聞いてから毎晩寝る前の甘えは激しかったのだが。小猫もそのあたりは察していたが、これ以上は口を出さなかった。

 

「しかしごめんな。デートなのにこの姿で」

「この前も言いましたけど、先輩がその姿であっても私は気にしません。むしろ準備をかけられて、少しでも一緒にいる時間が減る方が嫌です」

「お前…かなり恥ずかしいことを口走っているぞ」

「私も成長しているんです」

 

 いまいち答えとしては的を射ていない答えに大一が眉を上げる一方で、小猫にとってはこの発言はある種の気合い入れであった。ただ一緒に出掛けるだけではあるが、大一が卒業する前に少しでも関係を進展させたい。そんな想いが渦巻いていた。

 小猫は闘争心めいた好意を燃やし、大一はそれにまるで気づかず、駅を経由して少し離れた街へと出向く。彼の思わず振り返るような傷顔とかなり身長差のある男女の組み合わせによって、電車の中で周りから怪訝そうな視線にさらされた。それだけでも駅の入り口付近で2人ともグッと体を伸ばすには充分な理由であった。

 始まる前から若干の心労を感じつつ、大一は小猫に問う。

 

「さてどこに行く?」

「えーっと…映画館とかどうでしょう」

「おっと意外なところが来たな」

「意外ってどういう意味ですか」

「いや、スイーツバイキングとかそういうものが来ると思っていたからさ」

「いつまでも子どもっぽくは無いんです」

「別に子どもっぽいとかじゃないと思うけどな」

「ほら、行きましょう」

 

 半ば引っ張るように小猫は大一の手を掴んで映画館の方に向かっていく。デートの主導権を握っているような気分で彼女は口元に満足そうな小さい笑みを浮かべていた。

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 内心喜んでいた小猫も、少々戸惑いを感じていた大一も、数時間後のお昼近くは疲れた様子で近場の喫茶店で休憩していた。体力的にはそこまで問題ないのだが、精神的疲労を感じており2人して温かい飲み物と喫茶店の心地よい環境に癒されていた。

 

「あの映画じゃなくても良かっただろ…」

「…何事も経験です」

 

 大一の言葉に、小猫はあまり意味のなさない声色で反論する。彼女のリクエストで2人が見た映画は、あまり宣伝されていない恋愛映画であった。内容は決してつまらないわけではないのだが、独特の雰囲気とこれでもかというほど甘い空気感、そして3時間半という長丁場が消耗させていた。

 

「リサーチ不足だったのは否定できませんが…」

「というか、お前が見るタイプの映画じゃないだろう」

「…失礼ですね。私だって恋愛ものくらい見ますよ」

「ジャンルというよりあの雰囲気がだよ。どちらかといえば、ストーリーとかハッキリしている方が好きだと思っていたけど」

「…否定はしません」

 

 その自覚を示すかのように、小猫は視線を横に逸らす。どこか気まずそうで恥ずかしさも入り混じった表情は、彼女が好意を向ける相手に幾度となく見せていたものであった。

 にもかかわらず、今の大一にはなぜか新鮮に感じた。その違和感にすぐに気づくものの、理由まで問われると胸の中で首をひねるのだが。

 どこか腑に落ちない感情を抱く一方で、小猫は小さく嘆息して自信なさげに呟いていく。

 

「…でもああいった映画を見るのも大人っぽいと思ったんです」

「そういえば映画前にも子どもっぽいとか言っていたな?そんなに重要と思えないが」

「だって…先輩に似合うような女性に…」

 

 小猫は半ば落ち込むように肩を落とす。自分以外に大一に好意を抱いている人物は、思いつく限り3人だ。いずれもスタイルがよく、大人っぽさに満ち溢れている。自分ともっとも年齢が近い朱乃ですら成熟した妖艶さと余裕が感じられる。それこそ長身となまじ大人の立場に慣れた彼との組み合わせは抜群であった。

 対する自分は小柄であり、他の女性よりも子どもっぽさが目立つ。高校生どころか小学生とまで勘違いされることも少なくない。同い年のレイヴェルは自分よりも淑女としてしっかりしており、年相応かつ成長も見込まれるような体型なのも焦燥を掻き立てられる。

 あと1か月もしないうちに彼は卒業だ。一足先に大人になっていく相手の横に並びたくて、今回のデートで彼女なりに釣り合うように背伸びをしていた。もちろん空回りしがちな状態であるのは、本人が認めるところであったが。

 

「…難しいです」

 

 自分に向けるようにポツリと呟く。どうもモヤモヤが晴れず、せっかくのデートも出鼻をくじかれた気持ちであった。

 そんな小猫を前に、大一は左手でコーヒーカップを持ち中身を一口飲むと、いつもの調子の声色で話す。

 

「なあ、小猫。ワガママ言っていいか?」

 

────────────────────────――――――――――――――――――

 

 約1時間後、2人はそば屋にいた。店内にはそれなりに人がいたが耳につくような騒がしさはなく、そばをすする音が小気味よく聞こえていた。

 

「近くを通る際に気にはなっていたけど、なかなか行けなかったんだよな。まさか小猫も知っている店だったとは」

「はあ…」

 

 喜々として割り箸を手に取る大一に対して、小猫は困惑を隠さずに答える。テーブルには注文した天ぷらそばが湯気を立てており、出汁の香りと昼食の時間帯が空腹を刺激させていたが、彼女としては珍しく煮え切らない感情の方が先行していた。

 

「そばも最近、食べていなかったからな。このサイズでワンコインなのも嬉しい。さっそく食べよう」

「あの…その前に…私の知っているお店で食べ歩きしたいって本気ですか?」

 

 小猫が目を細めながら問う。大一が彼女に提案したワガママとはいたってシンプルなもので、彼女が知っている店を紹介してもらい食べ歩きをしていくというものであった。最初は彼の好物であるそばを選んだが、この後は小猫の方でどんどん教えていく予定だ。加えて、支払いは割り勘にするというおまけつきだ。

 

「デートで嘘をつく理由もないだろう」

「もちろんそうなんですけど…」

 

 気をつかわれている、小猫の頭にはそんな言葉がよぎった。自分の好みを仲間達はみんな知っているし、さすがに背伸びしているのも見透かされている自覚はあった。だから彼は自分の好みに合わせたデートプランを提案したのだろう。

 いまだに妹分として扱われているのだろうか。同等に横に立っている感覚が抱けなかった。

 しかしそんな彼女のネガティブな思いとは裏腹に、彼はあっけらかんとした様子で答える。

 

「どうもディオーグと融合してから前よりも腹が減るようになってな。別に魔力とかに問題あるわけじゃないんだけど、燃費は悪くなったよ」

 

 なにかを思うかのように彼は左の頬を撫でる。一瞬、目の焦点がずっと遠くへと向けられたような気がしたが、その眼はすぐに小猫へと戻っていた。

 

「なかなか外出先で気兼ねなくご飯を一緒に食べられる相手っていなくてさ」

「言えば良いじゃないですか。別に隠すことでも無いでしょう」

「恥ずかしい話だが、俺にも見栄があるんだ。安いものだけど、今のような立場じゃ吐き出すことも一苦労なほどのものが。それに今後を考えれば、気をつけるに越したことはない」

 

 自嘲的に吐き出しつつ、彼は肩をすくめる。仲間達に気をつかい、もろもろ溜め込むような悪い方向に生真面目な面がある男だ。さらに今後は冥界の上層部の部下として働くことにもなっている。これまでとは、また違った責任やしがらみが絡みつき立ち振る舞いもさらに気をつける必要があるだろう。

 

「前よりも大人でいなければいけない。そう思うと、一緒に笑って楽しんで…そういう気兼ねない相手がいるのは嬉しいんだ」

 

 彼がこれまでとは違った道を見据えていることを理解すると、ワガママを吐き出してくれたことが小猫にとって温かい感覚をもたらした。心地よさがじんわりと染み込んでいく。彼の横にいるような同等な関係性、そこにはすでに立っていた。それを実感するだけで口元に笑みがこぼれていく。

 

「…でもまだ先輩の方が上手ですかね」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんでも」

 

 小猫も割り箸を取って、そばへと向き合う。顔に当たる湯気が尚のこと心地よかった。そんな彼女の頭の中ではここから自分の好みをどのようにプレゼンして、彼の胃袋を掴んでいくかにシフトしていた。

 

「先輩、甘い物はどれくらいいけますか?」

「あいつと融合したからなのか、味の好みも少しだけ変わってな。かなり食えるぞ」

「…わかりました。先輩のワガママを全力で聞かせてもらいます」

 




読み返す時があるのですが、続きも書けるような終わり方したなと思いました。


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番外4話 温もりを求めて

171話の翌日辺りの時系列です。
18、19巻分はこの時期に書いていたらしっくり来たんだろうなと思います。


 クリスマスに降った雪がまだ道に残っているような頃、世間はすっかり年末年始の準備で忙しく駆け回っていた。この騒がしさがクリフォトと戦っている「D×D」にとっては、一種の安堵にも繋がっていた。だからこそ特訓にも身が入るし、同時に休息もしっかりと取る気になれる。

 とはいえ、世間と同じように仕事の忙しさに追われている人物が「D×D」のメンバーにもいた。

 

「寒い…」

 

 大一は鼻をすすりながらつぶやく。暖かそうなコートに加えて防寒用のローブも羽織っているのだが、それを無力化するほどの凄まじい寒さが彼の身体を襲っていた。もっとも周辺の光景を踏まえると、当然の状態と言っても過言ではないだろう。周囲は夜でも分かるほど銀世界そのものな深い雪が積もった山風景であり、これで寒さが無い方がありえないのだ。一緒に来た何人かの堕天使の研究員も寒そうに身体を震わせている。

 

「これはマジでキツイ…前に来た時よりも絶対寒いだろ…!」

(生半可な鍛え方しているからこの程度で弱音を吐くんだよ)

『いやいやいや、これはどう考えても寒いって。悪魔用のローブでもこれだし。まだ風とかが大したことないのが幸いだね』

 

 白い吐息と共に独り言を発する大一に、頭の中で同居人である龍と神器が答える。もはや彼にとっては独り言でも、当たり前のように会話に発展していくこの状態には慣れっこであった。

 

『こりゃ、安請け合いだぜ。アザゼルは何を考えているんだか…』

「仕事だから仕方ない。オーディン様のところで調査した時は、何も出なかったんだから。まあ、北欧神話でも感知に長けている人はいるはずだからあまり意味はなさない気もするが」

 

 彼らが来たのはヴァ―リチームが先日襲われた山岳地帯であった。天界での襲撃と同時に起こったブルードとギガンを筆頭とした事件、天界への注意を分散させる囮の可能性が高かった。しかしあくまで推測のため、この地周辺は何もなかったことを最低限の保証をしなければならない。リゼヴィムが煉獄で生命の実と知恵の実を回収していたのだから、少しでも不安材料は叩いておかなければならなかった。

 そこで最初はオーディン管轄の北欧神話体系が行ったのだが、幸いこれといった問題はなかった。

 それでも声を荒げる者はいる。「異界の魔力」の特性がいくらか判明した今、その隠密性の厄介性は不安を掻き立てるには充分であった。そこで同様の魔力を持っており、確実に感知できるはずの人材…つまり大一に白羽の矢が立ったわけである。どうも「D×D」関連はアザゼルのところに話が来やすいようで、堕天使の一部を巻き込んで今回の一件に至ったわけである。魔力の痕跡を探る必要があるため、魔力や魔法で火を起こせないのが厳しかった。

 鼻をすする大一に、ひとりの堕天使が近づいてくる。露骨に眉間にしわを寄せているが、それが仕事への苛立ちか寒さによるものなのかは判断がつかなかった。

 

「さっさと終わらせよう。仕事とはいえ、この寒さは骨身に染みる」

「そうですね。自分も長居はしたくないです」

 

 頷く大一は感知に集中する。せいぜい周辺一帯を歩き回り、何の痕跡も無いことを確認すればいいのだが…

 

「おい、風が来たぞー!」

「「え?」」

 

 声と同時に猛烈な寒波が大一と先ほどの堕天使の顔に容赦なく襲い掛かる。2人して声にもならない叫びを上げるも、残念ながらまだ仕事は続くのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 14時過ぎになって大一はようやく帰ってきた。ローブ越しでも分かるほど身体を震わせ、鼻をすする頻度は明らかに増えている。

 

「やっと帰ってこれた…」

 

 歯をガチガチと鳴らしながら、大一は呟く。最悪の寒さと視界に加えて、クリフォトとはまるで関係ないはぐれ悪魔との出会い、さらにはこの小競り合いのおかげで目が覚めた野生の魔物に襲われる等、ことごとく恵まれない仕事内容となってしまった。

 この散々な一件のおかげで昼前には終わる予定であったのに遥かに遅れてしまった。仕方のないこととはいえ、愚痴をこぼしたいと思うのも当然だろう。

 

「まずはご飯…いや熱いお茶…風呂…」

(飯だ飯!俺もそろそろ美味いものが欲しい)

『この際さ、彼女にお願いしたら?』

「いや今日は冥界でリアスさんと別件があったはず…一誠達も年末の買い物あるだろうし…」

 

 別に頭の中で会話できるのに、ぼそりぼそりと言葉を紡ぐ。もはや頭はまともに動いていなかった。

 とりあえず部屋に戻り、服を着替えるとリビングへと向かう。そこにあるはずのコタツに向けて足をどんどん進めていくのであった。

 すると玄関の扉が開き、ロスヴァイセが現れた。学校でのスーツ姿に仕事用のコートを着用している。

 

「ただいま戻りました。あれ?大一くん?」

「ロ、ロスヴァイセさんですか…お帰りなさい…一誠達と買い物じゃなかったんですか…」

「私は学校の方でお仕事がありましたので。それよりも大丈夫ですか?いったい何が」

「に、似たようなものですよ…」

 

 さすがに玄関で長々と話すのは避けたかったため、早々にリビングへと向かう。魅惑的な温もりを持つコタツに入り、この冷え切った身体を回復させることこそが彼にとっての最優先事項であった。

 しかしコタツにはすでに先客が入っていた。

 

「お!大一、お帰りにゃん♪」

「ディオーグの宿主、帰ってきた」

「ああ、いたのか…」

 

 着物をはだけさせて相変わらずの色気を振りまいているように見える黒歌と、どこかぼんやりとした印象を受けるオーフィスがコタツに入って暖を取っている。もはやこれすらも見慣れた光景の為、大きな反応は見せずに早々に彼もコタツに入っていく。

 じんわりと脚に感じる熱は、冷えきっていた身体の緊張を溶かす。あっという間に活力を取り戻していく身体に呼応するかのように、精神的にも余裕が生まれていく。

 

「生き返る…!」

「おっと堅物にしては珍しい反応にゃ」

「誰が堅物だ。こっちも色々あったんだよ」

「『D×D』関連のお仕事とは聞いていましたけど、どういうものだったんですか?」

 

 同じように暖を取るロスヴァイセの問いに、大一はありのまま答えていく。出来るだけ愚痴っぽくならないように言葉を選んではいたが、いかんせんここに戻るまで堕天使達も相応に不満を漏らしていたこととコタツに入った時の撤回しようもない安心しきった表情をさらした後では、ロスヴァイセと黒歌もその心労を察するには充分であった。もっともオーフィスの方はまるで気にせずにむしゃむしゃとバナナを頬張っていたのだが。

 

「どうしても例の魔力への対抗となると、てっとり早いのがあんたになるわけだ。こりゃ、大変ね~」

「感知できないわけじゃないんだろ?」

「もちろん。ただかなり接近されないと厳しいと思うにゃ。私や白音だったら、気の流れを読んで存在を察知できるけど、常にそれをやることもできないし。何よりも魔力の痕跡を探すのは無理だもの」

 

 黒歌は肩をすくめてさらりと答える。先日、共に異界の魔力を持つギガンと対峙した彼女のお墨付きは、改めて敵の手ごわさを強く証明しているようなものであった。

 その一方でロスヴァイセは納得したように首を縦に振っている。

 

「なるほど、アザゼル先生から貰ったものはそういう意味だったんですね」

「どういうことです?」

「学校であの人に会ったんですけど、帰ったら大一くんに渡してほしいって言われたんです。今日の件のお詫びだって」

 

 ロスヴァイセは横に置いていた大きな紙袋をコタツの上にのせる。中を見ると造りのよい箱が入っており、まるでお年賀やお歳暮のようであった。大一としては彼から渡されたもので夏の修行時のエロ本が真っ先に思い出してしまったため、その箱の大きさには警戒してしまった。

 疑念を抱えたまま箱を開けると、小綺麗に舗装されたどら焼きが入っていた。同時に付箋が張られており、メモ書きのように簡単に文字が記されている。

 

『今回のお詫び&ウチの堕天使による人間界の事業挑戦の試作品』

 

 どうやら部下の堕天使がなぜかどら焼きを出したためその試作品を今回の一件のお詫びがてらに送ったということであった。

 これについて大一は小さく息を吐く。こういった申し訳なさを見せられると、先ほどまでの不満も一気にしぼんでいく。我ながらちょろいと思ったが、不快ではない。彼とアザゼルの奇妙な信頼関係は、一見いびつながらも計算された美しさを保った建築物のように成り立っている節があった。

 

「しかし量が多いな。食後のデザートに全員に渡しても余るな」

「おお、いいじゃない。せっかくだし今から頂いちゃうにゃん♪」

「我も欲しい」

「いいよ、お前らも食べなって。ロスヴァイセさんもどうぞ」

「ありがとうございます。実はお昼ごはんまだだったので」

「俺もですよ。せっかくだからお茶でも淹れますか」

「だったら、私が淹れてきますよ。これくらいは任せてください。もちろん温かいものを」

 

 どことなく胸を張ったような雰囲気のある話し方でロスヴァイセはコタツから出てキッチンへと向かう。この魅惑的な温もりから手早く飛び出して行動できるのは、今の大一にとって感心を抱かせるのと同時に、温かいお茶というのがとても甘美な響きに感じられた。

 オーフィスが包み紙を相手に格闘しているのを見ていると、黒歌はいたずらっぽい笑顔で言葉を紡ぐ。

 

「それにしても相変わらず貧乏くじを引くねえ」

「仕方ないことだから、不満は出てもやることはやるよ。というか、そもそも今回の一件はお前達だって関係していたみたいだぞ」

 

 異界の魔力関連で2度の渡る調査が行われたのは事実だが、同時にヴァ―リチームだからこそ声を上げられた面はあった。どうも冥界でも権力者の中では、彼らへの不信を持つ者は少なくないらしい。だからこそ信頼を示すためにも北欧と堕天使側が調査に出向いたのもあるのだが。

 

「今さら、それを言っても仕方ないってわかっているくせに。それとも同じように私達を疑う?」

「それも仕方ないことだぞ。ついこの前にギガンと戦った時の言葉を撤回するつもりは無いからな」

 

 肘をつきながら大一は言い切る。温かさに当てられてリラックスした印象とは対照的に、その声色は芯の通った力強さが感じられた。

 

『価値がどうこうとか考えたこともない。だが理由を挙げろと言われれば、いくらでもある。小猫の姉で、心強い実力者で、信頼できる仲間だ』

 

 別に彼が明言していないにも関わらず、彼女の頭にはギガンによる自分への侮辱に対して大一が反論した言葉を思い出した。ヴァ―リのように力を始まりに築き上げた信頼関係や、赤龍帝のような優しさから感じられる温かみとも違う。本気で敵対したことがありながらも、その後に分かり合えた関係性はコタツとは違う温かさを感じさせる。

 それにしても奇妙なものだ。こんな歯が浮くようなセリフ、秒で忘れてもおかしくはないのに、くっきりと頭にこびりつく。同時に彼女らしから溶けるような甘い感覚も、身体を駆け巡るのであった。

 

「言ってくれるね。それじゃ、こっちもお礼をしてあげるにゃ♪」

 

 黒歌はとびっきりのいたずらを思いついたような笑みを口元に浮かべると、するりと大一の隣に移動して身体を密着させる。

 

「身体で暖めてあげるにゃん♪」

「一誠じゃ無いんだから、そういうのは求めてないわ!」

「うーん、でも私も寒いしなー。あーあ、優しいお兄ちゃんが肌と肌で温めてくれないかにゃー」

「それを言うくらいなら、まずはその着物をしっかり着ろよ!離れてくれ!」

 

 余裕しゃくしゃくな彼女に対して、顔を赤らめながら大一は落ち着かない声色で突っ込む。ここで無理やり振り払うことは彼女を傷つけかねないのでは、という陳腐ながらも生真面目な心配が彼の動きを止めたし、黒歌自身も彼の気質を理解しての行動と言えるだろう。もっとも義手の扱いや年齢相応の異性への関心もあっただろうが。

 

「まあまあ、いいじゃない。それに私の仙術を使えば、身体もすぐ温まるわよ。白音のように流すことだって出来るんだから」

「そこまではいいって!だったら、別の方法で礼を頼むよ!それこそ昨日話していたような仙術の修行の件とか!」

「おっ!やる気になったかにゃん?」

「…情けない話だが、俺はまだまだ実力不足だ。ならばやれることは全てやっておきたい。それこそ後悔のないように」

 

 その瞳に彼らしからぬ強い野心の光が見えたような気がした。同時にその強さへの貪欲さは、彼女の気質的に好むような鋭さを感じられる。それを目の当たりにした彼女は妖艶な雰囲気を保ちつつも、同時に戦いの時に見せるような不敵な表情へと変化する。

 

「最初に言っておくけど、一長一短で身につくものじゃないわ。特訓していると言っても、猫魈のように生物的な素質があるわけじゃない。クリフォトとの戦いが終わる前に習得できるかしら?」

「どうだろうな。しかし強くなるに越したことは無い。俺はもっと力をつける必要があるんだ」

 

 強さに魅せられている、傍から見ればそう思うだろうし、その考えは全くの的外れでも無かった。それでも異常なほど無力を感じていた経験、ディオーグと共に過ごして培われてきた強さへの価値観、彼が掲げる目標を達成するためには、貪欲に求めることは間違いなく必要な要素であったのだ。

 

「…OK。それじゃ、時間があったら基本的なことから教えてあげる」

「ありがとう。だからお礼はそれで十分だから、いい加減に離れてくれ!」

「それとこれとは話は別にゃ♪私がやりたいんだもの」

「ちょっ!脚を絡めるなって!」

 

 バタバタと騒がしくなる2人に、ロスヴァイセはお茶が乗っているお盆を持ったまま顔を赤くして一連の光景を凝視していた。

 この情けない状況で救援を、しかも自分に勝るとも劣らないほど真面目さを持つ彼女に求めるのはいつもであれば避けたかったが、いかんせんそこまで頭が回るほど大一も冷静でなかった。それほど黒歌の魅力は凄まじいものでもあった。

 

「ロスヴァイセさん、た、助けて…!」

「えっと…えっと…わ、わたすじゃまだそこまで出来ないので、ごごごごごめんなさい!」

 

 慌てた時に出る訛りと丁寧語が入り混じり、さらに予想以上の大声と同時にロスヴァイセはリビングから出ていった。お盆をテーブルに置くだけの理性はギリギリ残っていたようだが、その様子は大一も黒歌も驚いていた。

 もっとも彼の方は助けを得られなかったことの残念さであったが、黒歌の方は少し思案すると、新しいおもちゃを買い与えられた子どものように目を光らせた。

 

「へえ、白音や巫女ちゃんだけじゃなかったんだ。これは面白いにゃん♪」

 

 弟ほどではないが、想像以上にこの男の女性関係は絡まっており、むしろそれが黒歌の遊び心をくすぐるのであった。

 一方で取り付く島もないような大一は、どら焼きをすでに2つも食べているオーフィスに助けを求める。

 

「オーフィスなんとかして…」

「うまうま」

(オーフィス、てめえ!それは俺が狙っていたものだぞ!小僧、さっさと振りほどいて食え!)

『どうだ、赤龍帝!白龍皇!僕の相棒は、こっち方面でもキミらを超えるぞ!フハハハハッ!』

 

 結果的に頭の仲間で騒がしくなる中、年末の凄まじい忙しさを感じられる1日には過ぎていくのであった。

 




本当はこういう話をもっと本編に盛り込むべきだったのかなと反省しています。


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