貴族の方々が都会に出るのを許してくれない (うろ底のトースター)
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Prolog

趣味を詰め込んだらこんな感じになるんやなって自分で自分に引いてる。

でも書く。


ある村に──いや、城はあるし工場はあるし人造の湖はあるし、なんなら教会やら祭壇やらもあるけど──ともかく、その村に1人の男の子が産まれた。

 

如何せん小さな、うん、多分小さい部類に入る村なので、みな、我が子我が子と言わんばかりにどんちゃん騒ぎをしたものだ。

 

男の子の名は、ケイン・アダムス。

 

()()()()、ごく普通の人間である。

 

 

 

一方その頃、村からまぁまぁ離れたとある研究機関では、人の精神を侵し、操る、なんとも恐ろしいカビの開発が進められていた。

 

同時に、このカビを統率する力を持った上位種も。

 

別の世界線ではこのカビが恐ろしい惨劇を引き起こす撃鉄となるのだが、この世界ではゴリラ(クリス)に叩き潰されるのみ。哀れ悪は滅び、イーサンは救われた。ミア?多分生きてるさ。鬱展開はいらない。

 

さて、ゴリラの殲滅を受けた研究機関。最後っ屁とばかりに、なんと完成したたった1つの上位種を、下水道に流してしまった!

 

 

 

下水道を流れ、浄化槽を抜け、なんやかんやカビが辿り着いたのは、

 

「だぅあ!」

 

「はいはい、ほら、ミルクよ〜」

 

ケインが口を付ける、哺乳瓶だった。

 

 

 

──────────Prolog──────────

 

 

 

ケイン・アダムス、17歳。

 

明日、18歳になる若輩の1人。

 

趣味は機械いじり。特技は競走。

 

素行の悪さは目立つものの、皆に優しく、筋の通っていないことが嫌いな正義感の強い青年である。

 

村の外に出て働こうと考えており、ドナの元で裁縫を学び、ハイゼンベルクの元で工業を学び、ドミトレスクの元で配膳を学び、よくモローの人造湖周辺を走り回っている。。

 

「さて、彼の情報はこんなところかしら」

 

大柄な女性が、愛おしさを滲ませながら情報を読み上げる。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、所謂ダイナマイトボディ。そして何より目を引く、顔。どこか儚さを醸し出し、まるで未亡人のようだ。

 

彼女の名は、ドミトレスク。村の城に住む、4人の貴族、その1人である。

 

「おおよそ変わっちゃいねぇな」

 

小柄な女性が、テーブルに足を掛けながら、呆れたように文句を垂らした。小柄な体に似合わない大きめのコートを着ていても、なお分かるほどに起伏が豊か。勝気なつり目が、整っている顔に力強い印象を与えている。

 

彼女の名は、ハイゼンベルク。離れの工場に住む2人目の貴族だ。

 

「し、仕方ないだろ?あの子、ずっとか、変わんないんだからさ・・・」

 

おずおずと反論した、気弱そうな女性。体を小さく丸めているため、体型はよく分からないもののおおよそ美形。困り眉をしたこれまた美しい顔が、余計ににか弱そうな雰囲気を醸し出している。

 

彼女の名は、モロー。人造湖に住む、3人目の貴族だ。

 

「ま、んなことよりさっさと始めろよォ!うかうかしてたら明日になっちまうぞォ?」

 

しゃがれた奇妙な声が聞こえた。発生源は、ウェディングドレスを来た手入れの行き渡った人形だ。不思議なことに、操り手もいないのに1人でに動き、話している。

 

この人形の名は、アンジー。操り手である4大貴族最後の1人、ドナは、人間恐怖症のためお家にいる。

 

 

この場に、村の支柱たる4大貴族が、顔を揃えていた。

 

「明日になっちまうぞって言うけどよ、計画自体は完璧なんだろ?」

 

「ええ、村の人たちには理解を得てもらってるし、協力もしてもらえるそうよ」

 

「ならいいじゃねぇか」

 

ケインの情報、村人の協力、そして、計画。なんだかろくなことにならなそうだ。

 

「しかし、お母様も随分と思い切ったことをするなぁ。ケインを村に引き止めるために、まさか嫁を取らせるなんてよ」

 

そんなことはなかった。

 

「こ、ここにいる全員が、あ、あの子との交流は長いし、それなりにす、好いてもらってる自信があるんだろ?ならい、いいじゃないか」

 

自分で言っておきながら、少し恥ずかしかったのか、顔を赤くするモロー。

 

「けどよォ、このままじゃああいつの大嫌いな『筋の通らないこと』になっちまうだろォ?そこのところはどうする気だァ?」

 

 

「そのためのゲームだ」

 

 

神々しい声が響く。6枚3対の、カラスのような翼を持った麗しい女性。黒いベールによって顔の大半は見えないものの、口元に浮かべる聖母のような優しい微笑みは、見る者全てを魅了するほど美しかった。

 

彼女は、マザー・ミランダ。

 

この街の、長である。

 

「ゲームのルールであれば、変なところで真面目なあの坊やは言うことを聞いてくれる、お母様も悪い方ですわね」

 

「それだけ、彼に離れて欲しくないのだ」

 

そう言うと、ミランダはイタズラな表情を見せた。

 

「それでは、ゲーム内容を煮詰めていくとしよう」

 

 

───────────────────────

 

 

誕生日の朝、俺は狼の遠吠えで目が覚めた。今日が終わればいよいよ村を出て都会に行ける。

 

家族や村のみんなに会えないのは少し寂しいけど、みんなに楽をさせるためにも立派な工兵を目指すんだ。そのために工学を学び、力をつけた。

 

大丈夫、いけるさ。

 

しかし妙なことだ。この近辺じゃあ羊飼いなんていないし、狼も人里まで降りてくることはない。

 

さっきの遠吠えは、一体・・・。

 

と、玄関がノックされる音がする。いつもなら父さんか母さんが出るはずだけど、返事もしていないということは、いない、のか?

 

再度、ノックされる。今の時間は午前7時過ぎ。来客には早すぎる時間帯だ。

 

怪しいが、出ないわけにいかないな。

 

軽く寝癖を直して玄関に向かい、扉を開けた。

 

「少し、朝が早すぎるんじゃ───」

 

「ヴァァァァァァ!!!」

 

「は?」

 

開けた扉の先に人狼(ライカン)がいたら、お前らはどうする?

 

俺は、唖然とした。

 

それがまずかった。

 

「ヴァォヴ!!」

 

「ガッ!っチィ、離せ!」

 

人外の腕力によって抱えられ、連れていかれる。足の速さも凄まじい。本物の狼と比べて遜色ない。

 

更に恐ろしいのは、進めば進むほど人狼(ライカン)が増えていく。今では1つの大きな群れ。例え今俺を抱えているこいつから逃れられても、群れから逃げることはできないだろう。

 

まさしく手詰まり。

 

俺は、大人しく連れていかれるしかなかった。

 

 




イーサンは生きてるしなんなら健康そのもので、ミア、ローズと共に円満な家庭を築いているし、ベイカー家はエヴリンを養子にして幸せに暮らしています。また、この世界ではルーカスは家族思いのいい子です。

それだけ。


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Game start

「そろそろ執事服にも慣れたころじゃないかしら?」

これは、素行が悪過ぎだケインが、ドミトレスク城で働かされたときのこと。

「慣れるわけないだろ、こんな服」

問い掛けられたケインは、丁度着替えの最中だった。

「あら、もう執事の役目は終わり?」

「定時なんで」

長女ベイラにそう言ってそさくさと帰る準備をするケイン。

「それじゃ、ベイラ、また明日」

「っ!・・・え、ええ、また明日」

表面を取り繕ってどうにか見送るベイラ。ケインが退出すると、急に膝から崩れ落ちてしまった。

それをジト目で見る次女カサンドラ。

「はぁ・・・、ベイラお姉様。

いい加減ケインに名前を呼ばれるの慣れてください」

「慣れるわけないでしょう・・・無理ぃ」


運ばれて、もみくちゃにされて、わけのわからないまま連れてこまれたのは、恐らく地下。

 

恐らく、と付けたのは、ライカンの乱暴な──といっても怪我をしないように丁寧な──誘拐のせいで、道筋が一切分からなくなっているから。

 

ただ、なんとなく下っていたのは分かった。

 

んで、問題はそこじゃない。

 

ライカン群れるこの巣穴に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が問題だ。

 

ライカンといい、この場所といい、顔を揃えた貴族たちといい、奥に見えるミランダ様といい、この村に、何があったってんだよ・・・!

 

「──サプライズは喜んでもらえたかな?」

 

「アトラクションって言った方が正しくねぇか?村の名物にすりゃあ観光客も少しは増えるぜ」

 

怒気を滲ませながらミランダ様を睨みつける。

 

「そう怒るな、落ち着け、アダムス」

 

「落ち着いてられるかよ!村の人達はどこいった!?このライカンどもはなんだ!?答えろ!」

 

籠った空間に、俺の怒号だけが響いた。

 

これを聞いたミランダは、

 

「・・・くくっ」

 

笑った。

 

「ふふふっ」「ブッパ!ハハハハッ!」

   「く、ふふっ」「ギャハハハハッ!」

 

釣られて貴族が笑い出す。

 

「オイオイお母義様?コイツ()()()()()()()!」

 

「だからやめておきましょうと言ったではありませんの、きっと、暗い想像をしてしまうと。ふふっ」

 

「しっかし相変わらず優しいなァ!自分のことより村の住人のかァ?」

 

「あ、そ、その、ごめん、な?別にバカにしてわ、笑ったわけじゃないんだ」

 

四者四様の反応。

 

いや待て、勘違いだ?

 

すると、突然肩をガッと掴まれる。

 

「痛っ」

 

相手は、1匹のライカンだった。

 

「お、悪ぃな坊主。どうも力加減が慣れなくてな」

 

「──は?」

 

獣みたいな牙の覗くその口から漏れたのは、余りに流暢な人の言葉。

 

それが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「にしてもこれどうゆう理屈なんだ?人に戻ったり()()なったり」

 

猟師の爺さん。

 

「まぁ良いではないですか、ミランダ様から授かった力が、悪いものの筈がないのですから」

 

村の顔役のルイザさん。

 

言う人喋る人話す人。全員、聞いた事のある声だ。

 

「驚いたか、坊主?村のヤツらは全員、ミランダ様の協力者だ」

 

「・・・は、はは、コメディ番組のプロデューサーになったらどうだ?ドッキリの才能あるぜ?」

 

こいつは、傑作だ。ずっと、勘違いをしていたのか、俺は。

 

「言ったろう、サプライズ、だとな」

 

「あの状況で信じられるヤツは、馬鹿か聖人様だけだろうさ」

 

めちゃくちゃ恥ずかしい。どっかに穴はねぇかな。

 

 

 

 

「さて、本題に入ろうか」

 

そうして、ミランダ様は場を仕切り直した。

 

「今日、お前は晴れて18歳となり、村から出て夢を追いかけられるようになるわけだ」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「我々も嬉しいよ、本当に目出度い日だ。だがな」

 

大袈裟に両手を広げ、そして、綺麗なその目をこちらに向けた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「はぁ?」

 

ふざけてんのかと思ったが、瞳は真っ直ぐで、大真面目だった。

 

「できるなら、ずっとここに住み続けてほしい、というのがこの村の総意だ」

 

「でももう決めたことだ」

 

「それは重々承知している」

 

「だったら!」

 

「故に、ゲームを用意した」

 

「・・・あ?」

 

ゲーム、ゲームだ?俺の進路がゲームで決められるのか?

 

「ざっけんなっ!」

 

「大真面目だっ!」

 

「ッ!?」

 

怒鳴られた、ミランダ様に。普段温厚で何があっても声を荒らげないあの人が、怒鳴ったんだ。

 

それほど、本気なのか。

 

「・・・すまない。だが、分かってくれ。これは、このゲームは妥協案だ」

 

「妥協・・・?」

 

()()()()()()()()、ということだ」

 

・・・あぁ、そういうことか。サプライズと称して俺を攫ったのも、こうして地下に俺を運んだのも、力を示して俺から拒否権を奪うためだったのか。

 

「分かったか?」

 

「ゲーム内容を教えろ」

 

こうなりゃやるだけやってやる。

 

「ドミトレスク城、ベネヴェント邸、人工湖、工場。この4箇所それぞれに、村の門を開く鍵を隠した」

 

「そいつを探せってか」

 

「ただし、我々から追われながら、な」

 

「要は、鬼ごっこかよ」

 

「そうなる。だが、これはお前も得意とすることだろう?」

 

走るのは、昔から得意だし、これを長所としてずっと伸ばし続けてた。最近は、人工湖周りをよく走り回ってた。だから、そこらの陸上選手に負ける気はない。

 

が、ライカン相手は厳しすぎる。一体はまだしも群れとなると、逃げ切れないだろうな。

 

「1分だけ、逃げる時間をやる。お前なら十分であろう?」

 

半分聞き流しながら、村の地図を思い浮かべて最短距離で4箇所を回るルートを模索する。

 

ここに来る直前に城が見えた。後ろの坂を登りきれば、恐らく城近くに出れる。

 

「準備はいいか?」

 

「今できたとこだよ」

 

「では、始めるか」

 

ミランダ様が腕を掲げる。

 

そして、

 

 

─────────Game start─────────

 

 

指を、鳴らした。




なんで1話しか投稿してないのに赤いんですかねぇ。

so-takさん
誤字報告ありがとうございました。


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The First Stage : Castle


お久しぶりです。



さて、無事に地下祭壇を抜けたケイン少年は、近場にある城へ行くことにした。逃げ込む、と言ってもいい。何せ背後からあの恐ろしい人狼(ライカン)達が迫ろうとしていたからな。

 

この城は村の貴族が1人、ドミトレスク家の領地。ここに村から出るためのキーアイテムが隠されている。が、もちろん彼女らもタダで渡すわけにはいかない。

 

逃げ込んだ先も、少年にとっては敵地なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下祭壇を抜け、地上に出るのにおよそ30秒を費やした。見込み通り近くにはドミトレスク城があり、どうにか残り30秒で城内に入れそうだ。

 

静かに侵入し、扉を閉じる。

 

──ガァァァァァァァ・・・!!

 

丁度1分。獣の遠吠えが響いて、ギリギリ間に合ったのだと改めて知覚した。

 

しかし、どうしようか。

 

ドミトレスク城には、城主ドミトレスクとその3人娘、そして、彼女らに仕えるメイド隊が住んでいる。

 

このメイド隊が非常に厄介だ。

 

ここで働いていた頃、世間話をしながら激務を汗ひとつ流さずに熟すメイド隊に恐怖したのはいい思い出だ。

 

特に、いつの間にか背後に立ってるメイド長は俺のトラウマになっている。多分時間止めてるよあの人。さっさと紅魔館に帰ってくれ。

 

「はぁー・・・」

 

思わず溜め息が漏れた。

 

「おや、お困りのようですねぇ」

 

「ッ!?」

 

身構える。聞いた事のない声だ。

 

「そう構えないでください。私は、貴方の味方にございます」

 

声の発生源は、馬車の荷台。扉が開いて、中から少女が現れた。

 

「私は、デューク。以後、お見知り置きを」

 

荷台に収まるように膝を折って座っている、金髪で小柄な少女。貴族達に劣らないほどのその美貌は、ともすれば何処かの令嬢を思わせる華やかさを持っていた。

 

が、胡散臭い話し方のせいで台無しだ。

 

「じゃあデューク、味方って言ってたけど、匿ってくれたりするのか?」

 

「いえいえ、それはルール違反に当たります」

 

「・・・アンタも1枚噛んでるのか」

 

軽く警戒を含んだ俺の問に、デュークはにんまりと笑顔で答えた。

 

「残念ながら私にできるのは、アイテムの提供だけです」

 

「アイテム?」

 

「ええ、例えばこちら」

 

そう言うと、手のひらから少しはみ出るくらいの、棒状の物を取り出した。

 

「閃光グレネード、フラッシュバンです」

 

「なんで持ってんだよ」

 

別な意味でこいつの危険度が増した瞬間である。

 

「村に降りればライカンに追われ、そうでなくとも貴族様方に追われる。きっと囲まれることもあるでしょう。そんなときにこれを使えば、逃げる足がけとなってくれるはずですよ?」

 

「そいつはありがたい、けど、金がなぁ」

 

「であれば、出世払いでどうでしょうか?」

 

「それなら、まぁ」

 

「決まりですね」

 

フラッシュバンを手渡される。

 

「では、今後ともご贔屓に」

 

馬車の扉は、閉じた。

 

さて、行くか。

 

 

───────────────────────

 

 

「ええ、当初の予定通り、彼はこの城に侵入したようです」

 

城の一室。

 

「もう既に娘達が彼を探し始めておりますわ。見つかるのは時間の問題かと」

 

妖艶な笑みを浮かベたドミトレスクが、ミランダに連絡を取っていた。

 

「勿論、加減など致しません。彼には、娘達の婿になってもらうつもりなので」

 

無意識に頬が赤く染まる。

 

「ええ、それでは」

 

時代錯誤な電話の受話器を、置いた。

 

「──ご主人様、準備が整いました」

 

暗い部屋の影からスゥッと現れたメイド長が、声を掛けた。

 

「確実に、彼を捕らえなさい」

 

「仰せのままに」

 

そしてまた、消えた。

 

「待ってなさい、坊や。今に捕まえてあげるわ」

 

物騒な物言いとは裏腹に、彼女の笑みは実に穏やかで優しげだった。

 

 

───────────────────────

 

 

追ってくるのは、やはり元の職場の先輩方だった。顔見知りから逃げるってのは少々心痛いが、仕方ないと割り切ろう。

 

「あ、ケイン君見っけ〜、って速っ!」

 

そういえば、城の中で走ることなんてなかったから、俺の足の速さなんて知らないもんなぁ。

 

さて、俺は城内の位置取りをだいたい知ってる。だいたい、というのは、行ったことのない場所があるからだ。地下とか。

 

で、鍵の在処は恐らく城の最上階奥、礼拝塔。俺なら、そこに置く。

 

ところでさ、

 

「なんかエンカウント率高くないっすかねぇ!?」

 

「え、何のこと?」

 

「こっちの話!」

 

曲がり角で誰かと鉢合わせること、現在5連続。何となく人為的なモノを感じるが、今は逃げるしかない。

 

廊下の突き当たりにある扉を、八つ当たり気味に蹴り開けた。

 

「・・・メインホールかよ」

 

またの名を、四天使の間。この城の各所の名は、こういった神話的な物言いが多いと記憶している。信仰心が強いのか、それとも何かしらの意味を込めているのか。ともかく、正気でないことは確かだろう。

 

さて、これでどこからか()()()()()()ことは分かった。どう逃げようか。

 

 

 

「──あらケイン、また働きたくなったのかしら?」

 

背筋が凍るほど、淫靡で美しい声を聞いた。

 

「執事服着てないのを見て察しろよ。それとも、私服勤務が許されるようになったのかここは?なぁ、ベイラ?」

 

振り返りながら、現れたそいつに、ベイラに目をやる。

 

「イケズな人、もう少しお喋りに付き合ってくれてもいいじゃない」

 

「生憎、俺の将来が関わってるんでね。遊びに来たなら興じてたかもな」

 

「でも遊戯(ゲーム)中でしょう?」

 

「こんな不公平なゲームがあってたまるかよ、追い込み漁の間違いだろ」

 

軽口を叩きながら後ずさりする。

 

まずい、非常にまずい。こいつが現れたのは別にいい。想定内だ。だが何よりまずいのは、どうやって現れたのか分からないことだ。

 

こいつは、急に背後に現れた。

 

扉が開けられたような音も、気配もなかった。唯一聞こえたのは、何かの羽音・・・。

 

羽音?

 

「追い込み漁、ねぇ。否定はできないわ。でも肯定もしない。だって、貴方は私が捕らえると決めているもの」

 

もし、こいつが、いや、こいつらが、村の人達同様に何かしらの変貌を遂げているのだとしたら、俺の勝ち目は薄くなる。

 

「あの子達には、その(あつら)え向きの場を用意してもらっただけ」

 

誂え向きの場、ということは、他の扉は鍵が掛かってる可能性が高い。

 

「一対一なら公平対等ってか?」

 

となると、逃げ道はたった1つ。

 

「私、か弱い女の子だから、加減してくれると助かるわ」

 

「余裕があったらしてやるよ」

 

1歩引いた右脚に力を込める。

 

「・・・準備、できたみたいね」

 

「わざわざ待ってくれてどうも」

 

「それじゃあ─────────始めましょうか」

 

ベイラの身体が霧散すると同時に、俺は全速力で走り出した。




「ほらベイラお姉様!もうすぐケインが到着しますよ!」

「ええ!?ちょ、ちょっと待ってね!大丈夫、大丈夫よね!?変なところないわよね!?」

「ないですって!今日15回目ですよその質問するの!」

「だってぇ!」

「い、い、か、ら!行ってください!!」

「い〜や〜だ〜!!」

「あ、ケインが来ました!」

「え!?どこ!?」

「えい」(押)

「あ、」(断末魔)




minotaurosさん
誤字報告ありがとうございました。


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My rival

待たせたな。

いや、本当に申し訳ない。途中まで書いてた下書きごと忘れていた。すまない(土下座)

というわけで続きです。


ケイン少年の予想通り、ベイラ少女も何らかの変異を遂げていた。しかもそれは無数の虫に化け、分散するというもの。ただ身体能力が強化されるよりもよっぽど厄介な変異に、ケイン少年はそれはもう苦労した。とっても苦労した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体当たり気味に扉を押し開き、振り返る間もなく加速する。一向に羽音が遠ざからない、つまり速さは拮抗してるのか。

 

「チッ、ふざけろ!」

 

だとしたら、確実に負ける。

 

少しの隙間さえあればすり抜けられるのが虫。であれば、今のベイラは、おそらく壁だろうと床だろうと貫通できるだろう。

 

障害物が作れるという、逃げ側の優位性が完全に失われたわけだな。

 

走るルートも必然的に直線。いくら広いこの城でも、いつかは突き当たりぶつかる。

 

とんだ出来レースだなクソッタレ。

 

 

が、逃げる方法は、ある。

 

「早速コイツに頼ることになるとはな」

 

懐の円柱形のそれを手に取る。

 

「法外な金額請求してきたら恨むぞデューク」

 

あの胡散臭い少女の幻想を振り払い、突き当たりに向かってひた走る。

 

失敗したらゲームオーバーの大博打。勝負は、一瞬。

 

「ベイラ」

 

「何かしら?」

 

「お前、俺にポーカーで勝ったことあったか?」

 

「・・・ないわね、1度も」

 

「そりゃよかった」

 

口角が上がるのを感じる。

 

分の悪い賭けだが、負ける気はしねぇ。今日の俺は、番狂わせ(ジョーカー)だ。

 

「さぁ、Show downといこうぜ?」

 

突き当たりの壁に背中を付け、そのときを待つ。ベイラが人に戻る、そのときを────。

 

羽虫が、集まる。

 

「捕まえた」

 

キンッと、金属の擦れる音を鳴らして、

 

「残念」

 

人に戻り、俺の両肩に手を掛けたベイラの目の前で、フラッシュバンを炸裂させた。

 

 


 

 

「くぅっあぁ!!」

 

視界が真っ白に染まり、酷い耳鳴りが襲ってくる。

 

私は、何をされた?

 

「あと、少しだったのにぃ・・・!」

 

完全に勝ちの確定した勝負だった。なのに、ケインはその盤面をひっくり返して見せた。

 

本当に、よく頭の回ること。

 

でも、まだチャンスはいくらでもある。この城の最上階、礼拝塔に最初の鍵はあり、そこに行くエレベーターにもさらに3つの鍵を設けた。

 

「そして、エレベーターの鍵は私たちの部屋に隠されてる」

 

私は、その部屋で待ち伏せしていればいい。

 

今度は逃がさな

 

「へー、そいつはいいことを聞いたな」

 

「は?」

 

未だに鳴り続ける耳が、背後から放たれる声を捉えた。

 

「情報提供どーも」

 

()()()!?」

 

ありえない、どうして逃げてないの。

 

いや、そんなことよりも今は手を伸ばさないと。

 

「先に謝っとく、すまん。()()1()()()

 

「───あぁ、さっきの閃光は、それだったのね」

 

振り返った私の眼前に、円柱形のそれが舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それで、エレベーターの鍵も奪われたと」

 

「部屋に戻ったらあったのに、もう1回見てみたらなかったの!」

 

「盗られてるじゃないですか」

 

城にあの人が侵入して差程経たぬ間に、もうベイラお姉様の鍵が奪われた。想定より数段早い。

 

「しかし、不明な点があります」

 

「不明な点?」

 

「ベイラお姉様、光に目を潰されてからどれくらいで復活しましたか?」

 

「30秒くらい、だったと思う」

 

30秒。ケインであれば、辿り着けない数字ではない。が、鍵を盗って逃げれるほどの時間もない。壁や天井をすり抜けられるベイラお姉様に逃げる前に見つかるはず。

 

しかし、ベイラお姉様はケインを見ていないと言う。逃げる手段があった?抜け道か?

 

「・・・ベイラお姉様、1度戻ったとき、部屋の隅々まで見ましたか?」

 

「焦ってたし、そこまで見てる余裕はなかった」

 

「なるほど」

 

分かった。確かに、ずる賢いケインならやりそうなことだ。

 

「いいですか。ベイラお姉様が戻ったそのとき、ケインは部屋にいたんです。鍵を敢えて手に入れず、さもまだ来ていないかのように見せかけて」

 

「そんな博打」

 

「しますよ」

 

「・・・するね」

 

さて、ともあれ私達がすべきことは鍵の防衛。現在図らずともベイラお姉様が手持ち無沙汰になったので、屋敷を回ってケインを探してもらうことにしよう。

 

「はぁ、思えば、ケインとの腐れ縁も長いわね」

 

道すがら思い出すのは、まだ幼かったあの日々のことだった。

 

 


 

 

正直に言って、私はあまり社交的ではなかった。

 

当時、ベイラお姉様は病弱だったし、妹のダニエラは夢見がち。私がしっかりしなければいけないと思っていた。そこで私が頼ったのは、知識。結果的に、私は本の虫となった。

 

外へ出ず、書斎へ行ってはページをめくる毎日。苦しかったが、ドミトレスク家の将来を思えば耐えられた。

 

そのまま、3年が流れた。

 

「ここが書斎か」

 

私だけの学び舎に侵入者が現れた。名は、ケイン。村で良くも悪くも有名となり、その素行の悪さからマナーを学びに使用人として雇われた、言ってしまえば馬鹿だ。

 

「なんの用?」

 

私はケインを睨みつけた。ここは、そんな馬鹿が立ち入っていい場所じゃない。

 

「勉強しに来た」

 

意外な言葉ではなかった。ここで働いているのが功を奏したのか、ケインの悪態は鳴りを潜めていた。それどころか、トレーニングに勤しんだり村の技師に教えを乞いたり、挙句村人達の手伝いさえ始めている。

 

ただの贖罪のように見えるが、何となく、別の思惑があって物を学んでいるような気がした。だから、いつかここに来るであろうことも予想していた。

 

「どうして?」

 

私は、その別の思惑が知りたかった。

 

「夢ができたから」

 

「夢?どんな?」

 

「恩返し」

 

彼は言う。今までに自分が掛けた迷惑と、受けた恩を返したいのだと。そのために知識が必要なのだと。

 

不純な理由ではないため、私は渋々認めた。

 

だが、腹立たしいのはその後だった。ケインは、天才の部類に入る人間だった。私の傍に積まれた本は、常にケインのそれより低かった。私が1冊読み切る間にケインは2冊理解した。

 

私は、醜くも嫉妬した。

 

「いつも思うんだけどさ」

 

その日は、私の人生の中で指折りに最悪な日だった。

 

「お前、つまんなそうに本読むよな」

 

「ふざけないで!」

 

思わず頬を叩いた。そして酷く罵倒した。

 

虫の居所が悪かったのもあるが、何より図星を突かれたことが、私を凶行に走らせた。

 

「なるほど、義務感で読んでりゃそりゃつまんねぇよな」

 

叫び疲れて止まった罵倒。その間に、彼は言う。

 

「『ドミトレスク家の者として立派に』。それって誰かから言われたことか?」

 

誰からも、言われたことはなかった。

 

「自分で見つけた夢か?」

 

夢など見つける暇はなかった。

 

「ならそれは、義務か?」

 

「ええそうよ、これは私の義務」

 

そうだ、私の義務だ。そのはずだ。

 

 

 

「誰からも言われてないのにか?」

 

 

 

私は、言葉に詰まった。

 

そうだ、誰からも求められていないのに義務とは、なんともおかしな話である。

 

「私は・・・」

 

私は、何でこんなことしてるんだろう。

 

「お前のそれってさ、勘違いなんじゃねぇか?」

 

「勘、違い?」

 

「ベイラは病弱、ダニエラはあんなん。大方、自分がしっかりしないとって思ったんだろ。お前、責任感は人一倍だしな」

 

図星だ。

 

「けど、その責任感が仇になってる。お前は、自分だけはしっかりしなければって、そう求められているって勘違いをした」

 

「そんなの」

 

「認めたくないよな。なんせ認めたら、子供の勘違いを今の今まで引きずってたってことになるんだから」

 

「・・・まるで、馬鹿みたい」

 

泣きたくなって、私は俯いた。

 

「いいやお前は馬鹿じゃない。だから一回馬鹿になってみろよ」

 

「え?」

 

けれど、その顔はすぐに上げられることになった。

 

「外に出て、遊んでみろ。そんで、頑張れる理由を見つけな」

 

「頑張れる、理由?」

 

「そうだ。今までみたいにただ()()()んじゃなくて、()()()()理由だ」

 

私は、ようやっと合点がいった。耐えることしかできない人間が、頑張れる人間に勝てる道理はない。私には、その頑張れる理由が、彼の夢のようなものが必要なんだ。

 

着いてこい、そう言う彼の背中を追い、私は外に出た。

 

「・・・行ってきます」

 

久しぶりの外は、寒かった。

 

 


 

 

あれから、また2年。彼はもう、書斎には来なくなったけど、私は頑張れる理由を見つけていた。我ながら馬鹿な理由だが、それはとても強い感情だった。

 

負けたくない、勝ちたい。ケインという男を超えたい。

 

この鬼ごっこでも、いつかの本の山の高さも。

 

「確かこういうの、ライバルって呼ぶのよね」

 

自室の扉を開ける。案の定、そこにはケインの姿があった。

 

「カサンドラ、か」

 

「ええ。ご機嫌よう、私のライバル」

 

さて、勝ちに行こう。




来年でドミトレスク城攻略終わったらいいなぁ・・・。


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My prince of fate

ギリ半年過ぎてないのでセーフですか。セーフですよね。セーフだって言ってよ!

え?ダメ?すんません。受験と新生活に瞳が褪せてたんです。べべべべ別にエルデンリングのせいとかじゃないです。


「まずは答え合わせをしましょうか」

 

ぱんっと手を合わせながら、カサンドラは話し始めた。

 

「あなたの隠れ場所と逃走経路、ずっと考えてました」

 

「そんなの、この城ならいくらでも」

 

「気付いているのでしょう?」

 

取って付けた俺の台詞は、半ば確信めいた口調で遮られた。やっぱり分かるか。

 

「私達は、この城に入った時点であなたを常に捕捉していました。勘づける要素はありましたし、あなたがそれを見逃すとは思えません」

 

「・・・」

 

「沈黙は肯定と捉えますよ?さて、先程不可解なことが起きました。ええ、ちょうどあなたがベイラお姉様の部屋を探索していたあたりでしょうか」

 

「・・・」

 

「あなた、唐突に捕捉から外れましたよね」

 

細められた目が、俺を射抜いた。

 

「最初は部屋の適当な場所に隠れていたのだと思っていました。ですが、彼女がこの城内であなたを見つけられないわけがない」

 

 

「とすると、必然あなたは城から一度出たことになります」

 

 

「ああ、そういえばケイン。あなた、ボルダリングを嗜んでいましたよね」

 

()()()()()()って言いたいのか?」

 

「これが常人ならバカバカしいと一蹴されるのでしょうが、あなた程の身体能力なら有り得る話です」

 

冷や汗が頬を伝った。元々天才だとは思ってたけど、まさかこんなに早く勘づくとは。

 

この『城壁登っちゃおう作戦』は、人が壁を登れるわけがないという常識の裏をかくもの。つまり、常識という前提条件があってようやっと機能する。

 

だから、俺を常識に当て嵌めていないこいつに通じなかった。この調子で3つ目を取りに行こうとしてたんだが、別の案を考えないとな。いや、それよりもこの窮地から逃げ出す方法を模索するほうが先か。

 

幸い()()()()()()もある。ここを抜ければ、脱出の可能性がぐんと高まる。

 

さぁ、どう対処してくる──!

 

「それで、合ってますか?」

 

「・・・え?」

 

「私の推理ですよ。いや、そんな素っ頓狂な声を上げるってことは図星ってことですよね。フフ、さすがは私、天才ね!私にかかればケインを出し抜くことなんて簡単なんだから!あれだけの少ない材料で完璧な推理をやってのける!ああ、我ながら自分の才能が恐ろしいわ!もう探偵にでもなってしまおうかしら!きっとシャーロック・ホームズ顔負けの超絶美人名探偵として世界に羽ばたけるわ!ねぇ聞いてるケイン!・・・あれ、いない」

 

なんかトリップしてたので逃げた。窓外に行こうものなら追われる可能性があったので普通に全力疾走。

 

どうやらカサンドラ、俺を超えることに執着しすぎてその後を全く考えていかったらしい。やっぱり変なところでバカだあいつ。

 

ともかく、これは好機だ。恐らく俺の位置情報も、話の中に出てきた『彼女』と共有していないはず。再度補足される前にさっさと3つ目の鍵を見つけないと。

 

 


 

 

私は、おとぎ話が大好きです。キラキラとしたお姫様が、かっこいい王子様と結ばれて幸せになる、そんな在り来りで夢のような物語が大好きです。

 

叶うなら私も物語みたいな恋がしたい、運命の王子様と結ばれたい、なんて甘くて淡い夢を持ってしまうほどに。そんな夢見がちな私の話は、誰もまともに取り合ってはくれませんでした。

 

だから、あの日のことは、本当にただの夢だと思ってしまうことが未だにあります。

 

その人は、王子様というにはボロボロで、かっこ悪く登場しました。

 

「悪い!ちょっと匿ってくれ!」

 

ドンッ、とドアを開け放ち、より少し年上くらいの男の子が入ってきました。型の崩れた執事服にひどく乱れた髪、そして何より大量の汗。何かから逃げてきたであろうことは、幼い私にもよく分かりました。もっとも、この城で働いている人たちが怖がるような人物はメイド長一人だけですが。

 

「うん、いいよ」

 

少し同情した私は、彼が部屋に滞在することを許可しました。毎日絵本を読むだけだった私は、話し相手を欲していたのです。

 

男の子は、名を【ケイン】と言いました。当時のケイン君は相当に悪い子で、やりたくないことはやらない、やりたいことはとことんやるという、今では考えられないほど利己的でした。実際その日は、執事の仕事を蔑ろにしてメイド長に追われていたそうです。

 

だからきっと、私の話し相手になることは、『彼のやりたいこと』だったのでしょう。ときに頷いて、ときに笑って、質問なんかもしてくれて、夢中になって私の話を聞いてくれました。

 

あまりにも彼の態度が好ましかったせいで、気付けば『夢』の話をしてしまいました。

 

私は怖くなりました。この人も同じではないかと、私の夢をただの幻想と断ずるのではないかと、思ってしまいました。

 

「きっと迎えに来てくれるよ、お前の王子様」

 

嗚呼、私はあの笑顔を一生忘れないでしょう。

 

ケイン・アダムス、私の王子様。けれど彼は、お迎えには来てくれないようです。ええ、だから私は、我儘を通すことにしました。

 

私は、必ずあなたと───。

 

 


 

 

ない。ない、ない、ない、ない、ない!

 

()()()()()()()()

 

ダニエラもいないし、まさか知らない間に部屋を変えていたか?にしてはこの部屋は生活感が───。

 

そこまで考えて、ふと気付いた。この部屋、昔に戻ってる。

 

ダニエラの部屋は、あいつが幼い頃は壁一面が本棚になっていて絵本がぎっしりと詰まっている、まさに子供用図書館みたいな様子だった。12歳の年に改修され、昔を知っている身としては物寂しく感じる大人しい部屋に変わった。

 

けど、俺の視界に写っているのは絵本で埋め尽くされたあの部屋。懐かしささえ感じる、俺の避難場所だった。

 

この部屋にどんな意図があるかは知らないけれど、ここに鍵がない以上長居する理由はない。

 

・・・のだけど。

 

「出てきなさいケイン。この部屋にいるのでしょう?」

 

聞こえてきたのは、ベイラのものでもカサンドラのものでもない大人びた低い声。間違いねぇ、あのメイド長(デビル)の声だ。

 

恐らくは、カサンドラの言っていた『彼女』がこいつだ。

 

「随分とお早い出勤だな。監視するだけってのはそんなに暇なのか?」

 

「まさか。あなたを追うのはそれなりに骨が折れましたよ。実際、閃光グレネードのせいで一度見失ったわけですし。再発見には苦労しました」

 

もう隠すつもりもないらしい。

 

「少しはサボってくれてもいいんだぜ」

 

「あいにく私は生真面目悪魔ですので」

 

「まだ掘り返すかてめぇ」

 

生真面目悪魔というのは、昔俺が影で呼んでいたあだ名だ。それが他のメイドたちにも普及した結果本人の耳に届き、俺に『おしおき』が決行された。あのラリアットは痛かった。

 

どうやらそのあだ名のことを、未だに根に持っているらしい。

 

「無駄話はこれくらいにしておきましょうか。ケイン、私はあなたを捕まえるつもりはありません」

 

「・・・どういうことだ?」

 

()()()()()()()()

 

道案内、別になんの隠語でもないだろうが、城内を既に知っている俺に案内は必要ない。それでも案内をするということは、俺の知らない地下に行くのか、メイドに案内させるという形式にこだわっているのか。

 

前者であれば理にかなっている。理由がなんであれ、恐らくこの城の持つ脱出用鍵のある最上階からできるだけ遠ざけるのは、普通の判断だ。

 

だが、もし後者の場合は───

 

「ダニエラか」

 

「ええ。最後の鍵のある場所まで、ご案内致します」

 




新生活で自由時間が増えたから週に一回なんかは投稿しようと思ってたんだ。

気付いたら既に1週間経ってた。


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Motivational light

いいタイトルが思い浮かばない難民代表です。


おままごとのようなものだ。お姫様なら客人はメイドに案内させる、だからそのようにした、そんな感じ。わざわざ誘い込もうだとか、そんな意図はきっとない。途方もなく幼稚で懐古主義、それがダニエラだ。

 

「ここです」

 

「・・・ソラリウム」

 

日光浴室(ソラリウム)は、その名の通り日光浴のための開放的な部屋のことだ。夏の晴れの日は天井が開いて、自由に日光浴が楽しめるが、今は冬、しかも雪が降り注いでいるので天井は閉じたまま。

 

「中で、ダニエラ様がお待ちです。ケイン、粗相のないように──そうですね、さっさと腹を括ってください。正直、この鬼ごっこを見続けるのももどかしくて仕方ないのです」

 

「もどかしいって、それどういうことだよ」

 

「一回刺されてしまえ」

 

「なんでだよ!?」

 

謎の罵倒を背に受けながら、俺は扉を押し開いた。この先はある程度開けた空間。立ち回りはかなり簡単になる。ただ一本道で背を追われるよりも簡単に逃げることが可能だろう。

 

なんて、思っていて。目に写る光景に絶句した。

 

広い空間。それは正しい。ただ、内装がおかしかった。白いレースの幕に覆われ、赤い絨毯が道のように敷かれている。これでは、まるで──。

 

「まるで式場、ですか?」

 

現れたダニエラ、その装いはウェディングドレス。姉妹の中で一番発育が激しいせいか、清純な印象を与える白と艶めかしく浮かび上がるボディラインが絶妙にマッチしている。

 

こんな事態でもなければ、きっと見入ってた。

 

閑話休題。

 

「タキシードでも来てくれば良かったかね」

 

この場合、おままごとに必要なのは新郎だ。・・・尤も、()()()()()()()()()()()()()

 

「正装の貴方なんてもう見飽きましたわ。それくらいラフなほうが私は好みです」

 

異様に寒気がする。怖気と言い換えてもいい。とにかく、ダニエラの視線から逃げたい。

 

おままごとだと思ってた。でも違う。朱が差す頬も、妖艶に緩んだ笑顔も、蕩けるように細められた瞳も。異性なら例外なく昂るだろうその全てが、酷く恐ろしい。

 

それは、執着か、妄執か、狂愛か。

 

後退りそうな足を、気合いで押し止どめた。

 

「鍵はこちらに」

 

置いてあるのは、道の最奥。式場で言うなら、あそこは新郎新婦の入場口。俺を捕まえてそのまま式に臨もうとしてやがる。

 

「さあ、ご自由に取っていってください」

 

その代わりに貴方を貰いますって目が言ってんだよ。

 

手持ちのフラッシュバンはあと一本。メイド長に接触している以上、こいつを用いた搦手はほぼ通用しないと考えていい。

 

端的に言えば、詰んでいる。待つというただその行為が、俺からあらゆる手段を奪っていく。

 

・・・一つだけ、今だからできる賭けじみた手段がある。すこぶる気は進まないけれど。死ぬほどやりたくないけれど。やらなきゃ負けると言うならば、仕方がない。

 

カーペットの道を歩き出す。

 

「来て、下さるのですね」

 

ソラリウムには、中央に八本の柱が存在する。そのうち一本には、天窓を開くレバーがついている。

 

「ああ、鍵だけ貰ってくわ」

 

それを、()()()()()

 

風が、雪が、冷気が舞い込んでくる。

 

クッソ寒いけど俺は耐えられる。けど、ダニエラは。

 

「きゃあっあぁぁ!!」

 

「雪っ子舐めんな温室育ちめ」

 

常に温かい火に恵まれていたこいつらが、寒さに耐えれる道理はない。まして、今のこいつらは虫である。

 

弱点は冷気。その推測は的中した。

 

「これ、では、貴方にぃ!」

 

咄嗟の行動だったのだろう。凍えて震えるその手が、鍵へと伸びていって──その前に、俺の放ったフラッシュバンが目を潰す。

 

俺の身体が凍えるより速く、ダニエラの目が復活するより速くひた走る。

 

「いやだ」

 

そんな俺を、ただ執着心が追いすがった。

 

「負けたくない!」

 

「!?」

 

目は、潰れたまま。音もろくに聞こえていないはず。にも関わらず、その手は俺を正確に捉えていた。

 

「私には、貴方しか──!」

 

まるで蛹から羽化するように、上着を一枚脱いだ。遠い東の島国では、ウツセミというらしい。

 

その手は、服だけを掴んでいた。

 

「あ」

 

鍵を取り、左脚の筋肉に任せて無理矢理反転。

 

「待って」

 

床を思い切り蹴っ飛ばし、最高速をたたき出した。

 

「待って!」

 

体当たり気味にドアに飛び込む、その直前に。

 

「私を連れて行ってよ、王子様・・・!」

 

聞こえたその声は、酷く悲しそうだった。

 

 

「ダニエラ様に勝ったご感想は?」

 

「最低最悪だよ」

 

ようやっと3つの鍵が揃った。これで最上階まで行ける。喜ぶべきことだ。そう、喜ぶべき、はずなのに・・・。

 

「なぁ、俺が間違ってるのかな」

 

あの声を聞いて、無性にそう思った。

 

「ええ、どうしようもなく間違ってる。人の好意を、愛情を無下にしてエゴを通そうとしてる姿は見ていて本当に腹が立つわ」

 

辛辣で心を抉るような言葉の数々。

 

「でも」

 

「?」

 

「それがあなたの美徳の一つだとは、思ってる」

 

皆が愛したあなたでいなさい、そう言ってメイド長は消えた。

 

「途中で投げ出すなってか」

 

迷いは晴れてないけれど、それでも進めと言われた。なら行こう、最上階に。




短めだけど切りがいいので許して・・・。


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