何やっても世界が滅亡するクソゲーに悪役令嬢として転生したけど、しぶとく生き残ってやりますわ! (タカば)
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悪役令嬢は兄と仲良くなりたい
どうしてこうなった


ハーメルン初投稿です。
表か、コメント等応援よろしくお願いします。


なんでこんなことになったのよ!

 

私は世界で一番かわいい子なんでしょ?

私は一番キレイでステキで、愛さずにはいられない子なんでしょ?

 

だから、最高のオシャレをしてお茶会に参加したのよ!

 

なのに、キラキラの銀髪をした男の子は

「女の子って弱いから遊ばないよ」

って言ってどっかに行っちゃうし!

 

金髪の王子様は

「ひとりでお茶が飲みたいから、ごめんね」

って言って同じテーブルに座らせてくれなかったし!

 

泣きボクロのお兄さんは

「子供がうろちょろするな、帰れ」

って言ってつまみ出そうとするし!

 

なんなのなんなの!

みんな私の言うことなら何でも聞いてくれるんじゃないの?

私が一番ステキでかわいいレディだから、何でも望みがかなうんじゃないの?

 

どうして誰も私の言うことを聞いてくれないの!

どうして誰も私のことだけ見てくれないの!

 

「おい、泣いて暴れるようなら……」

「うるさい! 私悪くないもん!」

 

泣きボクロのお兄さんの手を振りほどいた瞬間、私の体がぐらりと傾いた。

買ったばかりの赤い靴が、芝生の上で滑る。

 

「きゃあっ!」

 

テーブルに思い切り頭をぶつけて、目の前が真っ暗になった。

 

 

===================================================

 

 

 頭をぶつけて、前世の記憶を思い出しました。

 

 目を覚ますと同時に頭に浮かんだフレーズに、私は顔をしかめた。

 異世界転生もののラノベではよくある展開だ。頭を打ったとか、適当なショックで、今まで封印されていた記憶がよみがえり、新しい自分になったことを喜ぶ。

だいたいはそういう展開なのだが。

 

「なんちゅーところに転生してんの、私」

 

 最初に口からこぼれた言葉はそれだった。

 

「あ、あら? お嬢様、気が付かれましたか?」

 

 私の声に気づいた女性が振り返る。お仕着せのエプロンドレスを着た、下働きの女性、いわゆるメイドというやつだ。彼女は私の顔をあわてて覗き込んでくる。

 

「私がわかりますか? 気分は悪くありませんか?」

「大丈夫よ、ミリー。意識ははっきりしてるわ。痛いところもないし」

「お目覚めになられてよかったですわ。すぐにご主人様と奥方様をお呼びしますね」

 

 丁寧にお辞儀をすると、ミリーは部屋を出て行った。

 私はのそのそと体を起こす。

 

 周囲を見回すと、贅を凝らした美しい寝室の光景が目に入った。現代的な豪華さではない。

 ベルサイユ宮殿とか、ノイシュヴァンシュタイン城とか、そんな感じのヨーロッパの古城を思わせる優美なデザインの部屋だ。

 ここには見覚えがある。

 自分の部屋なんだから当然だ。

 私の『今の名前』はリリアーナ・ハルバード、10歳。

 南部地方を治める大侯爵の長女であり、乙女ゲーム『イデアの輪舞』の登場人物だ。

 

「なんでよりによって超クソゲーの最凶悪役令嬢に転生してんのー!」

「えー、それを望んだのは小夜子ちゃんじゃないですか」

 

 いきなり日本語で話しかけられて、私は動きを止めた。

 

「え……誰?」

「はーい、お久しぶりー!」

 

 声のする方向を見ると、デニムパンツにパーカーを着込んだイトコのお姉ちゃんが立っていた。

 

「メイねえちゃん? えええええ? どういうこと? ここってまだ夢の中?」

「はいはい落ち着いて。小夜子ちゃんは起きてるし、ここは現実だから安心してー」

「ゲームの中に転生して生前の知り合いと会話するなんてシチュエーション、夢だってほうが説得力あると思うんだけど?」

「事実は小説より奇なりって言うでしょう」

「奇なり、の範疇をぶっちぎりで越えてるから! なんでここにメイ姉ちゃんがいるの!」

「んーとね、それは私が実はこの世界を守護する運命の女神様だったからです!」

「……は?」

 

 もう一度意識が飛びかけた。

 茫然とする私の目の前で、一瞬メイ姉ちゃんの輪郭がほどける。そして次の瞬間には、女神としか言いようのない神々しい姿の女性が現れていた。

 

「これが本来の私の姿でーす。どう? それっぽいでしょ?」

「口調がメイ姉ちゃんじゃなかったら、もっと説得力があるんだけどね……」

 

 とりあえず、彼女が女神様だということは、間違いなさそうだ。

 

「なんでそんな人が私のイトコだったんだ……」

「ああ、それは暗示ですね。病室暮らしのあなたと知り合いになるために、適当な関係性を刷り込ませてもらいました」

「えええ」

「私が母方父方、どっちのイトコか正確に思い出せます?」

「そ、そんなの……あれ?」

 

 そういえば、前世の両親はどっちも一人っ子だったような……そんな状態でイトコなんてものが存在するはずがない。

 

「わ、わけがわからない……どうしてそんな暗示までかけて、他の世界の女神が私のイトコになってんの」

「それはゲームをしてもらうためですね」

 

 メイ姉ちゃん、いや女神は懐からいくつものゲームソフトを取り出した。

 それは、ヒマを持て余した私に彼女が『テストプレイして』と持ってきた開発中の乙女ゲームたちだ。

 他にやることもなかったから遊んでたけど、あれはマジでひどかった……。

 不公平すぎるパワーバランス、意味不明のフラグ管理、不条理なイベント、初見殺しの伏線。リリース前でデバッグ途中だとメイ姉ちゃんは言っていたけれど、ちょっとやそっとの修正では、どうにもならないと思う。

 

「あれ、ただのゲームじゃなくて、私が管理している世界のシミュレーションだったんですよねえ」

「え」

 

 今なんと?

 

「あれ……もしかして、現実……なの?」

「ある世界にとっては」

「えええええええ」

 

 あんなクソゲーの中で生きる人類がいるの? 不条理すぎない?

 

「若くして病気で命を落とすことになった、小夜子さんの人生に不条理はなかったと?」

「……不条理てんこ盛りだったね、そういえば」

「まあそんな不条理の中にあっても、人の子を幸福へと導くのが私の役目なのですが……どうにも、私にはそのあたりをうまく運ぶ才能がないようで。何をどうシミュレーションしても、必ず世界が崩壊するんですよ」

「ひどい女神だなあ」

「私も、それでいいとは思ってませんよ? やっぱりみんな幸せにしてあげたいですし。そこで、人の子自身の手を借りることを思い付いたんです」

「それが、あのクソゲー?」

「ええ、ポジティブ思考の人の子にハッピーエンドまでの道筋をシミュレートさせ、その攻略情報をもとに世界を導く。完璧な世界救済です」

「うわあ……ゲームのデバッグのつもりが、世界のデバッグをやっちゃってたよ。いいのかなあ」

「みんなが幸せならそれでいいのです。実際、小夜子さんはとてもいい仕事をしてくださいましたよ? おかげで、25もの世界の滅亡を回避できました。あなたは、文字通りの救世主なのです」

「……はあ」

 

 クソゲーで遊んでただけで救世主。いまいちぴんとこない。

 

「でも、それだけ世界を救っておいて、何も報いがないのはかわいそうでしょう? だから、私はあなたに新しい生を与えることにしたのです」

「それが、この転生ってこと?」

「ええ。私が干渉できるのは、あなたがプレイしていたゲームの世界だけです。それでも健康な体を持って新しく生をやり直すのは、若くして病に倒れることになったあなたにとって、救いになると思ったのです」

「はあ……それは、嬉しいんだけどさ。なんでまた、『イデアの輪舞』なの? 遊んだ中ではぶっちぎりのクソゲーだったじゃん」

 

 イデアの輪舞曲は、メイ姉ちゃんからもらったゲームの中で一番のクソゲーだ。

 ジャンルは一応乙女ゲーム。世界を救う聖女に選ばれた少女が、ヒーローたちと協力しながら危機に立ち向かうという王道ストーリーだ。

 しかし、ストーリーは王道でも設定はめちゃくちゃだった。王宮は権力闘争の真っ最中、野山は危険な魔物の巣窟だし、国際情勢は数か国が同時に侵略を企てているカオス状態。選択肢をひとつでも間違えようものなら、スパイや暗殺者にあっという間に殺される。

 その上、世界崩壊の危機である。人同士のトラブルを乗り越えて恋を成就させたとしても、最終的に世界が救えなければそのまま星ごと滅びてバッドエンドだ。

 乙女ゲームのはずなのに、愛が世界を救わないとか、どんな世界観だよ。

 むきになってやりこんでたけど、生きている間に大団円を拝むことはできなかった。

 

「だから、それを選んだのは小夜子さんなんですってば」

「えー?」

「死の間際に枕元に立って、今までプレイしたゲームのどこに転生したいか、ってきいたら……クリア済みのゲームに興味はない。どうせ再プレイするなら、大団円ができなかったイデアがいいって」

「誰だよ、そんな廃ゲーマー発言した奴」

「小夜子さんですよ」

「……」

「覚えがないですか?」

「……ないけど」

 

 死に際のテンションでそれぐらい言いそうな気はする。

 というか、たぶん言ってる。

 

「ヒロインじゃなくて、悪役令嬢なのはなんでなの」

「それも小夜子さんの希望ですね。イデアの世界で起こる悲劇はゲーム開始時点ですでに確定しているのがほとんどでした。悲劇を事前に回避するために、幼少期から貴族社会で影響を与えることのできるポジションとして、リリアーナを選択したんですよ」

「あー……確かに、それはプレイ中から思ってたなあ。ヒロインが現れるタイミングじゃどうにもならない事件ばっかりだったから」

 

 ライター何考えてたんだ、って思ってたけど現実だったのならしょうがない。そもそも、論理的に筋を作るライターが存在しなかったんだから。

 

 だからって、最凶悪役令嬢を選ぶのは思い切りすぎだけど。

 これも死ぬ間際のハイテンションで選んだ道なんだろう。だって、あの時は走馬灯ついでに見た幻想だって思ってたんだもん。実現するなんて思わないじゃないか。

 

 頭を抱える私の隣で、メイ姉ちゃんはにっこりわらった。

 

「偽りの身分での関係ではありましたが、あなたは私のよき友人でした」

「え、なんで話をまとめにかかってるの?」

「願わくば、最高に幸福な人生を」

「ちょっと!」

 

 キラキラを光ったと思ったら、次の瞬間にはメイ姉ちゃんの姿は消えていた。

 

「言うだけ言って消えないでよー!」

 

 これからどうしろっていうの!

 

 




というわけで、お話のはじまりはじまり。

恋愛するには家庭環境がアレすぎて、なかなか恋愛しませんが、魅力的な男性キャラはいっぱい出てくる……はず。たぶん。


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悪役令嬢の濃すぎる家族

「はあ……」

 

 私はベッドの上でため息をついた。

 乙女ゲーム転生、悪役令嬢。正直頭がついていかないことばかりだ。

 だが、このままうずくまっているわけにはいかない。なにしろ、5年後には厄災が起きてこの国どころか星がまるごと滅びてしまうのだ。

 

 せっかく健康な体に生まれ変わったというのに、前世の年齢に追いつく前に死ぬわけにはいかない。

 

 まずは現状把握だ。

 私はベッドからおりてみた。

 

 視線が低い。

 よろよろとおぼつかない足取りで姿見の前に出ると、そこには10歳の少女が映っていた。

 艶のある長い黒髪。ルビーのような赤い瞳。

 はりのある白い肌は、健康そうな薄紅に色づいている。

 

「美少女だ……」

 

 ちょっときつめの顔立ちだけど、私は間違いなく美少女だった。

 すばらしい。悪役令嬢が地味顔じゃ、ちょっとカッコつかないもんね。

 

 鏡の前でニヤニヤしていると、部屋のドアがノックされた。

 メイドかと思ったら、違った。

 

「リリィ、目が覚めたのね!」

 

 ノックの返事も待たずに、巨大な布のカタマリが部屋に入ってきた。

 

「お、お母様……」

 

 シルバーブロンドにルビーアイの女性。今世のお母様だ。

 一目で上流階級出身だとわかる、上品な物腰の人物なのだが……彼女は余計なものをたっぷりとため込んでいた。

 

「あなたがお茶会で倒れたと聞いてから、もうお母様は心配で心配で……」

 

 ぷくぷくの白い手で頭を撫でられる。ぎゅっと抱きしめられると、胸と腹のクッションが私の体を包み込んだ。そう……母は、スーパーダイナマイトマシュマロボディだった。

 どうやって、このマシュマロから自分のような美少女が産まれたのか謎である。

 

「リリィが目覚めたというのは本当かい?」

 

 バタン、とドアをあけてもう一人の人物が部屋に飛び込んできた。

 こちらも一目で高貴な育ちだとわかる黒髪の上品な紳士で……母と同じサイズ感のスーパーマシュマロボディだ。

 

「お父様」

 

 私が母の肩ごしに声をかけると、父は目じりを下げてほっと嬉しそうに笑った。

 大きな手で優しく私の頭をなでてくれる。

 

「よかった……この宝石のような瞳が、もう一度輝くところが見られて安心したよ」

「お父様、おおげさですわ」

「それくらい嬉しいってことだよ」

「……チッ、生きてたか」

 

 忌々しそうな声が、両親の喜びに水をさした。

 

「アルヴィン!」

 

 私たちが振り向くと、そこには私とそっくり同じ黒髪と赤い瞳をした少年が立っていた。両親と違い、私と兄弟であることがよくわかるきつめの美少年。5歳年上の兄、アルヴィンだ。

 

「父様が飛び出していくから、やっと死んだかと思ったが。存外にしぶといな、リリアーナ」

「お前、実の妹に対してなんてことを」

「妹だからこそですよ、父様。王妃様主催のお茶会で、辺境伯の孫にコナかけて、第一王子とお茶が飲めなかったからといって癇癪を起して、止めに入った宰相の息子であるフランドール先輩の手を振り払ってコケて、頭を打ったバカ娘に生きている価値なんかない」

 

 さっさと死ね。

 そう言い捨てて、アルヴィン兄様は去っていった。

 

 リリアーナ・ハルバード。

 侯爵家の長女である私は両親に溺愛され、兄から嫌われていた。

 



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チートアイテムは黒歴史の香り

「うあああああああどうしよおおおおおお」

 

 両親と兄、メイドが去ったあと、私は淑女らしさをかなぐり捨ててベッドの上でのたうち回った。世界を救うために幼少期から活動しようと思ったら、いきなり人間関係でつまずいていた。

 この状況、どうしろっていうの!

 

「あれでしょ? 銀髪の男の子っていったら、騎士キャラポジのシルヴァン・クレイモアでしょ? 貴重なバトルキャラに初対面で嫌われてどうするのよ」

「大変ですねえ」

「金髪の王子様って、比喩表現じゃなくてマジものの王家の跡取り息子じゃない。誰にでも平等に対応する、いつも優しい良い子に同席を拒否られるって、何やったのよ」

「ふんぞり返ってたからでしょうかね?」

「それに、泣きボクロのおにいさんって、大人クーデレポジの宰相、フランドール・ミセリコルデじゃん。多分まだ宰相にはなってないと思うけど……ああいうタイプは一度嫌われると挽回するのがめちゃくちゃ難しいんだってば」

「へえ、そうなんですね」

「しかも、魔法使い教師ポジの兄貴には、死ねばいいなんて言われる始末だし……もうこの時点でほぼほぼ詰んでる気がする」

「うーん、そう言われましても、私の力では小夜子さんの意識をこれ以上過去に送ることはできませんしねえ」

「どうにかならないの……って、メイ姉ちゃん?」

 

 私はがばっと体を起こした。

 そこにはパーカー姿のメイ姉ちゃんが立っていた。

 

「帰ったんじゃなかったの?」

「ひとつ、忘れ物があったので戻ってきました。はい、これどうぞ」

 

 メイ姉ちゃんは私に一冊の本を差し出した。

 革張りの装丁の、立派な本だ。でも、その表紙には『攻略本』と思いっきり漢字がデザインされている。開いてみると、中には日本語でこの世界の成り立ちやキャラの来歴、事件の真相といった細かい情報がびっしり書かれていた。

 文字通りの攻略本だ。

 

「厄災が本格化するのは5年後。その時期まで細かい人間関係を全部記憶するのは難しいでしょう? なので、参考資料としてこの本をプレゼントします」

「マジで? いいの?」

 

 プレイ済みのゲームの内容を5年も覚え続けるのは大変だ。

 特に、あのゲームは伏線やらフラグやらが複雑に入り組んでいたので、余計大変だ。いつでも確認できる資料があるのはありがたい。

 

「でも、気を付けてくださいね。その攻略本の内容は、私がゲームを作成するときに観測した5年後の未来を起点にしています。あなたが未来を変えようと動けばその分、攻略本の情報と離れていきますよ」

「自動で書き換わったりしないの?」

「うーん、私の力は聖女が覚醒する5年後を起点にしないと動かせないので……」

「女神の力もいろいろ制約があるんだね?」

「やろうと思えばいろいろできなくはないのですが……世界に干渉し続けた結果、星ひとつ丸ごと腐敗して滅んだことがあって、過度に干渉しないよう創造神様に止められているんですよ」

「おおう」

 

 過干渉で世界を滅ぼすとか、本当に世界を導く才能がないんだな……メイねえちゃん。

 

「というわけで、この世界に対して私ができることは、小夜子さんをこの世に送り込むことと、この本を与えることのふたつくらい、と決めてるんです」

 

 メイねえちゃんは困ったように笑った。

 

「わかった。なんとかしてみるよ」

 

 私は攻略本をぽんと叩いた。私の行動で内容が食い違っていくとはいえ、これはものすごく強力な予言書だ。使いようによってはとんでもないチート武器になる。

 

「とりあえずこれはどこかに隠しておいたほうがいいのかな?」

 

 日本語で書かれてはいるけど、ところどころ地図やキャライラストが入っていて、一目で異質なものだとわかる。誰かに見られたら大変だ。

 そう言うとメイねえちゃんはにこっといい笑顔で笑った。

 

「安心してください! 目くらましの魔法をかけておきましたから。小夜子さん以外には、装飾過多なポエムが書き綴られた日記帳にしか見えません。誰かが中をちらっと見たとしても、ほほえましい気持ちで元に戻しておいてくれるはずですよ!」

「メイねえちゃん、そういうとこやぞ」

「はい?」

 

 この女神、気遣いのポイントがことごとくズレてるんだよなあ。

 

「はあ……見た目はともかく、チートアイテムが手に入ったことだし、兄様をなんとかしてみるか」

「まずはお兄さんの対応ですか?」

「家の中の問題をどうにかしないと、他人のことまで関われないよ。特に、アルヴィン兄様は時限爆弾キャラだし」

「何なんですか、その物騒なニックネーム」

 

 私は攻略本の兄のページを開いた。



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兄は時限爆弾少年

 アルヴィン・ハルバード。

 南部貴族をまとめる大領主、ハルバード家の長男であり、私の兄だ。

 ゲーム開始時には、王立学園の魔法学の教師として登場する。

 

 本来、領主の跡取りとして父親の元で領地経営の何たるかを学ぶべき彼がなぜ教師をしているのか?

 もちろん理由がある。

 

 彼がハルバード家の家族を心底嫌っていたからだ。

 実家に帰りたくなくて、無理やり教師という理由をつけて学校に残っているのだ。

 

「まあ、実家のメンバーを考えたら、そう思うのも無理はないけどね」

「傍若無人でワガママ放題の妹と、それを止めないぼんやり両親ですからねえ」

「ただ嫌いなだけならともかく、放っておくと『実家はもうダメだ』って見限って、隣国のアギト国に亡命しちゃうのが問題なんだよね」

 

 優秀な跡取りを失ったハルバード家はその後没落。旗印を失った南部はばらばらになり、最終的にアギト国に侵略されて焼け野原になってしまう。

 他のルートにかまけて、彼を放っておくと南部が消えるので、誰を攻略するにしても必ず処理をしなくてはいけない爆弾野郎だ。

 

「あー、だから時限爆弾」

「今世の家族としても、大事な人だから家出なんかせずに、ハルバード家に残ってもらいたいんだけどね」

「和解は難しそうですか?」

「原因の大半は私のワガママにあるから、行動を改めたらどうにかなるんじゃないかな。なんだかんだいって家族だし、毎日顔を合わせながら少しずつ歩み寄っていければ……」

「あれ? お兄さんと同居してましたっけ?」

「あっ」

 

 私は大慌てで攻略本のページをめくった。

 

 そこには、『15歳で王立学園に進学して以降、一度も領地の城に帰っていない』とあった。よくよくリリアーナの記憶を思い返してみると、確かに去年の秋に学校の寮に入ってから戻ってきてない。学校が完全に閉鎖される冬至の休み期間も、王都にある社交用のタウンハウスに数日滞在して、また学校に戻っている。

 

 今日だって、社交の季節だからと領地から私を連れて王都にやってきた両親が、無理やり夕食に誘って学校から連れ出したから顔をあわせたのだ。普通に生活していたら、顔を合わせないまま5年後になってしまう。

 

 やばい。

 

 こんな状況で、10歳の少女に『死ねばいい』と言い放つくらい関係がこじれた家族と、やり直すことができるんだろうか。

 

「まあなんとかなりますよ」

「なんとかできなくて、異世界の人間の手を借りてる女神がそれ言っちゃう?」

「小夜子さんなら、きっと」

 

 ふわりとわらって、女神は姿を消した。

 おそらく、彼女の手助けはこれが最後。今ここからは自分の力で運命を変えなければならない。

 私は大きく深呼吸をした。

 

「やってやろうじゃないの」

 

 世界を救って、幸せな人生を歩んでやる!



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塩分過多で死にそう

 ハーティア王国を救うため、ひいては自分の人生を救うため、兄と仲良くしよう!

 ……と、意気込んでは見たものの。

 

(無理ゲーだったかもしれない……)

 

 夕食の席についた私は、早くも心が折れそうになっていた。

 そこには両親に加えて、王立学園から無理やりタウンハウスに呼び出された兄がいるんだけど……めっちゃくちゃ機嫌が悪い。

 

 父様が話しかけても

「今日はお前のために鴨を用意させたぞ。たっぷり切り分けてやろうな」

「一切れで結構です」

 塩対応。

 

 母様が話しかけても

「この果実水おいしいわね。学園に戻るときには1瓶持っていく?」

「必要ありません」

 塩対応

 

 当然、私が話しかけても

「お兄様、学園でのお話聞かせて」

「断る」

 塩対応。

 

 すべての会話が塩!

 塩分過多で中毒になりそうなくらい塩!

 うう……小夜子のころから数えると半年ぶりくらいのまともな食事なのに、全然味がしない。

 せっかく、おいしそうな固形物の食事が並んでるのにもったいないよー。

 

「そういえばリリィ、大変だったわね」

 

 気まずすぎる会話に耐えられなくなった母様が、私に話を振ってきた。

 

「せっかく王妃様主催のお茶会に出席したのに、倒れちゃうなんて。体はもう大丈夫? 痛い所はないの?」

「大丈夫です、母様。すっかり元気になりました」

「そう、よかったわ。今年のお茶会シーズンはもう終わりだけど、来年もう一度お茶会に出ましょうね」

「……来年?」

 

 ぞっとするような低い声で、兄様が言った。

 

「コイツを来年も社交の場に出すつもりなんですか」

「ええ、そのつもりよ。確かに今日は失敗しちゃったかもしれないけど、子供はそうやって大きくなるものだわ。また来年もお茶会に出して経験を積ませてあげなくちゃ」

「クレイモア辺境伯に迷惑をかけて、第一王子に拒否されて、さらにフランドール先輩の顔に泥まで塗った人間に、次を与えてやる必要などないでしょう。もっと大きなトラブルを起こしてハルバード家の名前に傷をつける前に、修道院にでも送ったほうがいい」

 

 兄はどこまでも冷たい。

 確かにお茶会の席でかなりやらかしちゃったけどさー、10歳の子供にそこまで言うことなくない? そもそも家から離れている兄に家名うんぬん言う権利はないような。

 ……あれ?

 そういえば、兄が問題視しているポイントってなんかおかしくない?

 どうして、伯爵よりも王子よりも、宰相家の息子に迷惑をかけたほうが、重大事のように語ってるわけ?

 

「……お兄様、フランドール様とお知り合いなんですか? さきほどから、先輩と呼んでいらっしゃいますが」

「フランドール先輩は、王立学校学生寮の監督生だ。入学当初から非常にお世話になっている。あんなに優秀で、すばらしい方はいないというのに、お前ときたら……!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 なるほどー。

 馬鹿な妹が敬愛する先輩に悪態ついたのが許せなかったのねー。

 ゲームの記憶が確かなら、フランドールは現在17歳。兄の2学年上だ。ちょうど学園に通っている期間が重なっていたから接点がありそうだな、とは思っていたけど……まさかこんなに仲がいいとは。

 

「まあまあ、落ち着きなさいアルヴィン」

 

 父様が私たちの会話に割って入った。

 

「今回のこと、リリアーナに本気で腹をたてている人は、誰もいないよ。クレイモア辺境伯は、顛末を聞いて『元気があって大変よろしい』とおっしゃっていたし」

「あの方は、とにかく元気ならなんでも許すじゃないですか」

「王妃様も、リリィのことを気に入ったみたいよ」

 

 ふふふ、と母様が笑う。

 

「なにしろ、第一王子であるオリヴァー様と婚約させたい、とのご相談を頂いているんですもの」

「「はあ?!」」

 

 私と兄は同時に叫んだ。

 

「おや、王妃様からもお誘いがあったのか。僕のほうには、ミセリコルデ宰相から、息子と結婚を前提とした付き合いをさせたい、という手紙が来ているんだが」

 

「「はあーーーーーー?!」」

 

 もう一度、私と兄は同時に叫んだ。

 



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悪役令嬢の二つの縁談

 父様と母様から伝えられた唐突な縁談に、私は頭を抱えてしまった。ちらりと横を見ると、兄も同じような表情で額に手をあてている。

 

「アレを見て息子と結婚させたい……? 絶対何か裏があるだろ」

 

 うん。私もそう思う。

 

 だって、あんな大騒ぎした自分に王妃としての適性があるとは思えない。

 それに、宰相家の提案も異常だ。息子のフランドール・ミセリコルデは現在17歳。能力が高く、見た目も美しい彼なら、7歳も年下の私を連れてこなくても、つり合いがとれるご令嬢がいくらでもいるはずだ。

 

 この縁談、どっちにも隠された思惑がある。

 断言していい。

 

 まず、王妃様の意図を考えてみよう。

 ゲームで得た知識通りなら、彼女は普通の王妃ではない。国を蝕み、民を虐げ、人を陥れるのが楽しみ、という非常に迷惑な人物だ。

 要するに、とんでもなく性格が悪い。

 現在のハーティア国社交界が、めちゃくちゃにギスギスしていて、謀略が横行しているのは彼女が原因である。最高権力者の妻が率先して貴族社会に嫌がらせしてるんだもん、そりゃそうなるよね。

 

 そんな彼女が私に声をかけたのは……都合のいいおもちゃを見つけた、と思ったんだろうなあ。

 南部に絶大な影響力をもつハルバード侯爵家のご令嬢、しかも世間知らずでワガママなんてキャラ、社交界に放り込んだらトラブルを起こしまくるに決まってるもん。

 

 だとすると宰相家からの縁談は、王妃様へのカウンターかな?

 彼女の操り人形になる前に、自分のところに取り込んでしまおう、と思っているのかもしれない。

 

「末は王妃か宰相の妻か。うちの娘はなんてすごいんだ」

「ふふふ、将来が楽しみね」

 

 父様と母様は、状況を全く理解していないらしい。

 同時にふたつも舞い込んできた娘の縁談に、喜んでしまっている。

 

「お前……どっちか受ける気か?」

 

 兄が探るように私を見てきた。私は天井を仰ぎ見る。

 ゲームの中のリリアーナ、つまり小夜子が来る前までの彼女ならどうしていただろうか。

 

 ……きっと、ここで王妃様の手を取ったんだろうなあ。

 

 最高権力者である王の妻か、王を支える宰相の妻か。ときかれたら、やっぱり王の妻のほうが身分が上で凄そうだもんね。

 

 そして、王子の婚約者になり王妃のお気に入りの座に座ったリリアーナは、宮廷の悪しき価値観を植え付けられ、最低最悪の悪役令嬢になっていったのだろう。

 だとしたら、私が選ぶべき道は……。

 

「どちらもお断りするわ」

 

 逃げで!!

 

 王子と婚約して、社交界で暗躍するのもアリかな、って思ったんだけどねー。でもどう考えても今以上の無理ゲーでしょ。

 相手は、十年以上も社交界を操ってひっかきまわしている女狐だ。今の私が元のリリアーナより精神年齢が上っていっても、病院暮らしで半分引きこもりみたいな生活をしていた小娘じゃ太刀打ちできない。

 将来的に戦う必要はあるけど、何か対抗できる武器を手に入れるまでは、距離を取ったほうがいいと思う。

 

 宰相の息子であるフランドールとの婚約も却下。

 兄が敬愛しまくってる先輩に結婚を迫ったりしたら、兄弟関係がこじれまくるに決まっている。

 

 というわけで、ここはどちらからのお話も断って、兄との関係修復に集中しよ……あれ?

 

 そこで私は家族が絶句しているのに気が付いた。

 全員、宇宙人でも見るような目で私を見ている。

 

 あれー?

 何かやらかした?

 

 



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悪役令嬢には必殺技が存在する

「せっかくのお話なのに、断っちゃうの?」

「すごくいい話なんだぞ?」

「名声に目がないお前が王家との縁談を断るなんて、天変地異の前触れか?」

 

 おい家族。

 特に最後の兄。妹に対するコメントとして酷すぎないか。

 というツッコミはおいておいて。

 

 そうか、今までのリリアーナの行動を考えると、縁談を断るのは不自然なのか。

 

 今の私は、リリアーナと小夜子が入り混じった別人格だ。

 だから、リリアーナの行動を俯瞰してみることができるし、貴族の常識とは違う目線で物を見ることができる。

 でも、たとえリリアーナを救うための選択であっても、いつもと全く違った言動をとれば、家族が大きな違和感を覚えてしまう。

 

 えーと、えーと。

 リリアーナらしく、かつお断りできる言い訳を考えなくちゃ。

 

「えっと……お父様、お母様。その婚約のお話、王妃様と宰相閣下が言ってきたことなんだよね?」

「ああ、そうだ」

「ということは、王子様や、フランドール様が、私と結婚したいって言ってくれたわけじゃないのよね? そんなのヤだ!!

 私は素敵な旦那様に愛されて花嫁になりたいの! 本人が花束を持って結婚を申し込んでくれるんじゃなきゃダメよ!」

 

 秘技! お花畑《ロマンティック》思考!!

 

 利害関係がからむ高位貴族は政略結婚が一般的だ。

 でも、私はまだ10歳の箱入り娘。結婚に夢を持ってたっておかしくないはず!

 お姫様の絵本大好きな子だし!

 

 宣言すると、両親はアラアラというほほえましい表情になり、兄は心底呆れかえった顔になった。違和感払拭したのはいいけど、そのたびに兄からの好感度が下がるこのシステムどうにかならんかな。

 

「じゃあ、結婚のお話はどちらもお断りしておきましょうねえ」

 

 母様はおっとりと笑う。

 

「俺もそうしたほうがいいと思いますが、王妃様からのお話もありますよね? 断っていいんですか?」

「大丈夫よ、どちらのお話もまだ内内の『相談』の段階だから」

「私たち家族以外は知らない話だ。断っても、どこにも影響は出ない」

 

 おお、ちゃんと断りやすいよう気を遣った提案だったのね。

 

「子供のころの婚約話はだいたいこんなものよ」

「たとえ今婚約したとしても、大人になるまでの間に相性が合わなくなったり、家同士の関係が変わったりするからなあ」

「だから、あくまでも『結婚の約束』なのよね。未成年の婚約は、破棄されやすいの」

 

 へー、そういうものか。

 おっとりお花畑な人たちだと思ってたけど、一応いろいろ考えてはいたんだな。

 

「だから、リリアーナは安心して自分の思う通りにしていいのよ」

「母様、そこは少しは止めてください」

「いいじゃない。子供はのびのびと育つべきだわ。もちろんアルヴィン、あなたも」

「コイツはのびのびというレベルじゃないだろ……」

 

 いやそこはこれから改めますから。

 と言っても信用してもらえないんだろうなあ。でも、がんばるという姿勢は示しておかないといけないね。

 

「私、素敵な方に求婚されるような、立派な淑女になってみせるわ」

「えらいぞ、リリアーナ」

「……具体的には?」

 

 手放しでほめる父様の後に、兄の低い声が続いた。

 10歳の子供に具体策を求める兄、手厳しい。

 

「えーと、まずはお勉強をがんばるわ。読み書きとか計算とか。あとは、みんなに注目される特技があるといいわよね」

「ダンスはどうかしら。かわいいリリィが踊っているところを見たら、みんな夢中になるわよ」

「それで、またダンス用のドレスだの、宝石だのを買い与えるつもりですか?」

「教養に必要な出費よ」

 

 ダンス、と聞いて兄の顔が不機嫌そうになる。

 ゲームで漏れ聞いた話だと、妹と両親が芸事にかまけて浪費するのが心底嫌だったみたいだもんね。

 ふっ、昨日までの私なら、そんなこと知らないからすぐに母様の提案に飛びついていたでしょう。

 でも、今は違う! 伊達に乙女ゲームを極めてませんから!

 わざわざ嫌われる選択肢は選びませんよ!

 ここは、同じ趣味を持つことで距離を縮めよう作戦だ!!

 

「私、魔法が使えるようになりたい! お兄様は魔法が得意なんでしょ? 教えて!」

「……ああ?」

 

 兄の顔が、今までで一番嫌そうな般若顔になった。

 メイ姉ちゃん、この乙女ゲーム選択肢がめちゃくちゃ難しいよ!!!



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あれ? 結局喧嘩してない?

「読み書きも覚束ないお前が、魔法を使いたいだと……? お前、魔法をなんだと思ってるんだ」

 

 えー、よくわかんない。

 ゲームだとパラメータ上げてスキルボタン押したら出たし。

 とか言ったら怒られるので、私は言葉を飲み込んだ。

 

 ゲーム内では魔法学の教師として登場するし、実際使える魔法使いキャラだったから、兄の得意技に寄り添ってみたんだけど、どうしてこうなった。

 

「魔法の行使には、魔術書を読む読解力、術式を構築する計算力、さらに魔法陣を描く技術力が必要だ。お前に魔法を教えたところで、何も理解できなくて放り出すのがオチだ」

 

 つまり、魔法を使うには魔力のほかに基礎学力が必要ってことね。

 そういえば単純に魔力のパラメータだけ上げても、使える魔法の種類が増えなかったな。コマンド操作でやっていたことを現実にするとこうなるのか。

 同時に、兄の怒りポイントも理解する。

 今まで努力して身に着けた技術を『教えてー』って雑に尋ねられたら腹がたつよね。

 

「アルヴィン、もう少し言い方というものがあるだろう」

「父様、俺は事実を言ったまでです」

「リリィ、怒らないでちょうだいね。お兄様はあなたのことを思って……」

「わかったわ。魔法を教えて、とは言わない」

「……そう、わかってくれたのね」

「今のところは、諦めてあげる」

「リリィ?」

「お勉強ができないから、魔法が使えないんでしょう? じゃあ、努力するわ」

「なに……っ」

 

 私の宣言を聞いて、兄も、両親も、後ろに控えているメイドたちも目を見開いた。

 その気持ちはわかる。今まで『努力する』なんて言ったことないもんね。

 でも、今の私は違う。

 目的のために努力できる小夜子、という味方がいるから。

 

「どうしてびっくりしてるの、お兄様。さっきも言ったじゃない、素敵な淑女になるために勉強をがんばるって。そこに目標がひとつ増えただけだわ」

「それは、そうだが」

「まずは、今いる家庭教師に教えてもらって、その……読解力とか計算力とやらを身に着けるわ。魔法が学べるくらい、お勉強ができるようになったら、改めてお兄様に魔法のことを聞くから!」

「お前には無理だ」

 

 兄様は冷ややかな目で私を見る。

 む、さすがにちょっとイラっときたぞ。

 今までが今までだからしょうがないけど、ここまで見下されるとさすがに腹が立つ!

 

「お兄様、今私をバカにしたわね」

「事実バカなんだからしょうがないだろう」

「ちゃんとできるもん」

「なにひとつやりとげてないお前の言葉なんか、誰が信用するもんか」

「むう……ということは、やりとげたら、信用するのよね?」

「ん、まあそういうことになるか」

「じゃあお兄様、賭けをしましょう!」

「賭けぇ?」

「これから私はお勉強を頑張るわ。今年の冬のお休みまでに、魔法を教えてもらう準備を全部終わらせるつもり」

「半年で全部か? 大きく出たな」

「早く魔法を使ってみたいもの」

「……ハッ」

「期限までに本当に全部できたら、私のお願いをきいてちょうだい」

「ふうん? 結局ワガママか」

「違うわ、正当な賭けよ!」

「わかったわかった。冬までに本当にできてたらな」

「約束したからね! ちゃんと冬のお休みに確認しに帰ってきてよね!」

「はいはい」

 

 兄様に軽くあしらわれて、私は頬を膨らませる。

 あっれーーー? 和解するつもりが、喧嘩してない?

 でも、ここで折れたらなんか違う気がするし。

 

 クソゲー世界、攻略が難しすぎだよ!!

 



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お勉強は明日から

 兄様に認めてもらうために、まずは勉強を頑張ろう!

 ……と、思っていた私は早速挫折していた。

 

「うう……気持ち悪い」

「リリィ、あなたのお勉強を頑張ろう、って気持ちはとても良いと思うわ。でも、馬車の中で本を読むのは、諦めたほうがいいと思うの」

「ううう……」

 

 母様に諭されて、私は握り締めていた教科書を放り出した。

 ごとごと、ごとごと、と小刻みに揺れる馬車の中、私はふかふかの座席に横になる。

 社交シーズンが終わった後、私たち家族は兄様を残して領地へと向かっていた。収穫シーズンから、来年の種まきの季節まで領地経営のお仕事に集中するためだ。

 王都から領地までは馬車で5日くらいかかるんだけど……その馬車が問題だった。

 

「こんなに揺れる乗り物だったとは……」

 

 舗装もされていない道を木製の車輪で通るんだから当然といえば当然だよね。乗り物酔いするから、バス旅行嫌いとか言ってごめんなさい。自動車ってメチャクチャ人に優しい乗り物だったんだね。空気のクッションバンザイ。

 誰かこの世界でもゴムタイヤを作ってくれませんか。私の知識じゃゴムの木も発見できないし、精製方法だってわからないよ!

 じっと目を閉じて、胃の中がぐるぐる回る感覚が収まるのを待つしかない。

 

「あなたはまだ小さいんだから、無理して勉強しなくても大丈夫よ」

 

 そうもいかないんです、母様。

 自分の能力を高めること。それは兄様のためだけじゃない、自分のためでもある。

 リリアーナとひとつになってわかったんだけど、実は彼女はとてもいい子だった。

 純粋で、素直で、ただひたすら素敵な淑女を目指す頑張り屋な女の子。

 彼女は周囲の大人の言葉を信じていただけだった。

 

 淑女たるもの、美しくあれと言われて着飾り。

 貴族たるもの、下民と交わるべからずと言われて下々を見下し。

 王子の婚約者たるもの、気高くあれと言われて高慢な態度を取り、最悪な令嬢へと成長してしまったのだ。

 

 大人の言葉がおかしいと気づけなかった無知が、彼女の罪だと言えるかもしれない。でも、年端も行かない子供のころから、王妃を筆頭とした社交界の悪意の中でもてあそばれてきた彼女に、他にどんな道があったというんだろう。

 ゲームの中の彼女には、諫めてくれる大人も、忠告してくれる友達もいなかったのだ。

 でも、今は違う。

 病院に引きこもり気味だったとはいえ、18歳まで生きて、たくさんの世界の価値観に触れてきた小夜子の記憶がある。

 間違いを指摘してくれる、もう一人の自分がいる。

 今度こそ、正しく素敵な淑女になって、幸せな人生を送るんだ。

 

 ごとん、と唐突に馬車が止まった。

 

「ハルバードの城下町に着いたみたいね。リリィ、見てごらんなさい」

 

 母様に言われて体を起こすと、窓の外の風景が変わっていた。

 石造りの巨大な城と城壁、そして城を囲むようにして城下町が広がっている。コンクリートのビルに埋もれてしまっている現代の城じゃない、ゲームの中の作り物の城でもない、本物の、人が生きて使っているお城だった。

 

「わあ……」

 

 えっと、リリアーナの記憶に間違いがなければ、あの、とんでもなく大きいのが、私の『家』なんだよね? なんかスケールがデカすぎて、全然家って感じがしないけど!

 あそこで毎日生活するの?

 お嬢様ってすごすぎない?

 

 茫然とお城を見上げていると、執事のクライヴが馬車のドアをノックした。

 

「奥様、馬車の乗り換えの準備が整いました」

「ありがとう、すぐ行くわ」

 

 そう言うと、母様は私を残して降りて行こうとする。

 

「母様、どこ行くの?」

「お父様と、屋根のついてない馬車に乗っていくのよ。しばらく領地を留守にしていたから、城下町のみなさんに、帰りましたよ、って挨拶するの」

 

 そういえば、ここは新聞もネット環境もない世界だった。領主が帰ったことを知らせるなら、直接顔を見せたほうが手っ取り早いのかもしれない。

 

「リリィはこの馬車で寝ていていいわよ」

「ううん、私も行く!」

 

 私はぴょん、と馬車から降りた。

 私が目指すのは、家族からも領民からも愛される、素敵なご令嬢なのだ。挨拶にはちゃんと顔を出して、覚えてもらわなくっちゃ。

 

 城下町からお城まで、ずーっと愛想を振りまいてたら、夜勉強する体力はなくなるけどしょうがない!

 お勉強は明日から!!



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お勉強は明日から!!

 明日からやるって言ってたことって、明日になってもやれないものだよね。

 

 領地のお城に戻ってきて、さあ本格的に勉強を頑張るぞ! と思っていた私は、何故か音楽室に連行されていた。

 引っ張ってきたのは、母様だ。

 音楽室といっても、ここで楽器を演奏したり歌ったりするわけじゃない。

 私に渡されたのは動きやすいドレスだ。

 

「素敵な淑女を目指すなら、やっぱりダンスのお勉強をしなくちゃね」

 

 その謎のダンス推しは何なんですか、母様。

 逃げようと思ったけど、楽器を構えてスタンバイしてる侍女が4人も並んでたので、そうもいかなかった。

 そうだよね、音楽プレーヤーもスピーカーもない世界だもんね。ダンス音楽をかけようと思ったら、直接人が演奏するしかないよね。

 ダンスのコーチと、お世話係のメイドをいれて、総勢6人もの大人に準備をさせておいて、やりたくないからやだ、とはさすがに言えないよ……以前のリリアーナなら言ったかもしれないけど。

 

 ダンスなんてやったら、午後勉強する体力がなくなっちゃうけどしょうがない。

 他の科目に集中したいとかなんとか説得して、今度から準備をさせないように調整しよう。

 お勉強は明日から!

 明日からは絶対やるから!!

 

「リリィ、まずは基本のステップからね。先生の真似をしてみて」

「はーい……」

 

 リズムがとりやすいよう、静かな音楽をかけてもらいながら、123、とステップを踏んでみる。

 運動って、あまりいい思い出がないんだよね。

 ちょっと走っただけで胸が苦しくなるし、めまいがしてくるし。

 小夜子のころは、体育の時間がひたすら苦痛でしかなかった。

 早く授業が終わってほしいなあ。

 

 ……ん?

 

 ……あれ?

 

 おや……?

 

 何コレ。

 踊るのってたーーーーのしーーーーー!

 

 どういうこと?

 体を動かすのが気持ちいいんだけど!

 ずっとやってると、確かに息は上がってくる。でも、気持ちいい苦しさっていうか。

 全身に血が巡って、体が暖かくなるのがわかる。

 

 それに、私の体はどこまでも自由だった。

 頭のてっぺんからつま先まで、自分の体が思う通り綺麗に動いてくれる。

 

 ああ、そうか。

 この体は健康なリリアーナのものだった。

 病弱で、体力のなかった小夜子じゃない。

 健康な体って、動かせばこんなに気持ちのいいものだったんだ。そりゃあ、スポーツやダンスが流行るわけだよ。体が適応できれば、こんなに楽しいものはないもの。

 

 調子に乗ってクルクル回っていると、突然足がもつれた。

 

「あたっ!」

「そのステップは、まだ難しかったみたいね」

「でも、お嬢様は才能がおありですよ。初めてでこんなにうまく踊る子は滅多にいませんもの。さすが、奥様の娘ですね」

「ふふ、リリィ自身がすごい子なだけよ」

 

 椅子に座って私のレッスンを見ていた母様が立ち上がった。

 

「見てて、そのステップは、こうすればいいのよ」

 

 ふわり。

 体を翻した瞬間、母様の体から重力が消えた。

 軽やかに、優雅に。ふんわりマシュマロボディが嘘みたいに舞う。

 その姿は、まるで妖精が踊っているみたいだった。

 

 小夜子として、テレビやネットでいくつものダンス動画を見たことがある。その中には、世界で一番のダンサーと言われていた人のものもあった。

 でも、今の母様はそんな人たちよりもずっと綺麗で、ずっと上手だった。

 

 ええええええ、母様って何者?!

 



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ハルバード侯爵夫妻のかつての栄光

「はあ……やっぱり、奥様のダンスは素敵ですわね。さすが、白百合の君」

 

 母様のダンスを見ていたコーチがうっとりとつぶやいた。

 

「白百合って何?」

「奥様は、ダンスの美しさに感動した国王陛下から『白百合』の二つ名を賜っているのですよ」

「その話はよしてちょうだい。結婚する前のことじゃない」

「マジ……?」

 

 国王から二つ名をもらうって、国一番のダンサーって認められたようなものじゃない。

 結婚する前、ってことは多分そのころはスリムボディだったんだよね?

 そんな人が、何がどうなってこのダイナマイトなマシュマロに。

 しかも、そんな情報はメイ姉ちゃんにもらった攻略本にはなかった。ハルバード侯爵夫人についての記述は『アルヴィンとリリアーナの母親』としか書かれていない。

 どう考えても、国の超重要人物のはずなんだけど。

 

「ふう、これくらいかしらね」

 

 しばらく踊っていた母様は曲の終わりで足を止めた。

 

「えーもうやめちゃうの? もっと見たい!」

「アンコールは嬉しいけど……」

「私も君の踊る姿が見たいな」

「お父様?」

 

 振り向くと、執事のクライヴを従えた父様が戸口に立っていた。

 

「君がリリィにダンスレッスンをすると聞いたから見に来たんだけど、久々にいいものが見れた。たまにはいつもと違うことをしてみるものだね」

「あなた……」

「もう一曲、踊ってくれないか?」

 

 父様がそう言うと、母様はすっとその手を父様に差し出した。

 

「この曲は、ひとりで踊るものではないんですのよ?」

「そういえばそうだったね」

 

 父様は慣れた様子で母様の手を取ると、一緒に踊りだした。

 その姿を見て、私はもう一度言葉を失う。

 えええええ、何この麗しすぎるダンス夫婦!

 母様ひとりでも綺麗だったのに、ふたりになったら迫力がマシマシで別世界が降臨するレベルなんだけど?

 ふたりがダイナマイトなのは変わらない。

 それなのに、花が飛んで妖精が舞う幻が見える……。

 

「もしかして、お父様にも二つ名があったりする?」

「ありますよ」

 

 クライヴがこともなげに答えてくれた。

 

「とはいえ、奥様とは違って少々勇ましい名前ですが。お若いころは、『炎刃』のお名前を賜っておりました」

「騎士に与える名前っぽいね」

「旦那様はかつて王国騎士第一師団に所属していましたからね」

「ふぇっ?!」

「先代ハルバード侯が亡くなり、領地を継ぐと同時に退役されましたが」

 

 待って! 第一師団って、国王陛下直属の近衛騎士団、つまりこの国で一番の花形最強騎士団じゃない!

 そこで二つ名までもらって活躍してた、ってことは間違いなく当時最強ってことでしょ?

 そういえば、騎士キャラのひとりが『第一師団にかつて最強と呼ばれた騎士がいた』って言ってたけど、あれは父様のことだったのか……。

 そんな人が、何がどうなってこのダイナマイトなマシュマロに。

 

 いやそもそも、なんでこんな超重要ハイパー有能夫婦が攻略本では1行解説になってるのさ。

 確かに今は活躍してないけど……ん?

 あああああああ、そうか!

 活躍しないからかーーー!

 あの攻略本は、あくまでも『ヒロイン』目線で観測した情報だ。

 一線を退いて、領地でのんびり隠居している人間のプロフィールなんて必要ない。

 たとえそれが、悪役令嬢にとってどれだけ重要な情報であっても、だ。

 運命の女神からもらったチートアイテムは確かに強力なものだけど、過信は禁物かもしれない。書かれていない情報は多いし、私が行動することで未来も変わる。

 国際情勢や、時代背景は参考になるだろうけど、個人の情報はもっと慎重に扱おう。

 どんな有能キャラが裏に転がってるか、わかったもんじゃない。

 

 でも、この新情報を得られたのは幸運だった。

 兄が私たち家族を嫌っている理由の大半は『失望』だ。大領主であるにもかかわらず、のんびりお花畑でのほほんとしている両親に、努力をしないワガママ娘。

 でも、その3人が実はデキる人たちだってわかったら?

 兄はもう一度、私たちを見てくれるかもしれない。

 

 ううん、きっとそうしてみせる。

 勉強をがんばるのと一緒に、父様と母様もがんばらせて、兄様に認めさせてみせる!

 

 でも、その時の私は気づいていなかった。

 自分の軽い気持ちの決心が、家族に思いもよらないトラブルを呼び寄せることになるなんて。



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賭けの行方

 そんなこんなで冬至の休暇。

 負けず嫌いの兄は私との約束を守って、律儀に領地まで帰ってきてくれた。

 ……しかし、兄と仲直りするはずだった私は、目が合うなり首根っこを掴まれて、頭からお説教されていた。

 あれ? どうしてこんなことに。

 

「何をやってるんだお前は!」

「使用人の健康を守ってただけよ」

「わざわざ仕事を止めさせて、集団で怪しい踊りをさせることの、何が健康だ!」

「毎日の体操は立派な健康法だって!」

 

 お説教の原因は先月から城内で義務化された『体操』だ。

 昼休憩のあと、私を中心に某国民的ラジオな体操をやっていたのを、帰省したばかりの兄に発見され、怒鳴られたのである。

 

「ちゃんと父様の許可はとってるもん」

「あの人はお前の言うことなら何でも許可するだろうが!」

 

 まあ、それはわかってて、体操の義務化をおねだりしたけどさー。

 結果的に使用人たちが健康になったのなら結果オーライじゃない? 現代日本とちがって、怪我や病気が死に直結してる世界なんだから。

 

「まあまあ、落ち着いて。確かに見た目はヘンテコだけど、タイソウをするようになってから、使用人が腰や肩を痛めなくなったのよ」

 

 横からおっとりした声がかけられた。

 

「部外者は黙っててください。……って、どなた、ですか……?」

 

 声の主を見た兄が固まった。

 そこにはシルバーブロンドの、ほっそりとした絶世の美女が立っていた。

 

「声に聞き覚えはあるが……使用人には見えないし、こんなに印象的な親戚はいなかったはずだが……」

「変な子ねえ。たった半年会わなかっただけで、お母様の顔を忘れたの?」

「おかあ……さま……?」

 

 兄の顔が面白いくらいに引きつる。

 

「あの、確かに声は似ていますが、お母様はもっと……その」

 

 兄様、気持ちはわかります。

 もっとボリュームのある人だって言いたいんですよね。

 でも、間違いなくこの人は私たちのお母様ですから。

 

「体形が変わってしまって、サイズ合わなくなったから娘時代のドレスを着ているのだけど、やっぱり若作りすぎたかしら?」

 

 論点はそこじゃありません、お母様。

 

「……リリアーナ、何があった」

「別に何も。私にダンスのレッスンをつけるついでに、一緒に踊ってたらしゅるしゅるしゅるって、しぼんでいっただけ」

「嘘だろ……」

 

 現実です、兄様。

 

「元気な声がすると思ったら、アルヴィンが帰ってきていたのか」

 

 今度は上から声がかかった。

 見上げると、二階の窓から執事のクライヴを連れた男性が私たちを見下ろしている。

 

「まさか、あれは……」

「父様よ」

 

『父様』は、二階の窓を開けるとそこから軽やかに降りてきた。

 鍛えられた体は落下の衝撃をものともせずに吸収し、何事もなかったように優雅にこちらへ向かって歩いてくる。

 兄とそっくり同じ顔をした長身の美丈夫は、にこやかに私たちに微笑みかけた。

 

「おかえり、アルヴィン」

「ただいま戻りました……父様」

 

 

 父親と握手をした兄は、再び私に耳打ちしてくる。

 

「父様もダンスが原因か?」

「あと、練兵場で兵の指導をしている時に、『戦う父様かっこいい!』って言ったら筋肉ムキムキになった」

「……白百合と炎刃の名前は本物だったのか。作り話だと思っていたんだが」

「あー、私も先にその名前聞いてたら、ほら話だと思ってたわ」

 

 ちなみに、伝説の白百合の君の再来に、侍女長を初めとした城内の使用人たちのやる気は爆上がりした。炎刃に仕えることができる、と城内の兵士たちの士気も爆上がりしていて、気が付いたらハルバードのお城は以前とは比べ物にならないほど活気に満ちている。

 領主夫婦が痩せただけなんだけど、美男美女効果ってすごいね。

 

「父様と母様がこんなに変わるなんて思わなかったな」

「変わったのは父様だけじゃないわよ」

「お前は相変わらず、わけのわからんワガママを言ってるだけだろ」

「そうでもないわよ、はいこれ」

 

 私は紙の束を兄様に押し付けた。

 

「なんだこれは」

「私の修了証明書よ。家庭教師全員のサインがあるわ」

「なに……? 数学に、文学、歴史……」

「兄様が指定した科目分、全部あるわよ」

 

 スキあらば私にダンスを仕込もうとする両親につきあっていたせいで、最後のサインをもらったのが昨日になったのは内緒だ。間に合えばいいのだ、間に合えば。

 兄は、両親に向けたのと同じように、別人を見るような目を私に向けた。

 

「お前、何があった」

「半年前のお茶会大失敗で反省しただけよ。やればできる、って兄様に思わせたかったし」

「そう……だったな」

「賭けは私の勝ちね。言うことを聞いてもらうわよ」

「いいだろう、何でも言え」

 

 兄は、やっと真正面から私を見た。

 ふふふふふふ、この時を待ってたのよ!

 

「頭をナデナデして!」

「……は?」

「よくやった、って誉めてー!!」

 

 まだちゃんと認めてないかもしれないけど、もう無理やりにでも認めたってことにさせてやる! さあ!! 私の頭をなでるのだ!!!

 

「は……」

 

 兄様は困ったような顔をしたあと、私の頭に手を置いた。

 

「よくやった」

 

 よしっ! 私の勝ち!!



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悪役令嬢は魔法使いに弟子入りしたい
家庭教師選びは慎重に


 兄様との賭けに勝った午後、私たち一家は談話室でお茶をすることになった。

 家族の崩壊はなんとか防げたような、そうでもないような。

 仲直りしたよ! と断言できないのは、兄様の態度がまだよそよそしいからだ。今も、談話室の端のソファに陣取って、本に目を落としている。まあ、お茶の時間に談話室に来てくれるくらいには、歩み寄ってくれてるんだけどね。

 うーん、これはどうしたものか。

 やっぱりここは、私のほうからもう一歩、兄様に寄り添ったほうがいいよね。

 私は暖炉の近くに座る両親から離れると、兄様のそばまでとことこと歩いていく。

 

「兄様、暖炉のそばに行きましょ、そっちのほうがあったかいわよ?」

「いや、俺はここでいい」

「でも……」

「本当にここでいいんだ。正直……父様も母様も変わりすぎてて、まだ慣れない。落ち着くまでそっとしておいてくれ」

「あー……」

 

 ダイエット中ずっと顔を合わせていた私と違って、兄様がふたりに会うのは半年ぶりだ。長年慣れ親しんできたマシュマロ両親がいきなり別人レベルでビフォーアフターしてたら、混乱するよね。

 兄が家族から離れないよう、両親を改革したんだけど、改革成功したらしたで、別の溝ができるとは。人間関係って難しい。

 まあ、ここで引いちゃったら、いつまでたっても仲良くなれないから引かないけど。

 

「魔法を教えてくれる約束はどうなったの?」

「そういえば、もともとそういう話だったか」

「私、ちゃんとお勉強したんだから。兄様も私に魔法を教えてよ」

「わかった。お前の努力にはちゃんと報いる。お茶の時間が終わったら、俺の部屋に行こう。王立学校に入学する前に使っていた教科書がまだ残っているはずだ」

「やった!」

 

 兄様と一緒にお勉強イベント!

 親密度を上げまくってやるぜ!!

 

「しかし、俺が冬至の休暇でここにいられるのは、長くて数日だ。本格的に魔法を学ぶなら、家庭教師を手配したほうがいいだろうな」

「それなら、もう候補を探させているよ」

 

 母様との話に夢中になっているとばかり思っていた父様が、口をはさんだ。

 

「候補? 俺の家庭教師だったラヴェンダー先生に、またお願いするんじゃないんですか」

「もちろん、最初はそのつもりだったんだけどね。去年腰を痛めてしまって、教師は引退するそうだ。だからリリィの魔法の先生は新しく探す必要がある。……クライヴ」

 

 父様が声をかけると、執事のクライヴがすっと紙束を差し出した。

 

「家庭教師候補の方々の資料にございます」

「見せて見せて!」

「旦那様、よろしいのですか?」

「渡してやってくれ。魔法使いとして優秀なのは当然として、リリィが気に入る先生じゃないとね」

 

 受け取った紙束には名前や似顔絵のほか、出身、家族構成、経歴、雇用条件などが細かく書き連ねられている。あれ? 一応雇う側だけど、こんな詳しい資料を私が見ていいんだろうか。個人情報保護法とか……は、ファンタジー世界には存在しないから関係ないのか。

 興味を引かれたのか、兄様も本を置いて私の手元を覗き込んでくる。私たちは一緒になって履歴書のページをめくった。

 侯爵家の求人ということもあり、先生候補たちの経歴は豪華だった。元王立学校魔法学教師、元第二師団戦略魔法部隊作戦隊長、魔術研究コンクール最高金賞受賞者……。

 

「アルヴィン、気になる人物はいたかい?」

「うーん、3ページ目のソフィア先生はちょっと。去年王立学校で特別講座を受講しましたが、少しクセのある方なので、リリィには合わないでしょう」

「こっちは……東の賢者と名高いディッツ・スコルピオじゃないか。よく依頼を受けてくれたな」

「他でもないお嬢様を指導する方ですからね。ハルバード家の人脈をフルに使わせていただきました」

 

 クライヴを交えて兄と父が真っ当な相談をしている横で、私は別の視点から注意深く履歴書をチェックしていた。

 この中に、攻略対象に関係する人物はいないだろうか。

 小夜子がプレイしていたのは世界救済のシミュレーションを目的とした乙女ゲームだ。その中で攻略対象として出てきた人物はつまり、救国のキーパーソンだ。

 家庭教師選びは、まだ領地から出られない私にとって、外部と接点を持てる数少ないチャンス。なんとかして、新しいつながりを作っておきたい。

 

(この人は王立学校の関係者だから、魔術師キャラとの接点に使える? でも、私たちが入学するのは7年も先だしなあ。第二師団関係者も、あんまり出てこなかったはずだし……)

 

 パラパラと書類をめくっていた私は、最後の1枚で手を止めた。

 名前と、雇用条件を確認する。

 

「これだ……」

「リリィ?」

「お父様、私この人がいい!」

 



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金貨の魔女

 私が魔法の家庭教師に選んだのは、『マヌエラ・エマーソン』という女性魔法使いだった。その名前を聞くなり、兄の顔が引きつる。

 

「マヌエラ? 悪名高い『金貨の魔女』じゃないか」

「知ってるの?」

「王都では有名だぞ。とんでもない守銭奴で、金さえ積まれれば、どんな危険な魔法薬でも作るらしい。どうして彼女を候補に入れたんだ、クライヴ」

「魔法の知識を持つ女性教師は少ないので、少々問題ありの方もリストに載せておりました。……といっても、念のためといった感じですが」

 

 クライヴの意図はなんとなくわかる。

 金貨の魔女は、他の真っ当な経歴を持つ教師候補の引き立て役だ。

 ゲームの選択肢でもよくあるよね。明らかに正解がわかる場面で表示されている、絶対に選んじゃいけないネタ選択肢。

 でも、そういう選択肢ほど選びたくなっちゃうものなんだよなー。

 

 マヌエラを選んだ理由は、彼女の連れている弟子にある。

 弟子の名前はジェイド。私よりふたつ年上の12歳の男の子だ。そして、5年後に最悪最強の死霊術師《ネクロマンサー》として王国西部にある魔の森の一角をアンデッドパラダイスにする人物でもある。

 いやー……骨人間やゾンビを従えながら、師匠の頭蓋骨を愛でる登場シーンのインパクトは強烈だった。しかも、自分の世界にどっぷりつかってて、何回声かけてもブツブツ独り言を繰り返すばっかりで会話にならんし。私の中で、攻略が面倒くさいキャラトップ3にランクインしている人物だ。

 森の一部がアンデッドに占拠されるだけなので、ルートによっては攻略する必要はない。しかし、闇堕ちしないですむならそれに越したことはないだろう。幸い、彼が死霊術師になる原因ははっきりしているから、今行動すれば止めることができると思う。

 

「リリアーナは、どうしてこの方がいいと思ったの?」

 

 母様がおっとりと首をかしげた。魔法使いの弟子の闇堕ちを防ぎたいから、とは言えないので私は別の理由をでっちあげる。

 

「どんな危険な魔法薬でも作る、ということは、この方は薬や治療術にくわしいんでしょう? 戦闘用の攻撃魔法や防御魔法を学ぶより、人を助ける方法を身に着けたほうが、淑女らしいと思うの」

「ふむ、それは一理あるな」

「あっさり納得しないでください、父様」

「お嬢様、魔法薬であれば、薬学の権威である東の賢者様でもよいのでは……」

 

 デキる執事、クライヴが珍しくうろたえる。まさか、私が一番のネタ候補にここまで執着するとは思わなかったんだろう。でも、選んでほしくないなら最初から出さなければいいのだ。

 

「もー、クライヴうるさい!」

 

 そして、この場の決定権を持っているのはクライヴではない。

 

「私はマヌエラがいいのー!!!」

 

 ハルバード家で一番強いのは、私のワガママである。

 

 

 



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お高い女

 兄を王都の学校に送り出して三日後、私はお城でマヌエラを待ち構えていた。

「本当に金貨の魔女を雇うのか?」と兄はめちゃくちゃに心配していたけど、私はさほど危機感をおぼえてはいない。なぜなら、影の薄い両親と違って、金貨の魔女マヌエラについては、攻略本にがっつり記述があったからだ。ゲーム開始の数年前に死んだとはいえ、彼女はジェイドの人格形成に大きな影響を与えた人物なので、当然である。情報は伝聞が多いが、その内容から察するに、彼女は守銭奴でありながらも情の深い女性だったようだ。

 

「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」

「応接間にお通しして」

 

 メイドに声をかけられて、私は本から顔をあげた。交友関係の少ない私を訪ねてくるような『お客様』はほとんどいない。きっと、金貨の魔女がこの城に到着したのだ。ドキドキしながら応接間に向かうと、両親と向かい合うように黒衣の人物がソファに座っていた。

 

「こんにちは!」

 

 挨拶すると、お客はすうっと立ち上がる。

 彼女は『ザ・魔女!』と言わんばかりの女性だった。黒い髪、黒い瞳、黒いローブを纏い、唇だけが毒々しいくらいに赤い。濃い化粧が独特の美しさを形作る、まさに『美魔女』だ。

 それだけでも強烈なんだけど、さらに連れている子供の姿が異様だった。魔女と同じデザインの黒いローブを着たその子は、ごついブーツと手袋をして、頭には鳥のくちばしのようなものがついたマスクをすっぽりとかぶっていた。一切肌を見せない彼からは当然表情が全く伝わらない。子供サイズのロボット、と言われても通るかもしれない。

 ちらりと部屋の端を見ると、執事とメイドが顔を引きつらせていた。

 まさかこんなにキャラの濃いコンビが来るとは思わなかったんだろうなあ。

 両親はというと、いつも通りにこにこ笑っていた。この状況で笑える彼らは、何も考えていない……と思ってたけど、実はとんでもなく器が大きいのかもしれない。

 

「初めまして、リリアーナ・ハルバードよ」

「マヌエラ・エマーソンよ。金貨の魔女と呼ぶ者もいるわ。こっちは私の弟子のジェイド」

「会えてうれしいわ」

「そう、私もよ。じゃあお暇するわね」

 

 そう言うと、魔女はいきなりドアに向かって歩き出した。

 

「えー、どうして!」

 

 わざわざハルバード領まで来ておいて、秒で帰ろうとすんなあああ!

 

「どうしても何も、もともと雇われるつもりなんてなかったもの。ここに来たのは、面接を受けるだけでも報酬が出るって聞いたからよ」

「面接のお金目当てだった?」

「ええ。私お金に目がないの」

 

 魔女は悪びれもせずに笑っている。清々しいほどの守銭奴ぶりだ。そういうキャラ嫌いじゃないけどさあ!

 

「だったらそのままウチで家庭教師すればいいじゃない。他の家で働くより報酬がいいはずよ?」

「確かに悪くない額だったわ。でもねえ、専属契約って話でしょ? 私はひとりの依頼人に縛られるのは嫌なの」

「ほんの何年かの話じゃない。あなたには私のことだけ見ててほしいの」

「お断りよ」

 

 ジェイドが闇落ちする理由は、ずばり師匠の死だ。彼女は、金を追い求めるあまりにヤバい筋から依頼を受け、その口封じに殺されてしまう。失った彼女の魂を取り戻すため、ジェイドは死霊術師になるのだ。ジェイドを闇堕ちから救うには、ハルバード領でのんびり私の家庭教師だけやってもらうのが一番良い。

 

「それにねえ、お嬢ちゃんがどんな理由で私を気に入ったのか知らないけど、使用人連中はこんな怪しい女をお城に入れるのは反対みたいよ? おとなしく、普通の教師を雇いなさい」

「やーだー!」

 

 美魔女は取り付く島もない。

 

「お金の問題なのよね? じゃあ、お給料倍でどう?」

「全然足りないわ」

「じゃあ3倍!」

「専属なら10倍は出してもらわないとねえ。でもお嬢ちゃんが言ったところで……」

「乗った!」

「はぁ?」

 

 美魔女の目がぎょっと見開かれた。

 

「アンタ、ちゃんと計算できてる? 10倍ってすごい金額なのよ?」

「その程度なら、私のお小遣いで何とかなる範囲よ。いいわよね、お父様?」

「リリアーナがいいなら、それでいいよ」

「ちょ……この金額が子供の小遣いって……これだからお貴族様は……」

「ほら、10倍出すって決めたわよ。マヌエラ、契約してくれるの、してくれないの?」

「はあ……わかった、わかったわよ。給料は元の倍額でいい。王立学校に入るまでは面倒見てあげましょ。ただし、魔法薬販売の仕事と兼業ね」

「えー!」

「自由時間にちょっと薬を作るだけよ。給料をもらう以上、アンタの指導はキッチリやるから安心しなさい」

「それじゃダメなのー!」

「いいこと? 金貨の魔女は売れっ子なの。今だって、案件をいくつか抱えてるし、アンタの家庭教師代とは比べ物にならないほどの高額依頼の打診だってもらってるの。いくら上乗せされたって足りないわ」

「高額……依頼?」

 

 ひやり、と背筋を嫌な汗が流れる。

 やばい。

 危険な仕事には高額の報酬が支払われる。彼女に打診されているそれは、値段相応の危険が伴っているだろう。

 その中に彼女の死につながる依頼がもう含まれているかもしれない。

 ジェイドが子供だから、彼女の死はまだまだ先だと思ってたけど、彼女はすでに棺桶に片足を突っ込んでる可能性がある。

 ちまちま交渉している余地はない。

 今すぐ彼女に他の依頼全てを破棄させないと!

 

「私を専属で雇いたいなら、人生丸ごと買うくらいのお金を出してもらわなくちゃ」

 

 こうなったら、切り札を使うしかない。

 



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虹瑪瑙

 私はポケットの中の『切り札』を握り締めた。

 多分、唐突にこんなもの出したら、絶対変だと思われる。間違いなく執事は止めるし、のんびり両親もさすがに不信感を抱くかもしれない。

 でも、闇堕ち前のふたりに会えたっていうのに、このまま見殺しにはできない。

 私は世界を救いたい。

 その中にはマヌエラも、ジェイドも含まれている。

 

「交渉は決裂ね」

 

 付き合いきれない、とマヌエラがローブの裾を翻した。私はその背中に追いすがる。

 

「待って! 家庭教師のお給料で足りないなら、私の宝物をひとつあげるわ! だから、私の先生になって!」

「子供が持っているようなおもちゃじゃ私は買えないわよ」

「おもちゃじゃないもん! ほら!」

 

 私はポケットの中から切り札を取り出した。

 それは、古い金細工のペンダントだった。優美なデザインのアクセサリーの中心には、虹色に輝く宝石がはめ込まれている。

 

「イリス……アゲート……?」

 

 金貨の魔女の顔色が変わった。

 イリスアゲート、別名虹瑪瑙。瑪瑙の鉱脈は数あれど、虹色の色彩を持つ瑪瑙はほとんど存在しない。滅多に市場に出回らない稀少な鉱石である。

 前世の世界ではただの宝石だったけど、この世界では強力な解呪の力を持っている。金貨の魔女マヌエラは、弟子にかけられた呪いを解くためにこの石を欲し、無理な取引をして命を落とした。守銭奴なのも、この稀少な鉱石を買う資金を確保するためだ。

 

「これは……本物? 国宝レベルの宝石だろ……まさかそんなものがここにあるはずが」

 

 私たちのやりとりを見ていた執事の顔色も変わる。

 

「奥様! このペンダントはハルバード家に代々伝わる逸品です。それをリリアーナ様に与えたのですか!」

「だって、この子がダンスのレッスンをがんばっていたから~」

「ステップを覚えたご褒美に、宝物庫のアクセサリーをひとつ、もらっていいって約束してくれたもんねー」

 

 うちは、ハーティア建国より続く名門、ハルバード家だ。

 国宝クラスの宝石のひとつやふたつ、宝物庫に転がっている。そして、うちの両親は私がせがめば、何でも与えてくれる人たちなのである。

 金で交渉できないなら、彼女が一番求めている宝石の現物を出すしかない。

 もちろん、この取引にはリスクがある。なんでこんな子供が、ピンポイントで最重要アイテムを持ってるのか、と不審に思われる可能性がめちゃくちゃ高い。周りも、「なんでイリスアゲート?」って思うだろうし。

 でも、このままマヌエラを帰すよりはマシだ。

 

「お前……本気でこの石を渡すつもりか」

 

 急にマヌエラの雰囲気が変わった。余裕のある美魔女ではない、どこか追い詰められた獣のようなまなざしで私を睨んでいくる。美人なせいもあって、正直怖い。

 でも、切り札まで切っておいて、このまま引き下がれない!

 私は顔を上げると魔女を睨み返した。

 

「そうよ」

「この石には俺の命と同じだけの価値がある。俺にこれを渡すということは、俺を丸ごと買うってことだぞ」

「お買い得ね。これをあげる。だから、私の先生になって!」

 

 私はマヌエラにペンダントを押し付けた。震えている手に無理やり握らせる。彼女は、深い溜息をついたあと、手の中にペンダントを握りこんだ。

 

「いいだろう……俺の命、売った」

「買ったわ!」

 

 その瞬間、マヌエラの輪郭が溶けた。頭の先からつま先まで、ぐにゃぐにゃの闇の塊になったかと思うと、また大きく伸びて人の姿をとる。

 再び私の前に現れた金貨の魔女は、男の人になっていた。

 

「へ……?」

 

 黒髪と黒い瞳、黒いローブは変わらない。

 でも、無精ひげを生やしたその顔は、父様たちと同年代くらいのちょい悪イケメンである。

 誰だお前。

 ちょい悪イケメンは、私の前に跪くと深く頭を下げた。私のドレスのスカートをつまんで、恭しくキスする。

 

「東の賢者、ディッツ・スコルピオは、ハルバード家の淑女リリアーナに魂を捧げ、生涯の忠誠を誓います」

「ほああああああ?」

 

 どういうことだってばよ!!

 

「あら~、マヌエラさんは男の人だったの?」

 

 母様が金貨の魔女、いや東の賢者ディッツを見て、のんびり首をかしげる。

 

「魔女の姿は営業用です、奥様。魔法薬を扱う商いは危険が伴いますので、身を守るために真実の姿を隠しておりました」

「ああやっぱり、何か歩き方がおかしいと思ってたんだ」

「旦那様! おかしいと思った時点で止めてください!」

 

 危機感のない元最強騎士の台詞に、執事が悲鳴をあげる。

 彼を雇いたいと言い張った私が言うのもなんだけど、執事にちょっと同情するわー。

 っていうか、東の賢者って何だよ。こんなの攻略本でもゲームでも見た覚えないぞ。

 魔法使いの描写って何かあったかなー……うーん、そういえば、ゲーム内で突然失踪した賢者がいたとかなんとか、そんな台詞があったような。

 マヌエラとして死んだせいで、表の世界では突然の失踪扱いになってたのかなあ。

 そういえばジェイド自身はマヌエラのことを『師匠』としか呼んでなかったなあ……。

 

 だから!

 

 話が始まる前に重要人物が退場し過ぎなんだよ!

 だからこそ、国が危機に陥ってるんだろうけどさ!!

 ほぼフルコンプしたはずのゲームで、新情報出て来すぎ!!

 まともなシナリオライターをよーこーせー!!

 いないからこうなってるんだけど!!

 

「お嬢は俺が女だったほうがよかったか? 必要ならまた姿を変える薬を使うが」

「別にいいわよ。ずっと変身するのは体に悪そうだし」

 

 外面を取り繕わなくなった反動だろうか? 元美魔女は非常にガラが悪かった。

 えーと、この人って弟子の命を救うために、自分の命を捧げた人なんだよね? ジェイドがことあるごとに師匠は素晴らしかった、って言ってたから、誠実で優しい人を想像してたんだけど。弟子目線からの尊敬する師匠フィルター怖い。

 私たちを見ていたクライヴの顔が悲壮感に歪む。顔色は青いを通り越して真っ白だ。

 いきなり性別も口調も変わるような人間、執事の立場からしたら、絶対お断りだよねえ。

 

「旦那様、今からでも遅くはありません。彼を追い出しましょう」

「でもねえ、決めるのはリリィだから」

「お、お嬢様……お考え直ししていただくわけには……」

「やだ!」

「お嬢様あああああ……」

 

 繰り返そう。

 ハルバード家で一番強いのは、私のワガママである。



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KA・WA・I・I!!!

 ディッツとジェイドを迎え入れた翌日、朝イチで私は執事のクライヴに呼び止められていた。

 

「お嬢様、昨日も申し上げましたが、彼らを家庭教師としてお迎えするのは、どうかお考え直ししていただけないでしょうか」

「えー、またその話?」

 

 ハルバードの人間は私のワガママを徹底的に許容する。その筆頭のひとりである彼にしては珍しい。

 まあ、気持ちはわからなくはないけどね。自分の管理下に予想外の人材が入るのは許せないんだろうなあ。私に折れる気はないんだけどさ。

 

「クライヴは元々東の賢者を推してたじゃない。数合わせのネタ候補が、イチ推し候補に化けたんだから、喜んだらどう?」

「それは正体を明かすまでの話です。身分を偽るような怪しい者を、どうして信用できると思うのですか」

「一生忠誠を誓うとか言ってるから大丈夫よ」

「口ではどうとでも言えます。表の顔は立派だったかもしれませんが、裏の顔は怪しい薬を売りさばく者だったんですよ? こんな不審な人間に師事したとあれば、お嬢様の経歴にも傷がつきます」

「それは、ディッツの正体が金貨の魔女だって知られた場合でしょ。クライヴも気づいてなかったくらいだし、黙ってれば、何も知らない人には東の賢者の弟子ってことになるんじゃないの」

「……それに、彼が連れていたあの子供。全身黒づくめで顔さえわかりません。あんな不気味な者までお側に置くつもりですか」

 

 今度は矛先がジェイドに向かった。

 でもあんまり心配する必要はないんじゃないかなあ……。

 

「誰が、不気味な子供ですか?」

 

 低い声が私たちに割って入った。声のするほうを見ると、黒いローブを着たちょい悪イケメンが立っている。

 

「おはよー、ディッツ!」

「お嬢は今日も元気そうだなあ」

「どうしたの、朝早くから」

「ま、ちょっと業務連絡にな。お嬢が昨日指示した通り、受注してた依頼は全部キャンセルしておいたぜ。高額依頼の打診も断った」

「あら、仕事が早いわね」

「ちっとばかし違約金がかかっちまったが……」

「それは必要経費だから、侯爵家に請求していいわよ。クライヴ、対応しておいて」

「……はい」

「太っ腹な雇い主で助かるぜ」

「キャンセルさせた私が言うのもなんだけど、違約金だけで大丈夫? 金貨の魔女の依頼には、キャンセルなんかしたら、後々狙われるようなヤバいものもあるんじゃないの」

「そういう時のための女装だ。今後一切、金貨の魔女に変身しなけりゃ、誰も正体に気づかねえよ」

「それを聞いて安心したわ」

 

 私は胸をなでおろした。多分これで、ヤバい依頼を受ける運命は変えられたはず。

 

「あと、改めて紹介したい奴がいてな」

 

 そう言うと、ディッツは自分の後ろに隠れるように立っていた子供を、私の前に出した。

 

「俺の弟子の、ジェイドだ」

「……初めまして、お嬢様」

 

 ふおおおおおおおおおお。

 

「かぁーわいぃぃーーーー!」

 

 私は思わず、ほとばしる感情のまま素で叫んでしまっていた。

 ディッツが紹介したのは、昨日と同じ黒いローブを着た男の子だ。でも、首から上が昨日とは全くの別物だった。くりんくりんの黒い巻き毛に、白い肌。長いまつ毛に縁どられた大きな瞳は、透き通るようなエメラルドグリーンだ。

 なにこれ! 天使? 天使? マジものの天使降臨しちゃった?

 めちゃくちゃかわいいんだけど!

 髪の毛ぼっさぼさで、目の下にクマつくってげっそりしてた陰気な美青年どこいった? ことあるごとに頭蓋骨を撫でまわしては、イマジナリー師匠と会話していたヤバげな美青年の面影が一切残ってないよ!

 すごい。

 イリスアゲートを渡したら、すぐにジェイドの治療に使うと思ってたけど、まさか昨日の今日でここまで元気になるなんて。

 東の賢者の技術力マジでハンパない。

 

「あああああのあの、あの、お嬢様、ボク、一応お嬢様より年上……かわいいっていうのは……」

「年上だろうが年下だろうが、かわいいものはかわいい。その真理は変えられないわ」

「えっと……?」

「自信もっていいのよ、ジェイドはかわいい!」

「いやー……お嬢、こいつこれでも年ごろだから、かわいいよりはかっこいいのほうが喜ぶと思うぜ?」

「どーせあと何年かしたら背が伸びてかっこよくなっちゃうんだから、かわいいうちは、かわいいって愛でたほうがいいと思うの」

「ええー……」

 

 ジェイドは困り顔だけど、そんな複雑な表情までかわいい。

 かわいいは正義! ジャスティス!

 

「スコルピオ殿、これは一体どういうことですか。昨日の彼は、すっぽりと不気味な仮面をつけていたように思うのですが」

「ちょっとした事情ってやつだ。太陽の光が当たると、皮膚が焼けちまうんで、ああいう恰好をせざるを得なくてな。その病気が昨日やっと治ったってわけだ」

「あら、あの恰好は病気治療のためだったのね。それを不気味だなんて、うちの執事が失礼なことを言ってごめんなさいね」

「いやいや、気にしてねえよ。お嬢は謝らなくていいぜ」

 

 私の横でクライヴの顔が憎々し気に歪む。立場が上の私に先に謝られてしまったせいで、ジェイドの恰好についてそれ以上追及できなくなったからだ。ごめんねー。でも、私はふたりをクビにするつもりはないから、意図的にクライヴの意見は無視するよー。

 

「まあまあ執事殿、そう目くじら立てなさんなって。お嬢に忠誠は誓いましたがね、『雇用条件』は把握しています。当初のご希望通りの働きをお約束します。お嬢にへそを曲げられるよりは、ずっとお得だと思いますよ」

「……まあ、いいでしょう」

 

 クライヴが大きくため息をついた。さすがの彼も何を言ったところで状況が変わらないと悟ったようだ。

 

「クライヴも認めたみたいだし、早速授業ね!」

「いや、今すぐは無理」

 

 ズコー!!

 私のやる気を返せー!

 



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悪役令嬢は従者をゲットした

 魔法の先生をゲットしたはずなのに、全然授業が始まりません!

 

「なんでー!」

「授業で使う本やら薬草やら、もろもろ手配しなくちゃいけねえんだよ! ぶっちゃけると、そもそも雇われると思ってなかったから、手持ちの教材がほとんどねえ」

「そういえば、秒で帰ろうとしてたもんね」

「できるだけ早く準備するから、ちょっとだけ待ってくれ」

「はーい」

 

 そう言うと、ディッツは授業体制について、クライヴと大人の話を始める。態度は砕けているけど、指導は真面目にやってくれるようだ。

 

「あああああの、お、お師匠、ボクもお仕事、したい」

 

 事務的なやりとりをしているディッツの服の裾をジェイドが引っ張った。

 

「と言ってもなあ、魔法を学ぶ以外にお前にやってもらう仕事はねえぞ」

「で、でも……ボク、元気に、なったから。少しでも、おお、お役に立ちたい」

「子供は勉強と遊びが仕事だ。無理すんな」

 

 ディッツはそう言って、ジェイドの頭をくしゃくしゃとなでる。ジェイドは残念そうな顔で俯いた。

 庶民以下は子供でも働かないと生きていけないこの世界で、弟子に勉強してろって言い切っちゃうディッツは、すごーくいい保護者だと思う。

 うーん……でもなあ……。

 ジェイドの事情をゲームを通してしか知らない私には、その病気がどれくらい重かったのか、詳しいことはわからない。でも、ジェイドはジェイドなりに、人の役に立ちたいって思いながら生きてきたんじゃないのかな。一年中ベッドの中にいた小夜子も、同じようなことを考えていたし。

 せっかくのやる気を、保護を理由に切って捨てるのはちょっとかわいそうな気がする。

 

「ねえジェイド、お仕事がしたいなら、私の従者にならない?」

「じゅ、従者? なに、それ?」

「私のそばについて、お世話をする係よ。私の代わりにドアをあけたり、お茶を入れたりするのがお仕事なの。魔法のお勉強も手伝ってくれると嬉しいわ」

「お嬢様、何を言い出すんですか」

 

 私の提案を耳ざとく聞きつけたクライヴの顔がまた引きつる。

 

「だってー、もう10歳にもなるのに、専属の従者がいないじゃない? ジェイドなら見た目もいいし、ちょうどいいかなって思うんだけど」

 

 ちなみに、専属の従者やメイドがいないのは、半年ほど前まで手の付けられないワガママ娘だったからだ。その後、私にもいろいろ思う所があり、自分から従者を指定するようなことはしてなかったんだけど。ジェイドは、この世界で貴重な信用のおける人材だ。できるだけそばにいてもらいたい。

 

「お嬢様、ハルバード家に仕える従者には高度な教養が必要とされます。つい先日まで病気に臥せっていた流れ者には、少々難しいかと」

「大丈夫よ! 足りないのが教養だけなら、お勉強すればいいんだもん!」

「え」

 

 魔法使いの弟子であるジェイドはすでに読み書き計算ができる。礼儀作法を覚えるのはさほど難しくないだろう。

 

「すっごく優秀な執事のクライヴなら、従者の教育くらい簡単よね!」

「あ、その、お嬢様?」

 

 立場上、できませんと言えない執事に、私は笑いかける。その横でディッツも渋い顔をしていた。

 

「お嬢、俺はこいつに、子供らしい生活をだな……」

「心配しなくても、こき使ったりしないわよ。ちょっとかわいいワガママに付き合わせるだけだもん」

 

 まあ、そのワガママのせいで、執事が約一名苦労をしょい込んでいる気はするけど。

 

「お嬢様、専属従者の雇用は、さすがに私の一存では……」

「じゃあお父様の許可をとってくるわね!」

 

 お城の最高権力者のお墨付きがあれば、これ以上何も言えないだろう。

 私は、クライヴに止められる前に、父様のいる部屋へと走り出した。

 

「お待ちください! 旦那様はお嬢様のお願いをお断りしません!」

 

 もちろん、わかっててやってるよ!

 



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閑話:赤の他人のオッサン(ジェイド視点)

 僕の世界は、ずっと暗闇だった。

 

 最初は、あったかいものがずっと一緒だったんだけど、ある日突然冷たくなっていた。それでもしばらくはくっついていたんだけど、いつのまにかそれはなくなってた。

 ひんやりした部屋でぼんやりしていると、大人がやってきて何か悪いものを僕に押し付ける。とても嫌な感じがするけど、それを受け取らないとごはんがもらえない。僕は毎日、嫌なものとごはんを受け取った。

 ごはんのおかげで死なないけど、嫌なもののせいで気持ち悪い。

 このままゆっくり腐っていくんだろう、と思っていたら、部屋に新しい人がやって来た。

 多分、男の人だと思う。その人はひどく怒ってるみたいだった。

 

「……アンタらの提示した額は支払った。コイツは俺がもらってくぞ」

「あなたも物好きですねえ。こんな壊れかけの素材に大金を支払うなんて」

「用途は詮索しない約束だ」

「そうでしたね、お買い上げありがとうございます。またご入用なものがありましたら、お声がけください」

「アンタらともう二度と取引する気はねえよ」

 

 男の人は、僕を毛布でくるむと抱き上げた。

 

「オトウ……サン?」

 

 やさしく抱っこしてくれる男の人のことを、お父さんというのだと、僕を抱いていた暖かいものが言っていた。でもその人は首を振った。

 

「ちげぇよ、俺は赤の他人のオッサンだ」

 

 師匠と呼べ、とその男の人は言った。

 

 師匠と僕はそれから旅に出た。部屋の外の世界は、寒かったり、暑かったり、騒がしかったりしたけど、師匠に抱っこされているうちに怖くなくなった。

 光が体に当たると焼けるように熱くなるから、師匠が特別製の洋服を作ってくれた。ごつごつしてて、ちょっと動きにくいけど、着ているだけで師匠に抱っこされてる気持ちになった。

 旅をしているうちに、僕はいろんなことを知っていった。ごはんは、あたたかいとおいしいこと。師匠と食べるともっとおいしいこと。目が見えなくても、魔力を使えばものの形を捕らえたり、文字が読めるようになること。本を読むことで、もっともっとたくさんのことを学べること。

 しばらくして、師匠は新しい商売を始めた。女の人に姿を変えて、魔法の薬を売る仕事だ。師匠は特別な薬を作っては大金で売りさばいて、そのお金で材料を買い、僕のための薬を作る。師匠の作った薬を飲むと、僕の体の中の嫌なものが少しずつ消えていった。

 

 でも、どんな薬を作っても、嫌なものを全部消すことはできなかった。

 

「やっぱ、完全な解呪薬を作るには、ザムドの野郎からイリスアゲートを買うしかないかあ」

「デモ、アノ人、会ウタビに値段ヲ上ゲテルヨ」

「人の足元を見るのがうまい奴だよな」

 

 王都の大きな犯罪ギルドの元締めだったザムドは、虹色の石をちらつかせて、師匠をこき使っていた。多分、あの人は師匠を利用するだけ利用して、石を渡すつもりはない。どれだけお金をためても、薬は完成しないだろう。

 

「いっそ、無理やり奪っちまったほうが早いかねえ」

「ダメ、師匠ガ死ンジャウヨ。イナクナッチャ、ヤダ」

「わかってるって」

 

 薬なんて作らなくていい、って何度言おうとしただろう。

 でも僕の未来を信じて命を削ってくれている人に、『師匠が大事だから、未来なんかいらない』なんて、ワガママは言えなかった。

 目の前に材料があるのに、手を出せない。

 日に日に師匠の声が、暗く沈んでいくのを聞いていることしかできなかった。

 

 あの依頼が来たのは、そんなある日のことだった。

 

 ハルバードのお嬢様の魔法の教師として、面接を受けてほしい。

 面接を受けるだけでも、少なくない報酬が支払われるらしい。気分転換にもいいだろう、そう言って師匠はいつものように姿を変えて旅に出た。小金を稼いで、またすぐに出ていく、そんな予定はお嬢様に会った瞬間吹っ飛んだ。

 

「あげる。だから、私の先生になって!」

 

 僕たちが求めてやまなかった宝石を、お嬢様はぽんと渡してきた。

 

 偽物じゃない。本物の、解呪の力を持った虹色の瑪瑙。師匠も僕も、その場に崩れ落ちるかと思った。

 

 その夜、今まで泊まったどの宿よりも立派な客室に通された僕たちは、早速薬を作った。レシピはもう完璧にできている。イリスアゲート以外の材料だって全部用意してある。師匠が完成させたその薬を飲み干すと、僕の中の嫌なものは嘘みたいに消え去った。

 

「あ……ああ……?」

 

 声が、出た。今までのつぶれたカエルのような声じゃない。人間らしい、男の子の声だ。

 目をあけると、そこには黒髪に黒い瞳をした、男の人の顔が見えた。彼は、顔をくしゃくしゃにして涙を流している。

 

「俺が、見えるか?」

「うん」

「苦しい所はないか?」

「ないよ」

「そっか……そうか……はは……やっと、治してやれたな」

「……ありがとう、お父さん」

「ちげぇよ、俺は赤の他人のオッサンだ」

 

 師匠と呼べ、とまた言われた。

 でも心の中でお父さんって呼ぶのは、いいよね?

 

 

 

 

 ディッツの過去捕捉

 

 ディッツは駆け落ちを持ち掛けるくらいには惚れていた女性がいましたが、家の事情で女性はとある貴族と結婚。彼女は貴族の子供を産みますが、とんでもなく魔力にあふれる子だったので、逆に「これは俺の子じゃないんだろう」と不貞を疑われ婚家を追い出されています。その後、呪殺を生業とする暗殺集団に誘拐され、親子ともども呪術の道具として搾取されます。事態を知ったディッツが救出に向かいましたが、母親はすでに死んでおり、呪いで体が半分腐った子供が残されていただけでした。暗殺集団を殲滅するほどの力のなかったディッツは、このとき全財産のほとんどを使って、子供を暗殺集団から買い取りました。それが弟子のジェイドです。

 ジェイドにお父さんと呼ばせると、女性が不貞をしていたように聞こえてしまうので、ディッツはあくまでも「他人のオッサン」を名乗っています。

 

 



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従者の着せ替えをして何が悪い

「で、こうなったわけか」

「ぼ、ぼぼ、僕、恥ずかしい……」

「似合ってるんだから、胸を張っていいのよ」

 

 父様に直談判という無茶ぶりをしてから1時間後、私の専属従者となったジェイドは、早速ハルバード家のお仕着せ使用人服を着せられていた。成長期の子供にあわせた、シンプルなチュニックに丈の短い吊りズボン、そして首元にはボウタイが結ばれている。

 かわいい。

 めっちゃかわいい。

 さっきのごついローブ姿もアンバランスでよかったんだけど、年相応の恰好をしているジェイドはより一層かわいい。

 ほめちぎっていると、ジェイドは居心地悪そうに背中を丸めた。

 

「うう……でも」

「いいから背筋を伸ばすの。いい? かわいいっていうのは、すごーくお得な才能なの」

「お、お得? 才能?」

「見たでしょ? ジェイドを着替えさせたメイドたちの反応。顔を隠していた昨日は遠巻きにしてたけど、素顔を見たとたんあっさり使用人仲間として受け入れてくれたじゃない」

「そ、そう、かな」

「せっかく才能に恵まれたんだから、活用していかないと!」

「……はあ」

「まあ、お嬢の言い分は暴論だが、確かに背筋は伸ばしたほうがいいな」

「そう、なの?」

「お嬢の従者になった以上、お前はお嬢の一部だ。しょぼくれた奴を連れてたんじゃ、お嬢が恥をかくことになるぜ」

「あ……そ、そっか」

 

 こくん、とうなずくとジェイドは顔をあげた。まだ顔は引きつってるけど、少なくとも背筋はぴんと伸びている。

 うーむ、教育に関しては、やっぱりディッツのほうが一枚上手だな。

 

「それで、ディッツたちの部屋はここになったわけ?」

「ああ。元は庭師夫婦が住んでいた家らしい」

 

 私たちが立っているのは、城の裏手のボロい小屋の前だった。

 一応城壁の中ではあるものの、城の敷地のはずれのはじっこで、日当たりだってよくない。

 

「専用の寮だってあるっていうのに、他の使用人と一緒にすると面倒だからって、クライヴめ……。ちょっと待ってて、城で一番いい部屋もぎとってくるから」

「待て待てお嬢。城の外に部屋が欲しいって言ったのは俺なんだ」

「あんたマゾなの?」

「違えよ。魔法の実験のためだ。モノにもよるが、やり方によっちゃあ、爆発したり、変な煙が出ることがあるからな」

「あー、居住区の真ん中でそんなことされたら、事件になるわね」

「そういうこと。小屋の中に竃はあるし、近くにボロいが井戸もある。雑草も少し片づければ薬草畑にできるだろ。俺としては最高の職場ってわけだ」

「あああああ、あの、僕も、片付け、手伝う」

「おう、頼りにしてるぜ。なにしろ、他の連中に薬の材料を触らせるわけにはいかねえからな。この小屋の掃除は全部俺たちの仕事だ」

「大変ねえ。魔法の授業が始められるのは、いつになることやら」

「いいや、そうでもないぜ?」

 

 ディッツは、にやーり、と人の悪い笑みを浮かべた。

 あ、これは何かを企んでる顔だ。

 そう思っている私の手に、古びた本と大量の紙束が渡される。

 

「魔法の授業、レッスン1だ。まずは、この本全部書き写してもらおうか」

「はいいいい?」

 



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紙はある。印刷技術はない。

 突然だけど、ハーティア国は紙が豊富だ。

 元は前世の世界と同じで、羊の皮をなめして薄くした羊皮紙が主流だったんだけど、およそ百年ほど前に東方から植物を使った製紙技術が伝わって、各地でたくさんの紙が作られるようになった。だから、読み書きができる上流階級では手紙を送りあい、文章を書き綴ることが文化として定着している。ゲーム内では、手紙に使う紙やインクに何を使うかで好感度が変化するイベントもあった。

 こんな風に素材が流通する一方、情報を広く共有する技術のひとつ、『印刷技術』はまだ確立されていない。時々、輸入品の中に版画もどきが混じっている程度だ。

 そんな状況で、学校で使う教科書のような、同じ内容の本を量産しようと思った場合、人はどうしなければいけないだろうか?

 

 もちろん、一文字一文字書き写すのである。

 全部手書きで!!!!!!

 

「うううう……」

 

 小屋の掃除をするディッツとジェイドの横で、私はひたすら文字を書き写していた。お手本としているのは、ディッツのものらしい、年季の入った魔法の教本である。

 これがとにかく分厚い。

 ページ数がめっちゃ多い。

 角で殴ったら人が殺せるんじゃないかっていうくらい厚い。

 内容自体がわかりやすくて、ディッツが書き込んだ注釈が適切じゃなかったら、早々に魔法の勉強を投げてたかもしれない。

 

「一体何ページあるのよ……これ……」

「えっとえっと……あの……218ページ、くらいだと、思うよ」

「あら、思ったより少ないのね。使ってる紙が分厚いからかしら」

 

 それでもやっぱり多いけどね!

 誰か! さっさと活版印刷技術を確立して!!!

 早く生まれろ、グーテンベルク!!!

 

「ねえディッツ、このお手本を買い取って使っちゃダメ?」

「却下。俺とジェイドが使う本がなくなるだろうが」

「誰かに手間賃を払って写させるとか……」

「それも却下だ。大筋はともかく、細かい注釈は俺の財産だからな。弟子以外に情報を渡すような真似はしたくねえ」

「ぐぬぬ……」

 

 ディッツに正論をつきつけられて、私はうなるしかない。

 でもさあ、さっきからちょっと却下が多すぎない?

 アンタ私に生涯の忠誠を誓ってるはずだよね?

 

「悪いことばっかりじゃねえぞ?」

 

 そう言うと、ディッツは本に書かれた魔法陣の上に手を置いた。

 

「さてここで問題だ、今隠した魔法陣、書いてみな」

「えー! ちょっとしか見てなかったのに、無理に決まってるじゃない!」

「だよな。だが、一回真剣に観察して、自分で書いてみたらどうだ?」

「まあ……ざっくり書けなくは……ないかも?」

「書き写す、って作業には、観察して理解するっつー過程が入るからな。ぽんと渡された本を流し読みするより、しっかり頭に入ると思うぜ」

「むう……」

 

 それを言ったら、印刷された教科書と、タブレットパソコンで勉強をしていた現代日本人の学習能力はどうなるんだろうか。あー……でも、タブレット使ってても、結局反復学習はさせられてたか。

 

「それにな、写本づくりは知識と教養が必要な専門職だ。やりかたを覚えておけば、将来食いっぱぐれねえぞ」

「えええ、えっと、師匠、お城に住んでるお嬢様は……食うに困らないんじゃ、ない、かな?」

 

 実はそうでもない。

 名門ハルバード侯爵家でも、娘が悪役令嬢になって、息子が他国に亡命したら、領地全体が崩壊して一家離散することもある。その未来はゲームで見た。

 そうならないよう努力してるところだけど、万一のために知識を身に着けておいても損にならないはずだ。

 

「しょうがないわね……たまには泥臭い努力もしてやろうじゃない」

 

 私がペンを手に取ると、ディッツは嬉しそうに笑う。お嬢様が手に職をつけることの、何がおもしろいのか。

 私は1ページ丁寧に書き写したあと、次のページに移る。書く前に、その内容にざっと目を通した私は、その中に妙な記述を発見した。

 

「ねえディッツ、これってどういうこと?」



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ぼくのかんがえたさいきょうのまほう

 私が指した部分を見て、ディッツはひょい、と片方の眉を器用に上げた。

 

「ああ、雷の魔法がどうかしたか?」

「どうかって……雷なんて属性、兄様の持ってた教科書には載ってなかったわよ」

 

 ゲームのチュートリアルにも。

 

 この世界の魔法には、よくあるゲームと同じで『属性』が存在する。火、大地、風、水、そして光と闇。ゲームとしてこの世界を体験していた時は『テンプレありがとうございます!』と深く考えずに遊んでいた。

 だから、この世界の魔法は全部で6属性だと思い込んでたんだけど。

 ここに書かれている『雷』って、一体何なの?

 

「あー、それは利用不可属性だな。そうか、最近の教科書にはもう載ってないのか」

「どういうこと?」

「あああ、あの、あのね、雷の属性の魔法はあるんだけど、使えないん、だよ」

「使えない?」

「だって、あの、雷を落とすのは、人間には、無理、だから」

 

 ジェイドは一生懸命説明してくれているけど、さっぱりわからない。

 ある、けど使えない属性魔法、ってこと?

 

「あー、どう説明するのがいいかな」

 

 ディッツは、がりがりと頭をかいた。

 

「お嬢、雷が落ちるのを見たことあるか?」

「あるわよ」

 

 この世界では珍しい自然現象だが、現代日本では夏の風物詩だ。

 

「ソレを人間の魔力を使って再現するのが、雷属性の魔法なんだが……ぶっちゃけ、雷落としに成功した人類はこの世に存在しねえ」

「ええ? 本当に?」

 

 魔法の世界なのに!

 

「確かに雷は強力だし、空からあんなモンを落とすことができたらすげえだろう。だがな、あんなド派手な魔法、魔力がいくらあっても足りやしねえんだ」

「えーと、つまりエネルギー不足ってこと?」

「多分、魔力にあふれた竜でも100頭くらい集まらないと無理なんじゃねえかなあ」

 

 雷には莫大なエネルギーがある、と言う話は聞いた覚えがある。いつか見た古い映画では、そのへんの車のバッテリー程度じゃ、タイムトラベルをするエネルギーが手に入らなくて、わざわざ雷が落ちるのを待ち構えるシーンが描かれていた。

 

 それを人ひとりの力で作りだすのは、魔法の世界であっても不可能らしい。

 

「それだけコストをかけたとしても、起きるのは『雷が落ちた』っつー現象だけだろ? 光が欲しけりゃ、火の魔法を使って種火を作ればいいし、敵を攻撃するなら、もっと他に効率のいい魔法がある」

「がんばって使っても、メリットがあまりないのね」

「それでとうとう、教本から姿を消しちまったわけだ」

 

 よくよく見て見れば、ディッツの教本の中でも雷の魔法は概要を説明しただけで、使い方については何も書かれていなかった。使う方法が存在しないからだろう。

 

「電撃魔法とか、便利そうに見えるのになあ」

 

 自分で電気が作り出せるのなら、スマホも携帯ゲーム機も充電し放題だ。バッテリーを気にせず遊べるなんて、パラダイスじゃないか。通信用の電波だって自分で作れたら、パケット通信料を安くできるかもしれない。

 まあ、家電製品自体が存在しない世界でそんなこと言っても、無駄なんだけどさ。

 

「ん? 雷って使う方法がないから、存在しない属性になってるんだよね?」

「まあそうだな」

「じゃあ、雷以外にも力として認識されていない力は、新しい属性になる可能性がある?」

 

 例えば、重力とか、磁力とか。

 小夜子たち日本人は小学生のころからニュートンのリンゴの話を聞いたり、磁石遊びをして育ったから、どちらの力も身近なものだ。

 でも、この中世に似た世界ではどうだろう?

 この属性の分類から考えると、どっちも存在を認識されてない感じだよね?

 認識できていないものは、利用しようがない。

 でも、認識できている私が術を作れば、利用できるようになる、かも……?

 

「ははっ」

 

 笑い声に顔をあげると、ディッツが生ぬるい表情で私を見ていた。

 

「新しい力かー、うんうん、発見できたらすごいかもなー、発見できたら」

「ちょ……!」

 

 この顔は、見たことがある。

 主に現代日本で。

 

「魔法の勉強を始めた子供はみんな同じことを言い出すんだよなー。新しい術式を編み出して見せる、とか、新しい属性系統図を作って見せる、とか。夢があっていいねえ」

 

 これは、『中二病患者を見る目』だ!

 新しいものを勉強し始めて、『ぼくのかんがえたさいきょうのまほう』を語りだしたのを見て、思わずほほえましくなった大人の目だ!

 確かに今の発言は、それっぽかったけど!

 

「ち、ちがうわよ! 私は、夢物語を言ってるんじゃなくて! 本当に使えそうな属性のことを考えていたの!」

「おー、そーかそーか。じゃあ応用研究に着手できるよう、基礎を固めていかないとな」

「話を聞けええええええええ!」

 

 絶対、新魔法を開発してやるうううううううう!!!!!

 

 

 



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悪役令嬢はお茶会デビューしたい
社交シーズンが始まるよ!


「ううううう、結局新魔法開発できなかった……」

 

 5か月後、王都に向かう馬車の中で私はうなっていた。新魔法を開発して、人を中二病患者扱いしたディッツを見返す、という目標が達成できなかったからだ。

 

 それどころか。

 

「半年近く頑張って、マスターした魔法が初期魔法止まりってどうなのよ……」

 

 今私ができるのはせいぜいライターひとつ程度の火を起こしたり、そよ風を起こしたり、コップ一杯の水を作り出したりする程度だ。ゲームで見たような派手な魔法バトルは夢のまた夢だ。

 

「あのなあ、お嬢の歳で属性初級魔法を全部使いこなすってのは、結構すごいことなんだぞ?」

「王立学園に入学してすぐに使えるようになる子もいるでしょ」

 

 ゲームでは、魔法の授業を受けていたら簡単にポコポコレベルが上がっていた。あんな感じに上達すると思っていたのに、実際は苦難の連続だった。魔力とかいう力の流れはフワッとしていて感じにくいわ、扱いにくいわ、しかも使いすぎると倒れるわで、練習しにくいったらありゃしない。初級魔法をマスターするまで、何度術を暴発させたか、数えきれないくらいだ。

 

「アホ。そういうのは、ほんの一握り……ジェイドと同レベルの規格外な奴か、聖女くらいのもんだ。大概は1年の基礎教養で魔法の適性ナシと判断されるし、そこから先に進んだとしても卒業までに中級魔法を覚えるのがせいぜいだ」

「えー、マジで?」

 

 魔法を覚えるのってそんなに難しいものだったの?

 だったら、あのゲームの難易度設定は何だったんだ。シナリオに加えてそんなところもバグってたんだろうか。

 

「……ん? 今聖女って言った? ということは、聖女ってすごく魔法が得意なの?」

「建国神話では、全ての属性の魔法をまるで息をするかのように容易く扱った、と記録されてるな。実際、聖女の直系の子孫である王族の女子は魔法の適性が高い傾向がある」

 

 ……なるほど、あれはバグじゃなくて聖女設定だからか。

 脇役設定の悪役令嬢の立場では、主人公補正はつけてもらえないらしい。

 

「ああ、あのね。お嬢様はすごく頑張ってる、から! 無理しなくて、いいよ!」

 

 私がため息をついたのを見て、ジェイドが一生懸命励ましてくれた。

 うーん、かわいい。

 彼はここ数か月の従者教育のおかげで、見た目も立ち振る舞いも綺麗になった。

 言葉遣いはまだちょっとたどたどしいけど、それはそれでかわいいから問題ない。

 天使から大天使に進化したそのかわいさに、より一層癒される。

 

「えっと……だから、ボクはお嬢様より年上……」

「あー励まされると元気が出るわー」

「はあ……お嬢様が元気なら、それでいいか……」

「まあ実際、そんなに焦らなくても、コツコツ練習すれば大丈夫だ。そのために、俺たちも王都までついてきたんだからな」

「だといいんだけど」

 

 私は馬車の窓を見た。そこから見えるのは、緑豊かなハルバードの風景ではない。

 石造りの建物がひしめく王都だ。

 

 冬至が過ぎ、花がほころぶ季節になると、ハーティアは社交シーズンを迎える。領地で冬ごもりをしていた地方貴族が王都に集い、他の貴族に営業……もとい、親交を深めるのだ。広大な穀倉地帯を抱える我がハルバード家は、領民の種まきを見届けてからなので、他よりちょっと遅めの参加だ。

 王都に滞在する数か月の間、魔法の勉強をお休みするのはもったいない、とディッツも一緒についてきてくれている。私の専属従者として先に同行が決まっていたジェイドが心配、っていうのもあるけど。

 

「はあ……社交か……」

 

 母様は、『今年こそリリィのお茶会デビューを!』と張り切っているが、私の気分は重い。なぜなら、現在のハーティア社交界は混迷を極めているからだ。最高権力者の妻である王妃自ら、人間関係をひっかきまわしている状況で、まともな交友関係を結ぶのは難しい。

 かといって、名門ハルバード侯爵家の令嬢が、いつまでも領地に引きこもっているわけにもいかない。

 

 面倒くさいなあ、と思っていると、馬車のドアがノックされた。

 

「ど、どうしました?」

 

 従者であるジェイドが私に代わって返事をする。馬車の窓を見ると、そこにクライヴが顔を見せた。

 彼は執事として父様と母様と同じ馬車に乗っていたはずだ。どうしたのだろうか。

 

「少々厄介なことになりました。これから王都のタウンハウスに向かいますが、その間はカーテンを閉めておいてください」

「え? 何か事件?」

「まだ事件にはなっていません。ですが、騒動を起こさないよう、馬車の中でおとなしくしていただきたいのです」

「……わかった。こっちの馬車の警備は俺とジェイドにまかせろ」

 

 何かを察したらしい、ディッツが答える。

 クライヴはうなずくと、窓から姿を消した。恐らく父様と母様の乗る馬車へと向かったのだろう。

 

「予想通り、か」

「何を予想してるのよ、ディッツ! 何が起きてるの?」

「じきにわかる」

 

 大通りに差し掛かったところで、『少々厄介なこと』の正体が私たちを出迎えた。

 



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白百合と炎刃を待っていたものたち

「リリアーナ!」

「お兄様!」

 

 馬車がタウンハウスの玄関に到着するなり、私はそこから飛び出した。出迎えてくれた兄に駆け寄る。

 振り向くと、屋敷の入り口の門に人々が群がっている姿が見えた。

 

「よく無事にたどり着けたね。怖かっただろ」

「うん……!」

 

 よしよし、とお兄様は私の頭をなでてくれた。私もここぞとばかりに甘えて兄に抱きつく。

 

 王都に入った私たち家族を迎えたもの。それは、父様と母様のファンたちだった。

 脂肪の衣を脱ぎ捨て、かつての美貌を取り戻したと知った人たちが、ふたりを一目見ようと大通りから屋敷までの道に詰めかけたのだ。

 現代日本で言う所の、スポーツ選手の凱旋パレードみたいなものなのかな? あんな感じの人の群れが、うちの馬車を取り囲んだのである。警察官や警備員が交通整理をする現代日本とは違って、頼りになるのはうちに仕えてくれてる兵士たちだけ。

 正直、いつ群衆が暴徒になって、馬車に突っ込んできてもおかしくない状況だった。

 そんな中、人をうまくさばいて屋敷まで馬車を運んだ兵士たちは、本当によくやってくれたと思う。あとで差し入れしておこう。

 

「クライヴ、門の前に集まった人たちを解散させてくれ。それから、屋敷の警備を強化するように」

「かしこまりました」

 

 馬車から降りて執事に指示を出すお父様の声も、少し疲れている。のんびり夫婦も、さすがにあんなに人に取り囲まれたら、くたびれるよね。

 

「アルヴィン、出迎えてくれてありがとう。父様と母様は少し大人の話があるから、リリィと先に中に入っていなさい。夕食も先に食べていていいから」

「わかりました。リリィ、おいで。疲れていると思って、甘いお菓子を用意させてるんだ」

「やった! お兄様、ありがとう」

 

 私は、兄のエスコートで屋敷の中に入る。

 そこでは、使用人たちが荷ほどきのために忙しく働いていた。

 

「王都に来るなり、お兄様に会えるなんて嬉しいわ。王立学園の授業はいいの?」

「今日は学校が休みの日だから大丈夫。しばらくは寮に戻らず、ここから学園に通うつもりだ」

「そうなの?」

 

 私は嬉しいけど、授業とか大丈夫なんだろうか。

 

「王都に自宅がある生徒は、自宅通学が認められているんだよ。授業のほうも、今期のカリキュラムは実技以外ほとんど修了しているから、今更焦る必要はない」

 

 そういえば兄様は、ゲームだと卒業後すぐに魔法学の教師になれるくらい、めっちゃ頭いいんだった。余計な心配だったな。

 

「それより、あの父様と母様の姿に慣れるほうが大事だと思うから……」

「あー……」

 

 そういえば、そうだった。

 年度の切り替えである夏休みと違って、冬至のお休みは半月と短い。

 折角ハルバードの家に帰って来た兄様だったけど、数日で学校に戻らなくちゃいけなかったんだ。だから、スリムなふたりとは、まだほとんど交流できていない。

 今年の社交シーズンは、家族の交流を深めるいい機会だと思ってくれたらしい。

 家族の溝が少しでも減るといいなあ。

 

「それで、その後ろのふたりがお前の教師たちか?」

 

 私と並んで歩いていた兄様は、ひょいと後ろを振り返った。そこには、従者らしく私の後ろに付き従うディッツとジェイドの姿があった。

 

「そうよ。ふたりとも、お兄様にご挨拶なさい」

 

 そう言うと、ディッツが恭しくお辞儀した。

 

「お初にお目にかかります、若様。お嬢様の家庭教師として勤めております、ディッツ・スコルピオです。専門は、魔法を使った新薬の開発になります」

 

 次に、ジェイドがぺこりとお辞儀する。

 

「ボクはスコルピオ様の弟子のジェイドです。リリアーナお嬢様の従者として、お仕えさせていただくことになりました。よろしくお願いします、若様」

 

 よし! ひっかからずに自己紹介できた!

 えらいぞジェイド!

 ディッツ以外とほとんど会話したことがなかったから、つい、たどたどしい喋りになっちゃってるけど、練習した定型文なら、すらすら言えるんだよね。

 やればできる子、がんばれ!

 

「お嬢様……その応援の仕方はどうなの……ボク、一応年上……」

「従者を誉めるのは主人の務めよ!」

「いい誉め方を身に着けるのもレディの仕事だろう、リリィ」

 

 はあ、とため息をついてから、兄はディッツたちに向かってお辞儀を返した。

 

「丁寧な自己紹介ありがとうございます。まさか、東の賢者と名高い、スコルピオ様に妹を指導してもらえるとは思っていませんでした」

「いい人材を捕まえたでしょ」

「それは認めるが……どうして金貨の魔女が東の賢者になったんだ? 手紙に書いてあった内容だけだと、何が起こっていたのかさっぱりわからなかったんだが」

「それは口で説明してもわからないと思うわ」

 

 私も、いきなり魔女が魔法使いに化けると思ってなかったもん。

 

「まあ細かいことはいいじゃないですか」

 

 自己紹介が終わったら外面モードは終わり、とばかりにディッツはへらっと笑った。おい、さっきまで背中にしょってた猫どこにやった。

 

「お近づきの印に、おもしろい魔法を見せましょう。そこのメイドさん、ソレ、ちょっとこっちに渡してもらえるかな?」

「ええっ?」

 

 ディッツはいきなりハウスメイドのひとりを呼び止めた。

 



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炙り出された悪意

 おもしろいものを見せてやろう。

 そう言って、ディッツが呼び止めたメイドは大きな銀のトレイを運んでいるところだった。その上には、色とりどりの封筒が、何十通も積まれて山のようになっている。

 

「あ、あの……これは、旦那様たちにお渡しするお手紙なんですが……」

「それをそのまま侯爵様たちに渡したらまずいから、言ってるんだ。ちょっとそいつを調べさせてもらいたい」

「ええ……」

 

 メイドは困惑して後ずさった。

 そりゃそーだ。

 いきなりやってきたちょい悪イケメンに無茶ぶりされて、はいそうですかと頷くような人はうちに雇われていない。

 

「私が命令するわ。そのトレイをディッツに渡して」

「……はい」

 

 屋敷の最高権力者のひとりである私が口をはさむと、メイドは不承不承頷く。

 

「でも、手紙がいつまでたっても届かないと困るわよね。私たちに手紙を渡したことをクライヴに報告しておいてちょうだい」

「わかりました」

「あ、ついでに、人数分のお茶をこっちに持ってくるよう、伝えておいてくれ」

「ディッツ、あんた図々しいわよ」

「でもお茶は飲みたいだろ?」

「否定はしないけどね……」

 

 言っている間に、メイドは踵を返して去っていった。クライヴあたりに指示をあおぎに行ったのだろう。

 

「それで、どんな魔法を見せてくれるんです?」

 

 兄がディッツを見ると、奴はにやりと笑った。

 

「悪意のあぶり出しだ」

 

 彼は懐から銀色のチョークを出すと、その場にしゃがみこんだ。メイドたちがぴかぴかに磨いた大理石の床に、魔法陣を書き始める。

 

「ん……これは、呪術系の魔法……?」

 

 ディッツが描く魔法陣を見ながら、兄がつぶやく。

 

「兄様、この魔法陣わかるの?」

「外側の基礎式だけならなんとか。でも、中央の式は、象徴化されすぎて何が書いてあるのか、わからないな」

「その辺りは、一見して真似できないよう、ブラックボックス化してますからね……と、できた」

 

 よくわからない術式がびっちりと書かれた、直系1メートルほどの魔法陣を完成させ、ディッツは腰をあげた。何をするつもりのものなのか、基礎魔法くらいしか習っていない私には、さっぱりわからない。

 

「ジェイド、起動よろしく」

「はーい」

 

 ジェイドが手をあてると、魔法陣が白い光を放ち始めた。

 その様子を確認すると、ディッツはトレイの中にあった手紙を一通、ポイっと中に放り込む。

 途端に魔法陣の光はオレンジに色を変えた。

 

「ちょっと、何やってんの」

「言っただろ、悪意のあぶり出しだって。うーん、この色は中に刃物が入ってるな」

「はあ?!」

 

 驚く私の目の前で、ディッツは次々に手紙をチェックし始める。

 

「これはシロ、シロ、シロ……こいつは刃物入り。お嬢、危ないから触るなよー」

「言われなくても触らないわよ」

「今度は魔法陣が紫色になりましたよ、賢者殿。これは何を意味しているんですか?」

「薬物入りですねえ」

「手紙に、薬物?」

「結構よく見る手口ですよ。においを嗅いだり、触ったりしただけで、人体に影響が出る毒は結構ありますから」

「ちょっと、今度は魔法陣が赤くなってるわよ! これは一体何なの!」

「それは呪いがかかってる手紙だな。開けた瞬間、顔がただれるぞ」

「嫌―! 何てもの送ってきてるのよー!」

「坊ちゃま、お嬢様、何をされているのですか」

 

 メイドの報告を受けたらしい、クライヴがやってきた。その手には律儀にも人数分のお茶が乗せられている。

 

「東の賢者殿に魔法の臨時講義をしていただいていた。父様たちに届いた手紙のうち、こっちの束は刃物入り、そっちは薬物入り、だそうだ」

「なんですって……?」

 

 さあっと執事の顔色が変わる。

 

「あと、こっちの5通は呪いつきだ」

「手紙の半分が、悪意のある仕掛け付きってどうなのよ」

 

 うちの両親、人気があるんじゃないの?

 なんでこんな嫌がらせをされてるの!

 



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クソリプ

「やはりこうなりましたか……」

 

 悪意のこもった手紙の束を見て、クライヴは重々しい溜息をついた。

 

「やっぱり、ってことは、この事態を予想してたの?」

 

 私が尋ねると、はい、と頷く。

 

「坊ちゃまがお産まれになる前には、時々このような手紙が届いておりましたから。旦那様と奥方様がその……様変わりしてからは、そのようなことはなかったのですが」

「父様と母様が綺麗になったから、嫌がらせをするの? どういうことよ」

「お嬢様、幼い貴方には理解しがたいでしょうが、強い光というものは、時に濃い影を作るのです。旦那様たちは、多くの支持者を得ると同時に、羨望と嫉妬の的にもなってしまっているのでしょう」

「つまりこの手紙はクソリプってことなのね」

「くそり……? リリィ? なんだそれは」

「あ! ちょ、ちょっと言い間違えちゃったわ。くだらない嫌がらせ、って言いたかったの」

 

 いかんいかん。

 思わず現代日本ワードが出ちゃった。

 アプリも何も存在しないこの世界で、リプライとか言っても通じないよね。

 現代日本でもいたよねー。芸能人とかスポーツ選手とか、有名人だったらどんな言葉をぶつけてもいい、って思って暴言吐く人たち。

 どんなにすごい実力があっても、どれだけ強くても、その人は架空のキャラクターじゃない。

 生きた、生身の人間だっていうのに。

 

「この手紙を出した連中は、侯爵家をなんだと思ってるんだ」

 

 兄様は嫌そうに顔をしかめた。

 おっと、そういえばここは身分制度のあるファンタジー世界だった。

 個人情報保護法はないし、人の命は平等だと言う人権派もいない。クソリプを不敬だと判断した侯爵家が、庶民の首を物理的に刎ねちゃうこともできるんだった。

 そう考えたら、よくこんな手紙を出せたものだよね?

 

「旦那様も奥様も、お優しい方ですから……咎めるようなことをしない、と思われているのでしょう」

「つまり、我がハルバード家が侮られている、ということだな?」

「有体に言えば、そう、なりますね……」

 

 今まで何を言われても、ダイナマイトな姿でのほほんとしていた人たちだからねえ。娘の私でも、反撃する姿は全然想像できない。

 

「このままにしておくわけには、いかないな」

 

 兄の目がぎらりと光った。

 あー、そういえば何かされたら全力で反撃する人が、家族にいたわ。

 実の妹ですら、素行が悪いと排除しようとするくらいだもん。赤の他人の愉快犯なんて、ツブしてポイだね!

 

「クライヴ、手紙を全てチェックし、不届きな手紙の送り主を特定しろ。特に悪質なものについては、大々的に告発し、処罰させる。痛い目にあうとわかれば、軽率なことをする連中は減るだろう」

「かしこまりました」

 

 手紙の山をトレイに載せ直すと、クライヴは去っていった。有能な彼のことだ、たとえ差出人が偽名を使っていたとしても、送り主を突き止めてくれるだろう。

 

「はあ……」

 

 手紙の山が見えなくなった瞬間、ほっと息が漏れた。

 人の悪意を目の当たりにして、思ったより緊張していたみたいだ。

 

 これで、収まるといいんだけどね……。

 

 



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悪役令嬢の退屈な日常

「この薬をこう投げて……こう!」

 

 私が薬の入った小瓶を投げると、それは白い煙をあげて爆発した。

 

「お嬢様、手順はすっかりマスターできたね!」

「テスト用の瓶には小麦粉しか入ってないが、本番用の瓶には刺激物が入っている。ちょっと吸っただけでもかなりダメージを喰らうはずだから、不審者には思い切りぶつけてやれ」

「はーい……」

 

 王都に到着してから一週間後、屋敷の外に出られない私は、いつものようにディッツの授業を受けていた。教室は屋敷裏の元物置小屋。薬品を使うから、とハルバードのお城と同じように母屋とは別の建物に引きこもって授業をしている。

 

「はあ……今日も護身術の練習かあ」

 

 王都に来てから、ディッツの授業内容はがらりと変わった。不審者から距離を取って逃げる練習、大声で叫んで人を呼ぶ練習、声が出せない状況で異常を知らせる練習……つまり、非力な淑女むけの護身術だ。

 もちろん、基礎の反復練習は続けていたけど、それ以上の新しい魔法については手を付けられていない。

 

「そうむくれるなよ。今一番必要な知識だぜ?」

「わかってるわよ」

 

 私は椅子に座ったまま、ぶらぶらと足を揺らした。お行儀が悪いけど、これくらいは許してもらいたい。なにしろ、ずーっと屋敷の外に不審者がうろついている状態なのだ、ストレスだってたまる。

 兄とクライヴが協力して猛抗議したおかげで、不審な手紙や、屋敷に入り込もうとする人間は激減した。しかし、それは『激減』止まり。ゼロになったわけじゃない。

 ネットどころか、新聞もろくにないこの世界。ブロマイドも何も販売されてない状況で、あこがれの人の姿を確認しようと思ったら、直接側に行って見るしかないのだ。

 ほぼストーカーと言っても過言ではないファン心理に突き動かされた人々は、罰を受けるとわかっていても、屋敷にやってくる。

 彼らの興味の矛先は、当然子供の私たちにも向けられていた。

 この状況で自衛を考えないほど、私もバカじゃない。

 

「王都の治安にだって影響が出てるはずなのに、騎士団はあんまり取り締まってくれないし」

「そいつはしょうがない。王妃様は白百合が嫌いだからな」

「は……」

 

 なんだその話。

 聞いてない! 聞いてないぞ?

 確かに相性良くなさそうだけどさ!

 

「どういうこと?」

「え? あー……そうか、下の世代はもうあの話は知らねえのか……まずいことを言っちまったな」

 

 ディッツは気まずそうに無精ひげの生えた顎をかく。そういえば、ディッツと両親は同世代。人気絶頂だったころのふたりを、直に見ていてもおかしくないんだよね。

 

「お嬢、聞かなかったことには……」

「できるわけないでしょ。言ったからには説明しなさい」

「俺から聞いたって、執事殿には言うなよ?」

「まあ、言わなくても私の情報源なんてたかが知れてるから、ばれると思うけどね。で、王妃様と母様の間に何があったの」

「直接的には何も。ほとんど話す機会もなかったと思うぜ。ただ……王妃様が嫁いできた結婚祝賀パーティーで奥様がダンスを披露して、主役の王妃様より目立ったくらいで」

「大事件じゃない」

 

 身内のひいき目もあると思うけど、母様は美人だ。ぶっちゃけ王妃様より美人だ。

 そんな人を何故祝賀会で躍らせた!

 主役を食っちゃうに決まってるじゃん。

 

「で、怒った王妃様は、当時まだ独身だった奥様に白百合の称号を与えるよう、陛下に進言した」

「……なんで腹がたったからって、二つ名を与えるのよ。それじゃご褒美じゃない」

「いや~、あれほど的確な嫌がらせはないと思うぜ」

 

 不思議そうな顔の私を見て、ディッツはにやにやと笑っている。

 



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的確な嫌がらせ

 結婚式で花嫁より目立ってしまった貴族女子に『白百合』の称号を与えること。

 それのどこが嫌がらせだというのだろう?

 

「お嬢、奥様の実家が地方の子爵家だってことは知ってるか?」

「ええ。ハルバードのおじい様と違って、あまり関わりはないけど」

「さてここで問題だ。ろくに後ろ盾もないくせに、とんでもなく美人で王家から称号までもらった女子がいる。貴族の男連中はこれを見てどうしようと思う?」

「……めちゃくちゃ都合のいい嫁候補、って思うわね」

 

 二つ名持ちの嫁なんて、どこに出しても自慢できる。

 しかも、実家は権力を持たない田舎貴族。手に入れてしまえば、あとはどうとでもなる。母様を巡って、どんな騒動が起きたのか……考えるだけで胸が悪くなる。

 称号を返上しようにも、国王陛下から賜った褒美だ。おいそれと返せるわけがない。

 

「で、その騒動を収めたのが、ハルバード家だった、ってこと?」

「さすがに、当時宰相家に次ぐ権力を持っていた大物侯爵の跡取相手じゃあ、誰も敵わねえからなあ。旦那様自身も、当時は炎刃として人気があったから、男の魅力で対抗しようとする奴もいなかったみたいだ」

「そしておじい様の権力に守られて平和に夫婦をやっているうちに太って、世間の興味が薄れていったわけね」

「今のハルバード家は、庇護者のいねえ状態で人気だけが再燃している状態だな。今までマシュマロ侯爵と侮られていたぶん、状況はかなり悪いと思ったほうがいい」

 

 それを聞いて、思わず重い溜息が出た。

 

「兄様たちがあれだけ頑張っても、嫌がらせが減らないわけだわ……」

「あ、あのっ、お嬢様のことは、ボクたちが守るから! あ、安心、して、ね!」

「うん、頼りにしてる!」

「わわわわ、だから! ボクの頭はなでなくていいから!」

「……何をやっとるんだ、お前は」

 

 戸口から、ひんやりとした声が聞こえてきた。

 振り返ると兄様が立っている。

 

「あ、あれ? 兄様、どうしてここに?」

「自分の屋敷だ。どこにいてもおかしくないだろ」

「でも、まだ午前中よ? 学園で授業を受けてたんじゃないの」

 

 私は窓の外を見た。間違いなく、昼食前の時間帯だ。

 

「早退してきた。俺経由で父様に関わりたい部外者が学園に入り込んで騒動を起こしたからな。俺が学園にいると周りに迷惑がかかる」

「なんでそうなるのよ! 兄様は悪くないじゃない!」

「部外者を呼び込むようなことをした俺の立場が……いや、そうだな。悪くないのか」

「馬鹿なことをする馬鹿な連中の責任まで、兄様がとる必要はないわよ」

「……そう、だな」

 

 兄様は苦笑すると私の頭をなでた。

 なでなでは嬉しいけど、私は普通のことしか言ってないわよ?

 

「お嬢のそういうはっきりしたところは、かっこいいと思うぞ」

「当たり前よ」

「はは……リリアーナらしい」

「それで、若様はヒマを持て余してこっちに来たわけだ。せっかくですから、お嬢と一緒に魔法の勉強でもしていきますか」

「最近は護身術三昧だけどねー」

「そうさせてもらおう。休んだぶんの単位の事は、今日は考えないことにする」

「単位?」

 

 ジェイドがこてん、と首をかしげた。

 彼にはあまりなじみのない単語だったようだ。

 

「学校の授業のことよ。決められた科目を決められた数だけ修了しないと、進級できないの」

「へえ、学校ってそんな仕組みになってるんだね」

「何他人事みたいな顔をしてるのよ。あんたも、何年かしたら王立学園に通うのよ?」

「ほええええええ? ぼ、ボクが、学園に?」

 

 ジェイドは目をこぼれんばかりに見開いた。

 

 

 



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王立学園はいかにして作られたか

「あーすまんお嬢、俺の教育不足だ。あんたの従者になるなら、そっちの常識も教えておくべきだったな」

「別にいいわよ。つい半年前までは病気だったんでしょ? 学校に通うとか、そういう将来について考えたことがなかったのは仕方ないわ」

「えっと……お嬢様、王立学園ってどういう所なの、かな? お嬢様や若様のような、貴族が通う場所、のはず、だよね」

「確かに生徒は貴族が多いけど、別にそれだけの場所じゃないわよ。実際、あんたの師匠のディッツだって、卒業生のひとりだし」

「ええええええ? 師匠ぉお?」

 

ジェイドが慌ててディッツを振り返る。

 

「あれ? 言ってなかったか?」

「聞いてないよ! それに! なんでお嬢様のほうが知ってるの!」

「私と兄様が知ってるのは、採用の時に履歴書を見たからね」

「し、知らなかった……師匠も貴族だったなんて」

「いや、俺は農村出身の庶民だから」

「ど、どどどういうこと?」

「うーん、これは一度ちゃんと学校について教えておいたほうがいいかもしれないわね」

「じゃあ、リリィが教えてあげるといいよ」

 

にっこり。

お兄様はそれはそれは綺麗な顔で微笑みかけてくださった。

え、何。

今から私が解説する流れになってる?

 

「魔法の家庭教師をつける前に、ハーティアの歴史は一通り学んだんだよね? だったら、全部説明できるはずだよ」

 

にっこり。

 

「……」

 

つきあいが長いようで短い兄にしては珍しいリアクションだ。

だが、なんとなく意図はわかる。

面白がってるな? この兄は!

 

「しょ、しょうがないわね……説明すればいいんでしょ、説明すれば! でも、ちゃんとできたら誉めてよね!」

「当然。頑張った子は評価するよ」

 

やると決めたらやってやろうじゃないの。

 

「リリィ、王立学園ができた、きっかけは何だったっけ?」

「戦争でボロ負けしたからよ」

「正解。よくわかってるじゃないか」

 

兄様は早速私の頭をなでてくれた。ふはは、この調子でもっとなでるが良い。

 

「……せ、戦争? 学校が?」

 

ジェイドが目をぱちぱちと瞬かせる。

まあ、お勉強をする場所が戦争と関係あるなんて、ちょっと想像がつかないわよね。でも、歴史を紐解くとそうなるのだ。

 

「今でこそハーティアは大きなひとつの国だけど、建国王と聖女がまとめるまでは、いくつもの小さな国の集まりだったのよ。ハルバード家も、もとはサウスティっていうひとつの国だったの」

「じゃ、じゃあ、時代が、時代なら、お嬢様は……お姫様だった?」

「500年以上前の建国当時ならそうだったかもね。とにかく、元は別々の国だったことだけわかればいいわ」

「そ、それが、戦争と関係、してくる?」

「ええ。建国から50年後……くらいだったかな? ええと、太陽暦104年に東隣のアギト国と戦争になって負けたのよ」

「ボロ負け、って言ってたね」

「国土の半分が占領されたそうだから、歴史的大敗北よねー。なんとか王都を守り通して、領地を取り戻したけど、停戦までに20年以上かかったそうよ」

「うわあ……大変」

「敗北の原因は、連携不足よ。さっきも言ったけど、元が別の国だったせいで、兵の動かし方も、食料の運び方も、のろしの意味も、ばらばらだったの」

「それじゃ、一緒に戦えない、ね」

「大敗北に反省した国の首脳陣は、貴族子弟……主に兵士を管理して指揮を執る立場の領主候補たちを集めて、騎士教育を受けさせることにしたの。全員が同じ教えを受けていれば、とっさに手を取り合って戦うことができるでしょ?」

「そっか……そうだね」

 

ふむふむ、とジェイドはうなずく。

 

「単純に兵の運用が共通化されただけでも効果があったらしいけど、それに加えて同世代が一緒に勉強することで、新しいつながりが産まれたりもしたそうよ」

「ハーティアの国を強くするために、学校が産まれたんだね。……あれ、で、でも、それだとやっぱり、生徒は貴族ばっかりになるんじゃないの?」

「当初はそうだったみたいね。でも、戦争って騎士だけでやるものじゃないじゃない?」

「う、うん?」

 

ジェイドはまた、目を瞬かせた。

 



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王立学園は共学ではありません

「戦争って、騎士様たちが戦うもの、だよね?」

「でもその騎士が使う武器は誰が作ってるの?」

「鍛冶屋……さん?」

「そして、騎士たちが集まって、敵を迎え撃つ建物は誰が作るの?」

「大工、さん?」

「騎士が戦う間、必要な食糧を手配するのは? 使う魔法を開発するのは?」

「そう、言われてみると……戦争って、たくさんの人が関わって、る?」

「そういうこと。国を豊かにするために、王立学園は領主候補の教育に加えて、他の人材も育てることにしたの。えーと、最初に追加されたのは、騎士に付き従う従騎士科、だったっけ?」

「従騎士科と、工兵科だね」

「あ~そうだった! ふたつ追加だった!」

 

 兄様の指摘に、私は声をあげる。

 

「その後に医療科、魔法科の順で追加されているよ。この追加順と年代は、テストに出るから押さえておいたほうがいいね」

「出た! テストに出るポイント!」

 

 異世界でも、こういう注目ポイントの傾向は変わらないらしい。

 

「リリィ? 出るって……お前はまだあまりテストを受けてないだろ」

「え、ええっと、家庭教師がチェック用に小テストを出してきてたから!」

 

 とにかく!

 

「そういうわけで、今の王立学園では騎士階級以外の庶民も対象に、色々なカリキュラムが用意されているの。ジェイドなら、魔法科の授業を受けるのが適当かしら」

「俺の後輩になるわけだな」

「そ、そうだったんだ。でも、元は貴族向け、なんだよね。授業料とか、どう、するの?」

 

 絶対、高いよね……と、元守銭奴を師匠に持つ従者が不安そうになる。

 

「お前の才能なら俺と同じ、授業料免除の奨学生コースでいけるだろ」

「そ、それ、多分、一番の成績の子じゃないと、ダメ、なんじゃ……」

「俺の弟子のくせにその程度できないわけないだろ」

「ええええ……」

「ディッツ、信頼を通り越して無茶ぶりになってるわよ」

「お金の心配はしなくていい。元々、ハルバード家にはお抱えの騎士や使用人を王立学園に通わせる決まりがあるんだ。毎年何人か通わせるメンバーの中に、リリィの従者が加わるだけだ」

「つくづく、太っ腹な雇い主だな……」

 

 ディッツがため息をつく。

 呆れているのか、感心しているのか。

 

「我がハルバード家は、家臣に支えられて成り立っているからね。人材への投資は惜しまないよ」

「ジェイドはとにかく、のびのび学んでくれればいいの!」

「うん……わかった」

 

 こくこく、とジェイドがうなずく。

 そして、再び首をかしげた。

 

「あれ……? 学校が戦争のためにできたんだったら、女の子はどのコースに行くの? お嬢様も、王立学園には通うんだよ、ね?」

「私は女子部ね」

「じょし、ぶ?」

 

 領主候補を指導する騎士科に比べ、女子部の歴史は浅い。

 できたのはつい、50年ほど前だ。

 

「女子部は、貴族の子女が女主人になるために必要な教養を身に着ける場所よ」

 

 実を言うと、このファンタジー世界では女の子、特に貴族の家に生まれた子の進路はほとんど決まっている。同じ程度の貴族の家のお嫁さんだ。そして、嫁いだあとは子供を産み、女主人として家を盛り立てていくのが仕事になる。

 もちろん、それぞれの適性を生かして、商売なんかを手伝うこともあるけど、表舞台に立つのは主に旦那様のほうだ。だから、女子の教養についてはあまり重要視されてなかったんだけどね。

 

「これもやっぱり戦争が原因よ。西隣のキラウェア国と戦った時に、兵を率いて多くの領主が出陣していったの。夫が不在の間は妻が女主人として領地を切り盛りして守るものなんだけど……あまりに領地経営の知識がなくて、家を潰しかけたところがいくつかあってね」

「戦争そのものより、妻たちが浪費した財政を立て直すほうが、大変だったと言われてるよ」

「で、やっぱり女の子にも教育しないとダメだってことになって、女子部ができたの」

「せ、戦争こわい……」

「私もそう思うわ」

「女子部設立には、もう一つ意味があった、って俺は聞いているぜ」

 

 ディッツがにやにや笑う。こいつがこういう笑いをした時は、だいたい良くない話である。

 

「戦争で親世代が何人も死んだわけだろ? 若い跡取りが嫁さんをもらって領地を継ぐ必要ができたんだ。女子部は、そんな地方領主のお見合いの場として作られた、っていうのは有名な噂だ」

「そういう側面があることは否定しないよ。実際、騎士科と女子部との合同授業があるからね」

 

 あったなー、そんな設定。

 ゲームだと、攻略対象にアタックできる貴重なイベントタイムだったから、全力で参加してたけど。

 

「お兄様も、女子部との合同授業でステキな子と出会ったりしてるの?」

「……お前も参加してみるといい。高級商店の目玉商品になった気分が味わえるぞ」

「なんとなく、どんな目にあうかわかったわ」

 

 美形で成績優秀な侯爵家嫡男だもんねー。

 そりゃーみんな殺到するわ。

 

「まあ、学園に通えなくては、見合いも何もないんだがな」

「それもそうね……」

 

 屋敷の外から、父様の名前を呼ぶ女性の声が聞こえる。

 ファン心理をこじらせたご婦人が、また押しかけてきているのだろう。

 私が外に出て、お茶会デビューできるのはいつになることやら。

 

 

 

 



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にっちもさっちも

「ふう……」

 

 深夜、私はベッドの中でため息をついた。

 社交のために王都に出てきて一か月。全く誰とも社交できていません!

 それどころか!

 屋敷の外に一歩も出ていません!!

 

 どうしてこうなった!!

 

 父様と母様をダイエットさせたせいだけど!!!!

 

「社交めんどい、とか思ってたけど、全くできないのはそれはそれで問題よねー」

 

 ハーティアにおいて、女子の正式な社交界デビューは、王立学園に入学する15歳。

 入学歓迎のダンスパーティーがお披露目となっている。

 それはそれで重要な式典なんだけど、何も全員がそこでいきなりデビューするわけじゃない。大抵は、貴族女子の先輩である母親に連れられて園遊会やお茶会に出席し、子供のころからじわじわ顔をつないでいくのだ。いきなり王立学園でデビューするのは、よっぽど地方から出てこれない貧乏貴族か、庶民くらいのものである。(ちなみに、ゲームのヒロインである聖女は貧乏貴族なので王立学園入学まで表舞台には出てこない)

 

 つまり、王都で積極的に社交をすべき侯爵家の令嬢であれば、11歳ともなれば、お茶会に出てお友達のひとりやふたり、作っておかないといけないのである。

 

 侯爵家の令嬢、という立場を抜きにしても、今の状況はまずい。

 だって、この世界はあと4年もしたら大厄災に襲われるんだから。

 悲劇を止めて、聖女が世界を救える状況に導かなくちゃ生き残れない。家の中に引きこもっていても、何も状況は良くならないのだ。

 

 父様と母様が頑張っているのはわかる。

 毎日どこかに出かけていっては、貴族仲間に協力を求めたり、兄の学園復帰を働きかけたり、私のお茶会デビューの根回しをしたり、してくれている。

 でも、世界を救う才能のない運命の女神と同じくらい、両親に社交の才能はないみたいで、あまり良い成果を上げられていない。

 ふたりとも、完全に見た目と身体能力にパラメータを全振りして生まれてきちゃってるんだよな……。

 領地経営の仕事のほとんどをクライヴに任せているのは、興味がないからじゃない。下手に手を出すと、領地が無茶苦茶になるからなんだ、と知ったのはつい最近のことだ。

 

 どうにかしなくちゃいけない。

 でも、どうしたらいいかわからない。

 

 ……ぐるぐる考えてたら、全然眠くなってこないな。

 

「……トイレ行こう」

 

 もそもそと起き上がると、私はベッドを抜け出した。

 廊下に出ると、寝巻にスリッパ姿でトイレに向かう。

 

 余談だが、この世界は女の子好みのファンタジーご都合世界だ。

 治癒術が広まっているおかげか、魔法があるおかげか、よくわからないけど、とにかく「清潔にしたほうが病気にならない」という考えが広まっているおかげで、前世のヨーロッパと違って、街は清潔で下水道完備。その先の仕組みは不明だけど、魔法の力で水を浄化し川に流しているらしい。

 つまり、うちには水洗トイレがあるのだ!

 しかもちゃんと手が洗える洗面所つき!

 感染症対策には、手洗いうがいだよね!!

 

 そんなことを考えながら、用を足して部屋に戻ろうとすると、私の部屋の前にメイドがひとり立っていた。

 彼女は私の部屋をノックしようとして、廊下に私が立っていることに気が付いた。

 

「あ、あら? お嬢様どうしてそんなところに?」

「ちょっと眠れなくて、トイレに行ってたの」

「そうだったんですか。眠れないのなら、ホットミルクはいかがですか? 下のお部屋で飲みましょう」

 

 メイドは人の好さそうな笑顔を私に向ける。

 私は、一歩下がった。

 

「お断りするわ」

 

 



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悪役令嬢は、使用人の顔を知っている

「お嬢様? ミルクがお嫌なら紅茶はいかがでしょうか」

 

 メイドが一歩私に歩み寄る。私もまた一歩後ずさった。

 

「それ以前の問題よ。私、あなたの顔を知らないわ」

「ああ……そのことですか。こちらのお屋敷に入ったのは、つい一週間ほど前ですから。覚えていただけてないのも、無理はありません」

「それはおかしいわね」

 

 じり、と私たちは笑顔のまま距離を取り合う。

 

「ハルバードの使用人は、毎日私と一緒に体操することが義務付けられてるの。入ったばかりだろうが、古参だろうが、私の見覚えのない使用人は存在しないのよ」

「……っ」

 

 すっとメイドの顔から表情が消えた。

 間違いない、彼女は屋敷の使用人を装った不審者だ。

 

「誰だよ。でかい屋敷のお貴族様は、使用人の顔なんか覚えちゃいねえ、って言った奴は」

 

 彼女の背後の闇の中から、ぬうっと男がふたり、姿を現す。メイドの他にも伏兵がいたのか。

 

「ハ、こんなガキが、何十人もいる使用人を全部把握してるなんておかしいだろ」

「もういい、まだるっこしいやり取りは終わりだ。小娘ひとり、ひっ捕まえちまえばどうとでもなる」

 

 捕まえる、ということは……暗殺ではなく、誘拐目的なのか。

 私は、必死に息を整える。

 安全なはずの屋敷で遭遇した敵に、心臓はバクバクだ。

 真っ白になりそうな頭をフル回転させて、取るべき行動を考える。

 

 大丈夫。誘拐目的なら、すぐに危害を加えられたりはしない。いきなり死ぬことはないはずだ。不審者と会ってしまった場合の行動は何度も練習したでしょう?

 

「来ないで!」

 

 私はパジャマのポケットに隠し持っていた小瓶を彼らに向けて放り投げた。それは、彼らのすぐ近くまで来たところで、パンと小さく音を立ててはじける。

 ディッツお手製の目つぶし爆弾だ!

 お前たちなんて、行動不能になってしまえ!!!

 

「なんだあ、こりゃあ?」

「目つぶしの薬かしらね」

 

 しかし、私の思惑は思いっきり外れた。

 ふっと風がふいて、何かが彼らの周りから流されていったのだ。風は不自然な動きで、危険物を彼らから遠ざける。

 

「残念、お嬢ちゃん。私は風の魔法が使えるんだ。ちょっとやそっとじゃ、触れることもできないよ」

 

 メイドは嫌な顔で私に笑いかける。

 さすが、ハルバード侯爵家に忍び込む賊だ。そこらへんの下っ端とは一味違うらしい。

 

「う……」

 

 私はさらに一歩下がる。

 

「おとなしくしてな。暴れなけりゃあ、こっちだって何もしねえよ」

 

 嘘つけ。絶対乱暴に扱う気だろうが!

 不審者の言葉を信じるほどお人好しじゃないぞ!

 

 と、思い切り怒鳴りつけたい。

 しかし、言葉は喉の奥に張りついて、口から出てこない。

 唇はブルブルとわななくばかりで、まともに動いてくれそうになかった。

 ここは自分の家だ。何人もの兵士が警備のために詰めている。だから、大声を出せばすぐに助けが来るはず。

 だけど、緊張してこわばってしまった私の喉から、声を出す機能は失われていた。

 あれだけ練習したのに、体は思うように動かない。

 

 本当に怖いときは、声も出ないって、本当だったんだ……。

 

 正直、不審者対策をナメてた。

 恐怖と緊張で、練習したことの1割も行動に移せない。自分がこんなにふがいないとは思わなかった。

 何度命を狙われても、不屈の精神で足掻いていた聖女ヒロイン、実はめっちゃメンタル強かったんだね!

 

「さあ来い!」

 

 男のひとりが私に向かって来た。

 

「嫌っ!」

 

 私はとっさに『最後の手段』を投げつけた。

 

 

 



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悪役令嬢の切り札

「何度も同じ手は……」

 

 パァン!!!

 小瓶は、耳をつんざくような音をたててはじけとんだ。同時に、目を灼くような強烈な光を放つ。

 必殺、魔法の閃光手榴弾《マジックスタングレネード》!!

 私だって同じ手は使わないよ!

 

 目つぶしの粉が来るとばかり思っていた男たちは、目と耳を同時に攻撃されて一瞬行動不能になる。

 強烈な一撃だけど、これをやると私自身も行動不能になるから、本当に最後の手段だ。時と場合によっては、かえって状況が悪くなる場合もある。

 だけど、ここは自分の屋敷だ。

 

「お嬢様!!」

 

 異常な音が鳴り響けば、従者たちが飛んでくる。

 ぐらぐらする頭で、声のしたほうに足を向ける。よろけてこけそうになったところを、ジェイドの細い腕が受け止めてくれた。

 

「子供が何人増えたところで……」

「お嬢様に触れるな!」

 

 パン! とまた破裂音がした。

 ジェイドが魔法で不審者の手をはじいたのだ。

 

「ち、分が悪い! ずらかるぞ!!」

 

 男の声を合図に、不審者たちは反対方向に走り出す。

 しかし、その音は途中で止まった。閃光のせいでぼやける目をこらしてそちらを見ると、彼らの前に『鬼神』が出現していた。

 

「娘に……手を出したのは貴様らか?」

 

 見た目はいつもと変わらない。ラフな寝巻を着た私の父様だ。

 しかし、全身から殺気をあふれさせているその姿は、『鬼』としか表現しようがない。

 

「答えない、か。まあいい、捕らえてからゆっくりと聞かせてもらおう」

 

 ぼうっ、っと父様が手に持つ剣が光を放った。

 炎のように赤く燃え上がる剣。それはお伽話で見た魔法剣という奴ではないだろうか。

 えええええええ、父様そんなもん持ってたの?

 炎刃って二つ名、比喩表現じゃなくて、マジで炎の刃持ってたからつけられたの?

 

 父様は、固まっている私の目の前で、不審者たちをなぎ倒した。

 全て一撃。反撃どころか、彼らが武器を構える隙すらなかった。

 

「は……」

 

 意識を失った不審者3人が転がる中、父様だけが傷ひとつ負わずに立っている。

 一瞬で戦闘は終了してしまった。

 ちょっと強い程度の賊では、太刀打ちもできない。これが、かつて現役最強だった騎士の実力なのか……。

 茫然としていると、屋敷のあちこちから足跡が聞こえ始めた。

 異常な音を聞きつけて、兵士や使用人がそれぞれ集まってきてくれているのだろう。

 危機は去った、そう確信した次の瞬間、父様の顔がぱっといつもの優しい顔に戻った。

 

「リリアーナ!」

「お……お父様……」

「怖かっただろう、よくがんばったね」

「お父様……」

 

 大きな手が、私の頭をくしゃくしゃとなでる。体を支えてくれていたジェイドから離れると、私はお父様の胸に飛び込んだ。

 

「こ……こわかった……怖かったぁぁ……」

「もう大丈夫だよ」

 

 ぎゅうっと抱きしめてくれる胸に縋って、泣きじゃくる。

 恥も外聞もない姿だけど、本気で怖かったんだから許してほしい。

 

「よしよし……。ジェイドも、よく守ってくれたね」

「ぼ、ボクは、お嬢様、の従者だから」

「そう思っても、行動できる者は少ない。君はいい従者だ」

「お、お父様……お父様ぁ」

「もちろん、一番頑張ったのはリリィだね」

 

 泣きすぎてしゃくりあげ始めた私の背中を、父様が優しくなでてくれる。私は思い切り泣くだけ泣いて、その腕の中で意識を手放した。

 

 

 

 

 



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早朝家族会議

 不審者が屋敷に侵入した翌朝。

 私たち家族は、朝食もそこそこに談話室に集合していた。

 いわゆる、家族会議という奴である。

 

「クライヴ、昨夜捕らえた連中の正体はわかったか?」

「は。王都の犯罪ギルドに所属する、盗賊くずれのようです」

 

 後ろに控えていた執事が硬い声で答える。

 

「目的はお嬢様の誘拐。お嬢様の身柄を盾にとり、その……奥様を思い通りにするのが最終的な目標だったようです」

「……依頼主が誰かわかったのか?」

 

 ちり……と、昨日と同じ殺気を漏らしながら父様が尋ねる。執事は渋い顔で首を振った。

 

「残念ながら、本人たちも依頼人のことは知らされてなかったようです。ただ……最近の動向から察するに、アシュトン伯あたりではないかと」

「そうか。報告ご苦労」

 

 聞きたいことは聞いた、とばかりに父様は手を振る。優秀な執事は、一歩下がった。

 

「まさか……リリアーナに手を出してくるなんて」

 

 母様が重い溜息をもらした。よっぽどショックだったんだろう、その顔は白く青ざめている。

 

「事態は思っていたよりも、ずっと深刻だったようですね」

 

 兄様も、嫌そうに眉間に皺を寄せる。その顔には賊への嫌悪感以上に、連日の気疲れが現れていた。

 

「もう一度、太りなおしたほうがいいのかしら」

「レティシア、それはやめにしようと言っただろう」

「ユリウス……だけど、これ以上子供たちを危険にさらしたくはないわ」

 

 父様と母様は互いに止め合う。

 

「父様、母様。太りなおすというのはどういうことですか。ふたりとも、わざと痩せてたんですか? いやそもそも、太っていたことも意図したことだったんですか?」

「それは……その」

「ええ、そうよ。父様も母様も、わざと太っていたの」

「どうしてそんなことを?」

 

 私も兄様も、驚いて声をあげる。

 二人のダイナマイトバディは尋常じゃなかった。やろうと思ってできる変身じゃない。

 それに、あんな太り方は体にだって負担がかかっていたはずだ。

 

 本当に、なんだってそんなことをしていたんだ。

 

「だって、そっちのほうが楽だったから」

 

 そう言って、母様は笑った。いつものふんわりとした笑顔じゃない。

 疲れて、やつれた笑顔だった。

 

「私たちが若いころ、とても人気があったことは、もう知っているでしょう?」

「ええ……まあ」

「そのせいか、私たち……特に母様はファンに追いかけられることが多くてね」

「その話はちょっとだけ聞いたわ。白百合の名前をもらったせいで、貴族の間で争奪戦が起きたって」

「そんなこともあったわね」

「でも……父様と母様が結婚したことで、騒ぎは収まったんでしょう?」

 

 私の言葉に、ふたりは困ったような顔になる。それはやんわりとした否定だった。

 

「私たちが婚姻を結ぶことによって、表立って干渉する者はいなくなった。しかし、それはおじい様が押さえつけていただけだ。その裏で、私たちはずっと視線を向けられていた」

「そんな時だったわ。私が足を怪我したのは」

「怪我した、じゃないだろう。怪我をさせられたんだ」

「もう証拠も残っていない事故だもの。こだわってもしょうがないわ」

 

 ふう、と母様は小さく息をつく。

 

「私が怪我をしたと聞いて、女性……特に父様のファンはこぞって、お菓子を差し入れしてくれたわ。元気が出るように、って」

「それって、怪我したついでに太れ、っていう意味なんじゃない。母様はその悪意のまんま、太っちゃったってこと?」

「最初は流される気はなかったのよ。でも……気を付けていたのに、太ってしまってね。そうしたら、どうなったと思う?」

「え……」

「世間の風当たりが弱くなったの」

 -

 



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彼らの事情

「私が太ると、太っただけ、私に近づく人は減っていったわ。容色の衰えた者には用はない、とばかりにどんどんいなくなるの。その姿を陰で嘲る人もいたけれど、欲望に満ちた視線を向けられるよりは、ずっと気が楽だったわ」

「私たちは、太ることでやっと世間の目から解放されたんだ」

 

 二人は疲れたため息をつく。

 それを見て、私は『馬鹿なことを』とは言えなかった。

 

 王都に出てきてから一か月。私も兄様も、両親のもとへ集まってくるストーカーたちのバカ騒ぎはずっと目にしてきた。十代の若いころから、あんな連中に囲まれていたら、逃げたくなって当然だ。

 ふたりのとった行動は、自分を守るためのぎりぎりの選択だったんだ。

 

「でも、どうして今更痩せたんです? 美しい姿を取り戻したら、こうなるってわかってたはずじゃないですか」

 

 そうなのだ。

 ふたりは、美しい容姿に引き付けられるファンたちの恐ろしさが身に染みている。

 安らぎを求めて逃げたのなら、そのままにしていればよかったのに。

 

「だって、リリアーナが素敵、って言うんですもの」

「……私?」

「1年前、社交を切り上げてハルバードのお城に戻ったあと、ダンスのレッスンをしたでしょう? ちょっとだけ踊った私を見て、あなたは素敵と言ってくれたわ」

「そういえば、そんなこともあったわね」

 

 踊る母様を初めて見て、実はすごい人なんじゃないの、って思ったアレか!

 

「その時にね、気づいたの。あなたたちから、こんな風に尊敬の目で見られたことって、なかったなあって」

「それは……」

 

 兄様は口ごもる。兄様ってば、両親のことをクライヴに仕事を投げっぱなしの無能夫婦だって思ってたからなあ。私も人のことは言えないけどさ。

 

「確かに今の生活は楽だけど、それはお前たちに誇れるような姿だろうか? そう思ったら、自分たちの行いが間違っているような気がしてね。それで、痩せて元の姿に戻ることにしたんだ」

「でも……この選択も間違っていたわね。子供を危険にさらすことが、正しい行いなわけないもの」

「違う!」

 

 私は思わず叫んでいた。

 

「父様も母様も間違ってない! おかしいのは、嫌がらせをしてくる人たちじゃない!」

「リリアーナ……」

「俺も、リリアーナと同意見です。優秀な者が優秀にふるまって何が悪いんです」

「あなたたちは……こんな私たちを受け入れてくれるの? 迷惑ばかりかけているのに」

「だから! 迷惑をかけてるのは、ふたりじゃないでしょ! 周りに寄ってくる馬鹿な人たちの責任まで、引き受ける必要はないの!」

「そう……そうね」

「おふたりの事情はわかりました。これからの対策を立てるとしても、ふたりが太りなおすのはナシです」

 

 兄様はきっぱりと言い切った。私も隣で全力で頷く。

 

「余計周りがつけあがるだけですし、体にもよくない。何より、いまさらそんな情けない姿を見たくはないです」

「そうだな。だが、どうするべきか……」

「俺に、ひとつ提案があります」

 

 兄様は背筋を正すと、両親に向き直った。

 



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目的を整理しよう

「まずは、目的を整理しましょう」

 

 兄様は私たちの前に手を出すと、指を三本立てて見せた。

 

「現在の父様たちの目標は、社交界で味方を増やすこと、俺の王立学園復学、リリィのお茶会デビュー。このみっつですね」

「ああ、そうだな」

「これを、社交界で味方を増やす、のひとつに絞ります」

 

 兄様は中指と薬指を折り曲げる。立っている指は、人差し指一本になった。

 

「しかし、それは……」

「父様も母様も、精一杯頑張ってくれているのは知っています。しかし、この状況であれもこれも、と手を出せるほど、おふたりとも器用ではないでしょう」

「う」

 

 父様の顔が引きつる。しかし、冷静に状況を分析する息子は引き下がらない。

 

「でも、あなたたちの問題を放置するわけには」

「放置しても大丈夫だから、言ってるんです。俺は、もうすでに父様の後を継いで侯爵になることが決まっています。1年くらい学校の卒業が遅れたところで、将来に大きな影響は出ません。それに、リリィ……お前のお茶会だって別にいいだろ?」

「ええ! 私はまだ11歳だもの。正式な社交界デビューまでには、まだ時間があるわ」

 

 一年の足踏みは痛いが、どっちにしろ両親の問題が片付かないことには何もできない。

 

「元々俺たちの問題は、ふたりに社交界の味方が少ないことに起因しています。状況が安定すれば、自動的に解決する可能性が高い。まずは目の前のことから片付けましょう」

「わ……わかったわ。でも、その間あなたたちはどうするの? ずっと屋敷に引きこもっているわけにはいかないでしょう」

「ふたりで、ハルバード領に戻りますよ」

 

 兄様はさも当然のように答えた。

 えーと、ふたりで、ってことは私も一緒ってことだよね?

 子供だけでハルバード領に行くって言ってる?

 

「王都は人が多く、貴族が賊を雇って差し向けやすい。それよりは、昔からうちに仕えてくれている兵や使用人が守りを固めている、ハルバード城のほうが安全です」

「でも……家族が離れるなんて」

「俺も自分の考えが最善だとは思いません。良い代案があれば従いましょう」

 

 反論しようとして、母様は沈黙した。

 それ、『他に案がないなら、黙ってろ』って意味だよね……。家族を溺愛してる母様を説得するには、強い言葉が必要とはいえ、兄様は手厳しい。

 

「わかった、アルヴィンの提案を受け入れよう」

 

 父様が、重々しく口を開いた。

 

「アルヴィンとリリィはハルバード領に。私たちは王都に残って、社交に集中する」

「坊ちゃまたちには、誰を同行させましょうか」

 

 事務的な話、と判断して執事が口をはさむ。

 

「護衛として、信頼できる騎士を何人かつけてくれ。家庭教師の賢者殿と、ジェイドも一緒だな。クライヴ、お前はここに残れ。領地の管理はともかく、繊細な社交ごとはお前のサポートがなければ回らない」

「かしこまりました」

 

 す、と執事が下がる。

 父様は顔を上げると、兄様を見つめた。

 

「いつの間にか、親に意見ができるほど大きくなっていたんだな……」

「ええ。ですから、頼ってくれていいんですよ」

 

 家族を背負って立つ者、そしてこれから背負うことになる者。両者の視線がぶつかりあう。

 

「ならば、お前にひとつお願いだ。妹を……リリアーナを守ってくれ」

「はい、必ず守ります」

 

 兄様は胸を張って宣言した。

 

 

 



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仲の良い兄妹

 方針が決まった後の兄の行動は早かった。

 朝家族会議をした後、バタバタと準備を始めたと思ったら、夕方には私たちふたりは馬車に乗せられていた。騎士たちが左右を守る中、私たちはごとごととハルバード領に向かって運ばれていく。

 

「ねえ兄様、もしかして領地に帰ることになるって予想してた?」

 

 そうでもなければ、この手際のよさは説明がつかない。

 

「学園に通えなくなったあたりから、少し……な。王都にいても、未成年の俺じゃできることが限られていたし」

「そっか……慌ててたのは私だけか」

 

 私は馬車のシートの上で膝を抱えた。

 

 運命の女神に導かれて、異世界転生。

 ラノベではその先にサクセスストーリーが待っている。

 でも、私のやったことはどうだろう?

 家族をまとめるために両親をダイエットさせたはずなのに、その結果は領地をまたいだ別居だ。

 これが、人の運命を軽々しく変えようとした代償なのだろうか。

 だとしたら、私のやってることって何なんだろう。

 

「何を落ち込んでるんだ? 実は、お茶会デビューがしたかったのか」

「そうじゃないわよ。今回の騒動のそもそもの原因って、私が父様と母様をダイエットさせたせいじゃない? あんなことさせなきゃよかったのかな……って、ちょっと思っただけ」

「痩せたのは、あの人たちの判断だ。お前に責任はないだろ」

「……でも」

 

 きっかけを作ったのは自分だ。

 そして、何もしなかった場合の穏やかな生活を知っている。

 

「お前が俺たちにさんざん言ったことだろう。バカな連中のバカな行動に責任を感じる必要はない。相手が美しかろうが何だろうが、悪意を持って接してくる奴が一番悪いんだ」

「……うん」

 

 兄様の言っていることは、わかる。頭ではちゃんと理解している。

 でも、心が、感情が落ち着いてくれない。

 もっと別の方法があったんじゃないか? もっと別の運命があったんじゃないか?

 そう思うことがやめられない。

 今自分が生きているこの世界は現実だ。乙女ゲームじゃない。

 セーブした場所に戻って、もう一度選択肢を選び直すことはできない。

 自分の決断は自分で受け入れて、その上で行動していくしかないのだ。だからこそ、失敗できなかったというのに。

 

 私がじっと黙っていると、兄様がぽつりとつぶやいた。

 

「俺は……家族が嫌いだったんだよな」

「……あ、それは」

「知ってた、って顔だな。まあ隠そうともしなかったしな。ブクブク太って、仕事もしない無能な親に、ワガママしか言わない面倒な妹、そう思ってたよ。だから、3人がいきなり変わったのを見た時には驚いたよ」

 

 あの時は、『してやったり!』って、めちゃくちゃ得意になってたんだよなー。全部うまくいく、って無責任に思い込んでた自分が恥ずかしい。

 

「その上、家には人が群がってくるし、学校には不審者が入り込んで、関係ない俺まで叱られるし。一年前からずっと、俺の生活は乱されっぱなしだ」

「ご、ごめんなさい……」

「でも……悪いことばっかりじゃなかった、と思ってる」

「そうなの?」

「バカだとばかり思って見下してた両親の本当の姿が見れたからな」

 

 私は兄の顔をまじまじと見た。私と同じ赤い瞳はおだやかに私を見てる。嘘をついている様子ではなさそうだ。

 

「去年までの俺は、家族に絶望していた。勉強を言い訳にして学園にしがみついて……トラブルがなかったら、家族の本質を見ようともせずに、そのまま領地から出奔していたと思う」

「……そうかもね」

 

 実際、兄が出ていく光景はゲームの中で何度も見た。彼がいなくなったあとのハルバード領は、どんな選択をしても焼け野原になっている。

 

「そう沈んだ顔をするなよ。あのままだったら、って言っただろ?」

「今は、そうじゃない?」

「ああ。家族を守るために必死になっている父様たちを見てしまったら、もう見捨てたりはできないよ」

 

 私は、隣に座る兄様の服の袖をぎゅっと握った。

 

「じゃ、じゃあ、兄様は……もう私たちのこと、嫌じゃない?」

「嫌じゃない」

「どこにも行かない?」

「ああ。大事な妹を守らなくちゃいけないのに、家を出たりしてられないよ」

「……そっか」

 

 兄様が私の頭をなでてくれた。じんわりとした温かさが、私の胸の不安を取り除いてくれる。

 私たちは、仲のいい兄妹のように手を握って身を寄せ合った。

 

 

 



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悪役令嬢は領地で暗躍する
悪役令嬢の得意技


 兄とちょっと仲良くなって、家族別居も悪くないか……と思いながら領地に戻ってきた私を待っていたのは、『計算地獄』だった。

 ちょっと何言ってるかわからないと思うけど、私もわけがわからない。

 何故!

 領地でのんびりするはずだった私の前には!

 経理書類が山積みにされているんですか!!

 

「兄様に検算を頼まれたからだけどね!」

「お嬢、魔法の勉強じゃないなら、わざわざ俺の部屋でやらなくてもいいんじゃねえか?」

 

 根城にしている離れのデスクを占領されて、ディッツが困ったように言う。

 

「領地の予算とか、決算書とかをメイドに見せるわけにはいかないでしょ」

 

 教育の行き届いてるうちのメイドさんたちは、読み書きができるのだ。適当に自室で作業してたら、領地の機密情報が漏洩してしまう。

 

「ここには、ボクたちしか来ないもんね。はい、お茶」

「ありがとう! 物分かりのいい従者最高!」

 

 私はジェイドのいれてくれたお茶を飲んで一息つく。

 書類の数字を確認して、計算に食い違いのあるところを見つけては、チェックを入れて訂正のメモをつける。最終的にこの数字をどう扱うかは兄様の仕事だ。

 書類はあと2枚。

 これを片付けたら、午後は久々に思い切り魔法の練習をするつもりなのだ。

 目指せ、中級魔法!

 目指せ派手な魔法バトル!

 

「リリィ、いるかい?」

 

 気合を入れた瞬間、離れのドアが開いた。にこにこ顔の兄様が中に入ってくる。

 その腕には紙の束が抱えられていた。

 

「……兄様、その紙ってもしかして」

「去年1年分の税収記録だね」

 

 それをまた検算しろと。

 重たすぎるおかわりを見て、一瞬目の前が暗くなる。私の気持ちを知ってか知らずか、兄様はテーブルに広げられた計算済みの書類を見て目を輝かせた。

 

「わあ……昨日の今日でもうこんなにやってくれたの? やっぱりリリィは計算が早いな!」

 

 ふっ、病弱小夜子の数少ない有効スキル『そろばん検定1級』を活用すれば、この程度の計算、ちゃちゃっと処理できるわよ!

 

「ありがとう、リリィが手伝ってくれるおかげで、領地の情報が把握しやすくなるよ」

「そ、そう……?」

「優秀な妹がいて、俺は幸せ者だ」

 

 にっこり。

 兄様は、分厚い書類《さらなる仕事》を抱えながらほほえむ。

 

 ……領地に帰ってきて、兄弟の会話が増えてわかってきたことがある。

 それは、うちの兄様はなかなかイイ性格をしていらっしゃる、ということだ。

 洞察力が鋭くて、人間の行動パターンを読むのが得意。そして、人の行動の10手先、20手先を読み、自分がどうふるまえば、相手がどう動いてくれるのか、計算して行動するタイプだ。

 今もそう。

 私を誉めちぎっているのは、そうしたほうが仕事をするからだ。

 

 わかってはいるのだ。

 兄が『妹が計算できてラッキー』と仕事を無茶ぶりしているのは。

 いいように使われているのはわかってる。

 

 だが。

 

「今頼れるのはリリィだけなんだ、お願いできるかな?」

 

 今まで蔑まれまくってた反動で、素直にお願いされると抗いきれない!!

 

「も、もう! しょうがないなあ! わかったわよ、それも検算してあげる!

 お兄様じゃなかったら、許してあげてないんだからね!」

「それ、若様にお願いされたら全部許すって言ってないか?」

「ディッツは黙ってて!!」

「ありがとう。俺ひとりじゃ、書類の計算だけで1年かかるだろうから、助かるよ」

 

 うっ。

 わざとが数パーセントはいってるってわかってるのに、妹にちゃんと感謝してるのもわかるから、嬉しい気持ちが止められない……!

 この卑怯者兄貴ぃぃぃ!!

 よしよし、って頭なでたら機嫌が直ると思うなよ!

 ……ちょっとほっこりするけど!

 

「そうそう、頑張ってるリリィにプレゼントがあるんだ」

 

 兄様は、書類と一緒に抱えていたらしい箱を私の前に置いた。書類のインパクトが強すぎて、全然気が付いてなかったよ。

 

「本当? 嬉しい!」

 

 もー、こういうご褒美があるなら、あるって最初から言ってよー!

 何かな、何かなー?

 兄様は華美なものが嫌いだから、アクセサリー類ではないよね。

 だとしたら、お菓子とか、お茶とか?

 どっちも好物だから嬉しいぞー!

 

 しかし、箱の中に入っていたのは食べ物ではなかった。

 最高級の竹で作られた螺鈿細工の……

 

「そろばん?」

 

 それは、前世で見慣れた道具だった。

 美しい装飾のされた木枠の中に、計算用の珠が整然と並んでいる。

 

「リリィが、前に言ってた計算道具を東の国から取り寄せたよ」

「確かに、あると計算が楽だって言ったけどさ」

「あれ? 使わない?」

「使うけどさ……」

 

 結局、兄様が得するだけじゃん!!!!

 兄様のくれたプレゼントじゃなかったら、叩き壊してるんだからね!!!

 



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お出かけしよう

「ったく、タチの悪い兄もいたものよね……」

 

 数日後、私は馬の鞍の上でぶつぶつと文句を垂れ流していた。馬を操るのは、一緒に乗っているディッツ。いわゆる馬の二人乗りをいうやつである。その隣には、子馬にまたがるジェイドの姿もある。

 

 兄からそろばんをプレゼントされて以降、お願いされる書類はさらにボリュームアップした。作業効率が上がったのだから、もっと回しても大丈夫と判断したのだろう。

 毎日、ちょうど4~5時間でできる量の仕事を渡され、なでなでとお褒めの言葉とともに回収される。

 生かさず殺さずの仕事量。ちょうど私のやる気がでる誉め言葉。

 おかげで、毎日働かされた私はへとへとだ。

 ねえこれなんてやりがい搾取?

 うちの兄、ブラック企業経営の才能ありすぎない?

 

「まあまあ、そう言ってやるなよ。若様もさすがにやりすぎたと反省したから、今日は一日外出してこいって、送り出してくれたんだろ」

「それも、高度な計算の上に成り立つ飴と鞭な気がしてきた……」

「お、お嬢様、元気出して! 今日は、えっと……いっぱい、遊ぶんでしょ?」

「そうね、お城の外なんてめったに出られないのに、文句ばっかり言ってたら損ね」

 

 大きく深呼吸して、気持ちを切り替える。はげましてくれた従者を見ると、私の表情が柔らかくなったのに気付いたのか、にこにこと嬉しそうに笑い返してくれた。

 癒し系従者、最高かよ。

 

「この先の沢ぞいに、薬草の群生地があるんだ。今日はそこで薬草採取の仕方を勉強しながらピクニックだな」

「おお、久しぶりにディッツが教師っぽい」

「ぽいじゃなくて、教師だっつーの」

 

 獣道を抜けて、沢のほとりまで来ると、ディッツは馬の歩みを止めた。私を鞍からおろすと、馬の手綱を手近な木にくくりつける。川の対岸は高さ10メートルほどの切り立った崖になっていて、その上にも木々が生い茂っているのが見えた。

 

「前に書き写した薬草図鑑の内容は覚えているな? そこに書かれていたものを実際に探してもらう。ひとり歩きは危ないから、ジェイドとふたり一組になって行動すること。それから、人影を見つけたら声をかけずに、俺のところに戻ること」

「声をかけちゃダメなの?」

 

 今の私たちは、森に溶け込むために庶民向けのシンプルなチュニックを着ていた。全員髪色が黒いのもあって、ぱっと見はただの親子連れにしか見えない。庶民として近隣住民と親交を深めるのもアリだと思うんだけど。

 

「お嬢は自分が思ってるよりずっとお嬢育ちなんだよ。どこの世界にこんなツヤツヤの髪で、真っ白な手をした庶民がいるかっての。遠目ならともかく、近くで見られたらお嬢育ちが一発でばれるぞ」

「え? そうなの?」

 

 びっくりしていると、ジェイドが隣でこくこくと力いっぱい頷いていた。どうやら本当らしい。

 

「森のこんな人気のないところに来るのは、狩人か傭兵か……少なくとものほほんとした農家のオヤジじゃねえのは確かだ。近寄って変なトラブルを引き起こすよりは、そっと距離をとって避けたほうがいい」

「金持ち喧嘩せず、ってやつかしら」

「なんだそりゃ?」

「気にしないで、なんとなく思っただけだから。用法も間違ってる気がするし」

「とにかく、何か異変を感じたら、すぐに俺のところに来い。そして声を立てるな。そうしたら、俺が必ずお嬢を隠してやるから」

「……そこは、俺がお嬢を守って戦う、じゃないの?」

「無茶言うな。俺に戦闘の才能はねえよ。ジェイドのほうがよっぽど強いくらいだ」

「はあ? あんた東の賢者とか言われてるくらいの魔法使いなんでしょ? 強くないの?」

「魔法使いとしての優秀さと、バトルの強さは別だろーが!」

 

 マジで?!

 



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色男、金と力はなかりけり

 東の賢者と名高い魔法使い、ディッツ・スコルピオは戦闘が全くできなかった!!

 予想外のことに驚いていると、ジェイドがついつい、と私の服の袖を引っ張る。

 

「あ、ああああ、あの、ごめん。師匠が、全然、戦えないのは……本当。戦ってるときに、魔力をコントロールするのが、ニガテ、なの」

 

 そういえば、王都で護身術を習っている時も、「魔力なしでどう逃げるか」「どうやって敵の意表をつくか」などと、とにかく戦闘を避ける方法ばっかり教えられてたな。

 てっきり非力な淑女向けにカスタマイズした授業だと思ってたんだけど、ディッツ自身が今まで積み重ねてきた知恵だったようだ。

 めちゃくちゃ意外だったけど!

 

「考えてもみろよ。ガンガン攻撃魔法を使って戦闘できる奴が、ちまちま薬の研究なんかするか? 俺は研究室でコツコツ薬草を調合するのが性に合ってんの!」

「ええ……それ、胸を張って言うこと?」

 

 まあ、だからこそ、姿を変える魔法薬だとか、一瞬で相手を無力化する閃光弾だとかを開発できたわけだから、一概に悪いことじゃないのかなあ。

 

「ディッツが戦えないのはわかったわよ。だとしたら、3人だけのお出かけって大丈夫なの? 私は初級魔法くらいしか使えないし、ジェイドだって才能があるっていっても、まだ子供でしょ?」

 

 ひとりくらい、護衛騎士を連れてきたほうがよかったのでは。

 

「そこは心配ない。俺たち全員、賢者特製の目くらましの魔法がかけてあるからな。うまいこと距離を取っていれば、俺たちが森を歩いていることなんて、誰も気づかねえよ」

「完全に戦闘を回避できるから安全、ってことなのね」

「ああ。だが腕に自信のある奴ほど、この戦法に納得してくれなくてなー。下手に動かれるよりは、絶対に戦闘を回避するメンツで動くほうが楽なんだわ」

「言ってることはわかるんだけど……」

 

 なんだろう、この微妙な不安感。

 

「あああの、お嬢様、ボク、今お城で、戦闘訓練にも、参加してるの! まだ……騎士様と戦えるくらい強くはないけど……すぐに、強くなるから! ちょっとだけ、待ってて」

「うん、期待してるわ」

 

 そしてこの弟子の安心感である。

 ディッツは私に向かってイイ笑顔を向けてくる。

 

「安心しろ、お嬢! 何があっても、俺がお嬢を危険から隠してやるからな!」

 

 おい師匠。

 かっこいいセリフっぽく言ってるけど、あんまりかっこよくないぞ!!

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

システムに文字数が足りないと言われてしまったのでちょい足し。

ディッツは戦闘がポンコツではありますが、金貨の魔女として弟子ともども裏街道に足を突っ込んでたので、危機管理能力だけはめっちゃあります。

たまにはこういうキャラもいていいと思うんだ。

 



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素朴な疑問

「えっと……これがドクダミで……こっちは何だっけ」

「カタバミ、だよ」

「それも、薬の材料になるんだったよね。よし、摘んでいこう!」

 

 私とジェイドはお互いに相談し合いながら薬草の採取をした。魔法使いの薬というと、トカゲのしっぽとか、ヤモリの黒焼き、みたいなイメージがあるけど、ディッツが扱うのは普通の草ばっかりだ。その中には、現代日本で漢方薬として知られていた植物もたくさん含まれている。

 

「不思議な草でキラキラさせるのとかを期待してたんだけどなー」

「そういうのはもっと先だ。薬師の修行は3段階あってな。薬草で普通の薬を作るのが一番目、魔力を使って薬効を強めたり、特定の成分だけを抜き出すのが二番目、魔法と組み合わせて薬草の成分だけじゃ実現できない効果を作り出すのが三番目。全工程をマスターしているのが俺で、ジェイドが2番と3番の間、お嬢は最初の段階の入り口に来たとこ、って感じだな」

「うう……先は長そう」

 

 でも、現代日本の薬剤師だって大学で何年も修行してから新薬開発に関わることを考えると、ディッツの言い分は十分真っ当な話だ。いきなり変な薬を作らせないだけ、彼は誠実な教師なんだろう。

 

「まあがんばれ。知識さえちゃんと積み重ねれば、変身薬とまではいかなくても、効き目のいい薬くらいは作れるようになるからよ」

「はーい」

 

 私は素直に返事をして、薬草をちぎる。何事もコツコツ積み上げるのがお勉強だ。

 

「ねえ、ディッツの話を聞いてて思ったんだけど……その理屈でいくと、最高級の魔法薬以外は、普通に薬の成分だけで病気を治してるの? 治癒の魔法じゃなくて」

「人体に直接影響を与える魔法は、複雑で面倒だからな。修行を積んでない奴の下手な治癒術よりは、出来のいい薬のほうがよっぽど効果的だ」

「……そうなんだ?」

「んー、このあたり、感覚的にわかんねえか?」

「わかんない」

 

 ぷるぷる、と首を振ると、ディッツは無精ひげの生えたあごをかいた。

 

「そういえばお嬢は魔力感知系が苦手だったか。えーと、人間の体の周りには、卵の殻のように魔力の殻があるのは、もうわかってるよな?」

「……なんかそんな話だったわね」

「そこは覚えておけよ。まあ、生き物はだいたい何でも魔力の殻に守られている。だから、直接魔力をぶつけたところで、そう簡単に体が壊れるようなことはない」

「そういえば、属性魔法も魔力をそのままぶつけるというよりは、魔力で起こした現象をぶつけてるような感じね。火魔法で炙って熱で火傷させるとか」

「そう。だから、素人が喧嘩するなら魔法を使うより殴ったほうが早い。治癒はその逆だな。殻ごしに魔力を注ぎ込むようなもんだから、訓練不足な奴が治療すると、ただの薬より効率が悪くなる」

「ふむ……魔力より物理現象、化学反応のほうが、直接体に影響するのね」

「で、でも、魔法と薬がうまく組み合わさった時の効果はすごいんだよ!」

「それは実際にディッツが変身するのを見たからわかるわ」

 

 あれはただの薬効では実現しない。私はうんうん、と頷いた。

 

「いやー、やっと謎がとけてスッキリしたわ。風とか水とかを操れるなら、脳の血管に空気いれたり、ちょっと血液の水分濃度上げたら、人なんて簡単に暗殺できるよなー、って思ってたから」

 

 ちょっとダークめの異能バトルなら、時々見かける展開だ。

 物を動かせる程度の異能があるなら、殺人に大きな力は必要ない。重要器官をちょっといじれば済む話だ。魔法の利用が一般化しているこの世界で、大量殺戮が起きないのは、魔法を受ける側にも免疫があるから、らしい。

 

 うんうん、と納得していると、いつの間にかディッツとジェイドが青い顔で顔をひきつらせていた。

 

「何よ、ふたりとも」

「あ、あああ、あの、お嬢様……」

「お嬢、その話、絶対にヨソでやるなよ。嫁の貰い手どころか、令嬢生命も終わるからな?」

「えー、そんなに危険思想?!」

 

 ちょっとした素朴な疑問じゃーん!

 

「ふざけるな!!!」

 

「……え?」

 

 突然、思いもよらない方向から、ツッコミの声が聞こえて私はぎくりと体をこわばらせた。

 

「ジェイド、索敵」

「……あっち」

 

 師弟コンビは息の合ったやりとりで状況を把握する。ジェイドの指さす方向を見ると、崖の上に何人分かの人影が見えた。

 

 

 

 



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襲撃者

襲撃者

 

「ディッツ」

 

 

 

 私たちは事前の取り決め通りに、そろそろとディッツの周りに集合した。彼は私たちをそっと茂みの中に隠してから、油断なく崖の上を見つめた。

 

 

 

 人影たちは、争っているようだった。

 

 さっきの叫び以外にも、何度か相手を罵倒するような声が響いてくる。

 

 

 

「大丈夫だ、ここで静かにしていれば、あいつらには見つからない」

 

 

 

 私を守るように構えながら、ジェイドもこくこくと頷く。

 

 

 

「あいつらは何者なの? あの辺りには街道もなかったはずよね?」

 

「や、野盗の、仲間割れ、とか?」

 

「……それにしては、身なりのいい奴が混ざってるな」

 

 

 

 見ているうちに、人影同士の立ち位置がなんとなくわかってきた。黒装束の男4人が、身なりのいい青年1人を取り囲んでいるのだ。身なりのいい青年は腕が立つみたいだったけど、相手が4人もいるせいで、じりじりと崖っぷちに追い詰められていく。

 

 

 

 ……え、あれ大丈夫なの?

 

 放っておいたら、殺されるんじゃない?

 

 このまま見ていていいの?

 

 

 

 ディッツを見上げると、彼は首を振った。

 

 行くな、という意味だろう。

 

 

 

 でも、このままじゃ、彼は死ぬよね?

 

 

 

 すうっと手の先が冷えていく。目の前の、どうしようもない悲劇が止められない。

 

 ただの子供で、ろくな魔法も何も使えない私では、見ていることしかできない。

 

 

 

 ガキン! という金属のぶつかる嫌な音がして、青年が黒装束の男に武器ごと押された。

 

 その一瞬で、彼はバランスを崩して、背中から崖の下へと落下する。

 

 

 

「やっ……!」

 

 

 

 思わず飛び出そうとした瞬間、ディッツの大きな手が私の口を塞いだ。さらに、もう一本の手が私の体を力いっぱい抱きしめる。ジェイドも私の体にしがみついてきた。

 

 

 

「……んー!」

 

 

 

 私がただ見ている目の前で、青年の体は大きな水柱をたてて川に突入した。あの高さでは着水の瞬間、相当な衝撃があったはずだ。すぐに引き上げないと、彼が死んでしまう!

 

 

 

「こらえてくれ、お嬢。崖の上の奴らは玄人の傭兵だ。戦いはからっきしの俺と、子供ふたりが助けに入ったところで、全員殺されるのがオチだ」

 

「んんん!」

 

 

 

 だからって、彼を見捨てろっていうの?

 

 

 

「何も見殺しにしろとは言ってない。落ちる瞬間に、最低限の守りの魔法と目くらましの魔法をかけておいた。傭兵が捜索を諦めるまで待てば、救助できる」

 

 

 

 でも!

 

 

 

「頼む……俺はあんたを死なせるわけにはいかないんだ」

 

「……お嬢様!」

 

 

 

 もー、あんたたちふたりに懇願されたら、振りほどけないじゃないのー!!

 

 

 

「大丈夫だ。戦闘はポンコツだが、治癒術にはちょっと自信がある。生きてさえいれば、あの兄ちゃんを絶対に救ってやるよ」

 

 

 

 こく、と頷くと、やっとふたりが私を拘束する手がゆるんだ。3人で抱き合ったまま、黒装束の男たちが去るのを待つ。

 

 焦燥感でじりじりとしながら、太陽が傾くまで待っていると、ようやくディッツとジェイドの警戒がとけた。

 

 

 

「もう……いなくなったよ」

 

「た、助けに行っていいわよね!」

 

 

 

 私は焦りで転びそうになりながら、川へと向かった。

 

 ディッツが目くらましの魔法を解除すると同時に、川べりに男の人がひとり倒れているのが見える。

 

 その顔を覗き込んで、私は思わず息をのんだ。

 

 水に濡れたまっすぐな黒髪。血の気がひいて青ざめた頬に特徴的な泣きボクロ。意識のない今は瞼が閉じられているけど、その奥の瞳は美しいサファイアブルーのはず。

 

 

 

 彼は、攻略対象のひとり、フランドール・ミセリコルデだった。



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フランドール

「リリィ? 俺がお茶をいれてくれなきゃ、食事しないってどういう風の吹き回し……」

「お兄様、しぃー」

 

 ディッツの離れにやってきた兄様に、私は静かにするよう告げた。何かを察したのか、兄様は後ろ手にドアを閉めて、私のそばへと近づいてくる。

 

「ごめんなさい、お茶のお願いは嘘なの。使用人に気づかれずに離れに来てもらいたくって」

「……何事だ?」

「緊急事態よ。奥に来て」

 

 私は、兄様と一緒に小屋の奥へとむかった。普段はディッツとジェイドが寝床にしているエリアだ。現在はディッツ用のベッドの上に、別の人物が眠っている。

 

「ディッツ、容体は?」

「そこそこヤバいが、死ぬことはねぇよ」

「賢者殿、彼は誰ですか? それに、ジェイドの姿が見えないようですが」

「弟子は捜索に出てもらってる。それから、こいつは……」

「お兄様のよく知ってる人よ。顔を見て」

 

 そう言われて、ベッドの奥を覗き込んだ兄様は、私がしたのと同じように息をのんだ。

 

「……フランドール先輩?」

「ええ、そうよ」

 

 この色っぽい特徴的な泣きボクロ、見間違えようがない。

 彼はハーティアで王家に次ぐ権力を持つ宰相家の息子、フランドール・ミセリコルデだ。

 

「どうして、こんなところに?」

「それは私もわからないわ。薬草の採取中に偶然、彼が襲われているところに居合わせたから」

「賢者殿、襲撃者は何者ですか?」

「遠目だったからな。黒装束の男が4人、ってことくらいまでしかわからねえよ」

「あなたの印象でいい、他に何か感じたことはありませんか」

「……そうだな、玄人、おそらくプロの殺し屋だ」

「そうでしょうね。そこらの盗賊程度に、先輩が遅れをとるとは思えません」

 

 私もそう思う。

 私は心の中で兄の言葉を肯定した。

 

 フランドール・ミセリコルデ。

 彼は去年の王立学園主席卒業生だ。ゲームの中ではその後宰相に就任し、崩れ行くハーティアを支えるひとりとして活躍する。彼のように家を背負う立場の者が通うのは騎士科、つまり戦闘訓練必須のコースである。そこで主席の座を勝ち取るには、かなりの戦闘力が求められる。

 実際、ゲーム内では、槍と魔法を使いこなす、お役立ちオールマイティーキャラだった。

 その彼を追い詰めて崖から落とすなんて、相当の手練れでなくてはできない。

 

「なんでこんなことになってるのかしら……」

「宰相家は敵が多いからな。王都で何かあったのかもしれない」

 

 ゲームの中の進路は宰相だ。こんなところで殺されたりするような展開はなかったはずである。それよりはむしろ、現在の宰相様のほうが死ぬ可能性が……。

 

「ん……っ」

 

 眠っていたフランドールの長いまつ毛が揺れた。

 苦しそうに顔をしかめて、それからゆっくりと青い目が開かれる。

 

「う……あ?」

「先輩!」

 

 起きた!

 

 



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負傷

 フランドールは、何度か瞬きをしたあと、ゆっくり周囲を見渡した。まだ意識がはっきりしていないのか、その視線は明確な焦点を結んではいない。

 

「フランドール先輩、俺がわかりますか?」

「アルヴィン……? どうして、お前が……」

「ここは、俺の実家であるハルバード城の敷地です。外出していた妹が、偶然あなたの襲撃されている現場に居合わせて、ここまで運んだのですよ」

「妹……?」

 

 私は兄様の肩越しに、フランドールの顔を覗き込む。

 

「覚えていますか? 妹のリリアーナです」

「あ……お茶会で……暴れた……」

 

 ディッツが『お嬢、マジでそんなことしたの?』と目を大きく見開いた。イケメンに顔を覚えられてたけど全然嬉しくないな!

 

「先輩、どうしてこんなことになったか、状況を伺ってもよろしいですか」

「ああ……お前は知る必要があるだろうな。その前に、ひとつ確認したい。俺が襲われた場所の近くに、他に生存者はいなかったか?」

「先輩の従者たちですね……リリィ、見かけたかい?」

「えっと……それは」

 

 兄様が私を振り返った。私はどうとも答えられずに口ごもってしまう。

 フランドールくらいの高位貴族ともなれば、一人旅なんかしない。側近を含めた何人かの使用人や護衛騎士と行動するのが普通だ。だから、彼を助けたあと、崖の上にフランドールの仲間がいないか確認したんだけど……。

 

「俺たちが見つけたのは、ミセリコルデ家の紋章をつけた遺体が4人分。人間の死体があったらしき痕跡が7人分。それだけですよ」

 

 私が困っているのを察して、ディッツが代わりに答えてくれる。多分、紋章つきの遺体がフランドールの仲間で、あとの7人は暗殺者たちの仲間なんだと思う。暗殺者の死体が消されたのは、所持品などから素性を探られないようにするためだろう。

 家臣たちが全滅したと聞いて、フランドールは重い溜息をついた。

 

「そうか……遺体は今どうなってる?」

「下手に遺体をいじったら、あなたを助けた者がいると知られてしまいますからね。申し訳ありませんが、そのままにしてあります。弟子に、周囲の索敵がてら野盗に見せかけて貴重品を回収するよう命じておきましたので、運が良ければ形見が手に入ると思います」

「……配慮、感謝する」

「こちらこそ、力不足で申し訳ありません」

「いや、謝らないでくれ。あなたの責任では……うっ!」

 

 話すために体を起こそうとして、フランドールはうめいた。そのまま、ベッドに背中から逆戻りする。

 

「無理に体を起こしちゃダメですよ! 右足の骨が砕けてるんだから!」

 

 私は、なおも起き上がろうとするフランドールの体を押さえつける。ちょっとはしたないが、怪我を悪化させないためには必要な処置だ。

 

「この痛み……そうか、崖から落ちたときに……」

「ごめんなさい。とっさのことだったから、うちの魔法使いでも、体の重要な器官を守るのでせいいっぱいだったらしいの。あ、でも悲観しなくていいですよ! ディッツは守りの魔法は下手でも、治癒術は得意ですから。一か月もすれば元通りになります! そうよね、ディッツ」

「お嬢の名にかけて、足の完治は保証しますよ」

 

 フランドールが負った怪我のうち、一番の重傷は右足の粉砕骨折だ。現代日本の医療では、即車いす生活が決定するほどの重傷である。粉々になってた骨が全部綺麗にくっついてしまうなんて、さすが魔法の世界の治療術だ。

 

「先輩ほどのひとが、こんな重症を負うなんて……」

 

 状況を把握するにつれ、兄様の顔からどんどん血の気がひいていく。

 うん、私もそこの事情は気になる。

 私たちからの視線を感じ取ったフランは、ベッドに横になったまま事情を話始めた。

 

 

 内容を聞くうちに今度は私の顔から血の気がひいていった。

 まさか、彼を窮地に追いやった原因が、自分だったなんて思わないじゃん!!!

 



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発端

「事の発端は、父が手にしたある人物の汚職の証拠だ」

 

 ふう、と息をついてからフランドールは話しはじめた。

 フランドールのお父さん、ということは現ミセリコルデ宰相閣下のことだよね。

 

「お前たち、第一師団長マクガイアは知っているか?」

「第一師団……お父様が若いころにいたところですよね?」

 

 私はこてん、と首をかしげる。

 

「父様が退役した直後に第一師団に入り、その5年後に第一師団長に就任した方だよ。確かカトラス侯爵家に縁のある方で、実家は伯爵の位を持っていたはずだ」

 

 兄様が補足説明をしてくれた。さすが、記憶力いいなあ。

 えーと、マクガイア、マクガイア……なんか聞いたことがあるなー。日常生活の中じゃなくって、主にゲームの中で。何やってた人だったっけなー。

 

「彼が、アギト国と通じていた」

「アギト……! 建国以来ずっと争っている敵国じゃないですか!」

「ああ。奴はその宿敵から賄賂を受け取り、王都の警備情報などを横流ししている」

「あぁっ!!」

 

 アギト国、賄賂と聞いて私は思わず大きな声を出してしまった。

 

「リリィ? どうしたんだ、いきなり」

「あ……あはは……王家を守る近衛騎士が敵国と通じてたことに驚いちゃって、つい……ごめんなさい、お話を続けてください」

 

 国の名前と犯罪の内容で、私はようやくマクガイアが誰だったのかを思い出した。

 第一師団長マクガイア。ハーティア国崩壊の引き金を引いた国賊のひとりだ。

 ゲーム内の彼は、近衛騎士の地位を利用して王宮の抜け道全てを掌握し、それを逆に利用して国王暗殺の手引きをしていた。そんな状況なので、ゲーム内で王宮からの脱出ルートに抜け道を使うと、ほぼ100%の確率で彼に惨殺される。王家だけの秘密のルートだって言うからついていったのに、まさか抜け道のど真ん中で待ち構えてるとか思わないじゃん。まさに初見殺しの殺人者である。

 本当に……ゲーム中何度こいつに殺されたことか……!

 

 彼が犯した犯罪はこれだけじゃない。

 ゲームが始まる何年か前に、汚職の証拠をつかんだ先代ミセリコルデ宰相と、その娘マリアンヌに暗殺者を差し向けて殺害。汚職の告発自体をうやむやにして、ゲーム開始の4年後までぬくぬくと第一師団長の地位に居座るのだ。

 父と姉を殺されたフランドールは、断絶寸前の宰相家を支えるために20歳の若さで宰相に就任。仕事はできるものの、あまりにも若すぎるということで周囲に軽んじられ、苦労ばかり背負い込んでいた。

 ゲーム内のジェイドもかなりヤバかったけど、ゲーム内フランドールも初登場の姿は結構ひどかった。何日も不眠不休で仕事に追われたせいで、頬はこけ、目の下にはくっきりと濃いクマができていたのだ。病的な美青年色っぽい、とかプレイ中は思ってたけど、実生活でそんな荒れた生活してる人に出くわしたら心配しかないよね。

 

 だから、命の危険があるのは父と姉のほうで、フランドール自身は放っておいても大丈夫、って思ってたんだけど……マジで何があったんだろう。

 

「証拠を握られたと知ったマクガイアは、アギト国と取引先に依頼し、父と姉に暗殺者を差し向けてきた」

 

 だよねー?

 

「そして……その暗殺者をハルバード侯爵が捕らえた」

 

 はぃぃぃ?

 今、なんと言いましたか?!

 



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運命を捻じ曲げろ!

「どどどどうしてそこで父様の名前が?!」

「偶然、だな。社交界での助力を依頼しにうちの屋敷を訪れたところ、不審な動きをする者を見かけたので、とりあえず捕縛したそうだ」

「あー……」

 

 お父様、私たちとの約束を守って、真面目に奔走してたのね……。それで、ミセリコルデ宰相家に行ったら不審者を見つけちゃった、と。

 

「そして、捕らえた者たちを尋問した結果、標的が父と姉であることが判明したそうだ」

「そこまでわかったのなら、マクガイアを暗殺容疑で告発したらいいんじゃないですか? 人殺しを指示した人も罪に問われるんですよね?」

 

 私の問いに、フランドールは首を振った。

 

「高位貴族の告発はそう簡単にはいかない。暗殺者そのものを捕らえても、マクガイアが指示したという明確な証拠がなければ訴えることができないからな。暗殺者たちからは、アギト国出身である、ということと標的の名前までしか得ることができなかったそうだ。

 しかも、せっかくハルバード侯が生きて捕らえてくださったというのに、奴らは翌日には牢の中で息絶えていたらしい」

「プロ意識の高い暗殺者は、失敗と判断した時点で自決しますからね」

 

 そんなプロ意識、いらない。

 捕まったらべらべら情報を全部吐いてほしい。

 

「だが、ひとついいこともあった。命を狙われていると知った父たちは、護衛の数を増やし、屋敷の守りを固めることに成功した。その後も暗殺者が送り込まれてきているようだが、全員近づく前に排除されている」

「そ、そうなんですね……」

 

 私は、顔をひきつらせながらうなずいた。

 ゲームの中の宰相たちは、おそらくこの暗殺者事件で死んでいたのだろう。しかし、痩せてアクティブになった父様が彼らの屋敷を訪れたことで、運命が大きく変わってしまったようだ。

 

 あれ? これ、うちの家以上に運命が変わってない?

 

「宰相閣下たちは暗殺者を退けたんですよね? どうして今度はフランドール先輩が襲われているんです?」

「マクガイアが標的を変更したからだ。宰相本人と娘は警備兵が守りを固めておいそれと手出しができない。代わりに、さほど兵力を持たない周りの者を狙うことにしたんだ。

 最初は、姉の婚約者のポール・セラス伯嫡男。次に姉の叔父にあたるレトリア伯……その他、宰相家にゆかりのある者が次々と殺されていった」

「うん? どういうこと……なの?」

 

 状況がよくわからない。証拠を握ってる宰相本人を消さないと、告発は止められないよね?

 

「このままマクガイアの汚職を追及すれば、宰相は無事でも周りの人間が皆殺しになるぞ、という脅しだな。暗殺の標的になると知られれば、宰相家に協力する者も減る」

「なにそれ、卑怯すぎない?」

 

 兄の分析を聞いて、私は思わず声をあげる。

 

「父が相手にしたマクガイアという男は……いや、アギト国の間者はそういう者たちだ」

 

 やり口がえぐい。

 アギト国がヤバいっていうのは、ゲームで知ってるけどさー。モニター越しに事件を見るのと、目の前で具体的に人が死んだ話をされるのとでは意味が違う。

 

「襲われた、ということはフランドール様もそのターゲットになったんですよね?」

「ああ。もともと、俺は姉と違って周囲が重要視していなかったからな。暗殺者を捕らえた当初は、まさか標的になるとは思わず、護衛騎士もさほど増やさなかったんだ」

「先輩自身も、槍術と魔法の使い手ですしね」

「だが、数の暴力の前には無力だ。外出先で襲撃され、母方の実家を頼って王都から脱出したはいいが、執拗に追われるうちに街道を外れて……気が付いたらハルバード領に入り込んでいた」

「そこを、私が見つけたわけですね」

「どうもそうらしい……」

 

 一気に喋って疲れたのか、フランドールはあおむけのままもう一度大きくため息をついた。

 痩せた父様が宰相閣下を救った結果、矛先がフランドールに向かった……あれ? そもそも、父様をダイエットさせた張本人は私だよね? もしかしてフランドールが死にかけた大元の原因って、私……?

 

「ん? ちょっと待ってください。宰相閣下には子供がふたりいるんですよね? どうしてフランドール様とその姉君で状況が違うんです」

「それは……」

 

 ディッツのふとした疑問に、私も兄様も、そしてフランドールも、複雑な顔をするしかなかった。

 

 

 



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死ねばいい

「俺が産まれた時点で、後継ぎは姉と決まっていたからな」

 

 フランドールは静かにそう語った。ディッツは自分の失言に気が付いてすぐに頭をさげる。

 

「……申し訳ありません。無粋な発言でした」

「賢者殿は気にしないでくれ。うちは貴族の中でもやや特殊な関係だからな」

 

 フランドールと、その姉マリアンヌは腹違いの姉弟だ。

 ミセリコルデ宰相は、北部の有力貴族レトリア伯と協力関係を結ぶために、その娘と結婚。すぐに子供に恵まれ、マリアンヌを授かった。しかし、お産の事故により妻は他界。宰相は残されたマリアンヌを育てるために、若い乳母を雇い入れた。それが、フランドールの母親だ。

 男爵家に生まれながら、若くして夫と子供に先立たれたフランドールの母は、女ひとりで生計をたてるために宰相家に就職。その後どういうやりとりがあったかは不明だが、フランドールを授かり、ふたりは夫婦になった。

 お互い伴侶に先立たれた者同士、ある意味よい組み合わせだったのかもしれない。

 だけど、その縁組に異を唱えたのがマリアンヌの母の実家、レトリア家だ。政治的な思惑によって結ばれた彼らは、フランドールとその母がミセリコルデ家で力を持つことをよしとしなかった。

 彼らを納得させるため、宰相はフランドールが産まれる前にミセリコルデ家を継ぐのは姉マリアンヌである、と正式に誓約書を書くことになった。

 

 だから、ミセリコルデ家の最重要人物といえば、当主とその娘、マリアンヌなのである。

 

 後継ぎではない、と決められたフランドールは、あけすけな言い方をすれば残り物だ。それなりの教育を受けたあと、家を支える仕事につくか、どこか他の家に婿養子に入る予定だったのだが……ゲーム内の彼の人生には、大番狂わせが起きる。宰相暗殺事件だ。

 当主と後継ぎを殺され、何もかもが失われようとしたミセリコルデ家を支えるため、誓約書を無理やり破棄し、彼が宰相家を継いだのだ。

 フランドールが苦労していたのは、なにも若さだけではない。イレギュラーな継承のせいで、後ろ盾を得られなかったせいもある。

 

 私も、この辺りの事情を知っていたから、フランドールが将来宰相になるという未来を知りつつも、次期宰相とは呼ばずにあくまで『宰相の息子』と呼んでいたのである。

 

 しばらくのきまずい沈黙のあと、兄様が口を開いた。

 

「状況は把握しました。先輩はこれからどうするおつもりですか? 俺にできることであれば、何でも協力いたします」

「……では、殺してくれ」

 

 はあ?

 

「せ、先輩?」

「賢者殿の助力により命だけは助かったが、この足だ。暗殺者たちに見つかれば、簡単にとらえられてしまうだろう。単に殺されるだけならまだしも、人質として使われたら父と姉が危険だ」

「いやまあ……その可能性はありますけど……」

「それに、この提案はお前たちのためでもある」

 

 ……はあ?

 

「……どういう意味ですか? フランドール様」

 

 問いただす声が震えた。何を言ってるんだ、この人は。

 

「お前たちと一緒にいるところを、暗殺者に発見されてみろ。奴らは証拠隠滅のためにお前たちの命も奪うだろう。今お前たちの命を守る最善の行動は、できるだけ迅速に俺を城外に捨てることだ」

 

 フランドールは、一切の躊躇なくきっぱりと言い切った。

 

 こ……この人は……!!!

 私は怒りにまかせて、バチン! とフランドールの頬をひっぱたいた。

 

「簡単に命を諦めてるんじゃないわよっ!!!」

「簡単ではない、冷静に判断した結果だ」

 

 ビンタされたというのに、フランドールは静かな表情のまま私を見返してきた。

 彼の言い分はわからなくもない。

 初級魔法しか使えない女の子、戦闘力ゼロのポンコツ賢者、魔法が使えるだけの子供、騎士教育途中の領主候補、右足を粉砕骨折した騎士。こんなメンバーで手練れの暗殺者に立ち向かったところで、殺されるのがオチだろう。

 でも、それがどんなに現実的な判断だったとしても、納得できるかどうかは別問題だ!

 

「い……生きるって、大事なことなのに、そんなに簡単に……」

「ああ、命は大事だ。お前たちを守るために、俺は消えよう」

「だから、そんなのは……!」

 

 言い募ろうとして、フランドールと目があった。彼の綺麗な青い瞳は凪いでいて、強い感情は感じ取れない。彼は、完全に諦めてしまっているのだ。

 

「それじゃ……ダメなのに……っ!」

 

 不意に私の視界が歪んだ。

 ぼろぼろとこぼれる涙が、フランドールの胸元に落ちる。彼はそれを見て不思議そうに首をかしげた。

 

「泣かなくていい。俺はすぐにいなくなる」

「だからそれが駄目なの! あんた馬鹿でしょ! 死んだりしたら、殺すから!!!!!」

 

 私は捨て台詞を吐いて、ディッツの離れから飛び出した。

 

 

 



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アニマルセラピー

「ああああああああああもう!!」

 

 ディッツの離れから飛び出した私は、人気のない植え込みの隅っこでじたばたとのたうち回った。

 

 なんだよもう! 駄目ってなんだよ!

 ろくなこと言ってないじゃん!

 しかも、死んだら殺す、ってどんな捨て台詞だよ!

 あんた馬鹿でしょって……一番馬鹿なのは私じゃんかー!!!!

 

「駄目しか言えないって……子供かよ」

 

 いやまあ、見た目は11歳の子供だけどさー!

 小夜子がいる分大人だと思ってたんだよー!

 くっそう、何も言えなかった自分が悔しい。

 人間想定外のことが目の前にあると、ろくに行動できないっていうのは、王都の襲撃事件でわかってたけど、あんなに頭が真っ白になって、何も説得できないとは思えなかったよ!!

 

 ひとしきり暴れたあと、私は草の上に寝転がった。

 大きく深呼吸をして、息を整える。

 冷静になろうと集中し始めたところで、フランドールの青い瞳がフラッシュバックしてきて、またちょっとイラッとしてしまう。

 

 ……あの目は、苦手だ。

 

 小夜子として、入院していたころに何度も見た目だから。

 他にどんな手立ても残されてなくて、ただ死を受け入れるしかないと知って、諦めてしまった人たちの目。

 死ぬ直前の小夜子も、同じ目をしていたと思う。

 未練を残すようなことをすれば、これからも生きていく人たちの重荷になる。

 だから、何もかも諦めて、死を受け入れることが自分自身の願いだと言い聞かせる。

 他にどうしようもないから、諦めるしかなかったけどさ。

 

 でも、本当の本当の本音を言わせてもらえば、私は

 

「生きたかったよ、やっぱり」

 

 同じように思ってるかもしれない相手を、このまま見殺しにすることはできない。

 世界を救うためだとか、フランドールが攻略対象だとか、そんなこととは関係なしに、助けたいと思う。

 

 とはいえ、そのためにはまず冷静に会話しなくちゃなんだけどさー。

 

「腹たてて暴れてるうちは、駄目だよねえ……」

「にゃぁ」

 

 なんとなくつぶやいた言葉に、返事があった。

 びっくりして体をおこすと、すぐそばに小さな猫がいた。頭の先から手足の先まで真っ黒な毛並みで、瞳だけが輝くような金色だ。

 

「か、かわいい……!」

 

 まん丸なお目目も、短いお耳も、よちよちな手足も、全部がかわいい。

 かわいいオブかわいい!

 ブラボー! 世界かわいい大会猫部門優勝!!!

 

 あ、でも、下手に触ったらアレルギー反応が出て、呼吸困難になるよね……ちょっと離れて見るだけにしたほうが……。

 って。

 思わず猫から距離を取ろうとした私は、そこで気が付いた。

 

「今の自分にアレルギーないじゃん」

 

 さっきまで生き死にのことを考えてたせいで、小夜子の記憶に引っ張られてたけど、今の私は超健康優良児リリアーナちゃんだった。馬に乗せられてその辺の森を探索できる自分が、猫ちゃんに近づいたところで何の問題もない。

 

 と、いうことは……2つの人生初、小動物をなでなでできる……?!

 

 見ると、黒い子猫ちゃんはまだ私を見上げてちょこんと座っている。逃げ出したりはしなさそうだ。私は、昔ネットで読み漁った猫ちゃん漫画の記憶を総動員して、子猫とのファーストコンタクトに挑戦した。

 

 えーと、えーと、猫ちゃんには、急に近づいていかない。

 視線を低くして、そっと人差し指を差し出す……と……。

 

 くんくん。

 

 猫ちゃんは、私の差し出した指先に、鼻を近づけてにおいを嗅いでくれた。

 

 ふおおおおおおおおおお!

 挨拶成功ぉぉぉぉぉ!!

 

 勝利のダンスを全力で踊りたいところだけど、ぐっとこらえて我慢する。

 ここでいきなり立ち上がったら、猫ちゃんは絶対逃げる。

 

 じっと見ていると、猫ちゃんは私の手に額をすりすりとこすりつけてきた。

 

 おおう、めっちゃ柔らかい! あったかい!

 かーわーいーいぃー!!

 

「ねえ、ちょっとなでていい?」

 

 通じないだろうな、と思いつつ声をかけると、猫ちゃんは体を寄せてきてくれた。恐る恐る背中に手をやると、黒くてツヤツヤの毛並みをなでることができた。

 

「かわいい……最高……」

 

 よしよし、となでると子猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 子猫、なんて癒される生き物なの。今まで暴れるくらいに不機嫌だった気持ちがどこかに飛んでっちゃったよ。

 アニマルセラピーってすごいね!!

 

「ありがとう、ちょっと元気出たよ」

 

 お礼と一緒に自然な笑顔が出た。

 よし、なんとかなりそう。

 まだ何も問題は片付いてないけど、片付ける気力は出た。この先はもうなんとかするだけだ。

 気合をいれて、立ち上がる。

 フランドールともう一度話そう。彼はまだ説得の余地があるはずだ。

 

「あとで、ご飯持ってきてあげるね」

 

 なでなでのお礼にゆでた鶏肉でも持って来よう。そう思って振り返ったときには、子猫はどこかに行ってしまっていた。

 



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あなたに向き合う

 ディッツの離れに戻ると、入り口前にお兄様とジェイドが立っていた。

 ふたりとも、私の姿を見つけるとほっとした顔になる。

 

「急に飛び出してごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃったから……」

「お、お嬢様、大丈夫?」

「うん! アニマルセラピーで元気をもらったから!」

「あにまる……?」

「細かいことは気にしないでいいの」

 

 私とジェイドのやりとりを見て、兄様は息をつく。

 

「まあいい、戻ってきたならよかった」

「フランドール様は?」

「ディッツが看ている。彼がいるうちは、自決することもないだろう」

「そっか……」

 

 でも、自殺の心配をするくらいにはヤバいのね。

 

「よし……」

 

 ドアを開けようと伸ばした手を、兄様が掴んで止めた。

 

「何をする気だ?」

「フランドール様の説得よ」

「あれだけ癇癪起こして飛び出していったのに?」

「大丈夫よ。死にたい、って言ってるのはもうわかってるし、落ち着いて会話できると思う」

 

 でも、兄様は手を離してくれなかった。

 

「また傷つくことになるかもしれないぞ?」

「そうかもしれない……でも放っておけないよ」

「何故そこまでするんだ。俺はともかく、お前はお茶会で一度会っただけだろう」

「……」

 

 生きることを諦めた小夜子の記憶のせいだろうか、彼女と同じ目をしたフランドールを、どうしても見過ごすことはできなかった。

 

「あ、あの人の命を救う、って決めて助けさせたのは私だもん! 最後まで責任を取るのがスジだと思うの」

「……先輩は、犬猫か何かか」

「いや、なんか違うのはわかってるけどさー」

「はあ……お前が自分の行動に責任を持とうとしているのはわかった。……好きなようにしろ」

 

 兄様は、ゆっくりと私の腕から手を離した。

 

「でも、もう駄目だと判断したら手を引くこと。いいな?」

「うん」

「ならよし……まあ、実際のところ、俺では先輩を説得しきれずに困っていたんだ。お前のそのむちゃくちゃな言動のほうが、効果があるかもしれない」

「その言いよう、ひどくない?」

 

 まあ、やることは変わらないんだけどさ。

 

「あの、お嬢様、これ……」

 

 ジェイドが小さな革袋を私に渡した。中を開けてみると、そこには紋章付きのブローチや指輪、そして何名かぶんの遺髪が入っていた。

 

「ミセリコルデ家の騎士の遺品ね。拾ってきてくれてありがとう。大変だったでしょう?」

「う、ううん、大丈夫。ボク、魔力を使って人を探知できるから、見つからずに探索するのは、得意……死体も、平気だし」

「難しい仕事だったことに変わりないわ。あなたが手伝ってくれてよかった」

「……うん」

 

 いつものおふざけは横に置いて、私はジェイドに向かって正式な淑女の礼をする。本人は笑っていても、暗殺者の目を潜り抜けて遺品を回収した功績には最大限の感謝をすべきだ。

 

「それ、あのお兄さんに渡してあげて」

「もちろんよ。生きて持って帰ってもらわなくちゃ」

 

 私はジェイドに笑いかけてから、離れのドアを開いた。

 今度こそあの死にたがりを説得しなくては。

 

 そう思って踏み込んだベッドルームでは、今まさに、フランドールの手でディッツが絞め落とされようとしているところだった。

 

「何やってんのよ!!!!」

 



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能動的自殺志願者

「……戻ってきたのか」

 

 フランドールが手を離すと、気絶したディッツの体がずるずるとベッドわきの床に崩れ落ちていった。

 何がどうなってこうなったのやら。

 彼は右足を固定されたまま、上半身だけの力でディッツを捕らえて首を絞めたらしい。哀れなディッツは、白目をむいて床とキスする羽目になっている。

 

「こ……殺してないでしょうね?」

「軽く首の血管を圧迫しただけだ。命に別状はない」

「なんでこんなことやってんのよ」

「……彼がいては、そうそう自死もできないからな」

「死ぬために監視役を排除したってわけ? しかも、腕の力だけで人ひとり絞め落とすって……どんなゴリラよ」

「……ごりら?」

 

 私は慎重に間合いを取ってフランドールを睨みつける。看病してくれているディッツを気絶させたくらいだ、下手に近寄ったら私も同じことをされるだろう。

 ゲーム内のフランドールは目的のためには手段を選ばないキャラだったけど、今の彼もだいぶヤバすぎないかな?

 なんだよ、自殺のために治療師を排除って。

 

「それだけ元気なら、わざわざ死ななくても暗殺者に対抗できるんじゃないの?」

「そう思うのは、お前が奴らの怖さを理解してないからだ。足が動かない時点で勝ち目がない」

「はぁ……まずは、その考えからどうにかしないとダメか」

「何の話だ?」

「冷静になれ、ってこと。あなた、少し落ち着きなさい」

「俺は冷静だ」

「はっ」

 

 フランドールの返答を、私はわざと鼻で笑ってやった。

 

「死ぬことしか考えてないあんたの、どこが冷静なのよ。生き残ることをちゃんと考えた? 死ぬって結論だけ先に出して、他の可能性を考えもしてないでしょ」

「だが……俺は……」

「命がけで守られたのに、捨てるの?」

 

 私は、ジェイドに渡された革袋をフランドールの胸元に放った。何が入っている袋か察したフランドールは、一瞬顔をしかめたあと、また元の無表情に戻る。

 

「だからだ。これ以上犠牲を出すわけにはいかない。俺も、彼らと同じようにお前たちを守って死ねばいい」

「それが最善だと、本当に思ってるの?」

「ああ。そもそも俺は宰相家において不要な人間だ。いなくなったところで何の問題もない」

「そんなわけないじゃない」

 

 私は、まっすぐフランドールを見つめた。

 

 私は知っている。

 彼が、どれだけ宰相家のために尽くしてきたか。

 どれだけ父と姉を愛していたのか。

 そして、父と姉もまた、どれだけ彼を愛していたのか。

 

 なぜなら、私はゲームの形とはいえ、彼との恋を疑似体験してきたのだから。

 生き残った彼がどれほど苦しんだのか、その心の傷を全て見てきた。そしてその傷が一時の恋や愛で簡単に治らないということも、思い知らされた。

 

 だから、まだ誰も失っていない彼に、同じ苦しみを背負ってほしくない。

 

「あなたが死ねば、まず間違いなく、宰相閣下もマリアンヌ様も傷つくわよ」

「まさか。生まれる前に不用品の烙印を押したのは父だぞ」

「馬鹿ね。それ、言ったの宰相閣下じゃないでしょ」

「……なに?」

 

 フランドールの無表情が崩れた。

 

 



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足掻いてから死ね

「あんたをいらない、って言ったのは父親や姉じゃない。ラトリア伯か、叔父さんとか叔母さんとか、そのへんの親戚じゃないの?」

「それは……そうだが」

 

 答える声は、動揺のためか、微かに震えている。覚えがあるのだろう。

 まあ、私もそんな感じの回想をゲーム画面で見たから言ってるんだけどね!

 ある意味ズルだけど、それは棚に上げておく。

 ズルして人を救っていい、って運命の女神様にお墨付きをもらってるし!

 

「全部嘘に決まってるでしょ。あんたに宰相家で活躍されたら邪魔だからそう言ったのよ」

「だが……俺に継承権がないのは事実だ。取るに足らない者だからこそ、そんな条件をつけて産ませた」

「逆よ」

 

 私は一歩、フランドールに近づく。

 

「どうしても、あなたに産まれてきてほしかったから、不利な条件でも受け入れたのよ」

「そんなこと、あるわけが……」

「ないとは言い切れないでしょ」

 

 ぐ、とフランドールが黙った。

 

「家族と過ごしてきて、自分が愛されてるって思った時が一瞬でもなかったとは、言わせないわよ」

「……っ」

「それに、あなたに生きていてほしい、って願ってるのは家族だけじゃないわよ。あなたのことを先輩、って尊敬している兄様だって心配してる」

 

 もう一歩、私は進む。

 ここはフランドールの手が届く距離だ。危険だとは思うけど、寄り添うためには必要な距離だ、と思った。

 

「私も、あなたには生きていてほしい」

「何故お前が? ほとんど会ったこともないだろう」

「そうねえ……」

 

 攻略対象は救国のキーパーソンだとか、本来の彼が情に厚く優しいひとだからとか、いろいろ理由はある。

 でもそれはゲームの中で彼の人生を覗き見たからだ。今そんなことを説明しても、彼は納得しないだろう。

 私自身の感情だって、それだけじゃない。

 

「ごちゃごちゃした理屈は横に置いておいて、単に生きてる人に生きててほしい、って思うんじゃ駄目?」

「……単純すぎる」

「そう? 悪いことじゃないと思うわよ。生きてるって素晴らしい、それでいいじゃない」

「……」

 

 フランドールは体を起こしたまま、私をじっと見ている。私もその視線を見返した。

 

「だいたいねえ、馬鹿みたいだと思わない? 他人の悪意に流されて死を選ぶなんて」

「……ん?」

「考えてもみなさいよ! 絶対あんたが死んだら喜ぶわよ! マクガイアも、ラトリア伯も! それってなんか腹たたない?」

「……まあ……そう、かな……」

「私だったら、どうせ死ぬなら力の限り嫌がらせして、最大限の迷惑をかけてから死んでやるわ! 絶対、思惑通りにおとなしく死んでやらないんだから!」

 

 人には生まれながらにして生きる権利があり、人生は自由に生きるものである。

 現代日本でそう教えられて育った小夜子のせいだろうか?

 それともワガママ放題に育てられてしまったリリアーナのせいだろうか?

 

 私には、他人の思惑に左右される貴族の人生が理解できなかった。

 

 どうして父様も母様も太って身を隠す必要があるのよ!

 どうして兄様がストーカーのとばっちりを受けてるのよ!

 どうしてフランドールが家の犠牲にならなくちゃいけないの!

 

 好きに生きて何が悪いの!!

 

「どうせ死ぬなら、最後まで足掻いてから死になさい!」

「は……ははは……っ」

 

 苦しそうに体を折り曲げて、フランドールが笑い出す。

 

「ワガママな妹だと聞いてはいたが……これほどとはな」

「私、間違ったことは言ってないわよ!」

「……率直に感情を言葉にできる、それこそが一番のワガママというものだ」

 

 ふう、とフランドールは息をついた。

 

「そうだな……今ここで俺が死んだところで、周りが喜ぶだけだな」

「わかってくれたの?!」

「ああ。俺を追い詰めたことを、地獄で後悔させてから死んでやる」

 

 フランドールは、にぃっと魔王のような黒い笑みを浮かべた。

 

 ……あれ?

 なんかヤバそうなものを覚醒させちゃった?!



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わかればよろしい

「昨日はすまなかった」

 

 翌日、朝からディッツの離れに集合してきた私たちを前に、フランドールは素直に頭を下げた。

 

「せっかくお前たちが助けてくれようとしていたというのに、その手を払うようなことをしてしまった。申し訳ない」

「先輩、どうか顔をあげてください。聞けば、何日も暗殺者に追われ続けていたそうじゃないですか。極限状態では判断が狂ってもしょうがないですよ」

「私はまだ許してないけどねー」

 

 うちの魔法使いを気絶させられたからねー。貴族に面と向かって抗議できないディッツに代わって、ここは私が怒っておかないと駄目よね。

 

「リリィ!」

「いや、いい。アルヴィン。昨日のアレは俺が悪い」

 

 私はフランドールに近づくと、彼の額をぺちん、と軽くたたいた。まあおしおきはこれくらいでいいでしょ。

 

「もう二度と『殺せ』って言わない?」

「ああ、そうだな。この命にかける……のはよくないな。この名前にかけて誓おう、今後自ら死を選ぶことはしない」

「じゃあいいわ、許してあげる」

 

 私が笑いかけると、フランドールは苦笑した。

 わかればいーのよ、わかれば!

 ひとりで得意になっていると、兄様が私を軽く小突いてきた。

 

「……リリィ、いいかげん口を慎め。年上の男性にする言葉遣いじゃないだろ」

「あ」

 

 そういえば、フランドールが死ぬ死ぬ言い出して、キレた辺りくらいから敬語がすっぽ抜けてたわー! いかんいかん、淑女としてふさわしい言葉遣いを心掛けねば。

 

「お恥ずかしいところをお見せしてしまって申し訳ありませんわ。ほほほ」

「別にいい。あれだけ言われたあとに取り繕われても今更だ、普通に話せ。なんだったら、名前もフランでいい」

「そうなの? じゃあ私もリリィって呼んでいいわよ!」

「リリィ!」

 

 兄様が悲鳴のような声をあげた。

 えー、本人がいいって言ってるんだから、別にいいじゃーん。

 

「アルヴィン、お前も気を遣わなくてもいんだぞ。すでに学園を卒業した俺は先輩でもなんでもないだろう」

「いえ、俺にとって先輩は先輩ですから」

 

 こういう堅っ苦しいところが兄様のいいところであり、悪いところでもあるのよね。

 

「まあ、どっちにしろ庶民の俺たちはほぼ全員に敬語だけどな……」

「師匠……そこ、気にするところじゃないよね」

 

「フランが前向きになったところで、作戦会議よ!」

 

 パン、と私は手を叩いた。

 

「これから、どう行動すべきか相談しましょ。もちろん、フランを無事にミセリコルデ家に帰すのが大前提ね」

 

 私の提案に異論を唱える者はいない。よしよし、このまま話を進めよう!

 

「まず、戦力分析だな。俺を狙った暗殺者集団は20人程度。ここに来るまでに10人ほどは仕留めたが、まだ相当数戦力が残っているようだった。恐らく、ここにいるメンバーだけで正面から戦えば全員殺されるだろう」

「俺は魔法を使えばそれなりに戦えますが、妹たちは戦闘訓練すら受けてませんからね」

「一番戦力になりそうなフランが、この足だし?」

 

 骨が砕けてしまったフランの右足は、添え木に固定されている。包帯でぐるぐる巻きのこの状態では、歩くこともままならない。

 

「逃げるにしろ、潜伏するにしろ、戦力の補充が急務だな。アルヴィン、ハルバード家に仕える護衛騎士に協力してもらえないか?」

「う」

 

 私たち兄妹は、言葉を詰まらせた。

 

「それが……そのう……」

 

 お互いに、顔を見合わせて困り顔になってしまう。

 だって……ねえ……。

 

「実は、護衛騎士どころか……この城で信頼できる使用人は、ディッツとジェイドのふたりしかいないんだよね……」

「なに?」

「俺たちハルバード家もまた、アギト国に侵略されているのです……」

 

 



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ハルバード家に潜む悪意

「そちらの状況を、詳しく教えてくれ」

 

 眉間にくっきりと皺を刻みながらフランが尋ねた。

 

「ハルバード城にアギト国のスパイが何十人も潜伏してるの。彼らを招き入れた主犯の名は、クライヴ。ハルバード家を取り仕切る執事よ」

「執事といえば、使用人の一切を管理する立場じゃないか……」

「うちの家においては、それ以上の権限を持ちます。領地の産業の管理、税収の処理、騎士たちの装備の管理……彼はありとあらゆる業務に関わっていますね」

「先代ハルバード侯爵時代はそこまでじゃなかったんだけど、父様の代になって任せる仕事を増やしたみたいね」

 

 とはいえ、有能な部下を頼る、という選択自体は間違っていない。

 なにしろ父様は剣術に秀でていても、政治や経済に関してはポンコツなのだから。下手に実務に関わってたら、世界の終わりが来る前にハルバード家が終わってたと思う。

 

「クライヴは長年、執事という立場を利用してハルバードを裏から操っていたようです」

「本格的に動き出したのは、有能だったおじい様が死んだあとからね。……それでも10年以上は裏切ってたことになるけど」

「よく今まで発覚しなかったな」

「うちの両親は内政に興味がありませんでしたから。……それに、クライヴ自身、甘い汁を吸いつつもハルバードの領地を食いつぶすような真似はしてませんし」

「えっと……執事様、って、実はいい、人?」

 

 ジェイドがううん、と首をひねる。

 

「違うわ。うちを潰したら、もうそれ以上オイシイ思いができないからよ」

 

 金の卵を産むガチョウをわざわざ殺す馬鹿はいない。うまく太らせて、毎日ひとつずつ、卵をいただくのだ。

 

「表向き、うまくいってるほうが、汚職は発覚しづらいからな……」

「そうしておいて、裏でちょっとずつ私腹を肥やして、ちょっとずつアギト国のスパイを採用していって……更に、侯爵家の人間もちょっとずつ洗脳していったの」

 

 リリアーナを宝石好きのワガママな子供に仕立てたのはクライヴだ。バカな買い物をさせれば、裏金づくりのいいカモフラージュになる。

 父と母の適当すぎる行動を諫める家臣がいなかったのもクライヴのせいだ。両親が問題に無関心であればあるほど、クライヴが裏で糸を引きやすい。だから、まともな部下は真っ先に排除された。

 兄が家の中で孤立していたのも、やっぱりクライヴのせい。優秀な跡取りなんて、家にいないほうがいい。家族嫌いにして出奔させたほうが楽だ。

 

 おかしいと思ったんだ。

 父様も母様も、お花畑な部分があるとはいえ真っ当な人たちだ。兄だって、生まれた時から家族を嫌っていたわけじゃない。

 15歳の子供に『妹なんか死ねばいい』とまで言わせたのは、すべて悪質な洗脳が原因だ。

 

「執事の暗躍に気づいたのは何故だ? そこまで巧妙だったのなら、そうそう気づくことなどできそうにないが」

 

 実際、ゲームの歴史ならハルバード家が滅びるその時まで、彼の犯罪は明るみに出ないしね。

 

「ここ10年の帳簿からですね。学園を休学して実家に籠ることになったでしょう? ただヒマを持て余すのは勿体ないので、今のうちから領地の金の流れを把握しようと資料を見ていたんです。そうしたら、ところどころで数字がおかしいことに気が付いて……」

「王都にクライヴが居残っててくれてよかったわよね。彼がそばにいたら、うまくごまかされてたと思うから」

 

 兄様が自分で好きに経理書類を見ることができる、今のタイミングだからこそ犯罪に気づけたのだ。

 

「両親が社交を終えて領地に戻れば、クライヴも戻る。そうなればこれ以上調査することはできない。俺は……いや、俺たちは経理書類を検算し、大急ぎで汚職の証拠を集めているところだったんです」

「おかげで毎日計算地獄だったけどね!」

 

 ふふん、と鼻息荒く私は胸をそらせた。

 

「どうしてお前が威張るんだ?」

「証拠集めの功労者だからよ!」

 

 そう言われてもぴんとこなかったらしい。フランは怪訝そうに首をかしげた。

 

「俺も意外だったんですが、実はリリィは計算が早いんですよ。そろばんを持たせたら、熟練の経理担当者より早く検算します」

「ふっふっふ、もっと褒めていいのよ!」

「はいはい、えらいえらい」

 

 なでなで、と兄様が私の頭をなでた。

 ふふん、もっとなでていいのよ?

 

「なるほど、彼女の功績はともかくとして……状況はわかった。ハルバード城に味方はほとんどいないんだな」

「そうなるわね!」

 

 私が断言すると、フランは肺の空気を全部吐き出すような、深々としたため息をついた。

 

「孤立無援で味方は子供ばかり……よくこんな状況で、俺を助けると言ったな?」

 

 状況と感情は別問題だと思うの!!!!

 

 



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たったひとつの冴えたやり方

「お前たち、そもそも俺を助ける余裕なんかなかったんじゃないか。よくそれで俺に死ぬなと言えたものだな」

「確かに家のピンチだけどー、それとフランを見捨てるのは別問題ですー! あ、今更また死ぬとか言わないでよね!」

「言わん。が……アルヴィン」

 

 私相手では話にならない、と思ったのだろう。フランは視線を兄様に移した。

 しかし、兄様は同じように眉間に皺を寄せて首を振る。

 

「じたばたしても仕方ありません。今の状況から最善の方法を考えましょう」

「それしかないのか……」

 

 二人は疲れた顔でうなだれた。

 なんだよー、雰囲気暗いぞー。

 

「ハルバード家に入り込んだ連中も、フランドール様を追う暗殺者も、元はアギト国から来ているというのが問題ですね」

 

 黙って話を聞いていたディッツが口を開いた。

 

「領内でフランドール様を見失った暗殺者は、土地勘のある城内のスパイに協力を仰ぐでしょう。誰がスパイかはっきりわからない以上、使用人は全員敵と考えたほうがいい」

 

 それを聞いて、ジェイドの顔が青ざめる。

 

「も、もも、もしかして……最初にフランドール様を母屋のほうに運んでいたら……」

「今頃使用人に紛れこんだ暗殺者に息の根を止められてただろうな」

「訳アリだから、って誰にも知らせずに離れに運んだディッツの判断に救われたわね」

 

 つくづく、危機管理能力の高い魔法使いだ。その分正面切っての戦いには向いてないけど。

 

「えっと、今までの話をまとめると、とにかく絶対に裏切らない戦力が必要、ってことよね?」

「ああ。だが、ハルバード家にはアテがないんだろう?」

「ひとつだけ最強のカードがあるわよ。あの人さえ来てくれれば、暗殺者の問題も、クライヴの汚職も全部片付くわ」

「暗殺者もクライヴも……? そうか、父様か」

 

 兄様が顔をあげる。私はにっこりと笑い返した。

 そう、うちには最強騎士の侯爵様がいるのだ。

 

「父様の規格外の強さなら、暗殺者の十人や二十人、簡単に返り討ちにできるわ。それにクライヴだって侯爵本人には勝てないもの。父様に助けを求めましょうよ」

「だが、どうやって危機を知らせる?」

「そこが問題なのよね……」

 

 現在のクライヴは父様の右腕だ。当然、執事として父様に届けられる全ての手紙を見る権限を持っている。下手に助けを求めても、父様の目に入る前に握りつぶされてしまうのがオチだ。

 

「暗号を使うとか? ……でも、父様にそんな小難しいことを求めても通じないわよね」

「小手先の仕掛けは、クライヴのほうが先に解いてしまうだろうな」

 

 父様、黙ってれば理知的な美形に見えるけど、中身は脳筋だからなー。

 

「何かいい伝え方はないか……クライヴは取るに足らないと見逃しても、父様だけは危機と感じるような」

「それ、難問すぎない?」

 

 私たちは頭を寄せ合って考え込む。

 

「……ハルバード侯はお前たち子供を溺愛している、という噂を聞いたんだが、それは本当か?」

 

 しばらく黙っていたフランが、ふと訪ねてきた。私も兄様も、その問いを肯定する。

 愛情の注ぎ方がちょっと歪んでるけど、あれは溺愛と言っていいと思う。

 

「だったら、こんな文面はどうだ?」

 

 そう言って、フランは手元にあった紙に文字を綴った。文面を読んだ私たちは、そのあまりに下らない内容に、思わず顔を引きつらせる。

 

「え……マジでこの内容で送るの?」

「確かに、父様ならこれを読んですぐに領地に戻って来そうですが……」

「下手したらフランが父様に殺されない?」

「その時はリリィがかばってくれ。俺を死なせたくないんだろう?」

 

 それ、余計火に油を注ぎそうなんだけど……。

 フランは、にい、と悪い顔で笑っている。ええ……あんた、そんなに腹が黒いキャラだったっけ?

 

「わ……わかったわよ! 私が守ってあげるわよ!」

 

 兄様といい、ディッツといい、フランといい!

 私の周り、しょうがない人が多くない?

 

「何もしないよりはマシです。とりあえず次の定期便で送りましょう」

「手紙が届かなかった場合はどうしよっか?」

「籠城戦だな。社交を終えたハルバード侯が城に戻るまで、この離れに隠れ住む他あるまい」

 

 戦うことも、逃げることもできないのなら、留まるしかないか。

 

「なあに、逃げ隠れするだけなら、俺の得意分野です。大船に乗った気でおまかせください」

「いつも思うけど、ディッツのその口上、信用していいのか悪いのか、判断に迷うわ……」

 

 

 



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イケメンと共同生活とかそれなんて乙女ゲー?

「差し入れもって来たわよー」

 

 フランを匿うことになった翌日、私は台所から拝借した食料入りのバスケットを持って、離れに入った。そこにはベッドに横になるフランと、何やら薬を調合している魔法使い師弟がいる。

 

「牛乳とチーズ、それからハムもあるわ。たっぷり食べて元気になってちょうだい」

 

 骨折を治療するには、カルシウムと鉄分を取らないとね!

 料理を見て、フランは眉間に皺を寄せる。

 

「そんなに持ってきて大丈夫か? あまり派手にやると、ここに住む人間が増えていると気づかれるぞ」

「平気よ。騎士団の戦闘訓練に参加するようになった従者のために、目指せムキムキパワーメニューを作ってることになってるから」

「ええー……」

 

 へにょ、とジェイドが困り顔になる。

 

「嘘は言ってないわよ?」

 

 実際、ジェイドには情報収集もかねて騎士団の戦闘訓練にもぐりこんでもらってるからねー。ちょっと差し入れのボリュームが多くなっちゃうのは、世間知らずなお嬢様だからしょうがない。

 

「……まあ、食べないことには怪我は治らないか。後でありがたくいただこう」

「今食べないの?」

「ちょうどこれから、包帯を交換することになっていてな」

「お嬢も手伝うか?」

 

 ディッツが、薬棚から包帯や消毒薬を持ってきた。フランの治療ついでに私の実習もしてくれるらしい。

 

「やる!」

「おい……リリィが治療に加わるのか?」

 

 フランが、びきっ、とおもしろいくらいに顔をひきつらせた。

 はっはっは、君の目の前にいるのは、ただのお嬢様ではないのだよ。

 

「私はディッツの弟子だもの。お手伝いは当然だわ」

「そもそも俺はお嬢に治療術を教えるためにハルバード家にいますからね。ちょうどいいので、練習台になってください」

「あ、あのっ、お嬢様が失敗しても、ちゃんと治しますから……大丈夫ですよっ」

「何一つ安心できる要素がない……」

 

 むー、失礼しちゃうわねー。

 

「あのね、治療術の教科書は一通り把握してるし、フランを助けた時だって、応急処置の手伝いはちゃんとしてるの。怪我を悪化させるようなことはしないわよ。ほら、とっとと脱いだ脱いだ!」

 

 私はフランの服に手をかけた。

 粉砕骨折した足以外にも、刀傷や擦過傷が体中いたるところにあるのだ。全部の包帯を替えるのは、3人がかりでも一仕事だ。

 

「女子が男の服を脱がせるんじゃない」

「だったら自分で脱いでよ。直接傷を見ないと手当できないでしょ」

「……女子が男の裸を見るもんじゃない」

「これは治療! 慌てなくても傷口しか見ないわよー。だいたい、11歳の子供に肌を見られたところで、問題ないでしょ」

「だからお前が……はあ、わかった……」

 

 フランは疲れたようなため息をつくと、おとなしくシャツを脱いだ。

 よし、勝った!

 

「お嬢、そっち持ってくれ」

「はーい」

「ん……よしよし、縫った場所はうまくくっついてきてるな。ジェイド、消毒液」

「はいっ」

 

 ディッツはアルコールから作ったらしい、消毒液をフランの傷口に塗る。さすが、戦闘訓練を受けた騎士。フランはぎゅっと眉間の皺を深くしただけで、それ以上表情を変えなかった。

 傷口にアルコールって、相当痛いと思うんだけどねー。

 

「切り傷のほうは、もうあとは消毒さえしておけば治るな」

「体の中はどうやって治療してるの? 大きな怪我をしたあとは、高い熱が出るわよね」

 

 傷口からは、大量の細菌が体に入り込む。怪我の治療と同時に、抗生物質を飲むのは現代医学の基本だ。小夜子も手術の後には抗生物質を飲まされた記憶がある。

 

「お、いいところに気が付いたな。そっちは飲み薬で抑える。ちょうどいい、あとでジェイドと一緒に調合してみるか」

「はーいっ!」

 

 元気よく返事をする私の隣で、またフランが眉間に皺を寄せてため息をついている。

 

「どうしたの、何か文句がありそうだけど」

「子供が調合した薬を飲ませる気か……と言おうと思ったが、普通に肯定されそうな気がしたからやめた」

「ふふっ、わかってきたじゃない」

「東の賢者の名誉のために言っておくが、いくらお嬢の作ったものでも、品質チェックはするぞ? 薬を飲ませて悪化させたらしゃれにならん」

「ってことは、デキが良ければ飲ませるのよね?」

「……デキが良ければな」

「よーし、いい薬作って、フランに飲ませるぞー!」

「……」

 

 フランがまたため息をついた。今のは止めるか応援するか迷ったあげくに、いろいろ諦めたため息だな。彼の眉間の皺が、どんどん深くなってるっぽいけど気にしない!

 この機会に治療術のレベルをアップさせるんだ!

 

 

 



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乳鉢と薬研

 現代日本と違い、ファンタジーなハーティア国では、薬の製造は工業化されていない。当然のことながら、巨大な製薬プラントだとか、化学薬品工場なんてものは存在しない。そんな状況で、人が薬を手にしようとしたら、どうしなければならないだろうか?

 個人で手作りするのだ!

 小さな材料から全部、ひとつひとつ!!

 

 というわけで、私は先日採ってきて乾燥させた薬草をごりごりとすりつぶしていた。

 11歳のか弱い女の子の体で乳鉢を使ってたらいつまでたっても終わらないので、東の国から取り寄せたという、車輪に取っ手を付けたような道具を使っている。

 あー、これなんて言ったっけ? 薬研? とにかく、三日月のような形をした器の中に材料を入れて、上から車輪で押しつぶして、粉末を作るのだ。体重を乗せられるぶん、乳鉢よりは効率がいいけど、それでもしんどい。

 

「うう……手にマメができそう」

「そのときはマメ治療の薬の実習だな」

 

 ひとりで砕けた骨の治療をしているディッツが笑う。高度な技術が必要な粉砕骨折の手当ては、さすがに手伝わせてもらえなかった。

 

「学習機会に事欠かないわね。そのほっぺたをひっぱたいて傷薬治療の実験台にしてやろうかしら」

「はっはっは、ついでに叩いた手のひらの腫れも治療対象だな」

「どんだけ薬を作るのよ……ん? 薬といえば、ディッツって、性別を変えて全然別の人間になる薬を作ってたわよね?」

「あー、そんなのもあったな」

 

 美魔女がちょい悪イケメンに変身した、あの時の衝撃はそうそう忘れられない。

 

「追手から身を隠すなら、薬を使って変身しちゃえばいいんじゃないの?」

「……それは、つまり俺が女になるのか?」

 

 治療がディッツひとりの作業になり、皺が消えていたフランの眉間にまたぎゅっと皺が刻まれた。

 

「そうそう。さすがに、性別まで変えてたらばれないと思うの」

 

 ディッツも結構な美女だったけど、フランが女性になっても綺麗だと思うんだよね。

 ネットでありがちな性転換ネタ画像が見たいなー、なんてそんなヨコシマなことは考えてないよ! ええ、考えてませんとも!

 

 私からの提案を聞いて、ディッツはぽりぽりと無精ひげの生えた顎をかいた。その隣でジェイドも困った顔になる。

 

「お、お嬢様、それはちょっと……」

「なによ、主人のお願いだっていうのに、作れないの?」

「いや、作るのはやぶさかでもねえ。だが、今飲んだら、フランドール様は二度と歩けなくなると思うぞ」

「えー!」

 

 なんでそんな物騒なことになってんの。

 

「今俺が使ってるのは、血肉から体の設計図を読みだして、骨を元の位置に戻す魔法なのな。で、ばらばらになった骨をちょっとずつ元の位置に移動させてる途中なわけだ。そんな状態で、体を骨格から作り変えるような魔法を使ったらどうなると思う?」

「骨が元の位置に戻らなくなる?」

「正解。骨が完全に歪むからやめとけ。お嬢の言う、フランドール様を生きて帰すっていうのは、『五体満足で』ってことだろ?」

「わかってるじゃない。そういうことなら変身薬は諦めるわ」

 

 さすが私の魔法使い。ちょくちょく私の命令にノーと言ってくるけど、ちゃんと先を考えた上で答えてくれるのは助かる。

 

「フランも、まさか身を守るためには足の一本くらい、とか言わないわよね?」

「当たり前だ。ここで足を犠牲にしたら、命を犠牲にしないと言った誓いを破るのと同じだろう」

 

 それに、とフランは顔をしかめて体をゆすった。

 

「数日足を固定しているだけだというのに、左足がだるくて、腰と背中が痛い。この状態で一生を過ごすのは相当な苦痛だろう。進んでそうなりたいとは思わないな」

「右足は感覚を消す魔法を使っていますが、他はそのままですからね。おつらいようなら、治療のあと体位を変えましょう」

「頼む」

 

 我慢強いフランが苦痛を口に出す、ということは、かなり痛いんだろう。そういえば、小夜子も動けない状態のつらさは嫌というほど味わってきた。

 

 ただ寝てばかりいると、筋肉や筋が固まってリハビリがつらいんだよなあ。

 何かしてあげられること、ないかな?

 

 

 



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悪役令嬢の新魔法

「というわけで、新魔法の実験をします!」

 

 フランの傷がほぼふさがったころ、私はディッツの離れでそう宣言した。

 フランの足の治療をするディッツと、おとなしく治療を受けていたフランがぽかんとした顔で私を見る。ちなみにジェイドはお城の訓練所で騎士たちと鍛錬中だ。

 

「……ちょっと前から何かたくらんでると思ったが、今度は何をする気だ」

 

 フランの眉間の皺が深くなる。

 はっはっは、その表情はここ数日で見慣れたもんねー!

 怖くないぞっ!

 

「そう警戒しないでよ。これはフランのためなんだから」

「あー、何をするつもりか知らんが、フランに魔法を使う気なら、事前に主治医の許可を取ってくれ。つまり俺な」

「わかってるわよ」

 

 ディッツは私の我儘をだいたい許容するけど、医者としての一線はきっちり引いてくるもんね。

 

「私が提案するのは、『電気マッサージ』よ!」

「……なるほどわからん」

 

 離れに重い沈黙が落ちる。

 でも、私はめげない。電気を使った治療がこの世界の人たちに理解されないのは予想済みだもんね。

 

「えっとね、体にものすごーく小さな雷を落として、マッサージするの」

「……ますますわからん」

「お嬢、ちゃんと説明してくれ」

「口で説明するより実際に体験したほうがいいわね。ディッツ、この火かき棒持って」

 

 私は、離れの暖炉わきに置いてある金属製の火かき棒を手に取った。私が持つ反対側をディッツに握らせる。

 

「この状態で、手に雷魔法を発生させる……と!」

「うひゃあっ!」

 

 私が電気を発生させると同時に、ディッツは声をあげて火かき棒を取り落とした。

 

「今いきなりびりびりっ、ってきたぞ! なんだこれ!!」

「雷魔法よ」

「なんだと……?!」

「だが、リリィは今ほとんど魔力を込めていなかっただろう。それなのに、賢者殿が驚くほどの衝撃があったのか?」

「フランも体験してみる?」

 

 私はディッツが落とした火かき棒をフランに手渡した。反対側を持って、また雷魔法を発生させてみる。

 ディッツのように叫び声を上げはしなかったものの、フランの顔が引きつって、眉間にぎゅっと皺が寄った。

 

「どうなってるんだ……? 雷を落とすには膨大な魔力が必要なはずだ」

「んー、実験してわかったんだけど、雷には伝わりやすい素材と、伝わりにくい素材があるみたいなのよね」

 

 現代日本では、小学校の理科で習う内容だ。

 

「鉄みたいな金属とか、水とかは伝わりやすい素材。木とか空気は伝わりにくい素材ね。空から雷を落とすのが難しいのは、伝わりにくい素材に無理やり電気を通そうとしているからよ」

「つまり……この火かき棒ごしなら、簡単に雷が落とせる?」

「そういうこと。実は、単に人に雷魔法を使うだけなら、この棒もいらないのよね。人間の体も、雷を通しやすい素材でできてるから」

 

 そう言って、私はフランの手をとった。そこに雷魔法を発生させる。

 

「つっ……!」

「お嬢、俺も俺も」

「はい、ディッツはこの辺とかどう?」

 

 私はディッツの腕に触ると、雷魔法を発生させた。そのとたん、ディッツの腕がびょん、と跳ねる。

 

「なんだ今のは! 雷魔法を受けた腕が勝手に動いたぞ!」

「こっちもだ。雷を受けた手が、びりびりしてうまく動かない」

「それは人間の体が、ものすごーく小さな雷で動いてるからね」

「……は?」

 

 私の説明に、ディッツが茫然とした顔になる。いつも飄々としている彼にしては珍しい表情だ。

 

「お嬢、詳しく」

「だから言った通りよ。人間の体は雷で動いてるの。えーっと、電気を流すと筋肉が縮んで、流すのをやめると緩むんだったかな……」

 

 その体を動かそうとする微弱電流を検知することで、心電図をとったり、脳波を測ったりしてたんだよねー。入院三昧の小夜子の人生では当たり前の技術だけど、この世界では未知の領域だろう。

 

「なるほど、普段微弱な雷で動いているところに、いきなり大きな雷を受けたことで、うまく動かなくなったわけか。お嬢の考えることはいつもながら予想外だな」

「それで、これをどう俺の治療に使うんだ?」

 

 ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!

 



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とりあえず服を脱げ

「今のフランは、寝たきりで全身の筋肉が凝り固まってる状態でしょ? そこに意図的に雷魔法を使って、強制的に筋肉を動かすの」

「筋肉を動かせば、血が流れる……雷を使ったマッサージか」

 

 話を聞いていたディッツが、無精ひげの生えた顎をぽりぽりとかく。

 

「ね、いいアイデアでしょ? これなら、力の弱い私でも魔力さえあればマッサージできるわ」

「使う場所を選ぶ必要はあるが……まあ、ケア方法としては間違ってないか」

「よし、主治医の許可が出たわね。フラン、脱いで!」

「何故脱ぐ必要が?!」

「さっき言ったじゃない。雷魔法には伝わりやすい素材と、伝わりにくい素材があるって。シャツみたいな衣類は、雷魔法が伝わりにくいから、直接触るの」

 

 だいたい、フランの肌なんて傷の治療でさんざん見てるんだから、今更だと思うのよね。

 

「傷の手当てと、直接ぺたぺた触るのは別の話だろうが」

「治療に恥じらいを持ち込むのはどうかと思うわ」

 

 抵抗していても、所詮相手は右足を固定されたけが人である。

 私は問答無用でフランの左足を掴むと、マッサージを開始した。

 

「痛かったら言ってねー」

「ぐっ……いいかげんにしろ……と言いたいところだが、くっ……足が……楽になっていく……」

「ふっふっふ、誉めてもいいのよ?」

 

 どうせまた眉間に皺を寄せて難しい顔をするだけだろうけど!

 と、思っていたら、不意に頭に大きな手が乗せられた。フランの手はなでなで、と私の頭をかきまぜる。

 

「ふぇっ!?」

「なんだ……お前を誉めるときは、頭をなでるといい、とアルヴィンに聞いたんだが。違ったか?」

「ち、違ってないけど!」

 

 誉めるときはちゃんと予告してから誉めて!

 手元が狂って大電流を流すとこだったよ?!

 

「雷魔法を使った治療か……使いようによっては、医学を一歩も二歩も進歩させるだろうな……」

 

 私のマッサージを見ていたディッツがなにやら考え込み始めた。

 

「……危険だな」

「どこが?」

 

 わたしがきょとんとするとディッツは器用に片方の眉だけ上げてみせた。

 

「人間の体は、小さな雷で動いているんだろう。それは、心臓や脳も同じだな?」

「そうね」

「心臓や脳に直接、フルパワーの雷魔法を食らわせたら、どうなると思う?」

「えっと……死んじゃう、かも?」

 

 現代日本では有名な武器、スタンガンと同じだ。

 人体に大電流を流せば昏倒するし、場所が悪ければショックで死ぬ。

 

「で、でもでも、事故とかで一瞬心臓が止まっちゃった人に雷を落とせば、もう一度動き出すことだってあるわよ!」

「ああ、そういう可能性もあるな」

 

 そう言いつつも、ディッツの顔は渋いままだ。

 

「……お嬢、俺だって何もこの技術を否定したいわけじゃない。多くの人間を助ける、素晴らしいものだと思う。だが、今言ったような懸念がある以上、軽々しく広めていいものじゃない」

 

 わかるな? と言われて、私はうなずくしかなかった。

 現代日本でもスタンガンは規制されてたし、大きな電流を使った医療器具は厳重に管理されていた。ディッツが言いたいのはそういうことなんだろう。

 

「……」

「しょげるなしょげるな! 何も使うなって言ってるわけじゃない。信用できる人間相手には治療していい。攻撃魔法として応用を考えるのも自由だ。ただ、俺がいい、と言うまでは他人に見せるなってだけだ」

「はーい……」

「待ってろ。お嬢が我慢しているうちに、俺が学会で発表してやるから」

「……はい?」

 

 学会? どゆこと?

 

「下手に広まるとまずいなら、うまく広めたらいいってことだ。これでも医学薬学のジャンルではそこそこ名前が知られてるからな。注意点とあわせてうまーく医学会に報告してやるよ」

 

 そういえばこの魔法使い、二つ名がつけられるレベルの薬学の権威だった!!

 

「論文にはお嬢の名前も載せる。手柄の横取りはしねえから安心しろ」

「いや別に、私ひとりじゃ論文なんて書けないから、そこはディッツの手柄でいいんだけど……」

「ダメだ。お嬢の発想あってこその結果だからな。絶対載せるぞ」

「ええ……」

 

 発想っていっても、現代日本の理科知識だから本当にどうでもいいんだけど。でも、論文の特許に何やら思い入れがあるらしいディッツは聞いてない。

 放っておくしかないのか……と思っていたら、再び頭にフランの手が乗せられた。

 

「いい師匠を持ったな」

「そうらしいわ」

 

 フランに頭をなでられて、私は苦笑した。

 

 

 



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閑話:少女の異常な感情(フランドール視点)

「リリアーナはおかしい」

 

 俺がそうつぶやくと、見舞いに来ていたアルヴィン、手当をしていた賢者殿、薬の調合をしていたジェイド、つまり離れにいた人物全員が俺を見た。

 俺が名前を出した少女自身はダンスのレッスンだとかで現在席を外している。

 ……だからこそ、口にしたのだが。

 

 

「彼女は、ハルバードで育った箱入り娘のはずだろう。それなのに、あの知識量に、状況分析力。あまりにも知りすぎている。何か特殊な情報源を持っているとしか思えない」

 

特に、俺の家庭の事情については、正確に把握しすぎていて恐ろしいくらいだ。

 

「妹がおかしいといえば……まあ、そうなんですが」

「お前は何とも思わなかったのか?」

 

 アルヴィンは、額に手を当てた。突然襲って来た頭痛を耐えるような、苦しげな表情だ。

 

「妹に関しては、生まれた直後からろくなことがありませんでしたから、深く考えたことがありませんでした」

「考えられないほどおかしいのか」

 

 そういえば、監督生として学園で面倒を見ていた時も、頻繁に妹に関する悩みを口にしていたな。その時は、ワガママだとか思慮が浅いとか、もっと別のことで腹をたてていたようだったが。

 

「去年のお茶会で大失敗したあとに反省したとかで、浪費や癇癪は少なくなりましたが……それでも、何かというと突然理解不能な主張を始めるので、もう、妹というものはそういう存在なのかな、と」

「俺も姉はいるが、たぶんリリアーナのあれは規格外だ」

「ですよね……まあ、何があっても家族ですし、今はちょっと諦めてます」

 

 ふう、とアルヴィンは疲れたような顔になる。

 

「賢者殿はどう思う。あなたは、薬師として多くの人と交流してきただろう。あの言動は異常だと思わなかったのか?」

「まあ……お嬢はなあ……」

「最初っから、変でした、からねえ……」

 

 師弟は顔を見合わせる。

 

「どこの世界に、家庭教師雇うのに国宝級の虹瑪瑙を出してくる令嬢がいるかっての」

「えっ、あの虹瑪瑙のペンダント、賢者殿にあげてしまったんですか?」

「すいません、若様。あれはもう諦めてください。弟子の薬に消えてしまいました」

「ああ……そういう事情なら返せとは言わないが……」

 

 くすくす、とジェイドが笑う。

 

「まさか、こんなところでいきなり、虹瑪瑙が手に入るなんて思わなかったよね」

「ザムドの野郎が握ってんのを、ヨダレたらしながら見てたのが、馬鹿みてえだよなー」

「ふたりは、突然そんなものを出してきたリリィを見て、おかしいとは思わなかったのか?」

「だから言ってるでしょう。変だとは思ったって」

「でも、ボクも師匠も、お嬢様がどうして変なのかは、どうでもいいので」

 

 ふたりは、きっぱりと言い切った。

 

「お嬢は虹瑪瑙ひとつで俺の命を買った。そしてこいつが生き残った。その事実だけあれば、後はいいんですよ。

 なんで虹瑪瑙が必要だって知ってたか、どうして俺たちにそこまで執着するのか、どうして雷魔法の使い方を知っていたか、そんなことに興味はありません。ただ、お嬢がお嬢のやりたいように、生きていく手助けができればそれでいい」

 

 それは、忠誠心と言うにはあまりに純粋な感情だった。彼らはその言葉の通り、リリアーナに命を捧げているのだ。

 

「で? フランドール様はどうされるおつもりで?」

 

 今度は、逆に問いが投げかけられた。

 

「あなたのおっしゃる通り、お嬢は変ですよ。ですが、そうなった原因は、お嬢の抱える秘密にあります。あなたは、その秘密に触れてどうするおつもりなんですか」

 

 いつもの飄々とした笑顔を浮かべつつも、こちらを見つめる賢者殿の目は、笑っていなかった。その隣に立つ弟子もまた、強い目でこちらを見ている。

 主人の秘密に、軽々しく触れることは許さない。

 それは彼女の心に傷をつける行為だから。

 

 触れるのであれば、相応の覚悟をしろ。

 

「……結論はまだ出ていない」

 

 俺は、軽く息を吸い込むと背筋を正した。彼らの目をまっすぐ見る。

 

「だが、軽率なことはしない、とだけは誓おう」

「ありがとうございます、フランドール様が思慮深い方でよかった」

 

 賢者殿は目はそのままに、にっこりと笑った。

 

 やはり、リリアーナはおかしい。

 こんな連中を侍らせておいて、無邪気に生きていられるのだから。

 俺は彼女の秘密に向き合うと同時に、彼らにも向き合わないといけないらしい。

 

 

 

 



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厄介な男

「あー! フランが椅子に座ってる!!」

 

 いつものようにディッツの離れを訪れた私は、中に入るなり声をあげてしまった。

 そこには、食事用のテーブルについているフランがいる。足元はまだ包帯が巻かれた状態だったけど、自然な様子で椅子に座っていた。

 

「賢者殿の治療のおかげで、足の骨がほぼ全て元の位置に戻ったからな。あとは、リハビリしながら完全にくっつくのを待つだけだそうだ」

「よかった! ずっと寝てるのってつらそうだったもんね」

 

 よしよし、椅子に座れるなら上半身は自由だな。

 こわばった筋肉をほぐすために、フランにも某国民的ラジオな体操をさせよう。あれは椅子に座っていてもできるから!

 多少見た目がマヌケだけど、気にしない!

 

「……リリィ、お前また何かたくらんでるだろう」

「いえー、なんにもー? それで、今は何をやってるの?」

 

 私はテーブルに近づいた。そこには書類が山積みになっている。

 んー? この数字一杯の書式は見覚えがあるぞー?

 もしかしなくても、この間まで私が半泣きで処理してた経理書類ちゃんたちじゃないかな?

 

「お前たちにただ匿われているのも悪いからな。今日からは、俺も汚職の証拠集めに参加する」

「本当に?! 助かる!」

 

 いやもうマジで心の底から感謝するわ!

 あの数字地獄は勘弁してもらいたいもん!

 

「俺を襲ったのも、ハルバード家に入り込んだのも、元をただせば同じアギト国の連中だ。まとめて地獄を見てもらおうじゃないか……」

 

 くっくっく、と黒い笑みをうかべるフランは、まるっきり悪の黒幕だ。やってることは、正義の味方のはずなのにおかしいなー。

 

「へえ……こんな風に分析してるんだ……」

 

 私はフランの描いた報告書に目を落とした。フランらしい、きっちりとした筆跡で、どこの数字がズレているのか、何が正しくて、どうおかしいのかが理詰めで書いてある。

 こわー。

 私がこんな報告書もらったら泣く自信あるわ。

 さすが王立学園主席卒業生。やることに隙がない。

 

「内容がわかるのか?」

「似たような書式をひたすら計算してたから、ざっくりはね。でも、こんな風に結論を導き出したりするのは無理かなあ」

「そうか。ではこれを頼む」

 

 感心している私の前に、どさりと書類の山が積まれた。その上にリリィちゃん愛用のそろばんが載せられている。

 

「んんん?」

「検算処理が必要な書類をまとめておいた。指定の紙に検算結果を記してくれるだけでいい」

「ちょっと待ってよ! 兄様から渡された書類の2倍くらいあるんだけど?」

「最終的にはその5倍くらい処理する必要がある。書類は厳選しているから、不必要な作業はさせないはずだ」

「証拠集めを手伝ってくれるんじゃなかったの? なんで私の仕事が増えてるのよ!」

 

 私は怒鳴りつけるけど、フランは全く動じない。

 

「適材適所の結果だな。お前は機械的に計算する係。俺はお前の計算結果を分析する係。お前たちが、電撃治療係と記録係を分担していたのと一緒だ」

「ちょ……もしかして、無理やり雷魔法使ったの、根に持ってる?」

「いやあ? 必要な治療だったと納得してるぞ? おかげさまで、こんなに早く椅子に座れるようになったんだからな」

 

 じゃあその邪悪な笑みは何なのさ!

 目がぜんっぜん笑ってないじゃん!

 

「それでどうする? お前がさぼれば、その分執事が逃げおおせる可能性が増えるだけだが」

 

 最近わかったことがある。

 兄様は飴と鞭を使い分けてうまく人を使うタイプだ。それに対して、フランは理詰めで退路を塞ぎ、やらざるを得ない状況を作り出すタイプだ。

 つまり、どっちも厄介で面倒くさくて困った奴らだ!

 

 やればいいんでしょう、やれば!

 

「ううう……やっと数字から解放されると思ったのになー」

 

 私は諦めてフランの向かいに座った。

 逃げたところで状況は変わらない。こういう面倒な作業は、さっさとやっつけるに限る。

 

「いい子だ」

「ふぁっ」

 

 フランの手が私の頭をなでた。

 だから! なでる時は一言予告しなさいよ!

 びっくりして手元狂うから!!

 

「お、お嬢様……っ!」

 

 計算に集中しようとしたところで、離れに新たな人物がやってきた。

 

「ジェイド、どうしたの?」

「お城に、変な人たちが入ってきた」

 

 ジェイドの報告に、わたし達は顔を見合わせた。

 

 

 



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侵入者

 ジェイドは青い顔をして離れに入ってきた。私は彼の手を引くと、手近にあった椅子に座らせる。

 

「まず落ち着いて、水でも飲みなさい。外でそんな顔をしてたら、あなたが何か知ってる、って勘づかれるわ」

「う、うん……」

 

 こくこく、と水を飲んでから、ジェイドはうなずいた。

 

「詳しく話してくれ」

「は、はい。クライヴさんの紹介状を持った人たちが城にやってきました。男の人の使用人が2人、猟師が3人です。全員顔見知りのようでした」

「使用人はともかく、領主不在のこの時期に猟師を増員するのは不自然ね……」

 

 父様は、他の貴族と同様に狩りもそこそこたしなんでいる。だから、城の近くには専用の狩場があるし、そこには獲物を管理するゲームキーパーがいる。しかし、彼らが忙しくなるのは、狩りを楽しむ領主たちが城にいる時期のはずだ。今この時期に増員する必要はない。

 フランの話だと、暗殺者は10人程度だったはずだから、残りの5人は城下町にでも潜伏しているんだろうか?

 

「えっと、旦那様たちがいない間に、騎士様たちと一緒に狩場の整備をするんだって。ターレス隊長の率いる部隊が出るって言ってたよ」

「平時に兵士たちが周辺整備をするのは普通だし……その中には狩場も入ってると思うけど……」

「暗殺者たちだけの捜索では俺が見つけられないから、ハルバード騎士団を使うつもりだな」

「人海戦術ってわけ?」

 

 そんなものに付き合わされる騎士たちはいい面の皮だ。

 

「ターレス……その名前、聞き覚えがあるな」

「なんでフランがうちの騎士を知ってるのよ?」

「いや、直接は知らない。だが……ああ、これだ」

 

 フランは、さっきまで処理していた書類のうちの一枚を取り出した。

 

「騎士団の運用資金が、ターレスの決裁を経てどこかに消えている。それも複数回」

「なるほど、クライヴの汚職仲間ね」

 

 ターレスの率いる部隊は、全員敵と思ったほうがよさそうだ。

 

「ジェイド、あなたは連中の姿を見たの?」

「と、遠目から……ちょっとだけ」

「何か気づいたことがあったら、教えてちょうだい」

 

 彼らはフランを襲っていたとき、手がかりを残さないよう黒装束を纏い、仲間の死体さえ消していた。だけど、城に潜入する場合はそうもいかない。その顔をさらして陽の光の下を歩かなければならないからだ。

 

「えっと……ぱっと見た印象は、普通の猟師さんと変わらない感じ、だったよ。投げナイフとか、針とか、隠し武器を、服に入れてた、かな? あと……みんな、腕の内側に獣みたいな模様のイレズミをしてた」

「獣のイレズミ?」

「こんな……感じ」

 

 ジェイドはテーブルの上の紙に、牙をむく獣の横顔を描いた。フランが眉間に皺を寄せる。

 

「腕の内側にこれが? よくそんなところが見えたな」

「ああ、あの、ボク、魔力を使って刻んだ模様なら、服越しでも感知できる、から」

「それはそれで、すごい魔力感知だな……。だが、この模様が暗殺者たちの組織を示すものであれば……ん? リリィ? どうした?」

 

 私は、ジェイドの描いた模様に釘付けになっていた。

 その獣の横顔に見覚えがあったからだ。

 

 彼らの名前は『魔獣の牙』。

 攻略対象のひとり、ネコミミのツヴァイが所属する暗殺者組織である。

 

 

 

 



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ネコミミ獣人はロマンだと思うの

 ネコミミのツヴァイ。

 

 ゲームの中に出てきた攻略対象のひとりだ。

 何故『ネコミミの』とついているかというと、言葉の通りネコミミが生えているからだ。いわゆる、獣人キャラである。

 

 彼らの祖先は同じ人間だ。でも、魔力の濃い霊峰の山奥に住むうちに、特殊な見た目と力を得るようになった、と伝えられている。彼らは獣人だけのコミュニティを形成して、ひっそりと暮らしていた。

 その力に目をつけたのがアギト国だ。彼らは不干渉だったはずの霊峰に分け入り、獣人を狩り、体のいい奴隷として使役するようになった。

 

 そのうちのひとりが、ツヴァイだ。

 

 彼は一族ごと暗殺者集団『魔獣の牙』に奴隷として売られ、使役されていた。道具としか扱われなかった彼らは、任務ごとに使い捨てられ、ひとり、またひとりと死んでいった。

 そしてとうとう、ツヴァイはゲーム開始の数年前に末の妹を任務先で見殺しにされ、ひとりぼっちになってしまう。

 

 当然、アギト国と魔獣の牙に強い恨みを持ってるんだけど、彼には組織に逆らえない理由があった。獣人たちには、『服従の呪い』と呼ばれる強い呪いがかけてあったのだ。

 魔獣の牙のメンバーが『戦いの言霊』を唱えれば己の意志に関係なく狂暴化させられ、『停止の言霊』を唱えれば意識を奪われ倒れてしまう。

 

 己の意志とは関係なく人の命を手にかける彼は、攻略対象の中でも1、2を争う不幸青年である。

 

 接し方をひとつでも間違えると殺されるから、めちゃくちゃ危険な相手でもあったけどね!

 

「リリィ?」

 

 フランの怪訝そうな声で、私は我に返った。

 しまった、あまりの衝撃に我を忘れて茫然としてしまっていた。こんな風に驚いていたら、不思議に思われて当然だ。

 

「え、えっと……結構怖そうな模様だったから、びっくりしちゃった」

「……そうか」

「フランは、この獣の紋章に見覚えがある?」

「いや」

 

 フランは首を振った。私はジェイドのほうも見てみたけど、従者も困った顔で首を振っただけだった。

 

 ふたりとも魔獣の牙を知らないのー?

 まあ、暗殺者集団が進んで名前を宣伝しているわけがないから、知らないのは当然かなあ……。

 

 うーん、どうしよう。

 

 獣人は危険だ。

 彼らは魔法が使えない代わりに『ユニークギフト』と呼ばれる特殊スキルをそれぞれ持っていた。それらのスキルは、生まれたときに技能が固定されてしまうけど、代わりにどの魔術体系にも入らない強力な効果があった。

 特に、ツヴァイが持っていた『アニマフィスト』は、人間の頭を一撃で吹っ飛ばすくらいの威力がある。やってることはねこぱんちなんだけど、強力すぎて笑えなかった。

 ルートによっては聖女もこの一撃の餌食になるんだよね……。

 

 ゲーム開始の時点で獣人はツヴァイひとりになってたけど、今はその4年前。ツヴァイ以外の特殊なスキルを持った獣人が他にいてもおかしくない。

 

 どうにかして、獣人に気を付けてもらわなくちゃ。

 

 でも……このことを私が知ってるのは絶対不自然だよね?

 暗殺者が獣人を連れてるって、どうやって伝えよう?

 

 



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伝えたい、伝わらない

 フランを守るために、なんとかして暗殺者が獣人を連れていることを知らせなくちゃ!

 

 私は深呼吸すると、慎重に言葉を選んだ。

 

「ねえ、この紋章って獣がモチーフになってるわよね。ということは……獣が関係している暗殺者なのかしら」

「獣、か……犬を使役する者たちなら聞いたことがあるが」

 

 そうだね!

 人間が狩りに使う動物っていったら、犬が一番ポピュラーだね!

 でも、私が伝えたいのはそこじゃない!

 

「でも、この横顔ってネコっぽくない? 鼻短いし」

「トラやヒョウが見世物になっているのは、見たことがあるが……猫科の生き物は犬に比べて躾のコストが高い。暗殺目的で秘密裡に連れまわすのは難しいだろうな」

「ああああ、あの、使い魔、とか……? 呪術の中には、動物を思い通りに操るものがある、って師匠から、聞いたことがある、よ?」

 

 そういう魔女っぽい魔法あるんだね!

 知らなかったよ!

 確かにそういう魔法使ってる暗殺者がいたら怖いね!

 

 でも、私が気にしてほしいのは、ネコミミついてる人型の暗殺者なんだよー!

 

「使い魔か……ん? リリィどうした」

 

 フランがふと私の顔を覗き込んできた。

 

「えっと……」

「……」

 

 気まずい。

 絶対変に思われてる。

 でも、このまま使い魔対策だけされても、獣人には対抗できない。

 

 私が黙っていると、フランは眉間に皺を寄せたあと、私から視線を外した。

 

「……使い魔以外の可能性も、あるかもしれんな」

「そう! 他にないかな? 獣要素のある暗殺方法!」

「ええええ、えっと……フクロウとか、タカに襲わせる……とか……?」

 

 紋章の形とだいぶ違うね!

 

「生き物から抽出した毒を使う?」

「そ、そういうのは、だいたい、蛇とか、クモとか……ですね。猫などの生き物は、毒を持ってない、ですから」

 

 へー、そうなんだ。

 ひとつ勉強になったよ。

 

「ううん、獣の牙や爪を武器に加工できるけど……暗殺向き、ではないよね」

 

 ちょっと近くなったけど、ちがうぅぅ……。

 

「……あと、獣といえば……獣の力を使う種族がいた気がするな」

 

 おお? だいぶ近いのが出てきたぞ?

 

「ど、どういう人たちなの?」

「俺も詳しくは知らん。以前小耳にはさんだ程度だ」

 

 小耳でもなんでもいいから!

 獣人だって言って!

 

「ハーティアとアギトを分ける霊峰の奥に、獣の耳と尾をもった種族がいるらしい。なんでも、俺たちが使う魔法とは、全く違うスキルを使うそうだ」

「魔法とは違う、スキル?」

 

 ジェイドが首をかしげる。

 

「属性のような区切りに縛られないらしい。ただ、強力な反面、どんな術が使えるのかは生まれた時に決まってしまうそうだが」

「すっごい強力な獣の一撃とか、使われたら怖いねー!」

 

 私が付け加えると、フランは一瞬沈黙した。息を吐いてから頷く。

 

「……そうだな。強力なスキル以外にも気を付けるべき能力があれば、もっと恐ろしいが」

「獣の耳を持ってるんでしょ? 感覚が鋭いのかもしれないわね」

「……そう、だな」

「ぼ、ボク、離れの周りをチェックしてくる! 人避けのまじないはしてあるけど、感覚が鋭いなら、それでも気づかれるかもしれないから」

「お願い!」

 

 部屋から飛び出していくジェイドの後ろ姿を見送る。

 よ、よし!

 何とか伝わった! 伝わったぞ!

 私頑張った!!

 

「……ポンコツにも程がある」

「フラン?」

「なんでもない」

 

 何がどうポンコツなのか。

 聞き返そうとしたけど、結局頭をなでなでされてごまかされた。

 



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早熟なれど凡人

「あ~も~……うまくいかないったら……」

 

 私は城の裏手の植え込みで、いつかのように寝転がった。

 少し服と髪が汚れるけど気にしない。落ち込むときには、思う存分じたばたすべきなのだ。

 フランたちに、獣人のことを指摘したけど、正直どこまでちゃんと伝わってるか不安だ。

 

 今まで、運命を捻じ曲げるためにいろいろやってきたけど、今回が一番やばいかもしれない。

 だって、相手はプロの殺し屋だよ?

 女の子ひとりが相手にするにはハードすぎない?

 

 18歳の心が11歳の体の中にあるおかげで、同世代よりちょっとだけ精神年齢は上かもしれない。でも、それだけだ。

 鋭い洞察力があるわけでも、膨大な魔力があるわけでも、高い身体能力があるわけでもない。

 頭は早熟、才能は平凡。

 きっと、私は日本のことわざの通り、『二十歳過ぎればただの人』になると思う。

 そんな自分が人の命、まして世界の運命を握ってるなんて、そんなの手にあまるどころの話じゃない。

 

『まあなんとかなりますよ、小夜子さんならきっと』

 

 って、運命の女神ことメイねえちゃんに言われてその気になってたけど、やれることは限られている。

 だからといって放り出してしまったら、その先に待っているのは破滅だ。

 結局大切な人ごと全てが消えてしまうだけ。

 

「どうしたもんかなあ」

「にゃあ」

 

 つぶやいた声に、合いの手があった。体を起こすと黒い子猫がちょこんと座っている。

 

「今日も会えたね」

 

 私は体を起こして、子猫に向き合った。

 実は、フランと喧嘩したあの日に出会ってから、子猫とは裏庭で時々遊ぶ仲になっていた。今では、私が裏庭にやってくると、向こうから声をかけてくるくらいだ。

 

 つまり、私は子猫になつかれている!

 すごくない? 実は私って、テイマーの才能あったりしない?

 

「にぃー」

 

 期待にきらきら輝く金色の瞳が私を見上げる。

 まあ、子猫の一番の目的は、私自身じゃないんだけどね……。

 

「はいはい、わかってるよー。お肉だよね」

 

 私はドレスのポケットを探ると、中から携帯用のお肉を取り出した。子猫でも食べやすいよう、小さくちぎって置いてやる。水魔法で小皿にお水を注いであげると、子猫のランチ準備完了だ。

 

「にゃあ」

 

 子猫は嬉しそうに鳴くと、すぐにお肉を食べ始めた。

 

「ふふ、かわいい」

 

 小動物って不思議だ。ただこうやって生きて、食事をしているだけなのにめちゃくちゃかわいい。そして、見ているだけでこわばった心がほぐれていく。

 

「あなたには、いつも元気をもらってるね」

「にー」

「いっそのこと、うちの子にならない?」

 

 このまま裏庭だけで会う友達、っていうのもいいけど、この世界の野生動物は放っておくとどんな目にあうかわからない。駆除されたり、誰かに連れて行かれたりする前に、ちゃんとうちの子にして、お城で飼ったほうが安全だ。

 

「うちの子になるとね、毎日おいしいごはんを食べさせてあげられるわよ。なんてったって、私はこの城のお嬢様だから。それに、とっておきのかわいいリボンもつけてあげる」

 

 子猫の金色の瞳が私を見つめている。

まんざらでもないのかもしれない。

 

「名前は……クロちゃんとかどうかな? でも、女の子だからもっとかわいい名前のほうがいいかな?」

 

 なでようと手をのばしたら、子猫は不意に体をひっこめた。

 そのまま体を翻して去っていってしまう。

 

「あー残念! でも、諦めないからね」

 

 猫ちゃんも、この世界も!

 

 



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侯爵家はつらいよ

 城に暗殺者が入り込んだ、とわかっても私たちの生活は大きく変わらなかった。下手に騒ぎ立てたところで、私たちが関わっていることを相手に知らせるだけだから。

 

「多少離れに入る手順がややこしくなっただけよねー」

 

 そうつぶやきながら、私は離れのドアをあけた。

 現在、ディッツの離れは気配消しの魔法に加え、魔力遮断、音声遮断、などの魔法がかかっている。その上、周囲には『離れの建物を気にかけない』という魔法までかけている状態だ。一般の使用人たちは、離れに人が棲んでいるということ自体忘れてしまっているはず。

 フランが見つかったらおしまいの私たちは、その魔法を崩さないよう、細心の注意をはらって離れに出入りする。

 本当は離れに行かないほうがいいのかもしれないけど、私達兄妹、特に私はずいぶん離れに入り浸ってたから、行かないと逆に目立ってしまう。

 人ひとり隠すって、本当にいろいろ面倒だ。

 

「ああ、リリィか」

 

 私が奥に入ると、テーブルで仕事をしていたフランが顔をあげた。最近のフランの定位置はだいたいここ。椅子に座れるようになったし、そろそろ、固まった右足の筋肉を伸ばすためにリハビリしたいところだ。でも、離れから出れられないせいで、ストレッチ程度しかできていないんだよね。

 

「ディッツは?」

「離れを隠す魔法のチェックがてら、外に薬草を取りに行った。ジェイドは、いつも通り訓練に参加している。昼時には戻るだろう」

「そっか。ここにランチを置いておくから、みんなで食べてね」

 

 私は厨房からもらってきた食事を、離れの台所に置く。男三人分なので、結構なボリュームだ。

 

「そうそう、朝食の時に兄様が言ってたんだけど、今日は離れに来られないって」

「何かあったのか?」

「使用人の調査。ほら、例の暗殺者たちを雇用したことが兄様には報告されてなかったでしょ? 知らない間に人が増えたり減ったりしてるのが気になる、って帳簿を調べてるわ」

 

 巨大な城を構える大侯爵は本来、末端の使用人まで把握する必要はない。覚えようにも人数が多すぎるからだ。大抵は優秀な執事や家宰を据えて管理させる。でも、今回のように執事が裏切り者の場合は別だ。自力で人の流れを把握しなければどうにもならない。

 

「クライヴのクビは決定してるけど、これから先が大変よね」

「ハルバード家は大所帯だからな。あまりにたくさんの使用人を解雇すれば、領地の業務そのものが立ちゆかない」

「かといって、クライヴの息のかかったスパイをひとりでも残していたら、またそこから人が入りこんじゃうし……難しいわね」

 

 しかも、優秀すぎるクライヴは経理担当者とか、騎士のまとめ役とか、専門的な技能の必要な管理職ばかり狙いうちしてスパイを入り込ませている。

 確かに、下っ端を何人も洗脳するより、よっぽど効率がいいけどね! まともな人間にすげ替えるこちらの苦悩も考えてくれませんかね。

 どこかに、優秀な執事と使用人と騎士が転がってないかしら。100人くらい。

 

「兄様ひとりで抱えてたら倒れちゃうから、私も手伝わないと」

 

 気合をいれたところで、フランと目があった。

 彼は何故か私をじいっと見つめている。

 

「……なに?」

「いや。お茶会の時とずいぶん印象が変わった、と思ってな」

「……っ、ま、まだあの時のことひきずる?」

 

 リリアーナ的には、最大の黒歴史なんだけど?!

 

「印象的な出来事だったからな」

「やめてー! 忘れて! あれからもう反省して、行いを改めたんだから!」

「……反省か」

「何よ?」

「お前の行動が変わったのは、それだけか?」

 



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それだけか

「お前の行動が変わったのは、それだけか?」

 

 フランに問われて、一瞬頭の中が真っ白になった。

 お茶会を境に変わってしまった私。その理由が、失敗の反省なんて単純なものじゃないのは、自分が一番よく知っている。

 良くも悪くも、元のリリアーナが強烈なキャラだったから、反省の一言で周りがなんとなく納得してくれていただけで。

 だからといって、おいそれと理由を語るわけにはいかない。

 

「そ、それだけよ」

 

 私は視線をそらして後ずさる。

 

 逃げたい。

 

 でも、フランは私の逃げを許してくれなかった。

 椅子から立ち上がって、私のそばまで歩み寄ってくる。

 

 ちょ、おま。

 いつの間に歩けるようになってんのー!

 絶対、私が逃げると思って、わざと黙ってたでしょ!

 

「本当に?」

 

 長身をかがめて、フランは私の顔を間近で覗き込んでくる。逃げたいのに、サファイアブルーの瞳がそれを許してくれない。

 不自由な右足をかばうために壁に手をついているせいで、体勢はほとんど『壁ドン』だ。

 人生初リアル壁ドンだけど、尋問されてるんじゃ全然嬉しくないよ!

 

「本当よ! 他にどんな理由があるっていうの」

「ああ。お前の抱えるものは、俺が考えるどんな理由でもないんだろう」

「だったら……」

「勘違いするな。俺はお前を追い詰めたいわけじゃない」

 

 今まさに追い詰められてますが何か?!

 

「俺はお前を……」

「にゃあ」

 

 ドアの外から、猫の鳴き声が聞こえてきた。

 一瞬、フランの注意がドアに向けられる。

 

「猫?」

 

 そういえば、人に見つからないよう部屋の中の音は外に漏れないようにしてあるけど、城の異変には気づけるよう、外からの音は聞こえるんだよね。

 

「あ、あれ、私の猫ちゃんだ!」

「おい?」

「野良猫なんだけどね、すごくなついてくれてるの。フランにも見せてあげる!」

「待て、リリィ!」

 

 逃げ場所を探していた私は、とっさにフランから離れると、出口に向かった。ドアを開けると、金色の瞳の黒猫がちょこんと座っている。

 私は子猫を抱き上げると、フランを振り返った。

 

「ほら、かわいいでしょ……」

 

 ずるり。

 手の中に抱いたはずの黒猫の輪郭が崩れた。

 黒い影が床に溶け落ちたかと思うと、それは再び別の形を結び……黒髪の女の子になった。頭には猫のような三角の耳があり、お尻には長いしっぽがある。

 

「え……」

「シャァッ!」

 

 女の子は、猫そっくりの威嚇の声をあげ、フランにとびかかっていった。

 

「くっ!」

 

 とっさに体をかばったフランの腕から、赤いものがぱっと広がる。素手で引っかかれただけのはずなのに、袖は大きく裂け、そこから血があふれ出していた。

 

「獣人……?」

 

 あの子猫が?

 どうして?

 

「リリィ、逃げろ!」

 

 手近にあった火かき棒で応戦しながら、フランが叫ぶ。でも私はそれどころじゃなかった。

 目の前の光景が理解を越えていて、全く受け入れられなかったから。

 

 どうして?

 どうしてこんなことになってんの?

 

「このっ!」

「ぎゃんっ!!」

 

 フランの一撃が、女の子をしたたかに打ち据えた。

 不利を悟ったのか、女の子は身を翻してドアから出ていく。

 

「リリィ、怪我はないか?」

 

 フランが私の顔を覗き込んでくる。

 でも、私は返事ができなかった。

 

 あの女の子は獣人だ。そして、獣人は暗殺者たちの仲間だ。

 つまり、他ならない私自身が、暗殺者をここに引き込んでしまったんだ。

 

「どうしよう……」

 

 



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逃走劇

 女の子の獣人を撃退した直後、私たちは馬に乗って森を疾走していた。

 体が小さすぎる私の馬にはフランが、ジェイドの馬にはディッツが同乗している。二人乗りしている私たちの最後尾を、兄様の馬がついて走っていた。

 

 私たちの作戦は、手紙を受け取った父様が助けてくれるのが最善。だからといって、失敗した時のことを何も考えてなかったわけじゃない。万が一、フランが見つかった時のために持ち出す荷物の準備と、逃走ルートの確認はしておいたのだ。

 

 ピィッ、と兄様が口笛を吹いた。休憩の合図だ。

 私たちは馬の足を緩めて、その場に止まる。

 

「そこの小川で、馬に水を飲ませましょう」

「わかった」

 

 兄様の指示に従って、私たちは馬から降りることにする。フランは私を鞍から降ろしたあと、ふらつきながら地面に降り立った。そのまま、よろめきながら地面に座り込む。

 

「痛みますか?」

 

 ディッツがフランの右足に手を当てると、彼は無言のまま、ただ頷いた。その額には玉のような汗が浮かんでいる。

 骨がくっついたばっかりだっていうのに、リハビリもしてない状態で、馬に乗ってるんだもん、痛くないわけがない。

 

「お嬢、この間教えた痛み止めの魔法は使えるか?」

「だ、大丈夫。できるわ」

 

 私はフランの傍らに跪くと、教えてもらったばかりの魔法をかける。じわじわと魔力が足に浸透するにつれ、フランの息が少しずつ整っていく。

 

「獣人が獣の力を使うとは聞いていましたが、まさか獣そのものに変化するとは思いませんでしたね」

 

 ふう、と息をつきながら兄様が言う。それを聞いて、ディッツが大仰にうなずいた。

 

「あの黒猫は俺も裏庭で何度か見かけてましたけどね、完全に獣にしか見えませんでしたよ。俺の作る薬でも、ああも自然に変身するのは無理です」

「ボクたちが使う属性魔法に縛られない、っていうのは、こういうことだったんだね……」

 

 目を閉じて息を整えていたフランが顔をあげる。

 

「俺たちがハルバード領に来るまでの間、どれだけ追手を撒こうとしても失敗していた理由もわかったな。まさか、人間ではなく猫がついてきているなんて思わない」

「俺たち全員、完全に盲点を突かれていたわけですね」

「あの……だから……その、お嬢様……」

「リリィ、お前が責任を感じることはないんだぞ」

 

 フランの言葉に、私は首を振った。

 

「いいえ、これは私の責任よ」

 

 他の誰にとって盲点だったとしても、私だけは気づくべきだったのだ。

 

 ネコミミ。

 獣人。

 ユニークギフト。

 そして、見捨てられて死んでいた、ツヴァイの末の妹。

 

 パズルのピースは、すべて私の目の前に並べられていた。

 私は気づくことができる立場にいたのに見逃した。

 だから、これは私の失態なのだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 私は唇をかみしめる。

 私はいつもこうだ。

 なんとかできる、って思いあがって行動して、結局は大事な人を窮地に陥れる。

 

「……俺、追手が来ていないか少し見回ってきます」

「若様、ボクも行きます」

「それじゃー俺は水でも汲んできますかね」

 

 兄様たちはそれぞれやるべきことをするために、その場を去っていった。あとには、歩けないフランと私だけが残される。

 

「……お前の責任と謝罪はわかった。それで、これからどうする気だ?」

「わかんない……」

 

 私はうなだれた。

 

 

 

 



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足掻いてから死ね

「もしかしたら、私はもう何もしないほうがいいかもしれない……」

 

 家族を救おうと両親をダイエットさせたら、別れて暮らすことになった。

 父様が活動的になったら、宰相が救われた代わりにフランが命を狙われる。

 手がかりに気づかず、暗殺者を隠れ家に引き込む。

 

 運命の女神に後押しされて運命に介入してきたけど、私の行動はいいことばかり起こしてきたわけじゃない。

 私の行動が新たな悲劇を生み出すことになるかもしれない。

 そう思うと、もう何をするのも怖くて仕方がなかった。

 

「だからといって、悪意に流されるまま死ぬ気か?」

「……っ」

「お前が言った言葉だろう」

「フランは……知らないから……! 私に何ができるのかわかってないから、言えるんだよ!」

「それは、お前も同じだろう。俺が何を知っていて、何ができるか知らない」

「私のは……そういうのとは……違うっ」

「違わない」

 

 フランが私の腕を引っ張った。顎を掴み、青い瞳が無理やり私の瞳を覗き込んでくる。

 

「足掻け」

 

 それも私が言った言葉だった。

 

「どうせこのままただ逃げていても、暗殺者に殺されるだけだ。足掻け、奴らに最大限の迷惑をかけてから死ね」

「……っ」

「お前が願うなら、どんな手段であっても、俺が手助けしてやる」

 

 じわりと視界が歪む。

 こんな最低な状況でそんなこと言うの?

 泣くしかないじゃん、こんなの。

 

「げ、言質とったからね……どんなことでも手を貸しなさいよ?」

「ああ、なんでもしてやる」

 

 ふと口を緩めて、フランは私から手を離した。私は大きく深呼吸を繰り返す。

 

 そうだ、落ち着け。

 ただ待っていても運命は良くならない。

 放っておいても世界が滅びるだけ。

 

 私の行動で悲劇が起きるなら、その悲劇の運命さえ捻じ曲げる方法を考えろ。

 大事なものを守るために、最後まで足掻くんだ。

 

 考えろ。この状況を改善するための方法を。

 私にはまだ何かできることがあるはずだ。

 

「……追手を撒くにしても、獣人をどうにかしなくちゃいけないわね」

 

 彼女の感覚の鋭さと、猫に変化するスキルは強力だ。どんなに逃げ隠れしても、相手が彼女を連れている限り、見つけ出されてしまうだろう。

 

「えっと……何か手がかりはなかったけ……」

 

 私はバッグの中から『攻略本』を取り出した。獣人ツヴァイに関する情報の中に、有効なものがあるかもしれない。

 

「いきなり日記を取り出して、何をするつもりだ?」

「ちょっと黙ってて。あと、日記を覗いたら殺すから」

 

 他人には、ポエムな黒歴史ノートに見えてるんだよね。

 そんなもの読みながら対策を考えるなんて、めちゃくちゃ痛い行動に見えるだろうけど、今はそんなことを気にしていられない。

 

 考えろ。

 どこかに、何かあるはずだ。

 聖女だって呪いを何とか躱して、ツヴァイと逢瀬を重ねていたのだから。

 

「一番いいのは、『停止の言葉』を唱えることよね」

「なんだそれは」

「獣人を操ってる呪いを逆手にとって、あの子を無理やり止めるの。でも、呪文には獣人の名前が必要なのよ」

 

 攻略の重要キーワードだから、停止の呪文自体は攻略本に書いてある。ゲーム中に何度も見たフレーズだから、余裕で暗唱できる。

 しかし、問題がひとつある。

 停止の言葉は最後に対象者の名前を呼ばなければ効果がないのだ。

 あの女の子は、死ぬ運命にある『ツヴァイの末の妹』の可能性が高いけど、その名前までは攻略本に書かれていない。

 

「……名前なら、わかるかもしれない」

「マジで?」

 

 フランの言葉に、私は素で叫びそうになってしまった。

 



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君の名は

「ど、どういうこと? フランって獣人に知り合いがいるの?」

 

 予想外のことに、私は思わずフランにくってかかってしまった。私に体当たりされて、足に響いたらしいフランは小さくうめき声をあげて眉間に皺を寄せた。

 

「……いない。前にも言っただろう、獣人に関しては小耳にはさんだ程度だ。だが、その時にこんな話も聞いたんだ。彼らは、生まれた順番に従って、名前をつけると」

「順番……一郎次郎みたいなものかしら」

「イチロウ? ……まあいい。とにかく、生まれた順に彼らの言葉で『一番目』『二番目』とつけていくらしい。だから、家族構成がわかれば名前を当てるのは難しくないはずだ」

「それ、家庭の中ではいいけど、集落の中で見たらそこら中に『一番目』がいて混乱しないのかしらね……」

「さあ? だが今、彼らの文化について考察しても意味はないだろう」

「大事なのは、順番ってことよね」

 

 私は攻略本のページをめくる。

 悲惨な生い立ちのせいか、ツヴァイは自分の家庭ことをあまり話さなかった。イベントを通してわかったのは、弟と妹がいること。彼らのことをずっと気にしていたということくらいだ。

 

「えっと……ツヴァイには弟と妹がいて、妹が末っ子だったはずだから……」

「だとすると3番目か?」

「そのはず……だけど」

 

 何かがひっかかる。

 私は攻略本のページをめくる。この中のどこかに、ツヴァイたちが使っていた獣人の古い言葉の対応表があったはずだ。

 あれを見れば……。

 

「お嬢様!」

 

 周囲を警戒しに出ていたはずのジェイドが戻ってきた。兄も青い顔で一緒に走ってくる。

 

「どうしたの?」

「あああ、あ、暗殺者たちがこっちに向かってる」

「やっぱり獣人相手じゃすぐに逃げた方向を発見されちゃうわね」

「それだけじゃない」

 

 兄様は不愉快そうに顔をしかめて、首を振った。

 

「ハルバード騎士団が一緒に追ってきている」

「かか、風の魔法で、話し声を、拾ったんだけど、魔法使いディッツが外から不審者を引き込んで、お嬢様と若様を攫って逃げた、ってことになってる」

「ひでえ話だな。俺はお嬢に忠誠を誓ってるっていうのに」

「騎士団の者は、ハルバード領の地理を熟知している。俺たちの逃走経路などお見通しだろう」

「包囲されるのも時間の問題ってわけ?」

 

 うちは、歴史ある南部の大侯爵家だ。当然、兵の士気も練度もただの地方貴族とはレベルが違う。相当なプロフェッショナルが追ってきていると思ったほうがいいだろう。

 有能な人間が敵に回ると、本当にタチが悪いな!!

 

「だからといって、このまま殺されるわけにもいかないわね」

 

 私は顔をあげて立ち上がった。その後ろでフランもゆっくりと体を起こす。

 

「立てる?」

「馬に乗るくらいならなんとかな」

「お嬢はフランドール様と一緒だ。馬に乗ったまま、フランドール様に痛み止めと治癒の魔法をかけ続けてくれ」

「ぼ、ボクがかけたほうが、効率はいい、けど」

「ジェイドの魔法は、敵と戦う時までとっておきなさい。そっちのほうが生き残る確率が高いわ」

 

 私たちは、休憩前と同じ割り振りで馬にまたがる。

 

 ただで死んでやるもんか。

 最後の最後まで足掻いてやる!

 

 



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閑話:私を殺して(獣人少女視点)

 私は道具なのだと、奴らは言った。

 

 産まれながらに獣の姿を持つ、異形の化けモノ。だから、モノとして扱われるのだと。

 

 私はモノ。

 だから、命令に従っていればいい。

 

 私はモノ。

 だから、思い通りに動かない時は殴っていい。

 

 私はモノ。

 だから、命令に失敗したら、見捨てていい。

 そのまま野垂れ死にしても構わない。

 

 だって、私はモノなんだから。

 

 家族と引き離されて、私はあちこち連れまわされた。完全な猫の姿に化けることのできる私は、斥候としてとても使い勝手がいいのだそうだ。

 だけど、いくら見た目が猫そっくりでも、猫らしくない行動をとれば怪しまれる。

 勘の鋭いターゲットに怪しまれ、殺されかけることも少なくなかった。

 

 何度目かの大けがのあと、私は奴らに引きずられるようにして国境を越えた。ハーティアという豊かな国の貴族を殺すのだという。

 森の中で追い詰めて、あと少しで殺せるというところで不可思議なことが起こった。

 青年の姿が、まるで魔法のように掻き消えてしまったのだ。

 青年の仲間は優秀だったが、隠れ身の上手い魔法使いはいなかったはずだ。川に落ちたせいで痕跡が途切れたのだろう、と奴らは川下を探し回ったが、青年の姿はどこにもなかった。

 

 どんなに川の流れが急であっても、青年の死体が見つからないのはおかしい。ならば、青年を助けた誰かがいるかもしれない。

 今度はすぐそばにある大きなお城の周辺を探ることになった。

 

 結論から言うと、青年の協力者はすぐに見つかった。

 青年の匂いを纏わりつかせた少女が城の中を歩いていたからだ。青年の手がかりを求めて近づいた私を見て、少女は目を輝かせた。

 

「か、かわいい……!」

 

 初めて言われた言葉だった。

 

 ヒトの姿をしている時は、化けモノと呼ばれるのが普通。猫の姿で街中を歩けば、迷惑な害獣として追い払われるのが当たり前だった。

 親兄弟以外で、自分を見てこんなにも嬉しそうな顔をする者などいなかった。

 

 猫のふりをして、体を寄せるとまるで宝物のように可愛がられた。

 

「ありがとう、ちょっと元気出たよ」

 

 綺麗な笑顔を向けられて、私は思わずその場から逃げ去っていた。

 奴らからの命令を遂行するなら彼女のあとをつけるべきなのだろう。だけど、怖くてそんなことできなかった。

 

 

 少女と出会って、一か月以上が経過した。

 彼女は裏庭を出歩くことが多いらしく、周囲を探索していればその姿を容易に見つけることができた。しかし、彼女が裏庭のどこへ出入りしているのか、それだけはうまく突き止められない。

 よほど腕の立つ魔法使いが、認識をごまかす魔法を使っているのだろう。

 

 その魔法をかいくぐるのがお前の仕事だろう、と奴らに言われるが、わからないものはわからないのだからしょうがない。

 このまま、見つけられないままでいればいい。

 

 いつものように裏庭を歩いていると、少女が植え込みの裏に寝転がっていた。いつも元気な彼女にしては珍しく、悩み事があるようだ。

 

「にゃあ」

 

 でも、私が声をかけると少女はぱっと顔を輝かせた。

 

「今日も会えたね」

 

 そう言うと、てきぱきと食事の用意をしてくれる。私は早速、肉にかじりついた。

 成果が出せないことに苛ついている奴らは、最近ごはんをくれない。

 少女のくれる食事が文字通りの命綱だ。猫のままでいれば、これくらいの食事でもなんとか生きていける。

 

「ふふ、かわいい。あなたにはいつも元気をもらってるね」

「にー」

「いっそのこと、うちの子にならない?」

 

 そう言われて、どくんと心臓が跳ねた。

 

「うちの子になるとね、毎日おいしいごはんを食べさせてあげられるわよ。なんてったって、私はこの城のお嬢様だから。それに、とっておきのかわいいリボンもつけてあげる」

 

 それはなんて魅力的な提案だろう。

 私がただの猫だったら、1も2もなく飛びついていると思う。

 

 でも、私は猫じゃない。少女の匿う青年を追って来た暗殺者だ。

 この体には呪いが刻まれている。逃れようとしても、奴らが言霊を唱えれば従わされてしまう。

 

「名前は……クロちゃんとかどうかな? でも、女の子だからもっとかわいい名前のほうがいいかな?」

 

 盛り上がっている少女から、私は逃げた。

 無邪気な少女の声を聞き続けるには、私はあまりにもみじめだったから。

 私はモノだ。

 女の子に可愛がられる獣ですらない。

 こんな自分がそばにいられるわけがない。

 

 命令そっちのけで、少女のことばかり考えていたせいだろうか。

 私は気が付くと小さな小屋の前にいた。初めて見る建物だ。

 今まで裏庭はくまなく捜索したはずなのに、なぜか一度も見かけたことはなかった。

 ドアの隙間から、少女の匂いがしている。

 無意識に少女のあとをつけてしまっていたらしい。

 

「にゃあ」

 

 小さく声をあげると、すぐにドアが開いて、その奥に少女と黒髪の青年の姿があった。

 

 その後のことは思い出したくもない。

 奴らに刻まれた命令に突き動かされるようにして青年に襲いかかり、反撃された。逃げ出す時にちらりと見た少女の顔は蒼白で、今にも泣きそうだった。

 

 私から情報を引き出した奴らは、すぐに少女たちを追った。

 彼らはうまく痕跡を消しながら逃げているけど、感覚の鋭い自分には全てたどれてしまう。

 嘘を言おうとしても、そのたびに言霊によって意志を縛られる。

 

「見つけたぞ、馬をつぶせ!」

 

 やめて。

 あの子を追わないで。

 あの子を殺さないで。

 

「畜生、馬がねえのにまだ逃げるか」

「大丈夫、歩きで遠くまでは行けねえさ」

「足の悪い男と女子供で、俺たちから逃げられるわけないからな」

「化けモノ! 痕跡をたどれ!」

 

 お願いだから、私を殺して。

 

 

 



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暗殺者たちの道具

「はあっ……はあ……っ……」

 

 私たちは、徒歩で夜の獣道を進んでいた。

 馬はない。途中で追手に殺されてしまった。

 

 持てるだけの荷物を持って、行けるところまで逃げる。それが今、私たちにできる精一杯のことだった。

 

「リリィ!」

 

 唐突にフランが私の腕を引っ張った。

 思わずしりもちをついた私の目の前を赤く輝く何かが横切っていく。遅れて、風を切るような音がやってきた。

 

「火矢……!」

 

 振り向くと、黒装束の怪しげな集団がすぐ後ろまで迫ってきていた。

 

「貴族のお坊ちゃんたちだと思っていたら、なかなかどうして、手こずらせてくれる」

「ただでは死なない、と誓っているんでな」

 

 フランは私を背にかばいながら油断なく槍を構えた。兄様たちもそれぞれに武器を持ち、周囲を警戒する。彼らにかばわれる裏で、私はこっそりと目くらましの準備をする。

 暗い森の中だ。

 この場をしのいで木々に紛れれば、まだ逃げる余地があるかもしれない。

 

「言っておくが、俺たちを振り切ろうとしても無駄だぜ? こっちには便利な道具があるんでな」

 

 そう言って、彼らは荷袋の中から何かを出した。

 

「う……ああ……」

 

 ソレ、は黒髪の女の子だった。頭に猫のような三角の耳と、おしりに長いしっぽが生えている。彼女は暗殺者たちに引きずられるまま、よろよろと前に出る。最初は気づかなかったけど、彼女の服はぼろぼろだった。ところどころに赤黒いシミがついている。

 

「こいつは感覚が鋭くてね。あんたたちがどんなに気配を消しても見つけ出せる」

「……ずいぶん、お疲れのようだけど?」

「ご心配なく。ちょいと呪文を唱えれば、俺たちに道を指し示す。そうなるよう躾けてあるんでね」

「躾? 呪いで無理やり縛ってるだけじゃないの!」

 

 私は思わず怒鳴りつけていた。

 どんなことがあったとしても、女の子をぼろぼろになるまで傷つけていい理由があるわけがない。

 

「威勢のいいお嬢様だ。じゃあまずはあんたからコイツの餌食になるか? 戦わせてもそれなりに使えるんだぜ」

「はぁ?!」

 

 ネコミミの女の子は、ふるふると首を振った。

 

「や……だ……」

「お? まだ抵抗する気かよ。お貴族様にエサもらえたのがそんなに嬉しかったか? そんなところだけ畜生らしくしっぽ振ってんじゃねえよ」

「その子を侮辱するのはやめなさい!」

 

 様々な人種がいることを知りながら育った小夜子の影響だろうか。

 私には女の子が『獣人』という別の生き物だとは思えなかった。耳がついていても、しっぽがついていても関係ない。

 言葉が通じて、心があるのなら、彼女はヒトだ。

 道具として扱われる存在じゃない。

 尊重されるべき、ひとりの人間だ。

 

「はっ、そんなに気にいったんなら、あんたにやるよ」

 

 暗殺者は、女の子の耳元で何かをささやくと、私たちに向かって彼女を放り投げてきた。

 

 

 



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あの子の名前

「おい……嘘だろ?!」

「下がって!」

 

 思わず女の子を救助しようと身構えたディッツを、私は止めた。

 警戒する私たちの前で、女の子は髪を逆立てる。

 

「フーッ!!」

 

 この豹変ぶりは、ゲームでも見た。『戦いの言霊』による狂暴化だ。

 さっき耳元に囁いていたのが、呪文に違いない。

 やせ細った女の子の体のどこにそんなパワーがあったのか、猛烈な勢いで爪を繰り出してくる。

 

「リリィ!」

「わかってるわよ! 凍結《ゲフィーエレン》、四番目《フィーア》」

「なにっ?!」

 

 私が叫ぶと同時に、女の子の体が地面に崩れ落ちた。

 

「どうして、その呪文を……!」

「ごめんなさいね、手品の種は明かさない主義なの」

 

 そう言いつつも、私は思いっきり冷や汗をかいていた。

 あ、当たっててよかった~~~~~!

 ゲームでわかってるツヴァイの家族構成は、両親と弟と末の妹。それだけ考えれば末の妹は『三番目《ドライ》』だ。でも、彼らには単純にその数え方が当てはめることはできない。

 なぜなら、ツヴァイの名前が彼らの言葉で『二番目《ツヴァイ》』だから。

 物語には出てこないけど、姉か兄か、一番目と呼ばれる子供が彼の前に生まれていたのだ。だとすると、末の妹は上から数えて四番目《フィーア》になるはず。

 

 自分たちの手駒を唐突に無力化されて、暗殺者たちに動揺が走る。

 そのチャンスを見逃す私たちじゃなかった。

 

 ジェイドが目くらましの煙幕を発生させ、私たちは走り出す。

 

「お嬢、こいつどうなってんだよ!」

 

 ネコミミの女の子を抱えて走りながらディッツが言う。

 

「服従の呪いがかかってるの! ディッツは呪いに詳しいんでしょ? なんとかして!」

「いきなり無茶ぶりすんな! やれることはやるけど!」

 

 そう言ったかと思うと、ディッツは走りながら女の子に何かを飲ませる。

 

「何やったのよ」

「超強力な眠りの呪いをかけた」

「何やってんのよ!」

「大丈夫だって、服従の呪いより強いからどんな命令うけても起きねえよ。完全に治すのはあとでやればいい」

「あとがあればの話ですけどね!」

 

 先頭を走っていた兄様が、手をあげて足を止めた。たたらを踏みそうになりながら、私たちも慌てて立ち止まる。

 

 木々の間から明かりが見えた。

 私たちが目指す先に、松明を持つ騎士たちがいる。彼らは悠然と馬に乗り、私たちが森から出てくるのを待ち構えていた。

 

「坊ちゃま、お嬢様、出て来てください」

 

 そう呼びかけるのは騎士隊長のターレスだ。

 主君の子供たちが見知らぬ者と一緒にいるというのに、騎士たちは冷静に私たちを見つめていた。心配する気配も、迷う気配もない。

 彼らはフランごと、私たちを獲物と捉えていた。

 

「ここはお出かけには向いておりません、お城に帰りましょう?」

 

 ことさら優し気な声が響いた。騎士たちの間から仕立てのよい執事服を着た男が前に出る。

 

「クライヴ……」

 

 有能にして最悪な執事、クライヴもまたこの場にやってきていた。

 

 

 



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裏切りの執事

 木々の間に隠れていても無駄、と判断した私たちはゆっくりと彼らの前に出た。

 

「王都にいるはずのお前がどうしてここに?」

「親切な部下から、領内に不審者が入り込んだと報告を受けましてね。心配になって城に戻ってきたのですよ」

 

 クライヴはフランを見て大仰にため息をつく。

 

「戻ってきて正解でしたね。槍を携え、魔法使いと結託する者など放置しておけませんから」

「要はスパイからフランが逃げ込んだって聞いて、慌てて帰ってきたってことでしょ」

 

 私が指摘すると、クライヴはぴくりと眉を震わせる。

 

「領内にスパイなどいませんよ」

「じゃあ、あれはどう説明するのよ」

 

 ざざ、と音をたてて私たちの後ろから黒装束の男たちが出てきた。

 

「ああ、あれは私の古い友人です。怪しい者ではありません」

 

 獣人連れた黒装束集団のどこが怪しくないというのか。

 まあ、これだけ関係をべらべら喋る、ってことはここにいる騎士は皆クライヴに取り込まれてしまっているんだろう。下手したら全員アギト国民かもしれない。

 

「坊ちゃま、その不審者をこちらに引き渡してください。無用な争いはしたくありません」

 

 どっちにしろ殺す気のくせに。

 彼らの秘密を知った私たちを生かしておくわけがない。

 全員皆殺しにして、その罪をフランとディッツになすりつけてお終いだ。

 そんなことにさせたくない。でも、正直なところほぼ手詰まりだった。

 

 馬はない、人手もない。

 フランは足を怪我しているし、気絶したままの女の子だって抱えている。

 どう考えても、ここを切り抜けるのは無理だ。

 

 でも、諦めない。

 私たちは誰ひとりとして、こんなところで死ねない。

 

 考えろ。

 最後まで足掻くために。

 

「ねえクライヴ、私と手を組まない?」

「ほう?」

「このまま私たちを殺しちゃったらどうなると思う? 跡取のいなくなったハルバード家は求心力を失うわ。ばらばらになった侯爵家じゃ、甘い汁を吸えなくなっちゃうわよ?」

 

 実際、ゲームでは兄がいなくなったとたんハルバード家は傾く。

 クライヴならその未来が予測できるはずだ。

 

「それにね、この槍を持ってるお兄さん、ミセリコルデ宰相の息子さんにとーってもよく似てるの。城の地下に監禁して、うまく使えば身代金が稼げるわよ。後ろの黒服の人たちも、それを望んでるんじゃないの?」

「なかなか魅力的なご提案ですね」

「私、将来商売上手な奥様になりたいの」

「ですが、お断りです」

 

 執事はきっぱりと拒絶した。

 

「最近のお嬢様は、妙に小賢しくていらっしゃる。下手に話に乗れば、寝首をかかれるのはこちらでしょう。正体を隠すためなら、少々の損は致し方ありません」

 

 何度も思ってることだけど、有能な執事が敵に回ると本当に面倒だな!

 

 キレてる私の隣で、兄様がジェイドに目配せした。

 

「行けるか?」

「はい!」

 

 何かするつもりだ。その気配にターレスが敏感に反応する。

 

「坊ちゃまを止めろ!」

「遅い!」

 

 兄様が手を頭上に上げると、空から大量の雨粒が落ちて来た。騎士も、暗殺者も、私たち以外が全員水浸しになっていく。

 

「なんだ……水魔法?」

「濡れただけだぞ?」

「ジェイド、やれ!」

 

 兄様の命令と同時に、ジェイドが水たまりに手をあてる。そして、フルパワーで雷魔法を発動した。

 

「ぎゃああああああっ!」

 

 突然の衝撃に、騎士も馬もパニックになってのたうち回る。

 兄様が作り出した雨水のせいで通電しやすくなってたところに、ダイレクトに雷魔法を喰らったのだ。しかも、魔法を発動したのは私の何十倍もの魔力を持つジェイドだからたまらない。

 

「このスキに逃げるぞ!」

「待てっ」

 

 走り出そうとした私たちの前に、ターレスの巨体が立ちはだかった。

 雷魔法を喰らったはずの彼は、平然と剣を構えている。よく見ると、彼の取り巻きらしい兵も何人かは無事で、私たちに武器を向けている。

 

「くっ……」

 

 私たちは、その場でにらみ合った。

 

 

 



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裏切りの騎士

「少しは頭が回るようだが、まだまだ場数が足りませんなあ、坊ちゃま」

 

 ターレスはゆっくりを剣をこちらに向ける。

 

「何かある、と感じて雨をすべてはじいて正解でした。いやはや、こんな怪しげな魔法、どこで習ってきたんですか」

「妹の思い付きだよ」

 

 兄様が答えると、ターレスはちょっと目を見開いたあと、大笑いした。

 

「はははっ、クソガキお嬢様がそんなこと考えるわけないでしょう! この状況でまだ嘘をつくとはね!」

 

 嘘じゃないぞー!

 雷魔法は私が考えたんだからね!

 ジェイドのほうが使うのうまいけど!

 

「今生の別れになるのが残念です」

 

 ターレスと部下たちが走り出した。

 私も加勢しようとして……いきなりフランに放り投げられた。そのまま、獣人の女の子を抱えるディッツに突っ込む。

 

「守ってろ!」

 

 フランは叫びながら槍をターレスに振り下ろした。

 ぎぃん、と嫌な音をたてて、フランとターレスが切り結ぶ。

 

 ちょっとー!

 どういうことよ! 私だってちょっとくらいは戦えるんだけど?

 

「お嬢、おとなしくしてな」

 

 いつかの時のように、女の子ごと全力で抱きしめられる。その手は簡単には外せそうになかった。

 

「いくら魔法が使える、っていってもお嬢は11の子供だ。それに、どんな命も失くしたくない、っていう気質は殺し合いには向いてねえ」

「それは……そうだけど!」

「騎士が一番に守るべきは、お姫様だろう?」

 

 おとなしく守られておけ。

 

 ディッツの言うことは、わかりすぎるくらいわかっていた。

 私に戦闘は向いてない。

 誰も傷つけたくないし、どんなヒトの命も奪うのは怖い。

 でも、だからといって傷だらけで戦う彼らの背中をただ見るしかできないのは嫌だ!

 

 ターレスの部下たちは、兄とジェイドを分断する作戦のようだった。さっきはうまくかわしたけど、また同じ攻撃をくらってはたまらないから。

 ふたりは善戦しているけど、雷魔法で大きく体力を使ったせいで、徐々に疲れを見せ始めている。

 

 フランもまた、ピンチだった。

 ターレスの剣を槍でさばき、魔法も使いながら戦っているけど、ここぞという時に力負けしてしまっている。

 

「ふん……お前、右足を怪我しているな? 踏ん張りが足りないぞ」

「うるさい」

 

 フランが剣をかわした瞬間、ターレスは右足を蹴りつけてきた。うめき声をあげて、フランが片膝をつく。上から振り下ろされた剣を、フランは間一髪のところで槍ではじく。しかし、ターレスの猛攻はフランに体勢を整える隙を与えてはくれなかった。

 

「フラン!」

 

 嫌だ。

 こんなのは駄目だ。

 私は世界を救いたい。兄様も、ジェイドも、ディッツも、フランも、大切な人全部守って、みんなで楽しく暮らしたいんだ。

 こんなところで死なせたくない。

 

「いい加減にしなさいよ、馬鹿ぁぁっ!」

 

 私は腹立ちまぎれに、ポケットの中に入っていた閃光手榴弾《スタングレネード》をターレスに投げつけた。一瞬できた隙を使って、フランはなんとか間合いを取る。

 でも、それがフランの限界だった。

 

 かろうじて槍を構えているものの、あちこち血を流すその姿はぼろぼろだ。立っているだけでやっとなんだろう。

 それがわかっているのか、ターレスはにやにやと笑いながら、ことさらゆっくりとフランに近づいてきた。

 

「は……ひとりで逃げればまだ勝算があっただろうに。こんなクソガキかばってご苦労なことですな」

「俺はこいつを守ると決めたんだ。見捨てられるか」

「へえ? まさかアンタそういう趣味? お貴族様の感覚はわからんねえ。まあ奥様に似て綺麗な顔はしてるがね」

「黙れ」

「お前を殺したあと、俺がたっぷり可愛がってやるよ!」

 

 ターレスが大きく剣を振りかぶる。

 ガキンという金属がぶつかりあう音が森に響いた。

 

 

 



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本物の騎士

 ターレスの剣は、フランに振り下ろされることはなかった。

 いや、振り下ろされはした。でも、その直前で何者かがその切っ先を叩き切ったのだ。

 

「誰が、何だって?」

 

 戦場に涼やかな声が響いた。

 争っていたはずの騎士たちも、思わず手を止めてその声の主を見る。

 

「誰がなんだって? 言ってみろ、ターレス」

「だ、旦那、様……っ」

 

 そこには、ユリウス・ハルバード侯爵が静かに立っていた。だらりと降ろしたその手には、ぼんやりと赤く光を放つ炎の魔法剣が握られている。

 単に剣を持って立っているだけ。それなのに誰よりも恐ろしい。

 

「ターレス、それからお前たち。死にたくなければ今すぐ剣を下ろせ」

 

 父様に睨まれた騎士たちは、次々に手から武器を落とした。あまりの恐怖に、戦う気すら失せてしまったらしい。

 

「うわああああああっ!」

 

 いや、ただひとりターレスだけが懐に差していた短剣を持って襲い掛かった。父様は表情一つ変えることなく剣を振るい、ターレスの短剣を斬って捨てた。ついでとばかりに腹に膝を入れ、あっさり気絶させてしまう。

 

「もう向かってくる者はいないな? ……ジェイド、全員に縄をかけろ」

「わ、わかりました!」

 

 ジェイドがあわてて動き出す。ディッツも一緒に走っていったから、手伝ってくれるつもりなんだろう。ひとりでこの人数を拘束するのは大変だ。

 

「お父様! どうしてここに?」

「どうしてって……お前が手紙を出したんだろう。『最近変な男の子に好きだって付きまとわれて困ってるの』って」

「出した……けど」

 

 私が出したのは、なんというか、小学校で困った男子がいるのーくらいのノリの手紙だ。執事なら一笑に付して片付けてしまうような幼稚な内容。

 そんな子供の他愛もないお話を真に受けて、領地に飛んで帰ってくるのはお父様くらいだよ?

 

「城に戻ってきたら、至急の用件ができたとかで先に戻ったはずのクライヴはいないし、騎士団は誘拐されたお前たちを探しに出たというし……」

「それで追いかけてきたの?」

 

 こく、と頷く父様。

 変な手紙をもらって領地に帰ってきたら子供の誘拐騒ぎだもん。そりゃびっくりして飛び出すよね。

 

「街道を馬で走っていたら、ちょうどこの辺りから異様な音と光がしてな」

「派手に大立ち回りをしていましたからね」

「それに、以前リリィが屋敷で爆発させたあれ……スタングレネードだったか、あれによく似た音がしたから、ここだと思って来たんだ」

 

 苦し紛れの閃光手榴弾だったけど、役に立ってくれたらしい。

 私たち兄妹の無事を確認して、ほっと笑顔になった父様はくるりとフランの方を向いた。

 

「それで、リリィにつきまとっているのはお前か?」

 

 父様の目がフランを捉える。

 そこにはターレスに向けたのと同じレベルの殺意が宿っていた。

 やばい、マジで『娘に変な虫がついた!』って思ってる!

 

「ち、違うの、それは誤解! フランはむしろ命がけで私を守ってくれたの!」

「そうか?」

「うん、大事なお友達なの! 殺しちゃ駄目!」

「……」

 

 いい意味でも悪い意味でも、権力に無頓着な父様は、娘に害ありと思ったら宰相家を敵に回してでもフランを殺しかねない。

 せっかく守り通したのに、こんなところで死なせるわけにはいかない!

 

「傷つけたら、お父様とは口きいてあげない!」

「……………………わかった」

 

 ようやく父様は剣を鞘にしまった。

 最強騎士心臓に悪い。

 

「父様、細かい話はあとで話します。まずは、この事態の収拾をつけないと」

「そうだな。ターレスにクライヴに……ハルバードの主要メンバーが裏切り者とは、大変なことになったな……」

 

 私たちは、累々と転がる暗殺者と騎士たちを見て重い溜息をついた。

 

 

 

 



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後始末までが遠足です

 クライヴたちスパイを拘束して、城に戻ってから一週間後。

 私たちは地獄を味わっていた。

 

「兄様、朝渡されたぶんの書類は処理できたわよ」

 

 私は執務机に向かって仕事をしている兄様の目の前に書類を置いた。顔をあげた兄様はすぐ脇に重ねておいた書類の束を私に渡す。

 

「ありがとう、次はこっちをやってくれるかな?」

「……お祭りの協賛金ね。企画の精査もしておいたほうがいい?」

 

 私からの提案に、兄様はほっとしたような苦笑いを浮かべる。

 

「お願い。最終チェックはこっちでやるから」

「はーい」

 

 私の用件が終わると、今度は父様だ。

 

「アルヴィン、この予算計画書だが……」

「それはもうチェックが終わってるので、父様はサインさえしていただければ結構です。終わったら練兵場のほうをお願いできますか」

「わかった。後は頼む」

 

 父様は自分のデスクに戻ると、必要な箇所にサインをする。終わると同時に、騎士たちをまとめる仕事へと足早に向かっていった。

 その後ろ姿を見送っていると、別のデスクで作業をしていたフランが手を上げる。

 

「アルヴィン、騎士団運営費の補正予算案ができたぞ。そっちに……」

「ああ、先輩は立たなくていいですよ。まだ足が治りきってないんですから」

「私が運んであげるわ」

 

 私は席を立つと、フランの作った書類を兄様のデスクまで運ぶ。

 治りかけの状態で森を走り回った上、ターレスに足を蹴られたフランはいまだに松葉づえ生活を送っていた。城に戻って改めて検査したら、くっついたはずの骨にヒビが入ってたんだよねえ。フランの足は災難続きだ。

 

「しかし……部外者の俺が予算案策定にまで関わっていいんだろうか」

「しょうがないじゃない、人手が足りないんだから! 生きてるなら部外者だって使うわよ」

「クライヴとターレスに加えて、彼らの息のかかった使用人や騎士もまとめて地下牢送りになりましたからねえ」

「多いとは思ってたけど、まさか城勤めのスタッフの半分近くがいなくなるとは思わなかったわ……」

 

 おかげで、広いハルバード城は人が減ってがらんとしている。

 ……地下牢だけは罪人がすし詰め状態でぱんぱんだけど。

 

「もう少し穏便に人員を入れ替えたかったわね」

「しょうがない、彼らはスパイを引き入れた上に軍を動かし、領主の子供を殺そうとしたんだ。全員捕らえて処分しなくては、領主の面目が立たない」

「わかってるわよ……」

 

 それでも仕事が多くてつらいのは変わらない。

 

「牢に入ってる中で、戻ってこれそうなメンバーっているの?」

 

 獄中の使用人の中には、直接人殺しに関与しなかった者も多い。

 ハルバード領の法に照らし合わせた場合、2~3日の労役ですむ軽犯罪がほとんどだ。

 戻ってきたら手伝わせるのもアリかもしれない。

 

「いや……今回は難しいだろうな。彼らは全員で結託して、外国からのスパイ活動を支援していた。下手に野に放てばハルバード家を初めとしたさまざまな機密情報があちらに流れるだろう。恐らく全員、二度と陽の光を拝むことはないと思うよ」

 

 二度と陽の光を見ない、ということはつまり……やめよう。

 深く考えるたらヤバい結論になりそう。

 

 仕事に集中しよう、と書類に目を落としたところで、誰かが執務室のドアをノックした。

 

 

 



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私の専属

「失礼します」

 

 執務室に入ってきたのはジェイドだった。人が少ないせいで、ジェイドも城の中をあちこち飛び回っている。

 

「若様、医局管理者代理をしている師匠から、薬品の発注申請を預かってきました」

「ありがとう。……いやに多いな?」

「それがどうも、投獄中の前医局管理者が薬を着服していたようで……。棚卸してみたら、全然薬品が足りなくなっていたそうです」

「あいつら本当にろくなことしないわね!」

 

 立て直しをする私たちの身にもなってほしい。

 

「わかった。発注は許可するから、至急薬を補充しておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 ジェイドが兄様から決裁済みの書類を受け取る。そこで再びドアがノックされた。

 

「失礼します。ランチをお持ちしました」

 

 入って来たのは、小柄な女の子のメイドだった。黒髪に金色の瞳が印象的な女の子で、頭には猫のような三角形のふわふわな耳がついている。メイド服のスカートに隠れて見えないけど、おしりには長いしっぽも生えているはずだ。

 

「ありがとう、フィーア」

 

 彼女はあの日、暗殺者たちから奪ったネコミミ獣人少女だ。

 ディッツに呪いを解いてもらったおかげで、今では完全に自由の身だ。しかし、子供ひとりでは行く当てがない、というので以前言った通り、『うちの子』になってもらうことにした。

 マナーや読み書きはまだまだだけど、良く働いてくれるから助かっている。

 

「食べながら仕事するから、適当にデスクに置いておいてくれるかな?」

「わかりました」

「あ、ボクも手伝うよ」

 

 ジェイドは書類を一旦置くと、フィーアと一緒にお茶をいれ始めた。

 くりくりの黒髪の美少年と、黒いネコミミ美少女メイドが並んで給仕……!

 なんて絵になる、そしてなんてかわいい光景なの!

 ブラボー! 誰かこのスチルスクショして! SSDに永久保存するから!!

 

「ご主人様……?」

 

 私にお茶を運びながらフィーアが首をかしげる。

 うーん、困った顔もかわいい。美少女とネコミミのコラボ最高か。

 

「リリィの奇行は今更だ」

「フランは黙ってて! あ、そうそう」

 

 私はドレスのポケットを探った。フィーアに会ったら渡そうと思ってたものがあるのよね。

 

「何ですか?」

「約束のプレゼントだよ」

 

 私が出したのは、赤いリボンだった。

 

「前に言ったでしょ、とっておきのリボンをあげるって」

「でも……あれは猫の姿の時の話ですし」

「約束は約束よ。黒髪に金の瞳だから赤い色が似あうと思うのよね。それに、私の専属メイド、っていう目印にもなるでしょ?」

「わ、私がご主人様の専属?」

 

 フィーアがの目がまん丸になった。

 

「おお、お嬢様、本気ですか?」

 

 フィーア以上に驚いたらしいジェイドが声をあげた。

 

「そろそろ女の子の側近が欲しかったのよねー。ジェイドひとりじゃ、着替えの手伝いとか困るじゃない?」

「ううぅ……それはそうですけどぉ……」

 

 使える人材はとにかく使う!

 それが今のハルバード家のモットーです!

 

「フィーアもそれでいいわよね?」

「はいっ、精一杯ご主人様にお仕えします!」

 

 こくこく、と頷くフィーアの首元にリボンをつけて、リボンタイ風にする。

 うん、私の見立ては間違ってなかった。

 赤いリボンのフィーア、めちゃくちゃかわいい。

 

「……元暗殺者なら護衛としても優秀になるかもしれないね。いい配置かもしれない」

「本人は単純に気に入ったメイドを側に置きたいだけのようだがな」

「兄様もフランも、余計なコメントはいりませんー」

 

 むう、と頬を膨らませたところで、三度ドアがノックされた。

 今度入ってきたのは、年かさのメイドのひとりだ。

 

「若様、お嬢様、お客様がいらっしゃいました」

「客?」

 

 誰だろ?

 

 

 



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お客様

 練兵場にいた父様と合流して応接室に入ると、そこにはブラウンの髪をしたおじさまと、同じ色の髪の上品な女性がいた。

 

 彼らは、私たちと一緒に入ってきたフランを見ると、一斉に駆け寄ってくる。

 

「フラン……!」

「よく……生きて……」

 

 フランに触れるふたりの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「父上……姉上……どうしてふたりともわざわざ……」

「行方不明の弟が見つかったのよ、駆け付けるに決まってるでしょ」

 

 上品な女性、多分フランのお姉さんのマリアンヌさんは、そのままぎゅうっとフランを抱きしめた。フランは一瞬、眉間に皺を寄せたけど、すぐに姉の背中に手を回した。

 ちょっと恥ずかしい、って思ったけど、お姉さんをなだめるのが先、って判断した顔だなーあれは。

 

「それにしても到着が早すぎませんか」

「ハルバード家から早馬の知らせを受けて、すぐに馬車を走らせたからな。……とにかく、生きたお前の顔が見れてよかった」

 

 おじさま、つまりミセリコルデ宰相閣下もほっと息をつく。

 

「お忙しいのに……お手を煩わせてしまいました」

「謝るような話じゃないだろう」

 

 ふたりを見てると、どっちも本気でフランの生還を喜んでくれているのが伝わってくる。

 ほらねー、やっぱりフランはいらない子なんかじゃないんだよー。

 にこにこしながら3人を見守ってたら、フランがこっちを見て、嫌そうに眉間に皺を寄せた。なんでだ。

 

「……ハルバード侯爵、ありがとうございます。息子の命を救っていただいたこと、感謝してもしきれません」

 

 息子の顔を見て落ち着いた宰相閣下は、父様に向き直ると深々と頭を下げた。

 

「いえ、私は偶然部下を止めただけですから。礼なら何日もご子息を匿い続けた息子と娘にしてあげてください」

「ほう?」

 

 父様の武勇で事件を解決したと思っていたんだろう。宰相閣下は驚いて私たち兄妹を見た。

 

「父上、感謝はまずそちらのリリアーナ嬢に。暗殺者に襲われて崖から落ちた俺を、彼女が危険を顧みず助けてくれなければ、そこで死んでいました」

「えっ」

 

 いや、確かに助けろって命令したのは私だけど、救命処置をしたのはディッツだよ?

 あとそれから離れでフランを守ってたのは兄様もジェイドも一緒なんだけど。

 

「ふふ、かわいらしい上に勇敢なのね。なんて素敵なレディなのかしら」

 

 マリアンヌさんが目をキラキラと輝かせて私を見る。

 その上、宰相閣下は正式な騎士の礼を私に贈ってきた。

 

「息子の命を救ってくれたこと、感謝します」

 

 ええええええええ、ちょっと待って!

 こんな目上の人に礼をされるなんてどうしたらいいかわかんないんだけど!

 えっと、淑女の礼? 淑女の礼で返せばいい?

 ああああこんな時に限って、マナーに精通してるメイドも、母様も側にいないし!

 

「も、もったいないお言葉です。私は当然のことをしたまでですから」

 

 淑女の礼を返すと、宰相閣下とマリアンヌさんはにっこりとほほえんだ。

 た、多分これで正解なのよね?

 

 ふっと顔をあげたら、フランと兄様が笑いをこらえているのが見えた。

 面白がるなあああああ!

 ふたりとも、あとで見てなさいよ!

 

「人の命を助けるのは当然、と言いつつも、実行に移せる者は少ない。君はとても立派なレディだ。……お礼に何かプレゼントさせてくれないかな?」

 

 え、プレゼント?

 いいの? 本当に?

 いいって言ったら本当におねだりしちゃうよ?

 周りを見回すと、父様も兄様も、ついでにフランも「いいよいいよ」って顔をしている。

 ……ミセリコルデ宰相家はめちゃくちゃ大きな家だし、ちょっとくらい大きなものをお願いしてもいいよね?

 よ、よーし、おねだりしちゃうぞー?

 

「じゃあ、人が欲しいです! 有能な人材を紹介してください!」

「……は?」

 

 宰相閣下は鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。

 ぶは、とフランが耐えきれずに吹き出す。

 

 なんだよー!

 今一番必要なのは、人でしょー?!

 

 



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悪役令嬢がほしいもの

「なるほど……そういうことか」

 

 私に『人が欲しい!』と主張され、混乱した宰相閣下に説明すること小一時間。スパイの一斉検挙で大変なことになっているハルバード家の現状をやっと理解してもらうことができた。

 

「だからって、いきなり人材紹介しろはないだろ、リリィ……。もうちょっと令嬢らしいことは言えなかったのか」

 

 兄様は額に手を当ててため息をつく。

 

「だって、おしゃれにしろ、趣味にしろ、領地が混乱してちゃ楽しめないじゃない」

「それはそうだが……」

「いや、自分の楽しみよりまず領民を想う、良いことじゃないか。ハルバード侯、良いお嬢さんを持ちましたな」

「自慢の娘です」

 

 娘を誉められて、父様がにこりとほほ笑む。

 

「そういう事情なら、私どもの持つコネクションをフルに活用して、ハルバード家に必要な人材を全て揃えて差し上げましょう」

 

 全部? すごい、宰相閣下太っ腹!

 私は単純に喜んだけど、それを聞いた兄様と父様が腰を浮かせた。

 

「いえ、そこまでしていただくわけには……!」

「あまりにも人数が多すぎます」

 

 んー、息子を助けたお礼といっても、さすがにもらいすぎってことなのかな?

 本気で人を補充しようと思ったら、10人や20人じゃきかないもんね。宰相家でも、それだけ人をかき集めるのは一苦労だと思うし。

 

 でも、宰相閣下は平然としている。見かねてフランが口を開いた。

 

「父上、ハルバード侯は腹芸の通じる方ではありません。下心があるなら、正直に話したほうが早いですよ」

「お前にはお見通しか」

 

 息子につっこまれて、宰相閣下は笑い出す。

 

「……下心、とは何でしょう」

 

 隠された意図がある、と明言されて、さすがのおっとり父様も身構える。宰相閣下は、いえいえ、と手を振った。

 

「お互いに利のある提案ですよ。必要な人材はこちらで揃えます、その代わりハルバード侯、王国騎士団第一師団長になってはいただけないでしょうか」

 

 父様が第一師団長?

 なんでそんな話になってんの?

 今度はハルバード家のメンバーがぽかんとする番だ。

 

「……第一師団長マクガイアが汚職に手を染めていた、という話はご存知ですか」

「噂には聞いていましたが、事実だったんですか」

「ええ。つい一週間ほど前に告発したところです」

 

 フランが襲われる原因になった事件だよね。

 

「現在マクガイアは拘束され、関わった者たちと共に処刑されることが決まっています。……ここで問題になったのが、後任人事です」

「イーサン・グレイシア卿を推す予定だったのでは?」

 

 フランが不思議そうに口をはさむ。

 グレイシア卿は知らないけど、私も首をかしげる。宰相閣下ほどの人が、後任人事も考えずに師団長のクビを切るわけないもんね。

 

「彼は死んだよ」

 

 宰相閣下は、彼が何故死んだのかは語らなかった。

 でもそれだけでおおよその事情は伝わる。地位に固執するマクガイアのことだもん、自分の後釜候補が誰か知ったら、殺しにかかるよね。

 

「私はできるだけ早く、決してアギト国に屈しない強い騎士を第一師団長に推薦しなくてはなりません。ハルバード侯、あなたほど適した人材はいない」

 

 こっちの苦境を助ける代わりに師団長職を引き受けてほしい、ってことか。

 悪い話じゃないと思うけど?

 

 しかし、父様は首を振った。

 

「それは……無理です」

 

 

 

 

 



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せめて一年

「現在のハルバードは、執事と騎士団の隊長を失って混乱しています。こんな状況で第一師団長と侯爵業のふたつを同時にこなすのは不可能です」

「侯爵の領主としてのお仕事に必要な人材は私が用意します。事務的な作業は彼らに任せればいい」

「優秀な部下がいるから、と任せた結果がこの惨状です。領地の立て直しは、ハルバードの者が采配しなければ、領民は納得しないでしょう」

 

 うーん。

 父様の意見は正論だ。領地の立て直しは、失態を犯した侯爵本人が責任持ってやらなくちゃダメ、っていうのはわかる。

 でも父様はクライヴにお願いしないとダメなくらい、領地経営下手じゃん……。

 宰相閣下に素直に甘えたほうがいい気もするんだよなあ。

 

「父様の第一師団長就任が、あと1年先ならまだやりようはあるんですけどね」

 

 兄様がため息をつきながら言う。

 

「一年後、って何かあるの?」

「俺が学園を卒業できる。領主として跡を継ぐ資格が得られれば、すぐ領地を引き受けることができるだろう」

 

 そういえば兄様は学園の2年生だった。今はもう学年の終わりの時期だから、あと1年通えば、卒業だ。

 

「アルヴィンにいきなり領地を任せるのは早くないか……?」

「ついさっきまで、執務室で仕事を回していたのは兄様じゃない」

 

 ぶっちゃけ、今の時点でもう既に兄様のほうが上手に仕事をこなしている。卒業後すぐに代替わりしても、全然問題ないと思う。

 

「アルヴィンが卒業するまでの間、どうするかだな……」

 

 ハルバード侯爵位は世襲制なので、兄様が父様の跡を継ぐのはほぼ決定事項だ。それでも、王国の領主として最低限クリアしておかなければならない資格というものがある。それが、『王立学園の卒業資格』だ。

 どんなに他が優秀であっても、学園を卒業していない者は貴族社会で一人前と認めてもらえない。だから、領主になるなら必ず学園で卒業までのカリキュラムをこなさないといけないんだよね。

 

 一瞬、兄様に留年してもらうことも考えたけど、それもダメだ。ストーカー騒動の時と違って、父様の騎士団長職は10年単位で続く可能性がある。その間ずっと留年しっぱなしというわけにはいかない。最後には卒業しないと。

 

 マクガイアが告発されてしまった今、すぐにでも次の第一師団長を決めなくちゃいけない。

 兄様が領主になるためには、あと1年学園に通わなくちゃいけない。

 

 あとちょっとで解決できそうなのに、あとちょっとで解決できない。

 私たちは、みんなそろって頭を抱えてしまった。

 

「何かないかなあ……」

 

 ふと顔をあげると、フランと目があった。

 彼は何故かじーっと私を見ている。

 

「何?」

 

 フランは私の言葉に答えず、にいっと口の端を吊り上げた。

 おい、なんだその悪い笑顔は。

 すっごく嫌な予感がするんだけど?

 

「父上、ハルバード侯爵、俺からひとつ提案があります」

「何か思いついたのか?」

「アルヴィンが学園を卒業するまでの間、リリアーナ嬢を領主代理にしましょう」

「えええええええええええ?!」

 

 思わず、令嬢らしくない叫びが口から飛び出した。

 何言ってくれてんの?!

 

 



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気が付いたら外堀が埋まってた件について

「フラン……? いくらリリアーナ嬢が優秀といっても、まだ子供だぞ?」

 

 宰相閣下が顔を引きつらせながら言った。

 マリアンヌさんや父様も同じように困惑した顔になっている。

 そうだそうだー!

 私は11歳の女の子だぞー!

 

「俺は無茶を言った覚えはありません。彼女なら可能です」

「確かに……リリィならできなくはない、か」

「兄様?!」

 

 なんで兄様まで納得してるのー!

 

「ハルバード家で起こった執事の汚職事件、証拠集めをしたのは他ならない、リリアーナ嬢だ」

「私は検算してただけだよ! 細かい分析は兄様とフランの担当だったじゃない」

「だが、そのおかげでここ10年の金の流れは把握しているだろう」

「……ざっくりとしかわかんないよ?」

「まずはそれだけ理解していれば十分だ」

 

 どこがどう充分なのさああああ……。

 

「それに、毎日『タイソウ』と称して使用人の顔を見に来るお前は、彼らに信頼されている。お前が城に残るならついてくる者は多いだろう」

「ええ……そうなの……?」

 

 国民的ラジオな体操はほぼ趣味でやってたんだけど……。

 

「頭の回転は悪くない、業務も把握できている、その上使用人に慕われるハルバードのご令嬢だ。永続的には無理でも、一時的な領主代行ならこなせるんじゃないか」

「ちょっと待ってよ!」

 

 私はフランに向かって身を乗り出した。

 

「うちの使用人は私についてくるかもしれないけど、新しい人材のほうはどうするの。さすがに、女の子が上司じゃ来てくれないと思うわよ」

「その点は成人ずみの補佐官を置けば解決できるだろう」

「そんな人材、どこにいるのよ?」

 

 フランは真顔で自分自身を指さした。

 

「ここに。俺がお前の補佐について、ハルバードに残ろう」

「え」

「父上がこれから集めてくるのは、宰相家ゆかりの者たちだ。息子の俺が間に入れば、摩擦を最小限に抑えることができるだろう」

 

 確かにフランは優秀だ。

 その仕事ぶりは、ここ何日も見て来たからよくわかる。

 勘弁してよぉぉぉ……フランのサポートつきなら領地の仕事が回せそう、とか思っちゃうじゃん……。

 

「なんでそこまでしてくれるの……」

「言っただろう、お前が足掻くのなら、どんな手段であっても、俺が手助けしてやると」

 

 言ってたけど!

 てっきり、あの場限りの台詞だと思ってたよ!

 まだ有効だなんて思わないじゃん!!!

 

 どうにも返事できなくて、私は苦し紛れに宰相閣下とマリアンヌさんを見た。

 

「宰相閣下はいいんですか? やっと再会した息子さんなのに、一緒に帰らなくて……」

「命を救ったご令嬢のために息子が決めたことなら、構いません」

「あまり反対する理由もないものね」

 

 いいのかよ!

 それでいいのか宰相家!!

 フランが跡取じゃないからって、進路の自由度高すぎない?

 

「リリィはそれでいいのか?」

 

 父様が私に尋ねた。

 多分、父様は私が本気で「嫌だ!」って言ったら、何があっても許してくれる。

 第一師団が壊滅しようが、兄様が学園を卒業できなかろうが、好きにさせるだろう。

 でもだからこそ、甘えちゃいけない時もある。

 

「……いいわ。領主代理、やってみる」

 

 父様も兄様も、領民も使用人も、誰ひとり見捨てるわけにはいかないから。

 

「ただしフラン! あなただけは馬車馬のようにこき使うから、覚悟しててよね!」

「ああ、望むところだ」

 

 こうして、私は11歳でハルバードの領主代理になった。

 

 

 



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悪役令嬢の新たな日常

「フラン、こっちの書類終わったわよー」

 

 11歳の女の子を領主代理に任命する、っていう無茶ぶりから三か月後。私はハルバード城の執務室で必死に仕事をこなしていた。

 父様と兄様はもうこの城にはいない。ミセリコルデ宰相とともに、騒動の後始末を付けるために王都に行ってしまった。今、この城にいるのは私と、補佐官として残されたフランだけだ。

 

「上申書の承認は完了、経理は担当の者に明日処理させればいいから……今日の業務はこれで終わりだな」

「やったあ~~……」

 

 フランの業務終了宣言を受けた私は、羽ペンを放り出して机につっぷした。

 

「や、やっと寝られる……」

「よく頑張ったな」

 

 私の行儀の悪さを咎めるでもなく、フランが頭をなでてくれる。されるがままになでなでを堪能しながら私はぼやいた。

 

「しょうがないじゃない……フランも使用人も、みんな頑張ってくれてるのに一人だけさぼれないもん……」

 

 ハルバードを守るため、私がたったひとりで城に残ることになった、と聞いた古参の使用人たちは、お嬢様をお守りせねば! とびっくりするくらい奮起してくれた。その熱意は新しくやってきた使用人にも伝わったらしく、来る人来る人「なんてけなげなお嬢様だ!」と熱心に働いてくれる。

 熱は熱を呼び……今やハルバード城は働き者の巣窟である。

 そんな中で、神輿に担がれている私が『疲れたから休みたい』なんておいそれと口にできない。

 

「だが、過密スケジュールは今日で終わりだ。人材がそろって、余裕のあるシフトが組めるようになったからな。使用人たちでできる仕事を、わざわざお前がやる必要はない」

「……ってことは、朝イチの計算地獄はナシ?」

「なしだ」

「ランチしながらの経理チェックもナシ?」

「なしだ。それから、食事休憩の時間はちゃんと確保する」

「夜……もっと早く寝ていい? 毎日」

「起床時間も1時間遅れていい」

「やったあああああ………」

 

 宰相閣下、人を送ってくれてありがとう!

 やっと人間らしい生活ができるよ!!

 余裕のある暮らしバンザイ!

 

 領地の運営がヤバいときに、つらいとか言ってられないのはわかってるけど、根性論で仕事をこなすのはブラック企業のやることだ。短期的にはなんとか回っても、長期的には破綻する。

 今はやる気になってくれてる使用人たちの熱も、いつか冷める。

 その前にまともな運営体制を整えることができてよかった。

 

「頑張ったご褒美に、明日は丸一日オフにしておいた。好きなようにごろごろしていていいぞ」

「マジで?! あああああ……絶対朝寝坊してやるぅぅ……」

 

 まだ机に上半身を投げ出したまま、うなっている私のところに、ふわんといい匂いがただよってきた。

 おや……? これはもしかして、私の大好物のジャム入り焼き菓子では……?

 

「もうひとつのご褒美だ。焼き菓子とお茶で打ち上げしないか?」

「する!」

 

 執務中の休憩場所として使っているソファセットのテーブルに、フランがお菓子を並べてくれる。私は嬉々としてソファに座ると、早速お菓子に手を伸ばした。

 夜中のお菓子が体に悪いのはわかってるけど、お仕事頑張った今日くらいはいいよね?

 

 お菓子をかじっていると、目の前にフランのいれたお茶が置かれる。

 ジェイドのいれたお茶もいいけど、フランのお茶もおいしいんだよね。

 

「おいしい……」

「喜んでいるようで何よりだ」

 

 フランは苦笑しながら私の隣に座る。彼も優雅な手つきでお茶を口に運んだ。

 

「私にお休みくれるのはいいけどさ、フランもちゃんと休んでよ? 補佐官のあなたが倒れても、仕事が回らないんだからね」

 

 凡人の私と違って、本物の有能補佐官フランは、私の十倍以上の仕事を抱えている。当然、仕事時間も多いわけで。彼は私以上に寝てないはずだ。

 

「ちゃんと体調管理はしている。……が、気持ちは受け取っておこう」

「そういう事言う人が、ある日突然倒れたりするんだからね」

「使用人のこともそうだが、お前はずいぶん優しい気遣いをするな」

 

 フランが珍しく口もとを緩ませる。

 こらぁああああ! 普段悪の黒幕みたいな笑いしかしない奴が、いきなりデレるな!

 どう反応していいかわかんなくなるだろ!

 

「ひ、人として当然のことよ!」

「とても、あのお茶会で会った少女と同一人物とは思えないな」

「は」

 

 今、なんて言った?

 

「お前はお茶会で反省した、と言っていたが、俺はまだ納得していない」

 

 ぎし、とソファが鳴った。

 隣に座っていたフランが、いつの間にかティーカップを置いて、その手で私をソファに囲い込んだからだ。

 壁ドンならぬ、ソファドンだ。

 

「リリアーナ、お前の行動が変わったのは、それだけか?」

 

 あれ?

 なんだこのデジャブ!!!

 

 

 



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萌えシチュ?何それおいしいの

「な、なんの話かなー……」

 

 私はフランから目をそらして、そこから逃げ出そうとした。

 しかし、彼の長い腕が進行方向を遮っていて、それを許してくれない。

 誰か呼ぼうにも、ジェイドを含めた使用人たちはとうに寝ている時間帯。父様も兄様も遠くはなれた王都だ。

 こいつめ、普通に言ったら私が逃げると思って、わざわざこの時間帯、しかも囲い込みやすいソファに私を座らせてから話を振ったな?

 理詰めで退路を塞ぐ策略家なんて大嫌いだ!

 壁ドンとかソファドンとかって、乙女ちっくなシチュじゃなかったっけ?

 なんで地獄の門番に尋問されてるように気分にならなきゃいけないの。

 マジで怖いんだけど!

 

「リリィ、教えてくれ。お前に何があった」

「知らないっ」

 

 どうしようもなくて、ソファに顔を埋めた私の耳に、フランがため息をつくのが聞こえてきた。

 あれ……結構落ち込んでる感じ……?

 なんで?

 追い詰めてるのそっちだよね。

 

「……前にも言ったが、俺はお前を追い詰める気はない」

「ソファドンまでしといて?」

「どん……? まあいい。俺はお前の力になりたいんだ」

「……力?」

 

 顔をあげると、フランは複雑そうな顔で私を見ていた。いつも冷静な彼らしくない、困り顔だ。

 

「お前には、大きな秘密があるんだろう。おそらく今の俺からでは想像もつかない内容だ。しかしそれは……お前ひとりでどうにかなるものなのか?」

「……え?」

「俺にはどうも、お前がその秘密を抱えきれずに無理をしているように見えてな」

「あ……」

 

 フランの指摘は正しい。

 実際、私は獣人に関する情報を持っていたのに、うまく扱いきれずに危機を呼び込んだ。

 父様が助けてくれたらよかったものの、私たちだけでは全滅していただろう。

 私ひとりじゃ世界は救えない。

 

「俺はお前を助けたい。だから、その秘密を俺に分けてくれないか? 何かしたいことがあるなら、その方法を一緒に考えよう。お前が足掻くなら、どんなことでも手助けしてやるから」

 

 フランの目は真剣そのものだった。

 心から、私のことを心配してくれている。私が行く道を一緒に歩こうとしてくれている。

 それは何よりも嬉しい気持ちだった。

 

「……なんで、そこまでしてくれるの」

「命を救ってくれた恩人を助けたいと思うのは、おかしいか?」

「おかしく、ないけど」

 

 じわりと目頭が熱くなる。

 子供みたいに泣いてしまいそうだった。

 

 フランの気持ちは嬉しい。

 魔王みたいな顔をしてるけど、本当はすごく優しくて誠実な人だ。

 彼が味方になってくれたら、こんなに心強いことはない。彼と一緒ならどんな敵とだって戦えそうな気がする。

 でも、私が戦う相手は世界だ。

 宰相となったフランが、その運命に屈して死んでいく姿を何度も見た。

 彼を私の運命に巻き込んでいいとは思えない。

 

「だ、ダメ。やっぱダメ」

 

 私はぐいぐいとフランの胸を押した。

 右足が折れてる時だったら、少しはバランスを崩してくれたかもしれない。でも、リハビリして鍛え直している騎士の体はびくともしない。

 

「秘密を漏らす恐れがある、というなら魔術契約でも何でも使って縛ればいい。俺はお前を裏切る気はない」

「そういうことじゃなくて」

「能力的な不安か? お前よりは作戦立案が得意だと思うぞ?」

「そういう意味でもなくて。……あの、すごく危険だから」

「まあ、会った時に死にかけていたから、戦闘力に不安があるのはわかるが……」

「フランに槍を持たせたら強いのは知ってるって。私が言ってるのはそういう危険だけじゃなくて、もっと大きなものだよ」

 

 私はフランの青い瞳を睨む。

 

「フラン、あなたに王様の首をすげ替える手伝いができる?」

 

 

 

 



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王様の首をすげ替えろ

「王の首をすげ替える? どういう意味だ」

「言ったままよ。私はやらなくちゃいけないことがある。でもその目的を達成するためには、王室の解体……最低でも現国王夫妻を排除する必要があるの。王子様が国に残るかどうかは、彼の行動次第ね」

 

 世界救済のために、今の腐った王室は邪魔でしかない。

 今は大きな実力差があるけど、いつかは退けなければいけない相手だ。こんな大それたことに、フランを巻き込むわけにはいかない。

 

 でも……フランはそれを聞くと、大きく息を吐いて肩を落とした。

 

「なんだ、そんなことか……」

「そんなことって、どういうことよ! 勝手に王様の進退語ってるんだよ? だいぶ頭がヤバいこと言ってるって思わないわけ?」

「国王夫妻の可及的速やかな退位と、王子への権限移譲は宰相家と大臣たちの間では決定事項だ。現在、まともな貴族は王子の成長を待ちながら、王妃を排除するタイミングを見計らっている」

「……え」

「国の行く末を妙に知っているお前が、それを言い出したところで、特に驚きはしないな」

 

 そういえば、フランの実家は宰相家。つまり国王のすぐそばで国に関わる政治のスペシャリスト集団だった。

 彼らがあの横暴王妃と影の薄すぎる王を見て、何とも思わないわけないか……。

 

「宰相家が、何故『とどめの剣《ミセリコルデ》』の名前を冠していると思っている。失道した王に引導を渡すのもまた、ミセリコルデの役割だ」

「怖ぁ……。王政っていっても、王様が最高の絶対権力者ってわけじゃないのね」

「お前は妙なところで世間知らずだな……強力なカリスマがトップに立てば国は安定するが、逆にトップが狂えば国全体が病む。国を蝕む愚かな王を廃して国をまともに運用するのは、国政に携わる高位貴族の仕事だ」

「そういうものなんだ……」

 

 なんか、ファンタジー世界の王様って、国の権力を全部牛耳ってるもんだと思ってたわ。

 

「考えてもみろ、建国王と聖女の血筋とはいえ、王族も所詮人間だ。長い歴史の中ではどうしたって能力的に君主たりえない者も出る。その時に道を正すシステムがなければ、国という大きな組織を長く続けることはできないぞ」

 

 さすが国を支える宰相家で育った男。政治に対する視点が違う。

 正直、どうやって王様たちを引退させたらいいかあんまりいいアイデアがなかった私より、ずっと堅実に状況を見据えているみたいだ。

 

「それで?」

 

 ぎし、ともう一度ソファが鳴った。

 フランが私に顔を寄せる。

 

 近い近い近い!

 見た目11歳でも、情緒は18歳なんだから、もうちょっと手加減して!

 

「世間知らずのお前が、何故無謀にも王室排除を目標にする? 説明してもらえるんだろうな?」

「う……」

 

 フランには、もう私の事情に巻き込まれる覚悟がある。

 これ以上、抗いきれない。

 

「いいけど……何を聞いても絶対に、嘘だとか妄想だとか言わないでよね?」

 

 私は全てを洗いざらいぶちまけることにした。

 



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建国神話

「……ふむ、そうか」

 

 深夜、フランに問い詰められた私は、全ての事情を彼に打ち明けた。

 最初の約束通り、私が何を話しても否定することなく聞いていたフランは、ゆっくりと頷く。

 

「つまり、話を要約すると……お前は世界を救うために運命の女神が異世界から遣わした神子、ということか?」

「すっごく簡単にまとめるとそうなるわね」

 

 なんか、そこだけ聞くと自分が大層な存在っぽく聞こえるけど。

 ただし『悪役令嬢』という単語自体はさらりと流された。理解不能な概念だったみたいだ。

 

「お前の言動が年の割に大人びているのは、異界で18歳まで生きた記憶があるから。異常に世界情勢や家の事情に精通しているのは、聖女の視点で未来を垣間見たからであり、予言が記された書物を持っているから。……で、あってるか?」

「だいたいそれでいいと思う」

 

 というか、私の要領を得ない説明でここまで把握できるってすごいな。

 さすが王立学園主席卒業生。理解力がハンパない。

 

「異界の魂を受け入れたというのなら、いきなり人格が変わったことに説明はつくが……。今のお前はひとつの体にふたつの魂が入っている状態だろう。元々のリリアーナとしての意識はどうなってるんだ?」

「うーん、どっちも私、って感じ? リリィとして考えてる時もあるし、小夜子として考える時もあるけど、どれも自分の中の一面って印象だなー。ほら、人間の意識って多面体だし」

「……はあ」

「リリアーナ自身が積極的に今の状況を受け入れてる、ってとこも大きいかな? そのままワガママ放題に育てられてたら、王妃様に利用されたあげくに、王子様との婚約も破棄されて家ごと滅亡するだけだったから」

 

 素敵な淑女になって、幸せに生きたいっていう、最終目標は一緒だからね。

 

「ふむ、お前が納得しているのなら、それでいいのか」

 

 そう言ってフランはまた少し沈黙する。

 眉間に皺が寄ってるから、まだ何かひっかかるところがあるっぽい。

 

「その……ゲームとやらがよくわからないのだが……世界を救う方法を幾通りもシミュレーションをするのはわかるとしても、何故わざわざ恋愛をする必要が?」

「それは聖女の力の根源が、恋だからよ」

「……建国神話にも似たような話があったな」

「あれに書かれてる伝説は、ほぼ事実よ」

 

 設定の裏を知っている私は断言する。

 

「聖女様は建国王に恋をした。そして、彼を救いたいという愛の力で7人の勇士の力を束ねて厄災を封じたの」

「まるで現実味のない話だから、てっきりおとぎ話だと思っていたが」

「事実は小説より奇なり、ってやつね。でも……」

「わかっている、お前の語る言葉を否定する気はない。……少し受け入れがたかっただけだ」

 

 それ、疑ってるって言わない? とは思ったけど言わないでおいた。

 荒唐無稽な話を疑いつつも、受け入れた上で結論を出そうとする態度は十分誠実だ。

 まあ……生まれた時から聞かされてるおとぎ話が、ほぼ事実と言われたら困るよね。

 私も桃太郎が事実、とか言われたら何それって思うし。

 

「私たちにとって、この伝説が他人事じゃないのが困るところなのよね」

「ああ、ハルバードもミセリコルデも、聖女に力を貸した勇士の家系だからな」

 

 世界を滅ぼす厄災と戦ったのは聖女と建国王だけではない。伝説には彼らに協力した勇士7人の名前が記されている。厄災を封じたあと、国を開いた建国王に勇士たちは臣下として仕えた。ハルバード、ミセリコルデ、クレイモア、カトラス、モーニングスター、ランス、ダガー。武器の名前を冠する7家はいずれも勇士たちの末裔なのである。

 

「ゲームの目的は、聖女の恋を支援し勇士7家を守ること。ということはつまりこの先に待ち受けているのは……」

「厄災の復活よ」

 

 

 



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世界救済同盟

「私と聖女が15歳になる4年後、王都に大きな地震が起きるの」

 

 私は未来で必ず起こる、最も重要な出来事を伝えた。

 

「その地震自体はすぐにおさまるわ。でも、それが原因で王城の地下深くで厄災を封じている聖女の力が弱くなってしまうの」

「弱くなるだけか?」

「元がすごく強力な封印だからね、ちょっとヒビが入ったくらいじゃ壊れないわ。でも、厄災にとってはそれで充分。ゆっくりと月日をかけて削っていって、さらに3年後に封印が完全に解き放たれてしまうのよ」

 

 それを聞いて、フランの眉間にきゅっと皺が寄る。

 

「もし伝説が事実なら、大災害になるな……」

「世界は普通に滅ぶと思うわ。でも、厄災に対抗する力も同時に生まれるの」

「それが聖女だな」

「ええ。私の目標は伝説の再現。聖女が勇士をまとめて世界を救うための、お膳立てをすることよ」

 

 フランは首をかしげる。

 

「お前自身が世界を救うんじゃないのか?」

「厄災を封じるのはあくまで聖女の仕事。ただの悪役令嬢が恋をしても、厄災を封じるような力は出ないもの」

「……努力しておいて、最後の最後は人任せか? だったら最初から聖女に生まれていればいいような気がするが」

「それじゃ手遅れになっちゃうからねえ」

「地震から封印が破られるまでには、3年の猶予があると言ってなかったか?」

「ううん、そっちは大丈夫。手遅れになるのは勇士候補のほう」

 

 フランは目を瞬かせる。まだ少しぴんときてないみたいだ。

 

「んー、ゲームの通りの歴史だと、マクガイアの事件で宰相閣下もマリアンヌさんも死んでたのよね」

「なに」

 

 フランがぎょっとして顔をあげる。

 まあまあ、そんなことにはならなかったんだから、いいじゃない。

 

「有能な宰相閣下と跡取が死んだあと、分解しかかった家を支えるためにフランが無理やり宰相になるんだけど……そんな状況で聖女に『世界を救う手助けをしてください!』って言われて、参加する余裕あると思う?」

「ないな」

「ハルバード家も似たような感じで、ゲーム通りなら私は王子様の婚約者として王宮をひっかきまわしてるし、父様と母様はマシュマロボディでのほほんとクライヴに操られたまま、家嫌いになった兄様はアギト国に亡命しちゃうの」

「それはなかなかの悪夢だな……」

「他の7家も同じよ。それぞれ問題を抱えてて、世界救済どころじゃないの」

「同じも何も……ダガー家は随分前に断絶してなかったか?」

 

 そういえばそんな家もあったな。

 まあそれはそれで別のフォローを考えるとして。

 

「で、事前に悲劇を食い止めるために、ハルバード家の令嬢になったわけ」

「あらかじめ対策するために子供時代から介入する、という意図はわかるが……やはり聖女以外になる必要性が見えてこないな。聖女としても幼少期から活動できるのは変わらないと思うが」

「今の聖女の家は地方の貧乏貴族だからねえ。15歳で王立学園に入学するまでは、領地から出ることすらできないもん。そんな状況で侯爵家や宰相家の悲劇を止めるのは無理でしょ」

 

 私の意見を大人が聞いてくれるのは、名門ハルバード侯爵家のお嬢様だからだ。

 平等の意識のないこの世界では名門お金持ちのお嬢様、という肩書ほどチートな武器はない。

 

「……そういうことか」

 

 ふう、とフランがため息をつく。

 いろいろ話して疲れた私もティーカップを持つ。お茶はすっかり冷えてたけど、今はそのほうが心地よかった。

 

「だいたい秘密は話したつもりだけど、フランはどうする? 一緒に世界を変える? それともやっぱりやめておく?」

 

 私はもう一度フランに尋ねた。

 覚悟はあるって言ってたけど、こんなトンデモ話を聞いたあとで、同じ思いでいられるかどうか、わかんないもんね。

 

「俺がこの話から降りるわけがないだろうが。……むしろ、内容を聞いてますます放っておけなくなった」

「え? どこが?」

「こんな国家レベルの問題を、お前みたいな普通の子供がひとりでどうにかできるわけがないだろうが! 今回はうまくいったからいいものの、このまま突っ走ってたらいつか絶対失敗して死ぬぞ!」

「や……でも、メイ姉ちゃんはいけるって言ってたし……」

「世界を救う才能のない神の言うことを鵜呑みにするな」

 

 あーそれ神への冒涜っていうんだからねー!

 正論だと思うけど!

 

 はあ、と大きくため息をついてからフランは私に手を差し出した。

 

「これからは、俺が味方になる。ひとりで何かする前に俺に相談してくれ」

「世界を救う相棒だね」

 

 私はその手を握り返す。

 

「改めて約束しよう。お前が足掻く限り、俺はどんな手段であっても協力する」

「うん! 一緒に頑張ろうね!」

 

 正直な気持ちを言うと、世界を救うなんて大それたことをひとりで抱えるのは苦しかった。フランみたいに頼りになるひとと秘密を共有できるのは嬉しい。

 そう思った瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

 

「あ……あれ?」

「なに? 嫌……だったか?」

「ううん、違うの。フランが味方なんだって、ほっとしたら急に涙が出てきて……」

「無理のしすぎだ」

 

 フランがハンカチを私の顔にあててくれる。

 

「お前は、自分で思っている以上に気を張っていたんだろう」

「そっか……」

 

 無理をしている。

 それを知った瞬間から、ずしりと体が重くなる。

 よしよしと頭をなでるフランの手が気持ちよかった。

 

 これからはひとりじゃない。

 そう思うだけでじんわりと体があたたかくなってくる。

 

 こんなに頼りになる相棒ができたんだから大丈夫。

 きっと世界は救える。

 そのためには、まずハルバード領を安定させて他の7家と協力できるようにしなくちゃ。来年の兄様卒業後にはすぐに動けるよう準備しておこう。

 

 

 気合をいれていた私は、その時全く予想していなかった。

 まさか、兄様が王立学園を卒業するまでに3年もかかるなんて……。

 

 

 

 

 




 ということで、フラン編もとい、悪役令嬢領地暗躍編終了です。

 区切りのいいところなので、毎日更新を一旦休止します。
 休止の理由は、毎日更新できるだけの原稿を書くのに疲れたのと、次話以降のプロットがまだ完成していないことです。(7割はできてる、できてますが)

 ちょくちょく気まぐれに外伝的な話を投稿しつつプロットをねりねりします。

 次回更新は9月6日を予定しています。
「リリアーナお嬢様13歳、海辺のバカンス&お見合い編」お楽しみに!!


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閑話:宰相家の肖像(フランドール視点)

「失礼します」

 

 ハルバード城で父と姉と再会したその日の夜、俺は父たちが宿泊している客室を訪ねた。松葉づえをつきながら中に入ると、ちょうどくつろいでいたふたりが腰を浮かせる。

 

「改めてお話する時間が、遅くなってしまって申し訳ありません」

「いい、気にするな。リリアーナ嬢の補佐官になったんだ、仕事が多いのは当然だ」

 

 父にすすめられて、ふたりと同じテーブルに座る。

 

「その件についても、謝罪を。せっかく迎えに来ていただいたというのに、ここに残ると勝手に決めてしまいました」

 

 そう言うと、姉はクスクスと笑い出した。

 

「気にしなくていいのに」

「いえ、父上の意志を聞かずに決めたのは本当ですし」

「だから、許すんじゃない」

「……は?」

「あなた、本当に気付いてないのねぇ」

「何が……ですか?」

 

 姉の言葉の意味がわからない。どう答えればいいかわからず沈黙していると、父が大仰にため息をついた。

 

「初めてだ」

「だから何がですか、父上」

「私の意向でもなく、マリアンヌの意向でもなく、お前自身の意志として、何かをやりたいと言い出したのは今回が初めてだ。自立しようとする息子を親が受け入れる、当然の話だろう」

「……そうでしたか?」

 

 自分も成人した身だ。己の身の振り方はそれなりに自分で考えてきたつもりだ。しかし、言われてみれば、その判断基準は常に家族の利益になるかどうか、だった気がする。

 

「あなたは頭がいいぶん、なんでも先読みして、なんでも先に諦めてしまうから、心配していたの。よかったわ、あなたが自分で選ぶ道ができて」

「そう思わせたのが、あのご令嬢というのは意外だったが」

「ふふ、5年後が楽しみねえ」

「父上……姉上も。アレはそういうんじゃありませんよ」

「そうなの?」

 

 姉はわざとらしくきょとんとした顔になる。全く、この人は。

 

「俺が彼女に手を貸すのは、人としてそうあるべきと思ったから……いわば正義感のようなものです。誰だって、子供が崖にむかって全力で走っていくのを見たら止めるでしょう」

 

 何もかも諦めようとしていた俺をすくいあげた恩人だとは思っているが、さすがに11歳の子供をどうこうしようと思わない。

 

「あくまで騎士道の範囲、と言いたいわけね」

「とはいえ、このカタブツの心を動かしたのは事実だ。お前の言う友情が長く続くことを願うよ」

「そのつもりです」

「……こんなことになるなら、リリアーナ嬢とフランの縁談を無理やりにでもまとめておけばよかったかしら」

「何の話ですか?!」

 

 あの爆弾娘との縁談だと?

 どんな拷問だ!

 

「そんな話初耳です!」

「当然よ。言ってなかったもの」

「去年のお茶会で大暴れしたリリアーナ嬢を、主催の王妃様がいたく気に入ってな。王子の婚約者にしないか、という話が持ち上がったのだ。ハルバードが王妃側に回るのは、宰相家にとって非常に都合が悪い。代わりにフランはどうかと打診していたんだ。結局、どちらも断られて話自体が流れてしまったが」

「リリアーナ嬢が『本人が花束持って結婚を申し込んでくるんじゃないと嫌だ』って言ったんですって。かわいいわよね」

「なるほど、そういう事情でしたか」

 

 多分、あのリリアーナがそのセリフを口にしたのなら、言葉通りの意図ではない。おそらく、王家と宰相家の権力闘争に巻き込まれることを恐れて、両方の縁談から逃げたのだろう。

 

「ですが、結婚する本人に一言も相談なしに縁談を進めないでください。万が一リリアーナ嬢が婚約を承諾していたらどうしたんです」

「普通に結婚させてたわよ? 家の利益になる縁談と言えば、あなたは断らないもの」

「それは……」

 

 俺は姉の言葉を否定できなかった。

 自分は、姉の影として育った。不必要に生まれて来てしまった側室の子として、立場をわきまえ、優秀でありつつも目立たず奢らず、宰相家の道具であり続ける。それが自分に求められている生き方だと信じていた。

 あの頃の自分なら、きっと30歳年上の女でも、10歳の幼女でも、文句ひとつ言わずに従ったに違いない。

 

 だが、生死の境をさまよい、常識はずれの女の子に振り回されたことで、俺の中に意志が産まれた。守りたいと思う存在ができた。

 今の自分は、頭越しの縁談をそのまま受け入れることはできないだろう。

 

「安心して。今のあなたに縁談を押し付けたりしないわ」

 

 姉がほほえむ。

 今までの自分なら、そう言われれば『自分は縁談の道具としても価値がないのか』と傷ついていただろう。だが、父と姉が自分を愛している、と確信が持てた今は別の解釈ができる。

 

「それは、無関心だからではない……俺が姉上の家族だから、ですよね」

「わかってきたじゃない。そうよ、私は勝手なことをしてあなたに嫌われたくないの」

 

 姉は嬉しそうに笑い出す。

 

「フラン、私はお前を跡取にしない、と決めた。だがそれはお前が無価値だからではない。お前はマリアンヌと同じ、私の大事な子供だ。家を背負わないぶん、お前は身軽だ。宰相家だ王家だという価値観にとらわれず、好きな道を選んでいい」

「ありがとうございます……父上。これからは自分の意志の赴くまま進んでみようと思います」

 

 父に背中を叩かれ、姉に微笑みを向けられる。

 つい数か月前までは、家族とこんな風に暖かな時間を持てるとは思っていなかった。

 こんなに意識を変えることができたのは、あの少女のおかげだろう。

 命、意志、家族。

 彼女が俺にもたらしたものは、多すぎて数えきれない。

 その礼はこれからの働きでひとつひとつ返していかなければ。

 

「あ、縁談は強要しないけど、あなたの恋愛を期待しないわけじゃないのよ?」

「え」

「今は確かにつり合いが取れないように見えるけど、7年たてば状況は変わるわ。25歳と18歳なんて、結構見かける歳の差よね」

「だから姉上、邪推はやめてください! 嫌いになりますよ!」

 

 俺は悲鳴をあげた。




 宰相家のあととりとして育てられたマリアンヌさんは結構いい性格しています。父と娘は中身がそっくり親子。

 ミセリコルデ家は、父、姉、弟、後妻の4人家族。後妻であるフランの母が子供ふたりを育てたため、姉マリアンヌも実の母のように慕っています。しかし、後妻の負い目からフランの母はふたりを明確に区別して育て、フランに姉より目立たないよう徹底的に教育しました。(身分差のある世界なので、フラン母の育て方は常識の範囲内。むしろ分け隔てなく育てるほうがヤバい)ちなみにフラン母はフランが10歳の時に病死。
 母の指導を素直に真面目に受け取ったフランは、優秀ではあるものの意志の乏しい青年に育ちました。下手なことを命令するとだいたい従うので、父も姉もうかつなことが言えず、家族間に溝が生じていた感じです。

 フランをリリィと結婚させようとしたのも、一見横暴そうに見えますが、フランの立場だと侯爵家の令嬢を嫁に迎えて後ろ盾を作るのは、逆玉の輿に近い状態なので、親心が結構入ってます。



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閑話:不都合な現実(ジェイド視点)

「ジェイド! やっと見つけた!」

 

 唐突に袖を引っ張られて、ボクはその場に立ち止まった。抱えていた書類を危うく落としそうになって、慌てて持ち直す。これはお嬢様にお渡しする大事な書類だ。城の廊下にばらまいて、汚してしまうわけにはいかない。

 振り向くと、そこには赤いリボンをつけたメイド服の女の子が立っていた。真っ黒な髪の頭には、猫のようなふわふわの耳がついている。ついこの間から同僚になった獣人少女だ。

 

「何、フィーア」

 

 ボクはじろりとフィーアを睨みつけた。フィーアも金色の瞳で睨み返してくる。

 

「何、じゃないっての! あんた侍女長様からの呼び出しをずっと無視してるでしょ。同じご主人様専属ってことで、呼んでくるよう指示されたの。さっさと行ってくれる?」

「じゃあ侍女長様に伝えておいて、今は仕事が忙しくて、そちらにお伺いする時間がありません、って」

 

 クライヴのスパイ事件のせいで人が減った今のハルバード城は、とても混乱している。ミセリコルデ宰相閣下のはからいで、徐々に人が増えてはいるけど、人の受け入れに仕事の調整に、と仕事は後から後から湧いてくる。ボクも、お嬢様の腹心の部下として普通の従者ではあり得ない量の仕事を抱えていた。

 だから、侍女長様の事務的な呼び出しに構っている余裕はない、という返事は嘘じゃない。

 

「そう言って、何度も断ってるからアタシにまで声がかかってるんでしょー? ほら、さっさと行く!」

「だから、引っ張るなって!」

 

 フィーアはぐいぐいとボクの服の袖を引っ張る。無茶な扱いをされて、着古したチュニックの布地が悲鳴をあげた。

 

「服が破れたらどうするんだよ」

「そうなる前に、新しいのを作るんじゃない。いいかげん侍女長様に採寸してもらって、大人用の使用人服に着替えたらどうなの」

 

 侍女長様の用件、それはボクの新しい服の手配だ。もうすぐ15歳になるボクに、ふさわしい服を用意してくれるらしい。使用人の成長にあわせて身の回りの品を用意してくれるハルバード家はとてもいい雇い主だ。しかし、ボクは新しい服から逃げ回っていた。

 ボクの様子を見て、フィーアはにんまりと笑う。

 

「まあねえ? 大人用の服に着替えたせいで、かわいくなくなっちゃうのは残念だと思うけどねえ?」

「う、うう、うるさいよ!」

 

 図星をさされて、ボクは思わずどもってしまう。

 だってしょうがないだろ!

 お嬢様がボクを気に入っている理由の大半は『かわいいから』なんだから!

 

 吊りズボンはロマンだとか、ソックスとズボンの間の膝小僧は聖なる領域だとか、正直意味不明の評価だと思うけど、お嬢様はかわいい子供のボクを気に入っている。だから、できるだけ彼女のおきにいりの姿でいようと、常にかわいい姿の研究をしてきた。

 しかし、つい先日ボクの体はボクに残酷な事実を突きつけてきた。

 ボクは男であり、第二次性徴期に入ればかわいくなんていられない、ってことを。

 

 毎日毎日、寝て起きるたびにボクの手足は発芽したての豆よろしくにょきにょき伸びていく。

 自分がどんな男になるのかわからない、というのも恐怖のひとつだ。

 ボクは血のつながった父親の姿を知らない。つまり、大人になった自分の参考モデルがいないのだ。男として生まれた以上、子供のころどれだけかわいかったとしても、成長してむさくるしいおっさんになる可能性がある。それだけは御免こうむりたい。

 

 今着ている見習い使用人服はぱつんぱつんで動きにくい。

 自分でも限界だとわかっているし、馬鹿だとは思っているけど、大人っぽい使用人服に着替えるには抵抗があった。

 

「大人になるのって、そんなに嫌? アタシにはよくわかんないんだけど」

「き、君には一生わかんないだろうね!」

 

 ボクはフィーアを睨む。

 

 女の子はずるい。

 ボクと同じ、お嬢様に『かわいいから』気に入られている存在でも、その姿が大きく変わることはないだろう。ちょっと大人っぽくなったとしても、絶対かわいい。

 

「うう……お嬢様はどうしてこんな性悪を専属にしたんだろう……」

「腹黒従者に言われたくない」

「無作法者」

「臆病者」

「外面女」

「内弁慶」

「あれー? ふたりとも何やってんの?」

「お、お嬢様!」

 

 ふたりでにらみ合っていると、お嬢様がやってきた。仕事を終えて別室に移動するところみたいだ。

 

「こんなところで話してるなんて、仲良くなったみたいでよかったわ」

 

 いいえ、全然仲良くありません!

 

 心の叫びを握りつぶしてボクは笑顔を作る。隣のフィーアも同じように、にっこりとかわいらしく笑った。

 腹のうちはどうあれ、ボクらはふたりともお嬢様に笑顔でいてもらいたいのだ。

 使用人同士の諍いなんて見せられない。

 

「何か相談事? 困ったことがあるなら聞くけど」

「それは……」

「たいしたことないですよ、ご主人様! ジェイドに新しい服を作るって話をしてただけですから!」

「なっ」

 

 言うなよ!

 

「言われてみれば、ジェイドの服はもうぱんぱんね。手足が伸びたせいかしら」

 

 あああああああああ気づかれたああああああああ………。

 

「ふふっ、大きめの服を用意させなくちゃ。ジェイドはきっと190センチくらいまで伸びるから」

「えー……」

 

 ボクの脳天に雷のような衝撃が走った。

 お嬢様が予言めいたことを言い出したときはだいたい当たる。

 190センチ? 大男じゃないか!

 絶対! 全然! かわいくない!

 

「きっとかっこよくなるわよ」

 

 そう言って、お嬢様は嬉しそうに笑った。

 

「ご主人様……ジェイドがかっこよくなっていいの?」

「当たり前じゃない。かわいいジェイドも素敵だけど、かっこよくなったジェイドもいいと思うわよ?」

「……そう、ですか」

 

 急激に体から力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになる。

 ボクが悩んでたことって一体。

 

「新しい服のジェイドが楽しみだわ!」

 

 まあ、お嬢様が笑っているならそれでいいか……。

 

 

 

 数日後、ボクはとうとう大人の使用人服に袖を通し、見習い従者から正式な従者に昇格した。




 フランを脅してた話で片鱗を見せてましたが、ジェイドはお嬢と師匠以外には結構辛辣な毒舌キャラだったりします。

 新キャラ猫ちゃんフィーアも、ちょっとタチ悪めの小悪魔キャラだったり。

 まあ、どっちも裏社会に足突っ込んで生きて来たので、純粋無垢な性格なわけもなく。



 ただ、お嬢様が「かわいいねえ、いい子だねえ!」とことあるごとに褒めたおすので、お嬢様の前では性悪な部分は出しません。にこにこ笑顔を見せながら、裏でお互いに足を踏んづけ合いながら働いてます。


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閑話:攻略対象の実際(リリアーナ視点)

「……なるほど、そういうことか」

 

 領地経営の仕事がひと段落ついたあと、私とフランは執務室でゆっくりとお茶を飲んでいた。側近のジェイドも含めて、周囲に控える使用人はいない。今は領主代理と補佐官ふたりだけの、秘密の経営会議中だ。

 

 というのは建前で。

 

「クレイモア領を長く放っておくと、アギト国に侵略されちゃうんだよねー」

 

 攻略本を片手に、世界を救う作戦会議をしていた。

 

「わかった。この件は早めに接触する機会を考えよう」

「重要ポイントはアレル砦ね。補給路を断たれて孤立したシルヴァンを聖女が助けるラブラブイベントがあるの」

「ああ。俺がアギト国の将軍だったら、この砦は真っ先に潰すだろうからな……だが……その……」

 

 フランの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「何よ」

「らぶらぶいべんと……とやらの表現はどうにかならないのか?」

「しょうがないじゃない、元が乙女ゲームなんだから!」

 

 聖女の力の源は恋する乙女心だ。

 だから、世界を左右する大事な事件には必ず恋愛イベントがからんでくる。

 戦争だの暗殺だの血なまぐさい話の間に、乙女心をくすぐるきゅんきゅんイベントが入ってくるのはもう仕様なので諦めていただきたい。

 

「だが、どいつもこいつも聖女に惚れていく話ばかり聞いていると、疲れてくるんだ……こいつら、それしかやることがないのか?」

「聖女が乙女ゲームの視点からしか世界を見れないんだからしょうがないじゃない!」

「理屈はわかるんだが……」

「だいたい、他人事みたいに言ってるけど、フランだって攻略対象のひとりなんだからね?」

 

 そう指摘すると、フランの眉間の皺がますます深くなる。

 

「そこが一番腑に落ちない」

 

 さらに、はあと思いっきり深いため息をついた。

 

「ゲームとやらの歴史では、俺はその時点で家族を失ってひとり宰相として政敵と戦っているんだろう? そんな状況で7歳も年下の小娘ひとりに溺れる姿がどうしても想像できない」

「その小娘に救われる話でもあるんだからいいじゃないの」

「……」

 

 そう言うとじろりと睨まれた。

 うわー怖い。

 泣きボクロが色気だけじゃなくて、殺意もマシマシにするなんて、新発見だわー。

 

「自覚がないみたいだけど、フランの恋愛の仕方って結構やばいからね?」

「なに」

「惚れた相手が逃げられないよう、外堀どころか内堀も埋めたあげくにドロドロに執着し倒すタイプだから」

 

 ジェイドが「攻略がめんどくさい男トップ3」なら、フランは「愛が重い男トップ3」である。他の男と協力する姿を見て嫉妬するなんていうのはかわいいほうで、厄災と戦うと聖女の命が危ないから監禁してふたりで世界の終わりを見るとか、聖女に従わない反乱分子を裏で全部暗殺するとか、とんでもないエンディングがいくつも用意されている危険人物だ。

 聖女の瞳に映るのは自分だけでいいとか言い出して、他の攻略対象をひとりひとり排除するエンドとか、ゲームのジャンル間違えたんじゃないかと思ったわ。

 

 普通のゲームだったら「シナリオライター趣味に走りすぎィ!!」とか思うだけで終わるんだけど、この世界にはライターは存在しない。女神の力でありえたかもしれない未来をシミュレートしていただけだ。

 つまり、選ぶ道によっては、この目の前にいるフランが恋人にそういう執着を見せる可能性があるってことだ。

 

「……ほう」

 

 急にフランの声が低くなった。

 

「俺が……恋人に執着するタイプ、か……ドロドロに」

 

 あの……フランさん?

 なんか目つきが余計怖くなったんですけど?

 

「そういえばお前は聖女として俺との疑似恋愛を体験していたんだったな」

「ソ、ソウデスガ、ナニカ?」

 

 どうしてそこで、にじりよってくるんですかー?

 妖しい目で見つめるのもやめてください!

 泣きボクロ効果で色気が増すの、わかっててやってますよねー?

 

 つう、とフランの長い指が私の頬をなぞった。

 

「俺がどんな風に恋をしていたのか、教えてもらおうじゃないか。じっくりと、な……」

 

 お前こういう時に限って魔王の黒オーラ消すなよ!

 めちゃくちゃかっこいい顔で見つめてくるなあああああああ!!!

 

「そ、そういえば! 宰相閣下たちが生きてる時点で、だいぶ性格が変わってるはずだよね! 今のフランとゲームのフランは別人、ってことで!!!」

 

 私は脱兎の勢いで部屋の端っこまで逃げた。

 振り向くと、フランがぶは、と吹き出すところだった。こらえきれなくなったのか、体をくの字に折り曲げてくつくつと笑っている。

 

 お前はあああああああああ!

 

 ゲームの通りの恋愛はしないかもしれないけど、絶対タチ悪いと思うぞ!!

 



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閑話:悪役令嬢はお風呂に入りたい・前編(リリアーナ視点)

「毎日お風呂に入りたい!」

 

 ハルバード城の執務室に集まった面々に向かって、私は主張した。

 

 補佐官フラン、帰省中の兄様、医局引継ぎ中のディッツ、書類整理中のジェイド、お茶をいれている途中のフィーアが、不思議そうに私を見る。

 

「入りたいなら……入ればいいんじゃないのか?」

 

 ややあって、兄様が言う。

 

 確かにそうだね!

 私はこのお城のお嬢様なわけだし?

 メイドに一言命令したら、あっという間に準備が始まって、一時間もすればお風呂に入れてもらえるだろう。

 でも、命令できるからといって、頻繁にやっていいものじゃない。

 

「お風呂の準備ってめちゃくちゃ重労働じゃない。毎日やらせてたら、メイドがかわいそうでしょ」

 

 日本とは風呂文化の違うこのハルバードでは、お風呂の準備は大量の湯沸かしから始まる。大型の竃を利用してはいるものの、何十リットルものお湯を沸かすのは大仕事だ。しかも、準備はそれだけで終わらない。ぐらぐらに沸いたそのお湯を、浴室まで運んで行って、浴槽に満たさなくちゃいけない。しかも放っておいたらすぐに冷めてしまうから、保温に気を付けながら急いで運ぶ必要がある。

 つまり、ものすごい重労働なんである。

 

「だったら、入らなければいいのでは……」

 

 フランが困惑気味に言う。

 

「運動の後は、汗を流したいの!」

「運動すんなっつー意見は野暮か。お嬢は白百合の娘だしなあ」

 

 ぽりぽり、とディッツが無精ひげの生えたアゴをかく。

 

「社交界に出たら、絶対ダンスを披露させられるに決まってるもの。今のうちに練習しておかないと」

 

 ダンスの天才である母様に勝てるとは思っていない。しかし、娘として恥ずかしくないレベルには踊れるようになっておかないといけない。そのためには、子供のころから地道に基礎を学んでおく必要がある。

 

「ダンサーを優雅に見せるのは、何曲踊っても息が切れない鋼の心肺能力と、ブレない体幹よ。毎日のランニングと筋トレが欠かせないのよ」

 

 そして、トレーニングの後には汗を流したい!

 汗くさい侯爵令嬢なんて絶対嫌だ!!

 

「で、どうしたいんだ? メイドに苦労させたくない、運動はしたい、ではただの我儘でしかないが」

 

 フランの言葉に私はうなずく。

 

「要は、メイドに苦労させずに、簡単に入れるお風呂があればいいのよ」

「なるほど、風呂を改善しろというわけか。それもずいぶんな我儘だが」

「ふっふっふ~、今回はちゃーんとアイデアがあるの。見て!」

 

 私は皆の前に一枚の絵を広げた。それを見て、ジェイドが首をかしげる。

 

「えええ……っと、お嬢様……人が、お鍋で煮られてる……?」

「近いわね」

「新手の拷問方法ですか……?」

 

 フィーアもネコミミをぴこぴこさせながら困惑顔だ。

 

「これがお風呂なの! えっと……この鍋っぽいのが、金属でできた浴槽。で、下に竃があって、炎で直接お湯を温めるのよ。それで、中に入る時には、直接熱があたらないよう、底板をしいてその上に乗るの」

 

 私が描いてみせたのは、いわゆる『五右衛門風呂』だ。社会科の教科書で昔ちらっと見たのを、記憶を頼りに書いてみた。猫の妖怪バスに乗ったりする映画では、女の子ひとりで五右衛門風呂をいれていた。多分、今のお風呂よりは楽に用意ができるはずだ。

 

「却下」

 

 しかし、私の補佐官は一言のもとに切り捨てた。

 

「なんでー!!!」

「この構造だと、今の浴室を改造するだけではすまない。少なくとも、城の一階部分に新たに浴室を作る必要がある」

「そ……それも……そうね……」

 

 台所や洗濯場など、大型の竃が必要な設備はだいたい1階にある。それはなぜか。上層階で火事が出たら大変なことになるからだ。

 

「仮に1階部分に浴室部屋を増設したとして、だ。こんな外部から接触しやすい構造の風呂に本気で入る気か? 不審者に侵入してください、と言わんばかりじゃないか」

「警備を強化……したら、本末転倒よね」

 

 メイドの仕事を減らして、警備兵の仕事を増やしたのでは、問題解決にならない。

 

「ううう……お風呂……」

「まあまあリリィ、来月にはメイドや下働きの数も増えるから」

 

 兄様はよしよし、と頭をなでてくれるけど、問題はそこじゃない。

 お風呂の準備が重労働、という点が解決しないと、気兼ねなくお風呂に入れない。

 

「……コストの低い浴室か」

 

 しばらく眉間に皺をよせて考え込んでいたフランがぽつりとつぶやく。

 

「何かアイデアがあるの?」

「そうだな……」

 

 フランは別の紙に何かを書き始めた。

 

 



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閑話:悪役令嬢はお風呂に入りたい・中編(リリアーナ視点)

「確か、浴室にも水道の配管は通っていたな?」

 

 フランが言うと、兄様がこくりと頷いた。

 

「はい。上層階の貯水槽から各フロアのトイレと洗面所、風呂場などに水を供給しています」

 

 へー。

 各フロアに水洗トイレがあって清潔だなあ、って思ってたけど、そんな近代的な設備があったんだ。

 

「それを、二股に分けて……片方の水を供給直前に高火力で温めて注いだらどうだ」

「熱湯と水を浴槽で混ぜるの?」

「水の配管を合流させて、適温の温水を注いでもいい」

 

 フランは紙に一本の線が二股になり、また合流する様子を描いた。別れた片方に、『加熱設備』と書き加える。

 

「問題は加熱方法よね」

 

 当然、竃などは使えない。

 私は魔法使い師弟を見た。

 

「魔法でどうにかならないの、ディッツ、ジェイド」

「コンパクトで高火力っつーと火魔法が一番ラクだな。書いてみろ、ジェイド」

「えええ……っと……」

 

 ジェイドは懐から虹色に光るチョークのようなものを取り出すと、テーブルの上に魔法陣を描き始めた。

 

「単純に考えると……こう……かな?」

 

 描かれた図形を兄様がまじまじと見つめる。

 

「うーん、悪くないけど1点で加熱してしまうと、高熱でパイプが痛みそうだね」

「加熱する箇所を長くするか?」

 

 兄様の意見を聞いて、フランが図を修正する。左右対称だった配管が、加熱設備のある方だけ長くのびた。

 

「そうすると、今度は全体の魔力の消費効率が悪くなりませんか」

「これを使うのは、魔力量の少ないメイドさんたち、ですからね……」

「なら、パイプを折りたたむのはどうだ?」

 

 フランはうねうねとパイプを蛇行させる。それを見て兄様が目を輝かせた。

 

「さすが先輩ですね。折りたたんでしまえば、一か所に魔力を込めるだけで、パイプ全体の水を温められる……すごく効率がいいと思います。曲がったパイプは職人に作らせるとして……ジェイド、この形に合った術式は組める?」

 

 ジェイドは首をかしげながら、テーブルの上の魔法陣を修正した。

 

「えっと……検証が必要、だけど……これを配管に仕込めば、使用者が魔力を通すだけでお湯ができる……と、思います」

「すごい、ジェイド!」

「あ、で、でも! 魔法陣用の塗料は、魔力を通しやすい代わりに落ちやすくて……使うたびに書かないと、うまく動かない、かも」

「それなら、これを使ってみるか」

 

 兄様は急に立ち上がると、自分の荷物から小瓶を取り出した。中にはとろりとした透明な液体が入っている。

 

「最近王都で開発された、定着液だ。魔力を通しやすいのが特性で、利用方法を考えていたところだったんだが……今書いた魔法陣の上に塗れば、崩れなくなるんじゃないか?」

 

 木工工作に使うニスみたいなものかな?

 ぺたぺたとチョークの上から定着液を塗ってみる。文字はにじむこともかすれることもなく、そこに固定された。

 

「少し魔力が消費されるが、蛇口から湯が出るのなら、風呂を入れる手間は大幅に減るだろうな」

「そうね……」

 

 あれ?

 なんか、瞬間湯沸かし器給湯システム的なものができてる……?

 使ってるのは、ガスじゃなくて魔力だけど。

 

 魔法陣を見ながら、私はおずおずと口を開いた。

 

「あのさ……これ、台所と洗濯室にも設置したら、めちゃくちゃ便利になるんじゃ……ないかな?」

「ああ、そういえばそっちも湯を使うな」

 

 フランは配管の図の隣に、台所、洗濯室、と追記する。

 

「……というか、このシステム自体を売りに出したら商売になるんじゃないか?」

 

 兄様は魔法陣をじっと見つめる。それを聞いて、フィーアが肩をすくめた。

 

「それはどうでしょうか、若様」



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閑話:悪役令嬢はお風呂に入りたい・後編(リリアーナ視点)

「曲げた配管に加熱用の魔法陣を取り付けただけなんですよね? この程度の内容なら、売られた瞬間みんな真似して広まっちゃいますよ」

「ああ、構造は単純だからコピーされたら終わってしまうのか」

「兄様、アイデアを守る法律とかないの?」

「商業ギルド内で技術やノウハウを秘匿することはあるが……模倣を取り締まる法はないな」

 

 ヨーロッパ的ファンタジー世界に、特許や著作権という概念はまだないらしい。

 ディッツがにやーり、と笑った。

 

「真似されたくなきゃ、秘密にしろってことだな。じゃあ……こうしたらどうだ」

 

 ジェイドの書いた魔法陣の隣に、複雑怪奇な魔法陣を書き始める。

 

「何コレ」

「ジェイドの魔法陣と同じものだ。どこがどうなってるかわからないよう、暗号化してあるが」

「すごい!」

「魔法使いの世界も、情報の秘匿と模倣の戦いだからなー。配管の途中で加熱するっつーアイデア自体は漏れるだろうが、安全に加熱できる魔法陣のノウハウを秘密にすれば、優位に立てるんじゃねえかな」

「んー、暗号化されてるだけなんですよね? 定着液のおかげで崩れにくいわけですし、私なら、図形を丸ごとコピーして使いますね」

「う」

 

 フィーアの容赦ないツッコミが入って、ディッツがうなる。

 過酷な人生を歩んできたせいか、フィーアはモノの見方がシビアだ。

 

「開発者が許可した場合しか魔法陣が使えないようにするシステムが必要だな」

「利用者を限定するシステムも欲しいですね」

 

 フランと兄様が難しい顔で考え込む。

 活性化と利用者の制限……なんかどこかで聞いたような話だなー。

 

「あ! アクティベーションコードと、ユーザ登録!」

「なんだそれは」

 

 急に叫んだ私を、全員が見た。

 

「えーとね、魔法陣ごとにコードを決めておいて、入力した時だけ利用できるようになるシステムのことよ。ユーザ登録っていうのは、その名前の通り使う人たちを登録するもの、かな?」

 

 コンピューターのOSとか、有償アプリでよく見かける手法だ。

 ソフト全体の利用を開始する時に必要なコードが、アクティベーションコード。権限ごとに利用者を設定するのがユーザ登録。

 

「それだと、アクティベーションコードが漏れた瞬間、全部使えるようになりませんか?」

 

 フィーアが耳をぴくぴくと動かして言う。

 

「だから、魔法陣ごとに別々のコードを設定するの。全部!」

「全部、だと……?」

 

 ディッツが目をむく。

 

「あー……そうなると、毎回作り直しに……いや、コード入力の部分だけ別にしておいて、後から追記できるようにすればいいのか。ユーザの登録も別ユニットにして……」

「ディッツ、できるの?」

「時間があれば……まあ、できなくはない、か?」

「師匠、ボクも手伝おうか?」

「頼む。俺ひとりじゃ無理だ」

「でもそうなると、商売として流通させるには使い勝手が悪くなっちゃいますよねえ」

 

 フィーアが残念そうに言う。

 でも、兄様はそれを聞いてにっこりと笑った。

 

「そうでもないよ。設置工事にメンテナンスとコードの管理、全部まとめたサービス業として商売にすればいい。幸い、初期投資に必要な資金も、人脈もあるから」

 

 さすが名家。

 いざ何かやろうとした時のフットワークが軽い。

 

 それを聞いていたフランが紙に何かメモを書きつけて、兄様に渡した。

 

「湯を多く必要とする高位貴族の屋敷や王宮なら、かなり需要があるだろう。姉上が好きそうな内容だから、王都に戻ったら協力を仰ぐといい」

「ありがとうございます、先輩」

 

 おお……本当に商売が成立してしまった。

 

「天才が集まるとすごいな……」

 

 私がつぶやくと、フランが苦笑する。

 

「何を他人事のように言ってるんだ、お前が発端だろう」

「私は単にお風呂に入りたかっただけよ。事業化まで考えて言ってないもん」

「それでも、リリィのようにワガママを言う者がいなければ、何も始まらない。だからこの事業はお前のおかげだ」

 

 兄様がクスクスと笑う。

 

「そうだ、せっかくだから給湯システム商会の紋章はハルバードと乙女の横顔をモチーフにしよう。リリィの知名度が爆発的に上がるよ」

「それはやめて!」

 

 それ、歴史に「風呂に毎日入りたいとワガママを言った令嬢」って名前が残るやつじゃん!

 絶対嫌ああああああああああ!!!

 

 その後、魔力式給湯システムは貴族を中心に空前のお風呂ブームを巻き起こし、ハルバードに莫大な富をもたらすことになるんだけど……それはまた、別のお話。



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悪役令嬢はバカンスがしたい
悪役令嬢のお誕生日


「リリアーナお嬢様、13歳のお誕生日おめでとうございます!」

 

 使用人たちの元気な声が、ハルバード城のメインホールに響き渡った。

 

「私のためにお祝いしてくれてありがとう。みんな楽しんでね」

 

 いつもより着飾った私は、にっこりと笑ってお礼を言う。使用人たちから歓声があがって、ハルバード城のささやかなパーティーが始まった。

 

「ご主人様、お誕生日おめでとうございます。飲み物をお持ちしましたよ」

 

 赤いリボンをつけたメイド姿の女の子が私にコップを差し出した。真っ黒な髪の頭の上には、猫のようなふわふわの三角の耳がついている。獣人メイドこと、フィーアだ。

 

「ありがとう、フィーア」

 

 カップを受け取ってお礼を言うと、フィーアは金色の目を細めて笑った。

 かわいい、めっちゃかわいい。

 暗殺者集団から解放されて、うちで働き始めてから2年。栄養たっぷりのごはんをしっかり食べて育った彼女は、文句なしの美少女になった。しかも、真面目に頑張ったおかげで、今では読み書きも作法もほぼ完ぺきだ。

 

「お嬢様、シェフ特製のディナーもどうぞ」

 

 今度は従者のジェイドが声をかけてきた。背の高い彼と目をあわせるため、私は顔をあげる。

 この2年で一番見た目が変化したのはジェイドだ。成長期を迎えて毎日のようににょきにょきと背が伸びた彼は、すっかり大人と変わらない背丈になっている。ゲームの通りなら、ここからさらに20センチは伸びるはずだ。私がいろいろ介入したせいで、性格とか人生とかだいぶ変わったけど、DNAに関する部分は変わらないと思うんだよね。

 繊細でかわいかった顔も成長にあわせて変化した。まつ毛が長くて繊細なところは変わらないけど、その後に続くのは『かっこいい』という形容詞だ。

 うん、今日もかっこいいぞ、私の従者!

 

 お気に入りのふたりに、大好物のディナーを給仕してもらって、私は上機嫌で食事する。

 ホールでは明るい顔の使用人たちが、入れ代わり立ち代わり、お祝いの言葉を口にしては、踊ったり歌ったり、と私を喜ばせる余興をしてくれた。

 

 実はこの誕生日パーティー、ハーティアの慣習にはないものだったりする。

 誕生日は家族の祝い事なので、だいたいは親が企画して親戚や友人など縁のある人々を招くのが普通だ。

 でも、現在父様は王都で第一師団長という激務についている。母様も父様のサポートで手一杯。兄様は兄様で、王都の学校に通っているから、全員おいそれハルバード領に帰ってくることはできない。その上、10歳のお茶会デビューで失敗した後、ほぼ領地に引きこもってきた私には、個人的なお友達もいない。

 

 誕生日に領地でひとりぼっちではかわいそう……と、見かねた使用人たちが自発的にパーティーを企画して祝ってくれるようになったのだ。

 

 何この優しい世界。

 

 今年は2回目だからにこにこ笑って参加してるけど、12歳の誕生日を突然祝ってもらった時には、ホールでマジ泣きしたからね?

 めちゃくちゃ使用人の数が多いはずなのに、いい人しかいないってどういうことなの。

 

「リリィ、誕生日おめでとう」

「もう13歳かー、でっかくなったもんだな」

 

 私の補佐官フランと、家庭教師のディッツがそろってやってきた。

 すでに成人しているふたりは、2年がたってもあまり見た目が変わらない。しいていえば、ディッツのちょい悪ぶりが増したくらいかな。

 

「ディッツ、成長を祝うにしても、もっと言いようがないわけ? でかいはないでしょ、でかいは」

「背が伸びたのはいいことじゃねえか」

「女の子にはもっと言うべきことがあるでしょーが」

 

 うちの魔法使いにはデリカシーはないのか。

 

「女性の魅力云々言うにはまだ……な……」

 

 フッ、とフランが鼻で笑った。

 うちの補佐官にもデリカシーはないのか!!!!

 これでも『つるぺた』から『ふっくら』くらいには成長してるんだからね!

 

「ジェイド、ふたりをホールからたたき出して」

「いいのか? そんなことをしたら、プレゼントが受け取れなくなるが」

 

 フランがリボンのついた箱を取り出した。長さ1メートルほどの細長いそれをわざとらしく見せつけてくる。

 

「それちょっとずるくない?」

 

 私が口をとがらせながらも手を出すと、フランはプレゼントを渡してくれた。見た目に反して、その箱はずっしり重い。

 

 何が入ってるんだろ?

 

 

 



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誕生日プレゼント

 フランから手渡されたプレゼントの箱を開けると、そこには一本の杖がおさめられていた。歩行の助けに使うものじゃない、魔法使いが使う魔道具としてのステッキだ。

 黒地に赤い蝶がデザインされていて、とても美しい。

 思わず見とれていると、ディッツが楽し気に笑う。

 

「設計と魔道具の細工は俺とジェイド、外側のデザインは補佐官殿が王都のデザイナーに作らせたもんだ」

「少し大人向けのデザインだが、杖は長く使うものだからな。すぐにお前のほうが杖に追いつくだろう」

「も……もう! わかってるんじゃない!」

 

 くっ……デリカシーがないって思わせたあとにその発言はずるいぞ!

 

 私は箱から杖を取り出して握ってみた。

 見た目は華奢なのに、なぜかずっしり重い。そして、持ち手部分に金属の突起がついていた。うまくデザイン化してるけど、この金属は異質だ。

 

「あ……これって……」

「『こういうの』がほしい、と言っていただろう」

「えええええ、嘘、本当にアレを作ったの? 無理だと思ってたんだけど!」

「でも、お嬢様にとって、必要なものでしょう?」

 

 ジェイドがにっこりと笑う。

 私が杖につけたいと言っていた機能は、はっきり言ってかなり異質だ。

 この世界の技術で実現させるのは簡単じゃなかったと思う。

 普段の仕事だって忙しいはずなのに、こんなプレゼントまで用意してくれるとは、なんてけなげなの。

 

「ジェイドありがとう~!」

「いや、師匠の俺も設計に関わってるんだがな」

「それを言うなら最終的に完成品にしたのは俺だが……普段の行いのせいか」

 

 そう思うんなら少しは改めろよ、このひねくれコンビ。

 誕生日くらい素直に感謝させろ。

 

「大事にするね」

 

 私は杖をぎゅっと抱きしめた。

 

「ふふ、こんなに素敵なパーティーが今年で終わりと思うと、残念だわ」

 

 そう言うと、一瞬ホールが静かになった。

 あれ? なんか変なこと言ったっけ?

 

「お嬢様……そうか……来年は……」

 

 使用人の一人が残念そうにつぶやく。

 

「来年の今ごろは、王立学園を卒業した兄様が正式な領主としてこっちにいる予定よ。その時は兄様の誕生日を祝ってあげて」

 

 そう、私はあくまでも一時的な領主代理。

 兄様が学園を卒業してしまえばお役御免の存在なのだ。

 

 だいたい、誕生日パーティーを2回も開催してるのもおかしいんだよね。

 私が領主代理を引き受けた当初、兄様はあと1年で学園を卒業する予定だったんだもの。

 

 代理期間が伸びたのには、当然理由がある。

 兄様が留年したからだ。

 といっても、学力に問題があったわけでも、さぼっていたわけでもない。優秀な兄様は家族のためにいつでも頑張ってくれている。

 留年したのは、その家族のための選択が原因だ。

 

 いろいろあったから忘れてたけど、兄様は私を守るために『休学して』ハルバード領に来てたんだよねー。

 当然その間の単位はもらえない。

 勉強が得意な人だから、座学だけならすぐに遅れを取り戻せたと思う。

 でも、兄様が通っているのは、戦闘に関わる『騎士科』だ。当然、戦闘訓練とか集団行動とか、実際に同級生と一緒に体を動かさないと単位がもらえない科目がいくつもあって、2年から3年に進級できなかったらしい。

 

 兄様が帰ってこなければ、私も領地を離れられない。

 それで、2年もの間、領主代理の立場に居座ることになってしまったというわけだ。

 

「女の子から、ちゃんとした成人済みの領主に変わるんだから、喜ぶべきところじゃないの?」

「悪徳代官をこらしめるために、わざわざ各地を回って成敗してくれるお嬢様なんて、他にいませんよ」

「それはフランのせいだからね?」

 

 これは領主代理に就任してからわかったことなんだけど、実は領主に代わって各地方を統括する代官の中に不心得者が結構いたんだよね。多分、スパイだったクライヴが南部を腐敗させるためにわざと放置してたんだと思う。財政を立て直してスパイを追い出す、って時に放っておくわけにはいかないから、私とフランで全部検挙して回ったのだ。

 

「俺が作戦をたてたからといっても、実行に移したのはリリィだろう。評価されてしかるべきなんじゃないのか」

「……評価は嬉しいけど、そもそもあんな作戦立てないでよ!」

 

 正体を隠して村に入り込んで、証拠を掴んで一網打尽……って、私はどこの水戸のご老公だ!!!!

 

「お前はとにかく目立つからな。おかげで俺が暗躍しやすくて助かる」

「それ、誉めてないよね?」

「いやいや、心の底から賞賛してるさ」

 

 おいこら腹黒補佐官。

 頭をなでたら、なんでも許すと思うなよ?

 

「失礼します!」

 

 フランの泣きボクロを睨んでいたら、突然ホールのドアが開いた。

 年かさのメイドのひとりが、あわてて駆け込んでくる。

 

「わ、若様がお戻りになりました!」

 

 それを聞いて私とフランは顔を見合わせる。

 

「あれ? 兄様が戻ってくるのってもっと先じゃなかった?」

「今は学園の卒業試験の時期のはずだが……」

 

 なんか嫌な予感がするぞ?

 

 



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留年!

「ごめん、卒業できなかった!」

 

 帰ってくるなり、私とフランを執務室に連れて来た兄様は、開口一番頭を下げて謝った。

 

「え……どういうこと?」

 

 私はその言葉が信じられない。

 兄様は、身内のひいき目ぬきにしても優秀な人だ。真面目に学園に通っていて、卒業できないなんてことあるはずない。

 

「今年は普通に授業を受けてたんじゃないの?」

「ああ。3年の科目は全てA評価以上で単位を取得している」

「……何があった?」

 

 フランに問われて、兄様は大きなため息をつく。

 

「卒業試験が受けられなかったんですよ」

「ええ……?」

 

 私は首をかしげた。

 卒業試験とは、学園の生徒がカリキュラムを修めたことを認めるための試験だ。他の成績がどれだけよくても、この試験におちたら卒業できない。実際、ゲームの中でも試験をすっぽかしたら卒業できなくなって、誰にも聖女と認められずに見捨てられるエンドを見たことがある。

 でも、そんなことになる生徒は例外中の例外だ。

 学園のほうだって、真面目に勉強してきた生徒を見捨てるような真似はしない。

 簡単なおさらい問題を出して、卒業資格を認めて終わりのはずである。

 そして兄様は、とても優秀な人である。

 受けられなかった、とはどういうことか。

 

「リリィは、王宮の派閥争いを知っているか?」

「わかんない」

 

 私はこてんと首を傾けた。

 領地をまとめるので手一杯だった私は、2年以上ハルバードの外に出ていない。

 完全な領地引きこもり令嬢だ。

 ゲームのおかげである程度王宮事情は知ってるけど、宰相閣下が死ななかったり、父様が第一師団長になったりした今、王宮勢力図は記憶と大きくかけ離れているはずだ。

 

「現在、王宮は宰相派と王妃派のふたつで争っている。宰相閣下の推薦をうけて、当主が第一師団長に就任したハルバード家は宰相派の筆頭扱いだ」

「まあそうなるよね」

 

 宰相閣下の息子を長期レンタルしておいて、派閥に入ってない、とは言えない。

 賄賂と不正が大好きな王妃派より、真っ当な政治を目指している宰相閣下のほうが信用できるからいいんだけどさ。

 

「でもそれって、学園に関係ある?」

「大ありだ。学園にはどちらの派閥からも子供が入学してくる。あそこは王宮の縮図のようなものなんだ」

「へー」

 

 私の知る王立学園は、宰相閣下亡きあと王妃派が完全に支配していた。だから、派閥がどーの、という事件は起きてない。

 私は新鮮な気持ちで兄様の言葉を受け止めた。

 これも私の変えた運命の影響なんだろう。

 

「もちろん、この派閥は生徒だけの話じゃない。教職員にも王妃派、宰相派の両方がいる」

「え、もしかして卒業試験が受けられなかったのって、教師のせいだったの?」

「学園長が王妃派なんだ」

 

 あちゃー。

 

 

 



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派閥争い

「元々、宰相派ということで王妃派教師からは有形無形の嫌がらせを受けていたんだ」

 

 はあ、と兄様は疲れたため息をもらした。

 

「まだ子供の俺たちは、教師たちより立場が弱い。父様や宰相閣下より比較的攻撃しやすいということで、余計標的にされたんだろう」

「それでやられっぱなしになる奴じゃないだろう、お前は」

 

 フランに指摘されて兄様は肩をすくめる。

 

「もちろん、対抗しましたよ。派閥内で結束を強め、情報を集めて、時には王妃派にスパイを送りこんだりしてね。OGであるフラン先輩の姉君、マリアンヌ様にも助力していただきました。俺の計画はほとんど成功していたと思います」

 

 行き当たりばったり行動する私と違って、兄様はとても冷静な人だ。

 うぬぼれでもなんでもなく、兄様は派閥争いの中でうまく立ち回っていたんだと思う。

 でもだからこそ疑問が産まれる。

 

 どうして卒業試験が受けられなかったんだろう?

 

「卒業試験の当日、学園長が子飼いの生徒だけを試験会場へと転移させたんだ。他の生徒は置いてきぼりになった」

「えええ、それいいの?」

「学園長の弁明によると、突発的な事象に即応できる力を試すテストだったそうだ」

 

 いやいやいや、そんな無茶な!

 

「必死に学園長の行方を追って、試験会場にたどりついた時には、もう試験が終わっていた。最終的に落第した3年生は8割にのぼる」

「そ、そんなに……?」

「それはさすがに生徒の父兄が黙ってないだろう」

「もちろんみんな抗議しましたよ。うちの両親だけじゃない、宰相閣下も正式に抗議しました。しかし、学園長の支持者がその声を遮った」

「王妃か」

 

 王妃は、まともな政治をする宰相を消したがっている。その上、兄は彼女が大嫌いな白百合の息子だ。彼女は嬉々として嫌がらせをしたんだろう。

 

「彼女が学園長に賛同したことで、卒業試験の結果は覆せなくなった。さらに来年度以降のカリキュラムも変更されることになり、俺たち3年生はまた1から単位を取得しなければならなくなったんだ」

「つまり、兄様が侯爵を継ぐにはもう一度3年生をやらなくちゃいけない、ってこと?」

「ああ、そうだ。すまない、リリィ。元々お前には無茶ばかりさせていたのに、さらにもう一年だなんて……俺が学園長のたくらみに気づいてさえいれば……」

「生徒の8割を切り捨てるような行動、読み切れないわよ」

 

 王立学園は腐っても学校だ。

 派閥を優先して生徒を見捨てるとは誰も思わないだろう。

 

「フラン先輩にも、うちの事情につきあわせてしまって、申し訳ありません……」

 

 ずうん、と音がしそうな勢いで兄様は落ち込んでしまっていた。

 ここまでしおれた兄様を見るのは初めてだ。二度目の留年が相当にショックだったらしい。

 そういえば、兄様がつまづいている姿は見たことがなかったなあ。もしかしたら、大きな挫折は今回が初めてだったのかもしれない。

 

「アルヴィン、顔を上げろ」

 

 パチン、とフランが兄様の目の前で指を鳴らした。はっと兄様が顔をあげる。

 

「起こってしまったものはしょうがない。俺たちはこれからのことを考えるべきだ」

「あ……」

「幸い、リリィの奮闘のおかげで領地は落ち着いている。あと1年持たせるくらいは問題ない」

「しかし……」

「それでも、俺たちに何か償いをしたいというなら……そうだな、お願いをひとつきいてくれないか」

 

 



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願い事ひとつだけ

「お願い、ですか?」

 

 兄様は不思議そうにフランを見る。

 

「なに、そんなに無茶を言うつもりはない。来年も1年間、王都にいるお前にならできることだ」

「わかりました。俺は何をすればいいですか?」

「王立学園を掌握しろ」

 

 はい?

 

 なんか、悪い笑顔の黒幕がとんでもないこと言い出したぞ?

 

「生徒を見捨てる学園長など、百害あって一利なしだ。そんな奴は引きずりおろしてしまえ。ついでに学園から不正を愛する王妃派を一掃すればいい」

「フラン、それは無茶ぶりが過ぎるんじゃないの?」

「俺はそうは思わない。3年生の授業のやり直しなど、こいつにとってはたいした負担ではない。派閥内に少なくない味方がいる上、名門ハルバード家の後ろ盾と財力がある。ミセリコルデ宰相家の権力も利用できるだろう。そこまで材料がそろっていて、できない男じゃない」

 

 いやいやいや、それでも19歳の若造が学園改革するんだよね?

 無理ではないかもしれないけど、絶対大変だよ?

 

「それにこれはリリィ、お前のためでもあるんだぞ」

「どこが?」

「王妃派と宰相派が争ってるような空気の悪い学校に通いたいか?」

「イヤ」

 

 学校全体が学級崩壊してるようなところには通いたくない。

 

「……」

 

 私たちがやり取りする横で、兄様が大きく息を吐いた。それから、ゆっくりと深呼吸をする。

 

「わかりました。フラン先輩のお願い、実現させてみせます。どっちにしろ、学園をどうにかしなければ、卒業資格問題がずっと残りますから」

 

 顔をあげた兄様は、すっきりした表情になっていた。

 今まで落ち込んで暗くなっていた瞳に光が戻っている。

 

 男同士の友情ってすごいな。

 お前はできる、って無茶ぶりが相手を勇気づけるとか、妹の私にはできない慰め方だ。

 

「リリィ、お前は何かお願いはないのか」

「え、私?」

「1年迷惑をかけるのは、お前も同じだからな。この際、なんでも好きなものをねだってくれていい。俺にできることならなんでもやるぞ」

 

 フランのお願いをきいて、私のお願いをきかないのは、不公平ってことらしい。

 

「えーと、それなら休暇が欲しいわ」

「休みか」

「卒業試験が終わったんだから、兄様はしばらく王都を離れていても平気でしょ? 新学期が始まるまでの2か月間、領主代理を代わってちょうだい」

 

 元々、兄様が学園を卒業して戻ってきたら、バカンスの名目で他の領地へ行って悲劇を止める予定だったんだ。スケジュールがかなり駆け足になるけど、活動できるタイミングがあるなら、逃したくない。

 

「学園掌握のために活動する時間が減るが……これは身から出た錆だな。わかった、引き受けよう。お前は好きに遊んでこい」

「やった! フラン、カトラスに行く準備を進めてちょうだい」

「わかった」

「カトラス? 海辺の観光地として有名な場所だが、何しに行くんだ」

 

 兄様が怪訝な顔になった。私はにっこりと笑い返す。

 

「お見合い!」

 

 



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バカンスといえば海だよね

「お嬢様、見てください! あれが海ですよ」

 

 馬車を降りたところで、御者のひとりが声をかけてきた。峠のてっぺんから下を見下ろすと、山裾の先に青く輝く海が見えた。

 

「海だ……!」

 

 リリアーナとしては生まれて初めて、小夜子としても、子供のころ家族で海水浴に行って以来の海だ。懐かしいような、新しいような気持ちでどきどきする。

 

 2年間の領主代行のご褒美として選んだ場所は海だった。

 正確にはカトラス領、グラン・カトラス。ハルバード領のさらに南に位置するハーティア最大の貿易港だ。穏やかな海と温暖な気候のおかげで、古くから貴族の観光地として人気を集めている。快適な宿はもちろんのこと、海産物を使った地元グルメに輸入ものの高級ファッション、さらには劇場や夜の街といったレジャー施設も充実。侯爵家令嬢がバカンスを過ごすにはいい場所だと思う。

 

「水平線の先に陸地が見えない……話には聞いてたけど、まさか本当にこんな景色が存在するなんて」

 

 おつきのジェイドが茫然と海を見つめる。うちに来るまでは、ディッツに連れられて各地を転々としていたって聞いてたけど、海は初めてだったみたいだ。

 

「生臭いにおいがします……」

 

 横でフィーアが鼻を押さえて顔をしかめる。こっちも海は初めてっぽい。

 

「それは多分、潮のにおいね」

 

 海岸までまだ距離があるはずなのに、獣人の鼻はもう海独特のにおいを嗅ぎつけてしまったらしい。でも、港町にだって嗅覚が鋭い動物はいるよね? 内陸部のハルバードで生活してたから、感じ方が違うのかな。

 

「慣れれば平気だと思うが、気分が悪くなるようなら、俺かジェイドに言え。症状を緩和する薬を作ってやるから」

 

 ちゃっかり旅行についてきた魔法の家庭教師ディッツが言う。バカンス中はそんなに魔法の勉強とかするつもりないんだけど。

 

「カトラスは流通が盛んなぶん、珍しい素材がいっぱいあるんだよなー」

 

 まあ、新薬を開発させるいい機会、と考えればいいのか……。

 

「峠を降りれば、グラン・カトラスに入る。移動は今日で終わりだな」

 

 地図を片手に、フランが旅程を確認してくれる。本来私のお世話係じゃないのはフランも一緒だけど、こっちはちゃっかり枠じゃない。2年も一緒に働いてくれたお礼に旅行に招待したお客様枠だ。バカンスにかこつけて、未来に起こる悲劇を止める作戦の仲間でもある。

 

「やった! 今日はゆっくり眠れる!」

 

 貴族のバカンス旅行だから、ちょくちょく宿場町に寄ってたし、テントで寝る時だってふかふかのクッションがあったけど、移動のことを考えずに眠るのはやっぱり落ち着く。

 

「カトラスの宿はどんなとこかなー、楽しみっ♪」

「宿? 何を言ってるんだ」

 

 フランがいつものように眉間に皺を寄せる。

 え? 旅行に来たら泊まるのは宿だよね?

 どゆこと?

 

 



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貴族の旅行とは

「ええええ……何これ豪邸じゃん……」

 

 峠の上から海を眺めたその日の夕方、私は大きなお屋敷の前にいた。白壁と生垣で囲まれた、美しい白亜の豪邸だ。サイズは小さいけど、建物のクオリティだけで言ったら、王都にあるハルバード侯爵邸と並ぶと思う。

 茫然としていると、フランがあきれ顔で説明してくれた。

 

「貸別荘、というやつだな」

「べっそう」

 

 待って。

 コレ、私の知ってる別荘となんかレベル違う。

 あと宿屋じゃないのはなんでなの。

 

「今回は一か月の長逗留だからな。下手に宿をとるよりは、別荘を借り切ってしまったほうが面倒がない」

 

 面倒がない、って理由でこんなお屋敷を一軒借りる感覚がわからんわ。

 貴族すげえ。

 いや、私侯爵家令嬢だけど。

 

「心配しなくても、屋敷の管理や食事の支度などは臨時雇用の現地スタッフが行う。宿に泊まるのと同レベルの生活ができるぞ」

「心配してるのそこじゃないけど……手配ありがとう」

 

 補佐官の有能さが怖い。

 めちゃくちゃ頼りになるから忘れがちだけど、フランだってまだ二十歳だよね? 世間的には若造のカテゴリに入るはずだよね?

 私、7年後に同じことができる自信ないよ?

 

「ただの適材適所だ。お前はお前にしかできないことをすればいい」

「そんなのあったっけ?」

「……まずは見合いだな」

「あーそうだった」

 

 海でテンションあがりすぎて忘れるところだった。

 私は、ここでお見合いをする予定だった。

 

「わざわざ観光地で会うなんて、貴族のお見合いは豪華ですね」

 

 フィーアがぴこぴこと耳を揺らしながら言う。

 

「んー、場合による、って感じかな。お見合いって言っても、ピンからキリまであるから」

 

 現代日本のお見合いが「両家顔合わせの上で……」っていうのから、街コンとか、マッチングアプリまであるのと一緒で、ハーティアのお見合い事情も様々だ。

 もちろん、親がすでに結婚相手を決めてて、お見合い即結婚、っていう場合もある。でも貴族社会全体で見ると、結婚するまでの過程は結構ゆるい。家族ぐるみの食事会ついでにお見合いとか、劇場のボックス席で演劇見ながら食事しつつお見合いとか。地方出身の貴族子弟が一同に集められる王立学園そのものが、お見合いの場ともいえる。

 今回のお見合いはかなりカジュアルなほう。クレイモア家から一度会ってみないかという問い合わせが来てたので、「バカンスでカトラスに行くから、一緒に遊んでみる?」と誘ったのだ。

 どっちかの領地で会うと、本格的な縁談になっちゃうからね。

 

 ちなみにうちの両親はこの件にはノータッチだ。一応報告はしてるけど、特に何も言われてない。自分たちが結婚するときに、親の持ち込んだ縁談で死ぬほど嫌な思いをしたので、子供たちの結婚には関与しないと決めているそうだ。その結果、娘が自分を苦しめた王妃の息子と婚約しても許容する。究極の放任主義だと思う。

 クレイモア家も、まさか娘が独断で見合いを受けてるとは思わないだろうなー。

 

「ちょっとお出かけしたくらいで、すぐに結婚は決まらないよ」

「でも、お見合いはお見合いでしょ?」

 

 話を聞いていたジェイドが、へにゃりと不安そうに眉を下げる。

 

「本当に結婚が決まったらどうするの」

「あはは、大丈夫だって」

 

 このお見合いが絶対破談になると確信している私は、気楽に笑い飛ばした。

 だって、シルヴァン・クレイモアは女の子なんだもん。

 

 

 



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クレイモア辺境伯のお家事情

 クレイモア辺境伯家。

 うちのハルバード家と同様に、建国の7勇士を先祖とする古い家系だ。

「辺境伯」というと、国のはしっこで田舎貴族っていうイメージがあるかもしれない。しかし、「辺境」とは「国境」。領地は東の隣国アギト国との境にあり、かの国からの侵攻を食い止め、ハーティア中央部を守る役目を代々担っている。

 歴代の当主はクレイモア騎士伯とも呼ばれ、王のみならず他貴族全てから特別な敬意を持って遇される騎士の名門だ。

 

「その名門辺境伯爵家が、まさかこんなバカな嘘をつくとはな……」

 

 カトラスについた翌日、人払いをした別荘の談話室でお茶を飲みながらフランがため息をついた。

 

「だからこそ、今までバレなかったんじゃない? あのクレイモア伯がまさか! って感じで」

 

 今日は長旅の疲れを癒す日、と決めて談話室のソファでごろごろしながら、私は相槌を打った。

 

「クレイモア家は、男子相続が鉄則のお家だもんね……」

 

 フランの実家の跡取が、姉のマリアンヌさんなことからわかる通り、ハーティアでは一定の条件さえ満たせば女子でも家督を継ぐことが許されている。子供が大人になるまで生き残ることが難しい、この国の社会情勢を考えると当然の話かもしれない。

 

 そんな中でも、絶対に跡取は男子じゃなきゃダメ! っていう家がいくつかある。建国王の流れをくむ王家と、男所帯の軍隊を率いる騎士伯家だ。強い男子じゃないと、統率がとれないからってことらしい。現代日本でそんなこと言ったら男尊女卑がーって言われるかもだけど、実際にハルバード家の常備軍を見て来た令嬢としては、それもしょうがないかなって思う。彼らが話をきいてくれるのは、私が最強騎士の娘で、隣にフランを従えてるからだ。私ひとりだけだったら、絶対にまとまってくれてないと思う。

 

 そんな、跡取絶対男子主義のクレイモア家に悲劇が訪れた。

 

 クレイモア伯の嫡男夫婦が、相次いで死亡してしまったのだ。表向きは事故死ということになってるけど、運命の女神にもらった攻略本には「アギト国から送り込まれた刺客による暗殺」とはっきり書かれている。

 

 残されたのは、生まれたばかりの孫娘だけ。

 

 本来なら、親戚筋の有力な男子を養子に迎えるべき事態だ。しかし、クレイモア伯は誰も選べなかった。病弱で軍に向かない子か、私利私欲を貪ることしか頭にないダメ人間しかいなかったのだ。

 だからといって後継者指名をしないで放置すれば、絶対に親戚同士の争いが起きる。クレイモア領を安定させるため、ひいてはハーティアを守るため、クレイモア伯は苦肉の策とった。それが「孫娘を男子として育てる」だ。

 乳飲み子とはいえ、直系の健康な男子が残されているのなら、周囲を抑えられる。

 

「しょうがなかったとはいえ、クレイモア伯もすごい嘘をつくよね」

「……これは憶測だが」

 

 眉間に皺をよせながらお茶を飲んでいたフランが顔をあげる。

 

「クレイモア伯も一時的な措置のつもりだったんじゃないか」

「いつかは女の子だってばらすつもりだった、ってこと?」

「息子夫婦が亡くなった当時、クレイモア伯はまだ50代だ。若い側室を迎えれば、子供が望めない歳じゃない。親戚の中にも有望な男の子が生まれる可能性もあるだろう」

「ふむふむ、シルヴァンはあくまでも繋ぎ、ってことね」

「しかし、結局代わりの男の子は生まれなかった」

「子供は授かりものだから、そうそう思い通りにはいかないよね」

「いや、多分そういうことじゃない」

「え?」

「クレイモア伯の息子夫婦はアギト国に暗殺されたんだろう? だとすれば、他の有力な男子もまた……」

 

 フランは、とん、と手で自分の首を切るしぐさをする。

 うわあ、そんな黒い真相知りたくなかった。

 

「それで、出来上がったのが男装の麗人キャラとの禁断の百合ルートなわけね……」

 

 

 



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破滅確定百合ルート

「ユリるーと……相変わらずお前の語彙は意味不明だな」

「なによー。女の子同士の恋愛なんて、珍しくないでしょ」

 

 この大陸の国々で主に信奉されているのは、ギリシャ神話っぽい多神教だ。世界を作ったとされる創造神をはじめとした、何百もの神様が各地で祀られている。ハーティア国内では、聖女と建国王を導いたちょっとポンコツ気味な運命の女神様が人気だ。

 現代日本と違って、実際に神様が存在して、直接奇跡をおこしてたせいかな? 神々の伝説はどれもこれも妙に人間くさい。

 お互いが好きすぎて、仕事する時期が重なると効率が落ちるからって、間に夏と冬の神に入ってもらった春と秋の女神たちだとか。永遠を共にするために、夜空に昇り双子星となった男神様たちだとか。

 神様たちがこんな調子なので、人間世界の同性間恋愛もさほどタブー視されてない。

 

「俺も同性同士の恋愛自体を否定する気はない。俺は同性を恋愛対象として見ることはできないが、自分の性的な好みと他人のそれは別だからな」

「恋愛だけなら、結構自由なお国柄よね」

 

 女の子同士の恋愛自体はタブーじゃない。だけど、シルヴァンとの恋愛はやはり禁断のルートだ。なぜなら、私たちは家系と臣下を背負う貴族なのだから。

 

「貴族として生を受けた者は、色恋だけで人生を完結させることが難しい……」

「特に王家と7勇士の家系は、祖先の血を継いでいること、それ自体が重要視されるもんね」

「聖女とクレイモア家の血筋が同時に断絶するのはまずい」

 

 男装の麗人との間には、確実に次世代が産まれない。

 この世界の貴族の価値観だと、血を残すためだけの結婚相手と子供を残しつつ、外に恋人を作る、という選択肢もナシじゃない。でも、恋心を力の根源とする聖女にその選択は無理だ。愛した者以外と結ばれた時点で聖女の力が消える。その上、シルヴァンも聖女も一人っ子で、血筋を託せる兄弟はいない。

 当代聖女さえかわせばのちに脅威が産まれる心配はない、と確信した厄災は復活後に雲隠れを決め込み、彼女たちの死後活動を開始。対抗する力を持たない人間は、なすすべもなく滅ぼされてしまうのだ。

 シルヴァンを恋の相手に選んだ時点で、世界は破滅が確定する。だから私はこのルートを『禁断』と呼んでいるのだ。

 

「彼女のルートでは、断絶に加えて戦争が起きるんだったか」

「シルヴァンルートのメインイベントはアギト国との戦争よ。ついに攻め込んできたアギト国軍と、クレイモアの騎士たちがぶつかるの」

「アギトと戦争になればまず最初に戦うのはクレイモア。それは当然の展開だな」

「でも……あと少しで勝利、というところでシルヴァンが女だってことが暴露されるの。長年信頼してきた当主の正体を知って騎士たちは動揺し、総崩れになるわ」

「……それは、全てアギト国の作戦だろうな」

 

 フランがふう、と息を吐く。

 

「他のまともな後継ぎ候補を暗殺しておきながら、優秀なシルヴァンが残されているのは、女だからだな。奴らは正体を知りながら、クレイモア家に打撃を与えられる最も効果的なタイミングを見計らっているんだろう」

「その、効果的なタイミング、とやらが数年後の戦争ってわけね」

「悲劇を回避するには、シルヴァン以外の後継ぎを用意するか、彼女の秘密を守り通すかの、どちらかが必要だ」

「後継ぎを今から用意するのは無理よね。厄災が起きるのはもう2年後の話だもの。今、男の子がどこかで生まれても間に合わないわ」

「となると、シルヴァンにはもう少し長く……少なくとも戦争が落ち着くまでは、男でいてもらう必要がある」

「性別をごまかす方法ならあるわ。なんてったって、私の家庭教師は『金貨の魔女』なんだから。ディッツの薬を使って完全な男に変身してもらえばいいのよ」

 

 ディッツの作る変身薬は、まさに魔法の薬だ。体のつくりそのものを変えた姿を見て、男装だと思う人間はいないだろう。

 

「……そのあたりが現実解だろうな」

「でも、薬を用意したとして、飲んでくれるかどうかが問題なのよねー」

 

 ほとんど面識のない、他領地の令嬢が用意した薬をシルヴァンがほいほい受け取ってくれるとは思えない。しかも、その薬の効能は彼女の持つ秘密に直結している。

 

 うん、怪しすぎて絶対飲んでもらえないね!

 少なくとも私がシルヴァンの立場だったら、ゴミ箱にポイすると思う。

 

「まずは秘密を共有してもいい、って思えるくらいに信用してもらわないとね」

「……そのためのぎりぎりの手段が、今回のお見合いだ。本気で縁談を進めるのは無理だろうが、顔くらいはつなぎたい」

 

 秘密の内容が内容だから、年上男性のフランでは警戒されてしまう。

 同世代の女の子である自分が一番適任だと思うけど、貴族女子は理由がない限り同世代の男の子に近づけない。

 見合いくらいしか会う口実が作れないって、貴族の生活は本当に面倒だ。

 

「今回は、俺も別にやることがあるから、お前はひとりで行動だ。……できるか?」

「カトラス領の問題は子供の私じゃ無理だもん。フランが好きに動けるよう、自分の仕事はちゃんと自分でやるわよ。任せて」

 

 実をいうと、私がカトラスに来たのは、リゾート地だってこと以外にもうひとつ理由があった。

 この港町には子供の私には直接見せられないダーティな問題が隠れているのだ。

 そっちは逆に、成人男性のフランじゃないと介入は無理だ。

 

 私たちは、視線を交わして笑いあった。

 大丈夫。

 3年前と違って、今の私には心強い味方がいる。

 できることだって少しは増えたはずだ。

 きっと上手に運命が変えられるはず。

 

 

 しかし……お見合い当日、とんでもない人物が現れて、私の計画はしょっぱなから迷走するのだった。

 

 



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来ちゃった(はーと)

 カトラスに到着した数日後、いつもよりおしゃれした私は、保護者代理のフランと、従者のジェイド、フィーアを従えて貴族向けの高級レストランへと向かった。

 

 ついに、お見合いにかこつけてシルヴァンと仲良くなろう作戦の決行日だ。

 

 

 

 気合をいれてレストランのドアをくぐった私を出迎えたのは、白いおヒゲがかっこいいクレイモア伯と、銀髪の美少年にしか見えない男装の麗人シルヴァンと……黒髪の最強騎士だった。

 

 

 

「……お父様?」

 

 

 

 ごしごし、と目をこすってみても父様の姿は消えない。

 

 間違いない。現実の父様が立っている。

 

 なんでこんなところに父様がいるの!

 

 

 

「リリィが初めて、自分の意志でお見合いをすると言い出したからね。気になって来ちゃった」

 

「私の縁談には関わらない、って言ってなかったっけ?」

 

「もちろん、リリィの決めたことには従うよ。でも、ちょっと気になるのはしょうがないと思うんだ」

 

 

 

 最終決定に口は出さないけど、顔は見ると。

 

 相手が下手な男子だったら、父様の顔を見た瞬間逃げ出すんじゃないの、それ。

 

 ……まあ、父様見たくらいで逃げるような相手はそもそも選ばないと思うけどさ。

 

 

 

「それに、久しぶりにクレイモア伯にご挨拶したかったしね」

 

 

 

 父様はぺこりとクレイモア伯に会釈する。

 

 最強騎士と騎士伯。世代は違うけど、同じ騎士同士、昔からつきあいがあるみたい。

 

 

 

「お仕事はいいの? むこう半年は王都を離れられないって聞いてたのに」

 

「ちょうど、王族のひとりが見合いのためにカトラスに向かうことになってね。その護衛として同行させてもらったんだ」

 

「なるほど、半分お仕事なのね」

 

 

 

 王族としても、最強騎士が同行してくれるなら、こんなに心強いことはない。

 

 

 

「とはいえ、王都に仕事を残してきたから、今日の午後には戻らないといけないんだけど」

 

 

 

 リリィとゆっくり食事したかったなあ、と父様は苦笑する。

 

 遠くカトラスまで来て、一泊すらせずに王都に戻るって……それはかなり無茶なのでは。

 

 うーん、父様が私の我儘を許容するから、何も考えずに動いてたけど、心配のあまり無茶をするようなら、私も少しは行動を改めたほうがいいかもしれない。

 

 今度から、心配されないようもっと水面下で動こう。うん、それがいい。

 

 

 

「あ、あのっ……ご挨拶させていただいても、よろしいでしょうか……!」

 

 

 

 ハイトーンのソプラノボイスが、私たちに投げかけられた。

 

 緊張でがっちがちに顔をこわばらせたシルヴァンが、クレイモア伯と一緒にやってくる。

 

 彼は、私たちの前で「ビシッ!」と擬音がつきそうな勢いで騎士の礼をとった。

 

 

 

「初めまして、ボクはシルヴァン・クレイモアと申します。ハルバード侯爵、リリアーナ嬢、お目にかかれて光栄です」

 

「はじめまして、シルヴァン」

 

 

 

 父様がよそいきの顔で軽く礼をする隣で、私も淑女の礼をする。

 

 顔をあげると、シルヴァンはキラキラした目で父様を見ていた。

 

 

 

 あー、この顔はなんか前世で見たことがある。主にショッピングモールのヒーローショーとかで見たやつだ。憧れの英雄を間近で見て興奮している少年の顔だ。

 

 うちのお城でも、たまに領地に帰って来た父様を見て、従騎士や新兵がこんな顔をして敬礼している。

 

 

 

 そういえば、シルヴァンって見た目は綺麗系なんだけど、趣味は剣術、読む本は戦記ものオンリーな、ザ・脳筋騎士だったっけ。

 

 綺麗なお花とかあげても全然好感度上がらなかったのに、肉をプレゼントしたらいきなり2段階くらい跳ね上がって頭抱えたんだよなー。

 

 そんな騎士バカな彼女の前に最強騎士が現れたら、テンション上がるよね。

 

 

 

「悪いな、ユリウス。去年お前が御前試合で戦うのを見て以来、ずっとこんな調子なんだ」

 

「それは光栄ですね」

 

 

 

 その隣で見合い相手が置いてけぼりなんだけど。

 

 えー、どうしたらいいの、これ。

 

 父様のせいで1ミリも興味持たれなくなっちゃったんだけどー!!!!!



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負けイベント

「……ということだったんだ」

「すごいですね……! さすがハルバード侯爵です」

 

 シルヴァン・クレイモアと顔合わせをして、レストランのテーブル席についてから15分。クレイモア伯と父様とシルヴァンは、運ばれてきたお茶やお茶菓子そっちのけで、話し込んでいた。話題は主に父様とクレイモア伯の武勇伝。娘の私も聞いてなかったようなトンデモ話を、シルヴァンが目をきらきらさせながら聞いている。

 その間、私が何をしていたかというと、お茶をすすりながら時々「ああ」とか「そう」とか適当な相槌を打ったくらいだ。

 

 あっれー?

 今日って何のための集まりだっけー?

 私とシルヴァンのお見合いじゃなかったかなぁー??

 

 なんで令嬢そっちのけで男(?)3人が盛り上がっているのさ!!

 父様のことを尊敬してくれてるのは嬉しいけど、今日お話しすべき相手は、その隣の女の子ですよおおおおおお!!

 

 自分自身このお見合いを利用する気満々で、付き合う気がさらさらなかったとはいえ、この仕打ちはないと思うの。

 

 さーてどうしてくれようこの人たち。

 特にシルヴァン。

 

 ここで「私ともお話して!」って言うのは簡単だ。

 まだ子供なシルヴァンはともかく、父様とクレイモア伯はそれなりに常識を持った大人だから、私のツッコミを受け入れて話題を変えてくれるだろう。

 でも、あこがれの騎士とのおしゃべりを止められたシルヴァンはどう思うだろう?

 絶対悪い印象が残っちゃうよね。

 

 男女の恋愛なら、例え悪印象であってもアピールする必要があるだろう。

 でも、私は恋人になりたいわけじゃない。

 シルヴァンと友達になりたいんだ。

 

 考えこんでいると、保護者代理の立場で同席しつつも、気配を殺して静かにしていたフランが、そっと私に耳打ちした。

 

「エサを与えろ」

 

 ほうほう。

 あえて、シルヴァンがもっと夢中になるものを与えてしまえと。

 今日のところは好感度上げを諦めて、次の機会につなぐ作戦ね。

 乙女ゲームでもたまに見かけたなー。その場では絶対パラメーターが変動しない負けイベント。

 

 そうと決まれば、次の一手だ。

 

「うちの孫は、剣術バカでなあ……ワシが止めないと鍛錬ばかりしとるんだ」

「その成果はでているんじゃないですか? 年齢の割に体幹がしっかりしている」

「あ……ありがとうございます!」

「ねえ、シルヴァン様ってどれくらい強いのかしら」

 

 私は笑顔で会話に突撃した。

 クレイモア伯は、ふむ、と自分の孫を見る。

 

「身内のひいき目を抜きにしても、才能のある子だよ。同世代の騎士の中ではほぼ敵なしだな」

「同世代の中では……大人と比べるとどう違うんですか?」

「うーん、まだまだ体ができてないからなあ、比較しづらい」

「……そうだわ! お父様、シルヴァン様と戦って!」

「ん?!」

「実際に戦っているところを見せてもらえば、大人と比較した強さがわかるはずですわ」

「ボクが、ハルバード侯爵と……?」

 

 かあっとシルヴァンの顔に血が上った。

 その顔はかわいいが、決して乙女な反応ではない。

 強者との勝負の予感に、気分が高揚しているのだ。

 

 シルヴァンは筋金入りの騎士バカだ。

 あこがれの騎士との手合わせ以上に嬉しいものはない。

 

「い……いや……そんな不躾な……ハルバード侯爵もご迷惑でしょうし……」

 

 そう言いつつも、口元めっちゃ緩んでるぞー。

 一目見た時から戦いたくてうずうずしてたなー?

 

「父様は迷惑じゃないわよね?」

「まあ……そうだな。リリィが見たいというのなら、戦ってみせようか」

「い、いいんですか……! 光栄です! ぜひ手合わせしてください!!」

 

 思わず頭を下げるシルヴァンを横目に、フランがこっそり席を立つ。

 レストラン側に、模擬戦闘の許可をもらいにいったんだろう。現代日本のファミレスと違って、ここは貴族向けの超高級レストランだ。お客はうちを含めて数組程度しかいないし、広い中庭もある。すぐに、場は整うだろう。

 

 今日はもうお見合いって雰囲気じゃないし、この際開き直って最強騎士と騎士の卵の戦いを楽しむとしますか!

 

 

 

 



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最強騎士と騎士候補

 高級レストランのスタッフのおかげで、父様とシルヴァンの対決の場はすぐに整えられた。優秀な彼らは、広い中庭にテーブルとティーセットを運んで、臨時観客席まで作ってくれる。高級店のホスピタリティ、半端ない。

 

 私たちが見守る中、父様とシルヴァンが向かいあう。

 いきなり勝負することになったから、ふたりとも、持っているのは腰に差していた真剣だ。

 それって危ないんじゃないの? とは思ったけど、クレイモア伯もフランも誰も何も言わなかったから、口がはさめなかった。

 どっちも優秀な騎士だから、死ぬようなことはない、ってことなんだろうか。

 

 ふたりが、剣を構えたところでクレイモア伯のはりのある声が響いた。

 

「はじめ!」

 

 そのとたん、シルヴァンが動いた。

 放たれた矢のように、一直線に父様に向かっていく。父様はほとんど動くことなく、シルヴァンの剣をいなしてみせた。

 バランスを崩されて、シルヴァンはたたらを踏む。

 でも、すぐに体勢を整えてまた向かっていった。

 いなされては立ち向かう。その繰り返しだ。

 

「シルヴァン様、確かにお強いですね」

 

 私が言葉をこぼすと、クレイモア伯がおヒゲの口元を緩ませた。

 

「ほう、リリアーナ嬢はあれがわかりますか」

「時々お城の練兵場を見学してますから」

 

 シルヴァンの剣は、速く、そして鋭い。その上、何度打ち合ってもさらに踏み込んでいけるスタミナがある。うちの城でも、同世代でシルヴァンと同じくらい戦える騎士候補はいないと思う。

 どきどきしながら見守っていると、突然戦いの流れが早くなった。

 うまく表現できないんだけど、急にシルヴァンの攻撃が父様の懐に誘いこまれるように動き始めたのだ。

 

「ユリウスの指導が始まったな」

 

 クレイモア伯が笑う。

 

「指導、ですか?」

「戦いながら、より良い動きを指南するのだよ。うちのシルヴァン相手に、真剣で打ち合いながらあれをやるとは……ユリウスめ、どこまで強くなったのやら」

 

 さすが父様。

 試合するどころか、そのまま指導を始めるとか、相変わらず強さの次元が違う。

 

「そこまで!」

 

 何度も刃を交え、ついにシルヴァンの足元がふらついたところで、クレイモア伯の声がかかった。

 

「あ……ありがとうござい……ました……」

 

 シルヴァンは息を切らせながら父様に礼をする。しかし、その直後に床にへたりこんでしまった。対して、父様は汗ひとつかいてない。異次元の実力差に、娘の私は苦笑するしかない。

 

 私は席を立つとシルヴァンのもとに進んだ。

 滝のように汗を流しながら、必死に息を整えているシルヴァンにタオルと水を差しだしてあげる。

 

「ありがとう。君は……」

 

 水を受け取ったところで、シルヴァンの紫の瞳が私を見た。

 

「リリアーナ・ハルバードよ。今日、あなたとお見合いするはずだった、ハルバード侯爵の娘」

 

 自己紹介してあげると、シルヴァンはひゅっ、と息をのんだ。

 それから戦闘の高揚とはまた別の意味で顔を真っ赤にして、一気に真っ青になった。

 ようやく、今日の集まりがどういう目的で、目の前の女の子がどういう立場なのか理解したみたいだ。

 

「ご……ごめんなさい……!」

 

 お見合いという場でありながら、これ以上ないくらい失礼な行動をとったことに、今更気が付いたのだろう。シルヴァンはタオルと水を握り締めたまま固まっている。

 

 はっはっはー、君の敬愛する侯爵の、大事な大事な愛娘に失礼働いて、ただですむと思うなよー。

 

「ゆ、許して……」

「だめ、許してあげない」

「どうしたら……市内10周でも、スクワット100回でもするから……!」

「そんなのじゃつまんないわ」

「まさか……一週間肉ぬきとか!」

 

 おいクレイモア家。

 普段跡取にどんな罰与えてるんだ。

 

「明日から7日間、カトラス観光につきあって」

「そんなことで……いいの?」

 

 その程度の罰だとは思ってなかったらしい、シルヴァンは紫の目をまん丸にして私を見つめた。

 

「私たち、会ったばっかりじゃない。これっきりになるなんてもったいないわ。父様はもう帰るみたいだし、明日もう一度ゆっくり話しましょ」

「うん……!」

 

 私が手を差し出すと、シルヴァンは笑って握手してくれた。

 

「リリアーナ嬢が大人で助かったよ。明日はシルヴァンに迎えに行かせるから、好きに連れまわしてくれ」

「はい、そうさせてもらいます、クレイモア伯」

 

 クレイモア伯は笑って、シルヴァンと一緒に帰っていった。

 

 よし! 悪印象は残さず、その次の約束ゲットだぜ!

 シルヴァンとの友情作戦はまずまずの成功と言っていいんじゃないかな!

 

「あとは……」

 

 突然人の作戦をぶち壊してくれた父様をどうにかしないとね!!!!

 

 



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無関心ではいられない

「リリィ、見ててくれたかい?」

 

 クレイモア伯が去って、私たち親子と使用人たちだけになったところで、父様が微笑みながら声をかけてきた。いつもなら、『戦うお父様かっこいい!』と飛びつくところだ。

 でも、私は今日ばかりは思いっきりふくれっ面で振り返った。

 

「お父様~?」

「あ……あれ……? リリィ?」

「どこの世界に! 娘の見合いの席で、当事者より目立つ父親がいるの! 父様のせいでめっちゃくちゃじゃない!」

「いや……でも、クレイモア伯とシルヴァンは喜んでたし」

「その間、私とシルヴァンが直接会話した回数って、何回?」

「あれ?」

 

 父様、そういうとこやぞ。

 育ちのせいか、脳筋なせいか、父様って時々変なところでズレてるんだよね。

 フランの一件でミセリコルデ宰相家が後ろ盾になってくれたから、社交界で変な絡み方をされることはなくなったけど、第一師団長としてちゃんとやれているのか、心配だ。

 

「でも……お見合いの席で私にばかり目を向けてしまうような子は、リリィにふさわしくないんじゃないかな?」

「騎士の子の前に最強騎士がいきなり登場したら、どうしても気を取られちゃうわよ。13歳の子供に無茶言わないで」

「……はい」

 

 父様はしゅん、と肩をおとしてしまった。

 心配して駆け付けてくれたその気持ちは嬉しいんだけど。どうしてくれよう、この父。

 

「さっきも言ったけど、私の縁談にはノータッチだっていうのはどうなったのよ」

「うん、リリィが決めたのなら反対しない。その誓いを破るつもりはない。そのつもりだったんだ。でも……リリィが実際に男の子と会うって聞いたら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」

 

 はあ、と父様は息を落とす。

 

「……手合わせも、ちょっと意地悪してたかもしれない」

 

 つまり、娘に近づいてきた男が気に入らなくて、思わず威嚇してしまったと。

 ゲームでは、毛嫌いしている王妃の息子と結婚すると言い出しても、一切反対しなかったのに、どうしちゃったんだろう。

 

 ……いや、どうかしたから、こうなったのか。

 

 今の父様はゲームの中のマシュマロ侯爵じゃない。

 子どものために、もう一度前向きに生きようと姿を変えた人だ。その上、ミセリコルデ宰相と手を結び、第一師団長として仕事に励んでいる。

 その結果、以前よりずっと真剣に私たちと関わるようになったんだ。

 

 子どものことをなんでも許すのは、愛しているようでいて、その実態はただの無関心だ。

 私を気に掛けてるからこそ、暴走もしてしまうんだろう。

 

 だとすれば、このお見合いで悪いことをしたのは自分だ。

 父様の心配する気持ちをちゃんと考えてあげられなかった。

 

「……私のほうこそ、ごめんなさい。何も言わずにお見合いするのは、さすがにダメだったわね」

「先に誓いを破ったのは、私のほうだからね。リリィは悪くないよ」

「今度お見合いするときは、ちゃんと父様にも相談するわ。だから、乱入してこないでね?」

「う」

 

 父様の綺麗な顔がひきつった。

 あー、これは娘の結婚自体が受け入れられないことに気づいたな。

 

「……父様、私はハルバード家の長女なんだし、将来絶対結婚はするからね?」

「わかってる……」

 

 絶対わかってない顔で父様はうなだれる。

 

「とりあえず、明日はシルヴァンとのデートをやりなおさなくっちゃ」

「リリィは、シルヴァンのことが気に入った?」

「まあ、そこそこ? ほとんど会話してないから、まだなんとも言えないけど」

 

 そう言うと、父様はうーん、と首をかしげた。

 

「父様はシルヴァンとの縁談を勧められないなあ……いい子だと思うけど……」

「どうして?」

「……多分、あの子との間に子供は望めないよ?」

 

 困り果てた顔で父様が告げる。子供、の言葉で私はぴんときた。

 父様、シルヴァンが女の子だって気づいてる!

 脳筋な父様だから絶対気づかないと思ってたのに!!

 むしろ脳筋だから気づいた?!

 父様は野生の獣みたいな勘で動く時がある。さっきの手合わせで何かを感じ取ったりしてそうだ。

 

 完全なタブーではないとはいえ、父親として、娘が女の子と結婚したいと言い出したら、複雑な気持ちになるだろう。

 私はにこっと笑うと父様に体を寄せた。

 

「心配かけたお詫びに、隠し事をひとつ教えてあげる」

 

 父様に体をかがめてもらって、私はその耳元に囁いた。

 

「私はシルヴァンと結婚したいんじゃないの。お友達になりたいのよ」

「なるほど」

 

 父様は満足げに笑って、王都に戻っていった。

 

 

 



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デートしよう

 翌日、約束通りシルヴァンと私は港町カトラスにお出かけした。

 仕事を抱えて王都にとんぼ返りした父様だけでなく、クレイモア伯も今日は同行してない。若いふたりでごゆっくり、ってやつだ。

 

 といっても、現代日本とは比べ物にならないほど治安の悪いこの世界で、身なりのいい貴族の子供をふたりだけで外出させるような大人はいない。

 私たちふたりの数歩後には服の下に武器を隠したジェイドとフィーアが。さらに、十数メートル離れたところに武装したクレイモア家の屈強な護衛騎士が3人ほどついてきている。

 しかし、人にお世話されるのが当たり前の貴族にとって、護衛や従者は黒子のような存在なので、シルヴァンも私も気にしない。実質「ふたりきりのデート」だ。

 

「リリアーナ嬢、今日はどこに行こうか」

「リリィでいいわよ。私もシルヴァンって呼ぶから。そうね……市場のほうに行ってみない? 地元料理の屋台とか、見て回りたいのよね」

「えっ、輸入ものの宝飾店とか、仕立て屋とかじゃなくていいの?」

「どうして?」

「いやその……女の子は、そういうところのほうが喜ぶって……」

 

 シルヴァンはちらっと後ろに控えている護衛騎士を見た。

 3人いる護衛のうちのひとりは、女性の扱いが上手そうなこざっぱりとしたイケメンだ。彼あたりが、エスコートの作法を指南したのだろう。

 ご令嬢としては紳士の提案に乗ってあげたほうがいいのかもしれない。

 

 だが、私は紳士淑女のやりとりがしたいわけじゃない。

 目の前にいる「シルヴァン」と仲良くなりたいんだ。

 

「宝石も衣装も嫌いじゃないけどね。でも、あなたはそうじゃないでしょ。全然興味のないお店に付き合いで入って、楽しい?」

 

 そう言うと、シルヴァンはふるふると首を振った。

 ゲームでさんざんシルヴァンルートを通ったから、彼女の趣味はわかっている。1に鍛錬2にお肉、34が装備で、5が鍛錬だ。

 繊細そうな見た目と、『男装の麗人』というキャラ付けに騙されて、お花や宝飾品を贈り、何度アイテムを無駄にしたことか。

 デートの行先に仕立て屋を選んだら、好感度が上がるどころかマイナスになったからね!

 普通、『デートする』ってコマンド実行したら、失敗しても少しはパラメータが上がるもんじゃないのかよ! ってコントローラーをぶん投げそうになったわ。

 まあ……現実世界では、デート先で喧嘩して別れるカップルとか普通にいるから、ある意味正しいパラメータ処理なのかもしれなかったけど。

 

 それはおいておいて。

 

 シルヴァンと仲良くなるつもりなら、わざわざ興味のないところに行ってもしょうがない。

 彼女が楽しいと思えるところに行かなくちゃ。

 幸い、私も市場に興味がある。

 

「私、お父様の代理で領地のお仕事をしてるの。だから、カトラスでどんな品物が売られてるか知りたいのよ」

「ここは他の街にはないものがたくさんあるもんね」

「地元の変わった味付けのお料理も、いろいろ食べてみたいんだけど……ひとつ大きな問題があるの」

「も、問題? 食べられないものがあるとか?」

「私、まだ子供だからそんなにたくさん食べられないのよ」

 

 大真面目に言うと、シルヴァンがきょとんとした顔になった。

 

「どこかに、一緒にたくさん食べてくれる人がいると、とっても助かるんだけどなあ……」

 

 じーっとシルヴァンの顔を見つめてみる。彼女はすぐに笑い出した。

 

「わかった! 一緒にわけあって食べよう」

「お願い!」

 

 私たちは、市場に向けて元気よく歩き出した。

 

 

 



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仲良くなるには難しい

「はあ……お腹いっぱい」

「食べたし、歩いたね……」

 

 陽が傾きかけるころ、私とシルヴァンは港のベンチにふたりで並んで座っていた。

 市場をあちこち食べ歩きしたせいで、くたくただ。

 

「知らない街を歩くのって、楽しいわね」

「……そうだね」

 

 私の問いかけに、シルヴァンは複雑そうにうなずく。

 

 今日は一日楽しかった。

 私は間違いなくそう断言できるし、シルヴァンだって、異国のスパイス満載のお肉を食べていたときのあの笑顔が嘘だとは思えない。

 

 でも、一緒にいると楽しいね、と素直に肯定してしまえば、周りが『では婚約を……』と話を進めてしまう。

 性別を偽っているシルヴァンは、そう簡単に婚約者を作れない。私だって、お見合いはともかく本気で婚約する気はない。

 だから、どうしても煮え切らない態度になってしまうんだ。

 

 気まずそうに視線をそらしたシルヴァンは、そこで目をとめた。

 

「あ……」

「シルヴァン?」

 

 シルヴァンは港を指さす。そこでは、巨大な客船に明かりがともされていた。いくつものランタンに照らし出されて、客船はその美しい姿を水面に映し出す。

 

「綺麗だね」

「すごい……これから何か催しでも始まるのかしら」

「船上パーティーじゃないかな。ほら、お客の馬車が来た」

 

 シルヴァンが指す方向を見ると、豪華な馬車が何台もやってくる。乗客はその馬車に見合うだけの裕福な貴族たちなのだろう。

 その中に、ひときわ美しい豪華な馬車があった。

 シミひとつない白馬ばかりがひく六頭立ての車体には、ハーティアを象徴する紋章がデザインされている。乗っているのは、王族だろう。

 

「そういえば、父様が王族のひとりがお見合いするから、護衛してきたって言ってたわね」

「じゃあ、あそこに乗っているのは……オリヴァー様かクリスティーヌ様、かな?」

 

 現在、ハーティア王室に未婚の者はふたりしかいない。

 王妃が産んだ、ただひとりの王子オリヴァー。そして、前国王陛下が側室に産ませた王妹殿下クリスティーヌ。側室が前国王のもとに入ったのが晩年だったので、オリヴァーとクリスティーヌは、叔母と甥の関係だけど同い年の13歳だ。

 どちらも、私たちみたいに海辺でお見合いしててもおかしくない。

 

 見ていると船のほうから燃えるような赤毛の青年が出て来た。

 身なりのいい貴族たちの中でも、ひときわ高級な衣装を身に着けた美丈夫だ。彼は馬車の前までやってくると、そのドアの前に跪く。そして、ようやく馬車の中から女の子がひとり出て来た。

 ふんわりとしたラヴェンダー色のドレスを着た、妖精のような女の子だった。

 輝く銀髪を美しく結い上げた彼女は、洗練されたしぐさで赤毛の青年のエスコートを受ける。

 

「お見合いに来たのは、クリスティーヌ様だったみたいだね。赤毛の男性がお見合い相手かな? 誰だろう……」

「カトラス侯爵嫡男のダリオ・カトラスじゃないかしら。派手な赤毛で有名だもの」

 

 赤毛、カトラス領、お金持ち、というキーワードから、私は赤毛の青年の正体を推理する。7勇士の跡取り息子であるにも関わらず、私の手元にダリオの詳細な情報はない。彼はゲームが開始される前、近い未来に殺されてしまうからだ。ゲームが聖女視点でしか描かれていないから、直接観測できないキャラの情報はほとんどない。

 その代わり、攻略本には兄の死後、後継ぎに指名された弟ルイス・カトラスのプロフィールが詳しく書かれている。

 

 今回のカトラス旅行のもうひとつの目的は、ダリオ殺害の悲劇を事前に止めることだ。

 しかし、カトラスの問題はえぐすぎて子供の私には手に負えないから、フランに丸投げだ。

 こればっかりはどうしようもないので、彼に託すしかない。

 お見合いしながら信じて待つだけだ。

 

 そんなことを考えながら、ぼんやりとダリオとクリスティーヌを見ていた私は、ふとあることに気が付いた。

 

 ラヴェンダー色のドレスのクリスティーヌ。

 男物の騎士服を来たシルヴァン。

 ふたりは、どちらも銀髪に紫の瞳で、とても顔立ちが似ていた。

 

「ボクとクリスティーヌ様、ちょっと似てるでしょ」

「え……ええ、女の子と似てる、って言うと失礼かもしれないけど……」

「小さいころはもっと似てたんだよ。ボクとクリスティーヌ様はいとこ同士だから」

 

 そうだったっけ?

 

 

 



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銀髪☆パラダイス

「シルヴァンとクリスティーヌ様がいとこ同士だなんて、初耳だわ」

 

 そんなの、攻略本に載ってたっけ?

 今ここで黒歴史ポエムな攻略本を出すわけにもいかないので、私はただ首をかしげるしかない。

 

「母様はボクを産んですぐに亡くなってしまったから、ボクらの世代で知ってる子は少ないのかもしれないね」

 

 なるほど、ゲーム開始前に退場したダリオ・カトラスと一緒か。『聖女に観測されてない人間関係』というやつだ。

 

「先代モーニングスター侯爵夫人と、ボクの母様、そしてクリスティーヌ様のお母様は3姉妹でね。全員、モーニングスター家の血が入ってるんだ。だから、みんなおそろいの銀髪なんだよ」

 

 そういえば、モーニングスター侯爵家跡取の攻略対象も、見事な銀髪だったなあ。

 ゲームで遊んでた時は、『いくらなんでも銀髪率高すぎ!』って思ってたわー。でも、血がつながってるのなら似るのは当たり前だ。

 プレイヤーが混乱しないよう、兄弟でも全然別ものにキャラ設定されてる、ゲームのほうが不自然な世界なのかもしれない。

 

「じゃあ、ふたりは子供のころから付き合いがあるの?」

 

 問題だらけの王室の中で、クリスティーヌもまたいろいろとややこしい問題を抱えている。シルヴァンと関係が深いなら、今回のお友達作戦をきっかけに、クリスティーヌに近づけるかもしれない。

 

「うーん……面識はあるけど、付き合いがあるかって言われると微妙かなあ。クリスティーヌ様は、滅多に離宮から出てこないし、ボクも普段はクレイモア領にいるから。3年前に王妃様主催のお茶会でちょっと見かけたくらいだね」

「そうなんだ」

 

 まあ、そうそううまくはいかないか。

 ゲームで垣間見たふたりの性格だと、お互い親戚だからって仲良くするタイプじゃないし。

 その上、どっちも秘密を抱えてるからなあ……。

 

 王室にはあの王妃様がいる。彼女の目をかいくぐる体制が整うまでは、クリスティーヌ様の問題は棚上げしておいたほうがよさそうだ。

 

「3年前のお茶会で印象に残ったのは、むしろ……」

 

 ふとシルヴァンが言葉を切った。

 複雑そうな目で見られて、シルヴァンが何を思い出しているのかを察する。

 

「お、お願いだから、あの時のことは忘れてぇぇぇ……!」

 

 そういえば3年前のお茶会でリリアーナが突撃した相手のひとりだったね!!

 あの件がきっかけで覚醒したとはいえ、あの日の出来事は闇に葬り去ってしまいたい。

 私が頭を抱えていると、シルヴァンはクスクスと笑い出す。

 

「実を言うと、今回のお見合いは破談にするつもりで来たんだ」

「……ふうん?」

「男なら13にもなれば婚約者のひとりでもいるのが普通だ、って親戚に言われてね。でも、ボクはまだ婚約者を作るわけにはいかないから、とにかく誰でもいいから、一度だけでもお見合いして破談にした記録を作りたかったんだ」

 

 普通の女の子相手なら失礼極まりないシルヴァンの告白だけど、私は驚かなかった。だって、私は彼女の正体を知っているから。できることならぎりぎりまで結婚話から遠ざかりたいはずのクレイモア家が、お見合いを持ち掛けてくるなんて、裏があるに決まってる。

 

「おじい様はハルバード侯爵とつきあいが長いから相談しやすいし。それに……お茶会で見たようなワガママな女の子なら、破談にしてもそんなに罪悪感がないと思ったんだ。でも、失敗したなあ」

 

 はあ、とシルヴァンは大きなため息をついた。

 

「君がこんなにおもしろい子だと思わなかったよ。このまま破談にしてそれっきりになるのは……なんていうか」

「もったいない?」

「すごく都合のいいこと言ってると思うけど、そんな感じ。でも破談にしたらやっぱり、気まずいよね?」

「そうでもないわよ。私も、結婚する気はさらさらなかったもの。あなたに会ってみたかっただけで」

 

 こっちも裏があったことを白状してあげると、シルヴァンは一瞬真顔になった。その後、もう一度大きなため息をつく。

 

「そういうことか! 他の女の子と違って、『女の子扱いして!』って言ってこないから、変だなって思ってたんだよ。ええ……お見合いってこういう時は、どうなるの?」

「もう友達でいいんじゃない? 結婚は考えられないけど、仲良くなりましたってことで」

「そうなのかなあ……?」

 

 シルヴァンは、納得いかないって顔だ。

 まあ、1日遊んだくらいで、これからどう付き合っていくべきか、なんて決められないよね。

 

「とりあえず、私との約束はあと6日残ってるんだし、その間は思いっきり遊びましょ。せっかくカトラスまで来ておいて、ごちゃごちゃ考えてたら損だわ」

「い、いいのかな?」

「ちなみに、明日は主に武器を扱う職人街に行く予定です」

「えっ……」

「カトラスの武器、見てみたくない?」

「その誘い文句はずるいって!」

 

 私の言葉に苦笑したあと、シルヴァンは頷いてくれた。

 

 



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有能な悪役ほど迷惑なものはない

 私とシルヴァンは、翌日も元気よくカトラス観光に繰り出した。

 目的地は約束通り、カトラスの職人街だ。

 

「職人の街って聞いたけど、商店街みたいな雰囲気だね」

「表に見えている店舗は、ショーケースみたいなものなんですって。店の奥に行くと、職人が働いている工房があるらしいわ」

「なるほど……」

 

 私は補佐官から仕入れた知識を披露する。シルヴァンは興味深そうにそれぞれの店を覗き込んだ。そこには、王都でも見かけるようなスタンダードな剣に加えて、複雑怪奇な形をしたナイフなどが並んでいる。

 

「これ、どうやって使うのかしら」

「投擲用のものみたいだね。多分、輸入品だと思うよ」

「貿易港ならではの品物ね」

「ひとつ買ってみたいけど、ちょっと高いかな」

 

 値段を見て、シルヴァンの顔が残念そうなものになる。

 

「クレイモア家は歴史が古いけど、あまり懐は豊かじゃないんだよね……」

 

 結婚するつもりはない、とお互いわかっているせいかな? シルヴァンは見合い相手には明かしちゃいけないことまで、明かしてしまった。

 まあ、その件はシルヴァンが暴露しなくても、知ってたけどね。

 

 ハーティア東の国境を守るクレイモア領は、国境ぞいに険しい山があり、決して実り豊かな土地ではない。その上、ひとたびアギト国と戦いになれば、真っ先に戦地となるため、移住希望者は少ない。だけど、隣国からの侵略を止めるには、常に精強な軍隊を配置しておかなくてはならない。

 維持費のかかる騎士たちを抱えながら、やせた土地で暮らす彼らの財政は基本赤字なのだ。

 

 買えないとわかっていても、武器を見るだけで楽しいらしい。目を輝かせながら歩くシルヴァンを観察していると彼女の視線が、ある店のショーケースで止まった。職人街の中では、ややグレードの高い店だ。

 一緒になって店を覗き込むと、そこには一目で出来がいいことがわかる武器が並んでいた。細工は無骨だけどその品質は他店と一線を画している。

 

「いいお店ね」

「ボクもそう思う。でも、ちょっと値段の桁が違うよ。別の店に行こうか」

「いいじゃない、入りましょ」

「え……」

「せっかく旅行に来たんだし。気に入ったものがあれば、プレゼントしてあげるわよ」

「えええええっ」

「いいからいいから!」

 

 クレイモア家は、騎士に対して税が少なく、そのままでは赤字でつぶれてしまう。しかし、国全体として、彼らに財政破綻してもらうわけにはいかない。クレイモア家がつぶれたら、次に侵略されてつぶされるのは王都だ。だから国をはじめとした諸侯からは、毎年軍事費として多額の支援金が渡されている。

 

 うちも、支援している貴族のひとつだったんだけど。

 

 アギト国のスパイだったクライヴが、毎年何かと理由をつけて、ちょっとずつ支援金を減額してたんだよね……。帳簿チェックをしてて、支援額が元の半分になってるのを見たときには、マジで頭かかえたもん。

 クレイモア家に弱体化してもらいたいアギト国スパイとしては、減額一択だよねえ……。

 ハルバードほどの大侯爵家からの支援が滞ったら、クレイモア家は大打撃だ。

 だから、クレイモア家の財政危機はうちの責任、とも言える。

 

 本来、即刻お詫びの品を持って、お金を納めに行く事案だ。しかし、クライヴの不正が発覚してから2年たった今も支援金はさほど増額できてない。それはなぜか。

 うちも結構ヤバかったのだ。

 賄賂を贈りまくる執事に、運営費を着服する騎士隊長、私腹を肥やす悪代官……中間管理職がこぞって税収を中抜きしまくったら、さすがの大領主でも傾きますって。

 スパイを一掃して悪代官を全員身ぐるみ剥いでたたき出してもまだ足りない。兄様が『魔力式瞬間湯沸かし器』で一山あててくれなかったら、何年もしないうちに財政破綻してたと思う。

 

 今年になって、やっと財政が元の水準に戻ったから、機会を見て支援を再開する予定だ。とはいえ、迷惑かけちゃったから、何かお詫びの品は渡したい。

 

 そう思って入った店で、私は予想外の出費をする羽目になった。

 



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武器工房

「これはこれは、お嬢様、お坊ちゃま。ようこそおいでくださいました」

 

 私たちが貴族だと見てとった店主は、子供相手にも関わらず、上機嫌で私たちを招き入れた。店舗の中央に設けられた商談スペースのソファをすすめてくれる。

 私は、シルヴァンにエスコートされてそこに座った。

 

「彼にプレゼントがしたいの。オススメを見せてちょうだい」

「でしたら……こちらなどいかがでしょうか」

 

 商談のチャンスと見たのか、店主は奥からひときわ高そうな武器を持ってきた。

 シルヴァンの体格に合いそうな細身の剣だ。

 

「いい剣だね。つくりがよくて、バランスもいい」

「良いでしょう! つい昨日仕上がってきたばかりの逸品ですよ。ドワーフの専属職人に細工させています」

「どわあふ」

 

 思わず繰り返してしまった。ネコミミ獣人を連れていて今更かもしれないけど、現代日本育ちとしては、ファンタジー種族が出てくるとびっくりしてしまう。

 

「お嬢様はご存知ないかもしれませんねえ。海を渡った西の国からやってきた種族ですよ。金属の扱いに長けていて、とてもよい武器を作ります」

「柄頭に魔法がかけてあるわ。何かしら……」

 

 剣から不思議な魔力の流れを感じて指摘すると、店主は目を見開く。

 

「よくわかりましたね。こいつは土の魔法で強度をあげているんです。だから、見た目が細くても打ち合いで折れたりしません」

「なるほど……よく見たら、文字みたいな模様が彫り込まれてるわね」

「そいつが魔法のタネですな。ドワーフの古いまじない言葉らしいです。私は読めませんが」

「……ジェイド、これは読める?」

 

 私は、背後で黒子に徹していた従者に声をかけた。魔法使いはまじないに通じている。東の賢者の弟子である彼なら、ドワーフの言葉もわかるかもしれない。

 従者はすっと前に出ると、しばらく文字を見つめる。ぱちぱちと数回瞬きしたあと、顔をあげた。

 

「いえ、読めません。さすがにドワーフの文字は専門外なので」

「そう……。ねえ、こんな魔法をかけてある武器は他にもあるの? 彼とお揃いで私も似たものがほしいわ」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」

 

 高価な細工物の剣をもうひとつ買う、と宣言されて、店主は大喜びで店の奥に引っ込んだ。彼が私たちの前からいなくなったのを見計らって、私はもう一度ジェイドに尋ねる。

 

「それで、本当は何が書いてあったの?」

 

 さっきの瞬きは、何か裏がある、という合図だ。

 その場で口にしなかったのは、おそらく店主には聞かせられない内容だったから。

 

 ジェイドはもう一度剣に刻まれたドワーフの言葉を見つめてから、口を開いた。

 

「助けてくれ、工房の地下に閉じ込められている、と」

 

 



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カトラスの『特産品』

「地下室に、人が……?」

 

 その言葉を聞いて、シルヴァンも、彼の護衛3人もぎょっとした顔になる。

 

「店主に隠れて外部に助けを求めるために、わざとドワーフの言葉で刻印したのでしょう」

「その職人は、何故閉じ込められてるんだ?」

「……多分、人身売買よ。恐らくどこかで誘拐されて、この工房に売られてきたんだわ」

 

 私が答えると、シルヴァンの顔からさあっと血の気がひいていく。

 

「あり得ない……人を金で売り買いするなんて!」

「でも、そのあり得ないことを商売にする人たちが、カトラスにいるのよ」

 

 これが、『子供の私では手が出せないカトラスの問題』だ。

 

 ハーティア最大の貿易港、カトラス。

 ここでは食料から工業製品まで、多種多様な品物が取引されている。その中でも、ここ数年隠れた目玉商品となっているのが、『人間』だ。

 単純労働を行う雑役奴隷が二束三文で売買される横で、高度な技術を身に着けた職人が高額で取引されている。地下に閉じ込められた彼も、そうやって売り買いされてきたのだろう。

 

 シルヴァンの反応から解るように、ハーティアでは人身売買が固く禁じられている。国にバレたら、売った者も買った者も全員まとめて死刑だ。だからそんなリスキーな犯罪に手を染める者は少数派だ。

 でも、領地を統括している侯爵家が人身売買の元締めだったら?

 こんなに商売しやすい土地はないだろう。

 

「ジェイド、本当に地下に人がいるのか、わかる?」

 

 私が尋ねると、ジェイドはこくりと頷いた。

 

「地下から数名分の魔力が感じられます。ただ、状況まではわかりませんね。フィーア、音は拾える?」

「やってみるわ」

 

 感覚の鋭い獣人フィーアがネコミミをぴんとたてた。工房に意識を向ける。

 

「何か、言い争ってるみたいです。でも細かいことまでは……」

「風の魔法で補助してみよう」

 

 ジェイドはフィーアに手をかざした。風がフィーアに向かってかすかに流れていく。

 

「……聞こえるようになりました。店主が職人に武器への魔法付与を命令しています。ですが、作業ができるほど体力が残っていないようです。拒絶して……暴力をふるわれているようですね」

「ボクたちが行って止めてこよう。リオン、お前はカトラスの警備兵を呼んで来てくれ」

「待って」

 護衛騎士のひとりに指示を出し、奥に乗り込んでいこうとするシルヴァンを止める。彼は不満そうに私を振り返った。

 

「リリィ? どうして止めるんだよ」

「……」

 

 どう言っていいのかわからず、私は言葉につまる。

 

 もちろん、私だってカトラスの人身売買を放っておく気はない。

 だけど、それはフランの担当だ。

 大して証拠もないのに、今警備兵を呼びにいって派手に騒いだらどうなるだろう? きっと店主にはごまかされてしまうし、犯罪が明るみに出ることを恐れた関係者は、雲隠れしてしまう。きっと救えない人がたくさん出るだろう。

 

「地下の職人は、作業もできないほど弱っているんだろう? 見殺しにはできないよ」

 

 助けを求めている職人に残された時間は少ない。そのことが、問題をより複雑にしていた。

 

 私だって、死にそうな人を見捨てたいと思ってないよ!

 でも、今この時だって、全員を助けるためにフランが努力してくれてるの!

 彼の仕事を無駄にするような真似もしたくないの!

 

 ああああもう、自分の頭が所詮凡人止まりなことがうらめしい。

 フランだったらきっと、何かいい手を思い付くに違いないのに。

 でも、この場に彼はいない。

 

 私は、自分の判断だけでどうにかしなくちゃいけないんだ。

 

 考えろ。

 私にできるのは、足掻くことだけだ。

 職人の命も、この街の問題も、諦めてしまったらそこで零れ落ちていってしまう。

 考えろ。

 あの腹黒補佐官なら、こんなときどんな裏技を思い付く?

 

『お前が足掻くのなら、どんなことでも手を貸してやろう』

 

 大丈夫、私には、諦めなければ手を差し伸べてくれる仲間がいる。

 

「誰も諦めろとは言ってないわ。正面きってぶつかる以外にも、方法はあるって言ってるの」

 

 私は腹をくくって顔をあげる。

 やらなくちゃいけないなら、やってやろうじゃないの。

 

「どういうこと?」

「私にまかせて」

 

 その結果、フランに迷惑がかかるかもしれないけど、その時はその時だから!

 

 

 



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悪役令嬢流ワガママショッピング

「お待たせして申し訳ありません、お嬢様」

 

 しばらくして、店主が店に戻ってきた。その額にはうっすらを汗が浮いている。

 職人を折檻して体を動かしたせいだろう。

 

「そして重ね重ね申し訳ないのですが……残念ながら、在庫の中に同じ魔法をかけた武器は、ございませんで……」

「えー、それは困るわ! おそろいがいいの、おそろいが!」

 

 私が『おそろい』を強調すると、店主はしきりに汗を拭きながら言い訳を並べる。

 

「あの、少しお時間を頂くことはできませんか? 魔法をかける商品を選んでいただけましたら、職人に作業をさせて後日お届けにあがります」

「それじゃ遅いわよ。私も彼も明日にはカトラスを出る予定なんだもの」

「でしたら、宿ではなくご自宅のほうに配達いたしますよ」

「それで受け取ってみて、魔法がうまく働いてなかったらどうするの?」

「そ……その時は、一度返品していただいて、再度配達させていただければ……」

「あーもう、まだるっこしいわね!」

 

 私は、ワガママ全開で叫んだ。

 

「いちいち注文するのは面倒だわ。ジェイド、金貨を」

「はい、お嬢様」

 

 ジェイドは懐から金貨の入ったお財布を出した。

 ことさらに、見せびらかすようにして店主の前に金貨を積み上げる。

 

「お店と職人ごと、この工房を買うわ。お金を持って出ていってちょうだい」

「……は」

「自宅に職人を連れて帰って、ゆっくり自分好みの武器を作らせればいいのよ!」

 

 店主の顔から表情がすっぽぬけた。

 

「あなた、言葉はちゃんとわかる? このお店を全部買うって言ったのよ」

「……そ、そうなんですか?」

 

 まあ、言葉がわかってても、理解がついていかないよね。

 そうなると思って、わざと追い詰めるような言い方をしてるんだけど。

 

「し……しかしですね、お嬢様。こちらの工房は私がほんの駆け出しのころから、必死に守ってきた店でしてね。大事なものもたくさん……」

「これじゃ足りない?」

 

 ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん。

 ジェイドがさらに金貨を積み上げる。

 

「そそそそそそ、そんなことは!」

「じゃあ商談成立ね!」

 

 にこっ、と満面の笑みを向けてあげると、店主の顔からは脂汗が滝のように流れ始めた。

 こんな要求してくる客、今までの人生でいなかっただろうなあ。

 

「しかしですね……」

「安心して」

 

 私は、笑顔のままかわいらしい声で囁く。

 

「地下の秘密の職人さんのことは、内緒にしておいてあげる」

「な、なぜそれを!」

 

 店主の汗が脂汗から冷や汗に切り替わった。

 

「ごめんなさい、手品のタネは明かさない主義なの。ねえ、考えてみてちょうだい。私たちはこれから、カトラスの警備兵のところに行くこともできるの」

「う……」

「でも、そんなことになったら、あなたは死刑になっちゃうし、職人さんも元いた国へ送り返されちゃうわよね? 私も魔法の剣が手に入らなくて、困っちゃうわ」

「……そ、そのようで」

「ねえ、決めてちょうだい。このまま金貨を持って出ていくか、護衛騎士に警備隊を呼ばせるか」

 

 見つめること数十秒。

 ついに耐えきれなくなった店主は、立ち上がった。

 

「お買い上げありがとうございますっ!!!」

 

 彼はテーブルの上の金貨をひったくると、そのままダッシュで逃げていってしまった。

 

「な……なんとかなった……」

 

 店主がいなくなったのを見届けてから、私はソファにずるずると体を預けてへたりこむ。

 脛に傷を持つ店主は、私に店を売った経緯を言いふらすことはないだろう。職人街で武器屋を店ごと買った変なお嬢様の噂が立つかもしれないけど、多分人身売買組織を刺激するようなことにはならないはず。

 私がせっせと貯めたお小遣いがめちゃくちゃ減ったけど、これはもう必要経費と思って諦めることにする。

 遊びに使う金貨よりは、目の前の人だ。

 

「リリィって、かっこいいね……!」

 

 シルヴァンがまじまじと私を見る。

 

「腹黒補佐官の真似をしただけよ」

 

 フランの悪辣な思考ほど、お子様の健全な成長に悪影響を及ぼすものはないんじゃないかな。今回は役に立ったけど。

 

「ああ本当に……君と結婚できないのが残念」

 

 シルヴァンは複雑な顔で笑う。

 

「私たちの関係に名前をつけるのは後でいいんじゃない。それより、せっかくお店を買い取ったんだから、職人を助けなくちゃ」

 

 私たちの指示を受けて、従者と護衛騎士たちは工房の奥へと向かっていった。

 

 



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その武器は呪われていた!

 工房の地下から発見されたのは、小柄で痩せた男の人だった。

 髪の毛もおヒゲももじゃもじゃなところは、いかにもファンタジー世界のドワーフ! って感じだけど、痩せてやつれているせいか、武器職人には見えない。

 看護が必要な病人だ。

 

 店まで連れてきて、ソファに横たえると職人さんは、ぜい、と苦しそうな息を吐いた。

 

「あんた……たちは……?」

「この店ごとあなたを買ったお嬢様よ。安心して、無理に働かせる気はないから」

「はあ……」

「自分の名前は言える?」

「オラの名前……は……マリク……」

 

 喋ること自体がつらいのか、そこまで告げて職人マリクはまた、ぜい、と息をつく。

 そして、彼の名前を聞いた私も、息をのんだ。

 

「呪われしマリク武器……?」

「リリィ、知ってるの?」

「う、ううん! 似た名前の職人さんがいたから、ちょっと気になっただけ!」

 

 ごまかしつつも、私の心臓はバクバクだ。

 気になったどころじゃない。

 

 この世界で一番ヤバい武器の製造者じゃん!!

 

 といってもヤバいくらい高性能な武器、ではない。

 手にしたらヤバいことになる武器だ。

 

 彼の作った武器はすべて呪われているのだから。

 

 呪われた装備、っていうのはRPGなんかでたまに出てくる罠アイテムだ。見た目は豪華だし、パラメータも上がるからと装備すると、呪われて体力低下とか筋力低下とかのデバフがついてしまう。そういう装備は大抵、解呪のイベントとワンセットになっていて、呪いを解くとデバフが解除されたり、さらにパワーアップした武器に化けたりする。

 

 しかし、マリク武器の呪いにそんなご都合主義は存在しない。

 

 ハーティア国民が手にするとその時点で幸運値がほぼゼロになり、あれよあれよという間に不幸に見舞われてデッドエンドに直行してしまう。解呪しようにも、運勢がめちゃくちゃ悪い状態なので、祝福を扱う神殿なんかに行く途中で空から隕石が降ってきたりして命を落とす。

 まさに、初見殺しの極みの罠である。

 

 製造者のマリクはゲーム開始時点で死んでいたため、名前以外の情報は一切残されていない。調査しようにも、マリクに関するものに近づいた時点でだいたい呪われて死ぬので、聖女であっても謎が解けないのだ。

 

 マリクが何故、こんなにもハーティアを恨んでるのか疑問だったんだけど……工房に売られて死ぬまで働かされたら、そりゃー呪いのひとつくらい残したくなるよね。

 

 危ない危ない。

 助けておいてよかった。

 こんな危険な武器職人さんは、手当をして早めにこの国からお引き取り願おう。

 

「生まれはどこなの? ついでだし、故郷まで送り届けてあげるわよ」

「そ、それは困るだ!」

「え?」

 

 捕まってたんだし、故郷に戻るのって嬉しいんじゃないの?

 

「オラ、精霊銀(ミスリル)を求めてこの大陸に渡ってきただ。ミスリルを見つけるまでは、帰るわけにはいかないだよ」

「ええ……」

 

 どうやら、職人マリクは伝説上の金属を求めてハーティアに来てしまったらしい。

 

 



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精霊銀

「ミスリル……っていうと、おとぎ話に出てくる伝説の金属じゃなかったっけ?」

 

 鍛冶職人マリクの求める金属の名前を聞いて、シルヴァンが首をかしげた。

 

「一応、実在する金属よ。王城の地下で厄災を封じている建国王の剣が、ミスリルでできてるはずだから。あんまり珍しすぎて、どんな金属なのかよくわかってないけど」

「師匠によると、組成自体は普通の銀と変わらないそうです。ですが、何万年も高濃度の魔力にさらされた結果、異常に魔力の循環特性が高くなっているようです」

 

 東の賢者の愛弟子、ジェイドが補足説明してくれる。

 

「ミスリルが欲しい、って。まさか王城に忍び込もうっていうんじゃないわよね?」

「ち、ちがうだ! オラが探しているのは、ミスリルの鉱脈だ!」

「そんなもの、あるの?」

 

 私もシルヴァンも、そして聞いていた他の従者たちも目を見合わせる。

 

「本当だ! お、オラ、何十年もかけて世界中の大地の魔力の流れを調べただ! その中に銀の鉱脈と魔力の終結点が重なってるところがあるだよ! ほれ、これを見てくれ!!」

 

 マリクは懐からぼろぼろの羊皮紙を取り出した。

 そこには大地の形の上に魔力の流れを表すらしい線がいくつも書き込まれている。それらは、ハーティア東部のある1点に収束している。

 

「ここって……クレイモア領の中よね? でも、そんなところに銀鉱脈って無かったような……」

 

 領主代理としてハーティア各地の特産品は把握しているけど、クレイモアから銀、という話は聞いた覚えがなかった。そう思ってシルヴァンを見たら、彼女の顔は青ざめていた。

 

 え?

 マジでクレイモアに鉱脈あるの?

 

「……ある。採算がとれなくなって、何百年も前に閉鎖された場所だけど」

 

 なるほど、すでに資源が尽きている鉱脈なのか。だから、クレイモアの歴史に詳しい人間しか、その存在を記憶していないのだ。

 マリクは外国人にも関わらず、そのありかを正確に言い当てた。魔力の流れについてはともかく、鉱脈を探し当てる技術は確かなようだ。

 

「こんなところからミスリルが……?」

「ある! 絶対でてくるはずだ!」

 

 さっきまで死にそうだったはずのマリクが、シルヴァンに向かって必死に声をあげる。

 彼にとっては、ミスリルこそが命のよりどころなのだろう。

 

「あんた、クレイモアゆかりの貴族なんだろう? 頼む! オラにこの鉱脈を掘らせてくれ!」

「しかし……」

「もう閉鎖されてるってんなら、無用の場所だ。掘りなおしたって損にはならねえだろ? できたモンは全部あんたにおさめるから!」

「ミスリルがほしいんじゃないのか?」

「オラはただ、一生に一度だけでもミスリルで武器が作ってみてえ、それだけだ!」

「……困ったな」

 

 シルヴァンはうーん、とうなったあと、護衛騎士たちに視線を送った。彼らもまた、困り果てた視線を主人に送る。

 シルヴァンは確かにクレイモア家の跡取だ。

 しかし、所詮まだ子供。

 領地の重要資源施設に外国人を連れていくような権限はない。

 

「……恐れながら」

 

 フィーアが静かに口をはさんだ。

 

「彼のようにひとつのことに執着しているタイプは、目的のために手段を選びません。ここで強制的に国外へ退去させても、何らかの手段で戻ってくるでしょう」

「その時にまた、誘拐されないとも限らないわね」

 

 それでまた呪いの武器を量産されたら元も子もない。

 シルヴァンはさらにもう一度、うーん、とうなる。

 

「ここで放り出すのは得策じゃない、ってことだよね。どうしようかな」

 

 人ひとりの人生の判断は、13歳の子供の手にあまる。

 私も、自分の領地の問題だったら、自分の責任で判断できるけど、これはクレイモアの問題だ。下手なアドバイスをして、両家の関係がこじれたら困る。

 

 私は再び沈黙した。

 

 考えろ。

 こんなとき、私の相棒ならどうする?

 

 



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悪役令嬢は必殺技をくりだした!

「ええとつまり……シルヴァンひとりじゃ判断できない、ってことよね?」

 

 しばらく考えてから、私はシルヴァンに尋ねた。彼女は素直にうなずく。

 

 まあ、普通の13歳はそうだよね。

 11歳の小娘を領主代理にして決裁権を渡すハルバード家とフランがおかしいだけで。

 

「じゃ、判断できる人にまかせましょ」

「え」

「シルヴァンが逗留している宿? 別荘だっけ? ともかく、泊ってる屋敷にはクレイモア伯もいらっしゃるんでしょ。彼を連れていって、鉱脈を調査させるかどうか、決めてもらうの」

 

 必殺!

 他人に丸投げ!!!

 

 現場で勝手なことができないなら、判断できる人間に投げればいいのだ。領主代理の2年間、何度この思考でフランに決裁を投げたことか!

 その反撃とばかりに、とんでもない現場作業が飛んできたこともあるけど!!

 

「確かに、ここで判断できるのはそれが限界だね」

 

 はあ、とシルヴァンが息を吐く。

 自分が決めなくちゃ、とかなり気を張ってたみたいだ。

 

「マリク、君の処遇は一旦ボクのおじい様……クレイモア伯の判断にゆだねる。それでいいかな?」

「クレイモアの……領主様に……ありがとうございます……!」

 

 領地のトップに話を繋いでもらえると聞いて安心したのか、マリクはふっとその場に崩れ落ちた。

 

「マリク?」

「気絶したようです」

 

 ジェイドがすばやくマリクの容体を診る。

 

「……ずいぶん衰弱しています。さきほど興奮したのがよくなかったようですね」

「ジェイド、治療できる?」

「現状維持が限界ですね。本格的に治療するなら、専門の環境と薬が必要です」

「保たせて」

「かしこまりました」

 

 さて、ここからは時間との勝負だ。

 シルヴァンが立ち上がると、護衛騎士に指示を出す。

 

「リオン、お前は先におじい様のところに戻って、報告を。それから彼を運ぶための人手と馬車を手配してくれ」

「了解しました」

「うちにも伝令を出したいところね」

「何かあるの?」

「医学の権威、東の賢者がうちの別荘でヒマをつぶしてるはずよ。お酒飲んで寝てなければ、使えるはずだわ」

「そうですね……彼の命を確実に救うのなら、師匠に治療させたほうがいいです」

「となると、ハルバードへの伝令と、マリクにつく護衛と……君を別荘まで送り届ける護衛が必要だね」

「シルヴァン自身の護衛もいるよね?」

 

 護衛騎士の残りはふたり。そして、ジェイドはマリクの治療で動けない。

 微妙に人手が足りてない状況だ。

 

「伝令だけ出して、私はここに残ろうかな」

 

 護衛対象はできるだけ固まってたほうがいいよね?

 

「それはおすすめできません」

 

 フィーアが顔を曇らせる。

 

「先ほどの店主は、ご主人様の常軌を逸した行動に驚いて逃げただけです。時間が経ち、冷静になったあとで、仲間を連れて戻ってこないとも限りません」

「動けない病人と、戦えないご令嬢の両方を抱えて、この店で籠城戦をするのは避けたいな」

 

 じゃあどうしよう?

 

「まずはリリアーナ様をできるだけ早く安全な場所に移してはいかがでしょう」

 

 護衛騎士の提案に、シルヴァンが肯く。

 

「ラウルの言う通りだね。武器職人と侯爵令嬢、狙われるとしたらリリィのほうだろうから」

「マリクのそばには、私だけ残していただければ十分ですよ。どうせ治療のために側を離れられませんし、隠れて待つだけなら少人数のほうが動きやすいですから」

 

 マリクの治療を続けながら、ジェイドが言う。

 彼には鋭い魔力探知能力と、師匠仕込みの戦闘回避スキルがある。逃げ隠れするだけなら、いくらでも方法があるだろう。

 シルヴァンは部屋の中を見回すと、残りの戦力に指示を出した。

 

「では、マリクの護衛はリリアーナ嬢の従者殿にお願いする。ボクは、グレイとラウルと一緒にリリィを別荘まで送り届けよう。ハルバードへの伝令は諦めることになるけど、どうせボクらが向かう先も同じだからね」

「護衛対象の私たちが固まって動くなら、戦力の分散は抑えられるわね」

「それに、護衛対象といっても、ボクは剣で戦えるから」

 

 シルヴァンが腰に差した剣をぽんと叩く。

 

「なるほど、戦力的には護衛対象が私ひとりしかいない計算なのね」

 

 4人でひとりを守る構成なら問題なさそうだ。

 そう言ってひとり納得していると、今度はシルヴァンが首をかしげた。

 

「えっ? ……その子って、侍女だよね?」

「フィーアはむしろ護衛よ」

 

 小柄で可憐な獣人少女は、笑顔で懐から刃物を取り出した。

 

「かわいくしてると、周りが油断してくれるからおとなしくしてるだけなの。戦ったら強いわよ」

 

 多分、ルール無用の殺し合いなら、フィーアがぶっちぎりで勝つと思う。

 

 

 



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辻馬車

 マリクのことはジェイドにまかせて、私たちは武器屋から出た。

 

 現在のメンバー構成は、私、シルヴァン、フィーア、に護衛騎士ふたりをあわせた総勢5人だ。デートに繰り出した時とは違い、フィーアも護衛騎士も、私たちにぴったりとついて歩いている。何かあったときにフォローしてくれる仲間が少ないもんね。

 

「辻馬車を捕まえてきます、こちらでお待ちください」

「頼む、グレイ」

 

 大通りまで出たところで、護衛騎士のひとりがそう言って私たちから離れた。

 辻馬車、っていうのは家や組織の専属じゃない馬車のこと。いわば、この世界版のタクシーだ。女子供の足でゆっくり歩いてたら、別荘につくまで時間がかかりすぎてしまう。馬車でも使わないとやってられない。

 

 来るときはお互い自分の家の馬車を使ってここまで来たんだけど、現代日本と違ってこの世界には駐車場なんてものはない。でっかい貴族むけの馬車を職人街の真ん中に停めっぱなしだと迷惑になるから、一度帰しちゃったんだよね。当然、迎えの時間まで家の馬車は来ない。

 

 私は護衛騎士グレイが向かった方向を見る。今は人通りの多い時間帯なんだろうか? 来た時より増えたように見える人の波にもまれて、彼の姿はすぐに見えなくなった。

 残った私たちは、周囲を見回しながら彼の帰りを待つ。

 

 でも……。

 

「遅くない?」

 

 しばらくしてから、私はシルヴァンに声をかけた。彼女も厳しい顔で頷く。

 

「土地勘のない場所で、馬車の手配に手間取っていると、思いたいが……」

 

 この状況で、最悪のことを考えないほど、私たちは油断してない。

 感覚の鋭いフィーアの意見を聞こうと、声をかけようとした瞬間、彼女のネコミミがぴくん、と動いた。

 

「おふたりとも、こちらへ!」

 

 彼女は私たちの手をとると、強引に裏路地へと入っていく。

 

「フィーア?」

「待ってよ! グレイがまだ戻って……」

「彼は戻ってきません」

 

 走りながら、フィーアが断言する。

 

「辻馬車に声をかけようと気をそらした瞬間、物陰に隠れていた何者かに刺されました」

「どうしてそんなことがわかる?」

 

 急に裏路地へと駆け出した私たちを追って、あとからやってきた護衛騎士ラウルが尋ねる。

 

「彼の悲鳴が聞こえましたから」

 

 私とシルヴァンを路地の奥へと押し込みながら、フィーアが答える。彼女は、護衛騎士に立ちはだかるようにしてナイフを構えた。

 

「は、獣人っていっても、あんな人混みの先の声まで聞こえるものか?」

「私は特に感覚が鋭いので。それに……悲鳴以外にも聞こえましたよ。『ラウルの合図でガキを殺ろう』って台詞が」

「な……」

 

 シルヴァンが息をのむ。

 ……ラウルって、最後に残った目の前の護衛騎士の名前だよね?

 

「ちっ……さすがハルバード家の護衛、ってことか。ガキだと思って油断したぜ」

 

 護衛騎士の目に凶悪な光がともる。

 そこに、さっきまで私たちに見せていた気遣いは一切残されていなかった。

 

「ラウル……?」

「あんたに生きてられたら面倒だ、って方がクレイモアの親戚にいてね。旅行で護衛が減った時を見計らって、殺してこいって依頼されてんだよ」

「何故こんなことを? お前は十年以上もクレイモアに仕えてきた騎士だろう!」

「騎士たるもの清廉たれ、っつー騎士の鑑みたいなジジイの下じゃ、甘い汁もろくに吸えないもんでね。ハルバードのご令嬢と結婚でもすりゃあ、懐も潤うっていうのに、結婚する気はねえと言い出すしよ」

「馬鹿ね。あと半年もすれば、ハルバードからお金が入るのに」

「なに?」

 

 ラウルが『金』の言葉に気を取られた瞬間、フィーアが動いた。

 警戒を誘うようにちらつかせていたナイフとは反対の手で、ポケットから小瓶を取り出し、ラウルに投げつける。それはラウルの顔に当たった瞬間、勝手にはじけて中身をぶちまけた。

 

「ぎゃああっ! 目がああああああっ!」

 

 東の賢者特製の目つぶし薬だ!

 現代の薬品だけの催涙弾と違って魔法がかけてあるから、洗っただけじゃ治らないぞ!

 

「走りますよ!」

 

 フィーアの声に追い立てられるようにして、私たちは走り出した。

 

 

 



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誰も見捨てない

「こちらへ!」

 

 フィーアの先導で、私たちは職人街の裏路地をひたすら走った。

 3人とも、この辺りの土地勘は一切ない。敵の気配を察知できるフィーアの感覚だけが頼りだ。

 

 ぐるぐると角を曲がったあと、人気のない空き家ばかりの路地の奥で、フィーアがやっと止まる。油断なく周囲を確認してから、ぼろぼろの家の中に私たちを押し込んだ。

 

「は、入っていいの?」

「どうせ無人です。避難所として問題ありません」

 

 いやそうじゃなくてね。

 持ち主がいたらとかね?

 ……まあ、中はほこりだらけだし、放置されっぱなしみたいだから、文句言ってくる人もいないか。

 

 正直、走りすぎてもう足がガクガクだったんだ。

 どのみち一息つかなきゃ、逃げられそうにない。

 

「武器屋には戻れそう?」

「駄目です。間に人を配置されました。戻れば、囲まれて捕らえられます」

「進むしかないか……!」

 

 シルヴァンが悔しそうに唇を噛む。

 

「ラウルを雇ったのは、おそらく叔父の誰かだ。前々から、ボクを排除してクレイモアの実権を握りたがっていたから。実を言うと、見合い話の原因も叔父たちなんだ……。彼らは、ボクが女なんじゃないかという、荒唐無稽な妄想を抱いているみたいでね」

「叔父様方に跡取の座を明け渡すことはできませんか? 見逃してくれるかもしれませんよ」

「フィーア!」

 

 トンデモ解決策を提案するフィーアを思わず咎める。

 確かに提案のひとつだけどね? 多分無理だと思うよ?

 

「それはできない」

 

 シルヴァンも首を振った。

 

「ボクはクレイモアの血族として、領民と騎士、そして国に責任がある。蓄えられた財を食いつぶすことしか考えていない人間に、任せることはできない」

「だとしたら、何としても生きて戻るしかないわね」

「狙われているのは、あくまでもボクだ。リリィはここで離れたほうがいいかもしれない」

「こんな土地勘のないところで、子供ひとり置いておけないわよ」

 

 窮地の孤独感は、人から判断力を奪う。

 戦闘訓練をうけた18歳のフランでさえ、護衛を全部殺されてひとり残されたら、判断を見失って『俺を殺せ』とか言い出したりするんだから。

 騎士として育てられたとはいえ、トラブル経験のほとんどない13歳がひとりで逃げたらどうなるか、考えなくてもわかる。

 私もめちゃくちゃ大人ってわけじゃないけど、何度か命を狙われて場数だけは踏んでいる。彼女が自暴自棄になるのを止めるくらいはできるはず。

 

「どうせ、あいつらはラウルの正体を知ってしまった私も殺す気でいるわ。別れたところで、結果は一緒よ」

「……ありがとう。護衛の君にも迷惑をかけちゃうけど、助けてほしい」

 

 シルヴァンが声をかけると、フィーアは首を振った。

 

「私は、ご主人様が誰も見捨てなかったから生きているのです。ご主人様の救いたいという意志を止めたりはしません」

「……リリィはいい部下を持ったね。うらやましい」

 

 シルヴァンは乾いた笑顔を浮かべる。

 

「大丈夫よ。今回は裏切られちゃったけど、誠実に頑張ってれば必ず頼れる味方は現れるわ」

「無理に励まさなくてもいいよ?」

 

 ついさっき古参の護衛騎士に裏切られたばかりのシルヴァンは、あまり信じてくれない。お見合い旅行に連れてくるくらいだもん、シルヴァンだけじゃなく、クレイモア伯からの信頼もあつかったんだろうなあ。

 そんなキャリア充分な騎士が、なにもこんな時に裏切らなくてもよくない?

 ……まあ、こんな時だからチャンス到来とばかりに裏切ったんだろうけどさー。

 

「無理なんかじゃないわ、私の実体験よ。筆頭執事と騎士隊長と地方代官に裏切られて、部下の大半を失っても、頼りになる補佐官が現れて、ハルバードはなんとか持ち直したもの」

「それはすごいね……」

 

 私は大きく深呼吸する。

 なにはともあれ、3人そろって生き残らなくちゃ。

 そのためにはまず、一番体力のない私が息を整えて回復しないと。

 

「フィーア、外の様子はどう?」

「今のところは……いえ、ちょっと待ってください」

 

 フィーアのネコミミがぴくんと動く。

 

「反対方向から人が……」

「追手か?」

「それにしては……何かおかしいです」

 

 私は、ぼろぼろの空き家の窓から外を覗いた。そこには、こちらに向かって全力で走ってくる、銀髪の男の子の姿があった。

 

 

 

 



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銀髪

 空き家から外を伺っていると、銀髪の男の子がやってくるのが見えた。

 彼は誰かに追われているようで、しきりに後ろを振り返りながら走っている。そのさらに後ろからは、男たちの怒鳴り声が響いてきた。

 

「銀髪のガキはあっちだ!」

「捕まえろ!」

 

 私はとっさに空き家から体を出して、男の子に声をかける。

 

「こっち!」

 

 男の子は、すぐに空き家へと体を滑り込ませてきた。

 私たちは元通りドアを閉めて、息をひそめる。

 

 しばらくして、何人もの男たちがやってきて、口々に怒鳴り合いをはじめた。

 

「畜生……見失った!」

「どうなってやがるんだ? ガキはあっちの職人街から逃げてきてるんだろ?」

「なんで反対方向から出てくるんだよ!」

「おいラルフ! あいつで間違いねえよな?」

「わかるかよ……今は目が見えないんだ……クソッ、痛ぇ……!」

「ちっ、使えねえな」

「しょうがねえ、もう一度職人街に戻ってみようぜ」

 

 男たちは軽く相談すると、その場を離れていった。

 彼らの足音が完全に聞こえなくなってから、私たちは大きく息を吐く。

 

「な……なんなんだ……あいつら」

 

 銀髪の男の子は、埃だらけの床に座り込んで、荒く息を吐いた。

 着崩した安物のチュニックをはだけて、ぱたぱたと胸元に風を送る。

 

「あなた、どうして追われてたの?」

「わかんねぇ。歩いてたら突然、『銀髪のガキを捕まえろ!』って男に囲まれたから逃げてきたんだ。正直、ここに飛び込まなかったら捕まってたと思う。……どこの誰か知らねえが、ありがとうな」

「うーん、お礼を言うのは早いと思うわ」

「へ?」

「君が追われたのは、多分ボクのせいだよ」

 

 銀髪の男の子は顔をあげてシルヴァンを見て、びきっ、と固まった。

 うん、その気持ちはよくわかる。

 

 輝くような銀の髪、深い紫の瞳。

 シルヴァンと男の子は、まるで鏡で映したかのように、そっくりだった。

 

 ただ、着ているものと体格が違う。

 細い体を隠すように、ぴっちりと男物の騎士服を着ているシルヴァンに対して、男の子は安物のチュニックとズボンを着ていた。ラフに着崩したその襟元からは、男の子特有の首のラインと胸板が覗いている。

 シルヴァンと同じ中世的な美少年にも関わらず、最初から私が『男の子』と呼んでいたのはそのせいだ。

 

「お前……何モンだ?」

「ボクは、シルヴァン。クレイモア伯爵家の長男だ。君を追っていたのは、おそらくボクを殺そうとしている者たちだね」

「あ……クレイモア? そういうことか……」

「ボクからも質問していいかな?」

「あん?」

「君は何者なの?」

「あー……」

 

 シルヴァンから直球の質問を投げられて、男の子はガリガリと頭をかいた。

 多分、どうごまかそうか考えてるんだと思う。

 

 でも、私は男の子の正体を知っている。

 だから、何か言い訳される前に、その名前を呼んだ。

 

「クリスティーヌ様でしょ、あなた」

「えっ……?!」

 

 今度は、シルヴァンの顔がびきっと固まった。

 



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クリスティーヌ

 私が名前を呼ぶと、シルヴァンが顔を引きつらせ、銀髪の男の子『クリスティーヌ』がうろたえた。

 

「おま……っ、いきなり何を……!」

「王都から離れたこんなところに、シルヴァンそっくりの銀髪の子が都合よく何人もいるわけないでしょ。この子、クリスティーヌ様よ」

「リリィ、君だって港でクリスティーヌ様を見ただろう。顔は似ていたが、あんなに可憐な子が、こんなにガラの悪い奴になるとは……」

「あの時着てたドレスは、ふんわりとした体の線の出ないデザインだったでしょ。化粧して髪を結ったら、あれくらい化けられるわよ」

「し……しかし……クリスティーヌ様は……女の子……で……」

 

 それをシルヴァンが言う?

 とは思ったけど、そのセリフはギリギリのところで飲み込んだ。

 

 シルヴァンがまじまじと見つめていると、男の子は観念したのかぐいっと顔を上げた。

 

「ばれちまったらしょうがねえな。そうだよ、俺はクリスティーヌ・ハーティア。王様の妹殿下ってやつだ」

「ほ……本当に?」

「この状況で嘘言っても始まらねえだろ」

 

 チンピラのような風情で、クリスティーヌはあぐらをかく。

 その姿から女の子らしさは欠片も感じられない。

 

 でも、それが本来のクリスティーヌなんだよね……。

 

 彼女、いや彼はいわゆる『男の娘』キャラである。

 いやーゲーム初プレイのときにはびっくりしたわ。可憐な美少女親友キャラキター! って思ってたら、中身男の子だし。その上ガラが悪くて態度がチンピラで、秘密を知ったが最後、使い勝手のいいパシリとしてこき使われたからね。

 

「そんで? 変に勘のいいお前はどこのお嬢だよ」

「リリアーナ・ハルバードよ。後ろに控えてる子は私の護衛のフィーア」

「ハルバード……第一師団長のとこのワガママ娘か! 毎日風呂に入りたいからって、兄貴に瞬間湯沸かし器会社作らせたっていう」

「会社までは作らせてないわよ!」

 

 毎日風呂に入りたいとは言ったけれども!

 財政難を救うために新規事業が必要だったけど……兄様が事業拡大するのにあわせて、どんどん噂に尾ひれがついていく……。

 

「君は……どうして、女の子の恰好をしていたの……?」

 

 シルヴァンがおそるおそる尋ねた。まだ、クリスティーヌの素性が信じられないらしい。

 

「あー、お家事情ってやつだよ。貴族なら俺と王子のオリヴァーがほぼ同時期に産まれたのは知ってんだろ?」

「うん……まあ」

「前国王と、現国王。両方同時に男が産まれたら、内紛の種になるだろーが」

「少なくとも、ハーティアでの地盤を確かにしたい王妃様からは命を狙われるわよね」

「それで俺の母親は、俺を女として育てることにしたんだ」

 

 クレイモアと同じで、王家もまた男子継承が絶対の家だ。

 女として生まれた者に王位を継ぐ権利はない。

 

 家を継ぐために男になったシルヴァンとは反対に、王位継承権を放棄するために、クリスティーヌは女になったのだ。

 

「そ……そっか……うん。君が女の子として育てられた理由は、わかったよ」

 

 でも、そこでもう一つ疑問がうかぶ。

 

「どうして王妹殿下がそんな恰好で下町にいるのよ」

「それなー」

 

 クリスティーヌは頷くと事情を話し始めた。

 それを聞いて、私の顔から血の気が引く。

 

 ごめん。クリスティーヌを窮地においやったの、私だわ。

 

 

 



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オークションカタログ

「俺がここに来た理由はコレだ」

 

 クリスティーヌは懐から一冊の本を取り出した。全部で20ページほどの薄い本には、何やら商品のイラストと値段が書かれている。

 

「これって、オークションカタログ?」

「お、よくわかったな」

「うちの家に、こういう冊子つきでよく招待状が届くのよ」

 

 ひとつの商品に対して複数の入札者が値段をつけ合い、一番高い値段を付けた者が購入権を手に入れる。それがオークションだ。落札競争自体はイベント会場で行われるけど、商品情報は事前に宣伝もかねて、カタログの形で参加者へと配られる。入札者はこのカタログ情報をもとに、購入計画をたてて参加するのだ。何も情報なしに参加して、欲しいものがなかったり、予算が足りなかったりしたら困るからね。

 ハーティアの大富豪ハルバード家では、時々アクセサリーをオークションで買ってたりしたんだよね。娘の私が浪費しなくなって高価な買い物はしなくなったけど、今でも季節の挨拶替わりに何通も送られてくる。

 

「でも、賞品のラインナップがおかしくないか? こっちに書いてあるのは、人間のプロフィールだろう」

 

 シルヴァンがページを指さす。

 そこには、グラマラスな女性の肖像画があった。

 

「シルヴァン、あなたもついさっきその犯罪の一端を見たでしょ。これは人身売買組織が開催している、非合法なオークションなのよ」

「いわゆる闇オークションってやつだな」

 

 マリクはかなり優秀な職人だったから、過去に開催されたオークションで実際に売られてたかもしれない。

 

「俺はそこで買い物するために、見合いを理由にカトラスまでやってきて、宿を抜け出してきたってわけだ。男の恰好をしてれば、絶対に王妹だなんてバレねえと思ってたのに……」

 

 まさか、シルヴァン・クレイモアと激似になったあげく、暗殺者に狙われるとは思わないよね。

 

「お前、人を買うためにわざわざそんなことを……?」

「俺がほしいのはそれじゃない。こっちの薬だ」

 

 クリスティーヌは、折り目のつけてあるページを開く。

 小さなガラスの小瓶のイラストとともに書いてある商品説明には……。

 

「金貨の魔女の変身薬……? なんだ、これ」

「人間の性別を変える薬だ。飲むと、男は女に、女は男になるらしい」

「そんなものが……?!」

 

 さあっとシルヴァンの顔が青ざめた。

 その気持ちはわかる。彼女自身も、なれることなら男になりたいって、思いながら生きてるはずだから。

 

「君は……何故そんなものを買いに……?」

「見りゃわかんだろ」

 

 クリスティーヌは、自分の胸板を叩いた。

 

「俺の体は成長期に入ってんだ。もうすぐ化粧じゃごまかしきれなくなる。そうなったら、母親ともども王妃に殺されてお終いだ」

 

 そこはちょっと気になってた。

 ゲームだとクリスティーヌは男という性別を感じさせない、線の細い『男の娘』だった。作画担当者女の子として描いてるよね? ってツッコミいれたくなるレベルの美少女ぶりだ。でも、今目の前にいる彼は、記憶より男らしい……というか、ちょっとごつい。

 あと少し背が伸びて体が大きくなったら、ドレスを着ても女の子とは思われないかもしれない。

 私が首をかしげている前で、クリスティーヌは腹立たし気に爪を噛む。

 

「本当なら、この金貨の魔女とは3年も前に契約できてたはずなんだ。化ける薬と、男としての成長を止める薬のふたつを買う予定だった。なのに……あのアマ、いきなりキャンセルとか言い出しやがって!!」

 

 ごめん。

 その注文キャンセルさせたの私。

 

 

 



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魔女を殺したのは誰か

 シルヴァンに向かって金貨の魔女への愚痴を吐き出すクリスティーヌを見ながら、私は心の中でこっそり彼に土下座していた。

 

 ごめんなさい。

 金貨の魔女がクリスティーヌの注文をキャンセルしたのは、私が命令したからです……。

 

 恐らく、ゲームの中で『金貨の魔女』が死んだのはクリスティーヌの依頼が原因だ。

 ディッツは虹瑪瑙を買う金欲しさに、王室からの闇の依頼を引き受けたのだろう。でも、王妹殿下の性別をごまかすなんてヤバイ話に関わっておいてタダですむわけがない。大金を手にしたあとで、刺客を差し向けられて殺されてしまったのだ。

 そして、呪いが解けたはいいものの、師匠を失い悲しみにくれたジェイドは、魔女を蘇らせるために、最悪の死霊術師《ネクロマンサー》になったのである。

 

 ジェイド闇堕ちの悲劇を回避するため、私がディッツと専属契約を結んで注文をキャンセルさせたんだけど……その結果、今度はクリスティーヌが性別をごまかしきれなくなって、困っているらしい。

 

 ジェイドを救うために仕方ない選択だったけど、まさかそれが巡り巡って、クリスティーヌを追い詰めることになってたなんて。

 

 なんでこんなところにフラグが転がってるんだよ!!!!!

 

 もうちょっと、ヒントとか伏線とかないわけ?

 ブーメランの戻ってくるタイミングと場所がぜんぜんわかんないんだけど!!

 はい、ヒントなんかないですねー!!!

 知ってたー!

 

 くっそう、ポンコツ運命の女神が見守ってるだけのこの世界、悲劇フラグ回避するの難しすぎ!

 ハードモードとかいうレベルじゃないよね?

 ナイトメアモードに突入してない?!

 

 とはいえ、私にはここでクリスティーヌを放っておく、という選択肢はない。

 私にはピンチに追いやった者の責任として、彼を救う義務がある。

 

「変身薬の最低落札価格は……高いな。こんな大金、どうやって持ち歩いてるんだ」

「さすがに金貨じゃ無理だから、宝石を用意した。オークション会場で多少買いたたかれるだろうが、まあなんとかなるだろ」

「なるほど……ちなみに、その薬を分けてもらうことはできないか? 金は半額だすから」

「はあ? 何に使うんだ」

「ボクにだって事情があるんだよ」

「この先どれだけ必要になるかわかんねぇからな。お前にやる分はねえよ」

「じゃあ、ボクもオークションに参加しよう。この先はライバルだね」

「てめえ、ずるいぞ! これは俺の薬だ!」

「まだ落札してないでしょ」

 

 ……とりあえず、この口喧嘩を止めないとダメだな。

 

「ふたりとも、そんな危ない橋を渡るのはやめたら?」

「リリィには関係ない話だから」

「お前はすっこんでろよ!」

 

 おおう。

 クリスティーヌはともかく、シルヴァンまで変身薬の話を聞いて、ちょっとテンションがおかしくなっちゃってる。

 私はふたりを止めるために、爆弾を投下することにした。

 

「その薬、飲んだら死ぬわよ?」

 

 

 



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死に至る薬

「この薬を飲んだら死ぬ? どういうことだ」

 

 私の指摘を聞いて、クリスティーヌの顔色が変わる。

 男と見合いをするなんて、正体がばれるリスクを冒してまでカトラスにやってきて、その上警備の目までかいくぐって買いにきた薬が、偽物と言われては冷静ではいられないよね。

 でも、事実は事実だ。

 

「だって、絶対に偽物だもの」

「何故お前にそれが断言できるんだ」

「私の魔法の師匠が、『東の賢者』だからよ。離宮で育ったあなたでも、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないの? 薬学の権威である彼はありとあらゆる薬に通じてるの」

 

 隣で、賢者の実像を知っているフィーアが『そうだったっけ?』って顔をしてるけど、今は横においておく。優秀さをちょっと盛り過ぎたかもしれないけど、今この状況ではまず、私の言葉を信じてもらえる裏付けが必要だ。

 

「ありとあらゆる……ってことは、もしかして金貨の魔女の薬も」

「当然、把握してるわ」

 

 本当は、製造者本人だからだけどね。

 

「彼に聞いたところによると、変身薬は投与される人間の血肉から、体の設計図を読みだして作られるそうなの。だから、全てオーダーメイドの特注品。こんな風に不特定多数に向けて売られることは、まずあり得ないのよ」

「誰かのために作られた本物を転売してるかもしれないぞ?」

「可能性はゼロじゃないけど……やっぱりやめたほうがいいわよ。他人の体の設計図を基にした薬で体を作り変えたりしたら、まともな人間の形にならないから」

「……は」

 

 クリスティーヌは口から乾いた笑いを漏らした。

 

「じゃあ……何か……? 俺がここまで来て……やってきたことは、全部無駄だったのか?」

 

 クリスティーヌには悪いけど、現実はそういうことだ。

 単に薬が偽物だっただけならいいけど、下手をすれば毒薬だった可能性すらある。

 

「クリスティーヌ、君が女になりたかった気持ちはわかるが……」

「女になんかなりたくねえよ! 俺は男だ!」

「じゃあ王家のために?」

「それこそねえよ。王家なんてクソくらえだ! どいつもこいつも、1ミリも国を動かせねえくせに、悪意まみれの噂話にばっかり花を咲かせやがって! 他人の足ひっぱってる暇があったら、まともな法案のひとつでも考えやがれ! こんな腐った血筋に縛られて生きるなんて、地獄以外の何ものでもねえよ」

「じゃあどうして……そんなにまでして薬を欲しがったんだ?」

 

 シルヴァンの素直な問いに、クリスティーヌは唇を噛んだ。悔しそうに顔を歪ませる。

 

「矛盾してる、って言いたいんだろ? 俺だって自分のやってることがおかしいってことくらいわかってるよ。何もかも捨てて、国から逃げてしまうのが一番手っ取り早い」

 

 でも、クリスティーヌには、そうできない理由がある。

 

「俺を生かすためだけに、自分の命を削るようにして嘘ついてる母親を見て、『もういい、無駄な努力だ』って、言えるわけねえだろ……」

 

 側室である母親はクリスティーヌを育てるために、前国王が亡くなった今でも王宮ぐらしを続けている。彼が突然失踪したりしたら、彼女がどんな扱いをうけるかわからない。

 

「君は、母上に愛されているんだな」

「こんな情、いらねえ……重たいばっかりで、邪魔だ」

「そうかな。ボクはちょっと君がうらやましいよ。ボクに母の記憶はないから」

「母親はいなくても、まともな保護者がいればまだマシだろ、お前んとこのじーさん、人格者だって、評判いいじゃねえか」

「……それはどうかな」

 

 シルヴァンは苦い笑いを浮かべる。

 彼女の祖父もまた、彼女を愛しつつも男として育てたのだから。

 

「盛り上がってるところ悪いけど、まだ諦めるには早いわよ」

 

 私はクリスティーヌに向き直った。彼は首をかしげる。

 

「変身薬は偽物だったんだろ? これ以上どうしようもねえじゃねえか」

「東の賢者は変身薬を把握してる、って言ったでしょ」

「まさか、薬のレシピを……」

「当然、知ってるわよ」

 

 だって、作った本人だからね!

 



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約束はいらない

「とりあえず、クリスティーヌは私の別荘に来てちょうだい。私専属の魔法使いである東の賢者様は、今回のカトラス旅行にもついてきてるの」

「じゃあ、そこで薬の調合を頼めば……」

「あなたのための、本物の変身薬を作ってくれるわ。安心して、ディッツが面倒くさい、って言っても、作らせるから」

 

 私がわざと冗談っぽく笑って見せると、クリスティーヌは泣きそうな顔で肩を落とした。

 

「ありがとう……助かる」

「変身薬もだけど、あなたのこの先の身の振り方とか……他にも力になれることはあると思うわ。うちにしばらく泊って、相談していかない?」

 

 幸い、私とクリスティーヌは表向き女の子同士だ。

 街中で偶然知り合って仲良くなった、とでも言い訳すれば別荘に泊めても問題ないだろう。

 正直、薬の製造はともかくクリスティーヌの今後については全然何も考えてないんだけど、そこはうちの有能補佐官に丸投げするとして。

 

「わかった。そうする」

 

 ようやくクリスティーヌの顔が自然な笑顔になった。私も経験したことだけど、抱えている秘密を相談できる相手がいると、すごく安心できるんだよね。

 秘密を分けてもらえた側は、その信頼に応えられるだけのことをしなくちゃだけど。

 

「リリィ、クリスティーヌの話を聞いてからでいいんだけどさ」

 

 私たちが笑いあっていると、シルヴァンが声をかけてきた。

 

「ボクの話もきいてくれる? 君に相談したいことがあるんだ」

 

 シルヴァンの相談したいこと。

 それはきっと、彼女の性別に関することだろう。彼女もまた、クリスティーヌと同じ悩みを抱えているのだから。変身薬が欲しいのは彼女も同じだ。

 

「コイツがリリアーナに相談したいこと……? んん……?」

 

 彼女の言葉に含まれる微妙なニュアンスにひっかかりを覚えたのか、クリスティーヌが首をかしげる。

 

「そういえば、さっきも変身薬が欲しいって言ってたな……ということは、こいつってもしかして……」

「はい、詮索はそこまで。秘密があるのはお互い様でしょ」

「俺は正体がバレてるのに、ずるくねえ?」

「あなたは勝手に正体さらして歩いてたんでしょ。事情が違うんだから諦めてよ」

「ええと……それで、話は聞いてくれるのかな?」

「そうね。断るつもりはないけど、約束はしないわ」

「えっ」

 

 シルヴァンが目を瞬かせる。

 今までのやりとりで、まさか約束拒否とは思わなかったんだろう。

 

「勘違いしないで、約束しないだけよ」

「なんだそれ……」

「あのね、ピンチの時に『帰ったら〇〇する』って約束するのは、すごーく縁起が悪いの!」

 

 だいたいそういうことを言ったイイ人ほど、その後とんでもないことになる。

 現代日本では、それを死亡フラグと呼ぶ。

 

 

 



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誇り高きクレイモア

「よし……こっちに見張りはいないみたいだな」

「銀髪の少年を探している者もいないようです」

 

 クリスティーヌとフィーアは路地の間から、大通りの様子をうかがった。彼らの報告を聞きながら、私たちは今まで歩いてきた通りの奥を警戒する。

 

 お互いの秘密を暴露し、利害の一致した私たちは4人全員で安全な場所を求めて移動していた。現在の目的地は、元いた武器屋でも、クレイモア伯の宿泊先でも、ましてやハルバード家の別荘でもない。

 カトラスの治安を守る警備兵の詰め所だ。

 

 奥から人が出てこないか見張りながら、シルヴァンは不安そうな顔になる。

 

「他領の貴族が助けを求めて、対応してくれるんだろうか……」

「バーカ、他領の貴族だからだよ」

「観光はカトラスの重要な産業だもんね」

「遊びにきた金持ち貴族を保護しない、って噂が立ったら、あっという間に客が逃げるぜ」

 

 私たちが考えた作戦はこうだ。

 

 襲撃者たちは、職人街と宿泊先の間に包囲網をしいている。まともに帰ろうとしても、絶対に発見されてしまうだろう。だが、わざわざ危険な帰り道を子ども4人で歩く必要はない。街の治安を預かる警備兵に保護を求め、カトラス侯爵家から別荘へと警備つきで送ってもらえばいいのだ。

 襲ってきているのは、クレイモアゆかりの刺客だから、カトラス警備兵にまでは手が出せないはず。

 

「クリスティーヌが街の構造を把握してくれてて、助かったわ」

「俺は宿から抜け出したあと、単独行動するつもりだったからな。大まかな地理と、重要施設の位置は頭に入れてから来てんだよ」

 

 ひとりで闇オークションに乗り込む予定だったもんねえ。

 迷子になったらそこでおしまいだから、念入りに準備してきたんだろう。

 

「お前らこそ、平和ボケしてんじゃねえの? 案内がいるっていっても、通ってきた道くらいは覚えておけよ」

「……申し訳ない」

 

 ずうん、とシルヴァンが落ち込む。

 このメンバーの中で、本来一番リーダーシップを取らなければいけないのは、騎士見習いである彼女だ。

 周りに頼りっぱなしなことに、責任を感じているのだろう。

 

「クリスティーヌ、今は言わないでおいてあげて。他はともかく、今回は護衛騎士がわざとシルヴァンに情報を与えずにいたみたいだから」

「あー、裏切ったのが古株の護衛だったんだっけ? そんなのに誘導されてたら、判断も狂っちまうか」

「……うちの問題で、君たちを危険にさらしてしまい……申し訳ない」

「お前も大変だな……」

 

 クリスティーヌがあきれてため息をつく。でも、その表情は思ったより柔らかい。似たような秘密をもつ者同士、彼女に同情しているのかもしれない。

 

「俺はいつか家を出るつもりだけどさ、お前も逃げる気はねえの? 面倒だろ、いろいろと」

「……気を遣ってくれてるのは嬉しいけど、ボクはそのつもりはないよ」

「なんで?」

「ボクは、クレイモアが好きだからね」

 

 そう言って、シルヴァンは笑う。

 

「ボクは、クレイモア領の民と、国境を守る騎士たちが大好きだ。彼らが日々を生きて、国を守るためにどれだけ努力しているか知ってる。だから、彼らの忠誠心に値する主でいたい」

 

 その澄んだ瞳に、嘘偽りはなかった。

 彼女は多くのものを抱えて傷ついてもなお、家と民を愛しているのだ。

 

「……さっき、お前は俺を羨ましいって言ったけどさ。俺だってお前が羨ましいわ」

「何が?」

「めちゃくちゃ重い責任を全部背負ってもいい、って思えるくらいの家族や領民のいる人生は、恵まれてると思うぜ」

 

 クリスティーヌとシルヴァンが笑いあう。

 継承を放棄する者と、継承を維持しようとする者。

 家を見限った者と、家を守ろうとする者。

 ふたりの立場は、どこまでも対照的だ。

 

「安全確認できました。通りを渡って移動しましょう」

「よし、あと1ブロック移動すれば詰め所だ。急ごうぜ」

 

 私たちは路地から出て、足早に通りを横切っていった。

 

 



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治療が必要な者は

「このあたりは、また少し雰囲気が違うね」

「扱ってる商売が違うからな」

 

 大通りを渡って、私たちは隣接するブロックへと足を踏み入れた。工房とショールームが並んでいた職人街とは違い、こちらでは食料や日用品などを扱う商店が並んでいる。表通りは普通の商店街だが、裏道に視線を向けると、一見何を扱っているかわからない店も多い。

 

「港町だし、密輸品の取引みたいに、表で言えない商売とかありそう」

「人目を避ける必要はあるけど、あんまり細い道には入るなよ。治安が悪いから暗殺者以外の連中にも絡まれる」

 

 キラキラの銀髪ふたりに高級ドレスの女の子とネコミミの女の子、という、歩いているだけで人目を引くメンバーだから、人自体が少ないところを歩きたいんだけどね……。かといって、髪を隠したり、着替えたりする余裕はない。特にフィーアのネコミミは帽子なんかで隠しちゃうと索敵能力が下がっちゃうし。

 

 とはいえ、私たちは暗殺者たちが警戒している方向とは全然別方向に向かっている。簡単には見つからない、と思いたい。

 

「……!」

 

 周囲の気配を探りながら、先頭を歩いていたフィーアが不意に止まった。

 彼女は音を拾っていた耳ではなく、鼻をふんふんと動かして辺りを見回す。

 

「フィーア、何か見つけたの?」

「待ってください……変なにおいが……」

 

 街の空気の匂いを確かめながら、フィーアが顔をしかめる。じっと見守っていると、彼女のネコミミが突然ぴん、と立った。

 

「隠れる……いや、3人も一度には無理……! みなさん、走ってください!」

「え? なに?」

「とにかく走ろう!」

 

 突然の号令に、私たちはわけもわからず走り出す。

 そのすぐ後ろで、店のひとつの扉が開いた。振り返ってみると、その店の看板には薬屋を表すマークが描かれている。

 出て来たのは、傭兵らしい男と歩く裏切りの護衛騎士、ラウルだった。

 何をどうやって治療したのか、彼はちゃんと目をあけて周りを見ている。

 顔はちょっと腫れているみたいだけど、問題なく戦えそうだ。

 

 薬屋、目の治療、というキーワードから、私は彼がここにいる理由を導き出す。

 そりゃそーだよね!

 上手くシルヴァンの暗殺に成功したとしても、うちの護衛の攻撃で怪我したまんま、クレイモア伯のところに帰れないもんね!

 薬屋とか医者に行って治療してもらうよね!

 正規の医者にかかれるような怪我じゃないから、こういう怪しいところのお店に入るしかないよね!

 

 だからってなんで鉢合わせしちゃうかなああああああああ!!!!

 

「申し訳ありません、目つぶし薬のにおいに気づくのが遅れました」

「しょうがないよ! この街は潮の匂いが濃すぎるんだから!」

 

 獣人は感覚が鋭いぶん、大きすぎる音や濃すぎるにおいが苦手だ。生まれて初めて港町を訪れて、潮の匂いに酔ってしまったフィーアは、ディッツに症状を抑える薬を処方してもらっている。薬の作用で酔いはおさまったみたいだけど、その引き換えに嗅覚が鈍くなっちゃってるんだよね。

 でも、薬を飲んでなかったら、そもそも護衛の仕事ができてないんだから、これはもうしょうがない。相手に発見される前に気づけただけ、よかったと思うしかない。

 

 幸い、敵はふたりだけ。

 これは推測だけど、目の治療のために、シルヴァン包囲網からふたりだけ離脱してきてたんじゃないかな。クリスティーヌの『素直に家を目指さない作戦』自体は成功だったわけだ。

 

 たった今台無しになったけど!

 治療離脱組の行動まで読めるかあああああああ!!

 

「おい、あの銀髪をつかまえろ!」

「どっちのだよ?」

「あ? なんでふたり……?」

 

 後ろから、ラウルたちの困惑した声が飛んできた。

 やっぱり見逃してはくれませんかー!

 

「いいから両方捕まえろ!」

 

 それを聞いて、シルヴァンとクリスティーヌはお互いに目を見合わせた。こく、と頷きあったかと思うと、同時に左右別々の路地へと飛び込んでいった。

 

「ご主人様はこちらへ!」

 

 私は私で、フィーアに手を引かれて別の路地へと進む。

 

「あっ?!」

 

 一瞬、誰を追うべきか判断ができなかったのだろう。

 立ち止まってしまったらしい、男たちの声が少し遠くなる。

 

 彼らはふたり、そして私たちは4人が3方向に逃げている。

 二兎追う者には一兎も捕まえられないぞ!!!

 

 

 



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一撃必殺

「次を右に曲がってください。シルヴァン様と合流できます」

「シルヴァンのほうの追手は?」

「大丈夫です。振り切りました」

 

 ばったり出会ってしまった裏切り護衛騎士ラウルを撒くために、私はひたすら路地をジグザグに走っていた。走るのでせいいっぱいで、それ以上のことを考える余裕なんかない。フィーアに指示されるがまま、角を曲がった。

 

「……誰だ! って、リリィか」

 

 その先には、彼女の言葉通りシルヴァンがいた。息はあがってるけど、大きな怪我はなさそうだ。

 

「君たちだけか。クリスティーヌは?」

 

 シルヴァンの問いに、フィーアは耳をぴくぴく動かしながら答える。

 

「あちらの方角に。護衛騎士と一緒にいた傭兵にまだ追われているようです」

「振り切れなかったか……」

「しょうがないですよ。彼は専門的な鍛えられ方をしていません。こちらから迎えに行きましょう」

 

 離宮でお姫様として育てられてきたからねえ。

 ゲーム内でも体力が最低値な上に装甲が紙同然で、戦闘チームに入れたら即殺されてバッドエンド直行してた気がする。

 ゲームより若干ごつくても、今の彼に正面からの戦闘は無理だろうなあ。

 

「待て。リリィを連れて傭兵のいる方向へ行って大丈夫なのか?」

「敵がひとりだけしかいないのなら、大丈夫です。シルヴァン様は、ご主人様と一緒に左に進んでください」

「おい?」

「仕留めてきます」

 

 シルヴァンが振り返った時には、フィーアの姿が消えていた。

 単にすごい速さで移動しただけじゃない。彼女のユニークギフト、完全獣化で黒猫の姿に変身して走っていったのだ。

 

「あ、あれ?」

「フィーアなら大丈夫よ。実を言うと、あの子はひとりで行動してるほうが強いの」

 

 彼女の得意技は鋭い感覚による索敵と、獣化使った隠密行動、そして身軽で素早い身のこなしだ。真正面から多人数を相手にする護衛任務より、単独でひとりひとり仕留める暗殺任務のほうが向いている。

 

 ……とはいえ、向いてるからって、暗殺者として使おうとは思わないけどね。

 

 どれだけ才能があっても、フィーアはまだ12歳の女の子だ。汚れ仕事をやらせるよりは、多少スキルが合ってなくても、私の護衛でいてもらうほうがいい。

 

「うわっ!」

 

 シルヴァンと走っていると、すぐ近くでクリスティーヌの声がした。声のしたほうの路地を覗き込むと、クリスティーヌと、地面に倒れた傭兵と、彼に馬乗りになっているフィーアがいた。

 

「い……今、いきなりコイツが倒れて……この子、リリィと一緒に逃げてたよな? どうやって現れたんだ?」

 

 まさか、黒猫が忍び寄ってきて、攻撃してくるとか思わないよね。

 

「ごめんなさい、手品の種を明かさないのがハルバードの流儀なの。フィーア、殺してないわよね」

「はい。意識を奪って、膝を潰しただけです」

 

 ……膝を潰したのは『だけ』って言わない気がする。

 確かにこの状況だと、意識を取り戻しても追ってこれないようにする必要があるけどさあ。

 

「ラウルが来る前に、移動しよう」

 

 とはいえ、こっちを殺しにかかってくる傭兵の安否をこれ以上考えている余裕はない。

 私たちはクリスティーンの記憶を頼りに、改めて警備兵の詰め所を目指した。

 

「そこの繁華街の先に詰め所があるはずだ」

「人が多いわね」

「っていうか、そこの飲み屋街の治安を見張るために、詰め所を作ったっぽいからな」

 

 繁華街の要所に交番があるみたいなものなんだろうか。

 

 目的地に近づくにつれ、通りに人が増えてきた。その上、飲み屋の店先には早くも酒盛りを始めるガラのよろしくない男たちがたむろしている。

 必然的に私たちは、はやる心とは裏腹に速度を落として歩くしかなかった。

 

「うう……あとちょっとなのに……」

「落ち着け。ここで変な目立ち方してもしょうがねえだろ」

「それは……あっ、と」

 

 注意がそれたせいか、私は酒場の店先で飲むおじさんのひとりにぶつかってしまった。テラス席? と言うには少々乱雑すぎる木箱に座っていたおじさんが顔をあげる。

 

「ごめんなさい」

「ああ、いいよ……道に足を出していたワシが悪い……」

 

 お互いにぺこりと頭を下げたあと、私とおじさんの目があった。

 あれ? この人見覚えがあるぞ……?

 記憶より、かなりやつれた顔をしてるけど、間違いない。少し前にハルバードで何度も見た顔だ。

 それはおじさんも同じだったらしく、目をまんまるにして私を見つめている。

 

「リリアーナ……ハルバード?」

「悪代官……ギデオン?」

 

 なんであんたがここにいる?!

 

 

 



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悪代官の末路

「この小娘ええええええ!! ぶっ殺してやる!」

 

 ガラの悪い酒場で再会した、元ハルバード領代官ギデオンは私の顔を見るなり激高した。飲んでいた酒のカップを放り投げると、ツマミを食べるのに使っていたっぽいナイフを振り回しだす。

 私たちは大慌てで人混みをかき分けながら逃げだした。

 

「お前あのオッサンに何やったんだよ!」

「税金を横領してたから、身ぐるみはいで領地から追い出しただけよ!」

「それは領主として当然の措置だな!」

「税の中抜きなんて、領地を回すための手間賃みたいなものだろうが!」

 

 元悪代官ギデオンは顔を真っ赤にして吠える。

 

 いやいやいや。

 ハルバード家はちゃんと代官としての給料は払ってたから。あと、あの横領額は『手間賃』の範囲を大きく超えてたから!

 

「それをいちいち小娘が口出ししやがって! お前のせいで、俺は家も家族も失って、こんなところでくすぶる羽目になったんだ!!!」

 

 つまり、ハルバードを追い出された上、親族にも見放されて、カトラスの繁華街に流れてきたってわけね。絵に描いたような悪代官転落コースだ。

 でも、ギデオンに同情はしないぞー。

 彼が勝手に増税して私腹を肥やしたせいで、迷惑をこうむった領民がいっぱいいたんだもん。

 

「犯罪に手を染めていたくせに、反省の色なし。その上、大勢の前で殺意を宣言……反撃しても大丈夫かな」

 

 私を守るようにわざと一番後ろを走っていたシルヴァンが急に体を反転させた。振り向きざまに剣を抜いて、ギデオンに肉薄する。

 

「なっ……?」

 

 追っていたはずの子供が突然向かってきたことに驚いたギデオンは、一瞬無防備になる。その隙に、シルヴァンの剣が彼を切り裂いた。

 

「ぎゃあああっ!」

 

 ギデオンは派手な叫び声をあげて、ナイフを放り出した。その手は血で真っ赤に染まっている。あの有様では、もうナイフで攻撃することはできないだろう。

 

「シルヴァン、やるじゃねえか」

「ラウルたちはともかく、一般人相手に遅れはとらないよ」

 

 さすが騎士の子。

 暗殺者たちが訓練を受けた大人の騎士だから逃げに徹してるけど、素人、まして酒に酔ってふらふらのおじさんに負けるようなシルヴァンじゃない。

 

「よかった……じゃあこれで……」

 

 ちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん!

 

 警備兵のところに行ける、と言おうとした瞬間、あたりに金属のこすれ合う音が響いた。見ると、ギデオンがまだ無事なほうの手で革袋を振り回している。

 このちゃりちゃりって音、多分中身はお金だよね?

 

「おいお前ら、誰でもいい! そこのドレスの小娘を殺せ! 殺った奴には、俺の金を全部くれてやるっ!!!」

 

 往生際悪すぎ!

 そんなところで根性みせなくてもいいから!!!!

 

 

 



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死刑判決は無理

 悪代官ギデオンは、金をちらつかせて、周囲の連中に私の殺害を指示してきた。

 金になる話、と聞いた男たちの視線が、一斉に私に向けられる。

 

 まさか、いきなりこんなところで殺人依頼して、受けるやつがいるわけがない……とは言い切れない。

 もともとガラの悪い繁華街だ。

 昼間から酒びたりになっているような連中は、金のためなら犯罪でも何でもやりかねない。

 

 ギデオンの必死の形相を見て、クリスティーヌが顔をしかめる。

 

「横領してたんなら、犯罪者だろ? ……あんなヤバいオッサン、さくっと死刑にしとけよ。そっちのほうが後腐れねーから」

「13歳の子供が、死刑判決なんて下せるわけないでしょー?」

 

 ハーティア国で、国土を守る領主に認められている大事な権利のひとつが、司法権だ。現代日本と違い、領地内の犯罪を見定めて罰を与えるのは国じゃなくて、領主なんだよね。領主代理である私も、月に数回のペースで司法官からの報告を確認したうえで判決を下している。

 しかし、その中でもハルバード侯本人、つまり父様でなければ執行できない刑罰がある。それが死刑だ。

 現代日本の倫理観を持つ私に人の命を奪うような判断ができない、っていうのもあるけど、13歳に生死を決められたんじゃ、犯罪者本人も納得できないからね。

 

 だいたい、領主が司法権を持ってるっていっても、ほいほい厳罰を下すことなんてできないんだからね? 捕まったら死ぬ、って思ったらどの犯罪者も死に物狂いで抵抗してきて厄介だし、いざ殺そうものなら親族に恨まれたりして、めちゃくちゃ後腐れるから!

 

 ギデオンを財産没収の上追放にしたのは、温情なんかじゃない。「横領したものを全部返して、領地から出ていくので命だけは助けてください!」と命乞いをさせることで、スムーズに刑を執行し、金を回収していただけだ。

 

 だって、まさかこんなところで鉢合わせしたうえに、命を狙われるとか思わないじゃん。

 

 私は深呼吸して息を整えた。

 大丈夫、周りの男たちは、どうするのが一番得か、状況を観察してるだけだ。

 まだ、すぐに襲いかかってはこない。

 だったら、私にだって反撃のチャンスが残ってるはず。

 

「そんなはした金で、私の命を買おうだなんて、安く見られたものね」

 

 私は、万が一のために隠し持っていた金貨を、ドレスのポケットから取り出した。

 本物の金の輝きを見せびらかすように、軽く手の上に放り投げてキャッチする。

 

「誰でもいいわ。財布を振り回してるおじさんを捕まえた人に金貨をあげる。さあ急いで、早い者勝ちよ!」

 

 宣言すると、私を見ていた男たちは、一斉にギデオンに向かっていった。

 リスクの高い殺人より、人ひとりの捕縛。

 中身の見えない財布より、目に見える金貨。

 どちらのお願いがお得か、なんて酔っ払いでもわかる。

 私はギデオンに群がる男たちの中に、撒き餌よろしく金貨を放り投げると、人混みから身を引いた。彼らが欲しいのは、女の子じゃなくて金貨だもんね。気を取られてくれてるうちに逃げよう。

 

「ご主人様、あと少しで警備兵の詰め所で……」

 

 私たちを先導しようとしたフィーアが、突然横に吹っ飛んだ。

 

「フィーア!」

「待って、リリィ!」

 

 思わずフィーアに駆け寄ろうとした私を、シルヴァンが引き留める。

 つまづきそうになりながらも、なんとかふんばって顔をあげる。私たちの目の前には、裏切りの護衛騎士ラウルの姿があった。

 

 



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再びの騎士

「このクソガキども……」

 

 裏切りの護衛騎士ラウルは、警備兵の詰め所との間に立ちふさがるようにして、剣を構えた。まだ目元を赤く腫れあがらせたまま、鋭くこちらを睨む。

 シルヴァンが一度はうまく撒いたはずだったけど、悪代官ギデオンに絡まれていた間に発見されてしまったらしい。

 人混みの中ではフィーアの索敵能力はやや落ちるし、私たちの注意もギデオンに向けられていた。そのスキに接近し、攻撃の機会を見計らっていたようだ。

 

「ふざけんじゃねえ、さっさと死ねよ!」

 

 ラウルは苛立ちまぎれに、吹っ飛ばされて倒れたフィーアを蹴りつける。細くて小さなフィーアの体は、簡単に道の端まで転がっていった。

 

「ラウル、お前はなんてことを! 騎士の誇りはないのか?」

「ハッ、誇りが俺たちに何をしてくれる!」

 

 シルヴァンが剣を抜いて、ラウルに相対する。

 フィーアが倒れた今、ベテラン護衛騎士の攻撃を受けられるのはシルヴァンだけだ。私とクリスティーヌは、身構えながらも彼らから距離を取った。

 

「こんなところで殺し合いをしていいの? 騒ぎを聞いて警備兵がすぐにやってくるわよ」

「どのみち、お前らを殺さないと俺に未来はねえんだよ」

 

 私たちはすでにラウルの正体を知っている。警備兵が来ても来なくても、どっちにしろ私たちを殺さない限り彼に起死回生の目はない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、なりふりなんか構っていられないってことらしい。

 

「ラウル、お前どうしてそこまで……あんなに立派な騎士だったのに」

「騎士たるもの、高潔たれ? 弱きものを助けることこそが、騎士の誉れだ? そんなのは戦場で兵を安く使い潰すための方便じゃねえか!」

「それは違う!」

「何が違うっていうんだ。こっちは命を張ってるっていうのに、俸給はスズメの涙! そのくせ、領民には施しをしろ、領地の整備をしろ、鍛錬は休むな。つきあってられるか!」

「だがそれは、国を守るために……」

「その前に俺たちを守れっての!」

 

 ラウルが鋭く切りつけてきた。シルヴァンは間一髪で白刃をかわす。

 

「その上、跡取は貧弱な無能ときたもんだ」

「な……」

「シルヴァンのどこが無能なのよ!」

 

 私の反論をラウルは鼻で笑い飛ばした。

 

「見たらわかるだろ。体も骨も大きくなる時期だっていうのに、いまだに女のように細くて、力もない。身のこなしは早いが、それだけだ。圧倒的な力の前にはなすすべもない」

「く……」

 

 ラウルの言い分を、私は否定できなかった。

 だってシルヴァンは女の子だから。どうあがいても、パワー勝負では大人の男に太刀打ちできない。

 

「悔しいなら、俺の太刀を受けてみろよ。一発で吹っ飛ばされてお終いだろうがな!」

 

 ブン、とラウルが上段から剣を振り下ろしてきた。

 まともに受けるわけにはいかないシルヴァンは、剣で勢いをいなして、よけようとする。しかし彼女の戦法はラウルにはお見通しだった。

 

「ほらよっ」

 

 避けた瞬間を狙って、体当たりをくらわしてきた。体の軽いシルヴァンは、そのまま壁にたたきつけられてしまう。

 

「う……」

「シルヴァン!」

 

 彼女は必死に体を起こそうと顔をあげる。しかし、次の瞬間すうっと顔が青ざめたかと思うと、くたりと地面に倒れ伏してしまった。

 

「お? 当たり所が悪かったか? いや、この場合は良かったのか。さて、あとはお嬢様と変なガキひとりか」

「……っ」

「おっと、逃げていいのか? シルヴァンも獣人もトドメをさされて死ぬぜ」

 

 ここに留まっても殺す気でしょうが!

 迷っているうちにも、ラウルは剣を構えて迫ってきていた。

 

 



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飛び道具禁止

「来るなよっ!」

 

 クリスティーヌは、隠し持っていたらしいナイフをラウルに投げつけた。しかし、ラウルは余裕でよけて笑う。

 

「はっ、子供だましだな。お前……顔はシルヴァンに似ているが、戦い慣れしてないだろ」

「う……」

「おっと、ハルバードのお嬢様も下手なことを考えないほうがいい。飛び道具を投げてきたら、キャッチしてお前の護衛に投げつけるぞ」

 

 私が閃光手榴弾を用意しているのも、お見通しだったらしい。

 ラウルに蹴られたフィーアは、まだ起き上がれない。そんな体に音と衝撃を受けたら、立ち直れないだろう。

 そんなことを言われて、あえて飛び道具を投げられるわけがない。

 

「おとなしく殺されるのが、一番楽だぜ」

 

 ラウルが近づいてくる。

 一歩、また一歩。

 すでに私たちは彼の間合いの中だ。

 まだ殺されていないのは、彼が私たちをナメきっているせいだ。

 

 でも、ナメてるからといって、逃げられるほどのスキはない。

 

 考えろ。

 こんなところで死んでる場合じゃないはずだ。

 考えろ。

 これは私だけの問題じゃない。

 フィーアとシルヴァンとクリスティーヌも助けなくちゃ。

 このまま死んだら、世界だって終わる。

 

 考えろ。

 でも、何も思いつかないよ!!

 誰か助けて!!!!

 

 ラウルが剣を大きく振りかぶった瞬間……空から影が落ちてきた。

 

「がっ?!」

 

 何が起きたのか、理解できなかったのだろう。

 いきなり頭上から攻撃されたラウルは、体を翻そうとして無様にしりもちをつく。顔をあげようとした瞬間、顔面に蹴りをくらって、意識を失った。

 

 さすが、『騎士科主席の成人男性』馬力が違う。

 普段とは違う安物の黒装束を纏った青年は、ラウルが完全に気絶しているのを確認してから、私たちを振り返った。

 

「フラン!!」

「繁華街で騒ぎが起きていたから、様子を見にきたんだが……どういう状況だ、これは?」

「うーん、なりゆき?」

 

 それ以外、説明のしようがない。

 私の台詞を聞いて、フランはにいっと口を吊り上げて笑った。しかし、サファイアブルーの目は、底冷えしてて全く笑ってない。

 美青年やばい。綺麗な顔で笑顔を作られると、死ぬほど怖い。

 

「ほほう……それは、人がせっかく傭兵に扮して行っていた潜入捜査を、全部台無しにするだけの価値があるんだろうな?」

 

 そういえば、そういう作戦だったね。

 ここは繁華街だから、ちょうど犯罪組織と接触していたところだったのかもしれない。そんななか、いきなり大立ち回りしているお嬢様を助けにいったら、潜入も何もなくなったちゃうよねー。

 

「でも、シルヴァンとクリスティーヌを助けるためには必要なことだったの」

「シルヴァンと……クリスティーヌ?」

 

 そこまで聞いて初めて、フランは銀髪がふたりいることに気が付いたようだ。倒れているシルヴァンと、体を起こそうとがんばってるフィーアと、そしてまだ警戒しているクリスティーヌを見て、目を見開く。

 

「ごめんなさい……邪魔をする気はなかったのよ」

 

 素直に謝ると、フランは肩をすくめて息を吐いた。

 

「……わかった。もともと、どんなことでも手を貸す約束だからな。計画が破綻したなら、また別の方法を考えるまでだ。」

 

 フランは、いつもと同じしぐさで私の頭をなでた。

 

「この惨状を見れば、お前がギリギリまで足掻いたことはわかる。ここから先はまかせろ」

「……うん」

 

 フランにまかせる、と決めたとたん足から力が抜けた。

 そんな気はなかったのに、へたっとそのまま座り込んでしまう。

 

「ご主人様、お怪我はないですか?」

 

 ようやく立ち上がることができたらしい、フィーアがよろよろと歩いてきた。一応立ってはいるけど、相当に体が痛いみたいで、ずっとお腹を押さえている。

 ラウルみたいに体格のいい大人に蹴られたら、ただじゃすまないよね……。

 

「私は大丈夫、ちょっと気が抜けただけだから。それよりフィーアのほうが心配だわ。応急手当しましょう」

「いえ、ご主人様の手を煩わせるほどではありませんから」

「ふらふらしながら言っても説得力ないわよ?」

「ご主人様だって、腰が抜けて立てないじゃないですか」

 

 それはそうだけどー。

 治癒術は立ってやるもんじゃないから大丈夫だと思うのー。

 

「シルヴァン! おい、大丈夫か?」

 

 一方、クリスティーヌとフランはシルヴァンの救助にとりかかっていた。ラウルの体当たりを受けて倒れたシルヴァンの顔色は真っ青で、額には脂汗が浮いている。

 

「まさか、本当に打ちどころが悪かったのか?」

「それにしては、様子がおかしい」

 

 もし頭を打っているのなら、下手に動かすと危ない。

 クリスティーヌがシルヴァンをそっと抱き起こす様子を見ていると、私の隣でフィーアがくんくん、と鼻を鳴らした。

 

「フィーア?」

「ご主人様、お耳をお貸しください」

 

 そして、シルヴァンが気を失った原因をそっと囁く。

 

 あー……そういうことかぁ……。

 

「リリィ?」

「フラン、上着を脱いでシルヴァンを包んであげて。そのまま抱きあげて、別荘に運んでちょうだい」

 

 シルヴァンは怪我で倒れたのではない。

 貧血で倒れたのだ。

 

 

 



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幕間:かわいそうな女の子(シルヴァン視点)

 祖父の目が苦手だった。

 

 もちろん、騎士として尊敬しているし、家族としても愛している。

 祖父に愛されているという実感もある。

 

 しかし……。

 

『すまないなあ、シルヴァン』

 

 ふたりきりになると、決まって向けられる憐れみの目が苦手だった。

 

『本来ならお前は、ドレスを着て城の奥で守られているはずなのに、騎士の真似事などさせてしまって』

 

 女として守られるべき孫娘が、剣をとることに祖父は納得していなかった。

 騎士団を守るために必要だったから、やむなく男として育てた。

 だが、必要だったからといって、正しい行いとも言えない。

 騎士として弱き者、特に女子供を守ることを信条として生きてきた祖父にとって、孫娘を戦地に立たせることは、到底受け入れられなかったのだろう。

 

 だけど、おじい様。

 

 ボクは不幸なんかじゃありません。

 

 ドレスを着るよりも、騎士の姿で野山を駆けまわるほうが好きです。

 毎日の鍛錬を苦と思ったことはありません。

 ただ城の奥底で守られるよりも、この手に剣を持って敵と戦いたい。

 

 騎士として生きることに不満はありません。

 それどころか、騎士としての人生を歩むことができて幸福だと思っています。

 

 だからボクは、憐れな子供なんかじゃありません。

 

 

 ボクは、ボクの存在意義を証明するため、鍛錬にうちこんだ。

 同世代でボクにかなう騎士候補はいない。

 ボクが騎士としての価値を証明できれば、おじい様もあんな目で見なくなるはず。

 

 そう、思っていた。

 

 しかし、大人の男の騎士と本気で戦った時、ボクは思い知らされた。

 結局私の体はどこまでも女でしかなくて。

 男の騎士になんて、なれっこないってことを。

 

 ボクの努力は、結局無駄だった。

 おじい様はそれがわかっていたから、ずっとボクを憐れんでいたんだ。

 

 ボクはかわいそうな子供だったんだ……。

 

 

「シルヴァン?」

 

 目を覚ますと、黒髪の女の子の顔が近くにあった。

 赤い目をしたその子は、ボクと目があうと、ほっとしたように息を吐く。

 

「よかった、目が覚めたのね」

「リリアーナ……?」

 

 女の子の後ろに見えたのは、知らない部屋だった。

 調度品や上品で高価なものであることくらいしか、わからない。貴族向けの宿泊施設だろうか。

 ボクは何故こんなところに。

 いや、それよりもまず……!

 

「ラウルは? それに、君の護衛や、クリスティーヌは?!」

 

 起き上がろうとしたら、強いめまいに頭を揺さぶられた。

 目の前が真っ暗になりそうな衝撃に引っ張られて、ボクは布団に逆戻りする。

 

「急に起きたらダメよ」

「全員無事だから、安心して寝てろ」

 

 クリスティーヌと、リリィの護衛が近づいてきて、私に顔を見せてくれた。ふたりとも、大きな怪我はないようだ。

 しかし、ラウルと対峙した時点で、まともに戦えるのはボクひとりだったはずだ。

 何があったんだ?

 

「あの後すぐに、私の仲間が助けに来てくれたの。彼の手配で、全員私の別荘に運んでもらったのよ」

「助け……?」

 

 部屋の奥と見ると、黒衣の青年と、黒いローブを着た無精ひげの男がいた。

 

「そっちの黒服が、私の補佐官として働いてくれてる、フランドール・ミセリコルデ。騒ぎを聞きつけて助けに入ってくれたの」

「ミセリコルデ家の……」

 

 彼の噂は聞いていた。騎士として、宰相家の一員として、百年にひとりの逸材だと言われていた。そんな青年なら、ラウルごときに遅れは取らないだろう。

 自分とは違って。

 

「お礼を……申し上げなければ」

 

 まためまいを起こさないよう、ボクはゆっくりと体を起こした。彼に向き直ろうとして身じろぎした瞬間、自分の着ている服が目に入る。それは、まるで女の子が着るような、ふんわりとしたフリルつきのネグリジェだった。

 

「なんだ、この服?!」

「ごめん。悪いとは思ったんだけど、私の寝間着を着てもらってるわ」

「なんだってそんなことを……! ボクは……!」

「貧血で体調の悪い時に、体を締め付けるような服を着ていては、治るものも治りませんからね」

 

 奥でひっそり立っていた無精ひげの男が静かに言った。

 彼はゆっくりとベッドサイドにやってくると、膝を折り、ボクに視線をあわせてくれた。

 

「申し遅れました、私はディッツ・スコルピオ。東の賢者と呼ばれることもあります。わが主リリアーナ嬢の命に従い、あなたを診察いたしました」

「貧血……? だが、どこも怪我なんて……」

「怪我ではありません。そして、ご病気でもありません。あなたは、女性ならば誰でも経験する、初潮のショックで倒れたんですよ」

「……そうか」

 

 ああやはり。

 ボクはどこまでいっても女なのだ。

 

 

 



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変身薬の用法

「シルヴァン、安心して! 診察したっていっても、医者としてだから! その後の処置とか、着替えなんかは、私とフィーアがやったの。あなたの性別のことだって、この部屋にいるメンバー以外には知らせてないから!」

 

 自分が倒れたのは生理痛が原因だった、と聞かされて、シルヴァンは青い顔を益々青くさせた。白い顔はこわばり、目はうつろで焦点があってない。

 自分に生理がきたことが、よほどショックだったみたいだ。

 ずっと、男として、騎士として家を守らなくちゃって気を張ってきた子だからなあ……。

 

「大丈夫ですよ。この程度の症状なら、貧血を和らげる薬を飲んで何日か寝ていれば治ります。女性なら、誰にでも起こりうることです」

「ボクは女になるわけにはいかないんだ!」

 

 シルヴァンの悲鳴のような声が部屋に響いた。

 

「ボクは、クレイモアを守らなくちゃいけない! そのためには、男である必要があるんだ! こんなところで……生理なんかで……女になってる場合じゃないんだ……!」

 

 シルヴァンは真っ青な顔のまま、ディッツの腕を掴んだ。

 

「賢者殿、あなたは女を男に変える薬を作れるんだろう? 今すぐボクを男に変えてくれ! ボクは男にならなくちゃいけないんだ! 金だって何だって払う! だから……だから……っ」

 

 シルヴァンの嘆願は、途中から嗚咽に変わっていった。

 ディッツは小さな子供をあやすように、ゆっくりとシルヴァンの背中をなでる。

 

「確かに俺は、人の性別を変える魔法の薬が作れます。……ですが、この薬では、あなたを救うことはできませんよ」

「……どうして」

「薬の効き目が短すぎるんです」

 

 賢者はため息をついた。

 

「この薬は元々、一夜限りの夢を見るために作られたものです。効果が劇的な反面、長続きしません。半日もすれば体が勝手にもとの姿へと戻ってしまいます」

「一生モンの薬じゃねえってことか。戻るっていうんなら、薬が切れるごとに飲めばいいんじゃねえの?」

 

 クリスティーヌが疑問を投げかける。

 

「体を男に変えて、女に戻ったところで男にまた変える……そんな短時間にコロコロ体を作り変えたら、負担が大きすぎて倒れますよ」

 

 ディッツが嫌そうに顔をしかめる。

 彼は数年にわたり、賢者と魔女の二重生活を送っていた。もしかしたら、正体を隠すために薬を飲み続けて、実際にひどい目にあったことがあるのかもしれない。

 

「それに、シルヴァン様もクリスティーヌ様も成長期でしょう? 一度や二度ならともかく、何度も繰り返し使っていたら、体の成長に悪影響を及ぼしますよ。また、似た理由で生理中、妊娠中の女性は服用できません」

「逆に言えば……ほんの数回に限るなら、使えるっつーことだな。……俺が王宮から逃げ出すまでくらいは、なんとかなるか?」

 

 クリスティーヌが首をかしげる。彼はずっと王家に関わるつもりはなさそうだもんね。その場しのぎの薬でも、充分有効だ。

 でも、シルヴァンは……。

 

「では……その薬を飲んで、子を成すことはできますか?」

 

 シルヴァンの問いに、ディッツは首を振った。

 

「無理ですね。男が女に化けた場合は、薬の効果が切れた瞬間に子を育てる器官が体から消え失せます。女が男に化けた場合も……女を抱くことはできても、妊娠させる能力までは獲得できません」

「では……薬を使っても……ボクは女性と結婚して、血を繋いでいくことはできないんですね」

「……残念ながら」

 

 シルヴァンはその場に崩れ落ちると、布団に顔を埋めた。布団からは、彼女が押し殺そうとして殺せない、悲痛な嗚咽が伝わってくる。

 

 ディッツの薬を使えば、シルヴァンもクリスティーヌも、性別をごまかすことはできる。

 クリスティーヌは王家を脱出できるだろう。

 ゲーム内で起きていた、『戦争中に性別がバレて軍が総崩れになる』という悲劇も、薬で回避できるかもしれない。

 でも、シルヴァンの願いは、彼女の本当の悩みは、そんな一時しのぎの薬じゃ解決できない。

 彼女の望みはクレイモアの血筋を繋いで騎士団を存続させていくことなんだから。

 

「こんなことなら……変身薬があるなんて、知りたくなかった……」

「泣くなよ……」

 

 クリスティーヌが複雑な顔になる。彼女のこんな姿を知って、自分だけ助かったと素直に喜んだりできない。

 

「なんとかならないかしら……」

「方法がないわけじゃない」

 

 今までじっと黙っていたフランが口を開いた。

 

「ただし、この部屋にいる者全員が倫理観を捨て、地獄の底まで秘密を持って行く覚悟があるならば、だが」

 

 なんだその条件!

 お前はどこの悪魔だよ?!

 



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倫理など捨ててしまえ

「倫理観を捨てて、地獄の底まで……ね。ずいぶんなことを言い出すじゃねえか、ミセリコルデの。しょうもない案だったら、許さねえからな」

 

 クリスティーヌがフランを睨んだ。しかし、面の皮の厚いうちの補佐官は眉一つ動かさない。

 マジで変な方法だったら取返しつかないんだけど。

 大丈夫だよね? 信用して見守ってていいんだよね?

 

「方法とは……何ですか」

 

 涙で目を腫らしながら、シルヴァンも顔をあげる。

 藁にもすがりつきたい気持ちなのだろう。

 フランは淡々と悪魔の提案を口にした。

 

「シルヴァンとクリスティーヌを入れ替える。シルヴァンを王女として、クリスティーヌを騎士として育てるんだ。それなら性別の問題は解決する」

「な……」

「アホか! そんなことできるわけがないだろ!」

 

 クリスティーヌが叫んだ。

 

「俺はともかく、シルヴァンに王女は無理だ! あっという間に王宮の連中にバレて殺されるだろうが!」

 

 その指摘は正しい。

 シルヴァンは絵に描いたような騎士の子で、脳筋少女だ。

 王妃の悪意に満ちた王宮で、一切のぼろを出さずに王女として生活し続ける、なんてことができるとは思えない。

 

「だいたい、こいつの望みは、クレイモアを守ることだろ? 王女になって、自分だけ家を抜けて、俺に全部任せてはいおしまい、じゃスジが通らねえよ!」

 

 イライラと叫ぶ隣で、私にも疑問が浮かぶ。

 

「血筋の問題もあるわよね? シルヴァンとクリスティーヌはいとこといっても、母方のモーニングスター家の血縁でしょ。王家とクレイモア家では、ここ何代か婚姻が結ばれてないはずよ。クリスティーヌが跡取になったら、そこでクレイモア家の血がほぼ断絶しちゃうわよ」

 

 クレイモアを愛しているのはシルヴァン。

 血を繋げたいのもシルヴァンだ。

 顔が似ているからといって、クリスティーヌに挿げ替えても問題は解決しない。

 

「ああ、だからふたりには入れ替わった上で、結婚してもらう」

「……は?」

「シルヴァン、お前は王女としてクレイモアに嫁ぐんだ。そうすれば、女主人としてクレイモア家に残り続けることができる。血を繋ぎたければ、自分で産めばいい。直系のお前の子なら、父親が誰でもクレイモアの末裔だ」

 

 フランは淡々とメリットをあげる。

 

「婚姻という公の関係は利点が多い。正式に婚約が成立すれば、花嫁修業の名目でクリスティーヌをクレイモア領に移動させることができるからな。今ここですぐに入れ替わるのはリスクが高いが……王都から遠く離れたクレイモア領にふたりで引きこもった後なら、ゆっくりと身分を交換することができる」

「いやまあ、そうかもしれないけど」

「ふたりとも、第二次性徴期に差し掛かったばかり、というのも都合がいい。それぞれ男らしく、女らしく育てば、見間違えるほど似ていた、なんて過去は忘れられてしまうだろう」

 

 そうかもしれないけどさあ!

 

「つまり……問題を解決するためだけに、ふたりに政略結婚しろってこと?」

「言っただろ。倫理観を捨てて、秘密を地獄の底まで持っていくなら、と」

 

 捨てすぎだろーが!!!

 

 

 

 



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利害の一致婚

「好きでもないのに、利害の一致だけで結婚しちゃダメでしょうが……」

 

 補佐官の提案には、血も涙も一切なかった。

 自由恋愛が基本の現代日本人としては、正直ドン引きである。

 

 貴族社会なハーティアでも、完全な政略結婚は実はそんなに多くない。

 確かに貴族の結婚相手は、親が見つけてきたり、親戚が紹介してくれたり、王立学園っていう狭いコミュニティの中で見つけてくることが多いけど、最後には本人同士の相性を見て、お互いが納得する形で結婚が決まる。

 条件重視のように見えても、結婚前後でちゃんと信頼関係は結んでるんだよね。そう考えると、現代日本のお見合い結婚とそう大差ない。

 

 だって考えてもみてほしい。

 親にとっては今まで手塩にかけて育ててきた大事な大事な子供なのだ。どうせなら、幸せに暮らせる相手と結婚させたいと思うのが、親心というものだ。

 ただ、情報伝達技術が発展していないこの世界で、お屋敷育ちの未成年が自由意志で結婚相手を選ぶと、悪い大人に騙されることが多いから、社会経験のある親が段取りしてるだけで。

 

 借金のカタに嫁がせたり、利権のためにうんと年上の相手と結婚させたり、なんてことは滅多にない。というか、親の一存で決められる部分があるからこそ、条件のおかしな結婚は子を大事にしない親として批判の的となる。

 

 ピンチを切り抜けられるからといって、猫の子みたいにあっちとこっちをくっつけて、なんて提案はさすがにアレだと思う。

 

 年齢と家柄のつり合いはとれてるけどね?

 さすがに利害オンリーは、まずいと思うよ?

 

 それはシルヴァンも同意見だったらしく、彼女は首を振った。

 

「確かにメリットの多い婚姻だが、ダメだ。家を出たがっているクリスティーヌを、私の事情に巻き込んで縛りつけるわけにはいかない」

「俺は別にいいぜ?」

 

 しかし、クリスティーヌはけろっとした顔で肯定した。

 

「お前……家なんかクソくらえって言ってただろう……」

「そりゃ、ハーティア王家みたいに腐りはててる家はいらねーよ。でも、クレイモアは違うんだろ? お前が命をかけてでも支える価値があるんじゃないのか」

「……そうだが」

「どうせ、このまま性別をごまかし続けても、どこかのオヤジに嫁がされるか、逃げ出して流民になるかしかねえんだ。伯爵として生きるほうが、ずっといい」

「騎士だぞ? 鍛錬は厳しいんだぞ?!」

「お前、お姫様修行の厳しさを知らねえだろ」

「それは……そう……だが……」

 

 それ以上反論が思いつかないらしい。

 シルヴァンは口をぱくぱくさせて、絶句した。

 

「それよりシルヴァンはいいのか? このままだと、お前の相棒が俺になるんだけど」

「……」

 

 シルヴァンは、クリスティーヌをじっと見た。

 クリスティーヌもまた、シルヴァンを見つめて彼女の答えを待つ。

 

 しばらくしてから、シルヴァンは顔をあげた。両手でパン、と自分の頬を叩く。

 

「ボクも、問題ない。こっちだって、このまま生きたところで何も知らないどこかの令嬢と、偽りの婚姻を結ぶことになるんだ。そんな破滅しかない結婚をするより、絶対に裏切らない共犯者と生きるほうがいい」

「じゃ、契約成立だな」

 

 クリスティーヌが手を差し出すと、シルヴァンが握り返す。

 

 ええええ、フランの悪魔の提案が成立しちゃったんだけど。

 本人が納得してるなら、いいのか?

 いいってことにしていいの?

 

 

 



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