暗躍する請負人の憂鬱  (トラジマ探偵社)
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1話


初めは簡単な年表の考察から始まります。


 魔法。

 それが伝説や御伽話の産物ではなく、現実の技術となってから一世紀が経とうとしていた。

 

 20世紀の終わり頃に昔存在してた予言者の言葉を実現させようとしたどこぞのバカが核テロをしようとして、一人の超能力者が防いだことから世界は分岐したのだとか。それから多くの超能力者やら何やらが世の中に出てきて、技術科・体系化していった。その過程で2030年頃に地球規模で寒冷化が発生してエネルギー不足が問題となって第三次世界大戦が勃発した。

 

 これがひとえに熱核戦争とならなかったのは魔法を扱える魔法技能士の世界的な団結によるものだった。

 

 魔法師が核分裂を抑止し、相互確証破壊がメチャクチャとなってしまった結果、何が起きたかと言えば、通常兵器又は魔法による人類史上最悪にして壮絶な殲滅戦が行われた。

 

 相互確証破壊とは、核戦略に関する概念・理論・戦略である。核兵器を保有して対立する2か国のどちらか一方が、相手に対し先制的に核兵器を使用した場合、もう一方の国家は破壊を免れた核戦力によって確実に報復することを保証する。これにより、先に核攻撃を行った国も相手の核兵器によって甚大な被害を受けることになるため、相互確証破壊が成立した2国間で核戦争を含む軍事衝突は理論上発生しない。以上、Wikipediaより抜粋。

 

 という事になってるが、この理論があるから総力的なぶつかりは無く、ある程度の戦争の制御が可能だったが、魔法師の存在によって理論と秩序は崩壊。核兵器は無用の長物となり、ただの放射能を撒き散らすだけの置物となった。

 

 その結果、通常兵器及び魔法師による人類史上最悪にして壮絶な殲滅戦が幕を開いた。

 

 特に酷いのが、アフリカや南米だった。寒冷化によって数少ない資源を奪い合い、殺し合った結果、マトモに国としての体裁を残せたのはブラジルのみで他は主要都市を辛うじて維持していたり、国が崩壊した。

 

 生き残った国家で健全な方に当たるのが、自称になった世界の警察アメリカ(現在はカナダとメキシコあたりを呑み込んで『USNA』と改名)と初めから魔法師によって裏から支配されてた日本、引きこもりのオーストラリア、空気になった台湾くらいなものだろう。後は知らない。

 

 不健全だと思われるのが、中途半端に版図を拡大したばっかりに絶賛大炎上中の中国(今は大亜細亜連合)と国粋主義者と結託した魔法師によって革命が起きて社会主義国家となった新ソ連、宗教的な問題やらを色々と無視あるいは粛清して結託したであろうインド・ペルシア連邦だ。

 

 そうして魔法師が軍事の中心となり、より強い魔法師を生み出そうと世界は際限なき軍備拡張を強いられ、不安定な状態は留まるところを知らない。要するに60億以上の人間をジェノサイドしたけど、まだ殺し足りないのだろう。

 

「戦争は魔法師にとって甘美な毒なんだろう」

 

 戦後はまだ始まらないらしい。

 

 そんな考察をしたところで、俺はパソコンを起動させる。

 

 画面には『志村魔法請負事務所』という文字にどこぞの探偵みたいな影絵の入ったロゴが出てくる。

 

 志村真弘、15歳。志村魔法請負事務所を営む男子中学生だ。後見人が出資してくれたので3階建てのビルを買い取り、1階は喫茶店、2階が事務所、3階が自宅になっているという毛利探偵事務所みたいな状態になっている。名義は周公瑾。

 

 そんなこんなでメール画面を開くと、今日は仕事依頼のメールは来てなかった。

 

 閑古鳥が鳴いてるのは今に始まったことではなく、1ヶ月に1つくらいあれば良い方だと思う。新聞でも読んでよう。

 

 ──―コンコン。

 

 ありゃ、フラグだったか。

 

「開いてますよー」

「失礼するよ」

 

 入室してきたのはよく仕事を依頼してくれる皇悠(すめらぎはるか)だった。

 

 黒髪ロングの純和風な美女。ラノベとかで必ず出てくるタイプの正統派美女で、男勝りな口調の侍みたいな女だ。22歳。父親が今の陛下で皇族であり、大佐の階級にある現役の海軍士官でもある。

 

「仕事を依頼したい」

 

 通称『鉄血皇女』と呼ばれる彼女は大学を飛び級して終わらせると、二十歳で海軍士官となり、その2年後……つまり大亜連合による沖縄侵攻があった後に海軍上層部を粛清して改革を断行。組織の健全化を果たした高潔な人物だ。今の海軍は彼女のイエスマンしかいない。

 そして、生真面目な人間だから、世間話も何もなくビジネスライクに努めてくれるので気分が楽だ。

 

「どんな仕事でしょうか?」

「長期の仕事だ。この少年の監視をしてほしい」

 

 写真には、寡黙そうでクールな少年が物凄い美少女と一緒に写っていた。表情筋が仕事してなさそう。美少女の方は否が応でも見惚れるしかない容姿だ。

 

「素性調査とかではないんですか。ということは、素性に関しては既に情報があるということですか?」

「彼の名前は司波達也。来年度から魔法科高校に通う高校1年生だ。ちょうど君と同じ年齢になるんだが、この少年は国防軍の非公式の戦略級魔法師で四葉家の直系だ」

 

 ウゲッ、何その超ハイパーレベルにヤバい厄ネタの塊は。軍事機密に該当するのにあっさり教えやがった目の前の女軍人は懲戒免職ものだし、知らされた俺は命の危険に晒されただろう。

 

 国防軍には現在、十師族の子飼いで私兵化している多数派を占める陸軍中心の腐敗集団の『十師族派』と誇り高き自衛隊の生き残りである陸軍の一部に存在する『旧自衛隊派』、皇道精神を唱える大日本帝国時代に存在してた皇道派がマイルドになった海軍に多数存在する『新皇道派』の3つが乱立している。

 

 十師族派は民主主義の軍隊にあるまじき醜態を晒す汚職とビジネスに興じる恥知らずで、旧自衛隊派は時代遅れの老害、新皇道派は最早どこからツッコミすれば良いのか分からないくらい論外というビックリする程マトモじゃない。

 

 そして、論外の新皇道派が権威を感じて止まない神輿に担ぐ皇族軍人である皇悠がリスクも承知で依頼をして、司波達也という男を監視させる意図は何なのか気になるところだ。相手は復讐という自己満足のために制止しようとした公安やら何やらを力で捩じ伏せて大漢の魔法関係施設のほぼ全てを大勢の関係ない民間人の虐殺の果てに破壊し尽くした家柄だ。普通に考えて監視するのは納得だ。納得するけど、余計な不和を作ってまでするようなことじゃない。

 

 疑問はあれど、俺は口にしない。いくら海軍を掌握したからといって、私的利用すれば十師族と同じになってしまうし、それに彼女は軍の統帥権を持っている訳ではないただの軍人だ。人員を密かに動かすには、彼女はあまりにも有名になり過ぎた。それで、手頃に扱える民間企業を動かすのはそれだけ彼女が使える手札が無いという事なんだろう。

 

「仕事は承りました。しかし、重要情報を民間企業に流しても大丈夫なんですか?」

「この情報をどこへ流そうと勝手だけど、その時は横浜と長崎の中華街が掃除されるだけだろう」

「日本の華僑に対する悪感情は理解できますが、短絡的じゃないですか?」

「それだけ潰したくて仕方ない連中が多いということだ」

 

 アンタがやりたいだけだろ。

 

 2度目の地上戦を経験させられた沖縄侵攻では、現地に多くの潜伏兵がいたのだが、これらの殆どが中華街の何者かによる手引きで不法入国した者たちだったらしい。当然、そんな事は『身に覚えのない』ことで無実であることは立証されるも、獅子身中の虫扱いされて潰せる機会をいつでも狙われている。今は喉元に刃を突き立てられている状態だ。困るのは周大人だが、俺じゃない。

 

 仕事内容は分かった。後は監視対象を監視するだけだ。

 

「ちなみにターゲットが中学生ということは、これから高校生になるんですよね?」

「ああ。志村には魔法科高校に通ってもらいたい」

「既に三高への入学が決まってます」

「……一高に変えろ! 今すぐ!」

 

 無理に決まってんだろ。ここは金沢なので無茶振りは勘弁してほしい。

 

「監視に関しては何とかしましょう。手立てが無い訳じゃないので大丈夫です」

「そうか。それなら任せよう。追加で依頼するかもしれないが、その都度依頼料を支払うから私に従え」

「了解です、雇い主」

 

 こんなのが皇族で日本は大丈夫なんだろうか。

 

 そこはかとなく心配だ。

 

 

 

 

 

 

 




主人公は転生者じゃありません。



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2話





 国立魔法大学付属第一高校。

 

 それがこれから監視対象となる司波達也の通う高校の名前だ。

 

 国際ライセンスに則った無難な教育を行う九つある魔法科高校の中では、特にエリート志向の強い部類に入る。と言っても、魔法科高校というのは大学も含めて魔法名家同士のお見合い会場みたいなものである。顕著なのが魔法大学で、高校はお見合いも兼ねた単なる青春の一時を味わうために用意された施設だろう。

 

 そんな高校で大真面目に勉学に励むのは、表向き魔法師の育成機関だし華やかな舞台に立てるということもあるので魔法師を目指して入学する魔法師は多い。魔法師として国に登録されるので、有事の際には魔法で殺傷することを強要される。

 

 それはさておき。

 

 この一高では、反魔法主義団体『ブランシュ』が活動している。

 

 魔法師と非魔法師の間の差別撤廃を掲げる団体で、政府の方針により、その存在が隠されている国際的に活動する団体だ。大亜連合もとい大漢の崑崙法院の生き残りである顧傑がボスをやっていた。

 

 当然ながら、魔法師の量と質が国力となる現在の状況は国によって魔法師の生活が保障されている部分があるし、何より日本に限れば魔法師は特権を与えられてかなり優遇されている。特に十師族が最たる例であろう。矛盾を孕み、特権を貪るハゲタカの団体だ。

 

 そんな十師族のラインナップを簡単に偏見を多分に含んで紹介しよう。

 

 人間を惨たらしく殺すことには一家言ある海賊『一条家』

 日和見主義で影の薄い『二木家』

 海外へ武器を売る死の商人『三矢家』

 虐殺大好き狂気に犯された殺人鬼『四葉家』

 病弱の人間におんぶに抱っこ『五輪家』

 どこぞの家の金魚のフンに成り下がっている『六塚家』

 陰謀大好き八方美人『七草家』

 電波『八代家』

 多くの古式魔法師を騙した詐欺師『九島家』

 ただいるだけで何もしないし出来ない『十文字家』

 

 偏見と悪意の度合いを超越してるが、この団体の凄いところは総じて魔法力しか価値のない賢しいゲスの集まりである。責任は負わず、甘い汁だけ吸う輩で足の引っ張り合いと権力闘争に余念がなく、現状の腐敗の一翼を担っている。腐敗に関しては後々。

 

 そんな十師族は国に貧乏にならない保障をされてるし、仲間内でインサイダー紛いのことは平然と横行しているし特権を与えられて好き放題しているから、ブランシュの事を公表して主張やら何やらが世間に出回って批判されるのは十師族だ。故に秘匿されている。

 

 そのブランシュといえば、活動資金は大亜連合から流れていたりする。トップに顧傑という元崑崙法院の魔法師が立っていて、彼は老い先短いことを覚るや残りの人生を懸けて大漢へ私的な復讐をした四葉家へ挑戦しようと企んでいる。だが、現在は最大手たる大亜連合は沖縄侵攻が大コケしたばっかりにドロドロの内戦が始まり、多正面作戦の真っ最中でとても手が回る状況じゃないので動けないジレンマを抱えている。

 

 そんな中、ブランシュ日本支部では資金難に喘ぎつつも俺が構成員を洗脳して全権を掌握していた。

 

 テロリストの謗りは受け入れるけど、そもそも俺がブランシュの日本支部を手中に収めたのは皇悠の依頼である。

 

 後見人に周公瑾という崑崙法院の生き残りのイケオジがいるのだけど、この人の下で動いていたのだが、ある日、海軍が組織した秘密部隊の襲撃に遭って脅迫という名の取引に応じて今はもう皇悠の使い勝手の良い手駒みたいなものになってる。まあ、報酬はたんまり出してくれるので文句はない。

 

 

 そんなこんなで俺の平々凡々な学校生活を送り届けたところでつまらないので割愛しつつ、監視任務を開始する。

 

 

 司波達也の監視そのものは本人がかなり警戒心が高いのもあり、国防軍から買収したドローンと洗脳したおさげの根暗な感じの一高の生徒『根暗ちゃん(仮称)』で二重の監視体制を築き上げた。

 

入学式。七草真由美と会話しており、中身は『筆記試験で2位と平均点で10点近い差をつけ、魔法工学や理論で断トツの成績を収めたことによる称賛』というものだった。手放しの称賛に慣れていないらしく、最もな理由をつけて逃走していた。

 

 うーん、本気で隠す気があるのか怪しい振る舞いには、とてつもないガバを感じる。その割に秘密を知ろうとする者には、かなり凄んでいたりする。霊子放射過敏症と思われる眼鏡をかけた女子生徒に殺気立っていたりしたから、どっちにしたいのかハッキリしてほしいところだ。

 

 その後の集めた噂には、入学以来負けなしで『ジェネラル』などと呼ばれる服部ナントカって副会長を苦戦することなく瞬殺したんだとか。更に部活動勧誘期間において、こっちの工作要員である壬生紗耶香に意味の分からないキレ方をして殺しにかかった桐原ナントカさんにキャストジャミングみたいなのを使った魔法式の無効化をしたり等々、誰もが驚く手段を用いて自治活動に精を出したりと目立って注目されることに余念がないようだ。ちなみに桐原という生徒は実質無罪放免になっており、単純に気に食わない。

 

 服部某に勝つまでは良いが、キャストジャミングもどきを使うのはしくじりも良いところ。根暗ちゃんに盗み聞きさせた内容では、公表しない高尚な理由を述べていたが、だったら何故使ったと声を大にしてツッコミたい。俺みたいに魔法式の無効化にちょっと興味関心のある人間にとって、好奇心を抑えられないような技術を持つのは興味をそそられる内容だ。

 

 そんな司波達也に対し、司一が興味を持ったらしく洗脳した壬生紗耶香という女子生徒を操って魔法技術欲しさに勧誘しつつ、司一の弟である司甲を使ってチョッカイを出した。キャストジャミングもどきで防がれ、更に面倒な事に同級生に目をつけられて司甲がストーカーの被害に遭うという二次災害が発生させてしまったので、俺が動いた。今ここ。

 

 さて、どうやって穏便に終わらせるか。

 

 事務所で変声機を使って指示を出し、司甲は街中を歩いてもらっている。彼を見ている小型ドローンのカメラにはバレバレな尾行をする三馬鹿トリオが写っていた。1人はBクラスの明智英美、後の2人はAクラスの北山雫と光井ほのかだった。

 

 この3人は司甲の犯行現場を見ているのだが、直接問いただす訳でもなく尾行するだけで何もしてこない。こちらが痺れを切らすのを待っているのだろうか。恐らく相手が二科生だから何かあっても撃退できる、という自信の表れなんだろう。一科生らしさがあって大変よろしい。遠距離から鉛玉をプレゼントしてやろうか。

 

 余計な色気を出させた結果が今の状況だ。別に俺が何もしなくても実害は出ないが、司一に丸投げして国益を損なう羽目になれば後で皇悠にペナルティを受ける。

 

「はぁ。仕方ない。甲。ルートを示すから、その通りに逃げろ」

『わかりました』

 

 ルートを提示し、指示された通りに動き始めたので俺は近くで待機させている下っ端3人を動かし、待ち伏せさせておく。

 

 ちょっと怖がらせるだけで、絶対に殺すなと厳命してある。ブランシュの構成員の中には、魔法師に対して並々ならぬ憎悪を抱く輩がいるので苦労するよ。どうせ魔法師はいなくならないのだから、これからは規制する法律を制定して秩序を作り出していくしかないというのに。

 

 話が逸れたな。司甲は予定通り、上手く誘導しながら移動してくれたようだ。

 

 辿り着いた路地裏は既にテリトリーと化しており、待機させておいた下っ端トリオがバイクのエンジン音を響かせて少女たちを取り囲む。

 

 対魔法師用装備のアンティナイトは所持させてあるし、下っ端トリオがこの少女たちをとっ捕まえて脅しをかけることは何とかなるだろう。

 

『な、なんなんですか! 貴方たちは!』

『ウロチョロしやがって。このバケモノが』

「余計なこと喋ってないでとっとと取り押さえて脅して終われ」

『すみません』

 

 余裕の表れなんだろうか。まあ、常日頃から優遇され過ぎてる魔法師に対して鬱屈した想いを抱えているし、何より魔法によって家族や人生を狂わされた人間の集団でもあるから、仄暗い感情の発露は許容しよう。

 

 下っ端トリオが取り押さえようと動くが、頃合いを見計らって少女たちは逃走。すぐに追いかけようとしたところで、明智英美が1人に衝撃波をぶつける。

 

『フフン、先制的自衛権の行使ってヤツよ。悪く思わないでね』

 

 そんな法律は存在しません。ただの暴行罪です。まあ、訴えたりしないけど。

 

 ちょっと怖がらせるだけに終わらせたかったけど、仕方ないだろう。

 

「アンティナイトを使え」

『私だって……!』

 

 俺が指示を出したタイミングで、光井ほのかがCADに指を走らせる。

 

 何か魔法を使われる前にこっちのアンティナイトが起動し、不快なノイズが流れたようで、頭に手を当てて苦しげな表情を浮かべる少女たちに対して下っ端は一息つく。

 

『ククク、苦しいか魔法師』

『司様からいただいたアンティナイトがある限り貴様らには魔法は使えん』

 

 ここからどうするべきかだが、小型ドローンの監視網に司波達也の妹であり、学年主席の司波深雪が引っ掛かった。卓越した魔法力を持つ彼女は四葉家の人間であることは確実で、もしかしたら次期当主となる可能性が高い人物であることは想像できる。

 

 相手は十師族だ。技術を独占して秘匿しているから、もしかしたらキャストジャミングを防ぐ魔法なり何なりあるかもしれないし、そもそも魔法力が高過ぎる人間なので通用しない可能性があるから、介入される前に引き上げるのが得策だろう。あまりにも不確定要素が強い。構成員が行動不能にされて捕まるリスクが最も避けなければならないことで、少女たちがキャストジャミングで行動不能になっているからちょうどいい。

 

「終わりだ。撤退しろ」

『……了解しました』

 

 洗脳魔法の便利なところは言うことをきちんと聞いてくれるところだろう。動きが悪くなるけど、大して気にならないので許容範囲。

 

 気絶中の一人を叩き起こさせ、バイクに跨って撤退させることに成功。その間、手出しされることは無くて司波深雪は同級生が本当に危なくならないと助けに入らないのだろうと確信する。それすらも怪しいが、どっちにしろ薄情な人間であることは確かだろう。こういう輩は直接攻撃するより、周りを利用して精神的に虐めてやるのが効果的かもしれない。直接対峙したところで勝てる見込みは無いだろう。

 

 これで一件は終了し、次は司波達也を監視しているドローンに視点を切り替える。

 

「あら?」

 

 ドローンからの映像が無い。落とされたのだろうか。

 

 魔法師の弱点の1つに遠距離からの狙撃があるように、視認できなければ魔法が使えない欠点がある。500メートル以上離れてたハズだが、どうやら感づかれたようだ。最後の映像は銀色のCAD……シルバー・ホーンと思われるのが向けられており、そこから映像は途切れた。

 

「ああ、国民の税金が……」

 

 どうせ賄賂さえ出せば最新鋭の装備をいくらでも横流ししてくれる十師族派から出たドローンなので、無くなったり回収されても問題ない。痕跡も残してないからな。ただ、国民の税金を消されたから嘆いてるだけ。

 

 相手は相当警戒心が高いようだ。容赦がないし、自己防衛と保身に関しては余念がないようだ。裏を返せば彼は自身の妹に危害さえ及ばないのであれば、何もしないのではと思われる。

 

 そう結論づけたところで、来客があった。

 

「繁盛してるかい、真弘くん」

 

 後見人となってくれてる周大人だ。見た目は20代の色男だが、実年齢は還暦をとっくの昔に通り過ぎたロンゲジジィだ。

 

「ご覧の通り、毎日のように閑古鳥が鳴いてます。あの鉄血皇女様の依頼と下の喫茶店が無かったら、とっくの昔に空きビルになってましたよ」

「すっかり飼い慣らされた様子ですね。気に入りましたか?」

「だって年寄りの下より、若くて美人な女性の尻に敷かれる方が断然良いに決まっているよ」

「俗物的ですね。育て方を間違えたようです」

 

 アンタに育てられた覚えは無いよ。

 

「それで今日はどうされたのですか、周大人。金沢にまで来るなんて……」

「ちょっと様子を見に来ただけですよ。それと、あの方からの伝言です」

 

 顧傑さんからの伝言か。イマイチ動機に欠ける四葉家への復讐の事なんだろう。放置してれば、その内勝手に自滅しそうなものだと思うが、どうしても早く潰したいらしい。周大人は既にあのメスゴリラもとい皇族軍人たちによって喉元に刃を突き立てられた状態だから、やるなら一人でやってほしい。

 

「はぁ。あのお方も暇人なようですね」

「愚痴ってられませんよ。あのお方は大亜連合からの支援が少なくなって焦っておられるのです。早くこの国の最先端の魔法技術を盗んで大亜連合への手土産とし、この国へ攻撃してほしいと考えているようです」

「今はドロドロの内戦状態の大亜連合が頼みの綱って耄碌したか……って、90超えのジジィだったな。棺桶が近いからって焦り過ぎだ。オーダーは何ですか?」

「第一高校へ襲撃させ、機密情報を入手して大亜連合へ譲渡しなさい、と。まあ、返り討ちに遭うのが関の山ですけどね」

「せっかく手に入れた私兵を潰されるのは嫌だなぁ」

 

 国益を損なう事は出来ないので、どこまでが許容範囲内だろうか。何が国益にプラスになってマイナスになるかの線を引くのは難しい。

 

「わかりました。上手くやりますよ」

「楽しみにしていますよ」

「もう歳なんだから、帰り道でうっかり棺桶に入らないでくださいよ」

「フフフ、その時は君が普通に生活できないようにするまでです」

 

 それは勘弁願いたい。

 

 

 

 

 

 



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3話

 唐突だが、私──―皇悠は転生者だ。魔法適正のないそれ以外でならチートできるこの世界では害悪にしかならない人間だ。

 

 まるで大日本帝国時代の日本と現代日本が合体して十師族に牛耳られた腐敗しきった日本の皇族に生まれ、そこで『高貴な生まれ足るもの模範を示すべし』ということで軍へ入ったまでは良かった。

 

 任官してすぐに賄賂や接待などといった汚職が行われたあたりで、私の笑顔が固まった。

 

 国防軍は日本の国防を十師族などの魔法名家に奪われたので、無用の長物だと言わんばかりに汚職や賄賂に勤しむばかりでマトモに機能しているのは旧自衛軍派だが、目と耳を塞がれて威勢だけという状態だ。辻褄合わせのようだが、原作主人公がいなかったらと思うと空恐ろしく感じる。いても今後の事を考えれば、とてもじゃないが笑えない。

 

 私が生きていくには、この世界の日本はあまりにも腐り過ぎた。故に自身の所属する海軍を沖縄侵攻をみすみす許したことを口実に志を同じくする軍人と一緒に腐敗を一掃してやった。その中に十師族の私兵と化していた魔法師やら傀儡がたっぷり含まれていたことから、皇族の身分が無ければ殺されているくらい目の敵にされているだろう。

 

 勘違いしてはいけないのが、私は腐敗を一掃しただけなのだ。それはこれからも変わらない。生涯をかけて一掃するつもりだ。その為なら、どんなものでも利用するし、どんな事でもするつもりだ。

 

『──―以上が今回やることです。皇さん、構いませんか?』

 

 海軍の軍令部に設けられた私室において、通信機を介して前髪が長過ぎて口元以外が隠れている志村真弘(飼い犬)が私に報告してくる。

 

 第一魔法科高校に対する工作活動をする命令が彼の上役から出されたようだ。

 

 狙いは魔法科高校の図書室にある秘匿資料なようだが、内容を見た限りでは上手くやれるだろう。やる事は原作と殆ど同じだった。

 

「むしろ利益の方が大きいだろう。これなら文句は言わん」

『ありがとうございます。ところで皇大佐は魔法科高校で蔓延っている差別に関してどう思われてますか?』

 

 差別、ねぇ。

 

「三高でも酷いのか?」

『酷くはないですよ。ただ、徹底した実力主義なだけあってかなり殺伐してますね。ある意味で一高よりマシかもしれませんね。四十九院がいるので洗脳で隙を突けませんよ』

 

この男、私を何かと支援だったり何なりしてくれる古式魔法師の家の人間と相性が悪いらしい。

 

「工作活動するなら一高だけにしておけ」

『わかりました』

 

 人を洗脳することに何ら躊躇いもなく実行できるところに魔法師らしさが出てるし、愉快犯じみたところがあって扱いに困るところが信用も信頼もできなくて油断ならないが、原作主人公の敵になるであろう人間だが使い勝手が良いので利用価値はある。私が彼に利用価値を見出すように洗脳されてるだけかもしれないので、洗脳されてるかその手の専門魔法師に逐一確認させているので思考が誘導されてないと見るべきだろう。彼はもしかしたら私と同じ転生者かもしれないと思っていたけど、試しにカマをかけたら身に覚えが無いという顔したので違うかもしれない。

 

 閑話休題。

 

「差別に関して私見を述べるなら、差別は無くすべきだという考えを持っている。魔法科高校の教育実態を知っているが、私が何かしようと動けば反感を買うだけだろう」

『反魔法主義的活動だと言われるだけですか……』

 

 諦観しているようにも聞こえる声音だった。

 

 私が属していることになっている『新皇道派』は軍内部における反魔法主義の急先鋒だとして魔法師に目の敵にされている。旧自衛軍派も同じ扱いだが、まさかこの国で十師族の影響を排除すれば全て反魔法主義的だとでも言うのだろうか。

 

 差別を無くすことには賛成だ。差別があって困るのは歴史が証明している。即座に是正して然るべきなのだが、恣意的なものがあるのだろう。

 

 そもそも、魔法師に関することは十師族……特に七草が口出しした結果が今の状況だ。この国の現状の大半が十師族による権力闘争や足の引っ張り合いによるものなので、十師族は解体した方がこの国のためになるような気がする。そして、魔法師は管理されなければならない。

 

「魔法科高校における差別に関しては上手くやれ。国益に反しない程度でな」

『わかりました』

 

 自由裁量権を与えてしまったようなものだが、七草真由美の無慈悲な改革よりも数段マシだろう。あの娘には悪いが、十師族の影響から逃れてあくまで対等な関係を築きたいので利用させてもらう。

 

 通信を切ってから、私は椅子の背もたれに体を預ける。考えることは次の行動だ。

 

 どこかで反魔法主義者じゃないことをアピールしなければならない。国のトップに位置する公人が魔法師に対して否定的であることは、魔法師側の心象は良くないのは明白。魔法師に対して友好的にしておいて損はなく、中立の姿勢を貫くことは必要だろう。狙うとするならば、九校戦しかないか。

 

「やることは山積みだな」

 

 立ち止まってられないのだから、決断したなら実行に移すだけだった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 皇悠からの許可を戴いたので、本来やる予定だった計画を前倒しして早速行動に移していこう。

 

 こちらの手駒はブランシュと下部組織のエガリテだ。エガリテは魔法科の二科の生徒で構成されており、学内の差別撤廃を目的に活動するために組織した団体である。

 

 ツッコミどころしかないような教育制度だから、叩けばいくらでもホコリが出てくるだけにイージーな活動である。こんなクソみたいな制度を取らせるとか、十師族の一般魔法師に対する扱いが察せるだろう。今の政府与党の主流派は事なかれ主義の親十師族で固まった傀儡政権だ。魔法師に関する政策で十師族の意向が多分に含まれていることは明らかである。

 

 つまり、魔法科高校における差別は故意に行われたということだ。故意じゃなくても、今まで無策でいた時点でアウトだ。

 

 そもそも差別の始まりは何なのかということだが、同じ授業料で受けられる授業の質が違うところから始まり、制服のエンブレムの有無(これが一番大きい)があって生徒の目に見えた形で格差を映し出されているから、理不尽なまでの差別が横行している。何故こんな教育制度にしたのか甚だ疑問で、まさか差別される側に立つ人間は弱い立場の人間だからいくらでも封殺できると考えているのだろうか。もしくは自分たちは差別しないから良い、という考えの表れか。もともと、『一科・二科制度』における二科生は一年生時では理論を重点的に行って二年生以降に実技を集中的に行っていく方針だったらしい。そんなの二年生以降の生徒はいつも通り講師のいない実習をやらされているので、ただの方便だったようだ。

 

 そんなこんなで手っ取り早く差別問題を解消を促すため、分かりやすい攻撃対象のいる十師族の七草真由美のいる一高への工作を開始していた。

 

 先ず、差別に苦しむ人間がいるということを分かってもらうためにエガリテの皆さんには放送室を借りて放送を開始……してもらいたかったけど、二科生だからと放送室の使用禁止を言い渡されたので強硬手段に出てカギを掌握。放送室へ駆け込んで校内全域へ放送をする。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 中継していたら、思ったよりでかい音声だっただけに音漏れしやがった。誰もいない校舎裏で良かった。

 

『私たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です。私たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!』

 

 今度は調整したようだ。この後、電源をカットされて放送は出来なくなった。

 

 校内の監視カメラを借りて外の様子を窺えば、生徒会や風紀委員が集まり、部活連の十文字克人会頭が姿を見せていた。

 

 慎重に対応すべき、という声がある一方。

 

 扉を破壊して制圧してでも短期解決すべき、という強行論がある。

 

 監視対象の司波達也は前者の慎重論に賛同しているようだが、エガリテの交渉に応じるつもりは無いように見受けられる。というより、扉の前に集まった人間の中で十文字会頭が交渉に応じる姿勢があるようだが、九島家の前例があるので怪しい。誰も交渉に応じる気は無いように見える。

 

 と、そこで端末の着信音が鳴り響く。相手は司波達也だ。

 

 いつの間に連絡先交換したんだよって疑問はあるだろうけど、これは壬生紗耶香の端末からダミーを介して繋がっているのだ。これはエガリテの人間全てに共通してやっていることだが、盗聴だのといったプライバシー侵害をしているが、得た情報はその都度処分しているし、私的利用は決してしていない。

 

 壬生紗耶香が司波達也に接近し、好意を抱くようにしていたので番号交換に応じてくれたことには感謝しておこう。少々危険だが、壬生紗耶香が絆されても困るので俺が代わりに応じる。無論、変声機で壬生紗耶香の声を使っている。

 

『もしもし、壬生先輩ですか? 司波です』

「司波くん、どうしたの?」

『今どちらにおられますか?』

「今は放送室にいるわ」

『はぁ。放送室にいるんですか。それはお気の毒に……』

「どういうことよ?」

『いえ、決して馬鹿にしている訳ではないです』

 

 その件の壬生先輩とやらは現在仲間と一緒に立てこもり中で指示待ちである。

 

『それで、本題に入りたいのですが……十文字会頭は交渉に応じる姿勢です。生徒会長の意思は……いえ、会長も応じるそうです』

 

 生徒会長がその場にいないのに勝手に判断してもいいものだろうかなんて考えるが、とりあえず事態を収めるための方便なのだろう。七草真由美なら応じるだろうけど、騙し討ちであることに違いない。

 

「それは本当?」

『ええ、先輩の自由は保障しますよ。我々は警察ではないので牢屋に閉じ込めるような権限はありませんので』

「私の自由は保障されても、他の人はどうなるの? まさか私は捕まえないけど、他の人は捕まえる腹積もり?」

『そういうつもりはありませんが……壬生先輩こそ、今の現状からどう打破するつもりなのですか?』

「私たちは逃げも隠れもしないわ。私たちは理不尽に抗うため立ち上がったの。貴方じゃ話にならないわ。十文字会頭もしくは七草生徒会長に代わってちょうだい。直接話をつけるわ」

『……壬生先輩じゃないな。お前は何者だ?』

 

 何故バレた? 変声機に不備はないし、話し方に違和感は無い。考えられるとすれば、司波達也の洞察力が予想以上ということか。もしかして、壬生紗耶香の知能レベルの問題?

 

『壬生じゃない? 達也くん、君は誰と連絡を取っている?』

 

 これは風紀委員長の渡辺摩利の言葉だ。

 

 マイクの部分を押さえた司波達也が、首を横に振る。

 

『わかりません。壬生先輩の番号にかけたのですが、相手は壬生先輩の声で普通に話していたので気づけませんでした』

 

 司波達也が事情を説明し、スピーカーモードにしてもう一度話しかけてくる。

 

『何故、壬生先輩の端末を持ってこんな手のこんだことをしている? 壬生先輩はどこだ?』

「司波くん、一体どうしたの? 私は放送室にいるわよ。私たちは有志同盟として学内の差別撤廃を訴えようとしているだけよ?」

『あくまで白を切るつもりか? いや、間違ったことは言ってないが、お前はそこにいないということなんだな。誰なんだ、お前は』

 

 うーん、ちょっと失敗か。

 

 ちょっと司波達也を見誤ったか。余計な警戒心を抱かせるのは本意じゃない。こっちは魔法科高校における差別撤廃をしようと行動しているのだけど、そんなに差別を無くされるのは嫌なのだろうか。顧傑の事はさておき。

 

「全く……そんなに警戒心剥き出しにしなくても私たちがすることは学内の差別撤廃が目的に活動していることは主張している通りだよ。ただ、君の交渉相手が壬生紗耶香ではなかっただけの話さ。私はこの子たちのスポンサー。壬生紗耶香の声だが、以後お見知りおきをってね」

『スポンサーだと? お前の目的は何だ?』

「学内の差別撤廃だよ。それ以外に理由が欲しいのであれば、自分で推測を立ててほしいな。それで、単なる風紀委員でしかない君と話している時間が勿体ないから、交渉役を変えてほしいな。例えば十文字会頭……は話し合いにならないから、ちょうど七草会長も来たようだし、七草会長に代わってよ」

『警備システムにハッキングしているか』

 

 司波達也がチラッと監視カメラを一瞥する。彼以外の面々は動揺を隠せていないようだ。すぐにカメラは壊されてしまったが、そもそも監視しているのはカメラだけじゃないということを忘れてはいけない。

 

『達也くん、私が話すわ』

『いいのですか、会長』

『ええ、大丈夫よ』

 

 ようやく七草会長のお出ましである。

 

 さて、どう出るか。

 

『はじめまして、スポンサーでよろしいかしら。私が生徒会長の七草真由美です』

「これはご丁寧にありがとうございます。教師側との交渉は上手くいきましたか?」

『ええ、今回の事は生徒会が受け持つことになりました。我々、生徒会としては交渉に応じる姿勢があります』

「それは重畳。それじゃあ、我々の主張している事が正しいことであり、大勢の生徒に目に見えた形で問題解決できる機会を設けてほしい。要するに公開討論会をしようじゃないか」

『イイのですか?』

「元より長くは立てこもってられないからね。有志同盟の身の安全を保障するなら、放送室からおとなしく出てくるよう働きかけるよ」

『有志同盟の生徒たちは人質ということですか』

「人聞きが悪いね。彼らは大切な協力者だよ」

『そうですか。生徒会は貴方の要求を受け入れましょう』

 

 全面的に要求を受け入れてくれたようで嬉しい。放送室を開放して、有志同盟には公開討論会の日をセッティングしてもらう。ここは別にいくらでも譲歩して構わない。大事なのは身の安全が保障されることだ。

 

 スポンサーの正体を壬生紗耶香に訊ねている渡辺委員長の姿があったが、顔は常に隠してたし声も変えているので全く分からんだろう。それは他の有志同盟も一緒である。

 

 見えない敵……決して表に出ないようにしている相手はやり辛い相手だろう。あくまでも俺の目的は差別撤廃なので、とんでもなくショボい黒幕だった。

 

 さて、昼休みも終わったということで俺は繋がってた回線をシャットダウンして午後からの授業のために移動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




傍目から見ると、地声で女口調で誰かと電話している変態である。


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4話

 ごきげんよう、皆さん。

 

 前回は一高での活動は妙な警戒心を与え、公開討論会で何か仕掛ける可能性を一高首脳陣に植えつける最悪な結果となった。これは司波達也の警戒心の高さと彼の壬生先輩に対する印象やら人物評を見誤った俺の失態である。

 

 もし、これで彼らがエガリテやブランシュへ法律の枠を超えたヤクザもニッコリの制圧行動に出られたら、計画はご破産だ。何もかも失敗で、こちら側の惨敗という形で全てが決着する。

 

 そう考えると、あの皇族軍人も中々の暗躍者キラーだ。そもそも、疑惑だけで法的根拠ゼロの不当拘束もしくは殺害を仕掛けてくるんだからな。日本っていつから無法地帯になったんだっけ?

 

 一高の生徒会長との協議は壬生紗耶香が行い、2日後の土曜日に行われる事となった。

 

 生徒会長は『スポンサー』とやらも討論会に参加させたかったようだが、金沢から東京まで行くのは難儀なので欠席させてもらう。やっぱり、物理的な距離がネックだな。

 

 そんなこんなで真面目に討論する内容を考えよう。

 

 攻撃できる材料は多い。徹底的に打ち負かしてやることは可能かもしれない。ただ徹底的に対峙するであろう七草会長をぶちのめした場合、後から報復とばかりに七草家が動いて有志同盟のメンバーに何か仕掛ける可能性はある。良くて退学、悪くて病院か研究所送りか。死なないだけ寛大かもしれない。

 

 1日だけの猶予は、相手に考える暇を与えないってのもあるが、そもそも『差別などしていない』という認識の表れなのだろう。

 

 ククク、これは問題提起してやらないといけないな。

 

 そこまで考えたところで、家で寛ぎ中の司波兄妹が外出する場面が映った。

 

 USNAが開発した小型偵察ドローンは隠密性に優れ、1キロ離れた位置から指向性を持たせて音声を拾うことも可能という優れ物。弱点は光学迷彩を発生させても、影が映るし、空間に不自然な歪みが生じることだろう。国防軍も悪くないんだけど、通常兵器に関してはUSNAに軍配がある。ほら、国防軍って魔法を使う前提の装備ばっかりだからね。

 

 司波兄妹の会話音声を拾ったりしたが、気づいた素振りを見せないことから大金を出した甲斐がある。おかげで家計は火達磨だ。

 

 司波兄妹の行き先は『九重寺』という場所だった。

 

 確か対空要塞だったか何だったかの上に作られた寺だったハズだ。木造の住居兼寺の地下にはその名残が残っているだろう。

 

 司波兄妹……兄の司波達也はこの九重寺の住職である九重八雲に体術の指導を受けている。この寺に本当の意味で弟子入りしたかったら、お坊さんになる専門学校を出る必要があるので興味があっても弟子入りは出来ないぞ。まあ、体術だけならコネさえあれば大丈夫だと思う。

 

 九重八雲は出家した身でありながら、なんか忍術使いとして有名な男だ。皇悠はこの九重八雲のところで一時期指南を受けていたらしく、ここで意外な繋がりがあることに知った時の俺は驚いたよ。どう考えて行動したら、忍者のところで修行するんだろうね。

 

 司波達也はここで鍛錬でもするんだろうと勘繰るけど、どうやら違うらしくて九重八雲と話し始めた。ちょっと気になるので会話を盗聴してみよう。

 

『何か聞きたいことがあって来たんじゃないのかい?』

『第一高校3年、剣道部主将司甲の事とエガリテのスポンサーについて何か知りませんか?』

『……うーん、司甲君についてなら知ってるけどエガリテのスポンサーとやらは知らないねぇ。風間君に頼った方が良いんじゃないかい? 藤林のお嬢様もいるのだし』

『少佐に頼るのはちょっと……』

 

 うむ、出てきた人名から司波達也の軍での上官に位置するであろう存在に風間少佐なる男がいるようだ。藤林お嬢様というと、藤林響子のことだろう。何してるか不明だけど。

 

 二人に共通しているのは、どっちも十師族派の軍人だということだ。風間少佐に至っては、旧自衛隊派からの鞍替えである。まあ、彼の場合やむを得ない後ろ暗い事情があるので仕方ない。民間人に武器を横流ししたんだってさ。

 

 国防軍でも、民間に武器などの装備を横流しするのは駄目な派閥と許す派閥がいるということを覚えておこう。自由に好き勝手したいなら、十師族派がオススメだぞ。

 

 そうこうしている間に九重八雲は『司甲に関すること』を語っていく。連鎖的にブランシュのリーダーである司一のことも語られたので、ブランシュやエガリテの情報は筒抜けにされてしまった。

 

『君が昨日話したというエガリテのスポンサーについては何も分からなかったね。本当にいたのかい?』

 

 流石の情報通でも、いきなり知らない単語が出てきて困惑しているようだ。知られても困るがな。

 

『本当にいると思っています。それもブランシュのリーダーとは別口で存在して生徒を唆しているのだと考えています』

 

 うーん、惜しい。ブランシュもエガリテも全部操ってる黒幕さんが俺だ。

 

 黒幕の存在に感づいているようだけど、残念ながら九重八雲は情報を持っていないようだ。残るは四葉家だが、まさか俺の情報が筒抜けだったりしないよね? 顧傑さん並みに情報収集能力高かったりしないかな。その内、あの情報収集能力の絡繰りを解き明かして対処しないと痛い目を見そうで嫌だな。とりあえず、顧傑を基準にして四葉に身バレしないように何重にもダミーを介したり顔を晒さないようにしたりと徹底的に隠蔽している。

 

 四葉家に頼るか、はたまた国防軍の風間少佐ないし藤林響子を頼るか。選択肢は多く、どれも情報収集能力は高い部類に入る。彼らの思考回路で判断するなら、四葉家を先に頼りそうである。

 

 国防軍は組織としては役立たずだが、個人レベルでは有用な人材は存在する。しかし、頼りないのは変わらない。

 

 両方使う可能性もあるし、どちらか片方なだけかもしれない。どっちみち徹底して隠す必要がある事に変わりない。

 

『お兄様は一高に黒幕がいると思っているのですか?』

『相手は用心深く、決して表に出ないようにしているようだが、これは俺たちと同じ一高の学生だから隠しているのだろう。魔法は継続してかけ続けならなければいけない以上、黒幕となる魔法師は必然的に1番近くにいなければならないだろうからな』

『そして、自分は安全なところから一般生徒になりすまして見ているだけ。なんて卑劣な……!』

 

 拾った会話から司波深雪の痛烈な批判が耳に入り、お腹が痛くなる。

 

「ヤベ、何も言い返せない」

 

 しかし、一般生徒を装い、十師族の本来の役目を放棄している人間には言われたくない。

 

 どれだけ高潔な理想を掲げて高尚な言葉を並べたところで俺は人を洗脳して操って動かすクズ野郎に変わりないので、司波兄妹の批判は甘んじて受け入れよう。事実だし。

 

 そうして夜は終わり、日付は変わる。

 

「さあ、始めますか」

 

 一世一代の大勝負の幕開けだ。

 

 

 



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5話

 公開討論会当日。

 

 長い工作活動もようやく目処がつくといったところだろう。金にならん仕事は気が進まない。

 

 改めてこちらの状況を整理しよう。

 

 手持ちの戦力はブランシュの構成員50名だ。武装はアサルトライフルやロケットランチャー、アンティナイトに各種手榴弾だ。エガリテ総員20余名は学生中心で使うにはリスクが大きいので戦力としての価値は無し。マトモに挑んだところで返り討ちに遭うのが関の山。これで襲撃計画を盛り込んでやって皇悠に作戦計画を伝えたら『国益になる』と許可を出したので、ブランシュやエガリテが潰されても良いという事なのだろう。いや、テロをするのに潰れる覚悟が無いのはアホの極みだったか。

 

 せっかく苦労して手に入れた駒を捨てるのは勿体ない気がするけど、襲撃しなかったら今度は顧傑さんが出しゃばってくるので宥めるのが面倒くさい。

 

 そんな事情なんぞ知ったことではないとばかりに、あちらは今か今かと襲撃のタイミングを待っている。

 

 表面上は国会中継で見るような公開討論会が始まり、俺は学校を休んで事務所で根暗ちゃんから送られてくる映像を見守っていた。

 

 

 

 討論会は七草真由美に分があるものだった。

 

 統計やら何やらの情報は有志同盟……ブランシュの下部組織であるエガリテには渡らないようにしていたか、あるいは意図的な情報操作が行われたのは確実。

 

『カリキュラムも施設利用も一緒であり、一科と二科は単なる制度上の区別にしか過ぎない』

 

 普通に調べただけでは、この結論しか出ないしただの言い掛かりとしかならない。一科生だから、二科生だからというのは生徒自身の問題であるというのが学校側の認識なんだろう。

 

 で、ここからが俺が洗脳や暗示など精神干渉魔法を駆使し、更にハッキングやら何やら非合法な調査方法で得た情報を出していこう。

 

 教師が不足しがちなのは教師となる魔法師の多くが名家の『お抱え』となるからだった。魔法科高校の教師は魔法科大学からの出向が殆どだったりする。純粋に教える人間はいないのだ。

 

 次に制服の8枚花弁のエンブレムの有無に関しては、学校側が制服の発注ミスをやらかしてただけだった。ただ純粋にミスっただけであり、すぐに是正して然るべきだったのに「一科と二科で『差』を設けると、二科に向上心を芽生えさせれるのでは?」みたいな感じのことを言った人間がいたらしく、ソイツは七草家お抱えということもあってエンブレムの有無問題は放置されたという。結論、七草が悪い。

 

 どれも一般には知られてないし、知ることも出来ない。これを有志同盟が暴露した場合、七草からの報復は確実だろう。下手したら、他の十師族のみならず魔法名家全てを敵に回す。有志同盟の人間を守ってくれる人間はいないから、手に入れた情報は最終手段として残しておく。

 

 だが、こんな情報を使わずとも有志同盟に勝つ方法はある。

 

『カリキュラムも施設利用も()()に割り振られています。一科も二科も単なる制度上の区別でしかありません』

 

 首っ引きで精査した数字はすぐに論破された。ある意味でブランシュ対策と言っても過言じゃない平均化もしくは均衡化である。一科生も二科生も扱いは一緒で、差別してないのだという。

 

 平等に扱っているから何だ、と言いたい。こちらの主張は根拠が無く、ただの言い掛かりである。

 

 だから、これからする事は『否定』だ。

 

『区別でしかないというなら、実際に雑草(ウィード)という言葉を用いて嘲笑され、軽蔑されるのはどうしてですかっ? 制度上の区別でしかないというならば、制服のエンブレムの有無などで差別用語を用いた差別が横行していいハズがない!』

『……っ! ですから、それは―――』

 

 七草会長がちょっと言い淀む。流石に何も知らないハズが無いし、そもそも色々と隠して八方美人になってどちらにも良い顔していたのが失敗だ。どっちつかずは信用も信頼も出来ないから、故に七草会長と上辺だけの関係に落ち着く人間が一定数いるのだろう。

 

 しかし、七草会長を崩すには至らない。

 

 そこへ、彼女の堅牢な牙城を破壊するため1年前に起きた魔法の暴走事故の映像データが流れる。

 

 内容は、当時1年の二科生のクラスの実習時の映像だ。次が一科生でヤジを飛ばし、出来ない事を横から詰る酷い授業風景だが、この時はそれが過剰にやってしまって集中出来なかった二科生が魔法を暴発、怪我をして魔法力を失って退学した問題事案だった。

 

『これは1年前、実際に起きた事件です。これに対して学校側はおろか生徒会は何もしなかった! それどころか隠蔽したのです! 

 

 差別は確かにそこに存在するのです! 生徒会は差別が無いということを正当化するため、また隠すのですかっ?』

『大変痛ましい事故が起きたのは私も心苦しく思ってます。しかし、生徒会が隠蔽に加担したというのは事実無根であり、また私たち生徒会は常に生徒の味方であり続けているというのは今も変わっていません!』

 

 清廉な雰囲気をまとい、真摯に言葉を並べ立てるのは本人の容姿やよく通る美声もあって誰もが納得する。

 

 しかし、隠蔽があったのは事実である。この映像データは俺が保存していなかったら決して世に出回ることのなかった削除済みの映像だ。内心は動揺してるのが丸わかりだ。

 

『そう言うのなら、七草会長……生徒の味方であり続けるなら、貴方の考えを聞かせていただけませんか?』

 

 フィニッシュラインに到着する頃だ。これで七草会長の考えを聞き、それ次第で全てが決まる。

 

 思い切った大胆な改革をするなら良し。こっちは『平等』という耳障りの良い言葉を否定した。七草会長の任期はともかく、上に立つ人間がしっかりと問題点を把握して変える努力をするならこの後の行動は無くなる。

 

『──―実を言えば、生徒会には一科生と二科生を差別する制度が、一つ残っています。

 

 それは、生徒会長以外の役員の指名に関する制限です。

 

 現在の制度では、生徒会長以外の役員は第一科所属生徒から指名しなければならないことになっています。

 

 この規則は、生徒会長改選時に開催される生徒総会においてのみ、改定可能です。

 

 私はこの規定を、退任時の総会で撤廃することで、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです。

 

 少々気の早い公約になってしまいますが、人の心を力づくで変えることは出来ないし、してはならない以上、それ以外のことで、出来る限りの改善策に取り組んでいくつもりです!』

 

 期待外れだった。壬生さん、拍手は煩くてもやっておしまい! 

 

『七草会長、それだけしかやらないんですか?』

『どういう意味ですか?』

『それだけかって聞いてるんです。そんな目に見えない改革で何が変わるんですか? その時の生徒会長が役員の選出で必ずしも二科生を選ぶハズもないから、何も変わらないじゃないですか! 

 

 何故、学校側に何も求めないんですか! 何故、制服のエンブレムの有無は学校側の制服の発注ミスが原因だというのに、生徒会は学校側へ是正を求めない! 何故、生徒の味方を謳っておきながら、学校側に何もしない! この嘘つき!』

 

 これはやり過ぎだろう。公衆の面前での暴露プラス七草家の令嬢を罵倒。問題にならないハズがない。

 

 肝心の七草会長は、衝撃を受けたって顔してるね。面と向かって罵倒されて否定されたのが初めてだからなのだろう。ちょっと涙目。

 

 そんな七草会長を擁護しようと、一科生が立ち上がる。

 

『なんで会長の考えを理解しようとしないんだよ! 補欠は補欠らしく、おとなしく従ってろ!』

『そうだ! 所詮ウィードで俺たちブルームより劣るクセして同じように扱ってくれてるだけでもありがたいだろうが!』

『本来なら、補欠に時間を割いてやる必要なんてないのよ!』

 

 などと表向き禁止している用語のオンパレードに腹が捩れそうになる。

 

 舞台は壇上ではなく、場外でのヤジの飛ばし合いになった。

 

『なんだと! そんなに花冠がついてるのか偉いのかよ!』

『頭の中お花でも咲いてるんじゃない? ブルームだけに』

『なんだと! 言わせておけば、補欠が調子に乗るなァー!』

 

 侮辱されればCAD使って魔法行使に踏み切るのが魔法師の特徴である。舐められたら終わりだから、短絡的な行動にも理解してあげよう。

 

 放課後ということもあり、CADの所持制限が解除されていたのが悲劇を生んだ。

 

 簡単な移動魔法は突然の予期せぬ行動だったということもあり、誰にも防がれることなく一人の二科生を吹っ飛ばして何人か巻き込んで壁に激突させた。

 

 一瞬、静寂するも直後に暴動が発生。響き渡る悲鳴と飛び交う魔法に顔が引きつる。

 

 生徒会や風紀委員が止めようとしているが、それよりも良い感じに混乱してくれてるので収まる前にブランシュによる襲撃をしてもらおう。

 

 大きな爆発音。

 

 更に混乱は大きくなったが、根暗ちゃんが誰かとぶつかって端末を落としてしまい、運が悪いことに踏み潰されてしまった。グシャッといっちゃった。

 

「まあ、後は上手くやるだろう」

 

 討論会は終わった。

 

 しばらくすると、端末に着信音が鳴り響く。

 

 ダミーを介したダミー通信機からだ。発信者は壬生紗耶香だ。

 

 変声機を使い、相手は別人であることを視野に入れて電話に出る。

 

「もしもし、壬生紗耶香か?」

『改めましてだな、スポンサー』

 

 司波達也だ。ブランシュもエガリテも取り押さえられてしまったか。だから、少数戦力で魔法科高校に挑みたくなかったんだ。

 

『単刀直入に聞きたい。お前が壬生先輩を洗脳した犯人か?』

「洗脳? 一体何の話をしているんだ? 私は壬生紗耶香や二科生たちが差別に苦しんでいたからこそ、彼女たちの討論会で円滑に事を運べるように手助けしていたんだよ」

『そうだとしたら、随分と悪辣な方法を使うんだな』

「七草会長の事かな? 分かりやすい攻撃対象がいるのだから、利用しない人間はいないだろう。ところで、壬生紗耶香が洗脳されていたとはどういう事だ? 初耳だ」

『ああ、実は──―』

 

 司波達也から事情を聞き、俺は悲しい声で壬生紗耶香に同情するかのようなスタンスをとる。

 

 諸悪の根源である黒幕は、ブランシュのリーダーである司一に全て丸投げして逃げ出すことにした。

 

「よもや、ブランシュが利用しているとは夢にも思わなんだ。私も罪に問われてしまうのかな?」

『それはどうだろうな。今後の行動次第だろう』

「全面的に協力しよう。だが、人前には出れない。私は魔法の事故で顔も体も爛れてしまって家から出られないんだ」

「……何者だ?」

「元二科生だった者だよ」

 

 何食わぬ顔で嘘を連ねて一高の暗躍者は消滅する。

 

 ドローンを使った情報では、恐らく公安の秘密捜査官と思われるカウンセラーの小野遥がブランシュの拠点をリークし、十文字克人をリーダーに司波兄妹、西城レオンハルト、千葉エリカ、桐原武明がカチコミした。

 

 硬化魔法で車の前面を硬くして突撃、降車して千葉が西城のお守りについて十文字と桐原が裏から攻め入り、司波兄妹は正面から入って対峙するという分担が決まった。サラッと十文字が司波達也に指揮権を委譲して責任を押し付けていたがご愛敬だ。平然と殺すことも視野に入れているあたり、魔法師って恐ろしいや。

 

 視点を変えて司一の持つ中継器からの映像。

 

 ブランシュのアジトに残る人数はリーダーを含めると、たったの5人しかいない。抗う術はないので、あからさまに洗脳されてる感を出させておく。

 

『ようこそ、司波達也君に司波深雪さん。私たちは君を歓迎するよ』

『お前がブランシュのリーダーか?』

『いかにも。私がブランシュ日本支部のリーダー司一だ。そして、今日でリーダーは終わりだ』

『なんだと?』

 

 司一は自身のこめかみに銃口を向け、残るメンバーはそれぞれ銃口を向け合う。

 

『何故なら、今日でブランシュ日本支部は解散するからだ! もうメンバーの大半は捕まり、エガリテも壊滅した! 完敗だ! 我々は所詮、君たちのように特別な魔法師に温い実戦の機会を与えただけの単なる雑魚だったということさ! こんな雑魚に相応しい末路は死ぬしかあるまい!』

 

 涙で顔がぐちゃぐちゃで、銃を持つ手を震わせる姿は上記の潔いセリフからは程遠い。とてもじゃないが、これから自決しようとする人間には見えないだろう。

 

 そして、一斉に銃声が鳴り響──―くことはなかった。

 

『な、なに──―?』

 

 突如、持っていた銃がバラバラになった。

 

 CADを構えた司波達也がいて、彼が魔法を使ったのだろう。分解魔法かと思われ、戦略級魔法も分解にちなんだ魔法だろう。最高難度とされる魔法の1つであり、物質構造に干渉できるってところは俺と一緒なのかもしれない。

 

 俺プロデュースの下手くそで短い洗脳自殺は司波達也の手で止められたが、ここで予想外の出来事が発生した。

 

 観念して項垂れ、投降しようとしていたところに桐原武明と十文字克人が参上。桐原が『ブランシュのリーダーは誰か』と訊ね、司波達也が真面目に答えると激昂して斬りかかったのだ。

 

『テメェが壬生を誑かしやかったのか!』

『桐原先輩、待ってください』

『止めんじゃねー! 俺はコイツを──―!』

『その人も洗脳されてます。ですから、壬生先輩を誑かした相手は別にいます。そうだろう、司一』

 

 司波達也が鋭い視線を向け、桐原武明が胸ぐらを掴んで殺気を直に浴びせられ、十文字克人には厳しい目を向けられ、司波深雪には冷たい目を向けられる。

 

 しかし、司一は答えられない。俺のことは洗脳云々以前に純粋に何も知らないのだ。ヒントになる情報を与えていないし、ここで問い詰めたところで答えることは出来ない。

 

『私は何も知らない! 誰かの指示には従ってたけど、ソイツが誰かなんて分からないんだ! 私たちは便宜上『ペルソナ』と呼んでたけど、それ以上は何も知らないんだ!』

『ソイツは今どこにいる?』

『知らないんだ! 本当に何も知らないんだ! ただ私たちはあの人のために動かなければいけない! あの人は神であり、この世に光を齎す救世主だ! そうだ、我々は死ななければならない! あのお方の最後の命令なのだから!』

 

 強めの洗脳の弊害が発生してしまった。

 

 狂ったように死のうとして頭を地面にぶつける司一とブランシュメンバーの常軌を逸した行動は、軽くホラーを感じさせる恐ろしいものだ。ここで俺がいたら洗脳解除できるのだが、生憎と俺自身は金沢にいる。一高の皆さんに頑張ってもらうしかない。

 

『どれだけ卑劣に仕組めば気が済むのですか、ペルソナという人間は……!』

 

 司波深雪の憤る声を拾い、反省しつつ絶対に正体を知られないようにしようと心に決めるのだった。

 

 とりあえず、ブランシュが絡んだ事件は終了して俺の1年かけて取り組んだ仕事も終わりである。

 

 

 後日。

 

 予定通り一高では一科生による二科生への嫌がらせなどによる迫害が始まった。あらかじめ条件つけて洗脳していた一科生たちが周囲を唆して寄ってたかって陰湿な嫌がらせ、事故を装った攻撃が二科生へ容赦なく行われる。

 

 一科生には正義があった。

 

 ブランシュの襲撃が起きたのは二科生が仕組んだことであるという情報が流れているからだ。彼らには『テロリスト=二科生』という図式が成り立っており、正当性があるものだと信じて止まない。有志同盟がブランシュの襲撃が起きた際に真っ先に拘束されたのも、二科生が混乱をもたらす魔法師分断を目論む悪の権化だということを信じる根拠の一つになっている。

 

 そんな理不尽には黙ってられない二科生も立ち上がり、状況を収めようと自治側が見回りを開始して睨みを利かせるが、更に一触即発の様相へと沈んでいく。

 

 どうなるかなと様子を見守ることにしていこうと矢先のことだ。

 

『どういう事だ!』

 

 端末越しに怒鳴ってきたのは皇悠である。

 

 一高の分断状況をどっかで聞いたらしく、すぐに俺が何かしたのだと推測して電話してきたようだ

 

「どういう事も何も……ブランシュ事件の結果としか言いようがないですね」

『どうして一科と二科の分断などという珍事が起きている?』

「一科生からしてみれば、二科生なんて敵なんでしょう。牙を向いてきたのだから、一科生としては叩き潰さないと気がすまない。故に排除を始めた。それだけの話では?」

『それだけとは何だ。余計なことはしてないだろうな?』

「公開討論会で行った作戦以上のことはしてません」

 

 そもそも、作戦の中身は公開討論会を行って頃合いを見計らって襲撃を行わせ、騒ぎを大きくして魔法科高校で起きている問題を明るみにさせるというものだ。それが皇悠が了承した作戦で、これに1年前に始めていた一科生による二科生排除を起点とした分断作戦が重なったのが現在の一高の校内紛争である。

 

 そもそも図書室にある最先端の魔法技術の強奪なんて、普通に考えて失敗するものだ。魔法科高校は小国の軍事力に匹敵する戦力試算がされているので、通常兵器でしかも普通科中隊の半分以下の勢力で挑むとか無茶ぶりである。仮に盗めたとして、退路の確保なんて出来ない。運よく撤退できても、ヤクザが乗り込んでくるのは目に見えていたので辛い。だったら、初めから諦めて嫌がらせにシフトするのが定石だろう。

 

 結局、ブランシュもエガリテも同時に失って魔法科高校における工作活動できる組織は亡くなってしまった。代わりに魔法科高校は一科生と二科生の間で遺恨が残り、分断が加速するだろう。

 

 皇悠との通信が終わった後、別の端末に呼び出しの音が鳴る。皇悠よりは劣る超のつくVIPなので必ず会いに行かねばならない。

 

 

 

 

 

 場所は変わって九重寺

 

 金沢から東京まで来るなんて大変だけど、そうした労力を割かなければいけない事情があるので仕方ない。

 

「やあ、久しぶりだね。根暗そうな見た目は相変わらずかな」

 

 真っ先に出迎えてくれたのは住職の九重八雲だ。今が夜で良かった。でなきゃ日差しで目潰しされてたね。

 

「ハゲ先生も相変わらずなようで嬉しいです」

「これは剃髪だよ。僕じゃなかったら、怒られているよ」

「それで閣下はどちらに?」

「既に中に入られて寛いでおられるよ。くれぐれも姫殿下と同様、粗相のないようにお願いするよ」

「殿下に怒られているのであんまり自信ないんですけど」

「君が嫌われる分には構わないさ」

 

 なんて薄情な人なんでしょう。でも、知らないような態度で誤魔化してくれたことには感謝している。

 

 寺の中へと入っていき、客間の前まで通される。

 

「青波入道閣下、お連れしました」

 

 入れ、という言葉を受けて入室すると妖怪みたいな老人が正座していた。

 

 白くドロッと濁った眼を見たら、大抵の人はビビると思うの。

 

 青波入道閣下……東道青波は皇悠を陰から支援する最大の後援者でもあり、俺の本来の雇い主だ。古式魔法師の世界では恐るべき力を持っており、古くから日本を守ってきた……なんというか、そんな感じの権威と伝統と歴史のある家柄の人だって。日本に巣食う寄生虫の1つだと思う。

 

「長い工作活動ご苦労だったな」

「ありがとうございます。でも、良かったんですか? 大亜連合に魔法技術を流してしまって」

「魔法科高校にある魔法技術は大したものじゃない。それにどうせ、大陸の連中が日本へ攻め込むなんぞ出来はしない」

 

 大亜連合は絶賛ドロドロの内戦中です。足元で火災が起きているのに消火作業中に他国へ兵力を割くなんて、正気を疑うレベルだ。おかげで日本は皇悠を中心に内部改革が推し進めれるのだろう。誰が内戦を誘発させたんだろうな。

 

 顧傑さんは日本における活動拠点を失ったし、十師族は信用不安くらいは残せただろう。皇悠は優しいので、一高で差別による迫害が起きている状況に胸を痛めており、それで咎めているのだろう。大亜連合はそもそも魔法技術を得たところで古式魔法が中心であるため、流用できる元となる技術が無いので宝の持ち腐れ状態だ。大漢を吸収したとはいえ、四葉が虐殺と破壊しまくって紙屑も残らん状態ではねぇ。

 

 戦争なんて起こしている暇は無いに等しい。魔法師は自らの行いのツケを払わされているような状況だ。やっぱり兵器は人間に管理されなきゃダメみたいだね。

 

 一通りの報告を終え、今後も引き続き皇悠の飼い犬として動けと言われた。必要とあらば、肉盾となれとも言われたので大変である。

 

「盾になれとは……既に姫殿下には優秀な肉壁がついているのでは?」

「姫殿下は九校戦を見たいとのご所望だ。姫殿下個人からも依頼があるだろうが、よもや断らんよな?」

「いえ、そんな腹積もりはありません」

「ならば、良いだろう。決して姫殿下の身に傷がつくようなことを起こすな。何かあれば物言わぬ体になるから、用心しておくのだな」

「心得ておきます」

 

 うーん、やっぱり年寄りの下は嫌だな。

 

「それと、九校戦に際して貴様には重要なことを任せたい」

「はい、なんでしょう」

 

 面倒くさくリスクの大きい仕事を任されてしまうのだった。

 

「わかりました。ところで、俺が利用したブランシュやエガリテの人たちはどうなりますか?」

「ブランシュもエガリテもメンバーは君しかいない。君が洗脳して増やしたモルモットなんぞワシは知らない」

「左様ですか」

 

 この人嫌い。

 

 



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6話

 一高で起きた事件は社会に大きな影響を与えた。

 

 一科生による二科生迫害運動を抑え込もうと、学校側は見回りを強化するも悲劇を止められなかったようで二科生側に多くの事故を装った重軽傷者を生ませてしまった。

 

 魔法の授業には事故などで怪我することは良くあることである。校内で私的な決闘を黙認していることから、魔法による怪我は多い。

 

 例え、それが悪意による魔法攻撃であっても魔法科高校では『良くある』ことで片づけられた。

 

 保護者への説明がそんな感じだったので納得できるハズもなく、事故の調査を求めるも『国家機密』とやらが関わってくるので調査はされないんだとか。

 

 だが、義憤に駆られた勇気ある生徒がマスコミに色々とぶちまけたことで状況は一変。真実は明るみとなってしまい、これには学校側は慌てふためいたらしい。

 

 センセーショナルに書き立てられた記事には、これでもかと魔法科高校の教育実態とそれに伴って引き起こされた生徒による虐め問題が明るみとなって激しい批判攻撃に喘ぐこととなった。

 

 事の発端は『一科・二科制度』であったことから、同じ制度を採用している二高と三高にも飛び火。批判の集中砲火を浴びることとなった。

 

「つ、疲れた……」

 

 机に突っ伏して折角のイケメンを台無しにしたグロッキー野郎は『三高のエース』と名高い一条将輝だ。

 

 風紀委員に属し、十師族でもあるので火消しの対応もやらされていたらしい。尚、その近くの席で同じように声も上げずにグロッキーしているのは吉祥寺真紅郎で、一条の『友人』である。彼は生徒会に属して連日の対応に辟易としたらしい。

 

 一条親衛隊というファンクラブの女子が声をかけようと互いに牽制しあっている様子に笑いそうになるが、グッと我慢して見守ろう。不機嫌であることを隠そうともしていない三高一年の金髪の典型的なお嬢様、一色愛梨が来たことで女子たちは話しかける機会を失ったのでファンクラブは涙目だ。

 

「まったく……どうして一高の不祥事に私たちまで巻き込まれなきゃいけないのよ」

「そう言うでないぞ、愛梨よ。三高も同じ教育制度をとっているのじゃから、飛び火するのは目に見えていたじゃろう。ワシらの手が及ばぬところまでいったのじゃから、後は気長に待つのがよかろう」

「沓子はそうやって楽観視するのはよくないわ」

 

 楽観的な物言いをする四十九院沓子を十七夜栞が諌める。足元まで届きそうな長髪の未発達な女の子が四十九院で、ショートカットのクールビューティーが十七夜だ。 

 

 実際、四十九院の言ったように舞台は学生の手を離れて大人たちの世界へ入った。

 

 国立なんで潰せるハズもなければ、今更になって二科生を無くすこともできない。だが、無策では来年度以降は最悪の場合、定員割れなんて事態を引き起こすだろう。既に問題は発生し、被害を出してしまった以上、迅速な解決が求められていた。

 

 結果、一科生や二科生の間にあった『差』というものは無くなった。講師はつくことになったし、制服に花のエンブレムがついた。扱いが一科生と殆ど同じになったので、もはや『一科・二科制度』というものは崩壊することとなった。ちなみに講師は予備役についていた一般魔法師で軍や研究所の魔法関係に詳しく教育経験のある者から、非常勤として雇い入れたらしい。

 

 差別は無くなったようなので万事解決である。これで桐原何とかって生徒に殺されかけた司一も浮かばれるというもの。

 

 こちらの被害はブランシュ日本支部と下部組織エガリテの消滅だった。リーダーの司一は逮捕され、その弟の司甲は自主退学。有志同盟の皆さんは洗脳されていた事が司一の証言から判明したことと未成年ということ、更に事の原因が国側にあったことも相まって一応罪に問われずに学校に残ることは出来たのだが、揃って自主退学したという。洗脳されてた、なんて理由があっても周りからの圧力やら空気に耐えられなかったらしい。皇悠が「こんなのシナリオと違う」だのとボヤいていたが、果たして彼女の思う『シナリオ』とは何なのだろう。有耶無耶にすることかな。

 

「ということで、何か知らぬかの?」

 

 などと考えていたら、四十九院が話しかけてきた。なんの話か聞いてないし、話しかけられるような接点が……あったな。この娘の親と皇悠繋がりで知り合ってたな。ヤベー睨まれたけど。

 

 四十九院が話しかけてきたもんだから、関わらないようにしていたお仲間さんたちもこっちに注目しやがった。

 

「えっと……」

「おお、すまなかったの。ワシ四十九院沓子じゃ。一高で襲撃事件があった日に何が起きていたか知らぬかの?」

「志村真弘です。それで一高で何が起きていたか知りたいって聞かれても、逆になんで俺が知ってると思ったんですか?」

「お主って確か請負人とやらをやっているじゃろう? ここは同じクラスのよしみで調べてくれんかの」

 

 調べるも何も、俺が暗躍した結果が今の一高の状況だ。

 

 どうせ詳細は聞いているのだろうし、余計な情報を出して怪しまれるのは嫌だな。

 

「沓子、その人と知り合いだったの?」

「ワシが一方的に知っておっただけじゃ。両親が憎々しげに話題にしておったのを聞いていただけなのじゃが、存外悪い奴ではなかったの。志村、ワシの両親と何かあったのか?」

「何かしたとかは無いが、どうせ姫殿下に贔屓にしてもらってるのが気に入らないとかそんな理由だろ」

「姫殿下と知り合いじゃとっ!?」

 

 今度は驚いちゃったよ。周りも似たような反応してるし、知らなかったのだから無理もないか。

 

 姫殿下……皇悠は魔法師社会で上にいる十師族と関りが深い人間ほど嫌われる傾向にある女性だが、一般の魔法師とか非魔法師からは軍の広報活動の一環でメディア露出が多いことや既得権益の打破、汚職などの不正を取り締まっていることから、かなりの人気を誇っている。

 

 顔良し、家柄良しで軍人としての能力も高く、組織の改革をやり遂げているカリスマ性の高いメスゴリ──―女傑というのが大衆の認識。

 

 羨ましがる人間がいて質問攻めされる一方、あまりよろしくない感情を抱いていると思われるのが一条と吉祥寺、一色と十七夜の4名だ。これは政治的な問題やら皇悠の行動が招いた結果なので、仕方あるまい。割と強引な手段を使って海軍の改革したらしいし、排除された人間の中に一条家やら一色家の人間でも混じっていたのだろう。ちなみに一番被害が大きいのは七草である。数が多いからね。

 

「お主と姫殿下とはどういう関係じゃ?」

「あの人はお得意様だ。いろんな仕事を発注してくれるから、かなり助かってる。会社が保ってられるのも、あの人のおかげな側面がある。ところで、一高で襲撃事件が起きた日の事を知りたいんじゃなかったのか?」

「そうじゃったの。調べてくれるのか?」

「別件で動いていた際についでに中継した映像なら、今持っている」

「本当か!」

 

 近い近い。距離感バグるのは心臓に悪いからやめてほしい。

 

 協力者の身バレ防止のため、少々加工した部分はあれど机の端末に繋いで映像を流す。その前に見たい人は誰かと希望を募れば、教室にいた人間の殆どが集まった。

 

「あんまり見ても気分が良いものじゃないよ」

「見せてくれないか。俺も気になる」

 

 一条が出しゃばってきたので、いよいよ持って断りにくい雰囲気となった。

 

 まあ、別に見せたって俺が黒幕だって分かるような映像じゃないから良いかな。

 

 机上の端末に繋いで根暗ちゃんに撮ってもらってた映像を見せる。

 

 最初は有志同盟の問題提示に対して七草会長による容赦ない論破で進み、独壇場となっていく。七草会長をアップで映しているから、女子からの疑惑の目が辛い。

 

 次は有志同盟による反撃で七草会長が苦境に立たされるシーンへ移る。

 

 今更だけど、ブランシュもエガリテも『平等』という社会主義的発想する団体であるが、このエガリテに属していた壬生紗耶香の言葉はその思想を否定するかのようなものだ。出来ない自分たちを出来るように配慮しろ、だなんて厚かましいって一科生なら思いそう。それに対するツッコミは無しだった。

 

 やがて舞台はヤジ合戦となり、容赦のない差別用語を用いた一科生の本音が暴露されていく。三高にも同じ思いを抱いている人間は多少なりとも存在するので、そういう人間は息をひそめて沈黙して周りの出方を窺うことにするようだ。

 

 ブランシュの襲撃によって混乱が発生し、最後に有志同盟のメンバーが逮捕される瞬間が映ってから映像が反転、天井を映し出し誰かの靴の裏を最後に途切れた。

 

 感想。

 

 聞いていた以上に酷い状況だったと、一条は語る。禁止用語が飛び交っていたのは聞いていなかったようだ。小学生でもまだマトモな討論会するのに、それ以下の民度を疑うレベルの酷く醜い討論会である。だが、この討論会は──―。

 

「うーむ、どうも作為的……意図的なものが感じる」

「沓子、どういうこと?」

「このヤジを飛ばした一科生は何らかの暗示か洗脳をかけられておるように見えたのじゃが、気のせいじゃろうか?」

 

 正解です。この討論会や映像データにあった魔法の事故、場外乱闘やその後の迫害に繋がる噂流しやら何やらは全て俺があらかじめ暗示か洗脳及び精神構造の書き換えをしておいた仕込みである。七草真由美も他の主だった連中も、まさか一科生に魔の手が伸びてたなんて考えもしていないだろう。

 

 一体どこまで仕組んだかと問われれば、即答で「全部♪」と答える。大体起きた事は全て俺が手を回していた結果であり、全て俺の仕業だ。その癖、絶対に正体を晒していないので卑怯者の誹りは免れない。

 

 などとネタバレしつつ、吉祥寺の仮説を聞いてみよう。

 

「ここだけの話だけど一科生も洗脳されていて、この事件に関わった人間の殆どが洗脳魔法の被害者だった。恐らく今の状況を作り上げるため、裏で仕組んだ黒幕がいると思う。かなり用意周到で用心深い相手だろう」

 

 誰もが驚き、戦慄している。そもそも、表立って動く黒幕がいるのだろうか。黒幕が目立ってたら、それは黒幕と言わない。

 

 司波達也も同じ推理を披露していたが、あっちは更に「一高の中に黒幕もしくは繋がっている存在がいる」と七草真由美と十文字克人など主立った人に話している。ブランシュ事件に際して協力してくれた協力者くんと根暗ちゃんには普通の学生生活を送らせておこう。黒幕と勘違いされたら消されるのは確実だろう。一科と二科の間で生じた問題で、彼ら兄妹の日常生活に支障を出させてしまったので私的な報復に出ることは確実。七草ですら、不正を暴いて海軍から排除しまくった皇悠を暗殺しようとしたくらいだし、十師族の人間は気に入らない人間は『敵』と見なして殺しにかかることに関しては信用できる。

 

 俺自身は特に反応することなく、映像を見終わったので後片付けをする。こういうのは警察の仕事だと思うし、依頼もないのに動く訳にもいくまい。それに俺が黒幕だから、頼まれたらどっかの誰かに罪を着せるぞ。

 

 今更だけど、今がどういう時間かと言うと自由時間である。または自習時間だ。いい加減、真面目に試験に向けて勉強しなければいけない。

 

「志村、昼頃ちょっと話をしたいんだがいいか?」

「いいよ」

 

 四十九院も人前で余計なことをベラベラと言いやがって。おかげで面倒な奴が面倒な絡み方をしてきやがった。

 

 



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7話

 一条将輝。通称『クリムゾン・プリンス』の異名で知られる有名人である。

 

 三年前に佐渡に新ソ連軍の一部が暴走して侵攻してきた際、父親と一緒に民兵……義勇軍を率いて佐渡を奪回した英雄の一人だ。『クリムゾン』は『敵と味方の血にまみれて戦った』という意味らしい。味方も殺してたのかな。

 

 現実は佐渡が一時占領されてからの押っ取り刀で投降しようとした敵兵もまとめて爆裂しまくった殺人鬼だが、命を懸けた戦闘だったし初陣なので敵味方関係なく爆裂したところで問題ないかもしれない。彼は知らないだろうけど、佐渡は一度見殺しにされていたのは言うまでもない。ちなみに海軍はこのあからさまな侵攻を察知しておきながら、見逃したらしい。それだけで極刑モノだったが、どこぞの魔法名家の口添えで咎められなかったために皇悠の粛清リストに入って多くの人間が海軍から消えた。

 

 その隣にいる吉祥寺真紅郎は『カーディナル・ジョージ』と呼ばれている天才児で、一条将輝の『親友』だ。決して佐渡の事変がマッチポンプだ、なんて事は無いので邪推はしないでおく。

 

 俺と彼らの関係はクラスメートである。教室で顔を合わせて挨拶くらいはするが、それ以上のことはしていない。俺はそもそも誰とも深く関わっていない。

 

 じゃあ、なんで呼び出しをくらうことになったのだろう。十中八九、皇悠が関わっているだろう。真面目に答えたら、俺が危ない。

 

「志村、今回の一高での一件だが……すめら──―姫殿下が関わっていたりするのか?」

 

 呼び捨てしようとしたところで言い直した一条が、聞かれて素直に答えれる内容じゃない質問を投げ掛ける。確証があるならまだしも、勝手な憶測をするのは俺がもし皇悠に忠実に従う人間だったら、怒られても文句は言えないぞ。

 

 しかし、皇悠が関わっているのは正解である。馬鹿正直に答えないけど。

 

「そんなの俺が知るか」

「なんで知らないんだよ」

「知れたら苦労しない。というか、姫殿下が黒幕だなんてあまりに普通過ぎるだろう。何でもかんでも姫殿下の仕業になるなら苦労しないよ。普通に考えて別の誰かの仕業って考えるのが筋だ。姫殿下は心情はともかく中立だぞ」

「別の誰かって誰だ?」

「知らないよ」

 

 俺と一条は揃って吉祥寺に目を向ける。

 

「僕にもわからないよ」

 

 俺です、とは言わない。

 

 俺は臆病なので絶対に自分が「黒幕だ」とは言わないのだ。

 

「要件はそれだけ?」

「志村はどうして姫殿下の依頼を受けているんだ?」

「ちゃんと報酬を出してくれるからだけど? 何故、無償で仕事していると思っているんだ」

「金さえ払うなら相手が誰であろうと構わないのかっ?」

 

 ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか? 

 

「あまり、そういう事は言うものじゃないよ。聞く人によっては怒られるからな」

「将輝、流石に言い過ぎだと思う。それに確証もないのに問い詰めてもマトモに答えてくれるハズもないよ。ちゃんとした根拠を示せないとダメだ」

「だが、ジョージ……!」

 

 なんというか、直感は正しい。皇悠が関わっているのは確かだから。でも、それを知る術は無いし知って証拠は残してないので彼女は綺麗なままだ。もし報復に出るというなら、国家に対する反逆である。単なるテロリストでしかなく、皇悠を殺したければ政治的な戦いになる。いや、犯罪者になる覚悟があるなら話は別だが。

 

「一条は姫殿下がこの一件に関わっていると知ったらどうするんだ?」

「そりゃあ、抗議して」

「それで?」

「それで……って、ジョージ。どうしたらいい?」

「マトモな証拠もないのに何も出来ないよ。それに剛毅さんが姫殿下と積極的に対立しないって決めたじゃないか。確かな証拠があれば話が別だけど、何も無いんじゃあ何も出来ない」

 

 そこまで言われてしまっては、一条はもう諦めるしかない。

 

「すまなかった、志村」

 

 素直に謝れるのは美徳だ。屁理屈こねて謝罪と責任回避してくる人間は多いから、余計にそう思う。

 

 一条の人柄は嫌いではない。正義感はあるし、国防意識も高い。是非とも、腐らないでほしいと思う。欠点は人を信じ過ぎるところだろう。

 

 そんな一条将輝に危うく絆されかけることはなかったが、どうせなのでここで皇悠が纏めている陣営の説明をしておこう。

 

「姫殿下の陣営にはいろんな奴がいるからね。古式魔法師を中心に魑魅魍魎が跋扈していると言っても過言じゃない。政治力と裏工作などの暗躍に関しては専売特許だろう。姫殿下と対立して勝つなら、政治的な攻め方も学んだ方が良いだろうね」

「すまん。そういうのは俺は苦手だから、ジョージに任せる」

「こんなポンコツが次期当主とか一条家って大丈夫なの?」

 

 つい素で吉祥寺に訊ねてしまった。

 

「仕方ないよ。将輝だから」

「おい、どういう意味だ」

 

 吉祥寺には手綱をしっかりと握っておいてほしい。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 一条たちと別れた後、次の授業の準備をしようと教室へ戻る。

 

 その道中、廊下で一色愛梨とその取り巻き2名が歩いてくるのが見えた。さして何かある訳でないから、通行の邪魔にならないように端っこに寄ってスレ違おうとする。

 

 ──―が、一色は俺に用事があったらしい。

 

「志村真弘でしたわね? 沓子からいろいろと話は聞いたわ」

 

 口止めしている訳では無いから四十九院がアレコレ話してても驚かないけど、俺が面倒な絡まれ方をされるってわかってほしい。

 

「そうですか。関係やら何やら問われても、俺にとって姫殿下は顧客です。あんまりとやかく言われたくないんですけど」

「そんなのはどうでもいい事よ。姫殿下ってよく金沢に来てるの?」

 

 なんだか妙な予感がする。

 

「たまに来てます。専ら事務所に立ち寄って仕事の依頼したら帰るって感じですけど」

 

 プライベート番号も持っているが、野暮なので言わないでおく。

 

「私的に会ったりしているのかしら?」

「それはない」

 

 それを聞いて一色が予想外といった感じの顔をしていたが、なんか妙な予感が当たりそうだった。

 

「もしかして、姫殿下に会いたいとか考えているのか?」

「そ、そんなつもりないわよ!」

「愛梨は姫殿下のファンなの」

「お主と姫殿下の関係を誤解しておったからの。誤解を解くのに苦労したのじゃ」

「それ言わない約束でしょ!」

 

 えぇ、あのメスゴリラのファンなの? 

 

 同じメスゴリラでも某少佐の方が個人的にはカッコいいと思うのだが、彼女たちは皇悠がメスゴリラだと知らないんだから仕方あるまい。奴が素手で硬い鋼鉄の扉を破壊できることを知らない方が良いだろう。

 

「姫殿下のファンですか。数字付きで姫殿下を好意的に見る人はいないと思ってたから、なんだか意外だな」

「そんなの関係ないわ!」

 

 十師族魔法名家からしてみれば、皇悠を諸悪の根源扱いされていてもおかしくない。それだけ嫌われることをしたのだと思うが、たかだか海軍から魔法名家の影響力を排除したくらいで蛇蝎の如く嫌うのに納得するのは難しい。

 

 一色が皇悠のことを語りだしたので内心はどうでもいいが、興味深そうに聞いておく。十七夜も四十九院も聞き飽きたって顔しているが、同じ顔するワケにいかない。

 

 

 魔法が使えないことを除けばどこぞのギャルゲーやら何やらで出てくるヒロインみたいに完璧超人な皇悠を褒めちぎり、精神汚染されていくみたいに俺の中で皇悠に対する印象が変わっていくような気がする。

 

 しかし、一色のように皇悠を慕う魔法師がいれば『魔法が使えない』という一点だけを理由に見下し、目の敵にする魔法師もいる。魔法師社会は魔法の才能こそ全てであると言っても過言じゃないので、ある意味で魔法の非魔法師に対する見方が解る。一色が珍しいタイプであることに変わりない。

 

「一色さんの姫殿下に対する気持ちは理解するけど、俺には何してほしいんですか?」

「貴方と姫殿下ってどれくらい親しいの?」

「ビジネスライクな関係だから、そんなに親しくないです。すみません、期待した答えにならなくて」

 

 あっちは俺を信用も信頼もしてないだろう。結局「魔法師だから」ということで俺は信用を得られにくい。やっていることが洗脳や暗示など非合法的手段ってのも大きいだろうな。

 

 まるで皇悠に信頼と信用されたいかのように聞こえるかもしれないが、彼女に信頼も信用もされてはいけない以上、使い勝手のいい飼い犬扱いが妥当だろう。

 

 一色は俺と姫殿下との関係を知りたかっただけだったらしい。

 

 話は終わり、俺は一色率いる三高女子一年のスリートップと別れる。ようやく飯だ。

 

「志村、ちょっといいかの?」

 

 四十九院がいた。

 

「なに?」

「愛梨たちに言わないでおいたが、姫殿下が九校戦を観に来ることは知っておるな?」

「当然だよ。つい先日、姫殿下から護衛の依頼が来たからな。それがどうしたのか?」

「ワシも姫殿下の護衛に任命されたから、よろしく頼むのじゃ」

「うん、よろしく」

 

 俺はともかく、学生が身辺警護って。完全に撒き餌か弾除けにされているな。もしくは皇悠の護衛ができる現代魔法師がいないということなのかもしれない。ボディーガード業している森崎家は魔法名家向けなので、非魔法師は守ってくれないのだ。

 

 だからこそ、自分の身は自分で守るしかなくて誰かを守りながら魔法名家と正面切って戦うのは苦手なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話


九校戦に入る前にオリジナル話を入れていきます。


 一高で発生したブランシュ事件は原作にない展開となり、私こと皇悠に大きな衝撃を与えた。

 

 原作と同様の展開になって終わるのかと思わせておきながら、実際は一科と二科の対立を助長して九校戦の出場停止もやむを得ない大炎上を引き起こしていた。犯人は飼い犬の志村真弘で、奴は初めからこうなるように仕組んでいたのだろう。

 

 私がブランシュやエガリテを乗っ取るように指示したのが1年前だから、その時には既にこの一科と二科の分断をすることにしていたのだろう。作戦以上のことはしてないと考えるなら、奴の意図を汲んだ或いは1年前の時点でこうなるように仕組ませるようにした何者かがいるのだろう。

 

じゃあ、誰が協力しているのだろうか。

 

『えっ、協力者ですか?』

 

 特別回線を使った通信で問いただすと、驚いたような声が返ってくる。

 

『いや、流石に姫殿下でもこればっかりは答えれませんよ。ああ、でも、コードネームくらいは教えます。ええと、ヒステリック先輩です』

 

 外見的特徴からコードネームを決めているようで、原作で登場してきたようなキャラから先輩にあたる人間を照らし合わせていく。

 

 一人だけ思い当たる人間がいた。

 

「関本勲か」

『なんで分かったの?』

 

 正解だったようだ。素直に認めるということは既に用済みであることの裏返しなのかもしれない。

 

「外見的特徴をそのままコードネームにするのはどうかと思うな」

『こればっかりは趣味みたいなものなのですよ。適当に名前決めるよりは幾分かマシだと思っています』

 

 それで外見の特徴を当てはめるのも趣味が悪い。番号にしてやればいいと思うが、趣味と言っていたあたりで問う必要は無い。

 

 さしずめ、奴が1年前に指示を出して関本が実行していたのだろう。結果、魔法科高校が国立でなかったら潰れてたと思われるレベルで危なかった。尻に火がついたといった様相で、今までの問題を解決していったのは結果オーライとでも言うべきか。差別問題は解消されたし、問題が起きていた一高は一時は九校戦も論文コンペも出場停止という話があったが、無事に出場できる運びとなった。シナリオ修正が入ったか、端に十師族の二人がゴリ押ししたかもしれない。

 

 だが、その過程で犠牲となった者もいる。

 

「志村、壬生紗耶香の事だが……」

 

 美少女には美少女だ、などと利用して矢面に立たせた少女は『洗脳されてた』という免罪符はあっても、七草真由美を公衆の面前で「嘘つき」と罵倒し、恥をかかせたことと一科と二科の分断のきっかけを作り上げたこともあって周囲からの集中砲火に耐えかねて自主退学してしまった。

 

 これで何が変わったかといえば、本来であれば桐原武明と付き合ってたのだが、そんなシナリオは無くなっていた。

 

『桐原は壬生が学校から去るのを黙って見ていただけだった』

 

 追加依頼で調査させたら、奴はそう語った。

 

 原作にない展開があったのは言うまでもなく頭を抱えたいところだが、この犠牲に私は何らかの形で報いなければならないと思ってる。

 

「志村、仕事の依頼だ」

『何でしょうか?』

「七草の報復から壬生紗耶香を守れ」

『わかりました。でも、これに関しては報酬はいりませんよ。壬生紗耶香さんの件は俺の責任でもありますので』

 

 元はと言えば、お前が仕組んだことだろう。しかし、最終的に実行を許したのは私で責任は取らないといけないけど、私が倒れたら全てが水泡に帰す。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 皇悠(メスゴリラ)からの追加依頼が出た。

 

『七草の報復から壬生紗耶香を守れ』

 

 これは公衆の面前で七草真由美を「嘘つき」と罵倒し、あまつさえ恥をかかせた故に起きる出来事だ。

 

 仮にも元一高の生徒であり、七草会長の後輩だったのに一高の生徒じゃなくなれば『公衆の面前で恥をかかせた気に入らない女』という認識に早変わりである。そんな事は七草会長自身は思ってないだろうけど、十師族というのは舐められたり侮られたり、批判されるのは駄目な家柄だ。『七草真由美の醜態』はそのまま『七草家の醜態』へ結びつくので、元凶たる壬生紗耶香を消そうとするのは必然の流れだったのかもしれない。

 

 これがまだ一高の生徒であったなら、多少の問題が生じるので踏みとどまったのかもしれないが、残念な事に自主退学しているので無駄な思考だった。

 

 七草家による報復は今夜行われることになっている。壬生紗耶香は自主退学以降、一人で夜中出歩く時が増えているらしく、完全に一昔前の非行少女だった。

 

 当然、行動パターンを把握した七草家の襲撃要員は彼女が一人になる機会を狙うだろう。

 

 そのまま俺が守るのもいいが、ちょうどいい機会なので人を使おう。

 

 ケータイ端末を使い、事前に調べた電話番号へかける。

 

「もしもし、桐原武明でしょうか?」

『……誰だ?』

 

 某緑髪VOCALOIDの機械音声で話しかけると、警戒心強めの返答がきた。

 

「直接の面識は無いけど、私は君のことをよーく知ってるよ。桐原武明くん。私は壬生紗耶香を狂わせた張本人だ」

『なんだと! テメェ、どこにいやがる! 今すぐたたっ斬ってやる!』

 

 通話越しにも関わらず殺気がひしひしと伝わってくる。彼は壬生紗耶香のことになると、どうやら冷静じゃいられなくなるようだ。

 

 桐原武明という少年は壬生紗耶香という少女を好きなのだろう。まあ、壬生紗耶香は容姿も優れてるので気持ちは理解できる。あとは剣士故の独特な感性があるのだろうけど、そこら辺は理解できない。

 

「短絡的だねぇ。私を斬ったところで何も変わらないし、何も変えられない。君がすべき事はもっと別にあると私は思うんだが……違うかい?」

『そんなの知るか! テメェのせいで壬生だけじゃない、大勢の生徒が苦しんだんだぞ!』

「結果的に一高や他の魔法科高校において発生していた一科生と二科生の間にあった問題は解決された。今まで騙し騙しのなぁなぁで済ませてきたツケが回ってきたのだ。むしろ、これくらいで済んで良かったではないですか。

 

 というより、君に私を責められるのかい? 君だって壬生紗耶香を殺そうとしていたじゃないか」

『違う! あの時は──―!』

「斬りかかったのは事実じゃないか。君の場合、風紀委員がいなかったら殺していたんだぞ。殺してから、死んでからでは全て手遅れだって気づかないのかな。それとも、壬生紗耶香は二科生だから殺しても構わないと思ってたのかな? 事実、殺害未遂したのにお咎め無しだったもんね。反省してるから何だよ。君がやったのは立派な犯罪じゃないか」

「じゃあ、テメェのしている事は何なんだよ!」

 

 それを言われると耳が痛いが、俺の場合は説教するだけ無駄だろう。釈迦に説法するようなもので、俺は咎められることは百も承知で暗躍している。俺に説教する資格はないし、相手側も言う資格は無い。

 

 そもそも、俺は説教や正論でイビるために電話したんじゃない。

 

「それはさておき。君に耳寄りな情報を与えてあげようと思っているんだよ」

『なんだよ?』

「実はあの時の討論会で七草真由美を公衆の面前で罵った挙げ句、恥をかかせたのが問題となったみたい。七草家はとうやら壬生紗耶香に今夜、報復することにしたようだね」

『嘘言うんじゃねーよ! 七草会長がそんな事する訳ねーだろ!』

「七草会長じゃなくて()()がだよ。彼女は汚いものは何も知らないし、知ったかぶりになっている清廉潔白なお嬢様だ。周りが勝手に意を汲んで殺るだけの話だよ。嘘と断じても良いけど、仮に本当だとしたら朝方には都内で少女の遺体が発見されるだろうね。

 

 もし、君がまだ彼女に未練があるなら守ってあげてほしい。私では七草家の魔法師と戦っても返り討ちに遭うだけだから」

 

 通話を切り、壬生紗耶香の位置情報を転送する。

 

 ちなみに同じように情報を彼女と関わりがあった人間に送ってみよう。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの原理というヤツだ。

 

 司波達也に電話をかける。壬生紗耶香の番号でかけているから、どんな反応がくるのやら。

 

『誰だ?』

「ハロー、司波達也くん。私だよ、スポンサーだ」

『なんの用だ』

 

 通話越しだと、人間味のない冷たい感じが伝わってくる。人間性を与えなきゃ。

 

「情報提供だよ。今夜、七草家による壬生紗耶香への報復が行われるようだ。理由は公衆の面前で七草真由美を罵倒し、恥をかかせたって事らしい。

 

 もし、君に助ける気概があるなら彼女を助けてほしい」

『何故、お前がそんな事を知っている?』

「知ることが出来る立場にあるという事だよ」

『……そこまで壬生先輩に肩入れする理由は何だ?』

「目的のために利用したから、これはその罪滅ぼしだ。残念な事に私ではどうする事もできない」

『目的だと?』

「差別の撤廃だよ」

 

 たぶん助けにいかないだろうな。利益が無きゃ動かないだろうし、彼の場合は妹の司波深雪が絡んでないと感情が動いてなさそうに見えるので壬生紗耶香の事なんてどうでも良いと思ってそうだな。司波深雪次第といったところかな。

 

 同様に情報提供した相手は壬生紗耶香とちょっとした因縁がある渡辺摩利だが、しつこく正体とか目的とか聞かれても本当のことを教えれないので『元二科生で差別撤廃が目的』とだけ答えておいた。

 

『何故、警察に頼ろうとしない?』

 

 最後に聞かれたこの質問に全くその案を考えてなかったことに気づいた。

 

 超弩級の正論なんだが……正論なんだよ? でも、十師族が関わっている案件に警察が出てくることなんて有り得ないんだよな。百家支流などという上の立場にいる人間がそんな事を知らないハズがないだろう。

 

「壬生紗耶香に対して何か後ろめたい気持ちがあるなら、助けてみてはどうでしょうか?」

『なに?』

 

 この人も動かんだろう。どれだけ『七草家』と強調したところで、『七草真由美』がセットになって思考するので彼女の『友人』となっている渡辺摩利は俺の言葉を信じることはない。

 

 軍が警察の領分を超えて動かないし、十文字克人や七草真由美は論外。では、壬生紗耶香と仲良しの友達はと来れば二科生で戦闘経験のない素人集団で壁にすらならないどころか掌返しで責め立てていたので論外。

 

 声をかけた中で最も動く確率が高いのが桐原武明だが、果たして助けるのだろうか。

 

 

 

 結果。

 

 助けに来たのは桐原武明だけだった。

 

 彼でも大分迷った方だったようで、実際に壬生紗耶香が襲撃されて危ないというところで間に合った。

 

『桐原くん!?』

『走れ、壬生! 逃げるぞ!』

 

 間一髪のところで魔法による牽制を行い、壬生紗耶香の手をとって走り出す。

 

 目の前の敵を倒すためなら護衛対象そっちのけで戦い始めるのが魔法師だが、桐原という男に関しては敵を倒すより先に想い人の安全を優先したようだ。

 

 先ずは一安心。彼らは入り組んだ路地を駆け抜け、相手を撒こうとする。

 

 本来の予定なら一人になったところを魔法で始末した後、事後処理して帰る襲撃者だったが、思わぬ闖入者によって狂わされた。魔法師社会は狭く排他的で、桐原武明のように実力を見せている人間の顔と名前は周知されているようで、相手が相手なだけにちょっと動揺したようだ。

 

 桐原が魔法名家の覚えもあり、更に十文字克人が彼が問題起こしても無罪放免にさせる便宜を図るくらいには気に入られている存在だ。手を引くのが無難であるが、今更立ち止まるわけにもいかないのだろう。追いかけて彼らの姿を見失うあたりが狙い目だ。

 

 そうして、追いかける襲撃者が桐原たちが入っていた路地に入ろうとする前に俺が飛び降りて一人を踏みつけて頭を潰して着地する。

 

「なっ、誰だ!」

「こんばんは。今夜は月が綺麗ですが、とりあえず死ね」

 

 拳銃タイプの特化型CADを向け、魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

 

 



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9話


アクセス数が伸びてるので私はビックリしてます。

これからも応援よろしくお願いします。


 魔法師にはそれぞれ得意魔法というものが存在する。

 

 魔法科高校で『優等生』に分類される一科生であっても、全部の系統を満遍なく使えるだけであってその中で特に適正が高く扱いやすい魔法系統は存在している。で、それが『劣等生』に分類される二科生となると尖り過ぎる傾向にある。彼らの中には『BS魔法師』という先天的に決められた一つの魔法しか使えない人間も存在するんだが、ぶっちゃけてしまうとそういう魔法師はワンマンアーミーになりがちで国防軍に存在しているであろう魔法師部隊では到底扱いには困難を極めるものである。そもそも、日本の魔法師は単独行動が主体で連携なんてすることは皆無。個が際立ってるし、魔法は被ると相克を起こすので何がどこから飛んでくるか分からない戦場で魔法を扱うのは正直厳しい。特殊部隊とかやってる局地戦なら使える機会は多いだろう。

 

 話は逸れたので戻すと、人にはそれぞれ得意不得意はあるので魔法師も例外ではなく、それは俺も一緒だ。ただし、俺の場合はかなり特殊だった。

 

 魔法師が魔法を簡単に発動するための補助デバイスであるCADを使い、俺は自身の得意で特異な固有魔法を応用した魔法『ピースメーカー』を二人の魔法師に行使する。

 

 魔法師には『魔法演算領域』というものが精神上に存在する。この魔法は演算領域をグチャグチャに破壊するというものだ。要するに精神を破壊する訳だが、演算領域を持たないような非魔法師に分類される人間には通用しない。

 

 演算領域を破壊された魔法師は『魔法』を使うことは出来なくなる。同時に精神を破壊されるので、廃人コースへ一直線だ。魔法師を殺せば平和になる、と馬鹿な考えをしたバカ野郎が名付けた皮肉の利いた固有魔法だった。

 

 精神を破壊され、人語を話すことも無く狂ったように笑い声を上げたり、発狂して金切り声を上げる七草家の魔法師を尻目にすぐに離脱する。

 

 一人を殺して二人の精神を破壊した。精神干渉魔法だから、恐らく七草は『四葉が殺った』と誤解して壬生紗耶香を監視なり個人情報を探るくらいはするだろうが、手出しはしないだろう。抱え込んだ魔法師の数が多い七草家ではあるけど、不確かな情報のために魔法師を割くことはしないだろう。

 

 ところで、逃走していた桐原武明と壬生紗耶香はどうなったのかと偵察ドローンの映像を受信する。

 

 痴話喧嘩していた。

 

『今更何のつもりよ』

『お前が危ないって聞いたから助けようと──―』

『誰が貴方に頼むのよ! 恩着せがましいことはしないで!』

『俺が助けなかったら、今頃どうなっていたか分からなかったんだぞっ?』

『知らないわよ、そんなこと! 訳のわからない内に勝手にテロリストの仲間にされてて友達も皆離れていくし、理不尽に責められていたのに誰も何もしてくれなかったのよ! 自業自得とばかりにね! どうせ貴方も同じことを考えているんでしょう? 都合のいい時に良い人ぶらないで!』

『壬生!』

『ついてこないで! これ以上、私に関わらないで!』

 

 喧嘩別れというか、一方的な拒絶だった。

 

 壬生紗耶香の退学原因に味方となって守ってくれる人がいなかったことが挙げられる。それは他の有志同盟の人にも言えることで、差別に苦しまされた人たちというのは日本の魔法師社会では下位クラスに分類される者が大半だ。利用して悪用してしまった手前、何も言えることは無いんだけど……魔法師社会って社会的弱者に分類されるような魔法師に対する扱いが最悪だな。

 

 それにしても、桐原武明という男はもう少し強引に迫ってでも繋ぎ止めようとする気概は無いのかな。皇悠が二人の関係の調査依頼をしてくるものだから、何か二人にはあるのかと勘繰ったが、何も無かった。たぶん『シナリオ』とやらが関係しているのだろうけど、桐原武明が自分の気持ちをぶつけていかないと彼女は応えないぞ。

 

 結局、桐原は徹底的に拒絶されて心が折れてしまって壬生紗耶香を呆然と見送るだけだった。

 

 桐原が壬生紗耶香を本気で想っているなら、集中砲火を浴びていた時に庇うくらいはするべきだった。だが、何もしなかったし、何も出来なかった。彼にも一応理由はあって、部活連の執行部にも属していて、十文字克人の 要請で構内の治安維持に従事していたから、壬生紗耶香の事まで対応してられる余裕が無かったのだ。

 

 他人の色恋沙汰へのお膳立てなどの介入は苦手だな。洗脳や暗示で無理やりくっつけるワケにはいかないのだから、人の心というのは難しい。

 

 桐原武明が戦闘不能となったので、継続して壬生紗耶香が徘徊するのでこっそり見守る。父子家庭らしく、父親の職業は内閣府情報管理局の外事課長をやっていて夜遅くまで仕事してることが多く、家庭での交流は少ないらしい。完全に拗れた可能性がある。

 

 と、そんなことを考えていたら壬生紗耶香が路地裏に入って行くと蹲った。

 

『グスッ……』

 

 彼女の涙を見て、どうしようもなく胸が痛む。

 

 自分のした事に妙な罪悪感に苛まれるからだ。

 

 他人を洗脳や暗示で利用したり、殺害などの悪業を平然と躊躇うことなくやっている俺だが、これは俺が『魔法師』という存在だから平気だという話だ。ただそうする事が当たり前で、普通の人というのはそんな事しないし、躊躇ったりするだろうと思っている。当たり前のことを当たり前のようにして、それが望まれているから実行している。それで不幸になる人間がいるのを目にすると、胸が痛む。考えないようにして見ないようにするのが楽だが、きちんと自分のした事で不幸になる人間がいて自分が罪悪感に苛まれていることを確認しないといけない。自分がまだ人間らしくあるために。

 

 その日、壬生紗耶香が帰宅したのは日付を跨いでからだった。

 

 

 

 

 それから、七草家による再度の襲撃は無くなったものの、警察に壬生紗耶香が事情聴取されたりなど様々なことがありつつ、一応周辺を守りながら数日が過ぎたある日の放課後の事だ。

 

 テスト前の一週間ということもあって部活動は全面活動停止しており、多くの生徒に紛れて真っ直ぐ帰宅する。

 

 昼頃、面会予約の電話があったのだ。相手は壬生勇三。壬生紗耶香の父親である。

 

 下校時刻に合わせて時間指定した上での会合だ。相手は元軍人で旧自衛隊派の人間だ。旧自衛隊派とは縁がないから、物凄く緊張する。上手く縁を繋ぐことが出来れば、旧自衛隊派や政府との繋がりが得られる好機だ。思わぬビジネスチャンス乃到来に心が躍る。

 

 待つこと数十分。ノックする音が聞こえて「どうぞ」と促すと、壮年の男性……ちょっと窶れた感が出てる壬生勇三が入ってきた。その後ろに続いて、暗い表情で人目を忍んで無理やり連れてこられた感を醸し出す壬生紗耶香の登場に頬が引きつる。

 

 マッチポンプと言っても過言じゃない状況にビジネスチャンスなどと思考した己の浅はかさを恥じるばかりである。

 

「失礼。君が請負人の志村真弘くんかな?」

「ああ、すみません。あんまり人が来るのが無いものだから、珍しくてついジロジロと見てしまいました。

 

 はじめまして。志村魔法請負事務所の所長をやってます志村真弘です。よろしくお願いします」

「壬生勇三です。こちらは娘の紗耶香。紗耶香、挨拶」

「……壬生紗耶香」

 

 き、気まずい。

 

 ソファーに座ってもらい、何を出すか迷ったが冷たい麦茶を出す。

 

「ああ、ありがとう」

「…………」

 

 すっかり塞ぎ込んじゃってる壬生紗耶香はさておき。先ずは業務内容の説明から入っていこう。

 

「先ずは魔法請負人の説明から入っていきましょうか。

 

 簡単に言えば、魔法師が営んでいる便利屋といったところです。仕事内容は多岐にわたり、基本依頼されれば何でもしますが、戦闘関係の仕事を依頼することは出来ません。あとは──―」

 

 細かい業務内容の説明を一応しておかないと、あとで「話が違う」と言われたら面倒になる。右から左へ受け流してそうだが、これ程虚しいものはない。

 

「以上ですが、何か質問がありますか?」

「いえ、何も」

「そうですか。では、本日の依頼はどのようなものでしょうか?」

「実は紗耶香の事なんですが……」

 

 壬生紗耶香が精神的に病んでしまったので少しの間面倒を見てもらえないかということらしい。夜中に襲われた一件が原因なんだけど、あれで返り討ちに遭った七草家の魔法師のことを警察が事情聴取に伺ったことによって知り、自分の知らぬ間に大事になっていることに怖くなって引きこもりになってしまったようだ。

 

 本人からしてみれば、いきなり襲ってきた人たちがいたから逃げただけなのに襲ってきた人たちが勝手に死んでいた挙げ句、その犯人もしくは重要参考人として疑われているのだから、どうしたら良いのか分からないのだろう。視線恐怖症というか、常に誰かしら監視しているように感じて恐怖して精神を病んだらしい。

 

 こういうのは精神科医なり何なりの仕事なんだろうけど、七草家が関わっているし、裏で手を回しているのかどこの病院もマトモに対応しないどころか拒否したらしい。

 

 十中八九、七草弘一が出しゃばっている可能性が高いだろう。四葉が関わっているかもしれない、という疑惑だけで壬生紗耶香が繋がっているだろうと判断したのだろう。それで彼女もしくはバックにいるだろう四葉家の者が痺れを切らして尻尾を出すまで執拗なプライバシーの侵害は行われるかもしれない。エグい事するよなー。

 

 これは七草弘一の四葉に対する執着心を見誤った俺の失敗だった。いや、四葉というより四葉真夜に対する執着心だろうか。他にもあるかもしれないが、今は考えないでおく。

 

「わかりました。でも、俺は精神科医やカウンセラーではないので期待したことは出来ませんし、面倒を見ることは性別的な問題があるので無理ですけど、何とかしてみましょう。当てが無いワケではありませんので」

「よろしく頼みます」

 

 既に話は終えているのだろう。疲れ切った顔を見せられ、藁にもすがる思いなのかもしれない。この人も、いつの間にか一人娘がテロリストに利用されてて学校で酷いイジメの被害にあって退学してしまい、今度は……立場的に七草家の魔法師だと知ってるだろうから……七草家の魔法師に襲撃をくらって殺人犯ないし重要参考人として疑われ、そのショックで精神を病んで塞ぎ込んでしまったとくれば、ストレスで窶れて老け込んでも何も言えない。本当のことを言うワケもいかないので、心の中で謝っておくことしか出来ない。

 

 ようやく肩の荷が下りたといった感じの勇三氏を見送ると、壬生紗耶香と二人きりになって物凄く気まずくなる。

 

 元はと言えば俺が原因で今の状況になったのだ。責任を持って全力で何とかしなかったら、申し訳が立たない。

 

「ええと、先ずは改めて自己紹介しましょうか。

 

 俺は志村魔法請負事務所の所長をしてます志村真弘です。特技はピアノの演奏で好きな楽曲は『威風堂々』です」

「……壬生紗耶香。よろしく」

「…………」

「…………」

 

 それだけ? 

 

 在学中は気の強そうな少女だったのに、今はすっかり意気消沈して暗い。今すぐ死にそうというワケではないが、放っておいたら勝手にどこからもいなくなりそうだ。

 

 何か話してみよう。

 

「あっ、そういえばこう見えてというワケじゃないんですけど、俺は第三魔法科高校に通──―」

「魔法科高校の話はやめて!」

「さいですか」

 

 魔法科高校関係の話題はNGなようだ。今の彼女にしてみれば、人生の全てが狂った元凶に思えるのかもしれない。

 

「うーん、じゃあ好きなものってありますか? 俺って昔はこう見えて剣道を嗜んでまして壬生さんは剣道が──―」

「剣道なんか……もう嫌いよ」

「そうですか」

 

 尽く地雷を踏み抜いてんじゃないよ、俺! 

 

 やっぱり俺には女の子を慰める才能は無いな。さっさと別の誰かに委託してしまおう。

 

 電話をかける。相手は皇悠だ。

 

『なんだ、志村。可愛い鳴き声で呼び出すな』

「着信音を変えることを推奨します、メスゴリラ……悠様」

『後で覚えてろ、飼い犬。今は仕事中なんだ。要件は手短にしろ』

 

 あの人の酷い趣向で『人によって着信音を変える』というものがある。俺の場合、チワワの鳴き声になっている。犬の鳴き声にするなら、シェパードか土佐犬にしてほしい。

 

「壬生紗耶香さんをこちらで保護することになりましたので、助力をお願いします」

『いいだろう。こっちとしても、彼女がお前の所にいるなら好都合だからな。手助けするのは吝かではない。迎えを送ろう』

「ありがとうございます」

 

 好都合か。魔法請負事務所は鉄血皇女御用達の専用便利屋みたいなものだから、介入のしやすさが違うんだろう。

 

 俺が魔法名家に目をつけられるリスクというのは今更だが、今まで目をつけられたことは無い。やはり魔法科高校でギリギリ一科生という成績が大きいし、皇悠が出す表向きの依頼が『飼い犬のお世話』だからだ。あとは閑古鳥が鳴いてるからだろう。

 

「これから心強い助っ人を呼んだので安心してください」

「何が安心できるのよ。お父さんが困ったことがあれば必ず助けてくれる場所だって言ってたけど、本当に助けてくれるの?」

「とある人の格言に『人は一人で勝手に助かるだけ』とあるように、俺とかがすることは壬生さんが助かりたい気持ちを形にしてあげるだけ。後は壬生さんが助かったかどうかを判断すればいいよ。そういえば、壬生さんは助かったらどんな生活を送りたい?」

「どんなって……?」

「例えば、改めて魔法師を目指したいとか?」

「何よそれ。もう魔法なんてコリゴリよ。魔法なんて関係のない普通の生活を送りたいわ」

「わかりました。では、壬生さんの要望を叶えてみましょう」

「本当に出来るの?」

 

 疑わしく思うのは当然だろう。一度魔法と関わってしまったら、どうしたって魔法とは縁を切れない。

 

 だけど。

 

「魔法とは縁を切れないかもしれませんが、普通の人の生活を送らせることはしてみせます」

 

 皇悠が約束する。

 

 

 

 

 





残念ながら、連続投稿はここまでです。

書き溜めてから出します。何とか今月中に九校戦編を書き終え、投稿する予定でございます。



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10話

 唐突だけど、自動車において、路面とタイヤが激しく擦れ合った際に発生する音のことを『スキール音』というらしい。口で音を再現するなら、『キュイィーン!』とか『キュキュキュ──―!』といった感じ。

 

 車がドリフトした時によく鳴るあの金切り声みたいな音のことだ。耳をつんざくような断末魔みたいな音が我が拠点の真下から響いてきたのでビックリである。

 

 ピカピカと夕日を反射する真紅のセダン車から、バッチリとスーツを着込んだサングラスをかけたバリバリのキャリアウーマンが下りて我がビルに入る。

 

 カツカツ、とヒールの音を軽快に立てながら真っ直ぐ事務所の扉の前に女性は立つ。

 

 ──―コンコン。

 

 あ、そこは普通なんだ。

 

「どうぞ」

 

 促すと「失礼します」という柔らかい女性の声が聞こえた。ギャップが違いすぎて戸惑うばかりで、壬生さんも同様……というより、すっかり人見知りするようになってそわそわして落ち着きがない。

 

 室内へ入ってきた女性は物腰柔らかな態度で口元に浮かべた笑みを崩さず、サングラスを外して話しかける。

 

「久しぶりね。志村くん」

「久しぶりです、つかさちゃん」

 

 つかさちゃん……遠山つかさの登場である。

 

 あのメスゴリラもとい皇悠の専属ボディーガードである。知り合った経緯は、単純にメスゴリラ経由である。

 

 美人だし、物腰柔らかいし、優しくて可愛らしいもの好きなので親しい人は親しみをこめて「つかさちゃん」と呼んでいる。

 

「あの……」

「すみません、壬生さん。紹介するのが遅れました。こちらは遠山つかささん。国防軍所属で皇悠大佐の専属ボディーガードやってる新任少尉さんです」

「改めまして。国防軍所属の遠山つかさ。階級は少尉です。貴方が壬生紗耶香さん?」

「えっ……は、はい……」

「大体の事は姫殿下より聞いてます。ある場所へ連れて行くように指示を受けています。一緒に来てくれませんか?」

「……わかりました」

「いってらっしゃい」

「貴方もよ」

 

 ですよね、わかってました。

 

 レーサーばりのドラテクを見せられるのかと絶望しながら、セダン車に乗り込んだ。

 

 いざ発進! 

 

 交通システムに従った自動運転でスイスイ進む車に肩透かしをくらい、車酔いしなくて済みそうで一安心だ。あのドリフトは何だったのだろう。

 

「あ、あの……し、志村……くん……でいいよね?」

「はい。年下なので敬語じゃなくて大丈夫です」

「そうなの。聞きたいことがあるんだけど、姫殿下って……」

「皇悠大佐の事です。ほら、鉄血皇女の通称で呼ばれてる有名人です。知ってますよね?」

 

 俯きがちな姿勢から真っ直ぐ姿勢良くなるくらい驚愕しちゃったよ。

 

「鉄血皇女ってあの反魔法主義の急先鋒だって言われてる人のことよねっ?」

 

 障壁が壬生さんの顔面に飛んできたので咄嗟に同じ障壁でガードする。

 

「つかさちゃん、口より先に手を出すのはやめたげてくれませんか? ほら、壬生さんが怯えちゃいましたよ」

「何も知らない小娘に教育的指導をしてあげるのも大人の努めよ」

「そうやって短絡的な過激的行為に走るのが新皇道派の欠点です」

 

 顔面を容赦なく障壁で殴りつけなくても、言葉で理解させるのが正しいと思うんだ。人類は暴力的な解決手段ではなく、言葉による民主的な解決をしていくことが必要だと思う。

 

「壬生さん、怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫よ。なんで私ばっかり……」

「今の事に関しては壬生さんの誤解によるものが原因ですね。一般的な呼び方で姫殿下の通称を使いますが、姫殿下が反魔法主義的なのは全く違います。姫殿下はどちらかといえば、中立です。どちらの立場にも立たずにいるようにしています。公平公正を心掛けているので魔法師も重用しますし、非魔法師であろうと変わりません」

「そうです! 姫殿下は正に日本の国防のために産まれ出た傑物なのです! 彼女が真の国防の体現者なのです!!」

 

 急にキャラが変わったように皇悠を賛美し始めるつかさちゃんにはドン引きだ。新皇道派は皇悠に近しくなってくる人間ほど、何らかの精神干渉魔法を受けたように彼女に盲信する狂信者に成り果てる。これは皇悠のカリスマ性によるものなのかもしれない。裏を返せば、彼女が殺されれば新皇道派は何をするか分からない火薬庫でもある。

 

 そんなこんなでつかさちゃんによる精神汚染が始まった。いかに凄いか語られても誇張表現されている事柄もあれば、本当の事もあるというか殆どが真実なので笑えない。触れた相手を吹っ飛ばしたとか内臓破裂させたとか、音速で動いたとか銃弾を手で掴んだり弾き返しただのなんだの、実際にやっていたのを目の当たりにしているので『嘘っぱち』と否定することは出来ない。

 

 ちょうどいいので、つかさちゃんについて掘り下げていこう。彼女は本来であれば『十山』という姓の師補十八家の一つに数えられる家柄だが、この家はかなり他の魔法名家と異なり『家の利益』より『国家の利益』で動く国防族である。そして、日本の中枢に巣食う魑魅魍魎の走狗だった。過去形なのはスパイとして皇悠の傍についたら、摩訶不思議なことに寝返ったというのだ。だが、それで問題というのは無かったらしい。単なる護衛として置くために送り込んだのだろうと思いたい。

 

 ペラペラと怪文書を読み上げるように皇悠を賛辞するつかさちゃんに、壬生さんの顔がどんどん死んでいく。

 

「つかさちゃん、姫殿下の話はここまでにしてこれから行く場所の説明をしてほしいんですが……」

「まだ語らなければいけない内容があるんだけど……いいでしょう。紗耶香さん、これから行く場所を教えますね」

「……はい」

 

 まだ続くの、というげんなりした顔を見せられたが、なんだかんだで俺も行き場所を知らないので教えてほしいところだ。

 

「紗耶香さんは姫殿下が用意したシェアハウスで共同生活をしてもらいます。年長者となるので大変かもしれませんが、そこは頑張ってもらいましょう。本当は私が面倒を見る予定でしたけど、姫殿下が九校戦を観に行かれるので護衛に専念しなければならない事情がありまして申し訳ありません。質問はありますか?」

「えっと、誰が先に住んでるんですか?」

「瓜二つの双子です。ちょうど、今年15歳になる可愛い子たちですよ」

 

 瓜二つの双子。

 

 魔法師が思い浮かべるのは『七草の双子』という通り名で有名な二人だが、まさか七草から攫ってきたとかではなく……別の双子だ。

 

 

 綿摘未九亜(わたつみここあ)綿摘未四亜(わたつみしあ)が既に入居済みで、彼女たちの世話をしてあげてほしいというのが壬生さんへのお願いとなる。過去には触れないでおいてもらう。人のトラウマは抉るものじゃない。

 

 一通りの説明が終わり、これから向かうのは金沢から離れて横須賀である。海軍基地の近くに設けているんだとか何とか……どうやってかなり飛ばしてきたんだろうな。

 

「では、話はここまでにして口を閉じていてね。舌を噛み切りたくなければ」

 

 何やら不穏なことを言い放ち、おとなしく従って口を閉じた瞬間──―ブォンッ! 

 

 アクセルを一気に踏み倒し、けたたましいスキール音を響かせて車の前側がフワッと浮き上がり、急加速した車が後続車を置き去りにする。

 

 隣で壬生さんが何やら叫んでいたが何のその……レーサーばりのドライビングテクニックを発揮したつかさちゃんは楽しそうに車を走らせる。

 

 そこには軍人でもレーサーでもなく、一人のスピードジャンキーがいた。

 

 

 

 

( ^ω^)……

 

 

 あっという間に到着した。タイヤが磨り減る勢いでドリフトしたりとか事故ることはなかったようだ。

 

 なんか色々言いたいことはあるけど、グロッキーになって気絶している壬生さんを揺すって起こす。

 

「壬生さん、着きましたよ」

「うぅっ、わたしはもうダメみたい……」

「諦めたらそこで人生終了なので起きてください」

 

 年上の女性って普通な人がいなくて困るよ。

 

 ちなみにつかさちゃんの車が出していた速度は大体120キロくらい。ポン刀振り回す魔法師の全力加速魔法と同じかそれ以上のスピードで走ったのだが、魔法師ってよくこんなスピードを出して平気だよな。まあ、直線しか動けないから地雷か指向性散弾でも仕掛けてやると面白いくらい引っ掛かるので覚えておきましょう。

 

 マジで横須賀の海軍基地の近くに用意してあった。俺まで同行させる意図は無いと思うんだけど、たぶん嫌がらせだろうな。

 

「真弘さん、来てくれたんだ」

 

 笑みを浮かべた幼い少女が、壬生さんと共同生活を送ることになる綿摘未四亜ちゃんだ。その後ろに綿摘未九亜ちゃんがいる。瓜二つだが、見分け方はキリッとした目つきでしっかり者の感じがする方が四亜ちゃんで、おとなしめでオドオドしてるのが九亜ちゃんである。容姿での区別は難しい。

 

 名前を聞いて率直に会うのは嫌だと感じていた。あの娘たちに感謝されるのが辛く、自分のした事の罪の重さに向き合えないからだ。

 

 何故って? 

 

「全然会いに来てくれないからどうしたのかなって思ってた。久々に会えて嬉しい! ね、九亜!」

「うん! 真弘さん、お久しぶりです!」

「久しぶりだね」

 

 その感謝が……慕ってくるのが耐えられない。そんな感情を向けられていい人間じゃない。知っていて敢えて会わせやがったか。皇悠もかなり悪趣味な奴で、俺がこの娘たちに会いたがらない理由を知らないハズがない。

 

 

 俺はこの娘たちの姉妹を殺した張本人だった。

 

 

 綿摘未姉妹の間に起きたことを回想しよう。

 

 綿摘未姉妹は『わたつみシリーズ』という調整体魔法師の事で、全部で22人存在していたらしい(実際にいたのが14人だった)。海軍において大型CADを使った戦略級魔法の実現に向け、データ取りのため専用に調整された実験体だった。

 

 未成年者の軍事利用は条約違反だった事から、皇悠の介入が入ったまでは良い。しかし、介入される前にデータ取りをしようと研究者側が実験を強行。その情報を掴んだ俺が皇悠に流し、こちら側も強制介入するも時すでに遅しで、大型CADが発動されようとしていた。寸前で俺が魔法使って大型CADを破壊して戦略級魔法の発動を阻止したが、CADを壊すために撃った魔法の余波で実験に使われた12人は自我崩壊して死亡。残っていた少女の内、今いる2人は余っていたから難を逃れただけだった。名前の由来は4番目と9番目に扱われる予定だった個体だったからだ。

 

 その後、わたつみシリーズを使った実験をさせないため、シリーズの基となる遺伝子調整された卵子とこれから生まれてくるだろうわたつみシリーズの娘を殺した。それと、携わった研究員を同じ悲劇を産み出させないために洗脳した上で死なせた。

 

 そういう指示が本来の雇用主から出ていたのだから、責任はあちらにある……などと言えない。結局、実行した人間に責任が生じる。皇悠にかなり咎められたが、何も言わなかった。

 

 俺にとって綿摘未姉妹は自分の罪深さを思い出させる存在だ。苦しみから、悪夢から解放して自由にしてくれた恩人なんかじゃないんだ。でも、本当のことを伝える事ができないのは俺の心の弱さと醜さを見せつけられているようで胸が痛い。

 

 回想を終える。

 

 壬生さんと綿摘未姉妹の顔合わせが行われており、過去に剣道の試合観戦にハマっていた九亜ちゃんによる質問攻めと宥めつつも興味津々の態度を崩さない四亜ちゃんの交流に流石にずっと暗い顔してられなくなったのか、壬生さんは次第に笑顔を自然的に行っていた。まだぎこちないけど。

 

 で、顔合わせが済んだら姉妹は俺のところに来て近況報告と俺の近況を根掘り葉掘り聞いてくる。捏造話して誤魔化すしかなかった。

 

 一段落したのは姉妹が疲れて寝入ってしまってからだった。丁寧に人の膝を枕にしていたので、本物の枕と交換した。

 

 そうしていると、壬生さんがやってきた。

 

「……懐かれてるのね。羨ましいわ」

「壬生さんこそ、すぐに打ち解けているようですね」

「あの娘たちが話しかけてきてくれるからよ。そうでなきゃ全然よ」

「そうですか。では、大丈夫そうですね。綿摘未姉妹のことをお願いします」

 

 自分で蒔いた種が自分に返ってきて罪悪感やらなにやらを感じるのは、自分で悪い事をしてるからだという事の裏返しなんだろう。

 

 とりあえず、壬生さんの件に関しては大丈夫だろう。魔法名家の十山家や皇悠が関わってくると、おいそれと手出しが出来ないからだ。

 

 じゃあ、俺はどうなるんだよって話だが……別に問題ない。彼らからしてみれば、俺は取るに足らない存在として見えているだろう。十山家は脅威に映っても、俺みたいな一般魔法師は吹けば飛ぶ塵のような存在だ。それに皇悠や周辺の俺に対する扱いは酷いもので。

 

「真弘くん、それでは私は軍務に復帰します」

 

 横須賀から自力で帰れと言う。交通費は依頼料の内なので気にならないから良いが、余計な心労が溜まるのは仕方ないで済むのだろうか。

 

 帰りはレーサーが運転しないので快適だった。懐は軽くなったが。

 

 

 

 

 





わたつみシリーズに関してはオリジナル設定してます。



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11話

 テストが終わり、成績発表がされた日のことだ。

 

 総合1位に一条将輝。2位に一色愛梨、3位に吉祥寺真紅郎だった。

 

 筆記も実技もトップスリーはこの3人の争いだったということで、肝心の俺は63位だった。月とスッポンくらいの差がありそうだな。

 

 だが、ここで本気で順位を狙っていったら目立つのは確実で、九校戦の代表に選ばれるような事態になる可能性は高い。それは絶対に回避しなければいけない事項である。

 

 今頃、選手選考が始まっているだろう。

 

 そんなことを考えつつ、俺は学校を仕事中の都合で休んで横浜の中華街に訪れていた。

 

 中華街というのはこの国の経済を下支えしてくれた過去がある。太平洋戦争で焼け野原となり、経済も何もガタガタだった時に助けてくれたのだが、今はすっかり浮浪者だったり国籍不明の不法就労者の巣窟である。とんでもない風評被害で『大亜連合の手先』とも思われ、一掃される日は近い。

 

 そんな事より、華僑は一度内側に入ると柵は大きいものの何かと手助けなどしてくれるから助かる側面がある。日本と持ちつ持たれつの関係だし、文化の大先輩だから学ぶことは多い。

 

「おじさん、肉まん2つください」

「おっ、坊主。しばらく見ない間にデカくなったな。昔は豆粒みたいだったのにな。どれ、1つ追加だ」

「昔も今も俺は男女関係なく魅了してやまないイケメンですよ」

「前髪何とかしてから出直してこい」

 

 酷い言い草だと思う。

 

 肉まんを買い食いしながら、不法就労者や浮浪者が路地裏で屯っているのを見つける。心なしか増えているような気がしなくもないが、そこら辺は追々何とかするとして目的地に到着する。

 

 高級感漂う料亭の裏口から入らせてもらうと、周大人が出迎えてくれた。

 

「お久しぶりです、周大人。繁盛してますね」

「君のところは相変わらずなようだね。全く売れないのはある種の才能を感じます」

 

 ちゃんと売れてるよ? 下の階の喫茶店がな! 学生客は見込めないけど。

 

 なんというか、上客向けの店なので使ってる食材はどれも一級品だ。この店で1つでも何か頼もうとすれば、一体どれだけのお金が消し飛ぶんだろうね。

 

 なんてどうでもいい事を考えながら、今更になって思い出したことを訊いてみる。

 

「ブランシュの一件であのお方関連で何かありましたか?」

「かなり怒られていましたよ。魔法科高校への襲撃がキッカケでテロリストに指定されてしまったので、カンカンになってましたよ。今頃はどこに行ったか不明です」

「年甲斐もなく律儀に総帥なんかしてるからです。たぶん死んでないでしょう。ところで、彼らはここにいますか?」

「3階の個室を使わせています。貴方も使いっ走りは程々にしておいた方がいいですよ」

 

 まあ、危ない橋を渡るような事だけはしないようにしている。

 

 魔法科高校では、全国魔法科高校親善魔法競技大会……通称『九校戦』に向けた準備が進められている。魔法を使った大規模な催しであり、かなりの金が動いている一大事業で賭け事の対象となっている。

 

 今年は一高連覇か三高阻止かの二択となっているが、九校戦賭博に参加する裏社会の住人の殆どは一高に賭け、少数が三高に賭けていた。今年も一高の優勝で決定しているのに、無駄な悪足掻きをすると感心しよう。九校戦は『十師族がいる学校が優勝しなければならない』という暗黙のルールとやらがあるらしいのでぶっ壊すような事をすれば、後で面倒な事が起きるのは確実であろう。

 

 何故いきなりそんな話をし始めた理由は、ここの3階の個室にいる人間たちが九校戦賭博をしている胴元であるからだ。

 

 無頭竜という香港系犯罪シンジケートの幹部たちだが、今日はこの幹部たちの粛清を無頭竜のボスから依頼されていた。報酬は得た上でボーナスで彼らがギャンブルに勝てた場合に得られる金額の3分の1である。

 

 こんな依頼が舞い込んできた原因は、ブランシュがテロリストとして壊滅させられた一件からだった。無頭竜はブランシュの援助をやっていた節があり、様々な支援をしてきたのだ。だが、ブランシュ壊滅によって大損害を被り、ブランシュの総帥との縁切りを図ろうと画策していたところへ被った損害を補填しようと一部の幹部が九校戦賭博に目をつけたのだが、これが厄介なもので皇悠の用意した罠であった。

 

 無頭竜の収入源の1つに魔法師の肉体を使って製造される『ソーサリー・ブースター』があるのだが、これが相当に気に入らないらしい。多くの魔法師からしてみれば、魔法師の脳を加工して製造される非人道的兵器をこの世から消し去りたいようだ。

 

 一般の魔法師にとって良い事だが、素直に喜べることでもない。軍でも魔法名家でも、魔法力の低い魔法師を囲い込むより、さっさと脳を引っこ抜いて加工してしまった方が有効活用できるのだ。それはどこの国でも変わらない。魔法師の人権なんて有って無いような幻想でしかなく、魔法師は『兵器』で絶対数の少ない『限りある資源』である。資源は有効的に活用されなければならず、魔法師の平和利用なんて御伽噺でしかない。

 

 皇悠のやろうとしている事は大体推測できるのだが、彼女のやろうとしている事では無頭竜自体は潰せても無頭竜の事業であるソーサリー・ブースターを無くすことは出来ないだろう。でも、あのメスゴリラの事だから何とかやりかねない。でも、それは彼女の下についてる老人連中は望んでないし、何が良いのか悪いのか分からんね。

 

 何も考えないようにしよう。

 

 3階の胴元たちのいる個室の前では、生体魔法兵器の『ジェネレーター』が2体いて、決められた合言葉を言わないと敵判定して殺しにかかる設定がされている。

 

 無論、合言葉は把握済みだ。

 

 料理人に扮してジェネレーターに合言葉を伝え、入室すると──―4人の中年男性と若い男2人……若い方はジェネレーターだった。

 

「料理は頼んでないんだが……」

 

 そう呟いた男はダグラス=黄だ。ボスとも顔を合わせたことがある『親しい』人物だった。

 

 扉の前にいるジェネレーターも含め、ジェネレーターの位置を掴んだので固有魔法を使わせてもらおう。

 

 精神干渉魔法『ソーサリーハック』

 

 他人の演算領域へ干渉が出来る俺に与えられた特異過ぎる魔法は、魔法師の演算領域を乗っ取りそのまま操作できるようになるのだ。

 

 1人や2人なら意識を完全に保ったまま、普通に行動させれるのだが、それ以上となるとカクカクと機械じみた動きになるデメリットが存在し、完全に乗っ取った状態の時に死なれるとその際の痛みがこちらへ流れてくるクソ仕様になっている。つまり、俺は魔法師の演算領域を干渉できる四葉家の魔法師みたいな魔法師ということだ。

 

「貴様、何をしたっ?」

「おい、2号! 聞こえないのか!」

「すみません、無頭竜の幹部の皆様。ジェネレーターは既に貴方たちの手元を離れました」

 

 幹部たちには動揺が広がる。

 

 入ってきたのが魔法師であることに怯え、自分たちに敵対的な行動していることから動けないでいる。まあ、動いたら殺すが。

 

「ああ、申し遅れました。私はボスの懐刀をやらせてもらってますリッドと申します。以後お見知りおきを」

「なんだとっ?」

「何故ボスの懐刀がここに!」

 

 ダグラスが『知らない』という顔をする。俺だって無頭竜の幹部だったら、知らぬ存ぜぬしている。でっち上げの身分だった。

 

「皆様は誠に残念ながら、ボスへの忠誠を裏切った罰として粛清することとなりました」

「ち、違う! 何かの間違いだ!」

「我々はボスへの忠誠を裏切ったことなど一度もない!」

「そうだ! 今までどれだけ組織に忠誠を尽くしてきたか! ボスなら解ってくれてるハズだ!」

「さあ? かつてはこうだったと前例主義に拘るのは老害のすることです」

「我々は不要ということなのか! 何故だ! 何故ボスは我々を見限った!」

 

 知らないよ、そんな事。でも、ボスにとって長年の友人や恩人より娘の人生を選んだということなんだろう。

 

 1人が銃を手に取ろうとするが、ジェネレーターに命令を出して拘束する。ついでに他の幹部も拘束して犯行出来ないようにしておくのも忘れない。

 

 自分たちの命が危ない。そう感じた男たちの行動はそれぞれ違った。命乞いする者、金や女の話をする者、受け入れる者、罵詈雑言ぶちまける者と様々である。素敵なBGMだなんて思えるようなサディスティックな嗜好を持ち合わせている人間がいれば、この人間の藻掻き苦しむ様を見て愉悦に浸れるのかもしれないが、俺はそこら辺の性癖を持ち合わせていないので特に何か思うところは無い。

 

 余計な事を考え過ぎたかもしれない。

 

「安心してください。貴方たちは形はどうであれ生かしておきますよ。まだ利用価値はあります」

「なに?」

「そういうワケなので安心して利用されてもらいましょう」

 

 俺はCADを向けた。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「おや、もう終わったのですか?」

「あんなのは敵じゃありませんよ」

 

 事が終わり、店から出ようとしたら周大人に話しかけられた。

 

 何を考えているのか分からない笑顔を浮かべているのだが、そもそも俺が動く原因になったのはこの男が皇悠の考えに乗っかったからだった。利害の一致という奴だろう。

 

「あんまり肩入れしすぎるとあの幹部共のような末路になりますよ」

「どうせ最後に噛みつくなら、噛みつかせてくれる機会を与える相手が良いと思いません?」

「利害が一致するのは良いですね」

「君の場合はそうはいきませんからね。ですが、そろそろ旗色を明らかにした方がいいでしょう」

 

 皇悠の陣営は様々な人間がいて、腹の奥底で何を考えているか分からない魑魅魍魎が存在している。どれもが現体制の改革で利害が一致しているものの、終わった後が問題だ。誰に主導権が握られるかで何もかも変わってくるし、短絡的に皇悠の下につく判断するのは危険すぎるだろう。そこら辺は慎重に行動していかないとまだあの魑魅魍魎の支配から抜け出せないので色々とマズい。

 

 真面目に考えたが、要するにこれは警告であり忠告だった。

 

「肝に銘じておきます」

 

 タイムリミットは近い。

 

 

 

 

 



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12話

 九校戦へ向けて練習が始まった。

 

 どこの高校でも出場選手が決まり、それは我が三高でも例外ではなく……一年生から三年生まで関係なく入り混じっての練習である。やけに張り切っている生徒が多いが、それはどこからともなく漏れた『姫殿下が観戦に来る』という確かな噂のおかげだった。

 

 三高は『尚武』を尊ぶ校風で、生徒は保守的な思考を持つ傾向にあるらしい。皇族軍人として有名な皇悠に良いところを見せようと躍起になっている。

 

 やる気が空回りしなければいいな、と考えつつ俺は今回の優勝校となる一高の偵察を根暗ちゃんにしてもらっていた。

 

 一高の優勝が決まったかのような物言いだが、既定路線なので仕方ない。逆に優勝しなかったら、十師族の沽券に関わってくる。「十師族が二人もいて優勝できなかったのか」って感じで。そのプレッシャーは凄まじいの一言で表せる。

 

 七草と十文字を要する一高が2度の優勝を飾り、3連覇をかけた九校戦へ向けた練習風景は普通であるが、内情は最悪だった。

 

 全体的な士気の低さが挙げられる。ブランシュ事件で剥き出しになった『本音』とやらが原因で尾を引き、一科生の内部では『一科生側』、『二科生側』、『中立側』といった三竦みとなって対立したのだ。一科生側というのは一科生の成績上位から中堅連中が大半で、二科生側は一科生の成績下位に属する連中、中立側は成績トップや二科生に知人友人がいる連中だ。どれも二科生側からしてみれば、揃って『差別してくる連中』にカテゴリーされ、今まで仲良かった人間関係がガタガタに崩れて心理面で荒れてる人間が少なからず存在する。

 

 対する二科生側は『反抗側』と『諦観側』の二つに分かれている。反抗側は一科生と積極対立する側で、諦観側はどうせ勝てないからと諦めた状態。

 

 で、どちらにも属さない一科生と二科生の一部が集まって出来た浮いたグループに『司波派』というものがあった。こちらは司波兄妹を中心に構成された我が道を行く唯我独尊の少数精鋭の無関心派だ。実力が高くて一高で起きた問題なんて全く意に介していない誰も助けないし、誰の助けもいらない集団である。

 

 どれもマトモとは言い難く、表面上は穏やかな学生生活を送りつつ、裏ではドロドロとした対立が静かに火を灯している第一次世界大戦前のバルカン半島もニッコリの火薬庫である。

 

 そんな状況であるが、一応九校戦へ向けて権威ある十師族の2人の呼びかけで纏まっているようだ。それすら反目する人間がいるようだが、表面上はおとなしく従っているようにも見える。

 

 肝心の練習状況……特に十師族の2人と風紀委員長の練習風景を見させてもらう。

 

「あら、監視の仕事を依頼しているのに盗撮?」

 

 ちょうど七草真由美の練習しているところを見ていたところへ、皇悠が後ろから茶々を入れてきた。黒のピッチリしたライダースーツを着ているのだが、本人のパーフェクトボディを強調してしまうのでエッチなビデオに出てきそうなエッチなお姉さんにしか見えない。

 

「敵情視察です」

「結局、盗撮と何が違う?」

「それを言われると否定できないんですが、そんなことよりいつの間に事務所に入ってきたんですか?」

「コッソリだ」

 

 忍者の末裔か何かなのかな。対人センサーやら何やら張り巡らせてあるというのに、一体どうやって掻い潜って来たのだろう。産まれてくる世界を間違えているとしか思えない。

 

 横須賀かどこかで「姫殿下どこに行ったのですかぁー!」と叫んでそうな遠山家の令嬢が思い浮かび、内心で合掌しておく。

 

「姫殿下、どうしてここに来たのですか?」

「確認したいことと追加で依頼したいことがある。それと、お前が姫殿下と言うのはやめろ。胡散臭い」

「胡散臭いは言い過ぎです」

「いつも通り皇さんでいいだろう。次にメスゴリラと言ったら、また吹っ飛ばすぞ」

 

 それは勘弁してほしい。皇悠はよく分からん原理で触れた相手を吹っ飛ばすので、魔法師よりもある意味で人間を辞めた人間だと思う。

 

 面倒な事に俺の固有魔法は効果を発揮しないので、ある意味で天敵である。敵対は余程のことがない限り避けたいところだ。

 

「それで確認事項と追加依頼とは何ですか?」

「確認は無頭竜の事だ。何故、何も情報を抜き取らず幹部連中を殺した」

「トップと取引してますからね。それと殺したとは誤解があります。俺は彼らを生かしてますよ」

「あれで生きてるとは言わない。冒涜だ」

「魔法師に倫理観や道徳観なんて有って無いようなもので説教したところで馬耳東風にしかならない」

「だからこそ、秩序と法が必要だ」

「為政者の長生きできない典型的な一例になってます。守るこちらの身にもなってください」

「今更止まれないんだ。やられる前にやるしか無いだろう」

 

 魔法師の理屈と同じになっている気がする。

 

 魔法師社会に秩序と法を作ろうだなんて何を言ってるんだという感じだが、日本の魔法師社会は十師族の他の追随を許さない力によって支配された世紀末の獣社会だから、文明やら秩序やら法律を齎して『人間』として扱いたいのだろう。

 

 そんなのは魔法師社会を支配して特権や利権を貪る十師族は認められないし、彼女の後ろ盾になって魔法師を兵器として支配したい妖怪共も望んじゃいない。

 

 俺はどっちが良いのか一目瞭然だが、そう簡単にいかないのが辛いところだ。

 

「確認は終わりですか?」

「以上だ」

 

 そして、ここからは追加依頼の件だ。

 

 冷やしておいてある麦茶を出したら、一気飲みされておかわりを要求されてもう一杯出したところで皇悠は答える。

 

「九校戦で十師族の権威を落としたい」

「たかだか学生の大会程度で権威が落ちるとは、随分と安くて軽いですね」

「だからこそ、十師族の者は負けることが許されない。志村には十師族が優勝しないようにしてもらいたい」

「わかりました」

 

 大会に出ないのにどうするんだよって疑問はさておき。

 

 どんだけこの人、麦茶飲むんだよ。夏日だからかもしれないが、人の家の麦茶を飲み過ぎだ。コップ5杯目だぞ。

 

 もしかして、麦茶が好みだろうか。確かにミネラル豊富でノンカフェインというのは大切な要素だ。ミネラルはともかく、ノンカフェインというのが特に大切だ。人はカフェインを取り過ぎると死ぬし、通常のお茶やコーヒーなどにはカフェインが多量に含まれている。このカフェインが厄介で飲みすぎると強い利尿作用が働き、トイレが近くなってしまう。だが、麦茶にも利尿作用の成分は入ってるもののそこまで強くない。熱中症対策に最適な飲み物だと言えよう。

 

 と、どうでもいい事を考えながら俺も冷やした麦茶を氷を入れたカップに注いで掻き混ぜる。

 

 そんな時だ。

 

 事務所前の監視カメラに人が映った。それも二人。

 

 下のカフェテリアに入る訳でもなく、真っ直ぐ事務所に来るのだが……見たことあるなと思えば、なんと一条家コンビだ。

 

 別に来ても困らないのだけど、今ここに皇悠がいる。

 

「皇さん、来客なのでお帰りになるか隠れてください」

「珍しいこともあるものだな」

「来る時は来るんですよ」

 

 相手が相手なだけに鉢合わせると面倒な事になる。しかし、この2階に人の隠れる場所はクローゼットくらいなもので、もしそこに押し込もうものなら後で皇悠がどこかにチクって俺の身が危ない。

 

 というか、何で俺は皇悠がここにいることを隠そうとしてるんだっけ。別に関係性に問題ない。真っ黒な繋がりでも誰にも分からんし、互いにそこまで詮索させるような事はしない。バレて困るのはお互い様だからな。

 

 集団の長となるであろう一条がノックするタイミングと、皇悠が窓からダイブしていったのは同時だった。無傷だったし、音も立ててない。あれが本当に人間なのか疑わしくなってきた。そのまま裏に停めてあった大型のワインレッドのバイクに跨って凄まじい爆音を響かせて去っていった。

 

 あの人外はさておき。

 

 ノックされたので、返事して扉を開ける。

 

「はい、こちら志村魔法請負事務所です。ご要件は何でしょうか?」

「うぇっ? ええと、九校戦についてなんだが……」

「そうか。とりあえず、中に入って適当に座ってて」

 

 ぞろぞろと物珍しげに入ってきた。それぞれ「お邪魔します」と言いつつの入室であるが、余程古めかしい時代錯誤の内装に借りてきた猫みたいな状態だ。

 

 事務所の内装は1900年代後半くらいのレトロな感じを意識して再現した造りとなっており、最近のモノは家電やパソコンなどの電気関係である。

 

「なんか探偵事務所っぽいね」

「本当に仕事してるんだな」

 

 かなり失礼なことを言われた気がするが、何も言うまい。

 

 俺は人数分の冷やしておいた麦茶をカップに注ぎ、御盆に乗せて提供する。

 

「それで、九校戦の事とは何だ」

「僕から説明するよ」

 

 話を簡単に説明すると、九校戦の新人戦で行われる競技の一つ『モノリス・コード』の練習中にアクシデントが発生し選手1人が大怪我をしたんだって。それで、その選手……朝倉というのだが……今年の九校戦に参加できなくなった。

 

 選手に空き枠が発生したのなら、別の生徒を入れれば万事解決だろう。しかし、ここで問題が発生した。

 

 代わりのモノリス・コードの選手がいないんだと。朝倉が他に出る予定だったクラウド・ボールとやらは空き枠は埋まったらしい。

 

 そこで新人戦のモノリス・コードに出る二人からの依頼だが……。

 

「志村には俺たちと一緒にモノリス・コードに出てほしい」

 

 一条の提案に内心では疑問だらけだ。俺より成績が上の男子が30人くらい存在するハズなのに、それら全て諸事情によって断られて俺に来たのだ。作為的なものを感じるが、今更考えたところで何も始まらない。

 

 だが、その依頼を遂行するのに障害がある。

 

「俺は姫殿下に護衛するよう頼まれてるんだけど……」

 

 まさか護衛の仕事をほっぽり出すワケにもいかない。四十九院の場合、皇悠の暇潰し相手というか話し相手みたいなもので九校戦を優先させるようになっているが、俺は違う。行事優先なのは変わらないが、仕事に影響しない範囲でということで学校側に了承してもらっている。働かなきゃ生活できないんだから、仕方ないだろ。

 

「そこを何とか頼む」

「頼むと言われても……もしも、護衛対象の傍を離れている時に襲われてたらどうすればいいんだ? モノリス・コードに出ていましたで済まないんだよ」

「分かっているんだが……こっちも新人戦がかかっているんだ」

 

 人の命とたかだか学生の大会の一競技、どっちが重要かなんて火を見るより明らかだろう。更にこっちは会社の信用と自分の生活が懸かっている。

 

 学校の行事が優先なんだけど、比重がどっちにあるかと問われたら仕事の方に傾くんだよな。でも、仕方ない。

 

「モノリス・コードだけでいいのか?」

「ああ、そうだ」

「一応、交渉してみるけどダメだったら他の人にするってことでいい?」

「ダメ元で頼んでるのはこっちなんだ。それで構わない」

 

 断る口実欲しさに皇悠を利用するあたり、そろそろマズイかもしれない。

 

 皇悠の飼い犬であるが、信用の置けない油断ならないポジションを維持し続けなければいけない以上、彼女に近すぎてはいけない。

 

 どうするかは後で考えるとして、早速とばかりに皇悠と連絡を取る。

 

 諸々の事情を説明して「モノリス・コードに出てもいいか」と尋ねる。

 

「出て良し」

 

 許可が出て開いた口が塞がらなかった。この人、俺の立場分かってんのかな。

 

 

 



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13話

 なんやかんやがあって九校戦に出ることになった。

 

 出ると言っても新人戦だけだし、メンバーが魔法師社会では有名人の二人なだけあって存在が霞んでしまうので大して目立つ要素は無い。

 

 しかし、三高内では俺が皇悠の護衛をすることが出回っているらしく、彼らの中では『姫殿下に実力を認められてる凄腕』なんて認識がされてそうで胃がキリキリしてくる。他人のせいで目立つのは不本意だった。

 

 期待されても、負けない戦いをして苦戦を演出させるので期待外れみたいな顔されても困る。それと、一色の俺を見る目がヤバい。なんか怒ってそうな感じというかなんというか。

 

 そんなことより、俺の九校戦における目的が決まった。

 

 一高の優勝阻止。三高の優勝。そして、十師族三人の敗北だ。司波兄妹? 世間的には一般人で通っているので目立とうがどうでもいい。むしろ利用させてもらう。ちなみに三高の優勝は無頭竜が賭けた相手が三高だったので、一条は敗北させるが三高は掻っ攫うつもり。

 

 一高では、司波深雪が新人戦のミラージ・バットとアイス・ピラーズ・ブレイクに出場が内定。司波達也はエンジニアとして新人戦女子のみ担当することで内定した。エンジニアに関しては、彼が『トーラス・シルバー』を擁していることで有名なFLTという会社に出入りしていたし、更に仲間内の会話から『トーラス・シルバー』だということが分かった。コンビ名だとは知らなかったし、片割れがまさかのアフロのオッサンだとはイメージが壊れそうだな。ということで司波達也がエンジニアとして出るのは、アマチュアの大会にプロが出るようなおとなげないものを感じさせる酷いものだが、まだ彼はきちんとライセンスを取得していないし、何より学生なので問題ない。

 

 女子は恐らく勝てる見込みは低いだろう。しかし、ここで勝っておかないと一条を敗北させないといけないので三高優勝を目的にするなら、司波深雪に勝たせておくことを許容しても、それ以外は勝っておかなければいけない。しかも、大きな妨害は許されないという縛りプレイが存在しているので、ぶっちゃけ無理ゲー。

 

 そんな事はいつも通りなので、徹底的に相手の戦術を精査しよう。

 

 先ず七草真由美。先天的な特殊能力で『マルチスコープ』という遠隔視系知覚魔法を使い、多角的に知覚した情報から、あらゆる角度から魔法を行使する。魔法による射撃戦なら無双出来るだろう。スピード・シューティングとクラウド・ボールに出場するのは確定で、戦術は2年間全く変更は無いので今年も同じだろう。

 

 次に十文字克人。4系統8種全てをランダムにブッパして防壁を幾重にも作り出す無茶苦茶な魔法『ファランクス』を使い、射程はともかく最強の防御力を誇る。アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場が決定しており、アイス・ピラーズ・ブレイクではファランクスで防御をしてファランクスで相手の氷柱を圧し潰す力技だ。モノリス・コードでは防御担当で、こちらもファランクスによる防御で相手の魔法攻撃の一切を遮断する。

 

 最後に一条将輝。対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法『爆裂』を使う超攻撃型。アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場予定。攻撃力だけを見るなら、十師族でもトップクラスだろう。モノリス・コードでは爆裂は使えない縛りプレイだが、それを補って余りある攻撃力がある。逆にアイス・ピラーズ・ブレイクでは制限が無い。

 

 一応、司波兄妹も上げておこう。司波深雪は他の追随を許さない圧倒的な魔法力による正攻法。司波達也は恐らく魔法式の無効化を使って一方的な攻撃をしてくるだろう。

 

 結論。どうやって勝てばいいんだ? 

 

 いや、過去の映像や練習状況を見て勝つ方法を考えてみるけど、俺自身が本気出して戦うならともかく一般魔法師が勝つ事は魔法力に圧倒的な差が生じている現状では、どう逆立ちしたって勝てそうにない。正攻法では。

 

 どうにか方法を考えつつ、モノリス・コードの練習を程々にこなして迎えた九校戦。その前日。

 

 俺はメスゴリ──―皇悠の護衛を依頼されてるので、三高の選手団とは別行動で横須賀基地にある海軍の軍令部から会場となる富士演習場へ向かう事になっている。

 

 車内は運転席にレーサー……遠山つかさ、助手席に俺、後部座席に四十九院と皇悠という組み合わせだ。男性が一人しかいない現状、俺は肩身の狭い思いをしていた。

 

 メスゴリ……姫殿下が乗っているということで運転に気を使いまくるあまり無言になっているつかさちゃんに話しかけられる雰囲気に無く、かといって後ろでは皇悠が四十九院が夢の世界に旅立っている。当初……初顔合わせの時点でガチガチに緊張していた四十九院であったが、今ではすっかり手懐けられたらしい。護衛であることを忘れ、メスゴリラの膝に頭を乗せて静かな寝息を立てている。

 

「志村も膝枕しようか?」

 

 ギロッ! 

 

 隣からの物凄い視線に冷や汗が止まらない。断ってもアウトの流れじゃね、コレ? 

 

「俺よりも遠山さんにお願いします」

「つかさは宿泊先についてからだ」

 

 えっ、マジで? 

 

「姫殿下の膝枕……」

 

 デレッとだらしなく顔を緩ませているのだが、果たしてつかさちゃんの脳内ではどれだけの百合の花が咲いてるのだろうか。この人、将来結婚できるのか怪しくなってきたな。後ろのメスゴリラもだが。

 

「人の事をメスゴリラだのと思うのは志村だけだろうな。いい度胸だ」

 

 ついにエスパーにも目覚めたか、このメスゴリラ。誰得だよ。

 

 ふざけるのも大概にして、ここからは真面目な話だ。

 

「姫殿下、四十九院沓子が護衛につかせることは断っても良かったのではないですか?」

「なんだ、反対してこないものだから、てっきり賛成しているものだと思っていたのだがな。単純に使える手札は多ければ良いというだけでは納得しないか?」

「それでまだ年端も行かない少女に命を懸けさせるって……魔法師である前に一人の人間ですよ」

「そうだな。その一人の少女ですら都合良く利用しようとするのが政治というヤツだ」

 

 随分と都合の良い答えだな。何でもその言葉を使えば良いと思っているのか。

 

「これは四十九院家からの『お願い』を聞いた形だ。娘の将来を見据えた上で十師族側につかせるより、私達側へつけた方が良いという判断をしたのだろう。白川家にルーツを持つ四十九院家は魔法名家より古式魔法師との繋がりが深い。多くの古式魔法師がついている私と繋がりを持たせておいて、家を残していけるようにするのが狙いだろう」

「魔法師側か姫殿下側で明暗が別れましたからね」

 

 皇悠の下には伝統ある古くから続くガチの名家である古式魔法師が存在している。魔法師の開発で得られるハズだった利益が存在しなかったことがあるが、彼女の血統と古式魔法師の多くが現代魔法師に恨み節だった事が多くの支持を得られた要因だった。寺社仏閣に多く存在する古式魔法師は皇悠のシンパと考えられ、逆に姫殿下の下につかない古式魔法師は脛かどこかに傷を持った家が多かったりする。

 

 こうして考えると、物凄い分断社会が構築されていることに気づけた。まだUSNAとかの方が平和だろうな。

 

「なんじゃ? ワシのことで話してるような気がしたんじゃが……」

 

 ようやく起きたか。しかし、膝から頭を上げることはない。それだけ心地良いということか。

 

 すっかり手懐けられてしまった四十九院は、上に兄はいても姉はいないらしく皇悠にすっかり甘えるようになってしまっていた。皇悠は満更でもない様子で、頭を撫でている。

 

 だが、忘れてはいけない。

 

 後ろで笑顔を絶やさず四十九院の頭を撫でている女はキング・コングのメスバージョンみたいな女だということを。

 

 

 

 

 




連続投稿はここまでです。

一般魔法師が十師族に勝つってどうすればいいんですかね。原作主人公みたいなチートじゃないと勝つのは難しいと作者は思います。


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14話

 九校戦が開催される前日は、懇親会が催しされている。

 

 互いの学校の選手を見定める良い機会であるが、浮かれ調子の学生にはそんな事を考えている様子はなく、むしろ男女の恋愛的な目で見るものが多い。

 

 前髪長くて顔が隠れている俺は変な目立ち方はするものの大して目立つことは無く、静かに観察する。護衛は一旦停止で、学生らしくやれとのお達し。膝枕はつかさちゃんがしてもらっており、四十九院にドヤ顔して悔しがらせるなどと大人げない行動をしていたのを見せられたが、あまり気にすると胃を痛めるので考えないようにする。

 

「お飲み物はいかがですか?」

 

 赤毛みたいな髪色の女性から炭酸ジュースを貰う。確か一高の司波達也と同じクラスの千葉エリカだったな。

 

 千葉家は『百家』という括りに入る魔法名家で、魔法師の魔法による近接戦闘術を生み出した家柄だ。その性質上、軍と警察関係に強力なコネがあり、十師族に続く特権族だ。こちらはまだ穏当な方だろう。どっち付かずの中立といったところか。

 

 大して気にするような事でもなく、俺は一通り巡り歩いてから三高一年男子が固まっているゾーンへ帰還する。

 

 そこでは、ある一点を見つめたまま硬直する一条将輝がいた。

 

 彼の視線の先では、司波深雪が談笑している姿があって……色々と察した。

 

「一目惚れか、一条」

「なっ、にゃにを言い出すんだ!」

 

 ブワァッ、と一瞬で顔を真っ赤にして否定するあたり図星であろう。

 

「志村、分かっても言わないでいてあげてよ。将輝にとって初めての経験なんだからさ」

 

 吉祥寺が言うには、一条は今まで言い寄ってくる女性ばかりで受け身に回ってきたらしい。

 

 それくらいは珍しい事でもないだろう。魔法師は魔法力に比例して容姿も優れるので、魔法力の高い十師族の跡取りともなればその容姿は俳優顔負けと言っても過言でない。

 

 そんな一条は自分の容姿と家柄だけで落とせてきたのだが、司波深雪のように興味関心が無い人間は初めてという事なんだろう。まあ、こういうのは早めに決着しておかないとズルズルと引き摺って拗らせてしまうので、とっととフラレてしまえばいい。

 

「気になるなら、声をかけてみるべきじゃないかな。懇親会なんだから、気になる相手がいるなら声をかけるくらいの度胸は見せてほしいね。一色に声をかける他校の男子生徒を見習って当たって砕かれればいいんだよ」

「砕かれたら駄目だろ!」

 

 いや、無理でしょ。

 

 監視してきたから分かるけど、司波深雪は兄に対して特別な思いを抱いている。司波達也だけにしか目を向けていない。一条が入れる余地なんて皆無だし、絶対に有り得ない。

 

 だったら、さっさと玉砕して人生初の挫折を味わった上で次からは頑張って欲しい。

 

 なんて思いを抱いたが、俺が一条のために何かすることはしない。そもそも、司波兄妹と関わったら死亡フラグに近づく可能性が高いので余程の事でない限りは近づきたくない。

 

 一条は見惚れるばかりで声を掛けていないが、一色は勇猛果敢に話しかけて行った。十七夜と四十九院を伴ってだが……四十九院は一色に質問攻めに遭ったらしくグロッキー気味だ。膝枕してもらったなんて口を滑らせるからだ。

 

「はじめまして。さぞかし名家の出身だとお見受け致しますわ。私は一色愛梨。こちらが十七夜栞と四十九院沓子です。貴方の名前を伺ってもよろしいかしら?」

「こちらこそ。第一高校一年、司波深雪です。よろしくお願いします」

「司波?」

 

 四葉ですが、なんて内心思ってたり……しないだろうか。

 

 さっと記憶を辿った一色は相手が一般の家の魔法師だと思い至ると、露骨に見下し始める。

 

「あら、一般の方でしたか。今年は姫殿下が観戦に来られますの。ですから、優勝は私たち三高がいただきますわ」

 

 やっている事は単なる名家であることを鼻にかけた嫌味な女だが、一色はなんだかんだと三高では人気のある女性だ。それだけの実力があるからだ。

 

 姫殿下、というあたりで司波深雪は表情が硬くなったが……すぐに笑顔を取り繕って無難に応対していた。

 

 一高への挨拶が終わり、三高が集まっているゾーンへ帰還してきた一色ご一行。俺は気にせず並べられた料理を見ていた。

 

 ビュッフェとは、フランス語で立食形式での食事の意味。ビュフェやブッフェともいう。ホテルなんかでパーティーを催すと、大体が立食形式となるだろう。座って食事する、が基本なので立食というのは新鮮な感じがするも何となく悪い事してる気分になって落ち着かない。

 

「志村、ちょっといいかしら」

 

 背景と一体化しようとしていたところへ、一色が声をかけてきた。

 

 相変わらずキツそうな性格の女性なので、親しまれるような可愛いあだ名をつけてあげるのが得策だろう。過去にやったら、凄い怒られたが。

 

「なんですか、エクレアちゃん」

「エクレールよ! 同じ意味でも全く違うわよ!」

「稲妻を名乗るなら、頭に真紅をつけてほしいですね。三高の制服は赤だから、さしずめ真紅の稲妻(ルージュ・エクレール)といったところでしょうか」

「誰がジョニー・ライデンよ! 髪の色しか合ってないじゃない!」

 

 詳しいな、おい。

 

 100年近い前のアニメだったかのネタだが、今のご時世のアニメ作品は過去作品ものを再放送するばかりで新作は出していない。戦争があったし、昔は魔法師開発のために『何らかの異能力者かもしれない』という理由で研究所にぶち込まれる人間が数多く存在していた影響で、良作を作れる人はいなくなってしまった。

 

 ちなみにこうしたやり取りは三高では見慣れた光景で、三高の皆さんは「またやってるよ」という呆れた視線を向けてくる。どこかにツボったらしい十七夜は、声を出さず肩を震わせていた。

 

「まあ、いいわ。志村、姫殿下って懇親会に出席されるのかしら?」

「出席するんじゃないか。VIP待遇だし、一応来賓として挨拶くらいはするだろう。護衛に関してなら、別の人がついているから心配いらないし話がしたいのであれば、浴場を使用する予定だから上手く時間が合えば顔を合わせられるだろう」

 

 初知りじゃぞ、と四十九院は驚き一色は「時間帯は?」と詳細を訊ねてくる。

 

 そこまで知ってるんなら、入浴の時間帯まで把握していて当然かもしれないけど……残念なことに。

 

「知らん」

 

 知らなかった。

 

「なんで肝心なところを知らないのよ、この役立たず!」

「いや、そこら辺は四十九院に呼び出しがあるだろうし……俺が知る必要はないだろ。便乗すればいいんじゃないか?」

 

 便乗できるとは言わない。十中八九、貸し切りとなる確率が高いだろうから。

 

 などというやり取りの末、学生の来賓やら何やらの挨拶が始まった。

 

 魔法師社会の中では有名な人、与党の政治家、それに皇悠と護衛の遠山さん、続々と登壇してきて最後に九島烈が……ではなく、妙齢の美女の登場だ。

 

 九島烈は90近い年寄りで男性だと記憶していたが、まさか性転換したのだろうか。ものの見事なビフォーアフターとしか言いようがないが、もしかしたら第九研の集大成『仮装行列』を使って妙齢の美女に女体化する幻影を見せて登場したのかもしれない。

 

 しかし、一瞬だけライトが消えると妙齢の美女と入れ替わって白髪混じりの年老いた男性が登場した。

 

「先ずは悪ふざけをした事を謝罪しよう。だが、これは非常に弱い魔法だ。しかしこの魔法に気がついたのは私が見た限りでは五人だけだった。つまり私がテロリストで、此処に居る人全員を殺そうとしたとしても、止めに動けたのは五人だけだと言う事だ。

 

 諸君、私は君たちの活躍を楽しみにすると共に、君たちの工夫を期待している。先ほどのように小さな魔法でも、使い方次第では有効な魔法となる。使い方を間違った大魔法よりも、精度の高い小魔法の方が役に立つ事もあると言う事を覚えておいて欲しい」

 

 過去に活躍した人間のやる事は一味違うようだ。テロリスト云々はさておき、後半あたりの言葉は大きな関心を寄せるものだった。感銘を受けたと言っても良いだろう。

 

 結局、なんだかんだと諦めかけていたところだったのだ。

 

 一般魔法師が十師族に勝つことは出来ない。

 

 それが日本における常識であり、覆すことは出来ない。そもそも地力で大きな差が生じているのだから、どれだけ逆立ちしたって勝てそうにない。

 

 ならば、九島烈の言うように工夫をすることが重要だ。勝てないなら、勝てないなりの戦い方を編み出す必要がある。

 

 そうと決まれば、攻略法は決まった。たぶん優勝阻止は出来るだろう。

 

 あとはあの妖怪の依頼もしないといけないんだよな。

 

 どっちに転んでも自分の身が危ないだけに憂鬱となるし、頭を悩ませる一因を担っている。

 

 次から次へと問題が積み上がっていくことに辟易としながらも、俺は周囲に合わせて拍手をしておくのだった。

 

 



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15話

 懇親会は恙無く終了した。

 

 皇悠も出席して挨拶こそしたものの、九島烈の余興で霞んで終わる結果となった。

 

 ルンルン気分でメチャクチャ笑顔の一色が四十九院と十七夜と一緒に浴場へ直行していき、これまた上機嫌に顔を赤くしながら戻ってきた。それに男女問わず見惚れる者が散見され、魔法師って魔法使わなくても顔だけで食っていけそうと確信する今日この頃。メスコング……メスゴリラと会話出来てご満悦だったようだ。

 

 俺は九校戦の会場の警備状況の確認をしていた。

 

 ザル警備と言っても過言でない杜撰な警備体制は軍人が警邏しつつ、監視カメラ等による監視体制がされているが、簡単に工作員が侵入を図れるくらい穴だらけだった。

 

 そして、簡単に競技コースへの細工も出来るというあたりで呆れを通り越して笑うしかない。事故を装った選手の棄権は無しということにしているから、工作員を侵入させたりコースへの細工もしない。

 

 そんなこんなで警備体制の確認が終わり、夜中の散歩に興じることにする。

 

 明かりがついてない練習場に人影があるのを見つけ、興味本位に覗き込む。

 

 魔法を使っているようで、これは確か……精霊魔法とやらだったハズだ。古式魔法系なので、それを扱う家は1つ該当するものがある。

 

『吉田家』

 

 神道系の古式魔法を扱う由緒正しい家柄だが、本元の吉田神道とはまた別というか無関係に近く、皇悠につく古式魔法師のお歴々や伝統的な宗教者からは『邪教徒』と誹られている。祖先はどこの村にでもいるような雨乞いの祈祷師だったらしい。だからなのかどうか知らないが、古式魔法師の社会からは距離を置かれて現代魔法に傾倒しがちである。

 

 九校戦に吉田家の人間が出ていないことは記憶しているので、恐らく学校の行事の一環みたいなもので会場入りしていたのだろう。

 

 関わるのも億劫なので立ち去ろうとした時だ。

 

 ──―ジャリ。

 

「誰だ!」

 

 物音を立ててしまったようで、相手に気づかれてしまった。

 

 おとなしく姿を現し、人畜無害感を出していこう。

 

「すみません。覗くつもりは無かったんだけど、警備状況の確認がてら見回りしていたら人がいたもので邪魔してはいけないと思って立ち去ろうとしたんですけど、無用な警戒心を与えてしまったようで本当にすみません」

「あっ、いえ……僕の方こそすみません。警備の方でしたか」

「違うけど」

「どういうこと?」

 

 明かりを点けると、俺が三高の生徒だと知って彼……吉田幹比古は驚いた表情を見せた。

 

「本当に警備員じゃなかったんだね」

「ある時は警備員の仕事をしたことがあるから、ある意味で警備員も当たらずも遠からずってところかな。俺は請負人って便利屋みたいな仕事をしているんだよ」

「便利屋って……魔法師なのにかい?」

 

 魔法師に職業選択の自由はあるのだから、請負人やったって問題なかろうと思う。殆どが軍人か魔法関連の仕事に就くから、物珍しいという事なんだろう。

 

 そして、この魔法師の請負人というのは俺を除くと皆無である一つの事で有名だったりする。

 

「もしかして、君が姫殿下の飼い犬の世話係している人なのか?」

「そうだよ」

 

 俺が飼い犬だ、なんて言えば変な誤解をされそうなので言わないでおく。

 

「なら、僕の家がどんな風に呼ばれているか知っているよね? こうして関わってると、後が大変なんじゃ……」

「知っているけど、俺の家は古式魔法師の家柄じゃないから因縁とか無いからな。姫殿下につく古式魔法師たちとは関係ない」

 

 あんな魑魅魍魎と一緒にされたら堪ったものじゃない。かつてはどうだったかは知らないが、魔法師に奪われたものを取り返し、古式魔法の復権だかなんだか知らないが、結局は日本の為というより自分たちの利益しか考えていない。真面目に日本を守ろうとしている人間は魔法師には存在しないと言ってもいいだろう。

 

「ところで、こんな夜遅くまで魔法の練習してるのか?」

「うん。実は僕……とある儀式に失敗して魔法が上手く扱えなくなってしまったんだ」

 

 吉田の説明では、龍神云々が絡む儀式で魔法が暴走してしてしまって以来、魔法の制御ができなくなったらしい。

 

 さっきの魔法練習では、特に問題点は見受けられないので端的に言ってしまえば『何をそう悩んでいるのか分からない』という結論に至ってしまう。古式魔法師特有の悩みなんだろうか。彼の状態は、儀式によって無理やり拡張された演算領域が制御が甘かったばかりに暴走してしまい、本人が自信を無くしたのも相まって魔法を上手く制御出来ていない。ソフトウェアたる演算領域が高性能にしたが、肝心のハードウェアが古いままみたいな状態とでも言えばいいだろうか。

 

「吉田はどうしたいんだ?」

「どうって……」

「単純に儀式する以前の状態に戻りたいのか、はたまたそれ以上の力を欲するのか、どっちを選ぶのかって」

「前までの僕なら、儀式する前の状態以上を求めていただろうけど、今はそんな事は求めていない。かつての頃にまで戻れればいいって思ってる」

「つまらない男だな」

「なっ……!」

 

 率直に思った言葉を口にしてしまった。

 

「つまらないって……昔の僕がどれだけ凄くて今の僕がどれだけ落ちぶれたか知らないのに何なんだよ、その言い草!」

「過去に縋り付いた挙げ句に過去に戻りたいとか馬鹿なのか? 向上心持てよ。過去の自分より強くなってみせるとか言えないのか?」

「そんな事できるワケないじゃないか! 今の僕に過去の自分を超えることはできないんだから!」

「じゃあ、とっとと魔法師なんか辞めてしまえ。みっともなく過去に縋り付くより、余程マシだ」

 

 無性にムカつく。

 

 どの魔法師にも言えることだが、家柄による才能ばかりに目を向けるばかりで向上心を見せることなく、ただひたすらに与えられたモノを与えられた範囲で実力を見せるだけに終始する姿は見ていて不快だった。

 

 勝てなくて当たり前だ、とか、勝って当たり前だの何だの下らない事を常識とし、上を目指さないし目指そうともしないで下ばかり見る。俺が出来ない事を出来る立場にいるクセして、そういう『身の程を知っていて賢い』みたいな考えが気に入らない。

 

 吉田は失くしたものを補うために現代魔法も勉強して、知識を貪欲に求めていたらしいが……目的が過去の自分に戻ることであって超えることではない。

 

 いや、そもそも上を目指してきた結果、挫折して今に至るというなら上を目指す気概がなくて当然か。

 

「まあ、過去の自分に戻れるくらいは出来るだろう」

「……本当かいっ?」

「明日の早朝、もう一度ここで会おう。今日はもう遅いし、そろそろ寝たい」

 

 夜遅くまで学生がいると、魔法師なので怪しむ軍人は怪しむので解散することとする。

 

 それに姿は見せないが、この練習場……特に俺を監視する目が煩わしい。皇悠が贔屓にしている請負人という邪推はいくらでも出来る仕事なだけあり、やはり陸軍の庭では監視がつくのは仕方ないかもしれない。問題はどこまで監視しているかであるが、全部かもしれないと思うと魔法師に人権は無いのだと確信できる。

 

 どうぞ気づいてくださいと言わんばかりのあからさまな監視を無視し、俺は練習場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 翌日。

 

 懇親会の次の日は選手の最終調整も兼ねた休みとなっていた。

 

 俺が出る予定のモノリス・コードでは、一条と吉祥寺がメインで頑張るので俺は戦力外ということで練習には自由参加だった。

 

 おかげで問題なく色々と出来る。

 

 早朝。ランニングを装って練習場へ向かうと、既に吉田幹比古が来ていた。

 

「来るの早いな」

「昨日の話を聞かされてから、ずっと落ち着かなくて眠れなくてね」

 

 遠足を楽しみにしてる小学生のような心境である。

 

 一応、場所を移動して人除けや声などが漏れないように魔法を使って隠蔽工作をしてから作業に移る。

 

「最初に言っておくけど、俺がやるのはあくまでキッカケ作りみたいなものだってことを覚えてほしい。昔の頃に戻るも良し、更に上を目指すも良し、現状維持したって良し、君の今後の行動や努力次第といったところかな。それでも良い?」

「僕次第って……」

 

 話が違う、と言いたげな様子だ。

 

「結局、魔法というのは精神的なものに左右されるから、君が自分に自信を取り戻さない限り何をしたって無意味になる。要するにやれるだけやってみるけど、その後は自分で何とかしてくれって丸投げするから何とか頑張って欲しい」

 

 ということで文句を垂れてそうだが、全部スルーして吉田には背中を向けてもらい、わたつみシリーズを殺した魔法とは逆の魔法を使う。

 

 いわゆる治療魔法の一種みたいなもので、簡単に言ってしまえばパソコンのトラブルシューティングみたいなものだ。主に調整体魔法師の遺伝子治療に扱えたりする魔法なのだけど、決して世の中に出回ることのない俺だけの技術だった。俺が社会の表舞台に出ると、ついでに俺の出生が白日の下の晒される恐れがあり、主に七草や四葉にとって劇薬になるのは確実だし、どっかのジジイが死ぬ。無論、表舞台に出る前に俺は消されるので仮定の話である。そうすると、今のこの状況は色々とマズイのだが……過剰な隠蔽工作したし、口止めもするので大丈夫だと信じたい。

 

 吉田の状態は儀式によって本来発揮される能力から無理やり跳ね上げられたことによる演算能力の拡張により、術者の感覚が狂わされたことに起因する。認識の『ズレ』のおかげで本来引き出せる能力が上手く制御できずに失敗しているのが現状で、その『ズレ』を修正する。俺の中での『魔法力を失う』という事態は『演算領域が繋ぐ線が途切れている』と捉えれる。なんというか、魔法師の精神とエイドスのプラットフォームであるイデアをつなぐ門『ゲート』が閉じてしまうのが魔法力喪失の原因なので、門を開けて演算領域と繋ぐ。

 

 吉田視点では背中を向けていたら、自分の精神を弄られる不快感を一瞬感じたと思ったら全て終わっているのだ。ポカンとしているけど、俺はこの数秒の間に膨大かつ複雑な起動式と他人の演算領域の処理を一手に引き受けているのだ。スパコンも熱くなる高速演算をやらされているので、俺の精神的負担は大きい。

 

「はい、終わり」

「何をしたんだい?」

 

 当然の事だけど、尋常じゃない魔法を使えば質問攻めされる。これに関しては他人の魔法を詮索するのはマナー違反とされ、答える必要は無い。

 

「聞かれて正直に答えると思うか?」

「それは解ってるんだけど、気になって……」

「解らなくても大丈夫だろう。変に詮索すれば、お互いに不幸になるからやめておこう」

「だけど……」

「クドい。今回の事は詮索しない、他言無用。ここで起きた事は絶対に秘密にするんだよ。そうすれば、俺は平穏無事な生活できるし、吉田は頑張り次第で力を取り戻せる。それで満足しておいてくれないか?」

「……う、うん。わかった」

 

 まだ腑に落ちない、納得してない感が出しているものの、頷いてくれた。話したら、話した奴と吉田も殺さないと俺が頑張って手に入れた現状を壊されかねないので絶対に話さないでおいてほしい。監視対象を増やさないといけないのは厄介だな。

 

「あと、ついでに頼みたいことがあるんだけど良いか?」

「なんだい?」

「君の友達の霊子放射過敏症の柴田美月って娘なんだけど、明日の七草真由美の対戦で目の保護をしてあげてほしい」

「なんでそういうことを知っているんだ?」

 

 そりゃあ、疑うだろうな。

 

「仕事の関係でそういう事に詳しいんだ。それより、これは前に起きた事件なんだけど、壬生紗耶香って人が公開討論会で七草真由美を罵ったばかりに七草家から報復を受けたらしくて命は助かったけど精神を病んじゃったんだよ。それで彼女の親からの依頼で匿うことになったんだ。もしかしたら、七草はどうか知らないけど、四葉の者がこっそり九校戦に参加していたら霊子放射過敏症が原因で柴田美月が何か見てしまって好奇心で訊ねようものなら、何らかの危害が加えられるかもしれない。彼女が眼鏡をかけていても霊子を見ることが無いようにしてほしい。出来そう?」

「それくらいなら問題ないよ。確かに壬生って先輩のことがあったんなら柴田さんも危ないかもしれない。何か起きてからでは遅いからね。君がっていうのもあるけど、姫殿下は四葉家の人間が九校戦に参加している可能性があると認識しているのか?」

「断言できないけど、観戦しに来ている可能性はあるだろう。霊子を見れる人間は希少だから、狙われるリスクはある。気を付けた方がいい」

「わかった」

 

 かなり不安を煽ったが、強ち間違いでもないので気を付けさせるに越したことは無い。一般魔法師は下手に知識がある分、好奇心に身を任せて動くと消されるので用心はし過ぎるくらいがちょうどいい。

 

 後は吉田は自主練習をするらしく居残り、俺はさっさと立ち去るのだった。

 

 





魔法理論がおかしいと感じたら、本当に申し訳ないと思っています。


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16話

 九校戦の本戦が始まった。

 

 スピード・シューティングが始まり、優勝候補の七草真由美が出場する。

 

 魔法力では、彼女の兄にあたる七草智一と同等とされており、遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』を先天的な特殊能力(超能力)として自由に行使できるという異能の持ち主。一人の人間が魔法と超能力を兼ね備えることはできないとされているが、七草真由美は現代魔法と特殊な知覚能力を両立することに成功したイレギュラーな魔法師である。この異能もあり、「世界屈指の遠隔精密射撃魔法の使い手」と謳われている。

 

 マルチスコープを使い、射出されるクレーを知覚して銃座を構築、そこからドライアイスの弾丸が発射されてクレーを破壊するのか去年までの戦術。練習風景を見た感じでは、前述した戦闘スタイルを変えていないので今年も同様の戦闘スタイルを貫くことが予想される。

 

 正攻法で打ち倒すのは魔法力に劣る一般魔法師には不可能に近く、あまり現実的ではない。

 

 ならば、少々姑息でグレーゾーンに近いがCADに細工をさせてもらうことにする。

 

 無頭竜の幹部が大会委員のCADのチェックをする人間に金を握らせて買収していた人間をそのまま使わせてもらう。表向きは『無頭竜からの指示』ということで動く彼は、実に手際よく七草真由美に気づかれることなくCADへ細工を完了させるのだった。CADのソフト内に魔法の処理して残ったゴミを増やして効率を悪くしてサイオン消費を増やす嫌がらせ程度のものだが、もしマルチスコープ使われてたら頓挫していた。別にバレたところで俺に被害は及ばないので問題ないが。

 

 予選ではひたすら七草真由美の体力を削る方向で決定している。大した効果は無さそうだが、こればっかりは仕方ない。思い切って電子金蚕を使ってもいいが、あまりにもリスクが大きいのでやめておく。同じように七草真由美を洗脳して負けるように仕向けるのも不自然だし、リスクがデカいのでやめておく。何も縛りが無ければ、そもそも襲撃して出場させないように出来るのだが、色々な意味でアウトだろう。

 

 きちんとスポーツマンシップに則って『ソーサリーハック』した一般魔法師を勝たせなければならないのだが、難易度が高い。どんなに足掻いたところで十師族の力を超えることは出来ないからだ。

 

 考えついた最初の案は、領域展開して内部に入ったクレーを順次破壊できるようにする魔法式を使うというものだが、これは『早撃ち』が主題である競技を根底から覆しかねない魔法なので却下だ。

 

 では、次に考えついて採用した案が十七夜の扱う『数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)』とてメスゴリラが実演した必殺技『無限牢獄』なんて中二病極まるカッコいい名前の技を参考にして魔法式を組み立てる。

 

 アリスマティック・チェインは1つの魔法から連鎖して複数の目標を打ち倒す魔法で、メスゴリラの『無限牢獄』は特殊形状のロングマガジンから供給される弾丸を無尽蔵に撃ち出し、跳弾を駆使して銃弾の檻を作り上げるトンデモ技だった。どっかのラノベ主人公が元ネタらしいが、思いつく人もそうだけど実現する人も頭がおかしいと言わざるを得ない。やはり一人だけ世界観が違う。

 

 どっちも高い空間把握能力と全ての軌道を演算できる優れた頭脳が必要とされるワケだが、数学的連鎖はともかくメスゴリラの技は魔法でどうやってやるのって聞きたくなるレベル。結局、魔法師なんて普通の人間からちょっと毛が生えた程度なのだ。マジモンのバケモノ相手に勝てるハズもない。

 

 閑話休題。

 

 予選が終わり、次からは対戦形式で試合が始まる。

 

 俺がハックした二高の清水って選手と七草真由美の対戦が始まろうとしていた。

 

 ここまで全てパーフェクトにクレーを全て破壊してきた七草真由美は男女問わず人気が高いので声援を受けながら、堂々たる姿で登場してくる。勝つのは確実であるし確信しているのだろうが、これから泣き顔を晒すと考えると何だかいけない趣味に目覚めそうだ。

 

「勝てそうか?」

 

 VIPのための特別観覧席にて、海軍の黒い詰め襟の制服を着た昇任人事で少将となる皇悠が問いかける。海軍の制服は前は白だったのだが、陸軍と被るので変更されたらしい。空軍は紺色。

 

 九校戦の会場内でどこが安全かと問われたら、ぶっちゃけどこにも無い。本来なら、皇悠の護衛なんぞにつかず九校戦にも参加しないで事務所かどこかで人を動かすのが最適解だが、そんなのは与えられた依頼を完遂する上で皇悠の護衛はしなければならないので九校戦の会場内で安全な場所を見つけなければならなかった。

 

 十師族派の巣窟である九校戦会場では、皇悠及びその周辺は要監視対象とされている。四六時中監視され、プライバシーがあったもんじゃない。陸軍からの監視の目を潰すことは懇意にしている十師族の高官にお願いすれば容易であるけど、ここには風間玄信とその部下がいて、上から「監視するな」と命令されても理由付けて監視してくる可能性は高い。

 

 そういう事で俺が自分の魔法で暗躍できる場所というのは、いつ誰がやってくるか、何を仕掛けられてるか分からない自室かトイレくらいなもので、監視の目を無理やり撒こうとすればあらぬ疑いをかけられるので無理とするなら、どこにも隠れ場所は無かった。

 

 そこで皇悠が考えついた監視の目を潰す方法は、九島烈を抱き込むことだった。他にも思惑があるようだが、何らかの取引が完了したらしい。思っきし同じ室内にいるのだが、自分が頑張って作り上げた十師族の権威が落ちて大丈夫なのだろうか。ちなみに藤林響子もいるのだが、大丈夫なのか不安である。

 

「勿論、勝てますよ」

 

 そういう依頼だから、当然ながら勝利宣言する。藤林響子は驚き、九島烈は興味深げに見てくる。

 

「ほう。君はあの二高の生徒が勝つと言うのかね?」

「勝つための算段はつけてきましたから。七草真由美が去年と同様の戦術ならば勝ちは取れるでしょう」

「どうするか訊いても?」

 

 皇悠は許可を出している。完全に味方にしたつもりになっているようだ。全部話してもいいらしい。

 

 諸悪の根源扱いされてそうなジジイを引き入れて何がしたいのか分からないが、恐らく皇悠は内戦になることは避けたいのだろう。

 

 皇悠の今日までの動きを辿れば、彼女は軍内部の腐敗は取り除くことはしても十師族を潰したいなどと考えていないようだ。軍部と十師族の癒着関係さえ無くせれば満足な様子で、それは魑魅魍魎も見透かしている。当然ながら、古式魔法師の復権と魔法師を支配したい連中からしてみれば『物足りない』と言わざるを得ない。

 

 良くも悪くもこの国では十師族がいて強権を振るうから、魔法師の自由が保証されている。無くなってしまえば、それまでの反動から一気に扱いが厳しくなるのは目に見えている。どうせ緩かったのがキツくなるだけで、そこに十師族などの魔法名家が存在するか否かの違いだろうと思われる。でも、魑魅魍魎の事だからあまり信用は出来ない。

 

 国防と魔法師の事を考えるなら皇悠で、国防だけを考えるなら魑魅魍魎、戦闘する魔法師だけなら十師族、といったところか。皇悠以外の2つに共通していることは、どっちも戦闘適性のない魔法師は人間として扱う事はしないという点だろうか。いや、十師族はパフォーマンスだけは一丁前にやっているが、非人道的なことをしている四葉家を放置している時点でお察しである。所詮は口先だけ。

 

 果たして、この年寄りはどうなんだろうか。

 

「特別な魔法は使用しません。クレーを破壊させるだけです」

「既にあの二高の生徒を操縦するなどという芸当をしておきながらかね?」

「やれることはやったので、後は正々堂々殴り合うだけです」

 

 このジジイ、俺が使う魔法の概要くらいは自分で分析したようだ。

 

 例えを用いて現状を説明するなら、モビルスーツを操縦しながら無線だったか何かを使って会話している状態と言えば良いだろう。二高の清水選手と演算を同調するためにスパコンが過熱するくらいの演算を処理していることになるが、こうでもしないと七草真由美に勝つなんて出来ないので仕方ない。

 

「その魔法……もしや、君は四葉の人間か?」

「半分正解といったところです。俺は七草の人間でもあります。要するに四葉真夜と七草弘一の遺伝子を掛け合わせて出来たハイブリットです」

 

 九島烈と藤林響子が「信じられない」という顔をする。四葉真夜と七草弘一の間に起きた悲劇を知っているから、俺という存在がいるのは受けいれ難いのだろう。七草と四葉が繋がっているかと問われたら、それはまるっきり違う。

 

「簡単に説明するなら、30年前くらいに起きた拉致事件で四葉真夜は生殖器官の全摘出、七草弘一は右目の喪失をしたワケであるけど、それぞれ失ったものは崑崙法院を抜け出した技術者が持ち出して日本へ亡命、研究材料として扱いつつ造ったんですよ。なんなら調べてみますか?」

「いや、遠慮しておこう。概ね真実なのだろうからな」

 

 真実だという事は、当然ながら皇悠にあらぬ疑いが向けられそうだが、彼女は全部知った上で沈黙することを選んでいる。俺の存在はある意味で十師族にとって劇薬に近いだろう。互いに牽制しあうことで社会の秩序を構築するのが目的だが、最大勢力と言える七草と四葉が手を組むような事は避けたいだろう。なんというか、十師族というシステムは平和とは無縁なんだなと思わせられる。七草弘一は四葉真夜を嫁に迎え入れずに婿として四葉に入れば、彼女と結婚して子供を作れていただろう。そうすれば俺ももう少しマトモになっていたかもしれないが、仮定の話をしたところで立場が変われば別の柵が発生してより複雑な問題が出てくるだけなので現状が最適なのかもしれない。良いか悪いかは別にして。

 

「実の親に会いたいと考えたことはあるか?」

「遺伝子提供者にしか過ぎない相手に会うつもりはありません。それに十師族の派閥争いとかに巻き込まれるのは嫌だから、会うつもりも会いたくもないですね」

 

こういうのは知らない方が幸せだろう。それが互いのためになる。

 

「君は今の現状をどう見る?」

「そうですね……俺は使われる側なのであんまりそういう時勢を読んだりとかはしたこと無いので分かりません」

「私は、力ある魔法師が互いに牽制しあうことで魔法師の暴走を予防しようと考えた。また、魔法師が国家権力によって使い捨てにされないため、日本という国家に口答えする為の組織として十師族を作り上げた。果たして、それが今は間違っていたのかもしれないと思っている」

 

 三年前の沖縄と佐渡での事変が頭の中にあるのだろう。確か、沖縄では藤林響子の婚約者が死亡しているようで、その悲劇の根底にあるのが十師族にあるが故に忸怩たる思いがあるらしい。

 

 先ず俺は沖縄侵攻を仕組んだ側の人間であるので何も言うつもりは無いが、内心では藤林響子の婚約者が死んだり国防軍が腐ったのは自業自得で自分で蒔いた種だろうと思っている。結局、使い潰す先が国から家(個人)になっただけで、時代を逆行してて余計にたちが悪い。この国は民主主義国家なんだぞ。

 

 そんな事を言えば、どっかの誰かの神経を逆なでにするので何も言わない。俺の考えはこの国の魔法師が抱いているような一般的な思考とはかけ離れているようなので口を慎むのが正解だろう。この人の苦悩は理解できなくもないが、実際に亡くなった人がいて関りがあった人がいる前で最低な言葉はかけたくない。

 

 代わりに俺は独り言のように呟く。

 

「どんな制度も政策も人が考える以上、完璧は存在しません。それに魔法師は力で押さえつけなければ好き勝手に暴れ回ってしまうような獣であるなら、老師の考えは間違ってないと思います」

「魔法師は人間じゃないと君は思うのか?」

「人間だと思えば人間だと思います。どこぞの魔法名家さんは犯罪をやらかした魔法師や国家の為にならなかったり希少価値のある魔法を扱える魔法師を捕まえてモルモットにしていれば、どこかの家は魔法師を買い集めてコレクションしていると考えれば、魔法師の扱いなんて国家が介在しなくても変わらないでしょう」

 

 背後から物凄い怒気を感じて冷や汗ものだ。つかさちゃんが止めて、九島烈が何も言わないから助かった。皇悠が止めてくれただろうけど、ゴリラが動けば部屋が壊れるかもしれない。

 

 そんなこんなで試合が開始される。

 

 勝たなければならない手前、七草真由美の弱点を探るために過去の映像を見返したりと研究を重ね、弱点と呼べるか怪しい弱点を見つけた。

 

 七草真由美は『飛んでくるクレーを知覚、魔法を撃つ』というプロセスだが、クレーを知覚してから魔法を撃つまでの時間と魔法を撃って当てるまでの間に多少のラグが生じている。どの魔法師にも共通していることだが、CADを起動させて魔法が発動するまでに小数点以下の時間がある。七草真由美の場合、クレーを破壊するため『ドライ・ブリザード』という収束・発散・移動の系統魔法を使用するのだが、この魔法の欠点は銃弾より遅く射程が短い。それを補うのがマルチスコープによる銃座の構築だろう。

 

 正々堂々競えば負けるので妨害を仕掛けなければならず、狙い目としては、知覚して魔法が発動してから目標に当たるまでの間だろう。ドライアイスの弾丸の弾道を変えるのは『真っ直ぐ移動する』という事象を変える行為は七草真由美の干渉能力を超えなければならないので出来なくないが一般魔法師が『十師族の魔法力を超えることは赦されない』ので現実的ではなく、そこで目を付けたのが七草真由美が破壊するクレーだ。

 

「嘘、信じられない……」

 

 藤林響子が愕然と呟く。つかさちゃんも同様で、九島烈は感心したように見物して皇悠は面白そうに見ている。

 

 会場は騒然となり、膝をつく七草真由美がモニターに映し出される。

 

 クレーの破壊数が清水選手が100、七草真由美が90という差がつけられ決着した。

 

 使っている魔法は圧縮した空気を弾丸の速さで撃ち出す『空気弾(エア・ブリット)』だが、この試合に合わせて空気弾の魔法式を改良したのだ。

 

 弾丸のように撃ち出すには移動系統を使うのだが、直進する軌道を変えるには干渉力を超えなければならない。そんな事してれば消耗が大きく、正直に申し上げて疲れる。

 

 もう一つの手段は魔法式に手心を加える事で、こっちは時間と労力をかければ何とかなる。簡単な魔法式でも万単位の演算式があるのだけど、時間と労力と知識があれば出来なくもない。

 

 空気弾の改良は、一度目標に命中したら跳弾して次の対象に当たったら炸裂するようにしたのを跳弾する回数を最大5回まで増やした改良型空気弾のみを使用するので少しでも処理速度を上げようと特化型CADを使う。

 

 後はこの改良型空気弾を使い、どこをどう当てればどこに飛んでいくかを計算し、更に七草真由美が知覚して放つ魔法、破壊したクレーの破片等がどこへ飛ぶのか全てを計算し尽くして七草真由美の魔法を妨害しつつ自分のクレーを破壊できるように演算し尽くした上で試合に臨んだのだ。つまり、既に試合が始まる前から勝つことは決まっていた。

 

 ただし、この演算は七草真由美が去年までと同様の戦い方をするという前提での連鎖破壊する演算だった。精度が上がる云々は許容範囲内であるから問題なく、むしろ戦い方を変えていたら負けていた。

 

「まさか魔法式そのものを改良するとは、魔工師としてもやっていけるのではないかね」

「ライセンスは既に持っていますから、既に俺は魔工師ですよ」

「ウチで雇われてみるか?」

「報酬次第ですね。いくら出します?」

「志村は私のモノだから、引き抜きはやめてほしいな。老師」

「なぁに、年寄りの戯言だよ」

 

 割と本気だったので、皇悠が釘を刺すとあっさり引き下がった。半分本気、半分冗談といったところか。藤林響子は真面目に引き抜きを考えてそうだが、こっちは九島家とは国防軍が絡む別口への勧誘になりそうなので報酬はどれだけ積まれても拒否したい。入るなら海軍一択だが、絶対に今の陸軍には入りたくない。

 

「先ずはファーストオーダー完了か。まさか本当に勝つとは夢にも思わなんだ」

「姫殿下の依頼とあれば、どんな事でも必ずこなしてみせますよ」

「……ふーん」

 

 こちらとしても、皇悠の信頼を得なければならないからこうして従順に依頼は遂行していかないといけない。

 

『九校戦の最中に姫殿下を殺せ』

 

 この依頼が出されてしまった以上、確実に殺せるタイミングを得るには皇悠から信用と信頼を得る必要がある。

 

 そんなに内戦がしたいのだろうか。

 

 魑魅魍魎の思惑を何となく思い浮かべて自然と口端を歪めると、鋭く睨むつかさちゃんが視界に入って冷や汗をかいた。 

 

 

 

 



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17話

今更ですが、この二次創作はさすおにが少なめということをご了承ください。


 一高の天幕内に衝撃が走ったようだ。

 

 九校戦1日目に行われた本戦女子のスピード・シューティングにて起きた『大番狂わせ』が原因である。最大の優勝候補であった七草真由美が準々決勝にて『敗北した』という事実は大きな衝撃と動揺を与えた。

 

『まさか会長が負けるなんて……』

 

 生徒会で書紀を務めている中条あずさの発言が示すように、七草真由美が負けるのは想定外の事態だった。

 

 本戦のスピード・シューティングは、男子は三高、女子も三高がそれぞれ一位(二高の清水選手は次戦で敗退)を取り、その下は男子は九高が二位、三位を二高が取っている。女子は二位に九高、三位に二高の清水選手が入っている。一高は当初出る予定だった選手が停学処分となって出場できなかったため、順位は落ち込む結果となった。

 

『どうやら二高には、相当優秀なエンジニアが参加しているようですね』

『二高にいるなんて初耳よ』

 

 既に魔法式の改良が行われていた事実は会計の市原鈴音によって齎されており、分析した結果が『二高には魔法式を改良できる天才がいる』というものだった。

 

 しかし、エンジニアが優秀であろうと選手の実力が伴っていなければ勝てないのが、魔法師の常識である。エンジニアが天才的であろうと七草真由美が負けることは起こり得ないが、対戦した相手は俺が操縦しているので、実質俺が対戦していたようなものだ。そんな事に思い至れたら、もはや笑うしかない。

 

『今年の九校戦はどうやら一筋縄ではいかないようだな』

 

 一高首脳陣の様子から、油断は無くても慢心は捨て切れてないことが窺えたところで映像を切り替える。

 

 次は司波兄妹の様子を窺うことにする。イレギュラー要素の塊とも言える二人なら、俺の使った魔法くらいは知りそうなので底が知れない。音声のみなので許してほしい。

 

『では、お兄様。二高の清水選手は洗脳されていたということなんですか?』

『ああ。だが、通常の洗脳魔法とは違って清水選手は無意識に体を乗っ取られているようだった。演算領域に侵入して精神を乗っ取るなんて芸当が出来る魔法師がいるようだ。それもあの皇悠の下に』

『──―っ! そのような魔法師がどうしてあの皇悠に従っているのでしょうか』

 

 彼らの中では皇悠は『反魔法主義』という認識でいるらしい。というより、これはもう笑うしかない。なんで分かっちゃうのかな。チート過ぎるよ。

 

『従う理由は分からないが、目的は九校戦を通して十師族の権威を落とすことにあるのだろう。姫殿下はこの国の魔法師社会の秩序を破壊して魔法師を支配することを望んでいるのかもしれない』

『魔法師を奴隷にするということですか……!』

『皇悠は魔法師を目の敵にしている節があるから、極論を言えば深雪の言う通りになるかもしれない。当然、そんな事になれば国家の利益に反してしまうだろう。もしかしたら、四葉が動くかもしれない』

『四葉と事を構えるだけの自信が皇悠にあるという事なんでしょうか』

『なんにしても、今年の九校戦は気を付けておくことに越したことは無いだろう』

 

 露骨過ぎたのだろうか。いや、何で観客席から見てただけで俺の使った魔法が分かるんだよ。分からないように隠蔽工作はしていたのだけど……いくら分析が得意と言っても常軌を逸している。見ただけで魔法が分かるって、もはや笑うしかない。ついでに俺の存在も分かっているようなので笑えない。隠蔽工作はしたというのに……まさか決めつけで行動してなかろうか。

 

 幸いなのかどうかは知らないけど、四葉家や所属しているであろう軍の部隊の上官に報告するつもりが無いことだけが救いだろう。より一層、関わらないように接触しないようにしないといけない。

 

 そう決意しつつ、迎えた次の日の本戦のクラウド・ボールである。

 

 またまた七草真由美の登場である。

 

 先ずはクラウド・ボールのルールからおさらい。

 

 クラウド・ボールは、制限時間内にシューターから射出された低反発ボールをラケットまたは魔法を使って相手コートへ落とした回数を競う対戦競技である。

 

 1セット3分、ボールは20秒ごとに追加され最大9つのボールを操る、女子は3セットマッチ,男子は5セットマッチである。ちなみに選手の一日の試合回数が最も多く消耗を抑えることが重要とされる(24→12→6→3→3位決定戦→決勝で半日で最大5試合)

 

 七草真由美の常套手段は『ダブル・バウンド』という対象の移動物体の加速を二倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法を用いて、自陣に入られる前に打ち返す戦法だ。これをどうにか攻略するには、単純に干渉力を超える必要がある。認識阻害をかけたところで『マルチスコープ』に死角は存在しないので、ボールを隠しても無意味だろう。

 

 だが、七草真由美の弱点と言えば『マルチスコープ』で知覚した後に魔法を放つまでにラグがあることだろう。コンマ何秒かの世界で戦わなければならず、更にスピード・シューティングで使った魔法を使うと突拍子もない理論で同一人物の仕業と勘繰られて疑われかねないので同じ魔法は使えない縛りが発生している中での戦いである。

 

 かなり姑息だが、再びCADに細工をしてもらって昨日と同様に負担増を狙う。そして、彼女と対戦する全ての選手を七草真由美から点を取ることは出来なくとも死力を尽くして粘るように暗示を仕掛けてもらう。俺が動くとアレなので、根暗ちゃんと関本氏にそれぞれ頑張ってもらう。

 

 そうして迎えようとしているのが決勝戦。

 

 ここまで優勝させない布石は打ってきたつもりだが、結論を言うなら『全く効果が無かった』であった。

 

 昨日のスピード・シューティングで尻に火がついたと思われ、ここまでの試合結果は1つの得点も許さない完封の上で相手選手のリタイアで勝ってきている。十師族としての他の追随を許さない圧倒的な力を見せつけた試合運びは、ハイレベルの試合というより単なる作業だった。で、それを見せられて観客が沸き立つというより、白けたムードが漂い、相手選手に同情する者が出ている。歓声が疎らだった。

 

「十師族が本気を出したら、こうまで試合がつまらなくなるものなんだな」

 

 皇悠があくびを噛み殺しながら呟き、概ね同意する。しかし、本気を出させたのも『つまらない試合』にさせたのも元を正せば彼女自身であることを忘れてはならない。実行者は俺だけど。

 

 皇悠が元凶と捉えるなら、この他人事のような物言いに堪忍袋の緒が切れる人がいた。

 

「十師族の本気を見たいと言っていたのは姫殿下ではありませんか。ご自分で言って実際に目の当りにしたら『つまらない』などと言うのは、些か都合がよすぎるのではありませんか?」

 

 藤林響子だった。流石に声を荒げることまでしなかったようで、つかさちゃんは自制できたようだ。

 

 俺がいないところで「十師族の本気を見たい」などと口にしていたようだが、それで実際に目の当りにした感想が『つまらない』というのも失礼極まりないが納得だ。本気出せば試合にならないとか、力があり過ぎるのも困りモノかもしれない。

 

「私は圧倒的な実力差を見せつける試合より、手に汗握るような拮抗した試合の方が好きだった。それだけの話だよ。もはや、どこを楽しめばいいんだろうな」

「姫殿下に同意します。平坦な道より、山や谷のある道が好きです」

 

 イエスマンと言って差し支えないつかさちゃんの発言はさておき。

 

 藤林響子は俺に眼光を向ける。貴方はどうなの、と訴えているようで返答に困ってしまう。実際に十師族の本気を見た感想を述べるのって大変だよ。だって「強かった」という一言で完結するんだもん。ただでさえ他よりも隔絶した魔法力を持つのに、そこへ秘術だか秘伝だったかを使われたら鬼に金棒で、一般魔法師からしてみればお手上げである。ちなみにこの秘伝だったか秘術を参考に新たな魔法式を作ると、殺害や恐喝、脅迫などこの世の地獄と闇の満漢全席を体験できるので気を付けよう。

 

 というか、俺もある意味で十師族側として見れるので何を言ってもダメだろう。

 

「これは変にトラウマになって魔法力を喪失される前に棄権させたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それだと、敵前逃亡の臆病者だという誹りは免れないが良いのかね?」

「会場の雰囲気的に棄権したって誰もそんな事言いませんよ、老師。十師族の強さは分かったので、もう良いのでは?」

「それだと、君は依頼とやらが完遂出来ないワケだが」

「勝てなくもないですが、それをやっちゃうとあからさま過ぎて後が大変です」

「単純な魔法力勝負はさすがに都合が悪いか」

「十師族を超える魔法力を持つ魔法師はいない。この国の魔法師の常識や価値観を根底から覆したら、後に待つのは思いあがった馬鹿による出来もしない下克上ですよ」

 

 十師族が強いのは、研究所で研究テーマに沿って様々なアプローチから開発されたからだ。当然ながら、彼らの魔法力の異常なまでの高さは人の道を外れ、頭のネジが何十本も緩んだ度重なる非人道的な研究開発の結果だ。

 

 最初期に開発された九島烈が知らないハズがなく、十師族の創設目的は本当のところは彼のように強過ぎる魔法師を閉じ込める『檻』だったのかもしれない。

 

「姫殿下、どうしますか?」

「単純な力勝負をするつもりは無いか」

 

 誰もが皇悠のようにゴリラじゃないんだよ。

 

 純粋な力比べなら俺は誰にも負けない自信はある。

 

 四葉と七草の遺伝子が使われ、更に完全な調整も受けている俺の魔法力は他の十師族を圧倒的に凌駕していると言っても過言でない。故にその魔法力に比例して顔立ちが整い過ぎて目立つので、前髪を長くして隠している。

 

『神秘的すぎて直視すると目が潰れる』

 

 皇悠の感想である。常時フラッシュしてんのかな。

 

 要するにこんな小狡いことをする輩には見えない人間ということで、容姿と性格と言動にズレが生じている。

 

 それはいいとして、つかさちゃんからの「姫殿下の期待を裏切るな」という視線が怖いので俺も尻に火を付ける。

 

「だが、単純な魔法力だけが全てではない。証明してみてほしい。魔法力以外でも勝てるということを」

「わかりました」

 

 正直、不可能に近い。魔法戦闘において魔法力はある種のバロメーターであり、向かい合ってよーいドンで戦うなら魔法力で勝敗は決する。

 

 七草真由美から点数を勝ち取るには、あらゆる角度から打ったところで多元レーダーみたいな知覚能力を有するので死角は無いに等しい。これを崩す方法は、単純に七草真由美の処理能力を超えるように複雑かつ高度な魔法の運用をしてボールを向かわせることだろうか。そんな事出来るのは、メスゴリラくらいなものだろう。

 

 しかし、そんな人間やめた方法をとらなくても攻略法はもう一つある。

 

『ダブル・バウンド』は発動対象が存在して効力を発揮するが、そもそもこの魔法は物体が動いているからこそ、この魔法は効力を発揮する。前述したように七草真由美のキャパオーバーを期待するのは現実的ではないので、俺が狙うとすれば『魔法を外させる』か『物体のベクトルをゼロにする』という二つの曲芸である。

 

 ちなみに決勝では、七草真由美と同様に魔法でボールを打つスタイルの三高の三年生でクラウド・ボール部の部長をしている風見先輩をハックしての参戦だ。七草真由美と対戦する上で最も好都合な魔法師がこの人しかいなかったし、目的にも合うのでちょうどいいだろう。

 

 この際、同じ魔法を使うのは仕方ない。圧倒的な魔法力を持つ相手に正面切って挑むには、俺が思いつく限りにおいて曲芸に頼るしかない。強すぎて笑うしかない。

 

 ブザーが鳴る。勝負の時だ。

 

 一つ目のボールAが射出され、先ずは条件を整えるためにここはひたすら相手ネットで戻ってくるボールを空気弾で打ち返す。

 

 時間が経過し、ボールBが増える。

 

 ここから仕掛けていく。

 

 七草真由美の『ダブル・バウンド』は物体が動いているからこそ効力を発揮する。そして、いつも魔法を使うタイミングは境界に位置するネットの上だ。ちょうどそのタイミングでボールAが静止するように停止の魔法をかける。

 

 ボールAは下方向にベクトルが変わり、自陣へ向かうボールAのベクトルを逆転させるという定義が破綻して魔法は不発。同時に二個目のボールBは普通に打って処理させようとする。

 

 そして、落下するボールAを打ち上げようと空気弾を撃つ。

 

 上昇したボールAはベクトルが逆転して戻ってくる途中だったボールBに衝突、ボールBは再び七草真由美のコートへ向かい、ボールAは壁にぶつかって反転してきた初めにボールBを撃った空気弾によって方向が七草真由美のコートへ向かう。

 

「どういうこと……!?」

 

 この一連の動きは一瞬の出来事に近く、打ち返した次の瞬間には二つに増えてコートへ送り込まれたのだ。

 

 常識の超えた出来事に七草真由美は驚愕と動揺してしまうが、得点を入れられてしまう前に『ダブル・バウンド』で打ち返す。まだボールの数がたりないから、反応されても仕方ないか。

 

 まだ序の口だ。七草真由美がベクトルを逆転させる『ダブル・バウンド』しか使わないのであれば、こちら側の勝ちは拾えるだろう。打った方向からボールが来るのなら、俺の演算を超えるには至らない。

 

 魔法師はあくまで『魔法が使える常人』だ。皇悠のように人間辞めたゴリラではないので、どれだけ魔法力が優れようとも限界はある。

 

 いくら死角が無くても、反応できなければ意味がない。

 

 寸分の狂いなく跳弾するように改良した空気弾を当て、ボール同士をぶつけたりして返していく上で時間の経過と共にボールは最大9つになる。

 

 ここからが腕の見せ所。時間差を設けて相手が1つのボールを返したら次のボールが逐次向かうようにするという悪辣な攻め方で、どこへどうボールが向かうか全ての軌道を演算処理する。

 

 9つのボール全ての軌道を予測演算して魔法を使って打ち返す技能は、当然ながら風見選手は持ち合わせていない。誰かが肩代わりしなければならないのだが、俺は回りくどく根暗ちゃんを介することにより、彼女をスケープゴートに仕立て上げて演算処理している。情報次元では根暗ちゃんが演算処理しているように見せかけることになり、俺は何もしてないことになる。精神干渉が得意の四葉家に対する本気の隠蔽工作だが、これで駄目だったら頭を掻いて誤魔化すしか道は無い。

 

 消耗の具合でいったら、1つ1つ『マルチスコープ』も並用して魔法で対処しなければならない七草真由美と1つの魔法で最低でも3回以上は打ち返してボールとボールをぶつけて半自動的に返している風見選手では、どちらが疲労が蓄積しているかといえば、圧倒的に前者だろう。七草真由美は普段は生徒会活動をしており、体力作りはあまりしてなかったので体力は低い部類に入る。だからといって、まだ疲れを見せずにいるのは十師族たる所以だろう。

 

 しかし、どれだけ取り繕っても限界は訪れるものだ。

 

「あっ──―!」

 

 観客席から声が上がる。

 

 ここまで完封してきた七草真由美がついに点を許したのだ。残り十秒という局面で互いに点を許さずにいた状況で、点を取られることは精神的にも辛いだろう。

 

 嫌がらせも効果はあったらしい。億面には出さずにいたが、それも限界だったのだろう。

 

 ラストスパートだ。まだワンセット目だが、ボールのスピードを速めることで相手の魔法の処理スピードを上げさせる。

 

「くっ……!」

 

 ペースは完全に握っているから、合わさざるを得ない七草真由美は何とか食らいついてくる。追加で点数を取れると思ったが、どうやら無理なようだ。

 

 ブザーが鳴り響き、第一セットが終了した。

 

 風見選手が辛くも勝利を掴み、次のセットへ向けて準備を開始する。

 

 俺も次に向けてやらなければならないことがある。

 

「砂糖ください」

 

 糖分摂取だ。

 

 

 

 




余談。

室内にあった砂糖は、コーヒーなどに使う角砂糖のみだったという。ケーキくらい用意しろ、と主人公は内心思っていました。



申し訳ございません。長くなるのでここで一旦区切ります。

後半戦は鋭意執筆中につき、しばらく待たせることになります。その旨をどうか了承していただきたく存じます。



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18話

 第2セットは七草真由美に奪取されてしまった。

 

 敗因はエンジニアの存在があった。急遽、サポート要員で入った司波達也が七草真由美のCADに何かしたらしく、おかげで彼女の魔法の効率が上がったのだ。

 

 劇的とまではいかなくとも、演算効率が上がった相手に対し、どうしようもないくらいに地力の差が生じてしまったので、第2セットを落としてしまった。

 

 再調整する時間的な余裕は無かったハズだし、七草真由美のCAD調整をしていたのは別の一高生なので、いくら天才と名高いトーラス・シルバーの片割れでも無理がある。考えられる手段で最も可能性が高いのは、CAD内にあるソフトのゴミ処理だろう。やるか否かで効率が多少変わることは知っているだろうと思われ、技能の高さには舌を巻く。

 

「ある意味で身内同士の対決のようだな」

 

 司波達也が四葉家の人間だということを知っているらしい九島烈は、面白そうに呟く。

 

 どっちの事情も知っている人間からすれば、今の決勝は『七草&四葉VS七草&四葉』という十師族同士の対決だった。尚、こっちが七草と四葉が合体した存在であるが、あちらは四葉のちょっとした支援のみで七草単体で挑んでいる状態。腹違いの姉と誕生日的に従兄にあたる人たちだが、特に思うところは無い。

 

 そして、あっちは全力を出して挑めるのに対してこっちは全力を出せない縛りを抱えている。結局、いくら最初期に開発された調整体とはいえ今は一般魔法師に分類されるエレメンツの人間が魔法力で十師族を上回ることをすれば面倒な事態になる。事後処理が厄介だ。

 

 今は同じやり方を貫くか否かで迷っている。

 

 七草真由美は『ダブル・バウンド』以外に加速魔法も使用して来ており、更に地力の差がモロに出てしまった。第3セットは単純な力勝負になるだろうと予測され、工夫や曲芸では如何ともし難い事態になっている。

 

 結局、九校戦は力と才能こそが全てを決するのだ。

 

「君は全力を出さないのかね?」

「老師の言う通り全力を出せば勝てますが、風見選手の今後が大変ですよ。何しろ、十師族に魔法力で勝ってしまうんですから」

「それに関しては私が責任を持とう。君の全力を見たい」

 

 あらやだ、頼もしい。

 

「志村、勝ってみせろ」

 

 皇悠の許可が出た。このメスゴリラ、九島烈との友好関係を構築するのが本来の目的のようだな。彼女からしてみれば、最も対立する理由が無いのが九島家だったのだろう。九島家と伝統派との和解を成立させる算段があるのかもしれないが、そんな事を望んでない輩は新皇道派の古式魔法師には存在する。問題は東道青波がどこまで本気であるかだ。

 

「わかりました」

 

 皇悠の思惑がどこにあるかなど知ったことではない。俺は依頼に従うのみだ。

 

「えっ、どうするつもり?」

 

 それまで藤林響子が訊いてきて、俺はキーボードタイプのCADを取り出しながら答える。

 

「他人の演算領域と自分の演算領域を同調させるんです。七草の万能もイイ感じに混ざっているから、演算領域にクセみたいなのが無い俺は他人の演算領域と自分の演算領域を繋げることが出来てしまうんです。でも、魔法師の演算領域は人それぞれで違うので、最適化させなきゃいけないからこうしてパソコンのプログラミングみたいにタイピングして演算領域……というか、精神を最適化して繋げるんです」

「貴方、本当に人間?」

「藤林さんは自分のことを人間だと思いますか?」

 

 何でそんなことを訊くのか、と問われて笑いそうになるのを我慢する。

 

「人としての枠を超えた事をすると、自分が人間なのかどうか怪しくなってきますが……結局こういうのって気の持ちようなんですよね。俺は自分のことを人間だと思いこむようにしてます」

「気の持ちよう、ね。貴方もある意味であの子や彼と同じなのかもしれないわね」

 

 俺と同じような人間って、それは周りが自分を人間として扱ってくれないような酷い環境にいる人間がいるという事になる。絶対、性格はねじ曲がって屈折してるだろうな。俺含めてロクな人間じゃないので関わるのは避けたい。

 

 第3セットが開始された。

 

 射出されたボールを空気弾で打ち、相手コートに飛ばす。

 

 魔法式の構成まで変えてないようで『ダブル・バウンド』がかけられるが、情報強化で対応する。

 

 物体のベクトルが逆転しようとする七草真由美の魔法は効力を発揮できず、ボールはコートへ落とされる。

 

『そんなことが……!』

 

 単純な魔法力では負けないと思っていただけに力で押されるのは予想外で、しかも力負けしてしまったことは大きな衝撃と動揺を与える。

 

 露骨にやり過ぎている気がしなくもない。結局、俺が本気出すとワンサイドゲームとなってしまう。誰も魔法力ではマトモに勝つことは出来ないから、これからする事は単純な作業だった。

 

 七草真由美の魔法力では、俺の情報強化を突破することは出来ない。故に一方的に点数を許し、手も足も出せない。

 

 クラウド・ボールはアイス・ピラーズ・ブレイク同様、細かな技術より純粋な力技となることが多く、魔法力に圧倒的な差が生じていれば勝ててしまう。

 

 試合は俺が操る風見選手の一方的な点取りという異様な状態となり、観客は凍りつ──―くことなく一種のエンターテインメントとして歓声を上げて楽しんでいた。七草真由美のワンサイドゲームを見ても歓声を上げているくらいだし、別に十師族が勝とうが負けようが大衆はどうでもいいらしい。どうでも良くないのは、魔法師社会という狭い世界で生きる人々だろう。

 

 試合終了。

 

 一方的な勝利を掴み取ったことに特に感慨もなく、さっさと隠蔽工作して一息つく。

 

 つまらない試合にしてしまった。

 

「他の十師族では君に勝てる者は殆どいないだろう。見事だった」

「……ありがとうございます」

 

 皇悠と同じように捻くれた返事をしようとしたが、そこまで似たくないので堪える。

 

「姫殿下、オーダー完了です。少し休んできます」

「お疲れ様。後は自由にしていい」

 

 切り換えていこう。どうせ俺のこのナイーブな思考は、誰かに言ったところで理解し難いだろう。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 自室へ戻る途中、電話がかかってきた。非通知だった。

 

 怪しげな勧誘だったり、詐欺師だったりするので出ないのが正解だと思うから、着信拒否する。

 

 またかかってきた。切った。

 

「ええい、しつこい!」

 

 何度も非通知で電話がかかってきて、その度に拒否してるのだけど、相手も諦めが悪いのか何度も電話をかけてくる。

 

 ここで根負けして俺が電話に出ることはしない。諦めの悪い人間はこっちも同じだから、絶対に電話に出ない。出てやるもんか! 

 

 そうして何度目かの攻防の末、今度はきちんと番号が出た状態で電話がかかってきた。知らない番号であった。

 

 切りたいけど、仕方ないから出ることにする。

 

「もしもし、志村です」

『やあ、どうも。元気にしてるかな、志村くん。僕だよ、非通知の忍者だ』

「非通知さんという方ですか。生憎ですが、そういう人とは知り合いではありません。新手の宗教勧誘とかでしょうか?」

 

 九重八雲だった。ちょっと不機嫌な様子だ。

 

『君は姫殿下から離れると、すぐに監視がつくようになっているから、要件だけを伝えておこう』

「なんですか?」

『見事な試合だったよ。昨日に引き続き、あの七草真由美を倒してしまうなんて青波入道閣下はお喜びになっていたよ』

 

 額面通りに受け止めると、褒められているように思えるだろう。素直に『やったー褒められたー』と喜べたらいいけど、あの妖怪が喜ぶ姿が想像できないし、何よりも先ずは『何故喜んでいるのか』という疑問が生じる。裏があるべきだと思う。

 

「そうですか」

『ただ、九島烈に君の出自を話したのは失敗だったね。今は厳重注意で済むけど、次にやらかすと何らかのペナルティがかけられるので気を付けてね。姫殿下の守りを引き続いて頼むよ』

 

 一応、思惑通りに事が運んでいるのもあるから『厳重注意』で終わってくれるようだ。処分が重くなると、俺が洗脳した一高の生徒に何らかの危害が加えられるのは確実で、更に重くなると俺自身が危ない。

 

 魑魅魍魎の思惑に乗って動けば、内戦は確実だろう。九校戦で『姫殿下を魔法師が殺した』なんてスキャンダルが起きれば、魔法師排斥運動は盛んとなって「魔法師は危険なので徹底的に管理しよう」という結論に至って、今まで魔法師に与えられてきた自由や権利は無くなり、我慢ならなくなった魔法師たちによる反乱が幕を開けるだろう。

 

 どうすればいいんだろう。

 

「おっ、志村。こんなところにいたんだな」

 

 一条と吉祥寺と遭遇した。どうやら探していたらしい。

 

 祝勝パーティーをやるらしいが、正直に言えば風見先輩と顔を合わせるのが辛いので出たくない。

 

 演算を同調した魔法師は総じて『自分が自分じゃないような気がした』という感想を述べるのだが、そんな事を言ったところで俺の存在に気づけないので別に気にすることではない。単純に操って勝たせた風見先輩を祝うのは、自画自賛するようで気分が悪い。

 

「ごめん。ちょっと休ませて」

「どうしてだ?」

「姫殿下のところにいたんだけど、一緒に老師もいたんだよ。その孫にあたる藤林響子さんもいるし、気が休まらなくて大変で気疲れしたから休ませて」

「おう、そうか」

「気が向いたら来てよ」

 

 ちょうどいい機会だし、一条に訊きたいことがあるので訊いてみよう。

 

「一条は風見先輩が一高の七草真由美さんに勝ったことは喜ばしいことか?」

「うん? 当たり前に決まってるだろ。三高の生徒が優勝したんだぞ。祝うのが普通だろ。お前も小さい事に拘る人間だったんだな」

「小さいかもしれないが、重要なハズだ」

「学生同士の大会で十師族の権威に疵なんかつかないだろう。その程度で疵がつくような存在じゃない」

 

 大物なのか考え無しなのか解らん奴だな。

 

 しかし、権威だの何だのに最も拘っていたのは俺かもしれない。皇悠についてる人間が、十師族の事を考えたって意味がない。敵対しなければいけないし、最終的に切り捨てられる人間なので自分の事を考えないといけない。

 

 今死ぬか後で死ぬか、長生きできないのは皇悠ではなく俺だった。

 

 

 

 

 





本編とは関係ないけど、七草弘一で画像検索するとムスカ大佐とのコラ画像があるんですね。意識して似せたんかな。


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19話

 翌日。

 

 朝起きて呑気に日向ぼっこしていたら、四十九院と遭遇した。

 

「ここにおったか。捜したんじゃぞ」

「どうかした?」

「聞きたいことがあっての」

 

 十中八九、皇悠の事だろう。

 

 四十九院がいると、俺の暗躍ができなくなるので遠ざけて関わらせないのが得策だろう。洗脳してしまえば楽なのだろうけど、同級生との確執とか今後の学校生活に響いてくるし、他人にリソースを割いている中で余計なリスクは背負いたくない。

 

「一応、姫殿下の護衛をやらされてるのに一緒にいなくて本当に良いのか不安でな。大丈夫じゃろうか」

「大丈夫だよ。君が姫殿下と繋がりを持つことが君自身の家での立場や四十九院家の古式界隈での立場の確立に貢献しているんだ。実際の護衛を本気でやるのは姫殿下肝いりの海軍の秘密部隊や遠山つかさって女性がやる。あの人は十文字家と同じ第十研出身の数字付きだからさ」

「遠山って十山のことじゃったか」

 

 知らなかったの、なんて野暮なことは言わない。十山家が『遠山』になって国防軍で活動していられるのは、代償として十師族になれないことが決められている。同じように軍務についている家が存在しているが、あっちは個人の意思で入ったから問題ないらしい。魔法師にも職業選択の自由があるという建前があるからだ。実際に海軍の秘密部隊は九校戦会場にはいない。

 

 つかさちゃんが護衛をやっているから、俺もいらない子扱いになってしまう。なんで護衛などという目立つことをやっているかと言えば、皇悠を確実に殺せるチャンスを作るために用意されたポジションだっただけの話だろう。皇悠を殺せば死亡確実だし、かといって殺さなければ殺される。どないすればええねん。

 

 四十九院に求められているのは政治的な役回りである。四十九院家は古式界隈では有名なので、そこの令嬢が皇族として有名な姫殿下と繋がりを得て懇意にすることは、皇悠の地位も確立されるし、四十九院沓子という個人の箔付けにもなる。逆に俺はデメリットだらけで、いつかは切り捨てられるタイムリミットが近づいてきているようでさっさとスイスあたりに逃げたい。冗談だけど。

 

「問題ないのなら良いのじゃが、なんだか与り知らぬところでとてつもない事が裏で動いているような気がするのじゃ」

 

 魔法師の妙な勘の鋭さは如何ともし難い。全部ゲロって楽になりたいけど、それで関わらせた挙句に最悪死なれると辛い。

 

「気のせいじゃないか?」

「そうだといいんじゃが、どうにも不安が拭い切れないのじゃ」

「その心配は杞憂だ。なんでもかんでも陰謀論に繋げるのは悪癖になるぞ」

「ううむ……」

 

 釈然としてない様子だが、変に勘付いて余計なことをされるとフォローするのが大変だ。

 

「話は終わりでいいか?」

「もう一つある。お主はどうか知らないが、監視されてることに気づいとるか?」

 

 気づいても言うなよ、とツッコミしたかった。

 

 全力で気づかないフリをしてスルーしていたというのに四十九院が言うもんだから、取り繕うことが出来なくなった。

 

 ようやく気づかれた監視役の陸軍の白い制服を着た軍人さんは、茂みから音もなく姿を見せた。少佐の階級章をつけた陸軍のオッサンだけど、この人……今まで気づかれるまでずっと制服姿で茂みとか色んなところに隠れていたのだと思えば、絵面的にシュールだよなー。隠れるなら、迷彩の戦闘服にしてほしいと思う今日この頃。魔法的な技術で隠れられるとか言われても、普通にバレバレだから困る。しかし、あからさまな監視をしてくれたおかげで吉田に魔法かける際の隠蔽工作を仕掛ける際、気取られないように探す手間が省けたので助かった面がある。

 

「おや、流石は姫殿下の護衛役を任されるだけあって周囲の気配に敏感なようだな、お嬢さん。そっちの前髪の長い少年は全く気づいてなかったようだったが」

 

 話したくないからスルーしていたに決まっているだろう。

 

「軍人さんの隠れ方は上手ですね。俺は四十九院が言うまで気づきませんでしたよ」

「お主、本当に気づいてなかったんじゃな」

 

 本当に気づいてない風を装って言うと、四十九院に呆れられてしまった。

 

「失礼。名乗るのを忘れていたね。私は国防陸軍所属、風間玄信だ。階級は少佐だ」

「風間……もしや、あの大天狗じゃな」

 

 大天狗……大亜連合に対してベトナム軍がゲリラ戦を展開していた『大越紛争』において、ベトナム軍へ派遣されて卓越した指揮で戦った故に付けられた。皮肉かな。

 

 この日本軍の大越紛争における介入は『一部軍人の暴走』という形で出兵というツッコミする気すら失せる判断は、軍を政府は制御出来なくなったということになる。旧日本軍の関東軍の暴走を許した結果がどうなったか知らないハズが無いだろうに。まあ、その関東軍は旧ソ連軍の自身の何倍もの数の師団と対峙していたので発狂寸前だったというのもあるかもしれない。それで暴走された結果がロクでもなかったように、この紛争介入によって紛争で終わるハズが戦争に発展してしまい、日本は大亜連合との火種を抱える事になった。

 

「志村真弘くんといったかな。過去に姫殿下と共に海軍で行われていた非人道的実験の摘発に協力していたから、かなり信頼されているようだな。どうやって知り合ったんだい?」 

 

そんな事しておったのか、と驚く四十九院は声を上げないだけ及第点なのでそのまま黙っててほしい。

 

「知人の紹介です」

「知人か。君には渡航歴があるから海外にいる誰かなのか、はたまた中華街にいる何者かということになるかな。あそこがどういう所か知らないでもないだろう?」

 

 横浜の中華街に出入りしていた事は掴んでいたようだ。勝手に工作員の巣窟と決めつけ、あまつさえスパイなのではないかという疑ってかかられるのは良い気分でない。

 

 周大人はあの妖怪ジジイ共についちゃってるらしいが、あの人は疑われて調査されたところで尻尾を出すようなことはしないから問題なしだろう。ムカつく。

 

何がスパイだよ。ムカつくのでやり返してやる。

 

「流石は大天狗ですね。情報を掴むのは得意なようで、与えられた通り名のように鼻高々ですね。他人の力で伸し上がっておきながら、そんなに威張れるとは大天狗の異名に相応しいですよ」

「貴様……!」

 

 殺気だった目で睨まれた。それなりに死線を潜り抜けてきた人だから、殺気を出されたら慣れていない人間は失神するか漏らしてしまうだろう。実際、四十九院は失神してしまった。とりあえず、木陰に移す。

 

 俺は怯える素振りを見せつつ、落ち着くように声をかける。しかし、余程癪に障ったらしく高圧的な姿勢を崩すことは無かった。

 

「志村真弘。貴様にはスパイ容疑がかけられている。一緒に来てもらおうか」

「そういうのは警察の仕事です。憲兵でもない、逮捕権を持たない軍人が何の権利があって一般人の自由を奪って拘束するんですか?」

「軍人が動くのは国家の安全のためだ。それにこのまま疑われて監視され続けるより、早く疑惑を晴らして普通の生活をするのが良いと思わんか?」

 

 冗談じゃねーよ。このまま拘束されたら、洗いざらい余計な事まで訊いてくるに決まっている。疑惑を晴らすなんて建前で、本音は皇悠の弱みを握るネタを手に入れるためだろう。面倒だ。どこの所属か知らないけど、十師族派の上の人間を使って後で仕返ししてやろう。

 

 ケータイもCADも置いてきたせいで助けを呼べることもなく、このまま連行されるしか道は無かった。

 

 







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20話

 暗躍していく上で最もやられてキツいのは、こうして実際の証拠も何も無いのに捕まることだった。

 

 自分の掌でクルクルと踊らせ、思い通りに動かしてほくそ笑んでいたところに『お前が黒幕だな。逮捕だ逮捕ォー!』なんて決めつけで動かれることがムカつく。証拠? そんなものは後で作るから良い。状況証拠と疑惑さえあれば充分だろう? 

 

 強権を振るわれたら為す術が無く、今こうして『取り調べ』という名目の下、有益な情報を抜き取りをされていた。

 

 茶番劇の開幕。

 

 先ずは姫殿下との関係やら依頼内容を問いただされる。ちゃんと答えなければ、第一段階は机を叩いて脅しが入り、それでもダメなら自白剤が投与される。暴力的な手段に出れば、非合法な手段に出ているから後で手痛いしっぺ返しが待っているだろう。

 

 ちゃんと喋る気は無いけど、相手……天狗さんが焦れてどんなアクションに出るか予測できない以上、ある程度は真面目に話すべきだろう。

 

「そう聞かれましても、俺と姫殿下はドライな関係ですよ。金で繋がっているだけです」

「それにしてはプライベートな付き合いがあるようじゃないか。姫殿下が私的に訪れておきながら、ドライな関係は無理があるだろう」

「何事も自分でやらなきゃ気が済まない質なんですよ。綺麗なお飾りでいればいいのに、汚いこともしようとするから色々と失敗して利用されるんです」

「随分と姫殿下について詳しいようだな。ならば、彼女がここに来て何を企てているか知っているか?」

「中立でありたいらしいです。なんだかんだと魔法師は必要ですからね」

「本当のことを話したらどうなんだ?」

「アンタ人の話す事を少しくらい信用しろよ」

 

 ネチネチとしつこい男だな。大天狗じゃなくて大蛇にでも改名したらいいんじゃないか。それだと、どっかの漫画のキャラと被るか。干されていたら、大亜連合の侵攻軍を撃退した功績によって昇任して秘密部隊(所属を名乗らないから恐らく)に所属してるんだろうけど、やってることが表向きは民間人の自由を奪って拘束して恐喝、脅迫、恫喝の三点セットをお届けするという軍人にあるまじき行為だ。今のは和やかな話し合いを届けているが、もっと恐ろしいものを味わっている事に関する内容は割愛している。誰も俺が悲惨な目に遭っているのは見たくないだろうし。

 

 魔法師は兵器であり、軍の所有物であるから何しても許されるんだろう。これが魔法名家と関りがある魔法師なら軍は丁重に紳士的な振る舞いをしてくれるが、そうでない一般魔法師はこんな風に確たる証拠や司法を介さずに拘束してくる。なんと痛快なディストピアなんでしょう。これが日本という国の軍かよ。

 

 ちなみに新皇道派は、姫殿下の方針もあって魔法師に対して優しい。だけど、反魔法主義的だと魔法師社会でイメージがあるのは、ネーミングやプロパガンダ、ネガティブキャンペーンの賜物だろう。

 

「風間少佐、不当に民間人を拘束しようとはどういう了見か伺いたい」

 

 なんて考えつつ天狗さんの追及を捌いていたところで、この茶番劇を終わらせたのは思いの外早く登場した皇悠だった。つかさちゃんを伴っての登場には、天狗さんも苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 海と陸という別々の庭だけど、階級による序列はどっちも一緒なのでここでは今のところ『大佐』である皇悠の命令に対して『少佐』の風間少佐は服従しなければならない。

 

 馬鹿正直に『強権を振っていた』なんて認めれないし、すごすごと引き下がるしかできないだろう。諦めが悪そうだけど。

 

「姫殿下、私の部下が彼が慣れた様子で横浜の中華街に出入りしていたという情報を掴みました。ご存知でしょうが、我々は未だ大亜連合と法的には戦争を継続中です。そこに国防の要となる魔法師が出入りしていれば、良からぬ輩に目をつけられて無意識に操られている可能性があります」

「証拠はあるのか?」

「……それは……しかし、あの街は本国の圧政から逃れた華僑の、本国に対する主要抵抗拠点の一つという建前がありますが、内実は工作員の巣窟だということは知ってるでしょう。これは彼の身を守るためでもあります」

「話にならん。実際に見てもいないのに良く決めつけれたものだな」

 

 工作員がいるのは事実ではある。藤林響子から俺が中華街に行った情報を得たというのに全くそこら辺は訊いてこなかったけど、建前が『スパイ疑惑』だったのに天狗さんにとってはどうでもいい事だったようだ。

 

「第一、私が彼を中華街へ向かわせたのは無頭竜との取引をさせるためだった。責任は私にある」

 

 俺が無頭竜の幹部がいる中華街へ向かったのは、ボスのリチャード・孫の依頼であり、妖怪の思惑が絡んだことなんだけど……メスゴリラの陰謀も絡んでいたのかもしれない。いや、そこは認めちゃアカンでしょ。バカなの、死にたいの?

 

「一介の軍人であり、ましてや皇族である貴方が海外の犯罪組織と繋がるとは、何を考えているのですか!」

 

 超ド正論をブチ込まれて苦い顔をしたのはつかさちゃんだが、皇悠は飄々とどこ吹く風だった。

 

 非合法な事をしているのはどっちも一緒であり、質が悪いのもどっちも一緒だろう。まあ、もっと質が悪いのはたくさんいるのだけど、このブーメラン会話は傍から見れば滑稽でしかない。

 

 やらかし具合でいったら、皇悠がマズいだろう。流石に擁護できない。

 

「そんなの大亜連合との戦争を終わらせるために決まっているだろう?」

 

 どういうことやねん。

 

 話を要約すると、無頭竜を通して大亜連合の穏健派と接触して水面下で和平の交渉をしているらしい。主導しているのは皇悠で、まだ交渉中な様子であるものの向こうも乗り気な様子で取り纏めには苦労しないらしい。

 

 いつの間にそんな事してたんだよ、というツッコミをしていいものだろうか。俺は皇悠の計画を邪魔してたハズだし、どこで誰をどう動かしていたのかネタ晴らしくらいしてほしい。たぶんロン毛ジジイがいるんだろうけど、あの人は世界大戦をもう一回やりたいみたいな感じの人間だと思っていたが、皇悠側について何か得するものが……四葉に噛みつけるくらいか。

 

 驚いたのは天狗さんで、彼は和平の内容を聞いて「正気か!?」と目を白黒させる。

 

「この国の魔法技術を売り渡そうというのか! 貴方はそれでもこの国の軍人かっ?」

「技術協力と言ってほしいな。技術では戦争に勝てないし、それに戦争による被害を少なくするためなら、多少の損は許容範囲だろう。ほら、目的を知れたんだ。これ以上、何か必要か?」

 

それもそうか。

 

「いつか大きな仕返しがきますよ」

「仕返しならもうすぐ来る。それもとびっきりのな」

 

 天狗さんには立ち去ってもらったので、茶番劇が閉幕ということで手錠を外す。既に天狗さんを洗脳して鍵は貰っていたのだが、その気になれば出て行けたのは言うまでもなく……そんな事しなかったのは単純に状況を楽しんでいたのと自分を助けるのは皇悠が動くか試したかった。それに、せっかく拘束してくれたのに『何も情報を得られませんでした』なんて天狗さんが可哀想だ。ピエロになっちゃうよ。

 

「志村は私を殺すか?」

 

 お礼を言って帰ろうとしたところへ、皇悠がそんなことを聞いてくる。つかさちゃんが厳しい目を向けてCADを起動させるのが見えたが、殺す気が無い単なるポーズだった。どうやらバレバレだったようだ。

 

 別にCADが無くとも魔法の使用には速度的な問題くらいで、今この場で殺してしまって天狗さんを犯人に仕立て上げることは、固有魔法の効かない皇悠とマジノ線みたいな魔法師を相手にするという難易度エクストリームの状況さえ無ければ容易だ。そんな事をして誰が喜ぶかといえば、大亜連合と戦争したい馬鹿と技術を独占したい阿呆だろう。妖怪ジジイが彼女を殺したい理由は後者かな。魔法技術を売り渡すのは、一般の研究所の交流までだろう。それ以外に手を入れようとすれば、流石に黙っちゃいないだろうけど、そこまでするつもりが無いのは明白。大亜連合と戦争したい理由があるのだろうか。

 

 いくらなんでも、殺す殺さない以前に皇悠を殺すことのデメリットが大き過ぎて殺したくない。まあ、殺さない理由が欲しかったから、皇悠が戦争回避の手段を講じてくれるならそれでいい。

 

 内輪で戦争して更に大亜連合とも戦争するとか……どんだけ戦争したいんだよ。逆に皇悠を殺さずとも、和平に反対する勢力が出しゃばってくるし、いろんなのが出てきて内戦状態に突入するかもしれない。どっちにしても戦争になるくらいなら、内輪で戦争していた方が外国と戦争するよりマシだ。

 

「貴方を殺すなんて何の話をしてるんですか? 俺は護衛の仕事を任されて守る側の人間ですよ。普通に考えて殺す理由があるんですか?」

「年寄りの命令に背いて敵対することに繋がるけど?」

「何を言ってるのやら。あちらの命令は皇悠の飼い犬になることであり、護衛することだ。それに俺は金で動く便利屋だから、金を出さないクライアントの下にいつまでもつく道理はありません」

「じゃあ、これから扱き使ってやるから覚悟しておけ。報酬は約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 先の未来より、目先の金が大事で報酬を出さない妖怪ジジイより報酬をたんまり出してくれるメスゴリラに乗っかるのは自然な事だった。何でもお金のためではないけど、優先順位はお金が先で、次に日本という国家と国民で、次に自分の命とくる。とりあえず、信頼度が上がったようだ。

 

 そういう事で、これから妖怪ジジイが送り込んでくる刺客と対峙しなければならなくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 



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21話

連続投稿です。




 アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する十文字克人への工作は、俺が天狗さんに捕まった事も相まって何もできなかったので優勝を許す結果となった。圧倒的な実力差を見せつけた上で勝って何が楽しいんだろうね。

 

 ある意味でバックレた形になったワケだが、半日近く拘束してくれた天狗さんにはどうにか意趣返ししたい。

 

 ということで、天狗さん……風間玄信についての情報を持ってる人脈を利用して丸裸にして悪意ある酷評してやる。

 

 風間玄信という男は、Bライセンス所持の古式魔法師だ。あの九重八雲の弟子で皇悠の兄弟子……にしては仲悪いが……そんなこんなで忍術系の古式魔法を扱える。経歴は防衛大学校卒業の幹部候補生教育を終えた超のつくエリート。順調なら大佐かそれ以上になっていたかもしれないが、出世コースから外れたのは大越紛争への介入が原因。目立たなきゃいいものを目立った挙げ句、日本と大亜連合との間に火種を作って帰還した。それで、擁護してくれなかった所属していた自衛隊派から十師族派へ転向した。

 

 優秀であるものの、自らの高い能力を見せたいという自己顕示欲が強い男である。魔法師なんて自己顕示欲の擬人化みたいなものだから、別に彼が特別自己顕示欲が強いという訳ではないので悪しからず。

 

 そんなこんなで長らく大尉止まりであったが、大亜連合による沖縄侵攻戦で侵攻軍を撃退した功績を称えられて再びエリートコースへ返り咲いた。

 

 彼の出世に関して、大きく関わってくるのが『銀狐』と呼ばれている佐伯広海陸軍少将である。

 

 参謀畑を歩んできた才女で、大越紛争で天狗さんを支援して日本と大亜連合に火種を持ち込ませたある意味で元凶だが、魔法師の戦略的・戦術的な運用を出来るのは当時は彼女しかいなかったため、失脚しなかった『有能』な軍人。

 

 そんな人物のお気に入りとなった天狗さんは、佐伯広海の招聘を受けて新設した国防陸軍第一○一旅団隷下の独立魔装大隊の大隊長に少佐への昇任と合わせて任命された。

 

 独立魔装大隊とは、十師族から独立した魔法戦力を備えることを目的に創設したものである。魔法装備を主装備とした実験的な一○一旅団の中でも、新開発された装備のテスト運用を担う部隊である。その為、機密の度合いが通常の軍事機密から5、6段階跳ね上がっている。二個中隊規模の人員がおり、構成員のほとんどが魔法師。特定分野に突出しているクセの強い魔法師が集まっている。自衛隊派が抱える特殊作戦群の魔法師バージョンといったところ。尚、この情報は機密保持の制約を課された上で得た情報で第三者への漏洩は絶対にしないように万全を期している状態での情報入手であることを注釈する。

 

 この独立魔装大隊や第一○一旅団は、反十師族とまではいかなくても国防陸軍で選りすぐった強い魔法師を中心に創設し、更に非公式ながら戦略級魔法師を抱え込んでいる。

 

 誰かと思えば、司波達也だった。血縁関係でいけば従兄にあたる男だ。つまり四葉の人間。

 

 十師族や師補十八家の人間が軍人になるのは構わないのだけど、『十師族から独立した戦力の確立』を目的にしておきながら実際は十師族に依存しているとか……これぞ十師族派クオリティーとも言える体たらくだった。反十師族的で皇悠と同じ中立的立場にいるであろうとされる佐伯少将だったが、十師族の四葉と繫がっているあたりで何も言うまい。

 

 というか、ここでも出てくるか司波達也。

 

 大亜連合の沖縄侵攻を食い止めてくれた功労者にして世界最大規模の破壊力を持つ戦略級魔法を扱える魔法師だという。沖縄は最悪取られる覚悟だっただけに感謝している。潜在的な反乱分子であるレフト・ブラッドの排除してくれたのも感謝している。司一を助けてくれた恩もある。あれ、意外と俺にとってプラスに働いてくれてるな。でも、白旗上げようとした敵兵を白旗上げる前に殺しにかかったり、軍の装備を私的利用したり、権利は行使しても義務は他人に押し付ける軍隊で最も忌み嫌われる立場に籍を置くのは赦せない。軍人になるのか否かハッキリしてほしいところだけど、そもそも十八歳以下が軍に入るのは国際的な条約で禁止だと決められているので軍属になるなよと言いたい。昨今、どこの国でもやっているから一概に何とも言えないのが痛いところ。

 

 本来なら、沖縄侵攻を防いだのは司波達也であるのだが、なんというか……民間人だし、それに彼に装備などの便宜を図って戦わせた風間玄信に家の事情もあって功績を譲る形となり、それで彼は昇任してエリートコースへ返り咲いたのが真相。棚ぼただった。

 

 指揮官としては確かに有能であるが、出世できたのは戦略級魔法師である司波達也と上官の佐伯少将の調整力や根回しのおかげであり、決して本人の能力が高いからではない。他人の力でのし上がってきた男と言えるかもしれない。実際に言ったら地雷だった。

 

 意趣返しには、天狗さんは戦いでのし上がってきたから、絶対に戦場に立たせないようにしてやることだろうか。椅子に座って書類地獄にしてやる。

 

 そこまで考えていたところで、本戦のバトル・ボードが終了した。一高の渡辺摩利の優勝で、二位に七高、三位に三高の水尾佐保という順位だった。

 

 本日の競技は終了したということで、今日はもう戻って寝るだけだろう。

 

 俺が軍の人間に拘束された、という情報は四十九院を通して三高の主立ったメンバーに伝わったらしい。一条が原因究明に動き出し、天狗さんの部下が対応して上手く誤魔化したらしい。立入禁止区域への侵入が原因になっていた。

 

 生徒会長の水尾佐保から叱られ、観戦に来ていた前田校長から直々に叱られるレアな体験も出来たあたりで気分が悪い。利用させてもらったので恨む筋合いはないが、とりあえずおのれ天狗め。

 

 強権使って拘束などされた時、賄賂などの汚職をしまくる十師族派は使い物にならない。彼らが腐っていられるのは魔法師という存在がいるからで、魔法師に対して頭が上がらないのだ。故に風間玄信みたいに国防という強権をいくら利用しようとも黙認するし、証拠隠滅に加担する。軒並み粛清されてほしいけど、たぶん難しいだろうな。

 

 なんて考えながら自室へ向かう途中の事だ。

 

「お前が壬生の依頼を受けたっていう請負人の志村真弘か?」

 

 声を掛けてきたのは野性味あふれる男だった。一高の制服を着てて、見た目がヤクザという強面で怖い。

 

「そうですが、どちら様でしょうか?」

「桐原武明だ。お前に聞きたいことがある」

 

 次から次に問題がやってくるなー。自分で撒いた種なので仕方ないが、それにしたって返ってくるのが早過ぎだろう。

 

 桐原武明と名乗った男は、人通りが無いとはいえ通路の真ん中でいきなり頭を下げるなんて目立つ行動をとった。

 

「頼む! 壬生がどこにいるのか教えてくれ!」

「えっ、嫌ですけど?」

 

 即答した。

 

「な、何故……」

「本人の気持ちの整理が出来てない。それに魔法とは関わりたくないと言っていたから、魔法師である君が関わりに行ったら変に拗れるし精神的にも情緒的にも不安定になるかもしれない。そんなに連れ戻したいんですか?」

「違う! ただ俺は……謝りたいだけなんだ……!」

 

 後悔しているのだろう。懇願するような叫びに俺は絆され……てはいけないので、冷静に事情を伺う。

 

「全て俺が悪いんだ……」

 

 ベンチに座り、語り出した最初の言葉は自分自身を責めるものだった。

 

 桐原武明と壬生さんの関係は高校一年生の時からだったが、桐原は中学時代の壬生さんが出場した剣道の大会を見ていて太刀筋に惚れたらしい。最初は凛々しい容姿に惹かれたのだと思うが、そう思っても野暮だし揚げ足取りなので口にはしない。

 

 なんというか、俺には剣道などといった武術に生きる人間特有の感覚は理解できない。剣が汚染されていたとか言われても、それで頭に血が上って殺しかけるとか、もう少し理性的に振る舞えよとしか思えない。そもそも、利用した俺がああだこうだ言うのはアホの極みなので静かに聞く。

 

 静かに馴れ初めから現在に至るまでの過程を聞いて……聞い、て……壬生さんの魅力をこれでもかと聞かせられた。メスゴリラ信者による精神汚染にも似た圧倒的な語彙力による壬生さん語りには、もはや何を言ってるのか脳が桐原武明の言葉を受け取るのを拒んでいた。そこまで想っているのなら何故殺しかけるのか疑問だが、何となく桐原武明という男を壬生さんに会わせてもいいんじゃないか、と絆されてきていた。

 

 しかし、魔法とは関わりたくない、と壬生さんは言っていた。彼女の了承なしでは魔法師である桐原武明を会わせるのはマズい気がする。魔法師と一般の人間は別の価値観を持っていると言っていいくらいで、一般人から魔法師へなるのは容易であるものの、魔法師から一般人へ戻るのは並大抵の事ではない。どこまでいっても魔法師の価値観や感覚が残り、魔法師がどれだけ優遇されていたか思い知らされ、更に世間の風当たりも強く、様々な面で不利益を被る。魔法力喪失した元魔法師が社会不適合者となる事例は後を絶たない。

 

 そういう事で、現在の壬生さんは社会復帰の真っ最中という事も相まって桐原さんを会わせる訳にはいかない。どれだけ彼が壬生さんの事で後悔してようと、心を鬼にして拒否しなければならない。

 

「あの……私からもお願いできるかしら?」

 

 断りの言葉を言おうとしていたら、別の人が桐原さんと一緒になってお願いしてきた。

 

「あっ、ごめんなさい。いきなり話しかけちゃって。私は一高の生徒会長をしている七草真由美です。志村くんだったわよね。私からも、桐原くんと壬生さんが和解できるよう協力してくれないかしら?」

 

 桐原さんには「七草真由美は無関係」と念押ししていたから、両者間に蟠りは存在しない。むしろ、身内がやらかした事に腹を立てた七草真由美は桐原さんに協力的だ。ある意味で七草家の失態を尻拭いしている状況か。出場した競技で負けて色々なところから責められたらしいが、全く引き摺っている様子はない。内心はさておき。

 

 さり気なく『七草』という名字を強調して十師族としての権威をちらつかせてきているあたり、交渉する気が無いことが窺える。桐原さんに便乗してついて来そうな感じがするし、壬生さんが情緒不安定になりそう。

 

 これはマズい。俺は日本の一般魔法師だから、十師族の権威に逆らえないので頼まれたら断れない。きちんと事情を話せば問題ないかもしれないけど、喋ったところで権威によるゴリ押しが待っていると考えると面倒くさい。

 

「協力するのはいいですけど、姫殿下と壬生さんからの許可を得てからでいいでしょうか?」

 

 ここで必殺の手札、皇悠の権威だ。

 

 十師族は日本の魔法師社会という狭い世界で絶大な権威と力が振るえるが、日本の社会では通じない。日本という国の社会で同等以上の権威がある皇悠の名前を出せば、そのまま『十師族の権威が通じない』ことを表しており、七草真由美は表情には出てないが、内心では皇悠に対するヘイトがバク上がりしてそう。

 

「どうしてそこで姫殿下が出てくるの?」

「壬生さんの父親が俺に依頼したのですけど、俺は姫殿下に壬生さんの保護を頼んだんです。あとは姫殿下の腹心がやってきてどこかへ連れて行ったので俺は感知してないんです。すみません、お力になれず」

「そこをどうにか出来ない?」

「やれるだけやってみます」

 

 出来るとは言わないし、会わせるとは言わない。最終的な判断は壬生さんにあるべきで、俺や皇悠には決定権は無い。

 

「姫殿下とどういう関係なの?」

「一条にも聞かれたんですけど、そんなに気になるものなんですかね。姫殿下は単なる依頼人ですよ」

「どんな依頼?」

「今は護衛の仕事していますね。他はいろいろなんですけど、これ以上は秘密保護の観点からお答えできません」

「そうなの」

 

 あっさり引き下がったので、大した興味は無いのだろう。

 

 よし、終わりだな。

 

「姫殿下が老師と何を会話しているか知らない?」

 

 九島烈と皇悠が結託して何か企んでいると思っているらしい。陰謀論に繋げてばかりで生き難くないかな。

 

「孫の自慢話していたと思うんですけど、自分が関係してない話だから、覚えてないです」

 

 話は終わり、ようやく面倒な相手から解放された。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「志村、本当に立入禁止区域に入ったのか?」

 

 一条と吉祥寺が同室なので二人がいるのは良いとして、一条が俺と将棋を指している時に話しかけてくる。集中力を乱す作戦にシフトしたのだろう。

 

「いや、別に入ってないけど」

「入ってないのかよ」

「本当は何をしたの?」

「聞きたいのか」

「ああ」

 

 一旦、将棋を止める。立ち上がって室内に天狗共が仕掛けたカメラや盗聴器を破壊する。そう数は多くないけど、最新式のものであったら気づけない所に設置するあたり性格の悪さが窺える。

 

 手際よく処理していると、二人がポカンとしているのが見えた。

 

「手伝うか?」

「誰が仕掛けたやつなんだ?」

「国防軍に決まっているだろう。ここにいる陸軍の連中は姫殿下とは敵対する側の人間が多いから、彼女と近しい人間を監視するのは当然だろう。十師族だってやってるし」

「それは……いや、そもそも知ってて今まで何もしなかったのかよ」

「待って、将輝。志村は敢えて何もしなかったんじゃないかな。外すと別の日にまた設置されるから、その度に対処する手間を省きたかったんだと思う」

「じゃあ、今になって外すってことは聞かれたら困る内容ってことか?」

「まあ、そうなる。後戻りできなくなった訳だけど、引き返すなら今の内だよ」

「大丈夫だ」

 

 何も知らないで巻き込まれるよりは幾分かマシだろう。他の人間から知らされるより、俺から話すことの方が変に拗れなくて済む。

 

「俺が国防軍に捕まったのは横浜の中華街に行ったからってのと、東アジアへの渡航歴があったからだ。状況証拠だけだが、あちらはスパイ容疑で拘束することで姫殿下に揺さぶりをかけることが目的だったんだろう。で、解放されたのは姫殿下が裏で何をしていたか知れたからだ」

「……何をしていたんだ?」

「大亜連合との和平の締結だって」

「そんなことが……」

 

 驚くのも無理はない。

 

 三年前から大亜連合とは戦争状態にあるから、ここにきて和平を結ぶのだからな。向こうはあちこちと戦いすぎて、もう戦うことに嫌気がさしているし、国力が疲弊しているので講和に走るのは自然な流れだろう。

 

 なんて言って誤魔化すのか考えていなかったのもあるが、その内知れるだろうし、今の内に話しておけばどっちに回るか推測しやすいので全部話す。フライングの批判は無しでお願いしたい。

 

「一条と吉祥寺は戦争がしたいか?」

「何を言い出すんだ。誰が好き好んで戦争するか」

「それ本気で訊いているんだったら、流石に怒るよ」

 

 吉祥寺に関してはガチだったので、これは新ソ連による侵攻で両親を亡くしていることに起因する。魔法師なら、自分の存在意義の為に戦争しなければならない生き物だから、てっきり戦争したいと言うものだと勘違いしていた。いや、これは俺の訊き方が悪かったかもしれない。誰が「戦争したいか?」と聞かれて「戦争したい」と答える人間がいるだろうか。

 

 第三次世界大戦で何十億という人間が死んだのにまだ戦争する気概があることに感心するが、そろそろいい加減に平和への道を模索してほしいところがある。そんな事しようと思えば、魔法師の存在がネックとなるのは言うまでもなく、兵器であり戦う存在である魔法師が平和な世の中に順応できるかが焦点になっていくだろう。魔法師が必要とされるのは『戦争』という需要があるからで、無くなってしまえば殆どの魔法師が存在意義を失ってしまうからな。自由や権利の次は、生き甲斐や存在意義を求めるとは何とも都合が良い。

 

 要するのに魔法師は戦争が無ければ生きていけない人種なのだ。

 

 そんな極論を展開すると、二人から「そんなことない!」と非難轟々だった。

 

「俺たちは確かに兵器として生み出されたかもしれないけど、決して戦うことだけが全てじゃないハズだ!」

「将輝の言う通りだよ。戦う事以外で活躍する魔法師だっているのにそれはあまりにも暴論だよ」

 

 その戦う以外で生きる魔法師は、魔法が収入に結びつかなかったりして魔法とは全く関係ない仕事をしている件については伏せておく。なんというか、普通に生きていく上で魔法って必要ないんだな。それが一番なんだろうけど。

 

「そういう魔法師ばかりじゃないのが現実で、魔法師が最も活躍する戦場を奪おうとしてるんだよ。大亜連合との平和条約締結はその第一歩だろう。

 

 当然、この講和に反対する人間は大亜連合にも日本にもいるから邪魔が入るだろうな。どちらにとっても確実なのは魔法師を送り込んで魔法に耐性のない講和の中心人物である姫殿下を殺すことだ。そうすれば大亜連合との講和はご破算になる。しかし、姫殿下のシンパである古式魔法師たちや軍人がクーデターを起こすだろう。全部潰せば一気に十師族の天下だ。逆に姫殿下を殺さずにいれば、この国の魔法師の自由が損なわれる。今得ている自由からさらなる自由を得るか、不自由な自由を得るかのどちらかしかない訳だけど、どっちにする?」

「どっちって……」

「戦争しない。魔法師は自由を奪われないって……都合よくいかないの?」

「都合よくいかないの」

 

 ギャグっぽい返しに白けた空気が漂う。ごめんね、下手くそで。

 

 真面目な話はここまでにしておきたいので、最後にこう締めくくる。

 

「今は頭の片隅にでも覚えておけばいい。その内知れるだろうし、周りがどう考えて動くか訊いた上で決断すればいい」

「志村は姫殿下の側につくのか?」

「当然だよ」

 

 俺は戦争したくないし。

 

 ということで、真面目な会話は終わり。将棋に戻る。

 

 穴熊囲いを築き上げた現在、じわりじわりと一条陣営の駒を磨り潰して詰めていく攻め方は断頭台で首を切られる列に並ばされている絶望感を味わっているだろう。

 

 そして、ついに残すは王将のみとなった。

 

「くっ、降参だ」

「一条は考えるより先に動く人間だからな。今まで力でゴリ押ししてきたから、戦術とか考えるのは苦手だろ?」

「それに関してはジョージがいるから大丈夫だ。なんてったって参謀だからな」

「だってさ。吉祥寺、一条家の命運は君に託されたと言っても過言でない。責任重大だ」

「僕は研究畑の人間なんだけど……」

 

 政治などには専門外だと言うが、世の中には政治や軍事に口出す魔法研究者が存在するので魔法師であれば素人でも専門外でも構わないと思われる。それに十師族なんだから自分たちの利権やら利益だけを考えて踏ん反り返ってれば良いので、求められるのは家の利益を優先できる打算的で冷酷非道な判断力だと思われる。

 

 そんな事を言えば、一条は怒るだろう。佐渡島で父親と共に義勇軍……と言えば聞こえは良いが、民兵として戦った経験があり、十師族としてそれなりに活動してきたハズの人間なのに『綺麗な部分』しか知らないからな。十師族として国家を守っている意識が大きい。

 

 利用しやすいポンコツ。担ぎやすい人間。

 

 それが一条に対する俺の評価だった。単体の戦闘力が高いのは認める。

 

 

 

 

 




補足。

主人公が拘束される原因を作ったのは藤林響子ですが、情報をリークさせたのは元老院です。姫殿下が藤林響子を怒らせる言動をしたかといえば、自分は関知していないということの証明です。

主人公は姫殿下を殺さない選択をしましたが、逆に殺していれば魔法科高校の劣等生の裏テーマの「さすおに」が始まります。そうなると、主人公は単なるかませ犬に成り下がってサンドバックになって終わります。

桐原武明が主人公が壬生紗耶香を匿っている情報を入手できたのは、彼女の父親の壬生勇三が喋ったからです。

質問は受け付けます。



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22話

 新人戦が開幕した。

 

 初日はスピード・シューティングが幕を開け、我らが三高からは十七夜栞が出場する。

 

 個人の資質を引き伸ばすことを重点的に研究する金沢魔法理研のテクニカルスタッフとして活動している彼女は、見たものを瞬時に数式化できる特殊な『眼』を有し、それを活かすことで『数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)』という技が扱える。

 

 使う魔法自体は振動系魔法によるクレーの破砕だが、飛び散る破片を計算して移動魔法で他のクレーにぶつける。改良型空気弾による曲芸的な連鎖破壊とはまた違い、こっちは完全に魔法と才能に頼った技術である。

 

 ただし、弱点があるとすれば消耗が大きいことである。数学的連鎖はCADの性能に依存しがちで、いくら才能があって見たものを瞬時に数式化して処理したとしても、魔法師が魔法使う上で中核を為すのはCADだ。予選だからパーフェクトに破壊できたとはいえ、対戦形式になれば相手の繰り出す魔法も演算しなければいけないのでそれだけ負担は大きくなる。相手と拮抗すれば、エンジニアのCAD調整の腕前が如実に現れる魔法技能だった。

 

 対抗馬になるのは、一高の北山雫だ。魔法力では十七夜には劣るものの、エンジニアを『トーラス・シルバー』の司波達也が担当しているので油断はできないだろう。

 

 気になる北山雫の戦法は、フィールドをいくつかの区分に分けて侵入したクレーを振動魔法で逐次破壊していくというものだ。細かに区分けなどせず、大まかに区分けすることで振動魔法でにリソースを割いている。ちなみにこの魔法『能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)』に関し、魔法大全(インデックス)にも登録されてない新しい魔法なようで司波達也は魔法式を新しく作れるだけの腕前があることを見せつけた。

 

 十七夜は「勝てる」と豪語した。

 

 北山雫の使った魔法は精緻な魔法制御を必要とせず、大雑把にして制御を捨てたやり方だからだ。逆に十七夜は、精緻で完璧な制御で戦う。要するに範囲攻撃VS精密射撃の戦いだった。早撃ちとは。

 

 十七夜の戦法を見られている以上、弱点は熟知しているだろう。対策は取られていると鑑みれば、事前に得た情報から推察するに十七夜は確実に負ける。点数は三高がリードしているとはいえ、新人戦では一条が出る試合は負ける予定なので逆転される可能性は十分にあり得るから十七夜には負けてもらうと困る。

 

 なので北山雫との対戦に備え、最終調整している十七夜をちょっと骨が折れるけど洗脳してCADを本人の能力が最大限かつ効率よく発揮できるよう調整する。演算領域の規模が大きくなるのに比例して、乗っ取る側である俺の負担も大きくなるので演算規模の大きい十七夜を乗っ取って試合させるのは今後のことも考えて遠慮しておく。代わりにCADの調整をして『自分が調整した』と思い込ませた。

 

 万全は期した。後は単純な魔法力の勝負となるので十七夜の頑張り次第といったところで勝ってほしいものだ。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 十七夜栞は試合中にも関わらず困惑していた。

 

(おかしい。明らかに効率が上がっているわ)

 

 魔法式の構築がスムーズだった。良い事ではあるが、CADの調整技術が上がった訳でもないのにこの効率化はおかしいとどこか頭の片隅では思った。

 

 しかし、自分が『調整したのだ』と思い直して意識を試合に向ける。

 

 相手選手……北山雫の魔法は、照準保護機能を取り付けた汎用型CADによる『収束系と振動系魔法の連続発動』であることが試合中盤で思い至ったが、事前に考えた方法では対応し切れなかったかもしれないが、今なら充分に対応できるだけの力があった。

 

(これなら勝てるわ)

 

 十七夜は勝利を確信し、事実その通りとなった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

『優勝おめでとう、栞!』

 

 その後、決勝でも見事な勝利を飾った十七夜は、満面の笑み浮かべた一色にハグされていた。

 

 スピード・シューティングの結果は、1位を十七夜栞、2位に明智英美、3位に北山雫となっていた。

 

「十七夜栞が勝ったか。志村が調整したのか?」

 

 姫殿下に問われ、俺は肯定する。

 

「何もしないで挑ませたら十七夜の負けでした。どうせ十師族でもない人間が優勝したところで問題ないですよね?」

「私は構わないけど、たぶん十六夜家あたりは煩いだろう。十七夜栞は元数字落ちだから、目立って名声を得ることを好ましく思っていない」

「別に構いませんよね。今は百家ですから」

「違いない」

 

 くつくつと愉快そうに皇悠は笑う。

 

「ところで、桐原武明という男が壬生紗耶香に会いたいと依頼してきたんだろう。志村としてはどうなんだ?」

「七草真由美も一緒になって頼んできたんですが、正直どうしたらいいですか?」

「志村くん、姫殿下に質問を質問で返すな」

 

 つかさちゃんのマジトーンのお叱りを受けたので、本音を吐露する。

 

「桐原武明の話を聞くと、応援したくなったんですよね。不器用な人間が一途に思う余り暴走してしまい、後悔して償いをしようとして報われなかった。あまりにも不憫だから、何とかしてあげたくなるのが人情ってものじゃないですか。もし利用しなければ、付き合ってた可能性があったのなら、俺は責任をもって何とかしたい」

「付き合ってなかった可能性もあるだろう。一高での一科生と二科生の対立を見ていたのなら解るだろうが、ブランシュの一件が無かったら桐原武明は一科生としてのプライドや体裁から付き合えても長続きしなかっただろう。両者の溝はあまりにも深く、決して埋まらない。程々にしておけばよかったものを……煽り過ぎたな」

 

 過激的だったのは認める。

 

 まあ、これはまだ優しい方だろう。大亜連合に対する暗躍は、テレビで見れば『悲惨』の一言に尽きる。一歩外へ踏み出せば死体が転がっている虐殺の嵐だ。狂気に犯された人間や魔法師による虐殺が止まらないので、現在進行形で俺の後ろには屍が積み上がっている。どうやったって? ちょっと昔の小説を参考に人の精神構造を弄ったのさ。

 

 閑話休題。

 

 利用した結果、拗れてしまった関係が目の前にあって自分がどうにか出来る立場にあるなら何とかしたいのが心情だ。

 

 だが、面倒なのが七草真由美で『お願い』してきたあたりで便乗してくるのが目に見えており、ついでとばかりに余計なのがついてくるに決まっているだろう。桐原さんにも聴取したんだろうが、七草家の魔法師が殺された件に関する事を訊ねる可能性がある。単純に桐原さんだけを指定してしまえば良いんだろうけど、難しいよなー。壬生さんは何も知らないから良いとして、仮称『ペルソナくん』は目立ち過ぎた。どんな超理論を展開するか知らないが、四葉という隠れ蓑が機能してなければ皇悠側を疑う可能性はある。というか、勝手に四葉を利用したので隠蔽工作は過剰にしているとはいえ、奴らがどこから嗅ぎつけて動いてくるか分からないので用心しなければならない。壬生さんが七草のみならず四葉に狙われる可能性も出てきて頭が痛い。

 

 というか、そもそも直接の関りが無いし俺が関わった証拠はどこにも無いので疑われる余地は無いだろう。変に意識する方が疑われる可能性がある。

 

「皇さんは桐原さんを壬生さんに会わせることは構わないってことで良いですか?」

「私に判断を委ねる必要は無いだろう。紗耶香に判断を委ねればいい」

「そうですか」

 

 皇悠は関わる気がゼロのようだ。構ってられないというのもあるのだろう。

 

 俺に丸投げした形で、何か起きれば全責任は俺が取らされるワケだから、何も起きないようにしないといけない。いや、最終的な判断は壬生さんになるワケだが。ちなみに件の壬生さんはといえば、綿摘未姉妹とは打ち解けたらしく、今は皇悠の計らいで私立の学校へ通い始めたらしい。魔法とは関わりのない生活を送り始めて日が浅いから、心の整理は追いついていない可能性もある。

 

 そんなワケで壬生さんに連絡を入れて「桐原武明という男が会いたがっている」という旨を伝えてみたら、返ってきた答えがこちら。

 

『今はまだ会いたくない』

 

 時間はかかるが、会う気はあるようだ。

 

 上手いこと言いくるめるのが俺の仕事なので、桐原さんには何とか我慢してもらおう。

 

 結果を皇悠に報告しようとしたら、彼女も誰かから連絡を受けていたようだった。使っている端末が軍用の特別製で暗号化された秘匿通信端末だった。大抵そういう誰にも知られたくない通信をする時というのは、通信している相手は恐ろしくヤバかったりする。

 

「ふむ、了解した。奴を向かわせよう」

 

 あ、嫌な予感。

 

「志村、仕事の依頼だ。四葉の手の者が現れた。狙いは壬生紗耶香と思われるから、絶対に守りきれ」

 

 フラグの回収が早すぎんだろ、クソが! 

 

「わかりました。四葉に関してはどうしますか? 壬生さんがターゲットとするなら、生かしても殺しても四葉との敵対は避けられませんよ」

「生かしておいた方が決定的な対立は避けられるだろうが、どのみち敵対するのが早いか遅いかの違いでしかない。やれるか?」

「俺が魔法で勝てない奴はこの世に存在しませんよ」

 

 傲慢かもしれないけど、事実その通りだから仕方ない。

 

 七草の魔法師は弱かったが、四葉の魔法師はどれくらい強いだろうか。楽しみだ。

 

 

 



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23話

 元老院の目的は私と志村を引き剥がすことだろう、とは予測できた。恐らく四葉は踊らされていると見て間違いない。

 

 紗耶香や綿摘未姉妹の身辺を密かに守らせていた者からの情報から、四葉の中で更に暗殺や諜報活動を担っている黒羽家の姉弟と手勢であることを知り、思いの外動きが遅いなと思った。フリズスキャルヴを使えている四葉真夜が、七草の魔法師が殺られた方法を知れない事は無いハズだが、もしかしたらこちらの工作が効果的に作用した結果なのかもしれない。

 

 エシェロンⅢの追加拡張システムの一つである『フリズスキャルヴ』。エシェロンⅢのバックドアを利用し、エシェロンⅢのメインシステムを上回る効率で世界中から情報を集め、オペレーターの検索にヒットする情報をもたらしてくれるある意味でチートのハッキングツールを四葉真夜や顧傑などが使えるのは、私たち新皇道派にとって『厄介』であることは明白だった。どれだけ極秘にやろうとも、何かしらネットに繋がって依存している現状では情報が抜かれて先手を取られるのは腹が立つ。

 

 四葉に情報面で勝つには、フリズスキャルヴの存在がどうにかしなければならなかった。

 

 先ずはアカウントを手に入れようと考え、思いついたのが『志村魔法請負事務所』の存在を利用することだった。この事務所、全くネット環境を整えておらず、ネット上には『志村魔法請負事務所』なる公式ページは全く存在しない。事務所の宣伝にSNSなど利用しないことが、閑古鳥が泣く原因の1つで、更に報酬の支払いに現金を使わせているあたりで、転生者である私はともかく、キャッシュレス決済が主流のこの時代にはかなり時代遅れだが、このアナログが今回は役に立った。

 

 新皇道派のトップが贔屓にしている便利屋。フリズスキャルヴでは得られない詳細な情報があることに自治厨は我慢ならないだろうと予測。事実その通りで、唯一繋がりがある私を探ろうとアカウントを提供してくれた。

 

 情報を手に入れれる代わりに情報を抜き取られるか、ギブアンドテイクを許容するかという問題に直面したワケだが……私は味方であるハズの新皇道派の者たちにすら内緒にして超極秘裏に組織した秘密部隊を用い、クラーク父子の暗殺とフリズスキャルヴの破壊を行わせた。エドワード・クラークを殺す過程でスターズと戦闘に突入してしまい、犠牲を出しつつも任務をやり遂げてくれた彼らには感謝しかない。ちなみにやったのはブランシュ事件の前の事だ。

 

 このフリズスキャルヴの破壊に伴うメリットは、先ずディオーネー計画のフラグが立たなくなる。どうでもいい。

 

 次に四葉家……いや、四葉真夜個人の情報収集能力が無くなることだ。これが重要。顧傑? 奴はもうすぐ死ぬ。

 

 国防面ではマイナスだろう。こちらが秘密にしたいことが知られるリスクは避けられるだろうが、相手の動きも事前に察知するのが難しくなったのは言うまでもない。しかし、既にこちらが動いたのならば、後は相手が動いてくるのを迎え撃つだけだ。

 

「姫殿下、行かせてよかったのですか?」

「つかさでは四葉の魔法師と戦っても返り討ちに遭うだけだろう。まだこっちにいた方が安全だ」

 

 手駒が少ないのは百も承知。私が死ぬような事態になれば、全てアウトだと分かっているなら志村を動かさずにいれば問題ないが、そうなれば壬生紗耶香や綿摘未姉妹は確実に殺される。見殺しにしたくないのは罪悪感からだった。それでこっちの身を危険に晒しているのだが、非情になれないのが私の弱いところか。

 

 そうしてピリピリと警戒していると、私のところに来訪者が現れた。三高1年の一条将輝と吉祥寺真紅郎だ。もっと別の深刻な問題が私のところに来ているから、後にしてほしいところだ。

 

「なんですか、貴方たち。ここにいる方が誰か分かった上での来訪ですか?」

「そう威嚇しなくていい、つかさ。彼らは友人を思って行動したんだろう。特権やコネというのは、そういう知りたいものを知る時に活用された方が可愛げがある」

 

 そこまで親交があったというのは驚きだが、モノリス・コードのメンバーであるから自然と仲良くなるか。

 

「あの、志村の事なんですが……アイツをどこに行かせたんですか?」

「それを知りたいのは好奇心から? それとも何か正当な理由があって訊いてるの?」

「友人として、知りたいんです。それに志村はモノリス・コードの選手です。競技に影響が出ないようにしてもらえませんか」

 

 裏方で動かした方が良いのは解っている。一条が志村を矢面に立たせて実力を計る腹積もりなのを見抜いておきながら、敢えて乗っかったのは元老院から引き剥がすのが目的だ。

 

 自分の存在がどういうものかを知っている志村は、目立てば刺客がやってくるのは解っているから決して目立たずに裏方に徹している節がある。死にたくないと考えているようだが、こっちだってまだ死にたくない。利用されてあげるから、私に利用されて。

 

「そう心配しなくても大丈夫。明日には帰ってくるだろう。その後はもう大丈夫」

 

 当面の間は心配ない。戦争なんか起こさせたりしない。

 

「まだ何かある?」

 

 何か言いたそうな一条は、口を開閉させるばかりで要領を得ない。吉祥寺とセットになるから、丁度いいんだろう。

 

「志村から話を聞きました」

 

 あの男、余計な事をする。私のしようとしていることを話しやがった。味方が少ないからって十師族の人間を引き込む腹積もりなのかもしれないが、自己の利益と保身しか考えないような無責任主義者にこちらの考えに賛同するとは考え難い。

 

「分かると思うけど、私は貴方たち魔法師に与えられた権利を制限しようとしてる。今まで許されていたことが許されなくなる。不自由になると分かったから、私を殺しにきたか」

「そんなつもりはありません!」

 

 殺しに来るか否かの2択しかないというのに、決められないのは優柔不断だというより、決められないというのが正しいだろう。

 

 だが、状況はそんな彼らを赦してはくれない。

 

「なら、ゆっくりと考えていればいい。手遅れにならない内にな」

「……どこへ行かれるのですか?」

「私が出向くことを望んでいる人間に会ってくるだけだ。行くぞ、つかさ」

「はい、姫殿下」

 

 さて、誰が殺しに来るのやら。返り討ちにするだけだがな。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 夜。

 

 古着屋で適当に服を見繕った後に壬生さんや綿摘未姉妹がいる家に向かう女装した変態と縦ロールを見つけた。

 

 四葉家の人間は総じて濡れ羽色の髪だし、確実に四葉家の人間だろう。周囲にいる彼らの手勢の一人を洗脳して情報を得たのだが、四葉の分家である『黒羽家』の人間で女装した変態が『黒羽文弥』、縦ロールが『黒羽亜夜子』であることを知った。まさか親戚に変態がいたことに愕然とし、写真を撮りまくって写真集にした後、奴が結婚する時に披露宴会場のサーバーをハッキングして写真集を流してやる! 

 

 四葉の目的は『ペルソナの捕獲』だった。そのために壬生さんを誘拐して、誘き出すエサにするつもりのようだ。ものの見事に釣られてしまった訳だが、その仮称『ペルソナくん』の人相までは知らないようだ。皇悠と繋がりがあると推測して、壬生さんを救出に来た人間を捕まえて情報を吐かせていくつもりだろう。襲撃をかける予定なところ悪いけど、壬生さんや綿摘未姉妹に魔法師の闇の部分を見せる訳にいかないので事前に対処させてもらう。

 

 そんなワケで使う魔法は洗脳する精神干渉魔法で、既に大したことのない手勢さんたちは洗脳済みで残すは黒羽の二人だ。

 

 精神干渉に適正があるだろう四葉家の魔法師にちなんで精神的な攻撃をしていこう。念のために情報かく乱しておく。

 

『ねえ、ちょっとアレ見て』

『うわっ、あの男の子女装してるわ。ヘンタイよ』

『俺、隣の女よりあっちの男の娘が好みだわ』

『ハハッ、それな!』

「月とスッポンの差があるよな!」

 

 洗脳と暗示を駆使した酷い嫌がらせをする。女性から女装男子は『ヘンタイ』と罵られ、男性からは『可愛い。抱きたい』と熱い視線を注がせる。縦ロールは完全スルーしてよう。容姿に自信がありそうなので何も言わないことが最大の精神攻撃になるだろう。

 

 効果覿面。女装野郎は涙を流し『僕は可愛くないし、変態じゃない』と拗ねたところを縦ロールが追い打ち、女装野郎は負けじと自虐するような反論して口論となって仲間割れが始まった。

 

 それを屋上から壬生さんたちの家の隣にある民家の屋上からひっそりと眺めつつ、次の行動に移る。

 

 殺すな、ということなのでここらで強襲かけて制圧できればいいが、周囲に人がいるので断念する。

 

 それよりも、俺はある事を失念していた。

 

 黒羽が四葉の分家ならば、分家たる黒羽家を纏め上げる当主の立場にいるであろう存在がいるハズなのを忘れていた。いや、別に忘れていたところで向こうから勝手に出てきたワケなんだが。

 

(針……?)

 

 毒針の類は自らの魔法に絶対の自信を持つ魔法師は決して使わない。

 

 何らかの魔法……精神干渉魔法が発動しようとしたが、分厚いサイオンの壁と堅牢な情報強化に阻まれて魔法式は霧散し、腕に刺さった短針を抜き取る。

 

「なに……っ?」

 

 何をそう驚いているのか気持ちは理解できるが、次の行動に移られる前に行動不能にしてやる。

 

 CADを下手人の魔法師へ向けてとっておきの魔法……収束、発散、吸収、放出の複合した『分解魔法』で全身の皮膚を裂く。

 

 飛び散る鮮血。致命傷となる急所を外しているので死んでないだろう。俺は倒れた人にCADを向けながら近づいていき、気を失っているものの生きていることを確認する。

 

 俺に勝てる魔法師はいないとは豪語したものの、相手が俺に直接魔法をかけてくる魔法師でよかった。それ以外は防御系の魔法を使わないといけないから、俺を倒せる可能性のある魔法師は存在する。やっぱり、探知系と防御系の魔法式は必要だな。

 

 そんなことより、倒れた男……変なおじさんに止血魔法をかけつつ、次いで女装野郎と縦ロールに『救援求ム』と呼び出しする。

 

 後は見つけてもらうために逃げ出すだけだ。

 

 程なくしてやってきた二人はオッサンを見つけるや、揃って『お父さん!?』と声を上げて急いで駆け寄り、抱き起して容態を確認している。下手人である俺が近くにいるのに、完全スルーされて直前の行動した意味が無くなる。

 

 どうしたものかなと思いつつ、洗脳して待機させておいた彼らの手勢をこの場に呼び出し、驚く二人を拘束。

 

「なっ、これは……!」

「どういうこと……?」

 

 一先ず無力化に成功だった。

 

 ここで何か言葉を交わせばいいのかもしれないけど、どんな超理論を持って俺に辿り着くか分からないので情報はなるべく与えないようにするためにも、とっとと離脱しよう。

 

 女装男と縦ロールを気絶させ、黒羽の手勢さんたちに『任務失敗』の事後処理をさせるよう暗示をかけて終わりだ。 

 

「さて、帰るか」

 

 これくらいなら、楽勝の範囲だ。相手も小手調べだろうし、次があるならもっと洒落にならない相手が来るだろうな。 

 

 翌日。

 

 九校戦の会場に戻ってきた俺に、暗雲立ち込める衝撃的な知らせが待っていた。

 

『九校戦会場で爆弾テロ。皇悠と遠山つかさが瀕死の重傷』

 

あのジジイ共、ついにやりやがった!

 

 

 




主人公の扱う分解魔法は、あくまで対人向けで人体を分子レベルまで分解したりなどは出来ないです。原作主人公の扱う分解魔法には遠く及びません。



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24話

 自爆テロが起きた。幸いにも死者はゼロ。重傷者は二人、軽傷は多数。

 

 隣接する軍の病院のベッドに寝かされた二人を見つつ、頭を抱えたくなる。子供を庇って爆発に巻き込まれたらしいが、体中を無数に撃たれてもいたので、爆発だけじゃなくて何らかの魔法による攻撃も受けていた。

 

 陸軍は仕方ない。最低限の警備すら出来ない愚か者の役立たずの集まりは今に始まったことではなく、ましてや敵対陣営のトップを守るなんて絶対にしない事は分かっている。天狗さんも九校戦に際して警備してんのかなと思ったら、全く違うらしい。別任務だと。ザル警備ここに極まれり。

 

 一条とか守るのかなと期待していたけど、こちらに都合よく動かすように情報を与えたワケじゃないので諦めたいが、利用しようと思えば利用できたハズなのにどうして何もしなかったのだろうか。四十九院に関しては、百家であり実力はあっても実戦経験は無いから死ぬだけだろうし、戦力として扱ってなかった。九島烈は近くのホテルで会食中、他の十師族の面々は近くにいなかったのが大きい。突発的に起きた事だから、急いで向かっても間に合わなかっただろうし、それに事前に察知できなかったんだろう。ちなみに俺はともかく、四十九院は護衛を外された。

 

 結果、メディアでは自分の身を顧みず大勢の人を助けた皇悠の勇姿を美談にして英雄のように取り上げて報じて皇悠の株はバク上がり、反対に何もしなかった十師族などの魔法名家には非難が集中する事となる。

 

 軍は魔法師を批判の矢面に立たせて逃げに入るだろう。魔法師側は『一般人』という建前を使って批判回避し始める。どのみち九校戦は警備に重大な綻びがあるのは明白であるため、警備体制の見直しをするために一日空くこととなった。中止するべきだと思うが、九校戦はやるらしい。運営の胆力は凄いなー。

 

「狙われているのが分かっていたなら、わざわざ狙われに行く必要は無かっただろうに……」

 

 翌日からミラージ・バットが始まる。司波深雪というなんちゃって一般人が出場するが、目立とうがどうでもいいことだ。四葉の姓を名乗ったままでは、優勝したところで恐れられるだけだから一般人に扮した方が都合が良いのは分かる。事実、アイス・ピラーズ・ブレイクで誰得なのか圧倒的な実力差を見せつける蹂躙劇を披露した上で優勝して神秘的な美貌も相まって多くの人々を魅了した。

 

 それはさておき。

 

 自爆テロしてきた人たちは数日前に行方不明になった魔法師だった。テロリストだったとかではなく、ただの観客だった。おかしな点はもう一つあり、魔法師の体内から爆発したらしいというものだ。腸に爆弾が詰まっていたらしい。

 

 腸の代わりに爆弾が入ってたということは、腹を捌いて内臓を引きずり出したんだろう。そんな事されて生きている人間はいないだろう。可能とする魔法を扱える人間はいるワケだが……確実に九校戦の会場のどこか、もしくは日本という国のどこかに潜伏しているのだろう。

 

 崑崙方院の生き残りである『顧傑』という妖怪ジジイが。

 

 十中八九、周大人が招き入れたのだろう。顧傑は大亜連合を使って日本と戦争がしたいから、動機は充分にある。それに死体を操る魔法だったか魔術とやらは、奴の十八番だ。

 

 次に皇悠とつかさちゃんを蜂の巣にした魔法だが、効果範囲内における光の分布状況を偏らせる収束系魔法……四葉真夜のみが扱える『流星群(ミーティア・ライン)』だったことが怪我の状態と現場の確認から推察した結果だ。後はつかさちゃんの演算領域に侵入して記録を読み取ったのもある。演算規模のデカい人間には時間がかかるし、色々と辛い。

 

 四葉真夜は引きこもりの45歳の若作りババアなので犯人じゃない。顔は知られてるだろうし、非公式で九校戦の会場入りするにしても目立ち過ぎるだろう。別の人間……普通に考えて血縁者だろう。俺を作るくらいだし、もう一人いるよなぁー。はぁ。

 

 下手人は解った。顧傑は何とかなるが、隠れ潜む血縁者Xを如何にして釣り上げるかが焦点となってくる。

 

 そんな事を考えていたら、電話がかかってきた。九重八雲だった。

 

「なんですか。しょうもない用事なら、今すぐテメェの演算領域にハッキングして年寄り共に攻撃するように仕向けるぞ」

『酷い脅し文句だね。珍しく気が立っているようだけど、そんなに姫殿下が死にかけているのがマズイのかい?』

 

 他人事のように言うよ。いや、この男は世俗を捨てた身だからどうでもいい事なのだろう。大事なのは古式魔法師界隈における自分の立場か。

 

 まあ、確かに冷静さを欠いていたのは認める。

 

「マズいと思ってますよ。お得意先が亡くなられると、これからの収入源が無くなってしまいますからね」

『君はいつから守銭奴になったんだい?』

「俺は寺の坊主みたいに清貧を尊んで生きていません。世俗を捨てたフリすらしてませんからね」

『アハハ。君も出家して世俗を捨てて仏門に入るかい?』

「まだ早いですね。ところで、こんな世間話をするために電話したんじゃないですよね?」

『当たり前じゃないか』

 

 そういえば、この人の下で天狗さんは修行してたんだよな。ある意味で弟子は師匠に似たということか。

 

 九重八雲は俗世を捨てておきながら、俗世と繋がりが残ったままで名前が広く知られている。忍びなのに忍んでなさそうに見えるのは俺だけかな。

 

『伝えておかなければいけない事があってね。今回の襲撃は青波入道閣下は関知してないよ。閣下はあくまで君に命令しただけだ。まあ、ものの見事に君は裏切った訳なんだけど』

「ごめんなさい」

 

 早速疑ってた訳なんだけど、どうやら違うらしい。どうせ東道青波は関わってないけど、元老院の誰かが関わっているんだろう。

 

「では、誰が襲撃させたかは分かってるんですね」

『勿論だとも。首謀者は樫和主鷹、元老院の1人だよ。襲撃者は十六夜家の養子であり、君と血縁関係にある十六夜夜子だ』

 

 まだこうして話してくれるだけ有情だ。動きは事前に知ってたけど、放置していたんだろう。そして、情報をリークしたということは『自分たちはこれ以上の事はしない』という意志の表れであり、『知ったところで何も出来ないだろう』という傲慢さを見せつけるものだった。最後の一線は超えてないから良い、とでも思ってるんだろうか。

 

「それで、樫和ナントカって人とは話をつけたんですか?」

『樫和主鷹は関与を否定したよ。十六夜も娘が独断で動いたということで、十六夜から籍は消去されて暗殺命令が四葉家に出されるだろうけど、君には四葉に十六夜夜子が消される前に消してほしいというのが君への依頼だ』

「報酬は?」

『殺さないだけ良い方じゃないかな』

 

 確かにそうなんだけど、CADの整備や色々な装備品の調達に結構な投資をしてて貧乏生活を余儀なくされてるんだから、少しくらいお金を出してほしい。

 

 通話が終了。添付されてきた画像は、十六夜夜子の顔写真だった。

 

 四葉真夜の面影があり、荒んでいるようなキツイ印象のある少女だ。母親似だった。そりゃあ、四葉に処理させたくないわな。

 

 はてさて、姉になるのか妹になるのか、逆転の発想で兄か弟かもしれない。俺より先に作られた人間はいないから、弟か妹である確率が高い。いや、確実に妹なんだけどさ。

 

 トカゲの尻尾切り。同情はするが、死んでもらうしかないだろう。

 

「話は終わったか?」

 

 どうやって殺すか考えていた矢先。

 

 メスゴリラが驚異の回復力を発揮して起き上がってきた。重傷で2、3日は目は覚ませないだろうと医者は言っていたが、もう起き上がるとか本当に人間か怪しくなってきた。キング・コングならぬクイーン・コングだわ。いや、ゴジラかな。

 

「皇さん、もう起き上がっても大丈夫なんですか?」

「この程度、重傷でも何でもない。ただのかすり傷だ」

 

 隣にいる同じくらいの負傷をしたつかさちゃんは重傷なんだけど、本当に人間なのかな。

 

「一応、遠山さんと同じく重傷患者のカテゴリーにいるのでおとなしく寝ててください」

「その方が都合がいいのか?」

「誘き出す華くらいにはなりますよ」

「お前、自分の立場と私の立場を理解してるか?」

「肝心な時に役立たずだったから、俺の評価も会社の評価もダダ下がりですよ。これ以上下がりようが無いから、ヤケになって利用できるものは何でも利用して下手人を叩き潰すんです」

「それで私を利用するのか?」

 

 殺しても死ななそうだし、大丈夫なんじゃないかな。

 

 しかし、それは最終手段だろう。あまりにもリスクがデカい。

 

「冗談です。貴方を利用しなくても俺で何とか出来ますよ」

「1人はお前の妹であろう人間だが、殺すつもりか?」

「生かしておく理由があるんですかね。所詮は遺伝子的な繋がりだけの相手なんだから、家族でも何でもない赤の他人です」

「寒い考えをするんだな」

 

 ずっと一人だけで生きてきたのに、今更『家族』などというものは必要ないだろう。俺なんてまだ生活は良い方で、もっと酷い環境に置かれている魔法師はいる。それを分かっていながら、誰も見て見ぬ振りをするばかりで都合のいい時だけ引き合いに出して何もしない。わたつみシリーズのように使い捨ての消耗品になっているのが実情だ。

 

 魔法協会も十師族も、魔法師の人権を蹂躙している四葉を野放しにしている時点で同じ穴の狢で、魔法師を単なる兵器か何かとしてしか見てない元老院も同じだ。

 

 結局のところ、俺が皇悠につくのはそうした現状を壊して魔法師が非人道的な扱いをされる事から解放することを期待しているからだ。

 

 その為だったら、例え血の繋がった人間だろうと立ち塞がるなら殺すし、何でも利用するつもりだ。

 

「志村、1つ依頼だ」

「なんですか?」

 

 さっきの会話から、皇悠は余計な気を回すようだ。このゴリラ、人の覚悟を踏みにじる天才かな。

 

「十六夜夜子を殺さずに保護しろ。仲間に引き入れたい」

 

 殺してしまった方が早いし、こちらの手間が省けるのだがな。とことん、人を苛つかせてくるし無茶振りしてくるんだな。

 

 さっきの覚悟は何なんだろうな。

 

 

 

 




連日投稿はここまでです。

次回は何とか7月中に投稿する予定です。


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25話

 九校戦が再開された。

 

 そんな事より、先ずは顧傑を始末しにかかる。

 

 奴の目的は、四葉への動機の弱い復讐。それと魔法を社会的に葬り去り、大亜細亜連合の下で魔法の無い世界で覇権を手にすることだ。

 

 奴はテロリスト認定を受けながらも、日本に何者かの手引きで入国。大亜連合と日本が講和されないように、中心人物である皇悠を殺そうとしている。四葉と動きが被られて遅れを取ったけど、油断なく容赦しないで潰させてもらおう。全部の罪を被せるつもりなので、丁度いい相手だ。

 

 顧傑の常套手段は『僵尸術(きょうしじゅつ)』と呼ばれる魔法で死体を操って軍団を作って突撃してくる。末期の旧日本軍みたくカミカゼ特攻してくるから、対処にしくじると爆発に巻き込まれて木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

 軍の敷地で起きた事だから『軍の管轄』となり、捜査は天狗少佐が指揮しているらしいが、魔法の事が解っても犯人までは掴んでないだろう。時間をかければ辿り着くだろうけど、単純に天狗少佐が嫌いだし、十六夜夜子の事もあるので四葉と癒着関係にある輩に出しゃばられると迷惑なので、手柄を立てさせたくないのもあるけど蚊帳の外にいてもらおう。

 

 現在、病院の前で待機しているのだが、三十分もすれば顧傑はやってくる。所在不明だから、来てもらうことにした。

 

 以下、回想。

 

「周大人、あの方の居場所を知ってますか?」

『さあ? あの方は九校戦を観に行くと言ったきりですからね。そちらに居られるのでは? 後先考えない行動には流石の私も擁護が難しいです』

「見事にしくじりましたからね。そちらの状況が悪いのは同情しますよ」

『おや、同情してくれるのですか。私も今いる住処を追われるのは少々面倒なんですよね。下手に軍や十師族に捕まるとこちらにまで飛び火しかねないですけど、かといってこれまでの恩義があるので見捨てる訳にもいきませんので難しいです』

「一度できた縁を切るには、なかなかに大変ですからね。四葉あたりに繋がりが漏れると殺されかねませんからね。そういえば、これは独り言なんですが……姫殿下が重体で裾野の病院へ運び込まれましたよ。今は療養中です」

『時間がある時にお見舞いに行きましょう。その前に来客があるでしょうから、時間と日時を教えてあげますね』

 

 電話のみの会話だった。

 

 周大人には顧傑に情報を流してもらい、見事に釣り上げることに成功する。姫殿下を撒き餌にしたが、巻き添えにしないので妥協してもらおう。恐らく病院への襲撃に際して行方不明者が出ただろうが、必要な犠牲と割り切って哀悼の意を表する。

 

 死体の軍団で攻めてくるなら、人を集めるべきだろう。でも、ザル警備をしていた陸軍は信用ならないし、海軍も警察も入ってこれないし、十師族はただの利権団体、一般魔法師は我先に逃げ出していたし、呑気にミラージ・バットを観戦しているあたりで論外の戦力外で、九校戦の事で頭一杯の学生も戦力外……あれ、失敗したんじゃね? 好き嫌いや損得抜きで天狗少佐にリークした方が……これ幸いと皇悠を見殺しにしそうなのでアウトだ。そもそも、天狗少佐の部下あたりが皇悠を監視していただろうに、本当に監視だけで終わっているあたりで確信犯だ。

 

 つかさちゃんは守ることに特化した魔法師だし、今は病室のベッドの上だ。メスゴリラは動けるし、戦闘もできるけど、敗北条件にある護衛対象を戦わせるのは愚か者の極みなので一人で殺るしかない。軍の連中も監視じゃなくて戦ってくれよ。

 

 そう思っても、何も変わらない。国防軍は敵は倒しても人を守ってくれないし、十師族が守るのは高ランクの魔法師だけだ。対外的にはBランクくらいで通してる俺を助けてくれる人間はおらず、むしろさっさと死ねとでも思っているだろう。

 

 うだうだ考えたって仕方ない。

 

「時間か」

 

 人が来た。見た目はどこぞの教会の修道女(シスター)。敬虔なカトリック教徒を意識した装いは、神秘的な雰囲気も相まって聖女のように錯覚する。

 

 それだけなら特に気にも留めないが、シスターの黒い修道服は真っ赤な血に染まっていた。明らかに「ついさっき殺人してきました♪」みたいな感じだった。

 

 顧傑に操られている死体ではない。性転換した顧傑本人だとアホな考えが過ぎったが、相手は正真正銘、写真にあった『十六夜夜子』その人だ。予定が逆になったけど、顧傑じゃなくて十六夜夜子が来たなら仕方ない。

 

「止まれ!」

 

 CADを向けて制止を呼びかけた。

 

 しかし、女が徐にCADを引き抜くと、トリガーを引く。

 

 

 ──―『夜』が世界を覆った。

 

 

「嘘だろ!?」

 

 問答無用で『流星群』が発動。慌てて『領域干渉』で光の分布を偏らせる十六夜夜子の干渉力を阻害する。

 

 干渉力が上回ってよかった、というより本気ではなかった様子だ。挨拶代わりかな。並みの魔法師なら死んでた。

 

「ごきげんよう、愛しの(憎き)兄さん。素晴らしい見事な対応でした」

 

 裾の大きい頭巾(ベール状でウィンプルというらしい)を脱ぎ捨てた美しき殺人鬼は、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「ずっと貴方だけを見ていました。ずっと貴方だけを想って生きてきました。ずっとこの時を待ち侘びていました。ようやく貴方だけを愛せる(殺せる)んですね」

 

 えっ、こんなの味方にするつもりなの? 

 

 怖い怖い怖い怖い! なんでこんな病んでるの? なんでこんな狂ってやがるの!? 十六夜家はどんな教育してきたんだ!? 

 

 深淵を覗いた気分だぜ。

 

「さあ、兄さん。私と愛し(殺し)合いましょう」

「ふざけんな」

 

 あの妖怪ジジイ、最初からコレか狙いか。十六夜夜子は初めから俺を殺すことが目的であったのだ。いや、妖怪ジジイは俺を作った段階で俺を殺すための存在を作っていたんだろう。

 

 都合のいい手駒にならなかった場合、即座に殺すために生かされてきた哀れな魔法師。ひたすらに人を殺すために生まれてきた人殺しの兵器(魔法師)は、自己加速術式で肉薄してくる。

 

 魔法力が同等でサイオン量も同じ。単純な魔法の撃ち合いで勝つのは難しい魔法師と戦う場合、近接戦闘での魔法による殴り合いになる。ハッキング仕掛けるには動きを止めて集中する必要があって無防備になるから余裕は無く、時間はかかるけど原始的な手段で戦おう。

 

 魔法師はCADに依存しがちで、魔法の発動にはCADを操作する必要性が生じる。それは一瞬の判断が命取りになる戦闘では、致命的な隙となる。故に如何にして相手より先に魔法を当て、相手の魔法を対処するかが焦点となり、だからこそ最も魔法を当てれて対処できる攻防一体の攻略法は至近距離における魔法の格闘戦だった。

 

 刀やらナイフ、拳などを魔法を使って色々して戦う人間は多い。近距離戦に主軸を置いて戦うならそれで構わないのだけど、距離が離れたら一方的に撃たれる的にしかならないから、結局CADは拳銃タイプに落ち着く。武装一体型でも銃に拘るのは、俺は近接武器を扱うのが苦手という世知辛い理由からだった。

 

 俺は2丁拳銃、十六夜夜子は拳銃とコンバットナイフの武装一体型CADを扱う。使用魔法は俺が貫通力増幅と速射性の底上げに対し、十六夜夜子は拳銃はフォノンメーザー、コンバットナイフは『高周波ブレード』が発動する仕組みだった。

 

 この『高周波ブレード』の厄介なところはガラスを引っ掻いた不快な音を鳴らしてくることで、集中力を乱してくる。

 

 手数はこっちが上だが、純粋な火力と戦闘力は向こうが上だ。更に俺は十六夜夜子を殺さないように加減してるのに対し、向こうは殺意マックスの加減無しの本気モードだ。

 

 こっちが向けた銃口は手で払われ、向こうが顔面目掛けて突き刺そうとするナイフを情報強化した拳銃で横っ腹を殴って軌道を逸らす。これの繰り返しで疲れて集中力が途切れたら死ぬ。

 

「アハ♡ 流石ですね兄さん。今まで私に近づかれると1分も保たないで壊れちゃうのに、貴方は特別。私だけの兄さん。愛し(殺し)ます兄さん。それが私と貴方に許された鎮魂歌(レクイエム)!」

「気持ち悪いからやめろ。お前に兄さんと呼ばれると吐き気がする」

「酷いわ兄さん。貴方を愛する(殺す)のは世界でこの私だけです。兄さんは私に愛さ(殺さ)れてればいいのです!」

「なんなんだよ、このクソガキ。愛だのなんだの言われても知るか。勝手に妹を自称するな」

 

 キャラが濃すぎるんだよ。あのメスゴリラといい、世界観が違い過ぎて泣きそう。九校戦で多くの少年少女が青春の汗とやらを流しているが、こっちは命を懸けた極限の殺し合い。流れるのは赤く彩られた鮮血だ。温度差が激しい。

 

 コイツの後に顧傑率いるゾンビ軍団が控えていると考えると、早く確保しなければならない。狙い目は無し、隙がないし、作れるだけの技量が無いから凌ぐだけで精一杯。魔法力だけの人間だから、近接戦闘はあんまり得意じゃないの。単純な魔法の撃ち合いなら負けないんだけどな。

 

 一進一退の攻防が続き、何度目かの格闘戦。マズい事に右手の拳銃の銃身がナイフに断ち切られてしまったのだ。返す刀で脇腹がフォノンメーザーで抉られた。

 

 CADは使い捨ての消耗品という感覚だから、すぐに腰に提げている別のCADに持ち替える。持ち合わせたCADは合わせて6丁で残り5丁。金銭的な問題から壊すのは勿体ないから、何とか壊さないようにしたい。

 

 その矢先、今度は左手のCADがフォノンメーザーの餌食になってしまった。残り4丁。

 

「フフ♡ ウフフフフ♡ 愛してます(殺します)兄さん。惨めに這いつくばって情けなく命乞いしてくださいな。私だけを見て。私だけを想って。私だけのモノになって」

 

 この狂戦士め。精神構造をどれだけ弄り回したんだよ。

 

 だって普通はいくら血の繋がりがあっても、家族として一緒に過ごしたこともない相手を出会っていきなり家族認定なんて出来る訳がないだろう。そんな簡単に割り切れないものだろう。言ってることの大半が理解できん。

 

 素早い動き。CADを向けた瞬間にはいなくなってるし、死角となった場所から攻撃が飛んでくる。情報強化と硬化魔法を使うから余計な消耗が増えた。障壁魔法は相手の手数が増えたこともあり、それぞれに対応した障壁を張る余裕がない。

 

 マーシャル・マジック・アーツかと思ったが、日本古来の武術の動き……いや、いつだったか見せてもらった九重八雲の体術に似てるなコレ。

 

「お前、あのナマグサの弟子か」

「お師匠はナマグサではありません。ただのスケベです。兄さん、本物のナマグサに失礼ですわ」

 

 コレ終わったら粛清してやると思ったが、あんまりな言われように不憫なのでやめておく。カトリック系の服装という仏教とか神道ガン無視スタイルという時点で色々とお察しだろう。修道服で戦う人なんて初めて見るけど、裾とか翻ったりして邪魔で動きが捉え難い。動き難くないのかと思うが、下はロングスカート長いスリット入りで黒いレギンスを履いているから良いものの、精神衛生上よろしくない。おい、そこの腹黒そうな軍人さん。感心したように見てないで助けろよ。一撃でも喰らうと死ぬって分かってる? 分かってねーだろうなオイ。

 

 後に競技が控えているし、死ぬワケにも怪我……はどうにもならないが、更に相手を殺さないように手加減していると満塁の押し出しをしている縛りがされている厄介な状況だ。おまけに相手は自分よりは戦闘力は高めとくれば、もはやどうしたらいいんだろうな。既に怪我は脇腹を抉られて刺されたり、斬られた程度だけど、致命傷には至っていない。自分自身に魔法で痛覚遮断をして無理やり体を動かしているものの、これ魔法が解除した後が怖い。激痛で死ねる。

 

「待った。少しクールタイム」

「いいわ、兄さん。五分だけ待ってあげる」

「ありがとう。ついでにギャラリーがいるけど、どうする?」

「そうですね。私と兄さんの逢瀬を邪魔するうっとおしいハエには消えてもらいましょう」

 

 そうして隠れ潜んでいる場所へ十六夜夜子はCADを向け、フォノンメーザーをぶち込もうとする。

 

 引き金を引く瞬間。自らの命が危険に晒されていることを覚った軍人さんは慌てて両手を上げて出てくる。

 

「待った待った。盗み見ていたのは悪かったと思っているよ。まさか気づかれてたなんて思いも寄らなかったよ。いつからだい?」

「うるさい。目障りです。死んでください」

「聞く耳なしか!」

 

 聞く耳があったら、殺しになんか来ないだろう。

 

 軍人さんは一応魔法師なようで危険を感じ取って領域干渉をするが、十六夜夜子の光の分布を偏らせる干渉力を超えることは出来ず無数の光線が足を穿った。

 

「がァっ」

「ふふっ♡ さあ、兄さんの休憩時間が終わるまで楽しませて(嬲り殺させて)くださいな。情けなく命乞いしてくださいね」

 

 いや、それはマズイだろう。

 

 どうせ天狗少佐の部下だし、助けようとすらせずに戦力分析するのみで見殺しにしてきた相手だから助ける義理はなく、むしろ清々するくらいだが、殺すのは駄目だろう。

 

 俺は障壁魔法を軍人さんの前面に展開して助ける。秒で極限状態が終了し、激痛に耐えかねて気絶する。病院が近くて助かった。

 

「兄さん、休憩時間を与えたハズですよ。お楽しみの邪魔をしないでください」

「その敵だと認識した相手への異様な残虐性はなんだよ。今時の魔法師でもやらないぞ」

「だって私、気に入らないモノはじっくり遊んでから殺すのが趣味なんですのよ。それが魔法師なら尚更、嬲り殺しにしてあげたいのです。だって自分の魔法に自信に満ち溢れた愚か者が為す術なく蹂躙されて情けない悲鳴を上げて死ぬ姿を見ると、あまりにも気持ちよくて絶頂してしまいそうですわ」

「あ、悪趣味だ……」

「今までだってそうしてきたではありませんか。気に入らなければ敵、自分たちとは立場も思考も異なるから敵と断じて殺し、自分たちにとって都合が悪ければ殺し、都合が良ければ良いように利用して使い潰す。魔法師として当たり前の事をしているだけで、私は加虐嗜好がちょっと強めなだけですわ。私は兄さんを愛する(殺す)ために産まれてきた。それ以外は全てどうでもよく、私の嗜好を満たすための玩具でしかありませんわ」

 

 見事に狂ってんな。

 

 何か言い返すとブーメランになりかねないから、何も言わないでおく。俺も壬生さんを守るためだのという建前から、七草家の魔法師を殺して魔法師としての人生を終わらせた。気に入らないという嫌悪するような思考があっただろう。

 

 一体、どんな生活を送ってきたのだろう。元老院の古式魔法師たちが魔法師を見る目は『使い勝手の良い道具』だから、扱いなんて大体想像つくので同情する。だからといって免罪符になるワケでもなく、自分がこうなったのは誰かのせいだと責任転嫁して逃げるのは赦されない。この手の輩には『同情するけど死んでくれ』としか言えない。

 

 この手の自分の産まれと扱いが酷かったばかりに自己中心的で被害者意識の強くなった魔法師は、魔法師社会の闇が生み出した被害者ではあるが、生かしておいても百害あって一利なしだ。殺してあげるのがせめてもの救いだろう。

 

 だから──―。

 

「十六夜夜子。お前を殺す」

 

 魔法師(被害者)は嗤う。

 

「あっ、やっと本気になるんだ。嬉しい。殺してあげるから愛し(殺し)合いましょう──―兄さん」

 

 互いにCADを向け合った時だった。

 

「──―依頼通りに事を運んでくれないと困るんだがな」

 

 メスゴリラの登場である。

 

 後ろには九島烈がいて不機嫌な様子の天狗少佐及びその部下たちがいる。メスゴリラのパワハラを受けたんだろう。自業自得だな。九島烈は疲れた顔してら。

 

 ここらで幕引きのようだ。とっておきの秘策とかあるハズもなく、殴って解決する脳筋戦法をしていたのだが……ここで状況を一瞬で終わらせるワイルドカードが発動した。

 

 そう、メスゴリラの登場である。

 

 奴は自分の権威を使い、更に相手方の弱みを突いて脅し……根回しをして指揮権を掌握。事態の解決を図りに来たようだ。メスゴリラめ、俺の決死の覚悟を返せ。

 

 邪魔されてイライラし始めた十六夜夜子は、皇悠に親の仇でも見るかのように殺意に溢れた顔で睨みつける。

 

「なんなんだよオマエ! 後からしゃしゃり出やがって! 私の邪魔をするなら、皆死ねばいい!」

 

 九島烈がCADを起動させるが、十六夜夜子が『流星群』を撃つ方が早い。

 

 しかし、メスゴリラが動く方が遥かに早かった。

 

「かはッ」

 

 一瞬だった。メスゴリラの姿がブレた次の瞬間。

 

 ──―ゴォッ!! 

 

 ソニックブームが起き、いつの間にかメスゴリラは十六夜夜子の鳩尾に拳を突き立てて気絶させていた。

 

「ちょっと鈍ったか」

「えぇっ?」

 

 なんなの、この人。バグキャラにも程があるぞ。周囲が驚きすぎて声が出てこないようだ。ギャグかな。

 

「風間少佐。お前の部下が負傷してるようだぞ。早く救助にあたれ」

「は、はいっ」

 

 階級で上下関係が決まる軍隊ならではの世知辛いものを見てしまったが、何か言うと天狗少佐が余計に惨めになるので言わないでおく。

 

「時間稼ぎご苦労さま。事件解決だ、明日に備えて休むといい」

「都合よく回りすぎるんですけど……どうやったんですか?」

「権威と権力と交渉材料さえあれば何とかなるものだ。それでも、取り零したモノは多いがな」

「そうですか」

 

 天狗少佐や九島烈には同情するよ。

 

「これで依頼は一先ず完了だ。志村は明日に備えて休め。ここの更地は風間少佐が責任持って直すから気にしなくていい」

「それは我々の──―」

「ああ? つべこべ言わずにやれ。上官命令だ」

「ぐっ……はい」

 

 どんな事をやられたのやら。魔法使って吐かせてみたくなるけど、天狗少佐の名誉のために気にしないことにする。

 

 殺すな、という依頼だったので潮時だろう。

 

 帰ろうとして、妙に足元がふらつく。痛覚遮断してるから良いものの、これはたぶんマズイだろう。

 

「大丈夫かね?」

「痛覚遮断してるから何とか……って言いたいですが、血を流し過ぎたようです、老師」

「急ぎ搬送させよう」

「ありがとうございます」

 

 とりあえず、大事なのでもう一度言いたい。

 

 ──―俺の覚悟を返せ。

 

 

 





修道服は秋葉原で購入しました。


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26話

 思ったより重傷だったらしい。

 

 痛覚を遮断していたから気づかなかったが、あと一歩遅かったら失血死は免れなかったらしい。なんやかんやで生きてるからいいやと悟り、輸血してもらって治癒魔法を使いつつ後の事はメスゴリラにぶん投げて復帰する。ちなみに十六夜夜子によって脚をボロボロにされた軍人さん……真田中尉は再生治療で何とかなるものの、しばらくの療養は余儀なくされたらしい。

 

 戦闘が終わり、しばらくした後に顧傑及び行方不明となった人たちが発見された。顧傑は嬲り殺しされてたらしく、行方不明者は既に死体だったこともあるけど、過度に『無力化』されていた。捜索にあたっていた軍人にトラウマが植え付けられた。

 

 顧傑の殺害は十六夜夜子が犯人だった。本人曰く『たまたま目についたから』だったらしい。それであの返り血だったワケだが……私怨で殺したとかはなく、単純に目についたから殺しただけなんだろう。ある意味で因縁ある四葉が終わらせたようなものなので、呆気ないが本望だろう。

 

 人格破綻者も良いところで、この手の魔法師はどうやったって今更になって生き方を変えることは出来ないから殺すのが最善だと思うけど、判断は皇悠にあるので俺はそれに従おう。

 

 そんなこんなで新人戦の最終種目『モノリス・コード』の開幕である。

 

 俺は怪我人だけど、今になって変更できないのもあって出場している。モノリスを守るだけで動かず、攻めは一条と吉祥寺に丸投げだ。攻めに回ってもいいけど、傷口が開いて大惨事になるので極力控える。

 

 九校戦の裏でテロリストがいて何十人もの人が行方不明となり、遺体となって発見されたというのに大会は続行。俺と十六夜夜子の戦闘は隠蔽されて箝口令が敷かれ、テロ事件に関しては詳細は省かれて有耶無耶の内に『十師族の九島烈と陸軍が協力して解決した』と言う事にして終息する運びらしい。ツッコミどころ満載だし気に食わなさ満点だが、それで終わるようだ。これで十師族も陸軍も名誉挽回……とまではいかなくとも、ある程度の名誉回復は出来るだろう。で、手柄を立てさせて色々と不問に付してあげた皇悠は、自分に怪我を負わせた十六夜夜子の身柄を貰い受けた。

 

 名誉だの手柄だのよりも、戦力の確保の方が大事だったようだ。ここで十師族と陸軍のメンツを丸潰れにしてしまうより、恩を売っておいた方が得をするのだろう。元老院さんには皇悠が何か言ったらしい。連絡係さんからの『お咎め無し』の電話には、内心では小躍りした。

 

 そんなこんなで話は戻してモノリス・コードである。

 

 忘れているようだが、当初の目的は三高の優勝で十師族の優勝阻止である。一高と点数が拮抗している現在、次の日のミラージ・バットは一色が渡辺摩利を抑えて優勝が出来るか怪しいところなので、モノリス・コードは優勝したい。何とか妥協案で『一条は戦闘不能にされたが、チームとして優勝』という形で落ち着かせたいところだ。

 

 一条は決勝戦で戦闘不能になってもらうためには、相手選手をハッキングして戦わなければならないだろう。幸い、モノリスの守備という役割なので隠蔽しながらハッキングすれば大丈夫なのかもしれないが、リスクが大きいので『勝てる奴』を引っ張り出してもらう。

 

 無頭竜の幹部を通じて大会委員の工作員に命令し、四高選手のCADにとある細工を施してもらった。

 

 結果、悲鳴が上がった。皇悠に怒られた。

 

 一高と四高の試合していた際、四高選手には乱戦に持ち込んでもらい、建物に対象物の「一つの面」に加重がかかるようにエイドスを書き換える魔法『破城槌』を時限発動するように細工したのだ。この魔法は、屋内に人が居るときに使った場合、殺傷性ランクAに相当するのだが、怪我でモノリス・コードに出てこれないようにするだけなので大丈夫だろう。四高は最下位が確定してるから、来年にまた頑張ってもらい今年は諦めてもらう。

 

 予想通り、一高の選手は重傷だったものの命に別条はなかった。四高の選手は失格となった。

 

 そして、一高から十文字克人が大会委員へ直訴していた。彼は『代理の選手の出場許可』をもぎ取りに来たのだ。まあ、権威でゴリ押しするだろうし、皇悠や九島烈あたりが援護射撃するだろう。

 

 前代未聞の大事故。その前に自爆テロが起きていたり、大勢の人間が行方不明になっていた事件は伏せてあるが、それでも立て続けに問題が発生して対処に当たる大会委員などの関係役所には申し訳無いと思う。これを最後としよう。

 

 そう決意し、十文字克人が大会委員に『特例措置』をもぎ取って代理の選手をモノリス・コードへ出場させた。

 

 ──―司波達也、西城レオンハルト、吉田幹比古。

 

 皇悠が「シナリオ通りか」と呟いていたが、現状で何も策を弄さなくても勝ってくれる『一般人』のカテゴリーにいる司波達也という男を利用しない手は無いだろう。目立たせるお膳立てするから、一条を負かしてほしい。

 

 そう期待して、彼らが勝ち上がってくる事を期待しながらの観戦だ。

 

「ついに出てきたね、彼が」

 

 ライバル視している吉祥寺が呟く。

 

 新人戦で一高の1年女子が1位こそ取れなくても、2位と3位を取ったり、1位〜3位まで独占したりと躍進に貢献した技術者が試合にも出るということで注目を集めていた。

 

 一流のCAD調整技術に加え、戦闘も出来るというワンマンアーミーな司波達也と彼の仲間たちの初戦は八高だった。場所は八高が熱を入れて実習している森林ステージ。

 

 一高の首脳陣は心配してないだろう。九重八雲に弟子入りしているのは司波深雪から齎されているから、彼の独壇場になることは推測できる。事実、他二人も八高選手と対峙していたものの、司波達也は無双して最も注目を浴びた。

 

 注目を浴びた最たる理由は、魔法式を力づくで消し飛ばす最強の対抗魔法『術式破砕(グラム・デモリッション)』の使用だった。

 

 最大のダークホースの登場に一条は無駄に意識してくれてるようで、本来なら長期戦覚悟でロングレンジから一方的に撃ちまくれば勝てるだろうに、近づきながら短期決戦に臨むつもりのようだ。

 

 初めてマトモに撃ち合える相手だからってのもあるのだろう。吉祥寺も一条の心情を理解して同調を示す。俺は怪我人なので動きたくない。

 

「志村はまだ痛むか?」

 

 次の試合に臨む前、一条がこちらを気遣って声をかける。

 

 一応『協力者』扱いされ、囮となって行動したことにされていた俺は『名誉の負傷』ということになっていた。

 

「昨日の今日だからな。痛み止めは打ってるけど、あんまり動くと痛みがぶり返すかもしれない」

「すまんな。交代できればよかったんだが、他に選手がいなくてな」

「別にいいよ。一条と吉祥寺がいれば勝てるだろう」

「僕は本来、研究職だから戦闘面は得意じゃないんだけど……」

 

 それを言うなら、司波達也だって本来はエンジニアだぞ。戦闘も一流、エンジニアとしても一流。将来的に何になりたいのか目標が見えない奴だな。両立するのは良いけど、どっちか片方にしておけば注目も減らせるだろうに。まあ、四葉という三度の飯より殺人が大好きみたいな家の人間だから、技術職だけというワケにもいかないんだろう。

 

 そろそろ試合が始まる時間となり、司波達也を過剰に意識する我らが三高のエースである一条は、決勝への布石でたった一人で敵陣へ特攻する腹積もりらしい。こっちからしてみれば、相手は個人の能力を活かして直接の戦闘を避けながら戦っているように見受けられ、単純な魔法力勝負に持ち込めば勝てるだろう、という結論づけれる。だからこそ、力による真っ向勝負をさせるために一条が特攻する。圧倒的な力の差を見せつける手も足も出させない戦いだった。

 

 試合見てれば、アウトレンジからの攻撃は防御してても攻撃には転じることはあまりないから、遠距離からひたすら撃ちまくれば勝てそうな気がしなくもない。それを吉祥寺には伝えているが、一条が完全に司波達也との一騎打ちに熱を上げているというのも相まって、吉祥寺は『三高が勝つ』より『一条将輝が司波達也に勝つ』を優先させるようだ。何がそんなに一条は司波達也を意識し過ぎているかといえば、司波達也の妹の司波深雪にあるようだ。兄妹にしては『家族』というより『恋人』の方がしっくり来そうな距離感なだけあり、ものの見事に勘違いしているようだ。こっちは殺し合うような関係していたのに、天と地程の差があるなー。

 

 私怨も混ざった複雑な心境が『司波達也との真っ向勝負』なワケだが、もはや何も言うまい。一条にとっては初恋なのだ。しかも一目惚れ。

 

 ぶっちゃけた感想を言おう。

 

『──―青春だな』

 

 相手が四葉というテロリストじゃなければ応援していただろう。四葉は内輪で完結するように仕向けているだろうし、一条が入る余地は決して無いと言っても過言でない。なまじ何でも持っているから、手の届かない存在に目がいくのは仕方ないか。

 

 そんな事を考えながら、決勝まで時間があるので外の景色でも見ようと外に出た時だ。

 

 ちょうど富士山を眺められる場所だったのだが、先客……男女のペアで距離感が近いことから逢い引きしてるように見受けられ、かなり気まずい。

 

 一人は吉田。もう一人は千葉エリカ。九校戦はカップルが出来やすいと聞くし、人目を忍んでイチャイチャしたい気持ちは理解できる。

 

 俺は空気を読める人間だけど、突発的に遭遇した逢い引き現場にテンパってしまった。

 

「え、ええと……お邪魔しました」

「誤解だよ!」

 

 違うらしい。

 

 どうやら付き合ってないらしい。つまらん。

 

 誤解を解こうとする吉田が必死すぎるものだから、ちょっと笑いそうになる。

 

「ところで、ミキ。知り合い?」

「僕の名前は幹比古だ。ちょっとした知り合いだよ」

「ふーん。千葉エリカよ。こっちの幹比古とは幼なじみってやつよ。よろしく」

「三高1年の志村真弘です。先程は勘違いして申し訳ありませんでした」

「別にいいわよ……ってか、もしかしてアンタがあの皇悠の腰巾着?」

 

 この場につかさちゃんがいたら、障壁とコンクリのサンドイッチにされていただろう。

 

「姫殿下についている人間の前でフルネームで呼び捨ては流石にマズイのではないですか?」

「本人がいないから大丈夫よ」

「そうですか」

 

 この手の輩はそこかしこにいるので目くじらを立てる必要は無いだろう。俺なんて名前じゃなくてメスゴリラって呼んでるし。

 

「ていうか、アンタのそのモッサリした前髪、長すぎて顔が半分以上隠れてるんだけど……何とかしないの?」

「目がかなり鋭くて3歩歩けば補導される自信があるから、こうして隠してるんです。ヤクザか何かに見えるみたいでね」

「深雪……あたしの友達で物凄い美少女なんだけど、アンタは理由は違うけど容姿で苦労してそうなのは一緒なのね」

 

 司波深雪自身が容姿で苦労してるのか、疑問の余地はありそうだがな。

 

「そういう千葉さんも容姿で苦労してそうですよね。部活動勧誘期間では引く手数多でもみくちゃにされてませんでしたか?」

「そりゃあ、もう大変だったわよ。熱を入れる気持ちは分からなくもないんだけどね。がっつかれても逆に困るわ」

「俺なんか何度も職質されて地元の警察官とは顔見知りになりましたよ」

「アンタも大変ね」

 

 無論、嘘である。

 

 魔法師にとって容姿の良し悪しは魔法力に比例しているから、自分が人目を引く容姿をしている事は隠しておいて損はない。というか、千葉エリカを通して司波兄妹に変に情報を入れさせるワケにはいかないだろう。

 

 ところで、せっかく一人になろうとしていたのに、来た場所には先客がいたので移動しよう。

 

「とりあえず、邪魔しちゃ悪いので移動します」

「ごめんね、志村。次はモノリス・コードの決勝で会うことになるけど、もう前の僕とは違うってことを見せるために勝たせてもらうよ」

「お手柔らかに頼むよ」

 

 最低でも一条には勝ってもらわなければ困る。吉祥寺は一条が負けると、動揺による戦闘力低下が著しいので最悪は見殺しにするつもりだ。一条に恩義があるのは解るが、頼り過ぎだと思う。皇悠を盲信するつかさちゃんのような似たものを感じる。

 

 吉祥寺は一条のやる事を必ずと言っていいレベルで全肯定し、解決策を打ち出してくるので参謀を自称するならもう少し強く諫言できるようになってほしい。

 

 そう考えながら、控え室に戻ろうと歩いている時だ。

 

「お前は──―」

 

 司波兄妹と遭遇した。

 

 相手はこっちに気づいて声を上げ、俺も気づかなければならなくなった。

 

 今大会の注目の的と言えるだろう相手が声をかけ、無視するのはあまりよろしくないだろう。

 

 一条や吉祥寺は過剰に意識してライバル視しているから、俺もそれに倣だて意識してライバル視するようにしておく。

 

「君は確か一高の司波達也と司波深雪だな。こんなところで会うなんて偶然だね。俺は──―」

「志村真弘だろう? 姫殿下の秘密兵器にまで知られてるとは思いも寄らなかったな」

 

 秘密兵器、ね。言葉の綾だろうけど、兵器と言われると魔法師ってのはつくづく人間じゃないんだなと思える。

 

 そんな事より、確かに俺は皇悠の護衛をしているから目立っているかもしれないが、秘密兵器などと呼ばれるくらい実力を司波達也に見せていない。天狗少佐と藤林響子あたりが情報漏洩した可能性がある。九重八雲もリストアップできるが、奴が俺の事を『秘密兵器』と称したりしないので除外。飼い犬、と称するだろうからな。というか、何の為に箝口令を敷いたと思って。

 

 陸軍はクソゴミ、という認識を改めて認識させてもらった。

 

「今大会の注目株が俺のような無名の生徒に注目してるなんて夢にも思わなかったよ」

「無名、か。確かに上手く隠れているようだな。まるでブランシュを陰で操ったペルソナと呼ばれた奴と同じようにな」

 

 これは狙いを絞ってきてる感じだな。殆ど確信しているように見受けられる。

 

 この分なら、俺が四葉の分家である黒羽家の人間を倒した人間だと思い至っているだろう。黒羽家の人間が四葉家という小さい枠組みの中でどれだけの力があるのか知らないが、四葉の人間が返り討ちに遭ったという事実は彼らがこちらを敵対視するには充分な理由だ。

 

 どのみち敵対は避けられないのだから、ここはむしろ自分を強く見せることにしよう。へいへい、テメェみたいな小物なんかに負ける俺じゃないんだよ。

 

 と。そういきたいところだけど、下につく人間が勝手に喧嘩を売りに行ったらマズいので穏当に終わるようにしたい。

 

「ペルソナって……真の黒幕とやらが本当に存在して俺がそのペルソナって奴だと疑ってるなら、他を当たってほしいところだよ。なんの罪もない一般人を犯罪者に仕立て上げようとか頭沸いてんじゃね?」

「なんですって……!」

 

 司波深雪を起点に周囲の温度が下がっていく。感情が昂ると周囲の事象を改変するだけの干渉力を発揮するのは、それだけ才能に溢れた魔法師であることの証明だろう。街中とか人のいるところでヤラれたら、単なる犯罪でしかないが、その時は四葉の特権を使って揉み消すんだろうな。一体、何人が行方不明になるのやら。

 

 並の魔法師なら文字通り凍りつくレベルで、白昼堂々と魔法による殺人を行おうとしてきたことに兄である司波達也は止めなかった。わざと止めなかったんだろうな。情報強化と干渉領域を使い、何とか自力で耐え抜く。

 

「よせ、深雪」

「あっ、申し訳ございません。お兄様」

「あれ、俺は?」

「すまんな。深雪は感情が昂ると、魔法の制御が甘くなるんだ。見事な情報強化と干渉領域だったぞ。随分と高い魔法力を持ってるんだな」

「買い被りだ」

 

 そういう事だよな。これで俺は十師族並みもしくは以上の魔法力があることを証明させてしまった。必然的に四葉の魔法師を返り討ちにした存在が皇悠側にいることとなり、本格的にマズいことになった。どうせ四葉と事を構えるのは目に見えていたから、遅いか早いかの違いでしかないから良いのか。

 

「まあ、いいや。ここでの事は不問にしておくよ。お互いに黙っておけば不利益にはならないハズだ」

「そうだな」

「そういう事で、決勝は一条に勝てるよう健闘を祈るよ」

 

 司波達也は四葉真夜あたりにはリークするだろう。ちょっと考えれば、不利益になるのは俺だけだということに気づける。誓約書を書かせようが、履行されるとは限らないだろう。

 

 ──―四葉の人間は話しが通じない。

 

 敵に回すのも厄介だし、味方にしても迷惑な存在っているんだな。

 

 



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27話

 何も遮蔽物が存在しない互いのモノリスと選手が遠目で確認できる『草原ステージ』で決勝戦が始まろうとしていた。

 

 草原ステージで戦う前提で作戦を考えていたから、これはちょうどいいのだろうけど、こちらに都合よく場所が決められているのは作為的なものを感じる。特例措置した代償というヤツだろうとでも思えばイイんだろうが、こちらの事前に考えた作戦がリークされていることに戦慄する。

 

 そんなことは頭の片隅にでも置いといて、一高の吉田と西城レオンハルトの格好について考察する。吉田はローブを着込み、西城レオンハルトはマントを羽織っていた。何らかの魔法的作用が働く仕様なのだろうが、変に目立っているのは言うまでもない。

 

 司波達也はローブやマントの類いは着ていない。CADを2つ持っているだけ。一条と撃ち合いする腹積もりだろうから、動きやすさを重視したのだろう。他二人に関し、考えられる中で最も警戒すべき対象は吉祥寺真紅郎だろうし、恐らく『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の対策だな。俺のことは全く眼中にないようで、なんだか悲しくなるようなならないような微妙な気分だ。意識はしてるんだろうが、どんな戦い方するか分からないから対策の取りようがないという感じかな。

 

 そこへ、試合開始の合図が鳴り響く。

 

 速攻で一条は空気弾を放ち、司波達也が『術式解体』で魔法式を消し飛ばしたのを皮切りに撃ち合いが開始された。

 

 作戦は単純明快。一条が司波達也と撃ち合い、吉祥寺が吉田と西城レオンハルトを相手取り、俺は自陣で待機する。個々人の力に任せた作戦と呼べるか怪しい作戦だ。

 

 一条が魔法を撃ちながら進撃を開始。距離を詰めれば、それだけ相手をハッキリ視認できるので手数も増やせるんだけど、それなら協力して手数を増やせばいいだろう。それに術式破砕は消耗が大きいデメリットが存在し、使わせ続ければ遅かれ早かれガス欠を起こすのは目に見えていると思うのだが、一条からの『手出し無用』の要望におとなしく従う。

 

「打ち合わせ通り、僕も行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

 

 一高側の分担は司波達也が攻撃、西城レオンハルトが防衛、吉田が遊撃といったところだろう。で、今はその役割分担もモノリス防衛も捨てて司波達也が一条を担当、他二人で吉祥寺を担当するようだ。

 

 一条は魔法による撃ち合いに高揚し、ご満悦の様子。司波達也に一定距離まで近づいた後は、近づかれないように牽制しながらの射撃戦を開始。どうにか距離を詰めて接近戦に持ち込みたい司波達也は、前傾姿勢でダッシュする。充分速い部類に入るのだが、音速じゃないから常人の範疇だな。メスゴリラが異常なだけで、普通の人間だろう。

 

 吉祥寺の方は見事に苦戦してた。彼の扱う『不可視の弾丸』は視認できなければ発動できない欠点があり、硬化したマントが盾となられると発動できず、そこへ刀身が飛んできて辛くも避けるが、突風が起きて飛ばされる。

 

 流石にフォローしなきゃマズイだろうと思ったが、一条が司波達也との撃ち合いをほっぽり出して吉祥寺のフォローをしたので不幸中の幸いというヤツだろう。

 

 そして、致命的な隙を晒した一条は、司波達也に接近を赦してしまった。

 

 一条は遠距離からの攻撃を得意とし、接近されることはあまりない。初めて接近を赦し、佐渡でトラウマになるような事があったのだろうと思われ、本能的に恐怖を抱いてしまった彼は空気弾をレギュレーションを超えて撃ってしまった。それも十六発。マジか……。

 

 誰の目にも明らかな明確な違反行為をしてしまったことに『三高失格』の4文字が出てくる。大会委員の介入で試合中止だろうと思ったら、なんと続行判定。介入は無し。司波達也は『術式解体』で自分の身を守るしかなく、十六発の内の十四発まで撃ち落とすも、残り二発はどうしようもなかった。

 

 利用してしまった手前、このまま死なれると困るところだが、何らかの防御手段を講じると三高の生徒たちから大バッシングを受けるだろう。それに公の場で十師族の魔法力を超えて注目を浴びるのは好ましくない。

 

 心苦しいが、ここは見なかったことにして司波達也が空気弾を喰らうのを傍観する。ああ、反則負けだわ。

 

 なんて思った次の瞬間──―サイオンが煌めく。刹那の瞬間に魔法が発動したのだが、恐らく誰も感知できていない。傍目には、レギュレーション違反の攻撃を受けて動けないハズの司波達也が起き上がったのだ。

 

 そして、一条の顔の横へ右手を突き出していた。

 

 フィンガースナップの動作だ。動揺から反応が遅れた一条に逃れる術は無い。

 

 ──―パチン! 

 

 指を鳴らして発生した音を増幅させる魔法が使われ、凄まじい爆音が鳴り響く。一条はその場に崩れ落ち、司波達也は片膝をついた。

 

「相打ちか」

 

 思わず呟いてしまったが、誰も聞いてないだろう。

 

 互いに本気を出せず、手加減した上での勝負であったが、なにはともあれ一条は司波達也に敗北した。動けなくなってくれたので手間が減った。

 

 後は吉田と西城レオンハルトだが、西城レオンハルトは一条の攻撃をモロに受けたハズで気絶……まではしてないようだ。

 

 なんだかハブられている気がしなくもなく、吉田は息も絶え絶えだが起き上がる。魔法を発動させる。

 

 一条が倒されたことに動揺しまくりの吉祥寺は対処に遅れを生じさせてしまっている。一般魔法師と同レベルと世間に認識させるには、どのみち注目されるのは仕方ないとして最小限にしておきたいから、吉祥寺に倒れられると困る。

 

 そう判断してCADを向けて障壁魔法で吉祥寺を守ろうとしたのだが、飛来してきた刀身に肩を打たれて照準が狂って魔法を外してしまった。

 

 雷に打たれて吉祥寺は戦闘不能。俺は邪魔されて計算が狂ったのもあるが、傷口が開いたのもあって苛立ちが募る。後で縫合するか、今ここで止血するかの選択なんだが……とりあえず、こんな奴らに負けるとか癪でしかない。

 

 でも、戦闘に突入して更に傷が開くのは辛い。わざと負けるようにしたら、あの鈍器でブッ叩かれて余計に血が流れる。嫌だったらヘルメットを脱げば解決するが、今度は三高の面々に戦犯扱いされて学校生活に響く。善戦して負けても戦犯扱いされることに変わりないから、最良は吉祥寺が倒される前に倒れておけばよかったんだな。それで吉祥寺をハッキングして勝たせればよかったんだ。

 

 他人を信用し過ぎた。魔法師を信用して信頼した結果、しくじりを赦してしまった。

 

 麻酔が切れて燃えるような痛みが熱を上げ始め、打たれた肩にじんわりと熱くなってくる。

 

 疲労困憊の吉田とまだ余力のある西城レオンハルトに対し、こっちは病院のベッドにいるのが相応しい怪我人。よし、全力防御しつつ戦おう。

 

 吉田の魔法は『干渉装甲』を展開し、西城レオンハルトの物理攻撃には『対物障壁』で対応。回避したら傷口が広がるので動けない。精神干渉で痛覚遮断したいけど、精神干渉系に適正あるのを謎の超推理が発動して四葉と関係あるように疑われるので使えない。泣きたくなるような激痛に苦しみながら戦わなければならないのだが、誰がこんなドMが喜びそうなハードモードにしたんだよ。俺だよチクショウ! 

 

「その程度の攻撃で……!」

 

 先ずは疲労困憊の吉田に空気弾を撃つ。何重にも分身して幻影を見せられるが、丸ごと照準して撃ってしまえば関係ない。

 

「ぐぁっ」

 

 どれかが当たって吉田はダウン。残すは鈍器持ち。

 

 質量体を当てられても、障壁を貫くことは出来ないことは分かったから、後はひたすら気絶するまで空気弾を当てるのみだ。相手は一条の攻撃をくらっても起き上がってきたから、相当頑丈だと思われる。

 

 ──―刀身が飛んでくる。

 

 対物障壁を展開し、防御しようとする。

 

 ──―魔法式が消し飛んだ。

 

「ちぃっ!」

 

 動けなくなってろよ、このゾンビ野郎! 

 

 スローモーションとなって向かってくる質量体。防御は間に合わない。新たな魔法式を構築したところで無効化されるなら、やれることは限られる。

 

 飛来した刀身が鳩尾に命中。意識が飛びそうになるのを歯を食いしばって繋ぎ止め、刀身を掴む。

 

 この鈍器CADは刀身を二つに分けて、分離した部分と柄に残った部分の相対位置を硬化魔法によって固定する仕組みになっているようで、刀身が延びているような状態だ。

 

 質量体と固定している部分の間は空洞で、魔法が終了する間際に戻ってくる仕組みだろう。

 

 魔法が終了する際、刀身が戻れないのであればどうなるかといえば……刀身は魔法的制御から外れることとなって手元に残って投げ捨てた。鈍器野郎から攻撃能力を奪ってやったのだ。

 

「マジかよ!」

「くたばれ、この鈍器野郎!」

 

 俺はもう一個の特化型CADを取り出し、それぞれ司波達也と西城レオンハルトに照準して引き金を引く。発動するのは圧縮した空気弾だ。

 

 大量のサイオンを消費する力技である術式解体は、そう何発も連射できるような代物じゃない。ひたすら撃ちまくって相手の対応力を超え、更に一発毎の消費を上げるために魔法式の強度を上げてしまえば良いだけの話だ。

 

片っ端から術式解体に集中して躱されたとしても、当たるまで弾幕を張り続けてやる。

 

「くっ……!」

「うぉぉっ!?」

 

鈍器野郎、沈黙。

 

残すは司波達也のみ。一条の二の舞は避けるため、手数が増えたのを良いことにドカドカ撃ちまくる。近づかれたら終わりだ。それ以外の魔法は遠距離から将輝を仕留められなかった時点で俺の無意識の情報強化を貫くことは出来ない。

 

そして、

 

『お兄様──―!!』

 

 悲鳴にも似た声が聞こえ、試合終了のブザーが聞こえたのを最後にそこから先は暗闇となった。

 

 

 

 



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28話

「あー、ようやく終わったなー」

「終わったねー。ようやく肩の荷が下りたよー」

「ジジくさいことを言うなよ」

 

 病院のベッドの上。点滴の針をブッ刺された俺の気の抜けた老け込むような呟きに、大事を取って横になっている吉祥寺は老け込むような同意をした。一条は若いなー。

 

 怪我の具合でいったら、俺は傷が開いた挙げ句の出血多量、吉祥寺は落雷により全身麻痺、一条は鼓膜破損。3人仲良く担架で搬送され、優勝したのに表彰台には上がれなかった。一条は軽傷だから代表していけばよかったのに、妙な拘りがあったのか『こんな形で表彰台に立つ資格はない』と固辞しやがった。

 

 そんなのどうでもいいから、表彰台に立っておいてほしかった。

 

「勝った実感が湧かないな。それもこれもどっかの色ボケ男のせいだな。爆裂なんて魔法を使うから、色恋にも爆裂してるに違いない。あれだな、その内リア充爆裂なんて叫ぶに違いない」

「誰が言うか、そんなこと!」

「将輝は理想が高すぎるんだよ。イキっていると言ってもいいね」

「ジョージ、お前もか……」

 

 カエサルかよ。

 

 ところで。

 

「一条は司波達也って一般魔法師に対してレギュレーションを超えて魔法を放ったって認識してるよな?」

「ああ。あの時は本当なら失格になっていたハズだった」

 

 運営側が十師族に忖度した、なんて邪推も良いところだな。純粋に見逃した、と思っておこう。

 

「……謝りに行ってきた方がいいよな」

「当たり前だろ。吉祥寺もそう思うだろ?」

「謝って済めばいいんだけど、先ず向こうが会ってくれるかどうかが問題だよね」

「そこは大丈夫だろう。向こうは一条に対してそこまで関心がないだろうし」

「おい、さらっと酷い事を言うな。お前、俺に対して当たりが強くないか?」

「優しい言葉だけ聞いていたら馬鹿になるぞ。たださえ特権階級にいるんだから、もう少し頭を使えるようになれ」

「うっ……」

 

 むしろ当たりが強くならない要素がある方に驚きだよ。

 

 百歩以上譲って私欲やら私情を優先するまでは良い。最初から司波達也と戦う腹積もりだったなら、最後まで集中していれば良いのに、何で吉祥寺を助けたのかだ。当初の目的通りとはいえ、負けた要因に『身内を助けた』なんてものが出てきて吉祥寺にヘイトが向かったらどうするつもりだったんだろう。元々、研究職である吉祥寺はいくらでも責任回避できるだろうが、そうなったら誰に責任が向かうとすれば俺しかいない。許容した時点で俺も人の事を言えないし、何よりそこまで信頼関係を築かなかった俺の怠慢も問題だろう。

 

 いや、なんで肩入れしてるんだよ。そこまで義理立てする必要は無いハズだ。もう少しこう……なんというか、どうにかなってくれたら肩入れしまくるんだけど、どうしたもんかね。ちゃんと全部説明した上で味方になる決心してくれないと、手放しで信用できないし、それに皇悠が十師族を味方にすることはしないとハッキリしているから、諦めた方がいいか。もし立ちふさがるなら、その時は戦うしかない。

 

「とりあえず、謝ってくるべきだろう。司波深雪さんの心証を良くしておいて損は無いハズだぞ」

 

 俺は御免だけど。

 

「な、なななんで司波さんが出てくるんだっ?」

「司波達也は司波深雪の兄だぞ」

「……はぁっ?」

 

 苗字が一緒なんだから気づけよ。そんなことに思い至らない程、相手にのめりこんでいたのかもしれない。これはあれだ、七草弘一みたく変に拗らせるタイプだな。それか六塚温子みたく金魚のフン擬きになるかの違いだな。そもそも四葉に対して他の十師族の人間で勝てる奴と言えば、九島烈しかいないというあたりで十師族の力関係なんてたかが知れている。やっぱり、四葉真夜の拉致事件は痛手だったな。

 

 自分のやらかしが原因で司波深雪の心証を悪くしたのだという考えに至った一条は、発作を起こしたみたく顔面蒼白となって慌てふためく。

 

「そんな司波さんのお兄さんを怪我させたなんて一生の終わりじゃないか……!」

「だから、謝ってくるべきだろう。次いでに告白でもしてくればいいんじゃね?」

「こ、こここここ告白っ!? そんな事できるワケないだろ! 俺は司波達也に負けたんだぞ! それに先ずはお互いに自己紹介し合って交換日記でのやり取りからだろ!」

「……うん、そうだね」

 

 昭和の人間かよ。大勢の女性に言い寄られてモテる人間の恋愛観が前時代過ぎてピュアだとは思いも寄らなかったよ。いや、待て。そういえば、魔法師ってお見合い結婚が主流で最優先が『次代に優秀な遺伝子を残すこと』であり、恋愛だのといった人の情緒は二の次であった。一条の感覚がお見合い結婚の派生か発展したバージョンだとでも思えば、一周して『交換日記』という言葉が出てくるのも納得だ。納得するんだ。でないと、頭がおかしくなりそうだ。

 

 気を紛らわせようと、テレビをつけて九校戦の中継映像を眺める。ちょうど、女子エースの一色が跳んでいた。

 

 ミラージ・バットという競技は、妖精をモチーフにしたような衣装で跳躍魔法で跳んで投影された光球を専用のステッキで叩くというもので、美少女がコスプレして跳んでることから特に野郎の視聴率が高い競技だ。

 

 優勝候補に名を連ねているのは、一高から渡辺摩利、三高から一色愛梨が名前が挙がっている。一色はまだ経験が浅いから、優勝までは厳しいかもしれない。相手は七草真由美の取り巻き……友達だし。元を正せば、この人が壬生さんの試合の申込みを上手く断れなかったのが原因で、壬生さんの闇堕ちが始まったのだが……別に『魔法使わないで手合わせしてほしい』と頼んでないのだから、その時の全力で挑めば良かったと思う。まあ、結果論だし、律儀に魔法使わずに試合したら負けるから、そもそも戦わない選択をするのは賢いやり方だ。ちなみに彼氏に千葉修次という『千葉の麒麟児』として有名な近接戦闘が得意な魔法師がいるのだけど、なんというか壬生さんとの差が凄まじいね。七草に狙われ、四葉にも狙われ、俺のせいとはいえ散々な目に遭わせてしまった事に申し訳ない。どうせペルソナとやらの正体は四葉にバレたと見て良いだろうし、四葉の魔法師と戦闘になるだろうな。負けたら実験材料にされ、勝ったら次の魔法師がやってくるだろう。家族の情愛が強い家だから、泥沼になるのは確実だな。

 

 なんて考えながら、中継を眺める。こうして学生らしく振る舞えることがどれだけ素晴らしい事だろうか。こっちは殺るか殺られるか、流れるのは青春の汗じゃなくて自分か相手の血が流れているというのに、皇悠に全賭けしている以上、嘆いたって仕方ないのは解っているけど……この差は一体何なんだろうね。

 

 善は急げとばかりに一条は、我関せずを貫こうとした吉祥寺を無理やり連れて病室を出ていくのだった。

 

 いやー、一時はどうなるかと思ったけど無事に計画通りに進行してよかった。一条を負かすため、イレギュラーを頼るのは不確定要素が大きいことが今回のことで証明された。司波達也は最強のジョーカーだが、リスクが大きい。こっちの想定を超えてくるから厄介だな。術式解体だけを使ってきたが、それ以外にも隠し玉は多そうだ。今回は勝てたが、次はそうもいくまい。

 

 ──―ん? 勝てた……だって? 誰に? 司波達也だな。司波達也って……。

 

「四葉じゃん!」

 

 アウトやん! 勝つことに集中し過ぎて勝っちゃいけない相手に勝っちまったじゃん! 公共の場で! 互いに加減した状態とはいえ! 

 

 全国放送してるから、四葉も見ているのは確実だし……その前に黒羽家の魔法師も撃退してるからアウトじゃん。

 

 四葉と敵対する皇悠の下についてる時点でワンアウト、黒羽家の人間を返り討ちにしてツーアウト、全国放送で四葉の直系と思われる司波達也を負かしてスリーアウトチェンジ! 

 

 四葉家が殺しにかかる条件を満たしてるし、どうせ戦うのは目に見えていたので何とも言えないんだけど……これだけは言わせてほしい。

 

「これが若さ故の過ちってヤツか?」

 

 夏なのに冬の凍てつく寒さを感じるのだった。

 

 

 

 

「奥様、どうやらお負けになられたようです」

「フフッ、そのようね」

 

 執事の葉山の言葉に四葉真夜はどこか確信めいたものを感じながら、彼の言葉に頷く。

 

 勝って当然。何故かそう確信できた。

 

 理由は分からない。

 

 真夜は薄く笑みを浮かべる。

 

「それにしても、あの達也さんに勝つなんて彼──―志村真弘でしたか。何者かしら、葉山さん」

「さあ? 一体、何者なのでしょう」

 

 葉山は顔を伏せて恭しく、空となったカップを下げる。真夜は視線をモノリス・コードの録画映像に移す。

 

 映像は前髪で顔の殆どを隠した少年が映っていた。

 

 真夜は目を細め、画面越しに少年の頭にあたる部分に手を当てる。

 

「葉山さん、どうしてかしら。この子を見ていると、涙が止まらないの」

「それは……」

 

 葉山は何かを言おうとし、二の句を告げれなかった。

 

 ただ何も言わず、奥歯を噛みしめて一礼して部屋を立ち去った。

 

 すすり泣く女の声が残された。

 



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29話

 唐突だが、国防陸軍の特殊部隊が無頭竜の幹部がいる一室へ攻撃を仕掛けたらしい。芋づる式に無頭竜の協力をしてCADへの細工等をしてくれた大会委員の人間や会場内に紛れ込ませたジェネレーターが拘束され、委員の人は警察へ引き渡され、ジェネレーターは研究所へ送られた。皇悠は関わっていない。陸軍が単独で実行したようだ。

 

 元々、無頭竜の幹部に関しては洗脳済みで何者かの襲撃があったり、九校戦で趨勢が決した段階で何も情報を残さず自害するようにしておいたのだが、それが見事に機能して襲撃した輩には無頭竜のトップや俺に関する情報を与えずに消えてくれたようだ。死体は残ってないらしい。陸軍には人体消失が出来る魔法の使い手がいるようだ。絶対、マトモな精神しているような奴じゃないな。命じた奴も実行した奴も。魔法が人殺しのためにしか存在しないから、魔法師というのはどうしてこうも人の殺し方に拘るんだろう。アイデンティティが『殺傷』しかないというのもあるが、メンタリティーがテロリストとか殺人鬼のようなものだから、総じて人を如何にして惨たらしく殺すかに終始していて同じように見られるのは困る。魔法師そのものが嫌われている可能性に目を向けてほしい。

 

 無頭竜の件は特に不利益を被ることは無い。処理する手間が省けたので都合が良い。しかし、ここに来て無頭竜の幹部を潰したという事は陸軍も何らかの形で関与していたのだろう。用済みとなって潰されたか。じゃあ、陸軍の狙いは何だったのか気になるところで先ずは十師族派が絡んでいるのは明白である。だが、目的は不明である。今更、ソーサリー・ブースターだのジェネレーターだのを取り締まるような連中でもあるまいし、何がしたかったのやら。

 

 これは俺にとって関係があるが、実害のない話。

 

 消え方が尋常な手段で行われてないから、相当ヤバめの魔法師が投入されたようだ。十中八九、司波達也だろう。ちょっと理不尽極まりない。司波達也という男に関わるのは赤字で大損して、死亡フラグでしかないだろう。その司波達也は四葉と九重八雲に俺の身辺調査を依頼したようだ。妖怪ジジイと縁切りしている状態に近い俺の事を九重八雲が全部ぶちまける可能性は大であり、司波達也は知った上でどうするか容易に想像つく。確実に殺しにかかるだろうな。政治的に対立する十師族派の軍人でもある人間だから、新皇道派に属しているように見える魔法師は危険人物だから『排除』するのは理解できる。魔法師は邪推して深読みし、三度の飯より殺しが大好きな存在だ。厄介な存在に目をつけられたよ。しかも、相手は泣く子も黙る四葉家。ただの暴力装置でしかない存在に権威を感じろ、と言われても無理がある。恐怖しか植え付けないから、魔法師は排斥されるんだ。

 

 そういうのは後で考えるとして、今は九校戦に集中する。

 

 先ずはここまでの成績を一高と三高のみに絞って考える。

 

 スピードシューティング、三高が一位を独占により男女合わせて100ポイント。

 クラウド・ボール、女子は一位は三高、二位は一高。男子は二位が三高、四位に一高。三高が合計で80、一高が35。

 バトル・ボード、男子が一位は三高、二位は一高。女子は一位は一高、三位に三高。合計で三高が70、一高が80。

 アイス・ピラーズ・ブレイク、男子一位は一高、二位に三高。女子は一位が一高、二位に三高。合計、三高が60、一高が100。

 

 ここまでが本戦で、今のところの総計は一高が215、三高が310。

 

 続いて新人戦。

 

 スピードシューティング、女子は一位が三高、二位と三位と一高。男子は一位に三高、三位に一高。合計、三高が50、一高が35。

 クラウド・ボール、女子は一位が三高、二位に一高。男子は一位に三高、一高は予選落ち。合計、三高が50、一高が20。

 バトル・ボード、女子は一位が一高、二位に三高。男子は一位に三高、一高は予選落ち。合計、三高が40、一高が25。

 アイス・ピラーズ・ブレイク、女子は一位から三位まで一高、四位に三高。男子は一位に三高、一高は予選落ち。合計、三高が25、一高が50。

 ミラージ・バット、一位から三位まで一高、四位に三高。合計、三高が5、一高が50。

 モノリス・コード、一位が三高、二位に一高。合計、三高が50、一高が30。

 

 新人戦の合計は、一高が210、三高が220。

 

 そして、本戦の残り二つの競技。

 

 ミラージ・バット、一位に一高、二位に三高。合計、三高が30、一高が50。

 

 モノリス・コードはこれからなので加算しないで、現在の合計は三高が560、一高が475。一高がモノリス・コードで優勝して100ポイントを得ると575となるから、三高は二位か三位を取れば総合優勝はできる。過去のデータを見れば充分可能であることは推測できるので心配いらない。しかし、皇悠の依頼があるので十文字克人がいるモノリス・コードのメンバーは優勝させてはならないので無茶振りもいいところ。

 

 元々の依頼は十師族の優勝阻止だ。モノリス・コードのメンバーは十文字克人、服部刑部、辰巳鋼太郎で、十文字克人がモノリスを守り、残る二人で攻めていくやり方のようだ。

 

 多彩な魔法を使う服部選手、スピードファイターな辰巳選手を攻略するだけなら、何もしなくても可能だが問題は十文字克人をどうするかだ。一般魔法師が干渉力を超えることは出来ないから、防御を貫くことは不可能。『ファランクス』の唯一の弱点は消耗が大きい事だろう。全ての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく紡ぎ出し、防壁を幾重にも作り出す多重移動防壁魔法が、まさか何のリスクが無いというワケもなく、そんな高性能な魔法が低燃費なハズが無い。

 

 十文字克人の攻略法は、持久戦に持ち込むか、魔法力でゴリ押しするか、であろう。後者だけなら、俺が演算同調することで可能となる。前者は十文字克人に『ファランクス』を維持させる必要があり、圧倒的な攻撃役の二人も捌きつつ戦うのは無茶ぶりも良いところだ。幸いなのは十文字克人が『ファランクス』を攻撃に転用しない事だろう。攻撃型とか防御型などと定義していたりするが、同じ『ファランクス』であることに変わりなく、攻撃に使うことも便宜上は可能だ。しかし、『ファランクス』は容易に人を圧死させられる事が可能であるから、レギュレーションに引っ掛かるので防御にしか使えないと見て良いだろう。

 

 ということで、見舞いに来てくれていた本戦モノリス・コードのメンバー三人を同時に掌握したのが昨日の話。ちなみに一条は告白できなかった。ヘタレめ。

 

 無理やり退院して護衛に復帰し、皇悠のいるVIP観覧席に行く。

 

「あっ、兄さん」

「お前は……!」

 

 修道服を着た四葉真夜……じゃなくて十六夜夜子が出迎えた。

 

 つい反射的にCADに手をかけたが、本人に殺気がなく皇悠が止めに動く姿勢を見せたので手にかけるだけで終えた。流石にメスゴリラの早撃ちより早く魔法を発動できないし、二度目の十六夜夜子との戦闘は勝てるか怪しいので遠慮したい。所詮、最強なんて自称なのさ。

 

 だが、これだけは譲れない。

 

「お前に兄さんと呼ばれる筋合いはない。所詮、遺伝子上の繋がりだけで家族でも何でもない」

「血が繋がってるのに……」

「いきなり血の繋がりがあって家族だとか言われても、すんなり受け入れれる方がおかしいだろ。俺の事を兄と認識するように精神干渉魔法でもくらってるんじゃないかって疑うレベルだぞ」

「本当だもん。でなきゃ、殺そうとしないし殺されようともしない」

 

 とりあえず『殺す』から離れてくれんかね。

 

「物騒な話はそこまでにしておけ。試合が始まる」

「志村くん、静かにしてください」

「あんたら……姫殿下はともかく、遠山さんは平気なんですか? この娘、姫殿下や貴方に対して殺害未遂やらかしてるんですよ」

「姫殿下に傷を負わせたクズを姫殿下は囲うと決めたのですから、私はそれに従うまでです。次に何かするようであれば、その時は容赦なく潰しますけどね」

 

 これはマジだ。凄絶な笑みを浮かべるつかさちゃんは、自尊心を傷つけられたこともあるが、何より皇悠に手傷を負わせたことが最も許せないようだ。

 

 雪辱を果たしたいだろうけど、何らかの取引によって十六夜夜子は皇悠につくことになったらしいのでおとなしくするらしい。なんで問題のある人間ばかりなんだ。魔法師なんて打算と利害関係でくっついてるような輩ばかりだが、同じ土俵に立たなくても良かろうに。単一の戦力としては優秀だが、性格はシリアルキラーだったかサイコキラーの類いというどこを安心すればいいのか分からん。おまけに殺意は俺に向かってきているし。寝てたら、そのまま永眠したりしないか不安だ。

 

 でも、俺も「殺すな」と依頼されて実際に報酬も受け取ってしまった手前、何かする訳にいかない。警戒しなければいけないだろうが、警戒するために意識を割くのは、十文字克人を攻略する上で命取りとなりかねない。

 

 先んじて不安を取り除くなどすれば、他の魔法師と同じとなるからここは敵に回らせないようにするかスルーしよう。高度な柔軟性を活かしつつ臨機応変に対処するんだよ。

 

 先ずはスルーすることから始め、モノリス・コードの試合を観戦する。三高VS二高の対戦なんだが、今は試合が止まっていた。モノリスを防御していたらしい三高選手のところに人が集まっている。担架が来た。

 

「熱中症か?」

 

 草原ステージだし、陽光に晒されて走っていたのもあって体が耐えられなかったのだろう。寒冷化していたとはいえ、今は温帯に戻ってるんだから水分補給はしっかりしておかないと……。

 

「違う。よく見ろ。二高の選手がレギュレーション違反したんだ」

「……一条パターンですか」

 

 二高選手が接近戦を仕掛けて近づき過ぎた結果、二高選手は制御を誤ってレギュレーションを超えて攻撃魔法を使ったらしく、お茶の間に放送できない事態になってしまった。今更、代理で選手は出せないし三高は棄権だろう。一高をモノリス・コードで優勝させなければ三高の優勝は決定するから、まだ使える選手は残っている。

 

 今は選手の容態チェックを優先するべきか。

 

「一応、状況確認に行ってきます」

 

 まさかこんな事態になるとは予想がつくワケがない。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 志村が出ていった後。つかさが真剣に問いただす。

 

「姫殿下、今の状況をどう見ますか?」

「邪推ならいくらでも可能だろう。十師族が二人もいる一高を勝たせたいという思惑もあれば、こちらの志村を引っ張り出して十文字克人と力比べさせたいかのいずれかがあるだろう」

 

 二高の選手は体よく利用された、と考えられる。この日本にいる魔法師で魔法名家ないし軍の影響を受けていない魔法師は存在しない。今回の件は仕組まれたものだろう。もしくは志村が自分が出たいために仕組んだとも考えられるが、九校戦に出たくなかった側の人間がそんな事するハズもないし、矢面に立つことを嫌う人間がそんな目立つ事はしない。

 

「これで三高に代理の選手が認められるか否で決まるだろう」

 

 認められれば確実に志村が出ることになる。他の2年や3年を押し退けて出なければならないだろうから、嫌でも目立つ。後は十文字克人に勝つか否かだが、勝ってくれると十師族の権威に疵がつき、関係各所への説が楽だが……流石にそこまでしないだろう。既に九校戦会場でのテロによって陸軍や十師族の信用は落ちているから、あんまりやり過ぎると開き直って何を仕出かすか読めなくなるからサジ加減が難しい。それにあんまりこちらが強くなり過ぎるのもマズいだろう。私は争いたい訳ではないのだ。

 

 発表があった。

 

 二高は失格、三高は棄権となった。

 

 

 

 

 

 



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30話

 三高の選手の怪我は肋骨骨折、内臓が損傷したらしい。重傷であるが、命は助かる見込みだ。精神的な問題はあるが。しかし、こればっかりはどうにもならない。演算領域ならどうにか出来るけど、心理面……特に感情というのは如何ともし難い。

 

 生徒会長が一条コンビを連れて大会委員に交渉しに行ったが、結果は駄目だったらしい。一高の例外措置は例外でしかなく、無頭竜の人間の仕業だと結論づけられているが、今回の件とは無関係であることが解っている。単なる事故であり、不幸な事故として処理された。二高が『あくまで三高側に責任がある』と抗議し、三高側が反論して言い争いに発展。両成敗という形で、三高は代理の選手を出すことが認められずに棄権。レギュレーション違反した二高は失格になった。一条は交渉事が苦手だったようだ。

 

 おかげで三高の天幕内はお通夜ムードだ。モノリス・コードで優勝は無くても、二位か三位に入れば総合優勝が決まっていただけにこの展開は想定外で、その衝撃は計り知れない。ただでさえ覇気が薄い生徒会長の覇気が薄まり、存在感が無くなっていく。

 

「マズい展開ですわね」

 

 天幕内にいた一色が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「仕方ないわ、愛梨。私たちに無理を通す力が無かっただけよ」

「一高が一位を取らなければ総合優勝できるんじゃから、案ずることはなかろう」

「沓子、そんなの万に一つも有り得ないわ。一高からはあの十文字が出るのよ?」

「何とかなる。勘じゃけどな」

 

 四十九院は遺伝的に直感力に秀でているらしい。なんちゃって未来予知が出来ちゃうのは良いが、本人は善意からお節介してしまうところが面倒だ。お節介するのは許容範囲だが、直感が働くのは厄介だ。こっちがひた隠しにしていることを感づいて問い詰められでもしたら、勢い余って演算領域を破壊しかねない。でも、目立っちゃったから詮索してくる人間は多いだろうな。上手く隠して理性的な対処を心掛けないと、片っ端から殺し歩くなどという頭が四葉の行動は魔法師排斥の一因になりかねないから自重しなければならない。

 

 流石に俺が一高を負かせることまでは推測できないだろうし、漠然とした直感を働かせたところで今回ばかりは誰も信じられないだろう。

 

「いくら何でも、沓子の直感は無理があるわ。十師族の人間に勝てる魔法師なんていないもの」

 

 一色の反論に四十九院は言い返す。

 

「一条を倒したり、七草選手を倒した生徒がいるんじゃから、もしかしたら他の選手で勝つような選手がいるかもしれぬぞ?」

「そう何人もいたら社会は十師族の意味がなくなるじゃない」

 

 確かに。しかし、長期的に見れば不健全な十師族制度は淘汰されるべきで、必要がなくて邪魔でしかない。しかし、短期的に見れば国際情勢はまだ戦時下の空気から抜け出せておらず、いつ爆発するか分からない火薬庫の上で綱渡りしているようなものなので示威的な意味で役立つ。傍から見れば、研究所のモルモットであったことを世界に喧伝しているようなものだから、あまり誇れるような気分の良いものではない。

 

 などと考えていたところへ、四十九院が話しかけてくる。

 

「のう、志村。もし、お主が十文字選手と戦うとして攻略手段はあるかの?」

「そんなこと聞かれても、思いつかないよ」

「でも、一条を倒した司波達也って選手を倒したんじゃし、それにあの遠山家の者と知り合いなんじゃから、何か弱点とか聞いてたりせぬのか?」

「とおやまって……もしかして、あの『十山』?」

 

 遠山、という言葉に一色が反応する。どっちも『とおやま』だから、あのとかそれとか付けられても聞き分けが難しい。

 

 生徒会長に説明を求められた一色は、十山家について解説。第十研究所で開発された魔法師云々と……サラッと研究所で人体実験されていたことを話せるあたり、魔法師の倫理観って壊れてるなー。

 

 どういう関係かという疑問が出てくるのだろうけど、俺とつかさちゃんの関係はメスゴリラを通した知り合いである。メスゴリラが仲介したから知り合っただけだし、特にこれといった私的な関係は築いていない。あくまで知人である。

 

 ここに一条や吉祥寺がいないことが悔やまれる。どうして見舞いに行って帰ってこないんだよ。おかげで丸投げができないじゃないか。

 

 仕方ない。つかさちゃんを体よく利用して切り抜けよう。

 

「あくまで伝え聞いた話だけど、十文字家の『ファランクス』の最大の弱点は燃費……サイオンの消費量が大きいことだ。特にハードに制限がかけられている九校戦において、ハイスペックのCADに頼ってきた十文字選手にとって『ファランクス』を使い続けるのは大きな負担であり、そんなに長く維持し続けられないのが唯一の弱点だろう。つまり体力勝負の持久戦に持ち込めば、他校にも勝利の可能性はある」

「それって他の選手が攻撃してくるのを防ぎながら『ファランクス』を使わせ続けるってことじゃろう。現実的な対処法じゃない気がするんじゃが……」

「十文字選手は『ファランクス』で攻撃しないんだから、まあ何とかなるだろう。『ファランクス』を攻撃に使うのは、下手したらレギュレーション違反になって失格になりかねない。それに別に四系統八種全てを守ろうと障壁を展開するのは負担が大きいだろうし、適当に四系統八種全て使って魔法を撃ちまくれば倒せるんじゃないかな。後は干渉力で押し切る方法だが、一般魔法師には不可能だろう」

 

 無茶振りだよな、これ。何とでもなるハズだけど、違う系統、違う種類の魔法を使えば相克を起こして魔法の発動が阻害されるから、ミスればキャストジャミング状態になって身動きができずに負ける。敢えてそうした状態にして魔法を使えなくさせてしまうのもいいが、一人が十文字克人に張り付いた状態にさせられるので残る二人で何とかしなければいけない。誰だよ、こんなクソゲー思いついたの。敵対して分かる十師族の強さ。倫理観や道徳観をブッ壊して手に入れた力というのは、こうも厄介だとは夢にも思わなんだ。そりゃあ、権力だの何だの餌を与えて檻に入れておきたいよな。

 

 結論。

 

「十文字選手に一般魔法師が勝つことは不可能だろうな」

「勝てぬのか?」

「無理を言うな」

 

 なんで公衆の面前で十師族の十文字克人と戦って勝たないといけないんだよ。日本の魔法師社会で魔法名家の後ろ盾の無い人間が目立つのは、よろしくない。早死にするだけだ。仮に後ろ盾があっても、目立ち過ぎれば排除される。出る杭は打たれると言うが、出る杭は折られると言った方が正しいだろう。

 

 何か飲もうとして備え付けの冷蔵庫から、家から持ち出した麦茶を取り出して中身が雀の涙ほどしかないことに気づいてイラっとする。別に『飲むな』と念押ししたわけじゃないし、無料提供していたから無くなっているのは仕方ない。せめて飲み切ったなら一言くらい言ってほしい。クソッたれ。

 

「勝てないとは言わないのね」

 

 そこへ十七夜が妙なところに感づいてきやがったものだから、ため息も吐きたくなる。一条に勝った司波達也を倒した俺も疑われる対象か。

 

「第一、なんで俺に聞く。一条か吉祥寺に聞けばいいだろう。もっと頭の回る作戦を思いつくだろう」

 

 最善かはさておき。矢面に立っても問題ない相手に丸投げする。

 

 俺があんまり言い過ぎると、変に疑われて探られるのは面倒だ。既に四葉に目をつけられているからアウトだし、連鎖して七草も目をつけてくるので面倒だ。普通の学生がやるような友達関係とか築き上げれたら嬉しいけど、大体が打算的で友人として信頼関係を構築できない。同じ魔法師を信用も信頼もできない。

 

 どのみち攻略法を語っちゃったから、変に目立ったな。でも、俺の言った戦い方を実行できるかどうかは難しいだろう。要求される技能が高いし、そんな事が出来てしまえば十師族からの囲い込みが始まるだろう。

 

 話は終わり。俺もお見舞いには行こうと天幕から出ようとし──―なにっ? 

 

「迎えに来た、兄さん」

「なんで来ちゃったの?」

 

 即座に反応したのは四十九院で、彼女はヒョイと姿を見せると驚いた表情を見せる。

 

「妹じゃと? 似てないのう……って、志村は前髪のせいで顔が見えないから何とも言えないのじゃがな」

「ええと……」

 

 誰だ、この戸惑いを浮かべる女は。病んでいるようには見えない。違う、これは演技しているんだな。

 

 その場に居合わせた面々が集まりだし、好き勝手に言い始める。可愛いと言った奴がいたけど、逆説的に四葉真夜が可愛いとなるから、それは有り得ないことだろう。どちらかといえば、綺麗系で可愛い系じゃないだろう。皆して愛想笑いを浮かべて物腰の柔らかい態度を取る仮称『妹』にデレデレだったりする輩がいたが、十六夜夜子の容姿は整っている部類に入るから気持ちは理解できる。

 

 だが、皆して『似てない』という評価は解せない。

 

「名は何というんじゃ?」

「志村夜子です。よろしくお願いします」

 

 丁寧にお辞儀する姿には名家の令嬢らしさが出ている。男女問わず見惚れさせ、そして俺を見た人間は『似てない』という認識を改めて認識する。だが、気づいてしまう人間はいるだろう。この娘が四葉真夜に顔立ちが似ていることに。

 

 誰が気づいたかと言えば、ちょうどよく見舞いから帰ってきた一条だった。

 

「うえぇぇっ? 四葉真夜さんっ!?」

 

 狼狽えすぎだろう。

 

 日本の魔法師は十師族の当主の名前と顔を覚えておくのは一般常識で、一条の反応から一斉に『確かに似ているな』という声が上がる。

 

 焦る俺とは対照的に、十六夜夜子はどことなく嬉しそうだ。母親似との繋がりが感じられるからか。これ見よがしに『流星群』を使いまくっていたのも、四葉真夜に自分の存在を見せるためだったのかもしれない。同じ理由で七草弘一にもだろうか。

 

 だが、現時点というかこの先もずっと俺や十六夜夜子の存在は邪魔でしかない。証明するのは容易だが、その証明した後に産まれた経緯が問題になる。それに帰属の問題もあるし、むしろ存在しない方が扱いやすいのだ。だから、本来なら墓場まで持って行った方が誰も不幸にならないで済むのだ。

 

 十六夜夜子に目配せをして『俺が話すから話を合わせろ』と伝えておく。

 

「一条、他人の空似だろう。確かにどことなく似ているかもしれないが、この娘は俺の妹だ」

「……ああ、そうか。似てないなーっていうか、お前に妹なんていたのか? PDには何も……」

「おい、人の個人情報を勝手に調べるな。百家の十六夜家に養子に出していたんだよ。だから、本来なら十六夜の姓を名乗ってるんだよ。皆さんも悪ふざけに付き合わせてしまって申し訳ありません。ホントはこの娘は十六夜夜子って言います。この通り、似てないですがよろしくお願いします」

「すみません。改めまして、十六夜夜子です。よろしくお願いしますね」

「あっ、はい……」

「将輝……」

 

 後は容姿と笑顔でカバーだ。見た目は美少女だから、美少女性のある行動をして見惚れさせれば問題ない。一条みたいに女子に耐性のない野郎には効果抜群だったが、何故か同じ野郎である吉祥寺には通じなかった。何故だ? 

 

「そんな事より、迎えに来たって言ってたけど……まさか姫殿下からか?」

 

 必殺、話題逸らし。

 

「そうです、兄さん。話があるそうでして」

「わかった。じゃあ、行こうか」

 

 十六夜夜子をこの場に放置すると、その内『流星群』を撃ち始めそうなので連れて行かないといけない。流石に自重するだろうけど、今度は秘密にしていることを口から滑らせかねない。

 

 喋らせたくないから、連れて行く。そして、互いの認識を合致させてから、交流させよう。マトモな人間性を与えるには、大勢の人間と関わらせて平和で文化的な一般生活をさせるのが良いだろう。

 

 どうせ皇悠から世話を任される可能性は高いんだし、普通の平和な生活をさせてやる! 

 

 

 

 

 





次回は十文字克人との対戦をやります。
魔法科高校の劣等生という作品全体でのラスボスは司波達也だと思うけど、学生という括りでのラスボスは十文字克人だと思う。十師族として見れば、ラスボスは四葉真夜になるかな。ワンチャン九島烈かと。



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31話

今更ですけど、姫殿下の容姿はPixivの画像検索すると出てくる艦これの女性提督です。


 皇悠のところへ向かう道すがら、改めて俺は十六夜夜子を問いただす。

 

「夜子……さん、でいい?」

「夜子でいいよ、兄さん。さんはいらない」

「そうか」

 

 正直、どういう扱いをしていけば良いのだろう。兄として接するも何も家族なんていたことないから、どんな接し方が正しいのか解らない。そもそも家族って何だ? 遺伝子上の両親とは何か違うのか? 

 

 そこら辺は時間が解決することを信じて、これだけは確認しなければならない。

 

「このまま姫殿下と一緒にいるつもりか? 俺を殺す云々はどうするつもりだ」

「兄さんは私を殺さないんですか?」

「死にたいんだったら、勝手に一人で死んでろ」

「私は一人で死ぬのは嫌。家族が欲しい。居場所が欲しい。どうして兄さんは一緒にいようとしてくれないの?」

「そんなの俺に言われても困る」

 

 今まで家族なんていたことない人間に急に家族だ何だと言われて今更受け入れる事なんて、俺には無理だ。

 

 しかし、皇悠が夜子を加入させると決めたのならこれだけは言っておこう。

 

「許可なくと言ったら変だが、無闇矢鱈と人を殺そうとするのは禁止だからな」

「私は殺しのために生まれてきたんだよ」

「魔法師の存在意義を出すな。そうやって兵器としての価値観しか見出してないから、排斥されるんだよ。望み通りのことは俺も努力するから、ちゃんと言うことを聞いてくれ」

「……わかった」

 

 人間扱いされたいなら、人間らしい振る舞いをしてくれないと困る。ただでさえ人殺しは忌避されるのに、平然と殺して当たり前の価値観だから、魔法師は世間から排斥されるんだよ。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 決勝が始まった。

 

 勝てば総合優勝が決まる一高と対峙する高校は八高だった。場所は八高が力を入れて実習している森林フィールドだ。

 

 八高は確か北海道のどこかにあるのだが、寒冷地帯や高山地帯といった厳しい生活環境において有益な魔法の野外実習を取り入れているらしい。魔法を取り入れたスキーやってるらしい。しかし、精密機械であるCADは凍雪の環境下では使用が困難を極めるらしい。

 

 閑話休題。

 

 これまでの一高の試合運びは十文字克人が強固な守りを形成して他二人が相手モノリスへ攻撃を仕掛けるものだ。それぞれが一級の腕前だから、連携は取らずに各人の実力に任せた力押しが目立つ。十文字克人以外なら八高のメンバーなら倒すことが可能であると判断できるが、十文字克人には束になっても勝てない。先ず『ファランクス』を貫くことが出来ない。これまで通りなら先ず突撃してくる二人をどうにかこうにか迎撃して十文字克人を持久戦に持ち込むことだろう。『ファランクス』は攻撃に使用できないから、通常の魔法だけなら何とかなる。戦いをスルーしてモノリスを狙うにしても、十文字克人に守られるとモノリスを開く専用魔法を撃ち込めないのでリスクがあまりにも大きい。

 

「勝てるか?」

「何とでもなるかと」

「ファランクスに気を付けろ。相手は十師族だからな」

 

 まさか『ファランクス』で攻撃してくるということなのか? 

 

「それは有り得ないでしょう。いくらなんでもレギュレーション違反になるから、下手したら死人が出ます」

「志村くん、師族会議からの通達で十文字克人へ十師族としての圧倒的な力を見せるようにという通達がありました。彼なら十師族の力を見せるためならやりかねません」

 

 それ本気で言ってる? 

 

 自分たちの力を見せるためなら他の人はいくら怪我しようと構わないというのだろうか。一条のレギュレーション違反が反則を取られなかったように、大会委員と十師族はかなり深く癒着しているのかもしれない。これは邪推だし、どうせもう勝とうが負けようがどうでもいい。スパイ容疑で拘束されるし、テロは起きるし、妹が出来るし、矢面に立たされるし、四葉に目をつけられるし、報酬や臨時収入の件が無ければ全部放り投げている。それも日本が戦争するのと比べたら、全然軽い方だろう。

 

 妙なプライドやら倫理観を持つのはやめるべきだな。

 

 試合が始まった。

 

 十文字克人が前に出て、他二人は自陣のモノリス近くで待機している。攻め方を変えてきたのだろうが、前進守備をする腹積もりというワケでもなく、十文字克人による単独制圧をかけるつもりなようだ。

 

 一人で来るとは迂闊だ。

 

 十文字克人が前進し、撃破地点を指定して迎撃態勢を整えさせる。強行突破を決めている十文字克人がゾーンへ侵入。八高メンバーによる魔法の攻撃がかけられる。無論『ファランクス』で防御される。

 

 十師族の魔法力を超えられないから、どんな攻撃も『ファランクス』の前では容易に弾かれてしまう。北条氏の小田原城か美濃の稲葉山城だろうか。難攻不落の移動城塞に例えれる。移動型領域干渉が十八番であることから、足を止めずに悠々と前進してくる。『ファランクス』の堅さは随一だろう。マトモな手段では勝ち取れないが、消耗も大きくて長時間の維持は厳しいだろう。このまま『ファランクス』を維持させて消耗を狙おう。

 

 だが、足を止めることは出来なかった。おもむろに十文字克人は駆けだし、正面から攻撃している1人に突進する。ショルダータックルの姿勢だ。直接攻撃する気か。

 

 レギュレーション違反以前の問題だと思ったら、突き出した肩の前面に『ファランクス』が展開される。よし来た! 

 

『ファランクス』の防御力は世界トップクラスと言っても過言でなく、その圧倒的な防御力を攻撃に転用すれば最強の矛となり得る。この攻撃力に制限を設けられているモノリス・コードにおいて、一般魔法師が十文字克人の防御を貫くことは万に一つも有り得ないだろう。

 

 他者を圧倒的に凌駕する魔法力による『ファランクス』を前面に展開しての突進。最強の盾は最強の矛となる。

 

 十文字克人の『ファランクス』によって八高の選手が弾き飛ばされるのは必然だ。

 

 だが──―。

 

『どういうことなのっ?』

 

 誰かが声を上げる。

 

 歓声は止んで静寂が支配する。

 

『これは一体どういうことでしょうかっ! 十文字選手がその場に崩れ落ちました!』

 

 十文字克人が失神したのだ。

 

 すぐさま残る1人が十文字克人のヘルメットを取り外し、もう一人が倒れている八高選手の容態確認。こっちは背中を打っただけで戦闘の続行は出来る。

 

「つかさは今の解ったか?」

「十文字選手が攻撃した後に何らかの攻撃を受けたのでしょうが、姫殿下はお解りになられたのですか?」

「カウンター攻撃だろう。後から聞けばいい」

 

 外野がうるさい。夜子が静かにしているんだから、見習ってほしいところだ。あ、違った。こっちは興味なしといった様子で眠ってら。

 

 簡単に説明するなら、十文字克人の最強の盾が攻撃に使うなら、その攻撃を逆に利用すれば良いだけの話だ。

 

 魔法名『カウンターファイア』

 

 そのままの意味だが、自身に当てられる魔法攻撃によるダメージを相手に当てられた瞬間に返す魔法だ。俺が開発した魔法で、魔法式は複雑かつ俺にしか解らないように暗号化して使った後は自壊するように起動式を組んだのもあってダメージを返すので精一杯だ。本当なら攻撃魔法を増幅してカウンターすることも可能である。流石に殺しかねないから、殆ど使うタイミングの少ない魔法だ。ちなみに魔法を使った攻撃のみなので、魔法が使われてないただの攻撃には全く力を発揮しない。つまり皇悠の前では役立たずだった。というか、あのメスゴリラの前では俺の固有魔法は役立たずだ。

 

 十文字克人は『ファランクス』を前面に展開してのタックルをした訳だが、それで気絶させるだけのダメージを相手に与える予定だったが、逆に自分がその気絶させるだけのダメージを受けてしまい、予期せぬ出来事で心の準備が出来てなかった事も相まって失神したのだ。これで3対2だ。

 

 当然、一人分多いこっちが有利と言っても過言でなく、精神的支柱で殆ど依存していた一高の2人の動揺は凄まじかった。攻撃に精細さを欠き、何とか踏ん張っているものの防戦一方だ。この体たらくなら、わざわざ倒すまでもなく、一瞬の隙を突いて一人をモノリスへ突撃させ、残る二人で全力援護させることで、モノリスへ突撃した選手が文字を打ち込み終えるまで耐え忍ぶ。

 

「終わりだな」

 

 モノリスが落ち、三高の総合優勝が決まるのだった。

 

「志村くん、あの魔法は……」

「相手の魔法による攻撃を返す魔法で、使おうと思えば誰でも使えますよ。今回使ってしまった訳ですが、きちんと隠蔽工作してるので見た人間は多くても魔法式そのものは世の中に出回ることは無いので安心していいですよ」

「悪辣な魔法を思いつくのね。容易にジャイアントキリングが可能で、今の魔法師社会の秩序は崩壊してしまうわ」

「つかさの言う通りだ。狙う輩は多いから気をつけておけ」

「八高の選手をスケープゴートにしてるのに俺に飛び火するんでしょうか?」

「司波達也ならやりかねない」

 

 何その妙な信頼。魔法式の隠蔽工作は過剰にやってるし、八高の選手へのハッキングだって間に根暗ちゃんを置いたり回りくどく手のこんだ偽装を過剰にしているから、俺に辿り着く要素は無い。根暗ちゃんがハッキングの犯人に仕立て上げているから、万に一つも俺に飛び火する可能性は無いだろう。いや、『俺=ペルソナ』の図式を成り立たせている彼ならば、もしかしたら魔法式の開発者を特定してくる可能性がある。特定してきても否定するだけなんだが、どうにか尻尾を捕まえようとして襲撃してくるか? もしくは魔法を危険視して殺しにかかるか? どっちにしろ厄介だ。目立って良いことは一つたりともない。というか、俺が言えた事じゃないけどスポーツに政治を持ち出さないでほしい。皇悠も十師族もどこもかしこもだ。

 

「姫殿下、俺が目立つのはこれまでにしておいてください。後はもう矢面に立たせないようにしてくれなければ、俺はもう貴方からの依頼は受けない」

「もう手遅れだと思うがな」

「だとしても、これから俺は影に隠れます。目立たせるなら、夜子にしてほしいです」

「それだと何も変わらないんじゃないか?」

「義理の妹で通します」

「頭大丈夫か?」

 

 自分でも無茶苦茶言ってる気がしなくもない。人外に頭の心配されるとか俺もついにヤキが回ったのかもしれない。

 

 何も知らない、考えてないかもしれない観客からの歓声が湧き上がっているが、十師族などの魔法名家は危機感を覚えているかもしれない。どこまで落ちぶれるか分からないが、そもそもテロを許して皇族を危険に晒してる時点で終わっているようなものだし、軍の腑抜け具合は今に始まったことではないから今更だ。

 

 とりあえず、かなり想定外の事態で思ったよりも目立ってしまっても当初の計画に支障はないようだ。

 

 

 

 



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32話


書いてたら異様に長くなってしまった。1万字超えしましたよ、わーい。スマホが指紋で真っ白だぜ。


 皇悠は一足先に帰った。つかさちゃんと夜子を連れて。予定通りに。

 

『学生らしく後夜祭を楽しんでこい』

 

 果たして学生らしさとは何だろうか。

 

「ここにいたのね、志村」

 

 どうしたら良いのか分からず、俺は後夜祭の会場へ向かわずに一人でいたところで、一色が声をかけてきた。その取り巻きも一緒だった。

 

「なんですか、一色さん」

「察しが悪いの。一つしか思い当たらんハズじゃが?」

 

 いや、確かにそうなんだけど……誘われる理由が無い。そこまで気遣われる程の接点はないだろう。

 

 皇悠ならもう帰ったというのに……って。

 

「何故、肩を組む?」

 

 十七夜と四十九院が肩を組んでがっちりホールドしてきた。目の前にはカチューシャみたいな前髪を上げる鬼畜兵器を構え、これからすることに愉悦的な笑みを浮かべる一色がいる。

 

 嫌な予感がした。ナニカサレルヨウダ。ひぇ。

 

「前々から思ってたのよ。貴方のその野暮ったい前髪をどうにかしたいって」

「やめろォ。俺からアイデンティティを奪わないでくれ。俺が一体何をしたんだよ」

「大丈夫、安心しなさい。後夜祭に出るのにその野暮ったい前髪でいられたら、三高の恥よ。整えてあげるだけだからおとなしくしなさい」

 

 何一つ大丈夫でも安心できる要素が無い。

 

「後悔しても知らないからな」

「ちょっと見るくらいイイじゃない」

 

 抵抗できない人間に対する酷い拷問が幕を開け、俺の顔隠しのために伸ばした前髪は上げられ、今まで遮ってきた光がダイレクトに網膜を刺激し額を照りつける。

 

 無駄に顔が良いのが災いした。

 

「わっ、すご……」

「うん、これは確かに……変わりすぎよ」

「姫殿下が言ってた通りじゃったな……」

 

 あのメスゴリラめ。メスゴリラ性を発揮させたメスゴリラが黒幕だったか。メスゴリラ性って何だよ。

 

 見惚れられても困るだけだ。一条の顔で慣れてるんだから、この程度で顔を赤くしているとこれから世代を重ねていけば顔立ちは凄まじいことになっていくんだから、慣れておかないと大変だぞ。鵺になるのかよ。

 

「満足だろ。前髪で隠さないと恥ずかしいんだよ」

 

 いつの間にか拘束が解かれていたから、常時フラッシュ状態の顔を隠すためカチューシャを外そうと手にかける。

 

 一色に阻止された。

 

「何外そうとしてるのよ。そのまま出なさい!」

「……分かった」

 

 何で指図されなきゃならないのかという疑問はさておき。後でこっそり外すとして、このまま後夜祭の会場へ連行されようとする。

 

「栞、行くわよ」

「……あ、うん。今行く」

 

 ボケっとしていた十七夜が慌てて合流する。

 

「なるほどのぅ」

「何よ、沓子」

「なんでもない」

 

 なんか後ろで謎の意味ありげな会話をするのやめてほしい。顔が良いのは仕方ないから、放っておいてやれよ。

 

 そんなこんなで合流すると、一斉に「誰?」と頭に浮かんで次いで顔の良さに見惚れる者が現れる。特に女性陣。

 

「一色、その子はどうしたの。三高にいたかな」

 

 図らずもカチューシャ仲間となってしまった生徒会長は、家の付き合いがある一色へ問いかける。俺も初見だったら『誰だコイツ』って思って滅びろと念じる。一条や吉祥寺も解らないというあたりで、顔を隠してきた意味が無くなってしまった。

 

 これはどういう顔をしてれば正解だろうか。とりあえず、笑って誤魔化してれば良いか。

 

「生徒会長、助けてください。鬼が俺のアイデンティティを破壊してきたんです」

「えぇっ? ちょっと一色、何をしたの?」

「会長、誤解です! ちょっと志村の野暮ったい前髪を上げただけです!」

「えぇっ? 君があの志村くん!?」

 

 驚き過ぎじゃなかろうか。そんなにビフォーアフターの落差が激しかったのか。メチャクチャ視線が集中してて落ち着かない。一条や一色みたいに容姿が良いのを自覚して常に注目を集めてきていたなら慣れっこなんだろうが、俺は注目を集められるのが苦手だった。根本的に注目を集められるのがダメな人間だから、矢面に立つのはダメだな。

 

 お前変わりすぎだろ、とか言われたり好き勝手に言われると気分が悪くなる。顔に出さないようにするのが精一杯で、もう限界なのでカチューシャを外して顔を隠す。

 

「もう十分だろ。俺は顔出しNGなんだ」

「勿体ないじゃない」

「あまり目立つのは好きじゃないから、これは人避けも兼ねているんだよ」

 

 目立ちたくないのは嘘ではない。前髪が長くした本当の訳は、顔の造形から七草弘一や四葉真夜が察する可能性があるので予防的措置を講じただけだ。杞憂だったけど。後は母親似である夜子をどうするかだが、伊達眼鏡でも使えばいいだろう。

 

 色々と質問攻めにされたのを捌きつつ、三高のメンバーと一緒に後夜祭の会場へ入る。

 

「なあ、あの八高の選手の使った魔法って誰が開発したんだろうな」

 

 一条が訊いてくるが、俺には答えようがないので答えられない。

 

 決勝で使われ、大いに注目を浴びた『カウンターファイア』は魔法大学の魔法大全だったかインデックスに登録される運びらしいが、肝心の魔法式には自壊するように仕込んでいて使われたCADから魔法式に関するデータは抹消済み。更に見ただけで魔法式の解読が出来てしまう分析が十八番の司波達也への対策で魔法式はノイズ混じりにしたのが第一段階で見ただけでは別の魔法として認識できるようにしているのが第二段階、最後に俺にしか解らないように巧妙に暗号化している。

 

 魔法式の解析されて軍や十師族に出回ることだけは絶対に阻止したおかげで、司波達也は魔法式を解析できなかった。その結果に司波深雪は戦慄。彼の事をよく知る天狗少佐やらも似たような表情を浮かべ、鼻を明かしたことに腹が捩れそうになる。

 

 十師族のお歴々には激震が走ったと思われ、十文字克人や七草真由美が苦い顔を浮かべていたことから、かなりの吊し上げがあったのだろう。特に十文字克人はただでさえオッサン顔なのに、心なしか余計に老け込んだように窺える。

 

 魔法の効果は解っても、魔法式が解らない。使った側である八高の選手ですら、魔法式も解らなければ、どういう経緯でCADにインストールされてたかすら解らない。

 

「さしずめ『ファントム・キャスト』といったところかな」

「どうせだったら『ミラージュ・キャスト』にしろよ。そっちの方がかっこいいだろ」

「それはソフトウェアの技術名じゃないか、二人共! 魔法式の名前をちゃんと考えてよ!」

 

 バカ丸出しの無知な会話をしたから、魔法研究に邁進する秀才くんがガチオコしてきた。

 

 真面目に魔法式の名前を考えるのか。なんか自分で開発した魔法(既に命名済み)に名前をつけるってのは何だか変な気分だ。

 

「魔法式の名前って言われても、どうせそのみちの研究者が名付けてるんだからそれでいいんじゃね?」

「そんな適当な……誰がどうやって開発したのか解らない未知の魔法なんだよ。凄く興味がそそられないかいっ?」

「そういうのは暇な魔法師や魔工師に任せるよ。それより、もう少し世の中に役立つ魔法を開発してほしい。そんな戦いにしか役に立たんような魔法ばかり開発してないでさ」

「魔法師や魔工師を暇人扱いって……君だって魔法師じゃないか」

「俺は暇人じゃないぞ」

「将輝、そういう意味で言ったんじゃないよ」

「どういうことだ?」

「そういうところだよ」

 

 意味が解らん。

 

 考えている事が口に出ていた一条は、この後夜祭にて司波深雪を如何にしてダンスに誘おうか思考を巡らせていた。そんなの普通に声をかければ終わる話で、既に接点を作っていたんだから連絡先の交換まで持って行けなければ終わりだぞ。だが、司波深雪は兄である司波達也にどっからどう見ても兄妹以上の感情を抱いているように窺えるから、一条の想いが成就することはない。よくある『初恋は実らない』というヤツだ。目先の事しか考えられない忙しい魔法師にしては、吉祥寺や俺の方が『暇人』で一条は『忙しい人』にカテゴリーできると思う。

 

 会話はそこそこに、後夜祭ではすっかり大勢の人で賑わっていたため、一条なら軍関係者などの戦闘関係の人間、吉祥寺は魔法研究に携わっている人間といった具合に囲まれることとなった。俺は壁際で背景と同化してよう。

 

 波乱というか何というか……テロは起きるし、事故が多発した九校戦を大会委員はよく九校戦を終わらせることが出来たな。委員長含めて何人かは引責辞任する運びで、表向きは陸軍の管理下で今後は運営されるらしい。独立性なんて元々有って無いようなものだったが、今回の一件で完全に無くなって十師族の支配下に置かれそうな運びだが、新皇道派が出しゃばってきているのでどうなるかは知らん。そこら辺は姫殿下などの上の連中の世界であり、なんちゃって暗躍していた仕事人は関われない世界だ。

 

 何か話しかけられるだろうと予測していたが、ビックリする程何もない。活躍したと言っても、モノリス・コードの決勝戦で空気弾をアホみたいに撃ちまくっただけで技術ですらない脳筋戦法だ。それだけで評価される程、世の中は甘くない。もっとヤベー事をしていたが、そっちは箝口令が敷かれているし情報統制やら隠蔽工作はしっかりされている。問題は俺が十六夜家との繋がりがある事を仄めかしてしまった事で、夜子が四葉真夜と関係ないことは証明されたが、違う問題が発生して辻褄合わせが面倒で色々と渡す羽目になった。単純に『他人の空似』と言い張って終われば良いだけの話だったのは言うまでもなく、十六夜家を出す必要が無い事を今更になって思い至った。普段ならもっと頭が回るんだけど、自分のバカさと迂闊さを呪いたい。

 

 時間は流れ、生徒間の交流が始まる。一条は司波深雪のところへ突撃していった。学生による社交界みたいなもので、進学もしくは就職などすれば次に待ち受けるのは結婚である。本人の感情などは抜きにされ、ひたすら家の利益を追求した汚い大人の世界へ足を踏み入れなければならない。今のこの高校生活が魔法師に許された自由な時間だろう。合理性やら効率性が悪いかもしれないが、魔法師だって人間なのだからここら辺の自由は許されるべきだろう。

 

 楽しい空間であろうが、俺は馴染めなかった。

 

 奏でられる音楽に合わせて華やかなに舞う姿を眺めているだけで充分であるが、それすらも見ていたくなる心境となる。眩しいとすら感じる。あの場は俺に相応しくないということだろう。三高の赤い制服は俺がどういう人間か教えてくれる。

 

「どこへ行くの?」

 

 会場から出ようとしたところで、一色に声をかけられた。

 

 いろんな人間にダンスを申し込まれて踊っていたが、こっちに来て声をかける余裕があったとは驚きだ。 

 

「外の空気を吸いに行くだけだ」

「そうなの。一緒に踊らない?」

 

 踊ったことが一度もない人間に踊らせるとか鬼畜ではなかろうか。

 

「こういうのは男から誘うのが礼儀であり、道理だと思う。礼儀を欠いて道理に沿わないことをするのは過ちであり、相互理解を深めることが出来ず人々はやがて互いを信用できなくなり争いへと発展して自らの間違いに気づかず朽ち果てていくだろう。礼儀とは何だろうか、道理とは何か一色は考えたことが……」

 

 自分でも何言ってるか全く理解できない適当な言葉を吐いて煙に巻こうとする。

 

「どっちなのかハッキリしなさい」

 

 駄目だった。

 

「あんまりこういう経験はないんだけど……」

「全く踊れないってワケじゃないんでしょ?」

「そうなんだけど……拙いけど、よろしくお願いします」

 

 なんでか踊ることになった。一色は弄りキャラとしては反応が大袈裟なので優秀だけど、こうしてダンスの相手として立たれると妙に緊張する。

 

 高い魔法力があるだけに比例して容姿も華があり、更に師補十八家という日本の魔法師社会のトップクラスに位置する『一色家』のネームバリューを背負った令嬢は注目の的であるし、狙っている家は多い。そこにぽっと出の野郎に一色の令嬢が自ら誘うものだから、野郎の嫉妬の視線が痛い。悪目立ちしてるなー。

 

「注目されてないことに慣れてないみたいね。人を散々ネタ扱いしてきた報いよ」

 

 過程をすっ飛ばしてきたが、俺は一色をどこぞのデンキネズミポケモンと混同させたり『稲妻』をネタにしてきた。恨み辛みが溜まっていたらしい。

 

「悪趣味な嫌がらせだ。胸だけじゃなくて器の小さい奴め」

 

 ──―ガッ!! 

 

「TPOを弁えなさい。次は無いから。わかった?」

「わかった」

 

 足を踏まれた。ご丁寧にヒールの方で踏んづけやがった。

 

 ゆったりした学生が音楽に合わせて踊りやすいようにゆったりとした曲調の演奏がされており、魔法師って一般人とは住む世界が違うんだなと思わされる。最初に足を踏んだ一色も、ダンスは慣れたもので蝶のように華やかで優雅なものだ。

 

「経験がないと言った割に意外と上手じゃない」

「踊れないとは言ってない」

「隠し事が多そうね、志村って……モノリス・コードで難度の高い2つのCADの同時操作をしてみせてあれだけ戦えるなら、もっと上を目指せるわ」

 

 上って要するに一流の戦闘魔法師になれるって事なんだろうけど、あの脳筋戦法やった人間に対して過大評価も良いところだ。

 

 上昇志向の強い一色は、才能のある人間を見る目もあるようだ。才能云々は七草と四葉の混ざりモノが魔法の才能に乏しいなんて有り得ないから、見る目はある。でも、高みを目指すって事は表舞台に立たせるってことで未だ繋がりが立ち切れていない妖怪共がこれ以上目立つことを許容しないだろう。俺が目立つには、先ず妖怪共を何とかしなければならないワケだが、物理的手段に出るのは最終手段なので政治的・社会的に追い詰めた上で消さなければならない。皇悠頼みだけど、彼女もなんだかんだで妖怪共と同じ穴の狢だから、頼りすぎるのも危険というあたりで俺の周囲で心強い味方はいない。俺が一色の言うように高みを目指すには、排除しなければならないモノが多すぎる。

 

「上を目指せる、か。考えてみるよ」

「志村の隠したい事情と関係あるのかしら」

「隠したい事情なんか無い。俺に大した実力なんか無いから、買い被りだ」

 

 俺の問題に誰かを利用するのはNGだ。巻き込ませたくない。

 

 自分の問題だからってのもあるけど、妖怪共を何とかしたところでその後に別の無理難題が降って湧いてくる。今ある生活を手放して得られるモノは何一つなく、それよりかは何もしないで現状維持を望みたいところだけど、無理だろうな。

 

 建前上は何もないと否定して、拒絶しておく。誰にも頼れないって案外辛いな。

 

 一色と別れ、次に踊らされたのは生徒会長だった。労いも兼ねたもので、踊りながら最初に労いの言葉をかけられて次に感謝の言葉だった。

 

「すまないね、志村くん。無理を言って九校戦に選手として参加させてしまって」

「生徒会長が気にするようなことではないと思いますが……」

「一応これでも生徒会長だし、それに君が特殊な立場にいるのも教えられているから、今回の件に関して申し訳なく思っているんだ。でも、まさか私が在学中に三高が総合優勝するところを見られて嬉しかったよ。ありがとう」

「俺はモノリス・コードしか出ていませんよ。選手やエンジニアの頑張りがあったから、棚ぼたで優勝できたんです」

 

 否定しておかないと、生徒会長が俺を裏で動かしてたみたいに受け取られかねない。黒幕は皇悠だ。

 

 善良な生徒会長をスケープゴートにしたくないから否定すると、彼女は苦笑する。

 

「君がそう否定するけど、一高の主要メンバーはそう思わないだろうね。一高では、春の一件も含めて姫殿下の陰謀論が過熱して君が実行犯として何かしたのではって疑惑の目が向けられているから」

 

 一高の生徒会……七草真由美あたりかな。探りを入れたんだろうな。

 

「いや、俺は人の洗脳とか精神干渉みたいな芸当は出来ないんですが」

「この際、事実はどうだっていいんじゃないかな。負けた要因を内にではなく、外に求めようと必死なのかもしれない。違うというなら、でんと構えてればいいと思うよ」

「……はぁ。わかりました」

 

 何でそんな事になってるの? 

 

 生徒会長との踊りが終わり、壁際に移動しつつ思考は一高で勝手に上昇している皇悠はともかく俺のヘイト値をどうにかする方法を考える。そもそも、証拠ゼロの根拠ゼロだろうに単純に反魔法主義的だと勝手に思っている皇悠の手下だからってのが理由なんだろう。たったそれだけの理由で犯人だと思われていたら、全ての事象を俺のせいにしてきそうで怖い。確かに実行犯だけど、証拠は全く残していない。ガス抜きも兼ねて犯人を別な奴に仕立て上げておく必要があるか。ブランシュ事件を絡ませるって……皇悠と反社会的勢力のブランシュに繋がりなんかあったら、そんなの皇族としてアウトだよ。そんな事より、どうやってヘイトを拡散させるかを考えないといけない。

 

「いっそのこと壬生さんの件をバラしてやるか?」

 

 七草家だけじゃなくて四葉からのヘイトが加わりそうな予感がする。連鎖的に四葉を撃退した下手人である俺が大変な事になる。諸刃の剣だった。仮称『ペルソナくん』を誰かに仕立て上げる必要があるか。

 

 そんな黒い思考をしていたら、グラス片手に四十九院が歩み寄ってきた。ジンジャーエールだった。

 

「なんか辛気臭そうな顔をしておるの。もう少しシャキッとせい」

「頭を悩ませる問題が山積みだから困ってるんだよ。全部投げ出して逃げれたらいいんだけどさ。無理だろうな」

「どんな人間でも、大事なもの、譲れない何かがあるから、簡単に捨てていたら生きながらにして死んでいるようなものじゃぞ。志村とて、何か大切なものがあるんじゃろう?」

 

 大切なものって言われても……。

 

「俺が大切にしているものって今ある生活なんだよな。誰かに与えられたものじゃなくて、自分の力でようやく得られた今の生活だけは手放せない。だから、問題が山のように積みあがるんだろうな」

「どんな人生を送ってきたんじゃ?」

「それは秘密だ」

「むぅ」

 

 腑に落ちない表情をされても困る。これ以上、話せることは何もない。捨てようと思えば捨てれるけど、捨てた先に果たして今と同じ生活が出来る保証があるかと聞かれたら、それは有り得ないと断言できる。先ず、魔法師の出国が不可能だし、どこへ逃げればいいんだよ。

 

「とりあえず、学生らしく振る舞ったらどうじゃ。お主は頭の中でごちゃごちゃ考え過ぎじゃ。もう少し肩の力を抜いた方がいい」

 

 考え事を全部口に出したら大問題になる。不満も何もかも全てさらけ出したいけど、話せる相手はいないな。話して巻き込むと、それくらいに仲良くされると後が面倒になる。

 

「四十九院は俺が誰にも言えない秘密を抱え込んだ人間だと察しているんだろう。どうせ俺の嘘や裏で何をしてたか直感的に覚ってるかもしれない。人の良さは認めるけど、それで人の内面を見透かすのは勘弁してほしい。深く関わる相手は選んだ方が良いだろう」

 

 穏当な言葉であるが、場所が場所なだけに魔法師の本性を出すのは控えなければならない。相手を威圧して攻撃性を発揮したところで意味がなく、むしろ居場所を無くしかねない迂闊な行動だ。

 

「沓子、ここにいたのね……って、志村くん?」

 

 ちょうどよく十七夜が来たので、これ幸いと俺も離脱を図ろうとする。変に意識されてるけど、今は顔を隠してるんだから普通にしてほしい。

 

「あ、貴方はモノリス・コードに出てた……!」

 

 ショートヘアの女の子と一緒だった。確か北山雫だったか、厄介な輩に見つかったな。あんまり良い印象を抱いていなさそうに窺える。

 

「ええと、はじめまして。俺は志村真弘です。君は確か……スピードシューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクに出てた一高の北山雫さんでしたっけ。スピードシューティングに至っては、新魔法を使ってアイス・ピラーズ・ブレイクでは難易度の高いパラレル・キャストを使用して『フォノンメーザー』を撃つなんて芸当する素晴らしい試合運びは見事でした」

 

 それで勝たれると来年度以降はスピードシューティングは種目から消えていただろう。工夫するのは良いが、競技の主旨が根底から覆されては元も子もない。

 

「……お世辞はいいよ。結局、勝てなかったんだから」

「そうですか。まあ、良くやった方じゃないですか。一高の一年男子に至っては森崎駿選手がスピードシューティングで準優勝くらいしかマトモな成績は残してないのだし、比較してみれば称賛に値すると思いますけど」

「……モノリス・コードでも準優勝してた」

「あくまで正規の選手によるカウントです。モノリス・コードは代理の選手で、内訳がエンジニアと偶然にも観戦に来ていた生徒らしいじゃないですか。エンジニアはともかく、観戦に来ていただけの選手を起用するとか一高はどんだけやる気が無いんですかね」

 

 そのやる気を削いだのは春のブランシュ事件な訳だが、とどのつまり俺が悪い。何様のつもりで言ってんだよ。

 

 北山雫による司波達也のヨイショが始まったが、適当に聞き流す。今回の九校戦で目立ちまくった人間の情報くらい客観的に知ってるし、何なら彼が親しくしている友人たちが接し方を変えるくらい隠す気があるのか怪しいヤバい情報を握っている。

 

 なにはともあれ、これだけは言っておこう。

 

「一高の一科生の男子は後でフォローしておかないと拗らせかねないので気をつけた方が良いんじゃないですか。事件の詳細を人伝に聞いただけの推測ですが……見た感じ下手したら、来年の九校戦はこれ以上に酷くなるんじゃないでしょうね」

「誰のせいだと思って……!」

 

 悪用した俺のせいだろう。でも、どのみち起こるべくして起きた問題なのだが、そこら辺は理解しても怒りの矛先を別方向へ向けた方が楽なんだろうな。人間が考えるのだから穴があるのは当然で、是正していかなければならないのに怠ったばかりか、力で黙らせてきたが故の今の結果だろう。被害者である壬生さんを七草は殺しにかかるし、四葉は捕縛して脅迫しようとした。下手したら死んでた可能性がある。

 

 こういうのを所詮はただの生徒でしかない人間に言ったところで無駄だし、そもそも誰に言ったところで見て見ぬ振りをしてきた輩に何を期待するのかって話だ。生徒会長を吊し上げる意味は無いし、魔法師が引き起こす問題は浮き彫りにさせないと情報操作されて終わるだけだ。

 

「そんなこと言われても犯人なんか知る由がない。勝手な想像で人のせいにしないでほしい」

 

 不愉快だから立ち去る。顔は隠れているから理解されないだろうが、雰囲気を出して察してもらう。そう怒らなくても、一高に対してもう何もしないと思う。

 

 会場を出て雲一つない満天の星空を眺めようとしたら、前方から巨大な人影が見えた。

 

 十師族の十文字家の当主代理をしている十文字克人だ。既に貫禄というか纏っている雰囲気が既に高校生を超越している。似たようなものなら、司波達也も高校生らしからぬ雰囲気を纏っている。逆に一条は全くそんな感じがしない。

 

 特に気にするようなものでもないし、場所を移動するのもおかしいので視線を空へ向けつつ意識は十文字克人へ向けておく。やがて向こうも気づいた様子で、来るなと念じてもまっすぐ向かってくる。奥の噴水広場で司波兄妹が踊っているのが見えたが、あっちが羨ましいよ。もう兄妹だろうと関係なく結婚でも何でもしちゃいなよ。

 

 そんな下らないことを考えつつ、十文字克人の方に意識を向けると彼はこちらへ向かう足を止めず、俺のところに来て立ち止まる。

 

「お前が姫殿下が懇意にしている請負人とやらの志村真弘か?」

「……あ、ああ。そうですよ。何でしょうか? ええと、十文字克人さん。ご依頼でしたら、夏休み明けでお願いします」

「依頼するような事はない。ちょうどいい機会だから、話したいことがある。時間はいいか?」

「何でしょうか?」

 

 十師族の人間が「話したいことがある」と言って断れる日本の魔法師は存在しない。断れる理由が必要なワケだけど、魔法師社会のトップとの話し合いを断れるだけの効力を発揮させるかと聞かれたら否と言える。

 

「モノリス・コードの決勝で使われたあの魔法……お前が開発したのか?」

 

 ド直球だよ。

 

「十師族の十文字家の人間を一発で倒せる魔法を開発なんて俺なんかには逆立ちしたって無理です。むしろ、他の十師族などの魔法名家が開発されたのではないでしょうか?」

「やはり、その線で考えるのが妥当か」

 

 矛先は四葉に向けられるだろうな。大漢への報復以降は秘密主義に走った彼らなら或いはって可能性を捨てきれないから、体のいい隠れ蓑として機能してくれる。

 

 そもそもの大前提として、本戦のモノリス・コードはともかく、己の実力を出して負けたのだから矛先をこちらに向けられても困る。テロくらい十師族なんだから、未然に防いでみせろと言いたい。皇悠を目の敵にするんだったら、彼女の活躍の機会を潰せば事を運びやすいというのに、魔法を使えば大衆が受け入れるとでも思ってるのかな。

 

「お前は十六夜家と関りがあるそうだが、どういう関係だ?」

「それ一条も聞いてきたんですけど、これといって深い繋がりはありませんよ。俺が養子に入っているワケではないので。それより、これから一高は大変そうですね。さっき北山雫って娘にも言ったんですけど、一年男子の一科生に対して何らかのフォローしておかないと、後で拗らせて大変な事になるんじゃないんですか。伝え聞いた話から察するとですが……」

「誰かが何かするのか?」

 

 この人、俺が何かするって疑ってら。十六夜家って十師族批判している家だし、それに皇悠の存在もあって繋がりのある俺が何かしてくると考えているのかもしれない。魔法名家との繋がりは自分で自分の首を絞める最悪の手段だ。似たような理由で数字を剥奪された日本の魔法師社会の闇である『数字落ち(エクストラ)』も禁じ手だ。

 

「分かりません。願わくば元一高の生徒だった壬生さんのような人を出さないでほしいですね。あくまで請負人って便利屋擬きなだけで、保護施設でも厚生施設でもありませんから」

「壬生の件に関してはすまなかったと思っている。社会秩序を守るためだとか、そんなことばかり考えて守るべきものを間違えてしまった。本来なら、第一に我が校の生徒を優先すべきだった」

 

 そんなこと言われても、上に立つ側の事情とやらが存在するんだろう。魔法力に劣る二科生だからと切り捨てたなどと邪推できるが、悔恨を滲ませている十文字克人を見る限り無意識とはいえ切り捨てていたのかもしれない。一条や一色もだけど、そもそも論として二科生の実情を教えてくれるような二科生の友人がいなかったのかもしれない。

 

「後悔しても今更でしょう。俺なんて仕事では失敗してばかりで成功したことなんて片手で数える程です。その成功も数多くの失敗を経た上でようやく得たものだから、今回の事を教訓に次に生かすのが責任の取り方ではないでしょうか?」

「責任か……。魔法師社会を背負って立つ者として誇りと自信があったが、今回の大会で自分の築いてきたものが壊れていくような気がした。俺はこれからも十師族の十文字家として立つことが出来るだろうか……」

 

 心が折れてるな。なまじ勝利ばかりしてきたから、敗北の経験が無いから今回の敗北は下手したらトラウマになって再起不能に陥るかもしれない。勝負事なんだから、負けもするだろうに許容されない地位だから、今回の一件に際して弱音も吐きたくなるだろう。相手が初対面の俺でなければ良かったのだけど、魔法師というのは身内以外だと打算的な繋がりしかなく、素直に弱音を吐けるような存在じゃない。かといって親兄弟や親戚に話すにしても中々話すのが辛い。カウンセラーに相談するって手もあるけど、一高ではカウンセラーの皮を被った公安の捜査員がいるので話せない。随分と生き難いな。

 

 十文字克人の弱みになりかねない悩みなので、咄嗟に周囲を警戒して誰も聞いてない事を確認する。

 

「あんまりそういう弱みを初対面の人間に見せるべきではないですね。俺は十師族と敵対している姫殿下と繋がりがあるから、その弱音をリークするかもしれませんよ?」

「今更だ。それに姫殿下にリークしたとして、あの方ならなんと言う?」

「精神論でも唱えるんじゃないですか。たった一度の敗北で揺らぐ程、脆弱な立場ではないハズです。今だけですよ、敗北しても許されるのは。社会に出て何かに負けた時、何もかも失います」

 

 気の利いたアドバイスができなくて申し訳ないと思う。こうやってお人好しな側面を出すから利用されるんだよな。やらない善よりやる偽善だが、敵対していると受け取れる相手に塩を送るのは度が過ぎる行いかもしれない。

 

「カウンセリングの資格とか無いので気の利いた事を言えませんが、十文字さんは自らの立場を意識しすぎています。まだ高校生だから、リカバリーが利くのでこれからの行動で示していけばいいんです」

「……そうか。俺もまだまだ未熟だったということだったんだな」

 

 18歳でまだ成人していないんだから、精神面などで未熟なのは当然だろう。むしろ大人顔負けの行動と責任を強要するのがおかしな話である。今更だけど。

 

 とりあえず、何か悩みでもあれば相談に乗るという事で仕事用の携帯端末の連絡先と直接の相談する可能性もあるということで住所も教える。話せる相手がいないってのも辛いな、と自分のことを棚に上げて考えてしまう。

 

「それと桐原の件だが……」

「壬生さんは今は会いたくないと言ってました。かなり病んでましたからね。しばらくは時間を置くべきでしょう」

「……そうか。俺から桐原に伝えておこう」

「俺から伝えるので気を使わなくて大丈夫です」

 

 いや、そもそも部外者だろう。ある意味で関係あるかもしれないけど、七草真由美はともかくアンタは何もしてないから出しゃばられると返って拗れるので迷惑だ。

 

 十文字克人と別れた後。俺は最後の締めに取り掛かる。俺にとっての九校戦におけるなんちゃって暗躍もようやく終われる。

 

 

 そうだろ、皇悠。

 

 

 

 

 

 

 





主人公の人生をかなりざっくり簡単に纏める。

0〜10……東道家でひたすら戦闘に関する技術を磨く。物心がつく頃に初めての死刑予定の魔法師を殺害する。

10……周公瑾の下で働き始める。12の時の沖縄戦の後、ビルマ・ベトナム・ラオスを巡り歩いてそれぞれの民衆を扇動する精神干渉系の戦略級魔法を使用。戦争を引き起こす。

帰国後、程なくして姫殿下にとっ捕まる。約2年間、社会常識と倫理観その他諸々を教え込まれる。

14……姫殿下と交渉して協力を取りつけ、請負人事務所を立ち上げる。姫殿下の飼い犬でいられる内は身の安全と自由が保証されている。


以上。ある意味で主人公にとって姫殿下は新しい生き方を教えた恩人だった。




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33話

 時はさかのぼり。

 

「樫和の盆暗から一人引き抜きたい奴がいる」

「誰ですか?」

「名前を十六夜夜子という。貴様の妹じゃ」

「妹ですか。妹とやらを開発していたとは、一人だけだと戦力的というか安全面で心許ないので作りたがる気持ちは理解できなくもないですね。引き抜くにしたって九校戦にボディーガードとして入るだけでは現れてくれないと思いますし、そう簡単に渡してくれるんですかね」

「彼奴は貴様が表舞台に出ようとすれば殺しに向かうだろう。貴様には花になって貰う。遠山つかさがいるから、気取られないように用心しておけ」

「分かりました。では、この件に際して俺は自分自身に暗示と洗脳を施して内心では閣下とは敵対的立場とさせていただきます」

「……姫殿下対策か」

「あの方は良くも悪くも派閥の長で、何より優しすぎます。しかし、露骨にやれば樫和派も黙ってないと思われますが……」

「貴様が預かれ。最良はこちら側に引き込むことだが、どうせ姫殿下の手前があるからお前が預かればどこにも角が立たん」

「分かりました。しかし、普通に考えるなら俺を殺すために開発した十六夜夜子を引き込んで大丈夫ですか?」

「ただの人間に勝てない貴様に魔法師なんぞ必要ない」

「…………」

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 後夜祭が終わった後、自分自身にかけられている洗脳や暗示が解除され、同時に弄った記憶が戻った。

 

 でっち上げた依頼を遂行しようとしていたから、自分を取り戻せたのは幸いだった。といっても、殆ど変わることなく頭の回転率が良くなるのと魔法力に制限があった状態が無くなり、皇悠の考えに共感するようにしていた事が無くなるといったところか。そんな事をしたのは無論、嘘発見器みたいな人外に全身突っ込んで浸ってる嘘が通じない皇悠への対策だ。直感的に解るのだから、演技も嘘も通じない。

 

 対策は初めから演技や嘘をつかなければいいから、閣下からの命令が出た後にこっちで考えた三文芝居を実行させてもらえるようにお願いした。実際に皇悠と顔を合わせる俺は彼女が勘違いするように自分自身に暗示と洗脳を施して九校戦の日程が終える頃に解かれるように設定しておいた。奴が俺を目立たせようとしていたのは解っていたが、魔法力に関して変にテコ入れするとバレる危険性があるので何もしていない。結局、なんだかんだと俺も他の魔法師と同じように自己顕示欲があったという事なんだろう。同じ穴の狢というヤツで、静かにフェードアウトしよう。

 

 そんな事した理由はどっかで語った『皇悠の暗殺』などという自分たちの首を絞める行為ではなく、十六夜夜子を樫和派から引き離すことだ。かといって皇悠の駒にななられるのは困るし、閣下は私的な力を所有するのは方々に無用な警戒心を与えるので嫌がり、妥協案で俺が預かることで軟着陸することで……樫和のジジイも十六夜家も妥協する。恩義を売る形で交渉を有利に進めるためには十六夜夜子が皇悠を襲撃して負傷させなきゃいけないワケで、それは『何も知らない』状態にされている俺が皇悠を全力で守って奴を殺してしまわないようにもしなければならず、四葉の壬生さん襲撃未遂は渡りに船だった。事前に恐らく閣下の差し金だと思われ、俺がいないのは僥倖だった。残る問題は遠山つかさが全力で守らないようにする事と陸軍や十師族が皇悠を見捨てさせる事だが……陸軍や十師族はどうせ何もしないので無視して、遠山つかさに関しては変にテコ入れすると言い逃れできないので十六夜夜子に頑張ってもらうしかなかった。ただし、こんな作戦を実行すれば、やらかし具合は最悪な部類に入って方々に迷惑をかけたのは言うまでもなく、辻褄合わせと火消しに閣下の協力を得るために成人したら飲もうと集めていた年代物のワインを手放す羽目になった。

 

 そもそも論として皇悠に事情を話せば協力してくれると思うのだけど、ほぼ確実に遠山つかさに知られ、彼女がまだ繋がっている樫和派に知られ、別の奴が投入される可能性がある。十六夜夜子は俺を訳のわからん理由で殺したがっていたから、どこかで襲撃が遭ったのだと思われるが確実性が欲しかった。顧傑のテロとか天狗少佐が拘束してくるなんて想定外だったけど、固有魔法が白日の下に晒されるという事態は避けられている。九島烈はともかく、藤林響子は軍人でもあるので陸軍の面倒な奴らに知られて連鎖的に他の十師族に知られる恐れがある。既に目をつけられているだろうけど、戦うような依頼は請け負ってないし今後はほとぼりが冷めるまで静かにしてよう。過度なストレスを抱えたようだが、そこら辺の情動を一時的に消しておけば、何とかなる。今までもそうしてきたし、大丈夫だろう。

 

 わざわざ偽の依頼をでっち上げ、自分の行動を捻じ曲げて存在を衆目に晒して悪目立ちさせた結果、得たものは一人の少女の自由だった。皇悠は俺が臆病者だの覚悟がないだの勘違いしているが、俺の問題は請負人事務所が立ち上がった時点で解決している。当然、そんな事を皇悠は勘付いていない。

 

 そこまで考えていたところで、携帯端末にメールが届く。皇悠からで、一時的に十六夜夜子を預かるという旨と俺に彼女を預けるとあった。皇悠はあくまで象徴であり、自由に動かす力を得るのは誰も望んじゃいない。

 

 計算通り。携帯端末を仕舞う。

 

「誰かからの連絡か?」

 

 一条がポテチを食べながら、目線だけを向けて訊いてくる。

 

「姫殿下からのメールだ。ちょっとした仕事だよ」

 

 仕事内容に関しては秘密だ。そういう取り決めだから、という事で納得してもらう。

 

 狭くもなく広くもない部屋に野郎が集合し、各々が持ち寄った菓子とジュースが広げられていた。三高の九校戦に出場した一年男子のみの集まりで、今は打ち上げの最中だ。

 

 思春期の野郎が考えている事は単純で、皇悠の名前を出したら一人がとんでもない事を口にする。

 

「姫殿下って綺麗だよなー。あと胸も大きい」

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って姫殿下のためにある言葉だな。一高の司波深雪って娘とは別の魅力があるよな」

「それよりも、僕はあのおみ足に踏まれたいね」

 

 不純から始まり、最後は妄言という前世でどんな業を積んできたのか心配になる輩がいた。檻の中に入ってろ、淫獣め。

 

 しかし、彼らの言い分も理解できなくもない。皇悠は見た目は完璧だ。これで男勝りな言動をしたり、人外に両足を突っ込んでたりしなければ完璧だが……天は二物を与えずというのは皇悠のためにあるような言葉だ。

 

「志村もあんな美人の近くにいたら、そりゃあ他の女なんか目に入らないよな」

 

 え、あんなのを異性として見るとか天地がひっくり返っても有り得ないだろう。ガワだけは完璧だけど、中身はゴリラじゃん。その内、目からビーム出すんじゃないか? 

 

 そんな事は言えないから、単純に俺の性癖をカミングアウトした方が早いか。

 

「俺は黒髪ロングは好きじゃない。金髪巨乳がいい。性格は痴女っぽいとポイントが高いな。見た目だけじゃ駄目なんだよ。滲み出るエロさが必要なんだ」

 

 ドン引きされた。

 

「それなんてエロゲー? 現実を見ろよ」

「それはお前らにも当てはまることだろ。ドMとかロリコンとか前世でどんな業を背負って生まれてきたんだよって言いたい奴がいるな」

「失礼な。僕はロリコンじゃないよ!」

 

 吉祥寺を流し見したから、即座に否定してきた。吉祥寺のロリコン疑惑はあくまで噂である。というのも、一条家から家族も同然の扱いを受ける彼は、一条の妹から熱烈なアプローチを受けていた。休日にデートしていると思われる様子が散見され、噂が独り歩きしてロリコン疑惑が浮上したのだ。しかし、彼の名誉の為を思って発言するけど、吉祥寺と一条の妹は3歳差であり、もし吉祥寺が23になれば、件の一条の妹は20という具合でロリコン問題は消えるのだ。他の幼女を微笑ましく見ることはあってもアウトな目をしてないことから、彼はロリコンではないことが窺える。たぶん。

 

 ちなみにドMに関しては事実なので否定してこなかった。

 

「僕よりも、今更だけど志村に妹がいたのは初めて知ったんだけど。しかも、あの十六夜家に養子に入ってるとか何でもっと早くに言わなかったの?」

「ちょっと家庭環境が複雑なんだから、言える訳ないだろ。それに十六夜家っていえば十師族批判してる家だから、変に拗れるのは嫌だったんだ。そんな事より、吉祥寺はまさかうちの妹に懸想してるのか?」 

「そんなワケないよ。代表して聞いてるだけだよ」

 

 気になるとか言われても、見た目は良いから騙されてる輩は多いだろうな。同い年だし、どうせ高校に通ってないのは分かっているから三高に突っ込む予定なので狙う輩は多いだろう。紹介してくれなんて頼まれても、気に入らない相手は蜂の巣にする性格なので覚悟はしておいた方がいい。言わないけど。

 

 今は火消しに専念しなければならない。今回のなんちゃって暗躍で俺は目立ち、俺が実力を隠している疑惑を与えたのは言うまでもなく、余計に目を付けられてしまった。七草と四葉の遺伝子の掛け合わせで生まれた人間だと知られると、確実に面倒で厄介な事に巻き込まれるだろう。

 

「早くに言わなかったのは、単純に俺の立場が曖昧だったからだよ。妹が十六夜家の養子であるけど、俺自身は十六夜家と関わりというか繋がりが無いんだ。関係ないのに十六夜家の関係者だなんてあちらも困るし、俺だって困るから言わなかったんだ」

 

 まあ、事実である。閣下に教えられる前まで知らなかったからな。九重八雲から教えられたのは辻褄合わせの側面が強く、皇悠に不審を抱かせないようにするために予め頼んでいたのだ。演技していたのは閣下と九重八雲で、本心をでっち上げて俺は道化になっていた。

 

 俺の事は知りたいことは知れたし、誰が良いだの悪いだの話したところで残るは話題が上らないように存在感を消していた一条の恋愛模様に移った。

 

「一条はあの司波さんとはどうなったんだ?」

 

 一条はちょうどオレンジジュースを飲んでいたところでもあり、口に含んだものを吹きそうになり、寸でのところで耐えて飲み込むも顔を赤くして訊いてきた野郎を睨む。

 

「お、俺は別に司波さんとは何もなかったからな!」

 

 大声でそんな悲しい事を言わなくてもいいのに。

 

「なあ、吉祥寺。一条がツンデレ化してるんだけど、このままだと何もなくて終わりそうだよな。ああいう美人って既に思い人がいるか、既に婚約者がいるの二択だろうし、一条が入り込む余地が無いのは明白でも横から掻っ攫う気概は見せてほしいところだよ」

「前から思ってたけど、志村ってナチュラルに酷いこと言うよね。いくら事実でも、言っちゃうと将輝のメンタルがボロボロになるから言わないであげて」

「いや、ジョージも何気に酷いからな」

 

 だが、実際問題として四葉家が一条家とくっつく可能性はゼロだろう。司波深雪は完全に実兄を恋愛対象として見ていて誰も見ていないから、一条には今までの受動的な姿勢は改めて能動的に行動しないと意識すらしてもらえないのだけど、主体性が無いというか、本気で司波深雪が好きなら何かしらの行動をするのは当然で、相手から来るのを待っているだけなのは本気で彼女が好きなのか疑問だ。まあ、好きだの嫌いだの人間の感情は一言で表せない複雑で、一条の恋愛感情がどういった思いから抱くに至ったか不明瞭であることから、応援だの何だのが難しい。

 

 そうして消灯時間に差し掛かった頃だった。

 

 ──―ビー!! ビー!! 

 

 警告音が鳴り響いたのだ。

 

「敵襲か……!」

 

 尚武の三高と呼ばれるだけあり、1年生ながらにして実戦を想定した実習をしていることから、すぐに身構えて警戒態勢に入る。

 

 しかし、

 

「俺の携帯端末の音だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だ」

 

 杞憂だった。

 

「紛らわしいことするなよ」

 

 将輝が代表して怒り、一気に白けた雰囲気になった我ら三高諸君は片付けを始める。

 

「ちょっとトイレに行ってくる」

 

 俺はさり気なく部屋を出て行き、携帯端末に映し出された座標を確認する。

 

 警告音は緊急事態が発生した際に鳴らせるようにしていたもので、発信相手は根暗ちゃんということは馬鹿な俺がスケープゴートにしたばっかりに軍あるいは十師族に襲撃されて逃げている最中なんだろう。

 

 彼女が持つ情報は何もない。どんな状況下であろうと俺に関する情報を流さないように情報精神構造を変えているから、ここで見殺しにしたところで情報漏洩は無い。安全策を取るなら、このまま見捨てるのが最適だろう。卑怯者なので、見捨てないにしても誰か代理人を立てないと怖くて表に出たくない。

 

 ていうか、動くのが早すぎて草しか生えない。魔法を使った八高の選手の確保に乗り出さず、対四葉向けの隠蔽工作によってスケープゴートに仕立て上げた根暗ちゃんへ襲撃を仕掛ける人間は、四葉しか有り得ない。逆説的に司波兄妹が動いているのだと証明され、その支援で天狗少佐及び所属部隊が動いているのだと思われる。既に捕捉されていたと思われ、未知の魔法を使って危険すぎるという判断が出たのだろう。要すれば、恐怖心から排除あるいは術式を手中に収める事に乗り出したと推測される。

 

 しかし、司波達也は春の一件も全部引っくるめて俺を下手人だと思っているから、襲撃するなら直接俺に仕掛ける筈だ。回り道してるが、まさか俺が助けに動くのを待っているのだろうか。根暗ちゃんには時間稼ぎと交渉用にダミーの術式を持たせているが、果たして間に合うか。

 

 罠なのは確実。しかし、無視は寝覚めが悪い。

 

 携帯端末に搭載してある発信機を利用して場所を特定しようと端末を確認……発信源が消えた!? 

 

 根暗ちゃんの携帯端末が破壊されたと仮定するならば、もはやお手上げだ。どうやって助ければいいんだろう。とりあえず、最後に確認された地点へ向かってみるか。

 

 背中に寒々しいものを感じながら、俺はトイレから出るのだった。

 

 

 




不定期更新になります。

最近、マブラヴがアニメ化されるので、それを題材にBETAやアメリカなどに反省を促すダンスをするネタを思いついたのだが、シリアスが消えてギャグにしかならんな。


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