白銀圭の敬愛 (おろしぽん酢)
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家庭教師と松坂牛

圭ちゃんがちょっと...キャラ崩壊してる気がしなくも無いです。


「それで、行くのか、行かないのかどっちなんだ白銀ぇ!!」

 

「い、行きます!」

 

「よし、それでいいな四宮?」

 

「いいわけないでしょ!!!!!」

 

 

全く持って理不尽だと言わんばかりに顔を顰めるのは秀知院生徒会庶務の八雲日向。

彼は腹から声をあげ否定の意を唱えた少女を見る。

 

 

「何がいけないんだ。俺は完璧なプランを唱えた、だよな、石上?」

 

「そうですね...まぁ言い方はともかく完璧だとは思いますけど。」

 

「だろ、なのに文句を言い出す始末だ。あーあーこれだから金持ちはいやなんだよ。自分の思い通りにいかなかったから怒ってんのか?」

 

「そんな訳ないでしょ。第一、あなたのプランには欠点があります。」

 

 

頭の狂った恋愛頭脳戦(笑)を繰り広げる二人を置いて満場一致で賛成なプランを否定されまたもや顔を顰める。

最近顔を顰めるのが癖になりつつあると少年は感じている。

 

 

「ほう、では聞かせて頂こうじゃないか。もし欠点たりえないようなら膝をついて頭を下げてもらおう。」

 

「いいでしょう。欠点、それは......私が会長と映画を見に行きたがっていると想定していることです!」

 

「...わかったか石上。これがあの四宮グループ長女のレベルだ。これにものを教える俺の気持ちにもなれ。」

 

「そうですか。今度ラーメン食べに行きましょうね。」

 

 

生徒会庶務を務める八雲日向のもう一つの顔、それは四宮グループ総帥雁庵の長女である四宮かぐやの家庭教師だ。

四宮グループの名に恥じぬ成績を誇る彼女に物を教えることはその分野の専門家ですら苦労することである。

しかし、八雲に家庭教師を頼んで以降かぐやの成績はただでさえ高いところから更に右肩上がりになっている。

このことに危機感を覚えている男がいるとかいないとか。

 

 

「でも八雲先輩、なんで四宮先輩の家庭教師なんてやってるんです?」

 

「給料をぼったくってるからな。俺はもう働かなくても生きていけるぞ。」

 

「私だけじゃなく四宮グループ幹部の子供は基本この男に家庭教師を受けていますからね。四宮の予算のほんの0.何%かは家庭教師費に溶けています。」

 

「まぁまぁ、私の年収はどうでもいいじゃないか。そんなことより石上君、君も家庭教師が欲しくないかね?私なら一日10分で学年50位には持っていけるぞ。」

 

「ほんとですか!?いくらで?」

 

「年200万だ。」

 

 

八雲が働かなくても生きていけるのに未だ四宮の家庭教師を続けている理由の一つは、彼が貯金に命を捧げていることである。

彼の趣味は銀行預金の利息を見てニマニマすることだ。

 

 

「高すぎるでしょ!!!どこのボッタクリバーですか!」

 

「そうか。じゃあ白銀、お前はどうだ?安くしとくぞ?」

 

「いや、俺が上げれるのは後2、3点ぐらいだぞ...誰がそれに200万もかけるんだ。そもそも、うちにはそんな金は無い。」

 

「そうだな、残念だ。圭ちゃんにならタダで教えてもいいぞ。」

 

「絶対に近寄らせないぞ。」

 

 

この男、以前白銀圭と会った時から兄白銀御行に接触禁止命令を受けているのだ。

それがなぜかは詳しくは言わないが、世界経済が一人の少女の手に委ねられかけたとだけは言っておこう。

 

 

「いやいや白銀、圭ちゃんに教えると言ったってお前の家でだ。別に秀知院でも構わないが。それに、圭ちゃんに教える横でお前も勉強すればいい。そうすればどんな質問でも答えてやろう。」

 

「......」

 

 

危機感を覚えていた男は妹を悪魔に預けようとしていた。

 

 

「いやいや会長、ダメですよ。妹さんを世界崩壊装置のストッパーに任命したいんですか?」

 

「世界崩壊装置とは失礼な。俺の教え方は世界どころか銀河一なんだぞ。」

 

「そうなんですか?」

 

「そうね、癪だけれど上手いわ。そうでもなければ何年も四宮家の家庭教師なんて勤めれませんし。」

 

「だろう?つまりお前は今人生の分岐点にいるわけだ。もしここで俺を受け入れるならこれから先の未来は明るいだろう。お前は今の段階でも十分に頭はいい。が、如何せんバイトの時間もあって24というちっぽけな枠では生活しきれてないじゃないか。俺とタッグを組めば学習時間は三分の二でいける。その分を生活向上のための何かに当てればいい。なんなら俺とお前で圭ちゃんに教えてやってもいい。そうすれば世界でも有数の天才になれるぞ。」

 

 

八雲は自身の持つ最大限の速さで白銀城を陥落させる方法を考えた。

 

 

「くっ.........わかった、一日だけお試しと行こうじゃないか。」

 

「会長!」

 

「しょうがないだろ、むしろここが落とし所だ。今なら俺にも圭にも利があるが、もしお金を毎日ポストに投函するようにでもなればどうだ、俺は圭を差し出すほかないじゃないか。」

 

「いやいや流石に八雲先輩でもそんなことはしませんよ。ね?」

 

「いい考えだ。参考にさせてもらおう。」

 

「ヒエッ...」

 

 

かくして八雲は白銀家出禁の称号を解かれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで━━、そうそう。やっぱ圭ちゃん頭いいよね。」

 

「そんなことないですよ。日向さんが教え上手なだけで...」

 

「いやいや、中学生でこれなら高校生になった時には全国一も夢じゃないよ。」

 

「本当ですかっ?」

 

「うん。君のお兄ちゃんが頷いてくれたらね。」

 

「......色々言いたいことはあるんだが、まず...お前誰だよ!!!」

 

 

白銀圭に嫌われたくない八雲はその一心で猫を被りまくっているのだ。

それを見させられている白銀はとても気まずかった。

誰にも止められない悪口モンスターが自分の妹にはペコペコしているのはさぞ惨めな気分だろう。

 

 

「なんで怒ってるんだ?そうか、持ってきたお肉のグレードが低かったか。松坂牛は古かったな、やはり時代は但馬牛だよな。今から取り寄せよう。」

 

「え...八雲?今なんて...」

 

「但馬牛はどんぐらい欲しい?全員分で400はいるか?」

 

「ちょっ、日向さん!それいくらしたんですか!?」

 

「4万ほどだ。大した出費じゃない。」

 

「大した出費だよ!うちの家賃5万なんだぞ!」

 

 

貯金が趣味ではあるが金をケチることは趣味じゃないのだ。

八雲の中のカーストにおいて堂々の頂点に存在する白銀圭への手土産には最上級の品を用意する必要がある。

かといって白銀御行が施しを嫌うのと同様、白銀圭も施しを受けないだろうと考えた八雲は消耗品ならセーフという謎理論を持ち出す。

そうして、皇族御用達ティッシュと迷った末の松坂牛というセレクトだった。

 

 

「但馬牛はもういいから松坂牛を焼いちゃおう。持ってきたものを受け取らないのも勿体無いしな。」

 

「さすが会長、物分かりがいいね。」

 

「日向さん、今度からはこんなことやめてくださいね。」

 

「圭ちゃん、俺が稼いでるのは圭ちゃんに貢ぐためでもあるんだから遠慮しないでいいんだよ?」

 

「日向さん...」

 

「ちょっとそこの男!人の妹を口説くな!」

 

 

自分の妹が口説かれているところを見た白銀は最初の疑問を思い出した。

 

 

「そういえば圭、いつから八雲のこと下の名前で呼んでるんだ?」

 

「...お兄には関係ないでしょ?」

 

「まぁまぁ圭ちゃん。白銀も可愛い妹のことが心配なんだよ。教えてあげよう?」

 

「そんな...可愛いだなんて...えへへ。」

 

 

八雲はこの後に及んで圭を口説いた。

 

 

「わかったわかった、言うからその顔やめろ。」

 

「最初からそうしろよ...それで?圭と八雲の間に何があったんだ?」

 

「いや、最初はお前のせいなんだよ。」

 

「俺?」

 

 

そう、始まりは白銀の家庭学習への不満だった。

四宮の隣に立てる男になる為に文字通り必死で勉強をしている白銀は同じ部屋で過ごす圭のことを蔑ろにしてしまったのである。

ただただ夜中も勉強しているだけなら、高校生は大変だなと遅くまで勉強する兄を応援していただろう。

しかし凡人である白銀が天才である四宮に追いつくにはそんな普通の勉強法では無理だ。

 

白銀の勉強法は、部屋中に自分を追い込む言葉を書いた紙を貼り、一日10時間の勉強をし、教科書や参考書を朗読すること。

その中でも特に部屋を埋め尽くさんばかりの恐怖の紙、夜中も頭に響く教科書や参考書の文言は白銀圭には刺激が強すぎた。

テスト期間が来るごとに睡眠不足に悩まされるのに嫌気がさした圭は同じ生徒会の仲間から一言言ってもらおうと考えたのだ。

そこで八雲日向にあった圭は、そのルックスと同級生より大人びた思考に一目惚れ...とまではいかないが気になってしまったのだ。

 

 

「ね?お前が悪いだろ?」

 

「まぁ...なんらかの責任があると認めるのはやぶさかではない。」

 

「お前誰に影響されてそんな言葉使い出したんだ。」

 

 

白銀とて妹に迷惑をかけているとなれば何かしらの対策を考える。

しかし、白銀が今の点数を維持できているのはこの勉強法だからこそと考えており、そこに変更の余地はないのだ。

 

 

「そう、確かに今の勉強法で維持しているかもしれない。だが、そこに俺という家庭教師を入れるだけで教科書の朗読だけでも止めることができる。」

 

「む。」

 

「これはお前の為だけではない。圭ちゃんのためでもあるんだぞ。私情を抜きに合理性を取るのが秀知院生徒会長というものではないのか?」

 

「むむ。」

 

「大体俺が家庭教師をすることになんのデメリットがあるんだ。精々俺と圭ちゃんが会うことぐらいだろう?そんなの圭ちゃんの自由だ。あまり束縛しすぎると反抗期で泣くはめになるぞ。」

 

「むむむ。」

 

「もういいじゃんお兄、空いてる時間が増えればバイト増やしたり好きな人と遊んだりもできるんだよ?」

 

「!」

 

 

白銀は好きな人と遊ぶ時間が増えるという部分に大いに興味を持った。

バイトの分配を詰めることで、丸一日暇な日を作り四宮や生徒会のメンバーと遊ぶことが出来るようになる、これは白銀にとって甘い甘い蜜だった。

それに、バイトの時間を増やせば圭の洋服や1ヶ月に一度食べるか食べないかの豪華な食事も回数を増やせる。

考えれば考えるほど良いことしかないことに違和感を感じるが気のせいだろうと無視した。

 

 

「......そうだな。圭ちゃんの成績が上がるなら...わかった。いいだろう、お前を家庭教師に任命しよう。だがもしお前がいながら圭ちゃんの順位が下がるようなら即解任だ。」

 

「構わん。そんなことは有り得ん。」

 

 

八雲日向は安堵した。

口先で丸めるのに少々手間のかかる後輩が居ないうちに許可を取り付ければ圭の順位が下がらない限り約束を違えないだろうと踏んでいたのだ。

白銀は元々八雲と圭を合わせたくないが為に断っていたのにそれを忘れて許可してしまった。

 

 

「よし、じゃあ今から勉強だ。次の小テストからその結果がはっきり出るぞ。楽しみにしとけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、最近は生徒会にいる時間が長いですけど大丈夫なんですか?」

 

「いや何、バイトの時間を少し後ろにずらしたんだ。勉強の時間を減らしたからな。」

 

「え...まさか...」

 

 

石上は恐怖した。

かの邪智暴虐の男を必ず倒さねばならぬと決意した。

 

 

「そうだ、八雲庶務を雇ったんだ。」

 

「えぇえええええぇえぇぇぇぇ!!!!!!」

 

「何を驚いているんだ。実際、白銀のQOLは上昇傾向にある。これは俺のお陰でしかない。」

 

「いやいやいやいや、会長!忘れたんですか!会長が拒否していたのは妹さんと近づけない為でしょう!?」

 

「...まぁ、今のところなんの害もないし良いかなぁって思って...」

 

 

八雲はこの口煩い生徒会会計の男を黙らせることにした。

 

 

「石上、ちび◯子ちゃんのゲーム欲しがってただろう?今度あれをくれてやろう。」

 

「ほんとっすか!?あれめちゃくちゃ高いし手に入らないんですよ!」

 

「欲しければ...分かるな。」

 

「ええ、もちろんです。会長、八雲先輩は良い家庭教師です。雇って正解ですよ。」

 

「いや、俺の前で賄賂を渡すなよ...」

 

 

ここ最近生徒会では生徒会内部での賄賂が頻発している。

 

 

「これは賄賂ではない。日頃の活躍に対しての感謝の気持ちだ。この前白銀にも渡したろう?」

 

「あれそうだったのかよ!」

 

「何渡したんすか?」

 

「松坂牛。」

 

「今度焼肉も行きましょうね。先輩の奢りで。」

 

 

石上は焼肉でなんでもする男だ、間違いない。

 

 

「大体石上はなんで俺が家庭教師になるのを嫌がるんだよ。おかしいだろ。」

 

「確かにそうだな。俺もそれは気になっていた。」

 

「いや、簡単な事ですよ。八雲先輩ってモテるじゃないですか。」

 

 

秀知院モテモテアンケートにて八雲は堂々の一位を誇っている。

もし白銀の目つきが良ければ日頃の行いの差で白銀が一位だったろう。

 

 

「僕はねぇ、それが許せないんですよ!!」

 

「私怨だろう、それはモテないお前が悪いんじゃないか?」

 

「なんてこというんですか!今全モテない男を敵に回しましたよ!!」

 

 

石上が言ったことは若干間違っている。

すでに秀知院内では反八雲派閥が出来ている。

だが彼らは知らない。

前反八雲派閥は皆世界中に飛ばされたことを。

憐れ男よ、強く生きろ。

 

 

「それに会長も他人事じゃ有りませんよ、妹さん大丈夫なんですか?」

 

「ああ、そのことか......既に大丈夫じゃなくなった...」

 

「まさか...」

 

「既に俺と圭は下の名前で呼び合う仲だ。次のステップに行くまで秒読みだな。」

 

「ああぁぁぁぁぁああぁなんでこの男があぁぁぁああぁぁ!!!!!」

 

「落ち着け石上、まだ何の仲でもない!八雲の言い方が悪いだけだ!」

 

「まだって言っちゃってますよ!」

 

 

この日生徒会室前を通った生徒の証言によると、生徒会室前のガラスは割れる寸前だったらしい。

 

 

「さて、俺はそろそろ帰るとするかな。」

 

「よく今の状況で帰ろうと出来ますね。そのメンタルだけは尊敬しますよ。」

 

「今日は何の予定だ?」

 

「四宮のところだな。あそこは授業料の支払いだけは良いからな。蹴るには惜しい。」

 

 

八雲は交渉に来た四宮幹部を眠らせ、有り金全部を抜いた後アメリカに飛ばした前科がある。

それを知った別の幹部が報酬を叫びながらインターホンを押す事で八雲を釣る事に成功した。

成功した幹部は生きたまま二階級特進した稀有な例となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、よく分かったな。」

 

「馬鹿にしないで下さい。私も日々研鑽を重ねているんです。」

 

「そうだな、俺の課題でな。」

 

「違います、早坂の用意したものです。」

 

「何、やるじゃないか早坂。」

 

「仕事なので。」

 

 

主人の課題を用意することは早坂に課された業務では決してないのだが、かぐやの熱烈な要望に応えた結果だ。

そのせいで早坂の睡眠時間が削られたがかぐやには知らぬところである。

 

 

「だが四宮、早坂の負担を増やすのは頂けない。早坂に頼むなら何か仕事を一つ減らせ。」

 

「...そうですね。すみませんでした早坂、やはり課題はこの男の用意したもので済ませることにします。」

 

「いえ、問題ありません。」

 

 

問題大アリだったがそんなことは言えない。

 

 

「それにしても貴方、早坂にはやけに優しくないかしら?」

 

「俺は誰にだって優しいじゃないか。昨日だってゴミのポイ捨てをしていた奴にそのゴミを返してやった。俺は犯罪者を一人減らしたんだぞ。」

 

「それが優しいかどうかは人によってかなり別れるところだと思いますが...にしたって他の使用人にならこんな事は言わないでしょう?」

 

「まぁ、俺が苦労して手に入れたからな。加減を知らない女に潰されると困る。」

 

 

四宮かぐやの家庭教師になる前、早坂と黄光の関係に気づいた八雲は家庭教師になるついでに雁庵に持ちかけたのだ。

早坂家をうちの専属の使用人にしろ、と。

これには雁庵も悩みに悩んだが、かぐやの値段に比べてみれば格安で四宮幹部の子供にも勉強を教える条件で許可を出した。

そうして早坂愛を手に入れた八雲は黄光との関係をかぐやに話した。

当然大喧嘩に発展し、早坂はかぐやからの信頼を失うところだった。

しかし、八雲の取りなしと、八雲が苦労して手に入れたんだからそんなこと許されるかと半ば脅迫気味に言うことで元の信頼関係を取り戻した。

 

 

「誰が加減を知らない女ですか!私も最近は常識を学んでいるのですよ?」

 

「そうか。早坂、お前は何時から何時まで働かされている?」

 

「学校での時間も含めれば6時から11時の17時間です。」

 

「ふむ、俺の中での常識を上書きせねばならんようだ。」

 

 

四宮は常識を白銀や四宮家から学んでいる。

しかし四宮家はもちろん、白銀も最近では落ち着いたが今までは勉強かバイトしか無い日々だった。

そうなると常識というのは少々歪んだものになる。

その結果、早坂の働きすぎにも気がつかなかったのだ。

 

 

「ですがその分の給料は頂いております。」

 

「当たり前だ。これで給料も少ないようなら労基へ駆け込むぞ。」

 

「ろうき?」

 

「...早坂、ここはこういう所だ。自分の身は自分で守れ。それが無理なら俺に頼れ。」

 

「はい。今その恐ろしさを再確認しました。」

 

 

早坂は死んだ魚の目をしている。

 

 

「よし、今日の夜は奢ってやろう。何が良いか考えておけ。」

 

「焼肉がいいです。」

 

「お前ら俺に焼肉奢らせるの好きだな。」

 

 

早坂はガラスのような目をしている。

早坂の象徴たる綺麗な青の目は、その麗しさを3倍にしている。

焼肉でここまで機嫌が良くなる女もいまい。

 

 

「私は?」

 

「お前はここでフレンチでも食ってろ。これは早坂への労いなんだよ。労わなきゃいけない原因がついてきて良いわけあるか。」

 

「そんな言い方無いでしょう!私も焼肉食べに行きたいの!」

 

「使用人にでも用意してもらえ。...よし、もう8時だ。早坂が着替えたら行こう。玄関で待ってるぞ。」

 

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、美味しいか。」

 

「美味しいです。」

 

「そうか、それは良かった。」

 

 

二人の焼肉は気まずかった。

 

 

 

                                                                                   








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映画と鶏肉

「ババ抜きぃ?俺はお前の脳味噌の中を覗いてみたいよ。勝てないと分かってるんだからそんなもの石上にでも挑めば良いだろう。」

 

「石上君も同じこと言ってました。」

 

 

八雲は自身に悪魔を遣わした男の顔を思い浮かべた。

 

 

「そうか、あいつにスーダンとチリどっちが良いか聞いておいてくれ。それはそうとして、ババ抜きは白銀に挑め。」

 

「分かりましたー!会長、ババ抜きしませんか〜?」

 

「いいぞ。丁度仕事もひと段落したところでな、コーヒーでも飲もうかと思ってたんだ。」

 

「コーヒーなら俺が淹れてやろう。その代わりに四宮、お前もババ抜きに参加しろ。」

 

「私がですか?良いですけど...なぜ?」

 

 

四宮はひとまず疑った。

四宮はいつも心の中で八雲の発言を疑っている。

 

 

「何、良いことを思いついたんだ。藤原!」

 

「何ですか〜八雲君。」

 

「どうせやるなら罰ゲーム付きのババ抜きにしよう。勝者が敗者に何でも一つ命令して良いってのでどうだ?」

 

「良いですねー罰ゲーム!負けませんよ〜!!」

 

 

こうして、八雲の思いつきによるババ抜き(罰ゲーム付き)が始まった。

なお、八雲は藤原がババ抜きを思いついた事には何も思わなかった。

藤原がババ抜きをすると言えば何処かで必ずババ抜きは始まり、被害者が出るのだ。

これは世界の真理であり、八雲にも変えられない事だと考えている。

 

 

「じゃあ、会長からどうぞ。」

 

「そうか、なら藤原書記のを引かせていただこうかな。」

 

 

ババ抜き自体は滞りなく進んだ。

その裏で、天才二名による心理戦が繰り広げられていた。

が、藤原というイレギュラーが居る以上心理戦は無に帰し、考えるのに消費したカロリーは何も為せず死んだ事になる。

 

 

「さてさて、誰が勝ったのか教えてもらおうか。」

 

「俺だ。それで負けたのは四宮だな。」

 

「四宮お前...藤原にも負けたのか。」

 

「言わないで下さい!」

 

「ちょちょちょっと!!藤原にもってなんですか!」

 

 

真っ白になった四宮、膨れっ面の藤原、微妙な顔の白銀。

なぜ誰も勝者たる顔をしていないのか甚だ疑問である。

 

 

「白銀が勝ったのか。だが、どんなお願い事をするつもりだ?」

 

「そうだなぁ...保留、というのはダメか?」

 

「ふむ、それも有りかもしれない。だがな、忘れているかもしれんが、藤原の持ってきた映画のチケットは来週までに使わなければいけないんだぞ。」

 

「あー!ラブ・リフレインですねー!!あれ?でもそれって会長と四宮さんが見に行くんじゃ...まだ行ってないんですか?」

 

 

無神論者八雲は藤原が自身の予定通りに言葉を発した事を神に感謝した。

八雲は自身が藤原から貰った、もしくは捨ててあったものを拾っただけとも言うが、とっとり鳥の助のチケットを見て有効期限に気づいたのだ。

そこから白銀達のチケットの有効期限にも思い当たり、今回の計謀を考えついたのだが、前回自分の手助けを無碍にされた事にも気づいた。

そのため善意で施すのも嫌、だが有効期限は切れる...藤原ルーレットだ!と、自身の才能に恐怖しながら成り行きを見守っていた。

 

 

「そうだよな、有効期限の切れる前に行くべきだ。今回のことは丁度いい、白銀が行こうと言えばそれで済むのだからな。」

 

「私のチケット...無駄にするんですか...??...」

 

「はめやがったな八雲!!!」

 

「何のことやら。それよりも、早く四宮に言ったらどうだ?」

 

 

笑みを浮かべる八雲、問い詰める白銀、緊張する四宮、何処かへ消えた藤原。

 

 

「たかだか数文字に何を言い渋っているんだ。...なんだ、行きたく無いのか。それならそうと言えば良いのに。」

 

「え、会長......」

 

「いやっ違う!違うぞ四宮!俺はただ言うのが恥ずかしk!?!?」

 

「ほうほう、言うのが恥ずかしかったのか。だがそうだな、ここまで言われた以上四宮も返事をする必要があるよな?」

 

「会長...行きましょう...映画。」

 

「四宮...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━ってな具合だ。」

 

「初々しいやり取りも八雲先輩が手を入れると一瞬で終わりますね。何やってくれてるんですか。」

 

 

八雲御用達のラーメン店にてラーメンを食べる八雲と石上。

突然呼び出された石上は当初不機嫌だったが、奢りの一言で笑顔になった。

 

 

「俺は時間の無駄を削っただけだ。やはり正しいことをすると気分が清々しい、こんな気分で食べるラーメンはこれ以上ないほど美味に感じる。」

 

「そうですか。それで、なんか用ですか?」

 

 

石上は学んだ。

八雲の言葉は8割流しても会話できると。

だが決して話を聞かないなどという愚行を犯してはならない。

残りの2割にどんな爆弾が埋め込まれているか分からないのだ。

 

 

「用があるなんてよく分かったな。」

 

「八雲先輩が良い事をする時は大体碌でもないこと考えてますからね。この醤油ラーメン焼豚マシマシの出てきたあたりで悪巧みしてることは分かってましたよ。」

 

「流石天下の名探偵だ。そんなお前に折り入って頼みがある。」

 

「嫌です。」

 

 

八雲の可愛がっていた後輩は薄情だった。

しかし、石上はこれまで八雲の悪巧みについて行っては心臓を止めかけたのだ。

断られるのは概ね八雲の自業自得である。

 

 

「実はとっとり鳥の助っていう映画に興味がないか聞きにきたんだ。」

 

「無視しないで下さい。それに何ですかその明らかに面白くなさそうな名前。嫌ですよ。」

 

 

ラーメン一杯ではとっとり鳥の助鑑賞までは引っ張れないようだ。

 

 

「だよな。俺も嫌だ。でもな、メインはこれじゃないんだ。」

 

「何がメインなんですか?」

 

「白銀と四宮のデート鑑賞だ。」

 

 

二人のデートはとっとり鳥の助と同列である。

いや、見せ物として作られたとっとり鳥の助の方が報われているだろう。

 

 

「なんでそれで行けると思ったんですか。僕もう帰りますよ?」

 

「交渉決裂か、残念だ。今度の焼肉は叙◯苑じゃなくスタ◯ナ太郎にしよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━ってことだ。早坂、行くだろ?」

 

「石上君が釣れない時点で気づいてください。デート鑑賞のおまけでもとっとり鳥の助は無理です。」

 

「今なら叙々苑もついてくるぞ。」

 

「何してるんですか、早く詳細を送ってくださいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば白銀、デートの予定は詰めてるのか?」

 

「デートじゃない!それに、予定なんてないぞ。」

 

「...は?」

 

 

自称IQ300の男の間抜けヅラを見たのは白銀が初めてだろう。

 

 

「待て待て、じゃあ見に行かないのか?」

 

「いや、見には行くぞ、でもデートじゃないんだ。」

 

「そうか。俺の知り合いに腕の良い神経外科の医者がいてな、俺とお前の仲だし格安で紹介してやるよ。」

 

「気が狂ったんじゃねーよ!」

 

 

間抜けヅラから一転、哀れみを持った目で白銀を見つめる。

白銀がこの目を見た回数は両手で数え切れない。

 

 

「いや、俺は俺で、四宮は四宮で行ってな。たまたま出会えば隣の席で観る可能性もあるって感じだな。」

 

「そうか、良かったな。お前と四宮が映画館で出会う可能性は100%だ。なぜなら四宮はお前の行動を監視しているから。」

 

「えっ監視されてんの!?怖っ!!」

 

「半分冗談だ。」

 

 

白銀が四宮に監視されているのは事実だ。

四六時中という訳ではないが、登下校中は基本的に監視されている。

 

 

「まぁそこはどうでも良い。俺が知りたいのはいつ、何時からの上映を観るかだ。」

 

「知ってどうするんだ?」

 

「逆に聞くが、お前は俺の手助けなしに上手くいくと思ってるのか?良いから教えろ。」

 

「...今週日曜の13:30からのだ。」

 

「よし、じゃあこれ。」

 

「?何だこれ?」

 

 

超高性能インカム。

耳に入れるサイズで1kmでの通信を可能とさせた四宮家御用達の一品である。

何故一介の家庭教師がこれを持っているかと言うと...世の中には知らない方が幸せな事もあるのだ。

ウインナーやソーセージの皮は生き物の腸だという事のように。

 

 

「これをつけて行け、そうすれば途中途中でアドバイスしてやろう。」

 

「ありがとう、八雲。お前は親友だ!」

 

「なに、気にするな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてそこまで悪人ムーヴが上手いんです?既に崇拝の域に届いてますよ。」

 

「そう褒めてくれるな。照れるだろ。」

 

 

現在八雲は早坂と共に映画館近くのカフェで最終打ち合わせをしている。

このままの状態で二人を発見できる窓側の席も考えたのだが、見つかるリスクを考えて最も奥の席に座っている。

もちろん、変装はしているのだが念には念をということだ。

 

 

『もしもーし。聞こえてるか?』

 

「お、聞こえてるぞ。」

 

 

ちなみに八雲に届いているインカムの内容は早坂の持つスマホにも流れている。

八雲がその気になれば世界中にデートの生配信を晒されることに白銀は気づいていない。

 

 

「白銀、今どこにいる?」

 

『今か。今は映画館近くのカフェだ。』

 

「「!?」」

 

 

初めて貞子を見た時と同じレベルの恐怖をした。

 

 

「そ、そうか、参考までにだがどの席に座っているのか教えてくれ。」

 

『ん?奥側の席だが。』

 

「「!?!?」

 

 

八雲はこの時初めて自分の辞書に失敗という文字があることを知った。

 

 

「よし、今すぐその場所を離れて映画館へ行こう。四宮がくれば見つけられる場所にいた方がいいだろう。」

 

『今すぐにか?ちょっとトイレに行きたいんだが。』

 

 

トイレは店の一番奥だ。

 

 

「トイレだけはいk『ちょっと行ってくる』おーい!」

 

「どうかしましたか?」

 

「「!?!?!?!?」」

 

 

トイレに立った白銀は横を通りかかった瞬間大声を出されたので思わず声をかけてしまった。

これ自体は白銀の素晴らしい人間性の表れであり、讃えられるべきことだろう。

声をかけられた二人が心の底から迷惑に思っていなければ。

もちろん変装中の二人はそんなこと噯にも出さないが。

 

 

「いえ、何でもないですよ。な、ハーサカ。」

 

「大丈夫です。」

 

「そうですか、では自分はこれで。」

 

 

二人して白銀の背中を呪えそうな目で見送った。

そして早坂はそのまま八雲を呪えそうな目で見つめる。

見られた八雲は何も感じていない顔で言う。

 

 

「...今のは中々にスリルがあったな。」 

 

「貴方が叫ぶからでしょう?」

 

「今のは白銀も悪いだろ。人の話は最後まで聞けって習わなかったのかあいつは?」

 

「でも貴方も聞いてないでしょう?」

 

「失敬な。3割は聞いている。」

 

「それは聞いている人の割合であってどうでもいいと思っている人の話は全て聞いていないじゃないですか。」

 

 

八雲が話を聞く人は生徒会メンバーに圭と早坂、それに加えて数人である。

八雲はこれでも多いと感じている。

 

 

「早坂の話は一言一句覚えているぞ。」

 

「えっ...」

 

「嘘だ。」

 

 

嘘じゃない。

 

 

『すまん、帰ってきたぞ。』

 

「いいところに帰ってきたな。じゃあ早速映画館へ行こう。」

 

『え、もうか?予定の時間まで一時間はあるが。』

 

「早坂、四宮の到着予定時刻は。」

 

「12:30です。」

 

 

八雲と早坂は顔を見合わせた。

その時の表情を八雲はのちにこう語る。

ウツボカズラがハエを溶かしてる途中を見た時の顔をしていた。

その時の表情を早坂はのちにこう語る。

餌のミミズが魚に啄まれているところを見た時の顔をしていた。

 

 

「大丈夫だ白銀。四宮ならそろそろ来るはずだ。」

 

『あまり信じられんが家庭教師をしているお前の言うことだ、信じてみよう。』

 

「まぁ約束の一時間前に来る奴はいないよな。」

 

「主人のことながら恥ずかしいです...でも貴方も白銀さんの妹との待ち合わせならそれぐらいに来ますよね。」

 

「馬鹿を言うな。家まで迎えにいくんだ。」

 

「...」

 

 

さしもの早坂といえどこれにはドン引いた。

 

 

「まぁ俺は早坂でも家まで迎えに行くぞ。」

 

 

早坂は微笑んだ。

 

 

「そっちの方が時短になるからな。」

 

 

早坂は失望した。

 

 

 

『なぁ、四宮と合流したがこれからどうすれば...?』

 

「ふむ、このまま映画館に行くかどこかに寄って13:30の映画を見るかの二択だな。」

 

『...このまま映画館に行くことにした。のだが...このチケットを交換して座席の指定をする必要があるんだ。』

 

「皆までいうな白銀、少しの間四宮を引き止めとけ。」

 

『えっ』

 

白銀の戸惑いの声が聞こえたが、八雲はインカムの電源を切った。

早坂は薄情な男を見て、スマホの電源を切った。

 

「どうする。俺には上手く行くビジョンは見えないが。」

 

「そうですね...会長さんがかぐや様の側から離れなければ何とかなると思いますけど。」

 

「正気か?それだけで何とかなるなら既に二人は結婚してるぞ。どうせ心理戦が始まるんだ。そこまで織り込む必要がある。」

 

「と言ってもどうするんです?」

 

「早坂、今すぐ四宮の使用人に連絡して2席以外埋めてこい。こうすれば100%隣になるだろ」

 

 

自称スマートな男は全くスマートでないやり方を提案した。

 

 

「わかりました。」

 

「よし、白銀、もういいぞ。」

 

『何が?ってかお前電源切ってたろ!』

 

「そうか?電波が悪いのかもな。文句は四宮家に言ってくれ。それよりチケットを交換してこい。」

 

『分かった。』

 

 

この日、一本のクレームが四宮家に届いた。

 

 

『無事に交換できたぞ。しかし、丁度二席だけ空いていて助かったな。他の席は全部埋まっていた。』

 

「良かったな。それほど面白い作品なんだろう。」

 

「使用人によると3割が空席でした。」

 

「...とっとり鳥の助は?」

 

「全てが。」

 

 

恐らくこの世の終わりを知った人と同じ顔をしているだろう。

なぜ藤原がこのチケットを持っていたのか問い質したい気分になった。

 

 

「俺たちも行くぞ。空いているなら都合がいい、そこで続きを話そう。」

 

「本当に叙◯苑なんですよね?」

 

「当然だ。今日は叙◯苑で鶏肉だけ食ってやる。」

 

 

この日、ある店舗が鶏肉だけで一日の最高売り上げを更新した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と面白かったな。」

 

「そうですね。恐らく名前だけで興味を失うのでしょう。全くもって愚かです。」

 

「その通りだ。石上がそうだったぞ。今度叱っておこう。」

 

 

二人は自分のことを棚に置いた。

 

 

『八雲、四宮は帰ったぞ。』

 

「無事に終わったようで何よりだ。ところでその映画は面白かったか?」

 

『初めて四宮と見た映画だから悪く言いたくは無いんだが...金を払ってまで見るものでは無いな。』

 

「そうか。残念だったな。」

 

『...なんか機嫌良いのか?』

 

 

その上面白くない映画を見た白銀を哀れんだ。

白銀は四宮と映画を見たというだけで八雲達より幸せに満ちていることに彼は気付いていない。

 

 

「そのインカムは今度取りに行くから持っておけ。何かあったら連絡して来ても良いぞ。」

 

『分かった。今日はありがとな。』

 

「気にするな。」

 

 

八雲の中ではインカムを取りに行くのを口実に圭に会いに行く予定を立てていた。

 

 

「早坂はこのまま叙◯苑な。車は呼んでおいたから行くぞ。」

 

「そういえば聞いてなかったですけど今日は奢りなんですよね?」

 

「...正面に止まっているようだ。ほら、早く行くぞ。」

 

「奢りですよね?奢りって言ってください、呪いますよ?」



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猫と手料理

「それで、太ったって?」

 

「太ったんじゃありません!けどちょっと運動したいだけです!」

 

「そうだな、太ったんじゃ無いよな。けど俺はお前の検索履歴にダイエットがあるのを知ってるぞ。」

 

 

短期間で二度も焼肉を食べた早坂は少し太った。

その原因である八雲にトレーニング施設の定期券を要求しているが未だ貰えていない。

 

 

「え、キモ。」

 

「キモっつったかお前?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近知り合いがダイエットに興味を持っているらしくてな。俺はダイエットなんぞせんから分からんのだが、何か良い方法を知ってるか?」

 

 

結局早坂に一ヶ月分の定期券を渡した八雲は翌日生徒会室にいた。

ダイエットをしたことが無いため早坂の手助けになればとやり方を学びに来たのだ。

八雲が初めて自分の意思で人助けをしようとした瞬間である。

 

 

「そうですね〜、私は普段走ったりしてますよー!ペスの散歩もありますしね!」

 

 

なお藤原書記は収入が支出を上回っている。

その理由はランニング中に食べるラーメンとタピオカミルクティーにある。

 

 

「まぁ普通だな。四宮は?」

 

「私ですか?私はご飯も管理されてますから太ることも無いですしね...」

 

 

四宮家お抱えのシェフに作らせる栄養バランスの徹底された食事により四宮は決して太ることはない。

だがそのせいか一部に肉が足りていないが恐らく遺伝だろう。

食事との関係性に気づけば栄養士の首が飛ぶが、その時までは決して太ることだけはないだろう。

 

 

「石上なんかはどうだ?気をつけてる事とか。」

 

「僕はあんまり...ラーメンを食べたりもしますけど家でずっと居ますからね。燃費が悪い体なのかもしれません。会長はバイトで絞れてるんですかね。」

 

「そうだなぁ。バイトもあるけど太る程食べないと言うのもあると思うぞ。最近は八雲のお陰でいいものを食べることも増えたが。」

 

 

関連性にいち早く気付いた八雲は圭への差し入れを増やした。

 

 

「やはり食べ過ぎか。何かいい方法は思いつかないか?。」

 

「その友達が普段何を食べているかにもよるな。一時的に多く食べ過ぎたなら時間の経過で痩せられると思うが。」

 

「一時的な食べ過ぎではあるんだが...これからもストレスでやけ食いしそうだな。」

 

「ならストレスの原因を何とかするとか。」

 

 

ご存知の通り、ストレスの原因は四宮かぐやであり、それに伴なって白銀御行にも矛先が向いている。

だがそんなことは知らない白銀は純粋に心配した。

 

 

「お前の度胸が100倍になればストレスは減るかもな。だがもうしばらくはストレスが続きそうだ。」

 

「俺の度胸...?」

 

「それならやけ食いの方をどうにかするしかないですよ。ストレスの解消法を変えましょう。猫カフェなんてどうです?」

 

「猫カフェ?ってなんです?」

 

 

猫カフェ。

その名の通り猫の沢山いるカフェである。

猫好きやそれについていって堕ちた人などが癒しを求めてやってくる。

 

 

「今度連れて行ってやろう。他には?」

 

「まぁバッティングセンターとか。」

 

「いいじゃないか。やはり頼れるのは石上だな。」

 

 

八雲日向、反省のできるお年頃。

前回石上をアフガニスタンに飛ばそうとした事は忘れていた。

 

 

「結局、その友達って誰なんです?」

 

「守秘義務があるが、お前達も一度は会った事があるだろう人物だ。」

 

 

早坂も秀知院に通っているので会ったことのある可能性は高い。

 

 

「ほう、そう言われると気になってくるな。女性か?」

 

「人に焼肉を奢らせる事を生きがいに感じている人間を女性というのならそうだ。」

 

「どんな女性ですか。」

 

 

石上の女性像が半壊した。

 

 

「それってもしかして...」

 

「かぐやさん、分かったんですか?」

 

 

八雲に焼肉を奢らせることのできる女性は二人しかいない。

四宮は他の情報から恐らく早坂だろうと予想を立てた。

 

 

「そうですか、太っていたのですね。だらしない、今度叱っておきます。」

 

「そうか。また焼肉に連れて行くことになりそうだ。...いや、その前に猫カフェか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃ〜かわい〜!!!」

 

「よかったな。」

 

 

早坂を猫カフェに連れて行った八雲はその豹変ぶりに引いていた。

八雲も、別に動物が嫌いという訳では無い。

だがどちらかと言うと可愛がるより眺める派なのだ。

よって猫を撫でては叫ぶ早坂を理解できなかった。

 

 

「八雲さん、猫飼いません?」

 

「やだよ、飼ったら絶対お前来るじゃん。」

 

「私がお金は払いますから!」

 

「話聞いてたか?」

 

 

八雲は猫派であるが、猫を飼っても三日もあれば飽きるので猫を飼おうとは思わない。

 

 

「何がいいですか?ペルシャ?マンチカン?」

 

「さてはなにも聞いてないな?」

 

 

ペルシャも何も、飼うと言ってないのに既に早坂の中ではtoDoリストが完成していた。

ちなみに八雲の希望はアメリカンショートヘアであり、この時点で早坂の予定は遂行不可能である。            

 

 

「これあとどのぐらい時間余ってるんだ。360°どこ見ても猫、俺はそろそろ猫のゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。あれなんか猫に見えないか?もうあれも猫みたいなもんだろ。」

 

「3時間コースなのであと1時間半ですね。頑張ってください。」

 

「頑張る?猫カフェに来て何で頑張る必要があるんだ?お前のために来たとはいえ俺も少しは癒されようと思ってたんだぞ。」

 

 

3時間コースを選んだのは八雲であり、早坂に文句をいうのはお門違いである。

早坂は八雲の飽き性に気付いていながら1時間コースを薦めなかったが。

それは決して3時間居たかったなどという理由ではなく、八雲に連れ出されたという理由でサボろうとしたわけでもないはずだ。

 

 

「うるさいですね、素直に楽しめないんですか?」

 

「楽しんでたさ、30分位はな。だが水族館じゃ無いんだから高々数種の猫を永遠に見てられるわけないだろ。」

 

 

初めの30分は八雲も猫の行動を見て時間を潰していた。

だが暫くすると、猫も食う寝る遊ぶしかしないことに気づき飽き始めた。

八雲が猫を飼っても3日持つかは怪しいところである。

 

 

「じゃあこれから水族館に行きます?」

 

「意図が伝わらなかったのか?俺は帰りたくてこう言ってるんだ。...分かった。今帰るなら今度猫を飼ってやる。だから帰ろう。」

 

「ほんとですか!?」

 

 

八雲は問題を先送りにした。

 

 

「本当だ。俺が嘘をついた事があるか?」

 

「叙◯苑。」

 

「あれは...まぁ、嘘ではなかった。だろう?それに結局使ったのは俺の金じゃないか。俺のカードいつの間にパクってたんだ。犯罪だからな。」

 

 

八雲と早坂が一日の最高売り上げを更新した日、最初は八雲が払おうとしたのだ。

だが、早坂がどうしてもと言うので会計を任せ外に出た。

これ幸いと八雲のカードを財布から取り出し、自身のポイントカードと共に使用する早坂。

そこに飴を貰いに戻ってきた八雲が現れる。

激昂より先に恐怖を感じ、恐る恐る誰のカードを使用しているか確かめると、そこには八雲の二文字。

八雲は自身の財布に鍵をかけることにした。

 

 

「いえ、机に落ちていたのでどうでもいいのかと思って。」

 

「俺の家の机か?」

 

「はい。」

 

「それを落ちてるとは言わないからな。お前はスラムで育ったのか、それとも四宮ではそういう教育してんのか。だとすれば俺はもうあの屋敷に一切の私物を持ち込まないからな。」

 

「四宮ではそのような教育は行ってませんが。名誉毀損で訴えますよ。」

 

「そうか。お前だけがおかしい事が分かってよかったよ。お前と過ごした数年間は楽しかった、お前は明日からウズベキスタンに出張だ。」

 

 

有事の際すぐ動けるよう取っておいたパスポートと、いつの間に取ったのか航空券を手渡す。

 

 

「何をするんですか?」

 

「そうだな、そこでお前の伴侶を見つけておけ。気が合うようなら一生そこにいてくれて構わんぞ。気が合わんでもそこに住め。」

 

 

まだ見ぬ早坂の伴侶に想像を膨らませる。

最終的には7回結婚したがその全てが早坂の手料理を食した瞬間死んだ。

 

 

「いやです。」

 

「嫌ならカードを返せ。あと他にも取ってる物があるならそれもな。」

 

「もう売ってしまったものはどうしますか?」

 

「...警察に聞いたらどうだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さーん!聞いてください!」

 

「分かった。皆、聞いてやれ。俺は今予定が入ったから帰らないといけない。じゃあな。」

 

 

八雲は藤原が声を発して僅か1秒足らずで身支度を終えた。

その勢いのまま藤原の死角を通り生徒会室を出ようとする。

 

 

「逃しませんよ〜。」

 

「!?」

 

 

八雲は、全国統一体力測定で一位を総ナメしたことさえある。

常人では到底掴むことのできるはずの無い反射神経と運動神経の持ち主。

その自分が腕を掴まれ、さらにそれを解けなかったことで藤原へ強い恐怖を覚えた。

八雲が女性に恐怖を覚えたのはこの短期間で二度目である。

該当する二人のことを女性はおろか人間かどうかも疑っており、然るべき調査機関へ精密検査を依頼している。

 

 

「今度は一体何をするんだ?インドに旅行に行くのか?どの便かだけ教えてくれ。」

 

「違いますよ!というかどの便か知って何するつもりなんですか!!」

 

「何もしないさ。ところで藤原、飛行機事故で死ぬ確率は1300万分の1程度らしいぞ。」

 

「何で意味深なこと言うんですか!もういいですよ、私は謎解きがしたいんです!

 

 

八雲は航空会社の並々ならぬ努力を無に帰そうとしていた。

 

 

「謎解きか。そのぐらいなら良いだろう。絶対にそれ以外のことはしないからな。」

 

「じゃあ第一問!『愛上◯菊』この中に入るのは何でしょう?」

 

「「丘」」

 

「すごいですねお二人共!正解です!じゃあ次は━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるじゃないか四宮。」

 

「あなたこそ。」

 

 

二人の戦いはもはや謎解きの体を成していなかった。

二人はもはや、藤原の言葉、目の動き、傾向、全ての要素から考えうる限り最速で答えを出す謎解きモンスターと化していた。

 

 

「そういえば、白銀はどうだった?一言も発していなかったが。」

 

「お、おう。...まぁ、簡単だな!!」

 

 

八雲は察した。

この男はただの一問も解けていないのだろうと。

 

 

「当たり前だな。この難易度なら解けない方が不思議だ。」

 

「ですね。私には難易度は分かりませんが、会長も八雲さんも簡単というならそうなのでしょう。」

 

「藤原、次からは難しい本を借りてくるといい。今度は会長にも参加して頂こうじゃないか。」

 

「いいですねー!正解数が少ない人には罰ゲームですよー!!」

 

 

察した上で弄んだ。

白銀を追い込み、謎解きの勉強を手伝うついでに白銀家へ向かうことも視野に入れていた。

 

 

「なぁ、白銀。今日は暇か?暇だろう?」

 

「...!あぁ暇だ!遊びに来るといい、圭も待っているぞ。」

 

 

白銀は躊躇無く妹を餌にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一問━━。」

 

「...」

 

「え、お兄これ分かんないの?」

 

「言ってやるな圭ちゃん。こいつは自分が小学生と同程度の知能と自覚しているんだから。」

 

 

白銀家にて謎解きを始めた八雲は、白銀を勝たせるのは無理だと判断した。

ただでさえ何でも出来てしまう完璧超人に得意の分野以外で勝負を挑むのは分が悪い。

四宮の教師をしている八雲はともかく、一般人である白銀が勉学で勝てるだけでも大変な偉業なのだ。

これ以上勝ちたいというのは望みすぎである。

 

 

「そんなわけないだろ!」

 

「本当に微塵も思ってないのか?一問も解けてないのに?」

 

「そう言われると自信を失うが...」

 

「そんな奴がなんで謎解き対決なんてするんだか...」

 

 

白銀の嘘に気付いておいて罰ゲームのある謎解き大会の開催を提案した男がいるからである。

その上白銀の参加も先に促して断りづらくさせたのだが、何の責任も感じてない様はいっそ清々しい。

だが自身は責任を感じていなくとも被害者は覚えているものだ。

 

 

「そうは言っても藤原を焚き付けたのはお前だろう?」

 

「いや、俺はあくまでも提案しただけで最終的な決断を下したのは藤原だ。」

 

「あれを提案とは言えないだろ。思いっきり参加させる気だったじゃねーか!」

 

「まさかまさか。大体最初にお前が嘘をついたのが悪い。あそこで苦手だって言わなければ今頃こんなことする必要はなかったんじゃないのか?」

 

「それはそうだが...」

 

 

白銀が嘘をついていたとは言え藤原を焚き付けた事実は消えないのだが白銀は流された。

 

 

「なんでもいいが、俺は遅くなる前には帰るからな。それまでだけだぞ。」

 

「大丈夫だ、ある程度出来るようになればあとは自分でやるさ。」

 

「そうか。じゃあ続いて・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、もう良いだろ。何問解けば気が済むんだ。」

 

「いや、まだだ。これでは四宮のスピードに追いつけないじゃないか。」

 

「常識的に考えて一日で追いつくのは不可能だろう。それが嫌なら今日はもう徹夜だな。俺は帰るが。」

 

「すみません日向さん...」

 

 

延々と問題を出させる、まるで機械にも等しい扱いを受けた八雲のストレスはピークに達していた。

そしてそれを横から見ていた圭の申し訳なさもピークに達した。

 

 

「せめて夜ご飯だけでも食べていってください...」

 

「圭ちゃんの手作り?」

 

「はい、お口に合えば良いんですけど。」

 

「圭ちゃんがご飯を作ってくれるだけで嬉しいから大丈夫だよ。今度一緒に料理の勉強もしようか。」

 

 

圭の料理は同年代の平均に比べればかなり高いレベルにある。

白銀家の普段の料理は圭ではなく兄白銀御行によるものだ。

しかし、バイトや生徒会の用事で遅くなる兄の代わりに作るのも多々ある事。

それにより鍛えられた腕は八雲の胃袋を掴むのには十分すぎた。

 

 

「え、これ本当に圭ちゃんが作ったの?どっかの料理人が作ったものを出してる訳じゃないんでしょ?」

 

「はい、美味しいですか...?」

 

「めちゃくちゃ美味しいよ。毎日食べたいぐらい。」

 

「有難うございます!」

 

「お前も食えよ白銀、10分ぐらいならあってもなくても変わらないだろ。」

 

 

八雲と圭が食べているのを横目にひたすら謎解き本を読み込む白銀。

血眼になって謎のオーラを出す白銀を避けて遠い場所に座っている。

 

 

「10分を笑うものは10分に泣くんだよ!!!」

 

「お、おう。すまん。だがそこまで真剣にやると反動がすごそうだな。」

 

 

白銀が真っ向から八雲を黙らせた瞬間である。

ただでさえ悪い目つきが、人を殺せそうな程に進化している。

 

 

「今日のところはもう帰ろうかな...圭ちゃんは大変だろうけど白銀の介護をよろしくね。それとも今日は残ろうか?」

 

「残ってくれたら嬉しいですけど寝る場所が...兄は何とかするので日向さんはもう帰って大丈夫ですよ。」

 

「少し心配だけどお言葉に甘えるね。もし何かあればすぐに電話してきてくれて良いから。」

 

 

後日白銀への交渉材料になるかも知れないと今の顔を何枚か撮ってから白銀家を出た。

だが入れているだけで呪われそうだったので処分するかどうか小一時間悩むことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲君、なんか今日の会長様子おかしくないですか...?」

 

「気のせいじゃないか?いつもこんなもんだろ。」

 

「いやいやいや、どう見ても負のオーラが漂ってますよね!?」

 

「俺には見えないな。負のオーラなんて見える方が可笑しいぞ。眼科に行ってきたらどうだ?」

 

 

一体どれだけ徹夜をすればこうなるのかと聞きたいほどに白銀はクマができていた。

 

 

「そうですよ藤原先輩。会長の目つきはいつもあんなもんですよ。」

 

「ほんとに!?!?」

 

「まぁ確かにいつもよりどんよりとしたオーラが漂っている気はしますが。」

 

「気のせいだろう。それより藤原、そんなに気になるなら声をかけてきたらどうだ?」

 

「そうですね。会長も男子に気にされるより先輩に気にされた方が嬉しいと思いますよ。」

 

 

八雲には爆弾を転がして遊ぶ趣味はないので今の白銀に触れたくなかった。

石上は普段から爆弾である先輩を爆弾に近づかせるのにスリルを感じている。

 

 

「え〜、えーっと、会長?どうしたんですか?」

 

「...藤原書記か......そうだな...聞いてくれるか。」

 

「は、はい。」

 

 

この状況でNOと言えるものがいたなら猛者という他ないだろう。

それほど有無を言わせない声をしていた。

 

 

「な..とkは...」

 

「今なんて?」

 

「謎解きはどうしたんだぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

「ひやぁっ!」

 

 

※音量注意と言わんばかりの絶叫。

藤原の居場所は超至近距離、助かる見込みはないだろう。

 

 

「まぁ思ってはいたんだ。今日の家庭教師はわざわざ休みの連絡も来てたしな。四宮は休みなんじゃないかって。」

 

「じゃあなんで会長に言わなかったんですか?」

 

「まぁ圭ちゃんに会いたかったし。あ、圭ちゃんの手料理おいしかったよ。」

 

 

生徒会室に二度目の雄叫びが響いた。




最後が少し適当になった感は否めない。


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手料理と修羅

「はしたないです!!!」

 

「どうした?持病のヒステリックか?若い内に治した方が良いぞ。」

 

 

女性に対して最高に失礼なことを言いながらソファに座る。

だがしかしこの男にとって先程の発言の3割は親切心である。

日頃動画サイトを漁っているため、ヒステリックを起こした人間の恐ろしさを知っているのだ。

なお残りの7割はだったら良いなという願望である。

 

 

「違います!先程中庭であーんをしていた人がいたんです。あんな物乞いみたいな事するなんて伝統ある秀知院の学生としての自覚が足りません!」

 

「お前それ...言質は取ったからな。後で忘れてくださいって頼みに来んなよ。」

 

 

今後白銀・四宮間でのあーんは八雲に了承を取る必要がある。

一回200円、鹿に餌をやるのと同じぐらいの値段設定にするつもりだ。

 

 

「しかし俺も腹が減ってきたな。昼食にするか。」

 

「あら会長、今日は手弁当ですか?」

 

「ああ、田舎の爺様達が大量に野菜を送ってきてな。それを使った料理をと。」

 

「自分で弁当を作るとは偉いな。それに比べて四宮はお前の弁当を鳶のように狙っているが。」

 

 

白銀の弁当を見て物欲しそうにしている四宮の頭はタコさんウインナー一色になっていた。

1+1はタコさんウインナー、1−1もタコさんウインナー。

それでも地球はタコさんウインナー。

 

 

「八雲は何を食べるんだ?」

 

「購買で買ってきたサンドイッチだ。普通に美味しいぞ。」

 

「へー、今度食べてみるか。」

 

 

八雲にとってサンドイッチはハムサンド、カツサンド等野菜も肉も取れる万能料理だ。

もし本当にサンドイッチ伯爵が開発したのならば彼に国民栄誉賞が受賞されることは間違いない。

なんて事を話しながら、穏やかな雰囲気で昼食は進んでいく。

そこへ勢いよくドアが開かれ、対象Fが飛び込んでくる。

 

 

「あー会長!今日はお弁当ですか!一口分けてくださいよ〜。」

 

「構わんぞ。このハンバーグをやろう。」

 

「やったー!」

 

「すごいなお前。今度から勇者藤原って呼んでやるよ。」

 

 

誰が見ても不機嫌な顔をした四宮のことが目に入っていないかのような振る舞い。

いや、目に入ってないのだろう。

彼女の視野角は20°しかない。

八雲は後ろで睨んでいる四宮の顔を見てニヤニヤとしている。

白銀は八雲と四宮の雰囲気の違いに戦々恐々とチワワのごとく震えている。

 

 

「会長、これはなんですか?」

 

「ん?ああそれは味噌汁だ。冷や飯と一緒に食べると美味いんだぞ。」

 

「ヘ〜。やってみて良いですか?」

 

「やってみろ。」

 

「もうお前が魔王だよ。」

 

 

四宮の望んでいた白銀のご飯、それに加えて白銀との間接キス。

煽っているとしか思えないような行為の数々を笑顔でこなす藤原に恐怖を覚えた。

 

 

「そう言えば八雲。」

 

 

突如、プルプル震えていたチワワの目が八雲を捉える。

このタイミングでの発言は厄介ごとの匂いがする、八雲は第六感でそれを感じた。

だが聞かずにはいられないのだ、今チワワを救うことができるのは自分しかいない。

般若、魔王、人間、チワワ。

この中で動物愛護法を守る必要があるのは自分だけなのだ。

 

 

「...嫌な予感しかしないが聞いてやる。なんだ?」

 

「今度圭ちゃんがお弁当を持って行くって言ってたぞ。」

 

「今かぁ、それ今じゃないとダメだったか?帰る時でよかっただろ...」

 

 

魔王への報復を考えていた般若は、憐れ男にも牙を剥き、今にも食い殺さんとしているのだ。

高みの見物を決め込んでいた男は突然の危機に晒される。

そしていかに自分に被害がなく、物見櫓に火をつけた男に火を移すか考えた。

 

 

「いやまぁ返事はありがとうなんだけどさぁ...」

 

 

人外魔境のこの地において、白銀圭もまた天使という名の人外にカウントして良いだろう。

天使の兄が放火魔というのは恐ろしいものだが、放火魔が般若とくっつけば般若は天使の義姉だ。

放火魔程度可愛いものになる。

 

 

「八雲さん、後ほどお話があります。」

 

「すみません、今予定が入りましたので。では。」

 

 

八雲は逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前これは...一人で食べる気か?」

 

 

八雲が圭の手弁当を貰った日の昼、生徒会室にて四人の弁当が広げられていた。

だが一人、異様な大きさの弁当箱、否、もはや弁当箱とは呼べない物を広げている。

御節や花見に使われる重箱。

重箱一杯に詰められた料理を一人で食べようと思えば丸一日はかかるだろう。

当然のような顔をしている持ち主以外は顔が引き攣っている。

 

 

「もちろんです。ですがどうしても食べたいと言うのであれば交換してあげますよ。」

 

「いやいや、俺は要らんな。大体交換なんて物乞いみたいではしたないって四宮昨日言ってたし。」

 

 

先日睨まれたお返しだと言わんばかりに四宮を妨害する。

またもや睨まれるも今回は覚悟が出来ていた、意に介さず自分からも睨み返す。

 

 

「えぇ!?じゃあ私かぐやさんに物乞いって思われてたんですか!?」

 

 

物乞い以下である。

 

 

「くっ......分かりました。八雲さん、少しこちらへ。」

 

「なんだね?」

 

「早坂の秘蔵写真でどうですか?」

 

「...なんのことだか分からんが受け取ろうじゃないか。」

 

 

基本的に八雲と四宮の交渉は物々交換で行われる。

ある時はマザコン早坂の録音、またある時は早坂の弱点のファイル。

八雲の持つ対早坂用兵器は段々と巨大になっていた。

 

 

「まぁとは言え四宮の弁当が美味しそうなのも事実。ここはその卵焼きを分けていただこうか。」

 

「えぇ!?さっきは要らないって...」

 

「良いですよ。どうぞ食べてください。」

 

「良いんだ!!」

 

「流石は四宮家のシェフ、卵焼きも美味しいな。どうだ、二人とも。食べてみないか?」

 

「じゃあ私はエビを頂きますー!」

 

 

藤原もどうみてもメインの海老を食べ、その美味しさに身を捩る。

メインを食べる図太さは何をすれば培われるのか。

 

 

「俺は...その牡蠣を...」

 

「おいおいおい白銀君、タダで貰おうとは図々しいじゃないか。何か差し出すべきじゃないかね。」

 

「でも二人はタダで...」

 

「会長ともあろう者がということだよ。ほら、早く。」

 

 

八雲はこの二人の面倒くささに辟易しだした。

四宮から送られるハンドサインに従い白銀の思考を手早く誘導する。

 

 

「じゃあこのタコさんウインナーを。」

 

「良いチョイスだ!早くあげたまえ!」

 

 

四宮はここ数年で最高の笑顔をしていた。

早坂が焼肉なのに対してウインナー一つで機嫌を取れるのは安上がり過ぎだろう。

四宮家長女の威厳はどうしたのか。

 

 

「じゃあ藤原、俺はちょっと出るから。お前はポケG◯でもしてこい。」

 

「えー、なんでですか?」

 

「体育館の方でミュ◯ツーのレイドあってたぞ。」

 

「行って来ますね!」

 

 

なんとも扱い易い人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、こんな所まで来てもらって。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

 

まるで二人を気遣ったかのように生徒会室を出て、邪魔な藤原も遠ざける。

自分の手腕に惚れ惚れした八雲はその勢いのままに圭に会っていた。

落ち合う場所は高等部の片隅。

誰にも見られない秘密のスポットだ。

 

 

「とても美味しかったよ。圭ちゃんはいいお嫁さんになるね。」

 

「いえそんな!...あの、宜しければこれからも作って来ましょうか?」

 

「えっ!いいの!?でも圭ちゃんに負担がかかるしなぁ。」

 

 

圭の弁当は食べたい。

けど圭に負担がかかるのもやだ。

八雲の頭では圭のクローン化計画と共にこの難題の解決法を考えていた。

 

 

「じゃあ、圭ちゃんにご飯作ってもらう分のお金を払うよ。その分バイトの時間を減らせるし。」

 

 

八雲にとってお金はいかにして税務署から守り通すかを考えるだけのものである。

圭が必要とするなら島根県の予算分の金額を動かす用意があった。

 

 

「お金、ですか。」

 

 

お金を貰えると聞いて渋い顔をする圭に好感度が上がっていく。

既に大気圏は突破しているがどこまで行くのだろうか。

 

 

「お金はちょっとあれなら他のものでもいいよ?」

 

「じゃあ一緒に遊びに行きませんか?」

 

「グハッ...」

 

 

天上天下唯圭独尊、この世で最も尊き圭の笑顔に八雲でさえ吐血する。

並の者であれば耐えきれず昇天していただろう。

なんとか膝をつかずに、口から溢れた血を手の甲で拭う。

 

 

「もちろんいいよ。どこに行きたいかは後でラインで送ってくれればいいから。」

 

「はい!」

 

 

圭のラインを持っている事がバレれば秀知院中から妬み嫉みを買うことは間違いない。

誰もが圭はラインをしていないと思っているからだ。

現在圭のラインを持っているのは藤原萌葉と彼の二人だけである。

白銀は未だガラケーの人間だった。

 

 

「でもそれはそうとしてお金は渡すからね。これは圭ちゃんのお小遣いと材料費分だから。」

 

「わかりま...お小遣い?」

 

「あっ、そろそろ行かなきゃだから!またね!」

 

 

高校生のお小遣い平均は五千円である。

だが秀知院においては五千円など端金。

八雲は圭にお小遣いとして二万円を渡すつもりであった。

もし八雲が親戚の叔父さんポジにいればお年玉で十万は固かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎日弁当を持って来てもらうとか通い妻ですか?」

 

「盗み聞きとは行儀がよろしくないな。あと録画は消しておけ。」

 

 

いくら秘密の場所といえど知る者がいないわけではない。

早坂はたまたま八雲が一人で行動しているところを見かけ後をついて来たのだ。

その途中で隠れ場所に向かっている事に感づき先回りしていた。

そこに主人から要監視命令の出ている圭が現れる。

これはスクープだとカメラを回し、八雲への脅しに使おうとした。

 

 

「いつの間にあんなに仲良く?」

 

「さぁ、いつだろうな。何回もあってるからじゃないか。」

 

 

圭とこれだけ仲良くなっている事が知られれば四宮に呪われることは間違いない。

彼女の家にはお手製の藁人形が常備されている。

以前石上が四宮の地雷を踏んだ時には石上が謎の腹痛に見舞われた。

 

 

「もし圭が通い妻になればお前は用済み、カンボジアに出張決定だな。」

 

「正気ですか?」

 

「正気だ。安心しろ、日本にはこんな諺がある。住めば都だ。」

 

 

現代日本に生きる者がカンボジアに住んでも都にはなるのだろうか。

 

 

「一言で言うと、カンボジアは嫌です。」

 

「じゃあナイジェリアか、それともネパールか。」

 

「海外は嫌です。東京でお願いします。」

 

 

早坂の目は頷かなければ殺すと語っている。

 

 

「まぁ冗談だ。お前は四宮付きとしてやって貰うだろう。つまり今と同じだな。」

 

「ですよね。」

 

 

早坂は八雲を通して四宮に仕えているのだ。

だが黄光のように情報を流しているわけではない。

いやむしろ、八雲は最近情報を流されていると感じている。

 

 

「そういえば、昇給ってあるんですか?」

 

 

社会人が見ても仰天な年収の早坂は昇給を希望した。

だが早坂はただお金が欲しいわけではない。

暇な時間に考えている老後の計画の予算が十億を超えたのだ。

計画の第一弾として焼肉チェーンの買収が企画されている。

 

 

「あるぞ。お前が役に立つ度に昇給してやろう。ちなみに今までに昇給したことは一度もないぞ。」

 

「なんでですか。」

 

「お前がなんの役に立ってるか言ってみろ。」

 

「...」

 

 

思い当たる節が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋愛相談?」

 

「はい...恋愛において百戦錬磨との呼び声の高い会長にアドバイスを頂きたくて...!」

 

 

生徒会長として日々生徒の模範となる行動を心掛けている白銀。

その評価はとても高く、もはや白銀本人より高スペックな人物像が出来つつあった。

その一つ、恋愛百戦錬磨。

本当であれば何度も心理戦など仕掛けているはずもないが、生徒の期待を裏切りにくいのも事実。

苦渋の決断で相談に乗る事にした。

 

 

「判った、どうにかしてやる。」

 

「よかったな君、会長がどうにかしてくれるそうだ。これで解決するに違いない。」

 

 

八雲は煽った。

 

 

「(お前っ!なにしてくれてんだ!)」

 

「(お前が見栄を張るからだろ?適度に失敗もしないといつか本当に手に負えないものが来ても知らんぞ。)」

 

「(怖いこと言うなよ...)」

 

 

さも善意からの発言を装うが、そんなはずがないのだ。

白銀が一度引き受けた以上わざと失敗することはない。

相談を受け続け、やがて途轍もない爆弾を抱え込むのも間違いないだろう。

そこで爆弾を八雲が解決し、恩を着せてやろうという算段だ。

 

 

「あの、お二人とも...?」

 

「「なんでもない。」」

 

 

八雲がお茶を入れ、白銀の隣に座ると相談者が口を開き出す。

 

 

「僕は2年B組の田沼翼です。それで、相談なんですけど...」

 

「田沼、翼...」

 

「どうした八雲。」

 

「いや、ちょっと引っかかってな。まぁ続けてくれ。」

 

 

八雲の頭に何かが引っかかった。

だがすぐに思い出せないなら取り敢えず話を聞こうと続きを促す。

 

 

「はい。あの、僕、...クラスメイトの柏木さんに告白しようと思うんです!!」

 

「ほう。ちなみに接点はあるのか?」

 

「バレンタインにチョコを貰いました!」

 

 

これは簡単な相談だったなと拍子抜けする。

だが白銀に持ちかけられる相談が簡単なはずがない。

 

 

「ちなみにどんなのだ?」

 

「チョコボール...3つです...」

 

 

八雲は恐怖の表情を浮かべた。

なぜいけると思うのか、根拠のない自信ほど愚かなものも無いのだ。

期待させ無いことも優しさだと慈悲の心で言い放つ。

 

 

「無理だな。お前それでよく心折れなかったよ。そのメンタルを別のことにいかせ。」

 

「(八雲!!お前は黙ってろ!)」

 

「(これは俺が正しいだろ。ここから成功に持っていけると思うのか?)」

 

「(いける!寧ろこれはチャンスだ。)」

 

 

恐怖の表情が深まった。

なぜどいつもこいつも蛮勇ばかり持ち合わせているのか。

 

 

「お二人とも?」

 

「「なんでも無い。」」

 

 

瞬間、白銀の頭に名案が浮かぶ。

 

 

「チョコボール3つはもう間違いなく惚れている!」

 

「「!?!?」」

 

 

田沼の驚きを八雲の驚きが上回った。

完全に馬鹿を見る目を向けている。

 

 

「いいか、女ってのは素直じゃ無い生き物なんだ。常に真逆の行動をとると思え!」

 

「と言うことはあのチョコボールも...逆に本命!?」

 

 

逆に本命とは何なのか。

言っている事が勘違い人間のそれなのは分かっているのだろうか。

間違いしか無いこの恋愛相談はどこに行き着くのか。

八雲は川を流れる笹舟を眺めている気分になった。

 

 

「でも相手にはそんな気はないと思います...この前も揶揄われましたし。」

 

「なにを言ってるんだ。言葉の裏を読め。お前、モテ期来てるぞ。」

 

 

来ていない。

 

 

「そんな...あの中から一人を選ばないとなんて...」

 

「あの中?誰に揶揄われたんだ?」

 

「柏木さんと、━━さんと、四条さんと」

 

「四条!そうだ!すまん白銀、ちょっと出てくるがくれぐれも余計な事はするなよ。ババ抜きでもして遊んでろ!」

 

「八雲?おーい!」

 

 

白銀が呼ぶ声を置き去りにして走り出す。

引っかかった正体を思い出したのだ。

四宮の家庭教師として敵対派閥の情報を調べた時に載っていた。

四条眞妃は、田沼翼が好きであると。

四宮に敵対する派閥とはいえ、自身が四宮の派閥に属しているとは思っていない。

白銀による犠牲者が生まれる前に救う必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四条眞妃、ちょっといいか。」

 

「あんた、おば様のとこの家庭教師ね...何の用。」

 

 

数分探し、親友の柏木以下数名といた四条を見つけた。

デリケートな問題なのでひとまず人の少ないとこまで着いてこさせる。

怪訝そうにしている四条に、顔面パンチ級の質問を打ち込んだ。

 

 

「田沼翼は好きか?」

 

「!?そ、そそ、そんなわけないでしょ!何を言ってるの!!」

 

「馬鹿野郎!YESかNOかで答えろと言っただろ!どっちだ!!」

 

「そんなこと言ってなかったじゃない...ひとまず、なんで答える必要があるのかだけ教えて頂戴。」

 

 

あまりにも理不尽すぎる八雲の言葉にも寛大な心で対応している。

何故これで田沼から好かれないのか不思議だがひとまず理由を説明し出す。

 

 

「実はな、白銀と俺の所に田沼が相談に来てな。...取り乱すなよ?」

 

「そんな事しないわよ。」

 

 

何処かの令嬢と違って聞き分けが大変よろしい。

親族かどうかDNA検査を行う必要があるだろう。

 

 

「田沼は柏木が好きらしいんだ。それで、お前の事を思い出してな。大至急教えに来た。」

 

「そう。でも私はあいつの事なんて好きじゃないわ。まぁ...向こうから告ってきたら付き合ってあげなくもないけど。」

 

 

やはり何処かの令嬢と血縁関係で間違いない。

 

 

「じゃあ、田沼が付き合ってもいいんだな?」

 

「...」

 

「...とりあえず柏木の所に行こう。それで、田沼が来たら妨害する方針にしよう。」

 

「そうね...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ?白銀お前なんでここに...田沼...は...」

 

「ああ、俺の教えた壁ダァンで告白しに行ってるんだ!だから言ったろ?俺に解決できない相談はないって!」

 

 

なぜこの男は誇らしそうにしているんだ。

目の前にいる修羅の覇気を感じないのだろうか。

もう駄目かもしれないが圭ちゃんを悲しませる訳にはいかない。

 

 

「...そうだな。じゃあお前はしばらくパラグアイに行っとけ。死にたくなければな。」

 

「え?」

 

「白銀御行、ね。」

 

「家族に手を出さないなら差し出すぞ。」

 

 

圭を守るためには致し方ないのだ。

そう、圭のためには多少の犠牲はないに等しい。

決して圭との友好を妨害する人間を消そうなどとは考えていない。

 

 

「な、なんだ?何か嫌な予感がするな。」

 

「...まぁ壁ダァン?なんかじゃ渚が落ちるはずないし、ギリセーフにしといてあげる。」

 

「良かったな。四条様の心が寛大で。」

 

 

壁ダァンなんかで落ちるわけがない。

柏木は秀知院で4位の成績を誇る。

そんな人間が壁ダァンなんかに屈するはずが...

 

 

「会長!僕、付き合えました!!!」

 

「白銀、圭ちゃんのことは任せろ。お前は達者でな。」

 

「えっ何?誰この人達!?ちょっと!?俺をどこに連れて行くんだぁぁぁぁぁあぁぁあああ!!!!」



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携帯と逃亡

「皆さんコーヒー入りましたよ!」

 

「ちゃんと美味しいんだろうな。」

 

「失礼な!美味しいに決まってますよ!」

 

 

生徒会では普段白銀か八雲がコーヒー、四宮が紅茶を淹れている。

藤原は飲み物にはノータッチ。

既に舌の肥えた八雲は、稚拙な技術では満足いかないのだ。

 

 

「まぁ捨てるのは勿体無いか...」

 

「何てこと言うんですか全く。」

 

「そう言うなよ八雲。せっかく藤原が淹れてくれたんだ、俺も頂こうかな。」

 

「八雲君も見習ってくださいよ...はいどうぞって会長!ついにスマホ買ったんですか!」

 

 

白銀がスマホを買うだけで驚く藤原。

驚く藤原に渾身のドヤ顔を披露する白銀。

互いが互いを下に見ているのに気付いているのだろうか。

 

 

「何を言っても買わないって一点張りだったのに...ようこそ文明社会へ。」

 

「人を原始人みたいに言うんじゃない。見ろ、ラインだって入れているんだぞ。」

 

「わ〜!じゃあ交換しましょう!」

 

 

今まで白銀はスマホ不要論を唱えていた。

と言うのも、スマホ代の高さがネックになっていたのだ。

その白銀も近年の通信費の低価格化を皮切りに、漸く重い腰をあげる。

 

 

「俺も交換しておこう。」

 

「じゃあ僕も...」

 

 

藤原に続き八雲、石上とラインを交換する。

 

 

「これで今度から予定を送れるな。」

 

「お前から予定送ってくる事ないだろ。」

 

「いや、まぁそうかもしれんが。大抵八雲が予定立ててるしな。」

 

 

生徒会には基本的に休日がない。

だが生徒会のメンバーは何かしらの理由で休む日が出てくる。

それゆえ全員が休まないよう簡単にシフトを組む事が必要だ。

その役割を八雲が担っている。

 

 

「それでも連絡が簡単になるだろ?」

 

「まぁ白銀に連絡したいなら圭ちゃん経由で事足りるぞ。」

 

「え...圭ちゃんとラインしてんの?」

 

 

知らぬ間に妹が男と仲良くなっている。

 

 

「会長気を付けて下さい。この男殺した方が良いかもしれませんよ。」

 

「いや、殺しはできないだろ...」

 

 

石上の目は憎悪に満ち溢れていた。

彼はリア充を殺す事を生き甲斐にしている。

 

 

「かなり前からしてたが知らなかったのか。」

 

「...だって圭ちゃんラインしてないって言ってたのに...」

 

 

白銀圭は現在反抗期真っ只中である。

兄に自分の交友関係を知られるのは恥ずかしいのだ。

 

 

「嫌われてるだけだろ。」

 

 

だが八雲がそんな事情を汲む筈がない。

的確に白銀が傷つく言葉を突き刺す。

 

 

「八雲先輩、会長のこと泣かせないで下さいよ。」

 

「何で泣くんだよ。...お前シスコンか。」

 

 

白銀は重度のシスコンである。

妹に嫌われているという八雲の言葉を受け入れられない。

思わず涙目になり、石上のフォローが入る。

だがその程度で八雲が追撃を怠る筈がなく。

戦艦白銀を撃沈させにかかる。

 

 

「気付いてないようだから言うがな、お前実はファッションセンス皆無だぞ。高校生であれはない。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

 

白銀のセンスは中学二年生で止まっている。

そもそも、中二以降に服を買う機会が無買ったのだ。

それにしても、ダサいと気づかない当たりセンスがないのは間違いないだろう。

 

 

「そんなに疑うなら石上に聞け。まぁお前が泣くだけだろうがな。」

 

「そうなのか石上...?」

 

「ええまぁ、隣を歩きたくはないですね。」

 

「そんなにっ!?」

 

 

そんなにである。

 

 

「そうなんですねー、子供の頃はそうでもないのに。」

 

「時というのは残酷なものだ。白銀がいい例だな。」

 

「子供の頃?藤原さんは会長とお知り合いだった訳じゃないですよね?」

 

 

四宮は白銀の生まれてからの出来事を全て調査している。

その気になれば10年前の今日、何を食べたかも知ることが出来るのだ。

何故そこまで調査しているのかは疑問だが。

当時調査を命じられた早坂は主人の脳を疑った。

白銀の調査より主人の健康診断が先じゃないのか。

 

 

「いえ、会長のアイコンの子供って...」

 

 

白銀のラインのプロフィールは子供の時の写真だ。

その頃はまだ普通の服を着ている。

 

 

「それは小さい頃の俺だな。」

 

「やっぱり!小さな頃から目つき悪ーい!」

 

 

八雲が意図的に傷つけるのに対して、天然で刺す藤原。

タチの悪さで言えば本物の方が勝っている。

 

 

「それは少しコンプレックスだから触れてくれるな。」

 

「お前コンプレックス感じられるのか。」

 

「露骨に食いついてきた。」

 

 

八雲の頭は疑問で埋め尽くされている。

白銀は本当にコンプレックスを感じられるのか。

彼は今までにも白銀の苦手分野を解決してきた。

だがその全てにおいてコンプレックスを感じていなかった。

目つきより先に恥じる事はあるだろう。

 

 

「じゃあ何でアイコンにしてんだよ。他の写真に変えないのか?」

 

「そうだな、少し恥ずかしいし変えるとしよう。三分後に変えよう。」

 

 

三分後というワード。

例の如く四宮を釣るための罠である。

自身のIDを聞いてこない四宮への牽制。

普通に聞けば良いのではないか。

グループを作ろうと言えば済むのではないか。

彼にはそのような知恵は無かった。

 

 

「あぁ...お前、成長しないな。」

 

「ん?」

 

 

当然わざわざ強調された三分により八雲も策に気づく。

今までは人間とは成長する生き物だと思っていた。

白銀によりその考えは否定されたのだ。

 

 

「藤原、白銀って人間だと思うか?」

 

「何の話ですか!?人間ですよ!」

 

 

白銀は成長しない人間のようだ。

 

 

「四宮先輩は...ヒッ!?」

 

 

石上は四宮に交換しないのかと善意で尋ねようとした。

だが余計なことをするなと睨まれ震え上がっている。

 

 

「どうした石上。四宮に脅されたのか?」

 

「失礼な!私はちょっと石上君のことを見ただけです。」

 

「見ただけで人を怖がらせるなんて四宮は流石だな。是非俺のことを見ないでくれ。」

 

 

石上に寝返られることはあれど四宮よりは優先度が高い。

ましてや睨むだけで人を恐怖に陥れる人間を弁護するなど不可能。

目つきが悪いとか見た目が怖いとかでは無いのだ。

人間性が目線に滲み出ているのだろう。

救いようが無い。

八雲が裁判官なら終身刑待った無しである。

 

 

「大体なんでそんな目をしてるんだよ。人の殺し方でも考えてんのか?」

 

「...」

 

「なんで何も喋らないんだ?殺すなら石上にしてくれ。」

 

「先輩!?」

 

 

人の皮を被った殺人鬼が計画を企てている。

八雲は石上を盾にした。

 

 

「違いますよ!」

 

「じゃあ何でそんな怒ってんだよ!あれか、俺が白銀のアルバム見たのがそんなに癪だったのか!」

 

「「えっ!?」」

 

 

何故人は失敗を犯すのか。

大抵冷静でいられてない時はよく無いことをしでかすものだ。

八雲もまた、自身の生死の分かれ目につい動揺してしまった。

 

 

「どうした?俺が何か言ったか?それより今日の放課後の会議について話そうじゃないか。」

 

「無理があるだろ。いつ見たんだ?」

 

「そうですよ。何で見たんですか。」

 

 

八雲は無かったことにしようとした。

だが誤魔化すには致命的なほど顔から冷や汗が出ている。

 

 

「...見てない。」

 

「もう無理ですよ先輩、自首して下さい。」

 

 

石上は先程盾にされたのを覚えている。

躊躇なく八雲を売り飛ばした。

 

 

「し、四宮、俺たち友達だろ?」

 

「いえ、友達になりたいなら気持ちが必要ですよね。」

 

 

強欲な女だ。

だがある意味扱い易くもある。

望むものを与えれば良いだけだ。

 

 

「四宮、今度アルバム見せてやるよ。」

 

 

今四宮にとって最も価値が高いのはアルバムだろう。

別に見せたら減るものでもない、大人しく見せてやる。

 

 

「それだけですか?」

 

「圭ちゃんのアルバムもつけてやるよ。だから助けろ。」

 

「先輩なんでこの立場で強く出れるんですか。」

 

 

この状況でも自分の立場が上だと思っている訳ではない。

素でこうなのだ。

 

 

「それなら良いでしょう。」

 

「それは良かった。お前が簡単な女で助かったよ。」

 

「はい?」

 

 

石上が正気を疑う目で八雲を見ている。

 

 

「石上、今度サッカー部の部費減らしといてやる。」

 

「先輩、一生ついていきます。」

 

「そんなので良いんだ。」

 

 

石上は自身の幸福より他人の不幸を願える男だ。

彼ほどの逸材はそういまい。

 

 

「これで邪魔者はいなくなった。」

 

「言ってること完全に悪役じゃねーか!」

 

 

買収の時点で悪役である。

 

 

「大体何に怒ってるんだ。アルバム見ただけだぞ。」

 

「いや、何にも怒ってはいないが...いつの間に見たのか気になっただけだ。」

 

 

勝手にアルバムを見られるのは人によっては絶縁までいく問題だ。

それを怒ってないなどあまりにも寛大すぎる。

この調子なら来年あたりには全員が仏の生まれ変わりである白銀を崇めるだろう。

 

 

「怒ってなかったのか。それは良かった。じゃあもう今日は怒らないよな?」

 

「いや、まぁ何もなければ怒ることはないが...」

 

 

言い終わるや否や、生徒会室のドアが開く。

 

 

「八雲さん!!何ですかこれ!」

 

「!?捕まえろ!」

 

 

八雲は窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早坂はずるいだろ...」

 

「念の為外で待機してもらっているんです。」

 

「どんな労働環境だよ。」

 

 

窓から飛び降り着地するも、そこには罠が仕掛けてあった。

おおよそ日本にあってはいけないレベルの恐ろしいものだ。

別に元から仕掛けてある物でない。

八雲が生徒会室にいるときだけ早坂が仕掛けているものである。

 

 

「私も思います、女子高生に狩猟用の罠を仕掛けさせる人間がいますか?」

 

「今すぐ帰ってくると良い。ついでにこの拘束も外してくれると助かる。」

 

 

罠に掛かった八雲は同じく窓から飛び降りてきた四宮に縄でまかれた。

ミイラよろしく簀巻きにされたまま秀知院を連行される。

周囲の人間に奇異の目で見られているが秀知院二大関わりたくない人物の八雲と四宮には関係ない。

唯一早坂だけが俯きながらついて来ている。

簀巻きにされている八雲より悲しい顔をしているのは何故なのか。

 

 

「連れて来ました。」

 

「捕まりました。」

 

 

四宮が捕まえたことを報告すると一同が湧いた。

 

 

「何で逃げたんだ?」

 

「いや、なんか圭ちゃんが怒ってたから...」

 

 

嘘である。

この男、圭が怒っている理由を知っているから逃げたのである。

 

 

「嘘ですよね?」

 

「嘘じゃないよ...」

 

 

あの八雲に覇気がない。

それは圭からすればいつもの事。

しかし先程までの八雲を見ている四人はドン引きである。

こいつそんなに嫌われたくないのかよ、と。

 

 

「圭は何で怒ってるんです?」

 

「その...八雲さんが私のファンサイト作ってて...」

 

「先輩...」

 

 

ドン引きから軽蔑の視線に移行する。

 

 

「違うんだよ、下衆共が圭ちゃんの事噂してて...早めに制御しとかなきゃって...」

 

「先輩すごいっすね。被害妄想とかそう言う次元の話じゃありませんよ。」

 

 

白銀圭は中等部にて絶大な人気を誇る。

その為中等部生徒に言い寄られることも少なくない。

八雲はそうした害虫を駆除するのに、一纏めにする場所としてファンクラブを作ったのだ。

会員は既にブラックリストに載っている。

 

 

「もう解体してくださいね!」

 

「でも解体したらせっかく捕まえた虫が...」

 

「今人のこと虫って言いました?」

 

 

これでも優しく言った方である。

 

 

「八雲お前...」

 

「白銀お前は怒れないぞ!さっき約束したからな!」

 

「何もなかったらとも言ったがな...」

 

 

これは何事もないと言えるのか。

妹の非公式ファンクラブを友達が運営しているのを何事もないとは言えないだろう。

 

 

「八雲さん、あなたがそんな人だとは..」

 

「おいおい四宮、そうはいかないぞ。」

 

 

強烈に嫌な予感がする、四宮かぐやは16年間培って来た経験でそう感じた。

この男はただで死ぬほど潔い男では無い。

恐らく自分に不都合なことを言い、道連れにするつもりだろう。

だが問題ない。

例え何か問題を犯したとしても、この男の耳に入る事の無いよう最大限注意は払ってきた。

はったりに決まっている。

 

 

「お前、ファンクラブの会員らしいじゃないか。」

 

 

動悸が止まらない。

なぜこの男はそのことを知っているのか。

決して足の付かぬようにして来たはずだ。

このことを知っているのは自分と一緒に見た早坂だけ...早坂....

四宮は早坂を見た。

早坂は目を逸らした。

 

 

「四宮先輩...」

 

「四宮...」

 

「違うんです!これはあくまでこの男の開いたサイトを調査するためにですね!」

 

 

醜く命乞いをする二人組が完成した。

 

 

「二人とも、もうこんなことしないで下さいね!」

 

「「...」」

 

「妹さん、多分この二人反省して無いですね。」

 

 

二人は目を見合わせる。

何故あの男は要らぬことを言うのか。

あの根暗な男から〆る必要があるだろう。

 

 

「もうっ、そんな目をしてもだめですよ。」

 

「そんな目ってどんな目?」

 

「八雲さん!」

 

 

ふざけながらも石上を見る目は変わらない。

石上が帰ろうとしているが早坂に阻止されている。

あの女は最低限の忠誠を持っていたようだ。

決して四宮から溢れ出るオーラに気づいたからでは無いだろう。

 

 

「ちょっ、何で捕まえるんですか!?」

 

「良くやった早坂。俺は初めてお前がいてよかったと思ったよ。」

 

「ええ良くやったわ早坂。そのまま捕まえておきなさい。」

 

 

自らが捕まっている事を無視して他人に指示を出す。

誉高い生徒会室に拘束された人間が二人生まれた。

 

 

 

「ちなみに会員数はどれくらいなんですか?」

 

 

早坂に雁字搦めにされた状態でも聞いてくる根性は他のことに活かせないのか。

 

 

「この前見たら1000人はいたな。」

 

「へー、すごいですね。どうやってサーバー維持してるんです?私費ですか?」

 

「いや、会費を取っているぞ。一万円を端金と思っている馬鹿どものおかげで助かっている。」

 

 

非公式ファンクラブにしては中々の値段だが金銭感覚のいかれた秀知院ではこれぐらいが丁度いい。

 

 

「あの、一応聞いておくんですけど...」

 

 

恐る恐るといった感じに疑問を投げかけてくる。

彼が余計なことをするのはなぜなのか。

そういったところがモテないのではなかろうか。

 

 

「もしかしてこれ、利益でてます?」

 

「出てるぞ。」

 

 

もはや隠そうともしない八雲。

 

 

「え゛...いくらぐらいですか?」

 

「お前一人養うのは容易いぞ。」

 

 

白銀圭のためならいくらでも貢ぐ男はいるのだ。

だが悲しいかな、その金のほとんどは八雲に回収されている。

その金が回り回って圭に使われることもあるが、それで良いのか。

 

 

「今からでも僕が幹部って事になりませんか?」

 

「お前のクズさを再確認した上で言うが無理だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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