潮田渚は次こそは殺すと決意した (カルダリン)
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#1 再開の時間

こんにちは、初投稿になります。稚拙な文書だとは思いますがよろしくお願いします。


 僕は、僕らは失敗した。

 

 最終暗殺計画が発動し、僕らE組は殺せんせーに会うために、そして殺すために地の盾に囲まれた旧校舎へと向かった。しかしその道中にシロ…正確には柳沢と、触手を移植された二代目死神に出会って戦闘になった。もちろん僕らが勝てる相手でもなく、僕以外は簡単に殺された。善戦したように見えたカルマや磯貝君、前原君も遊ばれてただけで殺された時は一瞬だった。

 

 僕は運良く致命傷を避けたが、出血で死ぬのは時間の問題だ。薄れる意識の中見えたのは、シロからカルマが盗んだ変な形の注射器。中身は多分……触手だ。

 

「もう…どうでもいいや…」

 

 震える声で呟きながらそれを取り、首の後ろに打つ。右腕が動いてよかった。頭が痛い……寒気もする……そういえば適合とかそんなこと考えなかった…血液型とか大丈夫かな……

 

 そんなことを考えていると、頭の中で誰かが囁いた。この正体はきっと触手だ。

 

 触手は聞いてきた。

「何になりたいか、どうなりたいか」と。

 

 僕は答えた。

 

「殺し屋に…教師なんかじゃ救えない人を救える…誰でもいつでも殺せる最強の殺し屋になりたい」と。

 

 意識が遠のく。時間が足りない。脇腹と左肩に空いた穴から出る血の量が凄いことになっている。

 

「もう…ダメかな…」

 

 

 

 

 

 気がつくと椅子に座っていた。目の前には机があって、周り見る限りここは………3のE?

 茅野が何か話しかけてきた気がしたがとりあえずスマホで日にちを確認する。この日にちは………僕たちが初めて殺せんせーにあった日…僕たちの運命が変わった日だ。

 

「……さ!渚!」

「え!?……あぁ…何? 茅野?」

「ボーッとしてたから…大丈夫? 熱でもあるの?」

「大丈夫。ちょっと考え事してただけ」

「そう…ならいいけど…」

 

 僕は首の後ろをさりげなく触る。あの触手はない。そりゃそうか、時間が巻き戻ったならないよね。あったとしても困るし。

 

 そんなことを考えてるとドアが開き、黒ずくめの人…烏間先生達が入ってくる。前と同じように殺せんせーが挨拶をし、暗殺の依頼をされる。

 

 ああ…言われなくても殺すよ…僕が…絶対に殺す。なにがなんでも。どんな犠牲を払ってでも僕がせんせーを殺す。他の殺し屋に取られるのは二度とゴメンだ。そのためにまずは…

 僕はその日家に帰るまでに殺せんせーを殺すために必要なことを考えた。まずは戦力。クラスのみんなが適任だろう。一人でやっても絶対無理だし。あとはその戦力を上げるための時間…時間…時間かぁ………

 

 家に帰ってこれから起こる出来事を書いた。修学旅行…鷹岡先生のこと…特別夏期講習…イトナくん…茅野の触手…暗殺サバイバル…最終暗殺計画…そして、それらを必要じゃないイベント、必要なイベントに分けた。まるでゲームだ。でも必要な事だ。いらないイベントのフラグは折って、必要なイベントで更に戦力を強化する。余った時間を訓練やみんなのサポートに回す。我ながらいい考えだと思う。

 

「ただいまー」

 

 あっ、母さんだ……やばい! ご飯の用意してない!

 

「渚!夕飯の用意なんでしてないのよ!」

 

 怒鳴りながら乱暴に僕の髪を掴む。いつもこうだ…父さんが出ていってから八つ当たりの対象は僕になった。

 

「ごめん母さん!今作るから!だから先にお風呂入ってて!」

「ちっ……早くしなさいよ…」

 

 危なかった…今日は殴られなかった…すぐに夕食を作る。その後は母さんはすぐに自室に籠った。僕もお風呂に入り、明日の用意をしながら考える。僕にあるのは前の記憶と…暗殺の才能だけ。残念ながら前に鍛えた体力は戻ってしまっていたので明日からすぐにトレーニングを始めよう。烏間先生が来たら放課後の追加訓練も頼むつもりだ。

 

 

 

 

 昔ながらの目覚まし時計が震えながらやかましい音を鳴らす。朝日がカーテンの隙間から入り、僕は目を覚ます。前の時より二時間ほど早く起きてみた。

 朝ごはんとお弁当を作り、外に出てランニングを始める。基礎体力はあって困らないからね。どうやら前の体の感覚が染み付いているようで、筋肉が動きについてこなくて何回か転びかけた。一時間半ほど走って家に戻ってシャワーを浴び、母さんを起こす。運良く寝起きが良かったようで朝ごはんを食べ、すぐに出ていった。僕も用意を済ませて学校へ向かう。

 

「おはよー!渚!」

「おはよう、茅野」

 

 そうだ…茅野の触手は早めに抜いておきたい。茅野が殺意を隠すために計画した巨大プリン暗殺は予めフラグを折っておくイベントリストに入っているので早めに茅野をなんとかする。本人もつらいだろうし。

 

「なぁ渚、放課後にキャッチボール付き合ってくんね?」

「ごめん杉野…放課後は用事入ってて…」

「そっか…じゃあ!また今度!ちゃんと埋め合わせしろよ!」

「うん!もちろん!」

 ごめん杉野…キャッチボールしてる暇があったら…今は基礎体力作りをすることにするよ。勉強は幸いにも前の記憶があるので困ることはないだろう、もちろん忘れない為に授業やテストはちゃんとやるし、宿題や予習復習もやる。殺せんせーの強化合宿にもいくつもりだし、怪しまれないようにテストの点も触手がかかっているであろう1学期期末以外は自然になるようにするつもりだ。

 

 

 四時間目が終わり、せんせーはお昼ご飯を食べに四川省まで飛んでいった。なぜか寺坂くんに呼ばれたので行ってみると…………絡まれた。そういえばこんなこともあったなぁ…

 

「渚!おめーが殺りにいけ!」

「ええ!僕が!?」

 

 わざとっぽく驚いてみる。どうやら本当に驚いてると思ってくれたようで、茅野の横で一年過ごしたおかげで少しは演技力を盗めたのかななんて思った。

 

 僕は手榴弾を渡され、三人は満足そうに教室へ戻っていく。

 

「おや?どうしましたか渚くん?」

「あ、おかえりせんせー」

「ただいまです」

 

 そうだ…

 

「せんせー!ちょっと殺したいからこっち来てよ!」

 

 校舎の窓から見えない木々の方に歩きながらナイフで手招きする。

 

「ええ、もちろんです。渚君の暗殺ですかぁ…楽しみですねぇ」

 

 

 

 

 五時間目が始まり、触手なりけりで終わる短歌を作れと言われみんなが悩んでいる。僕は油断している先生にナイフを隠し持って近づき、突く。もちろん前と同じく殺れない。だからナイフを捨てて、抱きついて、首についた手榴弾の爆発を待つ。

 

「よっしゃー!」

「こいつも自爆テロは予想してなかっただろ!」

 

 前と同じセリフを吐く。なので殺せんせーは、前と同じように怒り、前と同じように褒め、前と同じように茅野が殺せんせーの名前をつけた。大体は前と同じだ。 ちょっと違ったところは……その後村松くんと吉田くんから謝罪のメッセージを受け取ったことかな。正直らしくないのでやめて欲しい。

 

 

 放課後になって僕は職員室に向かう。

 

「殺せんせー!今日はありがとう!」

「おや、渚くん。今日は災難でしたね」

「でも、先に話しておいたおかげで怪我もなかったし、寺坂くんたちも反省したみたいでよかったよ!これでみんなも自爆なんてしないだろうしね」

 

 そう。寺坂くん達から手榴弾を貰った後に殺せんせーにその事を話しておいた。三人を懲らしめるために、そして今後みんながこんなことをしないようにわざとその作戦にのりたいと話した。殺せんせーは僕の危険を考慮して反対したので、結果として手榴弾の火薬の量を減らして実行することで決着した。それでも殺せんせーは反対していたけど…おかげで三人は反省してくれただろう。

 

「もうこんな危険なことをしてはダメですよ。渚くん」

 

 殺せんせーは顔を紫にしてバツのマークをうかべながら言う。

 

「うん、そうするよ。じゃあね!殺せんせー!またあした!」

「はい。さようなら」

 

 僕は殺してみせるよ。殺せんせーを。どんな犠牲を払ってでもね。

 

 絶対に………僕の手で。




最後まで読んでいただきありがとうございました。
はい。原作との違いとしては、みんなの最期が全く違いますね。あとは渚母のクズ度が猛烈にUPしてます。なので渚からの愛情は0に近いです。
次の投稿は…気分です。なる早で。

7/7追記
行間を空けて、おかしかった言葉や文をを変えました。特に大きな変更は無く、ただの自己満に近いので無視していただいて結構です。計画性がなくてごめんなさいーーー。


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#2 二回目の時間

気分が乗ったので書きかけていたものを済ませました。表現は多少抑えてあります。


 とりあえず僕はカルマの合流を待つことにした。いや、まだこの時間じゃ君付けだったっけ。カルマの事だから突然呼び捨てにしてもあんまり気にしないだろうけど…。色々考えてとりあえず君付けで呼ぶことにした。

 

 その間に僕は無事に体育教師として就任した烏間先生に追加訓練を頼んだ。近くにいた杉野や茅野を巻き込んで、たまたまその話を聞いた磯貝君もクラス委員として付き合ってくれるらしい。ついでに前原君も巻き込まれたらしく僕を含めて5人が追加訓練を受けている。内容は基礎的なトレーニングに体術、ナイフ術、射撃訓練、これといって体育の授業でやってるものと違いはないが、それでもしっかりとした指導者の元で体を動かしているので独学でやるよりは力がつくだろう。

 

 そんな事をやっている間にカルマ君は前回と同じのようにE組に復帰した。

 

 ちなみにその後に来たビッチ先生も前回と同じようにE組のみんなに認められた。

 

 

 

「みんなは殺せんせーのこと、どう思う?」

「んー…勉強教えるの上手いし先生としてはいいんじゃね?」

 追加訓練が終わって、僕たち五人は雑談しながら山を下りる。

「そうじゃなくて、殺せるかどうかってこと」

「うーーーーん…」

 

 磯貝君の質問に僕達は唸り声で返す。

 

「そうだよなぁ…速いし隙が無さすぎる。俺たち、せんせーのこと殺せるのかなぁ…」

「殺すしかないんだよ。そうしないと地球は滅びる」

 

 そうだ、殺さないと地球は滅びる。そんなことを話しながら僕達は別れ、僕は家に帰る。

 

「ただいまー…っていないか…」

 

 母さんはもちろん居ない。夕食を作りお風呂を沸かし、宿題を片しながら帰りを待つ。

 

 八時半頃にドアが開き母さんが帰ってくる。いつものように夕食のメニューに文句を言いビール缶を持ちながら自室にこもる。今日も派手に散財してきたようで家計簿をつけながら溜息をつく。

 

「なによ。文句ある?渚」

 

 まずい、聞かれた。これは…

 

「いつもいつもムカつくのよ」

 

 空き缶を投げつけられ服に残ったビールがつく。そのまま髪を掴まれ怒声を浴びる。何を言っているかはよく分からないがとにかく怒っているらしい。

 ……もういいや…これ以上は支障になる。

 

「母さん。今月は少し余裕がありそうなんだ。だから…これ…」

「ふん、少ないけどまぁ…いいわ」

 

 家計費からぼくのお小遣い分の二万五千円を渡す。なんとか怒りから逃れた僕は服を洗濯してもう一度シャワーをあびる。

 

「殺そう」

 

 小さく呟き、僕は決意した。

 

 僕が母さんに金を渡したのには理由がある。あの母親はこうやって金を貰った次の日は決まって遊びに行くのだ。そこを狙って暗殺する。もうプランは考えてある。

 

 だって

 

 

 前回も殺ったんだから。

 

 

 

 

 

 

 次の日学校でせんせーに放課後勉強を教えて貰えるように頼む。

 

「せんせー。今日は親いないから追加で家で勉強教えてよ!」

「ええ、いいですよ渚君。そういえば渚くんのお宅にお邪魔するのは初めてですねぇ」

「ケーキもあるからぜひ来てよ!」

「にゅやっ!ケーキですか!?もちろん行きます!」

「じゃあ19時位でどうかな?」

「わかりました。その時間に向かいます!」

「よろしく!殺せんせー!」

 

 

 

 そろそろ19時だ。

 僕は準備を済ませて待つ。

 

「こんばんは渚君」

「早いね。殺せんせー」

「ヌルフフフ、5分前行動は基本ですよ」

 

 さて。計画開始だ。

 

「あれ!?無い!」

「どうかしましたか?」

「バック忘れてきちゃったかもしんない!」

「ほう?それはまたどこに?」

「多分______かな。今日はそこの近くのゲームセンターによってきたから…」

「それなら先生がすぐに取ってきましょう!」

「待って!僕も連れてってよ!どこに落としたかわかる僕がいた方が多分早いしさ」

「ふむ…それもそうですね。分かりました。そういうことならおまかせあれ!」

 

 さっき先生に伝えた行き先に向かう。そこは、母さんの行きつけの店がある場所だ。

 

「では行きましょう」

 

 マッハで窓から飛んで行く。せんせーとは路地で別れ、僕はゲームセンター…の近くにある母さんがいるであろう店に行く。そして案の定いた。ガラス越しに見えるあれは確実に母さんだ。

 

 事前に考えておいたカメラに映らないルートを歩き、コインロッカーから荷物を取り、戻って路地で僕は着替える。母さんが僕のために買った赤いパーカーとミニスカート、身長を誤魔化すためのシークレットブーツはすこし足のサイズが大きめのを買った…というよりそれしか無かったのでそれにタオルを詰めてサイズを調整する。パーカーのフードの内側に仕込んだヘアピンで前髪を留め、フードの位置がズレないようにする。

 

 僕は母さんに非通知で電話をかけ、外に誘導する。母さんは電話に出るために店から出て路地に入る。少しドキドキするけど問題は無いだろう。

 

 僕はその後ろから忍び寄って肩を叩く、女が振り返ったのでその喉元に彫刻刀を深く突刺す。声を出されると困るので声帯を狙ってたんだけど多分外した。すぐに引き抜いて次は心臓を狙う。まだ息があるようなのでもう一度喉に刺す。

 

「…ぁ…ぃ…さ…」

 

 なんか言ったような気がするけど多分気のせいだ。僕はその場から離れ、着替えてせんせーの所に戻る。

 

「ごめんねせんせー!遅くなっちゃった!」

「いえいえ大丈夫ですよ。見つかりましたか?」

「うん!ほら!」

 

 僕はコインロッカーから取り出した荷物を見せる。

 

「………それはよかった。では帰りましょうか」

 

 僕とせんせーは帰ってケーキを食べながら机に向かう。

 ペンを持つ手に今でも返り血の温もりをかんじる。肉を引き裂く感覚、殺した感覚、まだ残ってる。

 

 僕はまた……殺したのか。

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、警察から連絡が来る。

 

「渚さん。よく聞いてください。あなたのお母さんは、何者かに襲われ重症を負いました」

「え…」

 

 僕は受話器を落とす。

 

「……どういう………ことですか…」

 

 嗚咽の入り交じった声で言葉を返す。

 

「とにかく、今から迎えが行きます。お母さんは病院で治療を受けていますのですぐに向かってあげてください」

「分かり…ました…」

 

 僕は殺せんせーに休みの連絡をし、警察の人に連れられて病院へ向かう。どうやら助からなかったらしく、警察の人に同情を目を向けられる。僕は涙を流し、嗚咽しながら言葉を繋ぐ、まるで母親が殺された中学生かのように。

 

 警察に事情を聞かれ、母はその日帰ってきておらず、自分が家から出ていないことを伝える。七階の部屋に住んでる僕が外に出るために絶対通る場所であろうマンションの出入口の監視カメラに僕が映っていなかったらしく簡単に信じてくれた。後々聞いた話によると目撃者もおらず、付近の監視カメラにも映っていなかったため事件は難航しているらしい。僕は泣きながら事件解決を警察の人に訴え、開放された僕は帰途に着く。

 

 誰もいないリビング、もう僕以外誰も帰ってこないであろうこの家。そんなことを考えていると、頬に何かが伝うのを感じた。

 

「あれ……もう演技はしなくていいのに……何泣いてんだよ僕…」

 

 咽び泣きながら自分自身に問う。けれど自分が何を考えて泣いているのかわからなかった僕はシャワーを浴びてベッドに入った。もう寝よう。きっと疲れてるんだ。

 

 

 

 次の日に起きてリビングに向かうと殺せんせーがいた。どうやら朝食を作ってくれていたようで美味しそうな洋食が用意されている。

 

「おはよう。殺せんせー……」

「おはようございます。渚君……」

 

 ここで話が弾まないのは前回と同じ。

 

「今日は学校に来れますか?」

「うん……なんとか…みんなといた方が安心するだろうし」

「それはよかったです。よろしければ送りますよ」

「うん、よろしく」

 

 シャワーを浴び、用意を済ませたあとにマッハで飛んで学校に向かう。

 

 学校で僕に話しかけてくるのは、いつも通り明るく話しかけてくる茅野と、キャッチボールに誘ってくる杉野くらいだった。2人とも僕のことを気にして話しかけてくれたのだろう。逆に話しかけてこないみんなはどんなことを喋ったらいいか分からないのだろう。

 

 その日は特に何も無く山を下りる。烏間先生には今日の追加訓練は休むと伝えた。

 警察に電話をし、名前を伝え、犯人が見つかったか聞く。もちろんそんなこと伝えてくれるはずもなかったので電話を切った。

 ああ…………………

 

 

 

 

 

 

 良い実験だった。




最後まで読んでいただきありがとうございました。
渚母、早々に脱落!
この世界線の渚母はこんな感じなので前回の時も渚くんは殺しています。その時のプランが結構上手くいったのでまた殺りました。結構周到に計画を立てていたので警察にはバレません。科学捜査が発展したなら、その科学を超えた殺せんせーを利用すればバレないと思った渚くんでした。
原作と同じようなお話は今回のように1行から2行で済ませてなるべく省くつもりです。

追記6/9
数話ほど書いて納得いかない出来だったのでプロット練り直し中です。更新はちょっとお待ちを。矛盾してたりする点は…まぁ…なんとかしたいですねぇ。

追記7/7 行間とかのレイアウトを最近のに合わせました。それとちょいちょい変だった言葉を少し変えました。ほとんどストーリーに変更はないところなので無視してもらっても結構です。計画性なくてごめんなさいーー…


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#3 修学旅行の時間 1時間目

遅くなりました。続きをどうぞ。


「うーーーん…どうしよう…」

 僕は自分の部屋の机に向かい、独り言をつぶやく。議題は修学旅行をどうするか、だ。

 修学旅行の大きなトラブル、高校生の不良たちによる拉致事件。連れ去られた二人が無傷で助かるとわかっていてもこういうのは減らすべき…だと思う。なので対策を考えているのだ。

 今のところアイデアとしては

 ・拉致しやすそうな場所を片っ端から観光ルートから外す

 ・場所が知られる原因になったであろう神崎さんのノートを借りておく

 ・僕が代わりにノートを作って神崎さんに作らせない

 ・二人が人質にされないように戦う

 今思いつく限りのものをノートに書きだす。

 とりあえずはルート変更、神崎さんのノートの対策かなぁ…うん、これでいこう。

 僕は作戦を立て、ベッドに入る。すると不意になにかを忘れているような気分に襲われる。他になにか修学旅行で不安になる要素なんてあったっけ…でもこの感覚は修学旅行のことじゃないもっと他のこと、そんな気がする…もっとこう…近くにいた………そんなことを考えているうちに僕は襲ってくる睡魔に負けて、夢の世界に落ちてしまった。

 

 

 

 

 次の日になり、学校では修学旅行の班を作ってルートを決める。烏間先生からはやっぱり暗殺向けのルート選びをお願いされた。もちろんこの時点では殺せんせーが殺されるわけないので、他の暗殺者に取られる心配がないという点では僕は安心している。

 僕の班は、茅野と杉野が声をかけてきて、杉野が呼んだ神崎さん、念の為に戦えるカルマくん、余りかけていた奥田さんを茅野が拾って…って前と同じじゃないか!まぁ…いいか…。僕らは殺せんせーの過剰しおりを受け取り、それを参考にしながらルートを決める。

「やっぱり京都といったら抹茶!抹茶といったらプリンだよ!そして抹茶プリンはこのお店!」

 …茅野のこれも演技なのだろうか。目を輝かせて息を荒くする茅野を見て思う。

「抹茶といえばプリンって…どっちかっつーとこっちの抹茶わらび餅の方がそれっぽいんじゃねーか?」

「どっちでもいいよ!というかどっちも食べよう!」

「じゃあそれに毒を入れるというのはどうでしょう!」

「もったいないよ!」

「茅野ちゃんは毒入っててもプリンなら食べそうな勢いだねー」

「抹茶わらびだと…ほら!祇園に美味い店があるみたいだぜ!」

 しおりの殺せんせー特製スイーツマップを開きながら杉野が言う。

「あ、祇園なら行ったことあるけど、観光にも暗殺にもおすすめの場所だよ」

 祇園かぁ…抹茶わらびも美味しそうだし、神崎さんもおすすめしてるなら…じゃなくて!これ拉致られルートじゃん!

「ふーん、祇園かー…いいんじゃね?」

「じゃあ決まりだね!」

 言うタイミングを完全に失った…こうなったらノート作戦でなんとか…

「行く場所は僕が手帳かなにかにまとめとくよ!殺せんせーのしおりは重すぎて持ち歩けないし」

「いいの?渚くん、なんなら私が…」

「いいよ!僕そういうの好きだからさ!」

「そう?じゃあよろしくね、渚くん」

 神崎さんに頼られるのも悪くない。とりあえずこれでなんとかなるだろう。

 

 

 

 

 そして当日を迎える。

 新幹線はグリーン車!…ではなくE組なので普通車だ。前回の時に乗り遅れていた殺せんせーは普通に間に合っていて、ビッチ先生も事前に烏間先生から釘を刺されたらしく普通の服装で来ていた。前回との違いに少し違和感を覚えていると、茅野がトランプに誘ってきた。

「ねぇ渚!トランプやろーよ!」

「いいよ、机がないからババ抜きかな?」

「うん!神崎さんたちも誘おっか」

 というわけで班のみんなを誘って合計7人でトランプを…7人?

「…ってなんで殺せんせーも混ざってんの?」

「いいじゃないですか〜せんせーもやりたいんですよ〜」

 と言うわけで7人で始める。

「じゃあこっち!あがり!」

「にゅやっ!ま、また負けてしまった…」

「せんせー弱すぎだね〜」

「そ、そんなに弱いですか?」

「うん…リアルに顔色に出てるよ」

「ねー、基本ポーカーフェイスだから強そうなのにあんなにコロコロ顔色変えてたらすぐ分かっちゃうよ!」

「こらそこ!あんまりこの作品でコロコロ言わない!」

「…なんで?不破さん」

 殺せんせーがババ抜きが弱いことが判明し、しばらくして京都駅に到着する。

 バスで移動して旅館に着き、僕は行き先をまとめた手帳があることを確認する。これなら拉致されることもないだろう。そんなことを思っていると、神崎さんがバッグを漁って何かを探している。まさか……

「ねぇ神崎さん、なに探してるの?」

「行き先をまとめた手帳を渚くんが作ってくれるって言ってたじゃない?私も作っておけば、もしはぐれちゃっても安心だと思って私も作ったんだけど」

「…落としちゃったと」

「うん…どこで落としたんだろ…」

 神崎さんがそこまで用意周到だったとは…いや、僕が信用されてないだけかな?それはそれで悲しい。結局拉致られルートは順調に進んでしまっているようで僕はまた対策を練らなきゃいけなくなった。とりあえず向かう場所の順番を変えたいと頼んでみる。

「ねぇみんな、明日なんだけど祇園から行ってみない?やっぱり暗殺の場所の確認なら早めにやっておいた方がいいと思うんだけど…」

「渚くん、すまないが事前に決めたルートはしっかりと守ってくれ。そうでないともし何かがあった場合に困ってしまう」

 ごもっともです烏間先生。けどこのままじゃ…。結局僕はそれ以上なんの作戦も思いつかず、拉致されることを知りながらなんの対策もできなかった。

 

 

 

 

 拉致られる予定当日、僕らは事前に決めた予定通りのルートを歩いて回り、僕らの班の暗殺予定地兼、拉致られ予定地でもある祇園に向かう。

「へぇー祇園って奥に行くとこんなに人気ないんだー!」

「うん、お店も一見さんお断りの店が多いから、目的もなく来る人も少ないし、見通しがいい必要もない、だからここなら暗殺にピッタリなんじゃないかって」

「よーし!さっさと準備終わらせて抹茶プリン食べに行こー!」

 神崎さん…実は暗殺以外にもピッタリなことがあるんです。それは…

「まぁったく、なぁんでこんな拉致りやすい場所歩くかねぇ」

 ほら来た。来ちゃいましたよ高校生。

「男には興味ねぇ、女置いてお家に帰」

 カルマくんが喋っていた不良を躊躇なく殴りつける。戦隊モノの悪役でも名乗りの最中には殴らないのに。

「ほらね渚くん、目撃者がいないとこなら喧嘩しても問題ないっしょ?」

「てめぇ刺すぞ!」

 不良がナイフを出して脅してくる。それにカルマくんは近くにあった布を投げつけて応戦する。カルマくんに前を任せて僕と杉野も後ろの女子2人が捕まらないように、不良たちと応戦を試みる。もちろん体格も喧嘩の経験も大きく劣る僕らが正面戦闘で勝てるはずもないので奥の手のクラップスタナーを放つ。

「なぁっ…!」

 殴りかかってきた不良の1人をなんとかスタンさせる。が、一人スタンさせたところで勝てるはずもなく残った相手に杉野は蹴り飛ばされ僕も首を捕まれる。

「渚くん!杉野!」

「お友達の心配してる場合か?」

 僕らに注意を向けたカルマくんが不良にバットで殴りつけられ気絶する。残った僕も気を失う。

 

 

 

 気がついた頃には全てが終わっていた。茅野と神崎さんは連れていかれ、カルマくんは頭から血を流し杉野もまだ気を失っている。そうだ!奥田さん!辺りを見回すも奥田さんの姿はない。どうやら見つかって連れ去られたようだ。僕はすぐに殺せんせーに連絡する。

『もしもし?』

「殺せんせー…不良に襲われてみんなが連れていかれた…」

『なっ…それで今どこに』

「祇園の奥の方、カルマくんと杉野も重傷なんだ…救急車呼んだ方がいいかな…」

『そうですね、お願いします。せんせーもすぐに向かいます』

 僕はすぐに救急車を呼び、そのすぐ後に殺せんせーと烏間先生が駆けつける。

「渚くんも二人と一緒に病院で診察を受けてください。烏間先生、3人をお願いします」

「わかった。お前はどうするつもりだ?」

「生徒を助けに行きます。渚くん、相手の不良の特徴は?」

「高校生だと思う。学ランを着てて訛りはなかったから相手も修学旅行生かな…」

「よく観察していましたね。それだけ分かれば十分です。連れていかれたのは奥田さん、茅野さん、神崎さんの3名ですね?ではいってきます」

 静かに怒る殺せんせーはマッハで不良を探しに行く。僕らはその後すぐに来た救急車に乗ってその場を後にする。

 

 

 

「他に痛むところは無いですか?」

「特には…、他の二人はどうでしたか?」

「適切な応急処置もされていましたから治りも早いでしょう。ただ、頭部に強い打撃を受けた赤羽くんは検査のために数日は入院することになるでしょう」

「そうですか…」

「せっかくの修学旅行なのに、災難でしたね。そろそろ二人とも気がついている頃でしょうから会いに行ってあげてください」

 僕は診察室から出て、二人がいる病室に向かう。二人はもう目を覚ましていたようで烏間先生に事情を聞かれていた。

「あ、渚くん、怪我はない?」

「それ、一番の怪我人が言うことか?」

「二人よりは傷は浅いよ。烏間先生、連れ去られたみんなは大丈夫でしたか?」

「3人とも奴が助け、もう旅館に戻っている。君も旅館に帰るといい、二人のことは俺が見ていよう」

「お願いします烏間先生。二人ともお大事に」

「じゃーねー渚くん」

「俺も明日には退院できるらしいからまた明日な!」

 前回とは少し様子が違う拉致事件。カルマくんや杉野は前回より怪我の具合が重く、隠れていた奥田さんも見つかって連れ去られた。前より状況が悪いのは僕が対策しようと変に動いたからなのかな………。

 今回の事件が前回よりも悪化した原因がなんだったのか、明確な答えは見えぬまま僕は病院を後にした。

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。
集会や中間テストは渚くんが興味無いし重要視してないので全カットです。
まだまだ悩みながら書いてるのでなんとも言えないものになってそうですが暖かい目で見守っていただけるとありがたい限りです。
逃げ若の単行本そろそろですから楽しみですね!



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#4 修学旅行の時間 2時間目

カルマ視点から始まります。どうぞ。


 せっかくの修学旅行なのに、班員は拉致られて俺も入院…どんだけツイてないんだよ。

 

「なぁカルマ」

「何?杉野」

「お前さ、もし俺らがいなくって一人であいつらと戦ってたら勝ててたのか?」

 

 俺は少し考えた後、杉野の質問に返す。

 

「全員倒すのは無理だとしても、病院のベッドにいることは無かっただろうねー」

 

 そう、全員倒すまでは行かないまでもあの場から無傷で脱出するくらいなら余裕だろう。多分俺一人ならなんとかなってたと思う。神崎さんたちが捕まって人質になったり渚くんたちが吹っ飛ばされてなけりゃ不意を突かれることもなかったから。

 

「まじかよ…そりゃあ悪かったな。気を引いちまったみたいで」

「気にすんなよ杉野、お前も渚くんも俺ほど怪我しなかったみたいでよかったよ」

「あ、渚といえばあいつ猫騙しなんてやってたぜ、あいつらもそんなことされるなんて思ってもなかったみたいでびっくりして硬直してたよ」

「へぇ!なにそれ、超面白いじゃん」

 

 あの渚くんが猫騙し…ねぇ…ちっちゃい渚くんらしいっちゃらしいけど…喧嘩で咄嗟にそれを使う判断するなんて…面白いことすんじゃん。

 

 

 

 

「くしゅんっ!」

「大丈夫か?渚」

「うん…誰かが噂でもしたのかな」

「あーー、よく言うよな…で、好きな子ランキングどうなった?」

「よし完成。こんな感じだな」

「やっぱ1位は神崎かー」

「てか狭間に入れたやつは命が惜しくないのか?」

 

 前と同じようなくだらない話をしている皆を見て少し安心する。そうだよね、ちょっと考えすぎてたかも…

 

「んで!渚は誰に入れたんだ?」

「え、僕!?」

「そうだよ!いいから教えろよ〜」

「あーーーー…」

 

 えーーーっと…前はどんな返しで誤魔化したんだっけ…たしか杉野がなんとかしてくれたような…その本人は今いないけど。こうなったら…

 

「僕お風呂入ってくるね!」

「あっ!逃げんなよ!」

 

 

「ふぅ…危ない危ない…」

 

 なんとか吐かせられるのを回避して僕はお風呂場に向かう。脱衣所につくと殺せんせーの服があった。どうせ泡風呂になってるんだろうな…シャワーだけでいいかな。

 

「殺せんせー!」

「おや、渚くんでしたか」

「お風呂まだだったからさ。シャワーだけでも浴びさせてよ」

「そんなこと言わずに湯船に浸かった方がいいですよ。ちょうど先生の粘液で泡風呂になってますから」

「ヌルヌルしそうだからやめとくよ…」

 

 少し沈黙が続いたあと、僕は今日のことを謝る。

 

「今日は迷惑かけてすいませんでした。殺せんせー」

「いえいえ、大事に至らずよかったです。私の生徒に怪我を負わせた不届き者にもしっかりと手入れしましたしねぇ…」

「あはは…」

「…おや?渚くん、やっぱり湯船に浸かりましょう」

「え?なんで?」

「いいじゃないですか」

 

 僕は渋々殺せんせーのいる泡風呂に入る。すると突然風呂の扉が開き中村さんと不破さん、岡島くんが入ってきた。

 

「泡風呂とか女子か!って渚!?」

 

 そういえばこんなイベントもあった…殺せんせーが湯船に誘ってくれなかったら今頃全部見られていただろう。

 

「渚、お前のヌードならきっと売れる。一枚撮らせてくれ」

「嫌だよ!?」

「はぁ…渚がいるんじゃあ扉の前で待ってるわけにはいかないね。撤収撤収。聞きたいことは後で渚に聞けばいいしねー」

「…やっぱり渚!売ったりはしないから個人用に一枚撮らせてくれ!」

「もっと嫌だよ!?」

 

 ごねる岡島くんを引っ張って三人が出ていった。そしてまた二人きりになる。

 

「そろそろ出ようかな。ありがとう殺せんせー」

「あのくらい気づきますよ、では湯冷めしないように気をつけて」

 

 僕はシャワーで泡と粘液を流し、服を着替えて部屋に戻る途中ゲームコーナーにいる茅野と神崎さんと奥田さんを見かけたので一応話しかけることにした。

 

「あの、大丈夫だった?今日のこと…」

「あ、渚!うん!殺せんせーが助けてくれたし、渚が連絡してくれたんでしょ?ありがとね!」

「何もしてないのと一緒だよ…戦えてたのもカルマ君だけだし」

 

 これは本当のことだ。これまで使用を避けていたクラップスタナーまで使ってあの始末…多少なり訓練を受けている男としては恥ずかしい限りだ。

 

「で、でも、相手は高校生ですし、しょうがないですよ!」

「だといいんだけど…」

「私は嬉しかったよ?杉野君と渚君が私たちを守るために戦おうとしてくれたこと」

 

 神崎さん、雰囲気変わったな…前の時もそうだった。拉致事件も悪いことだけじゃないってことかな…

 

 僕は三人と別れ今度こそ男子部屋に…

 

「捕まえろー!!!」

「殺せー!!!」

 

 どうやら好きな子ランキングを殺せんせーがメモって逃げたらしく男子達は秘密を守るべく奮闘していた。僕は知られてもどうでもいいので部屋に戻る。廊下からは女子の声も聞こえ始め、前と同じ状況に僕は少し安堵した。このまま何事もなく平和が続いて、殺せんせーを殺せればいいのに。

そんなことを考えていたら、腹の虫が夕食を食べ損ねていることを知らせる。どうしよう…

 

「お困りのようですねぇ」

 

 突然目の前に黄色い頭がにゅっと出てきた。

 

「うわっ!?殺せんせー!?いきなり出てこないでよ…」

「せんせーこれから会食なんですがね、夕食を食べていない渚君もよければ一緒にと思いまして」

「いいの?僕まで」

「ええ、珍しい職業の方ですから。社会見学ついでにね」

 

 ニヤニヤと笑う殺せんせーの顔と、その言い草…多分殺し屋だ。殺し屋に会えるなら会ってみたいと思っていたし、お腹も満たせるならちょうどいい。僕は急いで準備を済ませた。

 

 

 

 

 俺の名はレッドアイ。名前の由来は俺のスコープに目標の血が映らなかったことがなかったことから。簡単に言えば凄腕のスナイパーってことだ。

 だが、今日のスコープに目標の血は映らなかった。別に今日が休日だったわけじゃない。殺せなかったんだよ…絶好のポイントを用意してもらって、堅気の中学生にも支援してもらって、そこまでしてもらったのに俺が放った弾丸は、目標を貫ぬくどころか受け止められ、俺の心も折れかけてる。

 

「俺もそろそろ…足を洗うべきか?…」

「そうですね、殺し屋なんてやめて写真家になってはどうですか?」

 

 独り言を言ったつもりが、聞かれていたようだ。それにしても写真家ねぇ…確かにスコープとカメラなら似てるしそういう仕事なら……………って誰だ!?そう思い振り返るとそこに居たのは…

 

「にゅやにゅや…」

「あ…あんた…!?」

「今日は随分とお世話になりましたからねぇ。ご挨拶に伺いました」

「あ…ああ…」

 

 殺そうとしていたマッハ20の超生物が目の前に…!俺ももう…おしまいか…

 

 

 

 気づいたら湯豆腐を食っていた。店の雰囲気も味も良くなかなかいい店だ…

 

「ってなんで湯豆腐なんだよ!俺を殺しに来たんじゃないのか!?」

「だから挨拶に伺ったと言ったでしょう。生徒たちは私を殺すために京都について沢山調べたでしょう。それはこの街の魅力をより多く知るいい機会になりました。なので、お礼を言いに来たのです」

 

 なんつー考え方だ…でも、立派に先生してやがる…

 

「全部教育の過程にされちまってたってわけか…しかもおまけにお礼まで言われるとはね…で、そっちのガキはなんだ?」

 

 俺はいつの間にか超生物の横にいる中性的な子供に尋ねる。

 

「あ、潮田渚と言います。僕のことは気にしないでください。夕食を食べ損ねてついてきただけですので」

「まぁ、ふー、二人よりも、ふー、三人で、ふー、食べた方が、ふー、食事はより美味しいですからねぇ、はふはふ」

「殺せんせー猫舌なの?」

「あ、分かります?」

 

 中学生と世界を滅ぼす超生物がこんなに呑気に会話してる絵あるか?確かに目の前でそんなことが起こってはいるが…

 

「それでレッドアイさん。殺し屋を辞める決心はつきましたか?」

「え?殺し屋辞めちゃうんですか?」

 

 辞める…か…中東のアジアで砂嵐の中2km先の標的を仕留めたこの俺が現役引退を考えるなんて、笑っちゃうね。

 

「まぁ、考えとくよ。どのみち心は折れかかってるからな。あんたの言う通り写真家にでもなるかもしれねぇな」

「赤色だけでなく、この世界には様々な色がありますから、それらを見ていつか絵葉書にでもして送ってください」

「あんたに?マッハで飛べば実物見られんだから必要ないだろ?」

「実物と写真では感じるものは違うんですよ。特に人からもらったものなら尚更ね」

「そうかい。さて、俺はもう行くとするよ。お代はこれで足りるか?」

「おお!そんな悪いですよ!」

「いいんだ。奢らせてくれ。考える機会をくれたあんたへの礼だ。それとお前、修学旅行の残りはしっかり楽しめよ」

「残りは明日だけですけどね」

 

 不思議な奴らだ…この教師も、その生徒も。暗殺の目標と殺し屋の関係なのに、普通の先生と生徒の関係でもあるなんて、普通じゃない。でもこいつらはそれを受け入れて普通に過ごしてる。本当に不思議だよ。

 俺はあいつらと別れたあと烏間さんに電話をする。明日の作戦の最終確認かって?違うさ…

 

『暗殺を辞退…』

「ああ、この街を観光したくなった。赤だけにこだわらず色んな色を見て回るよ。いつか、絵葉書でも送るから楽しみにしててくれ」

『絵葉書?』

「じゃ、すまないな、烏間さん。後は頼む」

 

 俺は電話を切り、京都の夜景を橋から見渡す。なんだよ、赤以外にももっと色々あんじゃねぇか…これまでの時間、勿体ないことをしたな…。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。平和回が少し続きます。アニメ1期の内容はほのぼのしてて好きです。
試しにセリフの間を1行開けてみました。少し見やすくなりましたかね。
ではまた。


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#5 トラウマの時間

絶望なエネミーを狩るために雷雨待ちしてたら遅れました。どうぞ。


「ねぇ渚!これみてー!」

 

 教室でいつも通り授業を受けていたら、茅野が折り紙で折った水色のタコを見せてくる。机の上では白と緑のタコがハサミでズタズタにされている。

 

「なんでタコ?」

「それはね」

 

 突然彼女の首から下が灰のように崩れ落ちる。床にはゴトンと笑顔のまま硬直した頭だけが落ちる。

 

「え」

 

 驚いた僕は椅子から転げ落ち、尻もちをつきながらも後ろに下がる。すると何かに手が当たった。カルマ君だ。俯いた姿勢で床に座り込んで机に寄りかかっている。

 

「カ、カルマ君!茅野が!」

 

 肩を揺さぶっても返事をしない。視線を落とすと、大量にドロリとした赤い液体が流れているのが見える。血だ。血を流しているのはカルマ君で、腹のど真ん中を黒い触手で貫かれている。この触手はどこから来てるんだろう。触手は僕の後方に伸びて、そのまま上に伸びている。顔を上げて後ろを見ると…そこにいたのは女の子だった。赤いパーカーにスカートといったごく一般的な女子の服装をして、フードを被っている。そしてその隙間から僕が目で辿っていた黒い触手が伸びている。

 

「君は…誰……なの」

 

 その子は床に落ちた茅野の頭を大事そうに抱き抱えながら笑みを浮かべる。そして僕の質問に答えず、ずっとこちらを見続けている。暗いフードの中からかろうじて見えるのは、僕を見つめて視線を逸らさないギラリと光る青い瞳と笑顔で歪んだ三日月のような口元だけ。

 

「どうして…カルマくんを……」

 

 その子はおもむろに首を傾げ、僕を指さして口を動かす。声が小さいのか、そもそも声を発していないのか、何を言っているのかは聞き取れない。

 

「きゃああああああ!!!」

 

 唐突な悲鳴に振り返ると殺せんせーとみんながいた。

 

「渚君…」

「なんで渚が…」

「クソが!なんでなんだよ!」

「どうして二人を!」

 

 みんなが僕を疑っている。殺せんせーも烏間先生もビッチ先生も、僕が二人を殺したって。誰が見ても、どう考えても、この子が殺したって分かるはずなのに。

 

「ちがう!僕は!」

 

 僕は殺ってない。でも、ああ。あれ。

 気がついたら刃物を握っていて、その刃先は誰か知らない女の人の首に深く食い込んでいる。なぜか僕の口の端が吊り上がるのを感じた。なんで僕は笑っているんだろう。嬉しいことなんてなにも無いのに。

 

「ほら、違うわけないじゃん」

「まー俺らのことも見捨てたし」

「もう私らのことどうでもいいんでしょ?」

「あたしらは殺されたけど」

「渚は二回目があるもんね」

 

 腕や顔を怪我したみんなが僕を囲んで非難する。呪い殺されるんじゃないかってくらいに。殺せんせーに助けを求めようとしたけど、もうそこにはいなかった。

 

「ちがう……僕は……やめてよ……」

 

 僕は頭を抱えて蹲る。

 

「助けて……渚…」

「なんでお前だけ」

「偽物と過ごして楽しい?」

「痛い…痛いよ……」

「人殺し」

 

 視界が明滅して、みんなの声が大きくなる。大声を上げても耳を塞いでも、みんなの声だけは頭に響く。

 

「ああ……ちがう…だって」

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

「人殺し」

「「「どうしてあの時」」」

 

 血まみれで死んだような目をしたみんなが本物のナイフを持って僕を刺そうとしている。誰も信じてくれない。なんで?僕はやってないのに。僕はやってないはずだ。本当に?僕が勘違いしてるだけかもしれない。みんなが合ってて僕が間違っていたら?でも殺ってない。僕は殺ってない。殺ってない。殺ってない?殺ってない。殺ってない。ちがう。殺ってない。殺ってない。殺ってない?殺ってない。殺った。殺ってない。本当に?殺ってない。そうだ。殺ってないのに………

 

 そんな時、目の前に手がさしのべられる。それはさっきの女の子の手だった。その子は笑みを浮かべ、僕がその手を取ることを待っている。信じてくれるのはこの子だけ?みんな信じてくれないのに、この子だけは信じてくれる?この手を取れば、この子だけは僕の味方でいてくれる?事情を話しても普通でいてくれる?なら……しょうがないよね。

 

 僕はその子の手を取っ………

 

 

 

「はぁ…はぁ…夢?……」

 

 とんでもない悪夢だ。

 机の上の時計は昼の三時を示している。せっかく気持ちよく昼寝していたのに汗だくでこの疲労感、こういう夢はやめて欲しい。

 

『おはようございます!渚さん!』

「おはよう……律」

 

 そういえば最近、律がE組に来た。前と同じように授業中に射撃して、寺坂くんに縛られて、殺せんせーが改良して、オーバーホールされて、持ち主に逆らって、覚えてる限りはほぼほぼ同じだった。ただモバイル律が前より早くスマホにインストールされていた。

 

『うなされていたようでしたが……』

「うん、まぁ昔のトラウマ…かな。今は大丈夫だよ」

『だといいんですが……』

 

 実は律にこの世界が二周目だということを話そうかと何度か考えた。頭のいい律ならきっと理解してくれるし、秘密にもしてくれるだろう。なんなら僕の持つ前回の記憶と彼女の計算能力が合わされば普久間島での暗殺計画が成功するかもしれない。

 でも結局話さないことにした。理由は分からない。でも話さない方がいいと思った。話したくないと思った。まぁよく考えれば、いくら本人が秘密にしてくれるとしても誰かに会話の記録を見られたりしたら面倒だしね。

 

「律ー、今日の夕飯何にするか決めてー」

 

 律が来てからよくこうやって頼るようになった。道案内とかタイマーとかはもちろん、こうやってくだらないことまで相談している。

 

『お任せ下さい!昨日は肉じゃがでしたから、その余りを利用したカレーなどはどうでしょう?』

 

 カレー………カレーかぁ。そうしよ。

 

 

 _____________

 

 

 

 とある日、日直の仕事を終え帰ろうとすると職員室からビッチ先生と烏間先生の声が聞こえる。

 

「はぁ……もーめんどくさいわ授業なんて!」

「その割には生徒には好評のようだぞ」

「なんの自慢にもなりゃしないわ!殺し屋よ?私は」

 

 どうやら殺せんせーを殺せないことに苛立っているらしい。なんで今更そんな事で悩んでるんだろ?現状じゃ誰も殺せないことなんて分かりきってるだろうに…

 

「shit!やってらんないわ!」

 

 職員室の前に来ると、ビッチ先生がドアを開けて出ていく時だったようでちょうど彼女と目が合う。

 

「あ、渚……」

「荒れてるね、ビッチ先生」

「うっさい!大人にも悩みはあんのよ。ほら、さっさと帰んなさい」

「うん。また明日ね、ビッチ先生」

 

 苛立って不貞腐れた彼女と別れた後、校舎から出る時にE組の教室の中に見慣れない人影を見かけた。あれは……ロヴロさんか。そういえばビッチ先生と模擬暗殺やってたのってこの時期だっけ。放っておいてもビッチ先生は大丈夫だろうけど、説得してなんとかなるならそれに越したことはない。

 教室に戻って彼を探す。もういなくなってるのはさすがと言うべきか。

 

「ロヴロさーん、どこですかー?」

「俺の事を知ってるとは……誰から聞いた?」

 

 いた。ていうか後ろから来てたの気づかなかった…こういう気配を感じとったりするのも鍛えなきゃな……

 

「こんにちは、ロヴロさん。僕の名前は潮田渚って言います。ロヴロさんのことは烏間先生から聞きました」

「そうか。俺を探していたということは何か用か?」

「ビッチ先生を撤収させるつもりですよね?」

「………」

 

 自分の考えを見透かされたからかすこし意識の波長が乱れる。ただ表情には全く変化はなく、普通なら動揺していることは分からないレベルだ。

 

「なぜ知っている」

「実は僕、エスパーなんです」

 

 硬い空気を少しでも変えようとちょっとふざけて答えてみる。まぁ本当のことを答えたって信じないのは一緒だし。

 

「…………まあいい。確かに今日、イリーナを撤収させるつもりだった。大方君は撤収を取りやめさせるのが目的、と言ったところか」

「話が早くて助かります。ビッチ先生はこの教室に必要な人です。なので今日は心配性な師匠が弟子に会いに来ただけ、ということにしていただけませんか?」

「……それは無理な願いだな。イリーナにはもっと適性な仕事がある。ここで教師なんてやってるよりもその方がイリーナのためだ」

 

 うーん…頑固な人だなぁ…それなら……

 次の言葉を頭の中で準備していると、強い風と共に黄色い触手が瞬間移動してきた。

 

「本当にそうでしょうか?」

「あ、殺せんせー」

「お前が例の……話に聞く怪物ぶりだな……やはりイリーナでは殺せないだろうな」

「確かに、イリーナ先生は暗殺者としては恐るるに足りません。クソです」

「ならば──」

「ですが、渚君の言う通り彼女は私を殺す可能性のあるこの教室に必要な人材です。暗殺者としても、教育者としても。渚君があなたを止めに来たのもこの教室に欠かせない人材だという確固たる証拠です。ですので、考え直してはいただけませんか?」

「……まったく、随分と懐かれたようだな、イリーナ」

 

 ロヴロさんは振り向きながら、陰に隠れて話を聞いていたビッチ先生に話しかける。

 

「先生…私は……」

「人に物事を教えることは、自分で学んだことを改めて見つめ直すいい機会になる。まだ未熟なお前は、ここで教師でもやって改めて自分という存在を考えるのも良いのかもしれん。しばらくはここで教師として彼らと共に学べ。ただ、腑抜けた事をやっているようならまた連れ戻しに来る。必ず殺れよ、イリーナ」

「……分かりました。先生」

「未熟な弟子だがよろしく頼んだぞ、モンスター」

「もちろんです。それと、私はモンスターではありません。殺せんせーと呼んでください」

「ふっ……そうか。改めて頼んだぞ。殺せんせー、そしてその生徒よ」

 

 彼はそう言って自分の中で納得したのか帰っていった。随分とあっさり帰っていったけど……また来るって言ってたし大丈夫かな……?

 

「あんたらは……本当にこの教室に私が必要だって思ってる?」

 

 ビッチ先生が僕らに聞いてくる。殺せんせーを殺せないことを自分に実力が無いからだと思っているのか、彼女なりに苦悩しているらしくその表情は暗かった。こういう時、ターゲットの殺せんせーや、ただの生徒である僕がどんなに優しい言葉をかけたって本人が納得することは無いだろう。どうすれば……

 

「当たり前だ」

「烏間……」

 

 そんな彼女に声をかけたのは烏間先生だった。堅物で鈍感な烏間先生にしてはとんでもなくいいタイミングで来た。

 

「……本当に?」

「ああ。そうじゃなければ、こんなにも生徒に好かれてはいないだろう」

「そうですね。優れた殺し屋はよろずに通じます。イリーナ先生が教師としてこの教室で生徒と自然に接し、皆に慕われているのは優れたプロだからです。そんな殺しのプロこそ、この教室には必要なんです」

「そ、そこまで言われたら……やるしかないじゃない……。あーもう!分かったわよ!先生からも言われたし、もう少しここで教師やっててあげるわ!感謝しなさい!」

 

 烏間先生と殺せんせーの言葉で彼女も吹っ切れたようで、元の高慢な彼女に戻ったようで安心した。

 不意に外を見ると、もう日が暮れてきていて、僕はせんせーたちにさよならをいって山道を下って帰宅する。

 今日の夕飯は……時間も遅いし買って帰ろうかな。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
前と同じく平和回です。
律の話は掘り下げようと思って書いてたんですけど、諸事情によりカットしました。
他の方の小説とか読んでると1話辺り7000文字とかで70話近く書いてたりするので自分の文字数と想定話数の少なさに戦慄することがあります。まぁ初めてなのでそこはご愛嬌ということで………。
いつか勉強して経験値がたまったら題材を同じくして新しく書き直したりしたいですね。では、また。


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#6 雨と暑さと寺坂の時間

ちょっと遅れました。どうぞ。


 梅雨に入ったからか最近は雨の日が多く、朝のランニングに行けなかったり洗濯物が外に干せない事が増えて、家でゴロゴロしてる時間が増えた。勉強したり家の中でもできる運動とかで時間を潰してるけど、それでも時間が余って暇で仕方ない。

 それだけならまだしも気温も高くなっできたせいで蒸し暑いのなんのって。保冷剤や氷枕で冷やしたりして過ごしてるけど暑いことには変わりなかった。

 

「……暇だ…しかも暑すぎ………何とかしてよ律えもん〜………」

 

 自室のベッドに突っ伏しながら、最近スマホの画面をつけてなくても話しかけたら勝手に起動するようになったモバイル律に助けを求める。

 

『しょうがないな〜なぎさくんは〜…って何言わせるんですか!もう!』

 

 律は青いタヌキの着ぐるみパジャマを着ながらノリツッコミをした後、フードを取って頬をぷくーっと膨らませる。

 一周目より僕が頻繁に頼ったりこうやって喋ったりするからか、距離感がやたら近い気がする。

 

「ごめんごめん。でさ律…この暑さ何とかする方法ない?」

『平年と比べればまだ気温は低い方ですが、そんなに暑いですか?』

「うん……前より暑さに弱くなるとかそんなことあるのかな」

 

 一周目はこの時期にここまで暑く感じたことは無かった気がする。律の言う通り気温が変わってないんだとしたらきっと気のせいだろう。

 

『暑い時は手首や首などの皮膚が薄いところを冷やすと効果的ですよ!あとは…クーラーをつける…とかですかね?』

「さっきからやってるけどそれでも暑いよ…仕方ないからクーラーつけるか………あれ?」

『どうしました?』

「………つかない」

 

 いくらリモコンのボタンを連打してもエアコンはうんともすんとも言わない。テレビのリモコンと間違えてる訳でもないし、電池が切れたのかと思って試しに替えてみたがそれでもつかない。ということは……

 

「壊れた?」

『そのようですね…』

「…………終わった」

 

 一周目の時はエアコンが壊れたことなんてなかったのに………肝心な時に壊れるとは本当に運がない。

 仕方なく修理業者に連絡したらこの時期は客が殺到するようで、修理に来れるのは一週間後と言われてしまった。

 

「律助けて」

『えっと……他の部屋で過ごす……とか…』

「昼はそれでいいかもだけど寝る時はベッドじゃないとなんとも……」

『お母様の部屋で寝ればいいのでは?』

「母さんの部屋…香水臭くって……」

『あー……扇風機で代用するとかは……』

「うち扇風機ないんだよ」

『あらら……これ以上は私にはなんとも…』

「ごめんね律…………さすがに暑すぎて死ぬ………ちっちゃいのでいいから買いに行こうかな」

 

 いくらなんでも死因が「暑かったから」は悲しすぎるので、それを回避するためにも近くの店に買いものに行くことにした。小さめでもいいからクーラーの代用になるものがあれば上出来かな。幸い外は小雨程度なので傘を持っていけばさほど問題は無いと思う。

 僕は急いで身支度を済ませて熱気のこもった家から飛び出した。

 

 

 

 買いものを終えて家に帰る途中、寺坂君がいた。もちろん一周目はこの時買い物に行かなかったのでこの光景を見るのは初めてだ。なにやら道を行ったり来たりしながら時折何かをチラチラと見ている。

 その視線の先にあるのは………メイド喫茶?ああ、そういえば竹林君に誘われてハマったんだっけ。様子から見るに、中に入りたいけどまだ一人じゃ恥ずかしいって感じかな?

 僕はちょっとした悪戯心から彼に話しかけてみることにした。メイド喫茶の方に気が向いていたおかげで簡単に背後を取れたから肩を叩いて話しかける。

 

「何してんの?寺坂君」

「うおおっ!?って渚かよ!い、いきなり出てくんじゃねー!!」

「あはは…で、メイド喫茶の前で何してんの?なにか用事?」

「は!?ち、ちげーよ!メイド喫茶じゃなくてそそそっちの店に用があってだな」

 

 寺坂君はそう言ってメイド喫茶の右側にある本屋を指差す。よく見ると店のガラス扉に紙が貼ってあって、その紙には[本日、都合により臨時休業]の文字が見えた。

 

「そのお店、今日は臨時休業だってさ」

「え!?あ……………」

「で、なにして──」

「おい渚!俺がここにいたこと…誰にも言うんじゃねーぞ!」

 

 恥ずかしい秘密がバレて顔を赤くしたと思ったら、次の瞬間には胸ぐら掴んで脅しに来るなんてね……寺坂くんらしいっちゃらしいけどね。

 

「入るのが恥ずかしいの?雨の日にわざわざ来て?」

「……いつもは竹林と来てっからな」

 

 寺坂君はこれ以上隠しても仕方ないと諦めたのか僕の服を掴んでいた手を離して、バツが悪そうに頭をポリポリかきながら話し始めた。

 

「今日は一人なんだ?」

「誘ったんだがよ…今日は用事でこれねーって……でも今日は……その……」

 

 人に言いづらい理由なのだろうか。でも、こんな雨の日に一人で来るってことはよっぽど大事な理由があるんだろう。まぁ家に帰ってもどうせ暇だし……それにあのイベントを一回目で潰すつもりなら寺坂君にも手を打たないといけなかったしちょうどいいか………

 

「えっと……僕でよければ一緒に入ろっか?」

「あ?渚も興味あんのか?」

「いやそういう訳じゃ──」

「そうかそうか!じゃあ初めてが一人じゃ心細いだろ!経験者の俺が一緒に入ってやんよ!」

 

 なんか僕が入りたくて入ったみたいになってるけど……まぁいいか。

 この後、目的が果たせてご機嫌な寺坂君に肩を掴まれながら店の中に入ろうとした時、突然後ろで強い風が吹いた気がしたのは天気のせいだと信じたい。黄色いのが見えた気がしたのもきっと気のせいだ……………多分。

 

 

 

「おかえりなさいませ!!ご主人様!!!」

「ご注文はなにになさいますか?」

「萌え萌えきゅ〜〜〜〜ん!」

 

 うん。予想通りすごい店だ。

 

「うへへへ……やっぱり可愛いなカナちゃん……」

 

 あの寺坂くんが骨抜きにされてる……。店の雰囲気や他の客の様子から見るに、どうやら今日は寺坂君お気に入りのカナちゃんさんの誕生日だったらしく、それが理由でどうしても来たかったらしい。

 僕はスマホでだらしない顔でメイドさんを見つめる寺坂君を何枚か盗撮しておく。こういうのは交渉や脅しの材料になるから撮っておくべきってカルマ君と中村さんから教わった。まぁ教え方は口伝いじゃなくて直接だったけど………

 

「渚はオムライスじゃなくていいのか?」

「うん。さっきお昼食べたばっかだしさ」

「もったいねぇなぁ。せっかく来たんだから無理してでも食ってきゃいいのによ」

 

 まぁもしお腹すいてても、ここでオムライス頼んでハート書いてもらって法外な値段踏んだくられるくらいなら家に帰って自分で作るけどね……。

 ちなみに僕が頼んだ生クリームとチョコスプレーが馬鹿みたいにかかった甘ったるいチョコケーキは存外悪くない味だった。値段はふざけてたけどね。

 

 

 

「……なぁ渚、今日は…………その……ありがとな……」

 

 店を出て開口一番こんなにらしくないことを言うものだから、僕は心配になった。寺坂君に「ありがとう」なんて面と向かって言われたのは一周目でも無かったような気がする。

 

「え、なんか変なもの食べた?やっぱあのオムライスやばいもの入ってたのかな…」

「んだと!?渚のくせに生意気なんだよ!」

「あははっ!冗談だって!寺坂君らしくないなって思ったのは本当だけどね」

「くそ……なんか今日のこいつめっちゃうぜぇ…」

 

 話しやすい空気になってくれたので、僕は今日話しかけた目的を達成するために、彼にあるお願いをする。

 

「話変わるんだけどさ…………寺坂君に一つお願いがあるんだ」

「なんだよ急に。クソ真面目な顔しやがって」

「寺坂君は…殺せんせーのこと嫌い?」

「ああ?ああ……死ぬほどな。百億なんていらねぇから誰でもいいからさっさとあいつを殺して欲しいくらいだぜ」

「そっか……じゃあちょうどいいや。寺坂君もさ、みんなの暗殺に協力してみない?」

「はぁ?なんでそうなるんだよ」

「だってそうじゃない?協力する人が一人でも多い方が殺せんせーを殺す確率は上がるんだしさ」

「いやまぁ確かにそうだけどよ……」

「だからお願い!まぁ…もし断るなら今日のことクラスのグループトークでバラすけど」

 

 僕はさっき撮った寺坂君がメイドさんを見てニヤニヤしている横顔の写真をスマホの画面に映して笑顔でお願いする。

 

「それお願いじゃなくて脅しじゃねぇか!」

「それもそっか!」

「『それもそっか!』じゃねぇわ!ほんっと生意気だな今日のお前!」

「それで?答えはYES?それともYES?」

「YESしかねぇじゃねぇか!…………ったく…わぁーったよ。しばらくは協力してやる。弱み握られてちゃ仕方ねぇしな……」

「それじゃあみんなとも仲良くね?」

「んでだよ!」

「メイド喫茶?」

「ぐっ………くそ……」

 

 これで当面の間は寺坂君も協力的になってくれる……と思う。このまま彼がクラスの中で浮いたままになるのは面倒だし、放っておいて何をしでかすか分からない以上は、申し訳ないけどリードをつけておすわりしててもらうしかない。

 

 

 買い物帰りに思わぬ収穫を得た僕は、寺坂君と別れて家に帰る。結局買えたのは小さめの卓上扇風機ではあるが、それでもないよりはマシだろう。おかげでクーラー無しの家の暑さもいくらかマシにはなった気が……………

 

「いやいやそんなわけないから……こんな小さいので変わるわけないじゃん……暑すぎる……」

『考えたんですけど……』

「なに?解決まで時間がかからない案だと嬉しいな」

『私に改良を施せる殺せんせーならエアコンくらい簡単に直せてしまうのではないでしょうか?』

「あ」

 

 律のおかげで気付いた僕はすぐに殺せんせーに電話をかけた。食後に食べようと思ってた高級アイスで釣ったら、マッハで直してくれて、そのおかげで僕の健康は守られた。ありがとう律、ありがとう殺せんせー、さようなら食後のアイス。




最後まで読んでいただきありがとうございました。
え?お前の書く日常回つまらんって?いやまぁね……でもこういうの書きたかったんですよ…。なんかそれっぽいじゃないですか。まぁまだまだ文も未熟ですがね。でもこんな駄文読んでいただくだけでとってもとっても嬉しいですけどね。


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#7 イトナの時間 1時間目

えー…長い間お待たせ致しました。とりあえずどうぞ。


 今日はE組に二人目の転校生であるイトナ君が来る日だ。

 イトナ君は前の時、E組に仲間入りしたのは二学期だった。一学期から何度も暗殺に来ていたにもかかわらず、シロが諦めるまで僕らは彼を助けられなかった。ただ今回は違う。前の記憶を持つ僕がいる。

 僕は一回目の襲撃…つまり今日、彼を触手から切り離すつもりだ。イトナ君から力への執着を消す必要があるし、それよりもまずイトナ君からシロを引き離さないといけない。説得で何とかなるならそうしたいけど……あのシロが相手だしそう簡単にはいかないだろうなぁ……

 

 

 

 翌日、朝のホームルームの時間になり、出欠を取り終えた殺せんせーは一周目と同じように転校生の話題に触れ始める。

 

「さて烏間先生から聞いているとは思いますが、今日は転校生が来る日です」

「まーぶっちゃけ殺し屋だろうね」

「律さんの時は痛い目を見ましたからねぇ……せんせーも今回は油断しませんよ!」

 

 律は誇らしげに「ふふっ」と笑う。ここまでも前とだいたい同じだ。

 その後は原さんに転校生の情報を聞かれた律がイトナ君のことを話し、殺せんせーの触手を飛ばした律より圧倒的に暗殺能力が高いということを聞いて皆が驚愕する。

 そして、あいつが教室に入ってきた。

 

「…………………」

「なんだあいつ…」

「あれが…転校生?」

 

 シロ……この騒動全ての元凶。こいつのせいで僕らE組は何度も酷い目にあった。そして僕がやり直した理由でもある。みんなを殺したこいつもいつか………

 

「渚?大丈夫?」

 

 殺意が顔に出ていたのか、茅野が心配そうに声をかけてきた。僕はすぐ笑顔を戻して「大丈夫」と返す。

 一方奴はというと、いつの間にか話を進めていてこちらの方に目を向けていた。前の時は僕と目が合ったと思っていたけど、実際は雪村先生の妹である茅野のことを見ているのだろう。

 

「なにか?」

「いや、皆いい子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。席はあそこでいいのですね?」

「ええそうですが…」

「では紹介します。おーいイトナ!!入っておいで!!」

 

 シロが廊下に向かって呼びかけるものだから、僕を除くクラス全員は教室の扉に注目する。が、もちろんイトナ君は前と同じように教室の後ろの壁を破壊して入ってきた。そして何事も無かったようにスタスタと歩いて椅子に座った。

 

(((いや!!ドアから入れよ!!!)))

 

 みんなの心の中のツッコミが聞こえるよ……僕も初めて見た時はそうだったしね。

 

「俺は勝った……この教室のカベより強いことが証明された……それだけでいい………それだけでいい………」

「…ねぇイトナ君、ちょっと気になったんだけどさ……今外から手ぶらで入ってきたけど…外どしゃ降りの雨なのになんで一滴も濡れてないの?」

「……………」

 

 イトナ君は席から立ち上がって周りをキョロキョロと教室を見回したあと、まっすぐ僕の机に向かってくる。そして僕の横に立ったかと思うと……

 

「おまえは多分、この教室で一番強い」

 

 え………何?一周目の記憶だとこの役ってカルマ君だったと思うんだけど……なんで僕?確かに1周目の記憶とか烏間先生の追加訓練のおかげで1周目のこの時点よりは強い気はするけど…いやでもカルマ君と正面から殴りあって勝てる気まったくしないんだけど……

 

「えっと……喧嘩ならカルマ君の方が…」

 

 前と違う行動に驚いた僕は咄嗟にカルマ君にパスする。

 

「だろうな。正面戦闘や純粋な殴り合いならあの赤髪の奴の方が強い。ただ、この教室での強いという意味なら一番強いのは多分お前だ」

「は、はぁ……」

「まぁ安心しろ。お前は俺より弱いから、俺はお前を殺さない」

 

 頭をくしゃくしゃと撫でられたかと思うと、彼は殺せんせーのいる教卓の方に向かっていく。

 

「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれない奴だけ……この教室では殺せんせー、あんただけだ」

「先生と力比べですか?月を破壊した先生と同じ次元に立てるとでも?」

「立てるさ……だって俺達…」

 

 殺せんせーはシロから貰ったのか羊羹を包装ごと齧りながら緑のシマシマを浮かべている。イトナ君はポケットから同じ羊羹を取り出してあの衝撃の言葉を言い放つ。

 

「血を分けた兄弟なんだから」

「き!?」

「き!?」

「き!?」

「き!?」

「「「「兄弟ィ!?」」」」

 

 そりゃ驚くよね……

 

「兄弟ってあの兄弟…?」

「タコと人間が兄弟ってどういうことだよ…」

 

 皆困惑している。まぁ本当の意味での兄弟ではないし、そもそも今日でその関係は終わるんだからそんな話しても意味ないけどね。

 

「負けた方が死亡な、兄さん。あんたを殺して俺が最強であることを証明する」

「にゅう………」

「放課後、この教室で勝負だ。今日があんたの最後の授業になる。こいつらにお別れでも言っておけ」

 

 イトナ君はそう言い捨てるとシロと共に教室から出ていった。教室は微妙な空気に包まれた後、矢田さんが勢いよく立ち上がって殺せんせーにイトナ君が放った言葉の真偽を問う。

 

「ちょっと先生!兄弟ってどういう事!?」

「いやいやいや!先生全く心当たりありません!生まれも育ちも一人っ子です!」

「じゃああの兄弟ってどういう意味よ!」

「さ、さぁ………」

「…多分なんだけどさ」

 

 皆がイトナ君の言う兄弟の意味について考えている中僕は立ち上がって、知っている真実をさも自分の考えであるかのように話し始める。そんな僕にみんなの視線が集中する。

 

「殺せんせーとイトナ君が兄弟って意味は、直接的な血の繋がりって意味じゃないと思うよ」

「けどよ渚、あいつ血を分けたって言ってたけど…」

「殺せんせーって少なくとも自然界にいる生物ではないよね。ならきっと何かしらの実験で生まれたはずだよ。その実験をイトナ君も受けていたとしたら?それなら兄弟って表現も意味は通ると思うんだけど…」

「実験って………」

 

 まぁ実験って言われてもそんな簡単に信じれないよね…こうなったら本人に聞いた方が早いだろう。

 

「殺せんせー、そういうのだったら心当たりある?」

「……そうですね…分かりました。こうなっては仕方ありません。真実を……先生の出生についてお話しましょう」

 

 その言葉にクラス中が息を飲む。かく言う僕もこんなにも早く殺せんせーが自信の秘密を明かすとは思わなかったので正直驚いている。

 

「みなさん驚くかもしれませんが実は先生……人工的に造り出された生物なんです!!!」

 

 それかよ!いやまぁ確かに随分あっさりしているなとは思ったよ……よく考えればこんなに早くから話すわけないか。

 

「………いやそれ今話してたろ」

「えぇ!?結構重要なカミングアウトですよ!?」

「つってもよー自然界にマッハで飛ぶタコなんていねーだろ」

「た、確かに………」

「えっと…話を戻すね。イトナ君は殺せんせーと同じような実験を受けた。だから先に実験を受けた殺せんせーが兄、後に受けたイトナ君が弟。そういうことでいいよね?」

「……そう考えるのが妥当でしょうねぇ」

「でもよー…実験つってもどんな実験だよ。人間がタコになっちまうとかか?」

「それは──」

「その実験とは人間に触手を移植するというものです。先生と同じような実験を受けたのなら、イトナ君もきっとこの触手に近しいものを持っていることでしょう」

 

 僕が説明しようとしたら殺せんせー自ら説明してくれた。というかさっき茶化したくせに、その実験のことは話すんだ…

 

「触手を移植って……!?てことは殺せんせーも元人間ってこと!?」

「そ、それは……えーーっと……その……あれ!あれですよ!えーー…………………ダッシュ!」

「あ!逃げやがった!」

 

 うーん……核心に迫られそうになったから逃げたか…殺せんせーのことだからきっとこの話題もこのまま有耶無耶にされてしまうのだろう。あーあ…殺せんせーの過去を話させれば茅野の事も一緒に解決できると思ったんだけど……まぁこの件はまた今度でいいか。

 

 

 

 お昼休みになり、イトナ君は自分の席に座ってお菓子やスイーツをたべながら巨乳グラドルが表紙のヤングジャンプを読んでいる。僕らはその様子をみながらヒソヒソと自分たちの考えを言い合っていた。

 

「すげー勢いで甘いもん食ってんぞ…」

「殺せんせーと同じで甘い物好きなのかな?」

「実験の影響ってやつか…?」

「ヤングジャンプ読んでるあたり巨乳好きも一緒なんだね〜」

「そういやさ、渚が一番強いってどういう意味なんだろうな」

「さぁ?本人に聞いてみたら分かるんじゃない?」

「本人に聞くって言っても話しかけるなオーラ凄いんだけど……」

「………まぁ大丈夫じゃない?」

「何を根拠にだよ…」

 

 その後じゃんけんで負けた杉野が話しかけてみたけど、質問に答えるどころか杉野の方を見向きもしてなかった。触手を取ってまともに話せるようになったら色々聞いてみようかな。

 

 

 

 放課後、一周目と同じようにシロが机でリングを作ってくれというので、それに従って机を動かしリングを作る。勝負のルールは前と同じで、リングの外に足がついたらその場で死刑、観客に危害を与えても負けだ。

 

「では、暗殺………開始!!」

 

 シロの掛け声と共にイトナ君は触手を殺せんせーに向けて放つ。だが前とは状況が違い殺せんせーはイトナ君が触手を持っていることを知っている。突然の出来事に動揺しやすい殺せんせーにとって既知と未知では天と地ほどの差がある。少なくとも情報戦で負けている訳では無い。

 

「はい!はいはいはいはい!」

「くっ……ちょこまかと……」

 

 殺せんせーは触手を避け、次の追撃にもどんどん対応していく。

 

「ほう……今のを避けるか……だが、こんなのはどうかな?」

 

 そういいながらシロは片手を挙げ始めた。これは……そうだ!圧力光線!

 

「おっとっとっとっと!!」

「は…?」

 

 僕は転ぶフリをしてシロに抱きついて押し倒した。床に倒れた奴が放った圧力光線は殺せんせーに当たらず空を打つ。

 

「まったく…なんのつもりだい?私は男の子に抱きつかれる趣味はないんだか?」

「すいません!今すぐにどきますからっとっとっと!!」

 

 立ち上がるフリをしてもう一度転んだフリをする。ただ今度は手をぐっと握って、その握り拳を奴の弱点に思い切り叩き込む。いくらこの時点で触手を埋め込んでいたとしても流石に男の弱点を殴られたらひとたまりもない……と思う。

 

「なっ!?ぬぐぅぉっっっっ!!!!」

「うわわわわ!ご、ごめんなさい!」

「クソ……ガキィ……」

 

 シロは殴られた場所を押さえて蹲る。

 素が出てる………まぁそこ殴られたら演技なんてしてる場合じゃないよね…ってそういえば勝負は………まぁ心配なかったか。

 シロとの一悶着が終わった頃にはもう勝負は決していて、緑のシマシマを浮かべる殺せんせーの触手に雁字搦めにされたイトナ君がリングの外に置かれるように出されるところだった。

 

「くそ!どうなっているシロ!俺は最強の力を得たんじゃないのか!」

 

 どうやら一撃も当たらなかったようで、苛立つイトナ君はシロに怒声を飛ばす。だが当の本人はまだ殴られたところを押さえて蹲っている。

 

「イトナ君。リングの外に出てしまった君はルールに照らせば死刑です。もう二度と先生を殺れませんねぇ?」

「ぐっ……」

「生き返りたいのなら、このクラスで皆と一緒に学びなさい。そうすれば君は、そんな触手では決して得ることのできない揺るぎない強さを得られるでしょう。どうですか?悪い話ではないでしょう?…………にゅや?」

「俺が……負けた…?俺は……弱い…?」

 

 イトナ君は負けた影響か殺せんせーのカッコつけた話は聞こえていないようだ。次第に触手が黒く染まり、目が赤黒く充血していく。

 

「まずい……早くイトナを止めなければ…敗北のストレスで触手細胞が拒否反応を起こして暴走を始めるぞ…」

「なんとかしてくださいよ。シロさん」

「君が何もしなければこんな事にはなって無かったんだよ……くそ…転んだ衝撃で麻酔銃も壊れたか…」

「じゃあ僕が何とかします」

「待て、君に何ができると──」

「彼を止めて、助けます」

 

 僕は気配を消してイトナ君の背後に忍び寄る。暴走して黒い触手を振り回すイトナ君は後ろにいる僕に気づかないようで、僕はそのままナイフを振る。放たれた横薙ぎの一閃は荒ぶる黒い触手を切り飛ばす。

 

「!!!!?」

「ごめん。ちょっとだけ我慢して」

 

 触手を切り飛ばされ動揺したイトナ君はこちらに振り返る。僕はそれに合わせて彼の目の前でクラップスタナーを放つ。触手がある通常の状態では精神が安定していないため効き目が薄いが、動揺している今なら意識の波長が読みやすく効果があるはずだ。

 案の定、というより近すぎて効きすぎたのかイトナ君は気絶してその場に倒れ込んでしまった。

 とりあえず一安心……もつかの間、ようやく歩けるようになったシロが近づいてきた。

 

「すまないね。イトナが迷惑をかけてしまって」

 

 奴はイトナ君を連れていこうとして腕を伸ばす。それに対し僕はその腕を掴んで奴を睨みつける。

 

「……なんのつもりかな?」

「シロさん……彼をE組に預けてくれませんか?」

「預ける?君たちに?ははっ…残念ながら無理だね。今の精神状態ではみんなと机を並べて仲良く授業を受けるなんてできないからね。連れて帰るよ」

「触手を抜けばそれも可能ですよね」

「…………簡単に言うけどね。この実験には莫大な金がかかっている。それに、この子は自ら望んで実験を受けたんだ…抜くなんて選択肢はないんだよ!」

 

 シロはそう言うと僕の首を掴んで窓の方向に投げ飛ばす。咄嗟に受身を取ろうとするが、窓をぶつかる前に何か柔らかいものに受け止められた。

 

「え………」

 

 その隙にシロはイトナ君を抱えて帰ろうとしていた。だが奴を止めようとする大きな影が目の前に立ちふさがった。

 

「それを決めるのはイトナ君自身です。あなたではない」

 

 気がつくと殺せんせーがシロの目の前に立ちながら触手を僕の方に伸ばして受け止めてくれていたのだ。

 

「殺せんせー……」

「大丈夫ですか渚君?まぁ触手でやんわり受け止めたので怪我は無いと思いますが」

「うん。平気だよ」

「それはよかった。さてシロさん、イトナ君を置いてここから立ち去りなさい。ここにあなたの居場所はない」

「ふん……嫌だね。力づくで止めて見るかい?」

 

 殺せんせーは出ていこうとするシロを止めようと肩に触手を置こうとする。しかし対触手繊維の服によってその触手は溶けてしまう。

 

「にゅぅっ!……」

「対せんせー繊維。君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させ……………君たち…これはどういうつもりだい?」

 

 イトナ君を抱えたシロが出ていこうとした教室の前側の扉には磯貝君、前原君、片岡さんがその扉を塞ぐように立っていた。

 

「これが俺らの意見です。イトナ君が苦しんでるならそれを助けるのがクラスメイトですから」

「それに、あんたに賞金持ってかれんのも気に食わねぇ」

「今まで他の誰かが殺すんだろうって思ってた…だけど今の暗殺を見て、殺せんせーは私たちの手で殺したい…その思いが強くなったんです!」

 

 シロは前がダメなら後ろだと振り向くも、後ろの扉は寺坂君、村松君、吉田君が塞いでいた。

 

「もう諦めて置いてけよ白服野郎。俺らにとっちゃ人が増えるのはタコ殺すチャンスが増えるってメリットがあんだよ」

「ったく…俺らの事こき使いやがって…」

「ま、俺らも同じ意見だしいいだろ」

「みんな………」

「まったく……本当に嫌になるね……」

 

 シロはイラついた声を出しながら拳を握りしめる。そこにカルマくんが対触手ナイフを向けながら口を開く。

 

「そういうことだからさ……大人しくイトナ君置いて出てってよ。それとも俺たち全員を相手にするつもり?言っとくけど……俺ら結構粘り強いよ?」

 

 カルマ君はシロに脅しをかける。半分本気だろうけど。だがそんな言葉で奴は動じずおもむろに両手をこちらに向ける。

 

「……君たちは一つ勘違いしている。私が君たちを皆殺しにすることは造作もないんだよ……」

 

 皆殺しにすることは容易だ、という言葉に嘘はない。シロの本物の殺意に教室中がゾクリとするのが分かる。皆たじろぎ、後ずさりする人もいた。

 しばしの沈黙の後、シロは挙げていた両手を下げる。

 

「ただ……ここではやめておこう。ここで君たちを殺せば反物質臓がどう暴走するかわからん。ここは引いてやるさ……だが我々がメンテナンスをしなければその子の命も持って二日程度、せいぜい最期の時を楽しく過ごすんだね」

 

 そう言い捨てて奴は出ていった。ひとまずイトナ君からシロを引き離すことには成功した。が、まだ問題は解決はしていない。

 イトナ君を助けるためには彼からどうにかして触手を切り離さなければならないからだ。まだ一度しか会っていない上、彼に関してなんの情報もないという前提の僕らで。




皆様方、お元気でしたでしょうか。エアプのにわかです。ちょっと長めのお話を書こうとしていたところ、身内の不幸が重なり大変お待たせしてしまう結果となり申し訳ありませんでした。実は事が済んでから2週間ほど経っております。いやぁ…一度置いたペンってこんなにも重いんですね……でもイトナ君回はどうしても書きたかったのでなんとか文に……なってるかな?なにはともあれ投稿再開できてよかったです。これからも拙いながら頑張りますので応援とご指摘よろしくお願いします。

さて、物語の話になりますが、ちょっと渚くんが強引すぎたかな……とは思っております。ただまぁ…こんな小説書いてる訳ですし…ちょっとくらいご都合主義があってもいいですよね。………ね?


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#8 イトナの時間 2時間目

「貴様!生きていたのか!?」
「ああ…なんとかな…」

そんな感じです。どうぞ。


「ここは引いてやるさ……だが我々がメンテナンスをしなければその子の命ももって二日程度、せいぜい最期の時を楽しく過ごすんだね」

 

 一周目と同じようにシロに連れられてイトナ君が転校生としてE組に来た。シロへの妨害や、クラスの皆と殺せんせーの協力もあってなんとかシロとイトナ君を引き離すことに成功した。だが残された少ない時間の間にイトナ君から触手を切り離さなければならない。しかもイトナ君に関する情報はなにも知らない前提で。

 

「二日って…なんとかなんないのせんせー!」

「生命力を吸い取っているのはこの触手です。イトナ君から触手を抜くことが出来れば…」

「じゃあさっさと抜いちゃってよ!せんせーならやり方わかるでしょ?」

「残念ながら…彼の力や勝利への病的な執着がある限り触手は強く癒着して離れません。なので、なんとかして彼から執着を消さなければ…」

「執着を消すって……こいつと会ってまだ数時間だぜ?まだなんの事情も知らない俺たちでか…?」

「そうだよ……喋ったことだってないんだよ?私たちより殺せんせーがやった方が…」

「暗殺のターゲットである先生がいくら説得したところで、彼の殺意を煽るだけです……幸いまだ時間あります。ですので!皆さんで彼の──」

「そんなことする必要ある?」

 

 殺せんせーの言葉を遮ったのはビッチ先生だった。これまで静観していた彼女が突如口を挟んできたのだ。

 

「ねぇタコ。この子から一瞬でも勝利とか力とかを忘れさせればその間に触手を抜けるんでしょ?」

「え、えぇ…ですがまだ彼に関する情報が……」

「そんなもん必要ないわよ。ほら、起きなさい」

「…ん……誰だ……お前……んぐ!?」

「え!?」

「はぁ!?」

「なにぃぃぃぃぃ!!!!?」

 

 彼女は何を思ったかイトナ君を揺さぶり、目を覚ましたイトナ君の後頭部を支えると髪をかきあげ、見ているだけでも気絶しそうになるほどの濃厚なキスをはじめた。最初は本人も抵抗する素振りを見せていたし触手もうぞうぞと動いていたが、三秒かそこらでぐったりとし始め、十秒、二十秒といつもの強制ディープキスの倍以上の時間キスをし続けた。三十秒ほど経った位でやっとビッチ先生の唇が糸を引きながらイトナ君の唇を離れる。イトナ君はというと目を回してさっきよりも一層気絶している気がする。

 

「はいおしまい。これならどう?…って何ボーッとしてんのよ」

「……………え!?は、はい!これなら完璧です!今なら抜ける!」

「ふふっ…本物の殺し屋舐めんじゃないわよ?」

 

 普段の言動で忘れがちだけどこの人一応ハニートラップの達人だった……それにしても…ここでビッチ先生が…ねぇ…

 

「ビッチ先生!なんでイトナ君の事助けてくれたの?」

「なんでって…私はこの教室の先生よ?このタコも言ってたけど生徒が困ってたら助けてあげるのが先生ってもんでしょ?先生に扮しての潜入任務なんだからこういうことも仕事のうちよ…」

 

 彼女はらしくない言葉をほんの少し顔を赤らめながら口からこぼす。

 

「ビッチ先生が照れてるなんて珍しいー」

「照れるビッチ…ギャップ萌えというやつか……」

「竹林!?お前初セリフこんなんでいいのか!?」

 

 そうこうしているうちに殺せんせーはイトナ君の触手を抜き終わったらしくどこから持ってきたのか敷布団に掛け布団、枕まで用意してそこにイトナ君を寝かせていた。しばらく見ているとイトナ君の眉がピクリとうごいた。

 

「ん……なんで…布団で…?」

「おお!イトナ君!目が覚めましたか!?」

「…兄さん!?殺す!」

 

 イトナ君は殺せんせーを見た途端飛び起きて距離を取り触手で攻撃しようとする。そして触手が出ないことに気づいた。

 

「なんで…俺に何をした!」

「触手なら切り離しました。あんな危ない物、君には似合わない」

 

 それを聞いたイトナ君の表情は暗くなった。床に膝と手を付き、喉が壊れるんじゃないかと言うほどに叫び出す。

 

「せっかく…せっかく手に入れた力なんだぞ!力が無ければなんも出来ない…なにも手に入れらない…なにも……取り戻せないんだ……俺は……これからどうしたらいいんだ…」

 

 イトナ君の問いには誰も返せない。当然だ。イトナ君と出会って数時間、事情も何も知らないし、まともに言葉を交わしたことさえない。だから事情を知っている僕がやらなきゃいけない。

 声をかけようとした直前、僕より先を口を開いたのは磯貝君だった。

 

「俺らはさ、成功したことなんてほとんどないよ」

「……なんの話だ…」

「そんな俺らだから…殺せんせーを三月までに殺れるか正直分からない。だからさ、力を貸してほしい」

「なんだと…」

「もしこれからやることがないなら…この教室で一緒に勉強して、一緒に遊んで、一緒に殺せんせーを暗殺して欲しい。イトナ君がなんでここに来たのかとか、ここに来る前は何してたとか全然知らないけどさ…でもいい奴だってのは何となくわかる。ま、感覚だけどさ」

「………」

「さっき寺坂の奴も言ってたけどさ、仲間は少しでも多い方がいい。それに、悩んだり困ったりしてるクラスメイトを放っておくなんてクラス委員として出来ないよ」

「…………」

「それで…どう……かな?」

「………少し……考えさせてくれ…」

 

 磯貝君の言葉で落ち着いたイトナ君は、E組に入って欲しいという磯貝君の願いにその場で頷くことは無かった。でも時間をかければ説得は出来そうな様子で良かった。

 イトナ君の件が一旦区切りがついたということでその日はそれで解散ということになった。荷物をまとめてさっさと帰る人、帰りにファミレスに寄ろうと話す人、そんな中僕はイトナ君に近づく。

「えーっと、あのさイトナ君…?」

「…なんだ」

 

 うーん…なんか敵視されてる気がする…触手切ったからかな…?

 

「イトナ君はこれからどうするの?ああ、E組に来る来ないの話じゃなくって今日の話」

「…そうだな……とりあえずシロに会う前にいた倉庫に帰る」

「倉庫?そこに住んでるの?」

「ああ……色々あってな」

「そう…よかったらなんだけどさ、僕の家に来ない?」

 

 イトナ君の親が蒸発してから工場の倉庫に住んでいたのは知っている。そこに帰すのも可哀想だし、話したいことや聞きたいこともあるしせっかくだから家に招待しようという訳だ。でもさっきの感じからいい返答は期待できないけど……

 

「いいぞ」

「そっか…やっぱりダメだよね……え!?」

「いいと言った」

「本当に!?」

「…ああ。戻ったところで金もないし飯もないからな。よろしく頼む」

 

 

───────

 

 僕は具材とルーを入れたシチューの鍋をかき回す。今日のメニューは鶏肉のシチュー、アボカドと卵のサラダだ。卵とアボカドを切り終えたので合えるためのマヨネーズを…ってそういえば切れてるじゃん……もう外暗いんだけど買いに行くしかないかなぁ……。

 僕は鍋の火を止めてエプロンを外す。

 

「イトナ君!マヨネーズ買ってくるからちょっとまっててー!」

「分かった」

 

 財布持った、鍵持った、携帯持った……スーパーまでは面倒だしコンビニでいいか。

 僕は靴を履いて玄関のドアを開ける。しかし、ドアを開けたはずなのに目の前には壁がある。正確には目の前に見知らぬ男が立っていた。

 白装束にガスマスク…?……まさかシロの!?──

 気づいた時にはもう遅かった。油断しきっていた僕は男が浴びせかけてきた煙を吸ってしまい、声を出す間もなく意識を手放さざるを得なかった。

 

 

───────

 

「君を捕まえる予定はなかったのだがね……まぁいいか。イトナと彼を縛って車に積め。研究所へ戻るぞ」

 シロは部下に指示を出し、イトナの首を確認する。

 

「見張りの報告通り…か。まぁいい…抜いたならまたつけ直せばいい。君の力への執着は一朝一夕で無くなるものじゃない…だろう?イトナ」

 

 シロは勝利を確信していた。なぜならすべてが作戦通りだったからだ。作戦完遂に五分と経たない迅速さに加え、周囲に一切気づかれず対象を捕獲し、あとは研究所に戻るだけなのだから。ただしかし、縛られた渚のポケットに入った携帯の中で想定外の目撃者が慌ただしくしているのをシロは知る由もなかった。

 

「クラスメイトを助けるのも律のお役目…!お二人共…絶対に助けてみせます!」

 




あのですね…えっと…大変遅くなりました。そして長期間失踪してしまい申し訳ありませんでした。いやまだ生きてるんですよ。ええ。モチベゴリゴリ削られてたのもありますけど時間が取れないのもありましてね…。
タコピーとかヒロアカとか読んでたら私の書きたいものが書かれてたものですから「あれ?これ私が書かなくてよくね?」ってなっちゃいまして…。
でもまぁ今なら時間が取れるのでなら書いちゃおう、と。今後もこんなことだらけだと思いますが、暖かい目で見ていただけると励みになります。あと、前回の皆様のコメント吐くほど嬉しかったです。


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#9 イトナの時間 3時間目

今回の出来事は研究所までの山道で起こってる感じですね。ガードレールの先は崖って感じの場所です。


 揺れてる。目の前がほんの少し見えた。ぼんやりして思考がまとまらない。なんだっけ…なに…してたんだっけ……ここは…?

 次第に視界と思考がクリアになり始め、状況が理解できるようになった。そうだ。白装束の奴に眠らされてそれで……イトナ君は!?

 体を起こそうとした途端、僕が目覚めたことに気がついた白装束が銃口を突きつけ僕の頭を押さえつける。

 

「おや、もう起きたのかい。薬の効きが甘かったかな?」

 

 前の座席にいるシロも気づいたようで余裕綽々といった感じで話しかけてくる。

 

「…イトナ君はどこだ」

「後方車両にいるよ。まぁそれを聞いたところで今の君にどうすることも出来ないだろうね」

 

 事実、こいつの言う通りだ。両腕両脚はキツく縛られて、手の指一本一本に至るまで厳重に枷がかけられている。おまけに変な動きをすれば、こいつは容赦なく部下に僕を殺せと命令するだろう。どうすれば…このまま奴の隙を見計らって…?いや、現在地がわからない場所からイトナ君を連れて逃げ切れる気がしない。

 

「どれだけ思案しても無駄だよ。私の作戦は完璧だからね。それに、はなからこの作戦は失敗しないと決まっているんだ…」

 

 こいつの言う完璧な作戦なんて存在しない…どんな優秀な殺し屋でも全てがプラン通りには行かない。だからこそ何通りもプランを用意して挑むんだ。こいつの作戦にだって必ず穴がある……頭を回せ…思考しろ……。

 

「……眠らせておけ」

 

 シロの言葉に僕の横にいる男は頷き、布を僕の鼻と口元を覆うようにして押し付ける。きっとこの布にさっき僕を眠らせたのと一緒の薬が染み込ませてあるのだろう。

 眠らされたらまずいので僕は布越しに男の指に噛みつく。

 

「いてててっ!離せ!クソガキが!」

 

 男が手を離そうとするので、僕は離すまいと躍起になって力をいれる。

 

「離せっつってんだろ!」

「っ!…げぇっ…ほ……が…か…」

 

 怒った男は僕の腹を殴りつける。拳は深くめり込み、その衝撃で僕は涎と胃液を吐き出す。

 けれどこれで布は使い物にならなくなったし、痛みで意識もしっかりしてる。眠らされたら終わりだ……なんとかして拘束を解いて逃げなきゃ…。

 

「まったく、健気だねぇ。………?…おい、どうして停まった?」

 

 突然乗っている車が停まった。シロは運転席にいる白装束に話しかけているが返事がないようだ。しばらくすると車に何かが落ちてくる音がした。ボンネットの方だろうか。続いてガラスが割れる音がする。

 

「暗殺失敗の腹いせにクラスメイト誘拐とか……随分ふざけたことしてくれんじゃん?」

 

 座席の隙間から見えたのは、バットを担いでボンネットにしゃがみこむカルマ君だった。

 

 

 ───2時間前(赤羽業視点)────

 

 えーっと……【ダニエル電池が充電できてボルタ電池が充電できない理由】?…殺せんせーの課題だけどさ、こんなんテストに出るか?中三の一学期期末テストにしちゃやりすぎな気もするけどな。ま、俺は出されても余裕だけどさ。

 午後七時過ぎ、俺は菓子パンを咥えながら机に向かって殺せんせーに貰った課題を潰してる。端的に言えば暇だ。そんな時、突然携帯が鳴る。何かと思えばモバイル律だった。

「どうしたの?律。随分焦ってんじゃん」

『業さん、落ち着いて聞いてください。渚さんとイトナさんが誘拐されました』

「…………は?」

『今殺せんせーや他の皆さんにも連絡しています!現在の位置情報と奪還作戦についてですが──』

「ちょっと待て律。待て待て、渚くんが誘拐?誰に?」

『分かりません。ですが渚さんのお宅に突然押し入った形での誘拐になります。業さん!どうかお力を!』

 

 まじか…殺せんせーをおびき寄せるために殺し屋が仕組んだ罠?それともただの誘拐?いや、可能性が高いのは昼間のシロって奴の仕返しか。渚くんに思いっきり邪魔されてたし…堀部イトナも連れ去られてるし。

 

「言われるまでもないよ、律。こんなふざけた真似する奴ぶっ飛ばすだけじゃ足りねぇよ…」

 

 そうして俺が外に出るために部屋のドアを開けようとしたとき、窓を外からノックする音が聞こえた。振り返ると殺せんせーが居た。

 

「今皆さんをマッハで先回りする位置に送っているところです。業君の了承が得られたと律さんから聞きましたので迎えに来ました。では行きましょう……」

 

 俺は殺せんせーの声色がいつもと違うことに気がついた。いや、声だけじゃない。顔色もだ。真っ黒、ド怒りって奴だ。

 

「おっけーせんせー。殺さない程度にぶっ殺そうか」

 

 

 ───そして現在(渚視点)───

 

 道の至る所からライトで照らされ、僕らを運んでいた車は完全に包囲されていた。

 

「赤羽業……どうしてここが分かった」

「これだよ」

 

 カルマ君はニヤニヤしながらスマホを取り出す。画面に映った律が頬をふくらませて怒った顔をしている。

 

「完璧な作戦とか思ってたんだろうけど、だめだよ目撃者の口は封じなきゃ」

「自立思考固定砲台…!」

『シロさん!もうあなたは完全に包囲されています!諦めてお二人を返してください!』

 

 シロは周りを見渡して、顎に手を当てる。少し考え、やがて手を下ろして息をつく。

 

「まったく…またイレギュラーか……記録しておこう。赤羽業、自立思考固定砲台、そして潮田渚…今回は完全に手を引くこととしよう。ではE組の皆、また会おう」

「また会おう?それは逃げるという意味ですか?シロさん」

「……やぁ、殺せんせー。ほんの少し生徒をお借りしようと思ったんだがね。でも残念だよ。目的を果たせず帰る羽目になるとはね」

「…逃がすと思いますか?」

「逃げるよ。ここで私は捕まらない。それは決定された未来だからね」

 

 シロはそう言うと崖を飛び降りる。

 

「っ!待ちなさいっ!」

「待ってよ殺せんせー。昼間あいつの服じゃ触れないって分かったでしょ?それにあいつの事だ。死のうと思って崖から飛び降りたわけじゃないと思うんだけど。目的は渚くんとイトナくんの救出なんだ。そっちが先なんじゃね?」

 

 シロを追おうとする殺せんせーをカルマ君が止める。確かにあいつが崖から飛び降りたくらいで死ぬわけじゃないだろうし、追っても得はなさそうだ。どうせこっちから探さなくても懲りずにまたやってくるだろうし。

 

「大丈夫か!?渚、すぐ外してやっからな!」

「杉野、それにみんなも!」

 

 気づけば周りにいた白装束もいなくなっており、杉野達が近くまで来ていた。

 

「ったく、とんでもねーなあいつら。イトナの方も寺坂達が行ってるから安心していいぞ」

「そっか…よかった…」

「律から攫われたって聞いて文字通り全員すっ飛んできたんだ。家の事情で来れなかったやつもいるけどな」

「それでも……嬉しいよ」

 

 縛っていたものがやっと解かれて、手足を軽く振って解しながら車から出る。後方では寺坂君たちにおぶられるイトナ君がいた。

 

「こいつまだ寝てやがる。こんな騒音の中でよくもまぁすやすや寝てられるな」

「寝てるんじゃなくて、僕もイトナ君もガスみたいなので気絶させられたんだよ」

「じゃあなんで渚は起きて、この子は寝てんのよ」

 

 狭間さんが呆れた顔でこちらに尋ねる。

 

「…さぁ?吸った量が少なかったとかかな?」

「ん……俺は…何を…?」

 

 寺坂君の背中の上でイトナ君の意識が戻る。まだぼんやりとしているのか目を擦り、目をぱちぱちさせる。

 

「あ、起きた」

「おいイトナ。起きたんなら自分の足で立て」

 

 寺坂君は雑にイトナ君を背中から下ろす。まだフラフラなイトナ君は膝をついて周りを見る。皆の姿を確認するとギリッと強く歯噛みした。

 

「俺は…また助けられたのか…?……なんで俺を助けた?お前らが俺を助ける理由なんて…」

 

 イトナ君の声は嗚咽混じりで、潰れてしまいそうだった。事情を考えれば無理もないだろう。人に裏切られて、次は助けられて、混乱してるんだ。

 

「お前らは……どうして…何度もなんども…」

「クラスメイトだからだよ」

 

 声の主は、磯貝君だった。やっぱりこういう時に頼りになるのは磯貝君だ。

 

「イトナ君が俺らのことをどう思ってるかは分からないけど。俺は立派なE組クラスメイトだと思ってる」

「ふざけるな!俺はお前らとつるむ気なんてない!お前らみたいなのうのうと生きてきた奴らと一緒にいたって、何も持ってない俺自身が惨めに見えるだけだ!」

 

 イトナ君の泣き腫らした顔が、誰かの持っているライトに照らされてはっきり見える。

 

「助けてくれたことには感謝する。お前らのクラスに誘ってくれたのも、多分嬉しかったんだと思う。だけどもう…俺に関わらないでくれ……もう分かっただろ。俺に関わったってろくな事──」

 

 パシンッ!と高い音が周囲に響いた。凛々しい顔をした片岡さんがイトナ君の前に立っていて、その音の正体は彼が平手打ちされたのだとすぐ分かった。

 

「ふざけないでよ」

「っ!?」

「さっきから話聞いてれば…助ける理由だとか…関わるなとか……イトナ君は本気でそういうこと思ってるの!?」

「俺は…」

「こういう時は素直に『ありがとう』でいいの!で、助けてもらったんだからその恩はちゃんと返す。わかった?」

「……はい」

 

 あのイトナ君が…「はい」だって。こういう時の女子ってやっぱり怖いや。

 そんなことを思っていると片岡さんからバトンを受け取った殺せんせーが話を続ける。

 

「イトナ君。君は今後もこのようなことに巻き込まれかねない。ですがE組の生徒であれば、国に対して正当に君の保護と権利を主張できます」

「………」

「昼間は考えるって言われちゃったけどさ、今ここで答えを聞いてもいい…かな…イトナ君…」

 

 磯貝君は屈んで手を差し伸べる。

 

「……でいい」

「え?」

「…イトナでいい。……よろしく頼む」

「それじゃあ…!?」

「根負けだ。お前らのお人好しには」

 

 イトナ君の顔は、憑き物が落ちたように、一周目に僕達とE組の教室で共にすごした顔になっていた。

 こうして、晴れて僕らE組にイトナ君が加入した。

 このまま良い方向に進んでくれれば、きっと殺せんせーを殺せる。前よりも早く…政府よりも…柳沢よりも……

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
オヒサシブルィデェス。すっかり春ですねぇ。今回でとりあえずイトナ君編は終わりです。次から他のお話に入りますよ。そう!球技大会編!………ええ。球技大会です。みんな大好き鷹岡先生はもうちょっと待っててくださいね。
ではまた。


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#10 衝突する球技大会の時間

気が乗ったのでカキカキしました。


「ふむふむ。クラス対抗球技大会ですか!健康な心身をスポーツで養う。大いに結構!ただ…トーナメントにE組がないのはどうしてです…?」

 

 梅雨が明け、本格的に夏が到来し始めた頃、僕らはクーラーも扇風機もない教室で、ある話し合いをしていた。話の内容はそう、球技大会だ。

 

「E組はエントリーされないんだ。1チーム余るってステキな理由で」

 

 三村君の言う通り、僕らE組は本戦の方では戦わず、エキシビションと称して野球部とやらされる。

 

「その代わり、大会の締めのエキシビションに出なきゃなんない」

「エキシビション?」

「要するに見世物さ。全校生徒が見てる前で、それぞれ野球部と女子バスケ部とやらされるんだ」

「なるほど…いつものやつですか…」

 

 椚ヶ丘中学恒例のE組いじり。一周目は殺せんせーの作戦のおかげで何とか勝てたけど、今回も同じ感じでいくべきか……なるべく勝ちたいなぁ。

 

「野球となりゃあ頼れんのは杉野だけど、なんかねぇの?勝てる作戦とか」

「…無理だよ。かなり強ぇんだウチの野球部。特に今の主将…進藤は持ち前の剛速球で名門高校からも注目されてる」

 

 進藤君もだけど……どっちかと言えば怖いのは理事長先生かな。あの人は……うん…怖いよ。

 考え事をしていたらいつの間にか話が進んでいたようで、殺せんせーが茶碗がくっついたちゃぶ台を持っていた。

 

「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。『やりたい』『勝ちたい』どんな困難にも揺るがずに。その心意気に応えて殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!」

「マジでか!?そんな作戦あんの?殺せんせー!」

「ええ!早速放課後から練習を始めましょう!」

 

 まぁ、なんとかなるかな。多分…

 

 

 

 ────────────

 

「殺投手は300kmの球を投げ!!」

「殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き!!」

「殺捕手はささやき戦術で集中を乱す!!」

 

 殺せんせーのマッハ野球……コレ見てると、烏間先生が来るまでこれに体育習っていた事実がどう考えてもおかしかったという気持ちが湧き出てくる。

 

「従って、バントだけなら十分なレベルで習得できます」

 

 今回はあんまり出しゃばらなくてもよさそうだし、みんなと一緒にバントの練習でも……

 

「ああ、杉野君と渚君には別のメニューを用意してます」

 

 …………なんで?

 

 

 

 ということでみんなのバント練習の場所から少し離れた場所で僕と杉野は殺せんせーと別メニュー。

 

「俺と渚だけ?なんでだよ、殺せんせー」

「二人ともバントなら既に出来るでしょう。それにいくらバントでランナーを貯めても、作戦に気付かれてしまえば取れる点も少なくなってしまう。なので、気付かれる前にホームに返す役も必要です」

 

 その意味は分かる。けど僕までこっちの理由が分からないので僕は挙手して質問する。

 

「杉野がその役に適任なのは分かるよ。でもなんで僕まで?杉野みたいにクラブチームに入ってるわけでも、野球の経験があるわけでもないんだけど」

「杉野君は投球練習もありますから、負担が大きすぎます。それに渚君は杉野君の練習に付き合ったりしているおかげで普通の生徒よりは上手ですよ。君は要領がいいので進藤君の球もきっと打てるようになりますよ。プランはいくつあってもいい。これは暗殺にも同じことが言えます」

「なるほど…頑張ろうぜ!渚!!」

「うん!」

 

 つまり保険ってことね…。僕が保険になるかは分からないけども。バント練習の方なら楽そうだったんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら僕は殺せんせーのセットしているバッターボックスに足を入れ、バットを構えた。

 

 

 ───────────────

 

 

 

 そして来たる球技大会当日。殺せんせーの練習メニューはなんとかこなしてたし、緊張しなければ打てる気がする……多分。

 

『えーそれでは最後に、三年E組対野球部のエキシビションマッチを行います』

「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが、選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ杉野。お前はどちらもなかった選ばれざる者だ…しまっていくぞぉ!!」

「気合い入ってんなぁ……野球部。E組相手に大人気ねー」

「そういや殺監督どこだ?指揮すんだろ?」

「ああ、あそこにいるよ」

 

 僕は外野奥のファウルゾーンのボールを指さす。

 

「目立たないように遠近法でボールに擬態してる。顔色とかでサイン出すんだってさ」

「いやバレるだろ!なんでギャラリーは気にしてないんだ!?」

 

 あ、殺せんせーなんかやってる。薄緑、紫、黄色のくわっ!薄緑、紫、黄色のくわっ!だから……

「あれ…なんて言ってんの?」

「『殺す気で勝て』ってさ」

「…たしかに、俺らにはもっとでかい暗殺対象(ターゲット)がいるんだ。あいつらに勝てなきゃあのせんせーは殺せないよな!」

「よっしゃ!やるか!!!」

「おーーー!!!」

 

「ヌルフフフフ!さぁ!味あわせてやりましょう!殺意と触手に彩られた地獄野球を…」

 

 

 

 

『さぁ一回表、E組の攻撃!1番サード木村!』

「しゃー!いくぞー!」

『おおっとバッター気合十分だ』

 

 とりあえず3番の磯貝君まではバント戦術が決まるはず。で、4番の杉野が三点取る。ここまでは前と同じなら行けるはず。前と違うのは何故か僕の打順が5番なのとイトナ君がいることくらいかな。

 

『3番磯貝セーフ!ま、満塁だ!ノーアウト満塁!調子でも悪いんでしょうか進藤君…』

『4番、ピッチャー杉野君』

 

 杉野が打って、それから僕だけど…どうせ杉野が打ったら理事長先生が出てきてバント作戦効かなくなっちゃうけどどうするんだろ?前は打つ手無しのサインが出てた気がするけど…大丈夫かな……

 殺せんせーのサインを見て、杉野がバッターボックスに入る。杉野の振った木製バットが進藤君の剛速球を捉えた。打球をセンターを超え、走者一掃のスリーベース…に……え?

 杉野の放った打球は一周目とは違いセンターをギリギリ超えない程度の飛距離しか出ていない。一周目とは明らかに違う打球……

 

「オーライオーライ!」

 

 結局杉野の打席はセンターフライに終わってしまった。これ、僕が打たなきゃいけないやつだよね……これを殺せんせーは見越して僕に練習を?でもどうして杉野の打球は一周目と変わったんだろ…

 そんなことを考えているとヘルメットを深く被った杉野が歩いてきた。

「すまん…渚…頼んだ…」

「………あんまり期待しないでね」

 

 ひとまずそれは置いとこう。自分の打席に集中だ……

 進藤君…油断してる。さっきと明らかに意識の波長が違う。警戒してた杉野を抑えたからか。でも………

 

「なぁっ…?」

 

 緊張が解けた直後、油断しきった球なら僕でも十分捉えきれる。

 

『打球はスタンドへ!打った潮田!悠々とホームイン!走者一掃の満塁ホームラン!?な…なんだよこれ……予定外だ…E組…四点先制……』

 

しっかりとホームを踏んでみんなの元に戻ってハイタッチを交わす。

 

「よっしゃー!いいぞ渚!!」

「すっげー…よく打ったな!」

「僕なんか眼中に無かったみたいで、油断してたみたい…ただのラッキーじゃない?」

 

 何とか打てた…けど多分ここからだ。

 ベンチに戻る時、妙な気配がしたのでヘルメットを菅谷君に渡しながらベンチの方に目をやる。するとやはりあの人がいた。

 

「あれ…理事長先生じゃね?」

「なんでベンチに…顧問の先生と話してるけど」

「あ、倒れた。寺井先生めっちゃ頭打ったけど大丈夫か?あれ」

「まさか1回表からラスボス登場ってか…?」

『い、今入った情報によりますと、野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で、選手たちも先生が心配で試合どころではなかったとの事!それを見かねた理事長先生が急遽指揮を執られるそうです!』

 

 一番怖い人が来た……一周目と同じならまずは前進守備でバント対策って感じかな。

 

『6番、センター岡島くん』

『さぁ!試合再開です!ここからどのように…っ!?こ、これはなんだ!?全員内野守備!こんな極端な前進守備見たことない!!』

「バンドしかないって見抜かれてるな…」

「でもあんな守備位置いいのか?」

「審判の判断にもよるけどルール上はセーフだね。それに審判の先生もあっち側だ。期待はできない」

「なんなんだこの学校は。平等の欠けらも無いな」

「そういうもんなんだよイトナ。E組ってのはさ」

「………ムカつくな。そういうの」

 

 イトナ君がこういうこと言うのはなんだか新鮮な気がする。一周目でイトナ君がやった学校行事は体育祭と学園祭と演劇発表会くらいだし…体育祭以外は裏方だったからみんなと何かやるってのを見るのは少なかったからだろう。

 

『あっという間にスリーアウト!ピッチャー進藤君完全に復調です!』

 

 続く一回裏、杉野の好投でランナーを出しつつもなんとか1点で抑えきった。ナイス杉野。

 二回表……一周目と同じようにバント作戦は前進守備で対策され為す術なくスリーアウト…という訳でもなく、イトナ君が前進していたレフトを超えるツーベースを放った。でもその後が続かず得点にはならなかった。

 二回裏ではカルマ君の挑発のおかげで進藤君が凡退に終わったためなんとか3点。…けど、この三回表に僕らが1点以上返さなければ勝ちの保証は無い。

 まずは三番磯貝君…三振。頼りは杉野だ……頼む……ここで打ってくれれば…………

 

『あーーーっと杉野打ち上げたー!だがこれはレフトの正面だ!レフト難なくこれをキャッチー!これでツーアウト!』

 

 杉野…!くそ……こうなったら僕が打つしかないのか…?

 バッターボックスに立った僕はバットを構える。

 大丈夫…さっきは打てたんだ……きっと打てる………ここで…打たなきゃいけないんだっ…!!!

 

「っ!?」

 

 進藤君が構えから投球フォームに移る瞬間、顔をひきつらせたかと思うとなぜか彼が纏っていたオーラが消える。

 彼の投球フォームは殺せんせーの特訓のおかげでゆっくりに見える。球も速いけど見えないほどじゃない。なぜか球威も落ちている。タイミングを合わせてバットを振るだけなら簡単だ。これなら────

 

 ここで僕の記憶は途切れていた。このあと少し覚えていることは床が揺れている事とちらりと見えた烏間先生の顔と僕を呼ぶ誰かの声、そして見慣れない天井だった。

 

 

 

 目が覚めると病院のベッドの上だった。横には烏間先生がいて、僕が起きたのを確認するとナースコールをして電話をすると言って部屋を出ていく。

 結果として何があったかと言うと、デッドボールだった。それも頭への。いくらヘルメットをつけていたとしても進藤君クラスの剛速球なら余裕で衝撃が貫通する。外傷がなかっただけ奇跡だと説明に来た医者に言われた。ただ数日の検査とそのための入院、そして数週間の通院を告げられる。

 しばらくして僕の意識が戻ったことを聞いたE組のみんなと進藤君が病室になだれ込んできた。

 

「本当にすみませんでした!!!」

「あー、いや!いいよ。事故だしさ大丈夫!……多分」

「いえ!俺の責任です!俺が未熟だったから……潮田君に怪我をさせてしまったんです。本当にすいませんでした!!」

 

 進藤君からの猛烈なまでの謝罪の言葉を受け取って、みんなからの心配の声を聞き、軽く雑談を交わしたところでみんなはナースさんに追い出されてしまった。

 少し前まで喧しかった病室は、しんと鎮まり、僕は茅野から貰ったプリン味の飴玉をコロコロと口の中で転がしながら考え込む。試合はエキシビションだったということもあって即中止。負けはしなかったけど…勝てなかった…みんな練習したし、杉野だって勝ちたかったはずだ…例に漏れず僕も勝ちたかった……。

 そんなことを考えているとカラカラという音がしたので窓の方を見やると閉じていたはずの窓が開いていた。そして右側からすすり泣く声が……

 

「………何してんの殺せんせー」

「意識が戻ったと聞いてアフリカから飛んできましたよ!大丈夫ですか!?なんか傷とかありませんか!?気分はどうですか!?吐き気とか腹痛とか──」

「えっと…なんでアフリカ?」

 

 心配する殺せんせーの言葉を遮って、質問する。

 

「もしものために薬の材料を現地まで取りに行ってました!これさえあればもう完璧!保存が効かないのでいちいち現地まで取りに行かなきゃいけないのがたまにキズですが…それでお医者様はなんと?」

「とりあえずは大丈夫だって言ってたけど…」

「いやいやいやいや!そんなもん信用なりません!先生自ら渚君の精密検査を行います!じっとしててください!直ぐに終わりますから!そう!直ぐに!」

 

 結局殺せんせーの触手精密検査が始まる直前に烏間先生が入ってきたおかげで何とか助かった。殺せんせー特製の薬も保険適用外だとかなんとかで渋々殺せんせー自らが持ち帰ることになっていた。ちらっと見えた小瓶の中でゴボゴボと泡を立ててた緑の液体が薬だとは決して思いたくない……。

 

 

 ───────────────

 

 

「あー…あー……うん。声は上々。歩きは…まだちょっとよろけるけどまぁいいか。すぐ慣れるでしょ」

 

 部屋を出て廊下を進む。途中でシーツを持ったナースと出会った。洗濯かな。

 

「あら、えーっと、潮田……君?こんな夜中にどこいくの?」

「…………ああ…えーっと…喉が乾いたのでちょっと自販機まで」

「そう。暗いから転ばないように気をつけてね」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 

 パタパタとスリッパを鳴らして階段を下りる。

 

「あー……寝起きだともうそろそろ限界かな?前はやりすぎちゃったし……僕の時間はまだ少ないな…」

 

 

 

目が覚めたら病院の階段にいた。え、なんで?怖いんだけど。俗に言う夢遊病ってやつかな?嫌だなぁ…そういうの。こういうのって病院の先生とかに相談した方がいいのかな?……とりあえず戻るか。

いつまでもここにいても仕方ないと僕踵を返して部屋に向かう階段に足をかけた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
さて、だんだんおかしくなってきました。え?2話から十分おかしかっただろって?ええ、おかしかったですね。
とまぁそんな話は置いておいて、今回の球技大会の打順は「1木村2前原3磯貝4杉野5渚6岡島7DH千葉8カルマ9イトナ」となっております。本編では三村君が打ってましたが、イトナ君になったのと、お話の都合上前原君と渚君の打順が変わりました。渚君は本編でもパワーがあれば5番打てそうなんですけどね。いかんせん3学期になっても杉野君1人で押さえられちゃうパワーな訳ですからそりゃ無理ですわな。
ではまた。


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#11 鷹の来る時間

 

「今回の検査でも、特に異常はありませんでした。次は二週間後に来てください。念の為です」

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

 一礼して診察室から出る。医者に言われて仕方なく通院しているけど、正直何も無いし、自宅から離れたここにわざわざ来るのは面倒だから早く終わらないかなぁ……。

 

 会計の待ち時間にスマホでカレンダーを確認していると、次の月曜日から「鷹警戒」という文字が書かれている。鷹……?警戒って………あ。

 

 忘れてた……

 

 鷹岡…あの異常者、もとい暴力教師が赴任してくるのはそろそろだ。正確な日にちが思い出せなかったので、曖昧な記憶からここら辺だろうという日にちに「鷹警戒」の文字を入れて置いたのだ。

 

 正直あの人は好きじゃない。むしろ嫌いだ。色んなことを教えて貰ったけどもそれでも外道だし、クズだし、やってることは人間じゃないとも思う。対策、考えなくっちゃね。

 

 平和な毎日が楽しくて、自分の目的を忘れてしまいたくなる時がある。実際今もそうだった。二度とあんな思いはしたくないって思ってここに来たのに……つくづく僕は自分に甘いと思う。

 

「潮田さーん」

 

「あ、はーい!」

 

 窓口の人に呼ばれたので、僕は携帯をポケットにしまって会計に向かった。

 必ず殺せんせーを僕の手で殺す。改めて僕は自分の心にそう誓った。

 

 

 とりあえず家に帰って作戦を考える。といっても時間が無いので、ちまちま根回ししたりすることは難しい。時間があれば、殺せんせーや烏間先生とかを通してやりようはあったのかもしれないけど、今からやっても鷹岡が来ることを止められる訳もない。

 

 一周目と同じように返り討ちにするのが最善かな…?その後、夏期講習の島で襲ってきても、その前に僕らが殺せんせーを殺してしまえば鷹岡の計画はお釈迦になる。

 

 で、問題はあいつが来た当日のことだよね……。うーん…みんなが殴られたり蹴られたりするのは見たくはないから、なるべく僕に奴の目を惹いて一騎打ちという形に持っていきたいけど……カルマ君の真似したりして煽ったりすれば乗ってくるかな?

 

 鷹岡はプライドが高くて、逆らえないようインパクトを残したいだろうから、生意気な生徒を装えば簡単に注目を僕に集められる。

 

 自分を犠牲にみんなを救う、こう聞けばたいそうご立派な事だ。けどこれは僕の自己満に過ぎない。みんなが無惨に殺される姿を見てから僕の心の中でみんなの優先度が上がっている。みんなが傷つく姿を見たくない。強迫観念にも近いそれが、僕にとってこの世界での行動原理のひとつでもあったからだ。

 

 

 

 

 そして来たる当日。奴は当然現れた。

 

「ようっ!烏間!」

 

 気色悪い声が耳に入ってきて気分が悪くなる。

 

「あれって…新しい先生…?」

 

 やっぱり僕はこいつが──

 

「やぁ!今日から烏間を補佐してここで働くことになった鷹岡明だ!よろしくなっ!」

 

 大嫌いだ。

 

 

 

 ───奴が僕らに自己紹介を終えると、広げられたブルーシートの上に奴が持ってきた高そうなケーキやエクレア、マカロンやプリンなどが広げられる。

 

「な、なんだ!?」

 

「ケーキ!!!」

 

「ラ・ヘルメスのエクレアまで!」

 

「い、いいんですか!?こんな高そうなの…」

 

「おう!食え食え!俺の財布を食うつもりで遠慮なくな!」

 

 ここだけ切り取ってしまえば、最高の財ふ…先生なんだけどな。

 

 僕はピンク色をしたマカロンを口に入れながら、ザッハトルテの一切れに手を伸ばす。普段食べれないとびきり上等な甘いものなので遠慮なく頂こう。

 

「ヌルフ……ケーキィ…」

 

「おお!あんたが殺せんせーか!食え食え」

 

「いいんですか!?では遠慮なく!」

 

「まぁ、いずれ殺すけどな!はっはっはっはっ」

 

 皆のこいつに対する今のところの印象は、気さくで話しかけやすい、それこそ原さんの言う通り「近所の父ちゃんみたい」という表現が正しいだろうか。

 

 僕も最初はこの親しみある顔に騙された。こいつの独裁的な授業とも言えないほどに耐え難い訓練が始まるまでは。

 

 

 

「さて、訓練内容の一新に伴って新たな時間割を組んだ!」

 

 時間割の紙が配られるなり、その狂気の内容に目を通した生徒からざわつき始める。

 

「嘘…だろ?」

 

「10時間目…?」

 

「このくらいは当然さ。このカリキュラムについてこられれば、お前らの能力は飛躍的に上がる!では早速──」

 

「ちょっ!待ってくれよ!こんな時間割無理が「鷹岡先生!質問があるんですけど……」

 

 立ち上がりながら文句の言葉を述べようとする前原君を遮って、その代わりに僕が質問することにした。

 

「おう!なんだ?」

 

「この時間割だと勉強の時間が足りないと思うんです。僕らも受験生なので、無理のある訓練には賛成できません」

 

「はっはっはっ!父親に意見か!威勢がいいなぁ…でもこれは賛成反対の話じゃなくてだな」

 

 鷹岡は生徒の間を抜け僕に近づく。ちょうど僕の間合いから少し遠く、奴の間合いギリギリの位置で止まると、奴は突然僕の髪を掴もうとした。

 

「っ!」

 

 警戒していたおかげで、奴の腕が動いたタイミングで1歩下がる。掴めるギリギリの位置にいた奴の手の平は当然僕の髪ではなく空を掴む。

 

「おいおい、そんなに警戒するなよ。少し撫でてやろうとしただけじゃないか」

 

 鷹岡は舌をペロリとしながら呆れたように言う。

 よく言うよ。僕が避けなかったら髪を掴んで何をしてきたか。腹を殴るか膝蹴りか平手打ちか、まぁなんでもいいけど。

 

「そうだったんですか?すいません鷹岡先生」

 

「はは、まあいい。じゃあさっきの質問に答えることにしよう。お前らは3月までにあの化け物を殺す暗殺者になる必要がある。そのためには多少なりとも努力してもらう必要がある。そしてその多少なりの努力があの時間割ということだ。どうだ?分かってくれたか?」

 

 鷹岡は僕に笑いかけながら肩組みをする。脅迫のつもりだろうか。

 顔や声はにこやかだが、心の中の冷えるような感情が直接触れている僕にははっきり伝わった。

 

「……分かりました。確かにそうかもしれないですね。僕らが強くなるためにはたくさん訓練する必要がありますもんね」

 

 僕はその脅迫に屈することにした。相手の考えに理解を示したことを明るい笑顔と言葉で表現する。

 その言葉に拍子抜けしたのか、鷹岡は肩組みした腕を僕から外して、改めて列の先頭に戻ろうとする。

 

「そうかそうか!分かってくれたか!物分りが良い奴は父ちゃん大好きだぞ〜じゃあ早速──」

 

「でも鷹岡先生は烏間先生より”下っ端”なのにちゃんとした授業できるんですか?」

 

 一気に空気が淀んだ。皆も本能的にまずいと思ったのだろう。やつの本性が露呈する前に、奴に抵抗することの恐ろしさを理解し始めている。

 

「………当たり前だ。それに俺は下っ端じゃない。現にあいつはお前らの教育係を外され俺がその仕事を引き継いだ。これこそが国があいつより俺の方が優秀だと認めたというなによりもの証拠だろう?」

 

 堪えてるのかな?すぐにでも手を出してくると思ったけど…でも静かな怒りは感じる。奴に自分のプライドを傷つけられる行為を耐えられるわけが無い。

 

「優秀な烏間先生の負担を減らすために仕方なしに力を借りたって考えはできません?」

 

 わかりやすい挑発だけど、この人なら生意気な子供への報復を口実に、簡単に手を出すだろう。

 

「……まったく。父ちゃんに生意気な口聞く奴にはおしおきが必要だな」

 

 鷹岡は拳を振り上げ、僕に暴力的教育を加えようとする。でも所詮大振りなテレフォンパンチだったので一周目の記憶や経験がある僕にとっては止まって見える。というか仮にも軍人がそこらの不良よりも喧嘩慣れしてない実戦に不向きなパンチをしていいのだろうか?大振りなのは威圧感を出すため…とかかな?

 

「なっ!?」

 

 僕はなるべく動きを少なくして避け、念の為第二撃に備える。まぁ避けられると思っていなかったみたいで体勢が崩れたから杞憂に終わったんだけど。

 

「あーよかったー運良く避けられたよー。自称とっても優秀な軍人さんでこーんな大口叩いた人の拳を素人の僕が避けられるわけなんてないから、本当に運が良かったんだねー」

 

 棒読みでさらに煽る。

 

「てめぇ………ふざけんじゃねぇぞ……父親も同然の俺にそんな口聞いといてまだヘラヘラと……」

 

「まともな父親は子供に殴りかからないと思うんですけど…?」

 

「ぬあああああ!!!!」

 

「やめろ鷹岡!!」

 

 また殴りかかろうとしてきたから避けようと思ったらいつのまにか烏間先生が鷹岡の腕を掴んでいた。

 

「烏間…その手を離せよ。これは教育の範疇だ。それに父親の威厳というものもある。世の中に父親をバカにする子供がどこにいる?」

 

 さて、ここまでやれば前と同じ勝負の展開になるだろう。だけど、ちょっと怒らせすぎたかな?…前と同じように動けば難なく勝てる、と思う。うん、思いたい。クラップスタナーを使ってもいいけど、殺せんせーや烏間先生の前で不審な動きをしたくは無い。何より不用意に手の内を明かすのは殺し屋として得策じゃないしね。

 

「渚君。任せられるか?」

 

「え?ああ、はい」

 

 どうやら話はまとまったようで、前と同じように僕が鷹岡にナイフを当てるか寸止めすれば僕の勝ちらしい。

 

「烏間先生、もう勝負を始めていいですか?」

 

「?…あ、ああ」

 

「じゃあいきますね鷹岡先生」

 

 さっさと終わらせたかった僕は、歩きながら烏間先生からナイフを受け取って、その勢いのまま殺気隠して鷹岡に近づく。

 

 鷹岡はまだこちらを見ている。余裕を持った顔で自分の勝利を確信し、その後の展開を組み立てている顔だ。他のみんなも僕を見ている。本当に勝てるのか?渚よりも磯貝君とかのほうが…、目を瞑るとそんな心の声が聞こえる気がする。

 

 目を開けると、閉じた時より更に鷹岡に近づいている。肝心の鷹岡はといえば、拳を構えるどころか頭も戦闘態勢に切り替わっていない。

 

 殺し屋はこういったチャンスを逃さず、容赦なく獲物を仕留める。

 

 僕は鷹岡にぶつかったことを機として、相手が殺されそうになっていることに気づく前に標的の太い首めがけてナイフを振る。

 

 ギッとした冷たい刃は奴の首に吸い込まれるようにして命を狙う。こうすれば避けようとして体重後ろに傾くからそのまま服を後ろに引っ張っ……て…………

 

「あ」

「………へ?」

 

 鷹岡の間の抜けた声の後、首に刺さった銀色のナイフが赤く染まり始める。

 

「きゃああああああああ!!」

 

 クラスの誰かが叫ぶ。刃が首に深々と刺さるその光景を前に僕は呆然としてしまって、ナイフから手を離してその場にへたりと座り込む。

 

「あぐぃ!がはっっっ!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 鷹岡がただをこねる子供のように首を押さえてのたうち回る。

 

「鷹岡!!!」

 

 烏間先生の声がした頃には、目の前で既に殺せんせーが鷹岡の治療を始めていた。僕はただその光景を見ているしか無かった。

 

 みんなの声が聞こえる。でも言ってることはよく分からない。頭がまわらない。考えても考えてもぐるぐるする。どうしてナイフがあたったんだろう刺さったときの感しょくがみぎ手にのこってる。このかんじは………あれ…なんでこのかんかくをぼくは覚えているんだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

「……さくん!渚君!」

 

 烏間先生の声に、はっとする。どのくらいぼんやりとしていたのだろうか。目の前ではいつの間にか理事長先生が鷹岡に解雇通知を渡している。

 

「確かに教育には恐怖が必要です。ただ、力でねじ伏せたいのであれば自分が絶対的な強者でなければならない。それが成り立たないあなたの教育は教育などではありません………では、お大事に」

 

「ひ、ひいいいいいいいいい!!!!!!」

 

 鷹岡にそう言い捨てた後、内容は聞こえなかったけど殺せんせーと少し会話をして理事長先生は帰っていった。

 

 一方鷹岡はと言うと舐め腐っていた中学生に殺されかけた上に、クビ宣告されて意気消沈していたかと思えば負け犬を体現したかのような声と走り方で逃げてしまった。

 

「渚君!怪我はないか?」

「ぼ、僕は大丈夫です…でも鷹岡先生は……」

「あいつが自分から仕掛けた勝負だ。君の責任ではない」

「でも僕は……人を傷つけてしまいました…」

 

 あの感触がまだ手に残ってる。手についた返り血はいつの間にかだれかが拭き取ってくれたらしく、拭き取りきれなかった爪の間に少し残っているくらいだった。ただそれでも……気持ち悪い感覚だ。

 

「それでもだ。鷹岡は奴が処置をして、もう走って逃げれるまで回復した。だから君は人を殺していないし、殺しかけてもいない。…ただ少し事故が起こっただけだ」

「……分かりました。お気遣いありがとうございます」

 

 烏間先生の言葉はいつもに増して優しかった。それは残酷だと思えてしまう程に優しくて、温かい言葉だった。しかしそれでも、ショックで暗く沈んだ僕の心が再び浮き上がることは無かった。

 

 

 そのあと僕は気分が悪いと言って、その日の午後の授業を全て休むことにした。殺せんせーに言うと要らぬ気遣いが面倒そうだったので、昼休みの間にビッチ先生に話したら、僕のことを案じたのだろうか即了承され、僕は帰宅することになった。

 

 家に着いて、手も洗わず部屋へ行き、鞄を置いて制服も脱がずうつ伏せにベッドに飛び込む。

 

 できるだけ深く深呼吸をすると、今日の疲れがドッときた。

 

 迂闊だった。確かに鷹岡の事は嫌いだったけど殺したり殺しかけたりしたいほどの憎悪じゃない。あの人からは色んなことを教わったし、感謝はしてるつもりだ。ただちょっとだけ生きながら死ぬほど不幸になってくれればいいな、くらいの感情だった。

 

 僕は仰向けになって右手を上げてじっくりと見る。

 

 本当に気持ち悪い…………水や石鹸でいくら洗い流しても人を刺したあの感覚だけは取れなかった。手に染み付いているのか脳に染み付いているか分からないが、全身に加えて臓器まで洗濯機に放り込んで丸洗いコースで洗っても取れない気までしてくる。

 

 僕は「はぁ…」とため息を一つついて、ゆっくりと瞼を下ろす。今日は色々ありすぎた。少し休みたい。

 

 律に19時に起こして欲しいと伝え、制服を着替えて、次こそは上手くやると覚悟を決め、ようやく眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして

 

 

 

 

 あの時

 

 

 

 

 




まだ生きてたらしいっすよ。しかもまだ書かせてもらうつもりがあるらしいっすよ。生意気っすね兄貴。

次は…えーっと…約束できないけど…今年中には書きたいなって…思いましゅ。はい。よろしくお願いしましゅ。


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記録 2967:0715

 

 

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ー____ーー_

 

 

 

「いきなり!!」

 

「「「おしえて!くぬどん〜〜〜!!!」」」

 

「やぁ!僕くぬどん!この椚ヶ丘中学校の旧校舎には七不思議があるって知ってる?」

 

「「「しらな〜〜〜い!!!」」」

 

「夜中に動く人体模型とか、夜な夜な教室から聞こえるテレビの音とか、ありきたりなものもあるけど、今回話すのは『椚ヶ丘村の噂』だよ!」

 

「「「なにそれ〜〜〜???」」」

 

「夜に男女二人で裏山を歩いていると、どこからか太鼓の音が聞こえてくるんだ!そのまま歩いているといつの間にか石でできた鳥居があって、そこをくぐるとお祭りをやっている村に入っちゃうんだ!」

 

「「「おまつり〜〜〜!!!」」」

 

「その村は椚ヶ丘村と言って、村の人達はとても親切にしてくれるんだけど、もし村の人に『もう今日は夜遅いから村に泊まっていきなさい』と言われても絶対に泊まっちゃいけないよ。なんでって?そりゃあ……」

 

「おーい、そこのどんぐりさん」

 

「え?あ、僕ですか。えっとあなたは…?」

 

「私はこの村の世話役です。もう夜遅いですから今日は家に泊まっていってください」

 

「あ、そりゃどうも。ということだからみんなばいばーい!」

 

「「「ばいば〜〜〜い!!!」」」

 

 

 

───────

 

 

 

とある真夏の夜、僕らは一ヶ月前から殺せんせーに「この日は予定を空けておいてください!絶対ですよ!ドタキャンとかされたら先生自殺しますからね!?」と言われ、何があるかを特に聞かされずE組の教室に集まっていた。

 

「本日皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。真夏の夜といえばそう!肝試しです!」

 

「いやまぁそうだけどよ…随分と急だな」

 

「前原君!入りを考えるのがめんどくさくなってこうやって強引に入ることだってあるんだよ!」

 

「そういうのはやめようね、不破さん…」

 

不破さんのメタ発言を咎めつつ雑談していると、殺せんせーは死装束を纏っていて、手書きであろうパンフレットが配られた。

 

「ゴールまでのルートを書いた地図です。途中に御堂を作りましたので、小さい御堂を二つ、大きい御堂を一つ経由してゴールへ向かってください。それぞれの場所にお札が置いてありますので、それをペア毎に一枚ずつとっていってくださいね」

 

「随分本格的だな…」

 

「何事も全力でやらなきゃ楽しくないでしょう!ということで今回のペアを発表します!!!」

 

ペアは事前に決められてて、僕は茅野とだった。多分修学旅行の時の気になる子ランキングとか日頃仲良さそうなのをくっつけようとしてるんだろうけど……

 

「8時20分になったら一番目のペアは出発してください!それ以降は5分毎に出発を!それでは!!!」

 

殺せんせーは言いたいことを言い終わると、マッハで窓から出ていった。怖がらす準備でもしにいったのだろう。

 

「……よし、行ったね。律ー頼んどいたやつ出来てる?」

 

『もちろんです!ところで渚さんは肝試しが行われるのを知っていたんですか?』

 

「なんとなくはね。イベント好きの殺せんせーが真夏の夜に集まりたいって言ったら花火か肝試しかと思ってさ」

 

『なるほど…』

 

「おい渚、律に何頼んでたんだ?」

 

『これです!』

 

律が機体の横からバラバラと頼んでいたもの一式を出し始める。律は特殊な樹脂を加工して色んなものが作れるので、今回はろくでもないことを考える殺せんせーを懲らしめるために色々作ってもらった。

 

「なんだこの布切れ……ってこれ、よくお化け屋敷の幽霊役とかが着てるやつか?」

 

「こっちは…のっぺらぼうのマスク?これまさか…」

 

『はい!渚さんの言う通りお化け屋敷で使われる物を一式作ってみました!特殊メイクも施せますので本気で殺せんせーを驚かしちゃいましょう!』

 

「なるほどねー…確かにペア見る限り、くだらねーこと考えてそうだし。肝試しよりこっちのが面白そーじゃね?」

 

「隙があればそのまま暗殺に移ってもいいし、みんなも協力してくれる?」

 

「いいなそれ!みんなで殺せんせーのことびびらしてやろうぜ!」

 

「ふふ……ミス肝試し日本代表と呼ばれた私の出番ね…」

 

「狭間がやったらガチで気絶しそうだな。俺暗い道で狭間にあったら死ぬもん。多分」

 

「あはは……ほどほどにね…?」

 

 

──────────

 

 

僕の準備が終わって、ふと周りを見渡すと狭間さんがいつのまにかリアルすぎる幽霊になっていた。律がメイクやらなにやらを完璧にやってしまったせいでとんでもないものが完成しつつある……。ちなみに僕はのっぺらぼうだ。

 

「茅野は何にしたの?って…」

 

「私ものっぺらぼう!二人で合わせた方がいいと思って!」

 

「確かにそうかもね。しかしこう見ると随分リアルだよね……マスクと軽いメイクだけでこんなのになるんだ」

 

「律ってば凄いよね!ってそろそろ時間だし出発しよ!」

 

「うん。行こっか」

 

 

 

出発してちょうど5分くらい経った頃だろうか。最初は順調に進んでいると思っていたが、なぜか殺せんせーが驚かしに来ないのだ。それに電波が繋がらずモバイル律も使えない。

目を瞑っていても歩ける自信のある裏山の道を間違えるとは思えないし…ていうかあんな岩…この裏山にあったっけ。

 

「うーん…地図のとおりに進んでるはずだけどな……」

 

「……ねぇ渚、なんかさっきから太鼓の音聞こえない?」

 

「太鼓?」

 

………確かに耳を澄ますと聞こえる気もしてくる。それに太鼓だけじゃなくて人の声?とかも聞こえる気がする。

 

「お祭りでもやってるのかな?」

 

「裏山で?仮にも学園の敷地内だしそれはないと思うけど……」

 

「とりあえず行ってみよっか……」

 

「……うん。もし人がいたら道を聞けるし僕も賛成」

 

今思うとどうして思い出さなかったのか不思議に思う。ここの生徒なら一度は聞いたことのあるはずの「椚ヶ丘村の噂」を………

 

 

道を進むにつれ、太鼓の音や人の声がより鮮明になってくる。名前は分からないけどよくお祭りで聞くような太鼓の音とか、人の笑い声や何かが焼ける音、ソースかな?いい匂いがする。本当にお祭りをやってるのかな?

 

「っと…そういえば今、僕らのっぺらぼうだ」

 

「あ、誰かが見たら驚かしちゃうよね」

 

「せっかく律がやってくれたけど…取っておこっか。まずは戻らないとだしね」

 

 

緩やかな坂を登りきると石でできた鳥居があった。紙垂のかかった灰色の鳥居は、なんだか不思議な雰囲気があって生き物の口のように感じた。

鳥居の先には焼きそばやわたあめの出店や「祭」や「椚」と書かれた提灯がかかっている。他にも浴衣を着た人がいたりして、本当にお祭りだった。

 

「これ…夢じゃないよね」

 

「ひゃんといひゃいひゃら…夢じゃないと思う…」

 

茅野が自分の頬をつねって夢かどうかを確かめている。目の前の光景が信じられず立ち尽くしている僕らに気づいたのか、男の人がこちらにやってきた。

 

「君たち、見ない顔だね。そしてどうやら困った様子だ」

「えっと…昼に携帯を落としちゃったみたいで探していたんですけど、道に迷っちゃっていつの間にかここに…」

 

咄嗟に嘘をつく。素直に話しても良かったのだが、肝試しで道に迷ったというのが少し恥ずかしかった。いや、携帯を探して迷うのも大概なのだろうが。

僕らの話を聞いた男はにこやかに笑う。

 

「そうか…ここら辺一体は道が入り組んでいるからね、君たちみたいには迷ってしまう人も多いんだ」

 

「そうなんですか…」

 

「しかし今から帰るにしても、もう夜も遅い…そうだ今日は村に泊まっていくといい。我が家へ案内しよう」

 

「そんな!悪いですよ!」

 

「遠慮はいらないよ。というか君たちみたいな子供を夜の山に追い返すほうがどうかしてると、私は思うがね」

 

「それは…確かに……」

 

そうなんだけど……何か嫌な予感がする…

どうするか迷った僕は茅野にも意見を聞いてみる。

 

「茅野はどう思う?」

 

「うーん…泊まるにしてもとりあえず誰かに連絡したいよね。殺せんせーでもいいから誰かに伝えとかないと大変なことになりそうだし…捜索願とか出されても困るしさ」

 

「携帯使えないのってこんなにきついんだね…」

 

「あー…確かにここは電波悪いからねぇ。固定電話でいいなら家にあるからとりあえず寄っていきなさい」

 

「じゃあ…よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

しばらくその人について行くと少しボロ……ええと、古風な木造平家に着いた。

 

「ただいまー」

 

「「お邪魔しまーす」」

 

「ああ、おかえりなさい修二さん。あら?その二人は……」

 

家の戸を開けると玄関横の部屋から女性が出てきた。そして男の人…いや、修二さんの後ろにいる僕らを見て首を傾げている。

 

「ああ、道に迷ったらしい。今日はもう遅いからな、二人くらい構わんだろう?」

 

「私は構いませんけど…」

 

女性の視線が部屋の奥に移る。するとぬいぐるみ?を抱いた女の子がひょっこり出てきた。女の子はこちらを見定めるようにこちらを見ながら女性の服の裾をぎゅっと掴んでいた。

 

「こんばんは!」

 

茅野が明るく挨拶したので慌てて僕も「こんばんは」と続く。

 

「ああ、この子は私の娘の優香だ。ほら優香、挨拶しなさい」

 

女の子はこちらから目をそらすと、ぼろぼろのどんぐりのぬいぐるみを抱えたまま二階へ続く階段を駆け上がっていった。

 

「すまないね。あの子はすこしばかり人見知りなんだ」

 

「あのくらいの歳ならしょうがないですよ」

 

二階へ上がる階段に僕は何かが引っかかった。なんだ?何かがおかしい……まて、なんで二階があるんだ?ここは平家なのに。外から見た時二階なんて、

 

「どうシたんだい?」

 

「っ!?」

 

考え込んでいる僕に修二さんが僕を覗き込む。修二さんのギョロりとした瞳の中に僕が反射する。

 

「な、なんでもないです!そうだ!電話を…」

 

「…ァあ、電話は二階の階段を上がったところにある。好きに使ってくれて構わないよ。僕らは居間にいるから終わったら来てくれ」

 

「わかりました…」

 

「大丈夫?渚。流石の渚でもこんな状況だったら混乱もするよね」

 

「いや、僕をなんだと思ってるのさ?」

 

「………とりあえず電話しなきゃね!」

 

ごまかす茅野に背中を押されて階段を上がる。次の段を踏む度にギシギシミシミシと音が鳴るせいで、突然床板が抜けないかと不安になる。

 

階段を上がると、修二さんの言っていた通りすぐのところに黒電話が置いてあった。

 

「むむ、黒電話か…渚は使い方分かる?」

 

「なんとなくはね」

 

黒電話の使い方は昔テレビで見たことがある。確か数字のとこに指を入れて銀色の所まで回せばよかったはずだ。

……多分。

 

受話器に手をかけようとした時、服の裾が何かに引っ張られる。振り返るとさっきの女の子が僕と茅野の服の裾を掴んでいた。

 

「優香ちゃんだっけ?どうしたの?」

 

「………こっちきて。声出さないで」

 

僕らは優香ちゃんに引っ張られるまま奥の部屋に入ると、「待ってて」と言われ、そのまま優香ちゃんは窓から外へ出ていった。しばらくすると「こっち」と手招きされ、窓を出ると家の裏手に出た。2階なのか1階なのかまるで分からない構造に気味悪さを感じた。窓をくぐる時に服についたホコリや木くずを払っていると、急に優香ちゃんが急いだ口調で話し始めた。

 

「逃げて!早く!じゃないとこの村から出られなくなっちゃう!」

 

「え、どういうこと?」

 

「ここは椚ヶ丘村!あなた達椚ヶ丘中学校の人でしょ?なら聞いたことあるよね!?」

 

「私は今年から来たからなぁ……渚は聞いたことある?」

 

「うん…旧校舎の七不思議の一つだよ。でもあれはただの噂で──」

 

「噂じゃない!早く逃げないとみんなと同じ()()()()にされちゃう!鳥居から外にはみんな出れないから鳥居まで走って!!!」

 

優香ちゃんの目と声はとても真剣でとても嘘をついているとは思えなかった。

 

「渚…」

 

「逃げよう。嘘を言ってるようには思えない。優香ちゃん、君も──」

 

「嬉しいけど私は無理……でもあなた達はまだ間に合う。早、むぐ!」

 

「ちょっ!渚!?」

 

「しーっ…静かに。人が来る」

 

足音がしたので優香ちゃんの口を手で押さえ、僕らも息を潜める。そうしていると村人のものと思わしき会話が聞こえてきた。

 

「そういやさっき新しい子供が来たらしいな」

 

「ああ、中野の家にいるよ。いいなぁ……俺も家族が欲しいぜ」

 

村人の声が遠ざかり、他に足音が聞こえないのを確認して優香ちゃんから手を離す。

 

「ごめんね。足音が聞こえたから…」

 

「ううん、大丈夫。でも早く行った方がいいよ。絶対捕まっちゃダメだからね」

 

「うん。絶対」

 

「近くにはいないみたい。行こ!渚!」

 

村人達に見つからないように隠れながら進む。しばらく進むと見覚えのある通りに出た。最初に僕らが鳥居をくぐって最初に出た場所だ。鳥居は…あそこか!

 

「おい、そコでなにをしている」

 

「っ!?」

 

見つかった。修二さんだ。

 

「電話は済んだのカい?それともトイレかな?案内しよう。ついてきなさい」

 

「あの…私たち帰ります!お世話になりました!」

 

茅野の帰るという言葉に反応して、「ああ、そウカ…そうだね…ぁア…」とぶつぶついいだした。

 

「だめだ。帰ろう。危ナいからね」

 

なんなんだこの人…クラップスタナーを使いたいけど、意識の波長がおかしい。波長がずっと揺れずに一定なせいで当てる音が見つからないし、多分効かないやつだ。こうなったら仕方ない…こういう時は……

 

「走れ!!」

 

「捕まエろ!」

 

男の声に応えるように他の家や茂みから村人がわらわらとでてきた。こいつらも同じようにクラップスタナーは効かなそうだ。

 

明かりの消された提灯と人のいない不気味な出店達を全速力で横切って、先程見えた鳥居をくぐる。振り返ると、鳥居の手前で十人近くの村人たちが縄や鍬を持ってこちらを睨んでいた。僕は怖くなって、茅野の手を掴んで思い切り坂を駆け下りた。

 

茅野の手を引いて夢中で走った。走り続けて息が切れそうになって少しスピードを緩め、視線を前に移すと見るといつの間にか旧校舎の目の前に来ていた。

 

「はぁ…はぁ…帰って……きた?」

 

「そう……みたい」

 

しばらく立ち尽くしていると、教室から窓越しに僕らを見つけた杉野と前原君が窓を開ける。

 

「あれ?お前らまだ行ってなかったのか?」

 

「早く行かねーと殺せんせーに怪しまれるぞー」

 

僕は急いで携帯で時間を確認する8時22分…ってことはまだ僕らが出発してから2分くらいしか経ってなかったってこと?

息を整えながら茅野の方を見ると、目が合った。

 

「…なんだったんだろ、あれ」

 

「わかんない…とにかく無事でよかったよ…」

 

「とりあえず…行こっか。多分次は大丈夫でしょ」

 

「…うん」

 

 

 

結局あれはなんだったんだろう。あの村は、あの祭りは、椚ヶ丘村に囚われてしまっていた優香ちゃんはどうなったのだろうか。

 

僕らが体験したことは茅野と話し合って二人の秘密ということにした。誰かに話したって冗談だと思われるだけだろうしね。

 

そして、きっとあの鳥居は、今も他の誰かが村に迷い込むのを大きな口を開けて待っているのだろう。

 

 

 

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