妖滅師の経営する妖怪横丁 (ヤギネギ)
しおりを挟む

第一話 現代の若き妖滅師

 妖滅師。

 それは平安から続く妖怪退治を専門とする妖術を使う術師のことを指す。

 妖滅師が使う妖術は脈々と受け継がれ、秘伝されてきた。

 妖滅師は妖怪と戦うための術を磨き続け、妖怪と熾烈を極めた死闘を繰り広げていた。

 

 それは平安を経て、現代になってもなおだ。しかし、妖怪全盛の平安と違い、現代の妖怪は平安と比べ激減していた。

 妖怪の数が減ると共に妖滅師の数も激減していった。

 妖滅師の家系が途絶える、もしくは失われる、妖へと堕ちる者、妖術を捨てる者など理由は様々だった。

 

 そんな現代の中で、秀でた才を持つ妖滅師が存在していた。

 その者の名は、簑島義明(みのしまよしあき)

 彼の一生涯は、妖滅師としての生を歩んできた。妖滅師として妖怪を退治し、その名を妖滅師界に轟かせていた。

 

 そんな歴戦の猛者である彼も寿命には勝てない。

 妖へと堕ちれば寿命を超越することが出来るが、彼はそれを良しとせず人間としての生を謳歌し、天寿を全うしようとしていた。

 ここはとある病院の一室。

 

「…来たか。待っていたぞ…。」

「おう。一仕事終えた後でな。遅れちまった。」

「いい…とりあえず座れ…最後の話がある。」

「…わかった。」

 

 病室に入室した若い男はそう言い、近場に置かれていたパイプの丸椅子に手を掛け、仕事によって疲労した体を休めるためか、吸い込まれるようにパイプの丸椅子に座った。

 病室のベットで横たわっていた老人はそれを確認すると、上体を弱々しく起こし、ゴホッと咳一咳しながら話を続ける。

 

「…儂はもうじき寿命でこの世を去るだろう。妖滅師と言っても所詮儂は人間だ。だが、儂が生涯をかけて研磨した術は明拓、お前の身に全て継承されている。」

「あぁ、あんたに散々教え込まれたからな。」

 

 若い男と老人は昔の情景を懐かしむように遠い目をしていた。

 若い男の名は簑島明拓(みのしまあきひろ)と呼ばれ、義明の養子に当たる人物だった。

 

「…捨て子であったお前を拾ったのも二十年以上も前か…。フン、時が経つのが随分と早く感じるな。これも年を取ったせいか…。ひ弱だったお前がよくぞここまで立派に育ったものだな…。」

「…そうだな。で、最後の話っていうのはそれかい?義明のじいさん。」

 

 明拓と呼ばれている若い男は訝しげな表情をしながら、義明の真意を探ろうとする。

 

 彼らしくないと明拓は思ったからだ。

 義明という人間は厳格な人間だった。それ故か、彼は人を褒めることを一切してこなかった。

 そんな彼が人を賛美することに疑問に感じていたからこそ、明拓はその真意を探ろうと疑問を投げかけた。

 

「…そうではない。この年になるとどうも昔のことばかりを思い出してな…。折り入ってお前に話がある。儂の生涯最後の頼みだ。お前にしか頼めない。」

「頼み?あんたが俺に?」

「…そうだ。心残りがあってな…。」

「…俺ぁ、あんたに育ててもらった恩がある。その最後の頼みとやら聞いてやるぜ。」

 

 明拓は恩義に厚い人間だった。

 受けた恩を仇で返す様なことは決してせず、受けた恩は恩で返すことを信念としていた。

 彼にとっての受けた恩は捨て子であった自分を義明は拾い、あまつさえ衣食住を提供してもらい、強く生き残るために妖術まで教えてもらった。

 

 あの時義明が明拓を拾わなければ、そのまま餓死していたことは想像に難くないだろう。

 そんな大恩を受けた明拓は恩師である義明に頼られることが何よりも嬉しかった。

 

「…お前にある横丁にいる友人達のことをお前に頼みたくてな…。お前になら任せられる。場所はこの紙に書いておいた。」

 

 義明はそう言い、その場所が記された一枚の紙を明拓に手渡す。

 

「横丁?どういうことだい?」

「行けば分かる。詳しい事はその横丁にいる奴らに聞け。儂が行きたかったが、見ての通りこの様だ。」

「…。」

 

 義明は自身の老いた体を見せるかのように手を広げ、悔しげな表情をしながら苦笑する。

 

「…それがあんたの心残りなら、俺ぁ喜んであんたのその心残り、引き受けるぜ。」

「そうか…よかった…よかった…これで儂の憂いもなくなるな…ゴホッ!ゴホッ!」

 

 限界に達した老いた体を無理に起こした為か、堰を切ったかのように咳き込む。

 明拓は慌てて立ち上がり、義明の背中をさする。

 

「お、おい。大丈夫か?」

「…儂のことはもういい。お前は本当に立派に育った。お前ならやり遂げてくれると信じている。…儂はもう寝る。そろそろ一人にしてくれ…。」

「じいさん…わかったよ。また来るぜ。」

「あぁ…。」

 

 義明は疲れたかのように言葉を吐き出しながら、ベットに横たわる。

 明拓はパイプの丸椅子を片付け、病室から退室しようと義明に背を向け歩き出すが、義明から声をかけられる。

 

「…強く生きろ、明拓。お前は儂の実の子ではないが、儂はお前を実の子のように想っている。お前と過ごした日々は充実したものだった。…ありがとう。」

「…湿っぽいな。…こちらこそありがとう。あんたの教えは厳しかったが、愛を感じたよ。あんたはもう休め。後は俺が何とかしてやる。任せとけ。」

「あぁ…あぁ…。」

 

 明拓は義明に振り返ることなく答える。目尻から熱いものが込み上げてくる。

 恩師である義父から自分のことを大切に想い、感謝の言葉を述べられて涙を流さずにはいられなかった。

 明拓はそのまま病室の扉に手を掛け、退室する。

 

 それが義明と明拓が交わした最後の会話だった。

 明拓が退室した数時間後、義明は静かに息を引き取る。

 享年、八十五歳。

 簑島義明はその長い生涯に幕を下ろす。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 義明が亡くなった数日後、彼の葬儀が行われた。

 葬式は本人の遺言により簡素なものだった。

 義明が眠る木棺、その傍らには遺影と二本の蠟燭、焼香台と木魚があった。

 住職はその前に正座で座り、読経する。

 

 明拓はその光景を呆然と眺めていた。

 葬儀が終わり、会場から外に出る。

 明拓は義明が言っていた最後の心残りを思い出し、喪服用の黒いスーツのズボンのポケットから徐に彼から手渡された一枚の紙を取り出す。

 

「…あんたの心残りが何なのかは分からないが、任された身だ。…行ってみるか。」

 

 義明の憂いを晴らすために、明拓は紙に記された場所へと向かうのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 妖怪横丁

 初夏の季節。

 満開に咲いていた薄桃色の美しい桜は散り、冬の寒さが和らぎ、色彩に富んだ花々が咲き誇っていた。

 生暖かく心地の良い風が吹き、夏に向け徐々に温かさが増していた。

 動物達は活発的に活動をしており、鳥は飛び交い囀る。

 明拓は初夏の心地の良い日差しと風を感じながら、紙に記された場所へと到着していた。

 

「いい天気だな。やっぱりこの季節が一番過ごしやすいなぁ…。」

 

 明拓は天を見上げ、太陽に手が重なる様に翳し、眉を顰めて太陽の暖かな光に目を細めながら初夏の季節を堪能していた。

 

「さて、ここがじいさんが言っていた場所か。…あの看板、妖怪横丁?って読むのか?」

 

明拓の頭上には客寄せ用の看板が掲げられていた。しかし、その看板は所々錆び付いており、塗装も剥げていたため、書かれた文字を理解するのに時間を要した。

 

(本当にここであってんのか?でも、紙に記された場所はここだ…間違いねぇ。じいさんは行けば分かるって言ってたが…。)

 

 明拓は最後に会った時の義明の発言に疑念を感じながら、横丁へと足を踏み入れる。

 中へ入ると看板が掲げられており、提灯が垂れ下がっているいくつもの店舗が並び立っていた。

 店舗はどことなく懐かしさを彷彿とさせる外観をしている。しかし、この横丁にはそこはかとなく寂れた雰囲気を漂わせていた。

 一見するとただの横丁であったが、横丁内を進むにあたって明拓はある違和感を抱きながら周囲を見渡す。

 

(何だこの横丁?人っ子一人もいやしやがらねぇ…それにさっきからあちこちに妖力を感じる。それも一つじゃねぇ。複数だ…何かおかしいぞここ…。)

 

 明拓が抱いていた違和感は本来であれば感じることがないであろう妖力だった。

 妖力を感じるということはその周囲の近場に妖怪がいることの何よりの証拠に他ならなかった。

 それも感じる妖力は一つだけでなく、複数の妖力が入り混じっていた。

 これが意味する事は、この横丁は妖怪の溜まり場となっているという事だった。

 明拓はその理解に及んだ時点で、妖滅師としての務めを果たす為に妖怪の気配を探ろうとしていた。

 

「今日は非番だったんだけどな…まぁいいか。一仕事するか。」

「おい。」

「あ?」

 

 妖怪の気配を探ろうと集中した最中、不意に明拓の後方から声を掛けられる。

 明拓は若干動揺しながらも、声のする後方へと体を向けるとそこには一人の少女が腕を組みながら仁王立ちしていた。

 背丈が女子中学生ぐらいであろう少女は、神秘さを感じさせる透き通るような紫髪と薄桃色のワンピースと女性用のサンダルを身に纏っていた。

 

「嬢ちゃん、ここは今あぶねぇからどこかにひ―――。」

(なれ)は客か?それとも敵か?」

「…てめぇ、妖か…俺が客に見えるか?」

 

 明拓の目の前にいる少女は彼の返答を愉快に思ったのか笑い声をあげながら言葉を続ける。

 

「ワハハハハ!そうかそうか!汝は敵か!では、やるとするかのう!久々の喧嘩じゃ!楽しむとするか、の!」

「!?」

 

 少女は言葉を続ける最中で、足で地面を一蹴りして明拓との間合いをあっという間に詰めた。

 距離を詰めた少女はそのまま明拓に向かって自身の拳を振るう。しかし、その拳撃は彼の体に届くことはなく、寸での所で彼の手のひらで受け止められていた。

 明拓は瞬時に自身の中に眠る妖力を練り上げ、肉体を強化して少女の拳撃を見事に防いで見せた。

 

「…この馬鹿力!てめぇ、鬼か!人化の術で人間に化けてやがったのか!」

「ほう、よく防いだのぅ!今の攻防で(われ)を鬼と看破するとは中々やるのう!それに妖力も感じる、汝はひょっとすると混血児か?」

「!人のプライベートな情報を探ろうとはふてぇ野郎だな!」

「ワハハハハ!そう猛るな!」

 

 明拓は強化した肉体で少女に反撃しようと拳を振うが、少女はその拳撃をバックステップをしながら回避して彼との間合いをはかる。

 

「逃がすかよ。≪影縫(かげぬい)≫。」

「ぬ!?」

 

 明拓はすかさず片手で印を結び、妖術を唱える。すると、少女の影から複数の影の線が少女の後方の至る所に貼り付いて、動きを封じる。

 少女はその貼り付いた影を振り解こうと藻掻くが、結果に見合わずその場から動けずにいた。

 

「ちょっと待ってろ。今退治してやる。」

 

 明拓は少女との距離を詰めようと足を踏み込もうとするが…。

 

「ワハハハハ!やるではないか!ならば、人化を解除するとしようぞ。」

 

 少女は高らかに笑い飛ばしながら、自身の妖力を漲らせる。

 迸るおどろおどろしい妖力に包まれながら、少女の姿形が変化していく。

 少女の頭部からは二本の角が聳え立ち、前歯部からは鋭い犬歯が飛び出しており、服装も和風のような出で立ちに変化していた。

 

「それがてめぇの本来の姿か。」

「そうだ、人化を解く羽目になるとは思わなんだぞ。折角の解除じゃ。楽しませてくれ。」

 

 鬼の少女はそう言いながら、明拓が放った≪影縫(かげぬい)≫をブチブチと激しい音を立てながら自身の身体能力で引き千切っていく。

 

「では、行くぞ?」

「…面白れぇ、鬼退治といくか。」

 

 お互いに構えを取り、いざ決戦を挑まんとしようと間合いを詰める為に駆け出そうとするが思わぬ横槍が入る。

 冷気が周囲を覆い、鬼の少女と明拓の間から突如氷の塔のようなものが地面から出現する。

 

「「!?」」

「両者とも、そこまでです。」

 

 両者は突然の出来事に困惑しながら、声のする方へと視線を巡らせる。

 そこには一人の女性がいつの間にか立っており、ギロリと両者を交互に睨み付ける。

 雪原を彷彿とさせるかのような白に近い薄水色の長髪に、シャツとロングスカートや女性用のサンダルを身に付けており、清楚な印象を抱かせるような出で立ちだった。

 

「妖姫さん、この横丁内で喧嘩はご法度ですよ。理解していなかったのですか?」

「む、むぅ…じゃが、彼奴は敵なのだぞ?」

「それはあなたが勝手に判断しただけではないですか?話し合いもせずに何をやっているのですか…。」

「じゃ、じゃが…吾はこの横丁を想っての…。」

 

 先程まで勇ましい言動をしていた鬼の少女は借りてきた猫ような態度へと変化し、折檻される子供のように委縮してしまう。

 

「言い訳は聞きたくありません。罰として、今晩のデザートは抜きです。」

「!?そ、そんなぁ!後生じゃ!勘弁してくれ!吾の楽しみなのだぞ!」

「駄目です。ちゃんと反省して下さい。」

「お、鬼!汝は鬼畜か!畜生か!」

「鬼はあなたですよ。」

 

 がっくりと肩を落としながら地面に四つん這いになり、頭を垂れる。

 そんな鬼の少女を横目に見つつ、女性は明拓の方へと顔を向けて発言する。

 

「お初にお目にかかります。私の名は氷艶(ひょうえん)と申します。以後お見知りおきを。」

「……え?あ、あぁ…。」

 

 明拓は目の前の光景に呆然としていた為に鈍い反応をする。

 

「つかぬことを伺いますが、あなたはひょっとすると義明様のお知り合いなのではないですか?」

「!?あんたまさか、じいさんが言ってた友人達って奴かい?」

「やはりそうでしたか。先程は妖姫が失礼なことを。お許しください。ここで話すもなんですから、店の方で話をお伺いしたいのですが、どうでしょうか?」

「…………わかった。」

「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ。」

 

 氷艶はそう言いながら、明拓を先導する。

 彼は状況を理解出来ずにいた。しかし、目の前の女性の振る舞いに戦意が削がれてしまっていた。

 半信半疑ながらも彼女の提案を呑み、彼女に促されるように後を追うのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 消滅の危機

「粗茶ですが、どうぞ。」

「あ、どうも…。」

 

 氷艶は慣れた手付きでお盆に載せた湯呑みと菓子の入った菓子椀を明拓の座るテーブルへと置く。

 

「おぉ、これ上手いのう。痛っ!」

「それは来客用であって、あなたの為ではありません。」

 

 明拓と対面するように座っている妖姫はテーブルに置かれた菓子椀に手を伸ばし、菓子を頬張るがその行為を隣に座っている氷艶は頭を叩いて諫める。

 

「良いではないか。どうせ食べてないのじゃし…。」

「そういう問題ではありませんよ。あなたのその手癖の悪さは改めるべきです。」

「ケチじゃのー。」

「まだ足りませんか?」

 

 妖姫は叩かれた頭を片手で撫でながら次の菓子へと手を伸ばそうとしたが、氷艶はニコニコと笑いながら殺気を放ち、彼女の頭を再度叩こうと腕を振り上げる。

 

「い、いやー吾超反省してる的な?もう改めすぎてマジヤバいわー。ヒューヒュー。」

「…まったく。」

 

 妖姫は菓子椀に伸ばした手を引っ込め、冷や汗を垂らしながら血の気が引いたような顔になり、何とか誤魔化そうと口笛を吹くが音が鳴っていなかった。

 氷艶はそれを見るや否や、溜息を零す。

 

「…んで、おめぇらは一体何なんだ?ただの妖じゃねぇのは分かるが、今一理解出来ねぇ。義明のじいさんの友人ってのは本当かい?」

「はい、その通りです。義明様と我々は盟友の間柄ですね。この横丁に住まわせて頂いているのも、彼の恩情です。」

「盟友ねぇ…。じいさんも友人達が人外なんて言ってなかったしな。ここには何年住んでんだ?」

「覚えてないのー。吾と氷艶は義明が若い時から住んでおるよ。まぁ、新参の者、消滅した者、出ていった者もおるのー。」

「なるほど…。」

 

 明拓は訝しげに目の前にいる二人の話を注意深く聞く。

 目の前にいる少女と女性は一見するとただの人間にしか見えないが、その正体は『人化の術』と呼ばれる妖術を使用している妖怪だった。

 

 目の前で座っている二人組の『人化の術』での人間への擬態は完璧に近いものだった。というのも、通常『人化の術』での擬態は少なからずムラがある。

 人間に擬態していても完全な擬態化が出来ていない者、擬態は出来ているが妖力を隠せていない者等の術者の技量に依存する為、ムラが生じる。

 

 妖姫と氷艶の擬態はそのムラがなかった。

 擬態も人間そのもので、妖力も一切感じなかった。

 これが意味する事は、目の前にいる二匹の妖怪は数百という時を生き抜いてきた妖怪の中でも古参の部類に属する大妖と呼ばれる者達だった。

 

「そう警戒するな。義明の知り合いなら歓迎するぞ?」

「そうは言ってもな、こちとら妖滅師なんだよ。妖は警戒するんだよ。おめぇらは人を殺すからな。」

「汝は妖滅師だったのか。通りで強い訳じゃ。じゃが、人殺しについては心配いらんぞ。ここに住まう妖は皆人を殺す気はないし、何より義明と結んだ『不殺の契り』があるからのう。」

「…そうかい。じいさんと契約を結んだのか。」

 

 妖姫は警戒する明拓に対して臆する事なく自身に満ち溢れた顔をしながら答える。

 明拓は『不殺の契り』を結んだという事実に対して警戒を緩めた。

 『不殺の契り』と呼ばれる妖術は両者間の同意にのみ使用することが出来る術である。つまり、ここに住まう妖怪達は自身の意思で人間を殺さない事を選択した証拠でもあった為だ。

 

「そういえば、もう随分と義明の姿を見てないのう。彼奴は元気にしとるのか?」

「…じいさんならもう来ねぇよ。ついでに言うと、じいさんと結んだ『不殺の契り』も解除されてるだろうよ。」

「「!」」

 

 その言葉を聞き、妖姫と氷艶は血相を変える。

 『不殺の契り』は一度結ぶと両者のどちらかが死亡しない限り解除されないからだ。

 二人が生存している中で解除されたという事は術師の死亡を意味する。

 

 明拓は二人の反応に驚きを隠せなかった。

 今までの会話では動揺の一つもない態度だった二人が、義明の死亡の凶報に激しく動揺しているからだった。

 それ程までに二人にとって義明という存在はかけがえのない友人だったのだ。

 

「…そうか、義明は逝ったか…。残念じゃ…義明は人間だったからのう。いずれこうなる事は分かっておった…。」

「…そう…ですね…。」

「…。」

 

 しばらくの間、その場は沈黙が支配していた。そして、重々しい雰囲気が漂う中で妖姫がその雰囲気を和らげる為に啖呵を切る。

 

「一つ聞く。汝は義明の何じゃ?今までの口ぶりからすると、親しい間柄のようじゃが。」

「…俺ぁ、じいさんの息子だよ。血は繋がってねぇけどな…。」

「ほう!息子とな!そういえば、義明と最後に会った時に赤子を拾ったと言っておったが、汝だったか!」

「多分そうだな。俺からも聞くぞ。おめぇらはこの横丁を経営しているみたいだが、ここには人っ子一人もいねぇ。何か理由があるのか?」

「単純に人気がないからですね。」

「何だそりゃ。」

 

 明拓は氷艶の回答に呆れた表情をしながら返す。

 何か特別な理由があるのではないと彼は思っていたからだ。しかし、その予想に反した理由に彼は拍子抜けしていた。

 

「こんなんでよく潰れねぇな。」

「まぁ、コネがあるかのう。そのおかげで維持できておる。見ての通り、閑古鳥が鳴いておるが。たまには客は来るぞ?少ないがの。」

「ふーん。しかし、おめぇら人を殺さない上に客が滅多に来ない商いでよく消滅せずに形を保っていられるな。雑魚の妖ならとっくに消えてるぞ。」

 

 妖怪というのは認知される上で成り立つ特異な存在だ。

 平安当時、妖怪は多くの人々によって認知されていた。しかし、科学や技術等の文明が発展すると共に妖怪という存在は人々に認知されずらくなっていった。

 認知されなくなった理由は至極単純なもので、科学の発展により人々が妖怪という存在に対して不信になり、忘れられていったからだった。

 

「今はまだ、な…年々吾らの力も減退しておる。このままいけば、いずれ吾らも消滅するのう。…義明の次は吾らの番という事かの…。」

「…これも定めでしょうか…。」

 

 明拓はその言葉を聞き、頬杖をつきながら熟考する。

 妖怪が消滅することは妖滅師としては吉報でもある。しかし、目の前の妖怪達は人に対して不殺の意思を持っており、何より義明の盟友だった。

 その事実に明拓は素直に喜ぶ事が出来なかった。

 

 妖滅師としては正しい。だが、義明の息子である自分としてはどうなのか?

 答えはNOだった。

 喜ぶ事ではなく、正しいとも思えなかったからだ。

 そんな中、ある言葉が彼の脳裏をよぎる。

 

『お前ならやり遂げてくれると信じている。』

 

 義明の言葉だった。その言葉をもって、明拓は彼が自分に何をして欲しかったのかを理解する。

 

「…ようやく合点がいった。そういう意味かよ。」

 

 明拓は義明の心残り、自身がここへ送り込まれた理由、ここで何をすべきかを全て理解した上である結論へと辿り着いた。

 

「…任された身だ。あんたの心残り、晴らしてやるぜ。おい、おめぇらちょっと話がある。いいか?」

「「?」」

 

 妖姫と氷艶は頭に疑問を浮かべながら、明拓の方へ視線を向ける。

 

 明拓は決心する。義明の心残りを晴らすために―――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。