少女はライバルに女神を所望した。 (カンダダ)
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00 ウマ娘に転生するようです

「小坂日和さん、ですね? ようこそ、死後の世界へ」

「……んぅ」

 

 何もない虚空の空間で、私は目の前の少女にそう告げられる。死後の世界、と言われてもいまいちピンときていない。

 そもそも私は死んだのだろうか? 昨日はいつものように陸上大会の練習で走り込みをしていて……それで? あれ、おかしいな、記憶がない。

 

「……誰、ですか?」

「ここ死後の世界を管理している女神ともいう存在ですね」

 

 女神、本当に? と疑念は抱いたが、今の私にそれを確認する手段はない。死んで身体の感覚がないと自覚できている以上、今私にできる事は彼女の言葉に耳を傾けるだけ。

 茶色の長い髪をおろし、アニメに出てくるような可愛らしい瞳をした女神を名乗るその少女は、私のきょとんとした顔を見て『うんうん』と頷く。

 

「死後の世界って言いましたけれど、私はやっぱり死んじゃったのですか?」

「はい、突然猛スピードで走ってきた車に衝突……陸上を制覇するという夢を半ばに潰えて」

「……そう、ですか」

 

 悲しい思いは募るが、泣く事は許されない。何とも酷い世界だ。

 

 私は生前、陸上大会を制覇するという夢を叶えるために、常日頃からトレーニングに励んでいた。

 親もそのためならとことん付き合ってくれる程のものであり、私がはしり込みの教材が欲しいと一度言えば、すぐにそれを用意してくれた。

 他の陸上選手から言えば、その光景は優遇の一言に尽きるだろう。そのため私は、親のその行動一つ一つに感謝しながら、夢を追う日々を過ごしていた。

 

 だがそれも、こうやって死を迎えてしまった事で見果ての夢と成り下がってしまった。何ともふざけた話である。

 

「じゃあ、私はこれから天国に案内されるんですか?」

「……普通ならばそうなのですが、今のあなたには別の選択肢があります」

「別の、選択肢?」

 

 私はここでハッと何かを想起する。夜暇で読んでいたライトノベルのお話の事である。

 トラックにはねられて死亡した主人公が、死後の世界で女神と邂逅し、異世界へ転生して好き勝手やるというありきたりな話である。

 あれがもし、今この状況の事を言っているのだとしたら、これは間違いなく異世界転生の話なのでは?

 

 ……でも、正直興味はない。でもまあ一応聞く事にしよう。

 

「貴方がいた世界とは別の世界に、ウマ娘と呼ばれる種族の双子の片割れに乗り移り、その人生を代わりに担ってもらうという話です」

「異世界転生じゃないですか」

「に近いですが、ただの異世界転生ではないです」

「女神が異世界転生って言っていいの?」

 

 ふいに変なツッコミをしてしまったが、女神はコホンとせき込み私のセリフを簡易にかわす。

 

「ウマ娘とは、人間より遥かに優れた敏捷さと身体能力が備わった人型の種族です。その双子が2人とも、車に轢かれて亡くなってしまったのです」

「え? 2人とも?」

「はい、悲しいことに。しかし、貴方が片方の子に乗り移れば、その子だけ助ける事が出来ます。そこで貴方は今後の人生をその子で過ごし、トレーニングをしてレースに出たり、それ以外の人生を謳歌したりするのです。どうです? 陸上を過ごしていた貴方にとっては、願っても無い機会だと思いませんか?」

「……まあ、そうだけれど」

 

 どこか引っ掛かりを覚える。

 

 その話でウマ娘がやっている事は陸上と私の世界で言う競馬を合体させたものだろう。というか聞いている限り、競馬を人間がやっているような感じだ。

 つまり私がその子の身体を借りて、また陸上みたいな夢を追えるのだとしたら、それはまたとない機会だろう。だけれど。

 

 私が蘇ったとして、その片方の双子の女の子。彼女もまたウマ娘なんだとしたら、その子が夢を追えなくなるというのもまた酷い話だ。

 その先に残るは、永遠に消える事のない罪悪感だけだと思う。

 

「……良いですけれど、一つ条件が」

「良いっていいましたね? 条件とかは受け付けられませんよ。死者ですから」

「え、理不尽すぎない? じゃあ嫌なんだけど」

「男に二言はないっていうでしょ?」

「女子なんだけど」

 

 簡単に受け流そうとしても、彼女は無視して話を進めようとする。クソ、悪徳セールスマンか?

 だが死人に口なしという言葉がある通り、死者となっている私にどうこうできる状況じゃないというのもまた事実である。

 癪だが、ここはおとなしく言う事を聞くことにしよう。片方の女の子は……何とかして忘れるよう努めなければ。

 

「はいっ、ではその双子の女の子の片方の身体を借りる前に――」

「そこ強調しないでほしいんだけれど」

「その世界に行く前に欲しいものを一つだけ、貴方は提示する事が出来ます。適応能力とか特殊能力とか。何でも一つ、ですよ?」

「聞いた感じ現実世界っぽい場所なのに特殊能力とかヤバくないです? 言語とかはどうなってるの?」

「その世界の言葉になりますが、まあ特殊な力で日本語に置き換わります」

「じゃあ日本じゃん」

 

 ツッコミどころしかなくて、決めるどころの話ではなくなった。

 はぁ、とため息を一つ漏らし、とりあえず決めるだけは決めておくとしよう。しかし、何でも一つ……か。

 ――ん? なんでも?

 

「……じゃあ」

「うんうん」

「貴方をライバルとしてください。双子の片割れに貴方をぶち込んで」

「成程成程、了解しまし――……え?」

 

 一瞬、何もないこの虚空の世界の時が止まる。

 

「な、何を言っているんですか!? 女神ですよ!? 女神を連れて行くって、しかもぶち込むって、正気ですか!?」

「いたって正気だよ。それに、私だけ蘇生して、片方がそのまま死ぬって言うのは、私としても嫌」

「そんな事知らないんですよ! 女神が人に憑くという事自体が異例なの! と、取り消してよっ!」

「男に二言は、ないんでしょ?」

「女の子でしょっ!?」

 

 この流れさっきもどこかで見た気がするが気にしない。二言なし制度は、こちらにとっても有利な話だったようだ。

 女神が一度言った言葉は、恐らくそれ以降変える事はできないだろうし、もし変えられるのなら二言制度だって通じない筈だろうから。

 よってこの時をもって、彼女を道ズレにすることができたようだ。

 

 そしてそれを裏付けるかのように、女神と私の周囲を眩い光が取り囲んだ。

 

「え、ちょ、ほんとに、ほんとに行くの!?」

「女神なんだから凄い力とか持ってるでしょ? その――……ウマ娘? の身体とかも直になれるでしょ」

「そういう問題じゃない! 嘘、まじで、ほんとに!?――」

 

 彼女の驚きと不安の声を耳に入れながら、私はゆっくりと目を閉じる。

 ウマ娘としての新たな人生、一体どうなるというのやら……そしてこの女神と、今後どういう道を歩むのか……。

 この時の私は、期待で胸がいっぱいになっていた。



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