鬱エロゲみたいな世界観で悲惨な運命を辿る魔法使い(少女)を助ける話 (ヤンデレになる過程を楽しむ人)
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序章
始まりにして死ぬ俺


 ある日突如現れた化け物に世界が終わらせられると知って、もしそれが覆るものだと分かって、その為に不思議な力を持つ子供達が戦っているとしよう。

 それを聞いた俺たち一般人には何が出来るのだろう。

 

 一緒に戦う? せめて生活面をサポートする? 頑張れと応援する? 

 

 色んな道があったのだろう。

 俺には選択肢があったのだろう。

 

 ほんの少しの勇気があれば何かが変わっていたかもしれないし変わらなかったかもしれない。

 

 けれどそれを否定し俺は地下に閉じ籠る事を決めた。決めてしまった。

 

 初めてあの化け物を見た時、体が動かなかった。

 支給されたライフルを手に持っていたのにも関わらず、何もせず10代であろう少女達の戦いを見守っていた。

 ただの人間が積んだ訓練なんて意味がない、そう思わせられるような戦いだった。

 

 戦いの余波に巻き込まれ近くのビルに吹き飛ばされた俺は……逃げ出したのだ。

 

 それは恐怖であったのか、絶望だったのか、それとも己への失望だったのか。

 それすらもわからないまま逃げ出して、この地下へと逃げ込んだ。

 

 それからははたから見れば死人のような生活を送っていただろう。

 寝て、起きて、食べて、寝る。

 たまに銃の整備をしたり、何を思ったか射撃の真似事をしたりして時間を潰した。

 

 そんな生活をニ週間続け、遂に食料が切れた時。そのまま死んでしまえば良かったのに、少し興味が湧いてしまって、あの日以来初めて外に出た。

 

 出てしまった。

 

 そして、見付けてしまったんだ。

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

「何だ、これ……」

 

 二週間ぶりに地下シェルターから這い出てきてみればそこは人っ子一人いない冗談のような風景だった。

 

 道路があるのに車が通っていない。

 ビル街なのに人が一人もいない。

 空を見ても鳥の一羽も飛んでいない。

 

「は、はは……頭がおかしくなりそうだ」

 

 ここが更地なら、瓦礫の山と化していたのならまだ心の整理が付いただろう。

 だが形がそのままで、一切の戦闘の痕すらなく人だけ、いや生物がいないこの町を見て脳が激しい違和感とそれによる嫌悪感を吐き出している。

 

 ぐぅ、とお腹が鳴る。

 何はともあれ食料だ。それさえ見付ければこんな気持ち悪い所からおさらばできる。

 

 幸い食料は直ぐに見つかった。

 コンビニに行ってみれば手付かずの商品が山のように置いてあったからだ。

 大きな違和感と気持ち悪さを押さえ込みながら持ってきたリュックに詰めていく。

 

 色々疑問は尽きない。

 何故商品が無事なのか、何故誰も回収しに来ないのか、何故誰一人として居ないのか。

 

 自分が地下に籠って外と完全に遮断している内に大規模な避難があったのだろうか。

 

 出ては自分の中で否定されていく疑問と推察を繰り返してようやくお目当ての物を詰め終えたその時、遠くから悲鳴のようなものが聞こえた気がした。

 

 ここが分岐点だったのだろう。

 ここで好奇心を出さなければどうなっていたのだろう。

 

 そんなたらればは無意味で、俺はこの声の元へと歩きだした。

 

 断続的に聞こえる何か鈍い音と少女のものらしきの苦しそうな声のお陰で居場所の特定は簡単だった。

 

 当然のようにただそこで少女が遊んでいるなどという楽観的な考えはない。

 怪物に襲われているのだろうか、とか傷を負っているのだろうか、とか色んな事を考えて忍び足でその場所を覗き込む。

 

 そして後悔した。いや、違う、後悔をするのは分かっていた。正確には、その光景に拒絶反応を起こした。

 

 その路地裏のような場所の一角で、倒れる紫がかった髪の色をした少女。

 

 そして、それを取り囲み今もなお執拗に蹴りを入れる……三人の人間の姿。

 

 あの少女は知っている。忘れるわけもないあの怪物に立ち向かった子供達の一人だ。

 それが倒れてうずくまっている事は理解できる、したくないがしてしまう。

 負けたのだ。

 人類の希望が、負けたのだ。それはわかる。

 だがわからないのだ。

 

 それを取り囲むお前ら三人には何をしている? 

 

 お前らは人間じゃないのか? 

 その少女達に助けてもらったんじゃないのか? 

 少なくともあの子供達が居なければこうして俺が屑のような生活すら営むことも出来なかっただろう。

 

 いや、もしかしたら人間の形をしたあの化け物達なのかもしれない。

 そうに決まっている。

 化け物に負けたのなら仕方無い。人類が負けたのなら仕方無いんだ。

 だから化け物に勝てる筈もない普通の人間に銃を持っただけの存在があの子を見捨てて逃げてもそれは仕方のない───

 

「クックッくはハハハは!! これがあの魔法使いサマの姿だぜ!」

 

「オイ、声を落とせ。周りに他の魔法使いがいたらどうする」

 

「っと悪い悪い、折角怪人様に魔力を封印するコレを貰ったてぇのに無駄にするところだった」

 

 逃げろ、逃げるのは恥じゃない。

 相手は化け物だ。銃なんかもものともしない化け物なんだ。

 

「っぁ……」

 

「いやぁ、前から思ってたんだよね。なんでこいつらばっか良い生活してるのか」

 

「そうだよな、がきんちょなんぞ適当なメシでも食わせときゃ良いのによ! お陰で俺らに回ってくるメシが少なくてものたりねぇ!」

 

「……ぇ」

 

「どうする? 魔力ってヤツを封印しちまえばただのガキなんだろ?」

 

「あぁ? そりゃここまできたらやることは一つしかねぇだろ」

 

「だれ、かぁ……」

 

「まっ、それも怪人様からの条件だしなぁ。俺らのような人間でも言うこと聞いていれば生かしてくれるらしいし、言われた通りアレは抜き取ったから後はせいぜい楽しませて貰うか──「頼むから黙って死んでくれ」ぁっ!?」

 

「ぇ?」

 

 体が勝手に動いていた、というには今の俺には殺意というものが漲りすぎていた。

 訓練で繰り返されたか動きをしながら引き金を引く。

 突然飛び出した俺の存在に驚いて動きを止めた三人……いや三匹のナニカに回避する余裕を与えず弾丸をぶちこんでいく。

 

 肉が抉られ骨が弾け飛ぶ。

 血が吹き出し鉛が飛び出す。

 

 殺すことしか頭になく、たっぷり数秒をかけてマガジンに入っている弾を全弾撃ち込んでいく。

 

「っはぁ、はぁ、はぁ……」

 

 マガジンが空になって銃声が止んだ。

 辺り一面に広がる血飛沫の飛沫とさっきまで言葉を喋っていたナニカの肉片。

 

 空になったマガジンを取り外し腰のポーチに刺し入れる。そして予備の──最後の──マガジンを取り出して取り付けて装填する。

 

 息を整え、少女の方へ歩き出そうとして……まだ息があるナニカに気づく。

 

「て、てめぇ……こんなことして──」

 

 何か気分が悪くなる音が聞こえそうだったからその頭部を撃ち抜いた。

 

 ようやく、静かになった。

 

 ふと、目線を下ろして……少女と目があった。

 その目には不安と困惑、一抹の希望と……それを塗りつぶすの俺に対する恐怖があった。

 

 それに気付きながらも少女に近づき体を起こさせる。

 

「怪我は……致命的なものは無さそうだな。特に痛む箇所はあるか?」

 

「ぁなたは?」

 

 か細く、小さな声で少女が言う。

 

 俺はその言葉を無視し、特には痛む場所も無いのだろうと少女を抱き抱える。

 

 随分と派手に音を鳴らしたのだ。化け物にしてもこの子を探すこの子の仲間が来るにしてもこのままではしておけないので一度移動することにした。

 少女も無言で、抵抗することもなく俺に運ばれた。

 

 

 近くのドラッグストアに運び込み、包帯などで治療していってやる。幸い応急手当の知識は軍で叩き込まれたので良く覚えている。

 

 当然四肢を触ることに成ってしまうので許可を取ろうと聞いたのだがただ無言で頷く事しかしなかったため同意と解釈して治療をしている。別にアウトであってお巡りさんのご用になったとしても俺としてはどうでも良い。

 先程心の中に灯りかけた何かはまた小さくなって消えていきそうになっている。

 それで良い、俺ごときが何かを成せるなどと思い上がっては行けない。

 

 軽く観ただけだが体の内部にはあまりダメージは無さそうで骨などもヒビくらいはいっているかもしれないが完全に折れているとわかるようなものは無かった。

 

 それを少女に伝えるが何の反応もない。

 流石におかしいと思い少女の様子を観てみると、何故か衰弱していっていた。

 

 急いであえて避けていた胴体の触診を始める。

 やはり骨や内蔵などに深刻ダメージは無さそうなのだが段々と少女から感じられる呼吸の音が弱々しくなっていく。

 

「何でだよ……」

 

 ちゃんとした医学を学んでいれば原因がわかったのだろうか。

 それとも元から俺には無理な話だったのだろうか。

 誰かを、いや、特別な存在である彼女を助けるなどというおこがましい真似は。

 

 そう諦め、成す統べなく弱っていく彼女を見続けることしか出来ない。

 こんな役立たずの俺なんか消えてしまおうか、ふとそんなことが頭をよぎり半分無意識に側に立て掛けてあったライフルに手を伸ばす。

 

「折角面白そうなのを見付けたんだ。そういうのは良くないぜ?」

 

 ライフルを掴むその手を誰かの華奢な手が押さえ込んでいた。

 

 何処から? 

 女の声? 

 何時からいた? 

 

 音は無かった、そこには何もいない筈だった。

 それらの逡巡を一瞬で済ませその場から大きく飛び退る。

 限界まで力を込めて飛び去った為に着地も上手く行かず転がりながら勢いを殺し頭を上げる。

 

 そこには足を宙に浮かせて空中に腰を掛ける等という非常識の塊のような女が居た。

 

 腰にあるナイフに意識を向けながら彼女の正体を探ろうと声を振り絞る。

 

「あんた、誰だ」

 

「私かい? 私はただの魔女だよ」

 

「魔女? 魔法使いっていうのとなにか違うのか?」

 

「そうだね、ちょっとだけ違う存在さ。あぁ、勿論年をくった魔法使いって言う意味でも無いよ」

 

 そう言ってクスクスと笑う魔女と名乗る女。

 薄く緑がかった長い髪をふわりとたなびかせながら宙を移動し俺の目の前に移動する。

 

 じっと目線を合わせ俺の中の何かを、自分すら知らないような奥底まで見透されるような感覚。

 見た目は女だがこうまで超常的な力を見せられては半端に抵抗する気も起きない。

 

「その子を助ける方法を教えてあげようか?」

 

 魔女が微笑む。

 

「その子の状態は魔核が抜かれた事による魔力欠乏症、その末期による衰弱状態だ。普通魔核が魔法使いの体から取り出される事なんて無いハズなんだけど……まぁ、それは良いとしよう」

 

 魔核? 魔力欠乏症? 

 俺の知らない言葉がいくつも出てきて混乱する。

 

「まず結論から言おう。魔核を抜かれた魔法使いを助ける術はない」

 

「は?」

 

「その上で助ける手段があるとしたら……一つしかない」

 

 ──そもそも彼女は魔核を抜かれ無かった。そう言う事にしたらいいじゃないか───

 

 何を言っているのか分からなかった。

 ふざけてるのかと思い数秒考え込んで、やはり答えはでなかった。

 そもそもどうやって宙に浮いているかもわからない相手が言い出した事だ。俺みたいなのが理解できる筈がない。

 

「ふふ、魔法や何やらを知らない君には難しかったかな? 簡潔に言おうか、過去に遡る事で彼女がこうなってしまった原因を排除し、救う事が彼女の症状を治す唯一の手段だということさ」

 

「過去に、遡る?」

 

 心臓がドクンと跳び跳ねる。

 

「正確にはループする、というやつかな? しかもこれは君だけを過去に飛ばす等というちゃっちな魔法じゃない、この世界ごと時間の流れを巻き戻すんだ」

 

 脳の一部が燃えるように熱い。

 

「詳しい原理は説明してもわからないだろう、だからやり方だけ教えよう」

 

「やり、かた」

 

 体の芯の部分、その奥にある冷たく冷えきったなにかに火が付いたような感覚。

 

「君がやることは簡単」

 

 魔女が何処からともなく取り出した杭のような物を俺に差し出す。

 

「それで自分の心臓を貫け

 心臓を差し出せ、それが私との契約

 君の名前も消滅するが……得る対価と天秤にかけてみると良い」

 

 簡単だろ? と言わんばかりに微笑む魔女を呆然と見詰めることしか出来ない。

 心臓を貫く? 体に刺せってことか? というか名前が消滅するって何だ? 

 そんなの死ぬに決まってるだろう何を言っているんだ。

 

「おい、何でそんなことをしなきゃ──」

 

「良いのかい? もたもたしていると……その子、手遅れになっちまうぜ?」

 

 魔女に示唆されて即座に少女の様子を見る。

 既に呼吸がほぼ止まっており顔が青白くなっていた。これは知識の浅い俺でも良く分かる。彼女はあと2.3分もしない内に死ぬ。

 

「俺が死んだら、あんたがこの子をたすけてくれるんだよな?」

 

「それは違う、君が自分の意思で、自分の力でその行為を成すんだ」

 

「何で俺なんだよ」

 

「偶々そこに居たから、誰にも見初められず道端の石ころのように存在していたから」

 

「ははっ! ……訳が分からん」

 

 質問しても真面目に答えてるのか答えていないのかそれすらもわからない。

 

「あぁ、分かった。やってやる」

 

 魔女から渡された杭のような物を逆手に持ち胸に押し当てる。

 覚悟は出来ていない。だけどそれで良いのかもしれない。

 所詮俺は何にもなれず逃げ出した糞野郎で、目の前で誰かが死んでしまうと成ってしまったからようやく足を踏み出せた程度の人間。

 その行動すらもその場の勢いで、覚悟を決める暇すらなかった。

 

 ならこれも同じで良いだろう。

 

「これで死んだら一生恨むぜ」

 

「君は死にはしないよ」

 

 魔女の呟いた戯れ言を耳に一息で己の心臓のあるべき場所へ杭を突き立てる。

 激痛が走り、思わず膝を付く。

 口から血液が逆流しどばどばとだらしなく血流が流れる。

 

 これは、死ぬな……やっぱ騙されてたのか。

 

 恨み半分とまだ残る希望が半分混じる視線で魔女を見上げる。

 

 そこには慈愛に満ちたような表情と満足しきったような表情が織り混ぜられた……端的に言うなら変な顔をした魔女がいた。

 魔女が俺の視線に気付き空を降りる。

 

「さて、君はもうすぐ死ぬ」

 

 やっぱりか。

 あれ程あった痛みが段々と消え、今度は眠気と冷たさが体を支配していっている。

 

「だが君のそれは終わりではない、始まりだ。……もっとも今何を言っても信じることは出来ないだろうがね」

 

 段々と意識が保てなくなる。

 ひどく、眠い。

 

「さて、長い付き合いになるだろうからね。今更だが自己紹介をしておこうか」

 

 音も段々と聞こえにくくなっているのに魔女の声だけが鮮明に頭の中に響く。

 

「私の名前はヘクス。君の名前は消えてしまうが……折角の契約だ聞いておきたい」

 

 おれ、の……名前は…………

 

「あぁ、私だけは覚えておこう。では向こうで会おう、おやすみ───」

 



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名前が消えるということ

 俺は死んだ。

 その筈だった。

 自らの心臓を杭で貫き、血が溢れ、息もできなくなって死んだ。

 実際に死んだ実感も鮮明に覚えている。

 いや、鮮明に覚えているのに発狂せずこうして普通の思考ができている時点でやはり死んでなかったのだろうか。

 

 音が聞こえる。

 警告音のような、何処かで聞いた事のある音。それに紛れて悲鳴のような怒声とバタバタという複数の足音が聞こえてくる。

 忘れもしない、忘れるわけもないこれはあの時の……怪物が攻めてきた時の音だ。

 

 ならばこれは夢なんだろうか。死ぬ前にトラウマが夢に出てくるとか最悪すぎて何も言えない。

 だがこの夢は体の自由が利くようでそれに気付いた俺はゆっくりと目を開ける。

 

「目は覚めたかい?」

 

「ぅおっ!?」

 

「えっ?」

 

 目の前にあの魔女が居た。

 馬鹿みたいに整った綺麗な顔と瞳で此方を覗き込んでいた。

 驚きのあまり飛び起きてしまい勢い良く激突してしまう。

 激突した顔を押さえながら魔女……確かヘクスと名乗っていた筈の女を見る。

 

 鼻っ面を思い切りぶつけてしまったからかヘクスは地面に伏せて静かに悶絶している。

 成る程、いくら魔女という存在でも物理的ダメージによる損害は普通の人間と同じらしい。

 

「おい待てよ! 普通女性の顔面に頭突きかましたのなら観察よりも先に言うことがあるだろぉー!?」

 

 それもそうか、確かに観察よりも先にしなければならない事があった。

 

「ぶつかって悪かったな。ていうか何で俺の部屋にあんたが居るんだ? これは夢じゃないのか?」

 

「何だか謝罪よりも質問の方の比重が思い気がするんだが……まぁ良い」

 

 ヘクスは赤くなった鼻を撫でながら呆れた風な表情をしてやれやれといった風に頭をふる。

 

「ついさっきの事すら忘れてしまったのかい? 君は私と契約した、その命を以ってしてね。それが真実、それさえ分かれば後の説明は要らないだろ?」

 

「俺は……死んだんじゃないのか」

 

「うん、死んだ、()()した。私と死を伴った契約をした」

 

 ───そして、君の自死を起点として世界が巻き戻ったんだ。

 

 俺の、死が起点……? 

 なら俺が死ぬ度に世界が巻き戻る? 

 いや、違う、なにか違和感がある。

 ヘクスはわざわざ自殺と言い換えた。そして自死と言った。

 ならキーは自殺。細かい条件は分からないが俺が自分で自分を殺したとき、世界が巻き戻るということだろうか。

 

「さて、契約内容を詳しく説明したいところ何だが……その前に数点、注意事項がある」

 

「注意事項?」

 

「そう、まず一つ……君は世界を巻き戻す事ができる。だけどこれは無条件じゃないし好きな時に好きな時間へ戻せる訳じゃない。まぁ、これは気付いているみたいだから答え合わせみたいなものかな?」

 

 つまりは引き金(発動条件)結果(巻き戻せる時間)にはルールと限度があるってことだ。

 そしてヘクスが直ぐに答えを言わずこちらを眺めているのは……試されているのか? 

 

「それはさっき何となくだが理解した。おそらく俺の自殺がトリガーだろ?」

 

「そうだ、素晴らしい理解力だね! それでもう一つの方は分かるかい?」

 

 そんなの今俺がここにいる時点で決まっているようなものだろう。

 

「もう一つの結果(巻き戻せる時間)は……この場所、この時間だけ……じゃないか? 推測になるが俺がこの異常を初めて認知したその瞬間がこの魔法で戻すことができる時間の限界」

 

 何か引っ掛かるものがあるとすればそれしか思い付かない。

 だがそれが正解だっただろう、ヘクスは何度か頷きを繰り返している。

 

「素晴らしい、君に契約を持ちかけて良かったと思える点が増えたよ。だが八十点と言ったところかな?」

 

「何だが惜しいみたいに言われてるけどそれは普通に合格点じゃないか……合格点だろ?」

 

「そうだね、ただ一つ訂正させて貰いたいのがループできる始点は今この場所この時間だがこれから君次第で増える場合があると言う訳だね」

 

「……? それはどういう「さぁ、次に行こうか時間は有限だ」……」

 

 増える? 条件は? 、と聞こうとしたところでヘクスが被せるように話し出す。

 今は話す気がないと言うことだろうか。

 無理に聞き出すほどの切羽詰まった情報ではないので頭の隅に置いておくことにする。

 

「では二つ目、まぁ正直これはご褒美になると思うんだけど、これから君がどんな行動をするにしても私とは別れることが出来ない、といったものだ」

 

「別れる事が出来ない?」

 

「そう、物理的な話もそうだが精神、生命的な意味でも今、君と私は繋がっているんだ」

 

「は?」

 

 全く以て理解できなかった。

 いや、言葉事態は理解できるがそんなことあり得るのか、と信じられないと言った方が正しいか。

 

「全く何を言っているか分からないんだが」

 

「しょうがないなぁ。簡単に言うとだね、君が何をするにしても私は君の側に居るし君は私だ。私が死ねば君も死ぬし、君の精神に異常が起これば少しばかり私にも不調が起きる。元のスペックが違うから死ぬこと以外の問題は無いに等しいと思ってくれて良いよ」

 

 いや、やっぱり理解が難しいんだが……これから段々と分かる、ということで納得しておこう。

 

「さぁ、さて最後の注意事項だ。時に君は、自分が私に、契約に何を差し出したか思い出してみると良い」

 

「何をってそれは……」

 

 自分の心臓、つまり命と……

 

「名前?」

 

「そうだ、君はそれを対価に差し出した。君は……自分の名前を思い出せるかい?」

 

「そりゃ俺の名前は……俺の、名前は…………」

 

 思い出せない。

 自分の生きてきた今までの記憶があるのにも関わらず自分の名前だけが思い出せない。

 違う、名前だけじゃない。

 これは……まさか…………

 

「今までの出会ってきた人達の顔が思い出せないだろう?」

 

「何でだ……親の名前すら思い出せない……っ!?」

 

「それが名前が消滅する。この世界から消え去るという事さ」

 

 ヘクスは……魔女は申し訳なさそうに、何か楽しいものを見るように俺を観る。

 

「君の成した事柄は残る、が君がやったという認識が消える。君が過ごした日々は消えないが、君と過ごしたという記憶が消える。君の成した結果だけはそのままに、君がやったという認識が消えた」

 

 俺の、存在が消えた? 

 違う、俺がやってきたことは残っているのだからそれは正しくない。

 俺を俺足らしめる記号が無くなった……という事だろう。

 

 考え込む俺の様子を微笑を携えながら眺めていたヘクスが動く。

 宙に浮いたまま両手を広げこれから起きる事を予測しているのか完全に力を抜いた状態で浮いている。

 

「さて、君の事を完全に騙すような形になったことは自覚がある。酷いことをした、という自覚もね。なればこそ私は君のやることを受け入れる用意がある。

 君の腰にあるその銃で撃ち抜くのも良い、私の体は柔らかく脆いし簡単に死ぬだろう。

 怒りのままに殴る蹴るを繰り返しても良い、少なくとも憂さ晴らしにはなるだろうからね。

 勿論、君が望むのなら()()()の方面の相手もしよう。自惚れではなく私の肉体にはそれくらいの価値はあると思っているしね」

 

 ───さぁ、どうする? 

 

 そう聞こえた気がした。

 おそらくヘクスの言っている事は事実だろう。

 彼女は俺に撃たれれば抵抗無く受け入れ死に至るだろう。その際繋がっているという生命で俺も死ぬだろうがこれも自殺の一つに入りまた世界が巻き戻されるのだろう。

 他の言葉も事実で、上げられた例以外の事をしても彼女は受け入れるのだろう。

 

 それを含めて俺の行動は……

 

「じゃあ早速俺が何をしたら良いか教えてくれ」

 

「……うん?」

 

「俺は最初にあの化け物に出会ってから直ぐに逃げ出した。それから外からの干渉の一切を絶ってたんだ。つまりこれから何が起きるっていう情報も一切持っていない。だからヘクス、君に頼るしかない」

 

「…………」

 

「だからこうしている間にも俺には何かするべき事があるとは思うんだが何からしたら良いんだか分からないんだ、だから水先案内人の役を果たして…………ヘクス?」

 

 先程までずっと笑みを浮かべていたヘクスが今度は何か珍しいものを見た、というような何とも不思議な表情をしていた。

 

「いや、少々予想外でね。少なくともこの一週目は捨てていたんだが……」

 

「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ……」

 

 あの死の感覚を毎回受けることになるのなら……無駄に死んでいては近い内に俺は廃人になる。

 必要なら躊躇い無くやるが余計な事をしてその回数を増やしたくない。

 

「……私の肉体はそれ程までに魅力が無かったかな?」

 

「そう言う訳じゃ無いんだけどそれ以上に今やるべき事が有るって話じゃない?」

 

 何故その方向に思考が飛躍するのか。

 いや、確かに名残惜しいという感情はあると言えばあるが……俺はエロゲでも純愛物が好きだ。

 いや、何か違う気がするがだが確かにそう言う気持ちが一切沸いてこない。

 

「むぅ……予測した結果と違うな」

 

「何でも良いが早く教えてくれ。俺はまず何をすれば良いんだ?」

 

 取り敢えずここで結構時間を掛けてしまったのでそれを取り戻すために指示を仰ぐ。

 

「何か釈然としない……いや、私的にはとても良いことなんだが……」

 

 だが何事かを唸るヘクスの再起動に少しの時間が要りそうなのでその間に準備をすることにしよう。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

「さて、お待たせしたね」

 

「いや、本当にな」

 

 ヘクスが再起動したのは俺が荷物の積み込みが終わってからだった。

 こうして見てみると最初の威厳というかミステリアスたっぷりな雰囲気は全く何処に行ったのかと疑問になるレベルで霧散し、個人的に親しみやすさが多大に増えていた。

 ……もしかしてそれが目的か? 

 いや、無いな(確信)

 

 それにしても俺の存在が消えた、と言うのは本当らしい。一抹の希望に掛けて誰か部屋に呼びに来ないかな? とも思ったが全員が全員スルーして部屋の前を通りすぎていった。

 

「では期待通り水先案内人の役割を果たすとしよう」

 

 そう言ってヘクスは拳を握り締めて人差し指と親指を立てる……所謂銃の形を手で形作る。

 

「武器の調達だ」

 

 自慢げにそう言うヘクスだが、俺には少し不安点があった。

 

「あいつらに銃はろくに効かないんだが」

「それはろくに、というだけで完全に効いてない訳じゃないだろ? その証拠に君はあの時ライフルを大事そうに持ち歩いていた」

 

 確かにそうなんだが……

 最初の会合、怪物に銃をぶっぱなした同僚が居た。今は名前も顔も思い出せないがその男は確かに銃弾を命中させ、怪物の体をよろけさせた。

 そう、よろけさせただけだった。

 その後他の隊員たちと一緒に銃撃し、その体にかすり傷程度しか負わすことが出来なかった。

 

 鉄板をぶち抜くほどの集中砲火でさえその程度の傷しか負わす事が出来ない。

 つまり怪物の耐久力は最低でも戦車並と俺は推測している。

 おい、誰かRPG持ってこい。

 

 まぁ、残念ながらそんなものこの軍事基地には俺の知る限り存在しない。有ったとしても俺が取りに行ける場所なんかで保管していないだろう。

 

「まぁ、君の考えている事も分かる。人間が人間を殺すために作った武器ではあの怪物達には勝てない、勝負にすらならない。それは認めよう。だが嫌がらせには成るだろう?」

 

「確かに、体をよろけさせる位は出来ると思うがライフルの射程距離じゃその後逃げられずにぶち殺されるぞ」

 

 それにもし自死以外で死んだ場合どうなるかすら聞いていないしな。

 

「それなら反撃されない距離から撃ち込めば良いだろう? それにちょっとした秘策もある。どうか騙されたと思って取りに行かないか?」

 

「反撃されない距離……それに秘策か、俺としてはヘクス、君に従うのが一番良いと思ってるから行くには行くが……」

 

 ヘクスが、言っているのはスナイパーライフルの事だろう。

 確かこの基地にもあるにはあるとは思うし俺も訓練で何回か触った事はあるが……

 

「それならば話は纏まったね。それじゃあ行くとしよう君……いや、毎回これは流石に呼びにくいな、何か仮の呼び名を付けようと思うんだがどう思う?」

 

「変なのじゃなければ何でも良いぞ」

 

 命名権をヘクスへと譲渡する。こういうのは自分で付けるものじゃ無いと思っていると言うのもある。

 

「じゃあ……こういうのはどうだろうか

 ムーヴ、君の呼び名はこれだ」

 

 ……純日本人顔でその名前なのはどうかと思うが折角付けて貰えた名前なので大事に使うとしよう。

 

 こうして俺の呼び名はムーヴと成った。



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運命と結末

 ムーヴというこの顔に全く似合わない名前を付けられた俺はヘクスと共にこの基地の武器庫に向かっている。

 

 途中誰かとすれ違う事くらいはするだろうか、その場合後ろでふわふわ浮いているヘクスをどう説明すれば良いのだろうか、というより前提として俺の存在が消えた今、俺はこの基地の不法侵入者、不審者と成っているんじゃないか?

 走っている途中そんな疑問が湧いたのでヘクスへと問い掛けてみる。

 

「まぁ、そうなるだろうね。私に関しては一般人相手なら認識すらさせないことは可能だがムーヴ君にそれをすることは不可能。つまりは自力で対処して貰うことになるね」

 

 成る程、偶々基地に残っていたやつと鉢合わせに成った時点で地獄の始まりという事らしい。

 それにしても一般人相手なら認識すらさせない……か、もしかしたら最初に会ったときあんな近くに居たのに気が付けなかったのはその魔法のせいだったのかもしれない。

 

 武器庫へと繋がる曲がり角を慎重に伺い……いや、そんなことしなくてもヘクスに頼めば良いのか。

 

「ヘクス、この先に人が居ないか見てきてくれないか」

 

「良いよ、お安いご用さ」

 

 ヘクスは快く受けてくれ、すぅっと曲がり角の先へと消えていく。

 成る程、本人に直接言えはしないがこれは便利すぎる。

 一方的な偵察が出来るのは素晴らしい事だ。

 俺がされると思えばゾッとする思いでもある。

 

 そして、1分もたたずにヘクスが帰ってくる。

 

「問題ないね、この基地の人員はほぼほぼ出払っているみたいだ。怪人の術が良く効いているという証拠だね」

 

「ほぼ出払っている? あり得ないだろ警備は何処へ行った? いや待て怪人の術? 何の話だ」

 

「良いだろう、答えよう。だがそれは移動しながらにしよう」

 

 そう言って今度は先導するヘクスに付いていく。

 

「ムーヴ君は、『人は何をすれば良いかわからない時、前に居る人間のする事を真似る』というのは知ってるかい?」

 

「何処かで聞いた覚えはあるが詳しくは知らないな」

 

「この怪人が使っている術がそれさ」

 

「……いや意味が分からないんだが」

 

「認識を弄られてるんだ。目の前に居る人間が何かをし始めればそれを真似せずにはいられない。それをすることが今一番正しいことだと考える。自分には他の使命が有ったとしても……その衝動に抗えず、一度それをしてしまえば今度はそれに違和感すら覚える事が出来ない」

 

「何だよそれ、だから出動する隊員に他の人間も付いていってしまいこの基地から人が消えたって言うのか? そうだとしても、俺は何で無事なんだ?」

 

 冗談のような話だ。

 そんなダンスの振り付けが分からなくなってしまったから目の前の人の踊りを真似ようとかそう言うノリで命が関わる仕事すら放棄してこの基地を飛び出したというのだ。

 

「それは私のお陰だよ」

 

 また一つ曲がり角を曲がりながらヘクスが自慢げに言う。

 

「君は自死すれば世界を巻き戻せるという力を持つが、逆に言うとそれ以外の力を一切持っていない。なのであの時私と一緒にいた君は怪人の術の効果範囲に居たにも関わらず何もしなかったのは、私が何もしなかったからに他ならない。私の魔法では君を怪人からの術の干渉を防ぐことは出来ないのでね」

 

 ───あぁ、もうここは術の範囲外だから安心すると良い。

 

 そう言うヘクスを尻目に俺は冷や汗が止まらない。

 何という反則能力。

 条件に当てはまった瞬間にほぼ終わりだと考えて良いだろう。

 ヘクスの言い方的に俺から何をしても問題はないだろうがヘクスの方から何か明確な目的を持った行動をされた時点で俺はそれに追従することになっていた、ということだろう。

 それこそ何の疑問も持たずに、前の世界で俺が何の疑問も持たずに隊列も組まずただ列を成しただけの状態で怪物と接敵したように。

 

「それ、もしかかってしまったら対処法は無いのか」

 

「有るにはあるが難しいだろうね……と、着いたんじゃないか?」

 

 目の前に有る鉄の扉、この先に様々な武器が保管されてある。

 俺はさっきの会話の対処法というやつを後で聞くことにして切り上げ、セキュリティロックを外すためのカードキーを取り出す。

 

「いや、それじゃ開かないよ。もう忘れたのかい? 君の名前は消滅した、つまり君の名前で登録した物全ても白紙に戻っているという事だ」

 

「何? じゃあ、どうするんだ」

 

 物理で開けようにも拳銃程度では何発撃っても開けれる気がしない。

 だがヘクスが連れてきたのだから考えがあるのだろうと彼女を見詰めて見守る。

 

「こうするのさ」

 

 ヘクスが指先でドアを軽くなぞる。

 ただそれだけでガシャン、と音がしゆっくりと扉が開いていった。

 

「それも、魔法か?」

 

「あぁ、私はこういうのが得意でね。逆に荒事に関するものはからっきしなんだが……いや、早く入ろうか」

 

 唖然とする俺を差し置いて中に入っていくヘクスを慌てて追いかける。

 

 中は流石と言うべきか、この基地の人員の武器が全てあるのだから当然と言うべきか部屋の隅々まで銃火器が揃っており、端の方にそれを運搬する荷台のような物も見える。

 

「さて、今周から動こうとするのなら余り時間はない。必要な武器を選びながら話を聞いててくれ」

 

 俺は頷いて直ぐ様武器の物色へと取りかかる。

 

「ムーヴ君は、運命……というものを信じるかい?」

 

「運命? 運命か……魔法や何やらがあるんだしあってもおかしくはないとは思うが」

 

「では、運命とは何だと思う?」

 

 ヘクスの言う運命について、作業を止めずに考える。

 これはフラッシュバンか……効くのか? 怪人に? 一応持っていこう。

 

「よく見る映画の話なら、こうなる運命だった、この二人は死ぬ運命だった、とか定められた結末に向かう強制力みたいなものだと思ってるが」

 

「ほぉ……驚いた。ムーヴ君、その考えは正しい」

 

 心底感心したような声色でヘクスが溜め息を吐く。

 うん? この箱は……アタリだお目当てのスナイパーライフル、何度も使用した物と同じ物だ。後は弾が欲しい所だが。

 

「その通り、運命というのは実在し強制力を以て実現させてくる。それは力の強い存在ならば誰しもが持っているもので自覚すら出来ずどうすることも出来ない、例え気付けて違う行動(選択肢)を取ったとしても、気付けるといった時点でそれは既に運命の一部。自力では、運命に関わるもの達の手では絶対に逃げられない……それが運命(ルート)

 

 弾は見付かった。無駄だとは思うがスナイパーライフル用と拳銃用でそれぞれ二箱ずつ持っていこう。

 

 それにしてもヘクスの言う運命が確かなら一つ疑問がある。

 

「じゃあ俺が何をしてもあの娘が死んでしまう、という結末(エンディング)は変えられないんじゃないか?」

 

「あぁ───」

 

 ふと、影が射す。何事かと振り向く前に柔らかいローブを纏った腕が首にまわされる。

 これがヘクスのものだと分かった時には彼女の顔が息のかかるような直ぐ近く、俺の顔の直ぐ横にあった。

 

「そう、私もそう思っていた」

 

「それはどういう……」

 

「いや、大丈夫さ。ムーヴ君なら出来る、それは信じてくれ。ただ一つ、私には君への助言と助力それが精一杯だということを伝えたかったんだ。私も運命の一部に紐付けられているからね」

 

「……俺なら大丈夫、という理由は分からないが取り敢えずそういうことで納得しておく。ヘクスが自分で助けにいかない理由も」

 

「助かるよ」

 

 準備は終わった。

 俺は立ち上がって荷物を担ぐ。

 ヘクスはそのままふわりと離れてまた、何時もの定位置へと居場所を移す。

 しかし、今話された話に一つ疑問というか不安な箇所が出てきた。

 

「ヘクス、君がその運命っていうのに紐付けられてるというのなら……あんまり君に話を聞かない方が良いのか?」

 

 その質問にヘクスは目を閉じて少し沈黙する。

 

「いや、問題ない。私の言葉を聞いてそれでムーヴ君がどうするかムーヴ君自身で決めて行動すれば問題はない。それすらも出来ないのなら私はただ君の回りをふよふよと漂うだけの存在となってしまう」

 

 成る程、なら安心だ。

 助言がなく全くの手探りからの開始になると何度(俺の)屍を積み上げねばならないか考えてゾッとしてた。

 では問題がないと言うのなら遠慮無く聞くとしよう。

 

 あの娘を助けるために、先ずは何をすれば良い? 

 

「ではこのヘクスが助言しよう。かの魔法使いを助けるために……今日死ぬ運命(ルート)を定められた『空』の魔法使いの結末(エンディング)を変えるんだ」

 



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『空』の魔法使い

『1、俺が自死することで世界は逆戻りし、決められた地点で再開する。

 だが俺が自死以外の死因であった場合は不明。要注意。おそらくそのまま死ぬ? 

 

 2、この世界には運命と結末があり、それに絡め取られた者は如何なる行動を以てしてもそれらから抜け出せないという。ヘクスによると俺はその縛りには無いと言う。

 →力有るものは確実に存在していると言うヘクスの言葉から推測するに、俺には特別な力が無いから(モブだから)運命何て物は無く、それ故に乱すことが出来るのではないか? (確証無し)

 

 3、当初の紫色の髪の毛をしたあの娘を助ける為に先ず初めにすることが他の魔法使いを助けることだった。ヘクスはバタフライエフェクトやら何とか言っていたが良く分からない。簡単に説明された時に、「全く関係の無いような場所、時、人物に起きた事柄が様々な要因を以て干渉してくる」らしい。

 成る程、わからん

 

 4、怪人について───』

 

「何を書いてるんだい?」

「ん?」

 

 俺は手帳に書き込む手を止め、目の前の地面すれすれを寝転ぶ様な体勢で浮かぶヘクスを見る。

 俺の書く次に繋ぐ為の手記が気になったのか先程まで目を閉じて眠るような状態を取っていた彼女の瞳が気だるげに開かれている。

 

「ちょっとな、今まで聞いたことを俺なりに纏めていたんだ」

 

「ちょっとど忘れしたくらいなら説明くらい何度でもするぜ?」

 

「いや、これは俺用じゃなくて……いや、何でもない。まぁ、趣味みたいなものだよ」

 

「ふーん……」

 

 話が終わるとヘクスはまた目を閉じて寝てるように微動だにしなくなる。

 何故浮いているのかを聞くと「地面に寝たら冷たいし固いじゃないか」と返してきた。空中は柔らかいのだろうか。

 

 俺達は基地で物資を調達した後、持っていたバイクの鍵を使い動いたバイクで移動、ヘクスの指示する場所、そこが良く見える場所……とあるビルの屋上に来ていた。

 初めはそんなつもりは無かったのだが町の住民は避難警報で粗方退去しており空き巣が入り放題のスカスカ警備状態に成っていたからである。

 勿論鍵はかかっていたがそれはヘクスのお得意の魔法とか言うやつで解錠、無情にも不審者である俺に屋上までの侵入を許してしまったと言う訳だ。

 

 まぁそこまで来て、何故俺がこのような手帳に書き込む余裕があり、ヘクスが寝てるような時間があるかと言うと、今はまだ時間じゃないから、らしい。

 

 どうやら運命(ルート)とか言う奴はある程度の柔軟性はあるが殆どの場合決められた時間、場所で決められた事象(イベント)が起こると言う。

 だからこそ早めにポイントを陣取っておいて何が起きても対処できるようにするのだ。

 

 無論、狙撃銃の組み立ても終わって最低限の迷彩も施した。

 調整自体もヘクスが距離、風速、角度、湿度等の必要な情報を数字で伝えてくれたのでそれが正しいものならほぼ完璧に調整が終わったと言っても良い。

 後は時間によって変わる気候情報を取り入れながら順次微調整をする所なのだがそれも撃つ前にヘクスが伝えてくれる事になっているので俺としては本気で何をすれば良いのか分からなくなる。

 これ俺いるぅ?

 

 いるぅ、らしい。

 この綺麗な魔女さんの操り人形になっていれば魔法使い達を救えるというのなら話は簡単なのだがどうやらそれも無理らしくどうしても俺自身が考えないとダメらしい。

 あの感じだともしかしたらヘクスは今回を既に捨てているかもしれない。

 ここで何があったのかを俺に見せる為に。

 そして、俺がどうすれば良いのかを考えるために。

 

 まぁ、当然だろう。

 巻き戻しの条件が限られているのだから即死を免れるように予防線を張り続けるのは正しい。

 基地から出るときに盗んだ装備で身を包んではいるが怪人相手には意味をなさないと考えた方がいいだろう。

 

 そこまで考えてまた俺は手帳に聞いたことと考察を書き記す作業を始める。

 現在時刻1500、そろそろ前回の俺達が初めて怪物と遭遇する時間になる。

 因みに俺が世界を巻き戻せるのが1350までだ。

 

 大体書き終わって最後に一言だけ書き示して手帳を閉じる。

 そして双眼鏡を取り出して周囲を観察しようかと考えているとまた、ヘクスと目が合った。違う、見ているのは今懐に仕舞った手帳の方か。

 

「……なんだよ」

 

「いや、そんなにそれが大事なものなのかと思ってね」

 

 大事な物かと言われればそうだけどだからと不用意に気を遣われても困る程度かな。

 無くなっても書き直せば事足りるのだから。

 

「そんな事よりも、そろそろ準備しなくても良いのか? 何が起きるにしろその寝転がった体勢じゃ何も出来ないだろ」

 

「……それもそうだね。()()()()()()()()()()()

 

 ヘクスが宙でふわりと体勢を戻すとほぼ同時、遠方から銃声が鳴り響く。

 銃声は最初一人分だけだったのがどんどんと重なって大きくなり、遠くに居る筈の俺の耳にすら地響きと勘違いするような力強さがあった。

 

「あの後軍の末路は君の知っての通り。ただのライフルでは火力が足りず怪獣に蹂躙されていくだけ。前の世界で軍が半壊状態に陥った理由の大部分を占めている出来事(イベント)だ」

 

「本来そっちを防ぐように行動した方が後々に繋がると思うが……それをせずに此方に来るように助言したのは防ぐのが元より無理だからなのか、それとも魔法使い一人分の価値は軍隊に匹敵するものだからなのか……両方か」

 

「それはノーコメントとしておこう。さて、来るぞ。良く見ておくんだ」

 

 そう言ってヘクスの指差す方向を急いで観察する。

 先ずは双眼鏡を使わずに目視で、動きがある場所を双眼鏡で覗いて正確に観測する。

 

 そして、それは直ぐに見付けることが出来た。

 黒く虫のような甲殻で全身を包み、赤く見える瞳のような部位。大きさは憶測だが大体2メートル位だろうか、手足2本ずつ人型なのに虫のようなフォルムを併せ持つその姿は双眼鏡越しに生物として全く違う存在だと理解させられてしまう。

 

 先程から口のような部位が動いているが俺は読唇術何て修めてないし、先ず人の形と違う口からどうやって読めば良いかも分からないのでそこから情報を得ることは出来ない。

 だが雰囲気からして誰かに話しかけている、と言うことだけは理解できた。

 

 やがて黒い虫のような怪人が何かを投げる。急いでその何かを双眼鏡で追いかけ、それが人間であると理解する。

 

 何かマズイ、そう感じとり直ぐ近くに設置してあったスナイパーライフルに体を移す。そして急いでレンズを覗き込み……人間の体が真っ二つに千切れ飛ぶ姿を直視してしまった。

 

 まるで映画のグロシーンを見てしまったかのような感覚。だが飛び散る肉片や内蔵のリアルさがそれを現実の事だと脳に訴える。

 人が死んだ。

 当然のように、軽々しく人が死んだ。

 とても常軌を逸した死にかたをまさしく目の前でされたと言うのに……俺の心は死んだように動かなかった。

 まるで、既に見てきたから慣れてしまった様な感覚。

 何度も何度も見てきただろうと言わんばかりの既視感。

 そして、お前もやった事だろうと脳の奥から訴えかけられる何かの声。

 

 それらを全て無視して──寧ろ手が震えない事を好都合だと考え──スコープで怪人を覗き込む。

 少し角度を変えたせいか、それともようやく他に注意がまわるようになったからなのか、その怪人の足元に未だ複数の捕らえられた人間が居ることが分かった。

 

 もしかして、あの中に魔法使いが……いや、まさか既に殺されたあの人間が……

 

 その考えに至った瞬間さっきまで死んでたと勘違いしてしまいそうだった心が揺れ動く。

 熱を持ち反射的にスコープの照準を怪人の脳天に合わせる。

 

「大丈夫、あの中に『空』の魔法使いは居ないよ」

 

 冷えた。

 自分でも驚くほどに、俺の中で煮えたぎっていた何かが急速に冷え込んでいく。

 そして、気付く。

 俺は今、魔法使いが死んだと思ったから取り乱しかけた。

 人が死んだにも拘らずまるで映画のワンシーンを眺めていた様な心境だったのにも関わらず、魔法使いが死んだかも知れないと言う可能性だけで今、熱を持って暴走をしかけた。

 

 直ぐに手帳を取り出して明記していく。

 今起きた事柄とそれによって自覚できた自分の変化を。

 急いでいたため殴り書きになってしまったが気にする余裕は無い。

 

「…………」

 

 書き終わると同時に、直ぐに顔を上げてスコープを覗き込む。

 そしてまた一人、怪人が何かを呟いた直ぐ後に殺される。

 今度は別の方法で、顔面を殴打されザクロの様に弾け飛んで死んだ。

 その最後の断末魔が遠く離れたここまで届くくらいに壮絶に、殺された。

 

「何だ、何をしているんだ……?」

 

「……」

 

 ヘクスは答えない。

 答えられないのかもしれない。

 

 そしてこうしている間にも処刑とも言える惨殺行為は進んでいく。

 また一人、二人と殺され、また次かと思った瞬間。

 変化が起きた。

 今度の怪人の殺し方はまた最初の時の様に蹴りで真っ二つに切断しようとしているようだった。

 迫る蹴り、逃げられない人間、何時まで続くのかと考えていた俺の目の前で、風が吹いた。

 風が動いたのが()()()()()

 

 意思を持った風──のように見えた──が次の犠牲者になる筈だった男を抱えて一気に距離を取る。

 怪人の足元に転がされていたまだ生きている何人かもその風に運ばせて少し遠くまで飛ばされる。

 

 そして、飛ばされた男と怪人の真ん中、まるで男を守る壁になるようにナニかが、現れる。

 

 その姿は少女。

 雲のような白い髪を肩までで切り揃えたショートボブという髪型で長袖にショートパンツという出で立ち。

 小柄な体躯を宙に浮かせ息荒く怪人を睨み付ける姿を見て俺は確信を持った。

 

「あの子が……」

 

「そう、あの子が『空』の魔法使い『空成ハク』。絶対にここで死ぬという結末(エンディング)を不変の運命(ルート)により決めつけられた……魔法使い最初の脱落者だ」



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『空』の魔法使い2

 片目でスコープを覗き込み、視線を外さないまま片手で今起きている事柄を手帳に書き込んでいく。

『空』の魔法使い、ヘクスがそう言ったあの少女は何もない空間から突如として現れた。

 だがこれは隣にいるヘクスにも同じ芸当が出来る故に納得し理解出来る。

 だが今の目に見える風という摩訶不思議な存在が俺に新たな疑念を植え付けようとしていた。

 それはつまり、魔法使いはそれぞれ特色のある力を持っていると言うこと。

 

 それは当然だろうという考えも有るかもしれない。だが俺は何となく、こうも思っていた。

 ゲームでいう職業魔法使いと言うものがあり、それを言うなればレベルアップさせる事で 新たな魔法を手に入れる。使えるようになる。そういうシステムだと。

 つまり、向き不向きはあるが魔法使い全員が最低限同じ魔法を使えると考えていた。

 

 それならば納得できる。この訳が分からない状況でそういう種族が元から居たのだと納得できる。

 だがそれにしてはあの魔法使い、名前を確か空成ハクと言ったか、彼女が使っている魔法が一辺倒過ぎる。

 風しか使っていないのだ。現在怪人と対峙している今でさえ。

 確かに便利で利便性や自由度が高いものなのだろうが怪人を攻撃するにはもっと攻撃力の高いモノがあるのではないかと考えてしまう。

 だが風しか、それに類するものしか使えないのだとしたら納得できる動きなのだ。

 

 そうなのだとしたらあの突如として現れた方法も何となく推測できる。

 風を操り光の反射を制御して透明化していたのだろう。バカみたいな話だが理論上は出来ると聞いたことがある。

 

 とにもかくにも情報だ、情報が欲しい。

 今立てた推測でさえ全くの的外れだという可能性も充分に高い。所詮は素人の考えだ。

 

 どうせ撃っても当たらないだろうし何なら怪人には効かないのでスコープから目を離し双眼鏡で観察を優先することにした。

 

 声は聞こえないが戦況は優勢で在るように見える。

 常に距離を取って戦う『空』の魔法使いハクに近距離攻撃しか持たないあの怪人は手を出せないようだし負ける要素が見当たらない。

 

 だがヘクスが言ったのだ。

 ハクは最初の犠牲者に成るのだと。

 彼女こそが最初の脱落者に成るのだと。

 

 だから見逃さないように丁寧に、怪人を、ハクを、その周囲を確りと丁寧に観て、調べ上げていく。

 怪人の隠し球は何かを見極める為にじっくりと。

 

 そして…………

 

「おかしい……あいつら、何してるんだ?」

 

「…………」

 

「ヘクス、言えないのなら良い。だから相談位なら良いだろ? 話を聞いてくれ」

 

「なんだい?」

 

「あいつら、あの助けられた奴ら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それが俺にはまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだが」

 

「あぁ、そうだね。そう見えるのなら、つまり、そう言うことじゃないか」

 

「……ッ! あぁそう言うことかよクソッタレが!」

 

 それが事実ならこの戦いは茶番だ。

 そしてあの『空』の魔法使いが負けた理由も何となく察する事が出来る。

 

「何となく分かってきたぜ! 魔法使いが負ける理由も! あの怪人達の戦いの手法も!」

 

 何て嫌らしく狡猾な力を持ってやがる。

 

「詳しい条件は不明だがあいつの術はおそらく! 『条件を満たした者を己の指揮下に置く』と言う術だ! さっきヘクスが言った『目の前で行動した人物にならって行動したくなる』という術があるんだから有ってもおかしくない。

 だからあいつらは次自分が殺されると分かっていても無様に抵抗したりしなかった。断末魔は上げたがそれくらいだ、それ以外にあいつに捕まれた際に泣きわめいて悲鳴を上げてなきゃおかしい!」

 

 間違ってても良いから今出来た考察を手帳に書きなぐっていく。

 

「なら、どうしたら良いと思う?」

 

「……わからないっ」

 

 条件が分からないことには迂闊に近づけないし手を出せない。

 ヘクスから意見を聞いても良いがあくまでも俺が主体に行動しなければ意味が無いと言う。

 だが、こうやって考えている間にも操られていると思しき彼らは『空』に気付かれないように背後から少しずつ距離を詰めている。

 

 時間がない、考える時間が……なら仕方無くないか? 

 俺も自殺すれば巻き戻せるというだけで殺されたら死ぬ、だろう。多分。

 なら安全策を取って、今回は情報を取るだけ取ってから次回に対して策を講じるべきだ。今、自棄になる必要性は無い。無駄だ。

 彼女の名前は分かってるんだから戦闘前に近づいて、彼女に助言するだけで良い。そうすればあの万能な風の力だ、操られているとはいえ一般人など寄せ付ける事すらしない事も可能だろう。

 

 だから、見守る。

 万が一勝つかもしれない、ヘクスのいう運命も打破してくれるかもしれない。

 だから待とう。あの時のように、誰かが解決してくれる事を祈りながら地下で震えて怯えて待とう。

 

「駄目だ駄目だ駄目だそれだけは許容出来ない」

 

 それを胸の奥から込み上げる熱が否定し、身体を突き動かせと衝動を送り込む。

 そうだ、前回待っているだけだったからあの娘に何も出来なかった、しなかった自分を悔やんで心臓を貫いたんだ。

 

「また同じ事を繰り返すのか? 有り得ない有り得ない有り得ないっ、無駄でも良い、無意味でも良い、俺が、俺が納得できる終わり方を求めてるんだッッ」

 

 チラリとヘクスを見る。

 目が合う。

 ヘクスは何も言わなかったが、自分勝手にそれを俺は俺を肯定してくれている様に感じた。

 

 体は動いた。

 

 双眼鏡を投げ捨てて手帳をヘクスの方へと投げる。

 

「持っててくれ」

 

「構わないよ」

 

 心地良い肯定。

 それを聴きながらスナイパーライフル、『エンドオブボアダム(退屈の終わり)20』を手に取りスコープを覗き込む。

 

「奥のを狙うならその調整だと上に3ミリ右に2ミリだ。手前のだと上に2ミリ右に2ミリで良いだろう。銃弾の道筋に今、風は無いよ」

 

 最高のアドバイスを聞き入れて俺は標準を合わせる。

 そして、引き金を引いた。

 

 鳴り響く銃声、撃ち出された銃弾は飛距離による重力の落下の影響を僅かに受けながら確りと飛翔し……目標の頭蓋骨をぶち抜いた。

 人を殺した。前のあの時のような獣ではなく、自意識が無い人を殺した。

 手の震えはない。

 直ぐに次弾が装填される音がして次の標的を定める。

 

 チラリととスコープ覗いている方の目と逆の目で見てみるが怪人と『空』は未だ何が起こっているのか分かってはいない。

 だからその隙をありがたく使わせて貰い、二人目を撃ち抜いた。

 

「───ッ!」

 

「──、───!?」

 

 怪人はやはり視力も聴力も普通の人間とは段違いなのだろうか、たった二発撃っただけで怪人とスコープ越しに目があった。

 

 だが恐怖はない。直ぐに三発目を撃ち出す、頭蓋骨が弾け飛ぶ。

 

 後一人。

 

 左目に怪人が何か大きく振りかぶっている姿が小さく写る。

 構わず最後の一人を撃ち殺す。

 簡単だった、調整はヘクスのおかげで済まされ最後の微調整もヘクスのおかげ。あいつらは目の前で人が撃たれているのにも関わらず特に反応も起こさずゆっくりと前に進むだけだった。

 簡単に人を殺したのだ。

 

 だからこれは報いだろう。

 強烈な破壊音と俺の体を襲う幾つもの瓦礫の破片。

 それらは全てあの怪人が投擲してきた何かが巻き起こした惨状だと理解出来る。

 

 成る程、市民に襲われて動きを止めた『空』をそれで殺す気だったか。

 

 そんな納得も束の間、俺が地面を転がっている間に済まされた意味の無い思考。

 

 何という奇跡か、俺の体はまだ動くようで痛烈な痛みが俺の生存を知らせてくれている。

 

 ならばと起き上がるために体を起こそうとして……さし伸ばされた手があった。

 

「生きてるかい? あんなギリギリまで粘って……私は君に死んで貰ったら困るんだがね」

 

「生きてるよ。死ぬかもとは思ったが死にたいとは思わないから安心してくれ」

 

 その手を掴むと俺の体が軽くなったように感じ、ふわりと起き上がれる。

 まるで体の体重がほとんど消えたような感覚に一つのアイデアが思い浮かぶ。

 どうやってここから逃げたものかと思案していたがこれならば行けるかもしれない。

 

「ヘクス、この状態を続けることは出来るか?」

 

「うん? 出来るけど……それよりも早くここから逃げ出した方が良くないかい? 狙われてるぜ?」

 

「それを一挙両得出来る方法がある」

 

「えっ? え──っ!?」

 

 俺は返事を待たずしてヘクスを背中に背負い、バッグとエンドオブボアダム20を掴んで怪人がいる方角とは逆の方の面からビルの柵を乗り越えて落下を始めた。

 

「おっ、おおおおおおお!?」

 

「ぬぅっっっ!」

 

 自由落下を始めた俺達は魔法で軽くなったとはいえかなりの速度で落下していく。

 いつも宙に浮かんでいるヘクスも思わずと言ったように声を出してしまっている。

 落下するのは苦手なのだろうか。

 

 まぁこのままでは落下スピードがかなりの緩まっているとはいえ地面への着地と共にミンチになる。

 果たしてこれは自殺になるのだろうかという思考が頭をよぎるが今世界を巻き戻させる気はないので全力で抵抗するべく、落下しながらボアダムのマガジンを交換していく。

 

「今離されたら死ぬから絶対に離さないでくれよな!」

 

「くぅっ分かった掴んでれば良いんだろう!?」

 

「助かるよ!」

 

 リロードし、素早く薬室(チャンバー)に弾薬を送り込む。

 それを僅かな時間で成し遂げ銃口をビルとは真逆の方角に向けて射撃。

 強烈な反動が体を襲い、それを余さず受け止めるようにして空中を移動し足をビルの側面につけることが出来た。

 当然踏ん張ることなんて出来ないので引きちぎれそうになりながら足を動かして装填が完了したボアダムを今度は真下……よりも少し角度つけて撃ち放つ。

 反動、衝撃、それを受けて落ちる速度が緩まりその稼いだ時間でまたもう一発。

 それを繰り返してマガジンにあった五発全てを撃ち尽くす。

 

 だが……

 

「おいおいおい! まだ速度が殺しきれてないぞ!」

 

 流石に無茶だったか未だに速度は死にはしないだろうが足くらいは折れそうな程度にしか落ちなかった。

 再装填する時間は無い。

 ならばと背中に背負っていたヘクスを前に移して、覚悟を決めギリギリのタイミングでビルの側面から飛ぶ。

 目指すは植木。僅かながらでもクッションになってくれればという思いと共に片手で腰から拳銃を抜き出して腹で固定して乱射する。

 

 三発四発と撃ったところで時間切れ俺は植木越しに地面と感動の再開を果たして全身をミンチに──すること無く無事着地できた。

 

 背中と足が痛烈に痛むが骨をやったような違和感はない。何とか成功したという実感だけを胸に何とか起き上がりヘクスを見る。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 魔女でさえ死を覚悟させてしまうくらいの無茶をしてしまったらしい。

 

「こっちは死ぬ程助かった。労いたいが時間がないんだバイクの所まで走るぞ!」

 

 悪いとは思いながらもこの稼いだ時間を無駄にしないためにバイクの停めている場所へ急いで走った。



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『空』の魔法使い3

 誰も居ない道路を颯爽とバイクで駆ける。

 ビルからの飛び降りに成功した俺は手帳を返して貰ってから、一先ず隠れてたのがバレたビルからの逃走を図っていた。

 

 ガタンと振動が起きる度に体の節々に鈍い痛みが走る。

 いくら最新の戦闘服といえど度重なる無茶苦茶な動きに耐えきれず所々綻びが出てきてしまっている。

 それでもまだまだ使えるので無論酷使する心づもりだ。

 

「今の内に聞いておきたいんだけど」

 

「何かな?」

 

「何処まで予想してたんだ?」

 

「何が、とは言わないよ。だが、そうだね……私としては君があの時、あの瞬間に手を出すとは思ってなかった。あの後ビルから飛び降りたのもね」

 

 となると、一応はヘクスの想定外の行動が出来たことになる。

 それはつまり、運命から抜け出す第一歩を踏み出したと言うことだと俺は考える。

 だからこのままで良い筈なんだ。これで良いように進んでいる筈なんだ。

 

 だが、この程度の干渉で運命とやらがどうにか出来るのなら既に誰かがやってるだろう。

 だから俺は向かう、あの『空』の魔法使いの元へ。

 それすらも杞憂で、あの少女はあの怪人に勝利しているかもしれない。いや、普通に考えれば勝っているだろう。相性からして『空』の魔法使いハクは最高と言っても良かった。

 

 無駄でも良い、無意味でも良い。

 だが足を引っ張るような真似だけはしないために基地から持ってきたコンカッション式の手榴弾に糸をくくりつけたものをバイクに設置してある。

 安全ピンはまだ抜いていないがいざとなれば躊躇わないつもりだ。

 

「ムーヴ君、私が観測して知っているのはここだけだ。私にはここすら越えられなかった」

 

「ヘクス?」

 

「ここさえ無事越えてくれれば私はおそらく、運命の縛りからほぼほぼ解放される。君が自主的に動かないと行けないことには違いはないがそれでも私は君に隠し事をすることも力を出し渋る事もせずにサポートする事が出来るようになる」

 

「それはまさに死ぬ程助かるんだけど……その話を今した意味って?」

 

「今回の周、さっきの飛び降りで手を貸してしまった故にこれ以上の直接的な手助けが出来そうにない。言葉すらもこれから起きることを一言だけ伝える事が限界だろう」

 

 何故そう断言できる? 

 その疑問が浮かぶが本当に心苦しそうな彼女の表情からは嘘や俺を騙そうとする意思を感じられない。

 つまり、今は俺が持っている情報から推理するしかない。

 ヘクスが何故、俺なんていうただの人間を使うだけで世界を巻き戻すなんていう芸当が出来るのか、何故運命に絡め取られる一線を感じ取っているのか。

 

「あれだけ大口を叩いて助力すると言っておきながら本当にすまない」

 

 いや、そんなことはどうでも良い。俺はヘクスのもたらしてくれた情報がなければ何十回と訳も分からず死んでいたか分からないし、何よりもヘクスに全てを預けているのだ。

 俺はただヘクスが伝えてくれるであろう後一言を待った。

 

「伝える。『ここから先、何があっても心だけは折れないでくれ』」

 

「……分かった。心に留めておこう」

 

「…………それじゃあ私は君の近くで漂っている。何も出来なくて、本当にすまない」

 

 その言葉を聞いた俺は速度を緩めること無く、返事を返そうとして……一つのお願いをすることにした。

 

「なら祈っててくれよ。魔女である君の祈りなら気持ちだけでも効果がありそうだ。まだ終わって無いんだしそれくらいは良いだろ?」

 

 ヘクスが近づく気配、ヘルメット越しに俺の額に何かをした。

 そうして姿が消える。

 この数時間、何があっても傍にいた存在が消える。

 近くには居るのだろう、だが俺には見えないし感じない。

 

 それならば、俺は実質的に一人に違いない。

 

「けどなんでだろうな、寂しいとか、心細い、とかいう感情よりも大きな……頼られているという自負みたいなのが湧いてきやがる。これも魔女の策略通りなら一種の魔法だな」

 

 返事はない、だからこそ自分へと語りかける。

 魔女の保護は無くなった。

 しかし代わりに祈りがある。

 ならばこそ気張るとしよう。男は見た目綺麗な女性に応援されて、可愛い女の子を助けるというシチュエーションになら無限に頑張れるのだから。

 

「あそこか」

 

 それほど距離の離れていない所から大きな破壊音。

 戦闘が続いており、まだこの一件は終わっていないのだと確信させる音。

 その音源に向けてバイクの速度を上げた。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 バイクを途中で乗り捨ててボアダムを手に持って走る。

 怪人のスペックは人間のそれを遥かに越えていると推測でき、これ以上のバイクでの接近は自分の位置をばらしているものだと思ったからだ。

 もう手遅れかもしれないがそこから足で移動して少しでも自分の正確な位置を隠したい。

 もし予想以上に怪人の基礎スペックが高く走る程度の足音で完全な位置バレをするならばまた考え直さないといけない。

 

 とにかく出来るだけ気配を消して急いで向かっている訳なのだが、一つ問題がある。

 

 音が止んでいるのだ。

 それまで断続的に聞こえていた音が少し前から完全に止んだ。

 

 嫌な予感はする。

 だがどうしようもなくこれ以上は急げない。

 そして、音が止んでから2分程かそれを見つけた。そして息を呑む。

 

「怪人が……二体」

 

 増えていたのだ怪人の数が。

 先程の黒い甲殻を持つ怪人と手に剣を持つ怪人。

 二体とも此方には気付いていないのかどちらも一点を見詰め此方に背を向けている。

 

「あの子は……?」

 

 そして探し始めて直ぐに見つかる。

 二体の怪人の視線の先。

 空中で力無く魔方陣の様なもので固定されている様に見える。

 それだけでは無い、肩から胸にかけて真っ赤な傷跡がありスコープから観察できる範囲では息はあるようだが力が使えないのか目だけが怪人に向かっている。

 

 撃つか? 何をだ 怪人を? 効くわけがない

 では魔方陣か? もし破壊できたとしてもあの子が動けないようならば意味がない。焼き直しになる。

 

 分かりやすい詰み。

 現状の把握できる範囲では何も方程式が立てることが出来ない。

 手帳を取り出す。

 何を悠長にと思われるかもしれないが、現状分かっていることを書き示していく。

 

 今からやることは、絶対に必要で、確実に助からない方法だ。

 

 だから万が一自殺に失敗した時の為に、これを残さないといけない。

 

「次のあなたへ……っと。すまないヘクス。返事は要らないし出てこなくても良いから……ここに、俺が記した手帳があるということを次の誰かに伝えて欲しい」

 

 手帳を近くの茂みに投げる。

 

「自殺に失敗した時、どうなるか分からないからな……最低限、次に繋がるように努力したんだ

 

 だから、よろしく頼む」

 

 空気が揺れたような気がした。

 

 やるしかない。

 武器を確認する。

 ボアダムの予備マガジンは三つ、弾はまだあるがそれを詰めている余裕はないだろう。

 拳銃の方は予備マガジンが四つだ。

 そんでもって装填数は8発。

 手榴弾は二つにフラッシュバンが二つ、直ぐに取り出せるように配置を整えていく。

 

 こういう時にバイクが無いのが悔やまれる。

 しかし有れば有ったで此方の位置に気付かれていただろうから結局どっちも立たずなのだ。

 

 悔しいが今回は試走だ。

 俺の命をチップに情報を集めていく。

 本来なら最初の『空』の魔法使いと黒い甲殻の持つ怪人の場面でしなければ行けなかった事。

 

 力も無い知恵も無い魔法も使えないただの一般人モブが運命なんてたいそれたモノを変えようというのだからそれくらいしなくては釣り合わない、しても釣り合わない様なものだろう。

 

 ヘクスの残した言葉の真意はまだ、分からないがおそらくは敵の怪人の術のキーに関わる事だろう。

 

 良し、万が一の自殺の準備も出来た。

 

 …………始めるとしよう。

 無能()の戦いを。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

「手こずらせやがって、人間風情が……」

 

 黒い甲殻を持つ怪人、ゴァは傷付き割れた甲殻を撫でながら目の前の捕らえた魔法使いに怒りの視線を向ける。

 ギチギチと人間でいう歯軋りを繰り返すその行為を見かねたもう一人の怪人、ギアがそれを注意する。

 

「やめろゴァ、元はと言えばお前が一人で充分だと言うからおれは遠く離れた場所で別の事をしていたんだ」

 

「うるセェっ! チクショウ……オレの『Fear is a stronger emotion than love(恐怖は愛より強き感情なり)』を使った作戦は完璧だったんだよ! それを訳の分からんやつに邪魔をされて……糞ガァ!」

 

「何でも良いが貴様が死にかけていたのは事実だ。おれが()()こっちに廻ってきていなかったら貴様は負けていたのだぞ。アフォルズムから一人欠員が出るところだった。こんな序盤からな」

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛!! 糞糞糞糞ガァッ!」

 

 ギアから小言を受けて更に苛立ちを深めたゴァは目の前の無抵抗な魔法使いを見て笑みを深くする。

 

「オイ」

 

「何だ」

 

「あの方が言うには……魔核を取り出す為に生かす必要はあるが、その後は何をしても良いって話だったよなァ?」

 

「……貴様が、何を考えているかは想像が付く。個人的にはさっさと殺してしまえと思うが……好きにしろ」

 

「ヒヒッ! 楽しみだなァ?」

 

「…………」

 

 声をかけられた『空』の魔法使い ハク は目の前の怪人二体の話を聴きながら魔法が使えず、どうすることも出来ない現状に何とか隙を見て逃げ出せないかを考えていたが段々とそれが不可能なのが理解できてしまい、じわじわと恐怖に体を支配されてしまっていた。

 体から大事な何かが抜かれていく、そんな実感もあったので更に身近に感じてしまう。

 

「別に、死ぬのは怖くない。怖く、ない」

 

 誰に向けてでもない、ただ口をついて出てしまっただけの言葉。

 何も思い残す事もない。親も家族もいない彼女にとってそれらは真実であり、建前でもある。

 ただ終わりを向かえるのに心の準備が欲しいだけ、そう自分を納得させるように何度も怖くないと呟く。

 

(そういえば……さっき私を助けてくれたあの銃を撃った人は何だったのだろう)

 

 彼女に取って現実逃避か、それとも希望にすがりたいのか。

 既に捕まった時にあのお喋りなゴァと名乗る怪人から話は聞いていた。

 失敗したがハク自身が助けた人間を使って罠にはめるつもりであったと。

 始めに銃声が響いて助けた筈の人々の頭が弾け飛んでしまった時、その相手に殺意と自分への不甲斐なさを感じた。

 だがそれはゴァの怒りと共に直ぐに誤解であったと理解した。

 あの狙撃主は私を助けてくれたのだと。

 その狙撃主は呆けてしまっていた私を放置してナニかを投擲したゴァの手によってやられてしまった。

 なのに、どうしてかすがってしまったのだ。

 もう助からないと分かっているのに。

 

 そして彼女の耳に……先程も聞いた銃声、その更に大きい音が聞こえた。

 

 驚愕に頭を上げる。

 目の前にはあのゴァの頭部の半分が消し飛ぶ様子と僅か五十メートルよりも近い距離で狙撃銃を構えるボロボロの男の姿があった。




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『空』の魔法使い4/魔女の独白

 俺の腹を真っ黒な怪人の腕が貫いている。

 その目かどうかすらも分からない真っ赤な光が二つ、興味なさげに死に逝く俺の様子をぼんやりと眺めている。傍に居る剣持ちの怪人など此方に見向きもしない。

 

 呆気無く、どうしようも無く俺は死にかけていた。

 さて、どうして俺がこんなことになっているのかを簡単に説明する。最初、効かないまでも怯めば良いなという頼みの狙撃は外れ、此方の位置がバレた。

 それに黒の怪人が即座に反応し、その異常な速度に接近を許す。

 二発目を放つ。命中、否防がれた。弾丸が見えているのかそれともアタリをつけていたのか腕の甲殻に阻まれて銃弾が弾かれる。

 当然至近距離で放った狙撃弾の威力で大きく腕は弾かれたようだが此方の再射撃の前に体勢を立て直され距離を詰められる。

 

 この時点で俺は一回目の死を覚悟した。

 ボアダムを投げ捨てて拳銃を取り出しながら二階の窓際から家の奥へと飛び移る。

 次の瞬間に元居た場所に怪人が飛び掛かり轟音が鳴り響いて衝撃波を撒き散らす。

 当たってないし、何なら掠めてもない癖に馬鹿みたいな威力だと吹き飛ばされながらぼんやりと思い拳銃を速射する。

 撃った弾丸は三発、当然弾かれて終いだろうと想像していたのだが少し様子がおかしかった。

 怪人がまた防御したのだ。

 腕で丁寧に、と言えば良いのか兎も角撃ち放った弾丸を全てを叩き落としてきた。

 

 三発もの弾丸を叩き落とせるその身体能力と動体視力に目眩がするのと同時に感じる違和感。

 

「メンドクセェッ!」

 

 そして怪人が放った、俺にも理解出来る言葉に驚いてしまい……次の瞬間腹が貫かれていた。しかもそのまま壁に叩き付けられるというおまけ付き。意識を失わなかったのが奇跡に等しい。

 

「ゲホッゲホッ! オェッッ!」

 

 大量の吐血を撒き散らして二回目となる死の感覚を思い出す。

 こうして俺の死に体が完成したというわけだ(絶望)

 

「おい、どうする気だ?」

 

 いつの間にか合流していた剣の怪人は目線を『空』の魔法使いが居る場所から逸らしもしない。

 そして黒の怪人は俺を貫いていない方の指を目の前に持ってくると、指を鳴らして何かを唱えた。

 

「『Fear is a stronger emotion than love(恐怖は愛より強き感情なり)』……ん?」

 

 だが何も起きない。

 というか俺も痛みで正気を失いそうで限界だ。その前に隙を見て自殺をしなければならない。

 じっと、その機会を伺う……ん? 何だ、これ? 

 

「どうした」

 

「こいつ、ここまでされて俺に恐怖を抱いていやがらねぇ……ちゲェな、それよりも何か違うことを思ってやがる」

 

 拳銃は既に地面に転がっている、腹を手で貫かれた時に離してしまった、だがまだ武器はある。右手をゆっくりと後ろ腰へ回しそれを掴んだ。

 コイツに対しては玩具そのものだろうが、少しでも手の感覚が残っている内に作戦を決行する。

 

「し……」

 

「アン?」

 

「死ね、化け物」

 

「コイツ……ッ!」

 

 潜ましていたナイフを黒の怪人に向けて突っ込ませる、黒の怪人の胴体のある部分に向かって。

 それと同時に俺の右腕から重力が消えた。宙を舞う拳を握り締める俺の腕が見える。

 腕1本で済むのなら最高の結果だ。この瞬間が欲しかった。

 既にピンは抜いている。

 そして力が抜けた拍子にそれがごとりと音を立てて地面に落ちた。

 

「ォ? ……ォオオオ!!??」

 

「ゴァ! いや、コイツ自爆する気か! 離れろ!」

 

 腹から手が抜かれ、出来の悪いスプラッター映画にありそうな信じられない程の大量の血が地面に流れ落ちる。

 黒の怪人は逃げようとしたみたいだがもう遅い。

 光が全身を包み、腹から出血らしきものをしている黒の怪人が目の前に見える。

 そして、轟音と共に全てが消え失せた。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 以上が俺の最初の自殺で二度目の巻き戻しである。

 いやほんとに成功して良かった。

 あそこでナイフで刺した時、腕ではなく首を飛ばされていたら終わっていた。

 とは言え、ピンを抜く隙を作らなければ自殺が失敗に終わっていた可能性が高いのであれしか手はなかったと思える。

 

 まぁ、そんな幸運を噛み締めながら俺は現在()()()()()()()()()()()()()

 そう、あの基地ではなく町中。それもヘクスが居ないことからあの時よりも後になっていると思われる。

 始めて巻き戻ったときなど驚きすぎて操縦をミスり転倒、足と腕を片方ずつ折ってしまいそのまま拳銃で自殺する事になってしまい、聞こえない筈のヘクスの思わず漏れてしまったような悲鳴が聞こえた気がして思わず笑いそうになってしまった。

 

 いや笑い事ではないが。

 

 だが、収穫は有った。

 最後のあの瞬間、あの黒の怪人の腹から出血の様なものをしていた。

 つまり、何らかの要因でナイフ程度の攻撃が通じたという事である。

 

 思えば最初からあの怪人は執拗な防御をしていたように感じる。

 そして最後のあの時に見付けた、()()()()()()()()()()()()()。胸から頭部にかけて砕けていると表現して良いそれは一抹の希望通り『空』の魔法使いがつけてくれたやつの甲殻の破壊痕で、ナイフで傷をつけれた最大の理由である。

 

 最初は偶然だと片付けられたそれが、確信に至ったのは俺が()()()の巻き戻りを起こした時だ。

 最初に撃った狙撃があいつの胸に当たってそのまま撃沈した。死んでいたかどうかその後直ぐに自殺したので確認できなかったがダメージが通るという確信が得られた。

 

 だがやはりそれはあの黒の怪人だけ、剣の怪人は何というかそれ以前の話だった。

 奇襲狙撃した筈の弾がガードされるのだ、左手部分にある分厚そうな装甲で。

 剣の怪人の姿はパッと見で中世の騎士にも見える鎧を纏ったような外見をしている。全身が固そうでまともな攻撃が通じなさそうなのは勿論だが、顔に当たる部分のバイザーと呼ばれる所にある視界を確保する穴、そこにもし撃ち込めたらと希望を持っていたのだがあれは無理だ。

 

 やはり怪人を倒すのは魔法使いの手で、ということなのだろうか。

 そういう決まりは無くても俺の現在武装であの剣の怪人を殺すことは不可能だと結論付けた。

 ということであの剣の怪人はどうにかしてやり過ごす事にして方針を決定したのが大体二十を越えたくらいからだろう。

 

 その頃くらいから一つミスる度に自殺するを繰り返して自分でも自分の命の価値がすり減っている事が自覚できた。

 

 けれど終われない、終わってはいけないのだと自分に言い聞かせて自らに向けた拳銃の引き金を引き続けた。

 

 最初のギリギリ自殺できたあの状況が脳裏にこびり付いている。次は無理だと、次は失敗すると己の何かが声を上げている。

 

 最初の正気への懸念は何処へ行ったのか、今の俺は果たして正気なのか。

 自殺という詰みを積み重ねている俺は正しいのか。

 そんな意味の無い考えが何度も頭を過るようになってしまった。

 

 だが辞めてしまいたい、と思った事はない。

 何故ならば俺は今、見られているからだ。ヘクスに。

 そして伝えられたからだ、折れないでくれと。

 

 だから戦って、戦って、死んで、戦って来た。

 

 数える回数も億劫になってきたがそれでも全く持って辞める気にはならないし何なら必ず成し遂げるという気持ちは更に強くなっている。

 

 果たして、これは正気か狂気か。いや、だからどうでも良いんだそんなことは。

 

 バイクを走らせて、また魔法使いの元へと向かった。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 死んだ。

 

 自らが足元に落とした爆弾で自殺した。

 

 死んだ。

 

 巻き戻しの影響か、バイクの操縦をしくじって手足を折ってしまいやむ無く自害した。

 

 死んだ。

 

 狙撃に失敗して、襲い掛かられる前に撃つ前に足元に落としていた爆弾で死んだ。

 

 死んだ。

 

 今回は狙撃に成功したが、前と同じく足元に落としてた爆弾で死んだ。

 

 死んだ。

 

 ルートを変えて遅くなってしまい、既に魔法使いから魔核を抜かれた後で、それに気付いた彼は手遅れだと理解して死んだ。

 

 死んだ。

 

 死んだ。

 

 死んだ。

 死んだ。

 死んだ。

 死んだ死んだ死んだ死んだ死んで死んで死んで死しんで死んで死んで死しんで死んで死しんで死んだ。

 

 十を越えるまではまだ必死さがあった。

 二十を越えたくらいからそれが消えた。

 五十を越えたぐらいから感情が消えた。

 七十を越え、言葉が消えた。

 そして───

 

 そして、百を超えても彼は死に続けた。

 

 それくらいになると彼はまるで機械のように精密な射撃でゴァを殺せるようになっていて、腰から取り出した拳銃の速射も一発も外さないようになっていた。

 

 だけど死んだ。ただの人間には絶対に勝てないようになっている怪人相手では、達人の様な銃の腕でも、銃自体が怪人を殺せるように出来ていない。

 守りを壊された怪人相手には通じても、未だ万全なギア(剣の怪人)を倒すことは出来ない。

 

 彼に対しての懺悔をしよう。

 私は彼に対して、ほんの少しの期待しか寄せていなかった。

 彼に目を付けたのはただ単に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という運命(ルート)であり結末(エンディング)であったあの紫の髪の魔法使いの運命に干渉したからというものだった。

 

 彼女の結末は必ずそれであり、誰一人として変えることが出来ない筈だった。

 

 そう、その筈だった。

 そこに彼が現れた、彼女の結末をほんの少し……救いようの無い終わりから『最後に助けて貰え、自分のために泣いてくれる人に看取って貰える』という結末(エンディング)に変わっていた。

 私の知らない終わり方だった。

 

 だから私は希望を見てしまった。

 ほんの少しだけ光っていたその明かりに。

 

 彼と話してその人間性に興味を持った。

 彼の行動は滅茶苦茶だが、その行動原理に好意が持てた。

 

 だけど私が干渉した、してしまった。ここだけは私は存在するだけでその運命に彼事引き吊り込んでしまう。

 

 だから見守ることしか出来ない。

 

 そして、遂に彼の足が止まってしまった。

 

 何事かをぶつぶつと呟いて、私はこう思ってしまった。

 

 あぁ、壊れてしまった。と

 

 むしろ良く持った方なのだ、良くやってくれたものなのだ。

 

 だから、終わりにしよう。

 夢を見る時間はこれで終わり。

 厳しく、鬱になる程の地獄の世界をまた進んでいこう。

 

 そう決意して、私は壊れてしまった彼(燃え尽きた灯火)に別れを告げに行こうとして、見た。

 

 その瞳に宿る、真っ黒な焔を。

 粘りっこく、泥々とした、決して燃え尽きないどす黒い光を。

 

 私はそれを見て動けなくなってしまった。

 姿を表して、終わりにしよう。と声を掛けるつもりだったのにそれすら出来ずその光に囚われる。

 

 そしてどれ程時間が立っただろうか、おもむろに顔を上げた彼の瞳には既にあの光はなく、ずっと見てきた疲れ果てたような表情が浮かんでいた。

 

 自然に、いくら繰り返したか分からないほど当たり前に、簡単に、彼は自らの頭に向けて拳銃を撃ち放った。

 

 私は動けない。

 世界の巻き戻りが始まった今もまだ動けないでいた。

 

 そして、世界は幾度目かすら定かではない巻き戻しを始めた。



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『空』の魔法使い5

 既に何回目かも分からないほど繰り返したこの戦いに終止符を打つ方法を思い付いた。

 頭おかしくなる程戦い続けやっと思い付いた正直これしかないという事もあって狂気のような作戦だが前回の一周全てを考える時間に費やして作った作戦である。

 

 だがその為の下地……というか俺の屍を積み重ねているので運が良ければ一回で成功できるだろう、運が良ければ。

 

 だから今回の作戦の為に必要なバイクを今までの間で確かめ確信に至ったバレない距離に停め、それを全速力で手で押して行く。

 

 時間的猶予は短い。だが気が遠くなりそうな程繰り返されたこの間だけは寸分違わず体内時計で計る事が出来る。

 即ち5分、この間にバイクを持ち所定の位置まで運び射撃の準備を整える。

 これは出来るルートを既に把握しているので体が疲れる以外の問題を起こさずにやり終える。

 

 そして直ぐに民家の屋根をよじ登りボアダムを屋根の天辺に固定する。

 既に百何十と撃ち続けたこのスナイパーライフルのクセは完全に理解している。

 だからこの初弾は確実に当たるだろう。そしてそれからが本番である。

 

 準備は出来た。後は五十メートルも無いであろうこの場所に居ることに気が付かれる前に───あの黒の怪人を撃ち殺す。

 

 大きく息を吸い込み、止める。体の震えを殺して、スコープを覗き込んで照準を合わせる。

 狙うは黒の怪人の頭、その頂点。

 ヒビがそこまで入っているので高さを付けたここから一撃でぶち抜くという算段だ。

 

 ……合わない、まだ……まだ、もう少し…………今ッ!

 

 激しい音を立てて弾丸が放たれる。

 放たれた弾丸は吸い込まれるようにして怪人の僅かしかないヒビに直撃。

 激しい音を立ててその頭部を弾けさせた。

 

 怪人殺し、もはや何の感慨も浮かばない。

 

 急いで身を翻して家から飛び降りる。

 背後から轟音と共に家の屋根が弾け飛んだことを知らせる木材の破片が降り注ぐ。

 結構前に知ったんだがこれただの投石なんだぜ? 狂ってる。

 勢い良く地面に衝突する直前に受け身を取り最低限のダメージに押さえ、更に転がる事で更に衝撃を分散。死ぬ程体が痛いが心は慣れたもので直ぐに立ち上がり傍に置いてあったバイクへまたがる。

 

 更に轟音、どうやら当たってないと確信を抱いたのか更に投石を続けているようで木造の家が、豆腐にデコピンをかましていく様に崩壊していく。

 

 数秒、恐怖と戦いながらエンジンをかけることに成功し、最初から速力全開で飛ばしていく。

 

 道路を足が地面に擦れるほどのコーナリングで曲がって『空』の魔法使いを目指す。

 既にそこそこの速度が出ているが満足に加速できていない、その隙をあの剣の怪人が見逃す筈もない。

 当然のように俺の位置を補足しその常軌を逸する脚力で距離を詰められる。

 

 ここが正念場、今まで気が狂う程に繰り返し得た情報から推理して出した結論を試す。

 左手をフリーにし、腰にあるあるものを取り出す。レバーを握り、ピンを腰にある今度は左に差しておいたナイフの柄に引っ掛けて引き抜く。

 彼我の距離目測にて僅か十メートルと少し。ならば有効距離内だと取り出したあるもの──フラッシュバンを剣の怪人に投げ付けてやる。

 

 ピクリと反応を示した剣の怪人の動きが止まる。過激な反応だ、瞬間的に防御体勢を取る剣の怪人を見てそう思う。だがそれは知っている、そして思考を頭の隅で流しながら、フラッシュバンから目を背けて更に再度左手を動かす。

 

 そして、爆音と閃光が周囲全てを支配する。

 

 勿論バイクで通り過ぎたとはいえ比較的近かった俺も音の被害で耳がおかしくなる。

 耳栓も持ってこれば良かったと後悔しても後の祭りだ、既に取りに行く余裕なんて無かったのだから。だがどうにかして左耳だけは防御することに成功して平衡感覚が完全に死ぬことは防ぐ。そして、それはまだ辞めない。

 

「キ、貴様ァァ!」

 

 そして、背後から地響きの様な踏み込みの音と同時に、もう一つ、防がれると確信して地面に転がしたフラッシュバンが起動し、今度こそ剣の怪人の目を焼いた。

 その証拠に強烈な踏み込みの音の後に聞こえた音が地面に叩き付けられるような音とゴロゴロと転がるような音だったからだ。

 

 派手に転けたんだろう、ザマァ見ろ。

 そしてそのままどっかに行ってろ。

 バイクに追い付こうとした勢いのまま転けたんだ、少しは遠くに行ってくれることを祈りながら進む。

 

 フラッシュバンが有効なのは賭けだった。

 こいつら怪人は人間のスペックを遥かに越えたこいつらは視力聴力共に人間のものよりも遥かに高い。だがそこは摩訶不思議な魔法とやらで防御されていたり、何なら普通にスペックで耐えきられる可能性も少ないが合ったのだ。

 今までで試すことが出来れば良かったのだがこいつらは、特に剣の怪人は警戒心が強く直撃させることが今まで成功したことが無かったのだ。

 近くに投げれば切られるし、少し離れた場所に投げれば距離を取られる。

 

 もし、耐えきられていたら……ここで起きた一回目の巻き戻しの再演と成っていただろう。

 だが俺は賭けに勝った。

 

 そして、ようやく左手が解放された所で『空』の魔法使いの元へと辿り着く。

 

 そして、これは壊し方を知っている。

 物理で壊れる、つまり……バイクをドリフトしながら停車させて腰から拳銃を抜き放ち発砲。

 二発、三発、四発と撃ち込んだ所で魔方陣にヒビが入る。

 更に二発、撃ち込んだ所でようやく魔方陣が砕けて消えた。

 

 そして、固定され磔にされていた『空』の魔法使いが解放され地面に落ちる──前に拾い上げる。

 呻き声を上げる魔法使いを担いで背中に背負う。

 だがそれに抵抗するように彼女は暴れる。

 

「おろしてっ!」

 

 錯乱しているのか、それとも普通に俺が怖いのか……後者ではないことを祈りつつ、聞いてくれる事を祈りながら説得をする。

 

「助けに来た、時間がない直ぐに移動する耐えてくれ」

 

「ちがう!」

 

「悪いが話を聞いてる暇は「うしろぉ!」……は?」

 

 まさかと思い後ろを振り向く。

 そこには頭が半分以上吹き飛ばされながらこちらに向かって何かを振りかぶる黒の怪人の姿。

 

「ジネ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

「鬱陶しいんだよッ!!」

 

 思わず叫びながら一度腰に直してしまった拳銃を抜き放ち速射する。

 胴体一発、頭部に一発、完璧な射撃、そこまでしてやっと黒の怪人の赤い二つの光が消え失せる。

 しかし奴の体の動きは止まらずそのまま投擲を繰り出される。

 

 死ぬ。

 これは躱せない。

 自殺も間に合わない。

 

 あそこで黒の怪人に撃たずに自分を撃っていれば良かったのだろうか。

 そうすれば今度は油断することもなくしっかりとトドメを刺してから行動できただろう。

 もっと上手くやれたのかもしれない。

 

 だがその選択は既に遅すぎる。

 体は銃の反動でまともに動かない。

 

 ならば……仕方無い。

 せめて『空』の魔法使いの盾に成ろう。少しはこの子の生存率も上がるだろうと覚悟を決めて、ハクを抱え込んでその身を差し出した。

 

 そして、投石が放たれる。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「…………生きてる?」

 

 あの死の感覚がいつ来るのかと待っていたのだがいつまで立ってもその衝撃が来ない。

 

 恐る恐る後ろを見る。

 

「は? 何だ、これ」

 

 俺達は透明な半円形の壁に守られていた。

 いや、これは見たことがあるような気がする。そう、これは確か……この子の───

 

「風魔法……『クウヘキ』」

 

「ありがとう、助かった」

 

「でも、もう……無理……」

 

「……おい! …………寝ただけ、か」

 

 急にぐったりとし、意識を手放すハクに思わず死んだのかと焦ったがどうやら寝てしまっただけのようだ。

 

 それにしても、これが魔法か……家を簡単に破壊するような威力の攻撃を無傷で防げるのか。

 

 一息付いて腰が抜けそうになる、が今度こそ本当に距離を取らないと不味い。

 

 あの剣の怪人にフラッシュバンを食らわせてから既に一分近く経過している。

 

 俺はバイクに股がり、『空』の魔法使いを背中に背負う。

 しかし、バランスが取れないので落とさないように慎重に行くべきかと考えていたその時、背中の彼女が誰かに支えられているように安定する。

 そして、それをしてくれる誰かに俺は心当たりがあった。

 

結末(エンディング)を越えるまでは出禁にされてたんじゃなかったけ? ヘクス」

 

「もう越えたよ。さっきので最後だったみたいだ。だからもう私は動ける」

 

「じゃあこのまま頼んでも良いか?」

 

「勿論受け持とう。散々とほったらかしにしてしまったからね」

 

 この世界ではたった十分にも満たない別れ。

 だが俺にとってはまさしく丸1日会っていなかったような感覚。

 ヘクスに支えて貰いながら俺達は逃げるようにこの場を去っていった。




序章クリア


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一章『魔法使い達』
これって泡「それ以上いけない」


『4、怪人について相対した結果、魔法使いが戦闘をした傷付いた個体ならば最低でも戦闘不能状態まで追い詰める事が出来る。※ヘッショかまして頭部を半分吹き飛ばしたとしても即死ではないから注意。

 身体能力はやはり別格と言うべきかどう考えても勝てるものではない。象と人間くらいの力の差はありそうだ。

 近距離攻撃は様々、だが遠距離攻撃は今のところ何故か共通して投石を───

 

「そう言えば何でだ?」

 

「どうかしたのかい、ムーヴ君」

 

 あの後、やっと行動が出来るようになったヘクスの助力も有り、俺達はどうにかあの場所を離れる事に成功した。

 逃げた先で一時の潜伏をするために俺は二人を連れて一番最初、巻き戻しをする前に引きこもっていたあの地下へ行くことにした。

 

 少なくとも二週間俺はあそこで何をするでもなく何もされずに生き残ることができたのだ。

 状況が違うとはいえ一日二日くらいなら大丈夫じゃないか? という考えで他に行く当ても無かったので向かうことにした。

 

 ヘクスは支えてくれている間、終始無言だったが、俺も精神的に疲労感を感じていたので一切の会話無くこの場所に来たのだった。

 

 お互い喋り始めたのは俺が目的の場所についた時。

 

『……なぁ、ムーヴ君』

 

『…………何だよ』

 

『これって──』

 

『言うな』

 

『──風俗じゃね? しかも泡『それ以上いけない』……』

 

 そりゃ怪人も軍人も調べに来ないだろうという場所に、俺の潜んでいた地下への入り口がある。

 俺一人の時は何にも感じなかったが、何で俺は女子供を連れてここに来ているんだろうか……

 

 萎えて折れそうな心を押さえ付けてヘクスとヘクスが背中にハクを背負って連れて中に入る。

 当然ながら中には誰も居ない。

 気まずい空気に耐えながら無言でずんずんと進んでいき、従業員用のスペースの更に奥にある部屋まで行く。

 

 その部屋の動くようになっている棚の後ろに地下への入り口がある。

 もう顔も名前も知らない他人が教えてくれた夢のある秘密基地だそうだ。

 

 言っていた本人は何処に行ったのか定かではない。

 

 だがそれを有効活用する。

 今繋がりが有ろうが無かろうが、場所が良かろうがヤバかろうが使えるものは使うしかないのだ。

 

 と言うわけでその地下に俺達は今居る。

 それほど広くはないし、一つしかないベッドは今『空』の魔法使いであるハクが占拠している。

 

 そして俺が今、二人掛けの割には少し小さい位の大きさのソファーに腰掛けながら小さなテーブルに置いたこの書いている手帳だが、ヘクスが手渡してくれた新しい物だ。つまり一から書き直している。

 巻き戻しの際毎度のごとく投げ捨てていたので何処かで取って来ようかとこの地下で考えていた時ヘクスが手渡してくれた。

 ヘクスが言うには特殊な力があるらしいが今のところそれを感じたことはない。

 なので普通の手帳として使っているのだが……ていうか何で怪人の遠距離武器が石なんだろうと疑問に思ったのだ。

 

「怪人はあの二体とも遠くの俺に対して石を投げてきただろう? 綿密には違うものかも知れないが何か原始的で物理的過ぎないか?」

 

「あぁ、その事か」

 

「知ってるのか?」

 

 ならば是非教えてほしい。

 対策は立てれないかも知れないが知っているのと知らないのでは大違いだからだ。

 

「人は昔から批難したり、悪いことをしていると思った相手に石を投げるだろう? それは比喩でも物理でも同じく。それを呪術として形にしたのがあの投石だ。言うなれば恨みを持った相手に威力が上がる比例術式と言ったところか」

 

 ──受ける側の心持ちで威力が落ちる事を考えると片手落ちだよね──とはヘクスの弁。

 

「成る程な、じゃあ最後のあの投石を被害ゼロで防げたあの魔法はかなり凄いんだな」

 

「うん? 『空』の魔法が凄いのはそうだが、あの程度の防御では砕けてもろとも死んでいただろうね……あれは狙ってやった訳ではないかな」

 

「何の事だ?」

 

「最後、あのゴァという怪人が投石呪術を使おうとした時君が撃たれる前に撃ち殺しただろう。あれのお陰で呪術が切れただの身体能力だけで投石が放たれたんだ。怨念だけで体を動かすゴァも異常と言えば異常だね。まぁ、ともかくそれがあって威力が大幅に押さえられていたから、もし直撃したとしても……全身複雑骨折で済んだんじゃないかな?」

 

「駄目じゃねぇか」

 

 という事は……

 

「もし、あの時の銃撃で殺しきれてなかったら?」

 

「そりゃあ万全の威力で──魔法の防御をぶち破った上で君は跡形もなく消し飛んでたんじゃないかな? 何しろ死に際の投石呪術だ、恨みも怒りも最高潮だろう」

 

 あの行動は結果的に見ては大成功だったのか……だが外していれば即死、やはり自殺が安牌だったのは間違いないようだ。

 改めて危険な橋を渡ったという震えを感じながらそれも含めて手帳に書き込んでいく。

 

 大体が書き終わり、手帳を閉じて今度は装備の点検を始める。

 先の戦闘でかなり損耗したからな、何処かにガタが来てもおかしくはない。本気の生命線だ、慎重にもなる。

 

 先ずはボアダムから、マガジンから一つ一つ弾丸を取り出してチェックする。

 

 それをじっと見ていたヘクスだったが遂に暇すぎたのか、ふわりと浮く事すらやめてソファーの空いているスペースに腰を下ろす。狭い。

 素材が何で出来ているかすら予想も付かないその柔らかでぶかぶかなローブを無造作に下敷きにしているし……皺にならないのだろうか。

 そう思いちらりと視線をやるとじっと俺の事を見ていた。

 なんだ、何なんだ……集中が出来ないのでやめて欲しいんだが……

 

「なぁ、暇なんだが」

 

「ここには何もないぞ」

 

「では暇潰しに一つ、私が気になっていた事を聞くとしよう」

 

 気になっていたこと? この何でも知っていそうなヘクスが何を聞きたいのだというのか、逆に気になって手が止まってしまう。

 仕方無く手に持っていたマガジンを小さなテーブルの上に置いてヘクスの方に目線をやる。

 

「別に手を止めなくても良かったのだが……」

 

「いや、気になって作業が進まないからな」

 

「それは問題だ。手早く済ますとしよう」

 

 そしてヘクスはゆっくりと人差し指を俺の胴体に向ける。

 

「ムーヴ、君……ずっとそのボロボロの服を着ているつもりなのかい? 全身汗もかいていただろうにシャワーも浴びないし」

 

「えっ」

 

「いやこの際はっきり言うと……ちょっと匂うよ」

 

「なん、だと……」

 

 うそやん……

 そんな馬鹿みたいな事を呟いてしまうくらい動揺してしまっている俺。

 ていうかマジか、そこそこ汗かいたとは思ってたけど俺、臭っていたのか?

 

「君が気にならないというのならこのままでも良いが」

 

「いや、速攻でシャワーを浴びてきます」

 

「そうか」

 

 クスクスと笑いながら慌てて立ち上がり準備を始める俺の様子を伺うヘクス。

 いや、完全に気にしていなかった。

 正直、指摘されなければこのまま寝てしまうくらいにはもうどうでも良いかなとか考えてた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はシャワーを浴びるため、拳銃を片手に持ち、荷物から着替えを取り出してから階段を上がっていく。

 

 ……というかこの場合離れられないと言っていたヘクスはどうなるのだろうか。

 まさかシャワールームの中にまで付いて来てしまうのだろうか。

 そんな疑問を他所にヘクスは一人占めとなったソファーに寝転がっていた。

 えぇ……

 

「ん、どうしたんだい?」

 

「いや、何でもない。すぐに戻る」

 

 特に問題はなさそうなので、俺は手短に済ませるために急いでシャワールームに向かった。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「いやぁ、彼……完っ全に自分の事どうでも良いとか思ってるんだろうねぇ……」

 

 ヘクスは一人になったソファーで天井を見詰めながら一人で呟いた。

 

「私が指摘しなければあのままずっと装備の点検とこれからの事について考えていただろうし」

 

 ヘクスが思うのは、異常な程の集中でずっと装備の点検と手帳への記入をしていた名前を失った彼について。

 

「信じられるかい? あんな事があったのに彼、今だに何も飲んでないし食べてないんだぜ? 緊張で喉を通らないとかお腹が空いてないとかじゃない、ただ単に優先順位が低いんだろう」

 

 ヘクスは名残惜しそうにゆっくりとソファーから立ち上がる。

 

「君を助けるまではまだもうちょっと人間味が有ったんだぜ……?」

 

 そしてゆっくりと、ソファーを回り込んで一人の魔法使いが眠るベッドへと近寄る。

 

「起きてるんだろう? 『空』の魔法使いの空成ハク」

 

 瞬間、ヘクスのローブが舞い上がる程の風が完全な密室で舞い上がり、テーブルの上に立ててあったマガジンが倒れる。

 

 そして、空成ハクがベッドの上で起き上がり、腰を落とした体勢でヘクスを鋭い視線で睨み付けていた。

 

 ヘクスは余裕綽々の表情で、ふざけた声色で言う。

 

「そんなに怖い顔をしないでおくれよ、私は戦う力なんて無いただの美女なんだ」

 

 ハクの警戒は解けない。

 ハクは片手を前に付き出し、それをヘクスに向けながら小さな声で絞り出すように言った。

 

「貴女は何? そして彼は誰? なんで私の名前を知ってるの」

 

「私はヘクス、彼は名前を失った今はムーヴと呼ばれるだけの存在。今はもう、それ以上もそれ以下も無いよ。魔法使いさん」



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空成ハク

 シャワーを浴びた俺は持ってきた荷物から下着だけを着替えて、一応大丈夫だとは思うが棚を動かしてしっかりと地下への扉を隠してから階段を下る。

 シャワーを浴びながらこれからの事を考えていたが特に何も思い付かないこの凡人頭が憎らしい。ヘクスと相談するしかないと結論に至った。

 

 剣の怪人から逃げ出して結構立つがここに来る様子はないから付けれらている可能性も低いだろうし、こんな()()()()()場所に他の怪人が居たとしても偶々来る筈がない。

 そう頭ではわかっているが拳銃を手放せないのは俺がかなりの心配性でネガティブ気質だからなのだろうか。

 

 階段を一歩下り、頬を風がなぞる。

 

 ん? 風? 

 

 振り返りしっかりと扉が閉まっていることを確認する。

 

 では何故風を感じたのか、その答えは一つしかない。

 だがそれ以上の物音も感じないので特に焦る事無く階段を下りていく。

 そして部屋に入ろうとして───何か風に拘束されてだらんと空中で宙ぶらりんに成ってるヘクスの姿と顔を真っ赤にした空成ハクが居た。

 ヘクスが攻撃されてるのかと思い一瞬拳銃に手が延びかけてしまったが、それならばこの状況既にヘクスが殺されてないとおかしいし下手人っぽいハクもそこまで敵意が有るようには見えない。

 

 取り敢えず状況を探るべく俺は声をかけることにした。

 

「何これどういう状況?」

 

「やぁ、ムーヴ君。どうもこうも見たまんまだよ。いやぁ、昨今の魔法使いは凶暴で困るね」

 

「貴女がっ! おちょくるような! 言い方をするから!」

 

 成る程、魔法使い殿は大変興奮しておられるように見える。これは何かの拍子に間違って銃を抜いた瞬間、俺が吹き飛ばされる流れじゃな?

 いや死ぬわ。

 

「ヘクス、何て言ったんだ?」

 

「別に普通だよ。私達の事を聞かれたからね、ちゃんと答えただけさ。ただそれだけ、だよね? 魔法使いさん」

 

「それは…………っ、ええ、そうです。ただ言い方がまともに答えていると思えずに暴走しました。申し訳ございません」

 

 なんだ? 一瞬ハクが何かを言おうとした様に見えたけど……気のせいか?

 

「よし、私は気にしていないよ。だから下ろしてくれないかな? この体勢は中々来るものがあるんだ」

 

「自分で簡単に解けるでしょうに…………えぇ、分かりました、今解除しますよ」

 

「ふぅ、やっと解放された」

 

「何をやってこうなったかは知らんが自業自得な気がする」

 

 よよよ、と明らかに分かる嘘泣きをしながら浮かび上がって俺の背後に回り込むヘクスを尻目に、俺は思ったよりも元気そうなハクへ向かい合う。

 表情に疲れは見えるが衰弱や何処か痛むような仕草は見えない、なら……

 

「初めまして、君の名前は知っているが君の口から自己紹介をして貰っても良いかな?」

 

 自己紹介からしていこう。

 そう思ったのだが……どうやら様子がおかしい。

 

「……それは既にそこの魔女と名乗る奴に済ましています」

 

「俺とはしてないじゃないか、手間だとは思うがよろしく頼むよ」

 

 ハクがどう思っているかはわからない、だが気を失う最後に忠告してくれた事もあるしマイナスという感情だけではない筈だ。

 俺としても力の有る魔法使いとは友好を築きたいから俺から言うことにしよう。

 

「俺はムーヴって名前を貰っている、顔に合わないのは分かってるから突っ込むならコイツにしてやってくれ」

 

 ソファーの肘置き部分に腰掛けながら両手を頭の後ろで組んで、危害を加えない事を示す。

 というか彼女からしてみたら俺等は突然現れた知らない大人の不審者だろう。見た目的にまだ成人していないであろう彼女からしてみれば不安点しかないだろう。

 

「…………はぁ、何だか貴方に警戒している私が馬鹿みたいですね。貴方自身からは改めて見ても何の魔力も呪力も感じられませんし」

 

 緊張した雰囲気を完全には解かないもののへたりとベッドの上で腰を下ろすハク。

 突き出していた腕も今は下ろしている。

 だが視線だけは常にこちらを、というよりもヘクスを見ているようだ。

 

 先程、魔女と名乗る……と言っていた所から魔女とは魔法使いの一般的な知識には無いのか? だから魔女であるヘクスに警戒を? 何か魔法を使える者だけに通じる感覚があるのか? 

 いや、考察は後にしよう。

 ともかくやっと話が出来そうな状態になったのを無駄にはしたくない。

 

「では、何故か知っている魔女から聞いているとは思いますが、私は『空』の魔法使いの空成ハクと申します」

 

 そして視線をヘクスから外して俺の方へ向ける。

 

「大変遅くなりましたが……危ない所を二度も助けていただきありがとうございました」

 

 深々と頭を下げて、先程までの勢いは完全に鳴りを潜めて……いや、元々彼女の気質はこちらの方かも知れない。

 ずっと頭を下げて上げる様子の無いハクにどう声を掛けるものか……ヘクスをちらりと見るも俺がどうするかを興味深そうに見るだけで助け船は出してくれそうもない。

 

 適当に誤魔化すのも違う気がするし何かを要求するつもりはない、強いて言えば情報が欲しいがそれも無理して聞くことではない。

 ある程度本音で喋った方が良いかな。

 

「それは良いんだ、俺は大した事も出来てないしな」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 何か今ヘクスから聞いたこともないような声が聞こえたような……

 

「いや、何でもないよ……君がそう言うならね」

 

「うん……? ま、まぁ君達が居なきゃ俺達はあいつらには絶対に勝てないんだ。あの時あの怪人を殺れたのも君が奴に致命傷に近い傷を付けてくれていたからだし、おそらくあれがなければ俺は()()()()では済まなかっただろう。

 だから助けたんだ、だから礼を言う必要はない、と言うのはおかしいかもしれないが既に俺達は助けて貰ってる側なんだよ」

 

「…………いや、それでも」

 

「それに最後のあの反撃は君の忠告と力が無ければ俺は確実に死んでいたしなぁ……あれは完全に死んだと思った……」

 

「……」

 

「だから礼の言い合いはここまでにしよう。それよりもこの先どうするか、それは決まっているのかい?」

 

 これが本題、俺が話したかった事だ。

 既に分かっている事だが魔法使いは複数いる、ならばそれぞれでも全員に、それぞれの連絡網、コミュニティがあると推測した。

 もし、彼女にそれがあるのならばそこに戻るものだとも。

 

 ようやく頭を上げてくれたハクはじっと俺の顔を見る。

 俺を見ている……俺の何かを見ている? 

 そこら辺は考えても無駄だと理解しているので俺は続けて提案をする。

 

「もし、君に帰る場所や行かなければ行けない場所があるのならば俺はそこに送っていこうかと考えているんだけど……どうかな? あいつらの事を知っていたみたいだし、ずっと多分一人で居る訳じゃ無いんだろう?」

 

「それは……そうですね、確かに今私達が集まっている建物があります。作戦通りに進んでいたのならそこには沢山の一般人も居る筈ですし」

 

 ハクは少し考え込んで、少ししてから何かを頷く。

 

「それでは、お願いして良いですか? 私も消耗した魔力の回復に時間がかかりそうですし、しばらく単独行動は控えようと思っています」

 

「わかった。場所は何処か教えて貰えるか?」

 

「はい、私達がもしもの時そこに集まろうと話していた場所……そこはこの町にある軍事基地です」

 

 軍事基地、その名前を聞いて思わず天井を仰ぎ見る。

 

 …………マジかぁ、俺って多分武器諸々を火事場泥棒した完全犯罪者だよな? 

 ていうか軍事基地まともに機能しているのか? あれだけ人が消えていた上に怪獣とやらに大部分が蹴散らされた筈だ。

 そっちの方面は一切関われていないから俺の知る限りだとすると、幾らかは生き残っていてもまともな分隊運用は不可能だと思われる。

 

 だがハクがそう言うのだ、一度は行ってみた方が良いだろう。

 俺はそこに居座るつもりは毛頭無いとしてもそこがどんな状況かを知る必要がある。

 他の生き残りグループが何処に居るかを知ることが出来ればバンバンザイだ。

 

「軍事基地だな、()()だがよく知っている場所だ。迷うこと無く行けるだろう」

 

 ここから行くにはバイクで……一時間はかからない筈だ。

 しかし一つ問題点がある。

 現在時刻、18:00過ぎ。ここに来るまでの時間と彼女が起きるまでの時間でもう夕方、もうすぐ暗くなってしまう。

 夜目が効かないのに戦闘になるとかなった場合逃げ切れる気がしない。

 精神的な体力も限界だ。気合いで幾分かは誤魔化せるがシャワーを浴びたからだろうか疲労感がどっと押し寄せてきている。

 

 だから色々と考えて……

 

「では、明日の早朝に出発するとしよう」

 

「今からじゃ……?」

 

 疑問に思ったハクが可愛らしく小首をかしげる。

 

「そうしたいのは山々なんだけど時間的にすぐに暗くなってしまう。魔法使いはどうか知らないが俺は夜目が効かないからな……」

 

「私は問題ないけどね」

 

「ヘクスはそうだろうと思っていたよ」

 

 何せ百メートル以上ある距離でも正確に、全てを見通すような情報をくれたほどだからな。

 

「君はどうなんだい? 『空』の魔法使いさん」

 

「ハクで良いですよ。私は……夜目は効きませんが他の手段で探知は出来ます。けど昼よりも弱くなることは確かです」

 

「なら決定だな、ハクも上でシャワーを浴びてくると良い。そこの階段を上がって出た部屋の次の部屋の左手にある。着替えは……うん、無いけど探したら女性もののはあるかもしれないしタオルくらいならそこに置いてあるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「あれ? 私が付いていかなくてもいいのかい?」

 

「来なくて良いです」

 

「そうかい、なら迷子になら無いようにね? もし迷ったらビックリしてしまうだろうからね」

 

「迷子になんてなるわけ無いでしょう」

 

 ちょっとした言い争いをしている二人を尻目に俺は壁に備え付けられている棚の一つの食料棚を開いて中身を確認する。

 

 ハクには……桃缶かな? 女の子だし好きだろう、多分。

 俺は……サバで良いや。ヘクスもサバで良いだろ。

 

 そこそこ大量にある缶詰の中からお目当ての物を取り出して振り返る。

 

「そこに食料が詰め込まれてあるんだね、水も置いてあるのか」

 

「コップを出すからそのまま飲むなよ。唾液が入ると品質が一気に落ちて日持ちしなくなるからな」

 

「そこは間接キスが恥ずかしいとかそういう理由を述べていた方が可愛げがあるんだぜ?」

 

 訳のわからん事をのたまうヘクスを放っておいて俺はサバ缶をヘクスへと投げ渡す。

 

「……サバ缶?」

 

「嫌いだったか?」

 

「そういう訳じゃないんだが……そっちの手に持っているのは」

 

「俺用のサバ缶とハクの桃缶」

 

「そこは私も桃缶だろう!?」

 

 サバ缶を放り投げて食料棚に桃缶を取りに行くヘクス。

 そんなに桃缶が好きだったのだろうか。

 

 旨いんだけどな、サバ缶。

 

 俺は桃缶を探すヘクスを見ながらサバ缶を開封した。



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一日目の夜更け

 俺がサバ缶を食い終わったくらいのタイミングでシャワーを浴びたと思われるハクが戻ってくる。

 やはり服は先程着ていたもの同じ長袖なさとショートパンツだ、やはり着替えは見付からなかったのだろうか。

 シャワー熱で上気したのか、顔を少し赤くさせて一瞬こちらをちらりと見た後にそそくさとベッドの隅に行ってしまう。

 何だ……? 分からんが戻ってきたということは多分問題はない筈だと考えて、桃缶をハクへ持っていく。

 

「っ!」

 

「…………」

 

 やはり様子がおかしい……が理由がさっぱり分からない。

 とりあえず近づかないようにベッドの上に持ってきた物を置いていく。

 

「これ食事とこっちが水だから食べておいてくれ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 おかしいのはおかしいが……何かを気にしている? 俺と目線を合わせないし……

 何だ、何かをもう少しで思い付きそうな気がするがその少しが出てこない……

 この場所、シャワー室に行った、帰ってきた……何かを見た? 

 …………あっ

 

 よし! 俺は何も気付かなかった! 

 いくら休憩を挟んだとしても疲れた頭では限界があるし、これ以上悩んでも仕方がないな! 

 

 俺は逃げるように先程中断した装備の点検の続きをしていく。

 いや、さっき思い付いた事が事実でないことを祈る。さもなくば俺は女子学生を泡なんとかの場所に連れ込んで一晩泊まらせるヤベェヤツになってしまう……っ! 

 

 それは事実なんですけどね? それを向こう側に理解されるというのはまた厳しいものがある……

 

 弾丸を一つ一つ並べてマガジンに詰めて横に置いておく。

 マガジンに弾を詰めっぱなしにしていると余り良くないのだがそんなこと言っている場合じゃ無いからな。

 正直ここもいつ襲われるかは分からないというのが本音だ。

 さっき、ハクが魔力や呪力を俺から感じないと言っていたように魔法使いにはそういう超常的なものを感じ取れる力があるのは確実だろう。

 ならばそれがあの怪人連中にも備わっていないと考えるのは少し楽観的に過ぎると俺は思う。

 

 当然その探知にも限界距離があるとは思うが……偶々、偶然にもここの近くを通り過ぎて気付かれる。何て事もありえるだろう。

 考えすぎてビビり過ぎても問題だろうがやれるだけの対策、そして備えはやっておいて損はない。

 

 この後に拳銃のメンテナンスとナイフや手榴弾の再チェックにその他諸々……睡眠時間を考えて後二時間以内には終わらせたいところだ。

 そう考えて更に作業に集中しようとした所でヘクスが視界一杯に入り込んできた。

 

「何だよ? 今結構忙しいんだけど……」

 

「いやぁ、君達はシャワーを浴びたみたいだけど私はいつ行ったら良いのかと思ってね」

 

「えっ? あー……そうだな、普通に何時でも行って貰っても良かったんだが……」

 

「んー、そうかい。じゃあ私もさっぱりしてくるとしようか」

 

「おう、一応気を付けてな」

 

 本当にいいのかい? というような視線を投げ掛けられたが……逆に何が駄目なのかよく分からん。

 というか本音を言うとヘクスってシャワーとか浴びるんだなとかそんな感想の方が強かった。

 出会いからして余りにも超常的な存在だったものでそこら辺の認識がおかしくなってるのだろうか。

 

 ヘクスが部屋を出ていく、ふよふよと空を飛びながら。

 着替えも持っていなかったが大丈夫なのだろうか。

 まぁ、彼女の事だし何て事無い顔して同じ服を何着も持ってたりするのだろう。

 

「……あ、え? あの魔女は何処に?」

 

「ヘクスならシャワーに行ったよ」

 

「そ、そうですか」

 

「何か用事でもあったか?」

 

「いえ、そういう訳では……気にしないでください」

 

「おう?」

 

 そして無言、気まずい沈黙が支配する。

 男の俺と二人きりで怖がっているのか? あれだけ警戒していたがヘクスは女性だし、居るだけでも安心感があったのかもしれない。

 

 まぁ、俺はそんな事する気もないし出来る気もしないんだけどな! 

 というか万全の魔法使いを襲うとか死ぬしかないじゃない。銃持ってても無理だわ。

 場所が場所だし気にするのは仕方ないだろうし俺は諦めてメンテナンスを続ける。

 

バレてないはず、バレてないはず……

 

「……?」

 

 お互いに無言のまま十分程経過して、ようやくヘクスが帰って来たのだろう気配がする。

 ようやくかと心の中で悲鳴を上げながらヘクスの方へと顔を向ける。

 ヘクスは空中に浮いたまま何やら楽しそうな表情で俺とハクを見下ろしていた。

 

 ローブではない姿で。

 

 ちょっとした予想外に少し動きが固まってしまう。

 これは多分ネグリジェと呼ばれる寝間着だと思われる。俺の知識が確かなら。

 薄い緑の色をした、柔らかく肌ざわりが良さそうな薄い布地は少し透けそうな気がしてしまいそうだ。

 

 俺は出来るだけ意識を逸らすために拳銃を現在の道具で出来る限りの分解をしながら、ヘクスを手振りで呼び寄せる。

 宙をゆったりと浮かびながら、ヘクスが前のローブの服の距離感のまま距離を詰めてくる。

 ふわりと、嗅いだことの無いような花の香りの様なものが鼻腔をくすぐる。

 

「なんだい?」

 

「いや、幾つか聞きたいことはあるんだけど……まず、ヘクスって手ぶらでシャワー行ったよな?」

 

「行ったね」

 

「その服どうしたんだよ」

 

「これかい? 作ったんだよ、似合うかい?」

 

「作ったぁ!?」

 

「っ!?」

 

 思わず大きな声を出してしまい、ハクを驚かせてしまった。

 ハクにすまないと謝罪をしてからヘクスに詳細を聞くことにした。

 

「なぁ、作ったってどういうことだ?」

 

「はぁ……ムーヴ君、君は一日中着けていた服を、特に下着を、身体を綺麗にしたのにもう一度履きたいと思うかい?」

 

 ヘクスがそう言いながらハクの方を見る。

 ハクがピクリと反応してヘクスの目線から逃げるように視線を逸らした。

 

「いや、答えになってない気がするんだが」

 

「ある意味答えを伝えたつもりだったんだが……まぁ、いいか」

 

 ヘクスは両手の人差し指と親指同士で円を作る。

 そして、今度は俺だけに届く声で囁く。

 

私の魔法は少し特殊でね、普通よりも汎用性がかなり高いと自負している。その中の一つにこういうものがあるんだ

 

 ぼんやりと何をしているのかが、()()()()()()()()

 繊維だ、今ソファーの繊維を少しずつ取り出しているのが分かる。

 

「これを編んで作るというわけさ」

 

 見たところこの魔法は、糸状の繊維があるものならばそれを取り出してそれを編み込む事が出来るのだろう。

 

「勿論対象にとれるのは動かない、魔力がない、生きてない物だけだ。さて、これで疑問は解けたかな?」

 

「一つは、な……」

 

 もし時間があればあのボロボロになった戦闘服を縫い直せるのかもしれないがそれを頼んでみる事にしよう。

 そして二つ目の用件を伝えようとするとヘクスはその内容を先読みしていたようで人差し指を自らの口に当てて"静かに"のポーズを取るとその視線をハクの方へと向けた。

 

「大丈夫、分かっているよ」

 

「あぁ、俺ではちょっとな」

 

「うん、確かに君では難しいね。私の思っていることと君の思っていることが違うとしてもそこは一致している」

 

 俺の予想とヘクスの予想が違うにしろ何にしろ、ヘクスに頼むしかない用件なのだ。

 俺は一言「助かる」とだけ伝えて作業に没頭する。

 

 だがしばらくしても、ヘクスの動くような気配は無い。

 何故かと思い俺はヘクスをもう一度見上げる。

 そこには何か、微妙に複雑そうな表情のヘクスがいた。

 

「……行かなくていいのか?」

 

「大丈夫だろう、あの娘の()()はむしろ放っておいた方があの娘の為だからね」

 

「じゃあ何でそんな顔をして俺をじっと見てるんだ」

 

 ふと浮かんだ素朴な疑問。

 そのつもりだったがヘクスは呆れたように溜め息を吐いてしまった。

 

「それはね……いや、やっぱり何でもないよ」

 

「何だよそれ」

 

「いや本当にしょーもない事さ、気にする必要もない」

 

「そうか……?」

 

「あぁ、そうさ」

 

 何処かでヘクスの地雷を踏んでしまったらしい。

 明らかに落胆したような様子でヘクスはまた俺の隣に腰かける。

 

 何がまずったのか分からないまま俺は拳銃を再度組み立て直してからしっかりと薬室に弾が送り込まれているかを確認する。

 

 ちょっとした沈黙が気まずくて、言おうと思っていたことがあるのをポロリと口に出してしまう。

 

「ヘクス」

 

「なんだい?」

 

「その服、凄い綺麗だよな似合ってる──」

 

 ──そこで相談なんだが俺の戦闘用の服を……と、続けようとして言えなかった。

 ヘクスが酷く驚いた表情で俺を見ていたからだ。

 それで言葉につまり黙ってしまったのを言葉が終わったと思ったのだろうヘクスが小さく笑顔をほころばせる。

 

「そうかい、別に嬉しくも何ともないけど……そういうのはもっと早く言った方がいいよ」

 

 そう言ったヘクスの姿が印象的で、俺は遂に服の事を切り出せなかった。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 暗い夜の最中、薄暗い蛍光灯の光だけが辺りを照らす中で三人の人影が言い争いをしていた。

 

「だから危険だと言っているだろう! せめて朝になるまで待ってくれ!」

 

 一人は成人した男。全身を軍服で包み、その肩にはアサルトライフルが繋いであるベルト(スリング)がかかってある。

 胸元にぶら下がってあるそのアサルトライフルには一切手を掛けられておらず、男は非常に冷静な状態だが非常に緊張した面持ちで対面する二人を宥めようとしていた。

 

「いいえ、探しに行かせて貰うわ」

 

「クーゴは邪魔しないで」

 

 その対面するのは少女が二人。

 片方は深い青色の髪をした幼さが強い印象のある少女。

 もう片方は茶色い髪をした大人しそうな印象を受ける少女。

 二人の容姿は、髪色以外で瓜二つと言うべく程に似通っていた。

 

「だから! いくら君達と言えどこんな時間からこの状況で人を探しにいくなんて、大人として許可できるかよ! て言うか他の皆は何で起きてこないんだ!?」

 

 男は焦る、時間さえ稼げば仲間が来てこの子達を抑える手助けをしてくれると思っていたからだ。

 

「いくら待っても誰も来ないわよ」

 

「うみが音を、ちこが振動を止めてる」

 

「なぁ!?」

 

 男が驚き怯んだ隙に二人の少女が男の脇をすり抜けていく。

 男が舌打ちすると同時に仲間が居る建物に目を向けて……二人の少女を追い掛けることを選んだ。

 

「糞がっ! 厄日だぜこんちくしょうが!」

 

 男は傍に立て掛けてあったバイクで夜の闇へと、二人の少女を追い掛けて駆けていった。



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軍事基地へ

 タイマーできっかり早朝5:30、装備品、一応の食料と飲料を整えた俺は少しだけ軋むような気がする身体をほぐしながら後ろを振り向いた。

 

「準備はいいかな? 忘れ物とかは?」

 

「はい、問題ありません……といっても私はそもそも物を持っていませんので」

 

「そうか、じゃあ早速今から出るけど……気持ちは分かるがお願いだから何も言わないでついてきてくれ。じゃないと死ぬ、心が」

 

「は、はぁ……」

 

 昨日一日で使い慣れた愛銃と化したボアダムを肩掛けベルトに繋いで背負い、軍用ヘルメットをかぶって歩き出す。

 服は勿論所々破けている戦闘用の服だ。昨日は結局頼むことが出来なかった。

 いや、別に問題はないのだけど。

 バッグは置いていく、その代わり邪魔にならないミリタリーポーチと呼ばれる物に必要最低限の物を詰めている。食料品と飲料もここだ。

 

 階段を登り、棚を動かして地上に出る。

 そのまま歩き従業員の部屋、受付を過ぎて外に出た。

 

「──、───」

 

「────?」

 

 その間、少し俺から遅れた位置でヘクスは何やらハクと話していたようだが声量を最小限に絞られていた為か内容は聞こえなかった。

 だが短い会話で彼女達二人はお互いに真剣に、真面目な話をしていたのだと思う。

 あの様子だと周囲を気にしてる感じはしないし俺にとっても大助かりだ、その気はなくともヘクスには今度お礼をしよう。

 その時俺が俺として生きてたらになるが。

 

 

 そして、この建物から外に繋がる最後の扉の前で一度立ち止まる。

 腰にあるホルスターに差してある拳銃を一度取り出して安全装置を解除し、振り向いてハクと目を合わせる。

 また目線を逸らそうとしたハクだったがこちらの意思が伝わったのか逸らさずに話を聞いてくれる。

 

「ハク、君のその魔法は……あー、周りを警戒するとか出来るようなものかな?」

 

「……私の使う魔法の中に『クウイキ』と言う魔法があります。消耗はそこそこで使ってすぐに若干の変動はありますが半径1キロ以内の()()()()()()()()動いているモノと魔力、呪力を持つ存在を探知できます……」

 

 何それ反則? 

 思ったよりもヤバすぎて若干顔を引きつらせているとハクは少し苦笑いをしながら続けた。

 

「ただ、流石に使っただけでは遠い場所、近い場所に何か居る……程度にしか分かりません。集中して探るという手順が必要に成ります。その間無防備になるので……余り使わない魔法です」

 

「なら、君自身が何かヤバいと感じた時か、俺が合図したらそれを使ってほしい」

 

「今じゃ無くて、ですか?」

 

「余り存在を周囲に知らせるような行為はしたくなくてな……」

 

 出来れば怪人が近くにいてもお互いに気付かず、すれ違うのが理想だ。

 昨日の戦いでハクが使っていた透明化でやり過ごすことが出来るのなら理想だが、あの黒の怪人はハクの詳しい居場所は分からずとも近くに居るの事が分かっているようだった。

 

「分かりました、余り魔法を使わない方が良いということですね」

 

「そうだな、そこら辺はヘクスにもお願いしたいんだが……」

 

「あぁ、私のこれは気にしないでくれ。魔力が漏れる事も気付かれる事もないからね」

 

「……そうなのか?」

 

 俺には全く分からないのでハクを見る。

 ハクはすっと目を細めて怪しいものを見るでヘクスを見詰めながら答えてくれる。

 

「はい、今の魔女からは一切の魔力や呪力を感じ取ることは出来ませんね」

 

「そうなのか……」

 

 まぁ、そうでないと俺が近付いただけで怪人に気付かれるだろうからな……ヘクスと離れる事は出来ないし、もし超常的な力を使う度に魔力が漏れていたのなら姿を消していたあの時に既に問題が起きていた筈だもんな。

 しかもそれは普通の事では無いらしく、魔法使いであるハクには出来ない芸当らしい。

 

「だから安心したまえ、私は君の足を引っ張るような真似はしないさ」

 

「元より俺のが足を引っ張ってる気がするが……」

 

 話は終わり、俺はゆっくりと扉を開いて外の様子を伺う。

 慎重に周囲を見渡し、音を拾い上げ、臭いを確かめた。

 

 …………大丈夫、か?

 後ろに居るハクに待機するように指示を出してから、少しでも身軽に動けるようにする為に、無手で外に身体を乗り出す。拳銃持ってても殺せるのは人間だけだからな…………

 

 数秒経過しても周囲から動くような気配を感じないのでそのまま外に足を踏み出してハクの方へ振り向く。

 

「隠しているバイクを回してくるから少し待っててくれ」

 

「分かりました」

 

「ヘクスは……あのぐらいの距離ってどうなんだ?」

 

「うーん、そうだねぇ……ムーヴ君はどう思う?」

 

「多分ギリで大丈夫かなとは思ってるんだが」

 

()()()()()()だ、行ってくると良い」

 

「……? わかった、じゃあ行ってくるけどちょっと遠いところに置いたから少しだけ時間がかかるからこの辺の店で必要な物があるのなら物色しておいてくれ、この状況誰も文句は言わないだろ」

 

 また意味深な言い回しだったが、ヘクス本人から大丈夫と言質を取ったので俺は走ってバイクを停めている場所に向かった。

 あの剣の怪人にバイクを見られていたので、そこから足が付く可能性を考えて離れた場所の関係ないビルの前にバイクを停めていたのだ。

 

 周囲を警戒して、音を出来るだけ聞き逃さないようにして()()()()()()の町を走る。

 気持ちが悪い。

 違和感しかない。

 動かないエスカレーターの上を歩いているような、そんな何とも言えない脳内の記憶と現実の違いが少しの拒絶反応を断続的に引き起こしていく。

 

 そして、ようやくバイクを停めているビルの前へと辿り着いた。

 バイクにまたがってエンジンをかけている時、ふとビルの自動ドアの横にある自動販売機に目がいった。

 

「そう言えば、電気は生きてるのか……?」

 

 電気が来ているということは発電施設も生きていると言うこと、近くにある発電施設が何なのかは知らないが大きなダムや山などの高所の土地が無いためにこの町を賄えるのは火力発電所か原子力発電所位だろう。

 

 手帳を取り出して気付いた事を記入していく。

 この町の違和感と一緒に、手短に記入していく。

 

 どちらにしろ火力発電所の場合なら人が居なければ来ている電力も持って今日までか明日の朝までだろう。

 もし原子力発電所ならば、嫌な予感しかしないので何処かで調べる必要があると思われる。

 

「……ヘクスなら知っているか?」

 

 引き込もって外の情報を一切手に入れて無かった俺とは違い、ヘクスは普通に活動していただろうし巻き戻す前の世界でどうなったかは、多分知っているだろう。

 

 そこまで考えてからバイクを走らせて二人の待つ場所に向かい始める。

 軍で使われているバイクの中でもこのバイクは音が静かな方なのだが全くの無音なビル街では音が良く響いてしまう。

 

 滲み出る緊張感を何とか抑えながら、何事もなく二人の待つ場所へと辿り着く。

 

 着いた筈なのだが……二人の姿が見当たらない。

 何処かの店に入っているのだろうと辺りをもう一度見渡して見ると、こちらを手招きしているヘクスが視界に入った。

 どうやらコンビニに居るようだ。

 コンビニ……あの時の事を思い出す、俺が世界を巻き戻す切っ掛けになったあの出来事を。

 ほんの少し前の出来事の筈なのに、体感ではかなり前の出来事に感じてしまうのは気のせいではないだろう。

 

 バイクのエンジンを止めて手で押してヘクスがいる所まで歩く。

 ヘクスは居るがハクの姿が見当たらず、大丈夫だとは思うが聞いてみることにした。

 

「ハクは?」

 

「彼女なら今中で取り込み中さ、死にたくないなら入らないことをお勧めするよ」

 

「何でだ? まぁ、そういうのならここで待っておくことにしよう」

 

 俺はバイクに腰掛けてヘクスに質問をする事にした。

 先程の発電施設の事と、もう一つ……何故このビル街から一切の生物が消え去ったかを。

 

「一つ、発電施設の事は少しだけ答えられるがもう一つの事はまだ私から口にする事は出来ない」

 

 ヘクスが言うことが出来ない、というと思い当たるのは……

 

「また運命に引っ張られるからか?」

 

「そうだね、多分私の口からそれについて言及した時点で私達の運命(ルート)としてそちらに()()()()()()()()()()引っ張られる事になるだろう。そしてそれはこのタイミングでは余り望ましくない」

 

「まぁ、ヘクスの考えがあって言わないのなら俺は構わないんだがな」

 

「助かるよ、私としても君に抱えさせるタスクが君の許容限界を越えないようにしておきたいんだ。ただでさえ、だからね」

 

 ただでさえ……何だ? 

 それを聞こうとして口を開くが声が出るよりも少しだけ早くコンビニの自動ドアが開く。

 ハクが何かしらの用事を終わらせて出てきたようだ。

 

「お待たせ致しました」

 

「あぁ、構わないよ」

 

 話が途切れてしまい、その事に関してヘクスが言い出すような気配もないので諦めてハクが何をしていたのかを確認する。

 

 荷物は増えてないし、服装はパッと見では変わってない……何か食べてた、ということも無さそうだ。

 

 見て分からないものは仕方無いので俺は諦めてバイクに股がりエンジンを付ける。

 それと同時に手帳を取り出して今の話を書き込んでいく。

 出立の準備をしていた俺にヘクスが近寄ってくる。

 

「先程の発電施設の話なんだけどね」

 

「あぁ」

 

「明日明後日になっても止まらないから安心すると良い」

 

「……成る程」

 

 それはつまり、管理する人がまだそこにいるということだろうか。

 それについては喋らず、また俺の上をふよふよと漂う。

 俺としてはその答えが知りたかったが余り時間を使いすぎるのも良くないと思い、手帳をしまって、少し離れた所で遠慮しているハクに、近付いてくるように言いながらヘルメットを手渡して後ろに乗るように指示する。

 

「う、後ろですか」

 

「そうなる、悪いが今バイクしか用意できなくてね……嫌だろうけど落ちないように俺の腰に手を回してしっかりと体を固定してくれ。銃が邪魔だったら言ってくれ最悪折り畳んで運ぶから」

 

「いえ、大丈夫……今はもう大丈夫です」

 

 少ししてハクが後ろに乗り込み腰に手を回されたのを確認してからゆっくりとバイクを発進させる。

 

 ゆっくりと、ハクに負担を掛けないように加速させて誰も居ない町を突っ切っていく。

 ていうか今気付いたのだが、信号すら意味がないのだから当然予想よりも幾分か早く着きそうだ。

 

 ビル街をある程度抜けてバイクを走らせる事十数分、今の所問題はなさそ……っ!? 

 今のは……何かにまみれていたが、確かに軍服を着た人が倒れてた? 

 何であんなところに……嫌な予感がする。

 

「ハク! スマンがブレーキ掛けるから捕まれ!」

 

「えっ!? はい!」

 

「ムーヴ君?」

 

 クソッ! 信号や他の車両が無いからって飛ばし過ぎたか! 

 ドリフトしながらのブレーキは後ろに人を乗せている為に危険なのでせず、ゆっくりと時間を掛けてバイクを減速し、転回をする。

 またバイクで走って、軍服の男が倒れていた路地の近くにバイクを停める。

 明らかにおかしい俺の行動にヘクスが疑問を持ったのだろう浮かびながら俺の横に付く。

 

「ムーヴ君、どうしたんだい?」

 

「倒れてる軍服を着た人が見えた。昨日の戦いの余波で死んでるのならまだ良いが、軍事基地に何かあって逃げてきたのなら話は別になる」

 

「…………」

 

「ていうか、ここまで来るのに一切人影や死体なんて無かったのにいきなり出てくるとかおかしいだろ。他の所から来たにしろどちらにしろ調べておきたい。何が起きたか分からない、その分からないが俺は一番怖い」

 

「……成る程、納得したよ」

 

「あの、今軍事基地とか死体って聞こえましたが……?」

 

 バイクを停めてそのまま降りた俺に続いて、ヘルメットを外して降りたハクがそのショートボブの白髪をほぐしながら質問する。

 

 どうするか一瞬悩み、走りながら話すことにした。

 何かあった時、傍にいて貰わないと俺が死ぬからだ。

 つらい……

 

「成る程、分かりました。魔法で周囲を探りましょうか?」

 

「……頼む」

 

「了解しました……『クウイキ』っ!……私達以外にはヒットありません!」

 

 ハクが目を閉じて魔法を放った瞬間、俺の体の周りを何かが通りすぎていった感覚がする。

 懸念通りこれを使った場合向こうにも存在がバレると思った方がいいだろう。

 だが今は奇襲の危険性の方が怖い。

 俺は即死してしまえばそこまでで、ヘクスの様子から察するにまだまだやらなければいけないことが残っているようだからだ。

 

 ヒット無しとは聞いたが腰のホルスターから拳銃を抜いて何時でも撃てるようにしておく。

 そして、路地へと入る曲がり角を曲がり、その軍服の人間……その男がゴミ袋の上で大の字に伸びているのを発見した。

 

「死んでる……?」

 

 いや、息は……ある。こいつは死んでない。

 

 拳銃のトリガーに指を掛けながら男に近寄って、拳銃を持ってない方の手で頬を叩く。僅かながら反応、呻き声を漏らす。

 

「……っ」

 

「起きろ、何があった?」

 

「うみ……ちこ……」

 

「海? チコ?」

 

 何だ? 何の話だ? 

 俺は分からず、後ろに居るヘクスに聞こうとして振り返る。

 だが、心なしか青い顔をしたハクがすぐ近くまで寄ってきていた。

 

「今、うみとちこって言いましたか?」

 

「あ、あぁ……この男が呻き声でそう言っていたが聞こえてな」

 

 今にも掴み掛かってきそうな勢いのハクに若干気圧されながらどうにか説明する。

 するとハクは少しだけ息を荒くして、こう言った。

 

「その人を起こしましょう。効果は薄いでしょうが回復できる魔法も使います」

 

 尋常じゃない様子にその二つの単語はハクに関係があるのだと直感的に理解する。

 そして、それが意味する事も何となく想像が付いてしまう。

 その想像が外れているようにと願いながら声を振り絞る。

 

「……その、うみとちこって何なんだ?」

 

遥華野(はるかの)うみと遥華野(はるかの)ちこ、二人はそれぞれ『海』の魔法使いと『大地』の魔法使い……そして私の大事な妹分です」

 

 今現状、最悪の展開が予想される最悪の答えだった。

 



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双子の魔法使い

『海』の魔法使い遥華野うみ、『大地』の魔法使い遥華野ちこ。

 二人は双子で、ハクが面倒を見ている同じ中学の後輩だという。

 ……今まで出来るだけ気にしないようにしてきたがこの子達はこの世界に生きるただの子供だ。

 それに俺達の命の全てという重荷を勝手に背負わせている。

 

 俺達大人が死ぬ程頑張れば怪人を倒せるというのなら力を持った子供にこんな危険な真似をさせることもなかった、だが無理だった。

 しかし、死ぬ程頑張ればその手助けくらいは出来る。

 

 先ずは情報だ。

 二人が何処にいったのか、何があったのか……最低でもその情報は聞き出したい。

 一応電話は繋がらないのか試してみたのだが、電波は生きているのだがどうにも向こう側が出てくれないようだ。

 ハクの焦り様は悪化した。

 

 ハクが両手を倒れている男に当てて回復魔法らしいモノを使っている。簡単な説明をして貰ったところでは魔力を含んだ空気で包み込み、吸わせる事で自然治癒力が格段に上がるらしい。そしてこの男──贄沼宮護(にえぬま くうご)というらしい、勝手に持ち物を探らせてもらった──は近い内に目を覚ますと言う。

 

 『クウイキ』(探知魔法)も平行して使ってくれている様で消耗が気になるところだがこの場は頼る他無いので任せることにした。

 

 魔法使いの情報、今あった出来事、その時間帯を手帳に記入しながら()()()姿()()()()()()()()()()に話しかける。

 

「今回の件について何か知っているか?」

 

 手帳をしまい込んで、拳銃を片手に返事が来るのを待つ。

 すると触れるほど近く、耳元で囁くような返事があった。

 

「そうだね、これも知っている。君が『空』を助けなくても発生していた彼女達の運命(ルート)だ」

 

 ヘクスが姿を消してた上で、更に俺にしか聞こえない声量で喋っているということには何か意味があるのだろう。

 俺もそれにならって出来るだけ小声で返事をする。

 

「どれくらいなら聞いても大丈夫だ?」

 

「何が起きたのかと誰がやったのかは難しいね」

 

「そうか、じゃあ……『大地』と『海』の魔法使いについてもう少し詳しい情報は貰えないか?」

 

「そうだね、このくらいなら大丈夫だろう……魔法使いはそれぞれ何かを冠する名前を持つというのはもう分かっていると思う。

 その何かこそが、その魔法使いを魔法使い足らしめる重要なワードになっている。ほら、『空』の魔法使いが空気やそれに類するモノを操っているのは見ていてだろう?」

 

『空』『海』『大地』、それらが今分かっている魔法使いの固有名称だ。

 ならば『大地』は何となく分かる、地面を操れるのだろうと予想が立てられるのだが……『海』は何だ? 

 水を操る? 何か違う気がする。

 

「予想は幾らでも立てると良い。私に答え合わせは出来ないがヒントは渡すことは出来る。縛りが緩くなったとはいえど()()()()()というのは中々に重い事柄らしくてね」

 

「了解、まだ慌てるような事にはなってないし、ヘクスの姿は見えないけど話すことが出来る。正直これだけでも充分過ぎるよ」

 

「終わりました、直に目を覚まします」

 

 話が一段落したと同じタイミングでハクが声をあげる。

 少しだけ息を乱しているハクに少しだけ不安を抱いてしまう。

 だがそんな不安を他所に、ハクの宣言通りに贄沼の目蓋がピクピクと震える。

 

「……っ」

 

 そして、ゆっくりと頭を押さえながら体を起こした。

 

「起きたか、起きたところ直ぐにで悪いんだが話を聞きたいんだが」

 

「誰だ、お前ら……っ!」

 

「うみは!? ちこはどうしたんです!?」

 

 未だに頭を押さえ、どこか痛むのか立ち上がれない様子の贄沼にハクが掴み掛かる勢いで突っ込もうとするのを何とか押さえる。

 

「うみ、ちこ……っ! やべぇ、行かねぇと……」

 

 だが、その言葉には効果があったようで贄沼は立ち上がろうとして、足が力に入らず派手に転びかけたので何とか支える。

 この様子では双子の魔法使いに何かがあった事は確定で、ハクが後ろで取り乱しているのが分かる。

 やべぇ、抑えきれるか? 

 

「いいから落ち着いてくれ! 俺はともかくこの子は魔法使いだ、何か出来るとしたらこの子しかいない! だから話を聞かせてくれ」

 

「あぁ……? 魔法使い……魔法? ならあの子達と一緒って事……いや待て、名前は何て言うんだっ!?」

 

「ハクです!」

 

「ハク……空成ハク! 糞がっ! やっぱ無事じゃねぇか!」

 

 贄沼はいきなり取り乱し、俺は驚いてしまい手を離す。

 そのまま贄沼は元居たところ、つまり大量のゴミ袋の上に倒れ込む。

 

「どうして私の名字を知っているのですか?」

 

「あの子達が言っていたからだよ……自分達の大切なお姉ちゃん、ここに集まる筈なのに何でいないんだって……そうか、あんたがそうだったか。何で昨日までに帰って来てくれなかったかって恨み言を吐きたい気分だが……」

 

「……っ」

 

「まぁ、帰れる状態なら昨日の内に帰ってきてるわな、どうやら本調子じゃねぇみたいだしよ。よし……いいか、今から何があったか話すが俺に向かってその魔法とやらを撃つんじゃねぇぞ? 死んじまうからな」

 

 ハクの目線が厳しくなる。

 この男の言い方ではこれからハクがこれ以上に取り乱すであろう事がその口から告げられると言うことだからだ。

 魔法使いが力を持つ少女である、つまり肉体は勿論、精神的にもまだ不安定な子供であると理解しているような口振りだ。

 

 ハクを見る。

 息は荒く、興奮しているように見える。

 それ程その双子が大事な存在なのだろう。

 家族、もしくは友人、親友。そのような関係があり、そこまで熱を持てる事に俺は少しだけ憧れを覚えた。

 俺には全て、消え去ったものだからだ。

 

 まぁ、今でも後悔など微塵も感じていないのだが。

 

 ともかく、贄沼の話を聞く為にハクに気分を落ち着けるように言う。

 ハクは少しの間深呼吸を繰り返し、やがて贄沼に向かって「お願いします」と言った。

 

「時間は掛けずに手短に話すぞ」

 

 贄沼にそう言ってこれまであった事を話し始めた。

 

 まず、贄沼は軍に所属している軍人で町に現れた化け物を討伐するために何故か基地の人員全員で向かった。

 後から思えば明らかにおかしいのだがその時は気付けず後方の方に居た贄沼は、非戦闘員と一緒に化け物が見える位の少し離れた場所で正気に戻ったという。

 逃げようにも周囲の人が邪魔で逃げれず、戦おうにも前にも人がごった返して居たので撃つにも撃てず、結局怪物が近くに来てから戦い始めたものの銃弾もろくに効かずで何も出来ず死ぬところだった贄沼達を不思議な力を使う双子、つまり『海』と『大地』の魔法使いである二人に助けられたという。

 そこから何故か近くに居た民間人をその双子の魔法使いと一緒に基地まで逃げきったらしい。

 基地には同じ様に正気に戻った軍人が何人か居てそこの人達と避難所を作り民間人を受け入れ出したのだという。

 

「そこまではまだ良かった。確かに不安を思う民間人の声もあったが、まだ全然問題なかった。武器を持った軍人が守ってくれているという安心感があっただろうからな」

 

「魔法使いの存在じゃなくてか?」

 

「あぁ? あんな子供にそんなストレスが掛かるような真似をさせる訳がねぇだろ。確かにそうするべきだって声はあったが……どうにかして抑え付けた」

 

「そうか……」

 

「続けるぜ?」

 

 その後、双子の魔法使いが贄沼に言ったのだという。

「ハク姉さんが居ない」「何かあったのかもしれない、探しに行きたい」、と。

 その時の時刻は夜の19時過ぎ、夕方まではその内帰ってくるだろうと思っていたらしいのだが完全に日が落ちてしまい、双子との約束を一度も破ったことの無いハクが来ていない事に強い不安を覚えたのだという。

 

「当然行かせる訳には行かなかった。というか探していないだけで民間人の中に居るかもしれないという可能性もあったからな。あの子達も、俺等が色々協力をお願いしていたから忙しくて探せてなかっただろうしな」

 

「協力?」

 

「バリケードの設営や近くに化け物が居ないか確かめて貰ってたんだよ。不思議な力、魔法とやらでそれが出来るって話だったし……他にも聞きたいことは色々あったしな」

 

「…………」

 

「睨まないでくれ空成の嬢ちゃん、これでも負担を最小限にしようと色々やったんだよ。けどな、分かるだろ? 魔法にしか出来ない事があったし、それ以上にあの怪物に対しての対策を立てる事は急務だったんだよ」

 

 結局殆ど無駄だったが……と呟いた贄沼は深いため息を吐き出してから続きを喋り出す。

 

 その後の事、完全にハクがこの場所に居ないと確信を持った夜の22時に双子が軍事基地を抜け出そうとし、それを見付けた贄沼が追い掛けた。

 そこで言い争いが発生、時間を稼いで仲間が来るのを待とうとしていた贄沼の思惑を双子の魔法が越えてそれに動揺した贄沼を置いて二人は夜の町へ向かっていったのだという。

 

「どうやって移動してるのか全く分からねぇんだが……こっちはバイクで移動しているのに見失っちまってな」

 

「はぁ、はぁ、はぁ──」

 

「ハク?」

 

 ハクの様子がおかしい、息が荒く今にも倒れてしまいそうになっている。

 贄沼はこれを予期していたのか、頭を掻きながら申し訳なさそうな声で「続けるぜ」と言う。

 ハクの様子は気になるがここで話を終わらせてもそれはそれで後から問題になる。

 倒れても直ぐに支えられるように近くに移動してから贄沼に続きを促した。

 

 贄沼が双子を見失った後、二時間ほどバイクを走らせておかしな音を聞いたという。

 嫌な予感がした贄沼は、速攻でその音の発信源へと向かい、近くにバイクを投げ捨てて未だに音が聞こえる屋上へ足を運んだという。

 そして、そこには……屋上のフェンスにもたれ掛かる人型の化け物の姿──おそらく怪人──が居た。

 

「人の形をした化け物、うみの方から聞いていたが怪人だっけか? 胸にドデケェハートマークがついているのを見た時はふざけてんのかとは思ったが……それを見た瞬間一目で分かったよ……こいつがそれ(怪人)だってな」

 

 そのまま贄沼は屋上へと繋がる扉の前で隠れて屋上の様子を窺い、見付けた。

 

「うみと、ちこが居た。怪人の前で頭抱えて泣きじゃくってた。訳が分からなかった、だが何かをされたのだろうって思ってな……覚悟を決めて……扉を開けて鉛弾をぶちこみに行ったんだ」

 

「無茶をするもんだ……」

 

「何だ、お前も知ってたのか……ってそりゃそうか、魔法使いと行動してるんだアイツ等のヤバさは知ってるか。

 まぁ、ご想像の通りだ。銃弾は通じず、一切の回避、防御行動を取らずに受け止められた。ていうかアイツ元々俺が隠れてたの知ってやがったな、驚きもしなかったからな」

 

「それで、どう……なったのですか」

 

「…………」

 

 分かるだろ? と俺に視線を送る贄沼。

 勿論分かるさ、視線を返すがそれと同時にハクを見る。

 ショートの髪が少し風になびいている、ここに今風が吹いていないのにも関わらず。

 このまま話を止めれば、それこそ吹き飛ばされるであろうとは簡単に予想が付く。

 

「嬢ちゃん、俺との約束覚えてるよな……?」

 

「どうなったのですか」

 

「……はぁ、俺の力不足だ。撃ちながら二人に逃げるように叫んだんだが……泣きじゃくってるあの子達にそう言っても動ける筈ないわな。呆気に取られたような顔は見えたんだがその後直ぐに怪人に捕まってな、怪人がその時あの子達に何か言っていたその言葉は覚えてる……確か、『これも、お前達の罪だろう? 苦痛だろう?』だったか、意味分からんかったが、そのままにしておくのはヤバいと思ってどうにか否定しようとしたんだが……そのまま屋上から投げ捨てられてな」

 

「それからは……」

 

「悪い、分からん。そこからずっと俺は寝てたからな。屋上に居ないのなら──」

 

 贄沼が言い切る前に、ハクを中心に突風が吹き晒した。

 俺は予想外の状況に体勢を崩して転けかけたが透明な誰か、というかヘクスに支えられてどうにか立ったままでいられた。

 贄沼はというと元々倒れた体勢だったからか突風の影響は最小限で舞い上がったごみを被るだけで済んでいた。

 

 そして、突風の中心であったハクの姿は……もうそこには無かった。

 

 



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必ず、必ず防ぐ

 ハクが飛び出した。

 今の一瞬で分かるのはそれくらいだった。

 

「ヘクス!」

 

()だ。あれ程雑な魔力放出だ、君にも魔力の残滓が見えるだろう」

 

 ヘクスの囁くような声が背後から聞こえ、直ぐ様上を見上げる。

 

 ……うっすらと、煙ではない半透明な何かが漂っているのがなんとか見えた。

 

 あれか、あれを辿れば良いのか。

 

 俺は直ぐにバイクを停めている場所に走り出し、チラリと贄沼の居る方へ振り向く。

 丁度贄沼が立ち上がろうとして派手に転んでいた所だった。

 贄沼が叫ぶ。

 

「悪い! 足をやっちまってて動けそうにねぇ!」

 

 その声に悔しさが滲み出ている彼は本当に善性の持ち主なのだろう。

 俺は片手を上げてそれに返事をして止まらずに走り抜ける。

 

 バイクに乗り込んで再度頭上を見上げる。

 ……まだ見えている、問題はない。

 万が一に備えてグレネードを取り出しやすい位置に移動させておく。

 

 バイクを走り出させると、姿を消していたヘクスが姿を表した。

 何故姿を消していたのか、とかどうして今姿をまた表したのかとか聞きたい事はあったが一先ず、一番最初に聞いておきたいことを聞く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヘクスはその問い掛けに無言で考え始めた。そして、ほんの少しの間を空けて返答が帰ってくる。

 

「正確な時間帯は分からないが……君がこの運命(ルート)に関わった、認識したという事から……まだ結末(エンディング)が定まっていない、運命(ルート)分岐点(選択肢)よりも前にはなるだろう」

 

「……つまり?」

 

「手遅れにはならない程度には巻き戻される。が、それが何時の事かは私にも分からない……ここには本来居ない筈だった『空』の魔法使いが存在しているから尚更ね」

 

 手遅れではない程度……確かに空成ハクを救えた時もギリギリだったが助けられる時間には戻ることが出来た。

 だとするならば今回、巻き戻したとして何処まで戻ることが出来るのだろうか。

 また空成ハクを救うところまで巻き戻されるのは勘弁して欲しいところだが……その場合は仕方無い、また何度でも成功するまで挑戦するしかないだろう。

 

「そして……これは言えるか? うん、大丈夫そうだ……良いかい? 『空』はもうすぐ『海』と『大地』を見付けてその場に駆けつける、けれどムーヴ君はその場所についても絶対に駆けつけてはいけない」

 

「それは……その場所に行くな、という事か?」

 

「おしい、無作為に近寄るなという意味だ。その意味は自分で確かめて欲しい」

 

「嫌な予感が確信に変わったんだが!?」

 

 何が起きてるんだよ……しかも今さらりと『海』と『大地』が生きているのを確信しているっぽい口調だったな。

 それ事態は嬉しい事だが……何が起きてもおかしくないんだ、気を引き締めよう。

 

 バイクを走らせて、逐一頭上を見上げて何か(魔力残滓?)があるのを確認し、それを追い掛ける。

 バイクを走らせている間何度が全身を撫でるような感触があったことからハクはあの探知魔法を何度も使っているものと思われる。そして、ある瞬間にそれが止んだ。

 見付けたのだ、おそらく……『海』と『大地』の魔法使いを。

 追っている俺にも気が付いている筈だが、それどころではないのだろう、大きな音がしてちょっとした風に煽られながら、ハクが向かったと思われるその方向へ向かう。

 

 そして、遠目でだがそれらしき建物を見付けた。

 バイクを停めてここからは足で行くことにする。怪人が居たとしても気付かれないような距離からだ。

 怪人の音が聞こえる範囲は前回でほぼほぼ理解した。

 アイツ等は集中すればどんな音でも拾えるくせに、それをしなければ人の聴覚と何ら遜色がないのだ。

 

 つまり、バイクの音が人間基準で聞こえなければ全くバレない。

 逆に少しでも音に気付かれた場合俺の正確な位置が直ぐにバレる。

 なんとまぁデタラメな生き物だと思う。

 

 万が一に備えて装備は全て持っていく。

 ここから先は情報が一切無い死地であると思った方がいい。

 

 まだハクが入ったと思われる建物……廃れたボウリング場から音は聞こえない。

 だが、誰も出てきては居ない。

 つまり、何かがあるのは確定だ。

 

 大きな音を立てないように、物音を最小限に抑える小走りで建物に近づく。

 

 そして、もうすぐで入り口だというところで……大きな違和感を感じた。

 それと同時にヘクスに肩を捕まれる。

 

「ムーヴ君」

 

「あぁ、分かってる……これは、何だ? 何かの膜が張ってあるように見えるんだが」

 

「……これは『海』の魔法使いが使う魔法の一つ。名前を『カイイキ』というものだよ。喜びたまえ、この中に少なくとも『海』の魔法使いが存在している事は確定したということだ」

 

 それはとても良いことだ。こんな魔法を使える位には元気で居るということである。

 中に入ったであろうハクと無事合流していることだろう。

 

「で、魔法の効果は?」

 

「触れたものに海の中に居る時と同じ効力を与え、それと同時に激しい動きをするモノと魔法内に居る魔力、呪力を持つ存在を使用者に知らせるというものだ」

 

「詳しいんだな」

 

「双子の魔法は幾つかね……理由はこれから分かると思うよ」

 

 冷や汗が止まらない。

 嫌な予感が終わらない。

 

 俺はパッと辺りを見渡して、ボウリング場の何処から何処までをその魔法が包んでいるかを確認する。

 端から端まで全部、と言ったところか。

 抜け道はなさそうだ。

 

「ヘクスは魔力とかって消せるんだっけ?」

 

「可能だね、姿を消したりしてもバレることはないよ」

 

「なら正面から入るから魔力とかを消してついてきてくれ。それで何かヤバかったら教えて欲しい」

 

「正面から行くのかい?」

 

「ここは行くべきだと思う。ご丁寧に外から何も見えないようにされているみたいだからな」

 

「了解した。何か気付いたことがあれば知らせるとしよう」

 

「頼んだ」

 

 俺は拳銃を片手に持ち、ゆっくりとその魔法の膜に入っていく。

 水の表面に体を入れていくような感覚、空気とは思えない抵抗があってから俺はボーリング場に入り込んだ。

 

「……? 空気が、重い」

 

 空気が体に纏わりつくような感触を感じながら更に歩を進めようとして、失敗する。

 足が踏み出せない、というよりも踏み込めない。

 なんだ、これは……まるで体が軽くなったような……まるでこれは……

 

「浮力?」

 

 まるで海の中にいるような感覚。

 息は……少しだけ苦しいができる、体も濡れはしない。だがその他の特徴がそれに似通い過ぎている。

 ちょっとした風の流れ──海流? ──に体が浮きそうになってしまうのを腰を落とし、装備の重さで耐えながらゆっくりと足を進める。

 

 大きな動き、おそらくこの空間の特徴を活かして泳いだりしたり驚いて暴れてしまったりした場合(海流)の流れに変化が起きてしまい、そこからバレると言うことだと思う。

 

 この空間、俺は大苦戦しているが先に行ったハクには全く問題ないのだろう、風なら操れるみたいだしむしろ移動が普段より早くなってそうだ。

 

「……少しだけ慣れてきたな」

 

 歩くのにようやく慣れて、少し位なら走ることも出来そうな位適応した所でヘクスに背中をチョンチョンとつつかれた。

 

「ムーヴ君」

 

「何だ? 何か見付けたのか?」

 

「あぁ、もうすぐ見つかる。そこの角の先で、ね……そして言っておく、そうすれば君は必ずそうしてくれると信じているから」

 

 何が言いたいのか分からず思わず振り向く。

 そして、うす緑色のローブを身に纏い、珍しく鋭い眼光をしたヘクスに驚きながらも目線を合わせる。

 

「飛び出すな、事態を見守るんだ。その角の先に何が見えても」

 

 思わず息を飲む。

 それ程の圧でヘクスは俺に向かって()()()をしていた。命令と言っても良いかもしれない。

 だが、思わず俺が飛び出すだろうと予想される光景がこの先に広がっているとヘクスは予想しているのだろう。そしてその無謀は即、命に関わるのだと。

 

「良いかい? 君が魔法使いを大事に思っているのは理解しているつもりだが、今はこれを守って欲しい」

 

「……分かった」

 

 心配そうに更に念押しするヘクスに返事を返して俺は片手にグレネードを用意する。

 そして、さっきよりもゆっくりと、慎重に歩みを進め……その角、そこで魔法の膜が終わっており、そこから少しだけ顔を出してその先にある開かれた扉の先を覗いた。

 

 そこにあったのは目を疑うような光景だった。

 

 地に伏した空成ハク、目に光が灯っていない二人の双子。その奥で嗤うハートの怪人。

 それだけならばまだ他にも想像の働かせ様があった。だが……双子の立ち位置は、ハクに対して、怪人を守るような立ち位置をしている。

 

 今まで何も聞こえなかった音が聞こえてくる。

 怪人の高笑い、ハクの血を吐くような嗚咽。

 双子は何の言葉を発さずにじっと、光の伴わせない瞳で、どこか遠いところを見ている。何かを呟いているようにも見えるがここからでは何も聞こえない。

 

「ああああああ!!」

 

 突如、ハクが咆哮と共に右手を突き出して風を巻き起こす。

 古びた地面のタイルを引き剥がしながらその風の塊はハートの怪人へと向かっていく。

 だが、それは何かの壁にぶつかり勢いを減衰し、突如床から盛り上がった様に見えた土の壁に防がれる。

 そして次の瞬間ハクの周囲を包むように土塊が現れハクを拘束する。

 

 その光景にまた、ハートの怪人が高らかに嘲笑う。

 

 何が起きているかは明白だ。

 双子の魔法使いはどういう理屈か怪人側に味方しており、その双子の手によってハクが追い詰められている。

 

 成る程、成る程……

 際限なく高くなる内なる熱が身を焦がしてしまいそうな程に沸き上がる。

 今すぐに飛び出して、ハクを助けに向かいそうなこの衝動に体を委ねたくなってしまう。

 

 そうすればどれ程スッキリするだろう。

 そうすればこの命にどれだけの価値がうまれるのだろう。

 

 だからこそ俺は……

 

 その衝動の全てを黙殺した。

 

 ヘクスがじっと此方を見ている。

 飛び出そうとしたら取り押さえるつもりだったのだろうか。だとしたら信用が無くて笑ってしまう。

 確かにこの魔法使いの為にこの身を役立てたいという衝動は本物だが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未だに此方をじっと監視するヘクスに一瞬だけ視線をあわせて大丈夫であることを伝える。

 大丈夫、今突撃するほど堪え性がない訳ではない。

 だがまぁ、この光景を作り出したと思われるあのハートの怪人には必ず死んで貰いたい所だが……今は無理だろう。

 

 だから今は見に徹する。

 この呪術とやらの条件と効果を見極めるために目を凝らして耳を研ぎ澄ます。

 

 そして、怪人の声が、わざとらしく大声で話しているその声が聞こえてくる

 

「無駄だ! 私への攻撃は全てこいつらが防ぐ!」

 

「──っ!」

 

「そうだ、貴様の声はもう届かない。だが嬉しいだろ? 愛する者の手で捕らえられるのだ!」

 

 ハクが何と言っているかは声量が小さく聞き取れない。

 だが双子に向けて必死に声をかけている事は分かる。

 また、ハートの怪人が高らかに叫ぶ。

 

「苦痛とは自分を追い詰める存在、あの時こうすれば、ああしていれば、これをしなければ今頃……後悔こそが最大の苦痛。ならばそれを見なければ良い、それを見せる存在を消せば楽になれる。それこそが我が術式『Pleasure Principle(快楽原理)』!! どうやら貴様の行方が分からなかった様だからな、早めに探しておけば等と囁いて、その後悔を増幅し術に嵌めるのは簡単だったぞ?」

 

 良く喋る怪人だ。

 

「予定では死んでいる筈の貴様が生きていると聞いたときには少々焦ったが……あの時来てくれたバカな男も使い、二重に術をかけておいて正解だった。他にも手段はあったがそちらは面倒だったからな!」

 

「──!」

 

「そう睨むなよ。あぁ、安心すると良い。貴様は必ず魔核を抜いてから殺せと言われている。この双子を使ってそれをやってやっても良いが……こいつらには他の魔法使い相手に暴れて貰う予定があるからなぁ! 特に『冬』や『炎』には消耗して貰わぬと困る」

 

 ハートの怪人がハクに近付いていく。

 興味深い話は聞けた。

 こいつがお喋りなお陰でこいつの呪術にも何となくアタリがつけれた。

 

 怪人がハクに完全に近付いてその手を触れる前に拳銃を顎に押し当てて引き金を絞る。

 

「……次は、いや、何度やり直してでも必ず、必ず防ぐ」

 

 俺は、出来れば大きく世界が巻き戻ることを祈りながら引き金を引いた。

 

 銃声が鳴り響いて、世界が巻き戻り始めた。



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魔法使い達

 世界が巻き戻り終わる。

 どうやら俺は目を瞑っていた様で、閉じた目蓋越しに淡い光を感じる。

 目を見開いて周囲を確認する。

 常夜灯、室内、座った体勢……どうやらあの地下室らしい。

 電灯が常夜灯に変わっている所を見るに夜の21時を越えているようだ。

 

 であれば、やはり体力の限界だったのか、部屋を暗くし直ぐに寝息を立て眠ったハクを起こさないように出来るだけ小さく声を出す。

 

「ヘクス、今何時だ?」

 

「22時前、と言ったところだね」

 

 間髪いれずに返ってくる返事に少しの安心感を感じながら、音を出来るだけ立てずにこの地下室を出ていく。

 思ったよりも時間がない、また急いで行動しないと間に合わないだろう。

 

 ゆっくりと棚を動かして、出て、閉める。

 ハクを起こす、という選択肢もあるにはあったが……前の経験から理解した事の一つに、一周程度の情報量で、運命(ルート)に干渉できる程の最適な行動は取れないというものがある。

 

 何時何があっても直ぐに動けるように主要な装備は常に体に身に付けていたのが幸いし準備に時間はかからない。

 食料品飲料類は無理だったがボアダムは掴めたので問題はない。

 出るのなら今すぐ出るべきだが……先ずは手帳を開いて消えたであろう文章をまた書き足すことにしよう。

 俺の記憶も毎回完全に記憶できる訳じゃない、忘れることもある。それを極力減らす為にも手帳を開いて驚愕する。

 そしてそのまま顔を上げるとしてやったり顔のヘクスが未だにランジェリー姿のまま宙に浮かんで居た。

 

「驚いてくれたかい?」

 

「これは……巻き戻る前に俺が書いた文字だよな?」

 

 再び手帳に目を落とす。

 そこには巻き戻す前に書かれた、消えている筈の文がそのまま残っていた。

 

「ちょっとしたサプライズだ。君は何故か毎度懲りずに書こうとするからね、手帳に書かれた文字を引き継げるようにしておいたんだ」

 

「そんなことが出来たのか……!?」

 

 巻き戻しに物を引き継げる、もしそれが他に出来たのならば───

 

「君の考えていることは分かる。だけどね、残念だが無理なんだ。その手帳は()()()()()()事で中身を引き継げるようにしたが……それは手帳という媒介だから出来た事なんだ」

 

「……無謀特攻で基地から爆弾とか補充した後に死んで引き継ごうとか思ったりしたんだが、無理か」

 

「無理だねぇ」

 

 なら仕方無いか、諦めるとしよう。

 

 手帳に前の自殺する寸前に見た光景、その全てをその時自らが考察した考えも含めて記入していく。

 当然手は動かしながらもこれからどう動くべきかの考えは止めず、ヘクスに話し掛ける。

 

「ヘクス、考えを聞きたいんだが……ハクがあの双子に連絡を送ってないということはあり得ないと思うよな?」

 

「そうだね……『空』側から双子への思いは初めて見たが……あれだけ大事にしている存在だ、何かしらの手段で連絡は取ろうとしているだろう」

 

「だよな……」

 

 じゃあ、何をして連絡を取ろうとしていたのか。

 考えられるのは、まぁ携帯電話か。

 電話、メール……他にも色んな通信手段はあるが……普通に考えて先ずは電話か。

 

「ヘクス……いや、何でもない」

 

「なんだい? 話し相手くらいにしかならないのだから何でも言っておくれ」

 

「なら聞くが……というか頼みたいんだがハクの携帯電話を盗み見てどうやって連絡を取ろうとしたか調べられないか?」

 

「…………出来る、が。もしバレた時私の安否が保証されないだろうね、私と距離の近かった君も不審に思われることになるだろう」

 

「俺がやるよりも成功率は高いだろ、それにもしやらかしても俺が自殺すれば良いだけだ」

 

「───、分かった。一回で成功したら良いんだろう」

 

 すぅっと目を細めたヘクスが、少しだけ声を低くして姿を消す。

 ……失敗を俺が疑ったから怒ってしまったか? 

 それにしてはすんなり行ってくれたが……

 

 しかし姿を消したヘクスを追う手段が俺には何もないので耳を澄まして、ヘクスが失敗しハクが何かしらをやらかす前に俺が死ねるように準備をしてから頭を動かす。

 

 まず、ハートの怪人の力の解明は急務だ。

『海』『大地』の魔法使いを操る、洗脳するような力……呪術に俺が抵抗できる気がしない。

 黒の怪人の呪術っぽいのは喰らったが発動せずに終わり、良くわからない内に倒してしまったため情報はないがもう一つの前の人の真似をしてしまう、同じ行動をしてしまうという呪術のような条件に嵌まったら終わり系の術だろう。

 というか俺の場合何を喰らってもそのまま終わりそうな気がする……

 

 なので(ハートの怪人)の言動から少し推察してみる事にしよう。

 まずは贄沼が聞いたという言葉『これも、お前達の罪だろう? 苦痛だろう?』だったか。

 罪、苦痛を主張しているように見えるな、そしてその時の双子は推定で精神崩壊状態にまで追い込まれていたようだったと。

 良く喋る怪人だったし、何かしら双子の罪の意識を肥大化させるような言葉攻めで心を折ったとかはどうだ? まだ子供だしあり得ない話では……さすがに無いか。

 

 次に行こう。

 

 奴が直接喋っていた話では苦痛、後悔を見ないふりをさせる、その原因を排除しようと動くようになる『Pleasure Principle(快楽原理)』という呪術の支配下に双子は置かれていた……と思われる。

 そして後悔を増幅し術に嵌めるという言葉……そのままの意味を取って予測を立てるとするならば、少しでも抱いた後悔の念を増幅させて苦痛を与え、その上でその原因を消し去りたいという欲求が沸いてくる、ということだろうか。

 想像に想像を重ねただけあり稚拙な推測だが、確実なのは……始動のキーは『苦痛』『後悔』にそれに類ずるもの、そしてそれらを『増幅』、これは単純にこの怪人の話術かそれとも呪術の効力かは不明。そしていまいち不明な『快楽』という呪術の題名とも言える単語。

 そして、おそらくこの呪術には段階があり、最後の一線を越えた場合のみあのような操り人形が出来るのだと思う。

 そして、一線を越えた後でも()()()()であるという可能性がまだ残っている。

 

 だが全てはあのハートの怪人の言動から考えられるものであり、奴が嘘をついていた場合、一から考え直さないといけないのも頭の隅に置いていく。

 

 思考の柔軟性は残しておくべきだ。

 

 そこまで一旦考え終えて、何もない空間に違和感を覚えた。

 透明で音もないその空間にじっと視線を送る。

 自分でもどうしてそうしているか分からなかったが、そこに何かが()()という何の確証も無い確信があった。

 

 数秒視線を送り続け、次の瞬間にそこにヘクスが現れた。

 

「ただいま戻ったよ……っと、うん?」

 

 言うなればただの勘、それだけの事で何事もなければそれだけで済んだ話だったのだが、そこに丁度ヘクスが現れるとなると少し驚いてしまう。

 

「あ、あぁ……バレずに行けたんだな?」

 

「勿論だとも、私だからという理由もあるが……『空』のは酷く疲れている様だからね、あれはちょっとやそっとじゃ起きないだろうさ」

 

「そうか、それは……」

 

 ちょっとだけ都合が良くて、都合が悪い。

 今回のこの情報を得るために関しては楽で良いのだが、次の機会に彼女を連れていくという選択肢を取るには少し考えた方が良さそうだ。

 

 さっきの何故かヘクスの出てくる場所を事前に分かったような感覚を不思議に思いながら、また頭の中でどうやって動くかの指針を組み立てていく。

 

「それで、どうだった?」

 

「うん、その事なんだがやはり電話を掛けてはいたみたいなんだがこの状況だ、回線がパンクしていたのか繋がらなかったみたいだ。そこでメールを何通か送信して、その内の一通が送信完了となって安心したみたいだね。『空』の受信メールにも一通双子から来ていたみたいだし」

 

「回線がパンク……? いや、その事より内容は?」

 

「手短に無事と知らせるような内容だったよ」

 

「双子からは?」

 

「同じ様な内容だね」

 

 うーん……? 何か引っ掛かるが今はどうしようもないか。

 既に十五分くらいこうしている、今回は無理にしろそろそろ動かなければいけない。

 そうだな、先ずは……

 

「一先ず贄沼が屋上から突き落とされたビルに向かう事にしよう。バイクでそこそこに近寄ってから徒歩で向かう」

 

「了解だが……『空』のは連れていかなくて良いのかい? 順序良く事が運べれば怪人に見つかる前に双子を見付け合流する事も出来るだろうに」

 

 それはそう何なんだが俺としては向こう側がハクの位置を正確に把握していないのにも関わらず双子を嵌めるという手段に出たことが気になる。

 この三人はある程度近くに居ると分かっている筈なのに、戦闘が起きれば魔力等で探知されると分かっている筈なのに、だ。

 

 俺はハク達がどれくらい近くならば魔法などの魔力を感じる事が出来るかは知らないが、流石に目に見える範囲以下ということは無いだろう。

 

 ということは怪人側は必要ならば三人纏めて相手する準備があった、ということだ。

 

 これ絶対単独じゃ無いだろ。

 

 百何回と戦い感じた事だが、怪人と魔法使いのパワーバランスは基本的に1:1位だと推測できる。そこから個人の魔法や呪術の相性に依って上下するが……余程効果的に嵌まらない限り2:1、3:1は無理だろうと感じた。

 数は正義なんだなって。

 無論俺ごときが感じた感性からの推測なので全くの的外れであるという可能性はある、というか高い。

 

 だが既に一体の怪人が負けているというのに人数不利状態で何の策もなく仕掛けるか? という点に疑問が尽きないのだ。

 

 業務用の粘着テープを探して胴体にグレネード事巻き付ける。何かあればピンを抜くだけで自殺できるように整える。

 そして歩き出す。

 

 思考を過るのはもう一つ。

 あの怪人、ただの敵対者にしてはハク達の内情に詳しすぎた気がした。

 仲が良い事を知っているのはまぁ、あり得ないことではないので置いておこう。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この建物から外に繋がる扉の前に立つ。

 音を確認して、最低限問題ないことを確認してからドアに手を掛ける。

 最後に、振り返りいつの間にかランジェリーの上からローブを羽織っているヘクスに目を合わせる。

 

「ヘクス、何か感じたら即座に教えてくれ。今回は出来るんだろ?」

 

「あぁ、縛りで言うならば七割解除といった所だ。未来情報に関してはまだ殆どが無理だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()任せてくれたまえ」

 

「よろしく頼む」

 

 ゆっくりと扉を押して、真っ暗な夜の町へと飛び出した。



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魔法使い達2

 暗闇をバイクで駆ける。

 あのビルの場所は覚えている、なのでそのビルから離れたところにバイクを停めてそこから徒歩で移動する。

 

 今のところは怪人らしき存在も双子の魔法使いも確認することは出来ていない。

 だがここに来ることは分かっている。

 だからこのビルの一つ隣にある一階層分だけ高いビル、そこの最上階に侵入し窓を開けて目視だけでなく音も聞こえるようにしておく。

 ボアダムは……設置しなくても良いだろう。そもそもそんな距離もない。声が聞こえるだろうという距離、普通に見られてバレそうなので床にボアダムを置いて他にも音が立たないように細心の注意を払う。

 

 現在時刻は22:40、次からは無駄無く動いたとして後十分は縮められるだろう。

 手帳を開き、問題のビルの屋上をちらちらと監察しながら手帳に現在状況を記入していく。

 現在の気温、天気は勿論、風の強さに肌で感じる湿度、静かなビル街にうっすらと響く風の音等々必要ではないかもしれない情報も記入する。

 

 それをヘクスが呆れた表情で眺めてくる。

 ヘクスにも音を立てないように、声を出来るだけ出さないようにとお願いしている為に律儀に守ってくれているのだ。

 

 こんな俺の様な素人考えの作戦に付き合わせてしまい本当に申し訳なくなる。

 だが、俺にはこれしか思い付かなかったのだ。手っ取り早く、正確に何があったかを調べる方法を。

 

 盗聴機の様なものがあればここまで近寄らずに済んだのだが……正直何処に行けば手に入るか分からないのでただ渇望するだけになっている。

 

 その後も俺は周囲の状況を記録し続け、23:15。

 遂に動きがあった。

 

 それは偶然に近い直感。

 静かに流れるだけだった風の音が、ほんの少しだけおかしくなった、という疑問と何か来そう、という……何十と死んだ時にちょくちょく感じた俺の体が感じる違和感。

 

 故に、良く注視して監視していたビルの屋上の真ん中に、空から一体の怪人が、音もなく降り立ったのを見逃さなかった。

 

 光は満月ゆえに淡くも強く、その姿を鮮明に目に焼き付ける事が出来た。

 

 ハートの怪人。

 そいつが現れ、ビルの屋上で周囲を警戒しているのか見渡している。

 まだ双子の魔法使いの姿は見えない、気配も感じない。

 この時間からあの怪人があの場所に居るという事は……何か、仕掛けをするのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()待ち伏せしているのか? 

 

 こちらには気付いて居ないようだが俺が出来る事もない。

 息を殺して音を立てずに聞き耳を立てる。

 ヘクスも姿は消していないが窓から姿が見えない位置でじっとしている。

 斯く言う俺は背中を壁に押し付け、空いている窓ではなく閉まってる窓からほんの少しだけ顔を出して覗き、ハートの怪人が此方を見そうなタイミングで完全に隠れる。

 今のところはバレていない……と思う。泳がされているのではなければ、だが。

 

 心は静かに熱を放っているが、このような状況でも何故か体が緊張しないのはありがたい。万全に行動できるし、集中でき過ぎて奴の足音まで聞こえてきそうだ。

 

 やがて、ハートの怪人は周囲を確認し終わったのか、屋上の中央へ歩くとしゃがみこんで片手を床に当てた。

 全くの無音の町で、静かに流れる風に乗って小さく奴の声が聞こえてくる。

 

Pleasure Principle (快楽原理)

 

 赤黒くも淡い光がハートの怪人を中心として広がる。

 その光はビル一つを呑み込んで、消えた。

 

 そしてもう何も見えないし、俺には何も感じない。

 一度ヘクスに視線を向ける。

 ヘクスなら何か感じるかと考えたのだが、ヘクスは俺の考えを読み取った上で首を横に振った。

 

 で、あるならば……怪人の呪術は発動の瞬間だけ感知が出来てその後は何処に何をしているかは魔力、呪術を感じ取れる魔法使い、魔女から見ても分からないということだ。

 そして、何時受けたか、何をされているかも分からずに術中に嵌まっていき……と言ったところか。

 

 成る程……魔法使いの魔法の方が汎用性があって便利だと思っていたが、これは方向性の違いにも感じられる。

 

 つまり……汎用と特化、何が出来るかと何をしたいかの違いだ。

 

 思考のギアが勢い良く回転していくのを感じる。

 あの時、ハクを救出した後から双子を見付け、自殺した後も……ずっとずっと俺の体は常にエンジンが掛かりっぱなしの自動車のように、今現在も暖まり続け一定以上のポテンシャルを発揮できているように感じる。

 前の周の時、ほんの少しの物音で目を覚ます位に眠りが浅かったのにも関わらず、だ。

 

 そして、今も……怪人を目の前にして体が、精神が最高の状態を維持し、更にそれを練り上げて行っている……ような気がする。

 

 何故、この状態が維持され続けているのかは分からない。

 魔法か呪術かと疑いを持っていたが、それならばヘクスが気付くだろうと思っている。

 案外、これこそが人間に許されたポテンシャルの一部なのかもしれない。

 だが何とも健康には悪そうだ。

 

 思考が逸れた、十と数秒の時間を無駄にした。

 

 今、ハートの怪人がしたのは呪術の展開、であると予想できた。

 黒の怪人の呪術は、即座に効果が無いとおかしいものだとあの様子から分かる。

 

 多分、呪術にも種類がある。

 速効性の物と遅効性の物。黒の怪人は速効性、ハートの怪人は遅効性。投石呪術は……多分速効性だとは思うが……今のところこれは複数の怪人が使っているのを見たことがあるために、除外。

 どうやって分別されているのかは情報が少なすぎて判断はできない。

 未だにしゃがみこんで片手を床から離さないでいるあの怪人の様子も気になる。

 

 またしばらく監察していると、今度はビル下から飛び上がってくる影が見えた。

 

 月明かりに照らされ、姿を現したのは剣の怪人。

 片手に剣を携えたままハートの怪人へと近づいていく。

 怪人が二人、何かの拍子で気付かれるかもしれないので一旦覗くことを辞めて音に集中する。

 

「誰かと思えばギアじゃないか」

 

 ハートの怪人だと思われる声が響く。

 ギア、剣の怪人の名前か? 

 

「ジョイ殿、緊急連絡だ。場合によっては作戦の変更もあり得る」

 

「何だ? ゴァの奴がやらかしたのか……それとも他の奴か? 何にしろ自分の仕事はキッチリやって欲しいものだ」

 

「ゴァが死んだ」

 

「なに?」

 

 空気が重苦しく感じる程の圧力が、目で見えていない筈なのに肌で、耳で感じる。

 剣の怪人が言うゴァは……あの黒の怪人の事か。

 目で確認したい気持ちを押さえ付けながら一字一句を聞き逃さない為に更に意識を集中させる。

 

「ゴァが死に、『空』を仕留めきれなかった」

 

「……死んだか、『空』に負けたか?」

 

「いいや、『空』を捕まえるまでは成功した。おれも合流し、二人で監視しながら魔核を取り出す作業も順調に進んでいた」

 

「ならおかしいだろう、あそこの近くには魔法使いは存在しないように注意していた筈だ。それとも何か? 想定外の、マークもしていなかった魔法使いが存在し、救出にでも来たというのか?」

 

「その通りだ。但し、魔法使いではなく……ただの人間の男のようだった」

 

 俺か。

 であるならば、ゴァとか言うのはあの黒の怪人で確定か……死亡が確定したのを確認できたのは大きい。

 ヘクスが殺したと言及してくれていたのを信じていない訳では無かったが、敵からそれを聞けると言うのはまた一つ意味が違う。

 

「人間……それはおかしい、我々は呪力で守られている。物理的な攻撃しか出来ない人間等に殺れる筈はない」

 

「魔法でヒビを入れられた箇所を銃で撃ち抜かれた。その後、おれは恥ずかしながら不覚にもフラッシュバンを喰らってしまい無力化され、魔方陣を破壊されて連れていかれた。あの動きからアイツはおれ達がどういう存在かある程度の知識があったと思われる。一人で救出に来る程に、『空』の重要性を知っていたようにもな」

 

 呪力で守られている? だとすればあの異様な固さはそれのせいなのか? 

 そうだとしたら……いくら火力の高い装備を用意したところで無駄か。

 いや、物理的衝撃は喰らっているように見えたので動きの阻害等に関しては使えるか。

 

 それにしても『空』に怪人達は固執しているように見える。

 前の周の時のハートの怪人(ジョイ)の言動からしてもそうだ。

『空』を殺せば双子のメンタルは地の底に落ちるだろう。そうなればあのハートの怪人の呪術が推測通りならば……簡単に操れる。だが他に何か、他の魔法使いと比べても特別な何かがあるようにしか思えない。

 

 クソ! アイツ等分かったように話しやがって……肝心なところは想像で補うしかないのは痛すぎる。

 

「軍人、魔法使いの協力者か。分かった気を付けよう。アイツからの報告では『海』『大地』は『空』と合流出来て居ないようだ。メールは来ていたらしいが……それをあの双子が知ることはない」

 

 何? アイツ? 何だ、密告者? 

 双子の情報が抜かれてる……だが手段に見当が付いたのは良い。

 

「そうか。だが、くれぐれも気を付けてくれ。『空』の居所が分からない今、当初のジョイ殿の呪術の掛け方では解かれる可能性が高い」

 

「当然だ、対処する。必要ならばあの軍事基地を……いや、それよりも簡単に一つ、ネタがあるからな」

 

「それならば良い。ジョイ殿の呪術は希少な魔法使いをも支配下に置くことの出来る呪術だ。ここでジョイ殿を失うのは厳しい」

 

「あぁ、それよりも早く次に行け。『海』『大地』が(じき)にここに来る」

 

 トン、と軽い音がした後会話が無くなる。

 風切り音が僅かに聞こえギアの方が居なくなったのだと推測出来た。

 それに呪術のネタ……これはあの時の会話からして恐らくは贄沼の事か。

 

 ゆっくりと、慎重に窓からハートの怪人を覗く。

 見える範囲にはハートの怪人一体だけ。

 何処かに隠れている可能性もあるが……剣の怪人は他に行くところがあるようだった。

 

 ヘクスに相談することが出来ないのが辛い。

 聞きたいことが幾つかある会話だった。

 心なしかハートの怪人の雰囲気もピリピリしているように感じる。余計な音を出せばすぐに気付かれるだろう。

 

 まだだ、せめてここで何があったのかを知るまでは動いては行けない。

 今の情報では不充分だ。

 

 更に動向を見守り23:30過ぎ、突如として空間に変化が起きる。

 体が浮きそうになり、空気が肌にへばりつく。

 これは知っている。『カイイキ』とヘクスが呼んでた『海』の魔法使いの魔法。

 

 腰を落として、体を浮かさない様に重心を操作しながらそれがどの方向から発生させられているかを確かめるために周囲を観察する。

 ……駄目だ、分からない。この空間が飲み込まれたのも一瞬の出来事でどの方向からと言うのも分からなかった。

 

 街明かりと満月の月光はあるがそれだけの光では周囲を満足に見ることはできない。

 これは、待つか……魔法使いの二人がどうやってあのハートの怪人の前に現れるかその方法も知りたい。

 

 だから待った。

 微動だにせず、ハートの怪人が魔法に気付いても余裕の状態で待ち構えている事を知りながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()を待ち続けた。

 

 魔法の発現から十分程、それくらいの時間経過の後、二人は現れた。

 

 その登場の仕方は劇的ではなくて、不可思議でもない。

 普通にビルの階段を駆け上がって、屋上の扉を開いて現れた。

 少し距離があるここからでも分かる青い髪と茶色の髪。間違いなく双子の魔法使い。

 

 そしてどうやら、二人の魔法使いに移動手段は無いらしい。

 あったとしても上に上がれる物では無いのか。

 

 息を切らせた二人の魔法使いはハートの怪人の存在を黙視した後それぞれの戦闘態勢を取る。

 

 そして青い髪をした魔法使いの方が叫んだ。

 

「ハク姉さんは何処!」

 

 成る程、かなりややこしいことになっているようだな。

 様々な可能性が脳裏を過り、どれもこれも否定材料が無いばかりに頭を抱える。

 

 何故、ハクの居場所を怪人が知っていると思っている? 

 いや、俺が介入しない場合には間違いではないのだが……どうやってその結論に辿り着いた、いや辿り着かされた? 

 

「2対1なら私たちが勝つ。話せば見逃す」

 

 茶色の髪をした少女が、口数少なくハートの怪人を脅しにかける。

 

 ハートの怪人は答えない。

 ただ双子の魔法使いを見詰めるだけで……何かを待っている?

 

 それも定かではないまま双子とハートの怪人のにらみ合いは続き、先に動いたのは魔法使いのうみ。

 単純にしびれを切らしたのか、それとも何か考えがあったのかは分からないが『カイイキ』を解くと同時に踏み込み、それが発動した。

 

 屋上の床が、見下ろす俺から辛うじて分かるレベルでほんのりと、赤く、紅く光った。

 

 これは『海』の魔法ではない。

 ジョイの呪術だ。

 

 うみが何かを放とうとして、出来ず膝を付いた。

 そして、苦しそうに胸を押さえている。

 

 ちこがそれに気付いてうみに駆け寄ろうとする、駆け寄ってしまう。

 また床が紅く、僅かに光った。

 

 そして、二人の魔法使いは……戦うこともなくハートの怪人の前に膝をつかされていた。



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魔法使い達3

 二人が膝を付いたのを見届けてからチラリと時間を確認する。

 23:46、まだ贄沼からの話にあった轟音とやらは鳴ってない。

 そして、ハートの怪人もずっとそこから動かずに二人を見下ろしている。

 

「ぁ、なに……これ」

 

 絞り出すような声でうみが言う。

 まだ少しの余裕があるのか、少しずつ立ち上がろうとしている。

 その隣で同じくしてちこもゆっくりと顔を上げて立ち上がろうとしていた。

 

 それを見てか、ハートの怪人が動いた。一歩だけ前に出た。

 

「一歩踏み入れるだけでそのようになるのは想定外だった……どうやら相当な焦りと心労で精神を磨耗しているようだな」

 

「くぅっ……」

 

 ふらふらとしながらもうみがハートの怪人を睨み付ける。

 その手には先程放とうとして放てなかった恐らくは魔力らしきものを貯めているように見える。

 

「止めておけ、今の貴様等では話にならん」

 

「うるっさいっっ!」

 

 うみが手に持っていた何かを叩き付けようとして……出来ずにまた崩れ落ちた。

 

「ふ、む……精神が未熟に過ぎる。この様子だと直ぐにでも仕上げに掛かれそうだな」

 

 ハートの怪人は視線を今度はちこに向ける。

 

 次の瞬間、ちこが少しだけ崩れそうになるが持ちこたえる。

 

「『海』のとは違い良く耐えるな『大地』よ。それは貴様の精神が罪の意識に耐えきっているからか? それとも貴様にとって『空』の魔法使いはそれ程意識することの無い、その程度の存在だったか?」

 

「そんな、訳……無いっっ!!」

 

 ちこが叫び、それに応じてビルの周囲の地面が振動する。

 アスファルトがひび割れ、その下から土らしきものが大量に浮かび上がり……大きな腕を模した……!? 

 

 嘘だろ? 空中に車くらいの大きさの拳腕が一瞬で作られた……

 

 だが、それを見てもハートの怪人は動揺を一切見せず、むしろつまらなそうにちこを見ている。

 つまりは、想定内であり対処可能範囲内である可能性が高い。

 

 しかしちこはそれに気付かず、いや気付く余裕も無いのだろう。

 力強く握り締めた拳を振り下ろすと共に空に浮かんでいた巨大な土の拳がそれに連動し落下していく。

 

「『ツチクレ』っ!」

 

 対するハートの怪人はそれに対して、遠目からでも分かるほどに力強く拳を握り締めて……その土の拳を、轟音を伴って打ち砕いた。

 

 衝撃が周囲を襲い、三人が居るビルに一番近い窓ガラスが壊れそうな程振動する。

 

 巨大な土の拳による一撃、まさか同じく拳……しかも生身で撃退され、一方的に破壊された事に驚いているのかちこが大きく目を見開かせて唖然としている。

 

「万全な状態でも無い貴様ごときの簡易魔法で討てると思ったか? なめるなよ、詠唱も使えない魔法使いごときが」

 

 強い、明らかに……あの黒の怪人(ゴァ)よりも一段と。

 剣の怪人と同じだ。出し抜いて出し抜いて策を練って漸く一手の邪魔を出来るような化け物。

 しかも、だ……あのちこの魔法を砕いた一撃、()()()()()()()()()()()()()()

 動きに無駄が少なく、打った後も戻りが早いし慣れがある。あの一瞬で確認出来たのはそれだけだが本当に勘弁してほしい。

 化け物が人間の技術を使うなよ。

 

 それに今チラリと聞こえた簡易魔法と詠唱と言う言葉、初めて聞く単語だが……ゲームで言う呪文のようなものが存在するのか? 今まで集中と1単語だけで魔法が発言していた事を考えると……それらが簡易魔法? 

 いや、今考えても無駄なだけか。

 

 これで()()が確認できた。

()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 ならばもうすぐ贄沼がこちらに来る。

 そして考える、何時俺は自殺するかを。そのタイミングを考える。

 深入りすればするほどに事故の可能性が高まり、失敗する可能性が高まる。

 だが、その分情報を手に入れられるかもしれない。

 贄沼が突き落とされたタイミング……一先ずはそこを区切りに考えよう。

 その後怪人がどう動くかによって行動を変える事にする。

 

 ハートの怪人の声が聞こえ、意識をそちらに戻す。

 

「さて、そろそろ時間だ」

 

 その宣言と同時に二人の様子が激変した。

 見た目からして何が起きたのかが分かったわけではない、ただ今までハートの怪人の隙をうかがおうとしていたその戦意が消え、何かに耐えきれなくなったように顔を下げてうずくまった。

 そして、小さな声で何かに対する謝罪と後悔を吐き出していく。

 

 ハートの怪人はそこまで見届けた後、またフェンスにもたれ掛かかる。

 

「自らの心の重荷を自覚しただろう。今貴様等が感じているのはその罪の重みだ。貴様等が貴様等自身で自らを追い込んでいるのだ」

 

「ハク姉さん……っ」

 

「ごめんなさい……直ぐに探しにいけなくてごめんなさい……」

 

 うみとちこがぽろぽろと涙を流しながら懺悔する。

 ハートの怪人は仕上げとばかりに大きく両手を広げ高らかに言った。

 

「その苦しみを消し去りたいだろう? 後悔など感じたくないだろう? 苦痛を消す手段は簡単だ、その原因を……それを生み出す全てを消せば良い。さすれば貴様等は快楽(安心)を得られる……さぁ、その身を委ねろ……邪魔な理性など捨てろ……所詮はそのようなものは邪魔に───ふむ?」

 

 ハートの怪人の演説が止まる。

 そして、それと同時に俺の耳にも小さくバイクのエンジン音が聞こえてくる。

 贄沼だ。

 

 少々不味い、怪人が音に集中しだした。

 息を止めて音を完全に殺すように努力する。

 この距離、そしてバイクの音がする方向から逆の位置に居る俺の事に気付かない事を祈りながら俺は経過を見守った。

 それしか出来なかった。

 

「これは……例の人間か? いや、魔力反応は無い……だとすればどちらでも構わんが、貴様等、喜べ……誰かが助けに来てくれている様だ」

 

「……え?」

 

「魔力もないただの人間のようだがな」

 

「クーゴ……?」

 

「やはり知り合いか……残念だったな、どうやらそやつは何の策もなくここに来るようだ。あぁ、全く可哀想だが……来てしまえば殺すしかないなぁ……」

 

「ぁぁあぁ……ぁああ!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()。貴様等には心当たりがあるんだろう?」

 

「やめ──」

 

「だから、もしその人間が来てしまえば……その人間が死んだならば……一体、誰のせいになるのだろうな?」

 

 ハートの怪人は嘲るように言った。

 ただ事実を述べるように、双子の罪悪感を煽るように……成る程、これが二つ目の罪悪感か。

 

 確かに贄沼は二人を止めるために基地を出ていき、ここに辿り着き……双子を助けるために飛び出して死んだ……あの二人視点では。

 成る程、それで持たなくても良い罪悪感を持ってしまったのか。二つの、別の罪の意識……心に重くのし掛かる苦痛をあの怪人は利用した。

 

 いや、『空』の方はともかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……贄沼は()()()()()自分の意思で助けようと考えて無謀にも行動に移した身勝手な人間なのだ。どうしようもない馬鹿なんだ。

 

 とまぁ、双子に伝えてやりたいが今声を出せば俺は確実に死ぬだろう。自殺する暇があるかすら怪しい。

 というか伝えた所でそれを納得してくれるかどうかは、たぶん無理だろう。

 そう考えてくれるのならばハートの怪人の術中に掛かりすらしないだろう。

 

「ほぅら……今階段を上ってきている所だ」

 

 罪の意識から解放される快楽には誰しもが抗いがたい。

 ハートの怪人はそういう呪術を使っている。

 

 うみとちこが既にもう何の反応も返せないほどに取り乱している。

 屋上の扉が開かれ、贄沼が必死な形相で叫びながら銃を乱射した。

 後はもう聞いた話と同じ、捕まった贄沼が屋上から投げ捨てられた。

 重く鈍い音が耳に残る。

 

 そして、絶叫が響き渡る。

 

 それと同時に屋上の床が紅く、これまでよりも強く、輝き……目を再び開いた時には、うみとちこが光を失った瞳でハートの怪人を見ていた。

 

「術は成った。さて……では、初めの仕事だ着いてこい、あの男が居た場所を消しに行こう」

 

「……」

 

「歩いていくのも面倒だな……仕方無い、魔法()の使い方が未熟な貴様等に少し使い方を教えてやる」

 

 次の瞬間、肌に空気が纏わりつく感覚がありうみが『カイイキ』を使った事が分かる。無言での意志疎通……というよりは指示伝達? 

 そして、先程破壊されて散らばった土が動き出し空中に小さな幾つもの固まりとなって固定される。

 

 ハートの怪人が跳び、それに続いて双子がジャンプする。空を泳ぐように三つの影は空を飛び、脚力の足りない双子は空中に固定された土の足場でもう一度踏み込んで跳躍する。

 

 しばらくそれを見守り、怪人の聴覚にも察知されない距離まで待った後、大きく息を吐き出す。

 若干の疲れはあるが問題ない。

 ただ気になったのは先程怪人達が向かったのは()()()()がある方向だったと言うことだ。

 

「嫌な予感しかねぇ……」

 

「うん、そうだね。軍事基地は使い物にならなくなった、そう思っても良いだろう」

 

 どうする? 追うか? 

 いや、無理だ気付かれる。

 それにあのハートの怪人は何故か双子よりも双子の魔法に熟知していたように思える。

 先程の魔法と魔法の組み合わせなど魔法の詳細を知っていなければ不可能だ。

()()()とかいう奴が伝えたか? 

 

 わからない、断言はしてはいけないだろう。

 

「なぁ、あの呪術はどういうものか分かるか? じゃないな、言えるか?」

 

「感情をキーに、一定のラインを越えると次の段階へ進む。最後のラインを踏み越えると意識が朦朧とし、正常な判断が出来なくなる……までは私として推測できる」

 

 トリップ状態……という奴なのか? 

 苦しみから逃れるためにとか麻薬か何かかアイツの呪術は……

 手帳を取り出して、今あったことを書き始める。

 

「ハクが特別扱いされていた、その理由は?」

 

「んー、少なくともあの双子よりも強いという理由があるのは確かだね」

 

「うみとちこについて情報を流していたアイツについては?」

 

「今のところは見当もつかないが……どういう手段か人間のグループに紛れている様だ、だが人間であるか怪人であるかはわからない」

 

「それは、そうだな」

 

 何度か操られている人間や、そうでなくとも怪人に従っていた奴らを思い出す。

 

「最後に、『空』の魔法使いをこの場に連れてきた場合……あのハートの怪人に勝てると思うか?」

 

 一抹の希望を持ってヘクスの方へ振り向く。

 だがヘクスは首を横に振る。

 

「多分、勝てない。彼女は今、途轍もなく消耗している。様々な要因を排除し、戦える場を整えたとしても……ハートの怪人、ジョイは『空』との戦い方を知っている。今戦えば勝率はかなり低いだろう」

 

 戦い方を、知ってる? 

 何処かで見ていた、もしくはこれまでで戦った事があるのか。

 疑問は尽きない、そもそも怪人とは魔法使いとは何なのか。

 

 今考えても無駄か、ヘクスもその事を言えるのなら初めに言っているだろう。

 では、次は双子が何処にいたのかを調べる事にしよう。

 

 俺は拳銃をこめかみに押し当てた。



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魔法使い達4

 夜のビル街をバイクで駆ける。

 あの後六回ほど繰り返し、双子の魔法使いがどの方向から来たのか、怪人がどの方向から飛んできたのかを確めた。

 やはり時間のズレはあっても1分程度、場所に関しては全てあそこだった。

 あと何十周か確めてから次に進みたかったのだが、一度……最後の一周で怪人にバレて足を一つ持っていかれ、死にかけたのでこれ以上は意味も薄く危険であるとヘクスに告げられ進むことにした。事実、ヘクスが何かしてくれたお陰で片足一つ程度で済んだのだから弁明の余地もない、あれは即死もあり得たのだから。

 あの剣の怪人、常に周囲に警戒を張り巡らせているのか異常な程勘が良かった気を付けないといけない。

 

 そして、これから初めて双子の魔法使いに接触を図る。

 何度が観察を繰り返している内に、何となくだが性格も掴めた。

 うみがおとなしく見えて激情家、挑発に乗りやすいがそれは情の深さと比例しているようだ。

 ちこの方は口数は少なく冷静、うみが何時も前に出ているから分かりにくいが周りをよく見ているようで、話をするのならこっちにするべきだろう。

 

 うみとちこ、接触するのなら……難しいだろうが一対一でしたい。

 いくつか考えはあるが……一先ずは状況を見てからになるだろう。

 

 双子が居ると思われるエリアまで後少し、僅かな時間が出来た。

 近くを浮遊しているヘクスに少し前から、抱いている小さな疑問を投げ掛ける。

 

「そういえば、ふと思ったんだが……ハクやうみ、ちこの親というか家族は何処にいるんだ?」

 

「どうしてそんなことを思ったんだい?」

 

「いや、あの感じだと怪人側は魔法使いを殺す為なら手段を選ばないような奴等な気がしてな……言っちゃあれだが家族を人質に取るのが魔法使いにとって致命的なんじゃないかってな」

 

「成る程ねぇ……」

 

「あぁ、魔法使いも数いる訳じゃないみたいだし……それにだ、ハクの様子からして家族への心配というのが無かったような気がしたんだ」

 

「そうか、そう違和感を感じたか……よし、ムーヴ君。君の懸念点だけを解決する要所だけ伝えよう。魔法使いの家族を人質に取られたり、狙われたりする事はあり得ない。今回みたいな『空』と双子のような、魔法使いが人質にとられるというような状況は除外してね」

 

「あり得ない?」

 

 その言い方じゃまるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも取れるんだが。

 んー、いや一先ずそっちの心配をしなくて良いという事だけを理解しておこう。それだけ分かれば充分だ。

 

 話が終わり、次に何を聞くべきかを考えようとした時。正面少し先の空にほんの少しの違和感を数秒だけ感じた。

 

「ヘクス、あれって」

 

「あぁ……見つかったようだね」

 

 冷や汗が流れる。

 あの規模の範囲を飲み込む魔法を使って探索をしているのは不味くないか? 

 現に中に入っていない俺からも分かる程だ。いくら暗闇で見えにくいと言っても怪人が気付かない筈がない。

 バイクを一旦側に止めて、既に画面がひび割れているスマホから時刻を確認、アプリから地図を出して現在位置とあのビル、軍事基地の位置関係を考えて……成る程、そういうルートで進んでいたのか。

 手帳に軽くその位置情報と時刻を記入してどう動くかを考える。

 

 周囲を探っているのはうみ、魔法は一定の間隔で展開している。

 話が出来そうなのはちこ、探知魔法の有無は不明でヘクスに聞いたとしてもこの時間軸では見ていないので答えられないだろう。

 取り敢えずは使っていないと考える。

 

 こっちの使える手は俺とバイク、そしてボアダムと拳銃そしてグレネード。

 流石にこんな夜中にグレネード程の音を出してしまえば怪人に気付かれる可能性が高いだろう。音を出来るだけ抑えた拳銃なら……わからない、セーフかもしれないがあまり使いたい手段ではない。

 

「ムーヴ君」

 

「何だ?」

 

「私も動ける、死ぬのが確定しているのは無理だがそれ以外なら手伝えるよ。なんなら距離制限内なら別行動だってしても良い」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「私だけで運命に大きく干渉しなければ問題はないだろう。無理そうなら無理と先に言うから安心してほしい」

 

「いや、それもあるが……」

 

 ヘクスを危険な目にあわせて良いのか? そんな指示をして良いのか? 

 いや、駄目だ。それは駄目だ。

 何となくだが、俺の手でそれをしてしまえば……()()()()()()()()()そんな気がして止まない。

 自分でも理解している訳じゃない、どうしてか俺が今()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヘクス、気持ちは助かるが───」

 

「なんだいその目は、君は私が使えない存在だと思っているんじゃないか?」

 

「違う、そうじゃない」

 

「じゃあどうして断ろうとしたんだい」

 

「それは……」

 

 言えない。

 自分でも理解できない何かが俺の言葉を、思考を止めている。

 それでもなんとか絞り出すように声を出す。

 

「ヘクス、君が死んだら……俺も死ぬんだろ? ならリスクは……そう、リスクは出来るだけ避けた方が良い……そうだろ?」

 

 喋りながら考え、どうにか絞り出し言葉を作る。

 嘘ではない、嘘ではないが真実でもない。

 逸らしてしまいそうになる視線を我慢してヘクスの目に固定する。

 

「…………っ」

 

 ヘクスは何故か苦虫を噛み潰したような表情で何かを思案している様だった。

 何が引っ掛かったのかはわからないが、今しかないと思い妥協点を作る。

 

「だから……そうだな、ヘクスが俺よりも強いし頭も良いのは分かっているがそれでも不足の事態というのはある。だからヘクスには普段潜んでもらっていて、ヤバそうな時俺が自殺する時間を稼いで貰う……ていうのが一番だと思うんだが、どうだろうか」

 

 実状的にも、心情的もこれが一番問題ない手段であると俺は考えている。

 何せ戦闘の手段が無いと明言しているヘクスだ、逃げる手段があったとしても、俺が近くに居たとしても、別行動して何かあった場合俺じゃ助けることは出来ない。

 俺が自殺する以外で死んだ場合終わりなのだ。……言葉にするのも思考するのも嫌悪感があるがヘクスが死んでしまった場合そこで終わりになる。自殺して逃げれる俺とは違う。

 

 うん、そういうことなら問題はない。

 

「そう、か……そうなるか。分かった、すまない困らせてしまったね」

 

 何かを思案している様子だったヘクスも何とか納得してくれた。

 しかし、何故急にそんなことを言い出したのだろうか。確かにヘクスに手伝って貰い、人手が二人分となった場合取れる手段は大きく増えるし、試行(自害)回数も減るだろう。

 だがそれだけだ。

 この段階ではまだ俺は詰んでいない。行き詰まりなど感じていない。

 確かに俺一人で何百と繰り返しこれは無理だと俺とヘクス双方で感じたならばそれを考える必要が出るかもしれない。

 だけどそれは今じゃない筈だ。

 俺達の目的は魔法使いの救出、最終目標はあの名前も知らない紫髪の魔法使いを救うこと。

 

 それだけの筈だ。

 

 思考に沈む俺は再び発現した『カイイキ』によって身体を包まれた事で意識を戻す。

 

「とにかく……双子に接触する。いけそうなら()()の方に、無理そうなら二人が一緒に居る時に」

 

「あぁ、問題ないだろう」

 

 お墨付きも貰った所で、俺は魔法が解除されてからバイクを動かして魔法が発現したその中心部らしき所に向かった。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 街灯の光と月明かりが照らすビルが建ち並ぶ街中で、二人の幼い少女が()()()()()()()()()()()()()()

 うん、訳が分からん。

 

「足が動いていないように見えるんだがどうやってるんだ……?」

 

 俺達は今、彼女達の進行ルートを予測しその先にあるビルの一フロアで隠れながら双子の様子を伺っていた。

 何故わざわざそうしたかと言うと、あの魔法に引っ掛かった時直ぐにあの二人が俺から離れたような動きを見せたからだ。

 多分同じくバイクで移動している贄沼と勘違いしたのだろうが、その時の速度が思ったよりも早かったので追いかけるのは無理だと判断した。

 

 直ぐにルートを計算し、先回りして待機しているのが今に至る。あのバイクに迫る程の移動方法は乱発できないみたいで要所要所だけで使っているみたいなので何とか先回りできた。

 

 結構あのハートの怪人が待ち受けているビルに近づいてしまった為に音は極力出さないようにしたい。

 

「……止まったな、また魔法を使う気か? バイクぐらいの移動だと気付かれるがこの距離なら歩いて向かえるか」

 

「『大地』のあの移動魔法は結構身体に負担をかけていそうだからね。休憩を挟むと同時に索敵しているんだろう」

 

 ヘクスの解説を聞きながらビルの階段を駆け下りる。

 

「あれ、どういう魔法なんだ?」

 

「地面をさながら動く歩道(平面エスカレーター)のように動かして、そして足を土で固定しているんだろう。かなりの力業だよ」

 

「……風圧とかはどうしてるんだ?」

 

「ノーガードか、または何かしらで防御しているか、だね」

 

「ノーガードで進む脳筋であって欲しくはないかなぁ」

 

 ビルから出る直前くらいに『カイイキ』の発現を確認。動きをゆっくりとし、探知に掛からないようにしながらも双子の居る方向へ進み、見つけた。

 

 そこは大通りの交差点、車も人も通らないその大きく寂しい十字路に二人は居た。

 

 うみとちこはそこそこの距離を離れて休憩している様だ。

 というかあれは……警戒している? のだろうか。

 視線をそれぞれ別の方向へ向けながら座っている。

 

 さて、『カイイキ』は使われていないが他の魔法は使われている可能性がある。

 周囲を観察する。

 特におかしいものは見えない……少なくとも俺には、だが。

 

「ヘクス、何か魔法が使われた形跡とか分かるか?」

 

 分からないことは聞くことに限る。

 そういうことでヘクスに尋ねる。

 ヘクスは俺の問いに対して殆どノータイムで足元を指差した。

 

「下だ、不自然に土を被っている箇所が幾つか見えるだろう」

 

 暗闇を目を凝らして観察する。

 ……確かに植木がある所から溢れたようにも見える土が何ヵ所か見える、様な気がする。

 

「……分かりにくいみたいだね」

 

「うっ……いや、この暗闇だと仕方無くないか? 魔法と言うからにはハクやうみと同じくなんか、こう変な気配……オーラ? みたいなものも見えないし」

 

「込められている魔力がかなり微量だからね、魔力を感知出来る者も集中しなければ気付けないだろう」

 

 なら一応魔力は込められているのか……

 じっとその土を見て何かを感じれないかを期待するが……無理か。

 

 どうするか……

 一応考えはあるが成功するか怪しいからな、いや多分かなり低いだろう。

 

()()()()()()どうせ()()()()

 ここに来るまでのルートは確立できた。

 即死するような攻撃は飛んで来ないだろうし、失敗しても即敵対という訳じゃない。

 

 俺は考えを実行に移すべく、周囲に散らばる土の小さな固まりとも言うべき物がありその上で考える条件に合いそうな場所を探した。



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魔法使い達5

 二十四時間営業のコンビニエンスストアから漏れる光を避けて、街灯や月明かりが当たりにくい暗闇の中を歩く。

 足音を殺し───物音がする装備は全て置いて来た───周囲を警戒しているちこの背後を取る為に足を進める。

 ヘクスにはちこやうみが攻撃の意思を向けてきた場合俺が逃げるのを補助する為に姿を現してくれている。本人には言っていないが、初見でヘクスを見た場合の魔法使いの反応が知りたい、というのもある。

 

 前回のハクの反応が()()()()()()()()()()()()()()それとも()()()()()()()()()()()()()()()()が知りたい。

 ヘクス……というより魔女という存在、それを端から見た場合の反応が知りたい。

 ハクの対応からして即敵対、ということは無いと思うが……これからの組み立てにはその個人が示す正確な反応が必要になる。

 無論、ヘクス側の反応も。

 

 闇から闇へ、影から影へ、息を殺し音を消す。

 怪人に肉薄するために使っていた技術を魔法使いへと近付くために使う。

 

 警報装置(大地の魔法)に触れないようにヘクスがサポートしてくれたこともあり、無事に気付かれずに土の魔法使いの背後、その物陰へと移動した。

 うみからも視線は通っていない、絶妙な位置取り。距離からして大きな声を出さなければうみには気付かれないだろう。まぁ、気付かれてもそれ程問題ではないが。

 

 息を整えて、予め手帳を破き、ハクが居る場所と『叫ばず静かに声のする方へ振り向け』と書いておいた紙切れを丸め、中に小石を積めたものを投げる。二重の保険、叫ばずの部分は最悪無視されても良い。住所に興味を示せば万々歳だ。

 

 コン、と軽い音が小さく響き、ちこがそれに気付く。

 ちこは周囲を確認しながらゆっくりと近付いていき、拾って読んだ。

 

「っ!」

 

 では、始めよう。

 

「初めまして、『大地』の魔法使い」

 

「……っ、誰?」

 

 第一関門である初手攻撃は無かった、セーフ。

 

「俺達に敵意も、危害を加える気も無い。話をしたいだけだ」

 

 両手を上げて、ちこだけに見えるように位置取りを変える。

 背俺の背後、触れるような距離にヘクスが居る。

 当然ちこからヘクスは見える、ちことヘクスの一挙手一投足すら見逃さない聞き逃さないように集中力を振り分ける。

 

「怪人……違う、魔法使いでもない……何も感じない? そんな生き物が居るわけが……」

 

 小さく溢したちこの言葉を拾い上げる。

 俺の事……ではなさそうだ、僅かだが視線はヘクスに向いている様に見える。

 

 警戒心が高まっている様な気配。

 気にはなるが気付かないふりをしてこちらの用件を伝えよう。

 

「君達が探している『空』はその場所に居る」

 

「……は?」

 

 ピクリと身体を動かすがそれだけ、こちらを拘束するかどうか迷っているのだろうか。ヘクスは何も言わない、なら大丈夫だろう。

 

「無事かどうかは……君達が自分の目で見ると良いだろう」

 

 最低限、伝えることは伝えた。

 後はちこがどう動くかでこちらの動き方が変わってくる。

 うみを呼ぶ? 俺が嘘を付いたと考え俺を拘束する? はたまた攻撃してくるか。

 

 だが予想に反し、ちこは頭を悩まして深く考え込んでいる。

 

「ハク姉さんは怪人に捕まったって……」

 

「……」

 

 やはり、どこからか誤った情報を教えられていたようだ。

 いや、俺の介入が無かった運命(ルート)の場合ならそれは正しいことになるのか。

 しかし、それを知ることは殆ど不可能な筈だ。

 軍は殆ど機能停止しているし、こうなれば警察機構も良くて半壊と言ったところだろう。言っては悪いがまだ重要性も分かっていないであろう少女を監視するような事が出来る余裕がある筈無い。

 偶然それを見ていたとしても、だ……それを知ることが出来てそれをその知り合いに話すなんて確率どれ程低いのだろうか。

 

 全てを知っている存在を除いて、だが。

 

 更に言葉を重ねようとして、ヘクスが少しだけ前に出た。

 

「別に信じても信じなくても良い。何ならその場所に案内しても良い。ただ私達は事実を言っているだけだからね……だから私達を捕らえてどうこうなんて考えない方が良いよ?」

 

 ヘクスが小さく「下だ」と呟いた。

 何かあるのだろうと、目線だけを下に向けると……先程まで無かった土が足元近くまで近付いてきていた。

 成る程、喋って時間稼ぎをしている間に足元を固めようとしていたのか。

 別に驚きも怒りもない、むしろ当然だという気持ちと関心が心の底から沸き上がる。

 

 だからこそ……気付いていたと、外見を装いながら小さく笑ってやる。

 誤魔化しやはったりで迂闊に攻撃できない、という警戒心を植え付けれるのならいくらでもやろう、ちょっと手を下されるだけで何も出来なくなるのだから。

 

「やっぱり……怪人?」

 

「そう見えるか?」

 

「見えない、けど……」

 

 ちこの視線がヘクスの方へ向く。

 やはり、魔女という存在はイレギュラーなのか、判断が仕切れていないようだ。

 

 これで大体の反応は分かったな。

 だが、聞いておきたいことがある。

 

「君達は誰から『空』の魔法使いが捕らえられたと聞いたんだ?」

 

「……基地に居た親切な人から」

 

「親切?」

 

「落とした携帯を拾ってくれた」

 

「男か、女か?」

 

「言う必要は無い、少なくともハク姉さんの無事が確かか確かめるまで」

 

「そうか」

 

 基地内部に居たという情報だけで充分か。

 これ以上はうみにも怪しまれるだろう、この場から早々に撤退しよう。

 

「君達がどうするか決めるのは自由だが……決断は早くした方が良い」

 

「……それはどういう───」

 

「俺が何を言っても信じるに値しないだろう」

 

 ヘクスが俺の背中に腕を回す。それと同時に俺の身体が軽くなり、普通では考えられない跳躍で闇夜の路地裏に飛び込む。

 

「待ってっ! 『ツチクレ』!」

 

「ちこ!?」

 

 周囲に集まっていた魔法の土が一斉に飛び込んでくるが、予想済みだ。

 ここは原始的な手段で身を隠す。即ち……ゴミ箱の中に、だ。

 

 通じるわけがない、必ずバレる。

 そう思ってしまうのは当然で俺も半信半疑だが……大丈夫だと思う根拠がある。

 

 予め中身を抜いておいたそこそこの大きさのゴミ箱(ジャンボペール)の中に飛び込み、すばやく音を立てすぎないように蓋を閉める。動きの補佐をしてくれているヘクスも一緒にだ。

 次の瞬間、周囲に軽い何かが勢い良く当たる音……ちこの魔法であるだろうものとうみの『カイイキ』が展開される。

 

 そして数秒、数十秒立ってもこのゴミ箱の蓋を開けられる気配はない。つまり、賭けには勝った。

 

 俺はちこの『大地』の探知魔法は、必ず土に触れないと反応しないとふんでいた。つまり、そこにあるのが不自然では無いもので中に入れるものでありその上で土が中に侵入しない程度に密封されていればバレないと考えた。

 うみの魔法は俺とヘクスにとっては動かなければ問題はないからバレる心配はない。

 

 そして双子にとってもあれ程意味深なムーブをした俺達を深追いなどしないだろう。何時もならやるとしても今はハクを探すという重要な目的がある。

 

 とまぁ、予測は立てたもののその通りになる確率の方が低いだろうから自殺の準備は完璧にしていたのだが……使わなくて良かった。

 

 余裕を持って『カイイキ』が解除された後更に3分程待ち、完全に気配が無くなったと判断しゴミ箱(ジャンペール)から出る。

 

「ふぅ……当たり前だが、ちょっと臭かったね」

 

 直ぐにヘクスが浮かび上がり、そのローブに付いた汚れを払っていく。

 

「悪かったな、あそこからここまで一足で来るには俺の素の力じゃ間に合わないからな……助かったが嫌だと言ってくれれば他の手段でも考えたぞ?」

 

「嫌ではないよ、ムーヴ君が魔法使いを助けるための手助けだからね。それよりも……早く追わなくて良いのかい?」

 

 そうなんだが……俺はあまり不快感とかを感じなかったから気を付けないとな、これからも手助けして貰う機会は増えるだろうし。

 

 音を立てないように気を付けながらバイクを停めている場所まで何事もなく戻り、空を見渡す。

『カイイキ』を使っているなら直ぐに場所を確認できるんだが……再度使われた様な形跡は見えない。

 手帳を開いて今あった事を書きなぐりながら思考を回す。

 

「遠くで使われていたら見えないが……今までの使用感覚からして……移動ルートは……」

 

「何か分かりそうかい?」

 

 ヘクスが興味深そうに手帳を覗いてくる。

 大体方針が決まったので説明する事にしよう。

 

「間違ってたらあれなんだが……あの双子はおそらくハクの居場所に移動していると思う」

 

「根拠は?」

 

 有るんだろう? と言うように空中に浮かびながら器用に頬杖をつくヘクスを見上げる。

 試行回数が少なすぎる、断定して良い情報はあのジョイ(ハートの怪人)が居るビル周辺の出来事、あの時間しか無い。

 だがたった一回でも情報は情報だ。

 まずはそこから移動ルートと地図から予測される場所を考え休憩地点を推理した。

 そして『カイイキ』の効果範囲からして、俺の話を無視して進んだ場合、ここから見える筈。

 だがそれは見えなかった。

 当然、俺が干渉した事により移動ルートが変わった可能性も残るが……ヘクスが言っていた運命、というものの干渉があり、それを振りほどけていないのならば、あの双子はあのビルに向かうことになる筈だ。

 ここからビルに向かい、あの時間に着くとしたらこのルートしかない。

 

 と、言うことで双子はハクの元に向かった可能性が高いと言うことをヘクスに話す。

 

「ふむ、そうだね……的外れではないし可能性は高そうだ」

 

「じゃあ今からバイクで向こうに向かおう。近くのビルに路駐してその屋上から監視する感じで」

 

「隠し扉を見付けられない可能性はどうするんだい?」

 

「うみの魔法は魔法使いを探知できるんだろう? なら近くに行けば分かるし地下なら……ちこがどうにかしそうではある」

 

 取り敢えず移動しないことには始まらないのでバイクにまたがり、来た道を戻った。

 



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魔法使い達6

『ずっと思っていることが幾つかある。いや、引っ掛かっていると言った方が正しいか。

 その内の一つが魔法少女とは何なのか、怪人とは何なのか、何処から来たのか、魔法少女と怪人はこの状況になる前から俺達の知らないところで戦っていたのかというもの。

 空成ハクの言動から怪人に関しての知識は有り、戦闘経験もあるように見えた。あの二人、うみとちこのあの未熟とも言えるような魔法の使い方、迂闊な行動がそれを更に浮き上がらせている。経験値が違う……というのが一番しっくり来る例えになる。

 ただ単に穿ち過ぎかもしれないが気になったのでヘクスに聞いたところ「思い出した記憶が多いのだろうね」とお答えをいただいた。

 思い出した? 魔法使いたちは何かを忘れているのか? 

 それ以上は言わないと断られたので一旦推測は置いておく。

 

 次に怪人、怪人は呪力とかいう訳のわからん力と呪術とかいう反則臭い力を使う。

 精神に干渉するものが殆どで、それらは全てその怪人固有の能力だと思われるが詳細は不明。

 唯一例外的に石投げの呪術だけは共通して使用可能か───』

 

「無事あの二人は地下室への道を見つけたようだね」

 

 ヘクスの声に顔を上げ、手帳の見直しと新たな記入をいったん中断する。

 今現在俺たちはハクの眠る地下室のあるビルの正面に位置するテナントビルの最上階……ではなくその一つ下にある何かの事務所から様子を見ている。今から10分ほど前に双子があのビルに入って行った。それを追いかけた場合どうしても逃げ切れないし、何かあればそれを直ぐに把握できる場所に居たかったこともありこの場所を選んだ。今のところ怪人が近づいて居てくる気配もないし静かなものだが……ヘクスには何故か双子が地下室への扉を見つけたのが分かったみたいだ。

 今は怪人の姿は見えないが、近くに来ている事も一応考慮して声を最小限まで絞ってヘクスに問いかける。

 

「どうしてそんなことがわかるんだ」

 

「なに、簡単な事……といっても魔力が感じ取れないムーヴ君では分からないか。魔力が少し揺らいだからね、何か大きな発見をしたと考えるのが妥当だと思ったんだ。もしかしたら『空」の魔法使いを見つけたのかもね」

 

「魔力が、揺らぐ……」

 

「魔法使い等にとって魔力は人間にとっての血液みたいなものだ、興奮すれば血の巡りが強くなるのと同じで魔法使いが強い感情を持てば魔力の流れに乱れが生じるんだよ」

 

「……魔力が感じ取れる、っていうのはそういうのも全部わかるのか? たとえ直接見てなくても、近くに居たらそれだけでそんな風にわかるものなのか?」

 

「んー……そうだねぇ、何を懸念しているかは分からないけれど、見てもいない相手の魔力、そしてその流れを感知できるのは私……と、私の知る限りは後一人くらいしかできないだろうから安心すると良い。その後一人も魔法使いだし、今はここに来ることはないだろうからね」

 

「そうか」

 

 話を切り上げて、何時でも拳銃を取り出せるように意識しながらじっとビルの出入り口を見つめる。

 果たして無事に出てくるのか、もしくはあの地下室で一晩を過ごすのか。

 現在の時刻は2340、もうそろそろ日付が変わろうとしている。

 そして……もうすぐで双子が完全に怪人の手に堕ちた時刻となる。警戒をしていて損はない。

 音が聞こえるように少しだけ開けた窓からは、今も風の音しか聞こえない。

 

 このまま何事もなく朝になる事を祈りながら、出来るだけ音を立てない様に潜伏する。

 十分、二十分……ビルの中からは人が出てこず、周囲から誰かが近づいて来るような気配もない。少し前に日付変更線は越え、もしかしたら大丈夫なんじゃないかという期待がほんの少し顔を出しそうになった瞬間だった。ヘクスが俺の耳元で小さく囁いた。

 

「来たよ」

 

 原理は分からない。俺には聞こえもせず、見えもしない。ましてや魔力なんてものを感じ取れない俺には何も分からない。

 だがヘクスが忠告してくれたその事実だけで俺の肉体が程よい緊張状態を迎え、安心しかけていた全神経が覚醒する。

 

 次の瞬間、頭上から小さな音が聞こえた。

 その音が何か理解するよりも早く、息を殺し、できうる限りの気配を消した。そして少し遅れて怪人がこの建物の屋上に降り立ったのだと理解した。この状況、人間はおろか鳥もいないこの町に突如屋上に降り立てる存在を俺はそれ以外に知らない。

 視線だけを動かしてヘクスを見てみれば、既に姿を消していた。気づかなかったが、俺に忠告した時にはもう姿を消していたのかもしれない。

 

「ここか」

 

 僅かに開いた窓から風と共に音が入り込む。ハートの怪人の声……? 

 続いてトンッ、という軽い音と風切り音、一瞬月明りが遮られたと思ったら下の方から僅かな着地音が聞こえた。

 ぶわっと冷汗と脂汗が混ざり合った気持ちの悪い感触が全身に吹き上がる。ほんの少し、あの怪人が飛び降り中に後ろを気にしたりしていたら終わっていた。

 当然今までそんな事は何度もあったが、肉体の生理現象は抑えられない、全身に気持ち悪さを感じ、息を荒らげそうになるがそちらは何とか抑えきる。音を立てればそれこそ終わってしまう。

 

 地面に降り立ったハートの怪人は周囲を見渡す。俺はハートの怪人が体を動かそうとした時点で体を隠した。

 ハートの怪人が何をしているか気にはなるが今はまだリスクを冒す場面ではない。

 音だけだが警戒と情報収集は怠らず、思考を回す。

 

 先ほど「ここか」と聞こえたのは聞き間違いじゃない筈、だとするとハートの怪人は……やはり双子の居場所を何らかの手段で認識しているようだ。だがそれはリアルタイムで認識している訳では無いのかもしれない。ここに来るまで結構な時間があったからな、ただ単純にあの呪術を設置したあの場所を捨てがたかっただけかもしれないが……

 音が聞こえない。風の音だけしか聞こえない。ハートの怪人が移動したかどうか、周囲を見渡すのをやめたかどうかの確信が取れない。

 ……何でだ? 何でハートの怪人は周囲を見渡す必要がある? 

 何らかの手段で位置を特定しているのならその場に直行しても良い筈だし、分からなくなったのならもう一度確認すればいいだろう。なぜなら魔法使いからしたらハートの怪人が自分の位置を知られているなんて夢にも思わないだろう。常に位置を把握されているとか悪夢か? 怖すぎる。

 

 今の状況、今ある情報か推理するのなら……双子の位置を確認する手段は呪術で、この距離で使えば逆に位置を知らせることに成るから……もしくは今確認できない、か? 

 最後に確認した時もある程度の位置情報くらいしかなくて、だから正確な場所を図り損ねている……のかもしれない。

 

 確定情報じゃない、思考の隅に置いておく。だが決して忘れない様に、必要な時何時でも引っ張り出せるようにしておく。双子の位置が特定される謎の判断材料なのは間違いない。

 

 様子を窺いたい欲を押さえて隠密に徹していると、耳元でヘクスの声に囁かれる。

 

「備えてっ」

 

 急を要するのか焦りが滲んだその声に反射的に従って、音を立てず腰を落とし壁に体を押し付け固定する。

 それから一瞬遅れて強烈な、地震と見間違うような振動と耳がつぶれたかと思うような爆砕音が全身に叩きつけられる。

 備えてはいたつもりだったが予想の上を行く衝撃にしたたかに腰を打ち付けたがどうにか手をついて転ぶことだけは防ぐが……振動に耐えられなかった窓ガラスが砕けたのか甲高い音共に全身に破片が降り注ぐ。

 

 一体、何が…? 

 疑問には思ったが窓から覗くのはNGだろう、見られているかもしれない。

 まだ微量な揺れは継続している、ヘクスは……空中に浮いているから大丈夫だとは思うが怪我はないだろうか。

 

 現状の確認も満足にできないまま全身を撫でるような感触の後、何度も味わった空気がまとわりつく感触『カイイキ』だ。

 あぶりだされた? 

 何の根拠もない直感的な考えだったが間違いではないだろう。『カイイキ』は使用者を中心として球場に広がっていく、何の力もない俺の視界でもそう捉えられるのだ怪人が分からないわけがない。

 

 こうなっては身を徹底して隠す意味も薄いか。

 音を立てない様に慎重に徹しながらゆっくりと体を立ち上がらせていく。体中がチクチクするが気にしている余裕はない、今の振動で砕け散った随分と風通しの良くなった窓枠から外を覗く。

 

 ……見て後悔した。

 あの怪人、地面に何か叩き付けでもしたのかクレーターが出来てやがる。舗装されたアスファルトはめくりあがり、地面に走るひび割れは二つ隣のビル前まで伸びている。バカげたパワーだ。

 ハートの怪人は何でもない様に三人が居るビルに視線を向けている……丁度俺に背を向けている形になる。

 ふわりと、背中に気配を感じる。おそらくヘクスだろう、姿を消しながら後ろに浮かんでいると思われる。

 

「あの怪人ジョイは地面に強烈な踏み込み……確か震脚と言われる技術だったか、それを使って周囲の建物内に居るであろう魔法使いに揺さぶりを掛けたみたいだね」

 

 片手で口元覆い声が出来るだけ響かない様にしてヘクスに返事をする。

 

「しん、きゃく……? それでこんなことに成るのか?」

 

「事実なってるだろう? あのジョイとかいう怪人は物好き……いや、真面目なんだろうねぇ」

 

「……真面目かどうかなんてどうでもいいが、どうなると思う?」

 

 このまま双子と損耗したソラがあの怪人と戦えば勝てるのか、という意味合いを込めた問いにヘクスの声色は難色を示しめしていた。

 

「難しい……だろう」

 

「二人掛かりでも?」

 

「『空』が万全なら三人が勝つだろう」

 

「それって二人じゃ無理ってことだよな……」

 

 ヘクスの返事は無い……つまりヘクスの見立てでは、そう言う事なのだろう。

 拳銃の安全装置を外す、薄く、深く呼吸して覚悟を決める。

 無理かどうかは見てから決めよう。今回、怪人がこの場に現れた時点で巻き戻しはほぼほぼ確定したような物だけどな。

 

 じっと怪人の動向を見守る。

 あのゴァとかいうやつのような傲慢さは無い。魔法少女に傷つけられた明確な弱点も無い。化け物のくせに人間の武術のようなものを操り、怪人の理外の膂力をより効率的に運用してくる。その破壊力は目の前のクレーターからよくわかる。直撃は以ての外、粉砕された破片ですら命を容易に奪う……って考えてみればゴァの時と一緒じゃないか、過剰火力だ。そこまでされなくても人間は死ぬ。

 じゃあ何で武術を収めた……? 魔法使いを倒すため……まぁ、納得できるが……誰に教えてもらった? こんな独学、か? 

 

 状況が動いた。今は置いておくべきだ。

 

「待ちくたびれたぞ」

 

 ハートの怪人ジョイの足元から土があふれて盛り上がる。ジョイは予備動作も無しに背後にステップを踏んでそれを回避し、盛り上がった土が変形し形成された拳が迫りそれを一挙動で粉砕し————その陰から飛来した()()()風の塊がジョイに直撃した。

 

 吹き飛ばされたジョイが俺たちの居るビルの一階に激突し、建物がわずかに揺れる。今僅かにだが吹き飛ぶ速度が遅く見えたのはこの『カイイキ』のこの空気のせいだろう、衝撃が逃がしにくく体に染み渡る。

 

 ビルの入り口から三人が出てくる。空気の塊を放ったであろうハクは遠目から見るだけでも体調が悪そうで、双子はジョイが目の前に居るのにも関わらず時折心配そうに視線を向けている。

 先制攻撃には成功したが、それで仕留めたとは全く思っていないのだろうハクが手に空気を集めているのを見てから双子はそれぞれの構えを取る。

 

「やはり、ゴァは最低限の仕事をしていてくれたように見える……」

 

 痛みを感じている様には見えないジョイの声。

 この場所からジョイの姿は見えないが……想像通り、大きな傷を負ったという事はないだろう。

 

「『空』も今はこの程度、残りの二人も……問題はなさそうだ。半殺しにしてから連れて行けばプランの変更も必要はない」

 

 ジョイの弾むような声が音の無いビル街に反響する。

 

「ハク姉さん……!」

 

「ハク姉、こいついつもの怪物と違う……」

 

 双子の少し不安げな声に鼓舞するように『空』の魔法使いハクが答えた。

 

「大丈夫、いつも通りやれば勝てるわ」

 

「う、うん!」

 

「……分かった」

 

 三人の魔法使いたちが三者三様の魔法を放った。

 



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魔法使い達7

 三者三様、魔力が見えない俺からしてみれば何をしているのか全く分からない魔法が次々と詠唱される。

 

「『ツチクレ』『カラツチ』『ツチガコイ』」

 

「『カイリュウ』……『ウミナリ』!」

 

「───」

 

 ちこの周囲から大量の土が溢れ出す。

 うみが細かくステップを刻みながら背後へ下がる。

 ハクは……何かを呟いているみたいだがここでは聞き取れない。

 

 うみが産み出したと思われる水面のように光を反射する半透明の何かの塊が上から下へ、右から左へと流れジョイの動きを制限しているように見える。

 ジョイは煩わしそうにそれに触れないように動くと同時に三人との距離を詰めようとしたのか足に力を込めたのかコンクリがひび割れた。

 魔法使いと怪人の距離は目測で十数メートルしかない。怪人の怪力を以てひと息でゼロになるだろう距離。

 

 だが相対するは魔法使い。年若く、普通の感性を持つ少女だが振るうのは理外の力である魔法。

 

 ジョイが動き出す刹那の合間に異変が起きた。

 ジョイの進行方向、真っ正面に土の機雷とも言うべき塊が幾つも浮き上がった。ちこの周囲に湧き出した土が幾つか浮かんで出来上がったように見えるが……あれは一体? 

 俺には分からないが、それを見たジョイは正面に突き進むのを止めて真横に移動した。

 

 相変わらず馬鹿げた膂力だ。踏み出した場所と着地した場所のコンクリがめくり上がる。

 足を地面にめり込ませたジョイの右手が三人目掛けて突きだされた。脳裏にトラウマの様な形で深く刻み込まれた光景が甦る。石投げの呪術。

 

 冷や汗が頬を垂れる。

 いつの間にか無意識に拳銃を強く握り締めていた。

 一瞬逡巡してしまった。身を乗り出して身体を晒し、銃をあの怪人に突き付けるべきか。何度も何度も考えたあの馬鹿げた思考が頭を過る。出ても意味はない、無駄でありむしろ足を引っ張ることになる。そんな正論な思考が俺を押し留めている。

 だからこそ一手分の囮になるよりも有効的な命の使い方を考える。

 

 あの石投げの呪術を一度見たハクが居るとはいえ、そのハクはかなり調子が悪そうだ。最悪の想定をし、拳銃を自分の顎もとに突き付ける。

 

 ジョイから石投げの呪術が放たれる。高速の指弾、怪人の力から放たれた物だと考えたとしても速すぎるその速度で魔法使い達に迫る。

 

 うみとちこは反応できていない。ただ眼を開いて驚く事しかできていない。

 ここまでか? あれがこの場所に直撃すれば俺の居る場所も無事にはすまないだろうな、と冷静な思考が頭を過る。

 引き金を引くのはもう間に合わない。あの飛び石は俺の指先よりも速く着弾するだろう。

 衝撃に身構える俺の目に、双子の魔法使いの前に立ち塞がる為に躍り出たハクの姿が見えた。

 

「───故に我空より出でて空に還る者成、『空絶』」

 

 全てが砕けて散る様な粉砕音が静寂の夜を切り裂いて響いた。

 ただの余波にも関わらず吹き飛ばされ俺の体は宙を舞う。

 全身で備え付けられたデスクに背中が叩き付けられ、鈍い痛みで息が止まりそうになる。

 動かない、動けないではなく動かない。

 たっぷり数秒何も起きないことを確認してから音を立てないように身体を起こした。

 慎重に周囲を見渡して、出来る限りの声を押さえて呼び掛ける。

 

「無事か?」

 

 返答はなく、代わりに優しく頬を撫でられる。

 無事なら良かった、何かの拍子に怪我されたと思うと気が気でない。

 

 様々な物が散乱する地面を気をつけて歩き、ゆっくりと窓から外を見下ろす。

 

 ────っ、これは思ったよりも……威力が高い? 

 

 半壊していた道路だったが、今のでもう完全に破壊され尽くしている。三人が居た付近は土煙が酷くまだ完全に視認は出来ないがこれは……

 

 身を乗り出して探したい気持ちを押し殺し視線をジョイへ向ける。

 生け捕りにするのが目的だと思っていたが違うのか? 

 目の前の惨状に驚いた様子は無い。計算通りなのか? 

 ジョイに大きな動きはない。逆に言うと警戒は解いていないという事でもある。

 

 一際大きな風が吹き、土煙が晴れる。

 

 結論から言うと三人は健在だった。

 ハクが形成した魔法だろう、三人の居る場所を包むように半ドーム状に形成された何かの膜。それがあの怪人からの攻撃を防いだのだろう。

 確か『空絶』、 と言ったか。ハクの魔法の中でも強力なものだったのだろうこの魔法、『クウヘキ』なら防ぎきれて無かったであろうあの威力の投石呪術を完全に防いだこの魔法の代償は……大きかったようだ。

 

 魔法が解ける。

 膜が空気にほどけて消えていく。同時に三人の姿が鮮明に見えるようになっていく。

 尻餅をついて漠然としているうみとちこ、そして両手を地面に付き、激しく息を切らしたハクの姿があった。

 

 ハク達の立つ地面に一切の損害は無い。双子も、その前に立つハクにも目に見える怪我は見受けられない事から完全に防ぎきったというのは疑いようはない。

 ならば何故膝を付き息を切らしているのか……魔力切れ、という事になるのだろう。合計二回、その内一つは大技の様だったがそれだけで……

 

 ジョイがゆっくりと距離を詰め始める。

 ハクは立ち上がれない。

 双子がようやく立ち直り、立ち上がる。

 

「まさかアレを防げる程の魔力を、空間の断絶を可能とする魔法をまだ捻り出せるとは」

 

 ジョイは称賛とも取れる言葉をハクへ向けるがハクはそれに応えることは出来ない。

 ハクはもう戦えない。それを理解したうみとちこが動いた。

 

「惜しむべくはそれを防御に転用してしまったことか、『海』と『大地』を守るためとはいえど非効率だな」

 

「近寄らせるか! 『カイバク』!」

 

「止まれ……っ! 『チガタメ』」

 

「慣れない術の最大行使は疲れるのでな、終わらせて貰うぞ」

 

 うみの周囲に変化が起き、魔力の込められた空気が生き物のように動いてジョイへと迫る、が……全てを最小の動きで躱され、足を止める事すら出来ない……ジョイの足が止まった? 

 気のせいでなければだが、ジョイの足元が不意に沈んだように見えた。

 

「うみ!」

 

「うん! これで……『カイアツ』!」

 

 動きを僅かに止めたジョイの周囲に、躱されて漂っていた、海』の魔法で作られた複数の魔力の塊が次々と襲いかかる。

 ジョイは勢い良く、沈んだ足を巻き付く土ごと引き抜き、そのまま迫るうみの魔法へとその足を叩き付けた。

 

「───何?」

 

 それは目を疑う光景だった。

『海』の魔法が砕け散ること無く、それどころかジョイの足を包み込んで圧迫している様に見える。

 何故? どうして? 

 今までジョイが手間もかけず破壊していった『大地』の魔法を見てきたからか余計にそう思ってしまう。

 

「っぅ……! ここまでやってギリッギリッとか!」

 

「ハク姉さんは大丈夫! やって!」

 

「分かってるわよ! ───」

 

 うみは余裕がない声をあげ、突き出した片手をもう片方の手で支えるようにしている。

 そのまま突き出した方の手を握り締めると、残りの『海』魔力の塊も次々とジョイへと殺到しジョイを包み込んでいく。

 ジョイは片足を取られた体勢のまま両腕をクロスさせ身体を丸め、防御体勢のようなものを取ると愉快そうに呟く。

 

体勢崩し(『チガタメ』)での不完全な動作に加えて空気中の()埃での軽減、成る程これくらいの機転は利くか。それにこの違和感は……成る程成る程これは……」

 

 続くジョイの言葉は顔の部分まで『海』の魔力に包まれる事で遮られる。ジョイはそのまま巨大な一つの水球に包まれたようになった。

 

「────潰れて弾けて消えろっ! 『ダイカイアッカイ』!」

 

「『ツチガマ』」

 

 うみが突き出した腕とそれを支えていた腕の構えを解き、両腕を広げて勢い良く手を叩き、ちこが放った魔法はちこが抱えるハクごと三人を地面から盛り上がった土が包み込む。

 

 嫌な予感がしたがもう遅すぎた。

 

 巨大な水球が中心のジョイに目掛けて収縮、否圧縮される。

 ビキ、ビキリと耳を塞ぎたくなるような不快な音を立ててどんどんと小さくなっていく。

 ギチギチと不安になるような音を立てながらそして、ついにそれは……限界を迎え爆発した。

 

 まず、何かが弾けた音が聞こえた。それは軽く、風船が破裂したような音だった。

 同時に全身に痛みが走った。全身が何か鋭いものに貫かれたかのような痛みだ、不思議と衝撃は感じなかった。

 何が起きたか理解できないまま、痛みで倒れそうになる身体を踏ん張って耐えて状況の把握を優先させる。

 だが、どうやら不運なことに何かが目に入ったらしい。左目が真っ暗で、何をどうやっても視力が回復しない。

 仕方ない、しばらくは片目でどうにかするしかない。

 

 視線を窓の外に向けながら手探りで身体の状態を確認していく。

 ふと、痛みが強い場所、右腕に手をやると固い何かが手に当たった。どうやら身体に何かが刺さっているみたいだ。

 痛いのは痛いが死ぬ程ではない。掴んだそれを一息に抜き出す。

 激痛が走り、声が漏れそうになるのを唇を噛んで耐える。

 じんわりと染みだしてきた流血が服を赤く染めていく。

 震える視界でそれを見る。

 

 ……氷? 

 

 それはガラスの破片のような形状をした氷だった。

 冷たくない氷。やがて手の上で溶け出したそれは、冷たくない以外は紛れもなく氷と同じ性質を兼ね備えていた。

 どろり

 そんな感触が頬を伝う。

 

 いや、まさか……そんな偶然があるわけ……

 

 恐る恐る伸ばした手を、視界が消えた片目へと当てる。

 ……鋭利な物が刺さっている。

 

「運悪すぎだろ」

 

 思わず漏れた悪態も仕方ないだろう。

 確かに警戒はできてなかったが目に刺さるか? 普通。

 どんな確率だ。

 

 まぁ刺さったもんは仕方ない。左目は諦めよう。

 

 生き残った右目を動かして外の様子を探る。

 

 そこには俺が食らったような氷の破片が至るところに散らばり、それを土の壁で防いだであろう三人の魔法使いの姿と、全身がひび割れ、ボロボロになり、所々が凍りつきながらも確かな足取りで歩みを進めるジョイの姿があった。

 

 無防備を晒しているように見えるジョイを何故追撃しないかと疑問に思い視線を双子に集中させる。

 片目になったからか観察が難しくなった。視界が狭くなったこともそうだが単樹に焦点を合わせられなくなった分1ヵ所に集中しにくくなっている。

 どくんどくんと無駄にはね上がる心臓と流れ出る血液も鬱陶しい。

 たっぷり数秒かけて状況を把握した。

 

 成る程、さっきの魔法はかなりの大技だったようだ。

 うみが息を切らして倒れている。心なしか顔色も大分悪い。

 ちこは戦うべきか、全員つれて逃げるべきか迷っているのか視線が右往左往している。

 ハクは……あれは大丈夫か? ピクリともせず完全に気を失っている様に見えるが……

 

 ジョイはダメージを受けているが損耗しているようには見えない。その足取りに不安な点はない。

 

 ちこがようやく決意を固めた。

 片手をジョイへと向けて、もう片方の手を地面に当てる。

 戦うのか? それとも何か策があるのかは分からない。

 ジョイが足を止めた。

 

「魔力を過剰に込めることで詠唱魔法一歩手前の威力を再現したのは素晴らしい。だがこれまでの消耗も考えず、仕留めきれなかった時の事も考えず後先放り投げたのは減点だ。まぁ、惜しかったのは確かか、あの魔法を知らなければ致命傷を負っていただろうからな……とするとプラスマイナスゼロ、といったところか」

 

 ジョイは顎に手をやり、何かを見定めているように見える。そして、その頭部に当たる部分が動き、それは何となくだがニヤリと嗤ったような気がした。

 

「どうする、『大地』の魔法使い」

 

「どう、する……?」

 

「このまま貴様等を仕留め、『空』は殺し『海』と貴様は人形にし遊ぶのも良いと思うのだが……」

 

 ちこが身構える。

 ちこの周囲に複数の土の塊が浮かぶが……正直言って心許ない数だ。

 

「命だけなら、助けてやっても良いと思っている。条件があるがな」

 

「……?」

 

 ジョイが大袈裟に手を広げ天を仰いだ。全身にひび割れが走りながらも唯一傷一つ無い胸部にあるハートマークがいやに目に付く。

 

「私に従え。『海』と貴様の二人で私の命令に従い戦え。術式に嵌めてしまうのは簡単だがそれでは面白くない、私は貴様等の意志で望まぬ戦いを繰り広げられるのが見たいのだ」

 

「そんなの、従うわけ……っ!」

 

「ふむ、ならば殺すしかないな?」

 

「……っ」

 

 ちこが手を振るう。『ツチクレ』だろう魔法がいくつもジョイに襲いかかるがその全てを迎撃、または回避された。

 

 ジョイがただの一歩でちことの距離も詰めきる。

 目の前に立たれたちこはそれでも戦う意志を捨てずに抵抗しようとするが……その首をジョイに掴まれた。

 

「声が出せねば簡易詠唱もできまい?」

 

「……かっ! かはっ」

 

 ちこの苦しげな声が聞こえる。

 ……行くべきか? 幸いジョイの体は傷付き、ひび割れている。()()()()()()、弾丸が通るかもしれない。

 だが、可能性としてそもそも弾丸に当たってくれないだろう。不意打ちならともかくといったところだが……この距離は拳銃を必中させられる距離ではない。逆にスナイパーライフル(ボアダム)には近すぎる。

 前のゴァは瀕死だったからこそ、正面からでもどうにか当てることができた。

 その点さっきの動きからしてジョイにはまだ余力があるだろう。

 更に、だ……俺は今片目を損失している。たとえ絶好の射撃タイミングだとしても命中させられる自信がない。視界を半分失うと言うのはそれまでの経験の全てに補正が必要になるということだ。

 

 静かな夜に、ジョイの声が嫌でも耳に入り込む。

 

「どれを選んでも後悔はするだろう。だが、私の命令に従っている間は『空』を殺さない置いてやろう」

 

「っ!?」

 

「これは破格な条件だぞ? 魔核を抜くのは決定事項だがその後の魔法使いの運命は悲惨に尽きる。それを回避させてやろうというのだからな……私としては『空』を玩具に楽しんだ後、ペットのエサにしてやると言うのも中々に楽しみな案ではあるのだが……」

 

 どうする?

 そう問いかけるジョイの声は愉悦に満ちていた。



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魔法使い達8

 何秒そうしていただろうか、ジョイは息ができずに苦しむちこからのリアクションを待っている。

 ちこは必死にジョイの腕を掴んだり殴ったりしているが……効果は無さそうで、むしろ皮膚が裂けて血が流れて自らの手を痛める結果に終わっている。

 ジョイはその様子をじっと眺めていたが、段々と抵抗が弱くなっていくちこから唐突に目を離して空を見た。

 

「時間切れだな」

 

 そう聞こえた次の瞬間、風切り音と共に一つの影が現れた。いや影ではない、あの姿は剣の怪人(ギア)か。

 何か大きな物を片手に持っているようで、それを引き釣りながらジョイへとゆっくり足を進めている。

 

「終わったか?」

 

「いや、もうすぐ……と言ったところかな。それよりもギアこそそいつは何だ? 死にかけのようだが」

 

 死にかけ……

 暗くて確証は持てないが……あいつか? あの双子を止めようとして追いかけてきた軍人。

 名前は……何だったか。思い出せな……いやそうだ贄沼、贄沼だ。この時間帯にこの街に居る人物で爆音が鳴っていたのに、今回だけ来なかった事を考えみるに間違ってはいないだろう。

 

 だが何でここに連れてこられた? 

 そもそも何故剣の怪人が、ギアがここに来た? 

 ズキズキ所ではない位に痛み出した眼球に幾らか意識を取られて集中できない。

 

「この区域内をバイクで走り回っていた様でな、例の男かと思い捕縛した」

 

「殺さなかったのか?」

 

「聞きたいことがあるからな、それに……余計な力を振るえば疲れる。呪力の温存も必要だろう。ジョイ殿は……」

 

「言わなくていい、理解している置いておけ。ところで聞きたい話とやらは聞けたのか? それとも今からか? だがその様子だと……」

 

「ハズレ、だった。だがジョイ殿なら有効活用出来ると思い連れてきた次第だ」

 

 ギアが推定贄沼の体を投げた。

 贄沼らしき影は月光の良く当たる場所に落ちて、小さく呻き声を上げる。顔は……認識できない。バイクのヘルメットを着けたままで、バイザーは酷く破損しているが、それ自体が影になっている。だが服装から確定で良いだろう。

 

 ジョイは手を離し、支えを失ってちこは落ちた。酸欠だろうか、意識が朦朧とした様子でろくに動かず地面へと崩れるちこを無視して言葉を放つ。

 

「ギア、こいつは私にとってのアタリだ」

 

「それは良かった」

 

「余計な真似をされては面倒だな、意識のある『海』を寝かしつけといてくれ」

 

「『空』は?」

 

「分かってるだろう? 魔法の過剰行使で既に意識はない。詠唱魔法に加えてもう一度使ったのが致命的だったようだな」

 

 ギアがゆっくりとうみに近づいていく。

 うみの目の前で足を止めて

 目だけで睨み付けるうみへ向けて足を上げた。

 

「かはぁっ……やめっ」

 

 ちこの声

 

 止められない。

 

 肉を踏む低く鈍い音が響く。

 

 なにも出来ない。

 

「あっ……」

 

 踏み抜かれ、動かなくなった自らの片割れに何を思うのだろう。それを見てちこの見えない位置で少々不満げにだが深く頷いたジョイは何を考えているのだろう。

 うみを踏みつけた姿勢のまま、ギアが顔だけをちこへと向けた。

 

「殺してはいない。利用価値があるからな」

 

 その言葉の通り、うみの体は怪人に踏みつけられたのにも関わらずちぎれ飛ばず五体満足のままだった。

 肉体の強さをある程度コントロールしている? もしくは……

 

 ジョイの鼻で嗤ったような声で意識を戻す。

 

「ゴァの奴も貴様くらい肉体を重視していれればな」

 

「ジョイ殿」

 

「分かっている……さて」

 

 ジョイが唖然とうみを見詰めるちこへしゃがみこみ頭を掴んだ。

 コンクリートを簡単に破壊できるパワーを持った怪人の手に頭を掴まれるということは何時殺されてもおかしくないという事。

 それに気付いたのだろうちこの体が、ここからでも分かるくらいに確かに揺れた。

 

「見ての通り私は貴様に対し最大限の譲歩をしている。見えるか? ……ふむ、体が動かないのなら手伝ってやろう」

 

 ジョイは頭を掴んだ手で、無理矢理ちこの視線を贄沼へと向けさせる。

 痛みからか、ちこから小さくない悲鳴が漏れる。

 

 ジョイは関せずに話を続ける。

 

「先程時間切れと言ったな? 言葉通り、もう私には遊んでいる時間が余り無い。抵抗は考えない方がいい、ギアが来たことで万一の勝機も消え失せた。そんなことよりも前を見ろ、何が見える? わざわざ明るい場所に投げ捨ててくれたのだ、良く見えるだろう? 愚かな男の末路が」

 

「……っ」

 

「おぉ! 無視されるものだと思っていたぞ! これは嬉しい誤算だ。たった1日過ごしただけの存在に何かを思ったのか?」

 

 ジョイのわざとらしい声が耳に障る。

 心臓が早く、熱く、黒く高鳴る。

 この感情は敗れた魔法使いに向けたものではなく、また怪人に向けたものではない。

 ただ身を焦がす熱が体を巡っている。

 

 銃口は自らを示している。

 何時でも終わらせられるように。

 

「……その人は、関係無いでしょう」

 

 掠れきったようなちこの声。未だに息切れはしているがどうやら意識はハッキリとしているようだ。

 ジョイは明確な反応を示したちこにひどくご機嫌な様子で嗤っている。

 

「関係無い、関係無いか! そんなわけ無いだろう! クハハハハ!! 全人類関係が無い奴など存在しないわッ!」

 

 何を言っている? どういう意味だ。

 

「ジョイ殿っ! 何時まで遊んでいるつもりだ」

 

「これが笑わずにいられるものかッ! ギア! そいつを起こせ、話をさせろ! きっともっと愉快になるぞ!」

 

「分かっているのか? 今おれ達は……」

 

「分かっているとも……どのみち必要な過程なのだ、成功すれば手に入れられる魔核が増えるかもしれんぞ?」

 

「……了承した、但し手短に済ませてくれ」

 

 ジョイの狂笑が終わる。

 ちこはジョイを睨み付けながらも時折意識の無い贄沼へと視線を送っている。

 

 ギアは心底面倒そうに、いや何かを気にしている……? 

 その様子のまま、トドメをささないよう贄沼を叩き起こした。

 

「がぁっっ!?」

 

 いや、そこそこ雑に起こされたようだ。

 血を吐くような声と共に贄沼が目を覚ます。

 

「なん、だよ……イッテェ、なァ……」

 

 だが様子がおかしい。怪人に囲まれているのにそれに気付いた様子がない。取り乱さない。

 

「クーゴ……」

 

「んだぁ? そこにいるのかちこ、わりぃな……何でか前が見えにくくてな……姉貴とやらは見付かったのか?」

 

 周りの異常に気付けない。

 怪人達も何を考えているのか音を立てず、不気味に見守っている。

 

 不気味な雰囲気の中、会話は続く。

 

「……見付かったよ」

 

「そりゃ結構だ、こっちは情けないことにお前ら追っ掛けていつの間にか気を失ってたわ……だっさい事に運転ミスっちまったか。ちょっと痛みも半端ねぇし救助を呼びに行ってくれないか?」

 

「それ、は……」

 

「…………どうした? 何か様子が───オイ、他に誰が居る?」

 

 贄沼が周囲の異常に気付いた。

 ギアが即座に剣を抜き、音も無く奇麗な動作で贄沼の首に刃を当てた。

 

「誰だ」

 

 ギアは無言、いや……視線の動きからジョイが話し出すのを待ってるのか。

 ちこが何かを伝えようとするのをジョイが手で口を多い封じ、視線を贄沼へと向ける。

 

「初めまして、名も知れぬ男。唐突で申し訳なく思うのだが……貴様と魔法使い等の命は私が握っていると理解して話を聞いていて欲しい」

 

「何だこの声……人じゃない? いや、そんなことよりも魔法使い等? 待ってくれよ状況が飲み込めねぇよ」

 

「待たない、必要性を感じない。私は今、ここで貴様等を始末……しても良いと考えている。だが『海』と『大地』──おおっと、貴様には双子と言った方が良いか? その二人が私の想定を少し上回っていてな、もしかすれば私達の目的に届き得るかもしれんと思い協力、をして貰いたいのだが……貴様からも言ってはくれんか?」

 

 空白は数秒、少し息を整えた贄沼が言葉を返す。おどけた口調で、体を捩り、首に食い込む刃を気にせずに、出来る限り体を起こそうとする。

 

「待て、待てって……こっちは気絶からの病み上がりなんだよ。魔法使いやら命を握られてるやら何やら言われても頭が回らねぇよ」

 

 刃が食い込んだ首からの出血がヤバくなる前にギアが剣を少しずつずらして行く。贄沼はその状況のまま体を何とか動かしてうずくまる体勢にまで体を持っていった。腹部が痛むのかそれとも別の理由か右手で腹の部分を押さえて左手を地面に付く事で体を支えている。

 かく言う俺も流血が止まらず足元にでかい血溜まりが出来てきた。

 

「止まれ」

 

「っ」

 

「道化のふりは止めろ、何をする気かは知らんが理解出来ないふりは見苦しい……それに」

 

 ジョイの言葉の途中でギアが動く。

 ギリギリ目に追える速度で首筋に当てていた剣を動かして反転させて真下……贄沼の足を容赦なく貫いた。

 舞う鮮血。

 ただでさえ血の気が少なそうな贄沼の体が悲鳴をあげることも出来ずに横たわる。

 

「止めて!」

 

「ならば私達に協力すると誓え」

 

「……っ」

 

「やれやれ……これは善意だぞ? そこの男だからぼろ雑巾で済んでいるが……貴様の姉貴分はあの程度では済まされん。確実にこの世の生き地獄を味わうことになるだろうな? 何せ、獣はともかくゴァを殺したのだ」

 

 それは違うだろ。

 

「あなた達が殺しに来たのでしょうっ!」

 

「感情の問題ではなく補充の問題なのだが……っと止めておこう」

 

 不自然に言葉を切った? 違和感がある。

 考えが纏まるよりも先にギアがジョイへと言葉を放つ。

 

「まだなのか?」

 

「駄目だ、釣れん。まだだ」

 

「時間はないぞ」

 

「粘ることも必要だとも」

 

「……払いにも限界がある。最後だ」

 

 それだけを言い残しギアはまた視線を贄沼へと向ける。一足一挙の全てを見逃さないと言った風だ。

 

「ギアも釣れれば良いな?」

 

 寒気がする。

 不意に視界が狭まった気がした。

 体もふらつく。この体の限界が近い。

 

 ちこは揺れている。その感情の動きは遠目から見る俺からでも充分に分かった。

 元々ハクが人質に捕られた時点で詰みだったのだろう。贄沼はその決断を早めただけに過ぎない。

 

「聞いたか? これが最後だ、最後の勧誘だ。安心しろ、どちらに選ぶにしても貴様と片割れの命だけは保証してやるとも。男は死に、『空』は魔核を抜いた後玩具にして殺す。それだけの事だ」

 

「わ、わたしは…………」

 

 膝の力が抜けていく、立っているのも限界に近い。どっちかと言うと意識の問題か? 気合だけで意識を持たせる。

 

「貴様が思うがままにしろ、どうせ後一週間もすれば──中が墜ちる。貴様等はなるがままやりたいように動い、世界を──してきたのだろう? なら───」

 

 視界の脱落が酷い。

 耳も余り聞こえなくなってきた。

 ヤバそうな事を言っているがどうにも頭が回らない。

 

「そうか、それは良かった」

 

 っ! 聞き逃した? いや、意識が飛んでた!? 

 

 ちこは何て答えた? もう一周するか? ここまで理想的な状況を再現できるか? 

 様々な思考が脳裏を過る。心なしか冷たい血液が全身を巡る。意識が少しだけ明瞭になる。

 

「この男も不憫な──、人の──を被った──に命をかけるとは」

 

 重要な部分だけ聞こえねぇ! わざとかよ!? 

 

 思わず身を乗り出して窓から覗いて、次の瞬間自らの焦りと頭の回らなさに絶望した。

 

「釣れた」

 

「そうか、そこそこ重大な情報をぶちまけた甲斐、はあったな」

 

 目があった。確信があった。

 絶不調を下方向に突き抜けた体調でも魂にまで染み付いた動作は淀み無い。右手に握る銃を顎に突き付け、左手を後ろ手に回し両足で思い切り後ろに飛ぶ。

 

 ギアが剣を投げた。寸分違わず俺を狙った剣は俺が後ろに飛び切るよりも早く襲来し───回避できな 死 終

 

 首もとを掴まれた感触と共に後ろに飛ぶ速度が上がった。

 済んでのところ、鼻先を削ぎ落とされながらも剣を回避、空振りに終わった剣は天井を破壊しもう一つ上のフロアまで突き刺さる。

 ヘクスに内心礼を言いながら引き金を引こうとするが今の衝撃で銃口が自らを外している。瞬時に修正、自らへと銃口を向けた時、ギアと再度目があった。ギアがこのフロアまで飛び上がって来ていた。

 剣を失ったとしても怪人は俺の事を虫けらのように殺せるだろう。

 

 だが、この状況なら俺の方が早い。

 

 銃口を自らに突き付けて自害しようとしている俺に視線を向け、それを理解したギアが叫んだ。

 

「やはり()()()()()()かッ!!」

 

 困惑よりも先に引き金を引く。

 何時もの顔の骨が砕け散る感覚、死の感覚。

 意識が消え失せ、世界が巻き戻る寸前こ死にきるまでに最後まで活動していた聴覚機関が音を拾った

 

「使い魔よ、次はないと思え」

 

 世界が巻き戻る。



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魔法使い達9

 薄暗い部屋にカツカツと硬質的な音が響く。

 既に何時間経過したか分からない、足元に散乱している紙は今もなお紙に文字を書き続けている男であるムーヴがこの風俗店からかき集めてきたものだ。

 世界が巻き戻ってすぐにムーヴは繰り返して情報の収集を始めるのではなくて情報の整理を始めた。

 今も地下室へと繋がる扉がある部屋で机に座り紙に文字を書き連ね続けている。

 その後ろ姿をヘクスは目を瞑り、喋る事無く見つめていた。珍しく宙に浮かぶこともせず、地べたに腰を下ろしている。

 ムーヴはヘクスへと何度目かの質問をする。

 

「本当に、魔法使いの魔力を回復させる手段はないんだよな?」

 

「あるにはあるが、現実的では無いと伝えておこう」

 

「一応聞いておきたいんだけどどんな方法だ?」

 

「……魔法使いそれぞれ別個に存在するからね、私では『空』に対応する手段を思いつけない」

 

「そうか……」

 

 ムーヴはまた一枚紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。

 幾度と行われた行動、いつも使っていた手帳を時折見直しながらムーヴは時間をたっぷり使って策を組み立てていく。

 ムーヴは既に「近くに居たのがバレていた理由」と「うみとちこを洗脳ではない手段で支配しようとした」こと、「詠唱魔法」「うみとちこを追跡出来た理由」について質問を終えている。それぞれ返答として「おそらく経験則と勘」「想像は出来るが重要ではない」「自らの存在を思い出す術」「呪力魔力共に使われた形跡がない」と答えられている。

 自らの存在を思い出す術、についてはそれ以上は答えないと事前に質問を止められた。

 答えられない、答えないという返答は今までにもあった。ムーヴはそれにただ頷いて自らに出来る、分かる範囲から突破口を見つけ出そうともがく。

 

 また一枚、丸められた紙が宙を舞い地面に落ちる。それとほぼ同時にヘクスが自ら口を開いた。

 

「日付が変わった」

 

「…………分かった」

 

 ムーヴは手帳から目を離す事なく、短く静かに返事を返した。

 今の今まで巻き戻しから一秒たりとも動きを止めなかったムーヴが僅かに、一瞬だけ手を止めた。背中越しにヘクスが僅かに身を正したのを感じ取ったからだ。意識の何割かがヘクスへと割かれる。

 

「何かあったか?」

 

「……聞かないのか、と思ってね」

 

「気になった事は全部聞いているけど?」

 

 本気でそう思っている。ヘクスはムーヴの声の調子と態度からそう理解した。

 想定外に困惑する。

 ここで切り上げるべきかそれとも聞いておくべきか。

 ヘクスの思考が揺れる。

 

 ムーヴはそんなヘクスの様子をおかしいと思い、手を止めてゆっくりと振り向いた。

 ムーヴはそこで、巻き戻りから初めてヘクスの顔を正面から見た。困惑、迷い、不安のそれらが入り交じったような表情に驚愕する。

 

「えっ? どうしたんだ」

 

「何でもないよ、君がなにもないと言うのならね」

 

 今度はムーヴが困惑する番だった。

 ムーヴは必死に頭を動かして何か心当たりがないか記憶を探る。そして何となく、これかな? というものにたどり着いた。

 それは怪人が前の周の最後に放った言葉。

『垣根の上の者』『使い魔』

 その二つの単語に関してはヘクスに聞いていない。何となくヘクスに関わりのある事なんだろうという事と、その後に続いた「次は無い」という言葉。

 それに関してヘクスに聞くべきか否かというのはムーヴの頭の中にあった。

 

「最後に怪人が言ってた言葉か?」

 

「…………」

 

 無言の肯定。

 そう感じ取ったムーヴは席を立ち、ヘクスの隣へと腰を下ろした。

 

「何というか……質問とは違うんだけどちょっと良いか?」

 

 ヘクスの顔が向けられるのを確認してからムーヴは、言葉を続けた。その内容は怪人の言葉には触れないヘクスの予想の外から来たものだった。

 

「なぁ、今回の運命を……結末を変えたとして。あの紫髪の魔法使いが助かる可能性はどれくらいになる? 少なくとも確定では無くなるのか?」

 

 ふられた話は怪人の言葉ではなくもっと別、根本的な当初の目的。今の会話の流れからは関係の無い、だが大事な話なのだと、ムーヴのその疲れ果てた笑み、目だけが笑っていなかった。

 ヘクスは困惑を滲ませながらそっと自らの体験と知識、経験を組み合わせシミュレートしていく。紫髪の魔法使いの立場、どうしてああなったかの原因、能力を考え『空』の魔法使いが生き残った場合の影響力を計算する。

 そして結果が口に出そうとしたその時、どうしてそんなことを聞くのかという疑問が生まれ、直ぐにこれはムーヴがその事に関して聞く気がない、という意思表示だと考えた。

 だからそれ程気にする事無く、言葉選びだけに気を遣う。

 

「『空』が生きて双子が敵の手に墜ちないだけでかなり変わるだろう。敵が魔法使いだったからこそ手が出なかった魔法使いも居ただろうしね」

 

 ヘクスはようやくここで自らの様子がおかしかったことを自覚した。質問があればそれに答える。たとえ自身の真実にたどり着くような問いでも出来うる限り、解釈を交えたりもするが答える。そういう契約だ。

 いずれ来るであろう自らの真実を答える事に悩んでいた、その事実に内心で首をかしげながら体を宙にゆっくりと浮かせていく。そんなことは当初から想定の範囲内だったのに。

 

 宙に浮かんでいくヘクスを首を動かして追うムーヴ。

 

「なら……どうなる?」

 

「半々、と言ったところだろう。そこからは私の知らない、予想の着かない状況に陥る可能性がある」

 

「ヘクスの予想が着かない、か……そうなったらお手上げだな。俺程度じゃどうにもなら無さそうだ」

 

「いやいや、君は常に私の予想を裏切ってきてくれた。これからもそうあってくれるだろう?」

 

 ヘクスはにこりと笑う。薄い緑色の髪がやわらかに舞う。

 その表情には先程の不安などという感情は写し出されていなかった。

 それにひと安心したムーヴはヘクスを見上げた姿勢のまま困ったように笑う。

 

「期待されても困るんだが……そうか、やって来たことに意味はあるか、なら大丈夫か」

 

 ムーヴはひび割れたスマホを取り出してマップアプリを開けた。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 終わりは近い。

 前のハクを助けた時と比べて今回は試行錯誤出来る回数が少ない。というよりも少なくしなければならない。

 

 ハクを回復させる策……不可

 

 三人をどうにか逃げさせる策……追跡の方法にアタリは付いたが防げない。不可

 

 贄沼や他の軍人を集め戦闘補助……確実に死人が出る上それに動揺されてしまうのは不味い。そもそも効果があるかどうか。保留

 

 そもそも戦闘後数分すればギアが加勢に来るというのが酷すぎる。ギアは俺に対して過剰とも思えるくらいの警戒心を抱いているから下手に姿は出せない。

 ……呪力で守られているとか言っていたからもしかしたら、もしかしたら弾丸などで相手の呪力は削れるかもしれないな。身体能力の強化も呪力が関係しているようだ。

 しかし怪人の身体能力はそれを抜いたとしても余裕で死ねるから酷い話だ。

 

 戦力が……戦力が足りてない……っ! 

 

 ……やるしかないだろう。

 試行にはあと何十回か巻き戻しをしなければならない。たとえギアに感付かれたとしてもやらなければ最低限の確率すら残せない。

 どうせ最後には出たとこ勝負になるのが辛いところだな。

 

 扉を開けて外に出る。

 

 電波が生きていて本当に助かった。どこでも調べ物が出来るというのは利点が多すぎる。お陰で何十という回数のリスクを犯さずに済んだ。

 朝の9時までならば時間がある。ヘクスには姿を消して貰っている。幾つかの確認、そして必要な情報収集。全てをこなして、利用して……必ず。

 

 バイクに跨がる。

 ルートは頭に叩き込んだ、確認も済んだ、後は直接調べるだけ。自分の無能に腹が立つ。こうまでしなければ助けられない。ここまでしても助けられるかどうかの保証はない。

 全部だ、全部を利用するしか道はない。

 見えている駒、見えてない駒、見えている道筋、見えない道筋。

 利用して、騙して、備えてそれでも最後には運勝負。

 

 思わず笑ってしまいそうだ。

 

 落ち込むのは最期にしよう。それまで止まらず進み続ける。でないと指の先にすら掛けれない、運命に抗うというのはそういうことなのだろう。

 

 最初に目指すのは発電所、次に学校、最後に病院。

 

 願わくば

 願わくば……死後地獄に墜ちますように。

 



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魔法使い達10

 マガジンを綺麗に並べて立てる。

 ボアダムのマガジンが三つ、拳銃のマガジンが四つ。コンカッション式手榴弾が二つ。ナイフを直ぐに抜ける様に調整。

 ボアダムのマガジンをバッグへ、拳銃のマガジンを差し込み手榴弾をぶら下げる。

 持ち切れない予備の弾薬はバイクに積む。

 食料は要らない。必要とする前には全てが終わるだろう。

 使い終わった、もう必要の無いスマホを胸ポケットに入れてボタンでしっかりと蓋をする。

 事前準備は怠らず、仕込みは上々。やれることは全てやった。俺程度に出来るのはこの程度だろう。

 空間の揺らぎ、ただの勘。説明の出来ない感覚を元に視線を向けた先でヘクスが姿を表す。

 

「頼まれた事はやってきたよ」

 

「助かる、雑用を頼んだようで悪いな」

 

「いやいや、全くもって構わないさ」

 

 構わないと言いながらその視線に不満を帯びているように見えるのは気のせいか? 

 いや、何が気に入らないかは分かっている。今回の作戦の全貌をヘクスに話()()()()()からだ。

 それにも関わらず頼んだことは必ずやってくれる優しさには本当に頭が上がらない。

 信頼していない訳じゃない、信用していない訳じゃないんだ

 むしろ逆だからこそ言えない事もある。

 

 ギアに「次は無い」と宣告された時から既に百近くと繰り返している。

 検証は終わった。ローリスクで試せる範囲での予行演習も終えた。

 あの時考えた策が実現可能範囲内であることは立証できた。

 その上で、俺はヘクスに作戦の内容を伝えないことをヘクスに伝えた。

 当然ヘクスから疑問はあった。黙っていても意味はない、手助けが出来なくなるとは言われたが……そうした方が良いと判断した。

 この判断が正しいのか正しくないのかはまだ分からない。

 

「置き手紙にアラームの設定、他にも慌ただしくメールを送っていたみたいだけど……送れたのかい?」

 

「あぁ、()()()()()()()な」

 

「ふぅん……?」

 

「次に行こう」

 

 予定通りは素晴らしい。

 

「残す文面……あれで良かったのかい? あれだと何の事か分からないだろうに」

 

「それで良いんだ。起きた時点では分からなくても記憶に残ってれば分かるだろう」

 

 従業員用のスペースである部屋を通り過ぎて外への扉を目指す。逐一時間を確認して手帳に刻まれた予定と照らし合わせる。余裕はある、このまま双子との接触を図る積もりだったが少し小細工をしようか。

 バイクを拾いに行く途中、少しコンビニに寄って煙草三箱、ライター、包帯をニセットとテープ、そしてワイヤレスイヤホンを拝借。

 即座にイヤホンをスマホとペアリング、更にそこから包帯を一つ取り出して中身を手に取る。

 

「煙草……煙草ねぇ」

 

「何か不味かったか?」

 

「……いや、君にそこまでの意図はなさそうだし問題ないよ……それよりも」

 

 俺は首をかしげながらもポーチに物を詰めていく。そしてヘクスの次の言葉を待った。

 

「何をする気だい?」

 

「万が一上手く行った時の為の予防策、かな」

 

「普通逆じゃないか?」

 

 いや、上手く行かなかった場合なら逆に顔バレしても問題ない。巻き戻しをするか……死ぬかだ。

 歩きながら包帯を右手に持ち、顔面にぐるぐると巻き付けていく。

 二重、三重と巻き付けて口元と鼻、目と耳の部分だけを確保する。訓練中怪我した時などによく使っていたタイプの包帯で何となくでも結構簡単に巻き付けれた。

 完全に使いきり、包帯の最後をテープでまた何重にも止める。

 しっかりと止められているか確認していると、ヘクスが目が合った。完全に理解不能な事をしている変な奴を見る目だ。

 

「顔を隠すだけなら目出し帽とかでも良かったんじゃないか?」

 

 我慢できなかったのか口も出してきた。

 いや、気持ちは分かる。俺だってこんな変なことしたくない。

 

「近くにそれを売ってる店が無いんだよ」

 

「じゃあサングラスやらマスクやらで良かっただろう」

 

「無理だ、邪魔になる」

 

 最後の最期の詰め、幾ら考えて試して試算してもどうにもなら無かった部分で、その時にそれは致命的になると考えた。

 あの時の破片による負傷、目玉が貫かれたのはどうしようもないとしてその他の破片とかをある程度は防げるんじゃないかという考えもある。血とかも吸ってくれそうだし。

 

「こんなもんで良いだろう」

 

「……やっぱり聞きたいんだが、どうして顔を隠す必要がある? 前の周までそんなことは一回もしなかっただろう、どうして今回から必要なんだい」

 

 軍用ヘルメットを被り直し、しっかりと固定する。ずっと使ってきたバイクのメット代わりでもあり急所である頭部を守る頼もしい盾。

 

「発電所に学校、病院……最後には軍事基地も行ったねぇ。何をしているかは別行動してたから把握出来なかったけどね、あの時は顔を隠していなかっただろう」

 

 再度頭に作戦を入れ直す為に手帳を開きながら、言える範囲でヘクスの疑問を返す。

 

「ギアには顔を見られているだろう? 服装である程度のアタリは付けられるかもしれないが完全に顔を確認するまでは殺さず捕らえることを優先するかもしれない。軍用メットだし贄沼のように顔は隠れないからな」

 

「しかしだな、そんな顔を隠してますと言いふらす様な格好じゃ意味は無いんじゃないかい?」

 

 当然の返答。

 話している間にバイクの近くまで来れた。手帳を閉じて直ぐにエンジンをかける。

 

「だから先ずは……贄沼を回収しに行く」

 

「おっと、双子じゃないのかい?」

 

「双子はその後でも間に合う。贄沼の確保を優先したい。まぁ見ていてくれ、何の考えもなく何周もした訳じゃないんだ」

 

「……分かった」

 

 そう言うとヘクスは目を閉じて、姿を消さずに俺の背後に回り胴に手を回す。ニケツ状態なのに重量は増えたように感じない、つまりはふりなのだろう。

 信用してくれているのだろうか。ヘクスが姿を表している時間が増えたように感じる。

 同時に、死んでしまうのではないかと心配してくれているのだろうとも思う。だがそれに……ヘクス自身は含まれていない。

 

 バイクで無音の街を駆ける。

 特に三ヶ所、俺は何十周もかけて調べて結論を出した。

 前にも話をしたが運命とは確かに強制力だ。

 だが理由も何も無いような理不尽ではない。決められた偶然(イベント)の積み重ねと必然が組み合わさった結果的にどうしようもなくその結末(エンディング)にしか辿り着かないようになっている。

 この決められた偶然(イベント)というのが厄介でどうしようもない。

 何故なら本来その決められた偶然(イベント)とやらに登場できるのはその決められた人員だけで、それら全ての行動は固定されていると考えても良い。

 大きな力を持つものはそこに関わるという必然の元に巻き込まれ、運命に組み込まれる。

 どんな知識を持っていてもどうしようもない。それを前提に運命は形を作り上げられた後なのだ。

 

 そして……ヘクスもこれに組み込まれた。

 未来知識があるのにも関わらず何も出来なかったというのはそう言うことだ。

 なまじ影響力が有るばかりに必然として運命の流れに巻き込まれたのだと思う。

 魔女という存在が特殊な存在じゃ無いとは思えない。

 

 そして、そんな必然(登場人物)とそれによって起きる決められた偶然(イベント)

 

 そこ迄はヘクス自身も気が付いたのだろう。

 だからこそ……道端の石ころである(登場人物ではない)俺を選んだ。

 運命を変えられると睨んだ。

 その他にも理由はあるのかもしれないが俺には分からない。

 

 そこから三つ、俺は確信も持って結論を出した。

 先ず一つ言えるのは運命を変える───それを成し遂げるのは俺じゃなくても良い、ということ。名前を失えばだが他の誰でも出来るかもしれないということ。

 そして二つ目はヘクスは俺に────

 

 イヤホンから耳に響く着信音。

 直ぐにイヤホンを操作し通話モードに切り替える。

 

『お前は誰だ』

 

 開口一番敵意剥き出しの挨拶。

 送ったメールの文面が文面なので仕方ない。そうでもしないと反応を引き出せなかった。

 

「誰でも良いだろう、で……返答の方は?」

 

『……うみとちこがヤバイってのは本当か?』

 

「何もしなければ今日中に死ぬことになるだろうな」

 

 心がな。

 

『……で? 何をしろって言うんだ、俺に。というか───』

 

「あぁノイズが酷いだろう、直接会って話す。そこを動くな」

 

『はぁ?』

 

 有無を言わさず通話を終了させる。

 実際あと数分も要らない距離だ。

 再度着信音が鳴るが無視。これは贄沼がかけ直してきた物。

 

「鳴っているよ?」

 

 ヘクスのからかうような声。分かっているくせにからかってくるのでこちらも確認で返すとしよう

 

「分かってる、どうせ直ぐだし出ても無駄だろ。それよりも手筈通り頼むぞ?」

 

「分かっているとも」

 

 ヘクスが姿を消した。だが胴体に手を回されている感覚だけが残っている。

 

 二回ほど着信音が鳴り響いてようやく近くに居ることに気が付いたののか音が消える。バイクのエンジン音が聞こえたのだろう。

 更に走り街頭の下、ライフルを両手で持った贄沼の目の前でバイクを停止させる。

 

「マジで来やがった……てかなんだその面」

 

「気にするな、でだ。説明をするから良く聞いておけ、無理ならメモれ」

 

「待て、待てって……そもそもやるって言ってないだろ。まず話だけを聞かせろ」

 

 目線、俺の目……を見るふりして周囲の警戒。俺の動き、全体を見ている。意識を手元のライフルから放していないし変なことすれば撃たれる。

 だから贄沼を相手する時には警戒させないように前置きがいる。

 

「俺は魔法使いの敵ではない」

 

「言うことにかいて……テメェが送り付けてきた文面、どう見ても俺が従わなきゃ二人が死ぬって書いてあるんだが……脅迫にしか見えねぇぞ」

 

「事実だ」

 

「味方だ何だ抜かしておいて二人が危ねぇのが分かってて、お前自身は前に出ず俺に何かさせようって時点でもうお前の言葉は信用ならねぇよ」

 

 贄沼は疑り深い、そして良く考えるタイプだ。

 表面上チンピラみたいな発言をしているがそれで相手の言葉を引き出したり時間を稼ごうとしている、と思われる。

 だがそれに付き合う必要はない。彼の二人を心配する気持ちは本物だ。

 

 事前に紙に書いておいた、ハクが居る住所が書かれた紙を取り出して付き出す。

 そして贄沼の反応を待たず一方的に捲し立てる。

 

「うみとちこの姉貴分である空成ハクの居場所だ。ここにある雑居ビルの地下で保護していて現在は眠っている」

 

「何っ!?」

 

 スマホを取り出して一応の時間を確認する。

 

「そこに双子を連れていけ、合流させろ。今から言う場所に十五分以内にバイクで向かい降りて姿を隠せ。それで双子に会える」

 

「オイ! 待て! マジで待てッ!」

 

「双子が空成ハクと会えると確信した時点でまたメールを寄越せ、位置情報を送るからそこに向かってこい。その時点ではまだ魔法使いは助かっていない」

 

「分かった、分かったからこれだけは聞かせろ! 何でそんなこと知ってる!? 何故お前がやらない!」

 

 ようやく焦りを引き出せた。

 演技ではなく本当に考える時間を欲している。だが待たない。最低限だけ答える。

 

「俺じゃ無理だ。信用されない手間と時間が掛かる。だからお前を使うんだ贄沼宮護」

 

「……俺ならスムーズに二人に情報伝達、信用されるってか?」

 

「そうだ」

 

 間髪を入れない。自信を持ってはっきりと告げる事で信じさせる。

 

「俺はやることがある。お前はお前のやることを果たせ……頼む」

 

 バイクを発進させる。

 背後から贄沼の叫ぶ声が聞こえるが無視する。まだここはギアの探知範囲じゃ無いため問題はない。

 贄沼もぶつくさ言いながら行動してくれる。これで

 

 残り時間はまだ残ってる。

 

 俺はバイクで()()()を引き返していく。

 途中で何度かメールの着信があったが全部を無視。これは贄沼からのではなくその他の人達からのもの。反応してはいけない。どうせ罵詈雑言の嵐だ、心が折れる。

 道を半分くらい引き返したところでヘクスに確認を取る。

 

「首尾は?」

 

「完璧だよ、何回目だと思ってるんだい?」

 

「それでもミスはするだろ。俺はする」

 

 視界の端からにゅっと伸びた手の先に捕まれている手のひらよりも大きな筒状の物……贄沼のフラッシュバンである。

 初めて会った時から絶対に持ってるとふんでいた。前に怪人と捕まっていた時にごそごそしていたのも多分だが、これを出そうとしていたからだと思われる。

 軍事基地から来たんだ、怪人に通じるなら怪物にも通じるだろうし、指揮系統が崩壊した今、僅かでも通じる手段を持ち歩いて無い方がおかしい。

 ヘクスに頼んだのはこれだ。贄沼のフラッシュバンを回収してもらう。回収とは聞こえは良いが実際は盗みだ、贄沼の生存率を下げて俺が使う。屑の所業だ。

 

「変わらず2個もバイクに置いてあったよ」

 

「そうか、両方だと流石にバレるからな」

 

「1つでも普通に気付くと思うんだが……相当に焦っていたんだろうねぇ」

 

「当然だろ」

 

「ほう?」

 

「この状況になって命を救ってくれた恩人で保護対象、それらがヤバイっていう状況で現れた死ぬほど怪しい奴に渡された不明瞭な情報しか無いんだ」

 

 そんなの焦らないわけが無いんだよ。

 だから見落とすし気付いても気にする暇がない。

 適切な所で情報を切って時間制限を付けてやればもう何も見えなくなる使い古された詐欺の手段、だが有効だ。

 ヘクスは不思議そうに、だがある種の納得があったようで「そういうものか」と溢して話を終えた。

 フラッシュバンは今しばらく持っていて貰おう。どうせ直ぐに使うことになる。

 

 またあの場所に帰ってきた。

 最短最速で移動をした為にまだ双子も双子を追いかけるジョイも辿り着いていない。

 

「大体後十五分くらいか」

 

「それくらいの猶予だろうね、前と一緒ならだけど」

 

「余裕はないな……ヘクス」

 

 バイクから降りて名前を呼ぶ。

 彼女はふわりと柔らかく空を舞いながらビルの一つの窓を開けてカーテンに触れる。

 ほのかに発光したような錯覚。ヘクスがカーテンから手を離すとそれに付随するように糸がするすると抜けていく。

 それを確認してからナイフを抜き、手帳を開いて場所を確認する。

 

「アレだけは先にやるとして……出来る限りの事はしておきたい。ヘクス、頼む手伝ってくれ」

 

「任せてくれたまえ。今私はそれだけのために存在しているのだからね」

 

 ヘクスが引いてきた糸を指に絡めて、素早く作業に取り掛かる。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 これから誰がどう動き、何が起きるか。それを予め知れるというのは酷く有効的な事で、その上で自分の有利な事だけを仕込めるというのは破格の条件というよりもそれはもう残酷の域へと達する。

 それ程の利点を得ながら出来たのはほんの僅かな手助けと時間稼ぎ、そして簡単なアドバイス程度だった。

 

 無能である。無力である。無意味である。

 そして、無価値だ。

 

 そんなことは初めから分かっていた。運命に抗おうとする魔女に出会う前から分かっていた。

 それでも何か出来ると聞いた。命を散らすだけで助けられるという甘言に乗った。

 

 俺という人間は自分勝手で意気地無しで、自分の目的の為ならば人を騙すことも厭わない屑である。

 それでいて何の力もないのだから救いようもない。

 

 そんな俺に生きた意味をくれた彼女には感謝しかない。

 そんな俺に生きる意味をくれた彼女には謝恩の念に満ち溢れる。

 

 かなり前にはメールの着信が鳴り止んでいた。

 送ったメールに添付されたものを見て狂乱していた相手方も落ち着きを取り戻したのだろう。

 これで良い。これで条件は整った。

 

 ヘクスとは既に別行動をしている。万が一『空』『海』『大地』の三人の方でアクシデントがあった場合俺に伝えて来るように頼んだからだ。

 

 俺の()の場所を伝えて、その距離なら問題ないだろうと納得した。

 分かっていた事だが少々の恐怖を味わった。だがそれも過ぎた事だ。これで本当の意味でもう怖いものは無くなったのだから。

 

 ライターで煙草に火をつける。

 肺一杯に煙を吸い込んで、吐き出した。

 

 全く何時ぶりの煙草だろうか。

 体感ではもう一年は吸っていなかったような気がする。

 普通それくらい期間が空いたらむせるなりするだろうが俺のこの体にしたら1日2日ぶりのようで全く問題なく味を楽しめた。

 スマホの時計を確認する。時刻は2340。

 全ての、始まりと終わりまで残り二十分といったところか。

 吸い込んだ煙を今度は全身に吹き掛ける。何度も、何度も入念に吹き掛ける内に包帯や布に煙草の臭いが染み付いていく。

 煙草の1本が完全に吸い終わるくらいで今度は電話の着信がある。この電話番号を知っているのは一人だけ、贄沼だ。

 イヤホンを操作し応答する。

 

「メールじゃないんだな」

 

『…………一先ずは信じることにした、お前の話をじゃなくてお前を』

 

「それは良かった」

 

『あいつらからは一先ずは離れた。何処にいけば良い』

 

「位置情報を送る。直ぐに来てくれ」

 

 通話が切れる。

 直ぐに用意していたメールを送信する。

 

 あそこからここまでの距離は、回り道をしないといけないからバイクで五分と言ったところだろう。

 脳内でざっと計算を済ませた。ある程度の説明の時間は取れる筈だ。

 

 これでキーは揃った。後は廻るだけ。



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魔法使い達11

 バイクの音、贄沼のバイク。

 空を見上げる、ヘクスからの連絡は無し。予定通り。

 時間を確認する。予測通りの時刻、変化無し。

 次の煙草を取り出して火をつけふかす。完全に燃焼し始めた事を確認してからから近くのビルの中に投げ入れる。

 燃える場所、燃えない場所は事前に調べてある。燃える場合どれくらい時間が掛かるかも理解している。

 更に3本取り出して、火をつけてから違う建物内に投げ入れる。

 それを贄沼が到着するまで繰り返す。

 近くのエリアで投げ入れて無い建物が僅かになったぐらいで贄沼が到着した。

 ここからが本番、様々な要因が複雑に絡み合い予測することも不可能になっていく未知の領域。

 

「よう、来たぜ」

 

 贄沼はバイクのメットを外して顔をさらす。メットを片脇に抱えながら周囲を見渡した。

 大方何かをしていることは分かったがそれが何かはわからないと言ったところだろうか。

 無くなった一箱目を握り潰して投げて捨てて次の箱を取り出しながら贄沼に近付く。

 ある程度の距離まで近付いた所で贄沼が顔をしかめた。やっぱ臭いか? 

 

「くせぇ! 煙草くせぇ!!? お前マジで何してやがった!? さっきあった時煙草の臭いなんて欠片もしなかっただろ!」

 

 そうか、臭いか。なら最低限成功か。

 

「詳しい事は中で話そう。手間は出来るだけ短縮したいからバイクの武装も全部持ってきてくれ」

 

 新しく取り出した煙草に火を付けて贄沼に差し出す。

 

「……吸えってか?」

 

「俺が吐きかけても良いが自分でやった方がいいだろ?」

 

「そもそも何でこんな煙草臭くなったのか、ならなくてはいけないのか理由すら知らないんだが……何だよ、煙草臭くなるのは必須なのか?」

 

 贄沼は受け取った煙草を咥えながら装備を手際良く回収していく。何も聞かず言ったことをやってくれるのは有難い。

 俺は一足先に煙草の煙が充満しているビルの一階に入る。

 そこそこ広い通路とエレベーターしかないこの場所に俺の バイクと装備の全てが置いてある。

 装備の全てと言ってもボアダムぐらいしか置いていない。他にあるのは先程仕掛けをする時に見つけた連絡用のあるもの。本来はもっと別のものを使おうと思っていたのだが途中でこれが使えると気付いた。

 光の無い夜の空にこれは良く映える事だろう。

 贄沼が来るまでの時間で、スマホのライトで照らしパックから取り出して床に()()を並べていく。五つ並べ終わったところで贄沼が扉を開けて入ってくる。

 

「ここもクセェ……何だってこんなことしてんだよ」

 

 律儀に咥えた煙草が赤く光り、暗い屋内に浮き上がる。

 電灯はつけてない、何時始まるかわからないから。故に月明かりとスマホのライトの光だけで贄沼の装備を一目確認する。ライフル、拳銃、グレネード二つ、フラッシュバン一つにナイフ。

 それにあれは……まさかボディアーマーか? 確か最新式で数が少ない貴重品だった筈だ。良く良く見れば拳銃も俺のと違う型番だ。俺の方が古い。

 確認不足だったことを悔やむべきだがこれは幸運、作戦の成功率が上がったと考える。

 

「この臭いが俺達の生存率を引き上げる」

 

「生存率?」

 

 贄沼の声が強張る。だが気にせず続きを話す。これから俺達は何をするのか、何故武器を集めさせたのか、何故贄沼が必要だったのか。

 

「双子は空成ハクと合流した、それに奴らは感付いた。もうすぐ三人の魔法使いの元に怪人がやってくる」

 

 贄沼の視線が鋭くなりライフルを握る力が強くなる。

 分かる、分かるよ。今すぐにでも駆け付けたくなるその気持ちはよく分かる。

 だが行けない、俺が何を知っているか分からないから、それを聞かないことには行けないんだろう。そしてこうとも考えている筈だ(この情報を今聞かされた意味は?)と。

 お前は頭が良い、俺よりも断然。何回も見ていたらそれくらいはわかる。その頭の良さを今は説明の時間短縮に利用する。

 

「三人は戦う、だが空成ハクは既に満身創痍で戦える状態ではなく、双子はそれを気にして怪人を倒すことが出来ずその隙をつかれて敗北する」

 

 嘘を交わらせる。

 双子が万全でも勝てるかどうか怪しい相手だということは伏せる。今回の作戦の士気に関わる。

 

「だが大丈夫だ、手は打ってある。致命的な事にはならないだろう……ただし」

 

「ただし?」

 

「それは怪人が一人しかいない、その場合の話だ。もう一人と合流された場合その計算は崩れる」

 

「……その話だとあいつらが勝てないような化け物クセぇ奴が複数居る、しかもその内の二体が合流するように動いている……って聞こえるんだが?」

 

「その通りだ」

 

 大きくため息を吐き出してやると贄沼は片手で頭を抱える。実際に怪人を見ていない筈だが怪物は見ている贄沼はそれを倒す事の出来る双子が負ける化け物だと理解してくれたようだ。

 ……話が早いのは良い、良いのだが贄沼は俺の話を信じすぎじゃないだろうか。ここまでスムーズに話が出来るのは初めての事で戸惑いを覚える。

 

 疑問に思った俺の様子に気付いたのか、贄沼が苦笑しながら壁にもたれかかり話し出す。

 

「なんだよ、別に疑ってやしねぇよ。さっき言っただろ、お前を信じる事にしたって」

 

「それが分からない。俺はお前にとって急に現れた顔も分からない男だ、自分で言うのもなんだがもっと疑ってかかられるべきだ」

 

「そりゃぁなぁ……」

 

 贄沼は何かを言おうとして寸でのところで口をつぐんだ。

 

「……どうした?」

 

「何でもねぇ、それよりも続きを話せや。説明する時間はあるのかもしれねぇが有限なんだろ?」

 

 贄沼が何を思い、何を言おうとしたのかは分からない。推測を立てることは出来るが……今は置いておくべきか、贄沼の言う通りに説明を続けよう。

 

「俺の目的、俺達の役割はあるタイミングまで怪人を合流させないこと。それだけに尽きる」

 

「あるタイミング? いや、それよりも……今足止めするって言ったか?」

 

「安心しろ、五分間だけ……それもその内何分かは対話で動きを止めれるとにらんでいる」

 

「だとすると足止めって言っても絶対に戦うって訳じゃ無いのか」

 

「その考えはやめてくれ、絶対に戦闘は起こるという心づもりでいて欲しい。怪人の方もバカじゃない、時間稼ぎか何かを狙っていることくらいはバレるだろう。それまで稼げて何分か……二分は持たせれる自信はあるが、遭遇して直ぐに戦闘が起きても不思議じゃない」

 

 確かに理想で言えば五分を全て会話で済ませることが出来れば最高だ。でも無理だろう、贄沼に言っていないとある事情で必ずバレる。それが何時になるかが分からない。一度たりとも試せていない。

 ギアに出会った瞬間に殺されるかどうかが最初の難関、よしんば俺を覚えていなくても次に会話に乗ってくれるかどうかの関門が待ち構えている。

 

「手は尽くす、だが届くかどうかが分からない。補助が欲しい、僅かに時間を稼げるようなもう一人……彼女らに命を掛けれるような人手が欲しかった」

 

 それがここまでして贄沼を手引きしたかった理由。

 俺がしくじってもカバーをしてくれる人材、いざとなれば体を張って時間を稼ぐ事の出来る自分以外の誰かが欲しかった。

 戦闘が始まれば俺一人では一分稼ぐことすら至難の業で、この作戦は現実的に不可能だと分かっているが故に。

 

 ここだけがどうしても埋まらなかった。何をしても、どう計算し直しても、手を変えて品を変えて気が狂う程試行してもこの時間だけが、この運命だけは……安全地帯に居ては不可能だって分かってしまった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という運命(イベント)だけが越えられなかった。

 本当に良く出来た偶然(必然)だ。完璧すぎて吐き気がする。

 

「ここを越える、必ず越える。必ず、必ず防ぐ……だからお前の命を寄越せ。彼女達のために、魔法使いのために全身全霊を捧げろ。そうしてやっと……指先が届く、掠れる程にはな」

 

 ……少し熱が籠りすぎたか? 贄沼の反応がない。これは偽りざる本音、死亡する確率の方が高いのも本当の事だ。

 ここで嘘偽りは出来ない。

 贄沼の顔を見る。揺らぎは……見えない。

 

「元からそのつもりでこっちは来てるんだっての、死ぬ気はねぇが死ぬ事を恐れる事はねぇ、本当なら昼には死んでた身だ。それよりもとっとと概要を説明しやがれ」

 

「……ははっ」

 

「何笑ってんだよ」

 

「すまない」

 

 許してくれ、これは俺自身の愚かさ笑っているだけだ。

 そうだな、彼は何回も言ってたじゃないか。俺を信じることにした、と……大事であろう双子を置いて正体不明の俺の元に来た時点で、何をするにしても覚悟は決まってたんだ。

 

「手順を話そう。勿論贄沼にも容赦無く働いて貰うしその装備も幾つか分けて貰う。俺も死に物狂いで働く……じゃあ、始めよう」

 

 準備はこれで最期になるだろう。仕掛けた仕掛けは果たしてどこまで通じるか……

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 偶然だった。嫌な予感がしていた為にジョイに忠告とプランの変更を伝えた後も周囲の封鎖地区で警戒をしていた。次の目的地が有ったためにそれは短時間、日付の変更まで続け、作戦行動中であるジョイの様子を確認してから向かう事にした。

 

 必然だった。誰も居ない、何も居ない筈の街で嗅ぐ筈の無い臭いがした。それも百メートル近く離れていても怪人の嗅覚なら察知できる程大きなもの、人為的でなければ煙草の匂いがするなどありえない。

 

 つまりそれを見つけたのは偶然であり必然だった。

 

 煙草の臭気それが少しの物ならば、あり得ない事だが偶然にも呪術の効果を受けない存在が街に残っていたのだろうと考える事が出来た。だがこれはそんな物ではない、むせかえる程の煙草の煙臭。それがビル街の一画全てから漂う。明らかな異常、そして同時に誘われていると剣の怪人であるギアは理解した。

 ギアは僅かに逡巡する、つい先ほど傷付いていたとはいえ仲間がただの人間に殺されたばかりなのだ。自分が二の舞にならないとは言い切れない。

 僅かに足を止めた後、自らに与えられた役割を果たすためにその誘いに乗ることにした。

 足を進める事に臭いは強く、きつくなっていく。無論外である為鼻がつぶれる様なことは無かったが目に見える程煙が籠っている屋内はどのようなことに成っているか想像に難くない。

 

 ギアは聴覚に意識を集中させる。嗅覚が使えない分そちらに力を回し、近くに誰かが居る事に気が付いた。

 足を進める。

 その誰かはライターを付けたり消したりとしておりギアはその音でその人物の元にたやすく辿りつけた。

 道路の真ん中、ボロボロの軍服を身に纏い顔を包帯で隠した男。

 

「お前がこれをやったのか」

 

「お気に召さなかったか?」

 

「お前自身もかなり匂うな、面倒な煙草の匂いだ」

 

「それは申し訳ないな……でもこうすれば来てくれると思ったんでね、実際に来てくれた」

 

 男はそうやって抑揚の無い笑い声を上げながら懐から煙草を一本取り出そうとする。

 

「止めろ」

 

「……こうしてアンタと対面してるだけで足が震えて倒れそうなんだよ、ちょっとぐらい良いじゃないか」

 

 ギアが煙草に対して嫌悪感を見せているのにも関わらず火を付けて煙草を咥えた男は、視線をギアから外さないまま煙草をふかす。

 

「こうして直ぐに殺しに来ない事から話に付き合ってくれると考えても?」

 

「お前を殺すのは草花を刈る様なものだ、何時でも出来るが面倒臭いことこの上無い。だが何故こんなところに居るのか、お前は何をしたいのかを聞き出してから決めるのは悪くないだろう」

 

「成る程……あんたら化け物ていうのは人間を見付け次第に殺す害虫程度にしか思っていないと思っていた」

 

 男は包帯の隙間から覗かせる瞳を大きく見開かせ、大袈裟な素振りで驚いたような素振りを見せる。

 ギアはそんな男の素振りを観察しながら中世の甲冑の様な兜の隙間から視線を動かして周囲に他の人間、魔法使いが居ないことを確信した。

 

(音は何も聞こえない、足音、心音、呼吸音。それぞれ目の前の人一人分しか聞こえない。()を集中させて使えば、何か居る程度には分かる……つまり本当に一人か?)

 

 ギアは疑いを深める。

 目の前の男の風貌は仲間の命を奪い、目の前で捕獲した『空』の魔法使いを連れ去った下手人に酷似している。

 しかしあの時も顔は隠れていたし声も僅かにしか聞いていない。格好などこの街で多く死んだ軍人の物と変わらない。

 故に決定的な要素を探す。

 

(特徴的なあのスナイパーライフルさえ見付かれば確定でなくても殺しておくべきだが……)

 

 周囲にそれらしき物は見付からない。

 警戒は解かず、片手は常に剣を抜けるように構えてギアは男の疑問に答える。

 

「別に好きで人間を殺し回っている訳でないのだがな」

 

「……これだけ人が死んでるのに何を言ってるんだ」

 

「それは目的の為の仕方無い犠牲と言うことだ。我々の目的以外での無駄な殺戮は許されていない」

 

 ギアの言葉は淡々としており、ただ事実を喋っているだけの様だった。

 

「おれは質問に答えた、次はこちらの質問に答えてもらう」

 

「…………」

 

 男は黙り込む。それをギアは無言の肯定と受け取り続ける。

 

「当初の質問に戻る。お前は何故ここに居る?」

 

 ギアは確実に気付かれるように剣を数センチだけ鞘から引き抜いた。言外に答えなければ殺す、という意思を男に伝えている。

 僅かに身動ぎし姿勢を正した男は視線を少しだけ下へと動かした。

 それに釣られてギアも視線を何もない地面へと落とす。

 だがそこには何も無く、ギアは男がただ動揺したのかと考えた。

 結果として三秒程、ギアの視線が下に向けられた。

 ギアに、正確にはギアの手にある剣に視線を戻し、何かを確認した男の口がゆっくりと開かれた。

 

「何故って言われたら……どう答えれば期待に答えられる?」

 

 ゆっくりとした、間を取り伺うような口調。

 

「真実を言え、余り時間を取りたくはない」

 

「それは……真実を言えば殺されないと?」

 

「殺されるような事をしていなければな」

 

 ギアの声に苛立ちが混ざる。そしてそれに男は目敏く気付き言葉を選びながら答えた。

 

「待っていた、お前を」

 

「先程も言っていたな? それはどういう意味だ」

 

「聞きたいことがあったんだ」

 

「……聞きたいこと、か」

 

「別におかしな事じゃ無いだろう? 今まで何もなかったのに、今日突然現れてこの街を無茶苦茶にしたんだ。大勢死んだ。何も知らない一般人としては自分が死んだ理由位は知りたいんだよ」

 

 ギアは僅かに違和感を感じた。

 僅かな、僅かな言葉の違和感。だがそれは確信に至るまでではなく、確かめるために首を動かして男の言葉を、続きを待った。

 

「……あんたら怪人は何で魔法使いを狙うんだ? 今の話じゃ俺ら人間に狙う価値は無く、疑わしいが……必要以上に殺す事もしない、という話だった」

 

「それを知ってどうする?」

 

「……」

 

「何を考えているかは知らないが貴様等人間に出来ること等何もありはしない」

 

 言外に言うつもりはない、とギアは男に伝える。だが男は食い下がり言葉を続けた。

 

「知りたい理由はさっき言っただろう? 知らずに死ぬのは真っ平御免なんだって」

 

「あぁ、それはさっき聞いた。しかしだな、おかしくはないか?」

 

「……何が?」

 

「何が、だと?」

 

 ギアが素早くしゃがみ地面のコンクリートを砕いてその破片を手に取る。

 

「自覚は無いようだから教えてやる──ッ!」

 

「クソッ!!」

 

 ギアは肘から先の動きだけでその破片を男に向かい投擲した。

 破片は────空気抵抗を受け、その破片故の軽さで()()に虚空を飛んでいった。

 

「知識が有りすぎる。何も知らない一般人ではあり得ない程にな……まぁここまでは疑念だけですんだが、反射的にかどうかは知らんがその行動は致命的だったな、男」

 

 男はギアがしゃがみ地面に手を当てた時点で全力で建物に飛び込んでいた。飛び込んだ体勢から受け身を取って直ぐに立ち上がり包帯越しに焦りの表情を浮かべている様に見える。

 

「これで確信だ。何を考えてのこのこと姿を現したかは知らんが……捕縛させて貰うぞ」

 

 ギアは完全に剣を抜き放ち構えを取る。

 建物に身を隠しながら男は拳銃を懐から取り出して、割れんばかりに叫んだ。

 

「いや、誰だってヤバそうな行動をバケモンがしたら逃げるだろう!?」

 

「反応が早すぎる。あれは一度ならず何度も見てきた者の反応速度だ」

 

 男は背中の裏地に隠してあった物を取り出してギアの居場所を確認しながら声を張り上げる。

 

「知識だって、魔法使いと遭遇したなら知っていてもおかしくないだろう!」

 

「生憎とその通りだが残念だったな、お前の行動が的確すぎたお陰でおれの疑念は確信へと変わった」

 

 小さな舌打ち。己のミスを自覚し、それは取り返しの付かない事を再確認した男は借りた腕時計で時刻を確認し拳銃の矛先を自分に向けるかギアに向けるかを考えた。

 そして、ため息一つと共に拳銃を自らの脳天から建物の外に居るギアへと僅かに向ける。覚悟を決めた。

 

「分かった、話し合いをしよう。戦うのはそれからでも遅くはない筈だ」

 

「話は聞こう、それはお前を抵抗できないまでに刻んで捕らえてからだ。拷問という形でな」

 

「俺は何も知らない」

 

「なら知っていることだけを話せ。何も知らないかどうかはおれが決める……向こうも直に決着が付く、遊べる時間は有限だ」

 

 ギアが跳躍し、恐ろしい速度で男に迫る。

 男は銃を速射しながら横に走ることでどうにかギアの進路上から離れようとする。

 放たれた弾丸が寸分違わずギアの兜のスリットへと迫り、それを剣を持たない片手で防いだ。

 視線が切れる。

 その僅かな隙をついて男はギアの真横を通り抜けて何とかすれ違う事に成功する。

 

「やはり、か」

 

 ギアが背後を見ること無く剣を振るう。

 振るわれた剣は見えていない筈の男の背中を捉え、真横一文字に、浅く切り裂いた。

 

 鮮血が噴き出す。空気の煙草の臭いと血液の臭いが混じり合い鼻が曲がる様な臭気が漂い始める。

 男は悲鳴をあげることもせずに外へと向けて体を飛び込ませて、着地時に前転で勢いを殺して体勢を崩さないまま立ち上がり振り向く。

 しかしギアの様子を確認する前に男の体が浮いた。いや吹き飛んだ。

 事態を理解するよりも早く男の体は吹き飛び向かいの建物に叩き付けられた。込み上がる吐き気を無理矢理に飲み込ませながら男は痛む胸と腹から小さな、小さな小石が地面に転がり落ちるのを見た。

 男の体にめり込んだ数粒の小石、それが通常では考えられない圧を持ってして男の体を持ち上げて吹き飛ばしたのだ。

 それを理解し、肉体のダメージが深刻なモノであると気付きながら男は素早く立ち上がり視線をギアへと向ける。その動作に淀みや苦しみから来る躊躇い、甘え等は一切見られない。

 

「……気持ちの悪い奴だ」

 

 ギアは追撃を掛けることもせず男が立ち上がり自らに銃を向ける姿を見届けていた。

 男はそれを疑問に思い、また観察されている事に気付いた上で口を開く。

 

「気持ち悪いは酷くないか……? というか今何故殺さなかった、お前らの投石なら俺程度直ぐにぶち殺せただろう、背中の傷もそうだ」

 

 僅かに息を乱しながら男は疑問をギアへとぶつけた。少しでも時間が延びるように、少しでも成功率が上がるように願いながら、祈りながらギアの言葉を待った。

 

「聞きたいことが有ると言った筈だ」

 

「……分かった何が聞きたいんだ? ちょっとこれは辛すぎる、今なら普段言わないことも喋ってしまうかもしれない」

 

 男は兜の奥に隠されたギアの視線が、すぅっと細められたような気がした。腰を落として、何が起きても瞬時に対応できるように準備をする。

 

「ならば聞こうか」

 

 まさか会話に乗ってくるとは思わなかった男は、しかし好都合である事には変わりはないのでギアの言葉の続きを待った。

 今また会話する気になった理由があるとすれば今の一瞬の交差、男が手加減をして貰った上でボロボロになりながら生き延びた数秒の間に何か気が変わる、もしくは何か元々確めようとしていたものが終わったということになると考えていた。

 そしてその考えは正しい。

 ギアはまた一つ確信へと至り、同時に理解できない不審点が、とある不明が沸き上がった。

 行動一つ、言葉一つ……その一つで得られる情報は溢した本人が思うよりも遥かに大きい。見るものが見ればそれだけで答えにたどり着いてしまう位に。

 

「男……いや、魔女の使い魔と言った方が良いか。何故、悪魔に授けられた力を使わない?」

 

 つまりこれは偶然であり必然の結果である。

 



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魔法使い達12

『大目標:魔法使いの生存

 第一目標:贄沼との接触

 第二目標:双子とハクの合流

 第三目標:避けられぬ三人の魔法使いと怪人の戦闘の引き延ばし

 第四目標:時間稼ぎの完了

 

 以上が今回の運命を変えられる()()しれない作戦の概要である。

 前提条件と言っても良いかもしれない

 そして、巻き戻しの力があったとしても事前に調べ、対策を打つことは出来ない。ギアのあの言葉が引っ掛かる、つまり、出来るだけ遭遇を避けてきた怪人と面を向き合わせる事になる第四目標からは完全な一発勝負となる。

 

 更に細かい条件としては

 第一目標時に贄沼からフラッシュバンを盗み取ること。

 第二目標が達成されるまでに抜き取ったフラッシュバンを使用した罠の完成。出来ることなら+αも作る。

 第三目標進行中に僅かなミスがあった時の為の連絡役として、表向きそういう理由でヘクスを自分から隔離させる。

 前に記述した考察が正解ならば問題は起きない筈だ。

 最後に第四目標の時間稼ぎ。約十分強。

 これは地図アプリで双子、贄沼が怪人に倒されるのをみすみす見過ごしながら調べたあの子達の情報から推測される時間から算出したが、その時の状況によりブレが生じる可能性がある。成功した場合ヘクスからの連絡またはそれ相応の事象により気付くことが出来るだろう。

 また、途中空を見られたら気付かれる恐れがあるので視線を地面に向けさせるコントロールが必要。それがうまく行った場合でも、そしてどれだけギアの足止めが上手くいっていようと、ヘクスから連絡が来る様な状況になった時点で強行突破またはさっさと処分される恐れがある。それをあらゆる手段を尽くして、全霊をもってして止める。推定2分から5分程、完全な推測から導き出した数字だがそう的外れでは無い筈だ。

 無理無謀に運任せを重ねた全てを成功させる。

 ここまでして作戦成功である。運命を変えられる、結末を変えられる、筈。

 

 追記

 こんなやけくそみたいな作戦に命を掛けさせられる贄沼は本当に可哀想だと思っている。だが謝らない。

 

 

 

 補足

 第四目標遂行時にヘクスから連絡ないし状況に大きく変化があった時点で、運命が変わっている可能性が非常に高い。

 そこから巻き戻しを使う必要性が無い。

 命を駒として使え』

 

 

 俺の人生に意味を与えてくれてありがとう

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 男が背中を斬られ、怪人に投げられた問いにどう答えるか頭を回している最中、贄沼は少し離れた場所にある五階建てのビルの屋上からその様子を歯噛みしながら見守っていた。

 

「まだか……まだなのかよ!?」

 

 手に持つは狙撃銃であり包帯を巻いた男から預けられた『エンドオブボアダム』がありその照準は剣を持つ怪人に向けられている。

 だが引き金は引かない、引くなと今まさに絶体絶命である包帯を巻いた男から念入りに釘を刺されていた。

 

「誰にでも分かる合図……それまでは近付くことや干渉することは許さないって言われたが……これは」

 

 贄沼の焦燥を他所に怪人と男は会話を続ける。

 スコープのレンズ越しに映る男の姿は斬られて吹き飛ばされた人間の姿には到底見えない。

 

(何をされたのか全く分からなかったがあいつの体が吹き飛ぶ様な衝撃……軽く見積もっても骨にヒビくらいはイッてそうなんなんだが……)

 

 それなのにも関わらず痛みに堪えるような仕草は一切見えない男の姿に異常性を贄沼は感じた。

 感じたが贄沼は男が言う合図を待ち続けた。それは、男が狂っている様に見えたから死んでも良いと判断したからではなく、むしろ逆に男の意思を何がなんでも尊重するべきだと心情実利共にそう判断したからだった。

 

(こんな玩具を用意してしかもそれを使えってマジで言ってんのか? ってつっこんじまったが……マジなんだろうな。言われた場所に向ければ……何て言われたが信じてやるしかないか)

 

 贄沼は足元に並べてある、何か紐のような物が極短く切られて飛び出た筒状の物を眺めながらため息を吐き、また現在状況の把握に戻った。

 そもそも贄沼が男を信用しようとした理由は男の仕草、立ち振舞いからではない。

 確かに男の言葉通りに行動したら双子と合流に成功し、その後伝えられた場所に半信半疑ながら向かうと双子が姉貴分である空成ハクの存在に気付き、合流できた。

 

(まさかこんな場末のソープに地下室があるとはな……問題はそこで寝かされていたハク嬢ちゃんの容態が想定していたよりも悪かった事か、一晩休めば良くなるとは聞いたがかなり衰弱していた)

 

 これだけの事であるならば贄沼は男を信用しようとは考えなかった。

 不気味であるし胡散臭い、ついでに声のトーンに一部を除いて感情が込められていなさすぎて本当に会話しているのかと不安になる程だった。

 だが空成ハクが放った言葉が贄沼の考えを変えた。

「すみません、あなたと同じ軍服を纏った男性を知りませんか?」

「そうですか……私、その人に二回も助けられていて。少しでも何かが間違っていたら死ぬような状況だったのに……私まだ何も返せていないんです」

「えっと、風貌に関して特徴的な物は……名前も明らかに偽名でしたし……あっ! 目です、目が何というか……普段は燃え尽きた灰の様なんですが私達と話す時だけ、何というか火が灯って暖かいというか……ごめんなさい変なことを言いました、忘れてください」

 その会話の後も空成ハクはその男の事を気にしている様だった。そして、贄沼はその男があの包帯を巻いた男だろうと確信した。

 その理由は二つ、まず第一に空成ハクの居場所を知っていたこと。そしてもう一つが……

 

(それまで淡々と話していたくせに、あの子達の話になると目と口調に力が宿るんだから分かりやすい事この上無いな)

 

 どうしてそこまであの三人を気にするのか贄沼はわからないがそこは気にする事ではない。そもそもそれを言うなら自分自身もそうなると苦笑する。

 

(ちことうみは訝しげな目で話を聞いてたから実際に会わすと過剰反応しそうだな……ん?)

 

 贄沼は状況が動かない怪人と男を視界に納めながら思考の隅で違和感を覚えた。

 それは空成ハクの言葉、当然のように言い切られていたためその時は何も感じなかったが、よくよく考えればおかしい一言。

 

(私……達?)

 

 目に映る包帯男は一人、それは贄沼が最初から会った時から変わらない。

 もしかしたら別人という可能性があるが、状況が状況の上贄沼自身それは有り得ないだろうと納得できる要素は揃っている。

 

(じゃああいつにはその協力者が居るとして……何で俺に頼った? そいつは今どこに───)

 

 段々と深くなる疑問と思考の渦は、次の瞬間の出来事に全て塗り潰された。

 

 爆音、そして微かな衝撃に地面が揺れた様な錯覚。

 弾ける様に振り向いた贄沼の視線は()()()()()()()、異常現象に固定された。

 

「火の、玉?」

 

 空に浮かぶ明るく目立つ火の玉、それが複数個真っ暗な夜の帳を剥ぎ取りまるでここが真っ昼間であるかのように照らされている。

 

 小さな小さな太陽とも思えるそれは……ゆっくりと、だが確実に地面へと落ち始めた。

 

 贄沼が理解できないままに物語は動かされていく。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「何だあれはっ! いや、まさか……有り得ない!」

 

 夜空に浮かぶ複数の火の玉を見上げながら剣の怪人ギアは叫ぶ。予想外の出来事に戸惑い、その対処を迷っている。

 

 ざまぁ見やがれ。

 

 僅かな時間視線が完全に外れている内に弾倉を交換、次の手の用意をする。

 まだ時間を稼ぐ、可能なら5分稼ぎたいがそれ以上でも無理なら1分1秒でも構わない。それがあの子達の命運を分ける。

 

「魔女の使い魔! 貴様何をした!?」

 

「何だよ、まだ話は終わってないだろ? それとも何か……あれを俺が引き起こしたとでも言いたいのか」

 

「瞬間移動……ではない? 未来知識……それでは変えられぬ……何だっ! 何を授かった!?」

 

「勝手に話を進めないでくれ、さっきも言ったが俺は何も聞かされていない」

 

「さっさと答えろ! ()()()()()()()()!?」

 

 ギアが半狂乱に何ながらこちらに踏み込む。混乱しながらでもさっきと変わらない速度と精度、いや明らかに増している。

 こちらも銃で迎撃するが豆鉄砲にしかならない。

 どう考えても横飛びでは間に合わない。だから銃撃と同時に膝の力を完全に抜き去り、自由落下に任せて体を地面にペタリと沿わせる。

 

 間に合った。

 頭上を高速で通過するギアを見送り、全身のバネと筋肉を酷使し素早く跳ね起きる。

 視線を一瞬ギアへと送れば片手を壁にめり込む勢いで叩き込む姿が見えた。捕まえようとしているのだろうがあんなことされては即死してしまう。

 

 これで20秒。

 

「逃がしたか」

 

 確実に捕らえられる自身があったのだろう。また少し動揺したギアを置き去りにしながら言葉だけは送り返す。

 

「対価って何だ? 魔女って言うのは悪魔との契約を取り持ってくれる存在なんだろ?」

 

「そうだ! そして悪魔から力を授かるには対価が必要。お前が何を魔女から吹き込まれたのかは知らんがそれを教えられていない時点でお前はただ利用されているだけだ」

 

「それはさっきも聞いたよ」

 

 魔女に利用されている。それは話し始めてから最初にギアに伝えられた言葉。

 曰く、魔女とは人を陥れる存在で何者かの味方ではない。

 曰く、俺の様な使い魔の多くは真実を歪めて伝えられ騙されている。

 曰く、悪魔の力を使うには()を犯す必要がある。

 そして、契約不履行となった瞬間に悪魔は契約者である俺を取り込み利益を得る。

 さっきの時間稼ぎの時の会話を纏めるとこうなる。

 まぁ、これが事実だろうが俺を惑わす嘘だろうがやることは変わらないし、ヘクスが俺を救ってくれた事実は変わらない。

 唯一契約不履行で取り込まれるというのは気には成ったが今のところそれらしき前兆はないのでこれも気にするに値しないだろう。

 

 それよりも今だ。

 

 まだ無事な煙草臭い建物内に逃げ込み、狭い階段で二階へと駆け上がる。

 追いかけてこない……だとすると有り得るのは2つ。

 それを絞り混む為にわざと独り言を出して音を立てる。

 

「与えられたその力の大きさに対して使用する際の罪の大きさは比例する……だっけか?」

 

「そうだ」

 

 予想通りコンクリートの壁の向こうからギアの声。反射的に飛び上がり壁を蹴ってその場から即座に退避する。次の瞬間、強烈な衝撃と共に壁が破壊されギアが侵入する。

 その姿に余裕等は感じられない。

 

「もう時間は掛けていられない」

 

 体が宙に舞いながら、逆にその勢いを利用して予め開けておいた扉を潜りオフィスへと転がり込む。

 即死は免れても破片や衝撃は殺しきれない、全身の痛みは加速度的に強くなっていく。

 だが状況は待ってくれない、そのまま転がり今度は窓に向けて走り込みそのまま窓を突き破って外へ───

 

「逃がさん」

 

 飛び込む寸前にギアに追い付かれ首を捕まれる。

 だがそのまま握り潰されも外へ投げ捨てられもしない、逃げられないという事実を認識させられる。

 

 これで1分。先は長い。

 

「これで最後だ、答えられるように質問を変えてやる。とぼければ殺すし間を置こうとしても殺す」

 

「本当に知らなかったら俺は死ぬってことか? ……っぅぐぁ!」

 

 首を強く絞められ、頼りない首の骨から悲鳴の様な嫌な音が体内から響く。

 息が、出来ない。

 切迫する意識の中、どうにか拳銃を落とさないまま空いた右手を後ろに回し指で銃の形を作る。

 頼む……伝わってくれ。

 ギアは俺の行動に気付いているのか気付いていないのか、はたまた気付いた上でどうでも良いと切り捨てたのかは分からないがゆっくりと俺の首を締める力を弱めながら言葉を続ける。

 

「どうやって……()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()

 

 また一つ、空に大きな紅く燃える疑似太陽が産み出される。

 それが与える影響は大きく、ここいら一帯全てを照らすだけではなく常夏のような気温へと変化させる。

 成る程、確かにこれは『夏』と言うに相応しい力だ。

 

「有り得ん、相互の連絡手段は確実に切っていた。最後に確認した時には『夏』の魔法使いは学校に居た。魔法で来るにしても魔力で我々が探知できる! いや、それ以前にこの場所に急いで来る理由が存在しないっ!」

 

 ギアの剣を持つ手が目に見えるくらいに強く握り締められている。俺を持つ手にその力が伝播しないようには気を付けているみたいだがそれも時間の問題か? 

 と、観察するのは良いが答えないと本当に殺されてしまう。

 もう少しだけ時間を稼がせて欲しい、だから嘘は吐かずに答えは濁す。

 

「それは来る理由があれば来るってことだし、移動手段も別に魔法に拘る必要は無いだろう」

 

 俺や贄沼だってこの街を魔法で移動してた訳じゃない。バイクという素晴らしい道具で短時間で遠距離を移動していた。

 

 ここでもう一つ楔を打つべきだろう。怪人の早さで向かわれれば万が一が有り得る。

 まだ『夏』の魔法使い()()到着していないのだから。

 

「お前ら怪人の都合の良い耳は……聞こうとすれば聞けるっていうものなんだろう? 呪術か何かで強化して初めて超常的な聴力を得る。……まぁ普段から俺らみたいな人間よりもよっぽど性能の良い耳をしてるみたいだけど」

 

 限度がある。

 意識の隙間がある。

 どうしてもカバー出来ない箇所が出る。

 

「お前の通るルートから逆算して割り出したルートを彼女等に伝えてた上で急いで来ないと行けない理由を作ってやれば……まぁ、一人くらいなら偶然(必然)にもバレずに間に合う事は、あるんじゃないか?」

 

 ギアの体が揺れる。

 危険域をぶっちぎった感覚。

 それよりも早く、予想していたからこそギアよりも先に指で作った銃の引き金を引いていた。

 

 ここで俺が今まで怪人を観察し続けた結果出したそれぞれの違い、もっと言えば戦闘時に浮き上がる明確な違いを解説したいと思う。

 

 まずゴア。あの傍若無人な性格の通り本能だけで動いている。力を思うがままに振るう姿は野生的にも見えるし、ただ恐怖を与える様に振る舞っている様にも見えた。

 

 次にジョイ。コイツは力を思うがままに振るっている様に見えて全てが計算されている。効率的に、最小限で、冷静に……相手の動きを見てからそれに合わせるように動くタイプ。

 

 そして、ギアは───

 

 甲高くガラスの割れる音、ギアが剣を動かして何かを弾き少しだけ上体を反した、遅れてくる発砲音、離される手、解放される俺。

 

 ───反射的に動いてしまうタイプだ。

 

 半ば以上に無意識に攻撃を最小限の動きで最低減に抑える。それを咄嗟に出来てしまい、してしまう。

 今の銃弾に当たったとしても少し体が弾かれる程度で、傷は無かっただろう。

 だが防御してしまう。万が一に備えて、そして恐らくは……(呪力)の消費を最小限に抑えるために動いてしまう。

 攻撃を受けたら呪力が消費されると言うのはただの推測だけどな。

 

 咳き込みたくなる反射反応を意思の力と経験で無理矢理押さえ付けて左手と両足を動かして窓ガラスに飛び込みながら銃を速射する。狙いはもちろん唯一通じそうな兜スリット部分。

 三発放ってその内一発が直撃ルート、それをギアは剣を盾に構える事で全ての弾丸を防いだ。

 このままじゃ返す刃で真っ二つにされてしまう。

 

 使うべきは前の再演。それのアレンジ。

 グレネードを右手で抜いて足元に落とす。ただそれだけの行動にもう一つ付け加えて手に持った筒状の物をこれ見よがしに放り投げる。

 

「っ!」

 

 そうだろうな。お前は逡巡する暇無く、体は反応するだろう。

 何せその形は前に痛い目を見たフラッシュバンの構造に似ている。いや、良く見なくても結構違うがこの一瞬の出来事にこの逆光、暗闇、俺の撃った弾丸の対処に次弾の警戒、狙撃の警戒。それらが合わさり認識能力ががくりと落ちる。

 体を一歩後ろに下げ空間を空けてから即座に剣の軌道を変え、剣の腹を使いその筒状の物を遠く弾き飛ばす。

 そこまで動いてようやくギアは俺が投げた物の正体を把握した。

 

「打ち上げ、花火?」

 

 そう、打ち上げ花火。しかも火も着いていないのでただの筒。

 

 体が窓ガラスの破片と共に自由落下する。今回はヘクスの力もない。体勢も崩れているが体を反転させて足を下へ向けさせる。

 

 逃げ切れた。この一瞬を作り出すことが出来た。

 

 積んで積んで積んで積んで積んで───ようやく一手稼げた。

 

 

 そう言えばさっきの打ち上げ花火、実は6個入りだったんだ。

 それが二パック、いくらシーズンが近いとはいえ最近のコンビニは何でも置いてるもんだと感心してしまった。

 それを一パックはヘクスに渡していざというときの緊急連絡用にした。

 そしてもう一パックは俺が持ち運んで、その中の一番小さいやつは今吹き飛ばされた。

 

 そして残りは全部贄沼に渡した。

 

 少し離れた場所から爆発音、そして独特な風切り音が鳴り響く。

 感心してしまうような最高のタイミング。

 その音を響かせる光の筋は、白い煙をひきながら一瞬の合間にさっきまで俺が居たビルの二階へと到達し───轟音と閃光を響かせるのと俺が重力によって地面に叩き付けられるのはほぼ同時だった。

 



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魔法使い達13

『力が足りない知恵が足りない影響力が足りない、俺は特別な存在にはなれない

 ヘクスから貰った力を使い続けてもそれは変わることの無い事実だ。

 

 俺では運命を変えるきっかけ程度にしかなることは出来ない。

 

 なら運命を変えるにはどうすればいいのだろう。

 持ってくる、どこかから? 

 運命に定められた結末を変えることが出来る存在を、何かを動かすきっかけを作ればあるいは

 

 これは本来俺何て存在が干渉出来る物語(シナリオ)じゃない。

()()()()()()()()()()()()()()()()、そこが何かの手懸かりになる筈だ。

 巻き戻しが求める最善には程遠くても、次善の次善のそのまた次善位なら何とかなる筈だ。

 

 先ずは運命に干渉出来る存在の候補探しから始める』

 

 

 辿り着いた結論はやはり、この地獄は魔法使い達と怪人達の物語だったということだった

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 四点着地で着地しようとした瞬間に意識が持っていかれそうな花火の爆発音が鼓膜をかち割らんばかりに叩き付ける。

 想定していたよりもそれの威力が大きく一瞬だけ平衡感覚の一部が消えてしまったのだろう、不完全な着地となってしまい衝撃を逃し切れず膝に大きな負担が掛かる。

 だが動く。

 

「ぬぅっ! ォォォオオオオ!!?」

 

 少し離れた場所、開けた空間に居た俺ですらこうなのだからほとんど直撃、半密閉空間に居たギアに関しては……言うまでもないだろう。

 そして数秒経たず置き土産(グレネード)が爆発する。

 直撃ではないだろうがそれでも充分その威力は発揮されている筈。

 ビルが震え倒壊の兆しが見え隠れし始める。構わず二発目の打ち上げ花火がビルの三階の窓ガラスをぶち抜いて炸裂する。

 何度も入念に試して居た初弾と違い、花火弾の二発目以降は半分以上運任せになる。隣のビルに直撃していないだけかなり運が良い方だろう。

 元々何かを狙うような物でもないから当然だ。

 

 だが足りないだろう、足りる訳がない。

 

 拳銃を握り締め体の感覚を確かめながら贄沼の居る方角へと走る。

 

 数拍遅れて背中越しに何かが粉砕されるような音に続いてギアの声が未だに耳鳴りが止まない鼓膜に響く。

 足を動かしながら背後を見ると、ギアがビルから飛び上がり煤だらけの体を疑似太陽に照らされながら目で俺を探していた。

 目が合う。

 ギアが腕を小さく振るった。来る。

 体が悲鳴を上げるのにも構わず進行方向に対して逆の方向に身を屈めながらステップを踏む。

 

 次の瞬間、頭上を何かが高速で通り抜け俺があのまま走っていたら居たであろう場所に直撃、粉砕して小さなクレーターを作る。

 だがこれで確定した、ギアは耳を使えなくなった。少なくとも細かい音の聞き分けが出来ていない。外を走る俺の足音に気付けず目で俺を探していたのがその証拠だ。

 策の一つが嵌まるもまだまだ息吐く暇は無い、次が来る。

 

 目線を向けず、そこに居るだろうと予測した場所に弾丸を放つ。発射した四発の内二発分の弾かれる音を拾いながら建物内に滑り込む。

 

「逃げても無駄だ! お前はここで殺さねばなら……ぬっ!?」

 

 拳銃とは違う銃撃音、贄沼の援護射撃に感謝しながらビルの中を通り抜け窓枠から外へ抜け出して隣のビルへ。

 ここでようやく残り少ない弾倉を取り出して次の弾倉へと取り替える。

 耳を澄ませて音を拾うことに集中しながら空いた弾倉に弾を込めていく。

 

「チッ! 何処に行った……?」

 

 まだ稼げている。やはり呼吸音や心音、足音は拾えていない。

 

 これで3分……まだだ、まだ終わっていない。

 

 今使った弾倉の内一つ、再装填が完了したところで背筋が凍る様な予感。そして耳に届いた小さな声。

 

「炙り出すか」

 

 反射的に壁から離れそのまま外に続く小さな窓へ跳ぶ。

 小物を探すのに面倒臭くなった化け物がする行動なんて予想が付く。

 問題はどれ程の範囲をといった所だが……

 

「ゥオオオオオ!!」

 

 雄叫びと共に破壊音、鉄と硬い物がぶつかり、断ち斬られる音それらが連続して鳴り響き……大きな地鳴りが起きた。

 

 翔んでいた体が窓ガラスを突き破って破片が刺さる、だが気にしている暇はなく素早く状況を確認する。

 

「マジかよ……」

 

 そこにはビルの一面全てが破壊され、さっきの地鳴りがトドメになったのかゆっくりと倒壊を始めている姿があった。

 このままじゃ巻き込まれる……だが次のビルに逃げても無事で済むか? 

 俺の方から見て壁が消滅していると確認できるのならこちらに倒れてくるんじゃないか? 

 迷っている暇は、無い。こうなるんならもっと離れるべきだったか? いや、状況把握出来ない方が不味い。

 

 覚悟は決まらない、最善かどうかすらも分からないまま大通りへと身を乗り出させる。

 次の瞬間、ビルが倒壊した。

 ゆっくりと倒れこむビルが土煙を巻き上げながら隣のビルをドミノ式に押し倒し崩壊させていく。あの場に残っていたらどうなっていたかは明白だろう。

 恐ろしい光景だが見とれている訳にはいかない、包帯のフィルターのおかげで呼吸に土煙が混じって咽るという事も防げている。

 次の建物に身を隠そうと足を踏み出した瞬間、身の毛のよだつ寒気。慣れ親しんだ慣れない感覚。即死の気配。風切り音。

 体を反転させる、体を引き締めて防御を固め膝を折って出来るだけ的を小さくする。無駄な抵抗。

 次の瞬間、後ろの建物のガラスが一斉に砕け散り壁の表面が砕ける、同時に幾つもの鋭い何かが体を貫いた。小さく硬い何かが服を貫通して皮膚を引き裂き体にめり込んで行くのを感じる。

 おそらく砂のような何か、()ではなく()で攻撃する為に散弾の様に飛ばしてきた。そこまでは分かる、損耗度外視で殺しに来ているのだと分かる。

 だが違和感がある。

 威力が低すぎる。呪術や魔法とかに物理法則を求めていいのかは分からないが建物のコンクリを僅かながらでも砕く砂の散弾なら瀕死になる程度にはダメージが有ってもおかしくはない。だが大きな骨が折れた感触は無い、せいぜいが当たり所の悪かった指の骨に違和感が有る程度。

 建物が崩壊する音にまぎれて、遠くから何か聞こえる。空が一瞬光った気がした。

 目の前から足音が聞こえる。

 ギアは、剣を構えながらゆっくりと視界を遮る程に舞い散る砂埃をものともしない様子で近づいて来る。距離はもう、十メートルと少しと言ったところか、この状況なら無いようなもんだな。

 

「我々怪人の能力の封印、この現代では珍しく手負いでも手慣れているようにも見える戦い方、極め付きは知っている者が少ないであろう魔力、呪力の軽減、簡易な魔除け……時間は無かった筈だ……どこかで漏れていた? ありえない、魔女の入れ知恵にしても悪魔の契約にしても……いや、もう済むことか」

 

 動けない、動いたら死ぬ。だが動かなくても死ぬ。

 詰みだ、ここが俺一人の限界。

 時間は……6分ぐらいか? 当初の目標の半分くらいか……だが損耗させているのは確かだ、どれくらいの損耗率かは流石に想定できないが……ただの人一人には過剰な力の行使だっただろう。

 稼げてあと数秒、まだ行けると発破を掛けたい所だが……正直全身いたるところからの出血と痛みで体がうまく動かない。背中からの出血も止まらないし血が足りない。

 それにこの距離にギアに油断は無い。俺が何かしようと、自殺しようとする前にその剣で切り裂かれる未来がありありと見える。

 なら可能性が低すぎるその未来より、数秒でも多く稼いで魔法使い達が助かる方が明らかに良い。

 元より生きて帰れるなんて考えてなかったしな。

 

 ふと空を見上げる。真っ暗な空には何も映し出されていない。

 そう、あの魔法使いが作り出したであろう疑似太陽も、だ。

 

 その視界の隅に、剣を弓の様に弾き絞るギアの姿が映る。

 思考を切り替える。反射的に考える。今まで聞いた、見た、そして想定できる状況から答えを出す。

 先ほどまでうち上がっていた消えた太陽、先ほど聞こえた遠くからの音。その後には何も続かない。遠くから聞こえた音を鮮明に思い出す。

 あれは、あれは……花火の音。

 俺がヘクスに預けていた花火の音、一瞬空が光ったように見えたのはその光。

 何か想定外の事があったのか、もしくは俺が立てた予想が間違っていたのか、分からない。ただ想定外は良い事であることを祈るのみ。完全に失敗である場合は連続して放つ手はずだがそれも無い。

 だからもう……

 

「確実に死ね」

 

 怪人の凶刃が迫る。

 

 もう逃げない。

 もう意味は無いから。

()()()()()()()()()()()()()

 

 最速最短で拳銃をギアに向けて速射する。

 

 突然動き出し、あまつさえ攻撃してきた俺に驚愕した雰囲気を見せたギアはしかし、その剣技に曇りを見せないまま─────

 

 ─────俺の体を貫いた。

 

 

 

 

 俺の勝ちだ。

 

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 

「ぬぅぅッ!!」

 

 怪人ジョイが膝をつく。

 既にその体はボロボロで、全身をくまなく焦げ付かせ至る所が凍りついている。

 膝をついたジョイが見上げる先には5人の魔法使いが居た。

 その内三人はハク、うみ、ちこだ。三人は残存魔力、またはその経験の不足による不安から後方に下がり万が一の援護役に徹している。

 残りの二人、その内一人はフードを目深に被りその顔を窺わせない。だが周囲にまき散らされた溶けない氷片からジョイへの敵意を示している。

 最後の一人は真逆、その赤く長い髪をたなびかせて少し強めの釣り目から強い怒りの感情を前面に表してジョイをにらみつけている。

 

 ジョイに取って予想外も予想外の遭遇、戦闘。これだけの数の利を取られ、殺意を向けられながらも未だに殺されていないのはそれだけ魔法使いがジョイを警戒している証でもある。

 そんな事情、ジョイからすればたまったものではないが。

 

(情報と違う……奴らは私の存在など知らなかったはず、なのに罠すら仕掛けられ吹き飛ばされた先でフラッシュバンに目を焼かれ時間を稼がれている間に仲間を呼ばれただと……? 情報封鎖、隔離は完璧だったはずだ。少なくともこの時間この場所に来られない様に()()()もしていた……)

 

 ジョイは地面の中から侵食する氷を跳躍する事で回避し、そのままビルの屋上へと壁を蹴って駆け上がる。

 

(極めつけに、極めつけにだ!)

 

「逃げんなこのクソロリコンが!!! あんな写真送ってきやがって!!!」

 

 ジョイの上空に複数の疑似太陽が生み出される。

 その内の幾つかが逃げ場を奪うように時間差でふりそそいだ。

 

(何を勘違いしているか知らんが『夏』のが猛烈に怒りを向けてきている! 写真だと? ええい全く何のことか分からんぞ!!)

 

 落ちる疑似太陽をジョイが手に纏わせた呪力で最低限の労力を持って切り裂く。直撃では無いが近すぎる故に全身を焼かれるダメージを無視してそのままビルを蹴って高速で赤い髪の『夏』に接近した。

 

「っ! 『ナツカ————」

 

『夏』の魔法使いが咄嗟に対応しようとするが一手間に合わない。

 ジョイの拳が直撃する寸前、その体の表面が凍りついていく。

 

「…………」

 

「罠を張っていたかッ!」

 

 拳を当てる前に致命傷になりかねないと感じ取ったジョイは、途中で体を止めて改めて距離を取った。そして体の合った場所の地面から鋭くとがった土の塊が突き出していた。

 

「外した……」

 

「いいや『大地』の! カバー助かった! 『氷』のも」

 

『夏』が礼を言うと共に後ろに下がる。

『氷』と呼ばれた者も何かを気にしている様子を見せながら後退する。

 距離が開く、と言っても魔法使いと怪人にとっては有ってないような距離。それでもその距離は心理的な問題として思考を巡らせる時間を与える。

 

(これは……勝てんな)

 

 バレていた作戦、現れた『夏』の魔法使い。遅れてやってきたのか、もしくは潜伏していたのか唐突に奇襲を掛けてきた『氷』の魔法使い、未熟ながらも相応の魔力は持つ『海』と『大地』。

 ジョイは油断無く、悲壮無くそう断言した。プライドも何も無くしてただ事実としてそれを受け入れた。

 そして、策を脳内で組み立てていく。

 作戦は失敗である。

 ならば次策として、次善として何を成せるかを組み、積み上げていく。

 

 準備したもの、事前情報、現在の状況。

 その全てを噛み合わせ、一つの答えを出した。

 

 ジョイの頭上から幾つもの疑似太陽が降る。

 足元から捕らえんと氷結した地面が迫る。

 周囲を魔力で作られた海流に囲まれる。

 

 ジョイの目線は、最後尾、最も後ろで守られている空成ハクに向けられていた。

 



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空く間

 暗い、暗くて何も見えない。

 

 暗黒にしか思えない空間、上下左右の認識すら曖昧なこの空間を、水の中を漂っているかのように浮かんでいる。

 闇が光を全て吸収でもしているのか自分の手すら、目に近付けても何も見えない。

 

 ここは何処だ? 何でこんなことになっている? 

 俺は一体何をしていたんだっけか? 

 

 思い出す、おぼろげで頼りない意識を酷使し必死に思い出す。

 何かしなければ行けなかった筈だ。

 こんなところでぼぅっとしている暇なんて無い筈なんだという焦燥感が少しずつ、少しずつ閉じた記憶の何かを掬い出す。

 

 化け物、世界、無力、崩壊、銃、地下、無意味、抵抗、無駄、食料

 

 違う、その後だ

 

 外、無人、魔法使い、焦燥、殺し、無力、無意味

 

 魔法使い? 

 魔法、魔法……魔、魔女───ヘクス

 

 巻き戻し、戦い、怪人、無力、魔法、無意味、呪術、脅し、ビル、悪魔、剣、勝利……

 

 そうか、思い出した。

 そうだとすればこんな場所に居る理由も何となくわかる。

 

 俺は……死んだのか。

 

「『死んでないぜ?』」

 

 意外な程に無抵抗にストンと納得できた死を、誰かが否定する。

 不思議な声だ。声として認識しているのに音で聞こえたのではなく直接頭の中に響いたような感じだった。

 声のする方に顔を向ける。いや、元より何処が正面か分からない様な有り様なので、その表現が正しいかは分からないがとにかくその声の主を探す。

 死んでいない? あり得ないだろう、俺は腹をぶっ刺されたんだ。即死はしないだろうが助からないし、巻き戻しもあの場面では絶対に使わない。

 

「『そうだ、お前は腹をあの怪人とかいう奴にぶっ刺されたな。だが即死じゃなかった……その様子だとまだ全部は思い出せないか』」

 

 全部? 全部だと? その続きがまだある? 

 

「『お前ほど生き汚いのは早々いないと感じさせられたね、頭では諦めても体が、魂が勝手に動くレベルだ』」

 

 思い出そうと振り絞る。

 刺されて……刺されてどうなった? 

 確か、あの後は……ギアを蹴った? 

 

「『そう、お前はあろうことか刺された直後にあの怪人? を蹴って切り裂かれる前に刃を腹から抜いた。笑えるくらいに大量に出血し、もう直に死ぬって感じだ』」

 

 やっぱもう助からないじゃないか。

 

「『そこは置いておけ、そのお陰でこうして話す時間が生まれたんだからな』」

 

 死ぬ直前に話す時間? 

 そうこうしている内に俺が死にそうなもんなんだが……まだ死んでないってことは時間でも止まっているのか? 

 

「『惜しい、正確には時間が止まっているのではなく時間の流れが違う、だ。ここは精神世界、肉体の持たない魂だけが来ることのできる場所だ』」

 

 は? 

 

「『本来この場所に意識を持ったまま人間ごときが来ることは出来ない。()()()()()を持つものか()()()()()()()()()()()だけ。それに加え前者ですら自由に来ることは許されない』」

 

 ……笑えないことに納得できる要素が幾つかあった。幾ら探しても声の主が見付からないどころかどこから喋っているのかすら特定出来なかった事、俺は体を動かしているつもりで手や足等が存在していなかった事。

 そして、間違っていなければ決定的な物がもう一つ。

 魂だけの存在。彼、もしくは彼女がそうなのであれば疑う余地は無い。

 それと同時にそれを確かめに行くほど気力が残っている訳じゃない。

 

「『時間が惜しいなぁ、時間が止まっている訳じゃなくて流れが違うだけだからなぁ……今も緩やかに死にゆく君に一言二言言いたいから呼んだんだよ』」

 

 何だ? どうせ死ぬのは避けられないんだ、さっさと言ってスパッと死なせてくれ。

 

「『───君さぁ、死にたがってるけど……あのハクって子まだ助かってないよ?』」

 

 全身()が発狂し、精神()が逆上する。

 

 血が勢い良く全身を流れる様な錯覚と共に意識が勢い良く浮上する。

 

「『あぁ、素晴らしい。面倒をしてまで声をかけて良かった』」

 

 誰かの声が聞こえる。

 何だ、お前は。俺に何をさせたいんだ。

 

「『クフフ』」

 

 さっきまで何も見えない暗黒だった空間が少しずつ何処からともなく射し込む燃えるような激しい光に塗りつぶされていく。

 光を浴び、体が形成されていく……? 

 

「『違うなぁ、君が形作っていなかっただけだ。君が生きるために体が必要だから魂が体の形をかたどったんだ……しかし、俺の予想通り君の()は酷い有り様だな』」

 

 自らの()を見下ろす。

 これは酷い、無事な場所を探す方が難しいくらいに亀裂が走り、胸の部位に至っては空洞すら出来ている。

 

 手を伸ばす、遥か上へ。ヒビ割れて欠け砕けてもなお原型を留めるその手を伸ばし続ける。

 

「『さぁ、態々俺があのお嬢ちゃんに呼び出されてやったんだ! もっと! もっとお前の見世物(シナリオ)を楽しませてくれ!』」

 

 光が遂に声の主を照らし出す。

 後少しでこの場から自分が消えるという確信があった。

 最後に声の主を見るために視線を落とす。

 

「『案ずるな、お前なら出来るさ!』」

 

 その姿は、闇を纏い光を寄せ付けず辛うじて人型であることが分かるその姿は、脳裏に堕落の文字を彷彿とさせた。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

「カハッッァッ!?」

 

「うぉっ!?」

 

 真っ暗な夜の帳、足元すら覚束ない暗闇で目を覚ました。

 同時に、喉元から込み上げる不快な感覚に抗わないまま口から何かを吐き散らかす。

 暗くて何も見えないが口に残る酸っぱい味と鼻をつく臭いから血ではないと判断する。

 

「お、おい大丈夫か? 動くなよ? 何とか死んでないだけでやベえ事には変わらないんだ」

 

「い゛い゛がら、こごは、どごだ」

 

 胸の辺りだけが熱く燃え上がるように熱を持ち、それ以外の部位である手や足が真逆、凍り付いたように冷たい。

 お陰で声が出しにくくて仕方無い。

 呼吸をするだけで激痛が走る。

 

「お前が戦っていた場所から少し離れた場所にある薬局だ。無いよりマシ程度の薬だが出血を止めるくらいは出来るだろうと思ってな」

 

 成る程、ここは何処かは分かった。なぜ俺が生きているのかその要因の一つとして理解した。

 だがこれは要因の一つ程度であり、俺が死ぬのは避けられない筈だ。

 

「どう、なっ、た」

 

「今はいいから黙って寝とけよ、本当に死ぬぞ? ただでさえお前が持っていた包帯で応急処置出来なかったら死んでた臭いんだ」

 

「と゛う゛な゛った゛っ!」

 

「……チッ」

 

 贄沼は何かをしていた手を止めて話し出す。

 俺が刺された時何も出来ずに遠くで見ていることしか出来なかった事、その後俺が反射的に怪人を蹴ってその剣を体から引き抜いた事。

 その後トドメを刺されそうになった直前にギアが何事かを察知し意識の無い俺を放置し魔法使い達が居るであろう方向に向かった事。

 そして、もう一発花火が打ち上がったこと。

 

 俺は贄沼から渡された水と多分痛み止めの薬を受け取り一気に飲み干す。

 気分的にだろうが、痛みがほんの少しマシになった気がする。

 

「はなび……」

 

 ヘクスと取り決めた連絡手段である打ち上げ花火。

 魔法を使わず、壊れる可能性の高い携帯電話を使わずに遠距離で、ほぼ確実に連絡できるというこの方法だが細かい情報を送り合うことは出来ない。

 だから成功か失敗かだけを伝える。

 

 一発、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なら成功。

 二発連続で上がったのなら失敗。

 

 ならそれでいこうと決まりかけた時、嫌な予感した。

 敵が、怪人達がそんな簡単にやられるのだろうか。

 最悪の事も考えた方が良いのではないか? 

 

 確かにジョイの居る場所には最大限の仕掛けを施した。

 ブービートラップによるフラッシュバンの確定直撃。

 運が良ければ糸に絡まって動きが遅くなるだろうが……無理だろう。気に触り集中力を削げれば充分か。

 油を撒き火をつける事も考えたが他に引火するリスクを考え止めた。火に関してはどれ程やり直しても不確定要素が有る限り使うのには躊躇する。

 

 そして、魔法使いが到着する。

 とはいっても何人の魔法使いが到着するかは分からない。最低一人、釣り出しやすいあの魔法使いは到着するのは分かっていた。

 

 だが何処から崩壊するかは分からない。

 何処で手遅れになるかは分からない。

 打ち上げ花火の内三つは成功と失敗を伝える花火。これらは色が幾つか混じっている花火。

 

「ゲホッ……うっ! はぁ、ふぅ……色は?」

 

「色?」

 

 そして残り三つ。それぞれ一色で構成された花火。

 その色で、その組み合わせで緊急性を決めていた。

 

「確か……」

 

 赤、これは取り返しの付かない事態。魔法使いの死、呪術で敵の手に堕ちる等。この場合どのような状況でも巻き戻しをする手筈になる。

 黄、まだなんとかなる、リカバリーが効くと判断できる事態。考えられるのは負傷や戦闘位置の変化等様々なパターンだが、この場合直ぐ様巻き戻しは使わずにある程度状況を把握してからになる。

 そして……

 

「黄色、だったか?」

 

 当然のように、やはりそう上手くはいかないらしい。

 残りの緑色だったならばほぼ問題は無し、続行可能という意味だったのだが。

 贄沼の様子から更なる花火は上がっていないだろう、つまりはまだ間に合う、筈だ。

 

「何分、たった?」

 

 贄沼は俺の問いに自らの腕時計を見る。

 殆ど気絶みたいなものだったから時間が分からない、流石に一時間とは経っていない筈だが……もし経っていたのならば手遅れの可能性が高い。

 

「お前をここに運んで……治療して直ぐに目を覚ましたから大体十五分くらいか? 本当によく目を覚ましたな?」

 

 十五分、追加の花火はまだ上がっていない。

 他の情報が欲しい。もうあの夢のような出来事が本当だったとして考える。あれが本当にただの夢だったとしてもやるべき事は変わらないのだから。

 まず最初の一手を打つとしよう。

 仕込みの数はもう残り少ないけれど無い訳ではない。

 

「贄沼」

 

「何だよ」

 

「今から言う番号に電話を掛けろ」

 

「……何でだ?」

 

「状況を、確認したい。向こうが、どうなっているか、の」

 

「それならちことうみに……」

 

 そう言われると思っていた。いや、もしかしたらもう試しているのかもしれないとも予想していたが違ったようだ。

 どちらにせよあの双子が電話に出ることは無い、筈だ。

 

「彼女達の電話は既に破壊してある。そういう、手筈だ」

 

「……はぁ?」

 

「試してみても、良いが時間がない。早くしろ。電話を掛け、相手が出たらちことうみの名前、そして自分の名前を言え」

 

「何が何なんだよ全くよぉ!」

 

 贄沼が頭を抱えながらスマホを取り出して操作し始める。

 俺も自らの体力の回復に勤めながら全身の状態、装備をチェックする。

 拳銃は、腰にはない。贄沼が拾ってくれていることを祈る。ナイフはある。爆弾類は殆ど消費した。

 もうこの程度か。

 肉体は……無理をすれば動いてくれるだろう。

 長くは持たないだろう、だけれどそれで良い。数時間持てば良い。

 

 コールし始めた贄沼を横目にし、そういえばと注意事項を口にする。

 

「俺の事は絶対に、口にするな、よ」

 

「何故?」

 

「詳しいことは省くが、通話先の相手からしたら、俺は、存在してない、混乱を呼ぶだけ、だからだ」

 

「お前一体何を───」

 

 贄沼がそう問いただそうとして止まる。

 どうやら相手側が通話に出たらしい。

 

『切るぞ! 誰か知らないが忙しいんだよ! あぁあの糞カス野郎どこ行きやがっ───』

 

 そんな声がスピーカーでもないのに俺のところまで聞こえ、贄沼は耳を押さえている。

 しかも悪いことに……

 

「き、切りやがった……」

 

 通話が切られた。

 余りにも予想外で俺と贄沼は、お互いに目を合わせる事しか出来なかった。

 

「もう一回掛け直すぞ」

 

「待て」

 

 ピースは足りた。

 まさか即切りされるとは思わなかったがしっかりと情報は落としてくれていた。

 これはあの魔法使いの迂闊とも取れるが、今はそれに感謝しよう。

 

 激しい感情の噴出、黄色の花火、手遅れではないというところから誰かが殺られた? そこまで行かなくても負傷した? 負傷程度ならば緑だろう。対処が必要と言うものではないし、治療が間に合わないレベルならば赤が打ち上がっていないとおかしい。

 あの言葉の中にジョイが逃げたと合った。つまり仕留めきれなかったが、逃亡させる程度には追い詰めていたということ。

 逃亡の際に何かあった? 

 ……ハクが助かっていない、その言葉を信じるならば。

 

「良いのか?」

 

「あぁ、大体、何が起きたかは、分かった」

 

 ハクが連れ去れた、大外れでは無い筈だ。その線で行く。

 問題はどこに行った、だ。

 ジョイの思考をトレースする。

 今までやってきたあいつの行動、事象から想像する。

 奴なら何をする? 

 殺す? ならその場でやっている筈だ。

 人質? 違う、奴ならもっと有効的に使う。後が無い行動はしない。

 

 ならば、ならば……そうか、あそこか。

 

「贄沼」

 

「今度は何だ……オイオイオイ!」

 

 贄沼が目を見開く。

 それもそうだろう、さっきまで死にかけていた俺が体を起こすどころか立ち上がっているのだから。

 どう考えても自殺志願者にしか見えないだろう。

 

「行かないといけない場所がある。俺の銃は、バイクは何処だ?」

 

 それでもやる、やらなければならない。

 違う、やらなければならないという義務ではない。俺がやりたいからやる。

 たとえ魂が砕けたとしても。

これは俺は彼女達を救いたいというただの我が儘なのだから。



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一抹以下の希望

「オイ! 何処に行くんだ? いい加減に教えろ」

 

 ヘルメット越しにバイクのハンドルを握る贄沼の声が耳に届く。

 俺は片方の手を贄沼の腰に回し、もう片方でもう体の一部にしか思えない拳銃を握り締める。

 そう、俺は運転していない。バイクに股がろうとしたところで傷口に激痛が走り、まともに運転できるような体調じゃなかった。

 胴体に穴が空いてたら当然か。

 ともかく贄沼に運転をして貰い、今はこうして後ろから向かう先の指示を出している。

 

「次、左だ……そうだ、そこで、止まれ」

 

「ここで良いのか?」

 

「あぁ、間に合ったようで良かった」

 

 拳銃を自分に使わないで済む。

 

「時間が、ちょっとはありそうだ。説明をする」

 

「おせぇよ」

 

 目的地、そのビルを見上げる。

 何回も何回も来て、その都度命の危険にさらされた場所。

 二人の魔法使いが敵の手に堕ちた場所。

 怪人の仕掛けたトラップがある場所。

 

 脳裏に幾つもの光景がフラッシュバックする。

 どの光景も俺は無力で、そこに居るだけの無意味な存在だった。

 

「この場所には、ジョイという怪人の仕掛けた呪術……トラップがある」

 

「トラップ?」

 

「あぁ、それ自体は俺らただの人間にはどうしようもない」

 

 贄沼は訝しげな顔をしながらバイクから降り装備を整えていく。

 血が脳に回っていないのが分かる。言葉を上手く紡げているかどうか、伝わるかどうか少しの不安を帯びながら口に出していくしかない。

 

「ジョイの考えそうな事は分かる。そのトラップ(呪術)を利用しに来る」

 

「……」

 

「何故分かるのか、そう聞きたいのだろう。簡単だ」

 

 贄沼は喋るのにも一苦労な俺の言葉を遮らず、一先ず最後まで話を聞いてくれるようだ。

 やはり人が良い。だからこそ任せられる。

 

「怪人は俺達が思っているより、ずっと人間臭いんだよ」

 

「はぁ?」

 

「はは、ゲホッ……おかしな話だと思うだろう? でも実際にそうなんだよ。奴らの判断基準は理解できない場所にはない。快楽、実利、義務、興味……怪人によってそこら辺は変わるが、それは俺達人間も一緒だろう。だから予想できる、次の動きが、そして実際に誘導出来た」

 

 数えられないくらいに繰り返していた間、ずっと俺は怪人の事だけを考えていた。

 そして、幾つもの共通点を見出だした、見出だせてしまった。

 だから間違いない。

 少なくとも今、ずっと観察してきたジョイとギアの追い詰められた時の動きは八割の精度で予測出来ている。

 

 外した場合は……また巻き戻すしか無いだろう。

 次に俺が上手くやれる保証はない。

 俺は自分の程度を知っている。

 毎回あの綱渡りを100%で潜り抜けられないのは分かっている。僅かな、自分でも気が付けない綻びから全て崩壊してしまう。

 そして失敗した時は……本当に取り返しが付かない事になる。

 

「今回もそうだ、ジョイは必ずここに来る」

 

「あー……何でだ?」

 

「ジョイの目的は、実利と自らの快楽の両立。空成ハクを洗脳して手駒にし、その力を使って他の魔法使いを迎え撃つ、もしくは逃亡の手助けにするつもりだ」

 

 魔法使い同士ならばその敵意も薄れ、戸惑いが生まれることも計算にいれて。

 

「本来なら何処でも呪術で魔方陣を展開出来るだろう。だが……今は追われている、例え呪術を使う程の体力が残っていたとしても奴の呪術は発動までに時間が掛かる上、この夜には酷く目立つ。それで気付かれてしまった場合今度こそ逃げ切れない、と考えている筈だ。だがこのビルの屋上に設置された呪術の魔方陣ならばその上に連れてくるだけで済む。誰にも知られていないのだから逃走ルートで一時的にでも魔法使いを巻ければ追い付くのに時間が掛かるからな」

 

 ハクを人質に取るという手段に出るかもしれないが……実際には最後の最後まで殺すことはしない、と思われる。ギアを殺した時にハクが捕まっていたが、殺すのは魔核を抜いてからという話があったからな。

 

「……一先ず、話は分かった。何でここに来たのかも急いでいた理由もな」

 

 贄沼は幾つか納得いっていなさげだったが、怪人に関しては俺の方が詳しいと思っているようで疑問を飲み込んでくれたように見える。

 

「理解したところでだ、次の話をしよう……ここにあの怪人が来るんだろう? 正確にはその同類か」

 

「ああ」

 

「で、作戦は? 無策で来た……訳じゃないよな?」

 

 贄沼の少し心配した用な声に大丈夫だと片手を上げて返し、二本の指を立てた。

 これは何度かここで何か出来ないか、戦えないかを考えていた時に立てた策をアレンジした物。

 

「俺が出せる策は二通り、成功率が低いが危険度も低いもの、もう一つが成功率は高いがリスクも高いもの」

 

 これをとある条件を満たすために贄沼に選んで貰う。

 ヘクスの言っていた()()、それを利用するその為に。

 

 俺の力でも、贄沼の力でも足りないのなら、世界の後押しを受ければ良い。

 出来るかは半々と言ったところだが……散々苦しめられた運命、それに定められた良いとこだけを切り取ってやる。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 暗闇、月明かりだけが世界を照らす夜の中をハクは担がれながら空を跳ぶ。

 

(全身に力が入らない。魔力が足りていない。振動を受ける度に、魂と肉体が分離してしまうかのような錯覚を覚えてしまう)

 

 ダンッ、という音と共にハクはまた体が浮遊感に包まれる。

 

 ハクを担ぎながらもビルの屋上から屋上を跳び移る怪人ジョイ。ジョイは救援に来た二人の魔法使いの攻撃を耐え凌ぎながら後ろに控えていたハクら三人の元まで接近し、攻撃する構えを取ってハクの防御魔法を引き出した。

 

 それが失敗だった。罠だった。

 魔法使いに何度か見せた石を投げる術を使うふりをしてハクの最後の魔法を防御に誘発、使わせるのが目的だった。

 うみとちこの二人はまさか手傷を追いながらも突破してくるとは思わず、動きが硬直してしまい簡易魔法もまともに使えずハクは浚われてしまった。

 

 ハクの目尻から悔しさからか涙が溢れそうになる。

 

(折角あの人が助けてくれたのに、あの子達とも会わせてくれて、これから何が起きるか、どうすれば良いかを教えてくれていたのに……)

 

 ハクは詳しくは聞けなかったもののあの二人の魔法使いがハク達を助けに来たのは決して偶然じゃないのだろうと推測していた。

 あの『夏』の魔法使いである彼女、熱海日夏(あたみ ひなつ)は写真、と言っていたことや、その後ハクの安否を心配する言葉からその推測を補強していた。

 ハクと彼女は立った一度、名前も知らない場所で会っただけの関係だ。言葉遣いは荒いが正義感が強く、仲間意識の強い人だった、とハクは記憶している。

 

 ハクは何となく、寝ている所の写真を撮って彼女に送りつけたのではないかという考えが頭に過ったが、それだけで彼女がここまで駆け付けてくれる理由にはならないだろうと考えを打ち止めた。

 

 そのタイミングでジョイは足を止める。目的地に着いたからだ。

 足を止め、とあるビルの屋上へと繋がる階段がある小さな建物の上に立っている。

 

「……魔法の気配は無し、さっさと始めるとしよう」

 

 怪人ジョイがハクを担いだまま屋上へと降り立つ。

 

(嫌な、予感がする)

 

 根拠もなく、ハクはこの屋上には気持ち悪い気配が漂っていると感じ取っていた。

 

(でも、もう何も出来ない。今の私は糸の切れた操り人形そのもの)

 

 辛うじて動かせた顔だけでハクはジョイを見る。

 目が合った。

 

「……ひっ!」

 

 ハクの口から思わずと言ったように悲鳴が漏れる。

 

 ジョイがハクを見ていた。

 全身にひび割れが走り、無事な場所を探す方が難しい状態だと言うのに。

 その異形の表情は笑みを形作るかのように歪んでいた。

 

「最初は双子を……と思っていたのだがな、手こずるかと懸念していたが今の貴様なら簡単に済みそうだ」

 

「なに、を」

 

「苦痛を捨て、快楽に身を委ねろ。そうすれば早く楽になる」

 

 ジョイがハクを床へと投げ捨てる。

 一瞬の浮遊感を感じる中、希望を失いつつある空成ハクは既視感を覚えていた。

 絶体絶命の中、怪人の手に囚われて、何か理解の出来ないことをされている。

 

(そして……、そして……あの銃声が鳴り響く)

 

 だが最後の事象は起きる筈がない、その時銃を撃った彼が何処にいるのか、何故消えたのか空成ハクには分からない。

 だから諦めて、ダメ元で、一抹以下の希望を込めて。

 呟いた。

 

「助けて……」

 

 そして、偶然(必然)の奇跡は二度起きる。



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犠牲者

 魔方陣の中心に辿り着いた瞬間だった。

 ぐらり、と突然に怪人の体が揺らめいた。一つ遅れて乾いた破裂音。

 それと同時にハクの体を支えていた力が抜け、落下し屋上の床に叩き付けられる。

 受け身も取れず、息が詰まる程の衝撃を受けて意識が一瞬飛びそうになる。

 

「っ……ぁっ!」

 

「ふっ!! ぐぅ……ヌゥンッ!!」

 

 怪人の苦悶の声が、何かを我慢する声がハクの耳に届く。

 

 ポタリ、とハクの目の前に何かがこぼれ落ちた。

 それは液体、ジョイと名乗った怪人の体から零れ落ちた生命の源。

 そしてハクはようやくこの怪人が撃たれたのだと気付いた。

 いや、最初から気付いていた。ただそれがどれだけ夢物語で、可能性の低い事なのかよく分かっていたから。

 だから奇跡を切望しながらも起きた事実をしばらく信じることが出来なかった。

 

 再び銃撃の音がなる。それよりも早く腕を振るったジョイの腕が銃弾と衝突し決して僅かでは無い程度に体勢を崩す。

 三度目の銃撃、ジョイは落ち着いて対処しようとして目を凝らし……不意に照らされた複数のライトに目を焼かれた。

 

「何っ……!? ォォォオオオ!!」

 

 僅かに目測がずれる。

 防御のために差し出した腕をすり抜けて、更にもう一つ体に風穴を開けることになった。

 体がよろめき、仰向けに倒れていく。

 ハクはその光景を見ていることしか出来ず、助かったという安堵を心の底に抱いた。

 

 あの時と同じ。

 悪夢の終わり。

 それを予感させる四発目の弾丸、ただ倒れ行く怪人にはどうすることも出来ない……筈だった。

 

「嘗めるな……!」

 

 怪人は(悪夢は)未だ倒れはない(終われない)

 

 怪人の倒れ行く体が止まる。

 飛来する弾丸を寸で避け、一つ後ろに跳んで仕切り直す。

 構えを取り、全身から血液のようなものを垂れ流すその姿は瀕死にしか見えない。

 その足取りは重く、腕の動きは鈍い、口のようなものからは体液を垂れ流し、そこから漏れ出る呼吸は虫のよう。

 

 もう一撃、もう一発直撃させれば確実に死に至らせる事は簡単に予測出来るその姿に……更なる弾丸は飛来して来なかった。

 

 代わりに地響きのような音がハクとジョイの居るビルから聞こえてくる。

 それも複数。

 それでも一切の集中を途切れさせず構えるジョイに、どこからか声が届く。

 

『死ぬか、逃げ帰るか。選べ』

 

 ノイズ混じりの息が切れた男の声。

 

(スピーカー……? いやそれよりもこの声はやっぱり……!)

 

 空成ハクは歓喜する。それと同時に切なく求める思いが胸に込み上げる。

 

(安心したい。助けられたい……こんなこと、思っちゃ駄目なのに)

 

 全身がドクンドクンと跳ねているのかと錯覚した。

 初めての感覚に戸惑い、落ち着くように努力する。体の内面に意識を向け、気持ちを落ち着かせているとあり得ないことに気がついた。

 

(何故? あり得ない、()()()()

 

 その力無い体に、ほんの僅かにだが魔力が宿っていた。

 原因を探ろうと更に意識を深く沈めようとして……

 

「なんだ、笑わせるなよ。この私を、この程度で殺せるつもりか? 魔法使いでもないただの人間風情が」

 

 その行為はジョイが動き出したことで強制的に中断させられる。

 

(そうだ、逃げないと……少しでも、離れないと)

 

 ハクはジョイの意識が少しでも逸れている間に少しでも行動を起こすために体を持ち上げようとして、失敗しまた地に伏せる結果となる。

 その動きは中途半端に糸の切れた操り人形のように酷く歪で、見る者を不安にさせるものだったがその疑問を口にする者がここに居なかったのは幸か不幸か。

 

 ハクが何も出来ない間にも事態(イベント)は動く。

 

 間隔を開けた狙撃は幾度もジョイへと襲い来る。

 不意打ちでもなんでもないただの銃弾は怪人に通じない。

 ジョイにはそれがわからない狙撃手ではないと理解していたが妙な間の開く狙撃は止む気配がない。

 

(位置は大体把握した。投石呪術を使えば一息に始末できるだろう。他の魔法使いが近くにいた場合知覚されるだろうがこれ程銃声をならしている時点で今更、複数のライトには既に慣れたが……この聴覚を阻害する音の意味も理解出来ない。時間を掛けるのは愚策だな)

 

 そう判断したジョイの行動は早かった。

 即座に片足を足元のコンクリートへめり込ませ砕いて()()を補充し、それを器用にも足先で跳ね上げ手元に送る。

 いくらジョイが武術の達人であったとしても瀕死の状態で狙撃にさらされながらという状況ではそう簡単に出来る事ではない。だがそうできたのは、二つ要因があった。

 

 まず一つ、初撃含め四発目までの狙撃の精度が非常に高かったのに対し距離を空けた後の狙撃の精度が著しく落ちていること。

 距離の問題もあり確かに体に直撃する弾丸ばかり飛んで来るのだがそのコースは甲殻に守られている場所だったりし、回避行動を取るまでもなかった場合が幾つかあった。

 

 そしてもう一つの要因、これはジョイ以外預かり知らぬ事、というよりも知るよしも無いこと。

 ジョイは邪魔が入った時点で損切りを決意したただそれだけだ。

 

 そしてその時は来た。

 十一発目となる弾丸がジョイの肩を掠める様に撃ち抜かれ、コンクリートで出来た床に着弾し、同時に手に握った石礫を放とうと呪術を起動した。

 弾丸に砕かれたコンクリートの破片が飛び散るまでに準備は整えられた。

 

 腕が振り上げられる。

 ジョイの異常な聴覚へ、投石呪術を放とうとした方向から息の飲む音が届く。

 それはあらゆる雑音から望む音を取り出す呪術。人は自分の聞きたい言葉しか聞かない、そういう特性を強化する呪術は膨大な雑音、妨害の音の中からあらゆる音を切り捨て、聞き分け、望む音を確かに聞き取った。

 そう、望む音だけを拾った為に……その他の音を雑音と切り捨てた。

 

 ジョイが投石呪術を投げ放つ寸前、濃厚な血の匂い、僅かな煙草の臭いを嗅ぎ取った。

 ジョイは刹那に思考する。風の強いこの場所で強烈な血の匂いを感じる条件を。

 既に無くなった筈の汗腺から汗が流れる幻覚をする。

 

「カァッ!」

 

 何かを打ち払う様な気迫を持った声と共に振り返り、呪力の込めた石を放つ。

 

(匂いからして真後ろ。寸でで握り潰した為上に対象を変えたため威力は落ちるが例え魔法使いだとしても人一人吹き飛ばすには十分、ただの人間ならバラバラになる衝撃。狙撃に警戒しながら正体を確かめる!)

 

 いくつもに別たれた小石や砂利とも言うべきコンクリートの破片は()()()()()()()()()()()()()()()()を無惨に引き裂いて破壊した。

 

 薄ぼんやりと照らされる月の光の元ジョイの視界の隅をなぞるように暗い影が移動していた。

 

 

 ▲▼▲▼▲▼▲

 

 

 夜の闇に紛れて動く。

 

 僅か数メートル横で粉砕される使用済みの包帯。

 怪人は驚いている様だがまだ本格的に気付かれていない。

 

 

 怪人の意識の半歩外を、無意識の境目に歩き続ける。

 数秒程度のアドバンテージ。

 

 死にかけているからか、それともあの変な夢を見たからか、今は何故か恐怖を覚えずに動ける。

 巻き戻しをするための保険すらないままに、大量のスピーカーと放送機器等を使った大音量で音割れするくらいに流し続けて聴覚を封鎖、念のため裸足になり足音を後は暗闇に紛れるだけ。

 流石にスナイパーライフルで意識を奪い続けている贄沼の協力が無ければここまで近づくのは不可能だったろうけどな。

 

 すぐ側に倒れ伏している空成ハクは少し身じろぎするだけで動かない。

 

 助けには入らない。

 それは俺の役目じゃない。

 

 懐から拳銃を取り出し、もう片方の手で煙草を咥えながら銃口をジョイへと向ける。

 

「そこかッ!」

 

()()だ」

 

 スナイパーライフル(エンドオブボアダム)よりも軽い発砲音と共に弾丸がジョイに迫る。

 同時に反動を押さえ込もうとして傷口が酷く痛んだ。

 少しだけ収まっていた痛みがまた、油に火をつけたかのように燃え上がるよう。

 

 だが俺の苦しみと撃ち放たれた弾丸は一切関係ない。

 

「効かんわ!」

 

 腕で弾かれるが足が止まる。

 

 狂った様に足を動かして後数歩。後数歩程度の距離が埋まらない。

 虚仮威しの射撃はもう通じない。怪人に対して正面から放つ拳銃程頼りにならないものはない。

 このイカれた体じゃ無茶な挙動も出来ない。

 届かない。

 届いたところで逃げきれない。

 

「惜しかったな、だが、届かん」

 

 息も切れ切れの声。

 それは俺も同じか、お互い体を致命傷を負っている。

 違いを挙げるのなら奴は俺をこの状態でも簡単に殺せて俺はそれに抵抗できない位だ。

 

 意を決して振り向く。

 ジョイが狙撃への意識を残しながらも俺へとステップを刻みながら近づこうとしている。

 その動きは早く、不規則に動く為に正確に掴みきれない。

 

()()()()()()()()

 

 次の段階に移った事を認識し視線をまた正面へ。

 

 空成ハクと目があった。

 

 逆光になって詳しい表情はわからない、だが確かにこちらを見ている。

 不安なのだろう、恐ろしいのだろう。

 

 俺はヒーローにはなれない。一人の力には限界があった。

 

 だからこそ虚勢を張り続ける。

 ここで朽ち果てるとしても。

 安心させるように笑みを形作る。

 

 目の前のビルのガラスが砕け散る。

 同時に黒い影がこちらのビルへと飛び移る。

 

「狙撃手か!?」

 

 ジョイの疑問と驚愕。

 まさか安全とは言えなくとも危険度が低い遠距離からこちらに乱入してくるとは思わなかったのだろう。

 

「当たんじゃねぇぞ!」

 

「出来れば当てないでくれ」

 

「貴様ら正気か? 同士討ちすら厭わんのか!?」

 

 気迫の籠った叫び声と共に贄沼は()()()()()()()()()()俺への誤射の危険性が有るままにアサルトライフルを速射する。

 連続するマズルフラッシュは見詰めていたら目が焼ける。視線を下へ向け、至近距離を掠めながら通り過ぎていく銃弾に当たらないように祈りながら怪人へと振り返る。

 弾倉の交換、まだ半端に弾が込められている弾倉を吹き飛ばしながら新しい弾倉へ。終わると同時にライターで煙草に火をつけて、地面へと落とした。

 

 たっぷり10秒程の休憩時間。呼吸四回分。

 アサルトライフルの全弾掃射に当然のように耐えたジョイはステップを踏みながら今度は贄沼へと標的を向けた。

 脅威度の高い方から始末しようという腹つもりなのだろう。

 

()()贄沼をやられる訳には行かない。

 

 早すぎる為に目で追い付く事は不可能、だから先読みして銃弾を置いておく。

 この体じゃヒビの間を通すような精密射撃は難易度が高い、だから足止めに専念し顔と足元へと弾を送り込む。

 激痛に視界が歪まされながらも発射された二発の弾丸は、期待通り甲高い着弾音を響かせてジョイの移動を阻害する。

 

「な、に……?」

 

 まさか撃たれるとは思っていなかったのか混乱、幸運で更に数秒を稼げる。

 

「確保!」

 

「予定通り動け」

 

「信じるからな!」

 

 装填もせずに弾切れ状態のアサルトライフルを肩に掛けたままの贄沼が叫んでいる。

 確保、と言うことは俺の後ろで空成ハクが贄沼に回収された……ということ。

 

 これで()()()()が終了。

 

 これより()()()()、仕上げに入る。

 

 先程の予測射撃はもう通じない。

 出来るとバレていれば怪人にとっては簡単に防げるものだから。

 開いた傷口から赤い雫が幾度と無く溢れ落ちる。

 俺の足元に落とした煙草の煙は俺の体をくぐらせながら天へと昇っていく。

 

 この煙草に意味があるかはわからない。

 そもそも煙草を多用しているのは嗅覚潰しの他にもう二つ、希望的観測になるが意味がある。

 

 煙は古来では神聖な力があると言われており、その煙は神へと届けられる。

 その他にもシャーマンと呼ばれる部族達の中で煙草の煙は特に神聖視されていたり、邪なものを払う力があるという考えもある。

 全く馬鹿げたファンタジーな話だが……魔法使いも怪人も同じようなファンタジーの存在だったんだ、だから試してみる価値はあると考えた。

 

 今のところはその効果を実感したことはない。

 だが確かに嫌悪していた。魔女も、怪人ですら。

 

 ジョイが動き出す。

 装填の隙はない。

 俺を殺しに来た場合と贄沼を殺しに来た場合のパターンを想定し2ヵ所、予測できる移動場所に弾丸を撃ち放つ。

 

 甲高い金属音。贄沼を殺しに来たパターンだ。

 だが大した妨害になっていない。精々俺がジョイがどちらに向かったかの判断材料になるくらい。

 

 そうか、贄沼の方へと向かったか。

 なら後は祈るだけ、妨害札は既に使い切った。

 使い回しで誤魔化すしかない。

 

 痛む体に鞭を打ち声を上げる。

 

「そっち行ったッ!」

 

 返事は聞かない、お互いにそんな暇はない。覚悟はしてる。

 ジョイが嫌がるであろう場所に弾丸を送り込む。

 少しでも満足に動けなくなれば良い。

 そんな目的で撃った弾丸が空を切る。

 

 予測を外した。有り得ないことじゃない、むしろ当然な事だ。こんな曲芸が何度も成功する筈がない。

 しかし今撃った弾丸は

 ジョイはどこにいる? 

 

 視点を変えようとして踏み出した筈の足が、意思に反して勝手に崩れ落ちる。

 体を支えようとして付き出した筈の腕は半場から消失していて、バランスを崩して倒れ込んでしまった。

 目の前に拳銃を握り締めた肘までしかない俺の右腕だったものがある。

 そしてその腕のすぐ側に立つ怪人の足。

 

 成る程、遅れながらにして気付いた。

 この怪人は俺を殺しに来た。空成ハクを回収するという最短のメリットを捨てて。

 

 辛うじて動く目だけを使って贄沼へ視線を向ける。

 脇目も降らずに屋上に設置された落下防止フェンスへ駆け抜けていく。

 フェンスを跳躍と片手を使いハクを担ぎながら器用に飛び越える。

 器用なものだ、筋力も。だが何れだけ早く登ろうと必ず隙が出来てしまう。それを押さえるのが俺の役目……だったのだがそれも出来なくなってしまった今、その無防備な背中をジョイに狙われる。

 

 だがジョイは動かない。じっと立ち尽くし俺だけを見ている。

 

 そして遂に、贄沼とハクはフェンスを乗り越えて屋上から落下していった。

 

 その寸前、ハクが何かを喋っていたような気がする。それどころか他の音も拾えなくなってきた。覚えのある欠落、慣れた死の気配。

 だがもう大丈夫だ。第三段階は達成された。

 

 この高さのビルから落ちた場合普通は助からない。助かったとしても致命的な怪我を負う。

 だが贄沼は助かっていた、最初の出会いの時足を挫いただけで済んでいた。

 なら再現できると踏んだ、このビルの屋上から、怪人との戦闘中、魔法使いを助けるために、特定のフェンスから落下する。

 これだけの条件を揃えれば後は運命(イベント)の強制力とやらが何とかしてくれる。

 そう考えた上での作戦だった。

 

 落ちた後何か問題があれば叫ぶかチャンバーに直接弾をぶちこんで銃声を鳴らしてでも知らせてくれるだろう。

 いや、俺が死に体になった今はそれも怪しいか。

 

 ここまで成功した後、下に用意してあるバイクで最終関門であるジョイからの逃走、時間稼ぎの筈だったのだが……どうやらジョイにその気は無いらしい。

 

 うっすらと聞こえる無事を知らせるバイクのエンジン音すら無視して、ジョイはしゃがみこみ俺へ顔を近づける。

 なんだ? 喰われるのか? こいつらまさか体力回復の為に、とかで人を喰うのか? 

 

「貴様がギアの言っていた『奴』か」

 

 返事が出来ない。時間稼ぎしたいのに声の代わりに漏れでるのは掠れた呼吸音だけ。

 

「煙草など用意しおって、シャーマンのつもりか? 資質もないのに無駄なことを」

 

 寒い。

 

「何を考えているのかは知らんが……貴様は殺せる内に殺しておけと俺の勘が言っている」

 

 手足が凍り付いたかのようだ。

 幻覚すら見えてきた。今までと違う真実の死だからか。

 

 ジョイの背後に誰か居るように見える。

 それはどこかで見た人間の少女のような姿をしている。

 

 何処かで見掛けた紫色の髪を携えて、片手を上げたその少女は、俺にトドメを刺そうとするジョイごと世界を氷で染め上げた。

 



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幕間
三者


 音も動きも何もかもが凍り付いて止まっていた。

 

 ムーヴの腕から流れ出る大量の出血も、全身の開いた傷跡も全てが固まっていた。

 

 それは怪人ですら例外ではない。

 ジョイの姿は振り向いたまま姿勢のまま固定され、微動だにすることもない。完全な停止状態。

 

 生物の発する呼吸の音すら凍り付いた世界にその支配者が舞い降りる。

 

 その存在は異質。

 全てが凍り付く極寒零度の世界でその支配者たる少女だけが凍らず、異常な程平常を保っていた。

 

 一歩、二歩と歩を進める事に凍結が強くなる。

 そして怪人ジョイとの距離が零になり、その体を軽く叩いた。

 

「凍結魔法『ゴクラクヒョウド』」

 

 凍ったままのジョイの体に無数のヒビが走る。

 更にもう一度、今度は先程よりも強くジョイの体が叩かれた。

 崩壊した。強靭な肉体を持つ怪人と言えどこの世界の中では意味はなく、ただ無意味に砕け散った。

 

 それを為した少女は特に気にすることもなくその視線をその奥へと移す。

 凍り付いたムーヴの肉体。

 少女はムーヴのすぐ側に体を近付けるとその体を優しく抱き止める。

 

 そしてすぐ足元に落ちてあった腕を拾い上げるともとあった場所に押し付けた。

 泣別れとなった腕は、形だけは元のとおりに繋がりを取り戻す。

 少女は息を一つ溢す。それは何かを堪え、内に秘めた感情を押さえつけているようだった。

 

「見つけた」

 

 何秒か少女はムーヴを見詰め、ゆっくりとその体を手で叩いた。

 怪人の体を砕いた姿を幻覚させる行動だったがムーヴの体はひび割れない。しかしその体を覆うように大きく大きく氷が造形されていく。

 

「『コオリノヒツギ』」

 

 完全な氷の固まりとなったムーヴを凍らした床の上を滑らして移動させる。ムーヴと少女が通った後、氷はひとりでに消えていく。

 そうして少女は凍ったままのムーヴを連れて闇の中に消えていった。

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

 氷の少女とムーヴが姿を消したビルの屋上を、ヘクスが無表情で見下ろしていた。

 一帯に転がる氷片には一切目もくれず、ムーヴが居たその場所をじっと見詰めていた。

 

 そこには何もない。ただおびただしい量の血液が固まっているだけで、その姿も、何もかもが存在しない。

 

 腕を振るう。

 無数の糸がヘクスから放たれてそれらは全てムーヴが居た場所に集まって動きを止める。

 それを見ながらヘクスは僅かに目を細めた。

 

「やはりここで一度心臓が止まっている。先ほど見回った薬屋から数えて二度目……しかもこちらは追跡も出来ない」

 

 ヘクスは一度糸を絶ち切るとふわりと、更に高く、月の光を浴びるように空へと浮かぶ。

 

「契約が絶ち切られた……?」

 

 それはムーヴとヘクスを結んでいる糸のようなもの。

 お互いの存在を繋げる魂のライン。

 ヘクスがその糸を辿れなくなっているということはつまり、()()()()()()()()()()()()()が完全に完了してしまっているということになる。

 

「呪詛返し、ペナルティの類いは無し。となれば正規の方法で……正しく契約を満了したということになる。それはつまり……いやあり得ない。二つ考えられるが……彼が死んだなんてあり得るのものか」

 

 その言葉は半分願望染みている。

 魔法使いと怪人の戦いに、ただの人間が本来立ち入ってはいけない。

 簡単に死ぬ、当たり前に死ぬ、立ち向かうことも出来ずに死ぬ。

 

「あぁ、そんな事は理解しているとも。何度も何度も見てきたんだ。でもね、何故だろう、君が死んだなんて思えないんだよ……少なくともこの目で死体を確認するまでね。それまで私はアクションを起こさない。これは君のせいだよムーヴ、勿論私を騙して何かをやろうとしていたことは知ってたさ、けど最後には戻ってくると信じてたから私は君に従ったんだ」

 

 ヘクスの姿が月明かりに溶けて消えていく。

 元々そこに居なかったかのように、全てが無かった事のように消えていく。

 

「君は私と契約したんだ。私の許可無く契約を満了? 許さない。私に希望を見せた責任は取って貰う。最後の時まで付き合って貰うよ。必ず、ね」

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

『空』の少女は揺られている。

 

 贄沼に背負われて、力無く体をだらんと投げ出している。

 

 ぼんやりと虚空を見つめるその瞳には数分前の光景が強く、深く、焼き付いている。

 

 それは少女にとってのヒーローの姿。

 願えば必ず助けに来てくれたちょっとだけ怪しくて、でも優しく微笑んでくれたヒーローの姿。

 

 その姿が今は記憶の中で赤黒く染まっている。

 

 心に闇が渦巻く。

 自責と後悔の念が何重にも取り巻いている。

 

 ようやく動くようになった口を開いて、息と共に言葉が溢れた。

 

「あの人は……」

 

 死んでしまったのだろうか。

 少女はそこまで口には出せない。認めたくない、口に出せば確定してしまう気がして。

 

「多分、生きてるよアイツは」

 

「……え?」

 

 贄沼から返事があると思わなかったのか、それとも予想していた返事と違っていたからか、空成ハクはすっとんきょうな声をあげた。

 贄沼は足を止めて少しだけ乱れた呼吸を整えるついでに話し始めた。

 

「絶対死んでるって俺も思ってる。元々あの場所に行くまでに死んでてもおかしくない状態だったんだ。それに加えてあの状況じゃぁな……むしろ死んでない方がおかしい」

 

「なら、なんで?」

 

「あのバケモンが追いかけてきてない。音を消すためにバイクを乗り捨てたけど、それにしたって静かすぎるだろこんなの」

 

 そう呟いて贄沼は周囲を見渡す。

 空は変わらず暗闇に閉ざされ、ビルの間を通り抜ける風の音だけがこの場所に変化をもたらしている。

 

「まっ、アイツも多分人間だろうからサックリと死んでるかもしんねぇけどな」

 

「……ちょっと?」

 

「俺にそういう心遣いを期待すんな、事実と思ったことしか言えねぇ」

 

 会話が終わり、贄沼はまた足を動かし始めた。歩く度に痛みが強まる捻挫を我慢しながら目的地へと急いだ。

 

 空成ハクの心のしこりは残り続けている。それはここで晴れる事はない。僅かに、確実にその心を燻らせながら。

 

 二時間後、大事な宝物である妹分二人と再会し囲まれてもその心が晴れることは無かった。

 

 

 

 



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