踏み台キャラの偽勇者である俺はひたすらに足掻く (ギル・B・ヤマト)
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振り返り 己が勇者ではないと思い出した日


勢いで書きました。

追記
・後半の展開と矛盾する箇所があったので直しました。


 

 「一体何があったの!?」

 

 私クレアは大きな扉を勢い良く開け、外の雷雨に負けない程の力強い声をこの王座の間に響かせる。

 昼間は煌びやかに作られた金属の装飾品がランプと日差しで反射し、王の尊厳さを見せつけるこの場所も日が落ちれば暗くて誰もいない静かな場所へと変わるものだ。

 

 本来であれば。

 

 皆がベッドの上ですやすや眠ろうとした時に悲鳴が聞こえた。

 人類で最も栄えているこのヴァルハラ王国の城は当然ながら厳重に守られており、魔物はもちろん魔族達さえもこの守りを突破するのは容易くないだろう。それは夜でも関係ないことだ。

 

 だが聞こえてしまった。あろうことかあの2人が対談している王座の間からだ。

 

 それはマズイ。

 

 どちらも人類にとって必要不可欠な存在。

 私は既に手遅れかもしれないが、無事であることを祈りつつ誰よりも早くその場所へたどり着けた。

 

 「なっ……」

 

 中にいる魔物を仕留めようと、扉を開け剣を構える。そして目の前にいる敵を撃たんと前進して止まってしまった。

 

 「ね、ねぇ──これ、あなたがやったの?」

 

 先程の威厳はどこへ行ったか。

 目の前の信じられない光景を見て、自分の意識がどこか遠くへ行くような感覚に落ちた。声は困惑へと変わり、剣を握る力も緩んでしまう。

 でもそれは仕方の無い事だと、失態を犯しておきながら私は思った。

 

 

 だって人類を守るはずの勇者が、人を殺したのだから。

 

 

 

 王の間に入ってから見た光景には二人の人間がいた。

 ……厳密に言えば、一人はだったものだが。

 

 一人は王と国を長い間支えてきた善良なるロイ大臣。

 常に周りのことを考え、この国のために率先して動いてくれた誰もが尊敬する人だ。

 しかし大臣は首から上が消えていた。

 ……残りの下が床を汚して私の目の前で転がっている。

 

 問題はその死体と対峙しているもう一人の男。

 

 その男が持っている、白い輝きを放つ剣を見れば勇者だということが分かるし……そして剣についた大量の血を見れば誰が大臣を殺したかなんて答えはすぐ出た。

 

 

 だけど信じられない。

 

 

 今日やったドラゴン退治祝いの宴では、いつものように、まるで本当の親子のように話し合っていたじゃない。

 

 なのになんであなたが──

 

 「なんであなたが殺してるのよ!?」

 

 経緯は分からない。だけど今の彼は危険だ。

 力量差なんて関係ない。全力で彼を、私の親友を止める!

 泣くように叫んだ私の周辺からで赤い粒子がキラキラ光る。魔力を纏わせた証拠だ。

 戦いの準備を完了させた私は音速で目の前の敵を倒さんと突っ込んだ。

 

 後先を考えない全力の捨て身。これでほんのわずかでも彼を止めようとして━━━

 

 「……え?」

 

 私の体から血が噴き出た。

 噴水のように出る血がこの王座の間に舞い上がり、自分の体を真っ赤に染めていく。

 

 私と勇者である彼の実力には相当な差があったらしい。動きなんて見えなかった。下を向いていた彼の顔はいつの間にかこっち向いてて、既に剣を振った後だった。

 

 振り向いた親友──敵──の瞳はこの暗い空間でもよく見える。彼の背後に落ちた雷が、彼の邪悪さをより一層に表しているようだ。

 

 黄金の目。

 

 それは魔王だけが持つ瞳の色。

 人類を崩壊させるのは勇者でもある彼だと、そう示していた。

 

 

 

 

 

 

 時を少し戻そう。

 

 

 

 

 

 悲劇が起こる二日前。

 ヴァルハラ王城の中庭

 そこで二人の剣士が向かい合っていた。

 

 「なぁ、本当にやるのか一騎討ち?」

 

 「あったりまえでしょ、今度こそあんたに勝って見せるんだから」

 

 「やめとけってクレア。お前がこの俺に勝ったことなんて一度もないだろ」

 

 「分かってるわ、1523戦0勝だからね!!」

 

 「それ大声で言うことかよ……」

 

 白のロングヘアをなびかせて戦歴をいう彼女クレアは、声の大きさに負けず元気そうにしている。

 兜をかぶっていないから、彼女の絵に描いたような綺麗な顔はよく見えるが、着ている鎧の荒々しさは多くの死線をくぐり抜けた証であり、貫禄を隠しきれていない。

 

 中庭に差し込んでくる光が彼女の髪に当たり、少し神々しさすら感じさせた。

 だがもう一方も負けていない。

 

 「あんたこそ戦う前に一騎打ちの心配をするとか、実は私に負けるのが心配なんじゃないの〜? 勇者カイトさん」

 

 「……いいぜ、その減らず口叩き割ってやんよ」

 

 青筋を張って、不機嫌さを隠さないもう一人は青い瞳を持つ男。人類最強の勇者カイト。

 

 黒髪で白銀の鎧を着る彼は、クレアとは真逆の形になっていた。その勇者だけが身につけられる鎧もクレアの髪と同じく、光に当てられて神々しさを表している。

 

 幼い頃から変わらないいつもの口喧嘩を始めた二人はいつものように切れて、魔力を身に纏い始める。

 その壮大な魔力に地面はミシミシ揺れ、空気が重くなり、戦いにはこの二人以外は不要と言わんばかりに弱者が入れないステージを勝手に作り上げていく。

 

 だが問題なのは、この状態で一騎討ちをおっぱじめたら周りの建物はタダで済まない事だろう。

 

 そんな城はよくて半壊、悪くて全壊という破壊しか生まない戦いの火蓋は切られようとして──

 

 

 「待ちなさい二人とも!!」

 

 

 ──切られなかった。

 

 この強者しか入れないステージに割り込む男がもう1人。

 その男は城内で貴族がよく着用するロココをその男性も例に違わず着用しており、しかし他の貴族とは違い少し地味さを感じる緑色の服を着ているところが彼の控えめな性格を表している。

 だが良く見れば服のあらゆる所が綺麗に整ってあり、地味な部分の裏腹に、しっかり者という性格もその服で表していた。

 

 そして一騎討ちをする二人の親代わりと言ってもいい、中庭は大急ぎで来た男の名前は──

 

 「なんですかロイ大臣様」

 

 「止めないでくれよ父さん。もう少しでこいつ締め上げれたのに」

 

 ロイ大臣だ。

 ドンぱちやる寸前で止められた2人が、不満そうに彼に顔を向ける。

 彼は急いでいたのか汗をかいて「間に合ってよかった……」とぼそっと言っている。

 

 「いいかい君たち。この前一騎打ちしたせいで、周りが更地になったのを忘れたのかね」

 

 「あ……」

 

 「……いっけね、またやらかすとこだった」

 

 2人は思い出したのか、自分たちがやらかしそうになった事に冷や汗をかきはじめた。二人ともヤベェと少し顔が青くなっている。前にも一騎討ちした跡が酷すぎてこっぴどく怒られたことがあるからだ。それを見たロイはそんなことがあったのにも関わらず、やっと気づいたのかと呆れたようにため息を吐いている。

 

 「やれやれ。一騎打ちをすると急に周りが見えなくなるのは何故かね?」

 

 「「こいつをぶっ潰すからだ(よ)」」

 

 「「………………」」

 

 「「あぁ!?」」

 

 「分かった分かった。聞いた私が馬鹿だった……」

 

 仲がいいのか悪いのか、喋ったタイミングが被った彼らはお互いに顔をぶつけ合う。さっきの息の合った行動とお互いの態度が真逆なのを見てロイは頭を抱えるが、城を破壊させまいと人差し指をピンと立てて提案した。

 

 「とにかく一騎討ちのルールを変えてみよう。まず魔力は禁止だ。使ったら城崩壊は免れないからな。その代わりに純粋な剣術で競い合うのはどうだ。今回はお互いの剣術のレベルで勝敗を決めると言うのは」

 

 「「やる!!」」

 

 「君たちホント仲良いね……」

 

 かくして、大臣の提案を認めた2人は戦いの位置につく。2人は訓練用の木製の剣を持って構えると、先程の喧嘩が嘘のように静かになる。戦いに集中している証だろう。

 

 「ウゥホン」とわざと咳を鳴らし、2人の間にいる試合の合図役になったロイは手刀を作った方の片腕を真上にあげる。

 

 「ルールは先程通り。魔力は使わず互いの剣術で競い合う事。後城を破壊するの禁止」

 

 「あぁ」

 

 「えぇ」

 

 「よろしい、それでは……」

 

 大臣の説明に2人は頷き、そして2人は獲物を見るような目でニヤリと互いを睨みつける。

 

 そしてロイは片腕を勢いよく降ろし━━━

 

 「試合始めっ!」

 

 戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「また負けたぁーーー!!!」

 

 先に言おう。

 

 

 クレアの負けである。

 

 

 剣術においては、カイトの方が1枚上手だが。勝敗の有無を決めたのは体の強さだった。

 勇者に選ばれるだけあるカイトの体の力強さは、魔力抜きにしても強い。

 

 パワー、スピード、スタミナ、反射神経の全てがクレアより2つ、いや3つほど前に行っているのだ。技術もステータスも上、それならクレアが勝てないのは必然だった。

 

 「まぁ勇者の俺相手にしちゃ、よく戦えてた方だぜ。誇るがいい」

 

 「勝ったアンタに言われるとムカつくんだけど!?」

 

 勇者の言っていることは煽り(実際半分はそのつもり)にしか聞こえないが、正当な評価でもある。

 

 そもそも勇者というのは最強で、勇者であるないの時点で天と地の差がある物だ。中には努力と持ち前の天性で勇者と同じ土台に立つものはいるが、一騎打ちしたら瞬殺されるのが普通。

 それが勇者に負けたとは言え善戦できている時点でクレアは人類上位の実力を持っている事は確かだった。

 

 とは言え煽ってる事には変わりないので怒る。

 

 

 クレアは激怒した。必ず目の前でニヤニヤしている勇者をボコボコにしなければならぬと決意した。

 

 

 腕を組んで偉そうにするカイトに突っかかろうとするが、パチパチと手を叩く音で止まる。二人が手を叩いた主を見ると、そこには当然ロイがいた。これ以上の喧騒は許さんぞと、ニッコリしながらもどこか圧を感じる笑顔の彼に二人は喋ることも一旦止める。

 

 「勝負は終わったぞ、今日はここまでだ。既に日は落ちてきているから2人とも城に帰りなさい」

 

 「……そうね。カイト、次戦う時は絶対負けないわよ」

 

 「その言葉、腐るほど聞いたよ」

 

 この中庭の影もだんだん大きくなっていて、城中のランプもつき始めている。流石に時間だと3人雑談しながら城の中に入ろうとするが。

 

 「……ッ」

 

 「カイト……いつものやつ?」

 

 カイトの顔が歪み足を止めた。その事にすぐ様気づいたクレアは心配そうに声をかける。

 

 ただこれはよくある事だ。

 

 カイトはクレアと出会う前から持病がある。

 唐突に体の一部が痛み出す病気だ。発症するタイミングはバラバラで、勇者である彼でも一瞬動きが鈍るほどの痛みを感じる。今はまだいいがコレが魔物との戦闘中だと致命的な隙になりかねない。

 

 「あぁ、まただな……」

 

 ではその病気はどうしているのか?

 当然対処している人はいる。完治こそ出来ないが、この痛みを一時的に出ないように調整できる人がいるのだ。

 

 肉弾戦は大苦手だが、魔術なら超一流の人。

 このヴァルハラ王国が誇る大臣ロイは一騎打ちでの呆れた顔を引っ込め、真剣な顔付きでカイトに声を掛けた。

 

 「なら自分の部屋に戻る前に、治療室に行くか」

 

 「悪い父さん。いつも直してもらっててよ」

 

 「問題ない。親が子の面倒を見るのは当たり前だからな。じゃあクレア、君は先に戻っておきなさい」

 

 「わかりましたロイ大臣様。カイト、明日もやるって事忘れないでよね」

 

 「あぁ、今度もまた負かしてやるぜ全敗さん」

 

 「うっさいわね。さっさと治療されて元気になってこい!!」

 

 「はいよ〜」

 

 

 陽気な声を出しながら、カイトはロイと一緒にクレアと真逆の方に城へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 しかしアイツ、また強くなってたな。

 最初に一騎打ちした時なんかボロ負けだったのに、段々戦えるようになってやがる。俺も更に特訓しないと。

 

 そう今回の一騎打ちを振り返っていた俺は治療室のベッドの上で仰向けになっていた。

 治療室と言われるように、自分は毎回ここに来ては育ての親であるロイ大臣に魔法で体を見てもらっている。

 魔法に疎い自分では父さんが何をやっているのかは正直分からないが、診察後は嫌な痛みと気だるさが消えてだいぶ楽になれるものだ。本当に助かる。

 

 「クレアがだんだん強くなってきて嬉しいようだな」

 

 「え、なんで分かった?」

 

 「クレアと別れてからずっとニヤニヤしてれば、いやでも分かる」

 

 「……」

 

 マジか、無意識にニヤニヤしてたって恥ずかし。周りから見たらなんで笑ってんだとか思われちまうわ。勇者のイメージはちゃんと守らないとな。

 

 アイツには全力で煽るけど。

 

 「クレアに煽る態度は変えないつもりだな」

 

 「……」

 

 また当ててきた。

 こうも的確に当ててくるとはお父さんエスパーか何かか?

 

 「魔術に自信はあるがエスパーではない。お前の顔にそう書いてある」

 

 「今までの自分の表情に自信なくなってきた……」

 

 「クレアの事になると、いつもの勇者の顔はどこかに行ってしまうな。……彼女といる時は本当に楽しそうだ」

 

 そりゃあそうだ。村で一人ぼっちだった俺を助けてくれたのはクレアだからな。

 

 俺が生まれた時に両親が死んでしまって、残った俺は同じ村の人に養ってもらっていた。だけど勇者の力のせいで大怪我をしても勝手に治ったり、自分より数倍大きい魔物を簡単に殺せるもんだから怖がられて嫌われちまった。

 それは噂になって村まで広がり、

 

 『お前気持ち悪いんだよ!』

 

 『あっちに行ってろよ化け物』

 

 外で他の子供達と遊ぼうとしてもいじめられるようになった。

 当然そんなことが続けば、次第に人と遊ばないようになって、木の下の影に入って暇をするだけの日々を送るようになった。

 

 『友達になりましょう』

 

 だがそんな時だ。

 彼女がそう言って僕に手を差し伸べてくれたのは。

 

 日陰にいた僕から見て、日向にいて明るい笑顔で来た彼女はまるで太陽のような存在に見えて、知らず知らずのうちに僕はその光景に見惚れていた。

 気がついたら彼女の手を取って、彼女に引っ張られながら影の世界から光が当たっている場所へ出た。

 

 『あ、えっと、き、君の名前は?』

 

 『私? クレア!』

 

 引っ張られながらも人と話すのが不慣れなせいでハッキリ言えない自分の言葉に、彼女は振り返ってはっきりそう言う。

 

 この日僕は人生ではじめての親友を持ち、はじめて人と触れ合う楽しさを知った。

 

 『今日は何して遊ぶの?』

 

 『一騎討ち! あなた魔物を倒したんでしょ。私はこう見えても村で一番強いの。友達と戦って一度も負けたことがないんだから!!』 

 

 

 

 ついでにクレアの連敗記録もここから始まった。

 

 

 

 「クレアとの出会いは何度も聞いたさ。その度に思うんだが、煽るその態度はやめたらどうだ?」

 

 「やだ、一騎討ちはずっと煽るって心から決めてんだ」

 

 「そのこだわりは一体……」

 

 アイツは家事に勉強、馬の世話から貴族の礼儀までなんでも上手にできるハイスペック人間だからな。正直一騎討ち以外で競争したら負ける未来しか見えない。

 なので、彼女より唯一上の一騎討ちだけは煽るのを止めるつもりはない(ただドヤりたいだけ)。

 

 「よし終わった。もう戻ってもいいぞ」

 

 何かのチェックが終わったのか手から出ていた魔法陣を消すロイは、いつものように呆れながらも言った。

 

 「父さんにも感謝してるよ」

 

 「なんだ今度は私の話か?」

 

 「まぁな、でも感謝してるのは本当だ。今の俺がいるのはクレアとクレアの両親、父さんのお陰だからさ」

 

 クレアと親友になってから数年、自分の運命を変える大きな厄災が起こった。

 

 魔物の大群の襲撃。

 

 諸説あるが、魔王が復活する余波を受けたという原因で暴走した魔物達が自分たちの村を襲ってきたらしい。

 らしいというのは、あくまで噂に過ぎないからだ。実際なぜあの時にあの場所にだけあんなことが起きたのかが分からないが、考えられる理由としてはそれぐらいしかないそうだ。

 

 ズレた。話を戻そう。

 

 この厄災に対して自分含め村の住民達は、逃げるなり、戦うなりしてなんとか生き残ろうとした。自分とクレアとその他数人、そしてクレアの両親も魔物に立ち向かったが、両親は犠牲になってしまった。

 そして魔物の襲撃で村は崩壊し、心も体もボロボロになった時に現れたのがこの国の大臣ロイだ。

 

 ロイは住むところが無くなった村人達に住居を用意し、親がいない自分とクレアを城まで連れてってくれて今日に至るまで育ててきてくれた。

 

 そして自分を勇者と見抜き、勇者の役目を果たすために教師をしてくれたりサポートしてくれたのがロイだ。

 

 学問や魔術に貴族や王様間での礼節、色んなことを優しく時に厳しく指導してくれたおかげで、今の自分は勇者として活動できている。

 

 「クレアに対するあの煽るような喋り方、出来ればやめて欲しいんだがな。クレアと私以外に聞こえてしまうと、勇者としてのイメージが崩れて品格を疑われるぞ」

 

 じゃあさっきの一騎討ちでの話し方は勇者としてどうなのかと言う事になるが当然よくない。

 

 民衆のみならず城に住んでいる大半の人からは自分のことを誰にも優しく真面目な優男だと思われている。

 あんな人を煽るような喋りをしているなんて誰1人おもっていないだろう。

 

 ロイとクレアを除いては。

 

 「そうならないようにあの時防音の結界張っててくれただろ」

 

 「それが分かってるなら煽るのやめて欲しいんだが……」

 

 何度もため息するロイの姿からは大変な苦労を感じ取れる。父さんは魔王関連の災害対策の担当をしていて、国の中でも偉い人にも関わらず常に前で指揮を取り、被害にあった村や町の支援、補給物資、魔物対策などで多くの人達を救ってきた英雄だ。

 苦労人臭はするが国民達の間からは人気者になっている。

 

 

 そんな聖人に一体誰が苦労をかけさせてるのかなー(棒)

 

 

 それは置いといてあの煽るような喋り方だけど、もちろん聞こえないようには対策している。

 あの喋りをするのは一騎討ちの時だけだし、やる場所も無人なところか、ロイが見ているところでしかしない。

 そしてロイは国においてトップクラスの魔術師だ。高度な魔術を使うのはお手の物であり、防音結界をいつも張ってくれている。

 難しいと言われているこの魔術だが、彼が発動する時はあたかも息をするように簡単に発動している。

 ただ防音結界の下りも今まで何回もしてきたからか、ほとんど諦めてるロイはすぐに話題を変えた。

 

 「感謝しているなら今度の魔物討伐。クレアと喧嘩するなよ」 

 

 魔物討伐。

 

 ロイに育てられた自分とクレアが今やっていることだ。

 

 クレアは魔物に親を殺された子供としてその悲劇を防ぐ為に、自分は勇者としてそしてクレアの意思を一緒に成し遂げたい為に、世界各地の魔物討伐に出ている。

 

 魔王復活の予言が出て数年。

 

 まだ魔王は復活していないが魔物達の活動が活発になってきている。魔物は前までは襲わなかった人を襲い始めるようになり、中には凶暴化して村を簡単に滅ぼすような化け物まで出てきた。

 

 そんなもの相手に村人は立ち向かえるわけが無い。立ち向かっても自分の村と同じ結末を迎えるだけだろう。

 

 だから国が編成している討伐隊がいる。

 城の兵士達が村を襲っている魔物と、村を襲いそうな凶暴な魔物を叩き潰す為に世界各地で活動している。

 

 しかしその兵士達でも、村を滅ぼすような化け物相手には荷が重い。そこで出てくるのが上級冒険者パーティーや城の上位実力者の自分やクレア達だ。

 

 「そんなところで喧嘩はしないよ」

 

 治療の為に脱いでた上着を着ながらそう返答する。

 大切な任務まで私情は持ち込まない。流石に。

 

 「じゃあカイト、私はまだ用事があるから君は一人で戻りなさい」

 

 「分かった。父さんも遅くなりすぎるなよ」

 

 最後に四つ葉のクローバーの形をした宝石が付いているネックレスを首にかけて、自分は治療室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 「……もうこんなに暗いのか」

 

 外に出たらそこは暗闇が支配する世界に変わっていた。

 昼では歩いている人達によって活気がある城も、今では虫の声が聞こえるほどに静かになって殺風景になっている。

 暗くて少し先さえも見えづらそうな状態を見て、自分は目を閉じて軽く意識を集中させる。

 

 『ライト』

 

 囁くように一言。

 それだけで目の前に小さな光が生まれた。

 数少ない人しか使えない光属性の魔術。その中でとても簡単なものだ。効果も小さな光を生み出すだけで、それが軽い魔物避けになるだけ。

 だが今はこれで十分。魔法のおかげで周りが見えやすくなったのを確認して、自分は来た道へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (次の討伐相手はドラゴン。伝説クラスではないけど侮れないな。少し離れているが村もあるしその事を考慮して戦わないと……)

 

 歩いて数分、場所はクレアと一騎討ちしたまで戻っていた。当然人は自分以外いない。しんみりとしている。

 そして自分は魔物討伐のことを考えていた。今回はクレアとペアを組んでの任務で、相手のドラゴンはまだ眠っている状態のまま。

 発見されたのはつい最近で、放置してるわけにもいかないので数日後に討伐する予定だ。

 

 (とにかく、明日はクレアと相談しないとな。用意する道具の属性や数も一騎討ち後に決めて……)

 

 腕を組みながら顔を下に傾けて夜の城の中を歩く。

 とにかくどれだけ被害を出さずにドラゴンを討伐するのかに意識を集中していた。

 

 

 

 

 

 だからだろう、頭上から何かが降ってくることに気づけなかったのは。

 

 「勇者様!」

 

 「ん?」

 

 突然上から声が聞こえた。確かこの声は城で働いているメイドだ。なんだろうと上を見ようとする前に───

 

 

 ゴンッ

 

 

 植木が後頭部にあたった。

 

 

 (うっ……)

 

 

 先に説明するが、勇者の頭に植木程度の物が当たっても死ぬことはない。人類最強と言われる勇者だ。世界を崩すことができるドラゴンや魔王とタイマンできる存在がこの程度で大怪我するわけではない。

 

 しかし、今回のケースは予想外な所からの攻撃つまり不意打ちを食らったわけで、受け身はしていなかった。

 

 結局何を言いたいのかと言えば、うっかり頭に物がぶつかったら勇者といえど気を失うという事だ。現に自分は意識が遠のいていくのを感じている。

 

 

 

 

 

 そこで異変が起きた。

 

 (あれ……これは一体?)

 

 ダメージを受けて気を失うまでの一瞬、頭の中に何か莫大な情報が流れ込んできた。大きな濁流のように流れてくるそれは、植木の事も相まって瞬く間に暗闇の中に飲み込まれていく。

 だが飲み込まれていく中、その情報はとても精度が良い絵のようなものに姿を変えて、自分の脳にわかりやすく伝達させてくる。

 

 (この世界は前から知っていた? 生まれる前……前世から? ここはゲームの世界?)

 

 大量の情報に困惑しながらも、頭の中に思い浮かぶ数々のワード。

 

 そして三つ。

 自分にとってありえないと思うような情報が流れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (自分は偽物の勇者で……

 

 

  本物の勇者はクレア……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ───人類の敵は父さん?)

 

 

 ターニングポイント。

 

 本来起こるはずだったシナリオは崩壊した。

 歯車は壊れ、本来は起こりえない未来の方へと進路を変える。

 

 

 それがこのカイトにとって吉と出るか凶と出るか。

 

 

 それは誰にもわからない。

 

 

 ただ一つ分かるのは、これが彼の人生を大きく狂わせる出来事だったと言うことだ。



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前世の記憶で、今世はゲームの世界だと思い出しました。ちなみに偽勇者の末路は

お気に入り、高評価ありがとうございます!


 

 まず自分は、あの一件で前世を思い出した。

 そして真っ先に自分にいや、人類にとっても重要な事も思い出した。

 

 この世界は「悲しみの蘇芳花(スオウバナ)」の世界であることを。

 

 前世の世界でコアな人気があったRPGゲーム。

 舞台は魔法がある中世で、主人公クレアが多くの壁にぶつかりながら勇者に覚醒して魔王を倒すと言う、これだけ聞けば王道中の王道のストーリーだ。

 

 しかし王道にしては少し違和感を感じるだろう、タイトルからどこか暗そうな印象を受けて。

 

 それは全くもってあっている。

 「悲しみの〜」の時点でそんな雰囲気が出ているが問題なのは次の蘇芳花。

 

 この蘇芳花はハナズオウと言う花の別の呼び方だが、花言葉には『裏切り』と言う言葉がある。

 そして主人公クレアがその裏切りにあってしまう。

 

 

 

 では誰がクレアを裏切るのか?

 

 

 

 それは彼女の幼馴染であり親友でもある──偽勇者カイト。

 

 

 今から約一年後、偽勇者である自分はクレアを厄災を呼ぶ者として国から追放し、そして彼女を息の根を止めるために追い詰めていく。

 元々仲が良かった二人は時が経つに連れてドンドン仲が悪くなっていき、最終的には唐突に宣言された追放で破局する。

 クレアはその後国からの追跡を逃れながら、逃げた先で多くの人と出会い仲間に会い、強くなっていき魔王を倒す。

 自分がゲームをした時はこんな流れになっていた。

 

 当然今の自分にはその気はない。

 

 

 

 

 

 『───自分の父親が敵』

 

 

 

 

 

 そう、自分は父親のせいでクレアの敵になる。

 

 

 暗闇に塗りつぶされた空間に一人棒立ちする俺は突然流れた前世からの知識と、その情報の異常性に困惑していた。

 

 前世の自分はロイの事を魔王を崇拝する人間───敵と確信している。

 

 だが今世の自分は、今まで接してきた優しくて温かいお父さんの姿が頭から離れられず、父親は敵ではないと確信している。

 

 自分の心の中に相反する二つの人格のせいで自分が混乱している。

 

 

 

 瞬間、目の前にノイズが走った。

 

 

 

 黒に塗りつぶされていた目の前の空間から白黒の画面が映し出される。

 昭和の昔のテレビを彷彿させるような画面は砂嵐の音を大音量で響かせながら、中に二人の人間を映す。

 

 

 俺とクレア。

 

 

 だがそこにいつもの雰囲気は無かった。

 二人が立っている所からその周辺へと見える範囲が広がっていき、あらわになるのはボロボロになった城内の風景。

 壁にはひびがついてて、割れた窓からは火の手が見える。

 

 

 そして二人の間には殺気が、手に持っている剣は真剣。

 いつもの一騎討ちではない。それはまるで──

 

 

 (殺し合いじゃないか)

 

 

 自分がそう思ったと同時に映像が飛ぶ。

 

 

 飛んだ後に映ったのはボロボロになった二人だ。

 それが映ってから画面に色がつき始めて、火が燃える音、何かの瓦礫が落ちる音、二人の呼吸が聞こえ始めるようになった。

 

 クレアは怪我まみれながらも足で地面に立っていて余裕さえも感じ、それに対して俺は床に這いずっているままだ。

 

 誰がみても勝者は分かりきっていた。

 

 『なん、で俺がクレアに負けて……』

 

 『……カイト、私と戦った時に勇者の殆どの力を失ってた事に気づいてた?』

 

 無様な俺に対して悲しそう顔をして近づいてくるクレア。彼女の一歩一歩進むときの音が何故か虚しく感じる。

 

 『私、追放されてから何回もアンタと戦って気づいたことがあるの。時が経つに連れて私とあなたの実力差が縮んでる事を』

 

 コン、コン、と足音が広がる。俺はクレアの言葉を黙って聞いているだけだった。

 

 『最初はただ特訓した成果だと思ってた。でもとある村を訪れた時にそれは違うって分かったのよ。──私が本当の勇者だって事に』

 

 俺の近くまできた彼女はしゃがみ、動けない俺を仰向けにして彼女の手が僕の額へ触れた。

 

 『カイト、あなたは操られてる。目を覚まして───クリア───』

 

 彼女が発音した瞬間、額の手から光が溢れ出す。僕が気絶する前に発動させたライトの魔法と殆ど同じ光が。

 

 それは勇者の証。彼女こそが今代の真の勇者である事を僕に取り憑いていた闇の魔力を消し去る事で証明してみせた。

 

 『……僕は?』

 

 『カイト、大丈夫?』

 

 カイトの体からは傷が消え、さっきまで苦しそうだったのが嘘のように穏やかな顔になっていた。

 

 『ああ、確かクレアを追放して、それから……ごめん。あの時から何か悪夢みたいなものにうなされていたんだ。自分なのに自分の意思で動いていない……誰かに操られていたような』

 

 田舎の村出身である彼女は城に居場所は殆どなかった。

 

 そんな彼女の居場所になってくれたのは、幼馴染の自分と拾ってくれたロイ大臣の二人。他にも何人かは居るがこの二つが大きな居場所なのは確かだろう。

 

 その居場所を壊したのは自分だった。

 

 『大丈夫、分かってるわ。あんたが今までやってきた事はあなたの意思じゃない。ロイがあなたをこんなふうにしたのよ』

 

 世界で旅をしたからか前の交戦的な威勢は引っ込み、今は優しさを感じるようになった。

 しかしカイトはその変化には気付かず、代わりに彼女のとある一言が彼を驚かせていた。

 

 『ロイが……?』

 

 『ええ、あなたが。みんながおかしくなったのはロイのせい。彼は洗脳の魔術を使って──』

 

 ──残念だ。

 

 その声が聞こえた瞬間、僕達は謎の重圧を受けて体が一切動けなくなる。

 そしてこの魔術を使った主がこの場所に現れた。

 いつものどこか苦労人臭がする優しい男ではない。機械のように無表情で氷のような冷徹さを感じる、クレア追放騒動の黒幕。

 

 ロイ大臣。

 

 彼を見たクレアは、優しい感情を引っ込ませて怒りをあらわにする。彼女が追放されてから、ロイ大臣の所為で犠牲になった人はたくさんいた。

 

 『おまえっ……!』

 

 『声の威勢はいいが、その状態では何も出来まい。目の前に仇がいると言うのに無様だな』

 

 ロイ大臣の強力な魔術は、勇者として覚醒しつつあるクレアでさえ動きを封じ込めている。当然彼女より弱くなってしまったカイトも同様だ。

 その姿を見てロイ大臣は特にバカにするわけでもなく、淡々と話を続ける。

 

 『カイト、先に言っておくがクレアが言った事は本当だ。お前を洗脳して彼女を追い詰めたのは。……勇者である彼女は魔王にとって一番の天敵。その力を出させない為に嘘と洗脳を使って彼女を悪という存在に仕立て上げた』

 

 『本当だった、のか……なら何であの時助けた?』

 

 あっけなく暴露された事実にカイトの顔は驚きに染まるが、そうなると一つおかしいことがある。魔物が村に襲撃した後のことだ。クレアが勇者と分かっているなら何故助けたのか、その答えもロイ大臣が教えてくれた。

 

 『簡単な事だ。勇者になれるのはその代で一人だけで、今回は彼女だった。そして彼女が死んだら別の人間に勇者になる権利は移る。そうなると探すのが面倒だからな、監視する為にあえて助けた』

 

 『じゃあ村や城で色々助けたのは全部──』

 

 『魔王を復活させる為にしただけだ。全部演技で、必要でなければお前は作らなかったし、クレアもすぐに殺した』

 

 ロイから発せられた氷のような冷たさを連想させる声と、今まで大切にしてきた思い出をハンマーで壊されるような衝撃は、カイト達の顔を驚きから悲しみへ変貌させる。

 だが最後の方に、カイトにとってどうしても聞き捨てられない言葉があった。

 

 『僕が……作られた?』

 

 『ああ、疑問に思わなかったのか? 何でお前には両親がいないのか。何でクレアではなく自分が勇者の力を使えたのか。言っただろう、クレアを勇者にさせない為だと』

 

 カイトの耳には今までの人生で積み上げたものが崩れていく音が聞こえるようだ。

 

 

 

 そしてトドメを刺すようにロイは言った。

 

 

 

 『お前はクレアを勇者にさせない為に作られたホムンクルス。勇者の劣化品さ』

 

 

 

 『……』

 

 『カイト……!』

 

 その言葉にカイトは何も言えず、ただ沈黙した。

 今まで作り上げてきたものが全て偽物だと否定されて、自分がロイの道具として作られた事実に彼は、黙ることしかできなかった。

 その姿を見て興味を失ったのか、ロイは仕上げと言わんばかりに右手を出す。

 

 『じゃあ最後に冥土の土産として教えてやる。お前は魔力も使用して作られた道具だからな、こうすることもできるのさ。──オーバーロード──』

 

 ロイが呪文を言ったと同時に指を鳴らすと、カイトの体が突然光り始めた。

 まるでカイトの身体中の魔力がはち切れんばかりに循環して暴走しているような───

 

 『!』

 

 今自分の中で何が起きているのか察したカイトは最後の力を振り絞り、重力の魔術に逆らって後ろにいるクレアを精一杯吹き飛ばした。

 

 『え……?』

 

 吹き飛ばされたクレアは突然の事に思考が固まるが、声が出せなかったカイトの口の動きははっきり見える。

 

 

 ありがとう。

 

 

 そう言い終えた瞬間に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽い音とともに、カイトの体は頭から爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁっ!!……はぁ、はぁ」

 

 頭が爆発した直後、自分は暗い部屋の中で目が覚めていた。

 

 ひどい夢だ。というより悪夢そのものだな。

 お陰で体は汗でベタベタ。今着ている服もベチャベチャで、気持ち悪さに拍車をかけている。

 夢とは言え自爆するのを体験したから、運動したわけでもないのに心臓がバクバクしてて息苦しい。

 

 「大丈夫カイト!? 汗がすごい事になってるじゃない」

 

 そんな自分に声をかけてくれたのは幼馴染であるクレアだった。

 いつものニヤリ顔ではなくただただ心配してくれる彼女を見て自分はホッとした。

 

 (あぁ、怪我は無いな)

 

 夢だとはわかっているが、妙に現実味があったが為にクレアの姿を見て安堵する。

 自分が倒れたのを聞いてからずっと看病してくれたからか、彼女の服をよく見れば一騎討ちした時の鎧の姿のままだった。

 

 見てくれたのは嬉しいけど、服着替えないと匂いつくぞ。とは思ったが看病してくれたクレアに対して流石にそんな事は言えない。

 そんな風に思っていたら心に余裕が出来たのか、いつもの様に話しかけていた。

 

 「お? 俺を心配してくれるのか」

 

 「む……何よ。割と元気あるじゃない。流石は勇者様ってところね」

 

 「……まぁな」

 

 口をムッと膨らませるクレアだが彼女が発した勇者という言葉で、あの悪夢のことを思い出す。

 

 

 

 ── お前はクレアを勇者にさせない為に作られたホムンクルス。勇者の劣化品さ──

 

 

 

 自分を否定するあの言葉は、自分の心臓を締め付けるような辛さがあった。

 

 

 

 「クレア、カイト。入るぞ」

 

 突然得た知識に対して自分が落ち込んでいると、入り口から声が聞こえてロイ大臣が入ってきた。

 

 「お……お父さん」

 

 夢でやられたことがよぎって、一瞬口が止まるがなんとかロイ大臣を呼ぶ。

 その事を周りに兵士がいないか心配しているとロイは勘違いした。

 

 「おっと、この部屋付近は自分たち以外いないぞ。防衛はクレアだけでも十分だからな」

 

 「ロイ大臣さん……」

 

 サラッと褒められた事を嬉しがるクレア。

 カイトは勇者のイメージを崩さないように皆の前では基本的にお父さんと呼ばずロイ大臣と呼んでいるようにしている。

 

 「とりあえず傷についてだが、すでに治っている。勇者の力のおかげだな。しかし次のドラゴン退治は一時中止だろう、流石に頭にダメージが──」

 

 そういえばドラゴン退治の事があったな。頭に傷がついたんじゃ戦闘自体避けるべきだろうが──

 

 

 『カイト!』

 

 

 ──あんな夢見せられたんじゃあ、クレア一人には任せられない。

 

 「問題ない」

 

 ロイの言葉を遮り、ベットから体操選手のように空中で綺麗にバク転を決めスタっと静かに地面に着地したカイトは、バッサリとそう言い放った。

 その後に腕や足をぐるぐるさせていつも通りのニヤリ顔を見せる。

 起きた時からなんと無く分かっていたが、ほぼ治っているし後遺症もない。

 

 「この通り光の力も体の調子も健在だ。なんならドラゴン退治は俺が一人でやってもいいぜ」

 

 サラッとすごい事をやってのけた直後のこの余裕ぶりを見た二人は一瞬固まるが、一騎討ちの時と同じようないつもの調子に戻ってきた。

 

 「相変わらず体の強さは変わらないな」

 

 「当然、自分は勇者だからな!」

 

 「光の力ってホント羨ましいわね……」

 

 「だが念のためだ。明日の一騎討ちで様子を見る。ドラゴン退治に行く行かないを決めるのはそこからだ。それでいいな」

 

 「無論そのつもりだよ。まぁ確実にドラゴン退治に行けるだろうけどね。明日も俺の勝ちだし」

 

 「へぇ〜起きたらすぐ調子に乗るわね。いいわ、明日は私がボコボコにしてあげるから待ってなさい」

 

 ニッコリしながらイライラオーラを出してくるクレアは、先程までの心配もほとんどなくなりロイも念の為とは言っているが、話している様子からして問題無いだろうと思っているだろう。

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ明日はいつも通りに」

 

 「分かってるよ父さん。お休みなさい」

 

 

 そのあとロイからは今日はもう寝なさいとキツく言われ、カイトも特に起きてる理由はないので素直に従う事にした。

 すでにクレアも自室へ戻っており、近くにいるのはロイが部屋の外に護衛としてつけてくれた兵士達だけである。

 火が消えて真っ暗な部屋の中、カイトはベットの上で夢の出来事を振り返っていた。

 

 

 あの夢での行いは間違いなくロイが敵だと示している。前世の記憶通りで進むなら、クレアや人類に大打撃が来るのは間違いない。

 そう考えると父は倒さなければならないと思うが。

 

 

 

 ──本当にお父さんは敵なのか?

 

 

 

 カイトは迷っていた。

 そもそもあの夢がこの世界でも必ず起こるとは限らないし、それ以前に『悲しみの蘇芳花』と同じ世界だともいえない。もしかしたらとても似ているだけで実際は全く別の世界かもしれない。

 

 頭に流れてきた知識が中途半端なせいで、今まで接してきてくれたお父さんの優しい姿を思い出していると、敵だとは思えなかった。

 

 (何か証拠があれば)

 

 父さんが敵ではない証拠。今はとにかくそれが欲しい。正直夢を見せられただけで今までの出来事をまるっきり否定できない。何せ実感が湧いてこないからだ。

 

 (そういえばゲームのラストでクレアはどうなるんだ……?)

 

 そして自分は何か大切な事を思い出せていない気がする。あのゲームのラストで確か、とても悲しい終わり方をするような──

 

 カイトはその後も必死に思い出そうとするが結局分からず、気づいた時には眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 

 目が覚めた僕は早速鎧を着て、昨日と同じ中庭へと歩いていた。

 朝の城内の道は夜とは真逆で活気にあふれている。目が眩むような日差しと鳥のさえずりで自然の暖かさを感じれて、体の元気が溢れ出るようだ。時々見れる花も元気いっぱいに咲いていて、見ているこっちも自然と心が安らぐ。

 

 「おい、またあいつ一人で特訓してるぜ」

 

 「あの女田舎からきた人のくせに生意気だ……」

 

 そんな風に気持ちよく歩いていたら、不愉快な陰口が聞こえてきた。

 

 中庭で昨日の一騎討ちの反省点を改善しようと頑張っているクレアが見えかけた所で聞こえた声は、この朝を台無しにするには充分だった。

 

 (またか)

 

 だがこの光景も見慣れたもの。

 ロイ大臣に拾われた形で城に住み始めた僕とクレアだが、田舎の村出身というのが気に食わないのか、城の大半の人たちは僕たちをよく蔑んでいる。

 自分が勇者として堅苦しい言葉を使っているのも、しっかりした人だと周りに見せてなんとかこれを改善したいと思っているからだ。

 他にも改善策として、魔物退治なり実績を残して認めてもらおうと頑張ったが、むしろそれは兵士たちのプライドを悪く刺激してしまったのか、こういう陰口の頻度も増えてきてしまった。

 勿論全員がこうではない。確かゲームでクレアが追放された後でも、城で何人か味方になってくれてた人がいた気がする。それでクレアの冒険について行く人も中には出て……

 

なんにせよ、目の前のこれをそのままにするのは気分が悪い。そう思って注意しようとするが──

 

 

 「君達何をしているのかね? こんな所で」

 

 ロイ大臣が先にそれをしてくれた。

 声をかけられた兵士二人は不機嫌そうな顔をしながら振り返るが、声をかけてきた人の顔を見て驚きに染まる。

  

 「そ、それは……」

 

 まさかロイ大臣から声をかけられるとは思わなかったからだろう。兵士は返答に困りどもどもして、その姿を見て呆れたロイ大臣はため息を一切隠さずに吐く。

 そして冷たい目で彼らを睨む。

 

 「君達は彼らを蔑んでいるようだが何故か。彼らが田舎出身の癖に自分達より活躍しているからか?」

 

 ロイは中庭で汗水垂らしているクレアを見ながら兵士に話し続ける。

 

 「もしそうだとしたらとんだ失笑ものだな。彼らは命をかけて国民と国を守っている。それは君達兵士も同じだ。それなのに出身だけで下に見ているのはむしろ、蔑まれるべきは君達の方だろう。いや今からでもそうなるべきだな、こういうのは足を引っ張る原因になる。すぐに排除を──」

 

 自分より遥かに偉い人、それもこの国で一番の功労者と言われた人物にそう言われて、二人の顔は真っ青になっていた。顔には冷や汗がたっぷりついていて、流石にこれ以上は止めておこうと、ロイ大臣はパッと笑顔になる。

 

 「冗談だ。すぐにはしない……だが出身だけで人を下に見るのは良くない。それは肝に銘じておけ」

 

 一瞬二人は軽くなった空気にホッとするが最後に釘を刺されてうんうんと顔を頷く。

 

 「それに」

 

 そしてロイ大臣は、会話をずっと様子見していた廊下のど真ん中にポツンと立つ自分を見た。

 

 「周りも良く見た方がいい。本人の前で陰口を叩くのは良い悪い置いといて、間抜けすぎるぞ」

 

 そう言われた兵士はようやくこちらの存在に気付いたて、さっきまでの会話を聞かれてしまったのかと僕から逃げるようにそそくさと去っていった。

 

 最後に少しだけ、こちらを睨みながらだが。

 

 (注意されたばかりなのに良く睨んでくるな……。なんだ、「田舎の人が勇者の瞳してるなよ」とかか?)

 

 この世界では前世より、瞳の色に対して特別視されるところがある。

 青の瞳なら勇者になる素質があるとか、それ以外の色なら勇者にはなれないとか。後黄金の目を持つものは魔王だとか。

 こうなっているのは、この世界では10数年住んできた自分でもよく分かってなかったりする。

 

 例えば「木についている丸い形をした甘い食べ物はリンゴだよ」と言われるように、常識になっているのだ。ただ魔王の目に関してはわかる。

 

 単純に魔王しか黄金の目を持っていないからだ。

 

 昔の言い伝えや本を聞いたり読んだりしてみたが、全てに魔王は黄金の目をしていると書かれていた。

 まあ今の僕には、勇者である事以外特に関係ないからあまり気にしていない。

 

 「君も来たか。昨日言った通りクレアと一騎討ちするぞ。当然物や城は壊すなよ」

 

 「分かっていますロイ大臣。しかしそちらの手に持っている紙は……?」

 

 「ああ、これか」

 

 ロイ大臣を見てると違和感を感じ、その原因を辿ろうとしたらなんとなく左手を見て正体に気づけた。

 

 

 昨日とは違い指輪をはめてる左手には紙があった。

 

 

 この世界では紙はそれなりに貴重で、図書館以外ではあまり見たことがない。それも本では無く紙ということは用途も大体絞れてくる。

 

 「なるほど、私の勇者の光の力を使用した回復薬ですね」

 

 「その通りだ」

 

 実験の記録用紙だろう。ロイ大臣はよく後世に実験の内容を残す為に、記録を紙に書いている。今回も勇者の力を魔物討伐以外に使えないか考えて、強力な回復薬の生産が可能か実験しているようだが、いつものようにため息を吐くロイ大臣の事をみるに難航してるようだ。

 

 (まあそんな事が出来たら、遥か昔から実用化されてるだろうしな)

 

 「私も成功してほしいと思いますが、だいぶ時間がかかるようで……」

 

 「流石に勇者の力を借りて都合よく、強力な回復薬量産は出来なさそうだな。それより一騎討ちだ。私も用事がたくさんあって忙しい。早く終わらせてくれ」

 

 「そうでしたね。早くクレアをボコボコにしましょう」

 

 「だから言い方……」

 

 正直無理があるだろうと思いながら、しかし実現できたら救える人の数はぐんと上がるので成功してほしいと願い、クレアの方に向かう。

 

 「待ってたわよ!」

 

 中庭に入った自分達……というよりカイトを見て、好敵手が来たと言わんばかりにニヤリ顔になるクレア。

 

 「よしそれじゃあ第1525戦目の一騎討ちやるか!」

 

 そんないつも通りの姿を見て、自分もいつもの様に構える。

 

 「今度こそあんたを負かしてやるからね」

 

 「やってみろ」

 

 昨日と同様にロイ大臣が合図役になり、一騎討ちは始まった。

 

 結局クレアが負けて、自分は問題なくドラゴン退治に行ける様になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてドラゴン退治で。

 

 

 

 

 

 「クレア!!」

 

 

 クレアはドラゴンによる強力な一撃によって倒れてしまった。



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そうだ。彼の手にあったものは……

 

 「クレア!?」

 

 ドラゴンを倒した僕は、吹き飛ばされたクレアの元へ走っていった。

 

 (クソッ! 何やってんだ僕は!!)

 

 村に被害が及ばない様に、平地で戦った僕達。

 一騎討ちで互いのことを熟知している僕達は前衛で、連携しながら着実にドラゴンを追い詰めていた。

 

 だがトドメをさせる直前にクレアは、鞭の様に振るってきたドラゴンの尻尾に直撃してしまう。

 コイツの最後の悪あがきなのか、自身の体に傷がつこうともお構い無く暴れるドラゴンの攻撃は今まで戦ってきたどの相手より強力だった。

 

 『ガァァァァーーーー!!!』

 

 『これでとどめだぁ!!!』

 

 だが必死なのはこっちも同じだ。

 クレアの元へいち早く駆けつけたい衝動に駆られながら、輝く勇者の剣でドラゴンの首を刈り取る。

 ドラゴンの首が地面に落ちる瞬間さえも見届けずに、足に全ての魔力を集中させてクレアの方へ駆けた。

 

 (見つけた!)

 

 そして今。

 

 傷だらけになりながら仰向けに倒れているクレアを見つけた。

 

 「クレア、今助けるからな……」

 

 悪夢の最後で起きた爆発に巻き込まれる彼女を思い出して、大急ぎで光の魔力で彼女を回復させようとするが、

 

 「大丈夫よ、私は無事」

 

 「! ……なんだ、無事だったのかよ」

 

 目を閉じながら口角を上げるクレアを見て、僕は胸に溜めていた息を深く吐いた。それがきっかけで肩に乗っかっていたプレッシャーも解放されて、自分も仰向けになる。

 

 「一騎討ちであんなのいくらでも喰らってたわよ」

 

 「……そうだっけ?」

 

 「あんたはそういう所、どこか適当よね……」

 

 あれくらいの攻撃しないと怯みもしないからな。最近は本当に力入れて攻撃しないと、普通に強いの貰っちゃう。

 そして呆れながら自分の顔を見にきた彼女の目は点になる。

 

 「って、あんたの左目の方が重症じゃない!!」

 

 「ああこれ?」

 

 さもいつもの様に会話しているが実は今、真ん中から左半分の視界が真っ暗になっている。ドラゴンの鉤爪によってギリギリ脳までは届かなかったが目は完全にやられてしまっているらしい。

 

 「私よりあんたの方が早く治療を──」

 

 「問題ない。光の魔力で治るし、それこそこのくらいの傷なんていくらでもしてきたじゃないか」

 

 前世の感覚からすれば人生に関わる大問題だが、今世に関してはいつも通りと言った所だ。小さい頃に魔物に大怪我を負わされた時から、普通の人では死に至る傷を跡形もなく何度も治してきた。

 小さい頃はこれのせいでいじめられてしまったが、今ではこれのおかげで人助けやクレアの隣に立てるので感謝してる。

 

 「……そうね。でも何かあったら直ぐに言いなさいよ」

 

 「分かってる。子供じゃないんだからさ」

 

 空を見上げていた僕の視界に入ってきた白い髪の毛は穏やかな風に靡かれて、その穏やかさから戦いが終わったんだとやっと実感した。

 そして僕の返事にどこか悲しいクレアの視線は自分の顔から少し下へと移る。

 

 「……このネックレス。今も首にかけてるんだね」

 

 「クレアの親の形見だからな。何があっても離さないよ」

 

 ドラゴンが消えた影響か、あれだけ曇っていたのに晴れた空。その綺麗な空をそのまま緑色の宝石で写しているこのクローバー形のネックレスがクレアの親の形見。

 親からもらった時からその輝きは一切変わらず、今も透き通っている。

 

 「懐かしいわね。あんたが泣いて喜んでた姿、すごい印象的だから今も目に焼き付いてる」

 

 「うっ……それはあんま言わないでくれ。恥ずかしいからさ」

 

 僕の横に移ったクレアは、僕と同じ様に仰向けになり話しかける。昔話だからか彼女の声はいつもより明るい。

 

 「私が冗談でアンタに家宝渡したんだけど、その喜びっぷりにお母さんと父さんがそのままあげちゃったのよね」

 

 「まあその後にお前はこっぴどく叱られてたけどな、あん時の姿は面白すぎて今も目に焼き付いてる」

 

 「むっ、意地悪」

 

 「うるせー、さっきのお返しだ」

 

 村で引き取られた所じゃ気味悪がられて一切貰い物が無かった僕に、人生で初めての誕生日プレゼント。

 その時の感動はすごかった。自分の涙で家が水没してしまいそうなくらいに。いや流石に盛りすぎたな。

 

 実はこのネックレスは家宝であり、引き取られた所で酷い仕打ちをされていると思ってなかったクレアが、冗談で渡してきたものだった。

 その事にクレアの両親は彼女をこっぴどく叱り、その後にクレアが大泣きしながら謝ってきたのは今でも印象に残っている。

 

 「確か貰った後、お父さんに頭いっぱい撫でられてたわね」

 

 「あのゴツい手でどれだけ撫でられてたことか……」

 

 クレアの父は農業をやっていたから、石のように硬そうな手をしていた。毎回撫でられるたびに少し痛かった気がする。

 

 (クレアの父さんは指輪がある方で俺を撫でてきたんだよな……毎回反対の手でやってくれって思ってたんだけど)

 

 そうそうあの硬そうで綺麗な指輪。結婚指輪なんだろうけどどこか神々しいんだよな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あの指輪、城のどこかで見たことあるぞ……?)

 

 

 

 

 何故だろうか。クレアの父が持っていたあの指輪を思い出したら、強烈な違和感が自分に襲いかかってきた。

 

 

 

 

 まるで大切な事を見逃しているかのように。

 

 

 

 

 『君も来たか。昨日言った通りクレアと一騎討ちするぞ。当然物や城は壊すなよ』

 

 思い出したのは昨日の朝。

 俺達が気に入らない兵士に注意した後、ロイが自分と会話した時だ。

 あの時に自分は妙に違和感を感じていた。紙を持つロイに対して。

 

 『分かっていますロイ大臣。しかしそちらの手に持っている紙は……?』

 

 最初は珍しい紙があるからそう感じていたんだと思っていた。

 

 

 でも違う。

 

 

 よく考えれば紙を持っているだけで違和感を感じるわけがない。

 だってロイはよく実験をしているから、紙を持った姿なんて見慣れていたじゃないか。

 

 

 そう、あの時に違和感を感じたのは紙じゃない。

 

 

 『ああ、これか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色は変わっていれど、クレアの父親と同じ形をした指輪に対してだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音が遠くなっていくのを感じる。今も隣で話し続けているはずのクレアの声が聞こえなくなってくる。

 

 (なんで気づけなかったんだ僕は……! よく見れば同じものだって分かるだろう!? それを何年も見続けていて……)

 

 自分が気づいたクレアの親の敵を見つけた事に、自分の心臓の拍数が上がっていくのを感じた。

 

 気づかなかったのは洗脳魔法のせいか……?

 

 「うっ……!」

 

 瞬間、頭に痛みが走る。

 

 これは前世を思い出した時と同じ……!

 

 ああ、なんでだろう。一つの物事に気づいただけで大量の情報が流れ込んできて脳がパンクしそうだ。

 まるで頭が焼けるような、割れるような痛みが僕に襲いかかり、上体を起こして頭を抱えることしか僕は行動を起こせなかった。

 

 「あ、う、ぐぅ……」

 

 「カイト、もしかしてドラゴンの傷が……?」

 

 心配してこちらに寄ってきたクレアがそう言った時だ。

 

 

 

 

 「ガァァァァアアア!!!!!」

 

 

 

 (ドラゴン!?)

 

 倒したはずのドラゴンがクレアの背後から、火球でとどめを刺さんとしていた。

 

 (なんで、さっき倒したはずじゃ……)

 

 まさか復活魔術持ちか!?

 

 世の中には滅多に存在しないレアな能力がある。

 存在するどれもが強力で、それは物や生き物関係なく宿る力だ。

 そしてその一つが復活魔術。文字通り一度だけ死から復活することができるものだ。たとえ首が消えようが、体の一部が消滅していようが、時が戻ったように無傷になる。

 

 

 背後から迫られたクレアは気付くのが遅れて対処出来ない。このままだと食われて死んでしま───

 

 

 

 『死んじゃうか……私』

 

 

 

 激痛に耐えながらも勇者の剣を持った瞬間に、脳裏に走った前世の記憶。

 多くの犠牲を乗り越えた勇者クレアがたどり着いた最期を僕は見た。

 魔王と相打ちという形で死んでいく彼女の姿を。彼女の奮闘を誰にも見届けられず、誰も居ない寂しい丘でひっそりと息を引き取る姿を。

 

 その光景と今見えている光景が被る。

 

 

 ダメだ、絶対に助ける!

 

 

 「させるかぁ!!」

 

 クレアを片腕で乱雑に吹き飛ばし、残りの腕で魔力全開の剣を横に一閃振った。

 

 自分が斬撃を放ったタイミングとドラゴンが火球を放ったタイミングは同時。

 斬撃と火球が互いに狙う相手へと迫りそのまま激突し、勇者の光が炎の玉を真っ二つにした。

 そしてそのままドラゴンの顔までも真っ二つにして、今度こそドラゴンは息絶える。

 

 だが真っ二つになった火球も止まるわけではない。勇者の光と同じように二つに分かれながらもこちらへ迫ってきた。

 頭痛で動きが鈍い上に音速で迫る玉。自分が逃げられるわけもなく──

 

 「カイト!!」

 

 空高く吹き飛ばさた自分は、地面へと落下していく。

 しかし偽物とはいえ勇者である今の自分なら問題なく生き残るだろう。大怪我は免れないが。

 

 それよりさっき流れてきた新しい情報だ。もしあれが本当なら──

 

 (この世界は相当クレアのことが嫌いらしいな)

 

 前世の記憶に悪態をつきながら、意識も落ちていった。

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 目が覚めると自分は暗闇に染まった世界にいた。いや、これは目覚めてないな。多分精神世界?の中に入っているだけだ。

 体は目覚めていなくても精神だけが目覚めているから起こる現象。これで二回目だけど、前回よりはまだ情報がスッキリしている。

 

 (思い出したんだ。ゲームの世界でクレアがたどる末路を)

 

 前回の続きだ。ロイ大臣の策略により悪者に仕立て上げられてクレアは、このヴァルハラ王国から追放される事になる。

 自分はクレアを追放した側について。

 

 そこでクレアは追ってから逃げながら各地へと転々し、そこで多くの人を助けて仲間を手に入れていく。

 

 そしてとある村に訪れた時にこう告げられるのだ。

 

 

 カイトは本物の勇者ではない。クレア、お前こそが真の勇者であると──

 

 

 その後に謎多き占い師から、魔王がもうすぐ復活する事。ロイは魔王に忠誠を誓っている人類の裏切り者である事。カイトはロイに操られている事。そして魔王を倒すには勇者の剣を手に入れなければならない事を。

 

 これを知ったクレア一同は魔王を倒す為に、勇者の剣を持つカイトがいるヴァルハラ王城へ突撃する。

 

 そこで多くの仲間と親友であるカイトを失うも、なんとかロイを倒しクレアも勇者として覚醒することが出来た。

 

 その後に魔王が復活して、クレア一人で人類の未来を決める決戦へと赴き───

 

 

 

 最後は魔王と相打ちする形でクレアは命を絶つ。

 

 

 

 勇者クレアによって魔王は倒され人類は救われるも、彼女は誰にも祝福される事もなく、この一連の真実を知る者もいなくなり、歴史ではクレアはヴァルハラ王国を混乱に陥れて、ロイ大臣を虐殺した極悪人として記録に残される事になる。

 世界の人々の多くは彼女のお陰で平和に過ごせた事も知らずに。

 

 

 (そうだ。自分は気に入らなかったんだ)

 

 前世でこのゲームをクリアした時に、この救いのない彼女の結末がひどく気に入らなかった。

 

 (思い出したな。色々と……)

 

 この世界各地の村や国。クレアの仲間。物語の流れ。前世で自分が思っていた事も。

 そして今自分が何をするべきかもやっと思い出した。

 

 

 前世の自分はこの結末が気に入らなかったから。

 

 

 『友達になりましょう』

 

 

 今世の自分は孤独で寂しかった自分の友達になってくれた事、掛け替えの無い物を沢山貰ったから。

 

 

 だから──

 

 

 「「彼女を救って見せる!!!」」

 

 

 そう決意した瞬間に、暗闇の空間がひび割れる。割れた所から光が入っていき、意識が戻るのを感じた。

 この空間からお前はもうここに居なくていいと言われるように、自分はこの世界から浮き上がった。

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 目が覚めたら昨日と同じ部屋だった。最近こういうの多いな。

 

 「カイト!?」

 

 そして昨日と同じように隣にはクレアがいた。違うのは泣きそうになっているところだけか。

 部屋を見てみると全体的に暗い。昨日ほど遅くはないが既に夜になっているらしい。

 

 「なんとか起きれたみたいだ」

 

 「もう……心配したんだから。私のせいで大怪我させちゃったし……」

 

 「気にすることない。自分は勇者だからあんな大怪我でもヘッチャラさ。それよりあれから状況は?」

 

 自分の容姿を見てほとんど回復しているのを確認しながら聞く。どういう訳か左目だけ眼帯をしたままだったが。

 クレアは「もう……いつも通りね」とマイペースな自分を見て安心したのか、サラッと涙を拭いて説明に入った。

 

 「吹っ飛ばされた後はすぐにあんたを救出して、ドラゴンの生死を確認したわ。しっかり死んでたから今は研究所とかに運ばれているでしょうね」

 

 研究所とはその名の通り魔物について研究している場所の事だ。その辺りにうろついてる魔物から伝説級まで色々調べて、魔物対策や冒険設備などいろいろ役立てる物を開発している。

 

 とにかくあのしぶといドラゴンはちゃんと始末できたのを確認して次の質問をする。

 

 「それじゃあ伝説のドラゴン退治の宴はやっているのか?」

 

 「……えぇ、貢献者のあたし達を置いてやってる」

 

 僕の質問に対して機嫌が悪そうに答えるクレア。

 実際ドラゴンを退治したのは僕達だが、怪我をしている勇者を放っておいて宴会をしている事に納得行かないんだろう。

 

 「自分達を放っておくのはあれだけど、貴族達も宴会をしたい理由は分かるよ」

 

 

 そんな様子のクレアに少しだけ補足する。自分も納得はしていないが。

 宴会を行った理由は単純、ヴァルハラ王国が国外に対してアピールをしたいからだろう。自分達は普通に倒せたが、今回のドラゴンは他国から見ても充分な脅威だった。国を滅ぼすほどでは無いが大打撃を与えるほどの生き物だ。

 それをヴァルハラ王国が先導して倒した事を他の国に伝えて、外交などでいろいろ有利に働きたいといったところか……。

 

 だけどヴァルハラ王国も自信ありすぎだな。実際やり遂げたとはいえ、ドラゴン退治当日に宴会を予定するなんて。それほど勇者達に期待を寄せてるんだろう。

 ならなんで勇者が怪我しているのに宴会をしているのか、

 

 

 

 まあヴァルハラ王国の貴族達の差別意識だろうな。

 

 

 

 「ほんとうに生きづらいわねここ。出身だけで蔑まれて肩身が苦しいわ」

 

 「……ならクレア、俺達も宴会に参加しよう」

 

 「! ダメ、まだ怪我が──」

 

 「見ればわかるだろ? 目以外は完全に治ってるさ。それに僕達も頑張ったって事をうまくアピールしないとね。大丈夫だ。ロイ大臣についておけば貴族達からの嫌がらせも無くなるし、他国の人達とも話せる」

 

 こういうのは地味だけどコツコツやっていくしかない。それにロイ大臣とも話したい事もある。

 そう言い切った自分に対してクレアは、諦めたようにため息した。

 

 「そういう時カイトは頑固だものね。分かったわ、私が何言ってもやるんでしょう?」

 

 「分かってるじゃ無いか。それじゃあ準備しよう。流石にドラゴン退治と同じ服装で出たら、失礼だと思われるからな」

 

 自分は怪我をしているからともかく、クレアは相変わらず傷だらけの鎧のままだ。流石にその汚れや痛々しさが残っている鎧は宴会には不向きすぎる。

 

 「じゃあ一回部屋に戻ってくわ。後で会いましょ」

 

 「分かった。いつもの場所だな」

 

 そう言ったクレアはバタンとドアを閉めていった。

 そして僕はそのドアに耳を傾けて、彼女の歩く音が遠くなって完全に消えるのを確認する。

 

 (消えてから一切音がしない)

 

 少し待ってから自分はベッドに戻り、その近くに置かれていた勇者の剣を持ってその鞘を抜いた。

 

 前世の記憶は戻ったが、まだこの世界がゲームの世界と同じである証拠は見つかっていない。

 だがすごく身近に、それを証明する道具がある。

 

 

 

 何故自分は昔から痛みを感じる持病があるのか?

 

 

 

 それは簡単でロイがホムンクルスである自分をメンテナンスさせる為に、あえてそう設計しているからだ。

 

 そう、ここ治療室で定期的に行われてたのは痛みの治療のためではない。どこかおかしくなっていないかのチェックだ。

 

 ロイがかけた洗脳魔術に綻びはできていないか。光の魔力が今どれだけ残っているのか。

 

 

 もし叛逆された時にロイが勝てるよう、カイトに埋め込んだ小さな装置はしっかり起動しているか。

 

 

 (その小さな装置はロイが自分を道具として扱えるようにする為の安全装置。それで設定本では確か、胸の中心あたりに埋め込まれていると書いてあった)

 

 証拠を出すのは簡単だ。体から直接出せばいい。並の人間がやれば致命傷でも、勇者(劣化品だが)なら回復できる。

 鞘を抜いた光の剣を自分の胸の中心に向けて、前世でいう自決のような姿勢になりそのまま──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お待たせしました皆様! 勇者カイト。遅れながらも参上いたしました」

 

 

 大きな扉を開けてそこから出てきたカイトは、大きな声を広場に響かせた。そこらかしこの雑談で多少うるさいこの場所でもそれはよく聞こえた。その証拠に、部屋にいた大勢の人たちの視線が勇者カイトに集まった。

 

 「おお、あの勇者カイトか」

 「初めて見ましたわ勇者様なんて」

 「へぇ〜……意外とイケメンじゃん」

 

 広場が一瞬静かになった直後、拍手の音で埋め尽くされる。恐らくヴァルハラ王国以外の人達から聞こえる声は好意的な物が多い。……一部変な声も聞こえた気がするがそこはスルー、出来るだけいいお付き合いをする為にツッコミはしない。

 

 「できればヴァルハラ王城でもこんな感じであればいいのに」

 

 そう小さい声で言ったのは僕の左後ろで佇んでいるクレアだ。

 彼女は白いドレスを着てこの会場にいる。メイクは軽めにしているが、あいかわらずの美人っぷりである。白の服、白の髪、白の肌が合わさっていつも以上に神々しい。よく考えれば勇者だったな。当たり前か。

 

 「そんな事は言わないで……いた。あそこだ」

 

 広場をぐるっと見渡すと右の方に貴族と話しているロイ大臣を見つけた。そのままグイグイと彼の方へ歩いていき、いろんな貴族達が話しかけてくるのを避けてなんとか辿り着けた。こういう時に勇者の力は便利だ。

 

 「ロイ大臣、申し訳ありません遅れてしまいました」

 

 そう言うと目が点になるロイ大臣。まさかあの怪我から復帰するとは思っていなかったのだろう。

 

 「いや、謝るのはこちらが……違うな。大丈夫だ。むしろ遅れてきたから、少し沈みつつあった雰囲気も活発に戻った。主役は遅れてやってくるだな」

 

 自分の意思を察したのだろう。謝罪しようとするのを辞めて、こちらのフォローに入ってくれた。

 

 「はい。……ワインが無くなっていますね、新しいものを」

 

 よく見たらロイ大臣が持っているワインが無い。

 交換しようと近くに置いてある新しいものを持ち、渡そうとして──

 

 「ッ……」

 

 わざとグラスを滑らす。

 

 いつもの持病で一瞬怯んだふりをした僕は、そのままグラスを持つ力を弱めて落とす。普通なら落ちたワインはそのまま床に激突し、ガラスの破片とその中身で周りを汚すだろう。

 だが勇者の力を侮る事なかれ。自分の身体能力があれば落とす前に持つ事はできる。

 

 「ギリギリだったな」

 

 「ええ、危ないところでした」

 

 「やはりドラゴンの傷が、まだ休んでおいた方が」

 

 「大丈夫です。ちょっと気が緩んでしまったんですよ。次からはこうなりません」

 

 ──やっぱりあの指輪はクレアの父親の物と同じだ。

 

 グラスを持つ為に視線を下に向けるその途中で、彼にばれない程度に指輪を確認した。

 刹那の間に勇者の視力で正確に見て、前世で見たあの指輪と形が同じ事を見抜いた。

 

 念には念を押したけど、これでロイ大臣は黒か……。

 

 最後の確認。その結果はここはゲームの世界だと確定した。

 なら後は実行するのみ。

 

 「ところでしたロイ大臣、少し話したい事が」

 

 「なんだ?」

 

 クレアがヴァルハラ王国外の貴族達と話をしているのを見て、ロイ大臣に耳打ちする。

 

 「クレアとの事についてです。出来れば二人で話したいのですが───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴会は終わり、自分は治療室に戻っていた。ロイ大臣に王の間で話す約束もしたし、しっかり貴族達にアピールできた。

 後は──

 

 

 「ロイ大臣を殺すだけだ」

 

 

 勇者の剣を持って鏡と向き合う。

 

 (いい加減、この眼帯も外さないとな)

 

 流石にこの眼帯もいらない。すでに目が完治しているのも把握している。それで眼帯を外したが──

 

 「!」

 

 自分の左目はいつもの青の色ではなく、金色の目になっていた。

 そう、あの魔王だけが持つと言う黄金の目を。

 

 (なんで……)

 

 目が見開いていた。だがそれは自分だけじゃなくもう一人、クレアもそうだっただろう。

 

 「カイト……?」

 

 この世界で目の色というのは前世より遥かに重い意味を持つ。それこそ、目の色が原因でイジメや最悪事件が起こるほどには。

 なら魔王の目を持つなんて知られてしまったら恐れられる事には間違いない。だから彼女が少し震える声で話しかけてくるのも仕方ない。

 

 「クレアはなんでここに来たんだ?」

 

 彼女には振り返らずに、鏡と対面しながら問いかける。宴会はすでに終わった。すでに自分の部屋へ戻っていたんだと思っていたが。

 

 「それは、ロイ大臣様とあんたが王座の間で話すって聞いたからよ。なんか私だけ仲間外れにされてたからそれで来て……」

 

 「そうか、それは──」

 

 「そんな事よりアンタの目、どうしたの?」

 

 クレアが近づいてくる。

 普通なら目を気味悪がって近づかないもんだが、彼女は自分のことを信じてくれているらしい。

 鏡から見える彼女の目には、関係を断とうとか、距離を置こうという物ではなくて、こうなった理由を何がなんでもハッキリさせようという力強さがあった。

 

 なんで自分の目が魔王の目になったのだろうか。

 

 (父親殺しをしようとした罰?)

 

 まさか多分あり得ない。といっても特に理由は思いつかないけど。

 でも都合が良い。

 そんな事を考えてる自分を他所に、クレアは話し続けた。

 

 「黄金の目を持つ人は必ず嫌われる。実際には魔王以外で持つ人はいなかったけど、いろんな話で黄金の目は妬み嫌われてるから分かるわ。それはこの場所でも同じ」

 

 これから僕がやる事について、彼女はどうしても置いていかなければならない。できれば一緒にいて欲しいがロイ大臣の策略によって、結果的にそれは出来ない。

 

 しかし魔王の目を持ったとしても、たとえ自分が親殺しをしたとしても、彼女は僕のことを信頼し続ける。途中で争う事があっても彼女は僕を諦めたりはしない。

 

 「分かってるそれくらい。……でもクレアは自分を恐れたりしないんだね」

 

 「当然。アンタは魔王なんてなれやしない。昔からの親友である私よ? それくらい分かるわ!」

 

 だって彼女はこんなにも、振り返った僕を正面から真っ直ぐ見ているのだから。

 目の色なんて些細な問題だと、この世界の真理なんて大した問題ではないとバッサリ言い放った。

 

 「……ありがとう」

 

 彼女に聞こえないほど小さい声でボソッと言う。

 

 「? アンタ何か言っ──」

 

 そして一瞬の隙をついて、彼女の腹を殴る。不意打ちに対応できなかった彼女は、「な、んで」と僕に目線を向けながら気を失った。

 

 「……ごめん」

 

 落ちていくクレアの体をそっと支えつつ、彼女をベットで横にさせておく。

 

 (と言ってもすぐに起きるだろうな)

 

 彼女は本来の勇者だ。光の魔力が無いからまだ力は出し切れてはいないが、人類で一番強い僕と接戦出来るくらいには彼女は強い。きっと大きな音でも聴いたら目が覚めるだろう。

 

 勇者の鎧は脱ぎ、旅の服装をして剣と体に埋め込まれた装置を持った。

 

 (さぁーて、これからは僕の人生の大芝居。覚悟決めていくか!)

 

 そして王座の間に向けて、静かにこの部屋を後にした。

 

 

 

 

 



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決別/決意

初めての9点評価!?
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 「それで二人だけの話ってなんだ。クレアについてと言ったが……もしかして好きになったとか?」

 

 半分からかいながらそう言うロイ大臣。だがこの言葉と今の状況は全く合っていない。

 場所は王座の間。だが太陽は既に落ちてその代わりに空は雷雨で支配されている。

 暗闇に支配されたその空間は、今から起こる何かを示しているようだった。

 

 「いいやそれは無い」

 

 「前回や今回の怪我での件見たら、どう見ても仲良しに見えるぞお前ら」

 

 僕カイトは雷が降っている外の風景を見ながら、ロイ大臣に背を向けて話し続ける。

 

 「その怪我をする前の話だけど、昔話しててさ。それで大事な事を思い出したんだ、クレアにとっても大事な事を」

 

 「……そうか、何を思い出したんだ?」

 

 ロイ大臣は何かを察したのか、自然と声のトーンが低くなる。僕はそれに気づいていないふりをしながらも、話の核心に迫っていく。

 

 「クレアの父親がつけてた指輪。よく見たらお父さんが付けてる黒い指輪と形そっ──」

 

 自分がそう言い出した時のロイ大臣の行動は早かった。最初に見た悪夢と同じように右手を出して、もう一度自分を洗脳で拘束しようと仕掛けてきた。

 そうすれば一瞬で僕は止まり、また彼の操り人形にされてしまうだろう。

 ロイはそう確信して洗脳魔法をまた発動させようとしたが──

 

 「何……?」

 

 何事もないようにこちらへ振り向くカイトの姿を見て、そう漏らす。

 

 振り向くように指示は出していない。それなのに何故勝手に──

 

 ロイにとって予想外な展開に彼は動きを止めて考えてしまう。

 ほんの僅かな時間。しかしそれは敵である勇者カイトには、余りにも致命的な隙だった。

 

 「ガッ!?」

 

 突然ロイの体が痺れて動けなくなった。出していた右手も何かに拘束されるように引っ込んで、直立不動になり、そのまま肘が地面につく。

 

 対してカイトはこちらをその青の片目で静かにこちらを見るだけ。だが右手には光の剣を持っていた。

 今まで付き合ってきた時には感じられなかった別の側面をロイはこの時初めて感じた。何処か不気味だ。自分は危険な状態であるにもかかわらず彼はそう思った。

 

 「なんで洗脳できないか、それはこれを見れば分かるだろ」

 

 ロイが思っていた疑問に、カイトは左手に持つ小さなチップを持って答える。そのチップは小さい直方体をしており、よく見ればとても細い回路らしきものが見える代物だ。

 この中世でファンタジーな世界にはとても似つかない機械的な装置がそこにあった。

 

 「太古から伝えられていた邪教が持っていた技術を駆使してお前は俺を作った。うまく操れるようこのチップを埋め込んで」

 

 何故知っている。心の底からそう思うロイをよそにカイトの話は続く。

 

 「それでこのチップ……装置には僕を調整する機能がある。洗脳魔術耐性の低下、定期的に痛みを感じさせる物。そして攻撃魔法以外の光の魔術の封印」

 

 今動きが取れていないのも封印された魔術のせいだ。だが光の魔術は基本、無害な人間や動物、物に危害を加える事はない。ならなぜロイには効いているのか──

 

 「封印された魔術の中には拘束するものもある。闇の魔力を持つ者だけを」

 

 そう、闇の魔力が使えるか闇の魔術が使える者にしか効かない拘束魔術。カイトは既に何個か収めているが、ロイが拘束されているのが何よりの証拠だった。

 

 「……アッハッハッハッハ!!!」

 

 そこまで言われたロイは特に驚く事も無く狂ったように笑う。

 既に正体も見破られてると気づき隠そうとする気がないようだ。だがその反対にカイトは今でも怒りが爆発しそうなほど顔を歪ませている。

 それを抑えきれなかったのか、ロイの胸ぐらを掴み額に頭突きを食らわせて、その後も睨みつける。

 

 「村に魔物が押し寄せてきたのも、クレアの父を殺したのもお前だって分かっている。クレアが勇者だと分かった瞬間、監視するために俺をあの村へ送っただろ!」

 

 「ああ、そうだな」

 

 ロイの顔にいつもの優しそうな表情はない。悪夢で見たような氷のような表情、それでいて声はこちらを蔑むように変化していた。

 

 「それで俺を通してお前は知った。クレアの父がつけていた指輪は勇者の剣の真の力を引き出すための鍵なんだって」

 

 僕が思い出した物の中には、ロイを倒して指輪を手に入れたクレアが、剣にそれをはめ込んで勇者の力をさらに覚醒させるシーンがあった。

 

 「その鍵を奪わなければ魔王の天敵がさらに強くなってしまう。だからあの日、魔物を村へ襲わせて指輪を奪った」

 

 そう。魔物の大群が押し寄せ、そして残った僕たちを引き取ったのも運命の定めなんかじゃない。 

 

 この男のマッチポンプだ。

 

 運命の日にクレアの母は、魔物に襲われたクレアを庇って死んで。魔物と戦っていたクレアの父は策略によって孤立させられ、ロイにとどめを刺された後に指輪も奪われた。

 

 そしてこの王城の人達が僕たちに当たりが強いのも、この男の洗脳魔術のせい。

 クレアに起きた悲劇は全てこいつのせいだ!

 

 「その指輪はお前の物じゃない……クレアの物だ」

 

 ロイの左手から強引に指輪を抜き取る。その時に折れた音が聞こえた気がするが、その事にロイは一切反応せず、逆に質問してきた。

 

 「お前こそどうするつもりだ。今ここで俺を殺してもお前を……いや、クレアに味方する奴なんて誰もいないぞ」

 

 分かっている。

 ロイが王城の人達にかけた洗脳魔術は心の影に付け込む物だ。ロイが死んで魔術が解けても、心の奥に潜む差別意識までは無くならない。

 

 「お前が何を言っても無駄だ。クレアはお前の味方につくだろう。だがどうせ、お前は大悪人として処刑される」

 

 知っている。何十年も多くの人達を救ったお前と、数年の間に魔物退治だけしていた田舎出身の俺とでは、どっちを信頼するか目に見えている。

 

 「確かにこのままなら俺達はバッドエンドだな。だけど、片方だけなら──」

 

 そう言って眼帯を外した俺を見たロイは、一瞬固まるがすぐに笑い始める。

 

 「そうか、お前が汚れ役を全て引き入れ──!」

 

 一瞬で、ロイの首に一閃通って血しぶきを上げる。

 

 頭は入り口へ飛んでいき、残った首からは大量の血が溢れ出てこの王座の間を汚す。

 あいつのことだ。どうせ防音の結界をうまく使って、周りには最後の悲鳴しか聞こえないようにしているだろう。

 

 (……まずはこの指輪をつけないとな)

 

 目の前の男が確実に死んだのを確認して、剣の鍔に指輪をはめた。その瞬間、剣は僅かに光るが……。

 

 (やっぱりダメか)

 

 その輝きはゲームで見たものより遥かに弱かった。

 ゲームの時は画面をいっぱい覆うほどに輝いてたのをよく覚えている。

 こんな事になっているのは分かりきっている。

 自分が偽物だからだ。

 偽物だから、本来の力を引き出せない。

 だが魔王を倒すだけならこれだけでも充分だ。

 

 「……ハァ」

 

 窓から見える空が雷雨で全て覆っている風景は、今の自分の心情を表しているようだった。

 元凶だったとはいえ、今まで育ててくれた父を殺した事が心に大きな重みとして乗っかっている。ただ辛いと思いながらもアッサリと首を切れたのは、前世の人格と融合した歪さの表れか。

 沈んでいく心を紛らわせるように、顔を横に振る。

 

 (まだ後悔する時じゃない。自分にはやらなければならないことがある……!)

 

 そうだ。自分にはもう一人、ここで決別しなければならない親友がいる。

 きっと今の悲鳴で気付いたはずだ。

 

 その予想は正しく、入り口から足音が一つ、だんだん近づいてきた。そしてその音が扉いっぱいまで近づいたと同時に大きな扉が一瞬で開いた。

 

 

 

 「一体何があったの!?」

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは最初の展開通りに話が進み、クレアは倒され、ロイと共にこの王座の間をその血で汚していく。

 体から出た血が水溜りのように広がるクレアを見ながら、僕はただそれを眺めるだけだ。

 

 勇者の剣は本来の勇者を殺す事はない。たとえ、剣で致命傷を負わされたとしてもそれで死ぬ事はない。その事を、僅かに動いている彼女が証明していた。

 

 「……来たな」

 

 その音を聞いた僕は視線を下から前へと移す。

 目の前の空いた扉の奥から足音が聞こえている。それも一人ではない、大勢の足音が。

 

 「何事だ!?」

 

 扉まで来てやっと、暗闇で見えなかった足音の正体がわかった。

 大勢の兵士とこの国の王様。

 悲鳴の主がロイ大臣だからだろう、彼の事を大事に扱っていた王様もこの場所へ来てくれた。

 そして彼らもクレアと同じように、目の前の惨状に驚く。

 

 (都合がいい)

 

 この光景を見れば彼ら達、何より王様が僕だけの悪行だとしっかり認識してくれる。

 

 

 (ここからが本番だ……この後次第でクレアの人生を大きく左右する。絶対に失敗できない……!)

 

 

 心の中でそう覚悟を決めて、出来るだけ凶悪な笑顔をしながら口を開いた。

 

 「ようやく来たか……遅いぞ。お前達が来る前に二人も犠牲になってしまったではないか」

 

 「貴様……何故このような事をしている!?」

 

 「それはこの目を見れば分かるだろ? まあそんな事はどうでもいい、生贄がそっちから来たんだ。この場所を血でもっと染めあげないとな」

 

 そう言って一歩、また一歩と王様に近づけば近づくほど圧を強くしていく。その圧を受けた王様はまるで金縛りにあったように動けない。こちらと自分の実力差が違いすぎて、逃げ出すことさえ出来ていなかった。

 ゆっくりと近づく僕は、王様から見れば魂を狩りに来た死神のように見えているだろう。

 このままでは王様が死んでしまうのは(元々殺す気はないが)誰もが分かりきっていた事実だ。

 

 

 後ろに立つ彼女の存在がいなければだが。

 

 

 「ッ──!!」

 

 「ふんっ……」

 

 背後から音速で迫り来る剣を、僕は容易く勇者の剣で受け止める。

 豪雨の音で支配しているこの空間に、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、同時に衝撃波でこの王座の間にヒビが入る。

 

 剣を振りかざしてきたクレアの目はさっきとはまるで違う。一段と険しさが増し、まるで人を殺すような剣気を放っていた。

 

 だけど長い付き合いの僕は分かる。まだ僕を救おうとしている目だって。

 

 弾かれた彼女はそのまま倒れず、なんとか持ち堪える。しかし体の傷はそのままで息も絶え絶えだ。誰も勝てるわけがない、目に見えて明らかだった。

 だが彼女は立ち向かう。

 

 「……死んでいないなら、隙をついて逃げればよかった物を」

 

 「そんな事、するわ、け……ないでしょ。私は、父さんと母さんに言われてん、のよ………。親友は必ず助けろって……!!」

 

 体から血はたくさん出ている。医療に詳しくない僕でも意識がある事自体すごい事だと分かるほどには。だが彼女はそれさえも超えて僕の前に立った。

 

 「あん、たがなんで……ロイさんを殺したのかわかんない。でも、きっと理由があって、こんな事、したんでしょ? なら私があんたを助けんのは当たり前なのよ!!!」

 

 ……やっぱりクレアは止まらないな。

 可能性がある限りどこまでも突き進んでくるように、ボロボロの体でも彼女は全力で走ってきた。

 村で起きた悲劇を二度と起こさないように、死んだ両親の大切な約束を守る為に。

 

 

 だからここで徹底的に潰す。

 

 

 「……ハァ、俺を助けるだって? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───弱いせいで両親を死なせたお前がか?」

 

 

 

 「ッ……!?」

 

 僕の一言で一瞬動きを止めるクレアを容赦なく叩く。

 下げていた勇者の剣を一瞬でクレアめがけて振るうが、彼女はそれをギリギリ止めて怯む。

 その姿から弱っているのが分かるがまだ追い詰める。

 

 

 「今まで俺に一度も勝ててなかったお前が?」

 

 「私は、今度こそあんたに……!」

 

 

 剣を振るう。

 クレアはそれを剣で受け止めれず、腕を斬られる。

 だがまだ目は死んでいない。

 

 

 「いつも俺に助けられているばかりの雑魚のお前が?」

 

 「そ、んな、んじゃ……!」

 

 剣を振るう。

 今度は足を斬られて立つことさえ出来なくなる。

 だが目は死んでいない。

 

 

 「もう一回言ってやる。あの日お前の父親が無惨な死体で見つかったのも」

 

 「……違う」

 

 剣を振るう。

 今度は剣で受け止めようとしたが、受け止められず剣が吹き飛ばされる。

 手の力が弱っている。目も僅かに弱ってきた。

 

 

 「魔物に隙を見せたお前を庇って母親が死んだのも」

 

 「違う!!」

 

 

 剣を振るう。

 自分の手に剣がない彼女はそのまま受けて吹き飛ぶ。

 彼女の目は明らかに弱まっている。

 

 

 「全部──」

 

 「や、めて……カイ、ト」

 

 彼女の首を絞め、そのまま腕を上げて彼女を宙に浮かせる。

 彼女の目から涙が溢れ出てくる。

 

 そして僕は最後に言う。

 

 

 

 

 

 

 

 ───お前が弱いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 精一杯抵抗していた彼女の手の力が無くなった。

 そのままゴミを捨てるように壁へ思い切り放り投げる。壁にぶつかった衝撃で出た煙が消え去った後に残っていたのは、無気力な彼女だった。

 

 (……)

 

 

 決別は済んだ。

 

 

 王城の差別意識は根が深い。どれだけ魔物を倒しても妬まれ嫌がらせされる日々だった。

 だから彼女を徹底的にやった。

 彼女が元親友だった僕に、体も精神もボロボロにされたあまりにも哀れで可哀想な被害者にする為に。

 

 「カイト……! そのクレアはお前の親友なのだぞ!! それをこんな──」

 

 「あんなやつどうでもいい」

 

 怒りを露わにする王様の言葉をバッサリ切る。今の自分は冷徹で最悪な魔王役だ。擁護のしようがない最悪の加害者として振るわなければならない。

 

 そして言葉を遮られた王様は、信じられないような目で僕を見た。そしてその目は次第に敵を、魔王を見るような目に変わった。

 

 「お主に何があったのかは分からん。だが本当に魔王になってしまったんだな……」

 

 「そんな物、この目を見れば分かるだろ。それより邪魔者は消えた。これでやっと続きができる」

 

 状況は振り出しに戻った。

 俺は最悪の魔王役として、人類で一番栄えているヴァルハラ王国の王様を殺そうと前進する。

 もしここで王様が死んでしまっては、人類にとって大打撃を受ける事になるだろう。それはこの魔王に太刀打ちができなくなる事でもある。

 そうなれば後は祭だ。今世に蘇った最悪の魔王が世界各地を暴れ回り、人類史上最も死人が出る最悪の時代の幕開けとなる。

 

 だから王様を守らなければならないが……

 

 

 「どうした、王様が死ぬかもしれないんだぜ? お前ら必死で守ろうとしろよ」

 

 

 周りの兵士達は動いていない。

 

 いや違う、動けない。

 

 目の前にいる魔王から放って圧が、あまりにも強すぎて体は震え、心が先に折れてしまっている。

 

 その姿に僕は呆れた。

 

 「……散々影であいつを馬鹿にしていた割に。いざとなれば女よりも先にびびって、何もできないか」

 

 みんな槍や剣を構えているがそれだけ、怯えているだけの兵士はそこにいないも同然の情けない存在になっていた。

 死にかけの体でも立ち向かってきたクレアとは違い、戦う前から守る事を放棄した彼らがそこにいた。

 

 「国や民を守る兵士が呆れるな……話にならなすぎて興が削がれた」

 

 元々王様を殺す気はない。本当に兵士たちをどうでもよさそうに見ながら窓へと進む。

 そして魔法で窓を破壊し──

 

 

 「びびってんなら国の兵士なんかやめろ。国や民を守れないマヌケどもが」

 

 最後に私怨だけ言って、そのまま飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 「……」

 「…………クソッ」

 

 魔王が去った王座の間には、最悪の事態に顔を顰める王様と、何も出来なかった自分を悔しむ兵士達が残っていただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 私は一体……ああ、そうか。

 カイトにボコボコにされちゃったんだ。

 

 

 

 白いモヤがかかった世界で私は目が覚めた。周りは雲みたいなもので覆われていて、一切先が見えない。

 

 (カイトはなんで……あんな事を)

 

 気絶する直前の出来事を思い出して、彼に切られた胸のあたりを軽く触る。

 あの黄金の目。確かにあれは魔王が宿すと言われる目と同じだった。

 

 (……カイトがあんな風になったのは私のせいなの?)

 

 実際どうなのかはわからない。でも今の私では理由が全く検討つかないのだ。魔王の目を宿したカイトがこれからする事を思うと、不安で押しつぶされそうになる。

 無意識に自分を責めるほどには。

 

 (私の手が……?)

 

 そこでやっと自分の手の異常に気づいた。

 私の両手が何故か半透明になっていて、手の先にあるモヤまで見えていた。

 

 (これだと、もう少しで私が死ぬようね)

 

 この手が本当に目に見えなくなるほど透明になったら、今度こそあの世へ行ってしまうのだろうか。

 そんな不謹慎な事を考えていた時だった。

 誰かの声が聞こえたのは。

 

 

 ──僕はクレアみたいな、人を守る勇者になりたいな。

 

 

 「誰?」

 

 背後から幼い男の子の声が聞こえる。まだ可愛げのある、なのに真っ直ぐな声がよく聞こえていた。

 

 いやこれは知らない人の声じゃない。

 

 むしろ一番って言うほど知っていて、この懐かしさを感じさせるのは……。

 

 「……!」

 

 突然吹いてきた向かい風に目を開けられず、片手で顔を隠す。

 声の主を思い出したと同時にきたそれが止んで、目の前を遮っている自分の手をどかしたら。

 

 

 懐かしい風景を見た。

 

 

 「ここは……私の村?」

 

 

 見えたのは今は無き自分の故郷。

 魔物によって跡形もなく破壊されてしまった、お父さんとお母さんが住んでいた村が、完全な状態でそこに健在していた。

 

 でも私がいるのは村の中じゃない。村全体がよく見える少し離れた丘だ。

 

 そう。よくカイトと話をしていた……思い出の場所。

 

 

 

 「でもなんで僕にどんな勇者になりたいって聞いたの?」

 

 

 そう言ったのは幼いカイトだ。

 確かこの話をしたのは私の大事な犬が亡くなった直後で、その時は今の半分もないくらい小さかったのを思い出す。

 

 「だってカイト。最近村の人から勇者かもって言われてるんだよ。なんか光の力がどうとかで」

 

 カイトの質問を返す白髪の、同じく小さい女の子は、幼い頃の私だった。昔飼っていた犬が目を離した瞬間に、村の外へ出てしまって大きな魔物に出会ってしまった。

 それは犬を追いかけた私も同じで、命の危機に瀕していたのだ。

 犬は私を庇ってくれたが、その時に大怪我を負って死んでしまい、犬を奪ったその鉤爪で今度は私の命まで奪われそうになる。

 

 でもそうはならなかった。ギリギリたどり着いてくれたカイトのおかげで。

 助けに来てくれた彼は、その光の力で魔物を倒した。

 自分がどれだけ立ち向かっても歯が立たなかった相手をアッサリと。

 

 

 だから私はカイトに憧れて嫉妬して、だから私は弱い私を恨んで、憎んだ。

 

 

 なんでそんなに力があるのだろう、なんで私は大切なものを守れないんだろうと。

 

 カイトが友達から親友(憧れ)へ。その心境の変化と村の噂が私をカイトにさらに変な質問をさせた。

 

 「じゃあなんでカイトは、あの時私を助けてくれたの? だって友達になってそんなに経ってないじゃん」

 

 (本当に変な質問したわね……)

 

 弱い自分が嫌になって、無意識に自分を責めようとしている。助けてもらったカイトに対して、自分もよくわからない質問をした。

 それを受けたカイトは一瞬固まるも、すぐに笑顔で返してくれた。

 

 「だって、僕はクレアに助けられたから」

 

 「……助けたっていつ?」

 

 「初めて出会って、クレアが僕に手を差し伸べてくれた時だよ。その時から僕はいろいろ大切な事を教えてもらった」

 

 そこから彼は優しい顔になって話を続ける。

 

 「僕は助けられたお陰で、今はすごく楽しく過ごせてるんだなって思えるんだ。なら僕もいろんな人を助けて、そう言う人を増やしたい」

 

 その言葉にはただ純粋な感情だけがあった。

 

 彼は助けられて、光を知った。今まで生きてて初めて感じたそれを彼はいいものだと思った。それを広げていきたいと思った。クレアの家族のような温かい空気を。

 

 だから──

 

 

 ──だからクレアも、困った人を助けて欲しいな。僕を助けてくれたみたいに──

 

 

 

 

 

 

 ノイズが走る。

 

 「え?」

 

 映画のシーンが切り替えられるように突然変えられた風景に私は驚きながらも、目の前の惨状を見て目を開く。

 

 あの日だ。

 

 運命の日。故郷に魔物達が攻め入って、地図から村が消滅したあの日だった。

 そして目の前にいるのはさっきと同じ昔のクレアとカイト。でも二人は泣いていた。

 当然だ。この時クレアのお父さんとお母さんが死んだんだもの。

 

 

 この日は私にとって人生の転換期。だけどカイトも、同じ人生の転換期。

 

 

 それはロイ大臣様が来てくれたと言う意味でもあるけど、今見ているのは違う。

 

 「クレア……僕は強くなる。魔物が来ても倒せるくらいに、人を守れるくらいに。二度と、こんなことが起きないように!」

 

 カイトの覚悟が決まったんだ。大切なものを失う悲しみを知った彼は、それ以降必死に特訓していくことになる。

 それを懐かしく見ていながらも、あの魔王カイトに傷を負われた胸が痛むのを感じた。

 

 

 『……ごめん』

 

 

 治療室で腹を殴られて、意識が暗闇に落ちる途中に聞こえた、悲しいカイトの声を思い出した。

 

 「……ええそうね。カイトはロイ大臣様を殺すことなんてしない。あんな事をさせたのは魔王の目。魔王の呪いよ……!」

 

 私はこんなところで過去を振り返っている暇はない。私は魔王に乗っ取られた親友を止めないといけないんだ!

 

 彼の夢が、彼の覚悟が、彼の手自身で壊されるなんて事、私が許さない!!

 

 気持ちが自然と引き締まった瞬間に、この悲しき過去の空間にヒビが入る。

 

 「カイト、あんたは私から色んなものを貰ったって言ってたわね。確かにそうだけど、半分忘れてることはあるわよ」

 

 

 

 

 ──私だってカイトから色んなものを貰ったし、助けてもらった。

 

 

 

 

 運命のあの日も、ドラゴン退治も、過去を見れば数え切れないほどたくさん!

 

 だから──

 

 「あんたを絶対救って見せるわ!!!!!」

 

 世界が割れて、自分は光ある方へと浮かんでいった。まるでこの世界からお前のいる場所はないと言われたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦勇者

高評価やお気に入りしてくれたおかげで、モチベーションが爆上がりしました。
今回は少し短めです。では楽しんできてください!


 「クレア様!」

 

 「……う、メイドさん?」

 

 

 この前のカイトもこんな感じだったのだろうかと、治療室のベットの上で寝ていた私は呑気な事を考えていた。

 隣にいたのは王城でよく話していたメイドさん。王城での数少ない仲良しだ。

 

 (そういえば私、よくわかんない夢を見て──)

 

 刹那、あの夜の出来事がフラッシュバックする。

 ──こんなことしてる場合じゃない!

 

 「ねぇ! カイトはどうなったの!? あれから一体どれだけ時間が──くっ!」

 

 メイドに質問しようとベットから強引に起きようとしたら、体に激痛が走る。

 今まで感じたことがないほどの痛みだ。ドラゴン退治でもこれほどのものは食らっていない。

 

 「クレア様、今は安静してください! まだ1日もたっておりません、夜が明けただけですから傷が──」

 

 メイドに言われて体を見れば、確かにひどい有り様だ。所々包帯で巻かれていて、そのほとんどが血で染まっている。

 ただポーションみたいな回復道具や魔法は使ってくれたらしい。胸やそれ以外の箇所にあった大きな傷は無くなっている。

 

 (よく生きていられたわね私)

 

 怪我の深刻さから自分のしぶとさに驚きつつも、私の気になっている事は、カイト本人から彼への対応に変わっていった。

 

 「それで王様達は今何をしているの?」

 

 「……それは」

 

 「魔王になったカイトがすることなんて、言われなくても分かるわ。人類の征服や滅亡、世界を自分のものにするとか。とにかく私たち人間にとって最悪な事を起こそうとしてる。それを防ごうとするのは普通のことでしょ?」

 

 わざわざ説明するが、そんな事はメイドさんだって分かっているだろう。自分の言葉にメイドさんは驚きではなく、何か言いづらそうな顔で反応を示したんだから。

 そしてその理由も大体わかってる。

 

 「魔王討伐に私入れてないんでしょ」 

 

 「……はい」

 

 メイドさんは私の答えに少し遅れて答えた。

 

 そう指示したのは王様かしら。口ではいつも争ってるけど、城の中では誰でも分かるくらい私達は仲が良かったからね。

 私が親友を殺すのを防ぐ為にわざわざ外した、か……。

 

 「メイドさん、私行ってくるわ」

 

 「クレア様、一体!?」

 

 「討伐隊の編成は済んでるんでしょ? なら文句言ってくる。私だって、カイトにこれ以上人殺しなんてさせたくない……ッ」

 

 そう言ってまだベットから立ち上がろうとするが、激痛が走る。気合いでどうにかしようとしたが、これほど痛いとちょっと歩けそうにもない。

 

 (でも行かないと……! ここで入らなきゃ私は絶対後悔する!!)

 

 どうしても行きたい。心がそう強く思っても体がついていかない。

 だけどそこで、手を差し伸べてくれた人がいた。

 

 「………仕方ありません。その体では満足に動けないはずです。私もその頑固さに負けて、手を貸します」

 

 「え?」

 

 立ち上がろうとする事で精一杯な私に肩を貸してくれたのはメイドさんだった。

 メイドさんは傷を負っている自分に出来るだけ負担をかけないように工夫して肩を貸してくれる。正直とてもありがたい。

 

 「なんで? 王様の命令を無視することになるわよ」

 

 私を入れない指示を出したのは恐らく王様。

 そうなるとこの行動は、王様に対する反逆行為に入ってしまう。それだと決して軽くない罰を受けてしまうが。

 

 「私もカイト様に救われたんです」

 

 「……」

 

 不意に思い出したあの夢。

 カイトが言った僕も助けられたから人助けをしていきたいという言葉。

 

 「私は勇者様に植木を落としてしまいました。本当だったらそれで仕事のクビ、悪くて処刑だったんですが」

 

 落としたというのはおとといのことだ。私との一騎討ちをした後の夜に起きた出来事。

 勇者とは人類の救世主。だからその人に大怪我を負わせたという事は、故意のあるなし関係なく重罪になる。

 

 「勇者様がそれはやめてくれと王様やロイ大臣様にお願いしたお陰で厳重な罰は無しになりました。怪我をしたのは勇者様なのに、色々助けていただいたのは私の方で……」

 

 おとといの治療室で確か、私がでた後もロイ大臣様と二人で話し合っていた。その時に頼んだんだろう。

 

 「結局恩返しは無理でしたが、勇者様はクレア様を良く大切に思われていました。ならせめて、この恩をクレア様にお返ししようと……」

 

 メイドさんは恥ずかしそうにそう話した。

 

 あいつ、やっぱ色んなとこで人助けしてんのね。私の見えないところでも。

 メイドさんの話を聞いて、昨日の出来事はますますカイトの仕業じゃないと確信できるようになった。

 

 「ありがとうメイドさん。それで私を、王様がいるところに連れてってもらえる?」

 

 「ええ、もちろん」

 

 クレアからのお願いに、笑顔でメイドさんは返す。

 こうしてカイトに助けられた二人は、治療室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 (皆沈んでおるな)

 

 場所は外の広場。そこには大勢の兵士たちが整列していた。皆防具や武器を装備しており、今から戦争に行くような姿をしている。

 

 ……そしてその大半が昨日の惨状に居合わせたものたちだ。

 

 魔王カイトが去り際に行ったあの言葉は、兵士達に強く刺さった。王様が話している今でも、暗い顔で下を向いている人さえいる。

 

 だからといって何もしないわけにはいかない。

 今この時でも、あの化け物は暴れているのかもしれないのだから。

 

 王は世界を破滅に導く者が近くにいながら気づけず、そしてロイ大臣という大切な人を犠牲にしてしまった事を悔やみながらも、魔王討伐隊の話を続ける。

 至急で勇者カイトが魔王であり、彼が暴れるかもしれない事は各村、各国へと伝達している。どの場所でも彼を倒そうと準備しているだろう。

 そしてここヴァルハラ王国でもそれは当然している。

 

 犠牲が出る前に自分たちで奴を捕らえ倒す、そう話し討伐隊を出そうとしたが──

 

 

 「お待ちください! ヴァルハラ国王!!!」

 

 

 兵士たちから見て後ろにある、広場への入り口の扉が勢いよく開かれた。王様も含め、広場にいる全員が何事かと入り口へ視線を向ける。

 

 「お主は……」

 

 そこから出てきたのは、隣の人に肩を貸しているメイドと。

 

 

 痛々しい姿のクレアだった。

 

 

 身体中に血で染まった包帯を巻いていて、側から見ていても立っていられないと思うほどに傷だらけだ。

 昨日のカイトの、あれだけの攻撃を受けて命があるだけでも奇跡なのに、彼女は支えられながらもこの場所に来た。

 

 「なぜ彼女をここに連れて──!」

 

 「私がここに連れてきて欲しいと彼女に命令しました。もし罰を与えるのなら、命令に従った彼女ではなく私を」

 

 「な……!」

 

 今でも倒れそうな彼女を連れてきたことに、王はメイドを叱ろうとしたが、クレアが強引に言葉を遮った。

 

 あの王に対してだ。

 

 王はこの場所において絶対的権力者。政治的な話し合いはともかく、こういう会話で真っ向から王の意見を否定するのは論外だ。

 それこそこれが許されるのはロイ大臣だけだろう。

 

 そんな暗黙の了解、常識をぶち破った彼女に、メイドさん以外のここにいる全員が驚く。

 だがそれをさせた本人である彼女は、そんな些細な事を気にせず、すぐに本題へ入る。

 

 「それよりヴァルハラ国王よ。なぜ魔王カイトの討伐隊に私を入れないのですか……」

 

 静かでありながら、奥底に強い情熱を感じさせる声に対して、国王は怯まずに返答をする。

 

 「当然であろう。魔王とはいえカイトはお主の親友。それを手にかけさせる───」

 

 

 

 

 「ふざけないでっっっ!!!!!」

 

 今度こそ王様は目を見開いて驚いた。

 言葉を遮るどころか怒鳴られたのだ。これこそ本当に処刑ものだが、誰も彼女を止めはしない。

 昨日のカイトの会話と、そして彼女が生み出した空気が、周りが彼女に耳を傾けさせていたからだ。

 

 「ハァッ……ハァッ……」

 

 これまでにないほど怒鳴っただけで、息が切れ切れになった彼女は、時間をかけて息を整えて話に入る。

 

 「魔物たちが村に攻めた時、私は勇者カイトと共に立ち向かいました……そして両親は死んだ」

 

 それは知っている。昨日の夜にカイトが話していた。

 

 「父は村を守る為に一人で戦いましたが、母は違います。魔物に致命的な隙を見せてしまった私を庇って死んだんです」

 

 今は朝だというのにとても静かだ。

 鳥のさえずりも風の音さえも聞こえない。だから不思議と彼女の話は、広場にいる全員に聞こえる。

 

 「私が弱かったから母は死んだ。もっと強ければ父に加勢して救えたかもしれない。その時は本当に自分を恨みましたよ。自分で殺してしまいそうなくらい」

 

 その声からは憎しみが出ている。弱い自分を許せないような憎しみが。

 

 「でも父にも、死ぬ直前の母からも約束してるんです。弱き者を助けられる強くて立派な人間になれって。大事な人を亡くして辛かったカイトも言ったんです。こんな悲劇を二度と起こさせやしないって」

 

 そして彼女は王様を見て言った。

 

 「私はあの悲劇を繰り返したくない! カイトの覚悟を魔王の呪いのせいで壊したくない!」

 

 震えていた声がだんだん強くなる。

 

 「弱いから何も救えないなんて嫌! ……私は今度こそ──

 

 

 

 

 

 

 ──この手で救いたいんです!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 それは彼女の悲痛なる叫びだった。

 今まで何もできず助けられてばっかりの自分を恨んでいた。そして今度は戦いの場に立つことすら許されずに、また悲劇が起こるかもしれない。

 

 

 そんなのは嫌だ。あんな悲しみを二度と起こさせてたまるか!!

 

 

 泣いているとも怒っているとも取れるその叫びは、王様の心へと確かに響いた。

 

 

 「……そうか、お主の思い。確かに聞き取ったぞ」

 

 「! それでは──」

 

 

  ──だが、これだけは質問しなければならぬ。

 

 

 長い沈黙を得て王は質問をする。

 

 「もしカイトが救えぬとしたら、お前はその手で親友を殺すことができるのか?」

 

 

 それはもしもの、最悪の場合だ。

 

 

 魔王の呪いが解けない。既にカイトという人格が壊れている。色々あるが彼を助けられない可能性だってある。

 もしそうなってしまったら、彼女は親愛なる彼を自ら殺さなければならない。

 

 

 世界を救う為に。

 

 

 「……」

 

 

 その質問にクレアは少し止まった。

 顔を少し下げて彼女は目を瞑り数秒。その時間はとても短いようで永遠に感じれるようだった。

 そして目を開いた彼女は隣のメイドに少し話し、メイドは頷いた後に支えるのをやめる。

 

 「……もしそうなってしまったら。私は父と母、そして我が親友の勇者カイトの願いの元、ヴァルハラ国王に誓います」

 

 

 

 

 ──魔王カイトをこの手で殺すことを。

 

 

 

 

 クレアは王様の前で跪き首を垂れた。

 

 それは騎士における誓いの儀式。今彼女が言った言葉必ずやり遂げる、覚悟の証だった。

 

 「……」

 

 王はその姿にまた沈黙する。

 その誓いの姿は、お世辞にも綺麗とはいえない。

 体はボロボロで包帯だらけであるし、跪く時だって負担が大きすぎて体が震えている。今にでも倒れてしまいそうな軟弱な姿。

 ぽたん、ぽたんと落ちている音は彼女の血なのか、涙なのか。

 

 だがその姿は気高く美しいと王は感じた。

 体が倒れそうになりながらも誓いの姿を見せた信念。たとえどんな犠牲があろうとも、悲劇を繰り返させない為に目的を遂行する覚悟。

 

 

 

 

 そのどれもが、彼女の心をより一層に表しているようだった。

 そしてこの空間を支配したのも彼女だ。心の強さを表すように、ここにいる全員がいつの間に彼女の気高き姿に見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその時間も永遠ではない。

 

 「()()()()()殿()、私はあなたに謝罪しなければならない」

 

 

 

 

 

 

 一人の男がクレアに声をかけた。かけられた彼女はその男の顔を見る。そして目を見開いた。

 

 「あなたは……!」

 

 何せ声をかけてきたのは、クレアに悪口を言っていた─ドラゴン退治の前日にロイ大臣に注意されていた─兵士だったからだ。

 彼は腰を落として、クレアと同じ目線で見ている。

 

 「私はあなたを出身だけで蔑んでいました。ただの田舎者が、今まで必死に訓練していた私たちに叶うはずがないと……」

 

 彼の目はいつものような馬鹿にする目ではない。真剣な眼差しでクレアを見ていた。

 

 「勇者様達が魔物を倒し、村を救い始めてもその浅はかな考えは変わりませんでした」

 

 クレアがふと下を見ると彼の握っていた拳が震えている。さっきの私がしていたように、自分を許せないようだった。

 

 「しかし昨日の件で私はやっとわかったのです。どれだけ自分がバカで、何もできないという事を……」

 

 そして彼は私に向ける姿勢を変える。

 

 

 

 ──私と同じ誓いの姿へと。

 

 

 

 「今更許してくれなどとは言いません。ですが私も、兵士としての役目を果たさせてください。国と民を共に守る者として……」

 

 その言葉に今度はクレアが驚く番だった。今まで蔑んでいた彼の一変した姿に彼女は立つ。だか彼女の驚きはそれだけで終わらない。

 

 「俺も……同じです」

 「私もいい加減、過ちを認めなければ」

 

 整列していた兵士たちも次々と跪いていく。その誓いの姿をクレアに向けて。

 

 全ての兵士たちが一人に向けて誓いの姿を見せるその様は、まるで何かの誕生を表してるかのようだった。

 

 

 そう、勇者が誕生したかのように。

 

 

 「兵隊長よ! 例のものをここに持ってくるが良い!!」

 

 困惑するクレアをよそに、今まで静かだった王様が大声で命令する。

 それを受けた兵隊長は「ハッ!」と返事をして広場を出る。

 

 そのすぐ後に戻ってきたとき、彼の手には新しい剣があった。

 

 (あれは……!)

 

 見るだけでわかる。あれは並の剣では比較にならないほど凄い代物だと。

 それを持ってきた兵隊長は、いつの間にかクレアの目の前まで来ていた王様に、跪いて捧げた。

 

 「済まなかった……私はお主の覚悟を見誤っていたようだ」

 

 そしてその剣を、王様は私へ渡してくる。

 初めて近くでそれを見た私が思ったことは無駄がない。

 勇者の剣は有り余るエネルギーをその場で発していた、単純な強さを強調していた剣だった。

 

 だがこの剣は違う。見た目こそ普通の剣と変わらないが、在り方が根本的に違う。

 

 強烈的な力は感じないが、無駄を全て省いたような、ある意味芸術の領域まで至っているのを目の前の剣から感じ取れた。

 

 「これははるか昔。勇者の力を借りずに果てしない努力だけで、魔王と互角に戦った者が愛用した剣だ」

 

 

 

 その名も無心の剣。

 

 

 

 暴力的な力だけが戦いを支配するわけではない。

 技や工夫で戦いを支配することだってできる。それをこの剣は体現していた。

 

 無心の剣の説明を終えた王様は今までより一番大きい声で言った。

 

 「我がヴァルハラ国王は! お主の心と覚悟に敬意を表し『戦勇者』の称号を与える!!!」

 

 戦勇者。

 

 それは勇者の次に高い称号だ。

 勇者は光の力で人類を救うものを指す言葉に対して、戦勇者は戦いの覇者を指す言葉である。つまり戦いの力が地位に大きく影響するこの世界では、ある意味頂点の称号とも言える。

 そしてこれを授けるということは、今この城で最も強い者として認められたことでもあった。

 

 「……この剣、受け取ってくれるな?」

 

 「……はい」

 

 私の返答に笑顔で頷いたヴァルハラ国王は、また厳しい顔へ戻り、話を続ける。

 

 「改めて言うが、魔王が復活したこの世界は今! かつてない危機が迫っておる!!」

 

 沈んでいた兵士たちの顔も、クレアの気高き姿のおかげで士気が上がり、覚悟を決めた顔に変わってる。

 

 「戦勇者の悲劇を二度と起こさぬよう、今こそ! 出身や地位関係なく力を合わせ!」

 

 

 そして兵士から受け取った剣を空へと掲げて、大声で叫んだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界を守ろうぞ!!!──

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおーーーーー!!!!!」」」」

 

 クレアも、彼女に話しかけてきた兵士も、整列していた者も、全員が武器を掲げて全力で叫んだ。そこに今までの差別なんてものはない。

 

 

 この日、ヴァルハラ王城の人達が心一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァルハラ王国から全世界へと向けて衝撃的な伝達があった。

 

 ──勇者カイトこそが魔王だ。

 

 これを受けた人達は魔王から身を守る為に様々な対策を練ることになる。

 

 だが衝撃的なのはもう一つの伝達もだ。

 

 ──新たにクレアへ無心の剣を授け、彼女に『戦勇者』の称号を与える。

 

 これを受けて、ただの勇者の付き添い人だった彼女は世界的に認知されるようになる。

 

 魔王になった勇者の代わりである、人類の救世主だと。

 

 

 

 

 ……本来の世界では厄災として認知させられていた彼女が、この世界では勇者という言葉が入る称号を手に入れた。

 

 

 

 カイトが起こした行動は、確かにクレアをいい方向へと導いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、カイトは今何をやっているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ〜、サバイバル舐めてたぁ……」

 

 山の川のそばで、一切魚が釣れない釣竿を見て情け無い声を出していたのだった……。

 

 

 

 




 今回はほとんどクレアの回でしたが、次回からはきちんとカイトの回になります。
 お楽しみに〜。


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◯◯◯との出会い

評価のバーが赤に染まった!?(初めて)
オリジナル新作日間加点でランキング1位になった!?(初めて)
UA一万超えた!?(初めて)
すごいことになってる!
ものすごく嬉しいです。ありがとうございます!!!
後、誤字脱字報告も助かります!


 あの夜の出来事から数日。

 

 恐らく魔王と呼ばれている僕カイトは、頭を抱えていた。ヴァルハラ王国の首都から離れている山で。

 

 魔王と呼ばれるほど恐ろしい奴が頭を抱えている。

 そんな姿を見れば、彼はきっとすごい悩みをしているのかもしれないと思うだろう。

 

 ……全くそんなことはないのだが。

 

 (やばいやばい、あれからほとんど何も狩れてねぇ……!)

 

 そう。今の自分が抱えている問題とは──

 

 「サバイバルなめてたぁ!」

 

 サバイバル生活がろくに出来ないことだった。

 

 

 

 自分が立てた計画は、前世を思い出してすぐに考えた物なので穴がある。流石にクレアの件はやり遂げたが。

 

 問題はその後の生活についてだ。

 

 自分は過信していた。

 光の力という万能の力があり、戦闘用ホムンクルスの体というどの環境でも対応出来るハイスペックを持っている。

 それならサバイバルくらいできるだろうと。

 

 だがダメだった。

 

 山で魔物や動物を獲ろうとしても、先にこちらを察知してすぐさま逃げ出す。

 あれが生存本能なのだろうか、数十メートル離れた自分を感知して逃げ出すのは驚いた。

 

 (それ以前にサバイバルスキルが貧弱なんだよなぁ……)

 

 火の起こし方や罠の設置の仕方とか、実際やろうと思ったら全然出来やしない。前世でいうあれだ。仕事のやり方の説明を一通り受けた後、行けそうと実践してみたら分からないことだらけの奴。

 

 (いやそもそもこういうのはクレアに頼りきりだったじゃん!)

 

 さらに思い返してみれば、魔物退治て野宿するときは、手際のいい彼女に色々やってもらってた。……戦闘以外に彼女に勝てる要素がないような。

 

 (他でもクレアに頼ってたツケが来そうだな)

 

 来るであろう問題だらけの未来に悩むが、今は食料問題に意識を集中しよう。

 さっき動物を狩れないとは言ったが、一応方法はある。

 

 光の魔力を使えばいいのだ。

 

 (でも出来るだけ使いたくない。光の力は有限なんだから)

 

 僕は偽物の主だ。力を使うと体から漏れて、漏れたそれは本来の主へ戻っていく。

 本物の魔王を倒すまでの間。光の力が消えないように多用するのは避けたい。

 

 次の目的地だって、「聖女」を助けないといけないのだから。光の魔力は絶対消耗する。

 

 「でも飯は食わないと死んじゃうしなぁ……」

 

 自分はご飯がないと生きていけない。お前ホムンクルスやろと思うだろうが、よく考えて欲しい。

 僕は実際に子供から青年まで体は成長している。太古の技術を使って作られた体は、半分人間と変わらないほどの精度なのだ。

 

 (悩むなぁ。光の力を使うか、他の方法を模索するか)

 

 静かに流れる川を前に、手を顎に添えて座る僕はどちらを選ぶか考えるが、その時間は唐突に終わりを告げた。

 

 「助けてくれぇーー!」

 

 「……ん?」

 

 目の前で静かに流れる川に一つ、騒がしい音が聞こえる。下を向いていた僕は前を見て、それを探すと一人の男の子がいた。

 ぱっと見でわかる。今にでも溺れてしまいそうだ。

 

 「やばいな」

 

 それを見た僕はすぐさま川に飛び込んだ。静かな川に大きな衝撃音と大きな波紋が広がっていく。

 川の流れや、暴れている男の子など様々な問題はある。しかしそれらも光の力でクリアして、特に苦戦することなく助けることができた。

 

 「大丈夫か!?」

 

 川から少し離れた所へあげて仰向けにした男の子の服装を見る。

 布のブラウスを着ており、腰の周りを革のベルトで締めたとても単純な服装をしていた。

 

 今の自分は魔王を演じている立場だ。だからこんないいイメージを持たれるようなことをするのは、計画に支障が出てしまう。といっても見殺しにするのは自分も嫌だし、その辺りの解決策はいくらかあるから一応問題ない。

 

 助けた男の子の口から水を吐き出させ、息を確認する。すると傾けた耳に小さく呼吸している音が聞こえた。

 なんとか助けられたらしい。

 

 「……気絶してんな」

 

 目をずっと閉じたままの男の子をどうするか。

 周りを見渡すと川と森だけ。そこは魔物だらけの巣窟だ。男の子一人にさせるのは危なすぎる。

 

 (まあ自分に恐れて逃げていったんだけどね)

 

 よく考えたら魔物いないしそれで今困っているんだった。光の力が原因だろうから、それをうまく出さない練習をしないと。

 ……いや、とにかく一人にさせるのはダメだろ。それにおかしい点もある。

 

 (なんでこんな所に一人で……?)

 

 さっきの説明通りここは魔物だらけだ。子供ならいや普通の人間一人では生きていられない。

 近くに親らしき気配も感じないし、なんでここにいるかますますわからなくなる。

 

 (まあいいや。山を降りて目が覚めるのを待つか……)

 

 考えても答えは出ないと思った僕は、そのまま下山することにした。

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 「……ここは?」

 

 「やっと起きたか」

 

 男の子が起きた頃には、既に日が下りておりあたりは真っ暗。僕たちは今、山の麓の森で焚き火をしている。

 周りは木に囲まれており、念のために魔物がいないか警戒していた。

 

 「とりあえず腹減っただろ? 食え」

 

 そう言って、焚き火に刺していた串刺しの焼いた魚を持つ。男の子の手が熱くならないように片手で根本の持ち彼の目の前に持ってくる。

 男の子は困惑して俺を一瞬見るが、相当腹が減っていたらしい、犬の様にガブガブとかぶりついた。

 

 (あぁ〜良かった。なんとか1匹捕まえられて)

 

 僕は男の子にバレないよう、静かに息を吐く。

 助けた後に釣りでも魚はとれなかったので仕方なく、川に潜ってみたが採れたのは1匹のみ。

 あんなに苦労してこれだけなのは正直泣きたいが、こいつのかぶりつきを見てそんなのは吹っ飛んだ。

 

 「……うまいか?」

 

 串刺しにして焼いただけなのだが、口に合うか合わないかは大事なことだ。念のため聞いておく。

 そして聞かれた男の子は、口に入っているお魚をゴクンと飲み込んでこっちを見た。

 

 「アニキは食べたの?」

 

 「もう食べt「グゥぅぅ〜!!!」………………」

 

 「……食べてないんだ」

 

 最悪のタイミングでお腹の虫がなってしまった僕を、どこか呆れたように見てくる男の子。やめてくれ、ものすごく恥ずかしくて死にたくなる……。

 

 「食べた方がいいんじゃない?」

 

 「……いや大丈夫だ。お前の方こそなんで川で溺れてたんだ? 後、なんで俺をアニキと呼ぶ?」

 

 言葉を断って、恥ずかしさを紛らわすためにも強引に質問に入った。それを受けた男の子は一瞬キョトンとするが、すぐに魚を食べ始めて答える。

 

 「迷子になった。後アニキ呼びは助けてくれたから」

 

 「流石に無理があるだろ……両親は? 早く家に戻らないと心配するぞ」

 

 「……親父達は魔物に殺された。今は別の家で引き取って貰ってる」

 

 「……そうか」

 

 寂しそうに言ったのを見て、自分の声調も低く静かになっていく。

 魔物が蔓延るこの世界では珍しくない。そして親が死んで残された子供がどうなるかは、主に三つのルートがある。

 

 一つは修道院やヴァルハラ王国の首都にある聖協会と言った所に引き取られるか。

 一つはその子の親戚の人達に引き取られるか。

 最後のルートは誰にも引き取られず死ぬか。

 

 この子は運が良いことに引き取られたらしい。魔物が出現しているせいで余裕がないこのご時世では、修道院にもいけず誰にも引き取られずに死ぬ事は多々ある。それが子供だとしてもだ。

 

 「お前が出ていった家の家族はどうなんだ」

 

 「……優しいよ。でもやっぱり──」

 

 「前の家族に会いたくなった……か?」

 

 「……うん」

 

 静かに僕の言葉を肯定した。今の森は鳥や虫のさざめきもなくとても静かなもので今の声はよく聞こえた。

 それから無言の時間が進む。風の音と焚き火の音だけがこの場を支配し、自分は考え込む。

 

 「とりあえずお前を家の元に返す。この山から出るには、いや出ても魔物がうろついてるからな。家までの用心棒をやるよ。タダでな」

 

 風が3回過ぎた頃だろうか、それくらい考えて提案をした。男の子は相変わらず無表情でこっちを見てくる。ただ顔を傾ける仕草からして僕の言葉に疑問を持っているのは分かるが。

 

 「良いの?」

 

 「子供を守るのが大人の役目だろ!」

 

 「アニキは大人に見えないけど……」

 

 「いちいち突っ込まんでいいわ! とにかく今日はもう寝ろ。明日朝からすぐに出かけるぞ」

 

 そう言って寝る用の布を渡し、渡された本人は特に何も言わずにそのまま横になった。それを見届けた自分は、座った状態で木にもたれながら目を閉じようとするが──

 

 「ありがとう」

 

 その直前にボソッと、男の子が言った。

 

 「……人助けは当たり前だろ」

 

 僕はその言葉に静かに微笑みながらそう返し、今度こそ目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 ──あなたは優しい子に育つのですよ。

 

 

 もう死んじゃったお母ちゃんはそう言っていた。

 

 

 ──すごいな◯◯◯! お前は将来すごい奴になれるかもしれないぞ!!

 

 

 そう褒めてくれたお父ちゃんも殺されて今はいない。

 

 

 両親が魔物に襲われた日、自分だけが生き残った。原因は分かる。目の前で両親が僕を守る為に、魔物と差し違えたのを見たから。

 

 親がいなくなり取り残された僕はひたすらに歩く。どれだけの時間がかかっていたのかは分からない。気がついたら全く知らない町の道の端で僕は座っていた。

 目の前を横切る幸せそうな家族。それを見ていたけど眩し過ぎて、僕は地面に視線を変えた。

 

 ──これからどうしよう。

 

 服は泥だらけであちこちには擦り傷がいっぱい。そんなボロボロな自分が元から存在しないように、何事もなくただ通り過ぎていく通行人。はっきり言って絶望していた。

 

 前に両親から親がいなくなった子供がどうなるか、どこかで聞いたことがある。

 親戚に引き取られるか、修道院に行くか。

 僕は親戚はそもそも知らないし、修道院もまだ見つかっていない。どこの街にでも必ずあるわけじゃないらしく、この街も探索したが見つからなかった。

 

 何日間、何も食べていない。ゴミを漁ったりしたけどもう体力の限界だ。

 

 力が無さ過ぎて自然と体が横になる。自分が起きなきゃと力を出しても体は起きない。

 

 ──死んじゃうよ。

 

 幼い自分でも流石に分かった。これは命の危機だと。

 でも誰も助けてくれない。

 目の前の人たちは僕に気付きながらも通り過ぎて──

 

 

 

 

 「大丈夫かい」

 

 

 

 

 一人の男が手を差し伸べてくれた。

 白い髭がボーボーのしわくちゃなおじいちゃんが。彼は優しい笑顔で僕に近づいて、僕を抱き上げる。

 

 

 「おぉー、全く大変な目にあってきたんだねぇ」

 

 

 見ず知らずのおじいちゃんではある。でもこんなに温かくて優しそうな顔をしているんだ。

 僕は運良く助かったんだ。そう気づいたら知らぬ間に涙が流れる。

 

 ああ、嬉しくてしょうがない。涙が止まらないほどに嬉しい。

 そう思いながらお爺ちゃんに連れられ、僕は幸せな未来を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも違った。むしろこれからが本当の地獄なんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何をしている!! 早くたたんか!!」

 

 イライラしたおじいちゃんがムチで、地面に這いつくばっている自分を叩く。

 町で拾われた時よりも体の傷は増えている。

 

 おじいちゃんが連れてきた場所は──反国家勢力の隠れアジトだった。

 

 崇高な目的のため、世界を変える為、どんな理由でこんなことをしているのかは分からない。

 ただ今の自分は、この組織の立派な駒になるようにしたてあげらていた。

 

 最初は痛みで何回も泣いていたのに、今ではいつの間にか涙も出なくなっていた。

 目から光も消え失せ今はただ体を頑張って起こす。逆らう気力も無い自分はただ暗殺者になるための特訓を頑張るだけ。

 この訓練を受けているのは自分だけじゃ無い。他にも何人か、僕みたいな子供がいる。そして同じ様に特訓を受けている。

 

 後で聞いたけど、この組織は親もいない町や村を彷徨っている子供を攫っているらしい。

 僕の様な子供達は街にいてもいなくても変わらない存在だ。いつの間にか消えてても親もいないから騒ぎ立てることはない。だから国からバレにくい。

 組織からしたらこれほどにいい条件は揃っていないだろう。

 

 

 

 

 「アルファよ、お前に任務を命じる」

 

 

 それから数ヶ月経った頃、僕を攫ったおじいちゃんからどこかの貴族を暗殺する任務を受けた。アルファとは駒としての自分の名前で、洗脳で自我を出来るだけ無くすために本来の名前まで奪われてしまった。

 こんな短期間で任務を受けられるのは珍しいことで、僕にはどうやら才能があったらしい。僕より一年前に入ってきた子よりも強くなっているし、このアジトの中でも上から数えた方が早いくらい強くなった。

 

 (お父ちゃんがすごい奴になれるって褒めてくれてたっけ)

 

 数ヶ月前の、でも遥か遠くに感じる様になってしまった事を思い浮かべながら、僕は任務を遂行しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は夜。暗闇が表へ出てくるこの時間は魔物が支配すると言われているが、他にも支配している存在はいる。

 暗殺者だ。

 現にアルファは何十人もの騎士が警備している館をくぐり抜け、暗殺目標はすぐ目の前にいる。

 今は深夜だから目標はベットで寝ている状態だ。

 

 (任務を遂行する……)

 

 静かに取り出した小さいナイフを目標の首へと静かに近づける。

 そして後一歩で当たるところまで来た首を切ろうとして──

 

 

 『あなたは優しい子に育つのですよ』

 

 

 切れなかった。

 

 静かに首へと近づけていたナイフが止まる。

 ああ、ダメじゃ無いか。早く任務を遂行しないとと思うが体が動かない。まるで悪いことをしてはいけないと、親に叱られてる様に。

 

 「……む、顔に何かかけられて……!? 貴様は何者じゃ!」

 

 それどころか涙が出てきた。こんな無駄なもの流していたら任務の邪魔になるだけだというのに。

 でも止まらない止まってくれない。どうして……。

 

 「何事ですか貴族様!」

 

 「ッ!?」

 

 涙で起きてしまった貴族の声を聞いて、数人の騎士達が扉を開けて入ってくる。

 これでは任務どころでは無い。

 命の危険を感じたアルファは、ただ自分の本能に従って館から逃げた。

 

 

 

 逃げて、逃げて逃げ続けて、気が付いたら山まで来ていた。目の前に静かに流れる川があり、座った自分は水で反射した自分の顔を見続ける。

 

 「なんで……あの時だったの」

 

 人を殺そうとした直前、ふと思い出したお母ちゃんの言葉。ただの偶然か、あの言葉で何故か組織から施された洗脳も解けてしまった。

 

 しかし洗脳が解けて何か変わるのか。もう帰るべき家などない。

 

 自分はこれからどうしようか、組織から教えられたスキルを使えばなんとか生きられるのではないかと考えられる。

 

 (でも、町の人たちの視線)

 

 まるで自分たちをいないもの扱いされたあの経験が、教えてくる。未来に希望は無い。そう思えば全てのことが悪い方向へと考えてしまう。

 そうしてたどり着いた考えは……

 

 (父ちゃんと母ちゃんに会いたいや)

 

 無意識にやったのか、それともこの世界から解放されたいからか、自分の体を川へと放り投げた。

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 「それでお前の家はどこにある?」

 

 「ミナロック村だよ」

 

 「なるほど、スタイバ町に近いな。丁度いい」

 

 「用事があるの?」

 

 「ああ、そこで人に会う予定だ」

 

 そんな経緯で助けられた僕は()()を付けたアニキと一緒に、馬に騎乗しながら目的地へと向かった。

 アニキと少し話したあの夜、僕は少しだけ考えた。

 

 (もし僕が帰ってこなかったらどうなるんだろう)

 

 確か僕が殺し損ねた目標は、どうしても今のうちに始末しておきたいとおじいちゃんは言っていた。それで僕が失敗したから、貴族の警備は一層に強くなるだろう。

 始末したいけど前と同じ様に暗殺者を送っても結果は変わらない。ならどうするか。

 

 (多分、僕と同じ子供達を沢山送るはず)

 

 そんなことはさせたく無い。おじいちゃんのやる事に気づいた僕は、またあの忌まわしい場所へと戻ろうとしていた。

 

 (でもアニキは巻き込んじゃダメだ)

 

 アニキは僕を助けてくれたから白だと思う。もし組織の追手だとしたら、わざわざ助ける必要もないからだ。

 でも自分が今からやる事まで助けてもらうつもりもない。

 訓練されたから分かる。おじいちゃんはあのアジトのボスということもあってそれなりに強い。戦闘経験が無い人が相手したらすぐに殺されてしまう。

 

 「なぁ。お前はミナロック村の道とか詳しいか?」

 

 「……? そうだけど」

 

 どうするか考えていると後ろに座っているアニキに声をかけられた。なんでか彼は今、フードを被って顔が見えない様にしている。

 正直怪しさ満載だけど、助けてくれた恩があるから何も言わない。

 

 「ちょっと裏道でお前の家まで行きたい」

 

 「……分かった」

 

 今の言動も怪しさ満載だが何も言わない。

 

 

 こうして僕達はミナロック村へと着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 「我が子を助けていただきありがとうございます!」

 

 僕の家/隠れアジトに着いた僕達を迎えてくれたのは、黒髪の20代の女性だった。──彼女も僕と同じ、駒に仕立て上げられた人だ。

 彼女は僕を引き取った両親という設定で、アニキの対応をし、深くお辞儀をしている。

 死んだはずの僕の突然の帰還にも、驚くこともなくすんなりと行動できるのが、騎士団を欺く技量なのだろう。

 

 「いえ……人助けは当たり前ですから」

 

 そう言ってアニキは、彼女の隣にいる僕を見て去ろうとするが……

 

 「アニキ!」

 

 別れるのが寂しかったからだろうか? それともこれからまた始まる地獄から解放されたくて助けを求めたかっただろうからか?

 

 僕は気が付いたらアニキに声をかけていた。

 

 ──僕を助けて!

 

 それを言おうとして、口を閉ざす。それを今言うのはあまりにも遅すぎる。今言ってしまえばアニキは生きて帰ってこれない。

 でも何も言わないのもおかしい。それでなんと言おうか短い間に考えて考えて……

 

 「……助けてくれてありがとう」

 

 静かにそう言った僕は、フードで隠されながらもギリギリ見える顔から、アニキが笑顔で返してくれたのをみることが出来た。

 

 そしてアニキが見えなくなるまで離れていったのを確認した後、家に入る。その瞬間、彼女の雰囲気が豹変した。優しいものから冷たい尖ったもの、殺気が僕に突き刺さった。

 

 「アルファ、任務はどうしたのですか? まだ目標は殺せていませんが……」

 

 僕が家に入ったら後ろの扉が閉まり、この家に唯一届いていた光が消える。この家はそれなりの人数がいるから広いが隠れアジトだからなのか、光が当たる場所はほとんどない。

 この場所の恐ろしさを表す様にどこまでも暗く、またこの闇の被害者である彼女の瞳も、同じ様に暗かった。

 

 「申し訳ありません。途中で見つかってしまい道具を失いました。また任務に向かう為こちらに戻って来ました」

 

 彼女の目が怪しいものを見る目に変わる。流石に疑問点はあるだろう、自分でも多少思うほどザルな言い訳だ。

 だが彼女はあくまで駒。物事を判断するのはおじいちゃんである。

 

 「……分かりました。主人(あるじ)の元へ行きます。着いて来なさい」

 

 「はい」

 

 自分の予測通り判断をおじいちゃんに委ねた彼女は、僕をこの家の中央にある広い部屋へ連れていった。

 

 扉を開けて中に入ると、部屋の奥で高齢な男性がひとり佇んでいた。このアジトの主人、おじいちゃんだ。

 彼はいつもの静かな佇まいでこちらを睨む。まるで蛇にでも睨まれたようだが、それに屈さずにできるだけ冷静に話す。

 

 「どうして戻って来た」

 

 「……申し訳ありません主人様。今回の目標仕留め損いました。道具を無くしてしまったので補給を「この無能がぁ!」……」

 

 主人が突然荒ぶる。先程の静かな佇まいではない。その顔には僕に対する怒りと失望があった。

 

 「任務をこなせず帰って来たと思ったらこれか……! すでにお前のせいで足がついてしまった。今はまだ遠いがこの村付近に騎士団が来ておる」

 

 今回の任務はそれなりの重要なものだったのか、いつも以上にイライラを隠していない。それどころか、今までうまく隠れていたヴァルハラ王国の騎士団にもどこか感づかれてしまったらしい。

 ここがバレそうな不安からか、いつもより声が荒い主人は、僕を連れてきた彼女に一つの質問をした。

 

 「ベータ。たしかアルファは1人の男を連れてここへ帰ってきたのだな?」

 

 「はい」

 

 主人の言葉に機械のように返答する彼女。それを聞いた主人は彼女に任務を与えた。

 

 「ならばベータよ。その男を殺しにいけ」

 

 「!?」

 

 この隠れアジトがバレるのは組織にとってもあまり良くない。騎士団が来るかもしれない今、できるだけ足を残さないようと思った主人の考えだろう。

 だがその言葉に当然賛同できない人はいた。もちろんアルファだ。彼は予想できなかった事態に戸惑いながらも、できるだけ悟られないように質問をする。

 

 「主人様。村の中で人を殺すのはあまりにも不自然では?」

 

 この命令の欠点。それは目立ちたく無いアジトの近くで、不自然な死者が出ることだ。それでは本末転倒では無いかと、できるだけアニキが殺されない方向へ持っていこうとするが──

 

 「問題ない! このあたり一帯では最近、急死する謎の呪いが広がっているらしいからな。例え町中で死んだとしても殺される所を見られなければ、呪いのせいだと思うだろう」

 

 ──出来なかった。そう言い返されたアルファは何も言えず、ベータはそのまま「分かりました」と言ってその場から消えた。

 

 (やばい……!?)

 

 このままではベータはアニキを殺してしまう。そう気づいた彼の心の中からはだんだん焦りが生まれていく。

 

 (アニキを助けるためにはどうすればいい! ……おじいちゃんをここで殺してすぐに行くしか)

 

 彼は年が二桁も行っていないほど幼く、そして捨て駒であるために、アジトでは最低限の食事しか与えられなかったから、頭が回らず気づけなかった。

 情報を大事にするこの組織で、誰かと接点を持ってしまったらどうなるか、そしてそれを組織の者に見せてしまったらどうなるかという事を。

 彼の状況があるとはいえ、ほかの子供が犠牲にならない為にと帰って来たと彼の考えは甘かった。

 

 甘い。だからミスも連続でする。

 

 「……やはりアルファ。貴様洗脳は既に解かれておるな?」

 

 「え!?」

 

 「さっきからわしに殺気を向けておるぞ。なるほどのう。確かに洗脳が解けば任務を遂行など出来ぬか」

 

 いつもの訓練で受けていたはずの殺気を隠すことも、経験が浅いアルファが少し焦れば、主人になんてすぐにバレる。

 おじいちゃんはこのアジトで強いと自分は気づいていたはずなのに犯してしまった痛恨のミス。

 アルファの驚きに自分の推測が当たったと分かった主人は、その見た目では思いも寄らないほどの速さでアルファに迫り、首を掴む。

 

 「うっ……!?」

 

 「自我を持ってしまった駒などいらん。死んでしまえ」

 

 そう静かに殺人宣言をした直後から、アルファの首を絞める力が強くなる。アルファはなりぶり構わず暴れるが、主人はビクともしない。

 

 (バカだ僕は。結局何も……)

 

 時間が経つに連れて体に送られる酸素が減っていき、そして死を覚悟したその瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『邪魔するぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の目の前に、男が屋根を突き破って入ってきた。

 

 「誰だ!?」

 

 腕の力を弱めながらも僕を掴んだまま、主人は乱入して来た男を振り返ってみる。天井が落下したせいで煙が舞っているが、肩から上の姿は見えた。

 

 その男はどこにでも居そうな旅人の服をしており、そしてフード付きのマントを付けていた。天井から入ってきた光は男の黒髪を照らし、この暗い部屋ではとても眩しい。

 

 そして眼帯をつけた彼──アニキは、とてつもない殺気を向けられているにも関わらず、平然と主人を見つめている。

 

 「貴様!? あの女はどうした!!」

 

 その男がアルファを連れてきた男だと主人が気づくと、慌てるように質問した。さっきお前を殺すために刺客を送ったはずだが。

 

 「あぁ、そいつを引き取ったはずのあの女か? 急に殺しに来るもんだからビックリしたぞ。お陰で騒ぎになっちまった」

 

 『おい、さっき誰か剣で暴れてなかったか!?』

 『急に人が消えなかったかしら!?』

 『それより、あの男の顔ってもしかして……!』

 

 (え!? じゃあアニキ、もしかしてベータを殺した!?)

 

 突き抜けた天井から、周りの人の声が聞こえてくる。これだけ騒がれると、ここを隠しアジトとして使うこともできなくなるだろう。

 そして煙が消えてくると彼が抱えていたベータが見えてきた。外見に傷は見えない。恐らく気絶しているだけだろう。

 アニキがそっとベータを部屋の端に下ろすと、鞘が入った剣を持つ。

 

 「何? ベータと争って無傷だと?」

 

 主人が信じられないような目でアニキを見る。ベータはこのアジトの中でもとても強い方だ。並の人間、いや騎士でも勝つのが難しい彼女を何事もなくそれも短時間で倒し平然としているのは……?

 

 その疑問に対してアニキは、鞘を抜き、そして眼帯を外したことで答えを示した。

 

 「その姿は……!?」

 

 あれだけ怒りに染まっていた主人はその姿を見て、驚きと恐怖へと変わっていく。そしてその怯えざまを見たアニキは悪人の如く笑う。

 

 「勇者の剣に、黄金の片目。これだけ見れば分かるだろ? 今もっぱら有名な──」

 

 「魔王カイト!!! お前達、ここに集まれぃ!!!」

 

 悲鳴のように彼の名前を叫んだ主人が、暗殺者達を呼ぶと、一斉に集まってくる。ここに住んでいる十数人の子供大人が武装して、この一つの部屋に来た。

 これだけの人数なら形勢逆転しもおかしくない。一人一人が並の騎士かそれ以上なのだから、それは一つの騎士団並みの戦力と変わらないのだ。

 主人は僕を掴んでいる右腕をそのまま、魔王カイトに見せつける。

 

 「魔王はどうやらこの無能を助けに来たようだな! だがこいつは今捕まっている。少しでも動いてみろ! そうなればこい──」

 

 こいつの命はどうなっても知らんぞと言いたかったんだろうか? だがその先は言えないだろう。

 だって主人の片腕を切ったのだから。

 

 「ガァーーー!?!?!?!?」

 

 アニキと主人の距離も、僕と密着している腕の問題も、彼の技量の前では何の意味も無かった。達人の域に至った彼の剣術は、至難な技を当たり前の様にやったのだ。

 

 「俺に対して集まったのがこれだけか? 人質取っただけで勝てると思ったのか? ──魔王相手にしちゃあ笑えるくらい甘すぎるな」

 

 首を掴んでいた腕が切れたことで、拘束から解かれた僕は、さっきまで入ってこなかった酸素が一気に詰め寄ってきて咳き込む。

 その後ろで腕から噴水の様に血を出しながら狂ったように叫んで転ぶ主人、そしてそれをゴミのように見る魔王カイト。

 

 「まさかこのタイミングでお前らと会うとはな」

 

 「貴様らぁ!? あいつを殺せぇっ!!!!!」

 

 痛みで狂っている主人が暗殺者達に命令を下す。

 

 しかしすぐに動けるよう洗脳しているはずの彼らは動かない。ただその場でじっとしながら様子を見るだけだ。その怯えた目で。

 

 そう、彼らは恐怖している。

 

 洗脳で感情を殺されたはずの彼らが、目の前にいる男が出す、光の剣と黄金の目の覇気の所為で怯えているのだ。

 

 「何をしているんだぁきさm──グフっ!?」

 

 「ガキを洗脳して、色んなやつを殺してた暗殺組織の……まあ支部のリーダーか。お前はここまでだ」

 

 この場で動けるのは魔王と主人だけ。主人は痛みに耐えれず暴れ、周りの暗殺者は金縛りにあったように動けない。

 そんな状態の中、平然と暗殺者達の真ん中を通って主人を踏みつけ、勇者の剣を主人の胸に向ける魔王カイト。

 

 

 

 

 「死ね」

 

 「まて、お前に組織の地位をやろ───!」

 

 

 

 

 主人の遺言を特に聞くことなく、カイトはそのまま主人を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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偽勇者VS魔物

いきなりで申し訳ありませんが、連載から短編に変更させていただきました。
まず理由を言いますと……単なるミスです。元々短編で出すつもりで、設定する時も短編にしたつもりで今まで物語を書いていました。しかし、最近改めて小説情報の話数を見たら連載中となっていた為、今回変えさせていただきました。
いきなりの変更で申し訳ありませんが、それでもよかったらこの物語をお楽しみください。

追記 1月24日 短編から連載へと戻しました。


 ミナロック村から離れた平原で、フード付きのマントを着た男が馬に騎乗して渡っていた。

 騎乗した彼にかかる向かい風はマントをなびかせて、後ろに乗っている男の子の姿をあらわにさせる。

 

 「プハッ!」

 

 「なんで付いてきた!」

 

 カイトは暗殺組織の主人を殺した後、戦意喪失した暗殺者達には目も暮れずに、颯爽と家にいた馬を盗んでいった。

 だがその時に、暗殺者達と一緒に置いていくつもりだってアルファが付いてきたのだ。

 彼が乗った時には家の丁度外に出ており、すぐに目立つ状態。降ろすわけにもいかず、そのままマントで隠して仕方なくここまで来たのである。

 

 「魔王に付いて来るバカが──!「魔王は人助けなんてしないよバカアニキ!」……いやそうだけど」

 

 「俺はアニキに二度も命を助けられたんだ。その恩返しをさせて! それにアニキはなんかあるんだろ? でなきゃあんな笑顔するわけが無い!」

 

 「……」

 

 彼の愚行に叱ろうとするカイトだが、いきなりの正論にどもってしまう。2人とも喋らない微妙な時間が過ぎていくが、アルファが疑問に思った事を聞いてきた。

 

 「……そもそもなんで、僕が危ないって気づいてくれたの?」

 

 「そりゃあ……」

 

 正直、森の中で話した時から怪しいところしか無かった。彼なりに必死で隠してたつもりなのかもしれないが、話しているだけで何かあるのはすぐに勘づいた。

 

 それに──

 

 

 

 『……助けてくれてありがとう』

 

 

 

 「……別れ際に言った時の、あの助けて欲しいって顔見せつけられたらなぁ」

 

 あの時の表情が昔の自分と重なったからか、より一層に助けたいと思った。

 その言葉を聞いて、やはり彼は隠せてたと思っていたのか少し驚くが、すぐに笑顔いっぱいに変わる。

 

 「……ありがとう」

 

 「いつも言ってるだろ、人助けは基本だって」

 

 「やっぱりアニキは魔王じゃ無いでしょ」

 

 「なんとでも思え」

 

 昔の自分と似ていると気づいたからか、死ぬ直前に助けたなんて普通ならありえない事を体験したからなのか、彼との会話はいつの間にか距離が近いものになっていた。

 それはクレアとの会話を思い出す物で、離したくない無いという気持ちもあるが、そういうわけにはいかない。

 

 「恩返しは有難いが、付いてくるのはダメだ」

 

 「……なんで」

 

 「分かってるだろ、魔王と呼ばれてる奴について行くのはどういう事か」

 

 これから僕は、本物の魔王を倒すまで人類の悪役として生きていかなければならない。できればクレアの味方になってサポートをしたいものだが、ロイの信頼があまりにも強すぎる。誰もロイが悪い事をしていたなんて信じてくれないだろう。そしてそんな奴について来るとなれば、組織にいた時以上に辛いことが待っている。

 

 (それだけじゃない。邪教が作った四大魔剣を集める旅でもあるんだ)

 

 クレアは光の力を持ってしても、魔王と相打ちになった。なら劣化品の自分が戦っても負けるのは分かり切っている。だからその代わりを探さなければならない。

 

 それが四大魔剣。邪教──厳密に言えば遥か太古の人類が作り出した、機械仕掛けの剣だ。

 この剣は文字通り四つ存在していて、それぞれ火、水、土、風の属性を宿している、ゲームの表舞台には出てこない裏設定の武器だ。

 悲しみの蘇芳花(スオウバナ)にハマった時に読んだ、裏設定集の本に書いてあった。そしてそこには、四大魔剣が悪いものに取られぬよう厳重でとても危険な場所に保管されている事も書いてあった。

 

 こんな目的があるから、おいそれと人を連れて行く事はできないが、僕の言葉にアルファはほっぺを膨らませて不満そうにしている。

 

 「でも僕、帰る場所が無い」

 

 「あるさ。俺についてくるよりもっと安定して住んでいける所が。ヴァルハラ王国の首都にある聖協会だ」

 

 僕が言った聖協会という言葉に、男の子はその手があったかと驚く。しかし彼はカイトを助けたい一心だ。カイトについて行く魂胆は変わらない。

 

 「やだ、アニキについてく」

 

 「ダメだ。ついてくるな」

 

 「やだ!」

 

 子供のように駄々をこねる男の子相手に、カイトはため息をついて馬を止めた。ヒヒーンとなく馬をよそにカイトは降りて「お前も降りろ」とアルファにも促す。

 

 「……分かった、お前を連れて行く」

 

 「! やったぁ「ただし、一回背中見せろ」……はい?」

 

 いきなりの変な要求に男の子は顔を傾けるが、カイトの「後ろ向かないと連れてかないぞ」という脅かしの元、仕方なく背中を見せた。

 

 背中を見せてから少し経ったが、カイトは何も言ってこない。いい加減話を進めて欲しいと思った時に、後ろからボトンと何か落ちる音が聞こえた。

 一体何をしているんだろうかとカイトの方へと振り返ると──

 

 「アニキ、一体──」

 

 「そらよっ」

 

 カイトに聞こうと振り返った瞬間に見えたのは、宝石だった。鉱石のような形をしたそれは透明で、中心には炎のように燃える魔力が見える。

 そしてそれをカイトが勇者の剣で真っ二つにして、ガラスを割った音が響く。

 

 「え?」

 

 驚きの声をあげたのと、周りが光出したのは同時だった。男の子は何をされたのかも分からずに、周り一帯が光に染まっていき、その光が止んだ後には男の子の姿は消えていた。

 

 「成功したか……」

 

 どこか寂しそうにするカイトは、さっきまで男の子がいた所を少し眺めて、すぐに馬に乗って本来の目的地へと発った。

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 「え?」

 

 突如光に囲まれて困惑した男の子だが、自分の体に変化は無く、そのまま光は消え去っていった。

 光が消えてから見える光景は平原、何も変わっていないような気がするが違う。

 

 まずアニキがいない事、自分の目の前にお金が入った袋が置いてある事。そして後ろにとても大きくてどこか見たことのある城がある事だ。

 どうやら大きい街の中に建っていて、その街も今の自分と目と鼻の先だ。

 

 (あれってヴァルハラ王城じゃん)

 

 遠く離れたところからでも見えそうな程大きくて立派なそれは、自分が暗殺組織にいた時に、敵の本拠地として教えられたのと姿が一致していた。

 アニキと一緒に馬を降りだ場所は、少なくともこの城が見えるような場所じゃ無い。

 

 (てことはあの宝石みたいなの……転移道具!?)

 

 アルファは知らないがゲーム特有の、村や街へ一瞬でワープする便利アイテム。それをさっきカイトが壊したのだ。

 ゲームではよく入手出来るが、この世界では貴重な道具として扱われている。それは目的地までの馬車や船、食料といった移動コストを無くすだけでなく、魔物に襲われないというつまり命の安全も保障される圧倒的なメリットがあるからだ。

 作るのに高価な材料も必要なのもあって、転移道具はとても高く、貴族でも二つ三つしか持ってない人だっている。

 それをあんなあっさりと……。

 

 (違う、それもそうだけど!?)

 

 ヴァルハラ王国には聖協会があり、そこでは引取先がない子供達を助けている。

 

 カイトが言った事だ。

 

 その上自分の目の前には袋がある。確認してやっと気づいたのだがそれなりのお金が入っていた。

 

 カイトが何か起こった時のために用意してくれたのだろう。

 

 

 つまり

 

 

 「アニキの野郎、置いていきやがったぁぁぁーーーーー!!!」

 

 平原で一人、アルファは叫んだ。

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 これから僕が行く町──スタイバ町には「聖女エリーナ」がいる。既に分かると思うが彼女はゲームでクレアの仲間になる存在だ。

 

 赤い口紅のような色をした髪の毛に真っ赤な瞳。まだ年齢も幼く、背が小さい為に守りたいと思わせる愛くるしさがあるが、彼女はそれだけでは終わらない。

 頭が賢く、知識も豊富で作戦も立てれると、出来る範囲が子供の領域を超えている彼女は、クレアにとって外せない大切な仲間になってくれる。彼女の旅仲間としても絶対にいるべき存在だ。

 

 あと忘れてはいけないのは聖女の特徴だな。

 

 勘違いしそうになるが聖女に光の力は無い。だが伊達に特別な存在扱いをされているわけじゃない。なんと人類最強の勇者に勝る部分があるのだ。

 

 「守り」と「回復」

 

 この分野において聖女の右に出るものはいない。魔王の強力な攻撃を防ぐことができて、味方の骨折や大怪我を瞬時に無くすことができる。

 

 敵を倒すのに特化した勇者の反対で、味方を守るのに特化した特別な存在。それが聖女だ。流石に死人を生き返らせることはできないが。

 

 勇者も光の力で回復することはできるがこれ程(自己修復は別だが)の力を持っているわけではない。いかに聖女が重要なのか分かるだろう。

 さらに言えば聖女が居るだけで魔王が不利にもなる。

 

 ……まあ、そんな存在をロイが放置するわけがないのだが。

 

 (そう、エリーナはスタイバ町の貴族によって囚われている)

 

 ロイは聖女が勇者と出会う前に既に見つけ、なおかつ活動させない為に、秘密裏に一人の貴族へ売り払ったのだ。ロイは僕の手で首を刎ねたが、聖女は囚われたまま。

 ゲームでは順番が逆で、クレアが先に聖女を救い出してからその後にロイを倒していた。クレアが国から逃げる立場であったからこそ、偶然スタイバ町──その貴族の異変に気づけたが、今のクレアは国側にいる。

 

 灯台下暗し。

 

 外側に自分という敵が居るせいで外ばかり気にして、ヴァルハラ王国内に敵がいることに気付けない。もしも自分が魔王を倒せず、クレアが倒す時に聖女が居なかったら恐らくクレアは死んでしまう。

 

 「だからこそ代わりに自分がしなきゃいけないが。ハァ……」

 

 そこまで頭の中で考えてからため息をつき、目の前の焚き火とその寂しい今日の晩御飯を見る。炎の中で串刺しにされた一匹だけの魚から、量の寂しさを感じてもう一度ため息をした。

 今日も魚一匹しか取れなかった。これで四日連続と嬉しくない記録だ。相変わらずサバイバルスキルの弱さは改善できていないが、今日は落ち込んでそのまま寝るわけには行かない。聖女を助ける準備がやっと整ったからだ。

 

 スタイバ町の下見は済んでいる。中に入るのではなく、人外じみた目の良さ(ホムンクルスと光の力)を使って外から見ただけだが。

 スタイバ町の特徴としては、規模は普通の町より少し大きい程度に対して、聖女を閉じ込めている貴族の館が大きすぎることだ。流石にヴァルハラ王城みたいな大きさではないが、とっても広い中庭も含めて通常の3倍くらいある。

 前世で例えるなら東京ドーム一個分の大きさだ。……むしろ分かりづらいな。

 

 (なんにせよ、館内の形は大まかに覚えられた。それにあいつらも近くに来ているしこれ以上は待つ必要がない)

 

 そうしてカイトは真上の月が照らす夜の平原を一人駆けた。

 

 

 

 

 

 

 (貴族がいるのは……やっぱ中央にあるあのでかい部屋か)

 

 息を潜め貴族の館に侵入したカイトは、警備に見つからないように移動する。人類最強を誇る戦闘能力の元に動く足は繊細でしかし的確に、音を出さないで動く事がによって、ほぼ無音で移動できていた。

 だがやはり妙だ。貴族の警備にしては巡回している兵士があり得ないほど少ない。この広さだと普通40人居てもおかしくないのに、自分が確認しただけだと4人しか居なかった。

 とはいえ裏設定を調べるほどゲームにハマった自分なら想像が付く。

 

 (今夜はお楽しみかよ……さっさと終わらせよう)

 

 元々ダーク要素があるゲームだ。それはクレアの扱いだけでなく世界観にも出ている。聖女は売り払われた身であり、それは実質奴隷と同じ扱い。男性の奴隷なら力仕事があるが、女性になると飼い主の身の回りの世話が入るだろう。

 

 ロイが死んだこの時に警戒するべきなのに、夜の営みが理由でこのザルな警備をしている事へ呆れながらも、カイトはさらにギアを上げてその部屋へ突入していった。

 人数が二桁も行かない警備なんて、彼には無防備と同然。すぐに辿り着き扉を静かに開けた。

 部屋の中は全てのカーテンが閉まっている為暗い。そこへ扉の外から入ってきた天井のランプの光が中の二人を照らす。片方は上半身裸になっている中年男……貴族で、もう一人は自分や貴族より二回り小さい女の子だった。顔や髪の色はまだ見えないが恐らく彼女がエレーナだ。

 お楽しみの直前だったらしい、突然部屋に入ってきた僕に対して貴族は怒鳴ってくる。

 

 「今日は入ってくるなと言っただろう!」

 

 きっと兵士がメイドだと思ったのだろう。逆光のせいで顔が良く見えない僕に対して、だいぶお怒りの表情で睨みつけてくる。これ以上騒がれても面倒だ。今の場面でも貴族は充分アウトだが、聖女を隠しているとは確定していない。

 眼帯を外し暗闇でも良く見えるこの片目を見せ付け、それを見た貴族は怒りから恐怖へと顔を変化させる。やはり目の色は前の世界よりも重大な意味をもたらすようだ。今の所これを見た者はクレア以外の怖がっていて、今回もその例に漏れなかった。

 

 「お、お前。ロイの野郎を殺した──」

 

 「ああ、今日はお前の所の聖女様を奪いに来た」

 

 「その事をなぜ知っている!?」

 

 相手を動揺させながら質問してサラッとボロを出させようとしたが、初っ端から相手が自爆しやがった。こいつ貴族なんだからトークスキルは高くないとダメだろ。婚約とか政治の話とか、自分の地位の話とかでその能力ないと貴族社会生きていけないぞ。

 ……いや、そういえばこいつアレを打ち込まれてたな。今まで生きてたのもこんな大きい館を手に入られたのも全部、ロイの言いなりだったからか。彼の命令を受けてただそれだけの事をすれば、全てが上手くいくんだからそうなるわな、捨て駒にされてるなんて知らずに。

 

 (まあいい。聖女を助けた後は僕のやりたい放題にさせて貰う)

 

 「何を黙って──ん?」

 

 貴族の言葉が止まる。なにせ魔王カイトの隣には、自分の隣にいるはずの女の子がいたからだ。貴族がさっきまで女の子がいた方を見ると跡形もなく消えていた。つまり貴族の目では追えないほどのスピードで、この男は女の子を奪い元の位置に戻ったと言うことになる。

 驚いている自分なんか気にせずに、布見たいな物(奪う途中で切ったカーテンの一部)を女の子に被せる姿に貴族は一つの疑問を思い浮かべる。

 

 瞼を閉じるそんな一瞬でも、自分の命を奪うのも簡単なのでは?

 

 それに気づいた貴族はプライドや出口にカイトがいる事なんて無視して逃げ去ろうとした。貴族はこんな事なんてあまり体験していないから、プレッシャーに打ちのめされた体は無様に震え、転ぶ。

 

 「や、やめろ! 来る──」

 

 「見るな」

 

 「?」

 

 カイトが女の子に布を被せた時、貴族は言葉を言い切る前に血を撒き散らし肉片と化した。

 カイトの行動によって女の子は、既に斬られていた貴族の最期を見ることもなく、飛んできた血も肉も浴びる事もなく済んだ。

 まず邪魔者を消した彼は被せた布を、死体が見えない程度に外して容姿を見る。さっきまで見えなかった髪の色や顔も、自分の背後にある扉の外の光が届いて来てその姿をあらわにした。

 

 

 それはゲームと同じ赤い髪の毛に赤い目──

 

 

 ──ではなく青い髪の毛に青い目をした、しかし色を除けばエリーナに瓜二つの女の子がそこに居た。

 

 「君は……」

 

 エリーナにそっくりな女の子を見て、前世のゲームをやっていた時に見つけた彼女の姿が蘇ってくる。

 自分の予想とは違ったが彼女を知らないわけではない。ゲームにも少しだけ出てくる()()()()()()()()子供だから、最悪死んでいる事を覚悟していた。ゲーム同様、クレアと同じように骨の姿で見つかるかもしれないと思っていた。だけどこの世界では本来より一年以上早くこの館へと来たから、運良く助けることが出来た。その事を自覚した自分は無意識に、安心した表情で彼女の名前を呟く。

 

 「メリーナ……」

 

 「? なん、で。私の名前、を知って、いるの?」

 

 ぎこちない口を一生懸命動かしながら自分に疑問をぶつけてくる女の子は、聖女エリーナの双子の妹、メリーナだった。

 

 (そうか、間に合ったか……だけど)

 

 そう安堵した自分の心をもう一度引き締める。舞台はまだ始まってさえもいない、とにかくメリーナをここから出さなければ。そう思い、口に人差し指を立てて彼女の質問に答える。

 

 「それは秘密だ」

 

 「ひ、みつ?」

 

 「ああ。答えられなくて悪いけど、今は元の部屋に戻るんだ」

 

 「なんで?」

 

 ここにメリーナがいるということは、姉のエリーナは今地下牢に居るはずだ。ここがもう少しで戦場になるのだから、シェルター代わりにも使われていた地下牢へ避難させないといけない。

 自分の話す事に対して、首を傾げながら疑問に思う彼女を優しく諭すように、頭を撫でて話す。

 

 「今からここは危ない場所になる。……君はお姉ちゃんを守りたいんだろ、一緒に居るんだ。そのまま後ろを振り向かずに、部屋の外へ出るんだ」

 

 「……わかった」

 

 姉を守りたい、その一言で疑問に思っている目から強い意志を感じさせる真っ直ぐな目に変わったメリーナは、今までとは打って変わってすぐに部屋を出た。

 彼女が部屋を去るのを足音で確認しながら、カイトは目の前の死体を一片たりとも視線を外さず、縦に真っ二つになって息は絶えている筈のそれが今もなお痙攣しているのを切った後から見続けている。

 それも死んだ後に神経が残っているから動くなんてレベルではない。動き始めてから時間が経つにつれて、その震えはむしろ強くなっている。

 

 (ボスのお出ましだな。……二回目の大芝居。張り切ってやるか……!)

 

 呪いを見ず知らずの内に掛けられた貴族は、ロイが出来るだけ貴族を殺した奴に傷を負わせられるよう、死んだ後に強力な魔物に変えられるよう仕組まれていた。

 今いる部屋周辺に、警備も含め誰もいない事を魔力探知(機械のチップを外した時に手に入れた能力)で察した僕は体に魔力を回す。

 

 その瞬間、肉片だったそれが膨らみ肉塊へと変わっていく。質量保存の法則を無視して貴族の体の何十倍まで膨れ上がっていく肉塊は、部屋を内側からぶち壊しなおその領域を広げていった。

 僕は巻き込まれないように回避しながら、この館の一番高いところまで飛んでそのまま立ち、目の前の中庭に立つ肉塊から変化した大きな魔物の姿を見た。

 

 直立二足歩行で大きな尻尾があるそれは、身体中の皮膚が恐竜のような赤茶色のものに変わっており、形が人間のものに長い爪を付け加えた両腕。そして顔も恐竜の物をそのまま持ってきたような姿。

 20メートルクラスの特撮でよく居そうな怪獣が姿を表した。

 

 (おっと、早速放ってくるか……)

 

 貴族の意識なんて既に消失しているだろうが、殺した奴を対象にするよう作られているのか、魔物は自分に向けて、口の中から発射する光線を放とうとしている。

 充填時間も短く、一瞬大きく光ったと思ったら、光速で鉄さえも簡単に貫通するビームを放ってきた。それを目視で捉えながら、腰にかけている勇者の剣の鞘を抜き──

 

 「おらよっ」

 

 軽く弾いた。自分に向かって一直線に来た黄金のそれは、空に向かって大きく円弧を描きながら空中で爆発した。深夜で真っ暗な夜空がほんの僅かな時間、真昼のように明るくなり、耳を塞ぎたいほどの爆音が響き渡る。

 

 

 そんな異常現象が起きたらどうなるか。

 

 

 「なんだなんだ?」

 「あれ……」

 

 家の窓から、扉から、室内にいた町の住人たちがぞろぞろ外を見る為に出始め、館の周りが人の姿でいっぱいになった。最初は異変が起きた空を見続けるが、次第に町の中央にそびえ立つ黒いナニカに気付いて、最終的に魔物の方へ視線は集まった。

 

 (そうそれでいい。今から始まる戦いには観客が必要だからな)

 

 みんなが後ろの魔物と自分を見ている事を確認した僕に、空から月の光が落ちてくる。暗くてよく見えない自分の姿があらわになり、町の住民は、魔王ではなく勇者のような神秘さを醸し出しているように見えるだろう。

 そして舞台が整ったこの時。今から始める茶番劇の為に風魔法で、僕の声が街全体に届くように調整して、口を大きく開いて叫ぶ。

 

 「この町にいる者たちよ、聞くがいい! 我が名はカイト。元勇者であり今は魔王という人類の敵だ! ヴァルハラ国王から聞いての通り、つい最近魔王である自分は復活した!」

 

 僕の魔法はしっかり働いてくれているようで、自分が話し始めたら「そういえば」と国王からの伝令を思い出す人がチラチラ見えてくる。

 ここでもう一押しだ。

 

 「そこで! 復活した景気祝いにこの町で皆殺しを行う事にした! 後ろにいるこの魔物は、お前達を地獄へ送る巨大な死神というわけだ!!」

 

 町の人たちに死刑宣告をした後に、上級炎魔法を誰もいない、町の隣にある平原へと放つ。僕の頭上に、僕より二回りも大きい火球が生み出され、そのまま平原へと落ちていき天まで届きそうな火柱が立った。

 その炎の光は先程の破壊光線に負けないほどの輝きをして、僕の後ろにいる魔物の姿を露わにする。

 

 「さあ逃げ惑え怯えろ! この魔物から放たれる黄金の死線を受け取って死に絶えるのだ!」

 

 魔王の後ろにいるナニカが建物ではなく、口も目もある大きな魔物だと気づいた時には、この暗闇の世界は悲鳴と困惑が飛び交う状態になっていた。町中がパニック状態。しかし魔物はそんな事を気にせず、貯めに貯めまくったエネルギーを目の前の目標(カイト)に放とうとしていた。

 そのビームは先程の比じゃない。一度目では威力不足だと察した魔物は、時間を代償にこの町を木っ端微塵に吹き飛ばす程のエネルギーを口に溜め込んだ。

 

 (……ああ、やっと来たか)

 

 だが目の前にいるカイトはそんな事を気にする様子ではなく、怯えるどころかむしろ笑ってさえもいる。

 愚かな。何もしてこない目標相手に今からたどる末路を思い浮かべながら、魔物は容赦なくそれを放った。前の太さは同じ、しかし数倍の魔力の濃さで迫ってくる死線をカイトは──

 

 首を軽く傾げて避けた。

 

 「!?」

 

 光速で放ったそれを、しかも数ミリという世界でギリギリ避けた目標に驚きながらも、次の充填をすぐさま始める。しかし何故? と言う疑問も浮かび上がってくる。目標は自分から魔王だと言ったが、断じてそれは無い。

 彼には闇の魔力がないしむしろそれの対に当たる光の魔力がある。光の魔力があると言うことは勇者であり、勇者ということは人々を守る存在だ。

 

 なら今の攻撃を避けたのは……?

 

 「!」

 

 魔物がそれに気づいた時には手遅れだった。

 

 

 目標のはるか後方、先程放ったビームの到達地点に答えはあった。

 

 

 いつ現れたのか、夜でも眩しいほどに輝く鎧を着た白髪の彼女は、黄金の死線に対してカイトがやってみせたように、剣で弾いた。

 

 

 

 違う。弾いたのではなく弾き返した。

 

 

 

 一直線に飛んでいったそれはそのまま来た道に戻っていく。カイトや町の住民にとっての黄金の死線が、魔物にとっての死線へと変わり、口から放たれたものがそのまま帰れば、当然死線の行先は魔物の顔へとなり……。

 

 

 (ああそうか。こいつは待っていたのか──

 

 

 死が迫る直前。弾き返した女にもほんの僅かな光の力を感じ取った魔物は悟った。

 

 

 

 

 

 

 ──もう一人の勇者を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 頭を破壊された魔物はそのまま倒れて、貴族の館の一部を壊した。それを見た町のみんなは何が起きたのか分からず混乱していた。

 

 ──その女性を見るまでは。

 

 「兵隊長、町のみんなは頼んだわよ! 私は魔王カイトを足止めします!」

 

 「分かりました! ……戦勇者殿、どうかご武運を」

 

 「あなたもね」

 

 町全体が黒に染まる中、ひとつだけ白い光が現れた。その存在に町のみんなは見惚れていて、先程のパニックが嘘のように静かになった。

 

 会話を終えた次の瞬間、女性は流れ星のように光の速度で魔王へと向かい人も音も何もかも捨て去っていく。そんな状態で魔王を半殺しにするつもりで剣を振るうが、魔王は後ろへ飛ぶことによって軽く避けた。

 

 「ようやく来たか……」

 

 カイトは襲いかかってきた彼女の顔を見て薄ら笑う。

 対して彼女は先程まで魔王が立っていた所に降り立ち、夜空から落ちている月の光が、彼女の本来の姿を表せるように輝かせていた。

 その光の中で見える目に迷いは無かった。

 

 その事に魔王は退屈しなくて済むと喜んだのか、勇者の剣を構えて、それに相対して彼女も無心の剣を構えた。

 

 「今度こそあんたを倒すわ。魔王カイト」

 

 「待っていたぞ、()()クレア!」

 

 

 町の皆が見ている中、魔王と勇者の対決が今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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魔王VS戦勇者

だいぶ期間が空いてしまいました……。
お待たせしました。このまま前のペースで投稿できる様頑張ります。


 時はスタイバ町でカイトが勇者クレアと対峙する前。

 

 戦勇者の称号を受け取ったクレアと魔王カイト討伐隊の兵士達は、ミナロック村に来ていた。目の前にある天井の一部が壊れている大きな家に、複数人の兵士達が捜索している光景が出来ていた。

 

 家の前に立つ私クレアは、中で何があったのかを聞く為に腕を組んで待っている。後ろには野次馬が集まっていて、捜索の邪魔にならないよう兵士達が中に入れまいと警備していた。

 そんな村人達の声がうるさい中、目の前の家──反国家組織の隠れアジトから一人の兵士が出てくる。

 

 「戦勇者殿、隠れアジトからリーダーと思われる死体が見つかりました」

 

 「ありがとう、それで他の人達は?」

 

 「それが。全員無事でして……」

 

 「……そう」

 

 私に耳打ちしてきた兵士が言った事に対して、自分は納得がいかないような顔をする。いやリーダーはともかく、隠れアジトにいる人達のほとんどは洗脳されてしまった人達だから、殺されてないのは心底喜ぶべき状況なのだが……。

 このアジトに潜んでいた勢力はとても危険なもので、子供を使った暗殺に国家の機密さえもバレてしまう情報収集能力。その一部とはいえリーダーが消えた事は、国家や人の安全に繋がる。

 

 しかし──

 

 (皆殺しにされていないのは何故?)

 

 

 事が起きたのは前日。

 

 

 町の道路でフードを被った男性がアジトの暗殺者に襲われる事が起きた。

 ちょうどその時に近くにいた人から事情を聞くと、その人のすぐそばで起きたのにも関わらず、男性が暗殺の攻撃を受け止めるまで暗殺者がいる事にさえ気づけなかったらしい。

 それほどに暗殺者の腕が良かったという事だろう。

 

 だがここでさらに問題が発生する。

 

 暗殺者が放った攻撃にそれなりの力があったのか、それとも受け止めた時の衝撃のせいか、男性のフードが外れたのだ。

 そこから出てきた顔はどこかで見た気ような気がする。黒髪に眼帯、それにあの顔付きはヴァルハラ王国が指名手配で出していた似顔絵とそっくりのような──。

 

 『ひぃ、魔王……!?』

 

 フードが取れたその人が魔王だと気付いた頃には、魔王は暗殺者を気絶させて、その暗殺者を連れたまま隠れアジトの方へと飛んでいったそうだ。

 少し経てば、アジトの中から出てきたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、眼帯を外したその顔を村のみんなに見せびらかしたまま、村の外へと出ていった。

 

 この説明からして隠れアジトを襲ったのは魔王カイトだというのが分かるが、魔王という存在が言い伝え通りの存在ならそもそもこの村が皆殺しにあっていないのがおかしいのだ。

 

 (魔王の意識の中に、カイトの意識がまだ残っている……?)

 

 そもそもカイトがあんな風になってしまった原因が分からない。ただこの現状が、カイトの意思が残っているかも知れないと、彼女に希望を抱かせていた。

 

 「あなたは中にいる暗殺者達を一旦集めて、警備している人たちで暴れないように監視しておいて。私はヴァルハラ王国で保護できるか兵隊長と相談してくるわ」

 

 「ハッ!」

 

 戦勇者という称号を受け取った今の私は、魔王カイトの討伐隊に入っていて、実力や多くの魔物を倒した実績を持っている為に、討伐隊の中でも高い地位を手に入れている。

 流石に兵隊の指揮など経験がない所もたくさんあるので兵隊長ではないが、ただ指示を出せる立場なのも事実。差別が無くなった今の討伐隊では、兵隊長と相談しながら自分も兵士を動かしていた。

 

 アジトの中に入っていく兵士を見送って、私も場所を移す。兵隊長が見えると、彼は私以上に多くの兵士達と会話しており忙しそうだ。

 

 「兵隊長」

 

 「戦勇者様ですか、何か要件が?」

 

 「はい、アジトの中にいる──」

 

 会話がひと段落したところを突撃して、取り残された暗殺者達の話をする。ヴァルハラ王国なら引き取ってもらえるだろうと結論を出し、その方向で準備やどう運ぶのか話を進めた。

 

 そしてそれもひと段落した頃に、また兵士が新しい情報を伝えてきた。

 ──彼が何処へ行ったのかと言う情報を。

 

 「それで、魔王カイトの行先は掴めれたの?」

 

 ここでの出来事から一日は経っている上に、相手は魔王だ。そう簡単に分かるとは思っていないが──

 

 「具体的までにはいきませんでしたが、方角だけなら」

 

 「本当に!? どの方向なの!?」

 

 「戦勇者様、落ち着いてください」

 

 「あっ……そ、そうね」

 

 行けたらしい。

 その言葉に驚いた私は興奮して兵士に聞き出そうとするが、兵隊長が興奮して無意識に圧を出している私を収めてくれた。わざとらしく咳をしてもう一度問いかける。

 

 「……それで方向は?」

 

 「魔王カイトが言った方向には、大きい町が一つあります。スタイバ町です」

 

 

 

 

 

 

 この報告を受けた私達は警備を除いたこの町にいる兵士を集めて、スタイバ町に向けての作戦を開いた。兵隊長と私の前に兵士達が整列し終えたのを見て、兵隊長は話し始める。

 

 「まず魔王討伐隊の次の目的地はスタイバ町だ。先程魔王がスタイバ町にある方角へ消息を眩ませた報告を受けた。その方角で一番近いのがこのスタイバ町になるわけだが……」

 

 そこで兵隊長は隣に立っている私に顔を向け、それを見た私は頷いた後に兵士たちを見て作戦を言った。

 

 「もしもの話だけど、スタイバ町で魔王と戦う事になった場合は市民が巻き込まれる可能性があります。そうならない様に私が街の外か、貴族の館まで魔王を誘導して市民が逃げる時間を稼ぎます」

 

 魔王と戦うとその余波が周りに行き、建物なんて一瞬で吹き飛ぶだろう。なら周りに建物がない場所へと移せばいい。街の外以外にこのスタイバ町でその条件が満たせる場所は貴族の館にあるとても広い中庭だ。

 

 たとえ体の主導権を握っているのが魔王だとしても、カイトの体を使って人殺しをするのは許さない。それはきっとカイトが悲しむことだ。魔王が相手だから仕方がないと言われても、自分が早く気づけば、もっとしっかりしていればと悔やむのがカイトという人間だ。

 

 (そう、この鎧と剣で今度こそアイツに勝つ……!)

 

 あの夜での敗北を糧に静かに心を燃え上がらせる私は、自分の単独行動の説明を終えた後に、住民の避難の事や対魔王専門の兵士達の行動を兵隊長と共に話し合った。

 

 今回の重要な点は、如何に早く住民の避難を済ませて安全を確保するか、これに尽きる。魔王の足止めという自分しかできない大事な役目になった事で、僅かに体に緊張が走るがそれを上回る覚悟で押し返す。

 

 今の自分はあの時の夜とは違う。

 

 持っている装備も変わり、中途半端な覚悟もあの王様の前で捨て切った。魔王を打倒するほどの力も心も持った。

 

 なら後は親友の為に、全力で戦うだけ。

 

 

 「待ってなさいカイト……絶対アンタを救って見せる」

 

 

 握りしめた片手を見る彼女の顔には、なんの迷いも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今度こそあんたを倒すわ。魔王カイト」

 

 スタイバ町に着いたときには事は既に始まっていた。こんな短期間でどうやってあのデカブツを下僕にしたのかは分からないが、ミナロック村の様には行かないらしい。

 逃げ回る人々に外で今も燃えている大きな火柱、そして今私が倒した怪物の破壊光線。

 

 

 間違いなくコイツは無実の人を殺そうとしていた。

 

 

 なら市民達を守る為に、カイトの親友としても倒す。

 そんな決意を表す様に剣を抜いたクレアを、魔王カイトは不敵に笑う。夜の暗闇の中に潜む魔王と月光に当てられる勇者、互いに相容れないと神様でさえもそう言う様に自分達のいる場所は違いすぎた。

 

 暗闇の中で黄金の片目がこちらを射抜く。その圧はどれほどの物か、まるで蛇にでも睨まれたかのように体が強張る。

 

 「その鎧……前よりはマシになったか」

 「これがマシって、アンタが前着てた最高の鎧よ」

 

 だけどこの程度で止まってなんていられない。相手の戯言を返して、体に魔力を回し始めていく。

 

 今装備しているのは無心の剣と……勇者の鎧。

 ヴァルハラ王国の検査の元、何の呪いも付与されていない事が分かったこの鎧は、対魔王用に必要不可欠な防具として私に送られた。

 実際私も試したが本当に何も無かった。わざわざ強力な装備を放置するなんて、こちらを見下している様に見える。

 それはあるだろう。あの夜での実力差はそれほどの物だった。でももう一つ理由はあると思う。

 

 鎧の能力だ。

 

 勇者の剣が人類最高峰の攻撃力を誇るなら勇者の鎧は人類最高峰の防御力を誇ると言える。

 自動修復能力持ちに回復魔法の能力増加、その上であらゆる属性に対する耐性。……これは闇属性に対しても例外ではない。

 

 この鎧はかつて強大な悪の手に落ちた事もあったが、今に至るまで一度もその光の輝きを失ったことが無い。あの魔王でさえも手が付けられない神秘の鎧。それが勇者の鎧だ。

 

 この鎧を持ってクレアは、ようやくカイトと同じ土台に上り詰めた。

 

 「…………」

 「…………」

 

 この下では大勢の人の声で荒れていると言うのに、この場所は別世界の様に静かだ。人の大声は遥か遠くから聞こえて、今一番聞こえてくるのは風の声。

 

 誰も試合の合図なんてしない、ただ………

 

 「……!」

 「ッ……!!!」

 

 何かが彼らを動かしたのだろう。

 

 二人の姿が一瞬で消えた。

 

 ほぼ同時に動き出した二人は音速で館の屋根を駆けていく。十秒にも満たない中で行われた攻防は数十回、剣と剣がぶつかる音を響かせながら続いたその行為は、

 

 「クハッ!?」

 

 クレアが館に叩き込まれた事で止まった。

 魔王を追撃しようと上空を飛んだ直後に、さらにその上を飛んで来た魔王に背後から攻められた結果がこれだ。

 

 (やっぱり早い……)

 

 崩壊した瓦礫の中から無傷で出てきたクレアは魔王との、いやカイトとの実力差を分かってしまった。

 

 やはりあの夜と変わったのは同じ土台に立てた事だけ。

 心も装備もしっかり決めて来たが肝心の体が追いつけていない。最初の反応も僅かに遅れたせいで、その後の攻防も守りに回っていた。前より差が縮んだだけで私の方が弱者なのは変わっていない。

 

 「鎧がよくても装備しているのが未熟じゃ、その程度か……」

 「いちいちイラつく事言ってくるわね」

 

 こっちは少しだけ疲れていると言うのに、中庭の真ん中に静かに降りて来た魔王は汗一つ付いてやしない。

 すぐに戦いに移ろうとしないのは余裕の表れか、アイツは近づく事なく降りた場所で止まったままだ。

 あっちも実力差が分かったのだろう。最初と同様に構えもせずにこちらを嘲笑っている。

 

 (仕草一つだけでもイライラしてくるわね。 ……でも、余裕があるならその隙を利用させてもらうわ!)

 

 差は空いたままだけど、縮める方法はある。

 

 魔力強化。

 

 それは勇者の鎧のもう一つの能力。

 その効果は単純な物で使用者の魔力を鎧に回す事で防御力に攻撃力、スピードを上げる事ができる。

 体を魔力で強化するより効果は大きいが魔力消費も大きい。まあこの能力がある鎧の中ではコスパは良い方なのだが、それでも消費が大きい事には変わらず長期戦には不向きだろう。

 

 (瞬間的な魔力強化で相手の余裕をつく不意打ち、これしか通用しない……!)

 

 正直心許ないがさっきので攻防戦で分かった。

 こうでもしないとすぐに負ける事は。

 

 体に溜まっている魔力を鎧に回し始め、体が強くなるのを感じるが鎧の外見に変化は無い。特別な鉱石で作られた鎧は、私の魔力を一切外に出さず中で循環させて無駄なく効果を発揮する。

 僅かに時間が掛かるのか欠点だが、魔王は嘲笑っているまま。

 

 (──来た)

 

 静かに最大限まで魔力が回り切った時、私は大きな瓶の中に水が溜まりきった光景を浮かべた。鎧の内側にいる私しか感じられない大量の魔力、まるで自分が水の中で溺れている錯覚をするも冷静に今出せる全力を予測する。

 

 (三……いえ、四倍ね)

 

 四倍。

 

 それが瞬間的に出せる今の私の限界だった。

 

 

 そう一瞬だけ。

 

 

 その間だけ魔王を上回る事ができる。欲を言うともっと欲しいがこれだけでも隙を突くには充分。

 不意打ちで相手を倒せれば万々歳だがそれは無理がある。

 

 (今!)

 

 だがその攻撃で一時的にも相手を弱体化すれば、この防衛戦の目的達成はグンと近づく。

 たった一瞬、されどその一瞬で隙を突こうと前に飛ぼうとして──

 

 

 

 「一つ言い忘れてた。このままだとお前、また人殺すぞ」

 

 

 「──え」

 

 

 トラウマを蘇らせる言葉の不意打ちで彼女は一瞬だけ止まってしまった。

 

 

 直後に迫って来た音速の物体。それに私が気づく前に、館の別の壁へ吹き飛ばされた。

 

 (私のバカ……!!!)

 

 切られた直後に硬直が解けた私は自身を罵倒する。王の前であれだけ人を救って見せると言い切ったのにこの無様。

 今生きているのは予め鎧に魔力を回していたからだ。もし魔力を回す前にアレを受けていたら、今度こそ上半身と下半身がさよならしていただろう。

 

 (ただ無様は無様でも前よりはマシね、イラついて来たわ!)

 

 硬直はしてしまったが心は折れていない。むしろ今の自分の情けなさから闘争心ができたくらいだ。

 

 (今度はこっちからよ!)

 

 吹き飛ばされた先にある壁を蹴り追撃してくる魔王に向かって一直線に飛ぶ。そして魔力いっぱいの手で剣を握り──

 

 「オラッ!!」

 

 

 

 女性に似つかない荒々しい叫びと共に剣を投擲した。

 

 

 

 「!?」

 

 まさか武器を投げてくるとは思わず魔王も驚くがすぐに勇者の剣で受け流し、無心の剣はそのまま地面に直撃し轟音を鳴らす。

 

 これでクレアの最大の武器は手元から無くなったわけだが、魔王が両手で勇者の剣を持ったのを見てクレアの口角が上がる。

 

 「ビンゴ!」

 

 やっぱりそうだ。動きがほとんどカイトと同じだ。

 どうやって魔王が彼に憑依しているのかは分からないが、最初の攻防戦で彼の特徴を理解できた。

 

 コイツは私の動きと癖を理解している。逆に言えば自分の動きに対する対応も分かりやすいと言う事だ。

 そんな事は普通出来ないのが当たり前だろう。だが相手が赤の他人ではなく、毎日一騎討ちしているカイトなら話は変わる。

 

 (劣った肉体を強化しまくった鎧で補助して、やっと追い付けた)

 

 いつも二つ三つ先に行っていた彼より、この時だけは私の方が先に行っている。

 そしてやはり肉体に依存するのか、魔王カイトは私の馬鹿力を理解して片手では受け流せないと両手で受け流してくれた。

 

 

 予想通りだ。

 

 

 つまり魔王は受け身を取れず、無心の剣の次の──いや今は剣を上回る最大の攻撃を叩き込める。

 

 

 

 鎧の魔力で強化された拳を。

 

 

 

 魔力の半分はさっきの不意打ちで消えてしまったがまだ半分ある。それなら残った分を全部攻撃に回してしまえばいい。

 自分の拳が怪我をしたり、スピードも多少は落ちるが今の状況では痛みは関係ないしこの距離では避けられない。

 この時なら莫大な魔力の爆発をぶつけられる。

 

 (私の拳を受け取りなさい!!!)

 

 鎧全体を循環していた魔力が自分の右手へ流れていく。ほんの僅かな空間に濁流の様にそれが押し込まれ、そして自分の拳が炸裂すると同時に、その一点ははち切れた。

 城ですら壊す爆発系統の最上級魔法を連想するそれは確実に魔王へと伝達し、爆音と共に魔王は弾かれたかの様に地面へ吹き飛ばされていく。

 

 (嘘でしょ!?)

 

 だがクレアは今まで以上の速さで吹き飛んでいく魔王に驚きを隠せなかった。

 

 (肘で受け止めたなんて!?)

 

 魔力も集めやすく力を受け流しやすい手や、防御力を上げやすい腕よりは劣るが、肘は人体の骨の中でも最も硬いと言われる箇所だ。魔力で固めれば片腕はダメになるが、その痛みを体全体には行かせずに済むだろう。

 

 不意を突いたはずだと言うのに、僅かなコンマ代の世界で彼は最善の受け身をして来やがった。

 地面に吹き飛ばされた彼は地面に激突することもなく、片腕だけで綺麗に受け身を取り後退していく。

 

 「まだまだぁ!」

 

 だがクレアの攻撃はこれだけで終わらない。魔王を逃さんと、地面に着地した彼女は、計算通りに着地地点のすぐ近くに刺せた無心の剣を回収して追撃に出る。

 

 今度はこちらからの攻撃だ。

 

 痺れて使い物にならない片手を放置し、もう片方の手を使って相手に斬りかかる。

 それと同じタイミングで魔王も使える片腕だけでその攻撃を受けた。

 

 どちらも片手だけ、しかし常人の数倍の力で行われる押し相撲は、鍔迫り合いを再現させていた。

 

 「さっきの嘘はもう通じないわよ!」

 

 「さっきの嘘って?」

 

 「人殺しの事よ! 戦いで周りが巻き込まれる事を言いいたかったらしいけど、もう魔力探知は済んでんの!」

 

 周りに被害を及ばさせない為の戦いだ。

 戦闘前にこの辺りの魔力探知は済んでいる。屋敷にいた兵士やメイドさん達も、怪物と戦っている間に逃げ出したのは確認済みだ。この屋敷に地下があるとは聞いてないし、地下も確認してみたが人の反応は何も無かった。

 

 「……ああ、そうか」

 

 その事を暗に伝えたが目の前の男は不敵に笑う。その顔がより一層に私をイラつかせた。

 

 「何笑って──」

 

 その理由を問い詰めようとして、魔王の背後から赤く輝いたのが見えた。その直後にボゥと燃える様な音を聞いて、私はすぐさま後ろに下がる。

 

 (炎魔術!)

 

 ランクは下級だが使用者はあのカイトだ。当たるわけにもいかずこちらも無詠唱の水魔法で相殺させるが、当たった瞬間に煙が周りに漂う。

 視界を見えなくさせるのも作戦の内だと理解して、そしてカイトの癖を思い出して、真上に巨大な斬撃を放つ。

 

 その行為は正解だった様で、斬撃で真っ二つになった霧から見えたのは、館の上に立ち大きな炎の玉を浮かせている魔王カイトの姿だった。

 

 「笑った答えを教えてやるよ」

 

 (やばい、あの攻撃は受けないと……!)

 

 隣の平原に放ったものと同じそれを、カイトは中庭へと落とす。すぐさまクレアも剣で魔法を斬るが、威力を殺し尽くせなかった。

 

 小さくなった、しかし威力だけは強い無数の火の玉が地面に直撃をし小さい爆発が起こる。だがこの程度では勇者の鎧に傷一つも付けやしない。

 

 「なんでこんな事したの……」

 

 今までとは違う戦い方に違和感を感じたクレアはそう呟いた。

 

 最初の攻防戦に言葉による精神攻撃と不意打ち。あれらは意味のある戦い方だった。

 戦いにおける必要最低限の行為にクレアに対する効果的な戦法と、意味がある戦い方をしていたのに、いきなり火の上級魔法。

 

 上級魔法と聞こえは良いが、勇者の鎧を着た今の私にはなんのダメージを与えられない。あそこでわざわざ斬ったのは周りに被害を出さない為で、なら魔法を切ったら隙が出来ていたかと言えばそうでも無い。

 

 

 彼はいきなり無意味な事をした。

 

 

 思い浮かべたその感想をクレアは蹴る。

 

 違う、クレアにダメージを与えると言う観点からすれば確かに無意味だ。

 でも彼は無駄な事はしない。この戦いを有利に進める為に、ダメージを与えるのとは別の目的があってあれをした筈だ。

 

 クレアはそう予測した。

 ただその予測が当たったとしてもわざわざ教えてくれるわけがないと、ダメ元で聞いてみた質問だったが──

 

 「親切心で教えてやる。もう一度魔力探知をしろ。それで答えは分かるはずだ」

 

 意外にも返答はあった。

 

 (……動きは見えないわね)

 

 クレアは魔王を警戒しながら魔力探知を行う。魔力のレーダーの範囲を広げる最中に、クレアは地面の違いに気がついた。

 

 (穴が空いてる?)

 

 さっきの魔法が原因だろう、さっきまで無かったところに穴ができていた。だがその穴は下の暗い空間に繋がっている。

 

 妙だ、この館に地下は無い筈なのに。

 

 事前に聞いた情報との差異に疑問を感じながら、レーダーの範囲を広げていく。

 そして魔王が言った答えが分かった。

 

 (地下にまだ人が……!)

 

 館の真下にある位置で二人の魔力を感知した。

 さっきは感知できていなかったのに、今回は分かりやすぎるほど大きな魔力を感じ取れた。

 あの空いた穴が関係しているのだろうか、だとしたらこの地下には、この鎧と同じ対魔力感知の結界が張られていると言うことになるが──

 

 (そんな高度なものどうやって)

 

 「俺が言った事を理解できた様だな。──ならお前が今置かれている状況も理解できたはずだ」

 

 焦る私に魔王の声は容赦なく届いてくる。

 館の周りだけを守るなら何とかなる。でもあのレベルの魔法でも貫通してしまう地面まで、守護対象になるととても困難な事に変わってしまう。

 

 「今の魔法でこのザマだ。……ならそれ以上の魔法が当たったら?」

 

 その答えを魔王はあえて言わない。窮地に立たされた私を見下す様に、彼の背後から魔力の塊が形成されていく。

 

 一つだけじゃ無い。優に十個を超える巨大な炎の球が現れ始めた。

 

 

 そしてその全てが先程の炎魔法より強い。

 

 

 「さあ。お前が勇者なら、人を守りたいと言うのなら……やる事はわかっているだろ?」

 「ッ……!」

 

 文句を言う余裕すらない。そんな事する余力があるなら迎撃する事に全てを賭けろ!

 

 鎧に回した魔力を今度は剣へ回す。地下にいる二人を救う為に、炎を斬り伏せる事だけに意識を集中させ構えを変える。

 自分の魔力で周りの空気が荒れ狂い、嵐の様に自分を中心に回り出す。

 

 「地獄の鍛錬の始まりだ! 死ぬまで足掻いて見せろ!!!」

 

 その言葉を合図に炎の球が一斉に降りてきた。

 一つでも地面に当たったら地下にいる二人は死ぬ。

 過去の過ちを繰り返さない為に、地獄の防衛戦が今始まった。

 

 



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戦勇者の実力

戦闘シーンを描くのに苦戦している自分です。


 (とりあえず来てくれたか……… )

 

 空から館の中庭に叩き落としたクレアの姿を見て、自分はとりあえず一安心した。彼女ならきっと来るだろうと思っていたが、もし居なければこの茶番の意味が無くなるからだ。

 

 (この戦いはクレアの旅がゲームより安定させる為にある)

 

 僕はヴァルハラ国王にクレアを認めさせる様に一芝居は打った。あれだけ残酷な事を受けたクレアを見たら、周りから同情を集められる。

 最大の障壁である洗脳も解けた事だし。

 

 

 ……その後はクレア次第だが彼女なら問題ない。

 何事にも全力で、誰にも隔てなく優しくできる(自分は除く)性格があれば。

 

 

 ただ国王に認めてもらおうと国民に存在を認めてもらわなければ、魔王退治は難しくなる。

 彼女は僕を追う為に色んな場所を転々とするだろう。その時に国民が彼女の事を知ってもらわなければ、サポートを受けづらくなる。

 国の支援にも限度があるし、国の支援に国民の支援も合わさればゲームよりは遥かに旅がしやすくなる筈だ。

 

 

 みんなに魔王の脅威とそれに立ち向かえる存在を理解してもらう。

 

 

 それが茶番をした理由だが……。

 

 (国王の問題についてクリアだな。あんな装備で現れるとか……嬉しい誤算だ)

 

 中庭の真ん中に静かに降りた僕はクレアを見る。

 目の前の瓦礫でできた煙を貫通して見える銀色の光。

 そして屋上で見た、姿こそ普通でありながらその存在感は勇者の剣にも劣らない剣。

 

 (ゲーム内最高の武器を装備しているって、どんだけ認めて貰えたんだ……)

 

 勇者の鎧は言わずもがな、彼女の片手にある無心の剣はゲームでも登場した最高ランクの装備だ。

 入手方法は単純で一度ゲームをクリアして二周目に入り、あの忌々しいイベントを終えると崩壊したヴァルハラ王国城に入ることができる。

 二周目からしか入れないこの場所で、隠し武器という名目でこの武器は封印されているのだ。

 

 つまりクリア後のオマケ武器(メチャクチャ強い)だ。

 当然現実でも存在しているが国宝級の物でもあるので厳重に管理されている。

 

 それこそ国王に認めてもらわない限り手に入らない。

 

 (それだけじゃ無い。兵隊長との会話に、屋敷の周りに集まっている兵士達)

 

 高度な魔力探知や風魔法で知り得たこの情報で、この数日間何があったかは十二分に分かった。

 自分の想像以上に勇者は……いやクレアはやって見せてくれたんだ。

 

 その事を理解した僕はさっきから鳥肌が立っている。

 その嬉しさを感じた僕は自然と口角が上がる。

 自分がそうなる様仕向けたとはいえ、この結果には大満足だ。

 

 (やっぱりクレア、お前はすごいよ……!)

 

 

 『友達になりましょう』

 

 

 僕を救ってくれたあの時。

 

 真っ暗な底に落ちていくだけだった僕を救いあげてくれた手。そして人生で初めて『輝いている』と感じた記憶の中の、彼女の姿は今も変わっていなかった。

 

 (いやこの喜びを噛み締めるのは後だ。だいたい、どんな事情があっても彼女を傷つけた事は変わらない)

 

 興奮している自分を落ち着かせる。

 クレアにあれだけ酷い事をしたんだぞと、その事に喜ぶ資格はお前には無いと自覚させる。

 

 (……今は地下にいる二人だ)

 

 カイトの策略に想像以上の結果を出してくれたクレアだが、彼女も完璧なわけでは無い。

 まだ実力差があるのはさっきので理解しただろうし、恐らく彼女は鎧に魔力を回しているだろう。

 魔力に動きは一切見えないが、今のクレアが僕だったら同じ選択をするし、その特性を存分に使っていた元装備者の自分としても経験と勘で察する事はできた。

 

 

 その行動は理にかなっている。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()だが。

 

 

 彼女は気付いてないだろう、この地下に聖女とその妹がいるなんて事。

 もしクレアがその技を放ってしまったら真下にある地下は潰れてしまう。

 

 しかしそれは責められることでは無い。

 

 この地下に施された結界はロイによる物。

 王国や勇者から聖女達の存在に気づかれない様に作られた、対探索用結界だ。

 この世界でトップクラスの魔術師が作った物だからクレアでも感知できやしない。自分もメリーナが地下に入った瞬間に反応が消えた。

 

 (それにこれからクレアに迫ってくる脅威の事もある)

 

 彼女の敵は自分だけでは無い。

 本物の魔王軍もいるし、魔物という人類共通の敵がいながらも、同じ人にも敵はいるんだ。

 この前僕が襲った反国家集団や、邪神や魔王を信仰する宗教団体。

 

 こいつらは目的の為ならなんでもする。

 ゲームでもクレアのトラウマを抉ってきたり、人質を盾にしたり、逆に人質を利用してクレアを傷つけたりする。 

 

 「悲しみの蘇芳花(スオウバナ)」はダークファンタジーの要素を多く含む。

 主人公にとって大切な親友だろうが。子供だろうが残酷な目に合うのがこのゲームの醍醐味だ。

 

 ……そんな事はさせないし、自分も四大魔剣を探しながら敵を影で潰していくつもりだ。

 だが全てを排除する事はできない。残った一部はクレアの方にもいくだろう。

 

 (だからこの機会を使って鍛錬させる。自分が敗れた時の保険として……)

 

 自分は魔王に負けるつもりは一切ない。だが世の中には絶対は無いのだ。もしもの時に備えてメニューを考えたカイトは、クレアに地獄の鍛錬をつけ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……ハァ……ッ」

 

 あれからどれだけ切った。どれだけ時間が経った。

 短い様で長い様にも感じた。

 切った炎の玉は二桁になってからは数えていない。

 

 魔王の掛け声によって始まった防衛戦。

 自分の視界全てを赤で埋め尽くす炎から、自分の真下で隠れている人達を守り続ける為にとにかく切り続けた。

 勇者の鎧のお陰で体に一切の傷はない。しかし魔力の方は空になりかけで大きく肩を揺らして息を吸っている。

 炎を斬る事だけに意識を集中して剣に魔力を纏わせた。だが炎の魔力は莫大で多少纏わせただけでは一回で消えてしまうし、纏う量を増やしてもニ、三回で消えてしまう。それではすぐに魔力切れだ。

 だから剣に纏う量を、炎のそれより少し減らして炎を軽減させた。

 相殺ではなく軽減。

 今回は床を守ることが目的なのだから、丁寧に炎を完全に消し去る必要はない。床に当たっても大丈夫なくらいに炎を弱くして、それで魔力の削減をする。

 

 消えては纏い、そして()()()()()()()に迫ってくる炎を斬り裂くの繰り返し。

 中途半端に消えた炎の魔力はこの中庭に充満して、魔力探知が効かないほど濃度が濃くなった。激しく息を吸おうとするとむせそうになる程だ。

 

 「よく粘るな、勇者クレア」

 

 「……!」

 

 今の私は返事をする余裕もない。ただ下げていた顔を上げてみれば汗ひとつかかない魔王の姿がそこにいた。

 炎を出すのは飽きたようで静かに中庭に降りていた。

 砕けていた片腕も既に治り、最初と同じように息は切らしておらず余裕に見える。流石は魔王といったところか、確実にカイトの時より魔力量は増えていた。

 

 今の私は警戒するに値しないと言わんばかりに、魔王は近づいてくる。静かな夜の中、瓦礫の粉を踏む音がよく聞こえてくる。

 ジャリ、ジャリと音を鳴らす回数が増えるほどその音は大きくなって、七回目の音を最後に私の目の前まで来た。

 

 「ここまで近づいても何もして来ないとは、魔力切れと見える」

 

 「ハァ……ハァ……そういうあんたはちょっと油断しすぎてない?」

 

 魔王がノコノコと歩いてくるもんだから、地獄の鍛錬から解放されたこちらは息を整える事が出来た。

 まだ魔王が油断している間に、自分は酸素をたくさん吸い込んで動きが鈍い脳を回す。

 

 (私だって策無しで来たわけじゃない)

 

 こちらもただ防衛戦をしていたわけではない。多少の誤差は出てしまったが私が魔王を足止めして、その間に他の兵士達が市民達を避難させる。

 この事に変わりはないし、地面に穴が空いたおかげで地下の空気は地上と繋がり、精鋭達も地下にいる二人の事は感知できただろう。

 

 (それもきっと終わった)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初の時のように市民達の雑音はもう聞こえない。聞こえないはつまり既にいない。

 だから──

 

 

 

 突如、空に二つの爆発が生まれた。

 

 

 

 パンと乾いたような音は周りに被害を与える事なく、ただそこで光るだけ。真っ暗闇の空を照らして、周りは二つの色に移り変わる。

 それは最下級の爆発魔法。

 魔法伝授において、何も無い所から爆発という現象を生みだす為の練習魔法で、実質ダメージも与えられない貧弱な魔法。

 しかしこれには戦闘とは別で使われる目的があった。

 

 (来た……!)

 

 予想通りに発現したその合図にクレアは歓喜し、魔王は夜を照らした原因を見上げる。

 魔王に見えたのは白と赤。目を逸らしたくなるほどの白い光と、一瞬この世界が血で染まったんじゃ無いかと錯覚する赤い光。

 赤い光はまるで良く無いものを連想させるがクレアの反応はその真逆だ。

 

 白は『作戦成功』の答え。

 赤は『イレギュラー解決』の答え。

 

 白は市民達を避難させた事を意味して、赤のイレギュラーは本来ならいないはずの二人の事を指している。

 

 なら次のステップへ続ける。

 自分のあまりにも情けない姿に魔王は今も油断……いや、ここまで来たら慢心と言ったところか。

 空を見上げる魔王は無防備そのもの、とはいえこのまま斬って一度目は入ってもその反撃がくる。

 

 いやそもそもこのステップに入った時点で魔王に攻撃するのは違う。

 

 それをするのは私ではなく彼らだ。私はミナロック村で説明した作戦通りにする為、周りに漂う魔力を鎧に集めさせた。

 

 周りの瓦礫の粉がクレアを中心に周り始める。

 

 魔力強化の応用だ。先程は自分の魔力を道具に回したが、外にある魔力を操って道具に回すことだってできる。

 普通、空気に含まれる魔力なんて残り滓みたいなものだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。中途半端に消させることで余る少量の魔力。

 一つだけでは大したことないが、チリも積もれば山となるようにそれが数十個もあれば代用できるほどに漂っていた。

 

 (魔力吸収……そして魔力放出)

 

 イメージするのはさっきもやっていた、剣に魔力を纏わせる行為。

 無意識にやっているそれは、地獄の鍛錬が始める前に思いついたそのアイデアを、実現させるのに必要な感覚だった。

 魔力を纏わせる……そのオーラ状の実態は単純明快なもので、魔力の残りカスだ。冒険者や騎士は皆当たり前の様に魔力を武器へ回すが、回した魔力全てが武器に伝達するわけではない。

 どうしても魔力が外に出てしまう。上手に全て伝達させるには素材や技量など色々必要だが、そこは割愛。

 今必要なのは外へ出す感覚だ。魔力を纏わせる時に僅かにだが感じるあの抜け穴。

 この勇者の鎧は素晴らしいもので、内包されている繊細な結界や良質な素材のおかげでとてつもなく抜け穴が見えづらくなっている。

 

 魔力吸収と魔力放出。

 今行っている二つは魔力扱いが得意とされている魔術使いでも難しいと言われているが……

 

 (私は戦勇者で、それ以前に今世最大の魔術師の弟子! 大きな責務を背負っている者として、こんな事でサジ投げていられるか!!!)

 

 

 彼女の怒り(プライド)がそれを成した。

 

 

 (出来たッ)

 

 感覚が掴み取れた。

 

 (魔王、あの魔術には殺されないでよね。アイツの体なら死なないでしょうけど……!)

 

 これから起きる事を思ってクレアは魔王が倒される事を願い、カイトが負けない事を祈った。

 

 そして爆発は起きる。

 

 だが爆発は魔王に傷を負わせる事はなかった。音速より少し遅い攻撃に反応できるくらいなら、爆発するまで一秒も行程があるこれから守り切ることなんて、造作もない事だろう。

 代わりに床は崩壊させたがそれもアイツにとっては些細な事。なんのダメージを与えやしない。

 

 「ウッ……!?」

 

 その反対に私は無様だ。

 

 あえて床を破壊させる程度に収めたその爆発は、つまり方向性は違えど地獄の鍛錬の炎と同威力なわけで。

 その威力を持った爆発は私を吹き飛ばしていった。

 体をくの字にさせて館の壁へ吹き飛ばされる姿は、戦勇者という威厳一緒に吹き飛ばしてくれるくらいに無様だ。

 

 だがこれでいい。

 

 爆発は私を()()()へ飛ばしてくれて、魔王は()()()()()()()に閉じ込めた。

 

 魔王も既に私の事は眼中はなく、地下へ落とされた事にも怒っている様子はない。ただ空を見て自分の失態に気づいたのだ。

 

 それはそうだろう。空を見上げた時に見えた光は二つだけではない。

 

 爆発魔法のさらに上。

 

 そこに魔王に天罰を与えんとする輪っかがあるのだから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (失敗した……!)

 

 カイトは空の景色を見て後悔していた。

 地獄の鍛錬をつけさせ、その間に兵士達に姉妹を回収してもらう。そこまでは良い。

 あの炎を軽減させて魔力を分散させる事で魔力探知を無効化し、姉妹が回収された事をバレない様に起点を利かせたのは、感心したが問題はその後だ。

 

 回収が終わった頃合いだと思って、クレアの近くまで来たら合図用の魔術が炸裂し、隙をあえて作るために空を見上げた。

 

 

 

 そしてカイトの予想通り爆発魔術は二つあって──

 

 

 

 

 ──そしてカイトの予想と違い、その遥か頭上に大きな輪っかが出来ていた。

 

 

 

 厳密に言えば星の光が合計で二十個。それが円に並んでいる魔術がそこにあった。

 知っている。カイトはその魔術を、その恐ろしさを十分に知っている。

 それを見たカイトは顔色を変えて戦闘から脱出に目的を変えるほどに。

 

 (ここから離れないと……!)

 

 見たところほとんど完成している。クレアの目的は市民を避難させるだけじゃなくて、あの魔術を完成させるための時間稼ぎだったか……!?

 

 (よりにもよってクレアを見誤っていたなんて……!)

 

 クレアの人を引き寄せる力は想像以上だった。ロイの洗脳でその本質を理解できていなかったのだろう。

 だがカイトだってあの絶望的な信頼関係から、そこまで認めてもらうなんて思いもしなかった。

 あの魔術を発動させるには最低二十………いや五十人の王専属の騎士が必要なのだから。

 

 (とりあえずここから逃げないと──)

 

 そこでカイトは二つ目のミスを犯した。

 もしここから逃げるのならその事に意識するのではなく、自分の後ろにいる勇者に意識を向けるべきだった。

 

 一秒の隙を彼女が逃す筈は無いのだから──!!!

 

 「ぐっ!?」

 

 魔力吸収、魔力放出からの爆発という高度なそれには対応はできた。

 

 至近距離から迫ってくる衝撃を、それを上回る速度と力で剣を振り回し掻き消す。

 彼女がくの字になって飛んでいく珍しい光景が一瞬見えたがそんなところでは無い。

 こちらにくる衝撃は消せても床に届く衝撃までは無理だった。剣を降った直後に床にヒビが入りあっけなく崩壊する。

 

 ……どうやら衝撃は全方位に撒き散らさず、出来るだけ真下へと集中させたらしい。

 

 地下は三階まである筈だが、それもこの爆発で綺麗さっぱり消えていた。残っているのは一番下の床だけ。その牢獄に罪人の如く僕は墜落する。

 

 (やばい……あれが来るまでに、早くっ!?)

 

 およそ十メートル程の奈落に落とされたカイトはすぐさま上がろうとするが──

 

 

 

 

 

 「遥そらに位置する希望なる星よ、罰ある者に地下深くへ天罰を!!!」

 

 

 

 

 

 

 既に手遅れだ。

 兵隊長の声が聞こえた瞬間に輪っかは光出し、そら一面が白一色に染まる。

 そしてその直後に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──星 が 落 ち て き た──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光ったと思えば自分は暗闇を見ていた。

 だが変わったのはそれだけでは無い。

 体全ての自由は奪われて、魔力で強化しているはずの体と骨が悲鳴をあげている。

 

 

 (違う、僕はあの星に()()()()()()()()()()!!!)

 

 

 体全体に掛かる重みを感じて、今の自分は地面に地面にうつ伏せにされているんだと理解する。

 これは対災害級の魔術だ。

 

 

 

 災害級とは文字通り災害並みの被害を出す化け物達。

 

 

 

 ただそこにいるだけで天気は恐ろしく荒れる。

 

 ただ歩くだけで全てを潰していく。

 

 ただ生きているだけでその他全てを滅ぼす。

 

 

 

 災害級は常に寝ているか封印されている。

 そしてそれはずっとそのままにしなければならない。人類が生き残る為にはそれしか無い。奴らに勝てるなんて愚かにも程がある。それだけ彼らは過去に悲劇を生み出してきた。

 

 唯一倒せるのは魔王だけ。勇者という魔王唯一の天敵がいるその存在だけ。

 

 人は、地上にいる全ての生物は自然に勝てない。災害級はその自然の一部を具現化させた様なもので勝てる道理は存在しない理不尽そのものだ。

 

 だがしかし。

 

 

 ラーテゥンヴァッルン・メテオ(星よ、堕ちろ)

 

 

 太古のの人類はそれでもと、理不尽に足掻きに足掻いて作り出したのがこの最上級魔術。

 自然の具現化を倒したいのなら、こっちはその(大元)をぶつければ良いんだというぶっ飛んだ発想で出来上がった魔術だ。

 そんな不可能は出来る筈無いと言われていたが、しかし作り出されたそれは創設者の想像通りに、星を堕とす奇跡となった。

 

 ……実際にはその千分の一をだが。

 

 星を具現化しようとしたがそれは出来ず、再現できたのは星が落ちた結果の一部だけだった。

 

 

 ──隕石を遥かに越える質量を持つ星が落ちたら?

 

 

 ──何もかも潰れて消える。

 

 

 これはそれだけを再現し劣化した魔術。いや劣化どころかコピー元と比べるのも甚だしい、千分の一しか再現できていないのだから。

 結局人類は人類。

 自然を越える事は出来なかったがしかし、人類を超えるものは生み出された。

 この魔術は後世に、戦争を終わらせる最終奥義の一つとして今まで受け継がれてきたのだった。

 

 (!?!?!???!!!!)

 

 声にならない悲鳴を上げる。

 その魔術を受けている彼は今までにない痛みに苦しめられていた。

 腕を切られた時だって、目を切られた事だってある。だけどこの痛みは違いすぎる。まるで蟻が像に踏み潰されている様だ。

 

 足が、手が、頭が一切動かない。

 

 それどころか顔が地面に食い込んでいって息すらできない。このままでは死んでしまう。

 

 まさに絶体絶命の彼だが、これを脱出する手段はあった。

 

 

 光の魔力

 

 

 相性があるとはいえ災害級を打ち破れる最強の力。それを使えば最上級魔術だって超えられる。

 

 (だけど、そうなったら四大魔剣は……!)

 

 だが代償は存在する。いくら超えられるからって相手は人類最高峰の魔術だ。光の魔力は莫大な量を減らしてしまうだろう、カイトの予測では半分以上も。

 それだけ減らしてしまえば、魔剣の門番達に勝つことが出来ない。

 もしかしたら三つまでならいけるかもしれないが──

 

 (ダメだ! 四つ揃わなければ魔王には勝てない……!!!)

 

 僅かに入った邪念を払う。相手は光の魔力を持ってしても一歩届かなかった魔王だ。勇者の劣化品である僕が勝つにはその近い様で遥かに遠い一歩を埋める代用品が必要なんだ、一切の妥協は許されない。

 

 (けど、このままペシャンコになるのもダメだ)

 

 しかし自分が死んでしまっては元も子もない。

 魔王を倒して世界のみんながその事を祝福していたら、実は魔王はニセモノでしたと本物の魔王に壊される未来なんてクソ喰らえだ。

 

 

 (これを壊せる方法は他にもあるけど、それは外からしかできないしなぁ……クソ!)

 

 どうしようも無い選択肢に対して苛つきながら、ありもしない希望を願って、心の中でそう愚痴る。

 

 

 そう、人にとってあまりにも強すぎるこの魔というより結界だが

 

 

 実はとんでもない欠点がある。

 

 

 単純に外からの攻撃にとてつもなく弱い。

 この星を具現化させているのは二十人に、結界を広げないためのブレーキ役が三十人といるのだが。具現化させる作業がとてつもなく厳しいのだ。

 どれぐらい厳しいかというと、少しでも意識を削がれたら魔術が崩壊するほど。

 この二十人の誰かの意識を少しでも削ぐことが出来ればこの魔術は消えるのだが、当然そうならない様にブレーキ役+見張りがいる。

 

 この館にいる五十人以上の兵が全てヴァルハラ王国の精鋭中の精鋭だ。確かに魔王を味方する奴なんている筈ないから意識は館に向いているが……それだけだ。

 

 ()()()()()()()()()一瞬で倒せるだろう。

 だからこの希望は叶わない。

 

 (やるしか無いかぁ……!)

 

 こうして決心した彼は光の魔力を解放し、この星を砕いて結界を壊し、その代償として魔力の大半を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──彼が来なければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パキッ

 

 

 

 

 

 

 

 ──な。

 

 

 

 急に軽くなった顔を上げる。

 何かが割れた音が聞こえた。その割れた物が何なのかカイトは見ていなかったが、彼は既にその正体に気付いた。

 

 結界が……壊れた?

 

 その事実にあり得ないと思う彼だが五体無事に立てている自分の体を見て、それが真実だと体が受け入れる。

 しかし頭は受け付けていない。自分が絶対だと思っていたものが破れた時、人はその変化を受け付けないものだ。それが自分にとって良い方向に変わるものでも。

 

 そんな状態ではあるが周りは待ってくれない。状況はだんだん変わり始めているのだ。

 

 ──誰の仕業だ!

 ──わかりません、気がついたら……煙!?

 ──隊長、敵の侵入を許しました!

 ──なんだとっ!?

 

 混乱しているのは自分だけでは無い。上にいる相手達も誰かの不意打ちで結界が壊されて、しかも黒煙をばら撒かれた為に周りが一切見えない。

 そのおかげで大勢が一時的に崩れている。

 

 (敵……?)

 

 だがカイトはそれよりも気になるワードが飛び込んでいた。敵と言う事は、つまりは自分の味方である。

 しかし今の僕は偽物の魔王をやっている身、とても強い魔物なら壊すのはあり得なくは無いが来るはずがない。

 

 じゃあ人間ならどうかと言われればもっとあり得ない。

 人が助けに来たとしても精鋭相手に不意打ちをしなければならず、道具を瞬時に使い混乱させ、そもそも機密情報であるこの魔術の弱点を突かなければ──

 

 (不意打ちが出来て……機密情報を持っている人物?)

 

 そこでカイトはようやく気が付いた。

 つい最近、これが出来そうな人物を助けた事に。

 

 

 カイトがそれに至ったすぐ直後に、答え合わせがやってきた。

 黒煙がここまで降りて来て、黒で一色になった前のさらに奥から、馬の足音が聞こえる。

 間違いなく幻影では無い。確実にこちらに近づいている……!

 

 

 (まさか)

 

 

 そしてその音が最大まで聞こえた時──

 

 

 

 

 

 「アニキっっっーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 ヴァルハラ王国まで送ったはずのあの子が黒い煙の中から現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ユウキとの出会い

また期間が開いてしまいましたすみません。
小説書くモチベーションの維持が難しいですね。
今回は短めです。後誤字脱字報告助かります!


 「アニキっっっーーーーー!!!!!」

 

 「なっ!?」

 

 僕の目の前に現れたその男の子は、ここから遠い場所へと飛ばしたはずの、アジトで助けた子だった。

 

 どうやって、なんで僕を助けに、頭に思い浮かべる疑問や分からない事は多々あった。

 でも助けに来てくれた事は分かる。

 

 ならやる事は一つだ。

 

 「アニキ早く……って乗るのはや!?」

 

 「助けに来てくれたんだろ! サポートするけど今はお前だけが頼りだ。頼む!」

 

 「……うん!」

 

 男の子が何か言う前に乗った僕がそう急かすと、彼は少し嬉しそうに馬を走らせる。

 

 (この黒煙は魔力探知を妨害しているのか)

 

 反国家組織に関する情報でもあった避難用の黒煙。周りの黒い煙が魔力の壁代わりになっていて、魔力探知がしづらくなっている。

 それをいい事に風魔法を馬に纏わせる。これで速度は上がるが、魔力を使いすぎると黒煙の中でも感知されるので、ギリギリバレない程度の魔力量にする。

 

 倒れた怪物の背中を頼りに、黒煙の中でその背中の上を走っていく。男の子の馬の扱いは慣れた物で、僕のサポートがあるとはいえこんな場所をなんの躊躇もなく進んでいく姿には頼もしさがあった。

 

 「周りの兵士達は……まだ混乱しているようだな」

 

 「アジトで教えられた特別な撹乱だからね。すぐには収まらないよ」

 

 黒煙の外から聞こえる兵士達の困惑した声。それで僕達は少しだけ安心するが──

 

 「ッ!?」

 

 困惑した声の中から僅かに聞こえた切り裂くような風の音。それに反応して剣を抜刀させながら背中へ大きく振る。

 

 「逃がさないわよ魔王カイト!」

 

 その直後に、黒煙を突き破ってきたクレアが僕めがけて剣を振るってきた。横から振るった剣と相手の縦から振るった剣が金属の音を鳴らしながら、しかしこちらの力がまさってクレアを押し返す。

 

 視界が悪すぎる黒煙の中、クレアからすれば自分の居場所も分からない上に相手の居場所も未知数。

 魔力もこの特別な撹乱用の黒煙で探知できないし、馬の音も周りの兵士の声でかき消されているはずだが……

 

 (相変わらずの化け物具合だなクレア)

 

 敵としては厄介、しかし魔王を相手にするならとても頼もしいので嬉しくもある。

 でもクレアの攻撃に気付くのが遅れたせいで別の問題が出てしまった。

 

 「子供がなんでこんな所にいるの!?」

 

 (クソッ、見られちまった!)

 

 攻撃を防ぐまではいいが、馬を操っている男の子まで意識を回す事はできなかった。

 防ぐ事に精一杯だった僕はクレアが男の子を見てしまうのを許してしまう。

 目を見開いて驚くクレアの隙をついて、魔力を使って馬をさらに加速させた。ただでさえ早かった馬が加速して風のようになり、すぐ後ろにいたクレアも黒煙に吸い込まれるように離していく。

 

 「アニキ、今のはもしかして……」

 

 「今は脱出することを最優先だ。全力でこの街から逃げろ!」

 

 この街はすでに避難を完了しているはずだ。その予想通りに僕達が黒煙を出ても、その先は誰もいない殺風景な街だった。

 馬も人が追いかけられるほどの速さは無く、追手も来ないまま町を出て、さらに遠くの森まで逃げ切ることができた。

 

 「なぁ」

 

 「何、アニキ?」

 

 「ありがとな、助けてくれて」

 

 「……そりゃあ人助けは当たり前だしね!」

 

 草原が月の光に照らされている中、男の子の笑顔は満開だった。

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 そして黒煙が消え兵士達の混乱も収まった頃、一人の兵士が館から出てきたクレアを見た。

 いつも暗い表情を表に出さない彼女には珍しく、思い詰めた表情をしていた。

 何か不可解なものを見たような、認めたくないものを見たような。彼女の顔を見た兵士はそう感じた。

 

 しかしこのまま話しかけない事はしない。

 館の地下で発見した二人について話さなければならないのだから。

 

 「戦勇者様、お怪我は大丈夫ですか?」

 

 「……あ、ええ。大丈夫よ。何発か喰らっちゃったけど戦いに支障はないわ」

 

 心配そうに声をかけてくる兵士に、自分の不甲斐なさに苦笑いをするように返答するクレア。だが兵士から見た彼女は、戦いの直後だと言うのに体の乱れを感じ取れない。

 

 よく見れば戦う前に整っていた彼女の髪の毛はボサボサになっていて、所々燃えた後もあり戦いの激しさを表していた。

 その反面、鎧の方は輝きを失うことも無く傷一つ付いていない新品同様の姿をしていた。鎧を着ているから分かりづらいが、呼吸や体の揺れ方から見ても彼女には余裕があると見える。

 

 「そうでしたか。それで戦勇者様、地下で助けた少女二人について報告が……」

 

 「ああその事ね。貴方達が助けてくれなかったらあの子達は犠牲になったかもしれないわ。ありがとう、でも報告って言うのは? まさか大怪我でもしたと言うの?」

 

 「いえ、そんな事はありません。戦勇者様が守って頂いたおかげで無事救出することが出来ました。しかし……」

 

 「しかし?」

 

 そこで兵士は口を紡ぐ。さっき言った通りに二人は怪我なく保護しているがそこまではいい。

 

 問題なのはその片方についてだ。

 

 魔王復活の予言から長い時間が立ち、国が総力をあげても見つからなかった勇者と双璧をなす存在。

 

 「恐らくですが、救出した二人のうち片方は、聖女様の可能性があります」

 

 「なっ……!」

 

 長い時間と大きい労力を使っても見つけれなかった存在が、呆気なく予想だにしないところから発見された時だった。

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 「どうやって俺がここにいるって分かったんだ?」

 

 「会った時言ってたでしょ、スタイバ町に用事があるって」

 

 「あぁ……言ってたな。それでわざわざヴァルハラ城から来たのか?」

 

 追手が来てないのを確認した僕達は森の中で焚き火をしていた。目の前の男の子が取ってきてくれた、串をさして焼いた魚を掴んで食べる。……自分が作ったやつより美味しい。

 

 男の子と一緒に焼き魚を食べた僕は彼が連れてきた馬を見る。パッと見でも分かるほどとても上品に仕上げられている。一体どうやって手に入れたのか。

 

 「アニキがくれたお金を全部使った。それが一番早く着く方法だったし、アニキは魔王名乗っちゃったから大金は必要ないでしょ?」

 

 男の子に聞いてみたらあっさりと教えてくれた。転送されたすぐ後に近くの町によって、そこで一番早い馬を買ったとか。子供相手に売って良いのかと思ったが、そこは僕があげた大量のお金で黙らせたらしい。

 

 いや行動が早いな。

 

 全く知らない場所に放り込まれたはずだ。放り込まれた男の子からすれば周りは未知だらけ、普通ならそれだけでプレッシャーが掛かってまともに行動できないと思うが……。

 

 そこまで考えて自分が想定している前提が違う事に気づいた。

 

 (この子は普通じゃ無い。アジトで教育された、それも精鋭クラスの暗殺者だ)

 

 アジトの暗殺者は、時に遠く離れた標的を始末するために、一人旅をするらしい。もちろん近くの支部から刺客を送り込むのが普通だが、暗殺の難易度によっては遠い所にある支部の精鋭を送る事もあるだとか。前にクレアとロイに聞いた事だ。

 

 それなら野宿の仕方なんて知っているだろうし、馬の乗り方や必要な道具の調達の仕方、捜査される時に足跡を残さない方法など、色々身につけているはずだ。

 

 そしてスタイバ町で兵士たちを錯乱させた行動力。

 間違いなく能力は高いとみて良いだろう。

 

 (でもこの子は暗殺者の技量はあっても、まだ子供だ。とにかくこの子をもう一度戻さないと)

 

 今回は助けてもらったが、それとこれとでは話は別だ。

 ヴァルハラ王国に転移できる石はもう無いから、近くの村に下ろさないと行けない。勇者に見られたとはいえまだ一回だけ、あくまで洗脳された事にしておけば返す事ができる。

 

 そう考え込んでいたら話しかけて来た。

 

 「アニキ、また僕を返そうとしてるでしょ」

 

 「……まあそうだな。お前がついて行きたいと言う気持ちは分かるけどそれでもこの旅は危険すぎる」

 

 前にも言ったがこれから行く場所は屈強な冒険者でも油断すれば死んでしまう魔境だ。しかもそんな場所で準災害級の化け物と戦わなければならない。

 人類側の最強の力である光の魔力を持ってようやく準災害級と半々で勝てるかなんだ。いくら精鋭といっても暗殺者、いや子供である男の子にこの旅は危なすぎる。

 

 「それだけじゃ無い。僕と一緒に来ると言うことは世界を敵に回すと言う事になるんだぞ」

 

 ヴァルハラ王国は世界でも力を持っている国だ。そんな場所で、しかも兵力の中心である王城でロイが殺されて王様が殺されかけたとなれば、他の国達も魔王退治に行動を移す。

 

 しかも大勢の人間から追い詰められるのに、人類のサポートは一切無い。必要な物は店で買えず食料や回復アイテムも全て自然から自分達で調達して行かなければならない。これは精神をすり減らす様な旅だ。

 

 その事は男の子も承知しているだろう。だがこんな旅に何の罪も無い子供を巻き込む気にはなれなかった。

 

 「分かってる!」

 

 「分かってない! お前は自分から死にに行く様なことしてるんだぞ。何でそこまでについていきたがるんだ!?」

 

 「もう置いていかれるのは嫌なんだ!」

 

 「───」

 

 段々声が大きくなった僕の声を悲痛な叫びがかき消す。反発することや声を荒くする事はあっても、男の子から泣きそうな声を聞くのは今まで無かった。

 

 

 (……置いていかれるのは、いや、か)

 

 

 懐かしくて、悲しくなるから思い出したくない、僕を変えたくれたあの時の風景が脳裏を過ぎる。

 

 結局の所、生みの親は居なかった僕だけど、育ての親はいた。もちろんクレアの両親だ。

 最初に光をくれたのはクレアだ。でもそこから闇いっぱいの視界を開いてくれたのは両親の二人だった。家事の手伝いをしていた時、クレアの家で話し合ったりちょっとふざけたりして笑った日々。

 今まで知らなかった暖かさ──前世の記憶でやっと名前がわかった──家族愛に触れた僕は、凍り切った僕の心を溶かしていってくれた。

 

 大切な物をくれた大切な人達。それがクレアの両親、育てのお父さんとお母さんだった。

 

 「お父ちゃんもお母ちゃんも僕を置いてった! その後も酷いことばっかだったけど、ようやくアニキに会った。僕が生きたいと思える大切な人にやっと会えたと思ったのに……!」

 

 でもそんな大切な人達は呆気なく失ってしまった。

 両親を失った僕はもしかしたら自暴自棄になって、その勇者の力で誰かを傷つけたかもしれない。でもそうはならなかった。僕の隣にはクレアがいてくれたから。

 

 『クレア……僕は強くなる。魔物が来ても倒せるくらいに、人を守れるくらいに。二度と、こんなことが起きないように!』

 

 僕にとってクレアも光をくれた人、大切な人だ。だから二度と失わないために誰よりも強くなるんだと前に進む事ができた。

 

 (……でもこの子は違う)

 

 僕の大切な人がクレアや両親の様に、彼の両親がそれだ。

 

 そして僕と同じ様に、まだ子供の頃に大切な人達を呆気なく失ってしまった。

 

 そこからの違いは大切な人がまだ残っていたか、いなかっただけか。

 

 魔物によって壊された日常が戻る訳もなく、生きる活力も失って惰性と生存本能でダラダラと生きていく。その矢先にアジトでの洗脳。

 

 ここまでされたなら普通自殺する。いや実際に死のうとしたんだろう、その結果が山で初めて出会ったあの時だ。

 

 なら何でその後に自殺しようとしなかったのか?

 その理由もわかっている。そこまで僕も鈍感じゃない。

 

 (両親が亡くなって彼が一人になった時に、川で僕が助けたからだ)

 

 大切な存在が消えて、人格を否定される様な事を受けたり、悪行をさせられようとしたり、そんな絶望の中で、孤独になった彼の心の世界に僕が入ってきた。

 

 最初は偶然だった。

 

 もし僕があそこで野宿をしなかったら、もしこの子が流れてくるタイミングがズレていたら。きっと彼は死んでいた。

 でもそうはならなくて、川で助けた後で、アジトでまた助けた。野宿した時も時間は僅かだったけど、クレア以外で久々に、心置き無く話せた気がする。

 

 状況も環境も違うけど、野宿や馬で一緒に乗ってた時の空気はまるで、クレアとクレアの両親達と楽しく話していたあの家庭の様だった。

 

(……あ)

 

 そこでようやく気づいた。さっき鈍感ではないと言ったのは何だったのか。

 心の中で言っておきながら、その中身までははっきり理解できなかった。でも今は違う。僕の過去と彼の今を比べてようやく気づけたのだ。

 

 

 

 (僕がクレアに光を見出した様に、この子にとってのそれは僕なんだ)

 

 

 

 今更、見出せた答えに体が重くなるのを感じていく。

 

 「お父ちゃん達が死んでから生きていていい事はないと思ってた! あそこは痛い事しか無かったし、お母ちゃんの約束破って人殺しもしようとした!!」

 

 男の子が僕に抱きついてきた。だが僕と目を合わせようとせず顔を下に向けたまま。体も震えてて、火の音に紛れて水の音が聞こえてくる。

 

 「そんな事があったけど、でも……あの時嬉しかったんだ。アニキを助けれた事、アニキにありがとうって言ってくれた事」

 

 声もだんだん震えて行く。まるで置いていかれるのを怖がっている子供の様だ。

 

 

 ──もしあの時の自分から、クレアが離れていったら耐えられるか?

 

 

 もちろん出来るはずがない。そしてこの子は昔の僕だ。今僕がやろうとしている事は絶対に受けいられないとわかる。

 

 助かる助からないの話じゃ無くて、この子には僕しかいないんだ。この子の閉じ切った心の世界を開く事が出来るのは僕だけだ。

 

 「…………」

 

 「だから……っ」

 

 男の子の声が詰まって静かに後ずさる。僕のだんまりを、男の子は返すつもりだと解釈した様だ。

 

 「ほら、アニキ俺。アジトで色々教えられたからさ……野宿の仕方とか視察とか人殺しとか、色々出来るだ。道具として使っていいからさ……」

 

 僕に目を合わせず段々と小さくなる声、今にでもどこかへ消えて行きそうな声が僕の耳に届く。

 この子をここまで追い詰めたのは自分にも原因があると分かった僕はもう一度男の子を見つめる。

 

 改めて思うが昔の僕にそっくりだ。外見や年齢も違うが、この感じはクレアに出会う前の僕だ。

 それならこの子の世界を開く方法は簡単だ。彼女と初めて出会った、あの時の様にすればいい、

 

 「それに……いてっ。何すんだよう……」

 

 そう懐かしさを思いながら、話している男の子にデコピンをした。

 

 「……分かった。観念して旅に連れて行く、町に戻すのはなしだ」

 

 「! いいの「あと!」……何?」

 

 「それよりも先にやらなきゃいけない事がある」

 

 僕は手を差し伸べた。いきなりの行動に困惑している彼をみて苦笑いしながら昔話をする。

 

 「僕も昔は一人ぼっちだった。その時に親友がしてくれた事でさ、お陰で今の僕がいるんだ。それに、お前はすごい奴さ。たった一人で国の精鋭を潜り抜けてきたんだぞ。けっして道具なんかじゃ無い」

 

 それに、とつけて話を続ける。

 

 「お前と話してた時はなんか、久々に楽しいって思えたし、だから──」

 

 そう。

 僕がクレアに救われた様に。今度は僕が救う番だ。

 そして僕が救われたあの時に彼女は、手を差し伸べてこう言ってくれた。

 

 

 

 ──友達になろう──

 

 

 

 「…………うん! う、ん。なる……なるよ!!」

 

 男の子は今まで塞き止めていた壁が崩壊した様に涙を流しながら僕の手を掴んだ。

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 「ごめんアニキ泣きついちゃって。……あまりにも嬉しかったもんでさ。服ベチョベチョになって無い?」

 

 「問題無い。お前には美味しい魚を用意してくれたしな、これぐらいどうってこともないさ。それに魔術でほらっ」

 

 「おぉ。サラッと無詠唱で」

 

 服についた涙を片手で軽く触り魔術で拭き取る。

 あの後抱きついてきた男の子は長い間動かず、僕も同じように泣き止むまでじっとしていた。

 数分たってようやく収まり、今は彼がとってきてくれた食料で食事の続きをしていく。

 

 「さっきはああ言ったけど、旅が危険なのは変わらない。もしダメだと判断したら嫌でも返すからな」

 

 「分かってるぜアニキ。アニキの邪魔にならないようにするからさ。でもサポートなら任せてよ、自信はあるぜ!」

 

 「そうか。それは期待できそうだ」

 

 さっきよりもずいぶん明るくなった彼をみてこちらも少し笑みが溢れる。

 一応旅には連れて行く方針になったが、優先順位を変えるつもりは無い。何事も命あっての事だ。さっき言ったように旅についていけないと判断したら、問答無用でヴァルハラ王城までひとっ飛びするつもりである。いや、王城だとクレアにぶつかるな。近くの村にしておこう。

 

 「まあ最初に旅の話だが、お前が子供だからと言ってずっとお守りをするわけにはいかない。いくら俺でも無理があるからな」

 

 野宿は常に魔物の危険がある。今は光の力で寄り付かないが、時間が経つに連れて弱くなるからずっと無防備ではいられない。

 それに場合によっては盗賊や暗殺者、終いには騎士まで相手にする可能性がある。

 

 「だからこれからは訓練をする。時間がある時に限るが剣の練習や格闘戦、その他もろもろ叩き込むぞ」

 

 「いいぜ! アニキについて行くんだ。それぐらいは覚悟してる。……ちなみにどれくらいを目標に?」

 

 「人間なら国の精鋭騎士と一騎討ちできるくらい、魔物なら準災害級から頑張って逃げれるくらいに」

 

 「うわキツすぎだろ。というか魔物の方……この旅ってなんの目的でしてるんだっけ」

 

 細目になりながらも、目標の魔物の異常な強さを聞いて、この話題の核心に近づいた彼。僕は少し感心しながら説明して行く。

 

 「その説明はまだだったな。僕たちの旅の目的は四大魔剣を手に入れる事、そしてそのゴールとして魔王を倒す事だ」

 

 「そういえばアニキって魔王らしく無いというか、元々そう思ってたけど。アニキは勇者だしあの姉ちゃんもなんか凄そうだったし、それよりなんで国追われながら旅してんだ?」

 

 「あぁ、それは……」

 

 

 そうして僕は前世の記憶の事はあまり触れないように、今までの事を話した。

 

 

 村でいじめられてた事。

 その時に幼馴染とその家族に助けてもらった事。

 村を滅ぼされた事。

 実は幼馴染の彼女が本物の勇者であった事。

 村で助けてくれたロイが魔王側だった事。

 そして絶大的な信用をされていたロイを殺した事で追われる身になった事。

 これらを話していた時、男の子の顔は明るい顔からだんだん険しい顔に変わっていった。

 

 「……なんでアニキは旅を続けるんだ?」

 

 そこまで僕が過酷な状況にいるのにこうして行動できているか、過去の話を終えたら聞いてきた。

 その質問に考えることもなく、自然と平然に答えを返す。

 

 「クレア、勇者を助けたいからだよ」

 

 小さい頃の僕を助けてくれた彼女に恩返しをする為に、ゲームのような寂しくて悲しい終わりにさせない為に僕は魔王役を演じる。

 そう意気込んで答えたら、男の子は子供らしい笑顔になった。

 

 「改めて聞くがこの旅は過酷なもんだぞ。それでもついてくるか?」

 

 「もちろん! アニキの恋人を助ける為に、俺も頑張らなくちゃな!」

 

 「なっ!? クレアとはそんな仲じゃ……片想いなのは確かだけど」

 

 恥ずかしくなりながらも、ニヤリ顔で言ってきた男の子の言葉を否定できない。前世を思い出す前は彼女に抱いてた感情の事がよく分からなかったが、思い出したあとはそれが恋心だと分かってしまったからだ。

 

 「ならアニキ。全部終わった時に思い告げちゃおうぜ。アニキなら大丈夫だ、きっと上手く行く」

 

 男の子は純粋な笑顔でそう言ってきた。

 そうなんの根拠も無い男の子の言葉だが、なんとなく元気が出た気がする。この子と話している内に、いつの間にか本当に仲良くなっていたらしい。感情が変化するほどに。

 

 「それじゃあ友達として頼むぜ……ええと」

 

 そう名前を呼ぼうとして致命的な事を思い出した。それなりの付き合いをしていたはずなのに男の子の名前を知らなかったのだ。

 

 「俺の名前はユウキ! これからの旅よろしくだぜアニキ!」

 

 そう困っている僕を見て、男の子はすぐに察して名前を教えてくれた。

 そしてさっき僕がした様に差し伸べてきたユウキの手を、今度は僕が掴んだ。

 

 「俺の名前はカイト。偽勇者で偽魔王をやってるもんだ。よろしくユウキ」

 

 「おう!」

 

 カイトとユウキ、一生の親友である二人はこうして旅に出ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回のちょっとしたネタバラシ。

・時間がだいぶ進みます。


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歯車が狂った瞬間

また時間がかかってしまいました。
元々一話にする予定が長くなっちゃったので二つに分けました。
なので今回は少し短いです。

+注意点

前回書いた様に、前半から一気に物語終盤まで飛ばしているので所々、省略している所があります。それが嫌だという方はブラウザバックです!

後、いつも誤字の報告ありがとうございます!


 あれから一年と十一ヶ月の時が流れた。

 僕とユウキは世界各地にある魔剣の封印の地を巡り、それぞれの場所にいた守護者たちと激闘を繰り広げた。

 

 

 ある時は噴火し続ける山の上で、赤いドラゴンと音速の空中戦を繰り広げ。

 

 

 ある時は物も命も何もかも時を止める程の、凍える吹雪の中で巨大な狼と死闘をし。

 

 

 ある時は底が見えない大きな穴の上空で、鉄をも切り裂く風の刃達が暴れる中でまた空中戦を繰り広げ。

 

 

 ある時は身長数百メートル岩の巨体と、大地が揺れるほどの力のぶつかり合いを繰り広げて。

 

 

 僕カイトは光の魔力を使って、自分の周りを浮かんでいるこの四大魔剣を手に入れる事ができた。

 

 自分を中心に回っている四つの魔剣の色はそれぞれ。

 その剣に宿る属性を表す様に、赤、緑、青、茶と綺麗に分かれている。

 

 その反対に形は瓜二つで、座っている自分と同じくらいの長さがある刀身にその半分も無い持ち手の部分。

 刀身は片刃で自分の肩幅半分を覆うほど異様に太い。そのくせ持ち手の部分は両手で丁度持てるくらいの長さと太さしか無く、それが刀身の異常な太さを際立てていた。

 

 だがそれ以上に、

 

 持ち手と刀身の間に挟まれている機械仕掛けが、『ファンタジーしか無いはずのこの世界』で機械が存在して居る事実を表すこの違和感が、それを大きく上回っていた。

 

 前世で予め知っていたとはいえ、半分の自分はこの世界で育ってきた。だからこそ自分を主人だど見定めたこの魔剣の存在に、自分はどうしようも無く違和感が襲いかかっている。

 まぁこれがクレアの運命を握っているから、捨てることはしないが。

 

 「アニキ、いきなり魔剣を出してどうしたんだ?」

 

 そう僕が魔剣と睨めっこしていると、焚き火を中心にして僕の反対側からユウキがそう聞いてきた。

 魔剣を手に入れるために、大陸を超えて海を渡って空を飛び、世界各地へ旅を続けた。

 その間にゲームにあった胸糞悪いイベントを潰したり、逆にそのイベントを利用してクレアが強くなる様に仕向けた上で、僕が悪役として現れたりと色々と忙しい日々を過ごしていたと思う。

 

 でもそれももう終わりだ。

 

 必要なものが揃った僕は今、ヴァルハラ王国の大陸へと戻っていた。魔王を倒す為に。

 

 

 魔王が眠っている場所へ僕達は進んでいる。そして今はその途中の森でいつもの様に野宿をしていた。

 

 「今までの事を振り返ってた。色々あったけど、ここまで来れたんだなって」

 

 「そりゃあアニキが居たからな。でも四大魔剣の戦いはすごかったぜ。あれでも英雄伝が書けるくらいだ!」

 

 「英雄伝はダメだな、俺は魔王役なんだから。でも魔王を倒したらそういうのも描いてみるか」

 

 「それなら売り切れ間違いなしだぜアニキ!」

 

 「まあ、俺に書く才能があるかどうかだが……」

 

 会話が盛り上がったところで僕は心の中で魔剣達にしまえと念じる。

 

 その瞬間、周りで浮いていた魔剣たちが一瞬で光になって消え去った。

 

 「アニキのそれ、いつ見ても不思議だなぁ。あんなヤバいところにあった剣だから凄いのは分かるけど、それでもこんな事できるもんなんだな」

 

 「この魔剣は魔王を倒す力を持ってるからな。これぐらいの事が出来て当然だ」

 

 「そうなのか……?」

 

 側から見れば瞬間移動しているみたいだが、実際には別の空間に転移しただけだ。

 前世の漫画やアニメでよく見る『四次元ポケット』のと一緒だ。この魔剣にはオーバーテクノロジーとも言える技術が搭載していて、今いるこの次元ともう一つの何もない空間が広がる次元と常に繋がっている。

 そのおかげで某有名な青い二頭身ロボットの様に道具を出し入れできる。

 

 (この魔剣達は本当にSFだな。見た目はいかにも機械みたいでファンタジーの要素一欠片もないし)

 

 前世にあったゲームみたいだなと思う僕だが、そういえばここもゲームの世界だとすぐに気づいて、余計な考えを捨てて手を合わせた。

 

 「それじゃ食べるか」

 

 「おう、俺も腹ペコだぜ!」

 

 ユウキも僕と同じ様に手を合わせて、食事前の習慣をやる。

 

 「「いただきます」」

 

 前世の癖でやっていたこの作法は、ユウキもいつの間にかやる様になった。食事前のいただきますをして目の前の料理に手をつける。

 

 (ユウキの料理もあれから上達してるな……)

 

 初めてこの子の料理を食べた時もおいしいと思った物だが、あれから約二年の間、いろんな大陸に行っていろんな食材を見て来た。

 ほとんど野宿だった僕達は美味しい料理を作ろうと、その場所にしか無い特別な食材を使い、頑張っていた物だ。

 それも今では一つの思い出になっている。

 

 「……美味しい」

 

 最初は食材を集めるだけで苦労していた。

 しかしユウキが入ってきてくれたおかげで食材が手に入りやすくなったどころか、ご飯が美味しく食べれる様になったものだと、料理を口の中に含めてから少し笑うカイト。

 最初は突き放そうとはしたが、今になってはユウキがこの旅に来てくれて良かったと思う彼だった。

 

 

 

 

 

 食事は黙々と進み約数分。

 早く食べ終えたカイト達に食事前の和やかな雰囲気は去り、今は二人とも真剣な顔でこの後の事について話し合っていた。

 

 「アニキ、もう一回聞くけど。俺達が向かってる場所ってのは聖協会の聖地ニルマなんだよな……?」

 

 「ああ、人類の希望の象徴と言われている初代聖女像があるあのニルマだ。そこで俺達の決着が着く」

 

 孤児の引き受け、冒険者や騎士達の怪我の手当てなど様々な支援を行なっている、回復術師が沢山居る組織『聖教会』。

  

 その彼らが本部にしている場所が聖地ニルマだ。

 

 世界には特定の魔術が本来より強くなる場所が存在している。

 簡単に言えば、火山があるところなら炎魔術が、海の上なら水魔術が使いやすくなる様に、その場所の特徴や縁が魔術と相性が良いところがあるのだ。

 

 そしてこの聖地ニルマと相性がいいのは回復魔術であり、そしてそうなっている理由に土地自体は関係ない。

 

 

 

 関係あるのは『初代聖女像』、その一点のみだ。

 

 

 

 遥か昔に現れた魔王を倒すべく立ち上がった伝説の人物で、初代勇者と肩を並べる偉大なお方でもある。

 

 当然聖女としての力も恐ろしいほどに持っていた。

 祝福とお守りとして当時聖女の力を沢山入れ込んだ聖女像が、数百年経った今もなお周りに影響を及ぼすほどの力が残っていると言えば、どれだけ初代聖女がすごかったのが分かるだろう。

 

 だが僕達は今、その聖地ニルマに向かっている。

 

 

 魔王と決着をつける為に。その理由は……

 

 

 「その初代聖女像の中に魔王が封印されてるんだろアニキ? うーん、正直信じられないけどなぁ……」

 

 そう、その聖女像の中に遥か昔から眠っている魔王がいるからだ。

 今の言い伝えでは魔王は初代勇者と聖女によって倒されたと言うが違う。

 実際は二人では殺し切ることが出来なかった為に、封印の処置を施したのだ。数百年の間眠る封印を。

 そしてその数百年後がもう少しでやってくるわけだが。

 

 「まぁ信じられないだろうが事実だ」

 

 勿論この情報を知っているのはゲームをやったからだ。

 ゲームではクレアがロイを倒した後、すぐに復活した魔王と戦う事になるが、その場所は意外にも近くにあったのだ。

 

 ヴァルハラ王国と同じ大陸にある聖地、この二つの場所はそれほど遠くは無い。流石に歩きですぐ着けれはしないが、馬を使えば2日はかからず着くことが出来る。

 ならそれ以上の足を持つ勇者達が全力で、休憩なしで走れば数時間で着くだろう。

 まあ体力温存の為にそんな事はしないが。

 

 「でも間違ってたらどうするんだよ?」

 

 「それも問題ない。この勇者の剣さえあれば確認できる」

 

 不安そうに聞いてくるユウキの質問に、鞘に入った勇者の剣を見ながら答える。

 全力で破壊した後に実は何もありませんでした。となるのは流石に嫌なので、勿論確認の手段は持っている。

 現実とゲームの情報が合っているか確認する為に勇者の剣を使う。初代聖女の力によって封印されているとしても、闇の探知に右を出るものはいない光の魔力がある。

 

 「と言ってもすぐ側まで近づかないといけないから今回もユウキの力が欲しい。いつもの様に聖教会の奴らを引っ掻き回してくれ」

 

 「おう! それについちゃあ何の心配もいらないぜ」

 

 追われる身になってからだいぶ消耗はしてしまったが、量は少なくても持っているだけで光の魔力の効果は消えはしない。像のすぐ近くまで行けば、中に眠る恐ろしいほどの邪気を感じ取れるだろう。

 

 「それで中に魔王がいたら予定通りユウキは撹乱しながら逃げろ。俺も聖教会の奴らを脅かして避難させてから像を破壊する」

 

 今回の作戦は『どれだけ確実に魔王を倒す』かが重点だ。ゲームみたいに悲しい終わりにさせる必要も、ドラマチックなラストバトルを繰り広げる必要もない。

 

 

 今も眠っているだろう魔王に、今用意できる最高の火力と、魔王を守る強力な壁を破壊する光の魔力を持って、一撃で仕留める。

 

 

 それだけだ。

 

 

 「ただ確認してハズレだった時は普通に逃げる」

 

 「あ、そこは普通に逃げるんだ。なんかいつもの様に魔王らしい演技でもすると思ったんだけど」

 

 「本当の魔王が復活するのもあと一ヶ月だし、ここまで来たら演技する必要もない。それに光の魔力もあと少ししか無いからな」

 

 正直、今の自分達は魔王を倒す事以外に余力を回す余裕がない。

 ゲームとのズレで魔王が早く復活する可能性も考えて、出来るだけ早く魔剣を回収してできた一ヶ月の余裕。

 これについては問題ないが、光の魔力にはある。

 今の僕には魔王を倒すのに必要最低限の量しか残っていないからだ。

 出来るだけ消費を抑えようとしたが、それでも魔剣の守護者達との戦いは激烈だった。努力してもギリギリになってしまった。

 

 「魔王クラスかそれに近い奴を倒すのに一発だけ打てるか……それぐらいしか無い。もしここでクレアと会ったら逃げるとしても光の魔力は必要になっちまう」

 

 今のクレア達も光の魔力が戻ってきている事もあって遥かに強くなっている。

 頼もしい仲間も連れているし、あいつらと戦うには四大魔剣を使っても、ギリギリになるほどにだ。

 

 「そっかー、ギリギリなんだもんな俺達。まあ俺はアニキと、アニキの前世? の記憶を信じるけどさ!」

 

 

 

 ちなみにだが、既に自分の前世についてユウキには話している。

 

 

 

 冒険の最初こそあまり話さない様にしていたが、自分が予言じみた事を連発している事に対して流石に気になったらしい。

 

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 『アニキ、なんか俺に隠し事してない?』

 

 『……何でそう思うんだ?』

 

 いつもの野宿で、ユウキがいかにも疑ってますと隠す気のない顔でこちらを見てくる。というより不機嫌そうな顔をしている。

 

 『だって普通じゃ知らない情報知ってるじゃん。ヴァルハラ王国の反対側にある財宝の事とか。そもそも四大魔剣だって伝承が残っているだけで、正確な場所まで書いてあるわけでも無いのにスラスラ行けちゃうし……』

 

 『それは……たまたま運が良かっただけで』

 

 『嘘下手すぎだぜアニキ、やっぱなんか隠してるんでしょ。……俺のこと信用できないの?』

 

 目と鼻の先まで顔を近づけられてずっと目を離さない彼に、そして少し寂しそうな目をするユウキを見て自分は折れた。

 

 『……はぁ、分かった話す。でも正直に言っても信じてもらえないぞきっと』

 

 『信じる信じないを決めるのは俺。ほらほらさっさと話して』

 

 『分かった分かった。まず俺は頭に怪我をしてな……』

 

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 「今更だけどよくあんな話を信じてくれたな。この話について行ったせいで、ユウキも世界中に悪党として名が知れちまったしなぁ……」

 

 結局その話を聞いたユウキは流石にどこか疑問に思いながらも、最後は『まあアニキのことだしいっか! 信じるぜ今の話』と言って自分で解決してしまった。

 

 そしてその話を信じてくれたユウキは、出来るだけバレない様に努力したが、作戦を手伝ってくれる都合上姿を見られてしまい、今では「魔王に従う人類の裏切り者」として見られてしまった。

 

 「あの時にアニキが嘘つくとは思わなかったし、あの時の真剣そうな顔見たらやっぱ本当かなって思ったんだ」

 

 「……それは人が良すぎるんじゃないか?」

 

 今の話を聞いて詐欺に遭いやすそうだなと心配するカイトだが、ユウキは話を続ける。

 

 「それに酷い仕打ちを受けて、まだ人助けするアニキを見れば信用してもいいと思ったんだ。人が良すぎるならアニキだって同じだぜ、こんな状況でも自分より他人を優先してるしさ」

 

 「むっ、それは……そうだな」

 

 予想外の反論を食らったカイトは、今のユウキの言葉に納得した。確かに何処か自分を後回しにする所はある。

 

 「まぁそれこそスッゲー今更だけどな」

 

 「……まあそうだな。とにかく今は魔王退治の話だ。それで何か質問はあるか?」

 

 そう聞くとユウキは少し不安そうな顔で質問してくる。

 

 「もしアニキが蘇った魔王と戦ったら勝てるのか……?」

 

 「五分五分だな」

 

 考える仕草もぜず即答する。この問題は前世を思い出した時から考えてきた。

 まず魔王について特に気にするべきところは二つ。

 

 魔王が誇る最強の『矛』と『盾』だ。

 

 『矛』は単純な魔力で作られた破壊光線の事を指す。この世界の魔術における基本属性の四つのどれにも入らず、あえて言うなら無属性の攻撃だ。

 属性が無いという事は、有利も不利も無いという事。

 一見プラマイゼロに見えるがこの『矛』については少し事情が違う。

 単純な破壊光線が故に小細工が効かない。

 そして強力な技の対策として有効打なのは相性ではあるが無属性なので関係ない。

 技を放つ前に少し隙が出来るとはいえ、人類を遥かに超えた災害たる魔王の技相手に、真っ向勝負をするのは無理と言える。

 

 そして次は『盾』。

 

 『盾』は魔王が常に張っている闇の魔力で出来た鉄壁のバリア。

 そもそも闇の魔力で出来ている時点で、並の四大属性の攻撃が通り辛い上に、それを抜きにしても高い防御力を誇る。

 この『盾』を突破するには圧倒的な火力でゴリ押しするか、闇の魔力に有利な光の魔力で貫通するしか無い。  

 光の魔力がなければ硬すぎてほぼノーダメというクソゲーぷりを発揮する。

 

 

 だが『矛』は四大魔剣で、『盾』は光の魔力でそれぞれ対策はできる。

 ……一応魔剣で盾を突破する事はできるが、燃費が悪すぎるためにあくまで最終手段だ。

 

 

 そしてそれを突破してもメチャクチャ強い魔王との対決があるのだが……。

 

 「でも今回の目的は魔王と戦う事じゃ無い。魔王を倒す事だ」

 

 さっきも言ったが、魔王を倒すのにわざわざ戦う必要はない。相手が動けない間にこっちは全ての使って全力で叩き込む。それでお終いだ。

 

 

 (それに最低限、盾さえ潰せばクレアと相打ちすることも無い)

 

 

 ゲームでは矛よりもこの盾が原因でギリギリの戦いをすることになり、それがクレアの死因にもなっている。

 だが魔王を倒せばそれも関係のない話だ。

 

 クレアの悲しいエンディングも永遠に来ない。

 

 「そうだな。今は余分な事は考えないで行こう。明日は魔王を倒すことだけに集中だなアニキ」

 

 「そうだな、そのつもりで行け。特に聞きたいことが無かったらもう寝るぞ。体調も出来るだけ万全にしたいしな」

 

 その言葉にユウキは首を縦に振り横になった。

 自分もそれを見て、襲われてもいつでも対応できる様に、座りながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから夜の間はユウキと見張を交代しながら過ごした。

 それで自分の番が終わり朝日が出るまでの間眠って休んでいたのだが──

 

 

 「──!!!」

 

 

 突然体に鳥肌が立つ。

 

 王国にいる時から鍛えて身につけた危険探知。

 

 魔術ではなく気配を察知する技術を磨いて、寝ている間でも近くにいる相手の殺気を感じ取れる様になったこの体に電撃が走った。

 

 それが示すのは勿論敵がいる事だ。しかも遥か近くに。

 

 「ユウキ! 大丈夫か!?」

 

 気配の位置からして相手はすぐにこちらを襲える距離。すぐに迎え撃つ為に魔剣を周りに出現させ勇者の剣も構えた。

 

 (これほど近くにいて気づけなかったなんて……!)

 

 今までも寝ている所を襲われた事は何度もあった。だがここまで接近を許した事はない。

 つまり相手は相当強い。

 

 「ユウキ、早く構えろ──」

 

 出来るだけ冷静になりながらも、ユウキが寝ている方を見る。しかしそこにユウキの姿は居なかった。

 

 「…………!」

 

 一体どこに居るのか周りをさらに見渡すがどこにも居ない。火が消えている焚き火と、白い日差しが差してきた森の中しか見えなかった。

 

 「君の探し物はこれかな?」

 

 「チッ……!!」

 

 さっき見たはずの背後から声が聞こえてくる。

 ユウキのではない声に躊躇なく魔剣を差し向ける。

 

 自分は勇者の剣を抜いて振り向き、自分の周りに浮いている四つの魔剣が、後ろにいる誰かへ剣先を向けて発射しようとするが──

 

 「おっと、これが死んでしまうぞやめておけ」

 

 「アニキ……ごめん、捕まっちゃった」

 

 声の主がユウキを人質にしているのを見て、その全ての動きが止まった。

 人質にされているユウキは傷こそはないがどこか弱々しく見える。

 そしてユウキの顔の横には、僕たちの敵であろう奴の手刀があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勇者の光

誤字報告と高評価、ありがとうございます!


 (ユウキ、毒でも盛られたのか……!?)

 

 自分がさっき感じた気配はコイツだと理解し、同時に目の前にいる人型の魔物を観察する。

 

 姿は限りなく人間に近い、だが死人の様な白い肌や赤い目が人に似た別の何かだと僕の直感が告げる。

 そして肌と反対に真っ黒な黒い……スーツらしきものを着ていた。

 その違和感は凄まじいものだが、今見えている物でそれよりも気にすべきものがあった。

 

 

 人質にされているユウキと、奴の身体から感じ取れる闇の魔力。

 

 

 「……誰だお前?」

 

 それを見た瞬間、いつの間にか質問していた。

 お前の様な存在を知らない。

 魔王ではないのは分かる。ゲームで見た姿とは似ても似つかないから。

 

 ならコイツはなんだ?

 

 闇の魔力を持っていて、自分のすぐそばまで迫れるほどの実力の持ち主。前世でゲームをやった時や、設定集を読んだ時だってこんな奴見かけなかった。

 

 「人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だと教わらなかったか? まあお前の事は知っているから名乗らなくてもいいのだが」

 

 「アニキ、逃げて……!」

 

 「黙れ! 人が話しているのを遮るな!!! そして貴様! 逃げたらこれがどうなるかぐらい分かるだろう?」

 

 「うっ……痛い」

 

 勿論殺すだろう。そう理解した自分は一旦剣をしまい、魔剣たちも地面に下ろす。

 それを見た男は話を遮られた怒りを抑えて自己紹介をした。

 

 「我は魔王に従う四大幹部の一人。イヌティスだ」

 

 (……やっぱり知らない名前だ。というより四大幹部と言いやがったな。コイツ以外に三人もいるのか?)

 

 ゲームで見なかった情報があるとこんな失敗をするのかと、自分の不甲斐無さに苛立つが、出来るだけ冷静に相手の情報を聞き取ろうとする。

 今の情報が正しければ後三人、今も暴れ回っているかもしれないのだから。

 

 「つまりアンタはこの俺を倒しにきたんだな?」

 

 「いや、偽物のお前には用は無い。むしろお前が持っている勇者の剣に用がある」

 

 (なんで俺が偽物なんだって分かるんだ!?)

 

 表情に出しそうになるのを押さえてさらに考える。

 だがイヌティスの顔は悦びに歪んだ。

 

 「くっくっく……顔には出してはいないがその冷や汗、焦っているな。まあ分かるぞ、そもそも今蘇ったのも我にとっても予想外だしな」

 

 「どういう事だ、予想外だったって。そもそもお前が復活したって事は他の幹部とやらも復活したんじゃ無いのか?」

 

 「それは無い。今蘇ったのも予想外だと言っただろう? 本来ならもう少し後に蘇るはずだったのだよ私は」

 

 もう少し後という事は恐らく、一ヶ月より後のことだろう。魔王が復活するその後。

 

 「封印されていた我は何も出来ず長い間眠っていただけだ。しかし最近、どこぞの不届きものが我の闇の魔力を一部奪ってな……」

 

 (奪った奴がいる? ……ああ、ロイしか居ないな)

 

 今まで闇の魔力を使ったやつを見かけたのはあのロイだけだ。アイツの技術力なら、封印されていたコイツから力を奪うことだって出来ただろう。

 だが奪えたからって戻る事はないはずだ。

 ロイは光の魔力がある勇者の剣でトドメを刺したから。

 

 「……どうしたらお前の復活に繋がるんだよ」

 

 その事を分かっているユウキが疑問をぶつける。

 ユウキには話してあるが。光の魔力を当てられた闇の魔力は消滅する。ロイがイヌティスから力を奪ったのは予想外だが、復活する理由にはならないはずだ。

 

 だがそれを聞いてイヌティスは呆れた顔になる。

 

 「……そうか、そんなことも知らぬからお前達は我の復活を許したのだものな。奪ったのは誰だか知らんが、トドメを刺したのはお前だろう?」

 

 「……そうだが」

 

 「ならそれが答えだ。偽物の勇者であるお前が倒してしまったが故に、闇の魔力は残ってしまった」

 

 「─────」

 

 言葉を失う。つまり、今回の失敗を引き起こしたのは、自分が本物の勇者じゃなかったからという事になる。

 

 「本物であれば闇の魔力は消滅するが、光の魔力の対に居るだけで同じ性質を持つ闇の魔力は、実際に戻ってきた。つまり殺した者は光の力を引き出せなかったのだろう。そして勇者が光の力を引き出せないのはあり得ん、お前は偽物でしかない」

 

 「チッ……じゃあ俺のせいで仲間を危険に晒しちまったってわけか」

 

 「……その様子だと偽物だとは理解しているわけか。どうだ? お前のせいで大切な者の命が消え去るかもしれないというのは? 悔しかろう……」

 

 後悔が心の中に広がりながらも、剣を握る力を強くする。最低限の情報は手に入れた。

 アイツが俺を痛ぶるのに夢中なっている今、その油断をついて最速で首を切る。

 

 「ハッ───!」

 

 魔剣をイヌティスの方へ飛ばし、足を踏み出して自分も奴の所まで一気に飛ぼうとするが──

 

 「予測通り来たな」

 

 イヌティスの背後から岩の刃が飛んでくる。

 

 「ぐっ!」

 

 「アニキッ!?」

 

 細く、長く、小さく、魔力反応も僅かなのに恐ろしい威力。

 しかもそのスピードは今の自分の目でも捉えて切るのがギリギリで、自分の体に何個か刺さりイヌティスに辿り着く前に倒れてしまう。

 そして同じ様にイヌティスの首を狙っていた魔剣達も弾き返された。

 

 (クソっ……ユウキが近くにいたら魔剣の破壊力が発揮できない!)

 

 魔剣の攻撃力があればイヌティスを倒す事はできるだろう。だが全力を出せばこの地域は焼け野原になる。

 自分は問題無いがユウキが死んでしまう為に、本気を出せないでいた。

 

 「偽物とはいえ勇者の剣を持っているのは厄介だ。魔王にとっても脅威になるそれは我が奪っておこう」

 

 地に伏せた自分に一歩一歩近づいてくるイヌティス。

 

 「……それでお前だが。今殺してしまうと本物の勇者がすぐに目覚めてしまうのでな、とりあえず勇者の剣で両腕両足を切りその上で封印しようと思うがどうだ? お前の無様な姿が楽しみでしょうがない」

 

 カイトの甘さに漬け込んだ人質作戦が、確実に自分を優位に立たせていると感じているイヌティスの顔は余裕に満ちていた。

 

 「試してみたがお前は甘いなぁ……。人質を取られただけでこうなるとは。こんなちっぽけな生命なぞすぐに捨てておけば良いというのに、やはり人間の弱さは弱者を捨てられるない所か……」

 

 そこから無様な自分を嘲笑うイヌティス。

 本来なら死闘を繰り広げる程の能力があるカイトを、弱点をついただけでこの失態を晒す間抜けさに愉悦を感じていた。

 

 

 

 (コイツを封印し、勇者の剣さえ回収すれば魔王様の支配が完璧になる事は間違いない。それをした後はこのうるさい子供を……ん?)

 

 

 

 

 そこでイヌティスは気づいた。

 

 さっきから静かになってるこの子供が何かをしようとしていると。

 

 

 目の前の偽物に意識が向いたせいで気付けなかった。

 

 コイツの体内から魔力が急激に上がっている事に。

 

 

 

 「貴様、一体なにを──!?」

 

 「アンタ、無駄に人見下しすぎなんだよ」

 

 

 

 突如ユウキの体が光り始めるが、それでもユウキは気にせず喋り続ける。

 ぶてぶてしい笑みを浮かべながら。

 

 

 

 ───俺達を舐めんなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 流石にこの場所全体を巻き込むほどではないが、ゼロ距離だ。イヌティスでも少しは怯むだろう。

 

 (ぬかった! だがこの程度の爆発どうという事は……!)

 

 爆発を食らってイヌティスは怯んだだけ。

 

 自分を犠牲にした爆発の代価にしては、あまりにも小さい。

 しかし目の前の男が相手なら……それで十分だった。

 

 「……チッ」

 

 「貴様!?」

 

 煙の中から勇者の剣を持ったカイトが現れた。

 光の魔力が殆どなくなって動きが鈍くなった今でも、音速の勢い。伊達に人類を守る人間としてやってきた訳ではない。

 

 (だが甘い!)

 

 だが相手だって腐っても魔王幹部。油断はしたがその能力は高い。

 音速で至近距離まで来ている相手に一度は反撃する事はできる。先程使った己最速の魔術をカイトの顔に向けて放つ。

 

 牽制に使った小さい刃ではない。

 あれより長くさらに鋭い、槍と化したそれでカイトの顔を貫通させようと送り出した。

 

 (貴様は近づきすぎた。それではこの魔術を避けられまい!)

 

 この距離だとカイトは避ける事はできないと、イヌティスは直撃を確信する。

 その予想通り、カイトは近づいてくる岩の槍に対応できず、回避をしないままでいた。

 

 そしてそのまま───

 

 

 

 ───あらかじめ顔の前に出していた腕に、岩の槍が食い込んだ。

 

 

 「貴様、腕を犠牲にするつもりで!?」

 

 人間は本能に弱い生き物だ。

 たとえそれが最善だと分かっていても、失う事を怖がって別の方法を取ってしまう。

 幾ら回復魔法が発達しているからって、痛みに恐れて別の行動をするはずだ。

 そんな愚かな行為を遥か昔にイヌティスは見てきた。

 

 

 確かにそれは正しい。イヌティスの考えはほとんど間違っていない。ただそれが人類全員が同じでは無いだけで。

 

 

 「死ね、幹部さんよ」

 

 

 そして目の前の男はそれに当てはまらなかっただけの話で。

 

 

 岩の刃は魔力で限界まで強化した腕に、刺さり貫通せずに止まった。腕は一時的に使えなくなったが問題ない。

 勢いはまだ残ったまま。

 

 勇者の剣を持っている生きた方の腕をイヌティスの首へ振りかざす。

 しかし綺麗に切ることはできない。

 

 光の魔力がほとんど無くなった為に真価をを発揮できない、鈍器の様な切れ味になった勇者の剣は、さっきの自分の腕の様に刺さるだけだった。

 

 「グッ……貴様!?」

 

 「…………」

 

 首に剣が刺さったままカイトと一緒に倒れ込むイヌティス。

 幹部はこの状態から抜け出そうと精一杯暴れる。自分の鉤爪をカイトの腕に何度も振るい、振るう度にカイトの血が溢れ出て腕が真っ赤に染まっていく。

 

 だが剣の力は弱まらない。どれだけ腕に傷を付けてもカイトは表情を少しも変えず、冷静に剣を首へと押し続けている。

 

 

 「力がだんだん弱まっているぞ、幹部さんよ」

 

 

 その言葉には嘲笑う様な見下した声も、歓喜の声もない。

 

 ただ静かな怒り。

 

 自分の失敗が招いた親友の危機と、親友を傷つけた目の前の敵を確実に殺すという怒りだけが、その言葉から表されていた。

 

 光の魔力を当てられたイヌティスは確実に弱くなっている。

 今は暴れているが、もう少しで物言わぬ屍と化すだろう。

 

 「ガッ、グッ!? ……貴様、呪ってやる。呪ってやるぞ。後悔させてや──」

 

 「黙れ」

 

 「ガァァァァア!!!??!!」

 

 しかしすぐに静かになると分かっていてもうるさいのはうるさい。

 苛ついているカイトは八つ当たりも兼ねて、魔剣達をイヌティスの両腕両脚に刺した。

 

 

 「き、さま。呪っ、てやっ……………………」

 

 

 これで腕が怪我することもなく、そしてあまりの痛さに声が弱まっていったイヌティスは、そのまま闇の粒子となってこの世を去った。

 

 

 魔王の幹部と光の魔力を扱う人類の強者達の戦い。

 

 

 本来なら大舞台でやる様な決戦は、歴史の外でひっそりと、そして呆気なく決着が着いた。

 

 

 

 

 

 

 「……ユウキ! すぐに治療する!」

 

 

 イヌティスの体が完全に消滅するのを見届けた後に、カイトは周りを見渡しながらユウキの名を呼ぶ。

 そしてユウキが見つかるのにそう時間は掛からなかった。さっき爆発した位置の近くで横たわっているのを見つけた。

 

 「さっすが、アニキ。魔王幹部も倒せたな……」

 

 イヌティスの隙を作る代わりに自分の体を犠牲にしたユウキは……体にそれなりの傷はあるものの、カイトの回復魔術で治療できる程度の怪我で済んでいた。

 

 「悪い、俺のミスでこんな事になってしまって」

 

 罪悪感に埋まりそうになりながらも、すぐ様回復魔術を施す。少し効き目が遅いが、確実にユウキの怪我が引いていくのを見て安堵した。

 

 「そんな顔、しないでくれよアニキ。アニキが、判断できたから、倒せたんだろ……?」

 

 「……ああ、そうだ。でもユウキも凄かったぞ。うまく魔力を調整出来てて」

 

 自分の事を気遣ってくれたユウキに対して、自分も一旦自分自身のことを責めるのをやめにした。

 

 「へへ……そりゃあアニキとたくさん冒険してきたし、何より、俺が死んじまったらアニキが悲しむだろ。そんな事絶対させないぜ」

 

 「そうだな」

 

 力強さを感じさせるユウキに、少しだけいつもの調子に戻ったカイトは静かに笑った。

 

 

 爆発したのにユウキが死なずに済んだ理由は簡単。

 彼が爆発する時の魔力量を上手に調整できたからだ。

 

 

 ユウキが人質になっている間に魔力を増幅させている事に気付いていたカイトは、こうなる事を予期していたが敢えて止めなかった。

 

 その魔力量からしてユウキに死ぬつもりは無いと理解したからだ。

 だからユウキが爆発しても驚く事なくすぐ様切りに行けた。

 

 ……こうならない様に一度爆発前に切りに行って、結局こうなってしまったのはやるせなさがあるが。

 

 

 そんな事を思っているカイトに対して、さっきとは反対に、申し訳なさそうな顔でユウキが話してきた。

 

 「でもゴメンアニキ。光の魔力、もう無いだろ……?」

 

 昨日の夜にカイトは後一回しか魔力が無いと言った。そしてその通り、今の幹部を倒すときに自分に残っていた光の魔力を全て使い切ってしまった。

 

 この状態で魔王と戦って勝つのはとてつもなく難しい。

 

 そう思っているユウキの考えは正しく、それを理解しているカイトは──

 

 

 「そうだな。だが問題ない」

 

 「え」

 

 あっけからんにそう言った。

 それもまったく心配して居ない顔であっさりとカイトはそう言ったのだ。

 厳しい返答が来ると思って居たユウキはその顔に、ちょっと間抜けな顔をしてしまう。

 

 「え、でも五分五分だって」

 

 「それは戦う事になったらの話だろ。俺は元々、魔王と戦うなんて危険な手段、取るつもりは無い」

 

 昨日は確かに五分五分だとは言った。だが何回も言っている様にそれは戦う前提の話で、カイトは元からそんな事をするつもりは無い。

 封印されて動け無い魔王に、慈悲なく全力で攻撃をぶちかます。それが当初からの作戦だ。

 

 「けど、魔王は復活してるんじゃ無いのか? イヌティスって野郎は生き返っちゃったし……」

 

 「それも無い」

 

 「え」

 

 続くユウキの疑問もあっさりと言い切る。

 

 確かに魔王幹部が復活したら魔王も復活するかと思うかもしれないが、カイトはゲーム内で復活した魔王の映像の事をよく覚えている。

 その記憶から復活していないと断言できた。

 

 「魔王は災害級だろ。つまりそこにいるだけで大きな影響を及ぼす存在なんだ。もし復活してたら、少ししか離れていないここにだって異常が来るさ。だから復活していない」

 

 ゲームだと物語の終盤らしく、空が暗闇に染まっていく演出があった。そして闇の魔力を感じた事のあるクレアは、魔王から遠く離れた所からでも異常なほどの闇の魔力を感じ取ったとも言っていた。

 しかしイヌティスが現れた今でも、空は何も変わっていないし、尋常じゃない量の闇の魔力も感じない。

 

 「後勇者の剣についてだが、確かに光の魔力が無いと確実性はない。けど封印されてる魔王に四大魔剣の全力を叩き込めばだいぶ弱まるはずだ。そうなればもし復活しても勇者の剣無しで勝てる」

 

 そう自信満々にカイトは言い切った。四大魔剣は災害級に迫るほどの力を持っている兵器とも言える。

 どういう経緯でそんな物が生まれたかまでは分からないが、旅の途中でそれ程の力がある事は確認済みだ。

 

 しかもこれが四つ揃えば、とてつもない奥義まで使えるときた物だから、勇者の剣無しでも頼もしい存在である。

 

 「そ、そうなんだ。……なんだ、てっきりヤバイモンだと思ってたぜ」

 

 「人類の存続が掛かっているからな。綱渡り状態は出来るだけ避けたい」

 

 心配していた問題が解消されたのか、肩の重みが消える様にホッとした表情をしたユウキ。

 そのユウキに「つまり」とカイトは付け足していく。

 

 「ユウキは大勢の人間を救った様なもんさ。イヌティスにされるがままだった俺に、お前は体を張って血路を見出してくれたんだからな」

 

 「……へへっ。アニキの親友だからな俺は」

 

 よくやったと、笑顔でそうはっきり告げた。それを聞いたユウキも嬉しそうに照れながら笑顔になる。

 

 「よし傷も治った。もう立てれるか?」

 

 「なん、とか」

 

 傷が完全に引いたのを見たカイトは回復魔術を止めて、ユウキは少しフラつきながらも一人で立つことが出来た。

 

 「よし。少しゆっくりでもいいからニルマに向かうぞ」

 

 「……おう」

 

 それを確認したカイトも自分に回復魔術を掛けながら、目的地の方へと先に歩き出していく。

 

 「ユウキ。とは言っても問題はある。倒す事はできるが、早くニルマに着かないといけなくなった」

 

 「そう、なのか?」

 

 ……さっき魔王を倒す事は問題無いと言ったが、イヌティスは別の問題を生み出してはいた。

 それは彼が発言したとある言葉にある。

 

 (実際に光の魔力の対に居るだけで、同じ性質を持つ闇の魔力は戻ってきた。か……)

 

 イヌティスは自分の復活が早くなった理由をそう答えていた。

 

 (そして自分は偽物だから、光の魔力を使いきれず闇の魔力を残してしまったとも言っていた)

 

 さらに早く復活した事の発端は、自分が光の魔力を扱えない偽物だからとも言った。

 

 この情報が事実なら嫌な事が浮き彫りになる。

 

 闇の魔力は光と同じ様に本来の主人へと戻る習性がある。

 イヌティスの場合はロイが魔力を盗んで、ロイは自分が倒した。

 

 偽物の自分がロイを倒したから、盗まれた魔力は元の主人へと戻ってイヌティスは早く復活することが出来たのだ。

 

 「イヌティスの言葉を信じるなら、俺が力不足だったせいで闇の魔力は残った。そしてそれが元の場所、つまりイヌティスの方へ行って復活が早くなったという事になる」

 

 こういう経緯でイヌティスがこっちに現れてきたのだが、一つ疑問が残る。

 

 「じゃあイヌティスを倒して残った闇の魔力は一体どこにいくのか……」

 

 当然死んだ者より格が上の方へと行くだろう。

 そうなれば魔王幹部の上は一人しか居ない。

 

 「……魔王だ。しかもイヌティスはそれで早く復活したと言ったから、魔王も早く復活するかもしれない」

 

 一ヶ月余裕を持って置いて良かったと、今までに無いほど早く魔剣を回収出来た事に感謝していた。

 まだ予測の範囲内だが、充分あり得る事だろう。しかし幸いな事に、最悪の事態にだけはなっていない。

 まだ未然に防げられるラインだ。

 復活が早まったとはいえ今では無い。少しでも早くニルマにつければ何とかなる。

 

 「まだ余裕はあるが、出来るだけ早めに行くぞ。ユウキ…………?」

 

 

 

 

 そう言ってカイトは違和感を感じた。

 

 

 

 

 

 さっきまで返事をしていたユウキの声が聞こえない。

 

 突然と嫌な予感が体を走る。衝動にかけられながらすぐ様後ろへ向けると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 傷が元通りになったまま、倒れているユウキの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 「───ユウキ!!!」

 

 

 

 

 急いで駆けつけて容態を見る。さっき回復魔術で治したはずの傷がいつの間にか戻っていた。

 ユウキの息も荒く、さっきの様に話すこともできない。

 

 (なんで魔術が効いていない。……そういえば人質にされている時から弱ってたな)

 

 あの時は傷でもつけられたから弱まっていると思ったが、よく見たら傷なんてどこにも付いていなかった。

 この異常事態をどうしようかと診察を続けると、見覚えのある力がユウキの中に潜んでいるのを感知した。

 

 「これは……闇の魔力?」

 

 そう、さっき倒したはずのイヌティスが持っている力と同じそれが、ユウキの体を駆け巡っていた。

 イヌティスがまだ死んでいなかったのか、周りを見渡すが奴の姿は見えない。やはり完全に消滅している。

 その時、イヌティスが死に際に放った言葉を思い出した。

 

 『き、さま。呪っ、てやっ……………………』

 

 (あいつ、まさか呪いを掛けていたのか……!)

 

 死に際にニヤリとしながら放ったあの顔。

 イヌティスはユウキに闇の魔術による強力な呪いを掛けていたのだ。恐らく症状からして回復魔法も効かず、傷がだんだんと深くなる様な魔術を。

 

 

 そして呪いを掛けたのはユウキだけでは無い。

 

 

 「……クソ、俺の体も重くなってきやがった!」

 

 カイトの体も突然、さっきの数倍ほどの疲れを感じ始めて視界もボヤけて来た。

 体もフラフラし始めるが、意識をしっかりしてそれらを食い止める。

 この様子だと、自分も呪われているらしい。

 

 「とにかく、呪いの治療をしないと……指輪で」

 

 うまく回らない頭で精一杯の対策をする。闇の魔力には結局、光の魔力をぶつけるのが一番だ。回復魔術が効かないとなったらそれしか無い。

 望みは薄いが、勇者の剣にはめられている指輪を外して、そのままユウキの指にはめる。

 

 指輪にも光の力は残っていたはずだ。唯一の希望に掛けてみるが……。

 

 (ダメだ、なんの変化もない)

 

 悲しいかな。カイトからは完全に光の魔力が消えてしまった。二年前にはカイトの体内に大量に残っていた光の魔力は、もうクレアの方へと戻りきっていたのだ。

 

 「ア、ニキ……」

 

 (クソ、体の傷が進行するばかりだ……!)

 

 苦しそうにしながらユウキは自分の名前を呼んでくる。カイトはそれを聞いてさらに焦りながら何かないかと模索していた。

 

 

 (他に何か方法は無いのか……!? 指輪以外に!)

 

 

 今まで蓄えてきた知識に解決策がないか知るために、過去を遡っていく。

 しかし、いくら遡って行っても闇の魔力に対抗できるのは光の魔力だけという事実。ゲームに無い話が出てくるとこうなってしまうのかと、自分の無力さをカイトは呪っていた。

 

 (昔から失敗ばかりだったな。聖女を助けた時も、自分が捕まりそうになったし)

 

 しまいには現実逃避に、失敗の過去を振り返っていく。

 

 聖女を助けた所から始まり、クレアの成長速度を見誤った事や、ドラゴンを仕留め損ねて自分が大怪我したことの思い出が濁流の如く流れていく。

 

 (なんならこの指輪だって、いくら洗脳魔法にかかってたとはいえ形が同じだから早く気づけばいいのに。あの時じゃなくて、もっと早く……)

 

 そしてドラゴンの次は、前世の記憶がハッキリと思い出した原点と言えるシーン。

 紙を持ったロイに違和感があるシーンをくっきりと思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (待てよ……指輪を付けていたロイと僕は何を話していた?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『そちらの手に持っている紙は……?』

 

 『ああ、これか』

 

 

 

 デジャヴとはこの事か。今重要な情報がこの思い出にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 『なるほど、私の勇者の光の力を使用した回復薬ですね』

 

 

 

 

 

 

 (そうだ、あの回復薬があった!)

 

 闇の魔力に対抗できる唯一の道具、勇者の力を使った回復薬の存在をカイトは思い出した。

 流石に量産までは行き着けなかったが、確か数個か試作品が作られていたはずだ。

 

 

 

 だが保管場所はヴァルハラ王国。今向かっているニルマから離れてしまう。

 

 

 

 それに可能性の話ではあるが、あのクレア達がいるかも知れない。

 

 

 そんな事が頭をよぎるがすぐに消し去る。

 

 

 (そんなの関係ない……! 絶対にユウキを救うんだ!)

 

 吐き気や傷から来る気だるさ、何もかもを気合いで吹き飛ばして、カイトはその場から全力で飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勇者に助けられた者

おかしい、このパートはこんなにも長くする予定はなかったのに……

元々10話ぐらいで終わらせるつもりが15話を超えそうな勢いです。


 

 「なぁ……平和だなぁ」

 

 「あぁ……平和だ」

 

 大きな門の前であくびをしながらそんな会話をする兵士達。

 街の入り口を警備する彼らの主な仕事は、犯罪者の様な危険な人間達と、魔物達の侵入を防ぐ事。

 

 ここを突破されるとすぐ後ろには大勢の人々が住んでいる場所だ。

 そんな大事な仕事を担当している人がこんな様子では、先行きが心配になるだろう。

 

 しかしこの約二年の間、魔物がほとんど現れなくなってしまい、そんな平和な時間をずっと過ごしていれば堕落するのは人間の常だ。

 

 二年より前だって多い訳ではなかったが、それなりの魔物がいた。

 だがある人物が登場した事によって、その魔物の数は着実に減っていき、いつしか一切出てこなくなったのだ。

 

 「こんなに平和になったのもクレア様のおかげだよなぁ。魔物達が減ったおかげで食料の収入も安定して、幸せな生活を送られる」

 

 

 その者の名は勇者クレア。

 

 

 約二年前から偽物に変わり光を持たない人類最強。『戦勇者』という称号を手に入れた最強の女性。

 

 

 彼女は、勇者の偽物であり魔王だったカイトを追う、魔王討伐隊に入隊してから大きな活躍をする様になった。

 ……厳密に言えば入隊前も活躍していたのだが、その時はヴァルハラ王国内の差別意識によって表には出ていなかった。

 今では認められて街で詩になるほど知られている。

 

 魔王カイトがヴァルハラ大陸を離れた事を知ってからは討伐隊を抜け、王国の支援を受けながらいろんな国や大陸を冒険し、そこで仲間と出会いながら魔王と死闘を繰り広げたという。

 

 「勇者様々だぜぇ……。ここは拠点周辺だから魔物もほとんど一掃してくださったし、それからは行商達も流通しやすくなって活気が出たもんだ」

 

 

 そしてここはヴァルハラ王国のヴァルハラ城下町門前。

 

 

 名前の通り、ここはヴァルハラ城と隣接している町だ。この門をくぐってそのまま真っ直ぐに行けば、遠くからでもよく見える巨大なヴァルハラ城へと着く。

 

 この兵士二人はその入り口でのどかに門番をしていたのだ。話していた片方の兵士が、また眠くなったのかあくびをする。

 

 「ふぁわ〜〜〜…………ん?」

 

 口の前に手を出して大きく息を吐いてると、冠にビチャッと何かがついた。

 すぐさま冠についた何かに、少しだけ手を触れると。

 

 「何が落ちて……うわぁ!?」

 

 「どうした!」

 

 突然大声を出した。

 

 手についたそれを見た兵士は、目を大きくして自分の手を見ていた。相方の兵士もその視線に釣られて、手の方を見ると赤い液体が付いているのが見えた。

 

 「血だと……?」

 

 平和になったこの辺りでは一切見る事がなくなった血。それが相方の兵士の手についていた。

 それだけでも異常だが、その血は上から降って来た事がさらに助長させる。

 

 「一体な───」

 

 

 

 

 一体何が。と言い切ろうと突然、上空で大きな衝撃が生まれた。

 

 

 「「!!」」

 

 咄嗟に上を向くとヴァルハラ城を囲っている、透明な壁が割れてガラス片が撒き散らしているのが見えた。

 その透明な壁の正体は、警備をしている二人なら分かる。空からやってきた魔物や魔術を弾き返すための強力な結界だ。

 人類の拠点の一つと言えるこの場所を、守る壁が突破された事を理解した二人は焦り出しながら、しかし次の行動へ出ていた。

 

 「お前、目がだいぶ良かったな!? 一体何が見えた!」

 

 一人の兵士が目に魔力を通して、空の結界を破った正体を探っていた。

 しかし様子がおかしい。この場所に攻めてきたのだから、てっきり万全な状態で来てると思ったのだが、傷だらけに見える。

 

 しかしその疑問はすぐに吹っ飛んだ。破壊した男の目を見て。

 

 「あれは……!」

 

 その目を見た男は、人生で一番切羽詰まった状態になっただろう。

 目の前で見せつけられた現実に、また被害を出させない為にも彼は精一杯のデカい声で後方へと伝えた。

 

 

 

 「すぐに王城と勇者様に報告しろ! 遂に魔王カイトがやってきたぞ!!!」

 

 

 

 

 彼が見た目は黄金に光っていた。

 

 

 

 

 

⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 「城の中に入ってきやがった!」

 

 (どこにあるんだ、回復の薬!?)

 

 空中の城壁を突き破ってからはそのまま、墜落する様に王城へと突っ込んでいった。

 壁の破片を撒き散らしながら大胆に侵入したカイトは、ユウキを前に抱えながら城の中を走っていく。

 

 (クソ……アイツの呪いが)

 

 片腕は使えないままで、傷は深くなるばかりの自分は余り周りを気にしていられない。

 応援を呼びにいった兵士や、騒ぎながら逃げて行くメイド達には目をくれず、自分の昔の記憶を辿りながら急ぐ。

 

 (遠回りする余裕もない、とことん突っ込む!)

 

 今の自分というよりユウキには、遠回りをする余裕がなかった。森の中で見た時よりもさらに息が荒くなって傷も悪化していくまま。

 

 弱体化しているとは言え、人間を超越しているカイトは、壁を突き破りながら目的地──『ロイの研究部屋』まで一直線に走り続けていた。

 

 壁を突き破るたびに痛みを感じるが、そんな事はどうでもいい。なんでもいいから早く着いてくれと願いながら、何度も壁を破壊した後、遂に研究部屋の前までたどり着いた。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 「……カイト様」

 

 しかし不幸な事に、その扉の前には一人のメイドが逃げ遅れていた。頭から流れて来る血が目に入って、目の前の光景が見えずらい。そのせいで誰かは分からないが、今は一刻も早くメイドの後ろにある扉を開けたかった。

 

 「邪魔だ、どけ──!?」

 

 そう言い切ろうとする直前、自分が壁を壊したせいで脆くなった天井が落下するのが見えた。

 

 しかもメイドの真上から。

 

 (ちくしょう! 目が悪すぎて気付くのが遅れた!!!)

 

 いつもならこんな事すぐに対処できる。だが何もかも弱りきっている今のカイトは、そんな事にさえ出遅れてしまった。

 

 「クソッ! 間に合えぇ!」

 

 「きゃっ!」

 

 余裕の無さから自然と出てしまう、汚い言葉を吐きながら全力で走り出す。爆発的な魔力を当てられたメイドは、その圧を当てられて怯む。

 

 

 自分がメイドの所に着くタイミングと、

 落下した天井がメイドに直撃するタイミングは同時。

 

 

 

 メイドをさらって天井の下をくぐり抜ける事もできない、あまりにも短すぎる時間。

 

 

 

 それを理解しながら突っ込んだ結果は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……助けてくれたのですか?」

 

 メイドさんの代わりに、上から落ちてきた天井を背中で受け止めて、何とか潰されるのを防ぎきった。

 

 とはいえ、今のカイトにはあまりにも重すぎるダメージだった。背中の骨は何個か折れて口からは大量の血が出てる。その表情も苦しそうだ。

 しかしメイドからはどこか、ユウキとメイドが無事である事を見て少し微笑んでいる様にも見えた。

 

 「さっさと行け……」

 

 「………………」

 

 自分は今魔王を演じている身だと気付く余裕もない。メイドさんからの質問を無視して、天井をどかしながら扉へと手をかける。

 

 

 

 そしてそのまま開けると──そこに勇者の回復の薬は存在しなかった。

 

 

 

 「なんで、勇者の回復の薬がないんだよ……?」

 

 

 

 偶然思い出す事が出来た唯一の希望だった。これがなければ今自分の腕の中で、弱りきっているこの子を救う事ができない。

 

 (結局、俺は偽物で……大切な人を救えないのかよ!!)

 

 心の中は怒りと絶望で染まり、その何ともいえない激情が身体中を駆け巡る。しかし体ば呪いでボロボロだ。

 感情というエネルギーはありながらも、救えないという虚しい結果に、カイトは力無く膝をつく。

 

 

 (あぁ、クソクソクソクソ!)

 

 

 自分が本物の勇者だったらどれだけよかった事か。本物の勇者なら劣化する事もなく、イヌティスとの戦いだってもっと上手に出来たはずだ。

 いやそれ以前に、ユウキをこんな目に合う事もなかった。

 

 

 

 怒りの後は後悔が彼の心の中を支配して行く。

 今まで心の支えにしていた物がプツッと切れて、身体中の力が抜けて行く。

 

 

 

 (ああダメだ。本当に何も出来ずに……)

 

 ああ、このまま終わるのだとカイトは察した。そのまま力が抜ける様に目の前の光景も段々と暗くなり……

 

 

 

 

 

 

 「カイト様、恐らくですが」

 

 言葉が聞こえる。暗い海の中から僅かに響いてきたその声に、カイトの意識は少しずつ戻って行く。

 

 「あなたが探している薬の場所を知っています」

 

 そしてその言葉でカイトの意識は、完全に覚醒した。

 

 「え……」

 

 それは今自分が一番欲しがっている言葉だ。

 しかし今までそんな都合がいい事が無かった彼は、それを聞いて最初に思い浮かべたのは困惑だった。

 

 「失礼します」

 

 誰かに肩を貸された。声が聞こえた方に顔を向けると、さっき助けたメイドが肩を貸してくれていたのだ。

 それでようやく顔が良く見えるほどの距離になって、カイトはその人が誰なのかが分かった。

 

 

 「君は……メイドさん」

 

 「私の事を覚えて頂きありがとうございます。勇者カイト様」

 

 自分が前世を思い出す原因となった、植木を落としてしまった女性だった。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 「このまま真っ直ぐに行けば、左手に目的地の場所です」

 

 「分かった。そこまで頼む」

 

 肩を貸してもらいながら、誰もいない城の廊下を歩く。

 メイドさんは自分を、自分はユウキを強い腕力で抱えてゆっくりと進んでいた。

 

 回復薬が移動していた理由は、メイドさんの説明によるとこうらしい。

 

 元々ロイ大臣が主軸で進めていた、勇者の回復薬の量産計画は、ロイ大臣が死亡した事で一旦白紙に戻ったようだ。

 実際その薬を作るのはとても難しく、城の中でもできるはロイ大臣だけだったらしい。ロイ大臣が居なくては誰も作れないから、中止になったわけだ。

 

 今は別の女性が、密かにその計画を引き継いだと噂されているが。あくまでそれは噂だ。

 

 元々貴重な薬である勇者の回復の薬は、ロイ大臣が居なくなってその貴重性はさらに上がった。

 その上、勇者の回復力は今までのカイトの無茶な戦い方で恐ろしい事は分かっていた。

 無くなった腕も、目も治してしまう、今までの回復ポーションとはかけ離れた力がある。

 

 

 ではこの勇者の回復薬は誰が使うべきなのか?

 

 

 今の人類代表であるクレアには、そんなかけ離れた治癒能力は無い。しかし聖女エリーナが仲間に加わった今、その問題もほとんど解消された。

 では使うべき対象は聖女エリーナが近くにおらず、なおかつ死んでしまったら人類に大打撃を与えてしまう人物にするべきだ。

 

 

 そこでヴァルハラ国王が出てくる。

 

 

 ヴァルハラ国は人類で最も栄えている国であり、その国を管理、安定させているのは国王の他ならない。

 

 勿論彼一人で全てをやっているわけでは無いが、人を指示する立場である彼が亡くなれば、ヴァルハラ国という組織は混乱するだろう。

 混乱=人類の滅亡の始まりと言ってもいい。

 

 だから誰かに盗まれる事のないように、保管する場所を移した訳だ。

 

 ならそんな機密情報を、メイドさんが知っているのは何故かと聞いてみたら。

 

 『聖女様が仲間になる前は、この薬を使う対象にクレア様も居ました。ただ、本人が大怪我をしていたら、取りに行けないので、信用できる人に場所だけ教えていつでも取りに行けるようにしていたのです。……詳細は分かりませんけど』

 

 話を聞けば、誰にこの情報を伝えるか会議をしていたら、クレアが彼女をご指名したらしい。

 なんと、自分が城から出て行った次の日に一緒に王様に対して無茶をして仲が良くなったそうだ。

 

 

 

 そんな会話をしながら歩き続けて、今に至る。

 

 

 

 「王様に怒鳴ったって、アイツらしいな」

 

 「懐かしい物です。その時も、この様に王様のところへと行きましたね」

 

 魔王討伐隊に入る時にあった話を聞いて、やると決めたら最後までやり通すその性格は変わっていなと、親友らしい話に小さく笑みを浮かべた。

 

 「カイト様も変わっていませんね。前と同じ様に助けて頂いて……」

 

 その隣でメイドさんも懐かしむ様に笑みを浮かべていた。

 

 「でも良いのか? こんな所を見られたら今度こそ首を切られかねないぞ」

 

 「それは大丈夫ですよ。魔王がもしやってきた時、ただの兵士達では戦いにもなりませんので避難を優先する事になってます」

 

 確かに、今まで歩いてて別の人を見かけないどころか足音も聞こえていない。

 

 「この時に呼ばれるクレア様も、運がいい事に今はヴァルハラ城から少し離れた所にいます。ここにやってくるまで時間は掛かるでしょう」

 

 「…………どうして、そこまでしてくれるんだ」

 

 研究部屋で声をかけてきた時に、カイトは罠を嵌めにきたのかと考えもした。

 だが彼女は嘘が得意では無かったし、今はメイドの情報だけが頼りだった。

 それに、彼女の真剣な眼差しを見てその疑惑も吹き飛んだ。

 

 だが疑問は残る。どうしても気になっていたカイトは問いかけていた。

 

 「簡単な事です。恩返しですよ。私はあなたに救われました。でもすぐ後に城を出てしまって、恩を返す事が出来なくて後悔していました」

 

 淡々と話すメイドさんに、カイトは黙って話を聞く。

 

 「それから二年してようやく会えたのです。どんな事情か分かりませんが、今のカイト様は昔とは変わっていない。ならこの後悔を無くすためにも、恩返ししようと思ったんです」

 

 「……人が良すぎないか? もし自分が危ない奴になってたらどうしたんだ」

 

 「大丈夫ですよ。そんな怪我をしてるのに人助けを優先するお人好しに、危ない人なんていません」

 

 「───」

 

 そうキッパリと笑顔で言われてしまった。

 

 この会話はさっきもした事がある。昨日の出来事なのに遠く感じる記憶が、今のメイドさんとダブった。

 

 「あぁ、ホント僕は恵まれてるな……」

 

 クレアにその両親。ユウキにメイドさんと沢山の人に助けられた。嫌なこともあったが、それと同時に大切で温かい思い出もある。そう耽っていたが─

 

 「それは違うと思います」

 

 「え」

 

 メイドさんがまたキッパリと断ってしまった。

 

 「私がこうしているのは、前にカイト様に救われたからです。だから今カイト様を助けているのは運ではなくて、カイト様が掴み取ったものだと思いますよ」

 

 「………………………………」

 

 そして力強くメイドさんはそう言い切った。カイトはその事に言葉を失う。

 少しの沈黙、カイトが驚いた表情をしていると、メイドさんは何かに気づき、だんだん顔を青くなっていく。

 

 「す、すみません! 私カイト様のこと何も知らないのに、こんなこと言ってしまって! ああ、また私失敗しちゃった!!」

 

 自分が今どんな事をしたのか理解したのだろう。カイトを他所にあたふたし始めたが。

 

 「いや、ありがとう」

 

 「……え、あ、はい」

 

 今度はカイトが優しい顔でそう言った。

 

 

 

 『あなたは運に恵まれただけの男ではない』

 

 沢山のミスはしてきたが

 

 『その行動に間違いはないのだと、あなたの手で掴み取った未来なんだ』とメイドさんは言ってくれた。

 

 今までの行動は無駄じゃなかったんだと励ましてくれた気がした。

 

 「メイドさんのお陰で、気持ちがだいぶ楽になれたよ。……ありがとう」

 

 思っている事は口にしていない。ただいきなり感謝を告げただけだ。しかしメイドさんはその言葉を聞いて。

 

 「……いえ、こちらこそ救っていただいてありがとうございました」

 

 笑顔でただ、そう返した。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 「ここです」

 

 カイト達は目的の場所へとたどり着いた。

 目の前には頑丈そうな大きな扉が一つ。大切な物を保管している場所だ。

 鍵で開ける様にしてあり、当然扉自体も魔法の鉄で頑丈に出来ている。少し強い武器程度で壊せそうにもないが……

 

 「かと言って鍵も持っていません。これは」

 

 「問題ない」

 

 次の瞬間。

 音を超えた速さで魔剣達が扉を切り刻み、紙のようにあっけなく切られた扉はそのまま奥へと倒れた。

 

 その光景に「すごい……」とメイドさんは呟く。だがカイトは貸された肩をどかし始めた。

 

 「じゃあ後は一人でいく」

 

 「え、いえダメです! 私も……」

 

 その続きは言えなかった。カイトが力を調整しながらメイドのお腹を殴ったからだ。

 

 「起きた時は、俺に脅されてやったと言え」

 

 気絶する前にそう言って、メイドさんを優しく受け止める。

 

 クレアにやった力任せのパンチでは無い。

 とある大陸で伝われている武術を応用した特殊なパンチだ。

 メイドさんはクレアと違って普通の人間だから、出来るだけ後遺症がない様に気絶させた。

 

 「……行くか」

 

 メイドさんを少し離れたところで横にさせ、ユウキを担ぎながら中へ入っていく。

 失いかけた意識も体力も、さっきのメイドさんと話したお陰で戻った(気がする)。

 

 

 

 「!」

 

 

 

 痛みに耐えながら全力で進み続けると、黄金に光る小さな瓶を見つける。見つけてからはさらに小走りでその光が見える方へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてようやく手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一つだけの勇者の回復の薬を。

 

 

 

 

 

 

 (おい、嘘だろ……嘘だろ!?)

 

 

 

 他にも無いかと探すが、黄金に光っているものは無い。確実に一つしかなかった。

 

 (……どうする)

 

 選択肢は二つだけ。

 

 ユウキに使うか、自分に使うか。

 

 一つの回復薬を半分にして使うのもダメだ。本来作られたことが奇跡に近いこの薬は、その量も遥かに少ない。

 そしてロイは、この量でやっと一人分の効果があると嘆いていたのを覚えている。

 

 

 

 今カイトは迫られていた。

 

 

 

 自分を捨てるか、ユウキを捨てるかを。

 

 

 ユウキを捨てるなんてもっての外だと、カイトは当然思う。だが自分の死を選んだら大きな問題がある。

 

 クレア達は魔王を倒せるのだろうか?

 

 今の実力ならクレア達でも魔王を倒す事は出来るかもしれない。

 だがそれはクレアが光の魔力を使いこなせる前提の話しだ。

 しかもその条件をクリアしていたとしても、倒せるだろう。ではなく倒せるかもしれないと言う段階だ。

 自分が先に戦って、弱った魔王と戦わせるのはいい。だが自分が死んだらそんな事は当然出来ない。

 

 今のクレアとその仲間達なら誰一人欠ける事なく魔王を倒す事ができる────そう簡単に信じられないほど不安要素が多すぎた。

 最悪、負ける可能性だってある。そしてクレアが負けると言う事は人類の滅亡だ。

 

 

 (でもこの答えは分かっている。自分に使うべきなんだと)

 

 

 だが今悩んでいるのは、個人の感情があるからだ。ユウキを救ったとしても人類が救われない可能性は高い。

 極論、個人の感情なんて捨てれば簡単な話なのだ。

 

 

 しかし、

 

 

 (ユウキを捨てられるわけないだろ!)

 

 

 カイトは決断出来なかった。

 カイトの頭の中にはユウキとの思い出が流れていく。どれも楽しい思い出で、独りぼっちでやるはずだった旅がこんなに温かい思い出に変わったのはユウキのお陰だった。

 

 そんな親友を捨てたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが人生は迷っている間でも、容赦なく次の問題が現れると言うもの。

 

 

 「!」

 

 

 反射的に魔剣達を十字に、自分の真横へと展開する。

 

 

 その直後、その先から壁を貫通して、何重もの斬撃が飛び出してきた。

 

 「グッ!?」

 

 魔剣達では防ぎきれなかった衝撃がカイト達に襲い、そのまま保管室から吹き飛ばされていく。

 

 漏れた衝撃だけで数十メートルは吹き飛ばされる威力。こんな馬鹿げた力を持っている人は、一人しかいないと相手を瞬時に理解したカイトはそのまま逃げようとする。

 

 ヴァルハラ城の外側へと吹き飛ばされている今が、唯一の脱出のチャンスだ。

 

 (風よ──来い!)

 

 今度は風の魔術で生み出した衝撃波を自分に当てて、そのまま外へ出ようとした。

 だが自分が思い描いた風は来ない。本来さらに上へさらに外側へと飛ばすはずだった風は、全く別の方向へとカイトを飛ばしてしまう。

 

 (呪いのせいで上手く調整できない!)

 

 呪いと傷が深すぎる今の自分では、そんな繊細な事はできず、目的の進路から大きく離れてしまう。

 そのまま落ちていき、カイトが見た先にはどこかの建物の屋根だった。

 

 (危ない!!!)

 

 瞬時に判断したカイトは、思いっきり真横から風の衝撃波をぶつける。そうする事によって墜落する場所は家の屋根から、人の交流が多くて広い道路へと変わった。

 

 「きゃあ!?」

 「おいおい、空から人が落ちてきたぞ!!」

 「あいつ……子供を抱えているぞ」

 

 大きな砂埃を立てて落ちたカイトの痛みはとてつも無い。だがそれでも、ユウキは腕の中でしっかり守り切った。

 勇者の回復の薬も一緒に。

 

 (早く、転移道具を!)

 

 周りでどよめいている住民がいるが、今はそんな事どうでも良い。

 

 今一番会ってはいけない人物がもう少しでくる。それに会わないためにも、行き先がニルマでは無いどこかの転移道具を取り出して──

 

 

 

 「待ちなさい魔王カイト。少しでも、攻撃する仕草をしたらその腕を切るわよ」

 

 

 

 

 使うには遅すぎた。

 

 

 

 

 カイトが前に着ていた白銀に輝く鎧。

 片手には無心の剣を持っていて、なびかさる白色の髪はいつものように美しかった。

 

 

 

 残酷なまでに。

 

 

 

 片方は血だらけでぼろぼろ、もう片方はどこまで行って美しい。

 

 一歩ずつ死へと歩き出しているユウキを見ていた目線を、目の前に立っている人を見ようとカイトは上げる。

 

 出来れば自分の予想は、こんな残酷な現実はあってほしくは無いと願いながら。

 

 

 

 その願いはすぐに壊されるが。

 

 

 

 

 

 

 「勇者……クレア」

 

 

 

 

 

 

 そこには、二年前より遥かに逞しくなった勇者クレアがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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トロッコ問題

まず最初にこの小説を短編から連載へ戻しました。
前から一話完結では無い為短編では無いと、
指摘を受けましたが一度変更したものをまた戻してもいいかな? という悩みで変えるのを戸惑っていました。
ただ改めて振り返るとあまりにも小さい悩みだったので今回戻すことにしました。
自分の悩みで読者さんを振り回して申し訳ありません。またになってしまいますが、それでも良かったらこの物語をお楽しみください。



+注意



今までも暗い話がありましたが、今回はそれよりもキツイ上に憂鬱要素も入っているので、それが嫌な方はブラウザバックです!





 

 「戦勇者様がなぜここに?」

 「空から落ちてきた男は誰なの? 血だらけになってるじゃない!」

 「それより今魔王カイトって……」

 

 (あぁ……本当に最悪だ)

 

 周りの住民がざわついている中、カイトは静かに佇んでいた。

 だが周りの声なんて今のカイトには聴こえてなんかいない。少しでも目を離せば、目の前の死神が何をするのか分からないからだ。

 

 「…………」

 

 二年前より魔力も覚悟もさらに成長したクレアは、剣をこちらに向けながら静かに佇んでいる。

 剣を抜いてから動いていないが一切の隙間が無い。

 

 その反対にこっちは、既にぎりぎりだ。息は切れる寸前で、体がぐらぐらと揺れているように感じて、景色もも何重に見えて物がはっきりと見えない。

 だが精一杯の力を出して、なんとか立ち上がろうとする。

 

 (……力が入らないか)

 

 しかし立ち上がろうとするだけで精一杯、いやこれすらも出来ない。今の自分ではクレアどころか、そこら辺にいる兵士にだって負けるだろう。

 

 その間クレアはこちらを警戒しているのか、何も仕掛けてこない。まさか彼女も、今の自分は一般人並みまで力が落ちているとは思ってもいないだろう。

 

 「あんた、その怪我どうしたの。さっきの攻撃だっていつものあんたなら簡単に防げたでしょうに」

 

 「いろいろと、こっちも事情があるんだよ」

 

 「……それはこっちも同じよ。あんたが勝手に使ってるその体。どうにかして本来の持ち主に戻してもらうわよ。まだ諦めていないんだから」

 

 こちらを見る目はいつものように冷たい。だがその視線の鋭さは二年前よりも増していた。彼女も僕と戦いながら成長しているというわけだ。

 カイトの、苦しみながらの強烈な視線と彼女の冷えた視線がぶつかり合うまま、二人とも動かない。

 

 「グフっ……!?」

 

 「……?」

 

 そんな風に睨み合いが続いていくと思ったが、それよりも前に自分の体が持ちそうに無かった。

 体から突如溢れる嘔吐感から口から吐き出してしまう。胃の中からの逆流した汚物だけでなく、黒く濁ってしまった血まで混じって出ていた。

 

 (……なんとかユウキに掛けずに済んだな、良かった)

 

 (様子がおかしい。いつもみたいな余裕はどこにいったの?)

 

 (こんな事している場合じゃ無い、早く転移道具を使わないと……)

 

 すぐにここから逃げ出したい所だが、目の前のクレアがそれを許してくれない。

 

 (少しの時間だけでも良い。この手に持っている結晶を壊せる時間さえあればユウキを救えるんだ!)

 

 

 

 だが現実はそう甘くは無かった。

 

 

 

 「なぁ、アイツの目……黄金の目じゃないか?」

 

 対峙している二人を他所に、外野の住民がカイトの目の方へに指を刺す。それが聞こえた他の住民達も、指の先にあるカイトの目を見て驚く。

 

 

 

 「本当だ……」

 「じゃあ本当にアイツは魔王で、戦勇者様はそれを退治しに来たのか?」

 

 

 

 それが波紋のように広がっていき、住民達の声は困惑から驚きへと変わっていった。そして変わるのは声だけではなく、彼らの視線も同じだ。

 

 目の前に立っている血だらけの男は魔王。

 ならその下で倒れている子供は一体誰かと。

 

 「なあ、あいつ俺見たことがあるぞ……!」

 

 誰かがそう言った。

 その通り、下で転んでいる子供にも住民達には見覚えがあった。

 

 魔王カイトと共に行動し時には彼を助ける、人間でいながら魔物達を助ける人類の裏切り者だったと。

 

 

 

 「あの子供、確か魔王の下について人を襲ったりするって言う……!?」

 「人を殺したって噂もある!」

 

 

 

 身も蓋も無い噂を一人が叫ぶと、それに続いて別の人がまた別の噂を叫んでいく。

 それが連続して驚きの空気からカイト達を責める空気へと変貌して、ついにはカイト達にとってさらに悪い空気へと移り変わってしまう。

 

 「ヤベェぞ! 早く殺さないとここも危ない!」

 

 普通なら魔王が出てきた時点で住民達は逃げただろう。

 しかし目の前の魔王は見てみると今にでも倒れそうなほど衰弱している。それにこの男が対峙しているのは人類最強の戦勇者だ。

 

 彼女がいれば安心だ。

 

 この状況から生まれた、自分達は安全だという勘違いに等しい発想が彼らを攻撃的にする。

 

 それだけでは無い。

 

 この住民達は二年前より昔から魔物達に苦しめられた人達だ。

 魔物のせいで農作物が取れずに食生活で苦しめられ、住んでいた家を壊され、中には大切な人を奪われた人もいる。

 

 

 自分達が優位だと思わせる空気。

 

 

 そして魔王という概念に対する憎悪が混じった結果。

 

 

 最悪の空気が生まれてしまった。

 

 

 

 「戦勇者様! そいつらを殺してください!」

 「そうだそうだ! その子供も殺してしまえぇ!」

 「この人類の裏切り者がぁ! 天罰を受けろぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

  「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供を奪われた者、妻を奪われた者、親友を奪われた者達の怨念が、声となってカイト達へ襲い掛かる。

 住民達の対象は魔王カイトから、その仲間である子供まで及び、そしてその攻撃性はだんだんエスカレートして行く。

 

 (あぁ……僕はともかく、ユウキまで許してくれなさそうだな……)

 

 暴言を吐かれているカイトは、力を失いつつあり何も言い返せない。

 

 だがチャンスは生まれていた。

 

 「待ちなさい、その子にはまだ洗脳の疑惑があるのよ!」

 

 勇者クレアだ。

 そう言ったのは彼女の優しさもあるが、彼女は住民達と違って、事が起こった現場で直接目を見た人物でもある。

 

 住民達の新聞からしか得ていない断片的な情報より、遥かに正確な情報を持っている彼女は、カイトの手の上で踊らされている部分もあるが、今の状況をカイト達を除いて一番理解していた。

 

 新聞でカイト達の事を「魔王」「人類の敵」と書かれた情報しか知らない、住民のカイト達への印象と、

 実際に戦ってカイトの事を魔王と思いながらも、どこか違和感を感じていたクレアの印象のギャップが隙を作っていた。

 

 (この状況にした奴らに、救われるなんて皮肉が効いてんな……)

 

 どこか他人事になったカイトも、いい加減悩むのをやめて決断している。

 

 

 

 どちらを救い、どちらを捨てるか。

 

 

 

 (……ユウキ、今助けるからな)

 

 カイトはもう人類の事情なんか知るかと言わんばかりに、自分の事情を優先させることにした。

 

 よく考えれば今の状況は自分にとって好都合だ。

 

 今の自分とユウキには、力を失いサビだらけになってしまった勇者の剣と、その剣にはめる指輪がある。

 さらに目の前にはそれらの本来の持ち主である、本物の勇者クレア。

 

 そして今の自分は堕落するところまで堕落し切った魔王役だ。

 

 

 

 

 例えここで殺されてもなんの違和感もなく剣を渡せる。

 

 

 

 

 

 (それに僕はどう転んでも後少ししか生きられないしな……)

 

 

 

 

 

 なら後はユウキも殺そうという雰囲気をどうにか切り返して、魔王だけ殺そうという雰囲気にする問題だが……

 

 (そんなの、二年前のアレをもう一度すればいいだけだ)

 

 今の自分は今までの演技が功を成して、これまでにないほどの悪役に堕ちきっている。

 それなら悪役は悪役らしく無様な退場をするのが定めだ。

 

 そう決断して、最後の全力を出して立ちあがろうとした。

 

 

 だが誰かに腕を掴まれる。

 

 

 視線を下に戻すと、ユウキは苦しみながら何かを話していた。

 もう声を出すほどの力さえ無く、発音せずにゆっくりと口を動かしただけだったが、カイトは何を言ったのか分かり切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 『にげて』

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと口を動かすだけでも相当な苦労だろう。それでもカイトが今やろうとした事に気づいて、痛みに、今でも落ちそうな意識に、抗って全力で止めてきたのだ。

 

 

 自分よりアニキの方が生きてほしいと。

 

 

 (…………ごめん。それでも僕はユウキの事を裏切る。僕は自分より、君の方が生きてほしい)

 

 しかしそれはカイトにもいえたことだ。

 

 自分よりユウキの方が生きてほしい、この自分より大切な人を優先する気持ちは、両者共に強く持っていた。

 

 (…………)

 

 掴んできた腕を優しく振り解いて、今度こそカイトは立ち上がる。

 

 

 「おい、魔王が立ち上がったぞ!?」

 

 

 それを見ていた住民の誰かがそう叫ぶ。勇者クレアと口論していた住民達も、一斉に視線をカイトの方へと移して、その立ち上がった姿に恐れ驚いた。

 

 (よし、しっかりこっちを見ているな)

 

 その住民達の姿に、心の中で笑みを浮かべながら次の行動に移す。

 

 「待ちなさい魔王カイト! 次動けはその首を切り落とします!!!」

 

 (さぁーて……僕の人生最後の大芝居。……やってやるか!)

 

 

 そうして自分は精一杯の力で片足を上げて────

 

 

 「待ちなさいって!」

 

 (ごめん、ユウキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキの体を踏みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前のせいで……!」

 

 「……な!?」

 

 

 弱体化しまくった今の自分の全力で、ユウキの体を何回も踏みつける。

 

 

 「お前のせいでこうなったんだ!」

 

 

 魔王の演技など気にする余裕は無い。

 突然起こしたカイトの行動に、勇者クレアを含めた周りは呆然となる。

 

 

 自然と表情が悲しくなるが、それは良く無い事だ。僕は今、容赦ない最低最悪の魔王を演じなければいけない。

 

 

 今の僕は怒りいっぱいの顔にならなければ。

 

 

 「親を亡くし、組織に操られた哀れなお前を……」

 

 

 呆然する周りのことをお構い無しに、僕は思いっきり踏み続ける。

 

 

 心の大切な何かが壊れていくのを感じたが、その足を緩めてはいけない。僕は無様な魔王でユウキは哀れな子供にしないと。

 

 

 「操って手駒にした時から、何もかも上手くいかなかった!」

 

 

 真実も混ぜながら嘘のストーリーを語る。

 ユウキと過ごした記憶が頭を通り過ぎながらも、何度も、何度も、容赦なく踏み続ける。

 

 踏むたびに何かが壊れていくのを感じる。

 

 踏むたびに心がとても苦しくなる。

 

 それでも止めてはいけない。こんな事になってしまった一因は自分にもある。

 絶対にユウキを救うために、この足を止めてはいけない。

 

 

 

 

 

 するとユウキは、痛みつけられながらも僕に手を伸ばしてきてくれた。

 

 

 

 またさっきと同じように、さっきよりも遅く口を動かしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『にげて、アニキ』

 

 

 「……!」

 

 

 まだこんな仕打ちにされても、ユウキは僕の事を諦めない。

 その可哀想なほどの優しさに僕は、足が止まりかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ダメだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが差し伸べてくれた手を僕は容赦なく蹴った。

 

 そこにはもう、無様な魔王と哀れな子供がいるだけだった。

 

 

 「お前なんかいらない!!! 死んじ───」

 

 

 そしてもう一度踏みつけようとして──

 

 

 

 「やめろぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

 勇者クレアがこれまでにないほどの怒りで突撃してきた。

 無心の剣を一瞬で構え、一瞬で離れた距離を縮ませて、魔王カイトに横に一閃、剣を振るおうとした。

 

 

 

 カイトはまだ魔王に乗っ取られているだけかもしれない。

 だが目の前にいる子供を死なせるわけには行かなかった。

 

 

 

 だから確実に仕留めるつもりで一閃放った。

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 (え……?)

 

 

 クレアは僅かに剣を持つ手を緩めてしまう。

 

 

 

 

 (なんでアンタ、泣いてるのよ……?)

 

 

 

 

 みっともない程に泣いた、カイトの顔を見て。

 

 

 

 疑問は生まれた。だがいくら緩んだ手とはいえ、恐ろしいスピードで放たれた剣は止まらなかった。

 

 

 

 緩んだ手で変わったのは、カイトに当たる位置だけ。

 

 

 

 両手首を切るはずだったその一閃は、僅かに下がり、転移道具を持つ両手へと変わる。

 当たった剣の攻撃の衝撃は、既に立つ力さえ失いかけてたカイトを飛ばすには簡単だった。

 

 そしてそのまま放たれた剣筋は転移道具を壊し、光が生まれる。

 

 

 

 

 突然現れた転移の光はカイトだけを巻き込んで、光と共にカイトは消えてしまった。

 

 

 

 

 

 刹那の出来事に周りは反応に遅れて静かだった。

 しかし段々と、戦勇者クレアが魔王カイトを倒したのだと住民達が理解し始めて騒ぎ始める。

 

 「やったぞ! さすが戦勇者様だ!」

 「魔王は消えた、これで世界は平和だぞ!」

 「誰かあの子を治療しろ、すごい傷だそ!!」

 

 人類の敵を倒した事実は大勢の人々をお祭り気分にさせていた。

 

 

 

 (何で……?)

 

 

 

 魔王を倒したはずの勇者を除いて。

 あの時見せた表情が忘れられない。自分は恐ろしい間違いをしてしまったのではないかと、心の中は後悔が広がっていた。

 

 このなんとも言えない気持ちは彼女を苦しませる。何でこうなっているのか自分では分からない。

 確かにカイトを乗っ取った魔王から救うことは出来なかった。でも子供の為に自分が覚悟して決めた事だ。

 

 それなら訳の分からない後悔は生まれないはずだ。

 一体何が──

 

 

 (しまった!)

 

 

 そこまで考えてクレアはようやく気づいた。自分は元々何の為に魔王と対峙したかを。

 

 もしかしたら魔王と一緒に転移してしまったかもしれない。そんな最悪な事が頭をよぎるが。

 

 

 「回復の薬が、ある……?」

 

 

 近くの地面に落ちていた。

 

 

 それだけでは無い、近くには勇者の剣だってある。

 

 

 「……一体何よ、この感じ。本当に何なのよ……!」

 

 

 その悲鳴とも取れる叫びは住民達の明るい声にかき消される。

 

 本来なら喜ぶべきだろう状況だが、あまりにも都合が良い展開にクレアはただ八つ当たりするように、自分の腕を強く握るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 あれだけ晴れやかだった天気も、今は曇っていて雨が降りそうだ。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 (ああ、何とか、うまくいけた……)

 

 

 雨が降り始めたどこなのかも分からない森の中、カイトは地ベタを張っていた。

 

 さっきの演技で足は動かなくなり、手の動きを鈍くなっていた。

 どうにか頑張って進もうとするが、片腕が動かなくなり、スピードも下がる。

 目もほとんど見えなくなり、息も碌にできなくなっている。

 

 

 彼が今動けているのは、まだ残っている強い感情がそうさせているだけで、今生きているのも奇跡に近い。

 

 

 (ユウキ、大丈夫かなぁ。きっと起きたら泣くだろうなぁ……)

 

 だがカイトはそんな状態になっても、他人の心配をし続けていた。それは自分がもう死ぬんだと理解しているから。

 ある意味クレア以上に、長い時間を過ごした彼の心情を気にする。

 

 (本当は、もっと一緒に過ごしたかったけど……)

 

 意識が段々重くなる。体全体が動かなくなり心臓の音もゆっくりになっていく。雨の音も遠くなっていき、ああもう終わりかとカイトは実感した。

 

 心は相変わらず後悔で埋まりながら、頭は過去の思い出が次々と脳裏に映し出されていく。

 

 

 

 『友達になりましょう』

 

 

 

 

 初めてクレアと出会った事を思い出した。

 

 

 (……そうだ、前から言いたいことあったんだ)

 

 

 だがいつか言おうとして、時間が流れていくだけで

ついには言えなかった。

 

 それがカイトが思い出した、最後の後悔。

 

 

 

 

 

 (好きだって言えばよかったな……)

 

 

 

 

 その思いを最後に、目から光が消えて心臓の音も止まって、彼は物言わぬ屍となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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問答

お待たせしましたぁ!

今回は多めデェス!


 

 

 

 

 「アニキ……?」

 

 

 

 

 悪夢を見た気がする。

 

 

 

 

 

 ユウキが目を醒めると知らない天井が見えた。

 

 (あれ……俺、どうしてたんだっけ?)

 

 自分の渾身の自爆をしたおかげでイヌティスがユウキに敗れ、その後治療を受けたのは覚えている。

 そして傷は完治し……また浮き始めた所で記憶が朦朧としていた。

 

 (わかんねぇ。とにかくここは何処なんだ……ん?)

 

 自分の傷を確かめる為に体を触りながら、場所の情報を知ろうと周りを見渡すと一人のメイドと目が合った。

 

 「「あ」」

 

 重なる一声。それが妙に恥ずかしかったのか両方とも沈黙してしまう。

 ちょっとした無音の時間、先に話し始めたのはこの空気に耐えられなくなったユウキだった。

 

 「えっーと、ここって──」

 

 「お、起きたのね!? 少しここで待っていて!」

 

 「…………」

 

 質問を遮ったメイドはあわてながら、バタンと大きな音を立てて部屋を出ていく。

 自分の質問は? と思うユウキだが、答えてくれる相手が居なくなった為、微妙な気持ちになりながらも仕方が無いと割り切った。

 

 僅かながら大きな声を出していたメイドさんが去っていき、嵐が過ぎ去ったような静けさが戻る。

 

 

 「ここは治療室ね」

 

 

 ことは無かった。

 

 よく見たら自分のベットの隣で、自分と同じくらいの女の子がさっきの質問に答えてくれた。

 

 「お前は……」

 

 その女の子にユウキは覚えがある。

 

 白をメインにした回復術師の戦闘服を、派手にしたような物を着ていて、その穏やかな白とは反対に、真っ赤な髪の毛に真っ赤な目をした女の子。

 

 その無表情な顔を見ると、カイトと一緒に旅をしていたユウキには嫌でも思い出してしまう相手だ。

 

 

 「エリーナ……」

 

 

 聖女エリーナ。

 

 

 彼女は知らないがカイトによって救われた一人である。その聖女の名前を呼ばれた彼女だが、特に反応することなく話し続ける。

 

 「ここはロイ大臣様が使っていた部屋よ。カイトが何か怪我をするときに治療に使っていた部屋。そう、魔王と名乗る前のカイトが使われていた──」

 

 「アニキは魔王じゃねぇ!」

 

 魔王という単語に強く反応するユウキに、エリーナは目を丸くして静かに驚く。

 だがその表情もすぐに消え、逆にこちらを疑うような視線を送ってきた。

 

 (ちょっと息苦しくなりやがった……!)

 

 それと同時に彼女からくる圧も強くなる。

 

 いくら攻撃が不得意だからと言って、人類代表の一人である彼女は強い。それこそ、野原にいる普通の魔物なら気絶しそうなほどの圧を出すほどに。

 さすがは勇者のパーティーにいる聖女だとユウキは思う。

 

 そんな事を思っているユウキとは反対に、エリーナはさっきの言葉で気になった事を返してくる。

 

 「ならなんで彼は魔王と名乗ったの? 確かに黄金の目は魔王の証と言えるけど、あくまでそういう言い伝えがあるだけ。もし彼が魔王では無いとしたら、一度くらいは否定しているはず」

 

 彼女の疑問は最もだとユウキは思った。だがそれは裏の事情を知らないから言えることでもある。

 過酷な旅をしてきたユウキは、圧を受けながらもそう考える余裕があった。

 

 少し気が押されそうだが反論しようとして──

 

 「こらエリーナ。無意識に圧をかけてるわよ」

 

 メイドが出て行った扉から、甲高い声と共に鎧を着た女性が入って来た。

 

 「あ、すみませんクレア様」

 

 入ってきた戦勇者に聖女は間を入れることなく、席を立って素早く謝罪する。意識が彼女の方へ行ったので解放されたユウキは軽く息を吐いた。

 だがクレアを見てユウキは真っ先に聞くべき事を思い出す。

 

 

 カイトがどうなったか。

 

 

 「あんたは確か、戦勇者のクレアだよな!? なぁ、アニ、カイトはどうなったんだ!?」

 

 

 

 「……恐らく死んだわ」

 

 

 

 視線を離さず彼女はそう言った。

 

 「────」

 

 その返答にユウキは言葉を失う。

 

 しかし心のどこかで分かっていたことではあったのだ。

 

 自分が覚えている最後の記憶は手を伸ばすところまで。カイトがユウキの為に自分の事を犠牲にすると分かった瞬間、力一杯手を出した。

 一度は離されても、もう一度頑張って伸ばした。

 

 その後の所から記憶が全くない。もうユウキの体に限界がきて意識を失ったのだろう。

 そして目が覚めたときに必ず隣にいるはずの、彼が見えなかった時から、この答えなんだろうと理解していた。

 

 「あなた、カイトと仲が良かったようね」

 

 そんな絶望の淵にいるユウキにクレアはそう声を掛けた。恨めしそうにクレアの顔を見ると、彼女も疲れと悲しみが混じった顔をしていた。

 

 「……なんでそう思うんだよ?」

 

 「そりゃあ、あんた泣いてるからよ」

 

 ユウキは自分のほっぺをそっと触る。そしたら確かに肌の上に水の感触があった。

 

 (やっぱり、アニキは……)

 

 それを感じて自分はようやくこれが現実なんだと実感してしまう。そうなってからは涙は止まらなくなった。

 

 泣いて泣いて泣いて、声にもならない程に泣く。

 

 その姿にはさっきまで圧をかけていたエリーナも、クレアも静かに見届けるだけだった。

 この部屋に響くのは壁時計の音と、小さい男の子の泣き声だけ。

 

 

 

 「……はぁ」

 

 そして数十秒経ってからユウキはため息をついて、瞳から哀しみを引っ込めて、もう一度強くクレアに目を向けた。

 

 「もう泣くのはいいの? 感情を吐き出す時間は貴重よ、泣けるだけ泣いときなさいな」

 

 「もう必要なだけ泣いた。それよりアンタは用事があってここに来たんだろ?」

 

 「……何も恨み言を言わないのね、私がカイトを殺したみたいな物なのに」

 

 「アンタはアンタの役目を果たしただけだし、もういい。……それに俺にはアニキから頼まれたことがある。恨みよりそっちの方が先だ」

 

 その言葉にクレアの目が一瞬開いた。

 それがトリガーになったのか、何かを覚悟するかの様にゆっくり瞼を下げて、大きくため息をつく。

 

 「カイトは恵まれた相棒に出会えたようね……」

 

 そして瞳を上げた彼女の目もまた、力強い物へと変わっている。

 

 「…………」

 

 「分かったわ。私も過去の失敗ばかりに目を向けてばかりではいられないわね。さっきのは質問でいいのかしら? その答えははいよ。と言ってもこの前わかった所だけど」

 

 そう言いながら背中にかけている錆びた鞘を取り出して、ゆうきの前でその中に眠っている剣を抜き取った。

 そしてその剣をユウキ達に見せつける。

 

 「あなたを助ける為の演技をして逃げた時、カイトは勇者の回復の薬とこの勇者の剣をわざと置いていった」

 

 「その、ボロボロの剣が……?」

 

 しかしクレアが抜いた剣は、カイトが使っていた光り輝く剣とは似ても似つかない。そのあまりにもの違いにエリーナは声に出すほど困惑している。

 クレアが言ったこの勇者の剣はボロボロになっていて黒く澱んでいた。

 

 「私の考えだけど。どういう理由か勇者の回復の薬が必要になったあなた達は、ヴァルハラ王城へ来た。けど薬は一つしかないからそれをユウキに使わせるよう差し向けて、なおかつこの剣を置いた……どう?」

 

 その質問にユウキは頷く。

 しかしクレアの予想は当たったがその本人は不可解な顔をしていた。

 その錆切った剣を見つめながら。

 

 「そう、ならこの剣を置いて行った理由は分かる? 今の状態じゃあ木もろくに切れないわ」

 

 「理由というか戻し方を知ってるけど、その前にさっきの質問、教えてくれないか?」

 

 クレアの質問は当然であるとユウキは思い、同時にその戻し方を知っているユウキは、いつでも行えるものだと分かっている。

 だからこそさっきから気になっていた事を聞いた。

 

 「えぇ、アナタから先に質問していたわね。じゃあ先にその理由を──」

 

 『待ってくださいメイドさん! ここは今戦勇者様がいるんですよ!』

 

 大きな声がクレアの声を遮った。

 声の発生源は部屋にいる人達では無く、さっきメイドが出て行った扉から。

 

 『魔王と一緒にいた子供と大切な話をしているんです! それを邪魔したら──』

 

 『私はその戦勇者様に呼ばれたんです!』

 

 門番をしている男二人の困惑声に、それよりもデカく明るく話す一人の女性の声がここまで響いて来た。

 

 「ごめんなさい。さっきの質問だけど、彼女が入ってからでもいいかしら……何やってんのよアイツ」

 

 怪我人がいる部屋の前で一体誰が騒いでいるのかと思っていたが、最後の女性の声を聞いた瞬間にクレアは呆れ顔になる。

 

 後最後は小声で言っていたが、人類の上位に位置するユウキ達には丸聞こえだった。

 

 「……おう」

 

 「……ありがとう」

 

 そのさっきとはまた違った、疲れた感じを出すクレアに、ユウキはとりあえずオッケーを出す。

 そしてクレアは扉へ向けて歩き出した。

 

 バン、と話し合っている彼らの後ろから突如開かれた扉に、外にいた三人の人達はクレアを見た。

 

 「その通りよ、そのメイドさんは私が呼びました」

 

 ユウキは扉が開いた先に、困り顔の兵士と怒り顔のメイド服をきた女性が見えた。

 

 「え! ほ、本当でしたか!?」

 

 「あ、クレア様」

 

 「何やってるのメイドさん、早く入りなさい。……警備の邪魔してごめんね」

 

 「は、はぁ……」

 

 クレアはメイドさんと呼んだ女性を、強引に部屋に入れて来た。そしてクレアは扉を閉めた後、彼女の紹介をする。

 

 「この子はメイドさんで、カイトが演技をしていたと分かったのも彼女から情報を聞いたからよ」

 

 そこでやっとユウキとメイドさんの目があった。

 

 「! …………」

 

 メイドさんはユウキを見て驚くように目を見開いた。

 

 ユウキもこの人は知っている。城に突入した時出会ったメイドさんと呼ばれている女性だ。あの時は意識もあやふやになりかけていたが、何とか覚えている部分もある。

 

 しかし勇者クレアやエリーナとは違いほぼ初対面に近い。赤の他人だ。

 他二人と違って彼女の事を何も知らない。その事実が先行して自分も何て言えばいいのか、そもそも話すべきなのか分からず、口どもってしまう。

 

 

 「あ、えぇと……」

 

 

 

 

 

 

 

 「申し訳ございませんでした」

 

 しかし、この空気を真っ先に壊したのは彼女からだった。

 

 「ぇ」

 

 メイドさんはなんの迷いもなく頭を下げる。

 扉で騒いでいたのが嘘のように、静かにしかし力強く言いながら、綺麗にそれを行なっていた。

 

 「カイト様の助けに入ったにも関わらず、彼を止めることが出来ませんでした。カイト様を死なせてしまった責任は私にもあります、その謝罪を」

 

 彼女の声には先程までの明るさは一切ない。ただ事実を淡々と伝える口の裏に、重い悲しみを感じるだけだった。

 

 (あぁ、段々と思い出してきた)

 

 突然の豹変にユウキは呆然としたが。メイドさんの裏に隠れている感情を感じ取って、その呆然も消えていく。

 さっきは何て話せばいいのか分からなかったが、突入した城での会話を思い出し始めたユウキは、彼女に伝えたかった事を話す。

 

 「……いや、別にいいぜ。アニキはきっと巻き込むのを嫌がっただろうし、メイドさんもあの時に助けようとしてくれたんだろ? なんとなく覚えてるよ」

 

 闇の魔力の呪いで意識が生死を彷徨う中、僅かにカイトとメイドさんの、優しい会話を聞いた気がする。

 

 「あん時にメイドさんが言ってくれたお陰で、アニキも少しは救われた部分はあると思う。結局は死んじゃったけど……ええと、ありがとう」

 

 「…………!」

 

 彼女は頭を上げない。許しが出るまでずっとそのままで居るつもりらしい。

 だがそのままなのはユウキにとっても居心地が悪い。

 

 「メイドさん、その……頭あげてくれ、そんな事より今はもっと大きな問題があるしさ。所でさっき言ってた事は」

 

 「ええ、彼女が私に教えてくれたの。カイトが魔王になってない事を……メイドさん」

 

 「え、えぇ」

 

 クレアに声をかけられてやっと頭を上げたメイドさんは話し続けた。

 

 「カイト様には自分に脅かされてやった事にしろと頼まれていましたが普通に言ってやりました。私が薬探しのお手伝いした事」

 

 あっけからんとメイドさんは言う。

 彼女の軽い口調に流されそうになるが、それはつまり人類の敵に手助けをした事を伝えたと言うことになる。

 

 普通に重罪だ。死刑だって免れない。

 

 「え」

 

 さっきとはまた違った意味で呆然とするユウキだが、それを見たクレアがわざと咳き込んで、メイドさんの言葉に補足する。

 

 「ええともちろん。これが城を回ったら混乱を生むし、メイドさんが処刑されちゃうから、この情報を知っているのはこの部屋にいるもの達だけよ」

 

 この部屋にいる人だけとはつまり、

 

 自分

 いくさ勇者クレア

 メイドさん

 そして聖女エリーナの4人だ。

 

 外にいる番人達は? と聞くとクレアは指を鳴らした。そうするとこの部屋の壁に引っ付くように、薄い緑色の結界が現れる。

 

 「勿論音漏れしないよう結界を張ってるわよ。ある人の見様見真似だから、あまり大声は出してほしくないけど」

 

 流石は人類を背負っている人物の一人。カイトと同じく、難しいと言われる無詠唱も出来るようだ。

 

 「カイトが演技をしていた事実を、最初から全員に伝えるのは得策ではないと私は思うわ。カイトの演技がしっかり成功しちゃってて、国民の彼に対する印象は最悪だしね」

 

 特に印象という部分にユウキは頷く。意識を失う前に見たあの地獄の様な光景を見ると説得力しかない。

 

 「それに私はメイドさんを信頼できるから、この情報に乗ってるけど証拠は全く無い。だからまずは世界各地で彼に助けられた人達を探すわ」

 

 「それは──」

 

 いきなり出た彼に助けられた人という重大な情報に、エリーナが聞こうとするが、クレアがそれを手で止めた。

 

 「とにかくカイトの真実を教えるのはそれからよ。……アイツなら絶対どこかで人助けしてるわ。そうでしょ、アナタも彼に助けられたんじゃない?」

 

 「あぁ」

 

 勇者の問いにユウキは短く返す。それを聞いたクレアはどこか懐かしむ様な顔をして、すぐに真剣な表情に戻した。

 

 「話がそれちゃったわね。私が知ったのはメイドさんから、城で薬探しした時のことを詳しく教えてくれたから。それがアナタの質問に対する答えよ」

 

 きっとその教えてくれた内容の中には、昔から変わらない彼女の話を聞いて笑ったカイトの事だって入っているだろう。

 確かに、あの会話を聞けばカイトが本当に魔王じゃ無い事はわかる。ならなおさら何で魔王の演技なんて自殺まがいな事をしたのか、それを彼女達は知りたいはずだ。

 そう思ったユウキを他所にクレアの話は続く。

 

 「後は、本当の魔王を倒してからになるけどちゃんとカイトの汚名も返上する。その行動をするためにはどうしても仲間の力が必要だから、今この城にいる彼女にも集まってもらったの」

 

 そう言ってクレアはエリーナに目線を向けた。

 その目線を向けられた本人であるエリーナは何か物事を考えるためにずっと沈黙している。

 

 「アナタに勇者の回復の薬を使ったけど、念のためにその後の診察をこの子にやってもらった。聖女である彼女なら、後遺症とかは何も心配ないはずよ」

 

 「あ、そうだったんだ。見てくれてありがとう」

 

 今知った事実に、さっきのちょっとしたいざこざは無視してお礼する。ユウキはアニキからよく感謝の気持ちとお礼は忘れるなとよく言われていたものだ。

 あまり人と接する機会は無かったが、教えられた事が功を成してそうお礼ができた。

 

 「……いえ、聖女として当然の役目を果たしただけです」

 

 お礼された彼女は淡々とそう言う。

 そして考え事が終わったのか、エリーナは目を開けてユウキともう一度向き合った。

 

 「先程の勇者様の話からして、単純な話では無いのは分かりました。ですがやはり、問題が問題なだけにもっと情報が必要だと思います」

 

 その後エリーナは気まずそうに顔をこわばる。

 

 「……その、都合がいいとは思うんですが。そのカイトさんの話を……聞かせてもらいませんか?」

 

 さっきのユウキの大泣きを見て、彼女も考えを改めようとした様だ。しかし魔王がカイトか、カイトでは無いかでは世界を巻き込むほどの問題になりかねない。

 そんな問題を感情に任せるのは良く無いと感じたのだろう。失態を犯した可能性はあるがあくまで客観的に彼女は物事を見ようとしていた。

 

 しかし今の流れからしてこちらに非がある可能性は高い。責任感と罪悪感がせめぎ合って彼女は気まずそうにしていた。

 

 だがユウキにとって今大事なのはアニキがやり残した事だ。ここでウダウダしててもしょうがない。

 

 「分かった。アニキがどうしてそんな事をしたのか。俺が知ってる限り話すよ」

 

 

 

 恨みのことなんか知らんばかりに、ユウキは話を進めることにした。

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 話した後部屋にいる全員の反応は沈黙。

 

 

 カイトの前世の事だけは、絶対に信じられない要素だったため除外したが、それ以外は全て話した。

 

 だがやはりそれでも信じられないだろう。邪教に伝わる魔剣の存在や、その守護者と戦った事など普通ではあり得ない情報が多い。

 

 「私は……カイトさんに、救われた?」

 

 実際、クレアに救われていたと思っていたエリーナが、実はカイトのおかげで救われたと言う事実に動揺している。

 

 「確かに、あそこでの戦いはあんなに激しかった割に死人は出ていない。そこは分かる…………だけど」

 

 クレアに関しては、ユウキの事細かな情報と照らし合わせて納得している部分もあるが。

 だが彼女でもまだ理解できない部分がある。

 

 

 「ロイ大臣様が敵だった、その事実だけは受け止められない」

 

 

 苦しそうな表情で彼女はそう言った。

 昔からの幼馴染のカイトか、昔から死んだ両親の代わりに育ててくれた(マッチポンプだが)ロイのどちらを信用すべきか悩んでいる所だろう。

 

 

 だがそれも想定内だ。

 

 

 予想通りの返答にユウキは予定通りに行動をしていく。やはり彼女達に納得してもらうには言葉より、実物を見てもらった方が早い。

 

 

 「それも説明する。えぇーと、黒の塗料って持ってこられるか? それでやりたいことがあるんだけど」

 

 「え、はい。私が持ってきます」

 

 クレアに見せる準備として、メイドさんに少し手伝ってもらう。

 すぐ後にメイドさんが塗料を持ってきて、それを自分がはめていた指輪に軽く塗った。

 そしてその指輪を手の上に置いてクレアに見せる。

 

 「なぁ、この指輪に勇者さんは見覚えあるか?」

 

 「えっと……?」

 

 その黒くなった指輪が見えた時から、クレアは何か引っかかる様に強く見つめていた。

 もやが掛かっていた記憶が目の前の黒い指輪を起点に思い出していき、ユウキが言うまでなくその違和感の正体を彼女は突き止めた。

 

 「ロイ大臣の指輪? ……でもこんなのあったかしら?」

 

 思い出したと言ってもロイ大臣の幻覚は効いているみたいだ。

 闇の魔力では無い認識に関する魔術で隠されていたそれは、本来なら気付くはずのなかった事なんだが、ユウキは前世を思い出した関係で何とか認識できたみたいだ。

 アニキも運が良かったと言っていた。

 

 「それをこうして……『ウォーター』」

 

 そこで魔術で作られた水をかける。塗ったばかりの塗料はそのまま水に流されて、そこで金色の元の姿になった指輪が現れた。

 

 

 真っ黒に染まった直後だからか、水が落ち切った直後の輝きはまるで光が戻った様で印象的である。

 

 

 そしてこの指輪の本当の姿を初めて……いや、長い間を得て見たクレアは驚きに染まった。

 アニキはこの事に気づいた時、何で今まで気づかなかったのだろうと思ったそうだ。彼女も冷や汗をかいている姿からして同じことを思っているだろう。

 

 「なんで……これって、お父さんがよく着けてた指輪じゃない」

 

 クレアの指輪に対する目は、信じられない物を見ているようだ。

 

 「アニキはロイの事を敵だというのは分かってた。でも気づいた時には既に遅かったんだよ」

 

 指輪で動揺しているクレアにユウキは畳み掛ける。

 

 「洗脳の魔術でみんなロイの味方になっていて、そこでロイを殺しちゃえば、城のみんなが全員敵になっちゃう所だったんだ。アンタと一緒に」

 

 カイトはクレアのことが好きだった。だから彼女をこちら側に巻き込むという選択肢は最初からなかっただろう。

 

 「それじゃあ、本当の魔王が復活した時に誰も止められない。だからアニキは決めたんだ。クレアを人類の味方にするために自分が敵役になろうって」

 

 「…………そうね。アイツなら絶対そう考える」

 

 ユウキはベットから降りて、クレアが持っている指輪を掴む。

 

 「首にかけてたネックレスもそう。アニキは旅をしている間、アンタと、アンタの家族との思い出は肌身離さず持ってたぜ」

 

 そしてその指輪を勇者の剣に嵌め込んだ。

 

 「俺がどじったせいで、その目標は叶えられなかったけど、まだアニキの策は終わってない」

 

 嵌め込んだ瞬間、部屋全体が光で満ちるほどに剣は輝き出した。さっきまであった錆を綺麗に剥がれていき、その真の姿を表す。

 

 「アンタだよ、勇者クレア」

 

 「……私?」

 

 そして真の力を取り戻した勇者の剣はユウキ達の前で一人でに浮き、そして本来の主人の元へ戻っていく。

 

 その本来の主人、クレアは自分の手に収まった光り輝く勇者の剣をまじまじと見ていた。

 

 「アニキは自分で成し遂げようとしてたけど、次の策も練っていたんだ。アニキが好きだったアンタを信頼して」

 

 ユウキは改めて勇者クレアと向き合い──

 

 「頼む、アニキの願いを、アニキの努力を無駄にしないでくれ」

 

 頭を下げた。

 

 

 

 「「「…………」」」

 

 

 

 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 短い気もするし、長かった気もする。

 ただその間ユウキはずっと頭を下げているだけだ。

 メイド、クレア、エリーナの三人は心の中でさまざまな思いが駆け巡る。

 

 これが本当なのか? そんな考えも僅かに巡った。

 

 だがクレアは……

 

 

 ──だからクレアも、困った人を助けて欲しいな。僕を助けてくれたみたいに──

 

 

 「ええ、分かった」

 

 

 幼い頃、彼に言われた約束を果たすべく、目の前の彼の相棒の言葉に乗った。

 それを聞いたユウキは頭を上げ、嬉しそうな表情をしていた。

 

 「……ありがとう」

 

 「いいえ、こちらこそお礼をさせて。大きなミスをしてしまった私に、チャンスをくれてありがとう。……あなた達はどうするの?」

 

 後ろにいる彼女二人に振り返ってそう聞く。だが彼女達も今のクレアの発言で既に決心している。

 

 「私は元からカイト様とクレア様の望むままに」

 

 「私はまだ決定的では無いと思います。ですが、彼に救われた人達を探しに、世界中を冒険する必要があると思いますね。探していく内にカイトさんが今まで何をやってきたかもはっきりすると思いますし」

 

 メイドさんは当然と言わんばかりに、聖女エリーナは言葉こそまだ信頼しきっていないがその顔には笑みを浮かべていた。

 その回答にユウキは満足するが、まだまだクレアに話し続ける。

 

 「戦勇者さんよ、アンタはまだ勇者になりきれていない」

 

 「まだ?」

 

 「おう、俺が見たアニキの光の力はそんなもんじゃなかった。もっと力を引き出せるはずだぜ」

 

 ユウキの発言には少し不可解な部分がある。どうやってその力を引き出せるのか、何の情報もない。

 だがその反面、直感的に彼女は理解していた。

 

 「……勇者の力よ、私に力を」

 

 その直感の元、もう一度剣を強く握った。

 

 「!」

 

 その瞬間、剣の中に眠る光の力がクレアの体へと通っていき、今まで勇者の剣だけが発していた光がクレアも一緒になって光だした。

 

 (力が溢れ出してくる……それだけじゃ無い)

 

 変わるのは輝きだけでは無い。自分の体の根本から進化しているのを感じる。力、速さ、魔力、感覚、全ての能力が数段と上がっていくのを肌で感じていく。

 今の自分から何でもできる、そう勘違いするほど今のクレアはエネルギーに溢れていた。

 

 「ッ……!?」

 

 だからこそ遥か遠くから感じる自分と同じほどの、しかし邪悪な魔力に、クレアは振り向く。

 メイドとエリーナは、急に明後日の方向を睨むクレアに疑問を抱くだろう。

 

 だがユウキだけは違った。

 

 「勇者クレアさんよ、いま邪気を感じたんじゃ無いか? ならその方向に聖地ニルマがあるか?」

 

 「え、ええ」

 

 「……じゃあ、魔王だ」

 

 「「「!」」」

 

 全員の顔がこわばる。それは当然、昔から言い伝えられた魔王というのは世界を終わらせる程の力を持つ存在として語られていたからだ。

 

 カイトは偽物、そしてクレアが今感じているこの恐ろしい邪気の持ち主は魔王。

 人類最強といえるクレアがさらに強くなり、しかも魔王はそれと同等の力を持っている。とても勇者じゃなければ対処できない。

 いや勇者でも勝てるか怪しいとクレアはそう思った。

 

 (何弱気になってるのよ! カイトは死に物狂いで魔王を倒そうと頑張ってきた、相棒のユウキも同じように! なら勝つ勝てないなんかじゃない。絶対に勝つのよ!)

 

 負けそうになっていた心を怒りで立ち直させる。

 

 「ねぇ、あなたの名前は?」

 

 「ユウキだけど」

 

 今更ではあるが勇者クレアはこの子の名前を知らなかった。だからこそ、今この時に名前を聞く。

 

 「ならユウキ、今から私は魔王を倒す。その為に私に力を貸してほしい。お願い」

 

 前置きなんていらない、要件はシンプルに。

 重すぎる因縁はまだ残っているが後回しだ。

 

 今は二人にとって大切な彼の為に力を合わせる。

 その思いでクレアは手を出した。

 

 「……もちろん、サポートは任せろ!」

 

 今更断る理由も無いと、ユウキもいつものニヤリ顔で手を握った。

 ここから真の勇者と偽りの勇者の相棒が手を組んだ、魔王退治が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クレア様、失礼します!」

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 一人の兵士が息を切らしながら、この部屋へと入ってきた。

 

 

 

 「何かしら、魔王が現れたの?」

 

 「え……はい! 聖地ニルマに黄金の目を持つ者達が現れました」

 

 「分かったわ。早速向かう」

 

 その情報は予想通りのものだと兵士の横をすぐさま通り過ぎ、聖地ニルマへと向かおうとする勇者クレアだったが──

 

 「者達……?」

 

 そのワードを聞いて振り返る。

 今の私の顔は驚きに満ちているだろう。だがそれ以上に嬉しいという感情が爆発しているはずだ。

 

 「はい、二人です! 一人は黄金の両目を持った男、そしてもう一人は──」

 

 だって目の前にいるユウキもそんな顔をしている。

 

 それもそうだろう。だってそれは悲報であると同時に──

 

 

 

 

 

 「魔王カイトです!」

 

 

 

 

 最高の朗報でもあったんだから。

 

 

 

 

 

 




はい。早めの復活でした。次からは復活の理由を描写します。
後アンケートしています!
今後の作品を描くときの参考にするので、是非お願いします!


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恩返し

誤字報告とアンケートありがとうございます!
今回も長めです!


 「ここは……?」

 

 

 森で意識を失った後、目を覚めたら霧がかかった真っ白な世界が広がっていた。

 どれだけ遠くを見ても何もない。

 あるのは地面と思われる白い床だけ。それだけが永遠と続いている。

 

 (そうか……僕は、死んだのか)

 

 そこで気づいた。

 自分はあの呪いによって死んでしまったのだと。

 

 「………………」

 

 相変わらず自分の中では、ユウキやクレアの事が心配でしょうがない。

 

 弟分みたいなユウキは、僕が死んだ事で泣きまくってるのだろうか?

 

 クレアはあの魔王を無事に倒せるのだろうか?

 

 (今更悩んでいだって意味は無い。僕はもう死んでしまった身だ)

 

 色んな悩みが巡っているがもう遅い。今の自分に何も出来ることはないのだから。

 

 「多分ここは天国だよな? ……いや、もしかしたら地獄かもしれないな」

 

 白い空間から天国を思い浮かべたが、その考えを改める。

 どんな理由であれ何人も殺してきた自分に、この先で待ち受けているのは罰かもしれない。

 

 「とりあえず、このまま歩けば次の場所へ繋がるのか……?」

 

 前世では体験したことの無い死後の世界だ。

 当然この世界は自分にもよく分からない。

 とにかく前世で見た作品にありがちな展開を見習って歩き始めるが。

 

 

 「よっ! お前もここに来たのか」

 

 

 ふと後ろから声をかけられる。

 

 

 「え?」

 

 赤の他人の声では無い。

 だいぶ前から声は聞かなくなってしまったが、この明るそうな大人の声は今でも心に残っている。

 

 「クレアのお父さん……?」

 

 振り返ったらカイトの予想通り、故郷で死別してしまったクレアの父親が立っていた。

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 「それでここは一体どこなんです?」

 

 「ここはこの世とあの世の狭間ってやつよ」

 

 カイトは歩きながら、隣で一緒に歩いているクレアの父親と話をしていた。

 とにかく父親から歩こうかと提案され、自分も流されて一緒に歩いている。

 

 「死んじまった魂はすぐにあの世へ行くわけじゃ無い。この場所でちょっと待たなきゃならないのさ」

 

 「……閻魔様が判決を下すための時間?」

 

 「ん、閻魔様? そいつの名前は知らんが、俺もこの時間はよう分からん」

 

 そう言ってガッハッハと笑う彼。

 その姿は昔から変わらないと、カイトは懐かしい記憶に笑みをこぼす。

 

 「お、いい笑顔だ。お前さんはうちの娘と遊ぶとき、よくそんな顔をしていたな」

 

 「まああの時はホント、クレアと両親さんと一緒にいた時間が楽しかったからなぁ……」

 

 クレアと一緒に外で遊んでは、たまに中で遊んでクレアの家の物を壊して一緒に怒られたりとか、懐かしい思い出が蘇っていく。

 

 「クレアと一緒に村を走り回ったり、毎日一回は一騎討ちしたりと……クレアと出会って僕の人生は変わった。今でもはっきりと言えますよ」

 

 「クレアが初めて家に連れてきたときは、まだ内気だったもんなぁ。それがだんだん来るにつれて明るくなって、たくましい子になったもんだ」

 

 クレアと出会ってカイトの人生はいい方向へ回っていたのだ。

 

 彼女と触れ合っていくうちによく笑うようになった。

 

 ただ外で泣いてるだけの時間も減って、その代わりに彼女の家で家事の手伝いをする時間も増えてきた。

 

 「それはお父さん達のおかげでもあります。家事のこと優しく教えてくれたり、自分でできることが増える楽しさを教えてくれましたから」

 

 「自分からお母さんの手伝いをしてたもんな。カイトと遊ぶばっかのうちの子にも、お前の爪の垢を煎じて飲ましてやりたかったぜ……」

 

 そう言って、昔のクレアの騒がしさを思い出した父親の顔は呆れている。

 

 「それに嬉しかったことと言えば、お父さん達と一緒に元々住んでた家へ引き取ってもらったことですよ」

 

 家で虐待されていると分かったクレアは、その両親と一緒に僕の家に……もうそんなところだとは思わないが、突撃してくれたこともあった。

 

 「当たり前だ。子供を痛めつける親がどこにいる。親ならしっかり子供を育てるもんだろ!」

 

 「……」

 

 それ以降ずっとクレアの家で育ててくれた両親には、感謝してもしきれない。

 だがカイトは、両親に謝りたい事もあった。

 

 「でもごめんなさい。あの時助けることが出来なくて……」

 

 「あの時って、魔物達が村に襲ってきた時か?」

 

 

 その質問に頷いて返すカイト。

 

 

 あの時には既に自分に強い力がある事をわかっていた。

 しかし結果はクレアの両親を死なせてしまった。

 

 

 その後悔は今でも自分の心に深く刻み込まれている。

 

 

 「あそこでしっかりしてれば、僕はもっと上手く──」

 

 「お前はしっかり頑張ったよ」

 

 そんな後悔まみれの自分の暗い声を、力強く父親は遮った。

 

 「え?」

 

 「だからお前は十分頑張ったってこった。あの時やってきた魔物達の数覚えているか? ざっと数百体だぞ」

 

 それは誰が見ても分かる絶望的な数だ。

 もし数百体の魔物が一斉に襲い掛かれば、上位クラスの冒険者だって太刀打ちできない。

 

 「むしろそれだけやって来たのに、クレアや村人達を守り切ったんだ。お前はあんなに幼かったのに十分すぎるほど頑張ったよ」

 

 父親は歩みを止めてカイトの肩を持った。

 

 そして昔憧れていた強くて優しいその目で、カイトをしっかり見て言った。

 

 「俺達の娘を守ってくれてありがとう」

 

 「……」

 

 いつもならこちらこそ、と返事を返していた。

 

 

 でも今は何も言えない。

 

 

 瞳から自分の後悔と共に流れ出ていくものがあるから。

 

 

 「へへっ。お前のその顔も久し振りに見たな」

 

 何も話せなくなった自分に、父親はそれ以降何も言わなかった。ただその優しい瞳で見守るながら。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 「すみません、見苦しいもの見せちゃって」

 

 「いいってもんよ。たまには溜まった感情を吐き出さなきゃあ、やってられねぇ」

 

 それから少し時間が経って、やっと涙を流し終えたカイトは憑き物が落ちた様に笑顔になっていた。

 

 「うんうん。やっぱお前はその顔の方がいいぜ!」

 

 「ありがとうございます」

 

 サムズアップする父親。しかしすぐ後に表情を変えて、こちらに質問してくる。

 

 「ちょいと気になったんだが。俺と話す前、暗い顔をしてたよな?」

 

 こちらの顔を除いてくる父親に、それに釣られて自分も一歩下がってしまう。

 

 「ま、まあ。……クレア達の事を気にしてたんですよ」

 

 「ほぉ。そりゃあ、なんで気にしてたんだ」

 

 「気にしてたって、それはもちろん魔王との対決ですよ。自分は出来るだけの事をやってきたつもりです。でもやっぱり心配で……」

 

 この心の問題はさっき片付けたばかりだが、気にするとやはり心配が止まらなくなる。

 だが結局は死んでいるから戻りたくても戻れない。

 

 「なあカイト。プレゼントされて大泣きした日は覚えているか? その後にクレアが母さんにめちゃくちゃ怒られた奴」

 

 「ん? ……うん、覚えているよ。特に謝ってきたときのクレアの泣き顔は」

 

 カイトは苦笑いしながら言った。

 地味に彼女が泣くところを初めて見たから、大泣きも相まって今でも鮮明に思い出せるほど、記憶に残っている。

 

 「その時にネックレスをプレゼントしたんだが、お前が言ってたよな『僕はクレアを最後まで守れる騎士になります!』って」

 

 「うっ!?」

 

 そうニヤリ顔でいうクレアの父親。

 実は冗談だって教えられる前に、自分はそのまま勢いでさっきの言葉を言ったのだ。

 それもクレアとその両親の目の前で。

 

 今思い出しても恥ずかしくなる。

 

 しかし、

 

 「……確かにそう言ったけど、それも今じゃあ……」

 

 恥ずかしさも消えて今度は悲しさが襲ってきた。

 その願いはもう終わってしまったのだ。

 

 「おっと、もうその気持ちは無くなっちまったのか?」

 

 そんなこちらの事情を知った事無いと、父親は突いてくる。

 

 「そんなわけない!」

 

 勿論カイトはそれを否定する。

 

 それを成すことはできないが今でも気持ちは変わったていない。

 もし出来るならこのまま現世に戻って魔王を倒しに行くくらいにだ。

 

 「だけど……ここは生きた世界じゃないんだ。死んだ人には何もできない」

 

 「……ふーん。死んだ人には、か」

 

 手を顎に当てて困ったように父親はそう言った。

 

 「そうだよ、死んだ人が生きてる人に出来ることなんて──」

 

 

 

 

 

 

 

 「なら問題ないな」

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が止まる。

 

 改めて見ると、父親はドッキリが正解したみたいにニヤリ顔へ変わっていた。

 

 「問題ない? 一体どう言う……」

 

 おうむ返しをする自分の言葉を、後ろから聞こえて来た音が遮った。

 

 何かとカイトが振り返ってみたら、光輝く扉が見えた。

 

 「おっと、ようやく来たみたいだな。本当に行くべき場所への扉が」

 

 その異変に父親はなんの驚きもなく淡々と喋る。

 そこでカイトは分かった。彼はこうなる事を知っていたんだと。

 

 だがそれよりさっき言った言葉が気になる。

 

 「……行くべき場所?」

 

 「現世だよカイト。お前はまだ死んじゃいないって事さ」

 

 その言葉にカイトは目を見開いた。

 そしてそれを見た父親は、決まった決まったと豪快に笑っている。

 

 「な、それを早く言ってくださいよ!」

 

 さっきまでの悲しさはなんだったのか。

 ここで会ってからずっと、僕はおちょくられていたらしい。

 

 「悪い悪い、こうなるまで時間があったからな。それで久々に会う息子にちょっとちょっかいを……な?」

 

 「なんて性格の悪い……」

 

 さっきまでの感動が引っ込んでしまった。

 というよりこの性格は、久しく話すことの無かったクレアを思い出す。

 彼女のちょっといじる性格は、この人から受け継いだようだ。

 

 

 「だけどよ、気持ちは楽になっただろ?」

 

 「……まあ、そうですけど」

 

 

 大笑いしていた彼は一瞬で真剣な顔に戻る。

 それは否定しない。今の自分は今まで以上に気持ちの重みが無くなっていた。

 

 「それに無理してここに来た甲斐もあった。お前に言えなかったお礼、できたからな」

 

 「……体が」

 

 そこでカイトは気付く。父親の体が消えかけている事に。

 足の方からが光の粒子へと変わっていき、その境目は上へと昇っていた。

 見るだけでもわかる。もう体は持たないと。

 

 「俺も、俺の母さんがお前にやり残した事。やっと出来たよ。あの世で母さんに言わなくっちゃあな。……お前もやり残した事済ませるんだぞ、最後のチャンスだからな」

 

 そうして彼は困り顔で頭をかいていた。

 そんな事を言いながらも、やはりまだ話し続けていたいそうだ。

 

 でもこの贅沢な時間は長く続かない。

 

 「……それなら僕も、し忘れた事があるよ」

 

 「ん?」

 

 だから終わってしまう前にさっさとやる。

 

 

 

 

 

 

 

 「今まで育ててくれてありがとう。お父さん!」

 

 

 

 

 

 

 僕はめいいっぱいの笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……へっ。あったりまえよ、親は子供を育てるもんだからな」

 

 

 

 

 

 いつものたくましい笑顔でそう言ったのを最後に。

 

 お父さんは光と共に消え去った。

 

 

 

 「……僕も早く行かないとな」

 

 

 

 この世界に用はない。後は自分の願いを叶える為に、もう一度あの場所へと戻るだけだ。

 

 

 「よし!」

 

 

 そうして僕は光の扉へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 「ここは……」

 

 光が視界いっぱい満ちて意識が暗転し、その後僕はベットの上で目が覚めた。

 

 そしていつもの様に天井を見る。

 

 「あれ?」

 

 だが知らない天井ではない。

 

 逆に知っている、知り過ぎているほどの天井だった            

 何せ幼い頃、毎回寝る時に見た風景だから。

 

 「なんでクレアの家にいるんだ?」

 

 そう。昔クレア家に引きとられてから住んでいた場所だ。

 魔物が襲ってきた関係で数年の間も離れていたが、まさかこのタイミングで来るとは思っていなかった。

 

 そう考えている時に、扉から軽く叩く音が聞こえてきた。

 

 「失礼します。……起きた様ですねカイト様」

 

 「君は……」

 

 返事する間も無くすぐに入ってきたその女の子には見覚えがあった。

 

 二年前に助けた時より背が高くなっているが、その特徴的な外見は変わっていない。

 

 「……メリーナ」

 

 青い目に青い髪。

 言葉使いが成長していた彼女は丁寧なお辞儀をしていた。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 「よく助けたな。世間じゃ魔王扱いされてるのに」

 

 「例え貴方が魔王だとしても、私から見れば命の恩人です」

 

 

 ここで話すのは何ですからと、メリーナの提案に乗ってカイト達は別の部屋に移動していた。

 さっきの寝室は自分が住んでいた時と変わっていなかったが、移動した部屋は違っていた。

 

 「それにしても道具がたくさん置いてあるな……」

 

 戦闘専門だった自分ではよく分からないが、様々な実験道具らしきものが置いてある。

 恐らく研究室だろうか。

 

 「道具の研究をしているのか?」

 

 「はい」

 

 半分当てずっぽうで言ってみたが、予想は当たっていた様だ。

 メリーナが言うには、カイトに救われた後どうにかして自分も助ける側に回りたいと思ったらしい。

 

 「私は姉さんと違って、魔力の才能はありませんでしたから」

 

 そうして魔力検査をしたが、結果は並以下。

 聖女として才能を認められた姉と違い、妹には魔力が無かった。

 しかし別の才能はあった。道具関係の才能が。

 

 「別に人を助けるのは道具だって可能です。私は自分の力で癒す能力がない代わりに、物覚えが良かったので」

 

 そんな経緯がありながらも彼女の顔に影は無い。

 淡々とそうだと事実を受け止め、彼女は彼女なりの道を歩んでいる様だ。

 

 「僕は森で倒れてたと思うんだけど……」

 

 彼女は自身の過去に思う事が無いのなら、外野の自分がとやかく言うことはない。

 

 すぐに気になる事を聞いた。

 

 自分が意識を失った時、体はボロボロで、場所も森の中だった。

 それが今では全く別の場所に変わっている。

 

 「私はいつもの様に研究していて、そしたら強力な魔力を感知しました」

 

 「その感知した場所へ行ったら、森の中で自分が倒れていたと」

 

 どうやらただの奇跡ではなく、何かしらの魔術が作用した様だ。

 その魔術が何か気になっていると、メリーナも察したのだろうか、どこからか道具を持ってきた。

 

 「貴方を見つけた時、首元にこれが……」

 

 「それは……」

 

 その持ってきたものを見てカイトは目を見開いた。

 それは自分が肌身離さずいつも持っていたものだったからだ。 

 

 透き通った緑色のクローバー型のネックレス。

 

 今は亡きクレアの両親から貰ったものだ。

 

 (そうか。最後の最後に僕を守ってくれたんだ。お父さん。お母さん……)

 

 このクレア家の家宝には、特別な能力『復活魔術』があったのだろう。

 

 前世の記憶を明確に思い出したあの日に戦ったドラゴンと同じように、自分が呪いに殺された後にこのネックレスが自分を助けてくれたのだ。

 

 「私が見つけた時にはもう壊れた後でしたが……」

 

 「いや、それでいい。そのネックレスを渡してくれないか?」

 

 「……はい。どうぞ」

 

 受け取ったそれを微笑みながら見る。

 

 クローバー状に埋め込まれていた宝石にはヒビが入っており、欠けている部分もある。

 魔術を発動した際にこうなってしまったのだろう。

 だが大切な形見なのは変わらない。一度大切に強く握って自分の首にかけた。

 

 「大切なものなんですね」

 

 「あぁ。これには僕の大切な思い出が入っているからね。両親から貰ったものだし」

 

 「クレア様の両親ですか?」

 

 「そうだけど」

 

 確かにこのネックレスは自分の両親ではなく、クレアの両親から貰ったものだ。

 しかしそれを知っているのはクレアだけだと思うのだが……

 

 「クレア様からよく、貴方のお話を聞きました。クレア様のご両親がカイト様にネックレスをプレゼントした事、後幼い頃はここで住んでた事も」

 

 成程、メリーナは聖女エリーナと一緒に救われた姉妹だし、クレアとそれなりに話す機会があってもおかしくは無い。

 

 「そうか。今の会話で思い出したけど、ここはクレアの家だよな?」

 

 さっきメリーナが言った、話してくれた内容を聞いて一つ思い出した事がある。

 今僕がいるクレアの家は昔住んではいたのだが、魔物達が攻めてきた運命のあの日に壊されてしまったのだ。

 

 流石に全てではないが、こんな綺麗に残ってもいなかった。

 

 「私が買って直しました」

 

 「そうかそうか。買ったのなら修復もでき……今なんて言った?」

 

 「買いました」

 

 一瞬の沈黙が走る。

 というより脳が一時停止していたカイトは、我に帰った。

 

 「……ええと、買ったのか? この家を?」

 

 「この周辺です」

 

 「…………よし、具体的に話してくれ」

 

 いきなりの爆弾発言を食らったカイトは、とにかく説明してもらって頭の混乱を治す事にした。

 

 

 

 

 

 話してもらった内容はこうだ。

 

 カイトに助けられた彼女はどうしても恩返しをしたかった。周りが彼を魔王だと非難しても、彼女からすればカイトは命の恩人に変わらない。

 しかし実際問題、カイトに礼をする機会があるわけがなく途方に暮れていた。

 

 そこで風の便りで聞いたのがこのクレアとカイトが住んでいた故郷。

 

 魔物に壊されてから修復はずっと手付かずだったらしい。

 

 それなら自分が治そうと、まずクレアに相談した様だ。

 相談を受けたクレアも故郷を直したい所だったが、今までは世界各地の魔物退治で。その時は魔王カイトを追う任務で手が外せない状態だった。

 

 もちろんロイ大臣が治すわけもなく、そもそも魔物達が沢山いたあの頃に、誰も住まないであろう村を治す余裕が無かったのだ。

 

 そこにきたメリーナの願望。

 

 これをチャンスと思ったクレアは彼女に護衛と修復業者にアドバイザーを寄越し、故郷の修復作業を始めたのだ。

 ついでにメリーナの希望として、クレアの力を借り土地を買って。

 

 魔物の問題もクレアが蹂躙して解決し、ゆっくり進みながらも着々と修復は進んでいっだ結果、今に至る。

 

 

 ただこの土地を買ったのはお礼だけが目的ではないらしい。

 

 

 「王城で調べていた時に気になった情報があったんです。ここの辺りは昔、光の一族が住んでいたという……」

 

 光の一族というのは名前の通り、勇者と光の魔力に関連する一族である。

 しかしゲームでは名前だけが出てくるだけの存在で、自分もそれなりに調べてみたが何も出なかった。

 

 その情報を手に入れた事自体意外だと思ったが、ロイ大臣が隠していた情報から出たらしい。

 

 (色んなところまで手回ししてるな……)

 

 「この土地に住んでいた家の家宝ですからね。昔はすごい技術を持っていた光の一族ですし、復活魔術が宿っていてもおかしくはないでしょう」

 

 「……そうか、メリーナは道具の研究をしてるんだもんな。道具の効果はお見通しか」

 

 「まあ、一人で道具の研究を任されていますから」

 

 サラッとネックレスの能力を言い当てているが、道具の効果を確認する事自体難しい事である。

 なおさら、レアな能力を持ったこのネックレスは難しかっただろうに。

 

 この二年間でどれだけ努力してきたか分かる。

 

 「私がカイト様を森の中で見つけた時、傷こそありませんでしたが魔力はほとんどありませんでした。なのでずっと治療をしていました」

 

 「そうか、看病してくれてたんだな。ありがとう」

 

 「いえ、これぐらいの事はさせてください。私とお姉さんはカイト様に救われたので」

 

 復活魔術はあくまで体を死ぬ直前まで時を戻す魔術。

 呪いは一度殺された時に役目を果たして消えた様だが、魔力は使い切った後だった。

 

 折角命を取り戻しても起きる前に殺されていたかもしれない。

 それをつきっきりで見てくれたメリーナは最後のチャンスを守り通してくれた。彼女には感謝しきれない。

 

 そう思いながらカイトは頭を下げた。

 

 「……それで何の礼も返せずに悪いけど、自分は今からやらなきゃいけない事がある」

 

 そして頭を上げてそのまま次の話へと移行する。

 

 「……それはカイト様が偽物なのに魔王と名乗ったことに関係がありますか?」

 

 「ああ」

 

 頭の回転が速い彼女にはお見通しだったらしい。

 

 それに光の一族を調べているからか、どこかクレアの事を本物の勇者と勘づいている節もある。

 

 「実は──」

 

 彼女にはもう助けてもらっている。ここは魔王退治のために協力してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 「このままニルマへと行くのはいいが俺の事はどうする。顔のことは知られているが」

 

 そう言って振り返ると、入口の扉を閉めたエリーナが見えた。

 

 「顔はローブで隠すので問題ありませんよ」

 

 説明を終えて少し経った後、メリーナとカイトはクレアの家の外に出ていた。

 

 メリーナは回復魔術師の戦闘服で、そしてカイトは頭にローブを被ったまま、片目に眼帯をつけている。

 

 「だけど、聖地ニルマに入る時は顔の確認はあるだろ。それは一体どうするんだ?」

 

 「顔に大怪我を負ったから治療させてくださいって言っておきます。私は聖女の妹ですから、聖協会でも顔を知られてますし、地味に地位も高いんです」

 

 確かにその理由で突撃すればすぐに治療室へ行けそうではあるが。

 

 「それでも顔の確認をする事になったら?」

 

 「その時はカイト様の力でボコボコにしてください」

 

 「……急に作戦が雑になったな」

 

 さらっと恐ろしい事を笑顔で言う彼女に呆れるカイト。

 しかし今はそんな事を論争する暇は無い。自分が気絶している間、それなりの時間が過ぎてしまったのだ。

 最悪着く前に魔王が復活しているかもしれない。

 

 「時間がないから俺につかまれ」

 

 「えっ。どうやっていくんですか」

 

 後ろにいるメリーナに手を招いてコチラくる様指示する。

 どうやって行くのか不思議になりながらもメリーナが近づくと、カイトはそのまま腕で彼女を抱えた。

 

 「あ、あの。どうしてお姫様抱っこを……?」

 

 「それが一番楽だからだよ。後喋らないほうがいい、舌を噛むぞ」

 

 (何をするのでしょうか?)

 

 メリーナも今の状況を理解している為、カイトの言葉に従う。

 さっきは馬に乗って移動しようとしたが、カイトはそれ以上に早くつける手段があると言っていた。

 

 このお姫様抱っこ状態からでは、どうなるのか予測は不可能だが。

 

 「イメージは正確に。詠唱ありで行う……よし、予想通り剣はまだ自分の手の中にある」

 

 「……」

 

 目を閉じたままカイトは何かぶつぶつ言い始めた。

 その瞬間、周りの風が密かに周り始め──

 

 「飛べ」

 

 「……!」

 

 その一言で自分達は空を飛んでいた。

 

 

 (!!?!???!!)

 

 

 どんなものよりも早く、真上に加速したその風魔術はメリーナを驚かせる暇さえも与えない。

 ただいきなり変わった風景に反応して、何度も周りを見るだけだ。

 

 真下には森の緑がいっぱいで、さっきまで居た家がその中に豆粒のようにポツンと。

 そして自分達の後ろに、鉄で出来ている何かが埋め込まれた剣が浮いていた。

 

 (あれは一体……というより近づいてきてる?)

 

 その疑問の答えが出る前にカイトは次の行動に移っていた。

 カイトは体を真横にしたまま脚を後ろへ向け、そこにゆっくりと迫ってくる謎の剣。

 

 それ剣をスキー板のように踏んだカイトは移動に使う呪文の仕上げをした。

 

 「機械仕掛けの風の剣よ。何よりも速く空間を切り裂け」

 

 

 その一言を終えた瞬間、カイトの背後から台風のような莫大で強力な風が彼らを押し出した。

 

 足に溜めた魔力の跳躍も相まって飛び出した速度は、音速……いや、それ以上のスピードで空を駆けていった。

 

 

 

 

 この速度なら馬で走るより何十倍も速く着く。

 

 体も心も全快である今の彼は今まで以上に迷いがない。

 

 

 魔王退治に向かっている今だって、カイトの心に心配はない。

 勝つことだけに集中していた。

 

 

 

 こうしてカイトはクレア達よりも一足早く、魔王退治に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (きゃあああ!?!? なに、これ。はやいはやいはやすぎぃぃぃぃぃい!?!?!!!??!)

 

 

 ただしメリーナは、魔王退治とかそれどころじゃなかった。



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復活 対峙するは勇者の親友

 

 音を捨てる速さで空中を進んでいくカイト達。

 

 そのおかげで時間も掛からずに聖地ニルマの大きな建物が見えてきた。

 

 (まだ復活はしてないがヤバいな……!)

 

 聖協会の本拠地でもあるそれは、大勢の回復術師が務めている。

 多くの人が各地の支援に出ているが、それでも百人ほど残っている事が、聖協会の組織としての大きさを表しているだろう。

 

 だがその大勢の人達の命が今、危険な状況になりつつある。

 

 「予定変更だ! このまま突っ込む!」

 

 「あ、ちょまっ、ウワァァァ!!!」

 

 闇の魔力が滲み出ている聖地ニルマへ、カイト達は上空から突撃した。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 聖地ニルマはこれまでにないほど混乱している。

 長い間ここを務めていた司祭はそう感じていた。

 

 「司祭様、これでは……!」

 

 「むぅ……」

 

 いつもは余裕を持っている彼でさえ冷や汗をしている。

 その原因となる方へ視線を向ければ初代聖女像が立っていた。

 

 祝福の象徴など世界の平和を表す像。

 遥か昔に魔王と戦った初代聖女と初代勇者を讃える像。

 いずれにせよ、ここにいる聖教会の教徒達が毎日祈りを捧げていた神聖なる像だ。

 

 だが今は神聖さなどなくむしろその逆。近くにいるだけで身の毛もよだつ闇のオーラが滲み出ていた。

 

 しかもその闇のオーラは周りを破壊してしまうほどの力があった。

 

 「今は教徒達が抑えていますが、それも時間の問題です。何か判断を……!」

 

 冷静さを欠いてる側近の教徒にそう言われた司祭は目の前の光景を見る。

 そこにはニルマに務めている数十人の上級教徒達が、初代聖女像を中心に円で囲っていた。

 

 皆が像に出して両手を出し防御魔術……ドーム状の結界を作り出して、闇のオーラを封じ込めていた。

 

 (彼女の言う通りこのままでは長く持ちませんな……)

 

 だがその教徒達の表情は芳しく無い。

 全員が汗を流して苦しそうな表情をしている。

 

 この聖教会本部に務めている、上級クラスの実力持ちの彼ら達でも時間稼ぎが精一杯のようだ。

 

 「分かりました。まずはヴァルハラ王国に情報を──」

 

 そう別の教徒達に指示を出そうとしたその時、闇のオーラが放たれた。

 

 (これほどの力は……!?)

 

 

 形は全く似ている。違うとすればその大きさだ。

 今まで漏れていたオーラのふたまわりは大きい。

 だがその見た目より遥かに、それに込められた魔力の質が大きすぎる。

 

 

 津波を思わせる量の闇に司祭が連想させたのは「死」

 

 

 人が勝てる相手ではない。

 

 

 人類が逆らってはいけない。

 

 

 津波を思わせると言ったがまさに災害だ。

 人類はただ見ているだけで何も出来ない理不尽であり、抵抗しても僅かな時間稼ぎしかできない。

 

 (これでは全員が死んでしまう。なんとしても……!!)

 

 司祭はそんな絶望的な状況でも何とかしようとするがもう遅い。

 

 

 音速で迫るオーラが教徒達にそして司祭を飲み込もうとして──

 

 

 

 

 

 

 

 「守れ」

 

 

 像の遥か頭上にある窓から四つの剣が降ってきた。

 

 赤、緑、青、茶とそれぞれ四色の魔剣が教徒達のさらに内側へと像を囲むように刺さって、教徒達を殲滅させるはずだった闇のオーラと衝突した。

 

 衝撃の余波が爆風の如くこの建物内を伝っていく。

 地面は揺れて壁にはヒビが入り、その激しさに尻もちする教徒達。

 

 それを肌で実感した彼らは顔を青くしている。

 余波でこれなら本体を受け止めたあのオーラはどれほどの物なのか。

 

 「よしっ。間に合ったな」

 

 「ゼェ……ハァ……あんなの……二度と体験したくない……!!」

 

 そんな轟音の中で二人、軽い音を鳴らして地に降り立つ者がいた。

 

 教徒並に顔を青くして息を切らしている少女と、衝突の余波でフードが外れその顔を露わにしている好青年。

 

 「あなたは魔王カイト……! 何故ここに!?」

 

 司祭達はその好青年を見て構えた。

 司祭だけでなくここにいる教徒達はその者の顔をよく知っている。

 そして彼らはそれがどれだけ残虐な存在なのかも理解している。

 

 「待ってください司祭様、その方は私達を助けるためにきたんです!」

 

 だがその間に入る女性がいた。そこで司祭はカイトと一緒に降り立った女性がメリーナだと気づく。

 両手を広げて彼を庇うように司祭の目の前に立つ。

 

 「メリーナさん、何故こんなところに? それに今助けると言ったのは……?」

 

 「今は……説明の時間がありませんが、彼はこの像から現れる敵を倒す為にここへ来たのです」

 

 そうメリーナが言うが、当然司祭には意味が分からない。

 倒すとは言ったがその像から何が出てくるのか、その敵と目の前の魔王になんの関係があるのか、司祭では判断できない情報が多すぎた。

 

 「………………」

 

 長い沈黙が二人の間で続く。

 

 あまりにも前代未聞な状況が司祭に判断を下らせないでいた。

 だがそれが悪手となる。

 

 「まずい、天井が崩れるぞ!」

 

 教徒達の悲鳴と共に司祭が視線を上へ向けると崩れている天井が見えた。

 先程のオーラと魔剣の衝撃で耐えられなくなったのだろう。

 落ちてくる破片の中には人を軽く潰せるほどの大きさもある。

 

 それが教徒達に降り注ぐ直前、目の前の魔王が淡々と言った。

 

 

 『蹂躙しろ』

 

 

 その言葉が生み出したのは爆風。

 彼の言葉に反応した緑色の剣が光出し、その内側から標的を切り刻まんと形の無い刃を解き放つ。

 

 恐ろしく早い速度をもったそれは器用なことに、教徒達に襲いかかる天井の破片だけを木っ端微塵にした。

 詠唱も無しに行われたその瞬間を見た教徒達は唖然するが、カイトはそれだけで終わらない。

 

 

 『この建物を守れ』

 

 

 次に生み出したのは地の再生。

 

 輝き出した茶の魔剣を中心に地面、壁……そして天井に魔力が走ったのを司祭は感じた。

 その直後、見る見ると各場所のヒビが無くなっていくく。教徒達は今にでも崩壊しそうな建物が、建てられた時の姿に戻っていく様を見せられた様だった。

 

 「これは一体……何が?」

 

 側近の教徒はそう言うがわざわざ答える必要もない。

 

 私達を守ってくれたのだ。

 その事実を冷静に受け止めている司祭は、視線を目の前の男──カイトへと移す。

 

 そうしてカイトと目があった。

 

 

 

 「………………司祭さん、時間が無いのは本当です。僕が言うのもアレですが、メリーナを信じてくれませんか?」

 

 

 振り返った彼の黄金の目と視線が合う。

 黄金の目とは昔から恐れられていた瞳の色。

 そのものは必ず不幸をもたらすと言われ、そしてそれを持つ物は人類にあだなす絶対悪と言われていた。

 

 だが……今の彼の目はどうだろう。

 言い伝えの様な恐ろしさは無くむしろ──

 

 「……分かりました。メリーナの信頼と貴方の言葉に応じて、この像を任せます」

 

 ──いい目をしていた。

 

 「な!? それはダメです司祭様。あの魔王の言葉を信じるなどと!?」

 

 その言葉に教徒達は驚き今の言葉を批判する者もいたが、司祭の心は変わらない。

 

 「もしこの方が真に魔王ならば、メリーナさんと私達の命は既にありませんよ。先程のお見事な技も、その気になれば私たちに向ける事だってできた筈です。……ですがそうはならなかった」

 

 冷静に語り始めた司祭の言葉は強い。圧をかけている訳でもないのに、聞いている皆んなはどうしても耳が離せなくなる。

 

 「よってここに残った事実は彼は私達を守った事です」

 

 そう諭した彼の言葉に反論の声を上げるものはいなかった。

 周りを見てそれを確認した司祭は続け様に言う。

 

 「それにどちらにせよ、私達ではこの像をどうにかする事は出来ません。……必要な説明は終わりました。それで私達を脱出する手段は持っているのですか?」

 

 「……はい、勿論!」

 

 メリーナは腰に付けている袋から、沢山の道具を取り出す。

 司祭の目に映ったのは沢山の宝石だ。

 勿論ただの宝石では無いが。

 

 「転移道具でここから離れます!!!」

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 「カイト様、全員の避難が終わりました!」

 

 「良かった。なら後は君だけだな」

 

 それから数分が経って建物内にいた全員を退去させる事ができた。

 後はメリーナ自身が退去すれば彼女の役目も終わる。

 

 「……カイト様」

 

 メリーナに呼ばれたカイトが振り返ると心配そうな表情をした彼女が見えた。

 その理由は当然、魔王との戦いだろう。

 

 「大丈夫だよ。ちゃんと対策は打ってある、魔王には必ず勝つさ」

 

 「……でも」

 

 カイトが言ってもやはり不安は拭えない。

 そんな彼女を安心させる様に頭を撫でながら、苦笑して言う。

 

 「僕だってまだやりたい事はある。……その…………クレアに好きだって告白もしてないしな」

 

 「…………」

 

 こんな緊迫した状況で出てきたピュアな言葉にメリーナは唖然して、そしてクスリと小さく笑った。

 

 「ふふっ……分かりました。確かにそれをやり残しているなら、こんな所でやられている場合ではありませんね」

 

 そう言った彼女に不安の様子は無い。気持ちが和んだ彼女は少し離れてお辞儀をした。

 

 「それではカイト様、またお会いしましょう」

 

 「ああ、また後で」

 

 まだ十数歳とは思えない程綺麗なお辞儀を披露したメリーナは、そのまま転移の光に包まれて退去した。

 

 これでこの建物内にいるのはカイトと目の前にいるラスボスだけになる。

 

 

 (……ごめん、メリーナ)

 

 

 その気持ちだけを残して振り返った背中を戻し、もう一度像を睨む。

 

 

 

 そして魔王が復活したのもメリーナが退去した直後だった。

 

 

 

 初代聖女像にヒビが入り爆発する。

 像の破片を半身で避けたカイトが、像の方を向けると一人の男が佇んでいた。

 砂埃があるせいで姿はよく見えないが、黄金の両目だけはよく見えた。

 

 間違いなく本物の魔王だ。

 

 「私が復活する時は、光の魔力の持ち主がすぐそばにいると思ったが……まさか聖女すらもいないとはな」

 

 砂煙の中にいる影から声が聞こえる。

 

 それだけで空気が変わった。

 魔王が呪文を使ったわけでは無い。ただその一声だけの圧で自分の体重の何十倍もの重さがのしかかる。

 

 (流石は魔王。並以下の奴では戦うことすらできないか……とっ)

 

 それを平然と受けながらもカイトは一歩左に避けた。

 

 それと同時に煙から一筋の光が放たれる。

 煙を吹き飛ばしながら放たれた魔術は、自分のすぐ右隣を通り過ぎていく。

 

 それが建物に当たった時、光がこの建物全てを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 「ふん、口ほどにも無い」

 

 前世で言う核爆発並みの爆発を生み出した張本人は、そう一人呟いた。

 周りは平地へ変わっており、建物の代わりに大きな砂煙が舞っている。

 その中心にいる人の形をしたそれは、はっきり言って並の人間とそう姿は変わっていない。

 頭にツノが生えていなければ、背中に翼が生えている訳でもない。

 

 違うのは黄金の目と彼が纏っている闇のオーラ。

 

 ブラックホールを思わせるほど莫大で、終わりが見えないその漆黒の闇は、幹部であるイヌティスと比較しても天と地程の差がある程だ。

 

 「我が天敵は…………都合がいい。まだ覚醒していないか」

 

 ただそこにいるだけで人を狂わせる程のオーラを持つ魔王に敵対できるのは光の勇者のみ。

 懸念点である相手を探すために、広範囲の魔力探知を使える彼が見つけ出すのにそう時間は掛からなかった。

 

 だが予想外な事にその勇者は真の力を引き出せていない。

 

 (引き出せていない……と言うよりは眠っているか)

 

 どう言う事情かは知らないが、魔王の目的である人類滅亡がより簡単になったのは好ましい。

 そう不敵の笑みを浮かべ歩き出す。

 

 「まあいい、目的さえ果たせば後はどうでも良いのだ。まずは勇者に慣れていない奴を殺すとして……」

 

 そこで歩みを止める。

 違和感を感じた魔王は、そのまま自分の間に従い振り返る。……先程カイトが立っていた方を見るために。

 まだこの空間に自分以外の誰かがいる事を察知して。

 

 「ふぅ〜……。今の威力、本当に魔王だな」

 

 砂煙が晴れていくと共に一人の男が姿を表す。

 当然怪我もなく、闇のオーラを受けても平然としている人間が。

 

 「おかしい。小鼠如きがあの攻撃を受けて無事であるはずがないが……」

 

 魔王は己の目を疑う。今のは本気ではないとは言え、ネズミからすれば強すぎる破壊力だった筈だ。

 己の力の源である闇の魔力を無効化する、光の魔力の持ち主ならいざ知らず、普通の魔力しか持っていない人間が五体無事なのはあり得ない。

 

 その魔王の考えを粉砕する様に、目の前の男は当たり前に話し始めた。

 

 「無事なのは当然だ。今から魔王を倒すと言うのに、アレで大怪我を負っていたら話にならない」

 

 「魔王を倒す? ……ふっはっはっはっ!!!!」

 

 魔王の目が見開く。無謀としか取れない男の言葉に。

 哀れな未来を思い描く相手を嘲笑う様に腹を抱える。

 

 「貴様は自分が言った事を理解しているのか! 光の魔力さえない奴が、どうやって私を倒すと言うのだ!!」

 

 「光の魔力無しで倒すんだよ」

 

 「────」

 

 今度こそ驚きという意味で目を見開いた。

 会話が合わないと魔王は思った。下等生物とは話すだけでもこんなにも疲れるのかと、魔王は思い出す。

 

 だが目の前の男は本気で言っている。

 その顔に油断も余裕もない。小鼠如きが、この魔王に対して真剣な眼差しを向けていたのだ。

 

 (その態度が気に入らないな……)

 

 その自信が魔王をイラつかせる。自分から逃げることしか無い相手が、傲慢にも自分に立ち向かう。

 それが気に入らなくてしょうがなかった。

 

 「……本気か?」

 

 怒りから魔力をのせた言葉を、目の前の男に突きつける。

 ただいるだけで周りに踏み潰される様な圧を放つ魔王が、目の前の男を排除するために魔力を送る。

 それが意味することは強力な、何倍もの圧を相手に与えること。しかも魔力が乗ることで、物理的に踏み潰される圧を送り込むことになる。

 

 

 だがカイトはそれで潰れるほど生半可な旅は送ってきてない。

 

 

 圧を受ける前と変わらず平然と答えた。

 

 

 「ああ本気だ。そうじゃなければ自分はここに立っていない……それに策はある」

 

 その瞬間、魔王の背後から四つの魔剣が襲いかかってくる。

 直線で突撃する速度は音速を超え、確実に立って魔王の首へと狙うが、見えない何かに弾かれてそのままカイトの周りへと戻った。

 

 「……そうか、威勢を張るだけの策はあるようだ」

 

 魔王はその傲慢な態度の原因を魔剣に見出した。

 確かにその魔剣を持っていたら、魔王を倒すと言いたくなるだろう。

 正直なところ魔王は驚いている。目の前の四つの魔剣に隠れている強大な魔力に対して。

 

 だが驚くだけで終わった。敵とみなすにはまだ足りない。

 

 「その剣は、確かに強い。他の者が相手ならそれだけで勝てただろう…………だが相手はこの魔王だ。強い武器を持っただけでは勝てんぞ」

 

 そんなことカイトは知っている。

 その魔王らしい自信を持つ理由は透明なバリア──つまり『盾』から来ていると。

 

 しかし魔剣だけで突破できないのはこっちも承知だ。

 

 「それはそうだろうな。魔剣だけじゃお前には届かない。でも──

 

 

 

 ───策は一つとは言ってないぞ?

 

 

 魔剣探しの為に旅に出たが、旅で得たものは魔剣だけでは無いのだ。

 そうして魔剣では足りない……光の魔力の代わりになるピースをカイトは使う。

 

 

 『オーバーロード』

 

 

 自分だけにしかできない特別な詠唱をする。

 それは前世を思い出した時に見た、カイトの魔力暴走を引き起こす為の詠唱。

 これを唱えると身体中の魔力が通常の数倍の速さで身体中を駆け巡る。

 

 「魔力の循環速度を上げるか……だが小鼠よ、それでは体が爆発するだけだが? そこからどうすると言うのだ?」

 

 普通の人間ではできない技を見た魔王は少し感心するが、それと同時に致命的な欠点がある事も一目で理解した。

 

 魔力の速さに体が耐えられない。

 魔王の指摘には一切の間違いはなく、現にカイトは体に来ている負担で苦しんでいた。

 

 『オーバーロード』はロイがカイトに下剋上されない為に作られた魔術、簡単に言えば自爆技だ。

 魔力とは爆発といった破壊に繋げるエネルギーでもある。だから自分の魔力が制御から外れてしまうと、身を滅ぼす結果にもなる。

 体……つまり魔力を抑える器より魔力の動きが勝ってしまったら、辿る結末はあの夢と同じ自爆。

 

 

 詠唱をした瞬間、夢の通りに魔力は加速して体は光りだした。

 

 

 「…………」

 

 

 魔王はその間何もしない。先程の核爆発クラスの攻撃を幾らでも放てる彼自身には絶対の自信があったからだ。

 

 その上、それ程の火力でも押し通せない『盾』と、核爆発を軽く超える威力を誇る『矛』がある。

 

 自分は勇者以外なら決して負けない。

 その思いが目の前の男を殺す事より、これから何をするのか見てみたいと言う感情を優先してしまった。

 

 それは慢心で、その選択肢は当然失敗である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 際限なく輝き続けた光は──突如その勢いが弱まった。

 

 

 

 

 

 

 「一体何が──」

 

 

 魔王が気づいた頃には、既に隣を通り過ぎた音だけが遅れてやって来た。

 

 

 「自分は元々勇者の力を奪う為だけに作られたホムンクルスで生贄だった。そして裏切られた事を考慮し、魔力速度を上げる暴走、つまり自爆技ができるようにこの体を作った人は設計した」

 

 

 目の前に男の姿は無く、目の前にいたはずの男の声は後ろから聞こえた。

 

 

 「────なら逆に言えば、いつでも魔力を暴走気味に加速できる」

 

 

 四大魔剣を統合させた剣を持つ彼は、魔王に振り返ってそう言った。

 

 

 前世を見たカイトは光の魔力や魔剣とは違う強力な武器は無いか考えた。

 そうして考えた末、色々あったが使いこなせれば短時間だけ強くなれる方法を見つけ出す。

 

 

 

 『オーバーロード』

 

 

 

 それは正確には自爆技ではなく魔力速度を上げる魔術である。ロイはこれを自爆に繋げただけに過ぎない。

 

 自爆してしまうのは体が耐えきれないほどに魔力速度が速くなるから。

 

 なら体がその速度を体が耐え切れるほどまでに抑え込んだら?

 

 そう思ったカイトは旅の途中で何度もその魔術を使った。

 

 本当に自爆しない様に調整しながら自分の魔力を加速させる。

 それは鼓動が加速する心臓を、強引に手で押さえて操作する様なものである。

 そんな自殺紛いの行為を行なってきた結果が今の自分だ。

 

 「……なるほど。それを上手く使えれば、これほどに恐ろしい強化魔術になるか」

 

 魔王は淡々とそう言って後ろではなく、右前を見る。

 

 

 

 

 そこには斬られて一部崩壊している『盾』の姿があった。

 

 

 

 

 魔王は男の事を『小鼠』から『敵』として認識を改め振り返る。

 

 「勇者である彼女に出番は必要ない」

 

 するとそこには剣をこちらに向ける人類最強の男がいた。

 

 「勇者の踏み台でしかない、偽勇者の僕がここで倒す」

 

 「……いいだろう。魔王である私に挑む勇気ある者よ」

 

 最初に放った核爆発クラスの魔法陣が魔王の背後に十数個出現し、その全ての砲塔がカイトへと向けられる。

 そして向けられたカイトは剣を四大魔剣に戻し、魔力を解放した。

 

 「光の魔力無しで私を倒してみるがいい!!!」

 

 「望むところだぁ!!!」

 

 魔剣と魔術が交差して魔王との戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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神話の再現

少し矛盾する部分があった為、加筆修正をしました。


 

 

 聖地ニルマだった場所。

 緑あふれる神聖な空間も人類の歴史を語る程の建物も、今はただの荒野になってしまった。

 そしてその上空で黄金の目を持つ者達が激戦を繰り広げている。それこそ歴史のページに残るほどの激しい戦いを。

 

 

 幾たびの爆発と衝撃が遥か真下にある地面を揺らす。

 一度の衝突で複数の爆発と衝撃が生まれる。

 その範囲は生き物という枠を超えて自然災害と呼べるほどの異次元さを表していた。

 

 

 

 もしこの戦いを見た人がいたらこう言っただろう。

 

 

 

 神話の戦いだと。

 

 

 

 前世でもこの世界でも、神話の英雄は大地を切り裂く海を割るなんて事をやっている。

 人知の理解を超える馬鹿げた戦いではあるが、その二人は今まさにそれをやってのけているのだ。

 

 

 遥か上空で戦っているのは幸運だった。もし舞台が地上だったら宇宙からでも良く見えるほどのクレーターが出来上がっていただろう。

 

 しかし遠くから見ているだけでも、その力強さは嫌でも感じると言うのに速さも格別だ。

 

 一度二人が接近すれば刹那に数十回の攻撃と防御のやり取りが行われる。その速度は二人にとって当然のもので、数分経った今も衰えることはない。

 

 

 

 それも当然。

 この場にいる二人は人類だけでなく、世界でも頂点に立てる存在なのだから。

 

 

 カイトと魔王。

 

 

 彼らの戦いに音速など遥かに遅い。

 

 

 

 

 

 

 彼らの速度は既に──神速に至っていた。

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 (クソッ、ラスボスらしくない全力だな!)

 

 反射的にそう思ったカイトだが、それを口に出す余裕は無い。

 目、音、頭、そして気配を感じ取ることに全力になって戦っていた。

 

 (四大魔剣を統合した剣を全力! それくらいの事でやっと『盾』に傷がつく!)

 

 最初の一撃の結果に僕は苦笑いしたくなる。

 今の僕は身体能力だけなら一番強い状態のはずだ。光の力の恩恵を、オーバーロード(調整ミスったら自爆する技)が僅かに上回る結果だ。

 

 だが残念な事に相性が悪過ぎた。光の魔力がないだけで攻撃がほとんど通らない。

 

 これだけでもキツイというのに、オマケにもう一つ難点がある。

 

 (その耐久度に加え修復能力があるんだよな、ホント理不尽だ!?)

 

 自動修復によって最初の一撃で出来た『盾』の傷はもう塞がっている。

 それなりに大きい傷だったのに数分で完治する厄介さ。渾身の一撃を何度も与えてやっと『盾』を突破できるのに、少しでも時間を掛けようなら完全に修復されてしまうと言うクソ仕様。

 

 (ラスボスは回復技を使わないと言うゲームのお約束は無しのようだな!?)

 

 そんな都合がいいことが無いのは分かっていたが、余りの面倒臭さに泣きたくなる。

 

 「どうしたぁ! 先程の攻撃をもう一度してみるがいい、出来るのならなぁ!」

 

 そんな事を思っていたのか魔王に接近を許してしまう。数百メートルは離れていたはずなのに、僅かでも目を離すと敵は目前まできていた。

 

 「ッ!? 集え魔剣!!」

 

 四つの魔剣を一つの剣へ統合したのを見て魔王はニヤリと笑う。

 

 「ほう、一瞬で出来るとは!!──ヘルフレイム!!!」

 

 「『氷結』!」

 

 殴る直前に青い炎を拳に纏わせた魔王に対して、カイトは真逆の魔術を、剣に纏わせる事なく周囲へと展開。

 青白いキリが周辺へと響き渡り絶対零度の

 

 あらゆる物を凍える世界を前に小さな青い炎が勝てるはずもなく消え去り、岩も粉砕する頑丈な拳だけが迫ってきた。

 そこへ全ての魔剣を統合した大剣で立ち向かう。

 

 「っアアアアア!!!!!」

 

 剣と拳による力のぶつかり合い。

 苦し紛れな叫び声と共に果敢に魔王へ挑むが、敵は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 「力が足りないな……堕ちろ!」

 

 言葉と共に剣は軽く弾かれ、力勝負の勝者は拳となる。

 剣で勢いを削ったはずだというのにそれを感じさせない程の威力。まるで空から落ちてきた鉄の塊にぶつかった様な衝撃を前にカイトは成す術もなく地へと落ちてしまった。

 

 (痛いな……また空に上がらないと)

 

 地面にぶつかる僅かな時間だけ身体能力を上げたカイトは、クレーターの中心地で平然と立ち上がり空にいる魔王を睨む。

 今更ではあるが戦いの舞台は空中であり、魔王は空を飛ぶ魔術を使って空中戦を可能としている。

 

 ただこの魔術を使えるのはごく一部しかいない。

 普通の人間から見て空を飛ぶ事はおとぎ話の世界の話だ。

 

 ……例によって光と闇の魔力を扱う者に関してはそうではないが。

 

 ゲームでも空を飛べたのは魔王と完全覚醒したクレアのみ。クレアの仲間である聖女だって出来なかった。

 

 

 勿論自分も光の魔力がないから浮く事はできない。

 ならなんで空で戦えていたかと言うと……

 

 (魔王は空を自由に動けて楽そうだな……こっちは()()ことしか出来ないのに)

 

 

 時は戻り炎の魔剣の守護者と戦った時。

 

 その時は光の魔力で空を飛んでいたが気がついた事がある。

 

 魔力消費が激しい。

 

 空を浮く為に大量の魔力を消費する事に気づいたカイトは、他に方法がないか考えた。

 出来るだけ消費が少なく空を飛んでいる相手と、ほぼ対等に戦える手段がないか。

 空を飛ぶだけならニルマに来るまで使った方法があるが、あれは真っ直ぐ飛ぶのに適した方法で戦う途中で何度も方向転換するのには負担が多い。

 

 

 「……ふんっ」

 

 視線を真上に戻すと空の色が変わっている。

 魔王の上空で黒い雲が螺旋状に集まり出し、その中心は青く光っていた。

 

 (……雷か)

 

 今から直線で飛んで行っても間に合わない。

 魔王に辿り着く前に雷が当たる。そう思いながら足に魔力を溜めて……真っ直ぐに飛んだ。

 

 『サンダーブレイク』

 

 魔王がそう言った一瞬、空から一つの雷が落ちてきた。目に止まらぬ速さで降ってくるそれを、特に気にすることもなく魔剣を召喚させる。

 

 そうして空中に突如現れた一つの剣を……足場にして真横に跳ぶ。

 

 カイトは考えた。別に空中戦をするのにずっと宙に浮く必要はないと。

 あくまで空中で戦えればいいだけなのだから、空中で足場を用意してジャンプすれば問題なしだと。

 既に魔剣が何本かあるから行けると思って実行したら行けた。こうして空中を飛べる相手にはこの戦法を平然と使えるくらいには使用してきたカイトである。

 補足としてカイトは普通に使っているが、クレアはともかくその仲間からは頭おかしいと思われていた。

 

 本題に戻ろう。

 

 「逃さんっ!」

 

 雷が直撃する前に避けたカイトだが魔王の攻撃はまだ続く。

 上空で作り出した複数の光が、避けたカイトの先に襲ってくる。

 

 しかし雷が落ちる直前にカイトはまた別の魔剣を出現させ、避けながらジグザグに魔王へ近づいていく。

 

 全く予想できない方向へ進んでいくカイトに魔王の雷は当たらない。

 そんな状態で空中を跳んでいくカイトは魔王の目前まで迫り……

 

「集え魔剣!」

 

 パリンと音を鳴らせて真上へ通りすぎる。

 

 「……バカめ、空に近づきすぎた。それでは回避も間に合わんだろう!」

 

 だが魔王はむしろ待っていたと言わんばかりに、上空にありったけ溜めた雷を降り注がせる。

 

 (むしろ予想通りだよ魔王……!)

 

 しかし焦りが無いのはカイトも同じだ。

 解除も一瞬で出来る魔剣、それを通り抜けた先に一つ出現させ踏み台にした。

 

 そして踏み台とはまた別に一つ。

 

 自分より上空に土属性を宿す魔剣を出現させた。

 

 「! まさかそれが目的で──」

 

 空から降る雷は茶の魔剣が受け止めるからカイトまで攻撃は届かない。

 

 その間に来た道を戻るようにカイトは下へ跳ぶ。

 

 (もう一度だ……集え魔剣!)

 

 今度は魔王との距離も短い。魔王の回避が間に合うわけもなく、同じところを斬りつけた。

 壊れていた所を綺麗に通っていく剣先が魔王の腕まで届く。

 

 「小癪な!」

 

 そこで初めて苦しい声を魔王から聞くことができた。

 腕から血が大量に出る姿はさぞ痛々しい。

 まあそれは実際にそうだろう。それを受けた魔王の顔は苦しそうで──憎悪に満ちていた。

 

 「貴様……! この俺に傷を…………傷をつけたな!?」

 

 どうやら怪我をしたのは初めてらしい。

 魔王の周りで暴走した魔力がバチバチと光を走らせる。

 そして魔剣の上に立っているカイトに対して、全方向から魔法陣の銃口が向けられた。

 全部最初に放った魔術だ。

 

 魔王が右手を突き出して空気を掴むように手を握る。

 

 「死ねぇ!」

 

 それを歯切りに魔術が発動するが攻撃が届く事はなかった。

 残りの三つの魔剣が魔法陣を蹴散らす。

 回転しながら突撃してくる魔剣が全ての魔法陣を蹂躙し、カイトの周りは魔法陣のガラス片が残るだけ。

 

 「怒ってくれるおかげで動きが分かりやすいな」

 

 怒りで使う魔力は増えたがむしろ隙が増えた。

 それは好都合と遠慮なくガラス片の空間を突き破って迫るカイト。

 

 「いちいち癪に触る!」

 

 そう言いながら手に闇の魔力を纏わせた魔王。

 腕の肘から手先まで伸びている魔力は剣状に姿を変えてカイトに立ち向かう。

 

 人の倍ある大剣と魔力の剣が交差する。

 当然のように音速を超える攻防は、周囲に剣と剣がぶつかる音を刹那に沢山響かせる。

 

 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 叫んで左手のみで剣を振るうカイトに対して、さっきと繰返しになるように魔王も魔力の剣を振るう。

 

 だが二つの剣がぶつかる直前にカイトの剣は消えた。

 一瞬驚くも、コンマ秒で魔王の冷静な頭がカイトが何をしたのかを見抜く。

 

 (消滅ではないな!)

 

 カイトは四つ統合させた剣のうち、三つの剣を解除させたのだ。

 今残っているのは手元にある一つの魔剣だけ。

 当然魔王の剣は空振りする事になる。

 元からこうなる事を狙っていたカイトに、魔王の空振りの攻撃が当たる事もない。

 

 (ッ……これでは防御が間に合わん!?)

 

 しかしこれが分かったとしてももう遅い。いやカイトの攻撃に剣で立ち向かう選択肢をした時点で手遅れだった。

 

 魔王の勢いは音速を超えるほど。

 

 それほどの勢いで出した攻撃をすぐに引っ込める事はできない。そして同じく音速以上で至近距離まで来たカイトの攻撃をどうにか出来るわけもなく、そのまま無防備な腹を晒す事になった。

 

 「まず一撃!」

 

 左手の魔剣で『盾』を切る。

 最初の一撃には程遠いがほんの僅かの傷が付く。

 

 剣の跡はおよそ十ミリもない。

 だが一撃目はそれだけで十分。

 ()()()()()()()()()()()()『盾』を見てカイトは焦る事もなく次の攻撃へ移った。

 

 「次に三撃!!!」

 

 斬撃でついた傷に右手に転移させた三つの魔剣で突く!

 

 これで合計四回分の魔剣攻撃を与えた事になる。

 それが証明された様に一点集中を狙ったその一撃で盾はガラスの割れた音を鳴らしながら崩壊していく。

 

 (届いた……!)

 

 それで突破できたのは剣先の僅か一部しかないが、次の攻撃へ移るには問題ない。

 

 体に溢れた魔力を手から剣へと移し。突如剣先から光が溢れて魔王の体へと一筋の線が膨大な魔力と共に発射される。

 

 最初に魔王が放った魔術よりはるかに威力があるビームだ。

 

 強力な魔力の爆発が魔王を襲う。

 その上『盾』が中途半端にしか壊れていないから、攻撃の余波もほぼ全て『盾』の中で暴れ回る。

 

 「グゥぅ!!!」

 

 魔王に与えたダメージはとてつもない。

 それで怯んだ魔王をカイトが見逃す訳がなく、四つに分けた魔剣で魔王をすぐに襲う。

 

 わずか数秒、されど数秒。

 

 手を休める事もなく連続で襲いかかってくる魔剣に『盾』は少しづつ削れていく。

 魔王を最強たらしている『盾』が消えていきバリアもない魔王の姿が露わになっていく。

 

 (今なら一気に壊せる!)

 

 そして両手にそれぞれ二つ合体させた剣を持って十字に切りバリアは半壊した。

 後は叩き込むだけ。

 

 四つに分けた剣と己の拳を魔王に叩き込む。

 音を置き去りにする攻撃を連発していき、魔王の体に直接傷を付ける。

 しかし硬い。

 流石に『盾』程では無いが、この攻撃だけでイヌティスを木っ端微塵に出来る威力はある。

 

 (けど目の前の魔王さんは沢山の傷はあっても、致命傷までは無いか……!)

 

 とはいえダメージを与えているには与えている。少しずつ剣で体が欠けていくのが見えた。

 

 「ふざけるなぁ!」

 

 流石にこのままでは不味いと思ったのか、魔王は防御から転じて拳を突き放つ。

 だが所詮は勢いで出しただけの拳。

 

 カイトはそれを冷静に判断して避け反撃を開始する。

 魔王の目からは自分の攻撃を綺麗に避けるカイト、そしてその後ろから迫ってくる一つの魔剣。

 

 (なにっ……!?)

 

 カイトがやった事はこうだ。

 魔王とカイトの後ろで直線上に魔剣を配置して、魔王からはカイトしか見えない様にする。

 それで魔王の攻撃を僅かに避けたら、その避けた隙間から後ろの魔剣を突撃させる。

 

 既に出してしまった手は戻す事も防御もできる訳がなくそのまま攻撃をくらい、痛みで無防備になった魔王に別の魔剣が襲いにいく。

 

 もちろんその間にもカイトは拳を魔王にお見舞いし、さらに別の魔剣も魔王へ叩き込まれていく。

 ボコボコにされている中で反撃してくる魔王の攻撃も大した事はない。焦らずに、しかし傲慢にもならずに先程の小手先のテクニックで魔剣を死角から放ち攻撃を続ける。

 

 一方的な殴り合い。

 

 魔王は強すぎるが故に格上と戦った経験は無く、対等の相手との経験も貧しい。

 

 それに対してカイトは今までの旅で、格上の戦いは嫌というほどやってきた。

 

 相手にとって圧倒的有利な場所での、魔剣の守護者との戦い。

 

 そして日に日に強くなっていく勇者クレア。

 

 カイトも強い人間だが、人間の頂点に立つ相手やそもそも人ですらない化け物には何度も会ってきたし、その度に致命的な傷を負った事だってある。

 

 この経験の差が一方的な殴り合いを実現させていた。

 

 

 

 

 

 

 だがカイトの冒険はいつだって上手くは行かなかった。

 

 

 

 

 

 「ハァァぁぁーーーー!!!!!」

 「ッ! こいつ!?」

 

 

 何度も剣が刺さり、体がボロボロなはずなのにそれを感じさせない覇気。カイトは鳥肌が立つのを感じながら魔力の風に吹き飛ばされる。

 

 ただ内にある荒ぶる感情に任せて魔力放出しただけだが、放ったのが魔力量が規格外の魔王である為にそれだけで一つの攻撃として成り立った。

 

 (クソっ……早く体勢を立て直さないと!?)

 

 吹き飛ばされながらすぐさま体勢を整えるが、魔王は既に目と鼻の先にいた。

 音速の前では百メートルの距離など無いに等しい。

 

 前の動きより確実に速くなっている事に反応が遅れたカイトは戦いの攻めと守りの立場を逆転させられた。

 

 「許さんぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

 魔王らしくもない怒りまみれの雄叫びと共に、しかし先程の焼き回しをするように魔王は殴ってくるだけ。

 それならと、カイトも同じように躱し魔剣を放った。

 

 それが致命傷になるとも気付かずに。

 

 (掴みやがった!?)

 

 魔王は己の怪我など気にせずに迫ってきた魔剣を手で受け止めたのだ。それも剣身を素手で掴んで。

 

 明らかに動揺してしまうカイトへ、魔王は手から溢れ出る大量の血や痛みにはものともせずにもう片方の腕でカイトを殴りにいく。

 

 (なら今度は……!!!)

 

 まだ『盾』は修復されていない。尋常じゃない様子を見たカイトはこちらも全力で対応する。

 自分がギリギリ当たらない所まで魔剣を呼び寄せてそのまま魔王の両腕を切った。

 

 攻撃をするにしてもそもそも拳がなければ意味が無いはずだ。

 回復の時間もそれなりにかかるはず。そう思っての行動だったが魔王はその予想を上回る。

 

 「ガァァァァァ!!!!!」

 

 (こいつ……まだ本気じゃなかったのか!?)

 

 一瞬で腕は回復した。

 

 いやそれは復元と言ったほうが良いのだろうか。さっき切り落とされたはずの腕が既に元通りになっていた。

 

 腕を切り落とされてからの一秒足らずの時間。

 魔王の出鱈目な魔力量と魔術の才能を最大限活用して、僅かな時間で瓜二つの腕を作り出したのだ。

 

 切られた腕を一瞬で元に戻し攻撃を続ける。

 あまりものゴリ押しにカイトは驚きという隙を作ってしまった。

 

 「しまっ──!?」

 「ウォオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 その結果受けたのは一撃。

 なんの小細工もない、闇の魔力を纏っただけの拳だ。

 

 だが……致命傷だ。

 

 「ガハッ──!?」

 

 魔王の拳はカイトの腹に集中させた魔力障壁を容易く貫通し、大量の血が地面へ降る。自分の血がまるでシャワーのように出て行くカイトは意識を失いそうになるが、そうなれば本当に永眠してしまう。

 

 (ここまできて負けるわけにはいかないんだよっ!)

 

 気絶を意地でどうにかして、カイトはもう一発殴ってくる魔王に剣を差し向ける。

 遥か上空から隕石のように落ちて行く中、二つの剣が魔王に向かって交差し魔王の両腕は切れた。

 

 しかしこのままだとさっきの焼き直しに過ぎない。

 

 切られた腕のことなど気にせず、腕がないままこちらに殴り込もうとする魔王。

 一度でもあの拳が直撃したのなら、今までカイトがやってきた事は全て水の泡になるだろう。

 

 (ふざけんなよ! 今までたくさん犠牲にしてきたのに、無意味になんてさせるか!)

 

 心の底から怒りが湧いてくる。

 死が近づいている状況でカイトが感じていたのは恐怖ではなく怒り。魔王に対する怒りだけではなく、己の不甲斐なさを思う怒りだ。

 

 ユウキを犠牲にした。

 クレアも犠牲にした。

 そんな僕でもお父さん達は助け出してくれた。

 

 失敗なんてしてたまるか。

 そう意気込み回避しようとするが、体に魔力が通らなかった。

 

 (風の魔術で──できない?)

 

 口から大量の口が溢れる。黒く濁った血が大量に。

 意識が遠のいて行くのを感じながらも必死に魔力が通らない原因を探り、見つけ出すのには早々時間は掛からなかった。

 原因は体内にあった。自分の腹を貫通したまま残っている魔王の腕だ。

 

 (くそっ、これを媒体に魔力の流れそのものを止めてるのかよ!?)

 

 魔王の攻撃が到達するまでコンマ代。魔術は全て使えない。なら他に攻撃を防げる手段がないかと感覚で探ったら魔剣が反応した。

 

 魔剣は問題なく使える。

 

 それを理解した瞬間に魔剣全てを自分の前に展開して盾にする。

 

 「魔剣よ集っ──」

 「遅いわぁ!」

 

 だが間に合わなかった。

 音速での戦いに僅かな困惑は致命傷に繋がる物だった。

 

 魔剣が不完全に集まった状態で魔王の強烈な拳ストレートが放たれ、それは魔剣を軽く吹き飛ばし、その下にいるカイトへ直撃する。

 

 殴られた勢いを止める事はできずに地面へ激突する。

 一回、二回、三回、と何回も地面を弾んでようやく止まった。

 

 (早く……体勢を戻さないと)

 

 血が目に入っているが気にせず立とうとして……立てない。腕に力が入らないようだ。

 また呪いかよと思いながら敵を見上げる。

 

 (クソっ……アイツから傲慢な気配が消えたな)

 

 見上げた空には眩しい光の玉が二つ。人並みに大きい光の玉は黄色い輝きを放ちながら空中で佇んでいる。その二つからは最初に放たれた神殿を荒野にしたあの魔術よりも濃い魔力を感じた。

 魔王の奥の手……『矛』ほどではないが今のカイトを仕留めるには充分だろう。

 

 「さっきのは痛かったぞ。あれほどの痛みは久々に感じた」

 

 そう言った姿からは先ほどまでの怒り狂った様子はない。冷静になった今の魔王では隙をつくこともできない。

 

 (どうする……どうやってこの場を切り抜ければいい……!?)

 

 「本来なら少しは何か言うべきだろうが、お前相手に時間を与えてはならんな」

 

 何か打破できないか頭を回すが魔王はそれを許すことはなかった。

 二つの光の玉の輝きが増す。それは魔術の発動を意味する事で、カイトが死を意味することでもある。

 

 「では死ね」

 

 冷酷に残酷に、魔王は死の先決を下し……。

 

 

 

 (あれは……?)

 

 

 

 カイトは魔王の背後に三つの光を見た。

 今もカイトを殺そうとしている魔術とは違い真っ白な光だ。純潔を象徴するまるで勇者のような光が、魔王を襲った。

 

 二つは光の玉へ。そして三つの中で一番大きな光の()は魔王本人へ。

 

 「っ! 新手かっ──」

 

 魔王も何かが近づいていることに気づくが遅い。

 振り返った時には光の槍と魔王はもう目と鼻の先。防御も間に合わずすれ違い様に切られた。

 

 「このぉ!?」

 

 「アンタは後よ!」

 

 「今の声は……!」

 

 そして聞こえるはずのない声が聞こえた。

 昔から聞き慣れた、そして決別したはずの助けに来ないはずの声が。

 

 「……あなたには色々言いたいことがある」

 

 白い光がカイトの前で突然止まって降り立つ。

  

 「けど、それ以上にあなたに謝らなければいけないこともある」

 

 地面に降り立つと同時に足音が一つ。

 光の輝きは薄れ、徐々に中にいる人の姿が露になった。

 

 「……なんでここに」

 

 その鎧の輝きが、その右手に握られている剣の光は、この世界に生まれてから見てきたもので一番明るくて、前世でテレビ越しで見慣れてきたものだった。

 

 まるで空想から現れたような理想の具現化。

 鎧と剣の輝きは人を守る意志を表しているようで、そこにいるだけで自然と心が安心する。あの魔王がすぐ近くにいると言うのに。

 その人が持つ武器と防具は神話に語られる『伝説の装備』として存在している。

 

 そして何よりそんな伝説の武器を着こなしている、憧れがあり好きだと思っている大切な幼馴染。

 

 「なんでここにって、貴方を助けるために決まってるでしょ」

 

 『勇者クレア』がこの地に舞い降りた。 

 

 この出会いは一生頭に残るほどの幻想的な場面だ。

 しかしカイトにとってそんな事より、クレアがあの本気の魔王と対峙していることの方がよっぽど重要だ。

 運が悪ければ、いやたとえ運が良くても彼女が死ぬかもしれない。

 

 「バカ……! お前が死ぬかもしれないから本気の魔王と戦わせないように──」

 

 カイトが焦るように話すが最後まで言う事はできなかった。

 

 クレアの人差し指を口に当てられて止められたから。

 

 「……なんだ、やっぱり私の事を守ってくれてたのね。信じてよかったわ」

 

 そして今まで聞いたことがないほど優しい声でクレアはそう言った。

 

 (…………)

 

 優しい彼女の顔が小さい頃好きになったあの時の彼女と姿が重なってカイトはそれ以上何も言えなくなった。

 目を丸くするカイトを前に、クレアは「それに」と話を続ける。

 

 「あんなに助けて貰って何も返さないなんて、私が許せないわ。あとは……こうやればいいのかな」

 

 クレアが何かを探るように手に動かしていると光が生まれる。その真っ白な光をカイトの腹に刺さっている魔王の腕へとかざすと、魔王の腕は綺麗に消えていった。

 貫通された腹も元通りになっている。

 

 「これは……ユウキから受け取ったんだな」

 

 「彼すごかったわよ。私なんかより冷静に行動できてた。……いい相棒持ったじゃない」

 

 「……だろ」

 

 既に輝きは本来の勇者と同等。もはや戦勇者という称号は偽りでしかなく、光の勇者そのものだった。

 だが今話している相手は勇者ではなくてクレアだった。村にいる時や城にいる時の彼女と全く変わっていない。

 

 「って、今そんなこと話してる場合じゃない」

 

 「ええ、この話をするのは戦いの後……と言った所ね」

 

 ちょっとした身内話をしていたクレアは優しい笑顔を引っ込めて背後へ振り返る。

 戦意を研ぎ澄ませた目の先には光の玉を失った魔王がいた。だが奴の体の魔力が回り始めているのを感じとれる。

 

 「なるほど、本物の勇者か。だが力は引き出せておらんだろう」

 

 先ほど斬られた魔王の表情に焦りはない。

 クレアによって斬られた傷から光の粒子が溢れているが、その傷はすぐに消えていった。

 光の勇者になれたクレアだが魔王との差は埋まっていない。

 

 (……やっぱり力を引き継いだばかりで全力は出せないようだな)

 

 魔王の様子を見てやっぱりかと目を細めるカイト。カイトが単独で魔王に立ち向かったのはこう言った事情がある。

 クレアも否定せず沈黙している。彼女もその事は分かっているのだろう。

 

 「今のお前ではこの俺に勝つ事はできん。勇気と無謀を履き違えるなよ? 小娘」

 

 魔王は分かっている。カイトが()()()()()()()()()()戦い始めた時のスペックを発揮できない事を。

 魔王の呪いが解けたとしてもカイトが善戦する事が不可能だという事を。

 

 「……まあ確かにね。私一人じゃあどうやったって勝てないわ。悔しいけどそれは事実」

 

 敵の言葉をクレアは受け入れる。

 

 

 「───でも」

 

 

 でもそれは絶望しているわけでは無い。

 笑みを浮かべながら背後にカイトを見て、手を差し伸べた。

 

 「ここにはもう一人いるわ」

 

 それは初めて会った時と同じだった。

 倒れているカイトと、手を差し伸べてくれたクレア。

 

 ただ違うのは。

 

 

 

 憧れるだけの存在ではなくともに戦う『親友』だという事だ。

 

 

 

 「カイト。言ってたでしょ? みんなを守れる程強くなるって」

 

 「……そうだな。そうやって僕達は強くなって、何度も壁を越えていったんだ」

 

 差し伸べられた手を掴みカイトはクレアと肩を並ぶ。

 クレアは光の剣を、カイトは四大魔剣をそれぞれ構えた。

 

 (……一緒に戦うのは久々だな)

 

 人類をかけた戦いだと言うのに懐かしさを感じてしまったカイトは笑みをこぼしてしまう。

 この戦いに不安なんてない。自分が最も信頼している人が隣にいるのだから。

 

 「クレア」

 

 「なに?」

 

 カイトはクレアと目があって言った。

 

 「ありがとう……そして勝つぞ」

 

 「………………もっちろんよ!」

 

 それを合図に互いの魔力が解放されて、新たな戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 



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決戦。そして──

 

 「クレア、作戦は」

 

 「ユウキから聞いてるわ。後は貴方に任せる」

 

 「話し合いは終わりだぁ!」

 

 短い会話に割り込んでくる魔王が真っ直ぐこちらへ突っ込んで来た。

 

 『盾』は修正されているが完治はしていない。完全体の盾でも攻撃が通る光の剣はもちろん、カイトでも攻撃が通りやすい状態だ。

 速さは驚異。しかしそれだけだ。

 

 「そんな攻撃当たらないわよっ!」

 

 焦る事なく避けたクレアはすれ違い様に斬るがその攻撃は受け止められる。

 剣は相手の体まで届かず『盾』の所で剣は止まっていた。

 

 (光の魔力があるのになんで……!?)

 

 クレアの目が見開く。光の魔力は魔王の『盾』と相性がいいから、()()()()()()()()()()()()()()突破できるとユウキから説明されていたからだ。

 

 しかし実際は違った。『盾』すら突破できていない。

 

 「こっちも忘れるな!」

 

 予想外な出来事が起きても動揺する事なく、攻撃の手を止めないカイトが魔王の背後から四大魔剣を合体させた大剣で斬りにかかる。

 

 だが魔王は片腕で受け止めた。

 

 「痛いな……だがこうすればその剣も届かんだろう」

 

 掴むのは流石に無理だと思ったのか、片腕全体をクッションとして使い胴体まで剣が届かないようにしている。

 剣は腕を貫通した所で止まっている。

 強烈な一撃を防がれてもカイトは焦りはしない。その代わりに彼の心の中で埋め尽くされていたのは違和感だ。

 

 明らかにさっきまで戦っていた魔王とは違う。

 

 さっきまでなら痛みなんて許容できない、傲慢な魔王だったはずなのに今では戦いに勝つ為にはプライドを捨てて合理的な行動に移せている。

 

 明らかに変化している。いや……これは。

 嫌な予感がしたカイトは確かめるべく魔王に話しかけた。

 

 「さっきは傷が付くのをえらく嫌ってたくせに、どういう心境だ?」

 

 わざわざ相手の質問に答える義務なんてあるはずないが、今まで戦ってきたカイトはコイツなら答えるだろうと言う確信があった。

 そしてその予想は的中し、高圧的でも蔑むようでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()を浮かべて口を開く。

 

 「なんだ、お前と戦って俺も学んだわけだ。『盾』の使い方も、何かを成し遂げるには少しは犠牲が必要だということもな」

 

 「……チッ」

 

 情報はくれたがこちらが不利な事に変わりがない事実に分かりやすく舌打ちする。

 

 (ただでさえ強い奴が厄介になってきてるわね)

 

 代わりにクレアは今の説明で攻撃を受け止められた原理がわかった。どうやら『盾』の範囲を一部に集中させる事で本来以上の硬さを発揮させたらしい。

 

 さっきの魔王の発言にいきなり出てきた新技術。

 

 火を見るより明らかだ。()()()()()()()()()

 

 それがどんな事を意味するのか、カイトとクレアの二人は事細かく理解していた。

 

 ((想定以上に早く仕留めきれなければ負ける……確実に!))

 

 魔王は強力なボスとして君臨していたが強者らしい弱点を持っている。

 

 油断。

 

 戦う者が全てを超える力を持てばそれは余裕となり、圧倒的な力の差によって本気を出す必要がなければ手を抜き始める。ここで精進しようという気概がなければ余裕は油断へ堕落するのが常だ。

 

 常なのだが……流れを変える存在が現れた。

 正確には立ちはだかったと言うべきか。

 

 堕落していた魔王の前に立ちはだかったのはカイト(勇者)

 

 今まで会うことの無かった本気を出さなければならない環境を彼が持ってきてしまった。

 彼が魔王の油断を切り刻んで成長に繋げてしまったのだ。

 

 回るはずがない歯車(イレギュラー)がカイトによって動き始めてしまう。

 

 「……そのまま成長しない方がこっちとしては嬉しいいんだけどね」

 

 クレアはそう言ってすぐ下がり、同じタイミングで魔剣の剣先から魔力を解き放つが魔王は姿を消して不発に終わる。

 

 「見えてるわよっ!」

 

 斬撃をカイトの真上に向かって放つ。円弧を描いて放たれた光の斬撃は突如現れた魔王に直撃したが、これもダメージはない。

 範囲を集中させた『盾』によって光の力すら受け止めた魔王は上空へ飛んでいくが、勿論そんな事で諦める二人ではなく──

 

 「逃すか!」

 

 「母なる光よ、一人の子羊に自由(そら)を!」

 

 カイトは魔剣を。

 クレアは背中に白い羽を生やして追跡し、攻撃を続ける。

 

 

 クレアは光の出力を調整しながら『盾』を少しづつ削っていき、カイトは『盾』に出来ている穴を狙って本体を直接斬りに行く。

 

 共闘するのに約二年のブランクがあるというのにそれを全く感じさせない。

 

 片方が攻撃して作った死角から、もう片方がタイミングよく攻撃を仕掛ける。

 ただ攻撃するだけではなく『盾』を展開できる範囲も考えて、掛け声もせずに寸分間違える事なくそれを実行しているのだ。

 

 決別するまでの長い間一緒に過ごし一緒に戦った時間が、まるで心の声でも聞こえているかのような絶妙なコンビネーションを発揮していた。

 

 斬る。

 斬る。

 斬る斬る斬る斬る斬る……。

 

 反撃できずにただ斬られていく魔王。

 しかし徐々に削れていく『盾』を目にしながら魔王は冷静だ。怒りに任せて行動する事なく、むしろタイミングを見計らっているようにも思える。

 

 「──ここか」

 

 斬り始めてから数秒、魔王が笑みを浮かべた瞬間に魔力の爆発が起きた。

 前回は感情でたまたまやった事を今度は意図的にやってのけてきた。

 

 技術の成長速度が恐ろしいがカイトはその技をもう知っている。僅かな魔力変化を感知して波がこちらに到達する前に魔剣を盾代わりに展開。

 

 「ほうっ、これを容易く防ぐかっ! その上──」

 

 予想とは僅かに違う展開に魔王は興奮する。

 僅かに違う点。それはカイトの魔剣召喚の事か。

 

 「はぁ!」

 

 違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の知らない攻撃が親友の盾によって防がれた光景を見て彼女は動きを止めなかった。

 むしろ分かっていたかのように攻撃を続ける。

 

 光の魔力を警戒していた魔王は彼女の攻撃を中断させる為に今の技を放ったが、その作戦は全く通用しない。

 お陰で大量の光の魔力が乗った剣が目の前まで迫っていた。

 

 (……ふむ、直撃したら即死だな)

 

 死神の鎌が目前に迫っていながらも魔王はこの状況のを冷静に考えていた。

 

 今いる位置では確実に真っ二つ。

 回避しようとしても当たるのは確定。全力で避けても大ダメージを受ける。

 その後に少しでも動きを止めていたらすぐに真っ二つだ。

 

 (ならばこうか)

 

 刹那に長考した末に選択した行動は回避。

 だが魔王の予想通り攻撃を完全に避ける事は出来なかった。

 剣先が己の肩から腹まで綺麗に斜めに切られる。

 その痛みは光の力も合わさってカイトから受けたどの攻撃よりも大きい。

 

 魔王になってからこれ程の痛みを感じたのは初めてだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光の剣が己の体に入る直前、魔王は一つの無詠唱魔術を発動させていた。今は『盾』もない上に時間がなさすぎる為、防御する事もできないが仕方ない。

 

 魔術が発動し、正体を知ったクレアとカイトの表情が変わる。

 

 「少しは痛いのを食らっていくがいい」

 「……アンタまさかっ!?」

 

 ニヤリとしながら魔王がそう言うとあたり一面が光で包まれ──

 

 

 

 

 爆発した。

 

 

 

 使った魔術はそう、復活して最初に使った爆発魔術と同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「その手で来るなんてな……本格的にしぶとくなりやがった」

 

 「ごめんカイト……」

 

 爆発が消えて姿が明らかになる二人。

 さっきの至近距離からの実質的な即死攻撃を受けたクレアは運が良くて瀕死、悪くて木っ端微塵になるはずだったが、その姿は健在だった。

 

 だが無傷とはいかない。

 魔剣でダメージは大きく減らす事はできたがゼロにする事はできなかったのだ。大幅に減らせたとしても元のダメージが即死。

 よって死を免れたクレアだが所々大量の血が出てるその姿は痛々しい。

 

 そしてカイトも大きなダメージになっていた。彼もまた残りの魔剣で攻撃を受け止めたが完全にダメージを消す事はできなかった。

 

 片腕に片目も血だらけ。距離は遠いはずなのにクレア以上に傷が酷いのは、恐らくクレアを守る事を優先したからだろう。

 

 (ふざけるなっ! ……カイトはこんな怪我をいくらでも乗り越えて来たんだ……!)

 

 親友にまた守られたことに対する不甲斐なさがクレアの意思をさらに強くする。今まで昔からの親友に守られていた事を知った彼女はこの程度の痛みで止められてたまるものかと心が燃え上がる。

 

 「クレア……行けるか」

 

 クレア以上に痛いはずの彼の目は死んでいない。なら私が諦めるわけには行かないと歯を食いしばった。

 

 「……ええ、勿論!」

 

 クレアは彼に心配させまいと精一杯やる気のある声でそう言い、気力のある声を聞けたカイトはニヤリと笑った。

 分かりきっていたが二人とも戦意は十二分に有る。

 ならばと二人は隠れた魔王を探す為に辺りを見渡し始めた。

 

 「至近距離で……爆発魔術を発動させたのは、アイツにとっても苦肉の策のはずだ」

 

 「むしろ今が攻め時のチャンス……けど相手だってそれぐらいは分かってるわよね」

 

 しかし見えない。

 

 爆発とともに生まれた爆煙が彼女達を包んで見える景色全てを真っ黒に染めている。

 

 「これだと目で見つけるのは困難ね……」

 

 「魔力探知も使えないしな」

 

 用心深い事に魔力眼も同時に封じに来たらしい。

 目視では黒煙で何も見えずに、魔力で感知しようと思えば目眩がしそうになるほどの魔力濃度。

 黒煙と同じ様に見渡すもの全てが魔王の魔力。

 普通にこんな事をしたら魔力枯渇で気絶通り越して死に至る。

 

 災害級の魔王だからやれる芸当だ。

 とはいえやっている事も災害級。何のリスクも無しにやれる事じゃないのも事実だ。

 それだけ時間を稼ぎたいのだろうが……

 

 「クレア、あいつは?」

 

 「上」

 

 質問にこれまで無いほど単純に返して来た言葉を聞いて納得するように頷いたカイト。

 

 「僕と同じ予想だな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、緑色の方に魔力を通す。

 黒い煙が邪魔しているならやる事は単純。

 風で全て吹き飛ばせばいい。魔剣の魔力伝導率を考えれば魔力を空へいっぱいに撒き散らすよりコストが安く済む。

 

 『風よ……』

 

 風の魔剣から放たれる魔力に言霊を乗せる。少しだけ威力が強化されたカマイタチが魔剣を覆うように暴れ始め……

 

 『荒れ狂え!──』

 

 主人の言葉によって上方へ解き放たれる。

 風のミサイルとなって直進した透明な緑の魔力は、通り過ぎた場所だけにとどまらず前方の黒煙を吹き飛ばす。

 

 真っ黒な世界が一瞬で青空に変わる景色は神秘的にさえ感じるが、風が向かった先をよく見れば小さな黒い点が一つ……魔王がいた。

 

 そして魔王と風の魔法の間に一つ。

 

 不死鳥の如く真っ赤に燃える……恐らく奴が放っただろう炎の魔術が愚かなる反逆者達を仕留めようと急降下していた。

 

 いきなり話は変わるが魔術と魔力の属性に相性は存在する。

 炎は水に弱いのが当たり前のように水の魔術に炎の魔術を当てても、炎が消滅するのは誰でも分かるだろう。

 今回のケースだと炎に風を当てる事になり当然炎が有利となる。

 

 ……厳密に言えば相性が有るだけでそれで全てが決まるわけでは無い。

 極端な話、さっきの炎と水だって水の十倍以上の炎を当てれば流石に炎が勝つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし今回は単純な風と炎のぶつかり合い。量もほぼ同じ。

 よって導かれる結末はぶつかり合って風が消えるのではなく、炎が風を吸収してさらに強くなるという最悪なもの。

 

 魔王の予測通りに炎は風を食い尽くして一回り大きくなる。

 大きさは約人の数倍。

 それは当たれば大ダメージとなるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 『──そして』

 

 言霊を紡ぐ。

 

 風を生み出したカイトは元々口を止めていなかった。

 あらかじめ分かっていたかのように、事実魔王の成長速度や厄介さを考慮した上でそうしてくるだろうと確信した上で……魔剣に魔力を伝え続けていた。

 

 『水よ──』

 

 最初に光ったのが緑の魔剣なら今度は水色の魔剣。すなわち水属性の魔剣。

 

 青の魔剣は水を激流のごとく迸らせ──

 

 『炎をくらい尽くせっ!』

 

 目前に迫る不死鳥を破ろうと水龍を打ち上げた!

 

 

 天から堕ちていく不死鳥と地から天へと向かう水龍。

 両者が激突する。

 

 火炎放射器のように燃え広がる炎に対してミサイルのように細い水。

 見た目の量は全然違うが中身(濃度)に大きな差は無し。

 

 よって魔術のぶつかり合いの勝者は水になる。

 不死鳥は水龍に飲み込まれて復活する事なく消えてゆく定めだろう……

 

 「!?」

 

 カイトは目を見張った。

 水龍と不死鳥が均衡……いや水龍が呑まれかけている事に。

 

 「チッ……やっぱり!」

 

 目に魔力を通し原因を探れば理由は明白だった。赤い炎に混じって僅かに黒い炎が見える。

 そいつの正体は魔王のみが持つ闇の魔力。

 

 別に量だけではなく条件次第によっては相性に打ち勝つことだってできる。

 その条件の一つがこれだ。

 

 闇の魔力は光以外の属性の攻撃が通りにくい。

 簡単に言えば同じ量の闇と炎の魔術が当たれば闇が勝つという事だ。

 今回は炎の魔術と水の魔術の背比べでは水が勝ったが、炎に加担した闇の魔力はその勝敗結果を逆転させる程の量だったという事だ。

 

 闇が炎に勝った結果に魔王は笑う。

 

 (今のお前では避けることすら難しいだろう)

 

 見るからに痛々しい姿からは炎を避ける能力は見れない。

 そう思って余裕をかましていた魔王だが──

 

 

 

 闇の炎が突然消える。

 消えていく闇の中から光が見えた。

 

 

 

 「──はぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 「なにっ……!?」

 

 不死鳥を殺しさらに魔王を殺そうと迫ってくる光の影が一つ。

 勇者クレアだ。

 

 闇が四つの属性に有利なように光も闇に有利を取れる。

 相性を考えば確かにこの方法はいいだろう。

 

 だが魔術に打ち勝つ事はできても痛みまで無くすことはできない筈だ。そもそも勇者クレアは先程の爆発で大きなダメージを受けている。

 現にこちらへ斬りかかろうとする彼女は血と闇の炎でいっぱいだ。初めて現れた神聖さなんで見る影がないほど真っ赤で、今も闇の魔力が彼女を食い尽くしているその姿は痛々しかった。

 

 「貴様、狂っているのか! その体で俺の闇の魔力を受けるなど……!」

 

 『盾』の修復は出来ていない。範囲を集中させても今の状態では光の魔力が貫通して来る。

 だが他に取れる方法があるわけでもなく全力の彼女の剣を盾と腕で受け止めた。

 

 「ええそうね。正気ならこんな事はしない!」

 

 だが剣を止めれるはずがなかった。

 盾を貫通し腕を切り始めた彼女の剣……腕には怒りがあった。

 

 「でもアイツは! 私を守る為に、全てを捨てて来たのよ!!」

 

 魔王も限界まで腕に魔力を流すがそれも持たない。

 剣が腕を綺麗に斬り、魔王の体へと迫る。

 

 「なら私がこの程度で止まるわけには行かないじゃない!!!」

 

 パチン。

 

 彼女の心の底から発した叫びと『盾』が割れたタイミングは一緒だった。

 これで魔王の切り札の内一つは使えない。そして後は……

 

 「ふざけるなぁ!」

 

 だが魔王も粘る。片腕を斬られてもなお彼は抵抗する。いやむしろ余裕がなくなったのか、守りから攻めへと変える。

 

 「ぐっ!?」

 

 光の剣が心臓に届く可能性がある事を承知した上で、斬られながら勇者へ反撃した。痛みもある。死ぬ可能性もある。

 だがここでやっと魔王は全てを超える超越者ではなく、ただの戦士となったのだ。

 

 光が溢れる。

 

 それはついさっき見たばかりの物。

 

 (こいつ、その状態で爆発を!?)

 

 「これでもくらえぇ!」

 

 同じことの繰り返し。

 だが今の魔王がそれをやれば命の保証はないから、直ぐにはやらない筈だとクレアは思っていた。

 実際に運試し。まさか傲慢な魔王がそのような行動に移すとは。

 

 (っ、防御が──)

 

 至近距離での爆発をクレアは受けてしまった。

 

 

 

 (クレアっ!?)

 

 体は焼死体のように焼けて、動かなくなった彼女は頭から地面へと落ちていく。

 

 そして魔王は。

 

 「っアアァァァァ!」

 

 最悪な事に運に勝っていた。

 ボロボロの体でも煙を吹き飛ばした咆哮を出すその姿は力が溢れている。

 まずは一人。勇者を半殺しにした。

 

 意識を失えさせれば回復魔術を使われることはないし、たとえ使う事ができてもあの状態から元に戻るまで三十秒以上はかかる。

 できれば奴の息の根を止めたい。

 

 だがこれ以上勇者に構っていられない。

 

 まだアイツが……勇者より厄介な奴が生きている。あいつに少しでも時間を与えて、回復でもされたら面倒な事になる。

 アイツは必ず殺す。

 怒りを込み上げながら魔王はそいつに目を向けた。

 

 「カイトォ、先に貴様だぁ!」

 

 瞬間闇の魔力が渦巻く。

 魔王の背後に巨大な魔法陣が三つ、四つ展開され、回転し始める。

 それらは一つに重なり、目標相手に角度を変えてその紋章を見せつける。

 

 間違いないとカイトは思った。あれはゲームの最後の最後に魔王が放つ奥の手。

 

 

 (『剣』だ……!)

 

 

 魔王を災害級足らしめる、最高火力の破壊光線。

 その性質はシンプル。

 一つの生き物が出してはいけないほど大きく太いビームを放つだけ。

 恐ろしいのは最大限まで高めれば星ごと破壊できるという事だ───!

 

 

 「貴様にこの技など使う気は無かったが……最早出し惜しみなどせん!」

 

 

 大地が、空が、恐怖で震える。

 魔王の丁度真下にいるカイトは、魔法陣の大きさにこれからくる攻撃の壮大さを察する。

 

 紫色のそれが空を覆い尽くしている。街なんてレベルではない。島レベルの大きさじゃないか。

 

 理不尽。まさに自然災害そのもの。

 

 こんなのに勝てる奴なんているわけが無い。そう思ってしまう。それこそ相性、いや魔王特化型(ズル)の光の魔力でようやく釣り合うだろう。

 

 カイトの背後には地面。

 避ければ人類は大変な事になり、避けなくても俺はそれに耐えきれず死ぬだろう。

 

 絶望しかない。だと言うのに……。

 

 「! ……貴様なぜ傷がっ!?」

 

 「気づくのが遅すぎだ、魔王!」

 

 

 カイトは笑っていた。

 そのタイミングを待っていたかのように。

 

 (クレア……ごめん、時間を稼いでもらって……!)

 

 奴が『剣』を使う時、僅かな隙が生まれる。

 魔剣を技を発射させる体勢にするのに必要な時間分が。

 

 (でも、これで──!)

 

 四つの魔剣を全て使ってようやく発動できる、いわゆる必殺技を放つのに必要な時間が。

 

 最初からカイトはこうするつもりだった。

 

 勿論全て上手くいっていたわけじゃない。

 

 『カイト様……これを、私の最高傑作の回復道具です』

 

 『……いいのか、大切な物だろこれ?』

 

 『大丈夫です。それに私は貴方に救われた。これぐらいの事はさせて下さい』

 

 空になった魔法瓶を空に投げる。

 

 (ありがとう、お陰で俺は大切な物を守れる……!)

 

 メリーナから貰った回復薬のお陰でこの技を完全な状態で放つ事ができた。そしてクレアが魔王の気を逸らした上に時間を作ってくれたお陰で回復薬を飲む事ができた。

 魔王も二人で戦って何とか疲弊させた。

 そもそも両親があの宝物をプレゼントしなければこの場所にすら立っていない。

 

 多くの人に助けられて。

 多くの人に繋いでもらって……やっと準備が完了した。

 

 最善の状態で最強の一撃を、奴にお見舞いできる。

 

 「……集え、魔剣!」

 

 四つの魔剣が再びカイトへ集う。

 今も魔法のチャージをしている魔王に剣先を向けながら、魔剣達は円になって回転し始める。

 

 「ちいっ! そんなもの魔剣ごと消し飛ばしてやるわぁ!」

 

 紫の極限が打ち放たれた。

 紫の太陽が落ちてきたような錯覚。

 世界が禍々しい色に染まるその様はまるで終焉のよう。

 

 だが──

 

 「オーバーロード──」

 

 だがそれを(絶望を)──

 

 

 

 

 

 「──フルバースト!!!」

 

 

 

 

 

 白で(奇跡で)塗り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「消えろォォォォォォ!!!」

 「負けるかァァァァァァ!!!」

 

 

 どちらも星を壊す程の破壊力。

 発射のタイミングもほぼ同時。

 空でぶつかった白と紫の光が大気を揺るがし、全てを狂わせる。

 

 一秒。腕がミシッと嫌な音を立て始めた。だがまだ腕は使える。行ける。

 

 二秒。身体中で焼き付くような痛みを感じ始める。だけど王都での悲劇を思えばへっちゃらだ。まだ行ける。

 

 三秒。片腕にヒビが入り始め感覚が無くなり始める。それどころか魔剣にもヒビが──

 

 (マズイ……!)

 

 押され始めた。

 

 紫の光がカイトを地面へと押し始める。

 

 (どうするどうするどうする……!!)

 

 スローモーションになった世界でカイトは必死に考える。

 今は押されているが逆転する手段はある。だがそれを使うとカイトは戦えなくなってしまう。

 それじゃあ魔王を倒せない。一体どうすれば。

 

 そう思った時、遥か彼方から光が見えた。

 

 (…………ははっ)

 

 無意識に口角を上げたカイトは覚悟を決めた。

 今体に残っている魔力を全て魔剣に投入する。

 

 「オーバーロード──」

 

 あと先のことなんて考えない。

 技を放った直後に体が動かなくなってもいい、この一瞬に全てをかける。

 

 (一瞬、僅か一瞬だけ稼働率を200%まで引き上げる!)

 

 俺は何の為にここまでやってきた。

 何の為にいろんなものを犠牲にしてやってきた。

 

 あいつが幸せな未来を過ごす為に今までやってきたんだ!

 

 「──フルバーストデュオ!」

 

 その言葉を放った瞬間。

 ガラスの音を奏でながら魔剣は壊れた。

 そして古来から残されたその役目を全うする。

 

 「何だとォォォォォォ!?」

 

 均衡していた紫と白の景色は白の光によって空を埋め尽くし、カイトの攻撃は魔王の『剣』を超える。

 一人の人間が光の魔力なしに災害の力を打ち破った。いままで誰もできなかった偉業を成し遂げた。カイトはまさしく奇跡をその手に掴むことが出来たのだ。

 

 白の光は紫の光を飲み込んでいき──

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 「ちぃぃぃぃ、まだだぁ……! このまま押し返してやるぞぉ!」

 

 魔王は光を受け止めていた。

 『剣』を壊されたが両手がまだあると死に抗っていた。

 

 このままではカイトの方が力尽きる。

 いくら彼が奇跡を成し遂げた男だろうと地力の差がある。とてつもない差が。

 

 よってカイトは攻撃を防ぎきった魔王によって殺される結末になるだろう。

 

 

 まあ彼女がいなければの話だが──

 

 

 

 魔王とカイトがぶつかり合っている外で一筋の光が迫る。

 

 音速を超える人外の光。

 それが獲物を捉えて、

 

 

 華麗に横切った。

 

 

 

 

 「な、に……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王を飲み込んだ光が通り過ぎて、全てを突き通していくような大きな道は細めていく。

 白の光が完全になくなった空には誰もいない。

 

 魔王は確実にこの世から消えたのだ。

 

 

 (さ、すが……)

 

 

 目を閉じそうになる衝動を受けながらもカイトはその流星を見る。

 それは自分が昔から憧れていた勇者、クレアだ。

 彼女は魔王から受けた攻撃を何とか致命傷は避け、腕と目だけに回復を専念させた。

 だからこそできた短時間での治癒と反撃。

 

 カイトを倒すことに夢中になっていた魔王は、彼女に気付くこともできずに不意打ちを受けた。

 

 (マズイな、魔力が……)

 

 すごくクレアを褒めたいところだが、先ほどの一撃に全てを賭けたお陰で体がほとんど動かない。

 魔力を維持できなくなったカイトはそのまま重力に惹かれて地面へと墜落していく。

 この高さだと大体六百メートルはある。いかに魔王を倒した彼でもこの高さから落ちれば無事ですまない。

 

 

 「カイトっ!?」

 

 

 だが彼女はそうさせなかった。一瞬だけ瞳を閉じてあけたら愛しい人が目の前まで来ている。

 彼女も魔力も使い果たし、怪我で体もクタクタのはずだ。だが激痛や疲労を乗り越えて落ちていくカイトを掴むことができた。

 

 「今度は、離さないわよ……!」

 

 掴んだ瞬間に彼女の天使のような翼が消える。

 今ので空を飛ぶ為の魔力が尽きたようだ。二人ともども斜めに落ちていくが、クレアがカイトを守るように背中を地面に向ける、

 

 「っ、ぁあ!?」

 

 一回、二回、三回。

 

 

 轟音を立てながら地面を何度もバウンドしていく。

 当たるたびに骨を刻むような痛いが襲ってくる。

 でも、彼女はそれでも手を離さなかった。

 

 (絶対、はなさ、ない!)

 

 あの日に切り捨てられてから約二年……ずっと後悔をしていた。

 もっと早く気付いていればこんな事にはならなかったかもしれない。こんなに離れ離れになる必要もなかったかもしれない。

 それはたらればの話だ。考えるだけでも無駄だとはわかっている。

 

 でも彼は最初から私を裏切ってなんていなかった。体を張って私を守っていたんだ。けれど私は結局、

 

 (私は、アンタに何も返せてないのよ……!)

 

 

 

 

 

 

 数にして六回。

 それだけ地面にぶつかってようやく彼女達は止まることができた。

 痛みはある。でも勇者の力ならすぐに治せる。カイトにもダメージはほとんど行ってないはず。

 

 「悪いなクレア……こんな事させちゃって」

 

 「これぐらい……アンタがやってくれた事に比べたら」

 

 元気はなさそうが声は確かに聞こえた。カイトは生きている。確かに私の手の中で生きているんだ。

 その事にクレアは安堵の息を漏らす。

 

 良かった。二度と離れ離れにはならないんだと。

 

 「……ありがとうクレア」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし現実は残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ただ、ごめん」

 

 「……カイト、……何で……!」

 

 彼女が守りきったはずのカイトの体は、足から灰になって消えかけていたのだから。

 

 



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エピローグ

 

 「な、何で……」

 

 「……ユウキから聞いただろ、俺は勇者用に作られたホムンクルスだって」

 

 「…………」

 

 そう、俺はクレアが本物の勇者に覚醒させない為に作られた道具(ホムンクルス)だ。

 魔王が復活するまで、ロイが勇者を覚醒させない為に作られた封印装置で、逆に言えば魔王が復活すれば存在価値がなくなるただのゴミ。

 

 ロイが目的を果たす為に必要な事は二つだった。

 

 魔王が復活するまでの時間稼ぎする事。

 そして魔王が復活した時に、邪魔者がいない環境を作る事。

 

 勇者を殺すと次の勇者が現れる。

 ただ今生きている人間に突然移るわけじゃない。力は勇者が死んだ後に生まれた子供に引き継がれる様になっている。

 

 幼い頃のクレアを殺さなかったのはこの為。

 出来るだけ殺すタイミングを後にして、魔王が大暴れするタイミングと新しい勇者が生まれるタイミングを合わせる必要があったんだ。

 

 だから魔王が復活する直前でロイはクレアを殺しにかかった。俺の中にある光の魔力の量も考えて、このタイミングしか無いだろうと思ったんだろう。

 まあゲームだと殺す事ができず、追放させてさらに追い詰めようとした挙句に失敗に終わったが。

 

 とにかくロイがクレアを殺した後、魔王が人類を滅ぼすなり、大半を殺してから支配下に置くなりすれば、ロイの目的は達成する。

 一年もあれば核みたいな魔術をバンバン使って滅ぼす事ぐらい造作もないだろうし。

 

 

 今代の勇者(クレア)を殺して魔王が人類を滅ぼすまでの時間。

 

 

 それが俺のホムンクルスとしての寿命であり、前世の記憶を思い出した時に知らされた情報だ。

 

 この事を前世の事抜きでクレアに簡潔に話した。

 

 「ロイにとっての俺はただの道具。余分な寿命なんてアイツから見れば邪魔なだけだっただろうしな」

 

 一応、寿命がどれくらいかってのも分かっている。勇者も始末して魔王が人類を完全に支配するまでの時間に、ロイの計画がずれた時の為のプラス二年。

 

 合計で二十年が俺の寿命だ。

 

 ……今の俺が十八歳なのにこうなったのは、この体に負荷をかけ過ぎたからだが。

 流石のロイも四大魔剣の守護者や魔王と戦ったり、限界突破(オーバーロード)を多用するなんて思わなかっただろう。

 ペンダントの復活魔術も寿命はどうしようもない。あれは回復というより、使用者の時を元に戻すだけだからな。

 

 この事もクレアには当然話していない。

 目の前で泣いてる女の子に追い討ちなんてかけたく無いしな。

 後メリーナにも悪い事をしてしまった。きっとアイツも泣くんだろうな……。

 

 「私のせいよ……」

 「……」

 

 顔に影が刺しているクレアはそんな事を言い始めた。

 

 「私がもっと早く気付いていれば、アンタがこんな事にならずに済んでたのに……もっといい人生を送れたはずよ……!」

 

 さっきまで荒野だったここも今では夕陽がさして美しい光景になっている。

 こんな風景で泣いてたら勿体無い。死ぬ間際なのかいつもなら思わないような事を思って、俺はクレアの頬に手をつける。

 

 「それは違う」

 

 正直今は眠たくてしょうがない。

 痛みを感じないのが唯一の救いだが、疲れで寝込みそうになるのはマイナスポイントだ。彼女に伝えたい事が伝えられない。

 

 「俺は小さい頃からひとりぼっちだった。村の奴らに蔑まれて、何で俺は生まれてきたんだろうって思ってた」

 「────」

 「でも、そんな時にクレアが手を伸ばしてくれてさ……」

 

 あの時から酷い目に遭ってばかりだが、その時の事は鮮明に覚えている。黒と白しかなかった僕の景色に沢山の色がついた光で鮮やかなものに変わったのはその時だ。

 

 「それがロイの計画だとか、じゃないとか関係無い」

 

 前世を思い出した時にそれが仕組まれた事だと分かった時は少し絶望もした。

 けれど今は違う。ハッキリ言える。

 

 

 「俺はクレアと出会えて本当に良かった。俺にとってクレアは最高の勇者だよ」

 

 

 力が入りづらくなった顔の筋肉を使って、精一杯の笑顔で俺はそう言った。

 

 「……アンタには、ほんと最後まで勝てないわね……」

 

 そう言ってクレアから悲しみの表情が消える。やっぱり僕はそっちの方がいい。クレアの悲しい顔なんて見たくない。

 

 「私もアンタに会えて良かった。アンタと家族で一緒に過ごした日々は幸せだったわ」

 「……ははっ、そりゃあ嬉しいや」

 「王都に来てからも、アンタと別れてからも辛い事はいっぱいあったけど……アンタがいたから、アンタのことを想えたからここまでやってこれた」

 

 分かっていたつもりだけど正面からそう言われるとなんか恥ずかしいな……。いやここまで来たなら正直に言おう。やっぱり嬉しい。

 

 「最後にこんな美人に看取られるなんて、俺は幸せ者だな」

 

 そう言ってからクレアと俺はただ無言に見つめ合って何も言わない。それだけでも十分だった。

 今のこの時間はとても幸せだ。こんな時間が永遠に続ければいいのにな……と思うくらいには。

 

 でももう限界。

 

 灰になって消えていた部分は足からもう胸の辺りまで届いて来ている。腕も感覚が無い。

 だから最後に、アレを伝えないと。

 

 「クレア」

 「……何?」

 

 彼女の目からまた涙が出始めていた。でも今度は悲しみの表情じゃなくて笑顔のままだ。

 なら僕も精一杯の笑顔で……

 

 「俺、クレアの事が好きだ」

 

 伝えたい事を言った。

 体が首あたりまで消えている。

 でもクレアは泣き叫ぶ事はせず、

 

 「私もよ。カイト」

 

 そう言ってお互いに目を閉じながら唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここに来るのも久々ね」

 

 クレアはポツリとそう言った。

 魔王が倒されてから一年。

 緑が多いとある森に訪問者がいた。

 入り口には王都で使われている豪華な馬車が佇んでいる。()()()はさっきまであの馬車に乗っていたのだ。

 

 「俺も久々だなぁ」

 

 そしてクレアの隣にもう一人。カイトと一緒に冒険をしていたユウキだ。

 彼もあれから少しは成長していてだんだんクレアの背に近付いている。

 

 「外は色々変化してるけど、ここは何も変わってないわね……」

 「勇者クレア様によって、世界はだんだん平和に近づいてるからなぁ。やっぱアネキはすごいぜ」

 

 クレア達はあれから世界各地で救助活動と魔物退治をしている。

 

 カイト達の功績によって魔王達は倒されたが、世界各地で迫っている危機が去ったわけじゃない。

 

 ユウキを攫った組織の残党や、縄張りを飛び出して暴れるドラゴンと言ったら凶暴な魔物達。

 

 即座に排除しないと人類が消滅ような奴は流石にいないが、危険が迫っている人は世界各地に存在するのだ。

 クレアはそういう人達を守る為に、仲間とユウキも連れて世界を駆け回っていた。

 

 「って、姉貴って言うな。私そんなイカついように見えるの……?」

 「? アネキはアネキだぜ? それにイカついじゃなくてアニキみたいに頼れる感があるからそう呼んでるんだぜ!」

 「……はぁー。そう言われると拒否れないわね」

 

 そんな彼女達もようやくひと段落してここへ来ている。

 服装もいつもの様な武装した服ではなく、プライベートで着る服だ。

 

 「アネキ、メイドさんは? あの人が来ないの珍しいけど」

 

 ユウキが思い出したメイドさん。彼女はカイトに救われた人だ。カイトが死んだ事を伝えると彼女は泣いた。でもいつも明るい彼女は立ち直り、今までと同じ様に明るく働いている。

 でも他の人から聞くと少し成長した様に感じるらしい。彼女もカイトと出会って変わった部分があるのだろう。

 ……まあドジな部分は変わってないねと言われていたけど。

 

 「あぁ……メイドさん、今日予定が取れなかったって」

 「……そうか」

 

 ちなみにメイドさんも来ようと思っていたが時間が合わず今回は来れなかった。ドジな彼女らしい結末である。まあクレアが来る前に何回も墓参りはしているのだが。

 

 「しっかし、本当に前来た時と変わってないわねここ。道もしっかりしてあるし、流石メリーナって感じね」

 

 この場所は元クレアの家で今はメリーナが住んでいる所の近くだ。そしてクレア達は知らないが倒れたカイトが発見された場所でもある。

 メリーナもカイトが死んだ事を伝えられた時からもの凄く泣いた。いつもの静かな彼女からは想像も出来ないほど泣いた。

 そんな彼女も今では前を向き「カイト様の大切な思い出を、私は蘇らせて、これから大切に守ります」と活動している。

 

 「メリーナさんホントすげえなぁ。アニキとアネキの村も再建してるし、ここの管理もほとんど一人でやってるって聞いたし」

 「え、この森かなり広いわよ……」

 

 彼女はカイトに救われてからずっと一人で、村の再建、回復道具と光の一族に関する研究をしていた。

 これだけでも十分すごい事なのだがユウキの発言が事実なら森の管理も一人でやっている事になる。

 彼女一人でどれだけの仕事量をこなしているのだろうか。

 

 (今度、人を派遣させるか相談するべきかしら……)

 

 驚くべき新情報に悩むクレアだった。

 とは言えそれを考えるのは後でいい。彼女達は今後の事の対策をしにこの森に来たわけでは無いのだから。

 

 「あ、見えたぜアネキ」

 

 歩き始めて五分弱。一つの墓が見えてきた。

 その墓は魔王が倒されたが直後に建てられて、大体一年弱の月日が過ぎている。

 というのに掃除が行き渡っていてお墓の周りはとても綺麗なままだ。

 

 「……これも、何も変わってないわね」

 「そりゃあアニキの墓だからな。メリーナさんが手を抜くわけない」

 

 それはそうだ。何せこの墓はカイトの墓だからだ。

 

 メリーナが命の恩人の墓を杜撰に扱うなんて、明日に隕石の雨が降らない限り起こる事はないだろう。

 着いたら掃除でもしようと思っていたクレア達だが、こんな職人技を見せられたら手をつけるのも引いてしまう。

 

 「来るのが遅くなってごめんね、カイト」

 

 だからクレアはしゃがみ、そっとお墓を触って一年の間で起こった事を話し始めた。

 

 

 「魔王が消えてからだけど──

 

 

 

 

 

 

 

 本当だったら貴族に閉じ込められて死ぬ女の子がいた。

 本当だったら暗殺組織に使い潰されて死ぬ男の子がいた。

 本当だったら雪山で強大な魔物に襲われて帰らぬ人になる女性がいた。

 本当だったら準災害級に襲われて地図から消える村があった。

 本当だったら一人の弟子を庇う為に命を落とす老兵士がいた。

 

 

 

 本当だったら……

 本当だったら……

 本当だったら……

 

 

 

 ゲームでは悲惨な末路を辿ったキャラクター達。

 しかしカイトと言う男によって殆どの人が本来辿るはずだった悲しい運命を迎えずに救われている。

 それはゲームで演出された人だけではなく画面外で生きている『人間達』もそう。

 彼は自分が出来る限りの範囲で多くの人を助け()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ──ホント、アンタは抜け目ないわよね。あのメモに書かれた事も()()()やり遂げたわ。これで前世ってやつで見た悲劇はだいぶ減ったわよ」

 

 

 

 

 カイトは死んだ後のことも考えて、一つの遺物を残していた。 

 それはゲームに関する情報が載ったメモだ。

 悲しみの蘇芳花(スオウバナ)だけではなくその続編や外伝にまつわる情報。彼が知っている全ての情報が載っている。

 

 もちろんクレアの様なバッドエンドで終わる人達の情報も。

 

 「本物の勇者の称号を手に入れたアネキは凄かったぜー。何せその権限を使ってヴァルハラ王国の兵士達を贅沢に使ってたからな。あの時のアネキの顔はそりゃあやばくて──」

 「仕方ないでしょ! あの量じゃそうでもしないと間に合わなくなるもの!」

 

 ニコニコしながら言うユウキにクレアが突っ込む。

 戦勇者から本当の勇者になった彼女には「光の勇者」というより称号を与えられた。

 昔から受け継がれる伝説の勇者だからか、行使権の範囲が戦勇者よりグッと広がって色々できる様になったのだ。

 とにかくそれをクレアは使いまくって使いまくって使いまくった。

 側から見れば権利の独占ではないかと言われたが、魔王を倒した実績と実際にその権利で人を救った所を見せる事によって声を封殺。

 

 「王様にも突っ込んでたな」

 

 「………………そうね」

 

 また行使権の範囲が足りないと理解したら王様にも()()していた。その時もなんやかんやあったが同じように人を救って見せて結果オーライ。

 ちなみにユウキがアネキと呼び始めたのもこの頃だ。

 

 「後アンタ、魔王のフリしときながら結構人助けしてるじゃない。やっぱりカイトはいつでもカイトだったわね」

 

 ただクレアのこの活動を成功させた理由は他にもある。

 ユウキの様に魔剣集めの旅の途中で人を助けていたのだ。ストーリーで悲しい結末になっていたから、ストーリーに関係なくても道端で酷い目にあっていた所を見たから。

 魔王のフリをしている事を考えても彼は救いの手を差し伸べていた。

 

 そうした人達が魔王を倒した後、ゾロゾロとクレアの支援を始めたのだ。

 

 

 

 ──私はあの人に助けられたから、あの人が言っていた本当の勇者を支援して彼に恩返しをしたいと。

 

 そう言った人達のお陰で、ヴァルハラ王国の権力が届きにくい大陸ではスムーズな救助活動もできた。

 

 「……まあそうやってるうちに一年経っちゃったけどね」

 

 メモに書かれていた、バッドエンドに向かう人達の数は多かった。なんの情報もなしにやったら何年掛かるか分からない程にだ。

 でもカイトが残したメモのお陰で一年で済んで、大半の人は助かっている。

 

 

 そう、まだ大半だ。

 

 

 「今救える人は全部救ってきたけど、まだ私達の戦いは終わらない」

 

 

 メモには続編や外伝の情報も載っている。そしてその範囲に載っている助けるべき人間の中には、時間を待たなければどうしても救助出来ない人もいるのだ。

 

 

 「魔王以外にも敵として出てくる奴もいるし、カイトがいれば千人力なんだけどね」

 

 

 そして新たなる敵の情報も載っていた。

 メタ的な話になるが続編が出た時に新しい敵勢力が出てくるのはよくあるパターンだ。

 蘇芳花(スオウバナ)も例外ではなく、クレアにはまだ遭遇してない敵が待っている。

 その敵の中には魔王並みに強い奴もいる。また壁にぶつかるかもしれないし、苦戦もするかもしれない。

 

 「けど大丈夫。アンタが、カイトが残してくれたものがある」

 

 「アネキに俺とその仲間達、後アニキとの旅で助けた人達がな!」

 

 だけど三年前……カイトが前世を思い出した時と今では状況が違う。

 彼の残したものが、そして彼が信じて託したクレアがいる。

 

 「だからアンタはあの世で見ていなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 ──カイトが言ってた人助けをする最高の勇者に私は絶対なるから。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ無音。

 

 

 

 クレアが言葉を発してから少しの間。クレアもユウキも森も、何も音を発さなかった。

 一人墓に手を当てて静かに目を閉じ、そして目を開けた。

 

 「……ユウキ、帰るわよ。カイトには宣言済んだし」

 

 「……おう!」

 

 

 クレアが清々しくなった顔でそう伝えるとユウキもつられて笑顔になる。

 

 

 もうやる事は済んだここに用はない。

 そう思った二人は墓に背を向けて歩いていく。

 

 

 (さて早く戻らなきゃ。私の戦いの場所はここじゃないから)

 

 

 そうしてクレア達は馬車の方へ戻り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ならできるさ。なんだって俺の大好きなクレア(勇者)だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。

 

 

 

 

 

 「──!」

 

 

 誰かの/一番知っている人の

 

 声が聞こえた気がする。

 

 振り返っても誰もいない。

 

 見えるのは日光に照らされている綺麗なお墓だけ。

 

 

 

 

 

 ──だけど

 

 

 

 

 

 「……………………えぇ、見ててね」

 

 

 

 

 

 ──背中を押された感覚は確かに残っていた。

 

 

 

 

 「アネキ? どうしたんですかー、早く帰りますよー?」

 

 「分かったわ。すぐに行く! てか姉貴呼びするなー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして踏み台(偽勇者)として定められていた男は、運命に抗って抗って、多くのものを救った人(勇者)になりました。

 

 おしまい。

 

 

 




これで踏み台キャラのカイトの物語は終わりました。

完結までの道のりが長かったですね(汗)
初めて続けられた連載作品でしたが、途中で期間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
ただそれでも感想や評価をしてくれた人達には感謝しかありません。
一年経った後でも感想くれた時はとても嬉しかったです。それをなんとかモチベーションに変えてここまで辿り着けました。

最後まで読んでくれた読者さん、そして長い間更新を待ってくれた読者さん。ありがとうございました!


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