パナケイアダンガンロンパ2 (ろぜ。)
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prologue おかえりなさい、しあわせ病棟
集まった超高校級


大きな爆発音。

  

男は女を抱えるようにして守るだけで必死で、奪われゆくものを取り返すことはできない。

 

「希望は何度でも…………」

 

それでも尚あなたは、希むのか。

 

問いかけには未だ答えないまま、彼等はやがて目を覚ますだろう。

 

ほらまた、あの場所で_______

 

______________

 

陽だまりの中、俺は目覚めた。

 

あたたかい光がよく体に染みる。

その陽気は生きてるって感じがする。

俺はまだ重い体を起こし、ひっついた草を剥がすように体を軽くはたいた。

 

見上げると、青い空が広がっている。

 

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「やあ少年、お目覚めかな?」

いつからそこにいたのだろう。何者かが俺に話しかける。反射というやつで、俺はビクリと体を震わせた。

「………お前は……?」

 

「驚かせてすまないね。三上は時任千年という者だ。役者を業としている。よろしく頼むよ」

 

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時任千年と名乗るその女は手を差し出した。俺は意図を握手だととり、その手を取った。

「俺は水蜜優だ。こちらこそよろしく頼むよ。…気づいたら俺は此処に寝ていたわけだが…。お前はどうなんだ?」

 

「三上も全く同じだよ。舞台に立っていたはずだったのだが……。いや、此処にくるまでの記憶が一瞬なくてだな」

長い髪を肩に落としながら、彼女は首を振った。

 

「千年、といったな。お前は役者をしているんだな。例えばどんなものを?」

「三上は代役といってね。都合で出れなくなった役者の代わりを演じるんだ。主演ややりたい役は身内にいつも取られてしまってね。いやー、悔しい…!……でもこのおかげで超高校級の称号を貰ったのだから、三上は才能を誇りに思っているよ」

 

千年は超高校級の代役らしい。

 

「そうか、偶然だな。俺も実は超高校級なんだ。超高校級のサックス奏者」

「おお!少年もか!」

千年が嬉しそうに手を叩いた時、放送がかかった。

 

「あーあー、聞こえてますかね…うん、大丈夫っすね!講堂ってとこに集まって欲しいっす!あ〜、講堂は1階、階段を降りてずっと奥にあるっすよ!」

 

この先は、闇だ。

前が見えない中進むのは危険にも感じる。

 

「…千年、どうする?」

「ここがどこかも、何故三上達が連れてこられたのかもわからない。勿論この先何があるかも、ね。他に三上達と同じ状況の者がいるのなら、集まっていた方がいいだろう。行こう、少年」

 

…でもまぁ、この時任千年という人間と一緒なら、少しは進めそうだ。

 

中庭にはホールへと続く道があり、中に入ることができた。左右に道が分かれていたが、千年が左だと言うので、信じて進むと偶然にも講堂が現れる。

 

講堂には既に何人かいて、5分もしないうちに20人程がそこに集まっていた。

 

「…19……20っと…これで全員ですかねェ」

「20人だって!随分多いんだね!」

長い髪の女が1人ずつ数えているのに対して、随分と小柄な女がぐるりと見渡しながらニコニコと言う。どうやらそこまで危機感を感じていないらしい。

 

「いや〜集まってくれて良かったっす!こういう時は固まってた方が安心だと思って!」

先程の放送の主だろう。やや刈り上がった頭に三つ編みを垂らし、片目を隠した男がそう言った。  

 

「何人かと話してみたけど、ここには超高校級ばかりが集められているみたいだね」

明らかに外国出身であろう顔立ちの男が「ねえ?」と相槌を求めるように視線を向けると、視線の先のヘッドフォンをつけた男が静かに頷いた。

 

「にしてもここはどこで、ボク達はどうして連れてこられちゃったのかなあ」

「此処に来るまでの記憶がさっぱりないんだよね。自分についてはわかっているんだけど…」

「考えても仕方ないし、いっそ自己紹介とかしちゃおうよ!」

2人の男が疑問を提示する中、黒と緑が基調の服を着た女が手をあげて言う。

 

「それはそうだね。うん、それじゃあ自己紹介でもしようか」

片腕のない男が答えたことから、提案した女が前へと出た。

 

「じゃあ言い出しっぺの私から!はーい!今日も皆の愛され役!ミラドリグリーン担当!笑顔は一等星!皆、私のこと好きにな〜れ♡マジョリカだよ〜♡……っていう感じのアイドルやってるよ!私は西園寺実花!皆と同じ高校生だから、仲良くしてね!」

 

「かわいい!」「ステキ!」などの言葉を先程の小柄な女が連発する。

その視線に気づいたのか、女はこちらを向くと元気いっぱいに喋り出す。

「やほやほやほー!!!!わたし、超高校級のーっ、マジシャン!田中春子!よろしくーっ!」

 

「アナタ、随分と熱烈なコールを送るのね」

「わたしは実花ちゃんのファンなの!今一緒の場所にいるのも運命なのかも!!」

ツインテールの女にそう答えると、春子は「あなたの名前は?」と続けて返した。

 

「ワタシ?ワタシは陰明寺視。超高校級の占い師よ」

「みくり…?珍しい名前だねっ!」

「ええ、視力の視とかいてみくりと読むのよ」

 

「はあい俺安心院雨生、超高校級のアロマセラピスト!アンタらの匂いと顔はもう覚えたぜ!」

春子と視の会話を縫うようにして、男は安心院雨生と名乗った。

 

「……す、すごいね……あのえっと、その嗅覚……」

「犬よりすげ〜だろオレの嗅覚!」

雨生はいわばドヤ顔をして「アンタは?」と促す。

 

「…あ、ぼくの…こと?ぼくは黎葉幸応……、です。…お裁縫がすき、なの。その、超高校級…って呼ばれるまでには到底思えないんだけど、一応は超高校級の手芸部っていう…みたい、で。」

恐らく性別は男なのだろう。途切れ途切れに彼は話す。

 

「…あの、あなたがよかったら…で構わないんだけど、えっと……よろしくお願い、します…?」

「どうして疑問系なのよ」

「…ぇ?いや…ずっと此処に長くいるかは……わから、ないし…」

濃い緑色の髪の女が、キツイ眼光で幸応を見るが、既に慣れていたらしい。彼はまたもや途切れ途切れにだが言葉を縫った。

 

「…それもそうね。いいわ、私は大樹寺みのり、超高校級の庭師です。以後お見知り置きを。…ああ疲れた!」

みのりは大きなため息をつくと、頭を軽く掻いた。

「自己紹介にそんな疲れるもんなの?」

「疲れるわよ、自分の紹介はね!…堅苦しいのって苦手なのよ」

 

ふぅん、と声を漏らすとみのりに質問した男は続けて言う。

「ボクの名前は六瀬慎一。超高校級のゲーマー。よろしく」

ゲーマー故ヘッドフォンが手放せないのだろうか。今は何も流れていないようで、対話はこなせるようだ。

 

「じゃ、次あーしね。あーしネイリストの周防いのり、よろしくね」

淡白な挨拶だが、それで終わりらしい。そんないのりに物怖じする気配もなく、いのりよりも断然に小さい女が話しかける。

 

「ねえねえ!つ!め!もっと見せてよ!ネイリストなんでしょ?通りで綺麗だと思ったんだ〜!」

「爪?あんた見てたんだ。いいよ、見せたげる」

「うわ〜〜!すっご〜い!」

 

女の大きなリアクションに悪い気はしなかったのか、いのりは「ありがと」と呟くと少しだけ笑った。

「私は超高校級のクイズ王。燈庵冴香!巷で有名な天才美少女とは私の事!よろしくね!」

 

「ふふ、賑やかな子が多くて何よりだよ。ねぇ紗環?」

「はい、囚様」

紗環と呼ばれる女は、男を囚様と呼び、隣で頷いた。

 

「やぁ、初めまして。ぼくは緒環囚。超高校級の収集家さ」

「私は囚様に仕えるメイド、風桐紗環よ。好きに呼んで頂戴」

 

「彼女は完璧で優秀なぼくのメイドなんだ。誰より感謝しているよ。生活では彼女に頼りっぱなしだから……」

囚の言葉を聞き、紗環は謙遜しながらも軽く頬を赤らめた。

実花と春子と同じく、この2人は元から繋がりがあったようだ。

 

「どうも!俺は御宮寺優成、基礎心理学者っすよ。俺の事は気軽にローマンって呼んでくださいっす!どうも、宜しくお願いしまっす!」

放送をかけていた男は、御宮寺優成というらしい。何故ローマンと呼ばれたがるのかはわからないが…。まぁそれは機会があれば聞いてみることにしよう。

 

「僕は童部月玖。ウエディングプランナーをやってるよ」

片目前髪で隠れた男が言う。ニコニコと笑っているが、その目は一向に開かれることはない。

「そしてこちらは」

月玖は軽く一礼すると、片腕のない男へと引き継ぐようにして下がる。

 

「ありがとう月玖くん。初めまして、僕は逆叉薫。気軽に“オルカ先生”と呼んでくれたら嬉しいな。そして才能は超高校級の海獣医師」

「かいじゅういし……?怪獣…、ゴジラとか?」

「あはは…!海獣はシャチやイルカ、アザラシのような生き物の事。映画に出てくるような、そっちの怪獣ではないよ。僕は海の生き物のお医者さんなんだ」

薫は笑うと、優しく説明をする。

 

「ああ、海の、か……。漢字はちょっと苦手でね。俺は探偵のディラン・モンロー。名前は外国人だけどこの通り日本語はペラペラだからさ、仲良くしてよ。」

やはり外国出身だったようだ。ディランは少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「弔宮哀哭……超高校級の泣き女です。宜しくお願いしまァす」

長い髪を揺らしながら哀哭はそれだけ言う。

「泣き女って初めて聞いたよぉ。」

後ろへと下がる哀哭を引き止めるように、つなぎを着たふわふわの髪の男が言う。

 

「泣きの演技をするわけですよォ。興味があればいつでも泣いてみせましょうね」

「わぁ、ありがとうねぇ。ボクは超高校級の酪農家の神戸緒丑っていうんだ。仲良くなれたら嬉しいな、よろしくねえ」

 

「それで、キミはぁ?」

「えっあっあっ、わ、わたし!?」

ずっと黙っていた車椅子の女は、急に視線を向けられ、ひどく驚いた声を出した。

 

「え、ひ、ぁ、あー…ら、らいあ、です…むむ、夢鳥姫…。ちょ、超高校級の魔法少女……なんですっ」

「ふむ、魔法少女か?」

「はっはい……!」

千年の問いかけにビクリとしながらも、らいあはしっかりと頷いた。

 

俺と千年も挨拶を済ませた頃、それは突然やってきた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん!」

 

現れたのは、もやに包まれた人のような何かだった。

 



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コロシアイ宣言

「…あーしら、別に呼んでないんですけど。てかあんた誰?」

「ワタクシはモノクターと申します。皆様の生活により良いサポートを致します素晴らしいドクターでございます。」

…自分で言ってしまうのか。

いや、自己肯定感が高いことはいいことだ。

にしても「モノクター」は……

 

「え〜〜なんか絵みたいだね!ペラペラじゃん!」

 

言ってしまった。

燈庵が、少々触れにくいそれについて言ってしまった。

突如現れた不気味に恐れなんてないのか、当の本人はなんでもないような顔をしている。

 

「…….」

俺達は恐る恐るモノクターを見つめる。

機嫌を損ねなければいいのだが…

 

「だっ誰が絵みたいですって!?!?ムキ〜〜ッッッ!!!!」

モノクターは予想とは反して、典型的なセリフを口にし地団駄を踏んでいた。

「アナタ名前なんでしたっけ!?燈庵冴香サンッッッですね!?覚えましたから!」

「天才美少女ってこともお忘れなく!」

 

「それで、どうしてぼくたちを此処に招待したのかな?」

話を戻すかのように囚は言う。彼もまたモノクターに怖気付く様子はない。

「失礼失礼。ワタクシお喋りは好きですが、本題に入れないお喋りは嫌いでしてね…早速皆様に集まり頂いた理由を説明致しましょうね」  

モノクターは冴香から目(?)を離すと体を皆に見えるように向けた。

 

「此処はしあわせ病棟。外の世界からは完全に遮断されております。そして皆様は、全員が未だ病を患っている。放っておけば命はなく、ただただ薬の供給を待っている可哀想な子羊。」 

「うーん、よくわからないっす。そんな可哀想な俺達はどうなるっすか!」

 

「病院は治療する施設。ただそれだけでございます。…ふふ、ここまで言えば察しがつきますかねえ」

「ボク達の病気を治してくれる、ってこと……?」

「おっと、惜しいですね。六瀬様」

モノクターはモヤの向こうでニヤリと笑っている気がした。とてもとても意地悪な笑い。

 

こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえる。

 

一体俺達に何が告げられるのか。

 

嫌な予感ほどよく当たるといったものだが、それはドラマや小説ではありきたりな、「絶望展開」だった。

 

……俺達はドラマや小説なんかじゃない。

 

確かに此処に生きているのに!

 

「さあ皆様!コロシアイを致しましょう!!今から行うのは、弱肉強食!殺した者だけが特効薬を手に入れ、此処から脱出することができる、スーパーミラクル尚且つエクスタシーなコロシアイ病棟生活でございます!」

 

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「何言ってるのあなた……。そんなことできるわけ…」

「………何かの冗談、なんだよ…ね?」

「しゅ、囚様………」

「心配ないよ、紗環」

其々が困惑しては声を漏らしていく。今は春子でさえも眉を顰めている。

 

「コロシアイ…ですかァ?シク……シク……」

哀哭は顔を覆ってポロポロと大粒の涙を流した。それを見て視は、気ごちなくも背中をさする。

 

「哀哭チャン、大丈夫よ。泣かないで」

「あ、嘘泣きですよォ」

「…あのねえ……」

スンと哀哭は元の表情へ戻す。嘘泣きなんてやめなさいよとでも言いたげに視はジロリと哀哭を見つめた。

 

「ちょ、ちょっと待って!外の世界からは遮断されているって言っても、私が2、3日も消息不明になったなら警察沙汰になるよ!?」

「ああ、貴女は超高校級のアイドルでしたものね。そうでしょうね、騒ぎになるでしょう」

 

「何故そんなにも平然としていられるのかな?」  

「だって外の世界がどんなに頑張ったとしてもしあわせ病棟が開かれることはありませんし…。警察も無駄の無!無!無力なんですよ!!そのうち諦めるでしょう」

 

「僕達は超高校級だ。そんなこと世間が許すわけないでしょう」

「さぁどうでしょうね。過度な自信は己を滅ぼしますよ」

薫と月玖の言葉に動じることもない。

実花、薫、月玖はそれ以上は何も言わず、悔しそうにモノクターを見つめた。

 

「国家のミサイルでも飛ばしたら流石に開きますけど。その場合皆様も木っ端微塵でしょうね。…皆様があまりにも動揺するものですから、どこまで話したか忘れてしまった」

 

「え〜と、まだコロシアイをしてください、ってところまでだけどぉ……」

「あぁ、そうでしたね。ありがとうございます神戸様。」

緒丑は恐る恐る言う。モノクターは穏やかに、しかし淡白に礼を告げた。

 

「話を戻しますと、ね。…しかしまあ、殺せばいいってわけではありません。…世界はそんな簡単に出来てはいないものですうぷぷ」

「………こ、殺す…だけでもっ……恐ろしいのに……足りないって……い、言うんですか…!?」

らいあは震えながらもモノクターへ言葉を発する。

 

「ええ。殺した後には学級裁判に挑んで頂きます。他の皆様にクロであると突き止められた場合、そこでゲームオーバー。オシオキ執行で死亡決定でございます。でももしこの学級裁判を勝ち抜けば、クロだけが特効薬を手に入れて出ることができるのです。他の皆様の死体を踏み台にね」

単純なルールのはずだった。

しかし俺の脳はそれを理解することを暫く拒絶したがる。

 

「加えて、こちらの規則を守らない場合には、同じように厳し〜〜いオシオキが待っていますからね」

 

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「…なんだかワタクシの頭脳も悪いみたいですねこの文面……改装工事に思ったよりも時間を取られてしまった」

モノクターは正直三言くらいには多いが、そいつだけが時を淡々と進めていく。俺達は何も言葉が出せなかった。

 

「そっ、そんなのできるわけないでしょ!バカじゃないの!?」

静寂と化した空気の中、ついにみのりが声を荒げた。「私は従わない」「馬鹿馬鹿しい」とモノクターに吐き散らかす。

 

「ふふ、じゃじゃ馬もワタクシ、嫌いではありませんけど。コロシアイ病棟生活の手始めとして、しあわせ病棟の洗礼でも受けてもらいますかね」

 

「貴方に」

 

「…………は?」

 

 

 

槍は床を突き抜けて、雨生の肩を貫いていく。

自分に刺さるなんて思ってもいなかったのだろう。雨生はただ呆然として肩を抑える。

 

「……アンタ、マジかよ」

「マジマジのマジでございます。安心院様、この世は油断大敵でございますよ」

「….まさかオレ死なねーよな?」

「まさか。死にやしませんよ。すぐに手術室に連れて行きます」

 

雨生はすぐ近くにいた陰明寺と御宮寺に体を預けると、身体中の力を緩めた。

モノクターの方は、と俺が視線を雨生から映した時、あいつは確かに笑っていた!

 

「これで終わりになるわけないでしょう」

 

「…い゛……た…ッ……」

 

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「痛いでしょうね。降りかかる災難の責任は全てご自身にあるのですよ。手綱はちゃんと自分で握りしめておくように、お嬢様」

「…そ、その呼び方……やめなさいよ……」

みのりは力なく倒れ込んだ。

 

「少女!しっかり!」

「大樹寺さんも早く手術室へ……!」

慌てて千年と緒丑が駆け寄る。俺も雨生とみのりの側へと寄った。

 

「うぷ、うぷぷ。これからどんな絶望が見られるんでしょ……。楽しみですねえ!_______」

「_______」

 

はじまりはいつだって突然に。

 

俺達のコロシアイ病棟生活は、こうして幕をあけたのだった。

 

 

prologue

 

おかえりなさい、しあわせ病棟

 

 

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▼残り20人

 

 

▼マップが更新されました。マップと患者のプロフィールは配布された電子手帳にていつでも確認することができます。



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Chapter1 真実の涙はしとどに香る
(非)日常編


提案がある。と雨生から告げられたのはとある昼下がりだった。

いつになく真剣な表情の雨生に俺達は緊張の面持ち。

 

「提案ってなんだ?」

俺の問いかけに雨生はニヤッと笑う。

何が言われるのだろうと皆の視線が集まりきったところで、耳を疑うようなことを口にしたのだ。

 

「女子風呂覗こうぜ」

 

「うん?」

「なんて…?」

「え〜と…」

俺の聞き間違いだろうか。…いや、周りの反応から見て聞き間違いではなさそうだ。

 

「じょ、女子風呂…?またどうして…」

幸応は何を言ってるんだというような顔。

「据え膳食わぬは男の恥!そこに女子風呂があるから覗く!」

「…えっ、と…あんまり、よくないんじゃないかな…?ばれたら……怒られるよ…」

 

「…僕も、あまり良いとは思えないけどね」

囚は苦笑い。否定に寄りつつも中立のつもりらしい。

「そんな事したらダメだよぉ」

また、やんわりと緒丑が否定するものの、確固たるその野望を止めることはできない。

 

「俺はやらないっすよ〜!まぁ、程々にするんすよ?」

優成の方はというと、軽く止める程度で、あとは干渉しないつもりらしい。

 

「うーん…女の子達からしてみればあまり良くないことだけど。皆思春期だもんね。人生に一度くらい、そういった経験をしておいてもいいんじゃないかな」

意外なところからの意外な意見だっだ。

 

「まさか、オルカセンセー行くんすか!」

「僕?僕は遠慮しておくよ。生憎だけど、その手の事への興味は薄くてね」

だが薫はある程度節制のある人物だ。他人には寛容だが、己は行く気はないらしい。

 

「でも女の子の嫌がることは程々にね。いくら思春期でも、他人の私物は盗まないように」

「は〜〜〜い!」

…元気がいいだけに不安な返事だ。

 

「水蜜くんは?」

興味がないといえば嘘になるが、覗きはいけないことだ。俺は首を振った。

「じゃあ行かない人達でお茶でもどうかな」

薫は周りを見渡すとニコニコと笑った。

 

 

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「ほ、本当に、行っちゃったの、かなぁ………」

両手でカップを持ちながら、幸応は不安げに言う。4人のことが気になるらしい。

「安心院くんは兎も角、ディランくんと童部くんと六瀬くんもいるし…」

「参加してる時点で不安だけどぉ……」

 

まさかな、と俺はこの場にいない4人のことを思いつつも温かな茶を飲み干していくのだった。

 

〜No side〜

 

コソコソと忍ぶ4つの影。

「まさか月玖くんと慎一くんもくるなんてね。ちょっと意外だったかも」

ディランはこしょばゆい声でクスクスと笑う。

 

「楽しいことはすき。…でも覗きってはじめて」

どうやら慎一は、覗きたい欲よりも騒ぎたい欲でこっちに来たらしい。

「まぁ、中々する機会なんてないよね」

 

「ボクは童部の方が意外だったけどな」

「うーん…覗くのが目的ってより、どんな反応を見せるのか気になったかな」

月玖も覗き目的ではないらしい。楽しそうな面々を見るために同行したようだ。

 

「へえ、反対すると思ってたよ」

「別に〜、楽しいなら反対はしないよ。それをすると君たちは楽しいの?」

「女の裸体!湯煙に混じった匂い!サイコーだろ!1番乳でっけえのは誰なんだろ〜なぁ!ちっさいのは予想つくけど!」

 

「どんな曲線も綺麗には変わりないんじゃないかな…あ、着いたよ」

気づけば一行は女子風呂の前まで来ていた。

 

湯気の向こうに聞こえる楽しそうな声。

 

「髪下ろしてるから誰かわからなかったよ!」

「ちょっと伸ばしすぎたかしら?」

「い!いい、い、え!かっ、か…可愛らしいです…!」

 

「ねえそれ痛そう!大丈夫?」

「ああ、心配ない!アクション映画でできてしまってね…」

 

「わ〜!お風呂あったか〜い!最高〜!」

「みてみて!小さいアヒル!もってきちゃった!」

 

 

いざ行かん!魅惑の世界!

 

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「おー」

慎一は目撃したのかしてないのかは分からないが、淡白な声をあげる。

月玖は顔は出しているものの見るつもりはないようだった。

 

ディランはそれを見る前に、頭の上にぽたぽたと何かが落ちるのを感じた。

「…え?」

ふと顔を上げると、雨生が鼻血を流していたのだ。

 

「ちょ、ちょっと雨生くん?」

「ボクティッシュ取ってくる…」

「鼻つまんで上向いておきなよ」

この騒ぎは、勿論女子に聞こえていたわけで。

 

「何をしているの?」

 

「….…あ」

 

そこに広がっていたのは魅惑の世界ではなく、怒りに満ちた女子の面々。

 

「きゃあああああ!!!最低!!!」

みのりは叫びながら自らを隠す。

「…最低ね、見損なったわ」

同調して頷くと、蔑むような声で冷たい視線を送る紗環。

 

「……趣味わりィな」

特に何も言わないまま、やっと口を開いたかと思えばその一言だけの哀哭。珍しく真顔だ。

 

「ぇ、ぇ、え…ぇぇぇぇ!!!!????はっははは、犯罪、犯罪です!えぇぇっと、せ、さしてぃぶ?えっち!!!よよよよよくないとおもいますわたし!よくないとおもいます〜!!!!!!!!!!!!!」

バスタオルを巻いているものの、顔を誰よりも真っ赤にしているらいあ。

 

そんならいあを咄嗟に背に隠したのは視。恥ずかしさはないものの、友達は守るつもりらしい。

「はー?何してんの?ちょっと男子ー!ってやつ〜?」

いのりは怒ってはいないようだ。自分のスタイルに自信もある上に少しは理解があるらしいので、周りほど激しい反応は見せない。

 

「男子だけずるーい!男子も裸見せろー!」

「三上を見ろ!!!!!」

反応のおかしい者が2名ほどいるが……。冴香と千年に恥じらいはゼロのようだ。

 

「……ぶっこ……」 

「実花チャン?」

「きゃー!最低…!アイドルの裸は高いのよ!」

実花は首元のタオルに顔を埋めながら、恥じらいを表した。…先ほど聞こえたのは空耳だったのかもしれない。アイドルが怒るわけ……ないだろう。

 

「男に見せるものなんてないんだから!出てけ〜〜〜!!!!!!」

小さな体で実花を隠そうとしながら、周りの女子のためを思ってか、次々と物が投げる春子。どうやら怒っているようだ。

 

一目散に月玖と慎一は駆け出す。雨生とディランもそれに続こうとするが、春子の投げた桶がディランの頭にクリーンヒット!

「グエ!」 

情けない声をあげて、ディランは倒れた。

 

「おっおいディラン!」

「俺の屍を越えていくんだ雨生くん……」

「そんな!オレはディランを置いてくことなんてできないぜ!」

2人がやかましい茶番を繰り広げる中、彼らの頭上に人影が。

 

「………おい貴様ら、何をしている!!!」

「…げ!ローマン!」

心配になった優成が探しに来たことで、やっと2人は回収されたようで、女子はまた安心して風呂に入ることができた。今後しあわせ病棟では女子風呂を覗いた場合、「廊下掃除の刑」がつくこととなった。しあわせ病棟はとても広い。…当然の罰だろう。

 

 

〜水蜜優side〜

 

「女風呂を本当に覗き見る馬鹿がおるか!!申し訳なかった!ウチの馬鹿どもがどうも御迷惑を…!」 

「もう〜!」

「次はないわよ!」

優成は女子に頭を下げると、「馬鹿ども」を引っ叩く。女子は腕を組み、膨れっ面だが、優成の顔に免じて許す方向のようだ。

 

「本当にやったんだぁ…」

そんな光景を見つめて緒丑は呆れたように苦笑い。

 

「でっでもオレ達約束は守ったぜ!」

盗みをはたらかないという薫との約束の話らしい。

「そもそも、覗きはよくないだろ」

俺は雨生の頭を軽くこづいた。

 

〜時任千年side〜

 

「ホント男子って下品だよねー!」

プンプンと頬を膨らましながら田中少女は言う。

先程の覗き事件が余程腹ただしいらしい。

「まぁまぁ。これでも食べて落ち着きなよ」

しかしながら、周防少女が差し出すチョコレートの棒をぱくっと咥えると、「おいし〜〜!」と笑顔を浮かべた。

 

うん、田中少女には笑顔がよく似合う。

 

「でも何故急に女性専用スペースに布団を持ち込みパジャマパーティを?」

大樹寺少女はふわふわのパジャマに身を包みながらも、まだ疑問が残るようで首を傾げた。

「女子だけで親睦を深めよう!ってやつ!」

燈庵少女はそう言いながら、ポテトチップスなるものを口に放り込む。

 

「でっ、でもわたし…こ、こんなことはじめてでっ!な、何をしたらいいのか…」

壁にもたれながら言うのは夢鳥姫少女だ。メットは脱ぎ、車椅子も外に置いてきたようだ。中に入るまでは三上と弔宮少女が肩を貸した。少女の役に立つのなら、いくらでも肩なんて貸してやろうと思う。

 

「うーーーん、私もわかんなーい!」

「こういう時こそ恋バナじゃない?理想の男性像とか!よくドラマで見るよ、ねっ時任ちゃん!」

「西園寺少女!むむ…確かに…言われてみればそうだな!三上はこの手の話題に弱いのだが……」

恋愛とやらにはどうも疎く、着いていけるかは少し不安だった。

 

「なるほど、理想の男性像かあ〜!私なら明るくて趣味が合って、よく褒めてくれる人かな!」

「へえ、意外とフツウなこと言うんだ?」

「まあ1番重要なのは私を天才だって認めてくれる人だけど!」

「…あんたって期待を裏切らないね」

 

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意外といってはなんだが、燈庵少女は真っ当な理想像をあげている気がする。趣味が合うことや自己肯定感をあげてくれること、己を認めてくれる人間は確かに理想的かもしれない。

 

「じゃあいのりちゃんは〜?」

「喜怒哀楽がしっかりしていて、自分の意思があり、周りに流されない人」

周防少女は悩むことなく述べてみせた。燈庵少女とはまた違うが、なるほど、確かにいい男性像だ。

 

「周防ちゃんこそ意外だなぁ〜!思ったよりも詳しく言ってくれるんだね!」

「ねえねえそれって雨生くんのこと!?」

「さぁね」

田中少女の言葉をさらりと流すと、周防少女はオレンジジュースを口にする。

どうやら安心院少年と周防少女の間には何かあるらしい。

 

「あんたは?…理想像とかありそうには見えないけど…」

「うーーん…やさしいひと!!!」

田中少女は2人とは打って変わってざっくりとした内容だったが、優しさとは多種多様。必要な項目には間違い無いだろう。

話は逸れるが、田中少女が抱いている肉のクッション。……一度触ってみたい。

 

「実花チャンも理想像ってあったりするの?」

「私より輝いている人かな!」

西園寺少女は、陰明寺少女の問いかけに明るく答えた。アイドルをしているから、理想は高いのかと思っていたが…。否、西園寺少女より輝いているとなると………男性では中々見つからないかもしれない。三上なら負けないのだがな。

 

「風桐はどうだ?」

「…恋愛なんて私には必要ないわ」

「強いて言うなら!?」

「そうね…強いて言うのなら落ち着いた人かしら」

「らしいと言えばらしいな!!!」

風桐は「そう?」と言うと抹茶を啜った。

 

「あなたはどうかしら?」

「甲斐性のある人かしらね」

「か、甲斐性……ですか…?」

「ええ、頼りがいがあって経済力があるってこと」

陰明寺少女はお金が大好きだったはず……経済力があるとは金持ちであるということなのだろう。

 

「時任ちゃんは?理想高そう〜!」

「三上の男版だな!!!!!」

三上がそう答えると、ガクッと周りが力を抜かす。

美しく、美しく、美しい………三上の男版がいたらここにいる全員が惚れてしまうかもしれない。いやはや、美しいと言うのは罪だな。

 

「そ、それって恋愛での理想というよりかは、千年が尊敬したい男性像じゃなくて?」

「むむ…そうかもしれない。恋愛か……好きなった人がタイプというやつだな!」

「あら、それって月玖クンのこと?」

「!?!?!?童部少年!?何故……」

好きがどういうものかはわからない。跳ね上がる鼓動はさておき、三上はぶんぶんと首を振った。

 

「三上はただ彼に感心している。個人的にだが、彼と話している時間は好きだと感じるがな。人が幸せになる話は素晴らしいものだろう?……なんだその笑いは」

「ふ〜〜〜ん」

何故か陰明寺少女が含み笑いをしているが…。しかし、この感情はなんだろうか。

 

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「大樹寺少女はどうだ!!!!?」

変な空気を断ち切るため、三上は話を次に振る選択をした。いつか気づけたらそれでいいのだ。

 

「私…?包容力全開の優しい人かしら」

「包容力、ですかァ。言われてみれば持ち合わせている男性って少なそうですねェ。」

「そうかも。だから理想なのだけれど…」

 

「夢鳥姫さんは何か?」

「ぇ、え、えぇ?ぁ、えーっと、その、や、やさしいひと?おこらないひと?す、すみませんわたし、考えたこと、なくて…」

「ゆっくりでいいわよ」

 

 

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「…えっと、えーっと、い、いいひと、とか…?」

「いいひと………ふふ、そうね。いいひとがいいわね」

「はっはい……!」

夢鳥姫少女は周りが微笑むのに安心したのか、少し笑みを見せた。

 

「あっ、あの……と、とむ、弔宮さんは…」

「妾か?そうだなァ。…妾の仕事に理解があればそれでいい」

弔宮少女は硬派だ。いやわかるぞ…。仕事に理解のある人間は、三上も必要としたい。参考にすることにしよう。

 

「仕事……泣き女よね?」

「いろんな局面で、涙は必要とされるんですよ」

演技面で関しては、弔宮少女とはプロ同士。分かり合えるかもしれない。必要とされることは誇らしいことだろう。

 

「でもそんなに妾おかしいか知らん……なァんて。いや、ちょっとくらいは気にしてるんですよ?皆、妾のこと奇異の目で見るんですもの」

比較的さっぱりとした弔宮少女にも悩みはあるらしい。珍しく、本心で切なげにも見えた。

 

「三上は弔宮少女のことも三上と同じくらい魅力的だと思うぞ!!」

「あら、それは極上の褒め言葉では?」

「ええ、千年と同意見よ。泣き女についても聞いてみたいわね。経緯とか…」

「経緯についてはまた今度お話ししますよォ」

 

〜No side〜

 

何年振りだろうか。

 

この病棟での久々なあたたかい時間だった。

「賑やかでしたね。全く」

モノクターは自部屋からそんな空気を読み取ると呆れたようなため息をついた。

 

「まあいいでしょう」

 

超高校級の才能があるだとか、患者だとか、そんなことよりも、

 

彼らは高校生なのだから。

 



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(非)日常編

 

奇妙な夜だった。

 

俺達は夜ご飯の後、なんとなく食堂で駄弁っていただけだった。

「…って、こういうワケだったの!」

「はは、面白いなぁ」

視と月玖の会話を聞きながら、俺はそろそろ皿を片付けようと立ち上がる。

 

「皆様、まだいらっしゃったのですね?」

そこに現れたのはモノクター。普段の雰囲気に緊張感がないといえばそうなのだが、今日のあいつはどこか違った。なんとなく、そう感じた。

 

「…やはりぜんっぜんコロシアイなんて起きませんね……」

モノクターは苛立ったような、どうしようもないような、そんな声色だった。

俺達が一向にコロシアイをしないことに腹を立てているようだった。

「………当たり前だろ」

 

「むむ……なら3日以内に殺人が起きなかった場合、皆殺し!でどうでしょう……ぷぷ」

「はぁ!?」

「ふぅん、それは困りましたねェ」

俺はモノクターの発言に身じろぎする。

隣にいた哀哭はジロリとモノクターを見つめた。

 

そして俺達は一瞬だけお互いの顔を見合わす。

「…ないよね?」

 

誰も何も言葉を発しない。何を考えているのだろう。「おやすみ」とだけ残して1人また1人、消えていくのだった。

 

次の日はいつも通りにやってきて、俺達はまたいつも通りの様子に戻っていたが、俺はこの時の奇妙な感覚を忘れないだろう。

 

ーーー

 

「ねえねえいい匂いがするよ〜!なにかな、ハンバーグかな!」

「そうじゃない?美味しそうな匂いね」

 

「なあローマン、ディラン!オ、オレのアロマ知らね〜!?1個ねえんだけど!」

「知らないっす!物の管理はちゃんとしないとだめっすよ〜!」

「俺も見てないなあ。どこかに落としちゃった?後で探そうか」

「悪いな〜!!捜索頼むぜ!」

 

「珍しいね!夢鳥姫ちゃんが食堂にいるなんて!」

「ひゃ!?西園寺さん!?はっ、はい……、か、風桐…さんがわざわざ、作ってくださる、って…………いうので…申し訳なくて………」

 

ガヤガヤと賑わうここは食堂。

「さて、夜ご飯にしたいのだけど、1人足りないわね」

紗環はグルリと全体を見渡すとため息をついた。

食堂には3種類のメニューが日替わりでいつもあるが、「メイド云々の前に紗環が作った方が効率がいいもの」とのことで今日から紗環が夜ご飯を作ってくれることになっていた。

 

折角あたたかいのに、と紗環は不服そうな声を漏らす。

「どこに、いったんだろう………」

「夜ご飯の時間の放送は鳴らしてもらったから、知ってはいると思うけどぉ……」

「探しに行ってあげたほうがいいかもしれないね」

 

幸応と緒丑の会話を聞いていた薫がそう提案する。

夜ご飯の時間は当日の昼過ぎ、紗環が放送していた。だから時間を知らなかったということはありえない。何もなければいいのだが…。

俺はモノクターのあの日の言葉と、一瞬だけ見せた皆の戸惑いを思い出した後、すぐに嫌な考えを振り払った。

 

「そしたらさ、オレが見つけようか?アイツの匂いバッチリ覚えてるから辿るの余裕だし!」

「そうね、悪いけれどお願いしてもいいかしら?」

「まかせろって!普段アンタには世話になってるからな!」

それに手を挙げたのは雨生。紗環は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「じゃあ皆で探しに行こー!!!」

「皆で?はは、非効率的だけど…面白いからいっか」

冴香の一言により何故か皆で捜索することになったが、紗環だけが食堂に残り夜ご飯の支度を続けるようだ。

 

「くんくん……こっちだぜ!」

雨生が先頭に立って皆を引き連れる。一同は食堂を出て本棟へ向かう。そのまま左へ曲がると行き着いた場所は…

 

「…倉庫?」

ガラクタから生活に必要なものまで、大概なんでも揃う所_______倉庫だった。

「何か探し物でもしてるのかな」

ディランは怪訝そうに言う。

「夜ご飯前にわざわざかい?」

同じく怪訝そうにコンクリートの扉を見つめる囚。

 

「ま、なんでもいいっしょ。中、入ろ」

いのりは顎で扉を指した。

 

一同はゾロゾロと適当に列をなしながら、中へと進んでいく。どうでもいい話だが、この倉庫は中々に広く、目的は見つからないことが多い。

 

しばらく進んだ後、ピタリと列が止まった。

「ちょっと!いきなり止まらないで頂戴!」

文句を言うみのりの声が聞こえる。

 

「………だって、…___が!」

よく聞こえなかった。

だから俺は歩みを進めて、前を歩いていた奴らの視線の先を突き止めようとした。

 

「………え?」

視界をそれがただ鮮明に埋めていく。

 

刹那、鳴り響くアナウンス。

それは呆然と立ち尽くす俺達に在る現実を告げていく。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は倉庫です。生徒はすぐに向かってください。』

 

バンシーに洗われたか、はたまた此処にいる人間に殺されたのか。

 

「…嘘、だろ……」

 

その涙は枯れ果てて。

 

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非日常編

「…嘘ではないぞ、少年」

弔宮哀哭は、たしかに、死んでしまっていた。

それはつまり、この中の誰かが彼女を殺したということになる。信じたくはないが、「嘘ではない」という千年の言葉が深くのしかかる。

 

「死体が発見されました…って何があったの…?」

その時、アナウンスを聞いて急いで向かってきたのか、焦ったような表情の紗環が倉庫に合流する。

 

「まさか本当に死んでなんかいないわよね?」

「……残念だけど………哀哭ちゃんが亡くなっているんだ」

薫は悲しそうに首を振った。

 

「あらあらあら!ついに死体が現れてしまいましたね

「……モノクター…」

いつ現れたのだろう。気づけば後ろにやけに嬉しそうなモノクターが立っていた。

 

「ここにいる誰かが殺したっていうの…?」

「さあ?その真実は裁判で見つけなければなりませんよ。NOT他力本願でございます」

慎一の問いに答えは出さず、モノクターは人差し指を慎一の唇に当てた。

 

「さて、死体発見をしてしまったのなら捜査をしなくてはなりません。ある程度皆様が捜査をしたら裁判を始めますよ。中庭のエレベーターから地下に下がってくださいね。間違ってもサボりなんてしないように。もしも私用もしくは私への嫌がらせで欠席したら…。どうなるかわかってますね?」

みのりはビクリと体を震わせた。

 

「鍵のかかっていない部屋なら、どこを捜査して頂いても構いませんよ。それではまた裁判で」

そういう時モノクターはわざとらしくカツカツと靴を鳴らし、どこかへと消えて行った。

 

俺達に捜査をしろ、と伝えたかったようだ。捜査と言われてもその手には全くの素人。命がかかっているため尚更不安だった。

 

周りが少しずつ捜査に向かう中、俺は未だ動けないでいた。

「水蜜少年」

そんな中隣から声をかけてきたのは千年だった。

 

「1人で道に迷うより、2人で迷った方が色んな道を見つけられる。昔三上が演じた役の台詞だ」

千年は上向きがちに言う。

それが何を示唆しているのか、千年の人間性と共に、なんとなくわかった気がした。

 

「困ったのなら周りに助けを求めればいい。何も、1人で躓く必要はないのだよ。…三上達は人間なのだから」

「俺達は人間、か。…ありがとう、じゃあ一緒に捜査してくれるか?」

「勿論だ、少年!!」

千年は嬉しそうに笑った。

 

「…まずは、周辺の状況を見てみるか」

 

哀哭の死体周辺は物が散乱していた。

床には一箇所だけ、刃物か何かで傷つけられた痕もある。

「争いが起きたのだろうか…」

哀哭は物を散乱させたり大声を出したり、そんな風に争うような人物には見えなかったが…。この荒れようは何らかの争いがあったに違いない。

 

もしかすると哀哭が抵抗をした跡なのかもしれないとも思いつつ、俺は死体と化した身体に目を向けた。

 

身体には数箇所にわたる刺し傷が。

「酷いな…痛かっただろうに」

千年は目を伏せ、合掌した。

 

「あとは………この傷をつけた凶器だな」

俺の発言に頷くと、千年は自信満々に辺りを見渡して言う。

「水蜜少年よ」

「……?」

 

「凶器となるものを見つけたいのだが…………ないな!!」

…先程の頼れそうな雰囲気はどこへ行ったのだろう。

 

しかし、俺達がいくら探しても凶器は見つからなかった。

念の為病棟の隅々まで手分けして探したのだが…。それでも見つからなかったのだ。

 

それから哀哭の自室にも一応足を踏み入れさせて貰ったが、誰かに呼び出されたようなメモといった目星い証拠は見つからなかった。

「倉庫の奥でばったり…なんて偶然はあまり考えにくいから…てっきり呼び出されたのかと思ったが…メモなどには残されていないな」

 

「口頭で伝えた…とか?」

「あり得るな!仲の良い人物なら…不自然でもないし…むむ………しかし、弔宮少女に話しかけた人物は1人や2人ではないだろう…」

俺達が考え込み始めた時、放送が鳴った。

 

 

「そろそろ裁判にうつりますよ。皆様、移動をしてくださいね」

モノクターから裁判へと進むように指示が渡される。

 

「裁判…か」

俺は思わずつぶやく。

これに失敗したら、俺の命は……。

 

「不安か?」

「ああ、…まぁ」

「皆でなら掴めるさ」

千年は俺を奮い立たそうとそう言う。そう、信じたいのだが。

 

しかし凶器は見つからないし、それから………

 

漂うあの匂いに不安を覚えながらも、初めての学級裁判へと足を踏み入れていくのだった。

 



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非日常編

「ついに殺人が起こってしまったんだね」

「裁判……か……こわい、な…」

「ここまできたら臨むところだよ!」

「ソレ、負けられない戦いってやつ?」

 

 

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いよいよ始まった裁判。

何から口に出せばいいのか迷う俺だったが、張り詰めた空気の中、口を開いたのは囚だった。

「あのさ、………言いにくい話だけれど…………」

 

「……匂わなかったかな?」

囚は遠慮がちに言いながらも周囲を見渡す。周りの人間も皆不安げに頷きながら、視線をある人物に向けた。

それは俺も千年も同じだった。

 

「オ、オレ〜〜〜!?!?」

視線は超高校級のアロマセラピストに。

雨生からはいつもアロマの匂いがする。倉庫で感じたあの匂い。あれは明らかにアロマだった。

 

俺の不安の一種として大きなもの、それがあの匂い。

「死体周辺はアロマの匂いで充満していたんだ。雨生もわかってるだろ?」

「常人でもわかるくらい匂ってたもんね!」

俺の言葉に同調するように、春子が続けた。

 

「オレを疑ってるのか?」

という雨生の声に囚は「とりあえずの話だよ」と穏やかに言った。あくまで匂いがしたよねという事実を提示しただけのつもりらしいが…。雨生を疑っている人間がちらほらいるのも事実だった。

 

「考えてみろよ!もしオレがクロならわかりやすいアロマなんて使わないって!自分で不利な状況を作るほどバカじゃないぜ!」

「確かに…」

雨生の反論に慎一は頷く。

 

「…ま、まぁ………それだけで決めつけること……ないんじゃ………ないかな」

「誰かに使われた可能性の方を考えるべきじゃん?」

間髪入れずに、幸応といのりはそれとなく雨生を援護。

 

「そういえば雨生くん、言ってたよね?アロマが盗まれた…って」

「となると雨生のアロマを誰かが盗んで、それを犯行に使用したのかもしれないな」

ディランに続いた人物の口調に覚えはなかった。

 

「優成…?その口調は………?」

笑顔は消え去り、ただ凛とした姿勢で淡々と話すのはまぎれもなく優成だった。今日、食堂で見た時にはいつも通り、明るく崩した敬語口調だったが。一体何があったというのだろう。

 

「…どうでもいいだろう。これが本来の俺だ。…殺人が起こった以上、もう猫被りなんて真似はしていられん」

 

「……へ?」

「優成ちゃん?」

俺は周りと同様、ポカンとした気持ちになった。裁判に集中しなければならないが……急な態度の変化っぷりに驚かざるを得ない。

 

不可思議な空気が流れる中、いつも通り、落ち着いた声色なのは薫だった。

 

「うーん…話を一度戻そうか。雨生くんのアロマが盗まれたって話だったよね。ローマンくんの話はまた後で」

薫はポンと手を叩き、俺達を裁判へと引き戻す。

「そ、そうだな!!!」

「まずは裁判だよねえ。流石、逆叉さん」

 

「でも盗まれたって……なんのために?」

「そりゃ、サメギに罪をなすりつける為とかじゃないの?あんな匂い撒き散らかしたら、まるでサメギが殺したみたいになるもの」

小首を傾げるみのりに視はすらすらと述べてみせた。

「わ、わかってたわよ!確認のためにわざと言ったのよ!」

「はいはい」

 

「そもそもさ〜、倉庫の奥っていかにも殺す気満々の場所じゃない?」

と月玖。

「けっ…計画的殺人だったって….こと….…?」

そんな…とでも言いたげに幸応は眉を下げる。

 

「アロマの匂いがするってことはぁ…弔宮さんにも飲ませたのかなぁ」

「ありえるかも!」

「なんでも、過多な摂取は害になるよね」

緒丑の考えに実花と薫は賛成の意を見せた。

 

「げ、めちゃくちゃ執念的じゃん。あんた、どこかで恨みでも買ったんじゃないの?」

「オレ、恨まれるようなことしてないぜ!」

いのりはジロリと雨生を見る。雨生の方はというと焦ったように両手を振るが……

 

「しっしました!してましたよね!?お……お、お、お風呂覗き…………!」

あー!とらいあが雨生を指した。

「あの時、すごく怒られてなかったか?」

確か、怒っていたのは紗環と実花とみのりと春子だったはず。 

 

「確かにビックリしたけどさ、私達もう許したよ!?」

「腹ただしかったのは確かだけど…お風呂を覗かれたくらいで殺人を犯すほど愚かではないわ」

 

「そもそもお風呂を覗いたのはそこの3人も一緒でしょ」

紗環と実花の言い分に続けて、みのりは月玖、慎一、ディランを順番に指した。

「そうなると…安心院少年だけを恨んで、というのは変だな。どうしてもアロマを使って殺害したかった、又は使わなければならない理由があったのか?」

 

「わざわざアロマを飲まさないと殺せないって言ったら、田中とか当てはまりそうだけどね」

「ええ〜!?!?私!?!?」

「あくまで可能性だからさ。あまり気にしないで」

「気にするよ!!!」  

慎一の何気ない(全く何気なくはないのだが)言葉に春子は素っ頓狂な声をあげる。怪しまれているのだから当然なのだろう。

 

「背の小さな田中が弔宮をナイフ一本で殺すには難があるというものだ」

「ア、アロマを使えばっ……他人に罪がなすりつけられる、……且つ、…簡単にこ、殺せる……….…わけですね…」

「でもどうやって………?それも難しいんじゃないの?」

優成、らいあ、実花は口々に言う。

 

「殺す目的に使わなくても、なすりつけるだけで十分なら誰でもよくない?」

冴香は未だ快活に言う。春子のことを疑ってはいないようだった。

 

「というか倉庫の奥になんか、仲のいい人物でないと呼び出せないと思うんだけど……」

「ある程度弔宮さんと交流のあった人物はぁ?」

一度アロマと春子の関連は置いておくことにしたらしく、月玖は別の議題を提案した。

進まない議題よりも何か他の道を進む方が今は賢明なのかもしれない。

 

「イメージだけど…薫クン、ディランクン、幸応クン、みのりチャンあたりはお互い親しげに話していた気もするわ」

と視。

 

「睡眠時間以外なら俺は誰かしらといたよ。それぞれに聞いてみたら証明できるかな」

「私もよ」

「……ぼく、も…………」

ディランとみのり、幸応にはアリバイがあるらしい。

 

「困ったな…図書室で本を読んでいた時は…1人の時間だったな」

そんな3人とは違って、アリバイがないのは薫。

 

「ああ、でも本の貸し出し記録には時間が残っているんじゃないかな。…まぁ一部の時間しか証明できないんだけどね」

と困り眉で言った。

 

「アリバイもないし…あんたならお茶を出すように、アロマも混ぜて出せるんじゃないの?」

「流石に大量のアロマが混じっていたら気づくと思うわ。弔宮さんは聡いもの」

いのりの言葉に紗環は静かに反論した。何かに含んで飲ませるというのは難しいようだった。

 

「その聡い弔宮が倉庫の奥で殺されてるのがそもそも不可思議なんだ」

優成はジロリと周りを見渡して。

「わっ私は犯人じゃないからね〜!?!?!?」

春子は未だ否定中。

 

裁判は難航するばかり…

 

と思われた。

 

「思い出した!怪しいといったら………」

しかし、この証言で事態は一変することになる。

 

「私見ちゃったんだ!夜に腕を押さえて病棟内を出歩いている雨生ちゃん!」

 

 

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「ま、まさか……弔宮少女との争いの末の傷か…?」

「あの日モノクターにやられた傷が痛んだだけだ!」

「そうか!!!すまない!!!!」

 

「それ、ウソよね」

 

 

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「陰陽寺少女!?」

「み、視…?」

「アナタが怪我したのは肩のはずよ!」

 

親友であるはずの視は、雨生を見据えたまま反論を喰らわせたが

「違う!オレじゃない!!!!!」

雨生は首を振り否定するだけで。

 

【理論武装開始!】 

 

 

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「腕を押さえて、ってそれがなんでオレが怪しい風になるんだよ!たまたまかもしれないだろ!」

 

 

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「腕を押さえていたのは、弔宮さんに抵抗された時の傷がそこにできたからじゃないのかい?」

 

 

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「アロマも凶器も見つかってないんだぜ!?真犯人が隠し持っているんだ!」

 

 

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「それってキミにも言えることじゃないの?」

 

 

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「大体アロマは盗まれてた!オレだってあの時初めて倉庫で使われたことを知ったんだ!」

 

 

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そんなことない。だって雨生は…

 

「それは違うぞ!お前は超高校級のアロマセラピスト…その嗅覚でわからなかったはずがない、哀哭を探すずっと前から分かっていたはずだ!」

 

 

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はじめての「論破」だった。

 

「…凶器もお前が今も持っているんじゃないのか?その鞄の中を見せてみろ」

「………」

雨生は肩に下げた鞄をぎゅっと掴んだ。

 

「見せられないの?本当に安心院ちゃんが持ってるから?」

「鞄の中を見せたなら…すぐ終わりそうだね」

 

雨生は「逃げることはもう困難だ」と観念したようで。

ため息をつくと、へらりと笑いながら言った。

 

「…死体を見つける前からずっと、身近なとこからプンプン匂ってたよ。………オレが隠し持ってたからさ。」

 

【挿絵表示】

 

 

雨生が鞄から取り出したのは血のついたままのナイフと空になったアロマの瓶。

隣の春子はそのにおいに顔を歪めた。

 

「…さて、そろそろ投票タイムといきましょうかねぇ」

俺達が分かったのを理解したうえで、モノクターは愉快そうに言った。

 

「クロだと思う人物を、手元のパッドから選んでくださいね。皆様の投票から多数決でクロを決めますよ。くれぐれもお間違いのないよう」

 

 

ーーー

 

「はい正解。弔宮哀哭サンを殺したのは安心院雨生クンでした!」

ちゃちな音楽を鳴らしながら、モノクターは正解を告げる。

 

「オレは………ここで終わりみたいだな」

 

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非日常編

暫くの沈黙が続いた。

悲しさが先に出て、何も言葉にはならない。

 

「どうして」

視はその末呟いてドンと裁判台を叩く。

 

「さめぎ、くん…!なんで、どうしてだよ。どうして…君が…!」

幸応はショックでいっぱいの様で、必死に裁判台の向こうから問いかける。

 

「まあ急かすなよ。ゆっくり、真実を話してやるからさ」

雨生はただ笑いも泣きもせずに言った。

 

〜安心院雨生side〜

昨日の夜、オレは弔宮に呼び出されたんだ。

オレから呼び出したんじゃないんだぜ?……こんなところで嘘ついてももうどうにもならないだろ。

 

弔宮からは嗅いだことのない金属の匂いが掠めていた。

まさか、とは思っていた。でも………

 

でも最後まで信じていたんだ!

 

「急に呼び出してすみません。わざわざありがとうございます」

倉庫の奥、弔宮はあの作り笑いを浮かべていた。

「いーけどさ、何の用だ?」

 

「ええ、すぐ終わりますわ。………妾と皆さんの為……………犠牲になってくださるか知らん?」

弔宮は間髪入れずにナイフを振りかざした。

 

……嗚呼。

 

オレは思わず横に避けた。

ヒュッと俺の腕をかするナイフ。

 

殺されるという感覚。

 

もうそこからは本能だったと思う。

ハッキリとした明確な殺意。

生きることへの執着が、オレを動かした。

 

オレは弔宮の手からナイフを奪った。

ナイフは床を滑って離れていく。

 

少しの間だけ争いが続いたが、流石にオレだって男だ。細い弔宮を抑え込むのは難しいことじゃない。

抑え込まれた時、弔宮の長い黒髪は乱れて、目には若干の恐怖が浮かんでいた。

…さっきまでのオレの顔と一緒だ。

 

ナイフは遠いし、少し目を離せば形勢が逆転してしまうかもしれない。

カバンの中にはアロマ。……過度な摂取は死ぬと昔覚えた。

そこでオレは弔宮の顎を掴むと思いっきり口内にアロマを流し込んだ。

 

アロマで口内が溢れかえり、飲まざるをえないところまで来た時、やっと弔宮は倒れ込んだ。もう立ち上がる気配もなく、ここまできたら勝敗は目に見えていた。

 

オレは瓶を処理し、自分の傷を軽く手当てしながら聞いた。

「どうして…オレを殺そうとした?」

「……モノクター、言ったじゃないですかァ。3日以内に殺人が起こらなければ、皆殺しだって」

 

「死ぬのは妾も御免なんだよ。だから妾が行動に移してやろうと思った…何なら裁判切り抜けて特効薬を手に入れられたのなら…万々歳ってやつだろ?……貴方を狙ったのは、貴方がそこそこ友好的だったからですよ」

 

「…くだらね」

オレはそう吐き捨てて、側に落ちていた刃物で弱りきった弔宮の身体を数回刺した。

何回刺せば死ぬのか、わからなかった。

 

「後はお好きにどうぞ」

それは諦観。

 

そして、

 

(この妾を殺したんですもの。精々頑張って生き残ってください)

 

そう言って、弔宮は事切れたんだ。

 

オレは弔宮の涙を拭うと、カバンにアロマと刃物をしまって、倉庫を出て行った。争った時にできた傷が痛んだよ。まさか、その姿を見られているとはな…。

 

〜水蜜優side〜

「わかったかよ?弔宮を殺したのは、単純にオレが殺されかけたから。仮にも友達になった相手を簡単に殺せるような酷いやつなんだよ」

雨生は救いを求める様な目で俺達を見つめた。「お前は悪くないよ」と言ってくれとばかりに。

 

「…本当に……哀哭ちゃんが?」

薫はまさか、というような顔で首を振る。しかし、雨生の話したことはおそらく事実なのだろう。

 

全てが覆ることはない真実。

 

「…違う!オレのことだ!だってオレ、弔宮のことだけじゃなくてアンタらのこともきっと殺せる。今のオレにとってはアンタらなんて他人同然なんだよ!他人を殺すのに躊躇なんてないし、そこに罪悪感もない。此処にオレと仲の良いやつなんていやしない、オレがオレである以上はこの先一生…それこそ死ぬまで出来もしない!」 

 

「………」

そんな雨生をいのりも、視も、月玖も、見つめるだけ。それだけ。

 

それにどれだけの感情が詰まっているか!

 

 

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だがこれも、きっと真実。

 

ああ、何も返してあげれる言葉がない。

 

雨生の叫びよりも大きな声を出すことも、そうして雨生を動かすことも無責任にはできない。待つべきものはもう、お互いにわかっていたはずだから。

 

「貴様自身を見失うな!」

優成は構わず雨生に怒鳴りつけた。

心の底から怒りを感じている様だった。

「……ロ、ローマンくん…………」

優成は雨生を睨みつけ、その中ディランは2人を交互に見つめるだけ。

 

「……オレ、ひとりぼっちは嫌いなんだ。うさぎは寂しいと死んじゃうんだぜ?……なんて、遅いかな。もう、みんなはさ、オレのこと嫌いになっちゃった?」

 

「…俺は、お前と友達になれてよかった、と思ってるよ」

「うーん………友達、ってことだけは変わらないと思うよぉ」

「……アロマ…ありがとうございました………あのっ、ほんとうに…うれしかった…です」

俺と緒丑、らいあは口々に言った。

 

雨生は一度下を向くと、何かを呟いた。けれどそれは俺達の耳に届くことはなく。

 

___それでも、俺達の声は雨生に届いたのだろうか。

 

「モノクター。これを預かっててくれねえか?」

「ええ、構いませんよ」

モノクターに鞄ごと預けると、雨生はいのりの方へと歩いていく。

 

「アンタ…いのり、だっけ?オレはちゃんと愛してたよ。まあ、そのせいで…なんだけど。日記やるよ、鍵はこれな。アンタはオレのこと忘れられなくて一生オレに縛られていればいい」

いのりは表情一つ崩さずに、日記を受け取ると、雨生の襟を力強く引っ張った。

 

「あんたもね」

それは最後のキスだった。

 

「またね、雨生」

 

「さよなら、いのり」 

 

▼アジムくんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

(動画はTwitterを参照ください)

 

閉廷!

 

 

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「さて、これは皆様に配りましょうかね。ワタクシが持っていてもどうしようもないですし…本人もそれを望んでいたでしょう。処分はご自由に」

そう言ってモノクターから渡されたのはアロマ。雨生が死んだことを感じさせない、変わらないあの匂いがした。俺はそれを握りしめては俯く。

 

「…どうかしたか?」

「いや……俺、この先やってけるだろうかって。…………仲間の死を…未だ信じられないし…自信がないよ」

千年は俺を見つめた。

 

「進もう。その先に何があっても、逃げてはダメだ。嘘になんかすり替えず、ただ真っ直ぐと…その足で進むんだ。少年はそれができると、三上は信じているよ」

 

「行こう、水蜜少年」

あの時と同じ言葉。

 

一筋の涙を彼女は拭ってみせた。

希望の匂いを未だ漂わせ、俺達は再び歩き出すのだった。

 

Chapter1

 

真実の涙はしとどに香る

 

 

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▼安心院雨生の遺品が譲渡されました。

 サングラス→陰明寺視

 ネックレス→Dylan・Monroe

 ブレスレット→御宮寺優成

 日記→周防いのり

 アロマ→皆様

 

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Chapter2 即興劇 スカシユリは散る
(非)日常編


ふわりと浮かぶシャボン玉。

目の前でぱちん、と弾けていく。

 

作っているのは視で、「それ、どこで見つけたの?」という冴香の質問に「購買よ」と答えた。

 

「おい陰明寺、やるなら外でやれ」

低い声で注意をするのは優成。目の前で弾けたシャボン玉が、相当気に障ったらしい。…まぁ、シャボン玉は外でやるものだろうから、注意もわからなくはない。

 

「嫌よ、だって外雨だし」

「なら貴様の部屋ででもやればいいだろう」

視はそう言うとチラリと窓の外を見て、顰めっ面をする。そんな視に対して、更に顔を顰める優成。

 

「まぁまぁ…ええと、外の天気って確か変えられるんじゃなかったっけぇ」

仲裁に入るように緒丑が言う。

「その筈だよ。モノクターを呼ぼうか?」

「嫌よ。ワタシ、アノ人好きじゃないし」

囚の提案に視は首を振った。

 

「あら、ワタクシを呼びましたか?」

「……げ。モノクター……」

待ちかねたようにすっと現れたモノクターに、身じろぎをする一同。

一体どこから現れているのだろう。足音がする時はわざとなのだろうが………モノクターについては不思議だらけだ。

 

「神出鬼没だね、きみは」

「その言葉いい響きですね、緒環クン。まぁそうですねぇ、ワタクシ退屈なんですよ」

「…そんなこと言われてもぉ……」

困ったように緒丑は頬を掻く。

退屈だからといって、そこら辺に現れ続けられるのも正直困る。

 

「陰明寺少女からシャボン玉でも借りたらどうだ?」

「貴女本気で仰ってます?」

息つく間もなく、ツッコミを入れるモノクター。恐らく千年はふざけてなどいない。全くの本気だったのだろう。

 

「…まぁいいです。弔宮サンと安心院クンの苦しみを解っていないようなので…とっておきのサプライズをご用意致しましたから」

 

何か、不吉な予感がした。

2人の名前を出すということは、ただの娯楽のために来たのではない。モノクターの今までの行動を思い返すと、自然とそう感じた。

 

「its a show time!流れ星のプレゼントでございます」

流れ星と称して、天井から落ちていくのは、

 

それはそれは鋭利な刃物。

 

刃物は談話室の中心に座っていた実花をめがけて落ちていく。

 

「逃げろ、実花………」

あまりの急な出来事に、声が出ない。

「……!」

薫はなんとかして守ろうと手を伸ばすも、距離は遠く、

 

届かない。

 

「………ぇ…っ」  

 

届くとしたら、

 

隣にいる彼女しかいない。

 

「………………ッ!間に合っ……た…………」 

 

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実花を突き飛ばし庇ったのは春子で、飛んで行ったのは、シャボン玉なんかじゃない。

 

 

「は、春子ちゃん……腕…が……」

春子の腕は無惨にも飛び散り、バランスを崩した小さな体は耐え切れずに床へと臥していく。

 

「キャァァァァァァア!!!」

「……………っ」

「…ゔ…………………」

その様子を見ていたらいあは叫び震え、幸応は思わず目を瞑り、ディランは声を漏らした。

 

「よかったぁ、実花ちゃんに怪我が……なくって….…」

「やだ………早く…止血しないと……っ!」

実花を守れた安心からかへらりと口だけは笑うものの、得体の知れない痛みを感じ始め、春子の頬には涙が流れ落ちていく。

実花は慌てた様子で、自身に血がつくのも構わず近づいた。

 

「ム、ムンちゃん………元に戻して……!おねがいっ…………おねがい…春子ちゃんの腕を………返して……」

らいあは目の前の惨状についに泣き崩れた。

 

「…どこが紳士なのふざけないで…っ!」

倒れた春子と助けを乞うらいあの姿を目にした実花は、ついに声を荒げる。膝こそ春子のそばにいようとついているが、今にも掴みかかりそうな雰囲気だった。

「おやおや、ワタクシに危害を加えたらデコピンのひとつでは済まされないですよ?」

「……っ!」

 

「退屈なんですよ…。退屈を埋めるには何かに傷をつける。………ニンゲンだってそうでしょう?ワタクシのやってることは愚かなニンゲン共となんだって変わりはないのです」

 

「これ以上のサプライズ、期待していますからね?」



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(非)日常編

地獄の炎が尽きることはない。

冥界で望む番人は強欲で、希めたはずの未来を粉々に散らしては嗤うのだ。

 

翌日の昼のことだった。 

 

「春子は大丈夫かしら。それに、実花もいないし……」

紗環はやけに静かな食堂でぽつりと言った。

あの後すぐに春子は手術室に送られたものの、未だ帰ってきてはいない。

 

「西園寺さんの方はね、ずっとつきっきりらしいわよ」

みのりは不安そうに窓の向こう側を見つめている。

 

いつも明るく場を楽しませていた春子と、面倒見がよく愛想の良い実花がいないのは俺達の空気を暗くさせるのは当たり前のことに思えた。

 

「そういえば、今日は囚ちゃんと一緒じゃないんだねー!」

「ええ。今日の朝から逆叉とモンローと一緒に探索に行かれてるわ」

冴香は囚と紗環が一緒に行動していないことに気づいたらしい。実は俺も気になっていたが…どちらかが誘われた場合などは別行動でも問題ないようだ。

 

「それでできた自由時間を潰す為にここに来た、とな」

「…鋭いのね、以前と違って」

お茶を飲みながら言う優成に、紗環は鋭い視線を向けた。

 

「……そうせざるを得なかったからな」

 

「というか、なんでローマンと呼ばれたがっていたんだ?」

「ローマンカモミールという花がある。その花が綺麗だから取った。それだけだ」

 

性格はまるで変わってしまった。いや、こちらの方が本性だったのだろうが。これ以上語る口はないようで、優成は再びお茶を啜った。

 

「ねぇ、何作ってるの?」

一方ちくちくとずっと縫い物をしていた幸応に、隣に座る月玖が聞く。

哀哭と雨生がいなくなってから、幸応は更に口数も少なくなってしまったから心配だったが、1人でいることは少ないようだった。

 

「…あ、えっと………シュシュを…作ってるよ」

「どうして?あぁ、君の髪はずっと長いから?」

「ううん、ぼくの為じゃなくて………………」

「…?それじゃあ誰のため?」

「…春子さんと実花さん。…それに、ぼくの気も紛れるし……」

 

「ふぅん、ねぇそれあーしにもやらせてよ」

月玖と幸応の会話を聞いて、口を挟んだのはいのり。それ、と言いながら指差すのは幸応の持つ裁縫道具だ。

「どーせやることないしさ、あんたの研究教室から借りれない?」

    

「あ、それいいな。ボクもやりたい」

「幸応。折角だし、俺達に裁縫を教えてくれないか?」

「う、うん………!もちろん…!」

いのりの提案と幸応の快い承諾により、その場にいた者で裁縫をすることになった。

 

ーーー

 

「持ってきたよ…!」

10分後にかごの中に沢山の布や裁縫セットを入れて幸応は戻ってきた。

「すごい量だな、大変だったろ?」

「う、ううん…どこになにが…あるか、とかはわかってるから………」

 

俺は幸応から裁縫セットと布を受け取ると、初心者向けだという巾着型の小物入れを作り始めた。

 

確かに、思ったよりも簡単で初心者にぴったりだ。数十分で出来上がったものは、若干糸の間隔が不揃いなものの、悪くない仕上がりだった。学校の家庭科の授業を思い出させるようだ。

 

幸応は席を回ってアドバイスを施したり、空いた時間にフェルトで花を作ったり忙しそうなものの楽しそうだった。朝は暗い空気だったが、いのりの提案は良い影響を与えたと思う。

 

ちらりと周りを見てみる。それぞれ思い思いの作品を作っているようだ。

 

今は幸応と慎一が一緒になってゲーム機を入れるケースを作っている。慎一は裁縫が得意ではないらしい。苦戦しながらも口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。

 

優成は幸応といのりの提案を断りきれなかったらしく、1人黙ってぬいぐるみを縫っていた。今縫っているのはクマのぬいぐるみで側には小さなキジもいる。

 

「ホントにはじめて?すごく上手なんだけど………特にクマのぬいぐるみ。可愛いじゃん」

初めてにしては十分すぎる出来栄えに、慎一は作業の手を止め感嘆する。

 

「たしかに。随分と可愛いねソレ。誰かにあげんの?」

「気になる〜!!優成ちゃん教えてよ!」

「…このキジと同じで自分用だ」

いのりと冴香の追求を暫く無視していた優成だが、ついに根負けしたのか返答した。

 

いのりの作品はウサギとイヌの小さなぬいぐるみ。非常に完成度が高く、売り物みたいだった。

「それも可愛い。周防は手先が器用なんだね」

「わ…すごいわねいのり」

「まーね。ネイリストだし?」

 

いのりの隣に座るみのりはハンカチに花の刺繍を施しているようだった。そういえば元から幸応に裁縫を習っているようだし、パッと見ても分かる丁寧な仕上がりだ。

 

「これあげるわ」

そういうと、前に座っていた幸応に差し出した。

「え……ぼくに?」

「ええ、初めて作ったやつだけど、あなたに教えてもらったから」

幸応はハンカチを受け取ると大切そうにカーディガンのポケットに入れた。

 

らいあは布でできた小さなリボンを大量に生産していた。店でも開くのか、とでも言いたいくらいには作っている。ちまちまと作られたそれはたまにほつれたものがあるものの、とても上手だった。余程集中していたのだろう。頬は少し赤く染まっている。

 

紗環は見事な手際で鞄を作り、今は小さなぬいぐるみに着手している。

「いつの間に作っていたのか」

「あまり綺麗な仕上がりではないけど…これくらいなら」

 

そして月玖は、月の刺繍が入ったレースつきの淡いピンクのハンカチを作ったようだ。

「それ良いね」

とその出来栄えを慎一が褒める。成る程、慎一は作るよりも褒める方が好きなのかもしれない。

 

最後に冴香だが…冴香はお世辞にも上手いとは言えない何かを作っていた。…そう、何かだ。

感想を述べようにも何かわからないので俺が言葉に詰まる間、優しいらいあは「この辺の、い、糸の絡まり具合がっ素敵ですね…!宇宙人みたい!」と必死に褒めていた。

 

「……燈庵さん、それってゴ」

「ゴミじゃないよ!!!」

そんならいあの優しさを水の泡にするように、月玖が正直皆が思っていたであろうが決して言ってはならない言葉を言おうとする。俺は月玖の口を抑えようとするも、冴香が先に言葉を遮った。

 

「じゃあ、何?」

「宇宙人のぬいぐるみだよ!!!」

「…マジでうちゅーじんなんだ………」

いのりのツッコミで更に場が和んでいく。

 

「お裁縫…楽しいですね……!」

ずっと表情の固かったらいあが微笑んだその時だった。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は教会です。生徒はすぐに向かってください。』

 

一瞬だけ訪れた穏やかな時間は、すぐに奪われて俺達を暗闇へと落としていく。

 

ガタンと倒れた椅子も気にせず、俺達は思わず立ち上がった。

ここから教会は遠い。らいあと幸応は足が遅いから、と気にせず俺達に向かうように言う。

 

「……教会って…また辺鄙だよな」

「………今は被害者の確認だ」

「何にせよ、誰かが死んだんだから」

食堂を急いで後にした俺は、走りながらも優成と慎一とそんな会話をした。

 

後ろの方で、冴香とみのりといのりと紗環が話す声も聞こえる。恐らく俺達と同じような会話だろう。

 

教会の重いドアを開けた時、薫やディランの悲しそうな顔が見えた。

「…一体、誰が………」

囚は俺を見つめると首を振って。 

 

舞台から降ろされた役者は明日の光を見ることもなく。

 

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非日常編

 

「ちょっと何事?………千年チャン?」

幸応とらいあがたどり着いた後すぐに、自室にいたという視と緒丑もやってきた。2人も急いで来たのだろう。随分と息が切れている。

 

「ホ、ホントに死んじゃったの…?彼女が?」

「ええ」

視は信じられない、とでも言いたげだ。

紗環は確かなのだと頷くとその死体を見ては眉を顰める。

 

月玖は千年の死体に近づくと手を合わせている。

 

俺の方といえば、ただ目の前の褪せた彼女を、見つめることしかできない。力が抜けそうだ。

 

「………こんなこと、……どう思う?」

勿論、答えが返ってくることはない。

わかっている。独り言でしかないのだと。

 

昨日まで隣にいたはずの彼女は、もういないんだ。  

 

俺は頭の中を整理しようと、側のチャーチチェアに腰を下ろした。

他の皆は死体に近づいたり、周辺を見たり、はたまた何か思いついたのか教会から出たり…それぞれ捜査を始めるようだった。

 

それから何分が経ったのだろう。

 

俺の鼻をふわりとあたたかい匂いが掠める。

お日様のような、干し草のような、柔らかい匂い。  

 

「…緒丑………」

俺の隣にそっと腰を下ろしたのは緒丑だった。

 

「…どうしたんだ?」

「ええと、なぁんにも」

「……?」

 

緒丑は何と発言しようか迷っているような顔だった。緒丑は誰にでも温厚だが、今まであまり喋ったことがなかった。その為、俺達には暫くの沈黙が訪れる。しかしようやく伝えたい言葉がまとまったのか、緒丑はついに口を開いた。

 

「あんまり推理とかは得意じゃないんだけどぉ………隣にいることはできるからさぁ」

 

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相変わらず気の抜けたような、けれどどこか安心できるような笑みを緒丑は見せた。

その笑みで幾らばかりか心が楽になる気がした。

 

不思議な空気だ。

確かに、緒丑には千年のような1つの発言で場を変える力はないのかも知れない。けれど、その存在感やあたたかみで空気をあたためる力があると思う。それは緒丑にしかできないことで、現に救われていると感じる。

 

緒丑は千年については触れない。

恐らく俺に気を遣っているのだろう。

その優しさに応えるとしたら、俺には何ができるのだろう。俺にはどんな力があるだろう。

 

「…ありがとう緒丑」

「落ち着くまでいいよぉ」

「…いや、今は捜査をしなきゃだよな。この辺を一緒に捜査しないか?」 

緒丑は不意をつかれた顔をした。しかしすぐに頷くと、立ち上がる。

 

「水蜜さんは強いんだねえ」

「いやそれは……」

そんなことない、お前のおかげだ、と言おうとしたのだが、足元に何かが落ちていたようで、その何かが転がる音に俺は言葉をやめた。

 

「瓶かなぁ?でも何も入ってないねえ」

緒丑は転がっていく瓶を手に取ると、元に倒れていた場所に戻した。緒丑の言う通り、瓶の中には何も入っておらず、ラベルも貼られていない。

 

殺害に使われたものだろうか。俺はとりあえず、配布されている手帳に瓶のことを追加した。

 

そして肝心の千年はロープに首をかけて死んでいた。

ロープで死ぬなんて、ありきたりなドラマでしか見たことがなかったもので、まるで自殺みたいだと思ってしまった。

 

教会は4階にある上に人の出入りが少ない。昨日は千年の姿を確認しているから、死亡から24時間も経っていないのだろうが、もしも死体の発見が遅れたら…。それについてはあまり考えたくない。

 

首にはしっかりとロープの跡が残っている。ふと、顔のあたりを見ると俺はとあることに気づいた。

 

「………お、おい……」

「…うん……可哀想だよぉ……こんなの…」

千年のおでこには大きな傷跡が。

緒丑は居た堪れないのか、きゅっと目を瞑る。

 

「それ、アクション映画でできた傷らしいよ」

そこに話しかけてきたのは実花だ。まだ手術室か保健室あたりにいるかと思っていたから、俺達は急な登場に驚いてしまった。

 

「西園寺さん、戻ってたんだねぇ」

「ええ、あの子はまだ保健室にいるけど…。裁判には来るって。………ホント…バカ…」

自分を庇って春子が怪我を負ってしまった事実が余程悔しいようで、実花は唇を噛んだ。

 

「春子はお前のファンと言ってたもんな。………それほど実花が大事なんだろう」

「私がまだ超高校級に認められる前からずっと応援してくれてたの。だからって、あんな…………」

実花は春子のことを語っては、また暗い顔を見せた。

 

「……でも…私はアイドルだからねっ、今すべき最善のことを尽くすよ!皆の笑顔を取り戻す為に!」

俺達2人の心配そうな顔を見て、実花は笑顔を作ってみせた。

 

「…そういえば、アクション映画がなんちゃら、って言ってなかったか?」

「ああ、時任ちゃんの傷のことね!お風呂の時にちらっと見たけど…随分と身体が傷だらけだったの…いくら仕事とはいえ、女の子なんだからもっと大切にしなきゃ……」

 

実花はそんなことを俺達に教えると、春子の分まで捜査を頑張ると言ってどこかへ行ってしまった。

彼女も無理をしていないといいのだが…。

 

それともう一つ。千年のポケットには月玖の作ったハンカチが入っていた。恐らく先程月玖が入れたのだろう。ふわりとアロマの匂いもする。

 

ハンカチを渡す意味は、別れ、だっただろうか。

 

「ねぇ水蜜さん、これ何の破片だろう?」

緒丑に呼ばれて俺は我に変える。指差す先には小さな破片が落ちていた。恐らくなんらかの陶器の破片だろうが…。千年の服装や持ち物から欠けた様子はない。

 

もしかすると犯人に繋がる大事な証拠かもしれない、と俺はこれも手帳に記録した。

 

「さて、と。そろそろ裁判にしてもいいですかね?」

モノクターの声がする。

気づけば、もう裁判の時間のようだ。

 

「行こう」

そんな風に手を差し伸べるあいつはもういない。俺が、俺の足で進まなきゃ、なにも変わらないんだ。

 

真実から目を背けないこと。それをあいつはずっと教えてくれてたじゃないか。

 

千年の死の真実を、絶対に掴むんだ。



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非日常編

裁判場には、既に春子がいた。たった1日会っていないだけなのに、随分と時間が経っていったような気がする。

「大丈夫なのか?…その、傷、とか」

 

「腕は…もう、戻らないけど……ちゃんと縫ってもらったし、裁判台に立つことはできるからね!……それと、千年ちゃんが死んだって聞いて……ショックだった…」

春子の腕は完全に切断されてしまったらしい。いつもより元気はないものの、思ったよりも春子は気丈に振る舞っていた。

 

「捜査はあまりできなかったけど…裁判には参加させてもらうね!…だって、皆で真実を暴かなきゃ、千年ちゃんが報われないでしょ?」

と頷いた。

 

「よーし!頑張ろうね、実花ちゃん!皆!」

「あれこれ悩むけどぉ……」

「真実はいつも1つ、だからさ」

「…うん、時任さんのために」

 

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「まず、死体を発見したのは薫達3人でいいんだよな?」

あの時俺を含む多くの人間は食堂にいた。俺達より前にいたのは、薫と囚とディランのはず…。

 

「そうだね。彼女を見つけたのは、僕達3人だよ」

そう言って薫は「ね?」と囚とディランに促す。

「ディランくんに探索に誘われてね」

「気晴らしだよ。2人は探索が好きそうだなって思って…」

2人も間違いない、と頷いた。

 

そういえばお昼頃に紗環が、3人について明言していた。紗環を巻き込んでまで嘘をついている可能性は低いだろうから、死体発見者と彼らが教会にいた理由は真実なのだろう。

 

「それじゃあ肝心の死亡時間はいつなんだろ?」

慎一は首を傾げる。

「死体発見時間がお昼過ぎだからそれより前で、且つ昨日に姿を見ているから、24時間以内だと思うけど…」

と視。

 

「千年ちゃん…なら、昨日の、……朝方、…お水を飲みに、………食堂に立っているところ……を見かけたよ。というか、朝方食堂にいたのは…ボクと千年ちゃんと…冴香ちゃん、ローマンくん……だから、聞いてみたらわかると思う、よ」

 

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「そういえば、結構早起きしたなー!って思ったら3人がいてびっくりしたんだよね!」

「確かに、時任はあの時生きていたな」

冴香と優成、2人の同意により、犯行推定時刻は朝方から昼までの間となった。

 

「……時任さんの死因は、窒息死でいいのかな?」

次の議題を提示するのは月玖で、普段よりも元気のないように見える。表情が出にくい節もある月玖だが、千年の死は余程堪えるものがあったようだ。

 

「いーんじゃん?ロープで吊られて…窒息死ってことで。倉庫のリストを冴香とらいあと調べたけどさ、一本しかないロープは消えてたからそこから取ったんだろうね。つか、」

 

「自殺みたいだよねって話」 

いのりの意見には、俺も思った点があった。ロープで首を吊るなんて、自殺の典型的な姿に見えたからだ。

 

「それ、ワタシも思ったわ!」

「………はい…悲しいですけれど………」

“自殺に見える”と思っていたのは俺やいのりだけではなかったらしい。視やらいあも賛同の意を示した。

 

「そのことなんだけど…私、こんなものを見つけたわ」

そう言ってみのりが出したのは1枚の手紙。

「なんの手紙なのぉ?」

 

「…遺書…だと思うわ。時任さんの」

「………遺書、か?」

思わず、声が漏れてしまう。

遺書とは、死後のための手紙。己の死を完結させる手段。

 

「ねぇみのりちゃん。それ、読んでもらってもいーい?」

「え、ええ。いいわよ」

全員に回して読むのも大変なので、向かいの春子の提案により、みのりが遺書の内容を読んでくれることになった。

 

「…少年少女諸君、置いていってしまう形となり本当にすまない……」

遺書の内容はこうだ。

 

皆と交流していくうちに、罪悪感と幸福感で押しつぶされそうになっていたこと。外に出ても、良いことなんて待っておらず、皆にも会えなくなるのがどうしても辛いこと。自由を失う前に、幸せすら分からなくなる前に、自分で自分を殺そうと思うこと。

 

そして、

 

場違いながら皆と過ごせて幸せだったこと。

 

そんなことが書き綴られていた。

 

俺はふと、千歳のおでこにあった傷を思い出す。

 

千年といえば前向きで、少しばかり抜けていて、明日への希望に期待を抱えている…そんなイメージがあった。

俺が見ていた世界と千年が見ていた世界は違ったのかもしれない。

俺が見ていた千年は千年でなかったのかもしれない。

 

そう思うと胸が張り裂けそうだった。

 

遺書の内容に黙り込む俺達に、投げられたのは自殺の線を更に濃くする証言。

 

「そういえば……時任が生きてるのが辛いって、言っていたのを聞いたな」

「………千年が?生きてるのが辛いって…?」

「うん。つい最近ね」

千年と親しかった慎一と紗環の対話。

俺はなんと反応していいのかもわからなかった。

 

「まさか本当に自殺しちゃったの…?」

「でも…それなら……ロープで首を吊っていたの、も…納得がいくのかな……」

「へえ、時任さんがねぇ」

口々に言うのは春子、幸応、囚だ。3人も千年の自殺を考え出したらしい。

 

時任千年は自殺した、という雰囲気が場に漂い出した時、

 

「何か大事なことを忘れてないかい?」

 

【挿絵表示】

 

 

声を上げたのはディランだった。

「自殺なら千年ちゃんの足元に何か台になるものが転がっていないとおかしいんだよ。現場には実際転がってないし…もし自殺なら、誰かがわざと裁判で混乱するように台を始末したことになる」

 

「何事も確認は大事だと思うよ。それ、本当に千年ちゃんの遺書なのかな。筆跡で判断できることもあるだろうし…親しかった紗環ちゃんに確認してもらったらどうかな」

とディランの反論に薫が続けた。

 

みのりは「それもそうね」と隣の囚に遺書を手渡す。それを囚は更に隣の紗環に渡した。

「どうだい、紗環?」

「……これは、明らかに千年の字ではないわね………」

遺書に目を通した紗環は、怪訝そうに言った。

 

「それじゃあその遺書は偽装された、ってこと?」

「そうみたい!…すごく、計画的だね。自殺に見せかけての殺人で、遺書まで用意するなんて…」

実花と冴香は、ディランの反論と薫の提案に納得した様子だった。

 

「そういえばぁ、あの陶器の破片と瓶はなんだったんだろう?きっと誰かが犯行に出た時に使ったもの、だよねぇ…」

「あぁ。なんらかの破片と瓶が落ちていたんだ」

大事な証拠になるかもしれないと、記入していた破片と瓶の存在。

 

「念の為トラッシュルームを捜査した時に、割れたティーカップが出てきたが、その破片はティーカップではないのか」

優成は自分の捜査結果を示す。俺はもう一度破片の実体を思い返してみる。

 

「確か、陶器のようなものだったな。なぁ、緒丑?」

「うん、言われてみればぁ…ティーカップの破片だと思うなぁ」

 

「教会で犯人と千年チャンはお茶でもしてたのかしら?」

「なるほど…瓶に入っていたものは薬物でそれをお茶に混ぜたのかもしれないな」

視の意見に俺は頷いた。

 

「私もそう思うよ!…というか薬物保管庫を調べたんだ!そしたら睡眠薬の棚から1つ薬品が消えてたの!」

 

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同意と共に出た大事な証言のおかげでわかったが、その消えた瓶が現場に落ちていた瓶で間違い無いだろう。

 

「……にしても睡眠薬か」

「眠らせてから首をかけるのなら、それほど難しくはないかもしれないわね」

優成の呟きの後、紗環はそう言った。

 

するすると紐が解けていくような感覚だ。犯人まで、ちゃんと俺達は近づけているのかもしれない。

 

「………っあ!あの!その……質問が……、あります!」

ちょこんと手を挙げて質問を希望したのはらいあだ。声には緊張の響きが混ざり、表情もいつもより不安げだ。

 

「どうぞ、夢鳥姫さん」

「はっはい!えっと、えっと〜!!!!む、六瀬さん!」

発言を促す薫にらいあは力強く頷き、慎一を指す。

「…ボク?」

 

「そ、そ、そういえばなんですけどっ………時任さんの…じっ自殺をほのめかす発言って………………本人から聞かれたんでしょうか?」

「…?いや、本人からじゃないけど…」

「でっではどなたに………?!」

 

「燈庵だけど………」

 

「…さ、えかちゃん………?」

幸応は冴香を見るものの、冴香は「うん、私が言ったけど?」と何も動じることはない。

 

「それはちゃんと本人から聞いたの?」

と囚。

「えっ、もちろんだよ?」

冴香はそう答えるとぱっと両手を広げて、己の潔白を証明しようとする。

 

「…何……その跡………」

そんな冴香の手を見て、月玖が声を出した。

「え?…………あ」 

 

冴香の手にはロープの跡がうっすらまだ残っていた。

 

【理論武装開始】 

 

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「この跡は倉庫のロープを捜査した時にできた跡なの!」

 

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「いいや、ロープは倉庫に一本しかないはず。捜査の時点でロープは倉庫にない。君も見たんでしょ?」

 

【挿絵表示】

 

 

「私はその日、千年ちゃんの姿すら見てないんだよ!」

 

【挿絵表示】

 

 

「私が植栽してあげる。黎葉さんが言ってたわよね。貴方は朝食堂にいた、って!」

 

【挿絵表示】

 

 

「…ホラ、あんたなんじゃないの?」

「違う…私じゃ……痛…ッ」

いのりの問いかけに冴香は未だ否定するが、突如心臓のあたりを抑えると苦しそうな声を出した。

 

「…もういいよ、冴香ちゃん」

口を開いたのはディランだった。

 

「………君の病気は………大切な人に嘘をつくと、身体が少しずつ宝石になってしまう。悪いけど、調べさせてもらったよ。…君は今嘘をついた。だから痛んだんだろ?」

「どうして…勝手に調べるの……?!」

 

「俺は探偵だからさ。ワトソンくんなら、わかるだろう?」

冴香は返事をしなかった。

 

「コホン、そろそろ投票をお願いしますね」

気づくと、手元のパッドに投票画面が表示されていた。

 

ーーー

 

「素晴らしい。時任千年サンを殺したのは燈庵冴香サンでした!」

 

「…………大正解、おめでとう」



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非日常編

「…私、天才のはずなんだけどなぁ。バレちゃったかー」

目をきゅっと細めて笑う姿はまるで、悪戯が見つかった子供のようだ。

 

「………」

その姿に、一同は何も言わなかった。いや、言えなかったんだと思う。

 

でも、

 

「…お前らに何があったのか、俺は聞かなきゃいけないと、俺自身に思ってる。……だから、聞かせてくれないか?冴香」

冴香は名前を呼ばれて、瞳孔を開いた。

「いいよ」と呟くと、そのままボソリと言う。

 

「….…許せなかったの」

「…え?」

 

「私よりも………注目されていることが!!許せなかったの!!!」

 

「な、何を……言ってる、んです、か……」

らいあは恐ろしげに冴香を見る。

誰にでも友好的な冴香がそんな風に千年を見ていたなんて、信じられなかった。

 

「話すよ、ぜーんぶ。だから、最後までその視線、外さないでね?」

 

〜燈庵冴香side〜 

私ね、皆が思ってるほどいい子じゃないの。

 

千年ちゃんって瞬く間に人の視線を奪っていくでしょ?………それが嫌だった。

 

だから、殺してやろうと思った。

それだけだよ。

嫉妬とか不安とか。

…それだけ?

私にとっては何より大事なこと。

 

…まぁいいや。

 

私は千年ちゃんに、相談があると教会に呼び出した。お人好しって損だよね。そして人を簡単に信じちゃうような性格も。

 

「ごめんね?急に呼び出して!」

「構わないさ!!少女のためになるのならな!しかし…話とは一体なんだ?」

「まあまあ急かさないでよ!話も長くなりそうだし、ミルクティーを作ってきたんだよ!飲んで飲んで!」

 

「おお!!有り難く頂くとしよう!燈庵少女は優しいな!!」

優しいだって。

私、今から千年ちゃんを殺そうとしてるのに。

……馬鹿みたい。

 

千年ちゃんは疑いもせず、睡眠薬入りのミルクティーを飲んだ。

 

「うむ!とても美味しいぞ!ありが…と……ぅ……ぁ…れ…….」

カップが割れる音がする。

 

千年ちゃんの力はガクンと抜け、抗えない眠りについていく。これが永い眠りになるなんて思ってもいなかったでしょう?

 

私は予め用意しておいたロープを吊るすと、千年ちゃんを引っ張ってなんとかして首にかけた。私と千年ちゃんって身長が同じくらいだから大変だったよ………。

 

ロープはゆっくりと千年ちゃんの細い首を絞めていく。

その時何か聞こえたんだ。

 

絞められていく苦しさで意識は若干戻ってたんだろうね。

「…く………」

初めはなんて言ってるのか、はっきりと聞こえなかった。

 

「るく…………月玖…」

あーあ、そんな風に呼ぶなら最初から伝えておけば良かったのに!もう遅いのになぁって私が悲しくなっちゃった!

 

私は目の前で息を失くしていく千年ちゃんにニッコリと笑いかけてあげた。

 

最期に見たのがこんな美少女なんて……幸せ者だね、千年ちゃん!

 

〜水蜜優side〜

「そう、彼女が………」

月玖は表情を変えることはないものの、声がうわずったように聞こえた。

 

「どう?納得した?」

「納得なんて……する訳ないじゃない…」

「キミの恨みごとばっかじゃんか」

紗環と慎一は冴香を厳しい目で見る。俺も、冴香を肯定はできないと思った。

 

「そうかもね」

しかし冴香は2人の言葉を一言で嘲笑った。

 

「最後まで見てくれて、ありがと!ではでは!次回をお楽しみに!」 

よく見るクイズ番組の最後のようだ。

初めて手にした敗北はないかのように、王者はただメディアの好む笑顔を浮かべたまま。

 

▼トウアンさんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

(動画はTwitterを参照下さい)

 

 

【挿絵表示】

 

 

「親しい人ほど、抱えてるものは大きいんだね」

いのりはそれまで見ていた処刑から目を逸らしながら言う。

 

「……大丈夫か、いのり」

いのりが特に親しくしていたであろう人間は悉くこの場からいなくなってしまっている。

「あーしは平気」

俺の心配もどこ吹く風だ。……良いことなのだろうか。

平気だと言い残すと、いのりは長い髪を揺らし裁判場を後にしていく。

 

俺はその後ろ姿を見送りつつ、千年の言葉を思い出す。

彼女が優しい心を持って遺したものは、記憶から消えたりしない。

 

「…水蜜さん?どうかしたのぉ?」

「……緒丑、なんでもないよ」

気付けば隣にいた緒丑に、ゆっくりと首を振る。

 

大丈夫。

明日が来る限り、進んでやるさ。  

 

Chapter2

即興劇 スカシユリは散る

 

【挿絵表示】

 

 

▼時任千年の遺品【ヘアピン】が童部月玖に譲渡されました。

 

(裏シートはTwitterのいいね欄を参照下さい)



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Chapter3 憶持に目瞑千寿菊 真理解明は箱庭の央へ
(非)日常編


あたたかな陽気の日だった。

 

自由時間。俺と緒丑は研究教室に行ったり、各フロアを探索したりとそれなりに時間を潰していた。

「この辺は粗方見尽くしたな。まあ、他のフロアもあるし全員の研究教室を見たわけでもないけどな」

自身の研究教室の扉を閉めながら俺は言う。

 

俺の研究教室は防音仕様になっているようで、いくらサックスの音を出しても外には聞こえないようだった。

今後は研究教室で練習をすることにしよう。なるべく練習は毎日していたいし、と俺は脳内で話をまとめる。

 

「そうだねぇって……えぇ!」

「どうした?」

緒丑は俺の言葉に肯定しようとする途中、いきなり声を上げた。とは言っても耳にくるほどではないのだが。

俺は「何に一体…」と前に目を向ける。

 

少し先には人が倒れていた。

心臓がドキンと鳴り、息が苦しくなる感覚。

哀哭や千年の死に姿がフラッシュバックされ、俺は声を漏らした。

 

長い深緑色の髪が目に映る。

「大樹寺さん………!」

俺達は急いでみのりに駆け寄った。

 

「おい、大丈夫か?!」

俺は息があることを願い、みのりの肩を揺さぶる。

 

「……ん…、ええ…平気、よ………」

よかった。

息はあるようだし、こちらの呼びかけに返答できるくらいの意識はあるようだ。しかし、放っておいたらそのまま意識は飛んでしまいそうな程、弱っているようだった。

 

「…平気では、ない…だろう?」

「保健室に連れていこうかぁ?」

「………そうね、お願いするわ」

みのりは少し考えた後、申し訳なさそうにため息をつくと、差し出された緒丑の手を取りやっと立ち上がった。フラフラと覚束ない足取りで歩き出す。

 

保健室へ着くと、みのりはゆっくりとベッドへ潜り込んだ。その様子をみて、緒丑はひとまずの安堵を覚えたようだ。

「念の為モノクターを呼んでくるか?」

「…いいえ、その必要はないわ」

「え?」

 

「だってもうここにいますからねえ!」

後ろから降りかかる声に俺達は身じろぎする。いきなり大きな声を出されると、心臓に悪い気もする。モノクターはそんな俺達の反応を楽しんでいるように見えるが。

 

「い、いたんだぁ………」

「皆様の行動は逐一チェックしていますし……生きているうちはそれなりの面倒も見ますとも!さ!男子共は帰りなさい!!」

「……あんたも男でしょ……」

 

「では女性の姿になればいいのですか!?」

「どっちでもいいわよ…………」

モノクターと一緒だと更に体調が悪くなりそうだが…微かな心配を残しつつ、俺達はモノクターに追い出されるようにして保険室を出た。

 

「大丈夫かなぁ?」

「まあ、一応…大丈夫なんじゃないか…?医療知識に関しては、この場ではモノクターが1番あると思うし…って……」

ぐるる〜と小さく腹の音が聞こえる。

そういえばもうお昼の時間だっけ。

 

俺は病棟内の時計を見ると、食堂に向かわないか?と提案する。

緒丑も空腹を感じたようで賛成してくれた。

 

食堂には、驚くことに全員が揃っていた。

「あ!2人とも!どこにいたの?探したんだよ!」

大きな瞳で俺達を見つけると、実花は声を上げた。

「探してたって…何かあるのか?」

 

「お好み焼きをするんだと。風桐の提案でな」

側の椅子に腰掛ける優成が言う。

なるほど、それで今全員が集まっていたわけか。

 

「貴方がただけが見つからなかったのよね。探索でもしてたの?」

「うん、研究教室を中心にねえ」

「そう、…あら?てっきり一緒だと思ったのだけど…みのりは?」

「みのりは保健室で休んでるよ。体調が優れないみたいだ」

「…それは心配ね。残念だわ」

紗環は睫毛を伏せた後、あっちのテーブルに座るようにと俺達を席に案内した。

 

俺は一緒のテーブルになったらいあと慎一、そしていのりに目を向けた。

「らいあは色々探してきてくれたんだよね、食材」

「ひゃ!はっ、はい!!」

いのりがそう言うと、らいあはいきなり話を振られてびっくりしたのか、体を震わした。

 

らいあの前には餅、チーズ、梅干しが並んでいる。どうやらどれもらいあが調達してきたものらしい。

そして慎一の前にはトマトが。

「トマトをいれれば何でも美味しくなる…気がする」

 

「悪くないかもね。2人が探してきてくれたしさ、あーしらも焼こ」

「いのりは探さなかったのか?」

「……あ、す、周防さんも探されてたんですけどぉ……」

「…止めたんだよね、ボク達で」

「そうか………」

…一体何を選ぼうとしていたのだろうか。

 

選ぼうとした食材についてはさておき、いのりはやはり手際がいい。らいあと慎一がワクワクと頬を染めて見守る中、器用にお好み焼きを焼いていく。

「ホラ、ひっくり返しなよ」

いのりは持っていたヘラを俺に差し出す。

 

俺は恐る恐るお好み焼きと鉄板の下にヘラを滑り込ませる。

「……ここからどうしたら?」

「勢いよく…こう…ばん!!!!!!!みたい…な?すっ、すみません…ぜんぜん、わからない、ですよね…」

「せーので上にあげたらいいんじゃない?はい、せーの…」

 

慎一の声に俺は焦ってヘラをあげる。勢いよく飛び上がったお好み焼きは、宙を舞い、そしてまた落下していく。

ぱん!と音を立てて、お好み焼きは無事鉄板に着地した。

「おお〜〜いーんじゃね?」

 

作法はどうであれ、だ。ひっくり返ったお好み焼きは多少の崩れはあるものの、美味しそうだった。俺は、下手なことにならなくてよかった、と2人のワクワクした顔を思い出し胸を撫で下ろした。

 

取り分けられたお好み焼きはとてもおいしかった。……そういえば、他のグループはどうなったのだろう?俺は座りながら周囲を見渡した。

 

隣のテーブルには、緒丑と薫と実花と春子。緒丑は自作のカッテージチーズとやらを取りに行き、提供したようだ。超高校級の酪農家が作ったものはさぞかし美味いだろう。

薫は才能柄なのだろうか。シーフード系を沢山持ってきたらしい。そして、春子は長芋を持ってきている。

 

実花が生地を混ぜて焼く係のようだ。実花が何かするたびに、「ステキ!」「カワイイ!」「ありがとう!」と春子が感涙しているのが見てわかる。

「流石実花ちゃんだね…って!ねえねえ、何を描いてるの!!」

「ふふ、見てごらん」

 

「わあ〜〜!!すご〜い!!!!!」

薫はマヨネーズでお好み焼きに可愛らしい絵を描いてみせたらしい。描かれたメンダコやイルカなどの海の生き物達に、春子は嬉しそうな声をあげ、そんな彼女を薫、実花、緒丑は微笑ましく見るのだった。

 

随分と平和なグループで何よりだと俺は次に後ろへと目を向ける。

そこは紗環と囚と幸応と優成のグループだが、穏やかに進んでいるようだ。

紗環はさきいかと天かす、幸応はネギや鰹節、優成は豚肉を用意したらしい。具材は定番で聞くだけで美味しそうだ。

 

先程のグループと同じく、食材を選んでいない人間が焼くようだが、紗環は囚がボウルに手を伸ばすと「囚様にやらせるなんて…」と、素早くボウルを奪おうとする。

「いいんだよ、紗環。こういうのも経験になるし」

「……たまには放っておいたらどうだ」

「うん…えっと、囚さんもそう言ってる…みたい?だし…」

 

紗環はそれを聞いて困ったような顔をした。

「で、でも………あ」

彼女の視線の先には隣のグループのお好み焼きが。

「え、ええ…………」

幸応も困惑した声をあげ、囚は苦笑い、優成は顔を顰める。

 

そこには、何故か青色のお好み焼きの前に項垂れる視とディラン、そんな2人を見て楽しそうに笑う月玖という地獄絵図があった。

「貴様達は何をしでかしたんだ!?」

「ワ、ワタシ今回は何もしてないわよ!」

「俺もさ。ありきたりな食材を持ってきたんだけど…月玖くんが青い食紅をいれたんだよ」

 

「な、なんで……………」

「面白い反応が見れるかなって思って!」

ニコリと月玖は言う。全く月玖は相変わらずだ。

「仕方ないわね。私が代わりにそこのグループの分を焼くわ」

ため息をついてみせたものの、役割を見つけたからなのか、心なしか嬉しそうな紗環は席を立つ。

 

「超高校級のメイドのお好み焼きが食べれるなんて感激だなあ」

「絶対こっちの方が美味しいわよね!」

ディランと視は救われたような顔で紗環を見る。

「味は変わらないと思うんだけどなあ」

「どれ、頂いてみようか」

「やめとけ緒環………」

 

「あらあら〜!楽しそうですね!ワタクシも混ぜて下さい」

そこに現れたのは先程保健室で会った筈のモノクターだ。

「みのりはどうしたんだ?」

「ええ、ぐっすり寝ていますとも!」

みのりが眠った後暇になったらしい。

俺達のテーブルに割り込むと、モノクターはウキウキとお好み焼きを焼き始めた。

 

できました!と差し出されたのは2枚のお好み焼き。

俺はその内の一切れを口にする。

「しょっっっぱ………………」

なんだろうか、この塩分の塊のような味は……。

 

「ワタクシ、麺つゆをどばぁと入れてみました!!皆様も召し上がってください!」

「め、麺つゆかあ……僕は遠慮しておくよ」

薫も肯定はし難いようで、微妙な顔でモノクターを見る。

 

「こっちは?」

と視はもう一枚のお好み焼き(?)を恐る恐る口にする。こういう時、視は肝が据わっていると思う。

「ああ……食べちゃって…大丈夫かなあ?」

「?甘くて美味しいわね」

「え〜!私達も食べたいな!」

 

どうせ不味いのだろうと期待していなかったが、もう一枚のお好み焼きはデザート風味に仕上がっている。苺やバナナ、コーンフレークがとても美味しいのだ。否、これはもうお好み焼きではないのかもしれないが…。

 

誰かと1つの何かを作ると言うのも悪くないのかもしれない。明日は自分で料理を作ってみようかな、と賑やかしい食堂の中、俺は思うのだった。

 



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(非)日常編

「ねえ、このコロシアイ生活って誰が考えたものなのかな」

ある日、実花がそんな風に言った。

 

「…何よ急に」

体調は回復した様子のみのりが、実花に視線をやる。…怖がっているのだろうか。

「え?いや…あのね!モノクターが何者なのかも…何故私達がコロシアイ生活を送らなきゃならないのとかも…あの時の恐怖に負けて流しちゃっただけで、何も知らないなって思って!」

 

「確かに、どんな理由なんだろうね」

「そっ、それに…あの人………?の…正体も……何一つ…ですし……」

「……モノクター、がコロシアイ生活を企てたなら、どうして…なんだろう、ね」

「面白いから、とかいいそうだけど」

 

「おや、ワタクシの噂をしましたか?」

「…また貴様か」

 

月玖やらいあ、幸応、慎一が口々にそう呟き、考え込んだ時、またしてもモノクターは現れた。

 

「…最近よく現れるわね、アナタ」

視は苦々しげに言う。

モノクターの神出鬼没ぶりには、もう慣れてしまいそうだった。

「それでも探索中なんかは会わないけどね」

「粗方4階の部屋にでもいるんだろ」

囚と優成はそう言葉を交わした。どうやら相変わらず探索は真面目に行っているようだ。

 

「…ですがまぁ、ちょっとくらいこのコロシアイ生活の要因となりうるもののヒントを教えてあげてもいいかなぁと思うのですがね…ワタクシもスリリングなことは嫌いではありませんし、何より謎解きはワクワクするでしょう?裁判と一緒でね、うぷぷ」

 

「……それホント?」

自己紹介と同じように「言い出しっぺ」の実花はモノクターの言葉に食いつく。

 

仲間思いな実花は、このコロシアイ生活を終わらせたいようだが…。

 

モノクターとの交渉は危険にも思える。

用心深い薫や紗環、優成あたりは怪訝そうにモノクターと実花を見つめていた。

 

「ええ、ええ!アナタの持ってるキラキラとしたアレと交換こ!どうでしょう!」

「…へ?そんなんでいいの?研究教室のドレッサーのアクセ、この前よーく見てたもんね!いいよ、あげる!」

 

モノクターから出された条件は、周りや実花がぽかんとしてしまうくらいに子供じみたものだった。

 

モノクターは満足げに頷く。

「ではビッグなヒントをお教えしましょう!」

 

「裏返せば裏返すほど終わりに近づき、小さな世界で創るもの、なーんだ?」

 

「……なぞなぞ?」

「アナタのお仲間と考えてみてください!ネ!!」

 

不思議そうにする俺達の前、モノクターの黒い影が、炎のように揺らめいていた。

 

「さて、代償はきちんと払って頂きますからね」

 

「………!」

 

モノクターの言葉で、もう皆分かってしまった。

 

“次こそは彼女だ”と。

 

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「ぁ…………み、………はな…ちゃん…………」

春子の消え入りそうな声。

 

死ぬよりも残忍か。

彼女の目の前は既に地獄だった。

 

そして突如空気を切り裂くような泣き声が響き渡る。それは春子の声だ。

 

追いかけ続けた、大切な存在の輝く瞳は血で塗れ、悲壮な表情でいっぱいになっている。

 

みのりやらいあの叫び声も重なる。そして

ディランが驚いてカップを落としては割る音。

 

耳が、痛い。

 

目に映るもの、耳に届く音、呼吸や感情の全てが、壊れていくみたいだ。

 

「許さないっ………許さない許さない許さない!!!!!!!」

春子は発狂し、そのまま崩れ落ちた。モノクターに何をできるわけもなく、ただ「悲しい」という感情と、愛する彼女が傷ついた事実に身体ごと落ちていく。

 

「何故………!」

「アクセサリーが欲しいのではなくて、キラキラしたアナタの瞳が欲しいのだと!!!!そういう意味でしたが…伝わりませんでしたか?」

紗環の問いにモノクターは意地悪そうにせせら笑う。

 

「このなぞなぞ、アナタ達には解けますかねえ。超高校級のアイドル様の瞳を犠牲に手に入れたのですから、解いてもらわないと困るのですがね…ぷぷ」

「最っ低よ……!!!!」

視はモノクターを睨みつけ、罵った。

 

俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

……その後のことはよく覚えていない。

 

あの後、実花は手術室へ連れられて、春子はそれを追いかけて、そんな彼女を心配するように薫も追いかけ。

気づけば談話室から人は消えていたんだっけ。

 

血の匂いはいつまで経っても慣れられるものではない。

翌日の俺達はやけに沈んだ空気に参ってしまっていた。

いつもなら賑わっている食堂も人気が少ない。

 

「周防さんって紅茶には何もいれないんだねえ」

「まあね。この方が飲みやすいかも」

 

「………あ、優くん、緒丑くん、いのりちゃん。いたんだね」

食堂に偶然茶を飲みに来たいのりと、俺達の前に現れたのは春子で。

 

やはり昨日の一件から元気がない。

「…あー、実花は?」

「………実花ちゃんなら今は視聴覚室に」

いのりの問いかけにも、心ここにあらずといった具合に返す。

視力訓練か何かの為、追い出されてしまったようだった。

 

「………私の行動は…無駄…だったのかな」

そばにあった椅子を引くと何となく腰を下ろし、なくなってしまった腕を見つめるようにして、ぽつりと言う。

 

「それは違うぞ」

 

気づけば口に出ていた。

 

「…お前の行動は……実花を思ってのこと、だろ?絶対、その気持ちは無駄なんかじゃない。…実花の力になってるんじゃないか?いつだって」

俺は何も動くことができなかった。

だから正直、春子の行動力が強く映っていたのだ。

 

「そうかなぁ…そうかなぁ…………、……………早く実花ちゃんに会いたい!絶対絶対2人で生きて出るんだから!!!」

春子は片方の拳を握る。

 

「ここで負けてらんないしね。……つか、そこの道に、トランプが落ちてるけど…あんたの?」

いのりが指差す方向__春子が来た道には一枚のトランプが。いのりはそのまま拾ってやると、春子に渡す。

 

「あれ?いつ落としたのかな?ありがとう!!」

春子は普段より気ごちなくとも、笑いながら、トランプを受け取ると、ひゅっと目の前から消してみせる。

「わあ、生マジックだぁ!はじめてみたよぉ」

それを見て緒丑は、ニコニコと手を叩いた。

 

春子と実花の心はまだ折れていないと、信じていたい。

…強く結ばれてる2人のはずだ。

俺は以前捜査の際に実花が語ってくれたことを思い出す。

 

しかしそんなほんのひと握りの、小さな小さな幸福だって簡単に捻り潰されてしまう。

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は黎葉幸応くんの研究教室です。生徒はすぐに向かってください。』

 

「黎葉…さん?」

「行こう、いのり、緒丑、春子!」

俺達はすぐに幸応の研究教室へと向かう。

脳裏には幸応の気弱で、でも優しくて、花のような笑顔が浮かんでいた。

 

「…こ、幸応は…無事か……!?」

掠れるような声で呼ぶ。

彼の研究教室にはもう人だかりが出来ていて。

 

「ああ………………」

側で誰かが色のない声を漏らす。

花の枯れたような、そんな声。

 

もう、

 

紡がれることはなく、 

 

【挿絵表示】

 

 

辿ることもできない。

 

【挿絵表示】

 

 

そして、彼もまた、

 

【挿絵表示】

 

 

「…ど、どうして3人もここで死んでるの…!?」

「ここは幸応の研究教室じゃん……、ディランとローマンまで………」

春子もいのりも、目を開いたまま動かない。

 

異様すぎる光景を目にして固まる一同の中、何かに気づいたのか薫は優成の方へ近づきその身体を触った。

 

「…っ、待って、優成くんはまだ息があるようだ……早く、手術室へ!」

 

「それホント?」

「ま、まだ助かるわよね!?」

「運ばなきゃ…。水蜜くん、手を貸して!」

「あ、ああ…!」

 

現場は大混乱。

 

ーーー

 

そして、波乱の、第三章です。うぷぷ



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非日常編

「優成は一命を取り留めたようだ。…心配いらないって」

 

俺は不安そうに立ち尽くしたままの面々にそう伝える。モノクターは「彼はラッキーですね」などなんだの一々勘に触ることをぼやいていた。

 

また、優成は治療を終えた後は安静にする必要もある上に、クロへの公平を保つために、裁判への参加はリモートでということになった。発言はできずとも、画面上で俺達の裁判の様子が伝わる仕様らしい。命を奪ったのだから公平も何もあるものかと思ったのだが、ここではモノクターがルールだ。…迂闊には逆らえない。

 

「助かってよかった。…ホントに」

慎一はほっと胸を撫で下ろす。周りも優成の無事に安堵の表情を見せた。

 

しかし、

 

「で、でも……お二人は…………」

と、らいあは顔を曇らせ、

 

「助からないのよね」

そしてその言葉を継ぐように視が静かな部屋の中言った。

 

そう、幸応とディランはもうこの世にはいない。

2人は死んでしまったのだ。

 

何故、2人も死んでしまったのか。何故死ななくてはならなかったのか。何故優成までも倒れていたのか。それを突き止めるには、捜査して裁判を切り進めるしかない。

 

結局モノクターから出されたなぞなぞの答えは分からないし、本来ならば頼みの綱であったはずの探偵はもう口を開くことはない。

 

「御宮寺さんのことは裁判で考えるとしてぇ……どちらから見ようかぁ?」

俺が1人思考に耽る中、相変わらず緒丑はのんびりと言う。

その横顔は強かで、眩しいんだ。

 

「……お前の方こそ、強いよな」

「え?」

「いや、忘れてくれ」

今の発言は不躾だっただろうか。緒丑は不意をつかれた顔で俺を見る。

 

「……できるなら……代わってあげられたら、って思ってるんだよぉ………でも、そんなこと出来やしないからさぁ、苦しんだ分ボク達が頑張って犯人を探さなきゃ、ってねぇ」

 

「………ごめん」

「ううん」

緒丑がそんなふうに考えていたなんて知らなかった。俺よりもよっぽどしっかりして、1人で立てているじゃないか。緒丑にそんなことを言わせてしまった自分が恥ずかしく腹ただしい。

 

「あれぇ、黎葉さんの包帯がとれてる…どうしたんだろう?」

緒丑はそんな俺に気にするそぶりも見せず、幸応の死体に近づいていく。

包帯が取れてると聞き、俺は一度頭を空にし、幸応の方に目をやった。

 

緒丑の言う通り、幸応の目に巻かれていた包帯は取れてしまっていた。

そしてその包帯であろうものが出血部分に巻かれている。

かなり無理やり巻こうとしたのか、包帯はボロボロな状態だった。

 

包帯の外れた目には綿のようなものが付着している。

「これなんだろう?迂闊に触らない方がいいよねえ?」

「ああ……もしかすると病気かもしれないな。幸応の自室を調べてみようか」

 

俺達の自室にはカルテが配布されており、そこに病気の詳細が書かれている。余程のことがない限り、自室に踏み入れ病気を調べることはしないつもりだったが…。幸応のものだけでもみておいた方がいいだろう。

 

幸応の病気を確認する前に、他の場所も捜査しておこう。

 

幸応の死体の近くには、細い刃物が転がっていた。

「…この刃物は…?」

「メスじゃないかなぁ。病院の手術とかに使う、メス」

 

どうやら、幸応の複数に渡る刺し傷はこのメスによって作られもののようだ。

「何度も、何度も、刺されて痛かったよねぇ、苦しかったよねぇ」

血がついたまま転がるメスを見ながら、緒丑は憐れむように目を細めた。

 

それから幸応の死体の近くにはもう一つ、細い瓶が転がっていた。中身は空でラベルも貼られていないため何かは分からない。千年と冴香の時の裁判のように、これも何らかの役に立つのかもしれない、と俺は手帳にとりあえず記録した。

 

ふと顔を上にあげると作業机の上に、作りかけのぬいぐるみが置いてあるのが気になった。それも20はあるだろう。

ここは幸応の研究教室であるため、幸応のもので間違いないとは思うが…。

 

でもなんだろう。

 

見ていると心が不思議とあたたかくなる気がする。懐かしくなる気がする。

 

…ああ、この色は、

 

俺達の色だ。

 

幸応は俺達をイメージしたぬいぐるみを作成していたらしい。夜時間にあまり姿を見なかったのはこれを作っていたからだったのだろうか。

 

「ありがとう」

俺はそっと呟き、もう一度幸応の死体の前にしゃがむと手を合わせた。

 

やっと立ち上がると、壁にもたれたままのディランの方へ。

ディランの顔には流れ落ちた血がこびりついていたが、その血は頭部分から来ているようだった。

 

血さえなければ、ただ眠ってるだけのようにも見える。

しかしその血だけが、ディランが何者かに殺されたことを示しているような気もした。

 

ディランの死体近くには何故か椅子が倒れている。

 

俺はディランから目を離すと、その椅子をよく観察する。

なんの変哲もない、この研究教室の椅子のようだが…。椅子の脚部分に血がべっとりとこびりついていた。

 

それからもう一つ。

ディランはメモ帳を持ち歩いていたようだが、1番間近に書かれたであろうページには、

 

『21時 幸応くんの研究教室へ』

 

と書いてあった。

 

そしてその裏にはこんな走り書きが。

 

【挿絵表示】

 

 

…そうだ。

最後に幸応のカルテのことだが…。

俺はこの捜査の後、幸応の自室を訪れた。

 

___身繊綿布侵食症

幸応の小さな見た目とは似つかない、漢字だらけの病気。

要約すれば体の細胞や臓器が綿や布に置き換わってしまうらしい。

 

包帯の下に隠されていた綿はこの病気が起因だと考えていいだろう。

 

「……ずっと戦ってきたんだな」

 

カルテを戻した時、裁判場への移動を促す放送が聞こえた。

 

さぁ、三度目の裁判が始まる。

 



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非日常編

「2人の殺害に1人の負傷者、か」

「一体どんな理由があったんでしょうか……」

「とにかく!だよ!」

「やるしかない、のよね」

 

【挿絵表示】

 

 

「もう深夜なんだけど、マジで裁判やるんだ…」

「まあこういうのは早い方がいいんじゃないかな」

ふわぁと小さなあくびをしてぼやくのいのりと、穏やかにたしなめる薫。

 

事件は夜に起こっているため、裁判は深夜まで続行されることとなった。

眠くはない。

緊張感でそんなものを感じる余裕などないのだ。

 

ふと上の方のモニターを見上げると、顰めっ面のままの優成が見える。

…何を思っているのだろうか。

殺されかけた相手を、ただ見つめるだけなんて、どんなに辛いんだろう。

 

「うーん、まずは2人の死因についてだけど…幸応くんはメスで刺殺で、ディランくんは椅子の脚で殴殺でいいかな?」

「いいと思う!御宮寺ちゃんもそれで殴られてたっぽいよね…」

薫の言葉に頷きながら実花は優成についても触れる。目にはまだ包帯が巻いてあり、かなり痛々しいが「超高校級のアイドル」を彼女なりに守っているようだった。

 

「黎葉さんとモンローさん、御宮寺さんとじゃ方法が違うんだねえ」

「何故違う必要があったのかしらね」

緒丑と紗環は考え込むように視線を斜めに向ける。

 

「わかった!幸応くんは計画的殺人で、ディランくんと優成くんは衝動的殺人だったんじゃないかな!」

そんな2人に、残っている方の手を挙げて発言するのは春子だ。

 

「2人はきっとその前の現場を見ちゃったんだよ!だから幸応くんはメスでも、2人はその場にあった椅子だったんじゃないかな!」

「わっ、わたしも!私もそう思いますっ!」

 

【挿絵表示】

 

 

「なるほどね……。じゃあ…死体発見アナウンス鳴らしたのは誰かしら?」

次に切り出すのはみのりで、話題は第一発見者について。

 

「ボクだよ。研究教室でゲームをした帰りに、黎葉の研究教室の扉が開けっ放しなのに気づいたんだ。すぐに黎葉の死体が目に入って、思わず固まった。…そしたら死体発見アナウンスが鳴ったんだ」

「1人でかい?」

「うん、そう」

囚の問いかけに間違いない、と慎一は首を縦に振る。

 

「死体発見アナウンスは3人の目視で鳴らされるはずだよな?」

「そういえば、死体発見アナウンスの人数カウントって犯人も含まれるのかなぁ?」

「確かに、ねえモノクター。それくらいは教えてくれてもいいんじゃないかしら?」

俺と緒丑は顔を見合わせる。そんな俺達を見て、視はモノクターへと会話を回した。

 

「んまー、今回はかなり大事になりそうですしねえ!含まれてはいませんよ!」

 

「御宮寺くんが参加できないってことはさ、クロを見たってことなんじゃないかな。メタだけどね。そして2人の死体も見ていた、と」

はは、と笑みを浮かべながら月玖は言う。

 

「ボクが黎葉の死体を見た時に死体発見アナウンスが鳴ったんだから…黎葉の死体をディランと…ローマンが見てたってこと?」

「ああ、そうだと思う」

俺は慎一が途切れ途切れに時系列を纏めるのに同意した。

 

犯人は幸応を殺害後、ディランを殺害、そして優成までに手をかけようとしていたようだった。やはり、春子の推理に間違いはない。

 

「でもどうしてディランくんが幸応くんの研究教室にいたのかな?ローマンくんは研究教室が隣だから…その時間にいたとしても不自然では無いと思うけど…」

何故、ディランが幸応の研究教室にいたのか。薫の疑問の答えを俺は知っているはずだ。

 

「偶然通りがかった、とか?よくフラフラしてるイメージだったし。ローマンは兎も角ね」

「チューニングが甘いな」

俺はいのりの考えを否定した。

 

そう、何故なら…

 

「ディランのメモに、21時に幸応と約束をしていたことを示すものがあったな。あれは、幸応から呼び出されていたんじゃないか?」

内容は何にせよ、2人が当時会う約束をしていたのは合っているだろう。

 

「あれ?でも今朝……ディランくんが御宮寺くんを夜時間に御宮寺くんの研究教室へ誘っていたのは聞こえたよ」

指を顎に添え、不可思議そうな顔で言うのは囚だ。

 

「確かその時はモノクターからのなぞなぞが出た時よね?ワタシ、昼時間ずっと図書室の籠るディランクンを見たのよ。だから彼はそれを解こうとして……相談か何かの為にユーセイを呼んだんじゃないかしら?」

視は自分の推理を少し得意げに話してみせた。そんな視になるほどね、と柔らかに囚は言う。

 

「つまりモンローは2人と会う約束を取り付けていたわけね」

「黎葉ちゃんの後に御宮寺ちゃんに会うつもりだったのかなあ。逆に黎葉ちゃんはディランくんに会おうとする前に何をしてたんだろう…誰といたんだろう?」

「多分…私が最後に会ったんじゃないかしら……」

その推理に続く紗環と実花に、そろりと手を挙げるのはみのりだ。

 

「…さ、最後ですか……?」

「確かに私は夕食の後黎葉さんと会った……だけどディランさんにも御宮寺さんにも会ってないわ!!ほ、ほんとなんだからね!!!」

らいあのぽつりとした言葉にも、みのりは声を震わす。余程疑われるのが怖いようだ。

 

「へぇ、何をしてたの?」

「お裁縫よ!それだけ!!!最近はずっとよ!」

月玖の追求に、まるで犬が吠えるかのように早口でまくしたてる。

 

「ま、まあ、一度大樹寺ちゃんのことは置いておいて…肝心の犯人像だけど……んー、どうやって考えよう?」

そんなみのりを哀れに思ったのか、実花は少し話を逸らすことにしたらしい。

 

「メスは手術室にしか置いてないんだよね」

「そして、基本的に鍵がかかっているはずです…う嘘じゃないです!!!」

実花の発言に続く月玖とらいあ。

 

「手術室に入ったことがあるのは、僕と実花さんと春子さん、そしてみのりちゃんと雨生くんかな?」

「逆叉、西園寺、田中はお互いの目があるから持ち出しは難しいと思うけどな」

「それに片腕がない春子チャンは椅子を男の子に振りかざすのも難しいわよね」

薫と慎一と視が続けざまに発言していく。

 

「あと他に持ち出せるとしたらぁ…」

 

どんどんみのりに視線が集まっていく。

「違うわよ!何見てるの!?わ!私じゃないんだから!!!」

 

中でも隣の席の囚はみのりの頭のてっぺんから爪先まで、見つめた。

「……あれ、ここ暗いからわからなかったけど、きみの顔に血痕がついてないかい?」

眼光は少しの影と橙の灯火を突き刺す。

 

「は!?!ちゃ、ちゃんと処理したは……ず……」

みのりは途端に顔色を変え、顔をペタペタと触る。

「嘘さ、きみって面白いくらい顔に出るね」

そんなみのりを、揶揄うように笑う囚。些細な冗談のようだが、みのりにとっては致命的だ。

 

「はっ、嵌めたわね!!!!!」

「ま、血痕がついたままなのは嘘じゃないけどね。きみの靴さ」

気づけばみのりの足元が、スクリーンに表示される。

 

その靴には血痕がこびりついていた。

 

【理論武装開始】

 

【挿絵表示】

 

 

「どうして誰も信じないの!?私はメスなんて知らないわよ!」

 

【挿絵表示】

 

「それは…違うんじゃないかな?君は初日に手術室に入っているはずだよ」

 

【挿絵表示】

 

 

「わ、わ、私だって一人で入ったりしてないわ!取ったりしてない!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

「認めらんねー、それはもうわからないのにね。…雨生は死んでるんだから」

 

【挿絵表示】

 

 

「っ!」

 

【Break!】

 

「………」

 

【挿絵表示】

 

 

「オホホ、それでは投票して頂きましょう」

静まり返った裁判場。モノクターがそれを気にするわけもなく、パッドには既に投票画面が表示されていた。

 

ーーー

 

「お見事!お二人を殺したのは大樹寺みのりサンでした!」

 

「………これを、罪だというの?」

 

【挿絵表示】

 

 



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非日常編

「人を殺してしまえば…それは罪だろう?」

「…意味わかんない」

俺の返答にみのりは動じることもなく、ただ無表情で首を振る。

周りはただ、その“異変”を奇妙な目で見つめる。

 

「どうして…そんな目で私を見ているの?殺すことは何も悪いことなんかじゃない」

感情のない、声。

 

「…幸応くんと君は仲がよかったよね。それに、ディランくん、優成くんにも友好的だったは…」

「だからこそよ」

薫の言葉を最後まで聞かず、みのりは冷たく言い放った。

 

「だ、だからこそ?」

「メスは初日に手に入れてたんだよね?」

春子と実花は「そっちの方が意味がわからない」とでも言いたげに困惑した声を漏らす。

 

「ええ、メスはこの生活の初日に手に入れてたわ。ずっと、皆を救うためにね」

 

〜大樹寺みのりside〜

そうね。幸応さんを殺すのは計画の内だったわ。

私はいつも通り、彼の研究教室で裁縫をしに訪れた。

目的はもうそれだけではなく、メスも裁縫セットに入れてたわけだけど。

 

いつからでしょう。

生きることが幸せだと人類が錯覚してしまったのは。

 

苦しまずに死ぬことが一番の幸福だと私は思うの。

だから、大切な方を楽にしてあげようと思ったのよ。

 

…研究教室での話だったわね。

彼は大分心を開いたようで、随分と熱心に自分のことを話してくれた。

自分の病気のこと、過去のこと、家族のこと、今のこと。

 

その全てを可哀想だと思った。

それも生きているせいよ。

 

そしてこの後はディランさんと会うんだと。

ここを出たら、捜し物を得意とする彼に行方不明の姉を探してほしいと伝えると。

 

……もう、そんな必要ないようにしてあげる。

 

「…今生きていることに不安は感じないのかしら?」

「病気…だとか、殺人、だとか…不安なことはあるけど……、みんなと一緒なら、きっと、大丈夫」

彼はそう言い切ってみせた。

 

ああ、

 

もう頑張らなくていいのよ。

無理に前を向く必要なんてないの。

前も後ろもありはしない。

この地獄から救ってあげる。

 

私は隠し持っていたメスで深く彼の身体を刺した。

 

「……ゔ……どうして……みのり…ちゃん…」

「貴方のためよ」

 

即死しそうな場所を刺したはずなのに、中々彼は死へと導かれない。それどころかとても辛そうだった。

幸応さんは苦しみながら目の包帯をとり、朧げな意識下で抗おうとしていた。

傷跡の包帯は彼が自ら巻いたものよ。止血しようとしてたみたい。

 

_______どうして?

 

早く、早く!

 

楽にしてあげないと。

 

「ごめんなさい……」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい…」

 

「すぐに殺せなくてごめんなさい……」

何度も何度も、メスで刺していく。

やっと気づいた時には幸応さんは息絶えていた。

苦しんだでしょう。私が上手に殺してあげられなかったせいで。

でも大丈夫。もうこれ以上苦しむことなんてないわ。

 

「おやすみなさい」

「…みのりちゃん?」

日常の終わりに何者かが声をかけた。

ああ、うっかり忘れてた。ディランさんは幸応さんに呼ばれてたのよね。

時間がかかってしまったせいで、招かれざる者が扉を開いてしまった。

 

…まあいいわ。

悪くはない人だし、貴方もまとめて楽にしてあげる。

 

彼は好奇心とやらが強いのか、この部屋の中に一歩踏み出した。

「……君が幸応くんを殺したのかい?」

私は頷きながら、側に目を走らせる。

 

「貴方今幸せ?」

答えない私にディランさんは顔をひくつかせた。

「……え?」

 

「幸せ?」

「そうかもね」

「…心の底から?本当に?」

「…ああ、でも今君に殺されようとしてる俺は不幸なのかもしれないね」

 

「…私は貴方を救いたいだけ」

 

彼の綺麗な瞳は相変わらずきらきらと反射して、鏡みたいに私の顔を映していたわ。

映った私の顔はどんな表情だっけ。

 

ディランさんは思えば不思議なくらいに、たまに察しが良かった。

それからこの人は筋力がないんだったか。

 

「…ネックレスだけ……外してくれないかな」

「…どうして?」

「血だらけになったら困るからさ」

「………」

 

私はもうこれ以上会話をする意味もない、と目に捉えていた椅子を掴むと思いっきり彼の頭にぶつけた。

要望通りネックレスは血で浸される前に取ってあげた。

出来るだけ幸せに殺してあげたほうが彼のためだと思うから。

 

「…何をしている!!!!」

私を叱りつける声。

友人を殴り殺す私を見つけたのは、優成さんで。

 

なりふり構わず、息絶える友人に近づいていく。

……貴方に救えるわけがないのに。

 

邪魔者ばかり入ると思ったけれど、考えればそんなことないわね。

丁度いい。

彼も救ってあげよう。

 

私は何も答えずにもう一度椅子を掴むと、彼が思考に至る暇も与えず殴りかかった。

 

「…っ貴様…………」

誰もが生きることに救いを求めるからこうなってしまうのよ。

 

あと一発、殴れば彼は救われる。

 

大きく、ふりかざす。

 

「おっと、そこまでの殺傷はワタクシ求めてなくてですね?」

私の手を掴んだのはモノクターで、

 

「……離しなさいよ」

「嫌ですねえ!言い忘れてしまいましたが…。殺人は2人までとさせて頂きます。1人の方に何人も殺傷されると困るんですよ。楽しいことは多く味わいたいでしょう?……ということでね、彼は運良く助かりますよ」

 

「……助かる?何を言ってるの?」

「…ワタクシ耳はいいんですよ。もうあと30秒もしないうちに誰かがここに来るでしょう。早くお逃げなさい」

 

私はモノクターに追い出されるようにして幸応さんの研究教室を後にした。

心残りよ。善意はいつだって悪に邪魔されてしまうの。

 

〜水蜜優side〜

一通り話し終えると、みのりは

「以前もいたわよね。殺してオシオキされていった方達。苦しませるなんて最低よね……」

と殺すことについては何も言わずに、ただ「最低」という言葉を吐きつける。

 

「私も…そうなのかもしれないけれど….生き残りたいなんて馬鹿なこと思ってないわ。滑稽で、醜くて、不幸な人間になんてなれないのだから」

 

「とのことですけど、どうです?」

ついにモノクターはリモート画面の音声をついにオンにした。

その途端裁判場に響き渡る怒声。

 

「生きる事に意味のある“人生”を地獄だと?貴様のその目は節穴か、愚人め。

貴様は人生を、勇気を、意志を、夢を、踏み躙った愚か者だ。独り善がりな願望で他の人生を踏み躙るな、馬鹿者が!!!!」

 

「おかしいわよ…こんなのっ……」

「….……キミは最低だよ」

視と慎一は冷たい目線をみのりにむける。

 

「……何が?私はおかしくなんてない。不思議なのは貴方達の方よ。生きることを幸せだなんて誰が決めたの?」

 

「この世が生き地獄などと喚くなら、貴様一人で勝手に死ね!!!!」

優成はものすごい形相でみのりに怒鳴り散らす。

その心の中を、俺はどれだけ測れるだろうか。

 

だがみのりに声は届かない。

 

届かないんだ。

 

処刑場まで歩む途中、視線をリモート画面に向けるとこう言った。

 

「それでも私は、」

 

「あなたも連れていきたかったわ」

 

▼ダイジュジさんがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

(動画はTwitterを参照下さい)

 

閉廷!

 

【挿絵表示】

 

 

失われた命は戻らない。

4人が探し求めたものを縫い合わせることは出来ないし、互いの心を測ることもできない。

 

俺は裁判場を出た後、外の緑を眺める。

 

整えられた美しい緑。

 

予定調和だったのだろうか。

こうやって、秘めたものを明かせば崩れていくのだろうか。

 

中庭の柵を見つめ、俺は目を閉じた。

 

俺の意思は_______

 

Chapter 3

憶持に目瞑千寿菊 真理解明は箱庭の央へ

 

【挿絵表示】

 

 

▼黎葉幸応の遺品【髪飾り】が童部月玖に譲渡されました。

 

(裏シートはTwitterのいいね欄を参照下さい)

 



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Chapter4 お先真っ赤の夢物語 旅のお供にラベンダー
(非)日常編


「…お楽しみ会?」

モノクターに告げられたイベントに、俺達は思わず首を傾げる。

「またどうして…急だねえ?」

「うん、いつものことといえばそうだけどさ」

緒丑と囚も同じような気持ちらしい。

 

「お楽しみ会、って………ど、どんなことをすればいいのでしょうか?」

「文化祭的な?昔やらなかったっけ?」

「エンターテイナーになって周りの人をたのしませるの!」

いのりと春子の言葉に、小さく息を漏らしながららいあは頷いた。

 

たしかに小学校の時に、それぞれが「出し物」として何かを披露した記憶がある。

少し子供じみたように思えるものを、モノクターに提案されるとは…。

俺はモノクターを見やった。

 

「こんな雰囲気でやるなんてアナタ変よ」

「だからこそですよッ!どうせなら楽しみましょ〜〜よ!!」

視の指摘に子供が駄々をこねるように、モノクターは言う。

視の呆れ顔にモノクターはキョロキョロと周りを見渡す。

 

…目が合う。

 

_______ああロックオンされてしまった。

 

「水蜜クンはやりますよね!?!?」

「え?」

「ネ!?!?!?!?」

目があってしまったら最後だ。並々ならぬ圧を感じる。

 

心なしかもやが俺に近づくのを察知しながら、俺はモノクターの中の闇に思考を溶かす。

ここ最近雰囲気も暗いし、やることがないのなら悪くはないのかもしれない。

 

「…まぁ、やってもいいんじゃないか?」

「なぁ?」と周りを見ると、殆どが頷きを見せた。

 

優成は「見るだけなら参加してやらないこともない」と不機嫌顔になりつつも参加を了承し、紗環はお茶菓子を用意することで参加とすることにしたらしい。

 

「どうせなら腕によりをかけるわ」と紗環は早々と厨房に消えていく。

 

それぞれが何をするか話し合っている中、

「僕は少し体調が優れないから、残念だけど自室で休んでもいいかな?」

と言ったのは薫で。

 

「先生、大丈夫?」

「うん。少し休めばまた良くなると思う。僕のことは気にせず楽しんでね」

「…1人で問題ないか?」

「ありがとうローマンくん。大丈夫、…それじゃ先におやすみなさい」

薫は月玖と優成の心配の声を優しく返すと、杖をつきながら食堂を出て行ってしまった。

 

日が経つほどに、体調の悪そうな者が増えている気がする。

早いうちに特効薬が手に入れば良いのだが…なかなか良い方法は思いつかない。

 

「逆叉ちゃん、心配だね…!」

「まぁ、医師の類だし…自分の体調管理もしっかりしてるみたいだから」

実花と月玖は薫の出て行った道を見つめ、そんなふうに話す。

 

「さ!1時間半後ッ!体育館に集合しましょう!!!!!」

空気の読めない院長は急かすように言う。

俺達はそれぞれの出し物を用意しようと、自然と解散する流れとなった。

 

_______1時間半後

 

「集まったようですね!!」

何故か今日は機嫌がいいのか、モノクターは嬉々としている。

気まぐれな院長にはたまのエンターテイメントがツボなのだ、と先程語っていた。

 

「ワタクシ演目もまとめてみましたから!いや〜〜楽しみですねぇ!」

「い、いつの間に…」

ふと舞台横の柱を見ると、それぞれの演目が順番に張り出されていた。

優成と紗環と薫の名前はないが、1人足りない。

 

「童部の名前がないけれど…」

紗環の呟きで気づく。

名前が出ていないのは月玖だった。

 

「…何も出し物しないの?」

と慎一は首を傾げる。

「飾りつけとか、ライブの音響とか。今日は裏方に回るんだ〜」

ニコニコと月玖は体育館の花飾りを指さした。

 

小綺麗に飾られた体育館は月玖とモノクターが手がけたものらしい。

なるほど、それも月玖らしい選択かもしれない。と俺は勝手に頷く。

 

テーブルには、沢山のお菓子やジュースやお茶が並んでいる。これは紗環が用意したもののようだ。既に視はトマトジュースを手に取っている。

 

「つか、あんたは何もしてくれないワケ?」

「ワタクシですか?」

いのりは腕を組みながらモノクターを指す。確かに、今日のモノクターは俺達に指図してばかりだ。

 

「ふーむ、では千変万化!ワタクシも本日は姿を変えますかね!よーく見てなさいッ!」

「一体何を…!」

俺がそう呟いて身を乗り出した途端、ボム!という小さな効果音と共にもくもくと煙が上がり、思わず目を擦る。

 

現れたのは、今までのモノクターとは似てもつかない男だった。

 

【挿絵表示】

 

 

「人間…になってる?」

慎一も驚いた様子で目を開く。

優成はモノクターであろう男に鼻を鳴らす。

「これには超高校級のマジシャンもビックリですかねぇ!」

宣戦布告か、モノクターは春子を指差した。

 

「わたしもとっておきのマジック披露するからね!まけないよっ!」

「それは楽しみです…では、早速披露してもらいましょうか!1番手には田中春子サンと夢鳥姫らいあサンのマジックショー!!!!!!!」

 

途端にかかる音楽。

春子はらいあの手を取ると舞台へとあがっていく。

「えっ!?も、もう?!!!わっわ、わたしこころの準備が〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」

 

「今から皆さんにお見せするのは、少々スリリング!ですが世界でと〜っても人気な人体切断マジックでございます!」

舞台を踊るように動き、喋りだけで俺たちを魅了していく彼女はさすが…政府から支援されるエンターテイナーだ。

 

「助手の少女にはここに寝てもらって……」

あっという間に箱の中にらいあをとじこめ、大きなナイフを取り出す。

「ひゃあ!?!!!!」

切れ味の良さそうなその光にらいあは暴れはしないものの、怖がったリアクションを見せた。

 

「それではナイフを一刺し!二刺し!」

グサ、と音を立てて、ナイフは箱を貫通していく。

「きゃあ〜〜〜〜!!!!!!!!!」

「少女がバラバラになってしまうと思うでしょう?」

 

「3、2、1!」

カウントと共に開けられた箱の中のらいあは傷一つなく。

「い…生きて…………………ましたぁ………っ」

誰よりも驚いてるらいあと、拍手を叩く俺達にニコニコと笑いながら、春子は頭を下げた。

 

「続いて2番手には周防いのりサンのアクロバットです!!!」

「…意外だな」

「なんか、って言われたから…こんなんしか出来ないけど」

と申し訳なさそうにしながらも、ゴムで髪をお団子にくくり、舞台にあがっていく。

 

体全身を使って、大胆な動きを魅せてはスルスルとかかった縄を登っていく。

「こんなん」と言う割にはかなりのハイクオリティで、俺は圧巻してしまった。

 

「めっちゃ久々だったけど…体動かすのも悪くないっしょ」

 

「3番手!六瀬慎一クンのゲーム実況!」

ゾンビを倒すシューティングゲームとやらの実況らしい。慣れないながらも、的確な解説をしつつゾンビを倒していく。

超高校級のゲーマーの実況を聞くなんて、ファンからしたら奇跡的な体験なのだろう。

 

「………こんなんでよかったかな」

 

「4番手!緒環囚クンのコレクション紹介!」

スクリーンに映される、囚のコレクションの数々。高そうな壺や絵画、一見価値のなさそうなガラス破片などが出てきたが、そのどれもが囚を魅了させるらしく、珍しく囚の口調は熱を帯びていた。

「…ハハ、つい、我を失ってしまったよ」

 

「5番手には神戸緒丑クンの酪農プレゼンでございます!」

緒丑は舞台に上がると、酪農の歴史や酪農と畜産農家の違いなどをうきうきした顔で語り出す。

こんなに嬉しそうな緒丑を見ることは中々ないし、俺達も真剣に聞いていたのだが………

 

止まらない_______!

 

そう、止まらないのだ。

…あろうことか、細かすぎて誰にも伝わらないであろう『酪農あるある』を始めようとしている。

 

「はいもう次!!次行きますからね!!!ええい、続いては西園寺実花さんのアイドルライブです!!!!!!」

ついに、緒丑が強制終了をくらってしまった。

 

「あ、あれ〜…おしまい?」

「ふふ!そうみたい!次は私ね!」

 

空気を入れ替えるように、どこかで聞いた覚えのあるアップテンポな曲が流れる。

スポットライトに照らされて、輝くアイドルが現れる。

いつの間にやら、舞台前には春子がハッピを着て、ペンライトを持って陣取っていた。

 

「実花ちゃ〜〜〜ん!!!!」

音楽に合わせて、歌って踊り出す実花に春子はコールをする。

周りも(特にモノクターが)それに合わせてコールをした。

 

「そしてそして!お次は陰明寺視サンの占いでございます!!!」

 

「…普段はお金を取るんだけど、今日だけは特別サービス。なんでも1つ占ってあげるわ」

視は舞台には立たず、テーブル上に水晶を置いて指を組みながら言う。

 

仕事運や恋愛運、勝負運などを聞かれては、視は真剣な様子で水晶玉を見つめ答えていく。

 

「アナタは?何を視る?」

「……俺は、」

何を視てもらっていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。

見かねた視は「近い未来とかでいいかしら?」と言った。

 

「………そうね、大切なものは大事にしなさい」

「…どういうことだ?」

「さあ?よく視えなかったのよ」

 

「ラストの大トリには水蜜優クンのサックス演奏でございます!!!」

視との会話を切るようにモノクターが、俺の出番を告げる。

「いってらっしゃい」と水晶玉やテーブルクロスを片付けながら視は軽く手を振った。

 

俺は舞台裏に置いていたサックスを持ち、皆の前に立った。

顔がよく見える。

瞳の色、表情、眼差し……全てが見える。

 

俺は息を吸って音を吹き込む。

 

俺の手で創り出した世界で一つの音。

何も裏切られることのない、確かな音が、空間を包み込む。

この感覚はいつになっても何にも変えられない気がする。

 

無我夢中で演奏をしていたが、ふと顔を上げると大きな拍手が鳴り響いていた。

「…ありがとう」

1人で練習しているよりも、誰かに聴いてもらうことはもっと喜ばしいことだから。

 

いつかまた、大きな舞台で。

そんなことを思いながら、俺は目の前のサックスをそっと撫でるのだった。

 



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(非)日常編

今日も食堂には美味しそうなにおいが漂っている。

 

メインは野菜と肉炒めらしい。

俺は緒丑の隣の椅子を引くと腰を下ろして、目の前の食事に手を合わせた。

 

相変わらずご飯は紗環が用意してくれているようで、今までの生活よりも多忙になったであろう最近に疲れないか?と聞いたのだが、「いいえ。こっちの方が落ち着くの」と一蹴されてしまっていた。

 

「風桐って休んだりするのかな」

「…流石にするとは思うけど…彼女のことだし…」

慎一と月玖もそのことが気になっているようだ。

 

「んー、確かに風桐ちゃんにはしてもらってばっかかも!」

「今度は皆でご馳走する、ってのはどうかなぁ?」

緒丑の思いつきに、実花は「それいいね!」と人差し指を振ってみせた。

 

「あら。それは肉料理だったから別のを用意していたのに………食べれたの?」

そんな、少しだけ噂の紗環は今日も忙しそうに動いていたが、ふとテーブルに目を向けると薫に言う。

見ると、薫は食べれないと言っていたはずの肉料理を口にするところだった。

 

「…あれ、おかしいな……」

ぴたりと、箸を止め薫は目の前の料理を見つめる。

「意識していなかったのか?」

「考え事もしてたから……でも気づかないうちに食べてたなんて」

優成の問いかけに、薫も不可思議そうに言う。

 

「苦手なものでも食べられるように成長できたのかな」

と続けると、そのまま食器類を持ち、薫は席を立とうとした。

 

「あ、待ってよ」

呼び止めるのはいのりで。

 

「口直しにお茶でもしたら?ねぇ、あーしも手伝うからさ、用意できないかな?」

いのりは薫に声をかけると、側に立つ紗環に目線向けた。

 

「これからなら、丁度ぼくのお茶の時間と被るし、いいんじゃない?」

囚も頷き、紗環と薫に笑いかけた。

「囚様が仰るのなら構わないけれど…」

と、紗環も続いて言う。

 

「…僕は………いや、折角用意してくれるんだもんね。少し休んでからまた顔を出すよ」

薫の方はと言うと、一瞬躊躇うような顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべると頷いた。

 

「皆も来るといいよ。15時過ぎに、またここで」

 

俺は時間までサックスの練習をしようと、一人研究教室へと向かった。

 

慣れない病棟生活だったが、研究教室はサックスがあるおかげか気持ちが幾らか落ち着く。

皆もそういう気持ちなのだろうか。そんな気持ちでいれたのだろうか。

 

俺は、もう二度と踏み入れられることないであろう隣の部屋を見つめ、サックスを手に取った。

 

この時間は、何もかも音楽に包んで忘れさせてくれる気がする。

 

気づけば時計の短い針は3を、長い針は2を指していた。だいぶ集中していたらしい。

「…向かわないと」

俺はもう一度食堂へと戻ろうと、研究教室の扉を閉めた。

 

食堂には既に俺以外が集まっていた。

「優くん、遅かったね!」

「研究教室でサックスの練習をしていて、時計を見損ねてたんだ。ごめん」

「やっぱ練習って大事だよね!わたしも研究教室はよく使うし!」

そう言うと、春子は「みて!」とテーブルを指した。

 

指差す先は黒いケーキだ。

「これは…チョコレートのケーキか?」

「ガトーショコラ、っていうみたいです………か……風桐さんが焼いてくださったんです…っ!紅茶もすごく美味しそうですよ………」

らいあも綺麗にセッティングされたテーブルを、柔らかい表情で見つめた。

 

席に着いて周りを見ると、薫も紅茶を飲んでいる。

他人の心配はよくするものの、薫自身の体調は良くなっただろうか?

 

「占いを信じないなんて意味わかんない!ほら!当たってるじゃん!」

「俺個人は占いは信じないが、運命は信じる。俺なりのスタンスなんでな」

「ふーん、スタンスなんだ……って運命よりワタシの占いの方が確実なのに!」

 

「………はぁ」

「何ため息ついてんのよ!」

「ちょ、ちょっと〜喧嘩はやめなよ〜!折角ステキな時間をプレゼントされてるんだから!皆で楽しもうよ!ねっ?」

 

視と優成の言い合いに、実花が仲裁に入り、それをいのりがクスクスと見守っている。

 

この場所は賑やかである方が、良い。

 

フォークを刺して、ケーキを口に運ぶ。

チョコレートの匂いが強く纏った。

 

辿っていっては、いけなかったんだ。

 

 

音を立てて割れるティーカップ。

 

まだ生ぬるい液体が床に染み、体は生を手放すように落ちていく。

 

美しいものは美しいまま散ってしまうものなのか。

 

燈の下、

 

目に映るのは

 

褪せた彼女_______

 

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非日常編

 

「………い、いのり………?」

「周防さん…………」

後ろへと倒れたいのりに、周りは恐々と声をかけるが、返事はなく。

 

口元から溢れた血と虚に変わった瞳で、いのりの死はもうわかっていたはずだ。

 

目の前で人が殺されたんだ。

 

さっきまで、本当にさっきまで、彼女は生きていたはずなのに。

 

死の瞬間を目撃したショックは、いつになってもきっと消えやしない。

 

「また、捜査と裁判だ」

もういい加減にしたい、とでも言いたげな憂鬱顔で慎一はヘッドフォンを押さえ、暗い顔で席を立ち上がる。

 

「ボク達も捜査しなきゃねえ」

椅子を元の位置に戻しながら、緒丑は言った。

「ああ」

そっといのりの死体に近づく。

 

「ないわね……」

「どこかこの辺に落ちてたりしてないかな」

視と月玖が、テーブルの下やいのりの死体周辺、かがみ込んでは何かを探しているのが聞こえる。

 

「2人してどうしたんだ?」

「周防さんのピアスが見当たらないんだよねー。忘れてきちゃったのかな」

「ピアス……?」

「ええ、いつもつけてるじゃないあの子。だからないのが気になったけど…この辺にはないみたい」

 

俺と緒丑の問いかけに、2人はそれぞれ不可思議そうな顔をして答えた。

確かに、思い返せばいのりはピアスをずっとつけていた。今日に限ってつけていないのは、少し不穏で不可思議だ。

 

「ボク、周防さんの自室見てこようかぁ?」

「ワタシも行くわ。2人はこの辺を捜査してて頂戴。あとで共有しましょ!」

そう言うと、緒丑と視はパタパタと食堂を出て行ってしまった。

まあ、1人で見に行くよりは効率もいいし、証言に使いやすいだろう。

 

「残されちゃったけど、どうしよっか」

「とりあえずいのりの死体をもう少し見てみるか…」

残された俺達2人の方だが、もう一度いのりの死体を観察することにした。

 

いのりの側には割れたティーカップが。

踏むと危ないだろうからよけてやりたいのだが、現場を片付けてしまうのは良くないのでぐっと抑える。

中身は紅茶で、液体は殆ど床に染みてしまっていた。

 

死体に他気になるような不自然な点はない。

 

「ちなみに食堂に来た順番とかってわかるか?」

「どうだろう…僕が来る前には周防さんはいなかったと思うけど。詳しい順番なら、風桐さんに聞くのが早いと思うよ」

 

ということで、俺達は紗環の元へ。

聞きたい内容を説明すると、紗環はすぐにパッドを取り出した。

 

「待って頂戴、思い出すから」

紗環はメモ画面を出すと、一人一人の名前の横に順番を書いていく。

 

15時前からいたのは紗環と囚、そしてその後に緒丑、月玖、優成、らいあ、薫。

15時頃に実花と春子、慎一。

少し過ぎて視が到着。

 

時間にルーズだったいのりは、視の後に来たようだった。そして最後が俺という順番らしい。

 

「ああ、でもケーキ作りを手伝ってくれたのは、いのりなのよ。その後どこに行ってたのかは知らないけど…」

「ついでに聞くけど、それ以外にこのセッティングを手伝った人間はいる?」

 

「ほぼ私がやったけど………………。……強いて言うなら、ケーキを運んでくれたのは神戸ね」

「緒丑が?」

「ええ、手伝うことはないか?って」

 

「あ、いたいた!優クン、月玖クン!」

紗環との会話の途中、視に名前を呼ばれ振り返る。

いのりの自室の捜査が終わったようだ。

 

俺は紗環に礼を告げると、2人の元に戻った。

「どうだった?」

 

「ピアスならいのりチャンの自室に置いてあったわ!」

「忘れてたのかな?」

「さぁ…それはわからないけど……」

「それで…捜査の方はどう?」

「ああ、今から2人に話すよ」

 

俺は捜査内容を緒丑と視に共有する。

「成る程ねぇ……」

視が一つ一つ考え込むように、頷いたその時、

「さーて!裁判のお時間ですよ!」

意気揚々としたモノクターの放送がかかった。

 

「行かなきゃ」

 

今日も、地獄の炎を焚きながら。

 



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非日常編

 

「俺達が見てる中での殺人か」

「一体、何があったんでしょうね」

「何にせよ、これもボク達が勝つよ」

「は、はいっ………!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「死因はきっと毒殺だよね?」

両隣がいなくなった中、遺影に囲まれる春子はやけに小さく感じる。

 

死因は毒殺。

それについて異論がある人間はいないようで、このまま話がされることとなった。

 

「一体、どこに毒が入っていたんでしょうか……」

「なにしろ要素は何個かあったわけだしね」

らいあは要素を指で数えるようにして考え込む。昨日から今日にかけてを思い出しているのだろうか。その様子を見て薫は更に言葉を続けた。

 

「でも、時間的に言えばお茶会の時だとは思うんだけどね」

「どうしてわかるの?」

「薬物保管庫だよ。あそこでは簡単に毒薬も入手できる。……即効性の毒だけが減っていたんだ」

慎一の問いに薫は声を落として言った。

 

「そっか。なら毒が入っていたのはケーキか紅茶のどちらかなんじゃない?」

と月玖。

その言葉に、視線を集めていったのは紗環で。

「…どちらも私なら犯行可能ね」

 

「決めつけるわけじゃないし、一つずつ考えていこうよ!」

実花は冷たくなりかけた場を暖めるように、笑みをたやさぬまま言った。

俺達は決して酷な人間ではない。できることなら誰も疑いたくはないが………。 

…いや、まずは実花に従うとしよう。

 

「ケーキは?」

「勿論私も携わったけど、ケーキ作りにはいのりが隣にいたのよ」

優成に紗環は首を振る。

 

「それじゃケーキを運んだのは?」

次の着目点を話すのは春子。

ケーキを運んだのは………。

 

「緒丑だと…俺は聞いたぞ」

「う、うん……ボクで間違い無いよぉ」

おっとりとした緒丑の声が微かに震えるのがわかる。

一つ一つの可能性から疑われる感覚はあまり気持ちの良いものではないだろう。

 

「でも、お前は違うよな?」

「勿論だよぉ。ただ、何かお手伝いがしたくて」

と緒丑はいう。

鋭い言葉で返せるほど、緒丑は切れる人物ではない。

「緒丑ではない!」という謎の確証を突きつけられるほど、俺も弾丸を持ち合わせてるわけではない。  

 

どう反論しようかと迷った時、声を上げたのは囚で。

「誰がどこに座るかわからない中で配るのは、危険だと思うんだ。神戸くんがケーキを配ったのは皆が座る前だろう?」

 

「それじゃ、ケーキに毒が入っていたというのは考えにくいな…」

俺は頭の中の図のケーキにバツをつける。

 

「そ、そう考えると紅茶に元から入っていたってのも考えにくいですね……」

「紅茶はいのりチャンが席についた段階で注がれてなかった?」

らいあと視が裁判場の会話を繋げていく。

 

「紅茶が元から入っていたポットは全員共通のはず。周防さんだけ亡くなったってことは、元々紅茶には毒なんて入っていなかったんだと思うよ」

と、薫は視に首を振った。

 

「あの時、西園寺が砂糖とミルクを勧めてなかったっけ?」

「ミルクだと紅茶の理論で難しいが、砂糖ならなんとかできそうな気もするな」

慎一と優成はちらりと実花を見た。

 

「確かに皆に勧めたよ!…でも、周防ちゃんが受け取ったかどうかは覚えてないし……私は毒を入れてなんかないよ!」

「そうだよ!砂糖にいれるなんて不確実だよっ!」

春子と否定するものの、実花の表情は曇ってしまう。

 

思い出そう。

幸応とディランが殺される前にいのりと話したことを。

 

確かいのりは…

▶︎ストレートで紅茶を飲む

 甘いものが大嫌い

 牛乳アレルギー

 

「いのりはストレートで紅茶を飲むんだ。実花から勧められても受け取らなかったはずだ」

 

「うん、ボクも聞いたことがあるよお」

「み、水蜜ちゃん、神戸ちゃん!」

助かった、という顔で実花がこちらを見つめる。

あの時のささやかな会話が役に立つとは。

 

「それなら、準備の段階で毒は仕込まれてたんじゃないか?……何か別のものに」

「15時前からいて準備ができたのは、風桐さんと緒環くんだね。緒環くんでも手を加えることはできるんじゃないかな」

と優成と月玖が言う。

 

「貴方の全てを肯定することはできないわ。ケーキを作り、運ぶ…それ以外の準備をしたのは私だもの」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はは、ぼくは料理が苦手だしね」

と囚は「恥ずかしながら」と苦笑いした。

 

「それに緒環さんは、食堂にずっといたわけじゃないよねぇ?」

「そうなのか?」

てっきり、昼ご飯後からずっと囚が食堂にいたものだと思っていたから、俺は思わず聞き返してしまった。

 

「うん、2階で一度見たよぉ」

「コレクションを眺めたり、読書を一度しにね。でもすぐ食堂に戻ったよ」

2階といえば、緒丑と囚も研究教室がある。

 

「それじゃ、ずっと食堂にいたのは紗環だけ、ってことか」

 

「目の前で起こったことだし、複雑なこととかはないと思うんだけど…どうなんだろうね」

「まあね。…念の為だけど、皆は何か気になったところとか、見つかった?」

薫の言葉に相槌を打ちながら、慎一は裁判場全体を見回しながら言った。

 

「気になった点といえばやっぱり、いのりチャンがピアスをつけていなかったことかしらね」

そこに視が捜査時間の際に見つけたことを発言。

 

「そういえば、今日も服装から髪型、ネイルと頭の上から爪先まで完璧!…なのに…ピアスはしていなかったね!」

「今日…こ、殺されてしまう時に限って、してないなんて…なんだか不自然?ですね…」

春子とらいあも「たしかに」と不可思議そうな顔をした。

 

「それでもお昼にはピアスをしていたのを見たわね」

「自室に帰る周防ちゃんのことも見たよ!」

と紗環と実花がそれぞれいのりについて証言する。

 

「それじゃ、ピアスはやっぱりわざと外してきたってことなのかな」

「何故そんなタイミングで…」

「それ謎だよね……!」

囚と薫、春子は頭を悩ませ、

 

「どうしても、残したかったんじゃないの?あの時、あの部屋に」

「え?」

「どういうことぉ?」

慎一の言葉にらいあと緒丑は混乱し、

 

「彼女は自分が殺されるのを分かっていた、ということか………?」

「それとも自殺だった、とか?」

「まさか!」

優成、月玖、実花は議論を続け、

 

「………」

視と紗環は黙って考え込み、

 

裁判はぐるぐると憶測が飛び交い、まとまりを持たなくなっていく。

俺はその様子を何故か冷静に眺めていた。

サックスを吹いている時も、周りを傍観することがある。

…それと感覚が似ている気がする。

 

やはり……犯人は……………。

 

ーー!ーー

 

俺にはひとつだけ、思いつく可能性があった。

 

「なぁ、」

「…?どうしたの、水蜜さん?」

 

「….紗環が偽証をしていたとしたら、どうなんだ?囚のメイドである紗環なら庇ってもおかしくない」

紗環は、俺を大きな瞳で見つめた。

その瞳は、ほんの少しだけ揺らぎを見せた気がした。

 

「フォークを配ったのは…本当は囚なんじゃないのか?」

「…………」

黙り込んだまま。

 

「俺は後から来たからわからないが、本当に全てを紗環が準備していたのか?」

俺は一度紗環から目を逸らすと、誰か覚えている人物はいないかと裁判場を見渡した。

 

「…あ……席についてからナイフとフォークが配られて……」

慎一が声を漏らす。

 

「隣の席のいのりに緒環が渡したんだった」

 

【理論武装開始!】

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぼくは研究教室で忙しくてね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「2階には薬品保管庫があったわよね。ホントはそこに用があったんじゃないの?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「紗環もぼくも嘘なんてついていないよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「風桐は貴様を庇っている、それは事実だ!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「オホホ、それでは投票して頂きましょう」

静まり返った裁判場。モノクターがそれを気にするわけもなく、パッドには既に投票画面が表示されていた。

 

ーーー

 

「エクセレント!周防いのりサンを殺したのは緒環囚クンでした!」

 

「ぼくの計画は、失敗してしまったようだね」



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非日常編

「本当に……囚が、殺したのか」

「…そうだね。ぼくが彼女を殺したよ」

囚は周りの目をものともせず、にこやかに言う。いつもの穏やかさが、逆に狂気を感じさせるのは何故だろうか。

 

「きみは優秀なメイドだ。周防さんを殺す計画なんて話してなかったのに、きみはぼくを庇った。きみは素晴らしく優秀なんだ」

囚は隣の紗環を肯定しながら、目をほそめる。紗環の方はと言えば、返事もせず黙りこくり、下を向いたままで。

 

「この時間は真実を話す時間。そうだろう?」

囚は紗環から目を逸らすと、満足げに辺りを見渡した。

 

「話すよ。ぼくが、周防さんを手にかけた理由をさ」

 

〜緒環囚 side〜

いつのティータイムだったか。

紗環と2人で食堂にいる時に、周防さんがやってきてね。

約束のネイルをしにきた、と。

 

どうやら、仕事の邪魔にならないようなネイルを紗環に施すらしい。

ぼくは紗環を座らせ、彼女がネイルを施すのをじっと見ていた。

 

ネイルが済み、紗環が仕事に戻っても、周防さんはそこにいた。

 

話すこともないから、ぼくは傍ら本を読んでいたんだけど、周防さんは意外にもぼくにも声をかけてきた。

 

「ねぇ」

そもそもぼくと周防さん自体はそこまで仲が良いわけじゃないし、オシャレやショッピングに興味があるわけでもないから、話しかけられたのは少し驚いたかな。

 

「周防さん、なにかな?」

「囚はさ、紗環のこと生かしてあげたい?」

 

彼女が何を考えているのか、初めは読めなかった。

こんな環境下でそんなことを聞かれるとは、ぼくとしては思わなかったわけで。

 

「紗環かい?それはそうだね」

 

どんなことをしてでも。

 

ありがちな小説の台詞は、今吐けば重い。

けれど、ぼくの心は誰にも理解されなくていいと思えるほどには、彼女を、

 

愛していたんだ。

 

「…ふふ、じゃあ決まり。ねね、あーしのこと、殺してよ」

 

ぼくは少し目を見開いた。

まさか、彼女からそれを持ち掛けられるなんて思ってもいなかったから。

 

「…へぇ、本当にそれでいいのかい?ぼくには好都合だけど…」

彼女の内に何が秘められていたのかは理解するつもりもない。

ぼくの愛が他人に理解されないように、彼女の心情がぼくに理解できるとは言い難いだろう。

 

ただ一つ言えるのは、彼女はこの世を去りたがっていた。

それだけだ。

 

そうそう、彼女がピアスを置いていったのは、仲のいい人間が消えた中、「自分がここにいたこと」の証明にしたかったみたいだよ。

 

ふふ、どうでもいいけどね。

 

まぁ、周防さんには感謝しているよ。

利害の一致で、彼女を犠牲にここまでこれたんだから。

 

そこからぼくたちは被害者と犯人の不思議な共犯関係になり、今までの経緯を作った。

推理通り、毒薬をフォークに塗り彼女に手渡すだけ。

周りの風景を見つめた後、何の躊躇いもなく彼女は口に含み死んでいった。

 

ああ、それからもう一つ。

 

紗環を生かすためにぼくはモノクターと契約を結んだ。

ぼくが裁判で勝てば、紗環以外を処刑にすると。

最悪ぼくも処刑されても構わない。と言えば、モノクターは「絶望のためなら」と了承してくれたんだ。

 

殺人なんてそうそう起こるものではないし、モノクターからしてもぼくと周防さんの言い分は願ってもなかったんだろう。

 

善人の面を被っただけの、ひ弱で哀れな生き物が成せないことをぼくはやってみせる。

 

紗環には、ぼく以外必要ない。

 

だから彼女以外の人間を破滅させたって構わないでしょう?

 

〜水蜜優 side〜

紗環を生かすためなら、俺達全員を殺しても構わない。

それを人は狂愛と呼ぶだろう。

 

「ぼくはね、彼女と共にいるためならなんだってできる。きみたちを踏み台にしたとしても、ずっと手の中に置いていたいんだよ!」

「…狂ってるね」

慎一は冷たい目で囚を見るが、既に陥ったその成り様は変わることはない。

 

「さて。真実を話終えたことだし、そろそろオシオキの時間かな?」

「残念ですが。規則ですので」

囚が裁判台から降りた時、今まだ黙り込んでいた紗環がふと彼の手を掴んだ。

 

「……どうしたんだい、紗環?」

「あの、囚様………い…行かないで…下さい………紗環を…置いていかないで………」

初めて紗環が見せた悲痛そうな声だった。まだ幼い子供のような、甘い声。

 

「……きみはどこまでもぼくを狂わせる」

 

「ぼくだけの紗環。ああ、できることなら共にいたいが、きみだけを生かしておくのもそう悪くないと思うんだ!だってぼくはきみのために…」

 

「ずっとそうしてきたんだから!」

 

「…な、なんの…話でしょうか?」

震える声で紗環は聞き返す。

 

聞いている側の俺達も、囚が何を言っているのかわからなかった。

 

「君の両親はね、ぼくが殺したんだ。きみとぼくがずっと一緒にいるために、邪魔だったから」

「……え…………?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

更に、紗環の顔色は蒼白になっていく。

紗環は思わず手を引っ込めようとした。

 

「それじゃ紗環。一度お別れだ。ずっときみを待ってる」

囚はそんな紗環の手を掴むと囁いた。

 

「2人きりの、地獄で」

 

▼緒環囚クンがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

ーーー

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……………」

裁判場に音はなく、ただ紗環を気遣う目で溢れていた。

当の本人はは呆然と立ち尽くしたままで。

 

「……の……いで…………っ」

「え?」

何を呟いたのか、初めは聞こえなかった。

 

「お前のせいで!殺してやる………!!!!」

紗環はばっと顔を上げると、泣き叫びながら一直線に駆ける。

 

「まって、紗環チャン!」

視の声も届かず、

 

紗環はモノクターの元へ

 

その生まれ変わったままの首を絞めた。

 

「なんで私達を巻き込んだの!?なんでよ……!!紗環達の日常を、あの幸せな時間を…返して……っ!」

長い髪がモノクターの顔にかかり、俺達から見えなくなっていく。

 

モノクターはもがいたものの、すぐに紗環の下で動かなくなってしまった。

肩で息をしながら、紗環は気が狂ったようにずっと何かを呟いていた。

 

「おやまぁ、復讐劇でしょうか?ご立派ご立派、流石は超高校級のメイドでございますね」

「……!?な、なんで………」

ぬるりと現れたのは普段通り、闇に包まれたモノクターで。

 

モノクターは、紗環を立たせるとそのまま注射器を彼女に打ち込んだ。

 

「…………ぅ゛………ッ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

みるみるうちに、紗環の口から血が溢れていく。

 

瞬く間だった。

 

「犠牲の上に成り立つ命なんてクソ喰らえよ」

そう言うと紗環は目を閉じ、

 

息絶えた。

 

▼風桐紗環サンが追放されました

 

「ひっ…….!!!ム、ムンちゃん!!」

「…そんな………風桐さん……」

 

「規則違反といいましたよね?ワタクシに危害を加えるのは」

モノクターは残酷だった。

注射器を白衣にしまうと、冷たく言い放つ。

「ですがまぁ、これだから愛憎って面白いんですよね。うぷぷ」

 

「……紗環ちゃんに殺された…はずじゃ……」

「ワタクシは院長、この病棟の絶対的な支配者。蘇ることなど容易いのです」

モノクターは春子にそう言うと手を叩く。

「さ!終わりにしますよ!本日もお疲れ様でした!死体の処理はこちらでやりますので!」

 

もやもやする。

心の奥がどっしりと重くなり、何とも言えない不快感に襲われるのがわかった。

皆もそんな気持ちだったのだろう。

 

いのり、囚、紗環。

それぞれのこころを考えると、胸の内が苦しくなる。

同じ人間なのに、理解できない境地。

それが生んだこの結末。

 

重い足取りで裁判場を去ろうとする時、ポツリと実花が言った。

「でも結局、2人は一緒なんだね」

 

「………あら。………ワタクシどうやら、してやられましたかねぇ」

 

果たして、それを紗環が望んだのかは分からない。

この死は彼女の思惑通りだったのか。

真実は、紗環だけが知っている。

 

愛憎も厭世もいつかは命と共に消えゆく。

俺は何を抱いて生きれば、正しい、と言われるのだろうか。

 

ふと、ラベンダーが香った。

 

明日にはもう、薄まり香ることはない優しい香り。

 

「さよなら、紗環」

どうか彼女達に光を。

 

Chapter 4

お先真っ赤の夢物語 旅のお供にラベンダー

 

【挿絵表示】

 

 

 

(裏シートはTwitterのいいね欄を参照ください)



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Chapter5 鞭声粛粛、三途を過る
(非)日常編


〜神戸緒丑side〜

その日、ボクはいつも通り早起きをして、いつも通りの朝を過ごしていた。

何かもかもいつも通り。

つくられたものなのかもしれないけど、ぽかぽかとした陽気が身体をあたためてくれる。

 

「さて、何をしようかなぁ」

そういえば水蜜さんは、今日は朝からサックスの練習をすると言ってたっけ。

普段は一緒に行動することも多いボク達だけど、たまには別々の時間もあって、それが不思議と心地よさを引き立たせてるのかもしれない。

 

「どうしたの?そんなところで突っ立って」

研究教室の前でぼんやりと立ってきたボクに声をかけたのは、六瀬さんで。

 

「何をしようかなぁって、考えてたとこだよぉ」

「…こんなところで?神戸って、やっぱマイペースだよね。ま、キミの個性だから良いと思うけどさ。魅力ってやつ」

 

六瀬さんは呆れたような顔で、でも少し柔らかい目でボクを見た。どうやら否定はされていないらしい。どうも、六瀬さんにはそういう節がある。

 

「六瀬さんって、褒め上手だよねぇ」

「マイペースは褒めてないけど。…キミ自身のことは褒めた…のかな。思ったことが口に出るだけだよ」

 

「これから童部と夢鳥姫、それから田中と西園寺とトランプするんだ。神戸もどう?」

「いいのぉ?それじゃあボクも行こうかなぁ」

「了解。用事なければもうすぐにでも談話室に来なよ」

と六瀬さんが言った時、何かが聞こえた。

 

寂しげな音。

 

「…?誰か泣いてるのぉ?」

「ボクには何も聞こえなかったけど……変なこと言わないでよ」

 

泣き声が確かに聞こえた気がしたんだけど…。

 

ボクの気のせいだったかもしれない。

 

何しろここは少し不思議な場所だから。

 

〜水蜜優side〜

遅めの昼食を取ろうと、食堂に訪れたのは13時過ぎのことだっただろうか。

いつもなら賑わっているはずの食堂は閑散としていた。無論、全体の人数が減ったこともあるだろうが。

 

「ここにはお前だけか」

向かいに座る相手_薫に俺は話しかける。

「何人かは談話室にいるみたいだよ。緒丑くんもその中に」 

 

ずっと緒丑の姿を見ていないと思ったが、どうやら他とうまくやっているらしい。勿論そういうことに関しては緒丑は飛び抜けているだろうが。だがその飛び抜けた中に薫は追いつけるだろう。皆が慕い、誘いたがる。そんな人徳ある薫が1人でどこかにいるのは珍しい。

 

何気ない会話を少し交わす。

その後暫くの沈黙の後、薫は口を開いた。

 

「ねぇ、優くん」

「…薫?どうしたんだ?」

 

いつもと同じ穏やかな声色だったが、薫は何か迷ってるように見えた。

「…ううん、やっぱり何でもないや。ごめんね」

そう言うと、薫は立ち上がる。

 

「本当に何でもないのか?…何か話したいことがあるんじゃないのか?」

俺は薫をそう引き止めた。

 

「頼み事だから、流してくれてもいいんだけどね、」

 

「……実はずっと探している本が見当たらなくて困っていたんだ」

本のタイトルと並べ、薫は困ったように言葉をついた。

「無理にとは言わないけど、探すのを手伝って貰えないかな?」

 

図書室はかなり広く、本は整理整頓されていないことが多い。薫1人でお目当てのものを見つけるのは困難だろう。

引き受けようと俺が頷くと、

「何かあったのか?」

と、突如優成が現れた。

 

「い、いつからいたんだ……」

「全然気づかなかったよ。ローマンくんは気配を消すのが上手いね」

俺達は少々心臓に悪い、と優成を振り返り見た。

 

「薫が本を探しているらしいぞ」

と俺は薫が探しているという本の題名を告げる。

「なるほどな、俺も手伝おう」

優成はそれを聞き、二つ返事で引き受けた。図書室には最近出入りしているらしく、そこら辺の者よりは詳しいのだと言う。

 

「ありがとうローマンくん。見つけてもらえると、助かるよ」

「ああ。必ず」

どこか通ずるものがあるのか、2人の仲は良好らしい。

2人は目の奥底で頷きあった。

 

「やるなら早い方がいいよな?」

俺達は早速図書室に向かうこととし、薫と分かれた。

 

どちらも目標に対してはストイックなタイプだ。

2時間は経ってしまっただろうか。

「………ないな」

薫の言った本は図書室のどこにもない。広いとはいえ、2人で2時間もかけて探したというのにどこにも見つからないのは不可解だ。

 

「誰かが既に持っていったとか?」

「あんなタイトルだ。他に興味を持つ輩もいないだろう。…そもそも、そんな本は本当に此処に存在したのか…?」

俺達はこれ以上探しても見つからないと判断し、一度薫の元へ戻ることにした。

 

その帰路、俺達は『見たくなかったもの』を目撃することになる。

 

何かが目によぎった。

俺がそれをひとつの光景として捉えるのに、

「……おい!!!!待て!!!!」

優成が駆けていく方が早かった。

 

続いて走った俺の目にまず飛び込んできたのは、頬を押さえ座り込む視の姿。

「…いった……………っ」

そして、弱々しく呟いた視に立ったまま影を落とす薫の姿。

 

「いきなり何するの逆叉ちゃん!!!」

視の側についたまま、薫を恐ろしいものを見る目で見つめる実花とらいあ。いきなりのことだったのか、らいあの車椅子は側に放置されている。

 

何が起こったのか、一瞬で理解した。

 

薫に実花の声は届いてないのか、薫は構わずもう一度手を上げようとする。おかしい。おかしい。

まるで、薫じゃないみたいだ。

「グ…………」

 

「わ、わたしがまもります………まもらなきゃ!………まもらなきゃ!!!!!!!」

振り上げられた手と視の間に、らいあが入り込む。らいあは、ぎゅっと目を瞑った。

 

ぱしっと音を立てて、薫の手をらいあの顔前寸前のところで優成が掴んだ。

薫は、優成の手を振り払い、乱暴に叩きつける。

 

追いついた俺は、視に声をかけた。

「お、おい…大丈夫か?どうして………」

「ええ…わからない、わからないのよ。ただ声をかけただけなの。そうしたらいきなり……」

 

俺達はいつだって第一にあったはずの恐怖を、どこか忘れていたのかもしれない。

 

あるいは忘れたふりをしていたのかもしれない。

 



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非日常編

「ぁ…やく…逃げ……」

薫の苦しそうな声が聞こえた。

「薫!?どうしたんだ……!!何が…何が………」

 

「ぼクが、抑えてるうち、に、…向こうに行けや!」

語調が強くなり、またもや別人のような薫に戻る。

 

「ホントに大丈夫なの?アナタを置いて……」

「コイツの言うことなんざ聞くんじゃねェ」

視の問いかけに薫は冷たい声を浴びせる。

 

「………逃げ………て」

「で、でも!」

と実花は食い下がった。

 

「煩ェんだよクソガキ共ォ!」

 

あまりの大声に驚いたのか、その場にいた女子がびくりと身体を震わせた。

 

すっかり別の何かに成ったような薫に、俺は判断を下す。

確かに普段通りだったあの薫の言葉を信じるしかない。

 

「今は離れよう、皆」

「…うん、わかったよ!」

俺の言葉に頷いた実花は、座り込んだままの視に手を差し出すと、引っ張り上げ走る。

優成もそのまま続き、俺はらいあが車椅子に乗るのを確認してから共に逃げ出した。

 

後ろは振り向かなかった。

 

「さ、逆叉さんは……どうしちゃったんでしょうか………」

不安そうな顔のままのらいあがぽつりと俺の隣でつぶやく。

 

「別人みたいだったよな…………。何があったのか本人に今は聞けないようだし」

「へ、変身とか?……わたしじゃないですし………ない、ですかね…」

らいあは事故死してしまってから、「相棒」のおかげで生き返り、変身効果で日々敵と戦っているのだという。

あまりに信じ難い話だが、真剣な顔をするのでそのまま飲まれていた。

 

しかし、先程のらいあを見たら疑惑などは全て吹っ飛んでしまった。

 

「それから、お前、あの時かっこよかったな」

「へ?ぇっ、ええ!わ、わ、わたしがですか?」

目をぱちくりして己を指さすらいあに俺は頷いた。

 

視を守ろうと間に入ったらいあは本当にかっこよかったと思う。

「それでも……魔法少女と、とか、いい歳して恥ずかしいですよねあはは……あは…」

 

「信じるよ、俺は」  

 

「お前が認められた才能とらいあ自身を」

 

「…ありがとうございます……っ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう言って魔法少女は笑顔を咲かせてみせた。

 

ーーー

 

翌日はやけに静かだった。

 

薫の豹変の話をそこにいなかったメンバーも聞いたのか、皆心なしか不安そうだった。

「今日一日姿を見てないよ」

と月玖が言う。

食事の時間も薫の姿を見ることはなかった。

 

皆が風呂へ入ったり、部屋に戻り始める時間帯、俺も部屋に戻ろうと食堂を出た。

その時、少し遠くの方で春子の声が聞こえる。

「ま、まって!ねえ、どこにいくの!」

 

揉め事だろうか?

俺は嫌な胸騒ぎがして、春子の声をたどってみることにした。

 

春子も話しながら移動をしているらしい。いや寧ろ走っているようだ。

俺は階段を登り追いかけるが、なかなか追いつかない。

 

3階の長い廊下を曲がった時、やっと春子の後ろ姿が見えた。

 

そして、杖も持たずにふらつきながら歩く薫も。

 

2人はプールへと入っていく。

 

昨日の今日だ。

俺は慌てて2人を追いかけた。

 

「………その先は……」

春子の呆然とした声が響く。

 

間に合え。

 

間に合ってくれよ。

 

どうか、

 

救わせて欲しい_______!

 

願いは水底へと。

(画像サイズの為か掲載不可でしたので、詳しくは公式Twitterをご覧ください)

 

貝のヘアピンだけがぷかりと浮かび上がった。

 

「………………」

俺と春子は言葉を失い、その残酷な水の音をただ聞くしかできなかった。

 

「あれ……なに……?」

おぞましい何かが確実に薫を喰らっていた。

あまりにショッキングな光景で、俺達は会話もやっとだ。

 

「と、とにかく…皆を集めなきゃだな。俺はここで見張っているから、春子は皆を集めてきてくれるか?」

「わかった…けど、ごめんね1人にして!」

 

しばらくして全員が集まり、薫の死体を確認した。

といっても確認できるほど綺麗な状態では残っていないので、確認できるメンバーだけが、だが。

「……そうか、彼は」

と月玖は水辺へ手を合わせた。

 

「何か変な薬を飲まされちゃったのかなぁ」

「最近変だったよね…」

「うん、不気味なくらい」

 

「はいはいちょっと失礼しますよ」

と皆の間を縫いモノクターが前に現れる。

 

ふんふんとない鼻を鳴らし、薫の死体を眺める。

「彼は病気の進行での死亡でしょうね」

 

その一言だけ。

 

病死。

初めから前提として約束されていたはずのもの。

俺達はどこかでそれを見ないようにしてきた。

 

「よって捜査アンド裁判は必要なし!さ、ワタクシ彼のお友達を処理しなくてはなりませんので散ってくださいね!うっかり死にたくなければ!ハイさよならさよなら!」

と、モノクターは雑に俺達を追い出そうとする。

 

風に吹かれた水の音はどこか寂しい。

 

あの時、薫が本当は何を言おうとしていたのか。

何故それをやめたのか。

何故代わりにありもしない本を探して欲しいと言ったのか。

 

全てが繋がり、やっと分かった。

 

「…ごめん、薫」

気づけなくて、救えなくて、ごめん。

 

待てば海路の日和あり、とは誰が言ったものか。

 

タイムリミットは刻一刻と迫っている。

 

Chapter 5

鞭声粛粛、三途を過る

 

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Chapter6 足掻いて噛まれてニューゲーム
(非)日常編


「爽やかな朝におはようございます。皆様、講堂にお集まり下さい」

朝食を済ませた後、自室に戻り歯を磨いている時、放送は鳴った。

放送を鳴らしているのはモノクターで、何やら全員に話がある様だ。

 

行かなくて何かされても怖いし、と俺はすぐに講堂に向かう。

なんの話だろうか?

また、よくわからないイベントごとを計画しているのか、はたまた恐怖を与えるつもりなのか。

 

顔に張り付いたもやが象徴するように、いつまで経ってもモノクターは謎であった。

 

講堂に集まった全員は皆怪訝そうな顔、もしくは不安そうな顔をしていた。…いや、月玖だけはいつもと変わらない表情だ。

「あの放送のせいで、AP出なかったんだけど…」

と慎一はやや不機嫌そうに呟く。

 

「あらあら皆様お早いですねえ、素晴らしいです」

現れたモノクターはなんだかご機嫌だ。

「何の用だ」

それとは真反対のオーラを出すのは優成で。

優成は壁によりかかり、腕を組んだままモノクターをじろりと見た。

 

「本日はですね、皆様と個人面談を行っていきたいと思います」 

「面談……ですか?」

「ええ、いわばヒアリングとやらです」

らいあは何度も経験があるのか、モノクターのヒアリングという言葉に大人しく頷いた。

 

「アナタと2人きりで話すことなんてないわよ」

と視は明らかに嫌そうな顔をして舌を出す。

「そんなこと言わないで下さい……ワタクシ悲しくなっちゃいます……」

シクシクと泣き真似をするモノクターに、視は更に顔を顰めた。

 

「でもどうしていきなり?何を話せばいいの?」

「ここは病棟ですよ、田中サン」

「病棟………?病気のことを話すの?」

「ええ、主に。まぁ、現在の病気の進行とか、そんな話です。オトモダチ関係や恋の相談でも構いませんけどねぇ!」

 

「現段階、殆どの方の病気の進行が早まってきています。病気で死ぬか、はたまた殺されて死ぬか。皆様全員でのご存命はないでしょうねぇ…」

「い、嫌よ…そんなの………」

視は、顰めた顔とは一転して不安げな顔をする。

 

「ま、とにかくお話しましょう!まずは御宮寺クンから、談話室に来てください。面談の後は講堂で待機している方を呼んでから、自由に過ごしてくださいね」

 

優成は10分ほどで帰ってきた。そして、視、緒丑が呼ばれていく。

どうやら面談の所要時間は1人5分から10分程度らしい。

戻った優成と視はどちらも暗い顔つきだった。

 

「このまま終わることはできないのかなぁ」

「今までだって、もう11人いなくなったんだ。具体的な人数は知らされていないけど…でも、9人分の薬はないような気がするよ」

「ひぇ…………ここまで生きながらえているのも……奇跡みたい…ですよね……」

 

もう誰かが誰かに殺されることなんて起きて欲しくない。

でも、それをやめれば……薫のように、病に侵され死んでしまう。

春子、月玖、らいあの会話を聞きながら俺はそんな“どうしようもないこと”を考えていた。

 

「ど、どうされましたか………?」

俺の視線に気づいたのか、らいあが首を傾げた。

「…いや、どうやったらこのコロシアイ生活を止められるのかなって」

 

「わかってるでしょ。ちょうどいい人数になるまで終わらないって。結局病気で死ぬ様な命なんだ」

月玖はいつもの様に感情の薄い声で言う。  

 

「じゃあこの中にいる誰かを殺すの?殺せって言うの?」

赤光を滲ませ月玖を睨みつけたのは慎一だ。

「そうとは言ってないけど。……君、なんだか随分熱を込めるね?何か殺人に思い入れでもあったの?」

 

「思い入れなんてない………っ!ただ……これ以上死んで欲しくないってだけ」

「あはは、そっかぁ。じゃあ君は…ここで死にたいの?」

「こいつ……!!」

 

慎一は月玖の幾ら経っても焦りを見せない態度に怒りを感じたのか、今にも殴りかかりそうな顔で近寄ろうとする。

「まぁまぁ落ち着いて!一度冷静になろ!ゆっくり考えようよ!ね!」

実花は2人の間に入るように制した。

 

「ど、どうしたのぉ…」

ヒアリングから帰ってきた緒丑が2人を交互に見つめ、慌てた様子で言う。

緒丑はその場にいなかったため、何があったのか理解できない。

 

「あらあら、西園寺サン」

厭しい声を出す。

 

それは勿論モノクター。

 

「アナタこの前も喧嘩を止めていらっしゃいましたね!平和の象徴!何より何より!」

「な、何……?」

「実花ちゃんは優しくて可愛い!すごいアイドルなんだから!」

 

「一度冷静になろう、ゆっくり考えようだなんて、ぷぷ………」

どこか様子のおかしいモノクター。意図しない打撃で皆落ち着きを取り戻す。

 

「ワタクシ知ってるんですよ、アナタの秘密」 

 

秘密_______

 

そう言われた実花は、「なんのこと?」と言う。しかし、その瞳には明らかな動揺が浮かんでいた。

 

国民的アイドル、そして明るく平和主義な実花が何を隠しているのか。

 

実花の口から話されるよりも先に、あの悪魔から告げられるなんて。

 

「偽り隠しながら、誰よりも焦燥してるアナタを」

(画像サイズの為か掲載不可でしたので、詳しくは公式Twitterをご覧ください)

 

 

モノクターは実花の後ろに回り込み、思いっきり髪を掴んだ。

長いサイドテールは消え去り、ショートカットの実花が現れる。

実花の髪はウィッグだったのだ。

 

「彼女はね、誰よりもここを出たがっているんですよ。そして、皆様のことをここから出るための踏み台としか思っていない」

「…それは本当なのか?」

「…………」

実花は俺の問いかけに答えない。

 

「見せていた超高校級のアイドルなんて偽物なんでしょう?」 

 

「………私はここから出なきゃいけないの!早く病気を治してステージに立たなきゃいけないの!仲良しこよしで最後まで野垂れ死ぬ馬鹿になんてならない!救われない今に甘えんな!」

実花は静まり返った講堂に、叫んだ。

もう、花のような笑顔はなかった。

 

「…っ………自分で自分を救わなきゃ…」

実花は喉を掻くとそう呟く。

 

「私はもうこれ以上、待ってられない」

「実花ちゃん!!!」

そう吐き捨て、春子の言葉にも振り返らずにそのまま講堂を出て行ってしまう。

春子はへたりとその場に座り込んだ。

 

「どうして…実花の秘密をバラした」

俺はモノクターを問いただす。

 

「楽しいからですよ」

「……え?」

「楽しいからです!秘密をバラされた西園寺さんとその恐ろしい事実を知った皆様……それを見るのが楽しいんです」

「もういい」

そんな身勝手な理由で、傷をつけたのか。

 

「後の皆さんも続きをやりますよ!さ、次はウワサの西園寺サン…は出て行ってしまったので、田中サン!ほら早く早く!」

「…う、うん…………」

春子は後ろ髪をひかれる思いだろう。心ここにあらず。逆らえはせずに浮かない顔のまま、モノクターに着いていくのだった。

 

ーーー  

 

『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は厨房です。生徒はすぐに向かってください。』

 

翌日の朝だった。

 

何度目かのアナウンスは

 

俺達に歪みを残したままで

 

残酷にも、

 

ゲームオーバーを告げていく。

 

 

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非日常編

「し、んでるの……?」

大量の血液に沈む慎一に、悲しそうな顔をして立ちすくむ春子。

「君か……」

月玖は冷静に見下ろすだけで。

 

「…ムンちゃん……………」 

らいあは誰と会話するわけでもないが、一人佇み“イマジナリー”に話しかけている。

そしてその側にいる優成は、慎一の死体を見て悔しそうに舌打ちをする。

実花や視は無言のまま既に捜査を始めていた。

 

「…昨日話していたばかり…だったのにねぇ……」

緒丑が慎一の死体に手を合わせながら言う。

「昨日の話が原因で殺されたり…。ありそうだな」

緒丑は辛そうな顔で頷いた。

 

正直、皆疲れ切っている。

 

どうにかして止めたいのに、またしても殺人が起こり、俺達は自分の死と天秤を揺らしながら暗い中をただ探っている。

 

俺は、いつまでこのまま流れていればいいんだろう。

やりたいことがあるんじゃないのか?

夢が、あるんじゃないのか?

 

俺はぼんやりと立ったまま、1つの微かな光を思いつく。

うまくいくかはわからない。その先のこともわからない。

でも、このまま迷うよりは進んだ方がマシだ。

 

「この事件が終わったら、やりたいことがあるんだ。緒丑、手伝ってくれるか?」

「……?もちろんいいけどぉ」

緒丑は唐突で中身が不透明な提案に、頷きながらも不思議そうな顔をした。

 

決断をしなくてはならない。

 

それに、実花とも話さなくては。

 

慎一の死の無念を晴らし、犯人に何かあったのかを知る。

 

そのために俺はこの事件と向き合うんだ。

「まずは捜査をしよう」

 

慎一の死体は、かなり無惨だった。

首元には刃物で掻っ切られたのか、大きな傷痕がある。床に染み渡るほどの大量の出血の原因はこの傷跡らしい。

「……痛そうだねぇ」

緒丑は思わずぎゅっと目を瞑った。

 

それにいつも顎にかけていたマスクも耳から外れ、髪も服も乱れている。

厨房の中もよく見れば、少し荒れている。

 

「よく見て、六瀬さんの体ぁ」

そう緒丑に言われ、慎一の体をまじまじ見ると、ところどころに切り傷やあざができていた。

 

「こんなの元からついてたっけぇ?」

風呂を思い出すと、慎一の体にはこのような酷い傷はついていなかった。

俺は「殺人に至るまでについた傷だと思う」と首を振った。

 

慎一と犯人は少しの間揉み合ったようだ。

 

そして慎一の遺体の側には大量の血が付着した包丁が落ちていた。慎一の首を掻っ切ったと思われる凶器、重要な証拠だが……実際に見るとかなりキツイ。

 

近くを見渡すと、中身が入ったままのカップが何個か放置してあり、冷たくなってしまっている。

「ちゃんと捨てておかないと…」

 

「あれぇ」

「…?緒丑?」

「いや、こんなのあったかなぁ〜って思ってぇ…」

それを見た緒丑が洗い場の横に乱雑に置かれたカップに首を傾げた。

 

「ボク、酪農の習慣で早起きなんだけどぉ、事件が起こる前の時間に厨房にきたんだぁ。早めに朝食を取ろうと思って…でもその時には厨房は綺麗だったし、このカップはなかったよぉ」

「成る程…それは何時頃だ?」

「え〜っとぉ…6時頃かなぁ」

 

現在時刻は7時半すぎ。

緒丑の証言によると、事件は6時より後、7時半より前に起きたようだ。

 

それからトラッシュルームには空の薬品瓶があった。薬品保管庫を調べてみると、中身は睡眠薬だったようだ。

隠すような感じもなく、乱雑に捨てられていたのが少し気になるところだ。

 

「捜査はこんなもんか?」

「うん…皆も何人かに分かれて他の場所を捜査してくれてるから大丈夫だと思うよぉ」

何度経験しても、この緊張感は消え去らない。

気持ちは初めの裁判と同じだ。

 

「さーて!裁判を開始致しますよ!元気よくいきましょう!」

相変わらず、逆に陰気を植え付けそうな台詞を吐くモノクターに、俺達は無言で従いながら裁判場へ向かった。

 



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非日常編

「5度目の裁判だねぇ」

「ああ。一切気を抜くなよ」

「さぁ、真実解明の時間だよ」

「さっさと終わらせる。ここで負けてなんかられないんだから」

 

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「まずは死因を確認したいな!きっと近くの包丁で刺されちゃったんだよね…」

「ああ。現場を見る限り失血死だろうな」

春子と優成が死因を提示すると、周りの皆は頷く。死因と凶器は間違ってないだろう。

 

「げ、現場はとても散らかってましたよね…?争いとか………起きちゃったんでしょうか…」

長い睫毛を震わせ、らいあは現場を思い出しながら発言した。

 

「犯人と揉み合ったみたいだねぇ。だから六瀬さんが自分から殺されに行った、とかはないと思うけどぉ」

と緒丑。

 

「犯人と鉢合わせしたのか、それとも呼び出されたのか…」

「厨房に呼び出すくらいならもっと別の場所があるんじゃないかな。厨房って殺しますよ!って言ってるようなもんだよね」

俺の言葉に月玖は若干の否定を交えながら答える。

どうやら慎一は朝、ばったり殺人に遭遇してしまったらしい。

 

「でしたら……犯人は誰でもよかったんでしょうか…」

「怨恨のセンはなさそうね」

実花は相変わらず裁判は真面目に取り組んでいる。そして付け加えるように言った。

「それに厨房には大量のトマトジュースがあった。飲み過ぎ」 

 

「仕方ないじゃない。集中にはトマトジュースが必須なんだから」

実花のドン引きと言っても良い顔に、膨れっ面で視は言い返す。

 

…日常も今は非日常だ。

 

「うーん…六瀬さんの今日の動向が分かれば…なんとか………」

とらいあ。

手がかりは少しでもあった方がいい。

 

「そうだわ!…前に聞いたの。慎一クンは朝にカプチーノを飲む習慣があるって。だけど、事件当日はいつもより早く起床していたのを見たわ」

 

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「それじゃあ、あの冷えたカップは慎一くんが使うものだったのかな?」

「にしては数が多いんじゃない?」

「そ、そっか…!」

春子と実花の間は少しぎごちない。実花の方は淡々としているが、春子が実花をちらちらと気にしている感じがする。

…あの2人も裁判が無事終わって分かり合えるといいのだが。

 

「捨てられていた瓶は睡眠薬だったよな。あれを混ぜるために試行錯誤していたんじゃないのか」

優成は証拠品の睡眠薬を引っ張り、それと交えて推理をする。

 

「何故犯人は睡眠薬を捨てたんだ?」

「う〜ん……難しいことはよくわからないけどぉ…その試行錯誤の途中に六瀬さんが来ちゃったんじゃないかなぁ?陰明寺さんが言ってたよねぇ、今日は六瀬さんの起床が早かったって」

 

なるほど。優成と緒丑の推理が正しければ、犯人は計画的殺人が失敗しそうになり、咄嗟に側にあった包丁で首を掻き切る手に出たようだ。

慎一は比較的小柄だし、いきなり襲われて抵抗も虚しく殺されてしまったのだろう。

 

「それで要らなくなった睡眠薬は流して、瓶をトラッシュルームに捨てたってわけか」

 

「他に怪しいことといえば、春子チャンが夜に厨房の方へ向かうのを見たわよ」

何か答えに繋がるものはないかと視は頭を捻っているようだ。

 

「喉が渇いたからお茶を飲みに…だから、わたしが用があったのは厨房っていうか、食料保管庫だよ!それに事件は朝に起きたはず!種も仕掛けもあるんじゃない…?」

 

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「現場に落ちたままの凶器、雑に捨てられた睡眠薬の瓶、置きっぱなしの冷えたカップ、朝の7時という目撃されやすい時刻に殺害されたことから察するに、突発的な犯行なんじゃないか?深夜に細工する必要はないだろう」

「その意見に賛同しよう」

 

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俺は今までの推理を繋げて、春子を庇う意見を並べた。それに賛同してくれたのが優成だ。

 

「ああ、僕もそれなら怪しいものを見たよ」

月玖は緊迫した裁判場に面白げに証言を投げた。まるで玩具を見つけたかのような、軽やかで楽しげな声。

 

「ランドリーに落ちていた水晶とそこから慌てて出てくる陰明寺さん」

 

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「…ワタシ?」

「朝早くから洗濯するようなタイプだったかなぁくらいだったんだけど。六瀬くんは包丁で首を掻っ切られたんだよね。なら返り血を浴びててもおかしくはないんじゃないかなぁ」

 

「…大量のトマトジュースも殺人に集中していたなら、納得ね」

実花の冷たい声が響き渡った。

 

【理論武装開始!】

 

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「確かにランドリーの方へは向かったわ!お茶をこぼしちゃったから洗いに行ったのよ!」

 

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「ちゅ、厨房にあったカップには、どれも飲み物がギリギリまで入れられてました……もっもしこぼしたのであれば………中に入っている飲み物はもっと減っているはずなんです…っ!ごめんなさい…!」

 

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「ワ、ワタシは朝が苦手なの。犯行が起きた時間も、自室で寝ていたんだから!」

 

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「寝ていたのなら、六瀬さんが起きていたっていうあの証言はできないんじゃないかなぁ」

 

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「さて投票のお時間でございますよ皆様」

丁度、モノクターが投票を促す。当の視はずっと青ざめたままで。

 

ーーー

 

「エクセレント!六瀬慎一クンを殺したのは陰明寺視サンでした!」

 

「…っ………そんな…」

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非日常編

「……失望だ」

優成は疲れたような顔で視を見ていた。

 

視といえば、確かに多少お金にがめついイメージはあるが、人を殺すような冷酷さがあるとは思えなかった。

 

「ワタシだって失望したわ」

視も同じ、疲れたような顔でぽつりと言った。

 

「…失望?君は人を殺して失望したの?」

月玖は首を傾げた。

「違う。あの時、モノクターに病気の進行具合を聞いたから、失望したの」

 

「……此処に来てからずっと殺人を犯すつもりなんてなかったのよ。コロシアイなんて馬鹿馬鹿しいとしか思ってなかった。でも……」

視は語り出す。

 

水晶玉には決して映らない心の内を。

 

〜陰明寺視 side〜

 

モノクターとの個人面談があったでしょう?

ワタシはそこで初めて、自分の病気がどれだけ進行しているか、その事実を知ったわ。

 

「ふーむ。陰明寺さんもおんなじです!手を打たなければ楽々死んでいくでしょうねぇ」

わかっていた事なのに目の前が真っ暗になった。

 

優クンに忠告するよりも先に自分の安寧を見ておくべきだった。

薫クンの死で何より現実は見えていたはずじゃない。

 

「殺しますか?!ねぇ、殺しますか?」

「馬鹿よ、アナタ」

 

……馬鹿はワタシだったのかもしれない。

 

生きたい。

 

生きてさえいれば。

お金さえ稼げれば。

返せさえすれば。

 

幸せなあの頃に戻れるんだと。

 

自分の末を視たその時、他人を犠牲にしてまで助かりたいと思ったの。

 

動機は?と聞かれて答えるなら「病気の進行を止めたかった」が正解なんでしょうね。

だからワタシはとりあえず誰かを眠らせようとしたの。そのための睡眠薬だった。

 

人生って不遇よね。

そして偶然ってあまりに酷だわ。

 

「……何してるの」

「……ぇ……?」

「…まさか、人殺しの計画でも立ててるわけ?」

 

習慣をこなそうとカプチーノを飲みに来た慎一クンとばったり鉢合わせしてしまったの。

睡眠薬の瓶を見られたワタシに、弁解の手なんて思いつかなかった。

 

ワタシは咄嗟に側にあった包丁で慎一クンの首を掻っ切った。

小柄な彼を殺害するのにそう時間は掛からなかった。

想定していなかった赤い液体が視界で一杯になるの。

 

やっと満たされる身体にワタシは多少の恐怖をも感じていた。

 

もう後戻りなんてできやしない。

 

ワタシは裁判での推理通り、睡眠薬を捨て返り血を処理するためにランドリーに行ったわ。

 

焦燥はワタシを追い詰めていく。

ずっと今も。

 

〜水蜜優 side〜

 

そう語った視の表情はどんどん弱気になっている気がした。

 

「君はそれで何を感じたの?」

相変わらず月玖は興味ありげに質問を続けている。

 

「彼を殺して初めに感じたのはどうしようもない喉の渇きだったわ」

「どういうこと………?病気の進行を止めるために、とか言っていたけど……」

春子は疑問の目を向けた。視の発言に疑問を持っていた数人も同じような目を向けている。

 

「………ワタシは慎一くんの血を啜ったの。溢れる血液を両手で掬ってね。そうでもしなきゃ、死にそうだった。……病気に関連してるのよ」

視は観念したように話す。

 

血を拝借すればよかったものの、結果殺害にまで至ってしまったという訳らしい。

 

「六瀬くんに何か思うことはある?懺悔の気持ちとか?」

「もうやめてください………っ!やめて……やめてください…………」

月玖の容赦ない質問に居た堪れなくなったのか、今まで黙っていたらいあがそれを遮る。

 

それっきり肩を震わせては俯くらいあに、流石の月玖も視への質問をやめた。

春子は、裁判台から不安げにらいあを見つめている。

 

「……謝罪できるならしてるわよ」

視は弱々しげに言った。いつもみたいに言い返したり、強気な態度を取ったりなんてしなかった。

 

「…もういい」

実花は強い瞳で視を睨んでは首を横に振る。

「……ええ。ワタシももういいわ」

 

「意外と終わりは大人しいんですね〜〜〜!泣き叫んだりしてもいいのに!」

「生憎、此処で泣いたりなんてしないわ」

「…フフ、分かりました、オシオキに参りましょうか」

モノクターは視を値踏みするようにオシオキ執行を告げた。

 

▼陰明寺視サンがクロに決まりました。オシオキを開始します。

 

(動画はTwitterを参照下さい。)

 

 

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あぁ、見えなくなっていく。

視が悪戯な顔で笑うことはもう無い。

 

「………」

緒丑は苦しげに、視がいたはずの裁判台を見つめている。

気づけば、裁判場は遺影だらけとなってしまった。

 

哀哭、雨生、千年、冴香、幸応、ディラン、みのり、いのり、囚、紗環、薫、慎一。

皆のモノクロの写真は、何も言わずにずっと立ち続けている。

 

「なぁ、緒丑」

「水蜜さん…?…前言ってたことを話してくれるのぉ?」

「ああ」

 

「終わらせよう。俺達で」

 

覚悟の最終章はすぐそこに。

 

 

Chapter 6

 

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Chapter7 選択の時、君は光差す場所へ
非日常編


「終わらせる、って一体どうやってぇ?」

緒丑はまん丸な目で俺を見つめ、首をかしげた。

 

「このコロシアイ生活の原因を突き止めるんだ。…でも、それには覚悟がいる」

「覚悟ぉ?」

「……その真実が残酷なものになるかもしれないってことだ」

 

そう、真実を暴けば必ずそこには何にも変えられない残酷さがあった。裁判を乗り越えるごとに、悲しみ、怒りを交えて、どこにも行き場のない思いを抱えてきた。きっと次も同じ。

 

このコロシアイを引き起こした要因がわかれば、モノクターも諦めると思った。しかし、モノクター以外の人物がこのコロシアイの幕を手挽いていたとしたら。

 

頭の中を黒いモヤが埋め尽くす。

 

「その覚悟がお前にはあるか?」

緒丑は、黙って俺を見る。だがすぐに、輝く穢れなき眼を反射させたまま、まっすぐに頷いた。

「うん、ここまできたんだ。ボクは覚悟してるよぉ」

 

嗚呼、その答えで俺も覚悟を決められるんだ。

 

「やろうよぉ。水蜜さん」

「あぁ」

俺と緒丑はお互いに手を差し出し、ぎゅっと握り合った。

とても優しくて強かな相棒となら、乗り越えられる。そんな希望を抱いていた。

 

しかしまぁ、俺には一つ残してしまったことがある。

俺にそれを果たす義務があるのかと言われれば、ないだろうし人はそれをお節介と呼ぶだろう。

だからといって、このままにしておくという選択肢は取れなかった。

 

「まず、図書室を調べ直そうと思ったんだが……先に図書室の方へ行っててくれないか?すぐ行くから」

「うん…?構わないけどぉ。また後でねぇ」

緒丑は一瞬頭にハテナを浮かべたが、何かを聞くことはなく、裁判場を出て行った。

 

周りを見れば、優成と月玖とらいあは既に裁判場を去っていたようで、春子と実花だけがそこに未だ残っていた。しかし、2人ももうすぐ此処を後にする様だが。

今言わなくちゃ、きっと後悔してしまうだろうから。

 

俺は紫のショートカットに声をかけた。

 

「実花、」

「……何?」

実花は一切の輝きもない目で俺を見る。その迫力に思わずたじろぎそうになる自分がいるのも事実だ。

 

「……あの時の言葉は、本当のお前のものなのか?」

俺は凍てつくような空気に立ち向かう気で声を出した。

 

「…そうに決まってるじゃない。あれが本当のアタシ」

「俺達を踏み台としか思っていない、って…」

「ぐちぐちうるさい……っ!」

実花は俺の言葉を思いっきり遮った。

 

「私にはどうしても薬が必要なの!助けなきゃいけない人がいるのに……稼がなきゃいけないのに…、声が出ない。痛いに決まってるじゃない!でも、声を出さないと殺されるじゃない!死にたくない、私は生きてたいの!」

 

「……私、超高校級である前に…人間だよ?アンタだってそうじゃないの?」

「………」

長台詞を吐くと、実花は苦しそうにこっちを見た。俺は答えられなかった。実花の気持ちがわからないことはなかったから。俺は苦い記憶を思い出し、黙りこくった。

 

「…実花ちゃん………」

「…っ……ケホッ…」

その様子をじっと見つめていた春子が呟くと、実花は目を逸らす。そして、ガシガシと喉を掻いては咳を漏らす。 

 

「アンタも、失望した?」

「………え?」

 

「普通に友達作ってさ、楽しそうだし。もうファンなんかやめれば?アンタの理想のアイドルなんかじゃなかったでしょ?」

「そ、そんな!」

 

それは僅かな子供心。

 

「わたし、どんな実花ちゃんでも大好きだよ!わたしの気持ちはずっと変わらない!一緒に生きたいよ!」

 

「実花ちゃんは……、みんなのこと嫌い?」

 

「……本当は、アンタとも友達みたいに接したかった。楽しく話をして、ハグをして…でも、アタシはアイドル。…それに、嫌いじゃないし…仲良くだったしたかったけど、そんなことやってられなかった」

実花はぽつりぽつりと語った。

 

「……両方叶えられる?」

「叶える、叶えよう!」

春子は実花の手を取った。

実花は、春子を見つめると、照れ臭そうに少し笑った。 

「…敵わないな」

 

「ずっとファンでいていいって、ことだよね?」

「…当たり前でしょ、アタシが生きてる限り、ずっとアンタのアイドルなんだから」

「み、実花ちゃんっ」

 

春子はそれはそれは嬉しそうな声を出した。

他人の手に渡ることのない、2人だけの絆。

 

「……最終裁判をしようと思う。2時間に裁判場で会おう」

「最終裁判?」

「このコロシアイ生活を終わらせるための裁判だ」

俺はそれだけ告げてその場を後にした。

 

緒丑は図書室で目の前にあった本を手に取るところだった。

「待たせたな、緒丑」

「ううん、用事はもう済んだのぉ?」

 

2人のあの様子なら大丈夫そうだろう。

俺が頷くと、緒丑はそっかぁ、と口に出し、手元の本をペラペラと適当にめくってから、元に戻した。

 

「ディランのメモを覚えてるか?」

「うん、外国語らしい字で書いてあったやつだよねぇ」

「あいつはモノクターのなぞなぞを解こうとしていたんだよな?ならあのメモもなぞなぞの答えに繋がるもの、このコロシアイについての答えに繋がるものなんじゃないか?」

 

ーーー

  

時は進む。

 

進む。

 

そして道を進めば、必ず、

 

残酷な壁というものは立ちはだかる。

 

やっとのことで扉を開けた。

 

目の前の緒丑は、血を吐き、苦しそうに肩で息をしているところだった。

 

ーーー

 

図書室にあった2人がやっと入れるほどの、小さな小さな隠し部屋の中、そこに隠された資料までたどり着いた時、俺達は何か重りを外されたような気で手を伸ばしたんだ。

 

どこかこれで終われるような気がして。

 

でも、その代償はあまりに大きかった。

 

資料を引き抜いた時、警告は突然鳴った。あまりに突然だったから、俺はそれを手にしたまま固まるだけで。

 

『どちらになさいますか?選ばなければミナゴロシです』

 

「…え?」

「逃げて、…逃げて水蜜さん!」

 

ドンっと力強く緒丑が俺を押し、扉を閉めた。

「開けろ!緒丑………!」

何度も何度も俺は扉を叩いた。

 

「…開いた……っ」

扉が開いた時、緒丑はぐったりと床に倒れていた。

「ど、どうして…!」

「…たぶん、この資料を抜くと毒ガスみたいなものが噴出される仕組み…だったみたい」

 

「……助かるのか?」

「まだ少し時間はある…っぽいけどぉ、もう、だめみたい………」

俺は、もうどうすることもできないという事実に崩れ落ちそうになる。

 

崩れ落ちたいのは緒丑の方なのに。

 

「……ねぇ、最後に研究教室に行きたいなぁ。連れて行ってくれる?」

 

俺は緒丑を背負い、同じフロアの『超高校級の酪農家の研究教室』へ向かった。

「どうして…俺を庇った。」

「ボクはどの道生きれないかもしれなかったし、……友達だから、かなぁ」

こんなことをやりとりをしながら。

 

研究教室に着くと、俺は柔らかな干し草の上に緒丑の体を優しく降ろした。

「…ボクね、酪農が本当に好きなんだぁ。だから、死ぬなら大好きな場所がいいな、って」

 

「……ボクの病気は「牛の角病」っていってねぇ、その名の通り年月が経つと頭の骨が変形して牛さんの角みたいになっちゃうんだぁ…ボクは牛が大好きだけどぉ…自分がそんなふうになる病気にかかるなんて皮肉だよねぇ」

ずっと強く見えていた緒丑の、弱さをはじめて見た気がした。

 

「だけど、それでも、誰も殺さず、誰にも殺されず……そして水蜜さんを生かせて…よかったなぁ」

 

「もう…無理に喋らなくていい………辛いだろ…っ」

「……大丈夫だよぉ。…ボクは……ここでボクの病気と共に死ぬけれど……ここで終わるけど……キミには終わってほしくないんだぁ…」

 

「水蜜さんならきっと大丈夫だから、頑張って欲しいなぁ」

緒丑は出会った頃と変わらない、あの時教会で見せたようなへらっとした笑顔で、そう言い切り、目を閉じた。

 

柔らかな光に包まれたまま。

 

【挿絵表示】

 

 

「緒丑……?なぁ………なぁ、緒丑!」

 

「答えてくれよ……っ」

何度同じ問いかけを口にしても、彼を揺さぶっても、返事が返ってくることはもうない。 

「なぁに?」と優しい声がするわけもなく、ただ虚空へと俺の声が響くだけ。  

 

ぽとり。

 

閉め切られた空間から液体が溢れるのを感じていた。

 

「あれあれ、トラップに引っかかっちゃいましたか!あの先を進むと死ぬ仕組み、探偵が先に引っかかると思っていましたが……お二人で進むとは…ソレ、手に入れちゃったみたいですねぇ」

声に気付き顔を上げると、研究教室の外にモノクターが立っていた。

 

「……最終裁判だ」

俺はモノクターの言葉には返答を寄越さず、睨みつけた。

 

「神戸クンの遺体を運んでからにしますかねぇ。それから皆様にこの事をお知らせしなくては。まさかこんなところで神戸クンが死ぬとは。ぷぷ、哀れでなりません」

 

「貴方が余計な事をするからでは?」

 

「…………余計な事なんかじゃない」

モノクターの目的の一つとして、俺達の関係を崩壊させることもあるだろう。そしてそれによってコロシアイが進行することを望んでいる。

 

緒丑の死を無駄になんかしない。

 

「…いいですよ。貴方のたどり着いた真実と存分に戦ってください。最終裁判の始まりでございます」

 

「さ、最終裁判…………どうしようムンちゃん…わたし……できるかな」

不安げにする者。

 

「面白いものが見られるといいけど」

ただ笑む者。

 

「…………」

溜息一つ吐く者。

 

「……終わらせるのね」

終わりを見据える者。

 

「最後の裁判、実花ちゃんとがんばらなきゃ!」

気合いを入れる者。

 

さぁ、奏しよう。

 



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非日常編

「……此処から出られるなら、なんだってやるわよ」

「一緒ならぜーったいできるよね!」

「ど、どんな結末だとしても………!がんばります…から!」

「………やるなら早急に、だ」

「そうだね、御宮寺くん」

「……始めよう、皆」

 

【挿絵表示】

 

 

「…本当に神戸くんは死んじゃったんだ」

月玖は何よりも先に緒丑のことを出す。その顔は、緒丑の場所だったはずの裁判台に立つ遺影写真に向けられていた。

 

「モノクターさんから『神戸さんが亡くなってしまった』とだけ……しか聞いてなくて………今でも…信じられません………」

らいあは血の気のない顔で首を振った。

 

「一体、何があったわけ?あいつが誰かに殺されての裁判ってワケじゃないんでしょ?」

実花に言われ、俺は緒丑が死んでしまった経緯を話す。

一つ一つの光景は鮮明すぎて、あまり上手く言葉にならなかったかもしれない。

 

それでも春子やらいあは痛々しく悲しそうに、実花と優成と月玖は黙って最後まで聞いてくれた。

 

「……そうだったんだ………緒丑くんは、真実を見つける為に………」

「…………神戸が。そうか」

皆が一度、緒丑の遺影に向かい黙祷を捧げる。

遺影に被さった蛍光ピンクで殆ど見えない顔はうっすらと、幸せそうに笑っていた。

 

「…それで………く、黒幕さんが…わかった、って……」

らいあは震える声で沈黙を切った。

「あぁ。捜査時間の間、ヒントからたどり着いたんだ。……今から話す」

俺の言葉に、全員の顔に緊張が走る。…それは無論俺も同じであるが。

緊張と恐怖を悟られないよう、俺は深く息を吸い込んだ。

 

「モノクターのなぞなぞ、覚えてるか?」

「ああ。裏返せば裏返すほど終わりに近づき、小さな世界で創るもの、だったか」

優成はあの時のなぞなぞを一言一句間違わず述べる。

 

「…導き出した答えで、俺は図書館へたどり着いたんだ。そしてディランのメモの正体は図書室の隠し扉の場所と資料のフォルダ名。…走り書きの上にあいつは外国人特有の文字を書く。だから初めはなんて書いてあるかわからなかったけれど…、それは中の資料部屋の『1-04』というフォルダを示していたんだ」

 

俺はそこで言葉を区切る。

「それで、」と話の続きを聞きたげに、全員がこちらを見ているのを感じていた。

言わなきゃ。言わなきゃ。

 

「フォルダの中身は超高校級の絵本作家 御伽月羽についてだ。5年前もここで同じ事件が起こっていたんだ。それになぞなぞの答えは『絵本』ではなく『絵本作家』だったんだと思う。……モノクターが本当にヒントを告げたのなら、絵本作家の関係者が黒幕なんじゃないかって」

 

俺はあの資料に映っていた内気そうな少女を思い出す。御伽月羽はどことなく、彼に似ていた。

 

「黒幕とは、お前のことだ。月玖!」 

 

未だ開くことのない目は何も読ませてはくれない。

月玖は暫く黙っていたが、やがて露骨に嫌な顔をして口を開いた。

「…御伽月羽の話を出されるのは嫌いなんだ」

 

しかし、

 

「だけど惚れ惚れしちゃうね。……ふふ、僕が黒幕でした〜なんて」

 

【挿絵表示】

 

 

月玖が告白した瞬間、裁判場がゴゴゴ…と重厚的な音を鳴らし、壁が崩れていく。瞬く間に景観はまるで結婚式場のような厳かかつ華やかな様子に丸変わりした。

「…!?か、変わった…!?マジック?!」

春子は片腕で目を擦る典型的なリアクションをしてみせた。

 

「素敵な演出だろう?…それで?君は何を言うの?何を…見せてくれるの?」

焦った様子など、ない。それどころか恍惚としている。俺が話す一言一句に嬉しそうに震えている。

 

「……それだけじゃない。内通者がいるはずなんだ。この施設を維持したり、仕掛けを用意したり……到底1人だけの力では成り立たない」

これは裁判の直前、以前のことを思い出した春子から言われたことだが……。月玖はこれさえも愉快そうに聞いていた。

 

「内通者は………」

 

「らいあ。お前なんだろう?」

「わ、わっ、わたしですか!?……どうして……どうしてそんなこと言うんですか!信じてくれるって……たしかに、言ったじゃないですか…」

らいあはフルフルと首を振り、必死に否定していた。

まるで俺が間違っているかのようだった。

 

「わたしじゃ…わたしじゃありません………!信じて!わたしの魔法を!」

 

【理論武装開始!】

 

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「嘘なんてついてません…!わたし本当に魔法少女なんです」

 

【挿絵表示】

 

 

「魔法なんてあるわけない。そこにあるのは嘘だけよ」

 

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「内通者じゃありません…!信じてください」

 

【挿絵表示】

 

 

「…ごめんね、らいあちゃん。………らいあちゃんが内通者、なんだよね?だって、らいあちゃんは…自分から病棟内を歩き回らないのに……手術室に鍵がかかっていること、メスが手術室にしかないことを…月玖くんと一生に知ってた」

 

【挿絵表示】

 

 

【Break!】

 

【挿絵表示】

 

 

「本当に………わたしじゃ…………」

その時、ぷつりと何かが切れた感覚があった。

 

「……………」

らいあは下を向いたまま。

 

「……ふ、ふふ……ふふふ………」

やがて肩を震わせ乾いた笑いを漏らす。拍手を交えながら!

 

「……そうだ。“夢鳥姫らいあ”こそ、内通者。いわば裏切り者さ」

 

【挿絵表示】

 

 

「…ら、らいあ………ちゃん………親友だって…言ってくれたのに………本当に内通者…だったんだ…」

「なんとも思ってないんだよ。彼女もまたキャラクターのうちの1人にしか過ぎないかもしれないからね」

春子の切なそうな言葉に、らいあは冷たく返す。

 

「…今までずっと騙していたんだな、俺達のことを」

俺はらいあにそう言った。今までのらいあの全てが演技なのだと、その事実がどうしようもなく悲しいと思ったから。………否、夢鳥姫らいあとは何者なのか、今となってはわからない。

 

「ああ、騙した?騙してなんか居ないんだよ。君達が魔法少女を殺しただけで、あのこもわたしも限りなく夢鳥姫らいあであり、夢鳥姫らいあではないんだよ。本当の自分なんてどこにある?本当なんてどこにある?全て真実全て虚構。わたしたちは夢」

らいあは虚とした言葉を紡ぎ出す。

 

あの時の小さな花のような笑顔はもうどこにもなかった。

 

「まぁ、バレてしまっては仕方ないさ。進めよう、次の夢が始まるまで」

「そうだね、夢鳥姫さん。僕はね、君たちのもっと絶望する顔が見たいんだ。…だから、こんなことも教えちゃうね」

 

「そこでただ話を聞いている、御宮寺優成も内通者だよ」

「……失望したんだ、その全てにな」

 

【挿絵表示】

 

 

「………え?」

予想だにしていなかった事実に、思わず声が漏れる。

 

「正確には『内通者になった』と言えばいいかな?彼はこのコロシアイ病棟生活中に、こちらに転んだんだよね」

「…ああ。馬鹿共の茶番劇には付き合ってられない。薬も、何も要らない。もう散々だ。……西園寺も同じだと思ったがな」

「………は?黙れよ。一緒にすんな」

 

「生きたいとか、希望とか、しょうもないんだよ。そんなことをぼやきながら、今まで何人が死んだと思っているんだ?絶望なんだ……生きていても絶望しか起こらない」

 

希望について語った彼等を思い出せば、優成の言葉は残酷なもの極まりない。

……優成が絶望側にいるとは思っていなかった。誤算だった。

 

6人中3人が絶望側。

俺、実花、春子はただ月玖の言葉を待つしかできない。

数ではないことは分かっているが、それはあまりにも俺たちにとって信じがたいことだった。

 

「夢鳥姫さんとはこのコロシアイ病棟生活前に出会っていた。夢想家は二つ返事で承諾してくれたよ」

「面白そうだからね。手伝うことにしたんだ。たまにはこんなことも必要だろう?」

 

「絶望ってわかるかな」

月玖は俺達に言う。

 

「あの感情はね、何と表していいかわからない。感情がどうしようもなく揺れ動くんだ。ああ、たまらないんだよ。是非もう一度味わいたい…君達にもそれを味わせてあげたいんだ。命の限りを強調することで、僕自身も感情の動きを感じることができる。なんて…なんて、幸福なんだろう!」

 

「僕は過去に絶望したことをきっかけに、御伽月羽について調べていた。……彼女が……全て引き金だったとでも言える。いや、何でもないよ。………そうしてこの場所と5年前のコロシアイにたどり着いた。あの時の感動は忘れられないよ!5年前と同じようなことを起こそうと思った。コロシアイに魅入られたんだ」

 

「過去のコロシアイ生還者の研究室に爆発物を仕込み、少しばかり特効薬を奪ってきた。おかげで世界でも供給は遅れてきてるみたいでさ………ふふふ、楽しいよねぇ。皆が絶望してる」

 

「あの時と同じ様な流行り病の患者を集めて、コロシアイ病棟生活をプランニングしたんだよ。結婚式とは真逆だけど、結婚式よりもより大きな感情の動きが見れる」

「……彼は絶望中毒だね。わたしが資金を提供するのもわかるだろう?」

 

「もっと絶望して欲しいんだ!絶望してくれるよね?できるよね?君たちなら!!御宮寺くんのように、全てを捨てれる様な、掃き溜めみたいな目をして………膝から崩れ落ち、眼から光を消して!絶望して欲しいんだ」

 

「さぁ、魅せてくれ。夢の続きを」

月玖とらいあは俺達に絶望を迫る。

 

俺は2人の燻んだ眼を見つめた後、裁判台の上で立ち尽くす優成を見た。

彼は未だ何も言わないが、その一瞬こちらを見た。

 

目が合う。

 

優成は、確かに頷いたんだ。

その目には何故か、光が灯っていた。

 

花も夢もいつかは枯れるかもしれない。

 

それでも_______

 

ただひたすらに歩んできたはずだろう?

 

「この生活で生まれたのは絶望だけじゃない!仲間と過ごした時間は、俺を少しだけ変えてくれた。そんな時間にお前達の言う絶望なんてしない!俺は希望を選ぶ!」

 

【挿絵表示】

 

 

「進めるはずだよな?実花、春子!」

俺は2人に力強く問いた。

 

「…当たり前じゃない。アタシよ?」

強い意志の彼女は口を開く。

 

「アタシ、別にこんな事じゃ折れないの。アイドルってそういうもんじゃない?ウジウジしてらんないの、馬鹿にしないで」

 

【挿絵表示】

 

 

更に朗らかな彼女も口を開く。

 

「わたしは、みんなを笑顔にするのが仕事だから…絶望なんてしない!わたしは、わたしの道を行くの。…じゃないと死んだみんなにしめしが…つかないでしょ…?…だから、希望を選ぶ!」

 

【挿絵表示】

 

 

「……つまらない……つまらない…つまらないな………っ。これじゃ、あの感覚を忘れてしまう……」

月玖は初めて焦燥の顔を見せた。

 

「…それから、ここで別れを告げさせてもらう。童部、夢鳥姫」

「………どういうこと?」

優成はそんな月玖を一瞥すると、言った。

 

「……俺は元々そちらに堕ちたりなどしていない。ずっとそちらの動向を探り、潜り込んで得た情報と通信手段から、国へ連絡させてもらった。貴様達の誤算は、俺達の意思を甘く見ていたことだ。希望は絶望の前で、屈したりはしない。何故なら、それが希望だからだ」 

 

「…全て…嘘だったの?」

「嘘とは都合のいい夢で、決して存在しない悪夢だ」

 

「…夢は、叶うから夢だ。

紛い物であれ、夢を願うからそれは“魔法”になって、奇跡に、“希望”になる。

だから、俺はそれを叶える為に“裏切る”。俺は、希望を諦めない。

俺は、夢を叶えよう。そうして、前に進もう。」

 

【挿絵表示】

 

 

「じきに…国や研究所の連中が迎えに来るだろう」

「…思っていたよりもつまらなかったな、その計画。…どうやら、わたしたちはまた次の夢を見なくてはならないみたいだ」

優成がそう言うと、らいあは目を閉じた。

 

「……わたしたち、お友達…ずっと、ずっと親友だから!…決して、あなたが嫌いなわけじ

ゃないんだ。そこだけは…覚えててね」

「………」

“らいあ”は、春子の言葉に何を思ったのだろう。

 

淡い天使は消えていく。

 

▼夢鳥姫らいあサンが内通者に決まりました。オシオキを開始します。

 

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「は…はは……ははは」

月玖はらいあのオシオキを見届けた後、膝をつくと、ただ「つまらない」と吐き捨てた。

 

「……お前の感情は絶望以外でもきっと揺れ動けた…筈だろう?」

「………」

彼もまた何を思ったのだろう。

 

▼童部月玖クンが黒幕に決まりました。オシオキを開始します。

 

(オシオキ動画は公式Twitterを参照ください)

 

…童部月玖という人間がどこまでプランニングしていたのかは本人以外知る由もない。

 

「あら、ついにエンディング、と……皆様お疲れ様でした」

血痕を器用に避け、いつのまにかモノクターが現れる。

 

「つまらないですよね。黒幕も内通者も何も感じることができない。彼らこそ1番つまらない生き物なんだと…ワタクシは思いますがね」

そんなことない、と俺は否定するが、モノクターは無い首を振った。

 

「あなたは…?どうするの?」

春子は身長差のあるモノクターを見上げた。

「ワタクシは休業してのんびりバカンスでも楽しみますかねぇ」

「させないぞ、待て!」

俺はモノクターを引き留めようとする。

 

「ワタクシは院長。童部クンが死んだ今、それ以上でもそれ以下でもありません。面倒ごとは御免ですので、ワタクシはここでどろんさせて頂きます…ああ、ワタクシ約束は守りますのでね。研究所の方も大分復旧されてるでしょう」

そう言いながら手渡されたのは人数分の薬。

 

「……貴様は何者だ?」

「最後まで解けない謎があってもいいでしょう?わかったら、またこの病棟に訪れてくれてもいいんですよ?」

…2度と来ないだろう。

 

そしてその後本当に、モノクターは姿を消してしまった。

幻想のように、薄い雲のように。

あんなにも残忍な記憶を擦り付けられたはずなのに、モノクターという存在が本当にあったのか。そう言われると確証はない。

 

薬を手にした俺達は、数時間ほど病棟内を歩き回った。

そうして迎えがきたのだ。

現れた男女4人は「よく抗った」と涙を流して俺達を讃えた。

 

俺達は暫く国から質問を受けると、一度自宅に戻る様解放された。休養してから国の人間が訪問してくれるらしい。勿論必要であれば付き添うと言われたが、俺達は問題ない、と言い、遂に病棟を出た。

 

「……外だ!」

春子は目を輝かせ、本物の外の空気を思いっきり吸った。

 

あれほど願った外は、夕暮れに染まっていた。呑気な鴉の鳴き声も聞こえる。

「…それじゃあ…」

 

「別れの時間だ」

何週間にも渡ったコロシアイ生活を共に生き抜いた仲間との別れ。

 

「あぁ。今後も命運を祈る」

優成は真っ直ぐに全員の目を見つめ頷くと、凛々しい姿勢のまま立ち去る。振り返ることはしなかった。

 

「帰ろ、はるちゃん。もやし炒めじゃなくてさ、今日はアタシが作るから…スーパー寄ってこ。……じゃ、これで」

「うわ〜〜!幸せすぎるよ!帰ろう!帰ろう、実花ちゃん!じゃあね!優くん!」

春子が大きく手を振り、2人は並んで沈む日の中に消えていく。

 

「……俺も帰らなくちゃな」

俺はそう呟くと、サックスを背負って足を前に出した。

 

幾多に別れた道を俺達はそれぞれ進んでいく。

変わったもの、変わらないもの、それら全てを受け入れながら、感情の全ても向き合って、一歩ずつ確かに踏み出していくのだ。

 

Chapter 7

 

選択の時、君は光差す場所へ

 

【挿絵表示】

 

 




俺は楽団に身を置くことをやめ、誰一人知り合いのいない地で一人活動を続けていた。

生き方の正しさなんて誰にも分からないんだろう。
これでいいのか、と問えば、今はきっと大丈夫だって言われてるような気がして。それでいいんだと思える自分もいて。

振り返れば、いつでも光はそこにある。そしてその先にだって。

俺はサックスに息を吹き込んだ。

それは高らかな音を上げて、幸せだと告げた。

Epilogue

そして未来に

(ED動画、7章組裏CSは公式Twitterを参照ください)


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