親バカ龍郎くん (104度)
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九校戦の話 1

全巻まとめ買いしたので初投稿です
コメディに振り切れてないのは許して




超能力が世界の表舞台に現れてから、それらが魔法という技術に落とし込まれた時代。兵器としての魔法が国家存続に必要となり、魔法を扱える魔法師の存在が重要となっていた。

この魔法師の育成機関として日本全国に設置されたのが、魔法科高校だ。

 

2095年の8月10日、全てで9つある魔法科高校の生徒たちが富士演習場に集い、魔法競技で競い合う九校戦が開催されていた。

この日は、今年に入学した一年生のみで競われる新人戦の最終日。

3対3の実戦形式で行われるモノリスコードは全種目の中でも最も人気であり、魔法と関わりの薄い一般人の観客も多く訪れていた。

 

 

「達也ー!いけぇー!!」

 

「龍郎さん、いくら叫んでも達也さんには届きませんよ」

 

「あっ…す、すまん、つい」

 

「ふふふ、本当にかわいらしい人ね」

 

観客が空中に投影されたビジョンを注視する中、観客席の隅ではこのような遣り取りが行われていた。

誰もが息を飲むような美貌を持つ美女と、精悍な顔付きながら子供のようにはしゃぐ偉丈夫。

一つの日傘の下で肩を寄せ合う姿は、非常に仲睦まじいと言えるだろう。

 

龍郎と呼ばれた男が恥ずかしさを紛らわそうと喉を潤わせたとき、試合終了を知らせるサイレンが鳴り響いた。

ビジョンには、一高の勝利が表示されていた。

 

「ぃよっっし!」

 

息子の活躍を見届けた男は、思わずガッツポーズを取った。

隣から向けられる微笑みに気付き我に返ったが、幸い周囲の観客も一高の勝利に喜んでいたため誰も男を見ていなかった。

そのことに安堵した男は九校戦のパンフレットを開きつつ、心中の喜びを表に出さないように努めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくだ……ようやくここまで来た…!!

愛する妻と共に子の活躍を見ることができた!

実家とその周りとの関係は微妙だけど、家庭の雰囲気は良好、義妹との確執も無い。

本当に長かった……ここまで苦節45年、前世と併せれば60年を超える。

我がことながら、よく頑張ったものだと褒め讃えたい。

 

 

 

俺は産まれたときから意識があった。転生だとか憑依だとかをしたんだろう。男女関係の縺れに巻き込まれて死んだことは覚えている。

アニメやラノベの作品に対する解釈違いでよく喧嘩してた親友………いや悪友だな、その悪友が女性関係で救いようのないクズだったことも覚えている。人当たりだけは良かった分、なおのこと質が悪い。

他人の気持ちを弄んでおいて純愛悲恋もので泣いていたもんだから、ムカついて殴ったこともある。

こいつはいつか滅多刺しにされて死ぬだろうなと確信もしていたな。

それで、ある日奴は俺の住むマンションに逃げ込んできたんだ。ここなら誰も住所を知らないから大丈夫とか言ってたかな。

嫌な予感がして家から叩き出そうと思ったんだが、俺でも引くほどのガチ泣きが始まって諦めざるを得なかった。ガチ泣きするくらいならその屑っぷりを直せと言いたかったが、鬼気迫る圧に負けてしまったのだ。

 

……もうオチは読めたな?

 

 

俺を恋敵認定した女が乗り込んできて殺されました。はは。

 

 

あいつ許すまじ。語り合う時間は楽しかったが、許すことは決して無いだろう。因果応報である。

死ぬ直前に見た光景は、その女があいつの首を大切そうに抱えている姿だった。滅多刺しにもされていた。ざまあ。

あいつ、二度目の人生でもNice boatされねえかな。

 

 

 

 

 

 

まあ前世の話なんてさておき……自分の名前を知った時には、外聞も気にせず泣き散らかしたものだ。その時は泣くことが仕事の赤ん坊だったけどさ。

 

自分はサイオン保有量だけが取り柄で、CADの台頭、利便化とともにその優位性を失う男だ。潜在能力に期待されていたが、それを発揮出来ない未来を迎える予定の人間だった。

この世界で死なないだけまだマシだということもわかる。何も考えずに過ごせば、最終的には四葉とあまり関わりなくそこそこの生活ができることも知っていた。

しかしここは二周目の人生、それじゃあつまらない。魔法を使いこなしてみたいという下心も確かにあった。

それでも、何より俺は前世から

 

────家族らしく過ごす四葉家を焦がれていた

 

勿論、『四葉』である以上は一般家庭と同様の生活は無理だろう。

しかし、司波深夜を喪わず、更に司波達也と司波深雪に高校生らしい生活を過ごしてもらう……のは厳しいかもしれないが、彼らにとって心休まる居場所を作ることであれば、不可能ではないはずだ。

何せ自分は、深夜の夫となり、達也と深雪の父親となり、魔法師としての素質も無い訳ではなく、既知の物語を捻じ曲げることができる人間だ。可能性が少しでもあるのならば、実行するしかないだろう。(原作通りのことが起こるかずっと不安だったことは内緒だ)

 

今考えるとあの時の自分やべーやつだったな……オタクくん妄想乙とか思い込みの狂気とか言われたら返す言葉もない。物語の世界とはいえここは現実だし、やべーやつだった自覚はあったわけだし。

二度目というのもあって無駄に行動力があったわけだが、結果として今の生活を手にすることができたんだ。感無量である。何度目かわからない感動の涙が……

 

 

 

 

 

…………あー、ふとした瞬間に昔のことを思い出すのは、もしかして年のせいか?

確かに精神年齢は肉体年齢より上だけどさ…涙脆くなったのも年??

年上のはずの弘一に情緒不安定だなって言われたときはちょっと悲しくなったけど、俺まだ45だぞ??まだ現役の魔法師だぞ??

……もしやこういう感じがダメなのか??え、ちょっと恥ずかしくなってきたんだけど。

たまに厳しいことを言う深雪も、照れたように顔を背ける達也も思春期だからだと思っていたが、まさか……いや、無いと信じたいが………深雪には鬱陶しがられ、達也には気まずいと思われていた…?

 

 

 

そんな……(絶望)

 

 

 

「……さん、龍郎さん」

 

「…っ!?」

 

「龍郎さん、どうしました?」

 

「え、あ…」

 

深夜が俺の顔を覗き込んでいた。

昔から変わらず綺麗だな……あ、眉が顰められた。

 

「い、いや、何でもないよ、大丈夫」

 

「そう?それにしては深刻そうな表情をしていたけれど」

 

「そこまでだったか?」

 

深夜は、ええ、と答えながら肩を寄せ、悪戯っぽい笑みを俺に向けた。

まってやめて、その表情は俺に刺さる。美人なのにかわいいってお前最強じゃんこんなん勝てるわけないやろ(真理)

 

「あなたのことだもの、また何かを思い出して、達也さんと深雪さんに嫌われていないか不安になったのでしょう?」

 

えっなんでわかるん?

 

「ふふっ、今回も図星だったようね」

 

ああ、その漏れ出た笑みも良い……

驚きが表情に出ないように顔に力を入れる。

 

「……俺はそんなにわかりやすいか?」

 

「それもあるけれど……私はずっと、あなただけを見てきたのよ?」

 

「………」

 

「それに、あなたも私のことがわかるでしょう?」

 

「…………深夜」

 

何年経っても、暗に込められた好意には慣れないな。

気恥ずかしさに負けて、名前を呼ぶことしかできなかった。白旗だ。

 

「はーい」

 

やや拗ねた雰囲気の込められた返事だ。

 

……こいつはっ!本当に…!!あああああああああああ!!!(かわいい)

 

深夜は自分の美貌を理解してこういうことをやっている、ということを俺は知っている。

このようなギャップを狙った言葉は深夜本来の性格によるところもあるが、実は俺に対してだけは狙っているわけではなく本気で思って言っているのも知っている。

達也と深雪を弄ることもあるが、2人には母親として振舞うし、仕事には相応の態度で臨むのも知っている。

 

 

つまり深夜は、もっと俺に好いてほしいと思っているのだ!!!

 

 

まってまって石投げないで!!これは本人から聞いたことだから!!嘘じゃないから!!

あの時の深夜といったら照れた顔がもう本当にかわいらしくてもう………尊かった。

 

愛しさが天元突破して死にそう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年増じゃんとか言ったやつは絶許。特にあいつはもう10回Nice boatされろ。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

新人戦モノリスコードの三位決定戦が終わり、決勝戦のフィールドが発表された。

場所は『草原』、相手は一条家の御曹司『一条将輝』と、仮説上の存在であった基本コードのひとつを発見した『吉祥寺真紅郎』を擁する三高だ。

 

国内最強の魔法師と謳われる十師族の、その一角を担う『一条』の名は伊達ではない。事実、三校は決勝戦までの試合では他校を圧倒し、準決勝では一人で相手の魔法を防ぎ切り真正面から制圧している。

また、基本コードである加重系統プラスコードを利用した不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)と、これを使いこなす吉祥寺も脅威である。作用点を直接視認しなければならないという弱点はあるものの、対象のエイドスを改変せず圧力変化を起こせるため、防御が難しいのだ。

更に、一条将輝も吉祥寺真紅郎も中・遠距離からの砲撃戦が得意な魔法師であるため、遮蔽物のない草原ステージは一校にとって不利である。

 

 

……以上のこともあって、自校から出場するメンバーの実力を高く評価する一高の幹部も、天幕で険しい表情を浮かべていた。

実際に三校と競うことになる吉田幹比古と西城レオンハルトもどこか顔が強張っており、兄の実力と事情を把握している深雪の表情にも不安が滲んでいた。

 

「これは……」

 

「……厳しい戦いになりましたね、お兄様」

 

思わず漏れ出した悲観的な言葉を七草真由美がぐっと飲み込んだものの、続く深雪の言葉はその場にいた面々の意見を代弁していた。

これには達也自身も同意見だったが、現状では活路が全くないというわけでもなかった。

 

「そうだね、深雪……」

 

「司波、策はないのか?」

 

自信なさげな達也の受け答えを塗りつぶすように、二年生の服部が言葉を被せた。

先輩の心中を察した達也は、努めて冷静に言葉を返そうと口を開いた。

その時、機械的な音声が天幕内に鳴り響いた。

 

「あっ…も、申し訳ありません!失礼します!」

 

それは深雪の持つスクリーン型携帯端末からの着信音だった。

場を乱してしまったこともあり深雪は足早に天幕から出ようとしたが、真由美がそれを制した。

 

「深雪さん、気にしないで頂戴。…そうね、他のみんなも、少し休憩しましょうか。まだ時間はあるし、今から気を張っていても仕方ないものね」

 

「……七草に同意だ。司波、吉田、西城、お前たちも少し息を抜くといい」

 

それまでの重苦しい空気をなんとかしたかった真由美の提案に、十文字克人が乗る形で僅かな自由時間となった。

幹部の面々の表情はまだ硬いものの、他の上級生は一息入れることができて安堵していた。彼らはまだ学生であり、場の圧力に慣れていないのだから当然のことである。

内心真由美に感謝した深雪は、スクリーンに表示されている名前を見て頭を抱えそうになっていた。

そんな妹の表情の変化に達也は気付いた。

 

「深雪……もしかして父さんからか?」

 

「はい……」

 

「そうか…間がいいのか悪いのか……」

 

苦笑を漏らす達也と何とも言えない表情の深雪が会話する間も、携帯端末からの着信音は鳴り続けている。

これには周りの生徒も疑問に思ったようで、二人が中々通話に出ないことを不思議に思った幹比古とレオが達也に声をかけた。

 

「達也、出ないのかい?」

 

「そうだぜ達也、親父さんからなんだろ?それともなんだ?仲が悪いのか?」

 

「いや、そういうことではないんだが…」

 

「じゃあいいじゃねえか!このタイミングでってことは多分激励だろ?」

 

「…十中八九そうだろうな」

 

「………??」

 

達也の煮え切らない反応に幹比古が首を傾げる一方で、携帯端末を手にした深雪は羞恥心で我慢の限界を迎えていた。

普段の振る舞いからはあまり想像のつかない深雪の大声に、幹部も含めた生徒たちが驚いて深雪に視線を投げた。

 

『やぁみゆ「お父様!試合前の通話はお控えくださいと伝えたはずです!!」…それは……すまない…でもどうしても直接応援したかったんだ』

 

「そのお気持ちは嬉しいのですがっ……でしたらお兄様の方に直接ご連絡すれば良いではないですか!」

 

『いや、達也は出場選手だから端末が手元にないと思ってな……』

 

「た、確かにそうかもしれませんが……それに!音声通話ならまだしもどうしてビデオ通話なのですか!いえ、そもそも!外部の人間から各出場校への連絡は認められていないはずでは!?」

 

『……二人の顔が見たかったし、大会委員の監視下でなら許可が出ると深夜から聞い「お母様が!?お母様……一体何をなさったのですか……!?」…あら、私は何もしていないわよ?私はね』

 

妙に静まる先輩と同輩たちを見回すと、どうやら皆が聞き耳を立てているらしい。

他人に聞かせるものでもないのだがな…と思いながらも、達也は携帯端末のカメラに収まるよう深雪の後ろに移動した。

途中、端末からの男性の声に反応して深雪ににじり寄る真由美の存在に気付いた達也だったが、気にせずとも良いと判断して放っておくことにしたのだった。

真由美と同級の渡辺摩利が、新しい玩具を見つけたような眼差しを真由美に移したのだから、摩利によるからかいに巻き込まれないための賢明な判断である。

 

「父さんに母さん、あまり深雪を困らせないでやってくれ…」

 

「お兄様……」

 

『そんなつもりは全くなかったわよ?ちょーっと驚かせようと思っただけで、困らせるだなんて……達也さんは私の事を、そういう風に捉えていたのね…悲しいわ……』

 

スクリーンに映る龍郎が悪びれている傍ら、深夜はよよよと泣く振りをしていた。

龍郎はともかく、深夜の反応に達也は慣れてしまっているため、軽くあしらうことにした。

尚、悪いと思ってしまうのなら通話は試合後でも良かっただろうにと龍郎に対して思わないでもない達也だったが、実のところ満更でもなかった。

 

「悲しいと言われても、事実は事実だからな」

 

『つれないわねぇ……』

 

「はぁ…それで、要件は?」

 

『あ、そういえばそうね、それは……龍郎さん?──……あ、ああ。いや、改まって言うことでもないんだがな……

 

 

 

────次の試合、勝って来い、達也』

 

 

 

 

瞬間、深雪に喚起された達也の闘志が、更に強く奮い立った。

 

幼い頃からずっと守ってくれ、ずっと支えてくれ、ずっと見守ってくれた、自分の敬愛する人の言葉。

力強い声に乗った、たった一言の、実にシンプルな激励。

だがしかし、それは確かに、達也の心の奥底まで響いた。

 

胸の底から幸福感が湧き上がり、込み上げる感情に瞳が潤いかけるも、達也はそれを抑えて強く父親を見つめ返した。

愛情を残し、愛情を教えてくれたこの人の期待に応えたい。

愛する妹と、厳しくも優しい母親からの信頼にも応えたい。

だから達也は、本気で戦うことを短く宣言する。

 

 

 

「ああ、勝って来るよ、父さん」

 

 

 

────だから、見ていてくれ

 

 

 

────勿論だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お兄様ばかり、ずるいわ」

「…………私も言われたいのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……深雪と真由美から漏れた呟きは、不思議と全員の耳にはっきりと届いた。

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

それは誰が発したものだったか。

天幕内から突き刺さる視線に気付いてあまりの恥ずかしさに頭がパンクしていた2人は、この瞬間に再起した。

頬を真っ赤に染めながら、本心を誤魔化すように慌ただしく動き出す。

 

「でで、ででは!!そろそろ作戦会議を始めたいので通話を切りますねお父様!!!」

 

『ちょ、ちょっと待て!達也!相手が相手だから、効率良く対お──』

 

「ふぅ、ふぅ……」

 

「深雪……」

 

「お、お兄様…?そんな目で見ないで下さい……よ、吉田くんと西城くんまで…や、やめてください!!」

 

 

「ほう……ほーう…?」

 

「な、なにかしら」

 

「いやなに、真由美も良い趣味をしているのだなぁと、ね」

 

「ち、ちがうわ!!ちがうの摩利!!あの人はそういうのじゃなくって!!」

 

「大丈夫ですよ、会長。誤解はしていません」

 

「リンちゃん……」

 

「しかし……会長にも微笑ましい一面があるのですね」

 

「リンちゃん!?」

 

「会長……」

 

「あ、あーちゃんはわかってくれるわよね……?」

 

「詳しくお聞きしたいです!!!」

 

「あーちゃんまでっ!?そんな………あああああもうっ!!さ、作戦会議を始めるわよ!!!だから摩利!!その顔をやめなさい!!」

 

 

 

 

 

 




龍郎: 家族が好きすぎる男。家族の幸せの為なら何でもやる。九校戦の前に親バカ仲間に娘を自慢されて、うるせー!俺の娘と息子の方がすげーんだよ!と不毛な争いを繰り広げたらしい。いつものことである。通話を切られた後は、深雪が久しぶりにデレてくれたと大喜びだったそうな。

深夜: 見た目も愛も衰えないスーパーウーマン。お分かりだと思うが、龍郎のために大会委員に圧力をかけた人。四葉の力をそんなことに使うな。夫がああなら妻もこうである。龍郎のことなら何でもわかるらしい。ひぇ。達也と深雪のことも愛している。

達也: 物心ついた時から父の背を見て育った。愛情をトリガーとする衝動は発生するらしい。これも愛だね。達也のやり取りを見て、幹比古とレオの士気も爆上がりした。どんまい三高。このときに天幕にいた生徒は、内心で二科生を見下していたことを恥じたとかなんとか。

深雪: 思春期な女の子。あまりにもあまりな態度で上級生を男女ともにノックダウンさせた。パッパのことは嫌いではないが、時間と場所は選んで欲しいと思っている。幹比古とレオは口が堅いので、いつものメンバーには広まらず安堵した。ただし、知られないとは言っていない。

真由美: 幼少期から実の父親より父親されていた。そりゃ懐くよね。弘一くんどんまい。入学式で苗字を知ったときからもしやと思っていたものの、結局このときまで聞けず終いだったらしい。このヘタレっぷりも摩利にはバレている。合掌。

大会委員: 突然の上からの圧力に振り回された人。監視ということで近くにいた。何を見せられているのかわからないまま脳を破壊された独身男性。ちなみに某組織の影響は受けていない。君は怒っていい。



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九校戦の話 2

やることが増えてきたので初投稿です。
原作読み進めなきゃ(使命感)
ツッコミどころは気にせんといてもろて




新人戦モノリスコード決勝、一高対三高。

事故による出場選手の入れ替えやそれに伴う試合スケジュールの変更があったものの、観客は一高の繰り広げたレベルの高い試合展開に熱中していた。

そしてそれは、圧倒的な強さを見せつけてきた三高に対しても同じこと。

この二校による決戦に、観客たちのボルテージは最高潮に達していた。

 

 

 

その一方で、達也たち出場選手はというと。

 

「それにしても、達也の親父さんはいい人そうだったな」

 

「本当にそうだよね。ちょっと羨ましいかも……僕ももっと頑張れば、またお父様に認めて貰えるかな」

 

「幹比古なら近いうちに本調子に戻るだろうから、このまま鍛練を続ければ問題無いと思うぞ」

 

「そうなんだ……ありがとう。僕でもまだ原因を掴みきれていないのに改善の見通しが立つなんて、達也には敵わないよ。まるで年上の人と話してる気分だ」

 

「…そうか?達也は確かに凄い所も多いけど、言うほど遠いって感じじゃないだろ?ほら、さっきの達也の表情とかさ」

 

「あはは、あの顔は僕も初めて見たから驚いたよ」

 

「だよな!」

 

「………」

 

「おっ?達也、照れてるのか?」

 

「ふむ…心做しか頬が赤い……?」

 

「レオ、幹比古…もう着くぞ」

 

……およそ勝率の低い試合に挑む直前とは思えないほど和んでいた。

ただし、これは決して気が抜けている訳ではなく、程よく力みが取れている状態である。

 

士気は上々、勝利に対する意欲も十二分に高まっていた。

達也に引っ張られる形にはなったものの、気分の昂りは幹比古の自信不足をも塗り潰す程であった。しかし、そうでありながらも頭は冷静さを保っており、試合の開始が近付くにつれて感覚が研ぎ澄まされいく。

それは、過去最高のパフォーマンスを叩き出せると各々に確信させるものだった。

 

 

 

つまるところ。

 

 

 

3人とも、"負ける気がしなかった"のだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

達也たちが自陣のモノリスへと移動していたとき、九島烈は九校戦本部の来賓席に足を運んでいた。

軍部にも影響力を持つ烈は日本の要人であり、国内の魔法師からは敬意を持って"老師"と呼ばれている。

そんな烈には全競技を中継で観覧可能な専用の部屋が用意されているのだが、彼は「有望な若者をより近くで観るため」という理由でわざわざ来賓席に移ったのだ。

烈の突然の行動に九校戦の大会委員は困惑したが、自らの追及をやんわりと断るために彼らも諦めるしかなかった。

 

 

 

目の前に広がるフィールドを注視しながら、烈が来賓席に腰を下ろす。

部屋には誰も居らず、烈一人だけが最前列に座る静かな空間だ。

好試合への期待から膨らむ歓声がガラス越しに耳に入るものの、気になるほど騒々しい訳ではなかった。

 

ふと眼下の観客席を見やると、談笑する嘗ての教え子の姿が目に入った。

 

「(青年期には笑うことの少なかった彼女がああも心を開くとは、あの小生意気な童がよく成し遂げたものだ。……本当に、よくぞやってくれた)」

 

烈が心中でそう感慨に耽っていると、ひと席空けた隣に誰かの気配を感じた。

 

「遅くなったか?」

 

横からの問いかけに、烈は身動ぎもせず答えた。

声だけでわかるほど、よく知った人間だった。

 

「いいや、丁度始まるところだ」

 

「そうか」

 

「お主の方は、ひと通りは終わったのか?」

 

「ああ」

 

「そうか」

 

老齢であることを全く感じさせない男がどかっと座席に着く。

それ以降は、烈も男も口を開かなかった。

 

「………」

 

「………」

 

暫しの沈黙。

だがそれは、二人にとって心地の良い間であった。

烈の胸中に様々な感情が湧き上がるが、それらを抑えきれず直ちにぶつけてしまうほど烈も若くない。難無く気持ちを整えて、意識を競技に戻した。

 

 

男が徐に声を出したのは、選手がモノリスの傍に現れ始めたときだった。

 

「この試合、お前ならどう見る?」

 

「ふむ……順当に考えれば、三高が勝つだろうな」

 

「……で?」

 

「……ただし、夫々の様子を鑑みると、一高にやや分がある。三高側の油断を見逃さず短期決戦を仕掛けることが出来れば、勝ち目はあるだろう」

 

「それで勝つには一高選手に相当の技量が求められるが、そこはどうだ?彼らは二科生だぞ?」

 

「…………二科生とは言え、彼ら全員が実戦に弱いとは限らぬ。特に今回の出場選手は各々が特別な強みを持っておる上、司波選手の実力は最早高校生の域に留まらないように思える。あとは気の持ちようだが……それも問題は無いだろう」

 

「……ふはははっ!!やはり孫を褒められるのは気分が良いものだな!!」

 

「…元造よ、そう迄して私に言わせたかったのか?」

 

「当然!」

 

呆れる烈に対し、元造と呼ばれた男は豪快に声を上げて笑う。

 

久方ぶりに対面する友人の変わらない姿に、烈は安堵すると同時に少々の鬱陶しさを抱いた。

若い頃から散々聞かされてきた娘自慢が今度は孫自慢になったのだから、致し方の無いことである。

一方で、懐かしさが僅かながらに湧いたことも事実だった。ただまぁ、懐古の情を少しでも滲ませてしまうと隣の男が調子に乗って更に自慢してくるため、この気持ちは表に出さず秘めることにした烈だった。

 

一頻り笑った元造は、自身の娘とその婿に慈愛の眼差しを数瞬向けてからフィールドの孫を注視する。

 

丁度そのとき、試合開始を告げる笛が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

「レオ、幹比古、作戦通り俺は一条将輝を引き付ける。吉祥寺真紅郎(カーディナル・ジョージ)は任せたぞ」

 

「おうよ!!」

 

「うん、任せて」

 

 

試合が始まって直ぐ、将輝と達也による魔法の撃ち合いが繰り広げられた。

銃を模した特化型CADを相手に向けながら、互いが互いの陣地へと歩みを進める。

 

可視化処理の施された魔法式が宙に浮かんでは、光の粒子となってパラパラと散る様子がモニターに映し出される。

魔法が体系化されて久しい現代で、観客はその華やかで幻想的な光景に魅了されていた。

 

……程なくして、それを演じる彼らへの歓声が巻き起こった。

 

 

 

 

 

一高の天幕にいる面々は、この日何度目かもわからない驚嘆に包まれていた。

達也(二科生)に出来ている芸当は、果たして自分に出来ることなのか。

術式解体は真似出来ないとしても、魔法式を感知する感覚、それらを正確に照準する能力、圧倒的な相手に臆せず挑む精神力はどうだろうか。

幹部から聞く体術についてはどうか。

 

九校戦の代表として選ばれるのは、優れた魔法師だ。故に、それらは決して手の届かないものではない、ということに彼らは気付いた。

 

その上で。

達也(二科生)の実力とそこに至るまでの努力を認めた上で、彼ら(一科生)は自分たちの在り方を見詰め直すことになった。

 

「なんという胆力……」

 

「…一体どれだけの鍛練を積んできたというの……」

 

「あいつは……なのに、俺は、どうだ…っ」

 

「……かっこいい」

 

「!?」

 

………一人だけ違う何かに目覚めたようだが。

 

それはさておき、映像の中の達也に熱い視線を送る生徒を一瞥した真由美は、視線を戻して呟いた。

 

「……でも、どうして達也くんはもう一つの特化型CADを使わないのかしら。片手で魔法を撃ちながらもう片方の手で腕輪型のCADを操作するなんて……」

 

「距離が近付くにつれて防戦寄りになってしまいますから、それを打開する作戦があるのでしょう。私たちよりも余程"経験"があるようですし」

 

「………」

 

鈴音の推測を耳に入れながら、真由美は達也の実力に疑いを持ち始めた。

 

自分が幼い頃から龍郎は、弘一と会うために低くない頻度で七草の邸宅を訪れていた。

その度に遊んでもらったりプレゼントを貰ったり、時には悩みに乗ってくれたりと可愛がってくれたこともあって、当時のことはよく覚えている。

そして、龍郎の来訪があるときに決まって弘一から聞かされた昔話の内容も、記憶からは消えずにいる。

 

弘一と婚約していた真夜の誘拐を、傷を負いながらも未遂で阻止したこと。

真夜を巡って弘一からふっかけられた勝負に勝ったこと。

そこから何かと付き合いが続き、今でも弘一と友人関係であること。

 

そして、紆余曲折を経て真夜の姉の深夜と結婚したこと。

 

龍郎が離婚した、なんて話は聞いていないため、達也と深雪の母親は深夜で間違いはない。(先程の通話で確認済み)

であれば、達也と深雪が四葉の縁者であるということは確実だ。

なるほど、四葉の出なら恐らく実戦経験もあるだろう。深雪の並外れた魔法力も、魔法師の名家の出身で説明がつく。

 

……だが達也の魔法力はどうか。

四葉の名を冠するにはあまりにも力不足ではないか。

何かの事情で十全に力を発揮できないのだろうか。

それとも、本当に魔法力が弱いだけなのか。

 

一度芽生えた疑念は大きく膨れ、真由美の意識を埋めていく。

彼女が思考の海から浮かび上がったのは、試合が転機を迎えたあとのことだった。

 

 

 

 

 

将輝と達也の砲撃戦を目の当たりにした真紅郎は、戸惑いを隠せなかった。

 

「(汎用型CADでの攻撃……何を企んでいる?)」

 

達也の構える特化型CADからは術式解体(グラム・デモリッション)のみが発動しており、将輝への攻撃としては使われていない。

 

「(……どうして二丁拳銃ではないんだ?敢えて汎用型CADを選んだ理由は?苦手な系統魔法が無いというアピール?いや……特化型CADをもう一つ隠し持っている可能性だってある。もしそうだとしてそこにはどんな魔法が入っている?……一体何を狙っているんだ…っ!)」

 

考えれば考えるほど底のない深みに嵌ると感じた真紅郎は、一度考えることをやめて作戦通りに動くことにした。

将輝が達也の相手をしている間に、他の二人を制圧するための攻勢に出たのだ。

しかし、事前に決めていたこととはいえ、一高選手を格下と看做す無意識のうちの油断には終ぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

真紅郎が打って出たことを視界の隅で確認した達也は、それまでの歩みを早駆けに切り替えて将輝との距離を詰め始めた。

予想した通りの試合運びに気を引き締めつつ、龍郎からの助言を反芻する。

 

"効率良く"戦うこと。

 

それはより少ない労力でより良い結果を得ることを意味し、より高い技術と精度が求められるもの。

実戦を経験した将輝の意識を自分から離さない方法としては、彼に強い危機感や恐怖を与えることが挙げられる。

これを実現するには、達也の攻撃が自分に届きうると将輝に思わせなければならない。

 

勝利のために達也が選択した将輝の攻略方法は、絶えず接近し続けるというものであった。

 

非常に単純なことだが、中・遠距離での戦闘を得意とする人間は敵に接近されることを本能的に嫌う。

将輝はこのタイプの魔法師であるため、彼の放つ圧縮空気弾の一部は無意識に達也の足止めを目的とした牽制となっている。

ただし、牽制はあくまで牽制なので、体術を高い水準で扱う達也はこれを回避することができる。

また、十師族のうちの一族の直系という如何に優秀な魔法師といえど、齢15,6の青年が数百メートル離れて疾走する標的へと魔法を全て正確に直撃させることは難しいことだ。

視覚的に遠い座標の正確な把握に加え、対象の移動や魔法の向き、魔法発動までの僅かなラグを考慮した偏差射撃はそれほどに高度な技術である。

 

故に、そこに焦りを感じさせる隙が生じる。

 

 

「(くっ……厄介な…)」

 

事実、達也の目論みは成功し、将輝の視線は達也に固定されていた。

戦死を伴うような実戦を経験した将輝だからこそ、直接的な危険性の高い魔法式のみを破壊して走り続ける達也の姿を意識の外に追い出すことができなかった。

 

しかし、距離が近付くにつれて魔法の照準は正確になり、達也が撃ち落さなければならない数も増えていく。

このまま攻め続ければいずれ達也を撃破できると将輝は確信し、更に多くの魔法式を一度に展開した。

 

流石に捌ききれないと判断した達也は、彼我の距離が百メートルを下回ったあたりで術式解体(グラム・デモリッション)がインストールされたもう一つの特化型CADを取り出した。

今回達也が使用している術式解体(グラム・デモリッション)は、射出座標をCADの延長線上に定数として設定することで魔法発動に必要な処理が簡略化されている。

これによって達也による魔法式の破壊速度は格段に速くなり、更なる接近を可能とした。

 

「(くそっ…やはり隠し持っていたか!)」

 

達也の威圧感に気圧されいよいよ後がないと悟った将輝は、達也を中心とした球面上に今展開できる最大数の魔法式を放った。

このとき、ほんの僅かでも気を抜いてしまったことが勝敗を分けることとなる。

 

 

 

 

 

「(お兄様っ……!)」

 

兄の窮地に、深雪はかつてない緊張感に見舞われた。

達也を逃がさんとばかりに配置された攻撃は密度が高く、仮に魔法式を吹き飛ばして抜け穴を作ったとしても、体術で切り抜けることが困難であった。

一発でも直撃を許せば反撃の隙も与えられず、勝ち目は無くなるだろう。

 

深雪の周囲からは悲鳴が漏れ、離れた観客席が盛り上がる。

天幕内の面々も険しい表情が崩れることはない。

 

会場の殆どの人間が達也の敗北を予感する一方で、唯一達也の勝利を疑わない者がいた。

 

 

「……………勝ったな」

 

「そうね……何せ私たちの子だもの」

 

「ああ……俺たちの誇りだ」

 

 

達也の、父と母である。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは瞬きをする暇もないほど速い展開であった。

 

精霊の眼(エレメンタル・サイト)を駆使して走り抜けていた達也は、将輝渾身の魔法が発動するタイミングを予見し、それらへの対処が不可能だと即座に判断した。

 

だが、達也に諦める気は毛頭ない。

魔法の座標変更ができなくなる瞬間と被せるように自己加速魔法を行使することで、将輝の魔法を無傷で潜り抜けたのだ。

普段から鍛練に励んで培った丈夫な肉体と体術への親しみがあるからこそ実現できる、負荷の大きい強引な加速。

数多の魔法式に紛れての発動と一投足で十メートルをも詰める急な接近には、観客のみならず将輝でさえ反応が遅れた。

 

「──っ!!!!!」

 

不意をつかれた将輝は、眼前に迫る達也とその気迫に押し負けてしまった。

彼が無意識に選択したのは、達也から距離を取る逃げの姿勢。

しかし、咄嗟に掛けた自己移動魔法は達也の術式解体(グラム・デモリッション)に撃ち砕かれた。

 

浮きかけた体が急激に沈んだことで、後ろへ数歩たたらを踏む将輝。

達也はそこへ更に魔法を叩き込むことで、将輝に尻もちをつかせた。

不安定な体勢の中で後方に倒れるよう地面を揺らされた将輝はこれに抗えず、大きな隙を晒してしまう。

 

 

将輝が反撃を試みようとしたとき、頭のヘルメットは既に達也の手中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………勝った、のよね」

 

「…………勝ったな」

 

「……勝ちましたね」

 

 

「ほう……」

 

「…やりおったな」

 

 

「お兄様!!!」

 

「達也ぁぁぁああああああ!!!!!よくやったぁああ!!!!!」

 

「ふふ、龍郎さんったら………達也さん、よく頑張りましたね」

 

 

 

 

 

…………会場全体を包むほどの大歓声が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

代替出場を突然告げられたときはどうなることかと思ったが、なんとか勝てたな。レオと幹比古の活躍に感謝だ。

父さんの助言も的確だった……帰ったらささやかなお礼を渡すことにしよう。

 

三人揃って観客席まで歩いていると、レオが肩を組んできた。

 

「やっぱりお前はすげぇな!達也!」

 

「うん、達也のおかげで僕たちもなんとかなったしね」

 

「いや、あの吉祥寺真紅郎(カーディナル・ジョージ)を倒したお前たちも十分凄いと思うぞ」

 

「いやいや、そんな「だろ?ほれ、幹比古ももっと自信持てよ!」……そう、だね」

 

「…幹比古、また困ったことがあればいつでも言ってくれ、力になるぞ」

 

「俺も手伝うぜ!」

 

「ありがとう、二人とも」

 

観客席に近付くと大きな歓声が再び上がった。

深雪は最前列で嬉し涙を流していたが、それに微笑み返すと満面の笑みを浮かべてくれた。

やはり深雪には笑顔が一番だ。

 

「達也ぁぁああああ!!!」

 

声の聞こえた方向を見ると、父さんは溢れそうな涙を母さんに拭かれ、周りからは暖かい眼差しを向けられていた。

 

悪い気はしないが……父さんも母さんも相変わらずだな。

期待に応えられたことへの安堵や達成感、喜びが心地よい。

 

俺と目が合ったことに気付いた父さんは、親指を立てた手を突き出した。

隣にいる母さんもそれを真似して、父さんと腕を組みながら左手を前に出す。

これには父さんも頬が緩み、二人で笑い合っていた。

 

本当に仲のいい……自慢の両親だよ。

 

珍しく高揚した気分が治まらなかった俺は、二人に応えるように腕を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




龍郎・深夜: どっちもバカ。生暖かい視線も気にしない。強い(白目)。二人とも将輝の魔法に紛れていた達也の自己加速魔法に気付いた。強い()。なお、二人でのサムズアップポーズは深雪に撮られていたし、真由美にマルチスコープで見られていた。何してんのこいつら。

達也: パッパの激励で力んでしまっていたが、レオと幹比古の弄りで図らずして落ち着きを取り戻した。その勢いで将輝に競り勝った。あと電話の後に急いで術式解体のインストールを済ませた。さすおに。試合後には友好的な視線が増えてちょっと困惑する。かわいい。

深雪: お兄様の活躍に大感激。ただし我に返ったあと、自分のときはパッパから応援の電話が無かったことに気付いた(電話するなと伝えていたことは忘れている)。お兄様のことも好きだがこれには流石の深雪も嫉妬ぷんぷんである。やや不機嫌なところをエリカに追及されるまであと僅か。南無三。

レオ・幹比古: 将輝による横槍が入らなかったので快勝。吉祥寺を幹比古が、名も無きディフェンスをレオが倒した。実は、吹っ切れて魔法をガンガン使う幹比古の活躍を幹比古パッパは見ていた。家で密かに感涙するところを目撃されたらしい。お前も親バカ仲間だ。

真由美: 達也はもっと強いのでは?真由美は訝しんだ。その疑念が晴れるのはもうちょい先のことだが、取り敢えず龍郎に電話した。しかし追及は躱され、家族にならないと教えられないなぁとカウンターを食らった。乙女がしてはいけない顔になった。うぇへへへへ。龍郎と達也のどちらで妄想したかは秘密。もう手遅れです。

一科生のある二年生女子生徒: 達也にやられた。普段の凛々しい姿、期待に応えようと奮起する姿、家族絡みで見せた年相応の姿、競技中のかっこいい姿と立て続けに見せられて堕とされた。のちにファンクラブを立ち上げ、達也や二科生への悪評偏見の払拭に一役買うことになる。お前すげぇよ。





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九校戦の話 3

お久しぶりなので初投稿(の気分)です。
気付いたら赤くなっていたので驚きです、感想もありがとうございます。

頭の中の妄想を文字に起こしてくれる機械が欲しい。



達也がモノリスコードで大活躍したその翌朝、俺と深夜はホテルのロビーで達也と深雪を待っていた。

今日は深雪がミラージ・バットの本戦に出るが、その前に直接会って話したいと昨夜に連絡が入ったのだ。

試合前ということで約束の時間はやや早めだが、俺も深夜も眠気は無い。

深雪の活躍を目に焼き付けるのだから、抜かりはしない。試合の動画のデータを貰う申請も済ませた。この上なく万全である。

 

今は深夜と同じソファに座って、紅茶を味わいながらのんびり過ごしている。口に広がる香りと体が沈むほど柔らかいソファ、そして隣から伝わる温かさでとてもよくリラックスできる。

 

そういえば待ち合わせの提案は達也からだったが…………俺にはわかる。

これは本当は俺に直接応援して欲しくなったけど自分から通話しないでと言った手前引っ込みがつかないため達也に言わせることで気まずさを紛らわしつつ俺たちと会う約束を取り付けたいという深雪の気持ちの表れだ(早口名推理)

 

………昨日にぽろっと出た言葉とか深夜の言うこととかが本当ならね。

大丈夫大丈夫、深夜が言うんだから間違いない(震え声)

 

「いつも通りにしていれば大丈夫よ、龍郎さん」

 

あっ、また読まれた。俺のことを本当によく見ていてくれているんだな……やっぱり深夜はかけがえのない大切な人だ。

ほら、深夜は今も慈しみを込めて俺を見てい………お前さては何か企んでいるな??

いつもの笑みにしては口角がちょっと高めなのがその証拠だ。

 

「……もしかして、二人に何か伝えたか?」

 

「ふふ、そうよ。厳密には深雪さんにだけだけど……悪いことにはならないから安心して頂戴」

 

「…わかった」

 

深夜が言うんだから間違いない!!

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

龍郎さん、また不安になっているわね……

心の底から私たちを愛してくれているあなたを達也さんと深雪さんが疎むなんて、そんなことは有り得ないのに。

 

「あなたの愛情は、二人に確りと伝わっていますよ」

 

「…っ!……そ、そうか」

 

──勿論、私にも、ね?

 

……なんて、わざわざ口に出さなくとも、龍郎さんには私の表情で伝わってしまう。

現に龍郎さんは少し驚きつつ、視線を私から外したり戻したりして照れている。そういうところがかわいいのよね。

 

それにしても、お互いをお互いが深く理解して信頼し合うことの、なんと心地の好いことか。

 

龍郎さん……幸せを教えてくれた、私の愛しい人。

死ぬ運命にあった私のために、深く癒えない傷を負うはずだった真夜のために、その人生を捧げてくれた人。

家族のために生きてくれる、確固たる覚悟を持った人。

あなたに出会えて本当に良かった……この想いは、決して褪せない。

 

──褪せさせないし、二度と手放したりしない。

 

真夜に少し悪い気もするけれど、やはり妻という立ち位置は譲れないわね。

………真夜が不貞腐れないよう、夏休み中に本邸へ一度戻らないといけないかしら。

 

 

 

今後の予定を考えていると、足音が耳に入った。

数は二人……達也さんと深雪さんのようね。

 

「龍郎さん、二人が来ましたよ」

 

「ん、そうか」

 

ソファから立ち上がる龍郎さんは、誰から見てもわかるほどわくわくしていた。

 

昨日に話したとはいえあれは画面越しだったものね…直接会うことが余程嬉しいみたい。

九校戦のために一週間以上も離れていたのだから、そう思うのも当然かしら。

かく言う私も、二人に会えて嬉しいことに違いはないもの。

 

「待たせてしまったか?」

 

「いいや、気にしなくていいさ……二人とも、おはよう」

 

「おはよう、父さん。母さんもおはよう」

 

「ええ、おはようございます……深雪さん?」

 

「えっ、あ、おおはようございます!!」

 

……あらあら。

深雪さんったら、思った以上にぎこちなくなっているわね。

達也さんの陰に入ろうとしてしまって……あぁ、龍郎さんの表情が若干悲しそうに……

ここは私が何とかしましょうか。

 

「深雪さん、ちょっと」

 

「あっ、お母様……」

 

「龍郎さん、少し待っていて」

 

「あ、ああ」

 

達也さんに目線で合図を送り、龍郎さんに声が聞こえないような所まで深雪さんを連れていく。

達也さんとの会話で深雪さんから意識を逸らしている間に、この子の緊張を解してあげないと。

 

「深雪さん、昨日に送った内容は覚えているかしら?」

 

「はい……覚えては、いますけど…あ、あんなこと私には出来ないですっ!」

 

「ふぅん……昔は、ぱぱーって言いながら所構わずやっていたことでしょ?」

 

「それはっ、昔は昔!今は今です!あの時はまだ幼かったので…」

 

「じゃあ、今はやりたくないの?」

 

「そんなことは!…ない、ですけど」

 

「けど?」

 

「うぅ………だ、だって、恥ずかしいじゃないですかぁ……」

 

これは……思春期であることも相まって龍郎さんのことを意識し過ぎてしまっているわね。

緊張を解すことが難しいとなると、荒療治が必要かしら。

 

「そう。そしたら私がついているから、昨日話したことは忘れて落ち着くことを意識しなさい」

 

「は、はい」

 

「気を張らなくても大丈夫よ。ひと息入れて」

 

「すぅ……ふぅ……」

 

「…よし。それじゃあ、行きましょう」

 

まだ少し表情の硬い深雪さんの両肩を押しつつ、龍郎さんの方へと向かう。

 

「もう、よしてくれ、父さん……」

 

「何を言う。お前の頑張りを褒めるのは当然のことだろう。よく頑張ったな!」

 

達也さんは……龍郎さんに頭を撫でられているわね。

流石の達也さんも龍郎さんには弱く、わしゃわしゃとやや乱暴に撫でる手を払うことはできない様子。

 

達也さん、私には素っ気ない態度ばかりなのに……ぐすん。

まぁそれはさておき。

 

「ほら、深雪さん」

 

「えっ、あ、その」

 

達也さんと話していた龍郎さんがこちらに向き直り、優しく問いかけた。

 

「…なんだい?」

 

見詰められる形になった深雪さんは、目をあちらこちらと忙しなく動かしている。

一度ぎゅっと目を瞑り口を開くが…

 

「えっと……い、いい天気ですねっ!……あっ」

 

横目で外を確認した深雪さんから声が漏れた。

 

「……曇りね」

 

「あ、あっ……」

 

私にも同じような経験はあるけれど、これは穴があったら入りたくなるわね……もう頃合いかしら。

 

「……はははっ!確かに今日は、ミラージ・バットにはもってこいのいい天気だ!深雪の可愛くて綺麗な姿も映えるだろうね。だから俺たちに、深雪の頑張りを見せてくれ」

 

「ぁ………はっ、はいっ!!」

 

龍郎さんは深雪さんと目線を合わせるように屈んで、優しく頭を撫でた。

 

フォローをしつつ激励を送るなんて、素晴らしい対応だわ龍郎さん!

深雪さんもぎこちなさは無くなってきたみたいだけれど……羞恥心を完全に乗り越えるためには、もうひと押し欲しいわね。

 

深雪さんの背中に狙いをつけて、優しく、それでいて体勢を崩すような力加減を意識して。

 

……せーの

 

「えいっ」

 

「きゃっ」

 

「おっと……深雪、大丈夫か?」

 

前のめりにバランスを崩した深雪さんは、咄嗟に支えようとした龍郎さんの腕の中に収まった。

深雪さんの両腕はちゃっかりと龍郎さんの背中に回されており、顔を胸に埋めたまま離れようとする素振りを見せない。

 

成功したみたいね……離れたくない気持ち、わかるわ。

龍郎さんの側って不思議と安心できるもの。

 

「………………」

 

「…………み、深雪?」

 

「……………もっと撫でて下さい」

 

「…えっ」

 

「……もっと!撫でて下さい!」

 

「あ、うん」

 

「んっ………」

 

「…………かわいいな」

 

「っ!……」

 

自分から甘えにいって頬を擦り寄せる深雪さんを見るのはいつぶりかしら。

初めは戸惑いを見せた龍郎さんも、私や達也さんの表情を見て安心しているわね。

ふふふ、世話の焼ける二人だわ。

 

 

 

ね、達也さん。

 

 

 

………………。

 

 

 

……………。

 

 

 

「………」

 

「……母さん?」

 

「……はい、どうぞ」

 

「いや、俺はいいから……」

 

「…はい」

 

「だから俺は…」

 

「はい!」

 

「……わかったよ」

 

腕を広げて待ち続ける私に根負けして、達也さんが抱きついてくれた。

 

んふふ、ちょっと龍郎さんが羨ましくなっちゃった。

それにしても達也さん、成長したわねぇ……手も大きくなって、背中も逞しくなって。

 

昔はもっと小さくて、もっと可愛らしくて、それで、もっと………っ…………それがいつの間にか。

 

「……こんなに大きくなったのね」

 

「………」

 

……いけないわね。

私も涙脆くなってきたのかしら。これじゃあ龍郎さんのことを言っていられないわ。

 

「母さん」

 

「……なぁに?」

 

達也さんの腕に力が入るのが伝わってくる。

 

「俺は、今の生活が好きなんだ。面倒事もあるけど、友人に恵まれて、彼らと過ごす日常が楽しいんだ」

 

「うん」

 

「それに、俺には帰る場所がある。帰りを待っていてくれる人がいる。それだけでも、とても嬉しいことなんだ」

 

「……うん」

 

「どれもこれも全部、父さんと、母さんのおかげなんだよ。二人がいるから、今の俺がいる」

 

「…………」

 

「だから…ありがとう、母さん」

 

………どうやら、達也さんには見透かされていたみたいね。

 

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んー…………これでしんみりするのは終わり!

最後に達也さんをぎゅっと抱いて離れましょう。

龍郎さんと深雪さんは……くっついたまま動かないわね。

 

「ところで達也さん、昨日は優勝おめでとう。とてもかっこよかったわよ」

 

見事な体捌きで絶えず相手を押し込む姿は、昔の龍郎さんを彷彿とさせるものだったわねぇ……

今でも龍郎さんは強いけれど、達也さんに追い抜かれるのも時間の問題かしら。

 

座学やCADのソフトウェアに強くて、頭の回転が速くて、実戦での実力も申し分無く、家族思いの達也さん。

この九校戦で達也さんの良いところを見せ付けた形になる。

……ということは。

 

「もしかして達也さん、学校でモテているのではないかしら!」

 

「え……いや、そんなことは全くないと思うが」

 

「本当に?」

 

「………」

 

沈黙……ちゃんと心当たりがあるみたいで安心したわ。

達也さんも気付いてはいると思うけれど、私たちの様子を隠れて窺っている子が何人かいるもの。

その全員が達也さんと深雪さんのクラスメイトで、しかも女の子ばかり。

 

ふむ……深雪さんの話の通り、達也さんのことを一番想っているのは光井家の御令嬢で間違いないわね。覚えておきましょう。

それはさておき、達也さんも婚約が視野に入る年齢になっている訳で。

 

「いつかは誰かを選ばないといけなくなるだろうけれど……私としてはね、達也さん。お嫁さんは一人でなくてもいいと思うの」

 

結婚してはいるけれど、私と真夜がその例みたいなものですし。

 

「はっ?」

 

「お嫁さんだとおかしいかしら……まぁ要するに、愛するのに必ずしも結婚は必要ではない、ということよ。ただし、そのときは全員を大事にすること。覚えておいてくださいね?」

 

「待ってくれ、俺にはそんな相手なんて」

 

「今はそういう相手がいなくても、貴方が大切に思えるような特別な人は必ず現れます。恋情を感じられなくとも、愛情ならわかるでしょう?

 

「……まあ、そうだが」

 

「愛情を抱くまではある程度の時間が必要になると思うけれど……いずれは達也さんにも理解できるときが来るわ。だから、周りの人との縁を大事にして下さいね」

 

「…わかった」

 

……とは言ったものの、達也さんは心配しなくても大丈夫そうね。

深雪さんは……

 

 

 

「深雪?そろそろ時間じゃないのか?」

 

「…………」

 

「……深雪?」

 

「…………やです」

 

「深雪????」

 

 

 

……あの様子だと、恋愛はまだまだ先のことになるかしら。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

十日間の九校戦も残すところ二日となり、現在は本戦ミラージ・バットの最終戦に向けた休憩時間である。

選手たちが可愛らしい衣装を身に纏いつつも激しく競り合うこの競技は、モノリス・コードに劣らない人気を持つ。

可憐な女の子たちが宙を跳び交うという性質から、魔法技能を持たない一般人の観覧者も数多く居るのだ。

 

周囲の観客が期待でざわめく中、藤林響子はどこか疲れた様子で観客席に腰掛けた。

その様子に失笑した隣席の山中幸典に対し、響子は不満を隠さなかった。

 

「……なんですか」

 

「いや、一昨日はご苦労だったな、とね」

 

「本当ですよ。まぁ、先生も昨晩からのお掃除に付き合わされていたようですが……其方もお疲れ様です」

 

「ああ……大会スタッフの取り調べに駆り出されたまでは良かったが、一晩であんな大人数を相手するとは思いもしなかったよ。お陰で寝不足だ」

 

「うわぁ……」

 

昨晩のことを思い出して遠い目をする山中に対し、同情の込められた声が響子から漏れた。

深夜に富士演習場から横浜まで向かい、電子ロックや通信設備のジャック、通信傍受といったサポートを行った響子だったが、取り調べに巻き込まれなかったことに心底安堵した。

人間を相手にした同じ作業の繰り返しは、心労の種になりかねないためであった。

 

しかしながら、日が出ないうちの富士演習場ー横浜間の往復や、横浜で合流した元造との帰路も十分大変なことであった上、帰還後には報告書が待ち受けていたのだ。

響子にもしっかりと疲労が溜まっていることに、山中も同情していた。

 

「龍郎さんも人使いが荒いですね……もう少し手加減してくれないかしら」

 

「国防の一環と言われれば確かに我々の領分になるんだがね。まあ、そういう約定でもあるから仕方のないことか」

 

「四葉殿も全く容赦していませんでしたし、今後は国内にいる敵性魔法師にも強く出るべきなのかもしれませんね」

 

「九島閣下も似たようなことを仰っていたな。軍の在り方にも言及していたが……そこは風間に投げたから、私は何も知らん」

 

「先生……」

 

自身らの今後を憂う二人だったが、部下に呆れられた山中は話題を逸らすことにした。

 

「そんなことより、そろそろ決勝が始まるようだな。妹さんの活躍も楽しみだ」

 

「………はぁ、そうですね」

 

これ以上のことは後に何かしら通達が来るだろうと考えた響子は、意識を山中から競技者たちに切り替えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

雲から漏れる月明かりと星々が仄かに照らす夜空に、様々な色の球体が浮かぶ。

競技者の目標が投影されたことで場の緊張感は高まり、皆が静かに見守る。

他の選手が試合開始の合図を待ちつつ闘志を漲らす中、彼女たちとは対照的に深雪の心は凪いでいた。

 

「(私は、私の思うようにやるだけ……)」

 

朝の一件の後、久しぶりに龍郎に甘えられたことで浮かれていた深雪は、予選で強制的に頭を冷やされることとなった。

予選で当たった他校選手の、この競技におけるレベルの高さによって勝利が危うくなったのだ。

 

「(……お兄様、ありがとうございます)」

 

新人戦ではなく本戦であるため、相手は深雪よりも長い時間をミラージ・バットに費やしてきた2,3年生。深雪が競技での技術や経験に劣るのは、当然のことだった。

この穴を埋めるために用意された秘策が、つい最近発表されたばかりの飛行魔法だ。

達也が開発した魔法であったために深雪はこの魔法を使用したことがある上、何よりこの魔法の維持においてはサイオン量とその制御力が物を言う。フェアとは言い難いがそこはエンジニアの技量差として割り切り、最終的に深雪に有利な状況を作り出したのだ。

 

……まぁ、浮わついた内心は達也に見抜かれてしっかり注意されたのだが。

 

「(見ていてください、お父様、お母様)」

 

焦りも驕りも無く、落ち着き払った美しい佇まい。

自身に見蕩れる視線が集まろうとも一顧だにせず、ただ集中力を高めるのみ。

勝ちたい、褒められたい、という気持ちは一度仕舞い込んで、ホログラムの球体を一つでも多く叩くことだけに意識を割く。

 

「(いきます!)」

 

開始のブザーと共に、妖精たちが夜空へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

このミラージ・バットは、選手たちが愛らしい姿で空へと跳ぶ様子を妖精に準えて、フェアリー・ダンスとも呼ばれている。

足場から足場へと跳ねる姿は"まるで妖精のようだ"と評されていたのだ。

しかし、その認識は今日このときに塗り替えられることとなった。

 

少女たちが飛行魔法によって空を自在に飛び回る姿はまさに、背中に羽を持つ妖精そのもの。

程よく雲のかかった星空を背景にして描かれる流線形は、可視化されたサイオンの流れや残滓によって彩られ、それらが更に乙女たちの美しさを際立たせる。

 

予選では披露された飛行魔法に驚くばかりだった観客も、妖精たちが演じる儚い舞いに魅せられて大いに沸いた。

決勝に駒を進めた各校のスタッフ陣が真剣な眼差しで選手を見守る一方、一高スタッフ用の観覧スペースでは、中条あずさが他校選手の飛行魔法の使用に驚いていた。

 

「そんなっ…他校まで飛行魔法を!?」

 

「予選の後に再検査ということで深雪のCADが回収されたので、恐らくその時に術式を抜かれたのでしょう。他校から寄せられた我々に対する不正疑惑への返答として、その術式を教えたようですね」

 

「でも、だからって何も知らせずに実行するなんて……」

 

納得がいかない様子のあずさに、真由美が答える。

 

「こればっかりは仕方のないことかもしれないわね。飛行魔法が使えるだけでかなり有利になるし、競技としてのゲームバランスが大きく崩れてしまうもの。……急な対応とはいえ、確かに一言欲しかったけどね」

 

「……ですよね」

 

「そのあたりは特に気にしていませんよ。どちらにせよ勝つのは深雪ですから」

 

「……達也くんも相変わらずね。そのあたりは龍郎さんに似たのかしら」

 

「いえ、そんなことは…」

 

真由美の邪な雰囲気を感じ取った達也は、目を合わせないように努めた。

反応のないことをつまらないと思った真由美は揶揄うことを諦め、頭に浮かんだ懸念を口にする。

 

「……………。ところで、他校の選手がぶっつけ本番で飛行魔法を使うのは無茶じゃないかと思うんだけど、それはどう?」

 

「……シルバーが発表した術式をそのまま使っていれば大丈夫ですよ。スタミナ切れで棄権することになっても、安全装置が働いて落下事故は防がれますから」

 

「…それもそうね」

 

大会委員への信用が薄れつつある真由美は、自身の読んだ論文の内容と達也の説明が合致したことに一安心しつつ、空に視線を戻した。

その隣ではあずさが、とんでもないことを知ってしまったかのような表情を浮かべていたが、そのことには誰も気が付かなかった。

 

試合が進むにつれ、僅差で予選敗退となった三年生の小早川景子と、彼女付きのエンジニアである平河小春の応援に熱が入る。

これに呼応するように周りの一高生も声を上げ、他校の生徒が対抗するように更に声を張り上げる。

しかし、観客の興奮が冷めやらぬうちに、一人、また一人とサイオン切れで棄権し、最後には三人で優勝を争うこととなった。

 

点差を離して一位を独走する深雪に食らいつこうと必死な選手へ、白熱した声援が送られる。

彼女たちは期待に応えようと奮起するも、魔法の継続使用や絶え間なく行われるベクトル入力、サイオンの消耗によってパフォーマンスが落ちてきてしまっていた。

二人の選手はなんとか追い縋るも、点差を縮められないまま試合が終了する。

 

深雪の勝利によって一高の総合優勝が確実となり、会場が盛大に沸き立った。

 

「(やった……やりました!!)」

 

勝利の余韻に浸る深雪は、今すぐにでも吉報を直接伝えたい気持ちを抑えて退場を待ちつつ、空中に静止したまま達也を見た。

真由美やあずさと共に拍手をする達也は、深雪と目が合うと笑みを浮かべ、観客席のある方向を指差した。

達也の動きの意図を察してそちらへ顔を向けた真由美を尻目に、深雪も龍郎と深夜のいる方に向き直った。

 

「深雪ぃぃぃぃ!!!!よくやったぁぁぁああ!!!!」

 

喧噪に紛れた龍郎の声を拾った深雪は、両親のいる箇所を見て驚いた。

大きく手を振る龍郎と少しはしゃいで拍手を送る深夜の周囲に、友人の姿があったのだ。

深夜の隣にほのかと雫が、ひとつ後ろの列にレオ・幹比古・エリカ・美月がおり、それぞれが手を叩いて喜んでいた。

しかも退場待ちの間に、レオは龍郎と肩を組んで何か話しているし、ほのかは深夜に撫でられながら何かを言われて顔を赤くしているし、雫とエリカはほのかをからかって深夜と一緒に笑っているし、そんな様子を見て幹比古と美月は微笑んでいる。

 

「えっ…?」

 

両親がいつの間に級友と仲良くなっているのかとか、お母様が何か変なことをを吹き込んでいないかとか、やっぱりお父様もお母様も若く見えるなとか、なんだか楽しそうだなとか……色々と考えているうちに退場の時間となってしまった。

アナウンスによる名前の読み上げで我に返った深雪は、両親の様子を伺いつつ、ファンサービスのようなものとして空中でくるっとひと回転してから出口に向かった。

 

「(私のお父様とお母様なのに……)」

 

友人たちにちょっぴり嫉妬しつつ、どこかにやけた顔をしていたエリカには気付かないふりをした深雪だった。

 

「(……帰ったら少し甘えようかしら)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに。

 

目撃者(盗み聞き)によって朝のやり取りの話が広まり、深雪は帰りのバスであまりの恥ずかしさに不貞寝することになる。

 

 




龍郎: 思春期こわい。しかし深雪のデレで不安は払拭された模様。これで仕事にも身が入るようになるぞ。やったね!ビジネス関連で人脈はあるものの、四葉における発言力は殆ど無い。そもそも傍流だし深夜は嫁入りだもの、仕方ないね。達也に害意を向ける分家現当主にはいつか痛い目を見せるつもりでいる。

深夜: 龍郎のことは(憑依のことも含めて)なんでも知っている。全てを知り受け入れた上での、色褪せない愛情である。この世界にたった一人、という拭えない孤独感から龍郎を救った人。そして、心の奥底に長くこびりついていた達也への罪悪感から救われた人。お前は幸せになるんだよ!!!

深雪: 吹っ切れた(がまだ羞恥心が残る)パッパ大好き女子高生。叱られることもたまにはあったものの、幼少期から構ってもらったり褒めてもらったりと良い思い出ばかり。沖縄では頼もしい背中に守られたものだから、理想の相手の基準がパッパになっている。一条……。余談だが、小学校の授業参観の際、椅子に座らせたパッパの膝の上で授業を受けたらしい。末恐ろしい子…!!

達也: パッパの褒めには弱い男子高生。実はマッマとのハグは満更でもなかった。深雪と同様にパッパだけではなくマッマにも甘やかされてきたこともあり、その内に秘める家族愛は計り知れない。幼少期から理知的で賢かったため怠惰になることもなく、今でも己の研鑽も欠かさない。一体誰に似たのやら(九重談)。とはいえ達也も一端の高校生、クラスメイトと出掛けたり下校時に遊んだりも普通にするし、喜怒哀楽も割と伝わっている。

あずさ: 飛行魔法に言及するときに達也から感じた自信は、彼が開発者本人だからなのでは?あずさは訝しんだ(正解)。トーラス・シルバーの正体に勘付いていることを達也経由で悟られているため、龍郎にロックオンされている。お前もFLT社員にならないか?


真夜: おうちでちょっと拗ねている。



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九校戦の話 4

待っていてくれた方がいて嬉しいです。ありがとうございます。
いつものようにオチは無いです。やさしいせかい、いやし。
過去の話も書くつもりなのでお待ち下さい…

ところで追憶編のアニメが放映されたみたいですね(未視聴)
優しいママで居てよ深夜ぁ……(懇願)


九校戦も最終日を迎えた。

この日の競技は本戦モノリス・コードの決勝トーナメントのみが実施され、表彰式と閉会式を経てからは各校の親睦の場となるパーティーが開かれる。

全国の魔法科高校の学生同士が交流できる会である上に、パーティー前には魔法師社会の有力者と面識を得られる機会があるため、楽しみにしている人は多い。

しかし、今日のトーナメント戦まで勝ち上がった四校にとって、それは全て試合が終わったあとの事だ。

どの陣営も今できることを全て終え、目前の勝負に集中していた。

 

深雪によって総合優勝が確定した一高も例に漏れず、天幕では克人ら出場選手やエンジニア、幹部、他種目の選手たちが、天幕に入りきらなかった者たちは観客席で、決戦の時を静かに待っていた。

 

 

 

 

 

達也と深雪がいつもの面々と共にモニターを見ている中、龍郎と深夜は風間少佐の部屋を訪れていた。

二人の対面に風間、机を囲んだ左手側に藤林と真田、右手側に柳と山中、深夜の隣に元造が座る形となっている。

この会合においてはそれぞれが独立魔装大隊の幹部、契約相手としての四葉という立場でいるため、私的な面会での和やかな雰囲気にはならない。

 

「まずは、先日の件では助力頂きありがとうございます」

 

「こちらこそ、情報を提供して頂き感謝します」

 

龍郎と風間が互いに謝意を伝えたのち、元造が腕を組みつつ口を開いた。

 

「では儂から、横浜と大会委員の両方について軽く話すとするか。風間殿はどちらの報告も受けていると思うが、内容が被ってしまっても構わないか?」

 

「ええ、構いません」

 

「まずは大会委員からだな。本戦バトルボードにおける水面の不自然な陥没と、新人戦モノリス・コードにおけるレギュレーション違反……これらの事故や被害から、大会委員を介した第三者の工作が疑われた。儂と烈を中心に洗い出したところ、スタッフの一割弱、特にCADの検査や審判に携わる人員が侵食されていた」

 

「選手に直接干渉できる者に絞って手を入れてきた、ということですか……」

 

響子の言葉に、元造は無言で頷いて返した。

これに風間が補足を加える。

 

「奴らの手が加わった者たちは現在隔離してある。電子金蚕の術式が押収されたことから、雇い主は隣国に関係すると見られたが……彼らからめぼしい情報は得られなかった」

 

「一応は国際的な犯罪組織ですから、その程度の足跡を消すくらいはできて当然なのでしょうね。それでお父様、横浜の方はどうでしたか」

 

「うむ。我々の調査で無頭龍の関与と奴らの拠点はわかっていたため、三日前の深夜に強襲した。封じ込めや露払いは藤林殿と真田殿に任せ、儂は東日本総支部の幹部の殆どを始末し、数人を残して尋問したのだ。それによると、連中は九校戦を対象にした賭博に参加していたらしい……商売相手の他にそれらの情報も手に入った」

 

「……つまりは、賭博で負けそうになったから、一高選手が負傷するように妨害を行った、と?」

 

「恐らくはな」

 

「……許さないわ」

 

「……度し難いな」

 

「気持ちは理解できるが落ち着け、深夜、龍郎。尋問で奴らの首領や活動内容の情報はある程度抜けたが……まぁ、詳細は文書に譲るとしよう。問題は、首領の側近とやらが儂を知っていたことだ」

 

無頭龍の所業に怒気を滲ませる二人を宥めつつ話を進める元造に、柳が反応する。

 

「それは、単なる仮想敵国の魔法師としての四葉殿を、ではないと?」

 

「ああ。貴殿らとしては容認できないことであろうが……報復者としての儂を、だ。奴は儂に強く恐怖していた」

 

「……大漢や崑崙方院に由来する人物か」

 

「更に言えば、崑崙方院から追放された古式魔法師どもだな。隠密性を重視して事を運び、当時の崑崙方院に連なる者は滅したのだ、その儂を直接知っている可能性がある者は、そやつらとその関係者だけだと考えて良いだろう。儂の魔法を受けずとも、儂の魔法を知っているのならばその恐怖にも説明がつく。周囲への影響も考慮していずれは儂の手で決着をつけるつもりだが、貴殿らには伝えておく。……迷惑を掛けるな」

 

「いえ、国の防衛、ひいては国民の守護こそが我々の本懐です。あのような事件が再び起こらないよう、我々も協力させて頂きます」

 

「……感謝する」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

表彰式や閉会式は恙無く終わり、いよいよ待ちに待ったパーティーの時間である。

……正確に言えば、パーティー前にある大人たちの時間だが。

 

モノリス・コードは高度な魔法を繰り出し他校を圧倒した一高が優勝し、最終戦では克人一人で相手を打ち負かして『十文字』の強さを知らしめることとなった。

克人が珍しく目に見えて気合いを入れていた、という服部の小さな疑問に対して

 

『うーん……達也くんたちの試合に感化されたとか、大切な人から激励を送られたとかだと思うけど、多分両方じゃないかしら。彼、ああ見えて弟くんや妹さんのことが大好きだから』

 

というのは真由美の言。

彼女曰く、克人は試合後に優しい笑顔で携帯端末を見ていたとのこと。

これには服部も、ほんのり温かな気持ちになったらしい。

 

 

龍郎たちはというと、会合の後に雑談をしつつ映像を通して試合を観戦していた。

互いの立場が無ければ、軍人も四葉もただの人間。それなりの長さの付き合いでもあるため、知人として談笑していたのだ。

 

……まあ、十師族に依存しない魔法戦力を備えるために創設された独立魔装大隊の軍人が、十師族の一員と懇意になることは問題ではあるのだが。

 

 

 

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

パーティー会場には各校の生徒たちが一堂に会し、豪華な料理やお洒落な内装、他校生との交流に興奮を抑えられないでいた。

とはいえ、生徒のみが楽しむ時間はまだ少し先であり、今は大人たちが忙しなく動き回っている。

 

その様子を冷めた目で見つつ、達也はソフトドリンクを手に壁際で休んでいた。

有望な生徒に声をかける彼ら大人は、自身の所属する企業や国への勧誘が主な目的だ。

直後にパーティーが控えるこの場で就職先を検討する生徒はほぼいないが、それはスカウト側とて承知の上である。そのため、そんな彼らは生徒たちの進路の選択肢に入れば御の字なものだから、名刺を渡して軽く会話する者ばかりである。

勧誘に真剣さが足りない、やるならもっと真面目にやれと思う一方で、そもそもこの場面でのスカウトはあまり適切ではないなと感じる達也だった。

 

しかし、達也が彼らを快くないとする要因はもう一つある。

 

「やぁ、達也くん。楽しんでいるか?」

 

「渡辺先輩……楽しそうに見えますか?」

 

「いいや、全く!」

 

「……はぁ」

 

「おいおい、先輩に向かって溜め息とは酷いじゃないか」

 

「それは……すみません」

 

「…まぁいいさ。それはそれとして、どうしてそんなに不機嫌そうにしているんだ?」

 

「……そんなことはありませんよ。少々疲れているだけです」

 

「確かに君も引っ切り無しに勧誘されてはいたが……そんな誰かを射殺さんとするような目付きをしていては説得力がないぞ。本当にどうした」

 

「………」

 

「ん?……ああ、そういうことか」

 

達也の視線を追った摩利の目には、大人に群がられている深雪の姿が映った。

 

鈴音の冷たい視線による牽制のおかげで、深雪が迷惑を被っている様子は無い。流石だと鈴音に対して思った摩利だが、よく見れば深雪への勧誘が他生徒へのものとやや毛色が異なっている。

辛うじて聞き取れる会話の内容から察するに、どうやら深雪のテレビ出演のために声を掛けているメディア関係者がいるようだ。

なるほど、自慢の妹が、下心の見え隠れする輩に話しかけられることが達也は嫌らしい。勧誘の内容についても恐らく同様に考えているだろう。

 

「気持ちはわかるが、まぁこういう場ではよくあることだ。鈴音もついていることだし、そこまで警戒しなくても………どこを見ている?……うわ」

 

話しつつ達也に目を戻した摩利は、先程よりも更に殺意の増した様子に驚き、その対象を見て思わず声を漏らした。というか引いた。

 

下卑た表情を隠しきれていない男どもが、見目麗しい女性を囲んでいたのだ。

流石に直接何かをしでかす輩はいないようだが、誘いを断られても話しかけ続け、夫がいると言って突き放そうにもしつこく口説こうとしている様子。

男全員が不躾であるわけではないのだが、その女性と繋がりの無い摩利でさえ怒りや嫌悪感を抱く程のものなのだ、彼女と関わりがあるだろう達也からすればとても許容できるような事態ではないはず。

 

「(そりゃあ達也くんが本気で怒るわけだ。だからといって、自分が何かをできる訳でもないが……)」

 

我慢の限界に達した達也が一歩踏み出したちょうどそのとき、一人の男性が女性を人垣から引っ張り出すところが摩利の目に入った。

同時に、達也から漏れ出ていた殺気が萎んだことを感じ取った。

 

「父さん…」

 

「(ほう、彼が真由美の懐いている……ということは彼女は達也くんの母親か。達也くんにもかわいいところがあるじゃないか)」

 

気が抜けた二人の目線の先では龍郎が深夜を抱き寄せ、纏わりつく輩を威圧している。

大方の人間はこれで諦めたが、それでもなお引き下がらない不埒者もいるようだ。

しかし、その男は深夜が懐から取り出した自身の名刺を見て顔を青くすることとなった。深夜から手渡された男の名刺を険しい表情で見つめる龍郎に、不埒者は激しく頭を下げ始めた。

そこから龍郎が二、三言言い放つと、件の男は青い顔のまま膝から崩れ落ちた。

 

「…………は?」

 

予想だにしていなかった展開に、摩利の思考が止まった。

 

「………君の父親は何者なんだ」

 

「FLTの研究開発本部長ですよ」

 

「えふ……はっ?あの!?」

 

「あの、が何を指しているかはわかりませんが、おそらくそのFLTで間違いないかと。フォア・リーブス・テクノロジーです」

 

「……君の父は凄い方なのだな」

 

「…でしょう?その知名度もあって父さんは業界では大分顔が広いはずですが、あの男は知らなかったようですね」

 

「そ、そうか……それにしても、なぜ人事部や社長ではなく研究開発本部長がスカウトに?」

 

「父さん曰く『専門性のある生徒たちの能力を正しく評価できるから』とのことらしいです」

 

「…確かにそうかもな」

 

話が一区切りついたところで深夜の周りで起きた混乱は収まり、同時に、大人が会場からはけていく。

途中で深夜と龍郎から手を振られた達也は、微笑みながら軽く手を挙げて応えた。

その直後、真由美が龍郎に話し掛けて落ち込んだり喜んだりする様子が目に飛び込んできた。

嫌な予感がして隣の摩利を見やるとサッと目を逸らされ、そのまま人の悪い笑みを真由美に向けていた。

 

「色々あったが…とはいえだ。大人がメインの時間はこれで終わりだ。君もパーティーを楽しむといい!」

 

肩を叩きながらそう言い残して、摩利は上機嫌にこの場を後にした。

 

妨害行為による怪我で競技に出場できず数日前までは空元気を出していたのに、一日早く完治してあんなに元気になるとは。

恋人という存在は非常に大きいものなんだな。

そこまで考えた達也は手に持つグラスに目を落とし、今朝の深夜の言葉を思い出した。

 

「(俺が大切に思える、特別な人、か……)」

 

今の友人たちの顔が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

龍郎です。息子と娘が大活躍した九校戦、最高でした。

試合をまとめた映像データは今夜中に貰えるらしくて待ちきれません。

今夜は達也や深雪とも一緒にパーティーを楽しんできます。

 

 

…なんて能天気に言えたら良かったんだが、現実はそうもいかない。

パーティーは生徒のみの参加だし、自分は生徒の勧誘をしなければならない。

その間に深夜を一人にしてしまうことが少し不安だったが、大丈夫だと本人に快く送り出されたのだから大人しく行くしかない。

 

という訳で深夜の元へ戻るまで、俺は自社へのスカウトを行っていた。割と真剣に。

実を言うと、九校戦後のこのパーティーにFLTの人間が来るのは初めてのことなのだ。

 

自慢になってしまうようだが、魔法師社会においてFLTは国内では有名な部類に入る企業である。

汎用型CADなどの大量生産という面では他企業に劣るが、魔法工学部品や機械の他に、デザインの凝ったアクセサリー型CADや使用時の状況・目的に特化した特殊なCADの生産では抜きん出ているのだ。

また、市場規模はまだそこまで大きくないものの"自分だけのただ一つのCAD"などと銘打って、形状からデザインまで変えられるオーダーメイドや既存のCADに模様を付与する依頼も受け付けているため、一定の顧客から気に入られている。

これに加え、トーラス・シルバーのお陰で更に躍進している(のだが、達也のためにも頼りにし過ぎないよう気を付けないといけない)

それだけではなく、一般向けにもゲーム機やソフトを販売しているため、日本にFLTを知らない人は少ないと言って良い。

 

以上の理由で、求人自体にはそこまで困っていないのだ。

よって、ここでの目的は優秀な人材の確保となっている。

 

 

 

横道に逸れるが……何故ゲームなのか、というと。

この世界では1999年に魔法が表舞台に現れてからというもの、世界各国は魔法の研究開発に時間も人材も金も費やしてきており、戦争も度々起きている。そのため、日常生活に欠かせない類の民間企業はそういった状況下でも生き残ったが、それ以外、特に娯楽文化については大きく停滞することとなったのだ。

そのせいで、ゲームというジャンルは1999年と比べると完全に下火になってしまっていた。

 

でもさぁ、やっぱりさぁ……仲のいい人とゲームして遊びたいじゃん?

パーティーゲームとかPvPとかやってさ、やった!とかやめろよ!とか死ねぇぇええ!!とか言ってわいわい燥いでさ、親睦を深めたいじゃん?

というか深夜とか真夜とか達也とか深雪とかと一緒に遊んで楽しみたいじゃん!!!!

 

……とまぁ、この私欲のために細々と続いていた他企業を買収して育てた訳だ。

これを通せる位の地位にはいたし、深夜がFLTの大株主だったしな。

その結果、一般人魔法師問わず馬鹿みたいに売れてしまい、魔法関連の仕事の他に更なる商品展開やら新たなコンテンツの開発やらが加わって忙しくなった。

今では市場も大きくなって知名度も高まってきており、ゲームのジャンルも広がってきている。

全ての企画に携わるのは無理な話だが、お陰様で嬉しい悲鳴が上がっちゃうね。娯楽の大事さを痛感したよ。

…色々なことに手を出しすぎたと流石に少し反省している。

 

 

 

……話を戻そう。

とにかく今回の目標は、優秀な生徒の"確保"だ。

パーティー前のこの短い時間だけでは当然誰も真剣に考えないだろうが、何とか将来の進路に対して存在感を見せておきたい。

そのためには生徒との繋がりをこの場限りにしない工夫が必要だが、策は一応用意してある。成功するかはその生徒次第になるけれども、まぁそれは仕方のない要素だ。割り切る他ない。

 

それではまず一人目。

真由美ちゃんに絡まれているあーちゃんこと中条あずさ。

小動物を感じさせる可愛らしさとは裏腹に、CADに関する知識や技術は非常に優れている二年生。

一高には主席で合格し、その後の成績も上位に入り続けるほどの才女。しかも、趣味として日頃からCADの勉強を欠かさず、独自でCADの構想を幾つか練っているらしい。

 

妙に具体性の高い話だけど、真由美ちゃんは一体どこからこんな情報を手に入れてくるんだろうか。

 

「あっ、龍郎さん!」

 

「へっ!?」

 

待って。まだそんなに近付いてないのに反応が早すぎる。

あずさちゃんも驚いているじゃないか。

 

「えっと……久しぶり、真由美ちゃん」

 

「本当よ。最近は全然遊びに来ないものだから、泉美ちゃんと香澄ちゃんが寂しがってたわよ?」

 

頬を膨らませて上目遣いとかあざとい、あざといぞ真由美ちゃん。

あと妹たちを引き合いに出してるけど、真由美ちゃん自身も寂しいと思ってたっぽいな?(慧眼)

ははは、昔から変わらずかわいい娘だなぁ。

 

「…そっか。そしたらまた折を見て行くから、もう少し待っててって二人に伝えておいてくれるかな」

 

「わかったわ。約束だからね!」

 

「もちろん」

 

ご機嫌取りにひと撫でするといつもの調子に戻る真由美ちゃん。妹の二人も元気にしてるだろうか。

それにしても弘一は不器用すぎるだろ。恥ずかしがらず素直な気持ちを直球に伝えればいいものを……だから娘たちからの扱いがやや雑になるんだよ。

今度行くついでに労って(煽って)やるか。

 

まあそれはいいんだ。

今大事なのは、固まっちゃってるあずさちゃんの勧誘だ。

 

「えっと、中条あずささんで間違いないですか?」

 

「………」

 

「…もしもし?」

 

「あーちゃん?」

 

「……えっあっ、そ、そうです!!!中条あずさと申します!!はっ、初めまして!!!」

 

「えぇ、初めまして。九校戦での総合優勝、おめでとうございます」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

ふむ、これで俺の第一印象は大丈夫そうかな。

視界の端で真由美ちゃんがドヤ顔をしてるけど、それはさておき。

 

「此の度は、貴方の技術スタッフとしての能力とCADに関する造詣の深さに感じ入りまして、お声を掛けさせて頂きました」

 

「えぇっ!?そ、そんな私なんかが…恐れ多い、です……」

 

「いえ、そんなことはありませんよ。全ては貴方自身の努力の賜物ですから、正当な評価です」

 

「ぇ……あ、ありがとうございます…」

 

「それで、将来は是非当社にと思いまして……あ、私はこういう者です」

 

「あっ、ご丁寧にありがとうございま……ええぇぇぇぇ!!??

 

「「!?」」

 

そういえば、と名刺をあずさちゃんに渡すと、隣にいる真由美ちゃんの肩が跳ねるほどの声量で驚いていた。俺も吃驚した。

その声に周りから視線が集まるが、大人たちは特に何もないことがわかると直ぐに興味を失くす。一方、俺とあずさちゃんの様子を見て状況を察したからか、生徒たちは聞き耳を立て始めたらしい。

 

九校戦に参加できる生徒はどの子も優秀で勧誘もしたいが、各人の能力や性格の調査と、業務との相性を考える時間が足りない。というかそもそも、このために確保されている時間が本当に短い。本来はそのようなことをする時間ではないのかもしれないが……無念だ。

 

「あ、あーちゃん……?」

 

真由美ちゃんの不安そうな声色に釣られてあずさちゃんの顔を覗き込むと、彼女は涙目でぷるぷる震えていた。

 

「あのー……大丈夫ですか?」

 

「あ……ごめんなさい、その…嬉しくて……」

 

どうしたのだろうと戸惑う俺を見て、真由美ちゃんが説明する。

 

「…実はね、龍郎さん。あーちゃんは達也くんの能力を目の当たりにして、自信を持てなくなっていたのよ」

 

「かっ、会長!あの、ごめんなさい。司波くん……達也くんのお父様にこんな話をしてしまって…」

 

……なるほど。

 

「気にしていませんよ。私もそう感じたことがありますから」

 

「えっ?」

 

あずさちゃんが不思議そうな顔で俺を見る。

それなりの役職を務める実の父親がまさか、なんて思っているのだろう。

こう見えて、実は結構気にしていた時期もあったんだよね。

 

「達也は、生まれ持った能力も努力の才能も、私より優れていますからね。羨望の念を抱いたことが無い、と言ったら嘘になります」

 

「そう、なんですか…」

 

「ええ。…ですが、それだけで終わってしまってはいけないのです。彼我の違いを認め、その上で何をすれば良いのか、何を目指したいかを見定めることが大事です。……そうでなければ、人は腐ってしまいます」

 

「………はい」

 

「その気持ちとどう折り合いを付け、どのような道を選ぶかは人によりますが……貴方なら大丈夫です。中条さんには中条さんだけの長所があり、だからこそ私は貴方をお誘いしようと思ったのですから」

 

「…ぇ………」

 

「大丈夫です。貴方は紛れもなく、優秀で将来有望な魔工師の一人です。私が太鼓判を押しましょう。ですから、どうか自信を持ってください」

 

「…… ぇ……ぅ…はい゛……ありがと゛う、ございます゛…」

 

「……良かったわね、あーちゃん」

 

恐らく嬉しさから出る涙を、俺のハンカチで拭ってあげる。

真由美ちゃんは横から彼女を優しく抱いて、和ませようとしている。まるで姉のようだ。

 

長く語ってしまったが、あずさちゃんの不安が解れたようで何よりだ。

やはり、本心を真っ直ぐに伝えることが大切なのだろう。

大人からしたら取るに足らない悩みだとしても、若人は真剣に考えているものだからな……ちゃんと彼女と向き合えて良かった。

 

 

しばらくして、あずさちゃんが落ち着く。

目元が少し腫れているが、顔付きは話し始めたときから大分元気になったように見える。

頬も心做しか赤いが、きっと人前で泣いてしまったことが恥ずかしいのだろう。俺のハンカチも大いに役に立ったようだが、ここは触れないでおくのがいい。

 

「あの、取り乱してしまってすみませんでした。このハンカチは綺麗にしてお返しします」

 

「お気になさらず。ハンカチは……そうですね、また次回お会いする時に渡して頂ければと思います」

 

「はい!……え、その、次回というのは…?」

 

「お渡しした名刺の裏に日付と時刻が書かれているのですが、その時間に是非当社内を見学して頂きたいとお「行きます!!絶対に行きます!!」…ふふっ、ありがとうございます」

 

食い付き方が凄い。さっきまでの小動物感がまるでない。

だが、この熱意を高く買っているのだ。素晴らしい。

夏休み中とはいえ日時を一つしか書いていないあたりが心配だったが、この様子だと予定を開けてくれそうだ。用意した策も上手くいって万々歳である。

 

少し長めに時間を使ってしまったので、そろそろ次の生徒のところに行かないと。

 

「では、私はこのあたりで失礼します。見学に必要なものはありませんが、不明な点など何かあればお電話ください」

 

「わかりました!!それではまた!!」

 

お互いに一礼して、別れることとなった…………はずなのだが。

 

「…………むー…」

 

真由美ちゃんが、いかにも不服そうな表情で俺の手首を掴んだ。いや力強いな。

しかもわざわざ口に出して不満をアピールしてくる。あざとい。

女の子の手を振りほどくなんてことは出来ないため、彼女の不満を解消しないといけない。

……まぁ、多分、こういうことだろう。

 

名刺をもう一枚取り出して、真由美ちゃんに手渡す。

 

「良かったら真由美ちゃんも「行く!!!!」……うん、ありがとう。それじゃあ、またね」

 

「うん!!またね!!」

 

 

 

……真由美ちゃん、大学を出たら七草家関連の企業に行かなきゃいけないとか言ってなかったっけ。弘一が許したのか?……今度聞いてみるか。

 

気を取り直して。

二人目は、大人から深雪をガードしているリンちゃんこと市原鈴音。

CADを介する魔法は平均的なものだが、媒体無しで行使する魔法は非常に強力で精度も高い三年生。相手にキツめな印象を抱かせるような美人であり、研究者として優れた素質を持っている。

そして、魔法師が兵器としての側面から解放されることを目指して研究を進めている(真由美提供)

素晴らしい目標だ……将来的に強力な仲間になりうる娘である。

 

「お父様!」

 

深雪の声を聞いて、周囲の人間が歩み寄る俺を見た。父娘という関係がわかったからか、二人から離れる人が多い。

 

いや気付くの早いって。周りの大人たちの隙間からよく俺を見付けられたものだ。

……悪い気はしないけどな!

返事の代わりに手を小さく振ると、深雪も嬉しそうに小さく振り返してくれた。頬にはうっすらと朱色が浮かんでいる。

 

ああ……うちの娘、かわいいなあ(真理)

 

「初めまして。深雪さんと共に生徒会に所属しております、三年の市原鈴音と申します」

 

やべっ。変な顔してないよな?大丈夫だな?よし。

 

「初めまして。いつも娘がお世話になっております。私は深雪と達也の父で……こういう者です」

 

「ご丁寧にありがとうございます。……FLTの、椎原、辰郎さん、ですか」

 

「はい。本名は司波ですが、そちらはビジネスネームとして名乗っています」

 

「あ、いえ。父から何度か聞いたお名前だったので少々驚きまして……」

 

「父、ですか……あぁ!魔法研究課の市原さんか!」

 

世間は思ったより狭いな。

特に市原さんは、俺が他所の研究所から引き抜いた人だから尚のこと驚きだ。

 

「ご存知なのですか?」

 

「ええ。仕事の関係でよく顔を合わせますし、研究課の中でもよく話しますからね」

 

「そうだったのですか……いつも父がお世話になっております」

 

そう言って綺麗なお辞儀をする鈴音ちゃん。

滅茶苦茶礼儀正しいし、大分落ち着きのある娘だ。

あの真面目な市原さんが、顔を緩ませながら自慢するだけのことはあるな。

 

「こちらこそ、共同研究をしていたときから長く頼りにさせて頂いております。…それで、話は変わるのですが」

 

「はい」

 

「将来は是非当社に来て頂きたいと思っておりまして……お渡しした名刺の裏にある日時は空いていますか?」

 

「……はい、空いています」

 

「実はその時間で当社内の見学を予定しているのですが、お越し頂くことは可能でしょうか?」

 

「そう、ですね……具体的なお話もその時に出来ますか?」

 

「勿論です」

 

「…では、参加させて頂きます」

 

「ありがとうございます」

 

話が纏まって、お互いに一礼する。

年相応なあずさちゃんとは対照的に、鈴音ちゃんは大分大人びている。

自分のやりたいことや今後をちゃんと見据えているようだから、見学の日にしっかりと意思疎通を行わなければならないな。

 

「お疲れ様です、お父様」

 

鈴音ちゃんと話し始めてから秘書のように隣に控えていた深雪から声がかかる。

 

にこにこしながら静かに佇むとか、深雪の秘書適正高すぎでは?天才か?

しかも労ってくれるなんて…お父さんもっと頑張れちゃうぞ!

……いやキモイな俺、落ち着け。弘一の泣き顔を思い出せ。…うわ。

 

「ありがとう。深雪もお疲れ様。あまり話せなくてごめんな」

 

大丈夫、落ち着いた。撫でよう(親バカ)

さらさらな髪を手で梳くと、深雪は気持ち良さそうに目を細めて体を寄せてくる。

 

…かわいいなぁ。

 

「……っ!?こほん、と、所でお父様、手にお持ちの荷物は何ですか?」

 

「ん?これか?」

 

左手に持つ手提げのハードケースを掲げる。

 

「依頼主から預かったお届け物だよ。最近になって漸く完成したんだ。……そろそろ渡しに行かないとだな

 

「あっ」

 

目的の生徒の所まで向かおうと深雪の頭から手を離すと、その口から名残惜しそうな声が漏れ出た。

さっきは鈴音ちゃんに見られていることに気付いて、誤魔化すように話題を振ってきたのに。

 

くっ……母娘(おやこ)揃って俺をどうしたいというんだ!?

俺はかわいさの暴力には勝てないよ……助けて達也…

 

……………。

 

…遠い目をして諦めた方がいいって言われそうだな。

 

「んぅっ」

 

負けました。荷物を一度床に置いて、深雪の頬を両手で包んで軽くもちもちします。

深雪がまだ幼い頃、ちょっとしたお願いをするときにやってから、こうされるのがずっとお気に入りらしい(深夜談)

 

本当か?

 

「帰ってからまた、ね」

 

「……うん」

 

……本当だ。深夜すげぇ。いや、急がないと。

ケースを持ち直して、鈴音ちゃんにも挨拶をする。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

 

「………あ、はい」

 

それにしても時間が無いな。

「………司波さん」

「な、何も言わないで下さい……違うんですあれは体が勝手に…」

スカウトなんてこんな短時間にやるものではないというのに、誰が始めたのやら。

「…父娘(おやこ)仲睦まじいことは良いことですよ」

「ぅ……はい……で、でも、市原先輩もお父様に撫でられたらああなりますよね!?皆さんそうなりますよね!?」

いやまあ、その慣例に乗っかろうと思ったのは自分だけどさ。

「……そうなる方はかなり少ないと思いますが」

「えっ」

「……えっ」

えっ……俺たちは少数派なのか…?(理解不能)

 

 

いや、うん。

……さて、荷物の届け先はタイミング良く一人で居るようだ。

 

「すみません、少し宜しいでしょうか?」

 

「っ!?…はっ、はい」

 

自分が話しかけられるとは思っていなかったのか、彼はやや大きく驚く。

……なんか、視線があちこち向いたり俯いたりしてるんだけど、どうした。

 

「森崎駿さん、で間違いないですか?」

 

「はい、僕が森崎駿ですが……あの、もしかして司波さんのお父さんですか?」

 

「はい、そうです、が……」

 

問いかけに答えるやいなや、彼の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。

瞳は気まずそうに揺れ動き、時折合う視線は直ぐに逸らされてしまう。

不安…いや、怯えの色が見えるが、本当にどうした。

 

「え……っと…私、何か怖がらせるようなことをしてしまいました、かね…?」

 

「えっ!?いえいえいえ!そういう訳では、無い、のですが、その…………あの、司波さんたちから、僕のことを聞いていたり、しますか…?」

 

「貴方のことを、ですか?深雪のクラスメイトであることは聞いて……あー……達也を敵視している、なんてことも聞いた気がしますね」

 

「────」

 

俺の返答を聞いて、森崎君の顔がこれ以上無い程に悪くなる。

え、死にそうな顔してるんだけど!?ちょっと!?

 

「だ、大丈夫!大丈夫だから!俺は気にしてないから!」

 

「……ほ、本当ですか」

 

「本当です!」

 

「………僕を懲らしめに来たとか…」

 

「無いから!そんなことしません!」

 

「…すみません……その、ごめんなさい」

 

なるほどそういうことね、完全に理解したわ。

 

「……それは、君が二人にしたことについて謝っていますか?」

 

「…はい」

 

「ならば、私から言うことは何もありませんよ。君にも君なりの考えや気持ちがあってのことですからね。それに、切っ掛けが何であれ、自身の行いを省みて非を認めている……これが出来るだけでも立派なものです」

 

「………」

 

「ああ、決して嫌味ではないですよ。大人でも自省することは難しいですから。この先、失敗や過ちを犯すこともあると思いますが、それらを通して学んでくれれば十分です」

 

「………はい」

 

「…そうですね。あとは、気持ちを整理してからでいいので、本人たちと話してみて下さい。君の謝罪は、私ではなく達也たちに向けるべきものでしょうしね」

 

森崎君は暗い顔のままコクリと頷く。

とんだことをしてしまったと落ち込める分、根は良い子なんだろうが…彼の両親の言う通り、精神的な余裕が無いように見える。

 

「こほん。まぁこの話はここで終わりにして、本題に入りましょう。君のご両親からのお届け物です、受け取って下さい」

 

俯いていた顔をがばっと上げた森崎君は、重厚感あるケースを困惑気味に見詰めた後、恐る恐るといった様子で受け取った。

 

「あの、ここで開けてもいいですか…?」

 

「どうぞ」

 

片腕で抱えつつゆっくりと手を動かす彼は、中身を見て驚いた。

 

「これは…なんでCADが……」

 

場所が場所なので取り出すことはしていないが、ケースには確かに拳銃型の特化型CADが入っている。

彼は既に自分のCADを所有しているため、尤もな反応だと言える。

これから伝えることを聞いたら、更に驚くだろうけどね。

 

……言うなって口止めされているけれども、まぁいいだろ。誰も傷つかないし。

 

「ご両親からのプレゼントです」

 

「……えっ?」

 

「具体的な点の擦り合わせや製造に随分と時間が掛かってしまいましたが、お二人からの入学祝いです。君の為だけに作られたオーダーメイドの品ですよ」

 

「オーダー、メイド……?も、もしかしてFLTの…」

 

「そうです。CADの形状やスペックは、高性能かつ取り回しやすいようにと君のお父さんが細かく設定しています。CADの下に仕舞われているホルスターと合わせて使って頂ければ、今までよりもスムーズな早撃ちが可能となりますよ。……仕事用のものだと、ほんの少しだけ抜きにくかったのでしょう?」

 

「なっ…!?」

 

「……ふふ、彼の言った通りのようですね」

 

森崎君の顔には、信じられないという思いが滲み出ている。

警備会社の仕事が成功したおかげで彼の父親は大変に忙しいため、時間をかけて息子とじっくり話すことが出来ていないのだ。

満足にコミュニケーションを取れないまま思春期に入ってしまったと、父親本人も嘆いていた。

そういう事情もあって、彼らの間には妙な壁があったのだろう。

 

「君のお父さんは、君が思うよりもちゃんと君のことを見ている、ということです。九校戦での君の活躍も、仕事の合間にしっかりとチェックしているらしいですよ?」

 

「え……忙しいから見られないって…」

 

「それは彼なりの照れ隠しですよ。私の名前を出せば、観念して全て話してくれると思います。親というものは、なんだかんだ言って子供に甘いところがありますから」

 

「………」

 

俺に向けられた視線が、CADに戻る。

さっきまでのバツの悪い顔から、感動を覚えた顔に変わっている。

親からの思いがけない贈り物で、気分が上を向き始めたみたいだな。

…モノリス・コードでの怪我には触れない方が良いだろう。

 

「…そのCADのデザインは、君のお母さんが一から考えたものです。ほんのり空色がかった銀色のボディには、君の抱える苦悩が青空のように晴れるように、先行きが明るくなるように、という想いが込められています。グリップには君の名前が、銃身にはサルビアとセンニンソウをモチーフにした装飾が控えめに掘られていますね」

 

「……とても、綺麗です…」

 

「そう言って頂けると、お母さんも喜ぶと思います。このデザインに至るまでひと月以上も悩んだそうですよ」

 

「……母さん…」

 

森崎君の涙腺が随分と緩んできている。気持ちも大分穏やかになってきたのではなかろうか。

やはりCADに込められた想いを話して正解だった。

俺が言わなければ彼には伝わらなかっただろうからな。

……夫婦揃って照れ屋とは、難儀なものだ。

 

「サルビアとセンニンソウの花言葉は、本人に聞いてみて下さい。きっと、照れながら教えてくれますよ」

 

「………………はい

 

森崎君はCADから目を逸らさない。

…これ以上の言葉は必要なさそうだな。

 

「……ご相談事があれば、サポートセンターや私までお電話下さい。それでは、私はこれで」

 

「………本当に、ありがとうございます…」

 

去り際に軽く礼をすると、森崎君も頭を下げてくれた。

丁寧な手付きで閉じられたケースは、両手で大事そうに抱き締められている。

 

「どういたしまして。お礼はご両親にもお伝え下さいね?」

 

「はい…勿論です。ありがとうございました」

 

そう言ってもう一度頭を下げた森崎君から離れる。

 

 

 

特別な贈り物は、日常では伝えづらい想いを届け、人を笑顔にする。

……なんて謳い文句も使って宣伝しているが、今回は正にその通りの事例だった。

人の笑顔ってものは、見ているだけでも嬉しくなるからな。このサービスを始めて良かったとつくづく思う。

渡したことを後で二人に報告しておこう。

 

……俺も、達也と深雪にプレゼントを用意しておくかな。

今からだと流石に間に合わないから……明日にご馳走を作ろう。そうしよう。何を作るかは深夜と相談するか。

明日は暫くぶりに家族が揃うのか…楽しみだ。

 

 

 

 

 




深夜: 事態は予想していたし表面上は平気な振りをしていたが、龍郎に強く抱き寄せられて年甲斐も無く心が盛大にきゅんきゅんしていた。かわいい。あの時間の後、生演奏が微かに聞こえる屋上で龍郎と少し踊った。泊まっている部屋に戻った後は、めっちゃくちゃにいっちゃいちゃしてた。かわいい。……真夜には黙っておこう。

真由美: 龍郎と踊りたくてパーティーが始まる直前に引き止めたものの、大人は参加不可だった。泣きそう。でも今度家に来る時に踊ってくれると言われてうきうきした。頬が緩んだ。うふふぇふぇへへへ。……おい見ろよ、服部くんが微妙な顔してるぞ。

あずさ: 目の前で少し子供っぽく甘える真由美を見て思考が止まった。あれぇ?本人は否定してたけどその顔は……もしかしなくてもそういうことなのでは??あれれぇ〜???なんて考えていたら自分の努力と実力が大企業の人間に認められて涙腺ゆるゆるに。就職先が決まりました()。このことを帰宅後に満面の笑みで話したところ、あずさパッパが複雑な気持ちになったたそうな。

鈴音: 目の前ででろんでろんに甘える深雪を見て思考が止まった。司波家の仲が滅茶苦茶良いことは察した。うん。でもあの後自分と自分の父親で想像してみたところ、思ったより悪くないのでは?と思ってしまった。誰にも言えない秘密である。

克人: やや歳の離れた妹たちのことを認知している、弟も妹も大好きなお兄ちゃん。小学生のかわいい妹たちにがんばえーと応援されたらそりゃ誰でも無双できるでしょ。やはり愛が力の源……。まだ高三なのに色々背負いすぎなんよキミィ。なお、彼のパッパは龍郎と弘一からの口撃でフルボッコにされ、ちゃんと責任を取っているとのこと。残当。

森崎くん: 深雪とのやりとりが目に入って龍郎の存在に気付いた。自分が一方的にしていた絡みを思い出してしまい、変に居心地が悪くなって一人になった。そこに龍郎が襲来した。…いや怖いだろこれ。流石の森崎くんもビビるわ。まだ高一だから仕方なし。でも涙腺を破壊されて心に余裕ができました。やらかした分の信用はこれから取り返していこうな。

森崎夫婦: 軽い気持ちでプレゼントを買おうとしたところ、龍郎に唆されて息子への想いを形にした。一旦相談を始めると細部までかなり拘るくらいには愛情を持っている。実は手の込んだメッセージカードをケースに仕込んでおり、森崎くんを泣かすことになった。この日を切っ掛けに、息子との距離が少しずつ近付いていったらしい。親バカは世界を平和にする……。



サルビア: 『家族愛』
私たちは貴方を愛しています。

センニンソウ: 『安全, 無事』
貴方が無事に過ごせますように。


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