絶対雌落ちしたくないTSロリ魔王VS絶対雌落ちさせたい世界VS〇ークライ (カンさん)
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第一部・魔族編「周りの奴らが孕ませて来ようとする!」
VS異世界転生


 ジオ・セクス。神が創り出した箱庭の世界の名前。架空を現実に、妄想を常識に、趣味を歴史にした神にとっての楽園。

 つまりこの世界は、所謂、魔法と剣のファンタジーな世界だ。

 

 精霊の力を借りて魔法を行使し生活する人間。

 人間に力を貸し与え、その営みを見守る精霊。

 そして、そんな人と精霊に仇為す魔族。

 この三つの種族は太古から存在し、長年争い続けた歴史を持つ。それこそこの世界が作られた時から、まるで役割の様に。

 そして、当然ながらその世界には魔王が存在する。

 

 魔王とは何か。

 その問いを掛けられ、返ってくる答えは様々だろう。

 

 人間なら人類の敵であり、災害に等しい存在。

 魔族なら自分達の唯一の王であり、我らの象徴。

 精霊なら神に叛逆の意志を持つ愚かな存在。

 この世界では概ねその様な認識であった。

 

 そして今此処にも新たな魔王が誕生した。

 魔王ロゼ・ヘクス。

 代々受け継げられる玉座と共に拝命したその名を胸に、魔王こと俺は……。

 

「はぁ……」

 

 ため息が止まらなかった。表情が暗くなりそう。今でも別の道があったのでは? と考えてしまう。

 これまでの事、これからの事を考えると不安しかなく、どうしても弱気になってしまう。

 しかしそんな体たらくでは、たちまち俺は俺では無くなってしまう。

 弱いままではこの世界に呑み込まれてしまい、何もできず、墜ちていく。

 

 だから俺は魔王になった。

 雌落ちしない為に。

 

「この世界に来て15年か」

 

 物思いにふけようとして、それがでぎず、再びため息が漏れ出る。決して部下達には見せられない姿。

 俺だけが知っている真実は、玉座の間にて虚しく響き渡り、孤独感を植え付ける。

 

 そう、俺は元々この世界の住人ではない。

 俺は──雌落ちTS魔王にさせられる為に、この世界に転生させられた。

 

 

 

 

 

「うおおおおお寂しいぜ兄弟! 転校しちまうなんてよぉ!」

「あつ! 暑苦しい! 会おうと思えば会えるって! だから引っ付くな! 抱き着くな!」

 

 引っ越し当日、俺は友人たちに囲まれて別れを惜しまれていた。幼稚園から、小学校から、中学校から、それぞれ違いはあれど青春を共にした彼らは掛け替えの無い存在。

 しかしどうしてもいざ離れ離れになると思うと悲しくて思ってもいない態度を取ってしまう。俺を痛いくらいに抱き締めて来ていた奴を押し退けて、涙を流しながらこちらを見る友人一同を見る。

 

「ったく……」

「だってよぉ……!」

「っ……!」

 

 ……やべ。俺もコイツらを見ていたら泣きそうになってしまった。しかしここはグッと堪えて別れの言葉を紡ぐ。なるべく男らしく。

 

「い゛ま゛ま゛であ゛り゛がどう゛」

 

 あ、ダメだわ。涙が出て声も震えてちゃんとした言葉が出ねぇ。そんな俺に釣られたのかみんなも泣き始め、俺も泣いて、わんわんと大合唱。そんな俺達を苦笑いしながら見守る両親に恥ずかしいと思いながらも、なんとか心を落ち着かせてそれぞれ別れの言葉を送る。

 

「俺、お前達と友達で良かったよ。いつかまた会いに来るからその時は遊んでくれ。そして……どうか俺の事を忘れないでくれ」

 

「当たり前だろぉが!」

「転校先でも元気でな!」

「彼女できたら教えろよ!」

「誕生日には全員で遊びに行くよ!」

「お前こそ、俺たちの事忘れるなよな!」

 

 友人達も涙を流しながら俺の言葉に応えてくれて、正直嬉しかった。胸の奥がグッとくる。

 

(りょう)

 

 そして最後はやっぱりコイツだよな……。

 こちらを無表情に見つめるのは亜水虎太郎(あすいこたろう)

 お互いの父親同士が友人で、産まれた時から一緒に居る幼馴染を通り越して家族のようなものだ。大人になってもずっと一緒だと思っていた。

 だから転校するとなった時、お互いに信じられず混乱した。喧嘩もした。本音を曝け出して、泣いて、でもどうしようも無くて。それでも喧嘩したまま別れるのは嫌だから、その後すぐに仲直りした。

 

「言葉はいらない」

 

 表情を変えず、しかし万感の思いを込めて虎太郎は強く頷いた。

 そうだ。俺達はもう言いたい事は、語りたい事は相手に伝えた。相手の思いも理解した。

 

「ああ、分かっている」

 

 目元の涙を拭って応える。そして思い出すのはあの時の言葉。

 

「オレは自分の事が嫌いだった。だが、そんなオレをお前は変えてくれた。変わる事ができると教えてくれた。だから、次に会った時は……お互いに恥ずかしくない大人になって、胸を張って再会しよう」

 

 元々口下手なコイツが、あそこまで熱い事を言ってくれたんだ。その期待を俺は裏切りたくないし、コイツも俺の期待を裏切りたくない。交わした約束を破りたくない。

 ス……ッと拳を突き出すと、虎太郎も拳を突き出しコツンとぶつかり合う。

 

「また、会う日まで」

「ああ……また会う日まで」

 

 俺とコイツの視線が交差し、同じタイミングで笑みを浮かべた。

 俺達は約束を違えない。

 

「じゃあな!」

「連絡しろよ!」

「俺達の事忘れるなよ〜!」

 

 後部座席から身を乗り出し手を振りながら、俺も皆に負けない様に、思いを込めて叫ぶ。

 

「ああ! 今までありがとう! お前らも俺の事忘れるなよ!」

 

 こうして俺は慣れ親しんだ故郷から引っ越し、新たな地へと向かった。

 期待と不安、そしてちょっぴりの寂しさを胸に。

 

 

 

「はぁ……」

 

 そして、転校して一週間……俺はようやく新しい生活に慣れ始めていた。新しいクラスの皆は前の学校と同じ様に優しい奴らばかりで直ぐに馴染めた。ただやはり慣れない地だからか、何処か精神的に疲れていた。

 授業にもようやく追いついて、今宿題を終えたところだ。グッと体を伸ばし、夜空に浮かぶ月をのんびり見る。

 こうして一人で居ると皆の事を思い出す。その度にアイツらは俺の中で大きな存在だったのだと自覚する。

 しかしアイツと、虎太郎と約束したんだ。イジイジしていられない。次に会った時に恥ずかしくない様にしっかりとしないとな。

 

 改めて決意して翌日。

 俺は登校中、一つの出会いをした。その出会いを俺はこれから忘れないだろう。それこそ死んだ後も。

 

「キモいんだよお前!」

「死ね! 死ね! 死ね!」

「二度と近づけない様にしてやる!」

 

 路地裏から聞こえる罵倒。俺は迷う事なく路地裏に入り、その先に居る集団を見つけて息を呑んだ。俺と同じ制服。つまり同じ高校の奴らだ。そして彼らの言動と集団の中央で俯いている人を見て確信してしまう。イジメだ。それも俺が通っている学校で。

 その事に言いようのない不快感と悲しみを抱きながら、彼らを押し退けてイジメられている生徒の前に立ち睨み付ける。

 すると彼らはギョッとする。イジメている所を他人に見られたからだろう。しかしすぐに目つきを鋭くさせて、語気を荒げながら怒鳴り散らして来る。

 

「何だよお前、退けよ!」

「退かない。こんな所を見て放っておける訳がない」

「お前には関係無いだろ!」

「もう見てしまった。知ってしまった。……これ以上続けるなら、相応の対応をさせてもらうよ」

 

 一歩も引かず、真っ直ぐと彼らを見据えていると、舌打ちと同時に踵を返す。

 

「後悔するぞ、ソイツと関わると」

 

 そんな捨て台詞と共に彼らは立ち去って行く。彼らの背中が見えなくなってホッと息を吐く。我ながら無茶な事をした。相手が多いから、下手をしたら後ろの彼ごとボコボコにされた可能性もある。人目のつかない路地裏を選んだ事からも、そういう事をする予定だったのかもしれない。

 

「大丈夫か?」

「……」

 

 振り返り、イジメられていた男子生徒に声を掛ける。しかしやはりというか何というか返答が無い。先ほどイジメられていた時も無抵抗だったし……。

 

 だからと言って見捨てる事はできない。

 ここで見捨てたら俺はこの先胸を張って生きる事も、アイツらに顔向けできる大人にもなれない。

 

「俺の名前は橘菱。君は?」

「……田中健二」

 

 自己紹介と共に差し出した手は取られる事なく、彼はボソボソと自分の名前を言った。

 

 これが俺と田中健二の出会いであり、俺のその先の人生を変えた瞬間であった。

 

 

 

 それからの俺の学校生活は変わった。あれ以来健二は俺に対して心を開いたのか、もしくはイジメられないと思ったのか、休み時間は近くにいる。クラスが違う為、ずっと一緒という訳ではないが。

 そして健二をイジメていた奴らだが、彼らは特に俺たちに干渉してくるという事は無かった。健二もあれ以降イジメられている様子は、俺が知る限り無い。

 

 ただ、俺のクラスメイトの様子がおかしかった。

 俺が健二と仲良くしているのを知ると途端に顔を歪めて……。

 

 

「アイツと関わるな」

「え?」

「田中健二。最近一緒に居るだろ? 悪い事は言わないから、交流は持たない方が良いよ」

「……」

 

 正直悲しかった。友達だと思っていた彼らからそんな事を言われる事が。

 

「そういう訳にも行かないよ」

「だけどさ!」

「ごめん。この話は聞かなかった事にするから、もう二度とそういう事は言わないでくれ」

 

 それにより仲違い……とまでは言わないけど、ギクシャクしている。健二以外の話題の時は普通に接する事ができる。

 

「……はぁ」

 

 だから余計に皆が健二と距離を取る事が悲しかった。

 

 そんな悶々とした思いをしながら学校生活を送る。時間が経てば健二の事も理解しする。

 

「き、昨日のプイキュアは、良かったぁ……た、橘くんは見た?」

 

 健二は所謂オタクという人間で、彼の好きなゲームやアニメの話の時にはいつものボソボソとした話し方から早口で大きな声で語り出す。自分の好きな事を語る時、人はここまで楽しそうになるのだなと気圧されるくらいには。

 

「ごめんな。昨日は家族の手伝いで忙しくて」

「家族……」

「健二は他に何かしてたのか?」

「ぼ、僕はずっとエロゲしてた……」

 

 そしてコイツが特に最近ハマっているのはエロゲらしい。学校終わって帰った後、休みの日はずっとしていると言っていた。楽しそうなのは何よりだが、当然の疑問を抱きある日尋ねてみた。

 

「未成年なのにそんなゲームして良いのか?」

「……っ!」

 

 そうしたら凄い目で睨んで来た為それ以降は言わなかった。まぁ人の趣味なケチつけるのは野暮ってものだろう。

 ただそういう話題の時は周りに配慮して欲しいが……。

 

「教室でああいう話する普通?」

「常識無いよな……」

 

 この様にクラスメイトからの視線は厳しい。しかし健二は気にした素振りを見せずに、俺に嬉々としてお気に入りのエロゲの解説や感想を述べてくる。

 楽しそうにしているのを止めるのは忍びない為、俺は彼の話を聞き続ける。そして後でクラスメイトに謝ってフォローをする。

 

 そんな日々を過ごしていたある日、ふと健二が話があると下校時に近くの公園に連れて来られた。

 夕焼けが俺と健二を照らし、伸びた影が俺達の足元から伸びる。

 

「話って何だ?」

「……」

 

 問い掛けるも健二は何も答えない。ただ布に包まれた何かを手の中で弄んでいる。そして俯いてブツブツと何か呟いている。少し怖い。

 彼はこういう所がある。どれだけ話しかけても聞こえていないのか、自分の世界の中に引き篭もり、気付いた後に笑みを浮かべる。

 

「……フヒヒ」

 

 そう、こんな感じに。

 頬を引き攣らせて笑みを浮かべた健二は、突如語り始めた。自分の好きな物を語る時の様に。

 

「た、橘くん……君は合格だよ……」

「……合格?」

 

 一体何の事だろう、と疑問に思っている間にも健二は次から次へと語り続ける。

 

「君は、ほ、本当に優しい人……だ。い、イジメられていた僕を助けてく、くれたし。

 ぼ、僕の話も嫌な顔をせず、黙って聞いてくれ、たし……」

 

 彼は俺の事を褒めてくれているのだろうか。それなのにどうして嬉しいと思えないのだろう。むしろ……。

 

「ず、ずっと見ていた……見定め、ていた……見極めていた……」

 

 どうしてこんなにも怖いと思うのだろう。

 

「ぼ、僕は君の事が気に入った。と、友達だと思っている。す、好きだと思っている」

「……ああ。俺も友達だと思っている」

「だ、だから! もっと好きになりたいと思ったから!」

 

 そう言って彼は俺に向かって飛び込んで来て……。

 

 

 サクッと突き刺す音と鋭い痛み、そしてじんわりとした熱が俺の腹部を襲う。

 

 視線を下に向けると、そこには黒く禍々しいナイフが俺の腹を突き刺しており、そしてそれを握っているのは健二だった。

 

「ぁ……」

「だから、君を僕の世界に招待する事にした」

 

 足に力が入らず崩れ落ち、その場に倒れる。腹部だけが熱くそれ以外の体が冷たい。意識も段々と遠のいていき、そんな状態でも何故か健二の言葉はよく聞こえた。

 

「僕の大好きな世界と大好きな君が合わされば、もっと大好きなものができる! だから、どうか……最高の大好きを僕に見せてくれ!」

 

 その言葉を最後に俺の意識は暗転し、何も感じなくなった。

 

 

 

 

 

「……またあの日の夢か」

 

 懐かしい夢を見たと体を起こして、窓の外を見る。かつて見ていた朝日ではなく、常闇の夜だ。

 

 俺はあの日死んだ……いや、殺されたというのが正しい。健二に。

 恨まれていた……とは考えにくい。最期に言われた言葉は正直今でもよく分からないが、恨み言では無かったのは確かだ。初めは急に殺された理不尽に正直恨んでいたが、今ではその真意に首を傾げる日々。

 

「……明日で10年か」

 

 思わずそう呟いてしまう程に、前の世界の生活から長い年月が経ってしまった。

 

 この世界は所謂剣と魔法のファンタジーな世界で、俺は魔族という種族に転生した。

 基本的に黒い、というより褐色肌に魔法を使う為の紋様が体の何処かに刻まれ、烏の濡れた羽根よりも黒い髪が特徴な種族。身体能力と寿命がとてつも無く長い以外は人間と変わらない。

 

 俺もその魔族と同じ特徴を持って生まれており、水溜まりで自分の姿を見た時は前世よりもイケメンに育つであろうその姿に複雑な気持ちを抱いた。あと紋様にも。♂と♀を混ぜた様な紋様が腹に刻まれていて、凄く気になる。今でも慣れないし、今すぐにでも消したい。

 

 

 他にも前世の俺同じ種族の人族や精霊族なんて言うのも居るらしい。魔界に住んでいる為お目にかかった事はないが……。

 何でも何千年前から戦争をしていて、今は冷戦状態だと父親から聞いた。大きな戦いはあまり無く、互いに平和な日々を過ごしている。それでも小さな小競り合いはあるらしい。

 

「こっちの生活にも慣れたなぁ」

 

 この魔界は街並みが中世ヨーロッパな以外は前の生活と変わらない。科学が発展していない代わりに魔法が発達しており、生活の基盤となっている。だからファンタジー世界なのに普通にトイレもあるしテレビっぽいのもある。とてもチグハグな世界だ。

 

「……」

 

 外をぼんやりと眺めながら、前の世界に想いを馳せる。

 まだやりたい事があった。約束があった。生きたかった。だから正直、俺からあの世界での生を、未来を奪った健二を……許せないのだと思う。思う、と何処か他人事なのは、10年経ってもこの世界に対して現実感が無く頭の何処かで、これは夢なのではないか? と考えているからだろう。だからいまいち健二に対して強い恨みや怒りを抱けず、困惑や疑問の気持ちが浮かぶ。

 

 友達だと思っていたのは俺だけだったのか。

 アイツを助けたのは間違いだったのか。

 イジメていた奴やクラスメイト達の言っていた事が正しかったのか。

 

 そんな事ばかり考えてしまう。

 そして答えはずっと出ず、10年という月日が経とうとしていた。

 

「……分からないな」

 

 ため息と共にそんな言葉が吐き出され、それに応じる様にして扉がガチャリと開く。

 

「なんだ、起きていたのかヤグラ」

「……勝手に入ってくるなよ親父」

 

 俺の部屋に入って来たのはこの世界における俺の父親だ。俺よりさらに魔族らしく褐色を超えた黒い肌に黒い髪。頬には紋様が刻まれており、それを見ると何故か俺はソワソワしてしまう。

 

 正直俺はこの男の事があまり好きでは無い。

 何故なら。

 

「ふん。さっさと飯を食え。今日は大切な日だ。貴様に価値があるのか無いのか、それがようやく分かる日」

「……」

「くれぐれも遅れるなよ」

「分かっている」

 

 その会話を最後に親父は立ち去って行った。

 2年ぶりの会話だというのにお互いに淡白なものだ。今のやりとりから察せる様に、あの男は俺の事を息子だと思っておらず、俺自身もあの男を父親だと思っていない。

 

 最低限のお金を渡して、自分は街に出て遊んでいる男だ。前世の記憶が無くても父親だと思わないだろう。

 

 しかしこれが魔族の常識らしく、大体の家も同じ様だ。個々の自意識が高く実力主義。仲間意識も薄く往来での喧嘩や殺しも日常茶飯事。魔族の子どもが精神的に早熟なのも、この種族の特異性を表していると思う。

 

「まったく……」

 

 本当にとんでもない世界に来た。

 

 

 食事を終えた俺は一通りの家事をこなした後、俺は父に伝えられた場所へと向かう。そこは街の外れにあるボロボロな建物。普段はそこに人影も欠片も無い筈なのに、何故か沢山の魔族が居た。その中には俺の親父も居た。

 

「ふむ来たか」

 

 そう言ってジロジロと俺を観察する様に見る老齢の魔族。その視線に不快感を感じ、さっさと家に帰りたい俺は問いかける。

 

「それで? 親父に言われて此処に来たけど、一体何の用?」

「ふむ……その前に我ら魔族の事を話さなければならぬ」

 

 自分の髭を撫で付けながら老齢の魔族はそう言い、一つの問いを俺に投げ掛けてくる。

 

「ところでヤグラよ。魔族はどの様にして子を成す?」

「……質問の意味が分からないな。魔族も生き物。無から生まれる訳でも無い。普通に考えて女の魔族、もしくは多種族の女との間に作るんじゃないか?」

 

 現にそこにいる俺の親父はそういう店に入り浸っている。

 

「まぁ、そうさな。精霊の様に自然から発生はしない。人族と同じ様に生殖を成して作られる」

「それがどうしたんだ?」

「ならば再び問おう。貴様は女の魔族を見た事があるか?」

「……遠目に」

 

 その質問に対して俺は少し答えあぐねる。実際にこの目で見たのはパレードの時……つまり魔王様が城下町に降りて来た時だけだ。

 

 俺たち魔族を纏め上げる長、魔王は女だ。

 

 そこで見た魔王はとても綺麗で、パレードに参列した魔族達を魅了していた。魔王様も魔族達の反応に気を良くしていて、粗暴な魔族達の頂点にしては儚いと思った。

 その後は風邪という事で早々に城に帰った為、俺が女魔族を実際の目で見たのはそれっきりだった。

 

 つまり、普段暮らしていて往来の道で女魔族を見かける事は無かったし、俺自身自分の母親を見た事も無い。親父に聞いても答えが返ってくる事はなく、アイツは色に狂い街で遊ぶ。

 

「それは過ちだ。貴様が見たのは魔族では無い。魔王族だ」

「……魔王族?」

 

 何だ、それは。

 

「我々魔族に女は居らず、魔族のみでは子を成せず絶滅するだろう。人族や精霊を使えば子は成せるが純血の魔族は消え失せる」

「……」

「だが唯一魔王族のみが魔族の子を成す事が可能だ」

 

 ……代々魔王は全員女性だった。何故だろう? と疑問に思いつつも詳しく調べた事は無かった。

 

「我々純血は魔王様の子だ」

 

 魔王様が強い存在に見えず儚く見えたのはそういう事だったのか。

 

「魔王様こそ我らが希望」

 

 つまり魔王というのは、俺達魔族を産む為の母体扱い? 

 ……反吐が出る。

 

「……そこの親父が行っている店の女性は?」

「魔王の成れの果てよ」

「……っ」

「あの方達は魔王としての義務を果たし、次代の魔王に託した後、快楽に溺れ子を成し続ける。魔王で無くなった為強き個体は産めぬが……そうさな。我らの渇きを潤す事くらいはできよう」

 

 本当に、反吐が出る。

 

「ああ、そうかい。お陰でアンタ達の事が嫌いになれたよ」

「まぁ待て、話は続きがある」

 

 踵を返して帰ろうとする俺を引き止める老齢の魔族。さらに他の魔族達が出入り口を塞ぐ様に立ち阻み、そう簡単に出れない様にされた。

 

「……なんだよ」

「魔族が男しか居ないことは今言ったな? ならば何故魔王族が存在すると思う?」

「……?」

「それは、魔王族は魔族の中から生まれるからだ」

 

 何故かこの時、健二が語っていた話を思い出す。

 

「魔王様から生まれた子は10歳になった時、選定に掛けられる」

 

 それは、TS。

 

「魔族のままか、魔王族になるか」

 

 男から女に、女から男に、性別が変わる。

 俺が健二に殺される前に熱く語られていた、アイツが最も好きなジャンル。

 

「ヤグラよ。お前は果たしてどちらだ?」

「っ!」

 

 逃げようと駆け出した時には遅く、親父含めた大人の魔族に抑え付けられる。

 

「くそ、離せ!」

「大人しくしろ、すぐに終わる」

 

 それと同時に地面が光り輝き、俺の体が、特に腹部から熱が出る。

 

「あ、あああああああああ!!!」

「この反応は、まさか!」

 

 魔族達の歓喜に満ちた声を最後に俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

「久しぶりだね、橘くん……いや、今はヤグラと呼んだ方が良いかな?」

「……お前は!」

 

 黒く染まった世界で、俺の前に現れたのは健二だった。健二はニヤニヤと相変わらずの笑みを浮かべてこちらを見ている。

 何で俺を殺したのか。そう問い掛ける気はもう無かった。

 この状況、このタイミングで現れたという事は、全てコイツの仕業という事だ。

 

「お前は何なんだ!?」

「頭の良い君ならもう分かっている筈だろう?」

 

 もうあの時の様にオドオドした様子は無く、健二は堂々とした態度で自分の正体を明かす。

 

「僕は今君のいる世界の神様さ」

「神……」

「そう、神様。どうだい僕の作った世界は? 今までも何度か作ったけど、今回のはお気に入りなんだ」

「ああ、そうかい。最悪な世界だよ」

 

 そう吐き捨ててやると健二はさらに笑みを深くする。記憶の中の健二なら怒ると思ったが……この様子を見ると俺と過ごしたあの日々も演技だったと見るべきだろうか。

 

「素晴らしい反応だよヤグラ。それでこそ雌落ちさせるのに限る」

「……雌落ち?」

「そうだよ、雌落ちさ。ヤグラ、僕はね。自分は男だと強く思っているTS娘が雌落ちするのが大好きなんだ」

 

 絶句した。言葉を失った。

 

「特に魔王属性は良い。弱い人類や同族すら見下し天上天下唯我独尊な魔王様が、男達に女だと分からせられる展開はいつも絶頂する。魔王族はその為に作った僕のお気に入りさ。歴代魔王達も最初は絶対に雌落ちしない! と強気なんだ。その為に10年間男として暮らして貰っているからね。やはり性自意識はしっかりとして貰わないとね。でも最後は女としての自分を受け入れて堕ちていくのさ。その瞬間はいつ見ても飽きないよ」

 

 唐突に早口で語り出す健二。早口で語り出すのは素だったのか。人の気を知らないで、周りを気にせず語る……そんな直せと言っていた所が、だ。

 

「お前の趣味は分かった。だけど何で俺を使うんだ?」

「ん?」

「俺はお前に何かしたのか? 恨まれるような事をしたのか? だからこんな仕打ちをしたのか?」

 

 ずっと聞きたかった事だった。俺を殺したのは何故か。俺をこんな目に合わせたのは何故か。

 俺は何か間違えたのか。

 

「何を言っているんだい?」

 

 しかしコイツは心底不思議そうな顔をして語り出す。

 

「僕は君の事が大好きさ」

 

 とてもおぞましく。

 

「だから君をこの世界に招待した。その為に一度殺して転生させた」

 

 身勝手で。

 

「そしてこれからTS魔王になって雌落ちして貰うんだ。そうなればもっと君の事が好きになれる!」

 

 クソッタレな理由。

 

「ふざけんな! 結局テメェの性癖に他人を巻き込んでいるだけじゃないか!」

「フヒヒ……その態度も雌落ちした時、凄く気持ち良くなれそうだ」

 

 ああ、ダメだ。コイツの今の笑みを見て理解した。コイツはイカれてる。人を人として見ていない。ただ自分好みのキャラクターを見ているだけで、そこにある人の感情とか心とか、その辺を全く見ようとしていない。

 

「でも直ぐに雌落ちしないでね? 抗って抗って抗って……その先にある雌落ちが最高なんだ」

「誰がするもんか──いつか絶対にぶん殴ってやるから、覚悟してろよ」

 

 俺はかつて友だった者を強く睨み付けて宣言する。

 

「俺はお前の思い通りにならない。絶対にだ」

「……クヒヒ。その意気だよヤグラ。その調子で僕の送る刺客に負けないでくれ。君を雌落ちさせる者が現れたら分かるようにしておくよ」

 

 それじゃあバイバイ。

 

 健二のその言葉を最後に俺の意識は晴れていき。

 

 

 

「お、おおおおおおお!」

「この者が次の魔王様!」

「まさか俺の倅が……!」

 

 周りの魔族達の声で意識が覚醒する。それと同時に夢の中で言われた事を思い出し、怒りでどうにかなりそうだった。

 冗談じゃない。誰が雌落ちなんてするか。

 そう思いながら起き上がり……自分の変化に気付く。

 

「何と綺麗な髪だ」

「ああ。思いっきりクンカクンカしたい」

 

 視界に映る白銀の髪の毛。そっと触れるととても心地が良く、それと同時にこれが自分の物だと悟った。前世や先程までの黒髪はもう無い。

 

「ゴクリ」

「ああ、あの褐色肌に俺の濃いので汚したい」

 

 ずるりと服が落ち肩が露出する。それを見た魔族達が生唾を呑み込む音が聞こえ、同時に周りの男達のこちらを見る視線に不快感を覚える。そっと触れると赤子の様に柔らかく滑らかで、色は変わらずとも前とは別物……それこそこの幼い体で大人達を魅了する色気があると知り嫌になる。

 

「次期魔王様も顔がよろしい」

「当たり前だ。俺の子だぞ」

 

 立て掛けている鏡を見ればパチリとした瞼に紅く怪しく光る瞳。将来はイケメンになるだろうと思っていた顔付きは既に無く、艶かしい女になる事が約束された女の子がそこに居て。

 チラリと見えた腹の紋様は淫らなモノへと変質していた。前の♂と♀が融合した様なモノからまるで女性だけが持つアレを現しているかの様な形。

 

「……絶対に許さないぞ」

「ど、どうした?」

 

 俺の尊厳をここまで貶めた健二……いや、この神に向けて怒りの感情のままに叫ぶ。

 

「俺は絶対に雌落ちしないぞ!!!」

 

 まるで宣戦布告するかの様に。

 

 

 

 

 そして5年の月日が経ち、俺は魔王となった。

 

 ダラクメス魔王国。魔都ココ・ロオス。

 魔王城ン・ニクティス・ルーペ

 それが今居る俺の場所。

 

 先代の魔王……血縁上俺の母に当たる人物が亡くなった為、先日即位した。不服ながらな。

 

「ちっ……」

 

 あのクソッタレはTS魔王の雌落ちが見たいと言っていた為、魔王にならなければ良いと思ったが……そうも言っていられない状況になった。

 

 魔族の性欲は俺が思っていたよりも強かった。しかも子を作れるとなると知るとさらに倍となる。

 

 故に俺は親父に襲われた。

 

 血が繋がっているのに何をしているんだ? と思ったがどうやらあの選定の魔法は肉体の遺伝子情報を塗り替えるらしく、魔王族となった瞬間に父親とは肉体的には他人になるらしい。そして魔族、男のままの際には母親……魔王とは肉体的に他人となる。

 つまり遺伝子的には全く問題無いのだと逸物をギンギンにさせながら元親父のクソ野郎はそう言い……。

 

 俺に男として殺された。

 

 別に咎める者は居なかった。次の魔王の方が大切なのだろう。それ以上に躊躇無く殺した俺自身に戸惑った。そして自覚した。俺はもう人間ではない。橘菱ではない……あの時の俺はアイツに殺されたんだ。

 

 今では立派なオカマとして街で働いている親父を見ると、己の罪の重さを自覚した……。

 

 それからの俺の行動は早かった。強くなければ強い魔族に組み敷かれて犯される。雌落ちさせられる。だから体を鍛えた。魔法も鍛えた。元々才能があったのか、どんどん強くなり、並大抵の相手には負けないと自負している。

 それと筋肉ムキムキマッチョになれば、ムチムチな女好きな魔族に襲われる事はないと思ったが……。

 

「そう上手くいかないか……」

 

 鏡に映る自分を見る。

 TSした時と同じ白銀の髪は腰まで届く長さとなり、風魔法で適当に整えていたからか背中を隠す様に膨らんだボリューミィなものとなった。

 体付きも筋肉質になる事なく、10歳の時から変わらないままだ。魔王族の肉体的成長は個体差があるらしく、俺は歴代の中でも変化が見られない部類らしい。雌落ちしたら肉体は自由に変えられるらしいが……。

 ……ちなみにロリ魔王様と言っていた奴は極刑。しかし我々の業界ではご褒美ですと喜ばれて意味が無かった。クソが。

 目つきは周りを信じられない心情からあの時よりも鋭くなり、紅い瞳はあの時と変わらない。

 そして腹の淫紋は時が流れると赤からピンクへと変わりつつあった。肉を抉って諸共消そうとしても回復と同時に再び浮かび上がる為、もう諦めた。

 

 

 

 つまり奴の言う通り雌落ちする為の準備が着々と整いつつある、という事。

 魔王にもなってしまった。力だけではどうにもならず、権力が必要な場面もあった。故にならざるを得なかった、と言うのが正しい。

 

「全て奴の思惑通りか……腹ただしい」

 

 魔王になるのは正直受け入れていた。メリットもあるから悪くないと考えてもいた。しかしアイツのシナリオ通りなのが気に食わない。

 

 しかしその割にはこの5年間奴の刺客とやらは現れていない。出会った魔族に何かしら感じる事はなかった。ただただ俺の全身を舐め回す視線を送るだけ。もしかしたら既に現れていて知らず知らずの内に撃退している……という事は無いだろう。

 とりあえず対精神攻撃のアンチ魔法は常に自分に掛けている。媚薬を無効化する為の毒耐性も付けた。自動で精神的動揺を治す鎮静魔法も施している。他にも様々なアンチ魔王を掛けている。

 雌落ち対策は万全だ。それでも何か気付けば更新していくつもりではある。

 

 俺は絶対に雌落ちしないぞ。

 

「魔王様」

「なんだ」

 

 玉座の間に配下の魔族が現れる。すぐに意識を切り替えて魔王として対応する。探知魔法で目の前の魔族から欲情を孕んだ視線を感じ取るが、あえて無視して報告を聞く。

 

「アストラ、と名乗る者が魔王様にお会いしたいと」

「……アストラ」

 

 はて、聞いた事がない名前だ。そもそも俺はこの世界で交友のある者は居ない。会う魔族の悉くが発情期に入った猿の如く男の象徴を屹立させて襲い掛かってくる。そんな奴らと交友を築く事自体無理な話だった。

 

 だから正直、過去に俺に欲情して襲い掛かって、今になって復讐しに来た輩なら覚えてる筈も無く……。そのアストラという魔族を此処に連れて来て良いのか悩む。

 

「……分かった。通せ」

 

 少し考えて俺は謁見の許可を出した。此処で断れば、知らない者に怯える弱き魔王だと、手込めにできると判断される可能性がある。そうなるとまた雌落ちさせて来るアホ共が現れるかもしれない。

 だったらここは魔王らしく堂々と受け入れるのが吉だ。

 

 俺の指示を受けた魔族は平伏した後にその場を立ち去り、暫くすると恐らくアストラと名乗ったのであろう魔族が玉座の間に入り……。

 

 瞬間、雷に打たれたかの様な衝撃が俺の体を迸った。

 

「ぁ……」

 

体に火照り、顔が赤くなるのを実感した。吐き出される言葉は吐息の様に熱く、目の前の雄に俺の中の雌が強く反応して……。

 

(鎮静魔法発動ぉぉぉおおお!)

 

 ……すぐに予め仕込んでおいた魔法により、俺は正気に戻った。

 

(あ、あぶなっっっっ!?!? これがアイツが言っていた事か!)

 

 明らかに普通ではなかった。まるで自分が自分では無い様な感覚に陥り、当たり前の様に雌落ちしようとしていた。

 

 ……俺はアイツの事を舐めていたのかもしれない。確かにこれは刺客だ。そして出会ったら直ぐに分かった、

 

 一目見て堕とされたいと思うこの感覚を抱かせるのが、奴の言っていた雌落ちの刺客……! 

 鎮静魔法や精神操作、その他をレジストする魔法、耐性を付けていなければ危なかった! 雌落ちしていた! 

 

「っ……!」

 

 意志を強く持ち、目の前の魔族に惚れない様に気をしっかりと持ちながら話しかける。

 

「貴様がアストラか?」

「如何にも」

 

あっ、声もイイ……! 

 

じゃなくてじゃなくて!  鎮静魔法! 鎮静魔法! 落ち着け俺ェ!  たった一言で堅物系でカッコいいかも、とか考えるなぁ! 

 幸いポーカーフェイスで悟られない様にしながら、努めて冷静に魔王としての自分を崩さない様にする。

 

「俺に謁見を望むとは、何用か」

「知れた事」

 

 何処から出したのか、魔力を帯びた漆黒の長刀を取り出し、鞘から抜き放つ。

 

その姿もカッコいい……じゃなくて、何をしているんだコイツは!? 

 

「……この場で、この俺の前でソレを抜く意味、理解しているのか」

 

 あのクソッタレが作った世界とはいえ、魔王が魔族の子どもを産む為の孕み袋扱いされているとはいえ、それでも魔王……つまり魔族の長だ。

 その長の前で武器を持つ意味。それは──。

 

「理解しているとも──魔王よ。即位して間もないが、そこから引き摺り降ろさせて貰う!」

 

 クーデター以外無いよなぁ! 

 一息で俺の懐に入って来たアストラ、視線と視線が交わり、お互いの吐息すら感じ取れるドキドキする距離に俺はもう興奮して。

 

じゃなくてさぁ! 本当さぁ! いい加減にしろよこの体ぁ! ふといあと

 

 ナチュラルにハイになりかけた自分を鎮静魔法で律し、アストラの剣閃を避ける。すると俺の背後から轟音が響き、チラリと視線を向けると対魔法・対物理に特化した玉座の間が斬り裂かれていた。

 

 貞操のピンチの前に命のピンチじゃねぇか! 間違いなくこのアストラという男、今まで出会って来た魔族の中で一番強い! 

 俺の自意識と肉体の利害が一致したからか、余計な発情は鳴りを潜めて、心身共に冷静になる。まるで氷の様に。

 

「ふっ」

「っ!」

 

 手刀を作り出し、そこから空気を凝固させて不可視の剣を形成。魔王族特有の豊潤な魔力を使った魔力剣とアストラの剣が激突し、鍔迫り合いとなる。

 

 その瞬間に俺は目の前の魔族に問い掛けた。

 

「俺を殺し魔王となるか、アストラ!」

「応とも! 魔王族などと言う売女にこの国は任せておけん!」

「っ……貴様」

 

 アストラの余りにも余りな言い分に俺は怒りを感じる……事は無く、驚愕の感情が浮かんだ。

 魔王族を、魔王を、自分達の種の存続の生命線である彼女達を……俺達をそう呼ぶという事は。

 

「知っているのか、驚きだ」

「抜かせ。知らぬのは罪無き子ども……これからを担う民達だけだ!」

 

 この国、魔王国ダラクメスは腐敗し切っている。

 雌落ちした魔王はありもあらゆる快楽を求める。二桁の魔族の男を相手をするなど常識で、選択を終えたばかりの幼い子どもを性的に喰らうのも序の口で、守備範囲はそれはもう広い。そしてその広さは種族を超え、国を超え……先代魔王とその一派は、己の欲を満たす為に己の民を売った。

 

 魔界と敵対関係にある人類界の一国と裏取引をし、複数の魔族を貸し与えて実感動物にする代わりに、たくさんの人間を受け入れて貪り食う。

 

「魔族は精霊と同じく体内の魔素が多い──奴らにとっては格好の獲物だろう!」

 

 怒りに染まった剣戟が、魔力剣越しに伝わる。

 

「色狂いにこのまま任せるなど言語道断! 飼い慣らされた家畜に従うのは、従わせるのは我慢ならん!」

 

 故に、とアストラが俺の剣を弾き、ガラ空きの胴に向けて感情を込めた刺突を繰り出す。

 

「だからオレが魔王となり、この魔界を正すのだ!」

 

 その刺突を俺はそのまま受け入れ……剣先と腹部からガキンッと硬い音が響く。

 アストラの長刀は俺の腹を貫き通す事はできなかった。バカ魔力を集中させて俺ができる最硬の盾を形成したからだ。俺はそのままアストラの長刀を掴む。

 

「ぐっ……」

「アストラよ」

 

 襟元を掴みグイッと引き寄せて、俺とアストラの顔が近づく。《b》胸の奥から雌の本能が起き上がるが……今は黙っていろ。

 理性で無理矢理抑え付け、俺は俺の言葉でアストラを口説く事にした。

 

「お前、俺の物になれ」

「なっ」

「貴様の想い、確かにこの胸に届いた」

 

 俺が魔王になったのは流れに乗ったとか、魔王になれば雌落ちし辛くなるとか、そういう理由だけでは無い。

 この国の事を知ってしまった。俺の知らない所で苦しんでいる人がいた。苦しめている人がいた。

 

 俺はイジメられているアイツを助けた事でこんな目に遭っている。しかしその事を後悔していない。助けなければ良かったなんて思っていない。思ってはいけない。

 

 そう考えてしまえば、アイツとの約束を破ってしまう。

 

 この世界の神によってほとんど記憶に無いが、それだけは……俺を形成する根幹の部分は変わっていない。

 

 将来俺を雌落ちさせるかもしれない奴でも、俺を性的な目で見て来る種族でも、罪も無い彼らを見捨てる事はできなくて、助けたいと思った。

 

 だから俺は魔王になった。

 魔王になってこの国を変えて、俺もみんなも過ごしやすい国にしたい。

 

 だから。

 

「我が右腕として、その刀永遠と振るい続けるが良い。アストラよ」

 

 俺と同じ事を考えてくれたコイツを、例え雌落ちの刺客だとしても、一緒にこの国を変えたいと強く思った。

 俺の視界に映るアストラの瞳が強く揺れる。奴の瞳の中に映る俺は微動だにしない。

 しばらく見つめ合い続け、アストラがようやく口を開く。

 

「一つ問いたい。この国を変えた後、貴様はどうする」

「知れた事」

 

 俺は先ほどのアストラの言葉を借りながらニヤリと笑みを浮かべて、応えてやる。

 

「魔界。人類界。精霊界。全てを平定し、この世界の神を討つ」

「──!?」

「そうなれば、この世界はより良い物になるぞ」

 

 そう。何も俺は雌落ちを回避する為の防衛策だけでは無い。魔族の、攻勢手段も模索し、先日見つけたのだ。

 

 奴は、この世界の神は……健二は倒せる。

 その為には三つの世界を手中に収める必要がある。

 

 故に俺は魔王となった。

 

 さて、俺の腑は見せた。

 アストラはどうだ……? 

 

「……法螺を吹くなら幼子でもできる」

 

 ため息を吐き、長刀を引くアストラ。

 俺も握っていた手を開き、少し離れる。ドキドキする……じゃなくて鎮静鎮静! 

 

「だが、大法螺を吹き実際に行動に移す馬鹿はそう居ない」

 

 此処で初めてアストラは笑みを浮かべた。

 その笑みはとても安心できて、何処か見た事があって、俺はずっと見ていたいと思──じゃなくてさぁ! 鎮静しろこの発情猫! 

 脳内でアヘアヘ言ってる自分を殴り付けながら、俺はアストラの答えを確かめる。

 

「そういう貴様も相当の大馬鹿者だろう」

 

 今の戦いで確信したが。

 

「貴様だったのか。俺以外の魔王族を殺したのは」

 

 先代魔王が産んだ魔王族は俺だけだ。魔王族は一世代に一人しか産まれない。故に俺は魔王族になる前、先代魔王以外の女を見る事ができなかった。他の魔王はイヤらしい店で引き篭もっていたからな……。

 

 しかし俺が即位する前に、オレ以外の魔王族が殺された。

 色々と汚い事をしていた為、彼女達は恨みを買っていた。人類界に魔族を横流ししていたのは魔王族が主だったから、純粋な魔族としては混血を増やすその行為に良い思いをしていなかった。生かしていたのは唯一の種の生命線だから。

 

 だがそんな彼女達も殺された。協力して甘い汁を啜っていた魔族達も含めて。

 だから俺がこの年齢で魔王となった。長命な魔王族でも相当若いだろうに。

 

 しけし雌落ち、快楽堕ちしていても魔王。その力は雌落ちする時以外は強い。マトモな戦闘なら早々負ける事はない。それを全て殺したコイツは強さも、覚悟もその辺の魔族と違う。

 下手をすれば魔界が滅ぶ。それでもこの男は本気でこの国を変えようとしていた。

 

「それほどまでに、貴様は国を愛しているのだな」

「……否。オレが愛する者はただ一人」

 

 深く息を吐き、アストラは万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。

 

「約束を交わした親友ただ一人だ」

「……それは」

 

 その愛されているヒトがとても羨ましいなぁぁぁぁんて思ってんじゃねぇよ俺ェェェエエ!?!? 

 なんでセンチメンタルの気持ちになってるんだ俺は! 相手は男! それも好きな人居るっぽい! そして俺も心は男! 雄! 雌落ちしたくない男だ! 

 ……でもアストラの好きなひと気になってたまるかばぁぁぁあああぁああかっ!!!!! 

 鎮静! 鎮静! 鎮静魔法!

 

「どうした?」

「なんでもないっ」

 

 表面上は変わっていないが、内心動悸が激しくて死にそうである。もう雌落ちした方が楽なんじゃないかな……と思う始末。

 それに今なら失恋もプラスされる。

 

 

別に恋していないが????? 

 

「ともかく、だ」

 

 俺はもう一度鎮静魔法を掛けて、自分を落ち着かせて、手を差し伸ばす。

 

「俺のモノになれアストラ。貴様に、貴様が想う未来を見せてやる」

 

 そして雌落ちしなくなったその時は、純粋な友達になりたい。

 それまでは雌落ち回避する為に完全に気を許す事はできないが……今は耐えよう。

 

「……オレは誰のモノにもならない」

 

 ガシッと俺の手を掴むアストラ。

 

「貴様が堕落したその時、その首を落としこの国はオレが頂く。だから忘れるな」

 

 俺の目を真っ直ぐと見つめてアストラは力強く言った。

 

「オレはこれからお前をずっと見ていると」

 

 その宣戦布告とも言える不遜な言葉に、俺は笑みを浮かべて。

 

「はい……」

 

もしかして告白されたのでは? 俺に脈があるのではないか? と凄くドキドキして、胸がキューっとして、この淡い恋心にどうにかなってしまいそうというか既になってるわボケェ!? 

 

「ム。どうした。手から貴様が動揺しているのが伝わって──」

 

 瞬間、俺はアストラの手を掴んでいた腕を思いっきり振った。それによりアストラは玉座の間の壁に叩き付けられ、壁に罅が入り、轟音が響く。

 

 防御魔法を咄嗟に展開したのかダメージが無さそうだが、何故投げられたのか理解できないという顔をするアストラ。

 

 雌落ちしかけてさらにアストラに内心の動揺を言い当てられて暴走した自分が恥ずかしくて情けなくて、でもちょっとゴツゴツしてカッコいいなとか考えている自分が嫌になる俺。

 

 言葉は無いが両者の間に微妙な空気が流れる中、さらに頭を抱えたくなる事態になる。

 

「魔王様!?」

「先程の音は……」

「まさか、その男が何か!?」

 

 先ほどの戦闘音に気付いて駆け付けた部下が、部屋の惨状とアストラ、俺を見て騒ぎ立てる。

 と、とりあえず何とか誤魔化さないと。アストラが俺を殺しに来たと知られては面倒な事になる。

 

 俺はアストラに視線を送る。すると彼も察したのか頷き、口を開いた。

 

「いや、魔王様の美しさに見惚れてしまってな」

 

 ぬぁ!? 

 

「永遠の忠誠を使った際、少々事故が起き不貞を働いてしまった。しかしこの一撃で許してくれると恩赦を頂いた所だ」

 

 そう言ってパラパラと落ちる埃や瓦礫を肩から払い除けて説明するアストラ。

 って待て! 言ってる事はだいたい真実だけどその言い方では勘違いされるだろうが! それにう、うううう美しいって急に言われても……。

 

「不貞だと!? 生かしておけぬ!」

「しかし魔王様がお許しになったのなら、我々が騒ぎ立てるのも不敬では?」

「あの綺麗な手で殴られたとか羨ましい」

「そもそも奴の戯言では?」

「ならば魔王様の口から真実を語って頂くまで」

「魔王様! 事実なのですか!?」

「不貞とは何をされたのですか!? その辺り詳しく! ねっちょりと! ぐっちょりと!」

 

 は、はわわわわわわわわわ! 

 頭の中で熱が籠もりグルグルと回る。鎮静魔法を掛けるも焼け石に水な状態だ。

 

「ほ、本当だ! 其奴の言った事は本当だ!」

 

 瞬間アストラに向けられる殺意の視線。

 

「しかしこれだけでは足りぬと判断した。故に一日牢にぶち込んでおけ! だが手出しは許さぬぞ!」

 

 俺の大切なヒトじゃなくて大切な部下になるのだからな! 

 

「……致し方なし。連れて行け」

 

 アストラは抵抗する事なく部下達に従う姿勢を見せる。すると部下達は納得していないという顔をしつつも、俺の命令に逆らう事なくアストラを連れて行く。

 それを俺は見送り……。

 

「アストラ」

「何だ」

「貴様、魔王様にその様な口の利き方を!」

「良い。……アストラ、これだけは伝えておく」

 

 胸に手を置き、俺は本心を伝えた。

 

「この出会いに俺は感謝する」

「……ああ、俺もだ──魔王ロゼ・ヘクス」

 

 アストラは俺の魔王としての名を初めて読んだ後、そのまま玉座の間を去って行き。

 俺は魔法で玉座の間を修復させ。

 施錠魔法と防音魔法を念入りに掛けて、玉座の間の近くに誰もいない事を確認し。

 玉座に座って、両手で顔を覆い隠し。

 

「……ぁあああああああああああ!!」

 

 アストラに出会って良かったと言われて、名前を呼ばれて、キュンッとした自分に悶え叫んだ。

 

 言い訳をする様に、俺はアイツに負けない様に、自分に負けない様に、あの時からの決意を胸に叫び続ける。

 

 絶対に雌落ちしないぞ俺は! 

 

 

 

 

「魔王ロゼ・ヘクス……」

 

 牢獄に入れられたオレは先程刃を交わし、言葉を紡ぎあった魔王を思い浮かべる。

 この世界に転生してから碌な事は無かったが、あの様な者に会えるとは思わなかった。

 

「本名はヤグラ・H・フォーティエイト」

 

 魔王になった者は本名を捨て、魔王名を授かる。血縁者に迷惑が掛からない様に、という理由があるがそれは建前だろう。

 

 恐らく本当はこの世界に神の趣味。それに尽きる。

 

「アイツがオレが堕とすべき相手」

 

 オレには前世の記憶がある。

 名前は亜水虎太郎。人付き合いが苦手で、よく勘違いされては不服を買い、その度に親友が仲介してくれていた。

 

 親友、橘菱とは幼稚園に入る前からの仲だった。アイツは本当に凄い奴でいつも助けてくれて、アイツだけがオレの事を理解していた。

 

 だから引っ越しで離れ離れになると言われた際は悲しく、それでも再会を約束し、次に出会った時はお互い恥ずかしくない人間になろうと約束した。

 

「どうしてだ、菱……!」

 

 しかしその約束が果たされる事は無かった。

 

「何でお前が死ななければならないんだ!」

 

 菱は、通り魔にナイフで刺されて死んだ。信じたく無いが、葬式で見た菱は本物で、穏やかな顔を見ていると直ぐに目を覚まして。

 

「ぅお? どうした虎太郎。なんかあったか?」

 

 なんて言いそうで……そんな事はなくそのまま葬式は終わり、菱は火葬されて灰となった。

 菱の友達は皆泣いていた。泣いて泣いて泣いて、感情を顕にしていた。

 

 しかしオレは泣く事ができなかった。現実を受け入れられず、ただ呆然としていた。

 

 これが絶望と言う奴なのだろう。

 

 式が終わってもオレは何もできず、菱とよく遊んでいた公園で虚空を見続ける日々。

 これからどうすれば分からなくなっているオレに、奴は現れた。

 

「もし君が僕のお願いを聞いてくれるのなら、橘菱くんを取り戻すチャンスをやろう」

 

 奴は取引を仕掛けてきた。

 魔王ロゼ・ヘクスを雌落ちさせてくれるのなら、親友が……菱が転生した世界に連れて行ってくれると。

 正常な判断ができる人間なら直ぐに突っ撥ねる言葉。現実と妄想の区別が付いていないのか? と鼻で笑うだろう。

 

「本当か……?」

 

 だが、オレはその言葉に乗った。まだアイツと遊びたかった。約束を果たせなかった。アイツの死を受け入れる事ができなかった。

 

 だからオレは奴の差し出した手を取ってしまった。

 

「期待しているよ亜水虎太郎くん」

 

 その言葉と共に腹部に熱を感じ、意識が暗転。

 そして次に目覚めた時には魔族に転生していた。アイツの言っていた事が本当だと確信したオレは。

 

「この世界でアイツを見つけて、元の世界に連れ戻す」

 

 その一心で、オレは再び立ち上がる事ができた。

 

 しかしアイツを見つける事はできなかった。魔界を探し回ったがアイツは何処にも居なかった。もしかしたらオレと同じ様に魔族となったのだと思ったが、もしかしたら人類界、精霊界に居るのかもしれない。だが敵国内を無策に探しても見つける事ができるかどうかは分からなかった。

 

「だったら、方法は一つしかない」

 

 オレは魔王となる事を決意した。

 この国が腐っており変えたいと思ったのも本当だ。しかし根幹にあるのは見ず知らずの誰かではなく親友だった。

 

 同族を殺した。女を殺した。男を殺した。たくさん殺した。

 それでも、外道に堕ちてでも……オレはもう一度会いたかった。

 

「……菱」

 

 だから魔王を見た時、奴の野望を聞いた時、オレはあの女を直視する事ができなかった。

 菱に似ていると思った。そんな奴がこの世界に居る事を知って、少しだけ救われた。

 

「……奴の言う事など聞く耳持たなかったが」

 

 魔王ロゼ・ヘクス。もしアイツがオレの親友だったならば、と思う。

 しかしそれは無いだろう。奴はオレの名を聞いても反応を示さなかった。

 

 アストラ。それは、かつて菱が一度だけ呼んだニックネーム。亜水虎太郎から作った言葉遊び。

 一度だけ呼ばれてそれ以降口にする事は無かったが、オレは嬉しかった。だからこの名前を名乗り続ければ菱は気付いてくれる筈だ。

 

 その為ならオレは何でもしよう。

 魔王に従う事も、あの神と名乗る男の人形になる事も。

 もしもの時は魔王を雌落ちさせる事も考えておこう。

 

 だから魔王よ。

 

「失望させてくれるなよ」

 

 どうか雌落ちさせないでくれ。

 

 

 

 こうして絶対雌落ちしたくないTS魔王と最低最悪の神による雌落ちさせる刺客は出会った。

 

 まさにボーイミーツガール。知る人はボーイミーツボーイ。

 これから行われるのは尊厳と願い、欲望、そして約束が複雑に絡んだ物語。

 その物語の結末は神ですら知らない。

 

「んなあああああ! アイツになら良いかもって考えるな俺ェェェエエ!! 

 

 そしてそれは、この雌落ちに耐える魔王も知らない。

 というかそれどころでは無かった。

 



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VS時間停止系AV

一話スペシャルという事で第一話は文字数多めにしましたが
今回からは少なくなります
ボーイミーツガール要素は置いてきた。これからの戦いに着いてこれねぇからな……


 以前の魔王軍は腐敗し切っていた。

 国民の奴隷化からの、魔王による他国への輸出。奴隷の買い取り。重課税。重労働。賄賂。人体実験その他諸々。

 魔族の国だから当たり前なのでは? と思うかもしれないが、普通にアウトだ。

 魔族という名前の種族だが、前世の記憶を持つ俺からすると、彼らも人間とそう変わらない。俺を雌落ちさせて来ようとする事以外は。

 俺の親父はあの様な救いようのない奴だったが、若い魔族は割と普通だ。仲間意識も普通にあるし、辛いことは辛いと感じるし、非道な事を非道と眉を顰める感性を持っている。

 

 それを抑えつけていたのが前の魔王軍だ。

 彼らが強かったからこそこの国はどんどん腐敗していったし、野離しにしていればこれからも国民を犠牲に快楽を貪り尽くしていただろう。

 

 そこで俺は一気に改革を始めた。

 魔王以外は何千年も幹部達の顔ぶれが変わらなかった事が、原因の一つでもあった。

 アストラが暗殺して数が減っているとはいえまだ残っているし、バレない様に潜伏している輩も居るだろう。それを見つけ出すのもこれからの課題だ。

 故にその為にもアストラとの連携は大事であり……。

 

「……っ」

 

まるで共同作業……って考えるな俺! 

 相変わらず、隙あらば雌落ち脳になるこの体に辟易としつつ鎮静魔法を自分に掛ける。

 こんな状態ではこの先が思いやられる。ようやく見つけた仲間なんだ。この機会を逃せば魔王軍改革も遠のく。

 

 下手したらアストラが敵になるかもしれないんだよな……。そうなると益々厄介な事になる。

 

 今の俺に仲間は居ないのだから。

 

 魔王と言っても魔王自体に権力は無いに等しい。魔王軍を動かすのは側近の幹部達が行っていた。本当に魔王は魔族達を産む為だけの存在だったんだな……。後は象徴扱いとして。

 先代魔王が他国と密輸できたのも、魔王自身の快楽の他に、幹部達の人体実験の材料としての面が大きかったのだろうな。本当に腐ってる。

 

 しかしそれも俺の代で終わりだ。後は残っている腐った枝を斬り落として立て直していけば、魔界という一つの大樹はようやく自立できる。

 

 その為にもアストラは必要不可欠で、これから俺の部屋で今後の事について話す事になっている。

 

 そう、俺の部屋で、だ。

 

「ふぅ……こんなものか」

 

 額に浮かんだ汗を拭う。俺に充てられた部屋……というより代々魔王に与えられた部屋はとにかく広い。お飾りとはいえど魔王は魔王。豪華な装飾がされ、正直落ち着かなかった。ベッドも大きく何人も入れるサイズ。

 そして棚にあるのは怪しげな色を放つ薬品やら魔本。そういう事の為に用意されているのだろう。魔王を雌落ちさせる為に、させやすくする為に。

 他にも卑猥な形をした魔道具もあり、思わずそれを手に取る。

 

「……これを」

 

 これをアイツが使ったら……。

 チラリと、もしかしたら使うかもしれない為、念入りに掃除したベッドを見て、その上に居る自分とアストラを妄想し、コレを使われている未来を思い描き。

 

って、何を考えてるんだ俺は!?

 

 魔力で強化した腕で卑猥な形をした魔道具を握り砕いた。さらにそういった用途で用意された薬品や魔本を棚ごと焼却魔法で消し去り、息を荒げる。

 掃除する時に何故自分は処分しなかった???? 期待してたのか???? 否定はしないが……いやしろよ俺!!

 無意識に行っていた己の行動に、俺は改めて薄ら寒い思いをする。これが、アイツが用意した雌落ちの試練。ありとあらゆる手段で俺を雌落ちさせようとしてくるな……。

 そして念入りに掃除して俺は何を期待してるんだ。ベッドのシーツを変えて。自分が怖いわ……。

 

「魔王」

「っ!」

 

 自分自身に戦々恐々としていると、ノックと共にアストラの声がした。心臓が強く脈打ち、呼吸が一瞬止まる。視線を扉に向けてアストラが既に到着しているのを感じ取り、すぐに自分の部屋を見渡す。

 

お、おかしな所無いよね……? 

 

そうじゃなくてぇ!

 

 鎮静魔法で心を落ち着かせながら、俺は足早に扉へと向かう。クソ、不意打ちだったからビックリしたじゃ無いか。

 理不尽だとは分かっているが、アストラに対して妙な苛立ちを抱きつつ扉を開ける。そして文句の一つでも言ってやろうとし。

 

「遅かったな、アスト──」

 

 俺は言葉を失った。

 

「そういうな魔王。現行制度を維持したい奴らに我々の動きを察知されれば動き辛くなる。だから此処に来るのにも最大限の警戒を──」

 

 アストラの言葉が頭に入って来ない。

 それよりも俺の意識が持って行かれているのは、奴の服装だ。

 先日俺を暗殺しに来た時は戦装飾だったのだろう。龍を連想させる厳つい鎧を着込み、禍々しい黒は魔族らしかった。元々魔族は黒い衣服を好むし、俺もそうだし、おかしいとは思わなかった。

 

 だが、今のアストラの格好はなんだ。

 執事服だと!? さらに黒い長髪はポニーテールにし、鋭い目つきは眼鏡を掛ける事で知的さを演出! 褐色も合わさってもう最高!

 

 いや、最高に頭悪いのは俺だ。

 何メロメロになっているんだ俺は……。

 流石に今のは過去最悪でアレ過ぎるわ……。

 

「どうした?」

「いや、何でも無い。入ってくれ」

 

 鎮静魔法を五回くらい掛けてからアストラを部屋に招き入れ、施錠魔法で扉を閉める。さらに盗聴されないように防音結界、他の魔族が近づいたら分かるように探知魔法も展開する。

 

これでふたりっきり……じゃないんだよなぁ! いい加減にしろよ俺ぇ! 

 

 鎮静魔法を再び掛けつつ平常心を取り戻す。

 心の中で深呼吸して、魔王である自分をイメージし、作り出し、それを表に出す。

 スッと閉じていた目を開き、目の前のアストラ見据える。

 

 これから語るのはこの魔界、及びこの世界の未来を見据えた話。気を引き締めないと。

 決意を新たにした俺はゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。

 

趣味は何ですか?

「は?」

 

 いやお見合いじゃねぇんだから!?

 

 

 

 あの後、場を和ませる為の冗談だと誤魔化して、アストラと魔王軍に関する情報共有を行った。

 結果として……。

 

「もはや滅した方が早くないか?」

「それを言ったらおしまいだ……」

 

 アストラがこめかみに青筋を立てながら言い放った物騒な言葉にそう返しながらも、実際の所俺も同じ気持ちだ。

 魔王軍の腐敗具合が不味い。上層部の八割は汚職塗れで、全員殺したら機能しなくなる。

 

「虚飾の魔王に、腐れ外道の実行幹部。誇り高い魔族とは良く言ったものだ」

 

 吐き捨てる様に言ったその皮肉に俺は返す言葉も無いし、返すつもりも無い。全く以て同意見だからだ。

 

「しかしどうする?」

 

 殺すのは簡単。しかしそれをするとこの魔界其の物の戦力が落ち、人類と精霊に攻め入れられ雌堕ちさせられる。過去の文献で人類圏の英雄や勇者、精霊に雌落ちした魔王が居るって書いてあったからな……敵対している分、向こう側の方が厄介かもしれん。

 

 だから苦肉の策だが。

 

「屈服させる他あるまいて」

「……できるのか?」

「できるかできないかでは無い。やるかやらないかだ」

 

 もしくはヤられるか……だな。

 魔王になって日が浅い内は性的に襲ってくる事は無いが、命が狙われていると知れば激しく抵抗するだろう。俺を手込めにして助かる為に。

 当然俺もヤられる気は毛頭ない為、戦いとなれば全力で対応するつもりだ。

 

 しかしアストラは眉を顰めて心配……では無いな。これは失敗する確率が高い故の不信顔だな。

 

ちょっと寂しいなとか思ってんじゃねぇよ俺。ハイ鎮静鎮静! 

 

 とにかくアストラの不信を払拭しないと。

 

「まぁその様な顔をするな。貴様の気持ちも分かる」

「……お前が屈服させようとしているのは」

 

 しかしアストラは顔色を変える事なく、懸念事項を口にする。

 

「オレが殺そうとして、殺せないと諦めた奴らだ」

「……」

「魔王なら知っているだろう? 奴らの魔道具を」

 

 この世界の人類、精霊、魔族は当たり前の様に魔法を使う。生活基盤に組み込まれている程に普及されており、魔道具も歴史の中で開発された代物。

 殆どが魔法の補助や生活用品として使われているが、魔王軍幹部が持つ魔道具は別だ。

 

「奴らの魔道具は、この世界の神が使う魔法を再現した魔道具だ」

 

 つまりこの世界の理を覆す、とまでは行かないが、この世界に生きている生命体では対策のしようがない。

 例えどんなに強くても、どんなに耐魔能力が高くても、抗う事ができない。それが神の魔法だ。

 

「心配するなアストラ」

 

 

 アストラに対して、魔王は不敵な笑みを浮かべる。その顔には自信がありありと満ちており、微塵も自分が負けるとは思っていない。そんな顔だった。

 しかしそれも当然である。魔王はこの日の為に、ありとあらゆる情報を集めていたのだ。

 

「神の魔法を再現した魔道具。なるほど、確かに脅威だ。しかし所詮は使い回しの骨董品」

 

 魔王はある本を取り出した。

 それは──この国の歴史が記された分厚い本。しかしただの本では無い。これは……。

 

「俺に任せておけ──奴らの汚れ切った手に堕ちはしない」

 

 これは、歴代魔王が書き記してきた魔本だ。

 

 

 

 

 

『決行の日まで時間がある。それまでお前は、悟られぬように部下どもと親睦を深めていろ』

 

 密会が終わり、暇な時間ができたアストラは早々に魔王から部屋を追い出された。あまり二人っきりで居ると怪しまれるからだ、との事。

 

 しかし彼を追い出す際、魔王は恥ずかしそうな、寂しそうな、そんな複雑な乙女な表情を気付かれない様に浮かべ──すぐに鎮静魔法を重ね掛けしていた事をアストラは知らない。

 

 ともかく、アストラは魔王の指示の通り魔王軍の者達と親睦を深める為に食堂へ来たのだが……。

 

「よぉ、アストラと言ったか? ちとツラ貸せよ」

 

 流石は血の気の多い魔族で構成された組織。アストラは食堂に一歩足を踏み入れると同時に、複数の兵士に囲まれてそのまま人気の無い所まで連れて行かれてしまった。

 それを見て止める者は居らず、むしろニヤニヤと笑みを浮かべて見送る始末。

 

(どうやらオレは歓迎されていないようだな……)

 

 悪意に満ちた視線をその身に受けながら、アストラは自分が魔王軍内における立ち位置が良くない事を漸く知った。

 

 魔王は親睦を深めていろ、と言った。

 アストラはその言葉の意味をようやく理解した。この国で、魔界でその言葉のまま受け止めるのは愚の骨頂。

 彼は理解していた筈だった。魔族とはどういう存在か。この世界がどれだけ歪んでいるか。自分が、既に人間ではなく魔族である事を。

 

「お前、抜け駆けしようとしているだろう」

「……どういう意味だ」

 

 それを、この世界が……目の前の魔族達が突き付ける。

 

「貴様も今回の魔王様を狙って此処に来たんだろ? オレ達と同じ様に」

 

 この魔王軍に、真に魔王を崇拝している者は居ない。

 

「気持ちは分かるが、手を出すのがはえーぞ。早漏かよ」

 

 表向きは平伏している様に見えても、従っている様に見えても、魔王は常に狙われている。

 

「まだ成熟していない肉体を無理矢理ってのも、まぁ分かる。そそるよな」

 

 ただの孕み袋として。

 

「でも即位して間もないからな。今堕ちたら……つまんないだろ?」

 

 ただの性処理道具として。

 

「だからとりあえず一年間は様子見って訳だ」

 

 魔王が、純血の魔族を産める唯一の存在な為に、彼女の貞操はまるでオモチャの様に扱われる。

 

「まぁ、なんだ。一年後にあのロリボディが育っていない事を祈ってな」

 

 魔族のその言葉に他の魔族達が笑い声を上げる。

 この場に居る全員が同じ感性を、同じ考えを持っていた。

 そして全員が──彼女を犯すと、孕ませると、自分の物にすると言う。

 そんな下卑た声を聞きながらアストラは魔王の言葉を思い出す。

 

『奴ら魔族をどう思っているかだと?』

 

 この国の王となった彼女に、この国の救いようのない彼らをどうするのか。気になった故に投げかけた問い。アストラは国を纏め上げた後に自分が行おうとしていた事を思い出しつつ、彼女の答えを待った。

 

『可哀そうだと思っている』

 

 魔王の答えは直ぐに返ってきた。そしてその答えは、アストラの思考を止めるのに十分だった。

 

『初めは嫌悪しか抱かなかった。だが、この世界の理を、この世界の神の所業を思えば彼らもまた被害者だと理解した』

 

 その時魔王は自分の父にした事について少し後悔している表情を浮かべた。

 魔王にとってそれは失敗。力が無かったから起きた悲劇。

 だからこそ強くなり、魔王となった今こそ救える者は救いたいと思っていた。

 

『力を求め、支配欲に堕ちた種族だが仲間意識はある。魔族だからと俺はあいつらを諦めたくない』

 

 だから出来る限り仲良くしてくれと言った。

 アストラは魔王のその言葉に従う意思を見せていた。これからの戦いの事を思えば、魔族達の存在は必要な存在だと言えるから。

 

 だが、これはなんだ。

 

 彼らはこれっぽちも魔王に対して仲間意識を持っていない。

 

 こんな種族を守らなくては、導かなくてはいけないのか? 

 

 アストラの胸中に闇が蠢く。

 理解していた筈だった。理解していたからこそ、幼い魔族達以外を殺して種族の中にある膿を消し去ろうと魔王を目指した。

 それが正しいと思ったから。

 それが苦労しないと思ったから。

 

 だが魔王は間違っているのかもしれなく、苦労する道を歩もうとしている。

 

「そういう訳だから、新人は新人らしく大人しくしていな。そうしたらいつか順番来るから」

「ぎゃはははは! 使い古されてユルユルかもな!」

 

 下品な声で笑い、下劣な言葉を吐き散らしながらアストラに釘を刺し去っていく魔族達。

 そんな彼らを見てアストラは己の腰の刀に触れ……しかし抜く事はできなかった。

 激情のまま此処で彼らを殺しても意味がない。今の会話を聞いていた他の魔族達が咎めていなかった事から、彼らの考えはこの魔王軍の中では常識なのだろう。

 だから此処で殺しても意味がないのだ。彼らのような考えを持つ魔族を片っ端から殺していけば、魔王軍は全滅する。

 

「……」

 

 アストラは考える。もし自分が居なければ、魔王と会わなければ、彼女はこの孤立した状態で魔王軍を纏め上げていたのだろうか。

 自分の貞操を狙われながら、表では敬う姿勢を見せられつつ裏では性処理玩具としか見られず、嗤われながら独りで。

 

「魔王、お前は……」

 

 アストラの胸に生まれた闇は、晴れなかった。

 

 

 

 

 

「乱心されたか、魔王様」

 

 魔王城のとある一室にて、眉を顰めるのは老齢な魔族。

 この魔族は代々魔王の傍に居続けた古株の幹部であり、数多の魔王を喰ってきた男だ。

 色々な手段で堕とされていく魔族を見ながら美酒に酔い、タイミングを見計らって魔王の体を楽しむ。

 それまでは適当にこの国を回し、滅びない程度に国の管理をする。それが彼の人生だった。

 

 だから非常事態には敏感に察知し、その対処を行う。

 

「やれやれ全く。今回は外れかもしれんな」

 

 思い出すのは、今の魔王が男から女へと変わったあの時。

 魔王族へと生まれ変わった時の魔王の反応を今でも覚えている。

 今までの魔王と同じ言葉を吐きながらも、何処か今までの魔王とは違った気概を感じた。

 

 ただ、それだけだった。

 

「仕方ない。次の魔王に期待するか」

 

 老齢の魔族はため息を吐きながら立ち上がり、常に懐に入れてある懐中時計を取り出す。カチカチと変わらず時を刻んでいるのを確認し、扉を開けて部屋を出る。

 するとそこには彼が用意した多くの私兵達が居た。いずれもこの老齢の魔族に付き従う魔族。彼らを見渡し、老齢の魔族は口を開く。

 

「喜べ貴様ら。これから初物を頂きに行くぞ」

 

 その言葉に魔族達は笑みを浮かべ、気を逸らせる。どうやら今回の魔王は彼らのお眼鏡に叶ったようで、これから好き放題できると知って嬉しいようだ。

 

「故に通例より早く世代交代が行われるが、まぁ良いだろう」

 

 使うだけ使ってそれからは……その時に考えよう。

 

「それでは行くぞ」

 

 兵を連れて老齢の魔族は、魔王の部屋へと赴く。

 就寝時間だからか、城内に駐屯する兵はすくなく、その兵たちも老齢の魔族の息が掛かった者たち。他の幹部に気づかれることなく、老齢の魔族は目的地に辿り着いた。

 

「さて、まずは私が頂く。貴様たちは私が合図したら入れ」

「はっ」

 

 老齢の魔族の指示に兵たちが応え、それを見送った老齢の魔族は……持っていた懐中時計に魔力を込めて魔法を発動させる。

 瞬間、世界から色が、音が、匂いが消え失せ、時間が停まった。

 

 時間停止。普通の魔族では扱う事ができない、それどころかそんな魔法は無いと言われている忘れ去られた神の魔法。

 この国の九割の魔族は時間停止の魔法の存在を信じないだろう。

 しかし残り一割……魔族の幹部たちだけはその魔道具の存在を知っている。

 

 知っているが、使えるのは選ばれたこの魔族のみ。

 この力で彼は魔王を幾度も雌落ちさせ、邪魔者を殺し、今の地位を築いてきた。

 彼が信頼する魔道具。強力なのもそうだが、何よりこの魔道具は魔王が絶対に逆らえない。

 

 だから老齢の魔族は警戒する事もなく安易に部屋の扉を開いて。

 

「何をしているシグレ卿。魔王たる俺の部屋に断りもなく入るとは何事か」

 

 目の前の光景に言葉を失った。

 色が、音が、時間が失った世界の中で魔王は動いていた。魔族を狂わせる色気を纏わせていた。鈴の鳴るような綺麗な声が静粛なこの場で響き渡った。

 いったいどういう事だ、と老齢の魔族は血相を変えて振り返る。そこには確かに時間を止められた兵士たちがおり、魔道具が誤作動を起こしている訳ではない。

 

 つまり。

 

「貴様、知っているのか! この魔道具の名を!」

 

 老齢の魔族はそのあり得ない真実に狼狽し、普段繕っている臣下の姿を崩して魔王を睨む。

 対して魔王は普段通りに老齢の魔族を見下し、時間が止まった中飲めなくなった紅茶の入ったカップを置いて立ち上がる。

 

「ああ、コレに記されていたからな」

 

 それは、歴代の魔王達が書き記した無念の日記。

 雌落ちしないと抗っていた時に、かつての魔王たちが自分を慰める為に縋っていた希望。

 しかし雌落ちした後に見れば、自分の汚れ切った姿を突き付けてくる絶望。

 そんな二面性を孕んでいる日記には、時折この世界の物ではない文字が書かれていた。歴代の魔王たちはいつか分かるかもしれないと、一縷の希望に縋って書き記し、しかしその意味を知ることなく理解できない暗号として遺り……魔王がそのバトンを受け継いだ。

 

 魔王は、魔本に記されていた懐中時計の魔道具の名を口にする。

 

「『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』」

 

 心底顔を歪めて、軽蔑し切って……。

 

「くっ……貴様、何故古代文字を口にする事ができる! 意味を理解し、しっかりと言葉として口にしなければならない筈!」

「だから嫌なんだよ……マジで最悪だなあの野郎……」

 

 老齢の魔族の問いに答えず、この世界を作った神に思いっきり呪詛を吐く魔王。

 前世が日本人だった彼女は、魔本に記された文字を解読する事ができた。

 

 懐中時計型魔道具、『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』はその魔道具名を意味を理解して口にする事ができる者のみが使う事ができる。だからこの魔族以外の魔族は使う事ができなかった。老齢の魔族が隠してきた為に。

 唯一知る事のできた歴代の魔王達は言葉の意味を理解できず何とか文字を記すだけであり、度重なる快楽により抗う気持ちも失せていく。

 故に築かれてきた絶対性。この世界で最強の魔道具。しかし魔王ロゼがその前提を崩した。

 

「その魔道具の名を真に知っている俺に、時間停止は効かない。降伏するんだなシグレ卿」

「くっ……!」

 

 魔王の言葉にシグレ卿は苦い顔をし、魔道具を操作する。

 すると、世界に色、音、時間が戻り、背後の兵士たちの戸惑いの声が響く。

 

「なんだ? 今の」

「あれ、魔王様まだ犯されていない?」

「どういう事だ、話が違うじゃないか」

 

 彼らの言葉を聞き、魔王は呆れ返った表情を浮かべる。

 目の前の魔族のぶら下げた餌にまんまと引き寄せられた彼らは、どこか滑稽に見えた。それ以上に滑稽に見えるのは、この老齢の魔族。

 時間停止を止めて数に頼れば魔王に勝てると思ったのだろうか、と彼女は彼を見て……依然として苦い顔で睨むその姿に苦し紛れの行動だった事が伺える。

 

「皆の者、かかれ! こうなっては手込めにするしか我らの生きる道なし!」

 

 その言葉に兵士たちは状況を察したのか、サッと顔を青くさせて武器を手に部屋に雪崩れ込んで取り囲んでくる。

 

「効くか分からないが、私も援護する!」

 

 そう言って『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』に魔力を込める。また時間を止めるのか、と魔王が怪訝な表情を浮かべる。そうしてしまうと兵士たちが動けないからだ。

 しかし今回の魔道具の使用方法は先ほどと変わっており、老齢の魔族は魔王の肉体の動きだけを止める様に働きかけた。戦闘時に使う応用技で、この力で邪魔者を排除してきた。

 

「油断するな! 相手は魔王だ!」

 

 しかし老齢の魔族は対して効いていないのだろうと判断し、兵士たちに注意を呼びかけ、自分は拘束魔法を発動させる。

 魔王の足元からジャラジャラと鎖が飛び出し、彼女の肉体を締め付ける。

 

「ん……」

 

 そして魔王の口から色っぽい声が響いた。

 

「……え?」

「……」

「……」

「……」

 

 ジャラジャラと鎖をさらに締め上げる。

 

「っ……」

 

 熱い吐息が吐き出された。しかし魔王の体は動かない。

 

「いや、まさか……」

 

 老齢の魔族が魔王の顔をジッと見る。しかし魔王は表情を変えることなく、顔を逸らすことなく、視線も揺らさず……しかししっかりと動揺していた。

 

 魔王は動けない。時間停止によって。

 

「よし、犯せ」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「待て待て待てぇええええええ!!」

 

 一気に魔王に群がる兵士たち。群衆の中から「やめ」「ん……」「いや……」と快楽に堕とされていく少女の声が響く。

 それを見て老齢の魔族はホッと一息吐いた。

『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』の弱点を知られていた時は焦ったが、どうやら魔王自身に時間停止に対する耐性は無かったらしい。

 老齢の魔族はこれからも自分の地位は安泰だと安心し、切なそうな声から喘ぎ声に変わった魔王に目を向ける。

 

「さて、私も楽しませて貰おうか」

 

 そう言って老齢の魔族が兵士たちを押し退けて群衆の中心に趣き、そこであられもない姿を見せている魔王の姿を目に収めようとして。

 

「あへぇ」

「──」

 

 何故か屈強な肉体を持つ兵士が鎖に縛られてアヘ顔を晒していた。

 その光景に老齢の魔族は絶句し、思わず吐いた。それがトリガーになったのか、周りの兵士達も気付き阿鼻叫喚の事態に。どうやらこの場に男色の者は居ないらしい。

 

「い、一体何が……」

「幻術だ」

 

 老齢の魔族の問いに応えたのは、この部屋の出入り口に居るアストラだった。

 

「アストラ! 貴様!」

 

 激昂する魔族達を他所に、アストラは横抱きにした魔王をそっと床に下ろす。

 魔王は体を小さく丸めて反応を示さなかった。

 そんな魔王にアストラが怒気を込めて言葉を紡ぐ。

 

「何が『俺に任せておけ──奴らの汚れ切った手に堕ちはしない』だ。思いっきり手に堕ち掛けていたでは無いか」

「うむ……その……あの魔道具にあんな力があるとは思えず……」

「お前が馬鹿だという事はよく分かった」

「何を!?」

「此処からはオレがやる」

 

 魔王の言葉を切って捨てて、アストラは愛刀「竿」を構える。

 

「馬鹿が! 精鋭の我らを貴様如き一人が相手になるか!」

 

 そう言って兵士の一人が斬り掛かり……彼の剣事真っ二つに切り裂かれる。彼が身に纏っていいた鎧も含めて。

 

「馬鹿な! 我々の鎧には対魔王・対物理の防護結界が施されているのだぞ! 最上級魔法すら耐えるこの鎧を何故!」

「我が剣に切り裂けぬ物はない」

 

 アストラの長刀が一人、また一人と切り裂いていく。

 その光景を信じられないと魔族たちは怯えを含んだ顔で見て、対して魔王は当然の結果だとアストラの背中を見ていた。

 

「振動魔法。極めれば一級品の盾すら一刀両断。凄まじいな」

 

 以前戦っていた際にもアストラは振動魔法で刀の攻撃力を高めていた。だから魔王の防御壁も楽々と突破していたが……彼女が未だ純血の魔王だった故に、何とか貫かれる事はなかった。

 その時の事を思い出し、魔王は微妙な表情を浮かべる。何故なら自分が助かっているのは、この世界の理のおかげだからである。

 

 男が持つ竿。振動。純血。貫く。

 つまりはそういう事である。神は道具による純血喪失を好んでいないらしい。

 クソが、と魔王は吐き捨てたくなった。

 

 そうこうしている内に、老齢の魔族の兵士たちは全員殺され、残っているのは彼だけとなった。

 魔族は必死に魔道具を使ってアストラの時間を止めようとしたが、何故か止まらなかった。

 

「な、何故だ! 何故止まらぬ!」

「当然だ。貴様……先ほどの光景を見て萎えただろう」

「!!」

「原動力となる欲求が動かない魔族に、その魔道具は応えんさ。ましてや、男相手には」

 

 スッと上段に構えるアストラに、老齢の魔族は顔のありとあらゆる穴から液体を出しながら命乞いをする。

 

「た、助けてくれ! もう魔王様には逆らわない。だから……」

「貴様の様な膿があっては、これからの魔王軍は腐り落ちる」

 

 しかし、アストラはその声を聞かない。

 

「正せねばならぬ。改革せねばならぬ。──だから、貴様は要らん」

「ま──」

 

 老齢の魔族が声を張り上げると同時に、鮮血が舞い、そのまま断末魔を上げる事無く老齢の魔族は肉の塊と化した。

 血潮を振り払い、竿を鞘に納めるアストラ。

 その光景を見ていた魔王はため息を吐き、彼に問うた。

 

「殺してどうする。当初の予定は屈服させる筈だったんだが?」

「その前に貴様が屈服させられそうになっていただろうが」

「ぐっ」

 

 図星故に何も言えない魔王。

 そんな魔王に血塗れのアストラが向き直る。

 

「貴様は本当にこの国を変える事ができると思うのか」

「どうした。まさか魔王軍の奴等と言葉を交わして失望したか?」

「……」

 

 今度はアストラが図星を突かれる。

 だからここまで念入りに殺したのかと納得した魔王はため息を吐く。

 正直今回は失敗だ。魔王の見立てが甘く、アストラの考えにノイズが走った。それがこの惨劇を生み出した。

 

「一度言葉にしておく。俺はこの国を変えるつもりだ。お前が失望した奴等も含めてだ」

「だが……」

「一度失敗して諦めてどうする。二度失敗して諦めてどうする。俺は諦めないぞ。百回失敗しても、千回失敗しても、必ずこの世界を統一し神を倒す」

 

 魔王の言葉にアストラは。

 

「何故、そこまで……」

「約束したからな。俺もまた友と」

 

 魔王が思い出すのは、消されても尚胸に残る約束。

 

「俺が諦める時はその約束を果たせず、この世界に、神に屈服した時だ」

 

 そう言って魔王は。

 

「だからアストラ。お前と出会って良かった」

「何を言って……」

「俺が俺では無くなったその時は、殺してくれ」

「っ……」

「頼むぞ」

 

 その言葉を最後に魔王はその場を後にした。事後処理の為であろう。

 しかしアストラは血に汚れた部屋から一歩も出る事ができず、魔王の言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 お前と出会って良かった。

 殺してくれ。

 

 その言葉を受けて、彼女の事を好ましく思っていたアストラは。

 

「オレは……この出会いを呪うよ魔王」

 

 この世界の理不尽さに、初めて神を呪いながら無気力な言葉を吐き捨てた。

 




ダークライさんは投稿直前に退職願いを出してきたので
その後飲み会に連れて行き説得して暫く有給使って休んで貰います

※タイトル並びにあらすじを一部変更。ボーイミーツガール杯終了後に大きく変更予定。ノリでやったらアカンかった。


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