【完結】甘雨さんを休ませたい (リヒス)
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突然、休みをいい渡されました

新シリーズ始めました。
よろしくおねがいします!


「甘雨、ちょっといい」

「はい、刻晴さん」

 

 帝君が亡くなり、新しい風が吹いてきた頃。

 刻晴さんが七星の秘書として働いている私に声をかけてきました。

 書類を何処かに運ぶ仕事? それとも七星の誰かへの伝言でしょうか?

 私は、手帳と小筆を手にし刻晴さんの指示を待ちます。

 

「あなた、働きすぎだから今日は休んでちょうだい」

「働きすぎだから休んで……、はい?」

 

 刻晴さんの言葉を手帳に綴っていた途中で、私は彼女に聞き返した。

 刻晴さんは、呆けた私に対し、眉をしかめ深いため息を付いています。テキパキとしていて、問題を手早く処理するせっかちな性格の彼女にとって、同じことを私に言いたくはないのでしょう。

指示をすれば「はい、分かりました」と答える私が聞き返したことに対しても苛ついているかもしれません。

 

「今日は一切仕事をしないで、いい?」

「え、そ、それは……、刻晴さんに申し付けられた仕事を、ということでしょうか」

「あー、あんたに話すの面倒くさいわね」

 

 他の七星に申し付けられている仕事があります。それは刻晴さんの指示で止められる訳がありません。今日中に確認しなければいけないもの、終わらせなくてはいけない仕事をやらなくてもいいのか、凝光さんに相談しないと……。

 私が頭の中で仕事内容の整理をつけていると、刻晴さんがこう言いました。

 

「これは、七星全員で決めたことなの! それを私が代表してあんたに伝えてるの」

「七星全員……」

「だから、あんたの仕事内容は他の奴に引き継いでいるわ」

「今日の私の仕事はーー」

「なし! 無くなったの!」

「そうですか……」

「だから、今日はここへ来ないでちょうだい」

「分かりました」

 

 今日の仕事は無くなったようです。

 無くなったなら明後日ある仕事の下調べをと考えましたが、それでは七星の指示に逆らってしまうことになります。

 

「……では、明日の朝にまたお伺いいたします」

「お疲れ様。またね、甘雨」

 

 顔をしかめていた刻晴さんが、微笑みを浮かべています。

 私が部屋を出る最後の最後で。

 部屋のドアが閉まり、私は建物を出ました。

 港の香りと香辛料が混じった香りがします。

 雲ひとつもない晴天、朝日は登ったばかりで商人が商売を始めています。

 

「帝君、私は、今度こそ追い出されたのでしょうか」

 

 私は璃月の通りをとぼとぼ歩きながら、命令で仙人の元へ向かった出来事を思い出していました。

 あれは私の勘違い、早とちりだったけど、今回はあり得ます。

 私が部屋を出ていく寸前、刻晴さんが見せた笑顔。

 あれは私を追い出せてせいせいしたからに違いありません。

 

「私の仕事は完璧だったはず。ミスも無いと皆さん言ってましたし……」

 

 落ち込んでいる私の足は自然と万民堂へ向かっていました。

 

「まだお店はーー、お客さん、暗い顔してどうしたの!?」

「……下さい」

「え?」

「肉が入ってない料理、全部下さい!」

 

 悩んでも解決しない問題に当たった私は、苛立ちを食事にぶつけました。

 



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頼まれごとは仕事に入りませんよね

「……食べました」

 

 私が食べられるメニューを片っ端から頼んで、それらを全て平らげました。

 夢のようなことをやり遂げてしまいました。

 昼頃になると、璃月人に取り囲まれ――。

 

「いいぞいいぞその調子だ」

「姉ちゃん、良い食いっぷりだぜ」

「この子の胃袋は……、異常だ」

「どこに料理が入ってるんだよ」

 

 声援を送ってくれたり、私のやけ食いを心配してくださる方もいました。

 今日、誰かの話題にあがっているかもしれません。

 有名人になった気分で、気持ちが晴れやかです。

 ちょっと席を離れる以外は、日が暮れるまでずっと食べ続けていましたから。

 

「ふう……」

 

 ですが、さすがに食べ過ぎました。

 この満腹は翌日まで続くことでしょう。

 

「お客さん、お代を」

「ああ、それはこちらに建て替えを――、あ、いえ」

 

 いつもなら、経費として処理するのですが……。

 忘れていました。私、お休みを貰っていたのでした。

 店主が提示した金額を払えません。

 自宅へ帰れば払えるのですが、店主と顔なじみというわけでもありませんし。

 

 

「まさか……、払えない?」

「その、まさかです」

 

 なかなかモラを支払わない私に、店主が心配した顔で声を掛けてきました。

 私は正直に全額支払言えないと答えることにしました。

 とりあえず、私の全所持金を店主に伝えます。

 二万モラ足りません。

 

「良い客引きになったから、タダにしてもいいんだけどな」

「本当ですか!?」

「ただ、用事を一つ頼まれてくれないか」

「用事……、ですか」

 

 用事と聞くと”仕事”を思い出してしまいます。

 刻晴さんには「今日は仕事をしないで!」とお休みを貰っています。

 店主の用事を引き受けたら、仕事になってしまうのでしょうか。

 

「お客さん、今から用件を伝えるよ」

「あ、は、はい!」

 

 考え事をしてしまうと一人の世界に入ってしまい、会話がワンテンポ遅れてしまいますね。

 私は手帳と筆を持ち、店主の頼みを書き記しました。

 用事は店主の一人娘、香菱に包丁を渡すことです。

 香菱は放浪の旅に出ていて、それを店主が直接届けに行くのは難しいとか。

 放浪の旅……、出ているのでしたら私も大変なんじゃないでしょうか。

 お休みは明日までしかありませんし、一日で済む用事ではなさそうです。

 家まで帰り、足りない金額を払ったほうが効率的です。

 

「お客さん頼まれてくれないかい」

「明日は仕事がありますので……、家に残金がありますから、そちらをお支払いします」

「はあ……、そうかい」

 

 頼みを断ると、店主は残念そうな顔をしていました。

 

「一時間以内に戻ります」

「……まいど」

 

 私は自宅へ戻り、二万モラを握って万民堂へ戻ってきました。

 残金を店主に支払い、背を向けます。

 やっぱり、包丁の話を受けるべきだったでしょうか。

 私は店主の頼みを断ってしまった事に良心が痛みます。

 仕事がお休みになりましたら、店主の頼みを引き受けましょう。

 そう心に誓い、私は今日のお休みを終えるのでした。

 

 

 

 

「おはようございます」

「甘雨、おはよう」

 

 翌朝、私は刻晴さんの元へ向かいました。

 役人から仕事を引き継ごうと声を掛けたのですが、彼等は決まって『刻晴様の元へ向かってください』と言い、断られてしまいます。

 どうやら刻晴さんに会いに行かないと、仕事が始まらないようです。

 

 

「お休みありがとうございました。早速ですが、仕事の話を――」

「しなくていい!」

「え……?」

「甘雨、今日もあなたの仕事は、ないわ」

「お休みですか?」

「ええ」

「確認なのですが、明日の仕事は――」

「ないわ。休みよ」

「……長期のお休みと捉えてよろしいでしょうか」

「ええ。ゆっくり休んでちょうだい」

「分かりました」

 

 私は刻晴に頭を下げ、建物を出ました。

 本当に、私が必要なくなったのかもしれません。

 七星の秘書として仕えることが、帝君との”契約”。

 その契約を七星から破棄しようとしています。

 これから私はどう生きればいいのでしょうか。

 

「分かりません、全く分かりません!」

 

 昨日はその苛立ちを万民堂の料理たちで発散しました。

 ですが、今日は”用事”があります。

 私は万民堂まで駆けて行きました。

 店主は私を見て、鉄鍋を握っています。

 

「ち、違います。今日は料理の注文ではなくて」

「じゃあ、食材を買いに来たのかい」

「いえ、昨日の用事を引き受けに来ました」

 

 私は香菱に包丁を届けに行ってまいります。



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香菱……、どこにいるんですか?

万民堂の亭主に包丁と香菱の行方を追う手掛かりを貰い、私は璃月を出ました。

 目指すは萩花州にある望舒旅館です。

 香菱は放浪の旅に出ていますが、そこを拠点としているそうです。

 この間届いた手紙にそう書いてあった、という不確かな情報ですがないよりはましです。

 

「ふう……、いい運動でした」

 

 璃月を出るのは久しぶりです。

 これもお休みを貰ったおかげですね。

 萩花州は璃月とは違って、沼地が多くそこに生えているハスの花が美味しそうです。

 木造の橋、黄色に茂る木々を眺めながら、食事場で昼食を摂りたいところですが、頼まれごとを片付けるのが先です。

 

「お客さん、宿泊ですか?」

「いいえ、人を探しているんです」

「あら、宿泊かしら」

「香菱という料理人なのですが――」

「ああ、香菱さんね」

 

 私は望舒旅館のオーナーであるヴェル・ゴレットに話かけました。

 ゴレットさんの反応からして、香菱は手紙の通り、ここを拠点にしているようですね。

 問題は、望舒旅館にいるか外に出ているかです。

 

「ええっと……、ここにはいませんね」

「そうですか」

「彼女に用事があるのかしら? 一度外出するといつ戻って来るか分からないの。何か伝言があるのなら受け付けるけど」

「えっと」

 

 ヴェル・ゴレットに包丁と伝言を伝えてもいいかもしれません。

 ですが、万民堂の亭主は『香菱に渡してほしい』と言ってました。頼まれごとから察するに、この包丁は彼女に直接渡したほうがいいような気がします。

 

「香菱に直接渡したいのですが……、どちらへ向かったか何か、言ってませんでした?」

「そうねえ……、外に出かける前にフワフワ宙を浮いた物体と男の子と話していたわよ。その二人ももうここにはいないけれど」

「なるほど」

「もしかしたら、厨房の言笑が行方を知ってるかもしれないわ」

「ありがとうございます!」

 

 その二人は私も会ったことがあります。

 パイモンと旅人です。

 二人の行方を追うのは、香菱よりも難しいと思います。

 ここは、ヴェル・ゴレットが言った料理人の言笑さんに会いましょう。

 私は階段を下りて厨房へ向かいました。

 野菜・穀物・肉・魚・酒・調味料が貯蔵されており、言笑さんであろう男の人が真ん中のかまどで調理をしています。

 

「ん? 厨房に客が勝手に入ってくるなと――」

「ごめんなさい、言笑さん。実は――」

 

 私が厨房の中に入ると、その足音を聞いた言笑さんが振り返りました。

 険しい顔で私を睨んでいます。調理の邪魔をしてしまったようです。

 私はすぐに言笑さんに事情を話しました。

 

「あの子のことか」

 

 料理人ですから、香菱に見覚えがあったようです。

 言笑さんが腕を組んで眉をひそめていることから、香菱に良い印象を持っていないようですね。

 私も香菱の事は万民堂で見ています。天真爛漫な性格から閃く破天荒な料理は、客人を驚かせていたものです。特にスライムを使った料理には私も驚かされました。その時は、スライムは肉には入らないのか悩んでいて口には出来ませんでした。あの料理は美味しかったのでしょうか。

 

「水スライムを倒しに行く、と言ってたな」

「水スライム……」

 

 水スライムという情報だけでは場所を絞り切れません。

 香菱はスライムを使った料理を作っていました。その新作を作るために食材を狩りに向かったのでしょうか。

 

「そうだな……、アイシングなんちゃらを作るとか言ってたな」

「あ、ああ! ありがとうございます!」

「頼りになったならいいが……」

 

 言笑さんから有力な情報を得ました。

 香菱が作ろうとしているのは”アイシングスライム”です。

 パイモンと旅人が凝光に送った食べ物です。

 凝光の話によると、あれの材料は水スライムとスイートフラワーだと聞きました。

 確か旅人は水スライムを――、そうです、遁玉の丘です。

 私が目指す場所が決まりました。早速向かいましょう。

 

 

 遁玉の丘に着きました。

 璃月を経由して四日かけてしまいましたけど、香菱はここにいるのでしょうか。

 湖と朽ちた建物、自然が融合する場所。

 アイシングスライムを一口頂きましたが、スイートフラワーの甘さとは違う味がしました。あれが水スライムの味なのでしょう。

 

「はっ、私、スライムを食べていました」

 

 私、スライムを口にしていました。肉特有の嫌な臭いはしていませんでしたし、口にした時も美味しく、吐きだそうとは感じませんでした。

 だから、スライムは肉ではない。そういうことにしましょう。

 

「香菱……」

 

 場所を特定できたとしても、遁玉の丘も広いです。

 この中で香菱を見つけることが出来るかどうか――。

 

「きゃー」

「香菱の声です!」

 

 香菱の悲鳴が聞こえました。

 ヒルチャールに襲われたのかもしれません。

 私は弓を構え、悲鳴が聞こえたほうへ歩み寄ります。

 

「食材が襲ってくるよー」

 

 香菱が槍を振るい魔物と戦っていました。

 相手は水スライムと氷スライムです。大きな個体ですね。

 二体の攻撃を受けて、凍結状態になってしまい、苦戦しているようです。

 

「えい」

 

 私は水スライムに向かって矢を放ちました。水スライムを凍らせて身動きを止めます。

 

「へ、お客さん!?」

「早く倒しましょう」

「うん」

 

 私の援護により、香菱は火元素を使い、氷スライムを溶かしてゆきます。

 何度か攻撃したところで、二体のスライムが破裂しました。

 

「どうしてお客さんがここに?」

「あなたのお父さんからこれを預かりましたので」

「あっ、包丁だ!」

 

 やっと香菱に包丁を渡すという頼まれごとを果たすことが出来ました。

 

「お客さん、ありがとう!」

「どういたしまして」

「お礼に、さっき獲った鶏肉で料理を――」

「い、いえ……。私は草食主義ですので」

「そうなんだ。じゃあ、万民堂で一杯食べてね」

「はい。ではまた」

「またね!」

 

 用事を果たし、私は璃月に帰ります。



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瑠璃百合、美味しいです

久しぶりの投稿です。
お待たせしてしまって申し訳ございません!


万民堂の店主の頼みごとを終えた私は、店主が作った料理を食べていました。

香菱の行方を探すうちは気が紛れていたのですが、私はまだ刻晴さんに”休む”よう言いつけられています。それが解かれている様子はなく、食事を終えたら何をしようかぼーっと考えていました。

 

「……嬢ちゃん、大丈夫かい」

「は、はい! 大丈夫です」

 

 箸を持ったまま暫く静止していたようです。その様子を見ていた万民堂の店主が心配して私に話しかけてきました。

 

「一体どうしたんだ?」

「えっと……、この後何をしようか考えていたんです」

 

 店主は私の答えに頭を抱えています。

 

「つまりは、暇を持て余しているってことか」

「はい、そうなんです」

 

 店主の言う通り、私は”暇”なんです。

 私は箸をテーブルの上に置き、店主に詰め寄りました。

 

「私にやってほしいこと、ありませんか!?」

「え!? い、いや、お客さんにお願いすることはもうないよ」

「何でもいいんです。料理は出来ませんが、皿洗いでしたら――」

「人はもう間に合っているよ」

「そうですか……」

「切羽詰まった様子……、お金に困っているのかい?」

「いいえ」

 

 私は店主に困ったことがあるか聞きましたが、香菱のような頼み事はもうないみたいです。

 店の店主だったら、配膳や皿洗いなど人手に困っているはず、と私は店主に詰め寄りましたが、働き手は十分いるようで、断られてしまいました。

 私の必死さに、店主はお金に困っているのかと心配されました。

 私はすぐにそれを否定しました。

 私が困っているのは――。

 

「”暇”過ぎて困っているのです!」

「は、はあ……」

 

 私の答えに店主は困った顔をしていました。呆れてしまったのかもしれません。

 人は用事がない、暇であることを喜びます。

 ですが、”契約”に基づき、残業するまで仕事に明け暮れていた私はそれが奪われて不安なのです。

 私はその不安は”頼み事”で埋められることに気付いてしまいました。

 

「それなら、軽策壮へ行って、タケノコと絶雲の唐辛子を注文してくれないかな」

「はい! どれくらい獲ってきたらいいですか?」

「それは、注文書に書いておくよ。代金は――」

「要りません。また料理を頂けませんか」

「はあ、分かったよ。ちょっと待ってくれ」

 

 粘っていたら店主から新たな頼まれごとをされました。

 璃月から軽策壮まで結構な距離です。その間は”頼まれごと”で不安が解消されます。

 しばらくして、私は店主から注文書を貰いました。それを軽策壮の店主に渡せばいいとのことです。

 

「分かりました。では行ってきます!」

「よろしく頼むよ」

 

 私は注文書を握りしめ、軽策壮を目指します。

 

「変な人……、いや、あの髪飾りは角? 人じゃない?」

 

 店主の独り言が聞こえましたが気にしません。新しい頼みごとをくれた方なのですから。

 

 

 私は道なりに歩き、一週間かけて軽策壮につきました。

 馬車に乗ることも考えましたが、それは商品を運ぶ帰りで良いと思い、辞めました。

 刻晴さんの休暇はまだ解かれていません。時間をかけて歩くことで、その不安を紛らわしました。

 

「わあ、いい天気」

 

 私は竹林を通り、木製のつり橋を渡ります。

 棚田のように広がる草原では、瑠璃百合が人口栽培されていました。この花たちは観賞用として璃月で販売されます。他にも高地でしか育たない絶雲の唐辛子を栽培しており、香辛料が欠かせない璃月料理を支えている場所とも言えますね。

 本日は晴れており、心地よい風が瑠璃百合の香りを私に届けてくれます。

 人口栽培とはいえ、とても美味しそうです。

 ですが、こちらは商品。無断で採取すれば、泥棒になってしまいます。

 食べたい気持ちを堪え、私は店主が指定した店へ向かいます。

 

「あの、万民堂の依頼で来ました」

「ああ。注文書はあるかい」

 

 注文書を渡すと、その人は大量のタケノコと絶雲の唐辛子を持ってきました。

 やはり帰りは荷台を運ぶ気球を使うしかありませんね。

 

「これを運ぶ荷台は用意してあるが、護衛は何人いるかい?」

「いりません」

「え?」

「ですから、護衛はいりませんよ」

「でも、宝盗団が荷物を――」

「心配いりません」

 

 私の発言に店の人は戸惑ってました。話が先に進まないと思った私は、”神の目”を彼に見せました。

 それを見た店の人は「なるほど、お気を付けて」と素直に引き下がってくれました。私が実力者であることを分かってくれたようです。

 

「この荷物を璃月に運ぶだけですが……」

 

 荷台がある分、帰りは早いでしょう。

 でしたら――。

 

「少し、瑠璃百合を食べ――、観て行きましょう」

 

 私は少し寄り道をすることにしました。美味しそうな瑠璃百合を食べずに帰るなんて勿体ないですからね。

 



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え!? 売り切れってどういうことですか!?

 軽策荘へ来ましたので、瑠璃百合を購入しようと店屋で注文したのですが。

 

「え!? 売り切れですか!!」

「お嬢ちゃん、ごめんね。昨日、注文が沢山入ってね」

「いえ……」

 

 私は店主の話を聞いて肩を落としました。

 店主の後ろには束になった瑠璃百合が見えるのですが、それらはすべて購入済みだそうです。その客が大量に注文したため、次回の入荷も未定になっているとか。

 これは、あれです”買占め”です。

 このせいで、瑠璃百合の価格は一時的に高値となるでしょう。

 意図してやっているのなら、七星の秘書として見過ごせません。

 

「あの、何故大量の瑠璃百合を注文したのかお伺いしてもよろしいでしょうか」

「あー、顧客の情報だからねえ。そう簡単にはーー」

 

 店主は私の質問をはぐらかしました。

 

「私は璃月で七星の秘書をしている甘雨と申します。一つの商品を大量に買い占める行為は価格を変動させ、市場を混乱させる要因になりかねません。それにあなたが加担したとなれば、罰せられる可能性も――」

「犯罪者になるのは嫌だからね、あたしが知っていることを話すよ」

 

 店主は深いため息をついたあと、経緯を私に話してくれました。

 瑠璃百合を大量に購入したいと注文を受けたのは三日前の事だそうです。

 届いた注文書を見た彼女は早急に用意し、今に至るそうです。

 

「それで、大量に瑠璃百合を注文した者はーー」

「”往生堂”さ」

「なるほど……、葬儀に使うのですね」

「だから、買い占めて高値で転売することはないと思うよ。これであたしへの疑いは晴れたかい?」

「はい。話してくださりありがとうございます」

「またおいで」

 

 注文者が往生堂でしたら、価格変動するのではないかと心配しなくてもいいでしょう。大量の瑠璃百合の用途も明確ですし。

 でも、瑠璃百合を食べ損ねたのは残念です。

 軽策荘に再び足を運ぶ機会なんて……。

 いいえ、私は刻晴から長いお休みを貰っています。

 万民堂のお手伝いが終わったら、また軽策荘へ行けばいいのです。

 

「はあ……」

 

 そう頭では考えたものの、楽しみが無くなった私はため息をつきました。

 

「切り替えないとですね」

 

 私には品物の護衛という”お手伝い”が待っています。

 気持ちを切り替え、そちらに集中しなくては。

 

 

 私が寄り道をしている間に、注文の品はすべて荷台の上に乗ったようです。

 

「あ、お客さん。気球の準備をするからちょっとまってね」

「はい」

 

 気球に温風を入れているところでした。

 徐々に膨らんでゆき、あと少し経てば荷台が浮くでしょう。

 

「本当に一人で大丈夫かい?」

「はい」

「最近、弓を持ったヒルチャールがこの辺をうろついていてね、荷台を狙っているんだよ」

「そうですか。宝盗団の他にもヒルチャールが……」

「だから、金を上乗せしてくれたら護衛を――」

「そのヒルチャールたちはどこで見かけますか?」

「え!? 知ってるけど――」

「情報料をお支払いしますね」

 

 私は五〇〇モラを彼の手の上に置きました。

 彼はニヤついた笑みを私に向けます。

 

「まいどあり。ヒルチャールはここでよく見かけるね」

 

 彼は私の地図に弓を持ったヒルチャールが出没するポイントに印を付けました。

 三か所ありますね。

 

「ありがとうございます」

 

 私はその場所を記憶します。

 その間に、気球が浮かび、荷物を運べる状態になりました。

 

「では、注文の品を璃月の万民堂へ運びますね」

「頼んだよ。宝盗団とヒルチャールに気を付けてな」

「はい」

 

 これで、璃月へ帰れます。

 私は気球を操作しながら、軽策荘を出ました。

 食料を積んだ荷台を私一人で運んでいれば、荷物を狙う敵は必ず現れるでしょう。

 

「敵が現れたとしても、仕事は完遂させてみせます」

 

 私は独り言を呟き、気持ちを引き締めました。



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どうしてあなたがここにいるんですか?

 食材を購入することは出来ました。

 これを璃月へ運べばいいわけですが、軽策荘の人たちがおっしゃっていたように宝盗団とヒルチャールが多いですね。

 

「ふう……」

 

 元素スキルを使って囮を誘導し、敵を惹きつけたら氷元素を付けた弓を放つ。

 私の攻撃は元素が敵にあたると、氷の粒が破裂するように展開されるので複数の敵を倒すことが出来ます。

 敵が私に気づく前に、遠くから攻撃することもできますし、一人で対処できると思ったのですが……、四六時中辺りを警戒しながら動くのは疲れますね。

 軽策荘の竹林を超え、馬尾が生えている沼地が見えてきました。

 ここを道なりに歩けば、望舒旅館に着きます。あそこに着いたら、人がいますし荷物を奪おうなどと考える愚か者はいなくなるでしょう。

 

「あともう少しです……!」

 

 望舒旅館に入ったら、ご飯を頼みましょう。

 璃月までの弁当もいいですね。

 ……食べ物のことを考えていたらお腹が空いてきました。

 

「!?」

 

 遠くから望舒旅館が見え、着いたら何をしようか想像していたので、敵の攻撃に気づくのに遅れてしまいました。

 幸い、私にも荷物にも当たらなかったので良かったですが、油断してはいけませんね。

 崖の上に弓を持ったヒルチャールがいます。青い身体をしているの氷元素の弓を放ってきますね。同じ元素を扱う私と相性が悪いです。

 それに……。

 水スライムが通った跡でしょうか。私の足元には水たまりがあります。

 攻撃を当てなかったのもワザとでしょう。

 きっと、私の足元にある水たまりを凍らせ、動きを封じたかったのかもしれません。

 

「残念でしたね!」

 

 私は矢を放ち、ヒルチャールの顔面に命中した。

 そのヒルチャールは崖から落ちて行った。

 一難去ってほっとするのもつかの間、目の前に氷の冠をかぶった巨大なスライムが目の前に現れてしまいました。

 

「こ、これは……」

 

 倒すのが難しいです。

 このスライムは氷元素を吸収してしまうので、私ととても相性が悪いです。

 しかも足元には水たまりがあります。

 氷スライムが水の中に入ったら”凍結”が起こり、身動きを止められてしまいます。

 相手がスライムですから、荷物を奪われることはないでしょうけど、苦戦している私を遠目から見ている方たちはどうでしょう。

 今、身動きを止められたら、一斉に攻撃してくるに違いありません。

 

(どうしたら―ー)

 

 元素反応を起こせそうなもの……、ダメです。近くには氷元素を発生させる霧氷花しかありません。

 

「てやっ!」

 

 私がピンチに陥っていたその時です。

 目の前にいた氷スライムが、一瞬にして倒されていました。

 微量の雷元素の気配がします。

 雷の線が一瞬見えたような気もします。

 

「甘雨、あんたここで何してんのよ」

「刻晴……?」

 

 私の窮地を救ってくれたのは、刻晴でした。

 

 



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私はクビになったわけじゃないんですね!

「私がここにいたら悪い?」

 

 刻晴は堂々とした態度で返事をします。

 七星の仕事は璃月の外を出るものだってあります。

 きっと刻晴は軽策荘方面の仕事があるのでしょう。

 璃月から軽策荘への道はここしかありません。ばったり会ってしまうのも仕方ないでしょう。

 

「いえ、悪くはありません」

「てか、あんた何してるのよ」

「これは、万民堂の店主に頼まれて―ー」

「頼まれて、ねえ」

 

 刻晴は目を細め、私に疑いの目を向けていました。

 どうしてそんな目で見られないといけないのでしょうか。

 

「なんで休みを与えたのに、頼まれごと引き受けてんのよ!」

「それは……」

 

 刻晴からすると、万民堂の食材を璃月へ運ぶことは休みではなく仕事にみえたようです。

 

「急に休みと言われても、どう休みを過ごしたらいいのか分からなくて……」

「そう。はあ……」

 

 私の言い分を聞いた刻晴はあきれ顔をした後、ため息をつかれました。

 きっと、私が休日でも雑務を受けていることが信じられなかったのでしょう。

 長い休日を貰っているというのに、どうして余暇を楽しむことがどうしてできないのだろうと思っているに違いありません。

 

「軽策荘に行ったのは、瑠璃百合を買いに行ったんだと思ったのに……」

「え?」

「あっ」

 

 刻晴は口を塞ぎ、苦笑いをしていた。

 

「もしかして、私の後をついてきたのですか?」

「そんなに暇じゃないわよ!」

「じゃあ、どうして私が軽策荘に向かうことを知っていたのです?」

「そ、それは―ー」

「それは?」

 

 問い詰めると、刻晴は額に手を当て、首を横に振っていました。

 観念したようです。

 

「……私の負けね」

「負け、とは?」

「それは璃月に戻ったら教えてあげる! それよりも、今はー-!」

 

 私と刻晴が言い合いをしていたことで、仲間割れをしていると思ったのでしょうか。好機と言わんばかりに大勢のヒルチャールが現れ、取り囲まれてしまいました。

 刻晴は片手剣を構え、雷元素を蓄えています。

 

「こいつらを倒すわよ」

「はい!」

 

 私も弓を構え、刻晴に加勢します。

 ヒルチャールたちが荷物に触れる前に倒されたのは言うまでもありません。

 

 

 その後、私と刻晴は荷物の護衛をしながら、璃月を目指しました。

 望舒旅館で食事を摂り、弁当を買って足を休めた後、一日かけて璃月に着きました。

 

「お嬢ちゃん! 助かったよ」

「いえ、食材はこちらで間違えありませんか?」

 

 万民堂に立ち寄り、私は店主に荷物を渡しました。

 内容も数も問題ないようです。

 

「お礼に何か好きなもの食べて行って」

「本当ですか! では、お言葉に甘えて。刻晴も何か食べましょう」

「そうね……、エビのポテト包み揚げ、できるかしら?」

「ああ。用意できるよ」

 

 万民堂の店主の厚意に甘え、私と刻晴はそれぞれ料理を注文した。

 少し経って、作り立ての料理が置かれる。

 

「私は後で食べるわ」

「じゃあ、包んどくよ」

「よろしく」

 

 刻晴は揚げたてを食べないようです。

 ですが、私が料理を食べ終えるのを待ってくれるみたいですね。

 

「それ食べたら、群玉閣に行くわよ」

「それって、もしかして!!」

「仕事に戻って良いわよ。正直、あんたがいなくなってから秘書が悲鳴を上げてたからね。限界よ」

「はい! 戻ったら後輩たちのサポートに回ります」

 

 私が長い休みを貰っていたのは、クビになったわけじゃないんですね。

 仕事に復帰出来ると知った私は、有頂天になっていました。

 嬉しい時に食べる料理は格別です。

 早く平らげて、後輩たちを助けなければ。 

 

「その前に、凝光に会いに行きましょう」

「どうしてですか?」

 

 ここで凝光の名前が出てくるのは意外でした。

 

「凝光に会えば、全部分かるわ」

 

 刻晴は私の問いに、そう答えました。



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いい休暇が過ごせました!

 群玉閣。

 七星【天権】の肩書を持つ、凝光が莫大な金を使って建てた宙に浮遊する建物です。一度、ファデュイの企みにより璃月の海上に現れた魔人オセルを倒すため、崩壊しましたが、蛍とパイモンの協力もあって、再建することができました。

 彼女は再建した際は看板役者である雲菫を招き、要人を招いて観劇していました。

 その後は、一般人を招くことなく三人の腹心と共に戦略を練っていたみたいですが、私が長いお休みを貰うことと関係があったのでしょうか。

 

「あら、刻晴」

「私が来るなんてお見通しでしょ!」

「……どうでしょう?」

 

 群玉閣内にある金の縁取りが付いた、フカフカなソファに足を組んで座り、キセルをふかしている凝光がいました。その姿は優雅で、璃月の管理を務めている七星の風格がにじみ出ています。

 璃月中に彼女の部下がいますので、私たちが群玉閣へ来るのは想定済みでしょう。

 刻晴の問い詰めも含みのある笑みで誤魔化すのですから、これ以上何を言っても無駄でしょうね。

 

「座って話しましょうか」

 

 凝光はキセルの灰を灰皿にトントンと打ち落とすと、そこへキセルを置き、ソファから立ち上がった。

 彼女は私と刻晴を小さなテーブルとチェアがある場所へ誘う。

 私たちはそこに座った。

 

「お酒を飲みながら話してもいいかしら?」

「……仕方ないわね」

「あなた、丁度いいつまみを持っているわよね」

「ほら、私たちの事、監視してたんじゃない」

「ふふっ」

 

 凝光は刻晴に万民堂の店長に作って貰ったエビのポテト包み揚げが欲しいと言いました。そこにもちろん凝光はいません。

 刻晴が疑っていた通り、凝光は私たちの行動を部下を通じてみていたのです。

 

「あんたが飲む、たっかい酒と合うのかしら」

「今回はモンド産の麦酒だから、とても合うと思うわ。あなたもどう?」

「いらない! 水をちょうだい」

「甘雨は?」

「私も水をお願いします……」

 

 凝光の元へ訪れると、いつも彼女のペースで話が進んでしまいます。

 話を自身のほうへ有利に持ってゆく話術は大商人ですね。

 相変わらず、壁一面には璃月の今後が書かれており、商人は紙きれ一つでも手に入れたいと願うほどの価値があります。

 モンド産の麦酒を飲みながら、エビのポテト包み揚げを食べている方が同一人物であると想像もつきません、

 

「あの、凝光」

「なあに?」

「私、刻晴に長いお休みを貰っていたのですが理由をご存じでしょうか」

「ええ。知ってるわよ」

 

 私の長い休みについて凝光が絡んでいるようです。

 

「私と刻晴は”賭け”をしていたのだから」

「かけ……?」

「あー、私の負けよ!! あんたの仕事、特・別に引き受けてあげる!」

 

 刻晴が負けを宣言した。

 話の流れからすると、刻晴は凝光との賭けに”負けた”ことになります。

 私も段々と話の全容が見えてきました。

 

「私が長期のお休みを貰ったら、何をするか……、それをお二人で賭けていたのですか?」

「ええ」

「何を賭けていたのか、差支えなければ教えていただけないでしょうか」

「面倒な”仕事”よ」

「稲妻が鎖国を終えたことは知っているわよね」

「はい」

 

 稲妻が鎖国令を解いたことは聞いている。

 璃月は稲妻との交易をすぐに再開させるだろう。

 それは璃月に取って有益であり、繁盛する。

 しかし、上手い話ばかりではない。

 

「璃月が稲妻との交易を始めるでしょう。いい商売や悪い商売も」

「違法取引をしている璃月人を刻晴が取り締まるのですか」

「それが”負けた”代償。特に絹織物や琥珀石の裏取引は璃月に損益をもたらすわ」

「なるほど……」

 

 凝光が警戒することは必ず起きる。

 何件も起きるだろう。

 本来、璃月で建設と土地管理を担う【玉衡】の肩書を持つ刻晴の管轄ではない。凝光に頼まれても、彼女は一度拒否しているでしょう。

 

「もしかして、私はその賭けのために利用されたのですか?」

「ごめんなさいね。でも、あなたに休暇を与えてほしいという声が上がっていたのよ」

「私に休暇を……」

「だから、刻晴と賭けたの。『甘雨に長期の休みを与えたらどうなるか』と」

 

 突如、長期の休みを言い渡されたのはそういう経緯があったのですね。

 二人の賭けに利用されたことは府に落ちませんが、私に休暇を与えてほしいと気遣ってくれた方がいたことが嬉しかったです。

 

「私は、また必要とされなくなったのではないかと不安で―ー」

「もう、この賭けは終わり。甘雨、仕事に戻ってちょうだい」

「はい! では、私はここで失礼します!」

 

 私は凝光の話を聞き終え、群玉閣を去りました。

 そして、仕事場である月海亭へ戻ってきました。

 

「甘雨先輩!」

 

 私が戻ってきたことに後輩が気づくと、駆け寄ってくれました。

 

「休暇、如何でしたか?」

 

 私に休暇を与えてほしいと願ったのはきっとこの子たちでしょう。

 私が抜けて忙しかったでしょうに……。良い後輩たちを持ちました。

 始めは、必要とされていないのかと不安に思っていましたが、思い返せば普段とは違うことが体験出来て、良かったと思います。

 

「はい! いい休暇が過ごせました!!」

 

 私は後輩の問いに満面の笑みで答えました。

 

 

 




今回で最終話です!

甘雨のお話、如何でしたか?
ちょっと間を空けて、別のキャラクターの二次創作を書こうと思います。
もし、リクエストがありましたらコメント欄にてよろしくお願いします!

ではまた、新作でお会いしましょう!!


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