英雄伝説 青薔薇の軌跡 (灰猫ジジ)
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序章 原作開始前
プロローグ
少しでも皆様が楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。
本日はもう一話投稿予定です。
「だから、ほら──泣かないで、キリト」
全身を黒色の服で身に纏ったキリトと呼ばれた青年は、涙を流し続けていた。
それは今まさに死を迎えようとしている親友を目の前にしていたからに他ならなかった。
その親友の両手からは力が抜け、右手は床に、左手は胸の上に落ちている。
キリトと彼は同じ時を生き、ここで道が分かれるということは理解しているのだけれど、それでも彼らの中には確かな思い出と揺るぎない絆がある。
そのことを思い出すことが出来たキリトの心の痛みは、僅かながらではあるが和らいでいた。
「ああ……思い出は、ここにある」
キリトは自分の胸に左手を押し当て、声を詰まらせながらも薄く笑う。
死にゆく彼に自身が残せるものは安心感だけだと思えたからだ。
「永遠に、ここにある」
「そうさ……だから僕らは、永遠に、親友だ。……どこだい……キリト、見えないよ……」
輝きの薄れかけた瞳を彷徨わせ、それでも微笑みを浮かべている彼はキリトを探す。
最期が来たのだと、そう確信したキリトは彼の頭を左手で抱く。キリトの胸に抱かれている彼の頬には、溢れた涙の粒が
「ここだ、ここにいるよ」
「ああ……」
もはや輝きを失っている彼の瞳。しかし、彼はどこか遠くを見詰め、その先に確かにあるものを見ていた。
満ち足りたような笑みを浮かべた彼はゆっくりと口を開く。
「見えるよ……。暗闇に、きらきら、光ってる……。まるで、星みたいだ……ギガスシダーの根元で……毎晩、ひとりで、見上げた……夜空の星……。
キリトの剣の……輝きにも……よく、似てる……」
力なく、しかし透き通った彼の声は、キリトの魂へと確かに届いていく。
「そうだ……。キリトの、黒い剣……《夜空の剣》って名前が…………いいな。どうだい…………?」
「ああ……いい名前だ。ありがとう、ユージオ」
徐々に力を失っていくユージオに、キリトは笑顔で答える。
彼の言葉の一つひとつを漏らすまいと、キリトは胸へと刻んでいく。
「この……小さな、世界を…………夜空のように……優しく……包んで…………」
両の
キリトはその光を見上げ、親友の死を
◇
ユージオは、どことも知れぬ暗い回廊に立っていた。
しかし、彼は一人ではなかった。しっかりと繋がれた左手の先では、青いドレス姿の少女は微笑んでいる。
握る手に少しだけ力を込め、ユージオは幼馴染の少女へ語りかけた。
「これで……よかったんだよね」
少女は金髪を結わえる大きなリボンを揺らして、しっかりと頷いた。
「ええ。あとは、
「……そうだね。じゃあ、行こうか」
「うん」
互いの手を強く握りあった彼らは、回廊の彼方に見える白い光を目指して歩き始めたのだった。
◇
「ん……ここは……」
ユージオはゆっくりと目を開ける。そこには彼の知らない天井があった。
彼の覚えている限りの記憶では、幼馴染の少女と白い光の中に入ったところまで。
それ以降に何があったのかは一切思い出せず、気が付けば地面に横たわっていたのだった。
(僕はアドミニストレータにやられてしまって、確かにあのとき死んでしまったはず……)
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。
見たことがない部屋の真ん中にポツンと一人だけでいた彼は、ここが何かの執務室なのではないかと当たりをつける。
規模や豪華さは全くもって違うが、ノーランガルス帝立修剣学院で学んでいた際にも似たような部屋があったことを記憶していた。
しかしながら不可解なことがある。
それは本人ももちろん気付いていることなのであるが、
あの世──親友を裏切ってしまった自分が天国に行けるとは思っていない──とやらは、現実世界と同じような作りになっているのか。
考え事をしている彼の左手が、ふと何かに当たる。
その方向へと目をやると、そこには鞘に収まった自身の愛剣があった。
青薔薇の剣──自身の生まれ育った村に伝わるおとぎ話で、《英雄》ベルクーリが三百年前に白竜の住まう洞窟より持ち出した伝説の剣。
柄も刀身も青白く輝く長剣で、
その剣もセントラル・カセドラルの最上階にて、公理協会の最高司祭であるアドミニストレータとの戦いで折れてしまったのだが。
「え……」
心を落ち着かせるために愛剣を手に持つユージオ。しかし、持ち上げた途端にある違和感に気付く。
そして、その違和感の正体を確かめるために右手で柄を掴み、ゆっくりと愛剣を抜いていく。
折れてしまったはずの青薔薇の剣。それが完全な復元されていたのであった。
「ほう。私の執務室で得物を抜くとは、良い度胸をしているではないか」
「────ッ!?」
急に声を掛けられたことに驚き、後ろを振り返って身構えるユージオ。
よくよく考えれば、ただ声を掛けられただけではあるのだが、ユージオが感じた確かな威圧と愛剣を抜いていたという二つの要素が重なり、条件反射で戦闘態勢に入ってしまっていた。
ユージオは声の主を見て驚きの顔をする。
銀色の髪をした長髪の女性。白を基調とした軍服に、紫のマントを羽織り、腰には目の前の女性では扱うことが困難であろうと予測出来るほどの大剣を携えていたのだった。
「…………」
息を呑むユージオ。これほど見た目で判断してはいけないという言葉が似合う人を、彼は今まで見たことがなかった。
そしてそれが分かるほどの強さを、彼はセントラル・カセドラルでの激戦の中で身に付けることが出来ていたのである。
銀髪の女性は、ユージオが剣を構えているにも関わらず、余裕のある表情を浮かべていた。
「ふむ、先程まではこの部屋には私だけのはずだったのだが。そなた、見たことがないのだが、なぜここにいる?」
「…………」
銀髪の女性の質問を答えないユージオ。いや、答えないのではなく、
二十代後半の妙齢の女性。その見た目の美しさとは反した、強者としての威圧感。
彼の中で危険を示すアラームが響き渡っていた。
(……答えぬか。だが、
銀髪の女性はゆっくりと入り口へ歩いていくと、入り口のドアを開けてユージオに向かって「ついて来るが良い」と伝える。
急な出来事に彼はぽかんとした表情を浮かべたまま、動くことが出来なかった。
その表情を見た銀髪の女性は薄く笑うと、ユージオへ再度口を開く。
「そなたが何者でなぜ我が城に侵入してきたのかは分からんが、ここで我が兵士達に囲まれるよりは遥かにマシであろう。まぁ私を前にして五体満足で逃げ切れると思えるのならば、話は別だが」
執務室、我が城、侵入、兵士。銀髪の女性の言葉を反芻し、少しだけ状況を察したユージオ。
なぜだか分からないが、自身が侵入者と判断されていると気付き、誤解を解こうと声を発しようとするが、「いいからついて来るが良い」とだけ伝えられて銀髪の女性は部屋から出ていってしまう。
(な、何がなんだか分からないよ……)
ユージオはともすれば自分勝手な銀髪の女性の行動、そして今の状況全てが理解出来ずに混乱している。
しかし、彼が取ることが出来る選択肢は限りなく少なく、その中で銀髪の女性についていくのが一番良いであろうと判断する。
彼は青薔薇の剣を鞘に収めて、銀髪の女性を追うのであった。
◇
部屋を出たすぐそばでは、銀髪の女性がユージオを待っていた。
彼がついて来るという選択をしたことに薄く笑みを浮かべ、そのまま歩き出す。
ユージオもその女性の後ろを黙ってついて行く。
(な、なんだここは……?)
銀髪の女性が道を歩くたびに、近くにいた兵士達が作業を止めて敬礼をする。
その一糸乱れぬ行動は、兵士達の練度の高さを象徴していた。
とんでもないところに来てしまったと少しだけ怯え始めたユージオだが、セントラル・カセドラルに侵入したときの経験から、深呼吸をしてすぐに気持ちを落ち着ける。
(ステイ・クールだ。何も分からないときだからこそ、常に冷静でいなくちゃ。……そうだよね、キリト)
ユージオは親友であるキリトから教わった言葉を思い出し、廊下の窓から空を見上げる。
もう二度と会うことはないと分かっているのだけれど、もし、もし自身が生きているのであれば、また会うことが出来ればと考えていた。
「……どうかしたのか?」
「……いえ」
立ち止まっていたユージオに気付いた銀髪の女性は声を掛けるが、彼は一言だけ返してまた歩き出す。
これが彼にとっての新たな世界での第一歩となった。
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第一話 黄金の羅刹
気分が乗ったら、もう一話投稿しようかなと考えています。
ユージオが銀髪の女性に連れられて到着した場所は、兵士達が訓練をする練兵場であった。
銀髪の女性が現れたのを確認した兵士達は、先程までの兵士達と同じく、訓練を止めて一斉に敬礼をする。
「訓練中にすまないが、少しの間だけ借りるぞ」
「イエス・マム!」
兵士達は返事をした後、練兵場の端へと移動していく。
銀髪の女性はその様子を見つつも、練兵場の真ん中へとユージオとともに歩く。
そして、練兵場の真ん中で立ち止まり、ユージオの方へと振り向くのだった。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。私はラマール領邦軍、そしてここジュノー海上要塞の総司令であるオーレリア・ルグィンだ。見知り置き願おうか」
「オーレリア・ルグィン……さん……?」
「む……そなたは私を暗殺に来たどこかの国、もしくはここの情報を盗みに来た革新派からの刺客なのかと思っていたのだが、よもや私のことすら知らなかったというのか?」
ユージオの反応を見て、オーレリアは自身の予測が外れていたと気付く。
しかし、そうでなければわざわざジュノー海上要塞のオーレリアの執務室に侵入する理由がない。
だが実際に彼はオーレリアの執務室に
ユージオはオーレリアの反応を見て、彼女が有名な人なのであろうことを察したのだが、分からないものは分からないのである。
彼が出来る精一杯のフォローとして、「すみません……田舎者なので……」とバツが悪そうに話すことくらいであった。
遠巻きに彼らのことを見ていた兵士達は、オーレリアのことを知らないとはっきりと口にしたユージオに対して驚きと怒りが混じったような視線を向けていた。
「……まぁそのことはもうよい。実は最近身体がなまっていてな。私に気付かれずに執務室に侵入できるような者が来たのも何かの縁であろう」
「────ッ!」
オーレリアの言葉と彼女の青薔薇の剣を見る目線で、何を言いたいのかを察した。
彼女はユージオの反応を嬉しそうに見た後、腰からルグィン伯爵家に伝わる宝剣《アーケディア》を抜く。
ユージオは愛剣の柄に右手を乗せるが、まだ抜くつもりはなかった。
「ど、どうしても戦わないといけないのですか?」
「もし私に一撃当てることが出来れば、
それをさも平然とユージオへ伝えるが、彼としてはそもそも不法侵入ということすら納得できていないのである。
目が覚めたらあの場にいた、ただそれだけなのであった。
「どうした? やるのか、やらないのか?」
オーレリアの答えを急かす口調に、ついに観念したのか、ユージオは青薔薇の剣を抜いて構える。
その柄から刀身の先に至るまで青白く輝く剣を見て、周りで見ていた兵士達もその美しさに思わず感嘆の声をあげる。
(やはりな……あの剣は……)
オーレリアも青薔薇の剣に対し、何かを感じ取っていた。
しかし、それを微塵にも顔に出さないようにし、その剣を持つユージオへ意識を戻す。
ユージオは愛剣を右に流すように構え、オーレリアへの攻撃のタイミングを伺う。
アインクラッド流──ユージオが親友であるキリトから習った剣術。本当であれば、その一生を故郷であるルーリッド村の
そしてそのアインクラッド流で、キリトの剣である《夜空の剣》の素材にもなった《悪魔の樹》ギガスシダーを伐り倒すことによって、ユージオの剣士としての道が始まったのだ。
実際にはVRMMORPGである「ソードアート・オンライン」というゲームに出てきた片手直剣ソードスキルなのだが、それはキリトの誤魔化しによって隠されている以上、彼にとってはアインクラッド流というのが正式流派である。
そして彼が扱うことが出来るソードスキルは二十あるうちの半分ほどにも関わらず、それでもSAO時代に最高の反応速度を持つキリトから「自分はすぐに追い抜かれるであろう」と言われるほどの才能を有していた。
お互いに武器を構えたまま動かない。
オーレリアはその余裕から先手をユージオに譲るため、ユージオは戦闘態勢に入ってようやく分かった──実際には計ることが出来なかった──オーレリアの脅威に動くことが出来なかったのだった。
しかし、このままでは埒が明かないと思い、遂にユージオが動き出す。
「あの坊主が動いたぞ!」
「オーレリア将軍に真っ向から突っ込んでいくなんて、無謀なやつだな……」
ユージオは正面から突撃していき、自身が使える最高の技を放つ。
真上からオーレリアを斬り下ろすが、左に身体を傾けただけで彼女は悠々と避ける。
しかし、それだけでは攻撃が終わらず、直後に振り下ろされた剣がオーレリアに向かって斬り上がっていく。
「────ッ!?」
流石のオーレリアもその攻撃には驚いたのか、宝剣アーケディアの腹を使って受け流す。
攻撃がヒットしなかったことを悟ったユージオは、すぐにバックステップで後ろに下がり、彼女との距離を空けるのであった。
「なん……だと……」
「まさかオーレリア将軍に……?」
まさか初撃でオーレリアに剣を使わせるとは思っていなかった兵士達は、驚愕の顔をしていた。
それは彼女自身も驚きを隠せなかった。
(よもや私に初撃で防御を取らせるとは……)
対してユージオは悔しそうな顔をしていた。
自分が今使える最高の技を持ってしても、初見で簡単に防がれてしまっていた。
そうなるとユージオに出来ることは限られてきてしまう。
「ふ……ふははは! 面白い! 面白いぞ! そなた、名はなんと申す?」
「……ユージオ、です」
「そうか。ユージオよ、久方ぶりに良き雛鳥に会えたぞ! ここまでの強さを持っているのであれば遠慮は無用というもの!」
オーレリアは気合いを入れると、黄金に輝くオーラを纏う。
そこから発せられる威圧感、それはユージオ自身がセントラル・カセドラルでの戦いでも味わったことがないものであった。
(これ……は……公理協会の整合騎士団長以上……!?)
幼馴染であるアリスを助けるために侵入したセントラル・カセドラルで戦った公理協会整合騎士団長ベルクーリ・シンセシス・ワン。
彼がユージオの持つ青薔薇の剣の前所有者なのだが、その剣技、強さは他の追随を許さないものであり、ユージオが自らを犠牲にしてようやく勝利することが出来た者である。
しかし、目の前にいるオーレリアはそれを遥かに上回る力量を持っており、彼女に一撃を当てるということがいかに無謀なことなのかを悟った。
「では、行くぞ!」
オーレリアは律儀に──舐められているとも言う──攻撃を仕掛けるタイミングを告げると、先程のユージオと同じく真っ直ぐ突っ込んでくる。
「はああぁぁああ!」
「ぐっ……!」
宝剣アーケディアを片手で振り回すオーレリア。その攻撃を青薔薇の剣で受けるが、その衝撃で数メートル後ろへと下がらされるユージオ。
それで終わるはずもなく、彼女は更に追撃を繰り出してくる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
十秒も経たずして、ユージオは青薔薇の剣を杖にして膝を付くこととなった。
「フッ、どうした? これで終わりか?」
「…………」
オーレリアの言葉に、周りの兵士達も流石にユージオへの同情を隠せなくなっていた。
それは彼が侵入者であることは先程の二人の会話から察している。しかし、まだ年端も行かない
(このままでは……
ユージオは覚悟を決めて立ち上がり、再度構える。
その姿を見て、何かをやるつもりだと感じたオーレリアは笑みを浮かべる。
「そうか……その意気やよし! 行くぞ!」
「システム・コール──」
オーレリアが再度ユージオに迫るが、ユージオは何かを呟きながら後ろに飛び、彼女の攻撃を躱す。
攻撃を躱されたのを嬉しそうに笑い、追撃を仕掛けるオーレリア。
しかし、ユージオは避けることなく、左手をオーレリアへと向ける。
「──バースト・エレメント!」
「なっ!?」
ユージオの掛け声とともに、オーレリアへ暴風が巻き起こり、彼女を吹き飛ばす。
(今だ! 今しかない!!)
ユージオは青薔薇の剣を逆手に持ち替えると、地面へと突き刺す。
「咲け、青薔薇!
青薔薇の剣の術式を唱えた途端、ユージオの足元から魔法陣が出現する。
そしてそこから氷の塊が現れる。
「これは……薔薇の、香り……?」
兵士達は辺りの気温が下がっていくのと同時に、微かに薔薇の香りがするのを感じ取っていた。
それがユージオのいる位置から漂っていることも気が付いていた。
氷の塊は地面を伝い、オーレリアへと向かっていき彼女の足を凍らせる。
普段の彼女であればこの程度の攻撃であれば躱すなり、地面にアーケディアを突き刺して氷ごと吹き飛ばすといった手法なりで対応が出来た。
しかし、今の彼女はユージオの神聖術によって吹き飛ばされ、体制を崩してしまっていたため、それも叶わなかった。
(しまっ──)
氷の塊はバラの
彼女は身じろぐが、氷で出来たバラの
そして徐々に彼女を氷の中へと閉じ込めていくのであった。
「しょ、将軍が……!」
「ま、負けた……だと……!?」
誰の目から見ても明らかな《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンの敗北。
そのことが信じられないといった様子で兵士達は呆然と見ていた。
そう、誰の目から見ても明らかだった──その場にいる
「いや、まだだ」
「ウ、ウォレス准将!」
兵士達は突如現れた褐色肌で長身の男性に対し、敬礼をして応える。
ウォレスは片手を上げると、先程の自身の言葉に疑問を持っていた兵士達へ「見ていれば分かるさ」とだけ伝える。
「はぁ……はぁ……」
出来る限りのことをしたユージオ。しかし息を整えると、油断せずに氷の彫像と化したオーレリアを見つめる。
ウォレスの言葉通り、まだ終わったとは思っていなかったのだ。そして彼の言葉は現実となった。
「こ、氷が……!」
「く、砕けていく……!」
完全に凍ってしまったはずのオーレリア。だが徐々に彼女を包んでいる氷塊にヒビが入っていく。
最後には彼女の「はあっ!」という気合の声とともに、氷は完全に砕け散ってしまうのであった。
「うおおおおお!」
「さすがオーレリア将軍だ!」
「……ふっ。あの少年もやるにはやったがな」
オーレリアの復活に、兵士から喜びの声が上がる。
「フッ、今のは流石に肝が冷えたぞ」
「…………」
オーレリアが余裕の笑みを浮かべているのを見て、言葉通りには受け止めることが出来ないユージオ。
「さて、そなたがここまで見せてくれたのだ。私も見せようではないか、《黄金の羅刹》の一撃を!」
オーレリアは左手で宝剣アーケディアの刀身を撫でると、
その直後、ユージオが気付いたときには目には見えない衝撃波によって吹き飛ばされていた。
「な────」
「行くぞ! 王技・剣乱舞踏!」
吹き飛ばされたユージオを追撃し、目にも止まらぬ速度で斬りつけたあと、上空に飛ぶ。
そして、宝剣アーケディアを地面に刺すと、ユージオの真下から闘気で出来た無数の武器が彼に襲いかかる。
ユージオが意識を保っていられたのはここまでであった。
◇
「……それにしてもやりすぎでは?」
倒れているユージオを尻目にウォレスがオーレリアへと
「フッ、つい優秀な才能を持つ雛鳥を目にしてしまったからな。だが手加減はしたぞ」
「……これでですか?」
ユージオはボロボロであったが、切り刻まれている痕は一切ない。
言うなれば木剣でボコボコにされただけと同義である。全身打撲なのは確実ではあるが。
それでも彼女にとっては十分手加減をしていた。
「まさか本当に私に一撃当てるとはな」
「ええ、それには俺も驚きましたよ。貴女は決して
「フッ、それは私にも分からんな。まぁ目が覚めたときに話を聞けばよいであろう」
その後、兵士達に医務室にてユージオの手当てをするように指示をしたオーレリアは、執務室へと戻っていくのであった。
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第二話 夢
こんな感じで進めていこうと思っています。
夢を見ていた。それは自身の死後、親友が壊れてしまった夢。
自分がその場にいるにも関わらず、夢だと分かる。たまにあるそのような状態であった。
その夢では、人界とダークテリトリーの争いがあり、ノーランガルス帝立修剣学院の先輩であったソルティリーナ・セルルト、後輩であったロニエ・アラベル、ティーゼ・シュトリーネンが親友を守っていた。
そしてアリス────アリス・シンセシス・サーティも同じく親友の側にいた。
彼女は自分の親友の知り合い以上の関係であろう少女と険悪な雰囲気を醸し出しながらも、少しずつ打ち解けていた。
しかし、周りに大切な人が
(キリトが──なぜ僕の親友がこんなにも苦しんでいるんだ……!)
なぜ。その原因の一つが自分にあることには分かっていた。だが、それを知っても届かない声を叫び続けることしか出来ない無力な自分が、
これは夢なのだ。頭の中で理解はしているが、あまりにもリアルな光景に夢だと受け入れることが出来なかった。
そして彼が、彼のことを大切に思っている人たちが苦しむ様をただ見続けていた。
人界側、ダークテリトリー側の両方に助っ人が現れ、争い合い、そして散っていく。
それを煽動しているのは、大鉈を持った褐色肌の大柄の男。
その男は全てを誘導し、煽動し、戦いの炎を大きく燃え上がらせていく。
「同胞たちよ! これが日本人の本性だ! 軟弱な裏切り者を……そして汚い日本人どもを、一人残らず殺せ!!」
ここまで燃え上がった炎はもはや簡単には消すことは出来ない。
人界側、ダークテリトリー側の争いを止める手段を持つものは、誰も持っていなかった。
「…………キリトくん」
傷つき、倒れた栗色の髪の少女は愛する者の名を呟き、そしてキリトへ右手を差し伸ばしていた。
しかし、その手は大鉈を持った大柄の男によって踏みつけられる。
(キリト……なんで、なんで僕は何も出来ないんだ! 親友が、仲間達が、このまま身勝手に蹂躙されていくのを見ているしか出来ないなんて……!)
焦っているのは分かっている。だが、今の自分に何が出来るというのか。
そう思ったとき、頭の中で
────ステイ・クールだ、ユージオ
親友に言われた言葉が思い浮かんだ途端、彼は親友の中へと吸い込まれるようにして消えていった。
◇
キリトの中。暗闇が広がっており、その中でユージオは彼の今までの記憶が流れていくのを見ていた。
コンビニで友人を見捨てた光景。SAO内でモンスターの群れに囲まれていた少年を助けることが出来なかった光景。
アインクラッドの迷宮区。そこの隠し部屋で三人の少年と、一人の少女を助けることが出来なかった光景。
キリトはこれ以上先を見たくないと冷たい床にうずくまり、両耳を塞ぎ、
しかし記憶は次々と、まるで急流のように容赦なくキリトの中へと流れていく。
鋼鉄の浮遊城、妖精の国、黄昏の荒野。次々と光景が変わっていく。
そして、深い森に囲まれた先にある巨大な樹の根元で、キリトは彼と出会った。
アリスを助けるため世界の中央を目指したとても長く、だがとても短い旅。
いつだって彼はキリトの隣で穏やかに笑っていた。そう、彼となら何だって出来ると、そう思っていた。
ようやく辿り着いた白亜の塔を駆け上がり、強敵を打ち破っていく。
そしてその最上階で────
「う……うあああああ!!!!」
掛け替えのない親友を失ったキリトの心は既に壊れてしまっていた。
もう自分を許すことなど出来ない。代わりに自身が死ねば良かったのだと。
キリトはそう、思っていた。だが、決して、決して周りの人間はそう思っていなかったのだ。
「キリトくん……」
「キリト……」
「お兄ちゃん……」
三人の少女が現れ、光となってキリトへその意思と感情を伝えていく。
その気持ちを知るたびに、キリトは少しずつ自らを癒やされていくのを感じる。
だが──
「ごめんよ、アスナ。ごめん、シノン。ごめんな、スグ。俺はもう立てない。もう戦えない。ごめん……」
俺にはこの許しを受け取る権利なんか、あるはずがないんだと三人の少女が癒やした傷を、自らで再度傷つけようとする。
(キリト、僕はここにいる! 聞こえてくれ! 創造神ステイシアよ、お願いだ!! キリトに、僕の親友に、この声を届けてくれ──)
その願いも虚しく、キリトは自らで胸から
そして、心臓が破壊される、その寸前──。
力強く、温かく、包み込むような、その声がキリトへとようやく伝わる。
「キリト」
ゆっくりと顔を上げるキリト。何も見たくないと思っていた、何も聞きたくないと思っていた。
だが、その声は、もう一度会いたかった、もう一度聞きたかった──キリトの無二の親友。
「……ユー……ジオ、生きて、いたのか」
ようやく自分の声が届いた。そのことにホッとするが、キリトの言葉に頷くことは出来ない。
優しく、そして哀しさを少しだけ含みながらも微笑み、首を横に振った。
「これは、君の中にある僕の思い出。そして、僕が残した、記憶の欠片」
「思い……出……」
「そうさ。もう忘れてしまったのかい? あの時、僕らは確信したじゃないか。思い出は……」
ユージオは右手を自分の胸にそっと当てる。
「──ここにある」
キリトも左手を自分の胸にそっと当て、ユージオと声を重ねて呟く。
「永遠に、ここにある」
今度は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべたユージオ。その隣にアスナ、シノン、
キリトの奥深くへ今度こそ伝わったのか、彼の両眼からは温かく、そして優しい涙が溢れ出していく。
そして、ユージオの美しいグリーンの瞳を見て、口を開く。
「いいのか……ユージオ。俺は、もう一度、歩き始めても……いいのかな」
「そうとも、キリト。たくさんの人たちが、君を待っているよ。さあ……行こう、一緒に、どこまでも」
ユージオは何のためらいもなく、キリトへ手を差し伸べながら答える。
そしてその手を掴んだキリトへ、全員の気持ちが流れ込んでいくのであった。
◇
キリトが自己を取り戻した時、ユージオはキリトの体内から外へと出ていた。
(もう大丈夫、キリト。さあ、全てを。すべてを取り戻しに行こう)
ユージオは倒れているキリトの背中へ手を差し伸べ、もう片方の手を折れてしまっていた自らの愛剣の柄へと持っていく。
そして、キリトとともに愛剣を握りしめる。
彼らの周りでは数万もの赤い鎧を着た兵士達が争っていた。
キリトの仲間の誰もが、全てが終わったと思っていた。しかし、その争いの中に少しずつ霧が立ち込めていき、少しずつ場を支配し始める。
「これは…………薔薇の、香り……?」
誰かが呟く。微かに香る程度ではあったが、それは確かにその場にあった。
これが誰の仕業か、すぐに気付けた人間が何人いたであろうか。
しかしそんな些末なことに構うことなく、二人の青年の声が小さく、そして鋭く、辺りに響き渡った。
────エンハンス・アーマメント
全てを凍らせる青薔薇の剣、その武装完全支配術。
そこにいたキリトの敵は、全てが凍りついていくのであった。
◇
「あ、あれ……ここは……」
夢の中とはいえ、親友を助けることが出来たことが彼にとっては嬉しい出来事であり、微かに笑みを
(い、いてて……そ、そうだった! 確かオーレリアさんという方と戦って……)
ユージオは身体を起こして周りを見つつ、目覚める前のことを思い出す。
オーレリアとの戦いで、少しだけ力を出した彼女にものの見事にやられてしまい、この部屋──おそらく医務室であろう──に運び込まれたのだということを推察した。
キリト達の夢を見ていたのもあって、どちらが夢でどちらが現実かが一瞬分からなくなっていたのだが、それは声を掛けられてすぐに判明したのだった。
「目覚めたか」
医務室の入り口にいたのは、先程ユージオを完膚無きまでに叩きのめした張本人だった。
戦闘態勢に入りそうになったユージオであったが、痛みで動くことが出来なかったことと、彼女から戦闘意欲が感じられなかったため、すぐに警戒を解いた。
そのことを感じ取ったオーレリアは微笑みながらユージオの方へと歩いてくる。
「一応薬と
「は、はぁ……」
ここまで自分をボコボコにしたのはどこのどいつだと思ったのだが、ユージオは決して口には出さない。
そして
「それで、ユージオよ。
「────ッ!」
不意に核心を付く質問をされ、ユージオは目を見開く。
「そなたは帝国の人間ではないな? だが他国の諜報員にしてはあまりに行動がお粗末過ぎるし、猟兵などにも見えぬ」
「…………」
「一番気になったのは、そなたが持っていた
オーレリアの言っていることがほとんど分からなかったのだが、ここが自分のいた場所ではないということだけは理解したユージオ。
彼女はそれ以上を語らず、ユージオの瞳を見続ける。
そしてユージオはその視線に耐えきれずに、事情を話すことにしたのだった。
「……にわかには信じられん内容だが、そなたが嘘を付いているようにも見えん。そしてルーリッドの村、カセドラル、人界、ダークテリトリー……全て聞いたことがない言葉だな」
「そう……ですよね……」
自分が知らない場所というだけでなく、もしかしたら自分はここの世界の人間ではないのかもしれないと思う。
オーレリアはユージオの言葉を聞いて、真面目に考えていた。ユージオも邪魔をせずにそれを見守る。
お互いの沈黙が十分程続いた時、オーレリアが口を開く。
「ところでユージオよ」
「は、はい」
「そなたはこれからどうするのだ?」
どうするのか。それは故郷もなく、住むところもない。仕事もなければ身分もない。
もちろんお金もないため、その日を暮らしていくことすら難しい。
そんな単純なことにすら考えが及ばなかったことに、ユージオは内心で少しだけ恥じていた。
「えっと……その……どうすればいいのでしょうか? オーレリアさんの話だと、このままでは僕はその日のご飯すら食べることが出来ないです……」
「…………」
ユージオが素直に彼女に相談をしたのだが、オーレリアはその言葉を聞いても反応をしなかった。
何かまずいことでも言ってしまったかとユージオは焦ったのだが、彼女はユージオの顔を見て笑うだけであった。
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第三話 羅刹の義弟(前編)
ユージオがこの世界に来てから一週間が経ったが、彼は未だにジュノー海上要塞に留まっていた。
一週間前の医務室での出来事。オーレリアの言葉を聞いたユージオは叫び声を上げる。そして騒ぎを聞きつけたウォレスを含めた数名の兵士達が医務室に飛び込み、事情を聞いて全員が更に驚くこととなった。
今回の騒動の張本人は、素知らぬ顔でこの騒ぎを傍観していたのだった。
(それにしても……いきなりすぎる、よね)
ユージオはため息をつきながらも、兵士に指示されたとおり運んでいた荷物を指定の位置に置く。
オーレリアの言葉にはウォレスをはじめ、その場にいた兵士達全員が驚いており、現在ではジュノー海上要塞内全体で知れ渡っていた。
彼女の言葉を聞いたときに驚きのあまり言葉を失っていると、「しばらくはここで過ごして、色々と学ぶと良い」とオーレリアはそのまま去っていってしまった。
その場にいたウォレス達に事情を聞かれたが、突然言われたことという話だけをすると一応その場では納得してくれていたが、明らかに何かがあると思われていた。
決して口には絶対に出さなかったが、〝燕〟なのではないかと要塞内の一部の兵士達には勘違いされていたりもする。
しかし、それを決して口には出すことはない。誰しも命は惜しいのだから。
ユージオはこの一週間、悩みながらもやることが決まっていた。
午前中は座学。そもそもこの世界──ゼムリア大陸──のことや、この世界の常識などが全く分からなかったため、それを学んでいた。
文字や言葉などが生前にいた世界となぜか同じように出来たため、読み書き計算などで苦労することがなかったのが幸いであった。
午後になるとジュノー海上要塞内の雑用をする。〝働かざるもの食うべからず〟というオーレリアの言葉により、邪魔にならないように仕事を割り振られてそれをこなしていた。
そして夕方近くになると、
「……どうした? これで終わりか?」
「ま、まだまだ!」
ユージオは木剣を片手にオーレリアへと斬りかかる。しかし、それを彼女に柳のようにあしらわれて一撃で沈められるということをこの一週間繰り返し続けていた。
何度も繰り返し、最終的に気絶させられて医務室に運ばれ、一日のやるべきことが終了となる。
「……初めて見たときも思いましたが、驚くべき才能ですね」
気絶したユージオを兵士が運んでいくのを横目に、ウォレスがオーレリアへタオルを渡しながら話しかける。
「私が
「ええ。まだまだこれからではありますが」
彼女達は冷静にユージオの実力を測っていた。オーレリアは帝国の二大剣術流派であるアルゼイド流とヴァンダール流の両方を修めるほどの達人であり、ウォレスはバルディアス流槍術という槍術流派の伝承者である。
武術を修めた達人の二人を持ってして、ユージオの才能は凄まじいと言えるほどであった。
「あくまでまだ才能というだけだからな。今は〝中伝〟の半ばといったところであろう」
「フッ、そうですね。……それで、そろそろ彼が何者なのか話していただけるのでしょうか?」
ユージオがこの世界に来てからの一週間。彼の事情に関しては、オーレリアの口からは一切聞くことが出来ていなかった。
もちろんユージオも話すことがなかったため、それがなおさら先程のような疑念を抱かれてしまっている一因になっているのも否定できない。
そしてこの場でも彼女は微かに笑うだけで、それ以上何かを話すことはなかった。
「……まぁいいでしょう。私も彼がここでどこまで強くなるのか気になるところではありますし」
「そうだな。
二人はユージオがどこまで伸びるのかを楽しみにしながら、各々の部屋へと戻っていくのであった。
◇
「七耀歴1150年にC・エプスタインによって
「七耀歴1192年に起こったエレボニア帝国とリベール王国による《百日戦役》、そこではリベール王国の国土の大半を占領することに成功したエレボニア帝国でしたが、カシウス・ブライトが警備飛行艇を用いた画期的な戦術を使い、帝国軍を分断各個撃破する反攻作戦を立案し、その侵攻を食い止めることにより、リベール王国は現在も残っています。
ここでは、飛行艇を戦争で活用したということが今までの常識を崩し、これからの争い方を一変させたのだと言われています」
ユージオは歴史を学んでいた。教えている兵士は、トールズ士官学院という身分制度のある帝国にありながら、出自の差に関わらず優秀な人材を集めることを特徴としている学校の卒業生であり、その中でも比較的優秀な方であった。
オーレリアからは「何も知らない人間に教えるつもりでやれ」と指示されているため、懇切丁寧に説明していたが、初めはそこまでやる必要があるのかと思っていた。
なぜなら余程の場所で育てられていない限り、幼い子供が通っている日曜学校などでも学べることも多く教えていたからだ。
しかし、教え始めて三週間。オーレリアの言っていることがなんとなく分かり始めていた。
ユージオは本当に
読み書き計算などは完璧であったが、この世界、ゼムリア大陸の歴史などについては全くと言っていいほど知らなかった。
そんなことがあり得るのかと思っていたのだが、上司の命令である以上、深く追求することも出来ずに教え続けていた。
実はユージオが真面目で一生懸命に学ぼうとする姿勢があったため、あまり気にならなくなっていたというのが真実なのではあるが。
「はああぁぁぁ!」
「──むっ!?」
ユージオは右から水平斬りをし、後ろに避けたオーレリアに突っ込み左下から右上へと斬り上げる。
それを受け流した彼女に向かって、今度は垂直から斬り下ろす。オーレリアはその三連撃に対し、最後の一撃を受け流しきれずに木剣で受け止めた。
彼女はそのまま木剣を強引に振り切り、ユージオもバックステップで後ろへと下がった。
「やるではないか。……今のは何という技なのだ?」
「サベージ・フルクラム、という技です」
汗をかき、息を乱したユージオは一息つくと、オーレリアの質問に答える。
「それも《アインクラッド流》という剣術の技なのか?」
「はい……僕の親友から教わった大切な技です」
「フッ。そなたの親友か、さぞ強かったのであろうな」
「──!? ええ、それはもちろん!」
不意に笑って
この三週間、まだルグィン家の一員になるという結論を出せていなかったユージオであったが、新しい世界に徐々に馴染み始めていた。
そしてオーレリア、ウォレスの二人はこの三週間で別人のように強くなっていくユージオに更に驚きを隠せていなかった。
初めて戦ったときは初見、そして青薔薇の剣という神器を使って一矢報いたレベルだった。今日はお互いに木剣で、純粋に剣技のみでの訓練である。
と言っても、オーレリアによる直接の訓練は領邦軍の兵士達からしても地獄のようなしごきのため、それを訓練という軽い言葉で片付けていいものなのかは疑問なのだが。
それに付いていくことが出来ているのも、ひとえに彼の才能であり、どんな形であれ彼女の訓練に音を上げないユージオを見て、初めは懐疑的であった兵士達からも一目置かれるようになっていた。
しかし、強くなったといってもまだまだオーレリアの足元にも及ばない。結局は叩き伏せられて気絶し、医務室に運ばれていくのだった。
「三週間でついに貴女に片手を使わせるようになりましたか」
「フフ、
「今後はどうするつもりですか? ルグィン家は由緒正しき伯爵家。迎えるにしても色々と手続きもあるでしょうし、確実に反対もある。何よりも本人がOKしないとでしょう」
「そこに関しては問題ない。あとは女神の導き次第だな」
◇
ユージオがこの世界に来てから二ヶ月あまりが経っていた。
この二ヶ月、座学とジュノー海上要塞での手伝い、そしてオーレリアとの訓練と毎日同じことの繰り返しであった。
しかし、彼は徐々にこの世界のことを知り、この世界に馴染み始め、そして剣の腕前が二ヶ月前とは比べ物にならないくらい上がっていた。
理由は単純。キリト以上の剣の達人と毎日手合わせをしていたからである。
それも《黄金の羅刹》という二つ名を持つ、エレボニア帝国でも最上位を争う者からの指導となれば、ユージオの才能を更に伸ばしてくれる可能性は高かった。
実際に、キリトからもその才能を認められているほどだったため、達人から学ぶことでの成長度は凄まじいものがあった。
しかし、オーレリアがなにか懇切丁寧に指導したということではない。
その状況の中、三週間でオーレリアに片手を使わせるまで成長し、一ヶ月が経つ頃には服の袖に微かな傷を付けるまでに至った。
そして二ヶ月経った現在では──
「よし、ここまでにしておこうか」
「あ、ありがとうございました……」
ユージオはオーレリアとの模擬戦にて気絶することなく立っていることが出来ていたのだった。
ちなみに未だに一本取ることはおろか、服と木剣以外に触れることは出来ていない。
立っているとはいえ、虫の息状態のユージオはなまじ意識があるせいで自分の足で医務室まで行かなくてはならず、木剣を杖代わりにして必死に歩いていくのであった。
「ふむ……
「そろそろというと?」
ウォレスの問いには答えず、「フッ」とだけ笑ったオーレリアは
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第四話 羅刹の義弟(後編)
今の仕事の量的に早くて週一(土日のどちらか)に更新する予定です。
「今日で私を認めさせてみせるがいい」
「…………え?」
ユージオがこの世界に来てから早三ヶ月。いつもの訓練が始まると思っていた彼は、突然のオーレリアの言葉に戸惑う。
いや、彼はこの三ヶ月、オーレリアに戸惑いっぱなしだった。
転移した初日から真剣でボコボコにされることから始まり、突然「ルグィン家に入り、私の義弟となれ」と言われたり。
訓練の初期は気絶させられてばかりだったのだが、気が付くとオーレリアが医務室の同じベッドで添い寝をしていることもあった。
ユージオが真っ赤になって慌てていると、その物音に気付いた彼女が起き上がり「ふむ、寝てしまったか」とだけ呟いてそのまま部屋から出ていく。
彼の剣技が急成長したというのは、こういったことを防ぐためでもあったのかもしれない。
実際に気絶しなくなってからは、そういったことは無くなった。
しかし、次はふと後ろから何者かに見られている気配を感じることが多くなる。
もちろん後ろを向いても誰もいない。ユージオは気付いていないが、何が起こっているのかを察するのは容易いであろう。
そして今回だ。昨日まではいつもと変わらずの状況だったのだが、今日突然、何の前触れもなくオーレリアはユージオに伝えたのだ。
彼女の腰にはいつもの木剣ではなく、ルグィン伯爵家に伝わる宝剣《アーケディア》が差してあり、その言葉が冗談ではなく、本気なのだというのが伝わってくる。
「今日で私を認めさせることが出来ないのであれば、
「──!?」
ジュノー海上要塞から出ていってもらうという言葉には周りにいた兵士だけでなく、副司令であるウォレスも驚いた顔をしていた。
(あなたって人は……誰よりもユージオを気に掛けているでしょうに。一体何の意図があって……?)
ウォレスは、オーレリアがユージオに対してどれだけ思い入れを持ってこの三ヶ月を過ごしていたかを知っている。
身近で誰よりもオーレリアのことを見てきた彼からすると、よもや嫉妬をしてしまうくらいには。
時々彼女らしからぬ行き過ぎた行動に出てしまうことがあったので、そのときだけは全力で止めに入っていた。
その彼女が
何か意図があるのだと無理やり納得させるしかなかった。
(オーレリアさんのあの目は……本気だ……)
目だけではない。彼女から発せられる闘気が冗談を言っていないと伝えていた。
ユージオの額から一筋の汗がこぼれ落ちる。一瞬の挙動すら彼女にとっては致命的な隙になることは明白であった。
彼のその姿を見たオーレリアは微かに笑うと口を開く。
「フッ……そなたは全力で戦えと言っているのに、
オーレリアの目線の先にはユージオが持っている木剣があった。
今日もいつもの訓練だと思っていた彼は、青薔薇の剣を訓練場の端に置いたままなのである。
だが、取りに行く隙すら見当たらないのが現状なのだ。
「なんだ、まさか私が剣を取りに行く隙をついて仕掛けるとでも思ったのか……? それは随分と舐められたものだな」
ユージオが固まっていることでその考えを察したオーレリアは、不快だと言わんばかりに殺気を漲らせていく。
周りの兵士がその殺気に当てられて尻もちをついていく中、助け舟が彼の後ろから現れる。
「そんなに焦る必要はないでしょう。貴方らしくもない」
「ウ、ウォレス……さん……?」
ユージオが後退りしたとき、その肩を優しくウォレスが支えてユージオの戦意が無くなるのを防いだ。
オーレリアは「貴方らしくもない」と言われたことに一瞬だけムッとした表情を見せるが、何か思い当たる節があったのか口を開くことはなかった。
「ほら、
「……あ、ありがとうございます」
ウォレスは練兵場の隅に立て掛けてあった青薔薇の剣を持ってきて、ユージオに手渡す。
青薔薇の剣を受け取ったユージオは左手に持ったそれを見つめる。
(青薔薇の剣……三ヶ月前、僕はオーレリアさんに全力で挑んで完膚なきまでに叩きのめされた。それが今戦って、勝つことが出来るのか……?)
天賦の才と認められたユージオ。だが、たった三ヶ月の鍛錬でオーレリアを超えることが出来たのかと問われると、即座に否定をするだろう。
しかし、それでも彼女に勝たないと彼は今の居場所を失ってしまう。
(そうだ、僕はやるしかないんだ。キリトと別れてアリスと一緒に死んだはずの僕は……もう居場所を失うわけにはいかない!)
決心したユージオ。彼は勢いよく青薔薇の剣を鞘から引き抜くと、アインクラッド流の構えを取る。
その真剣な顔つきを見たオーレリアは一瞬だけ顔を緩ませそうになったが、すぐに気を引き締める。
「覚悟はできたか? ではユージオよ、来るが良い!」
その言葉を合図にユージオはオーレリアへ突っ込んでいくのだった。
◇
(まさか……これほどだったとは……)
心の中で感嘆の声を上げているのはウォレスだった。いや、それはこの場にいる兵士達全員が思っていることであろう。
実際に「なんだよ、あれ……」「将軍と互角に戦っているのか……?」と周りで兵士達が声を出している。
初めは誰もがオーレリアの勝利は揺るがないと思っていた。
なぜならいつもの訓練を見ていてもオーレリアが彼を圧倒していたし、そもそもユージオが《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンに勝てる道理などはなかったからだ。
それでも今見ている光景は現実である。目の前には
「はあああぁぁぁああ!」
「……ぐっ!」
垂直四連撃スキル、バーチカル・スクエアを放つユージオ。斬り下ろしから始まるその攻撃を、アーケディアで防ぐオーレリアだったがその挙動からは余裕が感じられなかった。
(今まで見たことがない技が増えているな。ユージオよ、隠していたのか……)
毎日のように行なっていた訓練でユージオはいくつかの新技をオーレリアに見せていたが、バーチカル・スクエアに関しては初めて見せる技であった。
四連撃目の最後の斬り下ろしを防いだオーレリアは、鍔迫り合いの状態となっていた。
「この技は……初めて見るな。まさかこのときのために隠していたのか?」
「……いえ、ただ
オーレリアの言葉に返事をしつつ、このまま力の応酬だと勝てないと悟ったユージオは鍔迫り合いから逃れるべくバックステップで距離を開ける。
後ろに下がったユージオを見て少し残念そうな顔をしたオーレリアだったが、アーケディアを肩に担ぐと笑みを浮かべる。
「フッ。よく分からんが、まだまだ楽しませてくれるということか?」
「そんな余裕が僕にはないですけどね……」
ユージオの言葉に嘘はなかった。オーレリアを追い詰めているように見えるが、それは彼女が本気を出していないからだ。
《黄金の羅刹》と呼ばれた彼女の闘気は現れていないし、息が上がっているのはユージオだけだった。
(この三ヶ月でかなり強くなったつもりでいたんだけどな……やっぱりオーレリアさんに勝つのは難しいか。
ユージオは覚悟を決めた顔をする。もうオーレリアに勝つことは諦めることにしていた。
どうせジュノー海上要塞を出ていかなければならないのであれば、自分の出せる力を全て出してから出ていこうという覚悟だった。
(む……顔つきが変わったな。やはり男が覚悟を決めた時の顔は良いものだ。あとはこの私を認めさせてみよ!)
オーレリアも最後の攻撃が来ると予感し、宝剣《アーケディア》を構える。
そして数秒の沈黙が流れる。
「う、動かなくなったぞ?」
「……黙ってみているがいい。これが最後の決着だ」
沈黙に耐えられず、声を出してしまった兵士を嗜めたウォレスは腕を組んで静かに見守っていた。
「…………」
「…………」
さらに沈黙が続く。この沈黙はいつまで続くのだと思われたが、すぐに破られることとなる。
ユージオが青薔薇の剣を逆手に持ち替えて地面へと突き刺す。
「む……それは……」
「
地面へと突き刺さった青薔薇の剣を中心に魔法陣が展開され、そこから氷の塊が現れる。
「……それは前に見た技だな。一度破られた技を再度使うなど、愚策でしかないぞ!」
オーレリアは期待外れだったと言わんばかりの残念そうな表情を浮かべる。
氷の塊が連なって上空へと上がり、オーレリアめがけて突っ込んでくる。
だが、ユージオの攻撃はそれだけではなかった。
「はああぁぁぁああ!」
なんとユージオ自身も青薔薇の剣を引き抜き、低い姿勢で突撃してくる。
上空に意識を集中していたオーレリアにとって不意を打たれたかのように見えるが、彼女にとってこの距離間では不意打ちとはならなかった。
「フッ、少しは考えたようだが、この程度の策では私を倒すことなどできんぞ」
襲いかかってくる氷の塊をアーケディアによって一閃。砕かれた氷は
ユージオは目くらましのつもりなのか、二人の間にある氷の
だが、この程度では隙を作ることすら出来ない。
「……残念だが、これで終わりだ」
オーレリアは最後の攻撃がこの程度だったかと心底残念そうな表情をして、ユージオの右水平斬りであるホリゾンタルの技に合わせてアーケディアを振るう。
そのまま青薔薇の剣ごとユージオを吹き飛ばして終わりだと思ったのだが──。
「────なっ!?」
アーケディアと青薔薇の剣が重なった瞬間、オーレリアにとって予想外の事が起きた。
それは
折れたのではない。刀身から
「うおおおおっ!!」
ユージオは砕け散った青薔薇の剣を即座に手放すと、姿勢を低くしながら素手のままオーレリアに掴みかかる。
彼女はアーケディアを振ったばかりのため体勢が崩れていた。
すぐに体勢を立て直そうと足を踏ん張るが、
(な……地面が凍っている……だと……!)
ユージオの
氷で作った青薔薇の剣を砕けさせたのも、全ては隙を作り、このときに彼女の体勢を崩させるため。足を滑らせた彼女に思い切り体当たりをしたユージオは、オーレリアごと倒れ込む。
そしてマウントを取った状態で彼女の両手首を膝で抑え込むと、オーレリアから目を離さずに両腕を上に掲げた。
(う……え……?)
オーレリアは倒されたときに受け身がうまく取れず、軽く頭を打っており、混乱した状態で上空を見ていた。
そこには青く輝く一振りの薔薇がユージオの両手をめがけて舞い降りてくるのだった。
「これで! 終わりです!」
そして──。
「そこまで!」
ウォレスの言葉によって喉元寸前に切っ先を据えたまま、ユージオは剣を止める。
オーレリアは倒された状態のまま、静かに笑っていた。
「この勝負、引き分けとする!」
「…………え?」
ユージオはウォレスの〝引き分け〟という言葉に驚く。
なぜなら今のこの状態ではどう足掻いてもユージオの勝ちは目に見えているからだ。
「なんだ、気付いておらぬか? あと零コンマ数秒あれば、そなたの首を断ち切れたものを」
オーレリアはユージオに笑いかけながら
そこで彼は全てに気付いた。
(確かに僕は膝でオーレリアさんの手首を抑えていたはず……! だが……なぜ……?)
オーレリアの手首を抑えていたと思っていたユージオであったが、実際には抑えられておらず、マウントを取られながらもアーケディアを彼の首の後ろに添えていたのだった。
ユージオは最後の一撃に集中するあまりそのことに気付くことが出来ず、勝ったと思いこんでいた。
(いつから僕の首には剣が添えられていたんだ? これは引き分けではな──)
「ユージオよ、これは引き分けで良いのだ」
「…………」
「それよりもそろそろどいてはくれまいか? この態勢も悪くはないが、将軍として周りの目も気にせねばならないからな」
「……え、あ! ご、ごめんなさい!」
ユージオはオーレリアの上に乗っている今の状態に気付いて、顔を真っ赤にしてその場から離れる。
ウォレスからは微妙な目で見られていたのだが、慌てているユージオはそれに気付くことはなかった。
オーレリアは慌てている彼を見て、少し嬉しそうな表情をしながら起き上がる。
「よもや私を前にして剣を放り投げる者がいようとはな……」
「僕の……師匠でもあり、親友でもある相棒から教わったんです。戦場に存在するあらゆる物が、武器とも罠ともなり得るって」
「まさにその通りだな。やはり、そなたの師匠とも剣を交えてみたかったぞ」
オーレリアの言葉にユージオは鼻下に指で擦り、嬉しそうな顔をして答えた。
この言葉は以前セントラル・カセドラルにて、ベルクーリ・シンセシス・ワンと戦った際にも同じことを言われていた。
まさかこの世界に来ても同じ言葉が聞けると思っていなかったため、
「だがユージオよ、そなたはこの引き分けということに納得しているようには見えなかったが?」
「……ええ、これは僕の負けです。最後の最後、あの場面が実戦ならば僕は確実に斬られていた。それが引き分けということに納得ができていない理由です」
「……そうか。それなら、最後の決着をするか?」
オーレリアはユージオの言葉に納得したような声を出した後に、金色の闘気を纏い始める。
先程は見せなかった《黄金の羅刹》の本領をこの場で見せようとしていたのだった。
「……いいのですか?」
「良いもなにも、最後の決着だ。これで心残りも残るまい」
(もう僕は
ユージオは青薔薇の剣を持ち、構える。
この戦いの最後の決着を付けるべく、オーレリアも闘気を集中させていく。
「行くぞ!」
「行きます!」
二人の全力の一撃が練兵場を揺らし、衝撃波が何人かの兵士を吹き飛ばすほどの威力を見せるのだった。
「あ……う……」
「私の一撃を受けてまだ意識があるとはな。随分と成長したものだ」
二人の戦いは本当に一瞬であった。
ユージオは今の彼が出せる最高の技、片手直剣七連撃ソードスキル〝デッドリー・シンズ〟を放つ。
しかし、彼のその攻撃を彼女は一撃で叩き伏せた。
闘気を剣に集中させて、斬撃のオーラを放つクラフト技〝覇王斬〟を全力で放つオーレリア。
ユージオはその攻撃に抵抗するものの、威力を少し弱めることに成功しただけで、そのまま吹き飛ばされてしまうのだった。
そして意識が朦朧としたままの状態のユージオの前に立っているオーレリアは続けて口を開く。
「……そなたの師匠の代わりに私が認めよう。ユージオよ、そなたは今日からアインクラッド流の《奥義皆伝者》を名乗るが良い。
そして、認めよう。そなたは今日から我がルグィン伯爵家の一員となるのだ。我が
「ユージオ、もう意識がないですよ」
嬉しさからか長々と演説をするオーレリアの言葉を前半しか聞くことが出来ずに気絶してしまったユージオ。
だが、圧倒的な強者である彼女からアインクラッド流の《奥義皆伝》を授けられたことに満足した彼は、そのまま意識を失ってしまった。
ジュノー海上要塞を出ていく前に彼にとっては大きな自信になったと思ったのか、眠っているその表情はどこか嬉しそうだった。
ちょこちょこ気付いている方もいるかも知れませんが、これから少しずつオーレリアは姉バカになっていきます。
キャラをなるべく崩壊はさせるつもりはないのですが、姉バカになっていきます。
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第五話 紺碧の海都
今週の土日にはきちんと更新します!
「あ、あれ……ここは……」
(い、いてて……そ、そうだった! 確かオーレリアさんと戦って……)
ユージオは身体を起こして周りを見つつ、目覚める前のことを思い出す。
オーレリアとの戦いで、彼女に全力で挑んだものの見事にやられてしまい、最近はとんと用が無くなっていた医務室に運び込まれたのだということを推察した。
「目覚めたか」
医務室の入り口にいたのは、先程ユージオを完膚無きまでに叩きのめした張本人だった。
痛みで動くことが出来なかった彼は、オーレリアが微笑みながら歩いてくるのを黙って見ていた。
「一応薬と
「……はい」
ここまで自分をボコボコにしたのはどこのどいつだと思ったのだが、ユージオは決して口には出さない。
そしてこのやり取りもなぜかとても懐かしい気持ちになっていたのだった。
「どうであった?」
「……え?」
「私との戦いはどうであったかと聞いている」
不意の質問に、意図が読めなくて聞き返してしまうユージオ。
そしてきちんと質問された彼は、先程の戦いを思い出して俯いてしまう。
「……完敗でした。僕は、僕は強くなったと思っていた。
オーレリアはユージオの言葉を黙って聞いていた。
「ですが、貴方には一切が通じなかった。……それがとても悔しかった。とても、悔し、かった……です」
「……そうか」
ユージオの目からは涙が零れていた。
戦いに負けたことへの悔しさだけからなのかは誰にも分からないが、オーレリアはただ相槌を打つだけだった。
そしてひとしきり泣いたユージオは、袖で目元を拭くと彼女に「へへっ」と笑顔を見せる。
「それでも、ここまで強くしてくれたオーレリアさんには感謝しています。本当にありがとうございました」
「…………」
ユージオは明日で出ていくことが分かっているので、オーレリアへ感謝の言葉を述べた。
その泣き腫らした笑顔に、彼女は抱きしめたい衝動に陥ったが必死に堪える。
「……明日は早いぞ。部屋に戻って準備をして、早めに寝るがよい」
「……はい」
オーレリアは一言だけ話すと、我慢の限界に達する前に翻って医務室を出ていく。
ユージオはその素っ気ない態度に、少し寂しい気持ちになったのだが仕方がないと諦める。
(そうだよね。だって僕はオーレリアさんに
オーレリアの言葉を「明日は朝早くに出ていけ。だから早く荷造りして寝ろ」という風に受け取っているユージオは、ため息をつくとそのまま起き上がって自室へと戻っていく。
この三ヶ月、
だからこそこの世界に来たばかりの何も知らないときの自分とは違う。
(まずは近くにある紺碧の海都《オルディス》に行ってみようかな。道中で魔獣を狩ればセピスも貯まるだろうし)
自室で荷造り──といっても、大したものはない──をしながら、今後の予定を考えていたユージオ。
そして、明日は最後くらい朝食を食べてから出て行きたいなと思いながらベッドに入った自分自身に、ルーリッド村にいた頃に比べて随分図太くなったとクスリと笑いながら就寝するのだった。
「……どうして顔がそんなに赤いのですか?」
「…………なんのことだ?
「……いや、まぁ。いいんですけどね。それよりも明日は──」
「ああ。明日は
執務室に戻ったオーレリアを出迎えたのはウォレスだった。そして彼女は彼の言葉を強引に流す。
そのまま明日の予定を伝える。
「まぁカイエン公はこのラマール州を治めていますからね。ルグィン家に養子を迎えるなら、報告は必要ですね。
「……ああ、大丈夫だ。私がルグィン伯爵家を継いでから十年以上も経つからな。今さら何かを言ってくることはない。事後報告で良いであろう」
オーレリアの父は彼女が学生時代に《百日戦役》に参戦したが、戦傷を負ってしまう。
その影響で彼女は一年で学院を卒業することになり、卒業と同時に領邦軍に入った経緯がある。
そこから少し経ってルグィン伯爵家を継いだのだが、今となっては何かを言ってくることは一切無くなっていた。
「《帝都ヘイムダル》にも行かないといけなくなりそうですが、素性の知れぬ者を貴族に迎え入れるとなると──」
「フッ、そこも問題はない。十年ほど前になるが、実例はあった。……邪魔をする者がいれば、力づくで認めさせるだけだ」
ウォレスは以前と同じように忠告をするが、オーレリアもまた以前と同じように邪魔する者は力づくというスタンスを崩さない。
過去にあった実例──シュバルツァー男爵家は相当嫌な思いをしたのか、領主は領地に引きこもってしまっていたのだが、ルグィン伯爵家は決してそういったことにはならなそうだと苦笑いを浮かべるウォレスだった。
◇
オーレリアとの戦いで破れた次の日、ユージオは彼女に言われたとおり朝早くから起きて出ていくための支度を整えていた。
幸いにも朝食にありつけそうだったため、そこで会った早番と夜勤の兵士達に別れを告げ──事情を知らない彼らはとても意外そうに、そして寂しそうな顔をしていた──朝食を平らげると、ジュノー海上要塞の門をくぐり抜けて振り返る。
(最後にオーレリアさんに挨拶しておきたかったんだけど、執務室にもいなかったし。まぁ仕方がないか……)
大きな要塞を見上げて、寂しそうに目を瞑ったユージオは、その気持ちを抑えて橋を渡ろうと前を向いたところで驚きの顔をした。
「遅いぞ。今日は早いと言ったはずだ」
「……っ!? オ、オ……オーレリアさん!?」
目の前には一台の導力車と、そこの前に立っているオーレリア・ルグィンがいたのだった。
「どうしてここに……?」
「……? 何を言っている? とりあえず導力車に乗るが良い。話はそれからだ」
そう言いながら、ルグィン家の執事が開けた導力車のドアから中に乗り込むオーレリア。
そして執事に乗るように促されたユージオも、混乱しながらではあるが同じく中へと乗り込むのだった。
「えっと、どうして……ですか?」
導力車が走って少し経ったところで、ユージオはオーレリアに話しかける。
そもそも彼にとって鉄の塊が動くこと自体が驚くべきことだったのだが、それ以上にオーレリアの行動が理解できていなかったのだ。
「迷っても仕方がないからな。それに私にも責任がある」
「責任……」
ユージオとオーレリアはそれぞれの気持ちをきちんと伝えているつもりであった。
しかし、実は何かが違っていた。
(追い出した僕を
(どうせいつかはカイエン公に挨拶に行かねばならないのだからな。そんな些末なことでいつ行くか迷うなら、すぐにでも行けばよいのだ。ルグィン家に迎える以上、
追い出されたと思っているユージオ。カイエン公へ挨拶に行こうとしているオーレリア。
二人は全く違う意図で話していたのだが、なぜか話が噛み合っているように聞こえていた。
◇
紺碧の海都オルディス。エレボニア帝国西部、ラマール州の州都であり、大貴族《四大名門》の筆頭であるカイエン公爵家当主のクロワール・ド・カイエンが治める本拠地。
人口は約四十万人であり、帝国本土では帝都ヘイムダルに次ぐ第二の規模の都市である。
古くからラマール州を中心に、北は旧ジュライ市国から南はリベール王国までの、大陸西部沿岸部の海洋貿易における経済圏の中心的都市であり、巨大な港湾都市としても知られている。
「ここが紺碧の海都《オルディス》……!」
ユージオは知識としては知っていたものの、初めて見るオルディスの光景に目を奪われてしまう。
「フッ、驚くであろう。私も初めて見たときは驚いたものだ」
ユージオの反応を見て、オーレリアは薄く笑う。
ここまでの道のりを二人きり──運転手の執事はいたのだが、彼は空気に徹するのに長けていた──で話せていたことだけでも満足していたのだが、子供のようにはしゃぐユージオを見て、眼福のような表情をしていた。
「お顔が緩んでいますぞ。お気を付けくだされ」
「……そ、それにしてもそこまで喜んでくれると私としても連れてきたかいがあったというものだ」
執事の声を無視して、オーレリアはユージオに話しかける。
しかし彼は窓の外の光景に夢中になっていて、何も声が届いていないようだった。
「……フッ」
オーレリアは彼が満足するまで黙って見守ることにしたのだった。
「お顔が緩んでいま──」
「オーレリアさん! ここまで連れてきてくれてありがとうございました! もう一人で大丈夫ですので、ここで降りますね!」
執事が再度オーレリアを注意しようとした瞬間、窓からの景色を堪能したユージオがオーレリアの方を向く。
一瞬で元の顔に戻ったオーレリアは、ユージオの言葉を聞いて首を傾げる。
「……降りる? 何を言っているのだ?」
「え、ですからここまで迷わないように僕を送ってくださったんですよね? ここまで来ればもう大丈夫ですので」
「…………?」
二人の会話が微妙に噛み合っていないことに、それぞれが気付き出す。
少し気まずくなった空気に対し、運転をしていた執事はその空気を気にすることもなく目的地へ到着した旨を伝える。
「到着いたしました」
「……到着したか」
「到着……? え、ここは……?」
ユージオが導力車の窓から外を見ると、そこにはとてつもなく大きな屋敷があった。
「ここがラマール州を治めるカイエン公爵家のお屋敷でございます」
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次話ではちゃんとキャラが戻っているはずなので、許してください!
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第六話 蒼の騎士とカイエン公
皆様の言葉にすごいやる気が出てきます!
「カイエン、公爵……ですか?」
「なんだ、覚えていないのか? ここ、ラマール州を治めている《四大名門》のうちの一つだ。
オーレリアはユージオの勉強不足を軽く笑いながら、嬉々として説明をする。
しかし、ユージオは覚えてなかったということではなく、なぜここに自分がいるのだということを言いたかったのだが、オーレリアにはそう受け取られないようだった。
(えっと、なんで僕がここに来ているんだろう……? もしかしてオーレリアさんの用事があるからそれに付き合わされているということか……?)
ユージオの考えはほぼ当たりである。オーレリアは用事があってカイエン公爵に会いに来ており、ユージオもそれに付き合わされている。
しかし、その用事の当人がユージオ自身であることまでには考えが及んでいなかった。
「では行くぞ」
「え、ちょ、ちょ……!」
ユージオを置いて先に行こうとするオーレリアに対し、どうしていいか分からずその場に立ち尽くす。
しかし、執事に「行かないのですか?」という目で見られてしまったため、頭を軽く掻くとオーレリアの後を追っていくのだった。
「オーレリア・ルグィンだ。カイエン公に挨拶に参った」
「お待ちしておりました、ルグィン様。執務室でカイエン公爵がお待ちです」
屋敷の中に入ると、そこではカイエン公の使用人が出迎えをしており、執事が代表してオーレリアと会話をしていた。
ここまで大きな屋敷に入ったことがないユージオは、オーレリアの後ろに立ちながら辺りを見回していた。
(うわぁ……外観を見たときにも思ったけど、中もすごい広いな。しかもここまでの出迎えを受けているなんて、やっぱりオーレリアさんって偉い人なんだよね……)
オーレリアがエレボニア帝国で地位の高い人だということは分かっていたが、どれほどなのかまでは実感がなかったユージオ。
ここまで大きな屋敷で彼女への出迎えの待遇を見て、やはり自分とは違う存在なのだと改めて気付かされる。
「そろそろいいか? カイエン公のもとへ行くぞ」
「え、あ、はい! ……すみません」
ユージオが屋敷内を見回している様子を微笑ましく見ていたオーレリア。
だがいつまでもカイエン公を待たせるわけには行かないため、ユージオに声を掛けると彼は慌てつつも恥ずかしそうに顔を赤くする。
その様子を周りで控えているメイド達はクスッと笑っていたが、それ以上に彼の容姿に注目していた。
ユージオはそこまで自覚していないのだが、彼は容姿に優れている。
美男美女が多いとされるこの世界においても、それは変わらずであった。
そのため、可愛い系が好みの
本人はそれに気付かずに照れながらオーレリアの後ろについていくのだったが、彼の目の前にいる義姉だけは違っていた。
(ふむ、
周りに人がいるため、オーレリアは表情を一切変えることなく、ユージオに対して恋愛感情を持ちそうな視線の主の顔を覚えながら執事の案内についていく。
その行動はカイエン公の執務室に到着するまで、続くのだった。
「こちらがカイエン公爵の執務室でございます」
「うむ」
執事は執務室と案内した扉にノックをすると、「オーレリア・ルグィン伯爵がいらっしゃいました」と告げる。
中から「入るがよい」という言葉がする。それを合図に執事が扉を開け、オーレリアに向かって頭を下げる。
その様子を見たオーレリアはゆっくりと部屋の中へと入っていくのだった。
「失礼する」
「おお、オーレリア将軍。よく来たな」
クロワール・ド・カイエン。ラマール州統括者である彼は、元々家督を継ぐはずではなかった。
兄であるアルフレッドが八年ほど前に海難事故で死去したことがきっかけとなり、カイエン公爵家当主の後継者となり、ほどなく当主の座に就く。
そのときに邪魔になりそうな存在は遠ざけていたのだが、それはまた別の話。
両手を広げてオーレリアを出迎えたカイエン公は、横にいるユージオをちらりと見て今回の用事が何であるかを察するが、それをすぐに自身の口から話すことはない。
そしてソファーに座るように促すと、貴族特有の本題に入る前の雑談をする。それは時事的な話から、最近の貴族間での流行りなど流石《四大名門》の当主の一人だけあって、話は豊富にありその話し方は人を惹きつけるものがあった。
ユージオもそれを感じており、話に引き込まれていたのだが、ある程度話したところでカイエン公は上手い流れでようやく本題に入るのだった。
「……ところで今回はそちらの青年についての話かと察するが、もしかして遂に身を固める決意をされたということかな?」
「フフ、カイエン公も冗談が上手いですな。私と彼では年齢が離れすぎているではないですか」
「ふむ……それでは彼のことをご紹介いただいても?」
カイエン公は雑談しているときからユージオのことを観察していた。
社交界でも見たことがない顔。これだけの容姿であれば、どこかの場に出ていれば必ず噂になるのだが、そういった噂も聞いたことがない。
まさかオーレリアの〝燕〟なのかと考えるが、それならばわざわざ紹介に来るはずがないと即座に否定する。
わざわざここまで挨拶に来るほどの内容。そこにユージオが絡んでくるとなるといくつかの推測が立つ。
だが、それならばもう直接聞いてしまったほうが早いため、オーレリアに紹介を促したのだった。
「ああ、今回の用事は彼のことでな。彼の名はユージオ……ユージオ・ルグィンだ。私の義弟になる男だ。ルグィン家に入るのでな、先にカイエン公へ紹介をと思い、本日は参ったということだ」
「────ッ!」
「…………」
オーレリアの言葉に違う反応を見せる二人。
ユージオは驚きのあまりオーレリアの顔を見て、口をパクパクさせている。
カイエン公は顎に右手をやり、何かを考えている様子であった。
「ふむ……そういうことであったか。元々の出自は貴族なのかな?」
「フッ、ルグィン家がそのような些末なことを気にするとでも?」
「…………そうであったな。貴公にとってはその程度は些末なことだった」
念の為、カイエン公はユージオの出自を聞くが、オーレリアからの返答は予測されていたことである。
だが、貴族としての血を持つ者と持たざる者。そこには明確な差があるというのが《貴族派》であり、出自が不明なものを迎えたということが知られてしまうと問題があるのも事実であった。
この会話を聞いても、ユージオはまだ口をパクパクさせている。
「確か……十年ほど前に出自不明の子供を養子にしたという男爵がいたが──」
「〝シュバルツァー男爵〟のことですな」
「あのときは得体の知れない子どもを養子としたと周りからの非難が酷くてな。男爵自身も社交界から離れて、領地に籠もるようになってしまったと聞くが……」
暗に「貴公は大丈夫なのか?」と言わんばかりに言葉を切るカイエン公。
しかし、それをオーレリアは軽く微笑むと、はっきりと言葉にして自らの方針を告げた。
「批判など我がルグィン家には大したことはない。もし邪魔をする者がいるのであれば、当主である私の力を持ってねじ伏せるだけだ」
「…………フッ、そうであったな。貴公はそういう人物であった。それならば私も何も言うまい」
カイエン公としても貴族でない者を入れるなど許されることではない。
しかし、彼には今
彼女を敵に回せば、ラマール領邦軍の戦力を失うに等しい。それは《貴族派》にとってはあってはならないことなのである。
「それならば良かった。それでは私はこれで失礼する。このあとヘイムダルまで行かなければならないのでな」
「……陛下にも挨拶を?」
「ええ。
立ち上がったオーレリアと座ったままのカイエン公は目を合わせる。
数秒間そのままであったが、どちらかともなく目を逸らすと「ユージオ、行くぞ」とだけ伝えてオーレリアは執務室を出ていった。
「小娘が……しかし私の大望──我が公爵家の果たすべき使命のために、今、あやつを敵に回すわけにはいかぬからな」
ソファーから自分の席に座ったカイエン公。そして出ていった扉を見ながら、彼は呟く。
(すでに賽は投げられているのだ。そして、私の元には駒が揃いつつある。あとは
カイエン公は両肘を机の上に立て、両手を口元で組むと笑みを浮かべるのであった。
◇
「あの、オーレリアさん」
「……なんだ?」
「先程の話ですが──」
「先程の話とは?」
オーレリアは周りの目もあるため、ユージオの質問に対して口数少なく答える。
いつもと、そして先程導力車に乗っていたときと反応が違うため、ユージオは戸惑いながらも言葉を続ける。
「あの、僕がルグィン家の養子になるという話……です……」
「ああ、そのことか。案ずるな、邪魔する者は私が排除するからな」
「いや、そうではなくて……」
話が噛み合わない。まったくもって噛み合わないというのをユージオはモヤモヤした気持ちで話していた。
彼は「自分は負けたのだから、その話はなかったことではないのか?」と聞こうと口を開こうとしたところで、オーレリアが立ち止まる。
ユージオは突然立ち止まった彼女を見るが、その目線の先にいたのは灰色の髪をした青年であった。
(……誰だろう? 僕と同い年くらいに見えるけど……)
灰色髪の青年は廊下の壁を背もたれにして、誰かを待っているようであった。
そして、それはオーレリア・ルグィンであるというのは、彼を見ていれば一目瞭然だった。
「《蒼の騎士》殿か」
「よぉ。かの有名な《黄金の羅刹》様が男を連れ込んだって聞いたもんでな、つい見に来ちまったぜ」
《蒼の騎士》と呼ばれた青年は、オーレリアに対して他の使用人が取るような態度ではなく、まるで友人が話しかけるかのような気さくな態度で接していた。
その挑発するような言い方に、彼女は子供を相手にするかのように接する。
「フッ、カイエン公に我が義弟を紹介しに来たのだ。恐らくそなたとも歳が近いであろう、仲良くしてやってくれ」
「……ちっ」
挑発に乗らないオーレリアに舌打ちをする青年。そしてユージオを見ると、ゆっくりと近づいてくる。
ユージオの前に立つと、彼を見下ろすようにしてじっと観察していた。
「えっと、ユージオ、です」
黙ったままの青年に何か話さなければならないと感じたユージオは、とりあえず名乗ることにした。
青年の威圧をなんとも思わない様子で自己紹介をしたユージオにポカンとした表情になる青年。
そして、再度舌打ちをすると、踵を返して歩いていこうとするが、その途中で立ち止まって口を開く。
「……クロウだ」
「え?」
「クロウ・アームブラストだ」
クロウと名乗った青年はそれ以上何も言わずに去っていく。
その雰囲気に聞きたいことを聞く空気ではなくなってしまい、そこからカイエン公の屋敷を出るまでは二人とも口を開くことはなかった。
◇
導力車に乗った二人はジュノー海上要塞へと戻っていた。
黙ったままの二人。だが、ユージオとしては先程クロウのせいで止まってしまった話をどうしても聞かないといけなかった。
そのため、意を決して口を開く。
「あの、オーレリアさん」
「……なんだ?」
「先程の僕がルグィン家の養子になるという話ですが、僕はオーレリアさんに
「…………」
オーレリアは遮られないようにと一気に話したユージオの言葉を聞いて黙ってしまう。
ようやく伝えたいことを話すことが出来た。だが、そのことを聞いた途端に難しい顔で考え込んでしまったオーレリアを恐る恐る見る。
数十秒ほどそのままだったが、ようやく口を開いた彼女からは予測もしなかった言葉が出てくるのだった。
「私は
「…………え?」
ユージオはぽかんとした表情になる。
(え? え? いやいや、オーレリアさんは言ってたでしょ! 出ていけって!)
「確かにジュノー海上要塞から出て行けとは言った。だが、それは
「…………え?」
ユージオは再度ぽかんとした表情になる。
そして、あのときオーレリアが伝えた内容を必死に思い出す。
(……
そして言葉の意味をようやく理解したユージオは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせてしまう。
オーレリアは合点がいったとばかりに、今までのユージオの言動を思い出していた。
「そういうことであったか。そなたの今までの行動や言動、何かおかしいと思っていたが、出て行けと言われていると思っていたのか」
「え……いや……その……」
ユージオはやらかしてしまった失態に、オロオロするばかりで何も返すことが出来ない。
それもそのはずだ。自分の勘違いで出て行けと言われてしまったと思い込み、今までの行動を取ってしまっていたのだから。
「フフッ、そなたの戦っているときの顔もなかなか良いものだが、そういう顔もなかなか悪くないぞ」
「か、からかわないでください!」
「だが、あのとき確かに伝えたぞ。
あのときというのが、昨日のオーレリアにやられたときのことであることはユージオにも分かった。
アインクラッド流の奥義皆伝者のことは確かに覚えているからだ。
しかし──。
「……後半のことは聞いていないです」
「確かそのとき、ユージオ様は気を失っていたかと存じますが……」
ユージオが正直に聞いていないことを伝え、執事があのときユージオはすでに気絶していたことを伝える。
執事がユージオに〝様〟を付けているのは、手続きが済んでいないとはいえ、彼の中ではもうユージオはルグィン家の一員だからである。
ルグィン家に仕える者として取るべき応対をしていた。
「そういえばそのようなことをウォレスも言っていたな。まぁ良いではないか、そのような些末なことは」
「……よくないとは、思います」
オーレリア・ルグィンは帰りの景色を導力車の窓から眺める。
夕日に照らされる彼女は、誰から見ても見惚れるほどの美しさであった。
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あと、もし登場人物の話し方でおかしい部分があればご指摘くださいませ!
この話はちゃんと書きたいと思っているので、こんな感じで話すのでは?というところは言ってもらえると嬉しいです!
一応伝えておくと、敢えて原作のキャラと違うように話してある部分もあるので、その場合はちゃんと意図を伝えますね!
ゆるふわさんは聖アストライア女学院にいらっしゃいます。
クロウはトールズ士官学院ではないかって? あのサボり魔がいるわけないじゃないですかー。まだ入学して一ヶ月だからって、真面目に授業を受けているなんて、ないのですよ
そして年代は実はちゃんと読めば分かるようになっているのですが、1203年(閃の軌跡1の一年前)です。
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第七話 緋の帝都
今年もよろしくお願いいたします。
(どうして、こうなった……?)
ユージオは困惑していた。目の前の光景が信じられなかったからだ。
それも仕方がない。今目の前にいるのはドレスを纏った金髪の美少女なのである。
(いや、そうじゃなくて!)
否、そうではなかったことを訂正する。
彼の目の前には確かに金髪の美少女がいるのだが、彼が困惑していたのはその美少女がエレボニア帝国の皇女であったことが理由の一つであった。
彼女は皇城にある自室でソファに座りながら紅茶を飲んでいる。
「ユージオさんもこちらに座って一緒に紅茶を飲みませんか?」
「い、いえ! 僕は大丈夫です!」
直立不動で部屋の端に立っていたユージオに微笑みながら声を掛ける皇女。
しかし、ユージオは今の状況を把握するので精一杯だったのだ。一国の皇女と対面でお茶を飲むことなど出来るわけがない。
(ど、どうして、こうなった……?)
ユージオは夢であってほしいと願いながらも、皇女をちらりと見る。
皇女と目が合い、すぐに目を逸らし目の前を見続ける。
彼女はそんなユージオに少し困ったかのような仕草をしていたが、口元は笑みを浮かべていた。
ユージオはなぜこのような状況になったのか。
時は紺碧の海都オルディスでカイエン公とクロウに会ったところまで遡る。
オーレリアとユージオはその日のうちにジュノー海上要塞まで戻り、各々の部屋で休むこととなった。
もちろん追い出されたはずのユージオが戻ってきただけでなく、ルグィン家の一員──ユージオ・ルグィンとなったことに海上要塞にいた兵士達全員が驚いたのは言うまでもない。
「義理とはいえ姉なのだから一緒に寝るのは構わないであろう?」
オーレリアの冗談とも思えるこの言葉を鵜呑みにする者などいるわけもなく、ウォレスによって引きずられていく《黄金の羅刹》を見た兵士達は、これは夢なのだと自らに言い聞かせていた。
そして次の日の早朝。
朝から訓練をしようと準備をしていたユージオは、いきなり部屋に入ってきたオーレリアによって連れ去られていく。
そして昨日とは違う導力車に乗せられた彼は、何の説明もないままオルディスの空港へと到着する。
あれよあれよという間に導力飛行船に連れ込まれ、エレボニア帝国首都であるヘイムダルへと着いたのだった。
「オーレリアさん……」
「なんだ?」
「ここって……ヘイムダル、ですか?」
「そうだ。よく勉強しているな」
感心したかのようにユージオを褒めるオーレリア。
《緋の帝都ヘイムダル》。人口は約八十万人のエレボニア帝国の首都である。西ゼムリア大陸だけでなく、ゼムリア大陸全土でも最大級の規模と人口を誇る。
緋色のレンガを基調にした美しい街並みで、歴史的な建造物も多く存在している。
十六の街区が存在し、それぞれが地方都市並の規模を持っており、街の北側には皇族が住まう《バルフレイム宮》がエレボニア帝国の象徴としてその存在感を大きく示していた。
(オルディスとは雰囲気が全く違うなぁ。というか、オルディスといい、急に色々なところに連れ出されているけど、なぜなんだろう?)
ユージオには貴族の建前というものが理解できていないため、挨拶や申請をしなくてはいけないということが分かっていなかった。
特にルグィン家のような伯爵クラスになると、
そして執事の運転で向かった先。そこにはジュノー海上要塞と同クラス、歴史の重みを感じさせる迫力を加味するとそれ以上の建造物があった。
「わぁ! これが……」
「ああ、ユーゲント皇帝陛下をはじめ、エレボニア帝国の象徴である皇帝家が住まう《皇城・バルフレイム宮》だ」
目の前の光景に圧倒されるユージオ。
オーレリアとしては、毎回目をパチクリさせているユージオの顔を見るのもなかなか楽しめると思っているのだが、これから会う相手が相手のため、これ以上入り口でもたもたしているわけにもいかないのだ。
「では行くぞ」
「ま、待ってください!
ユージオの言葉に先に歩みを進めていたオーレリアが立ち止まり、そして振り返る。
「ああ、これからお会いするのはエレボニア帝国現皇帝〝ユーゲント・ライゼ・アルノール様〟だ」
ユージオは彼女の言葉に絶句するだけだった。
「それで、今回はどういった用件かな、オーレリア将軍よ」
跪くオーレリアとユージオの前にいるのはユーゲント皇帝。
彼には事前にどういった内容でオーレリアが来たのかの報告は受けている。
しかし、それはそれ。臣下から改めて用向きを聞くため、挨拶もそこそこに本題に入る。
「はっ。本日は私の隣にいる男、ユージオについてのご報告に参りました」
「ふむ。そこな少年がどうしたのかな?」
「この度、ユージオが我がルグィン家の末席に名を連ねることとなりました。つきましてはそのご報告とご挨拶をさせていただきたく。ユージオよ、皇帝陛下にご挨拶を申し上げ…………」
オーレリアはユーゲントに挨拶をするようにユージオに伝えようとしたのだが、言葉を途中で切ってしまう。
彼はまだ顔を上げて良いということだけでなく、発言の許可すら出ていないにも関わらず、ユーゲントの方を
視線の先を追うと、そこにはユーゲント皇帝と皇妃であるプリシラの娘であるアルフィン・ライゼ・アルノールがあった。
「…………」
「ユージオ」
「────ッ!? し、失礼いたしました!」
オーレリアに小さな声で名前を呼ばれ、ようやく自分の不敬に気付き、謝罪とともに頭を垂れるユージオ。
彼のやってしまったことにオーレリアが謝罪をしようとしたが、ユーゲントが先に口を開く。
「フッ。どうやらそなたの義弟はアルフィンに興味があるようだな」
「あら、まぁ……」
ユーゲントのからかいを含んだセリフに対し、いろいろな意味で冷や汗をかくオーレリア。
当事者のアルフィンは頬に手を置きながら、少し困ったような嬉しそうな表情を見せる。
(ほうほうほう。これはなかなか面白いな)
その様子を満面の笑みで見守っていたのは兄であるオリヴァルト。
ユージオがどういう意図でアルフィンを見ていたのかは分からないが、彼女のまんざらではない表情に何か面白いことが起きそうだとでも思っているような顔つきであった。
「……こ、この度ルグィン家の末席に名を連ねることとなりました、ユージオ・ルグィンと申します。何卒よろしくお願い申し上げます」
話を誤魔化すように事前に教え込まれていた挨拶の内容を述べるユージオ。
しかしユーゲントを初めとした皇帝一家は、
これで報告すべきことは終わりのため、オーレリアは何か他に話が出る前に退出の流れに持っていこうとするが、数歩前に歩いてくる足音に顔を上げる。
「オーレリア将軍、お久しぶりですね。そして初めましてユージオ様、私はアルフィン・ライゼ・アルノールと申します。よろしくお願いいたしますね」
綺麗な笑顔でオーレリアとユージオに挨拶をするアルフィン。
「ええ、お久しぶりですね。殿下はおいくつになられたのでしたかな?」
「十四になりましたわ」
「それはそれは……今は聖アストライア女学院の中等部に在学中でしたと記憶していたのですが、あそこは寮ではなかったでしょうか?」
「ええ。本日はたまたま戻ってきたのですが、良いタイミングだったようですわね」
「…………」
お互いに笑みを浮かべて世間話をしている風に見えるのだが、なぜか二人の間には凍えそうな空気が感じられていた。
それに気付いているのはプリシラとオリヴァルトの二人。しかし、二人は何も言わず黙ってみているだけだった。
少しの沈黙ののち、アルフィンがユーゲントの方へ振り向き口を開く。
「お父様、良いことを思いつきましたわ。ユージオ様を
「──ッ!」
突然の提案に絶句する一同。それもそのはずだ。なぜなら代々皇帝家の守護職に着任するのは武の名門である《ヴァンダール家》と決まっていたからだ。
実際にユーゲントには《雷神》マテウスが、オリヴァルトにはマテウスの息子であるミュラーが守護職として着任しており、セドリックにもマテウスの息子であるクルトがなるであろうと言われていた。
それをアルフィンが別の貴族家から守護職を任命したいと言い出したのだから、このような空気になってしまっても仕方がない。
「…………ふむ。アルフィンのいきなりの提案にはいささか驚いたが、どういった理由か説明をしてくれるかな?」
「はい。それは……
直球でユージオを気に入ったと話すアルフィン。
ここまでストレートに感情を表現されたら、誰も何も言えなくなるのは当然のことである。
しかしながらそこで口を挟んでくる者がいた。
「おやぁ? アルフィンはユージオ君がお気に入りのようだね。ただ、アルフィンも知っていると思うが、皇帝家の護衛である守護職は代々ヴァンダール家がなることが慣例でね。そこに例外を作るというのはいささか性急過ぎやしないかい?」
一応
だがその顔はもはや本音で語っているのではないということは明白であり、このあとにどうすれば面白くなるかを考えているような顔つきをしていた。
彼の横では護衛であるミュラーが小さくため息をついていた。
「ええ、お兄様の言いたいことは分かりますわ。ですが、《黄金の羅刹》であるオーレリア将軍が認めた殿方に守護職として護衛に就いてもらえるのであれば、それはとても頼もしいなと思いまして」
そう言いながらもちらっとオーレリアの顔を見るアルフィン。
オーレリアは薄く笑いながらも表情を表に出さないようにし、極めて冷静に努めていた。
「おやおや、そこまで気に入っているのかい? だがオーレリア将軍が認めた逸材だったとしても、実績が大切であるということも──」
「──それならばこの場でそれを示してみるというのはいかがでしょうか?」
皇帝家ではないにも関わらず、オリヴァルトとアルフィンの会話に割って入った男。
本来であれば最大級の不敬ではあるのだが、彼にはそれが出来るだけの権力を有していた。
「……オズボーン宰相」
「いやはや、話に入ってしまって失礼いたしました。私としては皇帝家の守護職にはヴァンダール家でなくとも良いのではないかとも思っておりまして。今までの実績──つまり信頼と皇帝家を護衛できるだけの実力、それを兼ね備えていれば問題はありますまい?」
「それはどういうことかな?」
オリヴァルトは顔をややしかめつつ、宰相であるギリアス・オズボーンの方を向く。
誰かが話に割って入ったことに対してではなく、彼が割って入ってきたことがオリヴァルトにとってあまり良いものではなかった。
「信頼に関してはルグィン家の名があれば問題はありますまい。あとは──」
「──〝皇帝家を護衛できるだけの実力〟があるかどうかということ、か」
オリヴァルトの言葉に黙って頷くギリアス・オズボーン。
(この男、何を考えている……? だがまぁ、今回に関してはボクも同じ意見だ。彼がどれくらいの実力者なのか、何者なのかというのを知る上でも、必要なことだろう)
オズボーン宰相に警戒を強めるが、元々同じ流れに持っていこうとしたというのもあり、どうせならそのまま話を進めようと決心した顔をする。
「ではそれでよろしいですかな、陛下?」
「……ふむ。だが、実力を測るにも誰が相手をするのが良いかだな」
ユーゲントは顎を手で触りながら、適任者を探す。
まず皇帝家はありえない。続いて提案者の一人であるオズボーン宰相だが、達人クラスの実力を持ち合わせているのは理解しているが、実戦を離れていた期間が長いため彼のことも除外する。
オーレリアは実力が離れすぎているであろうし、自分の家族に手心を加える可能性がゼロではない──特に周囲から言われる可能性が高いため同じく除外。
そうなると、必然的にこの場にいるもので
「…………というわけで、頼んだよ。ミュラー君」
「……はぁ。あとで覚えておけよ、オリビエ」
ため息をつき、小さな声でオリヴァルトに向かって文句をいうミュラー。
そして少し前に出ると跪き、ユーゲントへ発言の許可と提案をする。
「……それであれば確かにこの場では一番の適任であろうな」
と、全員の中でもミュラー以外の選択肢が無いことは明白である。
ユージオの実力を測るためにミュラーはユージオと模擬戦をすることになったのだった。
「では、立会人はこの私、オーレリア・ルグィンが務めよう」
皇城《バルフレイム宮》内にある練武場の中心で、ミュラーとユージオは真剣を持って対峙していた。
ミュラー・ヴァンダール。彼の生家はヴァンダール流という武術を受け継いでおり、アルゼイド流と並び「武の双璧」とも呼ばれている。
彼の父であるマテウスは現当主であり、その長男としてヴァンダール家の跡継ぎである。そしてミュラー自身の腕前はヴァンダール流を修めているだけあり、
練武場の観客席にはユーゲントを初めとした皇帝一家と宰相であるギリアス・オズボーンがおり、それぞれ何か思惑がありそうな顔をしていた。
(なんでこんなことに……)
ユージオは心の中で嘆息していた。
急に皇帝に会うことになったと思いきや、自分よりもかなり年上の男と戦うことになってしまったのだから仕方がない。
皇帝が認めてしまった以上、オーレリアはもとより、自分が何か言う権利など無い。
「ルールはどちらかが負けを認めるか、私の判断で確実に勝敗がついた場合とする。両者ともいいな?」
オーレリアの言葉に二人とも頷く。彼女はユージオ側の人間なのだから、ユージオに有利なジャッジをするのではないかと通常であれば思うだろうが、ここにいる人間にそういう考えを持つ者はいなかった。
オーレリア・ルグィンという人間は決してそのような武を軽んじるようなことをしない。それを理解しているからこそ誰も何も言わないのだ。
(やるからには負けるわけにはいかない。今の自分の力を試すチャンスだと思うことにしよう。それに……)
そう思いながらユージオは昔のことを思い出していた。ノーランガルス帝立修剣学院時代、彼の親友であるキリトと当時の主席であったウォロ・リーバンテインとの決闘を。
結果は引き分けとなっていたのだが、彼もユージオの目の前にいるミュラーと同じく大剣を使用していたのだ。
「何か面白いことでもあったのかな?」
「……いえ、すみません」
微かに笑みを浮かべているのを気付かれたのか、ミュラーはこれから戦うとは思えないほどに穏やかな声でユージオへと話し掛ける。
ユージオは謝罪をすると、一転して真剣な顔つきへと戻す。
「君がルグィン家に入るということは、最低でもそれなりの強さはあるはずと推測する。俺も全力を持って闘いに挑もう」
「──お願いします!」
ミュラーは闘気を迸らせながら愛剣を構える。
闘気を見ただけでユージオは彼が達人であることを確信する。
そしてゆっくりと青薔薇の剣を抜き、アインクラッド流の構えを取る。
「なんて、綺麗な剣……」
アルフィンは遠目から青薔薇の剣を見て、今まで見たことがないほどの美しさに思わずそう呟く。
ユーゲントとプリシラはアルフィンにちらりと視線を移し、オリヴァルトは目を瞑りながら笑みを浮かべている。
「各々、悔いが残ることがない闘いをするように! ──はじめっ!!」
「うおおぉぉぉ!!」
「やあぁぁぁあ!」
オーレリアの開始の合図とともに、両者が突っ込んでいき剣をぶつけ合う。
「ぐっ!」
剣を重ねたとき、ミュラーの剣撃の重さに思わず苦しそうな声を上げるユージオ。
「……どうした!? まだまだこれからだぞ!」
ミュラーはそのまま連撃でユージオを攻め立てる。
ユージオはなんとかその攻撃を防ぐが、それでも周りからは劣勢に見えていた。
(なんて重い攻撃、そして連撃のスピードなんだ……リーバンテイン先輩なんて比ではない!)
止まらないミュラーの攻撃を必死に捌く。だが、徐々に押されてしまい後退していく。
「この程度なのか? 《黄金の羅刹》殿に認められた少年の腕というのは!? これでは我が弟にも勝てはしな──」
更に攻め立てようとするミュラーの一撃に対し、ユージオは脱力をして受け流すと、そのままクルリと回りミュラーの右脇腹を目掛けて横薙ぐ。
しかし、その一撃はミュラーの剣によって防がれる。
「……ようやくやる気になってくれたというところか?」
「……どうですか、ね!」
ユージオはそのまま剣を振り切ると、そのまま右側から水平斬りをする。
ミュラーは先ほどと同じく剣で防御するが、ユージオの技の勢いに押される。
「……アインクラッド流《バーチカル・アーク》」
「──くっ!」
二人の闘いを見て、オーレリア以外の全員が驚いていた。
特にミュラーの腕を誰よりも知っているオリヴァルトは、珍しく驚きを顔に出していた。
(あの年齢でミュラーと互角の闘いをするとは、彼は一体何者なのだ……?)
ミュラーと互角であるということは、
「まさか、これほどとは……」
「ええ、私も驚きましたわ」
ユーゲントもプリシラも同じく驚いている。
オーレリアが認めていたとはいえ、まだ十七歳のユージオではミュラーに一蹴されてしまうだろうと、そう思っていたからだ。
そして、二人の闘いが更に激しくなっていく────
「そこまでだ」
────その直前に一人の男の声によって模擬戦は終えることになった。
「オズボーン宰相……?」
ギリアス・オズボーンは一声で二人の闘いを止めると、ユーゲントへと声を掛ける。
「これ以上はもう良いでしょう。彼は十分認められるだけの腕前を見せたと思いますが? あのミュラー少佐と互角に戦える少年はなかなかいないでしょう」
「…………む、むう。そうだな……」
ギリアス・オズボーンの提案にユーゲントも迷い始める。
初めに話していた『信頼』と『戦闘力』。その二つを兼ね備えているのが分かったためだ。
だが、今までの慣例というものもあるため、気軽に了承するわけにもいかなかった。
「陛下、それについては私からも話したいことがございます」
「オーレリア将軍? 話したいこととは何だ?」
「
「……あ、ああ。分かった。それでは先程の謁見の間に戻ろうではないか」
ユーゲントはプリシラとともに立ち上がり、戻ろうとする。
アルフィンも後についていこうとしたところで、オリヴァルトから声が掛かる。
「アルフィンは私室で待っていなさい。あとはこちらで話しておこう」
「……分かりましたわ」
「ユージオ君、よければ君もアルフィンと一緒にいるといい。なに、二人きりというわけではないから安心したまえ!」
笑いながらユージオにもアルフィンとともに席を外すように言うオリヴァルト。
ユージオはどうすれば良いかが分からないため、オーレリアを見るが彼女も頷いてオリヴァルトの提案どおりにするようにとユージオに伝える。
(な、何がなんだか分からないんだけど……)
どういうことなのかが全く分かっていない状態で、オーレリア達と別れ、アルフィンについていくしかないのだった。
◇
そして今に至る。
ユージオは部屋の隅で立ったまま、今までのことを思い出していたが、何回考えてもどうしてこうなったのかが理解できていなかったのだ。
(理解できていないこともそうなんだけど、やっぱり……
ユージオはアルフィンの顔を見て、《ある人物》を思い浮かべていた。
アルフィンはユージオを見つめ返して、目が合った瞬間にユージオが目を逸らし、アルフィンが微笑むということを何回も繰り返していた。
「もう、姫様……ユージオさんが困っていらっしゃるじゃないですか」
「あらエリゼったら、ユージオさんはこれから私の守護職として護衛していただくことになるのですから、コミュニケーションを取るのは大事だと思うの。そう思わないかしら?」
「それとユージオさんを困らせることとはまた違うと思いますわ。ユージオさん、姫様が本当に申し訳ございません」
「い、いえ。僕は別に……」
アルフィンの私室にいたのは二人だけではなく、エリゼと呼ばれる黒髪の少女もいた。
エリゼ・シュバルツァー。彼女はシュバルツァー男爵家の長女で実子である。シュバルツァー男爵家は過去に養子を取ることに対し、周囲からの声に嫌気が差してしまい、男爵自身は中央からは離れて領地に引き篭もっていた。
しかしエリゼ自身は帝都にある聖アストレイア女学院中等部に入学し、そこで知り合ったアルフィンとは親友のような間柄となっていた。
「それにしても遅いですね。いつ頃まで話は続くのでしょ──」
アルフィンがいつ終わるか分からないオーレリア達の話に不満を漏らそうとしたところで、部屋の扉をノックする音が聞こえる。
返事をし、扉を開けたのはエリゼ。開けた先からはオーレリアが入ってくる。
「アルフィン殿下、失礼いたします」
「オーレリア将軍、もう話は終わったのかしら?」
「ええ。陛下や宰相にもご納得いただけました」
二人の見つめ合った間にはなにか迸るようなオーラが見えたような気がしたが、ユージオは気のせいだと思い込みオーレリアに話の内容を聞く。
「それでオーレリアさん、どのような話をしたのですか?」
「ああ、それについてだが。殿下の守護職に就くというのは
「──え!? ど、どうしてかしら!?」
アルフィンはまさかの内容に驚きの声を上げて、理由を問い詰めるように聞く。
オーレリアの話を簡単に纏めると、ルグィン家は代々《トールズ士官学院》に入学することが決まっており、それは養子であるユージオに対しても例外はない。
現在、十七歳のユージオは本当であれば今年入学するのが適齢だったが、入学の時期も過ぎてしまったため来年から入学することになる。
そのため聖アストレイア女学院にいるアルフィンの護衛は、少なくともトールズ士官学院を卒業するまでは出来ないという結論になっていたのだった。
「で、ではあくまで
「…………ええ、今のところはそうなりますね」
ホッとするアルフィンと一瞬だけ不服そうな顔をするオーレリア。
「そういうことなので、私達はそろそろ失礼させていただきます。行くぞ、ユージオ」
「は、はい! アルフィン殿下、失礼いたします」
部屋から出ていこうとするユージオに、アルフィンは声を掛ける。
「ユージオさん」
「はい、何でしょうか?」
「私から手紙を書きますので、ユージオさんも……返事してくださいね?」
「え、あ、は──」
「ユージオは戻り次第、遠出をすることになるのでそれは難しいと思います。では失礼いたします」
オーレリアはユージオを引っ張りながらアルフィンの私室を出ていく。
扉を閉められたとき、アルフィンは頬を膨らませていた。
「姫様、はしたないですよ」
「もう! オーレリア将軍はどうしてあそこまで意地悪をするのでしょうか!」
エリゼに
だが、少し時間が経つと冷静になったのか、恥ずかしそうな顔をしながらもため息をつき、両肘を立てて手の上に顎を乗せる。
「もう、姫様ったら。その格好もはしたないですよ」
◇
「オーレリアさん」
「なんだ?」
「あの……僕がこれから遠出をするというのは……?」
「ああ、そのことか」
帰りの導力飛行船の中で疑問に思っていたことをユージオは尋ねる。
「そなたには戻り次第、修行を兼ねて向かってもらう場所がある」
「向かう場所?」
「ああ、《
「……そんな話は聞いていなかったのですが……」
「そうだな。私もさっき陛下に話す直前に思い付いたのだから、聞いていないのも仕方あるまい」
導力飛行船の中でユージオの叫び声が聞こえたのだが、オーレリアはそんなことを気にせず機嫌良く外の景色を楽しんでいた。
そして、トールズ士官学院入学式まで、ユージオの旅が始まるのだが、それはまた別のお話。
プロットは出来ているのですが、文章が上手く書けず投稿が遅くなりました。
次回から第一章 閃の軌跡Ⅰの原作開始となります。
良ければ楽しんでくださいますと嬉しいです。
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一章 閃の軌跡Ⅰ
第八話 トールズ士官学院入学
七耀歴1204年3月31日水曜日。
エレボニア帝国中央、帝都《ヘイムダル》近郊──小都市《トリスタ》。
そこは貴族領ではなく、皇帝の直轄地であり、名門の士官学院《トールズ士官学院》が市街地北部に立地する学園都市。
街の至るところにライノの木が植えられており、この時期になると綺麗な花を咲かせるため、まるで新入生を出迎えているようであった。
都市の南側にはトリスタ駅があり、列車がちょうど停まったところで続々と制服を来た士官学院の生徒たちと思しき少年少女が降りてくる。
「ふう、ようやく着いたか」
金髪碧眼の青少年──ユージオも同じように列車から出てくると思いきや、彼は馬に乗ってトリスタまで走ってきていた。
全ては義理の姉である《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンの指示によるものだった。
(オーレリアさん、指示が曖昧なんだよな……危うく遅れるところだったよ……)
馬から降りたユージオはなんとか入学式には間に合いそうだと安心し、心のなかでオーレリアに愚痴を言う。
入学まで《
急いで馬を走らせてきたから間に合ったものの、最悪オーレリアの指示を無視して列車を使おうと思っていたため、ある意味間に合ってよかったと言えよう。
「それにしても、ライノの木が綺麗だ──」
「きゃっ……あいた……」
すぐ近くでユージオと同じ赤い制服を来た少女が、これまた同じ赤い制服を来た少年とぶつかっていた。
少年がすぐに少女に手を差し伸べたため、ユージオはそれ以上特に気に掛けることなくそのまま馬とともに士官学院へと歩みを進める。
駅前の公園広場のベンチでは銀髪の少女が寝ているのを横目に、坂を登っていく。
(それにしても、僕と同じ赤い制服を何人か見掛けたけど、ほとんどが緑と白の制服なんだよなぁ)
通常、緑の制服が平民、白の制服が貴族と分かれている。
全寮制で住む場所も平民と貴族では分かれており、色々と派閥もある。
このことはジュノー海上要塞にいたときに習っていたことだ。
その中でユージオは
服が届いたときは何かの間違いではないか?と思ったものだが、ある事情から時間が無かったのもあり問い合わせをする隙すらなかった。
周りからは奇異な目で見られつつも士官学院の門に着いたところで一台の導力リムジンが停まっているのを見つける。
(この気配は……)
まさかと思い、導力リムジンに近付いてみると、窓が開きそこから見知った女性の顔が現れる。
「ほう……随分と鍛錬を重ねたようだな」
「お久しぶりです、オーレリアさ……あ、姉上」
オーレリアを
その言葉に満足したのか、オーレリアは薄く笑い元の顔に戻る。
「そ、それにしてもどうしたんですか? こちらに来るとは聞いてなかった気がしますけど……」
「ああ、我が母校だからな、久しぶりにライノの花が咲くこの季節に来てみたかっただけだ」
あくまでユージオに会ったのは
彼女の本当かどうか分からない言葉にユージオは苦笑いで返す。
「そうか、今日は入学式だったのだな?」
「は、はい……」
絶対に知っていただろうといった顔をするユージオにオーレリアは素知らぬ顔を保つ。
そして
(そうか、ユージオを
予想はしていたものの、自身と同じく貴族クラスに入ってもおかしくなかったのだが、これもまた女神の導きなのだと納得して再度ユージオの顔を見る。
「では私はこれで行くが、ユージオよ」
「……はい」
「そなたはルグィン家の一員として、恥じることない行動を取るのだぞ」
「は、はい!」
ユージオの返事を満足そうに聞いたオーレリアは、「出せ」と執事に指示をしてその場から去っていった。
導力リムジンの中で少し満足そうな顔をしているオーレリアに、執事は声を掛ける。
「あれでよろしかったのですか?」
「……なんのことだ?」
「久しぶりにユージオ様のお顔を見たというのに、いささか淡白すぎるかなと」
「フッ、それでいいのだ。あやつの成長も確かめられたしな……それに言わなくても伝わるものだ」
「…………御意」
執事はそれ以上口を閉ざし、オーレリアは満足そうな顔をしたまま帰路につくのであった。
(一体、何しに来たんだろう……?)
オーレリアを見送ったユージオは、結局何しに彼女が来たのかを理解出来ていないままだった。
ライノの花を見に来たなどという言葉をそのまま受け取っているわけではない。
けれど、ユージオの顔を久々に見たにしてはあまりにも淡白なやり取りだったため、入学を祝いに来たというわけでもなさそうというのが彼の分析である。
言わなきゃ伝わらないということの典型であろうことは誰から見ても明白。
頭を軽く掻いたユージオは、気を取り直して士官学院の門をくぐる。
そこには茶髪の小柄な少女と、ゴーグルを付けた恰幅の良い青年が待っていた。
「──ご入学、おめでとーございます!」
「ありがとうございます」
恐らく先輩であろう──決してそのようには見えないのだが──小柄な少女のお祝いの言葉に丁寧に返したユージオ。
「えっと、君はユージオ・ルグィン君、──でいいんだよね?」
「はい、そうです」
「それが申請した品かい? 一旦預からせてもらうよ」
「あ、はい。お願いします」
ユージオは恰幅の良い青年に青薔薇の剣が入った包みを渡す。
「はい、確かに。ちゃんと後で返されるとは思うから心配しないでくれ」
その言い方がすでに心配なのだけれど、そう思ったユージオではあったが、言葉には出さずに飲み込む。
「入学式はあちらの講堂であるから、このまま真っ直ぐどうぞ」
「はい、分かりました」
ユージオはそのまま講堂に向かおうとしたところで、小柄な少女に再度呼び止められる。
「あ、そうそう──《トールズ士官学院》へようこそ!」
「入学おめでとう。充実した二年間になると良いな」
その言葉に会釈で返し、再度講堂へと足を進める。
講堂に入ったユージオは、辺りを見回すがある程度人数が揃っているようで、自身は最後らへんなのだなと思いつつ、指定されている席へと座る。
そして入学式開始まで心を落ち着かせるのであった。
(二回目の学院生活か。今回はどうなるかは分からないけど、
◇
「──最後に君たちに一つの言葉を送らせてもらおう」
入学式は順調に進み、最後に学院長であるヴァンダイクの祝辞で締めようとしているところだった。
「本学院が設立されたのは、およそ220年前のことである。創立者はかの、《ドライケルス大帝》──《獅子戦役》を終結させた、エレボニア帝国、中興の祖である。即位から30年あまり。晩年の大帝は、帝都からほど近いこの地に兵学や砲術を教える士官学院を開いた。近年、軍の機甲化と共に本学院の役割も大きく変わっており、軍以外の道に進むものも多くなったが……それでも大帝が遺した“ある言葉”は今でも学院の理念として息づいておる」
どの世界でも学院長、学校長の話は長いものなのかとユージオは思い、周りをちらりと見ているが、ほとんどの生徒が彼の言葉を真剣に聞き入っている。
ヴァンダイク学院長の横にいる七人の教官と思しき人達も真剣な表情でこちらを見ていた。
「『若者よ──
笑顔でありつつも、威厳のある雰囲気で放たれたヴァンダイク学院長の言葉に生徒たちは拍手で応えつつも、その言葉を深く心に刻みこれからの学院生活に新たな気持ちで臨もうとしている者がほとんどのようである。
(ドライケルス大帝──《獅子心皇帝》か。オーレリアさんや他のみんなもよくこの言葉を使っていたよね)
それだけドライケルス大帝の言葉が帝国には根付いているということなのである。
そこには貴族平民という枠では当てはめることが出来なかった。
「──以上で《トールズ士官学院》、第215回・入学式を終了します。以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上──解散!」
男性の教官の言葉で白と緑色の制服を着た生徒たちはすぐさま講堂から出ていく。
その場にはユージオを含めた十人の赤い制服を着た生徒が困惑しながらも残されたままであった。
当のユージオは入学案内に書かれていなかったことは承知しているが、この程度で慌てる必要もないと思い冷静に席について次の指示を待つことにする。
「はいはーい。赤い制服の子たちは注目〜!」
その時、赤髪の女性の声が聞こえたのでそちらの方へ全員が振り向く。
「どうやらクラスが分からなくなって戸惑っているみたいね。実は、ちょっと事情があってね──君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」
「……へ!?」
「特別オリエンテーリング……」
「ふむ……」
「……………………」
反応は様々だが、一様にして戸惑っているというのは変わらない。
しかし赤髪の女性は「すぐに判るわ」と言い、自分について来いと言う。
「え、えっと……」
「とりあえず、行くしかなさそうだ」
「……やれやれだな」
戸惑いを見せつつも、諦めの表情を見せる者もおり、ユージオは何も言わずに席を立ってついていくことにした。
そして、士官学院の裏手にある古い建物の前まで全員で到着する。
赤髪の女性は鼻歌を歌いながら、建物の入口の鍵を開けてそのまま入っていく。
「こんな場所で何を……?」
「くっ……ワケが分からないぞ……?」
金髪の少女と緑髪で眼鏡を掛けた男子はそれぞれ思ったことを口にするが、青髪の少女に「考えても仕方がない」と言われてしまい、口を噤んでそのまま古い建物へと入っていく。
(…………? まぁ、いいか……)
ユージオは誰かに見られている視線を感じたが、他の生徒が先に行ってしまったため置いていかれないように視線を無視して建物内へと入っていく。
そして、ユージオを見ていた
「──ほっほう、あれが俺たちの後輩ってわけだな?」
「まあ、名目こそ違うが、似たようなものだろうね」
そこにはバンダナを付けた銀髪の青年──以前カイエン公爵邸で会ったクロウ・アームブラスト──と短髪の紫髪に黒いツナギを着た少女がいた。
「私達の努力が報われたのなら、こんなに嬉しいことはない。一年間、地道に頑張った甲斐があるというものだよ」
「だよな〜……って。お前は努力なんてしてねぇだろ。好き勝手やってただけじゃねーか」
「フッ、それは君も同じだろう。しかしアリサ君といい、可愛い子ばかりで嬉しいな。これは是非ともお近づきにならないとね」
「…………さっきのアイツを見てもそういうことを言えるお前の神経を疑うがな。てか知り合いでもいんのか? ……じゃなくてコナ掛けまくるんじゃねーよ! お前のせいでこの一年、どんだけの男子が寂しい思いをしたと思ってやがるんだ!?」
「…………フッ。先程の彼のことはともかく、
鼻で笑いながらクロウの言葉を流す紫髪の少女。それに対して、言い返そうとしたクロウであったが、そこに先程学院の入り口にいた茶髪の少女が止めに入る。
「も〜、二人ともケンカしちゃダメじゃない」
その声に二人が振り返った先には少女の他に恰幅の良い青年もおり、紫髪の少女が「二人ともお疲れ」とねぎらいの言葉を掛ける。
クロウも進捗の確認──話を逸らしたとも言う──で声を掛ける。
「他のヒヨコどもは一通り仕分け終わったみてーだな?」
「うん、みんなとってもいい顔をしてたかな。よーし! 充実した学院生活が送れるようしっかりサポートしなきゃ!」
「フフ、さすがは会長どの」
「おーおー、張り切っちゃって」
「まあ、多少の助けがないと最初のうちは厳しいだろうしね──それで、そちらの準備も一通り終わったみたいだね?」
「ああ、教官の指示通りにね。しかし何というか……彼らには同情を禁じえないな」
紫髪の少女の言葉にクロウも同意する。
「本年度から発足する“訳アリ”の特別クラス……せいぜいお手並みを拝見するとしようかね。ま、一人はレベルが違いすぎて、そういう意味でもあいつらには同情するがな」
「……クロウ君やアンちゃんから見て、そんなに違ったの?」
「そうだね、トワ。
「ああ、この位置で気配を消していた俺とアンゼリカを瞬時に見つけただけじゃなく、すぐには害がないと判断して無視する能力……とてもじゃないが俺らと
一年前に会ったとき以上のレベル差を感じたクロウは、冷や汗をかきながら一瞬だけ素に戻ってしまったが、目を瞑るとすぐにいつものお調子者の彼を演じる。
「ま、これで俺たちの仕事はこれでおしまいだ! ジョルジュ、遊びにでも行くか!」
「ダメだよ、クロウ君! まだまだやることあるんだから!」
苦笑いするジョルジュにすぐにサボろうとするクロウを止めに入るトワ、そのトワを違う目線で見ているアンゼリカ。
この一年で積み重ねた彼らの信頼関係は決して変わることはないと、ここにいる誰もが思っていた──。
◇
トールズ士官学院旧校舎一階。
そこに入ったユージオ含めた十人は周りを見渡す。
その間に女性教官は演台へと上がる。
(……ん、ここは?)
ユージオは足元に違和感を覚え、
「──サラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」
サラと名乗った女性教官は笑顔で自己紹介をするが、それよりも全員には《Ⅶ組》という言葉に引っ掛かっていた。
全員が聞いていた話と違うと困惑の表情を見せる。
そこで眼鏡を掛けた茶髪の女子生徒が質問をする。
「あ、あの……サラ教官? この学院の一学年のクラス数は五つだったと記憶していますが。それも各自の身分や、出身に応じたクラス分けで……」
「お、さすが主席入学。よく調べているじゃない。そう、五つのクラスがあって、貴族と平民で区別されていたわ──あくまで“去年”まではね」
「え……」
サラは話を続ける。今年からもう一つクラスが新たに立ち上げられたこと。
それは
身分に関係がないというところに何人かが反応していたが、いきなり「冗談じゃない!」と大声を張り上げる少年がいた。
「身分に関係ない!? そんな話聞いていませんよ!?」
「えっと、たしか君は……」
サラに促されて緑髪の眼鏡の少年──マキアス・レーグニッツと名乗った──は不愉快そうに言葉を続ける。
「それよりもサラ教官! 自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けと言うんですか!?」
「うーん、そう言われてもねぇ。同じ若者同士なんだからすぐに仲良くなれるんじゃない?」
苦笑いをしつつも、精神年齢が幼い少年を見るようにサラは受け流す。
しかし更にヒートアップするマキアスに対し、明らかに聞こえるように金髪の少年が鼻で笑う。
「……君。何か文句でもあるのか?」
「別に。“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」
その言葉を聞いて、ユージオも流石に苦笑いをする。
確かにかつて自分がいた世界でも、貴族と平民という身分差はあったし、自身もこういう貴族と平民のゴタゴタに巻き込まれたことはある。
だが、ここまで子供だったか──と考えたところで、すぐに思い直した。
(……ああ、たしかに
──行動も発言も。当時のユージオがキレて
もし行き過ぎてしまうようであれば止めればよいし、そうでないならいずれは解決するだろうと判断する。
そう考えている間に金髪の少年がマキアスに挑発されて自己紹介を始める。
「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき覚えてもらわなくても構わんが」
売り言葉に買い言葉で返すユーシス。
しかし、アルバレア家はカイエン家と並ぶ《四大名門》の一つ。
その名前に殆どの人が驚きの声を上げる──マキアスも例外ではなかったが、ここまで感情が昂った思春期の若者には引き際というものを分かっているはずもなく、更に食って掛かる。
「はいはい、そこまで」
血気盛んな若者たちを止めたのはサラの一声。
「色々あるとは思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
そう言うとサラはゆっくりと後ろへ歩いていき、「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」という言葉とともに、壁にあるボタンを押す。
すると急に地面が揺れたと思うと、足元が坂道の落とし穴のようになり全員が落ちていく。
否──全員ではない。
「──やっ」
銀髪の少女はロープのようなものを天井の梁に引っ掛けて落ちるのを防ぐ。
しかし、それで許されることではなかった。
「──こらフィー。サボってないであんたも付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょうが」
そう言うと、サラはナイフを投げてロープを切る。
フィーと呼ばれた少女は「メンドクサイな」と一言漏らして、そのまま地下へと降りていった。
「──で、あんたは行くの?」
「……まぁ行かないわけには、いかないですよね?」
「当たり前でしょ。というか、あんた
「ははっ、そうですよね」
サラとユージオは同じ人物を思い浮かべて、苦笑いをする。
むしろ出来なかったときのことを考えると、寒気がするほどである。
「じゃあ僕も行きますね」
「……ちょっと待ちなさい。あんたはこのオリエンテーリングはサポートに徹底しなさいよ」
「え……」
なぜと聞こうとしたところで更に言葉を被せられる。
「当たり前でしょーが! あんたみたいな実力者がいたらオリエンテーリングにならないのよ。全員の気持ちを一つにするためにあるんだから、あんたもそのつもりでいなさい」
「……はい、分かりました」
確かにユージオは自分と他の生徒の実力差については感じていた。
頭一つ出ていたのはフィーと呼ばれた銀髪の少女と、青色の髪の少女。そして力を無理に抑えているような気がするが、黒髪の少年である。
しかしその三人ですらもまとめて相手にしても簡単にあしらえるくらいの実力差があった。
「分かったらさっさと行きなさい。あの子たちのこと、よろしくね」
自分も生徒なのですが──その言葉を飲み込み、何も言わずに降りていくユージオ。
彼がいなくなったのを確認したサラは小さくため息をつく。
「ただでさえ面倒な子たちが揃っているクラスなのに……
年齢でいったらクロウたちと同い年。それでも自分とは七歳も離れている。
どれだけの才能を持って、どれだけの訓練を積み、どれだけの修羅場をくぐったらあの年齢であそこまでに到れるのか。
(しかも《黄金の羅刹》曰く、まだ伸び代はあるってことだし……彼も《Ⅶ組》で異質の存在になりそうね……)
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第九話 オリエンテーリング開始
少しずつリアルが落ち着いてきたため、これから徐々に投稿を再開していこうと思います。
まずは青薔薇の軌跡を投稿します。
これからもよろしくお願いいたします。
トールズ士官学院旧校舎地下一階。
ユージオが坂を降りきったとき、誰かの頬を思い切り平手打ちする音が響き渡った。
音がした方を向いたとき、黒髪の男子生徒が金髪の女生徒に平手打ちされたところであった。
(────!?)
一瞬何があったのかが分からず、目を丸くしたユージオであったが、頬を朱に染めながら胸を庇うようにして押さえている女生徒。
そして平手打ちされたにも関わらず怒る様子も無い男子生徒。
最後に、ユージオは全員が落ちていったときに、黒髪の男子生徒が金髪の女生徒を守ろうと動いていたのを見ていたため、全てを総合してある程度のことを察する。
何が起こったのかを話すために、時はほんの少しだけ遡る。
ユージオとフィー以外が落ちていったあと、上手く受け身を取れていなかった生徒達は何が起こったのか分かっていなかった。
「……クッ……何が起こったんだ……?」
「いきなり床が傾いて……」
「……やれやれ。不覚を取ってしまったな」
「ここは……先ほどの建物の地下か」
各自、ぞれぞれ起き上がり状況の確認に努める。
アルバレア公爵家のユーシスは、サラの不意打ちに関して「下らん真似を」と吐き捨てていたが、先程のマキアスとの言い合いもあって不機嫌さを隠せずにいた。
そこにフィーが降りてきたタイミングで、優しげな雰囲気を持つ紅茶色の男子生徒も上半身を起こして、入学式で知り合った生徒を探そうと声を掛ける。
「はああ〜っ……心臓が飛び出るかと思ったよ。リィンは大丈夫──」
紅茶色の男子生徒が右を向いた瞬間、驚きのあまり「えっ!?」と言いながら固まってしまった。
彼の視線の先には、
「ううん……何なのよ、まったく……」
不意なことで金髪の女子生徒も反応が出来ずに落ちてしまったのは仕方がない。
坂を落ちたところまでを認識したところで、金髪の女子生徒は違和感を覚える。
そして、うつ伏せ状態になっている少女は、目線を下の方に持っていき────
「………………………………」
何が起きているのか、女性としてあまりにも恥ずかしい状態であることをすぐに理解する。
いや、理解するというよりも、感情的にその状態に対する忌避感が先に出てしまったという方が正しい表現だろう。
それも仕方がない。自身が男子生徒の上に乗った状態で、誰にも触らせたことがないであろう部分に今日初めて会った異性の顔があったのだから。
「……その……なんと言ったらいいのか」
リィンと呼ばれた黒髪の男子生徒は金髪の女生徒の胸に顔を
その声にハッとなった金髪の女生徒はすぐにその場をどいたのだが、理性と感情のコントロールが上手くいかず、頭の中がぐるぐると回っていた。
リィンも起き上がり、何が起こっているのかを理解しているため、バツが悪そうに金髪の女生徒へ謝罪をする。
「えっと……とりあえず申し訳ない。でも良かった。無事で何よりだった──」
しかし、リィンの言動はこの現状に置いては及第点未満であり、感情の行き場を失っていた彼女を爆発させるのには十分であったようだ。
そして、彼女が平手打ちをリィンにお見舞いしたところで、ユージオが降りてきたということである。
(不運というかなんというか……なんか
ある程度のことを察したユージオは苦笑いを浮かべながら、女難の相がありそうな
全員がリィンに憐れみの目を向けるが、女性陣は気持ちが分かるため何も言わず、男性陣もやぶ蛇になることを恐れて表立って口を開くことはしなかった。
「あはは……その、災難だったね」
紅茶色の男子生徒だけはリィンを慰めようと小声で彼に話しかける。
リィンは左頬を押さえながら、「ああ……厄日だ」と小さな声で返事しつつ、周りを見渡すとここは少し薄暗いが少し広めの空間であると分かる。
部屋の周りには均等に台座が十個あり、その上には何かが置かれていた。
全員が部屋の状態を認識したとき、何かの音が一斉に鳴り響く。
いきなり鳴ったため全員が驚くが、すぐにその正体が自分の持っていた
「これは……入学案内書と一緒に送られてきた……」
「携帯用の導力器か」
眼鏡を掛けた女生徒と青髪の女生徒が呟くと、導力器から聞き覚えのある声がする。
『──それは特注の《戦術オーブメント》よ』
通信機能を内蔵している携帯用の戦術オーブメントから聞こえる声の主はつい先程まで一緒にいた《Ⅶ組》の担任であるサラ・バレスタインであった。
各自驚きの度合いは異なっているが、殊更驚いていたのは先程リィンに平手打ちをした金髪の女生徒である。
「ま、まさかこれって……!」
サラは彼女が何を言いたいのかを理解し、言葉を引き継ぐ。
『ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ。第五世代戦術オーブメント、《
「
「戦術オーブメント……
サラは各自で受け取るように伝えると、部屋が明るくなる。
「君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上で、クオーツを
突然のことで困惑しているが、この状況では指示に従うしかないため、それぞれが自分の預けた荷物が置かれている場所まで向かう。
ユージオも同じように向かい、青薔薇の剣が置いてある台座の前まですぐに辿り着く。
青薔薇の剣の手前には小箱が置いてあり、そこには水色のクオーツが入っていたのでユージオはそれを手に取る。
『それは《マスタークオーツ》よ』
サラからタイミングよく手に持っていたものの説明が始まる。
指示通り全員が
『君たち自身と
サラ曰く、他にも色々と機能があるということだが、追々説明していくとのことだ。
彼女の『さっそく始めるとしますか』という言葉ともに、広間の奥の扉がひとりでに開く。
『そこから先のエリアはダンジョン区画になっているわ。割と広めで入り組んでいるから少し迷うかもしれないけど……。無事、終点までたどり着ければ旧校舎一階に戻ることが出来るわ。ま、ちょっとした魔獣なんかも徘徊してるんだけどね』
彼女の脅しに何人かが反応するが、気にせずにサラは言葉を続ける。
『──それではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎一階に戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ。何だったらご褒美にホッペにチューしてあげるわよ』
からかうように話したあとに通信を切るサラ。
いきなり開始されたオリエンテーリング。
しかし、全員がまだ状況が飲み込めていないため、まずは中心に十人が集まる。
「え、えっと……」
「……どうやら冗談というわけでもなさそうね」
これからどうしようか相談をしようという空気の中、「フン……」と鼻を鳴らしたユーシスが一人でダンジョン区画へと向かおうとする。
そこに声を掛けたのは貴族嫌いのマキアスであった。
「ま、待ちたまえ! いきなりどこへ……一人で勝手に行くつもりか?」
困惑と心配、そして非難が入り混じったような声でユーシスを引き止めるが、彼はそれを一蹴する。
「馴れ合うつもりはない。それとも“貴族風情”と連れ立って歩きたいのか?」
「ぐっ……」
先程のやり取りを蒸し返され、マキアスは言葉に詰まる。
そこにユーシスは尊大な態度でマキアスを挑発する。
「まあ──魔獣が怖いのであれば同行を認めなくもないがな。武を尊ぶ帝国貴族としてそれなりに剣は使えるつもりだ。
「だ、だれが貴族ごときの助けを借りるものか!」
その挑発に乗ってしまったマキアスは、自分のほうが貴族よりも上であるということを証明すると言い、一人で勝手に行ってしまった。
ユーシスも「……フン」とだけ言い、同じく勝手に行ってしまう。
そのやり取りを見ていた全員が困惑していた。
「……えっと…………」
「ど、どうしましょう……?」
「──とにかく我々も動くしかあるまい」
青髪の女子生徒が念の為数名で行動しようと提案し、金髪の女性とと、眼鏡の女生徒に一緒に行動しようと声を掛ける。
二人とも「その方が助かる」と言って了承する。
「それに、そなたも──」
フィーにも声を掛けようとしたところで、彼女が一人で先に行ってしまったことに気付き、あとで会ったときに声を掛けようと呟く。
(きょ、協調性のかけらも無いなぁ……)
ユージオはここまでのやり取りを見ていて、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
本当であれば、ユーシスたちのやり取りも止めたほうが良かったのだろうが、まだ距離を測りかねているというところがあったのと、この先にいる魔獣がそこまで強くないということから、特に問題ないと判断し一旦声を掛けるのをやめていた。
「では、我らは先に行く。男子ゆえ心配ないだろうが、そなたらも気を付けるがよい」
「あ、ああ……」
リィンはどんどん変わる状況についていくのが精一杯だったのか、困惑の返事だけを残し、彼女たちが先に行くのを見送る。
その際に金髪の少女が自身を睨んで去っていくのを見て、思い切りため息をついてしまった。
「あはは、すっかり目の仇にされちゃったみたいだね」
「ああ、後でちゃんと謝っておかないとな……。──それで、どうする? せっかくだから俺たちも一緒に行動するか?」
リィンの提案に茶髪の男子生徒は嬉しそうな声で「もちろん!」と返事する。
今までほとんど話さなかった長身の男子生徒も了承の返事をする。
「……君はどうする?」
「僕も大丈夫だよ。よろしくね」
ユージオも同じく了承したところで、それぞれ自己紹介を始める。
長身の男子生徒はガイウス・ウォーゼル。ガイウスは留学生であり、帝国に来てまだ日が浅いとのことであった。
リィンもフルネームで自己紹介をする。
「こちらこそよろしく。リィン・シュバルツァーだ」
「エリオット・クレイグだよ」
「僕はユージオ。ユージオ・ルグィンだよ」
ユージオが自己紹介したところで、全員が「えっ!?」と声を上げる。
「ルグィンって、あの
「《黄金の羅刹》と言われるオーレリア将軍の……?」
「彼女の名前はオレの故郷でも知れ渡っているぞ」
各々がルグィンという家名を聞いて、真っ先にオーレリアの名前を出すくらいに帝国では《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンという名前は有名であった。
少し照れくさそうにユージオは答える。
「まぁ養子だけどね。一応オーレ……義姉上には鍛えてもらったりはしていたよ。それにガイウス……もしかして君はノルドの?」
「ああ、どうしてそれを?」
「姉上の側近でウォレス准将という方がいるんだけど、色々とお世話になっていたんだ」
「……彼はオレと兄弟弟子だな」
「そうだったんだ……だから同じ槍を使っているの?」
「それもあるな。故郷で使っていた得物なんだ。ユージオ、よかったら時間があるときにウォレス准将のことについて話を聞かせてくれないか?」
「もちろんだよ。僕も聞きたいこともあるからさ」
ガイウスとユージオは思いがけない人物を共通の知り合いとして、少しだけ仲を深めた。
リィンはその様子を見ていて、ユージオに話しかける。
「ユージオ
「
「ああ、帝国北部にある田舎の貴族さ」
「え、リィンも貴族だったの!?」
エリオットは先程まで仲良く話していた人物が貴族だったことに驚きを隠せなかった。
「まぁ養子だし、ユーシスみたいなちゃんとした貴族というわけでもないさ」
「そうだね。僕も同じだよ。一応貴族としての考えは色々と詰め込まれ……教わったけど、半分平民みたいなものかな?」
「ああ、そうだな。だからエリオットも気にせずに接してくれると嬉しい。第一、《Ⅶ組》は身分に関係ない人たちが集まったクラスなんだからさ」
「……そっか。そうだね! うん、二人ともよろしくね!」
エリオットも最初は貴族と聞いて、先程のユーシスのような感じかと思っていたが、リィンとユージオとのやり取りに嬉しそうな顔をしていた。
ガイウスも帝国人ではないため、貴族という身分をあまり理解していなかったが、二人とは仲良くやれそうだと安心した様子であった。
自己紹介もそこそこに、それぞれの使っている武器や戦闘スタイルを紹介しあい、ガイウスは十字槍、エリオットは《
「それで……リィンの武器はその?」
「ああ──」
「それって……剣?」
「帝国のものとは異なっているようだが……?」
見たことがない形状の剣であったため、エリオットとガイウスはリィンに尋ねる。
リィンは自らの得物を抜いて三人に見せる。
「これは《太刀》さ」
「うわぁぁ……キレイな刀身……」
「……見事だな」
感嘆の声を上げるガイウスとエリオットに対して、少し自慢げにリィンは口を開く。
「東方から伝わったもので、切れ味はちょっとしたものだ。その分、扱いが難しいからなかなか使いこなせないんだが」
「帝国で伝わっている剣よりも“斬る”ことに特化した武器だよね」
「ユージオ、知っているのか?」
「うん……ちょっとね……」
リィンはあまり知られていない武器に関して、ユージオが知っていたことに驚く。
ユージオは少し話を濁すが、それに気付かないエリオットは感動したように言葉を続ける。
「なんだかすごくサマになってるよね!」
「そうだな。せいぜい、当てにさせてもらおうか」
「じゃあ──最後は僕だね」
そう言うとユージオは青薔薇の剣を抜く。
「……あ…………」
「え……?」
「…………なんと……」
その美しさに言葉を失うリィンたち。
青い薔薇を意匠とし、半ば透き通った刀身は芸術作品としても素晴らしいもので、見るものを魅了する片手用直剣である。
「とりあえず、そろそろ僕たちも行くとしようか」
「ああ、警戒しつつ慎重に進んでいこう。まずはお互いに戦い方を把握しておかないとな」
「うん! そうだね!」
ユージオの呼びかけにより、そろそろ先に進むという空気になる。
もちろん先に出発したマキアスたちとの距離がこれ以上離れても良くないためだ。
開いた扉から進んでいくと、近くに魔獣の気配を感じエリオット以外が警戒をする。
そして目に見える範囲に羽の生えた猫型の魔獣が現れ、ようやくエリオットも武器を構える。
「あ、あれって魔獣……?」
「ふむ、見たことのない種類だが」
「あれは飛び猫だね。油断しないようにしよう」
「ああ、気を引き締めていこう」
全員が武器を抜いて構える。そこでトビネコもユージオたちに気付く。
「俺とガイウス、ユージオが前に行く! エリオットはフォローしてくれ!」
「分かったよ!」
二体のトビネコに対して、リィンとガイウスが飛び込んでいく。
二人の攻撃は上手い具合に牽制となり、トビネコ二匹のヘイトを稼ぐことに成功する。
「……
二匹が揃ったところで、
視界外からの
「今だ! ガイウス行くぞ!」
「応っ!」
そして、魔獣が動かなくなったのを確認し、残りの一匹がどうなったのかユージオの方を見るが、すでにユージオは倒していて、周りの警戒をしていた。
「い、いつの間に……!」
「さすが《黄金の羅刹》の義弟というだけはあるということか……」
「うう……今みたいのが何匹もうろついているのかな……」
リィンとガイウスはユージオが戦闘をした物音すら立てずに討伐したことに驚き、エリオットはそこには気にも留めず弱気な発言をする。
その言葉に緊張が緩んだガイウスは、「気配を感じるから、間違いなさそうだ」と彼の発言を肯定した。
恐怖もあるが、進むしか無いと思い、エリオットは気を引き締めて先に進むことを決意する。
(うん、問題なさそうだね)
ユージオは特に手を出すこともなく戦闘が終わったため、彼らをそこまでサポートする必要がないと判断する。
少し上から目線での考えになってしまっているが、彼自身が歳上なのと潜ってきた修羅場の数なども違うためそこは仕方がないものでもあった。
ただ、全員がそれぞれの得意分野で高い才能を感じるので、自分も追いつかれないようにしようと考えていた。
そのあとも問題なく進んでいく。
地下道のため、方向感覚も失いそうになるが、油断せずに魔獣を倒していく。
グラスドローメというスライム状の魔獣やコインビートルという甲殻型の昆虫魔獣などの種類が出てきたが、ユージオのサポートを必要することなく三人で倒していく。
そして中間地点ほどになったとき、戦闘後にエリオットが膝をつく。
「はあぁ〜っ……」
「エリオット、大丈夫か?」
「怪我はなさそうだが……」
どうやらエリオットは緊張の連続だったため、疲労もあって気が抜けてしまったということだった。
「……でも三人ともすごいなぁ。ぜんぜん平気みたいだし……」
「まあ、慣れの違いだろう」
「どうする、手を貸そうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっとヨロけただけだから」
リィンが手を差し伸べようとしたが、エリオットは大丈夫であるとそれを断り、立ち上がろうとする。
しかし、エリオットの背後からコインビートルが迫ってきているのにリィンたちは気付くのが遅れてしまっていた。
「おい……!」
「エリオット!」
「へ……?」
気付いたときにはもうコインビートルがエリオットに飛び掛かっており、リィンとガイウスはフォローが間に合う状態ではなかった。
それでもリィンはなんとか庇おうと突っ込もうとしたところで、横から何かが通り過ぎる。
「──え?」
リィンが横を向き、エリオットは後ろを向いたとき、コインビートルはすでに両断されており、その先にはユージオが剣を収めているところであった。
「エリオット!」
「大丈夫か!?」
慌ててリィンとガイウスがエリオットに駆け寄るが、怪我も特に無いエリオットは「うん、大丈夫」と返事をする。
「ユージオもありがとう。お陰で助かっちゃったよ」
「大丈夫だよ。怪我がなくてよかった」
「それにしても……今の動き、まったく見えなかったな」
「ああ……」
リィンもガイウスもユージオの移動速度を見て、感嘆の声を上げる。
それに対して、
そして──。
「それで……そろそろ出てきたらどう?」
「──っ!?」
ユージオが向けた視線、その先にはショットガンを手に持ったマキアスがおり、傍目から見るとそれで四人のことを狙っているようにしか見えなかった。
「な……ま、マキアス?」
「え、一体どういうこと?」
「ち、違うんだ! 話を聞いてくれ!」
マキアスは慌てて事情を説明する。
彼が説明するには、先程の身勝手な行動を謝罪したいと思い、引き返してきたということだった。
そこでエリオットが襲われているのを発見し、ショットガンで応戦しようとしたところにユージオが一閃したため呆然としていたのを四人に発見されたという流れだった。
「……いくら相手が傲慢な貴族とはいえ、冷静さを失うべきじゃなかった。すまない、謝らせて欲しい」
「いや……気にすることはないさ」
「うんうん、あんな状況だったしね」
リィンとエリオットは仕方がない状況であったと頭を下げたマキアスを慰めて、謝罪を受け入れる。
そこで改めて同行させてほしいとマキアスがお願いをし、全員が自己紹介を始める。
「リィン・シュバルツァーだ」
「エリオット・クレイグだよ。よろしくね」
「ガイウス・ウォーゼル。よろしく頼む」
「僕はユージオ・ルグィンだよ」
ユージオが自己紹介をした途端、マキアスが過敏に反応をする。
「ユージオ……今ルグィンと言ったか? もしかして君は貴族なのか?」
「まぁ、一応そうなるのかな? とはいえ、僕は平民からの養子だし、みんなと何も変わらないけどね」
「……そうか。なんというか……貴族かどうかはさておき、すまない」
マキアスの基準がよく分かっていないユージオは自分の思ったことを話す。
「大丈夫。気にしないでいいよ」
「……ありがとう」
ユージオの言葉にマキアスはありがとうと答えるが、ここではそれ以上何かを追求する空気にはならなく、そこでマキアスは口を閉ざしてしまう。
その気まずい空気を誤魔化そうとエリオットが口を開く。
「あのさ、とりあえずそろそろ先に進まない? 他のみんなも先に行っているだろうからさ」
「……そうだな。君たちは四人だけみたいだな?」
「ああ、最初の場所に戻ったとしても誰もいないだろう」
マキアスは全員に謝罪をしようと思っていたようで、ガイウスの言葉に「そうか……」と俯いてなにかを考えながら答える。
そして、少し気まずそうに顔を上げると四人に向かって「よかったら僕も同行して構わないか?」と告げる。
リィンたちが喜んで迎え入れると告げると、少し照れくさそうに軽く咳払いをして、
「マキアス・レーグニッツだ。改めてよろしく」
と、マキアスは四人に合流することとなった。
「見たところ女子もいないようだし、先を急いだほうがよさそうだ。万が一、危険に陥っていたら僕たちがフォローしないとな」
「ああ、そうだな」
「では、出発するか」
マキアス、リィン、ガイウスの会話を聞いて、ユージオは彼女がいるのなら問題ないだろうけどねと思っていたが、敢えて口に出すことはせずに先に進むことを優先することにした。
そして地下区画を進んでいると、マキアスは当然の疑問を口にする。
「しかし、どうして学院の敷地にこんな場所があるんだ?」
「そうだよねぇ……落とし穴まで用意してるし」
「そういえばユージオは一番降りてくるのが遅かったが、落とし穴があるのは分かっていたのか?」
マキアスとエリオットの会話を聞いて、思い出したかのようにガイウスがユージオに話しかける。
「ああ、
「……そんなことも分かるんだ?」
ユージオの回答にエリオットとマキアスは単純に驚き、リィンとガイウスはその警戒心の高さに驚くが、まだどれだけ自分たちとの実力差があるのかまで把握することは出来ていないようだった。
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第十話 《Ⅶ組》発足
魔獣を倒しつつ先に進むユージオ達。途中で「そなた達は……」という声がし、道の曲がり角から三人の女子生徒が歩いてくるのに気が付く。
「っ……!」
「あ……」
金髪の女子生徒とリィンはお互いに目を合わし、片方は眉をひそめ、片方は気まずそうな顔をする。
その空気を察したのかそれとも本心からか、エリオットが女子生徒達の無事を喜ぶ。
「よかった、無事だったんだね」
「みなさんも……ご無事で何よりです」
眼鏡の女子生徒がエリオットの言葉に返事をする。
青髪の女子生徒は「そちらの彼も少しは頭が冷えたようだな?」と皮肉交じりでマキアスへと声を掛け、マキアスはそれに対して自身が悪いのが分かっているのであろう、「ぐっ……おかげさまでね」と返事をするのが精一杯だった。
全員大した傷もなく無事であることを確認したところで、自己紹介をしていなかったことに気が付く。
オリエンテーリング自体がいきなりのことだったので、全員余裕がなかったのであろう。
「──遅ればせながら名乗らせてもらおう。ラウラ・S・アルゼイド。レグラムの出身だ。以後、よろしく頼む」
「レグラム……」
「えっと、帝国の南東の外れにある場所だったっけ?」
青髪の少女──ラウラが自己紹介をすると、出身地に対してリィンとエリオットが反応する。
ラウラも「湖のほとりにある古めかしい町だ。列車も一応通っているが、辺境と言っても過言ではないな」と補足をする。
そこでマキアスが反応をする。
「アルゼイド……そうか、思い出したぞ! たしかレグラムを治めている子爵家の名前じゃなかったか!?」
「ああ、私の父がその子爵家の当主だが……何か問題でもあるのか?」
ラウラの疑問ももっともである。ユージオはマキアスが何を言いたいのか理解し、苦笑いをする。
それに焦ったマキアスは他意があるわけではないと伝えるが、彼の雰囲気を見るにそのようには全く見えなかった。
空気が悪くなってしまったため話題を変えようと、眼鏡の少女の名前を聞くマキアス。
少女は丁寧にお辞儀をして口を開く。
「エマです。エマ・ミルスティン。私も辺境出身で……奨学金頼りで入学しました」
「よろしくお願いしますね」と微笑むエマに空気が少し和む。
エマは主席入学者であり、奨学金を得てトールズ士官学院に入ってきたのである。
マキアスは主席入学者が女の子であることに少し悔しそうな顔をする。
ガイウスに「随分と優秀なんだな」と褒められるが、エマはたまたまだと謙遜していた。
「必修の武術にも縁がなくて……こんなものを勧められたんですけど」
と言いながら手に持っていた
エリオットが軽く驚きつつも自身の持っている
しかし、それについて明確な答えを持つものはこの場にはおらず、疑問符だけが頭に残っていた。
「………………」
少しずつ和やかな空気になっていく一同であったが、ただ一人だけその空気に相応しくない雰囲気を纏っている生徒がいた。
その空気を察したのはユージオとラウラ、そしてその生徒に睨まれているリィンの三人だった。
リィンは気まずそうな顔をしており、ユージオも相手の気持ちを察してかあえて口を開かない。しかしラウラだけは「? どうした?」と元凶の女生徒に問いかける。
「そなたも自己紹介くらいしたほうが良いのではないか?」
「…………そうね」
柔らかい雰囲気で話しかけるラウラを邪険にするわけにもいかず、金髪の女性とは口を開く。
「──アリサ・R。ルーレ市からやって来たわ。宜しくしたくない人もいるけど、まぁそれ以外はよろしく」
アリサはやや不機嫌そうに自己紹介をし、そこでようやく全員が先程の件が原因だったことに気付いて全員の中で若干気まずい空気が流れる。
エマとエリオットがフォローに入り、マキアスがルーレ市には大陸最大の重工業メーカー《ラインフォルト》の本社がある街であると補足する。
(R……? ああ、
ユージオはなぜアリサがファミリーネームを隠したのかを疑問に思っていたのだが、マキアスの言葉である程度の予測を立てる。
どうしても言いたくなさそうだったので、それ以上余計な口を開くことはなかった。
余計な口を開いてしまったのは、彼の前にいたリィン・シュヴァルツァー。アリサの持っている武器について質問をしてしまったが故に、彼女の機嫌は更に悪くなる。
「……うっ……」
何を話しかけても冷たい態度で返されるため、リィンも謝罪の取っ掛かりを掴むことが出来ずにたじろいでしまう。
エリオットはすかさずフォローに入る。
「そ、そういえばこれからどうしようか? せっかく合流したんだし、このまま一緒に行動する?」
その意見にマキアスや他の男子生徒も賛成していたのだが、ラウラだけが反対をする。
「心配は無用だ」と腰に携えていた大剣を抜く。
「剣には少々自信がある。残りの二人を見つけるためにも、二手に分かれた方がいいだろう」
その意見にはエマも賛成をしたため、今まで通り男子組と女子組で探索を再開することとなった。
「──アリサ、エマ。それでは行くとしようか」
そう言い残したラウラが一瞬だけユージオを見るが、それ以上は何も言うことはなくエマ、アリサと一緒に先に行ってしまう。
「……はぁ…………」
リィンは大きくため息を付く。
全員がわざとではなく、不可抗力だということは分かっている。それでも彼女が感情的になっているため、これ以上何かが出来るわけでもなかった。
ユージオは優しくリィンの肩に手を置き、「良いタイミングで謝れるといいね」と彼を慰める。
そして話題はラウラの大剣の話に移る。
「あれだけの大剣を女子の力で振るうことが出来るのか?」という疑問を解消したのは同じく剣の道を進んでいるリィンとユージオだった。
「レグラムの《アルゼイド流》──帝国に伝わる騎士剣術の総本山だ。彼女の父親、アルゼイド子爵は武の世界では《光の剣匠》と呼ばれ、帝国最高の剣士として知られている。恐らく新入生では最強クラスの一角を担うはずだ」
「そうだね。義姉上もアルゼイド子爵の下でアルゼイド流を極めていたはずだよ」
「《黄金の羅刹》の師匠の娘……ううん、なんだか凄い人と同じクラスになっちゃったなぁ……」
エリオット、マキアス、ガイウスはラウラの強さを聞いて驚きつつも、リィンが
◇
先を急ぐユージオたち一行。途中でユージオ、リィン、ガイウスが立ち止まる。
「……ふぅん、結構鋭いね」
エリオットとマキアスは魔獣かと思っていたのだが、幼い女の子の声が聞こえ、柱の影から銀髪の女生徒が現れる。
全員が彼女の無事に安心をするが、リィンは「その様子じゃ心配することもなかったかな?」とおどけて見せると、銀髪の女性とは淡々と頷く。
「うん、必要ない。わたし、小柄だし結構すばしっこいから」
と言いながら自己紹介を始める。
「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」
もう半分は越えているから、この調子で行けばゴールは近いと助言をするフィー。
「……まぁそっちには《青薔薇》がいるから問題ないだろうけど。それじゃ」
そう言うと壁を駆け上がり、先に行ってしまう。リィン達はあまりの身軽さに驚き、彼女の残した言葉を深く考えることはなかった。
◇
全員で魔獣を蹴散らしつつ──ユージオはあくまでサポートに徹する──先に進む一行の前に現れたのは魔獣に囲まれている金髪の貴公子。
しかしその数をものともしない様子で簡単に屠っていく。
「……凄い剣さばき……」
「どうやら助太刀の必要もなさそうだな。あれも帝国の剣術なのか?」
「ああ、貴族に伝わる伝統的な宮廷剣術……それもかなりの腕前だろう」
目の前で切り伏せられている魔獣を前に驚く一同。
最後の一体を倒した彼は一息つくとリィン達に振り返り、「──それで、何の用だ?」と冷たい反応を示す。
その態度にマキアスは不快感を顕にし、リィン達は素直に彼の剣技を称賛した。
それぞれが自己紹介を改めてすると、「ユーシス・アルバレア。一応改めて名乗っておこう」とユーシスも改めて自己紹介をする。
「フッ、それにしてもなかなか殊勝な心構えだな」
「な、何がだ?」
ユーシスの言葉にマキアスが疑問を返すと、入り口でのやり取りをダシにしてマキアスを煽り始める。
「あれだけの啖呵を切ったくせに連れ立ってくるとは……。大方、直ぐに頭を冷やして、殊勝にも詫びを入れたのだろう。いやはや、“貴族風情”にはとても真似できない素直さだ」
止まることのない煽りにマキアスも頭に血が上り始める。
「ぐっ、何様のつもりだ……!? その傲岸不遜な態度……君たち貴族はみんな同じじゃないか! 特にアルバレア公爵家といえば、帝国で一、二を争う大貴族……さぞ僕たち平民のことを見下しながら生きているんだろう!?」
明らかに偏見ではあるが、マキアスの過去に何があったか分からないため、リィン達にはその部分には何も口を挟めない。
しかし、ユーシスはそんなことお構いなしとばかりに口を開く。
「──そんなことお前に言われる筋合いはないな。レーグニッツ帝都知事の息子、マキアス・レーグニッツ」
マキアスはまさか父のことを知られているとは思わず、驚きの表情を見せる。
リィンたちもそのことを知らなかったのか、マキアスとは違う意味で驚く。
(え……みんな知らなかったの? 僕はジュノー海上要塞にいた頃に当たり前の知識だと言われて習っていたから、常識だと思って話題に出していないのかと思ってた)
ユージオはここまで一切口を開かなかったのだが、遠方に住んでいたガイアスはともかく、リィンとエリオットが気付いていなかったことに顔の表情を少しだけ変えていた。
リィンたちが知らないと思ったのか、ユーシスは更に説明を加える。もちろん煽りを加えることも忘れない。
「帝都ヘイムダルを管理する初の平民出身の行政長官……それがお前の父親、カール・レーグニッツ知事だ──ただの平民と言うには少しばかり大物すぎるようだな?」
「だったらどうした!? 父さんが帝都知事だろうとウチが平民なのには変わりない! 君たちのような特権階級と一緒にしないでもらおうか!?」
「別に一緒にはしていない。だがレーグニッツ知事といえば、かの《鉄血宰相》の盟友でもある“革新派”の有力人物だ。そして宰相率いる“革新派”と四代名門を筆頭とする“貴族派”は事あるごとに対立している──ならば、お前のその露骨なまでの貴族嫌悪の言動……随分安っぽく、“判りやすい”と思ってな」
ユーシスは淡々と事実を述べていく。そこに分かりにくいが、彼なりの推論を抽象的に混ぜ込むことで聞いている周りにはその推論ですら事実に聞こえてしまうのだ。
マキアスはその挑発に我慢出来なくなったのか、怒りの表情を浮かべてユーシスに近づいていく。
エリオットはあたふたするだけで止めることが出来ず、リィンとガイウスが二人を止めようと動き出したところ──
「──いい加減やめようよ」
ユージオが口を挟み前に出る。
今まで一切口を開かなかった彼が前に出たことでユーシスとマキアスは少し驚いた顔を見せながら彼の方を向く。
「ユーシスの言っていることはほぼ間違っていないのかもしれないけど、そこに君の推測を混ぜて真実に見せるような言い方は良くないんじゃないかな? 第一、親の話題を持ち出すなんて品が良いとは言えないよ」
「……フン、確かに口が過ぎたようだ」
ユーシスの反省を述べる言葉に、マキアスは少しだけ気まずい表情を浮かべる。
「マキアスも貴族に対してなんでそこまで邪険にするのかは分からないけど、今回のことには“貴族派”“革新派”の件は関係ないんだよね?」
「……ああ、そうだ」
「それならこんなところでこれ以上熱くなる必要はないよね。上に戻ってから、思う存分言い合えばいいと思う。ユーシスもそれでいい?」
「平民とこれ以上話すことはないがな」
「──このッ!?」
マキアスがユーシスの言葉に反応するが、リィンがすぐに止めに入る。
二人の頭が再度冷えたところで、先に進むこととなった。
「それにしても驚いたなぁ」
エリオットの言葉に全員が耳を傾ける。
「ユーシスって公爵家の若様なんでしょう? なのにあんな殊勝な言葉が出るなんて……って、あ、すみませんゴメンなさい!」
自らの口が滑ってしまったことにすぐに謝罪をするエリオットだが、ため息をついたユーシスは「無用に畏まるな」と口を開く。
「身分の区別はあるとはいえ、士官学院生はあくまで対等──学院の規則にもあっただろうが」
「そ、そうだけど……じゃなくて、そうですけど!」
「…………」
エリオットとユーシスのやり取りを横目で見つつ、口を開かないマキアス。
貴族・平民に関わらずマキアス以外にはまともな対応をするユーシスに思うところがあるのであろう。
その後は全員で協力をして魔獣を倒しつつ、ついに最奥までたどり着いたのだった。
◇
「ここって……」
一行が最奥にたどり着くと、そこは広い空間となっており、奥には出口と見られる階段が続いていた。
「……どうやらあれが出口に通じる終点らしいな」
「ああ、陽も差し込んでいるし、間違いないだろう」
「ようやく着いたのか」
「フン、とんだ茶番だったな」
口々に安心した言葉を述べていくが、ユーシスだけは「大帝ゆかりの士官学校の試練にしては拍子抜けもいいところだ」と不満を漏らしていた。
しかしユージオだけは口を開かずに斜め右方向を見ていた。
「そ、そうかな〜。結構ムチャクチャだと思うけど……でも《Ⅶ組》か。一体どんなクラスなんだろうね?」
「そうだな……」
本当に辛かったのであろうエリオットだけはユーシスの言葉を否定しつつも、《Ⅶ組》とはどういうクラスなのだろうと疑問を口にする。
身分も立場もバラバラで、留学生や年齢も分かれている者もいる。何か意図があって集められたとしか思えないメンバーだった。
「まだ女子たちは来ていないようだな。もう終点だし、ここで全員を待つ──」
「──まだだよ!」
全員がユージオの方を見ると、彼は剣を抜き構えたまま右斜めにある石像を見ていた。
確かに仰々しい見た目をしているが、動く気配がないただの石像である。
「ユージオ、どうしたの? 確かに見た目は怖いけどただの石ぞ──ってうわっ!」
「何だこの音は!?」
「あの石像からだ!」
急に物音がし始め、翼の生えた獣姿の石像が少しずつ動き出す。
「あれは……!」
「な、なにあれっ!?」
「古の伝承にある
全員が構える前に、
《イグルートガルム》は大きな咆哮を上げると、突然リィンたちに襲いかかってきた。
「うわぁぁぁぁっ……!」
エリオットが腰を抜かしそうな声を上げながら顔を覆うが、大きな物音がなったかと思うとユージオの声が響き渡る。
「全員武器を抜いて!
《イグルートガルム》の前足攻撃をいとも簡単に防いだユージオ。
彼の言葉に全員が武器を構える。
「……帝国というのはこんな化け物が普通にいるのか?」
「少なくとも古い伝承の中だけだ!」
「くっ……いずれにせよ、こいつを何とかしない限り地上には戻れない……! みんな、ユージオに続いて何とか撃破しよう!」
ユージオが《イグルートガルム》を牽制しつつ、バックステップで下がるとリィンとユーシスが代わりに前に出て攻撃を加える。
そして中距離からガイウスが槍で突くのと同時に、マキアスが導力銃で、エリオットが
「gyaaaa!!」
「物理攻撃が全く効かない! エリオットとマキアスの
リィンの号令をもとに前線でリィンとユーシスが牽制、ガイウスが後衛を守りつつ、エリオットとマキアスが
ユージオは遊撃として、前衛と後衛のフォローをする。
「gularalaralara!!」
「よし! 効いているぞ! ここまま押し込め──」
「待て! なにか様子が!?」
追い詰められた《イグルートガルム》が突然翼を広げたかと思うと、空を飛び始め、部屋の上を飛び回りながら旋回する。
「速すぎて
「突進してくるぞ!」
《イグルートガルム》が旋回しながら攻撃の要となっている後衛に突進してくる。
ガイウスが突進を止めようと前に立ちふさがるが、
その余波を受けたマキアスとエリオットも吹き飛ばされ、この時点で半分がすぐに戦線復帰できない状況となった。
「……ぐっ!」
「くそぉ!」
「うわぁぁあ!」
「みんな!」
(このままではみんながやられてしまう──こうなったら……)
再度飛び上がった《イグルートガルム》に対して、リィンが対抗すべく目を瞑って集中し始めたところで女生徒の声が響き渡る。
「下がりなさい──!」
上空にいる《イグルートガルム》にオレンジ色の光線のようなものが数発放たれ、避けようとするも追尾型のためかそのまま全ての光線が《イグルートガルム》に当たる。
「Gyawoooo!!!」
「皆さん、大丈夫ですか!? 今回復します!」
先程の光線を放っていたのは導力弓を使っていたアリサであり、
そして戦線を立て直すために、地上に落ちた《イグルートガルム》に大剣による攻撃を加えているラウラもいた。
「き、君たちは……!」
「お、追いついたか……!」
安心した表情を浮かべるのが回復が終わったエリオット、ガイウス、マキアスの三人。
「ふう……どうやら無事みたいね!」
「す、すみません! 遅くなりました……!」
「いや、助かった!」
かなり危うくなっていた状況だったため、素直に喜びの声を上げるリィン。
「
「ああ、しかもダメージを与えても再生するようだ……!」
「だが、この人数なら勝機さえ掴めれば──」
人数が増えたことで勝機を見出したリィンだったが、更にメンバーが追加される。
そこに現れたのは銀髪の少女フィー。
「まあ、仕方ないか」
気だるそうな表情をしつつも、両手に持った双銃剣で《イグルートガルム》に攻撃を加える。
(硬いね。私とは相性が良くないかも。でも……)
《イグルートガルム》の後ろに回ったフィーは、後ろ足の付け根の脆いであろう部分に追撃をし、体制を崩す。
「これは……勝機だ!」
「ああ……!」
これならいける。全員がそう思ったとき、それぞれが青い光を放つ。
(え……これって……!)
ユージオだけが気付いていたが、急に全員の動きが格段に良くなっていく。
もちろん急に強くなったわけではない。
それはまるで《個》でしか動いていなかった者たちが《長年の連携》を覚えたかのような洗練とされた動き。
ユージオとキリトが何年も一緒にいて覚えた連携を、突然何かのピースが填まったかのように全員で取ることが出来るようになっていた。
彼らの連携攻撃に《イグルートガルム》の動きが次第に遅くなっていく。
「……今だ!」
体制を崩した《イグルートガルム》に止めを刺そうとラウラが「任せるがよい」と気合を溜め始める。
「はあああああっ!! ──これで終わりだっ!!」
ラウラが飛び掛かり、上段から《イグルートガルム》の首を落とそうと大剣を下ろす。
誰もがこれで終わりだと確信していた。
────ユージオ以外は。
「……なっ!?」
ラウラの渾身の一撃は決まった──はずだった。
しかし、《イグルートガルム》の首は落とされておらず、傷ひとつ付いていない状態でその場に留まっていた。
「Guraaaaaaa!!!」
「……危ない!!」
ラウラに反撃をして彼女を吹き飛ばそうとする《イグルートガルム》。
それを察知したリィンが彼女を抱えてその場から下がる。
「すまない……」
「いや、大丈夫か?」
「ああ。しかし、今の一撃で倒せないとなると……」
この場に自分以上の威力を出せる攻撃はないと確信した言い方をするラウラ。
通常であると確実に首を落とせていたはず──このままでは絶体絶命である。
いつも以上の動きを見せていた彼らの体力も限界を迎えていた。
(これ以上は不味いのでは……?)
ユージオは許可を得るべく、階段の先で様子を伺っている人たちの方を向く。
《イグルートガルム》との戦いに集中するあまりにリィンたちは気付いていなかったのだが、そこにいた人たちが頷くとユージオはようやくかとばかりに前に出る。
「みんなは下がってて」
「ユージオ!?」
「一人では危ないぞ!」
彼を心配する声を無視し、ユージオは剣を構えて集中する。
そして青薔薇の剣を逆手に持つと、地面に突き刺す。
────
彼がそう唱えると、周りの温度が下がり始め、突き刺した地面から氷の塊が現れる。
そして《イグルートガルム》に襲いかかる。
「Gyaaaaaaaaaa!!」
嫌がるように飛び立とうとする《イグルートガルム》だったが、足を氷に絡め取られるとそのまま全身が氷漬けにされてしまい、一切の動きを封じられてしまう。
「……綺麗」
「ああ、なんて美しさだ……」
「それにこの匂いは……薔薇の香り……か?」
まるで氷の彫像が出来たかのような美しさと、青薔薇の剣から発せられる薔薇の匂いに呆気にとられるリィンたち。
ユージオは剣を引き抜くと誰もが見えない速度で《イグルートガルム》に接近し、その首を落とした。
首を落とされた《イグルートガルム》は、光を放ちながら消えていく。
そこでようやく戦闘が終わったと全員が確信して武器をしまう。
「あ……」
「やった……!」
「よかった、これで……」
「ああ、一安心のようだ。それよりも──」
全員がユージオの顔を見る。
ユージオ・ルグィン──《黄金の羅刹》と呼ばれたオーレリア将軍の義弟の強さを目の当たりにして、驚きを隠せないようだった。
少し前にリィンがラウラのことを“新入生最強クラスの一角”と評していたが、ユージオの今の強さを見て、新入生最強は誰かと言われたら間違いなく彼だと答えるだろう。
いや、士官学院最強だと言われても誰も疑問に思わないのではないかと思うほどの実力の差を感じていたはずだ。
(《青薔薇》……流石噂に聞くだけのことはあるね)
フィーは気怠そうな表情をしつつも、彼を観察する。
ユージオが名を挙げてきたのはここ一年とはいえ、この若さなら早い方だ。
「そ、それにしても……最後のあれ、何だったのかな?」
全員の疑問に答えるつもりがないユージオのことを察したエリオットが話題を変えるべく
「そういえば……何かに包まれたような」
「ああ、僕も含めた全員が淡い光に包まれていたな」
「なんだと……?」
戦闘の途中で何人かは全員が淡い光に包まれていたことに気付いていた。
しかしこれが何だったのかまでは分からないままだった──それはユージオも同じである。
「ふむ……気のせいか皆の動きが手に取るように“視えた”気がしたが……」
「……多分、気のせいじゃないと思う」
「ああ、もしかしたらさっきのような力が──」
リィンが推測を述べようとしたところで、階段の方から女性の声が聞こえた。
「──そう。
声とともに拍手の音が聞こえたため、そちらを見るとそこには《Ⅶ組》の担任であるサラ・バレスタインが立っていた。
「いや〜、やっぱり最後は友情とチームワークの勝利よね。うんうん。お姉さん感動しちゃったわ♡」
ふざけながら近付いてくるサラ。
「いや、あれは最後ユージオがいたから……」
とは誰も言い出せず、黙って彼女が目の前に来るのを待った。
サラは右手を腰に当てながらオリエンテーリングの終了を告げる。
「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど……なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」
「よ、喜べるわけないでしょう!」
「正直、疑問と不信感しか湧いてこないんですが……」
「さっきも本当なら僕たちやられていてもおかしくなかったですよね……」
エリオットの言葉にサラは、「あれは……まぁ勝てたんだから良かったじゃないの」と誤魔化すが、明らかに誤魔化されてはいなかった。
そこでユーシスは核心を突くように質問をする。
「──単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」
「身分や出身に関係ないというのは確かに分かりましたけど……」
「なぜ我らが選ばれたのか結局のところ疑問ではあるな」
ユーシスに続き、エマとラウラも口を開く。
サラは「ふむ、そうね」というと、彼らが《Ⅶ組》に選ばれたのは色々な理由があるのだが、一番の理由として
エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した最新鋭の戦術オーブメント──様々な
「《戦術リンク》──先ほど君たちが体験した現象にある」
全員が淡い光に包まれて繋がっていたかのような感覚。この恩恵は絶大である。
例えば戦場において、どんな状況下でもお互いの行動を把握できて、最大限に連携できる精鋭部隊。
仮にそんな部隊が存在すればあらゆる作戦行動が可能になる。まさに戦場における“革命”と言ってもいいレベル。
しかし、そんな
「現時点で、
このことに納得をしつつも、ここにいる全員が揃った偶然に驚く一同。
それはもはや運命と言っても過言ではないだろう。
「トールズ士官学院はこの
「もちろん約束通り文句も受け付けるわよ」と付け加えたサラ。
全員が顔を合わせてどうするか考える。《Ⅶ組》を辞退したら本来所属するはずだったクラスに行くことになるとはいえ、“選ばれた“と言われて嫌な気持ちになる人の方が少ないのも事実だ。
一番初めに足を前に出したのはユージオとリィン。ほぼ同時に《Ⅶ組》参加を口にした。
サラは最初に名乗りを上げた二人には何か事情があるのだと察する。
「一番乗りは君たちね。何か事情があるみたいね?」
「いえ……我儘を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるのであればどんなクラスでも構いません」
「ルグィン家は必ず士官学院を卒業するのが習わしというのが一番の理由ですが、《Ⅶ組》で少しでも義姉上に近付けるのであれば断る理由がないです」
「ふむ、なるほど」
リィンの理由には納得したサラ。ユージオの理由には全員がこれ以上強くなるつもりなのかと心の中でツッコミを入れていたが、誰も口に出さない。
二人の理由を聞いて参加を表明したのはラウラとガイウス。修行中の身であるラウラは過酷な状況を是とするだけでなく、ユージオの強さがどれほどのものなのか立ち合いをしたいと考えていた。
そこからは続々と参加者が増えていく。マキアスとユーシスに関してはひと悶着ありそうだったが、意外にも二人とも何も揉めることもなく参加することを表明する。
(あら……何も無いのは意外ね。
ユージオの顔を見たサラであったが、目を合わせるつもりがない彼に肩をすくめる。
そしてユーシスたちのことを意外と思っていたアリサとリィンも目が合うが、アリサはプイっと身体ごと彼から逸した。
ため息をつくリィンにエリオットは同情の視線を向けていた。
「これで十名全員参加ってことね!
──それでは、この場を持って特科クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい──!」
嬉しそうな顔をするサラ。そしてその後ろの階段の先にはヴァンダイク学院長とオリヴァルトが立っていた。
「やれやれ、まさかここまで異色の顔ぶれが集まるとはのう。これは色々と大変かもしれんな」
「フフ、確かに──ですがこれも女神の巡り合わせというものでしょう」
「ほう」
「ひょっとしたら、彼らこそが“光”となるかもしれません。動乱の足音が聞こえる帝国において、対立を乗り越えられる唯一の光に──」
「だから急遽
「
オリヴァルトはこの先に始まるであろう動乱の一助の光を求めて《Ⅶ組》を作り、そして妹であるアルフィンのため──決して面白いというのが一番の理由ではない──に彼が成長できる場所として《Ⅶ組》を用意していた。
ここから大陸を巻き込む戦争を止める光となった《Ⅶ組》、そしてこの世界に巻き込まれたユージオの物語が始まるのだった。
これで閃の軌跡1の序章終了です。
《Ⅶ組》発足までは丁寧に書きたいと思っていたのでかなり長くなりましたが、書きました。
ここからは……場合によってはもっと丁寧に書くかもしれませんし、少し駆け足で書くかもしれません。
とりあえず《イグルートガルム》戦は難易度を上げて書きました。
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