ファンキル EPILOGUEシリーズ (荒ぶる異族)
しおりを挟む

EPILOGUE アルマス

ロストラグナロク本編後におけるアルマス×マスターのSSです。





 

 

 

初めて出会った時の印象は最悪だった。

 

記憶喪失で頼りなくて。

 

ティニは敬意を払っているみたいだけど、その頃の私にはアナタを認めることができなかった。

 

決して退かない、倒れない。千の槍を受けてなお、立ち続ける不屈の剣。

 

それが私のキラーズ、アルマス。

 

仲間の為に前線に立てない人に、誰かを率いる資格はない。

 

その考えは今でも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

「起こしたかな?」

 

目を開けるとマスターが私の寝顔を覗きこんでいた。

 

見つめられることに耐えられなくて、寝返りをうって顔を逸らす。

 

頭の下にはマスターの太腿があった。

 

寝ている間に膝枕されたみたいだ。

 

「……何してるのよ」

 

「あんまりにも気持ち良さそうに眠ってるから。つい」

 

そう言ってマスターは私の髪を指先で優しく梳いていく。

 

何となく、心地良いな、と思った。

 

「最近は昼寝ばかりだね」

 

「平和になったんだから別にいいでしょ」

 

「ティルフィングがまるでレーヴァみたいだって言ってたよ」

 

「ぐっ……、レーヴァテイン程ぐうたらはしてない!」

 

彼女は極度の面倒臭がりだ。私は流石にそこまでじゃない筈……。

 

「ティニも起こしてくれればいいのに……」

 

「中々起きてくれないからって、僕が呼ばれたんだけどね」

 

「うぐっ、悪かったわよ……ってマスターは私のこと起こしてくれてないじゃない」

 

「もう少しだけダメかな」

 

そう言ってマスターに優しく頭を撫でられる。

 

……こういう所が本当にズルい。

 

「本末転倒じゃない」

 

「うん、そうだね」

 

私の頭を撫でていた手が止まる。それが酷く名残惜しかった。

 

「別に止めてとは言ってないでしょ」

 

羞恥心が邪魔をして、どうしてもつっけんどんな言い方になってしまう。

 

それでも、マスターは頬を緩ませて微笑んでくれた。

 

「ん……」

 

彼の指先が私の髪に触れる。

 

「素直じゃないなぁ」

 

「悪かったわね。レーヴァテインみたいで」

 

「ううん。君のそういう所が好きだよ」

 

「……バカッ!」

 

心臓がうるさい、顔が熱い。

 

この人はこんなにも私の心を掻き乱す。

 

「アルマス…………、」

 

「……え?」

 

本当に、振り回されてばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レヴァ、来客だぜ!」

 

昼寝を堪能していたら、珍しく誰かが来たみたいだ。

 

でもまだ眠っていたい。

 

「……パス」

 

「おいおい何言ってんだレヴァ!こうも毎日寝てばっかじゃいつか太っ」

 

「うるさい」

 

「ムギュギュ」

 

余計なことを言うムーに少し苛立ち、下顎を掴んで黙らせる。

 

「いい加減に起きたら?」

 

その声を聞いて少し驚く。

 

「アルマス?」

 

ティターニアも一緒だ。

 

見ればアルマスは深刻そうな表情を浮かべていた。

 

「レーヴァテイン、相談があるの」

 

彼女が私を頼るのは珍しい。大嫌いな面倒ごとの匂いに、私は盛大に溜め息をついた。

 

数十分後。

 

「それで何だか自分の心がまるで自分じゃないみたいで、なんて言うか、借り物みたいっていうか……」

 

「端的に言って」

 

「言ってるでしょ」

 

「何が言いたいのか俺にはサッパリだぜ」  

 

アルマスの相談を聞くことにした私は、彼女の難解な説明に苦しめられていた。

 

正直埒があかない。

 

「ティターニア、アルマスの言いたいこと分かる?」

 

「私にもサッパリ……」

 

「お手上げね……」

 

「ちょっと!諦めないでよ!」

 

「悩みを聞いて欲しいなら言いたいことを纏めてからにして」

 

「言いたいことは決まってるんだけど……」

 

アルマスが口下手なのは今に始まったことじゃない。

 

面倒くさいので話はまた今度にしようとしたのだけれど

 

「……マスターがあんなこと言うから」

 

アルマスがボソッと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルマス…………、ごめん」

 

「え?」

 

あの時マスターは確かにそう言った。

 

「何言ってるのよ。らしくない」

 

「そう、かな……」

 

初めて見る表情だった。

 

悔しさを滲ませた、そんな表情。

 

「…………何に悩んでるの?」

 

「時々、嫌になるんだ。何もできない自分に」

 

「そんなことない」

 

力強く否定する私に、マスターは苦笑する。

 

「そんなことあるんだ。人類の復権を目指して君と旅をした中で、僕は何一つ役に立てなかった」

 

違う。

 

「僕は君の活躍を傍で見ているだけで、ただ守られてばかりだった」

 

違う!

 

「アルマス、君は前線で傷だらけになりながら皆を守ってくれた。でも僕は……」

 

聞いてられなかった。

 

「違う!!アナタがいてくれたから、皆戦うことができた!平和な今を取り戻すことができた!」

 

「だから、お願いだから……」

 

「自分が役に立てなかったなんて、そんなこと言わないで……」

 

自分を卑下するマスターをこれ以上見ることができなかった。

 

「…………ごめん」

 

マスターの表情は晴れない。

 

「それでも思うんだ。確かにあの戦いで僕のバイブスは役に立ったのかもしれない。でも」

 

「僕自身に一体何ができたんだろうって……」

 

いつの間にか、私の頭を撫でていた手は止まっていた。

 

初めて漏らすマスターの弱音に、私はもう何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう」

 

「そう、って……。もっと何かないの?」

 

レーヴァテインは一時間に渡る私の説明を最後まで聞いてくれた。

 

「……なんで私に相談したの?」

 

「なんでって……」

 

その理由を余り言いたくはなかった。

 

「言わないとダメ?」

 

「言わないならこのまま寝るわ」

 

「ぐっ……」

 

まだ肝心なアドバイスを貰ってない。

 

「なんだレヴァ、分かんねぇのか?」

 

「どういうこと?」

 

「いい、言う。言うから」

 

レーヴァテインに相談を持ちかけた理由。

 

「私はちょっと口下手で……」

 

「ちょっと……?」

 

レーヴァテインは余計なことを言うオートアバターの下顎を掴んで黙らせ、その先の言葉を促した。

 

「レーヴァテインは私と同じで不器用な所があるから、分かってくれると思って……」

 

「……そういうこと」

 

何か納得したような、しょうがないとでも言いたげな顔でレーヴァティンは溜め息をついた。

 

「…………はぁ、おっけ」

 

「アルマス、余計なことは考えなくていい」

 

「え?」

 

「自分の想いをマスターに、心のままに伝えてあげて」

 

そう告げた彼女の目は優しく、私の悩みに対して本気で考えてくれた「答え」なのだと伝わってきたから。

 

「今からマスターに会ってくる」

 

「アルマス?そんなに急がなくても」

 

「ごめん、ティニ。それでも今じゃなきゃダメな気がするの」

 

「ありがとう、レーヴァテイン。また今度会った時に礼をするわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レヴァ、あれで良かったのか?」

 

「……大丈夫。私にディスラプターズの皆が居てくれるように、アルマスにも自分のことを理解して支えてくれる人がいる」

 

マスターが弱音をこぼしたのも、きっとアルマスが相手だから。

 

「他の人ならともかく、マスターにならきっと想いは伝わるから」

 

だから、大丈夫。

 

「ハハっ、ほんと似た者同士だな」

 

「……うるさい」

 

否定はできない。

 

私もアルマスも不器用をこじらせている。

 

苦労人だな、とつついてくるムーを手で払いのける。

 

「…………」

 

不器用な彼女へ「頑張れ」と心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を切らしながら、がむしゃらに走る。

 

私の想い。

 

あの長い旅で、ずっと傍に居てくれた。

 

どんな苦境に立たされても、私の強がりを信じてくれた。

 

そして、

 

そしてーーー

 

「マスター!!!」

 

「ーーーアルマス?」

 

「はぁっ、はぁっ……、見つけた。この絶バカ!!」

 

マスターの胸に飛び込む。

 

「え、えっと、どうしたの……?」

 

「どうしたもこうしたもない!いいから聞いて」

 

彼の胸に額を押し付けて俯く。

 

今からする話をしている間は、顔を見られたくないから。

 

これまでの旅路を思い返す。

 

「正直、初めて会った時はアナタのことが嫌いだった」

 

「記憶喪失で何もできない癖に面倒ごとを持ち込んでって、そういう風に思ってた」

 

「違わないよ。僕は……」

 

「でも、そうじゃなかった」

 

「挫けそうなとき、何度も助けてくれた。励ましてくれた。傍に居てくれた」

 

「バイブスなんて関係ない。アナタが皆を支えてくれたから、幸せな今があるの」

 

「私達のマスターがアナタで良かった」

 

これが、マスターに伝えたかったこと。

 

ちゃんと言えた。

 

それだけで満足だったのに。

 

「それでも皆の逆境を救ってくれたのは、アルマス。君だよ」

 

「君は幾つもの困難を乗り越えてきた。その足で。その剣で。その心で」

 

「まだ言えてなかったけど……。皆を、僕達を助けてくれてありがとう」

 

私はマスターのことをただ心配して励まそうとしてたのに。

 

「君は僕の憧れだよ」

 

いつだって私の欲しい言葉をかけてくれる。

 

本当にズルい。

 

そう、そうだった。そんなマスターのことを、私は……。

 

「~~~~っ」

 

顔が熱くなる。きっと今の私は耳まで真っ赤だ。

 

自分の本当の気持ちに、気付いてしまったから。

 

ーーー自分の想いをマスターに、心のままに伝えてあげて

 

マスターの背に手を回し、抱きしめる。

 

「あ、アルマス?」

 

「歯の浮く様な台詞ばっかり……。恥ずかしくならないの?」

 

もう止められなかった。

 

「いつもそう!自分のことはどうでもよさそうにして、他人の心配ばかりして!!」

 

もう抑えきれなかった。

 

「皆にいい顔をして!誰にでも優しくて!そんなアナタが好きなのにこれっぽっちも気づいてくれなくて!」

 

不器用で不格好だと自分でも分かってる。だけど

 

「アナタのそういうところが……」

 

ちっとも端的に言うことはできなかったけれど

 

「……バカ、大好き」

 

大切なことは伝えられたと思う。

 

顔を上げると目が合った。

 

その後は、気がつけば顎を上げて目を閉じていて。

 

強く抱きしめらながら、唇を重ねていた。

 

この日、私はマスターの「特別」になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて出会った時の印象は最悪だった。

 

記憶喪失で頼りなくて。

 

ティニは敬意を払っているみたいだけど、その頃の私にはアナタを認めることができなかった。

 

仲間の為に前線に立てない人に、誰かを率いる資格はない。

 

その考えは今でも変わらない。

 

だけど彼は、マスターなんて呼ばれてる癖にちっとも統率者っぽくなくて。

 

誰よりも支えてくれて。

 

誰よりも傍にいてくれて。

 

誰よりも信じてくれた。

 

決して退かない、倒れない。千の槍を受けてなお、立ち続ける不屈の剣。

 

それが私のキラーズ、アルマス。

 

私が自分( アルマス )でいられるのは、彼のおかげだ。

 

だから、

 

「ずっと傍に居てよね」

 

口下手な私には、これが精一杯。

 

「………うん」

 

マスターはキョトンとしてたけど、少しして笑顔で頷いてくれた。

 

指を絡ませあって、手を繋ぐ。

 

「これなら、離れ離れにはならないね」

 

「ばか」

 

心が温まった気がした。

 

守っていきたいと思えた。この日溜まりの様な暖かさを。アナタと、ずっと。

 

 

 

Fin

 

 

 







最後まで読んで頂きありがとうございました!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPILOGUE ティルフィング

ロストラグナロク本編後におけるティルフィング×マスターのSSです。





 

 

 

 

 

ティルフィング。

 

持ち主の願いを叶える魔剣、それが私のキラーズ。

 

叶えられる願いは3つまで。

 

持ち主が誰かなんて言うまでもない。

 

彼はきっと世界の平和を強く願っている。

 

だけど。

 

アルマス達と共に平和を取り戻した今は?

 

平和以外で彼が望むものに心当たりはなかった。

 

彼の願い事は何だろう?

 

知る必要がある。

 

その願いを、叶えさせないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レーヴァ、もうお昼ですよ」

 

「ん……、ティル?」

 

レーヴァが眠そうに目を擦りながら、体を起こした。

 

「どうしたの?何か予定あったっけ…‥?」

 

「ごめんなさい、レーヴァの顔が見たくなって」

 

「……寝顔で我慢して」

 

そう言ったものの、レーヴァは嫌そうな顔をしなかった。

 

レーヴァはディスラプターズのリーダーだ。

 

メンバーは個性的で、まとめることに苦労してるらしい。

 

ヘレナのイタズラに困ってるだとか。

 

カリスの奔放さに振り回されてばかりだとか。

 

あと、ソロモンの感性が理解できないとか。

 

そんな他愛もないことを話して過ごした。

 

「レーヴァには居場所ができたんですね」

 

「ティルだって……。ずっとマスター達と過ごしてるじゃない」

 

「…………え?」

 

「ティルの居場所はマスターの隣でしょ?」

 

「え、と…………」

 

答えられなかった。だってその居場所は……。

 

「おーい、レヴァ!マスターが来たぜ!」

 

「お邪魔するよ」

 

「!!」

 

突然の来客に心臓が跳ねる。

 

赤くなっていく顔を見られたくなくて俯いてしまう。

 

「久しぶり、ティルフィング」

 

「は、はい。お久しぶりです……」

 

上手く受け答えできただろうか?

 

「レーヴァテイン、今日は機嫌が良さそうだね」

 

「そうかもね」

 

気になって親友を横目でチラッと見てみる。

 

レーヴァは私を見てクスクスと笑っていた。

 

たまらなく恥ずかしかった。

 

「も、もう!用事を思い出したので帰ります!!」

 

羞恥に堪えきれず、私はその場を逃げ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レーヴァはイジワルです……」

 

ディスラプターズのアジトを少し離れた所、空に浮いて、ひとりごちる。

 

いまだに顔が熱い。

 

「マスターは何の用事で……?」

 

私とマスターはここ数ヶ月間会ってなかった。

 

新生ラグナロク王国の女王に推挙されてからというものの忙しい毎日を送っている、というのが表向きの理由。

 

実際にはとある事情で、私は彼から距離を置いている。

 

私の交友関係は狭い。

 

慕ってくれる国民は多いものの、友人となると極小数だ。

 

マスターの傍には居られない。

 

ギルとは依然気まずいまま。

 

気兼ねなく話せるのはレーヴァだけ。

 

……とはいえ、顔を見るなり出て行くのは流石に失礼だったと思う。

 

そんなことを考えていると、アジトからマスターが出てきた。

 

「……謝らないと」

 

マスターに声をかけようとしたその時、彼に駆け寄るアルマスの姿が目に入る。

 

彼女は自然に彼の隣へ並び立つ。

 

ーーーーーーティルの居場所はマスターの隣でしょ?

 

「……違います」

 

もうそこは、私の居場所じゃない。

 

楽しそうに話すアルマスとマスターを無言のままに見送る。

 

胸の奥がチクリと痛んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の事がずっと好きだった。

 

平和の為に天上世界で一緒に旅をした。

 

彼の隣はとても居心地が良くて、気がつけば男性として意識し始めていた。

 

地上世界を悪魔から奪還した。

 

その為に、キル姫全員を地上世界へ転送するという無茶を彼はやってのけた。

 

誰かの為に体を張れる、そんな彼に憧れた。

 

ユグドラシルを守るために地上世界へ残った私は、彼と別れることになった。

 

何年、何十年、何百年。

 

本当は寂しかった。

 

会えない時間が長くなる程、想いは募っていく。

 

そして、この世界で彼と再会した。

 

アルマス達と旅をしてる時は、他のことを考える余裕なんてなかったけど。

 

平和を取り戻した今となっては、マトモに顔を見ることさえできない。

 

ーーー好き。

 

ーーーーーー大好き。

 

彼への好意は膨らんでいくばかり。

 

それがたまらなく苦しい。でも、

 

彼の隣は、もう私の居場所じゃない。

 

ティルフィング。

 

持ち主の願いを叶える魔剣、それが私のキラーズ。

 

叶えられる願いは3つまで。

 

持ち主が誰かなんて言うまでもない。

 

既に願いは2つ叶えられている。

 

天上世界と地上世界を救うこと。

 

残る願いはあと1つ。

 

彼の願い事は何だろう?

 

知る必要がある。

 

その願いを、叶えさせないために。

 

3つの願いを叶えた時、魔剣ティルフィングは持ち主の命を奪うのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

もう日は傾きかけていた。

 

膝を抱えて宙に浮き、物思いにふける。

 

彼の傍にいて、私のキラーズが3つめの願いを叶えてしまったら。

 

マスターは命を落としてしまう。

 

傍にいちゃいけない。

 

分かってるけど。

 

「…………マスター」

 

会いたい。傷ついてほしくない。

 

求めて欲しい。傍にいちゃダメ。

 

……マスターが私を選んでくれるなら。

 

そう考える自分の勝手さに嫌気が差す。

 

もうマスターの隣にはアルマスがいる。でも、

 

「……そんなの、嫌です」

 

何百年も前から育んできたこの気持ちを、簡単に諦めることは出来なかった。

 

瞳から涙が溢れそうになる。

 

「ティルフィング、さん……?」

 

誰かに呼びかけられ、急いで袖で目元を拭う。

 

振り返るとそこにいたのは、

 

「…………ギル?」

 

かつて私がナディアだった頃に、親しくしていた男の子だった。

 

「えっと、今日はトレイセーマとの会談でしたよね、お疲れ様です」

 

ギルはラグナロク王国の外交官として毎日頑張ってくれている。

 

「はは、ありがとうございます……。それよりティルフィングさん、こんなところでどうしたんですか?」

 

「それは……」

 

他の人に話すようなことじゃない。

 

そう思って、話を濁そうと考えたけど。

 

「やっぱり俺じゃ力になれませんか?」

 

「いえ、そんなことは……」

 

私の考えはギルに見透かされていた。

 

「アルマス達と旅をしてた頃は、足を引っ張ることが多くて……」

 

「外交官を務めてる今でも失敗することはあるけど、それでも色んな国の癖の強い斬ル姫達と話してきたんです。だから……」

 

「ギル……」

 

私がティルフィングとなってから、ずっとギルとは気まずいままだった。

 

それでもギルは困ってる私を見て、声をかけてくれた。

 

「ギルは優しいですね」

 

「へ?」

 

弟のように接していたギルの成長が嬉しくて微笑む。

 

ギルは照れて、頭をガシガシと掻いていた。

 

「と、とにかく!」

 

「困ってることがあるなら、せめて話し相手ぐらいは務めさせてください!」

 

ギルの真っ直ぐな気持ちが嬉しかった。

 

ギルにならこの悩みを打ち明けてもいいかな、と思えた。

 

「……私には、好きな人がいるんです」

 

「マスターでしょ」

 

「…………」

 

「ど、どうしてギルが知ってるんですか?」

 

「いや、俺がっていうか……。多分皆分かってます」

 

あまりの恥ずかしさに顔を手で覆う。

 

「あ、いや、大丈夫ですよ!昨日今日とかの話じゃなくて、とっくの昔に知れ渡ってたことなんで!」

 

「それはちっとも大丈夫じゃありません……」

 

ギルのフォロー(という名の追い討ち)が胸に刺さる。

 

「ティルフィングさんは何であいつのことをそんなに……?」

 

「……ずっと前から、あの人のことを見てきたんです」

 

何百年も前から。

 

「少し、長い話になります」

 

天上世界でのこと。

 

地上世界でのこと。

 

この世界でのこと。

 

そして、私のキラーズのこと。

 

ギルは、私の話を最後まで聞いてくれた。

 

「……すみません。俺には、ティルフィングさんがどうするべきか分からないです」

 

「いえ、ギルが話を聞いてくれたおかげで少し楽になりました」

 

ギルが話しかけてくれなかったら、きっと私は塞ぎ込んでいたままだったから。

 

「……俺には、何が正しいかは分からないけど、でも」

 

「俺がもしマスターの立場なら、独りで抱え込んで欲しくないって思います」

 

「……え?」

 

マスターの立場?

 

「もー!!ギル遅い!!」

 

「げ!モラベガのこと忘れてた!」

 

「えっと……」

 

確か今日のトレイセーマとの会談では、モラベガにギルの護衛を頼んでいた。

 

「トレイセーマの帰りにティルフィングさんを見かけたから、待って貰ってたんです」

 

もう既に日は落ちている。

 

モラベガは結構な時間ギルのことを待っていたハズだ。

 

「ギル、行ってあげてください」

 

「で、でも……」

 

「また今度話を聞かせてください。今日みたいに、私がナディアだった頃のように」

 

「は、はい!」

 

嬉しそうに手を振り、モラベガのもとへ戻るギルを見送る。

 

「ありがとう、ギル」

 

ーーー独りで抱え込んで欲しくないって思います。

 

私は、自分のことばかりでマスターのことを考えてなかった。

 

彼に打ち明けないといけない。

 

これは私の問題だけど。

 

私だけの問題ではなく、私と彼の問題なのだから。

 

「会いたい……」

 

そんな私の願いは、神様に聞こえていたのかもしれない。

 

「ティルフィング!」

 

最愛の人の声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を切らしながらティルフィングのもとへ駆けていく。

 

「ハァっ、ハァっ!や、やっと見つけた……」

 

「ま、マスター?どうしたんですか?」

 

「ハァっ……君を探してたんだけど……、ハァっ…、どこを探しても、中々見つからなくて」

 

その言葉に彼女は目を丸くした。

 

「もしかして国中を走り回ってたんですか?」

 

「どうしても君と話したいことがあったから」

 

「……アルマスは?」

 

「ラグナロク王国を出るときは護衛としてついて貰ってるけど、今日は先に戻って貰ったよ。あまり他の人には聞かせたくない話だから」

 

「……はい」

 

そう答えたティルフィングの表情は暗かった。

 

僕の考えていることに、彼女は気づいているのだろう。

 

「僕を避けてるのは、ティルフィングのキラーズが関係してるのかな」

 

「やっぱりお見通しだったんですね」

 

「付き合いが長いからね」

 

ティルフィングは、僕を避けてることを否定しなかった。

 

「私のキラーズのことはマスターもご存知ですよね?」

 

「持ち主の願いを3つまで叶える剣、だよね」

 

「そして3つめの願いを叶えた時、持ち主は命を落とすと言われています」

 

ティルフィングにかけられた呪い。

 

「マスターは天上世界と地上世界を救うために、願いを既に2つ叶えています」

 

それが本当なら、残る願いはあと1つ。

 

「もし3つめの願いが叶ってしまったら、マスターは……」

 

「……そっか」

 

彼女は、ずっと悩んでくれたのだろう。

 

「話してくれて、ありがとう」

 

「……マスター」

 

よく見ると、彼女の目元は少し赤くなっている。

 

「…………」

 

許せなかった。

 

何もしてこなかった自分の不甲斐なさを。

 

「ティルフィング」

 

だから僕は決意した。

 

「行きたい場所があるんだ」

 

もうこれ以上、君の表情を曇らせたくはないから。

 

「ま、マスター!?」

 

彼女の手を取り、僕はある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

「うん、展望台だよ」

 

マスターと一緒に備え付けられたベンチへ座る。

 

「わぁ……」

 

雲一つない夜空には、幾つもの星が瞬いていた。

 

「ラグナロク王国にこんな場所があったんですね」

 

星空に向けて手を伸ばしてみる。

 

「いつか、君と二人でこの夜空を眺めたいと思ってた」

 

「そ、それは、私をデートに誘うつもりだったと思ってもいいんですか……?」

 

「うん。……初めてデートをしたときのこと、覚えてる?」

 

「も、勿論です!」

 

それは天上世界で旅をしてた頃の思い出。

 

「剣の特訓に明け暮れていた私を、街に連れ出してくれました」

 

洋服を試着したり、買い物をしたり、2人でお茶をしたり。

 

「皆で海に行ったりもして」

 

適当な理由をつけて、アナタを1人占めして。

 

「バレンタインにチョコレートをくれたこともあったよね」

 

「う……」

 

徹夜でチョコレート作りに励んだこともあった。

 

「料理が苦手だったなんて知らなかったな」

 

「そ、そのことは忘れてください」

 

アナタの前だと、私は普通の女の子でいられた。

 

それだけで、もう満足だ。

 

やっぱり私は、どうしようもない程に彼が好きで。

 

だからこそ傷ついてほしくないと想えるから。

 

「……マスター、お願いをしてもいいですか?」

 

「……うん」

 

例え、マスターの傍に居られないとしても。

 

マスターが誰を選んでも。

 

「また、私を連れ出して……」

 

こうして時々話してくれるなら、私は……

 

「今日みたいに、話をして貰えませんか?」

 

「そんなことでいいの?」

 

「はい、私にはもったいないくらいです」

 

「こうして私を普通の女の子として見てくれるのは、マスターだけですから」

 

これでアナタを諦めることができる。

 

「ティルフィング……」

 

マスターと正反対の方の夜空を眺める。

 

泣いてる姿を見られたくなかった。

 

「……綺麗な星空ですね」

 

「うん、月が綺麗だね」

 

ーーーえ?

 

マスターが呟いた言葉の意図を理解できず、彼の方へ振り向く。

 

彼は夜空ではなく、私を見つめていて。

 

「ん……!」

 

気がつけば、唇を奪われていた。

 

優しく触れ合うだけのキス。

 

「ま、マスター……?」

 

唇を離したマスターは、私の頬に伝っていた涙を指先で拭った。

 

「……僕は、君を普通の女の子として見ることなんてできない」

 

「僕にとって、君は特別だから」

 

彼と触れ合った場所が熱い。心臓がうるさい。

 

「で、でも、私が傍にいると、マスターは!」

 

「僕の願い事はずっと前から叶ってたんだ。3つの願いを叶えても、こうして僕はここにいる」

 

だから、もう心配しなくていいんだ、と彼は告げた。

 

「マスターの願い事って……」

 

「君と、その、両想いになれたらなって……。僕の自惚れじゃなければだけど」

 

もう堪えきれなかった。

 

嬉しくて、ホッとして、幸せで。

 

「自惚れな訳っ、ありません……」

 

「何百年も前から、ずっと、ずっと好きでした!」

 

優しく抱きしめられ、彼の腕の中で涙を零し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分程して。泣き止んだ私は、彼に寄り添い再び夜空を眺めていた。

 

「……マスターは大胆ですね」

 

「うっ、ご、ごめん……」

 

「ち、違うんです!その、キスされたことを咎めてる訳じゃありません!」

 

「3つめの願いを叶えて、もし何かあったらどうするつもりだったんですか……?」

 

私がナディアだった頃、ティファレトは「願いを3つ叶えた時何が起こるか分からない」と言っていた。

 

「考えてなかったな……、3つめの願いは地上世界を救うことだったから」

 

「え?そ、それって……」

 

「君と両想いになれたらなっていうのは、1つめの願いなんだ」

 

それが本当なら、

 

「ま、マスターはずっと前から」

 

「うん、君のことがす……」

 

「私の気持ちを知ってたんですか…!」

 

「あ、あ~~……」

 

マスターの目が泳いだのを私は見逃さなかった。

 

「ごめん、天上世界にいた頃に……。エロースに相談したら、きっと両想いだって教えて貰って」

 

「も、もうあの子は……」

 

「ま、まあ、良かれと思って教えてくれたんだと思うよ」

 

「それは、分かってますけど……」

 

納得がいかない。自分だけ何百年もヤキモキしてたと思うと尚更。

 

「マスターはエロースのことを庇うんですね」

 

「え、えーっと…、どうしたら許してくれるかな…‥?」

 

だから、これぐらいのワガママは許してほしい。

 

「……私のこと、ティルって呼んでください。それと」

 

彼の首に腕を回して顔を寄せていく。

 

「ん……」

 

愛しい人と唇を重ねた。

 

「……ティル」

 

「ん!んぅ……」

 

背中に手を回され、きつく抱き締められながら互いに何度も唇を求め合った。

 

今夜のことを忘れないように。

 

彼の腕の中で幸せに浸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターと手を繋いで、帰路につく。

 

「えっと、私達って恋人同士になったんですよね……?」

 

「そうだよ。……どうしたの?」

 

「こうしていると、恋人同士というより親子という感じがしてしまって……」

 

今は自分の身長が恨めしい。

 

女性として、彼に意識して貰えるかも心配になってくる。

 

「僕には、今も昔も君が魅力的に見えるけどな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

そんな不安を彼は吹き飛ばしてくれた。

 

「……でも、もしティルが恋人になった実感が湧かないっていうなら」

 

「恋人同士でしかできないことを、これから沢山していきたいな」

 

恋人同士ですることを想像して、顔が熱くなる。

 

「あ、あの……」

 

「ま、マスターさえ、良ければ……」

 

俯いて、蚊の鳴くような声で呟いた。

 

もしかしたら、今夜は眠れないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

「ティル……」

 

「ん……、マスター?」

 

「違うわ……」

 

目を覚ますと、レーヴァが私の寝顔を覗き込んでいた。

 

「あ、あれ…………?」

 

もしかして、さっきまでのことは……夢?

 

「マスターなら、さっきまでティルの横で一緒に寝てたわよ……」

 

「そ、そうですか……」

 

昨日のことが夢じゃなかったことにホッとする。時計を見るともうお昼を回っていた。

 

「……あ!」

 

親友にとんでもないところを見られたことに今更気づく。

 

「あ、あの!ま、マスターと一緒に寝てたのは!」

 

「マスターから聞いたわ。恋人になったって」

 

ちゃんとマスターが弁明してくれてたみたいだ。

 

「ティルに手を出したのかと思って、最初は思わずビンタしそうになったわ……」

 

「…………」

 

昨夜のことを思い出し、顔を赤らめてしまう。

 

それがいけなかった。

 

レーヴァはすぐに察してしまった。

 

「グーで殴るべきだったみたいね……」

 

「ち、違うんです!私はこんな身体のままですし、最後まではしてません!」

 

「ふふっ……」

 

優しく笑みを浮かべた親友を見て、からかわれてたのだと遅れて理解する。

 

「最近のレーヴァはイジワルです」

 

「私が寝室に入った時、マスターがティルの額にキスしてたわよ」

 

「も、もう!」

 

恥ずかしさに堪えられず、毛布を頭から被る。

 

「ティル、ごめんってば」

 

「もう苛めたりしませんか……?」

 

「うん、約束する」

 

そう言ってるレーヴァはまだクスクスと笑ってるようなので、抵抗の意味も示すために毛布からちょっぴりだけ顔を出す。

 

「今日はコマンドキラーズの動向の報告に来たんだけど、ティルが珍しく寝坊してるって聞いたから様子を見に来たの」

 

「……レーヴァ、面白がってませんか?」

 

「最初は心配してたんだけどね……。ティルが寝込んでるところなんて、今まで見たことがなかったから」

 

実際は寝込んでた訳ではなく、朝まで寝かせて貰えなかっただけ……とは言えない。

 

ずっとベッドにいるのも悪いので、レーヴァに断り着替えを済ませた。

 

「もうちょっと、かな……」

 

「……?」

 

「こっちの話。……そういえば」

 

「ティル、この間私に会いに来た時、本当は何か相談したいことがあったんじゃないの?」

 

「……レーヴァには敵いませんね」

 

もしかしたら、それが今日私に会いに来てくれた本当の理由なのかもしれない。

 

「レーヴァは、私のキラーズについてどう思いますか?」

 

「……願い事を叶えるんだっけ?」

 

「そうです」

 

「…………」

 

レーヴァは悩んでいるというより、質問の意図が分からないといった感じだった。

 

「ティルには悪いけど、どうも思わないわ……」

 

「私のキラーズはレーヴァテインだけど、世界を9回焼き尽くせる力なんて出せた試しはないし……。ティルのキラーズの力で願い事が叶ったなんて思ってない」

 

「天上世界も地上世界も、この世界だって。皆で勝ち取った平和だから」

 

「それに、キラーズが何であってもティルはティルだし」

 

「レーヴァらしいですね」

 

素敵な親友を持てたことに感謝した。

 

「おーいレヴァ!マスターが戻ってきたぜ!」

 

「もう、待たせすぎ……。それじゃ私は帰るから」

 

「また遊びにいってもいいですか?」

 

「……うん、またね」

 

レヴァはティルフィングに甘いよなー、うるさい……と小言を言い合ってレーヴァ達は帰っていった。

 

レーヴァと入れ替わりでマスターが寝室に入ってくる。

 

「おはよう、ティル」

 

「おはようございます、もうお昼ですけどね」

 

「「…………」」

 

会話が続かず、何となく見つめあってしまう。

 

「何だか照れくさいね」

 

「そうですね」

 

でも、決して気まずい訳ではなくて。

 

「ティル、目を閉じて……」

 

「は、はい……」

 

目を閉じて、顎を上げる。

 

きっと、この時が一番幸せを感じられると、そう思っていたのだけれど。

 

「…………?」

 

いつまで経っても、待ち望んだ感覚は訪れなかった。

 

「もう目を開けていいよ」

 

そういって、マスターは私の手に何かを握らせた。

 

「これは……」

 

目を開けると、掌の中には指輪が光っていた。

 

よく見ると、自分の首にはネックレスが掛けられていて。

 

そのネックレスに指輪が通されていた。

 

「指輪のサイズは、身体が元に戻ったら合うように作って貰ったんだ」

 

「それまではネックレスとして使ってくれたら嬉しいな」

 

…………ズルい。

 

昨日、これ以上ないくらい幸せだと思っていたのに。

 

「もし、その時が来なかったら……?」

 

「変わらないよ。ずっと傍にいる。だから」

 

ネックレスに通された指輪を、両手で優しく握りしめる。

 

「僕と結婚してほしい」

 

マスターと出会って、私は泣き虫になったのかもしれない。

 

「……はい!」

 

涙を瞳いっぱいに溜めながら、彼と歩む道を笑顔で選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろんなことがあった。

 

天上世界でのこと。

 

地上世界でのこと。

 

この世界でのこと。

 

数え切れない程の困難と、幾つもの試練に心が折れそうになることもあった。

 

でも、辛い時には必ずアナタが傍に居てくれた。

 

挫けそうな時には必ずアナタが支えてくれた。

 

誰よりも、何よりも信じてくれた。

 

ティルフィング。

 

持ち主の願いを叶える魔剣、それが私のキラーズ。

 

でも、関係ない。

 

斬ル姫ティルフィングではなくティルとして、彼は私自身を見てくれるから。

 

「ティル!」

 

愛しい人の声が耳に届く。

 

名前を呼ばれただけで嬉しいと思ってしまうのは、惚れた弱味なのかもしれない。

 

好き、大好き。

 

心の中でそう呟く。

 

「ーーー」

 

彼の名を呼ぶ。

 

アナタも同じことを考えてくれてたら嬉しいな。

 

幸せはここにある。

 

胸元で指輪が優しく輝いていた。

 

 

 

Fin

 

 

 







最後まで読んで頂きありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPILOGUE レーヴァテイン

インテグラルノア編におけるレーヴァテイン×マスターの純愛SSです。誰得ドシリアスなので注意してください。








 

かつて一人の奏官と一人のキル姫がいた。

 

彼女の性格は僕と真逆で面倒くさがりだったけれど、別段水と油という訳でもなかった。

 

お互いを尊重して、時には無遠慮に喧嘩をして、今にしてみれば家族の様な関係だったと思う。

 

彼女は使命なんてどうでも良さげで、キル姫らしくなくて、僕にとっては普通の少女だった。

 

後にも先にも、彼女がキル姫だと強く意識したのはただ一度だけ。

 

キル姫の避けられない運命。

 

淘汰。

 

彼女はイミテーションに出遭い、淘汰を制した。

 

目に見える変化はなく、あまりにもいつも通りで、でも。

 

それでも怖かった。

 

ーーー……淘汰の影響はない?

 

ーーー影響?イミテーション(あのコ)の記憶や思い出は流れ込んできたけど…、まぁ、それだけ。

 

ーーー……。

 

ーーー……何か不安でもあるの?

 

ーーーううん。何でもない。

 

イミテーションの記憶や思い出を継承した彼女と僕の関係は本当に変わっていないのか?

 

分からない。

 

多分、そんな僕の不安を見抜かれたのだと思う。

 

暗い顔をする僕に対し、彼女は優しい表情を浮かべて語り掛けた。

 

ーーー大丈夫。もしも私が居なくなっても、あなたと過ごした思い出が消えてなくなる訳じゃないから。

 

ーーー……うん。

 

ーーーだから早く幸せになってよね。家族の幸せが私の幸せなんだから。

 

ーーー……そっか。

 

家族。

 

今までお互いに口にしてこなかった言葉を、レーヴァがハッキリと告げた。

 

たったそれだけの事なのに、何故か僕は心の底から安堵し、涙が溢れてきた。

 

ーーー……こんな恥ずかしいこと、言わせないでよ。

 

感極まっている僕を見て照れたのか、彼女はフイと顔を逸らしてボソリと呟いた。

 

ーーー……僕はもう、充分に幸せだよ。

 

それが彼女と過ごした最後の夜になった。

 

僕にとっては掛け替えのないものだったあの時間は…、

 

もう決して戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

異族を取り込み、力を得たのが私達インテグラルキラーズだ。

 

終わる世界に抗う為に手に入れた力。

 

終焉を退け、ユグドラシルの延命を果たし、平和を迎えた今となっては無用の長物だ。

 

世界を救う大義があったとはいえ、私達(インテグラルキラーズ)のした事を世論は許していない。

 

インテグラルノア計画が残した爪痕は深く、異族の力を取り込んだ私達を異族(討伐対象)だと主張する奏官達もいる。

 

そんな中、私達はマスターと出会った。

 

ーーー僕と一緒に来て欲しい。

 

ーーーキル姫の一人も連れないで奏官?冗談はやめて。

 

ーーー昔は一人居たんだけど、見ての通り僕は頼りないから…。

 

ーーーあなたの目的は何?

 

ーーーそれ、は……。

 

青年は目を伏せて言い淀んだ。

 

この青年に何か後ろめたいことがあるのは間違いないが、世に疎まれている私達(インテグラルキラーズ)には隠れ蓑が必要だった。

 

ーーー……あなたが何を企んでいるかは知らないけど、私の家族に手を出したら許さないから。

 

そうして私達はこの青年と行動を共にした。

 

周りの人間にインテグラルキラーズだとバレない様に骨と花の具現を解き、宿に匿われた。

 

「君達はなるべく宿で過ごしてて」

 

「あなたはどうするつもり?」

 

「……僕にはすべきことがあるから」

 

「……あっそ」

 

そう言ってアイツは私達を放って一月もの間コソコソとし続けた。

 

何が目的かを問い正しても、アイツが口を割ることは無かった。

 

ふざけてる。

 

(潮時、かな……)

 

「……レーヴァ」

 

思っていることが表情に出たのか、ティルに呼び止められた。

 

「今はあの人の善意に甘えましょう。私達の存在が表に出れば、平和に向けて歩む皆の妨げになります」

 

「……分かってる。でも、いざということがあれば容赦しない。アイツもどうせ、私達の力が目当てに決まってーーー」

 

「恐らくですが、あの人は見返りを求めていませんよ。私達に何かをして欲しいなら既に求めている筈です」

 

ティルはそう言ったけれど、私には到底信じることができなかった。

 

「口だけならどうとでも言えるでしょ。私はアイツを認めないから」

 

「レーヴァ。それなら、アナタ自身の目で見極めてみてはどうですか?」

 

「……ティルがそう言うなら」

 

翌日、気付かれない様にこっそりと尾行した。

 

アイツが私達に隠れて向かっていたのはギルドだった。

 

(……!)

 

アイツはギルドの討伐対象から私達(インテグラルキラーズ)を外す様に直談判していた。

 

(バカじゃないの?)

 

ユグドラシルと共に朽ちる運命にあった世界を救う為とはいえ、私達は「剪定」により多くを切り捨ててきた。

 

選ばれなかった多くの人からすれば私達(インテグラルキラーズ)のしてきた事を許せる筈もない。

 

多くの奏官から後ろ指をさされ、罵詈雑言を浴びせられていたが、マスターは決して諦め無かった。

 

二ヶ月が過ぎる頃には、私達の前でも疲弊した表情を浮かべる様になった。

 

頬に痣が残り、目には隈が出来ていることから、ギルドでの彼の扱いが見て取れる。

 

例え私達の為だとしても、これは彼が勝手に始めたことだ。

 

別に頼んだ訳じゃない。

 

「……バカじゃないの」

 

自分に言い聞かせる様に呟く。

 

傷付くことなんて分かりきっているのに面倒事に自分から飛び込んで、暴力を振るわれても愚痴の一つすら零さないで。

 

更に一月が経ち、彼は多くの奏官の反感を買いながらも主張を全く曲げなかった。

 

「いい加減にしろ!アイツらがまた奏官達に牙を剥いたらどうする!?アイツらはさっさと死ぬべきなんだ!」

 

「やり方を間違えたとしても、彼女達は世界の為に戦った!キル姫を私欲で戦わせた奏官達のせいで世界が疲弊したんだ。奏官(僕ら)の尻拭いを彼女達にさせて、失敗したから全部彼女達に責任を押し付けるのか!?」

 

「……っ!黙ってろ!」

 

「ぐぁ…!」

 

毎日の様に殴られて、罵られて、……それでも。

 

最終的に多くの非難を浴びながらも、マスターはラグナロク教会に私達(インテグラルキラーズ)の保護を約束させた。

 

その晩、マスターは私の元に訪れた。

 

「話があるんだけど、少しだけいいかな?」

 

「その前に、さ…。……マスター、ごめん」

 

「え?何が…?」

 

「あなたのことをずっと誤解してた。……だから、ごめん」

 

彼の顔や身体には他の奏官達に暴力を振るわれたであろう痣がまだ残っている。

 

そして暴力以上に、大勢からの罵詈雑言に彼の心は傷ついている筈なのに。

 

「僕が勝手にしてたことだから気にしないで」

 

マスターは優しく微笑んだ。

 

多くを敵に回しても最後まで自分を貫いた彼の姿を見て、何も思わない程薄情じゃない。

 

もう、とっくに認めてしまっていた。

 

彼の優しさにもっと早く気付こうとするべきだったと、胸の内に後悔が湧き立つ。

 

「……これでお別れになると思うと、少しだけ寂しくなるかな」

 

「…………え?」

 

言葉の意味を理解出来ず、思考が固まる。

 

「もう君達は自由だ。自分の居場所に帰れるよ」 

 

私達をそれぞれの居場所へ帰すことが目的だったと、別れの間際で初めて告げられた。

 

マスターは私達に見返りなんて欠片たりとも求めていなかった。

 

ティルはユグドラシルと、ロンギヌスはモニカと共に過ごすことを決めた。

 

フライクーゲルは嘗てのマスターの元で小さな診療医の手伝いを、パラシュはヴァジュラやブラフマーストラと旅を。

 

そして他の皆も、それぞれの居場所へ帰ることにしたようだ。

 

結局、彼は最後まで私達に何か求めることはしなかった。

 

(マスター、本当にお人好しだったんだ…。……今更か)

 

そう、やっと気づけた。

 

彼のことも、自身の胸の内に芽吹いた気持ちにも。

 

「君はどうするの?」

 

「私、帰ろうにも行く宛が無くてさ…」

 

「……そっか」

 

「……そっか、じゃなくて。何か言うことがあるでしょ?」

 

「え?」

 

「……鈍感。このままだと私、野垂れ死にするんだけど?お人好しなアナタはどうせ私を放っておけないでしょ」

 

彼と一緒に居る為の無茶苦茶な方便だったけど、マスターはポカンとした後、すぐに笑顔になった。

 

「ははっ、レーヴァらしいよ。僕で良ければ、傍に居てほしいな」

 

「ん…。しょうがないから養われてあげる」

 

「……僕が養うの?」

 

「他に誰にも居ないでしょ」

 

そうして私は差し伸べられた彼の手を取った。

 

肌に伝わる彼の温もりが心の奥まで浸透していく。

 

この日から、マスターは私にとっての新しい「家族」となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターと二人で過ごす生活が始まって一ヶ月。

 

男女が同じ屋根の下で二人きりだというのに進展は何も無い。

 

それとなくアプローチはしているのだけど、今のところ全て躱されてしまっていた。

 

今はベッドに寝転び、仕事をする彼を眺めている。

 

「はぁ……、ヒマ……」

 

「一区切りついたらご飯にするから。それまで待ってて」

 

のんべんだらりとする毎日は気が楽で良いけれど、もう少し構って欲しいとは思う。

 

鈍感なマスターが私の気持ちに気付く気配は一切無い。

 

暫くベッドでゴロゴロしたが、あまりにもヒマなので机の上の書類とにらめっこしているマスターの傍に寄った。

 

同じソファに座り、書類を覗き込む。

 

書類には「ギルドの今後の方針についての検討案」と書かれていた。

 

「何これ…?一奏官に投げられる仕事じゃないと思うんだけど……」

 

「僕だけじゃなくて、これからの奏官全員に求められてる課題だよ。平和になった今、奏官やギルドは新しい仕事を見つけないといけないからね」

 

「……今はどうやって生計たててるの?」

 

「僕らの給料はまだ税金で支払われてるよ。これからはどうだろう…?」

 

なんだかお先真っ暗な様子に、お互い溜息をついた。

 

「まぁ、案はあるんだよ?そのキル姫達にしか出来ない役割の仕事を与えれば、生活は豊かになると思うんだ」

 

「例えば?」

 

「実際にあった例だと、ミョルニルなら道路の舗装だとか、医療に通じているパラケルススには診療医をして貰ったりとか…。レーヴァの特技も何かに活かせるかもしれないよ」

 

「ふうん。私は寝るのなら得意かなー」

 

彼の太ももに頭を乗せ、ソファに寝転んだ。

 

「レーヴァ、仕事がし辛いから」

 

「そんなに大きいソファじゃないんだから仕方ないでしょ」

 

「ベッドで寝ればいいのに…」

 

苦笑いする彼に構わず目を瞑る。

 

すると、不意に頭を撫でられた。

 

「……何?」

 

「イヤだった?」

 

「イヤじゃないけどさ…。私のこと、猫か何かと思ってない?」

 

「猫かあ…。大きい猫がじゃれてるとこんな感じなのかな…?」

 

「私のどの辺が猫なのよ」

 

「うーん…。気まぐれで、あと…。コタツで丸くなってそうなところとか?」

 

「……お正月になる前にコタツ買ってよね」

 

「覚えてたらね。……よし、お昼にしよっか」

 

「ん、りょーかい」

 

中身の無い会話をダラダラと続けている内に、彼の仕事が一段落したみたいだ。

 

マスターが作ったお昼ごはんを一緒に食べる。

 

お腹が一杯になると、眠気がしてきた。

 

「ふわあ…、ねむ…」

 

「さっき起きたばかりじゃなかった?」

 

「多く寝る分には別にいいでしょ。睡眠時間は大切……」

 

「太るよ」

 

「……うるさい、ばか」

 

ふて寝しようかと思ったけれど、その前に確かめないといけないことがある。

 

「マスター、昼はどうするの?」

 

「意見を纏めた書類をギルドに出しに行くよ」

 

「……そっか。それなら早く行ってさっさと終わらせましょ」

 

ほとぼりが冷めたとはいえ、ギルドにはマスターを良く思わない奏官がまだ多くいる。

 

流石に暴力を振るわれることは無くなったけど、そんな場所にマスターを独りで行かせるつもりは無かった。

 

「ムリに僕に付き合わなくてもいいんだよ」

 

「勘違いしないで。外の空気を吸いたいだけだから」

 

つっけんどんな私に、マスターが優しく微笑む。

 

「ありがとう、レーヴァ」

 

「……違うって言ってるでしょ」

 

多分、私の考えは彼に見透かされているのだろう。

 

マスターの余裕ぶってる態度が癪に障ったので、後ろから抱きついて困らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターは優秀で、半日もあればその日の仕事を終えてしまう。

 

若くして優秀なマスターを妬んだ奏官は、私達インテグラルキラーズを庇った事を引き合いにして未だに批判してくる。

 

その反面、マスターは街に住む人達からは強く慕われていた。

 

残った半日を、街中の困り果てた人の為に使うお人好しだからだ。

 

それは今日とて例外ではない。

 

「……いつもこんなことしてたの?」

 

「週に何回か、かな?」

 

「あのさ、少しは私を頼ってよ。これでもキル姫だし、あなたよりも出来ることは多いと思うんだけど?」

 

「でも面倒くさがるでしょ?」

 

「それはそうだけど、指摘されるのは何かムカつく……」

 

ついでに若い街娘達にチヤホヤされる姿も、それを鼻にかけない……、というか全く気にしてさえいない態度を取っているのも少し腹が立つ。

 

「はぁ…、それで?どうしたらいいの?」

 

「手伝ってくれるの?」

 

「早く終わらせないと私の睡眠時間が削られるでしょ」

 

「そっか。じゃあ、この間請け負った手伝いもこの機に済ませておこうかな。……レーヴァ、いひゃい…」

 

早く帰りたいと言ってるのに、自ら労働を増やそうとするお人好しの頬をギュムっと軽く抓っておいた。

 

笑みを崩さない辺り、反省の色は全く見えない。

 

結局、日が落ちるまで私とマスターは街の仕事の手伝いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……、疲れた。誰かさんのせいで」

 

「レーヴァ、お疲れ様」

 

宿に戻って夕飯とお風呂を済ませ、マスターに膝枕をして貰いながらソファに寝転んだ。

 

「ご褒美は?」

 

「何の?」

 

「労働には対価があって然るべきでしょ」

 

「明日は休みだよ」

 

「それは元から」

 

「うーん、膝枕(コレ)じゃダメ?」

 

「それってマスターにとってのご褒美じゃないの?」

 

「ベッドで寝ればいいのに」

 

「……うるさい」

 

拗ねる私の機嫌を取る様に、マスターは指で私の髪を梳いていく。

 

それが思いの外心地良くて、もうこれでいいかと思い直した。

 

「やっぱりレーヴァは猫に似てるよ」

 

「ペットだって言いたいの?」

 

「え…、ぁ、そういう訳じゃ…」

 

マスターが顔を赤くし、珍しく狼狽えていたので悪戯心が湧いてくる。

 

「何想像してるのよ。ヘンタイ」

 

「うっ…。レーヴァが可愛いのに無防備なのも悪いと思う……」

 

彼の口から発された可愛いという言葉に、少し頬が熱くなる。

 

からかうつもりだったのに、気恥ずかしくなったので話を切り上げることにした。

 

「……別に、家族に甘えるのは普通でしょ」

 

「家族、かあ…。皆はどうしてるかな?」

 

それがインテグラルキラーズの皆の事を指しているのはすぐに分かった。

 

「送られてくる手紙を読む分には楽しく過ごしてるみたいだったけど?」

 

私の家族は皆幸せに過ごせている。

 

マスターが皆を各々の居場所に帰してくれたからだ。

 

そのせいでマスターは沢山の批難や暴力を浴びたというのに、一向に私に打ち明ける様子は無い。

 

きっと私に心配を掛けたくないとかそんな理由で教えるつもりは毛頭ないのだろう。

 

そう思い至ると少しだけ複雑な気分になった。

 

「……私達のこともそうだけど、あなたはお人好し過ぎ」

 

「そうかな?」

 

「私は家族の為なら何でも出来るけど…、アナタにとって出会ったばかりの私達は他人だったでしょ?少しは見返りを求めたら?」

 

「じゃあ、明日も街の手伝いをレーヴァに協力して貰おうかな」

 

「……ムカつく」

 

マスターがしてやったと言わんばかりの表情を浮かべていたので、困らせてやることにした。

 

「ちょ、れ、レーヴァ…」

 

「ん〜…?スキンシップだけど?」

 

身体を起こして背中に抱きついてやるとマスターは顔を赤くして狼狽えた。

 

そう、狼狽えているだけだ。

 

彼はヘタレなので、これだけアピールしても私の好意に気付く気配が無い。

 

やはり少し腹が立つので、その背中にムギュっと胸を押し付けて彼に無理やり意識させる。

 

「……れ、レーヴァ、これが見返りって言わないよね?」

 

「バレた?じゃあやっぱり要らない?」

 

「…………要らなくはないけど」

 

「……ヘンタイ」

 

それから暫くの間、彼の背中に抱きついたまま私の思い出を話して聞かせた。

 

パラシュやアルテミス、マサムネは堅物だとか、何故かロンギヌスから敬われてるとか。

 

ティルは意外と料理が出来ないとか。

 

「そういうレーヴァは料理できるの?」

 

「んー。人並みにならできるけど?」

 

「……僕と暮らしてから一度も作ってないよね?」

 

「面倒だから」

 

はあ…、とマスターが深く溜息をついたので、仕返しに首を甘く噛んでやった。

 

「そういえばさ。昔はあなたに付き合ってくれる物好きなキル姫が一人居たんでしょ?今度はマスターの話を聞かせてよ」

 

初めて出会った時から気になっていた疑問を軽い気持ちで訊ねると、マスターは少し困った様な表情を浮かべた。

 

「うん…。……でも、聞いてもあまり面白くない話だから」

 

「ふうん。ま、いいや…」

 

心なしかマスターが昔の話題を避けている様な気がしたので、それ以上触れないことにした。

 

「ふわあ……」

 

街の手伝いをして疲れたからか、いつもより早い時間に眠気がやってきた。

 

「レーヴァ、そろそろ寝る?」

 

「うん。今日はもう充電する…」

 

「あはは、了解」

 

ベッドには行かず、ソファにゴロリと寝転び、再び頭を彼の膝に預ける。

 

「僕が寝られないんだけど…」

 

「……充電中」

 

「レーヴァ、コーヒーでも飲む?」

 

「これから寝ようって時に何でコーヒーを勧めるのよ……。……熱いのがいい」

 

少しして、マスターがコーヒーを注いだ2つのマグカップをテーブルに置いた。

 

「お待たせ、レーヴァ」

 

「ん…、ありがと」

 

「レーヴァ、起きて」

 

ソファに寝転んだままマグカップに手を伸ばすとマスターに嗜められたが、生憎と眠気には勝てない。

 

「ヤダ。このまま飲む」

 

「寝ながら熱いのを飲もうとすると、口の中をまた(・・)火傷するよ?」

 

「………何の話?記憶に無いんだけど?」

 

「…………え?」

 

瞬間、マスターの表情が動揺に染まった。

 

それは、ただの記憶違いを指摘された反応では決してなかった。

 

「……マスター?」

 

「そう、だね。……ゴメン、僕の気のせいだ」

 

身体を起こして彼の顔を覗く。

 

そこには先程までの柔和な笑みは無く、陰りの差した表情だけが見てとれた。

 

どことない違和感に背筋がざわめく。

 

眠気は一気に吹き飛んでしまっていた。

 

「ははっ。……本当に、最低だ。それだけはしない様に気をつけてたのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……」

 

マスターは掌を自身の額に押し付け、自身を呪うように呟いた。

 

彼の悔恨に心当たりは無かった。

 

つい先程までは。

 

ーーー昔はあなたに付き合ってくれる物好きなキル姫が一人居たんでしょ?今度はマスターの話を聞かせてよ

 

ーーーうん…。……でも、聞いてもあまり面白くない話だから。

 

彼の話したくない過去。

 

彼の傍にかつて居た一人のキル姫。

 

私との存在し得ない記憶。

 

分からない筈もなかった。

 

「……ねぇ、マスターが昔、一緒に居たキル姫って……」

 

「……うん」

 

レーヴァテイン。

 

私ではない別の私(レーヴァテイン)が、マスターの嘗てのパートナーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

ーーーレーヴァテイン。僕はまだ新米の奏官だけど…、これから宜しく。

 

ーーー……あなたとは私のキラーズがたまたま適合しただけでしょ。あまり馴れ馴れしくしないで。

 

僕が奏官になって初めて会ったキル姫が、レーヴァテインだった。

 

彼女はぶっきらぼうで、初めの内は仲良くできるか不安だったのを覚えている。

 

そう、初めの内だけだ。

 

彼女の態度は不器用な優しさの裏返しだ。

 

初めての戦闘で魔獣に襲われる人を助けた時、僕はレーヴァテインにこっぴどく詰問された。

 

レーヴァテインが魔獣と応戦している間に、僕はその脇を駆ける様にして襲われた人を安全な場所へと逃したからだ。

 

ーーー闘ってる最中にチョロチョロしないで。全部私に任せればいいから。

 

ーーー君に全部押し付けて眺めるだけなんて、そんなこと出来ない。

 

ーーーそれであなたに死なれたら、私の寝覚めが悪くなるでしょ。

 

僕もレーヴァテインも頑固だから、喧嘩もしたし、口をきかないこともあった。

 

けれど少しずつお互いを認め合って、仲良くなって、気が付けば家族になっていたんだ。

 

ーーー君のこと、愛称で呼んでいい?

 

ーーー……別に。もう家族みたいなものなんだから好きに呼べばいいでしょ

 

ーーーうん。レヴァ(・・・)、宜しく。

 

ーーー……ん。

 

レヴァはとても怠惰で、面倒くさがりで、だけど僕にとっては妹の様な存在になっていた。

 

レヴァとの付き合いが二年を超える頃には、奏官としてそれなりに優秀だった僕は彼女と穏やかな日常を過ごせるようになった。

 

幸せだった。

 

レヴァがニ年前、黒い柱に呑まれて暴走するまでは。

 

それが終焉の影響によるものだと知らず、  

暴走したレヴァは他の奏官達に粛清された。

 

涙は出なかった。

 

たった一人しかいない大切な家族を失った苦しみに慟哭し、残酷な現実に打ちひしがれた。

 

昔の話だ。

 

インテグラルノア計画による騒ぎが終わり、そうして僕はインテグラルキラーズに出会うことになる。

 

その中にはレヴァと同じ容姿の少女が居た。

 

彼女達を救う決意をし、やり遂げ、そしてーーー。

 

ーーーお人好しなアナタはどうせ私を放っておけないでしょ

 

レヴァに似た少女から共に過ごすことを提案された。

 

分かってる。

 

同じ姿をしていても彼女とレヴァは別の人間だ。

 

レヴァと過ごした思い出を、目の前の彼女は持ち合わせていない。

 

分かってはいたんだ。

 

ーーーレーヴァ(・・・・)らしいよ。僕で良ければ、傍に居てほしいな

 

ーーーん…。しょうがないから養われてあげる

 

それでも僕は彼女と共に暮らすことを選んだ。

 

それがもういないレヴァへの未練だとは分かっている。

 

せめてレヴァと同一視しない様にと、彼女を別の愛称(レーヴァ)と呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

マスターの懺悔を聞き終え、私は俯いた。

 

私が今、当然の様に享受しているこの居場所は、元々別の私(レヴァ)のものだ。

 

容姿が似ている私がその恩恵にあやかっているだけ。

 

(レーヴァ)彼女(レヴァ)じゃないって分かっているのに…。自分にずっとそう言い聞かせてきたのに、君に彼女(レヴァ)の面影を重ねてしまってた。……本当にごめん」

 

私達(インテグラルキラーズ)を助けたのは、私が居たから?」

 

「……うん」

 

「……別の私(そのコ)のこと、大切だった?」

 

「大切な家族だったよ」

 

(レーヴァ)ではなく、大切な家族(レヴァ)に似た少女を救うためにインテグラルキラーズに手を差し伸べた。

 

その結果ギルドの反感を買い、多くの奏官を敵に回した。

 

マスターにとって彼女(レヴァ)がどれだけ大切な存在だったか、痛い程に分かってしまう。

 

……それなら、私は?

 

そう言いかけて口を噤んだ。

 

彼と共に居た別の私(レヴァ)に、私は敵わない。

 

マスターと別の私(レヴァ)の思い出に立ち入ることは許されない。

 

「……レーヴァ。失望した?」

 

「……そんな訳無いでしょ。キッカケはどうでも、私を助けてくれたのはあなただから」

 

「でも、僕は…」

 

「面影が重なったのだって、元は同じ人間なんだから仕方ないでしょ。…………今日はもう寝るから」

 

「……うん、おやすみ」

 

「おやすみ」

 

ベッドに横たわり、頭から毛布を被る。

 

その夜は、久しぶりに寝れない夜となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼のことが好きだ。

 

面倒くさいことは嫌いだけど、面倒事を厭わずに誰かへ手を差し伸べる彼のことが大好きだ。

 

素直に告白するのは恥ずかしいしガラじゃないので、抱きついたり膝枕を求めたりとアピールをしたけど彼は私の好意に気付かない。

 

いや、恐らくは気付こうとしていなかった。

 

ーーーははっ。……本当に、最低だ。それだけはしない様に気をつけてたのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……

 

別の私(レヴァ)と私を重ねない様にしていたのは、彼なりのケジメだったのだろう。

 

そういう律儀なところが凄く彼らしいと思う。

 

(……あれ?私、何にヘコんでるんだっけ……)

 

ーーー……別の私(そのコ)のこと、大切だった?

 

ーーー……大切な家族だったよ

 

(…………)

 

(……そっか。私、別の私(レヴァ)に嫉妬してたんだ)

 

別の私(レヴァ)ではなく、私自身を見て欲しい。

 

家族の様な関係ではなく、本当の家族になって欲しい。

 

そして、ーーー。

 

「ん……」

 

ムクリと身体を起こすと、カーテンの隙間から日が差していた。

 

朝6時。

 

隣のベッドを見やると、マスターはまだ眠っている。

 

「……絶対に見返してやるから」

 

惰眠を貪る暇はない。

 

密かな決意を胸に、睡眠の誘惑に抗いつつ朝食の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

ーーーレヴァ、コーヒー飲む?

 

ーーーん、ありがと。……っ。……熱いんだけど。

 

ーーー冬だからね。

 

ーーー……舌、火傷したかも。

 

ーーー寝ながら飲もうとするからだよ…。

 

レヴァは面倒くさがりで、昼寝ばかりしていた様に思う。

 

ーーーレヴァって料理できるの?

 

ーーーんー、秘密。

 

レヴァとの思い出の数々を夢に見た。

 

ーーー淘汰の影響はない?

 

ーーー大丈夫。もしも私が居なくなっても、あなたと過ごした思い出が消える訳じゃないでしょ。

 

大切だった。

 

何にも代え難い程に、本当に大切な家族だったんだ。

 

レーヴァと過ごす時間の中で、レヴァの面影が何度もチラついた。

 

思い出の中の彼女は、容姿は勿論のこと性格もレーヴァと同じだった。

 

明確に違うと言い切れるのは、(勘違いかもしれないが)レーヴァからは家族への親愛だけでなく、異性への好意らしきものを感じること。

 

レーヴァと過ごす毎日は幸せで、ふとしたやり取りにドキリとさせられる。

 

レヴァと同じ容姿の少女を、レーヴァを魅力的な異性として好きになってしまっていた。

 

…………本当に?

 

彼女(レヴァ)と同じ姿の少女に、これから彼女(レヴァ)と過ごす筈だった幸せを求めてしまっているのではないか?

 

レーヴァへの好意を自覚する度にそう思わずにはいられなかった。

 

レヴァとレーヴァに対して最低な行いをしている自分の浅ましさに吐き気がする。

 

レーヴァに僕の好意を悟られる訳にはいかない。

 

レヴァを忘れ、本当にレーヴァを好きだと言えるその時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、レーヴァが既に起きていた。

 

目の前に広がっている光景に驚愕し、目を見開く。

 

「…………」

 

珍しいのは否定しないが、前日の晩に早く寝た時は偶にある。

 

僕が驚いたのは、あの面倒くさがりのレーヴァが朝食を用意している真っ最中だったからだ。

 

「…………どうしたの?」

 

「……何よ。私がご飯作ったら悪い?」

 

「えっと…、悪くない、けど…」

 

髪をヘアゴムでポニーテールに纏め、エプロンを付けて料理をする姿にドキリとする。

 

「あまりジロジロ見ないでよ…。気が散るでしょ…」

 

「あ、うん。……ごめん」

 

僕に見つめられている事に気付いたレーヴァが、ほんのりと頬を赤くした。。

 

数分後、出来上がった朝食がテーブルに並べられた。

 

レーヴァがエプロンを脱ぎ、ヘアゴムを外してテーブルにつく。

 

「いただきます。……どうしたの?」

 

「あ、いや…。レーヴァと朝食を食べるのは初めてだったから」

 

「……私の話よね?」

 

「……うん」

 

ズキリと胸を刺す痛みを押し殺して、平静を装った。

 

こうしてレーヴァに気を遣わせている自分を情けなく思う。

 

「レーヴァ、昨日はごめん。もう二度としないから、いつも通りでいてくれた方が嬉しいかな」

 

「……そんなこと気にしてないからさ、早く食べてよ。せっかくのご飯が冷めちゃうでしょ」

 

「う、うん…。……いただきます」

 

急かされるままに、朝食を口の中へと運ぶ。

 

料理は人並みにしかできないとレーヴァは言っていたけど、味の方はとても美味しかった。

 

「……どう?」

 

「美味しい…。毎日作って欲しいけど、ダメ?」

 

「…………意味、分かって言ってる?」

 

ジト目を向けられたけどレーヴァの頬は少しだけ緩んでいた。

 

満更でもなさそうだった。

 

「そういえば、マスターは今日って予定ある?」

 

「特に無いよ」

 

昨日のことがあって、色々と心配していたけどレーヴァといつも通りに過ごせそうで内心ホッとしていた。

 

「なら、今日は私の用事に付き合ってよ」

 

「……レーヴァに、用事?」

 

「……うるさい。ばか」

 

理解が追い付かずオウムの様に聞き返すと、レーヴァは拗ねた様にボヤいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーヴァは朝食を食べ終えても呆然としたままの僕を隣街へ連れ出した。

 

動物園で動物と戯れ、公園でまったりしながらレーヴァが作ってくれた弁当を食べ、それから服屋に行って服を見て回った。

 

「マスター。この服はどう?」

 

「…………」

 

「……もう、何か言ってよ。そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなるでしょ」

 

黒のドレスを身に纏ったレーヴァはとても綺麗で、すぐには言葉が出なかった。

 

顔が熱くなって、心臓が煩くなって、何か言わないといけないと焦ってしまう。

 

「……えっと、すごくいいと思う」

 

「うん。ありがと」

 

語彙が乏しくて月並みなことしか言えない僕に、レーヴァがはにかむ。

 

柔らかなその笑みに、僕の心臓がバクと暴れだしていた。

 

目の前の少女にどうしようもなく惹かれている自分を自覚してしまう。

 

(……いけない)

 

かつて傍に居た少女とのもしも(・・・)を考えそうになる自身を強く戒める。

 

購入したドレスをそのまま着たレーヴァと自宅に帰り、晩御飯を振る舞って貰った。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末様。ねぇ、マスター。少し飲む?」

 

レーヴァは食器を片付け、グラスを取って訊ねてきた。

 

「レーヴァは飲んだらダメだよ」

 

「はいはい。これはマスターの分」

 

「僕はそんなにお酒飲まないんだけどな…」

 

「たまにはいいでしょ?」

 

お酒やグラスをテーブルに置き、隣り合う様にレーヴァとソファに座った。

 

手渡されたグラスに、レーヴァがお酒をなみなみと注いでいく。

 

そしてそのまま自分のグラスにもお酒を注いでいった。

 

「レーヴァ、ダメだってば」

 

「私、普通に二十歳越えてるんだけど?」

 

「身体は十代のままでしょ…」

 

「けち。一生飲めないじゃん」

 

「……少しだけだよ」

 

注がれたお酒は度数が低いのと、キル姫の代謝は常人よりも遥かに優れているので目を瞑ることにした。

 

「マスター、乾杯」

 

「乾杯」

 

グラスをカツンとぶつけ合い、お酒で喉を潤す。

 

レーヴァは一口含めると少しだけ顔をしかめた。

 

「ねぇ…。これ、おいしい?」

 

「慣れない内は美味しく感じないかもね。カクテルとかならジュースと味は変わらないんだけど……。お酒は初めてだったんだ?」

 

「別にいいでしょ。今まで飲む機会なんて無かったんだし…」

 

「お酒を飲むのも、デートに誘ってくれたのも、やっぱり僕が気を遣わせたのかな?」

 

それは失言だったのかもしれない。

 

レーヴァは僕から目を逸らして、深く溜息をついた。

 

「……違う。アルコールが入ったら、少しは話しやすくなるかなって思っただけ」

 

「……何を?」

 

「…………」

 

レーヴァは意を決する様に目を瞑り、グラスをあおった。

 

「んっ…、んく。はあ……。今から喋ることは、お酒のせいだから」

 

飲んだ量もお酒の度数も大したことないけれど、きっとそういう事にしたいのだろう。

 

僕は大人しくレーヴァの話を聞くことにした。

 

「初めてマスターと出会った時はさ、正直あなたのことをあまり信じてなかった」

 

「知ってるよ」

 

「ーーー私がマスターの後をつけてたのは知ってた?」

 

「え?」

 

思いもしなかった告白に、間の抜けた声が漏れる。

 

「平和とか皆のためとか、耳障りの良い言葉を並べる口先だけの連中が奏官だと思ってたんだけど…、あなただけは違った。私の家族の為に身体を張ってくれたことが、本当に嬉しかった」

 

「……それは、違うよ。僕は君の家族の為じゃなくて」

 

レヴァに似ていた君を助けようとしていただけーーー。

 

そんなことない(・・・・・・・)

 

続けようとした言葉をレーヴァに遮られる。

 

「……なんで、レーヴァは自信を持ってそんなことが言えるの?」

 

「だって、マスターは誰が相手でも助けるでしょ?半年も一緒に居れば嫌でも分かるってば」

 

レーヴァが僕の肩へ、ぽすっと頭を預けた。

 

「あの時は言えなかったけど、私の家族を助けてくれてありがと」

 

ありがと。

 

たったそれだけの言葉に僕は泣きたくなる程に救われていた。

 

「レーヴァ、僕は…」

 

「んっ…」

 

レーヴァの顔が僕の顔に寄る。

 

ふと頬に柔らかい感触が伝わった。

 

お酒で少しだけ湿った、彼女の唇の感触。

 

見るとレーヴァの顔は少し赤くなっていた。

 

「……言っておくけど、家族に対してのキスじゃないから」

 

その言葉は、僕に対する異性への好意を明確に伝えていた。

 

冷水を掛けられた様に現実に立ち戻る。

 

ーーーレーヴァ、僕は…

 

僕は先程、一体何を言おうとしてた?

 

(お前)にそんな資格はないというのに。

 

「…………ごめん」

 

「……ううん、分かってたから」

 

レーヴァは寂しげに微笑んだ。

 

レヴァ(あのコ)には勝てなかったか…。まぁ、あのコが二年、私が半年で年季が違うしね」

 

レーヴァは僕がレヴァに好意を抱き続けていると思ったのだろう。

 

「違う。そうじゃ…」

 

そうでは無いと、本当に言い切れるのか?

 

この後に及んでレーヴァに縋る浅ましい自分を自覚し、口を噤む。

 

「……いいよ。私は全部受け入れるから」

 

「……言えない」

 

「マスターが誰を好きだとしても、私の家族には違いないでしょ。家族の悩みくらい聞かせてよ」

 

レーヴァの優しさが疲弊した心に滲みていく。

 

「……分からないんだ。僕は君に酷いことをし続けてきた。君の好意を受け止める資格が、僕にはない」

 

気付けば胸の内で抑えつけていた辛さを吐露していた。

 

「……どういうこと?」

 

「………僕は君が好きだ。でも、どうしても…、レヴァの面影がチラつくんだ。僕の想いが本当に君だけに向けたものなのか、自信が持てない……」

 

「……ばか」

 

レーヴァが僕の頭をギュッと抱き寄せた。

 

「れ、レーヴァ……?」

 

「……本当はさ、レヴァ(あのコ)を残して幸せになる事を後悔してるんでしょ?」

 

「ーーーーーー」

 

自分でも気付いていなかった本心に触れられ、溢れ出した想いが涙となって流れ出した。

 

(そっか、本当は…)

 

これから僕が彼女(レヴァ)と過ごす筈だった幸せを求めてしまっていたのではなく、

 

「そうだ…。これから家族(レヴァ)が過ごす筈だった幸せを、僕は守りたかった…」

 

「うん」

 

「守れなかった。家族(レヴァ)はもう幸せにはなれない。家族(レヴァ)を残して一人で幸せに浸るなんて、出来ない……」

 

「うん」

 

涙と共に溢れ出る本心を、レーヴァは全て受け止めてくれた。

 

「僕は、幸せになっちゃいけない…」

 

「……そんなこと言わないでよ」

 

「でも、レヴァは…」

 

「淘汰をしてなくても、意思や記憶は継いでないとしても、元は同じ私だから。私もレヴァ(あのコ)にとってもきっと、ーーー」

 

ーーーだから、早く幸せになってよね。家族の幸せが私の幸せなんだから。

 

「ーーー家族(マスター)の幸せが私の幸せだから」

 

ふと、最後の夜にレヴァと交わした言葉を思い出した。

 

「多分、そう言うと思う。……都合が良いかもしれないけどさ」

 

「……そんなこと、ない」

 

今の僕を見たら、レヴァもきっとそう言ってくれると確かに思えた。

 

「……いいのかな?僕は、君を好きになっても」

 

「マスターが自分のことを許せなくても、代わりに私が……、私とレヴァ(あのコ)がマスターのことを許してあげるから」

 

「うっ…、ぁ…、ぁ…」

 

その晩、レーヴァの胸で僕は泣き続けた。

 

泣き終わるまで、レーヴァは黙って僕の頭を抱いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間も経つ頃には、お互いにいつも通り過ごせる様になっていた。

 

今朝もいつもの様にベッドでスヤスヤと眠るレーヴァを起こすべく、身体を揺すって呼び掛けた。

 

「レーヴァ、もう朝だよ」

 

「まだ朝でしょ…、寝る…」

 

「しょうがないなぁ…」

 

苦笑いを浮かべつつベッドに座り、毛布にモゾモゾとくるまるレーヴァの頭を優しく撫でた。

 

「……寝れないんだけど」

 

「起こそうとしてるからね」

 

「イジワル」

 

言葉とは裏腹にレーヴァは抵抗することなく気持ち良さそうに僕に頭を撫でられ続けた。

 

「……はぁ」

 

「起きる気になった?」

 

「……ムカつく」

 

レーヴァはのそりと身体を起こし、目を擦った。

 

寝起きでぼうっとしているのか、虚ろな目で僕を見つめ…

 

「……ん」

 

レーヴァは唇を僕の頬に押し付けてきた。

 

「あ…。れ、レーヴァ…?」

 

「いいでしょ、両思いなんだし。……そろそろ返事欲しいんだけど」

 

「ご、ごめん……」

 

少しだけ頬を赤くしてジト目を向けるレーヴァから目を逸らす。

 

心の準備をする為に告白の返事を一週間も待たせていた身としては酷く心苦しかった。

 

「両想いなのに足踏みする必要ないでしょ。……へタレ」

 

「ぅぐ…、そ、そうだね…」

 

意を決してゴホンと咳払いをすると、レーヴァの紅い瞳が僕を捉えていた。

 

幸せになることに、もう後ろめたさはない。

 

「レーヴァ。僕でよければ、ーーー」

 

何一つ飾らずに、目の前の愛しい少女への想いを言葉にした。

 

「……待たせ過ぎ。デートしてくれないと許さないから」

 

「うん」

 

「今回はちゃんとあなたがリードしてよね」

 

「任せて」

 

頬を緩ませて抱きついてくるレーヴァの背に手を回す。

 

「私もあなたのことがーーー」

 

聞けば背中がむず痒くなる様な言葉をお互いに耳元で囁きあった。

 

 

 

fin

 

 

 

 

 






このSSはアニバーサリーのレーヴァが可愛くてイチャラブ集にあげる為に書き始めましたが、余りにも前座が長い上にシリアスな感じの話になってしまったので別枠で供養することにしました。終わり方や内容に賛否両論あるかもしれませんが、たまにはこんなのもいいかな…とあげてみた次第です。
今回のSSとは別に(いつになるか分かりませんが)アニバーサリーのレーヴァとGWの長期休暇中にイチャイチャする話を書き進めていますので、イチャラブ集にあげた際は読んで頂けると嬉しいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EPILOGUE アロンダイト

ゆるりとに昔あげたロストラグナロク本編後におけるアロンダイトのSSです。





 

 

 

ふとしたとき思い返す。

 

肩を並べて共に戦った彼女のことを。

 

初めはナディア姫をケイオスリオンから取り戻すまでの協力関係だった。

 

それが旅を共にしている内に彼女の仲間になっていた。

 

彼女はお人好しだ。

 

他国の斬ル姫である私を信用し、自国を襲った斬ル姫に迷い無く手を差し伸べる。

 

そんな彼女に希望を見いだした。

 

彼女の考え方こそが、本当の意味での平等社会を実現させるのだと。

 

斬ル姫もイミテーションも、皆が平等に生きられる世界。

 

その理想を勝ち取る為に、国の命令に反し彼女と共に戦うことを選んだ。

 

それがトレイセーマの為になると、そう信じていたから。

 

しかし、私の想いが届くことはなかった。

 

トレイセーマに戻った私に待っていたのは、思想矯正施設エドゥーによる再教育。

 

識別系統B・02となり果てた私は、背中を預け合った戦友を騙し背後から斬りつけた。

 

彼女は私のことを信じきっていた。

 

自国の斬ル姫ではない私のことを信じてくれたのに。

 

私が彼女の信頼を踏みにじった。

 

今ここに居る私は、ただの抜け殻。

 

かつての誇り高き騎士、アロンダイト・獣刻・ユニコーンはもういない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ……!」

 

トレイセーマの首都グライヒハイツより少し離れた所にある森。

 

そこが私の修行場所。

 

今日もまた、雑念を払うように剣を振るっていた。

 

「…………」

 

静かに呼吸を整え、剣を鞘に納める。

 

「アナタも懲りませんね、梓弓」

 

「……気づいていましたか」

 

木々の間から梓弓が姿を現す。

 

「こうも連日会っていたら嫌でも分かります。何の用ですか?」

 

「アナタに会いに」

 

「冗談は結構です。またはぐらかすつもりですか?」

 

「用件を言えば、アナタは断るでしょうから」

 

最近はいつもこうだ。

 

私の行く先々で梓弓に会い、何をするでもなく別れる。

 

少しウンザリしていた。

 

「前向きに検討すると言えば、その用件を教えて貰えるのですか?」

 

「……引き受けてはくれないのですね」

 

「それは了承しかねます」

 

内容も聞かずに頼みを請け負うことはできない。

 

断るのが目に見えているというなら尚更。

 

「……これ以上良い返事は引き出せそうにありませんね」

 

だが、梓弓は観念したようだ。

 

「アロンダイト、もう一度トレイセーマの騎士となるつもりはありませんか?」

 

……確かにこの用件は断らざるを得ない。

 

「私は、もう二度と騎士を名乗るつもりはありません」

 

その資格が私にはないから。

 

「まだ気に掛けているのですか……?」

 

忘れられる訳がない。

 

「アルマス・妖精結合・ティターニアのことを」

 

あの時の後悔が、今も私を縛り付けている。

 

「かつてのトレイセーマは、平等という名の絶対的支配を強いる国でした」

 

多種族間での諍いを避ける為に、規律を逸する者に厳しい罰を与えた。

 

国の意向に反する者には、思想矯正施設エドゥーで心の自由を奪った。

 

トレイセーマに仇なす存在は、オーダーキラーズが全て始末した。

 

「上辺だけの平等社会、平和という名の鎖が皆の自由を奪っていました。梓弓、アナタは今のトレイセーマをどう思いますか?」

 

「……トレイセーマは変わりました。様々な種族の良いところを尊重しあう、本当の意味での平等社会に」

 

「私も同意見です」

 

今のトレイセーマには思想矯正施設エドゥーもオーダーキラーズの暗躍もない。

 

「トレイセーマが理想社会を実現した今、もう私の役目はないんです」

 

梓弓は何か言いたげだったが、その言葉を飲み込み控えめに微笑んだ。

 

「それでも鍛錬は欠かさないのですね」

 

「……ただの習慣です」

 

剣を振るうのは、何かに没頭していないと余計なことを考えてしまうからだ。

 

これはただの現実逃避。

 

私の嘘は梓弓に見抜かれていたのかもしれない。

 

控えめに笑った彼女の目に、憐れみの色が混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……梓弓、いつまでついてくるのですか?」

 

「帰り道が同じだけです」

 

梓弓は目を逸らしてサラッと答えた。

 

……もしかすると私は心配されているのかもしれない。

 

「……いつもより街が騒々しいですね」

 

「気のせいではないですか?」

 

梓弓のその発言に何か含むものを感じた。

 

「アロンダイト!」

 

「!!」

 

数ヶ月ぶりに聞く懐かしい声に心を揺さぶられる。

 

振り返るとそこには、私が裏切り傷つけた斬ル姫。

 

「久し振りね」

 

アルマス・妖精結合・ティターニアがいた。

 

「アル、マス……?どうしてトレイセーマに?」

 

「えっと説明すると、ギルが外交官になってるんだけどトレイセーマの会談で外交官として今日行くにあたって1人だと危ないから護衛として私とティニが同行するようにオベロン様に頼まれて普段はモラベガが付き添いなんだけど…」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「どうしたの?」

 

「端的に言ってください」

 

「言ってるでしょ!」

 

アルマスは相変わらず口下手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーー

 

梓弓の協力で、アルマスの言いたいことを何とか理解することができた。

 

街がざわついていたのは、ティルヘルムからの使者が来るとの噂が流れていたからみたいだ。

 

「アルマス、アナタはギルの護衛でトレイセーマに来たのに迷子になってしまったということですね」

 

「ギルとティニが迷子になったの」

 

「……変な所で強情ですね」

 

意地っ張りなアルマスに梓弓は呆れている。

 

「護衛なら早く合流した方がいいのでは?」

 

「え?」

 

「ん……、そうね。名残惜しいけどティニ達が心配だし、私はそろそろ…」

 

「ま、待ってください!」

 

気がつけばアルマスの腕を掴んで、引き止めていた。

 

「私がギルに手を上げ、アナタを騙し、傷つけたことを謝罪させてください」

 

「良いわよ、そんなこと。ギルももう気にしてないわ」

 

……そんなこと?

 

「何を、言ってるんですか……?私はアナタを裏切ったんですよ!」

 

「エドゥーで再教育されてたから、でしょ。そんなのは裏切った内に入らないわ」

 

そんなの。

 

あの日の出来事に対するアルマスの考え方に、温度差を感じる。

 

ーーーダメだ。

 

アルマスは気にしないと言ってくれている。

 

だから、これだけは尋ねてはならない。

 

「アルマス、あなたは……」

 

聞けば、きっと後悔する。

 

そんな予感があった。

 

あったのに。

 

「私に裏切られたことを、どう思っているのですか?」

 

止められなかった。

 

裏切りを許すことなんて、私には到底できない。

 

洗脳されていたという理由があったとしても「そんなこと」の一言で片付けられない。

 

「私は……」

 

アルマスが視線を逸らして言い淀む。

 

それでも、意を決し、私に目を合わせてハッキリと告げた。

 

「私が至らないばかりに、アナタにつまらない負い目を感じさせた」

 

「アナタにあんな真似をさせたこと、後悔してる」

 

アルマスの表情は真剣そのもので、

 

それが彼女の本心だということは疑いようがなかった。

 

「…………」

 

「……ちょっと辛気臭い話になったわね。ティニ達が待ってるからもう行くわ」

 

ギル達と合流する為に、アルマスはその場を去っていった。

 

再び呼び止めることはできなかった。

 

ーーー私が至らないばかりに、アナタにつまらない負い目を感じさせた。

 

アルマスが至らない?

 

そんな訳がない。

 

本気で言ってるなら、それはただの傲慢だ。

 

ーーーアナタにあんな真似をさせたこと、後悔してる。

 

私が裏切ったのは、私の心が弱かったからだ。

 

アルマスが後悔するようなことじゃない。

 

そう、本来なら。

 

「…………滑稽、ですね」

 

温度差の正体。

 

アルマスにとって、私は戦友ではなく。

 

護られる側の存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜は、トレイセーマの宿で寝泊まりすることになった。

 

ベッドに寝転び、考え事にふける。

 

ーーー私に裏切られたことを、どう思っているのですか?

 

あの問いに答えた時のアロンダイトの表情を、未だに忘れられずにいた。

 

「…………アロンダイト」

 

私にとって、アロンダイトは……

 

「アルマス、お客さんが来ましたよ」

 

ティニに呼ばれ、思考を打ち切る。

 

「私に?」

 

扉を開けると、そこにいたのは意外な客人だった。

 

「……梓弓?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

かつての記憶。

 

アルマスと共にケイオスリオンへ向かい、

 

ハルモニアへ同行し、

 

またケイオスリオンに戻って。

 

トレイセーマで再会した。

 

そして。

 

ギルに手を上げ、アルマスを騙し、傷つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

最悪の目覚め。

 

雑念を払う必要がある。

 

今日も剣を振るうべく、修業場所へ向かう。

 

修業場所には既に人がいた。

 

「アルマス……?どうしてアナタが……」

 

よく見るとティターニアやギルも傍に控えていた。

 

「ただの野暮用よ。アロンダイト、アナタに決闘を申し込む」

 

突然の申し出に思考が固まる。

 

「アルマス、何言ってんだ!?」

 

「ギル、大切なことなの。黙って見てて」

 

ギルが慌てた様子でアルマスを諌めるが、彼女の決意は固い。

 

「……私達が戦う理由なんてない筈です」

 

「私にはある。勝負に乗れないなら、もう剣は捨ててしまいなさい」

 

「言ってくれますね。何のつもりかは知りませんが、そんな挑発には……」

 

「逃げるの?まぁ、仕方ないわね。アナタはもう騎士じゃないんだから」

 

その言葉に、胸が強く痛んだ。

 

「アルマス、アナタには関係ないことです」

 

「本気で言ってるの?」

 

「……えぇ」

 

アルマスは唇を噛み締める。

 

「もう、いい。構えないなら、こっちからいくわ」

 

次の瞬間、アルマスの手元に剣が顕現され、

 

「!!」

 

私は自身の剣でアルマスの剣戟を捌ききった。

 

「アルマス!何を!?」

 

「アナタが分からず屋だからよ!」

 

再び斬りかかってくるアルマスに、真っ向から剣を振るい、鍔迫り合う。

 

「……この程度なの?昔のアナタはもっと強かった!」

 

アルマスの力に少しずつ押されていく。

 

力比べではアルマスに分があるようだ。しかし、

 

「それは、勘違いです!」

 

アルマスの剣を受け流し、がら空きの背中に蹴りを見舞う。

 

ーーー速さは私の方が上だ。

 

そう考えた刹那。

 

「甘い!」

 

アルマスは蹴り飛ばされた不安定な姿勢のまま、手をかざし氷弾を放ってきた。

 

身を捻り、氷弾をかわすが

 

「はあああ!!!」

 

体勢を立て直したアルマスに、大上段から剣が振るわれる。

 

「ぐっ……!」

 

咄嗟に飛び退き、事なきを得る。

 

不倒不屈の剣、それがアルマス。

 

彼女の眼は真っ直ぐ私を捉えていた。

 

「もう一度言うわ。アロンダイト、今のアナタは理想を追ってた頃のアナタより遥かに弱い」

 

「剣を交えた今ならわかる。どれだけ腕を上げようと、アナタの剣には心が伴ってない」

 

「アロンダイト、平等社会の実現はどうしたの?」

 

「!?」

 

それは、かつて自分が思い描いていた夢。

 

「……実現、したんです」

 

今のトレイセーマに暗い陰はない。

 

「トレイセーマは、斬ル姫も常人も、皆が平等に生きられる国になりました」

 

本当の意味での理想社会になったのだと、心の底から信じている。

 

「夢は、叶ったんです……」

 

だから後悔なんて、ない。

 

だけど、アルマスは納得しなかった。

 

「夢が叶ったっていうなら、どうしてそんな辛そうにしてるのよ!」

 

「それは……」

 

「確かに平等社会は実現したのかもしれない。でも、それがどれだけ脆いものなのか知らないアナタじゃない筈よ……!」

 

「この平和を誰かが守っていかないといけない!そうでしょ!?」

 

そんなこと、分かってる。

 

「……でも、私にはその資格がないんです」

 

「私が、アナタを裏切ったあの日から」

 

仲間を裏切る人間が、国を護る者として必要とされることは決してない。

 

それが、私が騎士をやめた理由。

 

「この……絶バカ!」

 

「ティニ、アロンダイトの目を覚まさせるわ!一気に畳み掛ける!」

 

アルマスの背中から、蝶のような形状の蒼い翼が形成される。

 

これが、アルマスの本気。

 

「ーーー行くわよ、アロンダイト」

 

「!!」

 

声をかけられた次の瞬間には、目の前に剣を振りかぶっているアルマスがいた。

 

ーーー速い!

 

「ぐ……!」

 

彼女の一撃を剣で受け止めるが、踏ん張りがきかず吹き飛ばされる。

 

追撃を逃れる為に、すぐさま受け身をとるが、

 

「遅い」

 

背後から掛けられた声に、全身が総毛立つ。

 

ーーー間に合わない!

 

振り向くこともせず、そのまま前方へ跳ぶ。

 

先程まで自分がいたその場所は、アルマスに切り払われていた。

 

「ハァっ……!ハァ……!」

 

力比べでは彼女に分がある。

 

今となっては、速さも圧倒的に彼女の方が上だ。

 

思い知らされるアルマスとの実力差。

 

満身創痍の自分に対し、アルマスは息一つ乱していない。

 

その余裕からか、アルマスは戦いの最中にも私を問い詰めていく。

 

「誰かを護るのに資格が必要だなんて本気で思ってるの!?」

 

「アナタの夢は……、たった一度の失敗や挫折で諦めるようなものだったの?」

 

「……たった一度?」

 

怒りで頭が沸騰していく。

 

その言葉を、アルマスから聞きたくはなかった。

 

「そのたった一度で、取り返しのつかないことを私はしたんです!!」

 

「他国のキル姫である私を、アナタは信じてくれた……。本当に……、本当に嬉しかった!!」

 

「なのに、私は……」

 

例えアルマスが許しても、私は私を許せない。

 

「……無神経なことを言ったのは謝る」

 

「でも、私もギルもこうして無事でいる!取り返しのつかないことなんてない!!」

 

「!!」

 

アルマスのその言葉に、どれだけ救われたのだろう。

 

アルマスは、私を糾弾するために決闘を申し込んだのではなく。

 

「まだ、騎士に戻るつもりにはなれないの……?」

 

私を励ますためのものだった。

 

「ごめんなさい、アルマス」

 

「騎士に戻りたい気持ちは、あります。……でも」

 

この決闘で思い知らされた。

 

「トレイセーマを護るには、力が足りない。私は、余りにも…………弱い」

 

私がどれだけ望んでも、きっとアルマスには届かない。

 

いや、オーダーキラーズの足元にさえ及ばないのだろう。

 

だというのに。

 

「ーーー馬鹿にしないで」

 

「アロンダイト・獣刻・ユニコーンは、理想を求める誇り高き騎士よ」

 

「アロンダイト、例えアナタでも、私の戦友を馬鹿にすることは許さない」

 

こんな私を、アルマスは認めてくれた。

 

「長い旅の中で、共に戦ってきた」

 

「零装支配されていても他国の人間に手を差し伸べることを厭わなかった」

 

「例え命令に背くことになっても、自国の理想の為に自分を貫いた」

 

信じてくれた。どこまでも真っ直ぐに。

 

「そんなアナタを、弱いだなんて言わせない!」

 

きっと、アルマスはそれを伝える為だけに勝負を持ち掛けたのだろう。

 

言葉だけでなく、剣に乗せた想いを通して。

 

「……私も人のことは言えませんが、アナタも大概不器用ですね」

 

「今更でしょ?」

 

そう言って、アルマスは微笑んだ。

 

「どうして、そこまで私を信じてくれるのですか……?」

 

「そんなの決まってる」

 

「私が初めて背中を預けた仲間が、アナタだからよ」

 

決闘の途中だというのに、自然と笑みがこぼれた。

 

「信じます」

 

「自信がないんじゃなかったの?」

 

勿論、そんなものはない。

 

「私を信じてくれる、アナタのことを信じると決めたんです」

 

剣を構えて、目を閉じる。

 

私が思い描く強さ。

 

真っ先に思い浮かぶのは、アルマスの姿で。

 

あぁ、そうか。

 

アルマスの強さは絆だ。

 

もう大丈夫。必要なのは覚悟だけ。

 

だって今の私には信じてくれる人が、アルマスがいる。

 

どこまでも、真っ直ぐに。

 

今までの弱い自分に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルマス、あれは……」

 

ティニが驚きの声を上げる。

 

アロンダイトの身体が淡い光に包まれていく。

 

「綺麗ね」

 

そして、それ以上に彼女の剣は強い輝きを放っていた。

 

「アロンダイトの覚悟が位階〈クラス〉を引き上げた。……手強いわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルマス、アナタの想いに応えさせてください」

 

「えぇ、仕切り直しね」

 

互いに大きく息を吸い、神経を尖らせる。

 

次の相手の一手を見落とさないように。

 

「行くわよ!」

 

仕掛けたのはアルマスだ。

 

アルマスは氷弾を放ちながら、猛スピードでこちらに接近する。

 

氷弾を最小限の動作で回避しながら、アルマスの元へ駆けていく。

 

互いの剣が鍔迫り合い、轟音が鳴り響く。

 

「流石ね!」

 

「この程度では、ありません!」

 

剣に力を込め、アルマスを吹き飛ばす。

 

剣が放つ輝きは更に強くなっていた。

 

「完全にこちらが力負けしています!アルマス、スピードで翻弄して……」

 

「そんな小細工、アロンダイトには通じないわ。私達の持てる力の全てをぶつける!」

 

アルマスが大きく距離をとった。

 

スピードを推進力にして、全力の一撃を放つ為に。

 

上空にいる好敵手を見据える。

 

次の一振りで勝敗は決する。

 

「ありがとう、アルマス」

 

蒼い蝶と光り輝くユニコーン。

 

両者の全力が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一振りの剣が宙を舞う。

 

「私の……」

 

私の手元に、剣はない。

 

「……私の完敗ですね」

 

弾かれたのは、私の剣アロンダイト。

 

アルマスは自身の剣を強く握りしめていた。

 

「完敗、ね……」

 

アルマスの剣から鈍い音が鳴る。

 

刀身には亀裂が入っていた。

 

「よく言うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルマスとの決闘を終え、帰宅する前に梓弓の部屋を訪ねた。

 

話さないといけないことが沢山ある。

 

「珍しいですね、アロンダイトが私の部屋に来るのは」

 

「アルマスと決闘をしました」

 

「……どういう経緯でそんなことに?」

 

「まぁ、いろいろです。……完敗でした」

 

「その割には清々しい顔をしてますね。悩みは晴れましたか?」

 

「お陰さまで」

 

そこで、梓弓が自分をジッと見つめていることに気づいた。

 

「……妬けますね。私が何を言ってもアナタは立ち直らなかったのに」

 

そう言って、少し頬を膨らませている彼女が可愛らしかった。

 

「だから、アルマスに話をしたのでしょう?」

 

「気付いてたのですか?」

 

「アナタとも長い付き合いですから。だから、その……、ありがとうございます」

 

照れてしまい、視線を逸らしながら礼を言う。

 

「ふふっ」

 

梓弓はクスクスと笑っていた。

 

「な、何かおかしいですか?」

 

「ごめんなさい、アロンダイト。私にそういった一面を見せてくれるのが嬉しくて」

 

「えっと……?」

 

よく分からなかったが、梓弓は満足そうなので特に言及はしなかった。

 

「それで、私にお礼を言うためにわざわざ来てくれたのですか?」

 

「それもありますが……。もう一つ、頼みたいことがあるんです」

 

アルマスのお陰で、もう一度頑張ってみようと思えたから。

 

理想を叶えるためではなく、今度は理想を護っていくために。

 

「トレイセーマの騎士になるという話、今からでも間に合いますか?」

 

梓弓はしばらくキョトンとしていたが、すぐに笑顔で、勿論です、と答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティルヘルムへ帰っている途中、ギルがボソッと呟く。

 

「まさかアルマスが負けるなんてなぁ」

 

「私は負けてないわよ!……勝った訳でもないけど。それよりティニ、どうしたの?」

 

ティニが何か言いたげだったので、声をかける。

 

「アルマス、どうしてデウスの力を使わなかったのですか?」

 

「ん……、アルマス、全力じゃなかったのか!?」

 

「全力だったわよ。デウス・エクス・マキナとしての力は確かに使ってないけど」

 

デウスの力は繋がる力。言い返せば、皆の力だ。

 

私が個人で振るっていい力じゃない。それに。

 

「あの決闘はアルマス・妖精結合・ティターニアとして、挑んだものだから」

 

決して、デウス・エクス・マキナとしてではない。

 

ティニは納得したのか、満足そうだった。

 

「アルマスも、うかうかしてられませんね」

 

「ティニ、小言はいいから!早く帰るわよ」

 

そう言いつつどこか嬉しそうなアルマスに、ギルとティニは笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで勝ったなんて言える程、図々しくなれないわ」

 

決闘の直後、刀身に亀裂が入った自身の剣を見つめて、アルマスはそう言った。

 

「それでも、やはり私の完敗です」

 

「引き分けでしょ、どう見ても」

 

「それ以前の問題です。心の上でアナタに、いや、自分に負けていた」

 

私がここまでやれたのは、アルマスのお陰だ。

 

この恩を、私は絶対に忘れない。

 

だから、今度は。

 

「アルマス、アナタが道を違えた時は私が目を覚まさせます。……約束です」

 

「うん、頼りにしてる」

 

アルマスが差し出した手をとり、握手をする。

 

「違う!」

 

「え?」

 

…………怒られた。

 

「小指を立ててたでしょ!指切りよ!指切り!」

 

「ゆ、指切り?」

 

不穏な言葉に、思わず聞き返してしまう。

 

「……知らないの?まぁ、私も昨日梓弓に教わったんだけど」

 

「その指切りというのは……?」

 

「大切な約束をする時に、互いの小指を結ぶんだって」

 

アルマスと小指を絡ませる。

 

「それじゃ約束ね」

 

「はい、今度は私がアルマスを助けます。それまでは……」

 

「もう一度騎士として、トレイセーマを護っていくことを誓います」

 

私の心の中に識別系統B・02はもういない。

 

誰よりも自分を信じてくれた彼女に報いよう。

 

誇り高き騎士、アロンダイト・獣刻・ユニコーンとして。

 

戦士、アルマス・妖精結合・ティターニアに強く誓った。

 

 

 

Fin

 

 

 

 

 







最後まで読んで頂きありがとうございました!




目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。