深緑閣下は強い奴に会いに行く (CanI_01)
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石と緑
2075年 英国 ウェールズ地方 カーリアン ネオネット カーリアン研究所
ウェールズ地方第三の都市、ニューポートの北東にあるカーリオン。
かつては古代ローマの遺跡を観光資源とした風光明媚な観光都市だった。
特に観光の目玉であるイスカオーガスタと呼ばれる古代ローマの要塞遺跡はアーサー王伝説で名高いキャメロットの比定地の1つでもありアマチュア歴史学者が多く訪れ議論百出しそれがまた人を呼ぶそんなのどかな都市だ。
今でも歴史的な価値こそ目減りしないものの現在この街には新しい目玉が生まれている。
それこそがネオネットのカーリオン研究所。
かつてはトランシスニューロネットの研究所であった存在がネオネットとの合併により社名の変わった存在。
それは古代ローマの円形劇場遺跡の上に建造され古代の歴史と最先端の技術の融合する場所。
現在も観光客の受け入れは行われており、ネオネットのイメージ戦略としての研究所の一般開放も行われている。
この為に観光客の動きは変わらず、ビジネスユースが増えた。
カーリオンの人々にとって大きな変化はないと言えるだろう。
緑に苔むした古代ローマの円形劇場が静かに佇んでいる。
外部と内部を遮る明確な塀などは景観を優先し設置されていない。ただ、ネオネットの所有地に入った際にポップアップする警告ARだけがその領域指し示している。
もちろん、観光地として人の入ることのできる土地だ。その警告も店舗に入った際に表示されるような穏当な代物だ。多くの者がそれを見ても警戒心など持たないだろう。
ましてや視界に映るのはのどかな古代の円形劇場だ。誰がここをビッグ10たるネオネットの誇る最先端研究施設であると考えるだろうか。
この古色蒼然とした古代遺跡が現代の再建であると見抜ける者がどの程度いるだろうか。
2013年、この遺跡の地下から鈍い銀色の鱗を持つ一体のウエスタンドラゴンが大地を吹き飛ばし地上に姿を現した。その時いた数少ない観光客を恐怖のどん底に叩き落としたが幸いなことに死者はなく、ドラゴンも良識的な存在であった。
そのドラゴン、グレートドラゴン、セレディは周囲の遺跡を買い上げ復興を行った。
2044年にはマトリックス研究に力を入れるセレディによってトランシスニューロネットの研究所がこの円形劇場の横に移転され現代にいたる。
その研究所の外観は古代ローマ風にまとめられており景観を維持している。その見かけから最新鋭のサイバーウェアとマトリックス技術を開発する企業の研究所をイメージすることは不可能であろう。
そんなのどかな田舎町にぶらりと歩み寄る男性が1人。
特に荷物もなく健康のために近所を散歩していると言わんばかりの自然体だ。
違和感を感じるのであればその男性、トロールの肉体がはちきれんばかりの筋肉に覆われていることだろうか。
貧弱な肉体を持ったトロールなど存在しない。故にこそ自身の限界まで肉体を鍛え上げたトロールも酷く珍しい。
鍛えるまでもなく他のメタヒューマンを圧倒できる肉体を持ちながらストイックに肉体を鍛え続けることができる者はあまりにも珍しいのだ。
影の世界に生きるものであれば自らの肉体を鍛えるよりも身体改造を行うほうが手早い。極限まで肉体を鍛えるとは趣味であり凝り性の芸術家の所業とと言えるだろう。
そんなマニアックな存在がちょっとした散歩と言わんばかりにネオネットの敷地内を歩いている。
一見無警戒に見えるイスカオーガスタだが厳重なセキュリティは施されている。
監視カメラに監視ドローン、そして精霊。行動解析を行うことでメタヒューマンの目を通さずに不審者をピックアップするプログラムなどだ。
致死的でこそないが、決して油断はしていない。ここはそんな場所なのだ。
当然不審なトロールは要警戒人物としてシステムは警報を発するが地上はのどかなままだ。
トロールはのんびりと歩き円形劇場に向かい大地を踏み鳴らし首をかしげる。
警備部隊がそろそろ事情を聞きに行くべきかと迷い始めた辺りで彼は1つ頷き隣のネオネットの研究所を目指す。
研究所の1階ではネオネットの最新技術を紹介する博物館となっており誰でも入ることができる。
とはいえ、不審者が向かってくる状況だ。警備員としては警戒度を引き上げることとなる。
男は展示エリアに目もくれず研究所の受付を目指す。
受付にはこの時代にも関わらずエルフの男性が座っている。
当然の受付男性にも警戒指示は出ている。
しかし、彼はそのうえでほがらで親しみやすい対応が求められているのだ。
そのようなエキスパートであってトロールが近づくまで全く観察が行えていなかった。そのあふれんばかりの筋肉とその脅威度にばかり目が行き、顔も何も見えていなかった。
その男は短く金髪を刈上げ頭の左右には捻じれながらも天に向かって伸びる角、全てを射貫くような鋭い緑の瞳、そしてこぼれんばかりの筋肉。
その身を包む衣服はイーボのトロール用エグゼクティブスーツだ。ただ、そのスーツは可動性を担保するために通常のスーツよりも柔軟な生地を使用している。
そのデザインはしばしばボディガードなどフォーマルな装いで荒事を行うことが多い職業人が好んで身に着ける。
すでに受付男性の警戒は最大値だ。
そんな男の警戒心を知らぬげにトロールは受付に無造作に近づき声をかける。
「ウインドマスターに会いに来たのだが、取り次いで貰えるかね。」
ひどく老成した口調。自身を知らぬはずがないという不可思議な程の自信。
受付男性は画像照会プログラムを走らせるがヒット数はゼロ。すくなくともネオネットとしての要人ではないようだ。
狂人かエグゼグか。確かに彼が身に着けるスーツは一級品であり、狂人が身に着けることのできる代物ではない。
「失礼ですが、こちらの事業所にはウインドマスターと言う者はおりませんでして。弊社はネオネットですがお間違いではございませんか?」
内心の焦燥を隠しながら穏やかに失礼がないように言葉を返す。
「おお。君たちの名前は違うのだったな。何と言ったかな。」
こつこつと受付の天板を叩く。思い出すときの癖なのだろうか。
「そう。そうだ。セレディ。セレディという名のはずだ。セレディならいるだろう?」
受付男性の背筋に嫌な汗が流れる。セレディは確かにいる。確かにいるうえに、全社員がその名前を知っている、そして普通は呼び捨てになどできない。
「セレディはおりますが弊社の開発責任副社長ですが間違いございませんか。」
「おお、そやつだ。間違いない。」
今日のセレディの予定は技術開発とだけ書かれており当然のようにアポイントは入っていない。
最近の彼はひどく忙しそうにしている。噂ではCEOのリチャード・ヴェイラーからの連絡すら無視しているらしい。
それでも問わねばならないのが受付の仕事だ。
「失礼ですがお約束がおありですか?」
トロール男性は首をかしげる。問われている意味がわからないのかのように。
「いや、約束はしていないが。ああ、名乗っていなかったのだな、セレディに伝えてもらえるかヴァストグリーンが来た、と。すぐにわかるはずだ。」
受付男性は彼を狂人と認定した。
ビッグ10の一角たるネオネットの開発責任副社長であるグレートドラゴンで引きこもりマトリックスオタクが予定にない相手に会うわけがない。
それにも関わらず旧友のようにいう男は間違いなく狂人だろう。
やんわりと断ることにする。
「大変申し訳ございません。セレディはお約束のない方とはお会いしません。お引き取りをいただけませんでしょうか。」
ひとつ頷くヴァストグリーン。
「ふむ。ならば仕方あるまいな。」
想像以上に物わかりの良いヴァストグリーンの態度に受付男は静かに安堵の吐息をもらす。
「まかり通らせて貰うぞ。阻止したければ力づくで来るがいい。ウインドマスターの眷属として殺さぬように手加減はしてやろう。」
その言葉と共にヴァストグリーンはゆったりと奥に向かって歩みを進める。
その歩みは王者のように鷹揚であり威厳に満ちたものだ。
唖然としつつも男性はセキュリティスイッチを入れる。直ちにカーリアン研究所全館は警戒態勢に移行する。
本来不審者1人の為に行うには大仰な対応である。しかし、ヴァストグリーンはセレディを名指しにしている。未だに反ドラゴン感情はくすぶっているのだ。慎重すぎても問題はあるまい。
もちろん、この研究所の最大戦力はセレディだ。
しかし、だからと言って不審者を素通しにして良いわけがないだろう。
ネオネット
サイバーウェアやワイヤレスネットワークなどの技術に定評のあるビッグ10の一社。
トランシスニューロネットはネオネットを構成する1社。
セレディ
グレートドラゴン。
トランシスニューロネットの大株主であったがノヴァテックと合併しネオネットの大株主となります。
マトリックスオタクでドラゴンが直結できるサイバージャックの開発に血道をあげている。
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カーリオン研究所 一層目
ビッグ10の敷地内である以上当然治外法権がある。
つまりヴァストグリーンのような人物を射殺しても何ら問題はない。
問題がないが、即座にミリグレードアーマーに身を包んだ部隊が展開されるかというと、そんなことはない。
最大の問題はこのフロアは一般公開されている為社外の人間がいるのだ。
そういった人々の安全を確保しなければ法律上は問題はなくとも世間は許しはしないだろう。
次の問題はコストだ。
全ての弾丸が相手に当たるわけではない。外れた弾がどうなるかというと、人もしくは物に当たるわけだ。
物なら修理費が、人なら賠償金が発生する。
これは面白くない。
ましてや今回は重武装のランナーが襲撃を仕掛けてきたわけではないのだ。
ただ、少々頭の緩いトロールが不法侵入をしただけだ。
通常の平和的なセキュリティスタッフで制圧し警察に引き渡せばよい。
体格こそ良いが人数を揃えて対応をすれば銃を使うまでもないだろう。
それが警備スタッフの総意であった。
ゆえに研究所の外部及び1層目を警備するメンバー20人は制圧武器としてスタンバトンを持ちヴァストグリーンの元を目指した。
それ以外のスタッフは来客の誘導、入口の閉鎖などの二次災害の防止に向かっている。
相手は体格の良いトロールとは言え1人。
警備員が多少の怪我こそあれどたやすく制圧できるだろう。
誰もそれに疑いは持たなかった。
とはいえ、現在でこそネオネットの看板を下げているが、ここは元々はトランシスニューロネットの総本山だ。そこのセキュリティスタッフの練度が低いはずもない。
何かあればセレディが蹴散らすのだが、彼らなりにオタクドラゴンには敬意を払っており無駄なリスクは払ってほしくない。
ましてや、大本営であるセレディが出馬するようなら、彼らの存在価値はない。
故にこそ、彼ら油断なくヴァストグリーンを取り囲み一斉に襲い掛かる。
ヴァストグリーンはその動きを微笑ましく眺めながら滑るように近づいていく。
一瞬ヴァストグリーンの肉体が膨らんだように警備員達は錯覚した。
そして、無造作な動きで手近な警備員を掴むと背後にいる別の警備員に叩きつける。
投げられた者も叩きつけられた者も負傷で動けなくなっている。
仲間があっさりとやられたにも関わらず警備員達の間に動揺は見られない。
一般警備員とは言え十分精鋭と言えるメンバーだ。
彼らは当初の予定通り同時にヴァストグリーンへとスタンバトンを振り下ろす。
その動きも想定通りなのかヴァストグリーンは1つ頷き無造作に足を振り上げ、大きく振り回す。
その足に当たると警備員たちはまるで紙人形であるかのように大きく弾き飛ばされる。
サイバー化も覚醒もしていないとは言え実践的な警備を生業として生きてきた精鋭達がである。
ヴァストグリーンの筋力は通常のトロールの限界を超えているとしか考えられない。
警備員達の間で無音の会話が飛び交う。
「サイバー化はしていないはずだが。」
「覚醒者か。これは近接戦闘では分が悪いぞ。」
全体指揮を執るスパイダーから指示が飛ぶ。
「避難が完了した。銃の使用を許可する。」
ヴァストグリーンを包囲し接近しようとしていた警備員達は距離を取りアレスアルファを構える。
サイバー化こそしていないもののセレディが趣味で組んだパーソナル戦術システムによる情報同期とスパイダーによる指揮が行われている。
同士討ちを避けたうえで無駄のない布陣だ。
10人以上でのバーストファイヤ射撃による弾丸がヴァストグリーンに降り注ぐ。
いかにアデプトであろうとこの量だ当たれば命に関わるだろう。
すでに警備員達には穏当に退去をさせることを諦めている。
しかし、ヴァストグリーンはまるで全ての弾の動きを理解しているかのように落ち着いた動きで弾丸を避けていく。弾丸自体がヴァストグリーンを避けているのかと誤解するような光景だ。
ヴァストグリーンは全ての弾丸を回避したうえでゆったりと近づき相手を1人づつ打ち倒してゆく。
1分もかからず警備員達は全て沈黙した。
驚くべきことに死者はいない。すぐに治療すれば後遺症すら残らないだろう。
にも関わらず、完全に戦闘能力は失われている。
まるで暴威のような戦闘力だ。
そんな彼らにヴァストグリーンは一言声をかけ奥へと進んでいく。
「なかなか良い気構えだったな。精進すると良かろう」
ただ、その場には苦痛と絶望だけが残されていた。
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カーリオン研究所 二層目
一層目、二層目と言う違いは管理上の名称に過ぎない。
部外者の入場が許される区域を一層目、許されない区域を二層目と呼称しているのだ。
これにより二層目では自動銃座や軍事用ドローンなど殺傷兵器の運用が許可されると共に警備部隊の武装がミリグレード仕様へと変わり、セレディの近衛部隊である憤怒の騎士団を中心に警備対応が行われる。
スパイダーの情報共有と支援砲撃を受けた上でのヘビーサイバー部隊による戦闘は多くの場合戦闘にすらならず一方的な殲滅戦になることも珍しくはない。
場合によっては殲滅戦すら回避されるケースも多々ある。
のんびりと歩を進めるヴァストグリーンを阻止したのは防火用シャッターの様に見える防爆シャッターだ。
核の直撃にも耐えうるとうたわれているゼーダークルップの防爆シャッターである。
前後の道がシャッターで塞がれたのだ。そして、静かにその空間に流れ込むニューロスタン。
閉じ込められた事に気がついてもヴァストグリーンに歩みは変わらない。
ヴァストグリーンはシャッターに触れ一瞬瞑目すると次の瞬間にはシャッターが消え去る。そして吹き去る一陣の風。
それはシャッターが気化したかのような不思議な光景。
それが摂理だと言わんばかりにヴァストグリーンの歩みは変わらず進む。
憤怒の騎士団はエリート部隊である。
彼らは元々ロンドンに拠点をおくヌビア人のエスニックギャングであったがセレディに目をかけられ彼の直営部隊となった経緯がある。
他社の者やランナーの中には所詮はギャングと考え侮る者もいるが往々にしてそんな連中は身を持って彼らの優秀さを知ることになる。
魔法使いにはセレディもしくはその配下のドラゴンから手解きを受け更に最新鋭の身体改造を施される。
セキュリティハッカーはネオネットの最新鋭装備とトレーニングを施され、GODとすら渡り合えるとうそぶくウィザード集団だ。。
コーポレートサムライとなった彼らの肉体に埋め込まれるのは常に最先端のデルタグレードを試験運用し洗練した戦術と泥臭い忠誠心に従い戦場を展開する。
そんな特殊部隊を敵に回し戦えば、生き延びることすら困難となる。
仮にそれが社外であっても関わりたいと考える存在は少ないだろう。
ましてや、今回は万全のセキュリティの施された自社社屋である。
相手がアレスのファイアウォッチやレンラクのレットサムライであっても敗北する事はないだろう。
彼らはヴァストグリーンの移動方向から判断しいくつか用意している迎撃ポイントにて展開を行う。
的確な遮蔽ポイント、複数の自動銃座、自在に行える照明コントロール、そして人数。
必勝を期するために手を抜かず努力し油断をしない。
基本に忠実で搦手に頼らない。
そんな正攻法こそ最も成果を出すことができる。
彼らはまさにその通りに万全の体制で待ち受けている。
そんな中にヴァストグリーンは変わらぬ歩調で踏み込んでくる。
罠に気がついていないのか、あるいは踏み破れると言う自信の現れか。
そこは一見倉庫の様に見える50m四方の部屋だ。
一見棚が並び射線を妨げるように見えるが特定のポイントからは射線が通るようにできている。
更に数十台のカメラによる視覚支援を通すことで最悪見えない状態からでも柔らかい荷物を撃ち抜くことで狙撃が可能となっている。
10人を超えるアレスアルファを構えるコーポレートサムライと、数人のバーンアウトメイジ、レンジャーアームズSM-5を構えるコーポレーサムライ、4機の自動銃座。
待ち受けている間にメイジ達は可能な限りの支援魔法をサムライ達に、その武装に施している。
それらが一斉に牙を剥く。
彼らも一層目の戦いは見ている。近接させずに片付けることがてきるかこそが争点となるだろう。
されどヴァストグリーンは歩を進める。まるで王者のように。
オートパイロットの自動銃座が制圧射撃を行う。戦場においては無限とも言える弾薬補充機構を備えた自動銃座だ。決着がつくまで弾幕を張り続けることも可能だろう。
足を止め弾幕から回避すればそこを撃ち抜く。さもなければ、この鉄のシャワーによりミンチとされるだろう。
しかし、その予想は大きく外れることになる。
ヴァストグリーンに降り注いだ弾丸は全てが肉体に到達する前に無力に弾き返される。
固定化された鎧の呪文により意思なき弾丸は全てが打ち払われる。
しかし、並の術者であれば鎧の呪文は補助に過ぎない。
かつてティルタンジェルのハイブリンスであったルー・シェアハンドは狙い澄ましたスナイパーの狙撃を鎧の呪文により弾いたと言われている。ヴァストグリーンは不死のエルフと呼ばれるシェアバンドと同等以上の腕を持つミスティックアデプトなのだろうか。
日々高度な魔術に接している彼らだからこそ、ヴァストグリーンの非常識さを痛感する。
彼らもプロだ。ばら撒いた弾が貫通しないのであれば、その装甲すらも貫通する精度で弾丸を叩き込めば良いのだ。
フルオートでの一斉射撃がヴァストグリーンに襲いかかる。先程の制圧射撃が大人しく見えるような弾丸の密度だ。
されど、ヴァストグリーンの歩調は変わらず最小限の動きで弾丸をかわしてゆく。
非常識な人外の動きである。
それに続いて高階梯のイニシエイトをしたメイジから魔力波が迸る。
回避を許さぬ直接攻撃呪文であれば非常識な体術も意味を成さないだろう。
その目論見から火力の低い直接戦闘呪文を全力で叩き込む。
術者の中にはドレインにより倒れた者もいる。
「なかなかに良い道を歩んておるな。しかし、俺に届かせるにはまだまだよな。」
その言葉が示す通り微風を受けたような風情。
魔術師達のドレインの方が被害は大きそうだ。
そこに完全遮蔽の背後からの狙撃が叩き込まれる。
それまで遅滞なく攻撃を捌いていたヴァストグリーンがにわかに強い動きを示す。
しかし、その動きは一瞬足りず死の弾丸はヴァストグリーンの額に直撃する。
一筋の血が流れる。
10数人で取囲みながら1筋の血を流すことしかできない。
絶望感が憤怒の騎士団を襲う。
「避けきったつもりであったが、見事な腕よ。お前達の鍛錬に敬意を評し少し本気で行こうか。」
まずは魔法使いが絶望した。
ヴァストグリーンの放つ膨大な魔力に。
その魔力が解き放たれると同時に憤怒の騎士団達の意識は闇へと沈んだ。
「これを参考に精進するがよかろう。」
そして、ヴァストグリーンは変わらぬペースでさらなる奥を目指す。
隔壁の解除方法
アースドーン時代にあった元素魔術師10サークル呪文、地と風のバリアント。
金属を気体に変化させる呪文。
質量保存則は有効なので風は起きる。
オリジナル設定。
ファイやウォッチ
アレスの子会社ナイトエラントが擁する精鋭部隊。
親会社のアレスが軍需産業の雄であることから潤沢な装備と軍人上がりの精鋭ぞろいである。
レッドサムライ
レンラクの誇る要人警護部隊。
紅い武者鎧風にカスタマイズサレタミリグレードアーマーを身に着けていることで有名。
アレスアルファ
世界で最も売れているアサルトライフル。
レンジャーアームズSM-5
史上最強のスナイパーライフル。
ティルタンジェル
北米にあるエルフの国。
最近民主化した。
ルー・シェアハンド
かつてティルタンジェルを建国し国家元首を務めたエルフ。
民主化に伴いその地位を追われている。
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カーリアン研究所 地下 セレディの巣穴 エントランス
法律上の登記や入る為の権限などの有無の差こそあれ、セレディの巣穴はカーリアン研究所となんら変わらない見かけをしている。
無機質で清潔でドラゴンが歩いて通れる程大きい通路、各所にある監視カメラ、そして隔壁。
隔壁はヴァストグリーンへの効果がないと判ってからは使用されてはいないが。
ヴァストグリーンはまるで道を知っているかのように迷わず研究所を抜けこの巣穴へと到達した。
そして、彼がエントランスとも言えるような広大な広間に到着した。
ここがどのような用途なのかは正面で気炎を上げている3人のドラゴンを見れば一目瞭然であろう。
最終防衛ラインにして最大戦力の投入に他ならないだろう。
ドラゴンに手を出すなとはストリートの警句だが、それが3人だ。
企業軍であっても撃破できるかは疑わしい戦力だ。
しかし、ヴァストグリーンは彼らを見ても特に慌てる様子もない。
「出迎えご苦労。ストームマスターに取り次いでもらえるかな。」
ヴァストグリーンとしては当然の要求を投げかけるがドラゴン達には侮辱に感じられた。
当然であろう。このならず者に膝を屈し、自分達の主たるセレディの元に案内するように求めているのだ。
多くのドラゴンはブライドが高く、特に若いドラゴンは激しやすい。
結果激怒した彼らがよく考えもせず戦端を開いたのは致し方ないことであろう。
「骨も残さず焼き尽くしてくれるわ。」
ヴァストグリーンの脳裏にドラゴンの言葉が響き渡ると同時に奔流と呼ぶ勢いで炎が迸る。
どれ程威力があり致命的な炎であってもエリート部隊の銃弾驟雨をやり過ごしたヴァストグリーンにとって避けるほとの容易い一撃。
ドラゴンは強者故の驕りから怒りに任せた一撃を放ってしまったのだ。
もちろん、そのような一撃がヴァストグリーンに届くはずもなくあっさりと避けられてしまう。
「愚か者共め。これまでここで出会ってきた若輩種達自らの至らぬ事を理解し鍛錬し、思考し、強さを磨いていたぞ。
それがお前達はどうだ。生来の能力に甘え、思考もせず、安穏と暮らしているのではないのか。
釈明があるのなら聞いてやろう。」
その釈明の代わりか2人のドラゴンがヴァストグリーンに火球の呪文を放つ。
当たらないのであれば、避けることができないように焼き払えば良い。
ドラゴンの魔力で全力の火球を叩き込めば半径20mは焼き払える。
普通の生物であればまず助かるまい。
それが二重に叩き込まれるのだ。
しかし、その爆炎を臨みながらヴァストグリーンはにやりと笑う。
「全力を出したことは評価しよう。」
ヴァストグリーンの強い意志を込めた瞳に睨まれると1つ目の火球は割れ、その炎はヴァストグリーンには至らない。
まるで意志の力か見えない障壁を構築したかのようだ。
しかし、その力も2つ目の火球には力が及ばずヴァストグリーンが炎に巻き込まれる。
だが、その灼熱の領域に巻き込まれたにも関わらずヴァストグリーンは全身に火傷こそ負っているもののしかと立っており、未だに笑みを浮かべている。
ヴァストグリーンは更に笑みを深めると、その体が突然大きく膨れ上がる。
その頭頂に生えた捻れた角はそのまま大きくなり、哺乳類の特徴を有していた顔はまるでトカゲの様に変異しながら巨大化していく。
その身からいつの間にかエグゼクティブスーツは消え去り身体を覆うのは深緑の鱗。腹の部分だけはまるで若葉のような新緑。
その四肢を支える筋肉量はトロールの時と比率は変わらずはち切れる程の筋肉に覆われている。
その姿はかつては地球を支配し、未だに世界に隠然たる力を振るう存在、ドラゴン。
しかも、その体躯は正面の3人に比べて少なくとも二周りは大きい。
古代において、ヴァストグリーン達のような存在をグレートドラゴン、それ以外をコモンドラゴンと呼んだのか体感できることだろう。
その身から迸る圧倒的な存在感は他者を威圧し恐怖を引き起こし絶望させる。
その威厳の対象はドラゴンであってすら例外ではない。
3人のコモンドラゴン達は圧倒的な恐怖感に襲われながらかろうじてヴァストグリーンに向かい合っている。
そして、3人の頭の中にヴァストグリーンの声が響き渡る。
「では、死なぬようにな。」
その言葉と共にヴァストグリーンの長大な肉体が天井間際まで舞い上がり、矢のように降り注ぐ。
蹴打を叩き込まれたドラゴンは弾き飛ばされ壁に激突すると部屋を激震が襲う。
その揺れを物ともせず残り2人のドラゴン尻尾がヴァストグリーンに襲いかかる。
ヴァストグリーンは一方の尻尾を足場のように踏みしめ鉤爪をドラゴンに振り下ろす。
すると大砲の一撃すら弾き返す龍鱗が紙のように裂けドラゴンは血風を巻き起こしながら倒れ伏す。
更にヴァストグリーンは切り裂いた勢いのまま全身を独楽のように回し猛然たる勢いでその尻尾を最後のドラゴンへと打ち付ける。
龍鱗は砕け散りドラゴンは壁面へと叩きつけられ動かなくなった。
「ふむ。まあ、この程度であろうな。」
そのままヴァストグリーンは奥へと進むために大きく翼を打ち鳴らし舞い上がった。
ヴァストグリーン
アースドーン時代にライアジジャングルを支配していたグレートドラゴン。
人の呼び名はウースン。
鍛え上げた肉体と極めぬいた元素魔術、強力な元素精霊を使役していた。
再びドラゴンの時代を気づくことを希求していた武闘派ドラゴン。
シャドウランでの公式設定はなくオリジナル。
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カーリアン研究所 地下 セレディの巣穴深層
セレディの意識はマトリックスの深層を彷徨っていた。
もちろん自発的にだ。
セレディのペルソナであるメタリックなドラゴンは現在大詰めを迎えている盟友エリオハンの蘇生プロジェクトの調整作業に追われているのだ。
「理論上はこれで問題はないはず、か」
システムメッセージのポップアップ:ヴァストグリーン様が面会依頼をされいます。
リジェクト。
「ボストン大学のザビアー博士からの閲覧要請か。これは必要ないはずだけど。まあ、機密レベルとして問題ないか。」
システムメッセージ:一層目のセキュリティか突破されましまた。対応指示をしますか?
リジェクト。
「ザビアー博士はダウンロードプログラムにも大分手を入れてるな。野心的なのは結構だが。」
システムメッセージ:侵入者か巣穴へと侵入しました。対応しますか?
リジェクト。
驚異的な集中力でブロジェクトの対応を進めるセレディ。
今の彼にとってセキュリティ対応はノイズに過ぎない。
「なんだこのジャンクコードは。確認をしないと」
コードを確認しようとした瞬間突然現実に意識が引き戻される。
ダンプショップにより頭がくらつく。
そこは古代ローマの円形劇場を模した部屋だ。
所狭しと電子機器が並びその中央には磨き上げた黒曜石のような暗銀色の鱗を持ったドラゴンがトロードに繋がれている。いや、繋がれていた。
一体何か起きたのかと混乱していると頭の中に声が響く。
「久しいな、ウインドマスター。」
そこでセレディは自身の巣穴である開発室の中にいる緑の巨体、ヴァストグリーンの存在に気がつく。
「ヴァストグリーン? 一体どうしてここに? そもそもどうやって?」
混乱するセレディ。
ここは彼の本拠地の深央だ。安々と侵入を許すような場所ではない。
「お主の眷属に取次を頼んだが断られたのでな、無理矢理入らせてもらった。」
ARに表示されているセキュリティレポートを目にしヴァストグリーンの行動を完全に見落としていた事に気が付き少し困った顔をするセレディ。
「あー。集中して作業をしていたから、すまない。」
「構わんよ。なかなか良い経験をした。」
そこでヴァストグリーンがここに居る意味を理解し、部下のバイタルを確認する。
死者はいないらしい。
「手加減をしてくれたようだね。ありがたい。」
穏やかな笑みを浮かべるヴァストグリーン。
そこにドラゴンの支配を声高に叫んでいた暴竜の雰囲気はない。
「そう言えば、ここにはどんな要件で来たんだい?」
「うむ。DIVEと言う連中は知っていると思うが、そいつらの情報が欲しい。」
唖然とするセレディ。
「それって通信でも良いよね。押し入るほどの話?」
「メールとやらは送ったぞ。返信が無いと言う話をドールメイカーにしたら訪問す
るのが速いだろうと言われてな」
ドールメイカーの悪意を感じるセレディ。
「なら、仕方ないね。メール済まなかったね。とりあえず資料は揃えるけど何でまたDIVEを?」
「最近ファースカラーの残滓と出会ってな。そいつらが竜を狩るものの召喚準備を進めていると聞いた。」
大きく頷くセレディ。
「じゃあ、その召喚に間に合うように時間がないと。」
得たりとヴァストグリーン。
「うむ。眷属を増やされる前に一騎打ちで蹴りを付けたいと考えておる。」
首を傾げるセレディ。
「召喚を防ぐのではなく?」
「ああ、前回の大災厄には現れなかったのでな。一度戦いのだ。」
セレディは疲れた笑みを浮かべ告げる。
「とりあえず、彼らの拠点と中核人物をまとめましたので見てください。くれぐれもあれに囚われない様に注意してください。汚染されたあなたと戦うとか悪夢ですので。」
ヴァストグリーンはからりと笑う。
「相変わらずウインドマスターは心配性よな。まあ、楽しみに待っているが良いわ。」
「はあ。まあ、お気をつけて。仮にもあれら竜を狩ると名付けられた存在です。ご油断なさらぬように。」
その言葉にヴァストグリーンは大きく笑いセレディに背を向けた。
「うむ。では、またな。」
立ち去る背中を見た上でセレディは慌ててヴァストグリーンを要警戒来訪者に登録した。
今後同じようなトラブルが起きないように。
セレディはこの突然の訪問により謎のジャンクコードの確認を忘れることになる。
それはまた違う物語の欠片となるだろう。
ヴァストグリーンは意気揚々とドラゴンの宿敵たる竜を狩るものを求めて旅にでるのであった。
エリオハン
世界で唯一データジャックをインストールされたドラゴン。
クラッシュ2.0に巻き込まれ脳死し現在はeゴーストとなっている。
ザビアー博士
アンネ・ザビアー博士。ボストン大学でこのプロジェクトに従事している研究者。
偽名でより有名なハンドルはパックス。
DIVE
ドラゴンの情報をマトリックス上で交換しているドラゴンオタクの組織。
中にはアンチドラゴンセクトもあると言われている。
ドールメイカー
グレートドラゴン、ゴーストウォーカーのこと。
デンバーを支配しているグレートドラゴンでダンケルザーンの生まれ変わりとも兄弟ともいわれている。
ファースカラー
故人である元UCAS大統領のグレートドラゴン、ダンケルザーンのこと。
ファースカラーの残滓
死んだダンケルザーンのアストラル体由来の自由精霊レテのこと。
現在はマナスパイクを粉砕したりと地球のメタプレーンの境界線を守護している(はず)。
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