21XX年6月。これまでに類を見ない新しい法律が施行された。その名は『探偵法』。犯罪数が著しく増加していく一方で警察の検挙率は停滞気味であるというデータが発表された。それを受けた警察組織は様々な手段を尽くし向上を目指したがそれは叶うことはなかった。そんな時代に立ち上がったのが『探偵』である。とあるテレビ番組で出演した『旧探偵協会』の出雲会長のコメントは様々なメディアで取り上げられて話題となった。
「現在の警察組織では今の荒んだ現状を変えることは不可能であろう。今こそ探偵が警察組織にとって代わる時が来たのだ。もはや警察など不要な存在なのだ。」
彼の発言は大きな波紋を生み出し、さまざまな思惑を生み出した。そんな中『探偵法』が両院で可決された。その当時は『探偵協会』と政治家にパイプがあるのではないかといううわさまで流れた。
『探偵法』によって、探偵は新たな国家公務員となりDNAと呼ばれる独立した組織の管轄となった。そのDNAの長官となった出雲氏の活躍によって組織づくりが行われた。施行後たった1年でその効果は表れた。
犯罪の数がみるみる減ってゆき、探偵の志願者が社会現象となるまでに増えていった。そうして探偵が社会的に認められてからそのまま月日は流れていった……………
6月の蒸し暑い空気で目を覚ます。Deective National Agency の頭文字をとってDNA。今の日本の治安は警察にかわり彼らが行っている。俺もDNAに所属する探偵の一人だ。
僕は独身、もちろん彼女なんていないため、組織の提供する安くて小さな部屋に住んでいた。仕事の都合上ほとんど家には帰らないためもはや寝るためのスペースと言っても過言ではない。ふと枕元に置いてあるスマートフォンが点滅しているのが目に入る。これも組織から支給されたものなのだが、盗撮用のアプリなんかが入っている。仕事のメールなんかもこれに届きめったなことがない限り事務所に言ったりはしない。一般的な事件だけでなく今まで行ってきた浮気調査などの依頼も引き受けるために、プライバシーを守れとのことで依頼人との接触は一部の人間に任されている。そんなわけで寝ぼけた頭でふらふらする意識を何とか覚ましてメールを確認する。
最初はいたずらかな、なんて思ってしまった。見覚えのないアドレスにタイトルは緊急招集。内容は本部への招集だった。かつての。警察組織と同じように俺たちにも階級のようなものがつけられており、本部へ行くことのできるのはほんの一握りのエリートだけだ。今まで本部になんて呼ばれたことのない俺は驚きで思わずスマフォを落としそうになる。それにしてもこの俺にいったい何の用があるというのだろうか。そんな疑問を抱えながら普段あまりそでを通さないスーツの準備を始めることにした。
目を閉じてすべての神経を音楽に集中する。コーヒーから漂う苦く、香ばしい香り。それを味わってから口に含む。わたし好みの完璧な味が口に広がる。しかし私の癒しの時間はすぐに無粋な音で邪魔される。仕方なく私は立ち上がり部屋を後にする。内容なんて見なくてもわかる。どうせ事件なのだろうから私の向うべき場所は本部しかない。
「おい、そろそろ起きてくれよ。おい、おじさん!」
頭がぼんやりとしていて目の焦点が合わない。まぶしい光に目をこすりながら俺は見下ろしてくる男の姿が目に入る。それは制服姿の警察官だった。いy、今では旧治安維持組織。かつての捜査権は取り上げられて今やっていることといえば交番のお巡りさんの延長戦みたいなものばかりだ。今もこうして酔っぱらって道路で朝を迎えた50代のおっちゃんの相手をしているのだろう。
「おっ、やっとおきたのか。もう飲みすぎるなよ。」
そう言い残すと彼はさっさとどこかに行ってしまう。まだ酔いが抜けきらないのかふらふらとした足取りだが俺は歩き出す。しかししばらくしてポケットに入れてあったケータイが初期設定のままの無機質な電子音を響かせる。折り畳み式の携帯でもう10年くらいは使っている。組織ではスマフォを支給しているのだがどうもなじめない。メールに軽く目を通すと思わずため息が出る。長年のカンがこれは大事件になると訴えていた。
「というのがDNAの調査結果になります。」
そういって私たちは何処かの誰かがまとめた報告書を依頼人に手渡す。女性という性別からか、私の美しい容姿からか、依頼人と直接会う業務ばかりを任されている。今日も早朝から浮気調査の結果を報告している。いくら探偵がいようとこの手の依頼はへることはない。何度見たかわからない依頼人の怒り狂った顔を見ながらてきぱきと依頼料振込みの手続きを説明する。はっきり言ってもう慣れてしまったんだから仕方がない。慣れって怖いものだ。とわたしの後ろに控えていた部下(新人)のスマフォから最近はやりのミュージシャンの曲が流れる。仕事中くらいマナーモードにしとけとにらみを利かせてからその場を取り繕う。依頼人が出て行ってすぐに部下はそのメールを私にも見せた。
「出雲会長からのメール見たいですね。できるだけ早く来いと。」
これはついているかもしれない。もしかしたら大出世のチャンスが巡ってきたのかもしれない。そういえば今週の占いは一位だったような気が……。思わず笑顔になった口元をきゅっと戻すと部下を引っ張って本部へと向かうことにした。
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捜査開始
ここで一つの都市伝説を紹介しよう。DNAについてのものだ。もちろん某秘密結社と似たような存在であると言ったものだ。なかでもその本部の場所は特に都市伝説の数が多い。DNAはかつての警察とは違い本部を秘匿している。もちろんそれを知るのは一部の関係者のみで総理大臣にも知らされていないと言われている。DNAに勤める99パーセントの人間が支部で一生を終える。そのためか富士山の火口にあるだったり、国会議事堂の地下深くに存在するだったりと憶測が飛び交っている。
つい先日まではそんな都市伝説を馬鹿らしいと気にかけていなかったが、現実問題として呼び出されてしまったのだから彼らの間違いを正したいところである。勿論そんな事をすれば特殊部隊何かが出てきて口封じのために殺されることになるだろう。まあそんなものがいればの話だが。
しかしそんな些細な事よりも俺の中にあったのは出世への希望だった。支部で働きはじめて3年。ようやく、一人で案件を扱う事を認められこのままいけば係長くらいにはなれるかなあなんて思っていた矢先にこれだ。これに成功して名前を覚えてもらう事ができれば本部勤めも夢ではないかもしれない。これは一生に一度しかないチャンスだ。俺は自分にそう言い聞かせて、高揚を押さえながら本部へと向かった。
俺が本部のある場所につくと本来必要な手続きをすっ飛ばして奥へ奥へと案内される。入り口から二つ目の部屋に入るとそこには一人の老人が立っていた。老人は細い目をゆっくりとこちらにむけて俺の顔を見る。まるで心の奥底まで見透かされているような気がする。そして老人は口を開いた。
「あなたが有馬探偵ですね。」
「あ、はい。俺じゃなくて私が大阪支部のBクラスの有馬悠悟です。」
そう言って俺は身分証明書を見せる。警察ならば警察手帳があったように探偵にも似たようなものがある。手帳というよりは免許書に近い形のもので中にはICチップやらなんやらで俺のDNA情報までもが登録されている。老人は専用のリーダーに読み取らせること無くそれを俺に返した。
「お待ちしておりました。では申し訳ありませんが規則ですのでこれをかけください。」
そう言って老人はサングラスを手渡した。言われるがままにサングラスをかけると何も見えなくなった。あわてる俺に老人は落ち着いたまま声をかける。
「目隠しの代わり、と思っていただければ結構です。それではこちらへ。」
老人がそういうと後ろからやって来た二人組に支えられながらさらに奥へと連れていかれ車の様なものに乗せられる。今ここでたとえ事故だとしてもサングラスが取れたりしたらたいへんなことになっていただろう。5分ほどして車は止まる。右に行ったり左に行ったりで方向感覚はくるい今どこにいるのかも分からない。屈強な男たち(いかにもといった感じの)に車から降ろされてようやくサングラスを外すように言われた。そこはホテルのロビーのような場所だった。高級感が漂いながらもどこが厳かしさがある。自然と身が引き締まりネクタイを締め直したくなる。正面には大きな黒い扉があり、それ以外の出入り口といえば俺が入って来た(と思われる)白い扉しかない。窓なんてものはなく外からは見えない仕組みになっている。両サイドには黒いソファーが並べてあり、そこにはすでに4人の探偵たちが待っていた。
「これで皆さまおそろいのようなので話を始めさせていただきますね。」
「あれ?今回呼ばれたのは僕を入れて6人のはずでは?」
この中で一番若いと思われる男が老人に聞き返す。その後すぐにすぐ横にいた上司らしき女性にグーでげんこつを落とされ頭を抱えたまましゃがみこむ。
「はい、北山探偵。確かにあなたのおっしゃる通りで6名の探偵をお呼びしたんですが、残りの一名の方がこちらの方に来るまでに事件に遭遇したとのことで、『チョー特急で片付けて来るから』とおっしゃっていたので。」
「移動中に事件にあうなんてそんなやついるのかよ。俺は推理小説くらいでしかきいたことねえぞ。」
40代の無精ひげを生やしたおじさんが声をあげて笑う。それにしても上司であろう会長にため口とは一体どんな奴なのだろうか。きっとチャラチャラした金髪ピアスに違いない。
「そんなくだらないことはどうでもいい。事件の詳細を。」
そんな騒ぎから一歩離れた場所にいたイケメンお坊ちゃまは話の続きを促す。さっきの無精ひげはジャージという場違いな格好でこの場にいるがこいつは全くその逆だった。この場にふさわしい高級スーツを着こなしている。俺があれを買おうものならば俺の貯蓄はなくなってしまうだろう。
「はい。今回みなさんに解決してもらいたい事件は、こちらをご覧いただければ分かると思います。」
そう言って老人は重い黒い扉に手を掛けて押す。扉は音もなく開いた。
そこには荒らされた部屋、そして大量の血痕だった。
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集う探偵たち
私は中の様子をのぞき込んで思わず顔をしかめてしまう。その部屋の中に血だまりがあったというわけではない。むしろ既に血は乾き黒く変色している。また一番赤黒いところには人型のハクボクが残されており、そこに被害者が倒れていたことが分かる。いやこの部屋で殺された人物なんて推理するまでもない。老人は私たちを見まわして告げる。
「会長が殺されました。今回は皆さまにこの事件を解決していただきたいのです。」
老人が何か続けて言う前にイケメン(私は好きではないが)探偵と中年のおっさん探偵がどこから出したのか白い手袋をはめドカドカト現場に入っていく。どうせDNAの鑑識課によって現場検証は終わっているのだろうがどうもこういうタイプの人間は苦手だ。ただ、いちばん最後にやって来たあまりぱっとしない男(探偵には見えない)は扉の前で固まってしまっている。大方あまり血を見たことがないのだろうと勝手に結論付け、顔を輝かせながら手袋もなしに現場に突入せんとする馬鹿をげんこつで始末した後老人に質問する事にした。
「その、失礼ですがあなたは?」
「夏樹探偵ですね。申し遅れました。私は会長様の身の回りのお世話や様々な事務のお手伝いをさせていただいている水上と申します。普段はこの本部の一室をお借りしてそこに住んでいるのですが、昨日は急用で出かけておりまして深夜の2時ごろにこちらに戻って参りました。そこで部屋の電気がついている事に気がつきましたので中をのぞいてみた所このような状況に。私がこの部屋に入った時にはすでに亡くなっていました。」
水上は聞いてもいない事までぺらぺらとしゃべる。それまで溜めこんでいたものがあふれ出たのかもしれない。彼が自分自身を責めてしまうのも無理のない事だろう。だがあいにく私は彼に同情するだけでそれ以上は何もない。彼も重要な容疑者であることは変わりないのだから。
「それで詳細な現場の状況のデータはあるんですか?」
「私としたことがまだお渡ししていませんでしたね。彼は右のポケットからスマフォを取り出すと慣れた手つきで操作する。ほどなくしてまた例の着メロがなったが無視して馬鹿の携帯をとり上げると現場の写真が入っているフォルダを開く。そこには体中に無数の刺し傷を受けた会長の姿があった。会長が死亡した後もさし続けたに違いない。資料を見ていると刃渡りが異なる傷あとまであるという。複数犯の可能性もあるかもしれない。オリエント急行みたいに恨みを持った人全員がナイフで刺した。2時間ドラマとしたらとても面白いが現実はそうはいかない。
「先程お送りした資料の中には鑑識の情報も入っておりますのでご確認ください。」
水上は誰に行っているのか分からないが語りかける。
「今回の捜査権はSクラス相当となっておりますので、皆さん頑張ってくださいね。あなた方は選ばれた探偵なのですから。」
水上はそう言い終えると仕事は終わったとばかりに足早にその場から退出した。今度こそ現場にと意気込む部下を引っ張りながらスマフォを操作して資料を読んでいる冴えない探偵に声をかける。他の探偵に聞こえないように耳元で。
「ねえ、あなた私たちと組む気はない?」
「……………というわけで密室の完成♪こんなことができんのってあなただけだよね、奥さん。」
「………。」
私の完璧な推理の前に犯人は何も答える事が出来ず黙ってしまう。仕方がない。自他共に認める名探偵の私の近くで事件を起こしたのだから。運がなかったという事だろう。この時ばかりは探偵をやっていてよかったと本当に思う。これこそミステリーの醍醐味だ。さて次の事件はどんなものだろうか。本部に行くなんて本当に久しぶりだから楽しみだ。まあ美少女高校生探偵の私が捜査するのだから華麗に解決できるだろう。
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取引
僕たち3人は現場の観察を早々に切り上げ近くにある大手のコーヒーショップに入る。これがハードボイルドなら路地裏のバーにでも入るのだが朝っぱらからそんな事をする気はないし、何よりそんな場所を僕は知らない。僕に協力を持ちかけたふたりの真正面に向かい合うように座る。どちらも話し始めず少々気まずい空気になるが適当に話題を振ってみる。
「DNA会長が亡くなったっていうのに何の騒ぎにもなっていませんね。」
「まあ規制でもされてるんだろう。DNAには敵が多すぎるからなあ。」
上司らしき女性はつまらなそうにアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら答える。
「時代を動かした偉大な人物ですからね。彼の力があってこそのDNAだった訳だから、今の僕たちの身分も危ういんですけどね。」
対照的に部下の方はおしゃべりだ。クラスに一人くらいこういうやついるよなと僕は適当に感想をつける。そんな部下の様子を横目でみながら上司はポケットから名刺を取り出す。「初めまして。私は広島支部のAクラス探偵の夏樹です。あっこれは名字だから。」
「夏樹さんの下で働いている同じくBクラス探偵の北山です。まだ1年目ですけどね。」
Aクラスに、一年目でBクラスと来た。DNAでは明確なクラス分けがされており上からA,B,C,Dとあり、また特別クラスなんて例外もある。僕は3年目でBという比較的早い方だと思っていたが……。とりあえず彼らには逆らわないようにしようと心に誓う。
あちらが名乗ったのだからこちらも名乗らざるを得ない。
「えっとですね。僕は」
「いい。お前のことなら既に知っているぞ。有馬悠悟探偵。大阪支部で3年目、それでBクラスならまあいい方か。独身で寮に住んでいてあまり大きな事件は解決していないのか。おっ、たこ焼き屋台連続爆破事件を解決したのはお前だったんだな。後はアイドル好きを周りに隠していると。なんかフツ―のやつだなお前。」
「なんで人の個人情報を握ってるんですか!?」
「当然だろ。僕を誰だと思っているんだい?超一級のハッカーだよ?」
北山は当然とばかりに答える。
「目立たないってことは探偵として必要な素質だよな。さっきのお坊ちゃんには絶対ないぞ。」
夏樹さんは笑いながら僕を誉めた、のだろうか。
「じゃなくて答えになってないですよね!?」
「私たちと組むんだろ?だとしたら相手の弱みくらいは握っていないとな。」
「えっと、脅されてるってことですか?」
「私たちを敵に回すと怖いってだけさ。」
「そんだけできるのなら僕って必要なんですかね。」
「まあ、いらん。ただ使いっぱしりにはできると思ってな。ほら私はプロファイリングとか得意な文系だし、こいつはハッキングとかできる理系だし、体育会系がいないなあと思っていたとこなんだよ。」
夏樹さんは本当に嬉しそうに喜んだ。ここで下手に断ると小学生時代のいたずらの証拠まで突き付けてきそうだから仕方なく付き合う事にする。まあデメリットばかりではないわけだしこれで事件を解決し出世できるのならばこれくらい我慢しよう。
「では早速昨日の防犯カメラの映像を確認してきてくれ。」
「早速パシリですか!?」
これから先とてつもなく嫌な事が起こりそうな予感がした。
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