せいくりっどがーる!!!〜戦場に駆り出された聖女は回復よりも光魔法でがんばります〜 (囚人番号虚数番)
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ごくありふれた普通の典型的な回復のできる修道女

愚かな兵士は武器を置いた。逃げた代償からは逃れられないというのに。

だが己の使命を再び思い出す時が来るならば彼はまた折れた武器を拾う日が来るのだろうか。

それとも手に取ったときは既に風化しているのだろうか。


それは、いまではないとおくはなれたときのおはなしです

 

あるところにひとりのおんなのこがいました 

 

おとうさんとおかあさんはおんなのこがちいさいころ、おんなのこをきょうかいにあずけてしらないどこかにいってしまいました

 

おんなのこはきょうかいでひとびとをいやすひかりのまほうをおしえてもらいました。おんなのこはまほうをだれよりもじょうずにつかえてたちまちくにじゅうひとがおんなのこをしりました。おんなのこはやさしいので、きょうかいにきたひとをまほうをつかっていやしてあげました

 

おんなのこはあさひのようにあたたかいきれいなおとなにそだちました

 

あるひ、くにのへいしがきょうかいにきておんなのこをどこかへつれていきました

 

「おまえにはだれにもまけないつよいまほうがつかえる

 

おうさまのめいれいでせんそうにきてもらう」

 

おんなのこはやさしいのでせんそうにいくことにしました。ひとのこころとからだをいやすのはおんなのこはとくいでした。

 

ーーー

 

「……今日のお話はここまで。それじゃあ皆明日を楽しみにしててくださいね」

 

子供達に読み聞かせた本を閉じる。

 

「えー最後までお話聞きたいよーセレネねーちゃん」

 

「このお話は少し長いから何回かに分けて読むから……それまで皆で続きがどうなるか想像しててくださいね」

 

 

 

私はセレネ、教会で働くただの修道女。

 

物心つく前、幼い頃に捨てられた孤児。それから教会で拾われてそのままそこで育ち、現在16歳。今は孤児院が併設された修道院でその身を人々に捧げる毎日である。遊びたい年頃ではあるけれど、今は質素なこの静かな生活の方が大好きなので今日も今日とてこの修道院で働いている。

 

そして、先程まで孤児院の読み聞かせをしていてちょうど今終わった所だ。子供の世話は大変だがやりがいのある仕事、多分この生活で一番幸せな時間だ。だけど、仕事は仕事、次の仕事は修道院の方なので移動する。

 

「セレネちゃん、お疲れ様。午後は私が行くから修道院の方やってね」

 

午後の当番の先輩から廊下で声をかけられた。

 

「あ、はい。分かりました。先輩もお勤め頑張ってください」

 

「はいはい。それにしても、セレネちゃんて子供の世話楽しそうにやるよね」

 

「子供達の元気な姿は大好きですから。私もかつてはあんな感じでしたけど」

 

「はははっ、確かに」

 

「先輩は料理の仕事好きですよね。私の分も請け負ってくれて……」

 

「それより時間平気かい?」

 

そうだそうだ、こんな事を話してたら仕事に遅れてしまう。早くしなければ。

 

「それじゃあ先輩も頑張ってくださいねー」

 

私は急ぎ足で次の仕事場へ向かった。廊下を走るのはいけないので速歩きで。

 

「そうそう、今日も急患が入った。普段の仕事は後回しで院長のが病室に行けって」

 

「はーい」

 

ーーー

 

現在位置 病室

 

使われていない部屋を改造して作られた簡素な病室。ここに来るまでに廊下に血が垂れていたから既に患者は部屋の中だろう。今日は喀血の症状のある病人かな?だとしたら手間が多い治療になりそうだ。ノックをしてから部屋に入る。

 

コンコンコン

 

「失礼します、治療にきたセレネです……うっ」

 

「遅い、負傷者を殺す気かい?」

 

部屋の中には口の悪い老婆……院長と件の患者が。ベッドで寝かされている患者は全身が傷つき、至るところから激しい出血をしている。部屋の角に纏められた凹んだ鉄装備から彼はどこかの兵士なのだろう。だとしたらここへ来るまでに一体どのような激しい戦いをしたのだろうか。

 

「院長!?何故ここにいるのですか!?」

 

それよりも私には院長がいることに驚く。院長は患者を手に持った布で止血している。だが治療なら私一人でも十分だ、立場が上の者が何故?

 

「説明は後、早く魔法を使ってこのうるさいのの傷塞ぎな。栄養補給はワインの酒カスを食わせたからいらないよ」

 

「(酒カスって……今あるのって前に絞った肥料にする古いのだけしかないような。ギリギリ捨てる前だから確かに食べられなくはないけど……)」

 

「んぐううう!!んぐぅぅぅ!!!」

 

院長に紫色の猿轡を噛まされた患者がかわいそうだ。それに外傷だけであればかなりかんたんな処置で済ませられる。院長の言う通り余計な事考えずに終わらせよう。

 

「分かりました。兵士さんの治療を開始します」

 

私は魔力を手に込めて慣れた手付きで魔法を展開する。光の線が自身の腕に走り幾何学模様で腕が埋め尽くされる。そして輝いた手で患者に触れると大きな傷口がじわじわと塞がっていきあっという間に外傷の跡は消えた。傷が塞げた所で今度は体の中の怪我だ。魔法で調べた所損傷箇所は……骨折が足と肋を数本といくつかの内蔵破損。これくらいなら先程の外側からの治療だけで中まで治るだろうし十分だろう。念のため適当に該当箇所をよく治しておく。

 

「……はい、これで終わりです。猿轡外しますよ」

 

「んんんー!!んん……ぶはぁ!!はあ……はぁ……ありがとう。君がいなければこのババアに殺されてたよ」

 

「誰がババアだ!!こっちは命の恩人だというのに礼儀がなってないね。これだから男の兵士は嫌いだよ」

 

「普通の聖職者は死にかけの兵の口を詰まらせねえだろうが!!ましてやババアがする事じゃねえ!!」

 

「まあまあ……」

 

このままだと汚い罵声が院内中に聞こえてしまう。なんとか二人を落ち着かせてから兵士の彼を帰した。

 

「兵士の方の治療は初めてでしたけどあんなに重症になるものなんですね」

 

「知らないさ。そうゆうは勝手に殺し合ってる奴らに聞いてくれ」

 

「……そうですね」

 

あ、そういえば院長にはなぜ治療の時に病室にいたのか聞かなければ。

 

「そういえば院長、なぜあなたの様な方が治療を?治療だけなら私の魔法でいいですよね」

 

「……それについてこのあと話がある。あんたが持ってる魔導書と聖典、それとあんたの研究書もって晩飯のあと私の部屋に来な。あとこれ、あの兵士がお前にって」

 

院長は私に一枚の手紙を渡してきた。質のいい封筒で宛先は私の名前、当然身に覚えは無い。送り主は……Black Queenという謎の人物。それだけでも疑問は尽きないが一番の問題は……

 

「上質な紙ですね。これは誰が送り主でしょうか」

 

「王の勅命の奴だよ。前に見た事がある」

 

王の命……王の命!?

 

 

 

 




新作です。投稿時間は引き続き20:00の予定です。5話までは連投するので評価の方よろしくおねがいします。

どらこんれでぃい!!!書いてるときに書いてたから前半の字数が少ないのは目をつぶっていただけると嬉しいです。一応数日後には本調子に戻ると思います。


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実力を分かってないのは私だけだったらしい

「(……はぁ。私が王様に命を受けるなんて)」

 

淡々と職務をこなしながらあの手紙の内容を思い出していた。

 

「セレネ様へ

 

本日はお日柄もよく……

 

〜中略〜

 

P.S.長々と書いてしまったが要は君の実力を見込んで戦争に参加してほしい。君の魔法の腕は町の方では噂になってるんだ。回復魔法も使える君ならどんな戦場でも活躍できるだろう。まあ、王の命だから断りようがないけど最悪血は見せないようにはできるよ。じゃ、いい返事を待ってるよ。

 

Black Queenより 王の命で」

 

戦争……近頃この国では隣国と戦争をしていると町の人から聞いた覚えがある。修道院から出ない生活が長いから詳しい事は知らないけれど、既に両国ともに新兵器や強力な魔法も使い無数の死者を出していて前線はこの世の地獄だと言われている。

 

そのような人の命が軽い所に聖職者の立場につく私のような者がいていいのだろうか。これが人の業の渦中とはいえ、これが誰かを助けるならば神は許すのだろうか。

 

倫理的な問題でも課題は多いが、もう一つ心配なことが一つ。

 

「(魔法の腕……たしかに人よりは魔法の知識は持っているつもりですが人様の参考になるような物ではないような)」

 

私が他人に話せる様な少しばかりの自慢、それは私が回復魔法を使えるという事だ。

 

私がまだ小さい頃、図書館の本を整理している時にたまたま魔導書を見つけてしまった。それで見様見真似で簡単な魔法を覚え、それを今の先輩方に見せたらその本を私にくれたのだ。今となってはかなり太っ腹な行為だと思うがここから出て行かないことを見越した事だったのだろう。

 

閑話休題

 

それから時間を見つけて私はその本を研究した。初めは火や水などその時読んでいた冒険譚に影響されて気になった物を研究、取得していた。しかしそれらには適性がなかったらしく全く魔法が発動しない。今でもそうだ。しかし、それとは対局に光に関する魔法はやたらと使えた。幸運な事にここは修道院、人々を癒す為の魔法の多い光の魔法は私が使う最も強い魔法となった。それでたまにここへ訪れる病人や怪我人の治療にその力を使っている。

 

ここまでで私の何が駄目なのかというと、この場では自身の実力の測定が不可能だからだ。修道院という性質上、私には他者との関わりが少なく他に魔法が使える者を知らない。院内の者が、とも考えた探したものの存在しなかった。それもそのはず、世間では魔法というものは学者、もしくは一部の冒険者か聖職者、聖職者だけに限ればその中でも特に位の高い専門職しか理解する者はいないという。何故魔法の知識がそのような物なのにこの修道院に魔導書が、というのは未だに不明である。

 

「(今の実力だと確か……腫れ、痒み、虫刺され、切り傷、腹痛、風邪、それと毒の分解呪いの解除、その他諸々。それ以外も出来ない事はないですか数年に一度使う程度なので少々腕が心配ですね)」

 

一応、私ですら院内の者から凄いと褒め称えられる実力はある。なら世の魔法使いというのは死者蘇生でもするのだろうか。

 

「はぁ……」

 

とりあえず話は夕食後なのでその時になるまで真実は分からない。今は部屋にある研究書のどれを優先すべきか考えることにシフトしよう。

 

ーーー

 

現在時刻 夕食後

 

現在位置 院長室前

 

話すことでもないしあの事は秘密にして約束の時刻に院長の部屋に訪れた。

 

「……院長室に呼び出し、ですか」

 

治療時は当たり前のように会話していたが彼女、院長はかなり口が悪く院内の者から嫌われれている。私も尊敬こそしているもののこんな事でなければ関わりたくないお方だ。

 

「(院長、今日は機嫌が悪そうでしたし2、3時間の罵詈雑言は覚悟しておきましょう)」

 

私は心してその部屋に入る。院長が神妙な顔つきで手紙……それも私とは別の送り主の国からのを読んでいた。

 

「あの……言われた通りやってきました。それは別のお手紙でしょうか」

 

「そうさ。何度読んでもこの手紙の内容がクソだったもんだから書き間違えじゃないか心配でね」

 

院長はその手紙を破り捨ててくずかごの中に捨てる。国からの物をそのような扱いでいいのかは多分聞いたら怒られる。

 

「さて、本題だ。あんた、魔導書と研究書は持ってきたね」

 

私は持ってきたそれらを彼女に渡す。長年私が読んで日焼けした古本、可能はそれをひったくるように取ったあと中身を一瞥した。

 

「うーん……」

 

「(ますます顔が険しく……私国の命をこなすのには力不足でそれについてお怒りでいらっしゃるのでしょうか)」

 

「あんた、魔導書と研究所の光魔法は全部使えるかい?」

 

「は、はい!!」

 

唐突に聞かれたものだから返答の勢いが良くなってしまった。

 

魔導書の魔法は使用頻度こそ少ないものは多いが光魔法であれば何でも使える。ただ一部の魔法は体質に合わなかったり圧縮して効率を良く出来たので改造した。その結果、色々いじって使いやすいようにした研究書にまとめてある魔法をメインで使う。魔導書はもう公式を確認する程度でしか使わない。

 

「……奴らの気持ちも分かる」

 

院長はそう呟きながら今度は私に数枚の書類を渡してきた。

 

そこには沢山の人の名前と病状が纏められた書類と医学書の治療困難な病に関するヶ所からの引用文だった。壊死、伝染病、薬物依存、脳損傷……纏められた病はこの表に書かれた物と一致する。どれも酷い病気、しかも末期だ。もしこの様な状態の患者が訪れてきても私にも治療する自信はない。

 

「何勝手にいじけてんだい」

 

「え、あ、ごめんなさい。この人たちも私が治療をすることが出来たならと思って」

 

「そこに書いてあんのは全部あんたが昔治した病人だよ。年食っておっ死んだ奴以外は今もピンピンしてる」

 

「………え?」

 

「今日の兵士もそうさ。何でも来る途中賊に襲われたらしいが酷い怪我だった。私の見立てだとあんなの町医者ん所だと手足の数本は切られてるね」

 

「……それを私が…………え、ええええええええ!!??」

 

「耳元で叫ぶんじゃぁない!!耳が悪くなる!!」

 

「ごめんなさい!!」

 

驚きのあまり叫んでしまった。この末期の患者を、私が?

 

「今までおかしいと思わなかったのかい?普通血を吐いてるような奴は病院から投げ出されたどうしょうもない連中だ」

 

「でも、何で私のところへ?」

 

「街じゃあんたはこういう触れ込みで有名人さ。『老いと死と恋心以外治療可能』って。なかなかセンスあると思わないか?」

 

「センスはたしかにあるような……」

 

これが私の治療を施した人たちなのか。改めて名簿を見返す。私の読み間違えじゃなければ大富豪や貴族なんかの名字がちらほらと見受ける。い、いつの間に……

 

「ここまでで分かっただろ。あんたは国の上層の中じゃ有名人もいいところ、何でも治せるすごい医者だ。……で、ここからが本題だ。セレネ、あんたはこれから聖女だ」

 

「え、聖女?」

 

「そう、それが国がお前に与えるあんたの立場だ」

 

「………はぁ!?いやいや、そんな……大昔に書かれた聖典に記載されてる聖女が実は私っていうのは無理がありますよ」

 

「あたしもそう思う。だけど驚かれても国がそう言うんだから諦めな。いいかい、後で詳細な資料は渡すけどお前はこれから聖典の聖女だ。内容は分かるな?分からないなら聖典の聖女のページを開きな」

 

聖典は魔導書の次に小さい頃から読み慣れた書物、暗唱も余裕でできる。

 

「聖女は私達の信仰する神の言葉の中の聖人の一人で『聖女、万人を癒し悠久の命授けん。聖女、道外れゆく者に浄罪の光与えん』から始まる節が有名な人物ですよね」

 

「国はそれがあんただと。こじつけにも程がある」

 

そうだ、これはこじつけだ。私には癒しの力こそあれど浄罪に値する力は無い。正確には教義上殺生が忌避されるから使う機会が無かったというのが正しい。

 

「でも魔法自体は使えなくないんだろう。素直に行きな」

 

「ええ……」

 

「迎えの馬車が明日来る。それまでに魔導書を見返すなり何なりしときな」

 

「え、明日!?」

 

「手紙持ってきたのがあれだから発送が遅れてた風だよ」

 

そんなわけで、私は明日から聖女として久々に修道院の外に出ることとなった。

 




前作から思っているのですがこのような後書きでは何が正しいのだろう。テンプレを作るべきなのかな。


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行ってきます

現在時刻 朝

 

「……ん………ふぁあ……」

 

朝日が登り切る前の薄暗い朝。今日は新たな門出の日だ。いつもより早く起きたのは好都合、いつもより身支度に気をつけて着替える。

 

「久しぶりに外なんて出ますね」

 

顔を洗い銀髪を整えてからいつもの修道服に袖を通す。

 

「……よし。今日はどんな日になるでしょうかね、楽しみ……ではないですが」

 

ーーー

 

現在時刻 朝食後

 

軍とは国の中心の王都で合流してから戦地へ向かうらしい。田舎のここから王都まで約3日、旅の準備をしなくては。

 

「持ち物は数日分の服、臨時に支給された予算のお金、魔導書、聖典、それと……」

 

研究書、なのだがこれだけは話が別。研究書の為の研究書の為の研究書……の為に作った本棚があるくらいには数が多く溜まりに溜まっている。

 

「……取捨選択して何冊かにしましょう」

 

というわけで持ち物を纏めながら考え事をする。

 

院長から言われた私の成るべき「聖女」の背景はこうらしい。

 

出身は没落した貴族の娘。幼い頃に両親は自殺、身寄りがなく教会で育ち多彩で発展の見込みのある私の血筋を探るとなんとあの聖典の聖女と血が繋がっていた。そして私はまた民の為に現代の勇者達と戦いに向かう……背景の私の方が悲惨な目にあっているのは嘘であるとはいえ少しかわいそうだ。

 

「(……他の推薦の皆さんはどんな方でしょうか)」

 

推薦とは私と同じように国に招集をかけられた者である。私の背景にある現代の勇者がこれに当たる。そのメンバーはこうだ。

 

「赫巫と狛犬」 調教師

 

ルナシー ローケプヘン

 

 

 

「藍の探究」 賢者

 

リューナ クロートザック

 

 

 

「新緑の輪廻」 村人兼勇者(!?)

 

ミツキ ミナモ

 

 

 

「黒姫」

 

Black Queen

 

 

 

そして私が

 

「銀の聖女」 聖職者

 

セレネ ブラインド

 

 

ブラインドは私の偽名ならぬ偽姓らしい。元から本当の苗字は分からないから今までと特に変わらない(今までは院長の名字を借りた)。私の為に適当な資料を捏造してくれたらしいけど……やりすぎでは?研究書は2、3冊に絞れた。移動中に余白に4冊目分の公式を纏めればいいや、という算段で準備を済ます。

 

「よし、準備完了」

 

ガチャッ

 

「おーい!!セレネちゃん!?どうしたの、馬車来てるけど!!」

 

「あ、先輩。おはようございます」

 

先輩がノックもせずに部屋に入ってきた。幸い身支度ができていたので寝起きの姿を晒さずにすんだ。

 

「今出ようと思っていた所です。暫く会えなくなりますがお元気でいてください」

 

「セレネちゃん旅にでも出るの?」

 

「まあ……これも神の与えた試練です。天命と国に従って少し遠くまで行くだけです」

 

馬車を待たせるのも悪い。持ち物を詰められるだけ詰めた袋を持って修道院を出た。

 

ーーー

 

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

 

「馬車が早いだけ。あんたは時間ぴったりだ」

 

修道院前には既に国から派遣された馬車が止まっていた。

 

「ほれ、ぼさっとしてないでこのオンボロに乗りな」

 

「そんな事言わなくても、国が派遣した馬車ですから感謝しなくては……少し古いのにも事情があるのでしょう」

 

確かにこの馬車は重要人物を乗せるにはいささか年季が入っている。だけどいつ使えなるか分からないような物を国がわざと用意するものか、なにか訳があると思う。

 

「嬢ちゃん、正解だ」

 

この馬車の御者の方が答えた。

 

「なにせここらには賊が多い。下手に豪華な馬車なんか持ってくりゃ命がないからな、こうやってオンボロで来てから安全なところで乗り換えるんだ」

 

賊に襲われるならば仕方がない。話の続きを聞くと近くの街へ移動した後、正式な馬車に乗るらしい。

 

「ありがとうございます……ひゃー馬車なんて初めてな気がしますよ」

 

荷物を持って馬車の中へ入り席に座る。硬い椅子の座り心地は悪い。だけど私にはこれで十分、むしろ人が死ぬ環境に向かうこんな私が向かうのには優遇されているとすら思える。この馬車に護衛に当たる人物がいないのはそのためだろう。

 

「それじゃあ嬢ちゃん。出発……」

 

「ちょ、ちょっと!?護衛もなしにセレネを連れてく気かい!?」

 

なんと院長が出発を引き留めた。それも必死な様子で、普段なら歩いて行けと言わんばかりの彼女がそれを言うとは。

 

「院長、心配なさらさないでください。神様はきっと私達を王都まで安全に導いてくれますよ」

 

「バカも休み休み言ってくれ。あんた、この子に何かあったら責任取れるんだろうね?」

 

院長は御者のもとへ向かい……ここからは見えないので音だけで推測すると何やら話し込んでいるらしい。しばらくして御者さんがこちらへ来てから

 

「国から『護衛はいらない。多分彼女の実力ならかんたんに蹴散らせられるから』ってお達しがきて護衛は付けられなかったんだ」

 

「……そうですか。それではそろそろ」

 

「ああ、少し待ってな」

 

馬車が動き出した。窓から修道院の方見ると院長は何も言わずに帰ってしまっている所だった。

 

「………私なら護衛はいらない」

 

さて、一人になった私は馬車の中で御者から伝えられたそれについて思案する。

 

「(国は私に護衛はいらないとおっしゃっていた。有事の際は私がその場で対処をしなさいとの意図があるのですね)」

 

……まさか国は私が攻撃をする為の光魔法を使えると踏んでの事だろうか。だとするとこちらにとっては少し不味いこととなる。魔法が使えないという訳ではない。教義上殺生は忌むべき行為であるからである。それにもしそうなら私は最後にいつ使ったか分からない魔法を使うこととなるからだ。

 

「念の為魔導書を見返した方が良さそうです」

 

分厚い魔導書を開き該当のページを探す。懐かしい式だ、使い方は……うん、平気だ。あとは体の動かし方さえ思い出せば。

 

「(ここから町まで安全に移動できれば良いですね)」

 

本を綴じてから手を合わせ目をつぶり、神に祈りを捧げながらそんな事を考えた。




ストーリーに影響しない程度であればやってほしいシチュエーションやネタを感想に書いてもらえれば書くかもしれません。(あとカッコいい技とかも)

それとこの物語に出てくる「国名」をコメントで募集します。募集するのは「〜〜〜王国」(主人公サイド)と「〜〜〜帝国」(敵サイド)です。できればその言葉の意味も教えて頂けると嬉しいです。

追記 プロットを組む際に作者内で決定したため締めます


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災難とは出会いとともにある

「………」

 

ガタンガカン……

 

「(この式はここをこうすると圧縮ができてこれをここに代入すると……ここの変数は別の枠で適当に処理するとして……あ、いい感じに面白くバグった)」

 

魔法について2時間以上の熟考なんていつ振りだろうか。修道院じゃ寝る前や5分か10分の空きを作ってやっていたからこれはいい機会だ。頭の中に文字と式をたくさん並べてひたすらデバッグ、単純だが深く16年なんて時間じゃ到底底なんえ見えない無限のパズルの解を探す作業を目一杯楽しむ。

 

「…………ふー。これでひとまずの光攻撃魔法の効率化は終了です。外の景色は……森ですね」

 

ホラー小説に出てきそうな暗く恐ろしさを感じる森。遠くの風景も深い緑で光はない。だけども遠くから聞こえる鳥の声や風の音が心地よく、これではまるで絵本の森のように奇怪な風にも見えた。

 

「御者さん、町まではあとどれくらいですか?」

 

「おーう、あと一時間もしないと思うぞ」

 

1時間……魔法の研究をする集中力は持つと思う。あ、その前に気分転換で魔法の実演をしよう。

 

「ありがとうございます。お礼に魔法で回復しますね。えいっ!!」

 

初歩的な回復魔法を彼にかけた。効果は強めの薬草と同程度で効果はすぐに出るはずだ。

 

「おおっ!急に肩が軽くなった。これなら聖女って言われるのも納得だな」

 

「えへへ、まだ正式ではないですけど頑張ります」

 

「おう、頑張ってく……ちょっ!!誰だおま……ぐわぁぁあ!!」

 

叫び声と激しい物音とともに馬車が急停止する。何事かと思い魔導書を盾代わり頭を守りながら馬車内で身を隠す。

 

「(えっと……外の様子は……)」

 

「ちっ、最近馬車がしけてると思ったらわざとボロいの使ってやがったのか。騙しやがって、畜生!!」

 

「お前らのせいでまともな飯にありつくのどんだけ苦労してると思ってんだ!?」

 

「(乱暴な男性が2名……噂の賊の方たちのようです)」

 

外から先程の男性が痛々しい姿になりつつある音がする。硬いものが折れて葡萄のような物が潰れる音、今すぐ治してあげたいけれどそれではまた同じ事に……ああ、なぜこんな惨状が。

 

「(早く……早く立ち去ってください……)」

 

「さーて、この馬車はどんな奴が乗ってるんだ?商人のじゃねえし底辺の役人か?」

 

「あえてこんなガラクタに乗ってんだ。とんだ物好きか、それこそシケてるふりしたえれーやつかも知れねえな!!」

 

二人が近づいてきた!!どうにかして賊のいる逆側のドアから脱出して逃げないと……

 

「だ、誰か……助け……」

 

ガチャ

 

「向こうから物音だ!!」

 

「逃さねえから……覚悟して待ってろ!!」

 

やばい、焦りすぎてドアの音開ける音を出してしまった。もう隠れる事もできないので諦めて走って逃げる。

 

バンッ

 

「はっ……はっ……」

 

サザザッ

 

「あの野郎逃げて行きやがった!!追うぞ!!」

 

「(まずいまずいまずい。捕まったら……捕まったら何されるか分かりません。お金とか本とか置いてきちゃったけど……今だけは自分の命が優先です!!)」

 

私は暗い森の中の闇に溶けやり過ごす為に必死に逃げる。

 

が、ここで誤算。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息切れ、普段仕事ばかりで肉体労働はあれどあまり運動する機会自体が無かったから。体力の無さを痛感した。

 

だけど十分な距離はとれた。ここまで来たら追ってこないはず……

 

「っ……っ……タゾ……居たぞ!!しかもあいつ、教会の姉ちゃんか!!」

 

「何!?処女は高く売れる!!止まれ、そこを動くな!!」

 

「……きゃ……きゃああああ!!」

 

まだ追いかけてた。思わず悲鳴を上げてしまった。

 

賊達は血のついた鉄の斧を持ち全速力でこちらへ向かってくる。それに運も悪く、私が気が付かないうちに自身の後ろには大きな木が立っていて逃げ場をなくす。

 

「や……止めてください!!やめ……」

 

「おいおい……大声出すなよ。他のやつにバレたら……」

 

男は私ギリギリの所に斧を振り下ろす。風を切る音とともに私の髪の数本を切っていった。

 

「……っ……ぁ………やめ……殺さな……」

 

恐怖で震え、舌が回らなくなる。ああ、これが死、あるいは絶望なのか。野うさぎのように臆病な自分がはるかに強い暴力的な存在を相手にして初めて分かる。

 

「へへへ……あんたみたいな女にシスターなんか地味なのは似合わねえと思うぜ。カミに手合わせんじゃなくて男と遊んでなんぼだ……ろっ!!」

 

「あ……服がっ……やだ……見ないで」

 

男に服を破かれる。詳細は……語りたくない。

 

「おいバカ!こいつは売り飛ばすんじゃ……」

 

「あ?市場は馬鹿しかいねえし平気だろ。嫌ならお前だけ貧相なモツしごいてろ」

 

「(………神よ、お許しください。これが乗り越えるべき試練だというのなら私は乗り越えるつもりです。しかし……しばし問いたいことがあるのです)」

 

「(人を傷つけるか自身が汚される事、どちらかでしか解決できない試練を何故私に課せたのですか?)」

 

まだ反撃はできる。久し振りの攻撃魔法は問題なく作動して手の中にはほんのり暖かい光の玉が出来ている。

 

だけど私は手に籠もる魔力を必死に抑えて、あくまでも聖職者として超えるべきではない一線を超える覚悟をする。

 

つまり、私はその理不尽を受け入れたのだ。男は私の足を強引に掴み……嫌だ!!お願い、こんなのやだ……やだ!!

 

ああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいお前ら。そこで何してる」

 

通りかかった若い男が賊の一人に問いかけた。この深い森の中、何故に人が……!?

 

「何って、見てわかんねえのか?」

 

「ああ分かるさ。馬車を襲って無抵抗な女の子、それもシスターとやらしい事しようとしてんだろ?」

 

その男は剣を抜いた。見た所彼は冒険者や剣士などの戦う者でないただの町民のように見える。しかしそれに見合わぬ白く高貴な剣、彼は一体誰なのか。だけれども今は彼を頼らなければ!!

 

「あの!!どなたかは存じ上げませんが私を助けて下さい!!」

 

「初めからそのつもりだ。おいお前ら、俺とやり合うか?」

 

「ヤり合うのはゴメンだな、おりゃお前と違って女が好きなもんで。兄ちゃんもこの女で遊ばないと損だ……」

 

「おいお前!もしかして……あのミツキって村人か!?」

 

賊の一人、私と絡んでいない方の様子が何やらおかしい。彼の顔を見た途端、急に焦り始め顔色も悪くなった。それにミツキ……

 

「お前らに教える名なんてない。……で?」

 

「ミツキ……ミツキだと!?ちっ、今日は勘弁してやる!!」

 

そうして賊達はどこかへ去っていった。

 

「……そこのシスターさん。平気か?」

 

「え、えー……はい。ミツキさん、ですか?ありがとうございます」

 

「当然の事をしたまでだ。……馬車の行き先は?」

 

彼、ミツキさんが聞いてきた。たった今会ったばかりの彼とは無関係の事……だけれども、今の私は何の装備もなしに森に放置されている状態。剣の心得のありそうな彼を頼る他ないので行き先を教えた。

 

「分かった。じゃあそこまで連れてってやるよ」

 

「あ、ありがと……ってちょっと待ってもらえます?私が勘違いかてなければあなたは私と初対面のはずなのでは無いでしょうか。ならそこまでなさらなくても……」

 

「ミツキ ミナモ」

 

彼は私の質問に答えずその名前を口にした。どこかで聞いたことのある名前だけど一体いつ……いや、もしかして……

 

「……あ!もしかして貴方も」

 

「『新緑の輪廻』。称号はアレだが俺はただの村人だ」

 

……どうやら彼も私と同じ者のようだ。




投稿5分前の校閲で修正点が見つかるとか作者の日本語力が心配ですねこれは……

多分まだ何個か残ってるかもな……


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聖女と勇者なんて昔話みたいじゃないですか?

「私はセレネです。あなたも戦争へ?」

 

「国に呼ばれてな。全く、お互い面倒な事になったな。さっきのアレで怪我でもしてたらそれどころじゃないけど」

 

「ははは……確かにそうですね。でも貴方が来てくれたおかげで汚されずに済みました。この恩は忘れません」

 

森の中を私とミツキさん、二人で歩きながら町へ向かう。

 

あの後私の荷物を確認しに戻ったら馬の足がやられ馬車が馬車の役割を果たさないガラクタとなっていた。幸い荷物は別のところに落ちていて何も取られないでいたから予備の服も着ることができたしリカバリは十分だ。

 

そして、隣で私と歩く彼はミツキ ミナモ。

 

深緑の髪の見た目が私と同じか少し年上の男性で……男性で……で……私の語彙ではこれ以上の形容はできない。本人には直接言い難いが彼には特筆すべき身体的特徴が存在しない。ついでに言えば精神的な特徴もたまに修道院へと訪れる若者と大して変わらず、英雄的な雰囲気は感じられない。代わりと言ってはなんだが白い片手剣を所持している事が唯一の特徴だろう。

 

「俺はただの一村人のはずだけど住んでた村で少し冒険者の代わりをしてた」

 

「冒険者さんですか。ああ、だから剣をお持ちで」

 

冒険者と形容するには肉付きが年相応な普通の村の青年に見える。勝手な憶測ではあるが冒険者というのは獣やら何やらを狩るのに鍛えてそうな気もするのだが。それでも彼は勇者と呼ばれる存在、このような者でも戦果が出せると期待されて戦場で戦う事となったのだろう。

 

「(また冒険者にしてはガリって思われた。お前もお前で聖職者でその細身のアスリートみたいな体は反則だろ……)」

 

「その若さで勇者と言われるほどの剣の腕、余程の実力とこの先の成長性を見込まれての事でしょう。戦場でも発揮して期待に答えなければなりませんね。私は……恥ずかしながら回復しかできませんから正直羨ましいです。もし傷つくような事があれば私にお任せください」

 

私がそう彼に伝えると彼は急に笑ってそりゃありがとな、と答えた。そして真面目な顔になってからこう返した。

 

「でも俺の聞いた話じゃ呼び出された中に回復役なんていなかったけどな」

 

……?回復役がいないとは。そういえば私、呼び出された面子の名前と職業は知っているが詳細までは知らなかった。

 

「えっと……その、回復役がいないとは?てっきり私は回復魔法の腕を見込まれての事だと……」

 

「あー、たぶんアレだ。メンタルヘルス的なあれで呼び出されたんじゃね。一応聖職者だから戦えなくても、ほら、戦場でお祈りとか相談とかできるだろ?」

 

だとしたら色々が大掛かりすぎるような。態々資料を偽装して私の名字を偽装した意図が分からない。

 

「(……理論建てできない分からないことは考えても無駄ですね)きっとそうですね」

 

そういえば今まで何も考えずに歩いて森を出ようとしているが一体いつになれば出れるんだ?それどころか……町にはいつ着くんだろう。

 

「これ……あとどれくらいで町ですか。もう結構歩いたつもりですが」

 

「……あっ」

 

……あれ?

 

「えっと、私、元は国の馬車のつもりでいたので詳しい事は調べてないんです。ミツキさんは徒歩のようですが歩いて行くことのできる距離なんですよね?」

 

「……普通に行けば日は暮れる。一般人の歩行速度が平均時速4kmだから……あ、駄目だこれ、余裕で日が昇る」

 

私は計算してないから詳しい事は分からないが彼の漏らした言葉から推測するに私達は今、とんでもない状態にあるのでは?

 

暗い森の中で物資もなくこのザマ。決していいとは言えない状況……いや絶望的の方が適している。

 

「……もしかして、詰みました?」

 

「解決法ならある」

 

「あ、良かった。……良かったー…………」

 

危うく戦地ではなく情けない要因で死ぬ所だった。安堵のこもった声を出して心臓をの拍動を抑える。よかった……なんとか解決策はあるようだ。

 

「で、どのようにして町へ?」

 

「担いで走る」

 

「あの、もう一度お願いできますか?」

 

「担いで走る。俺は地元から走ってきてたし女一人分の重量なら多分走るのも許容範囲だ。特に細身なお前なら確実にでき……」

 

「そうゆう問題じゃないでしょ!!……あっそうゆう話では……」

 

「これしか方法が無い。馬車の残骸持ってきて引いて運ぶのは俺にはキツイから、諦めてくれ」

 

「えええ!?」

 

まさかの方法。知らない男に抱かれ……担がれて運ばれるのは教会での教え的には今回の場合ギリギリセーフかもしれないけど……なんか嫌だ。善意であってもなんか嫌だ!!

 

「(だけど解決策はこれしか無いんですよね)……分かりました。よろしくおねがいします」

 

「おし、分かった」

 

彼は私をヒョイッと肩に担いだ。男性に掴まれるのは……先刻の事があって抵抗はあったけど背中の広さに不思議と安心する。

 

「それじゃあ走るけど舌、噛むなよ」

 

「えっそれって……」

 

「ふっ!!」ダッ!!

 

 

瞬間、加速。風の切る音がする。

 

 

「ちょえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「うるせぇ!!黙ってないとまじで舌噛むぞ!!」

 

「馬より早いって聞いてないですよ!?」

 

「言ってねえからな!!」

 

馬なんか目じゃない、雷鳴の如く走り出した彼に驚きつつ私達は街へと向かうのであった。



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勇者さんでも私はなにかおかしいらしい

「………ふぁーぁ」

 

現在時刻 午後3:00くらい

 

「今日は聖女様が町に来るから護衛しっかりしろって言われたけど全く来ねえな。やっぱ今日もサボるか」

 

ドドド………

 

 

「……やっと件の馬車が来たな。聖女様を乗せるにしては随分と暴れちらしてんな」

 

ドドドドドド………

 

「んー……馬にしてはなんか小さい、て、あれ?馬じゃなくて騎手しかいな……」

 

 

ドドドドドドドド!!!

 

「ちょあれ人じゃねえか!?そこらの獣より速えしなんか担いでるぞ!!」

 

「衛兵さーん!!気をつけて下さーい!!」

 

「減速するぞ」

 

ズザァァァァァァァッ!!

 

砂埃をたたせながらミツキは速度を殺す。地面表層の土を剥ぎ取りながら十数メートル程ずって衛兵ギリギリのところで停止した。

 

「……ふう、どうにか着いたな、セレネ」

 

「ええ、一時はどうなる事かと思いましたがひとまずこれで安心ですね」

 

衛兵は突然の出来事に放心している。

 

「あのー衛兵さん?」

 

「ああ、すまない。急に聖女様が走って来たからこちらも驚いてしまって。あの特徴の無い男は?」

 

「ミツキ、勇者って言ったほうがいいか?」

 

「!?勇者様でしたか、これは失礼」

 

「「(あの反応ですと(だと)絶対分からなかったようですね(な))」」

 

ーーー

 

「ところでセレネは何で馬車が襲われてたんだ?」

 

町で馬車を乗り換えて暫くしてから彼が聞いてきた。あの事については森で大体話したと思っていたがまだなにか話すことがあったか?

 

「何でって、賊に襲われたからですよ。ミツキさんが撃退したあの方たちです」

 

「その前、護衛とかはどこ行った?」

 

「護衛は初めからついていませんでした。しかも自分で対処しろとも言われてます」

 

「(おいおい、こいつ対処できてなかったぞ。命令下した奴あの賊よりアホじゃねえか?)それで危険な目にあって……上が何考えてるのか分からないなら」

 

「ははは……ミツキさんはそうでも国にも考えがきっとあっての事ですよ、きっと」

 

だけど実際問題が起きてから考えてみると……やっぱり最終的には私自身が手を汚さなければならないのかも知れない。

 

「……やはり、私も戦うのでしょうか」

 

外の景色を眺める。今は平原の街道を走っていて、地平線に落ちる夕日が見える。

 

あの時私は彼らを脅すのに魔法を使うのが正しかったのか?聖職者としては人を傷つける行動は避けるべき。殺すのなんて言語道断だ。

 

だけと……やっぱり国は私が彼らを殺す事を想定していた事を認めざるを得ない。事実、あの場であの魔法を彼らに使っていなかったのならあんな事態にはならなかった筈だ。

 

人殺し、私には出来るの?

 

「たしかセレネは魔法が得意だったな」

 

「はい。回復が主ですけと」

 

「ちょっと魔導書見せてくれ。俺も少しなら魔法は使えるから何か分かるかもしれない」  

 

彼は冒険者だ。攻撃魔法については彼のほうが知っていそうだ。

 

「それなら魔導書じゃなくて……これを」

 

「これは……お前の手書き?」

 

「研究書です。稚拙な式ですが使いやすいように自分好みに改良したのでそちらのほうが参考にするのがいいです」

 

適当に攻撃魔法の研究データのあるページを彼に見せる。見た感じレーザーメスとか不可視光射出とか少し危ないから使いたくない魔法ばかりだった。

 

これらは私ですら本当の使用用途では人生で1、2回使ったか使わないかくらいの魔法だ。それだけならここに書く必要は無かったけど魔法の組み方の参考として書いたんだと思う。正直自分でもこんなきれいな式二度と書ける気がしない。

 

彼は私が書いた資料を見て少し何かを考えている。

 

「………へぇ、成程」

 

「何か分かりましたか?」

 

「いや、さっぱり」

 

「あ、そうでしたか。やっぱり自己流で圧縮してるから難化してました?」

 

「いや、そもそも俺魔法の式とか知らないし」

 

「ええ!?それじゃあ意味ないじゃないですか!!そもそもなんで見たの!?」

 

馬車内なのに思わず立ち上がって突っ込んでしまった。ギリギリ高さが天井に届かなくて頭がぶつかりそうになった、そしてすぐに謝ってから座る。

 

「よく考えたら俺の魔法ここまで体系化してやって無かったからこんな式見たの初めてだな」

 

ああ、もしかしてこの人感覚で魔法使ってる人か。自分で魔法の概念を発見して実用するに至る運と才能に恵まれた方も居るらしいからその類いだろう。

 

「もうっ!……結局分からずじまいですね」

 

「いや?一つ分かったことがある」

 

「でもさっき魔法は分からないって……」

 

「うん、魔法は分からないんだ。でも丁寧に説明書きがされてるから大体どんな時に使うかとかは内容はわかる。ほら、こことか」

 

彼は研究書の文章の一つを指差した。

 

「丁寧なんてそんな。まだまだ未熟ですよ」

 

「でもやってる事と要求される魔力の精度から察するに……セレネは相当魔法の才能あるぞ」

 

「いやいや……そんな……才能なんて」

 

「そうじゃなきゃ誰がこんなことやろうとするんだ?」

 

彼が指差した所は外科手術の為の魔法。たまに切開が必要な時に使っている。患部だけでなく色々なものを切るのにも便利だ。

 

患者の精神を保つのに大丈夫だと言い聞かせる事を心がけて、ついでにレーザーでの切除時に併用すべき薬品と補助的な魔法として……

 

「ストップ、そこ」

 

へ?

 

「普通の人は……少なくとも俺の知ってる奴らの中では複雑な回復魔法とバフを同時掛けしがら繊細なレーザー撃ってなおかつメンタルケアで勇気づけるなんて不可能だ」

 

「……そんなもんなんです?」

 

「それに、回復魔法自体魔力の消費が多めの部類に入るから高頻度で使えるとなると感知できないだけで魔力量も人の数倍はありそうだな」

 

それは知らなかっ……あ、魔法が使えるのは圧縮していたからそのせいもあるのだと思う。実際魔導書の魔法は普通に使うと機械的で楽だけど少し疲れる。それに比べて研究書の魔法は改造のかいあって発動が楽でいい。

 

そして彼は御者さんと話し始めた。何をするのかと話を盗み聞きする前に馬車が止まった。

 

「おい、降りるぞ」

 

「えっ?でも……」

 

今の場所は王都までの中継の町から離れた平原。とても降りる場所とは思えない。

 

「ちょちょ、ミツキさん。ここで止まって日没までに次の町に着くのですか?それに着くとしてもとしても何をするんですか?」

 

「セレネの魔法がどれくらい強いのか試して行かないか?ほら、この先王都に近づくと人も多いから道とか建物とか壊すと不味いだろ?」

 

「えぇ……そんなことの為に態々ここで?」

 

「実力を知るのはいい事だぞ」



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圧縮過多の超レーザー

現在時刻 午後6:00

 

夕焼けも落ち暗く、月も登り始めた頃

 

聖女、1人月の下

 

青白い月明かりを頼りに肉筆の書を読む。

 

「……よし」

 

「どうだ?何を出すかは準備できたか?」

 

なんて、綺麗で陳腐(判断基準は私)な言い回しを脳内で再生して現実から逃げる。人の少ない夜の田舎の街道だから誰かの迷惑にならない事は良いことであるけど危ない魔法を使うのは気が引ける。しかも自身の限界までの圧縮による効率化で式から数値ではない実際の威力の程がほとんど分からない。

 

「ええ。低出力の基礎的な光攻撃魔法を放ってみます」

 

私は研究書を馬車の座席に置いてきて辺りに何があるか見渡す。さすが平原、辺りに木の一本もない。数キロ先の森林や山がここからでも見える。射撃の的となる物が見当たらないくらいにここは平坦だ。

 

「んー、狙う物がありません」

 

「よかったら俺が的になろうか?魔法弾の処理は慣れてる」

 

「これから戦いに行く人にそんな危ない事任せられません。怪我したらどうするんです?」

 

今日は雲一つ無い良い夜だ。ここは一つ、夜空の星に向かってというのも案外悪い話じゃないかも知れない。

 

「えー。俺が的でも割といいと思うんだけど」

 

「駄目ですよ。とにかく安全に発射するのに空に向かって撃ちますよ」

 

馬車を背にして遠くの岩山の少し上の方、ちょうど山頂の上に明るい星が出ている。地面との角度が少々小さいからうっかり山に当たらないか心配だ。

 

私はそこへ手を向けて魔法を展開する。

 

手を中心に円状の攻撃魔法の式を展開し、その周りにリミッター用の制御結界を張ってそこそこの魔力を投入する。式の形に沿って光が発せられ暗い平原に一つの光の輪が出来た。

 

「おー!!なんかすげぇ!!」

 

ミツキさんは私の展開した式に興奮しているよう。私は私で別の意味で少し興奮している。

 

「(うわわっ!大きさの割に意外と軽めの魔法だ)」

 

それは見た目でなくスペック的な意味で。

 

そして、次に星が瞬いた時に合わせて発射の準備をして……今!!

 

「せいっ!」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

 

 

 

ーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

無音、そして遥か遠方でに着弾、爆裂。

 

山の向こうでは夜が明けたかのようにぱっと明るくなった。そして、すぐに元の夜となる。

 

「……え?」

 

「おおお!?凄い威力だったな。なんだ、セレネもしっかり強いじゃん」

 

「…………はぇ!?あ、はい」

 

「的になろうっつったけどやってたら死んでたな、俺が」

 

「ああ……はい、そうですね」

 

予想外の結果に頭が追いつかない中、ミツキさんには適当に返事をした。

 

たった今起きた事を整理しながら状況を纏める。

 

自身の数倍もある太さの光の筋、いや柱が地面をえぐり少しばかりの拡散をしながら遠くの山を削り爆散させた。犠牲となった岩山は目測数ミリ程削れている。

 

おかしい。いや、術式自体の理論は合ってるからなにもおかしくはないけど威力が予想よりも高すぎる。出力の機構やその他の構成に関わる基礎的な所は何も手を加えてない、もちろん魔力量は適正量。となると圧縮しすぎて抵抗が少なくなりすぎたか?もしかして回復魔法があんなに使えるのも実は魔力が無くて圧縮のやり過ぎで消費魔力が少ないからかもしれない。

 

「(圧縮後の理論値演算を王都に到着する前にやっておきましょう。それと威力の抑制も。これでは誤射が誤射ですまないです。死人が出てもおかしくない)」

 

「実験は成功だな。これでお前も戦えるってことが分かって安心したか?」

 

彼の言葉は次の事に集中した耳には入ってこない。その言葉を無視して私は2発目の用意をした。

 

「(……念の為)」

 

ふと、これを使うにあたり気になる事が出来た。先ほどよりも式に抵抗を追加し負荷をかけ威力を弱める。その上拡散を防ぐ機構も追加した。

 

照準の先に自身の指先を置いてから魔法を展開して……

 

「発射……っ!」

 

「おい、お前指巻き込まなかったか!?」

 

「いや、平気でしたよ。ギリギリ当たらずに済みました。ほら、生えてるでしょ?」

 

私は彼の手を取り私の指を触らせる。これなら多少の事は勢いでごまかせる。

 

彼は少しの動揺をしたあと私の指がしっかり5本ある事を確認して、心配そうな顔から安堵の表情へと変わった。

 

「お、おうそうか。なら良かった」

 

強引な手段であったが為か少し彼に引かれてしまった。

 

「でしょう?でも本当に当たらなくて良かった」

 

ーーー

 

嘘だ。今のレーザーは指に被弾した。照準は爪の先へ向けていたので指の怪我はない。しかし指先がほんの少しだけ火傷っぽくなっているので無傷とは言えない。それで威力の程についてはなんとレーザーが当たった面に沿って爪が消滅した。消滅、まさかとは思ったが本当に消えていた。

 

「(これが私の魔法。これを、戦いでは人へ)」

 

今の自分にあるのは式が正常に作動した少しの高揚感、それ以上の恐怖。

 

今の出力では指先が火傷して多少の痛みを感じた。しかし先程の威力の、もはや大砲の砲撃とも言えるような光の柱に巻き込まれたら当たった人は痛みを感じることなく一瞬で消え去り死体すら残さずに死ぬだろう。

 

しかも射程距離は遥か遠くの山すら範囲内にある。減衰も少なく消し炭にできる程。制御ができたとしてこの射程、この威力を誰かに向けて発したのなら。

 

そんな私に、私は恐怖した。今まで自分が誰かの命を奪えるなんて考えたことが無かったから当然初めての感覚であった。

 

「おーい!!」

 

「……そうですね。やる事は済みましたから行きます?」

 

「実験は終わっただろ?行くぞ」

 

私達は再び馬車に乗り込み長旅の続きを始めた。




そのうちタイトルとあらすじ変えようかな。


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王都に着いたけど思ってたのと違う

王都

 

国内最多の人口と最大規模の市場、そして各種国家機関の最高位が揃うこの国一番の城塞都市。

 

中心部にはこの国を象徴する国で一番豪華で美しい王の城がある。その周辺には王族や貴族、それと一部富豪の屋敷が立ち並び、更に離れて市場や一般住居が乱立。そして地下や人目のつかない路地裏では神すらも救いがたい者共がたむろっている……らしい。

 

つまりはここはこの世界の縮図のような場所である。人の夢とこの世の地獄、そして何も知らない者たちの日常が今日もどこかで行われている。

 

そんな王都の入り口にある大きな門の下を馬車に乗り潜りながら私は初めての景色に胸を踊らせていた。

 

「(ここが王都ですか。外から見ても大きさが凄いです)」

 

 

 

現在位置 王都 入口付近 馬車内

 

 

 

「おー相変わらず騒がしい所だな」

 

「ミツキさんは以前ここに来たことがあるのですか?」

 

「仕事でな。ちょっと大きめの仕事をしたらここへ呼出されて。これで三度目だ」

 

3回もここへ来たのか。ちなみに私は初めて。ならこの場で動く時があるのであれば彼に案内を頼もうかな。

 

「じゃあこれもよくある事ですか?」

 

実は門から大通りへ入った辺りからある事が気になっていた。馬車が通る道の沿道に人が立ち並んでいるのだがどうやら私達の馬車を見ているようなのだ。試しにこちらに手を振る子供に手を振り返してみた。するとこちらに気づいたようで笑顔で母親らしき人に喜んで報告していた。

 

「やっぱり見られてますよね。これはどういう事でしょうか」

 

「俺の時はこうはならなかったぞ。誰か俺らを見世物にしたいやつでもいるのか?」

 

見世物か。学術的な知識ばかりで俗的な物は詳しくないが確かに籠の中の鳥の様な気分にもなる。誰かの黄色い声が段々鳥のさえずりにも聞こえてくるかもしれない。

 

「聖女様ー戦争がんばってー!!」

 

「勇者ー!!俺らの代わりに戦ってくれてありがとー」

 

「結婚してー!!」

 

ワーワーキャーキャー

 

「まさか知らされてないだけでパレードでもやってるのか?俺聞かされてねえぞ」

 

「パレードが普通どのような物か存じ上げませんが尋常じゃないくらい歓迎されていますね。あ、あの横断幕『勇者万歳!!聖女万歳!!』ってありますよ」

 

「おいおい、世界を救う英雄じゃあるまいし……」

 

初めての王都は入る前の道中よりかなり騒々しく、楽しそうな所だという事は分かった。そして人が作る道を辿るように私達の馬車は目的の場所へ行く。

 

そして少しして馬車が止まった。

 

「ここが軍の施設ですか?私が想像していた所とは随分かけ離れておりますが」

 

「すまない。俺も軍の施設かどうかは断定できねえな。だけどこれはまず違うんじゃないか」

 

馬車を降りた私達の眼の前にあるのは円型で大型の施設。石造りで重厚な建物、だけどこか血生臭いような独特の雰囲気が漂う異様な場所。それに私達を取り巻く人混みの中に、何やら物騒な業物を担ぐ筋肉質な男や豪勢な杖を持った綺麗なお姉さんがちらほら見受けられる。

 

「じゃあここは一体?そもそも何故ここへ連れてこられたのでしょう」

 

「闘技場だよ。今日は軍の貸し切りで君たちには他の勇者達と戦ってもらうから」

 

人混みの中から知らない女性に声をかけられる。

 

「ああ、今行くからまってて。そこちょっと失礼します。あ、お姉さんいいお尻ですね。お兄さんも凄い筋肉してる、後で遊ばない?」

 

しかもなんかこっちに近づいてきた。

 

 

 

「変態だ。逃げるぞ」

 

「ええ、私も嫌な予感がします」

 

「ああっ!!ちょっと!?待って……ふっ!!」

 

その者は人混みを掻き分けて私達の前に姿を表した。

 

「ふー、待たせてごめんね。僕が声の主さ」

 

「えっと、何方でしょうか?」

 

「僕は君たちの案内人。名前は……ま、今は知る必要ないか」

 

14、5歳程の黒髪ショートの女性、いや幼さの残る少女。案内人と名乗る彼女は黒いドレスの様なデザインの鎧を身に着け、戦う者であると表している。だけど可憐かつ(鎧越しだが)細身でスタイルもよく、戦闘なんかせずそのまま舞踏会にでも行ってしまいそうな風である。

 

「で、その貧に……修道服の彼女が噂の聖女様のセレネ君かい?」

 

「はい、そうですよ」

 

「なあ、今こいつ貧乳って言いかけたよな」

 

「じゃあ隣のオマケみたいなそれがミツキ君か。詳しい話は闘技場の中で話すからとりあえずついて来て」

 

ーーー

 

私達は彼女に案内され闘技場内の控室に通される。微かに汗臭さとと鉄臭さがする、あまり長居はしたくない。

 

「おいおい、本当に通す先ここであってんのか?」

 

「仕方ないさ、だってこれも上の決めた事だから。僕みたいな一兵卒は従わないと出世できないからね」

 

「でも、何故闘技場へ?」

 

「君たち以外の2名が腕試しで殺し合ってみたいってうるさいから仕方なく模擬戦を始めたんだ」

 

「ってやっぱり戦うんですか……あんまりそうゆうのはやりたくないんですけど」

 

「これから戦争なんだし諦めてくれないと。上は上で民衆のいいプロパガンダになるから喜んで飲み込んでくれてたし偉い人が期待してるからちゃんと戦ってくれよ」

 

「おい、それでいいのか国家機関」

 

これには私もミツキさんと同感だ。外にいた私達目当ての民衆もこれに振り回されなかったか心配になる。それと外のパレードについてはどうなのかな?

 

 

 

「え、パレード?何それ?」

 

その事を突きつけてみた所意外な反応だった。

 

「え、ご存知でないのですか?」

 

「ここに来る途中、俺らを一目見ようと道に人が集まっててな。お前らが主催とかじゃないのか?」

 

「あー、もしかしたら最近巷で話題になってたからかな?ギルドとか貴族とかの間でもかなり情報が飛び交っているそうだし。それに、軍の予算はそんなところに割かれない」

 

「((闘技場使うのにもお金がかかりそうだけど……))」

 

 

 

それからも質問と応答が続き、そのうち雑談になりかけた時、控室の扉が叩かれる。

 

「聖女様、お時間になりました」

 

「おっと、そろそろ君の番みたいだ」

 

「時間ってまさか、やっぱり私戦うんですか!?」

 

「Exactly。ちょっと話してくる」

 

「棄権……」

 

「諦めろ、ここは腹をくくるしか無い」

 

案内人の彼女が外の者と数言交わした後、私達に向けてのこう言った。

 

「第4試合は銀の聖女セレネ ブラインドと赫巫と狛犬ルナシー ローケプヘンだそうだ。君も災難だね」

 

災難なら棄権をさせてくれれば嬉しいがそうはならない。やっぱりミツキさんの言う通り腹をくくるしか無いのか?

 

「えっとその、やるならやっぱり全力で戦ったほうがいいですよね?」

 

「うん、勿論。観客もいるけど客席にしっかり結界が張ってあって流れ弾が当たる心配はないから全力を出してくれよ」

 

観客もいるのか。それなら一般の方は……え、一般もいるの!?なんだかさっきとは別の意味で急に緊張してきた。

 

「それもそうですが、お相手が怪我でもしたら危ないのでは?」

 

「それこそもっと平気だよ。彼奴等はそもそもこんなお遊びで怪我するたタマじゃないから安心して殺し合ってきてね」

 

「で、でも……」

 

「ほら、早く行かないとブーイング来ちゃうよ?早くしな」

 

私は案内人に背中を押されて部屋を押し出された。これはもう完全に後戻りはできない。曲がった先に見えるあの大きな入場ゲートから漏れる光の先に相手の方がいるのだろう。

 

「はぁ……すぐに投降できればいいですね。神様、どうか私をお許しください」

 

最後に神に祈る。手を合わせ目を瞑りこれから起こる事の許しを請う。勿論私が許されるは神のみぞ知る事である。だけど天罰を受ける覚悟はしておかないと。

 

外から聞こえる観客の叫びが実況者の声で小さくなり、そして再び熱狂した。それに呼応するかの様に私の前の入場ゲートが開く。




ところでこうゆうタイプの聖女物って他にあるのかな?と思い先日初めて聖女物読みました。取り込む層を間違えました。

次回戦闘です。


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緋色の少女と……

ーーーさあ、間もなく始まります第3試合!!次なる勇者の入場です!!

 

 

 

歓声と怒号が響く闘技場、修道服の私とは一番縁遠いはずだった所に立っている。ゲートが開かれて円状のフィールド内の中心へ歩を進める。

 

 

 

ーーーおおっと、この黒と白のコントラストが美しいこの高貴なお姿、第3試合で姿を見せたァ!!銀の聖女 セレネ ブラウンが闘技場に降り立ったぞー!!解説の□□さん、彼女についてはどう思いますか?

 

ーーーさあ?育ちが育ちだから魔法はともかく身体的な問題で戦いになるかどうかさえ危ういんじゃあないの?

 

ーーー□□さんからは珍しくストレートで辛辣な意見が飛び出しました!!聖女セレネ、この評価を覆すことはできるのかぁ!!

 

 

 

「(おそらく難しいですね)」

 

実況解説からボロクソに言われたがこれは仕方がない、だって白兵戦なんて初めてだもん。でも、正直、人と戦うなんてしたくないからもっと言ってほしい。そうじゃなきゃ、あんな魔法を出せる私が弱いって言い訳ができないから。

 

 

 

ーーー対して相手コーナー、赫巫と狛犬ルナシーだ!!一試合目から溢れ出る殺気は留まることを知りません!!

 

 

ルナシーと呼ばれる彼女はフィールドの中心付近で既に待機していた。

 

意外な事に少女だった。それも私より年下の10歳前後でどう考えても戦場に出していい年の者ではない。

 

茶髪で瞳は赤、赤い頭巾を被り年相応な赤と白で纏められたフリフリの服を着ている。それだけならばどこかで聞いたような話の主人公の様だが服には所々血か飛び散り、背中には巨大な斧、腰には血のついた鉈を装備している。顔も年にしては大人びていて数々の修羅場を乗り越えてきた風を漂わせる。巫女と称されるにはかなり血生臭い。

 

しかし調教師ともあっただけあって彼女自身の数倍もの巨体を持つ灰色の老いた狼を連れている。彼女は伏した狼に馬に乗るように跨って乗っていた。そして観客のことなど興味が内容に反応を示さず狼に指令を下している。数多の古傷と老いが進んだ風格のある狼と赤い少女、まるで貴族の娘とそれを見守る老紳士の様だ。

 

 

 

「……これでお願いします。この程度の相手なら狼さんでも簡単に倒せるので一人でやってください」

 

彼女は狼から降りてそう命令を下す。

 

「………」

 

狼は彼女を無視して眠りにつこうとする。

 

「口答えしないで早くやってください」

 

シャキン

 

「………」

 

 

 

彼女は持っている鉈を彼にチラつかせる。刃渡りが古傷の大きさとだいたい同じな事から彼は何度か彼女に切られていそうだ。狼不服そうな返事をしながら彼女の指示を受け入れてゆっくり体を起こした。調教がそこまでなってないらしい、見るからに乗り気じゃなさそう。

 

 

 

ーーーさーて、両者闘技場中央にて対面しました!!

 

 

 

試合前の挨拶、彼女ルナシーと向き合う。

 

「セレネさんですか。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、といきたいのですか争い事は苦手で戦いはあまりしたくないです。もしあなたが良ければ不戦敗ってできますか?」

 

 

 

ーーー戦いの前嵐の前の静けさ!!今二人はどんな会話を交わしているのかぁ!!それは皆さんお待ちかねの戦いを通して教えてもらいましょう!!

 

 

 

「細かい事は嫌いなので不正なら戦いの間にやって下さい」ナタシャキ-ン

 

「試合開始と同時に私が投降して安全にっていうのは駄目みたいですね」

 

 

 

「おーい!!生き残って帰ってこいよー!!」

 

観客席から人一倍大きいミツキさんからの応援の声がする。私自身戦わない気満々だったけどこれじゃ逃げられないな。

 

ーーーReady……

 

 

 

「狼さん、頼みますよ」「………」

 

ルナシーさんが鉈をしまい狼が構える。獲物を狩る姿勢だ。これから仲間になるというのに相手は完全に殺す気でいるらしい。

 

 

 

ーーーFight!!

 

「行け、狼さん」「………」

 

ダッ

 

「(えっと、私はどうすればいいので……っ!?)」

 

ルナシーさんの狼は開戦と同時に私に向かって駆け出した。巨体からは想像もつかない俊敏な動きで私との間合いを詰める。

 

一方で私は何をするかすぐに判断できず、何をするでも無く棒立ちでスキを晒すだけである。せめて魔法で身体能力を強化でもしていれば判断に間に合ったかもしれない。だが間合いを詰められてしまい動こうにも既に遅し。相対的な圧倒的なスピードに翻弄され少しづつ傷を負わされる。

 

「かっ……回復を……」

 

「させるな。頭を砕け」

 

「………」

 

「判断が致命的に遅いです。早くして下さい」

 

回復をしようと意識が狼から離れる。そこを突かれ狼は私に飛びかかり私を押し倒した。

 

「きゃっ!!え?嫌……っ……!?」

 

「………」

 

生暖かい鼻息が私に吹きかかる。狼の口から溢れる涎が頭のすぐ横に垂れた。

 

「ごめんなさい。これもお嬢の頼みです。私も死にたくないのでやるしかないんです」

 

「……?(誰の声?)」

 

こんな状態の中、誰かの声が聴こえてきた。実況でも、ましてやミツキさんやルナシーさんでもない、知らない男の声。何かを諦めたような仕方がないというニュアンスの声色で私に向かってだ。

 

「………」

 

狼は大きな口を開け、白く鋭い牙を見せる。

 

「あ……ああ……」

 

それから時間を待たずして私に噛み付く。左半身が狼の口の中に入り込んで、肋骨が折れて心臓が牙に貫かれる。

 

「あ"ぁっ!!痛い痛い痛いいだい!!」

 

「……」

 

狼は私の声など無視して顎の力を強める。このままでは本当に死んでしまう。

 

「っゔうぅ……(耐えた!)」

 

幸運な事に意識が落ちるには過剰な激痛のおかげで意識が落ちずにすんだ。あとはここをどう切り抜けるかだ。

 

「うぁ……やば……」

 

しかし、それも間に合わなそうだ。出血で段々力が抜けていく。おまけに視界まで霞んできた。そんな私の頭に過ぎったのは何故か私を噛む狼の痛々しい姿だった。

 

「(狼さん、すごい傷だったな)」

 

 

 

ーーーおっと!!大ピンチの聖女セレネ、ここでやっと魔法を使用するようだ!!

 

ーーーあの手の光、私も知ってそうな魔法だけどどこで見たっけ?

 

ーーーと、解説ありがとうござ……え、分かんないの?

 

私はかろうじて自由な右手にありったけの魔力を込める。少し目が痛くなりそうな程に手が白く輝き、その手を狼に向けて……

 

 



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【10】……老いた狼

ーーー聖女セレネがようやく狼に初撃を加えた……おっとぉ、これはどうゆう事だ!?

 

ーーーああ、そうゆう事か

 

 

 

闘技場の全ての者が驚愕した。

 

「……!?」

 

「安心……して下さい。私が……ゴフッ……傷を治してあげま……」

 

 

 

ーーーありゃ回復魔法だよ。あそこまで出来た奴じゃないけどどっかで見た事あると思った。

 

ーーーえっと……彼女はなぜそれを対戦相手に?

 

ーーー知ってたらとっくに言ってる

 

 

 

私は血反吐を吐きながら狼に回復魔法を施した。古傷が少しづつ癒えていき、少しばかり老体に活力が戻る。

 

狼もこれには動揺を隠せず顎の力が弱まる。少し隙間が出来た、これで右手の可動域が広がり狼の頭にも手が届きそうだ。

 

「ん"……はぁ……はぁ……古傷、今まで……傷が痛みま……づっ……」

 

息も絶え絶えに狼の頭を撫でる。豪毛の下の触覚にも届くように体に残る僅かな体力を目一杯使って、だけど子供を慰める様に慈悲深く穏やかに。

 

「私は……貴方が何をしよっ"……っても抵抗しません。だから安心して……安心して痛めつけてください……っ」

 

不味い、頭と舌が回らなくなってきた。

 

「狼さん、何を躊躇しているんですか」

 

「………」

 

しかし、ルナシーさんだけは違う。模擬戦だというのに私を殺す気でいるらしくとどめを刺すように催促している。

 

「狼さん」ナタシャキ……

 

ブンッ!!

 

狼は私を地面に向ってゴミの様に投げ捨てた。受け身も取れず勢いで地面を転がる。血と砂埃でグチャグチャな私、もはや満身創痍でありその場から起きる体力もない。つまりこれからは何をされてもあるがままを受け入れるしかない。

 

「お嬢さん、これで宜しいですか?」

 

「こいつみたいなの相手なら合格点です。狼さんはよくやりましたよ。あとは私に」

 

幻聴も出てきた。狼の唸り声が男の声に聞こえる。それより今は逃げないと。だって今の私だと……

 

ーーー聖女セレネ、脱出はできたものの満身創痍!!しかも今度はルナシー本人が直々にブチのめしに来たぁ!!

 

例えば今、相手のルナシーさんが狼よりも遥かにどす黒い殺気を纏い、大きな斧を手にしていても逃げる事さえできないのだから。

 

今の彼女の顔は……見ている余裕はない。だけど声色は変わらず淡々とした口調だ。殺気だけが、私を始末しようとする殺気だけが絶えず彼女の狂気を描き出す。

 

 

 

「あ……貴方も……回復しま……」

 

ゴンッ!

 

 

 

 

 

 

 

「おい、さっきからのアレはどうゆう事です」

 

ルナシーさんは私に向かって斧の側面を叩きつける。今の一撃でも骨の数本は砕けてるだろう。なのにその後も何度も何度も、私の顔、胴体、手足、全身をまるで親の敵の如く私を殴りつける。

 

「貴方が幾ら非好戦的であれどあのザマは何ですか?あんな駄犬にも反応できずにスキを晒して致命傷を受ける、それで戦争に行く気でいるんです?」

 

 

 

ドコッ バキッ ドスッ

 

 

 

「それに自身の身の安全を考えずしかも相手を回復、いくら貴方が偽善者の聖職者でも甘すぎです。優しくて強いを良しとする価値観は絵本の中で終わらせて下さい」

 

「だって……」

 

神様、お許しください。こんなこと言われたら……流石の私でも……文句一つ言いたくなるよっ……!!

 

 

 

「だって?」

 

「……聖典には……人を傷つけちゃ駄目だって……あったから……」

 

「ああそう」

 

ルナシーさんは諦観し、蔑むような目で私を見て斧を構え直す。

 

「じゃ、死んで下さい」

 

そして、躊躇なく私の首元に斧を振り下ろす。

 

 

 

 

 

「っのバカ野郎!!」

 

ダッ

 

「(ミツキさん?)」

 

ガキーン

 

「何故止めるのです?」

 

 

 

なんと観客席にいた筈のミツキさんが斧を剣で受け止めた。斧が振り下ろされた瞬間に走り出してここへ来たのだろう。

 

「お前こいつを殺す気か!?これ模擬戦だぞ!?」

 

「切断しないだけ手加減です。それにこの脳内お花畑には抗う手ははあります。コイツなら怪我なんて魔法を使えばどうとでもなるでしょうしあなたが出る幕じゃ……」

 

「せいっ!!」

 

不意打ちで斧を弾きスキを作り出し私の腕を掴んで安全地帯まで距離を乗る。

 

「セレネ、体はまだ持つか?」

 

「コヒュー……コヒュー………ぁ……平気………で……」

 

「早く回復しろ!!死にたいのか!?」

 

 

 

もはや言葉を認識できてすらいない。だけと彼が何を望んでいるかは分かる。まだ間に合う、霞がかった頭の中に魔法の式がポツポツと浮かび上がってきた。

 

「(あ……だめ……まだ……)」

 

だけど、使わない。私はそれらを振り払ってまで頑なに自身を回復しない。

 

 

 

「おい実況!!試合止めろ!!結果はセレネの負けでルナシーの勝ち、もしくは妨害でノーカンだ!!」

 

ーーーええっと……確か規則だと……いやそんな場合では……分かりました。勝者、ルナシーです!!

 

 

 

「おいセレネ、試合は終わったぞ!!」

 

ミツキさんが私を抱き上げる。

 

「………」

 

「セレネ!?」

 

「………ああ、そうで……す………か………」ガクッ

 

かろうじて理解できた言葉に返事をする。

 

「セレネ……?セレネ……!?セレネ!!」

 

私は落ちゆく意識の中で彼が必死に名前を呼びかけるのを感じながら眠りにつく。

 

「おい、誰か治療できる奴を!そこのお前!こいつを医務室へ!」




次回新キャラとアレが出ます


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目覚めと新たな仲間

「……んん?あれ、ここは……?あれ?ミツキさん?」

 

「王立の病院だ」

 

知らないベッドの上で目が覚めた。病院だろうか、白を基調とした清潔な部屋にベッド、それと花瓶の置かれた木製のサイドテーブルとシンプルな部屋。

 

「私、どれくらい寝てましたか?」

 

「約三日だ。その間ずっと寝っぱなし」

 

あの後私の身は救護班の手に渡りここへ担ぎ込まれて治療を受けたらしい。怪我のほどは上位の回復術師数人がかりで約2日、要求される技術精度と傷の具合にしては早いほうだそう。

 

「ありがとうございます。態々私の為に何人も動いてくれて」

 

「それよりも、だ。セレネ、何故あの場で自分に回復魔法を使わなかった?お前じゃ治せない物とかだったのか?」

 

「いいえ、私なら……命が保証されるまでに治すには多分10秒もかからないかと……」

 

「じゃあ何で余計に使わなかったんだよ!!こっちは心配したんだぞ!!」

 

ミツキさんは大声で私を怒鳴りつける。これについては何も言い返せない。

 

「……聖典には」

 

「聖典?ああ、お前前は修道女だったんだよな。それが?」

 

「強きものは弱きものを守れ、強き力を持つものはその力に溺れる事なく奉仕に尽くせ、とあるので……それに従ったまでです」

 

消えかかった声でそう呟く。暫くの間、私達は互いに何も言えずにいた。

 

「……セレネは優しいんだな」

 

「そんな、私には勿体ないですよ。その言葉は自分にかけてあげてください」

 

 

 

コンコンコン

 

「回診に来ました」

 

医者が来た。女性の声だから看護の方かも。

 

「誰かいらしましたね。入って、どうぞ」

 

「あの声どこかで聞いたことがあるような?」

 

ガラガラガラ

 

「おー?その様子だと目は覚めたみたいだね。おはよう」

 

入ってきたのは病院の方?だった。どこかで見たような顔だし服装もお医者様にしては少し変わっている。

 

「ちょっ!おま!?」

 

「ふふふ、まさかここでナース服を拝めるなんて思ってなかっただろう?ミツキくん」

 

「それもそうだが……お前は闘技場の案内人!?」

 

「イェスアイアム。僕だよ」

 

ああ!!確かに指摘されてみればあの黒髪のきれいな彼女である。

 

「闘技場の……案内の方が何故ここへ?」

 

「闘技場でのゴタゴタは私の管轄下でね。上から責任撮ってこーいって言われて下請けという名の部下に仕事全投げしてお見舞いに来ちゃった」

 

「お仕事はちゃんとしなきゃ駄目ですよ」

 

「それよりも体の方は?結構ひどい怪我だったけど実は知らない所で治ってなかったりしてない?」

 

「多分平気です」

 

「ところで、来てるのはお前だけか?」

 

ミツキさんが彼女に尋ねた。多分今病室の外から少人数の足音が聞こえるから彼らの事を聞いているのかも知れない。静かな室内だと遠くの音が響いてよく聞こえる。

 

「ああ、それならそろそろ……」

 

ガラガラガラ

 

「始めまして聖女ちゃん。リューナちゃんがやって来ましたよー!!」

 

「煩いですよ。ここは病院内なので静かにして下さいこの『自主規制』」

 

今度はノックもせずに人が入ってきた。

 

一人は三日前に手合わせしたルナシーさん、もう一人は初めて見る顔だ。

 

「リューナさんですか、始めまして。セレネ ブラインドと申します」

 

「知ってるよ、だって貴方有名人だもの。私は賢者という名前の天才魔女っ子リューナ クロートザックちゃん!よろしくね!」

 

彼女は青い長髪で碧眼の綺麗な女性だ。綺麗といっても案内人とは違って大人の美しさが大部分を占める。高身長、豊満で出るところはしっかり出ていて、かつそれでいて絞れる所は絞られている正に美人を体現した人。なんだけど……その……

 

「リューナさん19歳らしいですよね。その年でその自己紹介は無いです」

 

「19!?おいおいおいルナシー本当か!?そりゃ少し……大分やべえな……」

 

「うん、胸囲の驚異はミツキ君には少々刺激が強すぎたかな?」

 

ルナシーさんとミツキさんはリューナさんのセンスにドン引きしている。一人は胸に驚いたらしい。うん、そうだ。私もそう思う。彼女は外見と年齢に対して感性の部分が致命的におかしい。

 

賢者ではなく魔法使い自称する様に身の丈ほどの物々しい杖を背中に担いでいる。さらに服やその杖からに膨大な魔力が内包されているらしく特に何もしてなくても魔力的な存在感が絶えず発生してる。頭にかぶる大きな帽子も本でよく見るそれらしい。

 

だけど、何というか……ポップな水色のカラーリングでそれでいて出るところが出た構成された際どいデザインなのだ。色合いだけならルナシーさんくらいの子供に似合うのに踊り子のように扇情的な……その……ああっ!!羞恥心が働いてまともに明言できない!なんで!?

 

「えっとその、可愛らしい服ですね」

 

フリーズしかかった頭から遂に出た言葉がこれだ。我ながら恥ずかしい事この上ない。

 

「セレネさん、多分これ無理しなくていい奴です。私はさんざん言ってきたので容赦なく言ってやってください」

 

「これ。前どこかで見たことあるぞ。これが魔法少女ってやつなのか?いや違う、絶対違う」

 

「彼女これで職場に行けるんだから世界は広いよね。僕の職場もこういうの欲しいな」

 

唯一案内人さんだけは楽しそうである。見かけによらず彼女もそちら側の人間なのだろうか。

 

 

 

「さて、全員揃ったことだし今度は私のターンかな」

 

案内人さんが病室から居なくなっていた。行き先も伝えず何処かに行ってしまっから多分仕事に戻ったのだろう。

 

「いや、僕はまだ仕事に行かないよ?君達には話があるし」

 

あ、何だ扉の前にいたのか。

 

「あの、私達と話すのも良いのですがそろそろお仕事に戻られたほうが……」

 

「いいや、これからが私の仕事さ」

 

 

 

彼女が扉を開くとそこには闘技場のあの黒い姿の彼女が。まさかあの一瞬で早着替えを?

 

「それじゃここに勇者『5人』が揃ったことだしこの場で自己紹介でもしようよ」




次回ポロリもあるよ


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国に選ばれた色物

「それじゃここに勇者『5人』が揃ったことだしこの場で自己紹介でもしようよ」

 

ここに勇者が5人そろっているの!?てことはこの案内人さんも……

 

「うん、そうさ。ここには国に選ば「国に選ばれた武力のある色物共がこの場に5人揃ってしまったんです。あと一人は聖女だから4+1が正しいです」

 

ルナシーさんが案内人さんの言葉を遮ってそう説明した。

 

「……あー、色物かどうかはこれからその目で確かめて見てくれるかい?」

 

「勇者が……ここに。はあ、そうですか。そうですか……」

 

「じゃあお前らがこれから戦場を共に歩む勇者仲間ってことか。よろしくな」

 

「じゃあ自己紹介とかしなきゃね。誰が一番にやる?」

 

各自反応は人それぞれだ。私もこれから生死を共にする仲になる者たちの事は早く知っておきたい(なお既に一人から殺されかけた事は一旦放置する)。

 

「じゃあ、私から始めませんか?」

 

「それじゃあよろしくね。僕は……最後で。僕は自分の番が来るまで案内人らしく補足に徹するから」

 

ーーー

 

 

それから簡単に私の名前と修道院にいた事、それとあんまり戦いは好きじゃない事を紹介した。

 

「……という事なのでよろしくお願いします」

 

「修道院はたまにタダ飯食いに行ってましたね」

 

「シスターさんなんだー!!それで回復魔法が使えるんだね!!」

 

「俺は前にも聞いたな、よろしくな」

 

「僕から説明しておくと彼女はこの戦争の現状一番の主力になる予定だから、期待しておいてね」

 

「という事なので詳しい事は改めてえ"っ!?」

 

たった今聞き捨てならない事を案内人さんが話した気がする。他の人に同情を求めようと周りを見ると

 

「そうですか」

 

「まあ、そうなるよね」

 

「な、納得してるー!!」

 

「君が寝ているスキに二人が魔導書を読んだみたいでね。あれだけの魔法を平気な顔して使えて弱いわけないでしょ。属性相性的にも相当強い魔法まで理論上は使用可能そうだから主砲として頑張ってもらうよ」

 

やっぱりというか、私が回復役という希望が絶たれた気がする、いやした。

 

 

 

「それじゃあ次は俺で。ミツキ ミナモだ。宜しくな」

 

そういえばミツキさんの経歴はまだ聞いたことがない。村で冒険者の代わりをしてた事は教えてもらっているけどそれ以上は今日話してくれるのかな。

 

「俺はただの村の冒険者だ。たまに行くギルドじゃ英雄とか勇者とか言われてる」

 

「うわっ……私でも分かるくらい情報源がまるで酷いですね」

 

「あっギルドかー……それは……うん」

 

あれ?反応が悪い。私を助けた時あれだけの身体能力を発揮していたからしっかり強い筈なのに。疑問に思っていると小さな声でリューナさんが教えてくれた。

 

「(混乱してるセレネちゃんにお姉さんがアドバイスだよ)」

 

「(アドバイスって、何故貴方方はギルドと聞いて反応が微妙なんですか?それとお姉さんって!?)」

 

「(いいじゃんいいじゃーん!!実際セレネちゃんより年上だからお姉さんでしょ!!強いは人はギルドなんか行かずに辺鄙な所とか檻の中とか人基本的に目につかない所にいるの。だから基本他が強すぎるのもあるけれどギルドには私達より弱い人しかいないんだよ!)」

 

「(檻ってまさか犯罪者さんですか!?)」

 

「おいおい、なんでお前らそんな憐れむような目で俺を見るんだ?」

 

一番この状況を想定していなかったのは彼ミツキ本人だった。

 

「魔法は体系化こそしてないけど全属性を最上級まで使えるし剣術体力もギルド最高峰とかなんだけどなにか問題でも?まさか俺が弱すぎるのか?」

 

「うん。確かに君は田舎の辺境にいるギルド最強の冒険者で村人な君は有名人だよ。だけど知名度だけが取り柄の君を戦争に採用する価値はない、弱いから。ギルドの宣伝と物資提供の為の人柱として頑張ってね」

 

「あ、そうゆう事でしたか。道理でこんな3秒で殺せるような風の前の塵がここにいる訳ですね」

 

「言い方ァ!!どうしてこんなボロクソなんだ!!??」

 

「(因みにルナシーさんはああ言ってますがリューナさんは?ミツキさんがああなら私の本格的に出る幕がある気がしないです)」

 

「(ミツキちゃんはパワー、スピード共に不十分だね。知識も微妙だし。セレネちゃんは職業柄回復ができるしそもそもの運用法が違うと思うから心配しないで。それにセレネちゃんには魔法の知識があるでしょ。自身持って!!)」

 

逆に他の三人はどれだけ強いのか気になる。それと結局情報量は増えないままだった。

 

 

 

「3番目は私!!リューナ クロートザック、王立大学に通う一般魔女っ子だよ」

 

リューナさん曰く、普段は国一番の研究室で最先端の魔法の研究をしているらしく、その噂を聞きつけた軍から収集がかかったらしい。

 

戦力としての特徴は全属性の魔法の取得、かつその膨大な魔力の量だ。大学での研究成果である最先端魔法から使用者一桁のマイナーな魔法まで余すことなく使用可能というらしい。その道では国最強を聞かれれば彼女の名前がまず挙がるほど。後で個人的に新しい回復魔法を教えていただきたい。

 

「王立大学の学生さんですか。お勉強好きなんですね。何年生ですか?」

 

「いや?僕の手元のデータによると彼女は違うよ」

 

「そうですよセレネさん。勉強なんて馬鹿がやること誰が好きになるんですか」

 

「そーだよ!!リューナちゃんは大学生じゃなくて教授、つまり大大大天才なのだー!!」

 

「へー教授さんで……え!?」

 

そして、案内人さんからの追加説明が入る。彼女は19歳なのに既に教授という恐ろしい立場に就いているという。現在の高度な魔法に使用されている魔法の式は大抵彼女の研究成果で発見されたらしい。古めの魔導書しか持っていなかった為私は知らなかったが最新の魔導書には何処にでも名前が載るという程の有名人でもあり自称天才もあながち間違えではない。

 

「国家主導の教育機関のトップがこんなんで平気なのか?」

 

「平気な訳無いでしょうこんなの。それと貴方のいたギルドも似たようなもんです」

 

「魔法の事なら安心して、分からないことがあったら手取り足取り教えてあげるからお姉さんにいつでも聞いてね!」

 

「その体、女教師、手取り足取り……ふふふっ」

 

案内人さんは今間違いなく不純でいやらしい妄想をしている。下品な笑みが気持ち悪い。

 

「それとどうしてそんなやべえ服装なんだ?」

 

ミツキさんありがとうございます。それは私も気になる所だ。

 

「動きやすいから!」

 

「(えええええええええ!?そんな理由で!?)」

 

 

 

 

 

「ルナシー ローケプヘン。魔法は使えませんが接近戦が得意です。よろしくお願いします」

 

彼女は最低限の情報のみを話して話を終わらせた。

 

「それだけですか」

 

「ええ。私にはそれしかないので」

 

「それじゃあ僕から補足。彼女は黒き森出身の人間であり人型の化け物さ。時にミツキ君、森の大神の名前は知ってるかい?彼女はその化け物の孫だよ」

 

森の大神?聞いたことがない。しかし、ミツキさんはその名前に心当たりがあるのか名前が出た途端顔が真っ青になった。

 

「森の大神ってギルドだと一類禁忌指定神話生物のクエストに入ってたような」

 

「禁忌指定は母で大神は祖母です。あと周辺地域侵入が二類だと思います」

 

「お母さんも強いんだ!!いいなー身近に強い人がいて」

 

彼らはその言葉の意味を知っているらしいのだが無知な私はその言葉を聞いても特に意味が分からない。どうゆうことが説明してほしい。

 

「簡潔に言いますと彼女がその気になれば戦争が終わります」

 

「ん?それなら私達いらなくないですか?」

 

「制御不能で暴走、敵見方第三者見境なしに喧嘩をふっかけて世界から生物が死滅します。本当にこんな人の様な何かに挑もうとする馬鹿を抑制してくれるのだけがギルドの唯一の取り柄です」

 

私より人間兵器じゃん!そもそもその人本当に人間なのか?

 

「だから代わりに話の通じる彼女に参戦してもらったのさ。ま、彼女も相当なバトルジャンキーで血の気の多い方だけどね」

 

話が通じるとは何かの冗談なのだろうか?私、殺されかけましたけど。

 

「強い奴と殺し合うつもりでいたのに貴方みたいな腰抜けと当たったら誰だって普通はキレます」ナタシャ-キン

 

「ルナちゃん病院に武器持ち込みは危ないよ。お姉さんが没収だー!!」

 

あ、多分これルナシーさんとは分かり合えないな。心のなかでそっと呟く。

 

 

 

「それじゃあ最後は僕かな?」

 

最後は案内人の方だ。先程までの名前を考えてみるとあと出てきていない勇者は黒姫 Black Queenさんだけだ。

 

「他の人は名前出ちゃったし僕は簡単でいいよね」

 

「僕はクロヒメ ナツメ。二つ名はBlack Queen」

 

案内人の名前はナツメさんだった。彼女は一体何ができるのだろう。

 

「さあ、なら当ててみてくれるかい」

 

「当ててって、お前ら分かるか?セレネと俺戦い方見てないし」

 

「……格闘家ですか?」

 

ルナシーさんが答えた。

 

「えー!!ルナちゃん分かるの?私全く分かんなかったんだけど」

 

「……さっきからルナちゃん呼びしてますが止めて頂けませんか」

 

「ほう?理由は?」

 

「そうだ、俺も理由が聴きたい。正直こんなヒョロそうな奴が拳握ってる姿想像できないな」

 

「歩き方、それと姿勢。何処かで矯正しました?」

 

歩き方……彼女らしい視点だ。接近戦で修羅場をくぐり抜けてきた彼女なら体の動かし方の癖から何かを読み取ったのかもしれない。その真意は治療特化の私にはさっぱりだけど。

 

「動きの節々が時々不自然です。私もそうですが接近戦ばっかりしていると戦いの癖が日常出でてきてしまうんですナツメさんの場合時々動作が荒々しくなります。主に足、歩き方が若干がに股気味になってますね。姿勢の方は……」

 

「残念、不正解。確かに少しばかり戦いの心得はあるけど私はただの司令塔だから表には出てこないよ。だけど別の方がバレちゃったか、さすが接近戦特化」

 

話している途中でナツメさんが答えを言ってしまった。だけど別の方とは……?

 

「本職は軍事系のお仕事。だけど今は勇者5人の特殊部隊の司令役。つまり私は戦わないで君たちに王様から下された軍の面倒事を聞き流して君達に投げる役割だよ」

 

「つまり軍人って事か。本職の階級は?」

 

「騎士団長」

 

………

 

………………?

 

 

「「「「騎士団長(かよ!!)(ですか!?)(ですか)(って何だっけ?)」」」」

 

満場一致、思わず叫んでしまった。だって騎士団長ってそう簡単になれる役職じゃないでしょ?それが女性で、しかもこんな普通の人みたいな雰囲気だから驚かない訳がない。

 

「女で騎士団長……今まで内心馬鹿にしてたけど、もしかしてこいつ相当有能か?」

 

「いやぁ有能だなんてそんな。僕も嬉しい限りだよ」

 

「え、つまりどうゆう事なの?ルナちゃん教えて?」

 

「簡潔に言いますと偉い人です。あともしかしたらコイツがこの中で一番の色物なのかもしれません」

 

「ところで、別の方とは一体?さっきのルナシーさんの説明の何が問題なのですか?」

 

「え?ああ、それは……ミツキ君、ちょっとこっちへ」

 

「お、おい。今度は何だ」

 

彼女は彼の手を引き病室の外へ出ていく。

 

 

ガラガラガラ………

 

 

彼女は彼と何をしているんだ?

 

 

 

ナンデオレダケヨビダシタンタ?ホカニテキニンガイルンジャ……

 

キミダケダヨ。ソレニ、コジンテキニオレイガシカタカッタノモアルカラ、ネ。

 

アア、ナラシカタナイナ。ソレデ……

 

 

 

………

 

………………

 

 

 

ギャァァァァァァァ‼!

 

チョットコエオオキイヨ。モットシズカニ。

 

 

 

ガラガラガラ………

 

 

 

扉の先から叫び声が聞こえてきて、それから彼らは部屋へと戻ってきた。ナツメさんは今までに無いくらいの楽しそうな笑顔で、対してミツキさんの方は何故か放心して虚空を見つめている。

 

「……」

 

「ふふふっ」

 

「さっきミツキさんのすごい叫び声が聞こえてきましたが一体?」

 

「ついてた」

 

「?付いてたとは何がどこに?」

 

「…………………男だ。こいつ……男だった。20cmだった」

 

「ふふふっ。僕を女性として見てくれた彼にお礼をしたかったからちょっと見せてきた」

 

 

 

………え?

 

「嗚呼、なるほど。ようやく合点がいきました」

 

「つまり男の子?こんなに可愛いのに!?」

 

「男の子だなんて、僕はもう20歳超えの立派な成人さ……ってセレネ君?」

 

「………ちです」

 

「セレネ君?」

 

 

 

 

 

 

「ははは破廉恥ですよ!!ななんで男の方なのにじょじょ女性の格好なんて……しかもミツキさんに一体何を見せたんですか?」

 

私は病み上がりの体でベッドに立ち上がりナツメさんを叱る。しかし私自身ルナシーさんと別ベクトルでここまで倫理観に欠けた行為は慣れておらず、恥ずかしさの余り頭の中は沸騰し顔を真っ赤にして噛み噛みな口で怒る。

 

「見せたって、ナニを見せたと思う?正解はナニ……」

 

「そうゆう事じゃなくて!!何故そうも道徳を態々侵しに行くような真似をするのですか!!?」

 

「えー、面白いじゃん。あ、そうだ。興味があるならセレネ君も見ておく?」

 

「見る訳ないじゃないですか!!」

 

「私は見てみたいよ?」←好奇心

 

「少し興味があります」←潰したい

 

「………ああ、汚された……婿に行けねえや……」←放心

 

「ああもう!!取り敢えずみんな床に座りなさーい!!」

 

この後、部屋の隅でリューナさんとルナシーさんががすすり泣くミツキさんを慰めて、その横で私がナツメさんを滅茶苦茶叱った。

 

 




12話でやっと5000字越えるとか前作並行執筆途中とはいえどうなのかと……とりまここから先は本調子に戻ります。おそらく字数が3〜5000前後になるかと(おまけ除く)。

作品の続きが気になる方はぜひ評価と感想よろしくお願いします。

仲間に頭やばいやつしかいない。自分で考えたキャラだけどストーリーどうするゾ……


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退院はしたけれど

現在時刻 退院した日その日の夕方

 

現在位置 病院玄関

 

「やーっと退院ですよ」

 

あれから私の起床を聞きつけたお医者様に私の身体を見てもらって、特に異常も見られず退院した。

 

他の三人、ルナシーさん、リューナ、そしてミツキさんは軍が用意した私達用の兵舎に移動したらしい。

 

「お疲れ様。気分はどうだい?」

 

「ええ、お陰様で。……まさかまたいやらしい事でも考えているんですか?」

 

「やだなぁ。僕もそこまで節操なしじゃぁ無いよ」

 

送り迎えの為にナツメさんが私を待っていた。相変わらず国の大きくて豪華な馬車が病院前に止まってその周りに人々が群がっている。

 

「さあ、君目当ての人が集まる前に早く帰ろうか。セレネ君」

 

彼女……彼が私に手を差し伸べる。

 

「ええ、そうですね」

 

私はその手を取ることなく彼女を置いて馬車に乗る。

 

「出発してください」

 

乗車と同時に御者さんにそうお願いしてすぐにドアを閉じる。

 

「…………ちょ!?え、僕まだ乗ってな

 

ヒヒーン

 

馬車はナツメさんを病院に残したまま宿舎に向って出発した。周りの群衆は私の乗る馬車を追いかけてゆっくりと移動していく。しかし馬車の速度の方が微妙に早く暫くして人混みは見えなくなった。

 

「……ここからあそこまで何キロだっけ?」

 

移動手段を無くし、途方に暮れるナツメ。とりあえず帰宅の為に帰り道を思い出す所から始めなければ。

 

ーーー

 

「……そういえばナツメさんがまだ乗車してなかったのに出発してしまいました。大丈夫でしょうか」

 

出発後数分してやっと気づいたが時既に遅し。既に馬車は病院を遠く離れ貴族や富豪の住む豪勢な住宅街の近くを通っている。時間的にも徒歩では苦しそうだ。でもまあ、彼の事だしどうにかなるだろう。

 

話は変わるが馬車の窓から見える家々に目をやる。私のいた修道院よりも大きく華やかな家が連なり、道を通る人も皆一様に高価そうな服を着ている。御者さん曰くここは王都でも特に地価の高い一帯であるらしく私達の滞在する所はその中でも特に高く所らしい。勿論、兵舎なんて作っていいところではないとのこと。

 

「(兵舎と聞いてお世辞にも良い環境とは言い難いところを想像してましたけどこれはこれで何をされるのか分かりません)」

 

心配になりながらも馬車に揺られて目的地に到着した。

 

「……えっと、場所ここであってますか?」

 

案内された建物は他の建物に習い大きな家だった。しかし周りのみと比べても2、3倍ほど大きく、私の修道院がすっぽり入ってしまいそうだ。おまけにそこそこの庭までついていて正にいたれりつくせり。というよりもはや過剰供給だ。

 

家の門を開けて中を覗いたあと恐る恐る敷地へ入る。本当にここでいいのかな?心配だな……

 

「おや、これは聖女様」

 

庭のオブジェの死角にいた男に声をかけられる。

 

「うひっ!?え、もしかしてここじゃないですか?すみません。今出ていきますね」

 

「あ、大丈夫ですよ。勇者様方の兵舎ならここで合ってます」

 

なら急に取り乱してしまったのは悪かった。冷静になって声の主のもとへ向かう。

 

「そうですか、ありがとうございます。先程話しかけてくれた方は何処へ……」

 

しかし、そこには人の姿はなく、代わりにそこにいたのはどこかで見た覚えのある狼のオブジェのみだった。ってこれまさかオブジェとかじゃなくて本物?

 

「お、狼!?もしかしてあのとき戦ったルナシーさんの」

 

「はい。あの時はお互い災難でしたね」

 

 

 

しかも喋った!?あの巨体の狼が!? 

 

私の聞き間違えか誰かのいたずらかを疑う。しかし他に周りに人もおらず状況証拠だけであればそれを信じざるを得ない。

 

「狼……さん、喋れたんですか?」

 

「そうです」

 

「……世界って広いですね。獣人と一部の高等生物が人語を話す事は知っていました。けれど普通の動物までとは初めて知りましたよ。まだまだ私も知らない事ばかりですね」

 

「気にしないで下さい。私が少しばかり変わり者なだけで聖女様のその反応が正常な反応です」

 

しかもこの狼さん滅茶滅茶丁寧な言葉遣いである。自虐気味だけど私への気遣いもしてくれるなんて。

 

「聖女様のお体のお怪我のほどは……」

 

「もう治りました。狼さんこそ体調におかわりありませんか?」

 

「寧ろ調子がいいくらいです。お嬢からの傷を治していただいた聖女様の魔法のお陰です」

 

嫌な予感はしていたがあの痛々しい傷はやっぱりルナシーさんからのだったのか。だとしたら普段から私にしたような事を彼女は行っているのかも知れない。だとすれば彼女は調教師と言うのにはいささか暴力的すぎると思う。

 

「(自分のパートナーの動物に暴力をするとは見過ごせませんね)そうですか……」

 

「それより、私と話しているよりも中へ入られては如何でしょうか。皆さんがお待ちです」

 

ああ、それもそうだ。中では既に先にここへ来た私の仲間がいるのだから待たせては悪い。

 

「そうですね。では」

 

ーーー

 

建物内は外観に見合った豪華さ。最早兵舎というより貴族の町屋敷と言ったほうが正しいのではないだろうか。おまけに使用人まで用意される物だからいきなり一般聖職者が貴族の子になったみたい……あ、設定上は私も貴族の子供だった。

 

「(……ああ、目眩がしてきた。ここまで来ると気が引けます)」

 

そして案内されるがままに自室へと通される。セレネと掘られたプレートのついた扉を開ける。

 

「(お、ここは雰囲気が落ち着いてます)」

 

 

部屋の中は一転、質素な部屋だった。広さはあるものの飾り気のない木製の家具がいくつかあるだけ。ベッドとタンスそれと書き物机と本棚、以上。本当はもう少しだけ狭い方が落ち着くのだけど変に調度品が置かれた気の休まない部屋より遥かに好みだし、何より与えられた物に文句を言ってはいけない。

 

机に私の荷物が入った袋が置かれていた。私の寝ている間に誰かが移してくれたのだろう。一応無くなったものがないか調べる。

 

「……寧ろ多い?」

 

袋に手を突っ込んだら知らない紙、ナツメさんからの手紙だった。

 

手紙は4種類ある。1つの中身を開けて読むと、予想道理私が寝ているスキに荷物をここへ移したこと、加えて私の魔導書と研究書を勝手に覗いたことの謝罪が一枚。

 

もう一つはここの説明だ。ここは元々彼の持ち家らしくそれを私達用に(国からの補助金をせしめるのに)改造したらしい。だからここでは私達が何をしようと自由という。三枚目の紙はこの家の見取り図だ。設備はワインセラーやら何やらこれまた豪華。そして他の方の部屋の位置もここに書かれている、後で寄ってみよう。

 

そして4枚目は今後の予定らしい。闘技場での予期せぬ事態によって王への謁見や民衆への告知等々のイベントが変更、または取り潰されて赤字で修正が入っている。なお、既に二日後に軍上層への顔出しやその後も色々とするらしくしばらくは戦わないそう。個人的にはこれは嬉しい。

 

「……と、まだ裏がありました」

 

裏が少し透けて反対の字が見えた。

 

「…………はぁ。どうしてこうも神は私を試すのですか?」

 

しばらくは戦わないと言ったがそれは嘘のようだ。裏には既に私達の出動する任務についての詳細があった。ざっと見て分かったのは出発は2週間後だと言う事。

 

 

 

 

 

コンコンコン

 

 

 

そして休む間もなく来客。

 

「?何方でしょうか」

 

バアンッ!!

 

「私です。昼間ぶりですね、セレネさん」

 

ルナシーさんが勢いよくドアを開けて入ってきた。室内だというのに相変わらず鉈を携帯している上、その手には空の酒瓶が握られている。顔もよく見ると少し赤い……え、この年で開けてるの?

 

「酔ってないのでセーフです」

 

「そうゆう問題じゃないと思うのですが……」

 

「夕飯はもう少し切りそうなので、それを伝えにきました。それと個人的な質問があります」

 

質問……心当たりはある。

 

「質問とは何でしょう?」

 

「何故闘技場で死にかけたのに反撃をしなかったのですか?それどころか自分の回復はせずにあのワン公の方を回復して。私には理解できません」

 

剣のように酒瓶を私に向ける。

 

「まずそれを下ろしてください」

 

 

 

私は部屋のドアを閉め、彼女を適当な椅子に座らせてから理由を話した。

 

「神父でもなんでもない私が人に物を言うのは気が引けますが……聞きたいと言うなら話します。私は聖職者です。迷える人々に神の救いの手が届くように人々に尽くす、それが使命です、少なくとも私の中ではですけど」

 

「それで、なぜ私を殺しに来なかった事に繋がるのですか?」

 

彼女は感情の無い顔で答えを催促する。獲物を見定めるようにじっと私の目を見つめて離さない。これには恥ずかしいというより恐怖を感じる。

 

「私の派閥だと自分の為の争いで人を傷つけてるのは神から禁止されている行為です。例外こそありますかなんにせよ修道女の私がルナシーさんに魔法を撃ち込むことはできません」

 

「……それで?」

 

「それだけです」

 

答えられることは答えた。彼女は依然として無表情は貫いたままだ。

 

「本当に?」

 

私にそう問いかけながら彼女は酒をラッパ飲みし始めた。半分ほど入った酒を一気に飲み干すつもりだろう。倒れないか心配になる。

 

「はい、それに私個人、人に危ない事をするのは苦手で……」

 

 

 

 

 

ブンッ

 

 

 

スコーンッ!!

 

「嘘を言うな」

 

彼女の投げた鉈が頬をかすめる。5mm程の浅い傷から血が出てきた。呆然とする私を無視してルナシーさんは壁に刺さった鉈を抜く。

 

「んしょ……しかし、貴方が妄信的なカルト信者で良かったです。アレが単なる同情とか子供だからとかの下らない理由なら今ここで殺してました」

 

「それと一つ、私にさん付けはいりませんし私からも付けるつもりはないです。それでは、セレネ」

 

バタン

 

 

シーン……

 

 

 

結局彼女は嵐のようにやって来て場を乱すだけ乱して帰っていった。

 

「……あの御方は一体何をしたいのですか?」

 

 




タイトル変更をしました。元々乗りで書いてたからどんどん方向性が変わって何か言われそうだなとは思ってたけど……とついにご指摘を頂いてしまいました。ですがご指摘されたうちの序盤の展開の不快感については現在理由を作っているところです。

ご理解の程よろしくお願いします


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作戦会議

タッタッタッ……

 

ガチャッ

 

「ただいまァ!!ナツメ帰ってきましたァ!!」

 

 

 

現在時刻 午後七時

 

ダイニングルームにて夕食を取る私達の所に息を切らしたナツメさんが飛び込んで来た。結構な汗を流している所から本当に走ってきたのだろう。

 

「よう、ナツメ遅かったじゃねえか」

 

「ごめん……ゲホッ……病院で馬車に乗れなくて走ってきたからね。遅くなった」

 

「はははっ!ナツメはドジっ子なんだね。着替えてシャワー浴びてきたら一緒にご飯食べよ!!」

 

リューナさんとミツキさんは彼を笑いながらも心配していて言葉をかける。詳細を知る私はただ心の中で彼女に謝っておこう。

 

「そうするよ。あと夕食はもっと後にする。君達の夕食が終わったら僕にはやらなきゃいけない事があるんた」

 

 

 

「夕食後、全員僕の部屋集合で。二週間後の戦いの詳細を話すから」

 

ーーー

 

そしてその時間となり部屋の前にナツメさん除く4人と一匹が集まった。

 

「わー!でっかいわんこだ!!もふもふだー!!」

 

「止めてください」

 

リューナさんはルナシーさ……ルナシーが一応仲間だからと連れてきた狼さんを全身を使って抱きしめている。彼はもふもふというには剛毛な気もしなくもないが平気なのか?本人も嫌そうでもある。因みにミツキさんは何故狼さんまでこの話に参加をするのかに一言言いたげな目線を送り続けている。

 

ガチャッ

 

「お、ちゃんと皆集まってるね。待たずに勝手に入っても良かったのに」

 

ナツメさんの部屋に全員が入室した。彼女の部屋は彼女らしく男性とは思えない薄いピンクで統一された女の子が好むような可愛らしい部屋だった。

 

「趣味の悪い部屋ですね」

 

「ルナシー、いくら思ってても言っていいことと……うん、ごめん。俺もそう思う」

 

ルナシーとミツキさんは彼の趣味に引き気味である。対してリューナさんは目に入る全てに目を輝かせている。私は人の趣味にどうこう言うつもりはないのでできるだけ平静を装う。

 

「じゃあ話を始めるよ」

 

そう言って彼は一枚の地図を机に広げた。地図上の赤丸の付いた箇所が今回の目的地らしい。

 

「僕達は二週間後ここへ移動する。多少の距離はあるけど王都からは転移魔法で一気に行くから移動時間は無いよ。でも一方通行だから一度行ったら暫くは王都に戻れないからこの二週間のスキマ時間を使って各自準備をしておいて」

 

「準備にしては時間がないな。武器とか道具を王都で全部揃えるとしても資金は?」

 

「国から補助(多方面から絞った賄賂)が出る。この際ミツキ君は強めの防具でも買ってきたら?」

 

「だな」

 

相変わらず太っ腹。武器を使って戦うミツキさんやルナシーにとってはこれは最高だろう。だけれど私は剣や道具を使う立場ではない、強いて言えば魔導書やら杖だが期間が期間なので魔法は取得ができるか怪しく何よりどちらも高すぎる。お気持ちだけありがたく戴いとこう。

 

「で、どんな事をするの?どんなリューナちゃん特製魔法が使えるか考えたいから早く教えて!!」

 

「地図上のこのあたりは高い山に挟まれて普段は交通の拠点として商人とかが使ってる。だけど敵がここに自立型の魔導兵器を廃棄したっぽくて。軍にとってもここは補給に使えて戦術的に役立つしここに居座られると都合が悪いから倒す」

 

「自立魔導兵器って……人とか生き物とかの類かは判別できますか?」

 

私にとっては生物と非生物の違いは大きい。

 

「うーん、それはまた分からないかな?敵国のことだし何がどう出るかは僕も予想ができない。確か君は自分の手を汚すのに抵抗感があったね。最悪後方支援に徹してもらえばいいけどどんな生物でも敵くらいはちゃんと攻撃してね」

 

「うーん……そもそも戦い自体を避けられれば……」

 

「ごちゃごちゃ言ってないでやる時はやって下さい。一応あなたも『勇者』と共に戦うんですから」

 

ルナシーに痛い所を突かれた。そうだ、私は役割こそ聖女だけれど勇者と同じ戦う立場の者だ。

 

「で、さっさと兵器について教えて下さい。ぶち殺す対象の事はどれだけ知ろうが悪くはありません」

 

「それがね……全く分からないんだ」

 

つまり兵器の情報が全く無いという事。これには戦いに慣れている私以外その重大さを身を以て知っていて苦い顔をする。あ、リューナさんはなんか嬉しそう。研究のしがいがあるって感じでワクワクしてる。

 

 

 

「ちょっと待って、資料出すから」

 

地図を丸めて今度は書類の山から1枚の紙を探しだした。

 

「これは谷周辺の被害情報をまとめた奴。一応あの辺の兵を派遣したらしいけど誰も帰ってきてない。その後ちゃんと武装させた調査隊を送り込んだら鎧に大穴空けた兵士が一人だけ帰ってきてその後死んだ」

 

それは……なんで酷い……

 

「それならギルドの連中も動員したらどうだ?Sラン冒険者を数パーティ用意すれば……」

 

「あんな底辺が数でどうにかならなかったから私達が派遣されるんですよ」

 

ミツキさんがいい提案をしたのにルナシーに却下された。人を増やすのも良い手だと思うが。

 

「……お前、前もギルドが信用出来ないとか言ってたよな。仲間じゃないけど流石にこれ以上同業者(なかま)を馬鹿にするな」

 

ルナシーの発言にミツキがキレた。剣は部屋に置いてきたらしく睨みつけるだけであるが今すぐ斬りかからんとばかりの顔つきだ。

 

「わわっ!!二人共落ち着いて下さい」

 

「セレネちゃんのゆーとーりだよ!!喧嘩はお姉さんが許しませーん!!」

 

喧嘩になりそうな二人を鎮めようと慌てる私とリューナさん。ナツメさんはそれを笑いながら見てから一言。

 

「ルナちゃん正解」

 

「なっ!?」

 

正解って、まさか私達以外が既に……?

 

「ルナちゃん言うな。でも、やっぱりそうですか」

 

「因みに……今どれくらいの方が挑まれたのですか?」

 

「彼の言う通りSランパを数個、を3回。みんな死んだよ」

 

「Sランが負けた!?」

 

Sランの冒険者というのがどれほどの物か知らないが私達(私以外)くらいの強さの人が負けたという認識でいいだろう。

 

「情報が少ないからって事もあるけどこれは異常でしょ?多分そもそも正当法で倒しちゃいけないタイプなんだろうね」

 

「そもそも力はあるけどなーんかスピードに欠けるからね、ギルドの人」

 

「そうですリューナさんの言う通りです、負け犬。この前試合で第4第5試合で私とリューナさんにボコボコにされた事忘れてません?」

 

「……チッ」

 

しれっと初耳な情報が入った。この後詳しく聞いたらあの後後日残りの試合をしたらしい。(因みにナツメさんは辞退したとの事、羨ましい)

 

「という訳で話は終わり。情報が少ない分しっかり準備して協力して倒そうね」

 

ーーー

 

話が終わり各々が部屋に戻る。

 

ルナシーとミツキさんは今から暴れてくるらしい。私達に止められた喧嘩の続きをしにギルドの修練場に向かうというのであまり遅くにまでやらないようにとだけ忠告しておいた。私は少し魔導書と研究書を読み込んだ後寝ようかな。

 

「ねーねーセレネちゃん、出発前に暇な時ってある?」

 

「今日は読書をして寝るだけなので行けますよ。あとは国の予定の無い日がそうです。何かありました?」

 

「ルナちゃんとミッツーは武器とか武器の練習とかで外へ行っちゃうだろうしお姉さん一人だから寂しくて」

 

ミッツー……ミツキさんの事だろうとは分かるかセンスがちょっと……

 

「だーかーらー、セレネちゃんはお姉さんとお勉強しない?」

 

「勉強ですか。学問の方は独学なのであまりよろしくはないのですが私で良ければ……」

 

「何言ってるの!私の大学の専門は魔法だよ!!つーまーりー……」

 

大学……で、魔法が専門で、教授、とお勉強?

 

「べ、勉強……ってまさか魔法の講義をしてくださるのですか!?」

 

国最強の魔法使いが私に講義をしてくれるなんて魔法を使う者としてこれ以上に嬉しい事はない。強力な魔法や新しい回復呪文、もしくは最新の理論等を教えてくれるかもしれない。扱えるかは別として。暫く災難続きだったからやっと幸運が舞い込んだ。

 

「いぇーす!!どう?講義って堅苦しい物じゃないけれどセレネちゃん魔法大好きでしょ?」

 

「ぜひ!!是非やりましょう!!それから私の研究書も見ていただけませんか?参考になる事は少ないかも知れませんし正式な物でもないです。でも動作確認はしてあります」

 

「おーありがとー。研究書の書き方に中々癖があるからわからない所もあったし解説期待してるよ!!」

 

そして私は軽い足取りで部屋に向かう。期待に胸を弾ませて魔導書と研究所を読み返し今度の勉強会の準備をしよう。

 

「(これでまた一つ強くなれます。戦いには余り使いたい物ではないですが何か新しいものを学ぶのはやはりいい物です)」

 

 

 

 

ーーー

 

現在地 ギルド 修練場

 

深夜のギルド、建物裏のスペース。

 

昼間は若手が訓練に励んだりする為や新しい剣の試し切りの為に人々がやってくる。しかし日も暮れてからのこの時間ともなると普段は誰もいない。

 

だが、今日は違った。深夜の依頼を受けに来た冒険者が書類を書く手を止めてそこへ集まり最強と何者かの闘いを見ていた。

 

「口の割には弱いですね。次です、立ってください」

 

「クソッ……何で……何で!!」

 

「おい、勇者だろ!!早く立ってあのガキを倒してくれ!!」「国一番の冒険者も勇者の中じゃ最弱だとはな」「悪魔だ……赤い悪魔がいる……」「何で狼がここに?」

 

 

 

「外野は黙っててください。狼さん、頼みます」「了解しました。皆さん、本当に命が惜しいなら静かに見てたほうが身の為ですよ」

 

兵舎での決着をつけるためにミツキさんとルナシーは武器を用いた模擬戦……いや、ルール無用の殺し合い、あるいは一方的なリンチが行われている。ミツキさんがルナシーに突っ込んで、その度斧で叩き潰される事の繰り返し。実力差は明らか、しかも片方は国最強の冒険者、それがなすすべなく負け続けているのだ。

 

見物の者は後にこう語る。ギルドのSランクが稀に負ける事は知っていた、しかしSランクの強さは俺らの想像できる程度でしかないらしい。

 

「それか……もう止めときます?」

 

「うぅ……やってやるよ……やってやるよ!!!あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

彼は剣を捨て魔法弾を彼女に発射した。制御しきれず歪んだ魔法弾が彼女を囲む。

 

ズドドドドドドド!!

 

ボーーーン!!

 

「やったか!?」「流石にこれはきついんじゃないか?」

 

観衆がどよめく。ミツキ自身もこれには手応えを感じていた。

 

「(これなら流石のルナシーも……)」

 

爆発で起きた土煙が段々と晴れていく。少しづつ地面を抉った跡のクレーターが見えてきた。そして、彼女の姿は……

 

「な!?」

 

彼女の姿はそこには無い。

 

「一体どこへ……まさか消しとんだ「遅い」

 

 

 

 

 

ズバァン!!

 

 

彼女の持つ斧が彼に向かい振り下ろされた。その衝撃は地面へと伝わり20m程の切られた跡が壁を巻き込んで出来た。

 

「ちょっとお嬢、斬撃で建物壊さないでくださいね」

 

「反応スピードが全然足りません。でも魔法は悪くはなかったですよ。横着して全弾受けたら服が少し焦げました。建物?知りませんよそんな事、暴れる所作ったのに想定してない間抜けに文句言って下さい」

 

彼女の言う通り彼女は彼の弾幕を避けず全てをその身に受けた。その威力は凄まじく服が焦げたというより頭巾を除きほぼ消し飛んでいる。しかし彼の攻撃では彼女自身は火傷どころか傷一つつける事が出来なかった。

 

「って……聞いてないです。諦めたようなら私は帰ります。……もしくはそこの群衆でやり合いたい方は?受けて立ちますよ」

 

「ああ、安心してください。流石に知らない人にあのゴミ見たく情けない姿を晒す真似はしません。お互い果てるまでお相手します。だから息の根が止まるまで殺し合い続けたい奴、さっさとここに出てこい」

 

当然ながら彼女との決闘を受ける者はいなかった。冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰り彼女が帰る道を開けた。

 

「………っ……くそ……」

 

一方、ミツキは一人絶望していた。斬撃は彼のすぐ横を通った。わざとだ、多分彼女はあの攻撃を当てる事は容易だった。なのにわざわざ外して……

 

彼はこの世に生を受けて今まで持ち上げられ続けてきた。だから当然数日前の試合と今の戦いという醜態を晒すのは初めてであった。詰まるところ、この敗北は初にして最大級の屈辱となった。

 

「ってお嬢まさか破れた服のままで帰るつもりで?」「勿論。こうゆう全裸はよくあるじゃないですか。でも本当に嫌であれば適当なやつから強奪します」「あ、それならそのままお帰りください」



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楽しい魔法学習教室

「お邪魔します……うわぁ」

 

「お邪魔されまーす」

 

現在時刻 某日夜

 

現在位置 リューナの部屋

 

彼女の部屋の扉を開けるとそこはガラスのドームの中。外観より遥かに広いガラス球の中に多種多様な木々や植物が生い茂る。王都に似つかない満点の夜空も相まって幻想的な光景である。

 

「私の研究室へようこそ!!さ、上がって上がって!!」

 

「わっ!ちょっと引っ張らないでください」

 

彼女に手を引かれながら部屋の中心へ。光る植物に照らされたドーム内の中心には沢山の魔導書が並べられた本棚や何に使うか分からない実験用具、非活性のまま放置された魔法といかにも魔法使いの研究室といったものが配置されている。

 

「遅かったなセレネ。俺のほうが一足早かったな」

 

あれ?いつの間にミツキさんも呼んだんだ?先にこの部屋に訪れていたミツキさんは既に魔導書を読み進めていた。表紙を見た感じ魔法の基礎理論のようだ。白紙計算用紙片手に頭を抱えている。何故ここにいるかは曰く「魔法の伸びしろがあるから強化したい」だそう。

 

「魔法の調子はどうです?」

 

「うーん……ちゃんとした魔法はかなり前に少しだけ見た事があるだけだからかなり難しい。というかこれ、本当に魔法か?魔法ってもっとこう……呪文とか直感的なのとかそうゆう物を想像してたんだけど……何で文字式とかちょくちょく理論記号まで出てくるんだよ……」

 

「それはお姉さんが教えてあげまーす!!」

 

パチンッ

 

リューナさんが指を鳴らすとポンッという音と共に煙が上がり、その中から黒板と先生っぽい格好をしたリューナさんが出てきた。いや元々先生だけどやっと先生らしい格好になった。

 

「魔法が予想外に計算ばっかりで辛い?でも安心して、ナッツーの想像した魔法系統も存在するから!!」

 

「系統?」

 

「じゃあ優等生のセレネちゃんに問題でーす。現在主に使用されている魔法の系統を3つ、特徴を交えながら答えて」

 

いきなり私に振ってきた!?まあ分かるからいいけれども。

 

「えっと、自身の感覚のみで魔力を制御する最も古い系統の『感覚魔法』、制御の感覚を呪文によってある程度固定化させる現在最も多く使用されている系統の『呪文魔法』、そして現在研究が進められている専用の言語を使用して引き起こす事象を高度に制御する『理論魔法』の3種類です」

 

「大正解!!お姉さんから1ポイント進呈でーす」

 

「何故修道院からあんまり出たことの無いお前がそれを知ってる!?」

 

「魔導書に系統別の変換公式があってその解説にあったので」

 

魔法の公式としては珍しく三元三次式ではなく4元四次式だったからよく覚えている。なお使用頻度はほぼ無いから使えるけど使った事はない。

 

 

 

立ち話も何なのでそろそろ私も座ろう。適度な席に腰を掛ける。

 

「それで……さっきから気になってるんですけどここは何処ですか?」

 

「それは俺も気になる。部屋の外観よりも広いし一体どんな魔法を使った?」

 

「ここは私の研究室。リューナちゃんの叡智はいつもここから始まるのだー!!場所とかは王都から離れた平原に建ててる建物とこの部屋の扉を転移魔法で繋げてる(実は大学にも繋げてる)。実験には時に破壊を伴ったりするから人目につかなくていい所だよ」

 

パチンッ

 

「はいこれ、地図でいうと……ここ!」

 

ここって、これ世界地図だし指差した先はここからかなり離れてる海の上だし……

 

「結局……ここってどこですか?」

 

「知らない。未発見の大陸か島っぽい。でも多分未開拓地域だからそもそもここを誰も知らないし自由に使える土地だよ」

 

「(…………この地図、まんまあれじゃねえか。けどなんて名前の図法だっけ?)」

 

「話も済んだことだし講義の時間に入りまーす!」

 

とと、そうだ。そろそろ始めましょうか。

 

「それじゃあまずはこの公式から……って行きたいけど二人共属性の概念とかどこまで分かる?」

 

「ざっくり」

 

「魔導書にある内容までなら」

 

魔法の属性は三元三次式では火、水、風、雷、土、それと光と闇が基本的な属性だ。属性同士には相性が存在して組み合わせによっては威力が増したり、逆に減衰したりと様々だ。

 

属性とその相性の分け方は基本的にはあるものの基本的というだけで世の中には相反する属性を同時に出力しても平気な人もいるらしく、理論魔法ではそれを解消する理論として更に高次の概念を導入する。多分ミツキさんはここから始めるのが吉だろう。

 

「おっけー。それじゃあ魔法の幾何学制御とそれの方程式化とかは?」

 

「自己流ですが可能です」

 

「……無理だ」

 

理論魔法では体感の感覚を全て数値と関数を媒介して制御する。その為比較的低次の魔法であれば図形で表したり、逆に変数処理の為に数式化したりするのに方程式は必須の技術だ。

 

なお本来これらは魔道具等の工学にも使う技術でもある為、戦闘などの流動的な環境で人が短時間で使用する際はテンプレとして1、あるいは2つの変数を設定するだけで作動できるようにするのが好ましいとされる。

 

「セレネちゃんは平気そうだね。ミッツーは分からなかったらその時にお願い」

 

「分かった……(何でこの世界でも数学しなきゃいけないんだ……あ、そうだ)因みに呪文魔法の資料は?」

 

「アレは才能無いとこれの100倍くらい辛いけどそれでもいいなら……」

 

「構わないからそっちを貸してくれ」

 

あ、ミツキさんの心が折れた。

 

ーーー

 

それから月も高く登りはじめて。

 

「……セレネちゃん、これ本当に独学?普通に私も使わないような公式も結構混じってるけど」←服はもとに戻した

 

私はリューナさんが執筆した魔導書と大学の教科書の公式を見ながら自身の研究書の修正と証明の追加をしている。主に【光柱 ピラーオブムーンライト】のリミッターの大幅な修正をした。無いと思っている箇所にこそ抜けや間違いがあり、修正より間違いを探すほうが高難度である。おかげで射程はかなり短く、レーザーの太さは最高で身長ほどへ、火力も当たったものが消し炭になるのは辛うじて防げる程度には抑えられた。

 

「はい。拡張もあんまりしてなくて導出は適当ですけど」

 

「適当って……表記が違うだけで大体あってるしそれどころか新発見の式もあるよ。ほら、これとか」

 

あ、これは確かに彼女の資料に見当たらなかった。基礎的な式だと思っていたから意外だ。

 

「セレネちゃんの組む魔法って効率適だね。他の魔法使いとかは細く変数の設定をするのにごちゃごちゃになりがちなんだよ。その点セレネちゃんのって属性と魔力量さえ決めちゃえば簡単に使える。魔力を多くすればする程理論上は無限に精度も威力も上がるし……」

 

「式の圧縮はそれなりに時間をかけてやってましたから」

 

「あー……?でもこれ圧縮にしては……ねぇ、この戦争が終わったらうちの大学の研究室に来ない?」

 

「いいえ、勿体無いですがお断りします。私はあくまで修道女ですから学問は趣味までにします。でも面白い発見があったならリューナさんに手紙を送りましょうかね」

 

「……二人は楽しそうだな。こっちはさっきから意味の分からない詩集?見て頭痛いのに……」

 

「ははは……ミツキさんも呪文魔法から理論魔法に戻りますか?」

 

「俺は今まで通りの感覚魔法を使い続けるよ。ったく、あのクソ神め……」

 

神様に文句を垂れても救いはきませんよ、努力をした者に神は微笑みます。そう彼に言いたいけれどこれは余計な助言だろう。

 

「んー……でもリューナお姉さんも新しい事ばっかりで少し疲れてきちゃった。一旦お勉強は終わりにしない?」

 

そういえば集中していたから気づかなかったが結構な時間本と式とのにらめっこをしていた。多分このままだと日が明けるまでやってしまいそうだから一旦ここで止めとこう。

 

「なら俺に一つ提案がある。ここは暴れていい土地なんだよな?」

 

「?そうだけど、それがどうしたの」

 

「折角魔法を勉強してるから模擬戦をしてみないか。個人的にセレネと戦ってみたいのとリューナ、俺はお前にリベンジをしたい」

 

ああ、ミツキさんは闘技場でリューナさんに負けていた。どうやら圧倒的な魔法の物量にどうする事もできずに負けたとか何とか。

 

「それより私とも戦うんですか?私があまり戦いをしたくない事は伝えましたよね?」

 

「お前に関しては考えがある。前聞いた話から考えたんだけどようは誰かの為にしか力を使わないつもりなんだろ。なら防衛戦なんてどうだ?」

 

「あー!!つまりミッツーが私に攻撃しようとするのをリューナちゃんが止めるってこと?よーし、面白そうだしやってみよー!!」

 

「リューナさん!?」

 

「よし、これで決まりだな」

 

こうして、全く不本意な形で模擬戦をする事になった。確かに「例外」はこの場合適応されるかもだけど釈然としない。ドームから外へ出るとそこはリューナさんの言うとおりの何もない荒れた平原、数キロ先の乾いた地平線まで星空が続いている。気温もドーム内と違い冷え込んでいる。多分魔法で気温の制御をしていたのかな?

 

「うーん、さすが荒れ地といったところです。夜は冷え込みますね」

 

「結構冷えるな。だけど戦いに何ら支障はない程度、寧ろいい感じに冷えてお互い集中できそうだな」

 

「取り敢えず暗すぎて何にも見えないから明るくしましょー!!えーい光魔法どーん」

 

パアァッ

 

リューナさんは杖の先に光魔法を付与し簡易的な明かりを作った。私も私で光の玉を生成して視界を確保する。

 

ーーー

 

リューナさんの魔法で視界を確保しつつ、流れ弾が当たらないようにドームに防御用の結界を張ってから数km移動してから戦闘ルールを確認する。

 

戦闘に参加するのはミツキさんと私。……私!?

 

「え!?リューナさんとじゃないの!?」

 

「まあ待て」

 

ミツキさんはリューナさんに攻撃を仕掛ける。この時リューナさんは初撃が当たる距離にミツキさんが入るまで一切反撃は出来ない。

 

私はミツキさんの攻撃を捌きながら「攻撃しながら、だろ?」攻撃しながらリューナさんを守り通す。こうしてリューナさんに攻撃があたったら私の負けでリューナさんVSミツキさんの戦いが開始、10分が経過もしくはミツキさんに致命傷となりうる攻撃が加わったら私の勝ち。

 

「えっと……本当に、本当に仲間に攻撃を向けてもよろしいのですか?」

 

「これは決闘だ。ルナシーの事を考えろ、こういう場では戦わない事こそが相手への一番の侮辱だ」

 

……確かに、ルナシーさんは私に酷く失望していた。聖職者として神の言葉を守るのも重要だけれど……人としてはこの場に合わせたほうがいいのは明確である。

 

「侮辱、ですか。じゃあ……非常に不本意ですが、本気で行かせてもらいますよ」

 

「セレネちゃん、頑張ってねー!!」



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VS新緑の輪廻

「(よし、セレネがやっとその気になった)それじゃあ開戦といこうか……」

 

ミツキさんが白い剣を抜き、構える。

 

「ええ。スタートの合図はどうします?」

 

「そんなもの俺は無くていい。だけど必要なら……ふっ!!」

 

ミツキさんがその辺の石を投げ上げた。

 

「この石が地面に落ちたとき俺は攻撃する。それまでにやれる事、やっとけ」

 

「!っはい」

 

ああ、始まってしまうのか。何度も言うが本来私は非好戦的で戦うことを好まない。倫理的にも、職的にも戦いから遠い存在。だけれども……非常に想定とは違う形であれど、守るためと言うならば神も許す……今のコレは身勝勝手にも程がある解釈ではあるが。

 

 

 

 

 

それでは……始めましょう。私は自身に向かって強化魔法を使う。

 

「身体強化魔法、発動!!」

 

ブワッ!!

 

色とりどりの多角形が私を囲む。段々と多が増え円に近づいていき、それに比例して次第に直径が小さくなり私に纏うように収束する。そして私に溢れんばかりの力が付与された。

 

認識速度上昇、移動速度上昇、身体強化、対物耐性強化、感知感度上昇、自然回復力強化、魔力効率強化、魔法攻撃強化、耐魔法耐性強化、その他時間経過による効果の再付与の機構。圧縮のかいあって複雑な魔法をいっぺんに、それも高出力で作動しても然程魔力を消費していない。計算の成果がちゃんと現れている、改めて実感できて強化による感覚とは別の意味で不思議な高揚感が湧き上がる。

 

「(それとリューナさんの防御を……)」

 

 

 

【円環 ジュピターの理】

 

「(おおっと……これは中々硬い結界)」

 

リューナさんを囲むように半径5m程の結界を張った。見た目は円環とは付いてるものの円や球状ではなく多面体で黄色く発光している。理論強度は物理は勿論、魔法共に私の魔法でも一応は耐えられるくらい。多分ミツキさんの攻撃でも数発は耐えられるだろう。

 

 

 

一方、ミツキはというと……

 

「(…………は?)」

 

セレネにかかった認識速度上昇、移動速度上昇の効果により速度の上がったこれらの一連の過程は彼には捉えられなかった。つまり……

 

「(え"っ!?セレネが急に100倍くらい強くなった!?)」

 

考えを巡らせる暇はなかったからそれ以上の思考はできなかった。しかし、彼の無意識下の本能はこれをこう解釈した。

 

 

これは偶然だ、誤差だ。俺より遥かに弱い筈のセレネが勝てる筈が無い。

 

 

 

 

そして、地面に石が落ちて……

 

「頑張れー!!リューナちゃん!」

 

リューナの声援が開戦の合図と被る。私はその声に答えるように魔法を一つ展開した。

 

「行くぞ!!セレネ」ダッ!!

 

 

 

【日蝕 クローズドアイズ】

 

戦いと同時に私はある魔法を作動させる。魔法により周囲の可視光の波長を可視光外へと変更した。認識出来ない光が照らし、ミツキさんの周りの景色が一気に暗くなる。それは夜の暗さでではない、洞窟のような光源なき空間が展開された。

 

当然ながら自分が初撃を加えるものだとしていたミツキさんにこれは想定外、一瞬足が止まるになる。

 

「(意外だな、セレネがまず視覚を奪ってから戦闘開始なんて姑息な真似するなんて。だけどその程度じゃ俺も負けないぞ)」

 

「(ミツキさんの足音が止まりました。なら今の内に行動します!!)」

 

後で知った事だが彼が止まったように見えたのは認識速度上昇の作用で実はミツキさんは僅かに速度を落としただけだ。しか知らない事は今回は良かった。私はそれを知らずに大胆に後ろへと回り込んでから攻撃する。

 

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

「何っ後方だと!?」

 

彼は極太のレーザーをどうにか身をよじらせて間一髪で回避。そして魔法弾でセレネを抑えながらリューナへと距離を詰めていく。

 

「させません!!」

 

【光柱】をオート照準に切り替え新たな魔法を追加する。

 

【流星 ラピッドスターダスト】

 

ズドドドドドドド!!

 

小粒の弾を大量に高速射出する。直接狙うよりもざっくりと、致命傷を与えることよりも適度に当たりかける程度の密度を維持して移動を制限する。

 

「(周りが見えないから体感で判断するしかないけど結構弾幕キツイ。レーザーを避けつつの攻撃は難しいな。リューナになにかするよりも前に……セレネを倒さないと駄目か)」ダッ!

 

ミツキさんは攻撃対象を私に変更、セレネのいる弾幕が向かってくる方へと敢えて突っ込んでいく。近接で殴りかかられるのは遠距離主体の私には非常に相手したくない。彼の行動は戦略的に非常に効果的だ。

 

だけど私はそれを利用する。

 

「(よし、かかった)」

 

 

 

ーーー

 

それから10分後 

 

「だいぶお疲れの様ですね」

 

「はぁ……はぁ……そうかよ……(あれからセレネに一回も攻撃できない。それどころかセレネに追いつけてすらいない。何かがおかしい)」

 

視界も悪く弾幕を避けながら攻撃の算段を立てる、その複雑な思考によりミツキさんには精神的な疲労も肉体的な疲労も蓄積していた。流石にちょっと可哀想だ。リューナさんも残念な物を見る目をしている。

 

「あの……申し訳ないのですが……そろそろ終わりにしませんか?」

 

「いいや、まだだ!!俺はまだ戦え……」

 

「ミッツー、タイムアップだからもうミッツーの負けだよ。もう体力も残ってないでしょ?やめな。セレネちゃん、回復をよろしく」

 

「止めろ!!俺はまだ、まだやれる!せめて……周りさえ見えれば俺にも勝ち目があるはず!」

 

「ありゃりゃ、そりゃそうなるか……ミッツー、残念だったね。セレネちゃん」

 

「ミツキさん、もしかして【日蝕】の効果範囲外に行けば視界が戻る、そう思ってますか?」

 

「(何……どういう事だ……?)」

 

 

 

実は【日蝕】は暴れるのに充分な広い範囲に展開していない。半径僅か1.5m、当然本来であれば一歩くらい歩けばすぐに範囲外から出られてしまう。

 

それが地面の一点を中心にとして参照しているならの話だが。

 

「【日蝕】はミツキさんの現在地を中心として座標を変更しています。動きに合わせて暗闇は動く。つまり、ミツキさんはこの闇の中からは絶対に抜け出せません。ついでに言いますとミツキさん、実はあなたは割と前の方から私を見失ってました」

 

 

 

それを聞いたミツキは酷く困惑した。

 

「じゃあ……だとしたら俺は何を追っていたんだ」

 

私は【日蝕】を解除して彼がどの様な立ち位置にいるのかを見せた。

 

「ミツキさんを攻撃していたのはアレです」

 

「魔法陣……まさか!?」

 

「ミッツーはずっとセレネちゃんに踊らされてたんだよ」

 

彼の現在地を参照している魔法は【日蝕】だけでは無い【光柱】【流星】含めすべての魔法が半径こそ違えど彼を中心に作動していた。ランダムな位置から魔法を撃ち込み彼が追いかける、周りの見えない彼はその先に私が居ると信じて同じ場所をずっとぐるぐるしているだけだった。

 

「……ははは……確かに。これは俺の負けだな」

 

「それじゃ、勝負は終わりですね。ほんと、お互いかすり傷位で済んで良かったですよ。リューナさん、【円環】を解きますね」

 

私のバフの解除とミツキさんへの体力回復をしながら彼女にそれを聞いた。

 

「あ、それはいいや。自分で出る。セレネちゃんへの教材にピッタリだから」

 

……?教材とは一体何の事だろう。

 

リューナさんは私の作った【円環】に触れる。少し考えた後彼女が魔法を展開する。

 

「……リューナちゃん、魔力量は一般人のソレだから不思議に思ってたけどここまで圧縮したらそりゃそうなるか。えいっ!!」

 

パリーンッ!

 

なんと彼女が私の【円環】に魔力を込めた途端に壁が割れた。しかもかなり少量の魔力で。

 

 

「え!?何で壊れたの……回路系は全て正常の筈だし歪んだりもしてなかった筈だけど……」

 

「セレネちゃん、これ作ってる時ハッキング防止機構外したでしょ」

 

……あ

 

ハッキング防止機構、第三者が自身の作動させている魔法に干渉する事を防止する機構。そういえこの魔法、元は医療用レーザーの応用だから戦闘で使わない事を想定してた。誰かに魔法の邪魔をされない前提だから容量の無駄だし外してたんだ。

 

「町の魔法使いとかの間だとハッキング防止無しでも十分活躍できるけど詳しい人相手だとちょっとした隙間からこうやって壊されるから戻しておいた方がいいよ」

 

「はい……。ちゃんと戻しておきます」

 

「壊されるだけならまだしも本当に強い人は中身までバレて応用されるから本当に本番じゃなくて良かったね。でも圧縮自体はちゃんと出来てたから2戦目の後でハッキング防止機構自体を圧縮しようよ!!」

 

「因みにこれ、いつから気づいてました?」

 

「圧縮にしても少し軽すぎるなーとは思ってた。んでさっき実際作動してる所見て確信した。変数以外にもハッキング防止に式をわざと複雑にしてる人もいるくらいだからね、あんな使用者に優しいシンプルな式は流石にお姉さんすっごい驚いたよ。あと途中から偶数弾使ってたでしょ」

 

「やっぱりバレてしまいましたか……」

 

しばらく魔法の話に花を咲かせる。そんな私達を傍から見ている彼はこう呟いた。

 

 

「あの魔法バカ二人は楽しそうだな……」

 

 

 

「って二戦目?ミツキさんはお疲れですけと」

 

「うん、ミッツーが死ぬほど疲れてるならこのまま攻守交代といってセレネちゃんの連戦開始だよ!!」

 

【1st=虚次元展開】



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VS藍の探究

【1st=虚次元展開】

 

空中の何も無い所に亀裂が走る。混沌とした概念、あるいはエネルギーに満たされたそこはから不気味な雰囲気が漏れ出ている。

 

「(な……なんですか、あれ。おぞましいなんてもんじゃない、冒涜的な……)」

 

「固まってる所悪いけどセレネちゃん、いっくよー!!」

 

【2nd=秒針】

 

リューナさんがそう宣言して亀裂から魔法を放つ。その弾は普段の彼女からは想像の出来ない赤黒い針のように鋭い狂気を放つ弾。その弾が何本も宙に浮かびミツキさんへ針先を向けている。

 

「いっけー発射!!」

 

「っミツキさん!!(【円環】作動と弾の【光柱】での処理……間に合わない、どっちかに絞らないと守るにしてもあの量と魔力だと持って一発レーザーも同じく……)」

 

無邪気な声と裏腹に弾は高速で彼へと飛ぶ。認識速度上昇を持ってしてもギリギリの速度に必死に回していた思考を投げ出しかけた。しかし……ここで妙案が私に浮かんだ。

 

【認識速度&移動速度上昇】

 

魔法で加速させ、弾へと追いつく速度をつける。そして更に……

 

【耐魔法&物理防御上昇!!】

 

余りバフの類の魔法は教義上の理由で自身へと使用したくないけどこの場合背に腹は代えられない。ああ神よ、お許しください。この短時間で2度も罪を犯してしまいました。

 

弾と彼の間はすでに2mを切っていた。私は全力で荒野を走り抜けて彼を思いっきり突き飛ばす。

 

「セレネっ!?」

 

「……おー?」

 

「ミツキさ……」

 

ザクッ!!ゴキメキバキイッ!!

 

「ぐっ……あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

何本もの針が体を貫く。想像を絶する痛みが私を襲う。防御を上げた効果など初めから無意味な様にあっさりと弾の攻撃を受けた。

 

「へー!結構大胆に体張るね」

 

「(防御を貫通した……多分魔法にバフの解除効果も載せてそう。【円環】を張らなくて良かったで……?あれ?)」

 

ここで異変に気がつく。攻撃を受け本能的に叫んでしまったが冷静になって怪我の程を見ると全く痛くないのだ。外から見たら今の私はどう考えても即死と思える状態だ。それでもなお意識が続いていて、更に時間経過により消滅していく弾に合わせて傷が塞がっていく。

 

「実はリューナちゃんはミッツーが怪我しないように攻撃魔法なのに再生魔法と色んな魔法もつけておいたのだー!!」

 

「何故……!?」

 

「それは戦い終わってからのお楽しみ、で。まだまだいくよー!!」

 

地面に横たわる私の周りに鋭い弾が私を囲む。

 

……もう、どうにでもなれ。最近妙に周りに流され気味でストレスが溜まっていたからそれが爆発した。普段温厚な私も流石に本気で怒る。神様、本当にごめんなさい。どうか感情に流される愚かな私をお許しください。

 

「ああもうっ!!そこまで撃ち合いがしたいならとことん付き合ってやりますよ!!」

 

「やーっと乗り気になった!!ここからがお姉さんとの実践授業の始まりだよ。浮遊魔法付与、三次元の戦いだー!!」

 

 

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

 

ーーー!!

 

ドーン!!

 

ドドドドドドドドド!!

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……何だよ、これ」

 

戦いを見たミツキはそう呟いた。

 

防御もされず無防備でいるのにリューナは彼を攻撃してこないので、この戦いは彼女個人の勝手だとは直感で分かった。戦いから完全にハブられている悔しさはある、しかしそれ以上に戦いの勝敗を決める役割でなくて心底よかったという安心感がある。

 

その理由は目の前の戦いにあった。

 

「ほらほら、もっと弾速上げて!!誘導弾に頼らずに自分で狙ってみてよ!!」

 

「そっちこそ、そろそろ弾幕の種類を増やしてみては!!」

 

「なんとか視点」と頭に過る。超高速で弾幕を展開しあい避け続けるバフのかかったセレネとリューナの姿は彼には目に捉えることが出来ない。たまに残像が撃ち抜かれたり極太のレーザーが地面に大穴を作るののみが見える全て。しかし音や光の激しさから行われている事の高等さは分かる。

 

彼自身も闘技場にて戦ったがここまで激しいものでは無く、あの時が子供の遊びにすら思えた。

 

「(やべぇ……今までギルドで色んな魔法使いを見てきたけどこんな少年漫画みたいな戦いする奴いなかった)」

 

 

 

 

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

【2nd=火時計】

 

【3rd=DIGITALTIMER】

 

一方、戦ってる本人達はというと

 

 

 

「属性弾ですか。やっと魔法使いらしくなってきましたね!!(さっきから連続で【日蝕】をしてるのに一向に効果がありません。やっぱり解除されてます!)」

 

「お姉さんは魔女っ子だよ!!(うーん、中々の物量の魔法。やっぱり脳死で魔法裁くのは楽しいなー)」

 

 

 

針状の弾に加え炎の散弾と雷の弾を追加してきた。弾速は【秒針】程ではなく回避はしやすい。しかし数が多い上……

 

 

 

「あっ!!」

 

グレイス、【火時計】の1つが破裂した。細かい弾に分かれ軌道を変えた弾に対応できず被弾、更にその弾に呼応して他の弾も一斉に破裂する。

 

「あーやっちゃったねー」

 

「くっ、これは」

 

パーンッ!!

 

ババババババっ!!

 

無数の破裂音が私を包み込む。

 

 

 

「……!さっすがセレネちゃん。あの短時間で【円環】を張ったんだ」

 

「ええ、そうです」

 

「っえ!?もう後r

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

ーーーーー!!

 

弾幕の爆発を【円環】に当ててて一部のみを破裂、その爆発を利用して高速で脱出した後死角を通り回り込んでからレーザーを撃ち込んだ。

 

「裏取りとはやるね!!でもお姉さんのターンは続くよ!!」

 

だが、無傷。リューナさんには避けられてしまった。

 

「(【火時計】は大方撃ち尽くした、今張ってる残りの弾は【DIGITALTIMER】だけ)」

 

見えている弾幕は雷属性のエネルギー弾。しっかり見てよければ……

 

ドゴーーン!!

 

「!?ええっちょちょちょ」

 

轟音ととも稲妻が走る。幾度も軌道を変えジグザグに曲がりながら飛んできた。移動速度上昇を掛けていても流石にこれを見てから回避するのは容易なことではない。辛うじて避ける事はできたものの接近した為肌が痺れる。

 

「普通雷属性っていっても初手雷飛ばすのは無いでしょ!!」

 

「そう?でも残念。周り見てご覧?」

 

はっとそこで気づく。周りには同じような弾で弾幕が張られ、更に【火時計】も追い打ちに増量していた。

 

「ええ!待って下さい、流石に私でも死んじゃ……」

 

「そーれ、全弾発射ぁ!!」

 

どうしてこうもここの連中は他人に致死レベルの高火力を与えるのだろうか。神に問いかけた。

 

「(でも……このスキに魔法を展開して攻撃に転じられればまだ)」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

あるだけの魔力をつぎ込んで魔法の仕込みを始めた。最高速で動かせば多分十数個なら間に合う……と思う。

 

彼女が杖を振り下ろす。それと共に一斉に弾が飛んで弾幕が作動、避ける場所は勿論存在しない。すかさず防御を試みる。

 

【円か……

 

「させないよ!!【秒針】、貫け!!」

 

ヒュンッ!!

 

グサッ

 

「ゔっ……(的確に急所を狙ってきました)」

 

しかも今度にも自然回復力上昇の効果が盛られている。しかし先程よりも効果が弱い、その上当たりどころが悪く痛みで魔法に集中できない。

 

「(目測だと被弾まで0.01秒を切っている……回避は不能、魔法も制御できる状態じゃ無い)」

 

だがここで私にある最悪の考えが浮かぶ。

 

「(……ん、魔法が制御出来ない?となると今仕込んでるアレは……あっやばい、これじゃ)」

 

カッ

 

突然、弾幕の星空に混じり太陽の様に強い光を放つ魔法陣が現れる。

 

【鬲疲ウ輔′豁」蟶ク縺ォ菴懷虚縺輔l縺セ縺帙s縺ァ縺励◆】

 

「えっ!何々、なんでここでエラーコード!?」

 

「(あああああ!!やっちゃったぁぁぁぁぁあっ!!」

 

弾幕が私に当たる直前にそれは作動した。空一面の弾幕の星の更に上空、本来任意のタイミングで発動する予定だった数々の魔力充填済の魔法が制御を失い不安定になる。そして行き場のなくなった魔力は暴走し、一瞬で貯められた量を力、すなわち弾へと変化させた。

 

つまる所、現在進行系で私が仕込んだ魔法が無差別にそれが飛んできてる。一つ一つの威力も生半可ではなく即死とまでは行かないがかなりまずい。

 

「もしかして、セレネちゃんが仕込んでたやつが暴走した?あはは、偶然とはいえこうなったらお姉さんも流石に対処できないよー!!」

 

「せ、制御を取り戻さないと……ゔっ……」

 

こういう時に限り痛みで動けない。リューナさんの弾幕が目の前に迫りただでさえどうしょうもない状態なのに、これではもう救いなんて……

 

「ああ、神よ……」

 

絶望する私の横、というか魔法で飛んでるから上のリューナさんは対象的に楽観的である。むしろ楽しそうにも見えた。

 

「あーはっは、この勝負はセレネちゃんの勝ちだね。ご褒美にお姉さんがこの状態を何とかしてあげるね」

 

「何とかできるのっ!?」

 

「いぇーす」

 

【No.i=時間停止】

 

カチッ

 

 

 

「………」

 

「……………」

 

 

 

時の止まった空間、弾幕は空中で静止して灰色の世界が広がる。ただ一人魔法を作動させたリューナのみがこの場で動ける唯一の生物。ここは今、彼女の世界である。

 

「さて、やりますか」

 

空を見上げる。魔力から魔法の規模を予測していたが思ったよりも数がある。規模的にここら数キロは良くて焼け野原最悪クレーターと化すと予想した。

 

「よいしょっと……お、結構細身の体してる。えー、ミッツーはどこだ?あ、いたいた。んしょ」

 

彼女は人形のように固まる二人を担いで研究室へと戻る。

 

「セレネちゃん、やっぱり強かったね。お姉さんも一応Sランクの冒険者資格は仕事した時に取ってるけど……OVER JOY相手だと安定しないや」

 

「あー、せめて【虚次元展開】と【時間停止】の魔力消費が半分……いや6割くらいになってるか時止め中に魔法が使えればなー。本当、なんで停止中魔法使えないの?」

 

 

【解除】

 

ドォォォォォォン!!

 

 

「……っわ!!ってここはリューナさんの……何故?」

 

「っリューナ!!いきなり何した!!」

 

被弾する直前、リューナさんが魔法を作動させる所までは見えた。しかしその間に何をしたのか一切見えなかった、気が付いたら弾幕の中を出て研究室のドーム内へと帰っていた。まるで、止まった時の中で動いているみたいに一瞬の出来事である。

 

「規模が規模だから時間止めて二人を逃した。セレネ、ミッツー、平気?」

 

「私は……はい、傷口は塞がりました」

 

「時間止めたって、え?それ、ぽんって使えるタイプじゃないよな。どう考えても」

 

「そうでもないよ?あ、でも時空間専攻してるからもあるね」

 

さらっと言ってたけど時空間魔法使えるの!?

 

「うん、ていうか私の魔法殆ど時空間魔法でサルベージしてきてる」

 

「変な空間から引っ張り出してたもんなお前。てか時間止められるなら……」

 

「これ凄い魔力食うし欠点も多いんだよ」

 

……流石学者、やること成すことが全て違う。趣味で極めている私とは踏み込んだ場数が違う。

 

「で、そろそろ聞いていいですか?なんで弾幕に態々回復を?」

 

「だって怪我したら危ないじゃん」

 

「意味が分からないです!」

 

意味が分からない。だったら戦いなんて初めから……いや、もういいや。

 

「あ、やばっ!!山の上に太陽出てる!!」

 

「時差的にはまだ日は登ってない。セレネ、帰るぞ」

 

「……ええ、帰ったら寝ましょう」

 

 




ネタバレになりますが別にこの世界はMMORPGとかではありません。作者の脳内で扱える単語の容量が無いだけです。


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カノン:冒険者ランクと狂乱難度

現在時刻 会議後

 

「という訳で話は終わり。情報が少ない分しっかり準備して協力して倒そうね」

 

話も終わり続々とみんなが出ていく。

 

「さて、僕も雑務に戻るかな」

 

最後に部屋を出たのがガサツなルナシーだったからドアが開けっ放しだ。椅子を立ち閉めに行く。

 

「あ、すみません。閉められると私が出られませんからまた開けてもらえませんか」

 

「あ、ルナちゃんの狼。ごめんね」

 

会話中に全く入って来なかったから存在を忘れていた。

 

「ごめんね、今開けるから」

 

「やっぱりいいです。この際に個人的に聞きたいことを聞きます」

 

狼が個人的に聞きたいこととは何だろう。せっかく立ったのにまた椅子に座り直す。

 

「それで、聞きたいことって?」

 

「お嬢について少し。私は今こそ王都まで来て嬢のパートナーとなってますが元はそこらの狼です。なので恥ずかしながら世間知らずもいいところだからお聞きしたいです。うちの嬢ってそんな、国家レベルで強い者なのですか。てっきりギルドの冒険者はもっと強いのかと救いを求めてました」

 

「あんなのが何人もいたら嫌でしょ?」

 

「はい。そして何故ギルドにはその様な方々が少ないのですか?勇者様という最上級の方よりも更に強いとされる者がいるのに不思議です。軍は嬢や他の人を採用しているのに」

 

「うーん、ギルドの事情に関しては僕もあまり詳しくはないから知ってる事だけでいい?」

 

「はい」

 

「結論を言うとギルドのバランスが崩壊しちゃうから」

 

「バランス、すみません。私にはよく分からないのでもう少し詳しく教えて頂けませんか」

 

「ギルドの冒険者のランク付けがどうなってるか知ってる?」

 

「貴方方の会話を聞いている限り技量別に分けられて上限がS、下限はDかEといったところですか?」

 

「正解。だから皆がみんな強い訳じゃなくて、例えば一番下のEランクは素材の回収をしたり逆にC位からは何かを討伐する事が目的の依頼をこなしたりするんだ」

 

「それで、何故それがバランスの崩壊に繋がるのですか?」

 

「Sランク、もしくは一部のAランク用のミッションに禁忌指定の生物の依頼があってね。それが絡む」

 

「禁忌指定……嬢の母様ですね。私も面識がありますが実に恐ろしい方でした。あの嬢が手も足も出なかったのは驚きというより畏敬すらしましたね」

 

「よく生きてたねそれ……で、実はギルドのランクとは別に裏レートみたいなのがあってね。ちょっと待って、表があるから……よし、これだ」

 

パラッ

 

「E〜Sとは別にα〜ηが追加されてますね」

 

「これは禁忌用のレート、通称OVER JOYっていうS=αを基準にした禁忌指定生物用の難度表」

 

「……こころなしか禁忌指定生物、多くないですか?」

 

「そうだよ。一般には知られてないだけでこの世界には神話級の生物はそのへんにいるの。一般にはその危険性故に徹底的な規制やカバーストーリーが敷かれてるけど僕達みたいな国の上層とか学者には逆に必須の知識、こいつら一匹で戦況がほんとに変動するから」

 

「因みに各レートの強さの基準はどの様に?」

 

「αβはギルドならSランク集団、もしくは個人に相当する。普通の竜とか強めの人外もこの辺りだからギルドにたまに依頼が入るって印象。

 

γδだと神話とか民話とかその辺りに出てきたりする有名な生物になるよ。正直αには手が出せないね。

 

εζにもなると普通に生きてる生物は全くいない、大体δ、弱くてβが修行の末到達する領域。

 

……ηは君もよく知ってる人物だね。これだけは事情によりギルドに常設の依頼が入ってる」

 

「ηって一番強い……ってこれお嬢のお母様ですね。そこまでして戦いたいのですかあの人」

 

「因みにその下のζにはルナシー本人と友達の『狩人』、二類禁忌指定入りした黒き森がαにある。ほんと……あの家系、土地柄のおかげもあって戦闘狂しかいないからこうなるんだよ」

 

「そういう事でしたか」

 

「他には禁忌の希少性を維持する為ってのもあるけどね」

 

「他の勇者の方々もこのレートに載るくらいには強いですか?」

 

「ミツキ君含め転生者がαの底辺。

 

リューナちゃんとセレネちゃんはγとδの境界位、多分α組と比べたら全く相手にならないかも。

 

逆にルナちゃんと二人の差はバフの乗り方と状態によってマチマチ。ほらこことここにある」

 

「(転生者?)ありがとうございます。賢者様とお嬢は闘技場で互角でしたものね」

 

「防御魔法に加えてあれだけのバフデバフ、弾幕量を考えるとあれで丁度いいのかな。両者攻撃特化ならルナちゃんの独壇場だったし盛り上がって良かった」

 

「……もしかして戦争に呼ばれた人達ってこの表から選別しました?」

 

「多少はね。癖の少ないメンツのつもりだったけどそうじゃ無かったみたい。君もあんな飼い主に関わってよく生きてられるよね」

 

「お嬢は飼い主ではないです」

 

「?」

 

「拉致られました。元から知り合いではありましたがここへ来るときに誰よりも会話がマトモにできるって理由で嬢に」

 

「ええ……彼女らしい」

 

ガチャ

 

「まだここに居たんですか、狼さん」

 

「あ、お嬢。私も同行するんです?」

 

「当たり前じゃないですか。貴方は私のペットですからね」

 

「勝手に拉致られたって僕は聞いたけど……」

 

「……狼さん。……ま、それも間違えじゃないので追求はしません」

 

「本当なんだ……」

 

「で、ここで何してるんですか?」

 

「うーん、有り体に言えば質問コーナー?」

 

「あ、そうですか。……この際に私もいいですか?」

 

「いいよ、僕も君が何知りたいか気になるし」

 

「お嬢にしては珍しい」

 

「黙って下さい。この国の軍は強いですか?ギルドみたいな腰抜けばかりだったら戦争ついでに壊滅させます」

 

「あははっ。面白いこというね。でも残念、上層にも君にとっては不十分な弱いのしかいないよ。でもその分平均が高い」

 

「兵の方はわかりました。他は?」

 

「家の国家の十八番の魔法をベースに軍事を進めてる。ついでに産業で魔法も使ってるから金持ちがこぞって研究して更にインフレする。それに釣られて他分野も研究が進んで軍事転用してる魔法の研究は家がトップさ」

 

「でも前に軍の大隊壊滅させた時ほぼほぼ歩兵……あっ」

 

「聞かなかったことにする。で、君の事だ。お相手のことは?」

 

「勿論」

 

「敵国は兵自体は弱いよ。だけどあっちにはこっちとは違って工業力がある。だから兵士というよりかは兵器が強い」

 

「それはOVER JOYで表すとどれ位に?」「狼さん、おーばーなんとかって何です?」「あなた用の強さランキングですかね」

 

「彼らが戦う事になるのだけに絞るならαかβからδ……かな」

 

「そういえばその兵器って……アレですか?以前見たことありましたけど……彼女に言わなくていいんですか?」

 

「面白そうだし放置で」

 

「分かりました。狼さん。行きますよ」

 

「はい」

 

バタン パリーン!!

 

「……窓でも割ったかな」




次回「谷の村編」


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【谷の村編】谷の村

現在時刻 討伐依頼当日

 

「皆、準備はOK?」

 

兵舎の前、全員が荷物を持って集合した。馬車に荷物を載せる前にナツメさんが確認をする。

 

「ああ、バッチリだ」

 

「私もそうです」

 

ミツキさんとルナシーさんはこの2週間の間に武器と防具を新調してきたらしい。ミツキさんは防具、防御が心配になる黒い服?みたいなデザイン、ルナシーさんは斧から大剣へと武器を変更していた。

 

「ルナシーさ……ルナシーは武器を変えたんですか」

 

「闘技場での戦闘時点で斧には見切りを付けていましたから。どうにも両手持ちの武器は向いてないみたいです」

 

「今の武器大剣のくせに何言ってんだか」

 

ミツキさんからの指示の通り彼女が背負うその剣は自身の2倍近い到底片手で持つことを考慮されていていない剣。無骨で、業物というよりかは剣の形をしたただの金属塊だ。

 

「あれー?新しい剣にしては傷だらけだね。お姉さんの知らない所で戦いでもしたの?」

 

「はい、ギルドのゴミに喧嘩吹っかけて少しばかり」

 

リューナさんと問で新たな余罪もとい新情報を得た。また戦闘してるよこの人、呆れて言葉も出ない。

 

「その二人より僕は遠距離組二人の方が心配かな。本当に荷物はあれだけでいいの?」

 

私は聖典といつもの魔導書、リューナさんは杖と魔導書を持っていくだけだ。2週間では情報交換位しかできず魔法の取得までは間に合わなかった。魔法において分かるとできるはまた違う問題だからそれも仕方ない。特にリューナさんの攻撃手段の魔法は全て「時空間魔法」、取得は特に困難である。

 

それとは別に私達は2週間かけて戦闘について二人で研究していた。あの戦闘と同じく防衛戦を何度も繰り返し体の動かし方は少しだけだが学べた。これでいざという時自衛程度ならできる……ということにしよう。最悪バフを積めばどうにかなる。

 

「私達はこれで充分です」

 

「お姉さんもオッケーでーす!!」

 

「それなら良かった。各自指示された馬車に荷物を詰めて。この後は王都から出て転移魔法の所へ移動、そこから更に動いて目的地近くの村にて時間まで待機するから……それと、ミツキ君」

 

「お、何だ?」

 

「余計なことしたのはバレてるからね」

 

彼はそう忠告した後彼専用の馬車に乗り込んだ。笑顔なのに目が笑ってないから少し怖かった。

 

「……してねえよ。たまたまだ、たまたま」

 

少なくともこの二週間で彼は比較的穏やかな性格としてみていたが一体彼を怒らせるなんて何をしたんだ?

 

「あー、馬車内でいいか?」

 

「私も気になるのでセレネも荷物詰めてください。ほら、狼さんも乗って」「あのこっち荷物用の馬車じゃないですか」

 

「セレネちゃーん、中でお話しよー!!」

 

自由な二人は既に各々の事をしていた。私も急いで荷物を指定の馬車に詰め込み旅客用の馬車に乗り込んだ。

 

ーーー

 

「で、一体何何しでかしたんですか」

 

「ルナシー、彼はまだしでかして、ではないと思いますが」

 

一つの馬車に四人が乗り込み彼の事について問をする。彼はこの二週間で一体何をしたのだろう。

 

「昔ギルドでパーティ組んでた仲間に手紙を送った。流石にこの四人の中じゃ俺だけ役不足だと思って呼び出したんだ」

 

「……ミッツー、それホント?」

 

「ああ。お前らの信用できないギルドの奴等だけと腕は立つ」

 

二人は微妙な反応だが私個人としては戦いの人手が増える事はそれだけ危険に対処できて安全性の向上に繋がるのでいいことだとは思う。

 

「お仲間は幾人ほど呼ばれました?」

 

「3人。魔法使いと魔剣士と弓使い、弓使いだけエルフであとは人間、そんで全員俺の女友達。しかもSランクの天才実力者ばかりだ……お前ら見た後だと多少心配になるけどまあ、仲良くしてくれ」

 

「魔法使いと魔剣士の名前は?有名な魔法使いならお姉さん知ってるかも」

 

「私も戦士の名前だけ、後で見つけ次第ぶっ殺しに行きます」

 

「ちょちょ!ルナシーさん物騒ですよ」

 

「お前らどんだけ人の事信用できないんだよ。教えるけど」

 

私達は彼らの名を聞いた。合流するメンバーはどれも聞き覚えのある名字をしていた。それらはそれぞれが剣と魔法の名家であり通常であれば強い方達だ。

 

そう、通常なら。

 

「あー!!あの魔法使いの娘さんか。小さい頃あった事あるかも」

 

「……この人親死んでません?」

 

「こいつらまだ14、5だしリューナはいつ会ったんだよ。ルナシーのは……そういや聞いてなかったけどそうなのか?」

 

「……あっこの人修道院のかなり古い名簿で見ました。確か『狼を連れた化け物に襲われた』って運び込まれて」

 

「セレネさん、世の中には言っていいことと悪い事があります。多分これは母も絡んでますが」

 

ルナシーから凄まれる。もしかして昔闘ってどうしようなくなってここへ運び込んだんだな。ちなみにこの人は治療した後無事帰宅したらしい。

 

さて、それでなのだが結局この人達は強いのか?

 

「Sランだから一応はドラゴンソロ討伐くらいなら出来るから、まあ」

 

「家(黒き森)で無双できますか?」

 

「それはまだ試してはないな。調査に魔法使いの奴が行ってたくらいから」

 

「お姉さん魔法使いの論文とか気になるなー」

 

「いやギルド勢だから論文とか書くやつじゃないし……」

 

「じゃあいいや」

 

……多分強いんだろう。しかしそれ以上にこちらの面々の方がぶっ飛んでいて聞いた情報だけではそもそもの比較にならない。

 

時間もそこそこ経ち、王都の賑やかさも次第に静かになっていく。そして丘を超えた先あたりから目的地と思わしき転移魔法がある気がしてきた。まだ丘の下だから見えてはいないけれど何か強大な魔法が作動している気がしてソワソワする。リューナさんもそんな感じになっている。けどあちらは絶対何かを弄くろうとしてる顔だ。

 

「リューナさん、まさかこの先の魔法にイタズラとかしてないですよね」

 

「そんなことするわけ無いじゃん」

 

それは失礼な事をした。

 

「デバッグと整理はしてるけど。少し形歪だし」ボソッ

 

「?何か」

 

「ううん、何でもないよ!!」

 

「あー、確かに漠然とだが魔法が作動してる気がするな」

 

どうやら私達だけでなくミツキさんもこれを感知できたようだ。そういえば曲がりなりにも彼も魔法を使えたな、研究に関わりが少なく演算も一緒にしてなかったからすっかり忘れてた。それとは対局にルナシーさんはどうでも良さそうに窓の外を見ている、気がついているのか気づいてないのかよく分からない。

 

「ルナシーもなにか感じるものがありますか?」

 

「魔法的なものですか?無いですね。魔法はからっきしなので」

 

馬車は進み転移魔法の所へ到着する。半径50m程の緻密な魔方陣が数人の魔法使いにより敷かれ既に何個かの物資が送られている。今もなんか私達の使う道具が光とともに転移された。

 

「やっぱりアレがそうみたいです。思ったよりも多量の魔力で動いてますね」

 

「そう?輸送する物の大きさがこの規模なのは分かるけど単に効率が悪いからだと思うよ」

 

「じゃあリューナ、お前ならどうやってこの規模作動するんだ?」

 

「そりゃーミッツー、時空間捻じ曲げたり座標書き換えたりしてだよ」

 

魔法の傾向からしてやりかねないとは思ったけど出来るのか。

 

「セレネ、引き気味なところ悪いですけどあなたの専門分野の回復に関して言えば周りはあんな感じらしいですよ」

 

話ながらも周りではせっせと転移の仕込みをしている。いよいよ転移するらしい……なんか緊張してきた。

 

<ソレジャアテンイシマース

 

外の魔法使いの注意の後私達の馬車は転移した。

 

バシュッ

 

ーーー

 

 

 

 

「オロロロロロロロロロロロ」

 

「ルナちゃん、平気?」

 

「回復魔法掛けるので早めに気分が治るといいですね」

 

「転移酔いって……お前三半規管弱いのか?」

 

「知らねえ……知りませんよ……うっぷ……自力で来ればよかった……」「お嬢は今度からそうしましょう」「荷物は静かにしてください」

 

 

 

現在地 谷の村周辺

 

 

 

私達の乗る馬車は森のそこそこ開けた場所に転移した。

 

転移の感覚は高い所から落ちたみたいな妙な浮遊感で初めてだった。しかし人によってはこれで酔を生じるらしく、実際にルナシーさんがその餌食となっている。

 

荷物類は既に村へ運ばれたようでタイヤ跡が何処かへと続いている。ルナシーさんの調子が治ったら早く行こう。

 

「いや……行きます。吐きそうになったら窓から顔だして吐きます」

 

「えぇ……汚いですよ」

 

それから馬車を一時間ほど走らせて村が見えてきた。商人の中継地にもなっているらしく小さいながらも宿屋が見える。しかし普段なら賑わってるであろうそこは今や見る影もない。話を聞いてみるとやはりこの辺りに放たれた兵器の事だ。有用な道が絶たれた為ここに来る者もめっきり減ったらしい。

 

「あ、でもちょうど昨日かな。なんか強そうな集団が来たな。なんでも冒険者ギルドのSランクで勇者の仲間だとかなんとか」

 

「それは、ありがとうございます(恐らく彼らがミツキさんのお仲間でしょう)」

 

「ありがとなおっさん。どの宿屋にいる?」

 

「あー、どの宿屋かは知らねえや。だけと多分あの人達の事じゃないかな?」

 

「え?」

 

指を指した先には……!?え、何あれは。リューナさんほどではないがとんでもない魔力量を持つ集団がいた。

 

「お、あいつら。おーい!」

 

ミツキさんがそれに遠くから声をかける。彼らはそれに気がついたようでこちらを見た後こちらへ来た。

 

「おおっと、何処かから聞き覚えのある声」

 

「聞いたことあるって……まんまミツキの声じゃんかー」

 

「あ……あそこだ。また女の人連れてる……」

 

「おー、待たせたな。お前ら元気にしてたか?」



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【20】作戦会議(失敗例)

現在地 村の宿屋

 

 

 

宿屋の一室。軍がお金を出してくれて私達の泊まる宿は一人一室借りてくれた。今はその一室、ミツキの部屋に集合して彼の話を聞いている。

 

「こーんにっちわー。あなた達が国から選ばれた勇者?」

 

「ん、ねむ。ミツキ、私は寝るから話は私以外で回しといて」

 

「あ……えっと……よろしくおねがいします……」

 

彼女らは彼の事前説明の通り彼の旧パーティの仲間。際どい格好の年下の魔剣士、先程から眠そうな同年代程度の魔法使い、それと気弱で不健康そうなエルフの弓使い、私達程ではないがかなり個性的な面々だ。

 

「という訳だ。お前ら宜しくな」

 

「宜しくな、じゃないんだよな……普通こういうのは僕に話を通してよ。それならそれで宿も借りたのに」

 

因みに彼女達は私達とは別の宿に泊まっているらしい。

 

リューナさん、ナツメさん、ルナシーも同室にて同じ話を聞いている。リューナさんはいつも通り楽しそうに話を聞いているがルナシーさんは興味なさそうに自身の大剣の整備をしナツメさんは……

 

「……うへへ」

 

……彼女達の豊満な胸に視線が釘付けになっている。少し涎も垂れてるし、彼は本当に男性の欲望を体現している。

 

「ナツメさん、そうゆう目を女性に向けるのはいけませんよ」

 

「うぇっ!?嫌だなー。ぼぼぼ僕がそんな紳士的でない行為をする訳無いじゃないか。ミツキからも何か言ってくれ」

 

「胸……まあデカイよな。でもあんま見るなよ」

 

「んー?ミツキにはいつももっと見ていいって言ってるのにーほれほれ!!」

 

魔剣士の彼女が彼の手を取り胸を当てる。私は彼女を止めようとするもその前に彼が慣れた手付きで止めさせた。

 

「セレネ、こいつはこうゆう奴だ。お前には不愉快だと思うが耐えてくれ」

 

「えっでも……はい(な、なんて破廉恥な……でもあの胸……羨ましい)」

 

心の中で胸によく手を当てて考えてみる。彼女らとは違い私は垂直で虚無感に溢れている。……うん、どうせ使う事もないから気にしないでおこう。

 

 

「セレネ、これどうぞ」

 

彼と彼女とは別にルナシーが私に何かを手渡してきた。

 

魔導書だ。比較的新しく使われた跡こそあるがあまり読まれていないらしい。所々に水をこぼした様な染みもある。

 

「これは?」

 

「んぁ〜……私の枕返して……」

 

「あれの本です」

 

ああ、そういう?因みに内容は呪文魔法、数式に慣れた頭に詩的な言い回しは読むと頭が痛くなってくる。

 

「でも何故これを私に?」

 

「あの寝てる奴がどれだけ強いか聞きたいのですがリューナが根暗野郎と話してて仕方なく。で?強いんですか」

 

んー……この系統には慣れないけれど大まかにはどういう魔法なのかは分かる。この魔法がすべて使えるとしたら流石Sランクといった所、多属性でかなり高難度な魔法が使用できる事になる。光魔法も使えるらしい、理論に落とし込んだ後の難度次第では私も使えそうだ。

 

「(でも総合的な力は私には判別しえませんね)噂通りの強さですかね?でも詳しい事はリューナさんにお願いします」

 

因みにそのリューナさんはというあと一人の弓使いの方と部屋の端で二人で盛り上がっていた。

 

「あの……お姉さん。王都でのミツキは……どうでした?その……元気でしたか……?」

 

「それは後で本人から聞いてみて、きっとそうしたら盛り上がるよ」

 

「え、なんで……」

 

「だって、そんな顔してたら誰だって分かるぞい。さては君、彼の事好きだなー?」

 

「…………えっ!?」

 

失礼、恋愛の事に関してでしたか。ルナシーが話しかけづらいのも分かる。

 

ーーー

 

「そろそろ本題に入ろう。ミツキ君の呼び出したメンバーにも今回の作戦を伝えたいからね」

 

暫くの雑談が終わりナツメさんが作戦の振り返りをする。私達は事前に聞いているので彼女らの為だ。

 

「今回戦いに参加するメンバーは僕以外の全員、それでいい?」

 

「「「「「「え?(お前)(あなた)(ナツメ)(ナツメさん)参加しない(んですか)(の!)(のか)?」」」」」」

 

「揃いも揃ってそんな……勇者メンバーには言ってなかったっけ?僕元はデスクワーク専門だよ?戦えるわけ無いじゃん」

 

……言われてみれば確かに、彼が戦うとは一言も明言していなかった。

 

「(……じゃあ闘技場で戦いを棄権した理由ってこうゆう事だったのですか)」

 

話の続きだ。まず数日は該当地域の探索、そして原因となる生物を見つけ次第作戦を立ててから討伐、もしくはその場で討伐可能なら討伐して帰ってくる。

 

探索は現在2日に一回、日没から夜明け前に行う予定だ。視界の悪い森では昼間の方が安全だが唯一の生還事例が夜間での派遣時のみ、確信はないがそれを参考との事。

 

作戦実行は今日の夜。今回は地図を参考に事前調査で踏み入れた領域の再捜索が主だ。今はまだ昼間だ、こと後すぐに寝るなり準備をするなりと時間はまだある。

 

「で、問題は『出会って戦闘になった時』。僕の方の人は平気だと思うけど……ミツキのお仲間さん、君たちは安全な内に帰ったほうがいい」

 

「え!戦ってもないのに帰宅司令!?」

 

「……zzz」

 

「あの……わたし達……一応Sランク……です」

 

強さには自身のある筈の彼女達にとって暗に弱いから出ていけと指示されるのは意外なことであり混乱している。

 

「うん。正直お姉さんもおすすめはできない。魔法使える人、ちょっと魔導書見せて」

 

リューナさんが魔剣士と魔法使いの方から魔導書を借りてパラパラとめくる。そして一通り見て返してから結論を述べた。

 

「この魔法であなた達の魔力量だと結構キツイんじゃない?ねぇナツメちゃん、相手って多分上から4番目位でしょ」

 

上から3番目というと冒険者だとS、A、B……Cランク?なのかな。冒険者の階級の仕組みは知らないから予測でしかない。でも値的にはSランクなら楽勝な依頼だと思うけれど。

 

「おいおいおい、この司令ってCランク依頼程度なのか?それなら寧ろ俺らだけでいいじゃねえか」

 

「いい加減にしてください。あなたみたいな情弱だけでも足手まといなのに売女と根暗と三年寝太郎が加わったら私が戦えません」

 

「ルナシーさん!?それは言い過ぎですよ」

 

キレッキレの暴言にミツキさんのお仲間も怒ってる。魔法使いさんは相変わらずだけど弓使いさんと魔剣士さんが特にだ。弓使いさんに至っては矢を装填しかけてる。魔剣士さんは剣を抜いて……え、抜いてる?

 

 

 

「そこの赤い子、撤回して。私は別にいい、仲間を貶すのは仲間とはいえ許せない。覚悟っ!!」

 

魔剣士さんは一瞬でルナシーさんと距離を詰め首元に向かい剣を振る。

 

「たあっ!!」

 

私が意識を向けてなかったのもあって斬撃を放つ腕は目に追えない。一直線に向かう鋭い刃、しかし気迫に押され気味だったが多分殺すつもりではないのかルナシーが全く回避しない事を察すると速度が若干落ちた気がする。

 

しかし魔剣士はここで慈悲を見せた事を後に後悔することになる。彼女以外、少なくとも私にはルナシーが攻撃を避けない理由を分かってしまった。何故なら……

 

「……チッ」

 

舌打ち。首が斬られる直前だというのに何を不満げに思うのか。

 

 

 

「せい」

 

小さく落ち着いた掛け声。首へ向かう刃を素手でへし折り投げ捨てる。そしてそのまま魔剣士さんの腕を掴み地面に投げた。

 

「なっ……!」

 

「それっ」

 

加えて流れるようなスムーズな動作で彼女の蹴り飛ばす。小さな体格から想像つかない怪力、小石を蹴るみたいな軽い蹴りで彼女の体は凄まじい速度で吹き飛んだ。

 

 

「セレネちゃん壁に防御張って!」【対物耐性強化】

 

「っえ!?あ、えっと」【円環 ジュピターの理】

 

リューナさんの急な指示に驚きつつ私も防御を壁にかける。彼女の方は魔剣士さんに防御魔法掛けている。

 

ドゴーン!

 

ドサッ

 

パラパラパラ……

 

半径を大きめに設定した【円環】で擬似的に壁全面を保護したお陰で激突して壁が壊れることは防げた。しかし……

 

「がっ……痛っ……何するのよ!!」

 

威力を殺し彼女の怪我を防ぐ事は出来なかった。【円環】に激突してに床に落ちた彼女は四肢がありえない所から曲がり骨が露出して血も出ている。すぐに治療に入るとむち打ちや脱臼、全身骨折、内臓破裂、肺挫傷、それと感覚器官の機能低下と若干の意識障害……外傷の有名な所はだいたい取り揃えていた。

 

「(この人なんで叫べたんですかね。普通この怪我だと話すどころか呼吸すらきついはず、即死でもおかしくない。流石Sランクの冒険者、強い肉体と精神力です)」

 

若干完治できるか自身が持てなかったがいつもの様に魔法で無事に完治させることができた。後で栄養補給もさせないと。

 

「おいルナシーてめえっ!!」

 

「なんだ、やり合うんじゃないんですか?がっかりです」

 

「ルナちゃん、やりすぎだよ!!お姉さんも流石に怒るよ!!」

 

「うるさい……zzz」

 

「あの……みんな……おち……」

 

「皆さん、落ち着いてください!!……ルナシーさん、何故?」

 

私が声を荒げるのはあまり無いが場を収束させるのには寧ろそれが効果的であった。周りは一旦冷静になってルナシーさんの意見を聞く。

 

「攻撃するつもりが無いのは分かってます。あんなのろまな攻撃、まさか本気な訳無いでしょうし。攻撃したのは本能です、手と足の方が動きました」

 

「ふざけないで!たったそれだけで剣まで折って……馬鹿なの貴方!」

 

「そうだ、お前がふざけた理由なのか?違うよな、ホントの事を言えよこの暴力女!」

 

しかし、ミツキさんは怒りを抑えきれずルナシーの胸ぐらを掴みまくし立てる。そこへ治りたてでまだ足のおぼつかない魔剣士さんも加わり気迫が更に強くなる。

 

 

 

「はいはーい、喧嘩はやめやめ。僕の話を聞いて」

 

しかしナツメさんがそれを引き剥がし無理矢理場を鎮める。普段とは違いここだけは有能だ。

 

「これで実力は分かった?他の皆も彼女程ではないけれどそこそこ強い、それこそ……今回は参戦は認めるよ、来てくれて帰れは失礼だったし。あと武器を使う喧嘩は宿の外でやってくれると僕の責任にならないから嬉しいな」

 

最後の一言が無ければ数秒前の発言を撤回しようとは思わなかった。ひとまずやっと参戦を認められた彼女らは多少の怒りは収まり夜の準備をする為彼女ら自身の宿へと戻った。



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調査開始

現在時刻 日没後

 

現在位置 谷の森 入口

 

作戦実行の時刻となり全員が森の前へと集まる。

 

「全員揃ったね。僕は見送りだけだからこの後宿に帰る。君たちだけで頑張ってくれよ」

 

「はい。全員が怪我なく帰還出来るように全力を尽くします」

 

「はーい、行ってきまーす」

 

「お嬢が暴走しないように努力はします」「狼さん、余計」

 

私とリューナさん、それとルナシーの狼以外は各々探索に備えている。ミツキさん御一行は宿での事もあってなかなかに燃えている。

 

「ミツキ、久し振りに私とのコンビネーションを見せてあげようよ!!」

 

「眠いけどミツキがいるならしゃーなし……zzz」

 

「ミツキさん………後衛は任せてください……」

 

「おう。ギルド最強のSランクパーティとして頑張ろうな」

 

魔剣士さんは昼間折られた剣も替えがあったのか別の剣を所持していた。他の皆さんも気合の入った魔法付きの装備をしている。

 

 

 

ルナシーはさっきから森の暗闇をじっと見つめている。

 

「……よし。狼さん、行きますよ」「はい、お嬢」

 

出発直前になったからそろそろ魔法のバフを載せてもいい頃だろう。軽めに身体強化系の魔法を全員へ付与する。

 

「ん?セレネちゃん、自分には魔法は……ってそっか」

 

リューナさんは私自身にそのバフを付与しなかった事に気がついて心配した。

 

「ええ、だから私の事は気にしないでください」

 

「セレネちゃんが良ければそれでいいんだけど……お姉さん心配。あっそうだ!!」

 

彼女は何かを思いついたようで杖を出して魔法を私にかけた。それは私が皆にかけた魔法と同じ作用をする、つまり私が使った魔法を態々私にかけてくれたのだ。

 

「自分で掛けられないなら誰かにしてもらえばいいじゃん!!」

 

「え、でも……」

 

「あーあー聞こえなーい!!文句は受け付けませーん」

 

「……分かりました。ありがとうございます、リューナさん」

 

こうして下準備も済み、各々魔法で辺りを照らしつつ私達は夜の森に足を運んだ。

 

ーーー

 

現在位置 谷の森

 

森に足を踏み入れてから数十分、鬱蒼とした森が続き一向に変化は見られない。足元も良いとは言い難く少し疲れてきた。少なくとも私は魔法を再度掛け直そうかと考えてみる。

 

皆さん周りの警戒に勤しみそういうのはなさそうだ。前衛担当の方々はいつでも剣が抜けるようにピリピリしている。バフも薄くなってる気もしない。

 

「(必要はなさそうですね)」

 

 

 

対して後衛の方々、つまり魔法主軸の私達はというと……

 

「……zzz……zzz……はっ……」

 

「……何だろ、あれ」

 

普段はっちゃけているリューナさんが今日は珍しく落ち着いている。前衛の彼らと同様周りをキョロキョロ観察している。

 

「リューナさん、いますか?」

 

「えっ?私ならここにいるけど」

 

「そうではなくて討伐の対象はどうですか?」

 

「ふふーん、私が考え事をしてるのを見抜くとは観察眼が鋭いね。でも残念、私は何も感じたりはしてないなー」

 

あ、そうではない、と。

 

「突然だけどセレネちゃんって植物詳しい?」

 

「えっ何をいきなり……」

 

「あそこに一本生えてるアレ、何か分かる?」

 

暗くて見えづらい、目を凝らしてその植物を探す。……あれの事か?

 

森の木に紛れて一本だけ周りとは雰囲気が違う木があった。森に生える木にしては細長く目測で高さは20m太さは10cmもない。表面に凹凸は無く色は判別しづらいが暗めの灰色、一定の間隔で横向きの白い筋が入っている。

 

医学を学ぶ上での植物についての知識も多少は入っているが少なくとも私の記憶にはない。つまりは医療への使用用途は無さそうな植物だ。

 

「ごめんなさい、私もあのような木は初めてです。でも少し怪しいだけで何というわけでも無いような……」

 

「見た目だけならね。実はお姉さん今生体感知系の魔法を裏で展開してるんだけど……あの木だけ反応がおかしい」

 

「えっ……?」

 

「おい、魔法3人組。何か見つけたのか?」

 

こちらが何かに気がついたことを察したミツキさん。探している対象ではなさそうなので何でもないと二人で返答する。それにこれが私達に悪影響がある証拠もない。

 

 

 

「(でも一応気をつけておいてもいいかもね)」

 

「(はい。ですが今は対象の事だけを考えましょう)」

 

「こっちはそれらしい物を見つけたぞ。見ていい気はしないけどな」

 

剣士組の方々が何か集まっている。しかも顔を真っ青にしている、ルナシーさんだけはあいも変わらず無表情だが。私達もそれを見てみる。

 

 

 

「…………うわぁ」

 

「な?」

 

「セレネ、低血圧で倒れないでくださいね」

 

ルナシーさんがそう忠告するのも無理もない。それは鉄臭く固まった血と錆で赤黒い金属製のゴミ山だった。構成しているものは武器や防具の成れの果てであり大穴が空いていたり歪んでいて使い物にならなかったりのもののみである。少なくともここにいる人を除けばまず人にはできない被害、それはここで起きた恐ろしい何かを想起させる。

 

「あー、こりゃひでえ」

 

「ひぇぇ……もう駄目だ……おうち帰りたい……」

 

「(弓使いさんに同情します。こんな惨状はあまり見たくありません)」

 

私達は禍々しいそれらに狼狽える。いくら修羅場を潜り抜けてきた方々にもキツイらしくミツキさんやそのお仲間も嫌そうな顔をしている。リューナさんに至っては少し距離を取り始めた。

 

 

 

「中が気になりますね」ヒョイッ

 

しかしルナシーさんだけは違いなんの躊躇もなくガラクタの中を漁り始めた。今だけは彼女の鋼鉄製の心が欲しくなる。

 

「皆さんもぼさっとしてないでさっさと手伝ってください。こんなペースじゃ日が暮れます」「今夜ですけどね」「狼さんにはジョークセンスが無いようです」

 

彼女に続くように他の皆さんも続々と調べ始めた。私も少し抵抗感はあるものの調べてみる。錆びたゴミ山から手か足の鎧の1つを引っこ抜く。他の例にもれず破損が激しい。内側に血の塊がこびりついている。

 

血の塊をよく観察すると毛のようなものが多く混入していた。それも長く黒く、手足の体毛とは程遠い。

 

「(血の汚れに髪毛が巻き込まれて酷いことになってる。って何故手足の防具に髪の毛?)」

 

防具の破損の方にも目を向けるとなにかのパーツとの接合部の金具が外されていた。形からしてここに何かを打ち込んで固定していたらしい。その何かは関節部に挟まっていたから物自体はすぐに特定できた。

 

「(これは……穴の空いた甲殻の破片?)」

 

穴は固定具を嵌めた跡だろう。恐らくこれを固定していたのはこれだ。防具の素材が取れただけだった、と落胆しかけだが違和感がある。

 

この防具だけではその違和感に気がつけなかったから他のものも見てみよう。再び適当なガラクタを手に取り情報を元に他の物も調べてみる。意外にも何個か調べただけで違和感の正体は簡単に気がつけた。でも確信するのは冒険者の方に聞いてからにする。

 

「剣みたいだけど刃だけが外されてるな」

 

「こっちはまたベルトの金具だよ。流石にこれは不自然だね」

 

「ミツキさんと魔剣士さん。1つお伺いしてもよろしいですか?」

 

「何だ?こっちはこっちで調べてるが収穫は無い」

 

「持っているのは剣の柄と金具ですか。分かればでいいのですかこれを見てください」

 

私はその甲殻を彼らに見せる。すると少し考えてから二人で相談した後に質問してきた。

 

「これ、ドラゴン類の甲殻だよね。セレネだっけ?これ、どこで拾ったの?」

 

「防具に付いていたものです。で、これから調べるならでいいのですが……」

 

「早く言ってくれ」

 

「『金属製の部分だけ捨てられている』気がするんです、この山」

 

「どういう事?」

 

「さっきから革ベルトの金具が多い気がして何個か調べてみました。そしたら革素材自体が見当たらないんです」

 

「ああ、言われてみればそうだよ。私はまだ見てない。ミツキは見つけた?」

 

「見てないな。それで、ドラゴンの甲殻も取られかけてるとなると相当強い奴が鎧を捨てて逃げた、もしくは……殺された。となると」

 

「今回の討伐対象かも知れませんね」

 

「おっミッツー達は話が進んでそうだね。お姉さん達にも情報プリーズ」

 

リューナさんと弓使いさんにもその情報を共有、意見を出し合う。

 

「で、リューナさんも何か分かったことはありますか?」

 

「ねぇ、それって『金属を捨てたんじゃなくて動物の素材だけを持っていった』とは考えられない?それで余った所はここへ捨てて……ん?」

 

リューナさんの言葉が止まる。動物素材を持っていく奇妙な行為も気になるがそれ以外にも何か気がついたのか?

 

「ミッツーとそのお仲間、私の間違えじゃなければセレネちゃんの拾った甲殻ってどのレベルの依頼で入手できる?」

 

「……え、Sランク用の依頼……です……」

 

弓使いさんがおどおどしながら答えてくれだ。つまりあの鎧の主はSランク冒険者の所持品……あ!?

 

「リューナさん、もしかして!?」

 

「多分ここは『ゴミ捨て場』。誰かが先遣隊と冒険者の鎧を剥ぎ取ってここにこのゴミ山を作った。しかも先遣隊が派遣された期間もまちまちっぽいから長期的に。とすれば、もしかして?」

 

「こんな所で話してる場合じゃないですね」

 

「なら『それ』が来る前に逃げるのがいいな。地図に記してから別の場所を調べよう」

 

討伐対象がここへ来るのならば今は記録だけして安全地帯へと去るのが一番である。

 

「ならさー問題があるよー……ふぁぁ」

 

「魔法使いさん?どうしましたか?」

 

「あのちっさい子、一人で奥に行ってたよー……あっ」ドサッ

 

突然に彼女が倒れた!?敵かもとリューナさんは辺りを警戒し、私も彼女を起こそうとする、と?

 

「zzz……」

 

寝てるだけだった。ってそこではない。ちっさい子、ルナシーさんが奥に行ってしまった。

 

「ルナシーが居ないだと。おい皆、移動は中止だ。ルナシーを探すぞ」

 

ミツキさんの提案には全員が賛成した。いくら強さに自身がある彼女とはいえ仲間が一人自由に動けば相応の危険も伴う。

 

「お嬢の場所なら分かります」

 

狼さんがいい提案をしてくれた。彼は狼らしく彼女の匂いを覚えていてわずかに残る匂いを追うとのこと。

 

「ありがとうございます。ルナシーさんの所まで案内お願いします」

 

「(どうか安全でいて下さい、ルナシーさん)」

 

ーーー

 

 




作者の癖で前作から!が…と同様に複数個付けてしまう事が多いのです。画面が煩いので今後は自重します。

さらに…の多様も見受けられるので今後矯正します。


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腐肉の山、屍跡

「おかしいですね。気配はこの辺りからした筈なのですが獲物が見当たりません」

 

「今も殺気はしますが表に出てこない事を考えると不意打ち狙いもしくはどこか場所を移したかですかね。私に二者択一をさせるとは中々強気な敵ですね。大嫌いです」

 

 

 

「おいルナシー、お前一人で勝手にどっか行くな!」

 

「やっと来ましたね。遅すぎます、狼さんの案内もあった筈ですが」

 

遅すぎるんじゃない、ルナシーが勝手に動いているだけだ。

 

 

現在地 谷の森 深部

 

 

私達はルナシーさんを追いかけて森の深部へと来てしまった。狼さんの鼻に狂いは無く多少無茶なルートはあったものの安全に来る事ができた。

 

「お嬢途中から木の上をパルクール状態で移動しませんでした?」「そうですよ。でもちゃんと追いつけたなら問題ないですよね」

 

「ルナちゃん、敵が来そうな所が見つかった。だから一旦安全な所へ移動するよ」

 

私も彼女に場所を移るよう頼む。だが彼女は返事をせずそれどころか更に奥へと進む。反省の色のない行動にミツキさん達もイライラしてきた。

 

「ちょっとルナシー、宿屋でもそうだったけれど自分勝手過ぎるんじゃない?」

 

私もそれには同感だ。私も集団行動をするように促す。

 

「ルナシーさん、いくら腑に落ちない事でも今は身のためです。皆さんの言う事を聞きましょう」

 

「セレネ、私に敬称は要らないと伝えたはずです。それよりそこの無能共、見せたいものがあるからついて来てください」

 

「んだと?」

 

「ミツキ……あまり……怒らないであげて……ね?」

 

「分かってら。ここまで来たら逆について行ってみよう。それで大したものじゃなきゃあの戦闘バカの方が頭の回らないただの馬鹿だって証明してやる」

 

ーーー

 

そうして彼女の後ろに続いて私達は彼女の見せたい物を見に向かっているのだが……

 

「セレネちゃん、またあった」

 

「敵がですか?」

 

「あの不気味な『木』。しかもここでは群生してる」

 

言われてみれば森の太い木に紛れて確かにそこにあの『木』が生えている。しかし前とは違いここからだと2、3本程見える。群生、と明言した事から暗くて見えないだけである程度の範囲でこの『木』が沢山生えているという事だろう。

 

「もしかしたらこの森だけに分布する固有種なんじゃないんですか?それかこの討伐が済んだら大学に持っていって研究してみるのはどうでしょうか」

 

「うーん、植物学は対象外だからサンプル回収だけでいいかな?」

 

そこから更に森の奥に向かうと腐臭が漂い始めた。ミツキさんとそのお仲間はこの悪臭に本当にこの先に何かあるのか?と疑問を持っていたが彼女はこれでいい、この先だ、とそのまま前進を続ける。

 

私とリューナさんはそれに加え『木』にも気を使っていた。何故なら奥に向かうに比例して確かにその『木』が数を増えているからだ。そして件の見せたい物の所へ到着した頃には普通の木は消え失せただその不気味な『木』のみに置き換えられていた。

 

 

 

「……で、もしかしてこれが見せたい物なのか?ルナシー」

 

「はい」「お嬢、もしかして」「狼さんのお察しの通り多分これが襲われた奴の成れの果てでしょう」

 

彼女が見せたかった物、それは……腐肉の山。さっきまでしていた悪臭はこれが放っていたらしくここから一番濃い匂いがする。何ヶ月溜め込んだのだろうか、様々な動物の細切れや人だった何かの一部、それと黒い髪がグチャグチャに混ざり合い大きな山を作っている。腐肉を食す虫も飛び交い匂いと絵面で気分が悪くなる。吐き気もしてきた。

 

「ゔっ……ずみません………吐いてきます………」

 

「平気です……平気じゃないですよね」

 

「弓師ちゃん?あんまり遠くに行かないでね?」

 

私より先に限界が訪れた人がいた。弓使いさんには緩めの回復を施して吐くのを見送ったが私もいつ限界が来るか分からない。

 

「調べるか?」

 

「勿論」「お嬢、まって」「断る」「えぇ……」

 

「うぇ……私は地図に印だけするから後は頑張って。それから体洗うまで近づかないでよね」

 

魔剣士さんとルナシーさんとミツキさんは早速調べに入っている。気分は悪いけれど私も協力しよう。近くの木の枝で山を崩しながら中を調べる。一回突くごとにポロポロ崩れ、凄まじい匂いが鼻を突く。

 

「うっぷ……(壊疽の治療も経験はありますが……これは、ちょっと……キツすぎ……)」

 

しかしそのおかげかなんとあの甲殻の破片の片割れが見つかった。割と表層の方にあってくれて助かった。

 

「ミツキさん、これ」

 

「あの甲殻だな。流石ドラゴン素材、腐ってもドラゴンって事か?」

 

つまり討伐対象は先遣隊とSランクパーティを倒した後鎧だけを捨てて死体と素材を集めていた。もしくはその逆かも、今思えばやっぱり鎧が本命かもしれない。

 

「証拠も見つかったことだしもういいか。皆も臭えし汚え所に長居はしたくないだろ?」

 

「そうだね。ちょっとお風呂入りたくなってきたから夜はまだ明けてないけど帰ろう」

 

「zzz………さんs………」

 

私も賛成だ。不快な場所だし討伐対象がいそうな場所も特定できたしここにいる理由は無いだろう。

 

「お姉さんも賛成。こんな汚い臭いところで一晩中なんてやだし帰っちゃおう!」

 

リューナさんも賛成した。ルナシーさんはどうだろう。彼女なら一人だけでも残って戦う、なんて事も言いそうである。

 

「それができれば是非そうしたいです。が、今日は大人しくします」

 

「なら帰還で決定だな」「でも根暗はどこへ?さっきからアレの声がしません」

 

若干被り気味でルナシーさんが聞いてきた。そういえば弓使いさんは気持ち悪いと吐きに向かってから一向に戻ってくる気配がない。帰るのにはまず全員を揃えてからでなくては。

 

 

 

ザッ……ザッ……

 

 

しかしそんな事をし始めた瞬間に彼女が戻ってきた。吐いてなお調子が悪いのか足が不安定であり回復をする。

 

「話し始めた瞬間来たな。吐くもん吐いて気持ち良くなったところ悪いが帰るぞ」

 

「………………」

 

返事はない。

 

「おい……どうした?お前なんか変だぞ」

 

「………ぁ……」

 

彼女は急に力が抜けたみたいに倒れ込む。

 

「ちょ、まじで大丈夫か!?」

 

彼が彼女を起こそうと肩に触れようとする。

 

「大丈夫か?」

 

「ぅ………」

 

バシッ

 

彼女は彼の手を払い立ち上がる。そしてなんと矢を取り弓を構えようとする。

 

「っは?」

 

弦に矢をつがえ弓を引く。照準はまだ不正確だが明確に彼を射ようとする体勢だ。

 

「おい待て!」

 

ザクッ 

 

 

 

 

シュンッ スコーン

 

 

 

 

 

「はぁ、なんでこうもギルド衆は問題を増やして帰って来るのか。無能の思考は分かりません」「……お嬢流石にそれは」「察してください」

 

矢は見当違いな方向へ飛び近くの木に刺さった。照準が絞られる前にルナシーさんが彼女を止めて再び倒れたからだ。弓使いさんの首をルナシーさんが鉈で断ち切り……殺して。

 

 

「ル、ルナシーさ「ルナシー!てめぇ何をした!」

 

ミツキさんが彼女の胸ぐらを掴む。身長差から彼女の足が少し浮く。

 

「何故って戦闘態勢に入ったから殺しました」

 

「ふざけんな!」

 

パァンッ

 

彼女の顔を平手打ちする。いい音でとても痛そうだが彼女は彼の目から顔を動かさず冷淡な目で彼を見つめる。

 

「ミッツー、落ち着いて!」

 

「できるわけ無いじゃない!だって仲間が……仲間が……そうだ、そこの聖女さん。回復を」

 

魔剣士さんに彼女の回復を頼まれる。だけれども私は反応をせず魔法を使わない。無言のまま只々彼女の傷を見ながら呆然としている。

 

「…………聖女?」

 

「即死です。体温からの予想値ですが死亡から既に5分程経ってます。私ではもう治療は不能です。魔剣士さん、力不足で……本当に申し訳ありません」

 

申し訳ない風な声で事実を伝える。先程まで私もどうにかしたいと思案をしていた。それらの全てが無駄だとは分かっていた、そして結局はどうにもならなかった。

 

「セレネ……生き返らせたりとかは?聖職者なら出来そうだが」

 

「……聖女とて、できない事もあります」

 

救えなかった罪悪感で押しつぶされる心境で絞り出した声は非常に小さく、弱い声だった。

 

「何湿った空気してるんですか」

 

ルナシーさんはこんな時でも顔色一つ変えず平然としている。しかも殺した事を当然の行為の様に振る舞う。その冷徹さはもはや彼女が人間ですらないと思わせる。

 

「ルナシーさん……自分が何をしたのか……」

 

「貴方は既に答えを出してます。早く死体を捨てて下さい。リューナとビ○○と無能もさっさと動いてくださいよ」

 

彼女の言っていることの意味がイマイチ理解できない。

 

 

 

 

ぴちゃ……

 

 

水音がした。この辺りに水が流れる箇所は存在しない。結果的に音の出る源は限られてくる。音源はまさに死亡した弓使いの彼女だった。頭部が欠け、血も吹き出て、死亡しているにも関わらずゆっくりと立ち上がった。

 

皆一様に絶句する。ルナシーさんの示した「私の知っている事」は彼女は5分以上前に死んだという情報、つまり彼女が首の切除前に既に死亡していたことだったのか。魔術的な気配はあまりしない。書物の中や魔導書に記載されているアンデットとは違いそうだ。だとしたらこれは何?

 

「ひぃっ!!」

 

「な……何なんだ………これ」

 

「zzz……あくむ……」

 

ミツキさんも私と似たような反応を示す。Sランクの冒険者にとってもこれは異常らしい。全員がいつでも彼女に斬りかかれるよう剣を抜いた(魔法使いさんはまだ寝ている)。私達も戦闘ができるように魔法を展開する。

 

【1st=虚次元展開】

 

【自然回復力強化、移動速度上昇、身体強化】

 

彼女だった物は暫く私達を無い顔でキョロキョロ周りを見ていた。しかし急に様子を変え腐肉の山へふらふらと向かって行く。彼女は腐肉の山に倒れ込み、そして……

 

 

パァンッ!!

 

 

爆発した。全身が内側から破裂して肉片と血が飛び散り私の顔にも少しかかる。後に残ったのは地面に飛散した血と肉と髪だった。

 

「やっと動きますね」

 

「ルナシー、何が来……」

 

ミツキさんの言葉が終わる前にそれは起きた。引きずるような音がして、それから腐肉の山に変化があった。

 

腐肉の山に螺旋状に境目ができる。それに沿って腐肉は塊となり身長ほどに太く、全長50m程の1本の管に形を変えた。管の先が私達の方に向いて、横向きの切れ込みが入り「口」が出来る。

 

「あ……ああ……」

 

腐肉の山はとぐろを巻く蛇へと姿を変えた。私は蛙、睨まれて身がすくむ。でも戦わないと、回復を、強化をしないと。できる事はやらなきゃ。

 

「シャー……」

 

静かに蛇が「合図」する。彼の者の「狩り」が始まる。

 

 

 

 



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蛇殺しと腐り落つるヒュドラの残骸

一番初めに初撃へ移ったのはミツキさん、続いて魔剣士さんだ。

 

「てんめぇえええ!ぶっ殺す!」

 

「仲間の敵!」 

 

魔力を付与して輝いた剣で蛇に斬りかかる。蛇は回避せず、巨体が傷つく……はずが。

 

ガキンッ

 

「なっ!」

 

「弾かれた!?ってうわっ!」

 

蛇の尻尾に魔剣士さんが吹き飛ばされた。大柄かつ高速の力は凄まじく、何本かの木を折りながら飛んでいった。

 

「魔剣士さん【回復魔ほ「要らない!それより攻めて!」

 

彼女は回復を待たずに再び戦いに行ってしまう。決してそこらにある剣ではない筈の業物、それが腐肉の体に一蹴された。つまりは何かしら手を打たないとまた弾かれる事もあり得る。

 

「セレネちゃん、ぼーっとしてないで弾幕弾幕!」

 

【2nd=秒針】

 

ドドドドドドッ

 

リューナさんも弾幕を展開した。魔法使いさんもやっと目を覚まして魔法を作動させている。私も加勢しないと。でもどうやって……

 

「セレネ、引け」

 

「ちょっと、うわっ!」

 

戦闘に加わろうとした途端ルナシーが私を引き遠くへ飛ばす。

 

「前衛には装甲が薄すぎます」

 

「え、でも協力を……」

 

私の話を待たずに彼女も大剣で戦闘に参加しにいった。そして大声でこんな事を私に言ってきた。

 

「あなたはあなたが思っている以上に頭にしか取り柄がありません。前衛で馬鹿してるより逃げながら傍観してるのがお似合いです」

 

えぇ……。なんてこと言うんだ。だけれどもすぐに狼さんが教えてくれた。

 

「お嬢の言葉を言い換えます『周りの状態を細かく観察しながら後衛でサポートに徹してください』ということです」

 

なるほど、その意見にも一理ある。私には回復位しか出来ない非戦闘員だ。ここで私が参戦して無駄死にするよりは大人しく裏方で回復に専念したほうがいいだろう。狼さんが回避を担当するから背中に乗れと提案される。ならお言葉に甘えて回復に徹します。まずは魔剣士さんの回復から。

 

ーーー

 

「せいっ!」「やぁっ!」

 

ガキンッ

 

「くそっ……まただ」「さっきから弾かれてる」

 

キシャァァァァア!!

 

「うわっ!」「【回復魔法】!」「セレネすまない」

 

ミツキさんと魔剣士さんは先程から攻撃しても弾かれ、私が回復するループが完成している。巨体の割に高速の強さにはスタミナ的にもかなり苦戦を強いられている。

 

一方苦しい状態とは対象的に他二人はというと

 

 

 

ズバッ バキイッ

 

ドドドドドドッ ドカァァン

 

「何ですこいつ、中々骨のあるヒモじゃないですか。戦いと聞いてこういうのを待ってたんですよ」「お嬢、流れ弾、流れ弾を気にして下さい」

 

「結構燃えてるけどこの蛇中々しぶといね。リューナちゃん直々にさいきょークラスの称号を進呈しよう!」【3rd=火時計】

 

二人は圧倒的なスピードと火力(リューナさんは文字通りの「火力」)によりやすやすと蛇の体に攻撃を加える。斬撃と残像と弾幕が飛び交う異次元の戦闘が繰り広げられている。リューナさんの掛けてくれたバフがなければ早すぎて見切れれなかっただろう。

 

キシャァァァァア!

 

蛇が彼女達に噛みつく。それをルナシーは下顎に剣を貫通させて地面に突き刺して上顎を素手で掴み逆に大きく開く。 

 

べきべきベきっ

 

「リューナ、やってください」「もっちろん!」

 

そさてリューナさんが口の中に弾幕を撃ち込む。これにはさすがの蛇も重症のようで体がビクッと大きく動いた。しかし、あくまでもそれだけだ、すぐにまた攻撃に転じられた。

 

「火力だけじゃなくて体力面も良好、ぜひ実家に来てほしいですねこいつ」

 

ルナシーさんはこの絶望的な状態を楽しんでいるようだ。戦い始めから口こそいつもの心無いが表情はあの無愛想から一変、狂気的な笑顔となり大剣を振り続けている。彼女の体より大きな剣なのに腰の鉈の如く高速で巨体を切っている。

 

「ルナちゃんってそんなキャラだっけ!?」

 

「あたりまえじゃないですか。普段もこんな感じですよね」

 

「(絶対に違います)」

 

「でもちょっとワンパターンな戦いで飽きてきましたね」

 

先程から二人は猛攻を続けているが一向に相手が疲弊している気がしない。彼女の「飽き」はそのせいだろう。

 

「それじゃあ、久々に『練習』させて頂きます。皆さん、離れろ」

 

ルナシーさんはバックステップで一旦距離をとり武器をしまった。戦闘中なのに、何を始める?彼女は目を瞑り深呼吸をした後目を見開く。

 

 

 

【餓狼ノ型】

 

 

 

「(ルナシーさんの様子が変わった?一応【物理攻撃強化】を掛けよう)」

 

「お、セレネさんありがとうございます。行きますよクソヒモ野郎」「あ、やばい」

 

彼女の殺気が更に強まる。蛇も異常に気が付きミツキさんらへの攻撃を一旦やめて彼女へ向かっていった。

 

「……」

 

彼女は剣を中々抜かない。ミツキさんが攻撃の手を止めて彼女を助けようと走り出した。私も何かしないと……

 

 

 

 

 

瞬間、音もなく蛇が縦に二分された。

 

 

 

 

キシャアアアアァァ…………!?

 

ズドォーン……

 

 

「……抜刀術だけで即死。前言撤回、もっと固くなって出直してください」

 

斧に付着した腐肉と髪の毛を払い彼女は斧をしまう。彼女の斬撃を目で捉えることは不可能で何をしたのかさっぱり分からなかった。皆さんと私がバフを持っていたとしても視認出来ないとはなんて速度だ。

 

「(彼女にはこれ以上の強化はいりませんね)」

 

「斬撃が……見えないだと?ルナシーお前何した?」「ちょ、あの子どうなってるの?」「zzz……」

 

「ただ重火力特化のスタイルに変更しただけで特別な事ではありません」「すみませんミツキさん、これだけは本当にお嬢の通りなので納得して下さい」

 

「うひゃー、流石ルナちゃん仕事早いね。一撃で死んだよ」

 

彼女の攻撃でひとまず蛇は動かなくなった。……あれ?討伐対象が思った以上に弱い?私は追い出されるだけ追い出されて出る幕なしだった。

 

「ですね」

 

「はー良かった。お姉さんもっと強いかと思って弾数増やそうとしたのにざーんねーん」

 

「いやこいつ結構強いし硬かったぞ」「それじゃ帰ってねzzz……」「それより今は死亡確認が先だよミツキ。弓使いの敵が晴らせた確かめないと」

 

魔剣士さんはすぐに戦闘から切り替えて蛇を調べだす。それに続きミツキさんらも同じように蛇の切断面を観察する。私は……被害は少ないけれど一応の回復だけをかけてから調べよう。

 

「流石腐肉の蛇、やっぱり中も臭え肉でみっちりしてる」

 

「でも腐肉だけじゃなくて髪の毛もまじっ…………」

 

「でも内臓も特に無いし……一体この蛇は何?」

 

蛇の切断面及び中身は彼らの言う通り内臓はなくボロボロの腐肉と髪の毛と虫で満たされている。どうしてこんな物があの巨体を維持して動かせたのか不明だ。研究はしたくはない。

 

「……よし、適当だけどこいつもこんなんだ。死亡済みって事で討伐終了だな。帰ろう」

 

「弓使い……ごめん」

 

「気にしないで下さい魔剣士さん。あの蛇の不意打ちには誰も気づいていませんでした。お仲間が死んでしまった事はくやましいですが彼女の分も生きるのに私達の安全のために帰りましょう」

 

戦いが終わり余裕が出来たからな魔剣士さんが死んでしまった弓使いさんの事を悔やんでいた。しかし彼女がいなければあの蛇をただの肉塊だと錯覚していただろう。

 

「もう帰宅ですか、残念です」

 

「弓使いちゃん、お話楽しかったのに。死んじゃうなんて勿体無かった」

 

さて、私も帰路につこう。先程から会話に参加しない魔法使いさんも起こしてから。

 

「魔法使いさんも帰りますよ」

 

彼女は腐臭漂う死体の前だというのにしゃがみながらで寝てしまっている。仕方なさそうに魔剣士さんが彼女を起こしに向かう。

 

「ほら、帰るよ」

 

彼女が体を揺さぶる。すると魔法使いさんは押された勢いのまま体勢を崩し倒れた。

 

「…………え?」

 

彼女はいつもの様に目を閉じ寝ているようだった。致命的に違うのはその体に血の気が無く、対象的に胸がえぐられそこから流れ出す血により真っ赤に染まっている。そして体中に「黒い髪」が付着して、いや蛇から伸びる「髪」が致命傷になりうる箇所に刺さっている。

 

 

 

ヒュンッ

 

 

 

「いっ……きゃぁぁぁぁぁぁあ!」

 

突然「髪」が魔剣士さんに伸びる。彼女に触れるのに伸ばした右手に黒い線が入り体内を巡りながら全身へ回る。そして肌を突き破って全身から「髪」が生えてきた。

 

「がっ……し……いや………いやぁぁあ!」

 

「お、おいっ!平気か!?」

 

「あ………ああ………」「聖女様、背中へ」

 

「これは面白い事になってきました」

 

「魔剣士ちゃん!間に合え、【No.i=時……」

 

 

パァンッ!

 

 

 

 

無情にもリューナさんの助けが間に合う事はなく弓使いさんと同じく無残な死を遂げた。伸びて体内に入り込んだ「髪」が爆発し魔法使いさんと魔剣士さんの内蔵もろとも肉片に変える。

 

ズズズ……

 

重いものが地面をずる音がする。蛇の方からだ。二分された体の断面から「髪」が伸びて体を繋げる。しかし元の1本には戻らず結果的にY字の形で結合が停止。

 

「なんなんだ……おい何なんだよ!ナツメの野郎からこんなの聞いてねえぞ!」

 

ミツキさんが嘆く。そんな事みんな思ってる。今日の神様は理不尽だ。

 

二股の体はゆっくりと起き上がる。そして2つの別れた先が割れて「頭」が作られ双頭の蛇が出来上がり再び息を吹き返した。

 

彼の者は2度生きる。故「狩り」はまだ終わらない。



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そして私は魔法を構える

現在3名死亡。戦闘参加人数は7+1名から4+1名へと減少。結果的に。ナツメさんや他の方の予想道理ミツキさんの仲間は皆死んだ。

 

私のせいだ。私の回復が、強化が追いつかなかったから彼女たちは死亡したのだ。

 

たけど後悔しても今は仕方がない。今は今やるべきことをしないとまた死者が出る。私は皆さんに更に強い【自然回復力強化】や諸々の防御強化の処理加える。

 

キシャァァァァア

 

「くっ……ボス特有の第二形態……初ボスなのにずるいぞこの蛇野郎!!」

 

「無能、煩い。別に戦えていいじゃないですか」

 

「それよりも攻撃攻撃!ほら、突っ込んできてる!」

 

そして、蛇との第2ラウンドが始まった。

 

私がやるべき事は1つではない。2つ目は……逃げる。彼らの戦いにマトモに参加していれば命が何個あっても足りない。

 

「すみません、皆さん頼みます!」

 

「セレネちゃん!?お姉さんと戦おうよ!」

 

「ええ、だから逃げながら戦います」【日蝕 クローズドアイズ】

 

私もただ命惜しさに逃げる訳ではない。私は蛇の頭部に【日蝕】を仕込む。蛇は視覚こそ未発達意外と夜目が効く生物だ、ならばいっそ明るくしてしまえばいいと考える。私は蛇の顔にかかる光の一部を電波に変えて視界を奪った。なお可逆的な反応にしている為蛇以外の視界は正常だ。

 

蛇は突然の強い光に動きが一瞬鈍る。

 

「ほう、光で目潰しですか。考えましたね」

 

「私は援助に回るので戦闘は頼みます!」

 

「分かったよセレネちゃん!」

 

【2nd=秒針】

 

【餓狼ノ型】

 

ーーー

 

こうして戦いは再び始まった。弾幕とルナシーさんの斬撃が飛び交う戦場。一触即発の戦いが繰り広げられている。

 

「それっ新しい弾幕だよ!蛇さんは避けられるかな?」

 

【5th=水時計】

 

リューナさんは更に追加の弾幕を張る。水属性の魔法らしく大小様々な黄緑のシャボン玉を発生させる。

 

しかし

 

「おっそ。リューナやる気あります?」ギギギ……

 

弾幕自体の速度が遅い。噛みつかれるのを剣で防いでいるルナシーさんにツッコミを入れられる程に遅い。当然蛇にとっても生ぬるく尻尾で突かれてシャボン玉らしく儚く割れる。

 

「おい!割られたけど平気か!?」

 

「うん、『計算通り』。すぐに分かるよ」

 

確かに結果は出ている。シャボンを割った蛇の尻尾から白い煙が出ている。

 

「(『酸のシャボン』私の魔導書にあったけどもう覚えたんですか!?でもありがたいです。腐っていても肉は肉、十分過ぎるほどの効果がある!)」

 

無数のシャボンで蛇は泡まみれとなり全身から煙が上がる。時間経過で目に見える速度で、肉が溶けて小さくなっていく。

 

「よーし、これでリューナちゃんの……」

 

だが、それまでだった。酸は効果的だったが十秒程勢いよく上がっていた煙が急に止む。

 

「ちょちょ!?」

 

キシャァァァァア!

 

しかも肉か溶解したダメージを無視して突っ込んできた。まだシャボンが落ちきらず泡だらけの巨体はかすっただけで大変な事態になる。更に悪いことに水魔法のせいで滑ってスピードが早い。

 

「あわわっ……!」

 

【No.時間停止】

 

カチッ

 

【解除】

 

ドゴーン! バキバキバキっ

 

 

ずざぁぁぁぁ……

 

「っぶな!ヘビちゃん強すぎ!でもなんとか回避できた!」

 

何本もの木を巻き込んで蛇は虚空に突進する。

 

「聖女様、今彼女ワープしませんでした」「彼女は時間を止められるんです。制限はありますが」

 

だけれど何故彼女の酸の玉が急に効かなくなったのか?単に酸の量の問題か?それとも何か原因があるのか、不自然な事だ。何かしら確かめるべき。

 

「狼さん、セレネにも忠告します。何かやる気のようですが私の邪魔は止めてくださいね」

 

「それならあの泡を剥がして「分かりました」

 

彼女は私の言葉が終わる前に蛇へ向かっていった。双頭で複雑さを増した蛇の猛攻を剣で捌きつつ距離を詰めていく。

 

「(まだやり合うんですか蛇野郎、ならその頭また引き裂いてやりますよ、っとここで新しい攻撃か)」

 

ヒュンッ

 

蛇の全身から何かが飛んできた。ルナシーさんはそれを大剣で弾き飛ばし、私はリューナさんの分も含めてまとめて防御魔法で防ぐ。

 

「セレネちゃんないす!蛇が弾幕なんてよく考えるね!」

 

「私達の真似事でしょうか。あの蛇は私達が想定しているよりも頭が良さそうです。余計に気をつけないと……ってこの弾幕……ルナシーさん!」

 

 

 

蛇の弾幕は効果が薄くルナシーさんの接近を許した。ここがチャンスと彼女は二股の付け根を両断できる立ち位置へスタンバイ。

 

「弾幕の為に機動を落とした事、感謝してますよクソ野郎っ!」

 

高速からの急停止で溜められた足のバネ、それと剣の重量を使い飛び上がる。そして彼女は力を込めて一撃を叩き込む。

 

 

 

バキィッ!!

 

「あ?」

 

そこで、予想し得ない事態が起きた。彼女が振り下ろした剣は蛇に当たった、そして柄だけは彼女の手とともに蛇を切り刻むに適した軌道を通るが刃だけは明後日の方向へ飛んでいき近くの木に刺さる。彼女には普段なら理解し難いそれを戦いで加速した意識によりその意味を理解する。

 

「っ!ここで折れやがったあのなまく……」

 

「ルナシーさん避けて!」

 

彼女が動揺で状況が読み取れなかった僅かな時間で木に刺さった刃が独りでに抜ける。そして意思を持ったかのように彼女へ向けて高速で飛んだ。

 

不幸な事に今の彼女の体は空中。加えて視界外からの攻撃ともあり避ける事は至難の業だ。身をよじらせ回避する時間もなく背中から剣の巨大な刃が貫通する。

 

「ゔっ……クソっ剣が背中に……何故……!?」

 

「ルナシーさん、離脱して下さい!」【回復魔法】

 

「『髪の毛』だ!ルナちゃんを襲ったのは操られた『髪の毛』だっ!!」

 

地面に衝突し鉄屑となったそれには無数の髪が付着していた。私は見切る事ができなかったのだがリューナさん曰く蛇は「刃に付着した髪が動き彼女自身の認識速度ギリギリの速度で刃を投げた」そうだ。嫌な予感はしていたけれど、やっぱりあの蛇は体内にある髪を操ることができる。

 

剣に髪を付着させたのは1回目は弾幕を弾いた時、あの時私達は魔法により「平面」での防御をした。大して彼女は剣、「比較的複雑な立体」での防御であり細かい隙間に髪が付着した。既に散々肉を切ったことでこびりついた汚れと絡まって髪を落としきれていなかった。

 

そして2回目はちょうど今、蛇を切った時。

 

「離脱なんて言われなくても……」

 

体を貫かれてもなお彼女は蛇から離れない。いや離れられないのだ。髪の毛が付着したのは剣の刃だけではない、当然柄にも少量だが付いてしまっている。それが致命的だった。

 

「あなた達が指す『髪』のせいでこっちは苦労してるのに」ギギギ……

 

彼女の腕は柄に付いていた髪に巻き付かれ締め付けられていた。

 

「(この『髪』全力で引っ張ってるのに千切れるどころか伸びすらしません。これ本当に髪の毛……いやなんの繊維ですか?)」

 

まるで深く大地に根付いた大木を引き抜いている感覚である。髪は巻き付くだけでなく肌の下に潜り込もうし、無数の針が手に刺さる痛みもする。その痛みも上へと、頭の方へと向かおうとしている。

 

「しかもこれ爆発するんですよね。そうなると流石の私でもちょっと不味いですね」「お嬢もしかして意外と余裕なんですか」「勿論」

 

 

 

パァン!

 

 

ルナシーさんは無情にも爆発した。彼女らと同様、彼女も……

 

 

「ルナちゃん!」「ああ……ルナシー……さん……」

 

「お二人共、お嬢なら無事です」「そうですよ。何処かの戦闘に参加してないチキンと違って私は丈夫ですから」

 

気が付かないうちにルナシーさんは私達の後にいた。剣を持っていたには蛇の「髪」が刺さっている。ルナシーさんは爆発の前に折れた剣を捨て空いている手を使い鉈でそれを切断したそうだ。剣より切れ味の良い鉈とは。そして片手には……

 

「セレネ、これ」

 

彼女からヌルヌルする薄く黒い塊を手渡された。

 

「これは?」

 

「アレの表皮です。ヌルヌルして気持ち悪いのでしばらく触らないでくださいね」「お嬢、それ泡で手が溶けてます」「……初めて知りました」

 

「どうしてこれを私に……」

 

「目的は未達成ですがこれ以上どうしょうもないのでね。これで頑張ってください」

 

「どうしょうもないって、回復が必要で?って【回復魔法】。ルナシー体は……」

 

「回復なんて唾付けとけば治るから要らないのに。剣が折れたので」

 

「あ、それは……つまり、この場ではもう戦えないんですか?」

 

「いえ、萎えました」「え、お嬢まさか」「という訳で帰ります、お元気で。狼さん」「ちょ、待っ」

 

「ルナちゃん、戦いから逃げる気なの!」

 

私もそうだがリューナさんが止めに入り……

 

「逃げるならミツキも連れてって。戦えないなら今は要らない。戦いは私達で終わらせる!」

 

「リューナさん!?」

 

その言葉を聞いた後彼女は狼さんにミツキさんを無理矢理加えさせて森の外へと走って向かった。戦いはスタート時からかなり不利なっている。それなのにこれ以上の人員を減らすなんて。

 

「セレネちゃん、よく考えて。ルナシーちゃんって自分勝手でしょ?」

 

「でも……」

 

「やりたい事を思いついたらテコでも動かないと思うし帰らせたほうがいいなって」

 

「被害って……今ここで襲われてる事より優先するべきなんですか!?」

 

キシャァァァァア!

 

話し込んでいる私達に蛇がしびれを切らして攻撃をしてきた。話し込んでいる場合手でははない再び支援に戻らないと。

 

「セレネちゃん、最後にこれだけ!ルナちゃんの火力ソースが使えない今私達がその火力を叩き出さないと駄目、だから高出力魔法使用固定の耐久勝負になるよ。リューナちゃん魔法効率悪いから私はすぐに離脱する、だからセレネちゃんも頑張って、じゃないね」

 

【移動速度強化】

 

「リューナちゃん『守る為に戦って』!」

 

 

 

神は己の戦いに力を使う事は許さない。だが抗うべき運命と他者の為の争いならば大いにその力を振るいなさい。

 

私が戦える唯一の例外。その言葉が頭によぎる。

 

 

 

リューナさんによって私にバフが与えられた。守る……そうだ、守らないと。ここからは私も戦闘に参加しなければ、でないと死体の山の人々、これからここへ来る者、それと死んでいったミツキさんの仲間に失礼だ。これはここまで追い詰められて初めて覚悟を決める。

 

「…………リューナさんもどうかご無事で!」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】



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されど聖女は祈る

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

ーーー!

 

「ひゃー派手にやるねーセレネちゃん」

 

「守れと言われたなら戦うのも致し方ありませんから……いい気持ちはしませんが」

 

私の参戦で戦いは更に熾烈さを増した。見た目的にも飛び交う弾幕の光で暗い森がまるで森林火災の現場みたいだ。

 

蛇は私達の戦闘の方法が大きく変わった事を瞬時に察し巨体を生かしたパワープレイから私達と同じく弾幕での戦闘に変更した。それでもなお双頭での複雑な接近戦も混在して迂闊に近づけず、かと言って離れても無視もできない混乱するような戦いを強いられる。

 

「セレネちゃん、弾来てる!」

 

「うわっ!ごめんなさい」

 

パァン!パパパパンッ!!

 

やっぱり戦闘向きじゃないや私。速度バフでゴリ押してるから対等に戦えているけれど戦闘に関しては素人だからちょくちょく被弾しかける。蛇の弾幕は爆発するから範囲が広く数も申し分ないので常に油断ならない。

 

「酸が駄目なら火でどうだ!強火でこんがり焼いちゃうよ!」【2nd=火時計】

 

「こんがり焼くなら私からも協力します!」【日蝕】+【流星 ラピッドスターダスト】

 

ズドドドド

 

無数の弾幕が蛇に当たり肉が焦げる匂いがする。蛇は悲痛な声を上げながら弾幕で反撃してきた。反撃は回避ができる範囲だから別にいい。肉が焦げたところで炎上が起こらないから痛手が与えられないのが問題だ。現状蛇の事実上の被害が少ないから相手が一方的にこちらを疲弊させている状態である。このままでは(リューナさんは不明だが私と同じく)スタミナと集中が切れるのも時間の問題である。

 

だけれどもタネは仮説程度だが予測できた。できてしまった。

 

ルナシーさんから渡された薄く黒い塊がある。それを構成する物は蛇から出てくる「髪の毛」……いや繊維状の何かだ。かなり緻密に織り込まれていてほぐすのに苦労したが最終的に細い繊維となる。繊維の1本1本は死体からとは思えない程にかなり肌触りがよくツルツルしている。繊維同士を接着していた粘性の何かが酷く匂い触り難いのは変わりないが。それが撥水性を持ち泡の水分を弾き損傷を抑えている……のだと思う。加えて不燃性もあるかもしれない、でもこれ以上は戦闘外で研究だ。

 

更に戦闘を通して考えられる事はこの繊維は恐ろしく耐久性がある。あのルナシーさんの重火力をある程度受け切る程の頑丈さは勿論、柔軟性も蛇の動きに対応できると申し分無い。

 

そして蛇の表皮の防御、髪の毛もとい繊維が自由に動く事を考えると繊維こそが「外骨格」であり「筋肉」の役割を果たしている。腐肉自体が動いているのではなく自由に動く袋に腐肉という中身を入れて蛇の形になって動いている。戦闘前に蛇の体を構成する腐肉の山を漁った。その時は何も考えていなかったが「死体は肉と繊維のみで骨は極端に少なかった」。何故そうなのかは不明だけれど蛇には「骨が存在しない」という事実がより一層説得力を補強する。

 

その予測をもとに攻略法を思案する。

 

討伐の為に一番問題となるのは「防御力」。これも予想にはなるが【水時計】をリューナさんが撃ち込んだあたりから繊維の織り込み密度が高くなって更に高強度、高耐久となっている。実は戦い始めは火が効きづらくなっている感じはあった。開戦間近は炎により常にどこかが赤々と肉が燃え肉と灰がボロボロ落ちていた。ところが件のタイミングを超えた時からは段々と燃えづらくなっていき、今は焦げつくのみである。

 

だけど……突破方法は不明。でも不幸中の幸いだろうか、最悪な自体は間逃れている。

 

最悪な自体とは「もし蛇の体を構成する死体及び繊維が無尽蔵だったら」というものだ。どこかしらから死体、もしくは繊維を知らない所から取り出してきて自身の体を回復するとしたら……悔しいが逃げざるを得なかった。

 

しかし、そんな事はなかった。ルナシーさんたちが蛇の体を切り続けた事で少しずつだが腐肉は削れていた。その証拠に見上げるほど大きい蛇が一回り小さくなっている。反面、蛇の機動力は上昇し体の表面積も小さくなるので繊維の密度が上がって結果的に防御が上がっている事となっているけれども。

 

まとめると突破法は……不明、更に攻撃を加えれば加えるほど相対的に強くなっていく。この上ない程の絶望的な敵、思考する過程で何度も考えついた根拠のない予測が理論とともに結論として絶望を突きつけた。

 

「(そんなこと初めから分かってました!だから……私達はどうすればいいんですか!)」

 

ああ、神よ。どうか試練に打ちひしがれ諦めすらいる私達をまだ救えるのならばお救いください。折れかけた心の中で神に祈る。

 

「セレネちゃん、諦めないで!そこまで分かってるならまだ何かできる手はあるはずだよ!」

 

「リューナさん……」

 

彼女が私を叱咤した。彼女も薄々このままでは倒し切ることができないとは感じているはず。なのに今も弾幕を避けて抗う。そうだ、絶望的であるけれどまだ負けてはない。最悪彼ら同様逃走もできるのだ。なら負ける寸前まで粘ってみてもいいんだ。

 

「そうですね。……よし。それならチャンスは作りますのでその内に畳み掛けましょう。」

 

【日蝕】+【光柱】

 

引き続き【流星】で蛇の起動を抑えつついる細めのレーザーで薙ぎ払う。体を真っ二つきにすべく何度も何度も地面と木々を巻き込んで見境なく破壊する。

 

だけど遂に蛇の回避性能の方が勝ってしまいレーザーどころか高速高物量の【流星】、リューナさんの【火時計】にすらかすりもしなくなってしまった。リューナさんの方は弾幕扱いやすい【秒針】に切り替えた。

 

「セレネちゃんほんとにチャンスなんて作れるの?」

 

「ええ、それも『たった今から』。2……1……来ました!」

 

ピキッ……バキィッ!

 

カウントの終了と共に蛇の周りの木が一斉に傾く。レーザーを乱射したのは蛇を狙う目的に加えて「木に傷をつけること」。傷つけられた木は自重に耐えられず折れる、それも調節して蛇に当たるように仕込んでおいた。

 

ギシャアアア!??

 

そして目論見道理一斉に蛇に木が倒れる。枯葉と土煙で姿が確認しづらい。だからそれを無視できるくらいありったけの弾幕を二人で連射する!

 

「策士だねセレネちゃん。お姉ちゃんも最大火力でいっちゃうよー!!」【1st=虚次元展開】【2nd=秒針】】【3rd=火時計】【4th=DIGITALTIMER】【5th=水時計】

 

「今です!」【光柱 ピラーオブムーンライト】【流星 ラピッドスターダスト】

 

ドドドドドドッ!! ーーーーー!

 

弾幕は倒れた木と蛇に過剰なまでの火力を与え続ける。爆発と破裂音が森に響く。後で聞いたことだが谷の村からもこの光は見えたらしい。勿論木の下に下敷きにされた黒い塊もその弾幕の餌食になり蛇もただでは済まないだろう。

 

 

 

 

ヒュンッ

 

「うぇ!?……きゃああああああ!」

 

蛇の体が私に巻き付く。何故、今蛇は私達の弾幕で……

 

「(………………え?)」

 

私の離脱により弾幕が少し薄まった事でその弾幕の向こう側が見えた。蛇はいなかった。代わりにそこにあったのは……

 

「リューナさん、蛇はここです!」

 

「うおおおおっ!!いっけー!!」

 

「(駄目だ、弾幕の音がうるさくて聞こえてない。そこにあるのは蛇の繊維を巻きつけたただの丸太です!騙されたんです、狡猾さに負けたんです)」

 

爆発する、すぐに魔剣士さんや魔法使いさん、弓使いさんの惨状が頭によぎる。しかし蛇は繊維を侵食させる事はしない。その代わりに蛇は大きな口を開けた。

 

「え……ぃゃ………そんな……」

 

まさか、蛇は、私を食べようとしてる?

 

「(っ考えちゃ駄目だ。今は逆にこれをチャンスに変える発想をしなきゃ)」

 

ここでリューナさんが異変に気が付き私の状態に気がつく。すぐに魔法の手を止めこちらの状態をどうにかしようとする。

 

「セレネちゃん!今どうにかするから耐え……」「いりませ……ゲボッ……食べられるくらいならこのまま口の中から体内ごと撃ち抜きます!」

 

最悪な時にこそチャンスというものは訪れる、誰の言葉だっけ?でもよく言ったものだ。それはまさに今の私、たった今天啓がきた。外側が駄目なら内側なら防御を突破すらせずにダメージを与えられるはず。口中に魔法の焦点を合わせ中身の肉を全て消し飛ばして私が蛇を倒す。

 

「蛇さん、ごめんなさい!」

 

手に魔力を込めて魔法を作動させる。出力は引き続き最高火力で蛇の口いっぱいになるくらいのレーザーの式を組む。緊張で心臓が高鳴る、しかも手も震えてきた。死の淵の先へ進むか後戻りできるかの境目に立っているんだから当たり前だ。

 

光の輪が展開される。そして照準を口の中の闇に合わせて………狙い撃つ!

 

「「いっけええええ!」」

 

 

 

ギィジュあ"a……

 

最高火力で放たれたそれは蛇の口内にヒット。体内に強烈な熱と光で蛇は満足に悲鳴を上げることもできず倒れた。

 

「やっと倒れたよ。セレネちゃん。ありがと!!」

 

 

 

 

 

リューナさんは蛇が倒れた事に喜んでいる。しかし私は一向に立ち上がらず蛇に巻き付かれているままである。

 

「………ははは……負けちゃった」

 

小さな声でつぶやく。

 

「…………え?」

 

「締め付けが…………全く緩まってないんです。寧ろもっと強くなっています。蛇はまだ生きている……リューナさん」

 

「セレネちゃん?」

 

蛇は再びゆっくりと起き上がる。彼の者は死した者、故2度死なず、倒れしも再び起き上がる。その不屈さは私達も見習いたいものだ。生き残れる自信はないから参考に使う事はあるのかな?

 

「逃げてください。逃げて事実を伝えてください」

 

二人の全力でこれならもう手の施しようがない。ならばせめて私が犠牲になってリューナさんだけでも生き残ってもらいたい。

 

「駄目だよ!一緒に生きて帰ろうよ……セレネちゃん!」

 

「いえ、いいんです……いいんですよ。これで。リューナさん、貴方だけでも生き延びてくれれば私は満足です」

 

「でも……」

 

「私と違ってあなたは戦えます……まだ、私よりも蛇に勝てる確率があるんです。だから今は逃げてミツキさんとルナシーさんを連れてきてきてください」

 

足が蛇の中に入る。何かの液体と劇臭を放つ腐肉の不快な感触が少しづつ広がっていく。ふりほどこうとしても私の力では抗う事もできずに飲み込まれていく。

 

「嫌だよ……嫌だよ!」

 

「………お願いです。もう長くは持ちません。だから……おねが……」

 

肩の辺りまで体が腐肉に沈む。拘束は解けたが手足も満足に動かせず脱出は困難、いやそれすらも高望みにすら思える程に不可能だろう。

 

 

 

 

そして、蛇が口を閉ざし闇に包まれる。リューナさんが叫ぶ声も段々と肉に阻まれ聞こえなくなってきた。

 

 

 

 

………死にたくない……死にたくないよ………でも……これで……皆のためになるのかな……?

 

 

 

頭が痛い、酸欠と圧迫のどちらが原因なのかも見当がつかない。弾幕で肉を崩そうにも自身が被弾して余計危険であり減った肉の分締め付けが強くなるのも目に見えている。けれど感じる。闇の中、腐肉が蠢く音が響き、自身の死を告げるのを。

 

 

 

カサカサッ

 

 

……ああ、蛇に殺されるのは何も私だけでは無かった。腐肉に群がる虫も同じく肉の棺桶に閉じ込められ飽食の中死を待つ定めである。もしくは蛇のおこぼれを貰うのに闇の中で群れで待機しているのか。どちらにせよ私も彼らの餌になるのに変わりない。

 

…………あれ?

 

ーーー

 

 

「…………」

 

彼女は1人沈黙していた。今すぐ蛇を切り裂きその仲間を救い出したいと心から願っても中にいる彼女のも巻き込んでしまい迂闊に攻撃もできず、ただ立ちすくむ事しかできない。

 

蛇はもう彼女など眼中になかった。体力の回復にはかなり肉が足らないが小さくなった体では小柄な獲物でも腹が満たされてしまう。しばらくは狩りをやめ散歩でもしながら消化を待とう、そう考えていた。

 

「……【No.j……ん?」

 

突然、蛇の体が発光し始めた。蛇自身が発光しているというより中の光源が光っているというのが正しい。彼女は新手の蛇の攻撃かと警戒したがすぐに違うと分かる。

 

「(これはセレネちゃんの魔法!?しかも【代謝促進】って)……何をしてるの?」

 

ーーー

 

 

 

蛇の体には腐肉と一緒にそれを食す微生物や小さな虫が大量に潜んでいる。いくら蛇が緻密な繊維で覆われていてもそれらが一斉に食事を始めれば塵も積もれば山となる、肉体が一気に分解し腐肉の体は崩壊する。

 

【代謝促進】

 

それは私にではなくその捕食者たちに向けての魔法だ。なおこれでもし微生物物が分解した物が蛇の表皮から出ずに中に留まったら死亡が確定する。しかし元からこの状態から脱する術も考えつかない。

 

それと分解される肉は何も蛇だけでない。肉だけならこの私でも条件を満たしてしまう。つまりこのままでは蛇もろとも私も消えてしまうわけだ。

 

【烈日 灼熱SummerSunnyRay】【熱耐性】

 

その為のこの魔法。本来は物体を発光させる魔法。だけど光と共に熱も放出されてしまう事が欠点で出力を上げすぎると発火の危険すらある。しかし今回はこれを応用し自身にこの魔法を掛け周囲の生物を熱殺する。

 

「(出力調整100……200……500、1000℃。ここで止めて……あとは)」

 

キシャァァァァア!?!?

 

蛇が今までに聞いたことのないこえをあげた。それから体にかかる圧力がちょっと軽くなる。彼らは私の期待に答えてくれた。蛇の内側からでも土が飛び散り暴れ狂う音がする。

 

「(………ああ、光が見えた)」

 

蛇に振り回され方向を見失いかけてもゴミと蛇の表皮に隠れて見えているのは月、あるいは暁か、それが見えた。どちらでもいい、私にとってその光こそ希望。手も僅かに動く、照準は空へ、蛇を撃ち抜く。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

ーーーーーー!!

 

ーーー!

 

 

ーーー

 

ボコッ

 

「うう……どうにか倒せました。けれど……」

 

蛇の抜け殻みたいな体から這い出て起き上がる。体中に付着した肉片と虫を払った。

 

クンクン

 

「うう……やっぱり臭い。体もベタつくし早く体を洗いたいです」

 

「やった勝った!セレネちゃん!」

 

リューナさんが私に駆け寄ってきた。そしてあまりの匂いに一歩引いた後水属性魔法で軽く洗い流してくれた。そして私が何をしたのか問い詰められて内部での事を簡単に説明した。

 

「……ということです」

 

「成程、その発想まで至らなかった、今後の研究のためにも戦闘の理論を取り上げるのも……あ、ごめん考え込んでた。セレネちゃんって戦闘はこれが初だっけ」

 

そうである。あの模擬戦は除いたら生死をかけた物は初めてだ。リューナさんは更に感心したらしくじゃあ帰ったら模擬戦だー!なんて誘いを受けた、講義のお誘いだけ受けた。

 

「でも講義をするのは少し待ってください。帰る前にやらないといけないことがあります」

 

「ん?もう蛇は倒したはずじゃ?」

 

「だからです」

 

私はその場に膝を付き手を合わせて祈る。

 

「…………」

 

「…………そうだね。私もいい?」

 

リューナさんも意図を察して同じ様に祈る。今まで戦いを挑み死した者たちの願、私達の都合で殺してしまった蛇、彼らの安静を願った。

 

「……さて、帰りましょう」

 

「だね、もう朝になっちゃったしお腹も空いてきちゃった。……ところで、お姉さん思ったんだけどなんでセレネちゃんは倒すに至るまでの知識を知ってたの?」

 

「修道院にあった本に書いてありました」

 

「最近の宗教施設は学術書も充実してるんだね!」

 

私達は帰路につく。私達の猛攻で開けた森に朝焼けが差し込んで私達の背中を照らしている。

 

 



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蛇は二度生きる

現在時刻 午前6:30

 

現在位置 谷の村

 

体力的に疲弊しながらも時間をかけて村に帰還する。村の門にナツメさんが待機していた。寝起きから急いで来たのか頭に寝癖がついて服も比較的カジュアルだ。彼は私達を見て心配そうにしていたが無事だとわかった途端いつもの笑顔に戻る。

 

「二人共お疲れ様。無事帰ってきて嬉しい限りだよ」

 

「おはようございますナツメさん。蛇……討伐対象は無力化しました」

 

「へぇ、それはよく頑張ってくれたね。死者が出てしまったのは残念だけど中々の成果だよ」

 

「ナッツー……お話するのは良いんだけどお姉さん達少し休みたいなー。夜通し戦闘で眠いし疲れてるしお話は8時間後にしてね。シャワー浴びたあと気持ちよくねるぞー!」

 

リューナさんは宿屋に戻るらしい。私も彼女と同じく疲れている。急ぎの仕事でもなさそうだし後でもできる話は休息後にしよう。

 

「そうだね。足止めしてごめんね。宿の方にはいつでも迎えられるように頼んだから君たちは思う存分ゆっくり休んできな。僕は他の皆に話を聞いてるから」

 

「ありがとうございます。皆さんは宿ですか?」

 

「ミツキ君はね。ルナちゃんは今何してるだろう?その辺で散歩でもしてるんじゃないのかな?ああ、あと……」

 

「どうしました?」

 

「……あー、後で話すからなかった事にしてくれないか。僕は仕事に戻る」

 

何を言おうとしたんだろう。でも今は考えるのを辞めて休む事に専念しよう。私も後で話すことをまとめないと。

 

ーーー

 

「………zzz………zzz………」

 

現在時刻 正午13:00

 

現在位置 宿屋

 

コンコンコン

 

ガチャ

 

「おーい、セレネ……ってまだ寝てるな」

 

「…………ん………あ、おはようございます。」

 

 

太陽が丁度真上に上がった頃ミツキさんが私の部屋に訪ねてきた。私はドアの開く音で目が覚めた。

 

「あ、もしかして起こしちゃったか?そうならすまん」

 

「いえいえ。丁度いい時間ですし起きます……ふぁあ」

 

あの後時間的にリューナさんとシャワーを一緒に浴びた。だからいつもより長めに体が温まってよく眠れた。睡眠時間に関しては長年の修道院生活で多少短くても足りるから全然問題ない。ただ、寝起きの時間がいつもと違って少し寝ぼけ気味だ。

 

「あまり無理はするな」

 

「もう体も元気ですし平気ですよ……っとと」

 

ベッドから降りるのにふらつく。ミツキさんが体を支えてくれた。

 

「お前、まじで平気か?」

 

「私は別に問題ありません。ルナシーとリューナさんは宿にいますか?」

 

「え、ああ。奴等ならさっき飯を食べてたからこの辺にいるかもな」

 

よし、それなら好都合。私はミツキさんに彼女らとナツメさんに大事な話がしたいから集まろうと伝えるよう頼んだ。

 

話す内容は勿論あの蛇のこと。討伐はし終えたとはいへあの蛇にはまだ疑問点が多い。だから各々の情報をまとめて整理し解決したいのだ。

 

ぐぅぅ……

 

 

 

宿の一室に気の抜けたお腹の音が響く。そういえば昨日の夜から何も食べていなかった。恥ずかしさに顔が赤くなる。うん、まず遅めの朝ご飯が優先だ。

 

ーーー

 

現在時刻 13:30

 

「こんにちはセレネ。よく生きて帰ってきましたね」「聖女様、お体の方は」

 

「ルナシーさんおはようござ……こんにちは。狼さんもこんにちは、私の体の心配はありませんよ」

 

「敬称、ついてます。戦闘中は大目に見ていましたが気をつけてください」

 

「あ……ごめんなさい」

 

「リューナお姉さんナツメとやってきたぞー!」

 

私の頼みを聞いて皆さんと狼さんは時間通りに集まったようだ。ルナシーさんは……うん、また何かと戦ってきたのかな、少し鉄臭い。リューナさんは私と同じく先程起きて食事をしたらしく口元になにかついている。指摘をすると口を拭いて汚れをとった。

 

「失敬失敬、呼ばれて急いでたからさっき食べたのが付いてた。ありがと!」

 

「私こそ急がせてしまって……」

 

「そういえばセレネちゃんはもうご飯は?」

 

私の方は丁度彼女らが来る少し前に食べ終えたくらいだ。田舎の宿屋ということもあり王都道中の宿の食事と比べると質素だけれども逆にそれがとても好みである。あの修道院の素朴さに通ずるものを感じるからだ。

 

「じゃあもしかして、食堂の端席で食べてた?」

 

「えっ?何故それを知っているのですか?」

 

「セレネちゃん……」

 

彼女は急に真剣な顔になり私の肩を掴んだ。そして私の体を揺さぶりながら熱弁しだした。

 

「今は育ち盛りでしょ?ならもっと食べなきゃ駄目!あの机、パンの皿とコップしかなったよ。王都でも食が細いのは心配だったけど今日だけは言わせてもらうよ!昨日の戦闘で体もボロボロだったのにこれじゃ栄養が足らないよ!もっとタンパク質と脂肪分、それと牛乳?とにかく食べて!」

 

「え、ええ……でも」

 

「ルナちゃん!宿屋のおじさまに出せるもので一番栄養のある物出してもらって」

 

「私が朝とってきた肉でも焼いてもらいます」「お嬢、それは貴方が朝食に食べたでしょう」「なら今から私が狩ってきますからおとなしくしてろください」

 

えぇ……確かに少食なのは認めるけれどあまり多くても私が食べられないのですが。という訳で二人をどうにか説得してみた。

 

「あの、私元々少食であまり多く作ってもらっても食べられないと思います」

 

「あーそっか。それらなら少ない量でも栄養が取れるものか……ごめんね。お姉さんじゃパッと出てこないなー」

 

「この際固体じゃなくて液体でもいいんじゃないですか。それならいい案が……」

 

ーーー

 

現在時刻 13:40

 

ガチャ

 

「すまねえ。ナツメ連れてくるのに手こずった。こいつすぐフラフラどっか行くから2回くらい見失ってた」

 

「ミツキ君、僕を担ぐんだい?尻に手があたってるし何よりパンツ見えてそうで興奮してしまいそうだからやめてくれないかい」

 

 

 

 

「ゔっぷ………もう飲めない……」

 

「……お前ら、何してんだ?」

 

「セレネの栄養補給です。リューナ、ミツキが来たのでそろそろ止めましょう」

 

ミツキさんが動揺するのも無理はない。部屋には何本かの牛乳の容器と使用済みの大きなジョッキがいくつか。それと口の周りを白くしながらぐったりと机に突っ伏す私。ここまでくれば何をしていたのかは分かるだろう。

 

「朝食が細かったから栄養が付くように飲んでもらってたよ!セレネちゃん少食でしょ?」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

「そうだよ、ミツキ君と同意見だね。いっぱい食べる女の子も好みだけど女の子は自分にあった量を自由に食べてる姿が一番可愛いからね。無理して食べる事は本人にも僕にもよろしくない」

 

いつもいつもナツメさんは煩悩にまみれた頭をしている。けれど今は心配してくれるだけありがたい。とりあえず口を拭いて机の食器類を片付けてから彼らに各々適当な所に座ってもらって会議を始める。

 

 

 

「呼び出してしまってすみません。でも私自身あの蛇には気になる事がまだあります。ナツメさんはもう状況はお聞きになりましたか?」

 

「うん。といってもミツキ君から断片的にしか。ルナちゃんは帰ってからすぐに寝ちゃって起きたらどっか行っちゃってたからまだかな」

 

成程、今朝もミツキさんのお仲間の死亡は既に耳に入っていたから予想通りではある。私はリューナさんとの戦いの最後までを事細かく話した。詳細を聞いた彼らの反応は様々だ。ミツキさんは仲間の敵が討てた事を喜びルナシーはちょっと残念そうだ。そしてナツメさんはいつも通りの笑顔。この場合はかえって何を考えているのかよく分からない。

 

「なんだ。面白そうな戦いじゃないですか。帰らずもうちょっと待っておけばよかったです」

 

「お前がいたら場は安定しただろうな。だけどありがとう。蛇を倒してくれて」

 

「でも話を聞いてて疑問点が出てきたね……まさか、喜ぶのはまだ早いってことなのかい?」

 

そのとおり。私達は蛇の体を構成する肉こそ削りきり一先ずの無力は完了したもののを動かす繊維のことに関してはほぼ手を付けていない。体を動かすのがあの繊維だとすると対象はまだ復活する可能性もある。

 

「繊維?俺は接近担当だったけどあいつに毛なんて生えてなかったぞ」

 

「実はですねミツキさん、あの蛇の表皮はこれで出来てるんです」

 

私はベッド横の引き出しにしまっておいた黒い繊維の塊をちぎって彼らに渡す。……あれ?何故だろう。私が最後に見た時よりも少し編み込みの密度が下がってる。

 

「何だこれ?黒い髪か?」

 

「色合い的に僕の髪の毛によく似てるね」

 

「なんかベタつきます。軟膏でも塗られてるみたいです」

 

「セレネちゃんちょっと一本もらっていい?」

 

勿論。私は彼女に繊維を渡す。すると彼女は私でも難解な魔法を展開した。でも使われている変数や式からなんとなくだけど魔法で物質の解析をしているらしい事はなんとなく分かる。

 

「なんか凄そうなことしてるな。どうだ、何かわかりそうか?」

 

「んー……このベタつきに火属性と土属性の含有率が多いから可燃剤に似た性質がある可能性があるって事くらい?詳しい事はお姉さんのお友達の科学屋さんに聞いたほうが早そうだね」

 

「つまり、よく燃えるってことですか?」「多分お嬢の認識で間違えないです」

 

だとしたらあの繊維の爆発はここから来てるのかも知れない。しかしあくまでも可燃剤、爆発と明言してない以上原因は別の物由来なのか?

 

「それならリューナ聞きます」

 

「what?ルナちゃんも何かあるの?」

 

「この汚いコレが微妙に温かいのもその『可燃剤』って物のせいですか?」

 

その指摘をされて気がつく。彼らに見せていた繊維塊を少し貰い軽く握る。するとルナシーの指摘通り人肌程度に温かい。彼らがそこまでベタベタ触っていて、というわけでも接触時間的に無さそうである。私も光魔法(通常は体温計代わり)でこの繊維の温度を解析すると40℃前後とほぼ人肌と大差なかった。

 

「違います。ですが……これ、まさか」

 

まさかと思い追加で簡易的な検査をしてみる。リューナさんにも頼んで魔法を使ってもらう。そして結果が出た。

 

「……セレネちゃん、私が間違えてなければでいいんだけどもしかして」

 

「信じ難いかもしれませんが私も同値が出力されました。この繊維はまだ生きていると考えても良さそうです」

 

最悪だ。体積が小さくて分かりづらいだけで繊維にはあの蛇の魔力が今だ存在している。なら私が持ってこなかった残りの繊維にも……

 

「そういえばセレネ君、僕が朝伝えようとしたことがあったね」

 

朝、ああ、あの時ナツメさんに引き止められた。だけどそれを今伝えるというのは意味があるのか。

 

「ルナちゃんが『夜が明けたのに二人が帰って来なかった。蛇の殺気もするから二人は死にましたよ』って。二人が蛇を倒したのは夜明けとほほ同時だよね?」

 

「もしかして蛇は囮で本体はその繊維なのか。だとしたら面倒くせえことしやがったなあの野郎!」

 

そう言ってミツキさんが持っていた繊維塊を壁に投げつける。少ない情報だから確証は持てないけれど……いや、もう認めよう。あの蛇は生きている。

 

部屋の空気が一気に緊迫した空気になる。

 

「ルナシー、今その蛇の殺気は感じられますか?」

 

「少し待ってください」

 

彼女はそう答えると目を瞑り武器を取り出した。彼女の空気が変わる、精神統一的な意味合いもあったのだろう。しばらくした後彼女は歩き出し部屋を出る。

 

「お嬢、せめて行き先だけでも伝えてからにしませんか」「狼さんも分かってますよね。集中してるので私より他の方とでも話してもらえますか」

 

「そうだよー!お姉さんも敵がどこへいるのか知りたいし!」

 

全員で彼女の向かう先を心配していると狼さんが説明してくれた。

 

「実は彼女の言う殺気、私自身もひしひしと感じておりました。というよりも今も感じ続けています」

 

「なっ……それならもっと早く言えよ!」「ミッツー落ち着いて。それで、それはどこから?」

 

「蛇の殺気は地下へ植物が根を張るように広がっています。賢者様と聖女様も地面の下に僅かながら魔力を感じませんか」

 

「ええと……ちょっと待ってください」

 

意識を地面へと向けて魔力を探す。確かに足の下に薄い魔力の網が広がっている感じもしなくはない。しかし森からここまでその魔力が広がっていたらどこかしらでおかしいと考えるはず。

 

……いや、例外ならある。強い魔力に晒されて感覚が少し麻痺した状態からこの場にいたのならば気が付かないかもしれない。例えばそう、転移魔法をした後とか。

 

「(もしかして既に転移した地点まで魔力が広がっている?)」

 

「殺気の出処の検討はついています。まあ、あそこでしょう」

 

ルナシーさんについて行き、宿を出て、しばらく歩いた後に彼女は歩みを止めた。

 

「この先です」

 

「ルナちゃん、嘘だよね?」

「おいおいマジかよ……!」

「おっと?」

 

彼女が歩を止めたのは、今朝私が帰還した谷の森の入口であった。

 

 

 

現在時刻 14:00

 




親知らず痛い

シャワーシーンは必要ですか?


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破竹の如く

現在時刻 3日後

 

現在位置 リューナの研究室

 

 

 

「蛇には【日蝕】で視界を断っていた筈です。しかし蛇は正常に攻撃をしたりそれどころか弾幕での撃ち合いもしてましたよね。その資料貸してください」

 

「はい。う、これおっも……そうだね。結構被弾しかけたし高精度かつ爆発も自身に当たらないようにしてた。相当な認識能力はあるはずだよね。」

 

「ありがとうございます。勿論視覚がなくても触覚や聴覚等でこちらを把握する術はあります。しかし人の感覚ではありますがいくら何でもあの情報量でのあの機動力には疑問が残ります」

 

暫くこの村に長居することが確定した為リューナさんが村の宿近くに簡易的な転移用の魔法を作り彼女の研究室へと繋げてもらった。(王都には面倒くさいのと後述の理由と同様の理由で行けない)

 

あの繊維に関して大学で研究しようと思ったが大学側から禁止をもらった。バイオテロが起きかねないような危険物は持ち込んではいけないとのことらしい。その代わり資料を持ち出して調べごとをするだけならリューナさんのこの研究室でやってもいいとの事。幸いこの研究室は辺り一帯から隔離された地域に建てられている。いざという時にも鎮圧や放置は可能だ。

 

「んあ"あ"あ"!!づがれだ!!リューナちゃん、回復お願い!」

 

「いいですけどそろそろ寝ませんか?私はともかく3ここ日間リューナさんが寝ているところ見てませんけど」【回復魔法】

 

「時間止めて寝てる。これすると見かけ上の寿命が削れるから普通はこう使っちゃいけないけど」

 

「今すぐやめて下さい!」

 

ーーー

 

まだ研究し始めて3日だから勿論成果という成果はない。成果らしい成果は可燃性のベタつきを外で燃やしてみた事くらい。

 

燃焼実験の結果は一瞬だけかなりよく燃えてすぐに火が消えた。瞬間的な温度だったら物を燃やすのには充分、しかし弾幕で使用した時と比べるとかなり控えめな爆発だった。

 

……あの爆発の原因はそこではない。となると蛇が私達に知覚し得ない何かを使用した。あるいは単に繊維に特殊な特性がある。

 

「でもさっきその繊維単体を燃やしてきても何も起きなかったたよねー科学と生物学はあんまり得意じゃないんだよなー……」

 

「私も人の体には多少の知識はありますけれど生物学となると自身がありませんからね」

 

ということで私達二人は動植物についての理論を勉強しながら地道に特定をしている。

 

ガチャ

 

「ただいま。調べごとは順調か?」

 

「おはようございますミツキさん」

 

「ミ"ッヅーおあよー。こっちは苦戦中」

 

ミツキさんとルナシーさん、それと狼さんには森の巡回をしてもらっている。彼ら曰く森を隅々まで調査すると魔剣士さん達と同様に体が爆発して出来た血溜まりの跡を発見したとのこと。しかも割と最近出来たらしき乾いていない血も何個かある。爪や足跡から推測すると大型の動物が標的であり、さらにそれらの体重から計算するとそう遠くない内にまた蛇はもとに戻るかもしれないとの結果が出た。

 

なのに私達ときたら一向に解析が進まない。

 

「繊維については何か分かったか?」

 

「繊維自体に可燃性が無いというのが辛うじて発見しました」

 

「ほー。じゃあ中は?」

 

中?切って調べろと?ふざけた話だと聞き流そうともしたがその説に関しては完全にノーマーク、まだその手のアプローチはしていない。

 

「でもセレネちゃん、手持ちのハサミとかだと切れなかったじゃん」

 

「そうなのか?」

 

ミツキさんが疑問を抱くのも無理はないがこの繊維1本1本にはとんでもなく耐久性がある。それこそ彼の剣が蛇に通じなかったことすら頷けるほどに。

 

「でもルナシーさんの剣なら……ってそういえば折れてましたね」

 

なお、折れた刃は私の落ち度で放置して来てしまい次に森に入った時には何故か無くなっていた。先人たちの防具と同様蛇に持ち去られたのかもしれない。

 

「お姉さん、強度もそうだけど繊維自体が細すぎて裁断するにも研究するにもちょっと難しいかなと思いまーす」

 

リューナさんの意見もごもっともだ。道具を使うにも難しいというのに異論はない。実際に切断に使用したハサミとメスの刃が使い物にならなくなった。

 

「なら成長?培養のほうが正しいのかな?させてみたらどうだ。セレネの回復魔法でそれができるかは知らないけど」

 

「…………」「…………」

 

ミツキさんの言葉に返事は無い。

 

 

 

 

 

「……冗談だ。今すぐ帰……」

 

「中々妙案じゃない、それ」

 

「危険は伴いますがやって見る価値はあります。医学書と魔導書を追加で取ってきます」

 

ーーー

 

現在時刻 16:00

 

現在位置 谷の村 周辺

 

「なあ、本当にやるのか?一応こいつ敵だったししかも生きてるんだろ。流石に危なすぎるぞ」

 

「それでも手が無いよりはマシです。リューナさーん、仕込み終わりましたー」

 

「おーし、それじゃあそろそろ式を起動しよっか!」

 

村から離れたそこそこ広い平地に結界を張る。やる事が敵の強化と相当危険なので念には念を入れ10cmにも満たない1本の繊維に対し直径10mの結界を3重に張った。そうそう破壊される事は無いだろう。

 

掛ける魔法はミツキさんの提案通り繊維【成長促進】。文字通り生物を成長させる魔法だ。正直魔法を組んでて思ったけどこれ成長分の栄養足りるのかな。足りなかったら……何が起こるのだろうか。

 

 

 

ガサガサッ

 

「なんか大掛かりな事してますけどまた魔法ですか?」「そのようですよ。私達は離れましょう」

 

ルナシーさんが森の中から出てきた。いきなり森の中から出てきて驚く。探索に疲れて休憩と遅めのおやつついでに帰ってきたらしい。相変わらず武器には血が付着している。今日は何を倒してきたのだろうか。

 

「蛇野郎が爆発させた死体を少し調べてました。死にたてで新鮮でしたよ」

 

新鮮って、それだけ最近死亡したって意図は伝わるけどもっといい言い方があるのでは。まさか食べた……

 

「食べるわけ無いじゃないですか。セレネは私をなんだと思ってるんですか」

 

「ルナちゃーん、お肉は焼いたほうが美味しーよー!」

 

「皆様ご迷惑をおかけしてごめんなさい」

 

えぇ……。とにかく魔法の方に戻ろう。デバックは、うん、平気そう。どこにも不具合はない。試験的に結界内に生えている草に魔法を掛ける。草はみるみる背を高くし、蕾ができて花が咲き、そして枯れた。

 

「リューナさん、準備完了です」

 

「それじゃ、カウントいっきまーす!さーん、にー……いちっ!セレネちゃん、どーぞー!!」

 

彼女のカウントに合わせて魔法を繊維に掛ける。さて……どうなる?

 

【成長促進】

 

魔法を掛けられた繊維は暫くは何も起こらずそれどころか少し縮んでいく。しかし突然針金の様にビンっと伸びる。その後繊維はプルプルと震えだした。

 

そして、来た。

 

繊維は急速に成長を始め結界の直径に届くまでに伸びる。太さも髪とそう変わらなかったのが10cmにまで太くなっている。外見的な特徴は一定間隔で横向きに筋が入っていて質感もかなり木に近い、やはりあの繊維は髪の毛ではなかった。けどなにこれ?どこかで見たような……

 

「セレネちゃん、これ森に生えてた奴だよ!?」

 

「……あっ!?」

 

言われてみれば森に生えていたのはこの木である。……え?あの蛇は体が腐肉で、実は繊維が本体で、その繊維の正体が木?

 

「竹っぽいな。なんか懐かしい」

 

なんとミツキさんがこの木の名前について知っていた。彼が言うにはかなり前住んでいた所に生えていた植物の一種とよく似ているらしい。その植物は高い成長速度と繁殖速度があり群生する種らしい。

 

もしその特性がこの植物にも適応されたとしたら森を超えて村周辺にも根を張っていると推測できる。

 

結界を解きその木の特性を調べる。表面温度は成長前より下がるがそれでも少し暖かい。木材にしては軽くよくしなる、強度はそこそそ。

 

まだビチビチと動くそれを抑え込んで木に刃を入れる。驚くべき事に繊維のときとは違いミツキさんの剣でも幹を両断できた。成長すると防御が落ちるらしい。そしてその中身は……

 

 

 

「空……ですね」

 

「まあ、竹だしそうなるよな」

 

中は外観とは違い石灰のように真っ白である。若干嫌な匂いがする……ガス?もしかしてこれが加熱されて爆発するのかな。

 

「……風属性と火属性。属性的なセレネちゃんの予想はあたりっぽい」

 

「なんかこれ面白いですね。切断面を撫でるとピクピクしますよ」

 

ルナシーさん……よく敵の体では遊ぶことができますね。ミツキさんが何だ言いたげなすごい目であなたを見てますよ。

 

「ほらルナシー、研究なら私達がするので遊ぶのは危ないのでやめて下さいね」

 

「どう考えても私の方が強いのに」「お嬢」「分かってます。じゃあ頼みますね」

 

そう言うと彼女は憂さ晴らしとばかりに木を鉈で斬りつける。木が大きく動き再び静かになる。木材が川の魚みたいに動く姿は流石に頭が混乱する。

 

ーーー

 

現在時刻 18:00

 

現在位置 宿屋 食堂

 

「……で、実験の結果はどうでしたか?」

 

「残念ながら」

 

「全然だめ!お姉さん達にもこれ以上はお手上げだよー!!」

 

あの後性質だったり何なりを調べても有益な成果は何一つとして出てこなかった。ミツキさんが指す竹という植物についても調べてみたが植物の図鑑に一切の記載がなかった。不思議に思って図鑑だけでなく植物に関してのいろいろを漁った結果原因をやっと見つけた。

 

「おお、それは凄いな」

 

「ミツキさんが名前を教えてくれなかったらもっと苦労してましたよ。だって……」

 

「まさかまさかの絶滅種でしたーわーパチパチ。そりゃーお姉さん達も知らないわけだよ」

 

「……ああ、そうか。そうなのか」

 

早々に打つ手がなくなり暗雲が立ち込めてきた。どうすればいいのか分からなくなり不安になる私達である。

 

「取り敢えず飯の時位は元気になって下さい。飯がまずくなる」「(狼です。私だけ宿の外に放置されてます)」

 

「そうだぞ勇者様方。こんなときこそいっぱい食べて明日に備えないと体が持たないぞ」

 

宿の人が夕食を運んできた。そうだね、今だけはルナシーさんが正しい。こんな時だけは暗いことを忘れて一瞬だけ食事を楽しむのに

専念するのがいい。

 

 

 

「アレがリューナのでこれがセレネのだな」

 

「ミッツーありがと。で、その高そうなワインはルナちゃん?」

 

「いや、知りません。おじさん注文間違えました?」

 

 

 

ルナシーがそう聞くと彼は笑いながら部屋の端の席に座る誰かを一瞬見た後教えてくれた。

 

 

 

「あちらのお客様からです。これでいいんだよな、そこの美人さん」

 

「うんうん、ありがとうございます。みんな今日も収穫無しかい?」

 

 

 

なんだ、ナツメさんのイタズラだったか。ワインはありがたく頂くとして……って全員未成年だから飲んじゃいけないじゃん。

 

 

 

「ここでは僕が法律だ、許可する」

 

国家権力の上層がそれを言ったら、ってああもうルナシーが手を付け始めてるし。

 

「(……でも、楽しいからいっか)」

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 

 

〜そして数時間後〜

 

 

「……zzz……C2H5OH……」←早々に撃沈したリューナさん

 

「ねぇねぇミツキ君、君は男の体には興味がないかい?今僕は体が火照って仕方ないんだ」←自分で追加の酒を頼んで酷く酔っぱらった上とにかく絡むナツメさん

 

「ちょっおまっ、脱がすな脱がすな!百歩譲ってここじゃない自室で自分が脱いでくれ!」←ナツメさんに絡まれる少しだけ酔ったミツキさん

 

「……酒くらいもっと静かに飲めないんですかね」←酒を追加した上ハイペースなのに今だシラフと変わりないルナシー

 

「ちょっと難しいと思いますね」←シラフの私

 

 

 

飲酒は流石に駄目だと良心が止めたので結局飲まずに他の人の様子を見ていたら周りの収集がつかなくなってた。飲まなくて良かった。取り敢えずお水をたくさん持ってきてもらって起きている人たちには飲んでもらおう。それと寝てしまったリューナさんを部屋に運ばないと。

 

 

 

「私はリューナさんを部屋に寝かせてくるのであとの方の面倒はしばらくルナシーに頼んでも宜しいでしょうか」

 

「構いません。そこの男共一旦酒の手を止めろ。給水タイムです」

 

マテルナチャン マダボクハカレノ………

ウルセエピッチャーナゲマスヨ

 

 

 

 

 

見た目に反して軽めな彼女を担ぎ騒がしい食堂を離れる。明かりも少なく少し薄暗い廊下を歩き彼女の部屋の前についた。

 

ガチャ

 

 

……?

 

ガチャガチャ

 

 

開かない。ああ、私としたことが鍵を開けてなかった。失礼ながら彼女の服を適当に弄り部屋の鍵を借りて鍵を開ける。

 

ガチャ……ガチャガチャッ

 

 

…………立て付けが悪いのかな。それか扉の奥に何かがつっかえてるか。少しうるさいけど強く叩いたり体を使って扉を押す。軋む音がするけど少しだけ扉が開く。どうやら何かが引っかかって開かないっぽい。開いた隙間から指を入れてそれを動かしなんとか扉を開けることができた。

 

「……何でしょうかこれ?」

 

ドアに引っかかっていたのは細い木の棒だった。私の部屋にはなかったし一体何の為に?

 

彼女をベッドに寝かせて、よし。あとはアルコール抜きの回復だけしてそれが済んだから私は部屋を出よう。

 

「リューナさんおやすみなさい。またいい明日を?」

 

ふと布団に落ちている物に目が行った。彼女の枕あたりに落ちていたそれは「黒い長髪」だ。彼女の髪は青、この色の髪はあるはずが無い。それにその上を辿った先にはあの木の棒に癒着する形で繋がっていた。

 

最悪な予想が頭によぎる。すぐに調べようとその髪をとる。

 

「(……なんでこんな時に気づいちゃうんですかね)」

 

髪にしては長すぎる。これは……あの繊維だ。先はベッドから落ちた布団の塊の中に続いている。恐る恐るその山を崩して正体を確かめてみる。

 

「…………」

 

山をどかすとその下には彼女の持ち物が入ったカバンがあった。実験の試料を輸送する為に使用した物だ。当然試料を入れた物もそこに入っているのでそれも確かめると内側から強い力で壊されていた。

 

「(……何故『一本』?残りはどこへ行ったのでしょうか)」

 

よく見ると床板の隙間何本もの繊維が生えていた。引き抜こうとそれらに手を伸ばそうとするとすぐに隙間に引っ込んでしまった。まさか……床下を経由して地面の中へと逃げたのか。

 

まずい、ただでさえ何ひとつ倒す手がかりが無いのに試料まで無くなられてはたまったものではない。すぐに彼らに伝えて探し出すのを手伝ってもらわないと。

 

 

 

 

 

しかし、私のその心配は杞憂だった。食堂から彼らの叫び声がした。まさか逃げた繊維がそこに、と思ったがそうじゃなかった。実際はもっと最悪な自体が起きていた。

 

バキイッ

 

ドアの前から床を突き破って白い螺旋の筋の入った円錐の何かが生えてきた。身成長の竹である「筍」に似ている。これは蛇もとい竹が再び動き出したらしい。こんな時に戦闘って私達もそうだけれど村の人もまずい。

 

「リューナさん、起きてください!」

 

「ん〜まだリューナちゃんねむ……っ!状況を!」

 

「竹が逃げました。戦闘準備お願いします」

 

外の方からも大きな音がし始めた。爆発音と剣の金属、完全にルナシーさんやミツキさんが交戦をしている音だ。こうなったらどうにかして撃退するしかない。

 

「そうだね。ところでセレネちゃん、その白いの平気なの?」

 

「敵の体の一部らしいですが……まだ謎が多い植物なので気をつけておきましょう」

 

私達も戦闘へ、そう思い筍から目を離す。だがそれが私達に痛手を食らわせる事となる。その瞬間を竹は見逃さなかった。視界の外で筍は白く輝いて温度が上がっていく。加熱により中の気体が膨張、密閉されたガスは行き場を求める。 

 

「セレネちゃんは村の人達を逃がすのをお願い。私は蛇、じゃなかった竹を倒してくるから!」

 

「分かりました。まだ怪我が出てなければいいですが」

 

私達はそれに気が付かない。しかし着々と竹内部の気圧は上昇し続ける。そして……

 

「!?セレネちゃん、まず……」

 

「へ?っ筍がg……」

 

 

 

 

破裂、そして表面の物質が着火、よって起こるべき事象は1つ。

 

 

 

 

ドゴーーーン!!

 

その瞬間に筍を起点として宿が吹き飛んだ。



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爆竹は酒盛りに爆ぜる

「あはははははは!やっぱり露出というのはいい文化だ!」

 

「おいいいいいいい!俺が脱がせねえからって大の男が脱ぐんじゃぁねえ!!」

 

「宿のおじさん、本当に申し訳ありません。多分あれが彼の平常運転です」

 

彼らは人も少ない食堂で騒がしい夕食をとっていた。ナツメが酒で暴走し、ミツキが抑え、普段身勝手なルナシーがそれについて謝罪するという異常な構造が出来上がっている。

 

普段なら彼女もそのバカ騒ぎに参加している。しかし今彼女はそんな事で楽しんでいる余裕は無かった。足元の蠢く不快な殺意を食事中も睡眠中も感じるせいでソワソワする。 

 

「……狼さん。そろそろですかね」「それより中へ入れて」「食堂にペットを入れるのは衛生的にどうかと。それより質問に答えろ」

 

窓越しで狼と相談する。彼もまた彼女と同じくこの殺気を感じ続けていた。魔力という物は彼等は感じられないが野生の勘でなんとなく分かる。

 

「そうですね。昨日より範囲が村の前までに広がっているので来るなら今日か明日かと」

 

「…………」

 

「お嬢?」

 

「あ、いや。ちょっとセレネ達の持ってるアレがそろそろ行動を起こしそうな雰囲気なので心配でして……あ、来ましたね」

 

彼女がそう言った瞬間、窓から竹が飛び込んできた。それに続き床板を壊して次々と筍が生える。宿のおじさんはそれで頭を潰されて死亡した。ミツキは場の急な変化に順応しすぐに剣を抜こうとする。しかし剣は部屋に置いてきていたので生えてくる竹と筍避けながら剣の調達へ向かった。ナツメは酔っ払って裸で何処かへ行ってしまった。なんとなく死にそうにはないが既に社会的に死んでいる気がする。

 

彼女は素手で窓を竹と壁ごと破壊して屋外へと出る。案の定他の家々も同様竹に襲撃されている。眼の前には血と火花散る惨劇が広がっていた。

 

「(やっぱり殺気の一部はこの木からですか。回復待ちすらせずに本体が直々に来てくれたのは嬉しい誤算です)」

 

彼女にとってはそちらの方が心地が良い。彼女の被る頭巾と同じコントラストの世界に微笑を浮かべた。頭巾を直し、片手に鉈を持って爆発を背に惨劇に加わる。

 

「さて、木屑になる準備はできてますか。雑草」

 

ーーー

 

「…………っふぉお!」【1st=虚次元展開】

 

彼女は亜空間に瓦礫を捨てて山の下から這い出る。そしてすぐにもう一人それらの下敷きになっている彼女を探す。倒れた柱や割れた壁板を退かすと彼女の華奢な右手が生えていた。

 

「セレネちゃん!生きてる!?」

 

呼びかけに彼女は答えない。代わりに弱々しく手を振り最低限生きている事だけを指し示す。

 

「待ってて今退かすから!」【身体強化】

 

彼女は自身にバフを盛り彼女の上にある大きな瓦礫を1つづつどかす。何個か退かした後瓦礫が持ち上がり砂埃とともに彼女は起き上がった。

 

 

 

………死ぬかと思った。形こそ違えど筍は竹と同じものだというのに爆発に余りにも無警戒過ぎたのが原因だ。受け身も満足に取れず建物内だから倒壊した建物の下敷きにもなり散々だ。

 

「リューナさん、ありが「そうゆうのは後!怪我はない!?」

 

「……どうにか」

 

「それじゃあ戦闘だよ。お姉さんは竹を抑え込んでくる。セレネちゃんは村の人をお願い」

 

そう彼女は指示した後魔法を展開して竹への攻撃に向かう。私もお世話になった村の人達を助けないと。

 

 

 

ウワァァァァ!

 

誰かの叫び声だ。

 

「だ、誰か助けてくれえぇぇえ!」

 

竹に体を拘束され身動きが取れない男性。竹の繊維の束が彼にゆっくりと近づき爆殺させようとする。自身に【移動速度上昇】【身体強化】を掛け高速で距離を詰めて繊維を掴み素手で千切る。竹が反応できない高速でなら繊維の先端以外なら刺さらないというのは昨日の実験で確かめた。魔法弾で繊維を打ち払い囚われの彼を救う。

 

「聖女様ありがとう」

 

「いえいえ」

 

笑顔で返す。そして村で一番広く開けた場所を訪ねた。彼いわく石で舗装された中心広場があるという。好都合だ。竹を攻撃して生き残った村人を救いつつ彼に案内してもらって広場へつく。

 

「他に村の人はいませんか?」

 

「……残念だが他の連中は駄目かもしれん」

 

「……分かりました」

 

【円環 ジュピターの理】

 

地下に埋蔵されている竹が無い事を魔力から確認し結界を張り村人を保護する。彼らはこれで十分だろう。それから適当な回復を施す。

 

「おお……聖女様」「ありがとうございます」

 

「壊れた建物の下に他の方がいないかも探してきます」

 

竹の魔力が感知できる多くを占めて分かりづらいが微かながら瀕死の生存者の魔力は存在する。このまま戦いながら捜索と保護を続けてなんとかしないと……っと?

 

「お嬢、行くんですか」「ええ、多分アレが植物なら色々辻褄が合いますし」

 

村の中心から森へと続く道、ルナシーさんがそこから谷の森へと進んでいた。彼女が戦闘をやめてどこへ行くんだろう。村人の安否ほどではないが彼女も彼女で心配だ。救出が済んだら行ってみよう。

 

 

 

ヒュンッ

 

「バレてますよ!」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

視覚外からの攻撃も魔法で竹を消し炭にして当たる前に倒す。かなり柔軟な動きにも対応される為小粒をばら撒くより一つ一つを極太レーザーで確実に抑えたほうが効率は悪いけど効果はある。救出との並行も難しいが今はやるしかない。

 

私は倒壊した家々の残骸を魔法で強化した体で壊したり退けたりしながら残りの人も見つけ出し結界内へと保護した。予想通り何人かは生存していた、それよりもその近くで転がる酷い死に様をした人の方が多かった。病気で腫れたりとかよりも、更に直接的に酷いと本能が訴える。彼らに失礼だけれど何回か血の気が引いた。しかしそんな方たちも一応は竹に襲われない所へと移してあげる。彼らだってさっきまでは生きていた救うべき人達だから。

 

そして結界内の人が増えてそれと並行して死体の山が出来上がる。体中に繊維が少し混じっていたりもしたがそこは危険だから切除させてもらった。

 

「ありがとう、俺らを助けてくれて」

 

「はい。回復も終わりました。お体の方に変化はありませんか?」

 

「得にはないけど俺は聖女様の方が心配だ」

 

「ありがとうございます。ですが私は……」

 

「聖女様、とっくにバレてるぞ。左の指隠怪我してるだろ」

 

村人の一人に私がさっきまでの救助と回復を右手だけでしていたのがバレてしまった。実はあの建物の倒壊の時に小指と薬指を怪我している。彼には心配しないで、とそれでも誤魔化そうと伝える。すると彼はじゃあ見せてみろと私の手を強引につかみ私の指の怪我の見る。

 

「っ……お前さん指が!」

 

「気にしないでください。指くらいなら問題ないですよ」

 

「バカ言え!お前っ、指が2本も無いじゃぁないか!」

 

私の左手の小指と薬指は落ちてきた瓦礫によって切断された。すぐに服を包帯代わりにして止血したから生命活動には影響はないがその跡はとても痛々しい。

 

「ご心配をかけてすみません。それでは、神の御加護があらん事を」

 

彼は指を見てからここで安静にしてようと提案する。申し訳ないが私にはやるべきことがある。忠告を無視し結界を出て谷の森を見る。

 

爆発から延焼したらしく森の方は昼間のように明るく、夕日のような茜色に染まっていた。先程ルナシーさんが森に向かっていた時にはあそこまで酷くはなかったはず。中で戦ってて爆発した?

 

村人の救助も一段落ついた。今度は彼女の行方を探ろう。【移動速度上昇】を掛け走って炎に包まれた森へと向かう。

 

ーーー

 

「……はぁ……はぁ……」

 

この前の夜の森とは違い目が痛くなるほど明るい。明るく熱気と煙で呼吸がしづらい。息を切らしながら走り続ける。

 

燃え尽きて折れた木々に紛れ、所々に不自然な跡がある。切られたり、燃えてないのに折られていたり、それとは別に地面に足跡も。恐らく彼女が通っていった痕跡だ。

 

 

 

「(……いた!)」

 

バキイッ

 

ドカーン

 

「ちっ……さっさと先に進ませて下さいよ。中身の無いスカスカの癖に根性だけはいっちょ前で心底ウンザリします!」

 

 

 

そうして彼女の痕跡を追っていると猛攻を鉈で捌き前へと走る本人を見つけた。狼さんも一緒になって彼女の後方から来る竹に噛み付いたり引っ掻いたりして撃退している。当然私に気がついたのも彼の方だった。彼は私に驚いてからすぐにここから離脱するように警告した。

 

「聖女様、ここは私とお嬢にお任せを」

 

「安否は今はどうでもいいんです!なぜ村から離れて森に来ているんですか、今は村が最優先……」

 

「セレネ!?いるんですか?狼さんいるなら早く言ってください!セレネさん、『本体』は私が殺すので邪魔しないで下さい」

 

「本体!?」

 

そんな情報は初耳だ。彼女にその事を問い詰めたいが戦闘中の彼女にはそんな余裕は……私に反応できたくらいだし意外とある?いや、無いという事にしておこう。ますます彼女についていく理由ができた。彼女には知ってる全てを教えてもらわないと。狼さんの背中に乗らせてもらって彼女の示す本体に向かいながらそれについて教えてもらった。

 

「とはいえあなた達ほど凝り固まった理論じゃないんで予測です」ズバッ! パァン!

 

「すみません!爆発音で聞こえません!」

 

「うるせえ聞け」

 

そんな無茶言わなくても。狼さんと彼女が猛攻を潜り抜け奥に進むにつれて爆発音が激しく会話がままならない。仕方なく狼さんに仲介してもらって教えてもらう。

 

三日前の蛇の討伐にて彼女が勝手にどこかへ行った時、彼女は確かに死体の山を見つけた。そこから蛇との戦闘となったのだが彼女だけは一つ違和感を感じていた。

 

彼女は殺気を追跡して蛇こと竹を探していた。しかしそれを辿り着いた先には蛇の姿は無くそこから離れた場所に蛇はいた。そして後の研究から蛇が本体ではないと分かり、もしかしたら蛇とは別に本体がいるという仮説が浮上した。

 

「あいつが植物と言われてピンときました。『本体は地下にいる』。根の向かう先のあの場所から今も濃い殺気がします」「だそうです」

 

「ならその本体を倒せばもしかしたら倒れるかもしれないと?」

 

村にはまだリューナさんとミツキさんがいた筈だ。村の事は彼女に任せても平気だろう。

 

「事情は分かりました。協力しても宜しいでしょうか?」

 

「戦いたいならトドメだけは私に譲る、それが出来るなら許可します」

 

彼女は嫌な顔だけれど仕方なさそうに許してくれた。断られても勝手についていくつもりだったけど。




作者も実は人生で1回致死的な爆発に巻き込まれかけた事があります。


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竹藪の蛇は燎原に燃ゆ

爆発と炎で騒がしい森。木々はなぎ倒されて絶えず赤々とている。その代わりに忌々しい炭色の竹が森をを埋め尽くす。これらが全て爆発物だと思うと気が重い。

 

「(思うと、というより既に爆発しているのほうがあってますけれどね)」

 

私達が奥地へ向かうのを竹は阻止するのに触手のように全方位から茎を伸ばしてくる。進行方向とは関係なしにほぼ均等に攻撃くるからルナシーの進む方に本当に本体がいるのか怪しく感じる。けど魔力も段々と強くなってるからいる事は確信できる。

 

「セレネ、前方は私が対処します、後方と遠方は任せました」

 

「お嬢が後方支援をご所望です」「はい!弾幕張ります!」

 

狼の上で後ろに向き攻撃を確認する。上方からは爆発する繊維の弾が、地面からは先の尖った竹の槍が私達を追う。スピードはぎりぎり逃げられているようなものでハラハラする。

 

「狼さん、反撃が来たら攻撃の方向を指示するので回避をお願いします」「お安い御用です。聖女様のお命は守り通します」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】【流星 ラピッドスターダスト】

 

下方からの攻撃はレーザーで大胆に確実に焼き払い処理し上からの弾幕は高密度の弾幕で打ち消す。どちらの弾幕も三日間の解析で得た魔力のデータを参考にした魔力感知型の誘導を施している。若干の曲線軌道を描きながら全弾はそれらの攻撃に当たり相殺した。

 

ドオォカァァァン!!

 

「よし手応えありました!……って反撃来た!」

 

地面の方の竹槍の動きが変わって竹槍が地面から出てこなくなった。しかし魔力での感知に未だ掛かっているから追いかけて来るのには変わりない。高速で地面を掘り進めながら潜伏している。私達を下から突き上げて串刺しにするつもりだ。

 

「狼さん、下から来ます。タイミングは伝えるので」

 

「はい、聖女様もしっかり捕まっていてください」

 

速度と進行方向をよく観察して回避するタイミングを見極める。地面の質によって竹は加速度と進行方向が微妙に変わり攻撃なのかただの移動か判別しづらい。竹の先がに右下に向き地面のさらに深くへ潜る。そして微妙に上向きに変わり竹は急加速し始めた。

 

「狼さん、今です!みg……左から来ます!」

 

「分かりました」

 

直後、狼さんから見て左後ろから高速で生えてきた。刃物にも引けを取らない鋭さの竹の槍が彼に一直線に伸びていく。それを狼さんは俊敏なステップで全て回避した。私も少なくなった指の手で必死に狼さんの背中にしがみついて激しい動きに耐えた。

 

「聖女様、見事なご指示です」

 

「狼さんも中々の身のこなしです!でもまだまだ攻撃は来ます、次は右、左、左!」

 

ーーー

 

「……ちっ次から次へと小枝が来やがります」

 

彼女は前方より迫りくる竹の束をひたすら切り捨てていた。普通であれば鉈一つではリーチの長い竹槍相手には圧倒的不利な状況である。しかし彼女のスピードとパワーはそれを物ともせず近づく竹を一つ残らず木片に変えていく。当然、竹内部のガスも竹の破壊と同時に漏れ出し鉈の火花で引火して爆発する。

 

だが彼女はあえてそうした。爆発する前に走り抜け、逆に爆発の威力を推進力にしながら前へ前へと進み続ける。

 

ヒュンッ

 

後方の視覚から繊維弾が飛ばされる。それも彼女の異常な強さを学習し人一人を殺すには過剰の量の弾を散弾のようにばら撒き確実に殺す気でだ。

 

「遅い」

 

それでも彼女は難なく対処する。視覚外からの弾を一つだけ鉈の側面で弾き飛ばし別の弾に当てて軌道を変え被弾前に全弾を連鎖的に爆発させる。

 

「薪材風情が私に構うな、そんな事より本体までまだあるんですか……」

 

森に入り捜索を始めてから充分な時間は経った。普通であれば既に本体の位置に到達していてもおかしくない筈なのに本体との距離は一向に縮まらない。

 

「(……もしや、これ本体が逃げてる節がありますかね。どこまでも卑怯なやつです、私にまた頭を使わせやがって。森林破壊はあまり良くないって分かってるんですが……その喧嘩、私は敢えて買いましょう、南無三!)」

 

【貪狼ノ型】

 

彼女も本気を出し「本来の戦闘スタイル」へと立ち回りを変更した。鉈を握り直し姿勢を低くして構える。本能剥き出しの獣に近い異様な雰囲気の彼女はそのまま竹の作り出す地獄へと駆けていった。

 

「(こうゆう時って魔法みたくくっさい技とかあれば華がありますよね。あいにく定型なんかに頼れる戦闘はもう暫くしてないです)」

 

正面には針山の如き棘と炎渦巻く嵐、それと汚く爆破を撒き散らす弾幕の雨。彼女がその禍に鉈を一振りする。

 

ヒュッ……

 

ドォォォォオン!!

 

 

 

「(大きな爆風と爆発音!?)狼さん、前方から攻撃ですか!?」「いえ、お嬢が仕掛けたようです」

 

 

 

風音、切断、爆破、そして追撃

 

洗練された動きと鉈自体の切れ味はそれらを抵抗無しに一様に切り刻み塵へと還す。そのまま1本の糸をなぞるように次々と滑かな連続攻撃に転じた。

 

その彼女の走り抜けた後ろには爆風により燃えた木片が飛び散る。先程までもそうだったのだがより激しい攻撃から投げ出されたそれらは一つ一つが魔法の弾幕に相当する威力を発揮している。

 

「お嬢流れ弾キツイです」「百人斬り楽しいです」「あ、だめだこれ聞こえてない奴だ」

 

しかし、それを持ってしても距離は一向に遠いまま。ルナシーはそれについて確信している、セレネもこの事に違和感として気が付き始めた。もっとも彼女の場合は魔力を利用した正確な感知で一つの発見をした。

 

「(XY平面の速度は等速だけどZ軸は加速してる……より深い位置に潜ってる)」

 

地面の深くに埋まれば埋まるほど攻撃は届きにくくなる。早く対処しないと各種感知が出来なくなりどうしょうもなくなる。

 

と、その時彼女らの進行を妨げんとばかりに地下から何かがせり上がってきた。

 

「……聖女様、前方を!」

 

ーーー

 

後ろの防衛をしている最中狼さんが私に前を向くように言われた。後方からの猛攻を捌くのですらかなり厳しいのにルナシーの流れ弾の対処もするのか、そう思い向きを変える。

 

「なっ……これは……」

 

前を向くといつの間にか竹で編まれた高い壁が高くそびえ立っていた。壁はどの木よりも高いのに土をボロボロ落としながらどんどん高くなっていく。

 

「これは……?」「先程突然生えてきました。迂回します」

 

「っちい!そんな板材だけで防げると思ってんのかこの野郎、考え甘い!」

 

ルナシーさんはそのまま壁に突っ込んで網目の隙間に鉈を刺し、そこから持ち前の力で大穴を無理やり作って奥へと突き進む。

 

「ああ……待ってくださいルナシー!!」

 

開けられた穴は少女の小柄な身が通れるだけの小さな穴、すぐに伸びた竹に塞がれて元通りの黒い木の壁へと戻る。私も彼女を追おうと壁に魔法を撃ち込む。かなり強めに撃ったにも関わらず少しの穴が空いただけで瞬間的に再生される。

 

「(魔法のリミッターを外せば瞬間火力は足りるかも知れない……だけど貫通はそれはそれで周りの被害が……)」「聖女様?」

 

焦る私に狼さんが心配する。そうだ一旦冷静になれ……取り敢えず敵位置は分かる。それなら彼女を無理をしてまで追う必要はない。いやいや、竹本体が壁の向こうにあるから討伐には必然的に彼女を追うことも付随する。たから早く彼女を追いかけないと。

 

だがどうそれをする?迂回をするのが確実な手段だが時間がかかる。地面を掘って下からというのは地面には茎が張り巡らされている以上危険極まりない。

 

 

残された手は……よし、ある。……あ、しかも壁どころかこれ……このまま勝てるかもしれない!

 

 

「狼さん、迂回をするのは止めてもう本体を叩くのでも宜しいでしょうか」「承りました。ですが迂回せずにどうこの壁を突破するのですか?」

 

私達の後ろには竹槍と弾幕がすぐそこまで迫っている。壁と攻撃の雨嵐との板挟みで避けられる場所もない。

 

「狼さん、かなり厳しい事を要求してもいいですか」「ええ、無茶はお嬢で慣れてますから」「なら……後から来る竹槍がありますよね。その上を飛び移って壁の上位まで行けますか」

 

彼は沈黙して考え、壁と竹槍をチラ見してから答えた。

 

「……やってみます。それではしっかり捕まって」「はい!ってうわわ!」

 

狼さんは急停止して攻撃を迎え撃つ。敢えて竹の槍を誘導して出来るだけ多くの「足場」を待つ。

 

竹が弾幕を張り竹槍を地面から伸ばす。狼さんはその場で飛び上がり丈の壁にそれらをぶつける。竹は自身の威力を殺しきれず竹の壁にそれらの攻撃が貫通して刺さる。貫通した攻撃はその壁の過剰な崩壊を避けるのに爆破ができず穴をあける訳にもいかないのでそのまま。

 

そこを足場にして私達は上へ上へと上がり続ける。私達が上へと上がれば追撃も自然と上へと向き、それを足場にして更に上に飛び上がる。槍はともかく弾幕は足場にもできず私達を直接狙うのでそれは私の弾幕で撃ち落としなんとか攻撃を受けていない。

 

「(私と狼さんって意外と相性がいいかもしれません。ルナシーさんとは散々ですが彼とはいい友達になれますね)狼さん!そろそろです!」

 

気がつけば地面からかなり遠いところにいた。壁は既に眼下、これ以上の上昇もいらない。狼さんはそこからこの壁を越えようとした。

 

「狼さん、ありがとうございます。ここからは私一人で何とかします」

 

私は狼さんとは壁の中には行かず狼さんの大きな背中から飛び降りた。狼さんはその行動に驚いた拍子に足を滑らせ落ちていく。私にとっては視界外の話になるから安全は確認してないが多分彼は安全だろう、危なそうな声や被弾の音はしてない。それに私の方が危ない、もしくは倒せる奴から倒すという方針らしくさっきまで狼さんに集約されていた攻撃が全て私に来ている。

 

だがそれが今は好都合。私は自身に【火耐性】【対物耐性強化】を付与した。そして……

 

「(ああ……神のご加護がありますように)」

 

その小さな身一身に攻撃を受ける。光と轟音と爆発が私を包む。苦痛で飛びかける意識。耐性を付与したので焦げはしないけれど文字通り体が焼けるように熱い。爆発の威力も凄まじく四肢が裂けるみたいだ。

 

 

ーーー

 

パァァァァァァァンッ!!

 

「!?セレネ……あこれは死にましたね」ザクザク

 

一方、戦闘中のルナシーはその音を聞いて彼女の死を誤認していた。

 

ーーー

 

「(だけと……計算通り!)」

 

爆発の威力は凄まじく予想通り私を空中へと高速で吹き飛ばした。よし、ダメージ量は低いとは言い難いがこれで高度は稼げた。現在の私の高度は詳しくは分からないけれど人生でも経験したことの無い街の家々や修道院よりも遥かに高高度、見渡せる範囲は壁の高さの目じゃない。私はそこからルナシーさんと竹の本体を探し出す。

 

「(竹はかなり深い位置、だけと水平距離自体は鋭角で撃ち込める。ルナシーは……いた!)」

 

遠距離から【感知感度強化】をルナシーに掛ける。死人だと認識していた私からのバフに彼女は一瞬驚いたらしく大きく動く。そして上空の星に紛れた私を見つけてこちらと目があった。そして私は叫ぶ。

 

「ルナシーさん、攻撃準備お願いしまあぁぁす!あと少し離れてくださぁぁぁぁい!!」

 

「……何か知らないけどトドメは譲れ!」

 

爆音にノイズみたいな小さな返事が聞こえた。意思疎通ができてるかは別の話だけど私は最後の攻撃を開始する。

 

「(……リミッター解除、出力上限120%まで拡張)」

 

爆破が与えた初速はまだ重力加速度に負けていない。溜められる時間は……5秒位?戦闘内にしては多すぎるくらいの時間。私は片手に魔力を目一杯流し込む。私達の為に森に来た兵士な皆さん、死んでしまった冒険者の彼女ら、急襲で亡くなってしまった村の方々そしてそれと……今から殺す竹の事を思う。これが怒りなのか悲しみなのか分からない、しかし思えば思うほど体から自然と力が湧く。いつの間にか展開した魔法の式は巨大で、魔力に満ちて、幾何学的で神聖な美しさとなっていた。

 

「……ごめんなさい。そしてどうか天国への導きがありますように」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】EXTENDED

 

手に力を入れて魔法を作動させる。自分でも作動させるのが初めての魔力の出力、前のミツキさんとの実験よりも遥かに高出力の魔法が今、私の手の内にある。そう思うと恐怖も感じるがそれ以上に興奮が上回る。

 

ーーーー!!

 

光の柱が無音で地面を貫く。竹は光を防ごうと攻撃に回していた竹を防御に回して強固な防壁を作り出した。しかしそれは私の魔法の前には無意味であり牛乳の膜を破るみたいにあっけなく破れる。そしてそのまま半径50m程の超広範囲の竹や木々を消滅させ光へと変換しながらとなり消し去っていく。

 

上昇が落下に転じた頃魔法が撃ち終わり光が消えて地の底が見える。暗い穴の下には肉とも植物の根の塊とも捉えられる醜悪な蠢く塊があった。あれが本体だと確信する。私の強めの攻撃を耐えるなんてどれだけの耐久があるのだろう、もしかしたら魔法防御が高いのさも。けれどそれも関係無い。地上にてルナシーさんが動き始めた。

 

 

 

 

 

「なんつー魔法使いやがりますか。倒したと思ってビクビクしましたよ」

 

 

彼女は穴の中へと飛び込んだ。本体から直接生える無数の竹が彼女を刺し殺そうとするが彼女の攻撃速度の前では大した問題ではない。本体であってもこんなちゃちな強さだと彼女は落胆した。

 

「だけどこれで終わりです。ありがとうございました。死ね」

 

落下の威力を載せて鉈を振り下ろす。

 

私の予想は正解だった。彼女の放った斬撃は本体に簡単に通る。自身の体の中核の防御は脆くあの小さな刃でも巨体が大きな音を立てて暴れまわる程に致命的なダメージを与えた。暫くすると竹が急に静かになり、周りの竹が一斉に枯れていく。

 

「弾幕だけのつまらない奴でしたね。本番はこっからなのに死ぬだなんて生きる価値ありません」

 

 

ーーー

 

「…………」

 

………今度こそ、勝った?

 

地面に着地してから周りの状態を確かめる。上記の通り周りの竹は枯れて、伸びに伸びたせいで自重で折れてその上燃えて炭になっている。周りに自生する植物も戦いに巻き込まれたり竹に栄養を全て持っていかれ枯れたりで倒れている。もはやここは森とは言えないかもしれない、そんな状態だ。

 

「そうだ、ルナシーさんは……っ!?」

 

 

 

 

 

 

ヒュンッ ブスッ

 

「づっ!?」

 

まだ地面に潜伏していた竹が生きていたのか。見ていない方向の地面から繊維弾で撃たれた。倒したと安心しきっていた私は飛んできたそれに冷静になれず回避ではなく本能的に素手での防御を選択してしまった。当然左腕前腕部に刺さる。

 

「っあ!早く、早く抜かないと……」

 

しかし竹も死に活で必死に私の体内に入り込もうと不規則な動きで暴れてなかなか掴めない。しかも繊維自体の長さも短く掴める箇所もない。

 

「っ魔法でどうにか……あ"っづ!」

 

まずい……侵食が進んでる。このままだと私も死

 

 

 

 

 

 

パァンッ!




誤爆すみません


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【30】幻肢あるいは抗う代償

現在時刻 村襲撃から10日後

 

現在位置 王都 兵舎 ナツメ自室

 

「皆、お疲れ様。谷の村の兵器討伐おめでとう。国の連中もこれでもっと効率のいいルートで軍が派遣できるって大喜びだよ」

 

私達はナツメさんの司令で部屋に集まりあの後の事についての話し合いをしている。

 

私達は討伐が完了して王都に帰ってきた。谷の村はあの襲撃で壊滅してしまった。しかし人命だけは私達の懸命な保護によって最小限に抑えられた。それでも数人の死者が出てしまったのは痛ましい。

 

谷の森の今後は竹が余りにも広域に生えすぎたせいで栄養の乏しい荒れ地となると予測されているらしい。焼き畑の要領で多少の栄養はあるものの元の森に戻るには途方も無い時間が必要だというのは言うまでもない。

 

そしてその竹はというと軍が遺体?を全て回収して専門の研究に回すらしい。リューナさんの大学以上の設備のある兵器の研究に特化した施設だということなので成果には期待したい。

 

「それと……皆が心配してる事だけど、セレネ君?『左腕』を見せてくれないかい?」

 

予想はしていたけどその言葉に体がビクッとなる。でも皆だって心配の筈だ。リューナさんが無理をしないでと気遣ってくれて申し訳ない。私はゆっくりと袖を捲り左手を見せる。

 

「……これでいいですか。こんな……こんな惨めな物を……見せてもいいんですか?」

 

腕は……本来なら出る筈の袖先の5本、いや3本の指は出てこない。それもそのはず。

 

「セレネちゃん、腕、治らなかったの?」

 

ルナシーとミツキさんは私のそれから目を背ける。

 

私の左腕は、もうないのだ。

 

ーーー

 

相手の最後の悪あがきの爆発で私は死にこそしなかったものの腕は無事ではなかった。竹は体の深部には到達しなかったが腕の8割ほどに入り込んでしまっていた。そして防御系の魔法は積んでいたがゼロ距離からの爆破、そして内部からの攻撃には耐えきれず腕は中から破裂したのだ。

 

急いで止血して異常に気付いたルナシーさん達が村へ運んでくれたから命に別条はない。だけど私の左腕は二の腕すら残らず無くなってしまった。

 

王都についてから病院にも行った。だけど腕一本を生やすとなると魔法を持ってしても難しいらしく、それこそ自分で何とかしてくれと匙を投げられた。

 

「セレネ、それ自分で直せないんですか?仮でも聖女ならその位……」

 

「まあまあ、そう言うなよ。セレネにも出来ない事くらいあるかもしれないだろ?」

 

ルナシーさんがぶつけた純粋な疑問をミツキさんはカバーする。ミツキさんには前に事情を話したから分かってくているのもあるだろう。だけど、本当はそれだけではないけど。

 

「ヘーキだよ。セレネちゃんならできるできる!!リューナちゃんの見立てだとかなりよゆーで治っちゃうね!あ、自分でできないなら私が……」

 

「っ!それは嫌です!」

 

リューナさんの提案に大きい声で拒絶する。普段大声なんて上げないから私の突然の大声に場が静まった。

 

「あ……え……ご、ごめんなさい」

 

「あ、うん、そうだね。セレネちゃんが嫌って言うならリューナお姉さんも止めるよ」

 

「せっかくの善意を断ってしまってごめんなさい」

 

「いいよいいよ、だけど後で理由を教えてほしいな。勿論話したくなかったら話さなくても良いけどね!」

 

「え、あ……はい。でも片手だと色々と不便なのでその内治さないとですね。治療もあまり急にしても心身ともに負荷がかかるだけですからゆっくり時間をかけて治療しないとですし」

 

…………ありがとう

 

 

 

「うんうん、女の子同士のイチャイチャも僕は嫌いじゃないよ。それじゃ今度は僕の最後の話。次の予定なんだけど……そうだね、僕の予想だと谷の森跡地を経由して敵地を攻める事になりそう。上の騒ぎ方も考えると1、2ヶ月位先の話になるかな?それまでは皆また自由だよ」

 

「それだけあるなら俺に1つ提案させてくれないか?」

 

「彼女らの葬儀ならミツキ君が勝手にして。残念だけどそこまでは僕がやる事じゃないからギルドに頼んでくれよ。面倒くさいしそろそろ部下がスト起こしそうで僕も怖いんだ。あ、あとルナシーだけ残ってね」

 

「あ?嫌です」

 

「駄目♪」

 

こうして話し合いは終わり、各自各々の部屋に帰される。ミツキさんはいつ仲間の葬儀が行われるのかをギルドに聞きにいくそう。私は……どうしようか。取り敢えず部屋に戻る。

 

ーーー

 

 

 

「……はぁ」

 

私は部屋で一人ベッドに寝転がり天井を見つめる。そして無い左腕を伸ばしてその腕の事を考える。

 

「手……本当に無くなっちゃったんだ」

 

不思議な事に頭ではそれが理解できてるにも関わらず心がそれを受け付けていない。感覚では今も手が上がっている筈なのに視界にあるべきものが無いのだ。

 

「(……魔導書と研究書のあのページに肉体再生の呪文は載ってるよね)」

 

起き上がり棚に並べた本の中から愛用の魔導書と研究書を取り出し該当ページを開く。記憶の通り高度な式だ。研究書の方は使いやすく私が改良した更に使いやすい式で使えなくはない。

 

「…………うん。時間は経ったはず。今なら出来る……今なら、うん」

 

震える手で傷口に触れて魔法を作動させる。落ち着け、あの頃とは違う……魔法もあれから改良した。精神保護も掛けた、痛覚も完全に遮断した……今なら……きっと……

 

ゆっくり、ゆっくりと魔力を込める。体に段々と温かい力が流れ込んでくる。それに比例して私の手は震え息が荒くなってくる。体がそれなら精神も相応であり魔法の制御も上手くできない。

 

「はぁ………はぁ………駄目……」

 

 

 

 

 

ガチャ

 

「おすおーすセレネちゃん!何やらヤバそうな感じだけどへーきですかー!」

 

「っうえ!?リューナさ……」

 

【肉体再ssssssssssssssssssss鬲疲ウ輔′豁」蟶ク縺ォ菴懷虚縺輔l縺セ縺帙s縺ァ縺励◆】

 

「うあっ!」

 

急な来客に驚いて集中が切れ魔法の制御を失う。幸い大した魔力を流してなかった段階だったので失敗した魔法が私に掛かる事はなく拡散、揮発、消滅した。

 

「びっくりしましたよ。せめてノックをして頂けると助かります」

 

「だってリューナちゃん、セレネちゃんの苦しそうな声が部屋の中から聞こえて心配で……」

 

「そうでしたか。次からは静かに……」

 

「そうじゃないでしょ!セレネちゃん、お姉さんに事情を説明できる?」

 

長い沈黙の後、私は彼女を適当な所に座らせた。

 

「で、何を聞きますか?」

 

「さっきまで何をしてたの?」

 

「【再生魔法】で左腕を治してました……もっとも失敗しましたけれど」

 

「それにしてはなんかおかしかったよ?まるで回復を怖がってるみたいだったし」

 

彼女にもうそこまで観察されていたか。彼女の言ってる事は残念な事に合っている。

 

「……いつの事でしたっけ」

 

「え、何々?」

 

「私の……初めて再生魔法で腕を治したときは。戦闘時の回復にも関わってきそうなのでこの際回復魔法が使える貴方だけには伝えておきます」

 

ーーー

 

私がまだ小さくて魔法を覚えたての頃の話だ。私がいつもの様に魔導書を読み魔法の研究をしていて読み終わった参考文献を棚に戻そうとした時だ。

 

それは普段なかなか読まない類の本だった。高いところにあるし目に付かなかったのがその理由の一つでもある。本の位置は私の身長では手を伸ばしても届かなかった。行儀は悪いが仕方なく本棚の段に足をかけ本を片手に登る事にした。結果本は無事に元あった所に戻せた。

 

ただ、そのバチが当たったのか本をしまい終えたと同時に沢山の本が並んだ本棚が倒れ込んできた。幸運な事に私は下敷きとはならずに済みはした。しかし指の一本が不幸にも倒れた棚に潰されてしまった。

 

混乱、しかしすぐに対処法を思いつく。魔導書の通り【再生魔法】を使えばまだ治せると踏んだ私はその場で指に魔法を掛けて指を生やしたのだ。

 

「というかその時点で再生魔法が使えるのは凄くない?」

 

「そうでしょうか?でもいくら魔法が使えても正しい使い方までは当時は分かっていなかったんですよ」

 

「ん?それはどゆこと?」

 

「精神的な保護も痛覚の遮断もせずに記載されたままの魔法で再生をしました」

 

「…………ええっ!?つまり、無麻酔で生やしたの?」

 

「その通りです。しかも一人で未圧縮の効率の悪い魔法で……リューナさん、分かりますか?力が指に吸われて、そこから肉が目に見える程の速さで生える。それがどれだけ苦しくて、不快で、痛みを伴うか」

 

不完全な状態で作動させる再生魔法にはかなりの痛みが伴う。その上非効率な魔法の作動で大量の魔力を短時間で消費した私はパニックとなり更に魔法に不安定さを増すループに陥った。当然当時の私にトラウマを植え付けるのには余りにも強烈過ぎた。

 

「そこからですね、私が自分に再生魔法が使われるのに恐怖を覚えたのは。他者に使う分には平気なので自分でも平気だと分かってもいざ使うとなると何故か怖いんです」

 

「……ごめんね。辛いこと話させちゃって」

 

申し訳無さそうに彼女は私に謝った。私は彼女に顔を上げるように言い誤る必要はないと伝えた。

 

「いえいえ。それに他の人に使う分には気をつけて普通に使ってますしあくまで自分には使えないって事なんでこれからも安心して回復に頼ってくださいね」

 

「セレネちゃん……よーし話してくれてありがとう!!帰るね!!」

 

彼女は急に立ち上がり部屋から出ていく。そして去り際に今度お礼にご飯でも奢ろうかと誘われた。うーん、どうしようか。取り敢えず誘いを受ける事にした。

 

ーーー

 

 

 

 

 

「……で、何故私だけ居残りなんですか?」

 

「気まぐれ?」

 

「今ここで殺されたいですか?」ナタシャキーン

 

「嘘だよ。あの戦いの感想を聞こうと思ってね」

 

「…………」ナタシマイ

 

彼女はあの木との戦いを思い出す。正直、被害こそ甚大で苦戦といえば苦戦だっただろう。しかし主観のみで考えるのであれば竹が思った以上に相手が防御逃げに特化して攻撃が貧弱だった事が残念に思う。

 

「ほう。全力を出すまでもなかった、そう言いたいのかい?」

 

「ええ。というか皆そんなものではないですか?1名は知りませんけど」

 

「じゃあ仮にルナちゃんとリューナちゃん、それとセレネ君が全力を出したとするとあの化け物は何秒で鎮圧できそうかな」

 

予測ではあるが条件に地図が書き換わってもいいという項目を加えるのならばソロでも本体の位置が特定できれば1分かからず倒せる。攻撃速度は遅い、防御も紙となれば相手は手も足も出ない。

 

他の魔法組の彼女達も同様各々の最高火力を叩き込めば倒せるのではないのか?そうも思う。今回の戦いだと接近戦で彼女とミツキが戦闘をしていたが為に後衛の弾幕がかなり控え目に感じた。おかげで接近の被弾こそ無いものの彼女らが技術を十分に発揮できたかと聞かれると肯定できない。

 

そしてそこを考慮して予測を建てると……

 

「10秒前後が理論値かと」

 

「奇遇だね、僕もそう思う。あ、もう帰っていいよ」

 

「戦いもせず全裸で逃げてた奴が何を言ってる」

 

そう悪態つきながら彼女は部屋を後にした。そして部屋の外から壁を壊す音がしたがそれは今は気にしない。

 

彼女がいなくなり静かな部屋。彼は机の引き出しから「次の戦場候補」の地図を出して眺める。

 

「……うーん、ならこの作戦を変更して火力を分散しても良さそうだね。えーと今日出勤してる部下は……あっそうだ、手土産に鹿威しDIYキット送りつけるのもしないとね」

 

そして彼は新たな仕事に取り掛かる。彼女らの新たな戦場を心を踊らせて用意するのだ。

 

 

 

 



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カノン:帝国兵器データ「竹御土」

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ーーー

 

兵器番号 6D9B-8Д[V]8ØØ-竹御土-Δ

 

説明

 

当兵器は自然界には数百年前に絶滅した竹類に遺伝子操作及び魔術的な加工を施して作られた生物兵器です。竹に備わる高い成長速度と繁殖速度を強化し、更に制御系に転生者を使用する事で高度な戦闘にも対応することが可能です。

 

通常の植物と同様光合成などで自身の栄養を得ていますが当兵器はそれに加えて自身の学習により茎を武器として使用した「狩り」を行い大型動物の死体から養分を得る事を率先して行います。また廃棄後の調査で自身の特性を隠蔽する為、もしくは狩りに特化した形として蛇に擬態している姿も確認されています。

 

擬態には当兵器が狩りをして得た動物の肉が用いられます。観察実験の結果後述の特性を用いて自身の体で袋状にしてその中に獲物を入れて形を保っています。

 

当兵器の特筆すべき点として茎は兵器自身の意思で長さや太さ、強度が自由に変えることが可能で太さについては平均0 1m観測値で長さは最高XXXkm、太さは最細X.Xμm(主に擬態の為の腐肉の固定に使用)、最大XXm(用途不明、学習の過程で試験的に作ったものと推測)までが可能です。強度については概ね細ければ細いほど強度が上がり太ければ太いほど感知の性能や植物としての能力の強化がされると実験で発覚しました。

 

茎内部の空間は死体から発生する可燃性のガス類が貯められていて茎の大きさに関わらず節間には一定の体積が封入されています。当兵器はこれを外敵の体内で自身の体温により破裂させて倒す事に強い執着があるようです。

 

外部には魔術的な要因で作られた内部からの爆発にのみ可燃性を示す粘性を持つ物質が薄く塗られておりこれが爆発を補強すると考えられています。なお繊維自身は高い断熱性と耐火性を示し外部の燃焼によりガスが爆発する事は基本的にありません。

 

当兵器は茎の発達と廃棄のしやすさに重点を置いた結果地下茎は未発達です。よって生体を維持するための重要器官はすべて一箇所に集約されており破壊すると死亡します。しかし当兵器自身もそれを学習している為その部位は地下深くに埋葬しています。

 

外部からの情報もこの茎から行われていると考えられますが原理の詳細は不明です。

 

なお当兵器は廃棄される予定です。

 

主な攻撃手段

 

【蛇威し】極小化させた自身の体を高速で飛ばす 攻撃に使われた竹にも本体と変わらない特性がある

 

追記

 

s博士「結構良策だと思ったのですが何故か廃棄されました」

 

P博士「モノクロの竹と筍ご飯は人気でしたが兵器としての性能より繁殖による環境破壊の被害が大きいから廃棄行きは当然の結果です」

 

ーーー




やっと敵の国の名前を出せた。まだ国名の募集はしてます。詳細は多分2〜5話目位までにあります。


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カノン:メタ:設定表

せーじょ

 

セレネ(セレネ ブランド)

 

称号 銀の聖女   職業 聖職者(修道女)

 

OVERJOY δ

 

16歳

 

概要 元ただの修道女。しかし光魔法と回復魔法に適正がありすぎるため自身の知らない所で有名になって今回の戦争に呼ばれた。頭の中は理数系特化。リューナ曰く「魔法もいいけど大学の物理か数学専攻したほうがいい」とのこと。職業柄博愛主義で優しく冷静で戦闘は好まない、だけど悪意に対しては感情的に怒る。下ネタには弱い。

 

服/装備及び持ち物 修道服/魔導書 聖典

 

戦闘スタイル 魔力量はただの一般人。その分を魔法の才能により魔法自体を圧縮、効率化を続けた為理論上はバフさえ盛れば人外レベルと張り合える。光魔法を使いレーザーなどの弾幕や光そのものを使い戦うが本人が非好戦的かつヒーラー志望な為自身からは望んでは戦わない。

 

余談 たまにマジで病名が分からない患者がいる。けどごり押しで治せるのでそれが周りにバレる事はなかった。あと仮病が病気じゃないと最近知った。

 

現在使用可能な技

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

光魔法 極太のレーザー EXTENDEDは一部式の抵抗を外して本来の威力に戻した物

【日蝕 クローズドアイズ】

光魔法 光の波長変更

【流星 ラピッドスターダスト】

光魔法 高速の小粒弾幕

【円環 ジュピターの理】

光魔法 多面体形防御結界

【鬲疲ウ輔′豁」蟶ク縺ォ菴懷虚縺輔l縺セ縺帙s縺ァ縺励◆】

分類不可 エラーコード

【烈日 灼熱SummerSunnyRay】

光魔法 物体から熱と光を発生させる

 

その他回復及び強化魔法

 

回復魔法、認識速度上昇、移動速度上昇、身体強化、対物耐性強化、感知感度上昇、自然回復力強化、魔力効率強化、魔法攻撃強化、耐魔法耐性強化、物理攻撃強化、代謝促進、熱耐性、成長促進、火耐性

 

 

 

ルナシー ローケプヘン

 

称号 赫巫と狛犬   職業 調教師(現在調査中)

 

OVER JOY ζ(現在ηへの変更を申請中)

 

10歳

 

概要 生粋の脳筋バーサーカー。自己中心的で普段は丁寧そうな口調だが言葉の節々から彼女の暴力的な本性が垣間見える。そうでなくても基本粗暴なので雰囲気で分かる。これでも本人からしたら常識的な方だそう。あと拉致った狼を連れてる。

 

余談 手先自体は意外と器用

 

服/装備及び持ち物 赤と白のフリフリ 赤い頭巾/重量切断武器 鉈 狼さん

 

戦闘スタイル 調教師とは言われているが実際のところ狼は使わない。基本高い身体を活かして火力の高い武器で殴るスタイル。しかし市販の武器の耐久が持たないのでサブの愛用の鉈がメインとなっている。

 

現在使用可能な技

 

【餓狼ノ型】

重量切断武器を用いた型 武器種によらずある程度高火力なのが特徴

【貪狼ノ型】

愛用の鉈を用いた型 餓狼ノ型並の火力と手数の多さと高精度が特徴

【自由型】

普段考えず使用する型 つまりはただのフリースタイル

 

 

 

狼さん(本名はまだ不明の為愛称)

 

称号 無し 職業 産業動物

 

OVER JOY 飼い主に依存

 

年齢不詳

 

概要 一般狼。ルナシーに拉致られ無理やりペットにさせられた。一応彼女とは昔からの知り合いである。苦労人で顔はほぼチベットスナギツネ。

 

 

 

リューナ クロートザック

 

称号 藍の探究   職業 賢者(大学教授)

 

OVER JOY γ

 

19歳

 

概要 時空を捻じ曲げる魔法使い。超絶的な美貌に対して行動が子供のように気まま。というか倫理と趣味趣向が少女のまま停止している残念な人。年下には「姉」として振る舞う。学者としては天才的な時空間魔法の研究者で厄災として有名。なお露出狂とかではない。

 

余談 本業どうするの?と思うが国からの司令なので半ば強制連行された形で休職扱いとなっている。しかし研究だけは事前にいくつか論文を書き上げてそれを小出しして成果を誤魔化してるそう。

 

服/装備及び持ち物 露出の高い服/杖 魔導書

 

戦闘スタイル セレネと対象的に彼女は膨大な魔力を保持した上天才的な魔法により超物量超技工な弾幕を展開する。なお魔力の消耗とのバランスは消費のほうが勝る為ガス欠も早いし接近と相性が悪く自重している。時空間に秀でており大抵の魔法は亜空間から取り出している。

 

現在使用可能な技

 

【1st=虚次元展開】

時空間魔法 次元の裂け目を作る(引き出し専用) 魔力消費が激しい

【2nd=秒針】

闇魔法 針状の弾幕

【3nd=火時計】

炎魔法 時限または接触時作動する分裂拡散する弾幕

【4rd=DIGITALTIMER】

雷魔法 時限または接触時作動する低精度の追尾性能のある電撃を放つ弾幕

【5th=水時計】

水魔法 高精度の追尾性能を持つ酸のシャボンの弾幕 なお液体の性質は研究中

【No.i=時間停止】 時間停止 強いが作動中は魔法が使えず回避くらいしかできない

【転移魔法】 離れた空間どうしを行き来できる 正し彼女の魔法だと必ず研究室を経由しなければいけない上仕込みが手間なのでポンポン使うものでもない

 

 

その他回復及び強化魔法

 

対物耐性強化、自然回復力強化、身体強化、肉体再生、浮上魔法

 

 

 

 

ミツキ ミナモ

 

称号 新緑の輪廻   職業 村人兼勇者(冒険者)(村人)

 

OVER JOY α

 

17歳

 

概要 村人でありギルド最強の冒険者。【   検   閲   済   み   】。【   検   閲   済   み   】【   検   閲   済   み   】。このような訳で何故か村人なのにギルド最強となってしまった。

 

余談 有能だがどこか抜けている

 

服/装備 黒い服のような鎧/白い片手剣

 

戦闘スタイル 【   検   閲   済   み   】。【   検   閲   済   み   】。よって剣と魔法のゴリ押しで戦う為言及できる事象が少ない。しかし彼の身体能力と【検閲済み】でもっても彼女らの前では誤差に等しい。

 

 

 

ナツメ クロヒメ

 

称号 黒姫(Black Queen) 職業 軍人 騎士団長

 

年齢20+少し

 

概要 変人の男の娘、あるいは女装男子。リューナ以上の気ままで倫理観に縛られず、それどころか一線を越えることを楽しんでいる節すらある。女装趣味と変態行為も彼女の中ではその一環らしい。仕事ではかなり優秀ではある。彼女を知る上司と部下曰く「彼女……彼は能力はあるが人望がない」「指揮は完璧、用途と要求を間違えなければ尚良し」

 

余談 ホモではない

 

服/装備 ドレスのような鎧/「乙女の秘密」

 

戦闘スタイル 【          乙          女          の          秘          密          】。

 

 



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カノン:王国軍軍事作戦資料「勇者と聖女」

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それではごゆっくり。

 

ーーー

 

我が王国は今帝国の侵略を受け存亡の危機にある。国中の屈強な兵を幾ら動員しても敵国からの侵略を止める決定的な手段は見つかっていない。

 

この作戦ではその行き詰まった状況を民間の伝承に語られる「勇者」や国教の聖典内に記述される「聖女」にあやかった者たちの力を使い打開する事を目的とする作戦である。

 

各々の生い立ち等の情報については別個の資料を参考にせよ。ここには簡単な概要のみの記述に留める。

 

聖女及び勇者名簿

 

 

 

セレネ ブラインド

 

魔法に長ける 精神面が問題か

 

 

 

リューナ クロートザック

 

同上 精神面も安定しているが軍内部では規律の遵守の面で賛否が分かれる

 

 

 

ルナシー ローケプヘン

 

接近戦闘に長ける 気性が荒く標準大型生物兵器取り扱いの適応を検討中

 

 

ミツキ ミナモ

 

同上 戦闘における有用性はない 別途資料を参照

 

 

ナツメ クロヒメ

 

非戦闘員。指示役兼監視員として勇者と共に活動させる

 

 

作戦概要

 

「検閲済み 当作戦の詳細については当作戦に参加する者かつ騎士団長以上の者のみに閲覧許可を与える」

 

追記 上のお達しで上の検閲したら別の上官から怒られたよクソが。統率腐ってるねこの国、無能ばかりで嫌になるよー。これ修正する僕の気持ちにもなってくれ。

 

公文書だけどこの資料どーぎょーしゃしか読まないし階級僕より下のやつしかいないしカンタンにがいよーをかきつらねますと

 

1 てきとーにそこらへんのつよいのを拉致る。王に頼んだらなんか文書渡せば権限使って手紙送ってくれるらしいから封筒だけ作ってもらう

 

2 てきとーに丸めこんで協力させる

 

3 戦わせる

 

4 ミス 消すのも面倒くさいから放置

 

まーだいたいこんなのです。この資料は国の機密資料室にぶち込んどくから勝手に読んでね。

 

追記 おいおいおいこの文で書類通るとか国終わったわこれ。で、書き忘れたんだけどこれを勇者とかから隠すのに自分の家を1つ専用兵舎にして閉じ込めとくから。

 

なおこの作戦は勇者聖女と一般に発覚した場合専用のカバーストーリーを用いて詳細を隠蔽する。勇者聖女からこの情報を隔離する為の柔軟な行動を可能にするのに指示役に強い権限を与える。また、これらの情報拡散が収集のつかない程度に拡散してしまった場合には「検閲済み」。

 

本作戦に対する国王のお言葉

 

「うん、発想としてはいいと思うよ。神話とか民話とかの英雄ってなんだかんだでロマンあるし。だけどそれを国家規模で提案する勇気を……って作戦立てたやつがお主なら仕方ないか。強さに関してはわし何も知らんし軍部にぶん投げる。てかいつの間にか軍の役職名が変わってるんだけど。わしが三日三晩かけて考えたなんとか騎士団とか聖なんたらかんたらとか……え、息子が長いから改革して変えたって?よし、会議は終わり!わしは息子をぶっ殺しに出かける。臆病者は付いてこなくてもよい!」

 

立案者及び責任者 ナツメ クロヒメ騎士団長(旧(省略)騎士団長)




コメントで王国は無能揃いと言われていましたがこの国の中枢機関で働く人はだいたい本当に無能か狂人揃いです。

挿入投稿すればよかった……やり方しらんけど。時系列的に全員合流した頃出すべきでした。

それとしばらく次章の制作が難航しているため投稿には期間が空きます。再開後も投稿頻度は下がりそうです。


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誤報

現在時刻 王都帰省後数日

 

ドンドンドン!!

 

「セレネちゃーん!部屋から出てきてー!!もう5日目だよー!!」

 

……外からリューナさんが呼ぶ声がする。

 

「リューナさん、おはようございます」

 

「おはよう。そろそろ部屋から出てきてほしいな!今日こそリューナ先生と次の戦闘に使う対物魔法弾を作ろうよ!」

 

「………今日も調子が優れないです、他の方にお願いします。声が頭に響くので少し静かにできますか」

 

「うっ……うん。セレネちゃんがそれで良いならいいけど……じゃ!」

 

タッタッタッ

 

「……………」

 

私はここ2日部屋から出ずに部屋に籠もっている。理由は勿論腕の事だ。王都に帰って何日かはいつもとそう変わらない生活が出来ていたがやはり精神的なダメージは大きく少しづつ鬱になる事が多くなり遂に少し前から気分が悪くなった。何をするにも無感情で何をしたいにも無気力だ。体は特に異常が見当たらない辺りこれが精神に起因する何かだというのは明白である。

 

 

 

コンコンコン

 

 

 

「リューナさん……だから私は今日は何かしている場合ではないんです」

 

ガチャ

 

「あのアバズレと一緒にしないで下さい」

 

入ってきたのはルナシーだった。狼さんが部屋の外で灰色の尻尾が揺らして待っている。

 

「ルナシー、ごめんなさい。今日は何もする気になれなくて……」

 

「そんな事はどうでもいいです。付いて来てください」「お嬢は今日も強引ですね」

 

「ちょちょ!?まっ、待って!」

 

私は彼女に強引に左の袖を引かれて部屋の外へ連れ出される。せめて掴むなら右手にして欲しいものだ。狼さんは彼女の代わりに申し訳無さそうに私に謝罪した。

 

彼女に手を引かれ連れてこられたのは普段使われていない大部屋だった。しかし今日は様子が違い何人もの使用人の方々が忙しなく荷物をこの部屋に運んでいる。

 

「えっと……何ですかここは」

 

「いいから入れ。話はそれからです」

 

彼女にされるがまま私はその部屋に入る。するとそこには天井まで届くまで積まれた大小様々な箱、調度品の数々、見たこともない素材、綺麗な服、本、それらが並べられていた。

 

「えええええ!?何!?ルナシーさんどうしたんですか?」

 

「寧ろこっちが聞きたいから連れてきました。昨日の昼間あたりから騒がしくて来たらこれでしたし、この荷物は何なんですかね」「それなら使用人の方々に聞くべきでは?」「あんな機械みたいな奴らと話したくない」

 

狼さんの言うとおりだ。私達は丁度荷物を運びに来た彼らに事情を尋ねるとなんとこれらは私やミツキさんへの見舞いの品らしい。何でも私の怪我や勇者の所属したパーティのメンバーが死亡した事を上流の方々が知りこれらを送ってきたそう。

 

なおナツメさんもこれに乗じて私と彼へのプレゼントを買ったらしい。直接渡せばいいのに。彼からの分だけは箱の山とは別に置かれていた。ミツキさんにはナツメさん自身の裸の絵、何に使うか分からない拘束具、それと蝋燭と鞭を送ったらしい。使用用途を教えてもらおうとしたら使用人さんたちは言葉少なく逃げる様に帰った。事情を察した私は恥ずかしさに顔が赤くなる。

 

私の分はというと……普通の町の女の子とかが着るような服だった。普段の彼のセンスからは考えられない私好みの彩色で、それでいて大人らしい落ち着いた服。しかもオーダーメイドらしく左腕が目立たないような加工がしてある。手紙も同梱されてポケットに強引に突っ込んであったのを読むと「たまにはこれ着て外で遊んでくるのもいいんじゃない?」と書かれていた。

 

「趣味の悪い服ですね」「そうですか?お嬢にもこういうのよく似合うと思いますよ」「合理性に欠けますし頭巾の配色に合わないです」

 

「…………」

 

これを着て外で遊ぶ、か。思えば王都でも外へ行く時も常に修道服だった。それも近所の散歩や図書館に行く位にしか出かけてはいない。室内で篭もっているだけでは陰鬱とした気分を晴れない、この際出てみるか。数日ぶりに何かをする気になれた、このチャンスに今日は外で遊ぶとしよう。

 

ーーー

 

現在位置 王都

 

「(とはいえ……何処へ行きましょうか)」

 

服を着替えて街へ出たはいいもののどこへ行くべきだろうか。目立つから馬車を出すのを躊躇ったから行ける範囲は限られる。ここから行けるところは……僅かな記憶を辿るとたしかあの辺りに広場があった筈だ。あそこまで行けばある程度遊べるような所はあるかもしれない。

 

目的地が決まり歩き出す。うーん、やっぱり馬車には乗るべきだったかも、広場についてからはいいものの行くまでに少し目立ちそうだ。しかしそんな心配は杞憂であり幸い変な目で見られることはなく無事に広場へとついた。

 

王都の街中はその名に恥じぬ出様だった。聖女である私が私一人が紛れる事くらい容易く広場につき、ベンチで一休みしていても特に何も起きない。

 

 

 

ワイワイ……  ガヤガヤ……

 

 

 

ここは自然とは真逆の静寂とは無縁の場所。街を歩く人の足音、馬車が石畳の上を歩く音、商人の声、芸人の芸に感動する民衆の声、それらが代わる代わる絶えず聞こえる。その全てが自然のそれほど綺麗ではない事は明白だが黒いインクの入った容器を倒した跡みたいな無秩序な良さがある。

 

「(自然豊かな所も好きですがこうゆう少し騒がしいのも悪くはありません。何だかいるだけで楽しくなってきますね)」

 

それだけではない。ここではありとあらゆる知らないことが耳に入る。目を閉じ、人の声に耳を向ける。するとどうだろう。流行りの店に食事に行く集団や最近の流行りの服について熱心に語り合う女性たち、新品の剣を持ってギルドへと向かう新米冒険者のパーティ、その他諸々。普段は聞き流してしまう様な綺麗なこと汚いことがここには無差別に投棄されている。

 

 

 

 

「なあ、お前はもう聞いたのか?この間あの聖女様が大怪我したらしいぞ」

 

 

 

 

……無論、こういう事もある。私の後方にて男たちが話している。

 

 

 

「そうなのか。いつだ?」

 

「数日前ギルドで聞いたんだ。敵国の兵器を破壊した時らしい。それも聖女でも治せない位の重症を負わされたとかなんとか」

 

正確には治せない、じゃなくて治さないだけど。それと彼らは話の内容から判断するに冒険者らしい。

 

「本当か?前にこんな奴らが戦争に行くくらいなら俺らが行ったほうがいいとか抜かしてたけど冗談言ってる場合じゃないな……」

 

「ああ。本当に勇者様様々だ」

 

「(そんな……直接ではないとはいえこうも褒められると少し恥ずかしいです)」

 

 

 

 

「ところでその兵器は誰が倒したんだ?」

 

「あのSランク村人のミツキだ。戦闘でもかなり活躍したそうだしやっぱり噂通りのギルド最強だな」

 

「…………え?」

 

彼が……倒した?それに活躍したって?彼は戦闘ではお世辞にも活躍したとは程遠い。なのになぜそう言われているんだ?

 

 

 

ミツキって奴がまたやったらしいぞ!

 

聖女様はミツキを庇って怪我したとか……

 

ミツキって奴がいれば国は安泰だな

 

 

 

一度疑問気になった意識してしまうともうそれしか入ってこなくなる。周りで話されているのは彼のある筈のない英雄譚。当事者とすれば噂である上で避けられない道だと諦めるべきだけど……

 

「(何故……何故『ミツキさんと私の話題しか出てこない?』。ルナシーとリューナさんはどこですか?それにミツキさんの仲間も言われてない。ミツキさんがここまで話題になるなら同じパーティであった彼女らも話題に上がるはず……)」

 

情報の出どころはどこだ?聞いた所この話をしているのは総じて冒険者の方々が多いからギルド、もしくはその周辺か?ギルドの位置は私には分からない。仕方がないから色んな人に場所を聞きながら行こうかな。

 

「お?セレネじゃねーか。やっと部屋から出てきたと思ったらこんな所で会うとは思わなかったぞ」

 

と、丁度いいところに彼が来た。偶然にしては出来すぎてる気もするけど今は都合がいい。彼は前回の戦いで手に入れた竹の一部をナツメさんに頼んで分けてもらったから武器を作りに行っていたそうだ。なお素材の性質が不明で加工を断られ、次の戦いでルナシーさんが素材のまま槍として使うのを提案するとのこと。

 

私は彼に事情を伝え何か知ってる事はないか情報を求めた。

 

「……という事なんです」

 

「ほう、鍛冶屋にいた奴らも似たような事言ってたけどそうだったのか。それで、お前の考えではギルドが怪しいって事なんだよな」

 

「はい。安直な発想ですけど筋は通っています」

 

「うーん、じゃあこの際ギルドに行ってみないか?もしかしたらギルドの広報が誤報でもしたのかもしれない。一緒に文句言いに行こうぜ」

 

それはありがたい。文句はいかなくてもこれが何処かから作り出された噂なのか誰かが脚色した虚なのか事実を知りたい。

 

ーーー

 

現在位置 王都 ギルド

 

昼間のギルド。酒場が併設されており昼間から冒険者が酒盛りをしている。それだけなら陽気で楽しげな場所だが汗と酒臭さと血の匂いが僅かにする。おまけに修練場とされる先から途轍もない殺気と魔力がするから戦う者がここにいる事を思い出させる。

 

ミツキさんは建物に入ってすぐにギルド長を出せ、と叫び周りを騒然とさせる。いやいや、まずは自分達ができることから始めないと。私が彼をそう諭そうとするも時既に遅し、ギルドの責任者が私達のもとへと来た。彼はアポも取らずに来た私達に迷惑そうな顔もせず私達を応接間に通す。

 

「ナツメ様、今は勇者様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

「それは勝手にしてくれ。俺の友人がこの前の俺の戦いについて知りたいらしいから連れてきた。軍のデータは機密ばっかだからここならいい情報もあるだろ?」

 

「ちょっとミツキさん、私は……」「待ってろ、騙す」

 

小声で言われた。ギルドの長と名乗る彼はミツキさんは知っているものの私の正体に関してはまだ感づいてないようで本題に入る前に私の名前を聞いてきた。騙す、との指示はこの事だろう。適当に「回復術師見習い」としてお茶を濁す。

 

「それで、知ってる事は?」

 

話を聞いた彼は人を連れてくると部屋を出てある男を連れてきた。

 

「広報担当の者を連れてきました。彼には王都だけでなく国中の全ギルドに伝える勇者様達と聖女様の情報を専任しています。軍から指定されている情報公開の線引もよく知っているので答えられる範囲でなら彼に聞いてください」

 

ギルドの長が部屋を出て世間知らずな私でも目に見えるような媚びへつらうような笑顔で彼は自己紹介をした。彼の役職や仕事についての詳しい言及は割愛する。彼の自己紹介が終わってからこの件についてを聞く。

 

「今このギルド内で戦争で俺が大活躍してるって噂が流れてるがその事について何かを知っているのか」

 

「ええ、勿論。貴方のご活躍は私の耳にも入っております。所で、ご自身からお話はされないのですか?私めより自身のご経験を話された方がよろしいかと」

 

「俺の事は話したからな。それ以外の……噂とか社会的な方を聞きたくて」

 

その後の彼の話と事実の相違点をまとめる。1つ目はミツキさんが敵を倒しリューナさん、ルナシー、私は手も足も出なかった。2つ目は私はあの戦いで死ぬ筈だったがそれをミツキさんが助けたから腕一本で済んだ。そして3つ目が……

 

「なあ、一ついいか」

 

「はい?私めに何でしょうか?」

 

「俺の事について俺の元パーティ仲間はなんて言ってた?」

 

「ふむ、思い出すのに少しばかりお時間を……ああ、そうだったそうだった。ギルド内で貴方の凄さに触れ回っておりましたよ。『あの頃から変わらない強さだ』と、たいそう嬉しそうな様子でした」

 

「(んっ!?)」

 

ミツキさんの元パーティの人達は戦いに参加しておらず生存している事になっている。だから彼女の事は誰の耳にも入っていないのか。持っていた疑問は解決した。だけどそれと同時に怒りを感じる。 

 

彼はギルド内に私達の活躍を伝える係だ。しかしそのような立場の者が事実と大きく乖離した嘘を真実のように話す事は倫理的におかしい。それに何故本人たちの耳に入らないと思ったのだろう。

 

「……という事です。他には何かありますでしょうか?」

 

「ああ、ありがとう。おかげで色々と分かったよ。こっちもお礼に一つ教えてやるよ」

 

私はミツキさんの目を見る。彼もまたギルドのこの男に怒りを抱いているようで視線に憤怒が交じる。

 

「実は俺らあんたに一つ嘘をついてんだ」

 

「ははは、勇者様が嘘だなんて一体どの様な御冗談を。して、どの様な内容でございますでしょうか」

 

「隣のこいつ、服は違うけど実は聖女だ」

 

「勇者様はジョークまで面白い御方でありま……………………ん?んんん?」

 

彼は私の顔をジロジロと観察したて何かを察したようだ。血相を変えて慌てた後、先程の話は忘れてくれないかと懇願してきた。

 

「駄目だな。生憎記憶力には自身があるんでな、一度聞いたことは中々忘れないんだ(勿論ハッタリだぜええええ!!こんな屑の言葉なんかさっさと忘れちまおうぜセレネ!)」

 

「そうです。私も今のお話を聞いてジッとしていられる程優しくはありません(今のミツキさん、まるで勇者の顔には見えません)」

 

「な、何を……そんな……そんな…………そんな話がっあるわけがない!!」

 

もう駄目だと踏んだのか彼は逆上して喚き散らし始めた。聖女がこんな馬鹿そうな女の筈がないだとかミツキさんを偽物だと言ってみたりとかそれはもう散々だ。ここまで清々しいとさっきまで感じていた怒りも何処かへ行ってしまい彼に対するある種の称賛すら感じる。

 

「せ、聖女がこんな、こんな所にっ……!」

 

「『いる訳がない』、そう言いたいなら確かめてみるか?セレネ、見せてやれ。お前の目いっぱい」

 

彼は広報係の男の頭を掴み応接間を出る。どこへ行くのかを私が彼に問う。彼は修練場で私が本当の聖女だというの信用させるらしい。そしてそれは私がいなければ始まらないと彼は言う。すぐに部屋を出てついていく。

 

 

 

 

「………………どうして?」

 

「なんか言った?」

 

「いえ、何も」

 

 

 

 




〇〇ノ〇と〇式と〇〇〇の〇〇を連続で聞くと作者が同じだから頭が混乱する事を発見した。自分だけかも。


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聖女は間違いを正さなねばならない

現在位置 王都 ギルド 修練場

 

修練場、ここはギルドが作った冒険者の為の訓練の場所。しかし空き地のない王都で運動を促す為武器の訓練がしたい者に一般開放しているからか酒場とは違う意味で賑やかである。

 

「……で、お前はどうやったら聖女って認めるんだ?」

 

「そんな事はどうでもいい!いきなり何するんだ!」

 

「あの……ミツキさん」

 

「お?セレネから提案か?」

 

「あ、いえ、何でもありません」

 

私達の騒ぎを聞きつけたギルドの冒険者が集まりだした。彼らは私達がここで何かのパフォーマンスでもするような騒ぎようだ。

 

「えーと……どうしますか?」

 

「そうだな、こいつにあのレーザーでも撃ってみるか?コイツみたいな屑にはよく効くぞ」

 

えぇっ!?確かにここは修練場で魔法を練習した痕跡もあるからやっては良さそうだけれど彼が要求する威力はそんなものではない。危ない事人前でするものではないしそうゆう力は見世物ではなく誰かを守るのに使うのが正しいのである。

 

「だから、その、止めにしません?」

 

「んー……そうか?俺はこういう屑こそしっかり裁いて反省させるべきだと思うぞ」

 

 

 

そーだそーだー!勇者に歯向かうなー!

 

守られた恩を忘れたかー!

 

貧乳ー!

 

 

 

「ほら、周りの奴らだってそう言ってるじゃねーかって一人趣旨違ったぞ」

 

……どうしよう。このままの流れだと私が見世物みたいな扱いになりそう、というよりもうなっていそうだ。一応私が聖女であることを分からせる手はあるけどあまりやりたくは無い。けれど背に腹は代えられない。

 

「うーん、でもまずはもっと簡単なことからでやります」

 

私は大衆の目が届かないように壁際に彼を連れていく。そして……彼の手を左手に触れさせる。

 

「ヒッ……!」

 

「私達について調べたのなら戦地での事は知っている筈ですよね。もう分かりましたか?私もあんまりこう言うことはしたくないんですがこれが一番平和ですから」

 

彼はまるで幽霊を見たような目で私を見る。なんとも表現し難い恐怖に怯えて情けない顔だった。私がしたこととはいえ可哀想。すぐに彼を開放すると走って逃げ、すぐにミツキさんに捕まった。

 

「は、離してくれ!あいつが聖女だってことはよく分かった、だから頼む!」

 

「駄目だな。セレネ、もっとちゃんと分からせてやらないと、な?」

 

「…………」

 

「セレネ?」

 

「帰りましょう」

 

私は修練場の出口へと行こうとする。突然の事に周りがざわつく。ミツキさんも少し驚いて急いで私の左手を引き……袖にひらりとかわされてから気づいて右手を掴む。

 

「…………」

 

「どこへ行くんだ?俺と周りはまだ納得していない。お前だってまだ知りたい事とか言いたいことはあるはずだろ?」

 

当たり前だ。あんな事をされて本来は許されるわけがないだろう。でも、なぜだろう。今、この雰囲気でそれを認めてしまったら「どうなるのか分からない」、だけど「まず間違いなく悲劇的な事にしかならない」。

 

「そうですね、一理あります。彼とはしっかり話をつけた方がいいのかも知れません」

 

私は修練場の壁際で情けなく腰を抜かしている彼に再び近づく。

 

「一つだけ質問させてください」

 

「ひっ、ひいい……な、何なんだ!?」

 

「何故誤報を流したのか理由を教えていたただけますか」

 

真剣な眼差しで彼の目をじっと見つめる。彼は涙目になりながらこう喚いた。

 

「よ、嫁が病気なんだ。だから……つい治療費と名誉が欲しくて、な?」

 

「……………」

 

彼はすぐに自分が誰にそれを言ってしまったことを理解し再び慌てて言葉を撤回しようと試みる。私は彼を落ち着かせ今度こそ本当の事を話してもらう。

 

「金だ!それとこの記事を書いて名声を上げてもっと地位になって……お前らさえ来なければそうなっていたかもなあ!!あーあ、このクソッタレが!」

 

「チッ救いようがないなコイツ。セレネ」

 

ミツキさんは剣を取り出した。それに同調するように他の冒険者達も彼に冷たい視線を送る。

 

「はあ、そうですか」

 

私は自分の服のポケットを探る。そして財布を取り出し小銭を出して彼に渡した。

 

「手持ちが少なくてごめんなさい。今これくらいしかなくてこれしか出せないんです」

 

「……は?」

 

「セレネ!?」

 

一同が私の行動に驚く。

 

「これはあなたに差し上げます。だからその代わりに誤報をわざと流した事と謝罪文、それと正しい記事を書いて下さい」

 

「は?」

 

「書いて下さいね?」

 

「は、はひぃ……」

 

ミツキさんと周囲の冒険者らは困惑する者と少しの暴言を吐く者の2種になる。しかしどちらも私が修練場とギルドから出る道はしっかり開けてくれた。

 

「…………セレネはもっと強く出ればいいのに、勿体無い奴だ」

 

 

 

 

ーーー

 

「へー、そんな事があったとは。たいへんだったね」

 

現在位置 兵舎 ナツメ自室

 

私はナツメさんに事の顛末を伝えておいた。彼に頼んでギルドや他施設について今後このような事が起きないようにして欲しいと彼に要望を伝えた。彼は書類を何枚か取り出し「面倒くさいなこれ」と呟き部下に頼もうと書類を書こうとする手を止めた。

 

「二度とこんな事が無いようによろしくおねがいします」

 

「はいはーい。セレネちゃんも最難だね。左手がなくなったと思ったらこれだもん」

 

「全くです。でもこれで無気力さは紛れました。久々に魔法の研究をしましょうかね。今丁度リューナさんに誘われているんです」

 

「ついでに感知系の魔法を覚えてくるのもどうだい?サポートには良いんじゃないかな?知らないけど」

 

感知魔法か。ああ、そうゆうのを覚えるのも良いかもしれない。感知系があれば前回みたいな不意打ちも防げるし戦闘においても視覚外の敵にも対応できる。

 

「あ、それともう一つ」

 

「What?」

 

「ミツキさんについて質問があります」

 

「ミツキ君?彼がどうかしたのかい?」

 

「あまり大したことではないですけど本人に聞くのは失礼だと思いましてナツメさんに訪ねます

 

彼は『何者ですか?』」

 

「…………冒険者の筈だよ。君もよく知ってるでしょ?」

 

取り出した書類を仕舞いながら答える。構わず話を続けた。

 

「何もかも今日は何もかも不自然でした。何というか修正力とか話の流れとかそんな空気の流れに違和感を感じたんです」

 

「詳しく、ちょっと気になる」

 

「初めは彼と共にギルドへと事情を聞きに来たときです。彼はあの場についた途端大声で責任者を呼び出しました。普通誰かを呼び出す場合にはそれなりの事をする筈なので当然失礼です。しかも情報が十分に分かっていないのに勝手にギルドのせいと決めつけました」

 

「それはギルドも困っただろうね。勇者なんてVIP中のVIPがだとアポ無しでも断りづらそうだし。いっそ断れば良かったのに」

 

「広報の人もそうです。彼は何故私に気がつけなかったのか理解に苦しみます。私達について調べているなら顔やある程度の容姿、それと人柄位までなら予想が付きそうなものです。彼が嘘をついたとはいえ、いやあの嘘もかなり稚拙でつまらない様な詭弁です、なのにそれすらも見抜けない。情報を扱うものがそうだなんて普通考えられません」

 

「……誤報すら確認せず公布するギルドならそんなもんじゃない?」

 

「それもそうです。でも、それでも彼が怪しいんです。その後ミツキさんは彼を問い詰めようとしました。ですがその手法は少々よろしく無い方法でして、仕方なくあまり話もせずに恥ずかしながら帰ってきてしまいました」

 

「ちゃんと叱るときは叱らないと。優しいだけではこれからは難しいよ?」

 

「彼は暴力で訴えるつもりでした」

 

「……………それは、うん。それは彼が悪いね」

 

「何より怖いのが……『それらが全部正しいこととしてまかり通っていたんです』。周りは彼を止めずにただ一人を責めて……お願いです。彼は何者「セレネ君、部屋に戻って。君はまだ疲れているんだ、もう一度ゆっくり休むのを勧めるよ」

 

ーーー

 

ガチャ

 

 

 

私は彼に退出を求められ部屋を出る。

 

「(ミツキさん、ごめんなさい。私は貴方が正しい事をしているとはあの時思えませんでした)」

 

「お!セレネちゃんだ。なーにしてるのっ!」

 

私を見つけたリューナさんが私に抱きついてきた。久々に私を見てつい嬉しくなってやったとのこと。そしてそのまま彼女と魔法の研究をしに連れられていった。

 

やっぱり私の考えすぎだったのかな。

 

 

 

一方で部屋の中

 

「やっぱり。いつかやらかすとは思っていたんだよね」

 

彼は書くのをやめた書類を丸めて屑籠へと投げ捨てた。

 

「流石は無能といった所かな。やる事成すこと全てが悪い方向へと進んでいく、見てて飽きないよ」

 

「……その無能もここまで来ると面白いだけじゃなくて実用性が出てくるから更に面白い」

 

ふと彼は何かを思い出したかのように紙の山から一枚の資料をとった。

 

 

ーーー

 

不必要な資料の裏側より一部抜粋

 

 

「検閲済み」

 

 

ーーー

 

これは……なかなか

 

楽しみだよ

 

愛されて大変だね

 




セレネ他メンバー+ナツメの給料は平均より遥かにいい金額を貰っています。それでも彼女は仕送りと貯金と少額の研究費に使ってしまいお財布には最低限のお金しかありません。

多分これと前話はこの小説書いてからの屈指の糞回だと思う。


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【戦場編】イクサバ

現在位置 谷の森跡 馬車内

 

現在時刻 約1ヶ月後

 

 

 

ガタンガタン

 

「〜〜♪」

 

「リューナ、さっきから何歌ってるんだ?」

 

「さあ?私もよくわかんない。音楽には詳しくないからね!」

 

「さっきからフンフンうるさいです。喉潰されたいですか」

 

「ルナシー、そんな物騒な事を口に出すのはいけませんよ」

 

馬車内で四人仲がいいのか良くないのかよくわからない会話をする。外の景色は焼け焦げた木の堆積するかつて谷の森と言われていた所。しかし生命とは意外としぶといもので1ヶ月の間に緑色の新たな命が芽吹き始めた。

 

「リューナさん、今日は機嫌が良さそうですがどうされました?」

 

「だってー王都ってなんか狭っく苦しいじゃん。めーいーぱい魔法を使える所の方がリューナちゃん好きだし!」

 

「それは私も同感です。町中の袋小路で暴れるよりも多少地形は悪くても広いほうが向いてますから」

 

これから行く所ではルナシーもリューナさんもが窮屈な思いをせずにのびのびと戦闘できるだろう。特にリューナさんは魔法の誤射を気にしなくていいしいいことこの上ない。

 

ルナシーは果たして暴れさせてどのように破壊の限りを尽くすのか予測不能だけれど。

 

私達の馬車が向かう先は谷の村を過ぎた所にある軍のキャンプ。つまり私達は本格的に軍の和の中に入るのだ。

 

ーーー

 

現在位置 荒野 北の野営

 

「お邪魔しまーす。ナツメでーす」

 

「えっま……はっ!騎士団長様!」

 

「うんうん、君は真面目だね。でも責任者でもないんだから僕みたいに固くならずもっと緩くなろうよ」

 

「で、ですが……」「おーい皆、勇者と聖女連れてきたから場所開けて。会議で使いたい」

 

彼はここについた途端一番大きなテントに私達を連れて行った。それから許可も得ずにその中に入り適当な言葉で中にいた怖い顔の兵士さん達を一人残らず追い出した。

 

「えっと、その、あの兵士さん達仕事で忙しそうでしたが追い出しちゃって平気なんですか?もの凄く困った顔してましたけど」

 

「大丈夫だよ。ここには僕より偉い人いないし文句言うのもいないからね」

 

「うおぉ……さすが国家権力(さすが軍人、どいつもこいつもギルドの並の冒険者よりも強そうなのばかりだった。多分AとかB位だよな)」

 

彼はテントの中心の机の上にある地図と道具を払うように強引にどかしてから上座の方の椅子に座る。物を落とした物音で外の兵士さんが異常かと訪ねてきた、が別の上官に呼び出され何処かへ行った。

 

私達も適当に椅子に座る。木製の汚れた大きな椅子の座り心地はいいものではない。なんかベタベタするし。しかし文句を言っても仕方がない、仕方なくここで私達が何をするかの確認をする。

 

まずここは北の野営という所。

 

ここは私達の国の軍が建てた拠点の一つ。拠点は他にも東西南の3方にもあり、ここはその中でも王都から比較的近く拠点の中でも一番大規模である。なお実際に兵士同士が戦っている所自体はここから少し離れた所にあるという。

 

それで、今回の任務は敵国の都市を落とすとのこと。各々が別れて各拠点にて活動し別方向から同時に敵地を攻め続ける、そうゆう作戦らしい。西にリューナさん、東にミツキさん、南にルナシー、そして北が私とのこと。

 

「都市1つですか。ついでに天下も取りましょうか?」

 

「おっルナちゃんいいねそれ!!お姉さんもやるやるー!!」

 

「ははっ是非ともそうしてほしいね。でも流石に君達一人で前線を維持するのはいくら何でも無理だと思うから各基地にいる人員と設備は自由に使っていいよ」

 

更に私達にかなり強い権限を与えくれているらしく私達の指揮で人を動かしてもいいらしい。動かし方が分からないかなら彼の優秀な部下(曰く彼自身が調教し続けた)がアドバイスしてくれるそうだ。勿論自分が前線に赴いて兵士と混じり戦うこともできる。

 

「ちなみに北は前線がかなり消耗しているから僕が直接指揮してるよ。だからここ担当の人は僕がそのアドバイスをする係。よろしくね」

 

この自分の指揮で戦争ができることを知ったミツキさんは嬉しそうだった。やっぱり冒険者だと人材の重要さは通ずる物があるのか、それとも単に頭を使うのが好きなのか。傍からでも分かるほどソワソワしている。

 

「各拠点への出発は夕方頃、移動は馬車だからそれまでにやり残した事があればやっておいてね。あとは……えっとこれかな?」

 

彼は床に落とした崩れた紙束の山の中から書類を拾ってきた。私達が担当する拠点や前線、周辺の地形の書かれた地図、それと補給や兵の数が簡単にまとめられた書類と概ね戦線の様子をこれで知ってくれと言わんばかりの情報が書かれた資料だ。それを彼は私を除く三人に手渡して1つは机の上に置いた。

 

「わー!ありがとねナッツー!……うわ、すっごい人の数。軍隊って結構大きい数扱うんだね」

 

「(ゴワゴワしてクソ拭く紙にもなりません)」

 

「……よし!ありがとなナツメ。これでやっと俺の真の実力が出せそうだ」

 

「セレネ君はここ担当だから後でじっくり読む時間あるし自分で読み込んでおいて。一応机のソレがそうだから」

 

ーーー

 

そして夕方となり彼らは馬車で各々の拠点へと向かっていった。戦火にも劣らない赤々とした夕日に照らされて彼らは戦地へ赴く。荒地に走る地平線の上に点のように見える彼らだった。

 

「リューナ転移魔法の仕込みもしてなかったから暫くは誰にも会えそうにないですね」

 

もしかしたらリューナさんの気まぐれで空間魔法でやって来るかもしれない。しかしそれもあり得ない。谷の村で彼女が研究室と接続する所を見ていたのだが式が複雑で組むのに手間がかかる上接続にかなりの魔力を使う。だから彼女は今回野営に転移魔法を仕込まなかった。しかたないけどちょっと寂しい。

 

「心配なら補給が出るときに手紙を運んでもらって彼らに送ってみたらどうかな。それか通信関係の魔道書を王都から取り寄せたりとか。なんにしても僕たちにできる事は自分の持分をこなしながら彼らが無事に帰ってくる事を手を合わせて祈るだけだからね」

 

「そうですね。私にはもう合わせる手がないけれど……ここは平和とは程遠い環境です。そうしましょう」

 

見送りも済んだことだしそろそろ帰ろう。私達はここでも優遇されているらしく個人用のテントを用意してくれた。今日は一日馬車で揺られた上各々の荷物運びやら施設の紹介やらで疲れた。すぐにでもベッドに向かい資料を読み込んで寝てしまいたい。

 

すると帰る前に聞きたいことがあるとナツメさんから止められた。

 

「そうだそうだ。忙しくて大切な事聞き忘れてたんだ」

 

「大切な事とは……そこまでの急用でしたか?」

 

「なるべく早く答えてくれると、ってとこかな。じゃあセレネ君に聞くよ。君、人を殺す勇気はあるかい?」

 

…………!

 

その質問に思わず顔を強張らせる。

 

「えっ……それは……」

 

「都市を落としたあと現地の兵士が襲ってきた時とかに必要だから聞くけどそれはどうなのかい?」

 

私は戦う者として呼ばれた身、当然戦う事が使命としては正しい。しかし私の心の中ではまだ一修道女としての良心が人を傷つけるのを簡単には肯定してくれない。たかが1、2ヶ月と数週間前までは人殺しと無縁だったからその気が抜けないのも当然だ。

 

加えて左手の件もそうだ。未だに片腕のない生活には慣れずふとした時に無いはずの左手を動かしてしまう。魔法もそれ用に改造し終えてはいるけど扱いには慣れていない。

 

「私は…………」

 

数式のように唯一の答えが無い問に中々答えを出せずに悩む。そんな私に彼は笑顔でアドバイスをくれた。

 

「まあまあ無理しない無理しない。こうなる事を見越して僕と一緒のここに君を配置したんだからね。僕からオススメの仕事があるんだけどどう?君にしかできない事なんだ」

 

「……もしかして治療ですか」

 

「そ、前線でもここでもいいから衛生兵と混じって兵士の怪我を治す仕事だよ。きっとむさ苦しいオヤジじゃなくてカワイイ女の子が怪我を治してくれるって兵士の士気も上がるし」

 

彼の提案には邪念が混じっているものの慣れている仕事をするというのはいい事かもしれない。戦闘に直接参加するのはまだまだ時間はかかる事にはなりそうだけれどそれが一番だ。

 

「いい考えですね。私の魔法の腕で兵士さんが少しでも楽になってくれれば私も幸せです」

 

「おっけ。それなら物資とか医療に必要な資料をまとめ次第届けるね。30分くらいでちゃちゃちゃっと部屋に届けるよ」

 

ナツメさんはそう言ってあの大きなテント(どうやらあそこは立案などをする会議室のような所らしい)へ行った。私も自分のテントへ……の前にある場所へと立ち寄りたいと思う。

 

 

 

 

案内された記憶を頼りに野営の中を巡る。鎧を脱いだ屈強な兵士の集まりの中では小柄で修道服の私はかえって目立ち、少し恥ずかしかしい。けれどそれは仕方ないのでそんな事は気にしない。そして目当ての場所の近くへと来た頃。

 

「えっと……この先を曲がって……」

 

ギャアアアア!! ウルセエ ヤッテルホウモツレエンタ"! ダレカクスリモッテコイ!!

 

男達の悲鳴と怒号。丁度私が目指していた建物の所から聞こえた。仕事柄居ても立っても居られない私はそのまま駆け出して患者の所へ……

 

「止めときな聖女サマ。そこはアンタの思ってる以上に地獄だぞ」

 

突然後ろから肩を掴まれる。驚いて後ろを振り向くとそこには顔に大きな傷のついた男の兵士だった。

 

「っえ!?あ……でも私は!」

 

「はいはい、一兵の俺も噂には聞いてるぜ。アンタが聖女だろ。こんな血なまぐさい所にシスターさんなんて場違いにも程があるしな」

 

彼の話はどうでもいい、そんな事より怪我人を。そう無視して先へ向かおうとする私を彼は私の腕を掴み強引に引きずり近くの誰もいないテントへと連れ込んだ。

 

「ちょっと……何するんで……ん"んん〜!!」

 

「騒ぐな。俺が叱られる」

 

彼に無理やり口を手で塞がれる。力の差では到底勝ちようがなく少し抗った後諦めて話だけでも聞くことにした。

 

「いいか、あそこは『野戦病院』なんだ、普通の奴が軽い気持ちで入る所じゃねえ。昼間案内されれる所見たからお前も当然知ってるよな」

 

「え、はい。そうですがそれが……」

 

「予想だが中は見せられてないだろ。あん中にゃそりゃ酷え怪我人しかいねえ。下っ端は禄に治療も受けられねえし熱くらいなら追い出される」

 

「なら尚更「黙れ!今さっき兵が帰ってきた所だ、行くなら深夜か明日の早朝にした方が身の為だぞ。OK?」

 

「っ!はい……」

 

突然の大声に涙目になりながら弱々しい返事を返す。そして何事も無かったかのように外へと出され彼は何処かへ行ってしまった。

 

「(……さっきの兵士さんは居なくなりましたね)」

 

辺りを見回すと彼は見当たらない。よし、これで邪魔する者はいなくなった。私は急いで患者の悲鳴の場所に走る。あの悲痛な声は今も続いている。そしてその入口の前に着いた。忠告は無視する事になるけど私は心してそのテントに入る。

 

 

 

 

「………えっ?」

 

「あーあ、だから見るなって言ったのに」

 

そして、後悔した。後ろからさっきの彼の声がする。もしかして隠れて私の後をつけて来たのか。しかし今の私にそんな冷静な思考ができるわけが無かった。

 

怒号、悲鳴、阿鼻叫喚、そこは地獄すら生ぬるい惨状だった。

 

テント内には汚れたベッドが並べられその上に重症の兵が何人もいた。数人がかりで暴れる兵を抑え込み傷口に回復薬を塗りたくる人達、血だらけの包帯が巻かれ呻き声を上げながら天井を見つめる兵士、無麻酔で切除手術をする兵士……なによりその不衛生な環境。病院では当たり前な白一色の設備が鮮血で赤く染まり、肉が散り、蛆と羽虫が湧いている。

 

最悪の悪夢だ、それは私の修道院の病室が何個あってもたどり着けない領域であり考えたくもない状態。思わず入口の前だというのに座り込んでしまい腰が抜けて立ち上げれない。

 

「おい!そこの邪魔な黒チビ……って聖女様ではないか!?おい、そこの奴、聖女様をここから離れた何処かへ案内しろ」

 

「はっ!聖女様こちらです!」

 

あの兵士から肩を貸され私はどうにか立ち上がり私は自室の前へと運ばれた。

 

「すまねえがアンタの部屋は勇者と女、それと団長様以外立禁だって言われてんだ。あとは自力で歩け」

 

「…………」

 

私は彼に返事をしない。

 

「……だから忠告したんだ。丁度戦ってたやつが運ばれて来て一番やばい時に覗くからこうなるんだよクソ。ここは街みたく帰ったら清潔で設備の整った環境で治療ができる天国とは違うんだ」

 

「………」

 

その言葉にも私は返事をしない。

 

「……聖女サマ?」

 

「…………………」

 

「……………もしかして気絶してるのか?」

 

正解。今の私は返事をしない、というより出来ないというのが正しい。だって余りに刺激的な光景を突然見て気絶してるのだから。

 

どうしていいか分からない彼は取り敢えずその場に私を寝かせて何処かへ行く事にした。

 

「セレネ君、そこはギリギリテントの外だから寝るところじゃないんだけど」

 

 

 

そしてナツメさんに見られた。

 

 

 

「騎士団長様、お疲れさまです!聖女様がどうされました!?」

 

「ちょいと書類揃えるのに時間がかかりそうだから今ある分だけの書類を届けにね。君は?」

 

「はっ!聖女様が病院前にて気分を害されたようで部屋の前へとご案内をしていました!」

 

「あーそりゃセレネちゃん駄目だね。なまじ看護系も知ってるからただの死体とかスプラッタよりもキツイだろうし。で、流れでそのまま失神した感じみたいだね。彼女は僕が中にまで運ぶから君は持ち場に戻っていいよ」

 

「はっ!」



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作戦会議(一人)

………

 

……………

 

……………………ん?

 

「あれ、ここはどこ?」

 

 

 

現在位置 荒野 北の野営 自室

 

 

ああ、私の部屋か。場所に慣れてないから混乱していた。昨日の夕にナツメさんに資料の約束をして……そこから記憶が無い。おかしいな、何か衝撃的な光景を見たような気がするのだけど霞がかったように思い出せない。まあでもどうせ男の人の裸をうっかり見てしまったショックで、というのが私の中では一番高確率だろう。それか疲れすぎて悪夢でも見てたのかな。

 

取り敢えずこれ以上眠れそうもないのでベッドから起き上がる。顔はどこで洗うんだろう、ついでに風呂に入る前に寝てしまったので少々それもどうにかしたい。ここでは無いのは確かなので外へと出る。まだ空は暗く月が登り星も瞬いていて日が昇るまではまだありそうだ。

 

 

現在時刻 翌日 午前3:00

 

 

「そういえば昨日は疲れすぎてどこで意識が落ちたのか見当がつきません。一体何時間寝ていたのでしょうか」

 

少なくとも夕方からだから……8時間前後だと予想する。慣れない環境では中々眠れないと聞いたことがあるけど私の場合むしろ旅先の方がよく寝てる気がする。

 

……とそんな事を考えながら夜の野営を歩く。深夜でも何人かは忙しく働いているようで真面目に鎧を着て外を歩きまわっていたり夜の見張りの人が夜食を食べに建物裏でコソコソしていたりする。こんな深夜までお仕事お疲れさまです。ついでに彼らに場所を訪ねたら快く浴場の場所を教えてくれた。

 

「ありがとうございました。皆さんもお仕事頑張ってください」

 

「はっ!ありがたきお言葉です!」

 

そして教えてもらった通りにその場所へと着いた。流石にこの時間だとお風呂は閉まっていた。けれど冷めた湯が僅かに残っていた。そして奇跡的に綺麗な水もあり自分の体を拭くのに濡れたタオルを作る事にする。怖そうな彼らでも案外心は優しいのかもしれない。……そういえば昨日誰かに怖い事をされた気がする?

 

 

 

黙れ!今さっき兵が帰ってきた所だ、行くなら深夜か明日の早朝にした方が身の為だぞ。OK?

 

 

「……誰でしたっけ」

 

ふと、誰かの怒鳴り声を思い出した。顔も名前も覚えていない誰かからのアドバイス、信用できるかすら分からない。けれど丁度今は深夜だし参考になるかもしれない。

 

ここから野戦病院までの道は分かる。距離的に自分のテントに戻る前に寄って行った方が効率的だ。それに何故か鼻につく悪臭の匂いを覚えているので汚れるなら着替える前の方がいい。

 

「えっと……ここですね」

 

周りには誰もいない。軍医も衛生兵も出払っている。どうやら夜中の看護はここにはいないらしい。看護の知識は魔法と医学よりも劣りはするがこれはどうかと思う。夜の森より静かなテントの入り口をそっと開けて私は中を覗く。

 

「…………ぅ」

 

ひどい臭い。それと外からは聞こえない低く絞り出したような苦痛の声。勇気を持って中に入る。すると案の定だ、血だらけの包帯で患部をぐるぐる巻にされた兵、死体かどうかすら分からないほどぐちゃぐちゃな顔の兵士、それからそれから……そんな人達が仕切られていないベッドに寝かされている。怪我人と死者数が多い事は覚悟していたけれど予想以上だ。そして私はあるのもを見つけた。

 

「(………これは……『在庫一覧』?)」

 

壁際の机の上に置かれた紙束を読む。数値に関しては多いか少ないか私では判別し得ない。しかしクシャクシャにされた紙と殴り書きの「ぜんぶ足りない 死者タスウ 支急物資」の字ですべてを察する。読み進めると裏表紙にこんな事も書いてあった。

 

「勇者と聖女と一緒に補給が来るはずだった。駄目だった、的確に荷物が壊された。次はいつ?1ヶ月後、持たない」

 

「…………」

 

早く帰ろう。このままでは日が明けてしまう。昨日ナツメさんから渡された資料もなんだかんだで読んでいないからそれまでに読んでしまおう。蓋の閉められた地獄から目を背け、私は部屋に戻る。

 

ーーー

 

【烈日 灼熱SummerSunnyRay】

 

それから私はそこらで拾った石を小瓶に入れて魔法で発光させて明かりとした。暗くて気が付かなかったが彼から渡された資料は机の上に置かれていた。

 

まずはタオルが乾く前に体だけ拭こう。詳細は省くが昨日は思ったより汗をかいていたらしくかなりスッキリした。

 

そのあとタオルを適当な所に置いて新しい服に着替えてから資料を持ってベッドに寝転がり目を通す。種類は何種かあるが数は多くない。取り敢えずまずは薄い資料から。

 

最初に読み始めたのはこの野営の物資に関しての資料だ。沢山の数値が沢山の項目に割り振られていて目がチカチカする。ある程度平均や最頻などの計算もされている……がそれらをどう見ればいいのかは私には理解し得ない。

 

強いて言うのであれば補給の日数の感覚が不安定で食料と医療に関して言えばここ最近は敵国に襲われて物資が乏しいらしい。

 

「やっぱり……これはどうにもならなそうですね」

 

そして二枚目、ここの兵士のデータだ。ここは王都から近いからか他の野営より人が多い。しかしあくまでも数値の上だけ。負傷者や死者を考慮した値が他の野営とそう変わらないあたりこの場所の危険性が分かる。

 

そして私が密かに期待していた魔法の使える方々は今ここには余りいないらしい。彼らはどちらかと言えば技術職や兵器運用の側面が強いらしく私の魔法とそぐわない。回復のできる方はというとほぼ戦闘に行く部隊に付随して出動しているからここに残る衛生兵数人だけを残して今も出払っている。

 

「(でも彼らも技術者です。私でも学ぶ事は多いはず。彼らと掛け合って色んな事を教えて頂きます)」

 

そして三枚目、こちらは数値のデータとは打って変わってこの辺りの詳細な地理が記された地図だ。地図で見たところこの辺りはかなりの広域が荒野らしく目立った地形はここから離れた所に川が流れているくらいである。野営の1つはその川を輸送に使っているらしい。

 

そしてこの地図をパッと見て真っ先に感じた事がある。この地図にはなんと敵地の地形までもがかなり詳細に記されていた。なぜ敵地の地形が王国にまで割れているのかは私達にとっては良点でしかないのでスルーする。

 

そしてそこから何を感じたのかというと……なんと言うか不自然なのだ。ある領域を境に等高線が不自然に綺麗だ。荒野の真ん中にある目的の敵都市を中心にほぼ同心円状に等高線が広がりそれが広範囲に広がっている。私は王国内の詳細な都市の地図は見た事はないけれどコンパスで円を書いたみたいなそれはいくら何でもおかしい分かる。

 

「人の手が入っている所は分かります。でもこれは広すぎますね」

 

いや、まさかこれ全部を人の手により舗装した?そんな非現実的なことがあるのだろうか。人の手でもルナシーさんやリューナさんくらいの強さの方々が手段を問わずとならばやろうと思えば出来るかもしれないけど、これを誰かしたんだろう。

 

そして、4枚目。軍医向けの医療関係の資料だった。先程から物資系の地獄絵図は聞かされてきた。そしてこれにもその資料は入っていて内容も他と殆ど変わらないからこれは読み飛ばす。そして私が読むべきだと感じる物を見つけた。

 

この野営内での怪我や病気、死因などに関してのデータ。統計的な数値データは勿論戦闘や生活時に起こりうる病の原理、症状、対処等がかなり詳細に纏められている。

 

「うん、覚悟はしてたけどかなり酷い怪我もそうだけれど……これってつまり……」

 

数字を見ると意外にも戦闘での死者数は少なく殆どが負傷止まりだった。しかし死者数自体の数は多く別の表にその答えを求めると、なんとこの野営内の死因の殆どが病死で占めていた。症状や設備の資料からも推察するに傷口から感染したり未治療のまま不衛生な環境で放置されたりしたツケがこの驚異の死亡率となって数値に現れていた。

 

「…………うん、でもこれなら……よし」

 

明かりを弱めて外の明るさを調べる。空はまだかろうじて暗い、夜明けまでは十分だ。今の内に今後使う魔法を整理しよう。取り敢えず浄化系の呪文は必須として症状から病気の種類を特定する術を先輩方から聞こう。実際の感染症とか神経症?とかの治療には患者さんの体に負荷はかかっちゃうけれどその場で解析しながら効率よく処理出来るように魔法を改良するので対応する。そして本当に駄目なら容態が不安定な方の使用は控えなきゃ駄目だけど全体広域で一括すれば……これは先輩方と要相談だ。

 

 

 

パラッ……

 

「あれ?まだ見てない資料があった?」

 

資料を再び読み返そうとしたらまだ見ていない資料が落ちた。私はそれを拾い上げ読む。

 

「『発見済みの敵兵器一覧』。これはどうやって使えと」

 

あ、でも死因の中に不自然に「爆死」や「撃たれて死亡」などがあったからこれが敵兵器での死因なのかな。一応目を通す。

 

兵器と想像して私が思い浮かべたのは沢山の馬を連れた戦車や巨大な魔法、それか前回の事もあり最悪ドラゴンの様な生物だ。だからそのイメージで資料を読み進めた時、記載されている兵器の姿を見て当然驚く。

 

「これ、どう見ても生き物を模して作られているように見える……何故?」

 

スケッチされた兵器の1つは蜻蛉が卵を水に生む姿に似ていた。その下の説明には兵器が上空から爆発する弾幕やレーザーを放つ姿だと書いてある。他にも金属の光沢を持つ3本の角の鹿、近づくと爆発する岩に擬態している貝……説明を読み進めるたび寒気がする。もしかしたら前の植物同様これも生物かもしれない。それであるなら無力化は理論上可能だが厳しいかもしれない。

 

やっぱり回復よりも戦った方がいいのかな?戦争に呼ばれた理由も回復ではなく戦闘力が理由だから素直に従ったほうが楽かもしれない。

 

「ってだめだめ。修道女でしょ私は!無闇な殺生なんて簡単に考えたらいけません!」

 

もっとも、もう遅いが。この腕もその罰かもしれないのに。思考がこれ以上下に沈まないよう逃げるように持ってきた研究書片手に魔法のことを考える。

 

ーーー

 

現在時刻 午前5時

 

起床の鐘がなる。そして一斉に動き出す音がした。

 

「(あれ?寝顔を拝みに来たのにもう起きてる)セレネ君おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 

そしてそれと同時にナツメさんが私のテントに訪ねてきた。

 

「おはようございますナツメさん。こんな朝早くからどうされました?」

 

「お、なんだ準備万端って感じじゃないか。もしかして早起きした?なら話は早いや、今日は朝食前の朝礼に君のことを話すから。話を考えろって程ではないけど前に出る覚悟はしておいて。その後は僕の部屋でお待ちかねの衛生担当と顔合わせだから」

 

「はい、分かりました。……あそうだ、ナツメさんに一つ。食事について私が何か手伝うことはありますか。できる事があるなら私も協力します」

 

朝食に向かおうとする彼を呼び止める。彼は立ち止まり少し何かを考える素振りをしたあと聞いてきた。

 

「セレネちゃんって料理の腕は自信あるの?ごめんね、王都じゃ使用人がしてたから仕事取っちゃってた」

 

「あー……あれ?そういえば調理自体はあまり数をしてないような。あ、でも配膳ならできますね」

 

「えっ意外だな。リューナちゃん料理とか得意そうなのに」

 

「私はどちらかといえば医療系専門が主な職務でして。最後に調理をしたのは何年前かに病気の先輩用の料理を作ったのですね。それ以降は料理好きな先輩が私の代わりにやってもらってます」

 

「ちなみに味は何て言ってた?」

 

「それがその後その先輩が寝込んでしまって感想を聞いてないんです。病人向けに薬草や滋養強壮にいい貴重な食材、それとありったけの薬剤を使ったお粥だからむしろ健康に良い気もしますけど……それからは他の先輩方が料理の仕事をしてくれていたのでそれ以来料理はしてないです」

 

「…………うん、君を台所に立ち入らせるのは駄目だね」

 

「なんでぇ!?」

 

その後も朝食を食べに兵が集まる中必死に彼女に願うが許可を出してくれない。しかし暫く続けていると流石に周りの目が痛くなってきたから私も素直に彼女の言う事を聞く事にした。

 

道中、兵士さんとすれ違う。

 

「はっ!騎士団長様、聖女サマ、おはようございます!」

 

「君は昨日の……おはよう、今日も元気そうだね」

 

「おはようございます。朝食は食べに行かれないのですか?」

 

「は!自分は今から向かう所です!」

 

「そう。ならちゃっちゃと食べちゃった方がいいと思うけど」

 

「は!ご命令通り朝食をとりに向かいます!」

 

タッタッタッ……

 

兵士さんは大変だな。自分より立場の上の人には朝から大きな声で挨拶と返事をしなきゃ駄目だなんて。そういえば私もここまで酷くないものの規則だけなら似たような物だったかも。

 

「ふふふっ。命令だなんて、ね」

 

「ナツメさんどうしました?いきなり笑いだして」

 

「いや?それより早く行っちゃお(彼、多分セレネ君と話すつもりだったな。皆朝食食べに行く中で君だけ進行方向が逆だったよ)」

 

 

 




この物語において【回復魔法】というのは何でもある程度治せる風邪薬みたいなもので一般的な怪我や病気を自然治癒や浄化、弱い再生魔法等を組み合わせたかなり強引な手段で治癒しています。正しい治療では無いので体への負荷もそれなりで最悪根本的な治療にならなかったりします。なので本来は病状に応じた魔法の使い分けが推奨されています。



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駆動する献身

「点呼しまーす。いない人は返事してくださーい」

 

シーン

 

「はいオッケ。欠員は無し、皆いるってことでいいね。今日の予定は〜〜」

 

「(違う、絶対違う!)」

 

朝食後の朝礼。兵隊さん達は整列してナツメさんの話を頭に叩き込んでいる。彼の自由奔放な様からは考えられない様な統率の取れた兵の集まる。挙動が機械的すぎてちょっと怖い。

 

「それじゃあ本題に入るよ。昨日家の野営に聖女様のセレネ様が来たのは皆も知ってるよね。彼女はしばらくは戦闘部隊じゃなくて医療部隊で衛生兵として働くから病院の責任者は後で会議室へ来て。彼女と顔合わせするから」

 

≪はっ!

 

「(うわぁ声まで皆同時だ)」

 

ーーー

 

「ふー朝礼終わりー」

 

「ナツメさん、お疲れさまです」

 

 

 

現在位置 会議室

 

 

兵士さん達が各々始業して私達も会議室で人が来るのを待つ。それまで彼とは昨日の話をしていた。資料はちゃんと読み込んだのかとか敵対したらどうするだとか、それと治療について。

 

「慢性的な物資の不足が問題だね。これがどうにもならないとセレネ君がいる時はいいとしていない時は他の兵士が駄目になっちゃうから解決しないと」

 

「それなんですが辺りの植生についての資料はありますか?薬だけなら薬草があれば多分この野営内の道具だけで簡易的な回復薬が製造できます」

 

「……確かだけど川のあたりに群生してるって情報があった気がする。兵士だけは余ってるから派遣するか」

 

 

 

<騎士団長様 失礼します

 

「あー来た来た。聖女様も来てるし入ってどうぞ」

 

 

 

呼び出された彼らが来た。入って来たのは兵士にしてはやや小柄な男、他の兵と比べて冷静で知的な印象を受ける。

 

「お早う御座います騎士団長様、聖女様も初めまして」

 

彼は握手をするのに左手を差し出した。

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

私は彼に右手を差し出す。彼は気がついてすぐに右手に代えて握手をした。

 

「すみません、仕事柄時折剣を扱う時のでつい左手を出してしまいました。聖女様、お許しください」

 

「いえいえ。知識だけでなく剣の腕もあるなんて文武両道で好ましい事です」

 

嫌味とかは感じられず純粋なミスっぽい。見た目通り彼は真面目な方みたいだ。何だか頼りになりそうである。私の隣の彼も見習ってほしい。

 

「おはよう。セレネ君、彼があの病院の管理者だよ。これから医療関係で何かしたい事があればこの人を頼って」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「はいはい、それじゃあ解散ね。僕はこの後ここでやる事があるから君たちはお楽しみの治療、頑張ってね」

 

ナツメさんば勝手に話を切り上げ自分の仕事に戻ろうとする。しかしその前に回復薬の製造についてだけ相談したいと私が彼らを引き止めた。彼に私の案を伝える。私の知っているレシピとナツメさんがさっき探した薬草の在り処を話すと彼は概ね良さげな反応を示した。

 

「回復薬の製造……その手段なら物資不足のここでも可能だと。薬草の場所まで少し距離はありますが名案です。私も協力します」

 

「ありがとうございますっ!」

 

「話が済んだなら仕事いってらっしゃーい」

 

ーーー

 

現在位置 野戦病院

 

「お邪魔します……うっ」

 

2回目にここの中へ訪れたがここの惨状には慣れない。朝からここは騒がしく誰かしらが何かの為に右往左往している。

 

「で、聖女様。ここには沢山の負傷兵がいますがどのようになされますか?」

 

「うーん、取り敢えず比較的体力のある人達だけ一括で回復します。それから個々に対応が必要な患者を治していくという事にしましょう」

 

彼に重病の患者を教えてもらいある程度の場所を把握する。やはりというか何というか治療の対象となる患者の数はかなりの数だ。酷い骨折だったり足が半分腐りかけてたり傷が膿んでいたりと挙げたらきりがない。おまけに外傷から発病したり元からの持病が悪化したりして普通ならどうにもならない。昨日読んだ資料の死因の事も納得だ。

 

しかし今は逆にそれが良点。言い換えるとこれだけを治せば後は少数の治療に集中できる。比較的軽症の方は外傷が多く病気の発症はしていない。これであれば【回復魔法】と【再生魔法】を使えば十分だ。

 

彼らをいっぺんに治療する為に効果範囲を広げる。出力はいつもより強めに、再生作用もかなり強めに変えた。効果を視覚的に分かりやすいように設定した範囲を発光させる。

 

 

 

 

<なんか周りが光りだしたぞ!

 

<聖所様が何かするのか!?

 

<やっぱり貧乳は最高だぜ!

 

「これは聖女様の魔法ですか。噂通りの高い技術力、さすがです。あとそこの同s……兵士は後で私の所へ」

 

「それでは……皆さーん魔法をつかいますよ!」

 

【回復魔法】+広域化

 

白く光る範囲内が更に輝きを増す。優しく温かい光に包まれた兵達は魔法の効果で傷の痛みが良くなり表情が少しずつ和らいでいく。次第に彼らは包帯が巻かれた部位に違和感を感じる。私は彼らの内の一人の包帯を外す。すると悪臭を放つ血のついた包帯の下からの怪我一つない健康的な体が現れた。

 

周りの兵士がざわめく。まさか自身の怪我も……と期待する視線が私に向く。

 

「魔法の効果内にいた兵士さんはもう治っているはずです。体を動かしても痛くない筈なので後でしっかり栄養補給をして下さい」

 

暫くの沈黙、そして歓声。

 

怪我が完治した事を喜ぶ兵士が一斉にベッドから降りて体を動かす。その場で軽く飛び跳ねたり、テントの外へ出て剣を振ったり、各々が自身の久しぶりの健康な体の調子を確かめている。

 

 

<やった!動かない足が動いたぞ!これでまた戦える!

 

<聖女様すげえええ!治らなくて切られた手が生えたぞ!

 

<ありがてえ……体が痛くねぇなんて幸せだ…… 

 

「聖女様、念の為他の物に兵のが怪我が本当に治ったのか検査させます」

 

「そうですね。みなさーん、怪我が治って嬉しいのは分かりますが本当に全部が治ってるか分かってから動いてくださーい!!」

 

でも検査の必要は多分必要ないだろう。あの外傷からあそこまで動けるようになったなら未自覚の症状でも無ければ平気だろうし。彼には担当の者にそう伝えるようお願いしてから次の仕事をする。

 

「そして次は重傷者ですが彼等はどうされますか?聖女様」

 

彼等は負傷者の中でも更に病気が進行し私でも匙を投げたくなる病人達だ。この段階までになると通常の手段では治療が厳しい。うっかり間違えた手段で治療したり魔法を使用すると寧ろ病状が悪化する可能性すらありえる。

 

「彼らには……どの箇所が悪いのか解析する必要があります。だからそれまでの時間稼ぎに魔法よりも刺激が少ない回復薬を使いたいです……が」

 

無い。いや無いわけではないがこれから必要である分も考えると使い切るわけにもいかないから数が足りるか不安だ。ナツメさんが兵を派遣して取りに行かせているとは言っていたけれど病気の彼らがそれまで持つかどうか心配だ。

 

「えっと、どうします?」

 

「あの地図の川はこの野営からは離れています。兵が戻るのにはもうしばらくかかるかと」

 

そうなのか。だとしたらここである分の薬だけで何とかしないといけないのか。

 

「もう暫くとは具体的にはどれくらいでしょうか」

 

「順調に行き来ができれば届くまでは半日ほどかと」

 

半日なら持つ……のか?おそらくもう何日もこんな状況で耐えている、いつ死亡してもおかしくない、私達がやらなければ誰がやる。ひとまず彼らが戻るまでは私が彼らの看病をしないと。

 

それから私は彼らの看病に励む。とはいっても少ない包帯を替えたり体を拭いたりとかそういうのだ。苦しそうな顔をする彼らにそれだけの事しかできないのは悔しい。

 

そのうち普通に戦って怪我をした兵が運び込まれた。彼らは人が少なくなった病院に奇跡だとか聖女の魔法のおかげだとかで驚いていた。もっとも私達と他の方々は仕事が少なくなっただけで無いわけではないからその言葉を聞いて喜んでいる場合ではない。看病の片手間に魔法で彼らの治療をする。

 

暫くすると体を治した兵が昼食を食べに出ていった。それでも私は治療を続ける。

 

それから更に経ってからもう一度負傷兵が集団で来た。私も大変だけど彼らも頑張っている。私もまだ頑張らなくちゃ。

 

視界が暗くなってきた。魔法で光をつけて視界を確保して彼らの看病を続けた。

 

そして……

 

 

 

 

ーーー

 

現在時刻 夜

 

 

 

遅い。遅すぎる。

 

半日とは何だったのか。月は高く登り何人かの寝息も聞こえる。時間はとっくに過ぎた筈なのに。

 

院内はやっと患者の具合が安定して落ち着けるようになった。早く病気を治す為の魔法の調整をしないと。

 

「セレネ君、こんな夜遅くまでお疲れ様。夕食でもいかがかな?」

 

ナツメさんが私へ夕食をパンを届けに来た。後で食べるからその辺に置くように頼んだ。

 

「解析は進んでる?」

 

「少し進みました。村の流行り病よりも手強いことを覚悟してたので数が少なくい分精神的に楽です。それでも思った以上に要求される魔法が複雑で何をどうしたらいいか分からなくて」

 

「治せるの?」

 

「強引な方法であれば理論上はできます。でも患者の容態が悪くある程度薬で回復をしないと死亡する可能性もあるから出来ません」

 

 

 

彼は興味なさそうに空いたベットに腰を掛ける。そしてどこかから酒とパンを出して食べだした。ここで食べられると衛生面が気になるし私のお腹がすくからこんな所で飲食しないで欲しい。

 

「でも大丈夫?今日一日だけでもかなり疲弊してるようだし。最悪十人位なら事故死って事にもできるからもう寝ていいよ」

 

「っなんてこと言うんですか!?彼らも必死で戦って傷付いたんですよ!!」

 

私は彼に叫んだ。何人かがそれで目を覚ましたので彼らには申し訳ないことをした。でも言い足りない。仕方がないので彼の手を引きテントから出て野営から離れた誰もいない所に連れて行く。彼はいきなりの事で食べていたパンを持ちながら引きずられる。あそこなら叫んでも問題ない。

 

「ちょちょちょ……何々?」

 

「貴方は人の命を何だと思ってるんですか!?いくら戦争で戦う兵士が危険でそれだけ死にやすいとはいえそれを動かしてる貴方が諦めたら前線で戦う彼らはどうなるんですか!会議室で篭もってるだけの貴方が……人として命の扱いが軽すぎます!」

 

私は彼に持論をぶつける。一日で溜まったストレスもありかなりきつい事を言ってしまったと後で次の日あたりには後悔するだろう。私の豹変に混乱する彼は暫く状況を理解するのに沈黙してからその表情のままこう答えた。

 

「え、兵は変数でしょ」

 

「……………え?」

 

彼から出た答えはシンプルだった。普段の飄々とした態度のまま人の命は数値だと当然のように割り切ったのだ。

 

「じょ……冗談ですよね?」

 

ただ、想定される答え、例えば過去に小説で見たよくある武器だとか肉壁だとかそういう概ね人の扱いとは程遠いを物を想像したが、それらですらない予想外の考えに彼の正気を疑った。

 

「まま、さっきのは冗談さ。まあデスクワークばっかりしてると兵士って本当に数だけに見えてくるからね。でもごめんね。扱ってる数が大きくなると数人って端数だからつい反射的に答えちゃった」

 

「で、でも……………あれ」

 

「?どうした」

 

「いやなんでもないです。ははは……ごめんなさいいきなり大声出してこんな所に連れ出してしまって。私らしくないですね」

 

あ、あれ?言いたい事はもっとあったハズだ。だけど何故だか言葉がうまくまとまらない。何で?

 

 

悩みながら彼の目を見る。彼は混乱する私に不思議な物を見るように見ている。今の彼は笑顔を浮かべてもおかしくないようなそんな雰囲気だ。

 

私には今の彼の気持ちが理解ができない。彼は今何を考えているのか、喜んでいるようで何も感じていないようで、少なくとも今この時に冗談でも人の死を冗談にできる彼の心の内など私の価値観では理解できるはずなかった。

 

「あっそうだ!薬草についてはどうなりましたか?」

 

どうしょうもないので強引に話題を変える。彼はそれを聞き

 

「あー!それだ。なんか忘れてると思ったらセレネ君にそれが言いたかったんだ。夕食なんて選んでる場合じゃあ無かったよ。ちきしょー……」

 

と持っているパンの残りを口に放りこむ。それを急いで飲み込んでから彼は薬草について教えてくれた。

 

「騎士団長の見立てだと百パーセント中百三十パーセントは全滅してると予想。おかしいなー、普段あんな所に敵なんていないんだけど偵察の奴が丁度あのへんで敵兵器を見つけたらしいし。原因はルナちゃんかリューナちゃんの暴走のせいかな?」

 

じゃあ薬草は、と聞くまでもない。兵士を治療する為に派遣した兵士が死ぬだなんて。無力さで涙すら出てきそうだ。実際涙目だ。

 

「ああ、泣かない泣かない。君にはまだ出来ることもあるし……」

 

「うぅ……まだ出来ること?」

 

「そうそう、ほらほら。今日はもう遅いし早く寝ようよ」

 

 

 

私に出来る事。回復を失った私に出来る事といえば1つしかない。かくなる上は

 

「私が……取りに行きましょう。私の為に死んでしまった彼らの代わりに、薬草をそこまで」

 

「ははは!いいねいいね!行ってきな行ってきな、僕は止めないよ……ってもう行っちゃったか。バフ盛ったセレネちゃんは早いなー」

 

許可は出た。

 

後は己の信念に従えば一瞬だった。私は野営へ戻り適当な所から大きな袋とロープを貸してもらい再び出てから出て一直線に目的地を向かう。ナツメさんから教えられた薬草の生える方位は分かる。空には星が出ているから自分の位置を見失うことはないだろう。でもだいぶ前に本で得た知識だから失敗して迷ったら暗い荒野の中を一人で彷徨う事になる。

 

それでも「重症の彼らを死から守る為」、私は暗い戦地の荒野を駆けるのを決意した。魔法で【暗視】を自身に掛け移動についての能力を底上げして少しでも早く、早く、光の如く走り抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

現在時刻 同刻

 

 

 

「………アレは?」「どうしましたお嬢」「今遠くで何かが横切ったような。でも多分敵ではなさそうです。それより次の獲物を狩りに行きます」「あのそろそろ帰りませんか?」

 

 

 

「…………セレネちゃんがなんか凄い動いてるなー珍しく戦闘してる?」←感知魔法で遊んでる

 

「今は会議中だ。賢者様とはいえ静かにしてないとここから放り出すぞ」

 

「わー!ごめんなさーい!!」

 

 

 




書類 6枚目(未発見の破かれた紙の走り書き)

「P.S ちなみにこの戦争だと非戦闘員でも容赦なく殺されるから命は大事にした方がいいよ 捕虜での優待も期待しないでね♪ byナツメ」


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聖女の施し

現在位置 荒野

 

「はぁ……はぁ……」

 

私は荒野を駆ける。背の低い草木が生えるだけの不毛な地には平らで大きめの石ころが不規則に転がっている。とても走るのには適していない土地でいつ足が痛くなり回復が必要になるか分からない。それに服も激しい運動をするのには向かない動きづらい服を着ているものだから何度も足がもつれる。

 

前の戦いでは狼さんに移動を任せていて倒壊した木で速度が出ていなかったからここに来て改めて自身の戦闘の不向きさを自覚する。帰ってからナツメさんに相談することができた。

 

それでも集団で動く兵士より柔軟に動けるだけ私はいいかもしれない。その上今はバフを盛って一般人の数倍から十数倍で動けるから歩いて半日の距離なら今の私なら夜明け前までには間に合う。

 

だから希望を抱いて走る。私が早く薬草を持って帰ればきっと彼らは苦しみから早く逃れられるはずだ。そう信じて私は前へ進み続ける。

 

「(でもやっぱり体力が持つか怪しいですね。これでもし敵と遭遇したら帰れるか心配です)」

 

光の無い場所の星はいつもより輝いて普段は見えない暗い星が空を彩る。道具として空の状態を方位に使う身でもこんな時でなければ歩みを止めゆっくりと眺めていたい。

 

特に私の進む先で光るあの星は初めて見る。星にしては異常な目で見える程の動きで動くそれに目を奪われる。当然皮肉だ。

 

「(空中に飛行する兵器、多分兵士が襲われた時のと同じ兵器かもしれない)」

 

姿勢と速度を落し静音性を上げて目立たないよう気をつけて走る。幸い敵はまだこちらには気がついていないようで進行方向とは別の方に上空の敵兵器は向かっている。視界も直接的に光で照らしている訳ではないから光で位置がバレる心配は絶対に無いのだ。

 

暗視効果を強めて遠くに飛ぶ兵器の姿を観察する。4枚の薄い羽と細長い体、まさしくトンボだ。体色は小さい方から白、赤、黒の3種類。体の基礎構造はよくいるそれと何ら変わりないが腹部の先端に金属質の発射口が付いている。スケッチにはあそこから弾幕が射出されるとあった。形状や属性になどそれぞれ体つきにも差異があるから戦闘のスタイルも各個体違うのかも。あのスケッチ、かなり正確だったんだな。

 

「(って感心してる場合じゃない!もし敵に私の居場所がバレたら倒すまで野営に帰れなくなります。短時間で仕事を終わらせる必要かある今発覚は絶対に避けないと!)」

 

「って、うわ!」

 

ドサッ

 

上空を気にしつつまだまだ遠い川を目指して走り続ける。が、遂に不安定な足元の上で何かに足をつまずかせ転んでしまった。

 

「早く行かなきゃ……ん?(手元が柔らかい?)」

 

起き上がろうとして地面に手を付けた時触感に違和感を感じる。岩が転がる荒野にはあまりにも似合わない人肌の柔らかさの物に触れた。いや、足元もだ。何か柔らかいものの塊の上に私はいる。

 

それはつい1ヶ月程前にも触れた「それ」を何故か想起させた。

 

「(肉、黒い血、人肌、死体……兵士さんだ)」

 

辺りには元の生物を特定できる程度に程よく砕けた肉と大きな金属片、それと薬草が入った袋が散乱していた。よく見るとここの地面もえぐられたような跡がある。彼らはここでやられたのだろう。

 

うっかり声を出してしまったがまだ敵には気づかれていない。しゃがみながら薬草の入った袋に近づき中身を見る。いくつかの袋は破けたり草が潰れたりと当たり前だが駄目になっていた。しかし患者を治すのに必要な分より彼らは多めに取ってきてくれたらしく何個かは鮮度は多少落ちているがまだ使えそうだった。重い袋をロープで縛り【身体強化】を使い持ち上げる。

 

「(ここに薬草があるという事は帰りにやられたという事。せっかく頑張って集めてくれたのに……彼らも無念でしょう)」

 

そして私は心のなかで祈った。ああ、神よ。彼らに幸運を。死んでしまった私に彼らは救えない。だから彼らの屍の山を生きる彼らの為に私は越える。

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

後ろで無機質な音がした。

 

「(っまずい!今のは明らかに何かが作動した音だ!)」

 

反射的に私はそこから離れる。一秒にも満たない僅かな時間で強化した体で出せる全力を使い距離をとる。結果コンマ数秒にも満たないがかなりの距離が取れた。

 

「(それでさっきの音は?)」

 

と、逃げながら視線を後ろに向けた瞬間だった。

 

 

 

ドゴオオオオオオオン!

 

 

 

………は?

 

つい先程まで私が居た所で爆発が起きて火柱が立つ。規模からして防御系の強化をしていない私があの場所にとどまったなら全身が吹き飛んでいた。多分あれが兵器の一覧にあった貝だったものだろう。それにしても前回もそうだけど敵の兵器は必ず爆発でもさせなければ駄目な規則でもあるのだろうか。

 

 

 

…………!  …………………?  ………!?

 

 

上空のは音が騒がしくなる。あのトンボ達も流石にあの爆発には気が付き慌てふためいている。しかし視線?もそちらに向いているなら幸運だ。爆発跡に死体蹴りに弾幕を撃ち込む兵器からなんてさっさと逃げてしまお……

 

 

 

ドゴゴゴゴゴ!(高速弾)

 

ドコオオオオン!(爆発)

 

ーー!(レーザー)

 

 

 

先程の評価は撤回させてもらう。逃げないと死ぬ。

 

ーーー

 

現在位置 荒野 川

 

その後はどうにか敵兵器に見つかることも無く、月が大きく西に傾く頃に目的地についた。流れの遅い川で川辺の広い砂地に背の高い草が生えている。見つけるのに苦労しそうだ、と覚悟したが昼間兵士がここへ来て薬草を見つけたとなれば……うん、やっぱり。彼らが通ったあとだけ草が倒れている。そして草と草の道を辿り遂に目的の薬草を見つけた。

 

薬草は前に来たあの兵士達が取り尽くし思ったよりも生えていなかった。それでも全員分にギリギリ足りるからあるだけ回収して帰ろう。自然に生えてるものを取り尽くすのはあまり宜しくないというが今回ばかりは目を瞑ってほしい。

 

「えっと……確かこれです。早く袋詰しましょう」

 

私はそれらを回収する。魔法で身体能力を強化しているから袋がどれだけ重くなってもそこまで重く感じない。だけど体積が大きくなり動きづらい、量が必要だからこれは仕方の無いことだと割り切る。さて、帰ろう。

 

 

 

「ぐあああああ!助けてくれええてえ!!」

 

 

 

 

 

「!?大丈夫ですっ……」

 

助けを求める声に反射的に走りかけてすぐに止まる。私が採取している間周囲には人がいる気配なんてしなかった。つまりこの声は敵の罠である確率はほぼ1だ。ここから穏便に立ち去るかなり身の安全を確保するのが正しい。

 

 

 

それでもあえて私は声の方に近づく。声は草の壁の先で草の中を掻き分けながら進む。

 

 

 

「(罠かも、そう割り切るのは簡単です。だけどまだ『罠かもしれない』だけ、人である確率があるならここで去る訳にはいかないんです)」

 

声のする位置はかなり近い。一番いいのは声の後にも動作音が無い、あるいは小さすぎて聞こえないような小動物の悪意を感じる声真似。二番目は倒れた兵士。最悪敵の罠。

 

そして意を決して草を退かして……

 

 

 

ガサッ

 

「っこれは!」

 

草むらをかき分けそれの正体を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぼあああああ!!」

 

「……また貝ですね。しかもかなり大きい」

 

誰が予想できるか。うん、50cm近くある巻貝は当然、男の声で叫び「DON'T WEAPONS」と読める模様が殻に入ったどう考えても敵の兵器な貝なんて誰が考えつくか。敵の兵器に貝がいたのは覚えていたけどもしかして他の種類もいるのか?

 

「ぎゃあああああ」

 

「周りに敵がいなくてよかったです。こんな大きな音出されたらバレてもおかしくないです」

 

「ソコノオネエサンサケンデルカラハンノウシテクレヨ」

 

「敵にバレるのも困るので……」

 

ザッザッ PON!

 

「帰りましょう」

 

「………」←地面埋まり

 

「( ゚д ゚)ハア?」←地面埋まり

 

帰りは野営に敵を連れてくるとまずいので隠密行動が絶対の条件である。敵に見つからないようにしないと。魔法で隠密に動けるようにバフを盛ってから駆け出す。袋が思ったよりも重いから帰るのに時間が切りそうだ。

 

 

ーーー

 

現在位置 荒野 北の野営

 

現在時刻 夜明け後

 

結局、私が帰宅したのは行きの予想と反し夜が明けたあとだった。幸運にも敵とは一切遭遇せず安全に帰る事ができた。しかし兵器を気にしすぎて隠密に行動したのが裏目に出て無駄に帰りが遅くなってしまった。

 

「聖所様、何処へ出かけていらしたのですか」

 

野営に帰り病院の責任者の彼が一番にやってきた。彼は私が一人で薬草を取りに行ったのを今朝ナツメさんから聞いたらしい。飛び起きて私の捜索隊を臨時で作り兵を派遣するようナツメさんと掛け合ってもくれたたらしい。そんな、何もそこまでする必要はない。

 

「しかし、貴方が死んでしまったら誰があなたの様に兵士の傷を癒やせるのでしょうか」

 

「それなら私の使っていた机を調べてみて下さい。出来る事は紙にまとめてあります」

 

彼は数秒考えた後兵士後で確認してみます、とお辞儀をした。それより今はもっとやるべきことがある。私は彼に薬の製作に必要な道具を揃えるようお願いした。薬草の入った袋も渡して患者の様子を見に行く。相変わらず苦しそうにしている。

 

「聖女様、準備が終わりました」

 

「あ、ナツメさん。おはようございます。何で今日は敬語なんですか?」

 

「気分。準備終わったって。製薬は僕の範囲外だから応援してる。頑張ってね」

 

「ありがとうございます。では」

 

タッタッタッ……

 

 

 

「……ふふふっ、やっぱり彼女は面白いね」

 

「献身的でそれでいてどっかの無能な男と違って有能に働いてくれるし正に『聖女』には相応しいよ」

 

「でもあと何日かな?」

 

 

 

それから私は一時間くらいかけて大量の薬草を手の空いた兵士さんの手を借りながら加工し無事必要量の回復薬を精製することが出来た。100%自然由来の成分の体に優しい薬だ。保存が効きづらいのが難点だが冷暗所に保存できればそこそこ長く持つから使わない分は瓶に詰めてから箱に入れ、それを埋めて保存する。

 

周りの兵士さん曰く健気で献身的に働く私は文字通りの聖女の姿に写ったらしい。薬ができたと宣言した瞬間歓声が上がる。地面を掘るのにも兵が何人も協力してくれた。病院の患者もその手作りの薬に驚き使う時に泣いて喜んでくれた。

 

仕事が終わり兵士とともに朝食をとる。私がどの席へ着こうか見回していると兵士さんに手を引かれ頼んでもない大量の料理のある席へ座らされる。

 

「一体この料理は何でしょうか?あの、皆さん?」

 

「がははっ!聖女様には俺ら救ってもらったからな!俺達からのお礼だと思って好きに食え!」「朝から重いなら俺らの飯も持ってきてやるよ!」「僕も久しぶりに朝から一本開けようかな」「団長、朝から飲むのは不味いですよ!」

 

「こんなに沢山用意していただきありがとうございます。だけと一人ではこの量は食べきれません。なので、皆で食べませんか?こんな美味しそうな料理を独り占めなんて勿体ないですから」

 

「いいのか聖女様!?」

 

「ええ」

 

慈悲の溢れた笑顔で返事をした。

 

うおおおおおおおおお!!

 

 

なおこの光景を遠くから見ていた極一部の真面目な兵士いわく「朝から宴会を始めるな」だそう。当然数分後には少し豪華になった朝食が自分達にも出されたからどう反応していいかわからなかったという。

 

 

 

 

それから数時間睡眠をとってからこれからの予定を考える。今やるべきことは重傷者の数日かかけて体力を回復させてからの治療だ。その為に治療に使用する魔法を自室にてまとめている。

 

「(うーん……少なくとも症状から病気は数種類だから基本構造は使い回しできる。圧縮は緊急用だからそこまでしなくてもいいから楽かな)」

 

「セレネ君、忙しい所相談してもいいかな?」

 

ナツメさん?彼を部屋の中に入れる。彼いわく昨日と今日の治療と薬草について指揮官としてお礼を言いに来たそうだ。

 

「セレネ君には兵がお世話になってるしお礼がしたいんだけど何か欲しいものでもある?」

 

欲しい物か。それなら丁度欲しい物がある。

 

「そうですね、治療と看護には少々動きづらいので動きやすい服が欲しいです。できない願いなら他のものを頼みます。可能ですか?」

 

「勿論だよ。セレネ君の頼みなら例え火の中でも水の中でも家の部下に揃えさせるよ。あ、でも採寸だけは後でね」

 

彼は嬉しそうにスキップ気味に部屋を出ていった。ありがとうございます、これで間接的に回復の効率が良くなる。

 

「(これからもこの調子で頑張らないといけませんね)」

 

魔法を構築し続けながらそんな事を考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その喜びも長く続かなかった。




よく分からない突然の事にワチャワチャするトンボを想像したらなんか萌えた



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【40】最大の誤算

現在時刻 三週間後

 

あれから野戦病院は文字通りがらっと変わった。重傷者の病はすべて治り再び戦場に足を運んでいる。日々運ばれてくる新たな怪我人も魔法ですぐに退院し、私でなくとも手の空いている病院の人達が増えたからちゃんとした治療ができるようになった。お陰で最近は私もまともに昼食を取る時間ができた。

 

不足気味は物資は元気になった兵士さんたちが敵兵器を退けてくれて安定して届くようになり改善した。足りない分の回復薬も今更ながら届いた。私の新しい服もそのうち届くそうだ。ナツメさんが言うには「軍の技術班の総力と僕の贔屓にしてる有名な王都の服屋に作らせている」らしい。デザイン面はどのようになるのか検討もつかないから性能面を期待しておこう。

 

そして今日も怪我人を治しきり閑散とした病室の端にて一人私は数値と文書とにらめっこする。その顔はあの地獄とは別の意味で深刻な顔だ。

 

「(怪我人も減って病院の死者数も減った。これは喜ばしい事です。勿論兵一人ひとりが長く戦えるから当然戦死者自体の総量も増える事は覚悟していました)」

 

「(だけど……)」

 

ここ3週間で私にはある疑問が生じていた。ここ数日の間に戦地での兵士の死亡数が数倍に膨れ上がったのだ。初めは上記の考えから気の所為だと考えて放置していた。しかしついこの間病院の者との会話にてその話題を振って意見を聞こうとしたら誰に聞いても「聖女様は気にしなくていい」「聖女様が知らないだけで戦地ではよくある」とはぐらかされ続けているのだ。私は世間知らずではあるが馬鹿ではない(と自分では思う)、こう何人にも同じような反応をされると何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

 

「はぁ……時間があるから後でナツメさんに助言を求めようかな」

 

段々と少なくなる帰還兵にため息をついて書類を机に置いた。それとほぼ同時に怪我をした一人の兵士が担架で運ばれて来る。適当なベットに寝かせるように頼んで彼を運んでもらい帰ってもらう。

 

 

 

「うう……しくじっちまった……クソっ!」

 

彼は今日派遣した兵隊の最後の一人らしい。以前から送った兵が数人だけで帰還するのはよくあったが最近はそれも顕著になってきている。ついこの間も仕事が少ないと思っていたら全滅していたということもあった。

 

運ばれた患者は胸部から腹部にかけて大きな損傷があり出血も激しい。全身が骨折しており発見時には関節が粉々に砕けて足がありえない方向に曲がっていたらしい。肌も焼け大きく腫れていたり一部は黒焦げている。顔に大きな傷を負っている……が、これは元からある古傷のようだ。どうして生きているのか私が聞きたくなるくらいの惨状だ。

 

「それは残念でしたね。でも平気です、すぐに良くなりますよ」

 

 

 

私は彼の患部を診察するのに傷口に手を伸ばした。すると彼は私の手を強引に引き寄せ体勢を崩した私の頭を掴む。

 

「きゃっ!何を……「少し黙れ、変な魔法も使うな。話がある……っづう!やっぱ痛え!」

 

痛みに苦しみながら彼は鋭い眼光で睨みつけて私を脅す。続けて彼は自身を外から目立たない所のベッドに移してくれと要求する。恐怖に飲まれた私は冷静になれず彼の要求を聞き入れた。たしかあの角のベッドなら周りから死角になる。慎重に彼を運びゆっくり寝かせる。

 

 

 

「ありがとな聖女サマ。これでやっとまともに話ができる」

 

「…………っ」

 

こわい、兵器と対峙したときより圧倒的にそう感じる。目から涙が流れてきた。

 

「今度も強引な手段をしちまって正直すまねえと思ってる。だが俺は馬鹿だから力技しかできねえんだ」

 

「…………」

 

「おい、なんか言えよ」

 

「ひっ……!」

 

どうしよう、頭に何も思い浮かばない。どうやってもこの状況だと冷静になれない。彼は私の反応から今はまともな会話が困難だと判断して勝手に話を始めた。

 

「いつもいつも聖女サマ……面倒臭え、お前には仲間が世話になってんな。運が取り柄の無能ばっか運ばれてくるせいでお前もうんざりしてるだろ」

 

「は、い、いえ!兵士さんを癒やすことがわたしのしごとだから……」

 

「そうだな、おめえの仕事は使えねえ手足をぶった切るのと得体のしれないヤクで泥遊びする連中に変わってよく分かんねえ魔法で傷を塞ぐことだからな。だがな、お前『働き過ぎでねえか』って一瞬でも考えたか?」

 

働きすぎ?そんな事あるはずがない。小さく弱々しい声で反論する。

 

「カミサマに魂まで売っちまうと死ななくても頭だけ天国行っちまうみてえだな。じゃあまさかお前何も知らないのか?」

 

彼は笑いながらそういった。

 

「な、何を?」

 

「『飛んで火に入る夏の虫』って言葉があるだろ?お前が来てから死んだ奴は皆そうやって死んでんだよ……済まねえ、やっぱり鎮痛だけ頼む。喋ると体が痛い」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

ダッダッダッ

 

「ナツメさんっ!どういう事が説明してください!」

 

全速力で病院を出てナツメさんのいる会議室に入る。中では何人かの兵士が様々な書類と地図を机に広げて会議をしている最中だった。突然大声で入ってきた私に目を点にしている。ナツメさんも上座に座りズカズカと距離を詰める私に驚いている。

 

「こんな時間からサボりだなんて珍しい。何か用でも……」

 

「ナツメさん!」

 

私は座る彼の胸ぐらを掴み立ち上がらせる。本当は数発顔面を殴りたい位だがそれ以上はいけない、手を震わせて必死に怒りを抑える。……後から思い返して普段との行動とあまりにも違い過ぎて正常な判断の取れなくなった人間の恐ろしさに一人震えた。

 

「3週間前から、私が病院に勤務し始めてから『何故危険地帯への出兵を増やした』んですか!いや、それだけならまだ許せます。だって怪我をしても私のところまで来れば治せますから。でも『何故私だけに死因の殆どが自殺だ』って教えてくれなかったんですか!?道理でおかしいと思いました!説明してください!」

 

「えっ!……あー…………うん。皆少し出てってくれる?彼女は今正気じゃない。僕がなだめるから」

 

ーーー

 

 

 

彼は私が疑問に思っていた戦死者数の増加について一方的に話した。

 

「まあ、言っちゃ悪いが自殺だ」

 

「じさっ……そんな、何故!?」

 

自殺?そんな事考えたくもない。せめて敵兵器にやられたたとかならまだしもそんな命を無駄にするような事はあってはならない。

 

興奮する私を逆に彼が抑える。彼は話を続けた。

 

「犯人はもう割れてんだ。聖女、半分はお前のせいだ」

 

私のせい?私はただ兵士さんの体を回復しているだけでそれ以上はなにもしていない筈だ。なのに私のせいとは私の知らない所で何が起きているんだ?

 

「順を追って話す。最近俺ら一兵卒はやたらと危険地帯に行かされるんだ。行くとこ全部難所続き、ちょっとまでじゃ考えられねえ無茶な進軍させやがる。これは全部あの淫乱団長のせいだ」

 

「淫乱……ナツメさんが?」

 

「ああ、前々からかなり無茶なことさせるアホって噂だけどマジだ、大マジだ。女みたいなカッコの割に鬼畜な野郎だよ」

 

彼の人使いの荒さはなんとなく想像がつく。彼自身から部下を振り回して仕事を回しているのをよく聞くがここでも彼は彼のままらしい。だけどそれと私になんの繋がりがあるのかはまだ見いだせない。

 

「多分お前生き残ってる兵士皆治せんだろ?きっとあの野郎それを見越してワザとやってやがるんだ。どうせ消耗したところでここのベッドで寝たら体が戻るって楽な考えでさ。人の善意に漬け込みやがって人間のクズめ」

 

つまり私は知らない内に騙されていたと言いたいのか?今までそんな話誰からも聞いていない。

 

「ああそうさ糞ったれ。クソ団長からの指示でこの事は秘密になってるからな。バラしたやつは生きたままミンチより酷えのにされるっー噂だ」

 

初耳だ、そう言いたかった。だけど私は彼らが隠し事をしていたのを分かってしまっていた。思い返してみれば彼らの元へ治療に向かう私も目が少しづつ変わっていくのは薄々感じていた。まるで恐ろしい怪物に怯えたようなそんな目線に段々と近づいていたのだ。

 

いつの間にか涙は止まった。代わりに嫌な汗が吹き出てきた。

 

「なあ聖女サマ、お前は自分にその回復の魔法を使ったことくらい当然あるよな」

 

首を縦に振って肯定する。だけど……この先の話は何故か話さずともその地獄の内容があるのは明白だった。

 

今の私の持つ技術だと再生自体に痛みや苦痛は感じない。でも、彼らは何度も傷つき戦う兵士。痛みの質こそ違えどどうなるかは予想がつく。

 

「じゃあ当然どうなるかは置いておく。お前は普通なら死んでるレベルの大怪我何度も耐えられると思うか?俺らはな、それを強制されてんだよ。怪我したらここへ担ぎ込まれて即退院。手の2、3本でも頭でもなんでも何分かすりゃ元通りに生き返っちまう。だから上のバカどもは俺らを替えの効く機械か何かだと思ってやがる」

 

「そんな……」

 

「そんでさ……ついこの前の話な。俺の同期の仲間がよ、敵の弾に自分から突っ込んでった。引き止めて理由聞いたらなんて言ったと思う?『もう体の一部が無くなるのは御免だ、死んだほうなマシ』とか大の男が泣きながら言ってんだ。情けなすぎてそのまま突っ込ませたよ。したら次は隊長、続けてそいつを信頼してたの。あれにはもう笑うしかなかったよ。ははは……」

 

「…………」

 

「だから……情けねーが俺もついてく事にしたんだ。置き土産だけした後な」

 

何も言えなかった。私も彼も静かに涙を流して自ら生命を断った愚かであり勇気ある彼らへ祈りを捧げる事しか出来なかった。たかが16年されど16年、仕事柄数人の人の死は見届けたこともある。だけどここまで虚無感が溢れた看取りは初めてだった。

 

「なあ、これからさ少しばかり手、抜いてくれねえか。もう頑張るな、頑張ったところで無駄になるのは苦しいだろ?だからさ……まず初めに俺から………………ああっ、そうだ!」

 

彼は何か妙案を思いついた。傷口が開くのもお構いなしにガバっと体を起こして開き直った明るさのまま早口で私に提案する。

 

「俺が死んだら……そうだな、お前は外へ出てこう叫ぶ。『おかしくなった男が急に暴れだした』って。そんで俺が全部悪くてお前は無実、いいシナリオじゃないか?」

 

「死ぬんですか?あなたか死んだら家族は……」

 

「帰ったところで家族もいねえ。嫁も娘もとっくに出てったから悲しむやつもいねえよ……今ごろ娘は聖女サマ位の美人になってるだろうな」

 

痛みで苦しいはずなのに悲しい笑顔で言い捨てた。

 

「ただ……最後に少し頼まれてくれやしねえか?」

 

「……私にできる事ならなんでもします」

 

「俺らの代わりに戦ってくれ。男の俺が娘くらいの年のお前に言うのはちと情けねえが『何も知らねえ馬鹿どもを守ってやってくれねえか』?」

 

守る為に戦う。残酷だけど悲しい願いだった。当然私はその願いは受け入れたくない。

 

「ああ……クソ、意識が引いてきた……」

 

「い、嫌です……今ならまだ助かります。だから、そんなこと言わずに生きてみませんか?」

 

酷く震えた声だった。顔色も段々と青白くなっていく。今なら出血が酷くても回復の後暫く栄養失調で倒れるだけで済む。

 

「うるせえ……命捨ててまで俺は来たんだ……こんな所で死体の看病やめて……あの団長を殴り……に……」

 

その言葉を最後に彼は言葉を止めた。彼は笑っていた。怪我の苦しさから解放された安堵の表情を浮かべていた。

 

「………………」

 

私は無言で立ち去る。そして近くのがら空きのベッドに拳で何度も叩き八つ当たりをした。怒りでも悲しみでもあり、そのどちらでもない奇妙な感情を叩きつける。無力さと無知さに嫌気が差し一人嘆く。

 

しばらくして手が疲れ、同時に落ち着きを取り戻す。

 

「はぁ……はぁ………何故ですか……何故こうも人の業は無慈悲なのですか!神様の救いは無いのですか!」

 

そして私は駆け出した。向かう先は勿論ナツメさんの所だ。

 

ーーー

 

 

 

「そうだよ、その話は概ね真実。僕は君にわざと伝えないように仕組んだ。でも反省はしてないね。だってこれもセレネ君の為なんだから」

 

二人を除き誰もいない会議室。少女の紛い物に少女が睨む。ナツメさんはそれから言い訳をした。

 

「進軍が激しいのは単にここに来る敵が多くなったから。他の野営ではリューナちゃんとかルナちゃんとかが戦っているでしょ。敵は彼女らを避けて結果僕らの方へ攻め込んでるんだ。予想はしていたけど本当にそうなってしまうとは思わなかったんだ……これは僕の不手際だよ。ごめん」

 

「…………」

 

「それにセレネ君が自分のせいで人が死んでるって知ったら責任を感じちゃうと思って黙ってたんだ。今までの働きぶりを見るに相当責任感もあるようだったし伝えるのはあんまりだと勝手に僕が裏で手を回して兵士にも協力してもらってね。でも結果的に君も知ってしまった」

 

事情を知った私は彼を離す。そのまま彼は倒れ込み少し咳こみながら立ち上がる。

 

「そうだったんですね。勝手に勘違いしてすみません」

 

「なぜ君が謝るんだい?これは僕の独りよがりで起きたこと。僕こそ謝るべきだ」

 

「ええ、そうです。事情はよく分かりました。ついさっき命令に違反した兵士が教えてくれましたよ」

 

彼はそれを聞き何かに気が付き納得したようでにやりと笑った気がした。しかし次の瞬間には深刻そうな顔に戻る。

 

「そうか……」

 

「今回は流石に私でも許せません。ですが神はそのような貴方でもきっと寛大に受け入れるでしょう」

 

「そうか。………セレネ君、本当に、本当に申し訳ない」

 

彼は私に謝る。彼は深く深く私にお辞儀をした。

 

「………………顔を上げてください」

 

私は彼に頼む。謝るくらいなら彼には行動で示してもらわないと許さないつもりだ。

 

「ナツメさん、この前あなたに看護の為の動きやすい服を頼みましたよね。それを『戦いやすい服』に変えられますか。これが許す条件です」

 

「それだけでいいの?」

 

「ええ、それができたら私も納得して許します。あと二度と、こんな事しないでくれますか?」

 

「…………うん」

 

彼は小さく頷いた。それから彼は少し待ってて、と会議室から出ていく。彼曰く物は丁度今日届いてしまったからそれを取りに行くらしい。再び彼が戻ってきた時、数人の兵にいくつかの箱を運ばせてきた。頭から足元まで全身のフルセットとの事らしく自分の頼みとはいえやりすぎな気がする。

 

「前の君の頼みは動きやすい服、勿論それは望み通り作ったよ。王立の病院にも服を卸ろしてる所と国最高峰のデザイナーに作らせた一級品だ」

 

彼は箱の半数を開けさせた。それから適当に会議後の机を片付け場所を開け服を広げる。

 

それらは私の頼み通りの動きやすい服、修道服を踏襲したデザインで機能面も充実している。左手の袖は穴すら無く、完全に私の為の服らしい。

 

「これはMercy Angelって名前。君専用の仕事服」

 

それは大変ありがたい。だけと今気になるのはもう一つの「今の願い」を叶える服だ。同じように彼は服を並べる。

 

「それはNeutral Angel。その服じゃ動きずらそうだったしこんな事もあろうかと勝手に戦闘服も作っちゃった」

 

その服は修道服をベースの型として配色を反転させた白い洒落た服だ。全体的に動くのに邪魔な布が短くカットされている。袖は短く丈も相応に短く加工され足がかなり露出させる大胆なデザインだ。ちょっと恥ずかしい。なんとなくミニスカートのワンピースのようにも見える。

 

だがそれ以上に機能面に圧倒される。肌触りもよく魔力もよく通す素材で強化がよく通り魔法の仕込みもしやすい。服としてもボディラインに沿った形状でとても動きやすそうだ。でもの触り心地はどこかで触ったような。

 

「触ったも何もそれ何の素材でできたと思う?」

 

「さあ?シルクみたいに上質な素材ですね」    

 

「それこの前倒した竹で出来てるんだ。技術班に全力出してもらって爆発しない加工と脱色をしてもらって作ってもらった」

 

「へー……はぁ!?」

 

あの竹から?確かに細い割に強度もあるし適した材料だとは思うけど……でも苦戦した敵の体程頼もしい物はない。

 

「で、セレネ君」

 

「はい?」

 

「これを着た君を見てみたいんだけど君はどっちを着る?」

 

答えるまでもない。私は服を自室に運び着替える。そして部屋から出た私はその服を着て出てきた。

 

「…………やっぱりそっちなんだね」

 

「ええ。最後にナツメさん」

 

 

 

「私に『戦わせて』下さい」

 

もう誰も死なせない為に私はNeutral Angelに右手を通した。




字数と作者が書いてる時の楽しさは比例する

カブトムシ「メー」←〆鯖(オニフスベ)(DOG)

「N」eutralとは中立、中性を意味する単語です。中道を行く。




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カノン:野営の手紙

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それではごゆっくり。

 

ーーー

 

 

 

西の野営からの手紙

 

西の野営です。ここでは彼女と楽しくやらせて頂いてます。

 

彼女は明るく兵士たちともすぐに打ち解け自由に過ごしています。あなたと違い自由でも節度は守ってくれるので扱いも楽です。男所帯なので目線が気になるらしいとはぼやいていました。

 

彼女は戦闘面では指揮は私に任せて兵士とまじり戦っています。たまに敵兵器の研究をするがあまり被弾や指示が行き届いてなかったりしますが概ね戦果は良好です。

 

追加で必要な物資

 

特になし。強いて挙げるのならば彼女の為の露出の低い服が兵士から望まれています。

 

 

 

東の野営からの手紙

 

(汚い字で稚拙な文章が延々と書かれている。内容は全て彼の行動を肯定、称賛、神格化する物だ)

 

 

 

東の野営の荷物に混入された手紙 宛先はナツメ クロヒメとある

 

 

 

助けて

 

少し前からみんな正気じゃない

 

あの化け物を殺して

 

あれは何 頭がうまく回らない

 

壊される    やっと分かった なにもかも

 

  団長  そういうことですか

 

だから彼はえ■■うなんで

 

英雄と呼ばれるんですね。納得しました。

 

追加で必要な物資

 

兵士の総入れ替え 精神鑑定のできる者 それと緊急時に野営ごと彼を抹消できるような兵器の派遣、この際敵兵器でもいい、助けて

 

 

      全ギルドへの立入けん

 

 

 

 

 

 

南の野営からの手紙

 

何なんだ彼女は。司令を聞かずに犬を連れて昼夜問わず戦闘祭り。地形も攻撃の流れ弾でボコボコにするから進軍の為の地図がまるで役に立たなくなる。

 

だが兵としての戦果は一人の成果にしてはあまりにも多い。それこそ出兵できない兵士の分を上回って追い越すくらいだ。結果的に自国側の死者数も減ったので総合的に見ればもしかしたらいいのかも知れない。

 

 

追加で必要な物資

 

大量の人材。それと一段落ついたら測量と製図についての詳しい知識のある人物の派遣。測量具も山程。

 

 

 

 

 

 

北の野営からの手紙

 

セレネ君を覚醒させた。

 

ここらで大きく出る。

 

各自別紙の指示を参考にして反撃の下準備よろしく。

 

 

 

 

 

 

荷物の残骸から発見された手紙 内容は兵士の遺書と見られる 宛先の住所は廃墟であり送り主の出兵以前婚約していた元妻に宛てた物

 

 

 

1ページ目

 

前線は今日も目を背けたくなる光景ばっかで嫌になる。最近は特にそうだ。自分もいつ死ぬかわからない敵に怯える日々を過ごしている。だが勘でわかる。俺は次で最後だから手紙を送る。娘を売った挙げ句お前の嫌いなクソ野郎からの手紙だ、最悪こんな泣き言しかない紙なんて捨ててしまっても構わない。

 

(重要度が低い内容が続く)

 

最近、戦場に聖女が着た。〇〇と同じ年だった。

 

(文字が滲んで読めない箇所が続く)

 

政治の事なんて俺には分からない。だが国初めて憎しみを覚えるまでの怒りを覚えた。王は何で娘と同じ年の子供をここへ送り込んだんだ?しかも戦場で一番死者の出る汚くて誰もやりたがらない病院勤務をさせるのに。

 

だから聖女が何も知らない顔で怪我した同期の所に向かうのを見た時俺はつい怒りのあまり彼女に怒鳴ってしまった。元から頭が良くないことは承知している。もっといい方法なんていくらでもあった。だけど一旦感情に火が着いたら止まらない事は誰よりもお前が知ってる筈だ。俺は……臭いことは言いたくないが最後くらい言わせてくれ、娘みたいな世間知らずな子供にあんなものを見せてはいけない、だから身勝手な正義感で動いてしまった。馬鹿だよな。お前には散々やりたい放題だった癖に善人ぶって。

 

(紙が破けて読めない)

 

 

 

2ページ目

 

 

 

(重要度が低い内容が続く)

 

ここで戦うのは彼女には酷すぎる。もはや誰かしらの悪意すら感じる。

 

(重要度が低い内容が続く)

 

最後に。嫁へ、娘へ、さよなら。



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肉の月、血の星、弾の暗雲

現在時刻 某日 夜

 

現在位置 荒野 目的敵の敵都市部までの距離 遠

 

「(遂に来ました)」

 

私は耳元に張られた魔法を起動する。

 

「あーあー、聞こえますかー」

 

『バッチリ聞こえるよー!セレネちゃん久しぶりー!!』

 

『リューナさんボリューム、うるさいです』

 

通信魔法、服のついでにナツメさんが用意してくれたものだ。全員で敵を叩くなら必要だろうと魔法の写しをくれた。幸い意外とかんたんに使えたしそこそこのカスタムもできた。他の方にも同じ魔法を送ったらしい。魔法が使えないルナシーは専用の魔道具を使用して会話に参加する。

 

「皆さん遅くなりました。今日から私も戦闘に参加します」

 

『おー!待ってました!』

 

『盛り上がってる所に横槍入れるけど今日の戦略の確認をするよ』

 

ナツメさんも会話に参加してきた。いつまで経っても参加してこないミツキさんに疑問を持つが話を聞く。

 

ナツメさんの計画は私達が一斉に全方位から敵陣に向かい今晩中に敵都市に攻め込むというなんともロマン溢れる物だ。流石に無茶じゃないかと私とリューナさんがツッコミを入れる。だが彼が言うには「多分君たちならいけるでしょ」と楽観的だった。ただ一人ルナシーだけは面白そうだと肯定的である。

 

「貴方の事なので何かしらの考えはあるとは承知してます。ですが流石に今晩中というのは無理があるのでは?数日程度かけてしっかり攻め込むとかじゃないんですか?」

 

『君たちが攻めてくのと一緒に別働隊の兵士も突っ込ませる。君たちの派手な攻撃に混じって火事場泥棒的に奇襲を仕掛ける感じかな?まー細かいことは心配しないで君たちは君たちの役割を果たしてくれればいい。それに最終的にやるんでしょ?』

 

…………何故だろう、確かに彼の言う通りだけどなんかいざ言われると複雑だ。

 

『それじゃあ皆作戦通り頑張ってねー』ブチッ

 

彼はそう最後に告げた後通信を切った。さて、私達も会話を切って戦闘をしよう。

 

『セレネ、近接戦闘はしないとはいえその手で戦闘できるんですか?』

 

会話を切る前にルナシーが私に聞いてきた。彼女が人の事を心配するとは意外……いや、まさか。

 

「まあ、なんとか。自分の持ち場位なら保たせられると……」

 

『チッ』ブチッ

 

やっぱり私の代わりに戦うつもりだったのか。そしてやっぱり最後にリューナさんとも話しておこうかな。

 

「リューナさん、魔法の調子はどうですか?」

 

『バッチリだよ!セレネちゃんも戦闘の勉強はした?』

 

「それが仕事が忙しくてあんまり」

 

『それなら初めてのソロ戦闘をするセレネちゃんにリューナお姉さんからアドバイスをしてあげよう!ソロの魔法使いが戦闘で戦うにはどうするでしょーか?』

 

それは……そういえば前回の戦闘だとひたすら弾幕を張って回避してだけだった。体の動かし方が分かっても魔法を使った戦闘の立ち回りについてはあんまり学んでいない。

 

『正解は回避 解析 破壊。意味はセレネちゃんならきっとわかるはずだよ!』

 

え、なにそのいかにも大事そうなのは。それは前回の戦いの前にも知りたかった。……あ、そもそも前回はあんまり戦わない予定だったからってのもあったから知らないのも当然か。

 

「回避と破壊は分かりますが解析とは何でしょうか?」

 

『それは魔法で敵の魔法をハッキングして……ってうわわ!』

 

通信魔法から爆発音がした。それと同時に通信が切れた。多分戦闘が始まったのだろう。

 

 

 

「……さて、通信も終わりました」

 

目の前にはどこまでも広がる荒野、そして今日も空から私を照らす星々と月。何も無いこの荒野の遥か遠くの先に都市がある。

 

本当に?

 

私はその事について薄々疑問があった。あのきれいな地図の円を見てナツメさんにどんな地形なのかを相談していた。そしたら彼も同じことを考えていた。あの同心円状の等高線の配置から考えられる地形は半円のドーム型か穴という結論にたどり着いた。

 

そもそもあの地図の情報は敵の物を写しているだけで誰も現地でその地形を見た訳ではない。偽物ではないとは割れているものの不自然すぎてなんだか不安になる地形だ。

 

 

 

「…………本当に、こんな平野のど真ん中に都市が?」

 

 

ただここで立ち止まっていてはそれも分からない。1つ言えることはその都市のある方角の上空から無数の羽音が近づいてくるだけだ。

 

「敵ですね。やりますか」

 

自身にありったけのバフを盛り完全な戦闘態勢に入る。手始めに視界内の全ての敵兵器を倒してしまおう。空に右手を向けありったけの魔力を込める。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

1本の光が空を裂く。月を追うように空に切る。光が通ったその後は都市の空の星の様に敵が消え失せ流星の如く地面に落ちていく。

 

これで進む先が開けた。足元にはあの爆弾が転がってるかもしれない、気をつけて戦地を走りだした。

 

ーーー

 

 

 

キュゥゥゥ……

 

ーーー!!

 

「っレーザーですか!」

 

沢山の白いトンボの腹先から短いレーザーが連射される。機動性を上げた私はジグザグに走りそれらを避ける。

 

流石ナツメさんが用意してくれた服だ。以前より体全体が大きく動かせるようになり遥かに速く機敏に動くことができる。いざという時の防御面の強化魔法の乗りも比べ物にならない程いい。

 

カチッ

 

足元で貝が発火する予告音がした。足元に視線を落とすと赤い二枚貝が仄かに光っていた。私はそれを広い上げそのまま空から私を狙い撃つトンボ達の群れに投げ込んだ。

 

ドゴオオオオオオオン!

 

キシャアアア!?

 

後方からいくつもの巨体が地面に墜落する音がした。これで弾幕の回避は楽になる。

 

「よしっ!やりました……うわわっ!?」

 

と、微かな喜びも感じる暇はなく今度は地面から貝が高速回転しながら跳んできた。刃物のように薄い殻の大きな二枚貝で金属の光沢もある。回避は難しそうだったので上からはたき落とす。

 

そうしているうちにも既に上では黒トンボと赤トンボが次の弾を私に発射する。

 

【流星 ラピッドスターダスト】

 

避けることも可能だけど今後の為に物量のある弾幕に追尾性能を付けて一つ一つを当たる前に相殺するようにする。

 

「さっきからかなり倒してるのに全然敵が減りません」

 

今の私は敵の数も多いし位置も把握しきれていない。感知系の魔法を展開するなら今がいいかもしれない。

 

【00ℵχ+A彁】

 

私を中心に球状に見えない判定が広がり頭に敵の魔力の情報が入り込んでくる。予想通り敵の数は途方も無い数いる。開幕のレーザーで数は減ったと思ったがそうでも無かった。

 

それと感知してわかったが上空以上に対地兵器(あの貝)の数が予想以上に多い。その上視界内にかなりの数が設置されているにも関わらず風景に溶け込んで見つけづらい。これならもっと早くすべきだった。

 

ズドドドドッ!

 

「あわわわ!敵の数を数えるよりそんな事より回避しないと!」

 

弾幕の回避に専念しつつ敵位置の解析を進める。先程は危なかった。気がついたら黒トンボの高速弾まであと十数センチ程度だった。感知魔法を起動してなかったらおそらく気が付かず大怪我していたであろう。

 

「(……というかあの攻撃も魔法でしたか。随分とふわふわした式、感覚魔法ですね)」

 

あまりこの手の式はそこまで経験したことはないから初めてこの手の式を体験できた。こんな時じゃかったら研究したい。

 

 

 

……いや、この場で「解析」してしまおうか?

 

感知魔法の一部機構の制限を外す。そして簡素な解析用の式と弾幕の設定用の式を接続した。感知する範囲は更に大きくなり情報量も増える。少し頭は疲れるけど今からやる曲芸にはとにかく大量の情報が必要だ。

 

脳の処理をする為に無意識に速度を落とした。空に飛ぶトンボは見逃すはず無く多数の種類の弾が一斉に襲いかかる。

 

だが、それは彼ら自身へ降りかかる厄災となると誰も予想しなかった。

 

 

 

 

「……………ここだ!」

 

 

 

【解析終了 動作確認完了 改変】

 

 

 

瞬間、私に向かう弾の軌道が反れる。そしてそのありったけの弾幕はそれらの弾を放った彼ら自身へと襲いかかる。彼らもそれらを回避したり撃ち落とそうとはするものの総攻撃に走った故の高物量が災いしあえなく被弾、不快な音を立てながら地面に亡骸を積み上げていく。

 

「よし!ハッキング成功です!」

 

何をしたかというと彼らの魔法弾を書き換えた。感覚魔法を理論魔法に変換して追尾性能を追加、追尾対象を弾幕を発射した者にした。正直こんな短時間で別系統の魔法を書き換えたからやってる時に心臓がバクバクしている。

 

「リューナさんの言っていた『解析』はこういう事でいいんですよね」

 

回避、解析、破壊。私の解釈はこうだ。

 

回避はそのまま敵の攻撃をなんとしても避け続ける事だ。被弾して魔法で回復もできるけどそれをするならはじめから当たらずに攻撃をしていたほうがずっといい。

 

解析は敵の行動を見切る、それと私達の場合には「魔法の解析」だ。敵の魔法がどんな回路の上で成り立ちどんな作用で攻撃を加えてくるのか。それを理解して立ち回る。

 

最後の破壊は……まだ解析が完全でないからできないけれど回路の破壊を意味する。魔法の改変で意図的に不具合を引き起こしシステムを崩壊させて有利に立ち回る。

 

ま、詳細は後でいくらでも聞ける。今は新しく考えたしたことを新しい道具として戦い抜くだけだ。

 

足元の地面に散らばる兵器も分かるようになり移動がしやすくなった。そして分かったのだがこの貝は低速で移動し常に均等に分布し続けるようになってる。これは魔法ではなくこの生物自体の特性で魔法で改変のしようがない。爆発や仕掛けの起動もそうで弾幕同様解析とハッキングでの無力化はできない。

 

「(うーん、これは困ります)」

 

カチッ  ブワッ!

 

紫色の柔らかいのから煙が出てきた。色合いが毒々しく当然ステップで回避する。さらに上空からの弾幕は数が減ったものの相変わらず激しいままだ。

 

「(上空の弾幕の式改変がたまに判定を抜けてそのまま飛んでくるから気をつけないといけないし……)」

 

カチッ ヒュンッ

 

今度は別箇所の巻き貝が私の着地を狙い表面に生えた棘を射出してきた。

 

【円環 ジュピターの理】

 

ガガガガッ!

 

ぎりぎりで魔法で防壁の作成が間に合い10cm位の所で棘が弾かれる。物理的な高速弾だったせいで防壁にヒビが入り使い物にならなくなって解除した。

 

「危なかった……」

 

「(無駄にバリエーション豊富だから対処に困ります)」

 

この他にも何種類も攻撃を受けた。どれも人一人殺すのに十分な高火力、それがそこらに転がっている。足元も岩と砂で遮蔽物もない。総合的に見れば敵の物量もあり私に不利な状況だ。

 

荒野だから仕方ない、と場所について思案したとき私の頭に電流が走る。この荒野に1箇所だけ地形が安定した、対地の貝も少ないなにより遮蔽物があるであろう所が存在する事を思い出した。

 

敵の都市、多彩な戦法で戦闘するにはこれ以上いい戦場は無いだろう。

 

勿論、敵の種類も物量も増えるだろう。だが、戦いに邪魔な物が多ければ私も全力も出せない。そして多種の敵がいればあのトンボの弾幕のような敵を使った戦術も取れる。

 

「(それに最終的に指揮の中枢がある所を落とせればどうにかなるでしょう)」

 

方針は決まった。【円環】を解除してから敵都市へ向かうことを優先しそこへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

『ドドドドドド!ドゴォォォオン!』

 

「………」

 

空からは弾幕の雨、地上には無数の危険物が散る中狼ともにと縦横無尽にこの危険地帯を駆け回る。武器はその体と刃物二本だけ。それだけで途方も無い数の虫の群れを相手していた。

 

彼女は赤い頭巾の下につけたインカム型の魔道具……彼女からしてみればよく分からないうるさい紐に過ぎないが彼女はセレネの戦闘の盗聴をしていた。

 

「空の奴で音が聞こえません。狼さん、上少し減らしてください」「承知しました」

 

 

 

タッタッタッ

 

 

 

 

ピッ

 

「リューナさん、少しよろしいですか?」

 

『なーにー?ルナちゃんが私とお話なんて珍しいよね!』

 

「いえ、少し気になることがありまして」

 

『気になること?ははーん、さては敵が倒せなくて困ってるの?いいよ!お姉さんが相談に……』

 

「勝手に話を進めないでくれません?そうではなくセレネさんの事です」

 

『?』

 

「戦闘ついでにセレネの戦闘会話を盗聴していました。それで確信したんです」

 

「彼女、間違いなく『戦い慣れてますよね』」




この小説胸糞とかコメントで言われてたけどそこまでか?と読み返してみました。はい、認めます。現段階だとただの胸糞です、本当にありがとうございます。


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聖女は狩る、あるいは■られる

現在位置 荒野 目的敵の敵都市部までの距離 中

 

弾幕飛び交う戦場。戦闘頻度を下げてただひたすら逃げ進み敵を捌く。本拠地に近づいているだけあってさっきまでいた所よりも確実に弾幕の激しさが増している。言い換えれば私は確実に進行できているということ。目標に着々と近づいている実感を得て私は勇気が湧く。

 

 

 

ターンッ!

 

1km以上先の真後ろから金属塊が複数。【円環】を張って対処。感知用の魔法に小さな二枚貝からの物理の弾が感知して、それと同時に防壁が弾く。

 

「不意打ちなんてさせませんよ」

 

カッコつけたはいいけれど実際はやせ我慢に近い。空からはレーザーと魔法弾の弾幕が地上からは魔法物理問わない数多の種類の弾幕の2つを捌くのに自身の五感では足りない、感知魔法の第7感が途切れてしまえばどうなってしまうかわからない恐怖が背中の後ろについてまわる。

 

ふと、今ここから都市が見えるか気になる。弾幕の回避が嫌になったか集中が切れかけてるのか一瞬弾幕の隙間から遠くを垣間見る。

 

「………………?」

 

何か……さっきまで見えなかったけど遠くに何か建ってる?僅かに見えたそれは遥か遠くに小さく見え灰色の巨大な建築物というのは分かる。もしかしてあれが都市?

 

「(……いや、それだけ大きい物があれば地図に何かしら書かれるはず)」

 

頭の中に嫌な予感が浮かび上がる。もしかしてあれが敵?目測からしてかなり大きい金属の塊が遠くにある。

 

「(避けるべきでしょうか?)」

 

そういえば敵のデータにそのような生物がいた気がする。たしか鹿の兵器はまだ見ていないからあれがその兵器だろう。まだ敵は動いていない。今なら遠回りで逃げられる。

 

だけど相手は何かを射出し続けているようだ。弾幕ではなく上空と地面に何かを撒くような意味の分からない弾幕で不思議に思う。

 

「(?感知魔法に反応があります。弾幕ではないけど魔力があるとは……いや、待ってこれって)」

 

感知魔法から出力されたのはある種最悪な情報だった。敵の分布が敵都市の方ではなくあの鹿の方から来る敵の数が一番多い。あの鹿の方角と都市の方角が微妙にずれていたから発覚した。

 

さらなる情報を求めて視線は空の弾幕に戻し感知魔法の範囲を拡大する。むりやりあの鹿を感知範囲に入れ解析をすると……うん、そうだ。

 

「(すべての敵は……あの鹿から出てきている。そう考えるしかありません)」

 

鹿の背中からポンポンとトンボが飛び立ち、貝も身体の表層からポロポロ落ちている。あれがどんな仕組みなのか気になりさらに解析をする。

 

が、しかし

 

「(解析できない!?まさかこれが『防止機構』?)」

 

あるところを境に解析をしようと魔力を流すと何故か解析が止まる。それをどうにかしようと適当な所を改変してもどこかしらから修整される。前にリューナさんから教えられたハッキングを防止する為の機構の一種だろう。とてつもなく複雑な関数と式で内部構造が守られていた。これでは情報の入手ができない。こうなったら脆弱性を探し出しそこから内部を解析するしかない。

 

「(そうなると余計に作戦を遂行しないと駄目ですね)」

 

こうなったらあれごと釣り戦いやすい所まで誘導しながら戦う。丁度私の感知に気がついた鹿が起きてこちらを静かに敵意ある視線を向けた。ゆっくりと立ち上がりその巨体……おそらく20m位の3本角の金属の巨体が戦闘態勢となる。

 

「よし、それじゃあ全力で逃げ攻めます!」

 

そう意気込んでしばし弾幕の処理を一旦休憩するついでに都市へと走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

虎の尾を踏む、という言葉がある。危険な事やまたは単に危険なことを表す語だ。

 

彼の者、いや鹿の者は怒っていた。不快な感触で目が覚め、気がついた時には体から無数の兵の虫が小娘一人の為に這い出ていた。その小娘からはわけも分からぬ不快な魔力で身体を撫で回された。

 

「…………」ピリッ……ピリピリッ……

 

彼はそれを彼女からの宣戦布告と受け取った。彼の者の3本の角の内上向いた外2本に緑の筋が入る。

 

ピリッ……パチッ……パチッ……

 

角の合間にもその筋が走る。怒りが奥底から湧き出るにつれて筋が少しづつ増え、細い糸が結われ縄になるが如くその筋も一定の形をなす。

 

バチチチチチッ!

 

それはまさに荒天を裂く「雷」だ。翡翠の雷がその双角の合間を橋渡しする。ここまで強大な電気の塊には逃げる彼女も音で異常に気がついた。

 

「(まずい!防壁をっ!)」

 

そしてついに雷は中心に集まり一つの球体となる。そして、弾けた。

 

炸裂、壊音、そして閃光。向かう先は彼女とその取り巻きの小蠅もろとも。

 

彼らが閃光が視認したとき既に体は黒焦げていた。煤が風に吹かれて荒野の砂利に混ざる。貝は殻にこもっていた幸運な個体以外物言わぬ石灰の塊になる。

 

そして彼女はというと……

 

 

 

 

 

ーーー

 

「凄まじい威力……危なかったです」

 

後方からの異常な魔力を感知して【円環】を最高出力(リミッター圏内)で自分に張った。かなり硬めだから物理でも魔法でも多分耐えきると思っていた。

 

そして破壊音とともに閃光が私達を貫いた。それはまさに「雷鳴」、魔法も雷魔法が作動してるのだろう。周りの敵は鹿の攻撃で弾幕ごと焼き払われ空がスッキリした。貝も認知している者の殆どが黒焦げになった。

 

そして、私の魔法はというと閃光が触れた瞬間に砕け破壊された。魔力は私に辿り着く前に敵により分散されたからそこまでではない。雷の高電圧の純粋な物理要因だけで壊されたのだ。瞬間的な一点集中の高火力には私の魔法でも耐えられなかった。

 

「後で計算ですね」

 

敵のいない事に安堵し研究した魔法の耐久面での計算の必要性を残念に思う。

 

 

 

瞬間、殺気。私は振り向く。

 

「…………」

 

「(あれは怒ってます。起こしてしまってごめんなさい。でも謝ってどうにかなる訳では無さそうですね)」

 

遠くで金属質の鹿がじっと私を睨みつける。

 

その鹿は体は金属で角が3本あり背中には棒が入った直方体の金属塊がある。魔力からして大体が弾を射出する機構だ。体は20m位あり体格差から弾幕の大きさを考えると箱の弾幕の一つ一つ大きさが私の身長ほどあるだろう。もし当たったらどうなるかというのは想像に難くない。敵は戦闘態勢だ。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

なら、応戦しないと。鹿に極太のレーザーを撃ち込む。対空兵器がいなくなり途中を遮る障害物はない。一直線に鹿へと飛ぶ。

 

しかし、鹿はそれを巨体に見合わぬ軽快なステップで回避した。そのままの勢いで鹿は私を踏みつけに来た。

 

【移動速度上昇 認識速度上昇】【流星 ラピッドスターダスト】

 

今の速度だと回避できないと判断し移動速度を底上げして足止めに弾幕も撒き散らし全力で敵都市へ走る。敵は追いかける事に夢中で弾幕はそこまで飛んでこない。後方から虫の羽音が増え始めたから彼らの弾が鬱陶しそうだ。つい後ろをチラ見した。嫌になる量の虫が飛んでいて見て後悔した。

 

一方鹿は棒の刺さった直方体を空中に上向け弾幕を射出するようだ。私も弾幕に関しては最近色々と思案をしていたがあの弾の役割がわからずあれが一体どんな弾幕なのか検討もつかない。

 

「(だけどあれ間違いなく高火力です。制御系の回路があまりにも強固すぎて回避するしかありません!)」

 

そして弾が放たれる。

 

ドッ!

 

ぎゅおおおおおお!

 

矢羽の様な物のついた金属の円柱が放たれた。体と同じ緑の筋が上空へと飛び上がる。しかしある高度に到達した途端空中でひとりでに私に照準が合う。

 

「ちょちょ!?途中で軌道が変わる誘導弾ですかあれ!?」

 

しかも高速で動く私に合わせてしっかりと飛んでくる。これじゃ避けようとしても避けなれないし避けたら避けたで追尾される!

 

「(うううう………間に合え……間に合え!!)」

 

私は虫の弾を捌きながら解決策を探すために全力で敵の弾をハッキングする。式に触れた感じ鹿本体よりもセキュリティが若干薄い。これなら頑張ればぎりぎり……

 

「(えーとまずここの式とここの変数がここにつながってあそこが最終的に変わればいいんだから最終的な式の形は待ってその前にあそこの機構をどうにかしないとそこをそうすればこうなるのかこれは時間がかかかる別の仕込みもしなきゃって何この初めて見る機構これはリューナさんの魔導書でも見たことないです非常に参考になります)」

 

僅かな時間を最大に利用して式の解析をする。セキュリティが薄いといっても相手にする魔法のイメージは非線形の製作者の頭を疑うカオスな式。時間的には5分、いや1分、ニ十秒あれば最低限は間に合うのに!

 

弾幕まで残り10m、既に回避不能。正念場はすぐそこだ。

 

 

 

ぎゅおおおおおお!

 

「こ、こうすれば!」

 

半ばやけくそで私は式を組み敵のシステムの脆弱性を探る。そして……

 

バァンっ!

 

 

着弾した後に破裂、中に内蔵されていた数多の魔力により式が作動し弾幕を中心に大きな緑色の雷の球体が展開される。かなりの高電圧が流れていて衝撃で飛ばされた小石がその空間に当たり砂埃と化した。

 

 

 

【75式-彗星の尾】

 

「切断系の弾種作っててよかったです!」

 

ハッキングは間に合わなかった。コードを入れた瞬間になすすべなく魔法は解除された。だから事前にリカバリー用の魔法を解除と並行して仕込んでおいた。

 

私の弾に当たった敵弾は薪を切るように金属柱が二分する。着弾した弾はその二分された弾で私のすぐ横を通る。

 

彗星の尾、放物線の形をした巨大な切断特化型弾幕。速度は比較的おそく射程も短いから普通は使わない。だから今みたいに至近距離に物理弾が来たとき弾を切断するのに使えると思いリューナさんと開発していた。

 

「(リューナさんが『投擲系の弾幕に対する高火力物理弾を作ろう』なんて言い出したときはまさかこう使うとは思いませんでした)」

 

雷の弾は残留するタイプの弾幕で大きな弾である事も相まって動きを大きく制限される。だが猛攻は止まらない。鹿の背中から虫が飛び出し、胴体側面から体内に収納された沢山の筒のついた奇妙な機関が展開されてそこから高速の金属弾が射出される。当然の様に無力化は難しい。

 

だけどやる事は決まっている。走って追尾するように斉射される弾幕を切断と相殺しつつひたすら敵都市まで逃げる。

 

「(そうすれば私の勝ち筋が見えてくる。だから攻める、攻めながら逃げて攻め……)」

 

「ぐわああああ!?衛生兵ーッ!」

 

「っ待ってください。今回復を……」

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった。

 

誰かの声、兵器の声ではない男の叫び声。私以外の人なんてこの戦地にはいないはずなのに反応してしまった。神と他者に身を捧げる者としての本能が戦場で出てしまった。

 

正体は予想せずともすぐに分かる。視線の先にいたのは地面の上で岩に紛れた薬草を取りに行ったときに見た貝だった。

 

あの時はただの「音の出る用途不明な兵器」だとたかをくくっていた。だけどもしこのような用途を想定していたとしたら下手な弾幕よりも遥かに意地の悪い仕掛けだ。

 

そして不運は重なる。

 

ヒュッ ブスッ

 

「うぁ!?(横腹に針、しかも毒付き!?)」

 

逆側から下腹を長い針で貫かれる。感知はしていたけど30m先のそこらの小石程度の貝からここまで射程が届くとは考えていなかった。

 

 

 

空からは数多の魔法弾が降り注ぐ。回避や【円環】はもう間に合いそうにない。

 

 

ああ、神よ。ここで止まるわけにはいかないんです。

 

だから私に慈悲を、救いをください。

 

 

 

 

 

 

 

どごおおおおおおおおん!

 

ドドドドドドドドッ!

 

ドゴオオオオオオン!

 

 

 

現在位置 荒野 目的敵の敵都市部までの距離 中→近

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

『戦い慣れてる?』

 

「前回の戦闘で彼女の戦いを見ました。その時は光でほぼ一撃死でした」

 

『あーそんな事言ってたね』

 

「だから私はてっきり今の戦いも猿みたいに魔法ぶっぱしてると考えていたんです。ですが彼女の行動は冷静な対処過ぎませんか?」

 

『セレネちゃん、ちゃんとアドバイスどおりに動いてたかなー?』

 

「一体何教えたんですか」

 

『あーでも確かに。今音声聞いたけどこれはお姉さんもそうも思っちゃうな。セレネちゃんとは撃ち合いで弾幕戦闘の練習はしたけどそれだけじゃあの臨機応変な対応は難しいし』

 

「貴方がセレネの戦いで何を見たかはどうでもいいです。今思えばそもそも前回の敵と対峙したときからおかしいと思いませんか?」

 

『……?』

 

「例えばです。貴方が初めての戦いでアレを見たとします。そしたらどうなりますか」

 

『うーん、たぶん怖くて逃げちゃうかも』

 

「そうです。そういうのが正常ですよね」

 

『あー……そうだよね』

 

「リューナさん、どう思いますか?」

 

『………………』

 

「悩んでいるようなら答えは後でいいです。私は頭を使いたくないのでなんか分かったら教えてください」

 

『………………………………』

 

「リューナさん?」

 

『…………………………………………………』

 

「おい、喋れよ」「お嬢通話切れてます」




戦いの最中に使う単語の定義(暫定)

弾幕種
魔法弾 射出する弾の素材が固体ではない弾 弾の形を魔法により維持する為ハッキングで改変の影響を受けやすく種類により無力化が可能。

物理弾 射出する弾の素材が固体の弾 軌道や属性付与に魔力を使うがハッキングされても弾自体の物理面の影響が少ない。



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落ち浄化に醒め更に墜つ

現在位置 荒野 目的敵の敵都市部までの距離 近

 

荒野にできた深い穴の空いた爆心地。空に浮かぶ月を地に落としたようなポッカリと空いた穴は多数の高火力の弾幕により抉られた暴力の証。

 

その底に少女が一人。酷く傷つき白い服を血と土で汚した聖女。

 

「…………………」

 

「…………………ぅ」

 

彼女は空に浮かぶ暴力に抗おうとした。体を支え立ち上がり再び空を見上げようとした。しかし先刻の腹の傷が痛み毒が回り手足がしびれ出血で少しづつ力が抜けていく。戦える筈など無かった。

 

「(お腹、傷、どうなってるかな)」

 

震える手で傷に触れる。手から内臓の生暖かく柔らかい感触と肌の痛覚とかき回される感覚がする。刺さった物が残っている感じはしない。魔法で解析しても内蔵には奇跡的に損傷はない。だけど痛みの方向は2つだから貫通してると推測する、実際そうだ。

 

「っ…………ふっ!」

 

彼女は倒れる訳にはいかなかった。僅かに残る力を使い気力だけで立ち上がる。毒と朦朧とした意識で無理に立ち上がったから足元がおぼつかない。思考すら本能の領域も使用している。

 

「(神経毒、魔法が上手く扱えない。受ける側がここまで辛いとは思わなかったな。これを後学の為にしないと)」

 

魔法で止血をする。これを後学にするにはここの戦場を終わりにしないといけない。穴の上からこの暗い覗き込む緑の隈取の鹿をこの手で、叩き落として。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

天を光が貫く。虫の雲が散り空が晴れ月明かりが彼女を照らす。鹿はレーザーが届く前に顔をずらして避ける。それと同時に鹿の体から無数弾幕が飛び出した。

 

互いに考えることは同じらしい。ならば彼らがする事は一つ。

 

「虫の息の私を目の前にしても貴方は私を殺したいのですね。私が憎いのか、そういう定めなのか私には分かりかねます」

 

「でもいいでしょう。私がお相手して差し上げます。私の使命はその先にあるから……互いが倒れるその時まで殺し合いましょう」

 

後にも先にも自身が知ることは無かったがこの時彼女は慈悲に溢れた目だった。

 

時間もなく軽めの回復とバフを自身にかけ、毒の解析も自動で解析を進める機構を作り弾幕での戦いを再開する。

 

ーーー

 

「(相手は上、私は下。位置的には私の劣勢。ですが今は『ここが最高なコンディション』)」

 

先程の爆撃で地面が大きく抉れた。その結果普段光を浴びることの無い岩肌が地面に露出している。凄まじい威力の弾幕は地面の小石一つすら残さず綺麗なすり鉢状の地形を作り出した。

 

予想とは違う形での問題解決、逃げる必要はもうない。あとは攻めるだけだ。

 

鹿はまたあの円柱と金属弾を射出し弾幕を展開する。高速高物量で魔法物理の性質の違う弾入り交じり正確な対処が必須だろう。

 

【円環 ジュピターの理】

 

【流星 ラピッドスターダスト】

 

【75式-彗星の尾】

 

感知魔法をこのクレータに沿うように展開、敵は上からしか来てこないから対地も気にせずひたすら弾幕を捌く。

 

感知魔法には前回同様敵魔法弾に敵自身への追尾を付与し、私も弾幕に誘導と追尾を付けて制御する数抑える。動きにマイナスの加速度がかかる脳で組んだから所々バフに抜けがある。それらを私は撃ち落としいつかの反撃に備える。

 

鹿は穴を除き込む。穴の周りは兵器で包囲されどう見てもピンチであるのにまだ倒れていない事が疑問のようだ。

 

ーーーーー!

 

彼の顔にレーザーが飛ぶ。まるで自分には関係ないと籠の中の虫を眺めている時みたいだ。しかし不意打ちに近い私のレーザーにはギリギリ反応できずに顔をかすめた。

 

「……………」

 

「(さて、どうやって来ますか)」

 

ドドドッ!

 

ぎゅおおおおおお!

 

背中の金属柱が数本同時に射出、おまけに金属弾も発射される。肉体的にピンチな今はハッキングで解除なんて危ない橋は渡りたくない。【円環】で防御をした上で【彗星】を先撃ちしておく。

 

弾の一つが壁に当たり爆発、雷撃が作動する。流石あれだけの速度と威力を誇る弾だ。初撃が当たった瞬間に【円環】が割れる。早々に修復は放棄して仕方なくその場から離れる。残りの弾は軌道を変えきれずに地面に衝突するか【彗星】に切断され爆発し緑の球を残す。

 

「(!急に鹿に魔力が貯まっている)」

 

ついでに一旦距離を取ろう。鹿は弾幕で仕留めきれなかった私にあの高威力の電撃を放つ準備をしている。円柱も同時に射出していることから守らせる気は無いらしい。

 

「(待って、これって逆に利用できないかな)」

 

逃げるのは続行し続け鹿の角の合間に貯まる電気の球を待つ。上空からの弾幕も段々と増えるトンボのせいで激しくなってきた。数もさながら敵弾の追尾変更の成功率と相殺できる数が減ってきているからもある。

 

そろそろ戦闘の続行がきつくなってきた。毒の解析はなかなか進まず二の腕の先と膝下の感覚が消失する。そのうえ集中力が限界を迎えかけ失血での激しい運動で傷が開き再び出血してきている。次に気が抜けたら多分それまでと覚悟した。

 

「(それでも弾幕に当たるだけならまだ回復さえすれば戦えます。問題はバフが切れた時、移動バフが切れた瞬間逃げも避けも不可能となる)」

 

それまでにこいつを倒す。

 

バチチチチッ!

 

遠くから火花の散る音がしてきた。角の合間の電気の球は既に鹿の顔程に大きくなっていた。多分そろそろだろう。これが命日となるかそれとも次の起点になるか、これで決まる。

 

「(…………来る!)」

 

【円環 ジュピターの理】

 

 

球が破裂した。瞬間閃光、音、そして衝撃が私を襲う。本来人の身一つには到底耐え難い電流がクレータ内の全てに等しく襲いかかる。

 

 

 

ドゴオオオオオオン!

 

「くっ……耐えられますか不安、違う、『切り抜ける!」

 

ピキッ パリーン

 

【円環】が破られる。そして爆発、空の虫がまた一斉に地に落ちる。

 

「…………」

 

 

 

鹿は興味なさげに地面を見る。穴の底にはもう何もいなかった。虫の屍の山に少女が紛れているかもしれないがあれだけの攻撃だ、死んでるという事にしてもう帰ってしまおう。

 

【日蝕 クローズドアイズ】

 

「…………!?」

 

鹿は突然視界が暗くなる。だが彼は冷静だった。まだしぶとくあの少女は生きていたのか。すぐに周囲に微弱な電流を感知して彼女の姿を捉える。

 

彼女は穴を駆け上がり……右側から回り込んで裏取りをするつもりらしい。彼女が足元の近くを通った瞬間に踏み潰そう。

 

「(間に合え、間に合え!)」

 

「………………」

 

「………………………!」

 

ドッ!

 

静かな重い音。素早く足を上げて彼女の通る先めがけて思い切り踏みつける。足をゆっくり上げると足の形に溝ができた。しかし足には何か生き物を踏み潰したような感覚はない。確実に潰したはずなのにもしかして外したのか。

 

「何処を見てるんですか?」

 

彼女の声がした。左前足に愚直に直前に走っていた。

 

「私はあなたの眼の前です!どうやって私を見てるかは知りませんがそんなところになんていません!」

 

【日蝕】は単なる目つぶしではない。周囲の光の一部の周波数を変更して電波の周波数までに変更した。だから彼の電流の感知する機構が正常な反応を示さず間違えた位置を彼に伝えたのだ。事情をすぐに把握した鹿は反射的に真下にありったけの円柱と金属弾を多少の自爆覚悟でぶっ放す。

 

「させません!」

 

だから私はやられ前に【光柱】で鹿の両足を吹き飛ばす。白く輝く太く美しい光の柱に沿って鹿の華奢な足先が消え去った。

 

「…………………!?!?!?」

 

鹿は足の支えが無くなりバランスを崩す。そして先程の弾幕が爆発して体が大きく傾いた。そして頭から穴の下へと頭から転げ落ちる。その過程で頭の角の1本にヒビが入るのを私は見逃さなかった。ヒビが入った瞬間に内部のセキュリティに不具合が起きた。すぐにハッキングを仕掛ける。

 

「砕けろ!」

 

2回目で更に脆弱になった防止機構なんて私の相手にはならなかった。ハッキングをして鹿の武装の背中の直方体と2本の外側の角の機能を停止し内蔵されている弾全てを敵の武装内部で爆発させる。これには鹿にもダメージがあって無言を決めていた鹿が高く汚い声で鳴き出した。

 

「これで私が上ですね」

 

「…………きゅぃ…………っ!」

 

鹿は緑の筋の光は暗く点滅し角が2本折れ背中も殆どが削れて肉と内臓が見える。武装の剥がれた体は肉屋に持っていかれて丁度今生命から食料に変わる前とそう変わらずまさに満身創痍だ。

 

方や怒りと殺意が混じった目、方や戦い傷つけられなお慈悲深い目で傷ついた鹿を見つめる聖女。

 

「きゅうううううっ!!」

 

私の動きを制限していた毒の症状はだいぶマシになった。まだ足の痺れが少し残るけれど右手はだいぶ動くようになり弾幕の射撃精度はほぼ正常時と変わらないくらいにまで回復した。傷の痛みも引開いた傷も良くなった。

 

鹿は短くなった手足で空を見上げる。

 

「きゅ……………きゅぅッ!」

 

彼は最後の力を振り絞り最後に残った角に魔力を込める。最後まで残されたその角は螺旋の緑の筋が入り最も太く長い、まさに大技に使うためにある砲だ。魔力のこもる先は角の根本のごく一点。感知魔法の結果あそこにはどんな弾幕よりも小さなたった一つの金属塊だった。あれだけのエネルギーから放たれる弾はどれだけの威力となるのか判断できない。

 

「ごめんなさい」

 

私も彼の全力の一撃に称賛を贈ろう。私の一番得意な魔法のリミッターを外す。こんなに早くあの威力の弾幕を使うなんて想像しなかった。

 

右手を穴の底へ向け手に魔力を込める。手を中心に白い光の輪が輝き中心に鹿を捉えた。鹿の角も一箇所に圧縮された魔力の放つ光が翠色に輝き照準が私の眉間に映る。互い目を離さず最高火力を放つ準備をしている。

 

そして、来た。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】EXTENDED

 

前回より穴の直径とそう変わらない光の柱が鹿に刺さる。溜めをした時間は前回よりも長く込めた魔力の量は桁違いであり前回を遥かに凌駕する圧倒的な火力が出た。その二度目の魔法は前と同じ形、同じ輝き、そして美しさでもどこか悲しく冷徹に見えた。鹿も圧縮された魔力を込めた金属を射出する。金属の速度は初速で亜高速に到達し生物はおろか並の物質なら簡単に破壊できる物質となる。2つのある種の極限同士の弾は彼らの間で衝突した。

 

「(さて、やることはやりました)」

 

「キュゥウウウウウウウウウウッ!」

 

「(後は神に祈って……都市へ向かいましょう)」

 

死ぬなんて到底考えていない。強く望めば神は与えてくれる。それを信じて、あるいは逃避のために攻撃が当たり敵が無力化できると信じる。目を瞑り、心のなかで祈りを捧げ、神に自身の勝利を願う。

 

バキッ……ピキピキッ

 

射出した反動で穴の底から不穏な音がした。鹿はまだそのことに気づいていない。だけどこのまま押し切れば何かしら打点になるはず。魔法の発動を続行する。

 

が、それがある意味望んだ結末だった。

 

音の後突然の振動。突然の足場の変化により軌道が変わり互いの弾が金属は虚空を、レーザーは地面を貫く。当然地面にあたったレーザーは地面に大穴を開けて地盤を破壊する。その後先程の不穏な音がもう一度した後浮遊感を感じる。

 

「え、なんで私落ちて……きゃああああ!!」

 

地面が大きく陥没して鹿と私の下に大穴が開く。この時は地下の洞窟が崩壊したのかもしれない。どうにか避けないと、と思って落下に抗おうにもタイミング悪く体力敵な限界を迎えた。疲労により落下後にしばらくは動けそうにない。純粋な死を覚悟する。

 

この穴はどこまであるのだろうか。なんにせよ私ができることは唯少ない。ただ神に祈る事と仲間に自身の無念を嘆く事である。

 

「(リューナさん、ルナシー、ナツメさん、本当に申し訳ありません。私はもう駄目かもしれません。ああ、神よ。出来る事なら私をもう一度お救いください)」

 

そうして私と鹿は地面に空いた大穴に吸い込まれていく。この先にあるのが希望か絶望かは神のみぞ知ることである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「…………………う」

 

大穴の底で私は再び意識を取り戻す。どうやら私は落下した時に気絶したらしい。あたりを見回すとすぐそこに見覚えのある鹿の顔が落ちていた。

 

「っ!こいつまだ……ってあれ?」

 

寝起きで敵を見たから驚き急いで距離を取るも鹿の首元に赤濡れた大きな岩が落ちていた。緑の筋も完全に暗くなり生気がない。恐る恐る近づき鹿を観察する。鹿は死んだ目をしている、呼吸もなし、首は落石によって潰されていた。つまり敵は死んでいた。しばらく観察を続けても動く様子はない。

 

「なんか……強い割にはあっけない終わりでしたね」

 

ここはどこだろう。死体に祈ってからあたりを見回す。

 

「(そういえば……ここ明るいですね)」

 

私は空を見上げる。するとそこには……ポッカリと暗い穴の空いた青空が広がっていた。

 

 

 

現在位置 荒野 地下都市

 

現在時刻 落下から2時間後

 



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月の沈んだ日の登る町

現在時刻 起床から2時間後

 

「ここは何処なんでしょうか?」

 

鹿を倒し地底に落ちてから私はここを彷徨っていた。気絶している間に傷がだいぶ癒えてあの時よりは調子がいい。

 

ここは不思議な場所だ。今は夜のはずなのに日が昇り昼間のように明るい。だけどこれは偽物の空のようで落下してきた穴からはしっかりと星空が見える。ここが地下だから天井に空が映ってる感じなのだろう。

 

……でもこれどうやって脱出しようかな。出口がすぐに見つかるといいけど。

 

おかしい所はそれだけではない。ここは恐ろしく広い空間でありさっきから宛もなく歩いているが端にたどり着く気配がない。地面は黒い一枚板で覆われ道らしき境界が白い直線で模様で書かれている。定期的に金属製の落書きされた看板が立っているけど目的は分からない。

 

道のそばには見上げるほどに高い石とガラスの角柱の塔が何本も立ち並び壁のようになっている。高さには大小あるものの、どれも王都の建造物と同じかそれ以上の高さである。無機質で画一的な建物ばかりが果てしなく立ち並び不気味さを感じる。

 

「(同じような建物ばかりで同じ所をずっと歩いているみたいです)」

 

試しに窓から建物の内部を覗いてみる。無機質さは外とは変わらずモノトーンで簡素な部屋だ。人が活動する所だのいうのは分かるが私には用途不明な物が多い。魔法関係の道具かなと感知魔法を駆使して調べてみるとそうではないらしいと分かる。というよりこの空間自体に魔力が少ないから感知したところでよく分からない。他の建物も役割こそ違うが概ね同じだった。

 

調べていて人がいたという痕跡が多数あり私の目的の「都市」かもしれないという結論にたどり着いた。正直ここに落ちた瞬間からそれはひしひしと感じていた。だけど私にはその結論を受け入れる為の大切な要素が見つからず簡単には受け入れられなかったのだ。

 

「あのー誰かいませんかー」

 

道の真ん中で呼ぶ。そうだ、ここには「人がいないのだ」。通行人、家の中、店員、老若男女誰一人としていない。

 

当然呼びかけには返事が無い。ただ残響が虚しく響くだけである。

 

「(うーん、このままでは埒が明きません……って目的も特にないですけど。取り敢えず話のできる方くらいは見つけてみたいですし)」

 

敵都市を落とすという目的であるのに肝心の敵が見つからないのであれば意味がない。もし単に私の到着が想定されていない方法で、しかも到着に遅すぎて先に来た人が制圧した後とかであるかも知れない。どちらにせよ私一人では情報不足である。

 

ふとある建物が目につく。

 

「……?」

 

魔力の感知に何か引っかかった。ここから約数十mの建物下に人二人分の魔力がある。その建物は外観も他と違い低く広くといった感じで少ない窓には鉄格子がはめられている。まるで檻みたいな建物だ。

 

 

「…………」

 

鍵はかかっていない。横開きのガラス扉を力技で強引に開ける。

 

「御免下さい……お邪魔します……」

 

物音を立てないように慎重に入る。本当はこういうときの為に姿を隠すような魔法があればいいのだが生憎まだ製作可能だが作ってはいない。今後のためにもその内作っておこう。今あるのだと余計なことをしそうだし。

 

中は薄暗く明かりの代わりに適当な何かを拝借したい。それとも弾幕でいいかな?取り敢えず光の玉で代用する。それでここは……ロビー?物の形や見たことないものは多いけれど沢山の椅子や受付らしきレイアウトからなんとなくそう思う。建物内の地図が壁にあり地下への階段を見つけた。

 

「位置的にはこの部屋にいそう……だけど、んー……『保管庫』?」

 

ーーー

 

BF?階

 

階段を降りること数階。石の階段(石造りとはなんか違う)を下りて目的のフロアについた。途中数字の書かれた頑丈な扉が何箇所かあって不便極まりない。帰りのためにもとりあえずバフを盛って無理やりこじ開けておいた。

 

「魔力の位置は……あっちの方ですね」

 

静かな廊下を進み曲がり角を曲がる。鍵の穴のない硬い扉を無理やり開けて中に入る。

 

「よいしょっと。すみませーん、どなたかいますかー?」

 

シーン   ゴソッ

 

返事はない。だけど何かが動く物音がした。魔力の主もこの部屋にいる。でもなぜこんな不気味な部屋に隠れているのだろうか。この部屋は人が活動する所は他同様清潔だ。そうあくまでも人のいる所は。

 

この部屋には壁に埋め込まれる形の「檻」があった。厚いガラスが部屋と檻を隔離している。その檻の中はベッドが一つとトイレ、食料を入れる小さな扉とかなり簡素。2つを除いて檻は閉じていて中は血が飛散して乾燥しウジの湧いた何かが落ちている。

 

そして残りの奥2つの檻は檻が開いている。 私は恐る恐るそこへ近づいて行く。檻の中が見える直前まで近づいて声をかける。

 

「…………あの、誰かいますか。返事をお願いします」

 

「………………はい」

 

返事か返ってきた。怯えた様子の細く震えた少女の声だった。

 

「……あの」

 

「殺さないでください」

 

「えっ?」

 

突然の言葉に驚く。

 

「聖女、ですよね」

 

「は、はい。そうです。私は聖女です。それがどうされました」

 

「お願いです。殺さないで下さい……まだ死にたくないんです……」

 

声に嗚咽と鼻をすする音が混じる。泣いているようだ。そういえばもう一人はどうしたんだ?あと一人はいるはずなのに彼は喋らない。急に心配になった私は彼女のいる檻の中を見る。

 

「あの……平気ですか?」

 

「お願いします……お願いします……ころさないで……」

 

ゴミの散った檻の中には二人の9か10歳程の少女、一人は白く血にまみれた服を着て嗚咽を上げながら土下座してもう一人は部屋の隅の壁にもたれかかりうなだれている。

 

土下座している子は金髪で血で汚れたボロボロの服を着ていて背中に大きなコウモリの羽が生えている。吸血鬼の類なのか?

 

うなだれている子は明るい白髪で獣人らしく猫の耳が生えて尻尾は体勢と明らかにサイズの大きい長袖の服で確認できない。

 

「あの猫の子は?」

 

「注射を……左腕に指して…………適当な薬で自決を……」

 

「左手!?」

 

反射的にうなだれる彼女に駆け寄り左手の余った袖をめくる。肘の内側に紫の痣がある。薬で自殺ならと魔法で毒を解析する。

 

「…………これは」

 

「な、何してるんですか……」

 

「毒の解析です。彼女は安心してください。毒の成分は検出されませんでした。多分ショックで気絶しているだけなので安心して下さいね」

 

「………え?」

 

金髪の彼女は私の行動の意味が分からないようだ。何でだろうと一瞬考えたけれど思えばそうだ。彼女からみたら私は敵でそれが隠れ場所にきて見つかったと思ったらこれだから、驚くのも無理はない。私は優しい目で彼女の頭に手を伸ばす。

 

「ひっ……」

 

伸びる手が何をするかわからない彼女は酷えている。

 

「顔を上げてください」

 

「は、はい……」

 

彼女は顔を上げる。血の気が引き涙と色んなものですぐちゃぐちゃな顔が彼女がどんな恐怖を感じていたのか何となく感じられた。そんな彼女の頭に私は手を伸ばしそっと優しく撫でる。

 

「……………………へ?」

 

「よしよし、ここまでよく頑張りましたね。安心してください。私はあなたの味方です。だから、どうか私を信じてくれますか?」

 

彼女のを起こし細い体を片手で抱きしめる。彼女はしばらくの硬直の後先程の涙とは違う安心から来る涙を流した後気絶した。人がいない中子供二人だけは不安だったのだろう。今までどれだけ緊迫した状態で居続けたのかは想像がつかない。

 

「(…………想像がつかないのは私もですね。つい本能的に人助けをしたはいいですけどどうしましょうか。誰もいないけどここは敵地、それに敵地の民間人を勝手に救助して……あんまりこんな考えはいけませんが人名救助も程々にしなければいけませんね)」

 

しょうがないから私は二人の少女を一人づつ運び出し建物の外に出した。

 

ーーー

 

「さて、それでどこへ行きましょうか」

 

 

 

ドゴオオオオオオン

 

 

空から大きな音がした。見上げると空には大穴が開き黒い穴が現れる。敵かと警戒して魔法で視力を上げる。そこには赤い頭をした……ってあれはルナシーだ!背中の折れた重武器が遠くに見えた。位置は歩いていけると思う。でも二人を置いて行く訳にもいかないし。

 

 

 

「お嬢いきなり地面を抜かないで下さいせめて合図だけでも」「人の気配はしますか?」「はあ……少しは話を聞いていただけると嬉しいのですが……沢山の人の匂いが混在しています。数日前に一斉に移動したみたいですね」「やっぱり。強い敵を期待していたのに残念です」

 

 

 

<ルナシー!平気ですか?

 

「……お嬢」「はい」

 

 

大声を出したら気づいてくれるだろうと安直な考えでやってみる。すると遠くから一人と1匹の足音と会話が聞こえてきた。

 

「ルナシーさーん!こっちです!」

 

「いましたね」「ええ。そして負傷者が2名、事情が気になります」

 

互いの安否を確認して喜ぶ。彼女の事情を聞くと上で戦闘していた最中下方に広い空間があることを早々に突き止め壊して入ってきたらしい。脱出経路については彼女も知らない、当然といえば当然だ。しかしそれについては彼女曰く「天井を破壊すればいい」という解決法があるという。

 

「そうですか……でもそれは最後にしてくれますか。怪我人が二人いるんです」「獣人の子供なんて聖女様どこから見つけ出したのですか」「建物の中に隠れていました。ひどく衰弱してて怯えていたので今は寝てしまっています」

 

「でもソレは敵地の生き物です。一応殺しといた方がいいと思います」

 

……うん。そうだ。それを言われてしまったら反論のしようがない。仕方がないからここは詭弁で乗り越える。彼女には「人のいないこの都市で唯一の生存者である彼女達は詳しい話を聞くのに生き残らせるべきではないか」と意見を述べる。ルナシーは腑に落ちない微妙な顔で不満げだ。狼さんはこれに納得し私の意見に賛成するよう彼女に促す。

 

「…………」

 

「どちらにせよ脱出経路を探す事が優先ですね。何か上に上がれそうな設備は何処でしょう?」「少なくとも聖女様が落ちてきた穴とお嬢が空けた穴の2箇所はあります。階段や転移魔法を地道に探すしかないですね」

 

「狼さん小腹がすいたので火事場泥棒してきます」「あ、お嬢待って……って行ってしまいました」

 

「……どうします?」「私達だけでどうにかしましょう」

 

 

<狼さん!ここの飯めっちゃうまいです!

 

……彼女は何処までも自由だ。

 

『セレネちゃん!?セレネちゃん生きてる!?』

 

突然耳元に大声が聞こえる。通信魔法から焦った様子のリューナさんからだ。気絶しても魔法は解除されていなかったらしく連絡のつかない私達を心配していたらしい。ちなみに今彼女はそれらしい通路を見つけてこの地下へと下っているらしい。リューナさんを落ち着かせて私とルナシーの生存報告をしてついでに生存者とここの情報も伝える。

 

「……という事でどうやって脱出するか考えてくれませんか」

 

『おっけー!それなら心配しないで、今から出入り口用の転移魔法全力を作るからちょっと待ってて!』

 

「ありがとうございます。」

 

『はーいそれじゃ……ん!?な、なんだとー!!セレネちゃん大ニュース!たった今ナッツーの兵士も下へ行く道を発見したらしいよ』

 

感知魔法の範囲を広げる。彼女の話の通りはるか上空の地上からゾロゾロと誰かが来るらしい情報を得る。

 

『セレネ君、生きてる?』

 

会話にナツメさんも参加してきた。彼も兵が敵都市に到着したのに地図に記された位置には建物一つなく黒い金属製の板が地面に埋没しているだけで困っていたとの事。そんな中たまたま入り口らしき所を見つけて連絡をしたらしい。

 

「はい、私はなんとか……」

 

彼にも彼女と同じ情報を伝えた。

 

『人のいない地下都市……石の塔……偽の空……あの国のやる事はよく分かんないね。あと生存者は色々と聞きたいことがあるから絶対に生かしておいて』

 

「分かりました」

 

 

 

 

「ん………なにここ?おきてアネッサ」

 

彼と話していると猫の耳の子が起きて羽の子を揺すり起こそうとしている。彼との通信を中断し(彼の指示で音声だけは拾ってくれと通信は止めない)彼女に声をかける。

 

「おはようございます。体は平気ですか?」

 

「んーここがしごのせかいなの?」

 

開口一番たどたどしい話し方で聞いてきた。すぐに否定する。

 

「いいえ、ちゃんとあなたは生きています。安心してください」

 

「もしかしてどくとえーよーざいまちがえたの?じゃーしゃーない」

 

彼女はゆるい口調で独り言をして一人何かを納得するような事を話す。

 

「あ、そうだ。おねーさん、なまえおしえて」

 

「銀の聖女セレネ ブラインドです」

 

聞かれて答える。そういえば彼女の名前は何だろうか。羽根の子はアネッサと言うらしいが本人の口からは聞いていない。

 

「聖女……あーそっか。ありがとねー」

 

「あなたの名前も教えていただけますか?」

 

「?なんかいないいまわしはよくわかんない」

 

「あー、あなたの名前は何ですか?」

 

「ねこです」

 

……?

 

「いや、名前を……」

 

「ねこです。ちゃんと書いてあります」

 

そう言い彼女は過剰なまでに長い袖をめくる。右腕の袖をめくり二の腕を見せる。するとその下には黒い彫りで「ねこ」の2字が彫られていた。

 

「…………そうですね。よろしくおねがいします、ねこさん」

 

それから私はこの子らと一緒にナツメさんたちを待つことにした。



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羽と猫耳

現在位置 地下都市 穴の下 仮設キャンプ

 

現在時刻 後日

 

ナツメさんはここに兵士を送り込んでこの場を調査した。結果としてこの都市は少し前に放棄されたらしい。時期的には私達がここに派遣されたあたりで撤退命令が出されもぬけの殻となっている。建物の中にはその時に放置された物資がそのままになっていた。

 

そこから分かるのはあの兵器は逃げる為の時間稼ぎだけだったと考えられる。でもなんでそんなことしたんだろう。色々と思案を巡らせるがいい案は思いつかない。私が考えても仕方ない。戦略的に難しい事はナツメさんに任せよう。

 

ところで、なんで私がまだ地下都市にいるのか疑問に思っているだろう。それは……

 

「セレネ君、ちょっといいかい?」

 

「あ、ナツメさん。何か用ですか?」

 

「キャンプ設営でけが人、骨にヒビ。できる?」

 

「分かりました」

 

ここを詳しく調査する為に人手が必要らしい。私はこうして怪我人の治療と捕虜2名の「尋問」も任された。それと単にナツメさんの書類仕事の返事を待っているかららしい。他の人もリューナさんは魔法的な技術協力を、ミツキさんは周辺の調査の先導を、ルナシーさんは……どうする事もできないので仕方なくキャンプに繋ぎ止めて設営に協力してもらっている。

 

私は適当な魔法で怪我人を治す。戦場の地獄絵図と比べ怪我もかなりな軽く治療が楽だ。すぐに仕事も終わり捕虜二人の所へ行く。二人がいるのは兵士の見張りがついた廃墟の一室だ。見張りに挨拶をしてから中に入る。

 

ガチャ

 

「こんにちは二人とも」

 

「…………」

 

「おはよー」

 

家具の撤去された部屋、二人は部屋の隅で固まっていた。羽の子は救出時は一時的に落ち着いたものの今は再び警戒し私を敵対視する。「ねこ」は私のことなどどうでも良さげに虚空を見ている、彼女と違いほとんど警戒心はもうないようだ。

 

「アネッサ、あいさつしなー?」

 

「うえっ!?あ……うん、そうだね。お、お姉さんおはようございましゅっ」

 

「(噛んだ)こんにちは」

 

しゃがんで彼女たちに目線を合わせる。

 

「なにしにきたのー?」

 

「偉い人があなた達のことを知りたいというのでお話を聞きにきました」

 

私はナツメさんが彼女たちの知っている情報を聞き出してくれと「尋問」を頼まれた。「尋問」とはいっても本で見るような痛々しい物や身の毛のよだつものでもない。ただ彼女らと親身に話して知ってる事を話してもらう。私だってそんな酷い仕事なら断るし彼も子供相手に大柄な兵士さんを相手させるのは悪いと私に頼んだのだ。一応情報の開示について以外手段の指定はされていないし好きにしろと言われているからやろうと思えばそういう事もできるけど……私は私のやり方で「尋問」に挑む。

 

「話すのなんて……そんな、私達何も知りません……」

 

「そんなこと無いですよ。内容は何でもいいんです。私が質問するので難しいこと考えずに答えるだけです」

 

「そ、そうですよね。ごめんなさい……」

 

「まずねんれいをたずねるのがいんたびゅーのきほん。おぼえとけ」

 

「ねこ」さんがどのような意図でそれを言っているのか私にはさっぱりだ。とりあえずおお互いの自己紹介から始めることにした。

 

「わ、私はアネッサ。よろしくですっ!」

 

アネッサは金髪でコウモリの羽の女の子だ。歳は11で可愛らしい顔立ちをしている。性格は控えめで私相手ですらかなりおどおどしている。これでは兵士では会話になっていたのかすら怪しい。種族は予想通り吸血鬼のようで肌は白く目は赤い。好奇心からよく聞く日光等への効果を聞いてみると日光が苦手で命に関わるほどではないが他種族より日焼けしやすいらしい。羽根については動かせはするけど小さすぎて飛べない。しかも昼行性という。本当に吸血鬼なのか?

 

「吸血鬼は初めてお会いしました。やっぱり血とか飲むんですか?」

 

「えっと……出来ないことはないです……でも血は嫌いです」

 

話を聞くとどうやら血液は生存には必須ではないらしい。普通の食事で栄養は賄えるとなこと。

 

「(とても興味深い話ですね)でも何故嫌いなんですか?」

 

「だ、だって吸血なんてそんな恥ずかしい事私にはできません!無理ですよ!」

 

「ゆびなめなめしてみる?」

 

……何故だろう。私ももし吸血をするとして改めてその姿を想像してみるとなんか恥ずかしい気もしなくもない。

 

「(……この子とは何だか波長が合いそうです)」

 

 

 

 

 

「『ねこ』です」

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

「!?ちょ……『クー』まさかその名前で?」

 

白猫の彼女はやっぱり偽名だった。彼女の名前は「クー」だ。種族は白猫の獣人で頭には猫の耳が生えている。しっぽも丈の長い服の下に隠れて生えていた。右腕には「ねこ」の入れ墨。9歳で体はそれよりも幼く顔もあどけない感じ。しかし目元は酷く不気味、というか死んだ目をしている。見て不安になる目つきだ。

 

「その目は……どうしたんですか?」

 

「ねこはもとからこんなんよー。だから安心してー」

 

「(話している限り心理的に何かを抱えている風はしませんしこの場では信用してもいいですよね)」

 

「ああ……ごめんなさい……クーがまた暴走しちゃった……」

 

 

 

 

 

「私はセレネ、聖女をしています」

 

私はナツメさんから極力情報は渡すなと言われているので簡単に名前と職を伝えててから本題に入る。

 

「ここはどんな都市何でしょう。私が感知した限り魔力が少ないからどんな所か不思議でして」

 

彼女らにそう尋ねるとそれについて簡潔に教えてくれた。ここは王国での魔法に相当する「電気」を主力としている。具体的に何をしているのかも聞くととにかく色々で空の光がその一例だという。今は人が出払い予備電源で動いていてその内これが無くなると消えて地の底のように真っ暗になるらしい。

 

「あなた達はあそこで何をしていましたか?」

 

「悪い事はしてないです……私達にはそんなの出来ないしありえません」

 

「あんしんあんぜんじんちくむがい」

 

彼女ら曰く彼女らは完全に一般人らしい。1、2週間ほど前突然敵が攻めてくると伝えられ殆どの人は都市から出て行ってしまった。彼女らは運悪く避難に気が付かずに逃げ遅れてしまい仕方なく数日分の食料を人のいない住居から盗み出し私と出会った建物に籠もっていた。

 

「不可抗力なんです……許してください……」

 

「していゆうがいせいぶつだころせ」

 

アネッサは私に盗みへの許しをこう。仕方がなかったと許してあげた。

 

「あなた達はあの建物がどういう施設なのか知っていますか」

 

その質問に二人は目を合わせてから知らないと答える。

 

「…………そうですか」

 

ーーー

 

その後も適当に話をしつつ彼らから話を聞くも特に有力な情報は得られなかった。しかし彼女らとは確実に打ち解けていてアネッサの口調は格段に柔らかくなった。話の内容は次第にお互いの事について、更には私の話題になっていた。

 

「あの……気になってたんですけどセレネお姉さん……左手が……」

 

「はい、ありません。でも元からこうなので気にしないで下さい」

 

流石に子供に戦闘で吹き飛んだなんて真実を伝える訳にも行かず適当にお茶を濁す。クーは彼女の質問の意図がわからず袖が塞がれている所を見せてやっと私の腕がないことに気がついたらしい。少し不思議そうな声を出してそれからすぐに興味を失い「なんかすごい」と感想を漏らした。

 

「せれねはすきなひととかいるの?」

 

「クー!?文脈は!」

 

「うーん、強いて言うなら博愛ですかね?特定の人が好きとかはまだないです」

 

まあ、女三人集まってこの手の類の話にならない訳がない。だけど生憎私は男とは無縁の生活を何年もしてきた身、色恋沙汰とは一切無縁だ。

 

「あなた達の方はどうでしょうか」

 

「ねこはアネッサがすきー」

 

クーはアネッサに抱きついてお腹に顔を擦り付ける。彼女は恥ずかしそうに慌てて引き剥がそうと抵抗する。

 

「あわわわわっ!いきなりはやめて!」

 

「んーいいにおい」

 

「嗅がないで!ちょっ、くすぐったいから!」

 

二人の微笑ましい戯れを見ていると何だか和む。生まれた場所は違えどやはり子供というのは無邪気で可愛い。

 

「アネッサさんもクーさんが好きですか?」

 

「えいっ!やっと離れた…………そうですね、好きか嫌いかで言えば……すき、です」

 

顔が真っ赤だ。

 

「親愛であるならそう恥ずかしがらなくても。二人とも姉妹みたいですし仲良いですね」

 

「姉妹……」

 

返事がなかなか帰ってこない。もしかして聞いてはいけない内容だったのかと心配になり無理に答えなくてもいいと伝える。

 

「ううん、そうじゃなくて……私とクーは家族じゃないです」

 

意外だ、というか種族が違う時点でその辺りは気がついていたけどやっぱりそうだった。

 

「わたしとアネッサはしんゆー。だけどにまいがいのうえとしたみたいにゆいいつむにむになんだー」

 

「それじゃあ家族は?」

 

「いません」「いないよー」

 

……不味いことを聞いてしまった。すぐに謝る。

 

「辛いことを聞いてごめんなさい」

 

「はははーもうなれてるよーアネッサもうまれたときからふたりぼっちだし」

 

「セレネさん……お姉さんは普通の家庭ですよね?」

 

「いえ、そういう私も小さい頃捨てられた身でして」

 

それを知った彼女らは少し憐れむ目で私を見て、アネッサは聞いてしまったことを謝った。

 

でもこうして孤児ばかり集まっていたと分かると妙な親近感が湧く。ちょっと重く湿った空気もお互いがそういう出自であると知った後だと寂しい者同士協力しようという気になる。彼女らも同じ事を思って少しだけ元気そうになった。

 

「つまり……仲間………ですか?私達」

 

「仲間、そうかもですね」

 

「『かぞく』ってこと?」

 

家族か。確かに、私から見たら彼女らは小さな妹だ。もしくは母と子?これは無理がありそうだ。

 

「(……家族、いい響きです)」

 

「じゃあ……セレネ姉って呼んでも……やっぱり何でもないです!」

 

「別にいいですよ?それと敬語も無理に使わなくても平気です」

 

「えっいいんですか?……じゃあ、よろしく、セレネ姉」

 

 

 

タッタッタッ

 

ガチャ

 

「セレネさん。こんにちは」

 

私達の「尋問」の最中に沢山の金属容器と3人分の食器を持ったルナシーが部屋に入ってきた。今日は珍しく服が土汚れだけで綺麗な方だ。

 

「ルナシーさん、おはようございます」

 

「こ、こんにちは………」「んむ?あかいこ、きみだれ?」

 

「キンキンうるさいクソガキですね。頭が痛くなるのでぶっ殺していいですか?」

 

「ひっ……やっぱり私達はここで死ぬんだぁ……」

 

入室早々物騒な彼女だ。元気になっていたアネッサがすっかり涙目で怯えてしまっている。クーと私が元気づけてどうにかテンションを持ち直させる。それを横目にルナシーは持っていた金属容器を床に積み重ねている。

 

「飯です。捕虜の分もその中に入っています」

 

もうそんな時間か。窓がないから実感が沸かなかったけど小腹が空いてきた気がする。彼女は大小様々な容器を手に取る。薄い金属板で出来た箱や円筒で食べ物の綺麗な絵が描かれている。これらはここで拾った敵国市民の一般的に販売されている保存食、逃亡の際置いていった物で味は基本美味しいとルナシーが教えてくれた。でもこれはどう開けるんだ?見た所これには開けられそうなものは……

 

「うしろー」「ふふふっ、開けるのは逆側でってあわわっ!汁が飛んだ!」

 

ああ、この輪っかを引けばいいのか。彼女らも各々好きな物を開けている。クーは小さな缶を慣れた手付きで缶を開ける。対象的にアネッサは中身が吹き出て苦労している様子だ。

 

「クー、それ何?」

 

「かいばしら。まずい」

 

私も適当に中を開けてみる。中には肉が混ぜられた米飯だった。食べたことの無い類の調味料しょっぱめに味つけされ保存食にしてはかなり高品質だ。つまり普通に美味しい。

 

「あ、それそう開けるんですね。次からはそうします……甘っ!?」グシャッ びちゃびちゃ

 

…………ルナシーは容器を握り潰して中の汁と塊を飲む。色合い的に果物が入っていたのだろう。潰したときに飛び出た物と飲みきれなかった分の汁が服に飛散市大変なことになった。

 

「チッ服がベタベタに……」

 

彼女は自身の服を脱ごうとする。上一枚なら……とスルーしかけるも下数枚ごと巻き込んでぬごうとしていたので止めるようお願いした。

 

「ルナシー流石にこの場で裸になるのはやめて下さい!」

 

「チッ、分かってますよ。ナツメさんじゃないし下着までにしておきます」

 

「いやそうじゃなくて……」

 

「あと飯食べたら結果を話してほしいってナツメさんが。その間アレは狼さんが相手してます」

 

なら早めにご飯を食べ終えなければ。ルナシーには彼女らと喧嘩しないようにバランス要因の狼さんを呼ぶよう頼んだ。すると部屋を出て狼さんを呼び出して食事が終わるまで部屋の前に待機させる。

 

「もふっーがいる」「お、おっきいのがいる……」

 

入り口の隙間から見える狼さんに二人はそこそこ興奮していそうだ。二人はナツメさんから伝えられた注意を彼と彼女に伝える。狼さんはルナシーを心配し頭を抱えたがやってくれるらしい。

 

「聖女様、お任せください。お嬢もしっかり指示を守って仲良くしましょう。丁度一つ差の兄弟みたいですし」「うるさい、それ以上喋ったら刺殺します」

 

「ひっ……」「アネッサあんしんしなよ」

 

ああ、早速アネッサがルナシーに怯えてしまっている。狼さんがどうにか彼女に歩み寄って警戒を解こうとしているけど大丈夫かな……?とりあえず私はいつもよりご飯を口に入れるペースを早めすぐにナツメさんの所へと向かう。

 

「それでは、よろしくおねがいします」「私も着替えてから参加します。狼さん場は持たせてください」

 

バタン

 

「…………」

 

「おおかみなのかこれは。よろしくー」「狼さん……よ、よろしく、です」

 

ーーー

 

 

 

「…………以上です」

 

「やっぱり天井は偽か。それも時間経過で真っ暗に……ここにキャンプを作ろうとしたのは間違いだったか」

 

「ええ、ここは穴の下だからまだ日光が入るからまだ明るいです。しかし探査の拠点となると色々と物資搬入が難しいかもですね」

 

私とナツメさんの二人で仮設キャンプから離れた人の少ない所で「尋問」で聞き出した情報について話し合う。

 

「うーん、でもいいや。上に掛け合ってむりやり押し通そ。よし、問題解決」

 

どう考えても何も解決していない。

 

「それと……彼女達は『怪しい』です。彼女達のいた建物の調査はどうなりましたか」

 

「君がゴリ押した通路が残ってたからもう終わってるよ。言わんとしてることはそういうことだよね?」

 

……彼女達はあそこに逃げ込んだらしいがそこが引っかかっていた。あの建物は相当頑丈な扉で外部と隔絶されている。まるで何かを閉じと込めるよう何十もの隔壁を使ってだ。兵士の調査によると外部から侵入した痕跡は私の通った道以外ない。それに彼女達が盗んだと言っていた食料は全てあの建物内の同じフロアで賄える物しかなかった。私達の知らないだけで通路が確保されている線も考えはしたもののやはり彼女らが外に出ていたとは考えられない。

 

「リューナちゃんが言うには転移系の仕組みも無いし物理的なセキュリティで外部と隔絶されたまま停止……となると」

 

「「二人は初めからあの部屋にいた」」

 

「そうなりますよね」「だよね」

 

「尋問」前に事前にナツメさんの指示は意図こうだった。「こちらの情報は渡さず、なおかつ彼女等と親身になって話してボロを出させろ」だ。

 

「でも何でそんな非合理的な事をしたんですか?」

 

「いやさ、普通に子供を拷問かけるのは僕も嫌だしもし一般人だったら嫌だから。それとミツキ君がこうしろってうるさくて……後は個人的な理由かな?」

 

個人的なと聞いて嫌な予感がした。

 

「彼女らは僕らで預かる。その為にも彼女らとは仲良くしておかないといけないからね」

 

「…………はぁ」

 

彼は話を続ける。彼曰く彼女らは子供だが捕まってしまった以上このままだと捕虜として軍に引き渡されてそのまま捕まったままだろう。そうなると彼女らにはかなり辛い思いをさせなければならず最悪二人が離れ離れになる可能性すらある。

 

「だから身勝手だけど僕の管理下に置いておく。それならあの子達は自由に動かせるし安心だよね。軍人としてはたかが二人の子供の捕虜にわざわざ指揮権使ってまで贔屓してる訳なんだから悪い見本だけど。こんな時じゃなきゃ上司に凄い怒られそうだなー、なーんて」

 

彼は自虐しながら笑う。普段とは違いちょっといい事を言って恥ずかしそうだ。私も笑いながらそうですね、と返す。

 

「…………真面目に話すと本当の理由はこれからさ。あの子達が何かを隠している以上最悪の場合は殺さないといけない。勿体無い位可愛いけど脱走なんてされたら僕に責任が来るから絶対だ」

 

「あ、あの子達を殺すだなん……いや、そうですよね。つまりそうなった時に私達が?」

 

「Yes。地下に幽閉されてた怪物が見てないスキに暴れられたらまず動かないとならないのは君たちだ」

 

「…………」

 

「その時は皆で協力を頼むよ」

 

私は想像する。彼の示すその時が来てしまったら私はどんな顔で彼女らの前に立つのだろうか。そして彼女らはどんな目で私達を見て何を思うのか。

 

分からない。ただ予想はできる。それは「悲劇」になる。

 

「(それなら今だけでも心の内で喜劇を祈りましょう)」

 

 

「あ、そうそう。そんな訳で敵国の奴を預かる都合上兵舎を王都から別の所に移すのに引っ越すよ」

 

「はい………引っ越す?」

 

聞き捨てならない単語が聞こえて聞き返す。

 

「うんそう、引っ越す。暫くはあそこの調査で僕らの出る幕は無いし長期休暇ついでにいいと思って。場所は地方の都市なんてどうだい?利便性と自然のバランスはいいし少し中心部から離れるだけで静かで落ち着いた生活が「ちょ、いやそうじゃなくて態々引っ越すんですか!?二人の為に、あの豪邸を離れて!?勿体無いですよ!」

 

しかも預かるってそんな直接的な意味だったの!?ちなみに家はもう買う準備をする手配をしているらしい。こういう時だけ妙に行動が早すぎる。彼は驚いてる私を無視しキャンプへ戻る。

 

「君たちの為さ、そりゃ全力になるし……なにより」

 

「何より……?」

 

彼はこちらへ決め顔で振り向きこう言った。

 

 

 

 

 

 

「可愛い幼女に僕の『検閲済み』が反応して疼いちゃったからもう仕事ヤらずにはいられないんだよ」

 

「…………最低」

 

ああ、神よ。私が彼へ送るゴミを見るような目をお許しください。




再開はいつになるか分からないけどこの先日常回


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カノン:帝国兵器データ 「111010011011100110111111」「零式」「貝器」

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それではごゆっくり。

 

ーーー

 

兵器番号 M0F1-|)∈∑Γ-111010011011100110111111-Β

 

説明

 

当兵器は対大型兵器、もしくは小型兵器の散布を目的とした兵器です。体内の至る所に緑色の発電機関を持ち自身の魔力を流す事で発電、発生させた超高電圧の使用が可能です。またこの特性を利用し遺伝子操作や転生者により武装を装着させ、それらを自ら発電した電気で操縦し戦闘で使用します。

 

当兵器の開発には生物兵器開発部門と電子開発部門、重火器開発部門の協力を経て開発されました。以下は当兵器に施された武装及び攻撃手段の一覧です。

 

【苫魔砲苦】 背面のミサイルポッドから小型ミサイルを発射する 着弾地点に球状の高電圧空間を発生させる

【我戸凛具】 胴体に格納されたガトリング砲を射出する

【兵器散布】 兵器を散布する 散布には事前に射出機関を格納する、もしくは弾丸の中に兵器を詰める

【大放電】 外側2本の角に偽装した装置を使い超高電圧を射出する 

【鹿猟砲】 中心1本の角に偽装したレールガンを超高電圧を流し金属を射出する

 

なお一般帝国民向けに武装を解除した小型の当兵器「神無紅葉」が食用に流通しています。

 

追記

 

男性職員に開発を任せたら予想以上にやる気を出してくれました s博士

ネーミングセンスはどうにかならなかったんですかね P博士

ーーー

 

X6E7-λq5-零式-Α

 

当兵器は空中戦、空襲に特化した兵器です。蜻蛉の体を巨大化させ遠距離攻撃をする機関が取り付けられています。弾種は個体により異なり身体的な差異により外見から判断可能です。以下はそれらの一覧より抜粋した資料です。

 

【茜】 赤 中型の個体で当兵器内での平均的な性能 連射可能な中型魔法弾

【銀】 白色 比較的小型で機動に特化している レーザー弾

【黑】 黒 大型の個体で火力に特化している 起動性能は低い 爆発性の大型魔法弾

 

一応可食です s博士

 

ーーー

 

兵器番号 2A5C-5IzεⅡ-貝器-Γ

 

説明

 

当兵器は対歩兵、対輸送隊を目的とした兵器です。被害を与える方法は研究に次ぐ研究により運用法が多岐にわたる為詳細は各々の説明を確認してください。

 

なお当兵器は食用にも適しており非常に美味です。製造された兵器の一部は各所研究施設の食堂にて提供されます。

 

【赤貝】 対象が周囲に近づいた時発火し爆発を起こす 非常に食用に適しており食堂では寿司のネタとして提供される

 

【帆立】 通常種より大きく殻が金属質となっている 高速回転し対象を切断する 調理法に派閥が多く購買にて生と冷凍が販売される

 

【雨降】 対象が接近した際毒性を持つガスを発生させる 食用目的が一部の職員から熱狂的な支持を集めている

 

【栄螺】 殻についている棘を射出する 当兵器の中でも特に美味であり戦闘糧食への転用も採用が検討されている

 

【芋貝】 内部に■*10mの毒性のある針が内蔵され対象を刺突し毒を注入する。食堂では不人気だか殻は購買部にて販売される

 

【法螺貝】 画像データを入れる事で音声を発生でき音響兵器として利用される 購買部にて食用または音響機器として販売される

 

【鮑】 赤、白、黒、青が存在する 食用目的も人気だが男性職員から「検閲済み」

 

【阿古屋】 高速で真珠を射出する 購買部にて販売される真珠は女性職員から人気である

 

【亀手】 現在開発中 兵器の装甲に固着し擬似的な手足として機能する 味と食感が課題

 

【溝貝】 現在開発中 品種改良により大きさが30cm程となり外力により殻が開いたとき貝肉が任意の食料品に置換される 置換された食料品は低品質であり貝のままの食用が検討される

 

【蝸牛】 現在開発中 用途不明 現状最も使用意義の不明な個体

 

【硨磲】 「検閲済み」 当兵器を原子力を用いて兵器化する事は禁止しますby P博士 味はうまいby s博士

 

【蜆】 摂食するとことで体内のアルコールの分解を促進する 食堂にて朝食に提供される 「これ兵器でする必要無くね?」という意見は今後も受け付けません

 

追記

 

どれもとても美味しいです s博士

悔しいですがそれには同意見です P博士




いつの間にか2000UA行ってた。

3000になる頃には完結するだろうか


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【羽と猫耳編】新たな日常

透明ネタはお好きですか?


ーーー

 

定期報告

 

現在までの経緯と今後の方針

 

谷の村にて廃棄された兵器を発見。聖女が左手に治療不能な怪我を負うも討伐。

 

その後前線に勇者と聖女を投入。都市を一つ落とす。陥落時既に敵国市民は避難済みで現在都市を調査中。その時捕虜を2名確保。まだ幼いという理由で勇者ミツキが軍の管理下に置く事に反対した。捕虜2名も勇者聖女に信頼を寄せ人に危害を加える事は現状無いと判断し王都から離れた都市に勇者聖女と共に管理する。

 

なお上記の計画は既に承認されている。以上軍のコメントと王様のお言葉。

 

断っても勝手に隠れてするだろうし知らない所で何かされると困るから報告だけして好きにしてくれ by軍

 

お願いします容認するから静かにしてて下さい by王様

 

P.S 家買ったから代金は適当に引き落として。

 

ナツメ クロヒメ

 

お国のバーカ!!!(うっすらと筋が入る)

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう」

 

ガチャ

 

扉を開くといつもよりラフである服のナツメさんがいた。知的でミステリアスな外観が今日はホコリで汚れている。それ以外は寧ろ普通の女の子みたいだ、男だけど。汚れに関しては今していることを考えればそれも当然だろう。

 

「ナツメさん、何を書かれているんですか?」

 

「あ、これ?これは各所に送る書類の下書き。君たちの為とはいえ流石に勝手に動きすぎたから文句言われそうだったし免罪符を書いてるんだ」

 

「お疲れさまです」

 

埃だらけの書斎。物書き机と古い本が並んだ棚が壁際に並ぶだけの部屋で彼はいた。机には数本のペンと何枚かの紙、それと机を拭いて黒く汚れた雑巾がある。

 

「まだ少し埃っぽいですね。窓を開けませんか?」

 

「そうだね。今開ける」

 

彼は紙に適当な重石を置き窓を開ける。涼しい風が部屋に吹き込みカビ臭く淀んだ空気を流し出す。

 

「涼しくていい風。それにきれいな景色、良い所を買って下さりありがとうございます」

 

私は窓から外を眺める。眼下には草木が生い茂りその先には町が見え、更に遠くには私が前に吹き飛ばした山が見える。

 

 

 

「もしかしてそれは皮肉?」

 

私達は今、ボロボロの教会にいた。

 

ーーー

 

現在時刻 上記より少し前 都市陥落より7日後

 

現在位置 地方都市 自宅

 

「……という訳で今日からしばらくはここが僕らの家だよ」

 

戦地から離れて数日、私達は王都で荷物をまとめて、それと全員分の生活雑貨を揃えてからナツメさんが買ってくれた新しい家に引っ越した。新居の場所は王都から遠く離れた地方の町、その中心部から少し離れた丘の上とのこと。クーとアネッサも連れた新生活、新しい土地で楽しく生活……そう思って馬車に乗りここに来たのだが。

 

「ナッツー、もしかして私達お化け屋敷に住むの?」

 

「(リューナの言う通りだな。映画のガキが見たらお化け屋敷って真っ先に言われそうだ)」

 

「…………お嬢」「流石に更地にはしません」

 

眼の前にあるのはボロボロの教会と2階建ての司祭館だった。普通の建物よりも一回り大きく7人で住んでも十分そうだ。しかしそれ以外は全て悪い。庭の雑草が好き勝手に伸び放題で建物の汚れた壁には蔦が伸びている。建物の外壁もかなりひどく汚れている。事前の説明で「古いけど家具付きで広い物件」とは言われていた。それでもここまでとは……

 

「あ、あの、とりあえず中に入らないですか?」「だねーひとだんらくしたらすべてやきはらおー」

 

アネッサの言う通りだ。取り敢えず内装を確認しよう。まずは私達の住む司祭館の扉を開ける。立て付けの悪いドアを開けるとまずはカビ臭い匂いが中から漏れ出す。勇気を出して中を見るとそこにはホコリの積もった玄関とボロボロの壁、これではもはや廃墟だ。

 

「おい」「どうなってるんですか?」

 

ルナシーとミツキさんが剣を持って扉の前でナツメさんに問い詰める。

 

「や、止めてよ。そんな物騒な物を持って僕をどうするつもりだい?」

 

「四の五の言わず答えろ」ナタシャキーン

 

「ナツメ、別に俺らは怒ってるわけじゃない。剣だってたまたま持ちたくなってきたから持ってるだけだ。だから訳を話してくれ」

 

「価格と間取りだけ見て細かいのは部下に任せて買いました」

 

「…………」「…………」

 

「……てへっ♪」

 

 

 

 

 

「セレネ姉、後ろ……」

 

彼らは無視する。彼は暫く自由に行動しすぎたからこの気にコッテリ絞られた方がいい。一応危ない事はしないでと声掛けだけしてから再び中を探索する。

 

「うへぇ……すっごい蜘蛛の巣だね。お姉さんの研究室でもこんなに酷くならないのに。何年放置されてたのかな」

 

リューナさんが先頭でその後ろに着いていくように進む。リューナさんが壁に張る蜘蛛の巣を払ってくれているお陰で後方の私達は汚れずに済んでいる。だけど彼女が歩く度に埃が舞い後ろは後ろで辛い。

 

ゴッ

 

あ、リューナさんが何かにぶつかって物の上に溜まった埃が落ちてきた。思わず私は咳き込む。

 

「ゲホッゲホッ……ちょ、リューナさん一旦止まりましょう」

 

「はいはーい停止しまーす!セレネちゃんもどうした?」

 

「進むにはちょっと埃っぽくて。先に二人で浄化系の魔法でどうにかした方がよろしいかと」

 

私は適当な浄化魔法を組む。私は物理的で直接的な作用が少ないタイプしか使えないのでリューナさんに水や風の浄化魔法を使ってもらい家の大まかな掃除をする。

 

「ふっ!」「えーい!」

 

ぶわぁっ!

 

二人を中心に床や壁に私達の魔法が伝播していく。風の浄化で埃を掃き、水で汚れを取り、光で細部の汚れを浄化する。

 

最近回復と攻撃にしか魔法を使っていなかったからこういう生活に便利な魔法は久しぶりに使った。修道院では掃除は魔法を使ってなかったしこれからここの掃除をするときには定期的に使うことにしよう。

 

「うわぁ、凄い……お姉ちゃん、これが聖女様の魔法なの?」

 

アネッサは私達の魔法に大層驚いている。魔法自体はそこまで高等な物でもないし、もしかして。

 

「ええ、そうで「そーだよ!魔法は初めてなの?」

 

「はじめてではない。たまにみる」

 

アネッサが言うには敵国にも魔法はあるらしい。しかし用途は王国と同じく専門分野にだけに限られていて一般で使用する人は少ないらしい。これは後でナツメさんに伝えておこう。

 

探索を再開する。とはいえこの家には一般的な家庭にありそうな設備のみしかなく目立ったものは無い。部屋数も若干多いくらいで二人一部屋位なら部屋が持てそうだ。それと全体を通して言えるのは前に住んでいた人が置いていった古びた家具や備品が残っていた事くらいである。

 

「(変わった物も特に無いのかな?)」

 

「へんじがない。ただのいっぱんじゅうたくのようだ」

 

「セレネちゃん、ここは調べ終わったし教会の方行かない?」

 

そうだ、建物はもう一つあるんだった。そっちなら何か面白そうなものがあるかもしれない。私は最後にたまたま調べた1階リビングルームから出ていく。

 

「……?」

 

部屋の本棚の前にアネッサが残っていた。彼女にも教会の方へと行こうと声をかけたほうがいいかな。

 

 

「アネッサ?」

 

「ふぇっ!?あ、ごめんなさい。私も教会に行くね」

 

そう言って彼女は部屋から出る。彼女の前の本棚には聖典といくつかの書籍が並べられていた。もしかして読みたかったのだろうか。小説を一冊出してペラペラと中をめくり流し読みする。どうやらこれは……架空戦記らしい。他はこの小説の続きだ。作者は「滝沢 ドラコ」と書かれていた。だけどそんな事はどうでもいい。私も出ていく。

 

ーーー

 

教会の中も家と変わらずボロボロで浄化をしてから中を探索する。

 

「(中は汚いけど施設自体はかなり上等です)」

 

大きさは外観に見合った丁度いい大きさ。内装はそれよりも凝っており蜘蛛の巣が張った古びた装飾があちらこちらにある。ここに人がいた頃だったら結構な賑わいを見せていた事だろう。

 

「んーかなり雰囲気あるね。なんていうか、誰もいないから好き勝手できる背徳感に廃墟という危なそうな要素が加わってドキドキしてくる。そう思わないセレネちゃん?」

 

リューナさんは椅子に足を組んで座りながら私に聞いてきた。私も教会にはお世話になったけどこんな状態の所は初めてだ。行儀は悪いけど普段できなかった事ができるのは確かにワクワクするものである。

 

「それでもあんまり変わった事をして怪我はしないようにして下さいね」

 

「それは分かってるって。そういえばあの二人は?」

 

彼女らは入って早々に入り口から見える扉から別の部屋に行っている。ここも対して変わったものは無いしその部屋に入る。

 

ガチャ

 

 

「これは……」「階段?」

 

ドアの先には地下へと続く階段があった。いつからあるかも分からない古い魔道具の微かな明かりで足元が薄暗く照らされているだけで先は見えず非常に不気味だ。

 

「どうしますか?」「そりゃ行くしかないでしょ!こんな面白そうなところ!」

 

 

 

コツ……コツ……

 

 

階段は奥が暗いのもあって移動距離が長く感じる。だけど少し下ると奥から明るい光か漏れていた。きっと先に入った彼女らが明かりを起動したのだろう。そしてその先にあったのは蜘蛛の巣と埃だらけの無数の本棚だった。おそらく図書室だろうか。(そして案の定明かりのスイッチの上部所に積もる埃が指の幅だけ落ちていた)

 

「アネッサ、これみて」

 

「『世界3大〇〇100選』って何この変な本?どうやって見つけたの?」

 

「しらない。だしたらたまたまこれだった」

 

やはり彼女らはここにいた。クーは会話の通りよく分からない本をアネッサに見せていてアネッサはアネッサで何冊かの本を床に重ねていた。見た所小説らしい、そして様々な棚から適当に出したらしくジャンルの統一性が無い。その中にさっき部屋で見た本もある。

 

「……?(これ、さっき見た小説の知らない巻だ。続きって事は敵の国にもこの本ってあるのかな?だとしたら知らないだけで有名な本そう)」

 

「セレネちゃん、ここの本凄いよ!」

 

リューナさんに手を引かれ別の棚へ連れて行かれる。棚の本は埃こそ被っているものの低温で気温の変化の少ない地下だからかかなり保存状態はいい。湿度もどうやら魔法で制御されて保存環境も良好だ。そして肝心の書物は……

 

「数学、魔法、錬金術……蔵書が無駄に充実してる」

 

「しかも古いけど有名な魔導書まであるよ!」

 

それは嬉しい。しかし中身を見てみると全てが感覚魔法や呪文魔法ばかりで理論魔法は全くと言っていいほど無かった。まあ、私もリューナさんも扱えそうにない本当に手に余る物以外は頑張って読もう。

 

リューナさんはそれらの内何冊を取りそれを虚無へと放り投げこんだ。曰く後で読みたいから空間に魔法で作った異空間に収納したらしい。正直ちょっと心臓に悪かった。興奮して少し騒がしい私達が気になったアネッサとクーがこっちに来た。

 

「セレネ、リューナ、どうしたの?」

 

「ああ、うるさかったですね。面白い物を見つけただけです。多分クーとアネッサには早いですよ」

 

「そうなんだ。これ、難しいそうな本だけど読めるの?」

 

アネッサが聞いてきた。断言はできないけどこの本に書いてある内容はそこそこ難しい。でも幸い数学とかはそこそこ読めるし物理?や理論魔法以外の魔法なら私も勉強したかった。読みたいなら私達と勉強しながらゆっくり読もうと提案する。

 

「だからゆっくりできるようになったら皆でお勉強だよー!おー!」

 

「おー」「リューナ姉ありがとう。でもお勉強か……」

 

「(いつの間にかリューナさんも姉呼びになってる!?)」

 

私は知る由も無いがいつの間にかこんな事があったらしい。

 

 

 

ーーー

 

現在時刻 地下都市調査中

 

現在位置 捕虜の部屋

 

ガチャ

 

「こーんにーちはー!アネッサちゃんとクーちゃんだって?」

 

「何方ですか?」「ふーあーゆー」

 

「あれれ?セレネちゃんは今は治療中だったか、残念。私はリューナちゃん、よろしくね!」

 

「そ、そうですか(セレネ姉が言ってた楽しそうな人はこの人だ)」「よろしくーくーでーす」

 

その時私は彼女の予想通り不調の兵士の面倒を見に少し場を離れていた。その時偶然調査から帰って来たリューナさんがここの話を思い出し寄って来たらしい。それも手土産を持ってきて。

 

彼女が持ってきたのは焼き菓子だった。どうやら流石に戦地にそこそこの期間いたからストレスが溜まっていたらしく兵隊の食料を少し貸してもらって、足りない分は無理やり魔法で取り寄せて適当に作ったらしい。ナツメさん曰く「勝手にそういうのは止めて、いや僕も人のこと言えないけどさ」。そういう彼にリューナさんは作った一つを口に入れて無理やり正当化したそう。

 

「お近づきの印にどうぞ!」

 

「うわぁ!いいんですか?」

 

「いいよいいよ。それと私はリューナお姉さんって呼んで!」

 

「はい、リューナ姉。美味しくいたくね」「リューナよろ」

 

 

ーーー

 

「(ふふーん、子供の扱いが得意でもお姉さんの元気の方が一枚上手だったね!)」

 

悔しいがこういう手には勝てるはずが無い。素直に負けを認めよう。あ、ちなみにその一つは私も仕事の休憩の時に貰った。甘くて美味しかったです。というかお菓子なんて作れたんだ、意外だ。

 

 

 

 

 

その後一通り教会を調べ終えてこれからの事を考える。

 

まあ、真っ先に思いつくのはもっと徹底した掃除、それと設備の点検だろう。魔法で大まかな汚れは取ったけれど細部の掃除はまだで実際椅子の上や床の角などに目立った汚れがある。

 

設備もなかなかに汚れていたり老朽化していたりと課題が山積みだ。でもここには特に変わったものはないから私とリューナさんの魔法だけでよさそうだ。

 

多分業者を呼ばずとも私達だけでどうにかなる。図書室だけは本のある都合上魔法を使わずに人力で綺麗にしよう。

 

 

 

 

 

「うう……僕も悪かったよ……悪かったけど何もここまでしなくても…………」

 

硬い地面に下半身を埋められたナツメさんと相談して彼を掘り出した後掃除を始めるとした。




作者は日常がいわゆる非リアとされる人種の為日常回には空想が多く含まれます。だからこんな流れがあるか、や突然のシリアスは止めろ、等の指摘は作者も重々承知しております。

本当に申し訳ない。


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大掃除は多少の魔法と多大な人力で

緑評価なんてあったんだこのサイト


現在時刻 10:00

 

「さて、皆さん。道具は持ちましたか?」

 

家のリビングにて全員掃除道具を持ち動きやすい服装で集まる。ナツメさんとミツキさんは最近見なかった普段着で、リューナさんは浄化魔法を付与しているといつもの格好、ルナシーはどうせ汚れるからとほぼ下着みたいな格好で来た。急いで適当な服を持ってきて彼女に着せる。

 

「はーいできてまーす!」

 

「俺は出来てる」

 

「面倒臭いですが住むには汚すぎますし仕方ないです」「お嬢、一緒に頑張りましょう」

 

「はい、準備万端です」「かんぜんぶそうかんりょう」

 

「僕も掃除するの?やだなー僕は後ろから指示だけしてゆっくりしてたいのに」

 

自分の事が原因なのに文句を垂れるナツメさんも当然動員する。家具はここにあるから追加で搬入する物は後回し。だから日が昇っている内にここを掃除して生活出来るようなレベルにまで綺麗になければならない。

 

取り敢えず力仕事が必要なら男性、加えて人手が足りなければバフを盛った私でして、アネッサとクーには持たせた雑巾、箒とちりとり等で子供にも出来る事をさせる。私達は局所的に魔法が必要な所をまわろう。私は光魔法しか使えないから活躍は少ないかもしれないけど魔道具の回路系の修復なら出来る。それと落ちない汚れを魔法で落す事が仕事かな?

 

ひとまず私も手に絞った雑巾を持って建物内にある魔道具等の式の数を確認する。

 

【00ℵχ+A彁】

 

「んー」

 

流石大きい施設、神聖な施設ということもあり浄化系の魔法及び装飾の保護のための空調、照明関係の魔法が視界に入らないように配置してあった。例えば天井の壁際とか装飾に紛れてとか、まるで宝探しみたいだ。それを考慮するとこの施設には気が付かなかったけど中々厄介な壊れ方をしている物が多すぎる。

 

「(空調系は……属性的な機構はリューナさんに任せるとして殆どはただの起動時の魔力不足です。これなら少し初速を与えておけばどうにかなる。それと…)」

 

照明は言わずもがな浄化系の魔法に関しても光魔法で構成されているからこれは直せそうだ。試しに魔法の式を確認してみると

 

「うわっ何これ?凄い大作の魔法」

 

「セレネちゃん?」

 

リューナさんにも建物の魔法の事を教えて確認してもらう。すると彼女も苦い顔をする。そしてこちらを見て「全部の点検は1週間くらいかかるかも……」とこぼした。

 

「でも空調は形が同じ物ばかりだからそこまではかからないと思います」

 

「照明じゃない光魔法に関してはちょっと複雑すぎるね。これはどっちかが集中してやらないと……」

 

 

 

 

 

 

 

技術者組の小難しい話は無視して彼ら男性とルナシー、そしてアネッサとクーは各々場所を決め掃除をし始めた。

 

「僕は少し書かなきゃならない書類があるのを思い出してね、掃除は任せたよ」

 

「ナツメ、まさか俺達だけに掃除させてお前だけサボる気か?」

 

彼は返事をしない。そしてそのまま部屋を出ようとしたのをミツキが肩を掴んで止める。彼は笑いながらバレたら仕方ない、と早々に観念して掃除用具を持ち直す。

 

「まずどこから始めるか。俺も掃除とかは得意じゃないからな。ナツメはどう思う?」

 

「さあ、とりあえずリビングからで良くないかい?ルナちゃんはどこか優先して綺麗にしたい所とかある?」

 

返事はない。辺りを見回しても物陰に隠れている訳でもない。どこへ行ったんだと彼らが不思議に思っているとオドオドした口調のアネッサが彼らに発言する。

 

「ルナシーなら……今さっき外へ出ていった……」「てんじょうてんかゆいがどくそんのおんなるなしー」

 

暫く全員が黙る。静かになった所で外から狼とルナシーの足音と話し声が小さく聞こえてきた。

 

「アネッサ、よくやった。スッーあの野郎真っ先にサボりやがったな!!」

 

そう叫んだ後彼は部屋を出て行ってしまった。タイミングよく技術者組も設備の補修に向かっていったのでリビングには3人だけが残る。

 

「それじゃあ、僕らだけでリビングは頑張ろうか、アネッサちゃん、クーちゃん、よろしくね」

 

「は、はい、早く終わらせちゃいましょう」「はいさーい」

 

 

 

ーーー

 

 

 

現在時刻 2時間後

 

「(そういえば魔道具の回路は初めて触りました)」

 

膨大な追記のされた式を無理やり解析しながら思う。照明と空調系は予想通りコピーアンドペーストで済んで予想以上に早く終了して今は水道関係の点検作業中だ。浄化系は式が煩雑すぎるから点検システムをリューナさんが組んでくれて修復箇所を探している。

 

「(後はこことここを接続して)よし、これで水道関係は完璧です」

 

現在は風呂の整備をしていた。浴槽があるのも珍しいのにここには何とシャワーが付いていた。試しに栓を開けて水を出してみる。問題なくシャワーヘッドからちゃんとお湯が出てきた。

 

「(解析結果42℃、適温です)」

 

魔法関係は解析待ちだからしばらく空き時間ができた。さっきから通路や部屋でアネッサとクー、それとナツメさんが掃除していたから彼らの手伝いをしようかな。

 

バァン!

 

「セレネちゃんセレネちゃん、今外で凄いものがあるけどもう見た?」

 

突然リューナさんが風呂場にやって来た。あれ、もう解析は終わったのかな?そう疑問を投げかけると既に直してしまったらしい。なんてこったい。

 

「それで何を見つけ「こっちこっち!」

 

彼女に急かされながら家の外へと連れて行かれる。玄関を出て建物横の正面の影の位置、そういえば建物の外側は草が生い茂っていて探索はあまりしていなかった。今は大きく抉れた跡がある地面となり草は抜かれて1箇所に山積みされていた。

 

それで着いた目の前には小さなボロボロの物置小屋がある。多分この中なのかなと中を覗く。中は庭を整理する物が並べて整理されてる……と思ったらあちこちに動かした跡があるから誰か掃除した後だ。そして恐らく伝えたいであろうその現物が床に置いてあった。

 

木製の箱。鍵のたぐいはなく蓋を外せば簡単に開いた。中身は肉筆で何かが書かれた紙束だった。内容は……小説の下書き?「愚者の螺旋」とタイトルがつけられていた。内容は書き出し時点だと面白そうな内容だ。でもこれの何が凄いのかは分からない。

 

「リューナちゃんもそう思ったよ。でも……アレっぽいんだよ」

 

アレとは?

 

「偽装された魔導書、いや魔導書というより呪文魔法の研究書。まだ1ページしか読んでないけど言い回しとか文の構造、テーマとかが呪文魔法の文法に類似してる」

 

「へー……!?」

 

曰く魔法の類の研究を記す為の研究書は普通研究成果の機密性を保持するのに文章を偽装するのが慣習だそう。だから私の書いている研究書は……と一瞬不安になったがリューナさんが「セレネちゃんのは注釈が無きゃ傍から見たら最早何の分野なのかすら分からないから安心して」とどう受け取っていいか分からない助言がされた。

 

そしてそれを言われてからもう一度読んで見ると……駄目だ分からない。

 

「そりゃそうでしょ。理論魔法一筋のセレネちゃんにはこれは慣れてないからね」

 

「リューナさんは分かるんですか?」

 

「もっちろん!リューナちゃんは天才ですから、とーぜん読めちゃうんだー!!」

 

流石大学教授、知識量が違う。私も時間を見つけて解読に挑戦したい、そう思う。

 

「……?リューナさん。まだ箱の底に何かあるようですが」

 

紙束を全て取り出して手に持って見た所その下に何かがあった。

 

「どれどれー?」

 

「ああ、これは小説です。さっきリビングに前の巻がありました」

 

なんとあの架空戦記だった。こんな所から小説が出てくるとは思わなかった。私はリューナさんにアネッサがこの本を読んでいたことを伝えると仕事の切りもいいし彼女に渡しに行くことにした。

 

 

ーーー

 

現在位置 キッチン

 

 

 

「キュッキュキュキュキュキュキュキュキューキュキュキュキュー」

 

「クー、何してるの?」「かまぼこつくってる」

 

……彼女らは一体何をしているのだ?とりあえず清潔な布で皿を擦っていたクーを止めた。

 

掃除の進捗についてはルナシーが外壁や庭の草木の処理をしてくれたらしい。

 

それでアネッサ、クーはナツメさんの指示の下部屋中の掃除をしていた。肝心のナツメさんは?と彼女らに尋ねると「書類を書いてる、勿論箒や雑巾がけとかもしてた」らしい。言わされている訳でも無さそうだし不満そうだった彼が真面目に働くなんて意外だ。

 

既に住んだ部屋を教えてもらい状態を確認する。概ね綺麗になってた。その代わり服に彼女らも相応に汚れがついている。まあその服は元からキレイとは言い難い……王都で服を買ったとはいえ世間的には捕虜という体なので彼女らには元から着ていたのと似たような貧相な服しか与えられなかった。

 

「うわぁーお仕事頑張ったんだね!偉い偉い!」

 

リューナさんはクーの頭を撫でる。クーはうわー、と抜けた声を出してそれを受け入れている。アネッサはクーのそれをじっと見ている。

 

「あ、あの……セレネ姉」

 

そしてアネッサが恐る恐る何かを聞いてきた。

 

「私にも……お願いできますか?」

 

……ああ、クーがされてるのが羨ましくなったのか。断る義理も無いので彼女の頭を優しく撫でる。

 

「えへへ、ありがとお姉」

 

「いえいえ。頑張ってて偉いですよ」

 

かわいい。同じ年くらいのルナシーとは違いかなり子供らしく健気でいい子だとしみじみ思う。こんな可愛らしい子は幸せにしなければと使命感を抱く。

 

「(あ、そうだ。体格は似ているから服はルナシーのを借りられるか聞いてみましょう。というか何故思いつかなかったのか……不覚でした)」

 

「セレネ姉、気持ちいいです……」

 

それと彼女には撫でながら小説の事を聞いてみた。

 

「リビングの本を見ていましたよね。それに図書室でも持ってましたがあの本は向こうの国でも読まれた本ですか?」

 

「うぅ……うん。あの本は……あそこにもあった。小さい頃、タイトルだけ見たような気がしたから気になってて……」

 

そういう事だったのか。関係の悪い国とでも昔の文化とかは知らない所では意外と残っているものなのかと感心する。私も後で読んでみようかな?

 

 

「(それと、この事はナツメさんに伝えておきましょう)この機会に読めるといいですね。それとナツメさんは何処でしょうか?」

 

「ナツメならあのへやにいるよー」

 

そうか、じゃあ行こう、私は小説を彼女に渡してから去る。撫でるのを止められたアネッサは名残惜しそうだった。

 

「あ、そうだ!セレネ姉、夜になったら一緒に本を読んでくれる?」

 

「はい、いいですね」

 

ーーー

 

 

「………ふう」

 

ガチャ

 

「ナツメさん、何を書かれているんですか?」

 

「あ、これ?これは各所に送る書類の下書き。君たちの為とはいえ流石に勝手に動きすぎたから文句言われそうだったし免罪符を書いてるんだ」

 

 

 

 

 

「……敵の国でも読まれている本、興味深い。ありがとね。僕も後で読もうかな?セレネ君もどう?」

 

窓から外を見て彼はそう言った。高く登ったお日様が彼と私を照らす。

 

……高く登った日を見て思う。

 

「そろそろお昼ですね」

 

「そっか。午前中に結構仕事したし午後はゆっくり出来そうだね。買い替えが必要な家具も少ないし僕は……町で適当に買ってこよっかな?」

 

「よろしくおねがいします。寸法を図るのは手伝いますよ」

 

 




プロットもクソもねえなこの小説

それと実は作者にはネーミングセンスがありません


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【50】食事、それと確認事項

吐瀉物注意


現在時刻 午後五時

 

現在位置 キッチン

 

 

あれから夕方。一日かけて掃除は終わった。午前中で技術のいる仕事は全部済んであとは細かい所だけ……となったのだがこれが災いした。そう、当然の如く私は他の方々とその残りの掃除をしようとしたのだが

 

「(……あれ、もしかして片手で掃除って意外と難しい?)」

 

箒とか簡単な作業ならまだしもそれらは午前でやってしまい残っているのはあまりない。それで残りくらいなら私がやってしまおうとしたのだがこれがまた酷い。背は半端に高いから高所の作業はミツキさんだよりで、バフを盛れば出来そうと思ってた力仕事の家具の搬入も直前になって片手だと難しいと気付いた、じゃあ拭き掃除でもと雑巾を手とっても魔法無しで力もないから片手じゃまともに雑巾も絞れない……結果的に魔法以外にできる事があまりなく悶々としていた。

 

「(流石に今日は無力さを感じざるを得ませんでしたね……」

 

だから、私は今出来る事が何かを考えた結果キッチンにいる。

 

「そして協力に俺参戦」

 

そう、時は夕食時前。出来ることと言えば一つ。「私が夕食を作る」。今、アネッサ&クーは早めの風呂から出てリューナさんと読書兼お勉強中。ナツメさんは来てみて必要そうないくつかの家具や「ルナシーの服」の手配を町で色々としているそう。無論掃除すら怪しい私が料理など……と、そこでミツキさんに手伝ってもらう事にする。

 

「所で料理の経験は?俺は多少できるぞ」

 

「私は余り……でも基本的な事は一通りできます」

 

「よし!それなら安心だな。食材はそこそこ買い込んだから一通り揃ってるし何でも作れるから二人で頑張ろうな」

 

食材は肉は昼間ルナシーが狩ってた余りをリューナさんが魔法で凍らせたのが、野菜は何種か、それと調味料。料理には十分すぎる。

 

「それじゃあ、始めますか」

 

 

 

 

※なおは彼は彼女の料理の腕についての話を知りません

 

「……?(今何か僕が避けて通った何かが表に出ようとしているような)」ゾクッ

 

 

ーーー

 

「ほい、セレネ。トマトとジャガイモだ」

 

当然と言うべきか両手の使えない私では包丁は使えないので彼には食材を切ってもらう。レシピは私が修道院で少ないながらも料理の手伝いをしていたのを覚えているからそれをどうするかは私が指示する。

 

今作っているのはスープだ。今日のご飯はサラダ、トマトスープ、昼間ルナシーさんが狩ってきた肉(リューナさんの魔法で冷凍、現在解凍済)、あとは町で買ってきたパンの予定だ。

 

「ありがとうございます」

 

ミツキさんが切った野菜を鍋に入れ炒める。加熱された食材のいい香りがしてきた。

 

「じゃあ次はサラダ用の野菜を切ってください」

 

「お安い御用」

 

スープの具を加熱しながら並行して焼いている肉の様子を確かめる。うん、しっかり焼けている。時間的にまだ中まで火は通ってないから焼けきるまではもう少し掛かりそう。

 

「(……動作確認はしたから平気なはず)」

 

肉や具材の焼き加減もそうだが私にとってはそれよりも気になっていた事がある。それらを焼くための魔道具が正常に起動しているのか、勿論点検もしたし動作確認済みだから動かないわけ無いのだがやっぱり実際の運用が出来ていると安心する。

 

「肉ならさっき入れたばかりだろ……って直したコンロを見てたのか」

 

「ええ、魔法を使う者として手を入れた設備を正常に動作させる責任がありますから」

 

「そうか。言ってる事が魔法使いというより鍛冶屋の職人みたいだな」

 

「そうでしょうか?やった事に責任を感じるのは当然だと思いますけど」

 

「それが残念な事にギルドじゃ割といるんだよ。魔法を仲間に誤射しても無視したり魔法同士の干渉?とかいうので誤爆したりとかたまーにあるんだよ。その癖魔法を組んだ奴のせいにして放置する」

 

多分その原因は呪文魔法の制御不足で失敗したんじゃないか、それと製作者が想定されていない魔法の使い方をしたんじゃないかな。災難だったとしか言えない。

 

料理の方は加熱が続くので暫くは気を使わなくて大丈夫だ。私は引き続き料理が出来るまでその場で待機し彼は適当に出した椅子に座る。

 

「……そういやギルドで思い出した。一つ聞きたい事があるんだ」

 

聞きたいこととは何だろう。

 

「この前の、つってももう一月前以上の事だけど中々話せなくてな。ギルドの話だ。お前、何故あの場で逃げたんだ?」

 

……今更それを掘り返してくるのか。まあいい、私もあの時は色んな事を考えてたがゴタゴタのせいで忘れていた。正直、あまり思い出したくもない。あんな不快で不気味な思い出は忘れてしまったほうがいい。それでもいざ思い出してしまうと再びあの疑問に対する探究心が湧き出て来た。私は彼に答える事にした。そして答えるついでに彼にあの時のことはどうしてか、そして彼は何者なのか聞きたい。

 

「……逆に聞きます。何故あの時剣を持ったんですか?」

 

「そりゃ制裁のためだ。それ以外何があるんだ」

 

「なら今後はやめて頂きたいです。私は暴力は嫌いなんです」

 

声色に現れない程度に少し強めな口調で言う。あ、そろそろいいかな?食材の入った鍋に水を入れる。

 

「す、すまない。でも周りの奴も乗り気だったじゃねえか」

 

「それでもです。貴方は前に戦いの場で戦わないのは失礼だと言いました。私もそれには同意します。だけどあの場では穏便に済ませられました」

 

彼はまだ何か言いたそうにしたがそれ以上の詮索はしなかった。そしてごめんと一言私に謝った。

 

「謝らないでください。私もあの時は別の事にも気がかりで冷静な判断が出来ていなかったのもあります。だからそれに答えていただけますか?」

 

彼は何かそんな不思議な事でもあったのかと疑問に思いつつもいいぞと受け入れてくれた。

 

「小さな事なんです。ギルドでの情報収集の手段がどうしても気になりまして」

 

「暴力以外でか?」

 

「ええ」

 

それから私は彼の行動の問題点、根拠のないギルドへの突然の来訪、無能な広報、それと周りの態度。色んな事を彼にぶつけて反応を確かめる。

 

ギルドの来訪についてはそれもそうだなと冗談めかしく笑っていた。流石に指摘されてから迷惑だとは思ったらしい。そして広報についてはただの無能と言い切った。本当にそうなのか、と彼にもう一度考えさせると「それか運が良かったんじゃね?」と返される。

 

そして最後に周りの態度、暴力に賛同した彼らについて。

 

「正しいことを言ったならそりゃみんな言ったやつについていくのが当然だろ?」

 

「……そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

「あの、変な質問をしていいでしょうか?」

 

「何だ?」

 

「貴方は……何ですか?」

 

 

 

 

 

すると彼の顔が少しだけこわばった。

 

 

 

暫く静寂が続く。ただただ薄暗くなりつつある古いキッチンでボコボコと湯の湧く音が響くのみである。神様、私は今、背筋が凍りました。私はどうしたら……

 

 

 

 

「…………っておいおいセレネ、鍋吹きこぼれる吹きこぼれる!」

 

「うぇ?あ、え!?」

 

話に夢中になりすぎてスープが吹きこぼれる寸前だった。急いで火を弱める。

 

「危なかったな」

 

「すみません、ごめんなさい」

 

それから調理を再開し順調に料理が完成する。トマトスープ、焼いた肉、季節の野菜サラダ、それとナツメさんが町で買ってきた良さ気なパン。味付けはサラダと肉は「味付けには自信がある」とミツキさん、スープは責任を持って私がやった。

 

試しに味見をしてみる。うーん、まだ調整がいるかな?

 

「俺も味見していいか?」「それは……ご飯になってからのお楽しみにしましょう」

 

笑って言う。それと同時になんかいい匂いがする!とこちらへ来るリューナさんの足音がする。それと玄関の方から扉を開ける音がする。

 

「セレネちゃん、もしかして夕飯?」

 

「ただ今帰りました。丁度夕飯のようですね」ガチャ

 

「はい、もうすぐですよ」

 

そういえばルナシーは昼間からどこにいるか知らなかった。しかもいつも被っている頭巾を手に持っているしそれに何かを入れている。何をしていたのか聞いてみる。

 

「周辺の地形を調べるのに散歩してました。あとこれはお土産です。セレネの為に盗品ではないと補足しておきますね」

 

最後のは多分皮肉だろう。彼女は膨らんだ頭巾を開き中身をテーブルの空いたところに出す。それは沢山の果実だった。虫食いも無く腐っているものもない、綺麗で美しい物だった。山葡萄とか木通は山に生えてると聞くからとってこれたのも納得できる。しかし野生の物らしきリンゴやベリーなんてどこで見つけてんだろう。

 

「美味しければ何でもいいです」

 

そう言って彼女は部屋を出る。リューナさんは彼女の持ってきた山盛りのフルーツ類を水属性魔法で洗浄した。そして小さなベリーを1つつまみ食いする。

 

「んー甘酸っぱいー!ねえ、これご飯の時に出そうよ!」

 

言われなくてもそのつもりだ。

 

ーーー

 

それから夕食。午後6時、リビングルームにて全員が集まる。全員が明るく照らされた部屋で料理の並べられた机を囲む。

 

「わあぁ……!すごい夕食ですね」「じゅんすいにおいしそう」

 

豪華なものでは無いのにアネッサとクーはその普通の食事に目を輝かせる。

 

「あっ……騒いでごめんなさい」

 

「平気だ。お前らこっちの『普通』の食事は初めてだったな」

 

彼女らは都市ではあの缶詰、王都では捕虜用の質素を越え貧相すぎる飯しか食べておらず「普通の生活」は今日が初日だ。ミツキさんは彼女らの嬉しそうな反応に「じゃあ今日は初めての普通の生活を祝わなくっちゃな」と言った。

 

「………」

 

「ナッツーどうしたの?顔色青いけど平気?」

 

「いや、僕は平気だよ、うん(セレネちゃん……)」

 

ナツメさんが私に目線を向ける。明らかに私の作った食事を食べたくないらしい。見た目も匂いも美味しそうなのに何を警戒しているんだろう。他の人は今にも食べたいという風で実際味も匂いも見た目も食欲を刺激する普通の料理だ。

 

それに美味しいか美味しくないかは食べてみないと分からない。料理は久しぶりでも味は確かめたしきっと美味しい。だから私は自身を持って笑顔を返す。

 

「それじゃ、皆さん夕飯が冷める前に早く食べましょう」

 

 

 

私は食前の祈りをする。リューナさんは私がそれをしてるので真似して祈りそれと同じようにアネッサもし始めた。ナツメさんとミツキさんは各々肉に手を伸ばす。

 

「これはミツキ君が作ったんだよね?」

 

「ああ、そうだ。だけどさっきから何に怯えてるんだ?別に変なもんはないが……

 

 

 

ブフッ! ガタン!

 

私の祈りが終わり丁度食器を手に取ろうとしたその瞬間ルナシーがスープを吹き出し床に倒れる。椅子から落ちて手に持っていたスープの器を床に投げ出し中身は彼女の服にかかった。私はすぐに駆け寄って体の状態を確かめる。が、しかし彼女は私が駆け寄るより先に立ち上がり部屋を出てトイレへ行った。

 

「……え?」

 

意味がわからない。

 

「セレネ……スープに何入れた?」

 

「ただ、普通に味付けしたつもりですが……」

 

「ミッツー、セレネの言ってる事は本当。特に変わった物は入ってないよ。野菜と肉、それと調味料、どこにでもある普通の食材で毒物の類はないし命に関わる物は特に入ってない」

 

混乱をよそにリューナさんは吐瀉物の解析をしていた。彼女は結論として出力したデータでは本当に特別な物は入っていないらしい。

 

「うーん、若干塩分とかは過剰な気もするけど基本的に吐くほどまででは…………」

 

疑問に思い彼女は自分の分のスープを飲んでみる。すると、彼女はすぐにそれを口から離し器を机に置いてからありったけの水を飲む。

 

「え、えっと……」

 

「ごめん、セレネちゃん。私もこれはカバーできないや。次からご飯は私が作るよ」

 

彼女はそれから席について残りのスープを一気に飲み干して食事を再開する。そしてそれ以上の言及はしなかった。そして、床の吐瀉物を魔法で洗いながら席について食事を再開する。

 

この後逆に興味を惹かれたとクーがスープを飲んで撃沈のとナツメさんが食中に離席したのを除けばあとは平和な夕食となった。なおルナシーは食事に戻って来ず、全員が食べ終わり片付け始めたあたりでやっと戻ってきて肉だけ食べて(しかも態々別に焼いてだ)食事をすませた。

 

どうやら私の飯は不味いらしい。というより正常な味覚ではないから美味しいものが作れないとのこと。

 

「(こんなに美味しいのに……)」

 

自作のスープを飲みながら少し悲しい夕食をみんなで囲んで思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレにて

 

「ハァ………ハァ……」

 

「(やられました。まさかスープに……)」

 

「ゔっ(不味い、思い出したらまた吐き気が)」

 

「おろろろろろろ!」

 

 

 

 

 

 

時間軸を少し戻してトイレの外にて

 

「(……うん、ルナシーの気持ちもわかるよ)」コンコン

 

「(口に入れた瞬間真っ先に来る塩辛さ、その後に来る純粋な痛みと酸味、謎の甘さ)」コンコンコンコン

 

「(食材は最近買った新鮮な物だから純粋な味付けの才能であの不味さを引き出すとは。全く、恐ろしいよ)」ドンドンッ

 

 

「ルナちゃん……ちょっと早く……漏れる……」ドンドン!

 

お腹を抑えながら彼は必死にトイレの扉を叩く。




魔法勢が中ばエンジニアだから舞台装置すぎる

セレネは味覚が壊れてるタイプのメシマズです。だから味付けを他人に任せさえすれば美味しいものはできます。むしろそれ以外は経験の割に上手な方です。

なお料理の腕は

メシウマ←リューナ>セレネ(腕のみ)≒ミツキ>ナツメ≫≫≫セレネ(味込み)→メシマズ

隔離枠 ルナシー

それとこの話の後半は書いてて楽しかったゾー


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夜の或日

現在時刻 午後8時

 

「アネッサーこれおもしろい?」

 

「面白いよ」

 

一つのベッドに二人で寝ながら読書会。アネッサが読んでいるのは昼間図書室にていくつか選出しておいた本である。撰んだジャンルは様々で今は冒険物を読んでいる。クーはそれを横から覗く。

 

「ほんとー、おなじだねー」

 

「そうだね。次のページ捲るね」

 

「あーいー」

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「お嬢、そう気を落とさないでください」

 

ルナシーは夕食の事について狼に愚痴を言ってちょうど今一段落ついたところだ。

 

「普段まとも振ってるくせにこのザマです。期待して損しました」

 

「まあまあ、本人も食後に『もう台所には近づかないから許してほしい』と反省して謝っていたじゃありませんか」

 

なお狼は体格的にこの家の中には入れてもらえず外壁をよじ登って窓の外から話しかけている。

 

「結構です。明日からは飯は自分で作ります。元々はそういう生活でしたしね」

 

彼女は部屋の窓から外を見る。そしてベッド横に立て掛けておいたナタを持ち……

 

月夜に飛ぶ鳥がいた。月を隠して影となり、飛翔する姿を描く。

 

彼女はそこへ向かいナタを小さく振る。高速の斬撃が空気を裂きながら飛ぶ。そして鳥の影は黒い霧と2つの塊に変わり飛び散って落下した。

 

「うん、予行練習は済みました」「お嬢何も今実践しなくてもよろしいのでは?それにそれ、手首を痛めるとか読まれやすいとか……」「ネタだから使えない。あと戦うなは無理な願いです。ここに来てから日没後の外出が私だけ禁止なので夜は暇でしょうがないです。それに今ちょっとムカついて……

 

 

 

 

 

 

 

ってさっきからおめーらうるせえな!本くらい黙って読めないんですか!」

 

 

 

現在位置 自宅 2階 子供部屋(アネッサ、ルナシー、クー)

 

この家の部屋割はセレネ&リューナ/ミツキ&ナツメ/それと彼女らを一纏めという分配だ。

 

平均年齢的に子供部屋と称しているがベッドが3つなだけで何か特別な物がある訳でもない。強いて言うなら背の低い本棚が多めなのとルナシー用の剣の整備用品が置かれている。

 

「ルナシーもこっちに来ようよ。皆一緒ならきっと楽しいよ?」

 

「頭使うのは嫌いだから遠慮します」

 

「あたまとかしてたのしんだほーがいいよーるなねき」

 

彼女は先程から続くアネッサとクーの雑談にイライラしている。それに加えクーの姉貴というのが癪に障った。

 

「姉貴って呼ぶな!鳥野郎ちゃんと管理しとけ!」

 

「ひいっごめんなさいごめんなさい……あと鳥って……」

 

クーに怒ったはずなのに何故かアネッサが怯えて謝る。一方クーはルナシーに興味を無くしてそれをどうでも良さそうに無視して本のページを勝手にめくり読書に戻る。

 

「(ルナネキって)お嬢、ステイ。アネッサ様は吸血鬼です」「黙れ下さい。だいたいお前ら年はいくつですか?チビのコウモリ野郎が年下ですかね」

 

「じゅ、11です」←身長順三番目

 

「9さいだよー」身長順一番目

 

「…………」←身長順二番目

 

「お嬢、人は見かけに寄りません。次は気をつけましょう」「うっさい」

 

 

 

 

ガチャ

 

「お待たせしました」16歳身長そこそこ&ちっぱい

 

「セレネ姉!うわーん!」

 

私がドアを開けた途端アネッサが私に抱きついてきた。しかも少し涙目だったから事情を聞く、やっぱりアネッサと衝突したらしい。この部屋の三人は性格がかなり違うからこうなるかも知れないとは思ったけど……取り敢えずルナシーには周りの言う事に耳を傾けるようにお願いした。

 

「チックソが」「聖女様すみません。お嬢にはよく言い聞かせ」ゴッ

 

話の腰を折るようにルナシーは狼さんに峰打ちする。そしてそのまま彼は地面に落ちていった。回復は必要な程ではないが体が心配だ。

 

「……と、これ以上待たせるのも悪いですね」

 

私がここへ来たのはアネッサと昼間に約束した事をする為。私も彼女と本を読むために物置の研究書の一部他数冊を持参してきている。

 

彼女も小説を読んでいるらしい。他にもベッド横に積み重ねてあるのは恋愛小説、あの架空戦記と……呪文魔法の本?

 

「あっ、これは……」

 

「いいですよ。でもそれならリューナさんも連れて来ます」

 

と、部屋を出ようとする私を彼女は止めた。

 

「り、リューナさんにはもう教えて貰いましたから!」

 

じゃあどうして?と問う前にクーが答える。

 

「いってることがわからない。うん、さっぱり。いろいろがちゅーしょーてき」

 

ああ、なるほど。それはそうか。その後の話も含めて纏めると私が夕食を作る間にリューナさんに魔法を教えてもらっていたとの事。しかしリューナさんの専門は理論魔法で専門外かつただでさえ抽象的な呪文魔法で分からないのは当然の出来事だった。

 

「それよりも……リューナ姉には悪いけど……その……」

 

「?」

 

「話し始めると……止まらなくて……もっと簡単な事でいいのに話が脱線しちゃって、それでその内自分の世界に籠もっちゃって………」

 

……研究者って大変なんだな。それと思い出した、今まで結構リューナさんとは話してたけど確かに話の速度が二次曲線だった気がする。そう思うと教えてるときに余計なことをしないか心配になる。

 

「セレネもこっちきてふとんでよもーよ」

 

「ははは、でも少し狭いですね」

 

「じゃあくっつく」「え、クー?」

 

クーはアネッサを巻き込んでベッドの上でスペースができるように試行錯誤する。しかしクーがどうしようともベッドの上に十分な空きができることも無くただいたずらにアネッサが混乱するだけだったので私はベッドの横にこの部屋の椅子を持ってきて座る。

 

なおルナシーは何してんだコイツらという目でこれを見ていた。

 

ーーー

 

それから少しばかり普通に読書をする。横で研究書を読みすすめる。うーん、リューナさんが読み終えた冒頭から1〜2章の途中を読んでるけど書き出しからしばらくすると話がもうややこしい。まるで誰かの妄言をそのまま文章に写したみたいな支離滅裂な文がひたすら続く。文脈は基本存在しない。しかも解読するにはこれから考察要素を見つけろと……中々無茶な事を要求される。当然解読などできるはずもなくすぐに難航し息詰まる。

 

「(うぅ……頭痛い。どうしてこんな文章に何か意味があると思えるのか分かりません。それに書く方もなんでこれを書いていい物だと思ったのでしょうか……)」

 

このままでは埒が明かない。現段階で私に必要なのは解読を進めるよりも呪文魔法に対する十分な知識を身につけることだろう。

 

 

 

「ね、ねえ……セレネ姉?魔法について聞いていい?」

 

「………え?いいですよ」

 

あ、私も世界にこもってて危うく聞き流しかけた。どうやら相当知らない内に時間が大分経っていたらしく彼女らは既に恋愛小説と歴史小説を読了していた。ルナシーもいつの間にか部屋にいない。

 

「で、どういうのを聞きたいのですか?」

 

「理論じゃなくて『魔法』についてもっと詳しく。元々は魔法を知るなら魔法本を読めばって思って読んだんだけどちょっと思っていたのとちがってて……やっぱりお姉から聞いたほうがいいね。魔法は王国のどこで使われてるの?」

 

「魔法」について、理論とか実践とかではなく?と疑問に思ったけど彼女らは今までずっと魔法とは無縁な生活だった。だから彼女は魔法の使い方どうこうより魔法の使われ方についてを知りたいそう。

 

「私達みたいに魔法を使う人はあまり見かけません。でも魔法だけならどこでも使われていたりするんです」

 

そう言って私は天井の証明を指差す。

 

「明かりが魔法で出来てる?」

 

「あの照明は魔法で作動しています。他にも水道や火も魔法で、厳密には魔道具で魔法を制御して使っているんです」

 

 

 

魔道具

 

いつか書いたとおり魔法は一般には使う者は少ない。技術的にも素質的にも使える人は限られてくる。しかしそれは使うのが人ならばの話。

 

魔法を使えない一般人でも魔法が付与された道具、すなわち魔道具を通してであれば魔法が使える。

 

「(まあでも私の修道院って一部インフラ以外は魔道具未導入だったから王都に来て始めて使いました)」

 

「なるほどー。つまりねこでもまどーぐがあればさいきょーと」

 

だけどこれを使えば一般人でも最強になれると言う訳でもない。魔道具がする役割はあくまでも制御のみ、魔法を動かす魔力は外部的な要因から供給される必要があるからだ。一般家庭の多くの魔道具は大気中から、特殊用途になると使用者自身の魔力やいわゆる魔石等の物が必要とされる。戦闘での最強となると恐らく後者が該当すると考えられるがそもそもその類の道具は組織レベルか強力な個人でないと運用が不可である。

 

そういう内容をクーに噛み砕いて伝えると彼女は途中から聞き飽きて猫のように丸まって寝ていた。

 

「寝ちゃいましたね。運んであげましょうか」

 

私はクーを抱いて彼女自身のベッドに寝かせた。

 

「魔道具……それでこの国は生活が成り立っていてセレネ姉はそれを道具無しに普通に使えるししかも作れるから凄いんだ」

 

「凄いだなんて、私なんかより魔法に詳しい方は他にもいますよ」

 

「そんなことないよ。私の国だって電気は誰だって使えるけど道具を作れるのは一部だったし……物を作れる人はどこでも凄い人だよ」

 

「そうでしょうか?……いや、そうですね。ありがとうございます」

 

改めてそう褒められると何だか恥ずかしい。大それた事をしているつもりも無いし、でもやっぱり世間からしたら使えるって凄いんだな。

 

「それとセレネ姉のことも聞いていい?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「リューナさんから聞いたけどセレネ姉ってシスターさんだったんだよね?」

 

リューナさん、私の事も彼女に教えてたんだ。まあいずれ分かることだし早い分にはありがたい。

 

「その白い服も魔法なの?」

 

「…………いえ、これは普通の服です」

 

「?じゃあ初めて「恋愛小説を貸していただけますか?最近その分野には手が伸びなくて久し振りに読みたくなりました」

 

私は彼女から恋愛小説を借りて読む。

 

「あっそれ……」

 

本の厚さはそこまででもない、大きさも文庫本程度。これくらいならすぐに読めてしまうだろう。ページをめくり内容を大雑把に斜め読みする。が、読み始めてからそうしない内に私の手が止まる。

 

「アネッサ、これ、貴方が?」

 

「私は読んでない。けどクーがいつの間にか私の本に紛れさせて入れてたよ。『じんるいにははやすぎる』とかクーは言ってた」

 

「そ、そうですか。じゃあお返し……いや、預かっておきますね」

 

「(これ……官能小説だ)」

 

思わぬ所から不意打ちをもらい顔が真っ赤になる。何で教会の図書室にこんなものが!?少なくとも私の修道院にはこんな露骨な「検閲済み」表現なんてしてる文章なんて無かったし……

 

「うぅ……」

 

「どうしたの?お顔が真っ赤だけど」

 

「いえ、何でもないですよ!私は平気ですから!だから気にしないでください」

 

「あっそういえば昼間掃除中にナツメ姉が図書室に本を並べてた中にそれもあったとかクーが言ってた」

 

……ああ、納得した。明日になったらそれらの本をアネッサとクーの手の届かない所に移すか彼には悪いけど焚書してもらおう。

 

ーーー

 

同刻 ミツキ&ナツメ部屋

 

「な、なあナツメ?お前この本って」

 

「3分の1くらいはエロいのだよ」

 

「壁一面の1/3ってどういう事だよ」

 

「これでも厳選してるから我慢してくれ。はみ出たのを図書室に置いてるよ。自宅の積み本も含めたら総量はこの数倍はあるかな?」

 

「えぇ……」ドンビキ

 

ーーー

 

同刻 リューナ&セレネ部屋

 

 

セレネが部屋を出て数時間、月明かりの照らす部屋で彼女は一人あの小説の解読をしていた。

 

「(この小説は全13章、ブラフと分かる分を抜いてもかなりのページ数、そしてこの何とも言い難い脈絡のない文の羅列。研究の為に理論魔法以外も使えるけど偽装にしてはかなり難解だ)」

 

彼女はセレネが読んだ箇所より先の章の読解だけをしている。当然難度と情報量もそれ相応で片手間でしていたセレネの組んだ魔法の最終調整の方が早く終わるほどに解読は難航を極めていた。

 

「(流石にこの先ずっとこの調子なら専門家にお願いかな?)」

 

「ダメダメ!これはリューナちゃんとセレネちゃんのプライドにかけて私らだけで解読してみせる!」

 

「明日から!」

 

しかし夜は思いの外短い。高く登った月を見て今日の研究は断念した。



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あっそうだ、街へ行こう(唐突)

「今日町に行きましょう」

 

 

 

 

 

現在位置 リビング

 

現在時刻 前話より数日後 朝食前

 

リューナさんと何故か料理に興味を持ったクーの作った朝食を机に配膳しながらこんな事を私は言い出す。当然ここにいる全員が驚いて私を見る。特にミツキさんが。

 

「何故そんな急に?普段の買い物ならナツメとその部下が行ってるじゃないか」

 

「それは僕の仕事があったからだよ」

 

椅子に足を組んで座る彼女が話を代わる。

 

「もう少し付け加えるなら僕のしてた下準備が少し手間取ってたんだ」

 

「下準備なんて今度は何しでかすつもりなんだ……」

 

 

 

「あ、あの、今日はお出かけするんだよね?」

 

アネッサが申し訳無さそうに話に入り込む。持っていた目玉焼きをテーブルに置いた。

 

「ああ、セレネが急に言い出したのをお前も聞いてただろ」

 

「うん。しっかり聞いてた。何するの?」

 

「お買い物のついでに皆で遊びにです」

 

「あそこならここ来る時に寄っただろ」

 

ミツキさんが指摘する。ここへ移住したときに近くの町には訪れていた。しかしそれ以降はこの家の事をしていたからナツメさんを除いた私達はどこにも出かけていない。

 

「もしかして私とクーがまだ『敵』だから、ですか?」

 

「中々勘がいいじゃないか。まさにそれが問題だっだ。だから僕たちは出なかったんじゃなくて出られなかったんだ」

 

ナツメさんが続けた。

 

「まー形上は捕虜として扱わないと駄目だし普通に過ごすとなるとちょっとね……」

 

「ごめんね……私のせいで……」

 

自分のせいだと思い込んだアネッサは目に見えて落ち込んでいる。私は彼女に大丈夫だよ、と落ち込まないようにと慰めた。

 

「だから上と掛け合ったんだよ。僕も皆でのお出かけなのに留守番なんて無粋な事をかわいい子にさせるのは酷だと思って頑張ってたんだ。そうでしょ?セレネ君」

 

「ええ。その為に彼は頑張ってくれてました。だから自分のせいだなんて自分を責めないでください」

 

「うう、ありがとうナツメ兄、セレネ姉」

 

 

 

「もしかして私の服が増えてるのはそのせいですか?」「それは彼女らの服だと数日前にナツメさんから直々にお嬢に通達が来たはず……」「あんな普段から意味不明なやつの会話内容なんざ忘れて当然です。あと仮置かつ同室だとしても私と同じ所に置くなっていう話です、あいつら用の服の所に入れればいいのに」

 

 

 

 

「ふーい、リューナちゃんのお料理全部できたよー!皆早くしないと冷めちゃうよー!!」「おーたべろたべろ。アネッサ、たのしいときはたのしくしたほうがしあわせでしょ。あかるくゆるくしよーよ」

 

朝食制作組もこっちに来た。さて、楽しい朝食をしながら今日の行き先を皆で考えよう。

 

ーーー

 

現在時刻 午前10:00

 

現在位置 地方の町

 

 

 

という訳でやってきた地方の町。

 

王都の騒がしさからは少し落ち着いた町。それでもここら一帯の中心地であり人通りはそれなりに多い。雰囲気は嫌いでらないし過ごしやすい町そうだな、根拠はないけどそう思った。

 

町に入り中心から少し離れた所で馬車を降りる。今回は王都と違い私達を目的とする人だかりはできていない。ナツメさんが言うには情報規制で私達が町に遊びに来たことは知られていないとの事。

 

「さて、着きましたね」

 

「あの……本当にいいの?」「いくぞー」

 

立場のこともありアネッサは馬車から出るのを躊躇して出ようとしない、だからクーが彼女の手を引き転び落ちそうになりながら彼女は下車する。

 

「うわっ!クー、危ないでしょ!」

 

「ごめんねー」

 

降りたあともキョロキョロと人の目を気にして不安そうにしている。

 

「ね、ねぇセレネ姉。私変な風に見られてないよね?」

 

「羽根の事ですか?珍しい種族だからもしかしたら不思議に思われるかも……」

 

「そうじゃなくて!この服の話だよ……家では可愛いと思ったけど人前だと恥ずかしいくて……」

 

そうだろうか?彼女の今着ているのは黒と赤のシンプルな長袖のワンピース。日焼けを防ぐのに各部位の露出が低くなるようにしてある。普段比較的落ち着いている彼女には大人らしくてよく似合う。

 

個人的には派手なルナシーとは色々と対となるデザインだと思った……それより何故ルナシーはあんな派手めの服を普段から選んでいるんだ?彼女はもっとこう、合理性のためなら裸でも構わないを地で行きそうなのに。

 

それと、彼女らは一般人への表向きの立場は「ナツメさんの娘(!?)」となっている。何故それを指示したんだ……?曰く「いつか二児の親になりたかったんだ」だそう。

 

「もちろんお洒落でよく似合ってます」

 

「クーは?かっこいい?かっこいいよね」

 

一方クーは髪色と同様全身ほぼ白で統一されたいつもの長袖を上手く着こなしている。素のセンスの良さなら子供組3人の中でトップだろう。でも服の下には右腕の「ねこ」の彫りががっつりあるから当然の選択ともいえる……かもしれない。かっこいいかと問われたが私はとても綺麗でまとまっていると返答した。

 

「うおーありがとー」

 

他の皆さんも馬車から降りたみたいだ。私だけ彼女らの監視の為に隔離されていたから別の馬車だった。なお狼さんは家で待機してもらった。流石に町中に狼を入れるわけにはいかない。

 

「リューナちゃんとーちゃーく!おっセレネちゃん、ひっさしぶりー!!」

 

「わ、ちょっ!リューナさん!」

 

彼女は馬車を降り私を見つけるやいなや助走をつけて飛びついてそのまま抱きついてきた。

 

「おいおい久し振りって離れてから数十分だぞ?」

 

ミツキさんからも呆れたような言葉が出る。どうにか彼女を振り払って拘束から逃れた。

 

「何してんだあいつら。狼さん、行きま……」

 

シーン

 

「………チッ」スタスタ

 

 

 

さて、今日の目的はというと私達は身も蓋もない言い方をすれば散策といったところだ。特に深い理由も無く許可が出たからみんなで来たといった感じだ。

 

この街は王都程ではないがいろいろな施設がある。各種ギルト、教会、いろんなお店、楽しむには十分だ。

 

ルナシーはいつの間にかここからいなくなって何処かに行ってしまった。狼さんが言うには重武器の補填らしい。彼もまたそれを伝えた後彼女を追いかけていった。

 

リューナさんは休暇中の暇つぶし用に新しい魔導書や魔道具を買うそう。

 

「セレネちゃんも着いてくるよね?」

 

「いえ、今回はお断りします」

 

「えっ!?」

 

勿論私もリューナさんに同行して魔導書を選びたい。しかし今はアネッサとクーの面倒も見なくてはいけないから断らざるを得ないのだ。

 

恐らく私達が本気で魔導書なんて選び始めたら一日あってもまだ選別を止める。でも彼女らにそれまで待ってもらう訳にもいかない。そういう事情もあり彼女とは行けない。

 

「そういうことか。なら俺も同行する」

 

「ミツキさん?いいんですか?」

 

「一人で二人の子供の相手は苦労しそうだしな。いざってと時は俺がどうにかする……あと」

 

「?」

 

「正直セレネとリューナばっか世話するからコイツらとはまだあんまり話してんだよな」←小声

 

「あっ……それはごめんなさい」

 

「あとどうせお前も行く所は決めてないんだろ?どうせなら俺についてくるか?つっても武器屋のしか俺も思いつかないから適当に気になった所を見て回ろう」

 

私は彼女たちが安全でいられるならそれで良いし了承する。そして彼女らの答えは……

 

「いいよ」「ぶきやぼうぐはそうびしないといみがないぞ」

 

……多分、いいという事なのだろう。

 

目的地は決まった。武器屋の場所はナツメさんから聞いたので場所は彼が知っている。だから彼に案内をしてもらう。

 

 

「それじゃあ僕は皆が楽しんでる間男の子とお茶でも……」

 

「ナツメさん?あなたはするべきことがありますよね」

 

「……はい、積み官能小説(エロ本)の処分ですねワカリマシタホントウニモウシワケゴザイマセン」

 

ナツメさんには自身の本の処分を命令しておいた。私達はそれらの書籍が山積みされた彼専用の馬車を後にしてミツキさんと散策を始めた。



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武装系女子は好きですか?

現在位置 地方都市

 

私達は石造りの町並みの暗い裏通りを進む。行き交う人々はやはり王都よりも少なく身分も比較的低そうだ。しかし活気はそれなりにあり道行く人の足音がどこかから必ず聞こえる。

 

「うわぁ……クー、凄いねここ」

 

「うん」

 

二人は石造りの町の景色に感動している。二人は拘束されていたから王都の町並みを見ていない、しかもこの国の町に訪れるのは初めてだ。文化の差異に思う所があるのは当然だ。

 

「お前らそんなこの街が珍しいのか?」

 

「はい!向こうでも石造りはあったけどこんなに綺麗じゃなかった」

 

「どうじょう」

 

彼女たちの言う石造りとはあの地下都市のあの塔の事だろう。私個人はあの幾何的な建物も嫌いではない。勿論石やレンガの建物も、なんなら木造も味があって好きだ。結局は住めば都である。

 

そうして裏通りからメインの大通りへと合流する。建物と建物の間の大きな道は日で照らされ雰囲気も賑やかだ。裏通りから人の数は一気に増え活気はさらも増す。道沿いには店だけでなく露天やカフェ等も道に店を構えいい意味で混雑してきた。

 

「武器屋までは後どれくらいでしょうか?」

 

「この大通りを進んだ先の裏通り。距離的にはすぐだな」

 

それなら良かった。じゃあさっさとこの道を渡ってしまおうか。

 

だが、私達はある事を忘れていた。大通りに踏み出してから数歩、ミツキさんが目的地への道を確認していると

 

<あれもしかして勇者じゃないか?

 

「!?……あっまず、バレ……」

 

「了解です」

 

瞬間的に式を組み起動、私達の周囲に魔法を付与する。するとさっきの声で起きたどよめきはすぐに収まり人混みに霧散した。

 

「ナイス、騒ぎにならなくて良かったな。で、今何て魔法を……」

 

「私達の周囲に光を捻じ曲げる空間を作りました。今私達は周りからは顔や輪郭の細部がぼやけて見えているはずです。相当近くで凝視されない限りは正体に気が付くことはないでしょう」

 

「つまりにんしきされないのか」

 

中々勘がいいじゃないか。一言でまとめるならクーのそれになる。しかしまだ簡素な式なので非効率かつすぐに壊れる構造の為戦闘でははっきり言って使えそうにない。

 

「ん?ねえセレネ姉、あれって」

 

「アネッサ?気になるものがありましたか?」

 

「あそこ、道の向こうの赤い人。あの子ルナシーじゃない?」

 

そう言われてアネッサの指差す方を見てみる。……あ、今丁度赤い頭巾の少女が店の中に入っていった。背丈的にもそうに違いない。

 

「武器屋に行くならルナシーも連れて行かないの?勝手にいなくなっちゃったから誘えなかったけどルナシー戦うの好きそうだったし」

 

「そうですね。ミツキさん?」

 

「そうだな。目を話すと危ないのはアイツもだし連れてこう」

 

人混みに気をつけ道を渡りその店に向かう。店名と外装のデザインからおおよそここは流行りの服を売る店だと分かる。うん、思うところは皆同じだろう。

 

「((なぜ「ルナシー」「アイツ」に限って!?))」

 

「……あっ!このショーウィンドウの服ってナツメ兄のだ」「このくろさとはでさはそうにちがいない」

 

ミツキさんはこういう所はちょっとな、と子供二人と店先で待機し私は魔法を解除して店に入る。店の扉を開けると狭い店内に綺羅びやかな装飾と流行りの洒落た女性者の服が売られていた。服にはあまり詳しく無いがデザイン的によくナツメさんの服と同じ系列っぽい。

 

で、当の本人は……

 

「お客様、これでよろしいでしょうか?」

 

「はい、これでいいです」

 

いた。しかも新しい服を試着している。相変わらず派手な服で赤と白のたくさんのフリルやリボンのあしらわれた服だ。

 

「ルナシーさん……何故ここへ?」

 

「あれセレネ、貴方ですか。そろそろ新作が出る時期なので服を買い替えに。逆に他に何がありますか?」

 

服を買い替えにか。確かに彼女の服は戦闘中々酷使されていたし当然だろう。だけど私はある一点を指摘せずにはいられなかった。

 

「いやその……普段流行りの服とかに興味があるようには見えなくて意外だなと」

 

「はい、クソほど興味無いです」 

 

「じゃあ何故!?」

 

「服に興味の無い内は服は店員に流行物をフルセット買わされとけば間違いないと母から教えられまして」

 

そう言われて改めて彼女を見てみると頭の頭巾は据え置きで首から下のすべての箇所の服が普段と違う。彼女は私に見せるだけ服を見せた後試着を止め着替えた後に会計をする。

 

彼女の買った服は結構似合っていたがこれで武器やナタを持つとなると複雑な気持ちになる。

 

そして、本題を忘れかけていたが彼女に武器屋に来るかを尋ねると……

 

「武器の話なら会計の後にしてください。店員さん、請求書と郵送は『ここ』にお願いします」

 

「分かりました。ミツキさんにそう伝えておきます」

 

「貴方のですよ?後ろの店員がいかにも『いい服があるから買っていかないか?』みたいな目で見てます」

 

 

 

……へ?

 

恐る恐る振り向くと……ああ、既に後ろに私には似合いそうにないいかにも女性らしい服を持って期待の眼差しを向ける店員の姿があった。

 

「あ、あの、友人の呼び出しに来ただけなので私はこれで……」

 

だが店員は返事はせずジリジリとにじり寄ってくる。どうやら私はもう駄目らしい。せめてもの救いでもとルナシーに助けを求める。

 

「助けてルナ……「では外で」あ、待って、置いてかないで!」

 

ガチャン

 

ーーー

 

現在時刻 30分後

 

「セレネ、その、何だ……気にするな」

 

あれから私は話を早く切り上げるのに必死で適当に返事をしていたら店員がオススメするものを買わされるだけ買わされた。今日は服にはお金を使わないつもりだったのでとんだ災難だ。

 

「そうだよセレネ姉、とっても似合ってたよ」

 

私でもちょっと似合ってると思ったよ。でもさ、流石にあの服は私には過激すぎだよ……

 

「そっちょくにいってせいじょのへそだしはとてもえろい、ほそくてしろくじょうひんなすがたはせいてきなよくじょうをだれからもひきだす。むろんねこもそのはんちゅうである」

 

「私はエッチじゃありません!」

 

「店員をあんなにさせておいてどの口が言いますか」

 

周りに弄られつつ慰められながら認識阻害の魔法をかけて歩く事十数分、目的の武器屋に到着する。

 

先程の商店の並ぶ一帯の華やかさとは打って変わってこの近辺は冒険者ギルト周辺特有の雰囲気のある所だ。ここへ来る過程でも既に数人の武器を担いだ方々とすれ違った。

 

そして武器屋に来てまず目についたのはある張り紙だった。

 

「(第1回魔法技術大会……主催はこの町の自治体で会場もこの近くですね)」

 

しかも参加費も安く飛び入り可能、リューナさんが知ったらきっと喜んで参加しそうだな。私としては見せびらかすような用途で魔法を使うのは聖女としても違うと思うし競うのは苦手だからあんまり参加したくは無い。……力試しには少し興味はあるけど。

 

この張り紙に興味を示したのは私だけではない。アネッサもこの紙に興味を示した。が、それよりも先に他の方々が店に入るのに合わせて彼女、そして私も魔法を解除して入店する。

 

入店早々ルナシーが第一声に「何でもいいから店で一番重いのを下さい」と店主のおじさんに頼んだ。

 

当然店主はお世辞にもここに来る筈もないような小柄な少女のそれに素っ頓狂な声を上げた。だがその後で普段見ない女子供連れの客という事に驚き、加えて更に数秒経って相手をしていたのが勇者だった事をやっと理解しやや興奮気味で接客に応じる。

 

「え、えーどもっかしてミツキ様がお連れしているのはあの聖女様と勇者様でっか?」

 

「そうだからさっさと剣を持って来い」

 

ルナシーは店主を睨んで脅す。だがミツキさんが彼女を後ろに下げてカタログを持ってきてもらう。しばらくは彼らは店主を相手しているだろう。

 

その間アネッサとクー、それと私は暇なので店内で売られる剣や鎧でも見ていよう。棚には丁寧に短剣やそれらの整備用品、壁には槍や長剣、ハンマーなどの打撃武器、遠距離武器ととにかく多種な武器が並べられる。鎧は金属や革製のがいつくかで数は少ない。戦いに関わり始めてからの剣や防具と関わる過程で覚えたにわか程度に身に着けた知識を元に武器の質を確かめる、いい品質だ。だが果たしてそれが価格に見合っているかどうかまでは私には分からない。

 

「(使われている材料的にはどれも質は良さそうです。魔法の通りもいいですし私も持っておいたほうが良いのでしょうかね)」

 

アネッサとクーはどうだろうか。アネッサは沢山の武器に囲まれた店内に少し怯えて私の後ろにくっついている。吸血鬼なのにまるで冒険者に狩られる小動物みたいな反応でかわいい。対してクーは棚に置かれた1本の短剣を目を輝かせてじっと見ている。

 

「ねーセレネー。これすごい」

 

「この綺麗な剣ですか?」

 

「ほしい」

 

彼女が欲しがったそれはダガーだった。他に売られるどの刃物よりもそれは小さく私でも扱えそうな程だった。しかし刃はそれと反比例するように鋭い。黒い刀身に走る白の木目状の美しい模様もその特異さに更に拍車をかける。

 

「ええっと……」

 

想定していない事象に答えをすぐに返せず言葉が詰まる。彼女も私に聞いたのが間違いだと判断し

 

「そっかーざんねんだー」

 

と呟いてまだ店主を待っているミツキさんに同じことを聞いた。彼はまだルナシーと店主が武器について相談していたから暇なのだろう、私と違い彼はすぐに言葉を返す。

 

「クー、お前剣に興味があるのか?」

 

「すこし。みんなつよいしどーせならとねー」

 

「クー、流石にそれは無理があるよ……剣どころか私達喧嘩なんてしたこと無いし。セレネ姉もそうだったよね?」

 

「えっ!?あー……やれば出来るのではないですか?」

 

……アネッサから急に話を振られたものだから適当な変な答えをしてしまった。これにはミツキさんも思わず苦笑する。

 

「やれば出来る、か。それはちょっと夢見がちで無責任じゃないか?」

 

まあ……うん。返す言葉もない。しかし彼はそこから不敵な笑みを浮かべて彼女の頭を撫でながらこう続けた。

 

「だけどな、俺はこうも思う。『夢なら出来るまでやる』俺ならそうする。

 

だから責任持って剣術は俺が教える。店主のおっちゃん、これ買う」

 

彼は店員にダガーの代金を払う。ついでに彼女に合う防具やらその他備品までもを適当に選んだ。

 

「ほれ、お望みの剣だぞ」

 

「ふぁーありがとーこれでつよくなれるぞー」「クー……もういいや、おめでとう」

 

私は彼にフォローをしてくれたお礼をする。彼はそんな大層なことじゃないだろ、と恥ずかしそうに笑った。

 

「なーみつきー。これからまいにちけんのけいこしてくれる?」

 

「おう!そしたらいつか一緒に戦える日も来るかもな」

 

「その稽古、私も参加してよろしいでしょうか?最近外出禁止食らったせいで剣の腕がなまってないか心配で」

 

ルナシー、貴方が参戦したらそれはもうお終いなんですよ……

 

 

 

 

それから暫くして彼の用事も済み、ルナシーも無事に新しい大剣を買えた。ルナシーさんは今度は度を超えて大きなハンマーを使うそうだ。本人はまさか自信が打撃武器を使うときが来るとはと驚いていたものの仕方が無いと割り切っていた。それについてミツキさんが苦笑していたのは最早言うまでもない。

 

店を出るとちょうど昼頃、そろそろリューナさんと合流して皆で何処かに入ってお昼にしたい。

 

「それは出来ません。たった今用事が出来まして」

 

「ルナシーさん……ああ、うん。いいですよ」

 

彼女は返事を返す事もせず新品の武器を持って何処かへ行ってしまった。方向的には街の外側へ、恐らくこの後街を出て山に狩りと試し切り?をするのが目に浮かぶ。

 

「ルナシーお前……」

 

ミツキさんも呆れていた。が、これから移動して町中で問題が起きる事も無いも考えると彼、そして私達にとってはいい事なのかも……何だか複雑な気持ちだ。

 

ぎゅっ

 

後から服を引く力が強まる。後ろにいるアネッサのせいだ。

 

「セレネ姉、私にも同じだけ魔法の使い方、理論を教えてくれる?」

 

この前にも彼女は魔法に興味を示していた。

 

「構いませんが……覚えることは多いですよ」

 

「クーが頑張るんだもん、私も何かやらなきゃ。それにセレネ姉とかリューナ姉もいるから何でもできそうだよ」

 

………それなら。

 

「ならいいですよ。リューナさん程上手ではありませんがお互い精一杯頑張りましょう」

 

「やった……!」ぱあぁ

 

日も高く登り日陰だった裏通りに日が差し込んだ。



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店構えに対して店名が壮大すぎる

「………」

 

ペラッ

 

「………………」

 

ペラッ

 

「…………………………」

 

「お客さん、立ち読みは止めてもらえますか?」 

 

「……あ!ごごごごめんなさーい!!」

 

書店を巡ること数店舗、リューナちゃんのお眼鏡にかなう魔導書と魔道具はなっしんぐ!みーんな似通った内容のつまんない式と意味のわからない文章ばっかりで飽きてきちゃった。

 

「(でも内容は大体覚えられたしキリもいいや)」

 

そういえば別れてから結構経ったけど今セレネちゃん達どうしてるんだろう。お姉さんはこういうときの為に全員に秘密で盗聴用の魔法を仕込んでおいたのだー!!早速起動!

 

「(…………ふむふむ、今は武器屋から出てお昼に向かうと)」

 

それならリューナちゃんの読書タイムも潮時みたい。売り物の本を戻してから店を出て集合場所に行かないと。

 

「あとこれどうぞ。今度町でやる魔法の大会の広告です。お客さん、たいそう魔法にご興味が……」

 

パシッ

 

「これはいいもの貰っちゃった。ありがと店員さん!急いでるから雑になってごめんね!」

 

タッタッタッ

 

ーーー

 

現在時刻 12:00

 

現在位置 地方都市 町 中心部

 

リューナさんとナツメさんと事前に話し合った集合場所に着いた。ここで昼食を取った後午後はどうするのかを相談する予定だ。

 

それにしても、ナツメさんから「この町には他にはないいい店があるからそこで」とオススメされた店に決めたのだが……私はてっきりいつもの国が選んだ過剰に良待遇な店を選んだと思っていた。

 

それが今日は違う。

 

 

『喫茶 リヴァイアさん 3号店』

 

 

 

「……えーと、私は俗的な事にはあまり詳しくないのですが少なくともここは国家機関の要人が集団で来るところなのでしょうか?私はそうとは思えません」

 

一通りの多い町の中心部の人目につかない絶妙な死角。中心部には他にも飲食店はあるがその店は他とは全てが違った。町の綺麗な景観から浮く古く薄汚れた小さな木組みの建物。オシャレとは言い難い独特なタッチの書体の奇妙な大きな看板の付いた店。何よりも店名が喫茶店とは思えない程物々しい。

 

普通なら誰もが避けたがるそこに不思議な事に人は吸い寄せられる様に入っていく。それも一般人から裕福そうな商人まで客層は広い。もう一度言うがここは中心部、綺麗な店なら他にもある。

 

「……つーか喫茶つーより雰囲気的にはここってアレじゃね?」

 

「たいしゅーしょくどうだこれいにしえからつづくふるきよきてんぷれじゃねーかこれ」

 

 

 

 

 

「……あっリューナ姉だ。おーいこっちだよー!」ブンブン

 

「お待たせー!って3号店ってこの町なんだ!」

 

……リューナさん、何故知ってるんだ?

 

まあいいや、ナツメさんからは先入ってていいと言われてるし勇気を出して入店する。

 

店内は外観と似たような雰囲気だ。しかし建物そのものや設備が古いだけで飲食店の体裁として標準的な清潔さだろう。

 

昼時の飲食店だけあって人はかなり居る。そんな中でも彼は独特な雰囲気を醸し出していた。

 

「遅かったね。6人分の席取りは大変だったよ」

 

角の席の見知った顔から声をかけられる。ナツメさんだ。私達は手招きされて彼の近くの席に座る。混雑の中この席を用意するのは確かに難しそうだ……6人?

 

「ルナちゃんから町に来る前に昼食は自前で買い食いするって」

 

勝手に居なくなったようだったのだがそれならよかった。と同時に彼女はどこまでも集団で動く事をしたがらないのかと疑問に思う。

 

立ちながら談笑を続けるのも他の人や店に失礼なのでそろそろ何を食べるか決めよう。

 

「……ん?(そういえば気づきませんでしたが今まで普通の飲食店に入った事がありませんでしたね)」

 

勿論宿王都での内外問わない食事で店を使う事はあれどそういうのは大抵メニューは予め決められていた。宿屋でも大抵人と同じ物を量を減らして注文するといった受動的な頼み方だ。そう考えると初めての事で途端に好奇心が湧く。チラッと隣に座るリューナさんを見てみるとクーを膝に座らせてメニューを読んでいた。

 

「にくにくしいものばっかだね。だがあえておむらいす」

 

「そりゃそうだよ。ここの店は肉料理が美味しい店って有名だからね!お姉さんハンバーグ!」

 

そうなのか。私は名前こそ知っているものの食べたことはないのでそれにしてみよう。私、クー、リューナさんの向かいに座るミツキさん、アネッサ、ナツメさんは何を頼むのだろうか。どうやらミツキさんはメニューの多さから悩んでいる様子である。ナツメさんは何を頼むかもう決まったらしくアネッサと話していた。

 

「ね、ねえナツメ兄。ほんとに何でも頼んでいいの?ほんとに?」

 

「うん、可愛い君のためならね」

 

それは11の少女にしていい口説き方ではないと思いつつ邪魔するのも面倒くさいのでスルーする。

 

「なら……10名様限定『本店店長が厳選しオススメする極上ステーキ(※提供速度を維持する為焼き加減はローかブルー固定となります)』がいい。焼きはローで。駄目ならこのナポリタンにする」

 

「う"っいいんじゃない?…………でもやっぱりそういう訳か」

 

「なら俺も迷ってたしアネッサのにするか。店員さーん!」

 

「ミツキ君、悪い事言わないから今すぐ止めておきな。その頼み方は僕はオススメしない」

 

どうやら決まったらしい。すぐに店員がかけつけ注文をし、しばらく待つ。

 

「リューナさんはこのお店に入った事はあるんですか?何故か妙に詳しかったですが」

 

「いやーさ、実は大学の近くにもここ系列のお店があって噂を聞いてて。来たのは初めて」

 

ここ以外にもお店があるのか。もしかしなくてもここはかなり有名なお店なのかも。ちなみにナツメさんは王都2号店行ったことがあるらしい。

 

「僕の目当ての物はなかったけれどね。いつか本店にも行ってみたいな」

 

「本店ですか?」

 

「うん。試したかったサービスっていうの本店だけにしか無くてね」「え、なにそれ!?リューナちゃん初耳」

 

「それなら俺も聞いたことがあるな。『店が見つからない』とか噂だったアレだよな」

 

へー、ミツキさんも知ってるんだ。知らないのは私だけと、何だか少し恥ずかしい。

 

と、いけないいけない。私達だけで盛り上がってたけれどアネッサとクーもいるんだ。そう思い彼女らの方に視線を向けると……

 

 

 

 

 

「…………」

 

「すべてはおりのなかでかんけつするはずだった。させるべきでしているつもりだった」

 

 

 

 

 

何故だか、いつもの雰囲気とは違う真剣な顔つきでお互い目を合わせていた。クーはいつもよりさらに淀んだ目で虚無を見つめいつもに増して意味の分からない妄言を小さな声で呟きアネッサは見たことの無い真剣な顔つきだった。

 

「……え?」

 

私に気がついたのかすぐに何でもないようにいつもの笑顔に戻る。なんとも言えない不気味さでゾッとする。

 

「セレネ姉はハンバーグだよね」

 

「え、あ、はい。そうですよ。初食べる料理なので楽しみです」

 

「そーかー」

 

……きっとさっきのは気のせいだろう。今はそう自分に言い聞かせておこう。

 

 

 

<ご注文のお品です

 

あ、来た。

 

運ばれてきたのは熱々の鉄板に乗った大きな肉塊が二皿。

 

「お姉さんのハンバーグだー!」

 

それならもう一皿は私のだろう。

 

それで、これがハンバーグか。顔ほどに大きさのソースのかかった肉の塊、熱と脂に満たされたエネルギーに圧倒され食欲をそそる香りに本能の部分が刺激される。

 

他の人を待っていてはせっかくの料理も冷めてしまう。他の方には申し訳ないがお先に頂こう。フォークで肉を人より小さな一口大に切り口に入れる。

 

「……おいしい」

 

「ん〜うんまーい!ほっぺた落ちちゃちそうだよー!!」

 

詳細な感想については何も言うまい。数日前の事もあり今の私の舌には自信が無い。だけど誰が食べても美味しいという事実だけは確信を持って表せる。

 

<こちらオムライスになります

 

「それはねこのものです。おいしくいただきましょう、いただきまうめーちょーうめー」

 

彼女の頼んだオムライスも来たようだ。次来るような事があればこちらの方も頼んでみたい。

 

 

…………こうして、楽しいお昼時は過ぎていく。

 

「私のも早く来ないかな……」

 

「ところで焼き加減のローって何なんだ?初めて聞いたが」

 

「……………きっと物が来れば分かるよ」

 

<お待たせしましたー

 

 

 

ーーー

 

 

 

それから昼食も済んで午後になる。途中経過はここでは詳細には書かないが……あるときを境に食事の雰囲気が一気に変わったとだけ伝えておこう。

 

「セレネ姉、ご飯美味しかったね」

 

「ええ、お肉が美味しいというのは噂だけでは無かったようですね」

 

「俺とアネッサの場合はまさしく『肉の味』だったしな。セレネの魔法が無かったらどうしようかと」

 

店からは衛生上には問題はないと言われたが彼から適当な魔法を使うよう求められた。私も事情が事情なので彼にお腹の魔法をかけて現状まだ異常はない。勿論彼と同じ物を食べたアネッサにも同様の処理をした。……やっぱり人のようでいて人ではないのだな、と楽しそうに羽を揺らしながら食べる彼女を見て思った。

 

さて、午後に関してだがほとんどやる事はやり尽くしてしまい殆どはもう家に帰る。リューナさんだけはまだ用があるらしい。

 

「リューナさんは自分で帰るのですか?何をしに?」

 

「秘密。だけど楽しみにしててね!」

 

何故だろう、今の彼女はなんだか少し悪い事をしそうな笑顔だった。

 

 

 

私達は帰りの馬車に乗り町を離れる。帰り道の途中、家についたらアネッサは魔法の練習をしたいと提案してきた。彼らも家についたら早速剣技の基礎を教え始めるそう。取り敢えず彼女には適正と魔力量を調べるのが最初かな。

 

少しだけ真上からズレた昼の太陽に照らされ、私達は丘の上の家に帰る。




うっかり校閲を忘れたせいで谷の村編からの校閲をする事が確定した為暫く更新は無さそうです。ストレスが溜まったら投稿再開します。


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適正な魔法とは?

現在時刻 帰宅後

 

現在位置 自宅 庭

 

「えーいやーとー」ブンブン

 

「そうだクーいいぞ。その調子だ」

 

家の庭でミツキさんとクーは早速買った剣を持って素振りをしている。彼女が剣を振る姿は子供が木の棒を持って遊ぶ時のようでいて剣術にしてはまだまだ遅い。素人目に見ても明白である。対して彼の持つ片手剣は振るたびに風を切る音がしてまさに洗練されたといった感じだ。戦争では活躍する姿は見れなかったけれどギルドではあの剣裁きで数々の獲物を葬ってきたのであろう。……それにしても彼女、動きやすいように着替えたせいで腕の彫りが見えてるが……いや、見られてまずい人は誰もいないし別にいいか。

 

 

 

で、私達はというと。

 

「まずは魔法の適性を調べるんだよね。どうやるの?」

 

「専用の魔法の機構を組んで適性を算出します」

 

アネッサに魔法を教える上でまずやらなければならない事、魔法の適性について調べようとしていた。地面に光る半径2m程の簡単な幾何学模様の式が張られた円がそれをするのに必要な魔法だ。

 

「なんか思ってたのと違うね。本であった水晶球とか水で計るのじゃないんだ」

 

「その方法は私は見たことがありませんね、というか私自身適正というのを正しく調べたことが無いのでこれしか知りません。恐らく適性を調べる専用の魔道具でしょうが今回診断に使う魔法も構造的にはほぼ同じなので何も問題ありません」

 

仕組みとしては魔力を入れると属性に対応した値が出力されそれを適当に可視化する。今回は式の円の中に入ると出力し対応した箇所が対応した色に発光するようにしている。試しに円の中に入ると一部が白く光った。

 

「……よし、それではこの上に立ってください」

 

「は、はい」

 

彼女は恐る恐る式の上に立ち何が起こるのかを期待と不安の入り交じる顔で待っている。私は動作確認ができたし余計な事をしない簡単な式なので不安がる事もないと彼女を安心させる。

 

しばらくすると式が反応して一部が光りだした。緑色だ。

 

「セレネ姉、これは?」

 

「風属性ですね」

 

風属性か。私は光にしか適正が無かったから詳しいことはよく知らない。どんな魔法があるのかや効果等も正直そこまでだ。ただイメージとして扱えるのは突風や天候、空気そのものだろう。

 

「風って強いの?」

 

「さぁ?戦闘どころか光以外の属性の運用については私の範囲外なので分かりかねます。実用に関してはリューナさんが専門で知ってますし帰ってきたら頼みましょう」

 

式に出力された値を調べながら彼女の疑問に答える。この値を元に次の作業の魔力量の測定をする。と言っても適当な式に入れて計算するだけである……が、予想外の結果が出た。

 

「えっ!?これって……つまり……」

 

試しに自分の魔力の値も調べてみる。……嘘でしょ……?

 

「姉?…どうしたの?」

 

「いいや……えーと、たった今貴方の魔力量を算出したのですが……というか薄々気がつくべきだったと言えばそうだったのですが

 

アネッサ、あなたは魔力だけなら私より上です」

 

 

「………え?……えぇーーーー!!?」

 

うん、理論もなにもなくありえない話ではない。私は魔法こそ使えるが改造した魔法があっての事で魔力量自体はそこまででは無い。それこそ才能のある一般人程度でなら超えられるくらいには。だけどいざ実例と出会うとかなり負けた気になる。

 

しばらく二人で驚くだけ驚き落ち着きを取り戻す。

 

「えーと……魔法の才能があるの?」

 

「スタート地点には立てる最低限の才能は保証します。あとはどの系統を覚えるのかですが……」

 

彼女の場合は既に方針は決めている。ここ数日のアネッサの本の好みを見る限り私とリューナさんとは別のタイプの選出をする。端的に言えば物語や詩集等を好む。ならその特性を活かす他ない。

 

「貴方には呪文魔法が向いていると思います」

 

「呪文魔法ってその魔法以外にも何かあるの?」

 

あ、そういえば彼女にはまだその手の実践分野については教えていなかった。だけどまあ良いや、あの系統は想像力と才能が全て、その他の要素や厳密な理論は必要な時に教えればいい。

 

次は教会の図書館で魔導書選びだ。

 

ーーー

 

現在位置 教会

 

普段本を取りに来る以外ではあまり立ち寄らない教会。だけど今日は珍しく読書目的以外で使う者がいた。

 

「セレネ姉」

 

「どうしました?」

 

「音、楽器。ルナシーと狼さんがいるね」

 

「(楽器の音?)」

 

言われてみれば中から誰かが楽器を使っている音がする。曲を引くわけでもなく、ただ子供が遊ぶみたいな単音が不規則に続く。

 

ガチャ

 

 

 

「ミ、ファ、ソ……ピアノの鍵盤は分かりました。楽譜の読みはこれでいいですか?」

 

「はい、音階が一つづつズレてます。流石に独学二人は無理がありますよ」

 

 

「あ、本当にルナシーだ」

 

どうやら楽譜と数枚の鍵盤を狼さんと二人でにらめっこしている。……何故に?普段の彼女とのギャップから恐る恐る声をかける。

 

「え、えー……うん「夜間外出禁止されて夜糞暇なんで新しい趣味を見つけようと思いまして」

 

あ、丁度気になっていた事を本人が教えてくれた。私も戦闘が出来ないストレスを物や人に当たるのではなく芸術に昇華するのは普通ならいいと思う。しかしそれも相手が相手でルナシーが楽器だなんて夢にも思わなかった。一体誰がそそのかしたのだろうか、少なくともあるとするなら狼さんだが……正直彼女の初めての文化的な趣向の目覚めるには少しハードルが高い趣味だとは思う。一体何年後にいい曲が聞けるのだろう、その時が楽しみだ。

 

それでも夜に楽器は不味いのでは?と彼女に指摘した。

 

「……うるさい。私がピアノをしたいならいつでもいいでしょう」「ほら、聖女様も同じことを言っています。お嬢も皆さんと読書「あ?」「何でもないです」

 

「(解析をした限り音量が魔法で制御できるので機構だけ組んであげましょう)」

 

そういえば仲間の内何人が楽器が出来るのは何人できるのだろう。私は勿論出来ないしミツキさんはあまりそのような印象がない。ナツメさんリューナさんあたりはもしかしたらあり得るかもしれない。

 

「それと先程から指摘しようか迷っていたのですが」

 

「何です?」

 

「それはピアノではありません。パイプオルガンです」

 

「…………鍵盤があればどれも一緒です」

 

 

 

 

 

 

さて、パイプオルガンに四苦八苦している彼らを横に私達は地下へと降りる。そして魔導書の棚の前まで来て適当に本を見繕い数冊の分厚い本を取り出す。中身を見て魔法の種類を確認する……よし、ある。

 

「これがあなたの使う魔導書です。きっといい本ですよ」

 

彼女に魔導書を手渡す。私でも厚く大きいと思う本で彼女が持った途端重量を見誤り地面に落とす。本は傷つかず足に落とさなくて良かった。

 

「えっ……これ全部覚える訳じゃないよね?ね?」

 

「うーんそこまで身構えなくてもいいんじゃないでしょうか。多分覚えられるのはその本の4〜6分の1位、実用するのは多くても十数個位です。気長に少しづつ覚えればいいんですよ」

 

彼女は床に本を置いてページをペラペラとめくる。目次を調べ風属性の魔法のページに飛び彼女は初めて「魔法」と対面した。私もその中身を見てみる。

 

「うへぇ……」

 

「セレネ姉?」

 

「いいえ、何でもないです。ちょっと分量に目眩がして……」

 

「風を操る術」と大きな見出しのページに砂粒の様な文字で呪文魔法について書かれている。隙間なく並べられた字は僅かな空白の方が埃に見違える程、加えて内容も到底他人が読むようにフォーマット化されていない読むに耐えない文章だ。詩的で、定義のない、とにかく抽象的。読んだ数は少ないけれどやっぱり呪文魔法は苦手だ。

 

「…………」

 

しかし私とは対象的に彼女はそれを食い入る様に読んでいる。リューナさんが式を解く時と似ている、本当に集中している人の顔つきだ。

 

「……アネッサ?」

 

「ふぇ!?あ、ごめんなさい。つい面白くて……」

 

それが面白いなら幸先がいい。きっと彼女は魔法を使いこなせそうだ。

 

 



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呪文というロマン 理論という芸術 感覚という奇跡

現在位置 庭

 

教会から出るとミツキさんとクーの剣の練習は一時休憩していた。

 

「ふーきゅーけー」

 

「これが終わったらどうする?再開するか?」

 

「いんや、ねこはつぎはみるものがあるので」

 

丁度いい時に来た。彼らがまだ剣の練習をするようならば別の場所に行かなければならなかったが使っていないそうなのでここでしてしまおう。

 

「それで出てきたのは良いけれど何するの?」

 

彼女は不思議そうにしていた。彼女からしてみればこれから学ぶというのを中断しここに来たのだ。

 

「ふふふっ本当はもう分かっているのではないですか?」

 

何をするのか……それは勿論決まっている。

 

「『実践』をするなら地下よりも外でしょう?」

 

それを聞いて彼女は一瞬納得した。しかしすぐに私の過去の言動を思い出し矛盾点を指摘する。

 

「魔法ってそう簡単に出来なさそうみたいに言ってたよね!なのに……もう実践?」

 

珍しくさっきぶりの驚き方で取り乱している。声量も普段より大きい。

 

彼女の指摘したのは間違いではない。専門性を持つ使用用途は膨大な知識や経験、それと才能が必要……だが実用をしない趣味程度であれば理論上だけなら可能だったりする。しかしそれは足が地に着く前に足を上げて飛ぶ位には理不尽で高難度である。

 

例は少ないが修道院の先輩や私の真似をした孤児院の子供の感想をまとめた具体例は「なんとなく温かい力の流れを感じる」「マジになってやると恥ずかしい」「それとなく効果こそ現れたが日常の用途にすら使えない」「『検閲済み』(暴発とだけ言っておこう これは不運な事故であり怪我は完治した)」

 

それでも彼女は態々外に出る必要性は……と反論を続けようとしたのだが具体例の最後まで来てやっと察しがついて納得した。

 

「もしかして出来ないじゃなくて『出来た』時が危険だから?」

 

「初めての魔法はいつでも『出来てしまった』時が最も危険です。効果が分からなくて加減も出来ない。しかも人生初めてなら尚更です」

 

それと単にお世辞にもいい環境と言はえないジメジメした地下より日の光の下の方が気分がいいからというのもある。集中して本を読むにはいい環境必ず必要だ。

 

しかしそのままでは吸血鬼の彼女には酷なので魔法で日光を少し減衰させている。一応問題は無くしているつもりだ。

 

「そうだよね。それなら仕方がないか」

 

「ええ」

 

「肌が焼けるのは嫌だからね。セレネ姉ごめんね」

 

そっちにか。私が言ったからだけど優先してるのはそっちだったのか。

 

ーーー

 

それから十数分。

 

「…………」

 

「なんとなくいってることはわかる。だがおおむねてつがくのはなし」

 

庭の木の木陰でクーと彼女は二人して座り魔導書を読んでいる。図書館で見せた集中と同じくクーの言葉に微塵も反応せずにただその字を目で追って頭の中に呪文を入れている。

 

解読用に読み始めた「理論派でも分かる呪文魔法(著者 S.K)」曰くこれが呪文魔法を使う上でまず最初にする実践らしい。「体で感じ、知識を入れる」正確には扱う属性を肌で感じられる環境を作りそれを用いて学習する。何度も言うが呪文魔法はイメージ、つまり扱いたいものに関しての知識と感性が必須である。私もはじめは何をふざけた事を言っているんだ、とは思ったがその理由を知って納得した。この点で地下は魔法を使わなくても不向きであるから私はここへ来たのだ。

 

そして幸運にも今日はいい風が吹いている。

 

 

さあああ………

 

 

木々が風になびき、雲は青い空をゆっくりと動く。鳥は鳴き、一匹のねこが可憐な吸血鬼の少女の膝下ですやすやと寝る。無意識に揺れる羽と尻尾は彼女らの安らぎを表すかのよう。

 

至極、これ以上無い平穏な一時。戦闘続きで忘れていた。

 

こんな時間が一番幸せだ。

 

 

 

「………うん、だいたい把握できた」

 

彼女は膝のクーを退かし立ち上がる。集中して読み込んで分量にしてはかなり早く読み終えた。

 

「イメージは湧きましたか?」

 

「うん。それと姉が苦手そうだなって」

 

「うっ……そこも当てられてしまいましたか」

 

「うん。だってセレネ姉って冒険譚とか推理物ばっかり読んでるから毛色が違うから。でも可愛いね。普段は完璧そうなのにやっぱり姉も人なんだなって」

 

かわ……!?予想外の言葉にドキッとする。顔が赤くなってないかだけ気がかりだ。

 

「ほ、褒めても何も出ませんよ!それより魔法はどうでしょうか」

 

「この魔法はどう思う?」

 

彼女は本を開きページを指差した。そこには風属性の簡単な魔法の詠唱が書いてある。【旋風】という名称でその後に続く効果の解説をざっくり意訳して読むにただ風を起こすだけのシンプルな効果らしい。風属性魔法を使う者なら誰もがこれの取得から始めるともあり彼女にぴったりだ。

 

「セレネ姉、やるから」

 

彼女は建物に当たらないように向きと位置を変える。覚悟を決め、魔導書の記述道理に手を伸ばし呪文を詠唱した。

 

「スー……『風よ翔けろ』!」

 

………

 

……………

 

…………………

 

 

 

 

「……何も起きないね。もしかして失敗しちゃった?」

 

「いえ、作動してますよ。効果も今も現れています」

 

風だから目に見えた効果は判断しづらい。しかし確かに彼女の魔法は成功した。魔法が作動して少しだけ風向きの違う風が吹いた。詠唱の文面の荒っぽさとは違うまるで春風を連想させる暖かく優しい風。温度も体感数℃高く時期に似合わない風で人為的に起こしたと推測できる。

 

「うー……なんか魔導書と違うような……」

 

私も魔法の記述と余りにも違う理由が気になって確認してみると「イメージが制作された時の想定と違うとそうなる」らしい。私も呪文魔法が出来たら似たような事になってそうだな。

 

まあ、今は魔法が出来ただけいい。まず魔法が作動できなければそもそも駄目な話だからこれからも安心して教えられる。彼女は性格やさっきの魔法の発動の感覚から後方支援向きかな。

 

「ちなみにどんな魔法が使いたいのですか?」

 

「姉達とクーに使える魔法がいい……でもかっこいい魔法も使いたいな」

 

後半が小声だったが私にはしっかりと聞こえた。冒険小説のような派手な魔法が好きなのか、はたまた本当は戦ってみたいのか。どちらにせよ彼女の努力次第だろう。

 

ーーー

 

それから更に十数分。

 

「……zzz……zzz」

 

もっと練習して上手くならなきゃと意気込んで魔法を試していると案の定魔力が切れ彼女は寝てしまった。彼女の参考にしていた魔導書を参考程度に読みながら彼女を見守っていた。が、想定外に解読に集中してしまいまい気づいた時には地面に五体投地していた。まあ、致死量には届かないだろうとは読んでいた。

 

「(魔導書には読む者に魅了の魔法でもかけているんですかね)」

 

軍に来てから時間が出来て少し緩んできたのかな?生活に慣れてきたのはいいけど守るところはしっかりしておかないと。取り敢えず彼女は着替えさせてからベッドに寝かせておいた。

 

……さて

 

「(次は私の番ですね。知的好奇心でウズウズしてきました)」

 

長文だらけで嫌な文だったが斜め読みなら案外何とかなるものだ。魔導書の魔法を試したいというのは何もアネッサだけではない。当然の事ながら私もその一人である。

 

風属性があるなら光の魔法も……と安直ながら予想通り見つけて覚えた。今の私は技術が大人なだけの玩具を渡されたただの子供だ。あるいは遠出前日の眠れない子供、どちらにせよ無性にワクワクしている。

 

試す魔法は【月穿】。簡潔に表すと【光柱】の呪文版だ。非圧縮な事を除けばほぼ似たようなものである。余談だが何故かこの魔法、初出より改良後の方が弱い……何故?

 

そろそろ実践に入ろう。いつもの様に手を伸ばし構える。物に当たらないように細心の注意を払って照準を合わせ詠唱する。

 

「『銀の月 宵闇を裂き混沌に 秩序となりし光の矢を射れ』」

 

イメージするのは儚く消えてしまいそうな光の筋。威力の抑制の面もあるが関数での制御でない直感的な制御という呪文の最大の特徴を生かさない訳がない。

 

詠唱を開始した瞬間、普段との同じく魔法陣らしき光が現れた。しかし形や模様は大きく異なり幾何的な図形から不定形へと変化し記号の羅列がそれを埋め尽くしている。形としては汚い、しかしどこか美しく魅入ってしまいそうだ。

 

そして、来る。

 

 

…………

 

………………

 

………………………

 

 

 

 

静寂、風の音が響く庭。

 

視覚的には全くと言っていいほど効果は現れない。昼間に星が見えない様に先程の魔法は威力を低出力過ぎて昼間の光に掻き消されてしまった。

 

だがそれでいい。体感的には魔法は出力できているし望み通りの火力に抑えられた訳だ。実験は成功だ。迫りくる地面にどうする事も出来ない落ち行く意識の中、私は静かに喜んだ。

 

 

 

 

ーーー

 

「リューナちゃん帰宅ッ!ってあれれ?」

 

町での用を済ませたリューナちゃん。お家の前の庭で何かを発見。白と黒と肌色の物体、見間違えのないほどにセレネちゃんだ。

 

「おーい、セレネちゃーん?」

 

えーセレネちゃんの現在の状況は地面にうつ伏せで倒れてる状態。脱水や病気の異常はない、魔力は少ないが致死量でもないからひとまず安心安心。普段使わないような種類の魔導書が木陰に落ちてるし魔法の練習でもしてたのかな?随分と熱心だね!お姉さんも見習わないとその内抜かされちゃうかもなー……なーんて、ね。

 

「セレネちゃん起きてー」ツンツン

 

彼女の頬を突く。反応なし。うーんこの可愛子ちゃんめ。完全に寝てるならお姉さんが家の中へ連れてってやろうぞ……んしょっ

 

ほう、中々軽い。

 

彼女を家の中に運ぶ。地面に倒れてたから服も土と砂で汚れてるから着替えさせるのもしないと。

 

……同性だしセレネちゃんも平気だよね?

 

「(そういえばセレネちゃんの私服って見ないよね。いつも黒い服か最近は白い服だけだし)もっとお洒落したらいいのに勿体ない」

 

私のナイスバディーとは傾向が違うだけでスタイルはいいのに、そう愚痴をこぼした。実際問題セレネちゃんがあの服以外を着ている所は見たことが無い。王都で何回かナッツーのプレゼントを着てたけど最近は白ばっかりだし……案の定クローゼットの中はカラーリングが白、黒、黒で同じ服ばっかり。あ、でも見たことのない新しい服もある。ってこれかなりエゲツない露出度だ。きっと買った時顔真っ赤だっただろうなー。この新しいのもいいけどせっかくだから最近見てない黒い方を勝手に着させちゃおう!

 

「服よし!それではセレネちゃんの柔肌をご開帳……」

 

「……………っ!?」

 

 

 

 

【回復魔法】

 

「(これってつまり……)」

 

少し悩んでから白い服を着せてあげた。それにしても凄い物を見てしまった。いつも穏やかだからなのもあるけど心の闇は誰にでもあるんだね。町のお土産のお話もあるし夕食まで何も起きなきゃいいけど……あとで詳しく教えてもらいたいな。



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隔靴掻痒

現在時刻 夕食後

 

現在位置 自室

 

 

 

「それで、お話とは何でしょうか?」

 

お互いベッドに腰掛けて向き合う。

 

夕食の最中リューナさんから食後に話があると言われた。内容については彼女がお楽しみ、と教えてくれなかったから私も知らない。それに何か特別心当たりがある訳でもないし彼女が何を話すのか全く見当がつかない。

 

「いい話と悪い話、どっちからが好み?」

 

いい話すら何か予想がつかないのに悪い話まであるのか。

 

「じゃあ悪い話からで」

 

「…………おっけー」

 

「一応先に聞きたいのですが私何かしちゃいましたか?」

 

彼女は横に首を振る。それなら自覚症状が無いのもまだ分かる。だとしたら一体?それを口にする前に彼女は話し始めた。

 

「まず確認なんだけどセレネちゃんは今日の昼間に魔法の練習してた。それで倒れた。これでいいんだよね」

 

「ええ。中へ運んでくれて本当にありがとうございます」

 

これは食事中に聞いた。未圧縮の魔法で魔力を使い果たして気絶した所までは私も記憶にある。その後町から帰宅した彼女が庭で倒れた私をベッドまで運んでくれたのだ。

 

これも悪い話といえば悪い話だが恐らくこの事ではない。私がそれを肯定してから彼女も無意識な内に段々と深刻そうな表情になっているからだ。本人がいつも明るいだけあって少しの変化でもかなり思い悩んでいるのが分かる。

 

「……実は、倒れてからの事なんだけど……ご飯の時だと皆の前だから隠してたんだけど……その……見ちゃった」

 

「見ちゃったって………っ!?」

 

頭の中で言葉とそれが一瞬で繋がった。咄嗟に服の下を確認するとなんの異変も無く白く健康的な肌だった。むしろそのせいで彼女が私に何をしたのかも概ね予想がついた。

 

「もしかして回復しました?」

 

「うん。服を着替えさる時に治しておいた」

 

だから倒れたにも関わらず服が綺麗だったのか……と今更気がついて一人納得した。

 

「それで……話してくれる?」

 

アレを見られてしまったのなら彼女には隠し通す必要もない。ただあの醜い物は何も知らない者の目に触れるべきでは無い。

 

「…………分かりました。ただ、他の方には秘密にして頂けますか」

 

「勿論」

 

ーーー

 

事の発端はあの地下都市を発見してあの場で過ごしていた時だ。もしかしたら既にあの段階で私は何処か壊れていたのかも知れない。

 

その日、戦闘服から着替えて普段通りに寝ていた。これまでの事、明日の事、これからの事を考えて床に就いた。大怪我もしたし魔力も不足していたから今日は泥のように眠る……筈だった。

 

ふと、深夜に目を覚ます。寝たのもかなり夜も更けてからなのにもう目が覚めたと寝ぼけた頭で考えた。戦闘の疲れもまだ回復し終わってもいないし再び眠りに就こうとしたした。

 

 

 

痒い。全身が焼けるように痒い。

 

 

虫刺されではない。直感でそう感じた。首、腕、腹、背中、足、全てに不快な感覚を感じる。今すぐにでも掻き毟りたくなる衝動を抑え服の袖を捲った。肌は赤く腫れている。服に隠れた部位全てを覆うように赤い醜悪な不快感が、私の肌に引っ付いていた。

 

身体の異常から頭の眠気も一気に覚めた。それと同時に自身の身に起きる異常が、不快さが、一気に襲いかかる。

 

しかし不幸中の幸いで私はこうなってしまっても本能より理性が勝っていた。

 

【回復魔法】

 

「っ………はぁっ!……はぁ…………」

 

全身にできる限りの回復魔法を使い肌の腫れを治す。赤い肌が急速に元に戻って不快さも次第に薄れていく。もしあのまま本能の赴く限りの行動をしていたら今は地獄だっただろう。

 

まだむず痒い感覚の残る肌を再び見る。……先程の赤さは何処かへ消えてしまった。少なくとも一時的には抑制は出来たらしい。

 

「(それより早く服を脱がないと!)」

 

 

 

それから度重なる人体実験の末に得た結論はどうやら私は下着や小物を除いた戦闘に使用する目的でない衣服を着用すると肌に蕁麻疹が出来るようになってしまったらしい。まるで神が私に殺しを望むように体を作り変えたみたいだ。その内私は戦い以外の何もかもを捨てざるを得なくなるのか。そのような考えすら浮かぶ。

 

少なくとも修道女、いや修道院でとうの昔に捨てた「普通の女の子」としての生活すらもう望めないであろう。

 

決意の代償は必ず返ってくる。これは呪いか天命か、正体は神のみぞ知る。

 

ーーー

 

 

「それで今日のお昼前に意図しない形で服を着てしまってこのようになってしまいました」

 

「で、でもそれなら何処かのタイミングを見計らって治せば良かったんじゃ!」

 

真っ当すぎる意見をぶつけられた。だが私にはそれ以上の理由があって出来なかったのだ。

 

「はい、おっしゃる通りです。でも心配させる「セレネちゃんの体が一番大事だよ!」

 

彼女に大声で叱咤された。少しの怒りと心配の眼差しで私の目を真剣な目でじっと見つめる。が、しかし私の言葉を聞いてその態度も一変する。

 

「子供を、アネッサとクーがせっかく楽しんいるのに私が邪魔する訳にはいけませんから」

 

そのまま私は続けた。

 

「子供はどんなに小さくても周りの人の行動はよく観察しているものです。身振り手振りから表情や口調、些細な変化を彼らは子供ながらよく理解しているんです」

 

「そ、そうなんだ。もしかして修道院の?」

 

「全部長年の修道院の経験です。その分隠すのも上手くなるからもう慣れましたけどね。……だからこそ、子供には私の悩みを悟られてはいけないのです」

 

「…………戦争は教育上悪いからね」

 

「子供は血生臭さとは無縁なのがこれ以上無い今の私の幸せですから」

 

 

 

しばらく私達はお互い黙りこんだ。暫くの静寂が部屋の隅の魔導書の山に染み入る。沈黙を破ったのは彼女の方だった。

 

「……あの」

 

「はい」

 

「空気崩すようで今まで聞いてこなかったけど今聞くね。あの服を着たの?」

 

「はい」

 

「私、セレネちゃんのどの部位がかぶれてたのか覚えてるけど何で大部分は無事だったの?」

 

「……………………」

 

「流石にあの服のセレネちゃんはエッチすぎだと思うの。不謹慎だけどあの格好のセレネちゃんを見たかったね!!」

 

「…………はい」カオマッカ

 

完全に不意打ちだった。恥ずかしいし顔が熱い。穴があったら入りたい。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

一通り赤面するだけ赤面して話の続きをする。お次はいい話だそうだから是非とも期待したい。

 

「ふっふっふっ……セレネちゃんにはこれを見て欲しい」

 

彼女から数枚の書類を渡された。一枚は魔法の大会のポスター。それとパンフレット。ポスターの方は昼間町で見たものと同じ物だ。

 

ああ、成程。そういう事か。彼女なら絶対に参加するだろうなとは予想していたアレだ。私の知らない何処かで噂を開いて貰ってきたのだろう。そして私とともに出場してみたいと。

 

「今日町で貰ってきたんだー。セレネちゃんこういうの興味ある?」

 

当然。しかし……

 

「あるかと言われればあります」

 

「んー?もしかして乗り気じゃない?」

 

「大会みたいに競うのは余り好きではありません。今回は降りさせて頂きますね。態々持ってきてもらってごめんなさい」

 

「ありゃりゃ。もしかしてとは思ったけどやっぱりか」

 

じゃあこれはいらないね、と彼女は私に渡すはずの書類を見せてきた。2枚の事前のエントリー用紙だ。飛び入り参加も出来るのにこんな物を持ってくるだなんてどこまで用意周到だったのだろう。一枚は既に記入が済んでいてリューナさんの名前が書かれていた。断った後だが少し酷いことをしたな。

 

だけど今ならこれは無駄になることは無いだろう。使い道がなくなったとそれをしまう彼女に考えを話す。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、今丁度面白い話がありまして」

 

「おっとセレネちゃんからの提案と。これは本当に面白い奴かな?」

 

「とは言っても出来るかは分からないです。ですがきっと興味は持っているはずですからそれは彼女に渡して下さい。今連れてきます」

 

私はリューナさんを残して退室しこれを求めるであろう彼女を呼びに行った。そしてしばらくして……

 

「リューナ姉、私に渡したい物があるの?私何かしちゃったっけ……?」

 

「!?っきききききたあーーー!!えっえっ?つまりつまり……そーゆーことー!?!?」

 

リューナさんこわれる。というよりこの時点でここまで喜ぶなんて予想外だ。突然こんなのになってしまったリューナさんにアネッサも驚いて怯えてしまっているしこれでは話にならない。とりあえず二人を落ち着けてリューナさんに事情を説明させた。

 

「魔法の……大会!?セレネ姉、まさか私が出るの?」

 

「どうせ魔法を学ぶならいい機会だと思いまして。無理にとは言いません。でも興味はありませんか?」

 

「あるか無いかなら………ちょっと。でもまだ始めたばっかりで早すぎるし無理があ「そんな心配なっしんぐー!!お姉さん達がぜーんぶ教えちゃいまーす」

 

「あ、あのリューナさん。落ち着いて」

 

急に立ち上がって話に割り込んできた彼女を抑える。が、抑制できず彼女はそのまま暴走する。

 

「だってだってだって!!魔法は初めてなんでしょ!こんなの落ち着いてられないよ!初めて全くの初心者から魔法の指導ができるんだよ!今から苦楽を共にして才能の極限を目指すんでしょ!」

 

寧ろそれは私の方がご教授願いたいくらいなのだけれど。

 

「セレネちゃんは研究仲間だから別腹なの!」

 

そうなのか。それはそれで私のような独学一筋が学者と対等に扱われる事を純粋に喜ぶべきなのか、何だか複雑な気持ちだ。

 

「あの……私もう魔法できるよ……姉……」

 

そんなカオスの渦中からアネッサが申し訳無さそうに呟いた。あ、そういえばまだ言ってなかったから魔法が使えた事まで伝えてなかった。

 

「え?」

 

「リューナさんが来る前に確認だけしたら出来てました。楽しみな所本当にごめんなさい」

 

「ああ、うん。分かった。仕事早いね」スンッ

 

あの騒ぎようから一転、目に見えて一瞬でテンションが下がった。

 

「そっかー。ちなみにそれってやっぱり呪文?」

 

「ええ、そうです」

 

「そう。……呪文だとしたら大会期間までならここの分だけで足りる技術的なのはひとまず保留にしておくとして理論と座学は……そもそも私の勉強量がな……」

 

何やら小声で独り言をし始めたリューナさん。僅かに聞き取れる単語からするに今から何を教えるのか思案しているらしい。

 

 

 

「セレネ姉、大会だけど……」

 

あ、リューナさんの暴走に付き合っていたから彼女の事を少し忘れていた。彼女は部屋を出ようと扉の前で話す。時間もだいぶいい時間だしもう寝るのだろう。

 

「もう少しだけ結果を待ってくれる?ごめんね、始めたばっかりだから何ができるかとか分からないし……まだ止めておく」

 

「そうですか。分かりました」

 

「でも……きっと出るよ。だって姉達がいるから……うまくなれるよ」

 

そして彼女は部屋を去った。結局断られてしまった。私も彼女を呼ぶ最中に薄々まだ参加の判断に十分な知識量が不足しているしこうなるだろうというのは想定していた。だから、ここからは私達の技量との勝負だ。いかにして彼女に自身を持たせるか、それによってすべて決まる。

 

「よし!決まった……ってアネッサちゃんは?」

 

落ち着いたリューナさんに彼女は答えるのを先延ばしにして帰ったと伝えた。そして考える事は私と同じで二人で頑張ろうねと協力する意志を伝えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あっ!そういえばセレネちゃん。実はこういう物もあるんだよ」

 

いい話は全て話終わったと思ったら三枚目もあったのか。どれどれ…………

 

 

 

 

「…………は?」

 

リューナさん、なんて物を持ってきたの?それに書かれた予想外の事実に私はその紙を床に落とす。リューナさんはそれを拾って私にもう一度渡してきた。リューナさんは混乱する私を見て笑っていた。

 

 

 

それもしてやったりと悪い笑顔だ。完全に想定外。確かにこれなら……うん、ちゃんと条件にも合うし……だけどとてもありがたい。念願の腕試しの機会がこんな風に訪れるだなんて。

 

 

 

「それじゃあ最後に聞くけど、出る?」

 

「勿論です」

 

 

 

迷わず即答する。やはり賢い友は持つべきだ。



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笑顔の裏には殺意がみなぎる

現在時刻 数日後

 

現在位置 地方都市 自宅 庭

 

 

 

【旋風】

 

ブワアアアッ!

 

「うん、成功したよ」

 

「おー!今のは上手い……ゲホッゴホッ!うぅ、ホコリっぽいし目が痛い。これも風属性の定め……」

 

「(たった数日で威力が段違いだ。初日とは大違いです)」

 

彼女には魔法の才能があったらしい。たった数日で優しいよ風から屋根までの砂埃を起こす程に威力が成長していた。初めてで魔法の効果が感じられた時点でかなりの素質があるのは覚悟していた。それでいて私達、片方は天才の学者、片方は……自称は恥ずかしいけれどそこそこの魔法の使い手、その二人が合わさって一人に力を注いだのだ。効果は絶大だ。比較対象として私を挙げると試行錯誤の期間を含めて約1ヶ月で環境が整いやっと効果が出てきた。それに比べて彼女は……本人には間違っても言えないがちょっと羨ましい。

 

 

 

「おい魔法組!こっちの事考えて魔法使え!風が強いぞ!……っとさせねえよ!」ガキッ!

 

「うぼあー」

 

一方ではクーとミツキさんが剣の練習をしている。彼曰く「基礎練習」との事で彼が村でしていた練習をナイフ用に色々変えてやっているそう。詳しい事は剣術など微塵も使うつもりが無いので聞かない。今は素振りで練習用の木刀を振っていた。が、時折彼が目を離したスキに悪戯で不意打ちを狙ってその度に吹き飛ばされている。手加減はしているのは承知している、それでも人の手で人は吹っ飛ぶのを繰り返されると心配だ。

 

「またしっぱい。ばくすたいぜんにはんていがおわってる」

 

「バクッスタブとか殺す気か?何度も言うがまだお前には致命の技術は早すぎる。基礎を身に着けてから色々試さないと怪我をするのはお前なんだぞ」

 

「さんかいもすきをみせるのがわるい」

 

「このっ……ああ言えばこう言う」「ふぉーえばーあーゆー」「繋げるな!」

 

なんだかんだで彼らは楽しそうだ。

 

しかしその反面で少し問題もある。家の方から声がし、ナツメさんが飲み物を持ってきていた。皆楽しそうなのに僕だけ仕事で困っちゃうよ、と笑いながら愚痴をこぼす。丁度疲れてきていたし彼の好意に皆が甘えさせてもらう。

 

「こうやって優秀な兵士がすぐ近くで出来てるのを見ると何だか感動的だね」

 

「お前には軍の部下がいるだろ」

 

「ちっちっち、アレはアレでまた別物なんだよミツキ君」「そーだよ!」「そうだよ」

 

リューナさんと関係の無いクーも便乗する。

 

「それに、教育熱心なのは良いけどあんまり強くし過ぎると後で困るよ。もしかしたらいつの間にか抜かされてたり……ってそれは本望か。

 

 

 

ね、『セレネ君』」

 

「きっと平気ですよ。彼女らはここまで優しい子達なんですから」

 

 

 

つまり、そういう事だ。実のところ彼から教育可能な範囲の上限を指定されている。言い方は悪いがその場の勢いに流され魔法を教える約束をしたけれど、悲しくも彼女らは危険な存在だ。約束をした後ナツメさんにそれを相談した。

 

「魔法を教えたい?うーん、有事の際しっかり殺してくれるなら構わないよ」

 

彼はこんな事もあろうかと(!?)詳しい規定を既に決めていた。例の優秀な部下が作ったらしくかなり綿密に作られて分かりやすく使いやすい。しかしこの成長速度だと範囲的に厳しい面もある。勘もいいし教えてない式もそのうち導出しかねない。

 

それと、これを知るのは私とナツメさんだけだ。というか「彼女らを殺す事を事前に伝えられているのが私だけである」。リューナさんとミツキさんは仲良くなり過ぎてなにかの拍子に話を漏らしかねない。ルナシーは寧ろ教えなくても喜んでやりそうな面もあるから放置。結果的に子供の扱いに慣れている私がこの秘密を請け負うことになっている。

 

だからリューナさんにはその事を伝えずに魔法の上限だけを言い包めて指示している。しかし彼女は賢い、バレるのも時間の問題だ。いや、もしかしたら……これ以上は止めておこう。

 

なおクーが剣術を始めた事は流石に想定外だったとの事。これに関しては「買っちゃったなら仕方ない」だそう。ついでに暗殺されかけたら流石に気づくでしょと付け加えかなり諦めムードだった。

 

 

 

「そういえば最近解読進んでないなー」

 

リューナさんが呟く。解読とは例の小説だろう。私は読むだけで精一杯で考察は彼女が殆どしていた。彼女ですら息詰まるだなんて恐らく相当難解なのだろう。

 

「あ、違う違う。それもあるけどアネッサちゃんの魔法で手が回らなくて」

 

成程そっちだったか。それに関しては大会の方にも手を出しているから余計に時間がないのもある。

 

それなら今日の午後は久々にそちらに取り組まないかと提案する。私も現在の進捗についてまだ完全に理解しきれてもいないし気になっていた所だったし。

 

「姉、それって私も出来ない?」

 

「(アネッサ?)いいですけれど……リューナさん?」

 

「(規制でしょ?私達も分からないしセーフセーフ!!きっと分かりっこないって!!)いいよ!未知への探求には仲間が何人いても楽しいよ!」

 

規制については私も同意見だ。その他成長する過程で難問を目にするのは良い機会だし何よりアレが呪文魔法についてなら適正のある彼女の才能にかかれば何か分かるかもしれない……流石に幻想を抱き過ぎだろうか。

 

「よーし、じゃあお姉さんはお先に準備ついでに頭を研究用にしてくるねー!!」

 

そうして彼女は家に戻っていった。ミツキさんは練習は、と冷ややかな目をしていた。ナツメさんはそれに彼女らしいねと笑う。

 

彼女らにこの後どうしたいか聞いてみた。アネッサは本の続きが読みたいとリューナさんと同じく家に戻る。クーはいつの間にか居なくなっていた、と思ったら教会の扉を開けていた。ミツキさんも練習を止めて何処かに行ったし止めるつもりもないらしい。

 

やっぱりというか流れ解散らしい。取り敢えずクーが気になったから私は彼女を追いかけた。そしてすぐに彼女がここに来た理由が分かった。

 

「うた、じゃない、きょくがきこえる」

 

「曲?」

 

静かになって気がついた。扉越しでオルガンの荘厳な音が微かに聞こえる。しかもそれは明確にメロディの形を成した規則性のある音の配列。ただ一つ、果たしてその音色に見合った音楽ではない事を除けばそれは「音楽」だった。まさかと思い扉を開ける。

 

「この先の配置どう考えても人のやる譜面では無いです」「もう十分お嬢は人ではない気もしますけれど」「ごもっともなのは承知です。首洗っとけ鎮魂曲は弾いてやる」

 

「あの、ルナシーさん?」

 

「話なら狼さんとお願いします。もう少しで終わるので待っていてください。複合が途切れる」

 

そう言いつつ彼女は両手で複雑な指裁きで鍵盤を叩き続ける。本物の音楽家がどのような物なのかは知らないがそれは私が見てきた数少ない鍵盤の弾ける者の中で最も上手いと言える腕前だ。数日前まで音階も知らなかった人物と同一人物と信じられない。

 

困惑し呆然とする間に曲は終わる。クーが拍手を送るので初めて終わりに気がついた。黒い楽譜を閉じ床に積まれた山にそれを置いた。そしてそのまま何食わぬ顔で鉈を抜いて出ていこうとした彼女を止める。

 

「何?」

 

「何って……今のあなたには色々とお話を聞きたいから「狼さん」「はい。聖女様、お嬢については私が説明します。といっても見たままです。普通に調べて弾いただけですが」

 

「ええ……」

 

そんな話があるものか。普通こういう技術のいるのは……と思ったがよくよく考えたら先程似たようなのを見ていたから何も言えない。案外天才とはその辺にいるんだな。半ば現実逃避気味に考えを巡らせながら何処かの戦場に向かうであろう彼女を見送る。

 

「そういえば」

 

彼女がドアノブに手をかけた所で止まる。

 

「オルガンの音がおかしかったので少し点検したら本が出てきました。楽譜と一緒に積んであるので戻しといて下さい」

 

 

 

ガチャ バタン

 

彼女が伝えた通り確かに楽譜の山の一番上にそれはあった。架空戦記だった……のだがオルガンの音がおかしくなるという事はこの楽器の中にこれが?

 

「(不思議なこともありますね)」

 

というか音だけでそれに気が付ける彼女も彼女だ。本当に、彼女は何なのか。あそこまでの技能と才能があるのに態々戦闘に身を投じるだなんて。勿体ない。

 

 

 

「かみはにぶつをあたえず」

 

クーが呟く。曲の感想だろうがいつもの辿々しい喋りでまたよく分からない事を……

 

「ゆえににぶつはひとのごう」

 

「……クー?」

 

「だがかみはいっぽさきだった。とかくかみのちょうあいなどうけたくないものだ。あんなわるふざけがすきなやつとはかかわりたくない」

 

よく分からないことを言うなと覚悟してたら本当によく分からないことを言い出した。言葉選びも雰囲気が違う。少なくとも曲の感想などではない……何?教会を出るに合わせ続けた言葉。最後に彼女は

 

「セレネ、われおもうゆえにわれあり。つまりおもうわれがわれなのだ」

 

そう言い教会を出る。追いかけて私も教会を出た時には彼女はもういなかった。

 

 

 

 




ストーリーの進む回:小説の花、書くのも楽しい

ストーリーでは無いがある程度テーマが決まっている回:一発ネタ、書きやすい

接続回:ストーリーとストーリーの接続部、正直色々きつい、この回


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自宅を捜索してみた

現在位置 自室

 

「これがその小説の解析結果。あんまりデータ取れてないのはご★愛☆嬌」

 

「あんまりって、全部手書きでこれですか」

 

解読が進んでないと言っておいてリューナさんが出したのは原本と、それとは別に1cmの厚さの紙束。しかも紙束には言及した通り小さな手書きの字で考察が書いてある。流石に謙遜にもほどがある。ほら、アネッサが引いてるしこれは私の感覚が正しい筈だ。

 

「何これ……何?」ペラッ

 

「上の方は愚痴とかもあるからあんまり関係ないのがある。ちょっと待ってね今分類するから」

 

彼女がその内容を確かめつつ紙束をいくつかに分ける。書いてある内容も少しだけ見えた。いつの間にか大学とここを接続したらしく大学からと思わしき本からの引用もチラホラ見られた。

 

分けられた資料は研究過程で使用したメモ書きという名目のただの愚痴が半分、引用資料と実際に考察が書かれた資料がそこから半分づつ。考察分の内容だけ更に分割すると呪文の効果と詠唱についてと本の単語をまとめた物に分けられる。

 

しかし……

 

「詠唱と効果についてだけ記述が少ない。やはりそれ程難解と」

 

「うん、予想以上に複雑だったの。それにこの魔法だいぶ古い系統の魔法らしくて大学でも中々資料が見つからないんだよ」

 

「『古い』ですか。難しいならまだしも古いのはどうしょうもないですね」

 

魔法の歴史はかなり長い。数百年から数千年単位で研究されてきた中の古いとなると一括に古いでもピンキリまである。その為制作時期によって作られる魔法は当然異なってくる。

 

それなら字体やら文面やらから測定できるのでは?となるだろう。残念な事にこれは制作年代が古いと分かる前に既に読んでいる時点で言語として普通に読める物であるのは保証されているのだ。つまり、文化的に大きな変動が起きるような年代は経っていない。せいぜい書かれてから数十年単位だろう。

 

なのに態々古い系統の魔法を使用しているという疑問がある。もしかしたらナツメさんがここを家具付きで購入できたのはある意味幸運だったのかもしれない。木を隠すならなんとやら、その答えはこの家にある……のかも知れない。もし持ち込まれた物だと発覚したならその時はその時だ。

 

ちなみに解読するにあたって最悪のパターンは感覚魔法を変換して出来た呪文魔法で、そうなるともはやこれは理論派二人には無謀だろう。

 

単語の方に目を向ける。

 

「この単語は?」

 

「その本の単語。呪文魔法だから細かい所は記録して損はないからね」

 

見たところ天体、とりわけ太陽と月、時間、罪、竜に関連した単語が多い。前半の文とも合わせて考えると確かに所々星や月、長い年月を思わせる表現が使われていた事を思い出した。それでリューナさんの見つけた罪の意味から作者は何か長い年月の間で誰かにした行為、あるいは他人の行った行為への罪について言及したかったのだろう……内容をあまり深く読み込んでいないから当たり前の事しか出てこない。自分でも流石にこれはないだろうと恥ずかしくなる。

 

これでは私達だけだとお手上げだ。これはじっくり原本を読んだ上でその道の方にお話を伺いに行くしかない。

 

「リューナ姉、この原本見ていい?」

 

「アネッサちゃんももう立派な魔法仲間なんでしょ。いーよいーよー!!」

 

「私も隣よろしいでしょうか」

 

「うん。セレネ姉も読もうよ」

 

アネッサが原本を手に取り読み始める。相変わらず狂った文面が延々と続き読めたもんじゃない。彼女も私と同様それを読み物として認識した途端に顔をしかめた。

 

「これがお姉達の研究対象なのね。当たり前だけど私じゃよくかんない」

 

「ねー!!どうしてこんなのを書こうと思ったのか作者の頭を疑っちゃう……って、流石にこれは口が悪かった。でもこれが読めればきっとなんか強い魔法が使えるんだー!!」

 

「(でも魔法の効果はまだ発覚していませんよ)」

 

そうして意気込んで始めたはいいものの解読は実質詰みである事に変わりはない。

 

リューナさんは辞書を片手に自分の考察を何度も整理し直しては消しを繰り返し落書きされた紙屑を作り出すだけ。アネッサは原本を読んだ段階で力及ばないことを悟りいつの間にか持ち込んでいた小説を読んでいる。私はというとまだ原本を読み終えていない為読み込んでいる所だ。しかし読み終えていないといえどもう半分ほどは読み終えた。段々と話が拗れてきて理解が更に難しくなりページが思うように進まないから全部読み終えるのは何時だろうか。

 

私は席を立つ。

 

「リューナさん」

 

「…………何ー?」

 

「気分転換にちょっと探し物へ」

 

「?」

 

「この小説がここで書かれたのならもしかしたらそれに纏わる資料がまだ残っているかも知れません。外部から持ち込まれたとしてもどこから来たのかに繋がる何かがここにあるかもですし。取り敢えずアレのあった物置とかに行ってきます」

 

「あーいってらー」

 

どうでもよさそうな返事を背中で聞く。この前掃除したときに片付けた住人の残した物から思い当たる物が無いか考えながら私は扉を開け……

 

「…………それdっい"っ!!」ガッ

 

「姉!?」

 

「リューナさん平気ですか?!?」【回復魔法】

 

立ち上がろうとして思いっきり何処かにぶつけた音がした。しばらく打った箇所を抑えて悶てから先程中断された何かの続きを話す。

 

「何で気が付かなかったかなー……普通ここにあったならここのことについて調べればいいのに」

 

てっきりもう家の探索は済んでいるものだと勝手に、いや逆に彼女の頭をもってしてこれに気が付かないほうが何故なのか謎だがそういう体でいろいろを考えていた。

 

「という訳でセレネちゃんのそれに賛成して私も捜索してくるねー!!」

 

そして彼女は部屋を出ていった。こういう行動力では彼女に勝てないな……とりあえず反射でした回復魔法の必要性を問いつつ私も部屋を出る。

 

 

 

「……私、置いてかれちゃった」

 

一人話について行けなかったアネッサはこの部屋においてかれた。

 

「さて

…………

誰だこんな馬鹿な事しようとしたのは」

 

現在位置 屋外 物置

 

 

 

屋外の狭い物置。掃除してから数日放置していただけなのにもう埃だらけだ。しかし確実に誰かは出入りしているらしく使わない武器やその周辺道具は増えていた。間違いなくあの近接二人の物だろうし壊さないように気をつけて中を探す。

 

 

5分経過

 

「(こう物を探すとなると減らしたとしても結構まだ捨てられそうな物がありますね……)」

 

ちなみに掃除する前にあった物は使えそうな物以外は処分しているからこれでも減った方だ。

 

10分経過

 

「例えば実は床の一部の色が違ってそこに何かがってそんなわけ無いか」

 

「ははは、案外隠し通路とかがあったりして」

 

15分経過

 

「無い!」

 

「別の所で何かありそうな所といえば図書館ですかね。資料の数ならあそこは一番ですし」

 

 

 

現在位置 屋外 物置 → 教会 図書館

 

定期的に誰かが出入りしている為地下故の暗くジメジメした不気味な雰囲気だが人の気配はある。物の物量だけならここが一番だろう。最も、望みの品がそこに紛れている確信はない。しかしアレが魔導書の類であるならば参考になるものがある可能性はある。

 

「普段使う棚は限られてますし使わない所から調べましょう」

 

「私はあえてその逆に賭ける!捜索開始!」

 

5分経過

 

「意外とまだ見たことの無い本もありますね」

 

「でもあの小説とは関係が薄そう。もっとよく探せばあるのかな?」

 

十分経過

 

「(あっそうだ。あの式をあそこに接続してああしたらもうちょっと綺麗な式に圧縮できるかも)」

 

「(?料理の本がなんかぽっかり空いてる。しかも赤黒く汚れてる……赤?しかもゼリー寄せ……)」

 

十五分経過

 

「うーん、無い!!」

 

「そうですね」

 

規模の割に探す時間の事もあるし単に見つかってない可能性もあり得るけれど流石に希望が無くなってきた。あとここにあるとすれば……まさかナツメさんの小説の処分をした時か?彼は私達の知らない時に既にここに本を置いていた。だから正確にいえばこの図書館の初期の状態は私は知らない。それに片付けに大規模に動かした時に既に巻き込まれ処分された可能性もある。

 

「はぁ……」

 

魔法に関わる重要な手がかりがもう無いかもしれないと思うと途端に無力感に襲われる。棚から出した本の山に腰掛けどこに何があったのかを思い出す。

 

あの棚は図鑑類、その隣は……何だっけ、それで……

 

そうやって少しづつ棚の位置を思い出していくととある事に気がついた。

 

「リューナさん」

 

「なーに?」

 

「ここの棚、いくつありましたっけ?」

 

「さあ、いっぱい?」

 

一つ一つの棚を調べている内に壁際の一列だけ棚が一つ多いことに気付く。それだけならまだただ誰も知らないだけで済みそうなものだがその増えた1つが怪しかった。

 

「……まただ」

 

「何々?セレネちゃんなにか見つけたの?」

 

その棚には他と違い殆ど空に等しかった。ただ最下段にだけ一冊の小説が置かれていた。あの戦記だ。こんな不自然な配置がされた棚に覚えはない。

 

「こんな棚ありました?」

 

「…………無かった、気がする」

 

こちらに来たリューナさんが壁と棚の隙間を見る。私も光で照らしてあげるとどうやら棚と壁の間に隙間はない。床も異常はないし本当にただ気付かなかったのか?

 

とりあえずその本を調べる。調べてはないが多分まだ見たことの無い巻だった。少なくとも知っている巻数よりもかなり飛んだ数字である。

 

「アネッサちゃんの読んでる奴?」

 

「はい。よく彼女が持ち出しています」

 

「変なところにあるね。リビングの棚に戻しておこうか」

 

 

 

 

 

…………うん、いま率直に思った事を伝える。

 

「リューナさん」

 

「セレネちゃん?」

 

「どう考えてもこれ怪しいですよね。前からもそうですけどこの本やたら変な所にありません?」

 

3回目となると流石に不自然にも思う。彼女には昼間にも変わった所から本を見つけた事を伝えた(ちなみにその本と今回見つけた本は違う、そしてオルガンの本は既にリビングの棚に戻した)。やはり彼女も怪しいとのそと。しかし流石にある場所がおかしいというだけでは解読中の小説との関連は無いから証拠としては薄いと指摘される。勿論言い返せない。

 

だが私もリューナさんこの家には何か私達の知らない何かがあるかも知れないという仮説はできた。魔法での隠蔽はないとしても隠し収納や隠し部屋でもあったなら最高だ。とりあえずこれはしばらくここにはいるんだからゆっくり魔法の解析でもしながら調べようか、と笑いながら約束した。それこそクーやアネッサに教えて彼女らに頼るのもいいのかもしれない。子供は隠し事にこそ目が行くのだから。

 

ーーー

 

この後一応ナツメさんに話を聞くも……

 

「……という訳でナッツー、心当たりある?」

 

「うーん、無い。僕もえっちいのをしまうのに元の本は動かしたけど隙間隙間に入れる感じだったから捨てたりとかは無いよ」

 

「本当に?」

 

「そんな怖い顔しなくてもセレネ君の事故はもう起きないよ。ちゃんとある場所は把握してたしもう無いから安心して。でも隠し部屋があるかもっていうのは面白い話だね。もう一度間取りの紙取り寄せようか?」

 

と、特に収穫もなかった。しかし彼がこの建物について調べてくれるそうなのでお願いした。しかし直接魔法に関係しそうな物は特に見つからず、手元に残ったのはこの架空戦記だけだった。

 

ガチャ

 

「お姉おかえり。どうだったの?」

 

「駄目だったよー!でも別にいいものを見つけたんだー!!」

 

リューナさんはアネッサにさっきまでの一連の流れを説明する。目を輝かせ先程までの少ない発見を自慢するリューナさんとそれを聞くアネッサ、どちらが姉か分からないような対話をよそに私はしなければならない事があった。

 

必要なのは肉筆の小説とその考察資料。それとここへの道中にリビングから持ってきた架空戦記の1巻。それと……

 

「アネッサ、貴方この本についてどこまで詳しいですか?」

 

「え、今は4巻目まで読んでるけど……」

 

「この本に竜はいますか?」

 

「いるよ。もしかしてそれがお姉達の調べてるのと関係がありそうなの?」

 

察しが良くて助かる。椅子に座って1巻をパラパラとめくりながら内容を把握する。続けて研究中の小説も流し読みした。そして適当にリューナさんの考察を読んで目を閉じて熟考する。

 

「…………成程、そういう事ですか」

 

「お、セレネちゃんもしかして分かった!?」

 

閉じていた目を開け起き上がり彼女のその問いに答える。

 

 

 

 

 

 

 

「何一つとして分かりかねます」

 

当たり前だ、それに研究はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 



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危うい彼女達

お久しぶりです


現在時刻 更に数日後

 

あの小説の下書きと架空戦記についてだがあれから解読は更に進むようになった。カギとなるパーツがやっと揃ったというかここからが本当の解読作業の始まりにも感じる。

 

とはいえやはり私には呪文魔法の解読は出来ないと感じた。実際そうで私の考察が一行進んでいる間にもリューナさんは数倍進む。

 

そして驚くべき事になんと呪文魔法においてはアネッサにすら私は劣るらしい。以下はその発端を示したリューナさんとアネッサとの会話の回想だ。

 

「……?リューナ姉、ここなんだけどさ」

 

「んーどしたの?」

 

「ここってさ……ここをこうやって考えるとここと繋がらない?」

 

「あー……繋がるね」

 

 

 

この先も数回に渡り同じことが繰り返され解読をするのは彼女らの担当となりこれには流石に悔しさを感じた。しかし適材適所という残酷な真実には誰しも勝てないのだ。私は大人しく自身の研究書を追記していよう。そういえばあれも地下の図書館に仮置してから最近はあまり手を付けられていないな……

 

それと架空戦記についての内容も簡潔に書いておこう。竜が人の王の意思を継いで世界を統一するという話だ。どちらかと言えばただのファンタジーなのでは?とこの文面だけで判断するなら思うだろうが実際に書いてあるのは浪漫溢れる兵器と様々な思惑の交差する中で活動する緊張感はまさに「戦記」でファンタジーと呼ぶには余りにも現実味があり、そして熱い内容だった。

 

それと同時にタイムリーな作品でもあった。この作品の舞台は……

 

 

 

「セレネ、紙からペンがはみ出てるぞ」

 

現在位置 地方都市 自宅 リビング

 

ミツキさんが私の意識を現実に戻す。机を見ると紙から続けて書いた字が行を変えることなくそのまま机に続いている。やってしまったことは仕方ない、慌てて字を消しことなき事を得た。

 

「魔法に熱中するのはいいけどあまり無茶すんじゃねえぞ」

 

「ごめんなさい」

 

「魔法でアネッサに越されたのはやべえなとは思う。だが焦っちゃ駄目だ」

 

「そうですね」

 

 

 

という訳で魔法の解読から外れた私は一人別件に使う魔法を組んでいた。今なら回路設計から帝王切開まで何でもできそうな程に資料と時間は十分ある。

 

「なあ、お前のその式って何なんだ?」

 

「これですか?リューナさんの虚次元の概念をお借りして魔法の式を部分的に異次元に送って実次元同士を別次元経由で接続できるようにした上で大容量化の為のn次拡張用に機構を整備して3次元を傷つけずに接続出来るようにしてました。理解できる最高速処理と比べて爆発する関数への対応は遠く及びませんが今はこれで処理が間に合うので精度と操作性で勝る分利点は多いです」

 

「長い」

 

「大量の式の追加に対応させたついでに見た目を整理しました」

 

「……本当に意味分からん魔法平気な顔でするよなお前ら。あとそうじゃなくてそんなガチガチの魔法何に使うんだって事だよ」

 

そちらだったか。これは魔法大会に必要な魔法でそれを作っていたのだ。彼は大会を知らなかったそうなので教えてあげた。するとさらなる情報を要求したのでリューナさんが持っていた大会のパンフレットを渡した。

 

「ふぅん、技術か。魔法は使えるけどこういうのはやったこと無いな」

 

「この際一緒に出場してみませんか?」

 

「いいや、俺流の魔法は脳筋でバーってやるのが本筋だから技量を競うには不利だ。だから……」

 

「競えますよ?私も競技にはそこまで詳しくないので調べたのですがこの手の大会というのは『課題をこなせればあとは何でもいい』とい形式がセオリーらしいので……」

 

「つまり最悪魔法も使わなくていいのか?んなわけ無いよな。すまんすまん」

 

笑って茶化している所悪いのだが実はそれもありらしい。私も調べていて驚いた。しかし理由は全うで「様々な形式による多方面からの攻略を認める為」である。勿論それは表向きで単に観客が派手で、技術者も新たな解法を見たいがためにこのようなルールになっているとの意見もある。

 

そういえば今彼はなぜここにいるのだろうか。私が気分転換にリビングで研究を始めてから彼が来た。武器を持っているし恐らく修練前後らしいのだが……

 

 

 

 

「クーの練習待ち「はなしはきかせてもらった」

 

「(クーが来ましたね。しかし声はしますが姿が……?)」

 

「うえからくるぞーきをつけろ!」

 

上?天井を見上げると一瞬白い何かが落ちような。それは置いておいていつの間にか天井に大きな穴が空いていた。四角形に切り抜かれた穴は下側からは見えないように精巧に隠され大きさは細身であれば通り抜けられそうな位だ。

 

「クー、ナイフを仕舞え!木刀で切れないのは承知だしいつでも闇討ちしていいとは言ったし、それでも首!刃を首から離せ!」

 

「あんしんしろみつき。なんてかさきまでかんがえてるからしんぞうでもけいついでもどっちでもはせいできる」

 

「ちょ……それは洒落にならない!あ"ー剣術なんて教えなきゃよかった!」

 

顔に赤い足跡を付けたミツキさんをクーは馬乗りになってナイフを突き刺そうとする。しかし彼はそれを片手で抑え必死に抗う。彼は必死だが対象的に彼女は死んだ目ながらとても楽しそうだ。中々酷い絵面で、それでいて微笑ましい。お互い怪我はないようなので心配するのは別にいいかな?

 

「セレネっ!そこで傍観してないで助けてくれ!」

 

「そんな事しなくても多分アネッサが駆けつけてくれますよ。それよりクー、今天井から入ってきましたけど……」

 

「あー?なんかアネッサがわたしにおしえてくれた。ひみつっていわれたけどどうせいってもばれないよね?ばらさないよね?」

 

微笑ましい殺意を出しながら彼女は答えた。どうやら二階のある一室からここへと通じていたらしい。成程、あそこなら丁度ここの上辺りだし隠れていたとも思う。

 

偶然だけれどこれはいいことを聞いた。やはりこの家には何かがあるのだろう。その内の一つの手がかりが思いがけず入れた……うん、一度はスルーしたけれど心配は心配だ、クーを彼から引き剥がした。

 

「うわー」

 

「そういえば私達に用があるようでしたがどうしました?」

 

「あーそんなこともいったなー。まほうのたいかいがどうとかでアネッサをだしたらおもしろそうだからたのみにきた」

 

ああ、そういう訳か。しかしそれはもう私も試したのだ。まあ本人からはもう断られてしまって本人の気が変わるのを待っている所だ。しかし彼女はいつもの調子で頼めば何とかしてくれるだろうと楽観的だ。

 

そうこうしているとミツキさんは起き上がる。

 

「くっそ……酷い目にあった。クー、流石に不意打ちはもう止めてくれ。心臓が持たねえよ」

 

「それはやられるほうがわるい。せんじょうはときにばしょをえらばない。もんくならるなあたりににききなさい」ズルズル……

 

流石にいきなりナイフを突きつけてきたら誰しも起こるのは無理ない気もする。

 

と、ふと彼女は何かを思い出したかのように木製のナイフをしまって私の元へ来た。そしてあのナイフを、あの鋭く黒い刃のダガーを私に突き付けた。

 

「やろうよ」

 

「…………断わりま「あねっさじゃやくぶそくなんだ」ズルズル……

 

視線をミツキさんの方へ向けると彼は頭を抱えていた。かすかに何かを嘆く声もする。しばらくして彼は彼女の手を掴んでから彼女の補足説明を入れてくれた。

 

どうやら彼が剣の練習中に対魔法の立ち回りを理論だけ教えてみたらしく興味を持っていると聞かされたらしい。しかしまさかこんなに早く、私にそれを伝えるとは思わなかったとのこと。

 

「しっかしお前も良く考えておけよ。セレネは勿論分かってくれるだろうがクー、お前だ。相手はガチ勢でお前は初心者も良い所、せめて俺の屍を乗り越えてから喧嘩は申し込んだほうがいいぞ」

 

私も彼女の突きつけるナイフを手で下げて戦う意志が無いことを伝える。ズルズル……

 

 

 

 

 

 

バァンッ!

 

しかしそれは叶わない。何て悪いタイミングだろうか、たった今この場を訪れた全身を血で赤く染めたルナシーがそのナイフを下げるのを許さなかった。片手に鉈、片手に槌の刺さった形の崩れた獣の肉、口に血の滴る獣の足を咥えて家にやってきた。そして彼女は咥えているそれを吐き捨てる。

 

「ペッ……もしかして今から殺し合いですか?」

 

「いぇす、あなたもどーぞ」

 

 

 

今日は不運だ。ついでにミツキさんの呟きと家の外から狼さんの叫び声が響いた。

 

「……家の中にそんな汚物持ち込むなよ」

 

「お嬢ーーー!!獲物の調理は屋外でして下さいーーー!!あっまずい薪から草に燃え移ってる」ワォーン

 

 

 



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カノン:王国軍軍事作戦資料「休暇中の勇者・聖女の活動報告書」

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ーーー

 

当記録は勇者・聖女の休暇中の活動及び捕虜2名の行動を短期滞在予定の住宅に事前に設置した非魔力動力の機器、担当であるナツメ クロヒメ騎士団長と遠距離活動時に対応した追跡部隊が秘密裏に偵察し得た物である。

 

セレネ ブラインド

 

リューナ クロートザック、羽の捕虜(以下便宜上本人が自称するアネッサとする)と共に読書、魔法の研究をしている。しかし最近は主に魔法大会に使用する魔法の制作に取り組んでいる。特筆すべき行動として台所を意図的に避けるように行動する、時折壁や床を観察するなどがある。後者に関しては観測機器の発覚に繋がりかねない為早急な対策に講じる。前者に関しては担当の者に詳細なデータを提出するように求める。

 

その他行動

 

魔法の実践練習 読書 ナツメ騎士団長の私物の小説の管理、稀に極短時間だけ読んでいる姿も確認された。気になる物は気になるようだ

 

リューナ クロートザック

 

セレネ ブラインド、アネッサと共に読書、魔法の研究をする。時折住宅周辺から消失し自作した転移魔法により自身の大学へと帰省、現地にて研究、文献の調査を行う。また現在王国でも把握していない前入居者の書き残した文書の解読のために大学の職員とのコンタクトもしている。現在そのテキスト及び詳細な内容の確認は取れていない。現地の人員はこれを秘密裏に回収するように。時空間系魔法に関する情報収集も引き続き続ける。また勇者聖女宅の食事事情、特に調理方面は彼女が握っている。

 

その他行動

 

個人的に街へ買い物に出かける お菓子作り 魔法による仮想環境での生態系シミュレーションの実験、現在データ内時間17496年経過。相当やり込んでいる

 

ミツキ ミナモ

 

前回の戦闘から指摘された点より専用の人員を配置し影響範囲外より監視。その為詳細情報は限られる為記述できる主だった情報は無い。管理し始めてから人前に出る機会が減り女性を引き連れることは少なくなった。猫耳の捕虜(以下便宜上本人が自称するクーとする)からの要望により剣術を教える。しかしこれによる鎮圧の危険性は然程変化しないと考えられている。

 

その他行動

 

変化なし

 

ルナシー ローケプヘン

 

夜間の外出を禁止された為昼間の外出の頻度が増加。そのままその日の殆どを外で過ごし他勇者・聖女の夕食が終わると同時に帰宅する。機動部隊による追跡は速度と移動距離の都合上不可能であり移動ルートは予測のみに留まる。しかし調査の結果食事の確保の為徒歩で実家付近に規制していることが発覚した。驚くべき事に撮った獲物を解体し調理する姿も確認できた。数日周期で外出をしなくなるのと関連し前周期では楽器を演奏し最近は調理を学んでいる。

 

その他行動

 

楽器の演奏 比較的複雑な調理過程の料理 釣竿を使用した釣り 時折魔法を出すような動作をする、しかし成功した試しはない

 

ナツメ クロヒメ

 

いい加減監視部隊に故意のセクハラをするのは止めてください。貴方が夜の街に身を売りに、あるいは買いに行くのはこの際不問にします。しかし機動部隊の彼等も仕事とはいえ貴方と同じ人の筈です。監視装置に陰茎部の模型を近づけたり官能小説を朗読したり裸で建物の外壁に張り付いたりはもう見飽きました。貴方はだだ管理と指示と情報収集をしてればいいのです。まじてなんでこいつが上司なの……こんなウ○コみたいな奴←反転出来てないなんてまだまだカワイイね

 

その他行動

 

誰が書くか

 

 

 

アネッサ

 

「検閲済み」

 

別途資料参照

 

 

 

クー

 

「検閲済み」test

 

特定の指示を受けた担当者以外の閲覧を禁止します

 

 

 

追記 クロヒメ、お前そろそろ減給な by軍

 

えー!?そんなー!これじゃまた風俗のお世話になれないじゃん! byナツメ騎士団長

 

それは「どっち」の目的でしょうか……そもそも「どっち側」なんでしょうか by人事部



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獣二匹

「ああ……何故私がこんな事に」

 

「セレネ、別に無理しなくてもいい。今ならまだ間に合うが」

 

 

現在位置 庭

 

食事を終えたルナシーに連れ出され、クーからも手を引かれ外に連れられる。やる事は勿論……うん、模擬戦という名の半ば殺し合いだ。

 

勿論断った方が断然良くて最善の選択だっただろう。しかしあの状況下だ。断ったら死ぬ、そう本能が働いてしまいこのザマである。

 

ルールは丁度四人だし2対2のチーム戦で致命を与えられる状態にしたほうが勝ち。ミツキさんには申し訳ないけれど一緒に巻き込まれてもらう。

 

 

 

「ちーむわけどするるな。わたしみつきあんどせれねゆーでいい?」グググ……

 

「ミツキと組みたいです。そして私が両方殺ります。貴方は大人しくしているのが身のためですよ」

 

「(セレネさん、ミツキさん、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません)」←ルナシーの狩った肉の余りを遠くで焼く狼

 

彼女らはすでにその気で彼女らなりに準備運動をしている。……というかクーは戦闘なんてした事が無いのによく戦う気になれましたね。無知が故も無理があるような。

 

クーはよく使う練習用の木製ナイフから黒いダガーに持ち替え素振りをするフリをしてルナシーに突き刺そうとしていた。しかしルナシーはそれを指二本だけで封じる。子供の力であるがクーも必死に動かしている筈なのに完全に静止している辺り文字通りの力量の差が現れている。どちらにも言えることは何方も私達とやり合うつもりでいるという事だ。

 

「(雰囲気に気圧されて外まで出たのが間違えでした。今更彼女らをどう断れと)」

 

「アイツ俺と組むのかよ。あの気の合いそうなの同士でやればいいのになぁ」

 

「聞こえてますよクソ野郎。最悪私は別にソロでも構いませんしニャン公が良ければ私だけでも構いません」

 

へーならそうす……て、待て。この状況、もしかしてかなり不味くないか?現在ルナシーとクーが敵対する形となっているが私とミツキさんは手加減ができるからいいとして彼女がそういった事をするとは到底思えない。

 

「ミツキさん、提案が。これが通れば多少は良くなります」

 

「よくやった。どうにかしてこの場を打開するいい案があるのか?」

 

「クーにルナシーと組んでもらいます。せめて彼女だけでも生き残ってもらいましょう」

 

「……打つ手は無しと。採用」

 

私も腹を括らないと。彼女らには水を指すようで悪いが「似た者同士チームワークを発揮する」という方針の元チーム分け何とかして丸め込もうと交渉する。クーは「じゃーしゃーない」と、ルナシーも舌打ちした後渋々了承してくれた。

 

これもクーのためだ。ミツキさんと彼女だけでも無傷でいるのに私達が頑張らないと。

 

 

 

「…………よし!」シャキン

 

金属の擦れる音。彼が剣を抜いた。それに呼応するがごとくルナシーも槌を担ぎ上げる。明確に空気が変わりつつあるのをこの場の全員が感じた。

 

私も彼と私自身に魔法をかけて力の底上げをする。これで私と彼がルナシーと渡り合える。それとクーには本人が気づかない程度の緩やかな防御系の強化もしておかないと。勿論戦闘未経験の彼女には絶対に攻撃を当てないつもりでも、うっかり誤射や被弾した際の保険は掛けなければならない。

 

 

 

 

「スタートの合図はどうするか?」

 

ミツキさんが聞いた。

 

「愚問ですね」

 

ルナシーが答えた。

 

「『もう始まってますよ』」

 

 

 

ひた……

 

首元に冷たい物が当たる。後ろから私を抱き上げるある種の包容が私を包み込む。そこに慈悲は無く、思考が動く前の私の首元に黒く鋭利な刃が……

 

「!っ(速度上昇身体強化最高出力!)」

 

 

ダガーが刺さる前に脊椎の方が間に合った。その手を掴み最大まで強化した腕力でそれを受け流し地面に叩きつける。

 

「に"ゃーん」

 

叩きつけたそれはクーだった。いつの間に背後に回り込んだんだ、という疑問もあるけれど怪我をさせないつもりだったのにやってしまったという方が強い。強化を積んで正解だ。

 

彼女は受け身を取り体勢を立て直し掴んだ腕に攻撃する。その前に手を離しできるだけ高速のバックステップで回避。魔法の射出の仕込みを即興で完了させ周囲へ雑に打ち込む。

 

「セレネ!ルナが行った!」

 

それを聞いて感知魔法、発動までのラグを考慮して即効性のと本命の感知を二重に、起動して後方から私を迎撃する位置に待機するルナシーを知覚する。

 

彼女の槌は私の胴体を的確に捉える位置に軌道を描くだろう。到底ここから避けられたものではない。なら多少の被弾覚悟でいなすしかない。彼女の槌を振る速度と予測される重量からなる力積なら今の耐久力でも内臓が少しやられる位で済みそうだし。

 

槌に足の方を当てベクトルを変更、骨にヒビが入る嫌な感触がするが治癒、そのまま槌に背中を擦らせながら華麗に回避する。

 

もう片手の鉈もそれを読み私に刃を向けてくる。だがそれももう対策できた。

 

「(お願いします!)」

 

「(手元が僅かに明るい、魔法……生意気にナイフ読みの牽制ですか)チッ」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

ーーーーーー!

 

 

ザッ    ザッ

 

開幕の一瞬の攻防に小休憩が挟まる。

 

「ほう、よく避けましたね」

 

「危なかった……弾幕、展開します!」

 

誤射での家屋損壊防止の防御魔法を張りつつ同時に【流星 ラピッドスターダスト】の小型弾幕を振り撒くように斉射する。彼女はとにかく速く尚且的が小さい。その上クーという伏兵までいる。なら誘導弾と移動制限の前方位に無秩序なバラ撒きを採用して視界を減らすのが一番だろう。ミツキさんには……まあ、彼なら平気だろう。

 

ルナシーはこの状態を見て特に何も行動しない。弾幕の間々を眺め逃げ道を探しているのだろうか。

 

「(話には聞いていたけれどこれが弾幕ですか。実家だと実弾が主流でしたし綺麗です。だけど少々物足りません)」

 

答えは興奮していた。

 

「弾幕が薄い!」

 

ブォンッ!

 

怪力で槌を振り風圧だけで弾幕を反らす。直撃した弾幕は着弾面形に合わせ潰れ拡散、消滅する。弾幕の薄明光線、雨が割れた、そう言えばいいか。

 

「(それより弾幕が無理矢理かき消された!)」

 

「俺が埋め合わせる!」「ほんとー?」「うるっせえ!お前も魔法を相手したいんじゃ……」「わしにしねというんだな……む?」

 

ルナシーの後方よりクーと戦闘中のミツキさんの魔法弾による直接攻撃の援助が入る。が、彼女は着弾より先に弾幕の壁の隙間に入り私の方へ。

 

「二度目はありません」【貪狼ノ型】

 

槌から鉈にメイン武器を変更、低く構える。

 

「ちょっとしつれー!」

 

「ゔっ!?(ンのメス猫やりやがった!立て直してたら間に合わねえ、標的はミツキに変更か畜生)」

 

それを急にミツキさんとの戦闘を離脱したクーがルナシーを踏み台にして飛びこんできた。咄嗟に弾幕を撃ち込む、勿論本人からは外し気味に。

 

【75式-彗星の尾】

 

「ほー、いかにも『さわったらきれるたいぷ』とわかるやつだ」

 

中々勘がいい、その通りこの弾は切断系。彼女はナイフの背に弾幕を当て、そのまま受け流すように軌道をそらし弾幕を掻い潜る。さすが猫、身のこなしが上手く予想以上に距離を詰めるのが早い。

 

「(レーザーを撃つには近すぎて危ないし弾幕は避けられる。なら少々卑怯ですが……)弾幕、追加します!」【光柱】

 

発射位置設定、角度調整、出力調整、全弾装填完了、起動!

 

「ん?なんかじめんが……あっ」

 

ドッ!

 

ーーー!

 

地面が盛り上がりそこからレーザーの柱が生える。移動経路を読み、できる限り私に近づけないようにやや太めのレーザーの檻を作る。

 

「(うーむこれじゃちかずけないしびみょうにしかいがさえぎられるにゃーらちがあかねーよにゃー)」

 

「(なんてクーは考えるでしょう。このスキに距離をとって私の間合いにしましょう)」

 

後で思い返せば何だかんだで当初の目的、クーの対魔法弾幕処理練習用に持ってこれたのだった。その一方で……

 

ガキンッ! カーン

 

「おっも!お前少しは加減しろ!剣が折れる!」

 

「折る気でやってますから当然です。せいっ!」

 

剣士組の方は最早只彼らの為の打ち込み合いとなっていた。ミツキは剣技と魔法を織り交ぜ白い剣を振る。しかし彼の貧相な魔法など彼女の前には無いに等しい。彼の魔法よりも周りのセレネの流れ弾の方が厄介であるのはお互い認識している。対してルナシーは剣のみに絞ったとしても魔法高速重火力の槌とそれよりも速く高精度な鉈が代わる代わるに来る連撃でかなり押していた。

 

と、突然ミツキの足元に強い力が加わる。彼女の足払いだ。そこに鉈が首元に来るのを彼は勘で避ける。

 

「っ!足技も……お前そんなのやるタイプか!?」

 

「なら試して見ます?もっと簡単な戦いを」【餓狼ノ型】

 

鉈をしまい槌1本に、両手で持ち直す。

 

「!?(やべぇ!どう来……)」

 

ーーー

 

「(……自己追従円軌道弾幕補助弾追加、偶数弾、速度抑制、残留性、発射方向オート制御、連射)」

 

ズドドドドド!

 

「んにゃ……だんまくきっつくなってきたな。ちかづけない」

 

引き続き弾幕とレーザーの壁を張り続けどうにか彼女と距離を保ち続けられている。丁度今低速かつ残りやすい弾を放ち弾幕の壁を作った。彼女はも激化する弾幕によく耐えるものだ、そう思う。しかしそれは勿論問題でもある。

 

「(……近づけくて苦戦しているのはのはこちらもなんですよ)」

 

この勝負の決着の基準、致命を与えられる状態というのがなかなか難しい。

 

「そろそろ疲れてきたんじゃ無いですか?」

 

「いーやーまだまだとまらないよー。せーい……あ?」

 

だからその先の丁度弾で見えない位置にレーザーを放っておいた。丁度今みたいに無邪気に弾を裂き道無き道を作って近づく事を見越して。

 

しかし彼女の回避能力の方が上手だった。彼女は無理矢理空中で姿勢を変えるだけで避けた。被害は服が少し焦げたくらいでダメージは無い。

 

「おっとっとあぶねー」

 

やる事の割にセリフが軽い。回避方法が私の中の物理学とぎりぎり乖離しているし……流石猫耳が生えてるだけある。元のスピードに加えて桁違いの柔軟性と姿勢を制御出来るだけの空間把握能力が対弾幕と悪魔的に相性が良くてできる芸当だろう。だけどスピード自体はまだ私の目の範囲内だ。

 

つまり彼女を制圧する策はある。策はあるのだが……どうしても致命の一撃を与えられない。そのせいでかなりムキになって弾幕もかなり本気に苛烈になっている。多少の手加減の跡を探すとするとクーのバフはそのままなのと弾幕自体に誘導性を付与してない事だろう。

 

地中と上空から挟み撃ちするように【光柱】を連続で放つ。

 

ーーー! ドドド!

 

「ぬおー!?」

 

「(!今の少し危なかっ……)」

 

 

 

だが杞憂。

 

ザッ

 

後方で足音。一瞬だけ速度のバフを積んで回避しながら先程までいた場所に攻撃する。

 

「(弾幕の密度を上げれば上げるほどお互いの姿が見づらくなる、そしてそれだけ隠れて距離を詰めやすい。つまり……)」

 

弾幕の弾ける音でかき消され音までは聞こえない。しかし視界の縁で全く別の箇所の弾幕が消失し始める。彼女が動いた証拠だ。さっきの弾幕を読んで回避された。

 

弾幕の霧、字面通りの五里霧中、そんな中でここまで動いて一撃で仕留める気でいる。それは剣士の戦い方ではない。彼女はまるで……

 

「のわあああああ!!?」

 

突然ミツキさんの叫び声が聞こえた。

 

「あっやべっ!外した!?」

 

彼の声的に急速に近づいて、ってこれまさかルナシーがこうってことは攻撃を受けて吹き飛びされた感じか?取り敢えず【回復魔法】だけ彼にかける。状態なんて今は確認していられない。

 

「うおっ!るなねーなにをするだー!」「こいつ玉にしてセレネに当てようとしたんです!」

 

偶然にも彼が飛ぶ方向はクーの方だった。しかし彼はあらぬ方向に飛んでいくことに変わりはない。だか彼女は弾幕を器用に避けつつも彼の方を見て私から意識を反らした。

 

ミツキさん、あなたのお陰でチャンスは作れました。策は今発動する。

 

「クー、貴方は私が相手です!」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

彼女の足元にレーザーを放つ。足元が地面をえぐり崩れる。

 

「ぬおおおおっ!わすれてた!」

 

彼女はそれを跳んで回避した。回避させた。

 

「初めは驚きましたがまだまだですね。勝ちは私が貰います!」

 

【円環 ジュピターの理】

 

彼女の動く軌道に合わせ中心を彼女の着地寸前に起動するようセット。着地時だとそのまま回避されかねないから直前。

 

「(あー?むいみなくうちゅうかいひはしぼうふらぐ。かくとうではきほんだね)」

 

「バカ猫!てめぇ手ぇ抜くんじゃねえ回避だ回避ィ!」

 

「(セレネ……!よくやった!)」←弾幕に巻き込まれながら起き上がる

 

彼女も自身が置かれた場を理解したらしい。ミツキさんのお陰で弾幕が綺麗に無い箇所ができそこからはっきりと互いの姿が見えている。私からは空中に舞うクーが、彼女からはきっと弾幕を放つ体制の私が見えている。空中の彼女は当然回避は不可。

 

クーは抵抗を止め無理のない風に着地した。地に足ついた彼女は既に【円環】の檻の中。そこに外から魔法を構える私。普段の防壁も使い方を変えれば閉じ込める檻にもなるのだ。

 

「これで私の勝ちです。ありがとうございました」

 

 

 

「チッ致命か」

 

ルナシーが呟く。

 

「俺は……致命じゃねえのかよ……」

 

「剣士ならもっと激しい。甘えるな」

 

 

 

「うわーまけたー」

 

クーは【円環】の壁をガンガン叩く。力不足からか音はコンコンといった感じ。

 

「はい、お疲れ様でした。壁は今外しますね」

 

【円環】を解除し彼女を外に出す。

 

この戦いは我ながら初心者相手に中々ギリギリだった。弾幕を手加減し過ぎたか?最後の方はかなり精度と密度を上げたがもっと前半から上げてしまっても……うーんそれだと当初の目的が……でも彼女は凄い。私もつい数ヶ月前までは彼女と同じようだったのだ。それでいて彼女は私と対等。特に初撃は見物だった。戦闘中に2回目をされていたら確実に負けていた。

 

全員に回復をしながら彼女に問う。

 

「初撃はミツキさんから教わったのですか?」

 

「うーん……しいていうならアネッサ?あるいはかりゅうど。だれとのきょうどうさくせいといえばいいのか」

 

うーん、いつも道理意味が分からない。そして「ありがとねーべんきょうになったー」と言った後何事もなかったかのように何処かへ行ってしまった。追いかける気力はないから放置する。

 

「セレネ。ありがとな。それとゴメン。予想以上に何もできなかった」

 

何処かで倒れていたらしいミツキさんがいつの間にか服につく汚れを叩きながら起きていた。

 

「いえいえ、ルナシーさんを相手にしてもらえただけでもありがたいです。そう卑下しないでください」

 

「……二度目」

 

「?」

 

「ルナシーにまた負けたんだ。少し考えさせてくれ」

 

私の前だから表情では抑えようとしている。けれど声色からは悔しさが感じられた。

 

「ウジウジするな。気持ち悪い」

 

そこへ原因を作った本人がやって来る。しかも態々火に油を注いだ上空気まで送り込んできた。

 

「っお前に何が分かる!」

 

「剣筋が甘い、一撃が軽いし判断も遅い、それ以外知るか」

 

「う、うるせぇ!!」

 

ああ、やっぱりこうなった。手が出るような大事になる前に止めに入らないと。二人の間に割って入る。

 

「二人共、まずは落ち着いてください」

 

「ありがとうございます。それでは、狼さん、肉は?」「もう黒焦げてます」「おい、途中で消せよ」「野生動物に火の扱いを任せないで下さい」

 

一度ミツキさんとの会話が途切れた途端、ルナシーは狼さんの方に行ってしまった。妙に足早で、彼女からしてみれば道端で誰かに面倒くさく絡まれたみたいな事故だったのだろうとも思う。対してミツキさんは未だ不満、消化不良でまだ言いたいことがあるのにといった様子。彼もまた「ギルドに行く」と街に向かった。修練場に籠もるか狩りで発散でもして来るのか。

 

「……チッ(ルナシー、お前がそれ言うかよ)」

 

 

 

さて、私も戦いが済んで疲れた。それに暴れたせいで少し汚れている。それに魔法の作成も途中だし久々に研究書の追記もしたくなった。今回の戦闘の反省点を探してそれに基づいた魔法をリューナさんと作るのも良いかもしれない。

 

なんて事を考えていると

 

「ああ、そういえば貴方には聞きたいことがあったんです」

 

なんといつの間にかルナシーが戻っていた。今更彼女が私に何かあるのか?

 

 

 

「魔法に『恐怖』を感じていましたか?」

 

「え……?当たったら危ないとは気に掛けていましたが。それがどうされま……」

 

ブスッ

 

「はい?」

 

「……成程、そうですか。失礼しました」「お嬢!?」

 

「(予想通りだ。こいつは戦闘時と日常だと別人レベルで戦闘センスが変わる)」

 

彼女は私が問いかける前に彼最も効率よく自然な流れで答えてくれた。彼女はそのまま狼さんの待つ火の燻る焚き木へと向かう。

 

そして彼女の手刀が刺さった横腹の穴を手で抑えつつ、私は眠りについた。

 

 



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お風呂は逃げに丁度いい

「…………ん………んっ!?」バサッ

 

目が覚めた。即座に体を起こし傷を確認する。

 

「………………塞がってる(リューナさん……かな?少なくともまだ日付は変わってないよね)」

 

現在位置 自室

 

窓の外は……部屋は日没後の暗さ、月は……よし、まだ日は回ってない。あるいは数日後か。

 

傷を観察する。肌に多少の跡が残るが魔法で確かめた限り内臓の損傷は完治していた。それと腹部の傷にしては服が綺麗だ。赤い汚れが無いからいつもの白い服の替えを誰かが着替えさせてくれたらしい。どれも彼女のお陰であろう。

 

机には昼間自分が使い片付けてなかった資料があった。ついでに作った魔法の添削もされていた。ビミョーに悔しいが、これで何となくまたリューナさんのお世話になったのかと感謝する。

 

そして体の状況が整理し終えてまず出てきたのがこれだ。

 

「何故……?」

 

私が気絶する前、確かルナシーにお腹を刺された。それも唐突に、明確な理由も伝えられずに。いや理由云々の前に人に向かっての刺突はいけないことだけれども。せめて何かするなら一言欲しかった。

 

「……(『恐怖』を感じているか、ですか)」

 

彼女からそう言われた。理不尽だがそうかもしれない。ここ最近、前回の戦闘からかな?魔法に関して緩くなっていた気がする。それで、この流れはそんな私への彼女なりの戒め……なんて、そこまで考えて動いているとは思えない。少なくとも私の知り得ない何かがあるのだろう。

 

コンコン ガチャ

 

「……あっ!セレネ姉起きたんだ」

 

現在時刻20:00

 

「こんばんは。それともおはようございます、でしょうか?」

 

アネッサが来た。別室で私の動作音がしたから来てみたら、とのこと。あまり激しく物音を立てているつもりもなかったからどれだけいい耳なのだろうか。

 

「それはどっちでもいいよ。ってそうじゃなくて……ごめんなさい!」

 

急に彼女は私に謝った。クーが私にと勝負して挙げ句大怪我をさせてしまった事を悔やんでいる。別にこの怪我はクーのせいではないし受けた理由も半ば不可抗力だったから別に気にしていない。

 

「……あ、そう言えばクーとルナシーは何処へ?」

 

「それが、ルナシーは昼間から帰って来なくてクーは私が叱って今は部屋で落ちん込でる。今から連れてくることもできるよ」

 

「そうですか(彼女には悪い事しましたね)……気にしてませんし許してあげて下さいね」

 

私は彼女の頭を撫でながら伝えるように頼んだ。少し照れながら承諾する。

 

ルナシーが行方不明ということについてもう少し詳しくしてもらうと現在リューナさんが彼女の捜索のために不在らしい。夕食はナツメさんの部下が作ってくれているそう。あの人何でも部下に頼ってる気がする。

 

……夕食まで手が空いているのか。もう一度添削の入った魔法の資料を確認する。成程、彼女は片づけついでに余計な事をしてくれたらしい。添削だけでなく大幅な改良案まで提案してくれていた。普段なら有り難い上この上ない。だが何てタイミングが悪いのだろう。これでは一度考え始めたら朝食までかかりそうだ。

 

「それならお風呂が沸いてるし二人で入る?」

 

アネッサが提案した。拒否する理由もないのでそうするか。

 

 

ーーー

 

現在位置 自宅 脱衣場

 

「そういえば」

 

「どうしたのセレネ姉?」

 

「普段クーと貴方の二人で入っているから初めて一緒に入りますね」

 

アネッサの着替えを取った後少し肌寒い脱衣場にて二人で服を脱ぐ。初めて彼女と入る風呂は一方的にちょっと緊張する。あとアネッサの羽の付け根を初めて見た。ああやって傷一つなく綺麗に生えているのか。

 

服を脱ぎ終え風呂場に入る。今日も魔道具の調子がいい。今もバグ一つなく円滑に少し狭い浴槽の湯に熱を供給している。扉を開けると心地のいい熱気が私達を包み込んだ。しかし建物の古さからかすぐに冷えそう。早く体を洗って湯に浸かりたい。

 

「セレネ姉、私が洗ってあげるね」

 

「えっ?」

 

「セレネ姉にはいつも魔法を教えてもらってるからお返ししたくて……だめ?」

 

「構いませんよ」

 

という訳で彼女に背中を洗ってもらい、その後私もお返しに彼女を洗う。でも何故だろう。医療目的以外で誰かの体を洗う事はパッとは思い出せない。なのにこの感覚、妙に懐かしい。そして、幸せだ。ああ、修道院の子供達だ。

 

体を洗い合い、頭を洗い、湯船へ。入って気がついた。アネッサの羽が思ったよりも体積があり二人で入るには少し狭くなる。仕方がないので抱くように密着して入る。

 

「クーとなら入れたんだけど……計算外だったね」

 

お湯が溢れて少し勿体無い。

 

「でもこれはこれでいいのでは?」

 

「そうだね」

 

彼女の心拍は私より僅かに早い。それと体温も少しだけ。温もりがある、と言ったほうが心境的には正確だろう。でも羽から落ちる水滴は冷たかった。

 

「クーともいつもこんな感じに?」

 

「うん。だけどクーが水苦手だからシャワーとかは私が無理やりしないと洗わないしお湯にもずっと入らないの」

 

「ああ、猫ですからね」

 

「猫だからね」

 

「貴方も吸血鬼なら水が駄目とかは……」

 

「無いよ」

 

「(前もそうですし彼女は私の思っている『吸血鬼』とは違いますね。本当に吸血鬼らしくありません)」

 

最も、偽物だとしても本物がどういう物かは知らないが。

 

そういえば私の体はどうだろう。傷跡を改めて見る。うん、まるで刃物が刺さったみたいな跡だ。これをルナシーは己の手刀のみで行うとは恐ろしい。

 

と、傷を確認していたらアネッサが急に心配そうな顔になる。背中側を確認していないのか、だそうで私は傷口の真後の側を触れる。確かに肌触りが違う。もしかして、とアネッサに聞き返すと服を脱いでいる段階で指摘しようか迷っていたそう。視覚でなく魔法でしか確認してなかったから見落としたのか。なんか悔しい。

 

「すごい戦闘だったんだね。私はあの時地下図書館で調べ事しながら魔法の練習をしてたから何も聞こえなくて知らなかったよ」

 

「(この傷は戦闘後の物ですけれどね)そうでしたね、戦場にも引けを取らない、凄まじい戦いでした。特にクーの初撃には驚かされました。だっていつの間にか首の後ろに刃を当てていたのですよ」

 

「…………クーから聞いてない。あれで全部ってはずなのに」

 

怒ったアネッサがちょっと怖い。それにクーも懲りないな。

 

「もー、これだったら私もセレネ姉と一緒に戦えばよかった!」

 

「そうなると仲間はルナシーですが仲良くできそうですか」

 

「うっ、それは……ルナシーに頑張って頼む。聞いてくれるか分からないけど」

 

ですよねー。

 

 

ーーー

 

 

「ねえ、セレネ姉。戦うってどうだった?」

 

風呂から出て体を拭いているときアネッサが訪ねた。

 

「魔法の腕を確かめる目的のみに絞れば課題が見つかるので良い機会でした」

 

彼女の為に言葉を選んで答える。それから彼女はそっか、と一言つぶやいた。

 

「【活力満ちる南方の風よ 我ら人の子に情熱の恩恵を】」【南国の風】

 

呟くのに続けて彼女は魔法を詠唱した。どこからか熱風が吹き私達の体を乾かす。こんな魔法を私は教えた覚えがない。リューナさんに教わったのかと問うと自分で取得したらしい。

 

修道院にいた頃とはまるで真逆だ。今まで私は彼女と同様に覚えて他人を驚かせてきたがされる側の感覚を初めて知った。

 

「私、クーがお姉と戦ったって知って考えたの。私はクーとは違う、ミツキ兄ともリューナ姉とも違う。戦うのには向かないって」

 

何故そう思うのだろう。リューナさんとの勝手な見立てだと彼女の成長速度なら戦闘用の呪文も取得できると考えているのに。

 

「そうじゃないの。戦いたくない。セレネ姉とだって本当はそうしたいんじゃないの?」

 

何も答えない。私も決めた所でその時になれば迷うのだ、できれば答えたくない。意図を察したのか彼女は答えを待たずして続けた。

 

「クーが話してくれた。お姉を相手して楽しかった、またやりたいって……でも一歩間違えたらセレネ姉みたいになってたかも知れないって、そしたら怖くて。

 

だから私、お姉みたいになりたい。誰かの為に魔法を使いたいって思ったの。今の【南国の風】みたいに私の力を平和の為に使いたいの」

 

私になりたい?こんな私に?

 

「それなら、どうしますか?」

 

答えが聞きたい。

 

「魔法大会に誘ってくれたでしょ。それに出てどこまでやれるか試してみたい。お兄が大会は何でもしていいって言ってたから私みたいな人が居ても良いってことなんでしょ」

 

 

 

 

 

 

「その言葉を待ってたんだ!!」バアン!!

 

「っうわ!?……ってリューナさんですか。お帰りなさい」

 

確か彼女はルナシーを探していたとは聞いていたので見つかったという事なのか。

 

「Yes!ついでにセレちゃんの治療したのもリューナちゃんだぞ。どや!」

 

その節は本当にありがとうございます。

 

「でーアネッサちゃん、魔法大会だって?あいよいいよ!私もセレネちゃんも君の成長を止める者などいない!お姉さんがエスコートしてさしあげますわー!!」

 

ちょ……テンションが上がりすぎてリューナさんの頭がおかしくなってる。一先ず落ち着かせよう。

 

「申し訳無いですがまずはせめて扉を閉めて話しませんか。その、見られても困りますし肌寒いです」

 

「それもそうだね。お姉さんもシャワーだけしようと来てたんだった」

 

中に入って扉を閉めて私達は服を着る。

 

「まー詳しい事は後にしてご飯食べながら決めちゃおう。でもありがとね、魔法大会に出てくれて」

 

「うん、私も早くお姉達みたいになりたいって思えたから。お姉たちも私と出てくれるよね?」

 

「リューナさん、私の体どうでしたか?」

 

「体の話ならご飯の後に話すよ」

 

彼女も私達と会話しつつ服を脱ぐ。

 

「ふんっ!」

 

ボロン バルンバルンッ

 

「リューナ姉すっご…………」

 

「……………………」←メソラシandチラミ

 

 

二人してたわわに実ったそれを羨望しつつ風呂を終えた。

 

 

ーーー

 

「糞が」「今回は十割お嬢に非があります。弁解の余地も無いので……」「爆乳ビ○チに既に平手打ち食らってる。何も言うな」

 

「逆に平手だけでよく済んだな」

 

「ホントだよ。あんな鬼の形相のリューナちゃん見たこと無い」

 

所変わって男2名と女1名、それと屋外の一匹。リビングにて。

 

「だから手土産も作ってきてやったっていうのにあの野郎それでもやりやがって」

 

「手土産ってそのテーブルに出てる気味の悪いそれがか?」

 

「はい。友人に料理の上手い人が居ましてスペースを借りて作りました。ゼラチンの宛もありましたし」

 

「『鰻ゼリー』なんてルナちゃんどこからレシピ引っ張ってきたんだい?」

 

「地下。因みに私は食べるつもりは無いので処理は頼みました」

 

「お前今日生肉食ってただろうが……」

 

 

 



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魔法大会

現在時刻 魔法大会

 

現在位置 地方都市 町から離れた森(自宅とは真逆の方角) 大会会場

 

アネッサが出場を決意し暫くして念願の当日となり私達は町から離れた会場に訪れていた。既に会場はかなり賑わいを見せている。

 

概ね魔法関係で観戦目当てと見受けられる姿が多いが出店が出ていたからそれ目当ての一般人も多い。その中に時折選手と思わしき杖や魔道具を持った者を見かける。皆流石魔法をしているだけある、私とは段違いの魔力量だ。

 

ちなみに私達は大会中大衆に顔を見せると不味いので私がちゃんと認識阻害をかけている。まだまだ式はお粗末だから他の人から見えてないといいな、2つの意味で。あとナツメさんは自宅で仕事、クーとルナシーは会場で別れた後からは行方不明、アネッサとミツキさんは私といる。

 

 

 

「えーっと、まずは受付でこの紙を見せてくればいいんだね」

 

エントリーの書類を持ったアネッサ、彼女には今日の為に色々と仕込んできた。魔法の事は勿論今着ている装備や魔道具も買ってきた。

 

服は魔法メインの冒険者用装備、それを私達がカスタムした。時間が無く仕方なくこの街で買った物で質は良いとは言えない。しかしそれを技術でお値段以上にカバーしている。ついでに露出も抑えておいて服自体に日焼け防止の魔法をかけている。

 

魔道具は杖……らしい、説明曰く。というのも。金属質の繊維が織り込まれて整形された杖、というか棍とか丸棒だ。六角形の模様が綺麗だけど一般的な魔道具のデザインとはかけ離れている無機質な武器だ。それでも確かに魔法も通るし説明もされたけれど内部に明らかに物々しい機構がある、しかもそのせいで売れ残りだった。彼女はそれが逆にいいらしい。彼女の武器選びのセンスは一般とは少しズレている。それに貴方はサポート専門のはずでしょう。

 

 

 

「はい、そうです。早く済ませて他の選手と合流したいですね」

 

「セレネ姉も一緒に出そう」

 

「……ごめんなさい、それは出来ません。ミツキさん、頼めますか?」

 

「あれ?セレネお前も出るんじゃないのか?」

 

出店で買った串肉を食べるのを中断し彼は聞き返す。

 

「いえ、私とリューナさんは既に別に申し込んでいて大会本部への顔出しを指示されているんです」

 

「つまりエントリーは済んでるのは分かった。でもそれなら提出位は一緒にいてやればいいじゃないか」

 

「いえ、そうではなく……選手としては出来ません。実は大会本部から私とリューナさんは選手として出場するなとお達しがされていて、つまり出禁になりました。そのための確認にです」

 

「……はぁ!?」「セレネ姉、それ本当?」

 

大会運営曰く私とリューナさんに選手になられるとパワーバランスが崩れるからだそう。一応参加資格だとプロでもいいとは書いてあるが、それでも私らは対象外らしい。他にも理由はあるけれども、まあそこは納得する他ない。

 

「じゃ、じゃあセレネ姉達、出られないの?」

 

「急なことで事前に伝えられなくて本当にごめんなさい」

 

「そ、そんな……」

 

私が出場できない事を知ったアネッサはこの世の終わりが来たみたいな絶望した表情となる。しかしそこでミツキさんが彼女と目線を合わせた。

 

「なら俺と出ないか?理論とか呪文とか細かいのは苦手だ。でも実は俺も魔法が使えるんだ。アネッサ、たまには魔法使いじゃなくて勇者の俺も頼ってくれ」

 

「ミツキ兄、いいの?」

 

「セレネもちゃんと先に言っておけ。あと責任持って受付まではちゃんと着いてこいよ(じゃあさっさと肉食うか)」

 

「……ありがと」「(ありがとうございます)」

 

 

 

そして3人で受け付けに行き二人分のエントリーの手続きをする。その時も終始アネッサは複雑そうな顔だった。

 

「えーと、家族3人で参戦ですか?珍しいですね。代表者はお父さんですか?」

 

「いや……うーん、違う、いや、そうだ。俺とこの子が出ます。代表もこの子で(同僚と上司の子{捕虜}が実情なんだよな)」

 

「(詳しいことを説明するとややこしくなるので肯定しておいてください)」

 

「じゃあお二人がチームで登録と。代表者は娘さんの方でですね。はーい、それでは最後にここに名前を……はい、ありがとうございます。ではこれをどうぞ」

 

受け付けの方に親子と間違われた。

 

 

 

それから手渡されたのはルールブックと題されたそこそこ厚い冊子と六角形の板のついた黒い腕輪が人数分だった。

 

腕輪は開会前から着けるらしく早速二人が装着する。すると黒い板に二人の登録番号と「試合開始までお待ち下さい」の文面が表示された。見たことの無い物でどういう仕組みで動いているのか気になりこっそりハッキングを試みた。……結構固めに暗号化されてた、残念。

 

ルールブックは受付から離れてからアネッサが開くと中で2つの冊子に分かれる。一つは開始前に読むもの、こちらは大会についての事やその他注意が当たり障りも無く書いてある。もう一冊は指示後に開くように表紙にある。冊子の厚みの殆どはこちらで占めていた。頑張って透かしてみると紙は薄いのに指の影しか映らなかった。

 

「さて、それでは私はここで失礼します。お二人共、頑張って下さいね」

 

「ああ、絶対に負けない」

 

「お姉、絶対に見ててね」

 

「ですがその前に。アネッサ、一つだけ先に教えます。耳を貸して下さい」

 

「?うん」

 

 

 

「同じチームになれなくてごめんなさい。でも大会ではきっとお世話になりますよ」

 

それから私はある物を手渡した。魔法の式の仕込まれた護符だ。

 

「これ、どういう魔法?」

 

「一定以上強い魔法に晒された際に短時間姿を消す魔法です。一度きりで発動すると自壊してしまいますがきっと役立つでしょう」

 

さて、伝える事は伝えた。私もリューナさんを待たせる訳にはいかないしそろそろ役割を果たしに本部に向おう。

 

「では、健闘を祈ります」

 

ーーー

 

一方彼女等とは別に 大会会場端

 

<あの狼ここに居て平気なやつなのか!?

 

<さあ?ただ人の言葉を話すし敵意もないから誰かの使い魔だろうな

 

 

 

「狼さん人気ですね」

 

「いや、あれは怪奇の目かと。それとお嬢は何故ここに来る気になったのですか?観戦であれば場所取りを早めにしておきましょうか?」

 

「いいえ、私も出ます」

 

「お嬢!?」

 

「この前の帰省で狩人と相談した所私でも優勝が可能らしいですよ。手順も聞きましたし書類も出してもらいました」

 

「ああ、前にご友人に台所を借りた時に話されていた事はそういう訳ですか。ですがお嬢でも勝てるとなると「趣旨がどうたらですか?想定してない方が悪い」

 

「それに彼女とは一度やってみたいんです。どうせここに来たんです。みんな人でなしなのは知ってるでしょうし」

 

「お嬢が出るなら私もと、仰せのままに」

 

 

 

ーーー

 

 

 

それから更に暫くして

 

 

ーーーアーアーマイクテスマイクテス……さあああああああみいいいいいいなさああああん!!

 

 

 

「お、そろそろか」

 

「始まるね、兄」

 

会場の一番目立つステージに立つ司会が競技者に呼びかける。

 

 

 

ーーーさあ、皆さんお待ちかね魔法大会はそろそろ始まるぞおおおー!!

 

ウオオオオオオオオオオ!!

 

 

 

「うおおおおおお!!……ってアネッサも叫ぼうぜ」

 

「詠唱で喉が使えなくなったら駄目だと思うの」

 

 

 

ーーーウオット、スゴイイキオイ、はーいという訳で魔法を愛す猛者の皆さんありがとうございます。いやー1回目でも結構人が集まっているから司会の私と本部一同中々驚いております。この一帯、ステージ前の魔力がとーんでもない。よく見ると初めて見る装備の方もいますね。

 

 

 

「(初めて見るのは無理ない、だって俺ですら見た事ねえ武器防具いるし。笛とか銃とかあと……何?あれは何なんだ?烏?)」

 

「(兄の見てる人の武器、私のと同じメーカーだ)」

 

 

 

ーーーではではまず開会の宣言。それでは町長の□□様。よろしくお願いします。

 

ーーーえーあーあー、はじめまして皆様、町長です。第1回魔法技術大会の開会をここに宣言する。因みにこれ以上私は大会中喋ることはない。

 

\ウオオオオオ/パチパチパチパチ

 

 

 

「(最後いるのか?)」

 

 

 

ーーーありがとうございました。それでは次は……

 

しばらくありきたりでつまらない話が続く。選手とて関係ない話には耳は向かず各々別の事に気が向くものだ。勿論アネッサとミツキもそうである。だが幸い彼らはそれでむしろ良かった。ミツキが家でのことを思い出し小声でアネッサに話す。

 

「ミツキ兄、どうしたの?」

 

「ルナシーがアネッサに渡せって言ってた物があったな」

 

彼女に六角形の模様の黒い袋を手渡した。

 

「家の机だそうだ。忘れ物には気をつけろよ」

 

「!?……ああ、そうだった。緊張してうっかりしてた、ありがとね」

 

「で、それ中身は何なんだ?触った感じ短い棒だったけど」

 

「魔道具関連のパーツだよ。武器を使うのに使うの」

 

「めっちゃ重要じゃねえか。というかその武器本当に魔法のなのか?どう見ても槍か棒だろ」

 

「『EM:ROD OR ROOT』って名前の杖だって。かっこいいでしょ」

 

「くっさいネーミング……いやもっとこう他にあっただろ魔法らしいの。捻れた木製のとか派手なのとか」

 

「これもかっこいいでしょ?」

 

「……ああ、そうか(まるで解らない。これが女心、か?)」

 

これで暫く彼らは何も言わない。周りと同じく適当に話を受け流す。

 

 

 

だが、彼と周りでは心の内は大きく違っていた。彼らが考えていた事は多方面から感じる圧倒的な力についてだった。

 

 

 

「(運営の連中、なんて事考えてやがる……)」

 

「(ステージの袖、いわば不視界領域に爆弾ッ)」

 

「(どこが『初めて』にしてはだ、何もかもレベルが違いすぎる!噂目当ての奴らとその渦中……ここにいる全員がアホかっ……)」

 

司会の話すステージ裏、目の逸らしようのない強大過ぎる魔力と確かに存在する感覚のある儚い魔力。魔法使用者の間で流れていた噂に信憑性が増す。

 

その噂とは「この町の魔法大会にヤバイ奴らが関わっている」。内容はまちまちだがSランクを超えた冒険者だの王国の兵器開発班だのかの黒き森の関係者だの憶測が出回り過ぎて定説と言えるものが少ない。

 

だが猛者というのはより強き者を求める。それが広がればおのずと出来上がる光景は一つ、猛者が猛者を呼び強者が集まる。故にこの大会の選手数は膨れ上がり町一つの大会とは言えない程に規模が膨れていた。ただ言えるのは1回目にして歴史上かつて無いほど荒れる、それだけだ。

 

そして、もう一つは後方の狼、それと少女らだ。魔力ではない、意識の根底から寒気がする圧倒的な存在感。強者揃いのこの場でもあまりに異質だ。

 

ただ、当の本人はどこ吹く風。負けることなど考えていないでいるのはある意味幸せなのかも知れない。

 

 

ーーーそして優勝賞品はトロフィー、メダル他4名様への旅行券です!これら賞品は「ハニカム鉄鋼工房」「狩人」「ナディア観光協会」の提供でお送りします。

 

「…………嘘でしょ。もう何処もかしこも化け物だらけだって事なの?」

 

「お嬢「考えさせろ。ああヤベえ頭いてえ」

 

 

 

と、つまらない話にもそろそろ終わりが見えてきた。

 

 

 

ーーー……さて、ここで最後にこの大会の特別ゲストを紹介させて頂きます。今回大会の作問者と作問協力者の紹介です。

 

「(作問者ねぇ。問題に癖があるとかなら分かるけど今の俺らには知らなくてもいいな)」

 

 

 

ーーーそれでは壇上にぞうぞ……ってマイクが無「はーーーいみんなーーーー魔法が好きかー!!蒼の探求リューナ クロートザックでーす!!今大会解説を担当しまーす!」

 

 

 

「はぁ!?」「え……?リューナ……姉?」

 

 

 

会場の選手らはその時絶句した。青髪の魔法使いが噂の正体と繋がった。そして、もう一人も。

 

 

 

ーーーチョットリューナサンタイミングスコシハヤイデス……今回の作問とシステムの構築を担当しました、セレネ ブラインドです。リューナさんと同様私も解説を担当します

 

 

 

「セレネ姉……!?」

 

 

 

結論から言おう、出禁は半分嘘だ。

 

あの時彼女が誘われたのは「運営側」、個人の為でなく誰かの為、ならばこうするのが一つの解であろう。

 

 

 

ーーーそれでは一言づつ今回の意気込みを語ってください

 

ーーーリューナサンサキヤリマス? セレネチャンカラデイイヨ

 

ーーーそれでは先に私から。競技用の作問と専用のシステム構築は私には初めての試みです。ですが多くの人の協力により最高の物に仕上げることができました。

 

ーーーだからといいますか、皆さんは私達の意地にかけて存分に競い合って下さい。そしてあなたが方が私の想定していない解法を見つけられる事を願います。

 

 

 

そして彼女は人混みの中から二人を探し視線を向ける。それが直接戦えない彼らに向けた彼女なりの宣戦布告である。

 

 

 

ーーーそれでは次は私!私も昔参加したことあるけど今回の大会は……多分大変な事になると読んでる。だから、皆も雰囲気に飲まれないように頑張れ!抜け道はきっとあるからね!!以上!!

 

ーーーはーい、ありがとうございました。ちなみに実況は司会の私が担当します。

 




武器名の読みは「エクスマキナロッドオアロート」と想定しています。


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魔法大会2

ーーーそれでは次は私!私も昔参加したことあるけど今回の大会は……多分大変な事になると読んでる。だから、皆も雰囲気に飲まれないように頑張れ!抜け道はきっとあるからね!!以上!!

 

ーーーはーい、ありがとうございました

 

 

 

「………(さて、彼女には悪いことをしました。けど出場が出来ない点では嘘は言っていません……よね?)」

 

何方にせよ私もやりたい事はある。新しい魔法の機構を試したり、どれだけ力が通じるか確かめたり。でも誰かに肩入れしてはいけない。その為の1つの手段には運営は最適だった。一人一人よりより全体にアプローチ出来るし、かつ私のポリシーにも合う。

 

削除予定ただまあ、もう一つの手では好奇心の赴くままに動いてしまってますけどね。

 

「(一応簡単な結界程度は解けるように指導してきましたし、流石にアネッサも解けますよね)」

 

ーーーそれでは開会式を閉会します。ここからは今回の大会ルールの説明を開始します。配布された端末を見てください。ルールブックももう読んでいいです

 

 

 

実は運営側にも似たようなものが配られているのだ。まだ私は着けていないので早急につけて起動する。「腕時計」という物を模している、と本部で説明されたが私の記憶ではそもそも時計とはここまで小さく無かった気がする。これを提供した工房とは一体……

 

装着し画面に「ハニカム鉄鋼工房」と表示された後いつくかの数値が表示される。私のには上位選手の情報しか表示されてない。だが選手用には緑、白、青、黄、赤の数字がそうだ。

 

 

 

ーーー今回の大会のルールと端末の見方から解説します。白字の数字はSCORE、今回大会の勝利条件であり最も重要な値となります。競技終了時に

 

ーーーこの数字を増やすためには各所に配置された点数に触れる、結界を解除する、その他方法で増やすことができます。只今点数の画像を端末に表示するのでしばらくお待ち下さい。

 

 

 

直後、選手の端末の画面が数字から光る地面の画像、同じく光る魔法陣の画像になった。

 

「成程、俺らは点の取り合いをするってわけか」

 

 

 

ーーーしかし!勝負には負ける事もある。なにせこの大会は戦闘可能ですから!緑の数字がありますよね。これはHP、体に一定以上の衝撃や魔法が当たると減っていき0になったら終了です。終了となった選手らはその時点で競技に参加できなくなります。

 

ーーーですが時間経過で少量増加して回復魔法が使える方はそれでも増加します。他選手に倒された場合は所持していたスコア分その人に加算されます!

 

「(HP……何かの卓上遊戯みたいですね。私は未経験ですが)」

 

「(ちなみにちなみにここのシステムはその手のシミュレーション経験済みのリューナちゃんが担当しましたーパチパチ)」

 

 

 

戦闘が許可された途端会場が一気に湧き上がる。特にこういう時のための武器防具を持ってきた、そしてそのもの目当ての観客は大いに盛り上がった。これでこそ大会、魔法の華。

 

だが一方でアネッサは困惑していた。自ら不戦を決意した途端にこれだ。だけどこれも彼女が選んだ道だ。この不況に彼女は抗うほかない。

 

 

 

ーーー因みに……試合中はこれを装着していると保護魔法が働く為実際の怪我はありません!

 

「(ここのシステムは私担当でしたね)」

 

 

 

ーーーさて、重要な数字は終わりました。あとは基本情報です。青字は残り時間、試合時間は2時間で終了と同時に会場周辺に転送されます。HPが無くなっても同じく転送されます。

 

 

 

「2時間か……」「珍しい、お嬢が死合を長い「2時間しかない、です」

 

 

 

ーーー黄色数字は貴方の登録番号、隣が貴方のチームの残り人数です。チーム登録された方にはここの数字が1以上となっているはずです。それが貴方のチームの仲間の人数です。

 

「たしか私達はお兄とチーム登録したよね」

 

「だな」

 

 

 

ーーー更にチームの代表者の方はここの数字が円で囲まれています。そして……この方のHPが0になるとチーム全体が終了となります。

 

会場中がざわつく。

 

「てあっ!代表ってもしかして!?」

 

「……私が代表者、だよね」

 

「(やべっ、代表登録したのって……たしか、アネッサ……)やらかした。完璧にやらかした……」

 

彼は聞き逃していたのか重要な選択を誤った。だが時既に遅しだ。だから彼女は覚悟した。

 

「お兄」

 

「アネッサ?」

 

「私が守るから、二人で最後まで頑張ろ?」

 

「……ああ」

 

彼女は笑っていた。その裏に強い覚悟を隠して。

 

 

 

ーーー皆さんは代表者が倒されないようにしつつスコアを集め赤い数字、あなたの現在の順位を上げていってください。

 

ーーー競技会場は少し離れた森内です。詳しい範囲は好きルールブックの地図に記載されていますが範囲外に出ようとすると端末の音が鳴って教えてくれます。そしてそのまま範囲外に出たり、音が鳴るからと試合中に端末を外すと失格となります。

 

ーーー簡単な説明は以上!あとは競技開始までの時間でルールブックを読んだり競技場周辺で魔法の確認等をして競技開始まで待機していてください。時間になったら全体に放送させて頂きます。それではご健闘を!

 

 

 

ーーー

 

「セレネ姉とリューナ姉が出れないのってこういう事だったの!?何でステージにいたの!?出れないなら先に教えてよ!」

 

「そうだぞ。全く、俺が出なかったらどうするつもりだったんだ?」

 

 

 

開会式が終わって競技開始前に彼らに会いに行ったら案の定アネッサは怒っていてポカポカ叩かれながら説明を要求された。ミツキさんも呆れている。

 

「いえ、実は元は作問と魔法のシステムだけ協力して競技には参戦できる筈でした。勿論作問者が参戦しても不公平にならないように工夫をした上でですよ」

 

「でもお姉さんたちにも計算外だったのはまさか参加人数がここまで膨れるとはね。勇者ブランド恐ろし。で、そういう人たちはきっと本気で戦い合いたいって考えだろうし私達が出るのは怒る人が出そうだって運営が判断したの」

 

つまり、競技の公平性のために運営は私達を出場停止にしたのだ。しかもそれが伝えられたのは大会前日の事だった。

 

「そ、そんな、滅茶苦茶だよ、そんなの。今からもう一回お願いすればできるかもしれないじゃん」

 

「全体で会議はしました。その上で決定した事です。それに……」

 

と、ここで運営の方が私達の収集を伝えに来た。これから私達がする実況解説の打ち合わせだそう。どうやら時間らしい、ミツキさんに最後のお礼をして私とリューナさんは本部へ行く。

 

 

 

「行っちゃった。まだ全然聞けてないのに」

 

「いや、あれで良い。アネッサ、俺らも体温めるぞ。それとルールブックも読む、やる事は多いんだ」

 

彼はアネッサの手を引き競技会場周辺へと向かう。

 

 

 

「お姉!」

 

アネッサが私達に向かって叫び、私達は振り返る。

 

「戦闘があるかも知れないけど私は私の道を進む、だから競技席で見てて。お姉に勝つから」

 

彼女は笑っていた。どうやら私の心中は見透かされているらしい。私には彼女の心の内は分からない。だけれども、私は何故か許されたような気がした。

 

 

 

「あーまじでセレネ出られないのか。まあ頑張るか」

 

「多分姉たちは参加すると思うよ」

 

「え?」

 

「だってお姉だよ。きっと出る」

 

「ははは、だといいな」

 

 

 

ーーー

 

 

 

現在位置 競技場周辺

 

大会会場の楽しげな雰囲気から一変、選手のみの競技場は殺伐としていた。

 

素振りで風を切る音や詠唱の発声練習をする声が響く。だが殆どはルールブックを一心不乱に読み込んでいた。ある者は仲間同士で一冊を囲み話し合いながら、ある者は木陰に座り淡々と。

 

「(なんつーか異様だな。ギルドじゃ絶対にありえない)」

 

「兄、あそこの隅っこが空いてるからそこで待とうよ」

 

「ああ、そうするか」

 

適当に居場所を見つけミツキは体を準備運動を始め彼女はルールブックを読む。

 

書いてあることは概ね先の解説の通り。それの細かい規定や配点等が記載されている。要はこれで戦略を練れ、という趣旨はアネッサには理解できた。しかし如何せん書いてあることが細かい。字も細かい、規定も細かいで彼女の読む気を的確に削いていった。すぐに読むのを止め彼女も彼と同じく魔法の練習をし始めた。

 

 

 

 

 

「お嬢、まだ勇者様らはこちらに気づいておられないようです」

 

「そう」

 

ルナシーが陣取るのは競技場の高台の地形。狼は体が周りから見えないように低く伏し彼女は地図とそこから見える風景を見て地形の把握をしていた。

 

「実家と比べて起伏が多めですね。戦ってて邪魔そうです」

 

「しかし家周辺の地理ですと岩石類は決してご実家程固くはありません。戦いづらいと言って掘り返していると戦場みたいに怒られますよ」

 

「いえ、この規模なら木を切り倒す位で済みます。最悪視界が通れば勝てます」

 

狼はそれに疑問を持つもすぐに思い出す。そして一人納得しそれから何も言わなかった。

 

「で、貴方は……もしかしてアレ?今捕捉しました。下に誰かいますね」

 

彼女の視線の先は競技場の人気の少ない木と岸壁に囲まれた所だ。そこで関係の無い二人の選手が出会っていた。会話も口の動きからできるだけ推察する。

 

 

 

 

 

「やあやあそこの君、もしかして一人かい?」

 

「……何用で?」

 

一人は見たところ仮面をした女性の魔法使いだ。とはいえ杖らしきものは持っておらず代わりに銀の横笛を携えている。色鮮やかな配色の華麗な装備は踊り子や娼婦を思わせる。

 

もう一人は奇妙な奴だ。顔を鳥の嘴を模したマスクで隠し古く汚れた黒いマントを羽織る、ある種死神にも思える。武器も見受けられない。隠しているのだろうか。

 

「僕は……ただの舞姫かな」

 

「踊り子は曲を奏でない、踊らされるだけ」

 

「あっそっか、鋭い指摘ありがとう。でも僕の見立て道理。でもそれ以上に癖が強そうだね」

 

「癖は貴公も言えたもんじゃないだろうが」

 

「ふーんそんなこと言っちゃうんだ。さては君、周りに馴染めずにここへ来たんだろう?」

 

彼は彼女を置いて何処かへ向かおうとする。

 

「ああっちょっと待って!仲間、僕ボッチで寂しいの!」

 

「あいにく仲間づくりには興味が無くて。私はもうここを去る。協力なら他を当たってくれると助かる」

 

だが彼女は彼の手を掴み引き止める。

 

「いやさ、恥ずかしながら向こうでやったら断られちゃって。話だけでも聞いてみないら」

 

「断る」

 

 

 

 

しばらく観察を続けると女が騒ぎ立て男はそれを面倒くさそうにあしらいながら森の木に紛れ見失った。

 

「何故これを教えた?……ああ、単に面白そうだからか。期待して損した」

 

期待はずれの情報に彼女はすぐに興味を無くした。それから遠くて聞こえる競技場への移動が聞こえた。槌を持ち、鉈を抜く。それから狼に乗りどこか別の場所へ陣取りにその場から去る。

 

 

 

ーーー

 

 

 

現在時刻 ミツキ アネッサが競技場周辺に到着した頃

 

現在位置 会場 本部

 

 

 

「あの、ごめんなさい。打ち合わせなんですがもう抜けて宜しいでしょうか」

 

「はい。担当は決まりましたので構いません」

 

「ではお先に失礼します」

 

実況の打ち合わせを中断し本部から出る。会場の人混みからも離れ森の中へと向かう。競技場ではないから当然そこには選手はおろか人は誰もいない。

 

「さて……始めますか」

 

 

 

周りを確認した後彼女は耳元の魔法を作動させた。

 

『これが通信魔法か。世の中は便利になったなセレネ』

 

少し低く籠もった声。大会だからか緊張で口調が硬い。それとも単に特殊な状況下だからか。だがその声を聞きひとまず安心した。

 

「アネッサはどうですか?」

 

『ミツキと体操してる。アレは傍から見たら親子連だと思われているな』

 

「あなたの方も不調はありませんね」

 

通信の向こうから布の擦れる音がした。

 

『今確かめた。特に傷はない。しかし私がセレネの魔法の内容を見かけで分かるわけ無い』

 

「ふふっ言われてみればですね。でもその調子であれば問題なく起動している様子は察っせます。後は貴方の技術次第ですね」

 

『それは期待しておけ、私を誰だと思ってる。しかし貴方も罪だ。二人して裏切っておいて裏ではコソコソと仕込をする、バレたらどうするつもりか教えて欲しい。私は言い訳なんて汚い行為はしたくない』

 

「え、二人して?」

 

しれっと気になる情報を口走った。そんな事初めて聞いた、さらなる情報を求めて問い詰める。

 

『出席名簿を盗み見した。それで興味深い名を見つけ『やあやあそこの君、もしかして一人かい?』『っ!?あとは頼んだ』

 

どうやら向こうでなにかトラブルがあったらしく通信が途切れる。実況になったら通信も出来ないしこれが最後の会話になるだろう。後は特等席から何も出来ずただ祈る。

 

……私も最後に基本ルールの確認をしておこう。一枚の自筆のメモを見る。

 

ー--

 

肉筆のメモ

 

「大まかな基礎ルール

 

選手用端末情報

 

HP(緑字) 選手は一人に与えられる被ダメージの上限。一定の攻撃が加わると対応した値が1000から減算され0になると脱落する。回復魔法を使うと加算される。(端末着用時常に保護魔法が働く為実際に肉体が怪我をすることはない)

 

SCORE(白字) 点数。これで勝敗を決める。ランダムに配置されるスコアを獲得する、ランダムに配置される結界を解除しスコアを獲得する、他選手のHPを0にして固定スコア+死亡前に持っていたスコア分全てを加算する(相手がチーム代表者の場合はチーム全体のスコアを獲得する)、以上の行為で加算される。

 

TIME(青字) 残り時間。制限時間は2時間。終了時会場周辺に転送される。脱落時にも転送される。

 

MEMBERS(黄色字) 自身の登録番号とチーム人数。1〜3人までのチーム戦、チーム代表者のHPが0になるとそのチームは脱落。ここが円で囲まれている人はチーム代表者。

 

RANKL(赤字) 現在の順位

 

範囲は会場周辺の森丘内。範囲外に出そうになったら腕の端末が教える。

 

勝利条件 2時間経過時点の点数で順位を決める。

 

敗北条件 HPが0になる、チーム代表者のHPが0になる、その他重篤な(大会が進行不能になる程度の)不正行為

 

その他注意事項はルールブックに記載されている。(大会の目玉らしい)

 

 

懸念点 

 

ルール設計に不参加であり知った時には手遅れだった。そのせいかルールをすべて読み込んだ限り戦闘はかなり大胆に許可されている。このままではアネッサが問題だ」

 

ー--

 

 

 

ーーーぴーんぽーんぱーんぽーん。えー選手の皆様選手の皆様、開始十分前になりましたので競技場内の各所に散ってくださーい

 

試合開始前の放送が入った。彼らの戦いがそろそろ始まる。

 



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戦闘開始

現在時刻 開始10分前

 

アネッサとミツキは競技場の地図を見ながら何処を初期位置とするか考えていた。

 

「このルールだと俺らは点数は落ちてるのでしか稼げない。しかも戦闘はアネッサが不安定。アネッサ、お前戦えるか?」

 

「私はサポートだけするから戦闘になったらお兄に頼るつもり。でも負担になるなら一人で逃げられるよ」

 

仮として選んだのは周りが木と岩に囲まれた見つかりにくい所。入り口は岩の隙間のただ一つしかなく籠もるもよし、不意をつくのも良しだ。

 

アネッサは唯一の出口を覗く。ここは向こうからは少し崖上になっていて向こうからは草木が邪魔で見えづらい。声も聞きたくて聞き耳を立てる。

 

数人の足音と金属音がする。目を凝らすと遠くに3人組の男女がいた。皆杖と魔道具を所持している。魔力も自分より上だ。最も、それが彼女の身近に居る存在に遠く及ばない事は、なんとなく読めた。彼らと彼女らとは空気が違う、ここまで殺気立っていない……セレネの魔力に関してはこの場で触れることはしない。

 

「うわー……皆凄い豪華だ。お兄、やっぱりできないかも」

 

「ははは、俺も魔法だ。気が抜けないのは同じだし頑張ろう」

 

もう十分だと偵察を止めようとした。だが彼女の耳がある音を捉えた。高音の正弦波、鳥の声では無い、楽曲の音だ。魔法に使う物だろうがまだ競技は始まっていない。

 

だが誰かが手の内を明かしてくれたのは有り難い。この場に耳栓でもあれば今すぐ対策はできた、つまり現状どうする事もできない。厄介そうなやつがいるとだけ捉えておこう。

 

ーーーみなさーん!あと3分で競技開始でーす。

 

「久々の魔法だな。先に調子だけ確かめるか」

 

彼は手に簡単な火の玉を作る。最後に戦闘目的で魔法を使ったのは前回の戦場にて、対人相手だとあの屈辱の王都でが最後だ。だから、今日こそは本気を出そう、彼は考えた。玉を握りつぶして消火する。

 

「アネッサ、バフ」

 

「うん、【草原の疾き風よ 我らに空を纏わせよ】」【風の加護】

 

移動速度が上がる魔法だ。呪文を唱えると彼らの体がすっと軽くなったような気がした。彼らができる事はここまで。あとは賽を投げるだけだ。

 

 

ーーーさあいよいよ始まります!それではカウントを始めます。行きますよ!10……9……

 

 

 

「痛っ……」

 

突然アネッサが痛がるような声を上げた。不自然に手が太ももに近い所にある。

 

「どうした?」

 

「いや、何でもないよ。虫に噛まれただけ。それより……」

 

 

 

ーーー3……2……1……スタート!皆さん、ご健闘を!

 

 

 

「ここから出る?」

 

「そうだな。絶対に勝つぞ」

 

 

 

ーーー

 

現在位置 会場 実況席

 

 

 

「さて、競技が始まりました。まず選手らはどう動くのでしょうか」実況

 

実況席から選手の映像(機材協力:ハニカム鉄鋼工房)を見る。観客にはステージの後ろの白幕に競技の映像が流れ実況の私達は各々の席から見たい映像を見れる。観客の画面には私達の言ったことが文として表示される。

 

現在の映像に映るのは最も選手の多い比較的開けた平野部だ。既に戦闘をしている者も多いが多くは各々ランダム配置のスコア目当てに各自散っている。

 

「地図と照らし合わせるとこのまま開けたところに進むに向かう組と木が生えてる所に行く組がいるね。森組は戦いづらくないのかな」リューナ

 

「いえ、まだ全体のポイントが少ない内は戦闘となっても敵方からとっても旨味は無いからむしろ戦闘は避けるべきです。恐らく新しい魔法陣を見つけに行ったのでしょう。ですが既に面白いものがありますよ」セレネ

 

画面端の一つの魔法陣に注意を向ける。魔法陣の周りに更に別の魔法がされてその魔法が自動で魔法を分解している。

 

「あー!成程。これでその場に居なくてもポイントが手に入るし他のところに向かえるんだね。うわー、コレ絶対逆に魔法陣強固にして邪魔したり妨害されたりするでしょ」リューナ

 

「つまり火花が飛び散らない分水面下戦いは白熱していると!この先の変化に期待です!ちなみに大会で使用される魔法システム自体を改変することはルールで禁止されています。ルールを守って楽しい魔法!」実況

 

しかしこのまま保護的なスコア稼ぎが続くと盛り上がりに欠ける。映像を森の方に移す。ここもまだ平和なようでポイントを集めたり魔法陣を解除したりと比較的おとなしい。

 

この均衡が崩れた時が、この大会の多くの人の望む時。そしてそれはもうじき始まる。

 

ーーー

 

 

 

「お兄、500点取ったよ」

 

「こっちも1000点見つけた」

 

168番169番チームスコア 15500

 

彼らは後半のスコアが高くなる時まで極力戦いを避け適度にスコアを稼ぐ。魔法陣は高得点の物ほど解除が難解し手に負えない。仕方なく低ポイントのランダム配置と簡単な魔法陣で稼ぐ。それでも序盤だからか点差はそこまで開いておらず割とかんたんに上位へと食い込める。

 

だがそれではこの先は駄目だ。いくら上位になるとはいえ段々と下位の魔法陣の数自体は減る。勝つならば戦闘は避けられない。

 

地図を確認し次向かうところの目星をつける。ここからは森の奥か平野に行ける。平野はどこも開けていて見通しが良すぎる。戦闘を避けたい身としては多少誤魔化しの効く森の方を選ぶ。

 

 

 

「にしても……静かだな。さっきまで結構いた気がするがみんなどこ行ったんだ?」

 

「うーん、もしかしたら平野のほうじゃない?たまたま運がいいだけかもしれないけど警戒しちゃうよね」

 

と、丁度その時先程も聞こえた笛の音が聞こえた。距離も先程より近く進行方向もこちら。草木に紛れアネッサは棍を何時でも使えるようにしてミツキも魔法の準備をする。

 

「〜〜♪」

 

足音は二人分だ。姿はまだ見えない。一人は笛の主、もう一人は不明でどちらかが何かを引きずっているらしい。

 

「(出る?)」

 

「(まだ隠れてろ。あの笛が何なのか見てからだ)」

 

「〜〜♪〜〜♫」

 

一人が前に出た。剣と大盾を持ったフルアーマーの騎士がゆっくりとあたりを見渡す。丁度スコアが再配置され、彼らのいる草むらの目の前に現れた。そこへ騎士が近づく。回収するつもりらしい。

 

「(に、逃げないと)」

 

アネッサは怖気づきその場から更に距離を置こうとするがミツキが視線で禁じる。

 

「(駄目だ、ここまで来られたら音でバレる。策はあるからタイミングは指示したらすぐ逃げろ)」

 

しばらくその鎧の騎士はそのスコアの上に佇む。暫くして笛の音が止んだ。すると騎士の体が突然消滅した。幻影の類だろうか、思い出してみると確かに少しだけ透けていた。そして入れ替わるようにもう一人が来た。

 

「ふーん、猿だとスコアの回収はできない。面倒くさいなーもう、これで最初から最後まで通そうとしてたのに」

 

声色と身なりから女性と判断した。相手が女性であれば接近戦なら体格差で確実に勝てる。ここが好機と彼は動いた。

 

「(アネッサ、今だ。後ろに全力で逃げろ。すぐに追いつく)」

 

彼は草木から手を伸ばし女の頭を掴む。そして流れるように力技で地面へ叩きつけ離れつつ火球を数発腹へと放った。保護魔法が働いたのか熱そうだが火傷はない。

 

「うえ"っ!?え?え?」

 

「チィッ、まだ削れないか!」

 

まだ有利、続きの一撃を……とその前に足に強い刺激が走り拘束を緩ませる。続けて逆に押され体勢を崩しそのスキに距離を離された。

 

 

 

「(お兄……ごめん!)」

 

そこまではアネッサが逃げながらでも確認できた光景だ。ここから先は彼女には分からない。最後に【獄炎】と言う言葉をミツキが叫んで、その後に爆音がしたから心配ではある。

 

だけどアネッサはただ森を走った。後方で鳴る爆発音とどこからか聞こえる足音を振り切り遠くへ向かう。それが彼ら同士で決めたことだから。

 

気がつけば森を出て人の少なくなった平野に出ていた。そして自らを取り囲む環境ににはっと気がつく。逃げるといえど何もここまで彼と離れたら自身を守る者はいない。これでは元も子もないではないか。

 

「えーっと……どうしよ」

 

不安になりながらも取り敢えず外部に注意をしながら棍を両手で持ち一人で適当に歩く。範囲外まではまだありそうだし失格にはならないだろう。

 

 

 

ガサッ

 

「ひっ!?」

 

突然後ろから物音がした。恐怖心より一瞬で振り向き武器を構える。

 

物音の主は高い草むらの中。ゆっくり、ゆっくりと近づいて様子を……

 

 

 

ぴょんっ

 

「うわぁ!?……って、兎じゃん」

 

驚いて損した。草むらから兎が一匹彼女の足元に飛び込んできた。彼女は驚いた拍子に尻餅をつく。可愛らしいので彼女は接触を試みる。抱き上げようとしたら逃げられた。

 

兎は彼女を背に一目散に逃げていく。だが不思議な事だ、草むらでなく開けた平原の方に逃げていった。まるで彼女でない何者からか逃げるように。

 

「ああ……行っちゃった」

 

そして彼女は端に転がる岩陰に消えていく。そして彼女の視界から兎が消えた瞬間だった。

 

どこからか飛んできた大岩の如き槌に潰され情けない悲鳴と共に兎が絶命。それと同時に近くの地面に穴を開け見覚えのある赤い影が現れた。ルナシーだ。投げ飛ばされた槌を広い、形の崩れた肉塊を口に含んでから彼女がこちらを見る。

 

「ひ、ひいっ!」

 

「んぐ……ペッ骨と皮だけかよ」

 

この戦いは命に関わらない。だが本能は彼女を恐れた。なぜここに彼女がいるのか?そんな疑問など頭に現れる事はなくただただ恐怖に怯えた。

 

地が滴り土が混じった肉塊を口に含みながらルナシーはアネッサの存在を知る。少し嫌な顔をして、しかし直ぐに無愛想な顔に戻る。

 

「何か言いたそうだな」

 

言いたいこと、アネッサが疑問に思う事は彼女の参戦そのものだ。魔法など縁もゆかりも無い彼女がなぜこの戦いへ?上手く聞こうと口を開くも声が出ない。

 

ルナシーはそんな彼女に鉈を突きつけた。

 

「おい、蝙蝠。戦え」

 

「あ……ああ………」

 

「何へたりこんでる。小細工の心当たりはいくつかある。だけどどうせお前もそうなんだろ?なあ、そうだよな」

 

ルナシーはどこか遠くの高台をちらっと見た。どうやら意見は同じらしい。

 

そこへまた一人、黒い人影がやってきた。ルナシーはその人影を見て邪魔が入ったと残念に思った……が、再び高台を見て意見を一転し逆に酷く昂る。

 

「やめて差し上げろ。今の彼女は只の少女だ」

 

低い声で彼はルナシーを止める。

 

「誰だお前?さっきの奴か。いや、待て。まさか……チーム名の『山猫』って……あの野郎、そういう事か」

 

「お察しの通りだ。全く、もう私を見抜くなんて知らない内に私も腕が落ちたか。ああ、残念だ」

 

「お前それ、名乗って平気だったのか?私が心配することじゃねえが。それと褒めたいなら直接言ってやればいいのに。そしたら泣いて喜ぶぞ」

 

「いや、頭が働かない今合わせる顔がない。姿も醜い。最も自ら望んだことだが……いやはや数奇なものだ。彼もそうだ。再開を喜ぶのは先延ばしにしてもらおう」

 

「チッどいつもこいつも澄ました顔しやがって。対して誰も変わりゃしないのに。まあいい、地形破壊しない程度でいいな」

 

静かに彼はうなずいた。それからお手柔らかに、と付け加える。彼女の無愛想な顔が笑顔になる。そして、彼は数カ月ぶり、軍に来てから久々に骨のある相手と戦える。

 

しかしそこにまた来訪者がやって来た。まず気がついたのは『山猫』、次にルナシーだ。

 

炎に燃える森の方角……丁度アネッサが逃げてきた方角に近い一方から人の騎士がやってきた。体は青白い幻影で透けている。しかし物理的な存在でもあり足跡には黒焦げた煤が付いていた。

 

そして何より目を引くのはその体格と武器だ。

 

「ははっ!これは面白そうなのが来た」

 

彼はこの場にいる誰よりも大柄で最低でも倍近くある。だが重鈍な体ではなくアネッサが先程見た個体よりも凛々しく感じる。高貴な者に使える「犬」のようでもある。

 

体がこれなら武器も相応の巨大であり、加えて奇妙だった。見た目は槍のようだ。しかし柄の太さが絞られることなく焼け焦げた穂先まで続く。そして遠くからでも微かに硝煙の匂いがした。解釈によれば大砲にも思える。

 

『山猫』は声に出さずとも変わらず狂っていると一人考えた。呆れているようにも見える。だが武器はルナシーにとってはこれ以上となく期待させる物だった。

 

だがどうにせよ、アネッサはこれ以上となく絶望した。位置的に逃げることもできず攻めるにも敵が二人もいる。彼女には死が見えた。

 

23番24番チームスコア 34000

 

73番スコア 42500

 

 

 

暫くの静寂。風が吹き草木が揺れる。

 

ゆっくりとアネッサ以外のすべての人物が武器を構えた。

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

対象にアネッサの心拍は最高潮を迎えている。もしこの均衡が崩れた後、自信が何を起こすのか彼女自身も分からない。戦うか、逃げるか。

 

 

「始めるか」「始めましょう」「………」

 

「……っ!」

 

戦いの火蓋が落とされた。

 



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幻影の御供たち

「うえ"っ!?え?え?」

 

「チィッ、まだ削れないか!」

 

まだ有利、続きの一撃を……とその前に足に強い刺激が走り拘束をゆるます。続けて逆に押され体勢を崩しそのスキに距離を離された。

 

改めて彼女を観察する。「蝶」のような派手な格好の仮面の女。笛には細長い刃が仕込まれていた。

 

「ふぅ危ない危ない。まさか藪をつつく前に人が出るとは。もうHPが4割程削れちゃったよ」

 

彼女はそう言いつつ服と笛の汚れを気にしていて余裕そうだった。煽っているのだろうか。

 

「にしては余裕そうじゃないか。剣士は俺たが体術も魔法もこの距離で捌くつもりか?」

 

「僕じゃ無理だね。でも最後に君の手加減無しの魔法も見てみたいなーなんて」

 

「ならこのまま倒されてくれ!」

 

お望みならば答えねば、彼は空に手を掲げ魔力を集中させる。腕は赤く発光し熱を帯び大気を揺らす。そしてその腕を降ろし魔法を放つ。

 

「【獄炎インフェルノ】!!」

 

爆音と共に紅蓮の炎が広まり森ごと「蝶」を焼き払う。炎は空高くまで上がり少し離れた町中からもそれは見えたらしい。それはそうだ、これは彼の知る中で最上級魔法だ。

 

しかし笛の音は止まない。

 

「〜〜♪♫(危ないねぇ。でも只それだけ。力任せだけじゃ勝てないぞー)」

 

確実に当てた筈の彼女だけはその火の中でも無事だった。あの幻影の騎士が大盾で彼女を守る。そして当の本人は切り株に座り気楽に笛を奏でていた。

 

「くっ、やっぱ一筋縄じゃいかねえか」

 

「なら剣でも使ったらどうだい?その成からして本職は剣士だろう。ここは魔法大会なんて名前だけの闘技大会なんだし楽しもうよ」

 

曲が止んだと思ったらこちらを煽りまた戻る。完全におちょくられている。

 

「なら挑発に乗ってやる。俺にケンカを売った事、後悔するなよ」

 

「(アネッサ、それまで無事でいろよ)」

 

彼は剣を抜き、片手に炎を宿した。このスタイルはあの戦場ぶり。勇者仲間の前では見せ無かった彼のかつての戦い方だ。

 

風より速く距離を詰め、彼女が曲を奏でる前に斬りかかる。横に一線彼女の胸に剣を振る。

 

ガキィンッ

 

だが騎士も身を挺して彼女を守る。彼らの間に突然現れ盾を構え逆にこちらの攻撃を弾くそして彼に一撃を与えた。

 

「ぐっ(さっきまでは確実に居なかったのに弾かれた!?)」

 

「〜〜♪♫(おお焦ってる焦ってる。幻影だから多少めり込んでもいいんだよー。ざーこ♡)」

 

彼女の薄ら笑いに殺意を抱く。だがどこか見慣れたような、仮面で顔は見えないがその顔を殴り飛ばしたい。

 

「〜〜♪♫(はーい幻影ちゃん、次は君のターンだよ)」

 

騎士のさらなる攻撃が始まる。

 

ガキィンッ! 

 

騎士は的確に急所を狙ってくる。彼も己の剣で攻撃を受けるも速度と威力が勇者の彼でも厳しい。魔法を放つ余裕もなく戦いは一方的だ。幻影の動きはまるで何度も修羅場を潜ってきた達人の身のこなしだ。

 

「〜〜♪♫(じれったい……ちょっと揺動するか)〜〜♫♫」

 

音色にスタッカートとフォルテが加わり騎士が剣を振り上げた。言わずとも分かる、強撃の合図だ。削除予定SIII(・Y・)IIIS メー

 

しかし大振りなのはかえって好機だ。ガラ空きになった大きく振ってできた僅かな時間に魔法を叩き込む。

 

「焦ったな女!【ブレイズキャノン】」

 

次の瞬間、目の前が爆裂し騎士は後ろへと吹っ飛びそのまま空へ発散した。彼の近距離での爆裂魔法がクリーンヒットしただけだ。だが彼女は突然で飲み込めず、愚かにもその去勢を張る。が、同様する本心は隠せず彼には突然笛の音が割れたのを聞き逃さなかった。

 

 

「ふ、ふふふ……良くやるじゃないか君。まさか僕の幻影が負けるなんてね」

 

「なら潔く失格になってくれ」

 

「嫌だね」

 

彼女の笛から突然ピーッと音が鳴る。と同時に横から殺気を感じ距離を離す。音が鳴れば騎士が現れるという訳か。

 

「くっ……一々手がせこいな女!」

 

「女だなんて照れるね。『舞姫』……いや『奏者』とでも呼んで」

 

奏者が再び笛を吹くと騎士が再び現れた。別に彼女の名前など別に聞いてはいない。それ故彼女の言葉が終わる前に騎士との戦闘を続けた。

 

先に本体を叩く考えもあるが彼女がここまで近くにあるとなるとそれだけ騎士が強い、という事だろう。それと敵は重装だ。とすれば答えは1つ。

 

「(ひたすら避けて間々にぶった切る!)」

 

騎士が突進し剣を突き刺しそれをステップで回避、回り込んで背中を切りつける。が、堅牢な盾で防がれ一時撤退を余儀なくされた。

 

ここから暫く一進一退の攻防が続く。傍から見れば彼が押されているように見える、しかし反撃狙いだから先に手を出したら負けだ。

 

先に動いたのは彼女の方だった。痺れを切らし貯めてから横に一線、それを彼はその攻撃を受けずに避ける。そこから2、3度の連撃を挟んだ後少し攻撃が弱まった。

 

「【ギガフレア】!」

 

そこへすかさず炎を放つ。盾で火はすぐに防がれる。だが逆にこちらの姿は一瞬だけ捉えにくくなる。回り込んで騎士の剣を持つ腕を掴み剣を突き刺しそのまま切断した。

 

ぼとり、と剣を持った腕が落ち切断面から透明な霧が吹き出た。続けて騎士は特に痛がる様子もなく程なく消え去った。これで彼は倒したも同然だ。

 

彼女も動揺し笛の音が狂った。即ちそれ程に危険な状態な訳で、彼もそれを聞き逃さなかった。

 

彼女の座る高所に飛び距離を詰め動けないように肩を掴む。

 

「げっまず!」

 

「(刺せ!左胸っ、左心房!)これでさよならだ!」

 

心臓に狙いを定めて剣を突き刺す。これでHPが減らし切れれば彼はスコアが得られる。そしてまたアネッサと……

 

「……なーんてね。雉ちゃん」

 

彼女の握る笛がひとりでに音を奏でた。驚き笛を見るとただ笛の穴を1つ抑えているだけで到底音色を捌いているとは考えられない。

 

動揺する彼は数十分の一秒だけ、僅かに剣が減速した。彼女にスキを晒した。つまり、反撃される番だ。

 

死角から何かが飛んできた。彼に視認こそできないがそれは霧でできた槍だ。槍は彼の頭の位置を的確に当たり、HPを7割程削る。保護魔法がなければ彼は死んでいた。

 

「うわあああっ!!」

 

保護魔法で貫通しない分の威力で槍にふき飛ばされた。彼はバランスを崩し受け身も取れず地面に叩きつけられ転がる。彼女はそんな彼を見下すように笑いながらひとり語りする。

 

「実は僕音楽に関してはぺーぺーでさ、これ自動演奏なの。指先の動きとか譜面の種類だとかそういうので操ってる訳じゃぁない。強いて言うなら穴の位置さ。ほら、さっきの猿、見せてあげる」

 

彼女が見せつけるように笛の穴を一つ塞ぐ、すると先程の腕のない騎士が何処からともなく現れた。

 

削除予定 彼は愚かさを呪った。幻影の腕を折った所ですぐに再生されるだけなのにそれに至らぬなんて、なんと情けないことか。

 

「それと実は戦っててスコア的に逃げた方がいいんじゃないかと考えていたのだけどどうやら僕は君を倒さないといけなくなった。腕時計見て」

 

「とけ……な、スコアが!?」

 

 

 

ミツキの爆発を切っ掛けに競技場は変化していた。赤々と輝く木々に身を潜めていた者は去ることを余儀なくされ、あるいは倒れた木でHPを削られミツキらのスコアへと変換される。外道であれどある種これが一番原始的で正しい勝ち方であるのかも知れない。そのお陰で自覚はないがこの時点で全体順位トップに入っていた。

 

逃げたい者は平野へ行けばいいでないか、しかしそうは問屋が卸さない。それとスコアも彼より上手のものは幾らかいる。偶然は馬鹿にできない、だが限度はあるのだ。

 

 

 

彼がスコアに目を移した次の瞬間彼の姿が消え気づけば彼女の間合いにいた。腹に笛の仕込み刃を突き刺そうとしている。

 

「!っお!?」

 

刃との距離が一センチを切ってから彼は剣でなんとか軌道をそらす。しかし余りにも無理やりだったからか仰け反ってしまった。

 

「猿!」

 

その声に呼応するように騎士が彼女の後ろから彼の胸元を切る。幸い傷は浅い、しかし既にHPは残り3割の重症だ。ちょうど今の攻撃で残りHPは風が吹けば死ぬようになってしまった。

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

息苦しい。それに暑い。戦闘中の脳内物質により苦しさはないがここは火事現場だ。煙は酷く自身の放った炎が燃え広がりそれがかえって自身を苦しめている。

 

「(何でだよ……こんなのおかしい……)」

 

「どう?大分苦しいんじゃない?もう体力も数ミリでしょ?本番ならバーはもう無くなってるよね」

 

わざわざ演奏を止めて奏者は彼に声をかけた。笑いながら心配そうな言葉でだ。舐め腐っている。

 

「黙れ!」

 

剣を拾い上げ奏者を睨む。彼女はいつの間にか木の上に腰を掛けて笛を吹いていたらしい。黒焦げで、今にも折れそうな木の上で火の海の中とは似つかわしくない技巧的な音色に興じていた。先程から彼は彼女のHPの1つも減らせていない。

 

「うーん、噂は噂だったか。ねえねえ、君の本気はそんなんじゃないはずでしょ?ねえねえねえ」

 

ケラケラと笑いながら彼を煽る。笛を操り彼の周りに二体の騎士を近づけた。一人は先程の、もう一人は槍の飛んできた方角から現れた槍を持った騎士だ。彼らは倒せるように切っ先を常に彼に向けている。

 

「まあ、僕はこうなるとは思ってたさ。勇者が出るって話をリュ……その手の人らから聞いてきて対策をしてたしね。戦ってて違和感無かった?調子が悪いとか」

 

「何かしたのか!?」

 

「何かしたというより適正値に戻した……いや、何でも。まあそこよりも少し僕も事実確認がしたくて」

 

「(何が聞きたい?俺はお前を知らないぞ。何かしたのか?)」

 

「君、勇者?冒険者ギルド最強のミツキ ミナモだよね。顔は少し違和感あるけれど」

 

「……なぜそう思う?」

 

紛れもない事実だがあえて誤魔化す。彼女は彼の出場を知っていた、だが彼はセレネの魔法で顔を隠している。なのに何故彼と特定できたか分からないからだ。自分で確認した限り認識阻害の魔法は解けていない。セレネの魔法を解除出来たとしたら彼女は相当な魔法使いである、と当の本人が恥ずかしがっていることを知らないのは知らず考えた。

 

「いや、普通に剣技とか魔法とかの話から想像した」

 

「(あ、思ったより原始的だった)」

 

だが態々知った上で勇者の彼を訪ねてきたのだ。どちらにせよ怪しいことこの上ない。彼女はじゃあ愚痴でもいいから聞いてってくれよ、と彼を無視して問いかけた。

 

「噂は聞いてるよ。数々の魔道士よりも強く、それでいて剣聖すらも圧倒し強大な仲間を従える。現に君をダシにした人の話もこの前耳に挟んだ」

 

「(ダシにしたって……ああ、ギルドの広報のクソ野郎か)」

 

「君のカリスマ性は誰もが認めてる。あるいは女を侍らせ大したこともしていないのに持て囃され挙げ句暴力を正当化する不思議な力を容認している。

 

そこで僕は聞きたいんだ。本当にそれは君の力?例えば『神様が授けてくれた』とか?」

 

 

 

 

 

 

ーーー!

 

「………………俺が何者だろうと関係ないだろ」

 

「その様子、図星かい?」

 

「うるせえ!」

 

【終極エクスプロード】

 

煽られた彼は最早冷静さの欠片もなく周囲の被害を考えずに最高火力をブチかました。この爆発は競技場の殆どの範囲に衝撃が波及したという。本日彼の二度目の大爆発である。 

 

「猿、雉、守って」

 

彼女は爆発とほぼ同時に木から飛び降りる。凄まじい爆風と瓦礫が彼女に迫るがその前に剣の騎士は大盾で防ぎ後ろで槍の騎士が彼女を受け止めた。

 

「お姫様抱っこかー雉ちゃん分かってる♪」

 

「(く、クソッ!何で……)」

 

「そうだよね。普通こういう魔法使われたら君のお友達らは『うわ〜こんな難しい魔法なんて使えない〜!勇者様には勝てません〜!』なんて持て囃して。さぞいい気分だったでしょ。烏合の衆、皆が皆馬鹿ばかり、……お、今我ながら上手いこと言ったな」

 

その発言に、彼はブチ切れた。

 

「俺の仲間を馬鹿にするなああああああああああああああああああ!!」

 

危機的な状況で冷静さを失いやすい状況で煽られ続け、明確に彼の仲間を馬鹿にした発言に彼の堪忍袋の尾は耐えきれなかった。

 

もはや大会もなにも関係ない。彼はただ一人の人としても彼のプライドとしても彼女を許さなかった。

 

【新生ニュークリア】

 

怒りに任せて放った3度目の爆発は前より少し強かった。それは己が身、それと競技場全てをも焦がし、HPを溶かし切る程に。

 

ーーー

 

 

 

時間は少し前後して

 

炎の中での幻影の騎士と勇者の戦い実況席も目を引かれた。

 

「おおっと、森の中から炎の渦が現れた!」実況

 

「早速面白くなってる!あれは制御してるようには見えないし高度な呪文魔法を腕っぷしだけで出したっぽいけど……威力面だけ言えば魔法が拡散して非効率、だけど火蓋が切られたよ」リューナ

 

「他画面の映像でも爆発音がした時から森の中でも動きが見えます。多くの選手から隠密効果が確認されるのでさっきまでは戦いが始まっていない訳ではなく多くの選手が隠密に特化していただけみたいです」セレネ

 

だが……彼らは無事だろうか。私はそれ心配だった。私の見た映像からは火の主がミツキさんとはっきりしている。しかしその時には既にアネッサは見えない。映像を切り替えながら注意深く彼女を探す。

 

「…………!」

 

見つけた。喜びの声を抑え冷静に解析をすると……

 

「(……ああ、神よ)」

 

自信がただ祈ることしかできない事実にゃっと気がついたらしい。

 

「(せめて……せめてこれ以上は彼女が気が付かないよう……慈悲を)」




二度と大規模透明化はやらない


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戦闘狂のカルテット

手始めにルナシーが槌を「山猫」に投げる。目にも留まらぬ速度だか彼はこれを横に避けた。それを読んでルナシーは一瞬で接近しさながら狼が引っ掻くように鋭い鉈で何度も切りつける。

 

「てめぇと戦うにはこれよりこっちです!」【貪狼ノ型】

 

彼は彼女の連撃を無言で受け、ほとんど位置を変えず手元だけで弾き続ける。ルナシーの一撃一撃は凄まじい。一振りごとに余波で地面が切れ、威力も並の盾であればすぐに砕けてしまいそうだ。

 

当然、アネッサなど彼等にとって雑魚同然の存在には気をかけていない。彼女はこのスキに逃げようと試みた。丁度ルナシーの投げた槌で砕けた大岩が転がっている。その影に隠れて逃げよう。

 

「(そーっと……そーっと……)」

 

ガッ!

 

「ひいぁ!」

 

だがこの場にはもう一人いる。岩の向こうから槍の先が貫し彼女の顔のすぐ前に現れた。岩が割れ、犬の騎士が岩の隙間からこちらを上から覗く。

 

「……うぁ……っ!(逃げないと!)」

 

怖気づいている場合ではない。今すぐ魔法を盛って速度を上げれば岩の横から逃げられそうだ。

 

「【草原の疾きか……」

 

ギチギチギチッ

 

不穏な音がした。悪寒が背筋を走り後ろを振り返る。

 

「!?何あ……

 

閃光と共に槍の先が爆発した。先程から遠方で爆発は何度も起きているがそれに相当するような爆発だ。衝撃が遅れてやって来て彼女を岩壁に叩きつけた。

 

ドゴオオオオオオン!!

 

「ぐふっ!」

 

不幸中の幸いで直撃こそしなかったからか威力の割にHPは残っている。

 

「何なの……あれ……?」

 

整理のつかない頭を動かし状況を理解する。自身の近くには沢山の砕けた岩の破片が飛び散る。

 

彼は何をしたのだろう。武器の方に目をやると先程まで存在しなかった黒焦げた尖った穂先が存在した。全体長さは2倍ほどになっている。犬の騎士は倒したつもりでいるのか岩壁に叩きつけられた私を見ず出した穂先を中にしまい込んだ。どうやら爆発と同時に彼処が飛び出したらしい。

 

だが彼に吹き飛ばされたお陰で距離ができた。このまま逃げられるかも知れない。衝撃で痛む体を起こし逃げる。

 

「あ?逃げるぞあいつ!」

 

だが爆発音に気が付いたルナシーに見つかった。鉈で衝撃波を飛ばし、アネッサはすぐに引っ込む。軌道はちょうど首の高さだった。

 

「【草原の疾き風よ 我らに……」「遅い!」

 

速度上昇の為魔法の詠唱しながら逃げるも猛スピードで回り込まれた。残像が見え、目から赤い光が筋を描く、そう錯覚する程に覇気が凄まじい。 

 

捨てた槌を拾い上げ、最高速で鈍器を叩きつける。

 

「いい加減にしませんか?貴方だっ……てえっ!」

 

キィンッ!

 

そこへルナシーの直線的な軌道を狩るために横から犬の騎士が乱入した。仕方なく槌をまた手放し鉈で弾く。

 

「…………!」

 

「ッチコイツ誰だよ!おい鎧、余計な邪魔すんな!」

 

ルナシーが怒りアネッサから気がそれる。助けてくれたのかな、と一瞬考えたが……

 

ギチギチギチッ

 

また槍の軋む音がしてそんなつもり微塵もないと撤回した。私ごと倒す気だ。

 

「(まずい……また爆発する!)」

 

今度こそ彼女は倒されてしまう。そう覚悟しただ逃げる事を考え詠唱と逃亡の成功を祈る。しかし現実は甘くない。もうすぐ攻撃が当たる。恐怖と閃光の眩しさに目を閉じて衝撃に備える。

 

ドゴォォォオン!

 

「っうわあああ……あれ?」

 

しばらくしても来るべき衝撃が来ない。何事かとゆっくりと目を開けると……

 

「おい、いい加減一般人相手には手加減して貰えないだろうか」

 

何と『山猫』がそこで彼女を守っていた。光の防壁を張り、壁の向こう側で犬の騎士の首を光の刃で切り落としていた。首を切られた騎士は消滅し跡形もなくなった。

 

彼は刃を消しアネッサに手を伸ばし、アネッサは手に取った。彼は知らない筈なのに、彼の魔法の壁には知人とよく似た雰囲気を感じたからだ。恐る恐る聞いてみた。

 

「……もしかしてセレネさん、ですか?」

 

「仮に本人でもそっとしておくのがマナーで無かろうか。何の為の仮面だ」

 

答えを濁される。普通に考えれば彼とセレネとは身長も声も違う。左手もある。そんな人物をセレネと判断するのはお世辞にも正しいとは言えない。だが彼の答えも否定ではない。彼女の中ではまだ疑惑は晴れていなかった。

 

「目ぇ離して余裕そうだな!」

 

会話のスキをついて数発衝撃波を飛ばした上ルナシーは接近し追撃の準備をした。

 

「ご忠告どうも」

 

だが「山猫」は落ち着いていた。ルナシーの鉈がすぐそこまで来たその瞬間、「山猫」は手から魔法を展開し……

 

「っ!おま……!」

 

ルナシーは勘を働かせ横に大きく避ける。

 

 

 

ーーー!!

 

地面を巻き込んで極太のレーザーが光が天を貫く。ルナシーが先程までいた場所が大きくえぐれ、土が消滅していた。

 

その魔法についてルナシーは知っていた。前に見た仲間の魔法だ。

 

「っぶねぇな!何でお前がセレネの魔法使えんだよ!」

 

ルナシーのセレネという単語にアネッサは反応し仮面の彼を見た。

 

セレネと意識して初めて感じ始めた。彼の装備の下から魔法が作動している感覚がする。洗練された式から作動する速度と筋力の強化からは魔法を教えたセレネに似た温もりを感じた。

 

「っ!やっぱりセレネ姉!」

 

彼……いや彼女は、「山猫」彼女には答えずルナシーの目を見た。顔は見えず目も隠れているが心做しか睨んでいるようにアネッサには感じられた。

 

「ここでは誰もが競技者でチーム以外は敵に他ならない。最後には倒させてもらう。

 

だが人違いとはいへこれも何かの縁だ。羽の少女よ、『赤ずきん』を倒すまで共に戦わないかね。彼女は私でも少し厄介だ」

 

「山猫」からまさかの提案が返ってきた。彼女がルナシーを相手できる実力の持ち主だとは先程の戦闘だけで十分見た。敵に回せば逃げられるかも定かでない、つまり、答えは1つ。

 

「よろしくお願いします!」

 

ルナシーに「山猫」は静かに頷いた。

 

「行くぞ、羽の娘」

 

次の瞬間、アネッサの視界から二人が消えた。同時に金属音と爆発音、それと激しい風圧と飛散する瓦礫が彼女を襲う。

 

駆ければ嵐となり、鉈を振れば谷となる。比喩ではなくまさに彼女のすぐそこで字面通りの現象が起こっている。移動と斬撃の度に発生するソニックムーブと着地時の地震により人はおろか周囲の地形が大きく変動していく。故にアネッサは彼女らを目で捉えることは出来ず巻き込まれたらどうなるかは目に見えている。見えるとすれば彼女を相手する誰かだが……

 

「っ!(お姉が戦ってるんだ!)」

 

ならば、自身も役割がある。生き残り、詠唱しろ。姉を徹底して支援をする。彼女はそれに必死になった。

 

 

 

 

一方、ルナシーと「山猫」はというと。

 

「(2対1なら多少ペースアップしていいか)」

 

ルナシーは至って冷静だった。一人増えた所で少し援助が入るだけで戦力としては変わりない。

 

【貪狼ノ型】

 

低く構え、鉈を逆手持ちに変え、少し溜めてから急加速。音のほうが遅れて「山猫」へと衝突する。「山猫」の認識速度ギリギリで弾くも威力から態勢が崩れかける。

 

「くっ……やはり手強いな」

 

「喋れるって!まだ余裕っ!だろっ!」

 

三連撃は受けきれないとステップ回避、だが一撃一撃に攻撃方向へ衝撃波が飛び長くは持たないだろう。

 

それでも短時間ながら当たらない所を考えるにアネッサの速度上昇の魔法がそれなりの役割をしているというのは互いに感じていた。加速自体は元の速さから大した変化はない。だが「山猫」の挙動の感覚が加速により若干ながら変化し、つられてルナシーも戸惑っている。互いの戦闘のセンスによって不安定な均衡が保たれる。

 

焦れったくなったルナシーはここで無理やりダメージ覚悟で「山猫」に拳を叩き込む。拳は彼女の腕にクリーンヒットし関節が外れた。

 

「っ!?」

 

ここでやっと「山猫」の態勢が大きく崩れる。

 

「貰ったぁ!」

 

ルナシーは今が好機と心臓を狙い懐に踏み込む。

 

だが逆に「山猫」は手を掴んだ。ルナシーでも恐ろしい反射速度に寒気がする。「山猫」は掴んだ腕に光の刃を突き刺しルナシーの腕からは多量の血が……

 

出るはずがない。保護魔法が働き「山猫」のHPが減るだけだ。逆にルナシーが機転を利かせ腕を掴まれたまま「山猫」の顔を蹴り上げる。「山猫」は手を離して関節をはめ直してレーザーを連射しながら後退した。

 

「(『山猫』お前アホか?保護魔法とかなんとかがあるって知ってるはずだろ……って何笑ってるんだアイツ?)」

 

「くっ……私はまだこの環境には適応していないようだ」

 

「春でも来りゃ良かったな」

 

「(仕事で実戦経験は積み続けたつもりだったが……逆にそれが仇になった。これでは笑われても仕方ない。だが、次はこうは行かない)」

 

 

レーザーの不意打ちでない射撃などルナシーからしたら手元が見えれば射線が判別できるので殆ど意味をなさない。それでも接近するのに流石にうざったいと感じ地面に拳を叩き込む。砕けた地面が四方八方に飛び散った。

 

「ほう、成程。そう来たか」

 

「山猫」には今までの戦闘経験から何となく行動の理由が分かる。レーザーを砕いた岩で防ぐつもりか。だがそれでは互いの姿も視認しづらいだろう。レーザーを多めに先打ちし、その後岩陰に隠れるように移動する。計算通り先程まで「山猫」のいた位置の地面が大きく陥没した。動いたらしい。

 

「逃げんじゃねえぞニャン公!ぶっ殺……」

 

瞬間、ルナシーが高速で地面に叩きつけられる。後方からの蹴り落としで受け身も取れずに背中から突っ込んで地面に大穴が開いた。

 

「これで良いのだろう?喰らえ」

 

ルナシーが立ち上がる前に「山猫」は前程までとは比べ物にならない威力の光を溜める。流石の彼女もこれには肝を冷やす。

 

しかし、ルナシーは逆に「山猫」へと攻めるのに立ち上がる。無論そんな事をしていたら起き上がった直後に体が光に貫かれるのは必須だ。

 

彼女は立ち上がりながら近くの手頃な石を高速で投げ飛ばしたのだ。それもアネッサの頭部に向かって。

 

石の速度は彼女らですら目で追うのが限界な程度。当然アネッサはそれに気が付くことができる筈もない。そんな物が彼女に当たったら……

 

「山猫」は意図を瞬時に理解し合わせた照準を移し溜めた全てをアネッサとルナシーの導線上に放つ。事情を知らずただ詠唱を続けていたアネッサはただの余波だと一人驚き詠唱が乱れた。

 

「アネッサ!?」

 

「大丈夫、それより後ろ!」

 

彼女らの僅かな会話の時間にルナシーは槌を掴んだ。

 

「吹っ飛びやがれ!」

 

先程よりももっと深く彼女との間合いを詰め、彼女は全力で振り上げる。的確に心を捉え確実にクリーンヒットさせる。速度に魔法の処理が追いつかず骨の折れる感触が持ち手に伝わり赤い飛沫を飛ばしながら「山猫」は赤い霧になった。その音は何かが壊される音ではなく風船が割れたみたいに刺激的で儚い。

 

アネッサの顔に衝撃波と共に赤い液体が降りかかる。認識速度外の事で何が何だかさっぱりだった。その後に若干スローの光景で自身に同じ事をされてそうになりやっと理解した。理解したところで今の彼女には杖を持つも詠唱をするでもなく半端に口を開く敗北を待つ存在だ。

 

「てめえもだトリ公!」

 

目も閉じることができず段々と近づく暴力的な槌に怯える。

 

「(殺される……まだ何一つ出来てないのに……っ!)っ………っつ………!」

 

アネッサの心がそう訴えるも状況は変わらない。抵抗という抵抗は声にならない叫ぶ事くらいだった。

 

「死ね」

 

ルナシーは槌を振る。これが当たれば負ける。

 

ただ、それで良いのだろうか。いや、勿論良くはない。負けはミツキの意志を蔑ろにする事と同義だ。だが彼女は自身で決めたはずなのだ。セレネのように誰も傷つけない事を。

 

……その姉は先程まで何をしていた?

 

「(セレネ姉は、戦った。私を守った……なら私も……だけど…………」

 

削除予定「(血が出てるならあの攻撃は魔法の判定を貫通してる。当たれば死ぬな。クソッ、任務中は極力隠しておきたかったが背に腹は代えられない)」

 

「今やるしかない!」

 

持っていた杖を持ち替える。魔法を撃つような持ち方ではない。杖をまるで棍、いや槌そのものを切るための薙刀のように構え、高速で向かいに来るルナシーへと接近した。

 

削除予定「転生者がもう効いてるのね。流石森製のイカれた奴が備え付けた訳だわ」

 

ルナシーは寸前で攻撃へと転じたのは予想外であったが動き自体には然程動揺が見られない。彼女を杖もろともぶっ飛ばして倒す、それには変わりない。

 

「(ルナシーの一撃一撃は重くて早い。だけど……今日はそれを逆に使う!)」

 

「【共振 裂】」

 

莫大な質量が彼女を砕こうとする。残り数メートル切った。ここからはもう引き返せない。アネッサの間合いにルナシーが入る。彼女らの速度を加味すると間合いは等しい。 

 

「チキン野郎、てめえどう来る!」

 

ここでアネッサは地面を杖で突く。そして速度を維持し高跳びの要領で飛び上がった。

 

「さっきから鳥って、私は吸血鬼だよ!」

 

だがアネッサが槌の軌道から外れた代わりに杖に打撃が当たる。

 

「それでも頭は鳥だな!こんな細い棒っきれじゃ折れちまうだろうが!」

 

踏ん張り一撃に更に力を込め槌を振り抜いた。

 

「オラァ!………あ!?」

 

しかし相応の手応えが彼女には感じられない。違和感の正体を確かめると、まず杖は折れていない。代わりに自身の持つ槌の上半分が棍を境に裂けるように切れていた。

 

「あの糞店主がああああこんな不良品売りつけやがって!また壊れやがったこのポンコツ!ふっざけんな!」

 

二度目の武器破壊に我を忘れるルナシー、そこへすかさず追撃にもう半分残った頭に棍を狙う。体をルナシーの方に合わせ着地後に接近、槌の頭が無い分リーチは更に有利になった。

 

「はあああああ!」

 

「っ!?やっべ!」削除予定「明らかにこいつの速度が……魔法にしてはアイツと違って振り回されてもない。素の力と言う訳か」

 

ルナシーはもう使えないガラクタを捨て鉈での戦闘に切り替える。しかしここまで接近したらそれは近接武器の領域だ。武器を手にする前に手首を突く。ルナシーは思わず鉈を持つ手が縺れた。

 

「っ"!嘘だ……」

 

「上出来だ小娘」

 

ルナシーの背面から心臓に光の刃が突き刺さり貫通する。これもまた魔法の判定を貫通し彼女の肉を突き抜けた。そして間髪入れず返り血に濡れる手からレーザーを最高出力で撃ち込んだ。

 

そして、攻撃の主は先程血の霧と化した……

 

「『山猫』おおおおテメメメメ生きてやがったのかああ"!」

 

「山猫」だ。

 

「全く、貴公のせいで四肢と内蔵が暫く使い物にならなくなった。満身創痍と言った所だ。心臓はその仕返しだ」

 

「セレネ姉、生きてたんだね!……って何で保護魔法があるのに大怪我してるの!?」

 

「山猫」服には血が滲み、足が折れているのか膝下がありえない支え方のまま立ち少し体が震えている。表情は仮面で見えないが呼吸が荒く仮面が上下に動く。普通の人間なら回復魔法すら使うのを躊躇われる死亡とそう変わらない状態だ。

 

「心配をさせてしまってすまない、だがありがとう。貴公が動かなければ本当に死んでいた。魔法については家に帰ってから調べでもしろ。それより治りょ……赤ずきんはどうだ?」

 

端末に表示されるルナシーのHPは一桁、こうなってしまったらいくら彼女とはいえ誰との戦闘でも負けてしまうだろう。それは一般人は勿論アネッサが相手でもだ。「山猫」も武器を投げるくらいは出来る。

 

そして本人は今地面にうつ伏せで倒れている。抗う術が無くなり勝負を諦めたように微動だにせずに浅い呼吸をする。今回ばかりは彼女も辛い。もう分かっているのだろう。

 

この大会にてルナシー一人に勝ち筋は無くなった。

 

「う、うゔ……くっそ、やっちまったか」

 

ルナシーは体を起こした。

 

「………魔法か?」

 

それから破れた血塗れの服を脱ぎ、濡れた服を絞りながら呟く。

 

「赤ずきんよ、そこはお前の読みでほぼ正解だ。最も勘が鈍らず武器の選択を誤らなければこの事態も避けられた筈だったのだがな」

 

「…………本性見たりって事だな。ちょっと本気出すのが遅すぎじゃねえか?うっしょっと」

 

彼女は立ち上がる。だが怪我が出血が酷く貧血でふらふらと足元がおぼつかない。状況は最悪であるのに口調はいつに無く明るい。親しい友人と話しているようで普段の無愛想さとはかなりかけ離れている。

 

「(お姉、今のルナシー本当に大丈夫なの……だって心臓に穴空いているのに……立ち上がって……笑ってるよ……)」

 

「(耐えろ。顔色が悪いが正気を保て。)」

 

アネッサと「山猫」は小声で会話した。先程までの戦闘とは別の方向性の恐怖によりアネッサは顔面蒼白だ。

 

「あーあ、ここまで怪我させやがって糞が。回復も時間かかるんだぞ、面倒くせえ事させやがってニャン公。もう最近中々本気なれねえしここでなら良いと思ったんだがな。よし、帰るか」

 

そして彼女は遠くに手を振る。すると直ぐに何処かからか狼が飛び出してきた。

 

「はい、お嬢只今……お嬢裸っ!?しかも胸にお怪我が「帰る」「えっ!?えっとそれなら大会運営に掛け合って棄権を」「んなの連れがやりますよ。こんくらいの不始末あいつにゃ慣れてます」

 

そうして彼女は狼に乗り何処かへと行ってしまった。

 

 

 

「お姉、追いかけないの?」

 

「小娘こそどうなんだ?彼女程度の手負いの獣なら貴公でも十分狩れる筈だと思うが」

 

「私は誰も傷つけない。お姉の前で言ったことだよ。それだけは守らなきゃ」

 

「なら何故彼女に反撃した。本当に約束を遵守するならあの場で素直に倒されるべきであろう」

 

「………………」

 

「(適当に丸め込まなきゃ。えーとどうしよう)」

 

「小娘?」

 

「…………………………傷つけないって難しいね。お姉はこの後どうするの?ルナシーは倒したし私を倒すの?」

 

アネッサと「山猫」は見事な連携こそあれど共闘をしていただけで元は敵同士。敵が居なくなったのなら再び倒し合うのが道理だ。もしかすると今の怪我であるのならアネッサでも勝機があるのかも知れない。だが現実的にはその確率は低いだろう。

 

アネッサはその事実について問い、そして問を投げかけた後に意味を理解した。妙な緊張感を感じたアネッサはすぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え答えをじっと待つ。

 

「…………そうだな」

 

答えに迷っているのか妙に答えるのに時間をかける。そうしている内にもアネッサは脈動を早めているのだ。

 

 

 

「…………成程」

 

「どうなの?お姉」

 

 

 

 

 

「弟子よ、降参だ。殺s

 

ドッ!

 

「………え?」

 

答える前に「山猫」から嫌な音がして、転送されたのか光と共に彼が消えた。彼がそして状況を理解する間もなく妙な空気の揺れを感じる。

 

「えっえっえっ?何々何々?」

 

それから少しして不吉な予感の正体が判明した。それは木々や岩を轟音と共に消し炭にしまとめて破壊するような……更に最悪なことに丁度先程逃げて来た方角から迫る強大な爆発だった。

 

「おに

 

ドッ!

 

本当はもっと絶叫に似た叫びをしたかった。だが、爆発はアネッサに嘆きを許さない。その前に彼女のHPは0となった。HPが無くなったのは彼女だけでは無い。彼女以外の殆どの者はこの爆発に巻き込まれている。

 

 

 

 

唯一この爆破に巻き込まれなかったのはルナシーの仲間位であろう。最もそんな者がいたとするのならば彼は相当なひねくれ者であろう。酔狂な者の内にいる者というのは、往々にして酔狂な物なのだから。

 



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後の祭り

それから暫くして大会は閉会式となった。 

 

大会はご覧の通り大荒れだった。数回の爆発のせいで想定よりも遥かに早期に競技者が一人となってしまい終了時刻前に競技を終えた。その残り一人も別件で問題を起こしているから今日の大会は色々な意味で話題となるであろう。

 

まずはアネッサとミツキさんについて。残念な事に彼等のチームは成績的には2位だった。勿論彼らの努力はずっと見ていた。だから精一杯戦った結果というのは知っている。件の爆発も彼の魔法だと聞いた。もし私が彼と共に戦えていたら……いや、空想の話はしていても無駄だ。

 

成績的には、という点に関してはこういう事情がある。成績一位は驚くべき事になんとルナシー所属のチームだった。閉会式後に名簿を確認させてもらって調べたのだがルナシーの名前は見当たらない。彼女はこんな事しそうにないしきっとチームの登録をした人物が偽名で登録でもしたのだろう。

 

それだけでなく彼女のチームは優勝したにも関わらず誰も閉会式に参加せず、それどころか勝手に競技の為の魔法を解除し帰ってしまったそうだ。結果的にアネッサとミツキさんが優勝となった。おめでたいが誰もが納得できない。

 

 

 

という訳で……現在時刻 大会後 帰り道の馬車内

 

「でもまさかリューナさんがナツメさんと組んでいたとは思いませんでした」

 

「うん、でも皆が驚いてくれたならお姉さんも満足満足!まさかセレネちゃんも何かしたの?」

 

「…………実はちょっと」

 

答えづらい質問に思わず目線をそらす。

 

「お互い悪よのー」

 

馬車内では大会運営組である私とリューナさんが裏の暗い面について語り合う。アネッサとミツキさんが別の馬車に乗っているのでこの馬車には私と彼女しかいない。聖女とて、時には聞かれる心配の無い内に心の闇を晴らしておきたいのだ。

 

「でもまさか彼が2位を取るとは……」

 

「それには私も予想外。ナッツーだし頼み込んで誰かに頼んで倒してもらってたんじゃないかな」

 

戦闘の性質ゆえ実況用の映像にも映らずにいたものだから2位の選手が正体を隠して参加していたナツメさんだったので驚きである。

 

ついでにその前の裏話も教えてくれた。

 

ーーー

 

現在時刻 大会前 打ち合わせ前

 

現在位置 会場

 

「いやーセレネちゃんがまさかアネッサちゃんに伝えてなかったとは。これは計算外」

 

「リューナちゃんの計画だと運営協力ついでにこっそり一人で参戦もする予定だったけど出るなって言われるとは。ま、私が出たら優勝しちゃうし英断だね!」

 

「そこでリューナちゃんは考えたのだ!ヘイカモンナッツー!」

 

「僕の出番です。仕事は昨日に終わらせておいたからフリーでした。ところで今の流れ、本当に必要だった?3回目だよこれ」

 

「雰囲気作り?」

 

そこに居ない誰か向けた茶番を終わらせる。さて、何故彼がここに、そして彼女が何をしようとしているのかを説明する。

 

出場停止の空気が出始めた時点まで戻る。彼女は事前にそれを見越して出場を他人に委託する仕込をしていた。自身で魔道具を自作し、防具も揃える。

 

彼女はとにかく魔法を使いたかった。形こそ違えど魔法の技術が活かせればそれでいい、実験ができるなら手段は問わなかった。しかし決して手は抜かない、もし全くの初心者が魔道具のみで優勝できたなら、そう考えたからだ。

 

「(でもまさかナッツーが『女の子も出るかもね』って提案した時点で返事が帰ってくるのが現状一番の予想外だよ)」

 

「それで、作戦の最終確認だよね。僕が偽名で登録と変装をして参戦、ここまでは出来た」

 

彼の装備に目を移す。極彩色の蝶を模した装備で元々これは彼の私服で戦闘用に魔法で改造したのである。武器は適当に武器屋で買った仕込笛だ。一応内部に刃は存在する。だが、今の彼にそれを使う腕はなく魔道具としての性能が戦闘力の全てだ。

 

「それでこの笛を使って戦うと。でも僕楽器弾けないよ?まして笛なんて久々に持ったし」

 

「それは息を吹き込むだけで曲になる設定にしてある。そこよりも……」

 

「覚えてる」

 

彼の返事をした直後、リューナは打ち合わせがあると場を離れた。彼もそろそろ競技場へと向かわなければ。

 

ーーー

 

やはり女性が理由か。何というか、彼らしい。でも知れただけ少し嬉しい。もし何も知らずにいたとしたら一段落ついたらミツキさんに彼と「お話」してもらおうと考えたがリューナさんが陰で手を回したからとの事だったので彼女に免じてあげようかな。

 

 

「じゃあセレネちゃんは何をしたの?」

 

「私はですね……」

 

私が話そうとした時、馬車の上からコンコンと屋根を叩く音がした。不思議に思い馬車を止めてもらおうかとリューナさんに聞こう。

 

「何の音ですかね。馬車を止めて確認しますか?」

 

「ううん、そういうのは帰ってからでいいでしょ」

 

「そーだぞ」

 

「そうですよね。私の考えすぎでし……クー?」

 

いつの間にかクーが馬車に入り込んでいた。スペースが狭くリューナさんの横に詰まり小さく座っている。

 

「よー」

 

「いつの間にいたの?今日は大会には居なかったよね」

 

「でてた。セレネがまほうをためしてほしいって。まったく、どっちもおなじあなのむじなだよ」

 

ああ、言おうとしていた事をクーに先に言われてしまった。私もクーに無数の魔法武装とアネッサらにもかけた認識阻害魔法によって変装し参加させていた。

 

しかし彼女はかなり序盤の内に画面外で失格となっていたのだ。彼女の機動力と私の武装と補助があれば優勝が狙えると考えていた。現実はそこまで甘くなかった。

 

結局は私も彼女と同じでやりたい放題していたのだ。アネッサの為にもこれはここだけの話にしよく。

 

「アネッサにはひみつにする。そうじゃなくてもかってにかんちがいしてたしほうちしておくよ。おもしろそうだし。よいしょ」

 

話し終わりにクーはリューナさんの膝の上に座った。リューナさんも抵抗する事なく、彼女はクーを人形みたいに軽く抱き締めている。

 

「おお、ここちよいおもさとはんぱつけいすう」

 

クー頭上に重く大きな胸が当たっている。表情もこころなしか嬉しそうだ。ご満悦らしい。

 

「クーちゃん。負けちゃったのか。残念だね」

 

「そうでもない。やたいのごはんがおいしければわたしはいい」

 

屋台の飯と言う事はつまり彼女は負けた後ずっと大会とは別の所に入り浸っていた訳か。なんとまあ気ままなものだ。

 

「あとアネッサがゆうしょうしたからわたしはうれしい」

 

「閉会式は見てたのですね」

 

「うん。いかやきおいしかった」

 

「(うーん、やはり彼女の掴み所のなさは困ります)」

 

「あははは!食べ物が美味しかったのね。それでいてアネッサちゃんが優勝した。ならよし!」

 

「だがしかし、かのじょにはきがかりなことがひとつある。そろそろ、げんかいがくる」

 

急に話の雲行きが怪しくなった。普段から一緒だ。私達の知らない彼女の情報も知っているのだろう。有益であり、詳細に聞くべきだろう。

 

「それはどの様な意図でそう考えるのですか?」

 

「お姉さんも知りたいなー。アネッサちゃんの魔法の成長に邪魔が入るのは嬉しくないからね。クーちゃんどうゆことなの」

 

「あんしんしてくれ。まほうはまだまだせいちょうするよ。からだもはったつとじょうだからかくじつにつよくなるみこみもある。セレネとリューナねえにもわかるはず」

 

だとしたら何が彼女を阻むのだろう。

 

「あたまがこわれる」

 

 

 

 

馬車が止まった。目的地周辺に着いたようだ。

 

ーーー

 

 

馬車が止まったのは街中だ。リューナさんと私は大会関係者との打ち上げでこの後集まる予定だったのだ。

 

「確か会場はあっちだった筈!」

 

「そうですね。楽しんで来てください」

 

リューナさんは馬車を降りて進行方向を指差し確認した。丁度向きが90度違う。指摘したら慌てて修正し危なかったー、と呟き感謝もされた。

 

「でも本当に打ち上げ行かないので良かったの?」

 

「ええ」

 

私はその打ち上げを辞退させてもらう。態々開催してくれるのに勿体無いし失礼だしせっかくなので寄りたい所なのだが……

 

「クーがいますし彼女を私が送り届けます。だからリューナさんはぜひ楽しんで下さい」

 

「うーん、セレネちゃんが来ないのは残念。私も顔出しだけしてすぐ帰っちゃおっかなー……時間もそろそろだしここで考えても仕方ない。行ってくる!」タッタッタッ

 

 

 

…………よし。

 

「さて、クー……クー?」

 

ふと目を離している内にクーまた何処かへ行ってしまった。馬車から降りる音すらせずに虚空に消えるように、そもそもさっきまで居た事実ですら疑わしくなるような自然な消え方だった。

 

でも、今は寧ろ都合がいい。彼女ならまたふらっとどこか出会えるはずだ。

 

私も待たせるわけにはいかない。認識阻害魔法を使い馬車を降りてリューナさんとは逆方向の指定された場所へ向かう。

 

待ち合わせ場所は「喫茶 リヴァイアさん 3号店」。日も暮れかけて薄暗くなり店の明るさが際立つ。入るには一人だと気が引ける店に勇気を出して店のCLOSEDの札のかかる扉を開けた。

 

「セレネ様ですね。こちらへどうぞ」

 

中には店の外観とは不釣り合いな上質な制服の店員が一人だけだった。今更だが帰宅した後ドレスコードを整えたほうが良かったのだろうか。

 

「その必要はございません。お客様は当店のオーナーが今日の大会を観戦して招待されたのです。お題も結構ですのでお食事をお楽しみ下さい」

 

今日の大会を見に来てくれていたのか。しかも聞くところによるとお代も無しでいいそうで、裏があるのではと怪しむ程に気前のいいオーナーさんではないか。

 

「お気遣いありがとうございます。それで、彼は?」

 

「中でお待ちです」

 

「ありがとうございます」

 

店員は私を店の奥の扉の前へと案内した。彫刻が施された両開きの扉。古い雰囲気に紛れ前に昼間に来た時には人も多く気が付かなかったが一度意識するとかなり違和感を抱く。

 

ギギギィ……

 

扉が開けられて現れたのは地下へと続く階段だ。先は薄暗く照らされ1階の店内とは完全に空気が違い緊張する。

 

階段を下りきりまた現れた扉を店員が開けるとシックな内装の豪華で上等な、ある意味王都ではよく見慣れたレストランの個室だった。テーブルには既に本日の主役のミツキさんとアネッサが座っていた。

 

「大会の運営お疲れ様。それと急にすまなかった」

 

「ありがとうございます。こちらこそ待たせてしましたか?」

 

「ううん、セレネ姉が来てくれただけで嬉しいよ」

 

私も用意された席に座る。実は彼らに大会後、3人だけの秘密の優勝祝に食事をする約束をしていた。私はただ実況席で彼らの活躍を見ていただけなのに。同じ三人であるならナツメさんは無いとして隠れて参加した仲のクーを呼べば良かったのでは。

 

それでも私を呼んだのはアネッサが今までのお礼もだそう。お礼「も」というのに少し引っかかるが彼らが良ければ私は何も言わない。

 

「アネッサ、ミツキさん、改めて魔法大会優勝おめでとうございます。しかしいいお店みたいですがよく招待されましたね」

 

「俺もそう思う………つーか色々本当にごめん。大会後の撤収とかあっただろうに呼んじまって」

 

「私のこと気にしないでください」

 

大会会場から離れる馬車に乗る前に彼から渡された物がある。今、改めてそれを見返した。

 

ーーー

 

「破れた紙のメモ 大会で配布された冊子の余白ページを破いた紙に書かれた文章」

 

セレネへ

 

下に詳細があるから大会が終わり次第とにかく来てくれ。ただし他の人には話を伝えないでほしい。リューナやナツメにもだ。

 

アネッサとクー、そして俺について話がしたい。

 

ミツキより

 

ーーー

 

「あなたからこのような招待状を受け取ったのなら断る理由もありません。しかも私を指名した、というのならただの優勝祝いという訳でもないのでしょう?」

 



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薄氷の上の日常

席についてしばらくしない内に前菜が運ばれてきた。料理は見た所、王都でのゴタゴタ中に連れられた店と大差ない。

 

味は美味しい。だが初めての味だ。

 

スタッフに使われている食材を聞いた所聞き慣れない食材ばかりで恐らく貴重な物なのだろう。そのあたりが他店と大きく差別化されている。

 

 

 

「お高い食事にもちょっと慣れたな」

 

「そうですね。最後に食べたのは王都での挨拶回り以来ですから久々にも感じます」

 

言葉にして思う。こんな豪華な食事について久々、という言葉で表したのはつい数ヶ月までの修道院にいた私では考えられなかっただろう。アネッサのアワアワしながら苦戦して私達の真似する姿を見て思い出した。

 

「無理して上品にしなくても構いませんよ。ここには私達しかいませんから」

 

「うー……もう少しだけ頑張らせて」

 

 

 

食事も暫くしてミツキさんが話を切り出す。

 

「そろそろセレネ、お前を呼んだ理由を話す」

 

場に緊張が走る。私も食事をする手を止めた。

 

「いや、まずは……ここからの話は今後の俺達の関係に大きく関わる話だ。それでも聞くか?」

 

本題の前に彼から警告される。もし断ったらと聞くとそれならただの優勝祝のお食事会が続くだけだ、とのこと。彼の隠す物がどれほどの物かは分からない。私の協力が必要であれば何かしてあげたい。だが彼の抱えている何かが手に負えないものならば……

 

「相談だけでしたら」

 

卑怯だが逃げられるようにだけはしておく。

 

「後悔するなよ…………なあセレネ、お前は聖職者だよな」

 

勿論、今も心はそのつもりである。

 

「そうか。なら当然神様も信じてる事でいいな」

 

「そうですけど……?」

 

仕事柄信仰心はある。何を当たり前のことを聞いているのか。しかし彼は一人納得したように独り言を呟いた。多くは聞き取れなかった、唯一「クソ神」の単語が判断できた。そして、深呼吸して覚悟を決めた。

 

「地底の街を覚えてるか?」

 

「ええ、彼女らと初めて会ったあの場所ですね。よく覚えています」

 

「あの街についてお前はどう思う」

 

「どう思う、とは……人気がなく不気味としか思えません」

 

「そうか……」

 

彼はまた黙り込み、それから続けた。

 

「俺は、あの場所を知ってる」

 

「……そうでしたか」

 

「驚かないのか?」

 

驚いてはいる。ただ、現状を理解するのに驚く労力を費やしている場合でない。

 

「知っているなら何故他の方に伝えなかったのですか。ナツメさんに教えれば役に立つはずですよ」

 

「いやあそこ自体をを知ってる訳じゃないんだ。寧ろ俺の生きてた世界よりもっと進んでるかも知れない」

 

「……?」

 

つまりそれはどういう事だ。

 

「俺はあそこと良く似た所に住んでたんだ。アスファルトとコンクリートのビル街なんてもう見ないと思ってたがまさかギリギリアプデ後の世界だったとは」

 

アスファルト、コンクリート……あまり多く聞く言葉ではない。敵国の物らしいが、もしかして、そういう事なのか。

 

「ミツキさん、つまり貴方は自身が敵国の者だと言っているのですか?」 

 

「違う。今から説明する。だがこの話はかなり非現実になる。それでも信じてくれ。俺の中じゃこんなのが真実なんだ。

 

セレネ、お前は転生を信じるか。信じなくてもいい。せめて言わせてくれ。俺は転生者だ」

 

「……転生者、ですか?」

 

「ああ。俺は異世界の日本で死んで、神様がこの世界へ転生させたんだ」

 

転生者、これは初めて聞く言葉ではない。だが生活で聞く物でもなく多くは神話や創作物の類で見る物だ。架空の存在が眼の前にいる。常識的に考えるのならば彼は正気でない。

 

「この世界は、俺の住んでいた世界だとネットゲームだった」

 

「ねっとげーむとはどのような物でしょうか」

 

「物語だ、この世界は俺がやっていた遊びの舞台だったんだ」

 

ーーー

 

それからの話をまとめる。彼の話は余りにも突拍子もなく馬鹿げていた。ある程度纏めないと頭が痛いのだ。

 

どうやら彼は日本という魔法が無い代わりに科学が発達した国で生まれて死んだらしい。そして神様に転生をさせてもらいこの世界で生まれ変わった。話し始めに神の存在を問ったのはこの為か。

 

日本では私達の世界は「セイクリッドフロンティア」という「ネットゲーム」だったらしい。彼らからすればこの世界は空想そのものであり、奇跡的に言語だけが同じだったのが彼の唯一の救いだったそうだ。そして日本からこの世界へ来た彼の視界には常に自他のHPやMPのバーが見えているとのこと。

 

ちなみにゲームには私とよく似たキャラがいるらしいのだがどちらの世界でも数値上とても弱いそうだ。悔しい。

 

一通り話し終えグラスの中身を飲み干す。

 

「改めて聞く。こんな話信じられるか」

 

本音を言うのなら彼の話の内容ははっきり言ってにわかには信じられない。転生、架空の世界、日本、全てに現実味が無いからだ。答えはもちろん一つだ。

 

「…………信じますよ」

 

「っそうか!」

 

「ですが貴方の話が反証出来ないという点でもあるとは留意して下さい」

 

自分でも言葉が厳しいと思う。それに実際は彼を信用しているのだ。ただ、理由は彼に伝えた理由もある。

 

「それに私は貴方以外にも転生をするお方を知っています」

 

「俺以外にも?誰だ」

 

「聖典にはかつての聖女は転生する存在だと書かれていました。つまり私もある種転生者なのかも知れません。最も、真偽も怪しい古い伝承にしか過ぎませんけど」

 

「……セレネ。ありがとう。俺の話を信じてくれて」

 

一応の信用を得られたからか深刻そうな彼の表情も少し和らいだ。

 

 

 

「なら次の話だ。ナツメが実は「ミツキ兄、これは私が自分で説明する」

 

アネッサが強引に会話に割り込んできた。それから彼に話を代わる。

 

「セレネ姉、本当はナツメ兄から何かあったら私を殺してって言われてるんでしょ。実はつい最近知ったの。でも待って、今は話だけでも聞いてくれる?」

 

「っどうしてそれを貴方が!」

 

 

 

ナツメさんの警告

 

魔法を教えたい?うーん、有事の際しっかり殺してくれるなら構わないよ

 

その言葉が頭によぎる。そして、それが今この瞬間だろう。既に準備はできていて、テーブルの下に隠している右手の震えは見つかっていないだろうか。

 

とるべき行為をする魔法は出来ているのだ。ただ殺すべきという理性と今はその時ではないという感情が葛藤している。

 

「ルナシーから知ったの。でも初めて会った時から何となく怪しい目で見られてるのは知ってた。たまに本当にいやらしい目の時もあるけど時々、本当に……うぅ……」

 

嗚呼、かわいそうに。それにルナシーとは、意外な人物の名前だ。一応付け加えておくと私からは彼女には何も教えていない。まさか彼女が自力で知った?なんの為に?

 

詳細を尋ねるとどうやら町で怪しい人物らから監視されていたらしく、それだけならまだしもつい最近その人物らが家の中を覗いていたのを知ったらしい。その他私達の気付かれない手段で様々な監視をされていた。

 

「随分と辛い思いをさせましたね。気付けなくてごめんなさい」

 

しかしまさか彼が真面目な目的で働いていると意外な面が知れた。最も、知りたくも無い側面なのだが。普段はお世辞にもいい人とは言えないにも一応の軍人としての自覚はあったのか。最悪だが見返した。

 

「ナツメ兄は……怖いの。いつもは笑ってるのに、あの時から、笑ってるのに……ナツメ兄はいつも楽しそうで、怖い」

 

前言撤回、もしかしたらまだ彼を称賛するには早かった。しかし余裕そうな態度からするに彼には何か裏があるらしい。もしそれが私なら心当たりがあるが多分まだ機密があるのだろう。

 

「ルナシーからはどの様に話を聞いたのですか。彼女がどうやって知ったとかは何か話せますか」

 

アネッサは3枚の絵を渡してきた。4つに折られた血塗れの紙にアネッサとクー、そして私の絵が名前と共に描かれ、注釈としてアネッサには「異常があれば規定の手段で捕獲または殺害すること」クーには「ナツメ騎士団長の指示を仰ぐこと」、私には名前だけが書かれている。

 

「この前の夜ルナシーが血まみれで心配になって話をしたら私を監視してた人と喧嘩したらしいの。その時に一緒に話してくれたの。それはその人達が持ってた物だよ」

 

ここまでされてしまったら彼らに悪意があるのは火を見るより明らかだ。それと私の写真にだけ魔術的な加工がされている。多少複雑だが暗算の範囲だ、解析してみると注釈にある規定の手段の詳細が書かれていた。……のだが

 

「どうしたセレネ。固まってるが」

 

「い、いえ。ミツキさん平気です。心配しないで下さい」

 

「(最後の項脱の『脱走を観測次第指定された部隊員はナツメ クロヒメ騎士団長の部下としてとコンタクトし銀の聖女を中心としたチームを対象の元に派遣し捕獲、または殺害する』……知らない内に随分としてくれましたね)」

 

これは後で彼と話しておきたい。が、立場は彼が上だ。アネッサらとの関係が知られたらそれこそ「派遣」されかねない。沈黙が正解だ。

 

「それでだ。セレネ、お前は……まだ引き返せる。まだ何も知らずに過ごせるんだ。最後の話をしたい」

 

最後……いよいよ最後だ。

 

「構いません。最初に私の心は伝えました。とうに覚悟はできています」

 

「一度しか言わない。

 

 

 

 

 

俺はアネッサと国を裏切る」

 

…………?

 

「…………え?」

 

覚悟はしていた。それでもいざ口に出されると思いもしない反応が出るものだ。

 

つまりそれは今度こそ私は彼らの敵になるべきなのだ。

 

「さて、これでやっと本題に入れる。セレネ、お前にも脱走の計画にお前の頭脳が欲しい。お前だって仲間が死ぬのは何があっても避けたいはずだ。

 

俺だってナツメが何の根拠もなしにアネッサを暗殺するとは思えない。だけどもうアイツの事を信じられない。セレネだけに責任が向くんじゃなくて、せめて俺らにも教えてくれてれば……」

 

まさかその根拠の一つがまさか私も関係している彼は思うまい。立場さえ無ければ彼女との出合いそのが怪しいと教えられるのに……何が聖職だ。立場を気にして躊躇だなんて、卑怯な私でごめんなさい。

 

「仲間が恐怖に怯えながら暮らしてるのに俺らだけいい生活だなんて、幸福を犠牲にして生きるなら俺だって勇者なんて立場を捨ててやる。

 

俺らは何処か目の届かない安全な所まで逃げた方がいい。その為の知識は前世で覚えて来たんだ。俺に協力してくれ。そうさせてくれ。頼む!」

 

「で、でもそれは、貴方も裏切り者として狙われるんじゃ「覚悟してるさ!頼む、この通りだ!」

 

彼は立ち、土下座した。店内であるにも関わらずに。だが分かかる。私が何も知らなければ同じ事をしていたのかも知れない。

 

「顔を上げてください」

 

まずは彼を起こし椅子に戻して落ち着かせてから私の答えを伝える。

 

「恥ずかしながら私も決断に迷っています。答えはまだ考えさせて下さい」

 

先延ばし、私が出した答えだ。抱えているものは解決してあげたかったがこの超重量の爆薬を前に即決をする勇気は無い。

 

その後はしばらく優勝祝の食事会に戻り店員がデザートを運んできた。甘味で空気も良くなるかと期待したがそんな事は無く、デザートの味は感じ取る余裕も無かった。

 

食事会も終わり三人で馬車に乗る。どうしょうもなく重い空気だ。静寂を打ち破ったのはミツキさんだった。

 

「下調べの時間も考えると……決行は位までは半月位かかるだろうな」

 

外を見ながら彼は呟く。今日も綺麗な月の登る日だ。星が明かりで見えずともそれだけは見える。

 

「それだけあれば逃げる準備も整いそうです

。しかしその後の生活には何か考えがあるのでしょうか」

 

「敵の国の地理は辛うじておぼえてる。前世のゲームの知識も多少の役に立つだろうし下調べすれば何とかなるだろう」

 

そうか、彼は敵国について知っているのか。しかし彼の年を考慮すると彼の知識は10年以上の物。使い物にならないかも知れない。そうなるとアネッサが重要となる……あれ?

 

「クーは食事会に来なかったのですか?彼女もあの街で会いましたよね」

 

「誘った。そしたら断られた。『ねこにもかえるいえはある。アネッサにはついていけない』って。で、馬車で家に帰った」

 

帰る場所とは、私達のあの家をそう言ってくれるならさっきまでは嬉しかった。もし脱走をクーに打明けたとしたらアネッサと共に着いていくのだろうか。

 

アネッサはずっと何処か遠くを見ている。時に屋外を、時に壁を、だが方角は常に決まった方を向いていた。その先にあるのはあの地下都市と、私の知らない彼女の思い馳せる地だろう。

 

ふと彼女がまた別の方を向く。今は酒場に繋がる道の近くで彼女とは縁のない場所だ。今日は何故か妙にうるさいようにも感じるしそのせいだろうか。すると彼女は外を見てなんと馬車から飛び降りた。

 

「アネッサ!」「おいアネッサ!何してんだよ!」

 

酒場への道の人が捌けている、アネッサはあちらに行ったらしい。私達も走って追いかけるとなぜ彼女が飛び降りた理由も分かった。

 

「クー!早くそれ持って帰るよ!」

 

「えーここのごはんおいしいのに。ねーるな。まだいしきある?おさけのめる?」

 

「昼過ぎからもう5件目なのに……ヒック……またはしご酒…………ゔっ……うお"げええええ!」

 

血と吐瀉物で汚れたボロボロの服で泥酔し七色の液体を吐き醜態を晒すルナシー。それを引きずり安酒の瓶を持ったクーが道の真ん中でアネッサと喧嘩をしていた。

 

「…………」

 

「回復魔法頼んだぞ」

 

驚きの余り声すら出ない。人が避けるのも無理ない、何なら私でも関わりたくない。しかし彼女らも家族だ。通り掛かる人に不審がられながらルナシーを回復魔法で治療しつつミツキさんと共にどうにか馬車へ乗り込んで急いで帰宅した。

 

ルナシーは乗り物酔いで道中2回吐いていた。

 



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禁忌

現在時刻 大会から数日後

 

脱走の話の後ミツキさんは他の方の目に付かないように色々なことを調べている。つい先日も「狩人」と名乗る人が馬車を出してくれると喜んでいた。脱走の具体的な日付も決まり、あとは脱走の下準備とその後の事について策を練っているらしい。決行は彼の当初の読み通り半月後だ。それにしても「狩人」とは、どこかで聞いたような。

 

アネッサも脱走中に生き残るのにますます勉学に励んでいる。そして、クーも話をしたらしく彼女らは大会後から剣と魔法の訓練をし始めた。

 

彼らには己の命がかかっているのだ、だから本当は私も協力したい。だが情けない事に私は今だ彼らへの答えを返せていない。彼らの計画を悟られぬよう、何も知らぬ振りをして自身の研究に没頭しているだけである。結果乱れた精神でまともに研究が捗る訳もなくただただ怠惰に過ごしている。

 

仲間を守るべきか、国に尽くすべきか。彼らの命は私が握っている。

 

 

 

現在位置 地方都市 自室

 

「……ああ、駄目だ」

 

自身の書いた誤った式の上に横線を引き、紙を丸め屑籠に捨てる。しばらくしていない例の本についての式を構築しようにもどこかうまく行かない。これでは必死に頑張っているミツキさんらに顔向けできない。

 

「はぁ……」

 

そこへリューナさんが入室してきて、私は慌てていつもの調子を取り繕う。

 

「魔法の調子はどう?」

 

「順調に進んでいますよ」

 

しかし彼女はどこか訝しげだ。魔導書を持っていて彼女は机に置いた後いつの間にか屑籠から溢れた紙くずを押し込んでからベッドに腰を掛ける。

 

「ふーん、順調ね。あーなーんか急にセレネちゃんを手伝いたくなってきちゃったなー。今なら何でも相談に乗るよ」

 

手を魔法で洗浄しながらわざとらしい様子で彼女は協力を申し出る。つまり、彼女にはお見通しという訳か。

 

「……いえ、何も」

 

しかしもう暫くとぼける事にする。心配は嬉しい、だが今ではないのだ。

 

「…………ふーん。じゃあ代わりにお姉さんが相談してやる!」

 

「私にできることであれば協力しますよ」

 

「ありがと。で、相談なんだけど次の任務で使う魔法を決めたくて」

 

次の任務か。時期的にはまあ来てもおかしくないしそろそろ動き出してもいい時期か。私は追加の必要もないし改良だけでいいかな。

 

「次の任務の派遣先はどこでしょうか。まずはそこが分からなければ対策のしようもありませんから」

 

「次は海らしいよ」

 

海か。実は私は生まれてから海という場所を見たことが無い。観光であればどれほど嬉しかった事だろうか。しかし何故彼女が行き先を知っているのか。ナツメさんが全員を呼んでから発表すると思うのだが彼女はどうやって知ったのだろう。

 

「ん?普通に気になってナッツーに聞いたら教えてくれたけど。具体的な出発日は未定だけどあと半月位先に正式に決まるとかなんとか」

 

「半月後ですか。それなら十分な猶予が……」

 

半月後……

 

「リューナさん、その具体的な決定日を知っていますか?」

 

「うん。確か……」

 

彼女は遠征先の決定日を教えてくれた。そして、その日について私には心当たりがあった。彼の脱走の予定日、その日と丁度同じだ。その日全員で集まらなければならないとなると当然脱走を考える上での状況は変化する。

 

「(そうなると彼らはかなり急いだ方がよろしいですが教えたら彼らに側につくことになります……はぁ……)」

 

何故私は決断出来ないのだろうか。結局は保身に走るしかできない。こんなので何が聖女だ。

 

魔法も行き詰まり何もしないと悩みこむだけだ。仕方がないから別の事でもして気を紛らわしたい。リビングの本棚に家の各所から持ってきた架空戦記があるしそれを読む事にする。

 

リビングに来て本棚を見る。聖典他の中に例の架空戦記がある。前半の10巻までは揃っていてそこからの巻は飛び飛びだ。私は1巻と2巻の冒頭だけしか読んでおらず今から読むのが楽しみだ。取り敢えず内容も少し忘れているし1巻から5巻をいっぺんに取り出す。

 

 

 

 

 

…………?もう一度しまう。

 

 

 

 

……………………?何か、違和感がある。

 

 

 

……………………………成程、魔法で何かが作動しているのか。本を取り出した瞬間魔力が僅かに流れている。一冊だと誤差に過ぎないが数冊同時に出すと処理の複雑さから多少ボロが出る。それがたまたま「何か」の発見に繋がった。そしてその「何か」について一つ心当たりがある。

 

「(隠し部屋)」

 

本格的に解析してみると本を一定の配列に並び替えると対応する仕掛けが働くらしい。巻数が飛び飛びなのは巻数を入力に使うからか。並べると数桁程度まで満足に組み合わせられる。取り敢えず仕掛けの基本形は理解した。

 

だがしかし何冊もある本をを1つ人1つ組み替えるのは面倒だ。内部の仕掛けを解析してしまってから内部から開けよう。幸い桁数はそこまででなく、暗算可能な範囲だ。

 

適当に出した値を仮入力し仕掛けを作動させる。すると予想通り本棚から動力が働き仕掛けが作動し物音がした。

 

 

 

「うぇぁあああああああ!?床抜けしたのこの家ぁ!」

 

同時に天井に四角い穴が空いて2階からナツメさんが落ちてきた。回復魔法を使って謝る。

 

「ご、ごめんなさい!仕掛けを弄っていたら急に……」

 

「お尻の穴が痛い。あぁ、君の実験で開いたのか。だからか。ん?じゃあもしかして……」

 

彼は一人何かに納得してるようだが一体何が分かったのだろうか。

 

「ルナシーが『たまに地下からガコガコ音がするんです。お前、聞こえないのですか』って愚痴をもらってさ」

 

「地下から?」

 

「特にその本棚がそうみたい。よーく耳を澄ますとそこから教会の方向にかけて地響きみたいな低音が聞こえるらしいよ。僕の耳じゃ小さすぎてなんも聞こえないけれどね」

 

彼は棚の本を的当に出し入れし並べ替える。それから聴覚の強化を頼まれ魔法を使い耳を澄ます。すると何か仕掛けが動く小さな音が床の下から聞こえた。この下にも何かがあるというのは本当らしい。

 

そうであるなら解析範囲を教会含め全方位に広げる。やはり回路が棚から伸びて家の壁や床を通じ様々な場所へと繋がっていた。その中にルナシーの示す教会へと伸びる回路もある。だがこの回路はさらにもう一つ不明な箇所に分岐している。

 

教会で怪しいものといえば図書館の空だったあの棚だ。案の定それにも回路は伸びており式の通りに本を組み替えると音とともに作動を検知した。もしかしたら図書館へ向かうと空の本棚が現れていた。そしてこの棚の内部にも似たような回路が仕込んであった。

 

「ルナシーの言ってたことは本当だったのか」

 

仕掛けを動かすための本を運ぶのを手伝ってもらっているナツメさんが本を地面に置いて呟く。ルナシーは確かに地下の音を聞いて、この仕組みが実際にあった。だが、まだだ。私には聴覚でなく魔力の流れで更に下に続く回路、不明な分岐の先を発見してしまっまた。

 

「本を貸してください」

 

動力はこの本棚のみ、それから桁違いに厳重なセキュリティー。しかし、解読はできた。

 

「どの本をご所望で?」

 

「えーと……」

 

解読はできたのだが偶然なのか仕組まれていたものなのか、ここの鍵は家のあちこちに隠されていた本ばかりだ。誰かが意図して隠したとも考えられる。真意は不明だが私は意を決して本を棚に並べた。

 

ガコッ……ゴゴゴゴゴ……

 

地下の図書館に低い音が響き棚が横に動き鉄扉があらわれた。鍵は無く、開けた先には暗く先の見えない階段。明らかに雰囲気が違うのが目に見えてわかる。雰囲気は視覚だけでない。魔法の回路自体もここの階段を境に完全に断絶され魔力が漏れ出さないよう厳重に保護されていた。予想はしていたが思わず息を呑む。

 

「なんですか、これは。こんな物が教会に隠されていたとは……」

 

「あはははは!何だか面白いことになってきたねえセレネ君」

 

「ええ。面白そうですね。背筋がゾクゾクしてきました。下りましょう」

 

魔法で明かりを確保し石階段を少しづつ下る。予想以上に長くかれこれ2分程下っただろうか。やっと下りきりまた鉄扉が現れた。こちらには鍵がかかっていたので適当に解除した。桁数二桁の暗号程度なら暗算の範囲内だ。

 

鍵が開き扉が開く。空いた隙間から青い光が差し込んだ。地下に隠されたそこは天井は見えないほどに高く、広い空間。無機質に青く光るガラスの円柱が無数に並び、何処か恐ろしく、神聖にも見える。

 

地面には黒ずんだ汚れ、何かを引きずった跡がそこかしこにある。解析するまでもなくそれらの正体は分かる。ガラス柱の青い光は柱に満たされた液体から来るものらしい。そして幾つかにはまた別のものも入っている。白髮の水を吸って膨らんだ四肢を持つ肉塊。あまり見たくはない。それと少なくとも人とはとても似つかない。

 

だがこんな惨状でもかつてここが何だったかを示すものを見つけた。無数の拘束具付きのベッドと見たことのない赤錆びた道具。簡素な机に乗る青い粉末の付着した大小の硝子杯、それと空間の奥に立つ書見台に、一冊の古い旧版の聖典が置かれていた。つまりは、そういうことなのだろう。

 

探していた答えは予想以上に禁忌に近い物らしい。全てを知る前に知れたのは幸か不幸か。

 

 

 

 

 

現在位置 教会地下

 

「あ、これ不味いやつだ」

 

「悍ましい……あまりに酷い……」

 

私達は凄惨な光景の痕跡を調べる。硝子柱の彼らは解析によるとやはり死んでいた。液体の成分はなにかの薬品だろうが私の知識では説明の付かない物だ。魔法の式が膨大な書き込める性質があるがこんなものは私の知識には無い。だが死体漬けの液でもこれだけ量があったらなにかに使えそうだ。

 

その他ここには調べれば調べるほど不可解なものばかりだ。せめてもう少しくこれらが知れればいいのだが。どこかに残された資料でも無いものか。

 

資料を探すという点に絞るとあることに気が付く。紙が一枚もない。代わりに共通して二つ折りにされた金属の板が各机にほぼ一つづつ置かれている。開いてみると無数の文字、英語と平仮名の単語が不規則に並んだ文字盤と黒い面がある。

 

「うーん、これはどういったものですかね?」

 

「さあ?」

 

二人してこれについて何も知らない。適当に押せるところを押してみても何も起きない。ここにある全てがこうであるのだろうか。一つ一つ調べていくと壁と紐で繋げられた一つのみ、ボタンを押した途端に黒い画面が光りだした。この前の魔法大会で使った端末にどこか似ている雰囲気だ。

 

しばらくは画面に英数字の羅列が続いて、それから野原の絵となる。画面端に定期報告と書かれた書類の絵があり、恐らくこれが紙の代わりをしているのだろう。取り敢えずこれを触る。すると画面が切り替わり文字列が並ぶ画面へとなった。

 

内容は私達の生活についての報告らしい。そしてそれ以外の情報はこの「パソコン」と呼ばれる「SSD」には無いとも書かれていた。序盤の書き出しを見るに相当切羽詰まった状況で書かれたと見て取れる。ここについて何も情報が獲られなかったのは残念だ。

 

一つだけ分かるのは私の知らない所で誰かが動いていた、という事実だけだ。しかしこの家の監視をする人物となるとナツメさんの部下の所持品だろうか。だがしかしそれにしては動作しない道具の数が多い。つまり何かしらここを知る人物がこれを使ったわけだがそうなると心当たりがない。一体誰がこの書類を作ったのだろうか。

 

ナツメさんもこの道具の存在を知らず解析のために持っていくからこれには手を出さなくていいと指示された。魔法外は分野外だ。ここは時間をかけてゆっくりと彼の結果待ちをしよう?

 

 

 

 

それにしてもここは不思議だ。普段本のために出入りする建物の下にここまで巨大な空間があるのは考えもしなかった。

 

「…………まるで非現実ですね」

 

「そう?意外と世界にはこういう変わった物程当たり前に隠されている、そう考えるのが僕は好きだよ」

 

彼がそう返す。いつの間にやら口に出ていたそうだ。

 

「君はここが在るはずのない場所だと思うのかい?」

 

「何というか、実感が沸かないといった感じです」

 

「それならこれは悪い夢にしてしまおう。僕と部下、それと君との秘密に。在る物じゃない、見える物でもない、信じるものが現実だよ」

 

つまり、遠回しに誰にも教えるな、というわけか。しかし私が関わっても仕方がないのだ。ここは大人しくして上へと戻ろう。

 

「してセレネ君。どうせ二人っきりだし前々から気になることがあって」

 

階段を上る前に彼が問う。

 

「突然で悪いけれど君は聖女をどう思う?」

 

どう思うとは?

 

「『聖女はどんな人柄でどんな姿か』考えたことはあるかい?もしくは聖典は2版?現行の3版?」

 

「3版です。それで、そうですね……私が名乗るのもおこがましい程に尊く清く、崇高な存在です。『真癒やしの存在、有難き者』聖典にはそうありました」

 

「そう。じゃあ『神様』については?」

 

「神の容姿に関しては現行でも記載されていません。もっと過去に遡れば記述があるそうですが。でもそうですね、勝手に考えるとするならよくある髭の伸びた老人でしょうか」

 

それを聞くと彼はお礼を言い階段を上る。それから一言。

 

「僕は神様はもっと気ままでかわいい女の子だといいなー」

 

……彼は、どうしてこうなのか。それが神にも分ればいいのだが。

 

 

 

そして、私は何も知らず、何もしないまま決断の日を迎えた。

 



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そして日常が崩れ去る

ある日の深夜、めずらしく夜中に尿意を感じ目覚めた。ベッドから起き別に何事もなくトイレに向かい用を足す。再び眠りにつこうと布団に潜る。

 

 

 

……ベッドに謎の人肌の温かみを感じた。布団を開けてみる。

 

「おはようセレネちゃん♪」

 

「ナツメさん、さすがの私も人です。あまり巫山戯たことをしていると怒りますよ」

 

布団の中に彼が潜伏していた。いつか彼には割と本気でお説教が必要だろう。怒りを抑えつつ彼から布団を剥いだ。

 

「まあまあ、そう怒らないで」

 

「いい加減そこを退いてください」

 

眠くていつもより口が悪い。しかし彼は目は覚めてるみたいだと笑っていた。

 

「その調子なら平気そうだね」

 

「何がでしょうか」

 

「久々のお仕事の時間だよ。アネッサとクーが逃げ出した。残念だけど彼女らは少し手荒く扱わないとならなくなっちゃったねー。ただの遊びでなら杞憂だけど……まあ、『その時』は今だろうね」

 

……!?

 

彼らが動いたのか!?それに決行日も聞かされていた予定日と違う。予定変更だなんて聞かされていない。つまり彼らは……私を切り捨てた?

 

思い当たる節はある。きっといつまでも答えを出さずにいたから彼らが敵と見なして予定日を変えたのだ。眠い頭で思いついた事だがこれなら多少筋は通る。私は、決断するのに遅すぎたんだ。

 

「下に眠気覚ましにお茶を淹れた。飲んだら全員で出発だよ」

 

「ありがとうござ……いや、それなら早く教えて下さいよ」

 

 

 

 

 

ーーー

 

現在時刻 深夜 夜明け前

 

現在位置 地方都市 旧市街 路地裏

 

旧市街、一世代前の町の中心地。今は歴史ある建物がかつての栄華を残すのみである。町の黎明から発展しただけあり複雑に入り組んだ道が迷路のように敷かれる。

 

その町の深夜、人気のない裏通りの路地裏にて彼らはいた。

 

「クソっ……馬車はまだなのか。もう約束の時刻は過ぎてるんだぞ」

 

脱走用の馬車が遅れ彼は焦る。そんな彼をアネッサは不安げに見て杖を強く握り己の先行きを祈る。対象にクーはいつもと変わらない。むしろ少し楽しげにも見えよう。

 

「(こいつらの為にもセレネを仲間にしようとしたんだけどな。結局あいつは答えなかった。さすがに国は裏切れないか。教えた計画はだいたい全部変更したしバレても秘策はあるから問題は無いだろうが……)」

 

「アネッサ、たのしみだね」

 

「クー、静かにしてて。今は大事な時だから」

 

「……もしかして、まだきづいてないの?」

 

クーは懐から六角形の模様の黒い袋、アネッサの武器と付いてきたのと似た物を取り出した。

 

「何でこれを持ってきたの!?」

 

「ひつようだから。まーたぶんそのときになればへいきそうだけどいちおう」

 

焦りながらもクーが袋を渡すのをミツキは見た。そしてふと思う。この状況の中でも必要という袋には何が入っているのだろうか。

 

「なあ、その黒いの何入ってんだ?」

 

「……秘密」「しんたいきょうかといえばいいもののはず」

 

「ふーん、ちょっと貸してみろ」

 

「「あっ!」」

 

ミツキは彼女らからその袋を取り上げる。彼と彼女らとでは身長差もあり取り返すのは難しい。

 

「返して!それは大切な物なの!」

 

「ちょっと中を覗くだけだ。すぐに返すから」

 

触った感じは前と同じ短い棒だ。彼は袋の口を開き中身を出す。

 

「…………は?」

 

彼は袋の中身のそれを知っている。だが決して多く見る物ではない。むしろ手にして初めて隠されていたままならばよかったとも考えた。

 

袋の中身は青い液体の充填された二本の注射器だった。

 

「えっ…………クー、アネッサ、これ、どういうことだ?注射なんて、一体…………どこで手に入れた?」

 

「えっと……ああ、うん……考えさせて」

 

「うぼあー」

 

あまりの予想外に整理がつかない。だがそれもここに近づく一人の足音にかき消された。

 

「!誰か来た。取り敢えず話は乗ってからでいい。そしたら詳しく教えてくれ」

 

クーとアネッサを建物の影に隠す。彼は1人息を殺し通りに近づいてその人物が来ないか見張る。静寂が包む町では早くなる鼓動の他に来る者の独り言が微かに聞こえた。

 

「……の場……定が変わ………………………近……」

 

若い女性、しかもこの声は……

 

「たしかここを曲がって……ああ、いました」

 

現れたのはセレネ。彼にとってはいるはずのない人間だ。大方彼の敵としてここに来たのだろう。

 

「セレネ、お前どうしてここに?」

 

「偶然あのとき起きていまして。跡を付けてきたんです」

 

「(バレてたのか)」

 

「脱走、本当に決行したのですね。あなたには計画の相談をされましたね。できれば机上の空論であってほしかったものです」

 

「ああ、そうさ。俺だって国を裏切る真似をしたくはなかった」

 

セレネは悲しそうに彼から目をそらし右手を強く握る。

 

「聞くまでもないですが二人をつれて国を去る責任を被る覚悟は「俺には俺の正義がある。其のためなら地位もなんでも捨ててやる」

 

「……貴方はいい人ですね。出来ればただの医者と患者として出会えていたのならもっと望ましかったのに」

 

そしてセレネはミツキに2つの選択肢を与えた。アネッサとクーを引き渡し彼自身も裏切り者として処罰されるか、逃げて国中から命を狙われるか。

 

「ですが答えは聞くまでもありませんね。どうせ貴方は逃げるのでしょう?」

 

「当たり前だ。それでお前も仲間だから戦闘は避けたい、そうだろ」

 

図星だ。与えられた司令は「ミツキ、アネッサ、クーの捕縛。そして彼らがこちらに応じず逃げるようであれば殺害も構わない」そう、伝えられた。

 

「ついでに当てさせてもらう。お前の二択もナツメの指示だ。お前は俺を消せと、他にも居るんだろ。どうした、狙わなくていいのか?それとも殺したくないのか?それか俺の仲間にならないか?」

 

「私も短い時間ながら生死を共にした仲間に手をかけたくないです。しかし誘いには乗れません。これも聖女の仕事ですから」

 

セレネの言葉は実に無慈悲だ。しかし心優しく、どこかか弱い彼女にはかなり無理をしてひり出した言葉だろう。強いのは言葉だけで悲しそうな顔だ。だからミツキは聞いた。

 

「今なら見なかった振りも出来る。だけどな、お前は本当にそれでいいのか。百歩譲って俺を殺すなら別にいい。だけどお前が手塩にかけて育てた教え子のアネッサとクーをお前は殺すのか!」

 

だが、言葉にしてはいけなかった。むしろそれは彼女の迷いを悪化させるだけだ。

 

「っいいわけないですよ!私は……私は……っ!」

 

そして、彼女は最悪の手を踏んだ。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

ーーー

 

同刻

 

現在位置 旧市街 大通り

 

「あーあ、アネッサちゃんとの生活は楽しかったけどこれで終わっちゃうだなんて。悲しいなぁ」

 

旧市街の大通りにてリューナはナツメの派遣した兵士を引き連れていた。兵士の数はまあまあいる。

 

彼女も彼らを探し、逃げたのならば殺す役目を指示された。だがしかし彼女は地域住民の避難も任されていた。深夜の屈強な兵が家々に尋ねているのは中々に珍しい。深夜だが当然騒ぎになった。

 

「みなさーん!兵士さんの指示に従って避難して下さーい!」

 

彼女も大声で人々に避難を呼びかける。深夜で多くが寝ている時で住民は皆迷惑そうにしていた。しかししばらくして建物が倒壊する轟音が響くと態度を一変させ兵士に従って全員逃げ出した。そして再び深夜の静寂が訪れた。

 

「これでよし!あとはリューナちゃんのお仕事……あ"ー!いやだいやだ!あんな可愛い子に魔法で攻撃したくないー!!」

 

「賢者様、どうか落ち着いて」

 

たまたま近くにいた兵士になだめられる。

 

「ゔ〜まあまあ!?ここでまた戻って来てくれれば命は保証されるからリューナちゃんの巧みな話術で交渉してみせましょうぞー!じゃあ兵士の皆にローラー作戦開始を伝えて!」

 

「はっ!」

 

兵士らは大通りから細い路地に次々に入っていく。この兵士の数なら多少広く入り組んでいても見つけるだけならすぐに済みそうだ。彼女自身も発見するのに高所に行こうと建物の上を見上げる。月が綺麗だった。

 

「(ちゃんと、殺せるかな)」

 

「よし、探すか!」

 

踏ん切りをつけ、気合を入れなおし路地へと向かおうとした。だがもう彼女は彼らを探す必要がなくなったようだ。

 

 

 

「…………クー?」

 

「魔力も足音も気配も消していたのですがよく気が付きましたね。流石です」

 

彼女、明らかに雰囲気が違う。言葉を交わすだけで分かる。声が違う。今リューナはクーに背後をとられている。明確に殺意、というより好奇を持つのも感じる。

 

「ねえ、おねえさんクーちゃんに頼み、いやお願いがあるの。クーちゃんだけでも家に戻らない?」

 

裏を取られてもなおリューナは最後の希望を抱いて聞いてみた。

 

「遠慮しておきます。猫にも帰る所はありますし気ままな猫なので今日で帰らせて頂きます」

 

「じゃあアネッサちゃんもいれば来る?」

 

「いいえ。彼女は仕事の内に出来た知り合いなだけです。なのでもう彼女とは何も関係ありません。依頼は全てこなし終えましたから」

 

つまりはどうやっても戻るつもりはないようだ。どうやら戦闘は避けられないらしい。

 

「ですが彼女とのおままごとは有機義なものでしたね。遊戯というのはいくつになっても楽しいものです。貴方もお姉さんを演じきれていましたね」

 

「ちょちょ……クーちゃん?」

 

「リューナさん、短いあいだですがありがとうございました。次はまた別の機会に会いましょう」

 

「クーちゃん!」

 

リューナは振り返る。彼女はダガーナイフを持ち既に飛びかかっていた。だが、彼女はもうリューナの知る「クー」ではない。

 

クーの死んだ目に光が灯っていた。幼子が美しい細身の女性になっていた。思考の読めないあどけない顔が微笑みの似合う大人の顔つきになっていた。服もやる気のない白い長袖から戦闘用のぴっちりした服。短くなった袖からは肌が見え「ねこ」の入れ墨が出ている。

 

隠していたものが、全て曝け出されていた。

 

そこには変わり果てた彼女がいたのだ。空に登る月のように美しい彼女が。

 

ーーー

 

同刻

 

現在位置 地方都市 自宅 庭

 

 

 

「お嬢、本当に来るんですか?皆様お仕事で町へと向かわれましたよ。お嬢も彼らと同行したほうがよろしいのでは」

 

「いいえ。『山猫』から以前ここが重要だと聞いたので来ますよ。それ以外なら事故死させる」

 

「事故、戦闘はお嬢に任せますが、その、いえ。しかし随分『山猫』様を信用されていますね。あ、『狩人』様から頂いた馬肉も焼けましたよ」

 

「ありがとうございます……美味しいです。あいつの送ってくる食べ物は当たりばかりですね」

 

「あの、私にも分けて頂けますか」

 

「どうぞ。お頭とかです」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

パチ……パチ……

 

庭で焚いた焼火で肉を焼き食べるルナシーと狼。石と骨で作った簡素な台に骨付きの肉を乗せ慣れた手付きで淡々と焼く。味付けはせずとも彼女からすれば慣れた味だ。ジビエよりかは人に育てられた分美味しい。少々火力が高く焦げた部分もまた香ばしい。

 

何故肉を焼くか。というのも前日に「狩人」から仕事途中にしょっぴかれそうになったそうで馬車の後処理を任されたのだ。焚き火の薪もかつての馬車で肉も馬肉だ。馬1頭と車1台は焼き場所を選ぶ。幸い自宅の庭にはスペースがあるしここなら何をしても怒られないだろう。肉と木材であるのならば、少しだけ食べて残りは炭にしてしまうのが一番である。「狩人」はだから彼女を選んだのだ。

 

そして、しばらくしてルナシーの予想通り来客がきた。だが誰が来るのかまでは、予想はできなかったようだ。

 

「あ?何故あなたなのですか」

 

「俺で悪かったなルナシー」

 

「勇者様!?」「狼さん仕事ですよ。はぁ、でもこいつ嫌いなんですよ」

 

「なら汚名返上出来るな。存分に戦って倒してやるよ。俺の手に入れた『唯一無二のチートスキル』でな。後悔するなよ」

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

セレネは感情のままレーザーを放った。自身の技量もあり照準は彼の頭を的確に捕らえ背後の建物を巻き込み彼を撃ち抜いた。彼は急に力が抜け力なく倒れる。頭部から血が噴き出し、彼がもうただの肉塊と化すのは時間の問題だろう。

 

ああ、目の前の建物が音を立てて崩れ行く。時間も経たぬ内に眠る人々は音に気づき倒壊した建物に集まるだろう。だが一人、この場で既に目覚めていた者は一足先にそこへと到達するのだろう。

 

「はぁ……はぁ……ははは……これでアネッサとクーとは敵同士ですね……はは……ははは……もう、戻れないんだ…………さて、あと二人、殺さないと」

 

一人目の殺害を終えたと同時に彼らへの罪悪感と不安定な均衡が崩れたある種の開放感により自信もどういう環状を抱いていいのか分からなかった。混乱のまま、残りの二人を捕まえる手立てを建てないと。

 

だが標的は彼女の方から歩いてきた。

 

「セレ……ネ、姉?なにその……ミツキ兄、回復しない、の?」

 

最悪だ、アネッサに惨状を見られた。

 

「彼は、その……残念でした。ですが、貴方はまだ助かります。私と家に帰りましょう」

 

もはや言い訳する気にもなれなかった。血に濡れた地面と頭のない彼の死体、隠す方が無理がある。アネッサは受け入れがたくも理解し、ミツキの死体に目を落としながら私を問い詰める。

 

「お姉、何で、何で殺したの!あんなに優しくて逃げようとしたのに、それに仲間でしょ……ねえ、答えてよ!……この裏切り者!卑怯だよ、こんなの」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

生の希望を託していた彼を親しい者が殺した。即ちアネッサにとってはこの上なく絶望である。嘆く彼女に、私は謝ることしかできなかった。

 

ああ、可愛そうだ。だが私も仕事がある。どうであれ彼女を連れ帰らなければならない。座り込んで泣きじゃくる彼女の手を取ろうとする。

 

「やめて!触らないで!」

 

伸ばした手をアネッサに手を叩かれた。弱く痛みもない強い拒否は逆にセレネの心に痛みを与える。それから彼女は何かを決意し泣くのをやめて立ち上がる。

 

「もういいよ。さよなら。思えば今までも朧気に知ってはいたけど……もう全部思い出すから」

 

「ごめんなさい……って何をする気で!?」

 

私の問には答えずアネッサは青い液体の注射器を取り出し、セレネは止めることもできず、思い切り太腿に突き刺した。

 

「ああ……効いてきた。頭に、少し、思い出してきた。あ、消えてく。隠してたあたしが……あ……あ"あ"っ!」

 

「アネッサ!」

 

絶叫を上げミツキの亡骸倒れる彼女セレネは支える。呼吸が荒い、急いであの液体を調べないと、彼女は魔法で刺し跡付近の液体を解析する。

 

「うっ……これ、薬じゃない、でも魔法じゃない」

 

セレネが戸惑うのも無理はない。まだ全身に周り切らない腿周辺の極微量の液に恐ろしい分量の術式が施されているらしいのだ。しかも実に冷徹で、だが非常に複雑な処理の数々はもはやただの魔法ではなく一種の偏屈な呪怨にも近い物だった。

 

彼女の知る範囲で言うのなら、呪術だろうか。

 

「なんてものを、こんなのを体に入れたら何が起こるか……」

 

ドゴッ!

 

不意打ちで顔に肘打ちをされた。逆にセレネが倒れアネッサが馬乗りになる。

 

「えっ……アネッ……サ?」

 

「アンタのせいで……アンタのせいで皆死ぬんだ!お前も!私も!アンタが黙ってれば死ぬのは私以外なのに、何も知らないくせに余計なことしやがって!」

 

アネッサは急に別人のように豹変した。絶望はそのままで泣き顔から一点、怒気溢れこちらを罵声を叫ぶ。気弱で、それでも健気で優しいアネッサの面影はもうそこにはなかった。

 

「ああああああああああああ!!糞があああ!」

 

ドカッ バコッ

 

羽の少女はセレネの顔面を両の手の拳で殴りつける。あの液体のせいか、力任せなのもあり彼女のか弱い力は暴力として成り立つ威力である。その力を持って何度も何度も、己の怨嗟をありったけぶつけ、セレネの顔にいくつもの跡を作る。

 

「あ"っ!やめでっ!お願い、やめて下さい!」

 

「煩い黙れ!お前のせいでこのままみんな死ぬんだよ!この何もできない甘ったれた糞雌風情が!」

 

 

 

 

罵り、殴り、裏切り、裏切られた。それで一線まで超えた羽の少女にはもうセレネへの感情はもう無いのだろう。

 

「(ごめんなさい、アネッサ。貴方に、ここまで辛いことをさせてしまって)」

 

だからこそ、セレネにもやっと遅すぎた覚悟ができた。

 

豹変した彼女はアネッサとは別人だ。だから彼女を殺す。聖女の任務の為に。そう割り切ればそこからは早い。

 

反撃開始だ。

 



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対クー狩り

「(ゼロ距離は魔法の発生が間に合わない!)」

 

まだ間に合う速度上昇のみをかけステップで距離を稼ぐ。クーのダガーナイフの間合いは脱しあと少しで喉元を貫かれていただろう。

 

「へぇ。お得意の技は使わないのですね」

 

「必殺技は最後まで残してって……うわっ!」

 

クーは壁際まで追い詰めるまで追撃を続ける。牽制と急所狙いと織り交ぜた技量に富んだ連撃をリューナは杖で何とか防いでいる。

 

「くっ……一度魔法を展開出来れば何とか巻き返せるんだけ……どおっ!」

 

刃を掻い潜り杖のリーチを使い一突きする。だがクーには当たらず、逆に見切り杖を踏みつけた。崩れそうな体幹を耐えきれず遂にリューナは体制を崩した。

 

「捉えた」

 

好機を見逃すはずなく即座にクーは彼女の懐に入り刃に心臓刃を向ける。

 

「(うっそ、大ピンチじゃん!もう時間を止めるしかない!)」

 

 

 

【No.i=時間停止】

 

カチッ

 

ナイフが胸の寸前のギリギリで時間が停止する。あともう少し停止のタイミングが遅ければ、そう考えると寒気がした。ひとまずこれで魔法が撃てる間合いは確実に取れる。適当にあたりを見回す、そういえば人気がない。事前に人払いをしていたから当たり前のことだが少しいいことを考えた。

 

 

【解除】

 

 

 

「っ!……逃しましたか。噂に聞いていましたが今のが時間停止のようですね。急に目の前から人が消えるというのは思ったよりも衝撃的でした。して、彼女は何処へ隠れたのか探しませんと」

 

時間停止が解けクーは再びリューナを殺そうと探す。しかし目に見える範囲には見当たらない。となると見えない所にいるのだろう。ここには建物が多い、きっと隠れて魔法を仕込むはずだ。クーはそう考えた。

 

「しかしそうなると厄介ですね。これは出会い次第本気を出しましょう。きっと不意打ちは2度も効きませんから、ね」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「(ありったけの【速度上昇】と【身体強化】を今のうちに仕込まなきゃ。それと【虚次元展開】していつでも魔法を撃てるように。じゃないと一方的に殺される!)」

 

彼女が隠れているのは人のいない建物の一室。先程まで住民がおりかなり生活感がある。侵入した際に窓が割れてしまったので人がいなくて幸いである。その分物資もあるからやろうと思えば何でもできるだろう。

 

「だけど特に今できる対策は無いから物資は放置。強化は終わったからクーの居場所を探そう!」

 

感知魔法を展開しクーの魔力の場所を解析する。しかし誰も判定には引っかからない。少なくともこの場にはいないようだ。

 

「(見つからないかーそっかー。ならばお姉さん直々に見つけてあげるか!ここでセレネちゃん作の魔法の出番。秘技、透明感!)」

 

【霞隠れのネビュラ】

 

この魔法はいわば透明化の魔法だ。リューナがセレネに教えられた認識阻害魔法であり、阻害を強めると透明になれる仕様だ。効果の通り鏡を見ると姿が映らずちゃんと透明になっていた。

 

「おおっ!ちゃんと消えてる。セレネちゃんよく作ったね」

 

そうして玄関の扉に手をかけた。

 

 

 

ガッ!

 

が、すぐに手を離す。黒いナイフが斜めに差し込まれ続けてドアノブが切断され、ドアが勢いよく開いた。そして扉から現れたのはクーで彼女は家の中に素早く侵入した。

 

「(む、いない?じゃあ一体どこへ……やはり後ろ?)」

 

彼女が振り返ると彼女が開けたドアの裏側が不自然に開いていた。思えばドアの勢いに対して音がしないような気がしていた。

 

「(どうやら消えているだけだったようですね)」

 

「間に合え!」

 

【2nd=秒針】

 

何発もの赤黒い針状弾が建物ごと縦向きに貫く。天井が割れていくつもの家具が使い物にならなくなる。また追加で更に火炎弾を連続で放ったせいで家の中はもうめちゃくちゃだ。だが弾は1つも掠りもせずクーはこの弾幕を避けきった。

 

「危ない危ない。やはりああでも魔法の発生が早いあたり魔女ですね」

 

リューナの攻撃の手腕にクーは感心する。だが建物の外にまで逃げ出したのはいただけないとも感じた。

 

「ありがとね!でもそこにいて平気かな?」

 

ピキピキと音が鳴り壁に亀裂が走る。弾幕の破壊力に耐えきれなかった建物が崩れる前の前兆だ。程なくして天井の破片が落ちてきた。

 

「おっとこれは」

 

「悲しいけどお姉さん容赦しないから!」

 

容赦しないの言葉のままにリューナは建物に向かって数々の弾幕を放つ。着弾箇所には大穴が空いてそれが散弾のように拡散しながら建物を破壊しつくす。結果倒壊を早めて砂煙を巻き上げながら建物は崩壊した。だが轟音に混じり背後からの拍手の音がするのをリューナは聞き逃さなかった。

 

「そこぉっ!」

 

即座に振り向き杖で突く。だが手応えはない。

 

「残念」

 

「(既に後ろっ!?しくじった!)」

 

彼女が気がついた頃には後ろを取られていた。今度は時止めも間に合わない距離に的確に急所を狙う刃は届き攻撃を受けるしかない。クーは為す術もないリューナの首を掻き切る。

 

「ぐっ……」

 

首を刎ねられた彼女は力なく倒れ込む。だが想定の範囲内だ。切られる直前に体に式を仕込んだ。そして体内に残存する魔力を元に体を動かして首を拾い上げ魔法で無理やり癒着させた。あまりにも強引な手段で魔力も時止め以上に必要だ。しかし背に腹は代えられない。更にそこから時止めをして10m以上距離を取りたいのだが……

 

「(でもここで時間を止めたところで解除後には魔力不足で何もできないから迂闊にも使えない)」

 

セレネとの戦闘での時間停止はリューナの戦闘が終わっていて魔力のリソースを気にしなかったからできた所業でありあのときは魔力の殆どを使っていた。今同じことをすれば確実に殺されるだろう。

 

「(つまり)「(今は攻めないと!)」(魔女はそう動く)」

 

リューナは自爆覚悟でセレネの魔法でも使用した切断弾幕を自身の杖の先に仮組して簡易的な刃を作り槍にする。それからクーに突く。クーもそれを見越して同じように槍を踏みつける。ここでリューナは魔法を解除した。

 

「っと!(踏みつけられた槍先を消して拘束を解きましたか。よく一瞬で判断しますね)」

 

槍が踏める距離であるなら体に当たる距離でもある。杖に刃を付け直しながら振り上げる。

 

「はぁ!」

 

クーの下腹部に刃先が突き刺さる。もう一踏ん張りして更に刃の腹まで深く入り込んだ。彼女の余裕のある笑みが少しだけ苦痛に歪む。そこから肩に向かって杖を振ると綺麗に軌道に沿って赤い血が吹き出た。しかし心臓やその他急所にはまるでそこを避けるかのように当たらなかった。

 

それから両者離れてまま息を整える。

 

「ふぅ……ちょっと休憩。魔力もうほぼすっからかん。クーちゃんも疲れた?」

 

「いえ、仕事ではもっと激しいこともしばしば。ですが高頻度の大怪我は堪えます」

 

傷口を抑えながら彼女は淡々と答える。見かけの怪我は酷く息も絶え絶えに話しそうな物だがあいも変わらず余裕そうに話す。

 

ふと、リューナは気になった。先程からクーの言う「仕事」とは何を示すものなのか。彼女も今は動けない、聞くなら今のうちだろう。

 

「クーちゃんてお仕事何してたの?兵士……は自由が好きだからあんまり向かなそうだし。でもただの旅人でも無い。よし、お姉さんは情報関係と見た?」

 

「一概にこれとは言えません。仕事柄血なまぐさい仕事も請け負う職種です」

 

「あちゃー」

 

「しかし情報も取り扱ってはいます。もしよければこの仕事を終えたら仕事のご依頼でもされますか」

 

「いいね!大学のお仕事一緒にしようよ!でもそれなら『お名前』を教えて。『クー』って名前も偽名でしょ?」

 

名前を指摘された途端クーは少しだけ含みのある笑いをした。なかなか勘が鋭いな、といった顔だ。

 

「『山猫』、趣味と仕事上の名義はそう名乗ってます。」

 

「てことは本名はアウトって訳?」

 

「アウトです。個人特定に繋がるので本名までは今は教えられませんね」

 

「えー何で?いいじゃん別に。教えてよーねー」

 

内心50%くらいの確率で教えて貰えると思ったのにあっさりと断られ駄々をこねる。

 

「駄目です。少々ローカルですが実名を教えないのはマナーですので」

 

「それは残念……でも許すよ。だって」

 

そろそろ魔力も弾幕分は溜まってきた。そういえば透明感はいつの間にか解けていた。首をはねられて効果が切れたのだろうか。まあそれは別にいい。クー改め「山猫」が回復し切る前に押し切ろう。【虚次元】を使わない自力生成の魔法【虚次元】を使う魔力が惜しい。

 

「お姉さんは捕まえてでも聞いちゃうもんね!」

 

【5th=水時計】

 

壁を作るように全方囲に酸のシャボンを追尾を切って撒き散らす。同時に「山猫」は傷を押さえながら回り込んで壁の向こうへと攻め込む。しかし回り込むのは「山猫」でも少し思考が必要だ。弾速が遅く、かつ的の大きい弾幕は市街地のような囲まれた地形においてはかなり動きを制限される。シャボンだから割れば穴こそ開くだろうが辺からする発泡音からそれも躊躇した。半端な武器で触れれば武器の方が溶けてしまう。

 

「そーれ、まだまだ止まらないよ!電撃を追加だ!」

 

【4th=DIGITALTIMER】

 

それに加えてリューナは電撃の弾幕を追加した。低精度の追尾で緩く「山猫」を貫かんと高速で飛び交う。それだけなら機動力に長ける彼女ならば回避を続けるのは容易い。しかし……

 

「っ!(足が痺れて……)」

 

泡が弾けて水が辺りに散り、弾幕の分水が量も多く水溜りがそこらに広がる。電撃が当たると水溜りが通電し広範囲に高電圧が襲いかかるのだ。当然水分量が多いところは酸により溶けるのに加えてだ。つまりリューナ周辺の地面や壁の全てが触れてはいけない。

 

「(だけど逆に言うならこうでしょう。それはあなたを縛る檻でもある)」

 

「一生一人で籠もる。そして一人の良き姉として死ぬ。狂人はいつまでも歪みありません」

 

シャボンは多少透けているが視界はあまり通らない。ならば彼女は魔力にて居場所を感知しているに違いない。見えないなら得意の不意打ちもできる。勿論別の場所から攻撃をしているのも考えられるが気配は確かにそこにあるからいないということはない。

 

そして泡の壁、というのなら乗り越えればいいではないか。幸運にもここは市街地だ。高低差ならいくらでもある。泡の当たりにくい室内を経由して行けばどこからでも手頃な場所から奇襲できるだろう。

 

「……しかし、それではあまりにもつまらない」

 

ダッ!

 

 

 

「(魔力動いた!けどこれまさかの突撃ですかあ!?)」

 

「山猫」の予想のようにリューナは魔力で位置を特定していた。しかしこの弾幕を正面突破してくるのには驚く。しかし……

 

「うん、だよねえ。今のクーちゃんは天邪鬼さんだしここでこそきっと正面突破する。だから、全力で迎え撃つよ!」

 

リューナはそれに敬意を評す。求められたのならば姉として応えねば。弾幕の数を増やして追尾の強さの違う弾も追加する。しかし焼け石に水だろう。「山猫」の為の何重にも立つ弾幕の壁ももうすぐ突破されそうだ。それと【秒針】一つだけ用意しておく。

 

クーも更に苛烈になる弾幕を正面から攻略していく。密度は質量共にこの前のセレネ以上だ。更に体格はあの時より大きくそこを加味してさらに難易度は大きく上昇している。だが、技術は確実に上がっていてリューナへ距離を詰めていく。

 

「ふぅ……よし、あと壁は一枚。勝負はここで決まります。もうゴリ押ししましょう」

 

「(あと一波近づかれたら接近戦になる。クーの姿が見えたらそこが勝負時)」

 

「山猫」は弾幕の薄れるまであえてリューナから離れ、それから全力速で壁に突っ込む。

 

「っ来r」

 

言い切る前にリューナの前に「山猫」は現れた。弾幕の素早い動きに目を慣れている彼女ですら目で追えず、本当に突然現れたように正面に現れた。こんな速度は彼女の人生のうち初めて経験したものである。

 

「きゃっ!?(な、早すぎ!いつの間に現れてたの!?)」

 

「これでチェックメイトですね」

 

後ろに回り込まずとも今の「山猫」の速度ならリューナを真正面から殺すのは容易い。小細工なしに彼女の首元にナイフが突き刺さろうとする。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「(ここだ!発射!【時間停止】っ!)」

 

【No.1=時間停止】

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

「山猫」の攻める前に用意した【秒針】の弾が一つある。全てはこの時のためだ。

 

その弾だけは実はすぐには撃っていない。常に自身の体を挟んで「山猫」の影となる箇所に待機させていたのだ。そのために細く、確実に捉えるために貫通させる程の長い弾幕は隠すのに苦労した。もし上から攻められていたならまた別の手を打たねばならなかった。

 

つまり「山猫」には時間停止の解除と同時にこの弾が飛ぶのだ。

 

 

 

 

【解除】

 

時間が動き出し【秒針】が高速で射出された。細長い弾は「山猫」の死角から「山猫」の移動速度よりも早く的確に心臓を貫く。体が弾の慣性で浮き地面に投げ出され受け身も取れず酸塗れの地面に転がる。

 

 

 

「……『山猫』、いやクーちゃん。今までお姉さんを頼ってくれてありがとう。魔法は教えはれなかったけれどお話は面白いしなんだか波長も近そうだからずっとあの家でゆっくりしたかった。けれど……ごめん」

 

リューナの魔力はもう空だ。体力ももう持ちそうにない、意識も朦朧としてきた。だが戦闘を終え警戒に割いていた動かない頭には彼女との思い出が過ぎ、いつの間にか口に出て謝罪と感謝を呟いていた。

 

そしてフラフラとした足取りで彼女の亡骸の側による。

 

「君が敵でも味方でも最後まで守りたかった…………な?」

 

 

 

ドサッ

 

「(あ、あれ?何で地面に倒れてるんだろ。それに上手く力も入らない。何だか寒くなってきてるし怪我がどんどん酷くなってる?でも地面があったかい……な)」

 

 

 

そこで彼女は自身の状態を自覚して背筋が凍った。リューナにも胸に穴が空いていたのだ。【秒針】は元々時間停止の最中に避けるつもりで自身に向けるような形で配置した弾だ。なのに何故避けなかったのか、あまりにも理解できなかった。

 

「な、なんで……私…………が………?」

 

 

 

 

 

 

「時間停止パリィ」

 

「山猫」の声が聞こえた。

 

「時間停止と同時に『転生者』を作動させ停止を無理やり作動前に止める。理論上は正解でしたけれどまさか自分の体を犠牲にしてまで攻撃されるとはね。現実はそう上手い具合に行きませんか」

 

彼女はゆっくりと起き上がり、リューナを見下ろす。彼女の怪我は依然として酷いままだ。なのになぜ立てるのだろう。リューナは目の前の化け物に血の気が引いた。

 

「な、なんで……立て…………て……だって胸が……」

 

「ああ、怪我はあまりお気になさらず。今治しますよ」

 

「山猫」は全身の傷をなぞるように触れる。すると先程までの大怪我がまるで嘘のように跡一つなく傷が無くなり胸の穴も塞がっていた。恐ろしいことにこれは魔法でない純粋な再生能力である、魔力の流れからリューナは判断した。

 

「ば、化け……化け物っ!」

 



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前世でゲーマーだった俺がゲームの世界で勇者になりました!

ルナシー、彼女には個人的に恨みがある。ギルドの修練場で完膚なきまでに叩きの目され、その後も幾度となく戦闘で負けてきた。

 

それ以外にも周りからの扱いも俺だけはあまりにも下だったのだ。仮にも俺は勇者なんだ。周りからも認められ、ギルドでは最強と名高い剣士。聖女のセレネや魔法のスペシャリストのリューナには納得がいく。しかし幾ら強いとはいえルナシー、お前だけには負けたくないのだ。

 

彼女は召集されたメンバーの中で同じ剣士だった。だから初めて彼女の存在を知った時、親近感を覚えた。初めての俺と並ぶ剣士、その称号に純粋に興味を持っていた。

 

しかしどうだろうか。彼女は剣士とは程遠い。野蛮で粗暴、俺とはまるっきり違う彼女は理解が出来ない存在だった。その上実力は俺が手の出せない程に上ときて彼女は内心嫌いに変貌したのだ。

 

嫉妬だと思うだろうか。ああそうだ、今までは嫉妬だったさ。正確には今も嫉妬は抱いてはいる。しかし今の俺には守りたい物がある。アネッサとクー、二人の命の決定権は俺にかかっている。

 

だから神様は俺の意思をくみ取り転生から時がたった今、ついに夢枕に立ったのだ。

 

それは今から3日前、俺が二人を逃がすための策を思案していた時だった。俺はあの時どうあがいても勝てそうにないかつての仲間をどうにかして倒す術を考えていた。勿論何もなければそれに越した事はない。だが相手は国だ、いつかは絶対に戦う事にはなるだろう。だが、答えは見つからず刻一刻と迫る決断の時を前に俺はその日も床に就いた。

 

しかしその時奇跡が起きたのだ。俺を転生させた女神が夢を通じて曰く、忘れ物をくれたのだ。チートスキル、既存の規則を壊すようなぶっ壊れな力、ありがちで、だがそれ以上に魅力的なその力はまさに今欲しかった物だったのだ。

 

実際俺も効果を聞いて納得した。これがあれば俺も仲間に勝てるかもしれない。その一途な希望を頼りに俺は宿敵のルナシーを前に剣を抜き、殺さんとしている。

 

ー--

 

「……チートスキル、ですか」

 

「ああ、今の俺ならお前が幾ら強かろうt」

 

会話が終わる前にルナシーはミツキの首を跳ねる。あまりの無慈悲な一撃に彼自身全く想定していなかった。跳ねた首が庭を血濡れにしながら転がり庭の木に当たってやっと静止した。

 

「思ったよりあっけないですね」

 

「お嬢」

 

「何です?」

 

「もっとこう、せめてお話は最後まで聞いた方がよろしかったのでは?彼も一応元仲間ですよ」

 

「敵対したなら殺す以外は無いに決まってるでしょう。さて、じゃあまた食事を……」

 

そこで彼女は違和感を感じる。首を切り落とした死体はすぐ目の前にある。しかし殺気彼の殺気はまた別の場所から感じる。これは彼女にも初めての感覚であり珍しく動揺した。

 

「(不気味ですね。幾ら虫けらとはいえ死んでも気配がするだなんて)」

 

気配の方向は後方からだ。血油に濡れた鉈を片手に振り向くとそこには先ほど死亡したはずのミツキが立っている。彼女自身、確かに殺した感触があったのは確実だ。だがもう一度彼の死体を見るとなんと死体が消えていた。

 

「ほう?搦め手ですか。タネでもあるのですか?」

 

「これが俺のチート能力だ。お前は俺を殺せない」

 

「……そうですか」

 

彼女も流石に彼の余裕さに不気味さを覚えたらしい。切っ先を彼に向け睨みつけ、あくまで戦う前提で得も言われぬ彼の力を測ろうとしている。見た目や身体、殺気には特に変わりはない。しかし死んだ彼がここに立っているという事自体がおかしい。

 

そこで彼女は意を決して珍しく戦略を立てる事にした。【貪狼ノ型】で加速しルナシーは今度は殺さずに腕を一本だけ切り落とした。スピードがより上がった彼女の斬撃により腕は肩までを衝撃波で飛ばす。

 

「っ痛ああああああああ!?」

 

腕が吹き飛んだ痛みに彼は無い腕を抱えて地面に転がり悶える。しかし彼女には全く持って関係なく、少なくとも復活は肉体再生で賄っている物ではないと判断する。

 

なら次だ。一度彼の首を落とし再び復活させる。思惑通り彼は庭の近くに復活し後ろから切りかかる。しかし彼女は反応は多少遅れたとしても持ち前の速度で剣ごと体を両断し3回目の殺害をした。だが彼はまた平然とそこで剣を構えている。

 

「相変わらず死にはしないんですね。あなたなんてさっさとくたばってもらって『山猫』と殺し合いたいんですよ」

 

彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で彼を軽蔑する。まるで蟲のようにいくら潰した所で無限に復活する彼は見た目こそただの青年でも彼女にはゴミ虫と同等に写っている。しかし彼は今だに闘志は衰えないらしい。これには彼女もため息を付いた。

 

「ンと、厄介で意味不明だよこいつ……」

 

しかしいい加減戦闘を終わらせたいと彼女は呆れている。手尾多恵の無い戦いを延々と続ける精神力は彼女には無い。どうにかしてコイツを倒したい。元々頭を使うのが得意でない彼女には今までとは別の形でこの強敵を相手しなければならない。

 

一度頭を冷やすために彼女は一度鉈を降ろした。

 

「どうした?敵の前で戦闘放棄か?」

 

彼が煽るも彼女は特に気にしない。ただ自分より頭のいい誰かに頼る事にした。後ろからのミツキの攻撃を捌きつつ狼に教えを乞う事にした。

 

「狼さん、どう思います?」

 

「どう思うとは、彼は先ほどから戦闘面は死んでばかりで一方的……」

 

「あいつの再生はどこから来てる。あなたの感覚器なら何か分かる事がありますよね」

 

彼女はいつもの脅すような態度で狼に問う。彼もいつもの事なので彼女を背中に乗せ何も言わずに走り出した。

 

「! 野郎、2対1は卑怯……」

 

ここで彼は考えた、ルナシ―、彼女は確かに強い。しかし彼女の飼う狼は位置も彼女にされたい放題だ。ならば自分でも狼なら勝てる筈。彼は魔法で体を強化し今はその足を射る事に集中することした。

 

しかし彼は大きな誤算をしていた。狼は彼女に隷属し、普段は一方的にされている彼も一応は彼女に関わる存在だ。そんな狼が卑小な人如きに勝てる筈がない。

 

狼は一度膝を折り、それから無音無風で走り出した。遅い訳ではない、高い技量から成る隠密性が高い静かな加速。速度は彼女より数段劣るものの速度は彼の数倍、彼が剣を振い始める前に剣を弾き飛ばし、続けて胴体を噛みちぎり地面に叩きつけた。彼の体は2つに千切れ、勿論絶命した。

 

同時に狼は彼に嚙みついて彼の異常に気が付き何かを閃いた。

 

「! お嬢、匂いです!彼は今皮脂の匂いがほとんどしません。しかも食事の匂いも混じっています!」

 

「ああ?それが今何の意味がある駄犬野郎」

 

「食事の時間は今から3,4時間以上前、余程腐ってでもいないと濃く匂いなんて残りません。しかも体臭が少ないとなると修練の後に風呂でも入ったような状態です」

 

「どういう事だ?」

 

「『彼は時間を遡っています』!彼は死ぬ度にひたすら過去に体に戻っているんです!」

 

「時間がぁ?そんな生物いるのか……でも狼さん、ありがとうございます。勝ち筋がこれで見えてきそうです」

 

ルナシーは新しいタイプではあるけれどせめて歯ごたえ位もう少し欲しいと思いつつ狼の上から飛び降りた。凄まじい狼の加速を物ともせず地面に数メートルの跡を引きずって停止した。

 

「そんな特別な力?あるんなら私のサンドバックになってくださいよ」

 

「……っ!」

 

再び彼女は鉈を彼に向ける。そろそろ彼も初めの勝ち気を失いつつあり最早勝てる希望がないと剣を持つ手が震える。それも当然で彼女は今、彼をただ狩るべき獲物としかもはや見えていない。この場だけは戦闘ではなく野生の弱肉強食の場なのだ。

 

「あと、その力『いつ手に入れました』?少なくとも私と会ってから今の今までお前にはそんな能力あったとは到底思えないのです。それも自分でも実は力の正体が掴めていないように」

 

「どうしてそう思う……?」

 

「そうですね、私なら……」

 

不意に彼の視点からルナシーが消える。しかし彼は消えた彼女を追い始める前に顎の下から拳が飛んできた。顎を砕き、頭を穿ち、何度目かの死を彼に与える。しかし今の攻撃が今までと明確に違う点がある。

 

「もっと捨て身で戦えますから」

 

僅かに彼女の中に残っていた得体の知れない恐怖への忌避感が少しも残っていないのだ。

 

そこから先は最早一方的である。幾度の死の度に彼は蘇り、直後にルナシーが殺す。死の繰り返しの過程で彼は何故勝てないのか、どうしてこんなものがいるのかとあらゆる理不尽を彼女にぶつけていた。勇者としてのプライドと彼女への救い難い嫉妬を死亡までの僅かなインターバルの内に考えていた。

 

一方、彼女は「山猫」の為に残す予定の肉が焦げないか心配して、もはや彼は眼中にない。ただ彼は血こそ散るも少し経てば消えてくれるから汚れずに済むのは嬉しいと微かに便利な体だと思っている。

 

しかし50回ほど殺すと彼女も段々と特性を掴めてきた。確かに狼の見立通り約8回周期でどこかで嗅いだ食事の匂いがしなくもない。恐らく1死亡につき1時間時が遡っているのだろう。

 

そうして計24回の死亡を繰り返した後にルナシーは一度手を止めた。

 

「今丁度昨日の体ですか?」

 

「はっはっはっはっ……」

 

ミツキは過剰なストレスに少し過呼吸になっている。が、ルナシーか会話になりそうにないので一度殺して正気に戻す。最も今の彼にまともな受け答えができる精神はとうの昔に無い。

 

「手間かけさせんじゃねえ。今の体はいつのだ?」

 

「……昨日の体だ」

 

しかしどうにか質問に答えられる余裕はあったらしい。

 

「能力を手に入れたのはいつ?」

 

「……三日前」

 

だが不幸にもそれが己の運命を決定づけた。

 

「ならあと48回ですか」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

ドゴオオオオオオン バゴオオオオン ズドオオオオオン

 

 

 

とある建物の一室にて

 

「……? ああ、彼女がやったのですか。街の近くからでもよく見える爆散です。でも家の近くでしょうし話が早いといえば早くていいのですが。朝食を食べる場所、残っていれば良いほうですね」

 

ーーー

 

強烈な爆発音と共に地面が裂かれる。一振りで崖を作り、二振りで地盤を砕く。これが短い鉈一本で実現されるとは誰が信じるだろうか。奇跡的に家と教会は崩れずにいるものの、それ以外の周辺は無惨な姿となる。

 

しかしこれは衝撃波から来るもので鉈が体にヒットした彼の体は最早形すら残らない。一撃一撃が致命であり、斬撃以外にも瓦礫が高速で衝突し肉体が裂けていく。

 

その際、彼は彼女の放った48回というのを走馬灯のように思い返していた。死亡の回数の残り?彼は確かに死ぬと肉体が一時間前に戻る。先程までは24回分、一日前の体。残りがもし48回とすると今までの分を含めると合計は72回、72時間前の……体……に……

 

 

「ゔあああああああ!?」

 

3日、彼が能力を手にしたのは丁度3日前だ。つまりそれ以降の体に戻ってしまうと……

 

「やっと気づいたか!遅ぇんだよこの無能!てめぇは不死じゃねえ、力がなきゃ確実に死ぬ!」「お嬢……」「狼さん、なにか文句あります?」「いいえ」

 

 

狼はもう何も言わなかった。彼も既に戦意はなく、今更何を言ったところで意味はないのだから。

ルナシーはそれでも不快なゴミを片付ける為に鉈を振るう。気がつけば彼を切った回数は50、60と迫っていた。着々と迫る残機の消失に彼も段々と焦り始め、その様子にルナシーはようやくこの男を倒し切る楽しみを見つけた。

 

そして遂に彼の体力が尽きかけた時、彼女は彼にとどめをさすべく最後の力を込め始めた。

 

「72回殺しきった……もうてめぇには能力を得る前だ!」

 

ルナシーの最後の一撃はまるで雷の如く速かった。最早避けることはおろか視認することさえ敵わない程の速度だった。衝撃波は天を断ち、斬撃は地を割る。攻撃は一つの災害でありこの余波は周辺地域にまで地震と崩落として脅威をもたらした。

 

当然、まともな生物が生きられるわけもなく彼は血肉を土砂とともに散らし、彼は死んだ。美しい家と自然の風景はもうなく、ただ教会と家、肉を焼く篝火とそのそばに座る狼と一人の少女がそこには残っていた。

 

 

 

「……さて、狼さん。肉は」

 

「はい、まだ焦げずに残っています」

 

「ありがとうございます。あ、骨ももらえますか?」

 

「え?あ、はい。でも肉は付いてないようですが」

 

「ん"!」バキッ

 

「えぇ……」

 

「骨を砕いて髄を食べるのはよくやるでしょう?馬の物は初めてです。結構美味しいですね」

 

「いや、何度もやってはおりましたけど歯で砕くのは痛くありません?」

 

「……あー、素手でやったほうが良かったかも。口の中が鉄の味です」

 

「家の倉庫に薬草のストックがどこかにありました。取りに行きましょうか?」

 

「あと塩と胡椒、そろそろ肉の味を変えたい」

 

「承知しました」とことこ……

 

 

 

 

 

……スタッ

 

「……遅い」

 

「街から見えましたよ『赤ずきん』」

 

「でしょうね、『山猫』」

 



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夜を舞う蝙蝠

まずマウントから逃れないと。幸い両手は開いている。まずは身体強化を載せ、動体視力と力を底上げする。

 

「あ"ああああ!お前のせいで!お前が!お前がぁあああ!」

 

私が魔法を掛けている最中にもアネッサは顔を殴打する。彼女らの邪魔をしたのは悪いとは覚悟していた。だが今のアネッサから感じられるのは明らかにまた別の怨嗟だ。しかし、冷静さを欠いているせいで拳の軌道は直線的で見切りやすい。

 

殴りかかる拳の動きを見切り腕を掴む。そのまま手を引いて態勢を崩し逆にマウントを奪い取った。

 

「っんの!」

 

その前に鳩尾拳を一撃叩き込む。強化の乗った一撃は彼女の拳よりも遥かに強く、悶え、抵抗に大きなスキを見せる。私はこのチャンスを物にすべくすかさず彼女の頭に魔法の照準を合わせ……

 

「……!?」

 

だが何か悪寒のような何かを直前で感じアネッサの上から離れる。直後、周りの建物から何かが割れる不穏な音が響き渡る。そして音が示す通り周囲の建物全ての外壁にヒビが走る。間違いなく崩壊前の音だ。

 

弾幕を置いてバックステップ、直後先程までの場所に建物の外壁が落下し狭い裏路地を塞ぐ。しかし建物のヒビは私を追い詰めるように連鎖的に倒壊していく。ここは一度戦闘を離脱して複雑かつ狭い路地からの離脱が優先だ。周囲を警戒しつつ魔法で移動速度を強化して一時離脱。

 

「(しかしアネッサの場所を見失ったのは痛手です。何とかして逃げ出す前に発見しないと!)」

 

瓦礫を魔法で撃ち抜きながら夜の街を駆ける。それと並行して彼女の気配を魔法で感知する。しかし彼女を倒した周辺から移動できそうな範囲を感知しているにもかかわらず一行に見つからない。いっそこのまま建物全てを薙ぎ払う手もあるが誰かの家を壊すのは気が引ける。

 

「(うう……皆さん、ごめんなさい……)」

 

罪悪感に苛まれつつ路地の曲がり角を曲がる。が、しかし。

 

「ッそっちから!?」

 

目の前には後方と同様の建物の崩落が私に迫る。完全に想定外、恐らく後方の音と振動に紛れて把握できなかったんだ。となれば逃げられる先は上方のみ、倒壊寸前の建物の壁を蹴り上がり跳躍し倒壊を逃れる。しかし同時にここは高所で移動もできない無防備な状態だ。どこからでも攻撃が来るか分からない以上【円環】の防壁を張って防ぐ。

 

「(アネッサ、どこから来ますか?)」

 

【トーン:サイレント】【共振 裂】

 

バゴンッ! ガンッ!

 

突然防壁に激しい衝撃が走る。同時に【円環】が割れた。

 

「え!?何で割れて……」

 

瞬間、後方から殺気を感じる。そして振り返る間もなくアネッサは手持ちの棍で私を叩き落した。

 

「くぅっ!」

 

咄嵯の判断で防御したものの勢いを殺すことができず地面へ墜落してしまう。受け身を取り即座に立ち上がる。しかし彼女は追撃することなくその場で立ち止まっていた。まるで私の出方を窺っているかのように。

 

彼女は自身の武器を横に両手で持つと真ん中から膝で折った。あれではもうただの棒切れに過ぎないだろう。

 

そして短く折れた棍の一本をこちらに向けると構えを取った。一体その折れた2本の棒でアネッサは何をしようとしている?

 

彼女はそれに魔力を流し込むろ私に向けた先が内部の技巧部が裂けて現れる。もう一本の私に向かない方も先が開き、彼女が手を離すと宙に浮いた。そして、棍は剣と砲になった。

 

「あ、アネッ「その名前で呼ぶな!」

 

私の言葉を遮る。

 

「マジに余計なことしやがって。お前みたいな何も知らない外野のせいでこっちは殺されるんだよ!お前も!私も!」

 

彼女は錯乱に似た癇癪を起こし冷静さを欠いている。性格も大きく変わりまるで別人である。どう考えても戦闘前に打ち込んた何かが原因だろう。

 

「あなたは何をしたんですか!?戦闘前に何か高濃度の魔力を注入していたようですが」

 

「どうせあんたは知らないでしょうね。でも私はアンタみたいに何もせずに死にたくないのよ!」

 

彼女は接近する。魔法を展開しようにも初めから距離が近く魔法の間合いではない。即興で【彗星の尾】を改造し光の剣として用意、斬撃を防ぐ。だが……

 

パンッ

 

「……!?」

 

防いだ斬撃とは別に数発の魔法弾が自身の体に当たった。動揺するまもなく彼女からの斬撃は止まることはない。接近でどうこうするよりまた距離を取らないと。【光柱】を後方で置きバックスステップを踏む。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

アネッサも素早い動きで簡単にレーザーを避け、光は誰もいない地面を貫く。しかし同時に私はまた弾幕が体に当たった。

 

どうしてここまで被弾するのか。理由は明白だ。

 

「(『魔力すら無い見えない弾幕』!?何で、どうしてそのような物が存在するのですか!?)」

 

彼女の放つ弾幕には一切の魔力が感じられず尚且不視界なのだ。魔法の弾幕なら魔力を感じないのはおかしい。専用に式を組めばまた別の話だがそれも完全でないから多少は分かるものだ。

 

しかし弾幕の性質は壁に当たった痕跡から予測できる。小中規模の弾幕で拡散し着弾後の変質は無し、発生源も一つ。性質自体は普通のものだ。

 

しかし、そこに接近かつ連撃が加わるとどうだろう。

 

「さっさと!くたばりやがれ!」

 

「くっ……!強いですね……っ!」

 

【彗星の尾】と剣が当たる金属音が幾度にも響く中、容赦なく弾幕が体を擦る。幸い急所はまだ外れているも着弾する度に出血する。アネッサの体が小さいことも相まってこちらからは攻撃が当たらないのに相手からは被弾する。状況は相手にあるのだ。

 

「(クーよりは接近は劣るのだけが救いですけれ……どっ!)」

 

【円環】を張り後方だけは射線を塞いでおいている分前からの弾幕を警戒する。だがそれでも並行で捌ける物ではなく防ぎきれない弾が確実に体力を削っていく。

 

【烈日 灼熱SummerSunnyRay】

 

無理やり状況を変えるべく一度目潰しをして形勢逆転を試みる。弾幕を激しく発光させる。剣撃と弾幕に夢中の彼女は当然これをモロに見てしまい目元を手で隠し斬撃が一瞬止んだ。

 

「あ"あっ!」

 

「やりました!ここからは私の番ですよ!」

 

光で周りが見えない中ありったけの弾幕を彼女を倒すために展開する。とにかく相手を近づけてならない。長射程の間合いを兎に角詰められたらいけない。適当に弾を散らしつつ必殺用の【光柱】を仕込んで……

 

「聖女の癖にせっこい引き撃ちするなよ!」

 

アネッサの声と同時に砲から光の壁を貫くように細く、だが確かに輝くレーザーが放たれる。私の作り出した光源を飲み込み逆光すらさせるパルスは、反応すら許さない暴力的な速度と距離感の優位性を崩壊させる圧倒的な射程で横腹の一部を小さく吹き飛ばす。貫通した弾はそのまま数件の家々を貫き、街はずれにて消滅するまで軌道上の建物を破壊し続けた。

 

「ぐっ!」

 

不意の激痛に魔法の制御を失う。エラーコードでの暴発はどうにか防げたものの全ての弾が射出され【光柱】も私のすぐ上で発射された。先の見えない光の中に数多の弾幕が撃ち込まれ、凄まじい爆音とともにアネッサのレーザーの光は消え去る。代わりに私の魔法での光を更に強くし誤魔化す。目が慣れるまではこれでいいだろう。

 

「(落ち着いて、私。止血、回復、そしてあの武器をこれ以上使われるのはいけない。解析して内部から破壊を!)」

 

ここは一度完全に逃げよう。近くの建物の上に跳んで障害物に潜伏する。この建物ももしかしたら壊されるかもしれない。その前に十分な強化と回復、遠隔での解析を開始しないと。

 

適当に武器の場所を感知して内部破壊を試みる。しかし武器の中はシンプルな外部構造とは裏腹に恐ろしく強固なセキュリティだ。これを作った職人は相当魔法を学んだ者なのだろう。美しい式だが今はそれが恨めしい。物理破壊の方が現実的だろうか。

 

となると技巧部だけを破壊して最低限遠距離だけを抑えられれば

十分だ。はっきりって近づけさえしなければいい。だから彼女から射程有利を取るのにレーザーが厄介なだけなのだ。

 

「……視点を変えましょう」

 

私は解析をする場所をレーザーの射出部から浮遊機構に帰る。ここだけは剣とは違い接合が不自然だ。恐らく後付けされている。これさえ解除できれば少なくとも照準を合わせる機能は消滅する。しかし……まあ、ロマン主義な機構だ。接合部がかなり無茶な接続だ。私でもこれを作り上げるのは憚られる。

 

作戦が練れた所で私は建物の下に飛び降りる。この距離では概要以上は解析をするには遠すぎる。細部の構造を見極める為に接近の間合いに一入る必要がありそうだ。武器の気配はまだ下、白兵戦を想定していないせいで癇癪玉でも投げたいけれど今はそんなものはない。弾幕で牽制しつつ下に降りる。

 

しかし、私はあえて上には何もしない。

 

「そこだ!」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

下りると同時に上方にレーザーを放つ。たった数回交えただけで何となく彼女の行動が読めた。恐らく戦いにくいのはお互い様なのだろう。横から薙ぎ払って極太なレーザーを放ち建物の上部を巻き込みながらさっきまでいた場所を撃ち抜いた。

 

建物に飛散した瞬間、視界の端で動く影がある。やはり彼女は裏どりの為に上ってきていたか。つまり今後方にある彼女の武器の魔力はというと……魔力の感知では今にもはち切れんばかりの魔力が充填された私を狙う浮遊する砲だけが残されていた。

 

 

 

「っあんたも悪い性格してるね!」「あなただって同じ何ですね!」

 

お互い、お互いの罠にかかっていた。

 

 

さて、彼女の対処は一度置いておこう。私の背中に【円環】を張る。あの威力の砲撃は簡単に撃ち抜く勢いだろう。だから薄く彩度を抑え透明に近づいた壁を重ねる。何重にも重ねた防壁は魔力量は普段より多めで総合的な防御は上がっている。しかし、それでも撃ち抜かれればきっとそれまでであろう。

 

「(だけど、直接防ぐ必要はありません。最低直撃さえしなければ生き残れる!)」

 

受けはしない、いなし、軌道を逸らすのだ。

 

外側から何枚かは砲により割れる。しかし十数枚目からは威力より減衰、屈折、拡散の影響が強まり防壁に沿ってレーザーの軌道が曲がる。今の防壁はただ防ぐだけではない、レンズとしての役割を担える……のに賭けた。

 

「(私だってこんな使い方、流石に想定してませんでしたよ〜!)」

 

それでも結果的に私は賭けに勝った。レーザーは思惑通り防壁に沿って曲がり明後日の空へと飛んでいく。と、同時にそのうちのいくつかがアネッサの方に飛ぶのも見え間接的に追撃もできたらしい。

 

「……っぶね!」

 

最も、お互いに無傷らしけれども。

 

落下し地面に地の足がついて彼女に再び照準を向ける。が、すでに彼女は砲を手に持ち剣でこちらに切りかかっていた。

 

【75式-彗星の尾】

 

彼女の剣がもう目の前、流石にどの弾幕でも手の届く距離にいるのなら間に合うはずもない。ただ経験からの予測をしながらギリギリで不可視の弾幕を避け続ける。

 

「ああもういい加減に倒れろ!」

 

刺突、アネッサが痺れを切らし強引に私の胸を剣を突く。それを見切り私は素手で引いて踏みつけた。

 

「っあ!?」

 

「ごめんなさい!」

 

私は彼女の砲の発射口から剣を差し込んだ。金属と魔法の式が崩れる感覚が固く手に伝わって、だがそれでも力を込めて私は技巧部を砕いた。

 

しかし私は彼女の間合いに深入りしすぎたみたいだ。慣れない接近戦のせいで本当に超えては行けないラインが見えなかった。視界の外から内側へ彼女の剣が迫る。

 

咄嗟に彼女から離れるもやはり彼女には接近を挑むべきではなかった。避けきれない斬撃が無慈悲にも私に迫り顔に一本の線が走った。

 

「ははっ!聖女様のくせに傷物になっちゃったわね」

 

アネッサが私を嘲笑する声が聞こえる。しかし傷であるのなら治せるし別にそれはどうでもいい。大きな問題もあるけれど、今は彼女の制圧を……

 

「……えっ!」

 

作戦変更、この状態での接近戦にさらなるリスクが加わった。即座に足払いを挟み一瞬だけスキを作り出し、ステップ。レーザーを放ち反動でその場から遠くに離れる。

 

「はぁ……はぁ……お見事、ですね。名前も知らない兵士のお方」

 

「あんたこそ……兵士だなんて、私はただの兵器よ。型落ちで旧式の、兵士というのも烏滸がましい……でもまさか、私もここまでやれるとはね」

 

彼女は壊れた砲を拾い上げると魔力を消し技工部を閉じ剣と繋げて槍とする。少なくともこれで理不尽な即死は無くなった。残り対処すべき項目は棍と弾幕、そして、彼女自身。

 

「最後に教えて下さい」

 

「何よ」

 

「あなたは……楽しかったですか?私達との生活は」

 

手を向けて魔法を打てるように構えながら私は問う。しかし鼓動が早まるのを抑えられない。知っているはずなのにまだ彼女にはアネッサがいると期待している私がいた。

 

「苦しくはないのですか!?共に過ごして、学んで、食べて、でも裏切って!」

 

 

 

気が付けば私でも精神の抑制がどうかしてしまった。

 

私は知っている、笑顔で仲間と囲った食卓を。

 

私は知っている、魔法の為にお互い修練した日々を。

 

私は知っている、地の底で抱き合った温かみを。

 

私は知っている、死の恐怖に怯え逃げ出そうとした絶望を。

 

私は知っている、だがそんな都合のいいことなんてそうそう起りはしない。

 

 

 

興奮と慟哭で体が心について行かない。

 

「ねえ、教えて下さい!あなたは誰なんですか!?私達のアネッサは、誰だったのですか!?」

 

彼女は興奮する私というチャンスを放棄して私の心の内を全て聞いてくれた。同情だろうか、呆れだろうか、どこか憐れんだ目で私を見る。

 

「コリノリヌス、兵器としてはRe-Corynorhinus、これからは私をそう呼びなさい。もっとも……

 

 

 

呼べたらの話だけれどね」

 



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対クー狩り2

まだ相手が戦えるならリューナは死ぬわけにはいかない。痛む体を奮い立たせて無理やり立ち上がり魔法が撃てるように構えた。

 

「(何でまだ生きてる……いやそれより『転生者』とかが問題だ。多分【秒針】が自分にも当たったのは『転生者』のせいだけど一体何をされた?時間を止めて、それから私は何をした?)」

 

何をしたかと考えるならば逃げなかったのであるから「何もしていない」と表せる。そういえばこの戦いには不自然な点が多い。透明化はいつの間にか解けているし弾幕な不自然に当らない時もあった。

 

「(当らない……じゃない。違うんだ。そもそも『撃ってないんだ』。照準が合った瞬間だけ何故か私は弾幕が撃てなくなる。まるで『そこだけ気が逸れるように』ピンポイントで何もできなくなる。【秒針】を避けなかったのもそもそも時間停止自体をキャンセルされたから回避も出来ないのも辻褄が合う。いつの間にか目の前に現れたのも単に見落としていたのなら……)」

 

「あの、どうしました?今のうちに魔法で回復をしないのでしょうか」

 

こちらを睨みながら静寂を保つ彼女に不安になりながら「山猫」は聞いた。リューナははっとなり、それからまとめた考えをクーに突きつけた。

 

「『無理やり意識を逸らす』能力。『山猫』、あなたは『転生者』で『無意識を作り出せる』」

 

「山猫」はニヤリと笑う。

 

「流石学者だ。この短時間で辿り着くとは。センスは『狩人』と『赤ずきん』と同程度ですね」

 

「赤ずきん」?まさか……いや今はいい。「狩人」は大会のスポンサーの一人だった気がするがそれもいい。問題は特殊な能力を持つこの化け物にまだ立ち向かわなければならないのか。体力も魔力も底をつき満身創痍であるのに果たして生き残れるだろうか。

 

 

「お褒めは光栄。そっちはまだ戦えそうだね。まだ隠してる力はあるの?」

 

リューナが聞くと「山猫」は笑顔でリューナに手を向けた。するとその手に光が宿る。どこかで見覚えがある光り方で、まさかだとは思うがローリングで横に避ける。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

ーーー!

 

 

「それってセレネちゃんの……」

 

そして避けた先に投げてきた光のナイフを避けようとした。しかしここで足が傷が痛み地面に勢いよく倒れた。ナイフは彼女の頭の上を通過し地面に刺さって消滅した。

 

「ええそうですよ。これで手の内は明かしました。さて、それでは再開しましょう。まさかウォーミングアップで死ぬだなんてそんな興ざめありはしませんよね。お姉さん?」

 

 

ーーー

 

 

戦闘前に今後の方針を考える。

 

魔法は魔力切れで時間停止【虚次元】共に利用不可、魔力が回復し次第怪我の治療をすべきだが体の状態を考慮するとそれは現実的ではない。それなら死ぬ前に攻撃にすべての魔力を回して殺す方が勝算がある。戦闘はじめに使った速度上昇と身体強化はまだ効力を発揮しているから強化に回す必要もない。最悪接近戦に持ち込むのも辞さない。

 

まとめると残存する残りの魔力で一撃食らったら死亡する中裏の取り合いをする。

 

失敗すれば死ぬ。

 

 

 

覚悟を決めて弾幕を展開しようとしたがその前に「山猫」が突然現れ中断した。即座にその分の魔力を杖に込め刃を生成してナイフを受ける。続けて「山猫」の逆の手に光の刃を作り出し横腹を突かれかけるが腕を掴んでそれを阻止した。

 

「ほう、この速度を見切りますか」

 

「(冗談じゃない。更に速度が上がるの?)」

 

一瞬の攻防、彼女はどうにか全て防ぎきった。しかしただでさえ早い速度の攻撃が数倍単位で攻撃頻度と攻撃速度が共に増す。しかも動きは乱れる様子もなくまだまだ速度は上がりそうだ。

 

「(このままだとこっちも更に攻撃をしないと短期決戦にできない。どうにかして殺さないと)」

 

「手負いの獣ほど確実に殺したくなる。ですが焦っても逆に痛い手を食らうのは狩る側ですよ。落ち着いて」

 

考えが見透かされたように「山猫」は的確なアドバイスをした。全力で戦っているはずなのに確実に舐められている。

 

ふと「山猫」が消えた。またどこかから攻撃が来ると魔力感知を強め警戒する。下から魔力がとてつもない速度で近づいてくる。範囲的にこれはレーザーだ。バックステップで避ける。

 

「っでそこか!」

 

後方への牽制で放射状に広がる狭めの【火時計】を放つ。しかしそこには誰もおらず無意味に壁に当たる。だが視界の隅に「山猫」を捉えた。

 

「当たれっ!」

 

【秒針】を最高速で放つ。流石に距離が近すぎたのか腕に掠った。だが受けた傷はすぐに塞がりダメージにはならなそうだ。だが振りかぶったナイフがリューナから外れたのは大きい。

 

「成程、この速度でも当てますか。適応するとは素晴らしい」

 

言葉を聞いてる暇はない。間髪入れずに【秒針】を一斉に射出する。「山猫」を中心に囲うように配置し飛び襲いかかる。しかしその瞬間意識がふわっと浮いた。そして魔法の形を維持する力が抜け弾が消滅した。

 

「(………はっ!今確かに意識が落ちた。急に集中力が無くなったと思ったら……『転生者』の効果、予想以上に魔法と相性が悪いかも)」

 

そのスキに「山猫」は懐にまで入り込んでいる。腹にナイフを刺そうとするがこれをどうにか杖で守ろうと杖を振るう。が、二度目は流石にうまくいかず杖が弾かれて太腿の付け根に刃か刺さる。

 

「うっ!(ただでさえギリギリなのに足をやられたら……)」

 

「これで動きづらくなりましたね」

 

ここはチャンスだと「山猫」は更に手数を増やすだろう。その前に少しでも距離を取らないと。

 

太ももに刺さったナイフをそのままにして「山猫」はリューナの足を払う。痛む足を蹴られ踏ん張りもつかず彼女は簡単に倒れた。続けてやっとナイフを抜き倒れた彼女の心臓にナイフを振り下ろした。

 

「さようなら。リューナさ

 

ドゴッ

 

顔左面に強化の乗った強烈な右ストレート。片腕で体を跳ね上げ勝ちに目が向き心臓に意識を集中させた彼女なら逆にチャンスだ。起き上がりの上向きのベクトルを乗せて顔面に全力で拳を叩き込む。

 

「ぐえっ!」

 

結果は見事「山猫」の顔にクリーンヒットした。彼女の華奢な体が少し浮いた。だがそんな状態からでも空中で体制を整えきれいな体制で見事に着地した。その僅かな時間でもリューナと「山猫」は魔法の間合いへと戻した。

 

「フーッ…………フーッ…………」

 

無理やり足を動かしたせいでかなり痛む。今までの怪我のせいで気絶しかけるが歯を食いしばりどうにか持ちこたえた。殴られた「山猫」は何が起きたか分からなそうに赤い頬を触る。

 

「頬が痛い。まったく、弟子にも殴られたこともないのに。でもいい機転の効かせ方です」

 

【2nd=秒針】【3rd=火時計】

 

「山猫」の座標を中心に常に弾が行くように魔法を張る。それから痛む体に鞭打ち逃げるように後退しながら魔法弾を撃ち続ける。足が怪我しては接近戦には気軽に持ち込めない、複雑な魔法も組む余裕もないしただ物量作戦しかできないのが悔しい。時間を稼がなければ。

 

「ですが逃しはしませんよ」

 

【光柱】

 

後方から極太レーザーが薙ぎ払う。どうにかローリングで避けるも足がもつれてバランスを崩して転んだ。というよりも意識が落ちたのだ。逃げている最中も時々意識が落ちる感覚がしていた。

 

 

「(早く牽制を……!)」

 

起き上がり急いで広範囲に弾幕を放つ。だが照準が「山猫」に向く弾のみ弾幕が撃てない。立ち上がろうにも足の力がガクッと力が抜ける。逃げられずこれ以上弾幕を撃っても殆ど無駄打ちになる。しかし攻撃の手を緩めれば一瞬で追いつかれるから攻撃を止めるわけにも行かない。

 

立ち上がれないのは体力が尽きてきたのもある。出血が酷くなり意識が朦朧とする。何だか外気が寒く感じる。仕方がないから弾幕を少しだけ緩め魔法で止血だけはしよう。しかしもう肉体も精神も限界を迎えている感覚が恐怖を誘う。杖で体を支えおぼつかない足取りで歩いて逃げる。

 

「(冷静になれ冷静になれ冷静になれ……魔法を撃つ手を止めるな勝つ術を考えろ……)」

 

どうにか精神の平静を取り戻そうと思案する。何か妙案は無いものか。制作した魔法、セレネやアネッサとの研究成果、その他すべてなにかに役立ちそうな知識、脳の全てに思考を巡らすも考えつくのは何故か今までの思い出ばかりであった。

 

クーとアネッサと親睦を深めた思い出、セレネとの夜遅くまで続いた勉強の思い出、大学での辛くそれでも楽しかった思い出。振り払おうとしてもこびりついて頭から離れない。なぜそれらを今思い出したのか……

 

「……もしかして、死ぬのが怖い?」

 

走馬灯、知識や物語の中でしか知らない現象。死ぬ直前に楽しい思い出やつらい思い出が一気に吹き出る、よくある話だ。

 

 

もしかして負けると知って死を悟っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああああああ!情けないぞ私、ここまでたたかえて死ぬわけなんてないじゃない!」

 

腹の底から叫び己を奮い立たせ振り返る。自身の強化を全て外し全てを攻撃に回す。そして杖を構えて「山猫」を睨んで宣言した。

 

「【2nd=秒針】っ!ここからは魔法のペースのまま終わらせる!」

 

強化のない状態で攻められたのなら今度こそ死が待つ。必死に逃げただけあって距離はかなり空いているから今は有利な間合いだ。しかし仕留めきれずに近づかれたら落ちた速度では守ることさえできない。

 

「有利不利なんて細かいことは今は考えない、勝ちへの道筋を実行するだけ!」

 

だが怖気づけば何もせずに死ぬ。ならば最後に全力で迎え撃つのだ。

 

宣言の後彼女は最後にありったけの魔法を展開した。量は今までの比でなく文字通り空一杯、壁と地面一面に埋め尽くされた弾幕。視界全てが魔法弾だらけで発動したら避ける場所などない。そしてもしこれらで倒しきれないならば魔力切れで戦闘不能になる。

 

だが窮地で頭が冴えたのだろう。奥の手はまだある。

 

「ここまでやられてしまいますと迂闊に近づけない。こちらも本気を出さざるを得ません」

 

ダッ!

 

「山猫」はリューナに向かって真っ向から突っ切る。四方の弾幕を柔軟な体とスピードの前にはただの弾幕と変わりない。空中で体を捻じ曲げ、意識を飛ばし、幾度の連続ステップで紙一重で避け続ける。まるで嵐の雨粒を濡れずに歩くような絶望を豊富な技術のみで実現する。

 

「(しかし終わらせるという割にはただ物量を上げただけのような。意識さえ飛ばせれば勝ててしまいますね。恐らく彼女には作戦があるようですが間に合いそうです)」

 

数秒でリューナとの距離は数メートル。「山猫」はリューナの意識を一瞬だけ飛ばした。瞬間弾幕が止まりリューナも硬直する。その間に掴んだ首を支点に後ろに飛び首元に一突きナイフを根本まで差し込んで……

 

「エクスキューション」

 

全体重をかけて胸元までを一気に切り裂いた。差し込まれた部分から血が吹き、弾幕の雨に混ざる。明らかに致命的なダメージを受けたリューナは膝を付き閉じた目で天を仰ぎ見た。

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

最後の攻防を制したのは………リューナだった。

 

「……………………何を……した……?」

 

「血液に……ゴホッ……魔力を含めて、噴しゴフッゲホゲホ……噴射した……きっとクーちゃんは……こうする………って……」

 

切らせたのはリューナの考えた作戦の一つだ。血に予め魔力を仕込みあえて体に致命傷を与えさせる。そして斬撃で血が体外に出た瞬間にそれを弾幕に変質させる。

 

首を切っただけあって水圧は高く、散弾状の血液が「山猫」の全身に穴を空けて体を吹き飛ばした。全身蜂の巣にされ地面に伏す。再生能力で少しづつ傷が塞がっているが流血や他の怪我の大きさを差し引きしても戦闘は暫くできない。

 

「(本当はもう一つが失敗した時の保険のつもりだったけど……こっちが先になっちゃったか。もう魔法も維持する必要もないし攻撃をやめちゃうか)」

 

「な……でもそれは…………あなたも…………」

 

「本命は別にあるの。空を見て」

 

「空?…………ああ……」

 

二人が見上げる空にはまだ撃たれていない多数の弾が残っていた。色とりどりの弾幕は夏の天の川のように強く輝いている。思わず「山猫」は感嘆の声を漏らす。

 

「綺麗でしょ。でもあれ全部エラーコードなんだよ」

 

「エラーコード?」

 

「ふっふっふ、普段クーちゃんには魔法は教えてこなかったけれど最期に教えてあげる。これだけ大量の魔法だと維持するだけでも精一杯。オート制御を使ったとしても維持には何かしらの理力が必要なの。あなたから無意識を引き出す力とは当然相性が悪い」

 

段々と瞬く間隔が狭くなる。それに呼応するかのように輝きが増した。

 

「でもね、一部の魔法だと私の意志関係なしで発動できる魔法もあるの。例えば暴走した魔法が該当する。クーちゃんが短期間に意識を多く落としてくれたからこんなにできちゃったよ」

 

「もしあの空の魔法が暴走を始めたら一体どうなってしまいますかね」

 

「制御の枷が外れた瞬間全部の弾が一斉に全弾分発射して全てを無差別に破壊し尽くす」

 

つまりあの魔法の瞬きは莫大な魔力を持ったまま飽和した魔法が崩壊に向井不安定になりゆく様を表している。

 

「…………へぇ?」

 

「無論、私諸共で殺し切る確信もない。でもこの密度の絨毯爆撃、いくら動きが早くても果たして避けられるかな?」

 

「その挑戦状、是非受けましょう。避けきってみせますよ。この姉妹殺し」

 

 

それから二人は笑いあった。お互い体力も魔力も尽き戦う気力もない。師弟が談笑するには皮肉めいた刺々しい会話だ。未明の薄明るい空の星が美しい。もう少しすれば朝日も登って来るだろう。

 

「もうすぐ夜が明けますね」

 

「うん」

 

「朝日、拝めますかね」

 

「さあ?あ、でももうそろそろだね。さよなら!また会おうね!」

 

「ええ。また会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

【鬲疲ウ輔′豁」蟶ク縺ォ菴懷虚縺輔l縺セ縺帙s縺ァ縺励◆】

 

 

空に閃光が走る。同時に不安定な魔法が遂に崩壊を始め用意した全弾が一斉に放たれた。「山猫」は発生と同時弾幕から逃げ切ろうと全力でスタートを決める。そして道の真ん中で一人リューナが取り残された。

 

 

 

「…………セレネちゃんにまた会いたいな」

 

リューナはそう呟いた後、自身の振りまいた大量の弾幕を裁く、己との戦いを始めた。

 



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吸血鬼は月を墜とすか

コリノリヌス……?私はその言葉を聞いたことは欠片もない。何かの種の名前だったりをするのだろうか。少なくとも私には未知である。

 

「……分かりました。コリノリヌスさん、改めましてお手合わせお願いします」

 

正直覚悟は出来ていない。口と態度では先程の荒れ具合を取り繕っているけれど内心は今だ現実を受け入れられないでいる。彼女はコリノリヌス、彼女は敵、そう言い聞かせる。でないと私は全てを投げ出して彼女を抱いて泣いてしまいそうになる。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

だから私は無慈悲にも心を押し殺して極太のレーザーで彼女を撃ち抜いた。

 

が、しかし

 

【トーン:サイレント】

 

「ッツ!(体が!?)」

 

射出と同時に体にいくつもの小さく穴が開く。不可視の弾幕を先撃ちされたらしい。自身のレーザーによる視界不良も相まってどこから撃たれたのか見当もつかない。あるとするならば弾幕を貫通して……しかしそれにしてはあまりにも魔法が干渉しなさすぎる。

 

その間にもコリノリヌスはレーザーを避け私に迫る。

 

「(接近だけは絶対に!)」

 

【流星 ラピッドスターダスト】

 

無数の弾丸が降り注ぐ。夜空に瞬く私の弾幕はまるで星空のように美しいがそれ故に私でも恐ろしい。だが彼女は弾幕の隙間を見つけそこを通り抜けていく。やはりこの程度は彼女にとって障害にはならないようだ。だが、彼女がいくら強くても今の私にはまだ距離的な余裕がある。

 

【禍嵐ノ凪】

 

突然、魔力を含んだ突風が上空の私の式もろとも魔法を吹き飛ばす。魔力はコリノリヌスの物であり、きっと魔法のせいなのは分かる。

 

私に対して追い風の形であり逃げる私の速度も風に押されて大きく下がる。解析を試みるもそこで私は思い出した。

 

これは魔導書に存在した魔法に似ている。しかも記述された内容からは大幅に威力が強化されている。その上解析に対する強度もまるで私とリューナさんを意識したような過剰すぎるセキュリティだ。

 

そして何よりも驚いたのは「全くの無詠唱」でこれらを行った。感覚魔法はともかく、恐らくこれは理論魔法だろう。彼女は理論魔法よりも呪文魔法に適正のあることは以前に確かめた。性格が変わったとはいえ魔法の適性までここまで変化するだなんて。

 

【疾風怒濤】【トーン:サイレント】

 

「追いついた!」

 

一方コリノリヌスは自身にバフを盛ったらしく彼女の方から強い風を感じる。それ以上に弾幕を無視した接近は今までの数倍の速度で私に迫ってくる。対抗して目いっぱいの魔法で対抗するも遅く接近を許してしまった。

 

「当たれええ!」

 

声と共に彼女は剣を横に振る。私は咄嵯にそれを受け止めるがその一撃はとても重く私は大きく吹き飛ばされてしまう。家々の内を貫通し土煙を上げながらようやく止まることが出来たが、すぐに起き上がれないほどにダメージを負ってしまった。

 

「(まさかこれほどとは……)」

 

彼女は明らかに以前の彼女とは比べものにならないほどの力を手にしている。私が知っている限り、彼女が魔法を使用した場面を見たことはない。彼女は私の管理しきれない所でこれだけの技量を身に着けていたのか。

 

しかし、同時に彼女からの距離が出来たのはいいかもしれない。このまま逃げ切れればあるいは……。

 

そう思った時だった。

 

ツ-……

 

「(? 耳が濡れて……?)」

 

ふと、生暖かい何かで濡れるのを感じる。耳に触れてみると出血していた。意識すると確かに痛いし耳も聞こえない。

 

「……鼓膜が破れた?何故でしょうか」【回復魔法】

 

とりあえず鼓膜を治すために回復魔法を使用する。さて、音に気を付けて立ち上がり索敵。感知魔法を広げると……どうやら彼女は意外にも私を見失っている。今の内に回復と強化を積もう。

 

「(しかし……どうして今更見失ったのでしょうか。軌道は直線で痕跡も多い筈なのに見つけられないなんてあります?)」

 

と、彼女がまだ壊れていない建物の屋上で留まった。ここは彼女に吹き飛ばされた先の家の中、私が入った場所とは全く別の向きである。高台を取られているのが気がかりだが、潜伏が出来るならいい。

 

「コリノリヌス、あなたはどう来ますか……?」

 

一体どういうことかと思っていると……

 

 

 

「あのクソ聖女、私が近距離しかできないと思ってやがるな。だが好都合だ。感知か何か使ってるだろうし範囲から外れるか」

 

 

 

ズドンッ!!

 

【トーン:サイレント】

 

突然目の前の壁が爆ぜた。

 

「(っしてやられました!)」

 

遠距離に離れたと思ったら感知できない弾を使いだした。魔力の感知が意味を為さず、加えて発射と同時に彼女は感知魔法の効果範囲から逃げ出した。

 

しまった、相手を見失っては距離的な有利も効果が薄れる。しかも恐らく未だ高台にいるとすると完全に相手に有利だ。逃げられる可能性もあるから早急な再特定を優先する。

 

射線に気を付けて玄関から屋外に出る。結構壊したつもりでも遠くに飛ばされたせいで建造物はまだ残っている。これなら隠れる場所には困らないが……

 

破壊音と共に私のいた場所の頭の位置の壁が爆発する。咄嗟に避けてことなきことを得たが問題は玉が飛んできた先が全く分からないのだ。弾幕自体が見えず、着弾からの弾幕の性質が分かりずらい。

 

しかしそれはたった一つであればだ。周囲を見渡すと不自然に割れたガラスや数カ所にある同様の破壊跡がある。弾は多少の反射はするらしい。

 

しかしそんな反射する弾の照準はどう向けたのか。更にいえばどうやってこちらの場所を特定している?

 

私を追い四方カラフル見えない弾幕はどれも数回の反射を確実にしている。建物の下や路地の壁に跡を作り迫る。これを私感知の範囲外からしているとなると……

 

だが、考察に夢中の私は上方からの魔力にすら気づかないほどに注意を欠いていた。

 

「っあ!?」

 

咄嗟に回避をとるも既に遅く体の半分が弾に擦りカミソリの様な小さな傷が無数に走る。加えて被弾の速度と自身の強化が積まれた回避により音速に近い速度で私の体は吹き飛んだ。

 

「ぐっ……!」

 

数メートルの飛行の後に地面を高速で転がる。全身打撲と骨折で激痛が走る。しかしまだ戦うべきと地面に手をつくも力が入らずまたもや倒れ伏してしまう。

 

「(これは、まずいですね……)」

 

痛みに耐えながら必死に思考を続ける。今の私の状態はかなり悪い。元々、戦闘には向いていない上に負傷している。加えて相手の位置が未だに把握していない。

 

 

 

 

 

しかしそんな絶望も私は吹き飛ばされる途中の奇妙な気づきに吹き飛んだ。キーンと、耳鳴りのような音が響いている。鳥のさえずりを何倍にも高くしたような、そして赤子の声よりも何倍にも喧しい。

 

音は私が壁に衝突し止まるまで続き、止まった瞬間に急速に音階を上げて聞こえなくなる。私は音を聞き終えてしばらくは呆然と地面に伏せたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……もしかして!)」

 

奇跡であろうか。かつて魔法を理解しようとしていたときに偶然に覚えていた物を思い出した。確かにそれは無理そうではあるがありえなくはない。

 

それに……

 

 

 

_____アネッサが来た。別室で私の動作音がしたから来てみたら、とのこと。あまり激しく物音を立てているつもりもなかったからどれだけいい耳なのだろうか

 

 

 

私には確たる証拠がある。

 

 

 

【聴覚強化】

 

 

攻略手段を考えるのに少し時間がかかりすぎた。おそらく彼女は既に遠くへ、最悪町の外へと出ているかも知れない。弾幕が届いているとはいえ、彼女の才能は私が可能性を警戒する位には素晴らしいのは認めよう。

 

だが、彼女の命中率のトリックには致命的な欠陥があったのだ。

 

「(思えば、初めてあったときからお互い隠しものばかりしていたのかもしれませんね)」

 

魔法で自身の耳の捉える音の範囲を広げる。やっぱりだ、あの喧しい音が遠くから聞こえてくる。同時にあの不可視の弾幕も見えずとも「聞こえた」。

 

つまりあの弾幕の正体は音の塊のようなものなのだ。聞こえれば対処の方法は検討が付く。弾幕が音を放つなら予備動作が大きい攻撃と同じである、そこに魔法を放ち相殺すれば簡単に防げる。防壁を張る必要すらない弾幕に何を怯えていたのだろう。

 

相手も私の異変に気が付いたのか弾幕が通常の物に代わり始める。だけどもう時間は十分に稼げた。この街の地形は覚えてる。そこに魔法での解析を挟めば……よし!弾幕の反射のシミュレートから相手の居場所を特定できた。これは音声の指向性が高くなければできない芸当だ。しっかり魔法を学んだのが逆にあだとなった。

 

ならば、私はもう怯える必要はない。堂々と立ち上がり街を駆ける。

 

「(相手の弾幕で最も厄介な弾幕、ならば私も使わせていただきます)」

 

私もレーザーと通常の魔法弾に反射と私の出来る透明化を仕込む。そして私もまた反射のシミュレート、自動射出、ランダムルート巡回を設定し彼女を狙う。私の目にも見えないけれど今、私の魔法が地上に落ちた星空が誰かには見えているかもしれない。

 

「さて……来た!」

 

最初に彼女の元に着いて10秒、フィードバックの情報を元に感知魔法を展開、コリノリヌスを補足した。更に彼女を中心座標として感知魔法を固定する。彼女がハッキングで解除、逆利用が可能かは不明だ。しかし私がそんなことさせない。

 

絡め手で来るのならこちらは裏の裏を突くのが最善であり礼儀だろう。場所が特定できたのならば彼女にとっての最も意識外から攻める事にする。

 

照準は彼女に、精一杯の魔力を込めて式を組む。夜明け間際の暗い街に芸術的で、だがそれ以上に恐ろしさを本能的に感じる光が明るく照らして血だらけの私も光輝かせる。

 

ああ神様、どうか許してください。私は今から罪を犯します。短い合間、家族のように過ごし愛しあった大切な仲間を今から手に掛けます。どうして私にこのような試練を課されたのか私には分かりかねます。ですがもう少し手心が欲しい、だなんて願う私は罪でしょうか。いいえ、罪なのでしょうね。

 

祈るように手を合わせ、私は魔法の枷を外す。研究の成果で私の魔法の効率は更に増し出力は200%にまで到達した。

 

「(神よ、お導き下さい。どうか私が狂わない内に)」

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】EXTENDED

 

そして夜の街から一筋の光の筋が放たれた。

 

 

 

一方

 

「ッくっそ!あの野郎なんてもん放ちやがる!?街ごと吹っ飛ばすきか!?」

 

魔法が放たれる少し前、彼女は着々と自身が追い詰められつつあるのを肌で感じていた。不可視の弾幕の正体が自身の声と特定された、しかも先程から自分の行く先に弾幕が彼女を蝕んでいく。自身が何度も使ってきた搦め手であるのに敵に回るとこの上なく恐ろしい。だから体は一瞬で満身創痍、今は逃げ先を探している。

 

しかし、それも遅かった。

 

放たれた魔法は先程まで彼女がいた場所を簡単に消し去る。音もなく、ただ徹先の全てを破壊する光線に本能的に恐怖した。直前で真上に飛び回避をしていなければきっと光に飲まれていただろう。

 

「やっと会えましたね」

 

そのさらに上、傾いた満月を背に私はいる。

 

「はっ!?」

 

 

 

【光柱】を放つ瞬間、私は彼女に向かって跳んだ。壊される建物をかきわて逃げた先の彼女を確実に仕留める為の裏の裏、正面突破で距離を詰めた。

 

「【【日蝕 クローズドアイズ】、光の波長を変える魔法です。弾幕の波長を可視光から外しました。だから見えなかったのですよね」

 

「仕返しってわ………!?」

 

空中で落下しながらコリノリヌスは振り返る。彼女の焦りようは激しく、だが私の左目を見た途端に絶句した。ああ、そうだとも。私はあなたに顔を切られた時に左目の瞳が切れたのだ。止血はしてあるけれどもう二度と視力は戻ることはない。完全に失明している。

 

「はい、ですが二度と使うつもりはありません。この技はあまりにも非人道で強すぎますので」

 

しかし私はその程度では止まってはいけない。ただ今は、敵を倒し後で嘆けばいい。だから最後に彼女に精一杯の最後を。

 

5本の細い【光柱】を作り出す。一本一本が彼女の四肢と声帯に殆ど接触する位置に照準を向けている。小さな円環の式が輝く様は神性な光輪にも感じてしまう。だが、いやだからだろうか、彼女は今後に自らの身に降りかかるであろう最悪の結末を予感し青ざめていた。

 

「い……嫌だ!死にたくない!止めて、止めろおおおお聖女セレネええええええええ!」

 

しかし私は魔法を止めない。最後に私は目を閉じ、一筋の涙を流しながら微笑んだ。

 

「また会いましょうね、アネッサ」

 

言葉が言い終わると同時に【光柱】が手足を貫いた。

 

【光柱 ピラーオブムーンライト】

 

 

 

ー--

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

手足の無い、声も出せない彼女を背負い連れ帰ボロボロの街を歩む。傷だらけの体に【回復魔法】で鞭を打つ。

 

私は彼女に魔法を向けた。だが私だって彼女を殺すのは嫌なのだ。たとえ彼女が私達の知るアネッサが虚構だとしてもアネッサとしての思い出は消えない。きっとまたあの丘の教会で一緒になれるかもしれない。

 

だから私は自力で再生できる範囲で彼女を生け捕りしたのだ。四肢を切断したのは一見重症で、だから私やリューナさんに頼らないといけない状態にした。帰ったらナツメさんにと交渉して彼女の持つ情報と引き換えに身の保証をしてもらう。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……きっとすぐに、あなたの体を戻しますから……」

 

気絶した彼女の重さと不安定な地面に何度も足を取られながら私は馬車での道を歩いた。気が付けば空は少しずつ赤く、美しい朝焼けが私達を照らしている。希望を見失わないように私は空を見上げる。

 

「あとちょっと……あと、ちょっと……!?」

 

私は思わず足を止める。見上げた空の赤さは何も朝日だけではなかった。赤い空には黒い煙が立ち上り、ぬくもりとは程遠い焼けるような熱さを肌で感じる。煙の場所は私達の住んでいた家だった。

 

私は走った。そして息が切れるまで走り続けた。

 

 

 

 

 

 

そしてようやくたどり着いた先に待っていた光景は。

 

「そんな……」

 

「ああ、終わったんですね。朝食に肉でも要りますか?」「おかえりなさい、聖女様。お勤めお疲れ様でした」

 

 

 

無残にも思い出も詰まった私達の家は黒く熱く燃えいる。そしてその横ではまるで燃える家とは無関係のようにルナシ―と狼さんが食事をしていた。

 

私はその場に崩れ落ち、涙を流す。

 

私の大切な場所はもうないのだ。

 

 

 

「ぅ……ぁ…………」

 

同時に戦闘と回復で多量の魔力と体力を使い果たし私は遂に気絶した。

 



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カノン:ルナシ―とクー(山猫)の雑談

ルナシー「……遅い」

 

山猫「街から見えましたよ『赤ずきん』」

 

ルナシー「でしょうね、『山猫』」

 

山猫「まずはおめでとうございます。彼との戦闘の感想はどうですか?」

 

ルナシー「弱いしつまらない。ちーととか何か知らないけど無駄に生命力ばっかり強くてうんざりする」

 

山猫「ははは、あなたらしい感想です。しかし私も同じように思いますね。自力で抗えないのなら貰い物の力でどうにかできる訳ないでしょう」

 

ルナシー「だな」

 

山猫「困ってる時に力を与えて救ってくれる、そんな都合の良い神様なんている筈ないでしょうに」

 

ルナシ―「セレネみたいな事言うなお前。肉いる?」

 

山猫「ではご厚意に甘えて」

 

ー--

 

ルナシー「お前、どうしてそんな姿なんだ?向こうだとタッパもデカかったよな」

 

山猫「顧客からの作戦指示で投与した薬品で体年齢だけを幼く戻しました」

 

ルナシー「にしては心もだったと思うが?」

 

山猫「本当は共同参加者と同じ『転生者』を使用する予定でした。しかしそれでは面倒なので個人の判断で直前にIQ溶解剤を使用しましてね」

 

ルナシー「もっと分かりやすく言え」

 

山猫「馬鹿になる薬とでも言いましょうか」

 

ー--

 

山猫「最近『狩人』はどうですか?」

 

ルナシー「お前がいなくなってから後釜を順調にこなしてたぞ。大会で参加してたの見なかったか?」

 

山猫「見ましたよ。いつの間にか背後取りがあそこまでになるだなんて流石私の娘ですね」

 

ルナシー「つーかいままでお前何してたの?仕事ほっぽってまで」

 

山猫「少し趣味の歴史研究をしておりました。流石水竜のデータベースです。人類のデータ、特に2000年前後のサブカルチャーの研究がはかどりましたね……ってどうしました?」

 

ルナシー「だからか。お前の悪い癖出てたからな。よく分からないのをちょくちょく会話に混ぜるの」

 

山猫「え、そうですか?ああ、それならごめんなさい。猫は覚えたての知識をついつい使いたくなる生き物なのです」

 

ー--

 

山猫「あなたこそよくこの仕事を引き受けましたね」

 

ルナシー「戦えるって聞いたから私が引き受けた」

 

山猫「またお母さまですか?」

 

ルナシー「あいつ参戦させるとマジで戦争どころじゃないからな。国の馬鹿もそこんとこ分かって先に私に話通した」

 

山猫「お婆様も戦力だけなら適任ですが……性格的に向きませんしね」

 

ー--

 

山猫「ふう、お肉有難うございます」

 

ルナシ―「おう、骨はそこ捨てとけ」

 

山猫「さて、私は最後のお仕事ですね」

 

ルナシ―「あれ、もう終わったんじゃ?」

 

山猫「ああ、そうなんですが裏切ってしまった謝罪として最後位しっかり謝罪を込めて締めようと思いまして」

 

ルナシ―「で、その手に持った火をどうするつもりだ?」

 

山猫「ここは彼らが知るにはあまりにも重要過ぎる情報が多すぎます。だから私の顧客からもし任務に失敗したらここを燃やすように指示されまして」

 

ルナシ―「あー、一応関係ない他の奴の荷物だけ出しとけ」

 

山猫「もう済ませています。逃げ出す次いでに着払いでクロヒメの自宅に送っておきましたよ」

 

ルナシ―「じゃあ早くやれ。私はもうここには飽き飽きしてんだ」

 

山猫「分かりました

 

 

 

BONFIRE LIT

 

 

 

」ボソッ

 

ルナシ―「また発作出てるぞ」

 

山猫「HUNTING NIGHTMAREとかもどうでしょう?」

 

ー--

 

ルナシ―「で、お前この後どうするんだ?」

 

山猫「暫くは黒き森で復帰ですかね。猫は気まぐれ、それゆえどっちつかずが性に合ってます」

 

ルナシ―「暫くしたら私も返ろうかな。ここ最近実家帰りはストレス発散でしか行かないし」

 

山猫「ではその時にまた再会できればいいですね」

 

ルナシ―「もう行くのか。じゃあな」

 

山猫「さようなら、また会いましょう。弟子が来たら復帰すると伝えてくださいね」ダッ

 

ルナシ―「……相変わらず自由で胡散臭い奴だな、全く」

 

ー--

 

???「お~やっほ~。派手に燃えてるね~」

 

ルナシ―「ってお前も来たのかよ」

 

???「ははは~もしかして気が付いてなかったの?」

 

ルナシ―「こそこそ覗いてるのは知ってた。で、何の用だ?」

 

???「ん~とね、ミツキの死体ってどこ?あれ欲しいって人がいるから回収しに来た」

 

ルナシ―「一応聞いておくが食用か?」

 

???「顧客の情報は盛らせないかな~」

 

ルナシ―「チッ帰れ」

 

???「はいは~い、じゃ~ね~」

 



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カノン:作戦番号9495AJ及び関連データ群

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それではごゆっくり。

 

 

 

ーーー

 

作戦番号9495AJ「勇者追放」

 

 

 

結果 当初の目的は成功したが戦略的には大きく失敗した

 

 

 

概要

 

現在勇者としてオーリカ王国で活動している「Re-Narrowhero」(以下勇者ミツキ)について現状の成果と被害状況から別個体への転換を実行します。転生者や非検体の性能については別途資料を参照してください。

 

 

 

目的

 

「転生者目録:Re-Narrowhero」を事前に参照して下さい

 

当個体は周囲に大規模かつ致命的な精神的及影響を発生させ、現在多くの都市で軍事的戦闘能力の低下を引き起こしました。

 

しかしオーリカ国の6割全権力を掌握した現在、当個体の能力は一般市民の経済活動に大きな影響を及ぼします。事実当個体が冒険者として有名になり始めたと同時期に周辺地域のGDPの上昇と知能指数の低下を観測しました。あ

 

また非影響下の人物が当個体への不信感により密告や逃亡を試みる問題が発生し精神影響を受けた職員が当個体のコミュニティに亡命するといった反逆行為も現在の問題です。

 

特に後者の問題は一定の魔力量を保持する生物や精神耐性のある人物に対して大きく問題となり現在勇者・聖女(以下勇者パーティー)でも疑惑を持ち始めています。

 

よって当個体を勇者・聖女から隔離し新たに用意した人員を補填します。

 

 

 

作戦内容

 

第一段階に老朽化した地下住居空間を廃棄し、勇者パーティーをそこに誘い込みます。詳細はこれらは作戦アーカイブを各自確認してください。誘い込んだ先で「転生者」を使用した部隊員を勇者パーティーと合流させ保護、合流させます。

 

作戦部隊は各自任意の方法で勇者ミツキを暗殺、亡命等の方法で勇者パーティーから隔離します。隔離した後別の捕獲部隊が捕縛し処理します。

 

派遣される作戦部隊の人員に関しては各自別途資料を参照してください。

 

 

 

機動部隊名簿

 

・Re-Corynorhinus 特徴 生物兵器

 

・Puss 特徴 黒き森の傭兵、通称は「山猫」

 

 

作戦結果

 

作戦部隊の検討により勇者ミツキの殺害には成功しました。しかし作戦部隊員の捕縛と部隊員1名の逃亡、勇者ミツキの死体の盗難、勇者パーティーのコミュニティ内の雰囲気の悪化が引き起こされました。当初の目的は達成しましたが同時に多くの問題が発生しこれらの問題の終息の為に新たな作戦を現在立案中です。

 

添付資料

 

勇者パーティーとの合流前の映像記録

 

 

追記

 

よし とある参謀

 

ー--

 

 

 

転生者目録[Re-Narrowhero]

 

当個体は自他へ知能の激しい低下を引き起こす特性を持ちます。影響下にある対象は一般的に常識とされる行為の忘却、人間性の減衰とそれに起因する道徳心の麻痺、起こりえる可能性が著しく低い偶発的な現象の高頻度な発生が発生します。

 

また副次的に当個体への恋愛感情や従属意識の増大、イデオロギー的に重要な役割への任命、非影響下の人物への強い嫌悪感を引き起こすこともあります。結果、当個体の周りでは二元論的な価値観による対立構造が多発する傾向があります。

 

当個体はそれらの能力について「神様にゲームの世界に転生させてもらったから」と認識しており、自らを16歳で死亡し、2000年代の日本から異世界転生した男性だと認識しています。ここでの転生と転生者には関係はありません。

 

追記 観察過程にて当個体が意図しない時空間干渉能力を会得しました。このことについて各自研究者が現在この現象について研究をしています。

 

追記2

 

物理屋が逃げたぞ!追え! s博士

 

ー--

 

 

 

兵器番号 I4A2-13F\x-コリノリヌス-α

 

説明

 

当個体は人間と哺乳綱翼手目の特性を有した人間です。生物兵器開発部門により遺伝子的に人工的に開発されました。当個体は蝙蝠科の特徴として音に関するあらゆる器官が異常に発達しています。

 

人間を大きく超えた範囲の周波数が発生可能な声帯は0.XXX*10*-X~X.XX*10^XHzの範囲で自在の発声が可能です。また強度も人間から逸脱しており130Db以上の発声が可能です。主に当個体はこれを攻撃目的で使用します。現在確認している攻撃手段は潜入途中で会得した魔法含め以下の通りです。

 

 

【共振 裂】 武器を自身の声と共鳴させ、振動により切断属性を付与する

【トーン:サイレント】 自身の声を弾幕として放つ 反射や回折といった音の性質は備えている

【旋風】 風を発生させる

【禍嵐ノ凪】 突風を発生させる 【旋風】の上位互換

【疾風怒濤】 自身に風を纏わせ速度を上げる

 

 

当個体は呪文魔法を多く使用します。しかし多くは可聴域外での発声の為見かけでは感覚魔法と判断される場合が多いです。

 

また聴覚も発達しており可聴域も広く自身の発声した全ての音声を聞き取る事が可能です。なお背中に羽はありますが飛行には適しません。吸血能力もありません。

 

 

 

追記

 

こんな可愛い子が型落ちだなんてなんて非人道的な! s博士

 

次世代開発したのあなたでしょうが P博士

 

ー--

 

新人職員の為の転生者についての概要と催淫剤としての使用例(200+20万字)

 

転生者を初めて使用する研究者は以下の概要の確認が義務化されています。

 

転生者とは記憶、性格、思想、感性、生物的な本能等精神的を任意に改変する技術の総称です。

 

現在様々な形状で作成され、光や液体、薬剤、生物、または存在そのものが影響を及ぼす物など多岐に渡ります。その為使用時には誤使用に注意してください。

 

追記

 

エロ同人のネタとして流布するのはマジで止めろ。これ機密ぞ 魔術研究部門代表

 

駄目ぇ!? s博士

 

 

ー--

 

 

 

勇者パーティーとの合流前の映像記録

 

 

 

(監視カメラは生物保管庫を映している)

 

(扉が開く音)

 

山猫「おや、まだ彼女は来ていないのですか」

 

山猫「じゃあ……先に私だけ準備しますか」

 

(部屋から出る)

 

(サーバーの使用状況から施設のデータを閲覧している、また保管している物資の盗難、無断使用をしている)

 

(120分経過、子供の姿の山猫が再び入る)

 

山猫「ふう、調合に手こずりましたが上手くいきましたね」

 

(山猫の鼻歌が聞こえる)

 

(30分経過コリノリヌスが部屋に入る)

 

コリノリヌス「廃墟漁りとは流石田舎の傭兵ね」

 

山猫「よろしくお願いします、あなたがコリノリヌスですね。噂の通り私達に似ています」

 

コリノリヌス「そんなことはどうでもいいわ。早くコレ飲んで」

 

(コリノリヌスが指定された転生者の薬剤を渡す)

 

山猫「これが転生者ですか。初めて見ましたね。大変興味深いです。お一つお持ち帰りしても?」

 

コリノリヌス「はぁ、駄目に決まってるじゃない」

 

山猫「まあ、猫はもう持ってますけれど」

 

(所持していた空の注射を見せる)

 

コリノリヌス「ふーん、見せて……まあ効果はほぼ同じだしそれでもいいか。じゃあさっさとこれも飲んじゃって」

 

(二人は薬剤を使用する、同時に事前の作戦により施設の全てが施錠される)

 

コリノリヌス「これでお互い逃げられないわね……って何寝ようとしてるのかしら」

 

山猫「調べ事の後なので猫は少し眠いのですよ」

 

コリノリヌス「この後は偽装工作でしょ!仮にもこれから私達は姉妹になるの……うっ!転生者もう体に回ったの!?」

 

(コリノリウスが実験体の処理装置を起動する。絶叫が響き血が部屋全体に飛ぶ)

 

コリノリウス「はぁ……はぁ……危ないわね。さて、指定された服は着た、転生者も投与した。最後にコードネームを確認するわ。私はアネッサ、あなたは?」

 

山猫「クーです」

 

コリノリヌス「一応覚えてはいるのね。じゃあ、これからお願いね、クー」

 

山猫「はい、アネッサ」

 

(転生者の作用により同時に二人は倒れ込む)

 

(10秒経過、山猫が起き上がる)

 

(山猫が呑み込んだはずの薬剤を砕いて跳び散った血に溶かす)

 

(再び山猫が寝る)

 

(10分経過、二人は起床 コリノリヌスが部屋の角で静かに泣いている)

 

(20分経過、山猫が自身に注射器で投薬、気絶する。必死にコリノリヌスが起こそうとするも山猫は動かない)

 

 

 

(中略)

 

 

 

(32時間経過、金属音が響き部屋の扉が開く)

 

セレネ「よいしょっと。すみませーん、どなたかいますかー?」

 

ー--

 



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