シャニこべ (あんふゆ)
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さくさく

親に家を追い出された。結果だけ聞くと親が悪いように感じてしまう人もいると思うから言っておくけど、これに関しては私が完全に悪いのだ。

何かしたの?と聞かれれば答えはノー。むしろ何もしてなかった。

私は二年前に大学を卒業した身なのだが、実は就職活動という重大イベントを面倒臭くてサボっていたのである。

まあ働くなんていつでもできることだから今はまだ遊んでいたいな~、なんてゆるゆるな考えを持っていたことは否定できない。

 

四年間過ごした大学にサヨナラグッバイ別れを告げて私は実家へと凱旋した。

父母も当初は「ゆっくり考えればいいよ」と優しく声をかけてくれたのだが、まさか息子が社会不適合者になってしまうなんて考えは彼らの頭の中にはなかったようだ。

半年ごろごろしたころにバイトもしないのかとせっつかれるようになり、それからも半年だらだらしていれば将来を真面目に考えろとお説教を食らう毎日に変わった。

妹にも冷たい目で見られるようになってしまった。つらい。

 

それでもすっかりニート生活に慣れてしまった私はどうにも動こうという気にもなれず、のらりくらりと父からの叱責を躱し続ける日々を送っていた。

適度な運動!過剰な睡眠!素晴らしい、天国とは自宅にあれり。

今日も手作り餃子とビールで優勝していくわね……わははは。

 

そんな毎日を送って二年。

ついに本日、とうとう家から追い出されてしまったのであった、まる。

うそーん、まさか神話で描かれるような楽園追放をこの身で体験することになろうとは……

 

所持金二百円。もちものなし。

こんな装備で旅立たせるなんて、パッパは私のことを本当に可愛いと思っているようだ。

初代ポケモンでもこんな状態で出発することはなかったぞ。

まるで今の私は『ここに三匹のポケモンがおるじゃろ?』みたいな素敵な仲間との出会いイベントに遅れてしまったサトシ君だ。あれ?じゃあピカピカ発声する黄色いマスコットがいるはずなんだけど……ネズミさんどこ……?ここ……?

 

思いのほか慌てている脳みそを冷やすために、近くにあった自販機でお茶を購入して一服する。

キンキンに冷えたペットボトルを傾けて一気に飲めば、カテキンが身体に染みわたった。

フーーースッとしたぜ。私は常人と比べるとチと荒っぽい性格でね。ほぼ勝ち確の試合を運ゲーでひっくり返される時なんかによく発狂しそうになるのだが、そういう時はお茶を飲んで頭を冷静にすることにしているのだ。

うん、流石は選ばれしお茶だ。のど越しが違う。頭が冷えたよ。

 

落ち着いて考えてみたんだが、この状況はなかなか悪くはないのではないだろうか。

実は私はサバイバル生活というものに憧れを抱いていたのだ。

幼少の頃、芸能人が無人島に放り出されて過ごすテレビ番組を見て興奮していたものだ。私も人生で一度は狩りで獲得した獲物を掲げて「とったどー!」と叫んでみたい。いや、やるならこのチャンスを生かすしかない。

 

クラーク博士だって今日も札幌の青く広がる空に向かって腕をかざしながら言っているじゃないか、少年よ大志を抱けと。

ぼーいずびーあんびしゃす、やはり先人のありがたい言葉はいつだって勇気を与えてくれる。まだ体力の残っている若い時分に無茶するしかないのだ。

 

ありがとうクラーク博士。私は今日からホームレスになってサバイバル生活を始めます。

 

決まったからには善は急げ。

私が生存するに適した拠点を求めて旅に出る。

さすがに家の近くに陣取ったらご近所さんの噂の的になってしまうだろう。

私は他人からの評価なんてどうでもいいが、家族に迷惑が掛かることは間違いない。

家から追い出されたといっても大切な家族だし、厄介ごとが起こらないように遠ざかっておくとしよう。

 

 

 

 

 

そんなわけで実家から徒歩で五時間ほどかかる別の町に移動。

どこかいいところがないか吟味しながら歩いていると、広めの河川敷を発見した。

大きな川にかかる橋の下は暗い影が差していて人が潜むにはちょうどよさそうだ。

お邪魔するわよ~とさっそく侵入。浮浪者の姿、なし。痕跡、なし。

雑草は無造作に生え、整備されている様子もなし。

 

いけると確信して、道中のスーパーでもらってきた大量の段ボールで仮住まいを構築する。段ボールは万能の素材。陣地を貼って自分の縄張りを主張するだけでなく、このようにベッドを作成することもできる。

数時間かけて住居が完成。背の高い雑草に遮られて外からは見えにくいが、橋の下の一角には六畳一間くらいの段ボールハウス(屋根付き)が鎮座していた。

 

疲れたな~とベッドに寝そべって、ここまで来た道中を思い出す。

なんかやたらと女の人が多かったな……そもそも男を見ていないような。

なんとも珍しい日だ。

いや、珍しいのは私の方か。休日の昼間から汗を流して段ボールを両手いっぱいに運んでいるジャージ姿の男などなかなかおるまいよ。

よっぽど珍妙な格好だったのか道行く人がみんなこちらに目を向けていた。

 

……待て、自意識過剰か?

もしかしてみんな私が持っていた段ボールを見ていたのでは……ふふん、だとしたらなかなか見る目がある。

なんたって私が各地のスーパーで厳選した選りすぐりの素材だからな。HPと防御に秀でた個体たちよ。

 

そうなると、この街に来てから話しかけられたイケメンな女子高生には悪いことをしてしまったな。突然声をかけるものだから逃げてしまったが、今思えば彼女はおそらく段ボールを譲ってほしかったに違いない。

しかし彼女も悪いだろう。声をかけられてびっくり、振り返ったら美少女でびっくり、口から出てきた言葉がイケメンでびっくりの驚き三段重ねだったのだから。

 

『どうしたんだい?あなたのような可憐な花がそんなに大きな荷物を運んでいるなんて。困っているのならぜひ私に手伝わせてほしいな』

 

きみ、ひょっとして夢小説の中から出てきた人?

いや、顔面偏差値高いとは思ったけどまさかセリフまでそんなこと言うとは思わないじゃん。ファーストインプレッションはただの超美少女だったけどそれを聞いてから王子様にシフトチェンジだよ。初めて家系ラーメン野菜増し増しで注文した時よりもインパクト強いよ。

 

しかしながら、彼女の提案は非常に嬉しかった。

私はその時点で四時間以上段ボールを抱えながら歩いて疲れていたのだ。

手伝ってもらえるなら(しかもこんなに綺麗な子に)すぐにでも手を取りたいと思ったのだけれど……冴えない男と女子高生が並んで歩いているさまを想像して動きが止まった。

 

『今日の午後、○○市で高校生の少女を連れまわしたとして住所不定無職の男が逮捕されました。男は”そんなつもりはなかった”と供述していますが、警察は男が少女と淫らな行為に及ぼうとしたとして─────』

 

アカン(アカン)。

ニュース速報一直線。

通報、逮捕、私トホホ。

当事者たちが合意していても世間には理解してもらえない事例は星の数ほど存在するのだ。みんなも自分の身は自分で守ろうね。世知辛いのじゃ。

 

若干息を切らせつつ、だ、大丈夫ですぅーと断ったがなかなか彼女が折れないのでダッシュで逃げた。

こういう時に体力って必要だよね。日ごろから運動していてよかった。

って思っていたら彼女も「待って!」と追ってきた。

 

なんで?(半ギレ)

 

「本当に心配なんだ!」

「怪しいものじゃない!私は283プロのアイドルで──」

 

背後からついてくる少女の声は本当に私のことを案じているように聞こえて後ろ髪を引かれるが、刑務所暮らしはさすがに拙いので振り払うように速度を上げた。

しかし彼女もかなり速い。必死に逃げつつ後ろにチラチラと視線を向けると、ポニーテールを風になびかせながら綺麗なフォームで追い上げてくる。

 

ど゛う゛し゛て゛女゛子゛高゛生゛と゛鬼゛ご゛っ゛こ゛す゛る゛羽゛目゛に゛な゛っ゛て゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛!゛!゛!゛

 

心の中の謎のギャンブラーが絶叫するが、走っている私にそれを表に出す余裕はない。

なおも追いすがる少女と数分のチェイスをしたところでようやく撒いたのだった。

 

 

 

……なるほどね、ずっと追ってくるからなんなんだと思ってはいたけど、段ボールが欲しかったのなら納得だ。もしもまた彼女に会うことがあったらお詫びのしるしに最高の段ボールを分けてあげよう。

ベッドの上で考え事をしていたら瞼が重くなってきた。どうやら思っていた以上に疲れていたらしい。食事に関しては眠りから覚めた後にどうにかしよう。じゃあおやすみ。

 




かんたん世界観
・おとこ
 かずが すくなく ちからもない。 ひとりだと わるい おんなに つかまり ゆくえふめいになる よわくて なさけない いきものだ。

・おんな
 ちからが つよく たよりになる。 りせいを うしなった おとなは きょうぼうになり おとこを おそう。 くちからだす はかいこうせんは すべてのものを やきつくす。



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あさあさ

おはようございまーす!

目覚めた瞬間はどこだここって思っちゃったけどそういえば家族から離縁されたんだった。

まあそのおかげで一軒家持ちのホームレスになれたのだから切り替えていこうぜ。

新たな我が家はこじんまりとしているものの落ち着きのあるスイートホームなのだ。あれ?ホームレスってなんだっけ?(おめめぐるぐる)

 

さて、人間の生活の基本となる衣食住のうち住は用意できたが、目下のところの問題は食料と衣服になる。

 

食料問題を単純に考えるなら、目の前の川で魚を取ったり河川敷にいる昆虫や植物で済ませられそうなものだが、どうだろうな。多少食べたらやばそうなものでも火を通せばなんとかなるか。

そちらはいいのだが、衣服についてはどうしようもないよなぁ。今着ている汗を吸っていて臭いジャージしかないわけだし。

幸い春先でそこまで寒いわけでもないから、川で洗った後は乾かす間裸で過ごせばいいか。

 

 

とりあえず汗臭いジャージを洗おうと家から出たところで、私の耳に元気のよい軽快なかけ声が聞こえてきた。

よっ、はっ、ほっ!と短い単語だが声が通っていて非常に聞きとりやすい。

ケツワープに挑む配管工でもいるのかと思い、橋の下を出ないように草むらの中から外の様子を盗み見ると、遠くの方に踊りの練習をしている女の子の姿があった。

 

背丈から考えるに中学生くらいだろうか。

少女はアクロバティックな技を次々とキメてはぶつぶつと何か小さく呟いて踊りを繰り返している。

はぇーすっごい、彼女はダンス部か何かかな?

私だったら三秒持たずにひっくり返りそうな足運びでずっと動き続けている。

素人が遠目で見ても分かるのだから、あれは天才ってやつなのだろう。

なぜ部活の練習を朝っぱらからこんなところでしているのかは分からないが、彼女の一挙手一投足に思わず見入ってしまう。

 

中学校でダンスか、懐かしいなぁ。

私も中学生の時は体育の時間によく踊っていたものである。

教えてもらったボックスダンスに夢中になりすぎたせいで、盛大に転んで腕の骨が折れたのは良い思い出だ。

体育教師は泣きながら怒っていたよ、わはは。

 

さて、鑑賞会もここまでにして私も動き出すとしよう。

素晴らしい演技を見せてもらっておいて申し訳ないのだが、一文無しなのでおひねりはだせないぜ天才少女よ。アデュー。

ま、五十メートル以上の距離があるし聞こえるわけないか。

私は捨て台詞をクールに決めて茂みの中へと姿を消したのであった。

 

「……んー?」

 

少女が不自然に揺れた草むらに気づき、手を眼鏡のように形作ってこちらを覗いていたことも知らずに。

 

 

 

 

 

川のそばに寄って上着を脱ぐ。

流石に水辺に近いと寒いな。

ここは日差しも当たらないし。

体温を維持するためにも、今日はズボンを洗わないことにしよう。

体温調節で意識すべきは身体を通る太い血管だ。足の付け根や首などのケアは怠らないようにしなければいけない。

冷たい川の水で上着を洗い、水気を絞る。

昔の人のように洗濯板で綺麗に…とまではいかずとも、吸いついていた汗は流れていったことだろう。

 

 

はてさて、唐突なんだがピンチというものは往々にして人が油断した時に現れがちである。

大学生のころレポート書き終わったぞ~とウキウキ休日を過ごしていたら、課題がもう一つ残っていたことを期限残り一時間前に気づくことなんて珍しくない。

 

故に今回も私は気が緩み切っていたのだろう。

食料はどうするかな~と楽観的に鼻歌交じりで段ボールハウスの前へと戻ったその時のこと。

 

「すごい!段ボールのお家だー!」

 

その声を聞いた私の感情はこの世の言葉で表せるものではない。

心の内側はムンクの叫びのごとく捻じ曲がった恐怖に彩られ、聞き間違いであってくれとひたすらに神に祈った。

地獄に垂らされた一筋の糸に縋るように、錆びたブリキと化した首をギギギと背後に向けると、そこには先ほど踊りの練習をしていた少女が驚きと興奮に満ちた瞳で佇んでいた。

 

「ええー!?男の人もいる!」

 

半裸の男と女子中学生が二人きり。何も起こらないはずがなく……(通報)

 

おわた。人生終了のお知らせである。

え?ホームレスの時点で人生終わってるって?

いやいやそんなことはない。ホームレスから成りあがった人なんてざらにいるさ。

とりあえず少女に向かって身の潔白を主張してみる。

ゆるして、わたしはわるいホームレスじゃないよ(プルプル

 

「何を許すんすか?」

「それよりこれってお兄さんが作ったんっすか!?」

「わぁー!ベッドとか椅子も段ボールだ!」

「それにわたし男の人の裸初めて見たっすよ。へぇ~ほんとにおっぱいないんすね、触ってみてもいいっすか?……うーん、思ってたより硬くないんすね」

「ところでお兄さんはどうしてこんなところにいるんすか?橋の下に住んでるんすか?」

 

いやめっちゃグイグイくるなこの子……。

私が固まっているのをいいことにあちこち動き回って物色している。

好意的なのは都合がいいのだけれど、なんだか心配になるくらい純粋っぽい。

距離感も近いし、最近の中学生って不審者に対する防犯意識が低いのか?

いや私は決して不審者なんかではないのだけれども。

しかしこの様子ならお願いすれば素直に帰ってくれるかもしれないな。

騙すようで悪いがこの子にはお引き取り願うとしよう。

 

大人の事情で公にはできなかったんだがこの地には何者かの手によってコモドドラゴンが放たれていてね。私は彼奴らを捕獲するために国から派遣された隠密の者なんだ。お父さんやお母さんにはくれぐれも秘密にしておいてくれたまえ。さぁここは危険だ、もう行きなさい。捕獲するまでの数日間は近づいてはいけないよ。

 

とっさに吐いたでまかせだったが我ながら良いバックストーリーではないか。

単純そう……ゲフンゲフン、純粋なこの少女なら信じてくれることだろう。

さようなら少女!達者で暮らせよ~!

 

「コモドドラゴン見たいっす!わたしもここに住みたいっす!」

 

どうして?(^p^)

 

舐めているのか?いや違う!キミはコモドドラゴンの恐ろしさを理解していない!

奴等は小さいものでも成人男性の身長体重を大きく上回る!

さらに大量の細菌を保持している口内には鋭い牙が生え、獲物は噛みつかれたが最後体内に蓄えられた毒物を注入され敗血症のような症状を引き起こすッ!!

興味本位でコモドドラゴンと接触しようだなんて正気の沙汰じゃあないッ!

不用意に縄張りに侵入した人間を食い殺す実例も報告されているんだぞォォォ─────ッ!

 

「……それを聞いたら尚更引けないっすね。安心してほしいっす……お兄さんのことは、わたしが必ず守ってみせるんで」

 

私の説明を聞いた少女はおびえる様子もなく、逆に決意を固めたように帽子を目深に被って低い声で宣言した。

 

え、やだ……かっこいい(トゥンク)

 




Qなぜシャニマスであべこべ?
A色々あったが簡単に言うなら私欲のためだ

Q世界観の説明が雑すぎ。ちゃんと考えてないだろ。
Aその説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある 少し長くなるぞ

Qキャラ崩壊やばい。エアプか?
A半分は当たっている 耳が痛い(三周年新参)

Qもう…散体しろ!
Aお前は物事をあせりすぎる 

QオレもシャニマスのあべこべSS書いてみてもいースか?(コキ…
A勿論だ、やっとらしくなってきたな




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にちにち

感想、評価ありがとう……それしか言葉が見つからない……


結局あの後、天才少女──芹沢あさひちゃんはコモドドラゴンを退治する……こともなく帰っていった。

 

いや、思わず私の方がドキっとしてしまうくらいかっこよかったんだけどさ、冷静になってみるとコモドドラゴンがいるはずないんだよね。

もし本当にいたとしても中学生とコモドドラゴンを対峙させるわけにはいかないし。

だましてごめんよあさひちゃん。

 

そのお詫びと言ってはなんだが彼女には水切りの極意を伝授してあげた。

いつまで経っても出てこない(存在しない)コモドドラゴンに、さすがにしびれを切らせた様子の彼女を誘ったらすぐに食いついた。

あさひちゃんが飽きっぽくて助かった。あとは水切りを知らなかったという点も優位に働いたようだ。

私が川に向かって石を投げれば、水面をシュピピっと十数回跳ねていくそれを見て彼女は大いに喜んだ。

すごい!なんなんすか今の!やりたいやりたい!と両手を胸の前で握りながら詰め寄ってくるさまは、さながら人懐っこいわんこを相手にしているようだった。

 

わはは、子どもからキラキラした目で見られるとたいへんに気分が良い。

妹も少し前まではこんなふうに私と遊んでいたのになぁ……時の流れって無常ね。私の周りをちょこちょこ動き回っていたあの姿が遠い過去のようだ。

 

ちょっとだけ思い出に浸っていたらあさひちゃんにせっつかれたので遊び方を教えてあげる。

 

一つ、適した石を見つけること

二つ、力任せに投擲しないこと

三つ、“回転”を意識すること

四つ、自然に敬意を払うこと

 

『そんなの全然理論的じゃないっすよ』

 

あさひちゃんがムーっ頬を膨らませるので笑ってごまかした。

指摘された通り四つ目とか全然関係ない。それっぽいことを言ってみたかっただけである。

まぁ水きりなんて、平べったい石を探して手首のスナップを意識すればある程度は飛んでいくものなのだ。難しいことなど考えず楽しく遊んだ方がいい。

 

その後しばらくの間、跳ねる石を投げて喜ぶあさひちゃんを見ていたのだけれど、一緒にやるっすよ!と腕を引っ張られたので付き合ってあげることにした。

お昼ご飯も食べずに日が傾くまで遊ぶとは予想外だったが、かなり充実した一日になったと思う。一日中水切りすることなんてなかなかないからね。

疲労困憊。家を出てからなんにも食べてなかったのだから当然と言えば当然か。

 

しかし私に比べたらあさひちゃんは元気いっぱいだったな……遊び終わる直前も何か叫んでたし。

彼女の声はよく通るので、用を足しにちょっと遠くへと席を外していた私にも聞こえてきたよ。

 

───回転…自然に敬意…スケール…9対16…黄金比率!

      見えたっ、黄金長方形…!黄金の回転エネルギー!!

 

うんうん。天才とはいってもやはり中学生なのは変わらないな、かわいらしいじゃないか。

そういうことに夢中になる時期はみんな等しく訪れるし、そういうことをして人は大人になっていくものなのだ。

私も昔、体育の時間中はよくグラウンドに落ちていた大きめな石に向かって、一撃で二度の衝撃を放つパンチの練習していたものさ。右手の指が複雑骨折してしまったけど。

関節たくさん増えちゃった☆って友達と笑っていたら、体育教師が泣きながら救急車を呼んでいたっけ。わはは。

 

ちなみにあさひちゃんには『めちゃくちゃ理論的だったっすよ!教えてくれて“どうもありがとうございます!”、お兄さん!』と感謝された。どういうこと?

 

そんなこんなで彼女は夕方になったら帰っていった。

コモドドラゴンのことは頭からすっかり抜け落ちていたようである。

また来るっすよおにいさーん!と嬉し気に大きく手を振って夕陽に向かい駆けていく彼女の姿を見ると、なぜだかこっちまで嬉しくなってしまうね。

 

結局私はその日、汗まみれになった着衣を洗って干し終わるともう疲れて動けなくなってしまった。

流石に何も食べないのは拙いと思い、そこらへんに自生しているタンポポやハルジオンといった雑草をもしゃもしゃ食べて眠りについたのである。

 

 

 

 

 

 

 

おはようございまーす!

サバイバル生活三日目の今日はなんと、火を起こしたいと思っています。

なぜかと言うと……さすがにね、雑草だけじゃ生きていけないから……川魚を捕ってたんぱく質を摂取しないと倒れてしまうのではないかと心配し始めたからである。あと純粋にキャンプファイヤーがしたいという思いもある。

 

というわけでこの試みに挑戦しているのだが、結果から話すと全くうまくいかなかった。

まず渇いた木片が見つからない。川辺だってこともあるせいか近場で見つけられるものはみんな湿っているのだ。

それでも頑張って木と木を擦り合わせれば着火するのではないかと思ったのだけれど、午前中一杯時間をかけても成功することはなかった。サバイバルって難しい。

 

こうなってしまうと最終手段に移行するしかない。

それすなわち───着火装置の入手。

どこか道に落ちているライターやマッチなどの火種を手に入れ、安定的な熱源の供給を可能とする。

 

え?落とし物を拾ったら届け出ないとダメ?

窃盗罪?遺失物横領罪?

 

……

違ウヨ。ちょっと預かるだけだよ。誰か悪い人に拾われてしまうかもしれないから私が一時的に預かっておくだけで盗むつもりなんてないよ。なぜか一度か二度くらい偶然火がついてしまうかもしれないけど故意じゃないよ。

 

……

 

で、でも私が拾った様子を見て周りの人が泥棒だと勘違いするかもしれないな。

勘違いされたくないから人気の少ないところで落とし物を探そうかな。

間違って通報した人が警察から怒られてしまうと可哀そうだし。

うん、そうしよう。

行ってきまーす!

 

 

 

 

 

 

 

 

うそをつきました。

故に罰当たりな私は現在進行形で危機に陥っているのだと思われます。

 

「よぉよぉ兄ちゃん、一人でこんなところに来て何してんのぉ?」

「きひひ、自分から人の目がない場所に入り込みやがった。こいつ馬鹿だぜ姉貴ィ~」

 

街の路地裏で、ガラの悪い二人組の女に絡まれてしまった。

いや、だってこんな古典的なカツアゲに遭遇とは思わなかったし……。

ライターが落ちてそうな所を探してウロウロしていたのだけれど、まさか路地裏に入ったらいきなりこんなハプニングに陥るなんて。

 

路地裏は行き止まりの一本道。壁を背後にする形で退路を断たれた。

 

お、落ち着こう。幸い相手は話の通じる日本人である。

誠意をもって会話すればきっと見逃してもらえるはずだ。

冷静になりつつ、上着を脱いで金目のものは持ってないことを証明して見せる。

 

「オイオイオイオイ、自分から裸になるなんてとんだ好きものだぜ。どうする姉貴?」

「金はないだってぇ?何言ってんのさ、そこにあるじゃんお前の身体がさぁ」

「きひひ、だってよ!安心しなって、うち等が使った後でいいとこに売り飛ばしてあげるから!」

 

か、身体……!?

身体、男、ホームレス……つまり狙いは私の臓器か!

確かにホームレスなら消えてしまっても騒がれない。

しかもまだ私は二十代前半の若い身体だから、比較的値段がつきやすいはず。

故に狙われた……あまりにも理に適っている!

彼女たちは只のヤンキーではなく、薬だとか人身売買だとか、薄暗い組織とかかわりのある人物……!

 

とんでもない奴等に絡まれてしまった。

相手をするのは拙い相手だと認識し、逃走経路を探そうとした。

 

その時だった。

 

「う、うちの店の裏で何をやってるんですかねー!」

 

突如聞こえた、ところどころに怯えをはらむ声。

路地裏の出入り口から逆光を纏い、一人の少女がエントリーした。

 

徐々に目が慣れると少女の姿が明らかになる。

あさひちゃんよりも少し高い身長。

少し暗めな緑の髪に同色の瞳。大き目なパーカーの上には『七草』と書かれた名札の付いたエプロンを身に付けている。

おそらくはどこかの店でバイト中の高校生か。

しかし拙いな。今のタイミングは非常に良くなかった。

 

「男の人に寄って(たか)って…は、恥ずかしくないんですか!」

 

「あぁ~?見世物じゃねぇぞコラ」

「きひ、ガキは回れ右してママのおっぱいでも吸ってな!」

 

「ぅ……」

 

やはり、ヘイトが私から彼女の方へと移ってしまった。

 

かわいそうに、少女はチンピラたちに睨まれ下を向いて震えている。

ここは私がなんとかするしかあるまい。

待っていろ少女よ。いま私がこいつらの気を引いて……

 

そう思った瞬間、少女の雰囲気がガラリと変わった。

 

「───ッ!可愛い、上手くいく、大丈夫……可愛い、上手くいく、大丈夫……ッ!」

 

「─────私の名前は七草にちか!283プロ所属のアイドル、『SHHis』の七草にちかです!あなたたちにライブバトルを挑みます!」

 

覚悟とともに咆えた宣戦布告。

怯えの混ざっていた瞳は消え去り、そこに立つのは一人の偶像。

少女──七草にちかはチンピラ二人を真っ向から睨み返して言い放った。

 

……はい?

ライブバトルってなんだ?

全く聞きなれない言葉。

困惑を隠せない私を置き去りにして事態は進む。

 

「いきます!」

「上等ォォォ!」

「きひひひひ!!」

 

なんと、七草にちかちゃんとチンピラたちは三人とも同時に歌と踊りを始めたのである。

 

急に歌うよ!?

生きていたのか令和の時代で。

しかもダンスも踊っているし、もう実質インド映画だよこれ!

本当に日本なのかここは。私はいつからフランスのロンドンへ渡米してしまったんだ……!?

 

著しい混乱のさなかにも彼女たちのパフォーマンスは続く。

何を基準にして争うのかまったく理解していないが、どちらが有利なのかはっきりと分かった。

にちかちゃんのダンスから伝わる圧倒的な熱量。あさひちゃんのそれとは種類の違う努力に裏打ちされたダンスは、観客席に一人いる私を魅了する。

それくらいレベルが違うのだ。七草にちかちゃんとチンピラたちの間には誰が見ても分かるほど力の差があった。

 

「ほらっ、見て!─────ばーん!」

 

「ぐわぁぁぁぁ!?!?!?」

「あ、姉貴ィ!ぎええええ!?」

 

決着。

息を荒げながらも最後まで立っていた者と、地面に倒れ伏し泥に汚れる者たち。

誰に見られることもなく路地裏で行われたライブバトルは、にちかちゃんの勝利に終わった。

 

「お、覚えてやがれ……!」

「き、きひ、姉貴、まって……」

 

チンピラたちは捨て台詞を残し、這う這うの体で退散していったのだ。

 

「はぁっ、はぁっ……勝った……私、一人でも男の人、守れたんだ……」

 

ぶ、ブラボー!ブラボー!

なにが起こっていたのかはさっぱり分からないが素晴らしい歌と踊りだったよ。

助けてくれてありがとうー!

 

「───ぁ…は、はい……!」

 

よっ、にちかちゃん世界一!

世界で一番かわいいよー!

 

「と、とーぜん!あんな奴等何度来たってぶっ飛ばして───ってお兄さん前!前隠してください!」

 

どうしたの、そんな真っ赤に染めた顔を背けちゃって。

もしかしてさっきのダンスで熱中症になったのでは。

と思ったが、彼女の指が地面に落ちている上着を指しているあたり、どうやら服を着てほしかっただけらしい。

わはは、そうだよね。あさひちゃんはノリ軽すぎただけで、普通の女の子はこんなものだ。セクハラで訴えられないうちに服を着よう。

 

「う、うわ、腕太い……筋肉もけっこう……あっ!?」

 

上着を取りに行こうとしたら、にちかちゃんが前につんのめって頭から倒れそうになっていた。

やはり疲れていたのだろう。あれだけ激しいダンスをしていたのだ、当然ともいえる。

 

すかさずダッシュとスライディングで彼女を胸の中にキャッチする。

やばい、泣きそう。ロックマンみたいな感覚でやるんじゃなかった。

コンクリートの上でスライディングめっちゃ痛い。

絶対背中の皮むけた。

 

しかし咄嗟にやっちゃったな。

誰かに見られたら言い訳もできない体勢で助けてしまった。

でも、にちかちゃんが自分で頭を庇えたとしても腕に怪我をする可能性があったし。

アイドルだと言っていたから、怪我をして仕事がなくなったら取り返しがつかない。

背に腹は代えられない。助けてもらった恩は返そう。

 

大丈夫?にちかちゃん。

 

「む、むねむむ胸むむねむにぇえぇぇ─────」

 

胸に違和感を覚える。

何かドロッとした温かい液体のような感触。

ぎょっとして胸を見ると、にちかちゃんが鼻から血を大量に流しながら目を回していた。

 

ウ、ウオオオオオ─────ッ!?!?!?

衛生兵ィィィィィィィィィ!!!!!!

 




かんたん解説

・ライブバトル
 女と女の闘いで採用される由緒ある決闘方式。Vo.Da.Vi.Meの総合値で勝者が決まる。起源は定かではないが一説には、太古の昔、女の争いに巻き込まれて命を落とす男が多かったために生み出されたのではないかとも言われている。

・あさひちゃん
 自力で黄金の回転を学んで超パワーアップ。今日も冬優子ちゃんの気苦労は絶えないぞ。

・にちかちゃん
 今をときめくアイドル一年生。あべこべで考えると、勇気を出してチンピラを倒したら助けたお姉さん(半裸)に抱きしめられた男の子。えっちだね。



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とおとお

頼む、シャニマスあべこべ増えて……!

※シャニPを追ってくるアイドルの描写を追加。


前回のオチ。

 

鼻血を出して倒れたにちかちゃんは、彼女の身内っぽいスーツを着たイケメンによって無事に保護された。

いや~焦ったよね。人のつながりが薄いこのご時世で私の叫び声を聞いて駆けつけてくれたのは嬉しかったけど、危うく私がにちかちゃんを襲った犯人かと誤解されるところだった。

 

以下はその一部始終である。

 

 

『大丈夫ですか!?……にちか!?な、なんでこんなに鼻血が……もしかしてにちかが貴方を……?』

 

ち、違います私は誓って何もしていません私がチンピラに絡まれていたところを彼女が歌って踊って助けてくれたんです。

 

いや歌と踊りで助かるってなんだよ(混乱)

いったい私は何を言ってるんだ?全部事実だけどこんな意味不明な経緯を説明して納得してもらえるわけないじゃないか。

 

『そうだったんですか……ははっ、頑張ったんだな、にちか』

 

彼はそう感慨深そうにうなずいて、なぜか幸せそうな顔をして気絶しているにちかちゃんを介抱した。

 

信じてもらえちゃったよ。こんな怪しい話を信じてくれるなんて善人すぎるよこの人。

 

 

───プロデューサーさーん!どこ行っちゃたのー!?返事してー!!

 

───なーちゃん、たぶんこっちの方……!

 

 

……!人が来る気配がする。

さすがに他の人に同じこと話しても疑われるだけだ。すぐに逃げてしまおう。

 

さようならー!にちかちゃんには起きたらお礼を言っておいてくださーい!

 

『あ、待ってください!貴方、怪我を……!』

 

待てと言われて待つ奴はいない。

イケメンの声を背に受けて、私は颯爽とその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

はぁ……お腹へった……

 

最近雑草しか食べてない。私はいつから草食動物になってしまったのだろう。豚や牛のような家畜でもまだマシな食べ物を食べているにちがいない。

 

川で泳ぐ魚たちは捕まえられないし、川沿いで石を引っぺがして見つけたとしてもサイズが小さくて話にならない。ちなみに火は近くの公園から落ちていた渇いた木片を拾って、擦りにこすり合わせて点火した。いや~諦めないで頑張って見るもんだね。ふへへ。

 

しかし完全に目算が狂ったな、ゼロから始める街中サバイバル生活がこんなにも難しいものだとは。

 

お腹からぐるぐると音が鳴って力が出ない。気分は頭にカビが生えたアンパン男、もしくは活動限界の初号機。

 

あのアンパンって全部食われたらどうなるんだろう、首無し状態になっても動くのかな。なんて現実逃避をしながら匍匐前進の要領で地を這って進んでいく。

 

草をかき分け、橋の下からひょっこりと身体を出して仰向けになると、お日様は空のてっぺんで燦々と輝いていた。

 

太陽くんはいつも元気だねぇ、私も光合成しようかな……と茶化していても何も始まらない。そろそろ真面目に生存戦略を建てなければ何時ミイラになってもおかしくはないのだ。

 

 

「ねぇ、なにしてるの?」

 

 

どうしようかなとぼんやりしていた時、その人物は私の視界に入ってきた。

倒れている私を見下ろす形で、一人の女の子が影を重ねていた。

 

その少女のことを説明するのは非常に難しい。容姿が、という意味ではない。容姿で言えば追いかけっこした女子高生にも負けず劣らずの整った顔立ちをしているが、私が言いたいのは彼女の雰囲気である。

街中で有名人を目撃して「あ、なんか私と纏ってる空気が違う」と思うような……なんと形容したらいいのだろう。大物感…透明感?そんな曖昧な印象を持った。

 

思わず気圧されてしまった私は、上ずった声でコンニチハと口にだしたのだった。

 

「おはようございます……あ、こんにちは」

「でさ、なにしてるの?こんなところで」

「危ないよ、最近」

 

なにもしてないよ。しいて言うなら日光浴かな。

この果てしなく広がる青い大空に自分の将来を重ねて仰ぎ見ていたところなんだよね?

 

なぜか疑問の形で閉じた自分の言葉に答えるように、私のお腹はぐぐぅと鳴った。

 

「お腹すいてるんだ」

「なら行こうよ、ごはん食べに」

 

少女はそう言うと、私の身体を軽々と持ち上げてお姫様抱っこした。

 

……え?

 

 

 

 

 

 

えっ?

 

「お待たせしました~。ご注文のオムライスですよ~」

 

「おー、うまそう」

 

こじんまりとした空間。四人掛けのテーブルが四つほどの小さな食堂の中。少女と向かい合うように座った私の目の前にあるテーブルには、出来立てほやほやのオムライスが鎮座している。

 

理解が追い付かない。まるで宇宙ネコ。彼女はこのお店まで来る途中も一度も私を下すことなく移動しきった。その華奢な身体のどこにそんな力があるんだ……?

 

そもそもキミ誰なの……?

 

「浅倉透、高校二年生。アイドルやってます、よろしく」

 

……アイドルってこんなにポンポン会えるものなんだっけ。

少なくともはぐれてるメタルが仲間になったり色違いの携帯獣と出会ったりする以上に貴重なことだと思ってたんですけど。まさか二日連続でエンカウントすることになろうとは。

 

とりあえず彼女の素性に関しては理解した。

それで、なぜ私は透ちゃんと一緒にご飯を食べることになったのでしょうか。

 

「なんでって、お腹すいてたんでしょ」

「じゃ、食べなきゃ」

 

いや、それはまぁそうなのだけれど。

それにしてもフットワークが軽すぎる。いくら力に自信があるからと言って、あんなところで倒れてるような怪しい人に近づいちゃだめだよ。何をされるか分からないし。私は何もしないけど。

 

あと、それにその……誘ってもらって嬉しいのだけれど、私お金ないし……

 

「私の奢りです」

 

これマジ?

と、透ちゃん、あなたが私のアンパン男だったんだね。失礼、アンパン(ウーマン)だったんだね。

奢り……なんて甘美な響きなんだ。私の好きな言葉ランキングの上位に食い込む激熱ワードではないか。

 

きらきらと輝くオムライスを前に、口端からよだれは垂れてお腹はグググぅとギアを一つ上げて唸った。

 

じゃ、じゃあ遠慮なくいただきま───っていかんいかーん!今はサバイバル生活真っ最中なんだぞ。そんなんでいいのか?私のサバイバルに対する思いはその程度だったのか?

 

私は初志貫徹を金科玉条としているのだ。ここで甘えを見せてしまったらサバイバルに挑むと決めた過去の私に顔向けができないじゃないか。

 

心優しい少女の施しを断るなんて非常に、非常に心苦しいと思っている。

しかし!注文してもらってなんだが奢ってもらうわけにはいかないのである!

こんな誘惑には絶対に負けない!

 

「食べないの?……ん、うまい」

 

いただきます(^p^)

 

高校生にたかる情けない成人男性の姿がそこにあった。というか、私だった。

 

 

 

 

がつがつと勢いよく食べ始め、お互い十分もしないうちに黄色い山が盛られた皿は更地になる。久しぶりにまともな料理が食べられたので嬉しすぎて涙腺が緩んだ。

 

「ふふっ、泣くほど?」

 

うん、それはそうだよ。こんなにまともな食事は久しぶりだったから。

 

「えっ……?」

 

最近は雑草しか食べられなかったし、久しぶりに自分が人間なんだって実感できたなぁ。透ちゃんのおかげであと三日は何も食べなくても生きていけるよ。ありがとね!

 

「雑草……」

 

そう言うと透ちゃんは目を閉じて腕を組み、「うーん…橋の下、行き倒れ…逃げ……?」と何か考えているように呟いて難しい顔を見せた。

 

美人は悩んでいる顔も美人だなぁ、などと呑気に思っている場合ではない。

え、なに、もしかしてバッドコミュニケーション?

 

何が彼女の琴線に触れたのかは分からないがいま機嫌を損ねるのは非常に拙い。ここで透ちゃんに「やっぱり奢りは無し」なんて言われたら無銭飲食になってしまう。なんとか別の方向に話をそらさないと……!

 

 

と、透ちゃ~ん、この店リラックスできるっていうか、なんか静かでいいよね~。私たち以外に他のお客さんもいないし、来るときに見かけた表通りの料理屋さんとは大違いだよ~。

 

「……ん? あー…ホールスタッフさ、男の人なんだ、あっち」

「お客さん、軒並み向こうに行ってるのかも」

 

ふ、ふぅん、だから女性客ばかり並んでいたのか。表の店にはよっぽどのイケメンがいるらしい。まっ、私には関係のないことだけど!

 

「ふふっ。上機嫌だね、なんかさ」

 

そりゃそうだよ!お腹も膨れたし、透ちゃんに奢ってもらったし!ほんとにありがとう!

なにか困ってることとかない?私もがんばって力になるよ。

 

「いいよ。今月携帯代、めっちゃ安かったから。超リッチなんだ」

「じゃ、帰りに事務所寄ろうよ。ちょっとプロデューサーと相談したいから」

 

事務所?と疑問を挟む間もなく透ちゃんは伝票を取って席を立ったため、そのまま一緒にレジへと進む。ふー、無事に奢ってもらえそうでよかった。

 

店員さんがいないので厨房の方へお会計お願いしまーす、と声をかける。

程なくして現れたのは先ほどオムライスを持ってきてくれた店員さん。他に人の気配がないあたりどうやらこの女の人が一人で切り盛りしているようだった。

 

「はぁい、お待たせしちゃってごめんなさいね」

「お客さん滅多に来ないし、二人のお邪魔しちゃ悪いかと思って~」

 

そう言って彼女は頬に手を当てて謝った。糸目に加え雰囲気も柔らかいのでなかなか様になっている。

一方の透ちゃんは財布の用意をしているのか自分のカバンの中を漁っていた。

 

「えぇっと、オムライスが二つね~。千二百円になります」

 

結構良心的な価格である。これなら私が出世した暁には透ちゃんにしっかりお金を返せそうだ。そう思って透ちゃんの方を見れば、彼女は未だにカバンと格闘している最中だった。

 

そのまま時間は一分、二分と過ぎていく。

 

「───ふふっ」

 

……あれ、透ちゃん?

 

「前もあったなって、こういうの」

「聞きたい?」

 

うん?……うん、聞きたい。

 

困惑する私をよそに、透ちゃんはカバンから抜いた空っぽの手を見せて自然体でこう言った。

 

「ごめん、財布ないわ」

 

 

あぁ^~逮捕の音ぉ^~!(手錠)

 

 

 

 

 




〇おもしれー男
 数が少なく女と比べてよわよわすぎる男が基本の世界において、強い意志を持ってアイドル事務所を開いている社長とシャニPは『危なっかしいけどおもしれ―男』なヒロイン属性持ち。なので事務員やアイドル達は彼らに興味津々。私たちが守護らねばならぬ……。

ちなみにシャニマスは最終回で暴走したシャニPを恋鐘が泣きながら調理して連載終了、ソースは作者。醬油は智代子。


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