疎遠になっていた双子の幼馴染と再開したらやっぱり僕は奪い合われる運命にあったようです (夏之 夾竹桃)
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第1話 再来の鷹

 ある、春の日のことだ。高校2年に上がった僕は、戦慄していた。僕は、ただ平穏な生活を送る高校生で居たかった。いつもの生活をしたかった。しかし、その安寧も今日で崩れ去るかもしれない。今日、双子の転校生がこの高校にやってくるらしい。それがまぁ………女子。転校生と言うだけであれば僕はここまでこの話に食いつかなかったであろう。しかし、双子、それも女子となれば少し話は変わってくる。

 

 僕には双子の幼馴染がいた。名前は、彩羅と染羅。まぁ………たしかに可愛かったさ。それこそ大人しければ。なんと言うか、彩羅に関して言えば………アグレッシブなんだよな。とても積極的と言うか………。染羅の方は………悪く言えば執着的。たまに彩羅のブレーキにもなってくれていたが………。とにかく両方とも僕に対する好意から来る行動というのは分かっていた。だが、生憎僕は幼馴染ということもあってか、そこまで好意という好意は存在していなく………正直怖かった。いや、ちゃんと友達としては好きだった。そこだけは勘違いしないでいただきたい。そんなことがあった幼少期、結局その双子は小学校低学年のとき引っ越していってしまったのだが………母から聞いた話によるとどうやら近々その子達が帰ってくるらしい。この学校もうちの近所………そしてこのタイミングでの転校生。正直、僕は恐怖していた。

 

 しかし、恐怖したところで時が止まってくれるわけはない。その時は訪れた。扉が開かれる。まず、いつもどおりに先生が入ってくる。朝のホームルームは順調に進んでいく。こういう時に限って時間というものは早く進んでいくものなのだ。そうして聞き流していた話が終わり、いよいよ他のクラスメートからしたら本題のものへと話が移り変わる。

 

「じゃあ知ってると思うけど転校生の紹介の方に入ります。入ってきて。」

 

そうしてその2人の姿が顕になる。あぁ、杞憂に終わってほしかったところだがそうは行かなかったようだ。見覚えのある2人の顔。奴らだ、鷹が来た。

 

「2人とも自己紹介お願いします。」

 

「はい、姉の鷹野 彩羅(たかの さら)です。」

 

「鷹野 染羅(たかの そら)です。」

 

予想通り鷹野じゃないか………いや解っていたさ。このくらい。もうここは鷹の野原だ。決して小鳥が遊べるような環境ではない。全く持って名前としての相性は最悪だ。僕の名前は小鳥遊 雉矢(たかなし きじや)なのだから。

 

 まぁ無論名前だけで全てが決まってしまうわけじゃない。流石に僕のことを忘れていてくれることを願うか………。

 

「じゃあ2人の席は窓際の奥のほうね。」

 

その席って僕の後ろじゃあないか?

 

「小鳥遊くん色々教えてあげて。」

 

小鳥遊………その言葉を聞いた途端2人が少し反応しているように見えた。この先生基本優しいんだけどな………今日だけは恨む。

 

「………はい。」

 

流石に声を荒らげるわけにも行かないので平然を装う。少し反応が遅れたことに関しては突っ込まないでくれ。

 

 先生の「席について」の声で2人ともが僕の後ろに座った。そうして彩羅の方から声が聞こえた。

 

「雉矢、みっけ。」

 

悪寒がしたのは言うまでもあるまい。こういう時、染羅はストッパーになってくれていたのだが………。

 

「雉矢、もう逃さない………。」

 

………僕が凍りついたのは言うまでもあるまい。彩羅のからかったようなトーンとは対象的に、低めのトーンでかなり………病んでらっしゃる?正直今、命の危機すら感じている。この後この2人に監禁でもされるんじゃないかとも思う。取り敢えず………挨拶でもしよう………。

 

「彩羅、染羅………久しぶり。」

 

「あ、やっぱり覚えてるんだ。」

 

「覚えてないわけがない、お前たちからされたこと多分絶対忘れないと思う。」

 

「少しからかってただけじゃん?少なくとも私は。」

 

「よくまぁキスまでしといてそんなこと言えるよ。あんな強引なシチュエーションあってたまるか………。」

 

おかげで押し倒されてのキスが僕のファーストキスになった。小学生にしてあんなことができる人はなかなかいないだろう。それがたとえドラマなどの影響であったとしても。………いや、影響を受けやすい時期であるならありえるのか?生憎僕はそういった分野のことはわからない。

 

「あぁ、そんなこともあったね。でもさ、しょうがないと思うよ?あんときの雉矢マジ可愛かったから。」

 

そうやって、自分を正当化していくのだ。可愛かったからその顔がもう一度見たいって………正当化じゃない。もはや開き直ってるな。

 

「………そうかい。」

 

もはや呆れた。その領域だ。

 

「………彩羅、授業始まるよ?」

 

その一声を上げたのは染羅だった。ブレーキにはなってくれたらしいが………とてつもなく冷ややかな声だった………これブレーキじゃないな。多分嫉妬だ。染羅の方に至ってはここまで変わっているとは………。時間とは恐ろしいものである。

 

「チッ………もっと話してたかったのに。」

 

何か、ピリついている気がする。これは修羅場待ったなしのような気もするが………まぁ授業始まるし大丈夫だろう。そこまではちゃんと解ってくれてるはず。

 

 一時間目、現代文。毎度思うことだが、現代文というのは一体どういうものを目的としているのだろうか?作者の考え?そんなの表面しかわからないじゃないか。書いてあることからしかわからない。そこの裏にあるものなんてわかるわけない。僕はエスパーでもないんだから。

 

 以上のことを踏まえ、僕そういったものが嫌いなのだ。何からでも学びを得れると思うな、と一言だけ言いたいがそんなことをする勇気は僕には備わってない。無論、一概に嫌いだからやらないというわけではない。思考能力の成長という面で言えばいいのかもしれない。それのもそれで思うところはあるのだが、皆が同じ思考ってそれどうなの?と言うところである。

 

「雉矢、授業つまんないんだけど。」

 

後ろから小さくそんな声が聞こえた。彩羅の声だ。彩羅も染羅も声はにているがなんとなくわかるものなんだな、と感心しつつ彩羅のその言葉に対する返答を考える。しばらく間をおいたがやはりこの言葉しか出なかった。

 

「僕は先生じゃないぞ。」

 

逆にこれ以外何という答えがあるのだろうか?

 

「そんなこと知ってるよ。」

 

一瞬頭が回らなかった。

 

「じゃあ尚の事どうしろと?」

 

「やっぱりさ、授業内容がわかんないからだと思うんだよね。だから雉矢、教えてよ?」

 

「教えるって………黒板写すだけだが?」

 

全く持って当然だ。数学や英語などの問題を解いているときならまだしもこのような、ただ書き写すだけの授業をどう教えろと?

 

「………バレたか。」

 

やっぱり彩羅は馬鹿なんだろう。

 

「全く、授業に集中しろ?」

 

そう、諭すと「はーい。」という声が帰ってきた。本当に何なんだか。こういう時は染羅の方を見習ってほしいものだ。

 

「雉矢、わかんないところがあるんだけど。」

 

これは………あれだね。染羅の声だ。うーん、早いな。裏切るのがチョット早いな。

 

「あぁ………どこ?」

 

一応そう聞いた。

 

「作者の考え。」

 

これはこれで一番帰ってきてほしくない質問だったな。

 

「僕がそんなもの答えられるわけがないじゃないか。」

 

「じゃあ雉矢ならどう考える?」

 

「え?僕?」

 

厄介だな………僕ならどう考えるか。僕ならこの教科書に載っている物語で何を伝えたいか。文面から読み取れることじゃなく、僕がどういった時にこの言葉をチョイスするか。例えば、風刺として。

 

「僕ならこれは風刺なんじゃないかなって。」

 

「どこらへんが?」

 

「え、えーと………他人のことばかり見て自分の置かれている状況に気づかずに逃避してるところとか?」

 

「なるほど………やっぱり雉矢、頭いいね。」

 

「あ、ありがとう。」

 

いきなり褒めるじゃん………。

 

「また、わかんないとこあったら教えてね?」

 

「!…分かった。」

 

不覚にも僕は最後ドキッとしていた。何故?まぁ、自分に正直になろう。染羅が可愛かった。先程僕の背筋を凍りつかせた人物とは思えないほどに可愛かった。まさか………堅実なアプローチではないのか?妄想はここまでにしておいて、ちゃんと考えろ。多分そういう作戦か、単にわからなかっただけなのか。この二択だろう。これ以上はわからないが。

 

『彩羅、私の勝ち。』

 

『っ………。』

 

僕の後ろでこんなやり取りがあったことは、このときの僕はまだ知らない。




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第2話 そんな2人でも困る

 彼女たちの再来は、僕を震撼させた。おおよそ最近までありえないと思っていたことが目の前で起きているのだから当たり前だ。そんな彼女たちは僕の後ろの席にいる。午前の授業は終わりちょうど女子群から質問攻めタイムに入っているところだった。面倒くさいだろうな。特に染羅の方はこういうの苦手じゃなかったかな。大丈夫なのだろうか。心配くらいはする。行動はどうあれ、僕のことを気にかけてくれている人達のことなのだから。

 

「つまり2人はこっちの方に帰ってきたんだ。」

 

「そういうこと。」

 

あぁ食らってるな。返しは彩羅が行っているようだ。まぁそれなら染羅の負担面は大丈夫なのではないだろうか。

 

「向こうで好きなことかいなかったの?」

 

「向こうで?いるわけ無いじゃん。」

 

彩羅の方はすっかり溶け込んでいるようで何よりだ。やっぱりコミュ力は健在だったようだ。

 

「じゃあこっちにいるの?」

 

「え、何で?」

 

「だってもう決めてるみたいな口調だったからさ。」

 

気が付かなくてもいいところに気がつく。なるほど、勘がいいというのはときに災いを招くということか。と、言うか気が付かないほうがおかしいか。さて、彩羅。下手したら僕にも被害が出るからちゃんと流してくれよ?

 

「あぁ………まぁいないことはないよ。」

 

「えぇ、めっちゃ乙女。」

 

えぇ、めっちゃ焦った。心臓に悪いからやめてほしい。この質問攻めかなり危ないな。

 

「染羅ちゃんの方はいるの?」

 

あぁ………危ない。僕はこれから自分の身に降りかかることが怖くてたまらない。大丈夫なのだろうか?

 

「私は………いないかな、そういう人。」

 

おぉ………いつもの如く冷静に対処。しかしながらここまで冷淡に言われたらチョット寂しいような。

 

「前は居たんだけどね。引っ越しちゃってから会えて無い。私の手を引いて外に連れて行ってくれたんだ。それがきっかけで彩羅との中も良くなってさなってさ、3人でよく遊んだんだよね。そこからずっと好きなんだけどもう会えそうにはないな。会えたらお礼言いたいんだけどな。」

 

そう言えば、過去に彩羅と遊んでて外に行こうってなった時に「ほら、染羅も!」って言って手を引いて連れ出したことあったな。ということは何だい?本人にしか伝わらないけど露骨なアプローチかい?それとも僕以外にそんな人が居たのかい?

 

「あぁ、染羅もその人なんだ。」

 

あ、露骨に乗っかった。これは僕確定なようだ。ただボロが出ないように祈ろう。

 

「へー、2人ともおんなじ人好きだったんだ。なんて名前の人なの?」

 

「あぁとぉ………それね?」

 

「それは………。」

 

やばい。これはかなりやばい。この質問だけは出てきてほしくなかった。しかし出てきてしまうよな?忘れたっていうのはおかしいだろう?どうするんだ?

 

「えっとぉ。」

 

「………。」

 

彩羅は完全に言葉に詰まっている。染羅も黙り込んでいるが………これは助け舟を出したほうがいいのか?僕に関わることだしな。とは言えどうすればいいんだろう。まぁ適当に話をそらすくらいならできるかもしれない。やってみようか。

 

「何話してるの?」

 

「恋バナ。小鳥遊も興味あるの?」

 

「意外かもしれないが案外興味あったりする。」

 

実際のところはそういった話にそこまで興味はない。

 

「へぇ意外。今2人の小さいときの話聞いてたんだ。」

 

「ほえー、幼馴染との恋愛?」

 

僕は2人に向かってそう問いかける。無論答えは知っているのだが少しでも話題を反らせることができればと、そういう考えだ。

 

「うん。」

 

「彩羅さんは何でその人のこと好きになったの?」

 

「え、あぁ………恥ずかしいな。えっとね、小さい時に流行ってたドラマがあってね、そこでヒロインとそのヒロインが好きな人とがキスするシーンがあったの。それで影響されて私も………その幼馴染にキスして………で、その幼馴染の反応が可愛くてさ。ずっと見てたいなって思うようになってて気付いたら好きだった。」

 

まぁ知ってた。

 

「なかなかアグレッシブなんだね。染羅さんの方は、何でその人のことが好きになったの?」

 

「私は、もともとその時に彩羅との疎遠感を感じてて、よくその人と彩羅が遊んでてさ。でも私は言い出す勇気とかなかったから黙って見てた。それでさ、ある時に彩羅がその人と一緒に外に行こうとしてたの。それも私は見てたんだけどそれに気がついたその人が『一緒に行こう』って手を引いてくれてさ。それで3人で遊ぶことが多くなってさ。そのこともあって………正直まだ好きなんだよね。」

 

ここでのアタックってどうなのかなとも思うが………平常心、平常心。

 

「マジの乙女じゃん。」

 

「そうそう、それで染羅さ引っ越した後大泣きだったんだから。」

 

「それにつられて彩羅も泣いてた。」

 

なんだ2人ともガチの乙女だったんだ………ガチの乙女じゃなきゃここまで執着なんてできないか。そりゃあそうだわ。

 

「そんなに好きだったんだ。」

 

不意にその言葉を放った。これこそが僕のプレミだったのかもしれない。確かにこの言葉分かってる側からしたら頭に『僕のこと』とつく。告白を促してるようなものだ。

 

「あ、当たり前じゃん!」

 

彩羅が過剰反応を示す。顔が少し赤い。恥らっている。何故本人に好きと伝える分には良くて第三者がいると恥らってしまうのか。確かに告白シーンを見られるのは堪える。多分それと同じとこなのだろう。

 

「どうしたの彩羅ちゃん?」

 

さてと、状況が悪化したぞ。どうしようか。あぁ足を突っ込むんじゃなかったなと思いつつもちゃんと解決策は考えている。このまま俺が地雷を踏んだことにするのがいいのか?いや、後々面倒くさい。却下。

 

「そ、そのくらい好きだったんだよ。当たり前じゃん!」

 

ゴリ押しに出た。まぁ最善策なような無理があるような、といったところだが。まぁ乗っかるか。

 

「顔すげー真っ赤じゃん。」

 

なんと言うか、これは僕が彩羅のことを追い詰めてないか?

 

「う、うるさいな!」

 

なんだ、案外可愛いじゃん。と言うかなるほど恥ずかしがってる姿って可愛いわ。約10年越しに彩羅の執着の原因が分かった。そりゃあいじりたくなって当然だわな。

 

「彩羅ちゃん、可愛い。」

 

横から追い打ちを仕掛けてくる女子群。なんとか本題は果たせた。おまけに彩羅の心情の理解も深まった。結果としては良かったのだろう。まぁ本人が結構なダメージを追っていることを除けばだが。

 

「あぁもういい!ネタにすればいいさ!絶対にその人と幸せになってやる!」

 

………さっきもこんなことを考えていたな、本人にしか伝わらないちゃんとした告白………と言うかもはやプロポーズやめろ?僕今フリーズしてるんだからな?

 

「言っちゃったよ、この人………。」

 

女子群の一人からそんな声。唖然となるのは当たり前と、そういうことらしい。

 

「いや、彩羅には渡さないから。」

 

黙って見ていた染羅がようやく口を開けた。予想通り内容は張り合う気まんまんであったが………まぁ昔の光景が戻ってきたと考えれば、そんなに深刻なものでもない。

 

「いいや、染羅には渡さないね!」

 

「と言うかじゃあ尚の事名前とか居場所は?」

 

それだけには気がついて欲しくはなかった。しかしまぁよく覚えてたよ。さて僕も何言っていいかわかんないぞ?

 

「あぁとぉ………言っていいのかな?」

 

駄目だよ。と、その意味を込めて首をほんの少し横に振る。女子群は2人の方を向いていたため僕の行動には気が付かなかった。

 

 さて、それはそれとして僕はもう一つ懸念していることがある。アプローチにあたって周りから知られていたほうが都合がいいという発想に至り名前を言ってしまうのではないか、というところだ。ともかく、ことあるごとに周りから何だのかんだの言われたくないのでな。大丈夫だよな。

 

「駄目でしょう?ほら、名前は言わないようにって約束してたし。」

 

染羅の嘘だ。やっぱりこういうときの染羅とはとんでもなく頭が切れる。

 

「あぁ………そういや恥ずかしがりだったしね。幼馴染の私達くらいとしか遊んでなかったっけ?」

 

事実改変はあったものの乗り切れそうだ。

 

「今も家があった場所とか覚えてるからちょっと今度行ってみようかな?」

 

それは困る。いや何もやましいものはないのだが………困る。

 

「私も行くよ?」

 

あぁやっぱり。まぁ準備はしておくか。急に来るからな。

 

「それにしてもその幼馴染も罪な人だね。そんなにいい人ならあってみたいかも。勿論取るわけじゃないけどさ、興味ある。」

 

まぁ普通そんな人が本当にいるのであれば実際似合ってみたいという気持ちはわかる。ただ、僕なんだよな………。

 

「でも凄い人見知りだからね。会ってはくれないんじゃないかな?」

 

「へぇ。一回見てみたかったな。」

 

そうして僕たちはなんとか危機を回避することに成功した。しかし、僕の災難がこれで終わったというわけではない。と、言うのも僕はあの2人に呼び出されてしまったのだ。5時間目の授業の時、後ろから手紙が回ってきた。放課後、この教室でとのことである。何が起こるか予想はしているが、予想外のことを起こすのがこの2人。少し心配なところでもある。



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第3話 擬態する小鳥

 特に待ちわびてもいない放課後。待ってやってくるものだ。いつもは楽しみな放課後。だが今日に限ってはできればやってきてほしくなかった。あの2人に呼び出しを食らった僕は言われた通り教室に残っていた。一体何用なんだか。あまり面倒なことじゃないといいのだが。とは言え、彼女らに関わってきたが大抵僕は被害を被っている。なかなかにトラウマ級のことをするのだからこのように表現せざるを得ない。さて、どうなることやら。

 

 それにしても遅いな。10分近く待っている。どこに行ったんだろうか?こんな手紙寄越してきておいて待たせる気か?全くもう、文句でも言ってやろうか。改まって『小鳥遊くんへ』なんてかいてる癖してさ………内容もなんかマイルドだし『放課後教室で待っていてください』とか言う………普段の彼女らからしたらあんまり考えられないような………これってあの2人が書いたやつだよな?後ろから回ってきたし、それに仮に他の人から回ってきていた場合あの2人ってそのまま放置するのか?しそうにはないけど………。そう考えていると扉の方から気配を感じた。ようやく来たのか?その人影は1人だけ。どちらか片方というわけでもない。身長もあの2人より少し高い。

 

「本当に待っててくれたんだ。」

 

全く予想していなかった人物だ。名前は鳥塚 小鳥(とりつか ことり)。特に面識はないはずだ。話したこともないどころか僕は全くと言っていいほど彼女のことを把握してない。

 

「鳥塚さん?」

 

シンプルに驚いていた。まぁあの2人が来ると思っていたからな。正直動揺している。それと少し期待はずれなような気もしている。残念というわけではないはずだが、見当違いと言うか………。

 

「誰だと思ってた?」

 

「全く見当もつかなかった。」

 

まぁ実際嘘なのだが、あの2人と僕は初対面ということになっているため致し方なしというやつだ。

 

「あぁ、まぁそうだよね。本題入ってもいい?」

 

「あぁ、どうぞ。」

 

これは、まさかなのだがちゃんとした告白なのでは?そうなってくると初めてだな。仮にそうだったとして告白されるというのはどんな気分なんだろうか?純粋に知りたい。

 

「えっと………好きです………。」

 

………驚きだ。大してドキッともしない。何なら今朝の染羅の振る舞いだったり、昼の彩羅の恥ずかしがってる姿のほうがまだドキドキしていた。これはどういうことだ?僕があの2人のことを好きだとでも言うのか?そんなことがあるのか?あってたまるか。じゃあこの感覚は何だ?

 

「鳥塚さんは僕のどういうところが好きなの?ほら、僕たちそんなに面識があるわけでもないじゃん。でも鳥塚さんは僕のことを好きと言った。それは何で?」

 

「冷めること言うね。それは………そんなの理由、なんてどうだっていいじゃん!好きなんだから。」

 

「僕はそれがよくわかんない。理由はあるはずだと思ってる。少なくとも僕が知ってる人は理由があって人を好きになってる。鳥塚さんは理由なんて無いの?それとも自分でもわかんないの?」

 

「え、好きだから好きじゃ駄目なの?」

 

「生憎、不確定なものは苦手なんでね。自分でもわからないの?何で僕のことが好きなのか。僕が思うにだけど、それってまだ僕たちの関係性が弱いからじゃないの?」

 

「友達からってこと?」

 

「そう、まずお互いのこと知ろうよ。流石に僕もよく知らない人と付き合うのは怖いからさ。何が好みかもわかんない状態で付き合って失敗して………そんな嫌じゃん。だから、まず友達からで。合わないようであればそのままでいいわけだからさ。」

 

今述べたことは全部僕の持論だ。全部正直な気持ちである。これでどう返ってくるかだが。

 

「なかなか慎重なんだね。」

 

「図って決めたほうがいいからさ。」

 

「なるほど、じゃあ友達になってもいいですか?」

 

「あぁ、いいよ。お互い知ることからだからね。」

 

しかし謎だ。本当に何もなしに人のことを好きになるものなのだろうか?少しどもっていたような気もするが、真相はわからない。本人に聞く………いや、あの調子ならば答えてはくれないだろう。取り敢えず手紙の件は落着か。

 

「じゃ、帰ろっか。」

 

「う、うん。」

 

そうして、僕と鳥塚さんは生徒玄関へと向かった。しかし、まだ僕の仕事は終わってないらしい。迎えてくれたのは彩羅と染羅だった。待ち伏せとは卑怯な。

 

「あ…小鳥遊くん。遅かったね。」

 

ぎこちなく彩羅がそう言った。恐らくは、僕と彩羅、染羅で帰るつもりだったらしい。しかし、僕の横にいるイレギュラーな存在に対して動揺しているようだった。と言うか、困ったことができた。この状況、本当にどうしよう。鳥塚さんにはなんと伝えよう。彩羅と染羅にはなんと言おう。これ、僕はかなりピンチな状況なのではないだろうか?弁明すべきか?それとも本当のことを言ってもいいのではないか?いや、どっちも駄目だ。

 

「その人は?」

 

染羅がそのように聞いてきた。今朝のような冷淡さはないが、表情から不安が伺える。

 

「友達。ほら手紙回ってきたろ?その人。」

 

「はぁ。友達か………。」

 

「逆に鷹野さんたちは?小鳥遊くんのこと待ってるみたいなふうに言ってたけど。」

 

あいも変わらず勘のいい人が多いようで。だからそれは困るんだが。うーん………転校生!

 

「そう、学校案内してって言われてたんだったな。」

 

「そうそう。それで遅かったから。」

 

「じゃあなんか迷惑なことしちゃったね。ごめん。」

 

「あぁ、全然大丈夫だから。」

 

なんとか躱せたな。良かった。

 

「校内の案内、私もいていい?」

 

鳥塚さんがそう聞いてきた。これ関してはこの2人の問題なのだが。僕は正直いてくれてもいい。そのほうが身の安全が確保されるから………。

 

「うんいいよ。染羅は?」

 

「私も大丈夫。」

 

「だってさ。いいよ。」

 

そうして、約束なんてしていない校内の案内が始まった。突然のハプニングのため仕方ない。でも彩羅も染羅も実際この学校のことは、よくわかっていないだろうからこれはこれで良かったのではないだろうか?まぁ何もないわけではないが………。それは案内の最中、階段に差し掛かったときの出来事だった。僕は、一階から紹介していたのだが2階へ行こうとしていたときのこと。

 

「ねぇねぇ次どこ?」

 

そう言って駆け出したのは言うまでもなく彩羅だった。階段の途中でこちらを振り返ってる。全く危ないことをするものだ。

 

「危ないぞ。」

 

僕がそう声をかけた。「分かってる」と声は聞こえたがその次の瞬間。ちょうど彩羅が踊り場に足をかけた時、だから危ないと言ったのに、彩羅は足を滑らせた。とっさに身体が動く。本能なんだろうな。受け止める体制を取る。そうして僕は降ってくる彩羅を受け止めたのだった。正直堪えた。と言うかどれだけ軽かろうが相手は同い年の健康的な女子。それが落ちてくるのだ。ダメージがない方がおかしい。

 

 なんとか倒れはしなかった。僕は彩羅を抱き上げたような体制になっていた。

 

「だから危ないって言ったのに。本当、元気がありすぎる。」

 

「それが私の取り柄だからね。まぁ危なっかしいかもだけど、その時は守ってね?」

 

後半、僕にしか、聞こえないように耳元で囁かれたその台詞。吐息混じりの声は僕の心臓をはねさせるには十分な破壊力だった。しばらく僕が動きを止めてしまうほどには。不意打ちは本当にずるい。慣れているはずだった。でも成長した彩羅はどことなく大人っぽくもあり………なるほど、僕は今心を奪われているのだ。

 

「そろそろ、おろして?」

 

彩羅のその声で、僕は我を取り戻した。

 

「あぁ、ごめん。」

 

僕としたことが、これで今日何度目だろう?この姉妹にドキドキしてしまったのは。また僕はこの2人のペースに飲み込めれてしまうらしい。しかし、いつか決断する日は来るだろう。遅かれ早かれ、きっといつか。

 

『はい、これでおあいこ。今朝の分帳消し。何なら私はフリーズさせたよ?』

 

『………む。』

 

そんな会話が僕の知らないところで起こっていた。無論その声は鳥塚さんにも聞こえていない。まだ僕がこれを知るのはもう少し先になるだろう。それにしても、このドキドキ感………嫌いじゃない。




鳥塚さん モチーフはイルカチドリです


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第4話 3人の思い出、2人きりの思い出

 その後、特に問題はなく学校の案内は終わった。それぞれが帰路につく。鳥塚さんと別れ、ようやく幼馴染同士の空間がそこに出来上がった。この三人だけの空間が今の今まで作られなかったこと自体それなりに不思議ではある。前の調子だとひと目もはばからず馴れ馴れしく飛びついてきたと思うのだが。成長したということだろう。

 

「ようやく話せるね。雉矢。」

 

彩羅がそう声をかけた。まぁ確かにしっかり話すのはこれが久しぶりになる。

 

「あぁ、そうだな。2人とも改めて久しぶり。」

 

最初に比べれば僕はだいぶ落ち着いていた。2人がそこまでアグレッシブではなくなっていたので、ホッとしていた。

 

「それで、結局のところあの小鳥ちゃんはそういう関係?」

 

立て続けに彩羅がそう聞いてくる。

 

「あぁ、手紙の送り主なんだけどな。友達なのは本当。」

 

「振ったの?」

 

染羅が喰い気味にそう聞いてきた。ある意味振ったということになるのだろうか?そこら辺は少し曖昧な気がする。付きってほしいと言うそれを断ったということに関してならば確かに振ったのかもしれない。

 

「そんな感じ。告白されはしたけどまだお互いのこと知らないから取り敢えず友達になろうって感じ。」

 

「そう。」

 

いつもどおりではあるが、無口な染羅。それだけ聞いてまた黙ってしまった。

 

「それにしても、まだお前らは俺のこと忘れてなかったのかよ。」

 

「忘れるわけ無いじゃん。初恋の人なのにさ。」

 

その執着は本当にどこから湧いてくるものなのだろうか?恥ずかしがってる姿が可愛いとかそんなものではないだろう。確かに可愛かったが、それでもここまでの執着を見せる人というのはいるものなのだろうか?

 

「そっか。だからってここまで執着できるかね?そこは心底不思議に思うよ。」

 

「執着する人達もいるんだよ、私達みたいにさ。」

 

「そういうものとして捉えたほうがいいのか?」

 

「そうだね、そういうものなんだよ。」

 

「なるほど。」

 

なるほどとは言ったもののそこまで理解ができたわけではない。まぁそこまで悩むほどのことでもないな。それそうとして、もう一つ気になっていることがあったんだった。

 

「そう言えば5時間目の手紙、何で僕に渡したんだ?明らかに、そういう………告白系のやつだったじゃん。」

 

「あぁ、あれね?隣の人から回ってきたんだけどさ、そりゃあ見ただけで分かったよ。でも、人心を無下にするのは違うかなって。勝ち取るのはいいけどさ、蹴落とすのは駄目じゃない?って。私達の理念でもあるし。」

 

「そんな考え持ってたんだ。初めて知った。」

 

「だって今まで言ったことなかったんだもん。」

 

そんな会話をしつつ僕たちは道を進んで行った。その間僕と彩羅は、話しをしていたが染羅は結局最後まで無口なままであった。そうして家にたどり着く。

 

「ただいま。」

 

キッチンにいる母に向かってそう声をかける。

 

「おかえり。結局転校生は彩羅ちゃん達だったの?」

 

「あぁ。そんなに変わってなかったよ。」

 

そんな話して僕は自室へと向かう。さてどうしようか?勉強でもしようか?それとも少し部屋の掃除でもするか?いつあの2人が来るかもわかんないしな。とは言え散らかってるわけでもないか。うん、勉強しよ。勉強と言うか課題だな。

 

 それからしばらくは何事もなく課題を続けることができていた。終盤も終盤になった頃インターホンが響いた。特に気にすることもなく僕はもう少しだと自分を鼓舞し最後の問題に取り掛かろうとした時、母の声が聞こえてきた。

 

「雉矢、染羅ちゃんがちょっと来てって。」

 

「はーい。」

 

そこで僕は作業を中断した。言われた通りに玄関へと向かう。

 

「染羅、どうしたの?」

 

「ちょっとついて来て。」

 

言われるがまま僕は染羅について行った。まだ春なので夜7時はすっかり暗くなっていた。そんな中で染羅は迷いのない足取りである場所へと向かっている。僕もこの道はよく通ったものだ。彩羅も交えた、この3人で一緒に。僕も予想はしていた。染羅がどこへ向かっているのか。ここは3人の思い出になっている公園だ。

 

「染羅、どうしたの?」

 

「昼間は、彩羅ばっかりだったからさ………ちょっとヤキモチ。かまってほしくてさ。ここ、あの日雉矢が連れ出してくれて一緒に遊んだ場所。私にとって雉矢との思い出の場所。」

 

「かまってって言われても………何したらいいの?」

 

何故だろう、少し脈が早くなっている気がする。何か、期待しているのだろうか?そんなまさか。そんなことがあるのだろうか………。

 

「取り敢えず、ここ。」

 

そう言って、染羅はブランコの元へ近寄っていった。

 

「雉矢も座って。」

 

言われるがまま、僕と染羅はブランコへと腰掛けた。いつ以来だろう?本当に僕たちの成長を感じられるほどにはこのブランコは小さい。

 

「案外、窮屈だな。」

 

「そうだね。これちょうどよかったときの話する?」

 

「10年くらい前じゃん。」

 

「早いね。」

 

「そうだな。」

 

そうしてお互い黙ってしまう。しかし、そこまで嫌な気にはならなかった。その沈黙の末、ようやく染羅が口を開いた。

 

「雉矢、結局のところどっちが好きとか決めてる?」

 

「僕はまだどっちもかな?確かにドキドキはするけどさせられてる感があってさ、自分から好きとは言えないな。」

 

「そっか………私は、雉矢のこと好き。だからさ、嫉妬しちゃってるんだよね。今日の放課後のこと。彩羅になんて言われたの?」

 

「あぁ、危なっかしいって思った時は守ってって、そう言われた。急にささやくんだもん。びっくりしちゃってさ。」

 

「ドキドキしてたんだね。」

 

「わかるんだ。」

 

「なんとなくだけどね。それでなんだけど、羨ましいなって。」

 

そう言うと、彼女はブランコから立ち上がって僕の前へと立った。

 

「雉矢も立って。」

 

そう言われて僕も立ち上がった。お互いに身動きが取れそうにないほど近い。僕の胸の高鳴りは加速していた。

 

「何するの?」

 

「………彩羅ばっかりで、ずるいよ。」

 

その言葉とともに、染羅の姿が一層近づいた。胸に体温を感じる。染羅が僕の胸に顔をうずめていた。背中の方には逃がすまいと手が回されていた。力強く、優しく。

 

「………染羅…。」

 

今まであまり大胆なことをしてこなかったはずの染羅が今、僕に対して抱きついている。夜とは言え、個々は屋外だ。誰かに見つかるかもしれない。そんな中でも彼女は僕のことを離そうとはしなかった。

 

「言ったじゃん。逃さないって。もう、雉矢と離れたくなんて無いから逃さない。私は雉矢が好きだから。」

 

その言葉が更に僕の脈拍を加速させる。そんな時期でもないのに、当たりが熱く感じられた。この公園という3人の思い出の中、僕は染羅と2人きり。何か、いけないような事をしているような気分で………複雑で、暖かくて、ずるいような。そんな感覚だった。

 

「染羅………。」

 

僕の手は自然とその身体を抱きしめしめようとしていた。その時だった。

 

「ごめん、いきなりこんなことしちゃって。」

 

その声がして僕と染羅は現実へと戻ったのだった。少し肌寒いような気がした。染羅のその体温がまだ残っていたのだ。

 

「呼び出しちゃってごめんね。我儘、付き合わせちゃった。また、明日ね。」

 

そう言って彼女は………染羅は逃げるようにして走っていった。その姿はどこか嬉しそうだった。その場に残されて立ち尽くす僕。何をしていたんだろうか?余韻が酷い。まだ僕の心臓はバクバクと酷く脈打っている。現実に引き戻されても尚、夢を見ているような気分だった。

 

「………僕も帰ろうか。」

 

そうして僕はゆっくりと歩き出した。

 

 誰もいない暗い街中を駆け、私はあの場から逃げている。やってしまった。抜け駆けというわけではないが、あんなことするつもりはなかった。でも暖かかったな。ドキドキもしてくれていた。正直な話私がさせていたのだけれど。それでも、嬉しい。あぁ、何で逃げてるんだろうな。送ってもらえばよかった。そうしたら、もっと話しできたのにな。こういう時、彩羅が羨ましい。

 

 でも今日は私の勝ちだよね。彩羅より私の方にドキドキしてくれたんだから。

 

「彩羅なんかより………今日は私の勝ち。」

 

そう、自分に言い聞かせた。少し、口角が上がってた。




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第5話 お返しのお返し

 朝、目が覚めた。僕は現実へと戻ってきていた。昨日の夜のことは、やっぱり夢のようだ。思い出す度にあのときの染羅の体温、匂いまでも蘇る。そうして、またドキドキとしていることに気がつく。どうしてこの感覚には慣れないのだろうか?少し苦しい。なのに、心地良い。その感覚に慣れることを身体が拒否している。むしろ、求めている。しかし、一概に染羅のことが好きと言い切れたものではない。まだ僕は何故この感覚を求めるのかという明確な理由が分かっていない。だから、これが恋愛感情なのかわからないのだ。僕は、彼女の存在を欲しているわけでは無い。だから、多分違う………。

 

「僕は…ろくに恋愛もしたこと無いのに何語ってるんだろう。」

 

そう、一言呟いた。何も解ってないのに決めつけるなんて僕もまだ浅いな。分かっているのは、あのときの状況に対してドキドキしていたこと。これを実質的な『好き』と結び付けられることができるのかどうか。まだ、わからないだろう。これから理解していくことはきっとできる。彼女たちといたら、きっと『好き』がわかる時が来るだろう。

 

「今日も頑張るか。」

 

その一言とともに、僕の1日は始まった。

 

 いつものように朝の支度を済ませ、いつもの時間に家を出る。母と挨拶を交わし目の前を見るとそこには、待ってましたと言わんばかりの表情の彩羅と染羅が立っていた。

 

「おぉ、来たね。おはよ、雉矢。」

 

「おはよう、雉矢。」

 

「お、おはよう。呼んでくれたら早めに準備したのに。」

 

「私達も今個々に来たところだから。ちょうど呼ぼうと思ってたとこ。」

 

そうして、僕たちは雑談を交えながら登校をしていた。途中、クラスメートと会ったりもしたが偶然家が近かったということにしておいてなんとか誤魔化すことに成功している。実際家の場所はすぐ近くだ。家を数件挟んだところにある。まぁこれで一緒にいることの言い訳ができたのだからラッキーだ。その後、何事もなく学校へと到着した。そこまでは良かったのだ。それは、生徒玄関にて起こったことだ。

 

「昼休憩さ、北校舎来てよ。」

 

その声を発したのは彩羅だった。うちの学校は、北校舎と南校舎が渡り廊下でつながっている作りをそている。南校舎が生徒教室メインに対し、北校舎は特別教室メインであるため昼休憩などのときには人通りはないに等しい。つまり………嫌な予感はしている。しかし断る義理はない。それに少し、気になっている自分がいる。

 

「あ、あぁいいけど。」

 

僕はそう答えた。何が待ち受けているかわからないがそうした。

 

 昼休憩。あまり乗り気ではないところだが約束してしまったものは仕方がない。僕は北校舎へと向かった。渡り廊下の向こう側に人影が見えた。身長的にも彩羅だ。

 

「来たよ、彩羅。」

 

「ありがと。それで早速本題なんだけれど………昨日の夜、染羅とハグしたんだってね。」

 

その言葉で昨日の記憶がフラッシュバックする。2人しかいない公園のブランコの前での出来事。また少し胸が高鳴り始めていることに気がついた。

 

「………多少語弊はあるけれど、されたよ。」

 

「されたんだ………雉矢は、ハグ仕返したの?」

 

その言葉に声が詰まる。あの時、僕は無意識化ながら染羅のことを抱きしめようとしていた。これは仕返したことになるのだろうか?

 

「………しようとした。」

 

「それは自分の意思で?」

 

「………うん。」

 

「そっか。正直に答えて。染羅こと好きなの?」

 

まだわからないはずだ。答えは出てきていないはずだ。ただ、自分からも抱きしめようとしたその事実は残っている。そうするともしかしたら僕は…………。

 

「………好きなのかもしれない。」

 

「曖昧な。」

 

「恋愛なんて、わかんないよ。」

 

「そっか。まだ、わかんないんだね。じゃあまだ、上書きできるよね………。」

 

後半呟くようにそう言った彩羅は僕に向き合った。そうして一言『お返しのお返し』と呟くと僕の方に飛び込んだ。どこか重なり合うものを感じた。しかし、その腕は僕の背には回されていなかった。あっけにとられていると彩羅が話しかけてきた。

 

「雉矢の方からハグして?」

 

「え………?」

 

「いいからして。」

 

駄々っ子のようにねだる彩羅。こんな姿は初めてかもしれない。僕は言われるがまま彩羅に手を回そうとした。しかし、その時はまだ最後まで手を回すことができなかった。

 

「なんか、いけないことしてるような気分。」

 

「学校で女の子にハグしようとしてるから?」

 

「それもあるけどさ。」

 

「染羅のこと?」

 

「やっぱりわかるんだね。」

 

「いいんだよ。これは昨日大胆なことしすぎた染羅へのお返しなんだから。」

 

「………そうか。お返しか。」

 

そう言って僕はゆっくりと彩羅の背中に手を回した。されたことはあったが、自分からハグするというのはこれが初めてかもしれない。僕の初めてというのは全部、彩羅に奪われていく。こんなことしてるから染羅も嫉妬するのだろう。

 

「染羅のこと考えてる?」

 

「………考えてる。」

 

幼馴染というのは怖いものだ。まるでエスパーみたいに内面を読み取られる。

 

「いつかは、ハッキリさせてよ?」

 

「あぁ、分かってる。」

 

そう言いながら僕は彩羅のことを抱き寄せている腕を離した。

 

「もうおしまい?」

 

「こんなはっきりしないやつに抱きしめられたってもやっとするだけだろう?」

 

「まぁ、うん。ちなみに今どっちのほうが好き?」

 

「だからわかんないって。でも、多分まだ同じくらいなんじゃないかな。」

 

「まだ同じくらいか………染羅も強いな。でも十分すぎるくらいにはドキドキしてたよ?」

 

「………恥ずかしいからやめてくれ。あと、それを言うのであれば彩羅だってめちゃくちゃ顔赤いよ?」

 

「あぁもう、知ってるよ!」

 

そう言って吐き出すように言葉を投げかけ彩羅は走っていった。これもまた公園で見たような景色だな。やっぱり姉妹なんだな、と実感させられた。しかし僕もいい加減、気が付けるようになりたいものだ。まだ自分の気持ちがはっきりしないってそれは流石にない。白黒つけなければ。この胸の中にあるもやっとした気持ちを取り除かなければ。

 

 照れ隠しの言葉とともに私は走り出した。正直ここまで大胆なことができるとは思ってなかった。自分を制御できなかった。染羅に対する嫉妬。染羅と雉矢がハグしたというその事実に対する嫉妬。そうだ染羅が悪いんだ。昨日の夜の出来事を染羅が私に離したかたらいけないんだ。こんなこと自業自得だよ。でも、私の中では上書きできた。雉矢は、染羅とハグした人ではなく私とハグしてくれた人になった。これだけでも私は嬉しい。私も雉矢のことが好きだから。染羅が思ってるよりもずっと好きだから。今日のことは染羅には黙っておこう。マウントを取るんじゃなく、私の中での思い出にしよう。でも、このこと染羅が知らないってなるとどうしてもほくそ笑んでしまう。どうしても、嬉しくて。私って性格悪いのかな………。

 

 見てしまった。彩羅ちゃんと小鳥遊くんがハグしてた。私の告白が断られた理由ってこれだったのかな?でも、初対面のはずなのに。自分でもびっくりしているが、私は小鳥遊くんに告白したはずなのにそこまで嫉妬心が起き上がっているわけではない。と、言うか今はそんなことどうでも良くなるくらい2人の関係が気になっている。どういう関係なのだろう?今日、帰りに聞いてみようかな?修羅場になったりなんてしないよね?なんだか怖い。小鳥遊くんが1人の時に聞いてみようかな………。私って本当に小鳥遊くんのこと好きなのかな。その疑問はもう一度私の前に浮かび上がってきた。



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第6話 救い

 見てしまった………。2人が抱き合っているところを………。会話までは聞き取れなかったけどそんなことそこまで問題ではない。渡り廊下の向こうにたまたまあの2人の姿が見えたので行ってみたらこの様だ。私は、廊下の端に隠れてやり過ごしていたのでバレなかったが多分目撃しては駄目なものを目撃してしまった。これは絶対に誰にも言ってはいけないことだ。本当にまずい。それはそれとして、小鳥遊くんにも見つからないようにしなくては………。

 

「あれ?鳥塚さん?」

 

バレた。あまりにも早すぎる。バレないようにしようと思った矢先にこれだ。私はどうやらことごとく運が悪いらしい。

 

「あぁ、小鳥遊くん。」

 

どうしよう。このままやり過ごそうか?それとも疑問をぶつけようか?私がここにいたことはもうバレてしまっている。それなら聞いても大丈夫なのではないか?いやいや、逆にここに居たことしかバレてないんだ。いつから居たかなんてわかんないだろう。じゃあやっぱりこのままやり過ごそうか………。

 

「鳥塚さん、こんなところで何してたの?」

 

「えっとぉ………。」

 

駄目だ。早くそれなりの言い訳を考えなくては。あぁこういう時に頭回らないんだから。どもらずに『ただ通りかかっただけ』って言えば怪しまれずに済んだのに。

 

「もしかして、彩羅といるとこ見てた?」

 

「あ、あぁ………うん。」

 

白状することに決めた。しょうがない。一度言葉に詰まったのだから訂正とかは自然じゃないだろう。嘘ってこともすぐバレる。じゃあ私は白状することを選ぶ。

 

「あぁ、見られてたか。なんかゴメンな。」

 

「え、いや、いいけど。何で彩羅ちゃんとあんなことしてたの?」

 

「彩羅は、と言うか鷹野達は俺の幼馴染なんだよ。少しスキンシップが強いけど………。久々にあってあっちもテンション上がってたんじゃないかな?わかんないけれど。」

 

「お、幼馴染なの?な、何で言わなかったの?て、言うか初対面のフリしてたの?」

 

「あぁ、のっぴきならない理由があってな。幼馴染って言うことは言わないようにって。まぁ、さっきも言ったとおりなんだけどスキンシップが激しくてな?それで………なんと言うかブレーキなんだよな。あの2人を抑制する。幼馴染って言うことが広まったらあの2人リミッターが外れて何しだすか、わからないから。だから幼馴染ってことを隠して初対面のフリをすることで学校だったりとかでの大胆の行動を抑制しようと思ってな………ただ今回みたいなことになるとは………。」

 

「なるほど…強烈なスキンシップを避けるため………。」

 

何で彩羅ちゃんと染羅ちゃんは小鳥遊くんに対してそんなに過剰反応するんだ?と、言うか………さっき彩羅ちゃんは顔を真っ赤にして走っていったけど………つまりそれって。

 

「小鳥遊くんにとってさ、あの2人って友達?」

 

「あぁ、痛いところついてくるね。そうだな、今のところ。」

 

「じゃあ、2人の気持ちは分かってるの?」

 

「何度も伝えられた。でも、僕はまだその感情についていまいち理解ができてないから。そんな奴と付き合っても嬉しか無いだろう?だから、まだ友達。そりゃあ、ちゃんと覚悟は決めてる。」

 

「そっか………まだよくわかんないんだ。私のことを振ったのもそれが原因?」

 

「少なからず、この理由は入ってきてる。と、言うか鳥塚さんだって一応僕に告白したろう?嫌じゃないのか?」

 

「あぁそれね。私、多分寂しかったんだと思う。孤独って意味で。だからこういう形で落ち着いてたほうがいいのかなって思ってさ。あんまり嫌っていうのはないのかもしれない。それこそ私もわかんないけどね?でもなんだか分かってきた気がする。何で、あんなことしたのかっていうのが。」

 

私は、ただ寂しかったんだ。だから、そういう人が欲しかったんだ。自分を納得させてるわけじゃない。気付きつつある。それだけのことだ。

 

「そっか。じゃあ付き合うっていうのはやっぱり無し?」

 

「それこそアレ、小鳥遊くんが言ったんじゃん?まだ早いって。もう少し小鳥遊くん達と一緒に居させてよ?」

 

「あぁ、了解。」

 

その後、放課後まで、何事もなく時が過ぎさっていった。私はこの後、昨日のように小鳥遊くん達と帰ることを予定している。あんなことを聞かされたので少し距離感がわかんないけれど………それでもまぁ差し支えはないだろう。

 

「じゃあ帰ろっか。」

 

彩羅ちゃんのその言葉でみんなが歩み始める。私は一歩手前に引いて3人の背中を眺めていた。道中あることにかがついた。明らかに彩羅ちゃんと小鳥遊くんの物理的距離が近いのだ。それに比べてやはりと言うべきか、染羅ちゃんの方は口数も少なく、距離も空いているように見える。しかし、小鳥遊くんの話によると両方スキンシップが過剰とのことであった。じゃあやっぱり彩羅ちゃんはあまり人目を気にしないタイプ、対して染羅ちゃんは人目を気にするタイプと言うことだ。じゃあ逆に染羅ちゃんって誰もいない時どういう行動をとっているのだろう。思いっきりあまえんぼさんだったりして。それだったら可愛いな。そんなことを考えていると染羅ちゃんのほうが少し歩く速度を落とした。そうして少し小さめの声、前の2人が喋っているから私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてきた。

 

「鳥塚さん、今日どうしたの?私達のことじっと見てさ。」

 

「え、そ、そんなこと無いよ?」

 

「そんなことなかったらそんなに慌てたりなんかしないよ。」

 

ここでもか。やっぱり私は嘘が下手だ。

 

「あ…見てました。」

 

「何で?」

 

「それは、その………仲、いいんだなって。ほらまだ転校してきて2日目なのにさ?」

 

「それは………幼馴染だからね。」

 

まさか自分から言ってくるなんて思わなかった。

 

「………それ言っていいの?」

 

「うん。少なくとも私は2人きりのときにしかそういうことはしたくないからね。でも、彩羅は違う。人前でもどんどんアタックしていく。それを見るたび、羨ましいなって思ったりもする。でも、その分私は人が見てないところでアタックする。それでバランスが取れてるんだけど………やっぱり羨ましい。」

 

「染羅ちゃんも、悩んでるんだね………。」

 

「うん………その反応見る限りだと知ってたね?」

 

「あ、うん。お昼に聞かされてさ。その時は彩羅ちゃんが………いやなんでも無い。」

 

危ない。これは、修羅を呼びかねないとても危険な言葉だ。流石にラインが見えた。

 

「彩羅、大胆だからね。でも、それでも私は雉矢と一緒に居たい。」

 

「純粋だね、染羅ちゃん。」

 

「純粋かもしれないけど、性格は悪いんだ。」

 

そう言うと染羅ちゃんは少し笑顔を見せた。冷静な顔から少し表情が変化してとても………可愛かった。何故私が魅了されているのだろうか?ただ、そんな事どうでも良くなるくらいに私は染羅ちゃんの味方になりたかった。

 

「わ、私こっちだからじゃあね。」

 

急ぎ気味に自分の家の方へと足を進めた。本当、染羅ちゃんは反則級に可愛い。何故小鳥遊くんは染羅ちゃんのことを選ばないのだろうか?それがいまいちわからない。そこまでの魅力が彩羅ちゃんにも備わっているのだろうか?備わっていそうだな。姉妹だし、双子だし、外見はそっくりだし、可愛いし。本当、罪な人だよ小鳥遊くんはさ。こんな可愛い幼馴染2人からアプローチ食らっちゃってさ。

 

 そんな小鳥遊くんに、私も救われたかったな。もう家についちゃった。あの速度のまま歩いてきてしまったらしい。いつもなら寄り道したりなんかでもっと遅いのに。私に「向き合え」って言ってるのかな。頑張んなきゃ。もう現実に戻ってきてしまった。

 

「痛っ………まさか雨?」

 

脇腹の痛み。あのクソババア、絶対に許さねぇ。

 

「ただいま。」

 

その声に対して、返事はなかった。



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第7話 夜

 雉矢の家…………今日も来てしまった。迷惑かもしれないし、居ないかもしれない。それでも私の身体は勝手に動いていた。彩羅に対する嫉妬。私はここまで嫉妬深かったのか。それともこれは普通なのだろうか。私には分かったことではない。そもそも知ったことじゃない。私にはそんな事関係ない。ただ行動さえしておけばいいのだから。それでも、インターホンを押すのをためらってしまう。緊張している。まだ恥ずかしい。なんだか怖い。そんな心境だ。でもここまで来てしまった………それならばいっそやってしまった方が楽。いや、まだここまでしか来てない。ならば、まだ引き返すことができる。けれどそれでいいのだろうか………私は一体、どうしたいのだろう。こんなところで悩んでばかりで。こんなに優柔不断で。気持ちは出てるでしょう?じゃあ行動しなきゃいけないのに。このままじゃ彩羅に追いつくことなんてできやしないのに。

 

「………よし。」

 

深呼吸1つおいて、ようやく決心する。ここまでかれこれ十数分。本当、何してんだろうな私は。そうして私はインターホンを押した。返事が来るまでの時間、これが一番緊張する。あぁ、何でこんな時間なんだろう。もっとあるだろうに。こんな夕飯前の時間。迷惑に決まってる。何でこんな事やっちゃうんだろう。いろいろな気持ちが渦巻く。昨日よりももっと。2日連続なんて、迷惑じゃん………。そうして、しばらくして扉が開く。

 

「染羅ちゃん。今日も雉矢?」

 

雉矢のお母さんだ。

 

「はい………今日も借りていいですか………?」

 

「うん、許す。何ならあげたっていいって昨日も言ったでしょう?ちょっと待っててね。」

 

そう言うとおばさんは雉矢を呼ぶために一旦仲へと入っていった。それにしても最後の一言は余計ですよ………。少し心拍数が上がり、既に顔が熱い。あぁ、恥ずかしい。

 

「染羅、今日も来たんだ。」

 

「しつこかった?」

 

「いや、そんな事無いよ。」

 

「じゃあ今日も―――――。」

 

そこまで言いかけたところで雉矢が口を挟んだ。

 

「今日はさ、ちょっと散歩しながら話さない?」

 

「う、うん。」

 

そうして、昨日のように夜の街を歩いていく。やっぱり人通りは皆無に等しい。そんな中で静かに私達は歩みを進めていた。

 

「そいえば話しながらって………。」

 

「あ、そうだったな。自分で言ってたのに………。その、なんていうかさ………彩羅とは、仲いいの?」

 

「………いい、と思う。」

 

自分でも不確かだ。喧嘩という喧嘩はしてないが、あんまり話もしていない。悪い言い方をしてしまえば雉矢のせいだ。どっちか早く選んでほしい。でも私はその結果に納得できるかどうか怪しい。怖い。選ばれないのが。その結果に納得できず自分を保てないかもしれない。それが、本当に怖い。

 

「そっか。まぁそうだよな。好きな人がおんなじって、こうなるよな。」

 

「分かってるんだったら、早く選んでよ。」

 

急かしてしまう。絶望するだけかもしれないのに私は………何でこんな事。

 

「優柔不断なやつと付き合っても嬉しくはないだろう?いつかちゃんと決める。でもまだ、わかんないんだよ………。」

 

「………どっちのアプローチのほうが好きなの?」

 

「おんなじくらい、ドキドキしてる。」

 

「欲張りめ。」

 

「ごめんなさい………でも、2人とも凄いドキドキすることしてくるからさ。自分でも、なんか今まで以上にわかんなくなってきちゃってさ。それに、この感覚『好き』とはまた違う気がして。僕も分かってないんだけどさ。ずっと一緒に居たいっていう感覚とはまた違うかなって。」

 

「そっか………。」

 

まだ、好きとも思われてないんだ。私はこんなに好きなのに、思いが届かない。辛いな。

 

「本当、ごめん。」

 

「なんで、人生ってこんなに上手くいかにのかな………。」

 

気づけば私は愚痴をこぼしていた。普段こんなことはなかったのに。よほどショックだったのだろう。早く応えてほしい。でも、自分の答えを出してほしい。そんな相反する考えが私の中にはあった。辛い、苦しい、解き放たれたい。どっちにしても、雉矢が決めること。尚の事歯痒い。

 

「本当、もう限界。」

 

その一言と共に私のリミッターが外れた。夜の街。私は雉矢目の前に立った。2人とも歩みを止めている。昨日と似たような構図。ただ、昨日と違うのは今の私は多少大胆なことでもやってしまうかもしれないと言うのがあげられる。でも、もうしょうがない。何もかも仕方なかったんだ。

 

「雉矢。もうどれだけ聞いてるかわかんないけど今日も言わせて。」

 

その言葉とともに私は雉矢に一歩近づく。

 

「お、おう。」

 

おどおどした反応。彩羅じゃないけどやっぱり、この姿っていうのはかなり可愛い。どうして、こんなにも愛おしく感じてしまうのか。好きだからだろう。じゃあやっぱり伝えなきゃ。

 

「好きだよ。ちょっとしゃがんで?」

 

もう、この先は自分じゃ止められない。

 

「う、うん。」

 

雉矢と私の背が同じくらいになる。ここからは私の勇気次第だ。顔をゆっくり近づけていく。はぁ、緊張する。大丈夫、彩羅もやってた。だったら、お返し。そうして………唇と唇が触れ合った。私にとって、初めてのキス。雉矢にとっては何度目かのキス………。辛い。駄目だな。辛いが口癖になっている。

 

「私の初めてのキス。」

 

「お、おう。」

 

「どうだった?」

 

自分でも止められない。でも、しょうがないよね………しょうがないんだよね………。

 

「どうって言われても………不意打ちがすぎる。」

 

「だから意味があるんじゃん。ねぇ、どうだった。彩羅のと比べて。」

 

どんどん、求めていくようになっている。雉矢の評価を求めていくようになっていく。こんなんじゃ嫌われるかもしれないのに、自分でもおかしいなって思っているのに。それでも………しょうがないよね。

 

「彩羅のと比べて………ドキドキはした。」

 

「そっか………良かった。」

 

何が良かったんだか。今の私は、自分のことしか考えてない。そんなので良かったわけがない。しょうがないわけがない。でも………でも………苦しいよ………。

 

「染羅、今まで我慢してたのか?」

 

その声の持ち主は勿論、雉矢だった。その声で私は我に帰る。

 

「雉矢………?」

 

我慢、していたのかもしれない。それが爆発したのかもしれない。そういうことにしておけば、生姜内で片付けることができるかもしれない。私はそれに乗っかっていいのだろうか?

 

「今まで我慢させてきてたのなら、ごめん。」

 

「雉矢が謝ることじゃないよ。しょうがないんだから。」

 

「しょうがない………?」

 

「彩羅も私も、雉矢のことが好きだから。嫉妬するのは当たり前。まだ、雉矢が決めきれないことに関しては、もうしょうがないとしか言いようがない。だからいいんだよ。全部。」

 

自分でも、頭の中がぐちゃぐちゃになってることくらい分かっている。キスして、嫉妬して、自分をなだめて、落ち着かせて………パニック状態もいいところだ。私は………どうやら今日はとんでもなくおかしい日なのだろう。支離滅裂で、自問自答を繰り返して、自分でも答えを見失って。がむしゃらなんて言葉で片付けることができたのならいいけれど、どうやらそんな可愛い言葉で収まりそうにない。今、自分でも気がついていることを述べるとしたら、私は狂ってる。狂わされてる。雉矢にも、彩羅にも、そしてこの感情自体にも。

 

「染羅………大丈夫か………?」

 

「大丈夫なわけ無いじゃん!もう、おかしくなりそうだよ!自分でもよくわかんないよ!何が正しいかなんて………全然しょうがなくなんてなかったんだよ………ごめん雉矢………。」

 

柄にもなく声を荒げてしまった。どうしていいかわからない。収集なんて付きっこない。

 

「あやまんなくていいよ。と、言うか僕のほうが謝んないといけないのに………もっと自分に素直でいいんだよ。」

 

雉矢の声が聞こえた。自分に………素直。私は、囚われていたのかもしれない。固定概念の中に、閉じこもってたのかもしれない。その中から彩羅と雉矢のこと見ながら羨ましがってた。私と雉矢、2人だけの世界に閉じこもろうとしてた。まるでいつかみたいに………。

 

「………雉矢の…馬鹿野郎。」

 

「あぁ、ごめんなさい。」

 

あのときと、似たような感覚。また雉矢は、私に外を見せてくれた。私と雉矢、2人で一緒に外に出よう。




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第8話 この輪の中に

 今日も、やっぱりリビングで椅子の上に独り、立っている。小鳥遊くんや鷹野さん達と別れ、私は現実に苛まれていた。クラクラとする視界。思考もおぼつかない。それでもあと一歩は踏み出せない。どうやら、ここまでしても根底となる欲望は揺るがないようだ。何故だろう。ここまでなっておきながら、どうしてまだ私はこうして立っているのだろう。もともと、私はもうここにはいない存在ではなかっただろうか。昨日で、終わったはずじゃないのか?まだ続けろというのか?まだ続けなければならないのか?いや、そう望んでいるのは私だ。あと一歩を踏み出すことを拒んでいるのは私だ。小鳥遊くんと付き合えなかったらもう終わらせようと決めていたはずだろう。

 

「あぁ、もう………。」

 

すべて小鳥遊くんのせいだ。小鳥遊くんが友達になろうなんて言うから、私は諦めがつかなかったのだ。そうだ、小鳥遊くんは私にとって枷になっている。何故か、私の心が分かってるみたいにあんな事言ってきて。どうして小鳥遊くんはYES、NOの二択で答えてくれなかったのだろう。おかげで私は、こんなにも苦しんてでいる。こんなことを考えていくと、何で私が告白したのかという疑問に収束していく。いや、分かってるさ。何で告白したかなんて。依存できる人が欲しかった。それが小鳥遊くんだっただけ。そうして、この告白が失敗したのであれば私は、何もかもを諦めるつもりだった。それなのに、どうしてけじめをつけさせいてくれないのだろう。こんな中途半端な状態で生きて………苦しいのは私なのに。

 

「本当なら昨日で全部終わってたはずなのに。どうして生きてなきゃいけないの?………いや、知ってるよ。そんなのどうでも良くて勝手に死ねばいいことくらい。でも………小鳥遊くんが………。」

 

小鳥遊くんがどうしたのだろう。自分で決めればいいことなのに、尚も私に足は動かない。一歩踏み出すことができない。恐怖に支配され怯えてる。竦んでる。惨めだ。滑稽だ。こんな姿誰かに見られたら、きっとこの先を急かされることだろう。もう準備はできているはずなのに。全く準備万端ではない。終わらせたいのに、その行動が間違いのように感じられる。いつもこうだ。ここから見る景色も変わらない。この時間が一番無駄なのだ。とっとと行動に移せばいいのに、そんなこともせず、ただ悩んでる。そんなくだらないことしなくてもいいのに。これが人間の性なのだろうか。なんとも非合理的である。その非合理性によって私は生き長らえてる。この忌々し記憶と一生物の傷を抱えてダラダラと生きている。

 

「だって、私には………友達がいる………だから………。」

 

だからなんだというのか?その友達は私の生きる理由になっているとでも言うのだろうか?残念ながらその友達というのは私の中で既に枷の判定をしたばかりだ。何故私はそんなくだらないもののために葛藤しているのか?とっとと、この目の前の輪の中に首を通せばいいのに。そうしてあと一歩踏み込むのだ。そうすれば、こんな記憶からも開放される。何故それをしないのか、いや今までもしてこなかったのか。

 

「そんなの、怖いからに決まってる。私は死ぬのが怖いんだ。だから………今までもここで立ち止まってるんだ。そんな感情がなければ私だって死んでた。そもそも、こんなことになってなかったかもしれない。それだったらある意味そっちのほうが良かった………。でも………。」

 

その声の続きは出てくることはなかった。当たり前だ。恐怖心を誤魔化すための言い訳に過ぎないのだから。はぁ、いつまでこうしているんだか………正直この景色にも飽きてきた。いつもいつも。もう何年だ?3年目になるのか。そのくらいの時間この毎日を経験し、1日の最後にはこの景色を見てきた。もう、いい加減終わりにしようじゃないか?疲れているんだろう。もういいじゃないか。

 

「それだったら………小鳥遊くんはどう思うの?彩羅ちゃんは?染羅ちゃんは?みんなどう思うの?私が死んだら………みんなはどう思うの?」

 

そんなの知ったことじゃあない。だいたいこっちは死んでるんだから人の気持ちを知ることなんてできないだろう?そんな事気にしてちゃ死ねないのに、どうして私はそんなにくだらないことを考えてるのだろう?本当、わからない。今までだって散々そう言って逃げてきた。それで苦労していたのは私だ。だからもう、やめにしようと言っているのだ。それなのに、何故私は拒むのだ?何故動かないのだ?もう………疲れたんだ。そろそろいいじゃないか。

 

「駄目だよ………そんな逃げ方無いよ………私はまだ怖いんだから。だいたい、何であのクソババアの望んだ通りのことをしなくちゃいけないんだよ?それこそ、一番の屈辱だろうが?もういいじゃないか。まだ、待ってくれよ。まだ、早いよ………。」

 

まだ早いか。どのくらいその言葉を使ってきただろう?もう覚えてはいない。しかし確かにあのクソババアの思惑通りになるのはこちら側としても面白いものなどではない。そうして私は私を納得させる。いつもと同じ流れだ。何も変わらない日常。変わらなければならない私に対していつも通りという怠けを提示し、そうして死は遅くなっていく。でも、もうそれでもいいのかもしれない。ここまでしても、私は死ねない。じゃあしょうがないのかもしれない。そういうものとして捉えた方がいいのかもしれない。

 

「確かに………もうこんな生活、辛いよ………。」

 

私は、最後静かに呟いて椅子から降りた。首には何も巻かないまま。

 

 そうして………今日もやっぱり、朝がやってきた。どうも、私は昨日も死ねなかったらしい。

 

「いっつも、こうだ。」

 

葛藤しては死ねずじまい。こんなことをもうかれこれ3年やっている。私もはっきりしないものだ。

 

「そういえば、昨日雨降らなかったな。珍しい。低気圧じゃなかったのかな?」

 

そうして私は朝の準備に取り掛かる。そう準備がある。まだ日の出前だ。こんな生活………どうしてこんな事続けているのか。どうして今まで何も支え無しでやってこれたのかそれが謎だ。私は本当によく頑張ってきたよ。

 

「やめよ、朝からこんな考え方。1日が辛くなる。それに学校にいたときのほうが全然楽しいんだから。小鳥遊くんだって、鳥塚さんたちだっているんだから、前向こう。」

 

そう言って、自分を叱咤する。こういうときだけ私は聞き入れがいい。本当、欲に従順な人だな………。まぁそういう人でもいいか。今日も頑張らなきゃいけないから、前向かないと。

 

 父さんからの仕送りはある。父さんからの連絡もある。でも私はここに独り。帰るべき場所には、私1人だけ。何も生活音はない。頭がおかしくなるくらいに、家には何の音もない。だから、私は独り言が多い。でも、その独り言の答えてくれるのは私しかいない。私は、もう相当ヤバいところまで来てるのかな?まぁ答えはもう出ている。相当おかしいようだ。狂ってる。そんな私を隠して、今日も通学路を歩いている。人の視線を感じることもない。なにも気にすることはない。ただ本当に孤独な時を過ごしているだけだった。あの、明るい声が聞こえてきた。聞き馴染みのある声。つい最近話し始めたばかりのはずなんだけどな。どうしてこうも馴れ馴れしいんだろう。この声は彩羅ちゃんだ。「おはよう」とそう聞こえてきた。そうして立て続けに染羅ちゃん、小鳥遊くんの声が聞こえてきた。そうしてまた私は、夢のような日常を再開するのだった。



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第9話 雨

 朝の晴天は、尽くどこかに消えていった。教室の中から見る鉛色の空。とても重っ苦しく、こちらまで押しつぶされそうだ。今から帰るというのにどうしてこんなにも不運なのだろう。しかしそれでも彩羅と染羅は相変わらずだった。流されているのは僕だけだ。迷ってばかりなのは僕だけだ。

 

「ほら、雉矢早くこっち来てよ?」

 

彩羅がそう言って僕のことを急かす。何故彼女はあんなにも元気なのだろうか?僕はついていけるのか?いや、友達としては今後も付き合っていくことになるだろう。じゃあ恋人としては?それは………まだ僕にもわからない。

 

「今行くから。」

 

靴を履き終えた僕は外にいる彩羅に向かってそう、返事をした。染羅はまだ扉をくぐらず僕のことを待っていた。そうして、視界の端には少し戸惑っている様子の鳥塚さんが見えた。

 

「鳥塚さんも行こう?」

 

そう言って鳥塚さんの方を見る。依然として戸惑った様子だった。

 

「えっと………その………っ…。」

 

脇腹を抑え少し苦しそうにしていた。

 

「大丈夫か?」

 

その言葉が自然と口から出てきた。明らかに大丈夫そうな風貌ではない。無責任な言葉だが、その声をかけるしか僕にできることはなかった。

 

「ちょっと、低気圧でやられちゃった感じでさ。先行っててくれない?」

 

そうは、言っているもののかなり苦しそうだ。かなり心配である。

 

「流石に、置いていくわけには行かないよ。」

 

その声をかけたのは染羅だった。染羅もどうやら同じ気持ちだったらしい。まぁ普通そうだよな。

 

「でも………っ。」

 

鳥塚さんはそれでも拒んでいた。尚も苦しそうにしながら。

 

「流石に倒れられたら、僕たちも心配だし責任感じちゃう。だから、一緒に帰ろう?」

 

「………うん。」

 

そうして渋々と言った感じであったが、鳥塚さんと僕たちは今日も一緒に帰ることになった。いつもよりペースはゆっくりと。進んでいる間も、鳥塚さんは時々苦しそうに左の脇腹を抑えていた。

 

 それでも、歩いていく。ゆっくりと。しかし、雲行きは怪しくなる一方だった。そうしてついに、空は限界を迎えたように大粒の水滴を地上に落とした。

 

「降ってきたな。しかもこれ結構酷くなりそうだぞ。」

 

「走って帰ろう?」

 

そう、提案したのは鳥塚さんだった。何故彼女はそんな無茶な提案をしたのか。僕はまだ知らなかった。

 

「そっちのほうが危ないだろう?いま鳥塚さんは弱ってるんだから。どこか休めるようなところを探そう?」

 

「そうだね。」

 

「で、でも………。」

 

「鳥塚さん。もっと自分を大切にしたほうがいいよ。」

 

何も知らない僕は、この時こんな言葉を吐いてしまっていた。その言葉が鳥塚さんにどう思われるかも考えないまま。

 

 結局、僕たちは雨宿りのできる場所を探すことになった。どこかなかったか、と考えていると彩羅が近くの駄菓子屋はどうかと提案してきた。まぁ、他に宛もなかったのでそこに決定した。そこはいまどき珍しい昔ながらの駄菓子屋だった。軒下にはベンチがある。そこで休もうということになった。

 

「しかし、こんなにも天気予報外れるものかね?ビショビショで気持ち悪いんだけど。」

 

彩羅の愚痴だ。しかし確かに同感である。ここまで激しい雨、春なのに珍しい。夕立というやつだろうか?どっちにしたって困る。これじゃあ帰れもしない。もっともこのタイプの雨ならすぐに止むというのが不幸中の幸いだ。

 

「クソ………何で今日に限って………ッテェ………マジで。ふざけんな。」

 

あまり聞き馴染みのない台詞だ。発しているのは鳥塚さんだった。そのことがより衝撃を上乗せする。何に対して起こっているのか皆目見当もつかない。しかしそこにいた、彩羅、染羅、そして僕の3人ともが言葉を失っていた。

 

「だから………だからだ………。こうなることなんて分かってた。だから嫌だったのに………何でそんな優しくするのさ?これが本当の私だよ?暴言上等、逃げてばかりの臆病者。それが私だよ?なんだよ………何なんだよ………。」

 

まるで人が変わったかのようだった。正直驚いていた。全く持って初めて見る顔だった。今まではかなりおとなしい印象だったが………。しかし、だからどうってことはない。今も彼女は苦しんでいる。何かに苛まれている。それだけははっきりと分かった。

 

「鳥塚さん………?」

 

彩羅も動揺しているようだった。無論、染羅もだった。何がなんだかわらない。まだ、僕たちは何も知らないのだから。

 

「………一体、何が鳥塚さんを苦しめてるの………。」

 

また僕は、そんな無責任なことを言っていた。知らなかったとはいえ………今考えると本当に申し訳ない。

 

 ハハと、乾いた笑いをして一拍置いたあと鳥塚さんは話し始めた。

 

「もう、いいよね。頑張ったんだもん。私が小鳥遊くんに告白したのは、依存できる人が欲しかったから。何もかも現実から忘れさせてくれる人が欲しかったから。理由なんてなかった。ただ、たまたま小鳥遊くんだった。それだけ。私のお母さんさ、クズなんだよね。金欲しさに自分で強盗を装ってさ私を殺そうとしたんだ。ご丁寧に、部屋も荒らした挙げ句自分のことも包丁で刺してさ………まぁこんな事するくらい馬鹿だからさ、すぐに捕まってるけどね。それで………私の左の脇腹には一生物の傷が残った。心にも、傷を負った。結果、私は毎日死にたくてたまらなかった。でも、いざ首を吊ろうとしたら、あのときの………私を殺そうとしたときのあいつの姿が………目に浮かぶんだ。そこから怖くなって………死のうにも死ねなくて………色々考えて、理由を見つけてくだらなくダラダラと生きてる。それが私だよ。今話した、この全部が私だよ………。」

 

こうして、僕は真実を知ることになったのだ。言葉なんて出なかった。いや、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。とても………酷い話だ。僕は………どうするのが正解なのだろうか。

 

「言葉も出ないよね?知ってるよ。それでいい。でも………このことは内緒ね?私が死んだあとも。」

 

「………死ぬな………何のために僕たちが今日、鳥塚さんのことを心配したと思ってるんだ?何のために、誰のためにこんな事したと思ってるんだ?」

 

僕は、ついカッとなってそう言ってしまった。

 

「そんな………そんなエゴなんて押し付けないでよ?もう、辛いんだ。もう嫌なんだ………だから私の好きなようにさせてくれよ………。」

 

「じゃあ、何で鳥塚さんはまだ生きてんだよ?怖いんだろう?死ぬのが。生きるしか無いんだよ。無駄でもあがいて生きるしか無いんだよ。それに………友達だっているだろうに。」

 

「あぁ………友達か…確かに生きる理由にはなってる。同時に私を苦しめてる。いないほうが正直楽だった。だいたい、今私が生きてるのは小鳥遊くんのせいだ。あの時、私のYES、NOの質問に対して『友達になろう』なんて変な答えするから………そんなんだったらいっそ振ってくれよ!今、この場で!」

 

「………嫌だ。今この場で振ったら、鳥塚さんはこの後死ぬ気だろう?僕の発言のせいで鳥塚さんが死ぬなんて………そんなの、やってること殺人と変わんないじゃないか。僕だってそんな事したくない、君の言うクズなんかと一緒になりたくない。確かに、僕は今日無責任なことを結構言った。自分のエゴに任せたことをかなり言った。でも『その死にたい』って気持ちだって君のエゴだ。これは所謂喧嘩ってやつだよ。どっちかが折れるまでこの言い争いは続く。勿論僕だってこんな喧嘩負けたくない。僕が負けたら………僕は殺人者だ。生憎、僕はそんなレッテルはられたくない。一言言わせてほしい。そんなことになったら、それは君のせいだ。」

 

言いたいことを全部出し切ったような感覚だった。鳥塚さんはなにか考え込んでいるようだった。しばらく、雨の音だけが続いていた。そうして、どのくらい経っただろうか。

 

「ごめんなさい………。」

 

そんな声が聞こえた。僕は、どうやら喧嘩に勝ったらしい。雨は、既に止んでいた。



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第10話 仲直り

 雨は上がり、脇腹の痛みは既に引いていた。私は今、自分の家の前に立っている。何も、考えれない。私は取り返しのつかないようなことを言ってしまった。今、自分の置かれている状況からどうして小鳥遊くんに告白したかまで。それも暴言口調で。痛みによる錯乱であったが、それでいても喧嘩まで発展してしまった。最後、私は納得させられたが、明日から私は小鳥遊くんにどういう顔をしたらいいかわからない。私はこういうことがあった時リカバリーできるような器用な人間じゃないから。そんな人が確か周りにいたっけかな?名前は朱雀 虹姫だったっけ?生憎あの人は八方美人極まりすぎて浮いてしまってる。私も、正直あの人は苦手だが今回ばかりは教えを乞いたいものである。

 

「何考えてんだろう、私。」

 

そう一蹴して私は自分の家の扉を開けた。

 

「ただいま。」

 

今日もその声に対する返事はない。私1人だけの空間。私は天井からぶら下がった縄を見ていた。もう3年ずっとこの状態で垂れ下がっている。その下にある椅子ももう長いことこのままだ。部屋全体。あの日から一切変わっていない。まるで強盗にでも入られたように散らかった部屋。

 

「はぁ………いい加減掃除しようかな。」

 

そうして、私は部屋の電気をつけた。薄暗かった景色が鮮明になる。まず私が手を付けたのは、目の前にある邪魔くさい縄だった。今までこいつが私のことを『死にたい』という感情に縛り付けてきた。当然の順番だ。そうして椅子も元あったところに戻し、引き出しの中、床のシミなんかも掃除した。

 

「何でアイツの散らかした後を私が掃除してんだよ。ふざけんな。」

 

そんな愚痴をこぼしつつも、内心ホッとしていた。どうやら、私の中にあった何か悪いものが今日の喧嘩で取れたようだ。私のことを友達と呼んでくれた。心配してくれる人がいた。その人のことを裏切れるかと聞かれたら、どうも私はそんな事できるほど腐っていなかったらしい。

 

 冷静になって、軽くなった頭で考えてみれば今日の出来事は私にとって救いではなかっただろうか?頼れる人ができた。依存じゃなくても良かったのだ。私にはしばらくそんな人必要にないかな。

 

「小鳥遊くんへの告白、取り消さなきゃ。」

 

友達でいてくれると、小鳥遊くんも言っていた。私は、このままの関係で十分幸せだ。小鳥遊くんがいて、それを取り合う鷹野さんたちがいて………なんだ、それだけでも十分楽しいじゃん。私は、友達の立場から見守っておこう。

 

「にしても小鳥遊くんも幸せだよな。あんな可愛い姉妹から告白されて………羨ましいかもしれない。さてと、明日は仲直りから初めなきゃな。」

 

私は変わることができた。小鳥遊くんの言葉のおかげだ。あそこまで全力になってくれたのは何でだろうか?正直だいたい分かっている。友達だから、だろうな。そりゃあ死んでほしくないよな。声かけられた後、その声かけてきた人が死んだら、そりゃあショックだよね。しかも、小鳥遊くん私のことどちらかと言うと振ってるし。

 

「まぁ、総じて感謝しか無いかな。そこらあたりも明日伝えないとな。よし。課題やって風呂入って寝るか。」

 

 そうして、私は、いつもどおりの時間帯に目が覚めた。いつもより身体が軽い。こんな目覚めはいつ以来だろうか?ともかく、とてもスッキリしている。準備も終わり、玄関の前に立った。

 

「さてと、そろそろ行こうかな。行ってきます。」

 

 そうして、そうして………私は朝一番、最悪の出会いを遂げてしまった。

 

「おはよう、小鳥ちゃん。」

 

その声には聞き覚えがあった。何度か話したことがある。何故だ?私が昨日望んだからか?

 

「お、おはよう。朱雀さん………。」

 

「前も言ったでしょう?虹姫でいいって。」

 

その言葉に私は少し苦笑いを返すことしかできなかった。朱雀 虹姫。改めて紹介し直そう。確かに良い人だ。みんなに対して。どんなことも肯定する。正直、うざったい。自分の意見ではなく相手の意見を尊重する、というのとはまた違っていて、誰の意見にでも乗っかると言うか………苦手な人だ。誰の意見にでも乗っかるためみんなからも疎まれている。それを本人が知っているかわからないが、多分気がついていないだろう。だから尚の事距離を置かれ、クラス………正確には女子の中のヒエラルキーじゃ浮いているのだ。

 

「ねぇ、一緒に学校行こうよ?」

 

「え、あ、う、うん。」

 

あからさまに、嫌な態度を取るのもアレだろう………。まぁこんなことをしているから、あちら側はより距離を詰めてきているのだろう。うーん………辛い。しかし、容姿こそいいんだから黙っていればいいのに。因みにこのこともハブられたりする原因になっている。

 

「ねぇ、小鳥ちゃんって今悩んでることとかある?」

 

いきなりすぎる………。現座進行形であるなんて言えないし………いや、あるな。小鳥遊くんのこと………。

 

「昨日………小鳥遊くんと喧嘩しちゃってさ。私のほうに非があるし、どういう顔したらいいかなって………仲直りの仕方っていうのかな?」

 

「仲直りか………普通にごめんなさいって言ったら?」

 

なぜ?何故こんなにあっさりとした回答が返ってくるの?もう少し………いやまぁ確かに正論なんだけどさ?そんな………興味無いですか?

 

「普通にごめんなさいか………まぁそうだね。」

 

まぁそうだよね。

 

「そう、小鳥遊くん。最近いつもいるけどさ、どうしたの?」

 

「………色々あったの。」

 

「私に言わないの?」

 

「言えない。ただ友達なだけだし、いいじゃん。」

 

少し突き放すような言い方をしてしまったかもしれない。しかし、本当に言えたようなことじゃない。

 

「へぇ………言ってくれないんだ。」

 

少し声のトーンが下がっている?なんだか今日の朱雀さんはおかしいような………ダル絡み?今までそんな事してこなかったはずだけど、どうしたのか?

 

「まぁ、いいよ。やっぱ先行く。それじゃ。」

 

そう言って本当に先に行ってしまった。

 

「………どうしたんんだろう。」

 

そうしていつもの時間。そろそろ、小鳥遊くんたちと合流してもいい頃だ。

 

「おはよ、鳥塚さん。」

 

聞き馴染みのある声だった。昨日私のことを叱咤してくれた人。

 

「おはよう、小鳥遊くん。」

 

彩羅ちゃん、染羅ちゃんもいる。しかし、取り敢えずまずは謝らなければ。

 

「えっと、昨日はごめんなさい………心配かけました………。」

 

「僕も、ごめんなさい。ちょっと、気持ち考えきれてなかったかもしれない。」

 

「そりゃわかんないって、小鳥遊くんは私じゃないんだから。それで、前告白したじゃん。」

 

「あぁ、そうだったな。」

 

「取り消しで、いいですか?」

 

「友達のままってことだよな?」

 

「うん。私はそれで幸せだから。」

 

「依存………しなくても大丈夫なんだな?」

 

「もう大丈夫。友達がいるから」

 

「そっか。じゃ、これからもよろしく。」

 

「うん。」

 

そうして、私の1件は終わりを迎えた。迷惑をかけた分申し訳ないと思っている。しかし、このような結果に落ち着いて本当に良かった。私は、幸せだよ。

 

「て、言うか雉矢、告白されてたの!?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

 

「言われてない、そういうのはちゃんと言ってよね?」

 

小鳥遊くんは今日も彩羅ちゃん、染羅ちゃんの争奪戦に巻き込まれてて大変そうだな。でも、幸せそうで何よりだよ。

 

「ふふ。」

 

私は、少し笑っていた。

 

「何笑ってんの?ちょっとこの2人止めてよ?ヤバいって、登校中だって?ちょっと、もう彩羅、染羅離して。離してって!!」

 

その声が印象的な朝だった。



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第11話 白と黒

 その日の昼休憩のこと。僕は珍しく物思いに更けていた。少しふと思ったくらいのことなのだが、それが気になってしまった。僕はまだ、好きということを知らない。好きとは、一体何なのだろう。まずその根底的な部分を僕は理解してない。そんな状態で彩羅か染羅、どちらかちゃんと選べるわけがない。いずれ、白黒つけなきゃいけないからな。

 

「珍しくボッチか?雉矢。」

 

その声は、見なくてもわかるな。白鷺 夢七(しらさぎ ゆな)、こんな名前だが男だ。そして高校に上がってからの友達。彩羅と染羅のことについては言ってない。だから知らないだろう………変な現場でも見られてない限り。

 

「まぁ、そうだな。結構久々にこの感覚だよ。」

 

「で、なにか考え事?」

 

こいつに言っても意味はないだろうな?色恋沙汰なんて興味なさそうだし、そんな話がこいつから出てるのも聞いたことがない。

 

「夢七は、好きな人とかっているか?」

 

「な、なんだよいきなり?いや、い、居ないけどさ。」

 

意外だった………。動揺が隠しきれてない。まず、その赤い頬をどうにかしろ。と、言いたいが今はそんな事どうだっていい。特に気になりはしていない。そんなことよりだ。

 

「そっか………じゃあお前の考える好きってなんだ?」

 

「お、俺の考える好き?………ずっと一緒に居たいって思う感じかな………?」

 

「やっぱお前もか。僕もよくわかんないけどさ、大抵そうなのかな?」

 

「ほ、本当にどうしたんだ、いきなり?」

 

転校してきた幼馴染に責められてるなんて言えない。どうしたものか。友達のことにできないか?あぁ………なんだか、架空の人物像がしっかりしてきて後々大変そうだからやめようか?って言うか、どっちか選んだ後僕は一体どんな行動を取ればいいんだ?

 

「うーん………まぁ、ちょっと色々あって。ふと思ったんだよね。好きってなんだろうって。」

 

そこまで話した時、廊下の方から聞き覚えのない女の人の声が聞こえてきた。

 

「おー、いたいた。夢七。」

 

その人は僕の席に………正確には夢七に近づいてきた。

 

「い、一華?な、何でここに?」

 

そりゃあ、男子で恋バナしてる時に女子が来るってそうなるわな。しかし何だ、読めてきたぞ。

 

「久々にさ、一緒にご飯食べたいなって………思ってたけど、その人は?」

 

「あ、あぁ。こいつは友達の小鳥遊 雉矢。」

 

紹介されたので、軽く会釈をしておく。するとあちら側も返してくれた。背は………小さいな。

 

「雉矢、こいつは幼馴染の烏丸 一華(からすま いちか)。」

 

「………幼馴染………。」

 

「烏丸 一華、夢七がいつもお世話になってます。」

 

「別に世話されてねぇよ!!」

 

仲がいいようで何よりである。僕らも周りから見たらこんなふうに見えてるのかな?まぁ………なんともじれったいな。実際この2人と僕たちでは結構訳が違うようだが。

 

「うーん………。」

 

「小鳥遊さん、どうしたのこれ?」

 

「考え事だって。好きって何だろうって。」

 

「………好き…ね。私は………ドキドキするけど、でも落ち着ける。みたいな感じですかね。」

 

また新しい考え方である。それで行くのであれば、僕は彼女らといて確かにドキドキする時がある。しかし、それは彼女らがドキドキさせに来ているのであって少し違うのではないだろうか?

 

「………僕には、まだ分かりそうにないな。」

 

「小鳥遊さん、何でそんな事?」

 

「色々あって、ふと思ったんだよ。」

 

「でも実際それって個人の考えが一番大きいいんじゃないですか?」

 

この烏丸さん、かなり鋭いところをつく方である。と言うか、そりゃあたしかにそうだ。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。参考程度に、みたいな感じ。」

 

「はぇー………。」

 

「あ、そういえば確か夢七に用事があったんじゃなかったか?このまま引き止めておくのもアレだから持っていきなよ?」

 

「俺は物じゃねぇ!!」

 

「あぁ………小鳥遊さん、少しお話したいんですけどどうですか?」

 

「話?」

 

「はい。」

 

そうして、何故か僕は烏丸さん、夢七と共にお昼を過ごすことになった。楽しそうに話している2人。何故僕は呼ばれたのだろうか?わからないが………今、結構僕は空気になっている。

 

「あー、わりぃ、ちょっと俺トイレ行ってきていいか。」

 

何故このタイミングなのか?と、言うかこの空気感見てわからないのか?めちゃくちゃ気まずいのにどうしてこの場で席をたとうということになる?と、言えるわけもなく。見送るしかなかった。

 

「あぁ行ってらっしゃい。」

 

そうして、友達の友達と2人きり。こんな気まずいこと他にあるだろうか?だいたい話が弾むわけないんだよな。

 

「小鳥遊さんちょっといいですか?」

 

「あ、あぁ。」

 

なんだ?何事だ?

 

「ちょっと、協力してほしい事があって。大丈夫ですか?」

 

「内容にもよるが………夢七のことか?」

 

「な、何で分かったんですか?」

 

「やっぱり。分かりやすすぎるんだよ。」

 

「まぁ、話が早くて助かるのはいいですけど………。それで、多分お気づきの通り私は夢七のことが好きです。で、告白まで手伝ってほしいんです。いいですか?」

 

「えぇ………まず、夢七のこと振り向かせないとな。」

 

「は、はい。」

 

こうして、僕たちは協力関係になった。

 

 整理しよう。まず、夢七には好きな人がいる。これはほぼ確定でいいだろう。そうして、恐らくそれは烏丸さんのことだと思われる。続いて、烏丸さんは夢七のことが好きだ。これは確定している。告白は恐らく成功するであろう。では、何故僕が振り向かせることからと言ったのか。それは完全に僕のエゴなのだが………僕がこの2人を通して『好き』というものを知りたかったからである。少しでも理解できればと思ったからだ。これだけだと完全にサイコパスのそれなのだが………慎重になるに越したことはない。実際、これは不確定要素がかなり多い。まずは見極めるところからだ。

 

「で、どうやって振り向かせるかだが………好きなタイプとか聞き出しておいたほうがいいか?」

 

「あ、それは既にサーチ済み。夢七のタイプ、結構マニアックだよ?まず、天然が好きなんじゃない。養殖が好きなの。」

 

「さ、魚の話?」

 

「ほら、性格の話。天然な人とかいうでしょう?それの真似をしてる人のことを養殖って言うの。で、曰く『付き合う前までは養殖だったけど付き合ってからちゃんと自分の素を出してくれる』みたいなのが好みなんだって。前たまたま張り込んでたら聞いちゃってさ。」

 

「そ、そっかぁ………。」

 

何故だろう、悪寒が走る。いや、夢七のタイプの話も結構わからないのだが、それ以上にわからない単語が聞こえてきたので今僕はそれどころじゃない。

 

 そうして、その時。「いやぁ、ごめんごめん。」と、声が聞こえてきた。夢七のものである。ある意味、救いか?

 

「ん?雉矢、どうした?」

 

「そ、その何ていうか………夢七………お前………いやなんでも無い。お前に同情するよ………。」

 

「い、いきなりどうしたの?こいつ。」

 

「さぁ?」

 

僕はどうやら、また面倒ごとに足を突っ込んでしまったのかもしれない。しかし、前回のと比べ全然ピースフルである。

 

「おお、雉矢、いたいた。どこ居たの………さ………。」

 

「ずっと待ってたんだけ………ど………。」

 

あぁ、出くわしていけにない人達に………出くわしてしまった。これは、僕のせいじゃない。彩羅と染羅のせいだ。っていうか待ってたって?僕は何も約束してた覚えはないが?そういえば僕はだいたいこの時間は勾配に行っていた。仮にそのことを言っているのだとしたら………何で知ってるんだ?

 

「あれ………彩羅さん………今、雉矢って。」

 

それはそれとして、この無駄に勘のいい夢七を、この場で下す手段はなかっただろうか?

 

「気のせいだよ。」

 

「いや、でも。」

 

「気のせいだよ。」

 

「………はい。」



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第12話 好きじゃない

「はぁ、尽くバレてくな………。」

 

放課後、いつもの帰り道。結局あの後僕たちは幼馴染であることを白状した。流石に、取り合われていることについては触れなかったが………このままではクラスにバレるのも時間の問題である。

 

「もうバレちゃってもいいんじゃない?」

 

鳥塚さんがそう言うと彩羅も「そうだよ、もういいじゃん。」と便乗した。

 

「それが駄目な理由、何で彩羅は分かってないんだ?」

 

「へ?」

 

「はぁ………女子勢に質問攻めにされてとっさについた嘘のことを覚えてないのか?間違いなく僕は選択を迫られる。そうしてなかなか返事をしない僕に対してしびれを切らし『最低』のレッテルを貼るだろう。そんなの面倒くさいんだよ。」

 

「あぁ、そんなこともあったよね。」

 

駄目だ、彩羅は結構ちゃんと覚えてなかったらしい。

 

「でもそれさ、雉矢が早く返事くれたらいいだけじゃない?」

 

「あぁ、まぁそうなんだけどさ、僕もまだどっちのことが好きなのかはっきりして無いし………多分今の気持ちは好きとはまた違うから。」

 

「そうなの?」

 

「多分。僕はどっちかじゃなく今はこのままで居たいんだ。だからこれは違うだろう………?僕はまだ彩羅のことも染羅のことも好き―――――。」

 

「やっぱりそういう関係だったんですね。」

 

聞き覚えのある声だな。つい最近聞いた気がする。そうだな、だいたい昼休憩くらいかな。名前までしっかりと覚えているぞ。

 

「………烏丸さん、聞き耳は良くないよ。」

 

さて、どうしたものか。僕はかなり焦っている。もう誤魔化すのは流石に不可能だろう。諦めというのは肝心なんだな。

 

「いやぁ帰り道がたまたまおんなじってわけじゃないんですけどね、見かけたからついて行ってみたらやっぱりそんな関係じゃないですか。」

 

はぁ、わざわざつけてきたということか。なんともご苦労なことである。しかし、とんでもなく迷惑である。

 

「えっと………小鳥遊くん、この人は誰?」

 

そうだ、鳥塚さんは確か初対面だったな。

 

「烏丸 一華さん。クラスに白鷺 夢七って居たでしょう?あいつの幼馴染で、僕も今日知り合った。」

 

「そうなんだ。」

 

「さてと、それで烏丸さん。どうしてつけてきたの?」

 

「えっと………実際は小鳥遊さんにお話があったんだけどね。あの、例の1件で。そんで話しかけようと思ったらどうだい、鷹野さんたちと一緒にいるじゃないか。そりゃあこっちだけって居言うのは不公平でしょう?」

 

「あぁ………だいたい分かった。」

 

はぁ………今日はため息が多い日だな。

 

「えっと………彩羅、染羅、鳥塚さん。先帰ってて。すぐ追いかけるつもりだから。」

 

「えー。」

 

「………分かった。」

 

あーこれはアレだな。今日は染羅、家に来るな。なんか分かった。そうして、3人には先に行ってもらい、僕と烏丸さんはお昼の話の続きを初めた。

 

「じゃあ本題に入ります。」

 

「はい。お昼の僕の提案になにか質問でも?」

 

「質問と言うか………まぁ質問なんですけど。振り向かせるって言ってたじゃないですか?具体的に何したらいいですかね?」

 

「それは烏丸さんのほうが知ってるんじゃないのかい?僕はあいつの好みや好きな仕草なんてミリ単位も知らないぞ?と言うか、知っててみろ。それは怖いだろう。」

 

「まぁそうですね。でもこう………なんか言ってたとか無いですか?」

 

「しらないけどなぁ………それこそ今日の烏丸さんの言ってた話を聞くまでは何も知らなかった。」

 

「そうですか………。」

 

「さっきも言ったが、これに関しては烏丸さんのほうが知ってるだろう?それ元にアタックしていけばいいんじゃないか?」

 

「それが、そうも行かないんです。実は………お昼の話ちょっと続きがあって。あのタイプなんですけど直訳すると………虹姫………朱雀 虹姫が好きってことなんだよね………。」

 

「あぁ………なるほどな。なんか納得した。」

 

と言うか僕の予想かなり外れてたな。恥ずかしい限りだ。なるほど、好きな人がいるかどうか聞かれただけであんなに顔真っ赤になるんだ、幼馴染に聞かれていいような話じゃないんだしあんな反応になってもおかしくはないか。なんかそう考えると不憫だな。知らない間にサーチされてんだもんな。

 

「と、言うか、朱雀さんってうちのクラスだけど知り合いなの?」

 

「幼馴染です。」

 

な、なるほど。なかなかに面倒だなこれは。本当に………どうして僕は今年度に入ってここまで運がないのか。なんか去年悪いことしたかな?いや、何も思いつかない。

 

「なるほど、なかなか………修羅場になってもおかしくはないな。」

 

大丈夫なのだろうか?僕は大丈夫な気はしてないが。

 

「まぁそうだよね………でも私は負けたくないからさ、だから手伝ってほしい。夢七を振り向かせたいから。」

 

正直、かなり難しい。この問題は僕みたいな恋愛ド素人が首を突っ込めるような問題じゃない。しかし………面倒ごとには足を突っ込みたくはないがお昼にあんなことを言ってしまったため断ることもできない。と、言うかこの状況で断れるほどの者じゃない。

 

「まぁ………過度な期待はよしてくれよ?」

 

「じゃあ、期待はしてる。」

 

「………了解。それで、具体的に僕って何したらいいの?」

 

「小鳥遊さんはできるだけ夢七の目線を私に向けてください。そっから先は私がやるんで。」

 

「なるほど、了解。とはいえ僕も不器用だからたまに突拍子もないことするかもしれないけど許してくれよ?」

 

「うーん、ある程度は。ただ、私が好きって言ってたことさえ言わないでいてくれれば。想いは自分で伝えたいんで。」

 

やはり、想いというのは自分から伝えてこそと、そういうわけだろう。僕も中途半端じゃ駄目だよな。

 

「了解。話はこれでオッケイ?」

 

「はい、大丈夫です。早速明日から実践ということで。」

 

「おう、了解。」

 

そうして、その場は解散となった。僕は3人を追いかけたが既に帰っていた。彩羅と染羅待っててくれそうだと思っていたんだけどな。久々の一人の帰り道は、なんだかとても寂しいような気がした。

 

 そうして自室のベッドで1人、また考える。やはり、僕はこの関係性が一番落ち着いているのだ。ずっとこのままで………というわけにも行かない。僕はいずれ決断を迫られる。彩羅か染羅か。そんな事どうでもいいから、純粋だった頃みたいに3人で話していたい。今はそこに鳥塚さんもいるのか。そうだ、僕は彩羅と染羅と、友達で居たいんだ。この僕の気持ちは伝えたほうがいいのかな?きっと伝えるべきなのだろう。そうしたらどうなるだろうか?失望されるだろうか?崩れ去っていくだろうか?どちらにせよ僕は、それが怖くてしょうがない。とんでもなく自己中のクソ野郎だ。こんなどうしようもないやつでいいのだろうか?分かってるさ。良いわけがない。僕はどちらにせよ変わらなければならない。

 

「もっと………ちゃんとしなきゃな。」

 

僕は………変化の時を迎えている。

 

「変わらなきゃ。」

 

そう呟いた。その時、何の脈絡もなくインターホンが鳴った。ある程度誰が来たかについては察している。僕は階段を降りて、玄関へと向かう。その足取りは少し嬉しそうであった。扉を開けるとそこには、少ししょんぼりした顔の染羅が立っていた。その染羅から言葉が放たれる。意外なものであった。

 

「雉矢は………私のこと………嫌い?」

 

「いや、何で?」

 

「最近、ずっと避けられてるような気がして………正直寂しくてしょうがない。だからさ………嫌いなのかなって。嫌いじゃない………好きでもないの?」

 

彼女は僕に訴えかけているようであった。

 

「僕は………()()………好きじゃない………。」

 

また………これだ。




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第13話 自我か、彼我か

「僕は………まだ………好きじゃない………。」

 

「まだ、好きじゃないんだね。」

 

そうして僕は、また逃げていた。そう自覚していても口から本心が出てくることはない。

 

「うん。」

 

「………嘘ついてるの知ってるからね。動揺が隠しきれてない。」

 

幼馴染にはこんな些細なことすらもバレるのか?いや、僕がわかり易すぎるだけか。

 

「ごめん白状する。正直なところ僕は、どちらか選ぶなんてできない。僕は、この生活がすごく楽しいんだ。この時間がすごく幸せなんだ。友達としては好きだよ。でも、恋愛感情は存在しない。これが僕の本当の気持ちだよ。」

 

「そっか………私達と一緒に居たくないわけじゃないんだよね?」

 

「うん。僕は染羅たちのことが嫌いなわけじゃないからね。」

 

「そっか………散歩、付き合ってくれる?」

 

「うん。」

 

そうして、僕たちはまたいつかみたいに夜の散歩へでかけた。実際2,3日ぶりくらいなのだが体感はもっと長く感じられた。ここ数日はかなり色々あったからそのせいであろう。

 

 歩きながらも僕たちは静かなままだった。何を離していいのか全くわからない。とても焦っていた。今の僕には余裕なんてものが一切無いようだ。そんな中口火を切ったのはやはり染羅だった。

 

「気持ち、伝えてくれてありがとうね。」

 

「いや、むしろなんかゴメン。」

 

「謝る必要なんて無いよ。このまま黙ってたらそっちのほうが許さなかった。」

 

「そう………。」

 

あからさまに僕は少し落ち込んでいた。

 

「でもそれでいいんだよ。雉矢のままで。それでも私達が雉矢のこと好きなことには変わりないし、接する態度だって変わりない。むしろ、もっと激しくなるかもよ?」

 

「そ、それは困るような気もするけどな。」

 

「でも、私達はそうしたい。だからさ、雉矢も私達に流されないで自分思うようにして。じゃないと、こっちが気を使わせてるみたいじゃん。そんなのは、なんかやだ。」

 

「………まぁそりゃあそうだよな。なんかゴメンな。今まで本当に。」

 

また僕は謝っていた。流石に間違いに気がついてきた。そうだ、今までの選択は誰も幸せにならないのだから。もっと自我を全面に出してもいいのだろう。

 

「だから謝んなくてもいいって。これからなんだからさ。はい、と言うことで到着。」

 

「ここは………。」

 

そこはいつもの公園だった。僕達にとって最も思い出深い場所ではないだろうか。

 

「雉矢、こっち。」

 

染羅は急かすように僕のことを呼んだ。呼び出された場所は、あのブランコの前。

 

「染羅?」

 

「また、人肌恋しくなったなぁ。」

 

いつかとは違い、かなり大胆なことをする。

 

「はぁ。それで、僕どうしてほしいんだい?」

 

「取り敢えず、ここ来て。」

 

呼び出された場所は、染羅の目の前。正直、何が起こるかは分かっている。この状況は一度経験済みだ。

 

「はい、染羅。来たよ。」

 

「雉矢、大好き。」

 

その言葉とともに、僕は体温を感じた。とても暖かく、安心する。力強く僕のことを抱きしめる彼女。よほど寂しかったのだろう。子犬みたいになついてきて、とっても可愛くて。僕はいつもよりドキドキしていた。染羅って、こんなに可愛かったんだ。

 

「かまってやれなくてゴメンな。」

 

自然とその言葉を口に出していた。恥ずかしいことを言ったが、心からの言葉だった。そうして、その言葉ともに僕の腕は染羅のことを抱きしめていた。このときの僕はそのことには気がついていなかった。しかし、僕は染羅の頭を確かになでていたらしい。

 

「今日謝りすぎじゃない?」

 

「だって本当にそう思ったんだから。しょうがないじゃん。」

 

「それだったらまぁ、しょうがないね。私も、ちょっと今幸せ。雉矢が頭なでてくれてるから。」

 

「えっ?あ、本当だ。」

 

この時僕は、初めて自分が何をしていたのか自覚した。とても恥ずかしいが、なぜかとても心地よい。ずっと、こうして居たいほどに。あれ?そうなると、僕は染羅のことが好きなのか?いや、どことなく違う。根拠はないけど、きっと違う。僕の中では結論が出たばかりだ。だから、きっと違う。

 

「気付いてなかったの?」

 

「気付いてなかった。なんか、染羅が可愛くてさ。」

 

「え?告白?」

 

「違う。」

 

「知ってた。」

 

僕は、僕なりの結論を見つけ出すことに成功したのかもしれない。彩羅にも伝えなきゃな。しかし、本当にスッキリした。僕は、僕の考えでいいんだ。当たり前のことだけど、それを自覚した。そうだよ、僕は僕なんだから、その考えを主張したっていいだろう。そのことを、改めて気付かされたかもしれない。

 

 

 とある夜の話だ。私は………少し遠出した夜の散歩の帰り道。ある2人を目撃した。クラスメートの小鳥遊 雉矢、鷹野 染羅の2人だ。心底幸せそうな顔をしていた。私は少し戸惑った。どうしたらいいのか、どうするのが正解なのか。実際何をすればいいのか分かっている。ここから速やかに立ち去り、このことは絶対に誰にも言わないようにすること。絶対にこのことについて本人たちにも言及しないこと。それが大事である。

 

「じゃあ、帰ろうか。」

 

夜道で1人、そう呟いた。そうして私は、いつも通りその結論に従った。彼らとは今後一切関わり合いはないだろう。そもそもこれまでそこまでの関わりがなかったのだから、今までどおり猫をかぶっていればいいのだ。今までどおり正解を求めていればいいのだ。そうして、暗い夜道を進む。もうこの習慣が身についてどれだけ経っただろうか。1人になりたい時に、私は散歩に出かける。夜道は涼しくとても静かだ。自分を見つめ直すことができる。

 

 私は、所謂エンパスと言うやつである。共感能力が異常に高い。自分と相手の感情の区別がつかないくらいには高い。だから私の置かれている状況については把握済みである。大抵、私が誰かに話しかけると何故か嫌な気持ちになる。もともと、共感能力は強いのであろうなとは思っていた。友達の失恋話を聞いて、私も心にポッカリと穴が空いたようになったり、かと思えばおかしな話を聞いて本人以上に笑ったり。そんなことがずっと続いてた。そうして、その生活の中でいつしか私は、八方美人と思われるようになった。私はその人と共感し最善を選んでいただけだ。それなのにどうしてこうなってしまったのか。いや、分かってる。普通そんな人が居たら気持ち悪い。そうでしょう?私は、いつからか諦めるようになっていた。『普通に考えて、これは仕方ない』と。

 

 しばらくして、私は家の前で歩みを止めた。表札には朱雀(しゅざく)と書かれている。私の家だ。私の家族は四人構成。お父さん、お母さん、私と弟。弟は3つ下でとても優秀だ。私なんかよりもずっと。だからよくお母さんに比べられる。そうして叱られる。この時が一番酷なのだ。お母さんのイライラ、私のイライラ。わからなくなって、合わさって、抑えられなくなる。その度に喧嘩になって、私はこうして散歩に繰り出す。お母さんは無駄に意識が高い。テストで平均点をとっても私を咎める。その都度、弟のことを聞かされる。もう、うんざりなんだ。疲れてきたんだ。家でも、私は苦しめられる。正直に言ってしまおう。私にとって弟は邪魔だ。居なくなればいいのに、とどれだけ思ったことか。辛い。しんどい。そんなことを吐き出すところもない。私には友達が居ない。そろそろ、いいだろうか。玄関の扉を開く。

 

「ただいま。」

 

その声に対して返ってきたのは、いつもようなお母さんの声だった。

 

虹姫(こうき)!いつまで、遊んでたの!?もうみんなご飯食べたよ!!」

 

これも、しょうがないことだ。




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第14話 本音

 ある4月の金曜日の夜。その日も私は、いつものように散歩にでかけていた。やはり誰も居ない空間は落ち着くことができる。誰にも気を使わなくてもいい。誰にも嫌われなくていい。だから私は、この時間が一番好きだ………と、そのはずであったのだが、明らかに嫌な顔をされた。彼女の名を私は知っている。

 

「朱雀さん、こんな時間にどうしたの?」

 

鳥塚 小鳥。ただのクラスメートだ。持っているのはレジ袋。恐らくコンビニの帰りだろう。

 

「散歩。」

 

「あ、あのさ………なんか怒ってる?」

 

「別に、そんな事無い。」

 

何で妙に勘がいいのだろう。私は、別に話をしたいわけでもなかったのに。

 

「………前に話したときから………やっぱり怒ってるよね?なんかあったら言ってよ?」

 

「なんかあったらって………うるせぇよ………ろくに私と関わりたくもないんだろう!?私は全部分かってるんだよ!そんな奴に心配されたって嬉しかねぇんだよ!善人装ってんじゃねぇ私からしたら片腹痛いんだよ!!ふざけてんじゃねぇよ!………本当に………辛いんだよ………。」

 

勢いに乗せて、溜め込んでいたもの全部吐き出してしまった。何も考えることなんてできなかった。全部どうでも良かった。

 

「それが、本音だったんだ。1人で抱えてきたの?」

 

それでも彼女は、私に歩み寄った。

 

「………吐き出せれるような場所はなかった。話を聞いてくれるような人も、もう居なかった………。」

 

「………もしかしてさ、家出してきたの?」

 

「………プチ家出みたいなものなのかな。」

 

本当のことが、さらけ出されていく。今まで隠してたのに。迷惑かけたくなかったから。ずっと隠してた。顔色伺って、周りに合わせてた。嫌われても、それでも尚………ずっと、この生活だった。

 

「………よかったら、家来る?」

 

「いいよ。遅くなりすぎると、お母さんがうるさいし。それに鳥塚さんのところの親だって突然私が来たら困るでしょう?」

 

「家には、今、誰も居ないから。でもそっちの事情か。それだとしょうがないね。でも、本当に辛いんだったら頼ってよ。罵詈雑言でもなんでも垂れ流しに来い?」

 

同級生なのになんて頼りがいのある言葉だろうか。

 

「わ、分かった。でもさ、何で急にそんな嫌な顔しなくなるの?」

 

「え?私が苦手だったのは、朱雀さんが誰の意見にも乗っかってて、まるで自分を押し殺してるみただったから。でもまさかこんな形で自分の思い吐き出されるなんて思ってなかったけど。」

 

「そっか………じゃあ、頼ってもいい?」

 

内心私は少し不安だった。違うと分かっていても、その定義は私の中であやふやなものとなる。だからもう一度聞いた。すると彼女は笑って答えた。

 

「だから、そう言ってんじゃん。いいよって。あ、ごめん引き止めちゃってた?」

 

「あ、確かにそろそろ行かなきゃ。ありがとう。」

 

「いいのいいの、じゃあまた学校でね。」

 

「………うん。」

 

そうして私は、自宅への道のりを歩みだそうとした。しかし、なかなか動かない。体が拒んでる。あそこに帰ることを。

 

「どうしたの?」

 

まだ近くに居た鳥塚さんが私に声をかける。

 

「いや、その………。」

 

「怖い?」

 

まるで心を見透かされているみたいだった。でも………今の私にとっては、嬉しかった。何も、言葉が出ない。なんと言っていいかわからない。でも、今の私は確かに怯えていた。静かに首を縦に振った。

 

「やっぱり。家までついていこうか?」

 

その言葉に対しては、首を横に振る。

 

「じゃあ………やっぱり家来るの?」

 

私は、また首を縦に振った。その言葉を待っていた。私は、また安心感に包まれた。

 

 彼女の家は、一言で言い表すと生活感のない家だった。本の一部だけ、使っていたであろうスペースは、かろうじて人が住んでいるのだろうと予想できる程度。なんと言うか………鳥塚さん1人しか居ないんじゃないかっていうくらい………何もなかった。

 

「鳥塚さんの親って………いつ帰ってきてるの?」

 

「さぁ、長いこと帰ってきてないからね。まぁお父さんは結構最近帰ってきてたね。」

 

「あぁ………ゴメン。」

 

「いいよ。朱雀さんの秘密聞いちゃったし。このくらい打ち明けて。誰にも言わないでよ?」

 

「う、うん。」

 

「あ、夕ご飯まだだったりする?」

 

「うん。」

 

「じゃあ今から作るね。」

 

そうして彼女は台所へと向かっていった。いつも、この家に1人なのだろうか?寂しくはないのだろうか?私だったら………孤独すぎて死んでいたかもしれない。でも、静かなのはいいな。誰の感情も入ってこないし。その面は、今よりもいいな。

 

 そうして、しばらくして台所から声が聞こえてくる。

 

「できたよ?」

 

「ありがとう。」

 

2人で机を囲み、夕ご飯。

 

「私、こういうの久しぶりだな。」

 

鳥塚さんがそう言う。

 

「私も………こうやって人と話すの久しぶり。」

 

本音で装弾できる人ができたのはいつ以来だろうか?覚えてない。

 

「そういえばさ、家に連絡入れておいたほうがいいんじゃない?」

 

「あ、そうだった。」

 

そうしてスマホを取り出した時だった。

 

「何ならさ、泊まっていく?」

 

悪戯なそんな声が聞こえてきた。

 

「………いいの?」

 

何を言ってるんだろうか、私は。きっと迷惑だろうに。でも、抑えられなかった。

 

「………いいよ。」

 

彼女はそういった。嬉しかった。あそこに戻らなくてもいいんだって、はしゃぎたいくらいだった。

 

「………本当にありがとう。」

 

「いいよ。でも連絡はちゃんと入れてね?

 

「うん。」

 

その日は、本当に楽しかった。連絡を入れたらものすごく怒られたけどそんな事どうでも良かった。ただ2人の時間が本当に楽しかった。お風呂上がり。パジャマは鳥塚さんに貸してもらった。少し大きいな。やっぱり、鳥塚さん平均よりも身長高いから当たり前といえば当たり前かもしれない。

 

「うーん………ちょっとおっきかった?」

 

「大丈夫。」

 

「そう?ならいいんだけど。それで、ベッド使う?」

 

「い、いや流石にベッドまでは………。」

 

「じゃあ、一緒に寝る?」

 

この人私のことをからかってる。どうしたらいいかわかんない私を振り回してる。

 

「もう、からかわないでよ。」

 

「あぁ、流石にバレたか。」

 

「バレるよ………て、いうか、そんな性格だったっけ?」

 

「こんな性格になったの。小鳥遊くんのおかげで。ほら、喧嘩したって言ったじゃん?あれさ、私が本当に苦しかった時の話なんだ。死のうとした時にさ、小鳥遊くんは全力で止めてくれた。私も頑固で、もう耐えられなかったから喧嘩になった。その時に『死ぬのが嫌ならあがいて行くしか無い』みたいなこと言われてさ。そのとおりだなって。じゃあ足掻くのであればとことんやってやろうと思って、仲直りして今の性格に至る。」

 

そんなことがあったなんて………わからなかった。普段の彼女からはそんな負の感情なんて読み取れなかった。そもそも今まで話す機会がなかったのもあるのだが、誰が見てもそんな重たい問題を抱えているようには見えなかっただろう。

 

「なんか、気付いてあげられなくてゴメン………。」

 

「まぁ、気が付かなくて当然だと思うよ?学校は楽しかった。私にとって苦だったのはこの空間。私の家だったから、学校じゃあ死のうだなんて思わなかったよ。」

 

「そうだったんだ………。」

 

「まぁ、今こうして生きてるからいいかなって。結果オーライって言うじゃん。だから、小鳥遊くんには本当に感謝してる。」

 

「小鳥遊くん………か。」

 

あの日の夜のことが思い浮かぶ。鳥塚さんはこのことを知っているのだろうか?

 

「あのさ、小鳥遊くんって好きな人とかいるのかな?」

 

「うーん………居ないんじゃないかな?」

 

そりゃあ、知らないよね。

 

「それで、ベッドどうする?」

 

「な、忘れたままで良かったのに!」

 

結局、私が床で寝ることで決着がついた。



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第15話 もう一つの週末

 ある4月の休日の朝、7時くらいの出来事だった。僕の家、部屋の中には見慣れた顔の2人が座っていた。寝ぼけていたが、判断は一瞬でついた。

 

「………彩羅、染羅………?」

 

何故彼女たちは僕の部屋にいるのだろうか?と、言うかこの状況がかなり混沌としている。寝起きの僕を幼馴染の2人は静かに見つめている。しばらく何も考えることができなかった。思考が追いつかなかったと言ったほうが正しいだろう。

 

「どうして家にいるの?」

 

ようやく出てきた言葉がそれだった。それに彩羅が答える。

 

「前言ったじゃん?また家に行きたいなって。」

 

たしかにそう言われてみればそんなことを言っていたような気がしてきた。

 

「それにしても、雉矢の部屋も変わったね。」

 

「まぁ10年近く経っているんだからな。内装だって変わるさ。」

 

そう言うと、彩羅は僕に近づいてきて囁いた。

 

「それもそうなんだけどさ、部屋の匂いとか?」

 

「………愚直。」

 

思惑は一瞬で分かった。だから僕はそういった。

 

「でも雉矢の顔真っ赤だよ?」

 

隠しきれなかったか。僕は僕でわかりやすかったらしい。

 

「………うるさい。」

 

「やっぱりその反応が好きなんだよね。可愛くてさ。」

 

今までの距離のまま………いや、更に近づきつつ言動もエスカレートしていっていた。僕に、圧をかけるようにだんだんと近づく彩羅。僕は、それに飲み込まれていくようであった。

 

「ねぇ、雉矢。私はやっぱりさ、雉矢のことが好きなんだよ。だからさ雉矢、嘘でもいいからキスしてよ………?」

 

僕はただ飲み込まれ、押し倒され、乗っかられて、迫られて………頭もよく回ってない状態。ベッドの上で2人きり。確実に僕は、高揚していた。

 

「ストップ。」

 

その声が部屋に投げ出されるとともに、僕は冷静さを取り戻した。染羅の声だった。そうだ、この部屋にもう1人いるじゃないか。僕はどうしてしまったのだろうか?きっと寝ぼけているのだろう。

 

「染羅。もう、後ちょっとだったのに。」

 

「だって、彩羅ばっかりじゃ不公平だもん。」

 

「だったとしてもさ………まぁしょうがない………。」

 

聞き分けはいいんだな。さすがお姉ちゃん。

 

「だからさ、私も混ぜて?」

 

染羅さん?ちょっと待って?ブレーキではなかったんですか?まぁ………心当たりで言えば結構甘えられているけれども。

 

「え、えーと彩羅さん?染羅さん?何する気です?」

 

「ただちょっと甘えるだけだからさ。」

 

彩羅の声。

 

「雉矢、イチャイチャしよう?」

 

そうして、染羅の声。なんだこの状況?僕を挟んで川の字で寝っ転がってる。両方から、ささやき声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、染羅よりも私のほうがいいよね?だって時間だって私と話してた時間のほうが多いでしょう?染羅は無口だしさ、私と居たほうが絶対楽しいって。ねぇ雉矢、私のほうがいいよね?」

 

「彩羅の言うことは、聞かないで?私のほうがいいでしょう?ねぇ、いつもこんな感じの距離で話してたよね?雉矢と一緒に居たいから、私は雉矢のことが好きだから。どう思われてても好きだから。」

 

右から彩羅の声、左からは染羅の声。2人の声が僕の中で混じり合って、入ってきて、だんだんと現実か夢かもわからなくなってきて。僕は、溺れていた。溺れさせられていた。なにもわからないような時間の中、深く暗い空間の中、頭の中には聞き慣れた声が入り込み、消えていき………目が覚めた。

 

「夢………じゃないな。」

 

僕の両横にはちゃんと彩羅と染羅がいた。眠ってる。部屋の時計を確認すると午前10時を過ぎていた。3時間近くの時間が過ぎていた。

 

「二度寝しちゃったか。えーと………なんだこの荷物?」

 

部屋の真ん中にあった荷物に目が行った。ちょうど、朝に彩羅と染羅が座っていた当たりにそれは置かれていた。こんな物あっただろうか?

 

「いや、あったな。取り敢えず、一旦着替えようか。」

 

そうして僕は普段着に着替え、もう一度自室に戻ってきた。2人ともまだ眠っている。本当、こうして見ている分には可愛い。その2人が、今僕のベッドの上で………やめようか。ただ寝ているだけだし。それにしても今日の2人。どこか行くってわけでもなさそうな服装なのに、何でうちに来たのだろうか?そこについては後で聞いてみようか。さてと、起こすのも悪いし僕は一旦下に降りよう。問いたださなければならない人がいる。

 

「母さん、何であの2人が僕の部屋にいたの?」

 

「何でって言われても………あの2人だから?」

 

「答えになってないでしょう!?」

 

「えーだってぇ、雉矢に会いたいって言ってたんだもん。」

 

駄目だ………根本的に考えが違いすぎる。

 

「あぁ、分かった。」

 

「それで、今日は起きるの遅かったけど………もしかして………。」

 

「勘違いするな!二度寝しただけだ!」

 

「あの2人がいる状況で?二度寝?へぇー、そうなんだぁー。」

 

あ、駄目だ。普通信じてもらえるわけがない。

 

「も、もういいよ。」

 

「あ、そうそう。聞いたかもしれないけど、あの2人今日泊まっていくからね?」

 

「………は?」

 

そうか………あの荷物はそういうことだったか。じゃ、無いよ。ぼくそんな事知らないよ?何でそんな大事な情報………ってぼくが寝てたのか。はぁ………全く、もういいか。さて、一旦戻ろう。

 

「はぁ、この荷物そういうことかよ………言ってくれても良かったろうに。」

 

「ん………雉矢?あれ?私寝てた?」

 

最初に目覚めたのは彩羅の方だった。

 

「おはよ、彩羅。今10時過ぎ。」

 

「そんなに寝てたんだ。て、言うか酷いよ。寝ちゃうなんてさ。」

 

「ごめん。まだ眠かったから。」

 

「それにしたって酷いな。なんか、償ってもらわないとな。」

 

この時点で既に僕は嫌な予感はしていた。

 

「待って。それ、大丈夫?」

 

「何が?ちょっと………付き合ってもらうだけじゃん?」

 

そのちょっとが問題大アリなのである。これは恐らくスキンシップとかの領域の話ではにだろう?僕は正直怖いのだ。何を考えているのか………僕だって全部わかるわけじゃない。だから………何も読めない彩羅が怖いんだ。

 

「はい、目をつむってください。」

 

しかし、僕は言われたとおりにする。何故か?それは………僕自身知りたいのだ。彩羅のことを。そうして少し………期待しているのかもしれない。何を考えているのだ僕は。好きじゃないのだろう?では、何故期待という言葉が出てこなければならない?あまりにも矛盾しているではないか。何なのだ一体。何がこうさせているのだ?

 

「じゃあ次は、ちょっとかがんで。」

 

ここの時点で何が起こるかまで読めた。突っ放せばいいものを、僕は何故受け入れる?これがアレか?本能と呼ばれるやつなのか?実にくだらない。何故自我にも逆らって、欲してしまうのか。僕は、僕自身のことも満足に把握していないのではないだろうか?随分と、不思議なやつだ。

 

「目、開けちゃ駄目だよ?」

 

「お、おう。」

 

その瞬間はやってくる。その唇が僕に近づき触れ合おうかというその距離まで詰められる。何故、いつものことなのにこんなにもドキドキしているのだろうか?僕は、日に日におかしくなっているのではないだろうか?そうしてその時は来た。

 

「ねぇ、ドキドキしてるでしょう?私もだよ。自分でも何でかわかんないくらい、いつもドキドキしてる。雉矢、好きだよ。」

 

その言葉が、僕の耳元で囁かれた。期待とは違う。でも、この感覚は………期待値以上。ただ、耳元で囁かれただけなのに。何故こうも、僕はドキドキしているのだろう?やはり、僕は日に日におかしくなっている。




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第16話 2択

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「何してるの?」

 

その声は染羅のものだった。

 

「あぁ、染羅起きたんだね。」

 

「起きたんだねって………彩羅、何してたの?」

 

「ちょっと、ね?」

 

含みをもたせるような言い回しで彩羅が答える。ただ、耳元で囁かれていただけなのにな。いや、これは………大丈夫なのか?

 

「………あぁそう。じゃあいいよ。」

 

そう言って、染羅もベッドから降りる。なにも気にしていないというわけではなさそうだ。強がっているようにも感じる。

 

「そういえば彩羅、話したの?今日泊まっていくってこと。」

 

「あぁそういえば言ってなかった。」

 

「そのことに関しては、母さんに聞いたよ。事前に言ってくれればよかったのに。」

 

もう少しマシな格好はできただろう。準備だってする余地があった。だのに、こうもいきなり来られては正直困る。起きたら2人ともがこっち見てるんだから、そりゃあちょっと驚くからな。

 

「いいじゃん。昔だってこんな事してたし。」

 

「それに、雉矢、見られて困るものなんて無いでしょう?」

 

「まぁ実際そうだけどさ。起きたらなんか目の前にいるって結構怖いから。びっくりするから。」

 

「まぁそこは………ゴメンね?」

 

「はぁ………まぁいいけど、次からは言ってよね?」

 

「「はーい。」」

 

2人の揃った返事。まぁこれで今日みたいなことはないだろう。

 

「それはそれとして、何でただの休日に来たのさ。夏休みとかのほうがまだ自由度高かったろう?」

 

僕がそう言うとしばらく3人の間に沈黙が流れた。そうして数秒経ってから2人同時に「あぁ、その手があったか」みたいな顔をしいていた。

 

「でも、夏まで待つなんて流石に長いよ。まだ4月だし。だからいいじゃん。」

 

「あぁ………ゴールデンウィークって知ってる?」

 

「あれも5月じゃん。待てなかったの!」

 

彩羅のソレはだんだん言い訳にも聞こえてくるような必死さだった。多分、マジで泊まりに行くことしか考えてなくて大型連休や夏休みのことが頭になかったのだろう。

 

「まぁ、いいよ。それでさ、何するのさ?」

 

「何って何?」

 

彩羅がそう聞き返してくる。

 

「いや、これから。何もしないわけ無いだろう?」

 

「まぁそうだけどさ、実際特に何も考えてないよ。昔みたいにできるかなって思っててさ。」

 

「昔みたいにって………?」

 

そうして僕は思い返す。昔………10年前………そうだな、鬼ごっことかしてたよな?懐かしいが多分そんなことはしないだろうな。じゃあ尚の事何をするのだろうか?思い出に浸るとかそんな感じなのだろうか。

 

「思い出に浸ったっていいんじゃないかなって思ってさ。」

 

「そんなことだろうと思った。とはいえさ、実際僕は2人が僕と別れた後のことが気になってるんだよね。」

 

「あぁ、前もちょこっとだけ話したけど詳しくは言ってなかったね。あの後、染羅は大泣き。それが何日も続いてさ。私も釣られて大泣き。」

 

ここまでなら以前聞いた内容だ。

 

「それで………ちょっとした事件が起こってさ。染羅がさ家出したんだ。引っ越してちょっとしてからの話だからちょうど冬。雪も降ってた。学校から帰ってお母さんと染羅が揉めててさ。染羅はこっちに帰りたいって。それで………染羅は家を飛び出してみんなで探した。見つけたのは私でさ、近くにあった公園。そこに隠れてた。私が『一緒に帰ろう』って言うと『何で雉矢じゃないの?』って怒ってたっけ。それでどうしようもなくなって、私泣き出しちゃってさ。それ見た染羅も泣き出して、その声に気がついたお母さんが来てくれてさ。」

 

「………もう彩羅、やめて。」

 

かなり掘り返されたくない過去だったらしい。染羅の顔は真っ赤になっていた。

 

「まぁ、そんなことがあったんだよ。」

 

「か、かなり大変だったんだな。」

 

「大変だったよ。それでしばらくして、とはいえ何年か経ってようやくそこの暮らしにも慣れてさ、中学生になった頃の話ね。私達めちゃくちゃ告白されたんだよ?」

 

自慢げにそういう彩羅。

 

「でも全部断った。何でかはわかるよね?」

 

そうして、また彩羅は僕に近づく。それを見た染羅も彩羅に続いた。そうしてまるで打ち合わせでもしたんじゃないかと思うくらいに声を揃えて僕の耳元でそれは囁かれた。

 

「「雉矢がいるからだよ。」」

 

ゾクゾクとドキドキと僕は混乱していた。何をすればいいのかわからない。何が正解なのか見当もつかない。僕はその場で動けなかった。声も出ない。夢かとさえ思ってしまったほどに、その時間は揺らいでいた。なにも考えることができない。まるで、考えることを体が拒んでいるようであった。

 

「雉矢、顔赤いよ?」

 

「耳まで、真っ赤。」

 

彩羅、染羅にいじられてようやく声を発することができた。

 

「し、知ってるよ!」

 

苦し紛れのその声は、どうやら彩羅、染羅の悪戯心に触れてしまったようだ。

 

「やっぱり………雉矢しか居ないんだよね。」

 

「いつも………彩羅ばっかりずるい。」

 

そう言って2人して僕を押し倒した。この状況色々とまずいのだが何が一番まずいってそれは僕の貞操だろう。

 

「どうしたの雉矢?」

 

染羅の声が左から。

 

「もしかして、エッチなことでも考えてるの?」

 

彩羅の声が右から聞こえる。誘惑じみた声に、わざとらしさを感じているがそんなことが問題ではない。わざとだろうがそんな事関係なく僕は今、ドキドキしているのだから。このまま、僕は流れに任せてしまうのか?それは………一番の大問題じゃないのか?

 

「駄目だよそんな事。」

 

左から声がする。

 

「私は雉矢なら………いいけどな。」

 

右から声がする。また僕の脳はショート寸前まで追い込まれている。何も考えられなくなって、僕は………自分の答えがわからなくなってきている。そうして思い出す、1つの結論。僕は、どちらのことも好きではないじゃないか?何故ここまで追い込まれなければならないのだろうか?そう、考えるも依然として胸の高鳴りは収まらない。それはつまり………まだ僕は本当の答えを見つけきれていないということではないだろうか?

 

「ねぇ、雉矢はそういう事したいの?」

 

左耳に入ってきたその声で僕はまた現実に引き戻される。

 

「雉矢も男の子だもんね?」

 

右からの声。

 

「た、たしかに僕も男だけど………流石にこの状況ってなると………どうしたらいいのかわかんない。」

 

「………雉矢らしいね。でも、絶対にどっちかとしなきゃいけないってなったら?」

 

彩羅がそう聞いてきた。今まで考えもしなかったことだ。

 

「私と染羅、どっち?」

 

「僕は………。」

 

そこまで言った時であった。僕の部屋の扉が開いた。

 

「あぁ………ジュース持ってきたけどお取り込み中でした………?」

 

母さんだった。最悪だ。弁明の余地など無いだろう。さてと、どうしたものか。まぁ、どうしようもないだろうが一言言っておこう。

 

「違う。」

 

その言葉を聞いた母さんは、ゆっくりと、そしてしっかりと扉を閉めた。その部屋に、しばらくの沈黙が流れていた。

 

「あ、あ………ああああぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」

 

「雉矢………なんか、ゴメンね?」

 

「ちょっと、やりすぎた。」

 

「う、うん。大丈夫、大丈夫。なんとかなる。なんとかする。多分大丈夫。」

 

恐れていたことのその2。親フラ。何故こうもはいってきてほしくもないタイミングではいってくるのだろう。いや、今回に限っては僕は救われたのか?………いや、よく考えてみれば弁明の面倒臭さを加味すると圧倒的に僕の負けであろう。

 

「それで、結局どっちがいいの?まだ答え聞かされてないんだけど。」

 

しかも全く回避できていないじゃないか。デメリットだけ背負ってしまった結果って………それはないでしょう………。

 

「………返事に関しては………待って。」

 

「しょうがないから待ってあげるよ。」

 

不甲斐ない結果だ。それと同時に、面倒な結果だ。




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第17話 私にとって、あなたが一番の華

 あの後のことだが、特に何もなかった。まぁ何もなかったかなかったかで聞かれたら………あったのだが、何もなかったことにしてくれ。流石にこの年で一緒にお風呂はまずいだろ、とだけ言っておくことにする。それ以外は想像に任せるとして、休日を挟んだはずなのになぜか僕は少し疲れている。一番は母さんの誤解を解くことだったろうな。多分未だに解けてないだろうが。さてそんな中迎えた月曜日。昨日も見た顔ぶれの2人とともに通学路を辿っていた。そうして、いつものように鳥塚さんと合流したのだが………この2人はどういう組み合わせなのだろうか?鳥塚さんの隣には朱雀さんが居た。

 

「おはよう。珍しい組み合わせだね?」

 

僕がそう声をかけた。そうすると鳥塚さんは「そうだね。」と言って少し間を置き、悪戯に笑ってこういった。

 

「土曜日拾った。」

 

「ひ、拾ろわれてないです!たまたま一緒になっただけです!」

 

何故か必死になってそう訴えかける朱雀さん。

 

「鳥塚さん、この土日でなんかあった?」

 

「あぁ………あったよ。」

 

「待ってそれ以上言わないで!ほら早く行こう!」

 

「はいはい。わかりました。じゃあごめん。先ちょっと行くね?」

 

「う、うん。」

 

鳥塚さん、なんか性格変わったな。なんと言うかはっちゃけた感じになった。しかし謎だ。一体どういう経緯があったのだろうか?まぁ機会があれば聞いてみようか。そしてもう一つ、朱雀さんで思い出したことがある。烏丸さん問題があったな………。最近1日の内容がとても濃いんだよな。少しくらい休ませてくれてもいいんじゃないだろうか?

 

「はぁ………。」

 

「どうしたの?雉矢。」

 

「なんか元気無いね。」

 

心配はありがたいが、この2人が集まったとてどうにもできそうな問題でもないので「月曜日かって思ってさ」と適当に返事をしておいた。

 

 学校に着いて授業をこなし、お昼休み。教室に2人の声。僕は烏丸さんと話し合いをしていた。先週の散々な結果を振り返っていたのだ。何が起こっていたかを簡単に説明すると、僕がどうやって注意を烏丸さんに向けたらいいのかわからなかったので結局何もできず進捗を得あることができなかったのである。

 

「はぁ、今週こそちゃんとやってくださいね?」

 

「それなんだけどさ、これ僕関わる必要性ってあるの?」

 

「あります。大アリです。小鳥遊さんは夢七と仲いいじゃないですか?」

 

「そう、そこなんだよ。前も言ったと思うが烏丸さんのほうが仲いいだろ?僕が無理やり烏丸さんのことを話題に振るよりも、烏丸さん自身が自分のことをアピールすればいいのにって思って。」

 

「それは………無理です。夢七は、私を幼馴染としか見てないから………私自身がアピールしたってなんの意味もないです。」

 

「じゃあ、それ僕がしても尚の事意味無いんじゃないか?」

 

「そ…そうですね………て、いうかなんですかさっきから。まるで私に諦めろって言ってるみたいじゃないですか?」

 

「まぁ、実際今のプランには少し問題があるんじゃないかと思ってる。と、言うか今のじゃあ無理に決まってる。」

 

「何でそんな事わかるんですか?」

 

だんだんと烏丸さんが感情的になっているのが分かった。

 

「夢七は、朱雀さんのことが好きだからだ。」

 

「そ、そんな事知ってますよ………だから………。」

 

「僕が言いたいのは朱雀さんの真似事をして振り返っていた振り向いてくれますか?って言う話だ。朱雀さん本人のことが好きな相手にそんなことをしても意味なんて無いだろう。」

 

「それは………そうですけど。じゃあなんですか?その打開策はあるんですか?」

 

「ない。」

 

残念ながらそんな者は無い。そんな考えをひねり出せるような頭じゃないからな。

 

「じゃあ………振られろっていうんですか………?」

 

「そうとも言ってない。何もないなら、0から考えようってそういう話だよ。」

 

「そ、そう言われても………なにもわかんないですよ。」

 

「僕だってわかんない。わかんない時はどうすればいいか知ってるか?」

 

「………どういうことですか?」

 

「先人に学ぶに限る。そこから思うに、いつもよりちょっと過激なことをしてみたりとかいいんじゃないか?」

 

一瞬沈黙が走る。そうして少し顔を赤らめた烏丸さんが口を開いた。

 

「………なに考えてるんですか?馬鹿ですか?」

 

ちゃんとした暴言が飛んでくる。まぁこれに関しては100僕悪い気がする。

 

「悪い、僕の伝え方が悪かった。いつもよりちょっと近い距離感。そこから攻めていくのとかはどうなんだ?ってこと。」

 

「た、例えば?」

 

「例えば………例えば、いつも隣に並んで歩くくらいなら、思い切って手をつないでみる、みたいな。」

 

「なるほど………なんとなくわかりました………実践してみます。勇気が出たら………。」

 

そうして、その日の話し合いは終了した。その日の放課後のことは僕はわからない。完全にここから先は烏丸さんの勇気次第だ。僕から後一言言えることがあるとすれば『頑張れ』その一言だけである。

 

 

 4月半ばの月曜日。その放課後のことである。私は幼馴染の夢七とともに下校していた。表面は平然としていたが内面はバクバクであった。私は夢七のことが好きだ。小さなときからずっと。でもそんな夢七には好きな人がいる。本当は今すぐにでも好きだと伝えたい。でも怖い。

 

「一華、今日ちょっと元気なさそうだな?なんかあったか?」

 

「い、いや。なんでも無いよ。」

 

今日、友達に言われたこと。いつもより少し過激なこと。例えば、今みたいに並んで歩いているのだとしたら、手をつないでみる………考えただけでも………熱い。

 

「顔赤いぞ?熱でもあるんじゃないか?」

 

そう言って顔を近づける夢七。あれほど大きかった身長の差がどんどんと縮まっていく。

 

「だ、大丈夫だから。」

 

「そうか………きつそうだったら言えよ?おぶってやるから。」

 

その言葉に更に心臓は跳ねる。いっそ、ここでおぶってもらおうか?でも、死ぬほど恥ずかしい。でも………このチャンス、逃したくない。

 

「ゴメン、やっぱり………おぶって。」

 

私は、本能に従いその言葉を発した。

 

「了解。」

 

そう言うと夢七は腰を下ろした。私はその上に乗っかる。

 

「捕まっとけよ?」

 

「………うん。」

 

夢七の体温を感じる。色々あたってる。夢七の首周り、背中、腕………あぁ男子なんだな………私とは全然違う。私の胸、お腹、足………夢七にはどんなふうに伝わってるんだろうな。でも………やっぱり幼馴染なんだろうな。じゃないと………こんな事しないよね。はぁ、正直に言うと憎い。朱雀 虹姫がとんでもなく憎い。まさか幼馴染に対してここまでの嫌悪を抱くなんて思ってなかった。

 

「ねぇ………夢七。」

 

「どうした?」

 

「虹姫のことってどう思ってる?」

 

「あ、あぁ………友達だよ。」

 

「そっか………じゃあ、私のことはどう思ってる?」

 

「それは………つまりどういう意味で?」

 

「………友達としてじゃなく………恋愛対象として好き?」

 

私は、夢七の耳元で囁いた。返事なんて分かってる。でも、何故か期待している。求めてしまっている。

 

「一華は………一華は幼馴染だよ………。」

 

「………だと思った。幼馴染じゃなきゃこんな事できないもんね。大丈夫特に意味はないから。」

 

私はその日、その嘘をついた。なるべく明るく、できるだけいつもどおりに、平然を装って嘘をついた。夢七を騙すため、自分を落ち着かせるため。

 

「夢七もう大丈夫ありがとう。」

 

「お、おう。じゃあまた。」

 

「うん。また。」

 

見え透いた嘘だ。私は今、泣いてるじゃないか。




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第18話 弱虫

 弱い、憎い、酷い、辛い。そんな気持ちが渦巻いていた。私はただ立ち尽くしていた。独り、その場に立つことしか出来ないでいた。どれほど時が経ったか、或いはそこまで経っていないのか。私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

「一華姉………?」

 

どこか、虹姫と似通った顔つき。幼く、どうしてか意地悪したくなってしまうようなそんな声。私は彼の事をよく知っているはずだ。朱雀 光華。虹姫の弟だ。昔はよく4人で遊んでいた。いつからだろうか、離ればなれになったのは。確かにずっと近くにいた。でも、気がついたらなんだか遠くに行ったような、離れてしまったような。だから、私は夢七のことが好きになってしまっていたのだろうか。私ですら、よく分かっていない。

 

「こ………光華ぁ………。」

 

気がつけば私は情けない声を上げながら、光華にしがみついていた。周りの目なんて全く気にせず、光華のことも考えることができず。でもその行動は、私にとって、安心感を与えるものであった。いつからだろう。私がここまで周りを考えることができなくなっていたのは。何もかも、どうでも良かった。私の気持ちが晴れさえすれば、他のことなんてどうでも良かった。これが、失恋なのだろうか。今までこんな経験したことがない。きっと、失恋なのだろう。

 

「ち、ちょっと!?一華姉!?」

 

案の定、光華はものすごく動揺していた。でも、そんな事なんてどうでもいい。今はただ安心感の中で泣きじゃくりたかった。このままの時間が続けばいいのにと思ってしまうほどに。

 

 結局、私は光華に連れられて私の家に入って行った。その後も泣いていたのだが…少しだけ安心していた。その声落ち着きを取り戻した私は嗚咽ながらに声が出た。その声というのも酷いもので『夢七のバカヤロー!!』だとか『なんでなんだよ!?』とか自分のことを全面に推しだした内容だった。そんな中でも光華は私の事をなだめてくれた。昔は私の方がなだめていた側だったのに。そんなことで、光華のちょっとした成長を感じていた。

 

「はぁ、一華姉、落ち着いた?」

 

光華は私にそう聞いてきた。実際いつもと比べるとまだ興奮状態にあったが先程よりも落ち着いていた。まだべそはかいていたが、なんとか喋れるようにはなっていた。

 

「う、うん………。」

 

「それで………だいたい予想はついてるけど、どうしたの?話したくなかったらそれでいいんだけどさ。」

 

「………振られた。夢七に………振られた。」

 

そのことを話すと、光華は少し寂しそうな表情になった。私のことを心配してくれているのか。優しい人だよ。

 

「そっか………やっぱりそうなんだ。」

 

そこで、会話は途切れる。その場の空気もそんなに話すような雰囲気ではないし、それにお互いに久しぶり過ぎてどんなことを話したらいいのか分かってないというのがあるだろう。その気まずい雰囲気は数分間ほど続いた。

 

「一華姉………。」

 

静寂を破ったのは光華だった。私もそれに応える。

 

「…何?」

 

「いや、その………なんでも無い。」

 

その続きを聞くことはできなかった。そのままその日は大きなものを失ったまま過ぎてしまった。私は………これからどうしたらいいのかわからない。何もする気力がおきなかった。夜にはまた布団に包まって泣いてしまった。勝手に涙が溢れてくるのだ。勝手に寂しくなってしまうのだ。自分じゃどうも制御できない。私は、そんなにも夢七のことが好きだったのか。

 

 そうして、泣きつかれたのか私はいつの間にか眠ってしまっていた。気がつけばもう朝。私の気持ちは何も変わってない。何に対しても気が乗らない。失恋のショックはここまで大きいものなのか。これが初恋というのもあったのかもしれない。しかし………私はここまで弱いものか………。現実をみることができてない証として、私の中では『大好き』が渦巻いていた。どこに当てるでもない、そんな行き場をなくした『大好き』が暴れまわってる。それが余計に私を悲しくさせる。それでも最低限学校には行かなければ。

 

「はぁ………はは…駄目だな。私って。」

 

そんな独り言を、ベッドの上で呟いた朝だった。

 

 何も頭にはいってこない。授業もいつも以上に上の空。何をするにもうまく行かない。ボーッと前半戦、午前の授業を駆け抜けた。そうしていつも通り隣のクラスへ向かい小鳥遊さんと話し合いをする。

 

「で、振られちゃったんだ。」

 

「知ってるんだ。」

 

「振った張本人から聞いた。まぁ、案の定と言うかなんと言うか。」

 

「分かってるけど………夢を見てたかったんだよ。口数も減って、疎遠になって、それなのにあっちは虹姫のこと好きになっててさ………もう………なんでなのさ。何で私は報われないのさ………。全部分かってるから、理論武装しないでよ?しょうがないなんて分かってるから。あと、多分泣いちゃうから。」

 

空元気。ふざけたような言い回し。

 

「………流石に、そのくらいわかる。でもまぁ、案外繊細なんだな。」

 

「案外とは何だ案外とは?失礼じゃないのか?」

 

「まぁ、正直な感想。それはそれとして、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ。多分。」

 

「本当のところは?空元気で答えるんじゃないぞ?」

 

「………だいじょばってない。」

 

「だろうな。まぁ、相談できるやつには相談しろよ?烏丸さんは真面目なんだから、思い詰めるタイプだろうから。」

 

「………口説いてる?」

 

「なるほど、冗談が言えれば大丈夫そうだな。」

 

「あぁゴメンって。また、話聞いて?」

 

「了解。」

 

そこで、私の方に関する会話は終了した。また、愚痴りにでもきてやろう。そんな気でいた。ふと気がつく。私達のつながりは、夢七を振り向かせることが発端であった。それ以外で関われるものなのだろうか?

 

「また、話しに来てもいいの?」

 

「いいけど。て、言うか何で駄目なの?」

 

「いや、いいなら………また来る。それじゃ、ありがとね。」

 

「なんかあったら吐き出しにきな?聞くだけ聞くから。」

 

「うん。」

 

ほんの少しだけ、ちょっぴりだけおもりが外れたような気がした。話を聞いてくれる人がいる。それだけでも、前をむこうとする気が起きるものだ。何なら………光華も………また話せるかな。小鳥遊さんのクラスを出ようとした時、あまり会いたくない人達と会ってしまった。

 

「あ………。」

 

自然とその声はこぼれてしまった。朱雀 虹姫、白鷺 夢七。

 

「一華………。」

 

夢七がそう呟いた。この顔ぶれ全員というのは非常に久しぶりなような気がする。どうしていいかわからない。私は………。

 

「………。」

 

無言のまま、自分のクラスへと駆け込んでいった。なにもできそうな気がしなかった。どうも、私は前よりももっと弱くなってしまっているらしい。前の関係まで戻れっこない。また、行き場をなくした『大好き』が私を苦しめる。また、視界がぼやける。自分の席に付き伏せる。もう、しばらくは誰の声も聞きたくなんて無い。

 

「一華………。」

 

「………夢七………今は、声聞きたくない。」

 

「………その、ゴメン。」

 

どっちの意味かはわからない。でも、それっきり昼休憩から後学校内で私に話しかけてくる人は居なかった。しばらくは立ち直れそうにない。やっぱりまた明日小鳥遊さんに相談でもしてみよう。相談と言うか愚痴だ。あぁ………小鳥遊さんの存在に感謝しながら、今日も泣きながら床につく。こんなに泣き虫になって………あぁしばらくこんな生活が続きそうだ。はぁ………もうしんどいな、辛いな。早く、忘れよう………。



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第19話 幼馴染

 ある日のお昼休憩。今は午後の後半戦に向けてエネルギーの充填中だ。隣には鳥塚さん。私達の他に誰も居ない屋上。勝手に青春を感じている今日この頃。

 

「さてと、ごちそうさま。ちょっと、先行ってていい?」

 

「うん。」

 

そうして、私より先に鳥塚さんは行ってしまった。謎の喪失感に襲われつつも私は目の前のお弁当を平らげた。鳥塚さんと少し間を置き私も教室に戻る。いや、戻ろうとした。途中であってしまった。思わず「あっ………。」と声が漏れた。目の前に居たのは夢七だった。他の人もいる中で数秒立ち止まった。目が合っている。

 

「よ、よう、虹姫。」

 

「…。」

 

私は言葉に詰まっていた。最近、夢七と話してて若干思っていることがある。妙にぎこちない言葉使い、瞬間的に赤く染まっていく頬、ことばを選んでいるかのような会話の間。なんとなく察している。違うな、確信を得ている。夢七は私のことが好きなのだろう。どことなく、私はそのことに対して嫌悪のような感情を抱いていた。別に、夢七という人物が嫌いなわけではない。ただ、どうしてか嫌なのだ。幼馴染とそういう関係になるのが。これまでは何もなかった。それなのに、しどろもどろに話されてもこちらが困る。

 

「何でそんなに緊張してるの?」

 

早くこの状況から脱したい私。こうやって更に距離が離れて行くことは分かってる。

 

「そ、そんなに緊張してるように見えるか?」

 

「見える。っていうか、わかる。その事知ってるでしょう?」

 

「あ、あぁ。」

 

「そんな無駄に言葉選ばなくていいからさ、前みたいに話そうよ?」

 

私は素直にそう言った。

 

「………もう、俺らはもとには戻れそうにはないよ。」

 

私はそれなりに察しが利く。その言葉は選ばれた言葉ではなかった。何か取り返しのつかないことになったのだろう。恐らくは、一華と。

 

「そっか………一華には謝った?」

 

「………謝れるような状況じゃなかった。」

 

そんな話をしていた。噂をすればなんとやら。ちょうど教室に差し掛かったあたりだった。一華だ。向こうも予想外だったようで「あ………。」とつぶやきしばらく固まっていた。なぜ私達のクラスに?そのあたりは見当がつかないが、そんな場合ではない。このピリついた空気、私は嫌いだ。少なからず好きな人は居ないだろう。

 

「一華………。」

 

夢七がそう話しかけた。しかし返答はない。その無言の後、一華は自分のクラスに駆け込んだ。何を思ったのか夢七もそれを追いかける。1人にさせてあげられればよかったが………声は届かなかった。いや、出なかった。おそらくだが、夢七は謝りにいった。私は、基本どちらの意見も尊重したい。だからなのか………それでもなのか、声が出なかった。ただ、立っていた。

 

 体は、勝手に動いた。私は何も考えず教室へと戻った。教室内に居たのは小鳥遊くんだ。と、言うことは一華は小鳥遊くんと喋っていたのだろうか?最近よくこの人を見かける。色んな人の話に出てくる。この人は一体どんな人なのだろうか?

 

「あの、小鳥遊くん。」

 

思い切って声をかける。

 

「朱雀さんか、どうしたの?」

 

「さっきまで一華と話ししてた?」

 

「あぁ………愚痴?」

 

「なるほど、なんとなく察した。」

 

そうして私は自分の席に着く。小鳥遊くんの席とはまぁまぁ離れている。遠くから小鳥遊くんの姿をみる。どうしてもあの日の2人の姿が頭をよぎる。付き合ってる………のかな。多分付き合ってるのだろうが、そんな親密な関係にこんな短時間で成れるものなのだろうか?そういえば、昨日も見かけた。その時は彩羅さんの方も居たな。やっぱり、何か繋がりがあるのだろう。まぁ、あまり介入は避けておこう。

 

 そうして、午後の授業。そのまま走り去るようにこなした。いつもの単純な作業であるから、退屈ではあった。しかしながらサボるなんてできないので受ける他ない。放課後まではあっという間だった。私は、今日も鳥塚さんと帰る………つもりだったのだが、出くわしてしまった。

 

「まぁ、いいんじゃない?」

 

鳥塚さんはそう言っていた。

 

「こっち側も特には問題ない。」

 

小鳥遊くんがそういう。私も………問題という問題はないのだが………ちょっとがっかりしている自分が居た。ここに自分がいることに関しては少し違和感ではある。しかし、断る意味もない。小鳥遊くん、鳥塚さん、そして鷹野姉妹。かくして私はこのメンツと一緒に帰ることになった。

 

 しかし、やはりあの3人、やけに親しい。出会って数日というわけではないと言うか………スキンシップが過剰というか………こっちが恥ずかしくなってくる。明らかに、距離が近いなんてもんじゃない。染羅さんはまだわかる。彩羅さんに関しては全くわからない。どうして腕組みできるのだろうか?と、言うか………どことなく彩羅さんと染羅さんがいがみ合っているようにも見える。おそらく、本当にいがみ合っているのだろう。つまり?取り合ってる?

 

「あぁ、もしかして気付いた?」

 

隣から、私にしか聞こえないような声で鳥塚さんがささやく。ちょっと近すぎる………。

 

「な、何がです?」

 

急なことで敬語になってしまった………ちょっと恥ずかしい………。

 

「小鳥遊くんと鷹野さん達、幼馴染なんだって。それで、鷹野姉妹只今アタック中。」

 

この構図で幸せな人というのは、存在するのだろうか?なんと言うか、いつ修羅場になっても………。

 

「でも、染羅さんと小鳥遊くんが抱き合ってるところ見たことが………。」

 

「多分、それなりにあるんじゃないかな?私も彩羅ちゃんと小鳥遊くんが抱き合ってるの見たことあるし。」

 

「た、小鳥遊くんって………案外女たらし………。」

 

「そう見えるよね。でも、本人なりに悩んでる部分もあるんじゃないかな?」

 

そうなのだろうか?私自慢の観察眼を持ってしてもそうは見えないが………。それにしたって、まさかあの3人が幼馴染………。うーん…確かに2人に小鳥遊くんが振り回されてるようにも見える。

 

「ま、まぁ私にはそこまで関係無いことですけど。」

 

しかし、幼馴染に恋愛感情を抱くとなると………ちょっと一概に他人事とも言い切れないような気がする。

 

「どうしたの?真剣な顔して?」

 

再び、鳥塚さんのささやき声。

 

「い、いや、特には。悩み事あったらいいなよ?私が乗ってあげるからさ?」

 

「う、うん。じゃあ、後でいいかな…?」

 

「うん。」

 

そうして、小鳥遊くんたちと別れた後、私はことの顛末を話しながら帰路を辿った。すべて聞き終えた鳥塚さんが口を開く。

 

「うーん………そんなことがあったのか………まず何から手を付けたらいいの?」

 

「そうだね、やっぱり一華が心配。」

 

「烏丸さんか………そこに関しては、今小鳥遊くんが相談に乗ってたね。これは、3人交えたほうがいいんじゃないかな?」

 

「やっぱり、小鳥遊くんですか………。」

 

「気が乗らなかったりする?」

 

「まだ、ちょっとよくわからないから。それに………。」

 

「………小鳥遊くんなら、朱雀さんのこと多分何も思ってないよ。」

 

「え?」

 

「大体なんか思ってたら、一緒に帰るの許可しないし嫌な顔だってしたりするだろうさ。でも、そんな事なかったでしょう?」

 

「う、うん。」

 

「だから、大丈夫。それに、直接が嫌なんだったら私が仲介に回るし。」

 

「ありがと………。」

 

「それじゃ、まずは烏丸さんね。」

 

「そ、そうなんだけどちょっと一つ思い出したことがあって………役に立つかわからないけど………何なら厄介事になるかもだけど………。うちの弟さ光華って言うんだけど、最近一華とあったらしいんだよね。」

 

「それがどうかしたの?」

 

「光華さ、一華のことが好きみたいなんだよね。」



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第20話 滞

 何もかもが停滞している。もう、4月も終盤だと言うのに何一つ解決しちゃいない。まぁ、まだ4月と言うべきか………ともかくもう少し長引きそうである。僕にだって悩み事があるっていうのに。まぁ、自分でやるって決めたんだからしょうがない。一旦整理しようじゃないか。まず、烏丸さん。未だ落ち込んでいるようだ。本人はなるべく元気なように振る舞っているようだが、無理をしているのがよくわかる。そうして、鳥塚さんと朱雀さん。現在、協力して烏丸さんを元気づけようとしているが………まぁ結果は先程のとおりだ。続いて彩羅と染羅。いつも通りに僕を振り回している。脳天気な奴らだよ。まぁらしいといえばらしいが………最近は全く時間を避けてないような気がする。ここも時期に問題になるな………いかんせん他が厄介すぎる。しかしここまで関わってしまった身。最後までやらねばけじめがつかない。さて、大体把握し直した。

 

「よし………学校行こ。」

 

そうして僕は、ベッドから起き上がった。その後は特に何事も………なかったら良かったのだがやはりと言うべきか、当たり前と言うべきか何も解決していない以上、問題というものはつきまとってくるものである。

 

「小鳥遊さん………。」

 

いつもの聞き慣れた声だ。今日も彼女は僕のところに相談をしにきていた。最近はもっぱら愚痴のほうが多いような気がする。と、言うかいつも似たようなことばかりだった。これから自分はどうしたらいいのかとか、どうやってこの気持ちを紛らわせばいいのかとかそんなことばかりだ。しかし、今回場アリはどうも違うようであった。

 

「どうした?今日も愚痴か?」

 

「まぁ、そんなところなんですけどね。なんか最近思い始めたんです。私って、いる意味あるのかなって。」

 

「は?」

 

「だって、私は誰からも求められてないじゃないですか?じゃあ、居なくても同じなんじゃないかなって。」

 

「はぁ………お前の中で、好きっていうのは自己顕示欲を満たしてくれる人のことなのか?それだけの存在なのか?僕は前君が言っていたことを覚えてるぞ?」

 

ドキドキするけど、一緒に居て落ち着ける。それが、彼女が前に言っていた「好き」についてである。

 

「………そう………ですね。なんでだろうな。どこかで間違えたのかな………?」

 

「多分、間違っては居ない。きっと、失恋なんてそんなものなんだよ。それに、烏丸さんがここにいる意味はきっとある。きっと、誰かが求めてるはずだよ。」

 

特に根拠はないが。そんなことを口走った。場合によっては酷いと捉えられるかもしれない。ただ、少しでも前を向いてほしい。その一心だった。

 

「そう………ですか。そうならいいんですけどね。ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで。」

 

「………間違っても、死のうなんて思うなよ?」

 

「流石に怖いから嫌だよ。」

 

「そうなら、いいんだけど………。」

 

失恋っていうのはここまで人を落ち込ませるようなものなのか。どうも………心配でならない。

 

 次の日も、その次の日も………僕は烏丸さんの愚痴に付き合った。鳥塚さん、朱雀さんとも情報共有をしつつそれなりにできることはやった。しかし………自体は一向に良くなる気配はなく。当たり前だろう。当の本人たちがお互いを避けているのだから根本な解決になるわけがない。かと言って、今の状態のまま向き合わせたところで何も起こらないだろう。きっと、何も話せないまま終わる。そうして一週間が経過した。今日も今日とて僕は烏丸さんの愚痴を聞いていた。内容には変化なし。こんなにも引きずっていると、こちらとしても「早いところ忘れろ」だの「また次を探せ」だの言いたくなる。実際、アドバイス自体はこれが一番適切だろう。しかし、本人が実行しなければそのアドバイスも意味がない。

 

「………分かってるんだよ。いつもおんなじ事言ってるっていうのは。………でもさ、吐き出しきれないんだよ。どうやっても心の中に何かつっかえてるような感じでさ………無理なことっていうのは分かってる。でもさ、どうしたらいいのか………教えてよ………。」

 

「………一番いい方法は忘れることだよ。」

 

「………分かってる。分かってるけど………できないよ。」

 

「やっぱり。でも、どうにかしたいんじゃないの?他にも、色々あるけどさ。一番楽なのは逃げること。最善なのは向き合うこと………。」

 

「………向き合えるんであれば向き合いたい。逃げれるんであれば逃げたいし忘れられるのであれば………忘れたい。」

 

「まぁ、そうだよな………。できないから困ってるんだよな。でも、僕も話しに乗るくらいしかできない。最後、行動するのは全部烏丸さんだから………。こんな事しか言えなくてごめん………。」

 

「そうだよね。最後に決めるのは私だもんね。なんていうか………そろそろ、動かなきゃな。」

 

「あぁ。できる限りな。」

 

そうして、その日の話し合いは終了した。何か得られたのかはわからない。いつもと同じなのかもしれない。それでも何もないよりかは良かったのだはないだろうか?僕は何も出来ない。彼女の行動を制限する権利なんて持ち合わせてない。しかし、言葉をかけることはできる。その中で、僕は最善を尽くしたのではないだろうか?案外こういうのは自己満足だったりするから一概には言えない。しかし、僕の中ではなかなかに良い答えを導き出せたと思っている。あとは、彼女次第だ。これで僕の日常は戻るのか、全てが元通りなのか?おそらくもとには戻らない。良くも悪くもみんな前に進んでしまったからだ。

 

「じゃあ、僕は?」

 

教室での独り言。その声は他の誰かに届くでもなく静かな教室に滞留するでもなく僕自身に届いた。僕はどうなのだろう?答えは出たのか?いや、出てない。前に進んだのか?いや、どこにも進んでない。強いて言えば僕は逃げた。烏丸さんはこんな奴が相談相手で本当に良かったのか。良くも悪くも前に進ませた………そう捉えておくことにする。本当に………どうしようもない奴だ。僕なりの答えを見つけることができるのはまだまだ先のようだ。僕が答えを見つけることのできる日は本当にくるのだろうか?

 

「少なくとも来そうには無いよな………。」

 

今度は、僕のその声を聞き取る者がいた。

 

「雉矢?どうしたの?」

 

いつもの聞き覚えのある声だった。

 

「彩羅か。いや………ちょっと考え事。」

 

「考え事か………私が相談乗ってあげようか?」

 

「いや………1人じゃないと意味ない気がするからいいや。」

 

「へぇ………まだ悩んでんの?私か、染羅か。」

 

「………うん。」

 

「きっといつか、嫌でも選ばなきゃいけない日が来る。その時、雉矢は何が何でも答えを出さなきゃいけない。その時まで何も考えず………とまでは流石に駄目だけどあんまり深く考え込まないでよ?私達が悩みの種みたいじゃん?」

 

「あ、あぁ。悪かった。あんまり考え込まないようにする………。」

 

「やっぱり雉矢は優しいからね。そういうと思ってた。」

 

「え?」

 

「わかんなくて結構。わかっちゃったら言葉の意味がなくなっちゃうからね。でもやっぱり優しすぎるんだよね………もう少し自分に正直でいいと思うけど?」

 

「十分過ぎるくらいには正直だと思っていたんだけど………。」

 

「まぁ………気付かないほうが良かったりするのかもね。」

 

「どうゆうこと?」

 

「だから、わかんなくていいって。」

 

「そ、そうか………。」

 

自分にもっと正直に、というのが伝えたかったのだろうか?彩羅はたまにわからないときがある。でも、元気付けてくれてる事は分かる。優しいことは分かる。少なくとも、僕よりも。



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第21話 ゴールデンウィーク

 何も進展などないまま、迎えてしまったのはゴールデンウィーク。今の僕にとって、ただ時間が過ぎていく地獄の期間だ。何も始まらないまま、けじめのつかないまま、大切な時間が過ぎ去っていく。そのことについて、僕は疑問を持たないようにしていた。そうでもしないと自分が惨めに思えて仕方ないからだった。どうも、僕の精神というのはかなり弱いらしい。そして、不意に家のチャイムは鳴り響いた。誰だと思うも、そうだ思い出した。この前、彩羅と染羅が家にきたときだったか。ゴールデンウィークも来る旨を伝えられたのだった。じゃあこれは、多分あの2人だな。

 

 そして僕は服を着替えて玄関へと向かった。案の定と言うか、そこに立っていたのは彩羅と染羅だった。

 

「おはよう、雉矢。」

 

「あぁ、おはよう。」

 

「なんか元気無いね?どうかしたの?」

 

彩羅はそんなこと言ってるが逆だ。彩羅が元気すぎる。なにせ今は朝の7時。僕だって休みたいときくらいあるのだから今は寝起きだ。なぜここまでのテンションが出せるのか僕には皆目見当もつかない。

 

「寝起きだからだ。染羅だって、結構眠そうに………。」

 

そこまで言いかけてやめた。確かに染羅は何も話さなかったが考えてみれば染羅は無口だし、目は完全に冴えていた。どことなく表情からは気合すら感じるレベルだった。

 

「いや、ゴメンなんでも無い。」

 

僕は彼女たちに向けてそう言った。うん、とても楽しみだったのだろうな………。それだけは2人の風貌を見ててもよく伝わってきた。

 

「まぁ、そろそろアレだね。家入ろうか。」

 

「「うん。」」

 

2人の息のあったその声を受け、僕は2人を家に招き入れた。そうして彼女たちは流れるように僕の部屋に向かっていく。そのことに関しては僕自身もう慣れていたようだ。さて、そうして僕の部屋の中で何をするでもなく床に座る3人。特に何も話すことはないだろうにどうして僕なのだろうか。いや、答えは知っている。とうの昔から、ずっと。

 

「さてと………それでさ雉矢、最近私達と話してないじゃん?」

 

「あぁ、そう言われれば時間割けれなかったな。」

 

「もしかして………他に好きな人でもできたの?それならそれでいいんだけどさ………。正直に答えて?」

 

「あ………あぁそれか。悪かった。最近、相談をに乗ってやらなくちゃいけない人が出てきてだな。それで時間割けれなかった。ごめん。」

 

「それ、本当なんだね?」

 

そうやって喰い気味に聞いてきたのは染羅だった。そうか、あれは覚悟を決めた顔でもあったのか。そんなことを思い知らされ僕はまた申し訳ない気持ちになる。

 

「あぁ、本当だよ。前、烏丸さんって話しかけてきてたやついるだろう。そいつがちょっとしんどいような状況でな。どうにかして元気になってもらいたくて。」

 

「私達に相談してくれればいいのに。どうにかできるかもしれないじゃん。」

 

そう言ってきたのは彩羅だった。非常に頼りがいのある言葉だ。しかし、どうにかできるのだろうか?僕含めた3人。鳥塚さん、朱雀さんの知恵でも駄目だった。三人寄れば文殊の知恵。では5人集まれば?この藁にでもすがってみようか。

 

「わかった。彩羅、染羅、頼まれてくれるか?」

 

「当たり前じゃん。」という彩羅とは反対に染羅が言った。

 

「まずどんな悩みか教えてよ。」

 

言われてみればそうだ。あぁ、寝起きなのか頭が全く回ってないじゃないか。こんな僕で大丈夫なんだか。わからない。わからないことにしておく。まだ、ほんの少しの自信を持っていたいから。

 

「あぁ、それもそうだな。疲れてんのかな、頭回ってなかった。端的に言ってしまえば、失恋。そのことがあってから本当に元気がなくなっちゃった感じで………まだほんの少ししか経ってないのになんでだろうな。幼馴染に振られたんだってさ。それで………落ち込むなんてどころの話じゃない。」

 

「ほう、因みにその幼馴染はなんで振ったの?」

 

「別に好きな人がいるんだってさ。もともと、烏丸さんだって無茶なことっていうのはわかってたらしい。でも………夢見たかったんだろな。」

 

そう言うと、染羅が話し始めた。

 

「なんと言うかさ………やっぱり時間の問題なんじゃないかなって私は思う。多分立ち直るかどうかは本人次第。私達はあくまで発言しかできないから。難しいような気がする。」

 

その言葉に既視感を覚えていた僕はすぐに記憶を辿った。そうして出てきたのは案外最近の記憶。そうだ、僕もそんなことを考えてた。

 

「はは………染羅、俺と同じこと言ってる。烏丸さんにもそう言ったよ。どうなるかは、烏丸さん次第だ。でも………このままでいいのかはやっぱり心配だ。」

 

「………あとは、烏丸さんの選択次第だよ。もう、本人に任せるしか無いんじゃないかな。」

 

不意にそう言い出した染羅。たしかに何も間違っちゃいない。ただ僕はその言い方からもどこかもう話を終わりにしたいという染羅の意思が伝わってきた。どこか、投げやりなような気がする。考え過ぎなのだろうか?それとも………やはり、僕を取られたくないのだろうか?どちらにせよ………今の染羅の発言は間違ってなかった。

 

「…そうだよ。今考えたって何も変わりなんてしないよ。」

 

彩羅も染羅の意見に便乗する。やっぱりというか………話題を変えようとしているようだった。確かに、悩んでも何もできない。そのことは知っている。一度悩むのはやめよう。そうして烏丸さんの未来のことは、烏丸さんに託そう。僕はそうするしか無いのだと自分に言い聞かせた。

 

 そうしてどれほど経ったか。僕達はあのあとただただ、駄弁っていた。どこか胸に突っ抱えてるものが気になりはしたが、やはり言い出せる勇気などなかった。そうしてまた時間だけが過ぎていく。確かに、悩むなんて馬鹿らしい。時間の無駄でしか無い。悩んでいる間思考などできないのだから。じゃあ何をするのか。考えるのである。考えた末、最善で行動するのである。今回の件、僕はそれを全うした。それなのに気になって気になってしょうがない。どうも、今回僕は本気で悩んでいる。もう結論は出た。結論は出たのに突っかかる。しょうがない。それが僕の性というやつなのだから。矛盾している。考えとやってることが。それでも、なぜかしょうがないで済まされる。いや、済ましている。こういうふうに育ってしまったから。しょうがないんだ。

 

「いやー、なんかお腹空いたね?今何時?」

 

先程までかなりの勢いで喋っていた彩羅の声が響く。そうして彩羅は僕の部屋にかけてある時計を見た。その針はお昼を指している。よくもまぁ5時間ノンストップで会話が続くものである。

 

「ひえーかなり話してたんだ。もう12時じゃん。どれだけ会話が続くのさ。」

 

確かに並の関係じゃこんなことできないだろう。仲がいいのは基本的にいいことだと思う。ただ、ここまでだとは僕も思ってなかった。時間を忘れてしまうほどに楽しい。やっぱり、僕はこのままを望んでしまう。なにも買われない僕がそこには居た。それをいつも僕は他人事のように………どうしてか憤りを感じる。気がついている………気がついてないことにしたい。僕はどうしても逃げて、閉じこもって、忘れようとして。他の人の気持ちの考えることのできない悪い人間のようだ。その行為が正しくても………やっぱり、僕は僕のことを正当化したいだけなんだ。こんな人に誰かの彼氏?務まるわけがないだろう。ましてや相談相手?どうにも烏丸さんは、やはり相談相手を間違えていたらしい。



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第22話 僕にとって貴女は光り輝く華

 ゴールデンウィーク。嫌になる。何もかも、無駄に過ぎていく時間が。キッチリとけじめも付けられずにだらだらと過ごすこの時は僕にとって不愉快極まりないものだ。行動を起こさないといけないのはわかってる。いつまでも守られるだけじゃいけない。僕だって男だ…だから、そろそろ行かなければならないんじゃないだろうか。

 

「光華、どしたの?そんなに切羽詰まった顔して。誰かさんに告白する勇気でも出た?」

 

「う、うるさい!」

 

僕には苦手なものが3つある。1つ、人にからかわれる事。2つ、妙に勘がいい人。3つ、好きな人。この内2つを兼ね備えている僕の姉は本当に苦手だ。僕のことをからかいつつ基本姉の予想はあっている。

 

「やっぱり、図星だね。まぁ頑張りなよ?」

 

「あぁ!うるさい!」

 

そう言って僕は姉を怒鳴りつけた。それでも軽く笑われどこかへ行ってしまった。何もかもが思い通りにならない。もどかしい。全部手のひらで転がされているような感覚で本当にもう………。だから苦手なのだ。行き場のないこのなんとも言えぬ感情をいつまでも提げるわけにも行かない。切り替えというのは大事だ。気にせず行こう。そうして僕は目的の人のもとへと出掛けた。先に言うと僕は今、正常な判断ができていない。

 

 あの人の家の目の前まで来た。先程言ったとおり、僕は正常な判断ができていない。それ即ち今この場にいる僕は丸腰ということを意味する。妙案?思いついたらとっくの昔にやっている。何もない、つまりノープランと言うこと。正面から行くつもりだ。ここ最近僕はかなり一華さんと話してきた。気持ちにも寄り添ったつもりだ。このタイミングで…行くほかあるまい。意を決しチャイムを鳴らす。暫くして扉が開く。そこには、ここ最近よく見てきた顔があった。もう、諦めているのだと解る元気のない目があった。

 

「良かったの?せっかくのゴールデンウィークも家に来て。ここに居るのは燃えカスだよ…?」

 

部屋へと通され開口一番彼女が放ったのはそれだった。

 

「燃えカスなんかじゃないよ…一華さんは頑張っているじゃん。」

 

「そうだね…そうだといいんだけどね。」

 

どうにも、立ち直れていない。その事は外観からも見て取れる。その後、気まずい沈黙。何分経ったか、僕が喋りだす。

 

「…一華さんは、僕にとって光です。」

 

急に自分でもわけのわからないことを喋りだした。考えなど勿論まとまっていない。そんな中でも勝手な語り部は止まらない。

 

「小さい時からです…2つ離れた年、臆病な性格、4人の中でも圧倒的に弱かった僕を気にかけてくれていたのは一華さんです。小学生になっても僕の面倒を見てくれていたりした。そのことが身にしみて感謝できるようになったのは………一華さんと離れてからです。僕は…僕は………一華さんのことが―――――。」

 

「ストップ。」

 

僕の言葉は、いつも聞き慣れたその声で静止させられた。

 

「解ってはいたよ。光華は解りやすいから。でも、今は駄目。多分光華の欲しがっている答えは私からは出ないからね。」

 

やっぱり…そうだよな。僕が早すぎたんだ。解ってはいた。こうなることなんて。今、僕はあからさまにショックを受けている。どんなに鈍感な人が見てもわかるだろう。

 

「だからさ、その続きはまた今度聞かせて?」

 

「はい…?」

 

言っている意味がわからなかった。続き………。

 

「光華は今日、私を元気づけるためにここに来た。それだけ。今日は、それだけ。いいね?」

 

「は、はい。」

 

僕は、そう諭された。どういう意味なのだろうか。勝手に解釈してもいいのなら、「いつか振り向かせてみな。」と言うことなのだろうか。今のところ、そういう事にしておこう。

 

「ありがとね、なんか元気出てきたよ。」

 

その声に、瞳に、偽りの無いことは僕にはわかっている。ずっと見てきたから。

 

「元気、出てきたなら良かった。」

 

「それで、このあとどうするの?」

 

「このあと………?」

 

そう、今日僕はノープランでここにいる。この先のことは何も考えてなかった。と、言うか頭が回らなかった。玉砕されるか付き合うかの2択しか頭になかった。いや、考えつくことができる人は居るのだろうか?

 

「やっぱり決めてないんだ。告白して玉砕されるか付き合うかの2択しか頭になかったって感じかな。」

 

なぜわかったのだろう…手のひらの上で転がされているようなこの気持ち。どこかデジャブを感じながら少し顔を隠す。何もかも見通されているようで恥ずかしい

 

「あ、図星なんだ。」

 

今朝、似たようなことを経験した。僕には苦手なものが3つある。3つ全て兼ね備えたこの人の前では僕は無力なのだ。ただ、恥ずかしがって顔を隠すくらいしかできない。

 

「いいよ?もうしばらくはうちに居ても。私は気にしないから。」

 

「気にするのは僕の方だよ………もう、格好つけようと思ったのに………これじゃ、いつもと同じじゃん………。」

 

「いつもどおりでもいいんじゃない?そんな急がなくてもいいよ。私も、ゆっくり前に進むからさ、光華もゆっくり前に進んでよ。」

 

どこか、自分に言い聞かせているところもあるのだろう。その目は前よりも、決意を決めたような目をしていた。後戻りはできない。良くも悪くも僕たちは前に進んでしまったのだから。進むしかないのだから。

 

「僕も、一華さんについていくよ。頑張って。」

 

「頑張らなくてもついてこれるでしょ?あと、一華でいい。昔はそうだった。また近づいてきたんだから、ここで距離なんて取らないでよ?」

 

「うん………一華…。」

 

久々のその呼び方は、僕の顔を赤く染める要因になった。

 

「もう、本当に恥ずかしがり屋なんだから。やっぱり今のままでもいいかも。そっちのほうが、なんか安心かも。」

 

「見下してます………?」

 

ジトッと彼女の方をみる。するとバレたか、みたいな表情をされた。どうにも、彼女は自分と同じ目線の相手がほしいらしい。きっと、僕じゃあわからない葛藤があったのだ。結果、僕のこの行動が彼女にどう影響するのかはまだわからない。きっといつか、一華を振り向かせてみせる。そう、心に決めた。僕なりのけじめはこれでつけたつもりだ。いや、正確にはつけ始めた。ちゃんと僕の今までにけりをつけることができるのはまだまだ先だろうがそれでもいい。つっかえていたものが少し和らいだ。そんな感じだ。

 

「まぁ、待ってる。多分ずっと。今じゃないのはごめんね?」

 

「待っててください。そうして、絶対後悔だけはさせません。」

 

「言ってくれるね。失恋した乙女を救ってくれよ?」

 

「…なんかそう言われると、恥ずかしい………。でも、わかってます。」

 

奇妙だ。この関係性は本当に奇妙だ。恋人には程遠い。友達にしては近すぎる。親友にしては格好つけたくなり、幼馴染にしては頼られたくなる。どうにも、今まで聞いたことがない。僕は、一華のことが好きだ。どうしようもないくらいに。自分でも、自分はおかしいと自覚できるくらいに。僕は、頑張らなきゃいけないみたいだ。でも、全く苦しくはない。

 

 その後、僕はしばらく一華の家に居た。特になにかするわけでもなく考え事をするでもなく、ただ一華と座っていた。向き合ってではなく背中合わせみたいに。そうして、沈黙が流れていくのを感じていた。目線だけを動かしてあたりを見回し何をするでもなく少し目を瞑る。なにも聞こえない静かな部屋。ただ、2人の落ち着いた息遣いが聞こえる。一華の…匂いがした。意識して鼓動は早くなる。やっぱり、惚れ込んでしまったようだ。



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第23話 私は、私達は

「なんだか、私は今嬉しいんだ。」

 

目の前のその人は語りだした。今、私が最も固執しているその少女。虹姫………。あれだけ苦手だったが、私達はこうして私の部屋で床に座って話し合っている。そうして、一緒に居てなんとなくではあるが楽しいのだ。自分でもよくわからない。ただ、居て欲しい。そう願うようになっていた。

 

「なんでそんなに?」

 

「光華がさ、決意決めたみたいでね。姉として…嬉しいって思った。これで一華の何が変わるかはわからない。悪化してしまうかもしれない。でも………なんだかいい方向に向かいそうな気がしているんだ。」

 

「そっか………光華君が………まぁ、どんな人かは会ったことないからわからないけど、きっといい方向に向かうと思うよ。虹姫がそう思うなら。」

 

「進んでくれることを祈るよ。私も。さてと………で、私は今日此処に泊まりに来たわけなんだけど………何する?」

 

「なにかしたいことか………。」

 

どうしようか。特にその辺のことは考えていない。まぁ、なんとかなるとそう思っていたからなのだが。そうして、私は正直に答えた。

 

「ノープラン。」

 

「だろうね。」

 

まぁ、見透かされているとは思ってた。あれだけ間を開ければ当然なのだが。さて、それにしてもやることが無いというのはどうにも………暇である。

 

「何をしようか………?」

 

私は、そう言葉を放った。虹姫に聞いているのもそうなのだが、自分にも問いかけるような意味合いをもたせた。そうして、思案を広げる。まぁ、そこまで真剣に考えているわけではないので、何も出てこない。こういうときの考え事というのはそういう物だ。何も出てこなくて当然だ。

 

「………ねぇ、試しに………だけどさ?」

 

虹姫が言葉を紡いだ。どことなくぎこちないように感じられる。そうして、虹姫は続けた。

 

「愛してるゲーム………する?」

 

「何故?」

 

ぽんっと頭に浮かんだ言葉をそのまま発してしまう。いやしかし本当にどうしてだろうか。私には解りかねるがどうせ今、することが無いのである。なので、多少の疑問は残るが私は答えてしまった。

 

「まぁ………いいけどさ。」

 

そう、言ってしまった。

 

「じゃ………先行私からでいい?」

 

虹姫がそう聞いてくる。まぁ、どちらにせよ言わなければならないという事実は変わらない。と、言うことは正直、どちらでもいい。

 

「どうぞ。」

 

と、私は答えた。そうして、虹姫がゆっくりと体を近づけてくる。私のその待ってという言葉を聞かずにかなりの至近距離まで詰め寄られる。そうして、気がつけばほぼ馬乗り。私は………正直に言ってしまうと高揚していた。高鳴りが、収まらない。頬もほんのりと紅くなっていることだろう。そうして、その言葉は私に届けられる。

 

「愛してるよ………小鳥………。」

 

高鳴りは………最高潮まで達した。これは…ズルいとしか言いようがない。照れる照れないの問題ではない。

 

「こんな距離感………まるで………恋人じゃんか………。」

 

そう、言葉にしていた。私には明確にあの3人の顔が浮かんできていた。あの3人も、この距離感を体験したことがあるのだろうか?そんなことを考えていると少し、はしゃいだような声が聞こえる。

 

「あ、照れたね?」

 

笑いを含ませたそんな声が聞こえた。恐らく………今までの仕返しかなにかだろう。今まで幾度か私は虹姫をからかってきた。その仕返し。にしても………このままでは少し癪だ。

 

「じ、じゃあ次私がやる!」

 

躍起になってそんな事を言った。私もどうやらまだまだ子供らしい。さてと、そうして次は私の番になった訳だが………どう攻めようか?虹姫と同じやり方だとさすがに面白みがない。どうしような………よし決めた。

 

「じゃあ………はい、おいで?」

 

そうして私は手を横に広げる。虹姫を受け入れるようにして、抱き寄せるようにして、目の前の彼女に対し、手を広げる。

 

「………え!?」

 

反応は予想通りのものだった。かなり焦っているのだろう。しかし、これでいい。

 

「だって、近くに来てくれたほうが聞こえやすいでしょう?ほら、来なよ?」

 

「え、あ………うん………。」

 

案外、すんなりと来てくれた。彼女の耳がすぐ側まで来ていた。先程のように高鳴る。その暖かさを、私はしばらく全身で感じていた。そうして呟く。その言葉を。

 

「………虹姫………私も、愛してるよ?」

 

今までと違う、ゾクゾクとした感覚だ。私は………少しこの感覚が好きかもしれない。少しくすぐったいけれど、その感覚がどことなく好きなのだ。しかし、どことなく失敗したかもしれない。この体制だと虹姫の顔が見えないじゃないか。こんな初歩的なことも忘れていたのか。どうも、私というのは子供だな。

 

「あ、あの………。」

 

虹姫の声だった。

 

「どうしたの………?」

 

「もう少しこのままでいい?」

 

「それは、どうして?」

 

「………あんまり見せられないような顔してるから………。恥ずかしいから見られたく無い………。多分、顔真っ赤………。」

 

「やったね、これで私の勝ちじゃん。まぁ、私もちょっと恥ずかしいから………このままでいいよ?」

 

私自身、これをするのはかなり勇気が必要だった。かなり、攻めた行動だったっていうことは理解している。ただ、興味が湧いてしまったのがいけなかったのだろう。でも、負けっぱなしはやっぱり嫌だから………こうなっている時点で私の負けなのでは?それでも、いいと感じてしまう。この暖かさが………懐かしい。少し記憶が蘇る。懐かしいのだ。虚空に揺れる彼女の姿。どこかで狂った彼女の姿。私を裏切った、何処ぞのクズの姿。あんなのでも、私は懐かしいと思ってしまうのだ。最後にこんな事をされたのはいつだったのだろうか。もう…覚えてもいないが、懐しいと思っている辺り体は覚えているのだろう。

 

「………懐かしいな………。」

 

気がつくと私はそんな言葉をこぼしていた。らしくない。言ってしまえば、弱音のようなものだと思っている。いや………ただ、甘えたい。それだけなのだろう。

 

「小鳥………?」

 

「いや、なんでもないよ。」

 

「………分かった。」

 

「ありがとう。」

 

そんな、私達くらいしかわからないような会話を交わして、また沈黙。別に気まずくなんて無いのが不思議だが、まぁ当たり前だろう。この沈黙は、どことなく優しいものだ。

 

「まだこうしてたいんだけどさ、いいかな………?」

 

気が付いたら、そんな事を聴いていた。

 

「いいよ………。」

 

きっと、そんな回答になるだろうなと私は予想していた。いや、どちらかと言えば期待だろう。そして、そういう信頼があったのだろう。そう言ってくれると、私は根拠も無く思っていた。人の認識の変化はここまで変わってしまうとは思わなかった。しかしだが………。

 

「………あぁ………温かいな………。」

 

「私も………おんなじ事思ってた。」

 

ただ、この事実だけでもいいんじゃないだろうか?私はいいと思う。しばらく、この時間が続く。お互いが望んだそんな時間。幸せだった。この時間がずっと続けばいいのになと思う。まぁ、今だけはもっと縋っても良いのじゃないのか………?

 

「もっと、甘えてたいな………?」

 

「………いいよ………?」

 

さっきと同じような回答を聞いたけど、やっぱり………嬉しい。私は、少し力を抜く。フッと一緒に横になる。すんなりと彼女もそれを受け入れる。とても、懐かしく幸せで………あぁこれが………本当にずっと続いてほしいと思う私はおかしいのかも知れない。おかしい………のか………?いや、そんなのどうだっていいじゃないか。私が幸せなら、私達が幸せならそれが1番いい。と、私は思っている。



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第24話 進捗

 あれほど長いように感じられたゴールデンウィークも過ぎ去った。そうして僕らの日常は戻る。そうして、僕は気がついた。烏丸さんがどことなく元気になっているように感じられた。まぁ、きっと進んだのだろう。自分の思うままに。そこに何が関わっていたのかは僕は突っ込まないようにしよう。さて、いよいよ僕は取り残されたような感覚を感じていた。僕はただ一人、このまま時が過ぎていくのが怖い。だって、成長してないのは僕だけじゃないか。さて、どうしようか?

 

「なに悩んでるの?」

 

1人、お昼休みに物思いにふけっていた時だ。聞き覚えのある声。いつも聞いているその声。そこにいたのはやっぱり彩羅だった。そうして彼女は続ける。

 

「まぁ、だいたい予想はついてるけどさ。」

 

どうも何もかも見透かされているようだ。まぁ、彩羅と染羅にならいいけど。それでも、心配はかけたくないものだ。

 

「予想がついてるなら、別に構わなくたっていいんじゃないのか?」

 

「ここに来てようやく突き放すの?遅いよ。何を悩んでるかくらい私は知ってる。成長の速度なんて人それぞれだしさ。まぁ、これを成長っていうのかどうかはわからないけど。」

 

「ハハ………お見通しってわけだ。でもまぁ、離れないでくれよ?僕はこの日常が好きなんだ。まだ、この状況に甘えていたいんだ………。」

 

「なるほど、それが本音なんだね。まぁ、わかるよ。私もこの生活が好きだもん。雉矢がいて、染羅がいて、私がいる。この日常は確かに楽しい。けど………それでも私は、雉矢が好きなんだよ。」

 

「どうにも、僕たちの意見は変わりそうにないな。」

 

「多分、変わんなくたって私達は勝手にこの状況を楽しんでおくからさ。」

 

「ただ………予想でしか無いけど、この関係はいつかバランスが崩れると思ってる。この距離感で迫られ続けたら………いつか僕はどっちかに堕ちてしまうんじゃないかって、そう思い始めてるんだ。」

 

「そっか………じゃあ先に言っておくよ。」

 

と彼女は一拍おいてから言葉を綴る。きっと、勝利の宣言をするんじゃないかと僕はそう思っていた。

 

「私は、どっちに堕ちたって構わないよ。それが、雉矢が選んだことならね。」

 

結構、意外な答えに僕は驚いていた。そうして驚いていると、彩羅は

続ける。

 

「驚いてるの?まぁ、私からはそんなこと言いそうにもないからね。そんなこと自分でも解ってるけどさ。でも、染羅と決めたんだよ。どういう結末であれ、私達は納得することって約束した。って前も言わなかったっけ?」

 

「あ、あぁ………以外だった。2人とも、我欲がなかなかに強かったからな。だから、忘れてたかも。」

 

「そんなに思い切り言わなくたって………。まぁ、いいけどさ。ゆっくり、進んでいけばいいよ。雉矢。」

 

「あぁ、ありがとうな。」

 

僕はそうお礼をした。また、慰められる。それでもいいんじゃないだろうか………と、前にもこんな感じの決意をした気がする。いや、したな。僕はやっぱり止まっているらしいな。まぁ………やっぱりしばらくどうにもなりそうには無い。それならそれで良いのだ。僕は僕のままで良いのだ………。

 

「さてと、それじゃあどうする?」

 

「どうするって何が?」

 

僕が彩羅にそう聞く。

 

「いや、だってお昼休みまだ時間残ってるじゃん?だから何して時間潰す?」

 

「あぁ………いや、普通に話すくらいしかないんじゃないか?」

 

「えぇ………つまんないな………前は何したか覚えてる?」

 

その声とともに、何週間か前の記憶が蘇る。あの暖かさとともに、あの悪戯な顔とともに。あの包容を思い出す。よくもまあ学校であんなことが出来たものだ。しかも、別に僕達は付き合っているというわけではない。本当、どうかしていたようだ。しかしだが………いまここでは流石に無茶ではないか?いや、断言しよう。無茶である。

 

「流石に………ここでやるのは………どうなんだ?」

 

「いいじゃん誰もいないしさ。別に危ないことするわけじゃない。ただ抱き合うだけじゃん?」

 

「いや………教室だと流石に………。」

 

「どうしたの?何時もしてるのに。」

 

「いや………やっぱり教室は………恥ずかしいよ………。」

 

恥ずかしい………その感覚が僕の心に有った。顔が少し熱い………。体が火照っている。そのことがよくわかっていた。何時も、と言うわけではないが結構頻繁に僕はこの2人と抱き合っている。いや………相当僕もクズじゃないか?なかなか、酷いことをしているのは解ってる。やっぱり少し、焦っている。

 

「どうしたの?」

 

「いや………なんでもない。でもやっぱり恥ずかしいよ。誰かに見られたら………結構まずい。」

 

「でもそのリスクがちょっと………ゾクゾクしない?」

 

「え………そんな趣味あるの?」

 

「いやいや!違う!違うけどさ、なんか今日は我慢できないんだよ。」

 

「そんなに甘えたかったのか?」

 

僕がそう聞くと少し間を置き、小さく、頬を赤らめながらも確かにコクっと小さくうなずいたのがわかった。こういう素直なところが………ちょっと可愛いと思ってしまっている僕がいるのは確かだ。しかしそれでも、この場じゃ危ない。誰かに見られたら非常に面倒なのだ。だから僕はこう言葉を紡ぐ

 

「うーん………帰るときな?」

 

「………わかった………しょうがないけどそれで手を打つ。でも絶対の約束だからね?忘れないでよ?」

 

「あぁ、わかったよ。約束する。」

 

僕がそう言うと、彩羅は「やった!」と心底嬉しそうな声ではしゃいでいた。

 

「でもじゃあ、残りの時間暇になったな………。」

 

「別にいいんじゃないか?暇でも。案外いいもんだよ。暇っていうのは。考え事に打ち込めるしさ。」

 

「私はそんなに考え事をするようなタイプじゃないの!まぁ………普通に話すかな………。」

 

「やっぱりそうなるか。まぁ、話してるのは楽しいからいいけどね。」

 

楽しいというより、落ち着くといったほうが正しいな。そうして、しばらく雑談は続く。他愛のないものであり、僕たちにとっては日常のようなものだがそれでも幸せなのだ。この時間がずっと続いてくれればいいのに。この関係性がもっと続いてくれればいいのに。いや、甘えなのは僕が1番わかっているんだ。だからまだ、許してほしい。きっとケジメをつけるから、夢を見させてほしい。

 

「あぁ、もうそろそろ時間になるかな…?」

 

そう切り出したのは彩羅の方であった。僕はその言葉に反応する。

 

「あぁ、もうこんな時間なのか。そろそろ席に戻ろうか。みんなも戻ってくる頃だろうしな。そういえば………染羅は?」

 

「あぁ………トイレ行ってくるって言ったっきり見てない………いや、見つけた。」

 

「え?どこ?」

 

僕がそう聞くと彩羅は出入り口を指差す。そこにはいかにも嫉妬の目で僕等を見ていた染羅がいた。あちゃ………機嫌を戻すには結構時間の要りそうなことをしてしまったかもしれない。

 

「あぁ………染羅………こっち来る?」

 

気が付いたら僕はそんな言葉を口走っていた。そんな言葉で染羅は許してくれるだろうか、なんて考えていたが素直にこちらへ来てくれた。そうして、彩羅に向かって一言。

 

「せめて、私の見てるところにしてよ………。」

 

すると、彩羅は反論する。

 

「でも私知ってるよ?夜、染羅が急にいなくなる時があるって。その時何してるかも。だから、こういう時くらいいいんじゃないかな?」

 

「それは………わかった………許す。」

 

案外、すんなりと許してくれた。どうにも僕のあの行動もバレているらしい。しかし、あのとき人気はなかったからついてきてるとも考えにくいな。さすが姉妹とでも言うべきなのだろうか。どちらにせよ、僕はまだこの生活を続けることになるだろうな。

 

「でもその代わり………雉矢、今度2人で遊びに行こ………?」

 

「「………え?」」

 

僕と彩羅の声はほぼ同時だった。



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第25話 これはデートらしい

 週末。何時もわがままなんて言わなかった染羅がついに耐えきれなくなった結果がこれだよ。いや別にイヤというわけではない。

 

 ちなみにあの日の帰り道、約束通り僕は彩羅を贔屓して帰ったのだが………非常に視線が痛かった。主に染羅からのものだが。

 

 さて、それはそれとして僕は今、結構まずい状況に置かれている。何がまずいって………完全に遅刻だ。集合は9時だったのに対し現在の時刻、8時55分。この時点で僕は諦めていた。しかしまぁ、このまま走り続けなければなるまい。

 

 あとどのくらい掛かるだろうか?丁度今、道のり的には半分くらい。逆算して辿っても10分は固い。更に疲れが溜まっていると来た。なかなかに厳しい。しかし、約束を破ることだけは避けねばならない。だから僕は今、走っている訳だ。

 

 因みに、遅刻の原因は恥ずかしながら寝坊である。いや、昨日眠れなかったのだ。あの…あれだ、遠足の前日の子供がなかなか寝付いてくれないのと同じだ。まぁ素直になるとすれば、楽しみだった。色々考えてて結局このざまだ。なかなかに僕も幼いようだ。さて、そんなこんなではあるもののまだまだ遠いか………走れ!!

 

 そうして、僕はその場所に辿り着く。そこには予想通りの表情をした、予定通りの人物が居た。まぁ、初手最悪だわな。機嫌は悪そうである。当たり前だ。

 

「ごめん!遅れた!」

 

目が合い、咄嗟に僕はそう言った。

 

「………6分遅刻。理由は…?」

 

こういう時、嘘は何も産まない。僕はその問いに正直に答えた。

 

「………寝坊です………。」

 

「正直でよろしい。でも許さない。」

 

「………ごめん、楽しみで眠れなかった………。」

 

そんな事を口走ってしまった。すると、あからさまに喜んでいた。

 

「それなら………ちょっと許す。」

 

なかなか、ちょろいようである。

 

「…ありがと。」

 

「それでも遅刻は遅刻。ちゃんと落とし前つけてもらうからね。」

 

「はい…わかってます。じゃあ………僕はどうしたらいい?」

 

「そうだね………うん、腕組も?」

 

案外簡単なお願いだった。もうちょっとキツめのお願いでも飛んでくるのかと思って身構えていたが、そんな心配いらなかったようである。

 

「あぁ、はい。」

 

そう言って僕は腕を差し出す。その腕にするりと抱きついてくる染羅。こういうところが可愛かったりする。

 

 そうして僕達は歩き出す。見慣れた町並みを眺めながら、まずは目的地へと向かう。

 

「そういえば、まだ服の感想聞いてなかった。この服、どう?」

 

僕的にはよく似合っていると思う。白のワンピに薄いベージュのコート。染羅の落ち着いた雰囲気にぴったりである。

 

 さて、しかしながら気になっていることが1つある。

 

「十分に可愛いと思うよ。ただ………それって染羅が選んだの?」

 

「………黙秘権を行使する。」

 

あぁ、やっぱりそうだろうとは思った。正直、ハッキリ言わせてもらう。染羅がここまでファッションセンスがあるとは思ってない。

 

 恐らくは、彩羅のセンスだろう。昔からそうだったことを僕は今でも覚えている。

 

「しかしまぁ彩羅だわ。よく分かってる。」

 

僕がそんなことを言うと染羅が少しほっぺを膨らませてこう言う。

 

「今は、私だけ見ててよ。」

 

「………それもそうだな。今日は2人っきりって決めたし。」

 

「デートだもん。」

 

その言葉の響きに『そうなのか?』と心の中で疑問に思うも、僕はそのことを聞かない。きっと返ってくる答えは予想通りだろうから。

 

 だから、僕は代わりにこう言う。

 

「そうだな。」

 

そうしてしばらくは2人で歩いた。無言と言うわけではないけれどそこまで言葉は交わさない。このままでいいと言うのは、どちらも理解していたからだ。

 

 そうして、僕達はそこに到着する。

 

「まぁ、やっぱりこの辺だとここ一択だよな。」

 

「確実だし。」

 

そうして僕らが見上げたのはショッピングモール。なかなかにデカい。昔から出かけるといったらここ一択である。

 

「どんなふうに見て回る?」

 

「まずは………どうしようか…?」

 

そんななにも考えてないような答えが返ってくる。まぁ、そうだろうとは思っていた。

 

 と、言うのもである。染羅はそこまで物欲がないのだ。だからこそ、ファッションにも疎く、基本こういうときは彩羅頼みなのである。

 

 もっとも、物欲がないと言ったものの僕に関しては例外のようである。

 

「じゃあまぁ、本屋行く?」

 

「………行く。」

 

そんな染羅ではあるが、本はそこそこ好きなようだ。

 

 そうして、僕はその本棚を見つめる。染羅が目色をいつもと少し変えながら見ているコーナーを見ていると………頭が痛くなりそうだ。

 

「染羅…それ面白いの?」

 

「面白いかどうかは解かんないけどさ、興味をそそられるんだよね。」

 

その手に取られた本を見てみる。量子論………何が彼女をこうさせたのだろう。

 

「なかなかに難しそうだけど?」

 

「まぁそこは、慣れだよ。私は結構昔からこういうの読んでるからね。」

 

僕の記憶の限りではこの系統の本はなかった気がするのだが。

 

 まぁ、僕の知らないことがあったとしても何も不思議なことはないか。そりゃあ、結構時間が経過しているから当然だろう。

 

「………買おう。」

 

しばらく沈黙があった後、染羅はようやく決めたようであった。

 

「なかなかに時間かかったけど………この一冊でいいのか?」

 

「あり過ぎても読み切れないだけだよ。」

 

「その考えは意外だったな。」

 

「別に私もずっと読んでるわけじゃないし、面白そうなところがあったら読んでっていうのを繰り返して気が付いたら読み終わってる。」

 

「な、なるほどな。」

 

「それにお父さんが言ってた。知識は拒むもんじゃないって。」

 

なるほどな。それなら納得ではあるが………一体どういう教えなのだろうか?

 

「それじゃあ、私はこれ買うけど雉矢はなにか見つけた?」

 

「い、いや、僕はいいかな。本とかあっても僕はなかなか読まないタイプだからさ。」

 

「面倒くさがりなの?」

 

「空いた時間には読むだろうけど………それでも手を付けなさそうだなって。」

 

「なるほどね。それなら納得。」

 

そんな会話を経て、僕達は本屋をあとにする。そうしてまた、お互い何をしようかと考えながら歩いていた。そうして、ふと思い出す。

 

 どれほど前だかは忘れたが、ここで彩羅が迷子になったときあったな。あのときはみんな大騒ぎだったな。

 

「………雉矢、彩羅のこと考えてない?」

 

「な、なんでそう思ったのさ。」

 

「なんとなくだけど。でもいまので確信した。彩羅のこと考えてたね?浮気者………今日は私と2人っきりって約束なのに………。」

 

「ごめん………いや、ふとここで彩羅が迷子になったことあったなって。」

 

「あぁ………そんなこともあったね。ああ言う抜けてるとことか変わってないよね。」

 

「なんとなくだけどわかるよ。根本的なことは変わってない。でもそれ、染羅もおんなじだよ?」

 

「それは………そうかもしれない………。」

 

「昔からヤキモチ焼きでさ、僕に異常に固執して………いや、懐かしいな。」

 

「ヤキモチは………焼いてないもん………。」

 

「そうか?結構焼いてると思うけどな?」

 

「それは、雉矢が悪いんじゃん。」

 

「まだ、俺はどっちのものでもねぇよ。だから取り合ってるんだろ?きっと、俺はどっちかに堕ちるときが来るから。」

 

「その時………雉矢はどっちに落ちると思ってるの?」

 

その問いに僕はただ正直に答える。自分のありのままの気持ちである。

 

「そんなの僕にも解かんないよ。だって、たとえ僕が誰と付き合おうとも彩羅と染羅からは離れたくないからな。それだけ、僕の中では大事な存在なんだよ。」

 

少し顔を赤くする染羅。そうしてその言葉を言う。

 

「………せめて、私達のどっちかにしてよね………?」

 

「多分、そうなるよ。」

 

僕は、正直に答えた。



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閑話休題 各々の試験勉強

 さて、そんな週末が終わり試験が近づいてきていた。まぁ、僕はそこまで焦りを感じているわけではない。

 

 なに、いつもと同じだ。人並みに頑張って人並みの点数を取る。それが丁度いいのだ。

 

「ね、雉矢?なにしてんの?」

 

彩羅の声が聞こえた。なにって?こいつはこの状況を見てわからないのだろうか?

 

「テスト勉強だが?」

 

「真面目か?」

 

「当たり前のことだ。」

 

「えぇ………私が不真面目みたいに聞こえるからやめてよ………。」

 

「いやいや、まさかだけどしてないのか?テスト勉強。」

 

「するわけ無いじゃん。」

 

どうしてこうも自信たっぷりとそんなことが言えたのだろうか?僕にはいまいち分からない。

 

「………赤点だけは避けろよ?」

 

「当たり前じゃん。そこさえなんとかしとけば大丈夫でしょ?」

 

「できることならもっと普通の点くらいとってほしいな。」

 

「私が勉強できないみたいじゃん。生憎と心配されるほど勉強できないわけじゃないし。」

 

「その自信は一体どこから来てるんだよ?」

 

「今までの経験。だいたい、勉強なんてノート見返すだけでしょ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

どうも、なにか衝撃的なことを言われたような気がする。そんな事で点数取られてちゃ、僕の努力は何なのだろうか?

 

「ノート見返すだけって言ったか?」

 

思わず僕はそう聞き返していた。やっぱり信じがたい。そのうえ、染羅だってちゃんと勉強している。

 

「そうだけど………。」

 

「彩羅の勉強法はあてになんないから、雉矢は今のままでいいよ。」

 

染羅の声が聞こえた。彩羅の勉強法?どういうことだ?

 

「彩羅………どうやっていっつもどんな勉強してるんだ?」

 

「ノート丸暗記。」

 

「………は?」

 

そんな化け物じみた行動できるのか?彩羅が?いや、色々とわからない………。

 

「彩羅曰く、ノートの内容を写真みたいに記憶するんだって。私はその感覚がよくわかんないけど。」

 

「しゃ、写真って………。」

 

「じゃあ雉矢はどうやってるの?染羅みたいな?」

 

「普通に書いて覚えてるだけだけど………。」

 

「染羅みたいに音で覚えてるわけじゃないんだね。」

 

「ま、待って………特殊すぎる………音ってどういうことだ?」

 

「染羅曰く脳内で復唱して録音するみたいにして覚えるんだって。私にはその感覚がわかんないけど。」

 

なんだ………この超人的な人たちは?いまいち言ってることが理解できない。写真?録音?もう………よくわかんないや………。

 

 

 そうして、色々とあったものの中間試験は過ぎ去った。僕の結果は勿論ほぼ平均点。だいたいクラスの平均として65前後なので僕もだいたいそのくらいだ。

 

「で、彩羅と染羅は?」

 

「………合計点………今回も染羅に1点差で負けた………。」

 

「やっぱり彩羅はもうちょっと念入りに準備をしておくべきだったね。」

 

なるほど、いつもだいたいこうやって競い合ってるってわけか。でも1点差か………双子なんだな………やっぱり。

 

「だって!ちょっと前まではこれで染羅に勝ってたし!」

 

「ちょっと前の話でしょ?現実はこうなってるんだから。」

 

「うう………意地悪!」

 

「別に本当のことだから。」

 

そんな姉妹喧嘩をよそ目に僕はチラッと2人の答案用紙に目をやった。

 

 予想通りと言えばそうだが、その実驚きもした。あまり見ないほどの高得点。そのすべてが90後半台であった。

 

 あぁ………なかなかとんでもない姉妹だ。なぜ僕はこの2人に好かれているのだろう?そんな謎の残るテストであった。

 

「………まぁ、2人ともすごいってことじゃ駄目なのか?これ?」

 

「「駄目!」」

 

こういうところは本当に息ぴったりだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 私と虹姫はここ最近の日課じゃないが、毎日やっている事がある。それが家でのテスト勉強だ。

 

 基本、虹姫のほうが私の家に来てくれる。今まで勉強会なんてそんなにしたことがなかった私からしてみればなかなかに新鮮だった。

 

「さてと、虹姫明日テストだけど。今の心意気は?」

 

「結構自信あり。小鳥のほうは?」

 

そう聞かれ正直に私は返す。

 

「もちろん私も自信あり。」

 

ここまで本気になる理由。正直言うと特にないのだが、やるからにはやっぱりいい点数を取りたいと言うのが本音だ。

 

 だからこそ今まで頑張ってきた。

 

「今日は最後だからね。詰め込まなきゃ。」

 

「私もそのつもり。とことん付き合うよ。」

 

私と虹姫の勉強法は至ってシンプル。お互いがお互いの苦手なところを補完する。

 

 2人でやっているんだからこれが1番の得策だろう。そうして、今日もいつもと変わらず私達は勉強会を始める。

 

どれほどの沈黙が続いたか。あまり覚えてはいないがふと虹姫を見ると寝てしまっていた。

 

 流石に家で眠られるのはまずいだろう。なにせ明日がテストなのだから。そうして私は虹姫を起こそうと手を伸ばす。

 

 そこで私の体は勝手に止まった。なにか悪戯でもしてやろうかと企んでいた。しかし何も思いつかない。

 

「今、虹姫は寝ている………わたしは起きてる………そうだなこういう時………例えば漫画とかなら?」

 

そんな事を口走ったのが間違いだったかも知れない。その先を勝手に頭の中で補完してしまう。

 

 そうして少し………恥ずかしくなる。

 

「やっぱりやめた………。」

 

私はその後、火照りがなくなるまで時間を置き、そうして虹姫を起こすのだった。

 

 

 そうして、中間試験は何事もなく終わる。そうして返された答案用紙。正直かなりドキドキしている。

 

 決心が付き。表替えした答案用紙。なかなかにいいのではないだろうか?総て70~80点と相応の点数が返ってきた。

 

 続いて虹姫も私と同じような点数だった。しかしながら………なんとなく寂しさも感じられた。

 

「嬉しくないの?」

 

虹姫にそう聞かれ、私は答える。

 

「嬉しいけどさ、また一緒の時間がちょっと減るのかって………。」

 

「呼んでくれたらいつでも行くよ?」

 

その返答に、私は嬉しさを感じていた。そう、テストなんてどうでも良くなっていた。私は孤独から開放されればそれで良かったのだ。

 

そのことにようやく気付かされたテスト週間だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 私の家には今、光華が来ている。なんでも、勉強を教えてほしいそうだ。幸いに私は勉強はできる方だ。

 

「一華、ここは?」

 

すっかり一華呼びも定着してきていた。そうして聞かれた場所を答える。

 

 なんだかお姉ちゃんになった気分だ。そうしてそんな光華を見守りながら私も私の勉強をする。

 

 お互いに試験週間。中学生と高校生。習っている内容は違うが私はその分、光華に教える事ができる。

 

 そうして、先程の光華の質問に一通り答え終わると少し違った質問が帰ってきた。

 

「ありがとう………でも、一華は教えてもらう人いなくてもいいの?」

 

「私が勉強できることはよく知ってるでしょ?」

 

「そうだけどさ………。」

 

「なに、簡単だよ。ノートを見ながら推察して発展させていく。私にとってこれが面白いんだよ。」

 

なかなか、変わった趣味をしているのは解っている。しかしこれが本当に楽しいのだ。

 

「やっぱり一華って凄いね。」

 

「私が凄いとかじゃないよ。ただ、楽しいことは人それぞれってだけ。ほら、次の問題。」

 

そうして私達はまた文面と向かい合う。そうしてしばらくして、また光華が私に問いかける。

 

「一華………近く無い………?」

 

「そうかな?さっきと変わってない気がするけど。」

 

本当は意図的だ。こういう時、光華がどんな反応をするのか、少し興味が出たので試している。

 

 肩は触れ合わないが意識させるくらいの距離。

 

「ま、まぁ………良いけど。」

 

あからさまに恥ずかしがっているその姿を見てあぁ、やっぱり光華なんだなと再認識する。

 

 そうしてしばらくはそんな日が続いた。

 

 

 お互いに試験が終わり結果を発表する。

 

「まぁ私は………いつも通りかな。」

 

80~90点代。勉強すれば結果は付いてくる。まぁ、これは私にとっての普通だ。

 

「僕はちょっとあがったよ。」

 

点数で見れば光華も私と同じくらいの点数。なかなかに頑張ったのではないだろうか。

 

「また、何かあったら教えてあげるからね?」

 

「うん。また来る。」

 

そうして、光華は私の家を後にした。

 

 いつまで経っても光華の本質的な所は変わんないんだなと、そう思わされた試験週間だった。




誰か忘れてるような気がしている方。きっと気のせいです。


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第26話 その鳥が見上げたのは寂しい青空

 ある日の帰り道。私の隣には………いつもの虹姫の姿は無かった。

 

 どうも、体調不良によって欠席だそうだ。それに伴い私は、小鳥遊君たちとともに帰っている。

 

 しかし、あからさまに落ち込んでいるのがバレたらしい。

 

「鳥塚、どうした?」

 

はじめにそう声をかけてきたのは………いつかと同じ小鳥遊くん。

 

「あぁ、ちょっと寂しくて。」

 

「たしか………朱雀さんだったっけ…?」

 

そうだ。今日1日、私は心のどこかで虹姫を想っていた。いつもと少し違うそんな日常。いや、少し前までこれが私の日常だった。

 

「確か風邪って言ってたね。」

 

彩羅ちゃんの言うとおり、風邪らしい。心配は勿論しているが、それ以上に私は虹姫のその姿を探していたのだ。

 

 たった1日ではあるもののこの弱り様である。もし明日もと考えると、耐えれそうにはない。

 

 私の孤独を和らげてくれた人。それでいて、1番近くに来てくれた人。その人を想い帰路をたどる。

 

「大丈夫。明日にはきっと良くなってる。」

 

染羅ちゃんか励ましてくれる。そうだ、少なくとも私は1人ではない。ただ、1番が居ないだけ………と、そう言い聞かせた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 私の部屋に、珍しい人が来ていた。いや、何年か前なら当然のように居た人だ。

 

「………とうしたの、一華?」

 

目の前のその人に語りかける。

 

「なんとなく、虹姫と話がしたいなって。それにしても………ここまで離れ離れになるなんて思ってなかった。」

 

「まぁ、私の家一回引っ越したからね。」

 

「それもそうだけどさ、私達の心の距離。」

 

だいたい、理解ができていた。今からどんなことを話されるのか。

 

 これはきっと彼女なりに前へ進むための話し合いである。そうして、私自身のけじめでもある。

 

「まぁ………そうだね。私達4人、仲良かったはずなんだけどね。」

 

「まぁ、時間のせいだよ。それで、話したいことがあるの………。」

 

「多分、夢七のこと?」

 

私がそう言うと一華は、少し驚いた反応をする。そうしてゆっくり私に質問を投げかけた。

 

「わかってるってことは………付き合ってるの?」

 

「いや、付き合ってない。でも、流石に気が付いてる。夢七ってわかりやすいし。知ってるよ。夢七は私のことが好きなんでしょ?」

 

「う、うん。」

 

「それで、一華は夢七のことが好き………だった。」

 

「やっぱり全部わかってたんだ………。」

 

「わかるよ。わかりやすいんだもん。」

 

「虹姫は………いつから気がついてたの………?」

 

「夢七が私を好きになった辺りから。だから………ごめん。」

 

私は一華に向かい謝罪する。私なら止められていたはずなのだ。

 

 しかし、そうしなかった。夢七の目が怖かった。壊れるのが怖かった。

 

 だからあくまでいい人で居続ける。知らないふりをする。その結果がこれなのだ。何もかもが裏目に出た気がする。

 

「そっか………わかってたんだ。」

 

どこか悲しげな表情のまま、彼女はそう言った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そうして、分かれ道。私は1人の道を進む。

 

 いつもなら横に虹姫が居て、それだけでとっても幸せで。1人じゃないって実感できて………。

 

「影響受け過ぎかよ………。」

 

嘲笑気味にそう零す。多分今日の私の帰り道はずっとこんな感じだ。

 

 どうしようか?やっぱりお見舞いにでも行くのがいいのではないだろうか?

 

「いや、そう言えば家の場所知らない………。」

 

もっと色々と聞いておくべきだったとものすごく後悔している。私はここまで駄目なやつだっただろうか?

 

「いいや、いい意味で狂わされたんだろうな。」

 

依然として足取りは重いまま。ゆっくりと歩を進めるも。やっぱり寂しさには打ち勝つことができない。

 

「………会いたいなぁ…。」

 

どうも今日はかなり独り言が多い。何時もなら返事が来るのに今日は誰にも届かない。

 

 いや、届いてくれるのならあの人だけでいい。でも、そんなの私の希望であり、願望だ。

 

「私も………随分と酔ってるのかな。」

 

なかなかお洒落なことを言ってみたつもりだ。何時もならこんなんじゃないのに。

 

「本当………おかしくなってるな。」

 

まだまだ家まである。とりあえず家に帰ってしたいことといったらもう1つしかない。

 

「ベッドダイブしよ。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ごめんとしか言えない。そんな自分を情けなく思う。しかし、そんなこと思っていたところで何が変わるのだろうか………?

 

「本当に、ごめん。」

 

「いや、いいんだよ。別に問い詰めるために来たわけじゃないんだから。」

 

「じゃあ…本台は…?」

 

「………どうやったら、仲直りじゃないけど………昔みたいになれるかなって。」

 

なるほど、そういうことだったのか。

 

「昔みたいに………とは行きそうにもないけどね。まぁ、私は私でけりつけないといけないことがあるし。」

 

「どんなこと………?」

 

「まずは、夢七を振るところからじゃないかなって。」

 

正直にそう答えた。

 

「やっぱりそこから………?」

 

「だって、私達は今まで友達としてやって来てた。1番はじめに抜け駆けしたのは夢七でしょ?そのせいでちょっと疎遠が加速したまであるんだから。でもまぁ、半分は私の責任でもある。」

 

「やっぱり………。」

 

私は空気を読みすぎた。皆からいい目で見られたかった。誰からも嫌われたくなかった。その判断が招いたことだ。

 

「うん。だから、そこはちゃんとしておく。」

 

「わかった。任せる。」

 

「それはそれとして………最近、よく光華が一華のところ行ってると思うけど変なことされてない?」

 

続いて気になっていたのは光華のことだった。

 

「変なこととかはないけど………その………。」

 

「あぁ、知ってる。告白されたんでしょ?確かゴールデンウィークのとき。気まずい顔して光華が帰ってきたからさ。」

 

「………うん。された。」

 

「それで、それについてはどうするのさ。お姉ちゃん。」

 

本のいたずら心の一言だった。

 

「お、お姉ちゃんってまだ付き合ってもないのに!さ、流石に気が早いって!」

 

物凄い勢いで取り乱すものだから。かなり面白かった。まだ病み上がりだっていうのに。ちょっとはしゃいでしまうくらいには面白かった。

 

「ちょっとした冗談だって。でもそっか………まだ付き合ってないんだ………まだねぇ………。」

 

「もう!本当に………虹姫には叶わないや。」

 

「まぁどうなるかなんて解らないけどさ、面倒かけるかもだけど見てやってね?多分一華が光華にとっての初恋だから。」

 

「わかった。まぁいずれね。」

 

「なるほど、これでうちも安泰って訳だ。じゃあ私も好きに恋愛できるや………。」

 

「虹姫には好きな人っているの?」

 

「そうだね………多分いるよ。まだ解かんないけどさ。今日一日中その人のことを考えてたし。」

 

多分、これは私にとって最も重要なことだ。だから言うべきなのだろう。

 

「どんな人?」

 

その簡潔な質問にただ一言こう返す。

 

「強がりな人。」

 

そうして私はその言葉へと続けた………。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ベッドにだいぶした後、私はらしくなかった今日一日の事を思い出す。ずっと頭にあったのは虹姫のこと。

 

 まるで恋をしているみたいだ。私を孤独から救ってくれたあの人。

 

「どうしてなんだろうか………?わかんないや。」

 

きっと、これが私の本当。とっても弱くて何時も誰かを必要としている。今回はそれが偶然………果たしてそうなのだろうか?偶然なのだろうか?

 

出会いこそ偶然だった。しかし多分あの人に縋るのは必然なんじゃないだろうか?ここまで人を思い続けたことなんてない。

 

「あの人に会いたい………そんな風に思ったことなんて無かったけど………私のことを受け入れてくれたその人。何時も側に居てくれたその人のことが………。」

 

そうして私はその言葉へと続けた。

 

 

 

「「私はきっと、その人のことが好き………。」」



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第27話 白と黒と虹色と

 段々と気温も上がってきた。もうすぐ夏到来といったところだろうか?

 

 そんな中でも僕は相変わらずいつもの2人一緒に居た。正確にはそこにプラス1人居るのだが。

 

「で、なんで夢七も居るんだ?」

 

「いちゃ駄目なのかよ?」

 

「駄目ってことはないけどさ………この状況でよく気まずくないな。」

 

僕の両側には彩羅と染羅の2人がいる。普通気まずいと思うはずなのだが………。まぁ、らしいといえばらしい。

 

「すぐ離れるからちょっと相談乗ってくれよ…?」

 

「恋愛系統ならNGだぞ?」

 

「………なんでわかるんだよ?」

 

「わかるに決まってんだろ。」

 

裏で烏丸さんやら朱雀さんの話を聞いたなんて………多分まだ言わないほうがいいだろう。

 

 しかしまぁこの話。なんとなく面倒なことになる予感がしている。

 

「なんで当てられたかわかんないけど、話くらい聞いてくれよ…?」

 

「どうせ、朱雀さんに告るにはどうしたらいいか?とかそんなことだろ?」

 

「なんでそんなところまでわかるんだよ!」

 

「お前が分かり易すぎるのがいけない。」

 

あくまで夢七のせいである。現に、行動からしてかなりわかり易かった。

 

「そんなにか?」

 

「うーん………お前には愚直の言葉がよく似合うよ。」

 

「馬鹿にしてないか?」

 

「小馬鹿にしてるんだ。」

 

いつものノリで適当に返し、そうして続ける。

 

「で、ここからは真面目な話。朱雀さんとお前は多分だけど付き合えないよ。」

 

そう言うとやっぱりあからさまにムッとした顔になった。

 

「なんでそんなことが言えるんだよ…?」

 

「いいや、ただの勘だよ。友達くらいの距離感が丁度いいって………わかってるんじゃないか?」

 

そこまで問いかけると夢七は黙り込んだ。やっぱりある程度わかっていたようだ。でもわかっているからと言って止められはしないだろう。

 

 あと1つ。決定打がなければ止まらない。

 

「わかってるけどよ………どうしようもないんだよ。やっぱり虹姫のことが好きなんだよ。」

 

「そこまで言うなら、友達として最上級の贈り言葉をかけてやるよ。玉砕されて来い。そんでもって幼馴染揃って仲良くやってろ。」

 

「………聞いたんだな。」

 

「烏丸さんからちょっとな。」

 

「そうか………そういうことか。」

 

きっと何か合点の行くところがあったのだろう。そうしてしばらくの間そのままの沈黙状態が続いた。

 

「まぁ………ちゃんとケジメはつけるか。」

 

ようやく判断が付いたようである。今まで何も動きがなかったこの事態はようやく動こうとしている。

 

「あぁ、もとには戻んないかもだけどきっといい方向に進むよ。」

 

そうして僕は、夢七の背中を押したのだった。

 

「なんの話?」

 

彩羅の声。見てみると染羅も不思議そうな顔をしている。

 

 そう言えば、彩羅と染羅には今回のことを詳しく話してなかったような気がする。

 

「まぁあれだ………ざっくり言うと疎遠になった幼馴染たちの仲直りみたいなもんだよ。」

 

「………雉矢、それあんまり説明になってない。」

 

染羅にそんなツッコミを入れられるも僕は気にせず返す。

 

「ちょっと色々あったんだよ。」

 

ちょっと色々ありすぎたといったほうがいいような気もするが………まぁ、これでいいのだろう。多分これでこの件は一件落着となるだろうな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 放課後。俺は、友達からの最上級の励ましを受けその人のもとへと向かう。誰も居ない、正確には俺とその人の2人きり。

 

 ここまで来てうだうだとしていられもしないので本題を切り出す。

 

「虹姫………俺やっぱり虹姫のことが好きだ。」

 

その人にその言葉を投げかけた。表情は一向に変わらない。やっぱり最初から知られてたのだろう。そうして、その返事は俺へと届く。

 

「知ってたよ。最初から。」

 

そのまま、彼女は語りだした。

 

「今回の件、最初から私は全部知ってた。夢七が私のこと好きなのも、一華が夢七のこと好きなのも。」

 

そんなことまで知られていたとは………やっぱり叶わないとつくづく思う。

 

「でも、その時の私はいい人で居たかった。誰からも嫌われたくなかった。いい人で居続けた。まぁ、その結果クラスの大半から嫌われてるんだから笑っちゃうよね。」

 

自嘲気味に笑って彼女は続ける。

 

「最近、ようやく気がついた。私は私のままでいいって。ある人が教えてくれた。その人の前だと私は………今まで通りにいていいんだってそう思える。」

 

あぁ………他に好きな人ができたと………そういうことなのだろう。

 

「それで………この前、一華と話し合いをしたんだ。仲直りして、また4人で一緒に居ようって。だからさ、私は夢七を振る。」

 

その言葉まで、淡々と告げられた。しかし、いつぶりだろう。虹姫のその目は、どこか懐かしいあのときの瞳だった。

 

「あぁ………俺ってやっぱり振られるのな。」

 

「やっぱり?わかってたの?」

 

「雉矢から聞いたんだよ。色々とな。」

 

「………小鳥遊君か………なんだかんだ私も影響されてるのかな………?」

 

「まぁ、あいつはなんとなく不思議なところはあるからな。何を考えてるのかはわからん。」

 

「夢七もか………私もわかんないんだよね。小鳥遊君って。」

 

雉矢は………いったい俺に何をさせたかったんだろうか?本人に聞いてみなくちゃわからないだろうが………わざわざ聞くほどのことでもないな。

 

「さてと………これでとりあえず………仲直りなのかな?」

 

「まだに決まってるでしょ?一華はどうするの?」

 

呆れた声で虹姫に言われた。そう言えばそうだ。

 

「………謝るのもなんかおかしいけど、とりあえず謝っておく。」

 

「そうか、まぁ夢七らしいか。だってさ一華、どうする?」

 

あぁ………昼休憩に約束を取り付けたからたしかに時間はあったな………と、言うかここまで読まれてたのか。

 

「まぁ謝るっていうのであれば許す。」

 

「………ありがとう。」

 

ぎこちなく、返事をした。これで、俺たちはまた4人一緒ってことだ。もっとも、この場に光華は居ないが。それでも………一緒なのだ。

 

「まぁ、これでようやく私もスッキリしたよ。じゃあ私は人待たせてるから、先行くね。」

 

そう言って虹姫は先に行ってしまった。残されたのは俺と一華の2人だけ。どことなく気まずい雰囲気だ。

 

「確かに………許すとは言った。」

 

静寂を破ったのは一華の方だった。そのまま彼女ば続ける。

 

「許すとは言ったけど………これだけは直接言わせて。」

 

そう言って俺に歩み寄ってくる一華。確実に狭まる距離。そうして、彼女は俺の2、3歩前に立つとその言葉を発する。

 

「馬鹿野郎!」

 

その言葉は拳とともに飛んできた。でも、痛くはない。当たり前だが本気じゃないみたいだ。

 

「痛いよ。馬鹿。」

 

変な話、このとき俺たち2人は何故か笑っていた。そうしてなんとなく清々しい気持ちでもあった。

 

「痛くないだろ、馬鹿。」

 

「………あぁ…ごめんな。」

 

「許すから、帰ろっか?」

 

「あぁ…帰ろう。」

 

そうして俺達は、いつかと同じような帰り道を楽しんだ。何にも縛られていない、懐かしい感覚。

 

 まぁ、振られたのが堪えてないという訳ではないが、それでも俺はこの関係性のほうが楽しいのではないかと感じてしまう。

 

「やっぱり………何も変わらないほうが良かったんだな。」

 

「正確にはちょっと違う。皆ちょっとづつ前に進んでるんだよ。その中で、もう1度こうしてあるける日が来た。それが正しいんじゃないかな。」

 

「なんというか………成長したな。」

 

「私だって成長するよ。ゆっくりだけどね。でも確実に進んでる。それでいて、後悔はないからこれでいいんじゃないかなって。」

 

「もう、俺のことは好きじゃないの?」

 

「あぁ………ちょっと色々あって。」

 

「え?」

 

他に好きな人ができたということだろうか?

 

「まぁ強いて言うのであれば、光華も成長したって話だよ。」

 

「………マジ!?」

 

どうも………皆成長しているんだなと、そう感じる1日であった。



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第28話 羽ばたけるその人

「………プール?」

 

「あぁ、雉矢たちも来るかなって。もうすぐで夏休みだろ?そんときにみんなで行こうって話になってさ。」

 

まぁ、確かに予定はなかったが………僕たちが行ってもいいのだろうか?

 

「今さっきの話を聞く限りだと、夢七たち幼馴染4人で行くって話じゃなかったか?」

 

「まぁそうなんだけどさ、せっかくなら人数多いほうが楽しいかなって。」

 

「まぁ………とりあえず彩羅と染羅にも聞いてみるけど、他の奴らの了承は得てるのか?」

 

「あぁ、というかそもそもとして雉矢達を呼んでくれって言ってたのは虹姫だしな。」

 

朱雀さんか………じゃああれか?もしかしたら鳥塚さんにも声をかけたほうがいいな。いや、或いはもう話は通ってるかもしれない。まぁ、聞いておくとしよう。

 

「分かった。じゃあ話回しとくわ。で?日付は?」

 

「7月の終わりを考えてる。」

 

「なるほど。了解。」

 

そうして、夢七との話し合いは終わる。にしてもプールか。結構長いこと行ってないな。それどころか小学生のときの水泳の授業以来な気がする。まぁ、少し楽しみだな。

 

 そうして、帰り道。プールの件の話を全員に回した。なかなかにみんな肯定的であった。

 

 しかし、2名ほど気合の入りようがガチな人たちがいる。まぁ言うまでもなく彩羅と染羅だ。

 

「そっか………プール………。」

 

「言っておくが、僕はそこまで水着に興味はないぞ?」

 

「この前の染羅とのお出かけのときは可愛いって言ってたらしいじゃない?それって少なくとも興味はあるってことでは?」

 

痛いところをついてくる彩羅。きっとあのあと帰ってから染羅が自慢したんだろう。

 

「まぁ、それでもあれは私のセンスなんだけどね。」

 

と、得意げに言う彩羅。まぁ、そんなことは知っている。

 

「でも水着か………持ってないな。しばらくプールなんて行ってなかったし。」

 

染羅がそう言う。やっぱりそうそう行く機会なんてなかったらしい。

 

「そういえば私も持ってない…。」

 

彩羅もそんなことを言い出す。そうして僕も思い出す。

 

「僕もないや………。」

 

まさかこんな事になるなんて思ってもなかった。いや………まあこうなったら1つしかないような気がする。

 

「買いに行く他ないのか………?」

 

「「行こう!」」

 

こういう時には息ぴったりの姉妹。まぁ、いいけどさ。

 

「じゃあ今週末ね?」

 

「意義なし。」

 

この姉妹は本当に………勝手に話を進められても困るんだけど………。こないだの染羅との一件で今月は金欠気味なのに………。まぁ、安めなの買おうか。

 

「了解………日曜日な。」

 

あまり乗り気ではないものの僕はそう答えた。

 

 

 そうして、その日はやってくる。日曜日だ。

 

「さて………まぁ結局ここに辿り着くわけだ。」

 

結構最近ここを見た気がする。まぁここくらいしか思い浮かばなかったと言ったほうが正しい。

 

「1ヶ月振りくらいだね。」

 

「私は結構久々なんだけどな。」

 

「彩羅、今回は迷子になるなよ?」

 

「な、なんでそんなこと覚えてんの!?」

 

そんな会話をしつつ、僕らはそのショッピングモールへと入って行った。

 

 そうして僕は見知った顔の奴と会ってしまった。ここでこいつと会うとなるとなかなか面倒くさい。

 

「………お、おにぃが彼女連れとる………2人も。」

 

「語弊を招く言い方はやめろ?」

 

僕はそいつにそう投げかける。

 

「雉矢………妹なんていたっけ?」

 

彩羅の純粋な疑問だ。

 

「あぁ、妹じゃない。従兄妹だ。と、いうか何度も会ってるはずだけど………いや確かにこの変わりようじゃしょうがないな。」

 

「え?従兄妹ってことは………羽音(あまね)ちゃん?」

 

彩羅かあからさまに驚いている。まぁ、でしょうねとしか言いようがない。

 

「そうですけど………。」

 

あぁ…こりゃ覚えてないな?

 

「彩羅と染羅って覚えてないか?小さい頃よく家に来てただろ?」

 

「え?帰ってきてたの?」

 

「うん………いや………本当に解かんなかった。」

 

かなり困惑しているな。まぁ、一旦収集をつけよう。

 

「それでだ。なんで受験生がこんなところにいるのかな?」

 

「い、いやー、最近おにぃのところにも行けれてなかったから………息抜き?」

 

「はぁ………なるほどな。まぁいいけど。学力は足りてるんだろ?」

 

「うん。」

 

「そうか………なるほどな。大体わかったよ。辛くなったら話は聞いてやるよ。」

 

「………ありがとう。」

 

まぁ、色々と事情があるのだ。あんまり言えないことだけどな。だから話に乗ってやったりしてたんだが、生憎と受験生になってしまった結果会う機会も減ったとそう言うわけである。

 

「で、おにぃ達はどうしてここにいるの?」

 

「あぁ………水着探してる。」

 

「なるほど………デート………。」

 

「黙らっしゃい。ちょっと色々あって誘われててな。8人くらいでプール行くことになったんだ。で、水着が無いことに気がついたんで3人揃って買いに来た。」

 

「なるほどね。手伝ってあげようか?」

 

「いいのか?」

 

「任せてよ。」

 

と、自信満々な宣告をされたので僕達は素直に羽音に任せることにした。

 

 そうして………かなりの時間が経過し………。

 

「まだか?」

 

やっぱりこういうのを決めるとなるとかなり時間がかかってくるのだろう。

 

「………彩羅ちゃんも染羅ちゃんも、サイズが………。」

 

絶望の眼差しでうつむきながら羽音は試着室から出てきた。

 

「お、おう………なるほどな………。」

 

「何おにぃは納得してるのさ?あぁどうせ私は………私は………はぁ………つま先が見える。」

 

「まぁほら、あれだよ。2つも年が空いてるんだからしょうがないって。」

 

申し訳程度のフォローを挟むも、羽音の機嫌は治りそうもない。

 

「だって昔は大差なかったのに………はぁ。」

 

駄目かもしれん。これ以上任せたら羽音は血の涙を流す羽目になるだろう。早々に切り上げなくては。

 

「似合う水着は見つかったの………?」

 

「うん………2人ともスタイルもいいからね。あとはそれぞれのイメージにあった色合いやらなんやらかんやらを云々して………。」

 

あぁ駄目だ。壊れた。

 

「さ、彩羅も染羅もそれで大丈夫か?」

 

「「うん。」」

 

2人とも満足したようではあるが………羽音………。

 

「………そう言えばおにぃは?」

 

「あぁ、もう買ったぞ?」

 

「はぁ………いいよね。ほんとに気楽で………はぁ………。」

 

「か、会計するぞ!もってこい!」

 

これ以上は駄目だと判断した僕は2人にそう言い聞かせる。

 

 そうして………まぁそこまで気にしてないのだが何故か、支払いは僕であった。そこまで気にしてはいないけれど、何故かだ。

 

「はぁ………なんか疲れた………。」

 

羽音がそう零す。

 

「時間はこの時間で大丈夫なのか?」

 

「うん、大丈夫。それとこのことは。」

 

「解ってるよ。それじゃあ、またな?」

 

「うん、またね。」

 

そう言って僕達と羽音は別れた。そのまま帰路を辿る。

 

「しかしまあ………羽音もお疲れのようだな。」

 

「そうそう、いったい何があったの?羽音ちゃん、あんな感じの性格だっけ?」

 

「あ?あぁ、中学デビューだよ。」

 

染羅はどことなく察しているようだった。彩羅は相変わらずきょとんとしている。

 

「まぁ、あんまり深ぼらないでやってくれ。あいつは頑張ってんだ。因みに志望校はうちらしいぞ?」

 

「そうなんだ………まぁでも、来年は私達3年だし、まともに話せるかな…?」

 

「まぁ、最初のうちなら話せるだろうな。」

 

とは言え、僕はなかなかの頻度で羽音と会うことになるだろう。

 

 僕は多分そういう役回りになる時が来るんだ。そうして羽音のサポートをする。まぁ、こんなに上手く行くかどうかもわからない。来年のことなんて解かんないよ。



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第29話 黒歴史くらい僕にだってある

「ねぇおにぃ。」

 

「どうした?」

 

今、僕の家には羽音が来ていた。

 

「いや、おにぃって彩羅ちゃんと染羅ちゃんのどっちかと付き合う予定あるのかなって。」

 

「今のところはない。」

 

「今のところは?」

 

「あいつらまだ僕のこと好きらしいからな。このまま責められ続けたらきっといつか好きになる………。」

 

「おにぃそういうとこ弱いんだね。」

 

「知ってるだろ。そのくらい。」

 

「まぁ、色々あったもんね。」

 

「やめてくれ、今まで思い出さないようにして生きてきたんだ。」

 

「そんなこと言ったって2、3年前でしょ?そんなにすぐ忘れられるの?」

 

「人間っていうのは都合のいい生き物なんだよ。」

 

僕にだって黒歴史はある。そういうことだ。

 

「そんなもんなんだね。」

 

「そんなもんだよ。」

 

そうして、僕たちの間には沈黙が流れた。

 

「ねぇおにぃ。」

 

「今度はどうした?」

 

「暇なんだけど。」

 

「僕に言われたってどうにもできないよ。」

 

「おにぃならなんとかできると思ったんだけどな。」

 

「生憎と僕はそこまで器用じゃないんだ。勉強なら教えられるぞ?」

 

「嫌だよ。おにぃ成績も普通だし。あと私普通に勉強できるし。何も不自由ないからいいの。」

 

「まぁそうだろうと思ってた。」

 

羽音は勉強はできる方である。学力にも問題はない。だからこそ、受験生でありながらここまでの余裕が保てているわけだ。

 

「そういやおにぃさ、プール行くっていってたじゃん?あれって私行っちゃ駄目?」

 

「アイツらに聞いてみないとわかんね。」

 

「そもそも何人で行くの?」

 

「8人。」

 

「おにぃってそんなに友達いたっけ………?」

 

「いるさ………5、6人くらい。」

 

「数合わなくない?」

 

「友達の友達みたいなもんだよ。そもそも行こうって言い出したのも僕じゃない。」

 

「そうなんだね。」

 

「あぁ、僕はそこまで絡むタイプじゃないからな。」

 

「絡むのが面倒なだけでいざやるってなったら一番楽しむくせに。」

 

「冷静に僕を分析しないでくれ。」

 

「本当のことだからね。で、話戻すけどさ、まずはおにぃでしょ?彩羅ちゃん染羅ちゃん………あとの5人は?」

 

「まずは僕の友達が2人。でそのうちの1人の幼馴染が3人って感じだ。」

 

「男女比は?」

 

「3対5。」

 

「普通こういうのって4対4じゃない?」

 

「しょうがないだろ。色々事情があったみたいなんだから。でここにお前が入るってなると3対6になるから………ちょっとややこしいんだよ。」

 

「なるほどね………女子率多くない?」

 

「そんなこと僕が一番感じてるよ。」

 

「おにぃって案外女たらし………。」

 

「違う、断じて違う。僕はあのときの戒めを胸に生きてるんだ。だから断じて違う。」

 

「そうなんだ………やっぱりなかなか反省を活かしてるね。」

 

「当り前だ。」

 

もうあんな経験2度としたくないからな。あまりにも真っ黒すぎる。と、いうかせっかく忘れながら生きてきたのになんで思い出させるかな………。

 

「まあ、金輪際この話はしないでくれ?僕の黒歴史なんだ。」

 

「この話を知ってるのは?」

 

「今のところお前だけだよ。」

 

「彩羅ちゃんたちには言わないの?」

 

「言ったら僕が殺されるに決まってるだろ。」

 

「まぁ、間違いないね。おにぃが居なくなったら私の捌け口なくなるし、このことは黙っといてあげるよ。」

 

「やっぱり優しいよな。羽音って。」

 

「私にメリットあるだけだから。」

 

「ツンデレは受けないぞ?」

 

「やっぱり言おうかな………。」

 

「あぁ、悪かったって。」

 

「やっぱり素直だよね。おにぃって。」

 

そんな風に僕達はダラダラと休日を過ごしていた。特に何も考えずゆっくりと時間が過ぎていくのを感じていた。

 

「ねぇ、やっぱり暇なんだけど。」

 

「僕だっておんなじこと思ってた。だから我慢しろ?」

 

「暇ならなにかしようとか思わないの?例えばさ………彩羅ちゃん達の家に行くとか?」

 

「僕が行っていいものなのか?」

 

「いいんじゃないの?どうせ、あの2人だってほとんど無言で入ってきてるでしょ?」

 

「まぁ、そうなんだけど。でも僕はそんなことはできないな。勇気がない。」

 

「ヘタレかよ。」

 

「ヘタレだよ。」

 

自分でも自信を持って言うことじゃないということはわかってる。しかしそれが事実なら僕はハッキリと言うタイプの人間だ。

 

「そんな自信持って言うことじゃないよ。」

 

「これを自信を持って言えるやつがいるなら、それこそ僕はそいつを称賛するよ。その開き直る力は僕もほしいからね。」

 

「おにぃがそれに該当するとは思ってないの?」

 

「半分思ってる。」

 

「自覚があるならそれでいいや。」

 

こうやってずっと僕達は会話で時間を潰す。如何せん全くすることがないのだ。しょうがないと割り切って考えるしかない。

 

「それにしても………暇だな。」

 

「おにぃからその言葉が出るとは珍しい。」

 

「お前は僕をなんだと思ってるんだ。まぁ………思われても仕方ないような気もするけどな。それにしても何かないかな………?」

 

「おにぃの部屋の探索。」

 

「別に何もないが?」

 

「おにぃだって男なんだからそういう本だったり物だったりの1つや2つ………。」

 

「断言しよう。無い。探したければ探してみろ見つかるわけがない。」

 

本当にないのだから見つかるはずもない。しかし………全くの無関心ではないことは確かだ。僕だって男なのだから。

 

「つまんな。」

 

「お前は僕に何を期待してるんだ………。」

 

「おにぃの慌てふためく姿が拝めると思ったのに。」

 

「僕が慌てるときといったら、あの話を暴露されそうになった時くらいだよ。」

 

「やった。私おにぃの弱点持ってるじゃん。」

 

「早めに対処せねば。」

 

「怖いから言いふらすのはやめておこ。」

 

僕にとってあの話を暴露されること以上に焦ることはおそらく無いだろう。

 

「にしても元気なのかね、日向(ひなた)ちゃん。」

 

時鳥(ときとり)の話はするなって言ったろ。」

 

僕の黒歴史の元凶と言えるそいつの名を口にした羽音に僕は制裁として軽いデコピンを入れる。

 

「あて………そんなに駄目なの?別に私は良いと思ってるけどな。結果的に人を救ったわけだし。」

 

「結果はな。過程は散々だったよ。」

 

「なかなかに順当であり不純な動機だよね。」

 

「本当………まぁ………過程さえ言わなければいいさ。」

 

「厨二病乙。」

 

「うるさい黙れ!他にも絶対こんなこと考えたことあるやついるだろ!なんで僕だけこんなことになるんだよ!」

 

「ごめんごめん。そんなに怒るとは思ってなかった。」

 

「全く………僕は人を救えるような器じゃないんだから。ただ、エゴのままに他人を振り回しただけなんだから………。」

 

「いやー謙虚って言ったらいいのかただの馬鹿なのか。」

 

「きっとただの馬鹿だよ。」

 

鳥塚さんのときだってそうだった。僕はあのときお節介に割って入ってかき乱しただけだ。

 

 そうして………染羅の時だってそうだった。僕はただあのとき………一緒に遊びたかっただけだ。誰も救っちゃいない。相手が救われたと思ってるだけだ。

 

 正義感のままに動くなんてそんな強いこと今の僕には出来ない。鳥塚さんのとき、僕はただ怖かっただけだ。知り合ったその人が死んでしまうのが。僕と関わった人が死んでしまうのが………怖かった。

 

「悲観的だね。」

 

「もとからだ。」

 

「そんなことないこと私は知ってるよ?」

 

「厄介な従姉妹だよ。」

 

「もっと楽観的に結果だけ見なよ?そうしたら………苦しまないから。」

 

「まぁ………僕の人生、そっちのほうが性に合ってる気がするな。」

 

「さてと、私はそろそろ帰るね?きっと母さん達が心配してるから。」

 

「了解。また辛かったら吐き出しに来いよ?」

 

「はーい。それじゃあまた。」

 

「またな。」

 

そう言って羽音は僕の部屋を出ていく。取り敢えず………一旦あの話をもう一度忘れるとしよう。真っ黒な歴史をもう1度忘れよう。



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第30話 梅雨はやっぱり嫌い

 ある6月の日の帰り道のこと。2つの傘が並んで歩いる。私の隣には、いつもの虹姫が居た。

 

「………痛い……。」

 

「小鳥…?」

 

もう梅雨入りの季節だ。私は本当にこの季節が嫌いである。

 

「虹姫………肩貸して………。」

 

「う、うん………。」

 

痛い。古傷が痛む。この時期は毎日のようにこれだから本当ストレスが溜まる。

 

「小鳥、大丈夫?」

 

「あぁ………ちょっと今日は大丈夫じゃないかもしれない。」

 

雨の日は本当に嫌いだ。嫌でもアイツの顔を思い出す。

 

 ただ、今の私には虹姫が着いてくれている。まあ、こうして人に頼れるようになったのは小鳥遊君のおかげでもある。

 

 虹姫の傘に入り、私は彼女の肩を借りた。

 

「えっと………どうしたの………?」

 

あぁ、そう言えばそうか。私は虹姫にまだ伝えてない事があったんだ。

 

 しかし、今、それを言うべきなのだろうか?きっと虹姫は打ち明けてほしいだろう。ただこの話をしたあとの空気は最悪になる。

 

 だったら私は………嘘は言わない。

 

「ちょっと色々あってね。古傷が痛むの。」

 

「そっか………まぁ、話すより先に家まで行こっか。ペースはこのくらいでいい?」

 

「………うん。」

 

優しい。その一言に尽きた。虹姫の体温が伝わってくる。いつもあれだけ痛かったのに、不思議と今日はそこまでの痛みは感じない。

 

 そうして、私の家に辿り着く。途中からの記憶は少し曖昧だ。気絶寸前だったのか、はたまた優しさに溺れていたのか。

 

「ごめんね?こんなことに付き合わせちゃって………。」

 

「いやいいけど………それより大丈夫?」

 

「………ちょっとわがまま言ってもいい?」

 

「………うん。」

 

「側にいてくれると助かる。」

 

単純な心の声だった。側にいてほしかった。そうして誰かに助けてほしかった。その声に彼女は返事をする。

 

「わかった。ともかく、今は横になったほうがいいよね………?」

 

「うん。」

 

「ベッドまで歩ける?」

 

「なんとか。」

 

そうして私は一度立ち上がる。が、やはり痛い。よろめく体を虹姫は支えてくれた。

 

「ありがとう…。」

 

そうして、私の自室まで虹姫は付き添ってくれる。

 

 ベッドに横たわり私は虹姫を見つめた。

 

「ねぇ虹姫、正直になって良い?」

 

「いいよ。」

 

「こっち来て。」

 

私は右手を彼女の方まで伸ばし、そう言った。

 

「うん。」

 

そうして彼女は、ベッドに腰掛ける。しかしそうじゃない。私が求めているのはそうじゃないのだ。

 

「そうじゃない………隣………来て?」

 

私がそう言うと、やっぱり一瞬「え?」と言う顔をされた。ここまでは読み解けなかったらしい。

 

「いいの?」

 

「いいよ。来て?」

 

暫く間を置き、そうして掛け布団の上に虹姫は寝転がった。

 

 どちらかが手を伸ばせばそこに相手がいるような距離感。でもお互いに何もしない。

 

 虹姫は側にいてくれる。ただやっぱりもどかしい。

 

「この距離感で本当に良かったの?」

 

「………抱きしめてほしかったりする。」

 

私は痛みと嬉しさで錯乱したいたのかもしれない。つい抱きしめてほしいと、本当のことを言ってしまった。

 

「いいよ。」

 

その答えは、意外であった。予期せぬ回答に私は少し頬を赤らめる。

 

「自分で言ったのに恥ずかしくなっちゃった?」

 

「うん………だっていいって言われるとは思わないじゃん。」

 

「そうかな………?」

 

「だって………。」

 

「好きだから?」

 

「………うん。」

 

正直、この気持ちは読み取られているだろうなと思っていた。しかし、このタイミングで言われると尚のこと恥ずかしい。

 

「好きな人がこんなことしてくれるなんて、なかなか思わないもんね。でもしてあげる。」

 

「………好きだから………?」

 

私のその問いには少し自信がなかった。

 

「………好きだから。」

 

でも、その答えは返ってきた。私が、欲していた答えだった。

 

「もう………恥ずかしいな。」

 

頬を赤くしながら虹姫は言った。なんだよ………両思いかよ………。

 

 恥ずかしがりながらも、虹姫は私の体に手を回す。

 

 優しく、結構緩めに抱きしめられる。

 

「離さないくらい強めでいいよ。」

 

「響いたらいけないと思ったから………。」

 

優しさ故であることはわかっていた。しかし、こうなったらもう少し強引でもいい。痛みも結構引いていた。

 

 そうして、私は虹姫に抱き寄せられるのを感じていた。心音までちゃんと聞こえる。暖かさも感じている。

 

「ずっと………このままがいい。」

 

「私もこのままがいいから、いいよ。」

 

なかなか………恥ずかしい。体が熱る。焦がされるような感覚に陥っている。

 

 それでも何故か幸せだ。

 

 そうして気がつけば泣いていた。

 

「泣いてるの………?」

 

「泣いてる………寂しかった。今まで、ここまでわがままになれる人なんていなかった。だから………。」

 

「いっぱい甘えな?それでいいんだから。よく頑張ってきたんだから。私がいるから。いいよ。」

 

とても頼りになるその言葉に、私は溺れてしまいそうであった。この涙がこみ上げてくる感覚はやっぱり慣れない。

 

 慣れないけれどどうしてか、幸せだ。

 

 ひとしきり泣いて。私は………ようやく完全に復活した。

 

「もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫。いろんな意味で。」

 

「それならよかった。私は………力に成れた?」

 

「うん。それで………またやってくれると嬉しいな。」

 

「いいよ。やってあげる。今まで寂しかったんだよね。」

 

虹姫は私の事をちゃんと理解してくれていた。それがとても嬉しくて………どう言い表していいかわからない。

 

 私にとっての好きな人。依存とかじゃない。支えてくれる人。そうして、支えてあげたいと思えるような人。

 

 2人でお互いを補完しあっていきたいから私は………多分虹姫のことが好きになったのだろう。

 

「本当、色々ごめんね?」

 

「いいって言ってるじゃん。私だって自分からやってる訳だし。」

 

どことなく申し訳なさもあった。こんな人生背負ってしまった人を好きになってくれた事に対して申し訳なく感じていた。

 

「それにさ、小鳥はもっとわがままでいいんだよ。」

 

「え?」

 

「ほら、よく自分のことを抑える癖あるからさ。だからもっと素直でいいんだよ。」

 

「もっと………素直でもいいの?」

 

「私は、ある程度なら許容できるよ?だから、もっとわがまま言ってくれて構わない。」

 

「………ありがとう。」

 

「それじゃあ、私は今日はもう帰るね?」

 

「うん、また明日ね。」

 

「また明日。」

 

そうして私は、虹姫を見送った。本当に感謝してもしきれない。

 

 それとともにいつかあのことを言う日が来るかもしれないと思っていた。

 

 しかし、正直虹姫になら話してもい。あいつのこと、傷のこと、あの喧嘩は何が原因だったのか。

 

 多分私は自分からそのことを言うだろうな。

 

「それにしても………いい匂いだったな………。」

 

私ってこんなことを言うようなキャラだったか。また自室のベッドまで戻り考え込む。

 

「さっきまで、虹姫がいた場所………。」

 

同じ所に寝転がる。まだほんのりと暖かく、少しあの匂いも残っている。

 

 好きって言うのはこういうことを言うのだろう。誰もいないだからこそなのだろうか。心臓がバクバクと脈打っている。

 

 どこか、いけないことをしているような気分になる。

 

 私のベッドで寝転がっているだけなのに。そこに残っている虹姫の跡を感じて………どうにも私は落ち着かなかった。

 

 こんなことがバレたら………嫌われてしまうだろうか?でも今は私一人だしバレることはないだろう。

 

 独りしか居ない部屋、独りしか居ない家。きっとバレない。私は暫く、彼女の跡に酔っていた。

 

「私って、変態なのかな………。」

 

そう独り、呟くのだった。



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第31話 2人きり

 そうか………今、僕達は2人きりなんだ。

 

「光華?聞いてる?」

 

「あ、うん。ごめん。」

 

僕は一華にそう返した。そんな、正気を保っていられるような状況下ではない。

 

「全くもう、そんなんだと私のところ来れないよ?」

 

「だって………一華、流石にこの距離は近いよ………。」

 

「そうかな…?」

 

僕は知っている。こういうとき、僕は必ずからかわれているのだ。全く、酷い人だ。口に出すのはよしておくことにするが。

 

「まぁ………わかった。頑張るよ。」

 

「うん。それでいいんだよ。」

 

しかし、やっぱり近い。一華の身長は小さい。だから胸が目の前に………なんてことはないんだけど、顔が近い。

 

 本当に、手を伸ばせば届きそうだ。まぁ、僕にはそんな勇気なんてない。

 

 いわゆるヘタレだ。あのときのあれが精一杯。でも、約束しちゃんだんだよな。いつか続きを言うって。

 

「光華?」

 

「ご、ごめん。」

 

「何も頭入ってきてないね?せっかく人が教えてあげてるのにさ。」

 

「ごめん………やっぱり近くて………。」

 

「意識しちゃうんだ?」

 

「………うん。」

 

男として情けないとは思っている。直さなきゃとも思っている。でも同時に、この性格が直るんだろうかとも思っている。

 

 正直な話怖いのだ。

 

「うーん、せっかく教えてても光華にやる気がないんじゃな………じゃあ、今日頑張ったらご褒美あげるよ。」

 

「ご褒美………?」

 

「うん。」

 

「何するの………?」

 

「ナイショ。」

 

そう言って一華は教えてくれなかった。しかし、俄然やる気が出てきた。そりゃあ………何も考えないわけがないからね。

 

 僕だってそういう年なのだ。

 

「おお………目に見えて集中しだしたね。」

 

「そう………かな?」

 

自分じゃわかってた。そりゃあやる気だって出るさ。

 

「やっぱり………光華って地頭いいからね。慣れたら簡単でしょ?」

 

「うん。すごい簡単。」

 

「でも、応用とかには弱いもんね。」

 

「うぐ………。」

 

痛いところをつかれた。確かにそのとおりだ。今までのテストだってそれで点数を落としてきた経験が何度もある。

 

「だから、まずは応用に強くなろう。」

 

「うん。」

 

そうして、僕はまた目の前の問題集へと目を向けた。

 

 弱点さえ克服してしまえばいいのだ。と、簡単に考えたはいいものの、それが出来たら苦労はしていないだろう。

 

 ともかく、この大事な時期。弱音を吐いてなんて居られない。頑張るしかないのだ。

 

「一華、ここはどうやるの?」

 

「あぁここはね、要領自体はさっきのと同じなの。違うのは考え方で………。」

 

1度でも集中さえしてしまえば僕のペースだ。一通り試してわからなければ叩き込む。それの繰り返し。

 

 そうやって僕は学んできたのだ。だからこのまま続けていく。

 

 そうして、どれほど経ったか解らないが僕は気がついたらあの問題集を終わらせていた。

 

「おお、頑張ったね。しかも最後のあたりは質問なし。つまり、今までのことが頭に入ってる証拠だね。」

 

そうやって、一華は僕を褒めてくれた。とても嬉しかった。そりゃあ………好きな人から褒められたのだ。当然の反応だろう。

 

「顔、赤くなってるね。」

 

「………余計恥ずかしくなるから………。」

 

やっぱりからかわれるのは苦手だ。芋蔓式に弱い部分がさらけ出されていく。

 

「でも、何したら恥ずかしがるかなんて私結構前から知ってるよ?」

 

「まぁ………そうだけど………やっぱり見られたくないんだよ!」

 

「可愛いのに。」

 

「か、可愛い言うな!!」

 

本当に………体が熱い。

 

「やっぱり恥ずかしがりやだね。」

 

「………よく知ってるでしょ………。」

 

「そりゃあ知ってるけどね、それでも見てたいもんなんだよ。」

 

「な、なんでさ………。」

 

「あぁ、光華だなって感じがするから。」

 

その理由については、僕はあまり理解できない。僕のアイデンティティと言うのはここにしかないものなのだろうか?

 

 いや、そんなことない………はず。自信を持って言えないあたり、優柔不断だなと改めて思ってしまう。

 

「まぁ………いいけどさ………。」

 

「からかってもいいの?」

 

「いいよ………。」

 

「なんで?あんなに嫌がってたのに。」

 

「何ていうか………別に悪い気はしないしさ………。だからいいよ。からかっても。」

 

「なるほど………好きだからか。」

 

その言葉に僕は少し反応する。その体の震えに気がついたのか、一華は距離を詰める。

 

「好きな人にここまで近づかれました。さて、光華はどうするのが正解でしょう。」

 

眼前10センチと言ったところだろうか。僕の真正面に一華の顔があった。その瞳は真っ直ぐ僕を見ていたのは理解できた。

 

 それ以外、何も考えることはできない。とてもじゃないが頭がまともに働いてくれる状況じゃなかった。

 

「………わ、わかりません………。」

 

「わからない………うーん………まぁそうだよね。ちょっとからかってみただけ。もっと思い切っても良かったんだよ?」

 

そんなことを言われたが、思い切る勇気なんてない。そもそも………まだ少し僕は混乱している。

 

「まだ、わかってない?」

 

依然として、一華との距離は変わっていない。

 

「うん………。」

 

どうすればいいのだろう?僕は………多分逃げるのは選択肢にない。じゃあ………近づくのか?

 

 それでいいのかは解らない。でも他にこれと言った打開策もない。じゃあ………やるか。

 

 決心はついたあとは勇気だけ。

 

「まだわかんない感じ?」

 

その質問に僕が答えることはできなかった。少しづつ、ゆっくりと一華に近づいていく。

 

 一華もそれには気がついていただろう。しかし、抵抗はしなかった。

 

「まぁ………そうだね。」

 

と、一言だけ置いて、一華は目を瞑る。少し、微笑んでいるようにも見えた。

 

 その人に、手を回しそっと抱き寄せる。そうしてそのまま………僕はそのまま彼女を抱きしめた。

 

 いや、自分でも何してんだろうなって思ったさ。思ったけど、キスはまだ違う気がする。

 

 だってまだ付き合ってないし暴挙がすぎると思ったから。あと………流石に勇気が出なかった。

 

「まぁ、こうなるよね。」

 

「流石に、付き合ってもないし。」

 

「まぁそりゃそうだね。それでも結構しっかり抱きついてくるね。」

 

「だ、だって………好きだから。」

 

「………そうか。やっぱり好きなんだね。」

 

「そりゃあ………好きだよ。」

 

「じゃあ………ご褒美。」

 

そういえばそんなことを言われてたなと、今思い出す。そうして今の状況である。

 

 心臓がこれまで無いほどに脈打つ。

 

「すごい、ドキドキしてるんだね。」

 

「そりゃあ………するよ。」

 

「何考えてるかはわからないけど………まあいいや。じゃあ、目を瞑って。」

 

「う、うん。」

 

そうして僕は言われたとおりに目を瞑る。もう………どうなってしまうのだろうか?何も解らないが………言われたとおりにするしかない。

 

 そうして暫く静寂が続き。僕は抱き寄せられる感覚を覚えた。少しずつ近づいていくのが目を瞑ってでもわかった。

 

 さっきまだ早いって結論付けしたばかりなのに………。

 

「はい、お返しのぎゅ。」

 

その声とともに、僕は抱きしめられた。

 

 まぁ、してやられたとそういう訳だ。期待した僕が恥ずかしい。でも………まぁ“お返し”と言うのはそういう意味なのだろう。

 

「期待しちゃった?」

 

からかうような口調でそう聞いてくる。そんなの決まってる。

 

「期待してたよ………。」

 

静かにそう答える。

 

「まぁ、お返しだよね。私もおんなじ事やられたんだから。その権利あるよね?」

 

ぐうの音も出ない。そして何より恥ずかしい。結果的に僕は今日もからかわれただけなのだった。でも僕は知っていた。一華だってドキドキしていることを。



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第32話 プール

 そうして、1ヶ月ほどが過ぎ去った。ついに夏休みの到来である。期末試験………まぁ中間と同じように彩羅と染羅の凄さを見せつけられたよ。

 

 僕はいつも通り、普通の点数だった。まぁ、過ぎたことだ。後悔もしていない。これが普通なのだから、これでいいのだ。

 

 さて、夏休み。そうして7月下旬といえば、こんなことを言っていた気がする。

 

「雉矢!早くプール行こ!」

 

「待てよ彩羅。まだあっち側の4人来てないだろうが。」

 

と、僕は子供みたいにはしゃぐ彩羅を諭す。全く、染羅の落ち着きようを見てほしいが………目に見えてウズウズしているのがわかる。

 

 まぁ楽しみにしてたもんな。そりゃあこうなってしょうがないか。まぁこんなことを言いつつも僕だって楽しみだった訳だが。

 

「まだかな………。」

 

流石にちょっと遅くはないだろうか?何か事故にあってなければいいのだが。と、そんな心配をしていたときのことであった。聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「悪い!遅くなった!」

 

「まぁ…何も無かったんならいいけど、どうしたんだ?」

 

「いやそれが………。」

 

そう言って夢七は烏丸さんとあと一人。おそらくこの人が言っていた朱雀さんの弟。光華君だろう。その2人の方を向いた。

 

「なるほど………なんか納得できたぞ。」

 

あからさまに距離感が近い。所謂恋人のそれ………と言うような近さではないが、幼馴染かと聞かれればそれ以上か?

 

 いや、一方的だな。見た感じ烏丸さんが一方的に光華君に懐いている………いやこれはあれだ。からかってるんだ。

 

「まぁ、大体理解はできた。つまり夢七はあれだな………困惑してたと。」

 

「まぁ、そういうことだよ。色々あってびっくりしてるよ。」

 

「まぁ確かに………そうだな。」

 

しかし、光華君の気持ちも半分くらいわかる。僕もその立ち位置にいたことがあるからだ。とんでもなく恥ずかしいけど、離れてほしくはない。そんな不思議な感覚なのだ。

 

「取り敢えず、これで全員だな。と、僕は小鳥遊 雉矢。君が朱雀 光華君で良かったか?」

 

そう聞くと光華君は少し頷く。恥ずかしがり屋なのだろう。

 

「まぁ、ゆるくでいいよ。そんな感じの集まりだから。」

 

かくして、8人全員集まった。そうして、ようやく僕たちはプールへと出発するのだった。

 

しかしまあ、暑い。いや夏だからというのはわかっているがこんなにも暑かっただろうか?

 

「なぁ雉矢、暑すぎないか?」

 

「これは確かに想定外だった。」

 

「雉矢、どうにかしてよ。」

 

僕と夢七の話に彩羅が割って入る。

 

「生憎と、僕はそんなことできないしできたらとっくにやってるよ。」

 

前で僕たちがそんな話をしていると後ろから話し声が聞こえる。

 

「そういや私日傘持ってきたんだった。」

 

朱雀さんの声だ。

 

「小鳥?入る?」

 

「入る!」

 

即答じゃねぇか。というか日傘か………いやないよりマシか。別に僕が入るわけではないけども。

 

「い、一華………?」

 

「どうしたの?」

 

「暑くないの?」

 

「暑けど。」

 

そんな2人の声が聞こえてきた。ちらっとそちらの方を見てみるとなんとなく状況を把握できた。

 

 まぁ、烏丸さんが一方的に光華君にべったりくっついているわけだ。一体何があったのやら。

 

「で、彩羅、染羅。なんで2人とも俺にくっつき始めた?」

 

「「いいじゃん。」」

 

よくねぇよ………。

 

「暑くないのか?」

 

「「暑い。」」

 

なんで2人とも暑いのにくっついてくるんだか………まぁ、たまにはいいけどさ。

 

「と、言うか染羅は前に2人きりででかけてたじゃん。」

 

「そうだけど、彩羅だって結構過激なことしてたの知ってるんだから。」

 

あぁ、これは喧嘩になりそうだな………まぁ染羅は確かに2人きりででかけたから………今回は彩羅の方向に転がろうか?

 

「でも最近私雉矢と一緒に居れてないし。」

 

「確かに………それは知ってるけど………。」

 

「まぁ染羅、あれだよ。また一緒に出掛ける時間設けるから。」

 

そう諭した結果、ようやく納得してくれたようだった。

 

「全く………いいなあ雉矢も。」

 

「そんなにいいもんじゃないよ。」

 

この立場そこまでいいもんじゃない。理由として、僕はただ3人一緒にいられればいいと思っているからだ。

 

 だからここまで何も決められてないという訳だ。

 

 

 そうして僕達はようやく目的地についた。ここまでやけに長かったような気もする。

 

「じゃあ着替えたらまた集合な?」

 

夢七のその声で一旦は解散となった。さてと………まぁプールだから至極当然ではあるが水着か………。あの時に適当に選んだその水着………いや、それ自体に何ら問題はない。

 

「ちょっと、運動しなさ過ぎたかもしれないな。」

 

「うわ!雉矢ちょっと細すぎじゃないか?」

 

夢七も驚いている。僕だってびっくりしてるよ。肌の質感は男なのにくびれっぽくなってるんだから。

 

「確かに雉矢さん線細い………。」

 

「ゔっ………。」

 

光華君ですら………少しばかり腹筋がついている。正直ちょっとショックだ。まぁ夢七に適わないのはわかっていたが。

 

 さて、そんな僕達の事なんてどうだっていいだろう。そうして一度またみんなで集まる。にしても8人ってなるとかなりの人数だ。

 

 さて、この場をどう説明すればいいのやら。一言で表すのならカオス………。まぁ色々あったのだろう。

 

 ショックを受けてる烏丸さんに、どうにも距離感が近いような気がする朱雀さんと鳥塚さん。あと、僕のお腹を見ている彩羅と染羅。

 

 女性陣はこんな感じだ。

 

「雉矢………ちゃんと食べてる?」

 

「食べてます。」

 

開口一番それだった。まぁ、認めるよ。流石にまずい。運動の1つでもしなければ………。

 

「皆………でかいよ………いや………わかってるけどさ………。」

 

「い、一華………?」

 

随分と………ショックを受けている。あの時の羽音みたいだなと思いつつ。今度は朱雀さん達に目を向ける。

 

「こういう時なんだからもうちょっと露出しても良かったんじゃない?」

 

「い、いや肌見られるの苦手だからさ。」

 

あぁ、だいたい理解できた。そう言えばそうだったな。

 

「こんなに肌キレイなのに。まぁそのゆったりしたのも可愛いけど。」

 

「………うん。ありがと。」

 

本当、この2人に一体何があったんだろうか?まぁ、詮索を入れるのはよしておこう。

 

「さて、これで全員なわけだが………どうする?各々なんかする感じ?」

 

「まぁ、8人全員ってなるとかなり場所取るからね。」

 

なんで8人できたんだろうか?まぁもともと賛成したのは僕だが。

 

「じゃあ取り敢えず。雉矢は今回私とね。」

 

いつの間にやら僕の腕はガッチリとホールドされていた。

 

「え………あ、うん。」

 

そのことを認識するのに多少時間を要したが、まぁいいか。

 

「ずるいけど………しょうがない。」

 

染羅も我慢できているようで何よりだ。

 

「じゃあ、小鳥。行こっか?」

 

「うん。」

 

「私達も行こ?光華。」

 

「うん。一華。」

 

つまり、場に残されたのは。

 

「え?白鷺君。」

 

「まぁ………そうなるな。」

 

「本気?」

 

「ま、待って!その取り敢えず殺気を抑えて!」

 

「………しょうがないけど。私が話すことって言ったら、やっぱり雉矢のことしかないよ?」

 

「いいよ。俺もあいつのこと、まだよく知ってるわけじゃないし。なんか不思議だよな。」

 

「それが雉矢だもん。」

 

「行くか?」

 

「ただの駄弁りになるけどね。」

 

そうして、全員が解散する。まぁ、こうなるのは当然として………僕はどうにも彩羅の元気についていけてない。

 

「ま、待ってよ!」

 

「遅いよ!」

 

ただ、浮かんでたいな………なんて僕はそんなことを思っていた。

 

 不意に………僕はどうしてか寒気を覚えた。



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第33話 救われた時鳥

「ん?どうしたの雉矢?」

 

 その声で、僕は彩羅の方を振り返る。

 

「いや、なんでもない。」

 

何か、妙な殺気みたいなものを感じてしまったが………いや気のせいだろう。そうして僕はまた、彩羅に振り回される。

 

 なんでここまでが僕等のデフォルトなんだろうか?もう少し、静かにしてほしいものだが。

 

「だから!危ないって!」

 

「前見て泳いでるから大丈夫!」

 

そういう問題じゃないんだよな、と心底思いつつ一度彩羅を静止させる。

 

「ストップ!」

 

「もう、何なのささっきから。」

 

「いや、はしゃぎすぎ。僕がついていけてない…。」

 

「そりゃあ、雉矢が運動してないだけでしょ?」

 

確かにそれはそうかもしれない。このことにはあまり反論できないがそうじゃない。

 

「そうじゃなくてだな………。」

 

「じゃあ何なのさ?」

 

「かなりお前目立ってる。」

 

「駄目なの?」

 

「だめな目立ち方してるって意味だよ。」

 

「ん?」

 

「若干引かれてるんだよ………。」

 

そこまで言ってようやく彩羅は納得した様子だった。

 

「まぁ、責める気はないけど………流石に元気すぎな?」

 

「う、うん………気をつける。」

 

そんな市民プールごときでガチはしゃぎされてもついてはいけない。そもそもとしてなぜコイツはここまで泳ぎがうまいのか………。

 

「あと多分僕じゃなくても彩羅にはついていけないと思う………。」

 

「そうかな?」

 

自覚がないというのはなかなか怖いものだ………。まぁ、ようやく彩羅の暴走を止められただけよしとしておこう。

 

 若干これで良かったのだろうかと疑問に思う節はあるのだが。まぁ、割り切って考えるのが妥当だろうな。

 

「雉矢………。」

 

「どうした?」

 

「これ退屈じゃない?」

 

結果的に僕達は今、ただクラゲのように漂うだけとなってしまった。まぁ、これはこれで何をしているんだろうかと言われそうだが。

 

「この退屈さがいいんじゃないか?こうやって漂ってるだけでも疲れが吹っ飛ぶ。」

 

「でもせっかくだだっ広いプールに来たのにさ、なんかもったいないよ。せっかくだし泳ぎたい。」

 

「お前が泳いだらいろんな意味で大変なんだよ。」

 

そうやって僕たちは浮かんでいた。そうして波の悪戯を受ける羽目になる。

 

 ふにっとした感触が腕にあった。

 

「あ、あたったごめん。」

 

「いいよ。慣れっこだろ?」

 

「まぁ、そうだね。何なら流されないために捕まっておくのもアリかな。」

 

「そこは任せる。」

 

そうすると本当に彩羅は僕に捕まってきた。僕としてもこれに離れているが。こんな堂々と腕を組まれると恥ずかしい。

 

 普通に考えてなかなかない状況だ。付き合ってもない二人がプールに浮かびながら腕を組んでいる。何これ?

 

 実際、考えるだけ無駄だろうということはわかっているから、僕は何も言わなかった。

 

「雉矢………羨ましいくらい細いね。」

 

「運動しなかった者の末路だ。真似するなよ。健康体が1番だからな。」

 

「じゃあどうする?毎日ランニングする?」

 

「そんなことをしてみろ。僕は3日と持たないぞ。」

 

「飽き性め。」

 

「体力の方だ。」

 

僕がそう言うとしばらく沈黙が流れた。波の音と共に雑音が耳に入る。

 

「やっぱりなんか運動しようよ。」

 

「そんなド正論ふりかざさないでくれ。やんなきゃなんないってのはわかってる。でもここまでなっちまったんだよ。」

 

「じゃあ………ジョギングからでも。」

 

「まぁ、それなら考えておくよ。」

 

「明日からやるよ。」

 

明日からは勘弁してほしいところだが、生憎と僕には拒否権なんてないだろう。

 

「………了解。」

 

「それにしてもさ、なんで女の子に抱きつかれてるのにここまで無反応なのかな。」

 

「慣れっていうのは怖いもんだよな。自分でもつくづくそう思うよ。」

 

「いつの間に染羅とそんなに関係が………!?」

 

「驚いているところ悪いが、基本お前のせいだよ。」

 

軽くツッコミを入れつつ、受け流す。改めて慣れとは怖い。しかしまぁ、こんな反応できるのは彩羅か染羅に対してだけだと思うし、本気で攻められたら僕だって相応の反応をしてしまう気がする。

 

「やっぱり私のせいなの?」

 

「自覚あったんだ。」

 

「流石にね。」

 

「流石にか。」

 

そう返したところで、また2人とも黙り込む。実際僕はこの静けさは好きだ。波の音に混じった雑音を聞きながら、どこか遠くにいるような錯覚を起こし、不思議な感覚になる。

 

 まぁ、わかってくれる人はきっと少数だろうな。

 

「ねぇ、静かすぎない?」

 

「これがいいんだろ。」

 

「そこまでは………わかんないかな。でもまあ、雉矢が居てくれるからいいか。」

 

「僕のこと好きすぎかよ?」

 

「好きだから今こんなことになってるんじゃん。」

 

確かに、彩羅の言うとおり。しかし、そうなると付き合ってはいない事実がより顕著に現れる。

 

「まぁ、アレだな。不思議だ。」

 

率直な感想を述べたつもりだった。

 

「自然の理だよ。」

 

真反対な言葉が返ってきた気がする。

 

「そりゃあまたどうして?」

 

「好きな人と一緒にいたいっていうのは、当然の感情でありそれが叶ってるっていうのは稀有ではあるけれど当然のことなんだよ。」

 

なんだか難しいことを言われてしまった。まぁ、わからないわけではない。むしろ納得してしまう。考えてみたら、結構妥当なことなんじゃないだろうか。

 

「ちょっと上がるか。」

 

「体冷えてきた?」

 

「うん。」

 

脂肪がないっていうのも辛いもんだよ。熱が逃げやすくなってしまう。

 

「いや………この独特の体が重くなる感覚。いつ以来かな。」

 

「わかる。私も慣れない。」

 

「ちょっと休憩しよっか?」

 

「賛成。」

 

そうして僕達はプールサイドのベンチへと向かう。その時またあの感覚がやってきた。寒気に近い、でもちょっと違う。どこからだろうか?そう思い足を止めてしまう。

 

「どうしたの?」

 

「いや………なんでもない。」

 

「なんかへんだよ?体調悪かったりするの?」

 

「そう言うのじゃないんだけどさ………なんか変なんだよね。自分でも言い表せないくらい。」

 

何なんだろうか?その感覚は途切れることはない。ベンチに座っている間も続いていた。

 

 ふと、プールを見渡す。その風景に何か違和感を覚えた。

 

 ある少女がこちらを見ていることに気がつく。

 

「………ぁ…。」

 

理解はしたが納得はできてない。今までの感覚はあの少女の視線だったらしい。今、目があってしまった今それを理解する。

 

「雉矢?どうしたの?」

 

「いや、あの人ずっとこっち見てないか?」

 

「えっと………あ、あの子?」

 

年は同じくらいだろうか。身長は平均的。顔は………まだよくわからない。

 

「あ、近づいてきた。」

 

向こうもこっちに気がついたのだろう。そうして距離が縮まるにつれて僕は段々と理解していった。

 

 端正な顔立ち。可愛いというより、綺麗だ。短めの明るい栗色の髪の毛。どこかで見たことがある。そしてその顔は、どことなく微笑んでいるようにも見えるが………狂気も感じてしまう。

 

「なんか………怖くない?」

 

彩羅のその声に反応できなかった。僕は………色々と困惑している。いや、あの黒歴史を知っているのは僕と羽音だけ。勿論、その人が知っているわけない。

 

 やり過ごせると確信していた。そうしてその少女は僕たちの前に立った。そうして、一言少女は告げる

 

「小鳥遊君………久しぶり。」

 

いつかの印象とは全く違う。なんだろうか、この違和感は?僕は大丈夫なのだろうか?

 

「私の事覚えてる?救ってくれたよね?」

 

「覚えてるよ。ただ、救ったわけじゃない。自己満だ。」

 

正確には勘違いだ。まあ、そんなこと言えるわけない………と、言うか本当にどうした?僕の知ってるその人じゃない。

 

 人が変わってしまったみたいだ。

 

 ただそれでも僕の目の前にいるのは、確かに時鳥 日向その人だった。



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第34話 勘違いと自己満足

「そんな自己満でも………私は嬉しかったよ。」

 

「やめてくれ………恥ずかしい。」

 

少し、思い出話をしよう。あれは僕が中学生のときの話。特別で居たかった時代の話だ。

 

 時鳥さんは真面目な人だった。その上容姿もいいと来たからモテないはずがなかった。どれだけの人数に告白されたのかは見当がつかない。

 

 まぁ、2桁は軽く行ってるんじゃないだろうか。もっとも、時鳥さんはそれを全部尽く断っていたらしい。まぁ………見事に全員還付なきまでに叩き落としたそうだ。

 

 そんな生活を送っていたのだ。トラブルが起こるのは必然だろう。

 

 そこまで告白されておきながら、その全てを断る。他の女子にはこれがどう映っていたのだろうか?その果にあったのは………イジメであった。

 

 僕はその時どうしていたかというと………さて、ここから痛々しくなってくる。僕は傍観者を気取っていた。今考えればまさしく阿呆である。

 

 その時の僕の考えとして「特別で居たい。」というものがあった。だから僕はその様子を遠くから見ていた。

 

 そうして周りを見渡して気が付く。なんだ、皆この光景を他人事のように見ているじゃないか。つまり、ここはまだ普通なのだ。

 

 そこまでいった厨二病患者(怖いもの知らず)が取る行動は1つ。僕は、何を思ったかそのイジメの主犯格に立ち向かってしまった。

 

 何を考えていたのだろうか。しかし、動機は不純ながらも人としては正しいことをしていた。

 

 なぜ僕は首を突っ込んだのか………今の僕は自己満という事にしている。

 

 このことについて何が1番いけなかったかと言うと、家に遊びに来た羽音に喜々として語ったことだ。そうして羽音が軽く流すために僕に言った「じゃあその日向ちゃん?おにぃに惚れたかもね。」なんて言葉を真に受け、毎日妄想にふけっていた。

 

 うん、気持ち悪い思い出だ。2度と語らん。

 

「小鳥遊君が恥ずかしがることないじゃない。私の事救ってくれたんだし。」

 

「だから、自己満って言ってるだろ。」

 

そこまで言って彩羅が僕に聞いてくる。

 

「雉矢………この人は…?」

 

「あぁ、中学生時代の同級生。時鳥さんだよ…。」

 

続いて、時鳥さんの心底どうでも良さそうな声が僕に訪ねてくる。

 

「小鳥遊君………そちらの方は?」

 

「鷹野 彩羅。僕の幼馴染だよ………。」

 

しかし謎なのが、どうしてこうも空気がピリついているのだろうか。正直、少し怖い。

 

「幼馴染………か。」

 

時鳥さんのその声で一旦静寂が流れる。依然として緊張状態のままだ。

 

「小鳥遊君、隣いい?」

 

ここで承諾しなかったときが怖い。本当に僕たちに何があってもおかしくはないだろう。確実な怒りの感情を僕は捉えていた。

 

「いいけど………。」

 

「雉矢…。」

 

心配そうな声を上げる彩羅。おそらく彩羅も感じ取っているのだろう。この異常な空気を。

 

「さてと、小鳥遊君。」

 

「…どうしたの?」

 

「今、付き合ってる人っている?」

 

「………は?」

 

思わぬ一言だった。それと同時にあまり聞きたくない言葉でもある。状況を整理すると最悪に等しい。さて、切り抜くことはできるのだろうか?

 

「あ、いやごめん。急だったから………付き合ってる人はいない。ついでに言うと好きな人もいないよ。」

 

現状を嘘偽りなく話す。

 

「じゃあそこの人は?どうして2人きりなの?」

 

あぁ、最悪なタイミングから見られていたらしい。

 

「いや、だから幼馴染だって。それに僕は今日、彩羅と2人きりで来たわけじゃない。」

 

「………そうなんだ。じゃあ本当なんだね?」

 

「本当だよ。だいたい、僕が嘘をつく理由なんてないじゃないか?」

 

「………あれから、あんまり人が信じられなくてね。」

 

「まぁ………だろうな。」

 

きっと彩羅は話についてこれないだろう。だが、今日に限って言えばそれでいい。

 

「ごめんね、昔のことなのに。」

 

「いや、いいけどさ別に。」

 

本当は良くない。自分の愚行に腹が立ってくるほどに良くない。いや………行動は良かっただけに本当に残念だ………。

 

「まぁ、話を戻すね。小鳥遊君、私と付き合って?」

 

「は………?」

 

この言葉を口にしたのは本日2度目である。いや、分からん。なぜだ?まさかあの時の羽音の戯言が事実であったとでも言うのか?

 

「まぁ、いきなり言っても混乱するだけなのはわかってる。でも………好きなんだよ。私は。そうして、やっと再開できた。」

 

「そ、そうだ………時鳥さんは引っ越したはずじゃないのか?」

 

「引っ越した………まあそんな感じ。療養として離れたところで暮らしてた。そして、帰ってきた。」

 

なるほど………そういうことか。しかし、どうして僕と付き合うのか………。

 

「さっき、あまり人を信じることができないって言ってたはずだが?」

 

「それは本当。でも、小鳥遊君のことが好きなのも本当。だから、好きな人のことはやっぱり信じれるようになりたい。そのためには………やっぱり近くにいるのが1番かなって。」

 

これは………ヤンデレ化しているような気もする。

 

「まぁ………妥当ではあるだろうけど………ごめん。付き合うのはちょっと無理かもしれない。」

 

「なんで?」

 

「いや、あの時の僕は本当にただの自己満だったんだ。誰かを守りたかったわけじゃない。目の前で騒がれるのが嫌だったんだ。だから、時鳥さんのこと正直全然知らない。そんな人と付き合いたくはないだろ?」

 

「………いいや、一緒に居たい。」

 

やっぱり駄目か………ここまでは予想済み。だからといって打開策があるわけでもない。

 

「時鳥さんが良くても、僕はそういうのがちょっと苦手なんだよ。だから………条件を飲んで欲しい。まず知るところから初めて、そこから自分に合っているのか判断する。それじゃ駄目か?」

 

「どうしてそんなに恋愛に対して冷徹な考え方をしているの?衝動に任せたっていいじゃない?自分の気持ちなんだからさ。」

 

これは、確かに時鳥さんの言うとおりだ。

 

「でも………それで見誤るかもしれない。僕は優柔不断なやつだ。どうしようもないヘタレだ。そんな奴なんだ。そんなのと居て楽しいか?」

 

「そんなのって言わないでほしいな。私を守ってくれた人なんだから。」

 

「………わかったよ。そこは訂正する。ただ、本当に付き合うのだけはまだ考えろ。早まるのは良くないからな。」

 

「早まってないよ。もう、3年くらい経ったんだから。」

 

完全にヤンデレ化しているな………。あまり話が通じそうにはない。さてと、逃げ切ることも難しいか。

 

「僕にとっては早まりなんだよ。さっきも言ったが僕は感情に任せるのは………言ってしまえば怖いんだよ。だからごめん待ってくれ。」

 

「………それなら確かに………しょうがない。」

 

なんとか活路が見えた。この機を逃すわけには行かないだろう。

 

「この条件、飲んでくれるか?」

 

「………うん。わかった。しょうがないから………今日はこのあたりにしておく。待たせてる人もいるし。じゃあ小鳥遊君、またね。」

 

「あぁ、また。」

 

そうして、この件については保留にすることが出来た。まだ保留という現実が痛いことには変わりないけれど、しょうがないだろう。

 

 あとは時鳥さんがまともに戻ってくれればそれでいいんだけどな。そんなことを考えていると隣から声が聞こえる。

 

「雉矢………あの時鳥さんって人と付き合うかもしれないの?」

 

「………もしかしたらそうなるときが来るかもしれないけど、きっとそうはならないだろうな。」

 

「………それは、どうして?」

 

「さあ?わからない。」

 

根拠のない謎の自信が僕にはあった。ただ、根本的に僕と時鳥さんは合いそうにはない。だから、時鳥さんが前みたいに戻ってもきっと付き合うことはないだろう。

 

 それよりも、いまそばにいてくれる幼馴染達のほうが何倍も確率は高い。そんな気がする。



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第35話 特大のプレイミス

「あぁ、なんか疲れたわ………。」

 

まだここに来て1時間も経ってないのに僕はそんなことを言っていた。

 

「雉矢、あの人は…?」

 

「あぁ、色々あったんだよ。」

 

そう言って僕は彩羅をあしらう。あまり思い出したくないものでもあるのでとにかく話をそらしたい。

 

「まぁ………話したくないならいいけどさ。」

 

「そう言ってくれるとありがたい。」

 

さて、しかしどうしたものか。厄介ごとが増えそうな気がする。とはいえ、家まで突き止められているわけじゃない。何もないだろう。

 

 うちの学校に転校してさえ来なければ………。

 

 そんな未来のこと、今考えたってしょうがないな。とりあえず一旦リセットしよう。

 

「で、どうする?」

 

「どうするって………このあとか?」

 

「うん。」

 

そうだな、時鳥さんに気を取られていたせいか全く考えてなかった。しかし………しばらくは動きたくないな。

 

「もうちょっと休憩してもいいか?」

 

「まぁ………それもそうだね。」

 

そうして僕達はその場に残る選択をした。プールサイドのベンチからあたりを見渡してみる。

 

 遠くには朱雀さん達や烏丸さん達が見える。とても楽しそうだな………あぁ染羅は………やっぱり3人でいるべきだったかな。気まずそうだ。

 

 まぁ、確実にミスをしたな。こりゃまた何かせがまれるかも知れないな。

 

「なんというか、良かったな。」

 

「良かったの?」

 

「良かったことにしておく。また再開したときは、もしかしたら僕が成長するときかもしれないだろ?だから、良かったことにしておくんだ。」

 

「まぁ、そう捉えるしかないよね………。」

 

あまり重く捉えないほうが僕にとってもいいだろう。だから………まぁポジティブに捉える他ないのだ。

 

 さて、本来ならばのんびりとして終わりたかったがどうにもそんなことも言ってられない展開になってしまった。

 

 本当に最悪である。

 

「まぁ、その都度頑張るさ。僕は今までもそうして行きてきたからな。」

 

「雉矢もブレないね。」

 

そんな会話をはさみまたお互いに黙り込む。まぁ、ここまで急展開過ぎたからな。ちょっとの休憩だ。そうして、一旦忘れよう………。

 

「さて彩羅、そろそろいいかな?」

 

「私は大丈夫だけど雉矢は?」

 

「僕も大丈夫だ。じゃあい行こっか。」

 

「あぁでも何する?」

 

「それに関してなんだが………あれみてくれ。」

 

僕はそう言って染羅たちの方を指差した。

 

「あぁ、すごい気まずい雰囲気になっちゃってるね。どうするの?」

 

「流石にあれだと2人とも報われないだろう?やっぱり行った方がいいんじゃないかなって。」

 

「雉矢もお人好しだね。まぁいいよ。せっかく来たんだし楽しまないと損しか無いもんね。それに私も何も思いつくこと無いし。」

 

そうして僕たちは染羅達と合流することに決めたのだった。

 

「お、おう雉矢達か。どうした?」

 

「どうしたもこうしたもないさ。流石に気まずいだろう?だから僕たちも混ざろうかと思ってたところなんだよ。」

 

「それ彩羅さんは大丈夫なのか?」

 

「私達もすることなかったし。それにせっかく来たんだしさ。」

 

染羅の顔を伺うと見るからに嬉しそうなものに変わっていた。まぁ、結果としては良かったのだろう。

 

「それでなにかしたいこととかあるのか?」

 

僕がそう聞いてみる。まぁ、何も返っては来なかった。やっぱりノープランか………。とはいえ、僕もそんなに無いか言える立場ではないが。

 

「まぁ………なにかしたいんだったらとっくにしてるわな。」

 

「雉矢達はさっきまで何してたんだよ。」

 

夢七にそう聞かれたので僕は正直に答える。

 

「泳いでた。そんで浮かんでた。」

 

「うーん………それって楽しいのか?」

 

「正直に言おう。浮かぶのは楽しかった。」

 

「えー、泳いでたほうが楽しいじゃん。」

 

「だって、彩羅の泳ぎ以上に速いんだからついていけねぇんだよ。」

 

「そうかな………?」

 

「どう考えたってそうだわ。」

 

何度もいうが、あれは異常である。その道の人じゃないとあんなに早く泳ぐことはできない気がしている………正直怖い。

 

「え、えっとつまり、雉矢達も何も考えてなかったと………?」

 

「言ってしまえばそういうことになる。」

 

「あ、認めるのな。」

 

認めざるを得ないだろう。じゃないとあんなことしてない。まぁここまで来て暇すぎるのもどうかとやっと思い始めたのだ。

 

「にしてもなあ………何か持ってきてたりする?」

 

「あぁ………染羅、なんか持ってきてたっけ?」

 

「………ビーチボールなら持ってきた。」

 

用意が周到すぎやしないだろうか。別にここまで予想していたわけじゃないにしろグッドタイミングとしか言いようがない。

 

「「「それだ!!!」」」

 

僕達3人は一斉に声を上げた。どうもここまで全員暇だったようだ。

 

 全く、何をしていたんだか。そんなこんなでビーチボールを取りに行っていた染羅が戻ってくる。

 

 まさしくこの状況から救ってくれる救世主だ。さて、大げさな例えもこのくらいにしておいてとっとと始めるか。

 

「やっぱりこういう無心でできるのって落ち着くよな。」

 

「ビーチボールを無心でできる神経ってどうなの………?」

 

夢七にとってはただの作業に近しいのだろう。全く、運動神経のいいやつというのはどうにも癪だ。僕は結構集中しないとできないタイプだからな。それに、ここは水の中だし危ない。

 

 染羅、彩羅、夢七、僕とパスは続いていく。まぁ確かにずっとこれをやっていると段々と無心になっていくのはわかる。

 

 ただ、僕の場合集中しすぎて周りが見えなくなるんだと思う。そのくらい集中しないと多分僕はこの場でまともにパスさえ繋げれないだろう。

 

「なんかさ、こういうのってみんな無言になっちゃうね。」

 

彩羅が話し始めたのがわかる。僕は返事をしたくてもできなかった。

 

「まぁ、そういうもんだと思うけど。こういうどれだけ続けられるかって要は集中力の問題だし。」

 

染羅の的確な考察がはいる。確かに、そういう事なのだろう。じゃないと僕は普段こんなに集中なんてしない。

 

「と、言うかさっきから雉矢しゃべってなくないか?」

 

夢七の声が聞こえた。一応返したほうがいいか。

 

「僕は、この状況に手一杯なんだよ。」

 

タイミングを見計らい素早くしゃべる。

 

「あぁ、一生懸命………。なるほどな。」

 

「そういや雉矢ってスポーツはてんで駄目だからね。こうやってとんでもなく集中しない限りすぐミスしちゃうんだよ。」

 

「そうなのか………知らなかった。さすが幼馴染だな。」

 

「まぁ………知らないことだってあるけどね。」

 

彩羅は最後小さくそう言っていた。僕にはそれがはっきりと分かった。きっと、時鳥さんの事についてだろうな。

 

 まぁ………またいつか正直に話す機会があれば話すとしよう。多分、彩羅も染羅も僕がすべてさらけ出すことを望んでるだろうからな。

 

「彩羅………なんか含みのある言い方だね。」

 

「ちょっとさっきね。」

 

「………まぁ、ちょっと見てはいたけど………今は聞かないことにする。」

 

「そうしてくれるとこっちも安心だよ。私も何も知らないからさ。」

 

「ん?どうした、2人とも?」

 

どうしてこういうときだけ夢七は鈍感なのだろうか。まぁ、この場に関してはそっちのほうが都合がいい。

 

 しかしまあ、帰ったら修羅場確定かな?言い訳は………通じないだろう。きっとこの2人の前で僕の嘘なんてもの意味をなさないだろうからな。

 

 そうして、そのままバレーを続ける。さて、華々しさはないが………いや、何も得てはいないか。とうしたものかな。

 

「なんか、俺やっちゃった?」

 

夢七が何か勘違いしそうなので、これにも僕は返事をした。

 

「いや、お前は大丈夫だ。なんかやったのは………僕だよ………。」



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第36話 何度目かのキス

 全く、最悪だった。いたたまれない空気なまま僕たちは今、帰路を辿っている。

 

「それで、雉矢あの人は?」

 

染羅の冷徹な声が突き刺さる。もう腹をくくるしかないようだ。逃げ道なんてないだろう。

 

「中学のときの同級生だ。僕からしたらそれだけの関係なんだけど………向こうにはちょっと事情があるみたいでな、もしかしたら付きまとわれるかもしれない。」

 

「それって………ストーカーってこと?」

 

「もしかしたらの話だよ。ここは真に受けなくてもいい。」

 

「雉矢、正直に話して。一体何があったの?」

 

染羅が少し焦り気味の声でそう聞いてくる。

 

「勿論、正直に話すつもりだよ。」

 

そうして僕は語りだす。昔の黒歴史全部を………。

 

「………と、言う訳で僕の真っ黒な過去でした。まぁ………そっから向こうも考えたんだろうけどさ流石に頂けない。」

 

一連の話を終え、僕は今の心持ちを語る。

 

「いきなり付き合うだなんて言われても正直困る………。僕だって向こうのことをよく知ってるわけじゃないからな。だから諦めてもらうようにはする。」

 

問題点があるとすれば一切打開策が思いつかないことくらい。しかしわかってるさ、それが唯一にして最大の欠点であることは。

 

「ここまで言ったからだいたいわかると思うが悪いやつじゃないんだ。だから………危害を加えない限り、大目に見てやってくれ。あいつも、エゴに振り回されてただけなんだから………。」

 

思えばなかなか可哀想な人だ。ただ振り回されてただけの被害者なんだ。そして僕も、責められるような立場じゃない………。

 

「雉矢がそう言うならいいけど、万が一の時どうなるかはわからないよ。誰にとっても最悪な結末になるかもしれない。」

 

確かに、あの人は少し狂気じみているところはある。だからといってそこまで警戒したほうがいいのだろうか?まぁ、それこそ万が一と言うやつだ。頭に入れておいて損はない。

 

「僕も充分に気をつけるつもりだ。」

 

「雉矢はたまにそういうところ抜けてるから。」

 

確かに、自覚はある。本当に気をつけなければ。

 

「彩羅も、今日は心配かけてごめんな?」

 

「まぁ、理由がわかったらなんとなく納得したかな。多分所謂ヤンデレになっちゃったんでしょ?」

 

「最初は予想だったけどな………でもあそこまでいったら流石にそうとしか言い切れないな。」

 

「誰にも縋れない状況で助けられたんだもん。しょうがないよ。」

 

「まぁ、あれだな。僕の招いた事態だ。収集は僕がつける他ない。」

 

こういうときだけ僕は無駄に責任感がある。しかし依然としてなにか打開出来るような案は思いつかないままだ。

 

「まぁ、私もある程度はサポートするよ。」

 

「染羅………?」

 

「だって、取られるのは正直嫌だし。」

 

「その私情が入っていいなら私もやるけど。」

 

「あぁ………ありがとな。2人とも。なんか困ったことになったらちゃんと言うよ。」

 

今の所、どうにか対処はできそうである。もっともこれは、根拠のないただの自身でしかない。だから、行き詰まったとき頼るのも視野に入れることにする。

 

 さて、そんな話をしているといつの間にか僕の家についていた。

 

「なんか、今日はごめんな?」

 

「いいんだって。」

 

「なんかあったら言ってね?」

 

「あぁ、それじゃあ。」

 

そう言って振り返ろうとしたとき、後ろから呼び止められた。

 

「今日私、泊まるけど?」

 

彩羅の声だ。いや、は?どういうことだ?

 

「待ってくれ、泊まるってどういうことだよ?」

 

「言ったじゃん。明日からウォーキングするって。」

 

あ、あの話マジだったんだ。

 

「いやいや、だからってなんで泊まることになってるんだよ!?」

 

「だって雉矢朝弱いじゃん。」

 

「いや確かにそうだけど………。」

 

と、言うか早朝のウォーキングだったんだな………。

 

「だから、私が起こしてあげようかなって。」

 

「えぇ………。」

 

そこまで言って、染羅が口を挟んだ。

 

「それだったら、私も泊まる。」

 

「染羅も!?」

 

「彩羅ばっかりずるいし、だいたいそんな約束してたなんて初耳なんだけど?」

 

あぁ………色々忘れてた………最悪だよ本当に。

 

「まぁ………わかったよ。」

 

2人のゴリ押しに対して、僕は渋々そう返事をするしかなかった。

 

 そうして、母さんに事情を説明しすんなりとOKを貰った。まぁ、色々と余計なことまで言ってきたが、あえて言わないことにする。

 

「いやーいつ以来だろうな雉矢の部屋に来るのって。」

 

「結構頻繁に来てるだろ。」

 

調子に乗る彩羅に対して軽くツッコミを入れたところで僕たちは何時ものように床に座り込む。

 

「なんか雉矢の部屋に来たときっていつもこの構図な気がする。」

 

「まぁ、基本的にこうなるしかないからな。そんで、着替えとかは?」

 

「あぁ、後で持ってくる。」

 

こういう時、家が近いのは非常に便利である。

 

 そうして特に何事もなく時間は過ぎていく。ご飯も食べ終わりお風呂にも入ってそうして………僕の取り合いだ。

 

「どっちかの隣。真ん中は駄目だから。」

 

そう言い出したのは染羅だった。いつもこんなに強気に出ていただろうか?ともかく、今日は何処かお怒りな気がする。

 

 あまりことを荒げたくはないが………。

 

「えっと………じゃあ染羅の隣…?」

 

「ええ、それ理不尽じゃない?」

 

「やっぱりこういう言い合いになるよな………。」

 

「だって今日彩羅が1日中雉矢のこと取ってたじゃん。だから夜くらい譲ってよ。」

 

「それだと一緒にいた時間の割に合わないじゃん。今までの分、染羅が我慢しなよ。」

 

あぁ、喧嘩になりそうだな。さて、どうしようか。まぁでも、これしかないかな。

 

「じゃんけんで決めたら?」

 

「「ずっとあいこになるから却下!」」

 

本当………息ぴったりだな。だからこそ、こうして対立し合うのだろう。

 

「じゃあ、僕が他の部屋で寝るのは………?」

 

「………今日は、独占したいんだよ…。」

 

染羅の呟きが聞こえた。そりゃあそうかもな。独占欲は2人とも強いはずだ。ただ、今日染羅はその光景を見せつけられていた。

 

「そうか………まぁわかったよ。彩羅、染羅、決めた。」

 

「「どっち?」」

 

「僕、今日は染羅の横で寝るよ。彩羅、ごめんね………?」

 

そうして、彩羅の方を見ると何処か察したようだった。多分、お互いの性を理解したのだろう。

 

「まぁ、今日は負けてあげるよ。」

 

その強気な言葉で、喧嘩?は収束したのだった。まぁ、そこまで大事にならずに済んで本当に良かった。

 

 こういうのを鎮めるのはなかなか難しい。それは、この2人を小さいときに見ていた僕はよく知っているのだ。

 

 まぁだから今回、こんな感じで決着がついたので安心しかないわけだ。

 

 そうして、僕たちは3人で1人用のベッドに寝転がる。

 

「なぁ、やっぱり狭いって。かなりきついし………。」

 

「雉矢とはこのくらいの距離感のほうがいいもん………。」

 

どこか寂しそうに染羅はそう言った。それが引っかかりつつも僕たちは眠りについたのだった。

 

 さて、どれほど経っただろうか?少なくとも今、朝ではない。まだ真っ暗だ。僕は自身にかかった重圧によって目が覚めた。薄目で眺める。

 

 なにかに乗っかられているようだがまだ暗くて何も見えないでいた。

 

 そうして、次第に暗闇に目が慣れていく。段々とシルエットが見えてくる。表情が覗えてくる。そうして何が起こっているのかを理解する。

 

「雉矢、大好きなのに………。」

 

彼女はそう言葉を発した。とても近い。柔らかい吐息すら直に伝わるのを感じた。

 

「今なら………キスしてもバレないかな………。」

 

そんな声が聞こえた。僕は一体………どうするべきだろうか?そんな事を考えていると唇に柔らかいものがあたったのを感じた………。

 

「2回目だけど………ドキドキは変わらないな………。」

 

染羅の………そんな声が聞こえた。



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第37話 僕達の約束

「染羅………。」

 

気がつけば僕はそう言っていた。なぜだろうか?ただ、呼びたかったのだ。彼女の名前を。

 

「き、雉矢!?い、いつから起きてたの………?」

 

「………『雉矢、大好きなのにな』の辺りから………。」

 

「最初からじゃん………。ていうことはキスしたときも………?」

 

「ごめん………。」

 

僕はただそういった。そう言うしかなかった。

 

「まぁ、いいけどさ………こっちもごめん。早くねよ………?」

 

「待って。今日さ、染羅なんかおかしいような気がする。まぁ原因は僕っていうのは分かってるけど………。何か言いたいことがあるなら言ってほしいんだ。なにかできるわけじゃ無いけどさ………できれば抱え込まないでほしい。」

 

「まぁ………気づかれるよね。いつも一緒にいるんだもんね。正直に言う。今の環境が怖いんだ。」

 

そこから染羅は語りだした。

 

「いつか、雉矢は誰かを選ぶ。その誰かはまだわかんないけどさ。自分じゃないのが怖い。そこが確定してないのが怖いんだ。今日も、時鳥さんなんて言う人が出てきて………不安でしょうがない。せめて………一緒に居たいんだ。」

 

「僕の中ではさ、確定してることがあるんだ。きっと時鳥さんと付き合うよりも彩羅、染羅のどっちかと付き合うほうが何杯も確率が高いんじゃないかってさ。これだけは自信を持って言える。根拠のないものだけど………。」

 

根拠のない自信は一番信用できないと分かっている。でも、どうしてか日常の風景を見ていると思ってしまう。いつか、この2人のどっちかと付き合うんだって………それって言うのはもしかしたら僕の理想なのかもしれない。でも、そうあるべきなんだと勝手に思ってしまうのだ。

 

「雉矢がそんなこと言うとは思わなかったな。根拠のない自信は嫌いって言ってたこともあるし。」

 

「もしかしたら、僕の理想かもな。まぁだからその何が言いたいかって言うと………あれだよ。約束。」

 

「約束?」

 

「僕は染羅とどんな結末になろうと離れないって約束するよ。それが、染羅にとっては苦痛になるときが来るかもしれない。そのときは、この約束取り消す。だから本当に受け入れるかどうかは染羅次第。」

 

「………絶対に………その約束忘れないでよ?」

 

そう小さくつぶやくと染羅は僕に小指を差し出してきた。

 

「約束だよ?」

 

「あぁ。」

 

そう言って、僕はその染羅の小指に自分の小指を絡める。そうして僕は誓うのだった。どういう結末になろうと、染羅と一緒にいることを。と、そこまでいってふと横から視線を感じた。

 

「?」

 

「どうしたの雉矢?」

 

そうしてその方向を見ると彩羅がこっちをガン見している。多分、絶対に見られてはいけない場面を見られた気がする。

 

「さ、彩羅………。」

 

「………その約束、私もしちゃ駄目?」

 

珍しく心配そうな声で聞いている。まぁ、彩羅もあれだ、僕のことが好きなのだ。だから当然といえば当然か。しかし、そんなに心配そうな声で聞かないでもらえると助かったな。少しドキドキしているのが分かった。不覚にも、可愛いと思ってしまったらしい。

 

 頭の整理がつかなかった僕はしばらくこの状態のまま硬直してしまっていたが、ようやく我に返った。そうして一旦僕は染羅を体からおろして、3人で向き合う僕のベッドのでまた、話し合いを始める。

 

「………駄目じゃないよ。」

 

「分かった。幼馴染としての約束。今3人でしよう?」

 

「「うん………。」」

 

「どういう結末になろうと、僕たちは一緒だ。嫌になったら離れてもらって構わない。戻ってくるのも自由。これが僕たち幼馴染の約束だ。」

 

「まぁ………それならいいよ。」

 

「私も、それなら納得できる。」

 

珍しく、あまり事は大きくならなかった。この手の約束をしてしまうとだいたい揉めてしまうのが僕たちだからな。まぁ、僕はいつも収集をつけるかかりだったけど。

 

「じゃあ、取り敢えず寝よっか。僕は明日早いらしいからな。」

 

そうして、また僕たちは眠りにつく準備をする。さっきとは違うところを挙げるとするならば、僕が真ん中になったことだ。なるほど、この狭いベッドの真ん中というのはとても窮屈だ。しかし、今の僕たちにはきっとこのくらいのほうがちょうどいいのだろう。

 

 しばらく経ってのことだった。両耳からささやき声が聞こえてくる。きっとお互いに、聞こえないようにしているのだろう。

 

「「私は、個人の約束として捉えておくからね。」」

 

なるほど、双子というのはここまで息の合うものなんだ。まぁその考えが一緒だったせいで、今こうして亀裂が入ったり入らなかったりしているわけだが。

 

 少なくとも彩羅も染羅も、今は互いのことを許しているのだろう。僕が真ん中にいるのがその証拠だ。しかしその僕が2人を遠ざけている理由にもなっているわけであるが。なんとも悲しいものだな。

 

 そうして、2方向から寝息が聞こえだす。2人とも眠ってしまったようだな。そうしてそんな2人に挟まれ僕は考える。やっぱりいつか覚悟を決めなきゃいけない。でもその時誰にとっても最善の行動を僕ができるのだろうか、と。そうして呟く。

 

「やっぱり、窮屈だな。寝れないや。」

 

そうして僕は目を瞑った。

 

 僕はその瞬間まで朝になったことがわからないでいた。そうして、その瞬間はやってくる。

 

「起きろ!雉矢!」

 

その声とともに、僕は一気に現実まで呼び寄せられた。その勢いのまま覚醒する。

 

「!?お、おはよう彩羅。」

 

バッと起き上がるとそこにはすでに着替えた彩羅が居た。あぁ、そうだったウォーキングに行くんだった。そのことを思い出しベッドから出ようとする。しかし何か腕が重たい。

 

「あれ?」

 

ふと見てみると、染羅が抱きついていた。と、言うかなんであの声でも染羅は眠れてるんだろうか?

 

「どうしたの?」

 

「いや、ちょっとな。なんでも無いよ。」

 

そうして僕は優しくその手を解く。少し寂しい気もしたが、彩羅を待たせているのでしょうがない。にしても本当に可愛い寝顔だ。

 

 一瞬昨日の夜のことがフラッシュバックする。顔が熱くなるのを感じてまた我に返る。そうして小さく「行ってきます。」と言って僕は部屋を出ていった。

 

 外に出ると、まだ薄暗い。いや、時計もろくに確認してなかったけど今何時だよ。

 

「いやーやっぱり夏の朝っていいよね。この涼しさがなんと言うか。」

 

「それはたしかにそうなんだけどさ、今って朝って呼んでいい時間なの?」

 

「ん?朝四時は朝じゃん。」

 

なるほど通りで暗いはずだわ。

 

「………は?朝四時?」

 

「正確には四時半。まぁ朝だよね。」

 

まぁ朝だけど。漁師じゃないんだから。それに、あの一件があって僕もそこまで眠れていない。だと言うのに彩羅は本当に………まぁ元気なやつだよな。

 

「ほら、行こ?早くしないと日が昇っちゃうよ?」

 

「ま、待ってよ!」

 

あれ、ウォーキングじゃなかったのかな?僕たちは今走っている。いつからジョギングになってんだか。まぁ涼しいからいいけどさ。

 

 そうして、どれほど走っただろうか?気がつけばいつか見た公園についていた。いや、懐かしい。

 

「彩羅、ここって。」

 

「うん。ジョギングついでに来ようと思って。」

 

この際、もう完全にジョギングになっていることは無視する。僕も、疲れよりも懐かしさが勝っている。

 

「懐かしな。」

 

「でしょう?まぁちょっと思いで浸りたくてさ。取り敢えずあのジャングルジム登ろっか。」

 

「なんでさ?」

 

「もう少しで日の出だから。」

 

なるほど、彩羅の考えてることがあらかた理解できた。そうして僕たちはそのジャングルジムの一番上まで上りまた話始める。

 

「ここも変わんないよね。」

 

「ホントだよな。よくかくれんぼとかしてたよな。」

 

「そうそう。覚えてる?かくれんぼしててさ染羅がいっつも場所に隠れてたことあったよね?」

 

「あぁ、あったあった。確かあのドームだっけ?」

 

「そうあの中。でさ、私達はそれ分かってるから見つけられないふりとかしててさ。」

 

「あったなそんなことも。本当懐かしいよ。」

 

「そうだよね。本当、ここでずっと遊んでたもんね。あ、そろそろ時間かな。」

 

「日の出?」

 

「そうそう。ほら、あっち。」

 

朝日が差し込む。とても眩しい。でも赤く照らされた町並みがすごく綺麗で………僕は見入っていた。

 

「雉矢、こっち向いて?」

 

その声で僕は彩羅の方を向いた。振り向いてからその行為までの時間は一瞬だった。理解するのには数秒かかった。昨日の夜と同じあの感触。キスだった。それを理解してしばらくして、彩羅の顔が少し僕から離れて、そうして彼女は言った。

 

「昨日の染羅との、見ちゃったからさ。」

 

その悪戯な笑顔が僕の顔までも赤く彩ったのだった。



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第38話 膝枕

 そうして、一応朝のジョギングは終わった。多分明日もあるんだろうけどな。家に帰ってみると案の定と言うか染羅がほっぺを膨らませて待っていた。

 

「どうして起こしてくれなかったのさ………。」

 

「えっとそれは………。」

 

どうにも言葉に困る。実際この立場にならないとわからないと思うが、どうにもあんなに気持ち良さそうに眠っているのを見ると起こすのは気が引けてくる。それに、彩羅のあの声を食らっても起きないやつをどうしろというのだ。

 

「まぁなんと言うかだな、多分あの状態の染羅は起こせないんじゃないかなって思ってな………。」

 

「どうして?」

 

「いや、彩羅が一回大声で起こしたのは分かったか?」

 

「いや全然。」

 

「じゃあ、どうやっても起きないだろうなって思ってしまってな………それに、気持ち良さそうに眠ってるもんだから起こそうにも気が引けちゃって………。」

 

「………まぁ、ゆるそう。」

 

お許しを頂いたところで僕は気になっていたことを聞く。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「そうだね、特にすることも決めてないし、まだ居てもいい?」

 

「構わないけど、僕は課題やっとくぞ?」

 

「あぁ課題………そんなものもあったね。」

 

「まさかとは思うが忘れてたとか言うんじゃないだろうな?」

 

「そのまさかだったりする。」

 

全く、やっぱり彩羅も変わってないや。

 

「染羅の方は?」

 

「終わってる。」

 

「もう終わったのか!?」

 

まれに見るあれか?『初日で終わらせるわ』って言ってマジで有言実行するやつ。クラスに1人くらいいるあの訳のわからん集中力を持ってるやつ。

 

「だって、暇だったんだもん。」

 

暇で課題全部片付けるやついるんだなと驚愕する。まぁ、染羅ならやりかねない部分はあるけど。

 

「その集中力分けてほしいくらいだな。まぁ、そういうわけで僕は課題をやっておくけどどうする?」

 

「大体何時間くらいやってるの?」

 

「3時間くらい。」

 

「3時間!?」

 

「何驚いてんだよ彩羅。学校にいるときは6時間だぞ?その半分の3時間。全然短いだろう?」

 

「た、確かにそうだけど………はぁ真面目なんだから。」

 

なぜか呆れられたが、まぁいいだろう。

 

「そんで、結局どうするの?」

 

「まぁ、いいか。することないし。」

 

「私もそれで。」

 

まぁ、こうなるよな。正直わかっていた。しかしまあ、そこまでの問題はないだろう。何もなければの話ではあるものの………。

 

 いや、こうなることは分かっていただろう?何故僕はOKしたのかわからない。

 

「彩羅、染羅、なんでそんなに距離感が近いんだ?」

 

「なんでってそんなこと分かってたでしょう?」

 

「そうそう、承諾したのは雉矢の方だよ?」

 

どうにも痛いところをついてくる。たしかにこうなるんじゃないかと予想した上で僕は承諾した。じゃあなんだ?まるで僕がこうなることを望んでいるみたいじゃないか?いや、そんなこと無いはずだ………無いはずだろう?

 

「まぁ、分かってたけどさ。」

 

そうして僕はまた、目の前の課題向き合う。しかしどうにも集中できない。まぁやらないよりかはマシだろうから、僕はペンをすすめる。いつもよりも遅いのが自分でもわかる。こう、まじまじと見られたらこうなるだろう。

 

「や、やっぱりさ、ちょっと離れてくれない?」

 

流石にこれに支障が出てしまっては堪らない。僕は彩羅と染羅にそういった。もちろんダメ元だ。

 

「「嫌だけど?」」

 

まぁそうですよね。さて、こうなったら僕のやることは1つだけだ。諦める。それしか無いだろう。しょうがないということにしておく。

 

 そうして、どれほど経ったか?いつもより時間感覚が麻痺してて分かったもんじゃないけど、どうにかある程度終わった。

 

「なんか、疲れた………。」

 

いつもより確実に疲れている。まぁ、分かってなかったわけじゃないけどさ………。

 

「お疲れ様。」

 

「ありがとう染羅。なんかいつもよりも疲れたな。あと………眠い。」

 

そうだ、そういえば僕は今日そこまで十分に睡眠を取れているわけでもないじゃないか。そんな状態で課題やってたんだ。そりゃあ疲れる。

 

「うん、取り敢えず寝かせて?」

 

「えぇ………まぁいいけど。」

 

こういう時、妙に彩羅は優しい。

 

「私は………駄目。」

 

こういう時、染羅はちょっとわがままだ。

 

「待ってくれ、疲れたんだ。寝かせてくれたっていいじゃないか?」

 

「それなら………私の膝枕で眠ってくれるならいいよ?」

 

「「え!?」」

 

僕と彩羅はほぼ同時にその声を上げた。いや、そんなこと言われるなんて誰が思うだろうか?僕は一切予想してなかった。

 

「何驚いてるの?そのくらい、いいじゃない?」

 

染羅にとって膝枕とはその程度のものなのか?いや違う。完全に私欲が丸出しである。僕の目にはそれが見て取るようにわかる。

 

「そ、それだったら私も雉矢に膝枕したいんだけど?」

 

彩羅さん?いきなり何を言っているんだこの姉妹は?僕には理解できないが………まぁ、しょうがないということにしておこう。多分埒が明かない。

 

「ま、まぁ膝枕は百歩譲ってわかる。ただ流石にどっちかしかできないと思うが?」

 

「そんなこと分かってる。だから彩羅、ゆずって?」

 

「私、昨日の夜に染羅が雉矢になにしてたか知ってるんだけどな?」

 

「今朝、彩羅は私をおいて雉矢とでかけてたじゃん?それで帳消しでしょう?」

 

「そんなこと無いもん。私だって雉矢と居たいし。」

 

あぁ、またこれだよ。眠たいんだけど僕がどうにかしないと多分どうにもならないからな。全くこの2人は………。らしいことに変わりないけどな。

 

「まぁ、2人とも。多分埒が明かないからさ、今回の膝枕の件、保留にはできないだろうか?」

 

「「できない!」」

 

こういうときは本当に息ぴったりなんだよな。

 

「じゃあ何かい?2人でするのかい?」

 

どうやら僕は頭が回ってないみたいである。いつもならそんなこと言わないはずなんだけどな。

 

「どっちかがいいんだけど………雉矢が決めて?」

 

彩羅から返ってきたのは予想していない回答だった。さて僕はどう答えようか。

 

「僕が決めるの?」

 

「だってそれしかもう手は残ってないでしょう?だからさ決めて?」

 

さて、困った。どうしたらいいのかさっぱりわからん。何より厄介なのは僕は今まともに頭が回ってない。そんな状況でどう返事をしようか。いや、いっそこのまま適当に答えてしまおうか?

 

「じゃあ………彩羅で。」

 

僕はそう結論づけた。なぜかは僕にもわからない。本当にただ直感で選んだ。

 

「………雉矢がそう決めたんなら、我慢する。」

 

染羅はようやく我慢を覚えたらしい。或いは、今まで溜め込んでたものをある程度吐き出せたかの2択だ。

 

「じゃあはい。雉矢。」

 

目に見えて嬉しそうな彩羅。すでにべ度の上で待機している。気が早すぎだ。と本来ならツッコんでいたところだがあいにくと僕にそんな余力は残されていない。そうして僕は残った力でベッドまであるきながらすでにウトウトしていた。

 

 そうして、柄にもなく恥じらいを捨て彩羅の脚に頭を委ねる。いつもよりも柔らかくて少しひんやりとしていて………心地良い。それしか感想は出てこない。

 

「本当に眠かったんだ。」

 

「彩羅が無茶な時間に起こしてたからでしょう?」

 

「私の夏場はあれが普通だからさ。」

 

「やっぱり彩羅はちょっとずれてるよ………。」

 

「ちょ、そんなに呆れないでよ!」

 

わずかにそんな声が聞こえているのが分かった。しかし、反応する気力なんて残っちゃいない。目を瞑りただその時を待つ。そうしてそのまま僕は欲望に従い意識を落としていくのだった。



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第39話 馬鹿な発想

 さて、夏休みも中盤に差し掛かったわけだが今日も今日とて足が痛い。筋肉痛だ。あれから僕は毎日彩羅と走っている。この体力馬鹿を止められる人はどこかにいないだろうか?

 

 正直な話、僕は彩羅のペースに付いていくのがきつくなっている。そんなに体力がないものかと呆れつつ、今日も彩羅についていく。

 

「なぁ…彩羅、ペース落としてくれないか?流石に辛いんだが………?」

 

「もうバテてるの?流石に早いって。」

 

「お前が速いんだよ………。」

 

文句を言いながらも僕は彩羅についていく。僕もなかなかいいやつなのかもしれない。

 

 そうして今日も僕はいつもの日の出を目の当たりにする。やっぱり綺麗だ。

 

「いつ見ても綺麗だよね。」

 

「まあ…バテてなかったらもっと綺麗だったろうな…。」

 

息を切らしながら僕はそう言った。いや、それにしても本当に綺麗だ。綺麗なのだが、あの日のことを思い出してしまう。

 

 赤く染まったあの日。彩羅のあの無邪気な笑顔を。

 

 そう言えば、染羅はこの光景を見たことがあるのだろうか?ないだろうな。なにせ、夏の日の出は早すぎるからな。

 

「3人の思い出の場所だけどな。」

 

「いいじゃん。今は2人きりで。」

 

「ちょっと寂しい気もする。」

 

「それはね………私もちょっとそんな気がしてる。」

 

なんだかんだ言ってこれまでの人生2人で歩んで来ただけあるな。

 

「どうする?今日はもう帰る?」

 

「僕はそうしたい。やっぱり流石に眠い。」

 

「毎度早起きしてるからね。」

 

「一体誰のせいだろうな。」

 

「嫌味?」

 

「そりゃあな。流石に4時起きはキツイって。日の出見るとは言えだよ。」

 

「もうちょっと遅くしたほうがいい?」

 

「できればそうしてくれれば助かるな。」

 

「………染羅も誘おうかな。」

 

なかなか、彩羅の口からは出ない言葉だった。

 

「なに?そんなに驚いた顔して。そんなに意外?」

 

「めちゃくちゃ意外だよ。普段ならそんなこと言うはずないんだから。」

 

「私のことなんだと思ってる?って、まぁしょうがないか。今までそうだったもんね。」

 

「じゃあなんで急に?」

 

「そりゃあ………なんか寂しくなったから。」

 

「やっぱり、僕達は3人セットってことか。」

 

「そうみたいだね。」

 

そうして、僕たちはいつもよりもちょっと早くその場をあとにする。朝焼けは、段々と町に広がっていった。

 

 そうして、僕は自室まで戻ってきていた。いや、眠いし痛いし疲れたしで本当に動きたくない。幸いにも課題はすでに終わっている。よし、寝よう。

 

 その日、夢を見た。久しぶりに見た気がする。その夢の中で僕の目の前には染羅が居た。

 

 なにかする訳でもなく、僕たちの他になにかあるわけでもない。ただ薄暗い場所に染羅が座り込んでうつむいている。その姿を見ても、僕は何もできずに居た。

 

 話しかけることもできずにその姿を見ていた。不規則に揺れている染羅の肩は彼女が泣いていることを意味していた。そのことは僕も分かっていた。

 

 なんて話しかけたらいいのかはわからない。僕はただ一言「大丈夫」とだけ呟いた。

 

 そこで記憶は途切れた。僕は現実へと戻ってきている。さっきのが何だったのかはわからない。ただ、僕も染羅に会いたくなってきた。

 

「本当、なんでなんだろうな………。」

 

そうして時計を見る。8時を指している針を見て僕は少し億劫な気分になった。あれから2時間くらいしか寝てないじゃないか。

 

 まぁ目が冴えてしまったからもう寝ようという気にはなってないが。しかし、起きたところで今日は何をしようか?予定なんて決めてない。

 

「あの2人のところ行こうかな………?」

 

そう僕が呟いたときだった。

 

「おにぃ来たよ!」

 

「うわっ!」

 

そんな急に入ってこないでもらえると助かったんだが………せめてノックくらいはしてほしいものである。

 

「『うわ』とは何だ?せっかく来たのにさ。」

 

「そりゃあ、いきなり来られたらこんな反応になったっていいじゃないか?と、いうか心臓に悪いからノックくらいはしてくれ。」

 

「まぁ、そこは謝る。けどあんなに驚くことって無いじゃん?」

 

「僕は今寝起きなんだ。心構えなんてできてるわけ無いだろう。」

 

「おにぃなら休日でもこの時間は起きてるはっずじゃない?」

 

「生憎と、今日は二度寝をしたもんでね。」

 

「珍しいこともあるもんだね。」

 

まぁ、僕にしては確かに二度寝というのは珍しいことだ。しかしここ最近はもっぱらこの生活が染み付いてきている。流石にまずいな。

 

「まぁ、ちょっとあってな。」

 

「そうなんだ。悩み事?」

 

「ちょっと違うな。」

 

「てっきり私が日向ちゃんのこと掘り返したから最近になって悶始めたのかと思った。」

 

「………あ。」

 

そうして僕は思い出す。さて、言っておくべきだろうか?まぁ、差支えはないだろう。と、いうかむしろこの場では頼りになる。

 

「おにぃ?」

 

「時鳥な………なんか帰ってきたみたいなんだよな。」

 

「そうなの!?」

 

「そうしたら………ヤンデレ化してた。」

 

「………マジで?」

 

「こんなこと嘘で言うわけ無いだろう?本当だ。そんでもって、ちょっとマズイかもしれない。」

 

「えぇ………て、いうかなんでそんな大切なこと忘れてるかな………。」

 

「他にも色々事情があってだな………まぁ忘れていたけど一番重要なことに変わりはないな。」

 

「日向ちゃんがヤンデレ化か………あのときのおにぃの妄想が本当になったわけだ。」

 

「最悪の形でな。でもあれだよ?学校が同じとは限らない。」

 

「まぁ、それ以前の問題にそんなに警戒する必要ある?」

 

「あるんだよ。それが。彩羅と染羅。」

 

「あぁ………納得。にしても日向ちゃんそんな深刻なヤンデレ化果たしたの?」

 

「果たしちまったんだよ。本当に困ったな。」

 

「まぁ、確かにね。おにぃはどうする気でいるの?」

 

「そりゃあ、もとの戻ってほしいさ。やっぱり、事実を伝えたほうがいいのかな?」

 

「それでも何も変わりそうにはないけどね。でもやっぱりさ、この問題は雉矢がどうにかしないとね。これは雉矢が日向ちゃんを助けたから起こった問題だよ?助けたんなら最後までやらなきゃ。それが助けた側の責任でしょう?」

 

「全く持って言うとおりだよ。でもな………どうにも打開策が思いつかないんだよ。彩羅や染羅を巻き込むのはどうも危ない気もするし。」

 

「まぁ、一番の問題はそこだよね。正直私もこればっかりは思いつかない。」

 

なかなかに難しい話だ。ヤンデレはどうやったら直るのだろうか?ぼく個人の考えとして直ることは無いと思っている。

 

 いや、もしかしてそもそもヤンデレを直すという発想自体が間違っているのではないだろうか?じゃあどうする?まさに白紙状態なのだが?

 

「うーんわからん。」

 

「私も同じく。」

 

さて本当に困った。一体どうしたらいいのだろう。考えても考えても出てこない。

 

「やっぱり一旦保留かな。」

 

「それで、もしもがあったらおにぃは責任取れるの?そういうことだよ?」

 

「あ、あぁそうだな。」

 

まさか説教されるとはな。真面目に考えよう。ヤンデレを直すことはできない………やっぱり、時鳥の考えてることがわからないと何も始まらないな。

 

 かと言って僕は時鳥の家を知っているわけでない。中学の頃の他のやつと会うという手もあるにはあるものの多分取り合っちゃくれないだろうな。あのイジメの件以降僕はひたすらに無視されていたわけだからな。

 

 まぁ、会うことができたらちゃんと話をしなきゃな。

 

「うん、やっぱり直接会ったほうがいいような気がする。」

 

「私もどことなくそんな気はしてる。家は知ってるの?」

 

「知らない。ただ、そこについては問題ないと思う。」

 

「………虱潰し?」

 

「まぁそれもしつつ、歩いてたら多分会えると思う。」

 

「………まぁ、考えてることは分かったよ。ストーキングされに行くわけだね?」

 

「………そうだ。」

 

我ながら馬鹿な発想だ。しかし、一番可能性があるのはこれなのだ。それに賭けると僕は決めた。



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第40話 最悪の再会

 夏休み終盤。あれから僕の日課は散歩になっていた。誰かのせいであまりにも早く起きるもんだからジョギングの帰り、ちょっと寄り道して帰ることが多くなったのだ。まぁ僕はそれを散歩と呼んでいる。

 

 しかし、特に目立った異変というものは見られない。それもそうか、朝早い時間だしな。いつもこうやって8時くらいまで散歩を続けているが何もない。

 

「できたらこのまま何事もなく終わってほしいんだけどな。」

 

と、そう呟いたときだった。

 

「………小鳥遊君?」

 

どうやら、目当ての人に見つかったらしい。振り返らずに僕は聞き返す。

 

「時鳥か?」

 

「うん!やっと見つけた…。」

 

「僕もちょうど話がしたかったんだよ。」

 

「じゃあ、うちに来て?」

 

「ここじゃ駄目なのか?」

 

「駄目だから言ってるんだよ。ね?来て?」

 

正直怖い。しかしどうにかしないといけないことに変わりはないだろう。そうして僕は答えた。

 

「分かったよ。」

 

現在地から時鳥の家までは案外近かった。そうして僕は部屋まで通される。密室に2人きり。過去ここまで嫌な緊張をしたことがあっただろうか?

 

「それじゃあ、本題に入らせてもらう。どうして時鳥は僕に固執するんだ?」

 

「前も言ったでしょう?小鳥遊君だけが私を救ってくれたって。これが理由。あんな状況だったんだもん。好きになって当然よ。」

 

「そうか………仮に僕が他に好きな人がいるって言ったら?」

 

「………あの幼馴染?」

 

「仮にだよ。その時どうする。」

 

「その好きって言ってた人を突き放す。」

 

至極真当な答えである。さて、ここまで簡潔に言われたら僕もちょっと困る。さてどうしたものか。

 

「私からも質問いい?」

 

「あぁ、構わない。」

 

「どうして小鳥遊君は私を突き離そうとするの?」

 

「………単純に、あのときのことを思い出したくないだけだ。」

 

僕にとって最高の黒歴史なんだから当然だ。そうだと思っていたけど時鳥に思わぬ一言を言われた。

 

「私はそれだけには思えない。多分小鳥遊君も私と同じ。邪魔だから突き離そうとしてる。」

 

「え…?」

 

「心のどこかで自分はこうあるべきって決めつけてるんじゃない?多分小鳥遊君はあの幼馴染を少しは意識してる。」

 

「それは………。」

 

僕は、何も言い返せなかった。心当たりがあったからだ。

 

「人間みんなそうだよ。邪魔だったら突き離そうとするのは人間の、生物の本能。なにか違うことがあるとすればそれは、理性が強いか弱いか。たったそれだけの違いなんだよ。」

 

「そう………か………。」

 

何故か僕は諭されていた。そうして何も言えぬまま時間が過ぎようとしていた。

 

「でもね、もう分かってると思うけど私は理性の弱い人間だから。」

 

ゆっくりと這い寄るようにして僕に近づく時鳥。僕は何もできなかった。蛇睨みにあったようにからだが硬直して動かなかった。そうしてそのまま押し倒される。僕の上には時鳥がいた。最早慣れてしまった圧迫感が僕を襲う。

 

 しかし、決定的に違うのは僕は少し恐怖を覚えていたことだった。いつもならそんなこと無い。これは………まずいかもしれない。

 

 僕の顔を覗き込む時鳥。その長い黒髪が僕をくすぶる。それを払いのけるようにして時鳥の綺麗な顔が近づいてくる。あぁ、コイツって可愛くもあったんだなと理解しつつ僕は諦めかけていた。このまま幾度目かのキスをしてしまうのだと思っていた。

 

 不意に、ある人の顔が重なった。彩羅、染羅と時鳥を重ねてしまった。その瞬間僕を襲った感情は嫌悪というか恐怖というかその絶頂に達していた。

 

 僕はようやく腕が動くことに気がつく。そうしてそのまま状態を起こしあくまでも平然を装いつつ時鳥に向かった。

 

「やめてくれ。僕はそういうのは嫌なんだ。」

 

多少、声が震えていたかもしれない。酷い顔をしていたかもしれない。それでも僕は精一杯を使って訴えた。

 

「………そう。」

 

「悪いけど、帰らせてもらう………。」

 

そこから、僕はまっすぐ家に帰った。そのはずだが記憶はあまり残っていない。

 

 気がついたときにはベッドの上で横たわっていた。まさか、これほど怖いとは思っていなかった。軽くトラウマになってしまったかもしれない。

 

 取り敢えず今は疲れたな。寝よう………。

 

 そうして、どれほど経っただろうか。僕は目を覚ました。いつもと違う柔らかい枕。この間経験したみたいに暖かい枕。

 

「雉矢………起きた?」

 

「染羅………染羅!」

 

僕は………嬉しさのあまりに染羅に抱きついていた。

 

「ちょ、雉矢?」

 

今一番側にいて欲しかった人の一人だ。しばらくの間、僕はそのまま動けなかった。

 

「雉矢、私もいるんだけど?」

 

彩羅の声だ。

 

「あ、あぁごめん………。ちょっと色々あってな………。取り乱した………。」

 

「一体何があったのさ?」

 

そうして染羅から一旦離れた僕は今朝の出来事を2人に話しはじめる。正直、思い出すだけでも怖い。

 

「まぁ………時鳥に会ったんだよ。そこでちょっとな。」

 

どうしても話すのを躊躇ってしまう。

 

「まぁ………なんとなく予想はついたよ。話さなくても大丈夫。」

 

本当に、染羅と彩羅が来てくれて助かった。

 

「ありがとう………ごめんな?情けないところ見せて。」

 

「何回も見たことあるから大丈夫。」

 

まぁ………それもそうか。少しガッカリしつつも僕はようやく平常心へと戻ることができた。

 

「そう、それでいま何時だ?」

 

「15時過ぎたくらい。」

 

「マジかよ………。」

 

どんだけ寝てんだよ僕は。どおりでお腹も空いているわけだ。と、いうか眠るというか気絶のほうが正しい気もする。

 

 眠る直前の記憶があやふやなのだ。

 

 さて………1日のとんでもない時間を失ってしまったが………まぁ収穫は得ることができた。

 

「そうだ………話さなきゃ。あいつも、まぁ、案外まともだった。ただ僕に関しての理性がすっ飛んでいるだけだ。」

 

まぁ、致命的だな。

 

「話し合いで解決って言うのはなかなか難しいように思える。」

 

「やっぱりそうなんだ………。」

 

「て言うか雉矢さ、この状況で家がバレたらまずくない?」

 

「あ。」

 

しまった。そのことを考えてなんていなかった。正確には考える暇もなかったわけだ。

 

 いやしかしまずいぞ。この状況で家に来られたら僕は本当になすすべがない。やっぱり馬鹿な発想だったというわけだ。

 

 自体は悪い方にばかり転がっていく。さて………本当にどうしたものか。

 

 僕には願うことしか残されていなかった。

 

 

 時が経ち、夏休みも終了した。最悪な知らせとともに僕達の2学期が始まったのだった。

 

 その日、始業式の日。学年の殆どが騒然としていた。

 

 その美麗で華奢で大人びていて、しかしどこか可愛げのあるその転入生に釘付けにになっていた。

 

 僕も目が離せなかった。その現実を疑いたかった。

 

 時鳥 日向。そいつはやってきた。僕はあのときのことを思い出す。少し………気分が悪い。

 

 そうしてホームルーム。全校集会の主役をかっさらったそいつの話題が絶えない中、担任はそいつを連れて入ってくる。

 

 あぁ、現実なんだなと実感する。本当にやめてほしい………夢なら覚めてほしい。願いは届かなかった。ただそれだけの現実だった。

 

「初めまして。時鳥 日向です。よろしくお願いします。」

 

教室の全てがざわつく。暗い顔をしている僕と険しい顔つきの染羅と彩羅。

 

「小鳥遊?どうかしたか?」

 

隣の席の奴が聞いてくる。生憎と何も答えられそうにはない。だから僕は便利な言葉を使う。

 

「いや、なんでもない。」

 

そうだ………きっと何でもないんだ。何も変わることは無いんだ………はぁ、現実逃避も程々にしよう。

 

 さて………本当に困ったことになった。



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第41話 理性の弱い人達

 それから数日。なんと案外何もなかった。僕はてっきり襲われるんじゃないかとビクビクしていたがそんなこと無かった。

 

 そうなってきたらそうなってきたで不気味だ。まぁ、僕のあの日の言葉が相当ショックだったという事にしておこう。

 

 そうして僕は、今日も彩羅、染羅とともに過ごすのであった。

 

「なぁ?雉矢?」

 

最近あまり聞いてなかった声だ。しかし夢七であることはすぐに分かった。

 

「どうした?夢七?」

 

「いや、なんか最近さ、お前疲れてないか?」

 

「なんで急にそんなこと?」

 

「あからさまにお前が疲れた顔してんだよ。」

 

あぁ、まぁだろうなとしか言いようがない。そりゃあ僕だって毎日警戒しながら学校に来ているんだ。疲れたりもするだろう。

 

「まぁ、色々あるんだよ。」

 

「そうか………やけに時鳥さんを気にしてるように見えるのは俺の気のせいか?」

 

あぁ、コイツ僕のストーカーかよ。なんでそんな細かいところまで見てるんだかわからない。

 

「気のせいだよ。」

 

「そうか………なんかあったら言えよな?」

 

「まぁ、気が向いたらな。」

 

なんだ、やっぱりそれとなく察してんじゃないか。まぁ、だったとしても言うつもりなんて無いが。これは僕の問題でありきっと時鳥は僕のことになるとリミッターが外れるので誰に協力してもらおうと意味はないだろう。

 

「良かったの?」

 

彩羅にそう聞かれた。

 

「あぁ、いいんだよ。」

 

僕はそれだけ返した。

 

 そうして間髪を入れずその声は聞こえてきた。

 

「小鳥遊くん。」

 

あぁ、本当に聞きたくない声だ。

 

「………話す気はないぞ。僕はあんな思いはもう御免だ。」

 

「それでも話させてもらう。なんで私じゃ駄目なの?あの時、私が押し倒した時。間違いなく小鳥遊くんは私のことを可愛いと思っていた。なのになんで?」

 

「なんでそんなこと分かるんだよ。と、いうかやめてくれ。僕は目立ちたくないんだよ。」

 

「それが分かってるからこそこのタイミングだったんだよ。私はあの事実さえあるからいい。ねぇ、あの時私のことを見て顔を赤らめてた。あれは何なの?」

 

周りが明らかにざわつき出す。彩羅、染羅たちも少し不安げだ。こんな時、包み隠さず言えるのが僕のいいところのはずだ。

 

「それは………確かに僕は、可愛いと思ってしまったかもしれない。でも僕は………比べてしまったんだよ。」

 

「あの状況で私以外のこと考えてたの?もう少しでキスだってしそうだったのに。」

 

あからさまに大きな声を出している。完全に飲み込まれそうだ。しかしここで押し負けたら僕の不利は確実だ。

 

「そりゃあ………生憎とキスには慣れっこでな。あんな一方的なシチュエーション。受け入れられるわけがないだろう?」

 

「………慣れっこ?」

 

「あぁ、予想外だったか?僕には幼馴染がいるって言ったろう?スキンシップが過剰なんだよ。」

 

「………あぁそういうこと………。」

 

弱々しくその言葉を吐いた時鳥。まぁ次にくる言葉なんて予想できてる。そうして僕は考えてみる。突き放すために何だってするコイツと僕も同じなんだなって。

 

「いいの?それが誰か言っても?」

 

「目の前にいるんだから本人に確認取ればいいさ。」

 

僕は日常を捨てる覚悟なんてとっくにしていた。そうして気がつく。僕もなかなかに理性が弱い側の人間なんだと。

 

「そう………いいんだ………。」

 

「それで、もう終わりか?僕もこれ以上、事は大きくしたくないんだが?」

 

クラスの半数程度がいる教室とは思えないほど静まりかえっていた。まぁ普段目立ってない奴らの言い合いなんだ。それも結構激し目の一触即発状態だった。

 

「まぁ………分かったよ。でも教えて。私の何がいけないの?」

 

「そりゃあ決まってるだろ?お前は彩羅でも染羅でもないからだよ。」

 

言ってやった。僕は宣言してやった。堂々と、みんな聞いてる中で彩羅、染羅のことが好きだと。でも、異様に清々しかった。

 

「………あぁ、最初から無理だったんだ。」

 

「当たり前だろう?」

 

僕たち2人の会話はそこで終わった。緊張状態から解き放たれる。そうして僕は周りからの視線に気がついた。

 

「あぁ、そうか。言っちゃったんだったな。」

 

久々に頭に血が上っていて気が付かなかった。

 

「彩羅、染羅ゴメンな?」

 

「まぁ、いいけど………。」

 

「あんなに堂々と言えるんだね………雉矢って………。」

 

その静かな教室は依然混乱に包まれていた。

 

 その後は………そりゃあ死ぬほど大変だった。しばらく沈黙が続いたあと、待ち受けていたのは質問攻めだった。「幼馴染だったの?」に始まり「時鳥さんとは何があったの?」「キス慣れしてるって?」などであった。

 

 まぁ、答えられる範疇で答えたよ。時鳥のことについてはあまり深くは語らなかった。キス慣れ発言については嘘ということにしておいた。まぁ、これが本当だと確実に僕は干されるだろうからな。

 

「まぁ僕にも色々あったんだよ。」

 

と、それだけを語っておいた。そうして放課後。いつものメンツで僕達は帰路をたどっていた。

 

「いや、本当まさか雉矢があんな事言うとは思わなかった。」

 

「あれ結局何があったの?私は居なかったからよくわかんないんだけど?」

 

朱雀さんはそう言えばあの場には居なかったな。

 

「まぁ僕たちが幼馴染であるってことを言っただけだよ。」

 

「あぁついに言ったんだね?」

 

まぁついでにとんでもない暴露もしてたわけだが、これの方は伏せておく。

 

「まぁ、ちょっと早まりすぎた感はあるけどさ、しょうがないってことにしてる。」

 

「ほんと、びっくりしたんだから。」

 

染羅にそう言われる。

 

「彩羅も染羅も本当にゴメンな?」

 

「まぁ、私はいいよ。これで人目気にしなくていいわけでしょう?」

 

あぁ、これはちょっと面倒なことになりそうな予感もするけど、時鳥の1件よりかはいいかな。

 

「私も………便乗する。」

 

「染羅も?」

 

まさかこんなことになるとは思ってなかったな。まさか染羅までそんなことを言い出すなんて思わなかった。いっつもブレーキ役なのにもうリミッターが外れたみたいだな。

 

 あぁ、そういうことか。僕達は理性の弱い側の人間だったんだ。

 

「だって、彩羅ばっかりずるいじゃん?」

 

「まぁ、たしかにそうだな。」

 

「私もやっぱり一緒にいたいからさ。」

 

まぁ、それならそれでいいんじゃないだろうか?もう開き直ってもいいんじゃないかと思ってしまった。まぁ、いつか見た平穏とは程遠いけど、幸せならそれでいいんじゃないだろうか?そうして僕にとっての幸せは彩羅と染羅であった。それだけのことだ。

 

「なんかさ、小鳥遊くんも成長した感じがする。」

 

鳥塚さんにそう言われた。

 

「まぁ、そう思われているんだったらなんか、良かったな。判断が間違ってなかったって思えるからな。」

 

僕は、きっとあともう一歩前に進まなきゃいけないだろう。彩羅と彩羅の2人とずっと一緒に居たいが………きっとあと一歩が必要だろうな。

 

 そうして、そんな雑談をしながら鳥塚さんたちと別れ僕達は、3人きりになる。

 

「じゃあ、僕たちも行こうか。」

 

「そうだね。」

 

「じゃあ………手繋ご?」

 

「あぁ、いいよ。」

 

「えぇー、それじゃあ私も手、繋ぎたい。」

 

「彩羅も?まぁ、いいけど。」

 

「………独り占めしたかったのに………。」

 

そんなふうにいじけられるとちょっと締め付けられそうになるがまぁ、しょうがない………。

 

「まぁ、前も言ったろ?僕達は、三人一緒って。だから我慢してくれ?」

 

「………分かった。」

 

案外聞き分けが良くて助かった。あれからちょっと独占欲も発散されたのだろうか?

 

 まぁ、また独占欲がたまるだろうからその時は………僕もどうにかするさ。



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第42話 お人好しだよ

 そうして、それから数日が経った。何時からだろうかはわからない。本当に気がついたら時鳥は干されるようになった。

 

 僕が本当のことを言ったからに他ならないだろう。しょうがないとは言え不憫であると僕は思ってしまった。どうにもお人好しは変わらないらしい。

 

 しかし、これではきっとあの時と同じになってしまうのではないだろうか?

 

「どうしたよ?雉矢?」

 

そう声をかけてきたのは夢七だった。そう言えばコイツは僕が時鳥の事で悩んでいるのをなんとなく察していたはず………。これで行くしか無いか。

 

「なぁ、夢七。話したいことがあってだな、時鳥のことなんだけどさ。」

 

そうして僕は夏休みのあの日の出来事も、時鳥の過去も話した。もちろん黒歴史は話さなかった。

 

「そ、そうか、色々あったんだな。」

 

「あぁ。それでなんだけどさ、僕は今の時鳥を見ているとどうも中学生のときみたいになるんじゃないかって怖いんだ。だからできれば助けてやりたい。」

 

「なんというか、本当にお人好しだな。」

 

「それが僕だよ。で、話を戻すとお前にも手伝ってほしいんだよ。」

 

「………俺それ必要かよ?」

 

「必要だから言ってんだ。頼れるのもお前くらいしか居ないんだから頼む。」

 

「そんなに言うんだったら………まぁやってやらんでもないけど。」

 

「本当にありがとな。」

 

そうして僕は夢七を味方につけることに成功した。さて、実を言うともう算段はできているのだ。そうして準備自体もこれでほぼ終わった。あと必要なのはタイミングだけである。言ってしまえばこれが一番難しい。

 

 時鳥自身、そうして時鳥を干している奴、それから僕たち。この3つ同じ空間に必要だ。なかなかに見分けが難しいのだ。

 

「しかしどうするんだ?」

 

「まぁ、算段はできてる。問題があるとすればタイミングとその場の問題次第なんだよ。」

 

その場に応じて何を言うかも変わってくる。そして何より今回のメインは僕ではない。あくまでも夢七なのだ。そうじゃないといけない理由がある。

 

 僕は今回の一件で時鳥と本格的に決着をつける気でいる。そうして“それ”を教えるのは僕じゃないといけないんだ。一番はじめに時鳥を救ったのは僕なのだから。そうだ。これが救った奴の責任なのだ。

 

「じゃあそうだな………中学生の時、お前はどうやって時鳥さんを助けたんだ?」

 

「あの時は、今とは比べ物にならないくらいに酷かったからな。強行突破でなんとかした。」

 

「あぁ………だからか。そりゃあ難しいはずだよ。」

 

「こういう陰湿なのには慣れてないんだよ。」

 

これが今回一番の課題だったか。しかし、やると決めてしまったのだ。やる他ないだろう。

 

「なに、方法は今から考えるさ。」

 

思い付けばいいんだけれど。なかなか今回は難問だろうな。

 

 陰口だとかそんなものしかまだ無い。このままずっと待ち続けるしか無いのか?いや、それはなんか僕が嫌だ。

 

「雉矢と白鷺君?何してるの?」

 

あぁそうか2人だけじゃなかったな僕たちは。彩羅、染羅の2人。この2人も事情は知っていたはずだ。じゃあ………いや“それ”を教えるには僕たち2人だけよりも彼女たちに協力してもらったほうが俄然効果があるだろう。

 

「彩羅、染羅、ちょっと話があってな。時鳥さんのことなんだけどさ。」

 

その名前を口にした途端少し身構える2人。

 

「いや、今回はなにかされたってわけじゃないんだ。ただ………ちょっと中学生の頃の時鳥を見ているようでな。」

 

「まさかだけど、助けるの?」

 

「僕はそうしたい。そんでもって2人にも協力してもらいたいんだ。」

 

流石に駄目だろうか?いや、それは分かっている。ダメ元なのだ。

 

「………本当、雉矢はお人好しなんだから。あのときの約束守ってくれるよね?」

 

染羅がそういった。あのときの約束はきっとあの夜の約束だろう。だから僕はこう返した。

 

「あぁ、どこにも行かない。」

 

「じゃあ、私は賛成。」

 

染羅が珍しくこの手の話に乗ってくれた。きっとそこまであのときの約束を信用しているらしい。それは、彩羅も同じだったようだ。

 

「私も。染羅がやるんだったら私もやるよ。」

 

「ありがとうな。僕に付き合ってもらって。」

 

そうだ、今これは全員僕のエゴに付き合ってもらってる。だから、絶対に成功させるしか無い。

 

「でも………どうするかなんだよな。」

 

「夢七の言うとおりなんだよ。僕も現状何も思いついてないんだから。」

 

現状一言で言うのなら………無計画だった。言ってしまえば馬鹿だった。ここまで何も考えが至ってなかった。そうしてさっきも言った通り待つという選択肢は僕にはないのだ。

 

「まさかのノープランだとは思ってなかったけどな。」

 

「本当にただ僕はお人好しなだけなのかもしれないな………。」

 

ここまでの無計画は流石に自分の首を絞めかねない。これはちょっとまずかったな。

 

 さて、結局時が過ぎていくだけのオチなんて僕は嫌だ。何か行動を起こさないと………。

 

「時鳥さんさ………。」

 

そんな声が聞こえた。いや違う。あえて聞こえるように言っているやつがいる。

 

「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってない?」

 

それに対し時鳥は無言を返した。学んでいたのだ、無視が効果的であることを。

 

「あぁ………そう。無視か。わかってるじゃん。」

 

まずかった。遅かった。既に時鳥は鬱憤晴らしに使われている。

 

「そんなに無視してたら誰もかまってくれないよ?アンタの好きな小鳥遊くんでさえ。まぁ、小鳥遊もあなたの事煙たがってたけど。」

 

「確かに、私は酷いことをした。それは充分わかってる。だから距離をとっているの。」

 

「反省は?」

 

「誰かを好きになるのはそんなに悪いこと?」

 

「………好きになることを言ってるんじゃない!そのエゴを押し付けることを言ってるの!ちゃんとそこは反省してるの!?」

 

数拍おいて時鳥は続けた。

 

「私は………理性の弱い人間だから。」

 

「だから?それだけ?」

 

「それだけよ。」

 

「それだけで済まされるわけ無いだろ!?小鳥遊くんはそれで心に傷を負ったかも知らないんだよ!?それだけで済ませるなよ………。」

 

そうか………時鳥さんを責めているあの人。正しいことを言っているあの人。名前は確か………。

 

「美羽………?」

 

そう言ったのは彩羅だった。あぁ、あの時か。僕も彩羅、染羅の交友関係を把握しているわけではない。雀田 美羽。そうか、彩羅と染羅が転向してきたときひたすらに質問攻めをしていたあのリーダー格。

 

 あのあと仲良くなっていたということか。

 

「分かったよ………アンタは本当に自分のことしか考えてないんだな。小鳥遊くん受けたが心の痛み、そのまま返してやるよ………。誰も構ってくれないなら、私がかまってやるからさ。」

 

これは、ちょっと不味いが………丁度いいかもしれないな。

 

「………やるか。」

 

「やるのか?」

 

「あぁ。」

 

そうして僕は席を立った。

 

「雀田さん、ありがとな。」

 

「小鳥遊も、言ってやりなよ。」

 

「僕は距離が取れただけでいいんだよ。これ以上は何も望まない。それに何より………もう、時鳥を責めないでやってくれ。コイツは昔もイジメられてた。だからもうコイツのことを振り回さないでくれたら助かる。」

 

「………本当にそれでいいの?」

 

「いいんだ………ここであの時を繰り返したらそもそも僕のしたことが無意味になるからな。まぁ、雀田の言ってることは正しいよ。」

 

「小鳥遊………そう言う事ならまぁ良いけど………なんかあったらもう何もできねぇぞ?」

 

「承知の上だよ。」

 

「………小鳥遊くん。やっぱり小鳥遊くんは………。」

 

そこまで言った時鳥に対して僕は“それ”を言った。

 

「救ってくれるやつなんて他にもいるよ。だから僕に固執するな。」

 

「でも………。」

 

「でもじゃない。あいつ等はお前のことを助けようとしていた。ただ、今回は僕絡みだから僕が出ただけだよ。だからもっと、馴染んだって構わないよ。嫉妬するやつなんてこの教室には居ねぇよ。」

 

「………本当?」

 

「本当だよ。僕達が保証する。」

 

本当に、僕はお人好しだよ。嫌いなはずの「根拠のない大丈夫」を僕は今回も使ってしまったんだからな。



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第43話 好きだからこそ見せられる涙

 秋も深まってきた頃。あれから時鳥の俺に対する異常なまでの執着は治まった。

 

 そんなある日。僕の部屋には珍しく彩羅と僕だけが居た。曰く、染羅に無理を言って2人きりの時間を貰ったらしい。

 

 確かに、思い返してみれば最近僕は染羅とばかりいた様な気もする。

 

「それで………まぁ久々に我儘を言ってみようかな………なんてね………。」

 

顔は笑っている。でも声は………悲しそうであった。

 

「確かに、私達は付き合ってないけどさ………やっぱり甘えたいなって思っちゃった………。」

 

「なんか、ここ最近らしく無かったけどどうしたんだよ。」

 

「何ていうかさ………私も時鳥さんみたいになっちゃうんじゃないかなって心配になってさ。」

 

「あぁ………つまり、我慢してたってことか?」

 

「………うん。」

 

まぁ、ここ最近色々ありすぎたからな。

 

「そんなに気にしないよ。だって、時鳥と彩羅は違うじゃんか。」

 

「それでも、不安になるもんだよ?」

 

「そんなもんなのか。」

 

僕もはっきり言って彩羅の気持ちが全部分かるわけじゃない。だから、大丈夫としか言えないのだ。たとえ本人が気にしていても、そういうしか僕にはないのだ。

 

「そんなもんなんだよ。だからさ、今日は2人っきりにしてもらったんだ。」

 

「なるほどな。」

 

「………それでなんだけど、甘えてもいい?」

 

「まぁ、いいよ。」

 

「じゃあさ、あぐらかいて?」

 

「?こうか?」

 

そうして僕が問いかけるとおもむろに彩羅はその上に乗ってきた。

 

「な、何してんの?」

 

「一回、やってみたくてさ。だめだった?」

 

「駄目じゃないけど、何ていうかこういうのは初めてだからちょっとびっくりした。」

 

「まぁそうだよね。でもさ、なんか新鮮でよくない?」

 

「まぁ、わからんでもないよ。」

 

そのまま、僕たちは時間が過ぎていくのを感じていた。何も会話なんてなかったが、それで良かった。なんと言うか、そのほうが落ち着くのだ。

 

「ねぇ、雉矢。抱きついてもいいんだよ?」

 

「………はいはい、分かったよ。」

 

そうして僕は彩羅に抱きつく。と、いうか抱きしめる。きっとそうしてほしかったんだと思う。

 

「温かいね。」

 

「そりゃあ、彩羅の方は全身包まれてるからな。」

 

「雉矢の方はどうなのさ?」

 

「まぁ、多少なり温かいけよ。まぁ、いいよ。」

 

「ありがとね。」

 

「幼馴染なんだからさ。」

 

そうして僕は考える。やっぱり幼馴染なんだろうか?彩羅、染羅のことを幼馴染としてしか見ることができないのだろうかと。

 

 結局、僕にとってはこの距離が心地いいんだ。だから………停滞を望んでしまうのだろう。なんだろうな、こんなことになっておきながら、それでも僕は変わりたくないんだって情けないにもほどがある。

 

「やっぱり、幼馴染?」

 

「やっぱり幼馴染。そのほうがいいような気もしてるんだよ。」

 

「それならそれでも構わないよ。」

 

そう言ってくれるけども………悩んでるってことは好きってことなんじゃないだろうかな、なんて考えてしまう。僕もいい加減、決めなきゃいけないだろう?

 

 あと少しと言うわけではない。でも段々と近づいていってる気がするのだ。自分の出す答えというやつに。

 

「それでも、やっぱりちょっと寂しいかもな。でも慣れてきちゃった気もしてる。雉矢は昔からそうだったから。」

 

「僕もだんだん、この状況に慣れてきてるかもそれない。まぁ、それってどうなんだろうって話ではあるけども。」

 

「いいんじゃない?これが私達の距離感ってことで。」

 

「確かに、そう考えるのが一番普通かもしれないな。」

 

やっぱりこれが一番良かったんじゃないかと、僕は本気で錯覚してしまった。なんと言うか僕は本当に何も考えてないやつだな。

 

「………そう、だね。」

 

少し間をおいて、彩羅の震えた返事が返ってきた。態勢は変わってないので顔は見えないが、ここまで密着してるんだ。呼吸の変化や心音なんかで今の彩羅の状況は粗方分かった。

 

「彩羅?」

 

「私だってできることならそうしたかった。でも、できるわけないんだよ………私はやっぱり、雉矢のことが好きなんだから。」

 

そりゃあそうか。ここまで想い続けてきたのであればその気持ちはそう変わるようなものではないだろう。なんで僕はそんなことにも気が付かづにあんなことを言ってしまったのか。つくづく自分に腹が立つ。

 

「ごめんね。なんかさ………泣いちゃいそうで。」

 

「いいんだよ。お前の涙なんて今までどれだけ見たと思ってるんだ。今更だよ。」

 

何を言ってるんだろうか僕は。いや、きっとなんて言ったらいいかわからないのだろう。

 

「それもそうなんだけど………。」

 

「大体、それでいったら謝るのは僕だよ。僕はどうしても応えられなかった。ただ怖かったんだ。僕はこれまでの関係が一番良かった。だから多分………どっちにも応えられないかもしれない。」

 

何も、頭の中で整理をつけることができないでいた。

 

「はぁ………寂しいな。」

 

「ごめん………。」

 

嫌な沈黙だった。お互いに何も話せない。それでも僕は彩羅を離せないでいた。

 

「………手、解いたほうがいいか?」

 

僕から出てきたのはそんな悲しい言葉だった。

 

「嫌だ!」

 

その否定の声は力強く響いた。

 

「それでも離れたくないんだよ!やっぱり好きなんだよ!絶対、雉矢のこと振り向かせるってそう決めてるから………だから絶対に嫌だ!一緒に居たいんだよ………!」

 

「………そうだったな。」

 

そうだ。彩羅はそういう奴だった。食い下がらないのが彩羅のいいところじゃないのか?

 

「だから、絶対にこの手を離さないで?」

 

「今日、本当に謝ることばかりでごめんな。僕が間違ってたかもしれないよ。」

 

「有耶無耶にしたら………許さないからね?絶対に白黒つけてよ?」

 

「あぁ。分かったよ。」

 

「もう、最初はただ甘えるだけのつもりだったのに。変な涙流しちゃった。」

 

「本当、悪かったよ。」

 

「本当だよ。我慢した分と泣かせた分、とことん付き合ってもらうからね?」

 

あぁ、なかなか面倒なことをしてしまったような気もするが僕が招いたことなんだししょうがないだろう?それに、こういうのも悪くはないだろう。

 

「うーん、この態勢も良かったけど、やっぱり顔見えないから一回向き合おう?」

 

「あぁ、いいけど?」

 

そうして僕と彩羅は向き合う。

 

「まだ、泣いてんじゃん?」

 

「好きな人だからこそ見せれる涙もあるんだよ。」

 

「そんなものなのか?」

 

「そんなもんなんだよ。」

 

きっと、彩羅の中じゃもう涙の意味は変わってるのだろう。その意味を僕が完璧に知るような術なんてものはないが………きっと、つっかえていた物が取れたんじゃないかと、僕は思っている。



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第44話 好きだからこそ見せれない涙

 その日の夜のことだった。なんと言うか、やっぱりこの2人は姉妹なんだなって思ってしまった出来事である。

 

「雉矢?染羅ちゃん来てるよ?」

 

それは、母さんの声だった。

 

「分かった今から行く。」

 

僕はそう返事をして階段を下ってく。まぁ、なんと言うか心の中でどこか想像していた出来事はあったが………懐かしいような気もするな。前に染羅がこんなふうに僕の家を訪ねてきたのはいつだったか?

 

 そんなことを考えながら、僕は玄関へと向かう。

 

「雉矢………上がってもいい?」

 

「今日は公園じゃないんだな?」

 

「今日は、雉矢の部屋がいい………駄目?」

 

「駄目じゃないよ。行くか。」

 

そうして、またお昼みたいに僕達は向かい合って座る。

 

「彩羅のこと、羨ましくなっちゃって。」

 

「それでも彩羅だって我慢してたんだとよ。」

 

「それは、私もよく知ってるよ。一番近くで見てるんだから。」

 

それもそうか。この2人は大体いつも一緒だ。お互いのことなんてよく分かってるだろうな。

 

「でも………やっぱり私はやっぱり雉矢と一緒に居たい。雉矢と彩羅が一緒にいる時間よりももっと長い時間一緒に居たい。」

 

「やっぱりそれが本音だよな。」

 

なんと言うかそれがやっぱり染羅の性なのだと僕は思っている。やっぱり彩羅よりも染羅のほうが独占欲は強い。それは僕も感じ取っていることだった。

 

 何なら、その欲が今のこの関係を崩し去ってしまうんじゃないだろうかと思ってしまうほどに。僕は少し怖かった。

 

「やっぱり私は………2人きりがいい。今まで不安だった。雉矢がどこか遠くに行ってしまいそうで本当に怖かった。時鳥さんのときだって………本当に連れ去られるんじゃないだろうかって………。」

 

「僕はどこにも行かないよ。3人一緒だ。」

 

「3人じゃない!2人がいいの!」

 

久しぶりに染羅の感情的な声を聞いた。やっぱり今まで僕は何も分かっていなかったようだ。僕が求めているものと、2人が求めているものは違うんだ。今まで言葉ではそれが分かっていた。でも今僕はようやくそれを理解することができたんだ。

 

 あまりにもおそすぎる。

 

「………なんて言うか本当にごめんな………。」

 

今日は本当に謝ってばっかりだ。惨めとしか言いようがない。こんなんじゃ………きっと最悪な結末を迎えるだろうな。多分、時期が迫ってるんだ。判断する時期が。

 

 そんな事分かっていても僕は正直言う。同じくらい好きなんだ。優劣なんてつけることができないんだ。こんなんだから優柔不断なんだろうが………。

 

「………好きになっただけなのに………。」

 

その一言に僕は何も言えなかった。言っちゃいけないような気がした………言葉も出てこなかった。

 

「………やっぱり………無理なの?」

 

「僕にとっては両方大事だからな。どっちも掛けちゃいけない存在だ………。」

 

「そうじゃなくて………私が雉矢の恋愛対象になることは………無理なの?」

 

「………確かに、変に近寄られたらドキドキもする………でも、恋愛対象とか言う話になるとちょっと変わってくると思うんだ………。僕は彩羅も染羅も、そういう目で見れない………。」

 

「………多分雉矢は気が付いてないだけ。きっと心の中じゃ私達2人のことが好きなんだと思う。それも同じくらい。でもそれを自分で認めたくない………そうじゃないの?」

 

「それは………わからない………。」

 

本当に、自分でも何も分からなくなっていた。僕はどうしたいのか、何が正解なのか。

 

「………まぁ、雉矢ならそう言うと思ってた。ちょっと考えてみて。彩羅と私、それぞれにキスされた時のこと。きっと嬉しいと思ってたはず。きっと、ずっとこのままでいたいと思っていたはず。」

 

そう言われて初めて気がつく。そうだ、確かに僕はあのとき安心を感じていた。そして幸福であった………。そんな簡単で最低の答えを僕は見落としていたのだ。

 

「………確かに、そのとおりだ………。」

 

「それが雉矢の本音なんだよ。きっと私達と再開したときからそうだった。雉矢も、ずっと私達のことを思ってたんだよ。私達のことがずっと、好きだったんだよ。」

 

「………じゃあ、僕はどうするのが正解なんだ………?」

 

もう何も………わからないのだ。この崩れそうな今をどう修復すればいいのか。

 

「それは、雉矢自身が決めることだよ。答えは雉矢自身が導き出さなきゃいけないから。」

 

「………僕は………誰も失いたくないんだ。二度と、離れ離れになりたくないんだ………。」

 

「それは………私も同じだよ。」

 

なにもわからない。わからないからこそ考える。僕は結局何をするべきなのだろうか。

 

 この関係を、壊さずにいれる方法は無いのだろうか?

 

 まだそんなところで悩んでいる。そうだ、選択の時はすぐそこまで来ているのだ。答えを出す、その時なのだ。

 

「あぁ………雉矢こっち見ないで………。」

 

「どうした?」

 

「ちょっと………さっきまで堪えてたんだけどさ………不安になっちゃって………。」

 

顔を上げた僕の目に写ったのは泣いている彼女だった。

 

「染羅………。」

 

「見ないでって言ったじゃん………。」

 

「いや………ごめん………本当に。」

 

僕は………いつまで自分に嘘を付き続けるのだろう。そろそろ正直になってもいいんじゃないだろうか?

 

 さっき染羅が言ったことが正しいなら僕は………僕は、目の前に居る方に手を差し伸べるしかないんじゃないだろうか?

 

 そんな資格があるとは思ってない。自分のこともわからないのに他の人を救えるわけがない。そんなことはわかってるけど………生憎と僕には実績がある。

 

「染羅………僕にできることってあるか?」

 

「………側に居て。」

 

僕はそれから何も言わず側に居た。染羅からした僕の認識っていうのは何なんだろうか?

 

 嫌いなやつであり好きな人である………みたいな感じなのだろうか?わからないのがまどろっこしい。本当に僕がここにいてもいいのかわからない。

 

 でも、僕にはここにいる事しかできないんだ。答えはきっと見つけ出すさ。そんな気がする………根拠なんてない。でもそう思ってないと………怖いんだ。何もかもが。

 

「………雉矢、私の方もごめんね?」

 

「悪いのは………僕の方だよ。」

 

「………そろそろ、私も帰らなきゃ。またね、雉矢。」

 

涙は乾いているようだった。そう見えた。そうして僕は染羅の顔を信じて言うのだった

 

「あぁ、また。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そうして、私は雉矢の家を出ていった。今まで必死に堪えてきた、さっきとは別の涙が溢れ出る。

 

 好きな人には決して見せたくない、嫉妬や不安、怒りの涙だ。

 

 何もかも思い通りには行かない。いいやわかっている。それが人生であり、私だ。私は今日、雉矢に、無理に選択を迫った。これが最悪への道になるかどうかは………わからない。

 

 私にも、何もわからないのだ。



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第45話 居場所

 あれから、どれだけの時間が経っただろうか。結局僕は明確な答えは出せてなど居ない。

 

 そのままもう12月になってしまっていた。そうして僕は今、何をしているかと言うと………寝込んでいる。

 

 いや、なに。ちょっと風邪を引いただけだ。

 

 いや言うほどちょっとじゃないかも知れない。まぁ、幸いながら今日は金曜である。明日、明後日とそれなりに休むことができるのが救いか。

 

 現在の時刻は17時半。彩羅と染羅は今どうしているだろうか。

 

 そんなことを考えているあたり、前に染羅に言われたことが身にしみてわかる。

 

「雉矢?起きてる?」

 

聞こえてきたのは今まで慣れ親しんできた声だった。

 

「………彩羅?」

 

「うん。染羅も一緒。」

 

「風邪、伝染るからあんまり近づかないようにな?」

 

「うん。」

 

そうして、2人は僕の部屋に入ってきた。染羅は、少し複雑そうである。まぁ………あんなことがあったから無理もないだろう。

 

「それで雉矢、体調は少しでも良くなった?」

 

「うーん………正直あんまり。まぁ、そう大したことにはならないだろうけど。」

 

「油断は駄目だよ?」

 

「そりゃあもっともだな。まぁ頑張って治すよ。」

 

「うん。早く直してよ?じゃあこれ、今日の課題とかいろいろ。ここに置いておくね。」

 

「あぁ、ありがとうな。」

 

「………あのさ、もうちょっといてもいい?」

 

「え?伝染ったらまずいだろう?」

 

「いや………ここにいるからさ。駄目?」

 

「………自己責任でな?」

 

「うん。」

 

僕と彩羅が話している間、染羅は一言も喋らなかった。それが何よりもやもやする。僕がどうするべきなのか自分でもわからないから………何もわからないからもやもやする。

 

 今この場は本当に居心地の悪い空間である。僕が何も決めることができない故にこうなってしまったのだ。

 

 本当に………何をしたらいいのか自分でもわからない。

 

「ねぇ、雉矢。」

 

「………どうした、染羅。」

 

「あれから答えは出た?」

 

「………ごめん。」

 

「………急かしたいわけじゃない………ただ、答えが聞きたいだけ………。」

 

その言葉に僕は何も言い返せなくなる。『答え』、それはきっと序列のことではないだろう。

 

 僕が染羅にどうしていて欲しいのか。それがきっと『答え』なのだろう。

 

「僕は………染羅とも彩羅とも………一緒にいたい………。」

 

「それはわかってる。だからそれは答えじゃない………。」

 

「染羅、少しはタイミング考えたら?」

 

「いや、いいんだよ彩羅。僕にはこういう時間が必要だったんだよ。多分染羅の言いたいことっていうのは、これから先の関係の話だろう?」

 

「うん。」

 

………僕は………確かに2人のことが好きらしい。その中で答えを出すのが今の僕の置かれている状況だ。でも………。

 

「まだ………答えなんて出ないんだ。何よりも僕は………失うのが怖いんだ。安易な答えで………崩れるのは嫌なんだ………。」

 

これが………今の僕である。未来が怖い。それが今の僕から出る答えである。

 

「………ようやく正直になってくれたね。」

 

「え………?」

 

「雉矢は感情を隠すのが得意なのは知ってた。それで思い込むことによって怖さを紛らわせてることも。だから選びたくなかったって言うことも。」

 

「………わかってたんだ………。」

 

「私も、伊達に幼馴染やってる訳じゃないから。でも、これは役割のお話。序列じゃなくてどこにいて欲しいかの話。」

 

「どこにいて欲しいか………。」

 

「多分、雉矢はハッキリしてない。きっと彩羅も私も隣にいてほしいと思ってる。じゃあ、どっちと手を繋いでたい?」

 

僕はその瞬間ハッキリとイメージしてしまった。駆け出す彩羅を引き止めるために僕がその手を掴むその瞬間を。

 

「………。」

 

「………そっか、彩羅なんだね。」

 

何も言うことができない。僕のこの選択が崩壊を招くかもしれないのに何も言えない………。

 

「それでいいんだよ。」

 

染羅は、ただ一言そう言った。2人は暫く僕の部屋に残っているようだった。

 

 ただ、これで良かったのだろうかとその感情だけが渦巻いている。そんな中でも体調面が邪魔をする。

 

 僕の思考を遮るようにして眠気は襲ってきた。そうして僕の意識は落ちていったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 寒い12月の土曜日。その日僕は慣れない体の重さによって目覚めた。お腹辺りになにかある。

 

「ん?染羅………?」

 

寝起きでもすぐにわかった。染羅である。彩羅の姿を探してみるも居ない。

 

「って、こんなところで寝たら風邪引くだろうがよ………。」

 

かく言う僕の体調はすっかり………とは行かないものの良くなっていた。

 

 どうしようか。このまま放置というわけには行かないだろう。そうして僕のベッドは駄目だ。多分まだ治ってないからこのままだと伝染してしまう。

 

「あぁ、母さん………。」

 

多分それが最善策だろう。そうと決まれば、と僕は染羅の体を抱きかかえる。

 

 この寒い中………僕のことを診ててくれたその人。室内とはいえ冬の朝は寒い。ともかく連れて行かなければ。

 

 なんと言うか………軽いな。女の子っていう感じがする。こんなときに何を考えてるんだろうか。

 

 リビングまで降りてきたときである。母さんの姿が目に入った。

 

「あぁ、母さん。」

 

「雉矢?体調は?って染羅ちゃん!?」

 

「あぁ………つきっきりで診ててくれてたみたいでさ、流石に僕のベッドはまずいから母さんのところ使ってもいい?」

 

「それは構わないけど………。」

 

「ありがとう。取り敢えず染羅を連れて行かなきゃ。」

 

「う、うん。」

 

そうして、僕は染羅を抱きかかえたまま母さんの寝室まで運ぶ。その途中だった。

 

「ん?雉矢?」

 

「染羅………起こしちゃったか?」

 

「ううん。大丈夫だけど………どうして?」

 

「………染羅、つきっきりで診ててくれたんだろう?僕に覆いかぶさる感じで寝てたぞ?」

 

「ご、ごめん。」

 

「謝る要素はないだろ。それより………本当にありがとうな。それと………大丈夫か?」

 

「?何が?」

 

「いや、布団もかけずに寝てたから、今母さんの寝室まで運ぶとこだったんだ。流石に寒いだろう?」

 

「………雉矢のベッドでも良かったけど。」

 

「風邪が伝染ったら本末転倒じゃねぇか。」

 

「それもそうだね。」

 

「はい、着いた。」

 

そうして僕は、染羅をベッドに下ろす。

 

「冷えきってたからな………温かい飲み物とかいるか?」

 

「………ココアってある?」

 

「確かあったと思う。ちょっと持ってくるな。」

 

「ありがとう。もともと看病しに来てたのに………。」

 

「染羅も結構無茶するんだからな。まぁ待っててくれ。」

 

「………うん。」

 

そうして僕はほんの少しの時間そこをあとにした。本当に………30秒程度。

 

「持って来た………染羅………?」

 

そこに、染羅の姿はなかった。ただ窓が空いていた。

 

 これは………ヤバい。すぐに彩羅に伝え無きゃならない。

 

『え!?染羅が!?』

 

電話越しでもわかるくらいには彩羅も焦っている。

 

「本当にごめん。今回の件、責任は僕だだから僕が探しに行く。まだ、そんなに遠くには行けてないはずだから。」

 

『でも雉矢、体調はまだ良くなってないんじゃない?さっきからちょっと鼻声だし。私が行くからそこに居て?』

 

「だから………今言ったろ?この件は僕が原因なんだよ。それに何より………今日僕は色々わかったんだ。染羅の本当の気持ちだったり………僕自身の本当の気持ちだったり。」

 

『雉矢………風邪引いても知らないからね?』

 

「ありがとう。じゃあ彩羅はそのまま待っててくれ。」

 

『わかった。』

 

「………じゃあ、行ってくるよ。」

 

そうして僕は服装もそのままに家を飛び出した。




次回、最終回です。


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最終回 進む先

「………じゃあ、行ってくるよ。」

 

そうだ、これは僕じゃなきゃいけないんだ。

 

「彩羅、絶対見つけてくるから。」

 

そう言って僕は服装もそのままに家を飛び出したのだった。

 

 何も考えてないわけじゃない。心当たりはあった。いや、心当たりと言うか染羅のいそうな場所。きっとあそこにいるだろうなんてそんな願望にも近しいようなものだが行くほか僕には残されていない。

 

 そうして僕は走った。きっと染羅がいるであろうあの場所まで。染羅が居なくなってようやく僕は気がついたんだ。大馬鹿野郎だよ、僕は。なんだよ僕は染羅と手を繋いでいたいんじゃないか。

 

 どれほどの時間走ったか。それほど時間は経っていないはずだ。しかし空は嫌に曇っていた。

 

「はぁ、はぁ………ついた………。」

 

きっと染羅はここにいる。そうだ、お前はいつもここに居たよな。かくれんぼの時はいつもここだった。

 

「染羅、やっぱりここか。」

 

暗く閉鎖されたその空間の中にやはり彼女は居た。

 

「なんで………なんで雉矢なの!」

 

「………僕じゃなきゃいけないだろう。この役割は………帰ろう、染羅。」

 

「もう………構わないでよ。私も………限界だった。あの時から………。私よりも………彩羅のほうが好きなんでしょう?」

 

その声はすでに震えていた。

 

「いやそんなことはないさ。染羅が言ったんだろう?これは序列じゃないって。どこに居てほしいか、どうしていてほしいかの問題だって。僕は染羅にどうしていてほしいのか、それに気がついただけだよ。」

 

もうここでありのままを話そう。

 

「僕はあのとき、明確に走り出そうとする彩羅を思い浮かべてその手を取ったのを思い描いた。どこか………別のところへ行くんじゃないかって心配でさ。でも………今こうして話してて気がついた、僕は染羅の手を取らなきゃいけないんだって。染羅と手を繋いでたいんだって。」

 

「………本当?」

 

まぁ、怖いだろうな。家出の原因はきっと僕にあるんだ。そんなやつからの言葉なんてなかなか信用なんてできやしないのが普通だ。でも、僕も信じてもらうしか無い。

 

「本当だよ。僕は染羅の手を取らなきゃならなかったんだ。染羅の気持ちに気づいてあげなきゃならなかったんだ。今………それに気がついたよ。本当に遅くなってごめん。」

 

「そんな事………言われても、わかんないよ………本当のことなんて。」

 

「………じゃあ、あのときの約束を信じてくれよ。僕達3人の約束じゃない。僕と染羅だけの約束を。」

 

そうだ。僕たちは一緒なんだ。そう、あの日に約束したんだ。

 

「3人の約束じゃなくていいの………?」

 

「僕は別の約束って捉えてるから。だから染羅、おいで。」

 

そう言って僕は手を差し出した。ようやく染羅は立ち上がろうとする。しかし顔を隠そうとそっぽを向いてしまう。理由は分かってる。泣いているんだ。

 

「泣き顔は………見せないって決めてるのに………そもそもこんな涙………見せられないよ。」

 

「染羅………はい。」

 

「?」

 

僕は染羅を抱きしめる。染羅の顔が見えないように深く深く、ぎゅっと抱きしめる。いつだったかこの公園で染羅を抱きしめたのは。

 

「これなら僕は染羅の顔は見えない。いいよ泣いたって。大丈夫だよ。」

 

そうして染羅は静かに泣き出した。でもそれも限界だったのだろう。久々に聞いた、染羅の感情的なその声を僕は包むことしかできないでいた。

 

 それでも良かったのだと僕は思っている。

 

 それから、時間は過ぎてゆく。

 

「落ち着いたか?」

 

「………うん。ねぇ、雉矢?」

 

「どうした?」

 

「さっきの好きって本当だよね?」

 

「本当だよ。僕は染羅のことが好きだ………まぁ続きを言ってもいいなら言うけど………?」

 

「………いいよ。」

 

「染羅、僕と一緒に居てくれ。ずっと、側に居てくれ。」

 

「むー………こんなときに恥ずかしがらないで?」

 

「いや………それはそうなんだけど………なんて言うか、ずっと一緒に居てほしいんだ………いくつになっても。」

 

「それはもう、約束してるでしょう?」

 

からかったような口調で染羅は僕に言ってくる。

 

「あ、あぁ………えぇっと………付き合ってください。」

 

人生初の告白だった。全くこんなグダグダでいいのかよ………。

 

「もう、耳まで真っ赤だよ?」

 

「うるさいな………染羅もだよ。」

 

本当に、僕たちらしいと言えばらしいな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「彩羅、ただいま。見つけたよ。」

 

「染羅!」

 

僕には目もくれず染羅のもとへ一直線だった。ちゃんと妹の事を思ってるじゃないか。

 

「ごめんなさい………迷惑かけて………。」

 

「本当に………もうどこにも行かないでよね………私達は3人で一緒なんだから。」

 

「あぁ、僕達は3人で一緒なんだ。だから、おかえり。染羅。」

 

「おかえり。」

 

僕と彩羅は染羅にそう告げた。

 

「………ただいま。」

 

これでまた、3人一緒だ。でも今までとは違うものになるだろう。さてと………まぁ………彩羅は受け入れてくれることを知っているが………どうなるだろうか。

 

 まぁ、僕は僕らしく成長したんじゃないだろうかな。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 いつも通りの週末だ。僕は一華の家で今日も勉強している。でも………そろそろ伝えなきゃいけないだろう。

 

「あのさ………一華。ずっと言えなかったこと。あのときの続き、言ってもいいかな?」

 

「うーん………最後の条件。絶対に、高校受かって。」

 

「………うん。」

 

きっと、一華はわかってるんだ。だから、僕も今は勉強に集中しなきゃいけない。そういう事なのだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日、いつもと同じように虹姫は私の部屋にいた。私ももう、覚悟を決めなきゃいけないだろうな。

 

 これを、話さなきゃな。

 

「ねぇ、虹姫。言いたいこと………言わなくちゃいけないことがある。」

 

「どうしたの?急に改まって?」

 

「いや………嫌われるかもしれないって思ってずっと言えなかったけど………言わなきゃならないから。私の………家族のことなんだけどね………。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その日、俺は廊下を歩く時鳥の姿を目にした。やっぱり苦手意識が残っているかもしれない。

 

「時鳥………。」

 

「何?」

 

聞こえてしまったらしいな………。

 

「いや………雉矢の事はもう諦めたのか?」

 

「流石に、彼女がいるんじゃね。どうしようもないよ。私にもいい人いないかな………?」

 

それを聞いて俺は少し考え、冗談でこう言う。

 

「………俺とか?」

 

「うーん………ぎりぎり無し。」

 

「無しなんかい。」

 

なんだろう、このくだらない会話は。

 

「「あはは(ふふふ)。」」

 

なんだろうかこの感じは………悪くはないかもな。

 

 

−−−−−3ヶ月後

 

「いやー………分かってるけど焼いちゃうな。」

 

「しょうがないだろ?僕は染羅にここに居てほしいんだから。」

 

おにぃと染羅ちゃんは今、手を繋いで登校している。それを羨ましそうに彩羅ちゃんは見ているがそれだけだった。特になにかしたりなどは無い。

 

「いやーやっぱり小鳥遊くん達もお熱いですね。」

 

「お前らには言われたくないよ。」

 

あの2人がおにぃが言ってた虹姫先輩と小鳥先輩だろう。聞いたとおり仲がものすごく良さそうだ。

 

「おう、3人ともおはよう。」

 

「おはよう…ございます。」

 

「あぁ、おはよ。」

 

「おやおや………光華、顔赤いぞ?」

 

「う、うるさいな!やっぱり恥ずかしいんだよ!」

 

あの2人が、一華先輩と光華くん………。

 

「お、皆おはよ。」

 

「おはよう。」

 

「あぁ、おはよう。」

 

あれが………夢七先輩と日向先輩………日向先輩本当に美人………。

 

 と、言うかおにぃの周りってなんでこんなに春が到来してるんだか………私にもそのご利益があったっていいはずなのにな。

 

 そんなことを思いながら私は、その校門をくぐる。あぁ、高校生活か………。

 

「どうした?緊張してるの?」

 

「逆におにぃは最初緊張しなかったの?」

 

「あぁ………してた。まぁ、なれるまでの辛抱だよ。」

 

「うーん………そうだけど………まぁ、先行ってて。」

 

「あいよ。」

 

そりゃあ、緊張するって………まぁ、きっと大丈夫だろうけど。

 

 不意に誰かにぶつかられる。

 

「あ、ご、ごめんなさい。」

 

「いや、私も立ち止まっちゃってたし。大丈夫?」

 

「はい………そちらこそ、大丈夫ですか?」

 

そんな律儀な言葉遣いじゃなくてもいいのにな………なんて思いながら相手の方を振り返る。

 

「は、はい………。」

 

柄にもなく敬語を使ってしまったが………どうやら、私にも春風が吹いたようだ。




 はい、ということで最終回です。いやー長かったです。如何せん結構早い段階で最終回の景色は見えていたのでここにたどり着くのが本当に楽しみでした。いざたどり着いてみるとまぁスッキリしましたね。羽音に関しては………まぁ望む声が多ければといった感じです。と言うことで半年間、本当にありがとうございました。


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