UC:0096 The Verdict Day (刀の切れ味)
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EP.01 Dirty Woker


騙して悪いが、勢いだけなんでな。この一話だけ読んでもらおう


 ユーラシア大陸、中央アジアに位置する広大なタクマラカン砂漠。一面見渡す限り砂の地平線が広がるこの砂漠の上を、砂塵を吹き上げながら飛翔する鉄の塊があった。

 十数メートル以上ある巨体を浮かせる二枚の回転翼を唸らせ、ギラつく太陽の下を滑空するそれは、実に年季の入った古い輸送機だった。

 物資やモビルスーツを格納するコンテナにスペースを取られ、ほんの数名しか入れない狭いコクピット。そこでは、ラジオから陽気な音楽が流れていた。

 

『今日も我々グローバル・コーテックス放送局が、皆様に心躍る楽曲を提供いたします。まずは──』

 

「ん〜ん〜♪」

 

 ご機嫌に指でリズムを取りながら操縦桿を握るのは、腹の出た中年の操縦士。その後部座席で計器に目を光らせていた若い女性は、ヘッドセットを正しながらため息をつく。

 

「……任務内容を確認するわ。作戦地点はタクマラカン砂漠にある連邦軍の小基地、そこから更に南東へ数キロほどの地点にあるガウ空母の残骸。現在、そこで連邦軍のパトロール隊が、先日確認されたミノフスキー粒子反応について調査しているわ」

 

「お〜れ〜は〜ファットマン〜♪」

 

「本当なら補給を受けてからの任務だったけど、予定を繰り上げられたわ。一応、戦闘は最小限にと進言してあるけれどね」

 

「ぶーんぶーん、ぶぶーん♪ なんだかなぁ〜♪」

 

「やる事は単純、パトロール隊が調査を終えるまで周辺の警護を行うだけよ……まあ多分、調査そのものを押し付けられるんでしょうけど」

 

「はっはっはっ! なんだそりゃ⁉︎ 毎度毎度、ろくでもない任務ばかりだな」

 

 補給を先延ばしにされ、パトロール隊の仕事を丸投げされる。今回の任務の事情を知ったファットマンは、その下らない内容を快活に笑い飛ばす。

 しかし、さすがにファットマンのやる気のなさに我慢も限界に達したのか。後部座席にいたオペレーターの女性は、後ろからファットマンを睨みつける。

 

「少しは静かにして、ファットマン。仕事する気あるの?」

 

「マギー。俺はもう、いつ運び屋を引退するか。最近はそれしか考えてなくてさ」

 

「はぁ……じゃあ、それは明日にして。今日は仕事がある」

 

「明日は雨らしい、辞めるのは晴れた日って決めてる……それに砂漠では珍しい雨の日に辞めたら縁起が悪い」

 

 ファットマンの飄々とした物言いに、オペレーターのマギーことマグノリアは、辟易したように肩をすくめる。ファットマンはいつもこの調子なので、文句を言っても無駄だと知っているのだ。

 

「ならせめて、ラジオは止めて。気が散るわ」

 

「ラジオを流してんのは俺じゃない、コクピットにいる誰かだ。どうせカイトだろう」

 

 親指を立てて自分の下を指すファットマン。それはつまり、輸送機のコンテナに格納されたMS、そのコクピットにいるパイロットたちを示していた。

 それを見たマグノリアは、ヘッドセットを押さえながら各コクピットへと無線を繋ぎ、コンテナにいる4人のパイロットたちへ苦言を申し立てる。

 

「カイト、いつまでもラジオを流してないで、戦闘に備えてほしいんだけど」

 

『ん? いやいや、俺じゃねぇぜ。俺はもうラジオ持ってねぇんだ』

 

 無線から帰ってきた若い男の声に、マグノリアは少しだけ目を丸くする。この部隊内で、ラジオやカセットを所持しているのはファットマンとこのカイトというパイロットだけだったからだ。

 

「じゃあ誰よ。レイフ? それともハワード?」

 

 マギーが更に別のパイロット二人に問うと、やや呆れたような中年の男性の声が返ってくる。

 

『戦場にそんなものを持ち込む趣味は無いんだがなぁ。強いて言うなら……』

 

『シュウカだろう。この間、カイトが賭けに負けて、金欠だったらしく代わりにくれてやったらしい』

 

『お、おい、ハワードのおっさん! それは言うんじゃねぇ!』

 

 賭けに負けたという情けない話をバラされて、少し声を荒げるカイト。それでも、齢四十を超えてなお現役である熟練パイロットであるレイフとハワードには、さすがのカイトも頭が上がらない。

 

「そういうこと……シュウカ、聞こえてたでしょ? 作戦区域まであと少しよ、ちゃんと気持ちを切り替えて」

 

 マグノリアは現在のラジオの持ち主だという最後の一人、シュウカというパイロットを嗜めるように言い聞かせる。それに応えたのは、カイトよりも更に若い少年の声だった。

 

『音楽は良いよね。やっぱりテンションが上がるっていうか、闘争心が湧き上がるというか……戦艦の対空砲火の雨の中にだって、飛び込んで行ける気がするんだ』

 

「戦闘になったら雑音で何も聞こえないわ。点けてる意味あるの?」

 

『それでもだよ。僕も()()()()のは嫌だからね、出来るだけ最高のコンディションで戦闘に臨みたい。ラジオはその為に必要なのさ』

 

「つい最近ラジオを貰ったくせに……」

 

 この部隊で一番年若いパイロットであるシュウカ。ファットマンに負けず劣らず飄々とした物言いに、マグノリアは諦めたように肩をすくめる。

 しかし、ラジオを止めさせる事を断念したマグノリアだったが、内心ではこの程度で作戦に支障が出るなどとは考えていなかった。

 

「まあいいわ、貴方たちなら対して手こずる任務じゃないでしょうし。そろそろガウ空母の残骸も目視できる距離に入るから、いつでも出れるようスタンバイしておいて」

 

『了解。それじゃあラジオはこのままに──』

 

 ズン、と揺れる大気。マグノリアが視線を砂の地平線の先へ向ければ、空高く登る黒煙が見えた。それも一つではなく、二つ、三つとだ。それから輸送機が前進を続けるほどに、激しい銃声と爆音が聞こえ始める。

 

「なんだありゃ、調査にしちゃ派手だな?」

 

「明らかに様子がおかしいわ。機体高度を上げて様子を見て」

 

 輸送機の高度を上げれば、視界に入るのは弾丸とビームが飛び交う戦場。マグノリアらが知らされていた情報とは、大きく異なる戦況が展開していたのだ。

 砂の上に幾つか転がっているのは、大破した連邦軍のMS『RMS-179 ジムⅡ』だ。その付近では、砂丘の影に身を隠しながら90mmブルパップ・マシンガンを乱射する『MSA-007 ネモ』もいた。

 

「あのMSども、ジオンの機体だ! 三、四……六機もいやがる、どっから湧いてきたんだ?」

 

 ガウ空母の残骸に身を隠しながら、連邦軍のパトロール隊に銃撃を浴びせる敵MS。どれも旧式のMSばかりだが、多勢に無勢と数に差がありすぎる状況だ。

 

「これは……パトロール隊の指揮官、こちらの声が聞こえるか!」

 

『……っ! その輸送機、貴様らが例の部隊か⁉︎』

 

 マグノリアが無線で問いかけると、パトロール隊の指揮官機であるネモのパイロットがそれに応える。戦況が戦況なので、声色には焦りが多分に含まれていた。

 

「こちらは地球連邦軍EGF特殊作戦部隊、隊長のマグノリア・カーチス中尉だ。これは一体どういう状況なのか、説明を要求するわ」

 

『見て分からんのか、想定外の敵戦力に奇襲され、交戦中だ! 既にこちらは三機やられている、下らん質問をしている暇があったらさっさと援護しろ!』

 

「私たちの任務は周辺警護のみで、戦闘は最小限という話だったはず。現状とは違いすぎる……我々はもう一ヶ月近くロクな補給を受けていない、あまり大きな規模の戦闘は不可能と進言したが?」

 

『ごちゃごちゃと戯言ばかり……貴様らは黙って命令に従え、ティターンズの亡霊どもがっ!』

 

 Earth Guardians Force、通称EGF。それがマグノリアたちが所属する部隊の名だ。

 一年戦争の後にジオン残党討伐を名目として設立した組織、ティターンズ。EGFはその傘下にあり、地球圏の防衛を主任務とする特殊部隊だった。

 当時は地球圏の防衛という大役を任されたエリートの集まりだったが、グリプス戦役によってティターンズが崩壊した後は縮小に縮小を重ね、非常に小規模な部隊にまで落ちぶれてしまっていた。

 配備されたMSも旧式で、補給もまともに受けられないほどの冷遇。今や、素行に問題のある兵士やパイロットの最後の受け入れ場所のようになっているのだ。

 

「戦闘に参加しろと言うのなら……弾薬や装備の補充、整備、および各種物質の補給。全て予定の倍の量を要求するわ」

 

『あ、マギー! ついでにタバコとか酒の嗜好品は多めに頼むよう言ってくれ』

 

『こんな砂漠の小基地といえど、倉庫には手もつけられていない物質が沢山あるんだろう? ため込むだけ無駄だ、我々に寄越したまえよ』

 

『なっ……⁉︎貴様ら、よくもそんな暴言を! そのようなことがまかり通る訳ないだろう⁉︎』

 

 カイトやレイフと、その他パイロットたちも次から次へと要望を押しつけてくる。そこへ更に、マグノリアとファットマンが追い討ちをかける。

 

「どうせ敵が潜伏している事は初めから分かってたんでしょ? 私たちを使って敵を排除しようとしてたけど、先に気取られて奇襲された……そんなところかしら」

 

『……っ!』

 

「今、周りに友軍は私たちしかいない。貴方たちが見殺しにされても、誰も文句は言わないでしょうね」

 

「戦闘領域を通過、帰っていいかね指揮官殿? はっはっはっ!」

 

『き、貴様らぁ……!』

 

 高高度を維持したまま激しい銃火の上を通り過ぎていく輸送機を、憎々しげに睨みつける指揮官機のネモ。

 かつてのティターンズを彷彿とさせるその横柄な口ぶりに、パトロール隊の指揮官は怒り心頭だった。しかし、自分のすぐ真横をバズーカの砲弾が通り過ぎたのを見て、すぐに考えを改める。

 

『くそっ、お前たちの言う通りにすればいいのだろう! 武器でも食料でも、好きな物を持って行くがいい! 生きて帰れたらな!』

 

「……! 任務内容の変更を確認。機体高度を維持したまま反転、MSを投下せよ」

 

 パトロール隊の指揮官が折れて、遂にマグノリアたちの要望を承諾する。それを聞くや否や、マグノリアはMS投下の指示を出した。

 

「さぁお前ら、仕事だ仕事!」

 

 ファットマンはコクピットにいるパイロットたちに声をかけながら、コンテナのハッチを解放していく。すると、薄暗かったコンテナに日の光が差し込み、戦場へ飛び立とうとするMSたちの姿が露わになった。

 

「レイフとハワードは、友軍機を援護しつつ後方支援。カイトはガウ空母の残骸に隠れているMSを炙り出して。シュウカは機動力を活かして……聞いてるの?』

 

『ああ……ごめん、ちょうど曲がサビで盛り上がっててさ。大丈夫、作戦はいつも通りでしょ?』

 

 音楽に夢中になっていたせいで遅れて応答するシュウカ。その声色には、死地に向かうことへの恐怖は一切ない。そして、それは他のメンバーも同様だった。

 

『あれはデザートタイプのザクか? 一年戦争時代の骨董品じゃないか、懐かしいな……』

 

『古い機体なのはお互い様だがね。そうだ、俺たちもどちらが多く敵を撃墜できるか、賭けてみるかね?』

 

『ふむ……いいだろう、その話乗った』

 

 談笑するレイフとハワードが搭乗するカーキイエローに塗装されたMSが、モノアイと増設されたカメラセンサーで眼下の戦場を鳥瞰する。

 二人の搭乗する『RMS-108 マラサイ』は、グリプス戦役時に開発された量産MSだ。ただしこのマラサイは、ホバー用の脚部熱核ジェットエンジン、両肩に追加されたシールド、各種重火器を備えた陸戦仕様として大幅なチューンアップが施されていた。

 

『一番槍は年長に譲りたまえよ。レイフ・スミノルフ、陸戦型マラサイ一番機、出る!』

 

『俺とアンタじゃ対して歳の差は無いだろうに……ハワード・コールマン、陸戦型マラサイ二番機、行くぞ!』

 

 MSを固定していたハンガーが解除され、輸送機から地上へと飛び立つ二機のマラサイ。それに次いで出撃するのは、カイトが搭乗するMSだ。

 見た目こそパトロール隊が駆るジムⅡに近い。しかし、全身に取り付けられた追加装甲群と背部に搭載された砲撃支援パッケージは、ただのジムではない事を表していた。

 

『元気なオッサンどもだよなぁ。ま、俺もやるんならガチで行かねえとな。カイト・ディルク、ジムⅡ ASカスタム、出撃する!』

 

 ハンガーが解除され、スラスターから青白い炎を吹き出しながら降下して行くカイトのMS。そして、最後に残されていたシュウカが搭乗するMSの固定ハンガーが解除される。

 黒を基調としたカラーに塗装されたそれは、マラサイと同様にグリプス戦役時に開発された試作MS、『RX-110 ガブスレイ』だ。

 ムーバブルフレームが本格的に導入された可変型MSだが、生産コストの高さと整備性の問題から量産には至らず、ほんの数機のみ生産されたMSである。

 しかし、このガブスレイは全身の装甲や武装が一新され、頭部もジムのようなバイザータイプに変更されている。更に背部には大型スラスターが増設され、大気圏内でも運用できるよう調整もされていた。

 元々このガブスレイは、かつてティターンズが行なっていた『TR計画』の過程で製造された失敗作だった。本来は破棄されたはずの機体だったが、とあるエンジニアの手によって蘇り、今に至る。

 

(誰が死んでもしてもおかしくない戦場……ゾクゾクしてきた、やっぱりこうでなくっちゃ……!)

 

『さて、続いてリスナーにお送りする曲は……なんと! ここ最近で最も売れてるあのグループが提供する、重厚なテクノと電子ドラッグのデュエット!』

 

『ん……?』

 

『これから汚れ役を請け負うアナタに……Frequencyより“Dirty Woker"‼︎』

 

 仰々しく次の曲の紹介をするラジオのMCに、シュウカの興味が移る。何故ならその曲は、ファットマンの鼻唄でよく耳にしていた曲だったのだ。

 ラジオから流れ出す乾いたギターと爽やかなバイオリンの音色。それはMSの駆動音や戦場に鳴り響く銃声と合わさり、シュウカを更に高揚させていく。

 

『いいね、僕たちにはぴったりの曲だ……! シュウカ・リベルーテ、ガブスレイ TR-V、行きます!』

 

 フットペダルを一気に踏み込み、ガブスレイの計二十四基もあるスラスターを噴射するシュウカ。コンテナから飛び立ったガブスレイは、そのまま一気に戦場の上空を駆けて行く。

 

『ハワード、敵さんがこっちに来るぞ! 弾代は基地の連中が待ってくれるんだ、撃ちまくれ!』

 

『分かってるさ。出し惜しみはしない……!』

 

 地上では、パトロール隊のMSの付近に降下したレイフとハワードのマラサイが、ガウ空母の残骸の影から飛び出してきたザク・デザートタイプとドワッジを迎撃に当たる。

 ハワードのマラサイがバックパックにマウントしていたジャイアント・ガトリングガンを構えると、その銃身が音を立てて回転し、嵐のように弾丸をばら撒いた。

 

(……ザクタイプが二機、ドムタイプが一機……あと三機は何処に?)

 

 上空から戦場を見下ろし、敵の位置を把握するシュウカ。しかし、反射的に危険を察知したシュウカは、咄嗟に機体をロールして地上から放たれたビームを回避する。

 センサーで狙撃された方向を探知すれば、主翼の残骸の影からシュウカのガブスレイを狙う二機のMSがいた。

 

「データ照合、『MS-14C ゲルググ・キャノン』と『AMX-101 ガルスJ』だ! どちらも高火力の砲撃兵装を持ってるぞ!」

 

「もたもたしてると撃ち落とされるわ、速度で振り切るのよ!」

 

『分かってるよ、マギー!』

 

 シュウカのガブスレイに向けてミサイルポッドを連射するガルスJ。次々と飛来するミサイルを回避すべく、シュウカは瞬時にガブスレイをMA形態へと変形させる。

 通常のガブスレイとは違い、背部の二基の大型スラスターが翼のように広がったその姿は、色も相まって『カラス』のようだった。

 

「あの二機はシュウカが引き付けてる。カイト、今のうちに遮蔽物を吹き飛ばして!」

 

『了解だ!』

 

 ガウ空母の残骸から少し離れたところに降下していたカイト。彼の駆るジムⅡ ASカスタムが膝を着いて重厚なガーディアンシールドを構えると、バックパックに折り畳まれていた二門の砲身が展開する。

 MSの装甲も容易く粉砕する大口径の180mmキャノン。カイトは照準をレイフたちへとバズーカを撃ち込んでいたザクⅡに合わせると、そのままトリガーを引いた。

 

『そら、派手に吹き飛びなっ!』

 

 長大な砲身から放たれた成形炸薬弾は、ザクⅡが遮蔽物に利用していた装甲板の残骸に命中し、諸共爆発で飲み込む。

 巻き上がる土煙から崩れ落ちるように姿を表す半壊したザクⅡ。そこへトドメと言わんばかりに、レイフのマラサイが135mm対艦ライフルでコクピットを撃ち抜いた。

 

「敵MS、一機撃破! そのまま全部やっちまえ、はっはっはっ!」

 

「油断しないで、まだこれからよ。ハワード、シュウカを狙ってるあの二機の頭を抑えて!」

 

『了解した!』

 

 ホバリングで軽快に移動しながら、ハワードのマラサイがゲルググ・キャノンとガルスJへとガトリングガンの弾幕を浴びせる。

 すぐに残骸に身を隠す二機だったが、シュウカへの対空攻撃は途切れる。その隙を逃さず、シュウカはガブスレイをMS形態へと変形し一気に急降下する。

 

『──、────♪』

 

 ラジオから流れてくる歌詞のリズムに機体を乗せながら、シュウカはガブスレイの肩部に搭載された110mm速射砲と、手に持つジム・ライフルをゲルググ・キャノンに向けて連射する。

 ゲルググ・キャノンは急降下してくるシュウカのガブスレイへ向けてビームキャノンを放つが、シュウカはそれを容易く回避。攻撃の手を一切緩めず降下していく。

 

『この乾いた世界からおさらばしたいかって? ……はっ、そんなまさか』

 

 ジム・ライフルがゲルググ・キャノンのビームキャノンに命中し、砲身が爆散する。それでもなお、ゲルググ・キャノンはビームナギナタを展開し、迎撃の構えを見せる。

 それに加えて、ガルスJもシュウカのガブスレイに向けてフィンガーランチャーを向ける──が、トリガーを引く直前に無数の弾丸が二機に降りかかる。

 

『これで弾切れだ、取っておけ!』

 

 二機の裏側へと回り込んでいたハワードのマラサイによる、最後の一発まで撃ち尽くすガトリングガンの弾幕。たまらず遮蔽物の影に身を隠そうとする二機だったが、そこへ急降下したガブスレイが襲いかかった。

 

『もらったよ……!』

 

 既に小破していたゲルググ・キャノンは、ガブスレイが地面に着地と同時に抜き放ったビームサーベルに溶断される。続けてジム・ライフルの銃口がガルスJのコクピットに押し当てられ、そのままゼロ距離で弾丸が叩き込まれた。

 胴体が泣き別れになったゲルググ・キャノンは、そのまま爆散して大破。ガルスJもコクピット内のパイロットがミンチになったのか、モノアイの光が失われて動かなくなる。

 

『──敵機撃破、残りの敵は?』

 

『あとは……むっ⁉︎』

 

 敵MSを撃破し、弾切れになったガトリングガンを放棄するハワードのマラサイ。その隙を狙われたのか、黒煙に紛れて放たれた弾丸が数発被弾する。

 幸い肩部のシールドで致命傷は避けられたが、レイフのマラサイは右腕のマニュピレータを破損してしまう。そこへ追撃するように、黒煙の向こうから一機のMSが現れる。

 

『こいつっ……!』

 

『ハワードっ!』

 

 突撃してきたのは、赤熱化したヒートソードと三連装ガトリング砲を携えるグフ・カスタムだった。装甲のいたる所に傷や歪みを拵えた歴戦の機体だ。

 シュウカはグフ・カスタムとハワードのマラサイの間に割って入り、振り下ろされたヒートソードをビームサーベルで受け止める。それを援護するようにハワードのマラサイも、頭部バルカンを連射する。

 しかし、傷だらけのグフ・カスタムは、巧みにシールドと周囲の遮蔽物で攻撃を回避していく。かなりの手練れ、それを悟ったシュウカは手持ちのジム・ライフルをハワードに手渡し、ビームサーベルを構え直す。

 

『こいつ、かなりデキるよ。ハワードは援護を、僕がやる』

 

『……分かった、無茶はするな』

 

 片手でジム・ライフルを構え、距離を取るハワードのマラサイ。それを見た傷だらけのグフ・カスタムは、三連装ガトリング砲を投棄。腰部にマウントしていたヒートホークを手に取り、刃を赤熱化させる。

 

『格闘戦で一気にケリをつける気か……上等!』

 

 シュウカは両肩部の速射砲で牽制するが、グフ・カスタムはそれをシールドで防ぎながら距離を詰め、二つの赤い刃を振るった。

 

『くっ……こうも密着されていては、誤射の危険性が……』

 

『間違えて僕の背中を撃たないでくれよ!』

 

 ハワードが援護射撃できないよう、シュウカのガブスレイと至近距離の格闘戦を繰り広げるグフ・カスタム。鬼気迫るその猛攻に、シュウカも固唾を呑む。

 そのまま何度もぶつかり合うビームサーベルとヒートソードが激しい閃光を散らし、やがてラジオから流れる曲と共にボルテージが最高潮へ達する。

 

『ははっ、凄いなアンタ! こんな機体で、よくここまで……!』

 

 シュウカのガブスレイが放ったビームサーベルの一閃が、グフ・カスタムのヒートソードを握るマニピュレータを溶断する。

 しかし、グフ・カスタムにとってそのダメージはそれは織り込み済みだったのか。すかさず腕部に仕込まれていたワイヤー、ヒートロッドの鉤爪を射出して反撃する。

 

『やるな……! でもね、勝負を決めるのは経験でも技量でも、機体の性能でもない……より濃い殺意をぶつけた方が勝つんだよっ!』

 

 鉤爪がガブスレイの右肩に食い込み、ワイヤーを伝って電流が流されるが、それより早くシュウカはガブスレイをMA形態に変形。脚部クローアームを展開しながらグフ・カスタムへと突撃した。

 そして、ヒートロッドの電流で制御系がダウンながらも、クローアームでグフ・カスタムの両腕を拘束し、安定しないスラスターを目一杯に噴射する。

 

『シュウカ! くそっ、あのバカ……!』

 

 くんずほぐれづな状態で、地面を抉るように蛇行してすっ飛んでいくガブスレイとグフ・カスタム。その先にガウ空母の残骸がある事に気付いたハワードは、舌打ちしながら全速力で後を追う。

 

『残骸にぶつかるぞ、回避しろっ!』

 

『……脚部強制パージ!』

 

 ガブスレイがクローアームを切り離すと同時に、後ろから追いついたハワードのマラサイが、ビームサーベルでヒートロッドを切断する。

 ヒートロッドの電流攻撃から解放されるや否や、シュウカはガブスレイをMS形態へと移行。目の前まで迫っていたガウ空母の残骸を横へ回避した。

 しかし、クローアームに拘束されていたグフ・カスタムに回避などできるはずもなく、そのままの勢いでガウ空母の残骸に激突。崩落する鉄塊に押しつぶされてしまうのだった。

 

『ふー、何とかなった……』

 

 砂塗れになりながら軟着陸したガブスレイ、そのコクピットの中でシュウカは、額の汗を拭って一息つく。同じくハワードも、自滅しかねないシュウカの突貫に肝を冷やしていた。

 

『いつも言ってるだろう、その向こう見ずな戦い方はやめろ……援護する方の身にもなれ』

 

『いつも助かってるよ、次もよろしく。それで、あのグフはもう動いてない?』

 

『核融合炉は停止している、もう立ち上がっては来ないだろう……向こうもカタがついたようだな』

 

 レイフたちの方を見れば、そこにはコクピットに大穴を開けたザクⅡと、ほぼバラバラに大破したドワッジが転がっていた。

 損害はハワードのマラサイがマニュピレータを破損させた程度で、パトロール隊の生き残りであるネモとジムⅡも健在。EGFとしてはまずまずの戦果だった。

 

「全敵MSの沈黙を確認、周辺に熱源反応もない。これで打ち止めみたいだな」

 

「みんなよくやったわ、お疲れ様。さて……パトロール隊の指揮官、さっきの話は忘れてないでしょうね?」

 

『約束は守ると言った。よくやった……このロクデナシどもが』

 

「だとさ。さあお前ら、貰えるものを貰って帰るぞ!」

 

 機体を回収するために降下してくる輸送機。レイフたちは回収地点に向かいつつ、使えそうな武器は回収していく。

 しかし、ハワードは仕方なさそうにため息をついて、制御系がダウンして動けないままのシュウカのガブスレイを引きずるのだった。

 

『相変わらずだな、お前。あのグフのヒートサーベルでコクピットを焼かれててもおかしくなかったろ?』

 

『まあね。でもその時は僕が死ぬだけだし、大した問題じゃあないさ』

 

 ジムⅡの180mmキャノンの長い砲身を折り畳みながらガブスレイの搬送を手伝うカイト。その声色にはハワードと同じく呆れが含まれていた。

 

『やれやれ、久々に美味い飯でも食いてぇな』

 

『ところで、ハワード。賭けはどうなった? 君は幾つ撃墜したかね?』

 

『うーむ、それはだな……撃墜補佐なら自慢できるんだが』

 

 着陸し、コンテナを開いて待機している輸送機の元へ向かうシュウカたち。そんな彼らの足取りは、苛烈な戦闘の後とは思えないほどに軽い。そもそも、戦場に魅入られた彼らが怖気付くなどありえないのだが。

 現にシュウカは、今もなおコクピットの中で余韻に浸っている。ノイズ混じりのラジオに耳を傾けながら、一人頰を緩めているのだった。

 

『名残惜しいですが、お別れの時間がやって来ました。グローバル・コーテックス放送局は、いつでもリスナーの皆さんに素敵な楽曲をお届けいたします……それでは、またお会いましょう! Have a nice day‼︎』

 

 

 ──

 

 

「データ取得完了……どうです、感想は?」

 

 配線やパイプが剥き出しになった薄暗い部屋で、煌々と点滅するディスプレイ。その前で、独り機器を弄る男がいた。

 何やら誰かと通信で会話しているようだが、相手の声は聞こえず男の声だけが暗い部屋の中に響いていた。

 

「ええ、今はまだ……ですが、可能性のあるものは全て消去します。それが、我々の計画ですから」

 

『──、────』

 

「勿論です。近いうちに、ビスト財団が袖付きと接触するでしょう。つまり……『箱』の封印が解かれる、ということ。連邦も黙ってはいないでしょうね」

 

『──、──」

 

「既に企業連も動き出している……評決の日は近い、計画も大詰めですね……はい、分かっていますよ。では、また連絡します」

 

 通信が終わったのか、部屋にしばしの静寂が訪れる。それを打ち破るように男が手元の機器を操作すると、ディスプレイにとある画像が映し出される。

 それは、一本角を携えた白亜の巨人。純白のユニコーンを思わせる姿を持つMSだった。

 

「人だけが持つ神、内なる可能性の獣……ふっ、神様は間違えてる」

 

 そう言って男は踵を返すと、薄暗い部屋から姿を消す。それでもディスプレイの明かりは消えず、人知れず別の画像を映し出した。

 画面に映ったのは、何かのリストのようなもの、様々な人物の情報がプロファイルされていた。そして、その殆どはMSのパイロットだった。

 連邦軍やジオン軍で名を馳せたエース・パイロットたちを中心に、今なお現役で戦い続けているパイロットのみを選別しているようだ。

 しかし、何を目的として作成されたものかも分からない謎のリストだが、その末尾にある名前だけは他とは違った。

 まるで作成者が悪意を持って塗りつぶしたかのように、詳細欄は真っ黒になっている。唯一判別できるのはその名前だけ。そして、その名前は──『バナージ・リンクス』と記されていた。

 




ビームライフルとレーザーライフルの違いがよくわからない


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EP.02 Rise in Arms

⚪︎ガブスレイ TR-V
ティターンズが開発した可変型モビルスーツ『ガブスレイ』の試験機の一つ。EGFの隊員であるシュウカ・リベルーテが搭乗する。
全身の装甲や武装が一新されており、大気圏内でも運用できるように調整されている。追加バイザーや大型スラスターが取り付けられていることから、ジム系列に近いフォルムへと変化している。
TR計画においてギャプラン TR-5[フライルー]と並行して開発された試作機だが、失敗作として解体処分されていた。


「ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布。隔壁閉鎖、遅いぞ!」

 

「……! 敵艦より砲撃、来ます!」

 

 暗い宇宙に瞬く淡紅の光。膨大な熱量を伴い一閃したそれは、小さなデブリを焼き尽くしながらブリッジのすぐ横を通り抜けていく。

 長距離からビーム砲による砲撃に晒されるのは、偽装貨物船『ガランシェール』。ノーマルスーツを着込みながら指揮席についたガランシェールのキャプテン、スベロア・ジンネマンはクルーに現在の状況を問う。

 

「敵は?」

 

「連邦軍のクラップ級巡洋艦が二隻。恐らく、こちらを追ってきたロンド・ベルの部隊かと」

 

「高速接近する熱源体を確認! 先行する三機と後続に四機、計七機!」

 

「偶然の出会いじゃない、ってわけだ……マリーダを出せ、先行する三機を迎撃させろ」

 

 ジンネマンの指示を受けて、MSの出撃態勢を整えるガランシェール。そして、ブリッジのモニターにはジンネマンに名を呼ばれた女性のパイロットが映し出される。

 

「あと十分で暗礁宙域だ、ガランシェールの足なら逃げ切れる。片付けて帰ってこい」

 

『……後ろの四機は?』

 

「そっちは()()に任せる。お前は先行する三機に集中しろ」

 

『了解、マスター』

 

「……マスターはよせ」

 

 自分をマスターと呼んだ女性パイロットに、ジンネマンは小さくため息をついて肩をすくめる。

 そして、出撃準備を終えたガランシェールの後部ハッチが開くと、そこから特徴的なフォルムをした大型のMSが姿を表す。

 ジオン系統のMSの特徴であるモノアイ、花弁の如く開く四基のフレキシブル・バインダー、『袖付き』に所属する事を示すエングレービング。『NZ-666 クシャトリヤ』、それがこのMSの名だった。

 

『マリーダ・クルス、クシャトリヤ、出る!』

 

 四基のバインダーからスラスターの青白い焔を尾引かせながら、ガランシェールから飛び立つクシャトリヤ。

 それをブリッジから見送るジンネマンは、一瞬だけ憂慮の表情を見せた。しかし、すぐに気を取り直すと、またクルーに指示を出し始める。

 

「キャプテン……連中は本当に信用できるので?」

 

「さあな。だが……連邦軍と正面切って戦争しようという奴らだ。ただの虚仮威しということもないだろう」

 

 ネオ・ジオン残党組織である『袖付き』、その実働部隊であるガランシェール隊。部隊の指揮を務めるジンネマンは、今回の任務に同行している『バーテックス』について黙考する。

 しかし、兵士というものは上官の命令に従うもの。ガランシェール隊に任務を与えた袖付きの首魁、フル・フロンタルの判断を信じるしかない。

 ただジンネマンも、全てを鵜呑みにはしていない。彼らがこちらに銃口を向けないとは限らないのだから。

 

「バーテックスの動きにも注意しろ。何かあれば、マリーダをすぐに撤退させる」

 

「了解!」

 

 ディスプレイに映るのは、周囲に探知された熱源体を示すアイコン。追撃してきたロンドベルのMS部隊、それに迎撃にあたるマリーダのクシャトリヤ……そして、また別の方向から飛来するアイコンもあった。

 

(……さて、じっくりとお手並み拝見したいところだが、奴らは謎が多すぎる。果たして、彼らと手を組んだことが吉と出るか凶とでるか……)

 

 ジンネマンは得体の知れない連中の手も借りねばならない自分たちの困窮具合に苦笑しながら、モニターからマリーダの駆るクシャトリヤの戦闘を見守る。そしてその画面の向こうでは、鮮やかな爆発が閃くのだった。

 

 

 ──

 

 

 戦いの中で生き残るパイロットと、あえなく散っていくパイロット。その両者を分けるのは運。生き残った奴が臆病だったわけではないし、死んだ奴が勇敢だったわけでもない。

 はるか先で爆散する一機のMS、それに次いで無線から聞こえてくる友軍機が撃破されたという通信。コクピットでそれを聞いていたクライゼン少尉は、呆然とかつての上官から投げかけられた言葉を思い出していた。

 

『シエラ3、大破! くそっ、袖付きの四枚羽だ!』

 

『動きを止めるな、狙い撃ちされるぞ!』

 

「──っ!」

 

 咄嗟にフットペダルを踏み込み、クライゼン少尉は自身の乗機である『RGM-89D ジェガンD型』を一気に加速させる。

 すると、先までいた位置に青白い閃光が走る。すぐ真横を通り過ぎた高出力の熱線に、クライゼン少尉は戦慄して表情を歪めた。

 

『データ照合無し……一体何なんだ、あのMSは……』

 

『詳細不明のMSが二機、こちらに攻撃してきます! 副隊長、指示を!』

 

 ガランシェールを追跡してきた二隻のクラップ級巡洋艦、キャロットとテネンバウムは、連邦軍直属の遊撃艦隊『ロンド・ベル』の艦だ。クライゼン少尉らは、そこに所属するMS部隊だった。

 ネオ・ジオン残党である袖付きを追跡していた彼らは、暗礁宙域手前でようやくガランシェールを交戦距離にまで追いついた。ガランシェールが高性能のワンオフ機を運用していることは既知だったため、クライゼン少尉ら七機のジェガンで編成したMS小隊で攻撃を仕掛けた。

 だが、彼らを待ち受けていたのは──

 

「おいおい、冗談キツイぜ……!」

 

 視界の端に映る噴射炎の軌跡。サブカメラでそれを拡大すると、初めて目にするMSの姿が映し出される。

 背には二基の大型ブースター、ジェガンのビームライフルとは比べ物にならない高出力のビームバズーカ、兵器然とした角ばったフォルムと赤く光るカメラアイを持つ謎のMS。一目見ただけでアナハイムやジオニック系統とはまるで異なることが分かる。

 

『くっ……四枚羽は先行した隊長たちに任せる。俺たちはあの二機を抑えるぞ! ブースター付きはアンノウン1、もう一機はアンノウン2と呼称する。油断はするな、確実に撃破しろ!』

 

「……了解!」

 

 副隊長の駆る機体は、指揮官用にカスタマイズされたスターク・ジェガン。その肩部に増設されたミサイルポッドを連射し、アンノウン1を牽制する。しかし、敵はアンノウン1だけではなくもう一機いる。

 アンノウン1と並行するように飛行する、流線型の紅い装甲で全身を固めたアンノウン2だ。鈍く輝くラインアイでクライゼン少尉を見据えるアンノウン2は、その手に持つビームマシンガンを連射してくる。

 

(こいつらにはエングレービングが無い、袖付きのMSじゃあないのか……!)

 

 シールドでビームマシンガンを防ぎながら、ネオ・ジオン残党のものとは思えない敵MSに疑問を抱くクライゼン少尉。しかし、そんなことに意識を割く余裕はすぐになくなり、敵の攻撃は更に激しさを増す。

 

『くっ、速い……!』

 

『シエラ5、上だ!』

 

 アンノウン2がマシンガンで弾幕を張っている内に、大きく旋回して回り込むアンノウン1。その手に持つビームバズーカが構えられる。

 

(避けっ──ちぃっ、間に合わない!)

 

 クライゼン少尉は咄嗟の判断で、アンノウン1に狙われていた味方のジェガン、シエラ5を後ろから蹴り飛ばす。

 その甲斐あって放たれた青白いビームはコクピットへの直撃を免れたが、代わりにシエラ5の片足を貫き破壊した。

 

「弄びやがって……始末が悪いんだよっ!」

 

 クライゼン少尉は頭部バルカンとシールドに内蔵されたミサイルランチャーを乱射し、敵を突き放す。

 その間に片足を破損したシエラ5は何とか体勢を立て直そうともがいていた──が、あらぬ方向から飛来した無数のビームがコクピットを穿ち、シエラ5は轟音を立てて爆発した。

 

「なっ……! どうなってんだおい⁉︎」

 

『サイコミュ兵器だ! 四枚羽がこちらに……いや、違う!』

 

 コンソールに示される無数のデブリ反応、いや、デブリに誤認されるほど小さな何か。センサの精度を上げれば、それはデブリではなく小さな熱源体として検知される。そしてもう一つ、遠方からこちらに接近してくる新たなMSの反応も捉えていた。

 アンノウン2と同じ流線型の重厚な装甲、マニュピレータに携える大口径のバズーカとシールド。そして、背部ユニットから射出されるのは、無数のサイコミュ兵器。四枚羽と同じく、エースパイロット専用の高性能なワンオフ機であることが見てとれる。

 そしてカメラが捉えた肩部の装甲には、型番と思しき文字が刻まれている。『AC-05N SERENE(セレナ)』、それがこのMSの呼称らしい。

 

「新手、しかもあれは……!」

 

『オールレンジ攻撃、来るぞ!』

 

 一般にファンネルと呼ばれるサイコミュ兵器は、パイロットの感応波によって制御される攻撃端末だ。小型故にビームの威力は低いが、その脅威はあらゆる方向からのオールレンジ攻撃にある。

 装甲材が発達した今でも、サイコミュ兵器は一般兵器を遥かに凌駕する攻撃性能を有している。連邦軍では対オールレンジ攻撃戦術の構築が進められているものの……

 

『だ、ダメだ……! 回避しきれなっ──』

 

 手足、頭部、バックパック、そしてトドメにコクピットを。なす術なく全身をビームで撃ち抜かれたジェガンが、また一機撃墜される。

 そして、次の標的と言わんばかりに迫りくる十字型のファンネルに対応すべく、クライゼン少尉は即座にOSの自動回避システムをオミット、マニュアルでの操作に切り替える。

 

(かわしきれるか……⁉︎いや、かわせないと落とされる!)

 

 機体の周囲に位置取り、ビーム砲の照準を合わせるファンネル。クライゼン少尉は全身のスラスターを駆使し、ギリギリでコクピットと頭部カメラへの被弾は避けるが、シールドでもカバーしきれなかった脚部を撃ち抜かれてしまう。

 

「──っ!」

 

 一気に機体のバランスが崩れ、体が千切れそうになるほどのGがクライゼン少尉を襲う。コンソールに備えられていたエアバッグが起動するも、内臓が捩れる感覚が和らぐことはない。

 口内に迫り上がってきた胃液を吐き出しながらも、なんとか操縦桿からは手を離さないクライゼン少尉。その闘志を挫くように、セレナの放ったバズーカがクライゼン少尉のジェガンの左腕をシールドごと吹き飛ばした。

 

「くっ、そ、があぁぁっ‼︎」

 

 ファンネルに頭部を撃ち抜かれがらも、クライゼン少尉は最後の抵抗とセレナへビームライフルを放つ。

 しかし、放たれたビームはセレナの左腕に備え付けられていたシールド、それに内蔵されていたIフィールドによって軽々と防がれてしまった。

 

(あぁ……あんまりじゃねぇかよ……!)

 

 爆発の余波でコンソールが吹き飛び、金属の破片がクライゼン少尉の脇腹を裂く。メインカメラを失ったせいで、全天モニターも殆どその機能を失いつつあった。

 僅かに画像を映し出すサブカメラには、アンノウン1とアンノウン2によって撃墜された副隊長のスターク・ジェガンが爆散する様が映し出されていた。

 そして今、クライゼン少尉の目の前にいるセレナが、トドメを刺すべくファンネルのビーム砲の照準をコクピットへと定めていた。

 

「ゲホッ……死に腐れ、クソ野郎っ……‼︎」

 

 相手が何なのか、それすらも分からず死ぬことに激しい怒りを覚えるクライゼン少尉だったが、もはや抗う力は残されていなかった。憎々しげに血反吐と共に悪態を吐きだす。彼にできることは、もはやそれしかなかったのだ。

 そして、そんな彼の悪態も一蹴するように、無慈悲に放たれるビーム砲。クライゼン少尉の視界は一瞬にして真っ白になり、意識は光の中に飲み込まれていった。

 




※武装の名称を修正しました


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EP.03 Fact

⚪︎陸戦型マラサイ
 幾つかの機能をオミットし、地上戦に特化したカスタム機。重力下での高機動を実現するためのホバー用のジェットエンジン、重火器をマウントするサブアームなどが増設されている。
 EGFの歴戦パイロットであるレイフ・スミノルフとハワード・コールマンが搭乗する


 暗い宇宙を進む一隻の巨大な戦艦。白を基調としたその戦艦は、数々の戦場を戦い抜いてきた歴戦の強襲揚陸艦『ネェル・アーガマ』だ。

 ネェル・アーガマはかつてティターンズに対抗する組織であったエゥーゴの旗艦だったが、現在はロンド・ベル所属の遊撃部隊としてなおも現役である。

 そんなネェル・アーガマのメインデッキでは、ハンガーに固定されたMSたちが作戦に備えてメンテナンスを受けている最中だった。

 

(……)

 

 デッキ横の待機室には、壁にもたれかかりぼんやりとメンテナンスの様子を眺める金髪の青年がいた。

 青年が眺めるのは、青い可変MS『RGZ-95 リゼル』だ。量産型でありながら単機での可変機構を持つリゼルは、かつてのZガンダムに連ねる最新鋭の機体である。

 しかし、青年は手首につけていた航空機の模型のペンダントを指でいじりながら、自身の愛機に複雑な視線を向けていた。

 

「どうした、リディ少尉。集合にはまだ早いぞ?」

 

「……! ノーム隊長。すみません、少し落ち着かなくて……」

 

 待機室に入ってきた自分と同じノーマルスーツを着込んだ男に、背筋を伸ばして敬礼する青年。そのいつもより固い敬礼を見たノーム・バシリコック少佐は、青年の心境を察して苦笑してみせる。

 

「不安、か。その気持ちは分かるが、過度な緊張は禁物だぞ?」

 

「あ、いえ……そうですね」

 

 ノームに指摘されて、息を吐きながら肩の力を抜く青年。彼の名はリディ・マーセナス、彼はこのネェル・アーガマのMS部隊のパイロットの中でも特に若く経験も浅かった。

 そんなリディの緊張を解くために、ノーム少佐はデッキにあるMSを指差して話しかける。

 

「アレを見てみろ、リディ少尉。ECOAS秘蔵の特殊作戦用のMSだぞ。名称はロトと言ったか」

 

「随分と小柄ですよね。特殊作戦用っていうのは伊達じゃなさそうですよ」

 

 リゼルと比べてかなり小型のMS『D-50C ロト』は、海軍戦略研究所『サナリィ』にて開発された可変型の量産機だ。

 MS形態とタンク形態による高い隠密性と迅速な兵員輸送能力を持つロトは、まさに連邦軍の特殊部隊である『ECOAS(エコーズ)』にうってつけのMSだった。

 

「しかし、ノーム隊長。今回の作戦は……ただネオ・ジオン残党を摘発することだけじゃないんですよね? そうじゃなきゃ、いくらなんでも……」

 

「過剰戦力すぎる、か?」

 

「……はい」

 

 リディらロンド・ベルの任務は反連邦政府組織の摘発や掃討にあり、現在はネオ・ジオン残党組織である『袖付き』を追っていた。

 つい先日もロンド・ベルの別動隊が袖付きと交戦し大損害を被ったことを聞かされていたこともあり、リディも敵が残党とはいえ油断できる相手ではないことを理解していた。

 しかし、それでも今回の作戦に投入される戦力の多さに違和感を感じていた。

 

「確かにその通りだ。今回の作戦はロンド・ベルとエコーズを含む()()()()で実施されるんだからな」

 

 そう言ってロトの横に鎮座するMSを顎で指す。その機体はネェル・アーガマに配備されたMSではなく、いわゆる来客のMSだった。

 機体そのものはリゼルと同型だが、随所に改良と追加武装が施された専用のカスタム機であることが見てとれる。

 そして、その肩部装甲にあてがわれた英文字のAを模したエンブレム。それはエコーズと同じような連邦軍の特殊部隊に所属することを表していた。

 

「独立戦術部隊『アライアンス』。かつてティターンズのカウンターとしてエゥーゴが発足したように、連邦上層部がロンド・ベルに対抗して作った部隊と聞いているが……」

 

「ロンド・ベルに対抗して……そんな部隊が何故、俺たちと共に行動するんでしょうか」

 

「さあな、上のお偉方が何か悪巧みでもしてるのかもな……だが、俺たちはロンド・ベルのパイロットだ。やることは変わらない、そうだろう?」

 

「……そう、ですね」

 

 違和感を払拭できないものの、とりあえずは目下の作戦に集中しようと心持ちを切り替えるリディ。それを見たノームは、少し安心したように肩を落としながら息をつくのだった。

 

(やれやれ……今回の任務はリディの言う通り、いつもの任務とは気色が違う。どうなることやら……)

 

 

 ──

 

 

 ネェル・アーガマにある艦長室、そこでは三人の男たちが同じテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には湯気のたつ入れ立ての紅茶も用意されていたが、誰一人手をつけようとはしない。

 

(ふん……俺の入れた紅茶は飲めない、っていうのか?)

 

 むすっとした顔で座る目の前の二人に、ネェル・アーガマの艦長であるオットー・ミタス大佐は不機嫌な表情を隠そうともせずに自分の紅茶を啜る。

 

「それで? 作戦の内容を再度確認するために来たのだろう。いつまでも黙ってないで話を始めたらどうだ?」

 

「……私も同感です。エヴァンジェ大佐、そろそろご説明を願いたい」

 

 オットー艦長に賛同するのはいかにも軍人といった厳つい強面の男、エコーズ920隊の隊長であるダグザ・マックール中佐だ。

 エコーズは軍務だけでなく警察権まで与えられた特殊部隊だ。広い活動範囲と高い秘匿性から汚れ仕事を請け負うことも多く、周囲からはマンハンター部隊と呼ばれて疎まれていた。

 しかし、ロンド・ベルもスペースノイドから畏怖されているという点ではエコーズと似通っていたが、ここにあるもう一つの部隊もまた違う意味で嫌われていた。

 

「では……今回の作戦、『ラプラスの箱』の受領阻止及び奪取について、再度各々の役割を確認しよう」

 

 三人の中では一番年若い鋭い目つきをした青年、エヴァンジェ・コーラー大佐は連邦宇宙軍独立戦術部隊『アライアンス』の指揮官だった。

 アライアンスは上層部直属の部隊であり、強い権限を有し優遇される立場にあった。それ故に、なにかと冷遇されるロンド・ベルからはよく嫌われていた。

 そもそも、ロンド・ベルのカウンターである彼らがここにいる理由の一つは、ロンド・ベルを監視するためである。連邦上層部は、ロンド・ベルが『ラプラスの箱』なるものに接触することを恐れているのだ。それを察しているダグザ中佐は、疑惑の念を含んだ視線をエヴェンジェ大佐へと向ける。

 

「ネオ・ジオン残党である『袖付き』、彼らは工業コロニー『インダストリアル7』にてビスト財団から『ラプラスの箱』を受領する。それを阻止するのが本作戦の目的だ。我々とオットー艦長らネェル・アーガマは……」

 

「分かっている、インダストリアル7周辺の警戒、露払いをすればいいんだろう」

 

「……内部への侵入はエコーズに一存する。手引きをするアルベルト・ビストには、話がついているな?」

 

「勿論です。彼の案内のもと、箱を奪取します」

 

「よろしい。では、私から一つ、ある情報を共有させていただこう」

 

 そう言ってエヴァンジェ大佐が小さなデバイスを取り出すと、オットー艦長とダグザ中佐にある映像を見せる。

 

「……これは?」

 

「先日、袖付きとその艦を追っていたロンド・ベルの部隊で交戦があった。ロンド・ベルのMS六機が撃墜され、一機を残して全滅した。これはその生き残りの映像記録だ」

 

 画面に映るのは、ジェガンのカメラアイが捉えた戦場の様子だ。しかし相手は、ザクやジムの系列とは異なる謎のMSだった。ジェガンを容易く手玉に取るその敵MSに、オットー艦長とダグザ中佐は眉をひそめる。

 

「……なんだコイツは。袖付きのMSじゃあないのか?」

 

「違う。これは『企業連』のMSだ」

 

「企業連、だぁ……?」

 

 聞き慣れない単語に、大袈裟に顔を顰めてみせるオットー。それとは対照的に、ダグザ中佐は神妙な表情になる。

 

「話には聞いたことあります。アナハイムやサナリィとの開発競争に敗れた斜陽企業が、複数集まって形成された軍産複合体……という認識ですが、MSの開発をしていたとは……」

 

「ふん。なんだ、ただの負け犬どもの集まりか」

 

「その認識は間違いではない。表向きには、だが」

 

 ダグザ中佐の要望に応えるように、エヴァンジェ大佐がデバイスを操作すると、半透明のホログラムが映し出される。それは、先程の映像にもあったジェガンが戦っていた敵MSの全体像だった。

 

「企業連は袖付きと結託し、秘密裏に支援を行なっている。君たちロンド・ベルが追っていたガランシェールには、企業連が独自に開発したMSを含む機動部隊が随伴していたのだろう」

 

「……それがインダストリアル7でも仕掛けてくると?」

 

「間違いなく、仕掛けてくる。だが、企業連の部隊への対応は我々が受け持つ。君たちは君たちの任務を果たせ」

 

「……」

 

 ただでさえ厄介なネオ・ジオン残党に、企業連などという得体の知れない連中がくっ付いている。それを知ったオットー艦長は、苦虫を噛み潰したような顔でMSのホログラムを睨みつけていた。

 

(冗談じゃない……あの四枚羽単騎ですらロンド・ベルのMS部隊を容易く退けるほどだっていうのに、そこへ更にこんなワケの分からん連中まで……)

 

 思わず頭を抱えたくなるのを堪えるオットー艦長。その隣のダグザ中佐は何か思うところがあったのか、眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。

 エコーズはその秘匿性の高さ故に、一般兵が知り得ないような機密に触れることもある。その中で、ダグザ中佐の脳裏に浮かんだのは──『火星』だった。

 

(企業連の中核を成す上層企業、その一つの名が確か……『ジオ・マトリクス』、アレは公国時代からある火星を拠点とするジオニック系企業だ。それに、五年前のレジオンの件もある……)

 

 『ジオ・マトリクス』、それは宇宙世紀以前から火星開発を掲げていた企業であり、人類が宇宙へ進出してからは文字通り火星経済を担う大企業だった。

 しかし、火星は資源に乏しい星である上に、コロニー開発が進んだことで植民地としてのメリットは殆どなくなってしまった。故に、火星は宇宙の辺境として見做されていた。

 しかし、そんな火星には今もなおジオンの残滓が強く根付いている。そして、ダグザ中佐の勘は間違いではなかった。全ては、そこから動き出したと言っても過言ではなかったのだから。

 



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EP.04 Cord e

アーマードコアではエネルギーやレーザーと表現されてたところを、ガンダムの世界観に合わせてビームに変えたりしてます。


 

 事の発端は地球から七万五千キロメートル以上離れた宇宙から始まった。そこには、スペースコロニーが造られ、人々が宇宙へと進出した宇宙世紀の今でも変わらず漂う『火星』がある。

 勿論、火星にもいくつかの植民地やコロニーはあるが、資源に乏しいこの星は未だに未開拓の地が広がったまま。少なくとも、多くの人々がそう思っていた。

 そんな侘しい火星の紅い大地の上を進む戦艦『レウルーラ』、そのブリッジでどこまでも続く地平を眺める偉丈夫、仮面で素顔を隠す一人の男がいた。

 

「大佐ともあろうお方が、何故このような僻地にまで……」

 

「そう言うな、アンジェロ大尉。組織のトップが接触してきたのだ。ならば、こちらも上の人間が対応するのが、礼儀というものだろう」

 

 側に控えていた青年の士官に対して、窘めるように言い聞かせる仮面の男。青年は納得いかない様子だったが、それ以上口を挟むことはなかった。

 

「それにしても……『企業連』か。彼らの目的が何なのか、それはまだ測りかねるな」

 

「所詮はアナハイムとの開発競争に敗れた負け犬どもの集まりでしょう」

 

 このレウルーラとそのクルーたち、彼らは世間で言うところのテロリスト。『袖付き』と呼ばれるネオ・ジオン軍の残党だ。

 シャア・アズナブルによる地球圏への粛清とアクシズ・ショック、三年前に起こった第二次ネオ・ジオン抗争で散り散りになったネオ・ジオン残党勢力の一つなのだ。

 そんな彼らがわざわざこの火星くんだりまでやって来たのは、勿論きちんとした理由がある。

 

「そろそろアサバスカ渓谷だ、周囲の状況は?」

 

「特に怪しいものは──いえ、これは……!」

 

 仮面の男がクルーに問いかけると、周囲を探っていたレーダーがレウルーラへと発せられる信号を見つける。

 火星の大地にある裂け目から伸びる光の線、それはガイドビーコンだ。渓谷にある何かが、レウルーラを導こうとしている。

 

「……いかがしますかな?」

 

「こちらは招待された立場だ、待たせるわけにもいかないだろう。このままビーコンに従うとしようじゃないか」

 

「ではそのように」

 

 レウルーラの艦長であるヒル・ドーソンが指示を出すと、レウルーラがガイドビーコンに沿って渓谷の中へと降りていく。すると、その中腹まで差し掛かったところで、岩壁がゲートのように開いた。

 その先には、ライトに照らされた軍港があった。まさに秘密基地といった大掛かりな仕掛けと徹底ぶりに、仮面の男は少し驚いたように片眉を上げる。

 

「まるでジャブローだ、懐かしいものだな」

 

 軍港に入り所定の位置で機関を停止させたレウルーラに、軍港の壁面から伸びて来た連結橋が繋がる。そして、ドーソンがクルーに着艦作業を進めるよう指示しているのを尻目に、仮面の男はデッキを後にする。

 

「セルジ少尉とキュアロン中尉にMSで待機するよう通達。アンジェロ大尉は私と来てくれ」

 

「はっ!」

 

「さて……荒事にならなければいいのだが、な」

 

 レウルーラのハッチを開いて、連結橋に立つ仮面の男とアンジェロ。それを出迎えたのは壮年の男と側に控える二人の秘書だった。

 

「ジオ・マトリクス本社基地、『ニューザイオン』へようこそ。私は代表取締役を勤めるレオス・クライン。宜しく頼む、フル・フロンタル大佐」

 

「丁重な歓迎、感謝いたします」

 

 遠い船旅を労うように静かに一礼する壮年の男、レオス・クライン。それに対して仮面の男、フル・フロンタルも礼を返す。それからフロンタルらはクラインとその秘書たちに案内され、応接室へと連れて行かれる。

 高そうなソファーに腰掛けたフロンタルと、それを守るように脇に立つアンジェロ。同じような構図で向かい合うクラインは、フロンタルを見て僅かに口角を吊り上げる。

 

「赤い彗星の再来とはよく言ったものだ。やはり、所詮は紛い物か?」

 

「貴様っ……⁉︎大佐に向かってよくもそんな事を!」

 

 開口一番にフロンタルへの侮辱とも取れる言葉、それにアンジェロは激昂しかける。しかし、フロンタルは片手を上げてをそれを制する。

 

「仰るとおり、私は本物のシャアではない。己を器と規定した贋物だ。だが、人々がそう望むのなら、私はシャア・アズナブルであり続ける。紛い物には紛い物なりの、役割というものがあるのだよ」

 

「……その役割というのは?」

 

「全てのスペースノイドを真の自由に導くこと、それだけだ。ただ与えられた役割であろうと、私はそれを全うするのみ」

 

「ふむ……面白い男だな、君は」

 

 自らを器と称したフロンタルに、クラインは興味を示すように顎に手をやる。フロンタルもまた、自身の本質を見抜いたクラインに一目置いていた。

 

「先ほどの発言は撤回しよう。無礼な真似をした、すまなかった」

 

「気にする事はない、貴方の言った事は真実なのだから」

 

「……では、与太話はこれくらいにしておこう。早速、本題に入ろうではないか」

 

 クラインの秘書が入れた紅茶に口を付けながら、フロンタルはクラインの次の言葉を待つ。しかし、それはフロンタルも予想していない言葉だった。

 

「……ビスト財団から『ラプラスの箱』の引き渡しを持ちかけられたろう」

 

「ほう?」

 

『ラプラスの箱』という言葉にぴくりと反応するフロンタル。しかし、クラインは冷淡な無表情を少しも崩さない。

 

「よくその情報が得られたものだ、『企業連』も中々に侮れない」

 

「上層にはビスト財団と繋がりがある者もいる。特に不思議なことでもないだろう」

 

 その中身が世に放たれれば、世界を変えるとすら言われる『ラプラスの箱』。箱を手中に栄華を築いたとされるビスト財団。全て、何の根拠もない噂話でしかなかった。

 しかし、それは確かにある。連邦政府が恐れるラプラスの箱、その呪いは決して妄想の産物などではない。

 

「何故、ビスト財団が君たち『袖付き』に箱の譲渡を持ちかけたのか……そんなことはどうでもいい。重要なのは、箱が開かれるという事実。その一点のみだ」

 

「箱が開かれれば、間違いなく世界は混乱の渦に飲み込まれる。連邦政府がスペースノイドの自治権を認めてくれれば、我々はそれで良いのだ。箱の中身によっては、開かずに交渉の材料とすることもあり得る」

 

「生温い、連邦政府が容易く首を縦に振るとでも?不可能だ、根まで腐り切った大樹に新たな萌芽など、期待できるはずもないだろう……一度切り払い、種から植え直さねばならん」

 

「つまり……そちらの目的は連邦政府の転覆そのもの。そう解釈してかまわないかな?」

 

「その認識で結構。連邦政府が樹立したあの日から、我々は準備してきたのだから」

 

「ふむ。それで、我々と手を組もうということか。しかし、我々は連邦政府を崩壊させようなどとは考えていないのだが……」

 

 口をつけたティーカップをソーサーに戻しながら、フロンタルはクラインを試すように問いかける。

 

「我々はこの宇宙の為に、全てのスペースノイドの為に戦っている。では、貴方はどうだ? 力を振るうに値する理念を持っているのか?」

 

「……」

 

「連邦政府を転覆した後は? その後はどうするというのだね。まさか、代わって企業連が支配するつもりなのか?」

 

「……支配、か。やや意味合いが異なるな。我々が目指すのは『管理』だ」

 

 そう言ってクラインが手元にあったコンソールを操作すると、応接室の壁が開き、大きなディスプレイが現れる。

 暫くすると、その画面にとあるものが映し出される。火星の紅い大地に立つ、二機のMSだ。

 

「RGM-86R ジムⅢ。連邦の現主力機であるジェガンには劣るが、未だ現役の量産機……これが今回の演習の相手だ」

 

 そう言ってクラインが画面を切り替えると、また別のMSが映し出される。しかし、それは連邦ともジオンとも違う、全く系譜の異なるMSだった。

 人型ではあるものの、機械的で独特なシルエット。赤く光るモノアイとセンサー、各所に搭載された多彩な武装。それは正しく兵器といった出立ちだった。

 

「これは……MS、と捉えてよろしいか?」

 

「MSとはやや異なるが、大まかに捉えればそうなる。我々はあれを『アーマード・コア』と呼称している」

 

 クラインがアーマード・コアと呼んだ兵器に、フロンタルとアンジェロは訝しげに視線をディスプレイへと向ける。

 

「『AC-03 クレスト白兵戦型』、あれが我々の主力機と言っていい。我々にも力があることを示すには……丁度いいだろう?」

 

「……では、じっくりと拝見させてもらおうではないか。その、『アーマード・コア』の性能とやらを」

 

 

 ──

 

 

『Good Morning. Main System Checking Pilot Data』

 

 コクピットのコンソールに示されるメッセージを目で追いながら、静かに操縦桿を握る女性のパイロット。

 彼女が搭乗するのは、企業連が独自に開発したMS『AC-03 クレスト白兵戦型』。遠方に控えるジムⅢを見据えながら、その時を待っている。

 

『この試験では実弾を使用している。失敗すれば、その時は死ぬだけだ。覚悟はできているな?』

 

 通信から聞こえて来る無機質な試験官の声に、女性パイロットは何も言わずに頷く。そして、コンソールをタッチして操作すると、全システムを戦闘モードへと移行させた。

 

『Main system Activating Combat Mode』

 

 内燃機関が唸り、機体が呼吸するように熱を持っていく。完全な臨戦態勢に入ったクレスト白兵戦型は背部の装甲板を展開し、一対の大きな噴射口を覗かせた。

 

『……ミッション開始、全敵戦力を殲滅せよ』

 

 試験官の合図と同時に、女性パイロットは背部の高出力推進機である『オーバード・ブースト』を起動させる。

 青い炎を噴き出しながら、一瞬にして最高速度に達するクレスト白兵戦型。女性パイロットは凄まじいGに耐えながら、遠方で動き出したジムⅢへ照準を定めた。

 

「標的補足……」

 

 クレスト白兵戦型がマニピュレータに握る大型のマシンガンを、突撃して来るジムⅢへと連射する。

 ジムⅢもビームライフルで反撃して来るが、女性パイロットは即座にOBを解除し、慣性を利用した機動でそれを回避していく。

 そして、マシンガンの弾幕をシールドで防ぐジムⅢに向けて、背部に搭載されていたマイクロミサイルポッドを展開し、多数のミサイル弾頭を射出した。

 ジムⅢはそれをシールドで正面から受け止めてしまい、爆風に押されて大きく態勢を崩す。全身のスラスターを駆使して姿勢制御に努めるも、女性パイロットはすぐに追撃を加える。

 

「ノロい、その程度で……!」

 

 クレスト白兵戦型のもう片側の背部に搭載されていた武装、折り畳まれていたグレネードキャノンの砲身が展開し、大口径の榴弾が発射される。それはジムⅢのシールドを貫いて炸裂し、凄まじいまでの爆風で装甲を引き裂いて吹き飛ばした。

 その爆風で火星を覆う紅い酸化鉄の砂が吹き荒れ、周囲は砂塵に包まれる。すると、それを振り払うように、もう一機のジムⅢがビームサーベルを構えて突撃してくる。

 

「むっ……」

 

 ジムⅢのビームサーベルがクレスト白兵戦型のマシンガンを切断し、マガジンに誘爆する。女性パイロットはすぐに反転し、スラスターを噴射して距離を取ろうとした。

 それをジムⅢは、両肩のミサイルポッドを連射しながら追撃する──が、クレスト白兵戦型は鋭いクイックターンから一気に加速、ミサイルを掻い潜って逆に懐へと飛び込んでくる。

 

『──!』

 

「墜ちろっ……!」

 

 急激な方向転換に驚愕したように動きが鈍るジムⅢ。すぐにビームサーベルを振り上げようとするが、それより早くクレスト白兵戦型の左腕部にある発振器から、ビームブレードの青白い刃が閃いた。

 高熱のエネルギーの奔流で象られた刃が振われ、ジムⅢの装甲と拮抗する。しかし、拮抗はほんの一瞬であり、そのままビームブレードはジムⅢを二つに溶断するのだった。

 

『敵MSの撃破を確認……なるほど、それなりの力はあるようだ』

 

 二つに分かれて爆散するジムⅢを確認した試験官が、女性パイロットに試験終了の旨を伝えて来る。

 それを聞いた女性パイロットは、そのままクレスト白兵戦型を着地させ、脱力するように深く息を吐くのだった。

 

『君が撃破した彼らのようになりたくないならば、更に腕を磨くことだ……ようこそ、企業連へ。ジナイーダ・ゼヴィン、君を歓迎しよう』

 

 最後に格納庫へ帰投するように言い残して通信を切る試験官。それを聞いた女性パイロット、ジナイーダは腹立たしげにヘルメットを脱ぎ去った。

 

「このような試験でパイロットを推し量るとは……やはり、噂通りの連中か……」

 

 見る人を惹きつける美貌と、静かに沸る闘志を感じさせる鋭い目線。ジナイーダはヘルメットのバイザーに反射して映る自分に、小さく舌打ちする。

 企業連と契約し、彼らから依頼を受けて活動する傭兵となるための試験。撃墜されたジムⅢにも、ジナイーダと同じように試験を受けるパイロットが搭乗していた事だろう。

 共食いを強いるようなやり口に苛つきを覚えるジナイーダだったが、それを肯定してしまえる自分にも嫌悪を感じていたのだ。

 

(これではアイツと同じ……いや、違う。私は違う、アイツとは……)

 

 葛藤を噛み締めて、ジナイーダは機体を格納庫へと向けて発進させる。しかし、クレスト白兵戦型の歩みは、先ほどの戦闘とは打って変わってゆっくりとした歩調だ。

 まるで揺れる心境を表しているようだが、ジナイーダはそれを否定するように、クレスト白兵戦型の足元に転がっていたジムⅢの残骸を踏み躙るのだった。

 

 

 ──

 

 

 人気がなくなり、すっかり静かになった応接室。ソファーに腰かけていたクラインは、ティーカップに残っていた紅茶を口に含み、その苦味に少しだけ顔を顰めていた。

 

「やはり私に紅茶など似合わんな……」

 

『お前はもう上に立つ人間なのだ。それくらいの嗜みを覚えておいて損はないだろう』

 

 応接室のディスプレイから聞こえて来る男の声、それは先ほどの試験官のものと同じだった。

 

「こちらも会談を終えたところだ……彼らからは良い返事が貰えた」

 

『ふむ。袖付きの首魁、フル・フロンタルか。どのような男だったのか、興味が尽きないな』

 

「お前が想像しているような人物ではないとだけ言っておこう……それで、今回の試験の結果はどうだ、ストラング?」

 

 試験官ことストラングは、先ほどの試験の様子を思い出す。今日だけでも、何人ものパイロットが試験で命を落とした。その中で生き残った、素養の持ち主たちを。

 

『合格したのは四人。中でも、ジナイーダ・ゼヴィンという女性パイロットは別格だった。彼女は……間違いなく素養の持ち主だ』

 

「そうか……」

 

 素養の持ち主、その言葉を聞いたクラインは、思案に耽るように目を閉じて、ソファーに背中を預ける。

 

『クライン、お前はどう思う? 我々が選別しているあのパイロットたちは、真にニュータイプと呼べるのだろうか?』

 

「ふん、ニュータイプなどと曖昧な表現を使うな。誰もその本質を理解していない、ただの撃墜王と同義に成り果てた思想だ」

 

『……お前はニュータイプという言葉が嫌いだったな』

 

「嫌悪しているわけではない。だが、ニュータイプなどあってはならない存在だと思っている」

 

 そう言って静かに拳を握りしめるクライン。そこに込められているのは怒りか、憎悪か、あるいは……羨望か。その胸中は、クラインとは長い付き合いであるストラングにも分からない。

 

「かつてジオン・ズム・ダイクンは、ニュータイプをこう説いた。お互いに判り合い、理解し合い、戦争や争いから解放される新しい人類の姿、と……」

 

『……』

 

「己のことすら理解できない人間が、どうして他者を理解できようか? そして、分かり合えたからといって、争いが無くなるわけでもない。だが……そう呼ばれる者たちがいることは確かであり、それはこの世にあってはならない『イレギュラー』だ」

 

 我々の目指す世界にニュータイプは必要ない。そう言ってクラインは立ち上がると、ストラングにとある命令を下した。

 

「各コロニー、地球圏にある全部隊に通達しろ……『作戦を開始せよ』と」

 

『遂に……遂に始まるのだな』

 

「そうだ、既にDOVEは決定を下した。我々企業連は……地球連邦政府に宣戦布告する。国家という枠組みを解体し、新たな揺り籠を作るのだ」

 

 アナハイムやジオニックといった軍産企業が発展していく道程で、数多くの企業が開発競争に敗れ、斜陽に身をやつしていった。

 やがてそれらの企業は、とあるAI関連の開発を行なっていた企業を母体に、一つの巨大な組織となる。

 彼らは企業連を名乗り、歴史の影で機会を待ち続けた。一年戦争、デラーズ紛争、グリプス戦役、ネオ・ジオン抗争、その全てを傍観してきた。

 しかし、彼らは人知れず戦場に現れては、じっとその様子を傍で見ていたという。まるで争う人々を見定めるように……そして今、彼らは遂に動き出したのだ。

 




閃光のハサウェイ、めちゃくちゃ面白かったですね〜

しかし、ケネス大佐は元パイロットらしいですが、ペーネロペーに搭乗してたら間違いなくメインスラスターがやられていたに違いない。そして水没して浸水していたに違いない、中の人的に。



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EP.05 Mr.Adam

前書きはァ!こう使うっ!


(ちっ……ただでさえこんな辺鄙な基地で不遇だっていうのに、何故こんな目に合わねばならんのだ……!)

 

 ギラギラと太陽が照りつくタクマラカン砂漠にある連邦軍の小基地。そこの小さなオフィスで、一人の男が苛立たしくデスクに書類を叩きつけ、舌打ちをしていた。

 頭に包帯を巻き、疲れによるせいか実年齢よりも老けて見えるその男、ヴァッフハント中尉はこう見えて年季の入ったMSのパイロットである。現在はこの小基地のMS部隊の隊長であり、先日の任務では散々な目にあっていた。

 何とか生還した彼だったが、今はある補給物資受け渡しの為の書類を書かされていた。

 

「中尉殿、押印はまだか」

 

「……これから押すところなのが見えんのか?」

 

「はっはっ! 急かしてやるなよマギー、中尉殿は大変お忙しい方なのさ」

 

「嫌味か貴様……!」

 

 デスクの前に立つのは、実に特徴的な二人だった。一人は長い青髪を後ろで束ねた小柄な女性……だが、その左の袖は空っぽだった。つまり、彼女は隻腕なのだ。彼女の名前はマグノリア・カーチス中尉、例の部隊、EGFの指揮官だ。隊員からマギーの愛称で呼ばれている。

 そして、その横で快活に笑う恰幅のいい男は、ファットマンの愛称で呼ばれるエド・ワイズ大尉だ。なお、マギーより階級が上なのに彼女が指揮官を務めているのには、色々と諸事情があったりする。

 

「これが受領確認書だ。さっさと受け取れ」

 

「……確認した。補給が完了次第、我々は次の任務地へ出発する」

 

「次はもう少し割りのいい仕事を頼むぞ、中尉!」

 

「……き、機会が有ればその時は是非に……」

 

 冷淡な態度で受領確認書を受け取って背を向けるマギーと、ヴァッフハント中尉の肩をバシバシと叩ファットマン。青筋を立てながら敬語で対応するヴァッフハントを見て、ファットマンは笑いを堪えるので必死だった。

 しかし、ようやく二人が部屋を出て行ったことで、ヴァッフハント中尉は大きくため息をついて椅子に座る。

 

「くそっ、好き放題言ってくれる……!」

 

 EGFは冷遇されていても、元は地球圏防衛を任されたエリート部隊。今もバックに何が付いているか分からない不気味さがある。故に、ヴァッフハント中尉もあまり強くは言い返せない。

 それが余計に腹立たしく感じさせるのだが、ヴァッフハント中尉はそれ以前にこんな辺境基地での勤務に飽き飽きとしていた。

 かつては首都ダカールの警備部隊の一員として、出世コースを順調に歩んでいた。しかし、新たに就任した部隊の隊長によって左遷されてからは、この灼熱の砂漠を眺める毎日を送っている。

 

(俺はネオ・ジオン抗争の時にも活躍したエースパイロットだったんだぞ……だというのに、こんなところで干からびていくなど……)

 

 ヴァッフハント中尉が窓の外に視線をやれば、EGFの古い輸送機と、そこに積み込まれるMSが見える。

 その近くでは、指揮官のマギーと黒髪の青年が話しているのが見えた。いや、少年と表現すべきかもしれない。まだ幼さを残すその少年は、自身の愛機である黒いガブスレイを眺めていた。

 

「あの少年がパイロットなのか? 随分と若いな……」

 

 自分もあと数年若ければ、そう思わずにはいられない。ヴァッフハント中尉は背もたれに身を預けながら、静かに目を閉じる。明日はまた、退屈な一日がやってくると信じて……

 

 

 ──

 

 

 爆発、聴き慣れた火薬が爆ぜる音。微睡んでいたヴァッフハント中尉は、すぐ近くで鳴り響いた爆音と、遅れて鳴り響くサイレンに目を覚ます。

 慌ただしく立ち上がって窓の外を見れば、既に太陽は沈みかけの夕方。しかし、空が赤いのは夕焼けのせいだけではない、基地のあちこちで立ち上る炎のせいだ。

 

「な、なんだ‼︎いったい何が……!」

 

 直感的に敵襲であると感じ取ったヴァッフハント中尉は、兵舎から飛び出て格納庫へと向かう。その途中で、頭上を何かが駆け抜ける。漆黒、吸い込まれるような黒を纏った巨人が、空気を裂く鋭い音を響かせながら飛翔していった。

 

「今のはっ──うおっ⁉︎」

 

 すぐ先の燃料タンクが爆発したのか、凄まじい爆風が吹き荒れる。ヴァッフハント中尉はなんとか格納庫へとたどり着くと、自身の乗機であるネモに駆け寄る。

 

「おい、コイツはすぐに出られるか!」

 

「は、はいっ、出られますが……外はいったいどうなってるんですか⁉︎」

 

「知らん! 今それを確かめる!」

 

 慌てふためくメカニックをよそに、ヴァッフハント中尉は制服のままネモのコクピットに乗り込む。そして、すぐさまシステムを起動し、ネモの鋼の身体に熱がこもっていく。

 

「他のMSも出せ! これは敵襲だ、すぐに迎撃体勢を整えるんだ……ええい、早くゲートを開けろっ!」

 

 コンテナに収められていたビームライフルとシールドを取り、半開していたゲートをこじ開けて外へ出るヴァッフハント中尉のネモ。

 しかし、次の瞬間。格納庫の天井が爆ぜ、上から押し潰されるように格納庫が倒壊した。その爆風で前のめりに転倒し、ヴァッフハント中尉はコクピットへ直に伝わる衝撃に呻く。

 

「くそ、くそっ……! 一体が何が起きてるというのだ……⁉︎」

 

 すぐに機体を起こし、センサで周囲を探知するヴァッフハント中尉。他の格納庫も幾つか破壊されていたが、先に出撃した味方機が既に応戦しているようだった。

 ヴァッフハント中尉がその応戦する味方機、ブルパップ・マシンガンを連射するジムⅡに駆け寄ると、接触回線で問いかける。

 

「私だ! これはどういう状況だ?」

 

『中尉殿⁉︎よかった、ご無事だったのですね!』

 

『無駄口を叩くな、さっさと報告しろ!』

 

『はいっ……こ、これは敵襲です! 敵は詳細不明のMS、ただそれ一機のみです……!』

 

「一機のみ、だと? さっきの黒いやつか⁉︎」

 

『そうです、アイツがこの基地を──右方向! 敵、来ます!』

 

 高速で接近する熱源を探知したシステムがアラートを響かせ、ヴァッフハント中尉は咄嗟に右側へシールドを構え、ビームライフルの銃口を向ける。

 すると照準の先には、先ほど見たあの黒いヤツがいた。夜闇のような漆黒と先鋭的なフォルム、紅く光る独特な複眼、MSと形容するにはあまりにも異質だった。

 

「撃て、撃ち落とせぇっ!」

 

 ヴァッフハント中尉のネモとジムⅡが、飛来してくる黒いMSへ向けて弾幕をはる。しかし、その黒いMSは圧倒的な加速による立体機動で、悠々と回避してしまう。

 

(ば、馬鹿な……⁉︎大気圏内であのような機動、パイロットが耐えきれるはずがない!)

 

 瞬時に頭上を取った黒いMSが、両手に持つ二丁のライフルを構える。片方は高精度のセミオートライフル、もう片方は大型の銃剣(バヨネット)が取り付けられたアサルトライフルだ。

 そしてそのライフルの威力は通常のそれとは比較にならないほど強力であり、かつ黒いMSは高速で飛び回りながらも正確無比な射撃を繰り出してきた。

 シールドで防ぎ損ねたヴァッフハント中尉のネモは、右足を撃ち抜かれてバランスを崩す。それを味方機のジムⅡが庇うようにシールドを構える。

 

『ひ、ひいっ……⁉︎来るなぁ!』

 

 地響きを立てて地面に着地する黒いMSは、すぐにスラスターから青白い炎を吐き出しながら突進してくる。怪しく光る紅い複眼に見据えられたヴァッフハント中尉たちは、必死にそれを迎撃すべく引き金を引いた。

 すると、ヴァッフハント中尉のネモが放ったビームライフルが一発命中した。そう、確かに命中したのだが──ビームは見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、霧散してしまったのだ。

 それどころか、ジムⅡの頭部バルカン砲すらも黒いMSに命中することなく弾かれていく。

 

(Iフィールド⁉︎いや、違う……何だアレは⁉︎)

 

 薄らと見えたのは、黒いMSの周囲を覆う薄緑の防壁。それがビームや弾丸から黒いMSを守っていたのだ。

 しかし、ヴァッフハント中尉がそれに気づいた時には、黒いMSが自分の目の前で銃剣を振り上げる瞬間だった。ヴァッフハント中尉は咄嗟にシールドを黒いMSに向けて投げつけ、視界を奪う。そして、ビームサーベルを抜き放ち、シールドの裏から敵のコクピットを狙って刺突を繰り出した。

 相手が並のMSなら、そのまま胴体を貫いていただろう。だが、その黒いMSは凄まじい速度のクイックターンで旋回して回避すると、その横にいたジムⅡの脇腹からコクピットを銃剣で刺し貫いた。

 

「──っ‼︎」

 

 味方がやられた、それを悟るや否や、ヴァッフハント中尉はビームライフルでジムⅡのバックパックを撃ち抜いた。

 ジムⅡはそのまま爆散し、核爆発ほどではないにしろ周囲を炎で包み込んだ。銃剣を突き刺していた黒いMSも炎に呑み込まれるも、すぐにスラスターを噴射して距離を取ろうとする。

 しかし、それを追うように爆炎の中からヴァッフハント中尉のネモが飛び出してくる。そして、黒いMSが纏う薄緑の防壁を超え、決して逃さないように半壊したマニピュレータで黒いMSの腕を掴んだ。

 

「逃すものかぁっ!」

 

 もう片方の手でビームサーベルを抜き放ち、黒いMSのコクピットへと突き立てる、が──

 

『ふむ、良い動きだ。だが……無謀だったな』

 

「なにっ⁉︎」

 

 接触回線で聞こえてきた男の声、それと同時に機体に走る衝撃。ヴァッフハント中尉が気づいた時には、ネモの右腕の膝から先がすっかりなくなっていた。

 視界の端に映るのは、ビームサーベルを握ったまま宙を舞うネモの右手。そして、黒いMSの左腕の発振器から伸びる薄紫のエネルギーの刃。今の一瞬で黒いMSがネモの右腕を溶断したのだ。

 

「斬られっ──うがっ⁉︎」

 

 コクピットを覆う装甲の上から蹴り飛ばされ、凄まじい衝撃に揺さぶられるヴァッフハント中尉。背中から地面に転倒し、空を見上げる形になるネモのメインカメラには、空高く飛翔する黒いMSの姿が映る。

 

『世界は私たちが変える。全ては人類の黄金時代のために、ここで死んでくれ……!』

 

 基地を見下ろす高さまで飛翔した黒いMSが、背部に折りたたんでいたグレネードキャノンの砲身を展開し、照準を定める。

 大破寸前のネモであのような大口径の火砲など耐えられるはずもない。それでもヴァッフハント中尉は、頭部バルカンを連射して最後まで足掻き続けた。

 

「貴様はっ……! 貴様は一体なんなのだ‼︎ジオンの怨念か、ティターンズの残党か⁉︎何故、こんな……今さら私に戦場で死ねというのかぁ⁉︎」

 

 ヴァッフハント中尉の雄叫びも虚しく、轟音を響かせて放たれる榴弾。しかし、幸か不幸か、榴弾はヴァッフハント中尉のネモには命中しなかった。

 悪あがきで繰り出した頭部バルカンの弾幕、その一発が榴弾に掠めたのか。榴弾はヴァッフハント中尉のすぐ眼前で爆ぜ、辺りを爆炎で包み込む。

 ミシミシと装甲が歪み潰れ、コクピット内のコンソールが砕けてガラス片が飛び散る。ヴァッフハント中尉は身体中が引き裂かれるような苦痛に断末魔の悲鳴をあげながら、暗闇に意識を呑み込まれていくのだった。

 

 

 ──

 

 

「……うっ、ぐ……」

 

 全身に感じる痛みと、瞼の上から感じる日の光の眩しさ。混濁した意識の中で、ヴァッフハント中尉はまだ自分が生きていることに困惑していた。

 重たい瞼を開けてみれば、まず目に入ったのは自分の腹に突き刺さる鉄片。爆発の余波で吹き飛んだコンソールの破片だろうか。

 そして次に目にしたのは──開かれたコクピットから自分を覗き込む、ガスマスクをした男だった。

 

「ほう、息があるのか。NEXTと交戦したというのに運がいいな。いや、寧ろ運が悪いのか……おい! 誰か手を貸してくれ、生存者だ!」

 

 ガスマスクの男は、防護服で包んだ手を振って誰かを呼ぶ。連邦軍の救助隊なのかと問いたいが、ヴァッフハント中尉には口を開く気力すら残されていない。

 

「どうしたんです? 周辺環境の汚染具合なら調査しましたよ。全て既定値以下、プライマルアーマーによる飛散のみで、ジェネレーターからの流出はほぼゼロと見て良さそうです」

 

「そんなことは聞いておらん。生存者がいたのだ、搬送するぞ」

 

「生存者? うわ、本当だ……でもノーマルスーツも着てないですよ、確実に汚染されてますよね?」

 

 別のガスマスクをした男がコクピットを覗き込むと、傷だらけで横たわるヴァッフハント中尉を見て気の毒そうな声を出す。

 

「確かNo.1の報告によれば近接戦闘に持ち込まれたんでしたっけ。じゃあ、プライマルアーマーには間違いなく干渉してるし、生身で粒子を浴びたようなもんですよ」

 

「……まあ、助からんだろうな。だが脳みそくらいは役に立つだろう」

 

「あぁ、次の被験体ってわけですね」

 

 一体何を言っている、お前たちは何者だ──というセリフすらも出てこないヴァッフハント中尉は、ただぼんやりと自分に手を伸ばすガスマスクの男を眺めていた。

 そして、再び意識を失う最後の瞬間、ヴァッフハント中尉は不思議なものを見た。怪しく発光しながら、目の前を漂うごく小さな粒子。それは薄緑の尾を引きながら、コクピットの中に消えていくのだった。

 




なぁにが後書きよぉっ!


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EP.06 Acheron

アーマードコア復活ッッ‼︎アーマードコア復活ッッ‼︎
この作品の投稿も復活ッッ‼︎

なお、見切り発車は変わらない模様


 旧サイド5宙域に浮かぶ巨大な工業コロニー『インダストリアル7』。その付近で、星の瞬きよりも一層鮮やかな閃光が瞬く。

 それを遠くから監視しているのは、連邦軍のクラップ級巡洋艦に酷似する大型艦。独立戦術部隊『アライアンス』の旗艦、レビヤタン級だ。

 クラップ級をベースにした改修艦であり、試験的に建造された三隻がアライアンスに配備されていた。

 

「第3ベイ付近で爆発を確認。ロンド・ベルと袖付きのMSが交戦を開始したようです」

 

「ふむ、やはりこうなるか…… 周辺を徹底的に調べ上げろ! デブリ一つ見逃すな!」

 

 レビヤタン一番艦のブリッジから、遥か遠くで起る爆発を睨みつけながら指示を飛ばすのは、アライアンスの指揮官であるエヴァンジェ大佐だ。

 既にロンド・ベル、エコーズ、アライアンス三隊による『ラプラスの箱』奪取作戦は開始していた。当初の作戦では戦闘は起こさず隠密にことを進める手筈だったが、そう簡単に事は進まなかったようである。

 しかし、エヴァンジェにとってこうなる事は、初めから織り込み済みだった。

 

「第6ベイ付近に微弱な熱源反応を探知、小型艦のようですが……」

 

「隊長、どういたしますか。ロンド・ベルへの援護も必要かと」

 

 エヴァンジェの副官であるトロット・S・スパー大尉が指示を求める。本来ならばアライアンスもロンド・ベルの援護に向かうべきなのだろうが、エヴァンジェの下した指示は違った。

 

「第6ベイにMS部隊を送れ、二番艦にも出撃させろ。奴らは恐らく、そこにいる」

 

「よろしくのですか?」

 

「我々にとってラプラスの箱は二の次、最優先すべきは──企業連の殲滅だ。それを忘れるな」

 

「はっ! ……総員、戦闘配置! MS部隊は順次出撃せよ!」

 

 艦内にアラートが鳴り響き、レビヤタンの外装に取り付けられていた主砲が展開されていく。そして、エヴァンジェの乗艦する一番艦、それにに随伴していたレビヤタン二番艦のカタパルトデッキが展開される。

 隔壁が解放され、出撃準備を終えていたMSの姿が露わになる。グレーブルーを基調とした塗装と、アライアンス所属を表すエンブレムが施された『RGM-89D ジェガンD型』、そのバイザーに青白い光が灯る。

 

『ディルガン3、行くぜ! どんな敵だろうがマッハで蜂の巣にしてやんよ』

 

『ディルガン4、出るぜ。し、慎重に行こうぜ、慎重にな……』

 

『こ、この機体で負けるはずがないんだ……ディルガン5、い、行くぞっ!』

 

『ふっ、新人どもに負けるわけにはいかんな。ディルガン2、出る!』

 

 通信から聞こえてくる、パイロットたちのある意味緊張感のかけらもない会話。彼らの駆るジェガンがカタパルトから飛び立つのを尻目に、エヴァンジェは眉間を抑えてため息をつく。

 

「トロット、あの補充パイロットたちは使えるのか?」

 

「はっ、全員腕は確かでありますが、まだ調整中とのことですので……」

 

「……まあいい、私もMSで出撃する。それと……オブライエン大尉を出撃態勢で待機させておけ。例の四枚羽がロンド・ベルの手に負えなければ、こちらに牙を剥いてくる可能性もある。その時は、彼に働いてもらう」

 

「オブライエン大尉を……NEXTを出撃させるのですか? 彼も調整段階であり、過度な実戦はまだ早計と判断されているはずですが」

 

「ふん……実戦データが取れれば、あのマッドサイエンティストどもも満足だろう。後は任せたぞ、トロット」

 

 エヴァンジェは指揮をトロットに任せて、格納庫へと向かう。彼はアライアンスの指揮官ではあるものの、その本質はパイロットだ。ブリッジからよりも、前線で指揮する方が性に合っていた。

 そして何より、企業連が相手となれば──自身が追い続けている()()()を始末する機会がやってくるかもしれない。そんな暗い闘志を滾らせながら、エヴァンジェは自身の愛機の元へ向かうのだった。

 

 

 ──

 

 

 袖付きとロンド・ベルの交戦箇所から、幾分か離れたインダストリアル7の第6ベイ。その付近に漂うデブリ群に紛れて、単眼のカメラアイを鈍く輝かせながら戦闘の様子を眺めるMSたちがいた。

 一機は企業連が開発したMS『AC-03SL クレスト強襲型』だ。背部の大型ブースター、戦艦すら撃ち落とす主兵装のビームバズーカ、両肩に搭載されたジャミング装置──その装備から見て取れるように、ステルスと高機動を活かした一撃離脱をコンセプトとした機体だ。

 そしてもう一機は、先のロンド・ベルのMS部隊とも交戦していた流線型の重厚な装甲を持つMS、『AC-05N セレナ』だ。

 

『……ねえ、クロエ。今の爆発……袖付きの誰かだよ。ロンド・ベルに見つかったんだ……』

 

 接触回線で語りかけてくるセレナのパイロットの声、それは重厚なMSに似つかわしくない幼い少女の声だった。

 それに対してクレスト強襲型のパイロットは、カメラアイで爆発の起きた方向を観察しながら静かに応える。その声は無感情で抑揚がなく──しかし、静かな意志を感じさせる不思議な声色だった。

 

『そうか……だが、あまり気にするな。俺たちの仕事は、ここで連邦軍のMS部隊を迎え撃ち、足止めすること。それだけを考えろ……いいな、エネ?』

 

『……うん、分かった』

 

『それと、もしサイコミュ兵器を使ってる時に少しでも不調を感じたら……話は後にしよう、早速お出ましのようだ』

 

 セレナのパイロット、エネは遥か先から迫り来る複数の高熱原体にカメラを合わせ、コンソールへ個別に拡大表示させる。

 映し出されたのは、ジェガンが5機、スタークジェガンが1機、リゼルが3機、計9機で編成されたMS部隊だ。

 

『敵機を確認……あの三機のリゼル、他とは違う気配がする。通常の機体データとは一致しない点も多いし、パイロットに合わせて調整された専用のカスタム機みたい……かなり手強そうだよ』

 

『こちらも出し惜しみはしていられないか。ダミーデブリを解除して、UNACを前に出させろ』

 

『了解……UNAC、メインシステムを戦闘モードに起動。目標、前方敵MS部隊──オペレーションを開始、敵を殲滅せよ』

 

 セレナのコクピット周辺から淡い緑光が揺らめくと、周辺にあったデブリ群の幾つかが風船のように割れて弾ける。すると、そのダミーデブリの中には、カメラアイを赤く光らせるMSがいた。

 

『ターゲット、確認。オペレーションを開始します』

 

 ダミーデブリに隠されていたのは四機のクレスト白兵戦型と、機動力と運動性能を向上させた『AC-03R クレスト軽量型』が三機だ。それらは無機質な声と共にシステムを戦闘モードへと切り替え、オーバードブーストを起動して宙を駆けていく。

 

『……大丈夫か?』

 

『うん。UNACのオペレーションを開始させただけだから、大したことない』

 

『何度も言うが、決して無理はするなよ。何かあればすぐに撤退する。俺は敵を足止めするという任務に加えて、お前を守るって役割もあるんだからな』

 

『分かってる……ありがとう、クロエ』

 

『……俺たちも行くぞ。人形どもだけでどうにかなる程、生温い相手じゃない』

 

 先行する七機の後を追うように、ブースターから蒼炎の尾を引かせながら飛翔するクレスト強襲型とセレナ。二人が向かう先には、既に無数の爆発が閃いていた。

 セレナのコクピットの中で、小さな手に余る操縦桿を握りしめるエネは二度、三度と深呼吸をする。しかし、それでも指先の震えがなくなる事はなかった。

 

 

 ー

 

 

 インダストリアル7の最奥、コロニービルダーの向こう側に隠されたビスト財団の屋敷。そこには今、宇宙世紀という歴史において最も重要と言っても過言ではない人物がいた。

 若干十六歳にして、スペースノイドの象徴。今やテロリストに成り果てたネオジオン残党『袖付き』の旗印。彼女の名はミネバ・ラオ・ザビ。かつてのジオン公国を治めたザビ家の生き残りだった。

 そんな彼女と向き合う初老の男性は、ビスト財団の現当主であるカーディアス・ビスト。二人はテーブルに置かれた紅茶に手をつけることもなく、じっと黙って互いの目を見ていた。

 

「……どうしても、考えを改める気はないのですか?」

 

「貴女のご心配を解ります。袖付きの首魁、フル・フロンタル。シャアの再来と呼ばれる男……彼の噂は、私どもも存じております」

 

「ならば何故……! あの男の手に箱が渡れば、箱が開かれてしまえば……必ずや戦争が起きるでしょう。かつて人類史上最も悲惨な戦争を引き起こした一族の者として、再び惨劇が起こる事だけは阻止したいのです……!」

 

「……我々が引き渡すのは、あくまで『箱の鍵』です。鍵を手にしたからといって、箱が開くとは限らない。然るべき時、然るべき者の手によって箱は開かれる……そういう細工が施してあります」

 

「箱の……鍵?」

 

「私はこの流れの中に賭けたのです。箱の中身がただの呪いとして放たれるのではなく、この世界に住む全ての人々の未来、新たな可能性を生み出す希望となることを」

 

 希望、カーディアスは心の奥底から絞り出すようにその言葉を口にした。それはカーディアス自身も、ラプラスの箱を袖付きに渡す事が正しいとは思っていない証拠でもあった。

 特に、今の袖付きはただのネオ・ジオン残党とは呼べない。新たな協力者である『企業連』の存在があるからだ。

 

「貴女もさぞ反対したでしょうな。あの企業連と手を組むなど……」

 

「当然です。彼らにはスペースノイドのため、などという考えはありません。ただ、ひたすらに戦争を望んでいる。箱の開示はそのきっかけでしかないのです。私はその片棒を担いでまで、箱を求めるつもりはありません」

 

「しかし……いまやネオ・ジオン残党は軍組織とすら看做されず、テロリストと同等の小勢力とされています。故に、力をひた隠しにしてきた企業連ほど、後ろ盾としてふさわしいものはなかった。そうでもしなければならないのが……貴女がたの現状でしょう」

 

 だからといって、と反論しかけたミネバは、その言葉を喉元で呑み込む。世界を支配する連邦政府の力は強大であり、対等の力を持たなければ交渉できる立場にすら立てない。企業連という後ろ盾がなければ、連邦にとって袖付きは象に戦いを挑む矮小な蟻の如き存在なのだ。

 だが、互いに利害があるとしても信用できるかどうかはまた別の話。ミネバにとって企業連は、未だ得体の知れない存在だった。

 

「私は一度、企業連の代表を名乗る男に会いました。彼はレオス・クラインと名乗りましたが……彼と言葉を交わしても、私には企業連の真の意図が読めなかった。彼はまるで操り人形のようで……地球連邦と戦争を起こして、その後はどうするというのか。戦争そのものが目的というでは……」

 

「クライン……ふふっ、その通りです。彼は表向きの顔役に過ぎない」

 

 クライン、その名を聞いて僅かながらに顔を綻ばせたカーディアス。その様子にミネバは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「私は……パイロットとして連邦軍に従属していた事があるのです。クラインはその時の知人でして……いえ、余計なことを話しましたな」

 

「彼を知っているのですか」

 

「ええ。もう長く会っていませんが……かつて彼は連邦軍の特殊部隊を指揮する優秀な指揮官であり、誰よりも勇敢で真っ直ぐな信念を持つ男でした。しかし、彼は冷徹な機械のように変えられてしまった」

 

「変えられてしまった、とは……()()がレオス・クラインを変えてしまったのですか?」

 

 カーディアスは過去に思い馳せるように目を閉じてため息をつくと、ミネバの問いに対して静かに頷いて応えた。そしてミネバにとってその応えは、より一層焦燥を煽るものだった。

 

「企業連の上層は、それをこう呼んでいます──『管理者』と。企業連の目的の一つは、その『管理者』を連邦政府に代わる新たな支配者として擁立することなのです」

 

 




GOTYの発表の中にACの新作があった……
やるなフロム!


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EP.07 Lynch Law

リストが……AC6が来たら、やりたいことリストです

ビジュアルアセンでストーリーをクリアする、とっつきオンリーのロマン機体で対戦する、意味深なセリフにフロム脳を爆発させる、それと……リア友に『騙して悪いが』する……


※題名を間違えてたので変更いたしました、すみません……


 

「……敵?」

 

 インダストリアル7のベイに着港していたガランシェール。格納ハッチを開き、いつでも出撃できるように待機していた大型のMS、クシャトリヤ。そのコクピットに乗り込もうとしていた女性パイロット、マリーダ・クルスは不意に感じた気配に眉をひそめる。

 それはニュータイプの直感とも言うべきか。かつてのネオ・ジオンによって生み出された強化人間であるマリーダは、誰かの散り間際の思念を感じ取ったのだ。

 

『マリーダ、外で戦闘が始まった! ロンド・ベルの連中と……何だありゃ、別の部隊もいやがるのか……⁉︎とにかく、ヤバい状況だ!』

 

「ギルボア、キャプテンとの連絡は?」

 

『音信不通だミノフスキー粒子が濃くなってきている……外は敵だらけ、コロニー内を突っ切るしかない!』

 

「中で仕掛けるのか……⁉︎」

 

『企業連の部隊も暴れ始めてる、早くキャプテンと姫様を見つけないと撤退のタイミングを失うぞ!』

 

「……了解……!」

 

 コロニー内で戦闘を行う、それがどれだけ危険な行為かはマリーダにもよく分かっていた。だがそれでも、マリーダにはマスターであるジンネマンとミネバの救出が最優先だった。

 意を結したマリーダはクシャトリヤのコクピットに乗り込むと、すぐさまバインダーからファンネルを射出。ビームの集中照射によって隔壁を溶解させると、ぽっかりと空いた大穴をスラスターを全開にして突き抜けていく。

 

(……敵‼︎)

 

 半ばまで開いたままの隔壁、その向こうにいる熱減体。それがロンド・ベルのジェガンであると悟ったマリーダは、隔壁の隙間からファンネルを潜り込ませる。

 

「押し通るっ!」

 

 複数のファンネルから放たれたビームがジェガンのコクピットを穿ち、一拍置いて機体が紫炎を噴き上げて爆散する。そのまま隔壁を突き破り、搬入路を猛進するクシャトリヤはついにコロニー内へと侵入する。

 それを見計らったかのように、二機のリゼルがMS形態へと変形しながら強襲してくる。マリーダはそれを迎撃すべくクシャトリヤのビームガンを構えるが、視界に入ってしまった足元に広がる景色──コロニーに暮らす人々とその街並みに、僅かながらも躊躇の念を抱いた。

 

「ちぃっ……」

 

 僅かに生じた隙をつくように、二機のリゼルがクシャトリヤを挟み込むながらバルカンとグレネードランチャーを連射する。マリーダはクシャトリヤのフレキシブルバインダーの強固な装甲で弾丸を防ぎながら、舌打ちと共にファンネルを展開する。

 しかし、その瞬間。マリーダの脳裏を閃く稲妻のように何かが過った。先に感じたものと同じような誰かの思念、それも感じた思念は一つではなく複数が混ざり合っていた。

 

(……っ⁉︎誰だ、これは……この声は……ニュータイプか? それとも私以外の強化人間がいるのか……⁉︎)

 

 機械のような無機質な思念、小さく儚い思念、頭に流れ込んだ煩雑した感応派の渦にマリーダは表情を歪めた。そして、それがマリーダの焦燥を掻き立てた。

 

「邪魔をっ……するなぁ‼︎」

 

 展開したファンネルで突貫してきたリゼルの両足を撃ち抜き、ビームサーベルでその頭部を両断するクシャトリヤ。力無く黒煙と共に墜落していったリゼルは、そのまま眼下の街に破片の雨を降らせながら爆発し、多数の命を巻き添えにしていく。

 そしてマリーダは、今度は距離を取ろうとするもう一機のリゼルにファンネルの狙いを定めた。大気の影響による不安定なファンネルで確実にコクピットを撃ち抜くために、マリーダはリゼルの放つビームキャノンを回避しながら意識を集中する。

 しかし、マリーダが攻撃する直前で──クシャトリヤの後方から飛来した青白い熱線が、リゼルの胴体を穿ち貫いた。

 

『躊躇するな。今のは融合炉を撃ち抜く気概で攻撃するべきだった』

 

「……っ!」

 

 マリーダがサブカメラを後方に向けると、そこにはビームバズーカを構える重武装のMSがいた。

 五つのカメラアイを持つ円筒状の頭部、主兵装のビームバズーカやグレネードランチャー、ミサイルポッドなどの重武装、そして全体的なフォルムは企業連の重MS『AC-05N セレナ』に近いものだ。しかし、その実は全く異なる。

 企業連の造り出したMSは、頭部や腕部、脚部といった各種部位を共通規格パーツとして製造していた。つまり、互換性を持つ各パーツを組み合わせることで、パイロットの能力や作戦に合わせてMSを自在にカスタマイズすることができるのだ。

『AC-03 クレスト白兵戦型』や『AC-05N セレナ』は、型番を与えられた標準機(ノーマル)。それらのパーツを組み合わせてカスタマイズされた型番を持たない機体は専用機(ハイエンド)と呼ばれて差別化されていた。そして今、マリーダの前にいるMSもそのハイエンドの一機だった。

 

(この機体は、確かガラシェールに随伴している企業連の傭兵部隊の……)

 

 先に感じた気配はこのMSのパイロットのものなのか、そう勘繰るマリーダは警戒を強めつつバインダーにファンネルを格納していく。

 

『四枚羽のMS……マリーダ・クルス中尉だな? バーテックスの指揮官のジャックだ。状況が状況だ、すまないが私の指揮に従ってもらう』

 

(バーテックスの指揮官……⁉︎自らこんな所にまで赴くとは、あの強烈なプレッシャーは伊達じゃないということか)

 

 このジャックと名乗ったハイエンドのパイロットこそ、企業連が袖付きへの増援として派遣した傭兵部隊『バーテックス』の指揮官だった。

 マリーダも何度かブリーフィングでジャックと会ってはいたが、彼がMSに搭乗して出撃するのは初めてのことだった。

 

『インダストリアル7の外では、既に我々の部隊と連邦軍との戦闘を開始している。だが、相手にできるのは外の連中だけで手一杯だ。すでに連邦の特殊部隊がメガラニカに侵入し、ロンドベルもまだ新手を繰り出してくるだろう』

 

「……すぐに姫様とマスターを回収し、撤収するべきです。無用な戦闘は避けるべきでは」

 

『無論、そのつもりだ。私はこのままメガラニカに向かい、そこでジンネマンとお姫様に合流する。可能であれば、"箱"も回収する。だが、足止めも必要だ。マリーダ中尉、君はここで可能な限りロンドベルの新手を迎撃してほしい』

 

「このままコロニー内で戦闘を続けろと……?」

 

『言ったはずだ。躊躇するな、と。迷えば死ぬのは君だ、そして君にはまだやるべき事があるだろう……眼下の巻き添えを気にしている暇はないぞ。これは戦争なのだからな』

 

「……了解」

 

『では、よろしく頼むぞ。武運を祈る』

 

 ジャックの駆るハイエンド『フォックスアイ』は背面のブースターの出力を一気に高めると、インダストリアル7の最奥を目指して飛翔していく。

 それを見送ったマリーダは、小さく深呼吸をしてから操縦桿を握り直す。マスター、そしてミネバ、二人の無事を祈りつつ、フットペダルを踏み込んでクシャトリヤを加速させる。クシャトリヤのモノアイが射抜く先にはすでに、新たに迫る敵影の姿があった。

 

(私のやるべき事、か……あぁ、確かに……これが私のやるべき事だ)

 

 

 ──

 

 

 メガラニカ内のどこまでも長く続く通路、ゆらゆらと揺らめく照明の光がまるで通路そのものが湾曲したかのように錯覚させる。

 カーディアス・ビストとその秘書兼ボディーガードであるガエル・チャンは、すぐにその揺れがコロニー内で起こる戦闘の余波であり、MSの類が爆発した衝撃であると察した。そして、互いに何も言葉を交わすこともなく足を早める。

 

(連邦の動きが想定よりも迅速かつ的確だ……やはり、財団内部に内通者がいたか)

 

「……っ‼︎お待ちください!」

 

 通路の曲がり角にさしかかった瞬間、ガエルがカーディアスの肩を掴んで引き寄せる。すると、カーディアスの目の前を数発の弾丸が空を切り、火薬の弾ける音が鳴り響いた。

 曲がり角の向こうには、黒色の戦闘用ノーマルスーツを着込んだ兵士たちが待ち構えていたのだ。ガエルは携行していたサブマシンガンを構えながら身を隠して様子を伺う。

 

「エコーズの突入部隊でしょう、ここを突破するのは不可能です……私が時間を稼ぎます、ご当主は迂回して格納庫へ!」

 

「……頼む」

 

 エコーズの突入部隊をサブマシンガンで牽制するガエルを尻目に、カーディアスはメガラニカに隠されたある格納庫を目指す。

 そこには『箱の鍵』がある。本来ならジンネマンら袖付きに譲渡されるはずだった鍵だが、連邦軍の介入により交渉は決裂、物別れとなってしまった。

 こうなった以上、カーディアスは鍵が連邦の手に渡ることだけは避けねばならないと考えていた。つまり、カーディアスは箱を破棄しようとしていたのだ。しかし──

 

「何処に行かれるのですか、お父上」

 

「……っ‼︎」

 

 格納庫へと通じるゲートを超えたカーディアスを待っていたのは、戦闘用ノーマルスーツと銃火器で武装した兵士たちだった。

 そのうちの一人がカーディアスに拳銃を突きつけながら歩み寄ると、ヘルメットのバイザーを開いて自身の素顔を見せる。それを見たカーディアスは、驚愕と納得が入り混じった複雑な表情を浮かべた。

 

「アルベルト、お前が連邦軍の手引きを……マーサの差金か?」

 

「その質問に答える義務はありませんな」

 

 やや短躯でどこか卑屈な雰囲気を醸しだすその男の名は、アルベルト・ビスト。カーディアスの実子であり、アナハイム・エレクトロニクスの役員を務めていたが、ビスト家の人間としては才覚に乏しい小心者だった。

 そんなアルベルトは今、実の父親であるカーディアスに銃口を向けている。普通の親子の関係であれば、まずあり得ないであろう光景だ。しかし、この一族においては決して()()()のことではなかった。

 かつてカーディアス・ビストの父親は、カーディアスの祖父にあたるサイアム・ビストによって謀殺されているのだ。それも、ビスト財団当主として相応しくないという理由からである。

 

「彼を拘束して連行しろ……私はユニコーンの回収に立ち会う」

 

 アルベルトが指示を出すと、武装した兵士たちが警戒しながらカーディアスににじり寄る。カーディアスは抵抗する意思はないことを示すように両手を頭の後ろで組んでいたが、その目は注意深く周囲や兵士たちの装備を観察していた。

 

「軍を利用しているつもりなのだろうが、利用されているのは……っ‼︎」

 

 拘束用の手錠をかけられる瞬間、カーディアスは目にも留まらぬ速さで兵士に掴みかかると、悲鳴をあげる間すら与えずに頸椎を捻る。そして、力無く項垂れる兵士のホルスターから拳銃を引き抜くと、死体を盾にもう一人の兵士の眉間をバイザー越しに撃ち抜いた。

 そのまま照準を横にずらしたカーディアスは、同じく拳銃を構えるアルベルトと視線が合う。その目には怯えと、確かな怒りが含まれていた。

 

「『大を活かすために小を犠牲にする』、よくお父上はそう仰っていた……同じように私を撃つのか? サイアムが息子を手にかけた時と同じように……貴方がアイザック叔父さんを殺したように‼︎」

 

「……っ」

 

 カーディアスは引き金を引けなかった、しかし、乾いた銃声は一発だけ鳴り響いた。力無く拳銃を取り落とすカーディアスと同じく、拳銃を投げ捨ててその場から逃げ出すアルベルト。銃口から硝煙が立ち昇っていたのは、アルベルトの拳銃の方だった。

 

「アルベルト、私は……」

 

 とめどなく血が流れ出す傷口を抑え、膝をつくカーディアス。咳き込むごとに口から血の塊を吐き出し、すでに意識が遠のき始めていた。

 それでも、とカーディアスは自身を奮い立たせると、覚束ない足取りで歩き始める。向かう先は言わずもがな──箱の鍵である白亜の巨人が眠る場所だ。

 




ボス・サヴェージ
「わからんのか?人殺しなんだよ。やりすぎたんだ、スレッタはな!」

サーダナ
「百合展開からこうなるか?……新しい、惹かれるな……」


「グロすぎる……修正が必要だ……」


水星の十二話で、やっぱりこの作品はガンダムなんだな、と思い知らされました。


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EP.08 5 Point Five

久しぶりに投稿です
書き物自体が久しぶりです…


 

(一機、二機……三機、四機……うち二機はジャウザー少尉の方へ……奴らだけで捌けるか?)

 

 インダストリアル7の第六ベイ、その周辺宙域に漂うデブリの合間を駆け抜ける一機のリゼル。グレーブルーに塗装されたカスタム仕様のその機体は、独立戦術部隊『アライアンス』の隊長であるエヴァンジェ大佐の乗機だ。

 エヴァンジェ大佐のリゼルは、指揮官用に調整されたリゼルC型と宙間拠点強襲用バックパック『ディフェンサーユニット』のb装備をベースとしている。特に武装面の変更点が多く、背面に搭載された二門のリニアキャノン、迎撃用のバルカン・ファランクス、面制圧用のバインダー内マイクロミサイルポッド、左腕部には大型ビームブレードを搭載したシールドを装備していた。

 

「来るか……!」

 

 当然、大幅な改装と仕様変更により比例して操縦性はよりピーキーになり、パイロットへの負荷も増している。

 しかし、エヴァンジェ大佐はそんな専用にカスタマイズされたリゼルを難なく使いこなしていた。全身のスラスターを駆使してデブリの隙間を潜り抜けると、二門のリニアキャノンを構える。

 その銃口の先には、大破した宇宙船の残骸の影から飛び出してきた一機のMSがいた。軽装甲で細身なシルエットを有する企業連のMS『AC-03R クレスト軽量型』だ。

 

『敵MSを確認、特務仕様可変機。オペレーション、パターン3に変更。戦闘を開始します』

 

 無機質な音声と共に紅くカメラアイを瞬かせるクレスト軽量型に向けて、エヴァンジェ大佐はリニアキャノンの引き金を引く。それを皮切りに銃身内のリニアアクセラレータによって一気に加速した榴弾は、特徴的な破裂音と共にクレスト軽量型へと発射された。

 しかし、それを予め予見したように宙返りしながら反転するクレスト軽量型は、リニアキャノンの榴弾を軽々と回避してみせる。更に、両肩側部に搭載されたミサイルコンテナ、肩部装甲に内蔵されていたミサイルベイを解放した。

 

「この挙動……やはりUNACか。鬱陶しい人形どもめ」

 

 エヴァンジェ大佐はリゼルの背部に搭載されているバルカン・ファランクスを起動すると、雨霰のように飛来するミサイルを次々と撃ち落としていく。

 その間にも、エヴァンジェ大佐は油断なく周囲に視線を張り巡らせる。そして、デブリ群の合間で散発的に起こる爆発の光を捉えると、腹立たしげに舌打ちをする。

 

「ちっ、()()()()()()に遅れを取るとは……」

 

 僅かに視界の端に捉えた戦況から、味方の苦戦を感じとるエヴァンジェ大佐。その苛立ちをぶつけるように操縦桿とフットペダルを操り、機体を旋回して急上昇。クレスト軽量型のマシンガンの弾幕を掻い潜って一気に肉薄する。

 

「人形如きが私の邪魔をするなっ!」

 

 左腕部の大型ビームブレードの発振機に光が揺らめくと、瞬時に最高出力まで高められたエネルギーが青白い灼熱の刃を形成する。

 そして、エヴァンジェ大佐のリゼルがその長大な光刃を振るうと、デブリの影に隠れようとしていたクレスト軽量型を、()()()()()一挙に両断した。そして、爛れた装甲の断面から火花を散らせながら小爆発を繰り返すと、そのまま周りを漂うデブリの一部に成り果てた。

 

(むっ……敵が退いていく? こちらを誘っているのか……)

 

 周囲のデブリに隠れていた敵MSの一機が、あからさまに背を向けて退いていく。それを見たエヴァンジェ大佐は、あえて追撃はせずに反転。苦戦する味方機の元へ急行する。

 

「ジャウザー少尉! 戦況を報告しろ!」

 

 長銃身のビームマシンガンを構えるリゼルC型、エヴァンジェ大佐同様にカスタマイズされたその機体は、彼の部下であるジャウザー少尉の乗機だ。接触回線でジャウザー少尉に問いかけると、若い青年の声が返ってくる。

 

『大佐! ご無事でしたか……こちらに向かって来た一機は私が墜しました。奴ら、ジャマーの類がばら撒いているようで周囲の状況が掴めませんが、敵の多くは退いて行ったようです」

 

「もう一機こちらに向かって来たはずだが……あの三人が相手をしてるのか?」

 

『ええ、行動パターンから敵はUNAC。であれば、初戦の彼らだけでも……』

 

 そう言ってジャウザー少尉のリゼルが、光の尾を引かせながら宙を駆ける四つのMSを見据える。

 グレーブルーに塗装されたアライアンス仕様の三機のジェガン、それを相手取るの一機のクレスト白兵戦型。しかし、その三機のジェガンの戦い方はなんとも情けないものだった。

 

『お、おいお前ら! ちゃんと援護しろよぉ‼︎』

 

『何やってんだ! 前に出ろよ前に!」

 

『し、慎重に行こうって言ったのに……』

 

 距離を維持しながらマシンガンを連射するクレスト白兵戦型に対して、三機のジェガンは皆一様に前に出ることを渋っているようだった。

 それを見かねたエヴァンジェ大佐は、二門のリニアキャノンを構えて狙いを定めて静かにトリガーを引く。すると、放たれた榴弾は高速で飛翔するクレスト白兵戦型の胴体に、まるで吸い込まれるかのように命中した。

 

『お、お見事です……大佐』

 

「あんな体たらくでよくもアライアンスに配属が叶ったものだ。連邦上層部の目は節穴か……」

 

 目の前で爆散したクレスト白兵戦型に、呆然と足が止まる三機のジェガン。彼らはアライアンスに配属されたばかりの補充パイロットであり、実戦経験も乏しかった。

 ただ、それを加味しても三人の戦いぶりは特殊部隊に配属される実力があるとは思えないほどだ。それだけ連邦軍に人的資源の質が落ちているのか、それとも──

 

「ジャウザー少尉、後方で待機するニーニャ中尉たちとレビヤタンに合図を送れ。後退した敵を追撃する。そう遠くない位置に奴らの母艦もいるはず、こちらから仕掛けるぞ」

 

『了解です!』

 

 ジャウザー少尉のリゼルが信号弾を射出すると、小さく赤い光が断続的に閃く。エヴァンジェ大佐が待機させておいたMS部隊と、さらに後方で備えていた母艦『レビヤタン』の一番艦と二番艦、それらに進撃するよう合図を送ったのだ。

 しかし、合図に対して返信が返って来たのは二隻のレビヤタンからのみ。待機していたMS部隊からは返信がなかった。エヴァンジェ大佐はメインカメラを最大まで拡大するも、待機していたはずのニーニャ中尉たちの姿は見つからない。

 

「……ジャウザー少尉、ニーニャ中尉たちに通信が繋がるか?」

 

『いえ、まだミノフスキー粒子の影響が……あっ⁉︎』

 

 ニーニャ中尉らが待機していたはずのポイントで、二度の爆発が起こる。次いで、飛び交うビームの軌跡が幾つも閃く。あれは後方で待機していた部隊が何者かと戦闘を繰り広げているのだ。

 

「ジャウザー少尉! あの三人を連れて後退するぞ、ニーニャ中尉たちと合流する! 後からついてこい!」

 

 三人の部下はジャウザー少尉に任せ、エヴァンジェ大佐はニーニャ中尉たちの元へ向かうべく、リゼルをウェイブライダー形態へと変形させた。

 しかし、エヴァンジェ大佐が離脱しようとした隙を狙ったかのように、何処からともなく無数の小さな熱源体が飛来し、三機のジェガンを取り囲んだ。

 

『サイコミュ……⁉︎まずい、避けてください‼︎』

 

 ジャウザー少尉の警告が届いたのか、三機目とも自身を狙う十字形のファンネルの存在に気づく──が、回避行動に出るには少し遅かった。

 

『そ、そんなはず……!』

 

 四方からビームを浴びせられ、四肢を撃ち抜かれる一機のジェガン。ただ運良くイジェクションポッドが作動し、ハッチからコクピットブロックが飛び出した。そして、その一瞬の間を置いた後にファンネルの追撃がもの抜けとなったジェガンを貫き、爆散させた。

 

『うわぁっ⁉︎だ、駄目だ、避けられねぇ……‼︎』

 

『ちょっ、おまっ……危なっ⁉︎』

 

 他二機のジェガンも同様にファンネルによる無数のビームの雨に晒される。しかし、パイロットの焦りとは裏腹に、AMBACによる姿勢制御と微細なスラスター噴射を駆使して回避、被弾を最小限に抑えていた。

 

(あの包囲の中で躱すか‼︎やはり()()のパイロット候補として用意された強化人間、不安定ではあるが実力は確かだったか……)

 

 急速旋回し、再びジャウザー少尉らの元へ向かうエヴァンジェ大佐は、機体が中破寸前まで追い込まれながらも奮戦する新人パイロット二人に内心舌を巻いていた。

 

「ファンネルを操っているのは……上? 奴か‼︎」

 

 自分たちの頭上を高速で駆けぬける青い軌跡、それがファンネルを操るサイコミュ搭載型のMSと睨んだエヴァンジェ大佐は、リゼルをMS形態に変形させて二門のリニアキャノンを構える。

 そして、スコープの照準の先に映る紅い重装甲のMSに狙いを定めると、トリガーに指をかけた。

 

『……大佐、右です‼︎右に新手が──』

 

「ちっ……‼︎」

 

 ジャウザー少尉の警告を聞くや否や、エヴァンジェ大佐のリゼルがバク転するように機体を翻しながら回避行動を取る。すると、先までエヴァンジェ大佐のリゼルがいた位置に、灼熱の青い熱線が迸る。熱線を掠めたデブリは赤熱化して溶け出し、その威力が戦艦の主砲レベルであることを物語っていた。

 

「ジャウザー少尉、あの重MSの頭を弾幕で抑えろ! サイコミュを使わせるな。私はあの足の速い強襲型を堕とす!」

 

『……っ、了解!』

 

 ビームマシンガンを構えて紅い重MSを追うジャウザー少尉のリゼルを尻目に、エヴァンジェ大佐はメインカメラが遥か彼方に捉える機影に意識を向ける。

 背部の大型ブースターから蒼炎の尾を引かせながら飛翔するMS、クレスト強襲型はデブリ群の中を駆け抜けながらエヴァンジェ大佐との距離を詰めてくる。

 

(機体は標準機だが、あれは人形ではない。手練れのパイロットだな……あのサイコミュ搭載型と併せて我々の足止めのつもりか? 舐めた真似をしてくれる……‼︎)

 

 クレスト強襲型にも負けず劣らず、トップスピードを維持したまま突進するエヴァンジェ大佐のリゼル。そのカメラアイが搭乗者の仄暗い戦意を映し出すように、鈍く翡翠の光を放つ。

 

「何処に隠れているのかは知らんが……そこで見ているがいい、ジャック。貴様を倒すのは私だ、私でなければならないのだ……‼︎」

 




水星の魔女が終わってしまったので、Gレコでガンダム成分を補充


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