迷宮異聞録~マヨナカダンジョン(ダンまち×PERSONA4) (37級建築士)
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~第零章・愚者の灯~
Day01~プロローグ


ダンまちにペルソナ4の要素を足したオリジナルストーリーです。基本はペルソナ4のテイストを出しつつ、ダンまちのキャラたちのエピソードを深掘りしていきたいと考えています。


 猛暑が続く日々、最近のオラリオはとかく夏日寄りだ。

 

 晴天が肌に突き刺さる日が続いたと思いきや、連日土砂降りの雨が長く続いたりもする。去年はこうじゃなかった、異常気象か、何処かの神の陰謀だと騒ぎ立てる人もちらほら

 

 何かが起こるかもしれない、そんな漠然とした不安を抱くのは無理もない。絵巻や小説に記された超常がそのまま跋扈するこの世の中、そんなオラリオだ。

 

 事件の一つや二つ、また自分の身近で起こるのではと、意識が過剰と言われてしまえば仕舞い無いけど、でもそう感じてしまうのだ。

 

 何かが起こる、そう考えて身構えて

 

「おや、迷い人のようですな」

 

「……はぁ」

 

 身構えていた、だって仕方ないのだ

 

 僕は今老人、のような人?と面している。

 

 目が覚めれば僕が見るのは見慣れた天上のはず。けどここは自分の部屋でもなければ、というか壁も床もない。眠っていたはずなのに、なのに

 

 

……ここ、どこ?

 

 

 何かが起こるかも、それも僕とその回りを巻き込むようなことが起こりうる。そう肌で感じてしまうのだ。

 

 けど、取り敢えずはこの状況から。先のことも大事だけど、まずは今僕がいる場所に視点を置いてみよう。

 

 風の穏やかな夜、雲の流れが月明かりを霞ませる。きっと、外でキャンプでもするなら絶好の天候なのだろう。

 

 うん、急にキャンプの話をするのは何故か、それはほら、ご老人がいるのは焚火の前、後ろにはテントみたいなのも見えるし、完全にレジャー中に鉢合わせと言う感じだ。

 

 奇妙な外見、よく見ると傍にいる物静かな女性はとてもきれいな人だし、ここがオラリオ外の平原であっても、どうしてかそこまで怪しいとは思えない。何かが起こる前兆かもだけど、不思議と目の前の二人には敵意も不信感も出てこない。

 

「……あなた」

 

「!」

 

「ご相伴、いかがかしら」

 

 焚火の横で、よく見ると何やら真っ黒な塊をトングで掴んでいる。どことなく感じる獣脂の焦げる匂い、きっと何かで肉を包んで焼いているのだろう。

 

 お腹がすく、夕飯が少し控えめだったから、余計に

 

 

……あれ、でもこれって

 

 

 忘れてはいけない。僕はさっきまでずっとホームにいたのだ。夢遊病じゃあるまいし、まず立ち歩いて、ましてや都市の外に出るはずがない。

 

「……」

 

 誘拐、事件的な用語がいくつも頭の中で湧いては消えてと、そんな不具合を来したような僕の戸惑いに

 

「迷い人よ、安心しなさい。ここは、まだ夢の中ですぞ」

 

「夢、ここが」

 

 意識がさえる。目の前の老人の何気ないトーンの言葉で、今ようやく気が落ち着いた気がする。

 

 焚火の前、僕は用意された席に腰掛ける。金髪のお姉さんが僕の前に折り畳みのコンパクトな机を置く。焼きたてのローストビーフにパン、カップにそそがれたのは野菜とスパイスのスープ

 

 暖かい、どれも夢とは思えない

 

「……ここは、いったい」

 

「ベルベットルーム」

 

「?」

 

「あなたにとってここは必要な場所、それがベルベットルームよ。それ以上も以下もない」

 

「必要、僕がですか」

 

「どういうことかわからないでしょうが、いずれ理解成されます故。迷い人……いえ、ベル・クラネル」

 

 名を呼ばれた、まだ名乗っていない。

 

「失礼ながら、あなたのことは先に調べさせてもらっています」

 

「……ッ」

 

「ご安心を、殿方の恥部をくすぐるようなことは致しません。安心なさい」

 

 そう言い、ギャップのあるいたずらめいた笑みを見せてくる。

 

「……貴方たちは」

 

 謎が謎を更に生む。ベルベットルームという、この広い平原の中で焚火が作る唯一の明るい空間  

 

 相対するのは謎の老人と女性

 

「ほほほ、ご安心なさい……夢をもうじき覚めます。ですから、ここでは軽い自己紹介で済ましましょう。私の名はイゴール、そこの麗人はマーガレット、我らは貴方の味方です、ベル・クラネル」

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「!?」

 

 目が覚めた。冷や水を浴びせられたように、僕は布団から飛び起きた。

 

 窓から差し込む朝日、少し寝汗で不愉快なのはきっと連日の猛暑のせい

 

 けれど、いまはそれより

 

 

「……あれ、本当に」

 

 夢か現か、全車ならきっとこんなにも記憶は鮮明ではない。満たされた胃袋の感覚も、まだ鼻に残る焚火の焦げ臭さも

 

 全部、実感のあるものだ

 

「……なんだったんだろう」

 

「ベル、おーいベルッ」

 

「!」

 

 ヴェルフの呼び声、僕は思考に靄がかかったままベッドから飛び出す。

 

 今日も変わらず、ダンジョンに潜り探索を繰り返す。いろんな騒動も終わって、今はもう普段通りの日常

 

 だけど、もし何かが起こるのだとしたら、あの時のイゴールさんが言っていたみたいに

 

「……ッ」

 

 

……貴方の進む先に、占いは塔と月を、これはまた奇遇な話です。

 

 

……異界に勝るとも劣らないこの世界で、あなたは奇々怪々な出来事を目することでしょう。

 

 

……しかし、同時に覚醒の時も近い。ここに来た以上彼とあなたも同じ、己だけでなく周囲にすら覚醒をもたらす存在、言うなれば愚者の灯となりましょう。

 

 

 

「覚醒、灯……でも、愚者って」

 

 さすがに良くは思えない。意味深なことを言ってくれる割に、結局何をその占いが暗示していたのか

 

「ベル、寝坊か! 早く飯食わねえと置いてくぞ!!」

 

「…………はいッ!!!」

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 




眼鏡をかけるべきか、銃を撃つべきか、それともコスプレをさせるべきか、書きたいことが山ほど出てくるペルソナ設定、ダンまちに合わせたオリジナル展開を提供していきます。


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Day02~始動

本編始まります。


 

 

 早朝から染みつくような猛暑が辛い、徒歩でダンジョンに向かうだけで辟易としてしまう。

 

 バトルクロスは全身を覆う装いだから、それはもうぴっちりと肌で摩擦して熱いったらない服装だ。耐え切れず、今は取り外せる鎧は紐で束ねて背中に背負っている。

 

「ヴェルフ」

 

「言うな、俺だって熱いんだ」

 

「……だね」

 

 鍛冶師を務めるヴェルフとはいえ熱いものは熱い。最近は良く火の傍にいるのがきついと愚痴をこぼしている。

 

 本当に、今年の夏は暑い。誰もがそう辟易と愚痴をこぼす。

 

「……」

 

「おい、ダンジョンに行くんだろ……もう少しの我慢だ、ここの通りを抜ければ」

 

「……だね」

 

 通りの横、涼し気な店内で快適に過ごす住人に目が留まった。

 

 誘惑の手を振り切って歩みを進める。

 

「稼ぐぞ、そしたら今日の夜は一杯やるぜ」

 

「一杯、そうだね」

 

 想像した。キンキンに冷えた淡々なあれを、香辛料と塩見の利いた料理の後に流し込む。

 

 喉奥が締まる感覚、すると歩幅が急に早く

 

「おい、仕方ねえな……じゃあ今日も頑張るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 気候が変わっても、夢見がおかしかったとしても、僕らの日々は変わらない。

 

 街は猛暑のお陰で魔石需要は大、空調装置の燃料である魔石、食材や飲料品を冷やす冷蔵庫、あと大規模レジャー施設をディアンケヒトファミリアが作ったとか、屋内のプール施設で連日若い男女がにぎわっていると聞く。

 

 そんなわけで、なんにでも使える魔石の供給はギルドからも積極的に通知が来ているわけで

 

 だから今日も僕たちは、戦って戦って、お金を稼ぐのだ。

 

 

 

『グゥォオオ――――――ッ!!!?!??!!??』

 

 

 

「やっちまえ、手前ら行け!! 馬鹿こっち来んな、俺にヘイトを押し付けんじゃねえ!!!??」

 

「……あはは」

 

 モンスターの怒号はもちろん、それ以上に冒険者たちの、同業者の勇ましい掛け声、と言うには少し荒っぽくて、周りに対しての不満不平が4割ぐらい混じっている。

 

 ここはリヴィラ手前の入り口、言わずもがなゴライアスが出る嘆きの壁のある場所だ。

 

 そう、僕らは今ゴライアス討伐を半ば強引に手伝わされている。モルドさんを筆頭に大勢の冒険者が畳みかけている中、僕とヴェルフもその一同に参加している。

 

 

「クソ、こんな時にあいつらもいれば」

 

「……ッ」

 

 いない仲間、リリも命さんも春姫さんも、今はそれぞれの用事で不在

 

 何とか二人、大勢に流されながら懸命に戦闘を続ける。

 

 まあしかし

 

 

「!!」

 

「おお、いいぞ!!さすがリトル・ルーキー……じゃねえ、ラビットフット!!」

 

「やっちまえ、俺たちに楽をさせてくれ!!」

 

 相手にしているのはゴライアスだ。もう何度も、その強さは見てきた。僕も、この討伐戦には慣れている

 

 そしてヴェルフも同じ、だからもう少し

 

 帰りは遅くなるけど、お店が締まる前には片を付ける

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

「結局、長引いちゃったね」

 

「あぁ、さっすがに疲れた……稼ぎの割に合わねえ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 長く続いた討伐戦、くたくたになった体を押して地上へと行進。次第に喋るのも疲れて、それでも上へと足を進める。

 

 中層を過ぎ、上層にいたる。五層を超えれば、そこはもうほとんど安全な場所。

 

「あと、少しだね」

 

 時刻は零時手前、かなり遅くなった。神様たちも心配していることだろう。

 

「飯、どうすっか。とりあえず豊穣なら開いてんだろ、飯と酒が残ってたらいいんだけどな」

 

「そうだね、すっかり遅くなっちゃった……はぁ、地上は熱いよね、夜も」

 

 気温が一定なダンジョンの方が、もしかしなくても涼し気だ。

 

「熱い……か、なんか暑気払いになるもんがあればいいんだけどな」

 

「はは、じゃあ怪談でもしたらいいかもね」

 

 少し前、命さんがそう言う遊びを教えてくれた

 

 極東では100人で怖い話をする遊びがあるとか、あれなんか違うかな

 

「怖い話……そんなもんで涼しくなったら世話ねえぞ。それよか、お前そう言う話苦手じゃないのか」

 

「?」

 

「わかんねってか、まあ確かに、創作のオカルト話よりも、現実のモンスターとか、あとは人間、そっちの方が何倍も怖い。特にこの街じゃな」

 

「……まあそうだね、本当にオカルトな話なんて、この街ではないのかな」

 

「そうだろ、オカルトなんてないね」

 

「でも、一つぐらいはあっても」

 

 噂、作り話、その手の話はよく聞く。暑い日が続くと、人は自然にそう言う話を求めるのかもしれない

 

 怖いもの見たさ、好奇心、ちょっとぐらい怖い体験と言うのもしてみたいような、見て見たいような

 

「噂、試してみたいのか?」

 

「……ヴェルフ?」

 

 気が付けば、そこはダンジョンの入り口の門へと続く螺旋階段。

 

 時間のせいか誰もいない、そんな中ヴェルフが

 

「なら、ちょっと遊んでみるか?」

 

「え、なに」

 

 手を引かれ、地上に出て、そして足が止まる。

 

「まさか、何か」

 

「おいおい、もしかして怖気づいていんのか?」

 

 煽るように、どこか楽しげな様子で語り掛ける。

 

 ヴェルフの顔、今だけは弟をからかって遊ぶ兄のように見える。

 

「興味あんだろ、なら試してみようか……そういや、前に面白い話を聞いたな」

 

「……どんな話、怖いの?」

 

「いや、というよりは夢のある話だな……ませっかくだ、好奇心こそ冒険の第一条件、ベル、知っているか?」

 

 時計の長針が分を刻む、あと少し、その先に

 

「深夜零時、ダンジョンに足を踏み入れると、そこは見たことの無い夢のような場所。お宝取り放題、魔石も鉱石も、とにかく金目のものがざっくざく……いわば、ダンジョンのボーナスステージがあるらしい」

 

「ぼ、ボーナスステージ?」

 

「ていう噂だ……あと数分、試してみるか?」

 

「……うん、おもしろいかも」

 

 奇妙な話、怖い話とはまた違うけど、これはこれで興味を誘う。

 

 うまい話には裏があるというけど、まずは確認してみないと始まらない。

 

 

「ヴェルフがいいなら、ちょっと興味があるかな」

 

「よし来た、こんな時間にダンジョンにいるのも珍しいしな。せっかくだ、ちょっと遊んでいくか」

 

 門を出て、地上の広場を目にする。

 

 誰もいない、ちらほらと人はいるけど、だれも見向きはしていない

 

 振り返り、外と中をつなぐ境界を見据えながら、僕たちは時計を見る。

 

「秒読みだな、同時に足を踏み入れるぞ」

 

「うん、なんだかドキドキするね」

 

「そうか、かもな……ま、外れなら外れでいいさ。そしたらこの噂は誇張して弄って、飲みの場で言いふらしてやる」

 

「ははは、なんだか悪いね」

 

「たまにはいいだろ、悪戯も時には必要……っと、あと10秒」

 

 手に持った懐中時計、その秒針の音がやけに響く。

 

 

……7、6

 

 

 心臓の鼓動と混じって、体の中で音が大きく

 

 

「行くか、せえのっ」

 

 

……4、3

 

 

「嘘か本当か、正体見たり、マヨナカダンジョン!!」

 

「え、まだ……てあっ」

 

 

 

……1、0

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

―――ドクンッ

 

 

―――ドクンッ

 

 

「……はっ」

 

 意識が飛んだ。前後が無くて、それにどこか静かに過ぎる

 

 さっきまで、魔石の照明で中は照らされていたのに、今はすごく暗い。門が閉じられたのか

 

……あれ、ヴェルフは

 

 僕より1秒か2秒早く足を踏み出した。そのヴェルフは

 

「……ヴェ、ヴェルフ?」

 

 いない、門の外に隠れたのか

 

 いたずらに思えた。ヴェルフが僕をからかって、すぐ外に隠れたのだと

 

 けれど、ここは

 

 

「……ッ」

 

 バベルの一階、奥にはダンジョンへ続く階段

 

 外に出る出口は大きな門なのに、そこは何もない

 

 壁しかない、歪んで、波打つ波紋が気持ち悪い。壁も床も天井も、不気味な模様で彩られ、薄暗い光は煙のような霧で余計に霞む

 

 

「どこだろう、ここ」

 

 

……覚醒………近……

 

 

「?」

 

 

 

……双眸……開き

 

 

「……誰」

 

 

 声がする。霧の奥、ダンジョンへと続く螺旋階段の方から

 

 

「行くしか、ないのかな」

 

 

 ここがどこか、最後にヴェルフが言った言葉が頭の中で反芻する

 

 マヨナカダンジョン、本当にそうなら、ここが冒険者にとっての夢の場所なら

 

 

「……ッ」

 

 立ち止まっても始まらない、前に進むしかない

 

 

 

 

 

 

 




連日投稿です、次の話も続けてどうぞ


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Day03~遭遇

せっかくのクロスオーバなんであのキャラをゲストで参戦させます。


 絶句してしまう、そこはダンジョンのはずなのに、僕は地下へと続く階段を降りたはずなのに

 

「ここって、オラリオ?」

 

 濃霧を掻き分けるように進んでいくと、足元は気づけば平坦に、薄暗さの中でもそこは比較的光がある。なにせ、僕が今いる場所は外だ、上を見上げれば空が見える。よどんでいて赤と黒の模様しかない空だけど 

 

 街を歩き、当てもなく彷徨っていく。

 

 いや、訂正だ。すごく気を付けて歩かないと

 

「……ッ」

 

 何かがいる。黒い靄で、よく見えない

 

 一瞬だけ口のようなものが見えたけど、すぐ霧に消えてどこかに消えた。濃い霧の場所を避けて、取り合えず僕は歩みを進める。

 

 出口はどこか、せめて知っている人は

 

 ここがもし、地上と同じ場所なら、ギルド本部はどうだ、僕のホームは、豊穣の女主人は

 

 

 

……タタタ

 

 

「く~まくま~」

 

 

 せめて誰か、知っている人は。

 

 

「クマは~冒険者くま~」

 

 

 この場所から連れ出してくれる、誰かは

 

 

「……うん、やっぱり無視できない」

 

 いるのだ、着ぐるみが躍っている。小粋なステップを踏みながら愉快に口ずさんでいる。

 

 二頭身で、首の部分がジッパーで、つぶらな瞳は可愛いのかもしれない。

 

「……クマ、熊だよね」

 

「くまくま~」

 

「!」

 

 いかにも手作りな、張りぼてで作った工作の剣を持って愉快に行進。遠ざかっていくのは見過ごせない。せっかく見つけた手がかりだ

 

 追いかけるしかない、濃霧の中、唯一の導を頼りに僕は進む。

 

 そして、追いかけながらふと、あの夢のことを思い返す。ベルベットルームで出会った、あの二人のことを。

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

「ただいくま~」

 

「?」

 

 謎の着ぐるみが戸を開けた。けどそこは

 

「前の、ホーム」

 

 かつて自分と神様が暮らしていたホーム、と言う名の錆びれた教会、そこへあの着ぐるみはさも実家のテンションで入っていったのだ。

 

「……」

 

 とりあえず、扉の傍まで近づき、ゆっくりと戸の隙間から

 

「さ、次の冒険クマぶへぇ!?」

 

「あ」

 

 ぶつかった。扉から出ようとしたところで正面から

 

 見つかった、そう動揺しなくてはいけない状況。でも、それ以上に

 

「あ、あたまが……ない」

 

「?」

 

 着ぐるみの頭が取れている。けど中身が無い、空洞だった

 

 おばけ、幽霊、そんな言葉がいくつも頭の中で沸き起こる。どうするべきか、逃げるべきか

 

「――――ッ!?」

 

「?」

 

 何かを探している。ダンダンと、地面をたたくように、何かを探している。

 

 

……頭、取れたからかな

 

 

 シュールに見えてきた。敵意は無いし、取り合えず親切にするべきか

 

「あの、すみません……急に出てきて、ぶつかって」

 

「……はっ、繋がったクマ。ふぅい、ご親切どーもってなぁああ!!?!!?」

 

「……あぁ、えっと」

 

 ぼよんぼよんと跳ねまわり、今部屋の奥の教壇の後ろに隠れている。頭もお尻も見えているけど

 

「だ、誰クマ、何で異世界に人がいるクマ!」

 

「異世界?」

 

「そうクマ、ここはクマの住処、お前は不法侵入者クマ!!怪しい奴め、いったい何者クマ!!」

 

「……」

 

 どこから突っ込めばいいのか。そもそもここは僕たちのホームであって、この語尾がクマの愉快な着ぐるみの家ではないはず

 

「えっと、ここはもともと「待つクマ、人間がいるなんて、これはマジヤバクマ!!」は?」

 

 急に騒ぎ出す。傍に落ちていた手作りの剣を拾ってぶんぶんと、まるで何かに襲われるのを怯えているようで

 

「君、急に驚いて何を」

 

「シャドウが来るクマ、人間を狙って来るんだクマ!」

 

「だから、シャドウってなんですか……そもそも」

 

 わからない、何が起こっているのか

 

 これまで起きたどの事件とも違う、もっと異質で、世界そもそもがことなっているようで

 

 

「ベルベットルームも、あの二人も、あなたも、異世界も……それに、マヨナカダンジョンって、シャドウって……いったい、何なんだ!?」

 

 

 

「……ッ!?」

 

「教えてくれ、いったいッ」

 

「う、後ろクマ」

 

「!?」

 

 

 

『―――――ッ!!!』

 

 

 

「な、ぐッ!」

 

 とっさに、腰のナイフを抜いて僕は防御態勢を取った。

 

 仮面をつけた球体、防ぎ切ったはずなのに体勢が崩れる。

 

「!?」

 

「いやぁ!!グロテスクは苦手クマ、食べられるのはダメクマ!!」

 

 球体がひっくり返る。目の前に合った仮面は飾、さっきにも見た目も鼻もない、ただ大きな口がそこには張り付いている。

 

 無駄に歯並びのいい歯が僕の腕に噛みつく。噛み切られはしないけど、平たい奥の歯に挟まれて骨がきしむ。

 

「!」

 

 攻撃されている、でも妙だ

 

 敵は恐ろしいが、そこまでの強さは感じない。実際、攻撃と言うのも単調で、こうしてあえて手を噛ませて内部からファイアボルトで破壊する、そうしようとしたのだ。だけど

 

「……ぐ、あぁ」 

 

 力が入らない、痛みが鋭い

 

「ふぁ、ファイアボルト!!」

 

 叫ぶ、口の中で炎雷が爆ぜた。だけど怯むどころか何も反応しない。通じていない

 

「!」

 

 浮き上がる、そしてそのまま噛まれた腕ごと振り払われた。

 

 壁を破り、そのまま外へ

 

 教会の外にもさっきと同じ口だけの球体がうじゃうじゃといる。舌なめずりをして、獲物を前に垂涎としている。

 

「どうして、こんなに」

 

 弱くなっている、使えたはずの力が通用しない。ファイアボルトもナイフも、こいつらの体に通用しなかったのだ。

 

「何をしてるクマ!早く逃げるんだクマ!」

 

「……でも、君は」

 

「狂暴になったシャドウ相手に勝ち目なんてないクマ!!逃げるしかッ、でも囲まれとるのよね。……はぁ、誰かお助けーーッ!!」

 

「……ッ」

 

 シャドウ、この不気味な敵のことなのだろう。周囲を囲むシャドウたち、退路は無い

 

 どうする、どうすればこの状況を

 

「……神様」

 

 託されたナイフを強く握る。状況は最悪でも、心だけは折れてはいけない

 

 何があっても帰るんだ。これまでと変わらない、どんな逆境でも、前に進むことを辞めたらそこで終わりなんだ。

 

 

「君、逃げるんだ」

 

「クマ?」

 

「僕が囮になる、ここから出るためにも、君には聞きたいことがある。だから、先に行ってくれ」

 

「なぬーー!!」

 

「早く、どれだけ持つかわからないけど……足掻いてやる、死んでも生きるッ」

 

 未知の敵がなんだ。まだ僕はここで立っている。手も足も動く、命ある限り何度でも叫んでやる。

 

 まだ、まだ僕は

 

 

「終わらないッ、終わってたまるか!」

 

 

……ズキンッ

 

 

「!」

 

 熱い、胸の奥が

 

 心臓に溶けた鉛が流し込まれているような、そんな感覚すらある。

 

 

……なんだ、なにかが

 

 

「………ナ」

 

 自分が自分だけでない気がする。ぼくと言う存在が、ベル・クラネルが一人じゃなくなろうとしている。

 

「……ペ……ナ」

 

 浮かび上がる言葉、これが何を意味するかは知らない。聞き覚えが無い

 

 でも、わかる。わかってしまう

 

 

「……覚醒、愚者」

 

 

 

――――ドクンッ

 

 

 

「!」

 

 そうだ、理解した

 

 己の覚悟を示し、本当の自分を知った。

 

 僕は愚者だ、始まりのゼロ、故にここから始まる。僕の、物語が

 

 

……そう、愚者は始まり。これから歩むあなたの旅路に、その力は欠かせない

 

 

 

「……やってやる、来い!」

 

『――――――ッ!!!?!?』

 

 向かってくる、シャドウたちが僕に向かってそのアギトを開く

 

 

……唱えろ、言葉を!

 

 

……呼び出せ、もう一人のボクを!!

 

 

 

「来い、ペルソナッ!!」

 

 

 

 




今回はここまで

次回、ベルのペルソナを登場します。オリジナルです、お楽しみに


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Day04~愚者の灯

覚醒&チュートリアル、初ペルソナ戦闘です。脳内のBGMはTime to make historyを推奨します。

追記:ペルソナの名前を訂正しました。


追記:話を分割、修正しました


 

 

 自分がもう一人いる。その感覚は思いの外悪くないものだった。

 

 強大な力の奔流、自分という存在がより大きくなっていく。世界の孤独から救い上げられたような、そんな悟りに近い感覚

 

 僕は一人じゃない。この力はつながっていく、影の世界から迫る絶望を跳ね除ける灯、照らす道が迷宮を貫く。

 

 

……ペルソナ

 

 

 手に掴むは愚者を示すタロット、アルカナが示す光の先に、彼は居た。

 

 彼は兎だ、罪を経て、なおも旅路を続けた。身を焼き、月に至った一匹の物語、彼の名は

 

 

 

 

 

 

――――――ドクンッ

 

 

 

 

「来い、ペルソナ」

 

 

 

 

 青の光が夜を照らす。愚者のカードを砕き、その力を開放する。

 

 我は汝、汝は我、己の罪を知り、真なる我を彫刻せん

 

 

 

 

 

 

―――――――――――ドクンッ

 

 

 

 

 

 

「……跳べ、イナバギ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~第零章・愚者の灯~

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が止まったように、シャドウと呼ばれた敵達はその動きを止めていた。

 

 彼らに視線があるなら、その先は僕の背後に立つ彼に向いていることだろう。

 

 

「……ッ」

 

 前に出す。言葉を介さなくても、自分の手足のように、彼は身を進める。

 

 白装束に刃の付いた金の錫杖、背中に背負うのは欠けた光輪、全身を覆う包帯はその奥の爛れた赤黒い皮膚を隠す。白毛の兎人にして大男、僕と同じルベライトの瞳を有した彼の名は

 

 

 

『――――ッ!!』

 

「吹き飛ばせ、イナバギッ!!」 

 

 迫り狂う、大口を開けて舌を出し、その咢でこの身を噛み砕こうと一斉にかかる。

 

 攻撃は全方向から、故に放つ技は

 

 

 

 

[マハコウハ]

 

 

 

 

「!」

 

 錫杖を振るう。光の軌道から放たれる放射状の光線。幾重もの敵を貫き、そして爆ぜる。爆炎が霧を払う。濃い霧で狭まった視界が晴れわたる。

 

……まだ多い、それに

 

 態勢を崩した敵の全貌が見えた、その隙は見逃さない。錫杖を今一度構え、イナバギを渦中へ飛ばす。露払いは任せる。その隙に

 

「……イナバギ、頼むッ」

 

 彼だけではない、戦うのは僕自身もだ。

 

 今一度ナイフを強く握る。強く振りかぶって

 

「……ッ!!」

 

 

……ガギンッ!?

 

 

 背後に迫る仮面の怪魚、その巨体の突進に刃を立てる。

 

 今度は違う、僕の力は通用する。きっと、彼が姿を現したから、僕自身にも変化が生まれたのかもしれない。距離は離れていても、彼は僕と繋がっている。これがペルソナ、つながりの力

 

 

「はぁあああああッ!!!」

 

 畳みかける。袈裟切り、中央、上段蹴り、刺突、僕の3倍はある体躯に対し連撃を放つ。敵も噛みつきと突撃で反撃をしてくるけど、防御と回避で裁き続ける。

 

 僕自身、この戦い方では大きな一撃は放てない。通用はするけど致命打が不足する。だから、決め手が必要だ、切り札の一撃が、乾坤一擲の剛撃が

 

「イナバギッ」

 

『!!』

 

 突進をバックステップで躱し、同時に反撃を交わす

 

 背後は見ずとも、その刃は同時に、チャージを終えたヘスティアナイフとイナバギの連撃、僕とペルソナ(ボク)が放つ斬撃が敵を断ち斬る。

 

 

 

[五月雨斬り]

 

 

 

「アルゴッ……ノォウト!!」

 

 

 

 

 青と金色の剣閃、数えで十。仮面を、牙を、その巨体をバラバラに断ち切る。影は形を無くし、泥となって地に落ちて朽ちる。

 

「あわ、あわわわわ」

 

「……大丈夫、君」

 

 敵が消え、安心して姿を現した。着ぐるみの彼は僕とイナハギを交互に目配せ、なんとも仰々しく驚いて見せる。

 

「き、君……一体何者クマ?」

 

「……僕、僕は」

 

 ふと、思い返した。彼は手作りの剣を掲げて、自らを冒険者と称していた。

 

 中身の無い空っぽの着ぐるみ、けれどその思いがあるならきっと良い奴なのだろう。だから、名乗るのであればきっとこれが正しい。ペルソナを消し、刃を収め、今一度向き合う

 

「僕は、ベル……ベル・クラネル、冒険者の……」

 

 でも今は、新しく目覚めた彼と共にある、そんな僕は

 

「……ペルソナを使うから、えっと……ペルソナ使い、でいいのかな?」

 

「クマ?」

 

「あぁ、ごめん……何でもないよ。僕はベル・クラネル、ただの、冒険者だよ」

 

 

 

 

次回に続く

 





今回はここまで、次回より救出劇が始まります。今作はペルソナ4がベースに、他シリーズの要素やオリジナル設定、色々込みで楽しい展開を目指していきます。

感想・評価等頂ければ幸いです。モチベ上がります




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Day05~愚者と星 

こちら、最新話となってますが四話を修正、そして分割した内容になります

内容も訂正、大筋には影響はありません。


 

 

 

 

 場所は変わって、そこは教会の地下、かつては僕と神さまの生活スペースにしていた場所だ。

 

 狭くて薄暗くて、けれど居心地のいい場所、でも今は

 

 

「……狭い」

 

「クマのハイカラな家具センスですクマ。この貴族のような贅沢センス、先生にならわかってもらえるクマ」

 

「ごめん、それは荷が重いかな」

 

 どこで拾ってきたのかタンスや机、バスタブや本棚、あとは……本当によくわからないガラクタとか色々

 

 所々に転がっている部品のようなものを踏まないように、中央のソファと暖炉がある場所までたどり着いて今に至る。

 

「まま、お茶は無いけどくつろいで欲しいクマ、先生にはこの命、救ってもらったクマね。クマは恩義に報いる、それはもう立派なクマクマ」

 

「うん、そうだね……もう、家の所有権はどうでもいいや。とりあえず、入れてくれてありがとう……クマ君でいいのかな」

 

「そうクマ、クマはクマクマ」

 

 言いにくくないのだろうか、とか思ってはいけない

 

「そっか……で、そろそろいいかな」

 

「何をですかな、先生?」

 

「それは、まあ色々あるけど……この世界は何」

 

「異世界クマ、シャドウたちが住む世界クマ」

 

「じゃあ君は、シャドウ?」

 

 試しに聞いてみる。さすがに外のあれらと同じとは思わないけど

 

「う~ん」

 

 妙に言葉に詰まっている。そんな困る質問だったのだろうか

 

 悩んで悩んで、時に転がって逆立ちして、それで絞り出した答えは

 

「それはちっと、難しい質問クマね……わからんです」

 

 語尾にクマもない、本当に知らないみたいだ。知らない?そんなことあるのだろうか?

 

 

「クマも、あんまりよくわかってないクマ……昔の記憶、どっか行っちゃったクマ」

 

「……そう」

 

 少し、悪いことを聞いたかもしれない。

 

 記憶が無い。無害な見た目と振る舞いから嘘とはまず思えなかった。深掘りするべきとも思えたけど、せっかく得た信頼を損ねたくないと考えたし、何より申し訳ない。

 

 クマ君、彼は冒険者である僕を先生と仰ぐ。ちょっと恥ずかしいけど、どうしてもとクマ君はその呼び方を譲らなかった。そんなクマ君は、妙に毒気がない成果あまり悪いように思いたくないと感じてしまう

 

 知らない世界、実際異世界に来て頼りになるのは彼だけ。ここから出るためには、きっと彼の協力が

 

 

……でも、それは

 

 

 ここから出る手段があったとしても、そう簡単に出る手段である保証もない。もしかしたらまたあのシャドウとかいう敵と戦って切り抜けなければいられない、そんな困難が出てくる可能性だって十分にある。

 

 あの力を使った反動か、今は正直不調だ。床について目を閉じればすぐに疲労で睡魔に食い殺されるだろう。

 

「……あの、この世界から出る手段を聞きたいんだけど」

 

 この世界に来た場所、ここからまたダンジョンのある所まで行くのはさすがに骨が折れる。どうにかならないものか、そう思っての質問だった

 

「帰る方法ねえ……まあ、あるにはあるクマ」

 

「……そうだよね、そんな簡単に」

 

「先生だからあるって言ってるクマ」

 

「……うん、だよね」

 

 今、確かにあるって言った。嘘、そんな都合のいいことがあるの?

 

 面食らい、簿kがたじろいでいる合間に、いそいそとクマ君は何やら用意をしだす。その短い手を振ってみれば、あら不思議

 

 

 

……ドドンッ

 

 

 

「……今、何したの」

 

「何したのって、テレビ出したクマ」

 

「……テレビって何?」

 

 呼び出したモノ、それは変な箱状のモノが三つ重なっていて、奇妙なのはその箱の正面が変な光を放っていて、白と黒が乱雑に光るさまは怪しくて、それに見ていると目が痛む。部屋が薄暗い成果余計にだ

 

「ささ、これで外に出られるクマね」

 

「……どうやって?」

 

「飛び込めばいいクマ」

 

「どれに?」

 

 三つのテレビなるもの、お世辞にも人が通るには手狭としか言いようがない。なんだろう、これで体が三分割されないか心配だ。

 

 

「……」

 

 

 改めて思う。不思議な異世界、オラリオと瓜二つで、さらにはクマ君という奇妙な存在

 

 噂のボーナスステージはおそらく違うけど、マヨナカダンジョンという点では確かに正解かもしれない。けど、噂の正体は危険な罠、今までもこの世界に来た人がいるならきっとひどい目に合っているか、それとも僕のように不思議な力を手に入れたか

 

「……ッ」

 

 

 悩ましい。疲れもあってか、ついフラットきてしまった

 

 

「先生、大丈夫ですかクマ」

 

 

「うん、ちょっと頭が痛くなって……ごめんね、色々と迷惑かけて」

 

 

「いえいえ、先生はシャドウを懲らしめてくれたクマ。むしろお礼をいわせてくだせう」

 

 

「お礼?」

 

 

「そうですクマ、最近はシャドウが多くなってしかも暴れてるクマね……もう、この世界に向こうから人が来てから最近大変だクマ」

 

「……人が、来て」

 

「そうクマ、クマは匂いがわかるクマから……そう言えば、」

 

「……そう、なんだ」

 

 

 噂、やはり良くないものなのだろう。 

 

 もしかして、今オラリオではよくないことが起きているのかもしれない。だとすれば

 

 

……少し、調べた方が

 

 

 テレビと、教会の出口を比べるように視線をやる。けど、体は思考に追いつかない

 

 

 

「……先生、先生!」

 

 

「!?」

 

 

 気づけば、僕の体はクマ君が支えていた。ふらついて、まるで酔っているようだ

 

 

「先生、もう今日は出た方がいいクマ……疲れてます故、次は日を改めた方が良きです」

 

「……ッ」

 

 

 悩む。けどその意見ももっともだ。今、ここで吸う空気が妙に苦しい。ずっと水中にいて、空気を吸えていないような、そんな不安がある。

 

 外の空気が吸いたい、元の世界の正常な空気が

 

「……また、来るよ」

 

「はへ、それジーマーですクマ?」

 

「うん、気になることも多いし……出入りができるならね、今日は、家に帰る」

 

 そっと、クマ君の頭に手を置く。かぶりを振って、正気に戻さんと気をはっきりさせる。

 

 今は、心配している皆の元へ、その後この世界について調べる。そう心に決めた

 

「……じゃあね、クマ君。ありがとう、色々教えてくれて」

 

「また来てくれるクマ」

 

「もちろん……今度は、冒険者のこととか、いろいろお話もしたいしね」

 

「なぬ!」 

 

 

 目の色が変わる、うずうずと震えて本当にうれしいようだ。

 

 

「……クマ、冒険者になりたいクマ」

 

「そうなんだ、僕も……そう思ってオラリオに来たから。よく、わかるよ」

 

 手を握る。別れを惜しむ握手を交わす。

 

 握った手に感じる感情、きっと彼は呼び止めている。もしかしたら、クマ君はこの異世界で独りぼっちなのだろうか

 

「また、近いうちに……じゃあね、クマ君」

 

「先生、およよよよ~」

 

「もう、泣きすぎだよ」

 

 せっかくの良い毛並みがぐしょぐしょになる。それにしても、本当に毒気の無い性格だ。気の置けない関係がいつの間にか出来上がっている気すらある。

 

 

……ドクンッ

 

 

 

「!」

 

 

 つながりを感じる。クマ君と僕の間に絆の力が芽生えた、そう感じる。

 

 

「どうしたですクマ」

 

 

「……いや、うん」

 

 

 胸の奥、何かに叩かれるような衝撃が走った。けど、あまり気にすることもないと踏んだ。

 

 別れは告げ、異世界の出口へ身を投じる。胸に抱いたナニか、未だその価値は知る由もない

 

 

 

……なんだろう、いったい

 

 

 

 愚者からつなぐ光は星のアルカナ、希望を示し、約束された答えへと導く新たな灯となる。

 

 

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 

「!」

 

 不意に、足の裏に地面を感じた。上も下も無い空間で意識が飛んだとお神酒や急な覚醒、よろめいて尻もちをつき、やっと意識がさえわたる。

 

 

……戻ってきた、空気も違う

 

 

 息を吸い直す。肺に溜まった淀んだ空気を吐き出し、循環。体を起こし辺りを見渡してみるとまた驚いた。

 

 気づけば、そこはホームの前だった。

 

 帰る場所を脳裏に浮かべて、僕はクマ君が取り出したそのテレビといモノに飛び込んだせいなのか。理由は憶測にすぎないけど、今はそれでいい

 

 現実の世界に戻った。今は、その事実を喜ぼう

 

 

 

 

 

「ベル様!!」

 

「!?」

 

 声がした。振り向き見ると、玄関から僕の方へ駆け走る姿を逆行の陰で見る。その姿と声はリリだ。

 

 帰ってこれた。現実に、僕のいるべき場所に

 

「リリ、ごめん……遅くなって」

 

「ベル様、ベルさまぁ!」

 

「……リリ?」

 

 泣き崩れて、そのまま膝をつく。心配させてしまった、罪悪感が胸に募る。

 

 

「ベル、お前!」

 

「ベル様!」

 

「べぇえええるくぅううううんッッ!!!!?!?!?!?」

 

 

「え、皆おぶふっ!?」

 

 ヴェルフよりも、春姫さんよりも、神様の突撃は僕のみぞおちにクリティカルで決まる。

 

 地面に転げて頭もぶつけた。痛い、かなり痛い、だけどそれが安心する。

 

「……神様、皆」

 

「無事だったんだね、よかったよぉお、ベル君は無事だったんだッ」

 

「ベル、お前ッ」

 

「……ッ」

 

 喜んでくれている、それはわかる。でも、なんだろう

 

 

 

……喜んでいるのに、なにか引っかかっている?

 

 

 

 ここに入り一同、本当に心の底から安堵しているのだと見てわかる。けど、その表情の奥には何か煮え切らないような、未だ何かが終わっていないような

 

「ベル、良かった。本当に、噂通り消えちまったかと」

 

「……ヴェルフ」

 

「おぉ、取り合えずホームに入れ……話は、まあそれからだ」

 

「……」 

 

「おい、どうしたんだよ……黙って、なんか怪我でも」

 

「…………さっき」

 

 

 皆、一同に言葉を並べる中、何か引っかかるものがあった。その疑念、ようやく気付いた。駆け寄るヴェルフから離れ、僕が歩み寄ったのは、神さまの前

 

 

 

……胸騒ぎがする、いやな予感も

 

 

 

「……さっき、神さまは」

 

「べ、ベルくん……どうしたんだい、急に」

 

「いえ、気のせいならいいんです……でも、さっき」

 

 神さまは言っていた。僕の期間を喜ぶ言葉の中に、確かに不自然なフレーズがあった

 

 

 

「……僕は、無事だった……いったい、どういう意味ですか」

 

 

 

 恐る恐る聞いてみた。悍ましい真実へつながりそうな予感、言葉を言うや神様は顔色を悪くした

 

 

 

……『外にいた時に女の人っぽい匂いがしたクマ……多分、またどこからか人が来てるクマ』

 

 

 

 思い出した言葉、今度はヴェルフの方へ問いを投げかける。 

 

「ヴェルフ何かあったの?」

 

「……ベル様、それは」

 

 皆が一同に口を紡ぐ。喜びから転じて、その雲行きは少し薄暗い

 

 言葉を濁そうにも、皆その第一声に悩んでいる。静まり返る中、意を決してヴェルフは

 

「……お前が居なくなった後、俺は街中を探した」

 

「…………」

 

「とりあえず、ギルド本部に行って……お前の捜索願いも出したんだ。当てになるかわかんねえけど、しねえよりはましだしな。で、そん時にだ」

 

「……」

 

「ギルドが、今度は俺に問い詰めて来たんだ。お前が消えた時のこと、事細かにな。何か別に事件でもあったのかって感じでな」

 

「……事件、それってマヨナカダンジョンの噂?」

 

「や、違う。結末以外はな……ギルドはよ、捜索依頼を複数受けているらしい。お前と同じ、急に人が消えたって話……ギルドには立て続けに入ってきていた。お前も含めて、今ギルドは行方不明者の捜索をしていた」

 

「!」 

 

 行方不明、その言葉で繋がった

 

 クマ君が言っていた言葉、神隠しのようにこのオラリオから人が異世界に消えている。そう言うことだと今理解した

 

 皆が口を紡ぐ。それはつまり、僕と同時に誰か、見知らぬ他人じゃない、顔も名前も知っている誰かが行方不明になっているのではないか?

 

 

……だから、皆

 

 

 気づけば、取り囲むように皆がいた。

 

「……あの世界に、誰が」

 

「ベル、今は「駄目だ!!」

 

 

 

 そう、あの世界に人が落ちるのは駄目だ。身をもって危険を理解している僕には、いや僕だけがことの一大事さを理解している。

 

 知らなければ。この予感は、きっと当たってしまっている。

 

「……神さま」

 

「ベルくん……駄目だよ。君は、休むべきだ」

 

 止める。道を遮るように、神さまが腕を広げている

 

「……神さま」

 

「駄目だ、今の君は行かせられない……頼むから、休んでおくれ」

 

 強く、言葉を置いた。

 

 

 

……駄目だ、今動かないと

 

 

 

「……おねがいです、神さま……僕だけが、あの世界のことを「ギルド本部」

 

 

 

 

「!」

 

 

 

「ヴェルフ君、ダメだ!」

 

 

 

 

「……ギルド本部、あの人が消えたんだ。目撃者は

 

 

 

 

 

……ミィシャ・フロット

 

 

 

「……エイナ、さん!?」

 

 

 

 つながった。皆が黙した理由、それが繋がった。

 

 シャドウが住まう、あの霧深い異世界。特別な力が無ければ命は無い、そんな世界に人が消える。

 

 向かったか送られてか、引き込まれてか、それもわからない。ただ、今は一つ

 

 

「彼女が消えた。エイナ・チュールが、ミィシャ・フロットの隣で突然消えた。それが、今起きていることだ」

 

 

「……ッ」

 

「ベル君、待って!ダメだ、ベルくん!!」

 

 遠く、神さまの声が消えていく。

 

 ダメだった、耐えられなかった。振り切るように、僕は駆けだしてしまった。

 

 あの世界の脅威を知っている以上、ここで何もしない選択肢は選べない。行くしかない、またあの世界へ

 

 

……行かないと、手遅れになる前に、早く

 

 

 

「はやく、はやくッ……間に合えッ!!」

 

 




修正なのでとくに語ることない。


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~第一章・霊血の命題~
Day06~再会と再開


ペルソナ4恒例の救出劇、ダンまちスケールでお送りします。

追記:一部内容を訂正しました。


「ここは、どこ」

 

 目が覚めて、まず口にしたのはそんな当たり前の疑問。赤黒い異質な空と建物が織りなす魔都。目の前にある建物が辛うじて自分の勤めるギルド本部のような場所であると理解する。

 

 前後の記憶はない。気が付けばここにいた。悪寒が絶えない不吉な場所。一秒たりとて長居したくない。

 

 とにかく去ろうと、私は一歩を踏み出した。このギルドに近づいてはいけない。どこか遠くへ

 

 

『……そっち、危ないわよ』

 

「!」

 

 背後からの声、そして目の前に現れた無機質な仮面の化け物、じりじりと迫り、私を声の主の場所へと追い込む。

 

「……誰、なの」

 

 黒い靄の中で唯一見える眼光、気味の悪い黄金職の輝きは身の毛をよだたせる。

 

 けど、不思議と既視感がわく。その存在に、どこか

 

 

『あたりまえよ、だって私は』

 

 心を読んだ。相手は一歩前に、靄がはけてその姿が露わになる。

 

 そいつは、その女性は私と同じ服を着て、そして私と同じ声でしゃべっていた。

 

「うそ、なんで、どうして!」 

 

 鏡以外で、私は自分の姿を初めて見てしまった。もう一人の自分、姿かたちは同じで、それが一層不気味でならない。

 

『私は、エイナ……本当の私。そしてあなたは偽物』

 

「な、なにを……あなたは」

 

 理解できない。いったい何者なのか。私を真似て、何をする気なのか

 

『真似じゃないわよ、でも今はいいわ。どうせすぐ、私が本物で、あなたが偽物だって理解するはずだから』

 

 自分の姿をした何かは少しキザったらしく、指をパチンと鳴らして後ろの化け物を使役する。腹に穴の開いた化け物が私の手を拘束し、そのままギルドの中へ

 

 歪んでいく、その形がまるで別物へ

 

 

「……な、なによ、ここ」

 

 

 

 

 

 

 

「ベル!」

 

「……離して、早く行かないと」

 

「落ち着けッ!」

 

「……でも」

 

 エイナさんの話を聞いて、居ても立ってもいられず僕は駆け出した。路上の真ん中、そんな僕をヴェルフは静止する。

 

「なあ、一度頭を冷やせ……ことがやばいことぐらい、俺だって理解している」

 

「いや、わかっていない……ヴェルフは見ていないんだ。あの場所を、異世界を」

 

「それって、マヨナカダンジョンのことか、本当だったのか?」

 

「……ッ」

 

「なるほど、ろくでもない噂だったわけだ」

 

 ヴェルフの手が離れる。体が傾いて二歩三歩と足踏み、僕とヴェルフの間に距離が生まれた。

 

 冷静に、ヴェルフは僕に向き合う。そして

 

「悪かった」

 

「!」

 

「俺が、あんな提案をしなけりゃ……ベル、本当に済まない」

 

 深々と頭を下げた。そんな姿を見て、僕は自分の中の血が冷めていくのを感じる。

 

 恨んでなんかいない。起こってしまったなら、それはもうしょうがないこと。もしかすれば、あの世界に赴いたのは、ヴェルフだったかもしれないのだ。

 

「……ヴェルフ」

 

「頭、冷えたみたいだな」

 

「!」

 

「ことの大きさは、お前のほうがきっとよくわかっているはずだ。だから、なおさら冷静になってくれ。そんで」

 

 空いた距離が狭まる。握ったこぶしがとんと、僕の胸の鎧を軽く叩いた。

 

「一人で行くな、俺たちはパーティーだ」

 

「……ヴェルフ」 

 

 失念していた。どうして、僕はこんな簡単なことに目がいかなかったのか。

 

 一人じゃない。焦る気持ちはあるけど、盲目になっていたらどうしようもない。

 

「……」

 

 落ち着くんだ。まず、あの世界に戻るとして、僕たちはどうすればいいのか

 

 また、あの噂を試そうにも、それでは日をまたぐ。では、出口は

 

「……ヴェルフ」

 

「どうした、何か思いついたのか」

 

「うん、確かめたいことがあるから、ついて来て欲しい」

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 ヴェルフを連れ、僕が目指したのは旧ホームだった教会、そこの地下を開け、埃立った室内をランプで照らす。明かりが照らす先、家具はそのまま、時折足を運ぶ僕と神様の懐かしの場所、ただ、それだけだった。

 

「なあ、こんなところで何を」

 

「……その、手掛かりが」

 

 どこを見てもあの謎の光る箱はないし、何も変わらない現実の世界でしかない。

 

 

 

 

……どうしよう、せめて行き方も聞いておけば

 

 

 

 

『……あぁ、テステス……もしもしクマ』

 

「へ?」

 

『さっきからそこの二人さん、こんな夜中に近所迷惑クマよ。んじゃ、おやすみ「待ったぁあああああ!!?!?!?」……くまッ!?』

 

 思わず叫んだ。聞こえたのは間違いない、クマ君の声だ。どこからともなく聞こえたそれは、あたりを探して

 

「鏡!?」

 

 テーブルに置いてある手鏡、それを取り角度を変えてみる。すると、そこは鏡のはずなのに、映し出すのは別の部屋、クマ君がいた部屋に相違ない。

 

「おい、ベル……なにを」

 

「戻れるかもしれない、向こうの世界に」

 

「?」

 

 角度を変え、向こうの部屋を探してみる。すると、ソファーの後ろの床で寝転がっているクマ君がいた。ナイトキャップをかぶって、鼻提灯を膨らましている。いや、頼むから寝ないで、おねがいッ

 

 

「……間違いない、向こうの世界とつながっている」

 

 

 原理はわからない。だけど、今はただ利用するしかない

 

 

「クマ君、クマ君!!」

 

『ん、その声……もしかして、先生?』

 

「そうだよ僕だよ、ベル・クラネルだよ! どうしてもまたそっちの世界に行きたいんだ。お願いだから、手を貸してッ」

 

「ふぇ、急に言われても、じゃあテレビ……は、そっちにないクマね。鏡なら、もっと大きいのがあれば……」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら、クマ君はそう答えてくれた。鏡、ここにあるので一番大きいのは

 

「シャワールーム、脱衣所の鏡なら……ッ」

 

「お、おい!?」

 

 カーテンの仕切りを開ける。そこには壁に埋め込まれた煤まみれの鏡が。そこに移るのは僕とヴェルフの姿じゃない。鏡写しで、もう一つの寄り添う世界

 

 そして、そこに移るのはクマ君そのもの。ヴェルフは驚き言葉を失っているけど、今はあとまわしだ。

 

 手で触れた瞬間、鏡の表面が淡く光り、波紋を波立たせてクマ君の手が飛び出た。迷いなく、僕はクマ君の手を取った。ついでにヴェルフの手首もつかんで勢いよく飛び込む。心の準備がと、ヴェルフの悲鳴が聞こえるけど今はこっちが優先だ。

 

 

「のわぁあああああ!!?!?」

 

「…………ッ」

 

 上も下もない、混沌とした感覚に揉まれながら僕らは落ちていく。その先は摩訶不思議、未だ未知の尽きない異世界へと

 

 

 




今回はここまで、続きは今夜中に投稿できればいいなぁ


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Day07~歪み

エイナシャドウ登場します。悪ふざけが過ぎると思われそうなので先に謝罪、サーセン


「先生!先生!!」

 

「ちょ、クマ君」

 

 再開して早々に抱き着き、愛情表現がなかなかにはっきりしている。着ぐるみらしい触り心地の良さ、けどこの暖かさと吹き出る涙はいったいどこから

 

「寂しかったクマ~!クマは、先生と出会えてうれしいから、今日は徹夜でパーリーをするむにゃにゃ」

 

「……ごめん、今は寝ている暇じゃないんだ」

 

 提灯を割る。目を覚ましたクマはそれでもどこかうつろだ。すぐにでも船漕ぎをしそうだ。

 

「……おい、なあそいつは」

 

「あぁ、ごめん」

 

 すっかりヴェルフを放置してしまった。クマ君に引っ張られてこっちの世界に入れたのはいいものの、ヴェルフまだ戸惑っていて不安げな様子だ。 

 

 説明を、見ないと理解してもらえないことは省いて説明したから、まずはどこから補足を

 

 

……ポロッ

 

 

「は、はぁあああッ??!?!?」

 

「あぁ、そうなるよね。ごめん、剣はしまって」

 

 眠さで倒れたクマ君の頭が取れた。空洞を見た驚きはとても愉快なものだけど、そろそろ本題に移らないと。

 

 依然、問題はそのまま。話を進めるためにも、僕はヴェルフをなだめて、そしてクマ君を起こすのだった。

 

 

 

 

 

 場所は変わって、そこは霧の深い街。シャドウの存在に気をかけながら、僕たち三人は教会の外に出た。相も変わらず、空は全く不穏で夜も昼もない模様だ。

 

「うぅ、まだ頭がくらくらするクマ」

 

「ごめん、ハリセンがあって……つい」

 

「クマクマ、もしぱあになったら責任取ってほしいクマ」

 

「やり方はわからないけど、善処はするかな……うん、じゃあ、さっそくだけど」

 

 本題に入る。エイナさんが失踪したこと、そしてその消え方が異様だったことを。そのことからこの世界にいるかもしれないこと

 

 すべてはまだ推測の域、けどどうしてか胸騒ぎが止まらない。こういった胸中のことは悲しいことにあたってしまいやすいものだ。

 

「こっちの世界に来る方法知っているなら、僕みたいに急にこっちの世界に来た人の居場所も、どうにか……ならないかな」

 

 我ながら、言っていて無謀な問いかけだ。顔も知らない相手の居場所を聞こうとしているのだから

 

「……ごめん、手がかりだけでもいいんだ。些細なことでも」

 

「クマ、そうクマか」

 

 少し、言いよどんでいる。僕の様子を伺いながら、クマ君は

 

「……人、入ってきたクマ。クマは、匂いに敏感だから」

 

「!」

 

 拳を強く握る。けど、まだ決まっていない。霧のなか、どこかで身を隠しているかもしれない

 

「匂い、感じるクマ……でも、場所が」

 

「……ッ」

 

 どこか怯えながら指を指す。霧で霞むけど、記憶の映像からどこを指しているかは理解できる。その先にある物と言えば

 

 

……ギルド本部

 

 

「行こう」

 

 場所がわかっているなら早い。シャドウに警戒しながら、エイナさんを迎えに行けば

 

「……ベル、なあ」

 

「うん、必ず助ける……だから、ヴェルフも……ヴェルフ」

 

 振り返り、僕はヴェルフの顔を見た。どこか気が足りない。まるで、じわじわと真綿が首に絡みついているような

 

「ヴェルフ、大丈夫なの」

 

「……あぁ、なんとかな」

 

「クマ君、ヴェルフを「気にするなッ」……ヴェルフ」

 

 声を荒げて、けどすぐに嫌気がさしたのか頭を抱えた。調子が悪い、気が少しやられているという感じか。どこか息苦しそうにすら見える。

 

「……クマ君、もしかして」

 

「クマ、この世界はあまり良くないクマ。向こうの世界の住人は、本来来るべきじゃないクマ」

 

「なら、やっぱり」

 

「……荷物にはならねえ、安心しろ」

 

 頬をバチンと、喝を入れヴェルフは調子を取り戻さんとする。

 

「剣は握れる、最悪魔剣だけ預けて下がってもいい。だから、今は気にするな」

 

「……」

 

 強がりか、やせ我慢か、ヴェルフは笑ってそう言ってのけた。そこまで言う相手に、僕は強く言いだすことはできなかった。

 

 けど状況は未知だ、戦力の低下は避けるべきと、僕は自分を言いくるめるように納得させた。

 

  

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 道中にシャドウは現れなかった。静かな街道を進んでいくうちに、僕たちはとある場所についた。

 

 とある、そう付け加えたのは、それがひどく、本来の形から逸脱していたからだ。ギルドのあるはずの場所へ近づくほどに、辺りの町並みはずいぶんと攻撃的になっていく。

 壁に打ち付けられた鎖や手枷、異様な感覚に冷や汗をぬぐいながらも前に。

 

 けど、進めば進むほどに霧は濃くあたりを包んでいて、どこかわからない場所へ進むのが、まるで童話であるような知らずのままな怪物の胃袋へ突き進んでいくような、そんな危機感というか忌避感を感じてしまう。

 

 

「…………ここが、匂いの場所クマ……とっても危険な、シャドウの住処クマ。霧も濃いし、本当は近づいちゃダメな場所」

 

「霧が濃すぎる、前が見えねえぞ」

 

「だね、クマ君には見えるの」

 

 そういえば、さっきから妙に足取りが軽く道を進む姿に躊躇いはない。もしかして、鼻が利くって言っていたからそのおかげなのか、妙なところで獣らしいというか

 

 

 

「およ、そう言えば忘れてたクマ」

 

 

「……なに?」

 

 

「クマ、霧のなかでもすっきり見える眼鏡持ってたクマ。はいこれ」

 

「「?」」

 

 どこからともなく取り出した二本の眼鏡、四角のフレームは黒と銀色、銀色をベルに黒をヴェルフに手渡す。

 

「……これ、なに」

 

「メガネはメガネクマ。それ付けたら霧でも見えるクマ」

 

「だったら早く渡せっつの」

 

 本当にその通りだ。

 

「まぁまぁ……えっと、じゃあつけるね」

 

 初めての眼鏡。不思議と顔の大きさにちゃんとフィットする。

 

 眼鏡のガラス越しに僕は今一度その場所を見通す。瞬間、僕は何が起きているか理解ができなかった。霧が晴れている。依然淀んでいる空も、歪な周りの建物も、だけどそれ以上に

 

 

「なに、あれ……」

 

 

 まず、見えたのは大きな門、そしてその奥に僕たちを待ち構えるように立っている建物、とてもギルド本部の原型は無い。辛うじて建築の意匠の名残があるだけで、まったくの別物だ。

 

「おい、これ」

 

 眼鏡を付けたヴェルフも僕と同じく息をのんでいた。そして指さす先、門の上のアーチに書かれたコイネー、そこには

 

 

 

 

 

 

『私立・エイナ女王様にひれ伏しなさい学園、18歳未満は駄目よ』

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 なんだろう、僕たちは何時から共通語のコイネーを読み間違えるようになったんだろうか

 

 おかしい、まったくもっておかしい。きっと、この世界の瘴気に視神経がやられただけだ。だってあるはずがない、こんな倒錯的でハレンチ極まりない、しかもあの人の名前の付いた学校があって良いはずがない。

 

「なあベル、俺もしかすると瞼の開け方を間違えたかもしれん。お前も」

 

「うん、僕も瞬きの仕方を間違えたかもしれないから……じゃあ、もう一度」

 

 

 

 

 

『エイナ女王様立・マゾ豚共、奴隷という最高の快楽を与えてあげるわ学園』 

 

 

 

 

 

 

「「駄目だ、余計ひどくなってる!」」

 

 眼球が擦り切れるぐらいに、それこそ涙が止まらなくなるぐらい目を掻きむしった。でも、アーチの看板は不吉で不遜な名前しか載せない。いったい誰がこんな命知らずないたずらを

 

 

「うぅ、やっぱり危険クマ……だって、ここは」

 

「……でも、行くしかないよ」

 

「せ、先生待つクマ、ヴェル……なんとかも待つクマ!」

 

 覚悟を決めて、僕たちは重い鉄門を押し開けた。どこか歪で、常に歪み続けている門を抜けた先、そこはだだっ広い整地された広場で、そして

 

 

……オーイエスッ!!イエス、アァォアアア!!!

 

 

……アイムカミング!!セッシボーーンッ!!

 

 

 

……菊門にぃいい!!なにとぞ、その尖ったヒール様を菊門にぃいいいぃいああぁあああッッ!!?!?

 

 

 

「……」

 

 いたるところに、とても見るに堪えない不健全な光景が一面と広がっている。

 

 なんだろう、すごく帰りたくなってきた。シャドウと同じ仮面をつけたほぼ裸の男達がこれまたボンテージ姿の女性に不健全なことをされている。いったい何が不健全かと聞かれればどうにも答えようがない。モヤモヤしていて、霧とはちがう何かで肝心な部分が見えなくなっているのだ。 

 

 聞くに堪えない断末魔が響く、男達を虐げるその女性たちは皆同じ姿で、しかもその姿は

 

 

……エイナさんと、同じ顔

 

 

 目元を隠す、仮面舞踏会に使うようなアイマスクを付けているけど、その髪も発する声も、僕は見間違えようがなかった。

 

「クマ君、ほんとうにここで」

 

「うん、きっといるクマ……そのエイナってお嬢さんは知らないけど、たぶんシャドウに掴まっているクマ」

 

「シャドウって、僕が戦った」

 

「違うクマ、クマの予想なら」

 

 

 

 

『―――――ッ!!!』 

 

 

 

 

「!」

 

 突然、どこからか鳴り響くサイレン音、その上僕らを取り巻くようにシャドウたちが現れる。警棒をかぶり、刑務官にも見えなくもない人型のシャドウ。すぐにでもペルソナを、ナイフを構えいつでも彼の名を叫べるように構えを取る。でも、そこに

 

 

 

「ベル君、怖がらないでいいわ」

 

「え、エイナさん」

 

 シャドウの背後から、ギルドの制服を着たエイナさんが現れた。でも、どこかおかしい、何かが普通ではない。

 

 

……本当に、エイナさん?

 

 

「……あなたは」

 

「しゃ、シャドウクマ、やばクマ!!」

 

「おい、うるせえぞ……ベル、どうする」

 

「き、君たちは知らないかもしれないけど、ここはヤバいクマ、一時退却クマ!」

 

「!……クマ君」

 

 短い脚で飛び跳ねながら門の外へ、しかし

 

 

 

『……なに』

 

 

 

……バチンッ!! 

 

 

 

『勝手に逃げようとしてんだぁああ!!』

 

「ひでぶッ!?」

 

「クマ君」

 

 逃げようとしたクマ君がこっちにまで弾かれた。出口を塞ぐように、僕らの前にいたはずの彼女がそこにいた。エイナさんが、いや

 

 

「エイナさん、じゃあない……あなたは」

 

「……はは、ははは、ハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!?!?!?」

 

「「!!」」

 

 姿を変える。高笑いをあげ、溢れる淀みが本当の姿を現す。

 

 周りにいる調教師と同じ、やたら肌の露出の多い、本当に大事な部分以外しか隠していないボンテージ姿。大きな蜘蛛の背中に乗った女王が僕たちの前に顕現した。

 

 

 

「おい、なんだよあの変態……」

 

「や、やめてください!それ以上エイナさんの姿でハレンチなことを」

 

 

『ベルくん、ヴェルフさん……らぁあッ!!』

 

「「!!」」

 

 強烈な鞭撃、大地を砕く一撃を辛うじて躱す。本気で、傷つけるつもりで攻撃をしてきた。あの、エイナさんが、衝撃でいなされる体のダメージよりも、その事実が心にクる。

 

 

……どうして、こんな 

 

 

『アハハハ!! 気持ちいい、苛めるの最高!!言いなりになる奴隷こそ私の望み!!さぁ、下僕になりなさいッ……そうしたら愛を、快楽を、私が与えてアゲルッ!!!』

 

 

「……ッ」

 

 シャドウも増えだす。警棒のようなものをもってエイナさんを乗せた大蜘蛛も近寄ってくる。退路はない、やるしかないのだ

 

 

「……来い、ペルソ」

 

『嵐世ッ!!?』

 

「!」

 

 暴風が吹き荒れる。ヴェルフの叫び、おそらく魔剣を使ったのか

 

 砂塵をまき散らし、視界を塞ぐほどの突風が依然吹き荒れる。

 

「ありがとう、ヴェルフ」

 

 クマ君の手を掴み、僕とヴェルフは駆けだす。目指す先は壁、鉄線を張られた石の壁、でもこの高さなら

 

 

「跳べ、イナバギ!」

 

 呼び出すと同時に地を蹴り跳躍。通常では跳べない遥か高い位置へ一気に跳び上がる。錫杖を握ったままクマ君とヴェルフを小脇に抱え、僕たちは学園の外へ

 

「……ッ」

 

 とっさの判断で、僕はその場を引く選択を選んでしまった。でも、これで終わるわけにはいかない。必ず、エイナさんは

 

 

「……」

 

 思い返す。初めて、というか金輪際見ることの無いだろうエイナさんの痴態、変態と言う形容を得るためだけに装ったあの姿。胸の形も腰の括れも、凶悪なまでにグラマラスなエイナさんの黄金比のボディ、それが焼き付いて離れない。

 

「先生、顔が赤いクマ……風邪クマ?」

 

「……なんでも、ない」

 

 鼻の奥に感じる血の味をこらえ、僕らは元いた場所へ撤退する。あんなのは良くない、これ以上ハレンチな姿を見て、元の関係に戻れなくなる前に、ことを達成させないと

 

 

……あれはよくない、考えちゃいけない、落ち着け、落ち着け僕の煩悩!!

 

 

 

 




今回はここまで、ペルソナ4だからね、ふざけたシャドウ出してもいいよね。なお今作は健全なので大事なところは隠れています。と言うことにしておいてください


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Day08~魔術師の兆し

原作ネタバレ注意です。今作はダンまちの15巻の時系列で進行しています。


 学園の屋上、そこが今の私の居場所。柵が鳥かごのように包む場所で、私は見たくない光景を見せられている。

 

 自分が苦手なハレンチで不潔極まりない光景、しかも口汚い言葉を発して、したくもない暴力を振るっているのがよりのも自分と同じ顔。 

 

 気が狂いそうになる。いったい何故、私が何をしたのかと

 

 

「……嫌、なんなのよ、ここ」

 

『だから言ってるでしょ、ここは貴方が望んだ場所』

 

「ちがう、私はこんなこと」

 

『嘘、あなたは傲慢で、支配的で……性根はただのエゴイスト』

 

「……違う、違う違うッ!!」

 

 背後でささやく自分の声、自分と同じ顔をしたボンテージ姿の女王様、そんな私は私に何もしないけど、ただこうして言葉と言う真綿でじわじわと締め落とそうとしてくる。

 

 どうしてか、彼女の吐く言葉の一つ一つが重く、そして鋭い。どんなに遮ろうとしても割って入ってきて、身構えていても心は少しずつ切り傷を受けていく。

 

 否定したい、認めたくない、私にできるのはそんな言葉を吐くことだけだった。

 

 

「もう、やめて……あなたは、私じゃないッ」

 

 

『……あは、アハハッ!!』

 

 

 歪に、私が吐く悪態を吸い取って彼女はその力と形を歪めていく。見たくない、だから目を背けていることしかできない。

 

 

『そう、あなたはそれでいいの……見たくないものは見ない、聞きたくないものは聞かない、私が代わりにあなたになってあげるから、だからそこであんたは蹲ってな……キャハハ』

 

 

「……ッ」

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 学園の壁を飛び越え、道中の静けさが嘘のように沸き立つシャドウたちからも逃げ続け、ようやく後方からの追手がいないことを確認。教会の前で、僕は久しぶりに呼吸をした気すら感じている。

 

「……ッ、くは、はあぁ」

 

 脱兎のごとく、僕たちは件の学園から逃れた。疲労困憊で、教会の前についた瞬間、イナバギは姿を消した。

 

 膝をつく。正直、立っているだけでも限界だ。よくよく考えればそれも無理はないことで、僕は今日この世界に来るのは二度目なのだから。

 

 ペルソナに覚醒してからこの歪な世界の空気にも慣れてはいるけど、それでも連戦はさすがに無理があった。道中何度も放った技と術で肉体も精神もボロボロだ

 

 けど、それでも僕は良い……それよりも

 

 

「ヴェルフ……大丈夫?」

 

 

「……はは、やっぱバレてたな」

 

 ふらっと、膝をつきそうになるところで肩を担ぐ。やはり無理があった、その上魔剣まで使って、わずかとはいえ戦闘の緊張感と世界の不快感で体力はほぼ切れかけ。

 

 撤退するしかない。これ以上は、限界だ

 

 

「……クマ、もう今日は」

 

「うん、元の世界に帰るよ……出口、またお願いしていいかな」

 

「わかったクマ、ほい!」

 

 クマ君が短い手を振る。すると、どういう原理なのか何もない空間から大きな姿見の鏡が

 

「?」

 

「向こうの世界にある物を出口にしたクマ。この鏡、先生の世界にも表れたから、そのままもらってください」

 

「わかった、じゃあヴェルフ」

 

「……おう」

 

 ヴェルフの疲労具合がひどい。すぐにでも帰って休ませないと

 

「……クマ君」

 

 足が止まる。最後にこれだけは、聞かないといけないことがある。

 

 あの学園で姿を現したエイナさん、あれがいったいなんなのか、そもそもあの場所はいったい 

 

「……クマにわかるのは少しクマ。まず、あのお嬢さんは人間じゃないクマ、きっとそのエイナって人のシャドウ、のはずクマ」

 

「……そう、なんだ」

 

「クマ、詳しいことは」

 

「いや、それはまた聞きに来るよ。だから、また明日」

 

「……うん、バイバイクマ」 

 

 別れの言葉、ヴェルフを抱えたまままたあの不可思議な感覚に見舞われる。力足らずだったことの口惜しさ、大事な人を助ける使命感、そしてなにより

 

 

……きっと、これができるのは

 

 

 異世界を知り、新たな力に目覚めた自分が、きっとこれからの苦難に挑んでいく、その先陣を走る姿を想像した。心が浮かれたわけじゃない、でもそう感じるのだ。

 

 真実はまだ見えない。今できる最善を貫くほどに、きっと答えは見えてくる。今この街に何が起きているのか、異世界とは、マヨナカダンジョンとは何か

 

……まだ、終わらない

 

 

 

 

 

 

 

 ホームにたどり着いてから、そこからがよく覚えていない。

 

 急に飛び出して、その上ヴェルフと一緒にボロボロで帰宅したから、きっとすごく怒っていたに違いない。正直、疲労と眠気で禄に聞き取れなかったし、気づけば床に伏してそのまま眠りに落ちたことだけだ。

 

 そして今、僕はすっかり目が覚めている。でも、目にしたのは天井でも心配そうに見つめる皆の顔でもない

 

「……また」

 

「ええ、ようこそベルベットルームへ」

 

 また同じ、そこはオラリオ外の草原。時刻は前と変わらず夜更けで、暖かい焚火の明かりがイゴールさんとマーガレットさんを照らしている。

 

「主様、料理の方が」

 

「うむ、あなた様もご一緒に興じませう。キャンプ料理は嫌いですかな?」

 

「……じゃあ、頂きます」

 

 ここは確か夢の中で、でも机に置かれた取り皿の料理は湯気が立ち上っていて、中身は海鮮をふんだんに使用したアヒージョだから、ニンニクも効いていてすごく胃に来る。貰ったパンと一緒に僕は料理にがっつく。

 

「ふふ、お腹を空かせていたのね……可愛い子」

 

「……」

 

「いいわ、気にしないで……ずいぶん、現実では頑張ったと聞きました。二度も異世界に挑むとは、まったく無茶な人」

 

「左様、だがそれこそがこの世界のならわし、迷い人が冒険者である故なのでしょう。……ですが」

 

「?」

 

 三人を囲む机で、イゴールさんは懐からあの占いに使ったカードを取り出す。

 

 適当にシャッフルし、そして一枚目をめくる。そこにあったのは

 

 

……うん、読めない

 

 

「魔術師、1番目をつかさどるタロットにございます。しかし、これは運命を示す占いではございません……しいていうなら、確定事項、というものでしょうな」

 

「……?」

 

「あなた様の力は一人だけにあらず。大事なお方を救うためにも、その力の使い道、今一度お考えになさい……と、お節介なことは言うものの、それは老人の過度な心配というもの。すでに、あなた様は答えを得ています。」

 

「……あの、なにを」

 

 抽象的な言い回し。だけど、それをただわからないで済ますことができない。

 

 感じる。この人の言葉の重みが、これから僕に起きることに、確かな見識を持っているのだと、そう思わざるを得ない。

 

「……此度の件、救うのは一人ではない。エイナ・チュールを救うために、あなたさまは彼を」

 

 

 

……ヴェルフ・クロッゾを救わなければなりません故に

 

 

 

「!」

 

 

 

 

〇次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うひひっ、ほんとお前はおもしろいやつだなーっ、なあ……ヴェルフ』

 

 

 

「!?」

 

 突然の声、忘れ去ったわけではないが、記憶の録音にしては妙に生気が色濃い。夢見が悪いとか、そう言う次元じゃない。あまりにも、その声が鮮明に過ぎた。故に、動揺している。

 

 黒髪のストレート、露出を気にしない飄々とした振る舞い、人を食ったようないい性格のあの神が夢枕に立った。

 

「……なんだよ、ざけんな」

 

 時刻は昼頃、随分と贅沢な時間に目を覚ましたものだ。猛暑の熱気で嫌な汗がまとわりつく。熱の記憶、思い返す幼少の記憶はいつも鉄火場の映像ばかり

 

 懐かしくも疎ましい、幼いころの、クロッゾの家の記憶。彼女を思い起こせばこそ、当時の記憶はつられて呼び覚ます。

 

「……ッ」

 

 親父の妄執も、貴族狂いの縁者の浅ましさも、ラキアでのことはもうどうでもいい。少なくとも、親父とは過去の決別を、親子のけじめをつけている。終わった過去、だからこの話はここまで

 

 ここまでのはずだったのに、どうして俺は

 

 

……ヴェルフ

 

 

「くそ、なんだってんだ……あの世界のせいかよ」

 

 肌にまとわりつく不快感は真夏の熱気か、それともやはり異世界の歪な空気が抜け切れてないのか

 

 

…………ヴェルフ

 

 

 悪友ならぬ、悪神の記憶。俺をクロッゾから逃がし、代わりに世界から放たれた亡き恩人

 

 未練はない、後悔はない。背中を押してくれたあの神のためにも、俺は後ろを向くわけにはいかない。だから、こんな感傷は消し去るべきだ。堂々としていればいい、それこそあいつに尻を蹴られて爆笑されかねない。

 

 夢枕に立った彼女は今もなお、俺の視界に移らないどこかの場所にいるのだろうか。

 

「……クソが」

 

 これが幻覚か、それともまだ冷めない夢の中なのか、らしくない二元論で息が苦しい。どちらにせよ今の俺は気が気ではなく、夏の暑さにやられて思いもしないことに考えを巡らしている。夢枕に立つ相手がよりにもよってあの神であること、それこそが証拠だ。

 

「……たく、言いたいことがあるならはっきり言えよ。からかってんのか?……なあ」

 

 

 

 

 

 

 

……フォボス

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回少し空きます。プロット煮詰めます


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Day09~攻略開始

説明フェイズ、あまり進まない

ダンジョン描写はさすがにゲームみたいに細かく書いてたらグダグダになりそうなので要所要所だけにしています。


 目を覚ました時、窓から覗く空は朱色に染まっていた。死んだように一日の大半を寝て過ごしてしまったのだ。それほどに、あの世界での無理がたたってしまった

 

 起こしに来た春姫さんは何も言わず僕を談話室に連れていき、そこにはヴェルフを始めリリも命さんも皆がいた

 

「……神様」

 

「おはよう、じゃなくておそようだね……お腹減ったろ、ご飯にしようか」

 

「……はい」

 

「話をしようじゃないか。今何が起きているか、置いてけぼりはなしだぜ」

 

「……ッ」

 

 言葉が出なかった。恥ずかしくて、うつむいて黙って頭を下げた。

 

 がむしゃらに突っ走って、ボロボロで帰って来た僕に神さまは怒るでもなく呆れるでもなく、ただ笑顔でいつものようにそこで手を広げていてくれた。

 

「……ベル様、お食事は」

 

「えっと、じゃあ……軽めの」

 

 

……ぐぐぅ

 

 

「……ふふ」

 

 笑いが伝播する。気恥ずかしさがどこかおかしくて、僕もつられて失笑してしまう。

 

 堂々と行こう。これからまた無茶をするのだから、その無茶を後押ししてくれるのだから、遠慮したら意味がなくなる。

 

「……がっつりで、お肉を山ほどお願いします」

 

 選択は間違っていない。背中を押してくれるから、ならもう一度前を進もう。出来ることを尽くして、僕はこの事件を解決したい。

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

 事件から二日目、現実では今もなお街は行方不明の話で持ち切りだ。

 

 それも仕方のない事、美人アドバイザーとしてその名を知らない者はいない、エイナさんが姿を消したのだから。ギルドだけでなく、ファミリアまでも事件の解決に走り続けている。だけど、どんなに人を問いただし不審な者を捕まえても意味は無い

 

 事件の真相は摩訶不思議、全てはここではないもう一つの世界、異世界にあるからこそ

 

 

「……マヨナカ・ダンジョン、シャドウ、ペルソナ……うぅ、なんとも頭が痛くなるね。ベル君、君はどうしてそういう物事に関わっちゃうのかなぁ」

 

 

 すでに愛しい少年は事件解決のために飛び出した後、ホームで帰りを待つヘスティアはベルから聞いた説明の数々に未だ悩まされ続けている。

 

「そう思うなら、ヘスティア様がお止めになればよろしいんじゃないですか」

 

「それ、あの目を見て出来ると思うかい?」

 

「……」

 

「だろ、今のあの子は何を言っても止まらないよ」

 

「ですが、ヘスティア様、なら命とリリ殿も」

 

「危険なんだろ、そのシャドウって言う敵が……君達には悪いけど、僕はベル君の言葉を信じるよ」

 

「……ですが」

 

 待つ者の憂い。普通であれば無理を通してでもついて行くと言いたかった。だが、ここに残る物はその言葉を飲み込むことにした。

 

 ベルの決意は暗弱なものではない。どうしてか、あの日よりも前と比べて、その眼と声も一回り違った成長を感じた。悟りを得たような、人として一段階皮がむけたような、そんな変わり様を受け取れてしまう。

 

「……信じるしかないよ。いいじゃないか、戦いに赴く男の帰りを待つ、そういうのって女の特権じゃないかい?」

 

「それは、まあとも言えますが……って、ヘスティア様?」

 

「ちょっと出かける、知神に会ってくるだけさ。待つ女にしかできないことを、今からしてくるとするよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界に、マヨナカダンジョンに戻って来た。当然目的はリベンジ、エイナさんを救うために、僕たちはまたあの学園に挑む。気力体力ともに万全、十分な装備を用意して再度突入……することはしない

 

 ここはダンジョンと変わらない。未知の危険地帯に足を運ぶのは僕たち冒険者の常だ。僕たちはまず外壁から敷地内の敵の様子を探った。幸い、イナバギを使えば中の様子は容易に確認できた。

 

 そうなれば後は簡単だった。敵の見張り、女王様姿のエイナさんモドキに見つからないように、裏口から校舎内へ侵入経路を見つければいい。倉庫と思しい建物を見つけ、外壁から屋根の上へと、巡回する敵を避けながら校舎へ近づき、そして今

 

「……ここは」

 

「うん、ギルドの中だよね」

 

 内部に入ればそこはいつもと変わらないギルド本部、ではない。話に聞く学校と言う施設ではいくつもの教室があって、同じ制服を着た生徒が勉学に励むとか、話に聞く特徴と一致空ている感じからそう受け取れる。

 

 数字が書かれた部屋ではまたエイナさんモドキが大変悩ましい姿で授業のようなことをしている。生徒はみな仮面をしていて、どうしてか拘束されたまま机に座っている。長く続く廊下、身をかがめそんな教室をいくつも通り過ぎていく。聞こえてくる罵詈雑言で頭がやられそうだ。

 

「クマ君、前にあのエイナさんはシャドウだって言ってたよね。なら、ここはいったい……僕たちの知るギルドはなんでこんな」

 

「う~ん、ここは前までは普通の場所だったクマ。でも、ここを迷宮にしたのはそのエイナって人のシャドウクマ……認知の歪み、確かそんなんだったクマね」

 

「認知、歪み?」

 

 初めて聞く知識。クマ君は続けて語った。

 

 異世界は現実と繋がっていて、鏡合わせのような場所。そんな異世界では時折強力なシャドウが生まれて、そしてそんなシャドウは自分の縄張りをつくる。シャドウにとって思いれ深い場所を根城に、その形を歪めて迷宮に変える。シャドウが作り出した迷宮は宿主の心を反映する。ここが学校で、あんな女王様になってるのも、全部本心かららしい、本心?

 

 どうやら、シャドウとは抑圧された感情が元になっているとか、つまり似ているようでそれは別側面らしく、その人にとって見たくないもの、嫌な記憶なんかが人格に現れるらしい。

 

「……」

 

 でも、仮にエイナさんに普段見せない部分が、人に語りはしない何かがあったとしても

 

「なんで、なんでこんな」

 

 

……私の言うことを聞け!

 

 

……勝手な願いを抱くな!

 

 

……私の前から逃げるな!!

 

 

「……ッ」

 

「先生、顔色が悪いクマ」

 

 廊下を歩く中、壁側にいくつも並ぶ教室から聞こえる罵詈雑言、向こうはこっちに全然気づかないけど、その代わりとばかりに聞きたくない、見たくないものを見せつけてくる。高圧的で、嗜虐的な側面、それがエイナさんの本心だとばかりに、この迷宮は叫んでいるように

 

 

……ちがう、そんなわけがないんだ

 

 

 今まで接してきた人柄からして、どうあればそんな歪みにつながるのか。つながらない、歪みの理由が欠如している。

 

 

「……エイナさん、どうして」

 

「先生、深く考えすぎクマ……その、頑張るクマ」

 

「クマ君、ごめん……気を遣わせちゃった」

 

 中身の無い気休めの応援、でも今はそれでいい。立ち止まって悩んでいる暇はない。すすんでいかないと、答えは出ない。 

 

「……ベル、クマ公、おしゃべりは止めだ」

 

「!」

 

 先行するヴェルフが剣を抜く。曲がり角の先、そこには二体のシャドウが、これまた扇情的な服装の刑務官のようなエイナさんモドキが二体、同じ場所をずっと往復していて行く先を防いでいる。

 

「どうする、倒すか」

 

 ヴェルフの提案、現状僕たちは隠密行動中だ。だから戦闘の騒ぎは起こしたくない、だけど

 

「クマ君、匂いは」

 

「ん、この先から感じるクマ」

 

「……そう、なら」

 

 今僕たちは闇雲に屋内を徘徊しているわけではない。クマ君の鼻を頼りに、僕たちはエイナさん本人の匂いのある場所を目指している。たまたま貰っていたハンカチが役に立った

 

 敵のいる通路の先には上へと続く階段がある。そしてここ以外に階段のある昇降口は無い

 

「……ッ」

 

 ナイフを抜く、叫ばれて仲間を呼ばれる前にケリをつける。

 

「クマ公、お前は下がってろ。ベル、俺が抑えておくから先に片方を仕留めてくれ」

 

 ヴェルフも大剣を抜く。ペルソナ能力は無いけど、シャドウの動きを止めるぐらいはやってみせると、事前にそういう打ち合わせは済ましてる。現状、戦力は僕しかいない。出来るだけ戦闘は控え、ペルソナを呼び出し行使する精神力を温存しないといけない。

 

 

「……行こうッ」

 

 

「「!?」」

 

 

 敵シャドウが姿を変え、口だけの化け物と岩石の化け物に姿を変える。敵は通常の攻撃を寄せ付けない、ペルソナの力が無ければまともにダメージを与えられない。けれど、それでも僕あ地は冒険者で、多くの戦いを経て来た。ヴェルフの大剣も、魔剣の一撃でも倒せない敵、だけど怯むことなくヴェルフは剣を振るい攻撃を器用にいなす。

 

「ベル、頼む!」

 

「……シッ」

 

 大口を切り裂き、続けて僕は刃を振るう。ヴェルフが弾いた岩石を一瞬だけ呼び出したイナバギで刺突、敵の仮面ごと貫いて敵は黒い泥となって消え失せる。

 

 周囲を探る。どうやら気取られた様子は無く、依然隠密行動は保てている。

 

「よっし、この調子で行きゃあ」

 

「うん、問題は無いと思う」

 

 一階の探索を終える。階段を上り、目指すは屋上

 

 やることは変わらない。異世界で僕たちはダンジョンを攻略する。マヨナカダンジョンの果て、捉われたエイナさんのもとへたどり着く。

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回大きく動きます


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Day10~真なる影

2話同時投稿です、お間違えなく


 ギルドの地下、そこでヘスティアは件の神物と面会を開いた。

 

 暗く静かな玉座、灯篭が照らす先に下の男はいた。まるで自分の来報を知っていたように、普段であれば案内を要する場所もこうして易くたどれるように道が開けていた。

 

「ウラノス、聞きたいことがある」

 

「……」

 

「ここ最近、各所起きている行方不明の事件、それについて君の見識を聞かせてはくれないか」

 

「聞いてどうする、お主たちは」

 

「関係者だよ。ベル君が、こことは違う別の世界を見つけた」

 

 表情が変わる。ウラノスの顔色から、ヘスティアは一つ安心を得る。

 

 ギルドの職員が関わる事件において、あまりにも本部の行動は乏しい。的外れな見解、何もない成果、それが作為的な者か、それとも知らぬゆえの限界か、その点はまず明らかにしたい。

 

 ことは不可解な事件、このオラリオにおいて異端ともいえる事象が働く。そして、その渦中にいるのが自分の愛する眷属であるなら、ことは慎重に運ばなくてはならない。つまり

 

 

「率直に聞くよ、ウラノス、君が僕たちの味方になるなら、ヘスティアファミリアは協力を惜しまない」

 

「……そうか、当事者だったか」

 

「あぁ、どうやらそっちも測りかねている事態みたいだしね。けど、エイナ君に関しては安心して欲しい」

 

「?」

 

「救出は現在進行形だ。朗報は近いと予想するぜ」

 

「……確証があるのか、ヘスティア、そちには」

 

「あぁ、あるともさ……もちろんそれは」

 

 胸をたたき、その豊かなふくらみを揺らす。

 

 

 

「僕の勘さ、女神の勘は当たる物さ!」

 

 

 

 

 

 

 男の尊厳を砕かれる気持ちよさを教えてあげるわ学園、入り口で見た時はそんな名前だったけどこんな名前をわざわざ復唱するのも馬鹿らしい、と言う訳でマヨナカダンジョンにかけて、この場所はエイナダンジョンとなった。

 

 エイナダンジョン、8階へ続く階段を上る。階層をつなぐ階段だけでも結構な登りの距離だ。

 

「こ、ここ……確か、4階ぐらいの建物じゃ」

 

「知るか、おいクマ公」

 

「ひぃ、ふひぃ……おんぶして欲しいクマ、ナイスバディちゃんねーのおんぶ、うひょひょひょひょ~」

 

 疲労がたまって幻覚を見ている。もうここに来て4時間は立っているし、さすがに僕も疲れて来た。

 

 ペルソナの使用を控え、戦闘を最小限にしてきたはずだけど、やはり主戦力が一人であることは厳しい。ヴェルフもそれを理解しているから、積極的に防壁になろうと前に出てくれる。その分、ダメージと疲労も大きい。

 

「ここが、8階」

 

 階段を抜ける。そこはいつものように教室が並ぶ廊下の迷宮ではなく。

 

 奥にガラスの扉が受け待つ。ただそれだけの部屋、つまり

 

「……ここ、もしかして」

 

「おい、待てって」

 

「いた、皆見て……あそこ」

 

 ガラス戸の奥に見えるのは屋上、そこは庭園になっていて植木や花のアーチで作られた本格的な庭がある。そして、その中央にそびえる鳥かごのような柵、そこにいるのは、いつもの制服を纏ったエイナ・チュールの姿であった。

 

「……クマ君」

 

「がってん……くん、くんくん」

 

 わずかに開けた扉の隙間から匂いを嗅ぐ。これで正解なら

 

「同じ、先生が持ってたハンカチと同じ匂いクマ」

 

「……ッ」

 

 屋上に出る。気配を探ってみるけど、周りには徘徊する敵もいない。奥にいるエイナさんは眠っているのか、それとも気絶か

 

 近づき、アーチが作る道を行くと、僕たちは鳥かごの前に至る。椅子に糸でくくられていて、これだけ近づいて声をかけても反応を示さない。

 

「おい、どうしたベル」

 

「……おかしい、何かが」

 

「何がって、敵の隙を付いただけだろ。早くしようぜ……もううんざりだ」

 

「うんざりって、よく考えてよ。戦闘は避けたけど、倒した敵もいっぱいいる。前はあんなに侵入で騒いだのに、やっぱりおかしい……これまでいた徘徊するシャドウがこの場所にだけいないのも、やっぱりおかしいよ」

 

 警戒が妙に低い。まるで無抵抗を装っているほどの怪しさまである

 

「周囲を調べよう……なにか、あるかもしれない」

 

「はぁ、何言ってんだ……どうしてこんな場所に長居しなけりゃいけねえ」

 

「でも、僕たちの戦力は限られているから……だから」

 

「なんだよ、俺たちがお荷物だって言いてえのか」

 

「……ヴェルフ」

 

「そうだろうな、お前はペルソナが使えて、こっちは息をして歩くだけで気が変になりそうだってのに、ベル、お前は!!」

 

「!」

 

「もういいだろ、なあ…………クソ」

 

 悪態を吐き、不機嫌そうに、いや

 

 

……どうして、そんな苦しそうに

 

 

 急に、まるでため込んだ毒が一気に回ったような、どう見ても様子が普通じゃない。何かがおかしい

 

「……ヴェルフ、一回落ち着いて……冷静に」

 

「冷静? は、冷静……れい……くっ」

 

 

……がたッ

 

 

「!」

 

 膝をつくヴェルフを支えた。ひどく汗をかいていて、何かの熱にうなされている。

 

 片に置いた手はまるで火のように熱くて、というより

 

 

「……ッ」

 

「先生!離れるクマ!!ヴェル助のそれは、きっと」

 

 

 

 

『あら、なんだかおもしろいことになってるわね』

 

 

 

 

「!」

 

 声がした、それは上に、鳥かごの上の、何も無いはずの空間に急に現れた。

 

 大の大人を易々と背負う大蜘蛛、そこに跨る扇情的な女王の姿、華美なドレスで高貴さ淫靡さを兼ね備えてしまった夜の頂点の姿、間違いなくそれはエイナさんのシャドウだった。

 

 

……やっぱり、罠だった。でも、今はそれどころじゃ

 

 

「クソ! クッソォオオオ!!」

 

「ヴェルフ、なんで、火がッ!?」

 

 燃えている、その体から溢れる赤黒い何かが周囲の空気を焦がす。草木を灰にして、宙に陽炎を作り出す。

 

 近づけない、まるで鍛治場の炉の中にいるも同然、このままでは、篭の中のエイナさんも

 

 

「ふふ、ヴェルフさんも目覚めたみたいね」

 

「!」

 

 ヴェルフの意識が向いた一瞬、その隙に僕らの周りにはシャドウ達が包囲している。これまで倒してきた口だけの球体や怪魚、空洞の刑務官や篭付きの鳥に人型のように振舞う手の平、多種多様な敵達が姿を現した。

 

「でもね、私の庭にそんなものはいらない。シャドウ達!!」

 

 エイナさんが氷の鞭を振るう。尋常じゃない数、まず勝ち目は見えない。なにより、今は迎撃よりも

 

「ヴェルフ……ッ」

 

 ためらっている暇はなかった。イナバギを呼び出して、燃え盛るヴェルフを抱え出口を目指す。

 

 ペルソナ越しに伝わる火の痛みに耐えながら、アーチの草木を焦がし駆け抜ける。あと少し、だけど

 

 

 

[ブフダイン]

 

 

「!?」

 

 地面を砕く氷塊の爆発。もろに衝撃を受けて地面を転がる。すぐに態勢を直そうとした、その時

 

 

「……ッ」

 

 地に足がつかない。氷塊は文字通り足場事砕ききって、僕らは重力に引き込まれ下へ下へと落下していく。

 

 どこまで続くのか、終わりが見えない。ただ、黒い空間を過ぎていく。

 

 

「ぐあぁあああああああぁあああああッッ!!!??!?」

 

「!」

 

 電撃が脳裏に走った。夢の中、イゴールさんが僕に告げた言葉

 

 

 

……ヴェルフ・クロッゾを、救えッ

 

 

 

「そう、なら!」

 

 上から見下ろすエイナシャドウよりも、僕はヴェルフを見た。

 

 今だ炎が絶えないその身に、イナバギの手を伸ばす。爛れた皮膚の体は火炎を受け付けない。触れるだけで、僕自身にまでもひどい激痛が走ってくる。

 

 

「離さない、この手は、仲間の手は!!」

 

「……ッ!」

 

「ヴェルフは、死なせない!! イナバギ!!」

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 穴に落ちて数分、上からの光が見えなくなってなお僕たちは落下を続けている。ただ、建物の下に空いた穴じゃない。眼を開けばそこはまるで万華鏡のように乱雑で不安定だ。これまで見て来た建物の中の絵が細かに叩き割って繋ぎ直したような 

 

 そして、そんな光景も消えていき穴はただの暗闇に、だけど灯はある、それは

 

「……まだ、燃えて」

 

 イナバギが抱えているヴェルフが燃えている。けど、ヴェルフ自身に外傷はない、まるで魔法で纏った炎のように灯されている。

 

 抱きかかえたイナバギの体が炎にやられる。火の熱さと痛みが僕の方にも伝わって、このままでは落下よりも先にヴェルフの炎で

 

「……まだ、まだ耐えて……見えたッ!」

 

 灯す光の先、地表が見えた。燃えるイナバギの手を取り、心の声で技を放つ。 

 

 

 

[烈風破]

 

 

 

 地に背を向け、僕とヴェルフをイナバギは抱える。その状態で、イナバギの背後、乙る地面に向けて衝撃を放った。落下の速度が減衰し、地面にぶつかる衝撃は比較的抑えられた。

 

 2~3、地面をはねて勢いよく体は転がる。鈍い痛みと落下の影響で気分は最悪だけど、まだ体は動く

 

「……ヴェルフ」

 

 灯す光を見る。気を失っているのか、でも体の炎は消えていて、受け止めたイナバギにもダメージは無い。

 

 あと少し、火を浴び続けていたら持たなかった。ペルソナの弱点、イナバギは火炎に脆い。その爛れた皮膚を隠す包帯から見て明らかな弱点だ。

 

 

 

 

 

……ぷぎゃッ

 

 

 

 

「?」

 

 音がした、それはまるで高所から人形でも落としたような。

 

 そう、例えるなら着ぐるみのような大きいものを落としたような

 

「あ」

 

 忘れていた。あの場で地面に穴が開いたから、一緒に落ちるのが当たり前だ。

 

「よよよ~、クマは、クマはどうして……およよよ~」

 

 うん、クマ君だった。そうか、あの時一緒に、ヴェルフのことに気が回ってて完全に忘れてた。

 

 しかし、中身が無い着ぐるみだったおかげか、汚れているだけで依然無事のようだ。なら、問題は無い、はず

 

 

「……先生、クマにも、痛みを感じる心はあるクマよ」

 

「……」

 

 こんな時に、どう言葉をかければいいものか

 

 

1.ごめん、次からは受け止めるよ

2.着ぐるみだから大丈夫かと

3.唾でもつけておけば直る

 

 

 3はあり得ない、3はナンセンスだ。だから

 

 

「唾でもつけておけば……あ」

 

「およ!?……心が、冷えてくクマ、ぐすん」

 

 うん、なんでか間違えてしまった。テンパりすぎて勢いでボタンを押したような、僕は何を考えているのだろうか

 

「ごめん、言い間違えで……でも、おかしいな、あれ」

 

 頭が妙に重い、濁った空気が肺に入ってくる不快感、まるで最初にこの世界へ来た時みたいに

 

 

……ここは、いったい

 

 

 どこを見ても黒い、薄暗くてだだっ広い、やけに大きい空間だということは伝わる。

 

「クマ君、匂いで何かわからないかな?」

 

「ムチャ振りクマね……ん、スンスン……う~ん、ダメクマ。シャドウの残り香がひどいクマ」

 

「残り香って、それ、まずいんじゃ!」

 

 こんな暗闇で、しかも倒れたベルやクマ君を庇いながら戦闘なんて、これ以上ペルソナを使う精神力は持つのだろうか

 

 警戒する。聞き耳を立て、周囲に敵はいないか

 

「……そうだ、ヴェルフは!」

 

 いた場所を探す。でも、こうも暗くては方向感覚はマヒしてしまう。

 

「ヴェル助!いるクマか~!」

 

 呼び声は、遠くこだまするだけ。すぐ近くにいたはずなのに、よくよく考えるとおかしい。

 

 これじゃあ、人知れず消えたみたいに

 

 

「ヴェルフ!ヴェル……」

 

  

 あたりを見渡す中、それは

 

 

「ヴェル……いや、あれは」

 

 

 それは、火を灯しているナニカはヴェルフの姿をしている、そう、ヴェルフの姿をしている人形が燃えていた。

 

「!」

 

 背が凍った。熱気が肌を焼き焦がしてくるのに、僕は恐怖の冷えを真っ先に感じた。

 

 日が灯る、それは辺り一面に、いつからあったのか人形が転がっていて、どれも激しく火が灯されている。男、女、ヒューマンもエルフも獣人もドワーフも、それは見たことのある人物に似ていたり、そうでなかったり

 

 

『いらない』

 

「!」

 

 声の方向、そこにも人形があった。磔に火をくべられたそれは、その女性は、眼帯をして赤い髪をしていた。

 

 ヘファイストス様、かの女神に酷似した人形までもが燃やされている。こんな悪意に満ちた形で、一体だれが

 

 

『こいつらは、いらない……高貴な俺達には、いらない』

 

 

「ヴェルフ、じゃない……お前は!」

 

 磔の後ろから姿を現した。赤髪の男、いや少年が

 

 ヴェルフと似た顔で、少し幼い顔立ち、でも間違えるはずがない。あれは、あれはヴェルフなのだ

 

『お前も、俺にはいらない……クロッゾの頭首である俺に、お前らは不要だ!』

 

「!?」

 

 炎が舞い上がる。周囲を照らす赤い光が、この場所が墓地であることを明らかにする。

 

 墓石に腰掛け、どこかふてぶてしい態度で僕を見下ろしている。その姿は、まさしく悪い意味で貴族らしかった。

 

 

「君は、ヴェルフなのか」

 

 

『……無礼』

 

 

「!」

 

 手をかざした瞬間、とっさに背後に跳んだ。僕のいる位置に、貴族の服をまとった人形が大剣を振り下ろしていた。その姿、年をめしても酷似した特徴から、すぐに同じ続柄の人間とわかる。

 

 しかも、それだけではない。ヴェルフと同じ髪色の男や女、それに全身を鎧に包んだ兵士や、数多くの武装した人形たちが宙に、地に、燃え盛る墓地に姿を現したせいか、まるでここは地獄の釜の底だ。

 

   

「ヴぇ、ヴェル助の……ヴェル助のシャドウクマ!!」

 

「……そうか、そうだとは思ったけど……くっ」

 

 燃え盛る日の中、人形たちは行軍を続ける。大剣、長剣、槍、戦斧、鍛冶らしく多様な武器を構えて迫ってくる。

 

 

「ヴェルフは、本物のヴェルフはどこだ!」  

  

『……ふっ』

 

「!」

 

 偽のヴェルフの背後から、それは姿を現した。火を灯した髑髏、上半身だけで、貴族のマントを身に着けたそれはいくつもの糸を引いている。火の糸に繋がれたのは人形だけじゃない、あの偽の少年ヴェルフも、そして

 

「ヴェルフ……そこに」

 

 糸に縛られ、気を失ったままのヴェルフが奴のあばら骨の内側に、まるで火を灯し続ける燃料のように、その火を使って、人形たちは力を、狂暴性を帯びていく。刃を振りかざし、頭首の敵を討たんと、行軍は止まらない。

 

 

「クマ君、下がって!」

 

「もう下がってるクマ、でも先生もダメクマ!!焼け死ぬぅううう!!?!?」

 

「死なない、死なせない! ヴェルフも、誰も死なせはしないッ、ペルソナ!!」

 

 ポーチから取り出すデュアルポーションで傷を、疲れを強引に癒す。

 

 研ぎ澄ませ、集中しろ、刃を振るえ、術を放て!

 

 

……シャドウを倒す、倒して、僕は

 

 

 ベルベットルームで告げられた言葉、その意味は、今ここに

 

 

 

「僕が、ヴェルフ・クロッゾを、助けるッ……跳べ、イナバギ!!」

 

 

 

 




今回はここまで、試験を乗り越えたら続きを書きます。


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Day11~炎罪

久々の投稿です、予告通り原作15巻の過去エピソードを用いた展開です。フォボスってなんぞや、と思われる方にも理解できるようにしたつもりです。それではどうぞ


 自分の体が燃え出した、そんな自覚が芽生えた頃には、俺の意識はよくわからないところへ吹き飛んでしまっていた。

 

 暗く静かな、そう深い夢の中だ。そこは懐かしい、いや、この懐かしいってのはあまりいい意味じゃない。なんせ、俺が見たのはラキアの実家の風景だ。親父が、お袋が、爺が、そんで、まだクソガキだったころの俺。それに、あいつも

 

 

……フォボス

 

 

 麗しい見た目と反する雑で下品な調子、人をからかうような笑い方が癖になっていて、いつものごとくガキの俺をからかっている。乱雑に頭を撫でてやがる、あぁこうして見るとあれだ……やっぱきついな

 

 今更、クロッゾの過去に思う所はない。とはいえ、あの頃は嫌な記憶しかない。押さえつけられて、窮屈で、貴族も家も、自分にまとわりついて離れないものがウザったくて仕方なかった。

  

 唯一の救いは鍛冶、剣の打ち方を学ぶときは充実していたし、あとはフォボスとバカ話をしてる時とか、まあこう並べて見れば何もかもが悪いってわけでもない。

 

 

……そうだ、あいつとの時間は悪くない。フォボスは、俺の

 

 

『は、何言ってんの……見殺しにしたくせに』

 

 

「!」

 

 理解が追い付かなかった。目に映る記憶の映像、そこに映るガキの俺が口に出して言ったのだ。

 

 見殺しだとこいつは……いや、ガキの俺はそう言った。確かに、俺の魔剣を狙うあいつらから逃げるために、フォボスは身代わりになった。ラキアから逃げ出した時、遠くの都市から伸びる光の柱は、間違いなくフォボスの最後だった。

 

「……あぁ、だな」

 

 フォボスのことは忘れない。いや、忘れようがねえ。俺はあいつに背中を押された。だから今ここにいる。

 

 クマ公が言っていた、シャドウってのは心の抑圧された部分だとか、あのエイナ嬢に比べれば図分マシだ。

 

「俺のシャドウってのはこんなガキだったのか。けどな、所詮ガキの言うことだ、俺はもう」

 

『もう、何も感じていない……フォボスは犠牲になった、俺のせいで、俺が夢を見たせいで』

 

「……るせえ、うじうじ言ってんじゃねえ! 手前が俺なら、あいつのことは一番わかってるはずだッ」

 

 胸倉をつかむ、そのふてくされた自分の顔に嫌気がさす。やはり偽物だ、なら、ここで俺が本物と証明するだけだ。

 

 

 

 

 

『……ヴェルフ』 

 

 

 

 

「……なっ」

 

『会いたかったな、ヴェルフ。本当はな……私はお前と一緒に』

 

「!」

 

 突き放した。瞬きの一瞬、その刹那にそいつは現れた。

 

 でかくなった今、見下ろす側になっても見間違えることは無い。目の前に現れたその顔は、艶のある黒髪も何もかも、鮮明なままにあいつの姿だ。フォボスが、俺を見ている。

 

 

『お前、でかくなったな……私がいない間に、大変だったろ』

 

 

「……やめろ」

 

 

「ギャハハ、照れる所も変わってないな……わりぃ、私があんなことを言ったから」

 

 

「やめろ、おい……こんな幻見せて、何も!」

 

 変わらない。あいつは死んだ、あいつの想いは……俺の為に、犠牲になったことは

 

「……ッ」

 

 考えるな。これ以上、罪を意識するな!

 

 戻れなくなる、そう理解した。俺は何もわかっていなかったのだ。それは……違う、俺はフォボスを……フォボスを!!

 

 

 

『悪かった……私が唆したから、お前に背負わせた。ヴェルフ、お前は悪くない、悪くないんだ』

 

 

「!!……やめてくれッ、あんたが、そんなことを」

 

 結果、これは結果の話だ。

 

 俺はフォボスと自分の矜持を天秤にかけた。クロッゾに縛られない自由を、鍛冶としての誇りを、そのために捨てた。ずっとそばにいてくれた、最高の理解者を

 

 

 

『やっと理解したか……大人の俺』

 

 

「……ッ」

 

 また、あいつが現れた。金色の眼光を放つ、ガキの姿の俺が。

 

 よく見れば、その装いは俺の嫌う貴族の正装、しかも当主の身に着ける礼服を、よりにもよって俺が。つまり、このガキの俺はもう一つの未来。クロッゾの家に残り、魔剣を作り続ける忌まわしいクロッゾになった俺の……あったかもしれないもう一つの可能性

 

「認めろってか、こっちが正しいって……俺は、クロッゾを選ぶべきだったって……ふざけんな!!」

 

『ふざける? 鍛冶ごっこのために、あいつを殺したくせに……フォボスを見殺しにしたくせに』

 

「違う!あいつは、確かに俺の犠牲になった。俺の夢の為に、この世界から消えちまった!でも、それでも、俺はあいつの想いをッ、願いをッ!!」

 

 

『……や、……けて』

 

 

「!」

 

 後ろで燃え上がる。炎が、群衆が囲む先、そこに

 

「……な、なんだよこれ」

 

 問うまでもない、そこにあるのは処刑場だった。アレスの怒りを、国民の不満を一身に受けたフォボスの末路

 

 あるはずがない、そんなこと。だって、もしそうなら、本当に俺の

 

 

『見ろ!!お前の選択を……お前のせいで、フォボスは!』

 

「やめろ、止めてくれッ!!」

 

 手を伸ばす。群衆の壁の前ではあまりにも遠い。むなしく、ただ無慈悲に、フォボスは今業火の中にくべられた。

 

 聞こえる、叫びが、苦痛と絶望が反響する。この世を呪う怨嗟の声が、残酷な大衆の嘲笑と誹りが

 

 

『見ろ、聞け……これが、お前の選んだ道だ。』

 

「……違う、こんなの、お前が」

 

『現実を見ろ、お前はフォボスを捨てた、犠牲の上で成り立つ道だ。ガキみたいに青臭い夢を垂れて、大事な人を火にくべる。お前の炎は罪だ、だから焼け死ね、苦しめ!!』

 

「……ざけんなッ」

 

 肉体を焦がす炎がまた灯る。これが罪の炎だと、こいつは言ってのける。俺の選んだ道は、間違いだと……そうだ、こいつは俺の偽物だ、だから……()()()()()()、フォボスの幻想を見せて俺を惑わす。

 

 

「ふざけんな、偽物がぁあッ!!!?!?!」

 

 

『……はは』 

 

 

 ああ、そうだ。さいしょっから、こうすればよかったんだ。まともに向き合う必要なんてない。偽物だ、偽物なんだッ、こいつはッ!!

 

 

「偽物が、知った口きやがるッ!! てめえは俺じゃねえ、偽物がッ!!!!」

 

 

……ドクン

 

 

……ドクン……ドクンッ!

 

 

 

 

『あぁ、そうだな……けど、偽物は俺じゃないね、手前の方だッ!?』

 

 

「……なにを、お前」

 

 

 取り返しのつかないことをした。それだけは嫌でも理解させられる。目の前のただのガキが、まったく別の生き物へと変わっていく。

 

 

 

『『我は影、真なる我…………ギャハハ、ギャハハハハハッ!!』』

 

 

 二人の笑い声、業火の中から姿を現す髑髏の亡霊、一人と一体は宙を浮き、つがいがそろうように今一つに

 

 深層世界の中、今一体のシャドウが開花した。

 

 

 

 

 

 

 奈落の墓地、今はその全貌が明らかになっている。あたりに散らばるのは壊れた人形達。それにその燃えカスと、周りは焼け焦げた跡ばかりでまさに焦土。ここが地のそこならまさに地獄の底と言うべきか

 

 そんな場所で、僕は今だ戦闘を続けている。向かってくるのは火を灯した人形の兵士、錫杖の刃で首をはね、光の弾丸をばらまいても人形たちの特攻は尽きない。クロッゾの武器を持つ人形、その特徴は数だけじゃない。なぜなら、こいつらの握る武器は皆

 

 

「先生! 避けるクマ!!」

 

 

「!?」

 

 背後から迫る貴婦人、ハルバードの振り下ろしをイナバギの防御でしのぐ。だが、これは悪手だ。この人形達の接近を許してはいけない。

 

「イナバギ!」

 

 叫ぶ、同時にイナバギは婦人を蹴り飛ばし遠くの人形達の固まる場所に飛ばす。二~三体とぶつかった瞬間、ハルバードは盛大に爆発した。

 

 同時に、巻き込まれた人形達の武器にも引火し、合計三体分の爆発が起こる。並々と注いだ油樽を着火したような、まるで戦場の攻城兵器の破壊力だ。

 

 

『ギャハハ! 惜しかったな、あとちょっとで巻き添えだったのにッ!!』

 

 

「!」

 

 ヴェルフのシャドウがあざ笑う。遠く、人形の壁に挟まれた先、髑髏の亡霊を背に立たせ、炎の操り糸で大軍を奏ずる。イナバギには全体攻撃能力はあるけど、倒す数と追加するペースが釣り合わない。

 

「……ッ」

 

 でも、一番きついのは数よりも相性だ。人形全てが炎を纏い、そして広範囲の自爆でこれまた炎をばらまく。

 

 そう、イナバギは火炎が弱点だ。

 

 

「どうする、このままじゃ」

 

 今でこそ敵の攻撃をしのげているけど、それもいつまで続くのか。ペルソナの力は有限だし、技を放つにも体力が奪われる。

 

 かといって、ペルソナなしにこの状況を超えることも難しい。

 

「……ピンチ、なのかな」

 

 口に出してしまった。だが実際にこうなのだ、今の手数では状況は変えられない。

 

 

……でも、そうだとしても

 

 

 

『はは、まだ頑張るのか? 近づけもしない、その上焼かれてボロボロだぞ、諦めて灰になれ。クロッゾの炎に焼かれて消えるんだ! これは、名誉ある死だぞ! ハハハッ!!』

 

「……」

 

 

 ナイフを構える僕にシャドウはあざ笑う。でも今はいい、これでいい、大事なのは、折れないことだ。精神論と言われれば詮無いことだけど、それさえ折れてしまったら何もしようがない。

 

 それに、この力は……まだ、完成していない。つながる絆が道を、先へ続く、ずっと成長を続けるから

 

 

……感じる。何か、まだ出来ることが

 

 

 根拠は無い。けど、そう気づいたのだ。頭ではなく、心で

 

「……来い」

 

 愚者のアルカナが示す可能性、その意味は、もうこの手の中に。つないだ絆は星、アルカナがつなぐ力の連鎖の先に、彼はいた。

 

 

 我は汝、汝は我、その名を

 

 

「来い、ペルソナ……ッ」

   

 

 

 




次回、ペルソナチェンジ


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Day12~吹きすさべ、凍てつかせ

久々投稿です。リアルが色々と落ち着いたのでまた執筆開始です。


 昔、ヴェルフからはその話を聞いたことがあった。いや、正確には酔っぱらっている時の独り言、その時に聞いた名前、フォボスという人物。そして、その名と一緒に繰り返してつぶやく謝罪の言葉を、である。

 

 クロッゾの過去、それは聞き出したい気持ちもあったけど、傷がいっぱいあるであろう場所に土足で踏み込む真似を、僕は良しとは思えなかった。

 

 でも、今思えば僕は、ヴェルフの傍にいる僕たちは踏み込むべきだったんだ。

 人は誰しも痛みを、傷を、はては罪を、後ろ暗いものが無い人はそういないのだ。表と裏があるから人の心は心至らしむる。

 

 だから、どんなに否定しても決して消えはしない。影を消そうと光を強めれば影はより大きく黒く広がるだけ。介入しない優しさは見殺しなんだ。だからこそ、時には覚悟も必要だ。

 

 きっと色んなやり方があると思うし、自分が絶対だとは言い切れない。でも、ことこの場合なら僕は自身をもって言える。

 

 例え傷をつけてでも、踏み込んで、陰に隠れた本当の顔を、人に見せない涙を思い切って見るべきだった。きっと、嫌がって、恥ずかしがって、喧嘩になるかもしれない。でも、ぶつかって、ぐちゃぐちゃになって、そうやって吐き出した後にはきっと、問題の解き方は変わっている。

 

 ヴェルフが抱える物は、僕の手の届くものに変わる。一人では抜けられない闇も、二人なら光に手を届かせられる。

 

 この一歩を、僕は躊躇しない。友達の為なら、僕はどこにだろうと土足で踏み入ろう。

 

 例え、この身が炎に焦がされようと、肉を溶かされ骨だけになろうと

 

 この歩みに一抹の後悔も無し。成し遂げるその時まで、刻む轍に転進は有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「来い、ペルソナ!」

 

 手に浮かべるカードは星のアルカナ。淡い星の光を砕き、そして放つ。我は汝、汝は我、星の導きに立つは都にはびこる虚の悪鬼。眼光は不要、ただその手に握る金棒一振りで敵を薙ぎ払う。

 

 

「吹き飛ばせ、フウキ!」

 

『!?』 

 

 現れたのは鬼、顔にあたる部分に空洞がある武人の白装束を纏う鬼、ふるう金棒は周囲の空気をかっさらい、緑の色を染め辺り一帯に吹き荒れる。

 

 

[マハガル] 

 

 

 全方位攻撃、イナバギには無い疾風の力、クマ君との絆が作った新しい力。

 

 そう、僕の力はきっとこういうものなのだ。

 

 愚者の数字はワイルド、つまりは何にでもなれるのだ。繋げた絆の数だけ、僕には力が生まれてくる。フウキは、クマ君の絆から生まれた力だ。

 

「……クマ君、ありがとう」

 

「クマ!」

 

「下がっていてね、そして見ていて欲しい」

 

 見据える先、新ペルソナに動揺するシャドウヴェルフの更に後ろ。

 

 亡霊の体内に閉じ込められたヴェルフ本人を見て、今一度告げる。意識する。これからすること、己の正しさを信じて、命を懸ける戦いに挑む。リスキーで、だけど故に心が躍る。冒険者の本質、起源、それは冒険者の本分、それは英雄への憧れ。

 

 見せるよ、挑戦し続けることこそ、冒険者の姿、生きざまだから!

 

「せ、先生……うぬぬ、クマ!」

 

「!」

 

 後ろの墓石の陰から飛び出た。怯えて震えて、でもその眼には今まで見たことの無い真剣さを感じる。

 

「く、クマも手伝うクマ。あいつの怪しい動き、この目と鼻で教えますクマ!!」

 

「……そう、助かるよ、なら頼むッ」

 

 邪魔と言わない。余計だなんて思いもしない。言葉にして深く解さずとも、それが瞬時に信頼を置いてよいものと心が判断した。これも、繋げた絆のおかげか

 

「大きいの、来るクマ!タイミングは任せてクマ!!」 

 

「!!」

 

 囲んで様子を伺う人形達、しびれを切らしたのか、後方の列から魔剣を振り放ち、自分を炎に変えて放つ焔の砲弾。しかし、僕はそれを見ることなく躱して突き進む。

 

 驚き、身構えて遅いかかる人形達を武器で打ち払い、疾風の魔術で撃ち落とす。

 

 炎が立ち上り、爆発の破裂音で耳がやられる。それでもかまわないと、僕はフウキと共に突き進む。

 

『な、なにをしているお前たち!打ち取れ、焼き殺せ!!』

 

「……もう、無駄だ」

 

 フウキのスキル、それは疾風の攻撃だけじゃない。その都度使用するものじゃない、常時機能するそのスキルこそが仕掛けのタネ

 

 スキル、真・火炎見切り。フウキを通じて、僕には火炎の攻撃がどこから来るか本能でわかる。火を纏ったこの人形たち自体火炎そのもの。数だけが取り柄で、実際の攻撃は単調なもの、つまり

 

 

 

 見えない攻撃さえしのげば、こいつらは敵じゃない。

 

 

 

「行っけええぇええッ!!!!!」

 

『ーーーーッ!!?』

 

 悪鬼の叫び、金棒の打撃と疾風の波で人形たちを寄せ付けない。砲撃も特効も裁ききってみせる。

 

 あと少し、もう少しで懐に

 

 

『させるか!この下民がッ!!』

 

 

「上クマ!!」

 

 

「!」 

 

 敵軍を突き抜けて、懐までたどり着くまであと少し、けどそこで止まる。見上げた上には火を灯した魔剣を携えた貴族たち、赤髪の貴族服はおそらくクロッゾの一員に違いない。彼らの持つ剣のどれもが、雑兵の持つ剣よりも上回っている。

 

 火を灯した魔剣で近距離の炸裂、大爆発覚悟の特攻、それが狙い。  

 

 いかに回避があるとはいえ広範囲にまき散らかされればさすがに逃げようがない。

 

 ただし、それはこの攻撃が不意打ちになる時だけだ。身構えて選択肢があるなら、正解は導ける。

 

 タイミングは掴めた。この一瞬、逃しはしない

 

 

 

[マハガル]

 

 

 

『無駄だ、その程度の風、雑魚には効いたとしてもッ』

 

 あぁ、その通り、彼の言う通りこの風では倒しきれない。下手な風は火を煽るだけ。火に携わる鍛冶師なら、それはきっとわかる。 

 火を炎に変えるにはどうすればいいか、それは空気を送ることだ。酸素を燃やし、より大きな焔を立ち上らせればいい。

 

『としても……まさか、まさかッ!』

 

 背後の亡霊に指示を出す。糸で剣を捨てろと指示を送ったのだろうが、もう遅い。

 

 マハガルの疾風は火を炎に、臨海寸前の刃を灼熱の炉に変え、今この瞬間

 

 

――――――――ッ!!!!?!??

 

 

 

『……ッ!?』

 

 そう、燃える。疾風は炎上している対象ほど良く効くのだ。宙で弾けた人形達は四散し、黒い煙だけが辺りを包む。

 

 

……もらったッ

 

 

 狙う対象は亡霊の心臓、ヴェルフを閉じたその骨の袋に金棒を全力で放つ。

 

 

[ミリオンシュート]

 

 

『ーーーーッ!!???』

 

「取り返すッ……ヴェルフ!!」

 

 打突による連撃、拘束を砕き割り中に手を、ヴェルフを抱え、そのまま走り抜けるように距離をとる。

 

『貴様!おのれ、おのれッ!! 歯向かうとは許さんぞ、俺を誰だと思っているッ、鍛冶貴族!頭首のヴェルフ・クロッゾだッ!!』

 

「知ってるよ。でも、今は僕たちの、ヘスティアファミリアの鍛冶師、それがヴェルフ・クロッゾだ!!!」

 

『否定するのか、貴様も!!』

 

「……そうだよ。僕は、君を否定するッ」

 

 手に浮かべるアルカナのカード。そこには星のアルカナと隣り合うように、愚者のアルカナも並ぶ。力を交差させ、最後の一撃を作りながら、思考を彼に寄せる。

 

 

……そうだ、僕は君を否定する。それは仕方のないことだけど、でも、本当は救うべきだ。救われるべきだ

 

 

 僕にはシャドウとして敵になった君を受け入れることはできない。真にそれを行うべきなのは、この世でただ一人。その役目はヴェルフの物だから、だから

 

「……きっと、君も救われる。だから」

 

 砕く、一つになった星の光は折り重なり、新たな光を生み出す。それは魔術師のアルカナ。二つを重ね、生み出した新たな一ページ。

 

「今は、その矛を納めるんだ。そして、少し眠って欲しい。」

 

 呼び出す。我は汝、汝は我、悪戯好みし雪原の幼子よ、魔術師の示す可能性の道に、どうか導を見せてくれ

 

 

「頭を冷やして、話し合って、そうすればきっと、わかり合えるはずだから……ジャックフロスト!」

 

 

 

『!? ふ、ふざけるなッ、やめ、やめろ……オォ』

 

 

[マハブフーラ]

 

 

 大地が一瞬で凍てつく。辺りを氷で覆いつくし、人形達はもちろん、骨だけの亡霊も大きな結晶に閉じ込められる。唯一、凍らず無事のシャドウヴェルフもその活動を止め、瞼を閉じて氷の上に倒れた。

 

「クマ君!」

 

「ほいさっ」

 

 倒れ、地に落ちそうなところをクマ君がファインプレー、チャックを開けてそのまま着ぐるみの中へ収納してしまった。

 

「ふぃー、ぎりセーフクマね。およ、先生どうしたクマ?」

 

「いや、何もないよ。うん、とにかく、終わったね」

 

 手段はともあれ、ひとまずシャドウは鎮圧。あたりを見渡して、そこは氷漬けになった人形に、未だ燃え続ける炎の残骸と、戦闘の激しさが生々しく残るその場で、僕は腰を下ろした。

 

 ヴェルフもそっと寝かせ、ペルソナも一度消す。どっと脳や肉体の疲労が積み重なって、しばらくはまともに動ける気がしない。

 

「先生」

 

「……」

 

 心配そうに見てくる。今の僕はよほどひどい顔色をしているのか。だけど無理もない

 

 仲間の異変、未知の強敵、そして力の芽生えと連鎖立て続けのことで頭はどうにも回ってくれない。休息が必要だ。

 

 ひとまず動けるうちにどこか安全な場所を、ここだっていつ他の敵が出てくるかわからない。

 

 

「行こう、クマ君」

 

「わかったクマ…………あ、肩お貸しするクマ」

 

 

 

次回に続く




今回はここまで、ペルソナチェンジと合体でした。ここら辺の雰囲気はアニメテイストで行きます


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Day13~再点火

投稿止まってました、申し訳ない。ペルソナスクランブルが楽しくて、そのおかげかまたふつふつと意欲がわいてきたので、ソフィー可愛いよソフィー




 

 

 

 気分が悪い。胸の中に何かがくすぶって、息がしづらくて仕方ねえ

 

 火にくべられた炭のような、なんとなく自分が燃え続けて灰になっていくようだと感じられる。

 それだけは理解できた。そして、それでもういいんじゃないかって、奥底でそんなことを思ったりもしている。

 

 消えたフォボスの責任を、いつかは背負う運命があったはずだから、ならこんな末路も仕方ないと。運命を受け入れて、ただ灰になって消える。

 

 消える、消えるんだ。おれは、このまま 

 

 

……ヴェルフ

 

 

「!」

 

『ぎゃはは、お前何してんだよ。鍛冶師が灰になって消えるとか、それどんなネタだっての!くだらなすぎて、笑えねえから逆に笑えるわ……くはは』

 

「……」

 

 フォボスだ、また俺の前に現れている。

 

 あぁ、そうだな。恨み言の一言や二言、あってしかるべきだ。だから、甘んじて

 

 

『バーカバーカ!!いい年して情けない、あれか!童貞だからか! ま、あのヘファイストスに一途のままじゃ当分は童貞だな。知ってるか、童貞のまま30になったら魔法が使えるんだってさ。』

 

 

 

 甘んじて、受け入れて……そう、受け入れて

 

 

 

『そっか、童貞の魔法使いか。あれだ、なんか申し訳ないな。私がお前の筆おろししてもよかったけど……いや待て、そう言えば昔寝てる時に』

 

 

「はぁあッ!? 待て待て、お前まさかっ!!」

 

 

 

『……』

 

 

 

「無言は止めろ、マジに聞こえるだろうが! あと項垂れるな!シリアスにしたら本当にやったみたいに……待て、その反応、おいおいオイオイィイイイッッ!!!!!」

 

 嘘だ、俺の初めてはあの神(ヒト)のために取っておいたのに

 

 貴族の特権だの、男のたしなみとかほざいて親父や親戚に勧められても我慢して、昔世話してくれたメイドの甘言にも耳をふさいで、そうまでして守ってきた俺の初めてを、こいつは、この女はッ

 

 

「俺の、俺のぉ……ッ」

 

『……ぶふっ』

 

「!!」

 

『ギャハハっ、ギャハッ……ぶふぁああっ!!!ダメだ、腹痛いッ……マジ、助け』

 

「……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と時間がたった。現実の時間からすれば今でようやく朝が明けたころだ。そう、僕たちはこの世界で一夜を明かした。

 

 シャドウとの戦闘が終わって、探索をしている際に見つけた安全地帯、そこで僕らは休憩を取り、そして一人先んじて僕は探索を始めた。このあたりの立ち回りはダンジョンでのサバイバル術の延長だから、存外やってやれないことはない。敵を倒した際の戦利品で変な野菜とかも拾って、そのおかげで食料に困らなかったことも幸いだった。

 

 

……あのプチトマト、妙に頭がさえてすっきりするけど、大丈夫なトマトだよね。

 

 

 鍵の形をした麦、食べたら家に帰れそうな大根に身代わりになってくれそうなナス。どんな野菜だよと突っ込まれても仕方ない。あれはそういう味だとしか形容できないのだ。

 

 とまあ、極限状況で僕たちは無事身の安全を確保して、補給も得られた。だからこうして、一人で探索も滞りなく進められている。墓場も上の校舎と同じダンジョンの一部、僕は地下のフロアを三つほど登るとそこはどこか無機質で手狭な建物にたどり着いた。

 

 

「……ここだ」

 

 奥の扉を開けてようやく外の空気を吸う。そこは校舎の外、侵入の際に足場にした建物の一つ、どうやらここは焼却炉が置いてあるから、きっとゴミ処理施設のような場所なのだろう。

 

 どうして処理施設が墓地に繋がっているのかよくわからないけど、とにかく道が見えたのだ。急ぎ、僕は踵を返して二人が待つ場所に

 

 墓地のある空間にぽっつりとあった掘立小屋、墓地のフロアにもシャドウは現れたけど、その小屋だけはシャドウから襲われない、クマ君曰くセーフゾーンと言う場所らしい。

 

 シャドウが作り出す迷宮にある、隙間のような、抜け穴のような場所。どうしてあるかは また本人の認知がどうとか、言葉足らずだけどクマ君はそう言っていた。

 どうしてそんな知識を知っているか、衝動的に聞き返したけど、期待する回答はなかった。記憶はないけど、どうしてか知っている、と

 

 

「クマ君……本当に何者なのかな」

 

 本人は記憶が無いという割に、妙にこの世界のことに正通している。あの人懐っこいファンシーなキャラのせいか疑問に思わなかったけど、でも

 

 

「……うん、疑ってかかっても仕方ない。記憶が戻れば、きっとクマ君も自分から」

 

 

……ガチャリ

 

 

 

「ひぶっ、げぶぅ、ぶるぁああ!!」

 

「……」

 

 

……パタン

 

 

 部屋に入ったら、着ぐるみがタコ殴りにされている。マウントを取られて、容赦なく拳が顔にめり込んでいく

 

 なまじかわいらしい見た目だから、光景が生々しすぎる。子供が見たら皆号泣でトラウマを抱きそうだ。

 

「……って、感心してる場合じゃない。ヴェルフ、何やってるのさ」

 

 部屋の中に踏み込んで、僕は件の加害者を止めにかかる。そう、犯人はヴェルフだ。それはもう鍛冶場の炉のごとく熱く憤慨してらっしゃる、そうヴェルフなのだ。

 

「やめろ、離せ!おれはあのバカ神にわからせてやらねえと気が済まねえんだ!! いっつも人をからかいやがって、ふざけるな!!」

 

「ふざけるなはこっちのセリフだよ、相手を見て、クマ君が、マスコットが絶対見せちゃいけないグロテスクになってるから!」

 

「クソ、ふざけるな!俺の童貞はヘファイストス様専用だ!!」

 

「ごめん、本当に何言ってるかわからない!とにかく、ジャックフロスト!!」

 

 

 

 

[マハブフ]

 

 

 

 

  ×  ×  ×

 

 

 

 

「……あぁ、その。悪かった」

 

「うん、いいよ……僕もやりすぎたし」

 

「クマの顔、戻らなかったら訴えてたクマ」

 

「すまん、悪気はなかった。許せクマ公」

 

「なんか雑クマ!」

 

「あはは、まあでも無事解決したし、うん……目を覚まして安心したよ、ヴェルフ」

 

「あぁ、すまないな。俺が気を失ってる間に、面倒をかけたみたいだな」

 

「うん、それはいいよ。仕方ないことだから、それよりほら、スープは」

 

「あぁ、もらう」

 

「クマも、クマも!」

 

「うん、はい」

 

 

 

「「「ズズ……」」」

 

 

 

「……なあ、なんでトマトスープ」

 

「現地調達かな」

 

「染みるクマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵を倒して手に入れた野菜、それで即興ながら料理を作った。手先の器用さ、ついでに度胸もわずかながら成長した気分になる一時だった。セーフルームで休憩と食事を得て、僕たちは再び探索を開始した。

 

 すでに知っているルート。敵も避けられるし、相対しても手数が増えた今楽に戦闘もこなせる。

 

 シャドウ達にも弱点属性があり、疾風と氷結のおかげでこのダンジョンにいる敵のたいがいに優位に立てられたのは大きい。ただ、気力が減るとペルソナも使えなくなるから、その辺りの注意は気を付けるべきと学んだ。

 

 駆け足に昇っていく。そうして、僕たちはまた、あの場所へと

 

 

 

~屋上フロア、出口前~

 

 

 

「……なぁ、戻ってきたは良いけど……どうする気だ」

 

「うん」

 

 セーフルームでの休憩を終えて、体力も気力も取り戻した一行は再び彼の場所へ。

 

 ベルは扉をわずかに開き、隙間から覗くように屋上を見た。さっきとは違い、庭園には仮面をつけた偽エイナさんに、雑魚敵のシャドウも数匹。

 

 警備がさっきとは違う。けど、きっとこれが本当の状態なのかもしれない。

 

 

「……敵、多いな」

 

「クマ」

 

「……だね」

 

 再突破は諦める。でも、檻の中には依然エイナさんも見える。意識は無いようで、どこか弱っているようにも見える

 

 口惜しい、拳を作り、自分の足に叩きつけた。音は立てられない

 

 

「どうするクマ、どうやって突破するクマ?」

 

 

「だね……そうだね」

 

 

「おい、まさか何も案無しにかよ……戻ってきても意味ねえじゃねえか」

 

 

「うぅ……」

 

 

 冷静な駄目だし、ベルは自分のカリスマ度を気にした。

 

 

「クマ、特定のバイトとかをすると増えるクマ」

 

 

「?」

 

 

「クマ、特に意味はないクマ」

 

 

 わからないことを言う。クマ君曰く、発作のようなものだと。時たまに説明したくなるとか、なんとか、チュートリアルだとか、よくわからない。

 

 

「……なあ、ベル。策が無いなら提案だが、陽動はどうだ」

 

「へ?」

 

 ヴェルフは魔剣を抜いて、扉の前に立つ。

 

「大暴れして、時間を稼ぐ。その隙に、お前はエイナ嬢を」

 

「だ、ダメだよ……そんな危険なこと」

 

「だが、方法はない。確実を取るなら」

 

「……ッ」

 

 真剣に、妙に落ち着きのある振る舞いでそう告げてみせた。覚悟、罪滅ぼし、そんな目を僕は知っている。

 

 思い出したのは、中層で起きたあの出来事、その際に見た桜花さんの気丈な振る舞い。

 

 気丈な振る舞いの奥に抑え込んだ罪悪感。今のヴェルフはきっと、墓場でのことがまだ

 

 

「ヴェル助、無茶は良くないクマ!」

 

「だが、ベルしか戦える戦力が無いんだ。俺だって危険は承知、それでもまだ可能性はある。なら、俺はそれを選ぶ」

 

「ま、待って!」

 

「ベル!」

 

 

 

 

『――――――ッ!!!』

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 突然、三人の大声も消し去る爆音が響いた。

 

 頭の奥まで響く轟音、耳を抑え耐え続けるうちに、それが鐘の音だと気づいた。

 

 

「なんだ、これ……ッ」

 

「わか、らない……でも、ぁ……皆、隠れて!」

 

 いち早く気づいたのはベルだ。

 

 自分たちがここに来るまで使った階段、その奥から大量の偽エイナさんやシャドウが昇ってくるのを。

 

「隠れろ!」

 

 とっさに、その場に在ったガラクタ、資材の物陰に身を隠す。遅れたクマ君は

 

 

「え、えっと……あわわわ、クマ!」

 

 

 その場で転がり、そばにあるゴミ箱へ身を投じた。ぐったりと動かない姿は、確かに捨てられた着ぐるみに見えなくもない。

 けど、そんな姿をさらすことで心は傷ついているのだろう。声こそないが、クマ君の悲し無きが聞こえてくる気がする。

 

 

「……ッ」

 

 

 こいつら、一体何なんだ。ゴミとなったクマ君は一度置いておいて、僕とヴェルフは密かに連中を観察する。

 

 大量の偽エイナさん達、それらが屋上に出て、そして何をするかと思えば、特に何もない。

 

 入った分だけ、外からも偽エイナさん達とシャドウが下へ降りていく。その意味は、きっと

 

 

 

……見張りの、交代

 

 

 

「……あの鐘の音、なのかな」

 

「あぁ」

 

「そういえば、ここに来る道中も」

 

「鐘の音で、部屋から一気にシャドウやエイナさん達が出たり入ったり」

 

「なあ、ベル」

 

「うん」

 

「さっきのは取り消しだ……別のやり方で行こう」

 

「……うん、そうだね」

 

 考えは、同じ。たどるべき道は見えた。

 

 エイナダンジョン、その最終攻略、その光明はすぐそこに

 

 

 

 

次回に続く 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回最終決戦予定、またぼちぼちと執筆していければと


感想、評価などあればよろしくお願いします


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Day14~怪物退治

投稿するとか言って遅れて申し訳ない。最終戦、ようやく始まります

追記:文章が重複していましたので訂正しました


 思いついた策、それはシャドウ達を惹きつける方法。ベル達は道を引き返し放送室を探した。

 

 エイナシャドウの根城とするこの学園の中、多くの兵士を一斉にコントロールするにはどこかに司令塔がある。学校という知識から、それは必然的に放送室であるとベルは見抜き、そしてそれは

 

 

 

 

『――――――――ッ!!』 

 

 

「よし、倒した!」

 

「さあ、協力しろ!俺達の言う通りに放送を流しな」

 

 

 見事なまでに的中した。放送室の中には番人と思われるエイナシャドウの部下、ボンテージ姿で且つ首輪に鎖が繋いである偽エイナさん。おそらく、まあそう言う趣味のある敵なのだろう。

 

 

「く、ころせ!」

 

 

「うっわ、本当にそう言うセリフ言うんだクマね」

 

「気を付けろベル、こいつにとってこれ以上はご褒美だぞ」

 

「……う、うん……うん」

 

 

 頭が痛くなる。きわっきわの意匠でキャラが崩壊したエイナさんなんて見たくなかった。戦闘中も僕に攻撃されるたびに、ぶひぃだの、ご褒美ですぅうう♡♡♡とか、心が折れそうになるカウンターをいっぱい食らってきつかった。

 

 というか今も、さあ早く、その鞭でぶちなさいよ豚にするように!、いえ、むしろ豚にしてください!! ベル様!!

 

 

「……あの、言う通りにしてください。」

 

 

「ハアアァン♡!? 袖にされるのもイイィイインンッ♡♡♡!??」

 

 

 断末魔を上げるエイナさんの姿をした偽物。仮面にもひびが入ってきて、ちょっとずつ体が霧散しかけていく。まずい、せっかく倒してしまわないように手加減したのに!

 

「おい、消えちまったら意味がねえだろ!」

 

「先生、早くぶってあげるクマ!それでいうことを聞かすんだクマ!」

 

「い、いやだよ!」

 

 

「「早く!!」」

 

 

「……うぅ、ぐぬ」

 

 

 叩いた僕の方が心にダメージが入ってくる。けど、背に腹は代えられず、僕は鞭を持ち、偽エイナさんの背中に

 

 

 

「ご主人様ァアアアアア♡♡♡!?」

 

 

「もういやだ、帰りたい」

 

 

 

 ピンク色の音色を上げ、瞳孔を♡に輝かせる偽エイナさん。無事、命令通り操作盤を用いて放送を流す。

 

 リンゴンリンゴン、人工的で少し不快な音色が校舎の至る所で反響する。屋上の放送室から、緊急指令の鐘の音を運んだ。

 

 

 

 

 

 

……侵入者が裏庭に

 

 

……急げ、全員召集だぞ。

 

 

……エイナ様のご意思だ、侵入者は見つけ次第殺せ

 

 

 

「……」

 

「おいおい、こんな簡単に」

 

「……クママ」

 

「ご主人様! もっと、もっとしつけぉ!??」

 

 

「……コウハ」

 

 

 役目を終えた偽エイナさんは光となって消えた。悪夢としか思えない姿、どうか浄化されて二度と現れませんように

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ……ク、ハッ」

 

 

 乱れる息、隠れて走って、ようやく見えた出口。

 

 屋上でエイナさんを救出して、徘徊する敵をなぎ倒し逃走を図る。放送で敵を分散させたものの校舎から逃げるには難く、また屋上から飛び降りようにも屋上全体も鳥かごのような柵に覆われ結界のごとく、逃げ場は無い状況だった。

 

 本来なら、例えエイナさんを確保しても校内を通じて外へ出るなんてのはまず不可能。けど、僕たちにはそれを避ける道があった。

 

 それも、敵がわざわざ用意してくれた道だ。

 

 

……敵の数が少ない。今なら、裏門まで一気に

 

 

 僕とヴェルフを落とした縦穴、そこからまた地下の火葬場を抜けて目指すべきは裏門。

 

 この、エイナダンジョンを脱出して、現実世界に逃げかえれば僕たちの勝ちだ

 

 

「フウキ!」

 

 

 虚ろの顔を持つ鬼、背丈以上に大きい棍棒を振るい、シャドウ達を蹴散らしていく。

 

 裏門の玄関口、もう少し

 

 

 

「…………ベルッ!?」

 

「!」

 

 

 一瞬のこと、ヴェルフが急に突き飛ばして僕は地面を転がった。

 

 すぐに起き上り後ろを振り向くも、今度はものすごい衝撃と音で面食らってしまった。

 

 

……氷、僕たちがいた場所に

 

 

「先生!出口、出口ッ!!」

 

 叫ぶクマ君、後ろを指摘して、その示す先は裏門の出口だけど

 

「氷で塞がっている……」

 

 爆発の様に、鋭利な氷の塊が門を封じて出るモノを拒んでいる。容易に壊せそうにもないそれは、僕たちが追いつめられたネズミであることを宣言しているようだ。

 

 

 

『これで、逃げ場は無いわ……ベル君』

 

 

 

「!」

 

 ぞっとさせる、鋭い刃物のような声質。でも、耳に障るそれは間違いなく、僕が親しむ彼女の声だ。

 

 いた、そこにエイナさんが、否

 

 この禍々しい学園を収める女王、エイナシャドウ本人、真の偽物がそこに君臨している。

 

 

 

『もう、お痛ばっかりして……イケない子、躾が足りない証拠ね』

 

 

「え、エイナさんはそんなこと言わない!」

 

 

『何を変なことを、私が言っているのよ。なら、本当でしょうに!!』

 

 

「!」

 

 

 女王様姿のエイナさん、その手に持つ鞭を振るって僕に攻撃をしてきた。防御態勢で受けるけど、その衝撃に足が宙を離れ

 

 

「先生!」

 

「がっ、ペルソナ!!」

 

 

 呼び出したのはイナバギ。錫杖を地面に突き刺し、吹き飛ぶ僕の体を支えた。

 

 背後の氷は鋭利な剣山のごとく、吹き飛ばされてぶつかれば無事で済まない。

 

 

「氷、あのエイナさん氷を」

 

「火月!!」

 

「ヴェルフ!」

 

 魔剣の名を叫んだ。クロッゾの魔剣が放つ炎の斬撃

 

 衝突と同時に爆発のごとく黒煙が立ち上る。空気が焼け、衝撃が遅れて風邪を呼び起こした。

 

「ベル、一度下がって態勢を」

 

「駄目だ、ヴェルフ!」

 

 逃げるんだと、ベルが叫ぼうとするも既に遅い

 

 ベルは感じ取っていた。エイナ・シャドウ、その力の差異を

 

 

……あの時、最初に見た時と姿も違う。それに、伝わってくる嫌な感覚

 

 

 

「イナバギ!」

 

 

[烈風破]

 

 

 放つ技は広範囲の衝撃波、無色のエネルギーを拡散させて爆炎を払い、そして

 

 

「!」

 

「下がって、じゃないと……絡めとられるッ!!」

 

 

 

 迫りくる、大蜘蛛の糸からヴェルフを守った。

 

 

 

 

 

『ふふ、ハハハハ……ギヒャハハハハハハッ!!?!?』

 

 

 

 

 

「……おい、嘘だろ」

 

「大きい、最初の時よりもずっと」

 

 

 煙は晴れ、敵の正体が露わになる

 

 そこにいたのは大蜘蛛、最初の時よりもずっと成長していて、僕の出すペルソナの二倍三倍は優に越している。

 

 そしてなによりも、その雲の頭に当たる場所、そこに、エイナさんの姿をしている大きな女性の半身がある。

 

 

『ハハ……いいわ、力が溢れてる、シャドウの私が本体を食らってもっと大きく、レベルアップしていくの!』

 

 

 叫ぶ、その声はエイナさんの声だけど、もう面影は全くといってないに等しい。

 

 モンスターのアラクネ、いやそれよりも禍々しい。大きさといい、その在り方はまさに階層主。つまり、ここからが

 

 

……最後の大詰め、ボス戦

 

 

 ナイフを構える。イナバギを一度納め、いつでも次のペルソナが呼び出せるように、心の中で引き金を保つ。

 

「ヴェルフとクマ君は下がって!こいつは、僕が倒す!!」

 

 敵は怒涛の怪奇、大雪山の化け蜘蛛。古の絵巻のごとき戦いが幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、感想・評価等あればよろしくおねがいします。


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Day15~雪山の大化蜘蛛

ボス戦です。BGMはお好きなものをイメージしてください




 

 

 吹雪が吹き荒れて、辺り一面に霜が広がっていった。空気が冷たくて肺が痛い。身がすくんでしまう

 

 けど、この震える手足の理由は、きっと、この目の前に現れた怪異のせいだ。

 

 

『ベルくん、私の大事なベルくんにはサービスして・あ・げ・る♡ だから…………切り刻んで!!凍らして!!大事に箱に詰めて、大事に大事に……キャハハハハハハハッ!!!!』

 

 

 

 

 大口を開け、怪異は嘲り笑っている。蜘蛛の巨体に、一糸まとわぬ裸体の人型部分。その部分だけでも優に3mはあって、しかも認めたくないことにその姿はエイナさんそのものだ。

 

 エイナさんの姿をした化け物。見たくない、認めたくない姿、これがシャドウの行きつく先の姿だというのなら。

 倒さないといけない。救わないといけない。大事なエイナさんを失いたくないから、僕は、

 

 

 

…………叫べッ!!

 

 

 

「怪物を相手にするのは、冒険者なら当然ことだ!! 引く理由には、ならないッ!? 来い…………ッ」

 

 

 

 吹き荒れる突風、風を纏い風で薙ぎ払う。図体のでかい敵に対しペルソナ一体でどこまでできるか

 

 懸念は絶えない。持てる力をもってして、この敵相手に上手く立ち回れるのか、この巨大な怪物を相手に僕は戦う。戦うんだ

 

 

 

「風を起こせ!!フウキ!!!」

 

 

 

 虚ろな鬼が金棒を振るう。戦いの幕は、疾風のごとく急いて開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『教育!指導!支配!私はアドバイザーじゃない、あなた達冒険者の女王様! 鞭を、鞭を振るってあげるわッ! 氷漬けにして、一生管理してあげる! 誰も、わたしのもとから誰独り逃がしはしない!!』

 

 

 

「……ッ」

 

 

 眼前で暴れ狂う大蜘蛛。本体の人型部分が氷のスキルを使い僕を封じ込めようとしてくる。四角形の氷柱を造り、時にはそれを飛ばし、足元から発生させて来たり、うかつに足を止めればまず重傷は避けられない。

 

 裏門の広場、隠れる場所もなく正面から迫ってくる巨体はまさに脅威だ。ガルもミリオンシュートも決定打にならない。気力と体力を無駄に消費してしまう。

 

 

『嫌い!嫌い! 私の言う通りにしない君たちが、大っ嫌いなの!!』

 

 

「……エイナさんの顔で、止めろ!」

 

 

 糸の斬撃、氷のつぶて、大蜘蛛の激しい攻撃をかわしながら、僕はナイフを持たない手を突き出し、手の平にもう一枚のカードを出現させる。

 

 

 

「来い、イナバギ!」

 

 

 

 

[マハコウハ]

 

 

 

 

 攻撃も大蜘蛛も、全部まとめて光で吹き飛ばす。相手は魔性の怪異のごとき姿、その体に光の雨が降り注ぎ、炸裂すれば有効打

 断末魔が上がった。風の攻撃よりも、ただの物理攻撃よりも、光の攻撃は明らかに通じている。ここ、ダンジョンのシャドウ達と戦って得た知識、それは属性の耐性。地下でヴェルフ・シャドウを倒した時も、これを利用して倒せたけど、今回もきっと

 

 

『ギッギャァ――――ッ!?』

 

 

「!」

 

 怒り狂い、またも下半身の巨体から糸を放つ。天高く何本も放たれた糸が、投擲兵器のごとく頭上から襲ってくる。

 先端には氷の刃、当たれば体は切り裂かれ、よしんばかわしても地面を砕く衝撃で身を怯ませてしまう。

 

「フウキ!」

 

 呼び出すは虚ろの鬼、ペルソナチェンジの狙いはスキル氷雪見切り。氷属性の攻撃に対して、このペルソナであれば、ただ展開しているだけで回避率が上がるからだ。

 

 直観的に迫りくる氷を考えるよりも先に回避すれば、まず致命傷は避けられる。受け流すだけなら、この敵はどうにかなるかもしれない。

 

 でも、今できるのはそれだけだ

 

 

 

『どうしたのかしら? 攻撃が来ないじゃない、決め手がないみたいじゃないの? 情けないわねベル君……指導、してあげないといけないわね。いつも教えてあげてるでしょ、モンスターとの相性を考えなさいって!!』

 

 

 

「くっ……否定できない、ことを」

 

 

 

 エイナ・シャドウの余裕、それはまさしくその通りだ。

 

 見た目通り氷の耐性持ち。おまけに疾風も耐えてくるし、さらに厄介なことに物理攻撃が効かない。

 

 

……手数が、足りない

 

 

 

「イナバギ!!」

 

 

[コウハ]

 

 

 

『……——――ッ』

 

 

 

 耐える。当たってダメージは通っているけど、有効打にはならない。怯まないのだ

 

 デカい敵を相手に、このままではなし崩し的に押し倒されてしまう。気力も尽きてしまえばペルソナが使えても

 

 

 

「ベル!?」

 

 

「!」

 

 

 声がした、と同時に僕目掛けて何かが投擲された。それを咄嗟にペルソナでつかみ取る。

 

 熱い、炎のように熱い剣だ

 

 

「……ありがとう、ヴェルフ!」

 

 

 意図を察して、僕はすぐに剣を振るった。魔剣の炎、ペルソナを使う僕が使えば、その炎は

 

 

 

『アァアアアアアアッ!!?!? よくも、女の肌を焼いてッ……悪い子には、お仕置きッ!!!』

 

 

 

「……通った、イケる」

 

 

 

 炎が蜘蛛の表面を焼き焦がす。雪のように白く覆われた殻が、焼け焦げて真っ黒になっていく。いや、表面の氷が解けたのだろう

 

 物理が効かない。それはきっと、表面の氷の鎧の影響だったのか

 

 

……これなら、物理攻撃が通る

 

 

 

「イナバギ!!」

 

 

『図に乗るなァアアァアアアッ!!?!?』

 

 

 錫杖を振るい、穂先の刃で足を、お腹を、人型の本体を切りつける。五月雨切り、幾重にも切るつける斬撃の剣閃が届く。効いている

 

 畳みかけるなら今、五月雨切りでこのまま

 

 

「ベル!!」

 

『乗るなって、言ってんでしょうがァアァアアアアアアアッ!!!?』

 

 けど、そうことは思い通りには進まない。

 

「くっ!」

 

 弾かれる。またも蜘蛛糸で振り放たれた氷のフレイル。ペルソナを通じてダメージが肉体に響く。すぐにフウキに切り替えて、ダメージを避けんとする

 

 

……反撃が早い、怯み切っていないんだッ

 

 

「火力が足りないからッ!」

 

 

 クロッゾの魔剣を使ったとしても、シャドウ相手には少し怯ませる程度にしかならない。その事実に戦意を折られかけそうになる。

 

 頼みの綱は数に限りがある。炎が、もっと強い炎が必要だ

 

 手持ちのペルソナは3体。この状況で打開できるペルソナを呼び出すには

 

 

 

[マハブフーラ]

 

 

 

「!」

 

 

 スキル、広範囲の氷結攻撃は僕じゃない。大蜘蛛は牙をむいた。人型の本体が術を唱えて来た。

 

 地面の霜が一層濃くなって、辺り一面に氷柱が発生していく。回避するには飛ぶしかないけど、それでは無防備になる。

 

 攻撃を防ぐために使うしかない。魔剣を、数少ない攻め手を消耗するしか

 

 

 

……駄目だ、それじゃあ駄目なんだ。考えろ、考えるんだッ

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

……駄目だ、これじゃあ駄目だ。見ているだけじゃあ、何も

 

 

 

 

 鳴りやまぬ戦闘音、氷のと瓦礫の隙間に身を隠し、ヴェルフは悔しさに歯ぎしりを鳴らす。

 

 無力、冒険者としてレベルの差はあれ度これまでは共に戦っているという自覚は持てていたが、ことペルソナを用いた戦闘において、自分は何の役にも立たない

 

 ただ魔剣を渡しただけ、それ以上にできることはない。自分から示してしまったのだ、己の無力と限界を

 

「ヴェル助」

 

「わかってる、俺が行っても何もできないってぐらい」

 

 

 感情を氷に叩きつけた。内出血でにじむような痛みも、自分の苦しみを晴らす贖罪にはならない。

 

 重ねた失態、露呈した己の弱さ、この世界で気づいてしまったのだ。深く、奥底にしまっていた想い。

 

 

……そうだ、俺が一番わかってんだッ

 

 

 シャドウと対面して気づいた。自分はまだ、あの時の痛みと向き合いきれていない。フォボスを失った悲しみを、納得しきれていない自分がいたのだ。

 

 自分は弱い。イグニスの名が廃る。どうしようもない傷が心で浮かんで今も消えずにいるのだ

 

 

……だけどな、それでも

 

 

 

「……ッ」

 

 

 見ている。こんなにも打ちひしがれてなお、俺は戦場に目をそむくことを嫌っている。したくないのだと心が叫んでいる。

 

 変えたい、乗り越えたい。

 

「……欲しい」

 

 

 心のそこから願う。あの戦場に自分も身を置きたい。そのための力が欲しい

 

 ペルソナが、俺だけのペルソナが

 

 

「力が、欲しいッ…………俺に力を、あいつの側に立てるだけの力が、欲しいッ」

 

「…………必要、なんだね」

 

「あぁ、力がいる…………って、お前語尾忘れてねえか」

 

「いや、なんかシリアスですし…………クマもそうしたほうがいいのかな定期」

 

 熱が冷める。間の抜けた今、自分の心情を独り語る心の中の台詞、鼻先が痒く頭髪もがしがしとかきむしる。

 

「ヴェル助は格好つけすぎクマ」

 

「いや、だってよ」

 

「言い訳しないでいいクマね

 

 

 

 

 

 

 

…………お前は、お前のままでちゃんと格好いいんだよ。

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

「ちゃんと、ヴェル助は暑苦しくてやたら暑くて、損でおまけに、くそ暑な…………って、どうしたクマ」

 

「…………いや」

 

 聞き間違い、幻聴、どうしてかわからないが、今確かにあいつの声がした

 

 いつかに言われた気もする。古い、とても古い思い出。あのシャドウのようなクソガキだった頃に、そう何度も言い聞かされていた

 

 フォボス、かの女神は既にいない。目をこすり、もう一度見ればその姿はない。

 

 

「…………ッ」

 

 胸を裂く痛み、その痛みは間違いなく古傷だ。ずっと、あのときからか変え続けていた痛み

 

 

「…………くそ、そういうことかよ。」

 

 何かの得心が得られた。ヴェルフは、己の問題に対する答えを理解した。

 

 そんな、絶好とといえるタイミングを計ったように

 

 

「…………戦いたい、クマ?」

 

 

「そ、そりゃ当たり前だ…………って、お前それ」

 

 

 クマが取り出したもの。首のチャックを外してキグルミの中から取り出したもの。

 

 それは、一目見て理解できた。クマが手にしている小さな短刀。簡素な作りで、一応の鞘に納めている、なんとも不格好な剣。間違いなく、それは

 

 

「俺の…………ガキの時に」

 

 

 初めて作った武器。皆が辛口な評価を言い渡すなか、親しんでいた祖父と、そしてフォボスだけが見事だといってくれた。だが、どうしてそれが

 

 

「これ、ヴェル助のシャドウですクマ」

 

「!」

 

「危険はないクマ。弱ってたから、今はこんなアイテムになってるクマね……でも、お話ならいつでもできるクマ」

 

「話、またあいつとか」

 

「そうクマ。シャドウと会ってしまうのはとても危険だけど、でも……可能性があるクマ」

 

「……それ、まさか」

 

「決めるのは、ヴェル助クマ……」

 

 

 手渡された短剣、ヴェルフもさすがに息をのんでしまう。トラウマを呼び起こし、自分の弱さを露呈させた忌まわしい記憶。

 

 これを使えば、またも自分はあいつと

 

 

「……ハハ」

 

 

 口の端が引きつる。心臓は穏やかではない感情で鼓動が早く、手の震えを収めようと体を抱きしめ抑え込む。

 

 戦場は今もなお現在進行形、決断を下せるのは自分だけ

 

 

 

……道は、一つ

 

 

「……ヴェル助?」

 

「あぁ、心配すんな……もう、迷わねえ」

 

 

 だから、そう言い短剣を抜いた。抜き身の刃、逆手に持った剣を

 

 

「な、何するクマ!!」

 

 

「あぁ、シャドウに会うに決まってんだろ。けど、やり方がわかんねえからな、こうするさ」

 

 

 

……ベルは、あいつの腹は据わってる。だから、俺も同じだ

 

 

 

「覚悟を決める。極東式のハラキリ何とかだ……ってなッ!!!?」

 

 

 

「ヒギャァアアア!!!」

 

 

 

 

 振り下ろされる切っ先、弧を描き胸を貫かんとする。

 

 一切ためらいなく、全力で放たれた刃が胸の皮を切り裂いた、その瞬間

 

 

 

 

 世界は、裏側に覆った。

 

 

 

 

 

『……おまえ』

 

 

 

 

「ほら、出来たぜ……また会えたな、俺のシャドウ」

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




次回、内なる自分との対話です。戦闘中に覚醒するペルソナっていいよね


・エイナ・シャドウ=節制

物理弱点、氷結無効、疾風耐性、火炎弱点


特殊スキル「大雪の怪異」

常時物理攻撃無効、火炎弱点を受けた際に耐性が消える





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Day16~共に、熱く

内なる自分との邂逅、仲間の覚醒ようやくの一人目、そして記念すべき一人目になります。




『なんだよ、また戻ってきたのか』

 

 

 悪態をつくクソガキ。だが、紛れもなく昔の俺がそこにいる。

 

 ラキアの故郷、実家の屋敷の倉庫部屋。仕置きで閉じ込められていたのは今も懐かしい。

 

 

……閉じたまま、こいつはずっとここに

 

 

 改めて、自分のシャドウと対面した。だが、最初に比べどうしてか気負いもない。何かをするでもなく、ずっと蹲って

 

 小さな、短剣を握りしめて、小さく背を丸めている。

 

 

「……おい、シャドウ」

 

『…………』

 

「なんだよ、話があるんだしよぉ……ちょっとぐらい聞く耳もてよ。態度を直せって、いつも言われてただろ」

 

『なんだよ、貴族の躾けを今さらぶり返すのか。』

 

「ちがう、お袋や使用人たちじゃねえ……フォボスだ」

 

『……ッ』

 

「おい、どうした……なんだ以外か?」

 

 不意に告げたフォボスの話。シャドウは訝し気な眼でヴェルフを睨む。

 

 そんな視線に目もくれず、ヴェルフはその場でどしんと腰掛けて、静かにまた言葉を紡いだ

 

 

「俺、お前のこと……俺じゃねえって言ったよな」

 

 

 今にしてみれば、あの時に自分は何とガキだったか。ヴェルフの中でまた一つ黒歴史が増えてしまった。

 

 

 

……ああそうだ、俺は恥ずかしいガキだ。あの時から、何も変わっていない。変わるわけがねえ

 

 

 

 

「俺はガキだ。年を重ねても、ガキの頃ってのは消えねえ。ずっと付きまとうもんだ。クロッゾの過去も、フォボスのことも、全部含めてな」

 

『知った口を、そうやってお前は』

 

「終わったことにして、もう気にすることも無く平然としている……あぁ、そうだな。俺は、見ているつもりで見ていなかったんだ。自分の本音を」

 

 言葉を先読みして、被せるようにヴェルフは続けた。

 

 不思議だ。シャドウのことが、今なら手に取るようにわかる。ヴェルフは感じているのだった。自分がこの少年と如何に同じか。偽物だと適当を言っていたが、これがどうして適当と言えるか

 

 何も誇張はしていない。あの時の自分は、こんなクソガキで、感じたことは感じたままに言っている。嬉しい事も、そして嫌だったことも

 

 

 

……そうだ、俺は悔いている。フォボスのことを、でも当たり前だ。俺は、俺にとってあいつは

 

 

 

 全部が全部、クロッゾの家が嫌いだとは言わない。すでに解決したことであるから、これ以上父たちに言うことはない。だが、あの生きづらかった幼少期、自分はどうしてもあいつにすがって生きていて、そして勝手ながらこう思っていた。

 

 

 

 

「フォボスは、俺の親だ」

 

『!』

 

 驚いた顔でシャドウはこっちを見る。続けて

 

「俺は、フォボスのことを忘れない。あの時の不甲斐なさ、至らなさ、弱さ……全部、全部引っさらえて飲み干して、そんで初めて俺は俺でいられる。弱さに目を背けることはしねえ」

 

 

 内なる自分と向き合い、今ここでようやくヴェルフは心理にたどり着いた。

 

 シャドウは、安らかな顔でヴェルフに手を差し伸べる。語るに及ばず、ヴェルフはシャドウの、否

 

 

 己自身に対して、手を差し伸べた。

 

 

 

……こいつは、俺だ。俺もこいつも、同じ痛みを有した共柄だ

 

 

 

 今なら、言える。

 

 

 

 

「俺はお前で、お前は俺だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ×    ×    ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くッ」

 

 

 ペルソナを前面で盾にする。エイナ・シャドウの放つ氷の槍の雨、イナバギを展開し錫杖の連撃で攻撃をしのぐ。

 

 攻め手の魔剣は既に砕けた。残る手は、効くとはいえ致命打にはならない祝福属性のスキルだけ。

 

 

……だめだ、これ以上は

 

 

 体力も削れてきた。気力も少ない。ペルソナを維持するだけで精いっぱいなぐらいだ

 

 今ある手数は、イナバギとフウキ、そしてジャックフロスト。三つ目に関しては、エイナシャドウの属性から見てそもそも論外だ。拘束力のある氷の攻撃に対しての回避、致命打を与える物理

 

 

「……足りない、手数が、あと一手」

 

 

『■■■■■■■■――――――ッ!!?!?!?!?』

 

 

「!?」

 

 怪物の雄たけび、耳を貫くその叫びで体がすくむ。動きの切れも悪く、体の反射が上手く効かない。

 

 

……身が竦んでいる、これじゃあ、回避が

 

 

 フウキにペルソナを変える。そしてすぐ迫る氷槍の爆撃

 

 降り注ぐすべてを躱さんとするが、次第に刃は体をかすめて、ついに

 

 

「……ッ!!」

 

 

 蛇行するように、水平に飛び交い向かってくる槍、ここにきて隠していた攻撃方法とは、意表を突かれ反応に遅れた。

 

 上の攻撃にばかり注目していて、だからペルソナを頭上に置いている今、これでは防御が間に合わない

 

 

 

……やられ

 

 

 

 切っ先が喉元を突く、風穴を開けて彼岸の華を咲き散らす。

 

 だが、その瞬間

 

 

 

 

[アギラオ]

 

 

 

 世界は、紅き光を満たしつつ時を進めた。

 

 止まった時を進めた勇士は、焔を纏い鉄を鳴らす。ガコン、ガキン、大槌と炎で剣を鍛え、紅き光を…高く撃ち放つ 

 

 

 

 

「……ヴェルフ、まさかッ」

 

「あぁ、そのまさかだッ!!」

 

 

 

 

[マハラギオン]

 

 

 

 

 燃える。降り注ぐ槍がすべて燃えて消えた。吹雪で白みがかかった世界が赤く照らされ、世界はまたもアマテラスの光で暖かく開かれたのだ。

 

 炎と鉄、現れませり彼のペルソナは魔術師の絆、その名を

 

 

 

 

「……ここからは、俺の出番だ!! そうだろう、ヴァルカンッ!!?」

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、ペルソナの詳細な情報は次回からになります。




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Day17~愚者と魔術師の饗宴/ペルソナ紹介

決着ゥゥ————————ッ!!!


 

 

 我は汝、汝は我。目覚めし力は魔術師の絆。双眸開いて刮目せよ

 

 焔と鋼、醜愚な獣人が奏でる槌の音を聞け。彼のものこそ、真なる勇士に勝利を託す創造者なり。

 

 

「……ペル、ソナ!」

 

 

 

 

 ヴェルフ・クロッゾが手を突き出して、その手に浮かび上がらせた光のタロットが一枚。

 

 内なる力、具象化させんがために拳を放ちタロットを砕く。派手に事を成すのは彼の願い、ここにきて大舞台を前に気力は十分、最高の晴れ舞台を飾るためにその名を叫ぶ。

 

 

 

 

「来やがれ、ヴァルカン!!」

 

 

 

 大鎚を振るう獣の巨人。焔を纏い焔を従え、鋼と交えて武器となす。鍛冶師ヴェルフ・クロッゾ、魔術師のペルソナ使いとして覚醒せり。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 辺り一面が炎に包まれた。白銀の背景が一瞬で朱色に染まったのは、ヴェルフのペルソナが放つ炎によって

 

 遮る壁は全て燃やす、燃やして壊して先へと進む。この熱はだれにも止められない

 

「ヴェルフ!!」

 

「あぁ、今がチャンスだ。ベル、俺が隙を作るッ」

 

 だから、お前が畳みかけろと

 

 続けてヴェルフは炎を振るった。大鎚を地面に叩きつけ、衝撃と共に火柱を上げた。

 

 エイナシャドウを包み込む獄炎、アギラオが体表の氷を溶かしたことで弱点の物理が狙える。走り出し、懐へ滑り込みイナバギを展開、錫杖の槍が剣閃を描く

 五月雨切り、さらにヘスティアナイフの連撃を交えエイナシャドウの体力を削る。魔剣の時よりもはるかに大きい隙、ヴェルフの炎は魔剣を超えている。

 

 誰よりも熱い、戦友の力が誇らしく戦意は否が応でも上がってくる。

 

 

 

『イヤァアアァアアアアアアアアッ!!?!?!?』

 

 

 

「!」

 

 

 

 火炎と物理でダウンしていたエイナシャドウ、突然に怒り狂い悪鬼のごとく暴れ狂う。八本の足が大地を砕き地面を揺らす。さらに、猛烈な凍気が吹き荒れて、またも全身に氷の鎧が戻る。

 

 表面を覆う程度じゃない。まるで重装兵士の鎧の様に、禍々しい氷のアーマーが全身を包む。追いつめられて、いよいよ本気を出してきた、きっとそう言うことだ。

 

 

 

『■■▼■■▼▼■ッ!!』

 

 

 

 

「ヴェルフ!来るよ!」

 

「あぁ、防げヴァルカン」

 

 

 放たれた氷の爆撃、建物並みに大きい氷の塊がいくつも空から降ってくる。躱し、受け流し、物理技で氷を砕いて細かくして、何とか防御していく。やはり、エイナシャドウはパワーアップしている。

 

 もはや言語能力も捨てて、敵を葬るだけの意識しか残っていない、そんな怪物とへと落ちきってしまった。

 

 

「ベル、これ以上は……」

 

「ヴェルフは下がって、僕が盾になる……来い、ジャックフロスト!!」

 

 

 ペルソナチェンジ、イナバギから呼び出したるはジャックフロスト。この戦いにおいて控えていたこのペルソナは氷結に対して耐性のあるペルソナだ。

 

 次の攻撃に転じやすくするために、あえてこのペルソナではなく見切りをもつフウキを使っていたけど、こと氷結の防御となればこのペルソナの方がずっと強くたくましい。

 

 

[マハタルンダ]

 

 

 ジャックフロストが両手を掲げる、氷結耐性で攻撃を耐えながら放つその波動は攻撃力低下の妨害スキル。

 

「守ってくれ、ジャックフロスト!」

 

 そこへ、さらにスキルを重ねる。氷結弱点のペルソナを持つヴェルフの為に、このスキルを使う

 

 

[白の壁]

 

 

 広範囲の攻撃力低減スキル、そして氷結耐性の障壁スキル。攻撃をしのぐためにスキルを惜しげなく使い、爆撃さなか安全圏を創り出すことに成功。

 氷の爆撃をしのぎながら、冷静に敵を観察。勢いこそ向こうに在るけど、でもその負傷具合、損耗は目に見えて明らかだ。死に体なのだ。あのシャドウは

 

 

「おい、ここからどうする!お前の気力も、時間が経てばさすがに持たねえだろ!」

 

「わかっている、でも追いつめているのは確かなんだ! あと一撃、もう一度鎧を剥がすッ」

 

「策は!」

 

「二人同時に、タイミングを合わせる!」

 

「なるほど、そいつはいい!」

 

 

 

 

[コンセントレイト]

 

 

 

 

「シンプルでいいじゃねえか!全力の火力で焼き尽くす、それでこの戦いも終わりだッ!」

 

 

 

 ヴェルフのペルソナが腰の剣を抜いて、大槌で剣を叩く。一叩きごとに剣は熱く灼熱の色を灯していく。アルゴノゥトと同じ力を貯めるスキル、ヴェルフが放てる最大限の火力をもってこの絶え間ない爆撃も敵本体も全部まとめて焼き尽くすつもりなのだ

 

 炎と氷、相反する二つの優劣。真っ向からぶつかり合えば

 

 

 

「……ありがとう、ヴェルフ」

 

 

 

 その答えは、今ここで

 

 

 

「焼き尽くせ!ヴァルカン!!」

 

 ヴェルフが叫ぶ。ジャックフロストの盾から躍り出て、不知火を纏い空気が捻じ曲がるほどに熱く燃える大剣を掲げ、今技名と同時に振り下ろした。

 

 

 

[アギラオ]

 

 

 

「行けェェェェッ!!?」

 

 

 

 弧を描く朱色の斬撃、集中して放かれたそれは敵の広範囲の攻撃をものともせず中央から突破していく。眼鏡のレンズに投射される激しい煌めき、炎の剛撃は確かにシャドウの元へ

 

 

 

[ブフダイン]

 

 

 

『ギギャァアアァガァアアアアッッッ!!?!?!?!?』

 

 

 

 しかし、敵もむざむざ受けるつもりはない。最大限の氷を、アギラオよりもワンランク上の氷結スキルで迎え撃った。

 

 角ばった氷柱が盾となり、炎を受け止め爆風が起こる。相反する二つの攻撃がぶつかり合ったことでの反発力。押し切られるのは

 

 

 

「くっ……これ以上は」

 

「……いやいい、このまま力を注いで」

 

 

 押し負けるのは、ヴェルフの方だ。足りないのは承知、であるなら、僕が

 

 

……僕に火炎属性のスキルを持つペルソナはいない。でも

 

 

 

 

「こい、フウキ!」

 

 

 

[ガルーラ]

 

 

 

「!」『!?』

 

 

 

 火炎は起こせなくても、今ある炎をより大きくすることはできる。一人じゃない、この炎は僕たちの炎だ

 

 緑色の、疾風の魔力は炎と混じりより大きな火炎旋風と変わる。氷になんて惜し負けることは無い、最高温度、絶対灼度の焔、防げるものならやってみろ

 

 僕たちの、いや

 

 

 

 

……ヴェルフの熱は、そんなものでは決して消えない!不冷の二つ名は伊達じゃないッ!!

 

 

 

 

「ヴェルフッ!!」

 

 

 

「焼き尽くせ!燃やせ!! 俺達の敵を灰に変えろッ、ヴァルカンッ!!!」

 

 

 

 雄たけびを上げる。気力をペルソナという炉にくべて炎をより大きく。振り切った刃を返して、ヴァルカンは二度三度と炎を放つ。

 

 炎はより大きく、エイナシャドウを包み込む火炎旋風が大蜘蛛を包み込むまでに時間はかからなかった。

 

 燃えていく。エイナシャドウが、その巨体が全て、炎に燃えて灰と化していく

 

 

『……い、いや……わたしが、ワタシガァアアアッ!?!?!?!』

 

 

 炎が消える。霧散していく火の子を払う突風。酸素が燃やされて真空となり風が吹き荒れていく。

 

 黒焦げになった大地に沈む巨体、氷の鎧は砕け散り消えていく。むき出しの虫の体、もう起ち上る気力も残っていない。

 巨体は崩れ胴体が地につき音が響いた。そして、それはとどめの瞬間を示している。

 

 

「……ッ」

 

 

 合図は不要。僕とヴェルフは同時に駆け出して、ペルソナを展開して総攻撃を放つ。弱点の物理属性をつく攻撃、錫杖の連続斬りと大槌の上段降り下ろしが人型の本体を襲う。

 

 

 

「切り刻め、イナバギッ!」

 

 

[五月雨切り]

 

 

「ぶっ潰せ、ヴァルカンッ!」

 

 

[アサルトダイブ]

 

 

 

 

 

 怪物の体は木っ端微塵に切り裂かれ、大槌の衝撃は残る肉片を跡形もなく吹き飛ばす。

 

 断末魔と共に、エイナシャドウは姿を消していく。出口を塞ぐ氷は砕け、学園もまた崩壊を迎えようとしていく。

 

 

 

「先生、ヴェル助!!」

 

 

 

「クマ君、喜んでいる暇はないよ!」

 

 

 

「あぁ、エイナ嬢を抱えてとっととずらかるぞ!」

 

 

 

 

 校舎は砕け、大地も地割れを起こす。マヨナカダンジョン、エイナシャドウが根城としたステージは宿主の崩壊と共に消えていく。

 

 ベル達は急いで逃げ出し、崩壊の余波から逃れんと必死に、故に背後を見ない。

 

 攻撃で朽ちて消えていくシャドウの骸、消えていくその中心

 

 きらりと、光を反射する何かがあるようにも見えた。だが、全ては瓦礫の下へと

 

 

 

 

次回に続く

 

 




 少し急ぎ足な展開ですがこれにて決着、ここまで読了お疲れ様でした。感想、評価などあればよろしくお願いします。



以下、登場ペルソナ解説








愚者:イナハギ/因幡兎

「引用・解説」

 因幡の兎、捨身月兎etc……黒の装束を纏う、白髪の大男にして兎人。赤黒く爛れた皮膚を隠すように全身を包帯でくるんでいる。武器は錫杖がデザインの大槍、錫杖の輪の先に十字の刃が付いているイメージ

「ステータス」

耐性=呪い、祝福

弱点=火炎

「スキル」
コウハ、マハコウハ、烈風破、五月雨切り、ラクカジャ、物理見切り、コーチング、精神耐性




魔術師:ヴァルカン

「引用・解説」

 炎を纏う獣の大男、炎を常に纏いいくつもの剣と大鎚を背負っている。ギリシャ神話で火の神と知られ、かのヘファイストス神と夫婦の関係にある。だが、一説ではこの二神は同一存在とも言われており、諸説は様々。ペルソナが使用者と一心同体、同一存在と見るならヴェルフはなし崩し的に彼の女神の旦那になったともいえる。使用者の趣向に合致しすぎるペルソナが発現してしまったものだ
 
「ステータス」

耐性=疾風

弱点=凍結

吸収=火炎

「スキル」

アギラオ、マハラギオン、アサルトダイブ、炎上率UP、火炎ブースター、スクカジャ、コンセントレイト




星:フウキ

「ステータス」

弱点=電撃

吸収=疾風

「スキル」

ガルーラ、マハガル、ミリオンシュート、真・火炎見切り、氷結見切り、デクンダ




魔術師:ジャックフロスト

「ステータス」

耐性=氷結

弱点=火炎

「スキル」

ブフーラ、マハブフ、ラクンダ、デビルスマイル、氷結ブースター、凍結率UP


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Day18~幕引き

これにて一章は終わり、お疲れ様!


 

 エイナシャドウを倒し、ギルド本部だった場所は跡形もなく崩壊した。

 

 崩壊を見届け、僕たちは戦いを終えた終息感を胸に帰路へと着く。教会の地下まで、シャドウとの遭遇もなく、無事たどり着く。少し疑問に思った

 

 

 

……シャドウが少ない、というか弱い

 

 

 

 歩けばそこらにドロッとした影の塊が蠢いている道のり、でも今はいても数体、それに目があえばシャドウの方から逃げ出していく始末

 エイナさんを抱きかかえた今戦闘が避けられるのはありがたいに越したことはない。でも、やっぱりこの世界は未だに不確かだ

 

 

……不確か、といえば

 

 

「く~まくま~♪」

 

「……」

 

 結局、クマ君のこともよくわからないまま。

 

 ヴェルフから聞かされた。クマ君から渡された短剣、弱ったシャドウの核だとか、なんでもその核を使ってシャドウと対面してペルソナを会得したとか、さらっと話してくれたけど、けど

 

 

……ん、なんでそんなことができるかって、それはクマも知らないクマ

 

 

……それ本当に言ってるの?

 

 

……こ、怖いクマ! えっと、疑う気持ち話わかるクマけど、クマには記憶がないから、なんとも言えません。およよ

 

 

「……記憶」

 

「ん、先生どったの?」

 

「うん、クマ君が不思議だなって」

 

「はにゃ?」

 

 人畜無害な見た目、能天気な振る舞いと言動と思考、疑わしいと思えば何もかもが黒だ

 

 この世界のことは、まだ測りかねてる今唯一の情報源はクマ君だから、頼りにしたいと思う反面どうしても懐疑心は得てしまうのかもしれない

 

 

「……」

 

「おい、どうしたベル」

 

「……ごめん、疲れてるのかも」

 

 考える、疲労がたまった頭ではこれ以上悩んでも答えは出ないかもだ。

 

 わからない、わからないままでは気味が悪いけど、でも今それを解決するにはクマ君を問い詰めたりしないといけない。今まで積み上げた、信頼も全て捨て去って

 

 

 

……できない、よね

 

 

 

 あの戦い、地下の墓所で共に戦うと言ってくれたクマ君の言葉。わからないことづくめな僕にも、それだけは確かな本物だと言える。そんな自信がある

 

 疑うのは簡単だ、でも僕は難しい道を、最後まで信じる道を行きたい。

 

 クマ君を信じる。ヴェルフを信じたように、クマ君も、これから先もっとみんなを信じたい。

 

 世界の異変、きっとこんなことは一度では終わりじゃない。覚悟を決めるべきだ、異変を解決するために、真実を追い続ける覚悟を

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「おわぁああ!?」

 

「――――ッ!?」

 

 

 異世界から現実を繋ぐ鏡の道、ぐちゃぐちゃにかき回されて振り回されて、上も下もわからなくなったと思えば急に重力が体を叩きつけた。

 

 教会の地下の部屋、鏡から弾かれるように飛び出た僕はベッドの上、抱きかかえたエイナさんには怪我がなくて安心する。でも、ヴェルフはゴミ箱に頭から突っ込んでいた。

 

 

「……俺、なんかしたか」

 

「えっと……ポジション的な問題かな」

 

 魔術師の絆に覚醒した相棒は、どこかの似た誰かと少し似た運のめぐりあわせにあるのか、今後もゴミ箱激突、ナンパ失敗だのと未来が容易に想像できる

 

 がんばれよ、花む……じゃない、ヴェルフ

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会の外、ベル達を待ち構えていたのは彼を慕うホームのヒロインズ、そしてギルドの職員と数人の冒険者。

 

 その場に居るほとんどがウラヌスの息のかかった者達。遠くにはフェルズも隠れるようにしれっといたりする。彼らはベルが抱きかかえるエイナを見るやすぐに動く。意識のないエイナは医療機関へ、そしてベル達にはフェルズを通じてウラヌスからねぎらいの言葉。

 

 以上、それ以下も無く簡単に事後処理は済んでしまった。あっけにとられたところもあるが、ベルとヴェルフも異世界に居続けた疲労で今にも倒れそうな状態だ。

 誰かに抱きかかえらえたベルは、思考が闇に溶け落ちていく最中、どこか遠くで焚き木の音を耳にして

 

 

 暗転、遠く遠くを進んで、気が付けば意識は覚醒時のごとく冴えわたる。

 

 

 

「!」

 

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 

 鼻の長い小人の老人、奇怪な見た目に反して物腰の低い振る舞い、この人がいるということはここは

 

 

 

「左様、ここはベルベットルームであられます。」

 

 

 

「……ルーム?」

 

 

 

 おかしい、以前はオラリオの外で、大草原の中にポツンとあるキャンプ地だったはずが今は小さな部屋の中。ルームと聞けば納得だけど、前回と趣向が変わりすぎて少しついていけない。

 

 窓があって、奥には寝台もあって、なんだか乗り物の中のような家だ。向かい合う席が四つ、小さなテーブルもあって、でも外を見れば

 

 

 

……走ってる、外を

 

 

 

「あら、キャンピングカーをご存じなくて?」

 

「!?」 

 

 ふと、耳の敏感な部分をそっと撫でる声、色香を含んだ大人の声の主はマーガレットさんだ。というか、いつ僕の隣に座ったのか、というかそこに座られるとぼく出られないのですが

 

「そんなに、離れなくてもいいのですよ。こっち、もたれてもかまいませんからね」

 

「……ッ」

 

「?」

 

 首をかしげる、どうしてそこで疑問なのか

 

 マーガレットさん、不思議の多い麗人。でも、案外と中身は子供好きで、でも僕を子ども扱いして可愛がろうとするのは、ちょっと困る。

 

 今も、何だったら頭を撫でられている。無意識なのか、もしかして子供どころか小動物扱いなのか

 

 

「……これこれ、マーガレット」

 

「あ、いえ……もういいです。本題に入ってください」

 

 

 ここに呼ばれたからには、きっと何かがあるんだ。だから、まずはその話を聞かないと

 

 

 

「……貴方が、僕に言いましたよね」

 

 

  

 初めて異世界に行った日の夜。僕はこの人に告げられたのだ、ヴェルフのことを

 

 魔術師の絆、ヴェルフは過去と向き合い力を手にして、結果それが事件解決へと導いた。

 

 

「救うために救う。意味が分からなかったけど、今は理解できる。あの世界に行けば、否が応でも向き合わないといけない、本当の自分に」

 

 

 思えば、エイナさんがあの世界に行った経緯や犯人は不明だけど二つだけ、あの世界でギルドがシャドウの根城になったりしたこと、そしてエイナシャドウが驚異的な存在だったこと、これらの理由も今はわかる。

 

 シャドウは本人から出でるモノ、きっとエイナさんはあの世界でシャドウと会って、そして否定した。ヴェルフの様に、シャドウに飲まれてシャドウが成長して、結果あの世界のギルドは変わり果ててしまった。

 ギルドという場所、そこを起点に異変が起きたのもきっとエイナさんがアドバイザーだからだろう。それに、学校という現実にはない要素が混じっていたのは、それがエイナさんの苦しみを表すものだったからだ、僕にはそう思える

 

 

 

 私の言う通りに知ろと、高圧的に迫る女王様

 

 

 

 地下の墓地、いくつも刻まれた名前

 

 

 あれらの要素は決して無茶苦茶なものじゃない。理由があって、あんなものが生まれてしまったんだ。結果歪められただけど、あれらの元になった根本は

 

 

 

「……エイナさんが前に言っていました」

 

 

 厳しく物を言うのも、冒険をするなって冒険を否定するようなアドバイスを送るのも、エイナさんがアドバイザーとしてしてきた言動や行動の数々。それら全て僕たちを想ってのこと、そしてそう思うに至る過去もある。遺恨が残る、未だ消えきらない過去も

 

 

「エイナさんから聞いたことがあります。むかし、自分の担当冒険者を失くしたことがあるって」

 

 冒険者の死亡は、悲しいけどよくある顛末だ。職業上慣れないといけないことでもあるらしく、実際皆多くの死と向き合っている。背負い過ぎないのが一番だろうけど、それでも自分は諦めたくないと、だからエイナさんは全力で背負うのだ。

 

 あの世界で、シャドウはエイナさんの本当の面を見せていた。プライベートの時間を使ってでも、相手が嫌がっても徹底的に授業をするのは、そんな彼女の想いから。だから、あの世界での偽エイナさんも、言動や行動の多くに指導を、教え導くに類する言動を有していた。

 

 縛って、拘束して調教して、だけどそれも全て冒険者を死なせたくないというエイナさんの願いの為だあのシャドウは徹底してそこは貫いていた。嫌われても、周から何を言われても、たとえ自分が女王様になったとしても

 

 

 

「……あなたさまは立派に事を成し遂げました。救われた彼女も、きっとあなた様に」

 

「でも、本当はそんな必要なんてない……あんな世界に行かなくても、エイナさんは」

 

 

 そうだ。あの世界に行かなければ、見たくない自分と直接向き合うことも無かった。

 

 自分と向き合う手段は一つじゃない。ただ一言、身近な誰かが声をかけて、想いを打ち明けるきっかけさえあれば

 

 

 

「……理解しましたよ。あの世界は、とても危険なものだと」

 

 

「異世界のことですな。確かに、本来は人が無暗に足を踏み入れるべきではない場所、放り込まれでもしない限り……」

 

 

「……ッ」

 

 

「ベル・クラネル様。あなた様の世界には異変が起きています。良くないものも、ここオラリオへとますます迫っているのです。これは良くないことだ、故に心もとないかもしれませんが占いを」

 

 

 そう言うや、イゴールはおもむろにまたタロットを取り出す。

 

 テーブルに置かれたタロット、愚者と魔術師を示すカード、あと一枚知らないカードもある

 

 

「女教皇、ですがこれが意味を示すのはまた先のこと……今は、ただ絆を紡ぐことです。紡いだ絆の長さが、あなたの力となり導となります故に」

 

「……何も、わからないということですか」

 

「左様、あくまでここはベルベットルーム。覚醒を促し、ときに導きの真似事も致しますが……貴方様の道行きは貴方様こそ知るもの……ですから」

 

 

 もう一枚のタロット、裏返したそれには星の絵が乗っている

 

 星、それは既に得た絆。クマ君と紡いだ絆

 

 

「彼の時代、人々は星を頼りに道を見てきました。あなた様の選んだことは間違いではありませぬ故、星の導きを信じていなさい。」

 

 

「……」

 

 

 クマ君との絆、今できることがない今焦っても意味は無い。絆を紡ぐ、つまりは用意の期間なのだろう。次に事件が起きるまでに、よりペルソナを使いこなせるように

 

 

……待つしか、ない

 

 

「今宵はお帰りを、今は体を労り、そして英気を養うことです。ペルソナの合体、閲覧などのご利用は何時でもお受けしています。」

 

「え……あ、はい」

 

 急に事務的な説明が入った。今更っと言ってくれたけど、閲覧?合体?

 

「では、マーガレット……旅人を送って差し上げなさい」

 

「了解しました。では」

 

 主の命を請け負う、そんな主従のやり取りをつい見ていると

 

 

……って、あれ

 

 

 ふと、気づく。今この車はどこかを走っている。そして一向に止まる気配もない

 

 下りれば目が覚めるとかじゃなく、そもそもどうやって帰ればいいのか、僕は今までどうやって

 

 

 

……確か、前は眠くなって気づけば

 

 

 

「……ベル・クラネル、さあ」

 

 

「え、さあ?」

 

 

 

 さあ、と言って何をしでかしたと思えば、マーガレットさんが自分の足をポンポンと叩く。まるでそう、膝枕へと誘うような

 

 どういう、こと?

 

 

 

 

「ここはベルベットルーム。今あなた様は眠った意識のままここに至りました。故に、出るには目を覚ますこと。ここで眠りに落ちれば現実の意識は逆に目を覚まします。」

 

「あの、なんだか僕そんなに眠くないんですけど」

 

「眠りが浅いのですね。ご安心を、私の足は柔らかいですわ」

 

 知らない、そんな情報を今聞かされても

 

「……えっと」

 

 見てくる、マーガレットさんがジーッと見てくる

 

 なんだったら、ちょっとそわそわしている。指先がワキワキと、撫でたくて仕方ない雰囲気でワキワキしてらっしゃる。

 

 

「…………」

 

 

 選択肢は、無いのかもしれない

 

 

……ぽふん

 

 

「あら、素直」

 

「…………ッ」

 

 

 横になって、頭を太ももに預ける。確かに、肉付きの良い足は枕にちょうどいい。不覚にも、寝心地は抜群だ。ついでに、頭を撫でる手も気持ちいいし、耳の裏を優しくかかれると息が漏れてしまう。

 

 

 

……なんだか、良い匂いがする

 

 

 

 浅い眠りが、いつのまにか熟睡に。目を覚ました頃には見慣れた天上を見ていた。

 

 すごくよく眠れた。昨日の疲れが嘘みたいに

 

 

 

「…………また、してくれないかな」

 

 

 

 少し揺らいでしまった。マーガレットへの個人的な絆が少し強まったかもしれない

 

 

 

 

 

 

第一章・霊血の命題・・・Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

>>NEXT>>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————誰も夢から覚めない、ちがうな。皆、夢から出ようとしないんだ

 

 

 

 新たな事件が起こる。謎の昏睡事件、首謀者も不明なこの怪事件を解き明かすため彼らは動く

 

 

 

 

————マヨナカダンジョンに行くぞ、この事件は俺達だけが解決できる

 

 

 

————出来ること、きっと私にもあるから、アドバイザーだって舐めないで!来なさい、ペルソナ!!

 

 

 

 救うべき相手は、敵か味方か

 

 

 

 

 

 

————誰も、助けてなんかくれなかったッ

 

 

 

 彼女の抱える闇、ベル・クラネルはまたしても仲間を救う旅路を歩む。

 

 英雄は手を差し伸べた。闇から引き上げることには成功した。だが、それだけでは未だ足りない。救うべきは、さらに深く下の世界。

 

 これは救われなかった者達の物語。嘆きの闇に、彼らは何を見るか

 

 

 

————誰も助けてくれなかった!誰も、わたしなんか助けない!!ワタシナンカッ!!?!?

 

 

 

……いや、見ないでくださいッこんなのは私じゃ

 

 

 

—————救わない皆が大嫌い、皆消えればいい!!そう、ずっと言いたかったッ、これが私のッ

 

 

 

……いや、やめてッ……あなたは、あなたはッ…………あなたはワタシなんかじゃ、ないッ!!!

 

 

 

 

>>next>>

 

 

 

 

第二章・安楽のドリームランヅ

 




次回、第二章をお楽しみに。感想・評価等もあればよろしくお願いします。


 


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~第一章ノ続・幕間の日常劇~
Day19~気力回復シルご飯


二章の前に、少し日常回を挟みます。


※Day04の話ですが一部訂正しました。ペルソナは現実でも使用可能に変更しましたので、留意して頂いた上でお読みくだされば幸いです。


 現在、オラリオでは不確かな行方不明事件が起きている。冒険者や街の住人、人種年齢性別も関係なく謎の失踪を遂げているのだ。そして、そうした一連の事件の中にエイナ・チュールも含まれていた、はずだった。

 

 エイナ・チュールの知名度はここ冒険者ひしめくオラリオではそれなりに高い。彼女の容貌、人柄、魅力的な異性であるということもあってか、世間は彼女の失踪に強く関心を持っていた。だが、結果は数日で無事その保護はなされたという、なんとも人騒がせな結末であった。

 もちろん、この情報は統制されたモノである。意図してヒーローの名は明かされず、ただギルドの捜査で発見されて今は治療院で安静にしていると、公的にはそう答え続けている。

 なぜなら、ギルドは此度の件慎重に動いているからだ。

 

 今回の怪事件、必ず何者かがからんでいると踏んでいる故に、だがその根拠は?そう、ギルドは秘密裏に知りこれを伏せていた。姿を消して二週間後、変死体となって見つかった失踪者たちの情報を

 

 人が消える噂、裏で何かが企んでいる以上下手には動けない。街のパニックを避けるためにも、今は水面下で動くべき、だがそんな最中に現れた吉報がベル達の活躍である。ゼノスの件とよろしく、またも彼らが事態の解決に関わったのだ。

 故に、神ウラヌスは動き出す。フェルズを使わし、彼ら異世界を知る戦士たちを突き動かすべく、盤上の駒をしかるべき位置へと

 

 神も動き出す。対して、彼もまた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、昼から夜に変わる逢魔が時の手前、町並みは雑とした喧騒に満ち溢れている。特に、準備に駆られる飲食店などはそれが顕著だ

 

 ダンジョンから帰路についた帰り道、僕が夕餉を興じようと選んだ店、その店前で呼び込みをするウェイトレスと目が合う。

 視線が並ぶだけで心を奪うような可憐さ、純白の白い花びらが咲くように笑顔が開いた。

 

 

「ベルさん……こんにちわ、眼鏡似合ってますね」

 

 

「えっと、これはまあ事情が……あはは、ありがとうございます」

 

 

 褒め言葉でこめかみが痒くなる。シルさんはこちらに近づくや、興味深しげにジロジロと顔を覗いてくる

 

 

「……視力、悪いってお話は聞いてなかったですよね」

 

「あぁ、これはその……まあおしゃれみたいなものです」

 

「へえ、ベルさんが珍しい……ぁ、失礼しました、テヘ」

 

 あざとい振る舞い、しかし可愛いのは確かだ

 

 眼鏡、指摘された通り僕は今も眼鏡を付けている。シルバーフレームのアンダーリム、それもクマ君がどこぞで用意したか作ったか知らないけど、異世界関連の特別な眼鏡だ。

 

 異世界で戦うには必須のアイテム、最近はダンジョンよりも異世界へ行く方が頻度の多いここ最近、つける習慣が身についてしまって気づけば眼鏡をこっちにいるときにもつけている。

 このメガネ、不思議と外れないし体になじむし、なんなら裸眼よりも周囲が良く見える気がする。普通の目がよりよくなるなんてどんな眼鏡だって話だけど、そんな話があるのだから仕方ない

 

「ベルさん、眼鏡も似合いますね。知的で、いつもよりかっこよく見えちゃいます……あ、リュー!ちょっとおいでよ!」

 

 と、店から顔をのぞかせたリューさんにシルさんは呼びかけた。

 

「……」

 

 普段から眼鏡じゃない人が眼鏡になれば、確かに興味をもたせることかもしれない。アイズさんやティオナさんも僕を見て興味深そうに見て来た。

 

 そんな例になぞらえて、リューさんも僕に近づき、無言でジロジロと見てきて

 

 

「……クラネルさん」

 

……ひょい

 

「?」

 

「少し、失礼を」

 

……ガシ

 

「――――ッ」

 

 眼鏡を額にあげたと思えば、そこから両の手で僕の顔をホールド、リューさんのすべすべな手の感触が妙に悩ましい、いや今は

 

「目が急に悪くなったのですね、病の予兆であれば大変だ……今、裸眼の視界では何が見えますか?」

 

 強引な詰問、見えている物を応えるとすれば、クールビューティーエルフの綺麗なお顔があるとしか言えない。

 

 うん、目や鼻、唇、普段から見ていたはずなのに呼応も距離が近いと、ほんと一歩踏み込めばそれはキスの

 

 

「――――ッ!?!?!」

 

 

 湯気が昇る、一人脳内で答えを出すや自滅した。

 

 

「あ、あつい……これは、やはり病の」

 

「……リュー」

 

「シル、今は大事な……なんですか、その手は」

 

 シルは二人の横で、顔の高さに両手を並べて、一本指を立てて真ん中に寄せた、大体10センチあるかないかの間隔で

 

 

「えっとね……この距離が、リューとベルさんの唇の距離、かな?」

 

「……………………ハッ!?」

 

 ガバっと、僕とリューさんの間の距離が開いた。さっきまでの仏頂面から変わって、今はなんとも真っ赤に染めた頬が愛らしい羞恥顔のことか、フルフルと震えてなのに視線はこっちを見ていて

 

 

「……は」

 

 

「は……なんですか?」

 

 

 

「はは、破廉恥!!」

 

 

 

 炸裂、肩に置いた手が勢いよく掌底、ゼロ距離から放つ一撃で僕の体は遠くへと跳ねた。

 

 宙を舞い、空を見上げながらふと見えた月明かり、すっかり日が落ちて空は一瞬で夜に染まる、どんな状況でも月は変わらず綺麗だ。

 

 地に落ちた。ふと見えた二人、あわわと困ったリューさんの隣、シルさんの笑顔もまた綺麗で、いや綺麗過ぎてどこかおっかない。なんだろう、背後に何か見える、死ではじまる神的な何かが、いやそんなはず

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

「……事件、妙な噂ですか?」

 

「はい、何かおかしなことを耳にしたら……ぜひお聞かせください」

 

「それはもちろん、協力であれば喜んで」

 

 店の中、腰を落ち着けてようやく話ができている。打ち身がまだ痛むけど、今は平穏に会話を弾ませている所だ。

 

 そして、流れでついオラリオの異変について少し説明をした。もちろん、異世界云々は省いている。特別な力に目覚めたなんて初見じゃまず信じられないだろう。今度は頭を打ったのかと心配されて首を引っこ抜かれかねない。

 たぶん、そうじゃなくても顔が胸元にいったりとか、そんなラッキーハプニングが起きる気がする。気がする。

 

「……なにか、厄介なことに巻き込まれているのですね」

 

「は、はい……けど、今は特に困っているわけでは、少し注意を払っているといった感じで」

 

「……悪に対し、平時においてもぬかりなく情報を探る。ふふ、良い心がけです」

 

「リュー、なんだかうれしそうだね」

 

「ええ、クラネルさんにも正義の心が着々と育まれているのです。これは喜ばしい、私も気が良くなってつい頭を撫でて差し上げたいぐらいだ」

 

「あ、ありがとうございます……でも、撫でるのはその、恥ずかしいので」

 

「くす……冗談です。撫でるのはシルの役目ですから」

 

「え、私なんだ……じゃあ、遠慮せず」

 

「……あぁ、シルさんッ…………うぅ、どうして迷わずしたちゃうんですか?」

 

 周囲の目が恥ずかしい。有名になっても僕はまだ年幼い子供と見られているのか、周囲の目が妙に生暖かい。でも、その一方で特定の男性冒険者からの殺意ある視線が痛くもある。ジョッキを口につけ表情を隠すように酒を煽る。今日一日ダンジョンでたまった疲労と結びつくこの味はたまらない。

 

 普段、そんな積極的にお酒をたしなむわけじゃないけど、今日は特に酒が美味しく感じる。理由はきっと

 

 

……ペルソナの特訓、のせいだよね

 

 

 ペルソナ、そう僕は今日こっちの世界でもペルソナを使用した。まさか呼び出せるとは知らず、なんとなくふとダンジョンの探索中に浸かってみれば巨大な僕のイナバギが天井に激突した。

 

 念のためにヴェルフにも促してみれば同じくペルソナを出せて、しかも周りに他の同業者がいないことをいいことに僕とヴェルフはがむしゃらにダンジョンで暴れまわってしまった。上層というのもあるけど、普段以上にバッタバッタとモンスターを倒していくペルソナの力はまさに豪快、詠唱も無しに多様な魔法を撃ちだせるペルソナがいればもはや後衛も不要、今までの常識が覆る。それほどまでに一騎当千だ

 

「……ベルさん、なにかにやけてますけど」

 

「え、あぁ……そうですか、ハハ」

 

「もしかして、いやらしい事だったり」

 

「ち、違いますッ……でも、ちょっとやましいかも」

 

「?」

 

「あ、その……忘れてください」

 

 やましい、というか少し調子づいてしまった。サクサクと進むあまり、僕たちはリヴィラ手前の嘆きの間でゴライアスに遭遇、普段なら撤退なり隙を見て通り抜けるなんだけど、その日は

 

 

……そういや、リヴィラから上がってきた奴ら妙に騒いでたな。何があったんだ

 

 

 

……なんでもよ、誰かがゴライアスを討伐したんだと。出現を確認してすぐ人が集まって、さあ討伐だって戻った時にはもういない、モノの数分で討伐されちまったみたいだな

 

 

 

……それまじかよ、どこの一級冒険者だ?

 

 

 

 

「…………」

 

「クラネルさん、顔色が」

 

「……いえ、少し汗っかきで、飲みすぎですかね、アハハ」

 

 聞こえてくる話、その話とはまさに今日僕が体験した話だ。はい、ゴライアスを討伐したのは僕たちです。

 

 覚醒したペルソナの力、それはもうすごかったよね。あっという間にゴライアスが怯んで倒れて、そして総攻撃で、ほんと一瞬で片が付いてしまった。ペルソナおそるべしである

 

 けど、一つだけ欠点はあった。それは、ペルソナを使う負担だ。霧の立ち込めるあの異世界と違って、ここオラリオのある現実で使うと妙に体が持っていかれるのだ。気力体力、マインドとはまた別のモノが結構減ってしまう。

 マインドポーションでも戻らない。頼れるのはあの世界で見つけた食材ぐらい

 

 

……回復のアイテムが欲しい。

 

 

 ペルソナを使う戦闘での回復手段は求める所だ。出きればまた野菜を集められればいいけど、もっとそれ以外にも

 

「――――」

 

 

 料理を掬う匙を持つ手が止まる、考えごとにふけって、遠くをぼんやりと眺めるように、けれど俯いている。そんな状態の僕に、シルさんは

 

 

「…………はぁ、てぃ!」

 

 

……むぎゅぅ

 

 

「!!」

 

 

 頬を包む優しい手、強制的に面を上げさせられた僕はシルさんと目線が並ぶ。笑っているけど、妙に迫力のある怖い顔だ

 

 

「ベルさん、一人考え事ばっかでつまらないです。せっかくこうして相手してるんですから、私達とお話ししてください」

 

 

「……シル、そろそろ仕事の方にも」

 

 

「まだ混む時間じゃないから、大丈夫……ミア母さんもスルーしてるから問題ないよ」

 

 

 そう言い、シルさんの手は次に料理の肉を指したフォークを取り、そのまま僕の口へ

 

 

「?」

 

 

 俗にいうあ~んなる行為。戸惑い慌てるのが普通かもだけど、今は状況が飲み切れずただ困惑している。そこへ促すように

 

 

「……はい、ベルさん」

 

 

「え、あぁ……はい」

 

 

 拒否権は無いみたいだ。一部視線が痛いけど、意を決して僕は口を開き一口。口に含むのを確認するとシルさんはフォークを引き抜いた。肉だけが舌の上に残る。

 

 

 一噛み二噛み、そして飲み干した。妙に刺激の強い味で、あまりこの店の料理にはそぐわない味。けど、この味に僕は覚えがある

 

 

 

「……あの、これって」

 

「あ、気づきました? そうです、この私がベルさんの為に味付けして作りました。お味、いかがですか?」

 

「……あぁ、えっと」

 

 美味しい、とてもいい、そんな言葉を言おうとするけど、妙な体の変化で言葉が詰まる。体に溜まった拾う、消費しきった気力がわずかに回復したような、そうこの感覚は

 

 

 

 

……ダンジョンで食べた、あのトマトの時と同じ

 

 

 

 

 ペルソナを使用する気力が回復している。シルさんの料理にはそんな効果があるようだ、でもどうして、一体何か理由があるのだろうか

 

 

 

「……ベルさん?」

 

「あの、また食べたいです」

 

「え、本当ですか」

 

 

 パアァっと、表情が明るく花が開いたシルさん。でも対照的にリューさんはどこか凍り付いている様子で、僕の方を正気か疑うような目で見てくる。でも、それはさておき

 

 

 

……この際だし、頼ってみようかな

 

 

 異世界で有用な回復手段、それがシルさんの手料理なら

 

 

 

「あの、いきなりですけど……お願いが」

 

 

「?」

 

 

 自分は消極的で、人に対して謙遜しすぎてしまうことは自覚している。それでも、今はこの繋がりを大事にするべきだと、自分の為に心から寄り添わんとしてくれる彼女達とのつながり、いわば絆に胸を預けてみたいと、今の僕は自信をもってそう決断できる。

 

 つながり、紡ぐ絆が力に、そして進むべき道になる。夢の中でイゴールさんが告げたあの言葉を、僕は何度も胸の奥で実感している。 

 紡いだ絆、既に得たはずのこの関係が、今をきっかけとして光を帯びた。無色の糸に光が灯り信頼という血液が循環していく。

 

 

 

「!」

 

 

 

————つながりを感じる。シルさんと僕の間に絆の力が芽生えた、そう感じられる。

 

 

 

 愚者からつなぐ光は死神のアルカナ、この絆が冒険の吉凶を示す頼もしき灯とならんことを

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、また新しい絆をベルは紡ぎました。役職としてはP5の武見先生ですね。シルご飯でSP回復させていきます、探索がより快適に

ただし、シルの料理は練習期間を挟むのでそんな頻繁には利用できないので悪しからず。試食という生贄役のリューの体調も考えての配慮ですので、以上理由踏まえて一週間に一回のみ利用できる設定です。


シル「ベルさんの為に励まなきゃ。だからリュー、はいあ~ん」

リュー「……ひッ」ガクガクブルブル









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Day20~影からの依頼

アルカナを増やしていくのが楽しい。ダンまちキャラのタロット診断が楽しくて、設定練ってるだけで半日過ぎてた。




 早朝、城壁で太陽が遮られるこの街は少しばかり薄暗い。だけど、時計の針にしたがい人々はこの薄暗い闇で朝を始めていく。虫のさえずりのような小さく、有象無象の響きが徐々に音階を上げて喧騒へと変わっていく。街に日が灯る頃には、すっかりと喧騒のBGMは最高潮だ。火を焚き、店の宣伝を叫ぶ。

 

 喧騒は乱雑としているようで、中には一定の流れもある。それはこの街の中心点、ダンジョンへ赴く大勢の冒険者達が轍を踏み鳴らすのだ。流れは中央へ、傾斜に沿って流れ落ちていく水のごとく

 

 だが、若干二名ほどその流れから反して別の穴を目指すものがいた。

 

 天高くそびえるバベルの塔を背に、ダンジョンへ赴く冒険者たちの顔を流し目に通り過ぎて、彼らは寂れた教会の地下へと踏み入った。

 

 冒険者は怠惰ではない。彼らも無論、冒険をするべくダンジョンへと目指している。しかし、潜るダンジョン、この一点だけは他者と異なる。

 

 

 

 

「……気張るとするか、なあベル」

 

 

 拳を合わせ音をならす。ヴェルフの声に僕も頷いた。

 

 すでに何度も往来してきた彼の世界、しかし未だにその世界は未知が多く予断は許されない。

 

 

『ぬ、先生とヴェル助クマね……待ってたクマ、今日も鍛錬ですかな?』

 

「いや、今日は少し違うよ……うん、今から行くから、話はそれから」

 

 

 鏡に話しかける。気が狂ったわけではない、その世界こそ異世界への入り口だ

 

 

 ダンジョンは一つにあらず。かつて人工迷宮に驚きを経たように、このオラリオには第三のダンジョンがある。

 

 その名を噂からなぞらえマヨナカダンジョン。長いから、僕たちは異世界と呼称する。

 

 

 

「さて、人助けの時間だ……なあ、ヒーロー」

 

 

 背中をパンと、ヴェルフは先に鏡へ進んだ。無論、ベルも続いていく

 

 

「……ヒーロー、それも悪くないかな」

 

 

 そんなことを独り言つる。一歩踏み出し、僕も異世界へと足を進め、そして跳んだ

 

 

 世界が回る。ぐるぐるぐるぐると、重力を放り捨てた次元の通り道が僕の形を捻じ曲げる、異世界の旅路はかくも奇々怪々なまま、一向に慣れる気配を感じ得ない。

 

 

  

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 ことの始まりは彼、いや彼女からの呼び出したからだ。

 

 フクロウの使いに呼び出されて待っていたのはフェルズさん本人、ローブに隠れた虚ろの顔は表情を見せないけど、でもどこか不機嫌そうに見える。

 

 

……あの、フェルズさん

 

 

 もしかして、不機嫌だったりするんですかと、僕は尋ねた。すると、少し考えてから

 

 

 

……まあ、無茶なことをしてくれたなと……思ってない、思ってないさ。思っているはずがない

 

 

 

 あとから人づてに聞いた。フェルズさんは今回の行方不明事件で秘密裏に捜査をしていたらしくて、別に手柄を横取りされたとかそう言う器の小さな話ではなく、単に僕の無茶に苦言を呈していただけ、要は心配してくれていたのだ。

 

 ふたしかな異世界、鏡の先にあるその存在を今はフェルズさん達も知っている。シャドウの存在を想えば慎重にならざるを得ないのに、僕はあろうことかあの世界で日を跨いでいたし、その間もたっぷり周りから心配されていたから何も言えない。今度から、探索は一日以内にとどめようと胸に決めていたりする。

 

 少し話がそれた。僕を呼び出したフェルズさんの要件、それは突き渡された一枚の羊皮紙に記されていた。

 

 

 

……ベル・クラネル、此度のことは君に一任する。故に、仕事はきっちりとこなしてもらおう

 

 

 

……情報、誰のですかこれ

 

 

 

……まだ見つかっていない行方不明者のものだ。私が調べていた、な

 

 

 

 そう驚くことは無いと、フェルズさんは続けて話す。数は五人、未だ遺体も見つかっていないそれはおそらく向こうの世界に

 

 

 

……期限はそう残っていない。被害者は行方不明になって一週間、早ければそれよりも早い

 

 

 

 被害者はどうなるか、言わずもがなそれは最悪の未来だ。

 

 行動はすぐに起こさなければ、僕は一礼して足早に去ろうとした。けど、呼び声が僕を止める

 

 

 

 

 

 

「……ベル・クラネル」

 

 神妙に、今度は優しく僕の手を掴んだ。骨の指が手の平を握り、託すように言の葉もそこへ乗せる

 

「また、君に頼らないといけなくなった。身勝手だが、君を信じている……助力もしよう。だから、無事に帰って来なさい」

 

「……はい」

 

 声色が、いつものおどろしい声の奥に優しい女性らしさを感じたのは気のせいじゃない。

 

 年若い僕に、フェルズさんは今本心から声をかけた。もし生きていて、その身が満ちていれば戸惑い顔を染めていたかもしれない。そんなことを、ふと考えてしまった

 

「がんばります、フェルズさんの依頼……必ず、遂行して見せます」

 

「……気を張りすぎるな、と言いたいが。あぁ、そうしておくれ……がんばりなさい、ベル・クラネル」

 

 強く、握り返した手の平。体温の無い手の平の奥に、僕は信頼という熱を感じた

 

 

 

……ドクンッ

 

 

 

「!」

 

 

 

 

————繋がりを感じる。フェルズさんと僕の間に、新たな絆の力が芽生えた。

 

 

 

 

 愚者から繋ぐ光は刑死者のアルカナ。運命を試練と受け入れ、己を知り成長を叶える者へ至らんことを

 

 

 

 

 

 

 

 

~ダイダロス通り~

 

 

 

 フェルズさんの依頼を受けて、僕たちはこの場所へと来た。依頼の情報通りなら、このダイダロスの住人が5人、ここで行方不明になっている。実際に街の手前に来て、クマ君も匂いがすると言ったこともあり情報は確かだ。 

 異世界と現実は表裏一体。エイナさんと同様に、消えた場所と同じ場所に閉じ込められているはず。

 

 そして、人が閉じ込められている場所には

 

 

 

 

「クマママァアアアアッ!!?!?!?」

 

 

 

 

 シャドウが、大量のシャドウが巣を作っているのも、また同じだ。

 

 

 

「クマ君!……今、くッ」

 

 

 取り囲むシャドウの大軍、強さはそれほどじゃないけどこうも数が集まれば中々自由にはさせてくれない。

 サイコロの姿をしたシャドウ、手首で人の形を模したようなシャドウ、逃げるクマ君を弄ぶように追い回し、さらには氷のスキルで攻撃も放っている。

 

 不気味な笑い声をあげて、目の前の対象ばかりに気を取られている。その後ろは隙だらけだ

 

 

 

[マハラギオン]

 

 

 

「クマ!?」

 

 

 

 爆炎、氷の攻撃もまとめてシャドウ達が消し飛んだ。未だ消えきらない火柱から姿を現した。炎をまくり上げ、火の粉の雨を浴びながら見切りを切るように姿を見せている。

 

 ペルソナによる跳躍。高所からスキルや物理攻撃をばらまき敵を一蹴して回る姿はまさに鬼神。猛々しいこと炎のごとく、ヴェルフ・クロッゾは大いに燃えている。

 

 

「消し炭だ!ヴァルカンッ!!」

 

 

 勢いよく告げる攻撃命令、獣の大槌が大地を砕きシャドウ達を吹き飛ばした。今、僕たちがいるのは街の路地裏、狭い場所故に一息に敵も吹き飛ぶ。ガラクタの家財に仮面が付いた姿のシャドウ達が消える様、それはまさしく鎧袖一触というべきか

 

 

……ペルソナ、もうあんなに使いこなしている

 

 

 覚醒したペルソナの力、ヴァルカンを呼び出せるようになってからヴェルフはずっと快調だ。もうダンジョンの毒気にやられることも無いし、今は横どころか僕よりも前に進んでいる。

 

 レベルの差なんて感じない。今この場において僕とヴェルフの力の差を感じないのは、きっと僕たちがペルソナを使って戦っているからだ。

 

 等しく目覚めた力、表のダンジョンの時のように役割に区切る必要はない。肩を並べ、共に競うように戦うスタイルはまさに戦友だ。

 

 

「……どうした、ベル」

 

「いや、なんでもない……ただ、機嫌がよさそうだなって」

 

「そうか、まあそうだな……おらッ」

 

 大剣を一閃。ペルソナを展開しつつ本人も戦闘を行う。生身の技量もペルソナに引っ張られているせいかすこぶる好調だ。今、組手をすればどっちが勝つか、本当に予想もつかない

 

「ま、こっちの世界なら……俺もお前も同じ土俵ってわけだ。ベル、俺に追い越されんじゃねえぞ団長!」

 

 煽るように言葉を吐く、その顔は清々しく綺麗に笑っている。

 

 迷路のような街の中、次々と出てくるシャドウを相手に気づけば背中合わせに

 

「言ってろ……なんて、ねッ!」

 

 ナイフを振るう。口だけの球体シャドウを消し去り、続けてイナバギが道を開く。

 

 活路を作った。ヴェルフと、そしてクマ君も続けて走る。そうして躍り出た場所は円形の広場、そこはいつかに見た場所、かつて地上にてシルバーバックを倒した場所だ

 

 

 

「……ベル、いたぞ……目当てのボスだ」

 

 

「!」 

 

 

 広場の中心、そこには鳥かごがあった。中にいるのは拘束された人、情報に乗っていた街の住人だ。

 

 だけど、その人を逃がすまいと遮るのはこれまた大きなシャドウだ。騎士のように馬に乗馬して、馬も騎士も同じく仮面を付けている。顔の無いシュバリエが雄たけびを上げ、気づけば背後の道も、左右、奥の道、十字路の逃げ道が檻で閉ざされた。

 

「ひゃぇえええ!??」

 

「うるせえな、クマ公」

 

「だだ、だって閉じ込められてるクマ……というか、さっきからずっと戦ってばっかですし、ちょっとまずいんじゃあありませぬか?クマピンチクマ!!」

 

 叫ぶクマ君、確かに状況は不味いかもしれない。でも、もとより標的を求めてここに来た。むしろ、雑魚が入ってこないなら、逆に好都合だ。

 

 

「……倒すよ、それで助ける」

 

「だな、クマ公は下がってな……俺とベルでやる」

 

 

 意気揚々と、僕たちは前へと躍り出る。フェルズさんの依頼ではまだこれが一人目、この程度の相手に時間を食っている暇はない。

 

 敵は強敵、だけどエイナさんの方がずっと大きくて恐ろしくて、そして強かった。であれば、恐れる必要はない

 

 

「……行こう、ヴェルフ」

 

「ああ、戦ろうぜ……ベル!」

 

 

 ヴェルフが応えてくれる。心強く頼もしい味方、ただペルソナが使えるからじゃなく、ヴェルフ当人に僕は想いを預けている。

 

 戦場の絆、ふと胸の奥に深い音が響いた。繋いだ絆、僕とヴェルフを結ぶこの関係に、さらに力が重なっていく。

 

 

 

……ドクンッ

 

 

 

 

————繋がりを感じる。繋がれた絆は魔術師のアルカナ、未来を示す導きの奇跡はその手の中に。

 

 

 

「……ほんと、頼りになるよ」

 

「あ、なんか言ったか?」

 

「いや、なんでもない……何でもない、ことだから」

 

 

 

 

『――――——――――――ッ!!?!??!?!』

 

 

 

 影が叫ぶ、早く武器を抜けと、戦いを始めろと催促を促す。なまじ、騎士の見た目故にそんな風にしているのか

 

 二人は動じない。わかっていると、無言のままに武器を抜き、そして構えた。

 

 足に力を貯め、息を深く吸う。

 

 試合の鐘は無い。両者同時に駆けて、そして言の葉を放った。ベルの短剣、ヴェルフの大剣、敵シャドウの大槍と鍔競り合いを起こす刹那、さらに姿を現した彼らの剛撃が轟く

 

 

『祓え、イナバギ!!』

 

 

『灰に消せ、ヴァルカンッ!!』

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 




今回はここまで、なんかまた救出劇やってるなって思われるかもですが、まあペルソナでよくある事件合間の自由行動と思ってください。今の展開はメメントスの攻略みたいなもの、レベル上げって大事よね

アルカナ増やしたりレベル上げしたり、それも次回でラストです。投稿は、出来るだけ早めに




ヘスティアとアイズとレフィーヤ、誰が恋愛のアルカナにふさわしいかずっと悩んでる。難しい、悩ましい


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Day21~悪なるモノ

前半胸くそです。


 昨今、オラリオで起きていた怪事件、原因不明の失踪事件が人々の耳に広く伝わりだしたころ。あるものが次のような噂をつぶやいた。

 

 知っているか。失踪していたはずの何人かがもう見つかったらしい、と

 

 

 怪事件、原因不明のその噂には多くの尾ひれがついていた。果てはイヴィルスの台頭、さらにはダンジョンの悪魔に手招かれたからなどと、得体のしれない情報に様々な憶測が混ぜられ噂はより奇妙におぞましく変貌していった。

 だが、その噂も真実という浄化の一滴が落ちるや一気に色を澄み渡るものへと変えていく。

 

 失踪という事実は消え去りはしなかったが、少なくとも失踪には明確な犯人がいて、誰かが悪事をしているだけだと、であるならじきに解決されるはずだと、要は正体不明なものへの恐れは消え去っていった。皆が恐怖心を捨てて噂を忘れ去る流れは次第に始まっていく。

 

 真実を得た噂は噂にあらず、そして消え去り行くばかり

 

 

 

 オラリオではびこるかに見えた噂、鏡の悪魔がヒトを飲み込み食らっている、そんな噂は誰もが笑い話として軽く言い流すか、そして記憶の隅に置き自然と消し去ってしまうかのいずれか 

 

 そのような結末に落ち着いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真実が混ざる噂に人々の関心は宿らない。実態を持たないからこそ噂は噂成りえるもの、そのことを男は深く理解していた

 

 異世界の存在、シャドウがもたらす世界の変遷、いまだその真実は秘匿されなければならない。ゆえに、必要なのは噂

 

 

 噂を絶やしてはいけない、恐れを忘れさせてはいけない

 

 

 

 計画を成功させなければ、ここまで何度も、一人ずつ一人ずつやってきたのに

 

 

 

 たった、たった一回。私怨で送り込んだあの女が助かってしまうから

 

 

 

「…………理解できねえ、なんで邪魔をする」

 

 

 

 どうして、なぜ助けるなんて輩が出てきた。なぜあの世界に入って正気でいられる。理解できない、腸が煮えくり返って気がおかしくなる。

 

 理解できないことをする奴は邪魔だ。

 

 邪魔だとわかってはいる。だが、今は動けない。やり場の無い怒りが手足にたまってうざったい

 

「クソが、くそったれ…………なんで、俺の思い通りにならねえ。俺は、こんなにも必死にやってんだ……思い通りになれよ、なんで俺の自由にならないッ」

 

 

……グシャ、メキッ

 

 

「…………ーーーーァ」

 

 

 路地裏、酒瓶や木樽の破片が散る汚い小道、人気もなく掃除も行き届かないそんな場所で、口汚く叫ぶ男の声が反響している。

 

 月のない夜。町の明かりのみで照らされる薄暗い夜、男の姿は建物の陰に半ばのまれたまま、そしてその手足は影の奥に隠れた何かを徹底して痛めつけている。

 生身の何かを殴る音。最初は声も響いていたが、次第に声も薄れ殴る音だけが一定間隔で響くのみ

 

 

 

「あぁ…………面倒くせえ、新しいやり方を見つけなきゃいけねえ。クソ、考えろ……俺ならできるはずだ。俺は努力をしている、才能もある……あぁ、落ち着かなきゃなぁ。なあ、お前もそう思うだろう」

 

 

 

……ガシッ、バキッ

 

 

 男はナニカをつかみ上げた。やっと光にさらされたそれは、血まみれだがかろうじて人の姿に、それもエルフの女性のように見える。

 血の泡を口から漏らしながら、女は何度ものどをえづかせ声を出そうとしている。のどをつぶされているせいか、その声は鈍く奇妙な音にしかならない。痛みも壮絶であろうに、しかし女は繰り返す。命乞いの謝罪を

 

 

「……なんだよ、何も聞こえねえよ。俺が喉をつぶしてやったことを恨んでんのか、俺がお前みたいな亜人のメスに恨まれる? そんなことは道理に合わねえだろうがッ……俺を否定するお前に俺を恨む権利は無いんだよ。それもわからねえなら俺の意に逆らうな、俺が正しい、俺が間違えたことは一度たりともねえ…………あぁ、なのに、みんな俺を否定して、そんなのは、道理にあわねえだろうがよぉおおおッ!!!!!」

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 女性は理解できなかった。肉体も精神も追い詰められているとはいえ、それでも男の言う道理が理解できなかった。わからない、なぜ、いったいどうして

 

 そうこう思考を混乱させていた内に、気づけば男は何かを取り出している。それは、長方形の小さな手鏡に見える。だが、鏡には何も映っておらず、見えるのは

 

 

 

「……い、や……タスケッ」

 

 

 助けて、その言葉の先はない。女性の声は二種類の音につぶされたからだ。水気のある何かをつぶすぐしゃりとした音、そして硬い質感の何かが跡形もなく砕かれすりつぶされていく音、悲鳴と二種の破砕音で奏でる三重奏。 

 女性の命乞いは男の精神を逆なでするだけであったが、その音色だけは男の表情に和やかな笑みを浮かばせるに成功した。

 

 影が消える。姿があらわになった男は何事もなくその場を立ち去る。

 男がいた場所、そこにはまるで何かに空間後と削り取られたかのような不自然な後だけが残るだけ、血痕の一滴も何も残っていない。

 

 のちに、オラリオで一軒の失踪事例が報告された。下級冒険者の女性が、一切の原因不明の失踪を遂げてしまった。だが、女性はダンジョンに行っていこう目撃された情報はなく、自然とダンジョンでの死亡として書類が通過してしまった。

 

 一層へつながる広間の慰霊碑に、刻まれてしまった女性の本当の死因が見つかるのは、まだ当分先のこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連日、マヨナカダンジョンの探索を繰り返し僕とヴェルフはフェルズさんの依頼を完遂した。

 

 行方不明者は次々と発見が報告され、そのお陰か知らずクマくんも人が送られてきたという知らせも無し。ひとまずこれにて日々は安息を迎えた。

 

 無論、気を払うべきことはいまだ多くあるが、せっかくできたこの日々に僕は優先する時間を設けた。そう、もうエイナさんを助けてから半月近く経とうてしている。日が流れるのはあっという間だ。

 

 

 そして、今日も僕はこの場所へ足を運ぶ。

 

 

  

   ×   ×   ×

 

 

 

~ケヒトの治療院~

 

 

 

 

 夕方、一人足を運んだ先はケヒトの治療院、エイナさんが入院している病院だ。

 

 慣れた振る舞いで足を運び、いつものごとく手続きを済ましていく。ここ連日通い続けているせいか、すっかり看護師の人たちや病院患者まで僕のことを知るようになった。 

 

 例えば、今受付をしているこの看護師さんは、確かエイナさんの担当で何度も話を伺っていたりする。向こうも顔を知っているから、どこか他人行儀な感じはしない。

 

「はい、受付は以上です……ベル・クラネルさん」

 

「!」

 

 名前を呼ばれた。つい面食らって受付の看護師さんの顔を見てしまう。僕より年上で、それに看護師という見た目も相まってなんと美麗なことか、面しているだけで緊張はほぐれない。

 

 

 普段の受付の時の服装、であればこんなにどぎまぎはしなかっただろうけど、そのミニでタイトなセクシーナース服、いったいどこの主神のケヒト様的なお方の趣味なのだろうか。

 

 アミッドさん、出る所も出ていて、なんとも目のどくなお姉さんだ

 

 

 

 

「あの、視線が少々」

 

「……すみません。あと、お察しします」

 

「それはどうも……はぁ」

 

 

 苦労の多い人だ、そう思えば頭の中で手を合わせて拝んでしまいそうだ。絵物語の男神も大抵女神を振り回してばっかりだし、あながち女神と見ても相違ない。苦労の女神、ああ、おいたわしや

 

 

「……さ、これで受け付けは終わりです。どうか、気を付けて」

 

「はい」

 

 請け負った。礼を交わし、受付口を離れ僕は後ろで待つ彼女の元へと

 

 

「……ありがとうね、ベルくん」

 

「いえ、これぐらいいくらでも…………あ、立たないでください。僕が介助しますから」

 

 そう言い、僕はエイナさんの上半身を持ち上げて用意していた外用の車椅子へ移動させる。

 正面から脇の下に腕を通して抱きつくように、エイナさん抱えて行うこの行為、密着しているせいもあって恥ずかしさは拭えない。

 

 少しばかり、持ち上げた感じではやせたようにも思える。ゆっくりと慎重に椅子に座らせて、面と向かったまま顔と顔の距離が開くと

 

 視線が並ぶ。お互いに気恥ずかしくなりすぎず、そして遠すぎない距離感。目が合ったから、先にエイナさんからありがとうの言葉を使われた。

 柔らかく微笑みかけて、感謝の言の葉を送る振る舞いはどこか育ちの良いお嬢様のようなおしとやかさを感じてられてしまう。

 

 車いすに坐して、入院患者の服の上に私服のコートを羽織った姿。

 

 入院中の身の上であるのに、なんだかその心持ちが妙に安らいでいる。大変なことがあったのに、今は何かすっきりとしているような、肩の荷が降りているような印象がある。

 

 

「…………」

 

「……スコート」

 

「!」

 

「ボケッとしてないで、ほら…………今日はつきそってくれるんでしょ。エスコート、お願いするわね、ベル君」

 

「……はい」

 

 呆けた意識、ピシャリと冷や水を浴びせられたような気分になる。エイナさんの手が、気づけば僕の手をとってしっかりと握ってくれている 

 

 くすりと微笑んで、してやったりといった感じにエイナさんは微笑む。楽しそうに、何もストレスもない、そんな様子に改めて気持ちがほっとした。

 

「……じゃあ、行きましょうか」

 

「ええ、それじゃあ運転手様、お任せしますね」

 

 安全運転でと、まるでタクシー馬車の御者にするようなやり取りで、僕も応じて了解と返す。笑い混じりの返し、けど車イスの押手を持てば気もしっかりと張ってくる。

 

 安全運転、アミッドさんに見送られて玄関を出てスロープを下る。

 轍の音はカラカラと、車輪を転がし僕らは進む。日の光、風は清らかで心地よく、エイナさんの体を障る心配はない。

 

 天候は爽快なり

 




今回はここまで、投稿が遅くなり申し訳ない。

本当は前半の謎の男のくだりだけで話書き上げていたのですが、なんか読んでて楽しくないので省略し、そして内容を変えたりしてるうちに時間がかかりました。以上言い分け的なサムシングです

次回、エイナパートの続き、そして覚醒回になります。次回予告でも示しましたが、エイナ嬢がパーティーに参加します。オリジナルペルソナをお楽しみに




追伸:勢いでアミッド出したけど、アルカナどないしよ。


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Day22~慰霊碑

感想・評価頂いて励みになっています。何気に評価増えてバーの色着いたのすんごい嬉しかったです。


今回の投稿にて、閑話休題の1.5章は終わりです。二章はまた期間を置いてから執筆していきます。


 異世界で見たこと、あの学園のことをエイナさんが思い出したのは目覚めてから二週間ぐらい。はじめは記憶もあいまいで思い出せないエイナさんも時間が来れば自然と思い出してきたのだ。

 

 でも、肝心な消える直前、どうしてあの世界に落ちてしまったか、それはわからないとの一言。ミィシャさんが傍にいた時に一瞬で消えたらしく、だから本当に神隠し、鬼隠しなどと称される古い民間伝承のような事件として扱われてしまう。

 

 でも、ただ一点。証言とも取れないような情報、だけどその情報は僕たち異世界を知る者にとっては値千金

 

 あの日、エイナさんは鏡を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 快晴と豪雨が不規則に入れ替わる日々、けど今日という日は珍しく風も吹いて気温も穏やかだ。夏らしさはぬぐえないけど、幾分かは過ごしやすい。

 日の当たる場所はさすがに熱いけど、日を避ける天蓋のある歩道を行けばさほど苦でもない。車いすには日よけの傘も入れてあるからいざとなればさせばいい。

 

 まだ入院中のエイナさんを外出させるにはちょうどいい天気なのは良好だ。街を歩けば人通りも多すぎず、車いすを介助するのも苦にならない。少し休日の遊びのごとく寄り道をして物を買ったり出店で氷菓子を食べたり。

 

 久しく食べる外の甘みは、エイナさんを綺麗な笑顔に変える。

 

 

「ん……はぁ」

 

「……どうかしました」

 

「ううん、ちょっと体を伸ばしただけ。椅子に座りっぱなしだと、腰が疲れちゃうね。ねえ、ちょっとぐらい」

 

「駄目ですよ。お医者さんからはあまり歩かせないよう言われてるんですから」

 

「うぅ、ケチ……ベル君のイジワル、薄情者」

 

「あはは……ダメったらダメです。」

 

 

 たわいのない会話を挟みながら、僕らは街を歩く。

 

 車輪を転がし、目指す場所へ。今日は何も目的泣く街を歩いているわけではない。行くべき場所は、最初から決めている。

 

 かねてから決めていたこと、エイナさんが目を覚まして以来、通院して顔を合わすたびに僕はエイナさんの話を聞き続けて、今日この予定を組んだのだ。

 

 でも、この予定は楽しむものではない。だって、今から行くのは

 

 

「…………おっ……とと」

 

「きゃ……びっくりした。ベル君、安全運転でね」

 

「は、はい……すみません」

 

 石畳の道、二本の足で踏み歩く分には問題なかったが。車いすとなると少し危うい。

 

 通行人が道を譲ってくれたり、時折向けられる視線が興味深そうなものだったりと、普段歩く時とはやはり変わってくる。

 

 

「すみません、慣れてなくて……でも、気を付けて」

 

「ふふ、くすす」

 

「?」

 

 戸惑う僕に、エイナさんがちょいちょいっと指で誘う。無言で、何をしたいのかわからず少しかがんで隣に並ぶ

 

 すると、ふわりとした感触が前髪を払う。優しく髪を撫でて、指を立てて漉いてくれた。周囲の視線が妙に生暖かくなってきて、少し恥ずかしい。

 

 照れくさくて、止めてくださいと離れるのは簡単だけど、病人を相手にしているからなのか妙に跳ねのけられない。柔和に笑みを見せるエイナさんを、僕はただ拝むだけしかできない。

 

 

 

「冗談、ちゃんと感謝してるから……だから、気にしすぎないでね」

 

 

「……はい」

 

 

「うん、よろしい……さ、もう一度運転お願いできるかな?」

 

 

「…………はい!」

 

 威勢の良い返事、エイナさんのためならと心は少し昂ってしまう。

 

 頼られたい、認められて褒められたい。そんな気にさせるエイナさんは本当に姉のようだ。

 

 異世界で疲弊し病室で過ごし続けたこの日々、調子を取り戻したエイナさんと僕の関係はずっとこんな感じだ。その顔色には暗い影もなく、むしろ何か重いものが降りているような感じすらある。それがシャドウを倒したおかげか、確かなことはわからない。

 

 けど、今はそれでいい。またいつもの関係に戻って、このいつも通りの日々を実感で切ればそれでいい。僕のオラリオ生活の当初から、エイナさんはずっと寄り添ってくれた。いっぱい指導されて、時には怒られて褒められて、胸が暖かくなって落ち着いてしまう。

 

「……はぁ。やっぱり、もったいないよね」

 

「?」

 

 ふと、つぶやいた言葉。振り向き、僕を見ながらエイナさんは続けて

 

「うん、もうすぐ退院だから……ベル君に相手してもらえる時間、すごく楽しかったから」

 

「……そうですか。楽しかったですか」

 

「楽しかったね。入院なんてするものじゃないけど、君がかいがいしくお世話してくれのはなんだか役得だなって。ふふ、いつもは私がお世話する側なのに……ほんと、いっぱい君に甘えちゃったなぁ」

 

「エイナさんが、僕に甘え……そんな、僕はただ」

 

「うん、いっぱい甘やかしてくれた。ご飯だって食べさせてくれたし、でも着替えは手伝ってくれなかったね」

 

「あ、当たり前です……ぼく、その……あ~んだってすごく恥ずかしかったのに」

 

 思い出す。そう言えばエイナさんは確かに甘えてきたというか、少し我がままだった。

 

 ご飯を食べるときにも、食べられないから食べさせてっと、普段は絶対見せないそぶりてぶりで僕を乱してきたのだ。

 

 

……猫なで声、あざとい台詞、でもかわいいのは否定できない

 

 

「……おにいちゃん、って呼んでもいい?」

 

 

「い……エイナさんッ」

 

 

 終始こんな感じだ。退屈な入院生活を乗り切るために、僕をからかうという新しい趣味に目覚めたというのか

 

 本当に、エイナさんには敵わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バベルで封をされたオラリオの中心点、誰もが知るダンジョンへの入り口の手前、地上とダンジョンを分ける境界にその慰霊碑は存在する。

 

 ダンジョンで命を落とした冒険者、その名前が延々と受け継がれていくのだ。

 

 そう、今日の予定とはお墓参りなのだ。

 

 

 

 

~ダンジョン入り口・大広間~

 

 

 

 献花の花束は何時もそこに置かれている。定期的に訪れる色んな人のモノで、慰霊碑は常に花弁が落ちている。僕は、ここに来る道中で用意した袋から花を取り出す。エイナさんも、今は車いすから降りて僕と二人慰霊碑の前にひざまずき花を置いて祈りをささげる。

 

 時折通り過ぎる同業者の足音、それだけが響く。墓地のように、ここは静かだ。それはきっと、周りの人が気を使ってくれる気風が立っているから

 

 死者へ祈りをささげる時間、それは誰にも邪魔はされない。僕とエイナさんは二人、この静謐な対話の時間に集中する。

 

 

「……久しぶりだね、マリス」

 

 

 一言、その言葉を。

 

 僕は知っていた。依然、エイナさんがどうして冒険者に冒険をさせたがらないのか気になって、それを同僚のミィシャさんから伺ったことがある。深くは知ることが出来なかったけど、でもエイナさんにとって今のやり方には確かな傷が、過去の出来事から生じた影が心にかかっていたから。だから、あの世界でも変容はあのように

 

 多少、うがった要素こそあったがそれでもエイナさんが僕たち冒険者を想ってしてくれていたことには変わりない。

 

 そして、そう背負い続けたことで痛みになっていたことも

 

 

 今は、エイナさん自身も理解している。

 

 

「……うん、ごめんベル君……ちょっと、いいかな」

 

「はい、肩ですね」

 

 中腰の態勢、車いすを要する手前今のエイナさんはどうにも体力がない。肩を貸して背負うように立たせて、そして車いすに座らせる。

 

 エイナの重さ、少しだけまだ軽い。

 

「あの、もう戻りましょうか……少し、疲れてるみたいですし」

 

「うん、そうだね……車椅子、座ってるだけでも結構疲れるみたい」

 

 ベル君も今度座ってみる?と冗談めいて口にする。

 

 慰霊碑で祈りを捧げたばっかりで、センチメンタルになった手前少し強がっているように見えてしまう。

 

 マリスという人の思い出、その感傷で涙腺が緩んでいるのだ

 

「……心配?」

 

「ぁ……それは、もちろん」

 

 心を見透かしているようにエイナさんは聞いてきた。

 

「うんうん、ありがとうだね……ねえ、少しいいかな」

 

「……はい」

 

 手招き、今度は正面から。

 

 僕は片膝をつき、エイナさんの前でかがむ。視線が低く見上げるようにエイナさんを見る。でも、まだ手招きする手の動きは違う。そうじゃない、もっとこっちだよと

 

 僕は意を決して頭を前に、そうすると僕の額にふわりとした感触が包み込むように触れて来た。

 

 カーディガンの薄い布地、それと病院服のこれまた薄めの布地。意識してしまうぐらいに、その装いは柔らかさと暖かさを直に伝えて来るものだ

 

 

「……え、エイナさん」

 

 

「大丈夫、今は人も通っていないし……ほら、お礼のなでなでぐらい受け取ってよね」

 

 

 

 こういう時じゃないと、君にお姉さんとして振舞えないんだからと、またも揺さぶるセリフで精神もかき乱してくる。

 

 鎮魂の間で僕はいったい何をしているのだろうか、なんとも妙な気分だ。

 

 

 

 

「……マリス、見ているかしら」

 

「!」

 

「ごめんねベル君、ちょっと自慢したいの……思えば、こうして向き合うのもずっと避けてたから。だから、いっぱい報告しないとね。私は今、元気にアドバイザーをしています。」

 

「……」

 

 

 静かに、エイナさんは何かを語りだす。でもそれは一人語りじゃなくて、確かな対話の言葉だ

 

 僕の知らない人、でもその間には確かな思い出もあった。つながりは重く、故に傷になった

 

 あの焼却場、あそこはエイナさんの痛みだ。燃え続けて灰になって、何も色が無くなるほどに燃えてしまった痛みの記憶。背負い続けてきたそれは確かな信念となってエイナさんの今を作った。でも、それは同時に心の影を生んだ。

 

 

 

————いなくなるな、私の言う通りにしろ

 

 

 

 エゴイスティックに、サディスティックな支配者になってでも、エイナさんは僕たちを失いたくない。それは、今もきっと変わらない

 

 

 

「……ま、せん」

 

「へ……もう、急に喋らないでよ。息、変なところに当たっちゃったじゃない」

 

「……エイナさん」

 

  僕の頭を抱きしめる両手、口惜しくはあるけど今はその拘束から抜け出ないと。雪の降る朝に布団から出る時と同じぐらいか、それ以上の誘惑を振り切って今一度エイナさんと向き合う。その眼は、微かに潤いを帯びていた。

 

 

「僕は、いなくなりません」

 

 

「べ、ベルくん」

 

 

 戸惑うエイナさん、その顔が赤く染まっていく。僕はエイナさんの手を握って、その眼をまっすぐに見て言葉を続ける

 

 

「いなくなった人たちは戻らない。だから、その人たちの分まで僕はエイナさんの傍にいます。だから、僕はいなくなりません。エイナさんを悲しませないから、だから……信じてください」

 

 

 身勝手な願い、危険に身を置く以上この言葉には何の保証もない。僕はいつか大ウソつきになるかもだ

 

 でも、最後まで貫き通せばこの言葉は本物になる。未来がわからない以上、今の僕が折れるわけにはいかない。僕はエイナさんの為に、この虚言を本気で真実にする。

 

 僕も男だ、それぐらいの気概と覚悟ぐらい示して見せる。

 

 

「……は、はずかしい」

 

「駄目です、信じてくれるまでは」

 

 離さない、そう告げるやさらにエイナさんの顔が真っ赤に、それはも今にも融解しそうなぐらいに

 

 

 

 

「わ、わかったから……ギブ、ギブアップ!! もう許して!!」

 

 

 

 迫る僕の迫力に耐え切れず、エイナさんは真っ赤な顔で降参を告げた。

 

 奇しくも、僕はこの時をもって入院中の見舞いのたびにどぎまぎされた数々の仕打ちに対して報復を成功させてしまったのだったが、そのことには未だ気づかない。

 

 

 

 

 

 

第一章乃続~幕間の日常劇・・・Fin

 

 

 

 

 

 

 

……ドクンッ

 

 

 

 

 

 

 

  汝、新たなアルカナを紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……ドクンッ…………ドクンッ!!

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

————力を感じる、僕とエイナさん絆に新しい光が灯された

 

 

 

 愚者からつなぐ光は節制の絆、調和を尊び最良の答えを示してくれる聖者の秤。

 

 道を示す正しき秤は常に僕の傍で寄り添ってくれる。僕が進む道は僕が決める。だから、エイナさんがくれたこの秤は、ずっと僕の中に

 

 

 

 

……ドクンッ

 

 

 

 

「……エイナさん、僕は「きゃ!」……へ?」

 

 急に響いた甲高い声、車いすから飛びのいて僕に抱き着いて、その勢いで肩が顎を勝ち上げていたい。というか口の中に鉄の味を感じる。

 

 

……口の中、けがを……いや、今は

 

 

 

「いま、だれか近くに?」

 

「……?」

 

「あれ、でもいない……ベル君、何かしたの?」

 

 取り乱した様子。エイナさんの質問に僕は首を横に振る。本当に何もしていないからだ

 

「あれ……えぇ……なんなのよもぉ」

 

 

 

 あたりをきょろきょろと見渡す。でも、僕とエイナさん以外には誰もいない

 

 気のせい、にしては妙に大きな驚きようだ。いったい、なにが

 

 

 

「……声、した。呼ばれた、のに……なんだったのよ、もう」

 

 

 

 

 

>>next>>

 

 

 

 

第二章・安楽のドリームランヅ

 

 

 

 

 




……前回のあとがきにて、エイナのペルソナ出すよ!!


……みたいに言っていましたが、あれは嘘だ。


……ヤロウオブクラッシャーッ!!!!




 以上、エイナとの絆パートでした。ごめんなさい

 今回はアルカナまで、エイナさんには節制のアルカナを与えました。節制と言えば僕は川上貞世がP5で一番好きで、年上ヒロインで先生ポジなのもあって相性良いと判断。べっきぃみたくメイド奉仕するエイナさんも幕間で書くべきか……

 あまり関係ない事ばっかり喋ってもあれ何でそろそろあとがき、今回で1.5章は終わり、次回より第二章に移行します。
 エイナのペルソナ、本当はこの話で登場させたかったんですが、物語の都合もう少し暖めておくことにします。次の投稿は何時になるかわかりませんが、次回をお楽しみに。エイナだけに限らず、他のキャラクターもいっぱい活躍させたいなぁ。

 
 感想・評価等頂ければ幸いです。モチベ上がって執筆、二次創作活動が捗ります。

 




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~第二章・安楽のドリームランヅ~
Day23~暗雲再び


久々の投稿です。最近ダンまち二次のやる気が出た上、Vの方でP4Gの配信を見ていたらふつふつと執筆意欲が湧いてきました。長らく待たせましたが、新章の方をまた始めていければと

ダンまち×ペルソナ、がんばって面白く書いていきます。建築士の暇つぶしにお付き合いいただければ幸いです


 

 

 ダンジョン中層、僕たちヘスティア・ファミリアにとって安全に且つ効率よく稼ぐ場所として長く重宝している範囲。最近はもっぱらこの範囲で、19層から下層手前までが毎日の狩場になっている

 下層まで到達している僕たちの狩場と考えれば少し及び腰にも思われる場所かもしれない。けど、今ファミリアのメンバーである命さんと春姫さんは別行動。もとより、二人は元の古巣で当面は活動を移すことは既に決定された事項である。

 

 かつて、ヘスティアファミリアが遠征に赴いた際、その借りを返す形として現在二人は桜花たちと共にパーティーを汲んでダンジョンに。

 

 今頃、他に縁のある中堅冒険者たちと手を結び下層にて狩りを行っているに違いない。春姫さんの魔法に関しては機密の面が強いモノの、そこは命さんがしっかり面倒を見てくれているおかげで何とかサポーター扱いで問題は無い

 

 そんな、そんな別行動が見られる今が僕たちの送る日常だ。冒険者として当たり前の行為、ダンジョンの探索

 

 地上で起きた怪事件からもう二週間は経過している。時折クマ君に顔を合わせに行く時を覗いて、僕とヴェルフには何もないのだ。フェルズさんに聞いても、今オラリオに異変らしい異変は無いとの回答である。

 元の冒険者家業の日々、改めていうがこれが今の僕らの現状だ

 

 前と変わらない、いつもの冒険者としての日々

 

 ただ、ただそこには一点

 

 以前の僕たちにはなかった、と奇異な現象が加わったことは、やはり目を背けられないもの

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「押し付けられました、パスパレードです!」

 

「「!」」

 

 突如響くリリの声、それはここダンジョンで耳にするにはなんとも嫌な記憶しか出てこない。初めて受けたのは桜花達による中層でのこと、それ以外にも自分たちを疎ましく思うグループに幾度も押し付けれたことだってある。

 パスパレード、一方的にモンスターのヘイトを押し付けて逃げる行為。やられてしまえば、逃げてまた別の冒険者に押し付けるか、それとももろともに倒しきるか

 

 

……逃げるにしても、倒すにしても

 

 

「ベル様、ヴェルフ様……この敵は例のッ」

 

「ああ、わかっているッ」

 

 押し付けられたことへの怒りから悪態をつくように返事をするヴェルフ。怒りはもっともだが、見るべきは目の前の脅威。そして、この脅威は少々特異的だ

 

 目に映るのは空を舞う蜂の大群。黒と水色の変わった警戒色をしたこれらはつい最近目撃数が増えているレアなモンスター。登録された名前はブルーベスパ、大顎と毒針が恐ろしい大型の蜂である

 

 人の顔ほどある体躯、そして蜂達が放つ特殊な冷風は周囲の熱を奪い音頭を急激に低下させる。無視であるくせに、その生態は極寒の極限環境に適した異質存在。

 

 さらには群れでの攻撃方法も厄介だ。この蜂達はひと固まりで飛行して突撃し、その際に

 

 

「突撃が来ます、回避を!」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

 向かってくる。すると、その軌道にある地面、生涯となる動植物が一瞬で凍結していくのだ。

 

 ブルーベスプの群れを前にして、その移動範囲に入ることは死を意味する。群れで移動することで冷風を増やし周囲の温度を奪う。当然、人の肉体すらも

 

 

 

「ぁ……ぐ、くぅうッ!?」

 

 

 

「まずい、リリがやられた!」

 

 

 空を舞い依然攻撃態勢を続ける蜂達、けど僕はすぐにリリの元へ駆けつけた。一瞬横に逃げ遅れたのだろう、右足に生々しい凍傷の後がある

 急ぎ、ポーションをかけて傷を癒さんとするが、またも忌むべき音が

 

 

……羽音が大きい、また仕掛けてくるッ

 

 

 ブルーベスパの群れは横に倒した八の字を描き速度を上げていく。輪は大きく、よりうねうねと乱れ動き加速していく

 

 明確な脅威、アルゴノゥトのチャージに躊躇いはない。けど、当然一発で葬れるほど群れは少なくない

 

 

「ベル、リリ助を抱えて逃げられるか!」

 

「なんとかする、けどその前にこいつを」

 

「あぁ、こうなりゃ躊躇っているわけにはいかねえ」

 

 腹をくくる発言、強敵を前に出し惜しみをしないという決意の一致

 

 僕の切り札といえるアルゴノゥト、そしてヴェルフの魔剣、以前であればこれらがジョーカーの札であった。だけど、ここで少し話を戻す

 

 

……そうだ、今の僕たちには

 

 

 明確な違い、異質すぎて見逃せない変化、あの世界で身に着けた大いなる力

 

 

「周囲に他の目は無い……みたいだ、問題ねえ」

 

 

「……よし」

 

 

 僕とヴェルフの目が合う、互いに意を決め、そして隠していたジョーカーを取り出すのだ。

 

 ブルーベスパはそんな僕たちを見てか、意思があるように怒りの羽音を立てて、そして分かれた二隊がそれぞれ僕らを狙う。僕とリリの居る場所、そして僕から見て二時の方向に立つヴェルフに目掛けて

 

 逃げるべき、圧倒的な脅威を前に、僕たちは

 

 

 

 

 

 

 

……我は、汝……汝は我

 

 

 

 

 

 

「来いッ」

 

 

 

「きやがれッ」

 

 

 

 

 

 

「「ペルソナッ!!」」 

 

 

 

 

 

 

 不退転の覚悟を胸に、最強の切り札を呼び覚ます。最強の、最強と信じるに値するもう一人の自分自身を

 

 

 

「光れ、イナバギッ!!」

 

 

「焼き尽くせ、ヴァルカンッ!!」

 

 

 

 叫ぶ、もう一人の自分自身の名前、ペルソナの名を冠する大いなる力、ただれた皮膚を包帯で隠した死装束姿の兎人、そして絶えることなく火を纏うケダモノの鍛冶師

 

 呼び出しと同時に二者は技を放つ。

 

 イナバギは錫杖の大槍を振るい光の弾丸を雨のごとく放ち、虫たちの大群は光弾の爆発で吹き飛び統率を失くしていく

 もう一方では、ヴァルカンが降り下ろした大槌の爆発、いや爆発的な炎の発生で文字通り飛んで火にいる夏の虫の末路が仕上がっていく。

 

 魔剣にも劣らないどころか一層勝る攻撃範囲と威力、見るものが見れば圧巻されて言葉を失くすしかない。改めて、ペルソナの力には身が引き締まる

 

 

「……すごい、あれだけの数が一瞬で」

 

 

 リリがつぶやいた言葉、それがまさにペルソナのすごさを表現する全てだ。

 

 命さん達がいなくても、他の冒険者の助けが無くても、多少の問題は無い。他者の目が無ければ、この力を遠慮なく行使できれば

 

 

……無敵、なんてこと考えてしまったり

 

 

 冗談めいた思考、すぐにいけないとかぶりを振って思考を正す。しかし、現実に得た力はあまりにもすさまじい

 

 あれほどあせた状況が一気に好転してしまった。未だ怒りの羽音を示すベスパたちも残りは5割か

 

 

「……よし、このまま畳みかけるぞ。リリ助は後ろにいろッ」

 

「は、はい……ぁ」

 

「下がってて、ペルソナが使えるなら……僕たちに負けは無いッ」

 

 ナイフを構える。ペルソナの操作に集中し、僕とヴェルフは攻撃の構えを取った

 

 ペルソナを出している以上、見られて問題が起こるリスクもある。このまま長引くよりも、一気に仕掛けるべきだ。

 

 錫杖に光を、大槌に焔を、戦意を高めるために僕らは叫ぶ。

 

 手にした力、異世界マヨナカダンジョンで手に入れた特異な力、ペルソナを叫んで地を駆ける。

 

 

 

「跳べ、イナバギ……ッ!!」

 

 

 

「こっちも負けてられねえッ……ぶっ潰せ、ヴァルカンッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~某日、地上オラリオ某所~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フェルズよ」

 

 

 重い、その場の暗い部屋模様に見合った大人しく重みのある声が部屋に反響する。

 

 老獪なその声、神ウラノスは呆けて独り言つるわけにあらず。話す相手は、影より音もなくその存在を現した

 

 

 

「フェルズはここに」

 

「聞かせてくれるか、例の噂の顛末を」

 

 

 現れたのは彼の腹心、異形な姿を有した人間の魔術師、の成れの果てが彼女を示す表現としては適格だ。意に沿うかは置いておいて

 

 フェルズは、おもむろに取り出した。出したのは数枚の羊皮紙、それが風に揺られて自然とウラノスの手元に移動し、手に掴んで目を通し始めた

 

「街で見られる不可思議な行方不明、例の噂に信憑性が消えると同時にまず見られなくなった。彼らの働きは確かというべきだ」

 

「そのようか」

 

「願いを聞き届ける鏡の中のもう一人の自分、そんな触れ込みだったか……ともかく、その噂はエイナ・チュールを期に途絶えていく傾向がみられる。街で耳にする行方不明者は、以前と同じ程度に変わっている」

 

「……平常時でも人が消えるのがこの街か。闇は消えずか」

 

 懸念はする、しかしそれでも異常が一つ消えたことは喜べきことだ。ウラノスは安堵から首を後ろに傾けて、そして一枚の羊皮紙は手元を離れて灯篭の一つに吸い込まれていくよう、燃えて灰となり消えた。

 

 ベル達が成し遂げた救出活動、それは確かに実績が見られる。これにて異変は終わりを迎える、と軽率に判断できればどれだけ楽なことだったか

 

 しかし、当然というべきか異変はその根本が放置されたまま。であればこそ、次が起こるのは自然なことか

 

 願いを叶える鏡の噂、そのシャドウ騒ぎは収束したが、次の羊皮紙に記載されたものは

 

 

 

「喜ぶべきだが、してこのもう一枚……ここにある情報は何だ」

 

 

 

 掲げた羊皮紙に記載された人の数、それは行方不明で無いモノの、問題としては同質の異常事態

 

 

 

 

「……原因は探っている。しかし、まだ彼らからも」

 

 

 

「めぼしいものは無いというのか。難儀だな」

 

 

 

 目を通し、ウラノスは静かに表情をしかめるのみ。祈りはダンジョンに通じても暗躍する何者かにはまるで意味を成さない

 

 暗躍する存在、意図して奇妙な噂が広まり、そして怪奇事件が起こる今のオラリオ

 

 行方不明の次は、原因不明の意識混濁。つまりは

 

 

「5人、被害はまだ増えていくな……原因は」

 

 

「不明だ。ディア・セイントですら匙を投げている。原因不明、しかし皆、奇妙なぐらい健やかに眠っている。長いものは五日以上、幸せそうな表情で謎の昏睡をしている。そう、例えるなら人生の安らかな終幕、安楽死を迎えたようにな」

 

 

「……奇妙だ」

 

 

 

「あぁ、誰が仕組んだことかは知りえないが……皆安らかに眠っている。微笑み、和やかに、皆が皆同じように」

 

 

 

「安らかに、目覚めることのない安眠か……安楽死とは言い得て妙だなフェルズよ」

 

 

 

「的を得たいつもりなんて無いさ。ただ、安らかだろうと苦悶であろうと……目覚めない眠りは死に他ならない。ウラノス、彼らには」

 

 

 

「あぁ、動いてもらう以外他ならんだろう。さもなければ、我らの住まうこの地に大量虐殺がまかり通る。安らかに、静かに命の火が吹き消されるのだ。それだけはあってならん……故に、消し去らなければならぬ、新たな噂を……その出所ごと」

 

 

「……辛き現実を逃れる幻の理想郷、まったく都合のいいうわさだ。いっそ、この目で見てみたいな」

 

 

 呆れの意を込めた言葉、それを最後にフェルズは気配を消した。

 

 残されたウラノス、その手に持つ羊皮紙を一瞥し、そして先と同様に手から離した。

 

 揺られ、あおられ、自然と燭台に吸い込まれ燃えて消える。火に炙られ、朱色に染まりそして焦げ行く羊皮紙

 

 光に照らされ、微かに映し出されたインクの文字列、そこに記されたのは行方不明者の情報、そして新たに流布されたと思われる奇妙な噂 

 

 

 

 

『幸せな夢をあなたに、夢と幻の遊園地・安楽のドリームランド……』

 

 

 

 

 ある昏睡者が眠りに落ちる前に呟いた一言、そのすぐに彼は長い眠りに陥ったことから、ある者はそうではないかと揶揄し、一方で事態の重さを知るものはそれを信じた

 

 安楽のドリームランド、それが本当にあるべきものなら、彼らは今そこにいるのなら

 

 目が覚めぬ者達のたどり着く場所、そこははたして現実にある場所か、それともはたして

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 





以上、新章の出だしです。読了感謝

今回はここまで、本格的なストーリーは次回より始まっていきます。久しく書くペルソナネタのリハビリ的な消化試合でしたが、やっぱりペルソナ無双は書いてて気持ちがいいです。ペルソナって叫ばせるのいいよね、クロスオーバーは楽しい、また頑張って書いて行けそうです

感想・評価等頂ければ幸い、モチベ上がって気分が向上して結果健康になれます。つい最近までコロナだったので健康が何よりも欲しい


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Day24~ペルソナの価値

会話パートです


 

 

 

 

 ベル様が異変に巻き込まれた、そして自ら異変に飛び込んで、その結果不可思議な力を手に入れた

 

 聞かされた話は未だに眉唾で、だけど実際に見せられたあの力を前に何も否定文は出てこない。認めるしかない

 

 別に嘘だと否定したい訳じゃない。ただ、事件というのを期に私の知る大事な人は、少しだけ遠くに感じるようになってしまった

 

 支えている自覚はある。指揮を執るようになってから私は少しは変われたんだって思った。だけど

 

 

 

……リリは、ベル様の役に立つのかどうか

 

 

 そんな疑問を浮かべて、そしてマイナスな自分は否定の答えを浮かべてしまう。卑屈に、今のままでは足を引っ張るだけではと

 

 

 

……リリはベル様の役に立ちたい。足手まといになりたくない、だから

 

 

 

 

 

 

 

 

……だから、リリは

 

 

 

 

 

 

 

 

~オラリオ~

 

 

 地上に戻ったベル達一向、ギルドについてからはすぐ新種のモンスターの討伐記録。倒したブルーベスパからのドロップアイテム等も含めて提出し、結果それらは高く価値を認められ賛辞と共に報酬を頂いた。

 通常で換金するよりも、ずっと色よくつけられたのがこのモンスターの生態調査及び討伐にギルドは褒章を掲げていたからだ。そして、見事成果を得たベル達はかなり羽振りの良い体でギルドを後に、そしてその足で寄ったのはいつものあの場所。そう、豊穣の女主人である

 

 潤った財源でいつもは頼まない少し良い目の酒を開けて、いつもは頼まないお高めな料理に舌鼓を鳴らす。

 

 宴は騒々しく、周囲の空気も織り交ぜて酒気帯びた笑顔と喧騒が絶えない愉快な空間が出来上がる。普段は酒をたしなまないベルですら、頬を全て真っ赤に染めるぐらいにはジョッキを仰いでいた

 

 一方でヴェルフも気を良くし名も知れぬ臨席と絡んだり、とかく今日は酒の美味い日だ。それもこれも、報酬を得られたのはペルソナのお陰

 

 はっきり言うなら、二人は少し浮かれ気味なのだ

 

 事件を終えて、ふと我に帰り気づいてしまった。掛け声ひとつで呼び出せる格好良い半身、つまり二人は健全な男の子である

 

 お伽噺の英雄のように、派手で爽快な特殊能力を実際に使えるようになって、心が踊らないわけがない

 

   

 

   ×   ×   ×

 

 

 

「……ん、ぷは」

 

「おう、良い飲みップリ」

 

「いやぁ、あはは」

 

 ジョッキを煽りアルコールの火を体の中にくべる。ベルもヴェルフも気分よく四杯目の酒に手を伸ばした

 

 酒の場で飲みに慣れていくのを実感していく。度胸がさらに身に付いていくのをベルは感じた

 

「お二人とも良い飲みっぷりですね。でも、そんなに飲んで食べて懐は大丈夫ですか」

 

「……シルさん」 

 

 喧騒の耐えない店内、その透明感ある声はベルの意識をピンポイントに刺激し、そして振り向かせることに成功する。

 自覚があるのか、シルはいじらしい笑みを浮かべてベルの顔に朱色を塗りたくった

 

「空ジョッキをお下げします」

 

「……ぁ、はい」

 

 いたずらに成功して満足したシルはてきぱきと食器を山と抱えて片し、そしてすぐにもどってその手には注文用紙とペンが

 

「羽振りがいいみたいですね。あ、今日はこのほほ肉煮込みがおすすめですよ。原価も売値も高いから売れなくて困ってたんです。三人前でいいですか? あ、三人前でいいですよね……ね!」

 

「……シルさん、それ押し売りです」

 

「ダメですか? 頼んでくれたら惚れ直しちゃいますよ」

 

「……一人八千ヴァリスですよね?」

 

「頼んでくれたらサービスしますのに。焼きベーコンに小玉ねぎのグリル、トッピングも注文用紙に書いてあげます」

 

「いや、トッピングもちゃんと料金書かれてますよね……それ、勝手に頼んでない料理買わせに来てますよね!」

 

「あちゃぁ、ダメですか」

 

 あざとく舌を出して笑う。困るベルに対して横のヴェルフは酒の肴にでもしているのか飲んでは笑ってそして飲んでいる。

 

 リリはリリで不機嫌そうに、ちびちびジョッキを口にしながらもベルをにらんでいた。

 

「……し、シルさん」

 

「ごめんなさい、少しからかいすぎました……でも、本当にこれあまり売れなく困っているんですよね。ミア母さんが腕によりをかけて作ったのに。トホホです」

 

「それは…………うん」

 

 少し考える。懐の金の心強さは問題なく。少し考えてから

 

「皆、僕これ頼もうかと思って……いいかな」

 

「まあいいんじゃねえか、そろそろつまみが足りないと思ってたところだ。あ、頼むなら葡萄酒をくれ……真っ黒に煮込んだ肉料理なら真っ赤な酒を用意しねえとな」

 

「……お好きに」

 

 対極的な反応、しかし二人とも肯定の意を示した。

 

「……じゃあ、三人前で」

 

「ベルさん……もう、素敵です」

 

 顔を赤く、わざとらしくも愛らしくシルは喜んで見せた。小悪魔とわかってはいても、その魅了には逆らえずベルは面食らってしまう

 

「なんだか無理やり頼ませたみたいですみません。でも本当に嬉しいです。ミア母さんのとっておき、とっても美味しいのは保証します」

 

「それは、なんとも楽しみです」

 

「三人前も頼んでくれて、本当にうれしいからサービスましちゃいます。ベルさんだけ、今日一日セクハラしても許しちゃいますから……あ、料理できるまでお尻触りますか?」

 

「さ、触りません!」

 

「ふふ、本当に触ってもいいのに……あ、洗いもの貯まってたの忘れてた! すみません、この続きはまたあとでッ」

 

 

 なんとも都合の良い忘れていたを屈指してその場を後にする。脱兎のごとく離れた理由に、おそらくリリのくっと睨む容貌が関わっていることは間違いない

 

「……アハハ」

 

「…………フン」

 

「多分冗談で、その、えっと」

 

 言葉の後ろがどんどんすぼんでいく。自身の無い声、ベルは項垂れて結局謝った。リリはぶっきらぼうな面のまま、横のヴェルフは楽しそうに笑ってばかり

 

「尻を触りたいならお好きにどうぞ。あ、席を外してあげましょうかベル様?」

 

「……ごめんなさい」

 

「ふん、すぐ伸びる鼻の下は信用できません」

 

 

…………リリのお尻ではダメだというのですか……ボソボソ

 

 

 

「?」

 

「おい酒がなくなったぞ、すんませんエールおかわり!」

 

 のんきに酔うヴェルフの声が場の空気にそぐわない。リリの気を損ねているようで少しだけベルはヴェルフを恨んだ

 

 お茶らけた酒の場の空気が少し落ち着いた。そのせいかベルもリリも酔いの気が冷めていく。未だエールを煽って赤いままのヴェルフに対し二人は同時にお冷を口にした

 

 

 

「……少し、浮かれすぎですね」

 

 

 

「うん、ちょっと自重する」

 

 気を良くして羽目を外しすぎた。その思いはベルも同感であった。

 

 気分的にはこのままお開きになるかもだが、今更料理をキャンセルできるわけもなくそのまま坐する。

 

 

 

「く……かぁぁ、酒が旨い。お前らどうした?もう飲まないのか?

 

「ヴェルフ様も羽目を外しすぎです。まったく、お二人と来たら」

 

「?」

 

「く、んっく……ぷはぁ、お二人とも浮かれすぎですよ。ペルソナの力を得てから調子に乗っていますよね

 

 

 言いよどみ、コップの水を一気に飲みしたと思えばリリは説教モードになって一喝。ベルとヴェルフも目配せをして

 

「まあ、そうだな」

 

「否定はできないね」

 

 素直に反省

 

「反省してください。いくら化け物のごとく強い力を……」

 

 力を、その次の言葉に少し言いよどむ

 

「?」

 

「……強い力だからこそ、もうすこし自重してください」

 

「おいおい、自重って……使うなってことか?」

 

「ヴェルフ様、リリは調子に乗らないようにと言っているのです。それはまあ、冒険で役に立つ以上存分に振るっても構いませんが」

 

「が、なんだよ?」

 

「……」

 

「なんだか煮え切らねえな。リリ助、お前気にし過ぎじゃねえか……魔剣はすぐに使え使えって言うくせによ」

 

「魔剣とは違います。というか、リリは別に使うなとは言ってません……ただ、浮かれないよう気を引き締めてと」

 

「いや、そうは言うが具体的にどうしろってんだ?冒険の時と地上の時とはそりゃ使い分けるさ。ここでは浮かれていても、ダンジョンでもあっちでも俺たちは浮かれたりしねえよ」

 

「……それは、わからないじゃないですか。浮かれるか浮かれないかは、でも万一を想えば」

 

「万一でばっか考えすぎなんだって。そもそも確証が無いのなら文句言うなよな」

 

「……ッ」

 

 

 淀みだす空気、平坦な会話の中に織り交ぜられた切っ先の危うさ、会話が止まったと同時にベルは気づく

 

 

「……えっと、まあここではあまり口にし内容がいいよね。いちおう、フェルズさんからも口外しないようにって」

 

 

 同調する形で会話に終わりをつけんとした。だが、それがさらに

 

 

「んだよ、ベルまでリリ助のやっかみに乗るのかよ」

 

「ヴぇ、ヴェルフ……それはッ」

 

 過ち、油に火をくべてしまった。ベルは渦中で後悔する。

 

 明らかに、リリはやっかみという言葉に異を唱えんとしている。 

 

「……ペルソナが、そんなに良いのですか」

 

「リリッ」

 

「ペルソナが、そんなに……お二人はッ!」

 

 

 ガタリ、その音にベル達だけでなく周囲の視線も集めてしまった

 

 椅子を立ち、ヴェルフを辛うじて見下ろすリリは食ってかかり続ける。 

 

 

「…………お二人とも、いい加減になさってください。リリはそう言う所が言いたいのです」

 

「リリ……落ち着いて」

 

「んだよ、ちゃんと具体的に言わねえとわかんねえぞ」

 

「ペルソナがすごい力だとは聞きました。ですが、二人はやはり浮かれています。人間、そんなに気持ちを切り替えるのは容易じゃありません。プライベートだからこそ、控える所は控えてもらわないと」

 

「……その心配はいらねえって言ったろ」

 

「はぁ、そこに根拠はあるのですか? ペルソナ、要は魔剣と同じじゃないですか。お手軽な力の行使にあれだけ厳しく言っていたお方の言葉とは思えませんね」

 

「リリ!ヴェルフ!……二人とも、これ以上は喧嘩に」

 

 

 止めに入る。だが、それはすでに遅く

 

 

 

「……リリ助、お前やっぱりわかってねえよ」

 

「!」

 

 

 おもむろに立つヴェルフ、そして

 

 

「ペルソナは容易な力じゃない。お手軽だなんて、俺もこいつも思ったりしねえ……リリ助、お前根本からわかってねえんだ。だから、これ以上はやめとけ」

 

「……ッ」

 

「ペルソナはただの力じゃない。俺たち自身、半身みたいなもんだ……浮かれるも何もないんだよ。そんな思いが出来る程、俺もこいつも軽い道を歩んではいない」

 

「それは、二人が冒険者としての歩みはリリも……」

 

「違えよ、異世界での……マヨナカダンジョンでのことだ。リリ助、お前が知らない所の話なんだ」

 

「!?」

 

 

 知らない、違う、そんな言葉が強調されて響いた。リリはヴェルフの言葉に返答が出来ずにいる。

 

 知らない、その点においてリリは本当にあの世界のことを知りえない。報告こそしたが、僕とヴェルフがあの世界で何をして、何を見て、そして何が変わったか、その過程をリリは知りえない。ヴェルフの言う通り、ペルソナは容易に身に着ける概念に当てはまらないことを、リリは理解できない。

 

 

「……じゃあ……ください」

 

 

「あ?」

 

 

「リリ!」

 

 

 

 ふつふつと湧き上がる感情、それは怒りか悔しさか、リリはヴェルフを睨みながら半泣きの目で

 

 

 

「じゃあ、リリも同じになればいいのですよね」

 

 

 

「……どうするってんだ」

 

 

 

「リリを連れて行ってください。お二人が向かった異世界、そこにいけばリリにも」

 

 

 ペルソナが、そう言うとヴェルフの顔は余計に冷えついたものに変わる

 

 むきになって、一切関心なく、まるで子供の駄々をこまねく姿の様に見える。だが、リリは懸命にその言葉を掲げているのだ

 

 

……もしかして、リリ

 

 

 ヴェルフやベルに対する気の荒れ具合、それらすべて根幹に今のリリが答えを示しているのかもしれない

 

 ペルソナに対する執着。そして、目の前で何度もその力のすさまじさを拝んできた。そうなれば、これも自然な思考なのか

 

 

 

「お前、もしかして」

 

 

「…………ッ」

 

 

 ヴェルフも同じく察したように、落ち着いてリリの反応を見ている。沈黙が流れて、そして

 

 

 

「リリもペルソナが使えればいいのですよね。そうすれば、お二人の邪魔に、ならないのですよね」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「もう、遠回しは止めます。リリは、お二人に」

 

 

 

 腹をくくり、リリはその場で手を重ね、謝罪を思わせるような深さで頭を下げた

 

 あっけにとられる二人、それは周囲の客や料理を配膳しようにも気を測れず止まっているシルも同じく

 

 

 

 

「リリは、邪魔になりたくない……お荷物は、嫌なんです。だからッ」

 

 

 

 

 切実に、絞り出すような声でリリは

 

 

 

 

 

 

『リリをマヨナカダンジョンへ連れて行ってください……リリも、ペルソナが欲しいッ』

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 




今回はここまで、ちょっとしんみりな空気ですが物語の進行上仕方なき事

次回ぐらいでリリのタロットは開示できるかな? ダンまちのタロット診断は楽しいので結構悩んだり。レフィーヤ出すかわからないけど恋愛枠でかなり難しいんですよね。ヘスティアとレフィーヤにティオネやティオナも、恋愛候補多く感じる。恋多き乙女は可愛いからこれも仕方なき事、リセチーいいよねリセチー


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